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「江戸」の底力?(コメンテーター:後藤 信哉 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(130)より-

複数の新規経口抗凝固薬が静脈血栓塞栓症・心房細動の脳卒中予防におけるワルファリンに対する非劣性、優越性を示すランダム化試験を行なった。 HOKUSAIは江戸時代の葛飾北斎由来、試験されたEdoxabanは「江戸」キサバンで、日本の新薬開発力を世界に問う試験であった。 対象症例は静脈血栓および肺血栓塞栓症であった。急性期にはヘパリン治療を行い、その後ワルファリンに切り換えるか、エドキサバンに切り換えるかをランダム化して比較した。血栓イベント、出血イベントは両群ともに少ない。また、全体像としてみれば血栓イベントよりも出血イベントの方が多い。既に血栓イベントを起こした症例に限局しても患者集団全体への抗血栓介入への疑問を示唆する。 日本からは209例の症例が登録されているが、試験の中枢に寄与している日本人研究者は極めて少ない。経口抗Xa薬としてのスタートは欧州、米国企業に遅れたが、臨床研究は他国に依存しなくてはならなくても、プロダクトとしての薬剤の開発には日本に底力があることを示せることが期待される。

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新規抗凝固薬、ワルファリンに非劣性-静脈血栓塞栓症の再発-/NEJM

 経口第Xa因子阻害薬エドキサバン(商品名:リクシアナ)は、症候性静脈血栓塞栓症(VTE)の治療において、有効性がワルファリンに非劣性で、安全性は優れていることが、オランダ・アムステルダム大学のHarry R Buller氏らが行ったHokusai-VTE試験で示された。VTEは、心筋梗塞や脳卒中後にみられる心血管疾患として3番目に頻度が高く、北米では年間70万人以上が罹患しているという。従来の標準治療は低分子量ヘパリン+ビタミンK拮抗薬だが、ヘパリンの前投与の有無にかかわらず、新規経口抗凝固薬の有効性が確立されている。本研究は、2013年9月1日、アムステルダム市で開催された欧州心臓病学会(ESC)で報告され、同日付けのNEJM誌オンライン版に掲載された。最大1年投与の有用性を非劣性試験で評価 Hokusai-VTE試験は、ヘパリンを投与された急性VTE患者の治療において、エドキサバンのワルファリンに対する非劣性を評価する二重盲検無作為化試験。対象は、年齢18歳以上で、膝窩静脈、大腿静脈、腸骨静脈の急性症候性深部静脈血栓症(DVT)または急性症候性肺塞栓症(PE)の患者とした。 被験者は、非盲検下にエノキサパリンまたは未分画ヘパリンを5日以上投与された後、二重盲検、ダブルダミー下にエドキサバンまたはワルファリンを投与する群に無作為に割り付けられた。エドキサバンの投与量は60mg/日とし、腎機能障害(Ccr:30~50mL/分)、低体重(≦60kg)、P糖蛋白阻害薬を併用している患者には30mg/日が投与された。投与期間は3~12ヵ月で、治験担当医が患者の臨床的特徴や意向に応じて決定した。 有効性の主要評価項目は症候性VTEの発症率、安全性の主要評価項目は大出血または臨床的に重大な出血の発症率であり、ハザード比(HR)の95%信頼区間(CI)上限値が1.5未満の場合に非劣性と判定することとした。重症PE患者ではVTE発症が48%低減 2010年1月~2012年10月までに日本を含む37ヵ国439施設から8,292例が登録され、エドキサバン群に4,143例、ワルファリン群には4,149例が割り付けられた。治療を受けなかった患者を除く、それぞれ4,118例(DVT 2,468例、PE 1,650例、平均年齢55.7歳、男性57.3%、体重≦60kg 12.7%、Ccr 30~50mL/分 6.5%)、4,122例(2,453例、1,669例、55.9歳、57.2%、12.6%、6.6%)がmodified intention-to-treat集団として解析の対象となった。 12ヵ月間の治療が施行されたのは40%であった。エドキサバン群の服薬遵守率は80%であり、ワルファリン群の治療域(INR:2.0~3.0)達成時間の割合は63.5%だった。 有効性の主要評価項目は、エドキサバン群が3.2%(130例)、ワルファリン群は3.5%(146例)で、HRは0.89、95%CIは0.70~1.13であり、非劣性マージンが満たされた(非劣性のp<0.001)。安全性の主要評価項目は、エドキサバン群が8.5%(349例)、ワルファリン群は10.3%(423例)で、HRは0.81、95%CIは0.71~0.94と、有意な差が認められた(優越性のp=0.004)。他の有害事象の発症率は両群で同等であった。 PE患者のうち938例が右室機能不全(NT-proBNP≧500pg/mL)と判定された。この重症PEのサブグループにおける主要評価項目の発症率はエドキサバン群が3.3%と、ワルファリン群の6.2%に比べ有意に低値であった(HR:0.52、95%CI:0.28~0.98)。 著者は、「重症PEを含むVTE患者に対し、ヘパリン投与後のエドキサバン1日1回経口投与は、有効性が標準治療に劣らず、出血が有意に少なかった」とまとめ、「本試験では、有効性の評価は治療期間の長さにかかわらず12ヵ月時に行われており、実臨床で予測されるアウトカムをよりよく理解できるデザインとなっている」と指摘している。

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機械弁患者にはダビガトランよりワルファリン/NEJM

 人工心臓弁置換術を行った人に対し、ダビガトラン(商品名:プラザキサ)投与はワルファリン(同:ワーファリンほか)投与に比べ、血栓塞栓症・出血イベントリスクが増大することが明らかになった。カナダ・マックマスター大学のJohn W. Eikelboom氏らがダビガトラン用量検証のための第2相臨床試験を行った結果、報告した。ダビガトランは心房細動患者においてワルファリンに代わる選択肢になることが示されている。NEJM誌オンライン版2013年9月1日号掲載の報告より。被験者を2対1に無作為化、ダビガトランとワルファリンをそれぞれ投与 研究グループは、3ヵ月以上前または7日以内に、大動脈弁または僧帽弁置換術を行った患者を対象に、ダビガトランの用量検証のための第2相臨床試験を行った。試験は10ヵ国39施設において被験者を無作為に2対1の割合で割り付け、ダビガトランとワルファリンをそれぞれ投与して行われた。 ダビガトラン投与量については、被験者の腎機能に応じて、初期投与量150、220、300mgを、いずれも1日2回投与した。また、ダビガトラン投与量について血中濃度が50ng/mL以上になるよう調整した。ワルファリン投与量については、国際標準化比(INR)を血栓塞栓症リスクに応じて2~3、2.5~3.5となるよう調整した。 主要エンドポイントは、ダビガトランのトラフ血漿中濃度だった。ダビガトラン群の血栓塞栓症・出血イベントリスクが増大 試験は、ダビガトラン群の血栓塞栓症と出血イベントが過剰に発生したことを受けて、被験者252例(ダビガトラン群168例、ワルファリン群84例)を登録後、早期中止となった。 解析の結果、ダビガトラン群のうち用量調整や投与中止が必要だった人は、162例中52例(32%)だった。虚血性または不特定の脳卒中の発生は、ダビガトラン群9例(5%)に対し、ワルファリン群ではなかった。 重大出血の発生は、ダビガトラン群7例(4%)に対し、ワルファリン群は2例(2%)だった(p=0.48)。なお重大出血を呈した両群の患者全員に、心膜出血が認められた。あらゆる出血の発生は、ダビガトラン群45例(27%)、ワルファリン群10例(12%)だった(ハザード比:2.45、95%信頼区間:1.23~4.86、p=0.01)。 これらの結果を踏まえて著者は、「ダビガトランは、人工心臓弁置換術を受けた患者において、血栓塞栓症予防に関する有効性がワルファリンと同様ではなく、また出血リスクを増大することが示された」と結論している。

