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第24回 痛み診療のコツ まとめ【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第24回 痛み診療のコツ まとめ本連載では、痛みの原因やその内容について23回にわたって概説してまいりました。前回は治療編(2)として、社会復帰に向けた痛みのリハビリテーション療法ついてお話しました。今回は4年余りにわたってお話しました痛みについてのまとめとしてお話ししたいと思います。患者さんには「痛み」の理解を痛みを訴える患者さんにおきましては、病態は類似していても、痛みの性質や程度は個々の患者さんによって実に多種多様です。そのために、疼痛緩和療法も神経ブロック療法、薬物療法、各種理学療法、光線療法、インターベンショナル療法など患者さんに合った有効な治療法を選択する必要があります。それと共に患者さんには、痛みについてのご理解を得ていただくことが大切です。「天気痛」とか「気象痛」とか言われております自然による脅威も存在します。昨今に感じるような気温、湿度、気圧などの激しい変化は、当然ながら、自律神経系の不安定性を増強して、痛みの感受性を増強し、より痛みを訴えられる患者さんが多くなっております。そのような場合には、自分でできる鎮痛法、たとえば鎮痛薬を許容範囲内で増やすとか受診の機会を多く持つとかなどをさまざまな対処法があることをご理解していただくことは、患者さんの不安感を取り除き、安心感や自律神経系の改善に繋がり、痛みの緩和のためにも良い方向に働きます。第5のバイタルサインは「痛みの有無とその程度」実臨床の場におきましては、体温、血圧、脈拍、呼吸の基本的な4つのバイタルサインと共に、第5番目のバイタルサインとして、「痛みの有無とその程度」に関心が持たれるようになってきました。しかも、近年、新しく慢性疼痛に対する適応が認められました強オピオイド製剤や新たなトラマドール製剤も使用されるようになってきたこともあり、ますます慢性疼痛への対策の必要性が注目されてきております。2021年10月2日には、わが国における痛み関連8学会(日本疼痛学会、日本ペインクリニック学会、日本慢性疼痛学会、日本腰痛学会、日本運動器疼痛学会、日本口腔顔面痛学会、日本ペインリハビリテーション学会、日本頭痛学会)によります日本痛み関連学会連合が発足し、より強い絆の下で連合として痛みに立ち向かう姿勢を広く世に示してきております。また、国際疼痛学会では、新たな痛みの定義を発表し、より理解しやすい痛みの概念が出来上がっています。それに加えて、新しい痛みの概念として、“nociceptive pain”が提唱され、やはり、日本痛み関連学会連合が「痛覚変調性疼痛」と和訳して、その解釈としては「侵害受容の変化によって生じる痛みであり、末梢侵害受容器の活性化を引き起こす組織損傷またはその恐れがある明確な証拠、あるいは痛みを引き起こす体性感覚系の疾患や障害の証拠が存在しないにもかかわらず生じる痛み」として定義されました。このシリーズの初めに記載した痛みの種類としての侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に加えて痛覚変調性疼痛が登場しました。この痛覚変調性疼痛は単独もありうるかとも思いますが、他の疼痛たとえば侵害受容性疼痛と同時に訴えることもあります。この疼痛の位置付けとしては、中枢性感作などの脳機能の変化から発生する痛覚の変調による痛みと考えられております。高齢社会では痛みへの早期介入が重要痛みは、患者さん本人しかわからないし、患者さんの我慢に頼る時期は終わっています。特に長い人生を歩まなくてはならない高齢社会では、できるだけ早期に疼痛治療を開始することが痛みの軽減に連なり、その後の患者さんの人生にとっても良い結果を導くことと確信しております。本連載が、わが国において痛みを有されておられる患者さんの診断と治療へのさらなる発展に対して、多少なりともお役立てられれば望外の喜びです。今回がこの痛みシリーズの最終回となります。24回のご愛読、誠にありがとうございました。1)三木健司. ペインクリニック. 2022;43:1021-1022.

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第17回 治療編(1)薬物療法・その4【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第17回 治療編(1)薬物療法・その4前回侵害受容性疼痛に対し、わが国で非麻薬系オピオイドとして使用されているトラマドール製剤とブプレノルフィン貼付薬について解説しました。今回は、さらに痛みの程度が強い患者さんに使用する麻薬系オピオイドのコデイン、モルヒネ、フェンタニルについて説明したいと思います。(1)コデイン<作用機序>コデインは、投与量の5~15%が肝臓で代謝されることで、CYP2D6により産出されるモルヒネとなり、鎮痛効果が得られます。産出されたモルヒネがオピオイド受容体と結合することで、鎮痛効果を発揮します。<投与上の注意>モルヒネと同様に考えて使用します。コデインリン酸塩散には1%、10%、原末があります。また、コデインリン酸塩錠には5mg、20mgがあります。通常は、1回20mg錠を1日3回投与します。ただし、モルヒネ換算には幅があり、鎮痛作用を目的にする場合には、鎮咳目的の場合と異ってかなりの量が必要になります。1%散として使用する場合には、1回2g、1日3回6gの投与になりますので、漢方薬並みの用量となります。通常は麻薬扱いですが、 内容量が少ない1%散、5mg錠は、投与量と関係なく非麻薬扱いになります。副作用として、嘔気・嘔吐、食欲低下、便秘、口渇、ふらつき、傾眠、意識消失などがあります。(2)モルヒネ<作用機序>オピオイドの基本薬です。オピオイド受容体と結合して鎮痛効果を発揮します。<投与上の注意>次の項に示した合成麻薬フェンタニルの基本薬物になります。錠剤は10mgですが、いきなり10mg錠剤ではなく、末として3mg、5mg、8mgと段階的に体が慣れてくるたびに増量していきます。もちろん、途中で疼痛が緩和されれば、その投与量で維持していきます。また、1日の投与量が15mgに達すれば、フェンタニル貼付剤の適応(文末の表を参照)になります。(3)フェンタニル貼付剤<作用機序>モルヒネと同様、強オピオイドに分類されます。オピオイド受容体と結合して鎮痛効果を発揮します。<投与上の注意>フェンタニル貼付剤には、3日用の「デュロテップMTパッチ」、1日用の「フェントスパッチ」「ワンデュロパッチ」が適応されます。モルヒネ経口剤で30mgが「フェントスパッチ1mg」「デュロテップMTパッチ2.1mg」「ワンデュロパッチ0.84mg」に相当します。貼付剤なので、貼付する部位を毎回ずらしていきます。また、温度が高くなると、吸収が増えるので、入浴などの際には気を付けなければなりません。そのために、入浴が好きな患者さんでは、1日用のパッチを入浴前にいったん外し、入浴後に再度貼付される方もいます。なお、本剤の投与に際してはeラーニングの受講が必要です。モルヒネおよびフェンタニルは、医療用麻薬に分類される強オピオイドであり、乱用、依存、退薬症候、長期処方に伴う鎮痛耐性、鎮痛過敏、腸機能、性腺機能障害などに注意が必要です。貼付剤では掻痒、発赤などの皮膚症状が見られることがありますので、貼付部位をローテーションすることが重要です。以上、痛み治療の第3段階における薬物について、その作用機序、投与における注意点などを述べさせていただきました。難治性疼痛患者さんに接しておられる読者の皆様に少しでもお役に立てれば幸いです。次回は神経ブロックについて解説します。1)花岡一雄ほか監修. 痛みマネジメントupdate 日本医師会雑誌. 2014;143:S156-S157

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第16回 治療編(1)薬物療法・その3【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第16回 治療編(1)薬物療法・その3前回は、神経障害性疼痛への緩和適応を有する薬物について説明しました。今回は、侵害受容性疼痛に対して使用されているオピオイドについて説明しましょう。オピオイドには、麻薬指定を受けていない薬物と、麻薬指定薬とがあります。麻薬は、国の指定によって「麻薬」になります。したがって、同じ薬でも麻薬としての扱いは国によって異なります。オピオイドを使用している患者さんが外国に旅行される場合、訪問国の麻薬事情を調べておく必要があります。ここでは、わが国における非麻薬系のオピオイドとして、トラマドール製剤とブプレノルフィン貼付薬について解説します。(1)トラマドール<作用機序>オピオイド受容体への作用と、下行性抑制系の賦活効果を示すノルアドレナリン・セロトニンの再取り込みの阻害作用によって、鎮痛効果を発揮します。<投与上の注意>通常の鎮痛薬では効果が得られない非がん性慢性疼痛の患者さんでは、1日2回投与が基準です。25mg錠と50mg錠がありますが、基本的には25mg×2で開始します。高齢者には、就寝前投与25mg1錠から開始し、患者さんが薬物に慣れたら朝夕の25mg×2に増量します。通常、とくに副作用や疼痛緩和効果が見られなければ、25mg×4、50mg×4と順次増量していきます。最大投与量は、400mg(50mg×8/日)です。副作用としては、嘔気・嘔吐、食欲低下、便秘、口渇、ふらつき、傾眠、意識消失などがあります。肝機能障害にも注意が必要です。(2)トラマドール塩酸塩徐放錠(商品名:ワントラム)<作用機序>トラマドール製剤なので、本質的に上記と同様です。<投与上の注意>トラマドールの必要投与量が25mg×4になるようであれば、ワントラム1錠(トラマド-ル100mg含有)が便利です。これはトラマドールの徐放剤であり、トラマドール25mgが1日4回の経時的投与されているのと同様の血中濃度を維持でき、しかも1日1回の投与ですので、患者さんにとってもコンプライアンスの維持が容易になります。(3)トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合剤錠(商品名:トラムセット)<作用機序>上記トラマドールの作用機序に、アセトアミノフェンの作用機序が加わります。すなわち、中枢性プロスタノイドの抑制、内因性下行性抑制系セロトニン系の活性化、内因性オピオイドの増加などの鎮痛機序がアシストされることが推定され、トラマドール単独に比較して、より疼痛緩和効果が期待できます。<投与上の注意>トラマドール37.5mgとアセトアミノフェン325mgとの配合薬です。非がん性慢性疼痛では、1回1錠、必要に応じて1日4回投与します。基本的には、投与間隔を4時間は空けるようにします。最大投与量は1回2錠、1日8錠までとなっています。投与を中止する際には、トラマドール製剤なので、いずれも漸次減量していきます。アセトアミノフェンを別に投与する場合には、必ず、トラムセットに含まれているアセトアミノフェンの含有量を計算し、4,000mg/日を超えないように注意してください。アセトアミノフェンの副作用に肝機能障害がありますので、長期投与する場合は、いずれにしても肝機能をモニタリングすることが重要です。(4)ブプレノルフィン(商品名:ノルスパン テープ)<作用機序>オピオイド受容体への作用は部分的作動性ではありますが、親和性は強く、強力な鎮痛作用を示します。皮膚から吸収される1週間貼付の徐放剤です。同じ貼付部位での1週間貼付剤なので、皮膚への影響により掻痒を訴え、剥がすと発赤が認められる場合があります。そのために、1週間ごとに貼付部位をローテーションしていきます。<投与上の注意>投与に際しては、e-ラーニングの習得が必要です。保険適応症例は、腰痛症と変形性関節症のみです。また、現在のところ2週間分の処方しかできないので、患者さんの受診は最長2週間ごとになります。最大投与量は20mg/週(20μg/時)です。5、10、20mgの貼付薬があり、痛みの強度により、投与量を決めていきます。そのため、基本的には5mg貼付薬から開始し、1~2週間ごとに投与量の増減を行い、適切な貼付量を決めていきます。貼付開始後および増量後には、3日程度の観察期間が必要です。副作用としては、トラマドールと同様に嘔気・嘔吐、食欲低下、便秘、口渇、頭痛、ふらつき、傾眠、意識消失など、通常のオピオイドに見られる症状があります。1週間という長期間貼付なので、掻痒、発赤などの皮膚症状が見られることがあり、貼付部位をローテーションすることが重要です。以上、痛み治療の第2段階における薬物を取り上げ、その作用機序、投与における注意点などを述べさせていただきました。痛みの患者さんに接しておられる読者の皆様に少しでもお役に立てれば幸いです。次回はさらに痛みの程度が強くなった場合に使用する強力な麻薬性オピオイドについて解説します。1)花岡一雄ほか監修. 痛みマネジメントupdate 日本医師会雑誌. 2014;143:S156-S1572)花岡一雄ほか監修. 痛みマネジメントupdate 日本医師会雑誌. 2014;143:S1553)花岡一雄ほか監修. 痛みマネジメントupdate 日本医師会雑誌. 2014;143:S154

