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突如として発生して瞬く間に広がりすぐに消え去っていく、咳と高熱のみられる流行病はギリシャ・ローマ時代から記録があり、このような流行病は周期的に現われてくるところから、16世紀のイタリアの星占いたちは星や寒気の影響によるものと考え、influence(影響)すなわちinfluenzaと呼ぶようになったといわれている。国内では、天保6(1835)年に出版された医書「医療生始」に、インフリュエンザ(印弗魯英撤)という病名が書かれているが、その字は、インド・フランス・ロシア・イギリスなどから撒き散らされる病気、という意味のように読み取れる。インフルエンザの病原体1891年 ドイツのコッホ研究所の Pfeifferと北里柴三郎が、インフルエンザ患者の鼻咽頭から小型の桿菌を発見し、1892年インフルエンザの病原体として発表しているが、1933年インフルエンザウイルスによってインフルエンザの病原体としては否定された。しかしその業績は高く評価され、その後も、本菌の学名として「Haemophilus influenzae: ヘモフィルス・インフルエンザ 」が使用されてきている。ヒトのインフルエンザウイルスは、1933年に初めて分離されたが、そのきっかけとなったのは、1931年ブタのインフルエンザからの分離である。これらから、インフルエンザという症状からつけられた疾病は、インフルエンザウイルスによって生じる感染症であることが明らかとなった。しかし、微生物学が進歩するにつれていろいろな微生物の存在が明らかとなり、さらにその病原診断が速やかになってくると、インフルエンザという症状の病気=インフルエンザウイルスの感染 となるわけではなく、インフルエンザという病名に一致した症状を呈しながら他の病原体による感染症であったり、またインフルエンザという病名とは異なる症状でありながらインフルエンザウイルスが検出されたりすることがある、ということも明らかになってきた。また、インフルエンザウイルス感染に伴い、急性脳症およびその他の中枢神経障害・精神異常・心循環器障害・肝障害・運動器障害など、さまざまな病態像を呈することも明らかになってきた。インフルエンザウイルスはウイルス粒子内の核蛋白複合体の抗原性の違いから、A・B・Cの3型に分けられ、このうち流行的な広がりを見せるのはA型とB型である。A型ウイルス粒子表面には赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白があり、HAには16の亜型が、NAには9つの亜型がある。これらはさまざまな組み合わせをして、ヒト以外にもブタやトリなどその他の宿主に広く分布している。インフルエンザとは人の病気の病名であるが、インフルエンザウイルス感染症は、広く動物界に分布しているといえる。ウイルスの表面にあるHAとNAは、同一の亜型内で 抗原性を毎年のように変化させるため、A型インフルエンザは巧みにヒトの免疫機構から逃れ、流行し続ける。これを連続抗原変異(antigenic drift)または小変異という。いわばマイナーモデルチェンジで基本的に同じ形が少しずつ姿を変えることになる。連続抗原変異によりウイルスの抗原性の変化が大きくなれば、A型インフルエンザ感染を以前に受け、免疫がある人でも、再び別のA型インフルエンザの感染を受けることになる。その抗原性に差があるほど、感染を受けやすく、また発症したときの症状も強くなる。そしてウイルスは生き延びることになる。さらにA型は数年から数10年単位で、突然別の亜型に取って代わることがある。これを不連続抗原変異(antigenic shift)または大変異という。これはいわばインフルエンザウイルスのフルモデルチェンジで、つまり「新型インフルエンザウイルスの登場」ということになる。人々は新に出現したインフルエンザウイルスに対する抗体はないため、感染は拡大し地球規模での大流行(パンデミック)となり、インフルエンザウイルスは息をふきかえしたようにさらに生き延びる。2009年新型インフルエンザ(パンデミック):1918年に始まったスペイン型インフルエンザ(A/H1N1)は39年間続き、1957年からはアジア型インフルエンザ(A/H2N2)が発生し、その流行は11年続いた。その後1968年に香港型インフルエンザ(A/H3N2) が現われ、ついで1977年ソ連型インフルエンザ (A/H1N1)が加わり、小変異を続けてきた。2009年北アメリカ固有のブタのインフルエンザA/H1N1(スペイン型由来と考えられる)に、北アメリカの鳥インフルエンザウイルス、ヒトのインフルエンザウイルス、ユーラシアのブタインフルエンザの遺伝子が北アメリカのブタ体内で集合したと考えられるインフルエンザウイルス感染者が検知され、「ブタ由来(swine lineage)インフルエンザ:A/H1N1 swl」と命名された。