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肺動脈性肺高血圧症に新薬の有効性が示される―新規デュアルエンドセリン受容体拮抗薬―/NEJM

 肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療において、マシテンタン(国内未承認)はイベント発生および死亡を有意に抑制することが、メキシコ・Ignacio Chavez国立心臓研究所のTomas Pulido氏らが行ったSERAPHIN試験で示された。現行のPAH治療薬(エンドセリン[ET]受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ5[PDE5]阻害薬、プロスタサイクリンなど)は、運動耐容能を主要評価項目とする短期的な試験(12~16週)に基づいて臨床導入されているという。デュアルET受容体拮抗薬マシテンタンは、ET受容体拮抗薬ボセンタンの化学構造を改良して有効性と安全性を向上させた新規薬剤で、受容体結合時間の延長と組織透過性の増強を特徴とする。NEJM誌2013年8月29日号掲載の報告。長期投与の有用性を、イベント発生を指標に無作為化試験で評価 SERAPHIN試験は、症候性PAH患者の治療におけるマシテンタン長期投与の有用性を評価する二重盲検プラセボ対照無作為化試験。対象は、年齢12歳以上で、特発性または遺伝性PAH、結合組織疾患関連PAH、先天性全身肺シャントに伴うPAH、薬物・毒物に起因するPAHであった。 被験者は、プラセボ、マシテンタン3mg、同10mgをそれぞれ1日1回経口投与する群のいずれかに無作為に割り付けられた。試験登録時に、PAH治療としてET受容体拮抗薬を除く経口薬または吸入薬を安定的に使用していた患者は、併用してよいこととした。 主要評価項目は、治療開始から複合エンドポイント[死亡、心房中隔裂開術、肺移植、プロスタノイド(静注または皮下投与)の開始、PAH増悪]の初回発生までの期間であった。既治療例、未治療例の双方に有効 2008年5月~2009年12月までに39ヵ国151施設から742例が登録され、プラセボ群に250例、マシテンタン 3mg群に250例、同10mg群に242例が割り付けられた。平均治療期間は、それぞれ85.3週、99.5週、103.9週であった。 ベースライン時の全体の平均年齢は45.6歳、女性76.5%、PAH診断後の期間2.7年、特発性PAH 55.0%、結合組織疾患関連PAH 30.5%、6分間歩行距離360m、PDE5阻害薬の使用61.4%、経口または吸入プロスタノイドの使用5.4%、抗凝固療法51.2%であった。 複合エンドポイントの発生率は、プラセボ群が46.4%、3mg群が38.0%、10mg群は31.4%であった。プラセボ群に対する3mg群のハザード比(HR)は0.70(97.5%信頼区間[CI]:0.52~0.96、p=0.01)、10mg群のHRは0.55(97.5%CI:0.39~0.76、p<0.001)であり、いずれも有意な差が認められた。複合エンドポイントのうち、PAH増悪の頻度が最も高かった(プラセボ群:37.2%、3mg群:28.8%、10mg群:24.4%)。 6ヵ月時の6分間歩行距離は、プラセボ群が平均9.4m短縮したのに対し、3mg群は7.4m(p=0.01)、10mg群は12.5m(p=0.008)有意に延長した。また、6ヵ月時のWHO機能分類はプラセボ群が平均13%改善したのに比べ、3mg群は20%(p=0.04)、10mg群は22%(p=0.006)有意に改善した。 有害事象の発症率はプラセボ群が96.4%、3mg群が96.0%、10mg群は94.6%で、重篤な有害事象の発症率はそれぞれ55.0%、52.0%、45.0%であった。マシテンタン群で頻度の高い有害事象として、頭痛、鼻咽頭炎、貧血が認められた。 著者は、「このイベント主導型試験では、マシテンタンによる長期的な治療はPAH患者のイベント発生および死亡を有意に抑制した」とまとめ、「マシテンタンの効果は、ベースライン時のPAH治療の有無にかかわらず認められた」としている。