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痛くなってからでは遅い帯状疱疹

 帯状疱疹は、60歳以降が好発年齢といわれており、強い痛みと残存する神経痛が患者のQOLに大きな影響を及ぼす。水痘として感染したウイルスによるが、一度感染してしまったウイルスを排除する術は今のところなく、ワクチンで予防することが高齢での発症・重症化を防ぐ唯一の手段となる。 2019年8月27日、武田薬品工業が「帯状疱疹の診療・予防の最新動向」をテーマに、都内にてセミナーを開催した。最新の帯状疱疹診療にはどのようなポイントがあるのだろうか。今後も増え続ける? 高齢者の帯状疱疹 はじめに、川島 眞氏(医療法人社団ウェルエイジング Dクリニック東京 総院長/東京女子医科大学 名誉教授)が「高齢化社会における帯状疱疹診療の方向性」について講演を行った。わが国では年間約60万人が帯状疱疹を発症すると推定されており、そのうち50歳以上が約7割を占める。80歳までに約3人に1人が帯状疱疹を経験するという報告もあり、近年、50歳以上の発症率は増加傾向にある1)。 原因として、小児の水痘ワクチンが2014年に定期接種化されて以降、水痘患者の減少により免疫のブースター効果を受ける機会が減っていることが考えられる。帯状疱疹の発症数と水痘の流行は逆相関することが以前から知られており、帯状疱疹患者は今後も増加していくと予想される。発症予防には細胞性免疫の強化が必須 小豆島における前向き疫学研究(SHEZ study2))において、帯状疱疹の発症率や、発症リスク・重症度と免疫の関連などについて調査が行われた。その結果、発症リスクは水痘皮内反応(細胞性免疫)が強い人ほど低く、一方で、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)に対する抗体価は発症リスクに影響しないことが明らかになった。帯状疱疹および帯状疱疹後神経痛(PHN)の発症予防には、細胞性免疫が重要だ。 水痘・帯状疱疹ワクチンの接種で、VZV特異的細胞性免疫の強化が期待されている。海外の臨床試験では、水痘・帯状疱疹ワクチンにより、プラセボと比較して帯状疱疹の発症が51.3%、PHNの発症が66.5%減少したという報告3)がある。 川島氏は「帯状疱疹診療は、高齢化に伴い治療から予防へ方針が移ってきている。帯状疱疹を予防するワクチンは50歳以上が対象なので、免疫が低下してワクチンが打てなくなる前に接種勧奨することが重要」と強調した。発症後の経過で、痛みは変化していく 続いて、山口 重樹氏(獨協医科大学 医学部 麻酔科学講座 教授)が「帯状疱疹にまつわる痛みについて」をテーマに語った。帯状疱疹の痛みは、「焼けつくよう」「電気が走るよう」などと表現され、病期に伴い侵害受容性疼痛から神経障害性疼痛へ変化していくことが特徴だ。 山口氏は「痛みとは心身共に影響があるもので、痛みの続く期間が長いほど正常な生活が妨げられ、生命予後にも影響を及ぼすことがわかっている。よって、治療では痛みをできる限り早く改善することが非常に大切だ」と示した。皮膚症状が改善しても、患者の痛みは続いている 帯状疱疹患者の半数以上が、発症時(初診時)から中等度以上の強い痛みを自覚している。皮膚症状は、抗ウイルス薬の投与によって2週間程度で軽減し、4週間程度で消失に至るが、疼痛残存率は21日後で50%、90日後で12.4%、1年後で4.0%という報告4)がある。皮膚症状が重篤であるほど、また高齢であるほど痛みが遷延する可能性が高くなる。 「帯状疱疹は皮膚の病気と思われがちだが、神経の病気でもある。皮膚症状が治まった後も残る疼痛のつらさは、家族や周りの人から理解されにくい面がある」と指摘した。 PHNを疑う兆候として「針で刺されるような痛み」「電気が走るような痛み」など、「しびれ」を連想させる表現がよく用いられるという。とくに、衣服がこすれたり冷風にあたったりするだけで痛む「アロディニア(異痛症)」がある場合は注意しなければならない。「神経障害性疼痛を感じている患者さんは、着替えや入浴を嫌がったり、罹患部にガーゼを当てたり保湿剤を塗ったりする様子が見受けられることがある」と診断のポイントを示した。強い痛みが改善したあとは、休薬を目指す 長期間強い痛みを感じている患者は、抑うつや不安、不眠、自己肯定感の低下、痛みの破局化(死んだほうがまし、生きている意味がないと感じるなど)など、生活でのさまざまな苦痛を感じている。医療者は、患者の感じている痛みの強弱だけでなく、種々の尺度で痛みを多面的に評価し、治療を進めていくことが求められる。 「私が考える痛み治療の目安は半年間。ピークを超えたら徐々に減薬し、休薬を目指す。神経が損傷している場合、痛みが完全になくなることはないので、元の生活に戻すことを意識して、痛みから気を逸らせる環境(趣味など)を作ることも大切」とまとめた。 帯状疱疹やPHNの予防にはワクチンが有効だが、発症後の早期介入も予後に大きく関わる。院内の待合室などに帯状疱疹のポスターを貼っておくと、患者だけでなく家族の目にも止まり、疾患・ワクチンの啓発につながるかもしれない。

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非がん性慢性疼痛へのオピオイド、有益性と有害性/JAMA

 非がん性慢性疼痛に対するオピオイド使用は、プラセボとの比較において疼痛および身体機能の改善は統計学的に有意ではあるがわずかであり、嘔吐リスクは増大することが示された。また、オピオイド使用と非オピオイド使用の比較では、低~中程度のエビデンスであるが、疼痛、身体機能に関するベネフィットは同程度であった。カナダ・マックマスター大学のJason W. Busse氏らが、非がん性慢性疼痛のオピオイド使用に関する無作為化試験(RCT)のシステマティックレビューとメタ解析の結果、明らかにした。非がん性慢性疼痛に対するオピオイドの有害性および有益性は、不明なままであった。JAMA誌2018年12月18日号掲載の報告。システマティックレビューとメタ解析で、疼痛、身体機能、嘔吐について評価 研究グループは、CENTRAL、CINAHL、EMBASE、MEDLINE、AMED、PsycINFOのデータベースをそれぞれ創刊~2018年4月の間検索し、非がん性慢性疼痛に対するオピオイドとあらゆる非オピオイドを比較したRCTを特定した。2人のレビュアーがそれぞれデータを抽出。ランダム効果モデルおよびエビデンスの質評価のためにGrading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation(GRADE)を用いて評価した。 主要評価項目は、疼痛強度(スコア範囲は疼痛視覚アナログスケールで0~10cm、低値ほど良好であり、最小重要差[MID]は1cm)、身体機能(スコア範囲はSF-36の身体項目スコア[PCS]で0~100点、高値ほど良好であり、MIDは5点)、嘔吐の発生であった。疼痛は軽減、身体機能は改善も差はわずか 解析には、参加者2万6,169例を含む96件のRCTが包含された。参加者は、女性が61%、年齢中央値58歳(四分位範囲:51~61)で、RCTは25件が神経障害性疼痛、32件が侵害受容性疼痛、33件は中枢性感作(組織損傷を伴わない疼痛)、6件は混合性疼痛の試験であった。 プラセボと比較してオピオイド使用は、疼痛の軽減と関連していた(10cm疼痛視覚アナログスケールでの加重平均差[WMD]:-0.69cm[95%信頼区間[CI]:-0.82~-0.56]。MID達成に関するモデル化リスク差:11.9%[95%CI:9.7~14.1])。 また、オピオイド使用は、身体機能の改善と関連していた(WMD:100点SF-36 PCSのWMD:2.04点[95%CI:1.41~2.68]、MID達成に関するモデル化リスク差:8.5%[95%CI:5.9~11.2])。 一方で、嘔吐の増加とも関連していた(run-in期間中に有害事象を呈した患者を除外した試験についてオピオイド群5.9 vs.プラセボ群2.3%)。 オピオイドの疼痛および身体機能の改善との関連性について、エビデンスは低~中程度であるが、非ステロイド性抗炎症薬と比較して(疼痛のWMD:-0.60cm[95%CI:-1.54~0.34]、身体機能のWMD:-0.90点[95%CI:-2.69~0.89])、また三環系抗うつ薬と比較して(疼痛のWMD:-0.13cm[95%CI:-0.99~0.74]、身体機能のWMD:-5.31点[95%CI:-13.77~3.14])、および抗痙攣薬と比較して(疼痛WMD:-0.90cm[95%CI:-1.65~-0.14]、身体機能のWMD:0.45点[95%CI:-5.77~6.66])、いずれも同程度であることが示唆された。