ウイルスの亜型はH1N1タイプなのでA/H1N1(ソ連型)が変化したもので「新型」とはいえないのではないかという考えもあったが、その遺伝子構造はこれまでのH1N1(ソ連型)とはかなり異なるものであったため、「新型」インフルエンザウイルス(novel influenza virus)とされた。現在WHOではウイルスはPandemic influenza A (H1N1) 2009 virus。疾病名は「Pandemic influenza (H1N1) 2009」と呼んでいる。国内での2010/2011インフルエンザシーズンは、A/H3N2(香港型)、A/H1N1 pdm 2009およびB型が混在した流行で、A/H1N1(ソ連型)は消失した。2011/12シーズンは、A/H3N2(香港型)、およびB型が混在した流行で、A/H1N1 pdm 2009 はほとんど見られていなかった。インフルエンザの疫学状況わが国のインフルエンザは、毎年11月下旬から12月上旬頃に発生が始まり、翌年の1~3月頃にその数が増加、4~5月にかけて減少していくというパターンであるが、流行の程度とピークの時期はその年によって異なる(図1)。2009年は、新型インフルエンザ(パンデミック2009)の登場によって、著しくそのパターンは異なっている。わが国におけるインフルエンザの状況は、以下のようなサーベイランスシステムによって行われており、その結果は国立感染症研究所感染症情報センターのホームページで見ることができる(国立感染症研究所感染症情報センター:インフルエンザ http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/index.html)1)インフルエンザ患者発生状況:インフルエンザは感染症法の第五類定点把握疾患に定められており、全国約5,000カ所のインフルエンザ定点医療機関(小児科約3,000、内科約2,000)より報告がなされている。報告のための基準は以下の通りであり、臨床診断に基づく「インフルエンザ様疾患(influenza like illness: ILI)の報告である。診断した医師の判断により、症状や所見から当該疾患が疑われ、かつ、以下の4つの基準を全て満たすもの1.突然の発症2.38℃を超える発熱3.上気道炎症状4.全身倦怠感等の全身症状定点は保健所に報告を行い、保健所は都道府県等の自治体に、自治体は国(厚生労働省)にその報告を伝達し、感染研情報センターがこれを集計・解析・還元している(図1)。図1インフルエンザ流行曲線全国5,000カ所のインフルエンザ定点医療機関からの報告http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/weeklygraph/01flu.html2)病原体(インフルエンザウイルス)サーベイランスインフルエンザ定点の約10%は検査定点として設定され、検体を各地方の衛生研究所(地研)などに送付する。地研ではウイルス分離や抗原分析を行う。分離ウイルスに関する詳細な分析については、各地研および国立感染症研究所ウイルス3部インフルエンザウイルス室で行われ、感染研情報センターがこれを集計、解析、還元している(図2)。国内で分離されたウイルスの薬剤耐性に関する情報も公開されている。図2週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数http://www.nih.go.jp/niid/images/iasr/rapid/infl/2012_49w/sinin1_121213.gif3)感染症流行予測事業によるインフルエンザ免疫保有状況一般健康者より血液の提供を受け、地研でインフルエンザ抗体保有状況を測定し、それを感染研において全国データとして集計する。調査結果については、インフルエンザシーズン前に感染症情報センターホームページ等を通じ公表される。4)その他のインフルエンザサーベイランスシステム感染症発生動向調査を補い、インフルエンザ流行初期にその拡大やピークを把握することを目的として、1999年度よりインフルエンザ定点(5,000定点)のうち約1割を対象に、インターネットを利用した「インフルエンザによる患者数の迅速把握事業(毎日患者報告)」を実施している。また、有志の医師による「MLインフルエンザ流行前線情報データベース(ML-flu)」が行われているが、両者による流行曲線は非常に良く相関している。(MLインフルエンザ流行前線情報データベース :http://ml-flu.children.jp)インフルエンザ流行の社会へのインパクトの評価には超過死亡(インフルエンザ流行に関連して生じたであろう死亡)数を用いる。「インフルエンザ疾患関連死亡者数迅速把握」事業により、16都市が参加し、インフルエンザ・肺炎死亡の迅速把握も行われている。シーズン終了後の事後的解析に加え、シーズン中の対策に生かせるように、週単位の「インフルエンザ・肺炎死亡」による超過死亡数の迅速な把握に並行し、解析および情報還元が行われるようになっている。(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/inf-rpd/index-rpd.html)」