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Vol. 1 No. 3 超高齢者の心房細動管理

小田倉 弘典 氏土橋内科医院1. はじめに本章で扱う「超高齢者」についての学会や行政上の明確な定義は現時点でない。老年医学の成書などを参考にすると「85歳以上または90歳以上から超高齢者と呼ぶ」ことが妥当であると思われる。2. 超高齢者の心房細動管理をする上で、まず押さえるべきこと筆者は、循環器専門医からプライマリーケア医に転身して8年になる。プライマリーケアの現場では、病院の循環器外来では決して遭うことのできないさまざまな高齢者を診ることが多い。患者の症状は全身の多岐にわたり、高齢者の場合、自覚・他覚とも症状の発現には個人差があり多様性が大きい。さらに高齢者では、複数の健康問題を併せ持ちそれらが複雑に関係しあっていることが多い。「心房細動は心臓だけを見ていてもダメ」とはよくいわれる言葉であるが、高齢者こそ、このような多様性と複雑性を踏まえた上での包括的な視点が求められる。では具体的にどのような視点を持てばよいのか?高齢者の多様性を理解する場合、「自立高齢者」「虚弱高齢者」「要介護高齢者」の3つに分けると、理解しやすい1)。自立高齢者とは、何らかの疾患を持っているが、壮年期とほぼ同様の生活を行える人たちを指す。虚弱高齢者(frail elderly)とは、要介護の状態ではないが、心身機能の低下や疾患のために日常生活の一部に介助を必要とする高齢者である。要介護高齢者とは、寝たきり・介護を要する認知症などのため、日常生活の一部に介護を必要とする高齢者を指す。自立高齢者においては、壮年者と同様に、予後とQOLの改善という視点から心房細動の適切な管理を行うべきである。しかし超高齢者の場合、虚弱高齢者または要介護高齢者がほとんどであり、むしろ生活機能やQOLの維持の視点を優先すべき例が多いであろう。しかしながら、実際には自立高齢者から虚弱高齢者への移行は緩徐に進行することが多く、その区別をつけることは困難な場合も多い。両者の錯綜する部分を明らかにし、高齢者の持つ複雑性を“見える化”する上で役に立つのが、高齢者総合的機能評価(compre-hensive geriatric assessment : CGA)2)である。CGAにはさまざまなものがあるが、当院では簡便さから日本老年医学会によるCGA7(本誌p20表1を参照)を用いてスクリーニングを行っている。このとき、高齢者に立ちはだかる代表的な問題であるgeriatric giant(老年医学の巨人)、すなわち転倒、うつ、物忘れ、尿失禁、移動困難などについて注意深く評価するようにしている。特に心房細動の場合は服薬管理が重要であり、うつや物忘れの評価は必須である。また転倒リスクの評価は抗凝固薬投与の意思決定や管理においても有用な情報となる。超高齢者においては、このように全身を包括的に評価し、構造的に把握することが、心房細動管理を成功に導く第一歩である。3. 超高齢者の心房細動の診断超高齢者は、自覚症状に乏しく心房細動に気づかないことも多い。毎月受診しているにもかかわらず、ずっと前から心房細動だったことに気づかず、脳塞栓症を発症してしまったケースを経験している医師も少なくないと思われる。最近発表された欧州心臓学会の心房細動管理ガイドライン3)では、「65歳以上の患者における時々の脈拍触診と、脈不整の場合それに続く心電図記録は、初回脳卒中に先立って心房細動を同定するので重要(推奨度Ⅰ/エビデンスレベルB)」であると強調されている。抗凝固療法も抗不整脈処方も、まず診断することから始まる。脈は3秒で測定可能である。「3秒で救える命がある」と考え、厭わずに脈を取ることを、まずお勧めしたい。4. 超高齢者の抗凝固療法抗凝固療法の意思決定は、以下の式(表)が成り立つ場合になされると考えられる。表 抗凝固療法における意思決定1)リスク/ベネフィットまずX、Yを知るにはクリニカルエビデンスを紐解く必要がある。抗凝固療法においては、塞栓予防のベネフィットが大きい場合ほど出血リスクも大きいというジレンマがあり、高齢者においては特に顕著である。また超高齢者を対象とした研究は大変少ない。デンマークの大規模コホート研究では、CHADS2スコアの各因子の中で、75歳以上が他の因子より著明に大きいことが示された(本誌p23図1を参照)4)。この研究は欧州心臓学会のガイドラインにも反映され、同学会で推奨しているCHA2DS2-VAScスコアでは75歳以上を2点と、他より重い危険因子として評価している。また75歳以上の973人(平均81歳)を対象としたBAFTA研究5)では、アスピリン群の年間塞栓率3.8%に比べ、ワルファリンが1.8%と有意に減少しており、出血率は同等で塞栓率を下回った。一方で人工弁、心筋梗塞後などの高齢者4,202人を対象とした研究6)では、80歳を超えた人のワルファリン投与による血栓塞栓症発症率は、60歳未満の2.7倍であったのに対し、出血率は2.9倍だった。スウェーデンの大規模研究7)では、抗凝固薬服用患者において出血率は年齢とともに増加したが、血栓塞栓率は変化がなかった。また80歳以上でCHADS2スコア1点以上の人を対象にしたワルファリンの出血リスクと忍容性の検討8)では、80歳未満の人に比べ、2.8倍の大出血を認め、CHADS2スコア3点以上の人でより高率であった。最近、80歳以上の非弁膜症性心房細動の人のみを対象とした前向きコホート研究9)が報告されたが、それによると平均年齢83~84歳、CHADS2スコア2.2~2.6点という高リスクな集団において、PT-INR2.0~3.0を目標としたワルファリン治療群は、非治療群に比べ塞栓症、死亡率ともに有意に減少し、大出血の出現に有意差はなかった。このように、高齢者では出血率が懸念される一方、抗凝固薬の有効性を示す報告もあり、判断に迷うところである。ひとつの判断材料として、出血を規定する因子がある。80歳以上の退院後の心房細動患者323人を29か月追跡した研究10)によると、出血を増加させる因子として、(1)抗凝固薬に対する不十分な教育(オッズ比8.8)(2)7種類以上の併用薬(オッズ比6.1)(3)INR3.0を超えた管理(オッズ比1.08)が挙げられた。ワルファリン服用下で頭蓋内出血を起こした症例と、各因子をマッチさせた対照とを比較した研究11)では、平均年齢75~78歳の心房細動例でINRを2.0~3.0にコントロールした群に比べ、3.5~3.9の値を示した群は頭蓋内出血が4.6倍であったが、2.0未満で管理した群では同等のリスクであった。さらにEPICA研究12)では、80歳以上のワルファリン患者(平均84歳、最高102歳)において、大出血率は1.87/100人年と、従来の報告よりかなり低いことが示された。この研究は、抗凝固療法専門クリニックに通院し、ワルファリンのtime to therapeutic range(TTR)が平均62%と良好な症例を対象としていることが注目される。ただし85歳以上の人は、それ以外に比べ1.3倍出血が多いことも指摘されている。HAS-BLEDスコア(本誌p24表3を参照)は、抗凝固療法下での大出血の予測スコアとして近年注目されており13)、同スコアが3点以上から出血が顕著に増加することが知られている。このようにINRを2.0~3.0に厳格に管理すること、出血リスクを適切に把握することがリスク/ベネフィットを考える上でポイントとなる。2)負担(Burden)超高齢者においては、上記のような抗凝固薬のリスクとベネフィット以外のγの要素、すなわち抗凝固薬を服薬する上で生じる各種の負担(=burden)を十分考慮する必要がある。(1)ワルファリンに対する感受性 高齢者ほどワルファリン抗凝固作用に対する感受性が高いことはよく知られている。ワルファリン導入期における大出血を比べた研究8)では、80歳以上の例では、80歳未満に比べはるかに高い大出血率を認めている(本誌p25図2を参照)。また、高齢者ではワルファリン投与量の変更に伴うINRの変動が大きく、若年者に比べワルファリンの至適用量は少ないことが多い。