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第2回 急性痛と慢性痛【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第2回 急性痛と慢性痛痛みは不快な感覚ではありますが、人が生きていくうえでは、なくてはならない感覚です。とくに生命に危険を及ぼすような障害が生じているときには、素早く対処する必要があります。実際、先天性無痛覚症の患者さんは「短命だ」といわれています。そのために、痛覚は「防御反応における精神心理面での補助的役割」と、すでに1900年に有名な生理学者Charles Sherrington氏は述べておられます(図1)。前回は痛みの発生する原因機序別に従って分類した、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛(非器質性疼痛)について述べさせていただきました。今回は、痛みの発生する時期による分類として、急性疼痛、慢性疼痛について説明したいと思います。急性疼痛は必要とされる痛みでありますが、慢性疼痛はできれば避けたい痛みです。図1 痛覚の役割画像を拡大する急性疼痛代表的な痛みは術後疼痛です。手術は侵害刺激でありますし、その後の回復期においては炎症反応が生じます。侵害受容性疼痛と炎症性発痛物質による痛みが混在するのが術後痛です。たいていは術後24時間後から痛みの程度が徐々に減少していきますが、なかには何らかの原因でその痛みが遷延することも珍しくありません。術後遷延性の疼痛として、慢性疼痛に移行して何十年も持続する患者さんも存在します。以前は「手術の後は痛いのが当たり前である」「痛いのは生きている証拠である」といわれていた時代もありました。医療従事者もそうであったし、患者さん自身もそのように感じていただけでなく、むしろ我慢のしどころであるとも思っていました。しかしながら、術後の患者さんの痛みを緩和することは、手術後の患者さんの早期回復を促し、在院期間を短縮するだけでなく、その結果として医療費の削減にも通じます。したがって、術後痛対策としての硬膜外麻酔併用全身麻酔は、術後疼痛を緩和するための有用な手段であります。慢性疼痛近年、わが国においては、かつて世界中でどこの国も経験したことのない高齢社会となってきております。それを反映して高齢者が遭遇しやすい疾患である帯状疱疹後神経痛、脊柱管狭窄症や腰痛症、それに付随する手術後に発生する脊椎術後疼痛症候群などのいわゆる「難治性慢性疼痛患者さん」が著しく増加しています。これらの疾患では病状は類似しているものの、痛みの性質やその程度は患者さんによって実にさまざまであり、疼痛治療にも大いに難渋しております。1)帯状疱疹後神経痛帯状疱疹後神経痛は、帯状疱疹が治癒した後に生じる疼痛疾患であるため、周囲の人々から帯状疱疹後の疼痛に対する理解が得られにくいのが現状です。帯状疱疹後神経痛の発症率は、年齢とともに高くなっていきます。筆で患部をなでられただけで耐えられない痛みを訴える「アロディ二ア」と呼ばれる状態がみられると、患部が衣服でこすれても、風に吹かれても、健康人では触覚として認識する感覚を激痛として感じてしまい、患者さんにとっては耐えられない状態となります。そのうえ、持続性の痛みだけでなく、時々、突然発生する耐え難い激痛である突出痛も不定期にみられるために恐怖感も生じ、当然のことながら患者さんは、精神的にも落ち込むことになります。したがいまして、初期の有効な疼痛緩和治療により、痛みをできる限り感じないようにすることが重要です。2)脊椎術後疼痛症候群脊椎術後疼痛症候群の患者さんでは、腰痛などで脊椎手術が施行され、その後に手術前よりも痛みが強くなるような症候群を指しています。これも、帯状疱疹後神経痛と同様の難治性であり、患者さんを激痛で苦しめています。痛みは患者さん本人にしかわからないので、できるだけ早期に疼痛を軽減するために治療を開始することが大切です。早い痛みへの対策が、その後の痛みを和らげることは言うまでもありません。痛みの悪循環原疾患の治癒にもかかわらず3ヵ月以上経過しても痛みが持続するようになれば、急性疼痛から慢性疼痛への移行として考えられ、その説明にはよく「痛みの悪循環」が応用されております(図2)。これは、最初に外因性の手術などの疼痛刺激が痛み受容器(神経自由終末)を刺激し、その結果、痛みインパルスが発生します。それは脊髄後角から脊髄視床路を経由して上位中枢に入力し、大脳皮質においてそのインパルスを痛みの信号として認識すると同時に、交感神経系も刺激されますのでアドレナリンが分泌されます。また、脊髄反射によって運動神経が刺激されて、筋肉の攣縮などが生じます。と同時に、血管収縮が発生して、痛みを感じる領域の酸素欠乏を招き、炎症性変化によって生体内に存在するブラジキニンなど(表)のさまざまな発痛物質が生成されます。そうなりますと、元来の痛み刺激が消失しても、今度は生体内発痛物質が痛み受容器(神経自由終末)を刺激することになりますので、この悪循環は半永久的に持続する慢性疼痛に移行することになります。この悪循環を経路の中のどこかで断ち切ることが、痛みの治療の大きな柱の1つとなります。痛みの悪循環を遮断するために(図2)、末梢神経、硬膜外腔、脊髄、脊髄視床路、脳組織がターゲットとなり、神経ブロック、薬物療法、光線療法、電気刺激療法、運動療法、リハビリ療法など、さまざまな治療法を駆使します。表 体内にある主な発痛物質および発痛調節物質図2 痛みの循環と痛みの遮断*画面をクリックして動画を視聴ください痛みは身体の危険信号でありますが、通常、健康な場合には存在を感じない知覚です。しかしながら、いったん暴れだすと収拾がつかなくなり、患者の気を狂わすこともある恐ろしい感覚です。「痛み」の克服は、社会の平和と人間の暮らし(QOL)の向上に多大なる貢献をするものと確信しております。次回は、「痛みの伝導系と抑制系」を予定しております。1)花岡一雄ほか. BRAIN and NERVE. 2008;60:519-525.2)河谷正仁 編集. 痛み研究のアプローチ. 新興交易医書出版部;2006.p.15-18.

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第1回 痛みの概説【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第1回 痛みの概説痛みは、古来より病気の兆候の中でも最も多く、医療・医学の原点です。今日でも人類を苦しめている大きな病気因子でもあります。この痛みを意味する英語の“Pain”はラテン語のPoena、ギリシャ語のPoineより由来しております。元来はPenalty あるいはPunishmentを意味しておりました。処罰の1つの方法として、痛みを受けさせられることは、昔からごく自然になされていたことと推察されます。このように、痛みは人類の誕生とともに歩んできたにもかかわらず、現在においても感覚としての「痛み」をなかなか科学的な研究対象として取り上げにくいのが実態です。その原因の1つには、聴覚や視覚など他の感覚と異なって、複数の人が痛みを同時に同程度に共有することが不可能であることが挙げられております。そのために痛みを客観的に把握することがきわめて困難であります。米国では、2001~2010年までを「痛みの10年」として、痛みの研究や治療に膨大な国家予算を費やし、痛み患者への対策を検討しました。これは、ともすれば痛みを口実に「怠惰さの隠れ蓑にしているのではないか」との世間の目を気にしている痛みの患者への救いであるとともに、痛み患者の就労不能や意欲低下、また、その看護などによる年間の経済的損失が米国ではおよそ8兆円にのぼるとの試算に向け、この深刻な問題に対する政策でもありました。国際疼痛学会(IASP)は、痛みとは「実際の組織損傷、あるいは潜在的な組織損傷と関連した、または、このような組織損傷と関連して述べられる不快な感覚的・情動的体験」と定義しています。しかしながら、この定義からしても痛みの実体を認識することは難しいのです。むしろ痛みを機序別による分類から考えるほうが、わかりやすいかもしれません。それでは、痛みの発生する原因機序別に従って分類してみましょう。侵害受容性疼痛針で刺したり、金鎚で叩いたりしたときに感じる痛みです。神経自由終末の侵害受容器に一定以上の痛み刺激が加わることによって、痛みインパルスが発生します。その痛みインパルスが脊髄を経由して上位中枢に伝達され、大脳皮質第2次体性感覚野に到達すると痛みとして認識されます。この痛みインパルスを伝導するのは、Aδ線維とC線維です。Aδ線維は表に示されているように、C線維より太いので伝達速度が速くなります。おそらくは向こう脛を机の角に打ち付けたときに、最初にドンと来る痛みを感じて、その後しばらくしてジーンとするいやな痛みを感じたことを経験されたことがあるでしょう。最初の痛みがAδ線維経由の痛み(1次痛)で、その後がC線維経由の痛み(2次痛)です。がんによる疼痛も侵害受容性疼痛と考えられ、がん細胞が神経末端を刺激することによって痛みが生じます。表 侵害受容性疼痛の種類・伝導速度・主な受容器画像を拡大する神経障害性疼痛帯状疱疹後神経痛(PHN)に代表される痛みです。帯状疱疹ウイルスによって、神経線維そのものが破壊される結果により、神経自由終末ではなく異所性に痛みインパルスが発生するために、痛みとして感じます。触覚などのインパルスを伝達する太い神経線維(Aβ)が減少して、代わりに痛み感覚を伝達する細い神経線維(C線維)に置き換わるために、触覚も痛みとして感じます。本来の痛み刺激ではない、筆などによる柔らかい刺激を痛みとして感じるアロディニアの症状が見られます。心因性疼痛(非器質性疼痛)痛みが長く持続すると、抑うつなどの心因的症状が進展して、それが痛みをさらに増悪することになります。また、いやなことが続くと身体のどこかに痛みを感じる「身体表現性疼痛」と言われる非器質的な疼痛が現れることがあります。このように、最初から心因性(非器質性)に痛みを感じることもあります。現代では、この「心因性疼痛」もかなりの頻度で見られるようです。このように、臨床的な痛みの分類として、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛(図)が存在しますが、痛みの開始時には、これらをある程度明確に分類できるでしょう。しかしながら、痛みが長期間持続してくると、これらが1つになってしまうために痛みの治療が著しく困難となります。この意味からも痛みには早期からの治療が必要でありますし、患者さんも我慢すべきではありません。図 臨床的な痛みの分類の概念*画面をクリックして動画を視聴ください1)Erlanger J,Gasser HS. Electrical signs of nervous activity.Philadelphia;University of Pennsylvania Press:1937.2)Burgess PR, Perl ER, Iggo A(ed). Somatosensory system. New York;Springer:1973.p.29-78.3)花岡一雄、ほか. 現代鍼灸学. 2005:5;59-68.4)河谷正仁 編集. 痛み研究のアプローチ. 新興交易医書出版部;2006.p.15-18.5)花岡一雄. 東京都医師会雑誌.2007:60;6-10.今後の掲載予定侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛、急性痛と慢性痛、痛みの悪循環などを総論的に解説後、各論として全身、頭頸部、胸部、腹部など部位別にさらに詳しくレクチャーしていきますのでご期待ください。次回は、「急性痛と慢性痛」について説明します。

