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CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロン」で2025年1月に扱ったテーマ「せん妄と認知症のBPSD:5つのMを使って症状と原因に対応する」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。高齢者診療において、認知症、せん妄、抑うつの3つは頻繁にみられる精神・認知にまつわる症状です。これらはオーバーラップし、併発することも多く、正確に3つを見分けることは非常に難しいのが現実です。しかし、安易に「せん妄」とラベリングをして身体拘束、薬剤対応をするのではなく、原因を考える視点が不可欠です。今回は、ケースを通じて、適切な評価と対応について一緒に考えていきましょう。85歳女性 呼吸困難を生じ自宅で転倒。救急を受診し、心不全急性増悪と診断される。尿閉はないが、「尿量把握」のため導尿カテーテル挿入、フロセミド投与による利尿処置を行い、入院治療・観察開始。既往症高血圧、心不全、2型糖尿病、CKDIII、軽度認知機能障害、TIA(3年前)入院1日目21:30心臓モニター、酸素飽和度モニター、末梢点滴、導尿カテーテルなどを開始された状態で病棟に到着。転倒防止のためにベッドアラームも開始された。22:30「不安を訴えた」ため頓服オーダーされていたロラゼパム服用。また痒み症状緩和のためジフェンヒドラミンを経口投与された。3:00不安と痒み症状は軽快せず、体動が続き、ベッドアラーム音により興奮症状が悪化。ベッドから起きてモニターを外し、病院を出ようと試みる過活動性せん妄と判断され、ハロペリドール5mg静注。投与後、就寝し興奮・行動症状は軽快。看護師の報告には「薬剤投与による良好な効果」と記載されていた。入院2日目8:00起床せず、朝食摂取なし。10:30ベッド上におり、ほぼ目を覚まさない。薬剤で興奮がおさまったのは、本当に「良好な効果」だったのか?ベッドサイドで対応した看護師からすると、“興奮症状が出て、指示に従わず自己離床し、病院から出ようとした患者が、薬剤投与後に落ち着いて就寝した。その後、アラームが鳴らず、転倒やモニター外しなどの行動も見られなかった”という状況は、薬剤投与による「良好な効果」に見えてしまうかもしれません。しかし、この状況の正しい解釈は何だったのでしょうか。この状況の適切な解釈のひとつは「過活動性せん妄が過鎮静され、眠ってしまった」ということです。過鎮静を「治療効果」と誤認してしまうと食事摂取量の減少、身体活動量の低下、廃用症候群の進行、転倒、誤嚥リスクの上昇、そして抗精神病薬による死亡率の上昇といった負の影響を招きます1)。薬剤による身体拘束(薬剤拘束)は避けるべき。それでも薬を使うならば-ハロペリドール、クエチアピンやオランザピンのような抗精神病薬は半減期が長いものが多く、高齢者では10時間以上効果が持続する場合もあります。これらの背景を考慮して安全に使用するには、効果が期待できる最少量から始める慎重さが必要です。もちろんどの程度の用量で効果を期待できるかは、患者の身体的な状況や行動精神症状により異なりますので、少量から始め、薬剤それぞれの最高血中濃度到達時間を目安に症状を再評価、薬剤による効果を確認します。※例:静注・筋注のハロペリドールの最高血中濃度到達時間は10~20分症状が治まらなければ再度同量、または必要に応じて増量し再評価。これを繰り返して患者ごとの「効果が確認できる最少量=適量」を見つける手順を踏むのが賢明です。しかし、薬の投与方法を変更することは対処方法のひとつではあるものの、薬剤による鎮静や精神行動症状への対応も「身体拘束のひとつ」であるという認識を持っておくことが重要です。アメリカの長期療養施設や回復期病院では薬剤的か機械的(拘束帯、抑制ミトンなどの使用)かを問わず、身体拘束の実施は行政から厳しく監視されており、実施率の高い病院や施設にはさまざまなペナルティや罰則が課されるとともに、その情報も一般公開されています。日本の身体拘束の実施率は世界と比較して高く、国内でも問題視されはじめていることは近年の診療報酬改定からも明らかです。身体拘束を極力行わないという時代の流れからも、せん妄対策は予防が最も優先されるべきである2)という自覚を持ち、非薬物対応を優先して考え続けることがすべての医療者に求められています。5つのMを使ってせん妄のリスクを見つけ、予防するでは、どのようにせん妄を予防したらよいのでしょうか?ここでも5つのMが役立ちます。5つのMを使って事前にリスク要因を見つけ、環境調整によってせん妄を予防することを考えてみましょう。Matters Most 安心できる環境の欠如Medication ベンゾジアゼピン系薬、抗コリン薬、不適切な麻薬鎮痛薬使用、中枢神経に影響を及ぼす薬剤Mind 認知症、抑うつ、不安、意思疎通の不具合Morbidity 身体行動の制限、低栄養・脱水、身体の痛み、感覚器官の不具合、照明、部屋の明るさや騒音などの環境Multi complexity急な環境の変化、社会的孤立、家族の訪問などいかがでしょうか?こうしたアセスメントから、環境の変化や痛みが身体・精神・認知に過剰なストレスを与えているかもしれない、腹痛や便秘などがあってもそれを自覚できないかもしれない、あるいは自覚があっても訴え出ることができないのではないかという仮説を立てることができ、身体症状の解消を図るなどの予防的介入を考えられるようになります。せん妄はコモンに起きていて、しかも見逃されている急性期病棟では3人に1人が発症しているといわれるほど、せん妄の頻度は高いものです3)。問題行動が目立つ過活動性せん妄は発見される一方で、その3倍以上の患者が一見症状が顕著でない低活動性せん妄を生じているという報告もあります4)。低活動性のせん妄は見過ごされやすいことに加え、せん妄が生じた後の死亡率が上昇することはあまり周知されていません5)。これらの事実と向かい合い、せん妄を予防し、非薬物療法を最大限に活用し、薬物療法を最小限にすることが、患者の予後とQOLに結び付いているかお判りいただけると思います。これを機に、せん妄の予防にぜひ一緒に取り組んでいきましょう! せん妄のより詳しい対応策はオンラインサロンでオンラインサロンメンバー限定の講義では、問診や日々の観察でせん妄に気付くためのコツ、せん妄に対応するときに使えるHELPプログラムを解説しています。また、酒井郁子氏(千葉大学大学院看護学研究院附属病院専門職連携教育研究センター長)を迎えた対談動画で、看護からみた身体拘束についての学びもご覧いただけます。参考1)Dae H Kim, et al. J Am Geriatr Soc. 2017: Jun;65:1229-1237.2)Chiba Y, et al. J Clin Nurs. 2012 May:21: 1314-1326.3)Inoue SK, et al. N Engl J Med.2006:354:1157-1165.4)Curyto KJ. Am J Geriatr Psychiatry. 2001:9:141-147.5)樋口雅也ほか.あめいろぐ高齢者診療. 112. 2020. 丸善出版