前述のスウェーデンにおける大規模研究7)では、50歳代のワルファリン至適用量は5.6mg/日であったのに対し、80歳代は3.4mg/日、90歳代は3mg/日であった。(2)併用薬剤 ワルファリンは、各種併用薬剤の影響を大きく受けることが知られているが、その傾向は高齢者において特に顕著である。抗菌薬14)、抗血小板薬15)をワルファリンと併用した高齢者での出血リスク増加の報告もある。(3)転倒リスク 高齢者の転倒リスクは高く、転倒に伴う急性硬膜下血腫などへの懸念から、抗凝固薬投与を控える医師も多いかもしれない。しかし抗凝固療法中の高齢者における転倒と出血リスクの関係について述べた総説16)によると、転倒例と非転倒例で比較しても出血イベントに差がなかったとするコホート研究17)などの結果から、高齢者における転倒リスクはワルファリン開始の禁忌とはならないとしている。また最近の観察研究18)でも、転倒の高リスクを有する人は、低リスク例と比較して特に大出血が多くないことが報告された。エビデンスレベルはいずれも高くはないが、懸念されるほどのリスクはない可能性が示唆される。(4)服薬アドヒアランス ときに、INRが毎回のように目標域を逸脱する例を経験する。INRの変動を規定する因子として遺伝的要因、併用薬剤、食物などが挙げられるが、最も大きく影響するのは服薬アドヒアランスである。高齢者でINR変動の大きい人を診たら、まず服薬管理状況を詳しく問診すべきである。ワルファリン管理に影響する未知の因子を検討した報告19)では、認知機能低下、うつ気分、不適切な健康リテラシーが、ワルファリンによる出血リスクを増加させた。 はじめに述べたように、超高齢者では特にアドヒアランスを維持するにあたって、認知機能低下およびうつの有無と程度をしっかり把握する必要がある。その結果からアドヒアランスの低下が懸念される場合には、家族や他の医療スタッフなどと連携を密に取り、飲み忘れや過剰服薬をできる限り避けるような体制づくりをすべきである。また、認知機能低下のない場合の飲み忘れに関しては、抗凝固薬に対する重要性の認識が低いことが考えられる。服薬開始時に、抗凝固薬の必要性と不適切な服薬の危険性について、患者、家族、医療者間で共通認識をしっかり作っておくことが第一である。3)新規抗凝固薬新規抗凝固薬は、超高齢者に対する経験の蓄積がほとんどないため大規模試験のデータに頼らなければならない。RE-LY試験20)では平均年齢は63~64歳であり、75歳を超えるとダビガトランの塞栓症リスクはワルファリンと同等にもかかわらず、大出血リスクはむしろ増加傾向を認めた21)。一方、リバーロキサバンに関するROCKET-AF試験22)は、CHADS2スコア2点以上であるため、年齢の中央値は73歳であり、1/4が78歳以上であった。ただし超高齢者対象のサブ解析は明らかにされていない。4)まとめと推奨これまで見たように、80歳以上を対象にしたエビデンスは散見されるが85歳以上に関する情報は非常に少なく、一定のエビデンス、コンセンサスはない。筆者は開業後8年間、原則として虚弱高齢者にも抗凝固療法を施行し、85歳以上の方にも13例に新規導入と維持療法を行ってきたが、大出血は1例も経験していない。こうした経験や前述の知見を総合し、超高齢者における抗凝固療法に関しての私見をまとめておく。■自立高齢者では、壮年者と同じように抗凝固療法を適応する■虚弱高齢者でもなるべく抗凝固療法を考えるが、以下の点を考慮する現時点ではワルファリンを用いるINRの変動状況、服薬アドヒアランスを適切に把握し、INRの厳格な管理を心がける併用薬剤は可能な限り少なくする導入初期に、家族を交えた患者教育を行い、服薬の意義を十分理解してもらう導入初期は、通院を頻回にし、きめ細かいINR管理を行う転倒リスクも患者さんごとに、適切に把握するHAS-BLEDスコア3点以上の例は特に出血に注意し、場合により抗凝固療法は控える5. 超高齢者のリズムコントロールとレートコントロール超高齢者においては、発作性心房細動の症状が強く、直流除細動やカテーテルアブレーションを考慮する場合はほとんどない。また発作予防のための長期抗不整脈薬投与は、永続性心房細動が多い、薬物の催不整脈作用に対する感受性が強い、などの理由で勧められていない23)。したがって超高齢者においては、心拍数調節治療、いわゆるレートコントロールを第一に考えてよいと思われる。レートコントロールの目標については、近年RACEII試験24,25)において目標心拍数を110/分未満にした緩徐コントロール群と、80/分未満にした厳格コントロール群とで予後やQOLに差がないことが示され注目されている。同試験の対象は80歳以下であるが、薬剤の併用や高用量投与を避ける点から考えると、超高齢者にも適応して問題ないと思われる。レートコントロールに用いる薬剤としてはβ遮断薬、非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬のどちらも有効である。β遮断薬は、半減期が長い、COPD患者には慎重投与が必要である、などの理由から、超高齢者には半減期の短いベラパミルが使用されることが多い。使用に際しては、潜在化していた洞不全症候群、心不全が症候性になる可能性があるため、投与初期のホルター心電図等による心拍数確認や心不全徴候に十分注意する。6. 超高齢者の心房細動有病率米国の一般人口における有病率については、4つの疫学調査をまとめた報告26)によると、80歳以上では約10%とされており、85歳以上の人では男9.1%、女11.1%と報告されている27)。日本においては、日本循環器学会の2003年の健康診断症例による研究28)によると、80歳以上の有病率は男4.4%、女2.2%であった。また、2012年に報告された最新の久山町研究29)では、2007年時80歳以上の有病率は6.1%であった。今後高齢化に伴い、超高齢者の有病率は増加するものと思われる。7. おわりにこれまで見てきたように、超高齢者の心房細動管理に関してはエビデンスが非常に少なく、特に抗凝固療法においてはリスク、ベネフィットともに大きいというジレンマがある。一方、そうしたリスク、ベネフィット以外にさまざまな「負担」を加味し、包括的に状態を評価し意思決定につなげていく必要に迫られる。このような状況では、その意思決定に特有の「不確実性」がつきまとうことは避けられないことである。その際、「正しい意思決定」をすることよりももっと大切なことは、患者さん、家族、医療者間で、問題点、目標、それぞれの役割を明確にし、それを共有し合うこと。いわゆる信頼関係に基づいた共通基盤を構築すること1)であると考える。そしてそれこそが超高齢者医療の最終目標であると考える。文献1)井上真智子. 高齢者ケアにおける家庭医の役割. 新・総合診療医学(家庭医療学編) . 藤沼康樹編, カイ書林, 東京, 2012.2)鳥羽研二ら. 高齢者総合的機能評価簡易版CGA7の開発. 日本老年医学会雑誌2010; 41: 124.3)Camm J et al. 2012 focused update of the ESC Guidelines for the management of atrial fibrillation.An update of the 2010 ESC Guidelines for the management of atrial fibrillation Developed withthe special contribution of the European Heart Rhythm Association. 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虚血性脳卒中の一次予防における予測能についての、新しいアルゴリズムQ Strokeと従来のアルゴリズムとの比較―前向きオープン試験―(コメンテーター:山本 康正 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(115)より-