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50歳以上の帯状疱疹はワクチンで予防

 2018年7月19日から3日間、都内で日本ペインクリニック学会 第52回大会「あなたの想いが未来のペインクリニックを創る-専門性と多様性への挑戦-」が開催された。本稿では、7月20日のシンポジウム「帯状疱疹関連痛の治療、予防の未来を考える」から、木村 嘉之氏(獨協医科大学 麻酔科学講座 准教授)が発表した「帯状疱疹関連痛の疫学と予防」について、概要を紹介する。PHNは、痛みの期間が長いと発症リスクが上がる 帯状疱疹は、初感染を経て細胞に潜伏した水痘・帯状疱疹ウイルスが何らかの原因により再燃することで発症し、これに起因した一連の痛みは、帯状疱疹関連痛と呼ばれている。帯状疱疹関連痛は、皮疹による痛み(侵害受容性疼痛)と、帯状疱疹後神経痛(神経障害性疼痛)に分けられ、病期に伴い痛みの性状は変化していく。 帯状疱疹の発症数は近年増加傾向にあり、わが国では、50歳以上で帯状疱疹の罹患率が上昇するという報告がある1)。とくに皮膚症状・疼痛が中等度~重症の患者では、痛みが遷延し、帯状疱疹後神経痛(PHN)に移行することがあり、海外では、50歳以上の帯状疱疹患者の18%がPHNを発症すると報告2)されている。 PHNのリスクは、重症度、年齢、ウイルスの感染部位などによって異なるが、痛み治療の遅れがPHN発症につながる可能性も指摘されている。PHNは、長期に続く痛み・かゆみが患者のQOLを大きく低下させるため、帯状疱疹の予防と適切な治療の早期導入が重要だ。PHNの予防には、帯状疱疹ワクチンが有効 PHNの予防として、木村氏は、まず水痘にならないこと、そして帯状疱疹を発症させないことを強調した。患者に水痘罹患歴がない場合は、水痘ワクチン接種で発症を予防できる。水痘に罹患しなければ、ウイルスの潜伏もなく、将来的な帯状疱疹の発症はないと考えられる。 水痘ワクチンは2014年から定期接種の対象になっているため、近年患者数は激減しているが、成人の90%以上は水痘・帯状疱疹ウイルスへの感染歴がある3)という。よって、この集団における将来的な帯状疱疹発症の予防が急務となる。同氏は、高齢者が水痘患者と接する機会が減ったことで、追加免疫効果を得られず、帯状疱疹ウイルスに対する抗体価が低下している可能性を指摘する。そこで推奨されるのが、帯状疱疹ワクチンだ。水痘の感染歴がある場合でも、ワクチン接種で抗体価をあげることによってウイルスの再活性化を予防できるという。 また、帯状疱疹の予防には、日常生活の中で、免疫力の低下(過度のストレスや体力低下など)を避けることも大切だ。同氏は、「50歳以上の患者さんには、帯状疱疹・PHNの予防策として、水痘・帯状疱疹ワクチンを推奨する必要がある」と強く訴えた。 なお、帯状疱疹が発症してしまった場合、PHNなど痛みの遷延化を防ぐためには、早期診断、抗ウイルス薬の投与とともに、痛みに対する適切な治療を開始することが重要となる。 海外では、ワクチン接種がPHNへの移行を予防する可能性が報告4)されている。わが国では、帯状疱疹ウイルスワクチン(生ワクチン)が発売されており、任意で接種を受けることができる。なお、2018年3月にはサブユニットワクチンが承認されており、発売が待たれる。〔8月13日 記事の一部を修正いたしました〕■参考1)国立感染症研究所 宮崎県の帯状疱疹の疫学(宮崎スタディ)2)Yawn BP, et al. Mayo Clin Proc. 2007;82:1341-1349.3)国立感染症研究所 感染症流行予測調査グラフ 抗体保有状況の年度比較「水痘」4)Izurieta HS, et al. Clin Infect Dis. 2017;64:785-793.日本ペインクリニック学会 第52回大会■関連記事こどもとおとなのワクチンサイトが完成

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OAの痛みは「炎症性の痛み」+「痛みのブレーキ機能の減弱」

 2017年1月26日(木)、塩野義製薬株式会社/日本イーライリリー株式会社主催のプレスセミナー「変形性関節症に伴う痛みの治療戦略―今までとこれから―」が開催された。まず、島根大学医学部整形外科学教室 教授の内尾 祐司氏より、変形性関節症(OA)に伴う痛みが患者の日常生活に与える実態について、医師と患者を対象に実施された全国意識調査の結果1)を中心に語られた。続いて、日本イーライリリー株式会社 臨床開発医師 榎本 宏之氏より、デュロキセチン(商品名:サインバルタ)の「変形性関節症に伴う疼痛」への適応症追加について語られた。変形性関節症の有病率は高い 変形性関節症は、膝関節や股関節、足関節などによくみられる。なかでも変形性膝関節症は、診断上の患者数が2,530万人と推計され、40歳以上の有病率が男性で42.6%、女性で62.4%と非常に高いことがわかっている2)。そこで今回、変形性関節症に伴う痛みが生活に与える影響と治療実態を知る目的で、膝に痛みを認める患者とその治療を行う医師を対象にインターネット調査が実施された。変形性関節症が日常生活に与える影響は大きい それによると、96.7%の患者が変形性関節症に伴う痛みで日常生活に何らかの支障があると回答し、「立ち上がる、しゃがむなどの動作」、「階段の上がり下がり」、「正座」、「歩行」に関しては、半数以上が支障を来していた。また、普段家事をしている患者の62.2%が、変形性関節症に伴う痛みで家事に支障を来し、最も痛みがひどい時期には、71.6%以上が週2~3日以上支障があると回答した。患者の治療満足度は医師が考えるより低い 患者は、痛みがひどくなったり、長く続くようになったりすると医療機関を受診するが、「変形性関節症に伴う痛み」に対する現在の治療状況について満足しているかを患者に尋ねたところ、「同意する/ある程度同意する」と回答したのは42.8%であった。一方、自分の患者が治療に満足していると思うかを医師に尋ねたところ、56.3%が「同意する/ある程度同意する」と回答し、患者と医師の意識にギャップがあることがわかった。治療に満足していない患者の主な理由は、「期待していた鎮痛効果が得られなかったから」(65.6%)で、「これ以上痛みは軽減しないと思う」、「相談しても治療法を変えてくれなさそう」という理由から、満足していないことを医師に伝えていないことが多かった。変形性関節症の痛みは「持続する炎症性の痛み」+「痛みのブレーキ機能の減弱」 変形性関節症に伴う疼痛は、持続する炎症性の痛みだけでなく、痛みのブレーキ機能である下行性疼痛抑制系の機能減弱も原因の1つと考えられている3)。しかし、今回の調査で、85.5%の医師が変形性関節症に伴う痛みの発生機序は主に「炎症を含む侵害受容性疼痛である」と捉えていた。炎症性の痛みの緩和には非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が主に使われるが、下行性疼痛抑制系の機能減弱の改善は見込めない。変形性関節症患者の治療満足度が低い理由は、このあたりにあるのかもしれない。痛みのブレーキ機能はセロトニンとノルアドレナリンによって賦活化される 下行性疼痛抑制系は、神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンによって賦活化されることがわかっている。2016年12月には、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるデュロキセチンに、「変形性関節症に伴う疼痛」の適応症が追加され、国内臨床試験において痛みやQOLの改善が認められている。このような薬剤を用いて、末梢神経の侵害刺激だけでなく、中枢神経の機能の面からもアプローチすることで、変形性関節症の痛み治療は、患者にとって、より満足のいくものになるのではないだろうか。痛みを取り除き、治療の良循環を生むことが大切 変形性関節症を発症すると、「痛む→力が入らない→動けない→安静にする→筋力が弱る→軟骨がすり減る→痛む」という悪循環が生まれてしまう。しかし、痛みが取り除かれると、「力が入るようになる→動けるようになる→筋力が戻る→軟骨が保護される→運動療法が可能となる→力が入るようになる」という良循環が生まれ、患者のQOLやADLの向上が見込めると内尾氏は語る。そのため、変形性関節症に伴う痛みの発生メカニズムを考慮した治療を行い、しっかりと除痛することが最も重要であるといえるだろう。1)調査概要 監修:島根大学医学部整形外科学教室 教授 内尾 祐司 氏 調査日:2016年12月2日~3日 対象:変形性関節症患者516名    20歳以上男女(男性155名/女性361名)     医療機関で変形性関節症と診断され、現在治療中または治療を行っていた方     医療機関を受診した際、変形性関節症による痛みの症状が膝にあった方    変形性関節症の治療経験のある整形外科医110名 地域:全国 調査方法:インターネットアンケート調査(実査:株式会社マクロミル) 調査主体:塩野義製薬株式会社、日本イーライリリー株式会社2)Yoshimura N, et al. J Bone Miner Metab. 2009;27:620-628.3)矢吹省司ほか. 臨床整形外科. 2012; 47:127-134.

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慢性腰痛、うつ病合併で痛み増大

 神経障害性の腰痛にうつ病を合併している患者は、うつ病を合併していない患者よりも疼痛レベルが有意に高く、疼痛による障害の度合いが大きく、QOLも低いことが、東海大学の檜山 明彦氏らによる研究で明らかになった。これは、自己評価式抑うつ性尺度(SDS-Zung)およびPainDETECT日本語版(PDQ-J)を用いて、神経障害性の腰痛患者の抑うつ症状とQOLへの影響を評価した最初の研究である。European spine journal誌オンライン版2016年2月13日号の報告。 本研究の目的は、腰痛にうつ病を合併する患者、腰痛が神経障害性である患者の割合を調査し、彼らのQOLに与える影響を検討することであった。 2012年6月と13年12月の間に東海大学医学部付属病院を訪れた慢性腰痛患者650例のうち、腰痛とQOLについてのアンケートに回答した309例を対象に断面レトロスペクティブ研究を行った。アンケートには、SDS-Zung、PDQ-J、痛みの評価スケール(NRS)、QOL評価が用いられた。対象患者をSDS-Zungスコアに応じて2群に分け(スコア40未満:非うつ病群、スコア50以上:うつ病群)、両群を比較検討した。 主な結果は以下のとおり。・うつ病群が63例(20.4%)、非うつ病群が125例(40.5%)であった。・平均PDQ-Jスコアは、非うつ病群よりも、うつ病群で高かった。・神経障害性疼痛は、うつ病群の17例(27%)、非うつ病群の11例(9%)で認められ、うつ病群で多かった。・腰痛患者のSDS-ZungスコアとPDQ-Jスコアは、有意に相関していた(r=0.261、p<0.001)。・NRSスコアは、非うつ病群よりもうつ病群で高かった。・QOLスコアは、非うつ病群よりもうつ病群で低かった。 抑うつ症状を合併する神経障害性の腰痛は、早期に発見し、早期から治療を行うことで、治療効果の改善が期待できる。しかし、多くの腰痛患者の痛みは複合しているため(神経障害性疼痛・侵害受容性疼痛・心因性疼痛)、数種類の薬剤を使う必要があり、マネジメントは複雑となる。さらに研究を重ねることで、痛みや機能障害の原因、痛みと抑うつ症状の合併例に対する治療の有効性を明らかにし、腰痛患者のQOL向上につなげることが大切であると考えられる。

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患者の声を聴き、適切な治療選択を ~動き続けるための、膝の痛みの解消法の実際~

2013年9月24日(火)、ヤンセンファーマ株式会社主催の疼痛メディアセミナーが開催された。このセミナーで石島 旨章氏は、変形性膝関節症について講演。変形性膝関節症のわが国での実態や、解明されつつある病態、治療法について述べた。変形性膝関節症の痛みの要因膝関節の軟骨が摩耗し、関節に炎症や変形が生じる変形性膝関節症は、わが国では患者が約2,500万人、そのうち痛みを伴う患者は約800万人と推定されている。膝の痛みにより活動が制限され、移動能力が低下しロコモティブシンドロームにつながり、ひいては生命予後にも影響しかねない疾患である。変形性膝関節症の痛みは侵害受容性疼痛であるが、疼痛をもたらす要因として「炎症反応」と、軟骨の減少とともに関節が変形し、荷重を支える部位が狭くなり痛みを誘発する「生体力学的異常」がある。これに対し、診断に一般的に用いられる単純レントゲン検査は軟骨の厚みを間接的にみているにすぎず、症状と病態の連関が不十分で、レントゲンで診断できる段階では、軟骨だけでなく軟骨下骨や半月板などの組織にも障害が及んでいる。今後、患者の治療満足度の向上を図るためには、病態の解明を進め診断能力と進行予知能力を向上していく必要がある。進む病態研究現在は、とくに初期の変形性膝関節症をみていくために、バイオマーカーおよびMRIを用いて関節内の代謝異常と構造変化を詳細に評価し、疼痛との関連を評価する試みが進められている。この中で、近年の研究の進展とともに、疼痛に対する炎症の寄与はかなり初期の段階に限られており、変形性膝関節症が進行した状態では炎症の寄与は決して増加しないこと、また、初期の段階でも今まで認識できなかった構造異常に伴う生体力学的異常が起きていることが少しずつ解明されてきている。治療は非薬物療法と薬物療法変形性膝関節症の治療としては、現在は疾患修飾型治療が存在せず、既存の保存療法の選択肢の拡充とエビデンスを確立していくことが現在の課題である。保存療法では、運動療法を中心とした非薬物療法と薬物療法の併用がガイドライン*で推奨されており、薬物療法ではNSAIDsが推奨度Aとされ、広く用いられている。しかし、NSAIDsでは疼痛を改善できない患者も多数存在している。このようなNSAIDsが効かない疼痛に対し、海外ではオピオイドが有効であるとのエビデンスが、システマティクレビューにより報告されつつある(わが国ではオピオイドは本疾患への臨床経験がなく、ガイドラインに未掲載)。これについて前述の形態学的な話でいえば、構造変化に伴う生体力学的異常が進行している状態では、NSAIDsでの疼痛治療は困難と考えられ、このような場合にオピオイドの使用を考慮する余地がある。骨粗鬆症では治療により骨折を予防できる可能性が出てきた。変形性膝関節症ではその段階まで達していないが、病態の理解を丁寧に進めていくことで疾患の進行抑制につながるものと考えている。*変形性膝関節症の管理に関するOARSI(Osteoarthritis Research Society International)勧告:OARSIによるエビデンスに基づくエキスパートコンセンサスガイドライン(日本整形外科学会変形性膝関節症診療ガイドライン策定委員会による適合化終了版) (ケアネット 萩原 充)