英国では、冠状動脈疾患や虚血性脳卒中・一過性脳虚血発作などの心血管病の危険因子や予測因子は、QRISK2で代表されるようなアルゴリズムが広く一般医の臨床現場で電子化され使用されている。 今回、QRISK2に項目を追加して「Q Stroke」という、脳卒中・一過性脳虚血発作予測の絶対リスクを算出できるようなアルゴリズムを作成した。QRISK2の項目は、人種、年齢、性、喫煙(なし、喫煙経験、1日10本以下、10~19本、20本以上、に程度分類)、心房細動、収縮期血圧、総コレステロール/HDLコレステロール、Body Mass Index、冠状動脈疾患の家族歴、出身地、高血圧、関節リウマチ、CKD、1型糖尿病、2型糖尿病であるが、Q Strokeではこれに、冠状動脈疾患、心不全、弁膜疾患を追加した。 脳卒中・一過性脳虚血発作のない患者で電子化されたデータを集積し再解析すると、Derivation cohort 354万9,478人(平均追跡7年)から7万7,578人、validation cohort 189万7,168人(平均追跡6.7年)から3万8,404人の脳卒中・TIAが発症した。Q StrokeとFramingham stroke equationを比較すると、ROC値、R2、D統計量はいずれもQ Strokeで高く、予測アルゴリズムとして良好であった。validation cohortで心房細動を有する7,683人を限定して10年間追跡すると、890人の脳卒中・TIAが発症した(21%で抗凝固療法が追加されていた)。 CHADS2、CHA2DS2VASc は頻用されているが、Q Strokeのリスク予測能は、ROC値、R2、C統計量でいずれも、とくに男性でより高かった。657人(9%)はQ Strokeではhigh risk、CHADS2でlow riskとなり、その10年の絶対リスクは19%、650人(9%)でQ Strokeではlow risk、CHADS2でhigh riskとなり、10年のリスクは8%となった。両方のアルゴリズムともにhigh riskは25.4%であった。 すなわち、Q Stroke における予測能はCHADS2より(CHA2DS2VAScでは僅差となるが)優れており、抗凝固療法の選択においてQ Strokeを参考にすることで、不要な抗凝固療法を避けたり、抗凝固療法が必要な例を見出したりできる可能性がある。Q Strokeのみにみられる、喫煙(量反応性あり)、脂質異常、BMI、関節リウマチ、CKDなどの因子にも注目する必要があるかもしれない。

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第16回 診療ガイドライン その2: 「沿う」以上に重要な「適切なガイドライン」作り!!

■今回のテーマのポイント1.ガイドラインに沿った診療は紛争化リスクを低減する2.ガイドラインに沿った診療をしていれば、違法と判断される危険性は低い3.実医療現場に沿った適切なガイドラインの作成が課題である事件の概要患者X(54歳)は、4日前より持続する呼吸困難、動悸を認めたため、平成15年10月29日、Y病院を受診したところ、重症心不全および心房細動と診断され、加療のため同日入院となりました。主治医Aは、同日よりXに対し、心不全の治療として酸素投与と利尿薬、カテコラミンの投与を、心房細動に対しヘパリン、翌日よりワルファリンカリウム(商品名:ワーファリン)(2㎎/日)を開始しました。11月4日には、トイレへ歩行しても呼吸苦を認めなくなりました。11月7日、経食道心エコーを行ったところ、左房内に明らかな血栓を認めなかったものの、モヤモヤエコーが描出されました。明らかな血栓がなかったことから、A医師は、Xに対し、電気的除細動を行ったところ、1度は正常洞調律に戻りましたが、その後、心房性期外収縮が頻発するなど不整脈が出現していました。なお、11月6日のXのPT-INRは1.15でした。Xに対するワーファリン®の投与量は、11月4日より3㎎/日に、9日より4㎎/日と順次増量しましたが、10日退院時のPT-INRは1.2でした。A医師は、心不全および心房細胞が改善したこと、Xが退院を希望したことから、ワーファリン®を4.5㎎/日として、10日に退院としました。しかし、翌11日午後7時半頃、Xは、自宅にて右片麻痺が出現し、救急搬送されたものの、脳塞栓症にて右不全麻痺と失語症が残存することとなりました。これに対し、Xは、1)電気的除細動の適応がなかったこと、2)ワーファリン®による抗凝固療法が十分ではなかったにもかかわらず電気的除細動を行ったこと、3)電気的除細動後、抗凝固療法が不十分であったにもかかわらず退院させたことなどを争い、Y病院に対し、約1億5,200万円の損害賠償を請求しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過患者X(54歳)は、4日前より持続する呼吸困難、動悸を認めたため、平成15年10月29日、Y病院を受診したところ、重症心不全および心房細動と診断され、加療のため同日入院となりました。胸部単純X線上、著明な肺鬱血を認め、心エコー上、左室駆出率は24%、心嚢液貯留を認めました。主治医Aは、同日よりXに対し、心不全の治療として酸素投与と利尿薬、カテコラミンの投与を、心房細動に対しヘパリン、翌日よりワーファリン®(2㎎/日)を開始しました。11月4日には、トイレへ歩行しても呼吸苦を認めなくなったものの、5日に行われた心エコーでは、左室駆出率21%、左房径50㎜、左室拡張末期径64㎜であり、拡張型心筋症様でした。11月7日、経食道心エコーを行ったところ、左房内に明らかな血栓を認めなかったものの、モヤモヤエコーが描出されました。明らかな血栓がなかったことから、A医師は、Xに対し、電気的除細動を行ったところ、1度は正常洞調律に戻りましたが、その後、心房性期外収縮が頻発するなど不整脈が出現していました。なお、11月6日のXのPT-INRは1.15でした。Xに対するワーファリン®の投与量は、11月4日より3㎎/日に、9日より4㎎/日と順次増量しましたが、10日退院時のPT-INRは1.2でした。A医師は、心不全および心房細胞が改善したこと、Xが退院を希望したことから、ワーファリン®を4.5㎎/日として、10日に退院としました。しかし、翌11日午後7時半頃、Xは、自宅にて右片麻痺が出現し、救急搬送されたものの、脳塞栓症にて右不全麻痺と失語症が残存することとなりました。事件の判決1)電気的除細動の適応がなかったこと平成13年ガイドラインでは、除細動により自覚症状や血行動態の改善が期待される場合には、電気的除細動の適応があるとされていること、同ガイドラインでは、除細動しても再発率が高く、効果が期待できない例として、(1)心房細動の持続が1年以上の慢性心房細動、(2)左房径が5センチメートル以上、(3)過去に除細動歴が2回以上、(4)患者が希望しないという条件が1つでもある場合は、積極的な除細動を勧めていないところ、(1)については判断できないが、(2)については11月5日の左房径は5センチメートルとぎりぎりの基準であったこと、同ガイドラインでは、重症心不全では、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされていることなどから、平成13年ガイドラインから逸脱していない。・・・・・・(中略)・・・・・・すなわち、前記医学的知見に示した、平成13年ガイドラインによれば、重症心不全の場合、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされているところ、前記認定のとおり、本件除細動時、原告は重症心不全の状態にあったこと、前記前提事実によれば、原告は、本件入院時から本件除細動時の約10日間心房細動が持続していたこと等が認められることから、平成13年ガイドラインによって照合しても電気的除細動を行う適応があったといえる。2)ワーファリンによる抗凝固療法が十分ではなかったにもかかわらず電気的除細動を行ったこと前記前提となる医学的知見によれば、心房細動の持続が48時間以上となると左房内に血栓が形成されて塞栓症を起こす危険が高まること、心房細動では、除細動後、洞調律に戻った後に一過性の機械的機能不全が生じ、この時期に心房内に血栓が形成され、機械的興奮が回復してから血栓が剥がれて飛んで塞栓症の原因となると考えられていること、日本では、INR2程度を目標とすることとされていること、平成13年ガイドラインによれば、心拍数が毎分99以下の発作性心房細動の項で、心房細動の持続時間が48時間を超える場合には、経食道心エコーにて左房内血栓の有無を確認し、無ければヘパリン投与下で除細動を行うとされていることが認められる。そして、前記認定事実によれば、原告のINRは、10月29日に1.15、11月4日に1.14、6日に1.15だったこと、A医師は、本件除細動前に、原告に対して経食道心エコーを行い、左房・左心耳内に血栓がないことを確認したこと、本件除細動時、ヘパリンを投与していたこと等が認められる。以上を総合すると、D医師が電気的除細動の実施に際し、抗凝固の目標値であるINR2~3でワーファリン2をかなり下回るINR1.5程度で本件除細動を行ったことは塞栓症のリスク管理という点から疑問がないとは言えないが、A医師はガイドラインの指針に従って、経食道心エコーにより、左房・左心耳内に血栓がないことを確認し、ヘパリン投与下で本件除細動を行ったのであり、鑑定意見及び医学的知見に照らすと、INRが2程度になる様に抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務があったとまではいえない。3)電気的除細動後、抗凝固療法が不十分であったにもかかわらず退院させたこと平成13年ガイドラインで、電気的除細動施行後はワーファリンによる抗凝固療法(INR2~3)を4週間継続することが推奨されていること、ヘパリンとワーファリンの併用方法としては、ワーファリンの抗凝固療法の効果が出るまでに約72時間ないし96時間を要するため、INRが治療域に入ってからヘパリンを中止することが勧められていることが認められる。前記前提事実及び前記認定事実によれば、A医師は、原告退院時、ワーファリンを従前の4錠(4ミリグラム)から4.5錠(4.5ミリグラム)に増量した上で退院させていることが認められる。しかし、前記前提事実及び前記認定事実によれば、原告の退院時のINRは1.20と、平成13年ガイドラインの推奨するINRの値及び重大な塞栓症が発症する可能性の高いINR1.6を相当下回っていたこと、鑑定書によれば、原告は心不全を合併していたことから特に、脳塞栓症の発生リスクが高まっていたことが認められる。そして、前記認定事実によれば、原告が本件脳梗塞を発症した後の11月13日のINRは1.21であることが認められ、脳梗塞発症時には抗凝固療法のレベルがINR1.2前後であったことが推認できる。・・・・・・(中略)・・・・・・以上の事実を総合すると、原告の退院時の抗凝固レベルは不十分かつ塞栓症発生の危険が高い状態であり、原告退院後、ワーファリン増量の効果が発現するのになお数日を要する状態であったのであるから、A医師には、入院を継続してヘパリンによる抗凝固療法を中止することなく併用しつつ、ワーファリンの投与量を調節して推奨抗凝固レベルを確保する入院を継続させて原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間、特段の事情がない限り、入院を継続し、原告の状態を観察する注意義務があったといえる。・・・・・・(中略)・・・・・・よって、A医師は原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間、入院を継続し、原告の状態を観察する注意義務を怠ったといえる。(岐阜地判平成21年6月18日)ポイント解説今回も、前回に引き続きガイドラインについて解説いたします。前回解説したように、ガイドラインは、裁判所が医療水準を判断する際の重要な資料であり、裁判所はおおむねガイドラインに沿った判断をしていることから、ガイドラインに反した診療をした場合には、「過失」と判断されやすいといえます。それでは、「ガイドラインに沿った診療をしていた場合には、裁判所はどのような判断をするのか?」が今回のテーマとなります。「事件の判決」で挙げている3つの争点について、裁判所は、いずれも日本循環器学会が作成したガイドラインを引用し、過失判断をしています。そして、1)においては、「平成13年ガイドラインによれば、重症心不全の場合、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされているところ、前記認定のとおり、本件除細動時、原告は重症心不全の状態にあったこと、前記前提事実によれば、原告は、本件入院時から本件除細動時の約10日間心房細動が持続していたこと等が認められることから、平成13年ガイドラインによって照合しても電気的除細動を行う適応があったといえる」と判示し、過失がなかったとしています。第14回で解説したように、判決は法的三段論法(図1)で書かれているところ、1)における大前提(規範定立)は、「平成13年ガイドラインによれば、重症心不全の場合、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされている」であり、ガイドライン=規範となっています。そして、ガイドライン=規範に本件事案は反していないこと(小前提)から過失はなかった(結論)としているのです。同様に、2)においても、ガイドラインを規範とした上で、「D医師が電気的除細動の実施に際し、抗凝固の目標値であるINR2~3でワーファリン2をかなり下回るINR1.5程度で本件除細動を行ったことは塞栓症のリスク管理という点から疑問がないとは言えないが、A医師はガイドラインの指針に従って、経食道心エコーにより、左房・左心耳内に血栓がないことを確認し、ヘパリン投与下で本件除細動を行ったのであり、鑑定意見及び医学的知見に照らすと、INRが2程度になる様に抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務があったとまではいえない」と判示しており、ガイドラインに沿っていることを理由にPT-INRが低くともなお適法であるとしています。この判示は、より高い医療水準を設定することが可能な場合においても、ガイドラインにさえ沿っていれば、違法と判断しないとした点で重要であるといえます。2000年代前半において、現場の実情や医療を無視した救済判決が出されたことで、医療界が大きく混乱しました。萎縮医療が生じた原因は、医療に対する要望が急速に高まっていく中、年々、求められる医療水準が上昇していったことです(図2)。すなわち、診療当時に入手可能な判例に沿った診療(診療時のルールに基づく診療)を行ったとしても、それが裁判となり争われ、判決が出されるまでの間に、求められる医療水準が上昇(判決時=将来のルール)してしまい、結果、「違法」と判断されてしまったことから、実医療を行うにあたり自身の行為が適法か否かの判断ができなくなってしまったのです。自らの診療の適法性に対する予見可能性がなくなれば、実医療現場で診療する医療従事者にとっては、結果論で裁かれるのと同じことになりますので、その結果、危険を伴う診療には関与しないという萎縮医療が生じてしまいました。本判決のように、その当時のガイドラインに従っていれば、少なくとも違法とは判断されないということは、現場の医療従事者にとっては非常に重要な意味を持ちます。特にその内容が、裁判官ではなく、その領域の専門家である医師によって定められることは、適切な医療訴訟(敗訴しても医師が納得できる)を目指す上でも価値があるといえます。昨今の判決では、裁判所は、ガイドラインを尊重していること、前回解説したように、ガイドラインに準じた治療であった場合には、そもそも弁護士が事件を受任しないことから紛争化自体を防ぐことができるということで、ガイドラインの重要性は増しています。しかしながら、現在作成されているガイドラインの中には、適法性の基準としてみると疑問といえるものも散見されます。特に、複数の選択肢があり、現場の医師の裁量に任せるべきケースに対し、他の選択肢を否定するかのような表記がなされている場合は、しばしば紛争化の道をたどることとなるので注意が必要です。いずれにせよ、医療の正しさは専門家である医師が決定していくということは、重要なことであり、不幸な時期を経て、ようやく手にしたものです。医療界は、ガイドラインを適法性の判断基準にしないで欲しいという後ろ向きの議論をするのではなく、実医療現場で働く医師が困ることのない適切なガイドラインを作成するよう努力していかなければなりません。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)岐阜地判平成21年6月18日