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【CASE REPORT】腰椎圧迫骨折後の慢性腰痛症 症例解説

■症例:65歳 女性 腰椎圧迫骨折後の慢性腰痛症腰椎圧迫骨折の急性期に、NSAIDs抵抗性の侵害受容性疼痛に対してオピオイド鎮痛薬を段階的に導入して十分な鎮痛効果が得られ、痛みの緩和だけでなくADLの改善が達成された症例である。高齢者の腰椎圧迫骨折後の5年生存率は30%との報告(Lau E, et al. J Bone Joint Surg Am. 2008; 90: 1479-1486)もあり、腰椎圧迫骨折による疼痛(とくに体動時痛)→安静臥床の遷延→廃用症候群→寝たきり→誤嚥性肺炎→生命危機という経過が考えられる。オピオイド鎮痛薬は最も強力な鎮痛薬であることから、痛みの程度に応じて使用しADLを改善することはきわめて重要な意義を持つ。さらに、オピオイド鎮痛薬の導入にあたっては嘔気や便秘といった副作用対策も予防的に行われており、患者のオピオイド鎮痛薬に対する忍容性も達成されていた。本症例のように腰椎圧迫骨折後に痛みが遷延することは決して珍しくはない。しかしながら、このような遷延する痛みが骨折に伴う侵害受容性疼痛だといえるだろうか。言い換えると、「遷延する痛みが器質的な原因の結果として妥当であるか否か」ということだが、これは必ずしも明確に妥当であるとは言えないことが多い。確かに、本症例では、通常組織傷害が治癒すると考えられる3ヵ月を経過しても、体動とは無関係な持続痛が徐々に増悪・拡大しており、当初の腰椎圧迫骨折だけが痛みの原因とは考えにくい。したがって、われわれは非特異的腰痛症と診断した。このような症例に対して、オピオイド鎮痛薬の効果が明確では無いにもかかわらず、オピオイド鎮痛薬をやみくもに漸増し、さらに頓用薬を併用していたことは不適切であるといわざるを得ない。オピオイド鎮痛薬の使用にあたっては、1. Analgesia (オピオイド鎮痛薬を適切に使用し痛みを緩和させること)、2. Activities of daily living(オピオイド鎮痛薬の使用はADLを改善するためであることを医師が理解し患者に教育すること)、3. Adverse effects(オピオイド鎮痛薬による副作用対策を十分に実施すること)、4. Aberrant drug taking behavior(精神依存や濫用を含む不適切な使用を常に評価し、患者教育を行うこと)の頭文字をとって4Asという注意事項が知られている。本症例は急性期のAnalgesiaとAdverse effectsへの対処は適切であったと考えられるが、腰椎圧迫骨折から3ヵ月が経過した慢性期での対応については検討の余地がある。日本ペインクリニック学会が発行した「非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン」では、オピオイド鎮痛薬の使用目的として、痛みを単に緩和するだけでなくADLを改善するために使用することを推奨している。したがって、組織修復(骨癒合)がある程度進んだであろう時期には、痛みが残存している状況でもオピオイド鎮痛薬を増加させずに運動療法の導入やADL改善の意義について教育すべきであったと考えられる。このことは、慢性腰痛に対して長期安静がred flagとして認識されていることと同義である。よって本症例で慢性期に痛みが残存しておりオピオイド鎮痛薬を増量しても痛みが緩和しないことから、医師が安静を指示していたことは適切であるとは言い難い。また、器質的障害による疼痛(侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛)に対してオピオイド鎮痛薬を使用する場合には精神依存や濫用を引き起こしにくいことが基礎研究によって示されているが、この知見は言い換えるとオピオイド鎮痛薬を非器質的な疼痛に対して使用する場合には精神依存を防止し難いことを意味する。また、オピオイド鎮痛薬の血中濃度が乱高下すると精神依存を形成しやすい。したがって、日本ペインクリニック学会の指針でも、オピオイド鎮痛薬は器質的障害が明確な疼痛疾患に対して使用し、その使用時にはオピオイド鎮痛薬の血中濃度を一定にするために徐放製剤(2013年3月現在、非がん性慢性疼痛に対して保険適応を持つ製剤は、デュロテップMTパッチ®、トラムセット®、ノルスパンテープ®である)を使用することが推奨されている。また、このようなオピオイド鎮痛薬を使用する場合にも、非がん性慢性疼痛に対しては一日量として経口モルヒネ製剤120mg換算までにとどめることも推奨されている。これは、鎮痛薬を増量することとQOLの改善効果が必ずしも線形相関にはならず天井効果が現れることがあり、高用量では精神依存や濫用への懸念があるからである。さらに、オピオイド鎮痛薬の使用期間が長くなればなるほど精神依存や濫用、不適切使用が増加することも報告されており、オピオイド鎮痛薬の使用期間は可能な限り短期間にとどめなければならない。このほか、患者自身が鎮痛薬を管理する能力が低下している場合には、家族など患者の介護者にオピオイド鎮痛薬についての知識を教育し、その管理に関与するように指導することも重要である。本症例をまとめると、急性期の腰椎圧迫骨折に対してオピオイド鎮痛薬を早期から導入し、疼痛緩和とADLの改善を達成したことは適切であった。慢性期の腰痛に対して、オピオイド鎮痛薬を増量するとともに頓用させていた点は不適切であった。したがって、オピオイド鎮痛薬の使用にあたっては、治療指針などの推奨事項を十分に理解したうえで適切に使用し、そのことを患者に教育しなければならない。つまり、オピオイド鎮痛薬に対する精神依存や濫用の形成から患者を保護することは医師の義務であると同時に、これらが疑われる患者やオピオイド鎮痛薬の不適切使用が認められる患者に対しては、痛みの重症度にかかわらずオピオイド鎮痛薬を処方しないことは医師の権利であると考えている。

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【CASE REPORT】腰椎圧迫骨折後の慢性腰痛症 症例経過

■症例:65歳 女性 腰椎圧迫骨折後の慢性腰痛症自転車で転倒して腰部を打撲した直後から、腰部の持続痛と体動時の激痛を自覚し臥床して過ごしていた。近医整形外科を受診したところ腰椎レントゲン検査によって第4腰椎圧迫骨折と診断され、非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)を処方された。しかし疼痛、とくに体動時痛が非常に強いことから1%リン酸コデイン40mgを処方されたものの、疼痛に変化がなかった。そこで、転倒のエピソードから2週間目に塩酸モルヒネ散20mgを導入された。吐き気と便秘に対しては適切に制吐剤や緩下剤が使用されたため、オピオイド鎮痛薬による副作用はなかった。効果不十分のためモルヒネは30→50→60mgまで約2週間かけて漸増され、転倒から約1ヵ月後には持続痛と体動時痛のいずれも著明に改善し、日中も臥床して過ごしていた状態から体動時痛が増強しない程度に家事を行えるまでにADLは改善した。残存している痛みに対してモルヒネが漸増され、20~30mgずつ増量されると1~2週間程度は疼痛が緩和するが再び増悪することを繰り返すようになった。さらに、主治医から疼痛が増強しないように安静にするように指導されたことと、患者本人が体動時痛を過度に恐れることから、再び日中もほぼ臥床して過ごすようになりADLは低下していった。また、疼痛が増強した際の頓用薬には当初NSAIDsが処方されていたが、疼痛の増強の訴えに応じてモルヒネを頓用するように指導されていた。転倒から6ヵ月目にはモルヒネの服薬量は200mgになっていたが日中も臥床していることが多くなり家事のほとんどは夫が担当し、痛み以外に緩下剤に抵抗性の便秘や口渇、不眠も出現していた。モルヒネの頓用をしても鎮痛効果を実感していなかったが1日に数回はモルヒネの頓用を続けていた。転倒から約9ヵ月後、オピオイド鎮痛薬に抵抗性の難治性腰痛として当科を紹介され夫とともに受診した。当院受診時に下肢痛はなかったが、転倒当初の腰部に限局した疼痛ではなく腰背部全体の疼痛を訴え、痛みの増減は体動とは無関係であった。疼痛部位の感覚低下はなかった。また、両下肢の筋力低下は認められなかった。痛みの訴え以外には、不眠(入眠困難感と中途覚醒)を強く述べたが、夫から日中はしばしば傾眠傾向であることや夜間はいびきをかいて寝ていることが聴取された。患者本人は気分の落ち込みが強いが食欲はあり、夫が作った食事を食べておりADLの低下・不活動状態と相まって体重は増加していた。腰部MRIでは第4腰椎椎体に圧迫骨折所見があるが、新鮮な炎症所見や偽関節はなかった。現在の腰背部痛は、腰椎圧迫骨折に伴う侵害受容性疼痛ではなく、痛みの原因として妥当な器質的な障害を伴わない非特異的腰痛と診断した。オピオイド鎮痛薬の鎮痛効果を実感していないにもかかわらず、定期内服に加えて頓用を繰り返しており、オピオイド鎮痛薬の不適切使用(aberrant drug taking behavior)状態と評価した。モルヒネの頓用を禁止するとともに、1日量200mgから30mgずつ1週間毎に漸減し、夫にもモルヒネを中心とした鎮痛薬についての知識を教育しそれらの管理を患者と一緒に行うように指導した。加えて、痛みを理由とした行動制限を解除すること(具体的には、日中の臥床時間を減らすこと、積極的に家事に参加するようにすること)を指導し、ADLの改善とともに行動目標(散歩、ショッピング、家事全般)を段階的に増加させていった。当院初診から4ヵ月程度で腰痛は軽度残存しているが許容範囲内であり、不眠は解消した。モルヒネは漸減・中止でき、ADLおよびQOLは転倒前の状態に回復した。

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神経障害性疼痛の実態をさぐる

神経障害性疼痛が見逃されているたとえば熱いものを触ったり、刃物で切れば痛みを感じる。そういう通常の痛みを「侵害受容性疼痛」といいます。末梢神経の終末にある侵害受容器が刺激されたときに感じる痛みです。侵害受容性疼痛の中には炎症に伴って起こる炎症性疼痛も含まれますが、これらを合わせて生体を守るための生理的な疼痛と呼んでいます。一方、「神経障害性疼痛」は、末梢神経から脊髄、さらに大脳に至るまでの神経系に何かの障害が起こったときに、エラーとして生じる痛みです。生体を守る意義はなく、病的な疼痛と考えられています。このように、神経障害性疼痛と炎症性疼痛は区別して考える事になっています。ただし、臨床的には炎症が遷延し持続的に痛みのシグナルが入力されるような状態では、神経系はエラーとしての過敏性を獲得するため、炎症性疼痛が続いた結果起こる痛みと神経障害性疼痛は明確に区別できないと考えられています。多くの神経障害性疼痛は痛みの重症度が高く、患者さんのQOLは著しく低下します。神経障害性疼痛は、まだまだ医療者に浸透していない痛みの概念です。神経障害性疼痛であることが疑われないで治療されているケースも多くみられ、神経障害性疼痛には特別なスクリーニングが必要だと考えます。神経障害性疼痛のスクリーニング痛みと一口にいっても、ナイフで刺された時の痛みと、炎や熱に手をかざした時の痛みは、おのずと性質が違ってきます。神経障害性疼痛の患者さんの多くは、「ヒリヒリと焼けるような痛み」「電気ショックのような痛み」「痺れたような痛み」「ピリピリする痛み」「針でチクチク刺されるような痛み」といった特徴的な性質の痛みを訴えます。一方、炎症性疼痛の患者さんでは、ズキズキする、ズキンズキンするといった、明らかに痛みの性質が異なった訴えをします。痛みの性質の違いは、痛みの発生メカニズムの違いを表していると考えられています。患者さんの自覚的な訴えから痛みの種類を鑑別するために、痛みの問診票が各国で開発されています。私たちはドイツでつくられた「PainDETECT」の日本語版を許可を得て開発し、その妥当性の検証試験を行っています。痛みの性質、重症度、場所、範囲、時間的変化を1つの質問用紙に記入する形のもので、臨床で使いやすい問診票になっています。侵害受容性疼痛なのか神経障害性疼痛なのか、あるいは両方が混合している疼痛なのかを分類することができます。画像を拡大する痛みの具体性を評価する痛みのスクリーニングにおいて、痛みの性質と共に痛みの具体性を評価することが重要です。たとえば捻挫をした患者さんにどこが痛いか聞くと、「足首のここが痛い、足首を伸ばすと痛い」と明確な答えが得られます。これは痛みの具体性が高いといえます。一方、器質的な異常を伴わない非特異的腰痛や、外傷後の頸部症候群(むち打ち症)では、「腰のあたりが全体的に痛い」とか、「何となく首の周りが痛い」といった部位を特定しにくい漠然とした痛みを訴えることがあります。そのような場合は痛みの具体性が低いと評価します。痛みの具体性が高いときには身体的な問題、器質的な異常があり、痛みの具体性が低い場合は器質的な異常がない(少ない)と判断し、心因性疼痛の要素の有無を考えます。器質的異常の有無は薬物療法の適応を考える際に重要なポイントになりますので、痛みの性質と共に具体性を聞くことは非常に有用です。神経障害性疼痛が合併しやすい疾患神経障害性疼痛が多く見られる疾患は、糖尿病性ニューロパチー、帯状疱疹後神経痛、脊柱管狭窄症です。たとえば帯状疱疹では、神経にウイルスが棲んでいて神経の炎症や障害が起きます。日本での大規模な調査研究で、これまで神経障害性疼痛ではないと考えられていた腰痛や膝関節症を含む多くの慢性疼痛患者さんの中にも、神経障害性疼痛が含まれていることがわかってきました。首から背中、腰の痛みを訴える患者さんの実に約8割が、神経障害性疼痛だろうと推察される報告もあります。手術後の痛みは意外に調べられていない領域です。傷が治れば痛くないと医療者が思っているので、患者さんが痛みを訴えにくい環境があるようです。開胸手術後は6~8割、乳腺の術後には5~6割、鼠径ヘルニアの術後では3~4割の患者さんが傷が治った後にも痛みを持っていることがわかっています。もちろん手術後に遷延する痛みの病態のすべてが神経障害性疼痛ではありません。術後遷延痛には、神経障害性疼痛とも炎症性疼痛ともいえない独特のメカニズムがありそうだ、ということが分子生物学的な病態研究によってわかってきています。薬物療法による神経障害性疼痛の治療神経障害性疼痛の治療は、侵害受容性疼痛とは治療戦略がまったく異なります。基本的に消炎鎮痛薬は効果がありません。神経障害性疼痛の第一選択薬はCa2+チャネルα2δリガンドであるプレガバリン(商品名:リリカ)と三環系抗うつ薬です。第二選択薬としては、抗うつ薬セロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)のうちの一つであるデュロキセチン(商品名:サインバルタ)、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤(商品名:ノイロトロピン)、抗不整脈薬メキシレチン(商品名:メキシチールほか)です。第三選択薬は、麻薬性鎮痛薬(オピオイド鎮痛薬)です。まず初めにプレガバリンか三環系抗うつ薬を用います。効果が不十分であれば、いずれかに切り替えるか併用する。プレガバリンは添付文書では、朝と夕方に内服することになっていますが、私たちは就寝前の服用を勧めています。神経障害性疼痛の患者さんは痛みが強く不眠を訴える方が多いのですが、プレガバリンによる眠気の作用を逆に利用した服用方法です。プレガバリンの眠気は鎮静によって生じるものではなく、生理的な睡眠作用であることがわかっています。そのためか、患者さんもぐっすり眠れたという満足感を持つことが多いようです。そして第一選択薬で効果が不十分な場合は、第二選択薬への切り替え、あるいは第二選択薬との併用を行います。ただし三環系抗うつ薬とデュロキセチンの併用では、副作用として興奮・せん妄等のセロトニン症候群を起こす危険性があるので、三環系抗うつ薬とデュロキセチンは基本的に併用はしません。第二選択薬が無効な場合は、第三選択薬として麻薬性鎮痛薬(オピオイド鎮痛薬)を使います。非がん性の慢性疼痛に対して使えるオピオイド鎮痛薬は、トラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン配合錠(商品名:トラムセット)とフェンタニル貼付剤(商品名:デュロテップMTパッチ)が主なものです。ブプレノルフィン貼付剤(商品名:ノルスパンテープ)は変形性関節症、腰痛症のみが保険適応となっています。オピオイドは最も高い鎮痛効果を期待できますが、長期間使った場合に便秘や吐き気、日中の眠気などの副作用が問題になります。オピオイド鎮痛薬に対して精神依存を起こす患者さんもまれにですがいます。そのため、第一選択薬、第二選択薬が無効な場合にのみ使うことが推奨されています。オピオイド鎮痛薬使用における注意点非がん性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の使い方は、がん性疼痛とは異なります。がん性疼痛の場合は、上限を設けずに患者さんごとに投与量を設定し、痛みが続いている間は使い続けます。痛みが発作的に強まったときには頓用薬も用います。一方、非がん性の疼痛に対してオピオイド鎮痛薬を使用する場合は、経口のモルヒネ製剤換算で120mgを上限に設定することが推奨されています。オピオイド鎮痛薬の使用期間は極力最少期間にとどめ、痛みが強くなったときの頓用は推奨されていません。これらのオピオイド鎮痛薬の使用に制限を設けている理由は、すべて精神依存の発症リスクを抑えるためです。がん性疼痛と非がん性疼痛では、オピオイド鎮痛薬の使い方の原則が違うことをご理解いただきたいと思います。オピオイド鎮痛薬の精神依存は、器質的な痛みの患者さんでは基本的に発症しないことがわかっています。器質的ではない疼痛、すなわち痛みの具体性の低い患者さんでは精神依存を起こす可能性が高まるので、オピオイド鎮痛薬を積極的に使用すべきではないと考えています。うつ病や不安障害といった精神障害を合併している患者さんも、オピオイド鎮痛薬による精神依存を発症しやすいことがわかっています。最も強い鎮痛効果を求めるときは、われわれはオピオイド鎮痛薬とプレガバリンを併用しています。プレガバリンには抗不安作用があり、それがオピオイド鎮痛薬による吐き気の発生に対する予期不安を抑制し、制吐効果が期待できます。オピオイド鎮痛薬と三環系抗うつ薬の併用も強い鎮痛効果が期待できますが、吐き気、眠気、抗コリン作用による口渇などを相乗的に増強してしまうため推奨していません。

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【CASE REPORT】非器質的疼痛とオピオイド治療 症例解説

症例解説整形外科医がオピオイドを使用する場合においては、やはり最もオピオイドが効果的であることが知られている「侵害受容性疼痛」に対して治療を行うことが優先される。「侵害受容性疼痛」にはNSAIDsが効果を奏し、その効果が十分ではないときにオピオイドを使用することで治療効果が最大となる。しかし、難治性疼痛ではこのように単純な「侵害受容性疼痛」は少なく、「神経障害性疼痛」「中枢機能障害性疼痛(機能性疼痛症候群)」や「心因性疼痛」が存在することが知られている。心因性疼痛にはオピオイドを使用すると依存や耽溺、乱用となることが知られている。整形外科医が心因性疼痛の存在を診断することは、多科目連携治療アプローチとして精神科医が加わらない限りは難しい。がん性疼痛ならオピオイド治療には死亡という投与終了が規定されているが、非がん性疼痛の場合は、投与終了できない事もある。そのため、その適応には乱用や依存などを十分考慮することが必要である。この症例の場合、術後の難治性疼痛ということで、痛みの原因が不明であったのにもかかわらず、オピオイド治療を開始したところに問題がある。オピオイド治療はNSAIDsが効果的であり、かつその効果が不十分である症例で、つまり侵害受容性疼痛(XPなどで容易に医師が患者の痛みの程度を理解できるもの)が適切と考えられる1)、2)(表1)。画像を拡大するまたオピオイド治療は精神疾患罹患では依存、乱用の頻度が高くなること3)が知られており、その点でも不適切と考えられる。また37歳という若年では、オピオイドの依存が発生しやすいこと、60歳以上の高齢者の方がオピオイドの鎮痛効果が高いこと4)からも、オピオイドを若年に使用する時はとくに注意が必要であり、長期投与した場合のリビドーの低下や性ホルモンの低下5)なども考慮する必要がある。痛みは患者本人にしかわからないものであり、疼痛(顕示)行動から推察するしか無い。術後難治性疼痛は、その原因を明確にする事が困難である。この症例では、不動時に必ず認められる筋萎縮や骨萎縮が無いことからも精神科疾患も含めた心因性疼痛、機能性疼痛、中枢機能性障害性疼痛の範疇と考えられ、オピオイド治療については慎重であるべきである。参考文献1)三木健司.新薬と臨床.2011;60:1212-1218.2)三木健司ほか.運動器慢性疼痛とオピオイド.In:七川 歓次 監修. 前田 晃 ほか編.リウマチ病セミナーXXIII.永井書店;2012.p.155-161. 3)Edlund MJ, et al.Pain.2007; 129: 355-362.4)Buntin-Mushock C ,et al. Anesth Analg.2005; 100:1740-1745.5)Lin TC,et al.J Anesth. 2010;24:882-887. Epub 2010 Oct 1. << 症例経過へ