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急性VTEへのアピキサバン投与、従来レジメンと非劣性で出血リスクは低下/NEJM

 急性静脈血栓塞栓症(VTE)へのアピキサバン(商品名:エリキュース)投与は、従来レジメンによる治療法と比べ、症候性VTE再発やVTE関連の死亡について非劣性が認められ、出血リスクも半減することが示された。イタリア・ペルージャ大学のGiancarlo Agnelli氏らによる、5,000例超を対象に行った無作為化二重盲検試験の結果で、NEJM誌オンライン版2013年7月1日号で発表した。アピキサバンとエノキサパリン+ワルファリンを比較 研究グループは、5,395例の急性静脈血栓塞栓症(VTE)の患者を無作為に2群に分け、一方にはアピキサバン(1日2回、10mgを7日、続いて5mgを6ヵ月)を、もう一方には従来レジメンであるエノキサパリン(商品名:クレキサン)12時間ごと、1mg/kgを5日以上とワルファリン6ヵ月の治療を行い、アピキサバンの非劣性を検証した。 主要評価項目は、症候性VTEの再発またはVTE関連の死亡とした。安全性に関する主要評価項目は、重大出血単独と、重大出血と臨床的に関連する非重大出血の統合イベントとした。重大出血・非重大出血の統合イベントリスク、アピキサバン群が0.44倍 その結果、主要評価項目の発生は、従来治療群は2,635例中71例(2.7%)だったのに対し、アピキサバン群は2,609例中59例(2.3%)だった。相対リスクは0.84(95%信頼区間[CI]:0.60~1.18)、リスク格差(アピキサバン群-従来治療群)は-0.4ポイント(同:-1.3~0.4)だった。事前に規定した95%CI上限値(相対リスク:<1.80、リスク格差<3.5ポイント)をいずれも下回っており、アピキサバン群の従来治療群に対する、症候性VTEの再発またはVTE関連の死亡に関する非劣性が示された。 さらに、安全性の評価について、重大出血と臨床的に関連する非重大出血の統合イベント発生率は、従来治療群の発生率が9.7%だったのに対し、アピキサバン群では4.3%だった(相対リスク:0.44、同:0.36~0.55、p<0.001)。その他の有害事象については両群で同程度だった。

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募集した質問にエキスパートが答える!骨粗鬆症診療 Q&A (Part.1)

今回、骨粗鬆診療に関連する3つの質問に回答します。「治療薬の使い分け」「薬剤投与は何歳まで?」「ビスホスの休薬期間」。日頃の悩みがこれで解決。治療薬の使い分け法について教えてください。骨粗鬆症治療薬は1)サプリメント的薬剤(活性型ビタミンD3、ビタミンK2など)、2)骨吸収抑制剤(ビスホスホネート製剤、SERM、抗RANKL抗体)、3)骨形成促進剤(テリパラチド)に分類されます。重症な骨粗鬆症にはテリパラチドが使用されますが、その使用期間は約2年という制限があります。骨吸収抑制剤の中でビスホスホネート製剤は大腿骨近位部骨折を抑制するエビデンスがあり、脆弱性骨折の既往があるなど比較的進行した骨粗鬆症患者に使用します。ただし、近年、長期投与患者に顎骨壊死や非定型骨折が発生した事例が報告されているので、長期投与する場合は慎重に使用しなければなりません。SERMは脆弱性骨折の既往のない比較的初期の骨粗鬆症に使いやすい薬剤です。活性型ビタミンD3、ビタミンK2も比較的初期の骨粗鬆症に使用する薬剤となります。また、ビスホスホネート製剤は食道通過遅延障害、SERMは静脈血栓症、ビタミンK2はワルファリン投与中の患者には投与が禁忌であることも忘れずに確認しましょう。薬剤の投与を続けるべき患者さんの年齢について、教えてください。また、80歳以上でも効果はあるのでしょうか?骨粗鬆症で最も重篤な骨折で70歳代後半から多くなる大腿骨近位部骨折患者にも薬物治療をすることで2次骨折(反対側の骨折)を予防できる、生命予後が改善されるという報告があります。骨粗鬆症は高齢になるほど重症化して骨折しやすくなる疾患です。患者さんがお薬を受け入れるならばぜひ、年齢制限なく薬剤の投与を続けていただきたいと思います。最近では、1ヵ月に一度の内服でよいお薬や1ヵ月に一度の点滴剤なども使用できるので、内服が困難な方にも対処できます。ビスホスホネート製剤の休薬期間について教えてください。近年、ビスホスホネート製剤の長期投与で顎骨壊死や非定型骨折が発生した事例が報告され、長期投与に対して否定的なコメントを目にすることがありますが、現時点で長期投与の是非を確定できるエビデンスがないのが現状です。現時点でアレンドロネートの10年継続投与データが最も長期のものですが、それによると5年間で休薬した場合、多くの症例で骨折危険率は上がらなかったが、重症な骨粗鬆症患者では骨折が増加したと報告されています。ビスホスホネート製剤を5年以上継続している患者さんの休薬を考える場合には、顎骨壊死や非定型骨折を危惧するばかりでなく、休薬により骨折が発生するかもしれないという危険性も考え、個々の患者さんの脆弱性骨折の発生状況や骨密度、骨代謝マーカーなどの情報をもとに慎重に判断すべきでしょう。

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中心静脈カテーテルの末梢静脈挿入は静脈血栓症のリスクとなるか?(コメンテーター:中澤 達 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(109)より-