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【CASE REPORT】非器質的疼痛とオピオイド治療 症例経過

運動器慢性疼痛の分類通常、器質的な「痛み」は侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛に分類され、それ以外のものはしばしば心因性疼痛と分類される。心因性疼痛の定義は明確でなく、器質的疼痛でないものの中に機能性疼痛症候群、中枢機能障害性疼痛と心因性疼痛などが存在するという考え方を提唱するものもある(図1)。機能性疼痛症候群は、King's College LondonのSimon Wesselyが提唱した機能性身体症候群(Functional Somatic Syndrome :FSS)という概念に含まれるものである。FSSは諸検査で器質的あるいは特異的な病理所見を明らかにできない持続的で特徴的な身体愁訴を呈する症候群で、それを苦痛と感じて日常生活に支障を来しているために、さまざまな診療科を受診する。愁訴としては「さまざまな部位の痛み」「種々の臓器系の症状」「倦怠感や疲労感」が多く、代表例として過敏性腸症候群、慢性疲労症候群、線維筋痛症、脳脊髄液減少症、間質性膀胱炎、慢性骨盤痛などがある。FSSの病態のうち、不安、痛み、睡眠、食欲などの症状に脳内の神経伝達物質が関与していると考えられている。これらの中で中枢機能障害性疼痛(central dysfunctional pain)は痛みを主訴とするものであり、線維筋痛症はその代表例である。また整形外科で時々遭遇する術後疼痛症候群は、「痛み」の原因を特定することが難しい。痛みの機序には「侵害受容性疼痛」「神経障害性疼痛」「中枢機能障害性疼痛(機能性疼痛症候群)」のように分類されるが、ヒトの「痛み」はあくまで主観的なものであり、完全に分類することができるわけではない。さらに、ほとんどの痛みはこれらが複雑に絡み合った混合性疼痛であると考えられる。痛みに含まれるこれらの構成要素のバランスを考えることは、痛みの治療選択の大きな助けになる1)。画像を拡大する不適切なオピオイド処方例症例経過37歳女性 肩腱板断裂手術後難治性疼痛転倒し発症した肩腱板断裂に対して肩関節鏡視下に腱板縫合術が行われた。術後肩関節周囲部痛が出現し、肩の可動域訓練が行えなかった。再度、肩関節の手術が行われたが、疼痛は変わらなかった。その後CRPS(複合性局所疼痛症候群)を疑い、術後難治性疼痛と診断され、NSAIDsにて効果が無かったことからオピオイドであるププレノルフィン貼付薬(商品名:ノルスパンテープ)5mgの投与が開始された。しかし、効果が無かったことから同剤が20mgまで増量された。その後も鎮痛効果が認められないため、当科を紹介受診した。肩関節の専門医の診察でも肩関節周囲部痛を説明できる器質的疾患は認められなかった。また、本人の申告では患側の上肢はまったく使用できず、常に三角巾にて固定が必要ということであったが、筋萎縮、骨萎縮は認められず、交感神経の異常を示唆する皮膚温・発汗・皮膚のツルゴール・皮膚色の異常を認めなかった。骨シンチでも異常を認めなかった。厚生労働省CRPS判定指標2)では、CRPSの診断には至らなかった。当院では、「痛み」の原因が器質的疼痛(侵害受容性疼痛および神経障害性疼痛)ではなく、心因性疼痛、機能性疼痛、中枢機能障害性疼痛を含めた非器質的疼痛と判断した。よって、ププレノルフィン貼付薬は不適切と判断し、1週間毎に15mg、10mg、5mg、0mgと減量した。さらに、「痛み」を受容しながら運動療法を行うための認知行動療法的アプローチを行った。当院での診察の経過中に精神疾患罹患があることが判明した。ププレノルフィン貼付薬を減量しても疼痛は変化しなかったが、認知行動療法的アプローチを導入したことで運動療法、可動域訓練が行えるようになり、患側上肢が日常生活動作で使用できるようになり、肩関節の可動域もほぼ正常化した。参考文献1)三木健司ほか.Practice of Pain Management.2012;3: 240-247. 2)住谷昌彦ほか.Anesthesia 21 Century.2008;10: 1935-1940.症例解説へ >>

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中年期の広範囲の慢性疼痛リスク、少年期の知能指数1SD低下につき1.26倍上昇

 精神的因子は、慢性疼痛に関わる因子の一つと考えられていることから、英国・サウサンプトン大学のCatharine R. Gale氏らは、中年期の慢性疼痛について、少年期の知能との関連について調査した。その結果、少年期知能指数が低値になるほど中年期の慢性疼痛リスクは上昇すること、そのリスク上昇は、BMIが高いほど、また社会経済的階層が低くなるほど有意であることが明らかになったという。Pain誌2012年12月号の掲載報告。 研究グループは、1958年英国生まれの人を登録した全国小児発達サーベイから、男女6,902人について、少年期の知能と、成人期の慢性疼痛リスクとの関連について調査した。 被験者は、11歳時に一般知能指数試験を受け、45歳時点で、広範囲の慢性疼痛について、米国リウマチ学会診断基準(ACR)に基づく評価が行われた。ログ二項式回帰を用いて、性および潜在的な交絡因子、媒介因子を補正しリスク比(RR)と95%信頼区間(CI)を算出し評価した。 主な結果は以下のとおり。・ACR基準に基づく広範囲の慢性疼痛リスクは、知能指数が低下するほど段階的に上昇した(線形傾向p<0.0001)。・性補正後解析において、知能指数1SD低下に対する慢性疼痛のRRは1.26(95%CI:1.17~1.35)であった。・多変量後方段階的回帰解析において、少年期知能は、社会階級、教育達成レベル、BMI、喫煙状態、精神的ストレスとともに、慢性疼痛の独立した予測因子であり続けた(RR:1.10、95%CI:1.01~1.19)。・中年期の広範囲の慢性疼痛リスクに対する少年期知能の低さの影響は、BMIが高くなるほど、また社会経済的位置付けがより低くなるほど有意であった。・少年期に高い知能を有する男女はともに、成人期に慢性疼痛を報告する頻度は低いようである。

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整形外科領域にみる慢性疼痛

整形外科疼痛の特徴腰痛・関節痛といった整形外科領域の疼痛は慢性疼痛の3割以上を占め最も多い1)。なかでも腰痛が多く、肩および手足の関節痛がこれに続く2)。整形外科での痛みの発生頻度は年齢および性別により偏りがあるが、多くは変性疾患が原因となっていることから、50歳代頃から増加し60歳代、70歳代ではおよそ3割近くが痛みを訴える。高齢者においては、もはやコモンディジーズといっても過言ではないであろう。整形外科領域の痛みは慢性の経過をたどるものが多い。患者さんの訴えは「突然痛みが起こりました」と急性を疑わせるものが多いが、単純X線所見ではかなり時間経過した骨の変形が確認されることもしばしばであり、長期間にわたって徐々に進行し最終的に痛みが発症するケースが多いと考えられる。変性疾患の多くは荷重関節に生じ、加齢に伴い関節に痛みが起こる。日本人はO脚が多いため痛みは負荷がかかる膝関節に多くみられるのが特徴である。近年、食生活や生活習慣の変化に伴って肥満が多くなり、その傾向に拍車がかかっていることから、膝人工関節手術は年約10%の割合で増加している。また、肥満や運動不足との関係もあり、生活習慣病などの内科疾患との関連も深くなっている。一方、股関節の痛みは減少傾向である。出生時から足を真っすぐにしてオムツをしていた時代、日本人には臼蓋形成不全が多かったが、現在は紙おむつで足を開いている。その結果、臼蓋形成不全も先天性股関節脱臼も減少している。国民性の変化は整形外科治療に大きな影響をもたらしているといえるだろう。一昔前であれば、膝が曲がっていてもあきらめて治療を受けなかったが、今では膝が曲がっていると見た目も悪いし、痛いから手術したいという人が多くなっている。また、痛みがあれば家で寝ている人が多かったが、痛みを改善して運動や旅行をしたいなど積極的に治療を受ける患者さんが、多くなっている。慢性疼痛の病態慢性疼痛には、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、非器質性疼痛の三つの病態があるが、整形外科の患者さんでは約8割に侵害受容性疼痛の要素がみられる。疼痛の原因として多い変性疾患は軟骨の摩耗が原因であり、滑膜の炎症が併発して痛みを引き起こす。神経障害性疼痛も侵害受容性疼痛ほどではないが、整形外科領域でみられる痛みである。これは神経の損傷により起こる痛みであるが、以前はその詳細について十分に解明されておらず、また有効な治療薬がなかったため疼痛非専門医には治療が困難であった。しかし現在ではMRIなどの検査で診断可能であり、プレガバリンが末梢性神経障害性疼痛に効能・効果を取得したことにより、広く認知されてきた。侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛といった器質的疼痛のほかに機能性疼痛症候群がある。機能性疼痛症候群は諸検査で器質的所見や病理所見が明らかにできず、持続的な身体愁訴を特徴とする症候群である。その中には中枢機能障害性疼痛があり、線維筋痛症はその代表と考えられる。全身の筋肉、関節周囲などにわたる多様な痛みを主訴とし、種々の随伴症状を伴うが、その病態は明らかになっていない。治療アプローチ痛みの治療にあたっては、症状だけをみてに安易にNSAIDsで治療するのではなく、痛みの原因を明らかにすることが重要である。痛みの原因となるものには前述の変性疾患以外にも炎症性疾患や感染性疾患があるが、いずれによるものかを明らかにして、適切な評価と適切な原疾患の治療を行う。変性疾患の進行は緩徐であるため、極端にいえば治療を急がなくてもとくに大きな問題はない。炎症性疾患では、痛風やリウマチなど内科疾患の診断を行い、それぞれの適切な治療を速やかに行うことになる。感染性疾患は治療に緊急性を要し、中には緊急手術が必要となる場合もある。痛みの原因を調べる際には、危険信号を見逃さないようにする。関節疾患の多くは、触診、採血、単純X線検査などで診断がつき、内臓疾患との関連は少ないが、脊椎疾患では重大な疾患が潜在するケースがある。とくに、がんの脊椎転移は頻度が高く注意を要する。よって、高齢者で背中が痛いという訴えに遭遇した場合は、結核性脊椎炎などに加え、がんも念頭にておく必要がある。さらに、高齢者で特定の場所に痛みがあり、なおかつ継続している場合もがんである事が少なくない。また、感染性脊髄炎では、早期に診断し適切な治療を行わないと敗血症により死にいたることもある。このような背景から、1994年英国のガイドラインでred flags signというリスク因子の概念が提唱された。腰痛の場合、この危険信号をチェックしながら診療にあたることが肝要である3)。red flags sign発症年齢<20歳または>55歳時間や活動性に関係のない腰痛胸部痛癌、ステロイド治療、HIV感染の既往栄養不良体重減少広範囲に及ぶ神経症状構築性脊柱変形発熱腰痛診療ガイドライン2012より治療期間、治療目標、治療効果を意識すべし疼痛の治療期間は痛みの原因となる疾患によって異なる。たとえば変形性腰椎症など不可逆的な疾患では治療期間は一生といってもよく、急性の疾患であれば治療期間も週単位と短くなる。初診時にどのような治療がどれくらいの期間必要で、薬はどのくらい続けるかなどについて患者さんに説明し同意を得ておく必要がある。疼痛の診療にあたり、治療目標を設定することは非常に重要である。急性の場合は痛みゼロが治療目標だが、慢性の場合は痛みをゼロにするのは困難である。そのため、痛みの軽減、関節機能の維持、ADLの改善が治療目標となる。具体的には、自力で歩行できる、以前楽しんでいた趣味などが再開できる、買い物などの外出ができる、睡眠がよくとれる、仕事に復帰できる、などのようなものである。痛みは主観的なものであり、本人の感覚で弱く評価したり、疼痛(顕示)行動で強く訴えたりする。そのため、効果判定はADLの改善を指標として行う。患者さんへの聞き方として、少し歩けるようになったか、家事ができるようになったか、以前よりもどういう不自由さがなくなったかなどが具体的である。患者さんの痛みの訴えだけを聞いて治療しているとオーバードーズになりがちであるが、ADLの改善をチェックしていると薬剤用量と効果、副作用などのかね合いが判定できる。たとえば、痛みが少し残っていてもADLの改善が目標に達していれば、オーバートリートメントによる薬剤の副作用を防止できるわけである。痛みと寝たきりの関係寝たきり高齢者の医療費や介護費は一人年間300~400万といわれる。日本では寝たきりの高齢者が非常に多い。この高齢者の寝たきりの原因の第2位は痛みであることをご存じだろうか。痛みによりADLが落ち、寝たきり傾向になる。すると筋肉や関節機能が低下して痛みがより悪化し、重度の寝たきりになっていくという悪循環に陥る。寝たきりから自立するためには、痛みを減らして動いてもらうことが重要なのである。動くことで筋力がつき姿勢が矯正され痛みが改善する。バランスも良くなるので寝たきりの原因となる転倒も減るという好循環を生み出す。痛みの診療における運動の重要性は近年非常に注目されている。参考文献1)平成19年度国内基盤技術調査報告書2007;1-222)平成22年9月 厚生労働省「慢性の痛みに関する検討会」今後の慢性の痛み対策について(提言)3)矢吹省司:ガイドライン外来診療2012:P.243

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概論:慢性疼痛治療(2)

痛みをとるのが難しい疾患確実な診断がついているにも関わらずなかなか治りにくい痛みは、神経障害性疼痛の要素を持っている慢性疼痛である。脊柱管狭窄症はいろいろな要素が混在しているので治りにくい。痛みがとれてもしびれが強いので患者はなかなか満足しない。手術後に、いつまでも痛みがとれない患者も多い。術創はすっかり治っているが傷跡が痛いという患者が結構いる。とくに肺野の手術では肋骨と肋骨の間を切り開くので、肋間神経が損傷され慢性疼痛となるケースが多い。手術は必要不可欠なものであるが、それ自体が慢性痛の発生源となってしまうこともあり、当然であるがその施行は慎重であるべきといえる。お年寄りに多いのは変形性膝関節症である。レントゲンをとれば確実に診断はつくが、なかなか痛みは治りにくい。程度によって薬物療法、装具療法、筋力増強、ヒアルロン酸関節内投与、人工関節置換術という治療体系となっている。さらによく遭遇する痛みで治りにくいのは、帯状疱疹後の神経痛である。確実に診断はつくのだがなかなか治らない。また、脳梗塞や脳出血を発症後に痛みが出現することがあるが、これも治りにくい。痛み経路の神経細胞が障害され、体中のどこにでもやっかいな痛みが出現する。これらの非常に治りにくい慢性疼痛の治療では、痛みを完全に取り除くことはなかなか困難なので、患者個々に治療ゴールを設定することが必要である。ゴールは痛みをゼロとすることではなく、QOLの向上にある。VASによる評価で20~30くらいが目安であることを患者に認識してもらうことで、満足度の向上を目指したい。解明されてきた神経障害性疼痛のメカニズム神経障害性疼痛の病態はこの10年間で研究が進み、痛みが発生するメカニズムがかなりわかってきた。それにより、ただ神経が障害されて痛みが生じるだけではなく、体内から神経障害を起こす物質が分泌されることが明らかになった。リン脂質から出るリゾホスファチジン酸や、ケガをすると必ず生じる神経成長因子が神経障害性疼痛の要因になる。神経障害性疼痛時に増えてくるTRP受容体の存在もわかってきた。TRP受容体は熱を痛みとして感じる受容体だが、神経障害があると通常なら反応しないような37℃のお湯でもTRP受容体が過敏になり痛みとして感じる。神経は神経線維がばらばらにならないようにグリアというバンドで束ねられている。グリアは神経を束ねる役目だけでなく、痛みの信号がくると活性化し、神経を刺激して痛みを起こす要因になることもわかってきた。また慢性の痛みは、脊髄より上位の視床、帯状回、前頭前野、扁桃体などを巻き込んでいることが判明してきた。このように痛みにはさまざまな要素がある。今後の疼痛治療は、これらの具体的な発生メカニズムに焦点を当てたものになっていくだろう。画像を拡大する進む医療者の疼痛教育疼痛治療の発展に寄与することを目的とした非営利団体JPAP®(Japan Partners Against Pain)は、2003年11月に設立され今年で活動10年になる。主な活動方針は次の2つである。(1)疼痛における最新知見や薬剤の適正使用等に関する情報を広く提供し、医療に貢献する。(2)疼痛に関する社会的理解と協力を得るための教育および啓発活動を実施する。現在会員数は約2500名で、緩和ケアに従事する医師、看護師、薬剤師、理学療法士などが会員である。現在の活動の中心は、がん患者の痛み治療である。講演会や症例検討会の実施、関連学会で展示ブースの出展などを行っている。緩和ケアチームの病院内外でのアピールやネットワークづくりのために、各地の優れた緩和ケアチームを表彰する活動も行っている。会員は現在募集中で、入会者には、がん性疼痛の適切な治療について解説したスライドキットを提供している。痛みの治療に関心のある医療者は、ぜひJPAPにご入会いただければと思う。JPAP®(Japan Partners Against Pain)

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概論:慢性疼痛治療(1)

慢性疼痛患者の7割が治療に満足していない痛みには、急性疼痛と慢性疼痛がある。外傷、熱傷、術後などに発生する急性疼痛に関しては、どの医療機関でもそれほど問題なく治療が行われていると思う。一般的な鎮痛薬や麻薬製剤、麻酔科的な手技で、急性疼痛は十分に管理できるからである。問題は慢性疼痛である。慢性疼痛患者は日本にどのくらいいるのか。2011年の中村らの調査1)では成人人口の約15%、2012年の矢吹らの調査2)では約23%の有病率であり、全国でおよそ2,000万人の方がたが慢性疼痛で苦しんでいると推計される。その慢性疼痛の中で圧倒的に多いのが腰痛であり、ついで肩、膝など運動器疼痛が、女性では肩こりや頭痛も多い。慢性疼痛患者の8割以上が整形外科を受診している。それではどのくらいの慢性疼痛患者が治療に満足しているか。いくつかの統計があるが、大体7割の患者が治療に満足していない、という残念な結果が出ている3)。なぜ満足しないか、一番の理由は、「痛みやしびれがとれないから」である。2番目の不満足の理由には、「納得のいく説明が得られないから」が上がっている。確かに慢性疼痛は除痛が難しい。なぜ痛みがとれないのか。圧倒的に多い腰痛について考えてみると、実は腰痛の85%は痛みの原因がわからない非特異的腰痛なのである4)。原因がわかる腰痛は、完全な圧迫骨折や脊柱管狭窄症、ヘルニアなど15%に過ぎない。そのため、原因に見合った治療が行えていないのである。原因がはっきりしないため、患者に満足のいく説明もしにくいのであろう。画像を拡大する画像を拡大する「侵害受容性疼痛」と「神経障害性疼痛」の鑑別痛みを発生する要因はたくさんあるが、「侵害受容性疼痛」「神経障害性疼痛」「心因性疼痛」と3つに分類することができる。侵害受容性疼痛とは、包丁で手を切ったとか、打撲やヤケドをしたといった侵害を受けたために生じる痛みである。神経障害性疼痛は、末梢神経系や中枢神経系における損傷や機能障害に起因する痛みである。心因性疼痛とは、文字通り心理的原因に由来する痛みである。実は慢性腰痛のほとんどの患者が何らかの心理社会的な問題を抱えていることがわかっているが、今回はこの心因性疼痛は除外して考える。画像を拡大する画像を拡大する慢性疼痛の治療をする場合に最も重要な点は、侵害受容性疼痛なのか、神経障害性疼痛なのか、あるいは混合性なのかを鑑別することである。痛みの種類により、効く薬が異なってくる。たとえば非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、炎症のある侵害受容性疼痛であれば効くが、炎症は治まっているものの痛みだけが残る神経障害性疼痛にはほとんど効果がない。腰が痛いと患者が訴えると、NSAIDsで済ませてしまうケースが多々みられるが、神経障害性疼痛の要素が強い腰痛の場合にはNSAIDsは効かないのである。神経障害性疼痛には、神経の異常な興奮を抑えるための抗けいれん薬(Caチャネルα2δリガンド)とか、ノルアドレナリンやセロトニンに作用して痛みを抑える抗うつ薬を第一選択で使う。それでも効果がない場合は、痛みを感じる部位を直接抑えるオピオイド製剤を用いる。まず弱いオピオイド薬であるトラマドール製剤(配合剤を含む)を使い、さらに効果のない場合は強いフェンタニルやモルヒネなども組み合わせて使う。画像を拡大するごく普通の診察が最も重要であるプライマリケアで痛みの患者さんを診療する場合、まずは神経障害性疼痛という病態があることを理解することが一番重要だと思う。たとえば、腰痛であればNSAIDsを使用することが多い。ところが、とくに慢性腰痛の痛みには、神経障害性疼痛の病態を非常に色濃く含んでいる患者がいる。その場合は、NSAIDsの効果は弱く、抗けいれん薬が奏効することになる。神経障害性疼痛を診断するために最も必要なのは特別な検査ではなく、ごく普通の診察である。腰痛患者に、足のほうに響くしびれとか神経に沿った放散痛がある、また通常なら痛くない程度の軽い刺激で痛がるアロディニアがある。このような症状を呈する場合は、神経障害性疼痛の要素が強いといえる。たとえば帯状疱疹を触ると痛がる患者もいるし、痛がらない患者もいる。神経障害性疼痛の要素が多いか少ないかは、そのような普通の診察で推察することができる。また慢性疼痛の診断ではred flags(赤旗)といって、絶対に見逃していけない危険な疾患への注意も欠かせない。たとえば腰痛の場合では、がんの脊椎転移とか感染性脊椎炎などがred flagsであり、完全な麻痺が生じたり生命に関わる疾患である。めったに遭遇しないが、red flagsを見逃さないように注意深く診察することも必要である。概論:慢性疼痛治療(2)へ続く >>引用文献1)Nakamura M, et al. J Orthop Sci. 2011;16:424-432.2)矢吹省司ほか. 臨整外. 2012;47:127-134.3)服部政治ほか. ペインクリニック. 2004; 25: 1541-1551.4)Deyo RA, et al. JAMA. 1992;268:760-765.

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