末梢静脈挿入の中心静脈カテーテルは増加している。理由としては、挿入が容易であること、使用法の多様性、対費用効果が高いことが挙げられる。欧米では看護師により挿入できることがコスト削減になっていると推察される。静脈血栓症は、費用、罹患率・死亡率も増加する重大な合併症で、発症率が1~38.5%と報告されている。しかし末梢静脈挿入とその他との相対危険度は解明されていない。 本研究は、中心静脈カテーテルの静脈血栓症のリスクを、末梢静脈挿入と他の中心静脈カテーテルと比較したメタ解析である。18歳以上の末梢静脈挿入の中心静脈カテーテル症例をデータベースより抽出し、533文献中64研究(2万9,503例)が解析クライテリアに適合し解析に使用した。末梢静脈挿入の中心静脈カテーテルに関連した深部静脈血栓症のリスクは、臨床的重症状態(13.91%)担がん患者(6.67%)であった。末梢静脈挿入の中心静脈カテーテルは他の中心静脈カテーテルより深部静脈血栓症のリスクは上昇したが(OR 2.55)肺梗塞のリスクは上昇させなかった。末梢静脈挿入の中心静脈カテーテルに関連した深部静脈血栓症は2.7%であった。 結果は予想された通りで、末梢静脈挿入に血栓症が多いのはカテーテルが上腕静脈の内腔を占拠し、上肢動作による内皮細胞損傷による影響が原因であろう。肺梗塞のリスクが上昇しなかったのは、臨床家の血栓症リスクの認識により、発症の発見が早く、また不必要になれば早く抜こうと意識することが影響していると考えられる。血栓発症までの期間が明示されているのは4文献のみで、平均8.7日である。本研究は、カテーテル留置期間が解析項目に入っていないので臨床に使える知識とはならない。抗凝固など予防薬投与の有用性も含めたrandomized studyが必要である。

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ヘパリン橋渡し療法・・・それは正しい経験則だったのか?(コメンテーター:山下 武志 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(101)より-

経口抗凝固療法を服用している脳卒中ハイリスク患者では、侵襲的治療に伴う出血と抗凝固療法中断に伴う脳梗塞のリスクを考えることがいつも難しい。 抜歯や白内障の手術では抗凝固療法継続のまま行うことが常識となっているが、それ以外の侵襲的治療ではワルファリンの中断とヘパリンによる橋渡し治療が行うことが多いだろう。しかし、この方法にはエビデンスがなく、単なる経験的な方法にすぎないことを知っている人がどれぐらいいるだろう。 本研究はこの課題に対する初めての無作為化比較試験であり、貴重な知見を与えた。(1) ヘパリン橋渡し療法には出血性事象が多く伴う、(2) デバイス手術はワルファリン継続下で十分安全に可能である、という事実は、今後の診療に大きな影響を及ぼすだろう。「目に見える範囲の侵襲的治療はワルファリン継続下で可能である」との想定が、デバイス手術にもあてはまる。 今後の課題は、消化管内視鏡的操作などの目に見えない部位の侵襲的治療ではどうすべきかということになるだろう。なお、本研究でもアスピリンの併用は独立した出血の危険因子であった。侵襲的治療の際には、抗血小板療法が併用されているかどうかにも十分に注意を払いたい。

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ICD手術時、ワルファリン継続でも安全であることを確認/NEJM

 経口抗凝固療法を受けている患者へのペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)の手術時に、ヘパリンに変更する橋渡し療法(bridging therapy)と比較して、ワルファリン療法を継続する戦略は、臨床的に有意なデバイスポケット血腫(device-pocket hematoma)の発生を顕著に減少することが、カナダ・オタワ大学心臓研究所のDavid H. Birnie氏らによる多施設共同単盲検無作為化試験の結果、報告された。ペースメーカーやICDの手術を要する患者では、14~35%と多くの患者が長期の経口抗凝固療法を受けている。現行ガイドラインでは、これら患者について、血栓塞栓症イベントのため高リスク患者についてはヘパリンに変更する橋渡し療法が推奨されているが、デバイスポケット血腫のリスクがかなりあること(17~31%)が問題視されていた。NEJM誌オンライン版2013年5月9日号掲載の報告より。ワルファリン継続vs.ヘパリン橋渡し療法を多施設共同単盲検無作為化試験にて検討 橋渡し療法に関する問題に対して、いくつかの医療施設でワルファリン療法を中断しない手技を行うようになり、安全である可能性が示唆されたが、症例報告レベルにとどまり臨床試験はほとんど行われていなかった。 研究グループは、多施設共同単盲検無作為化試験にて、ワルファリン療法継続戦略の安全性と有効性を明らかにすることを目的とし、カナダの17施設とブラジルの1施設で被験者を登録した。被験者は、血栓塞栓症イベントの年間発生リスクが5%超の患者で、無作為に1対1の割合でワルファリン継続群とヘパリン橋渡し療法群に割り付けられた。 主要評価項目は、臨床的に有意なデバイスポケット血腫とし、その定義は、長期入院または抗凝固療法の中断、あるいはさらなる手術(血腫除去など)を余儀なくされた場合とした。ワルファリン継続群のデバイスポケット血腫発生の相対リスクは0.19 試験は、データ・安全性モニタリングボードによって、事前に規定された2013年2月27日時点の2回目の中間解析後に終了が勧告された。この時点で評価された被験者データ数は668例であった。 臨床的に有意なデバイスポケット血腫の発生は、ワルファリン継続群では343例のうち12例であった(3.5%)。一方、ヘパリン橋渡し療法群338例のうち54例で認められた(16.0%)。ワルファリン継続群の相対リスクは0.19(95%信頼区間[CI:0.10~0.36、p<0.001)であった。 重大な手術または血栓塞栓症の合併症はほとんど認められず、両群間の有意な差もみられなかった。 なお、ヘパリン橋渡し療法群では、心タンポナーデが1例および心筋梗塞が1例、ワルファリン継続群では、脳卒中と一過性脳虚血性発作がそれぞれ1例ずつみられた。

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脳卒中およびTIAのリスク評価に有効な新アルゴリズム「Q Strokeスコア」/BMJ

 英国・パーク大学のJulia Hippisley-Cox氏らは、脳卒中やTIA非既往の一般集団の同リスクを推定するための新たなアルゴリズム「Q Strokeスコア」を開発した。同スコアは、プライマリ・ケアで用いることを目的としたもので、従来のCHADS2などと比較検証した結果、より有効であることを報告した。特に抗凝固療法が必要となる可能性がある心房細動を有する患者においてリスクスコアを改善することが示された。今後は、プライマリ・ケアでの使用に値するのか費用対効果の検証が必要であるとまとめている。BMJ誌オンライン版2013年5月2日号掲載の報告より。初発脳卒中を定量化することを目的とした新たなアルゴリズム CHADS2やCHA2DS2VAScなどは統計学的モデルに基づいたものではなく、確立したリスク因子が少なく、脳卒中の絶対推定リスクを提供できるものではないことから、研究グループは、新たなリスクアルゴリズムの開発を試みた。 新たなアルゴリズムは、初発脳卒中を定量化することを目的としたもので、心血管疾患アルゴリズム「QRISK2」を参考にデザインした。 本検討では、新たに開発した「Q Stroke」について、(1)心房細動患者においてCHADS2およびCHA2DS2VAScスコアとの比較を行うこと、(2)脳卒中またはTIAを有さない一般集団においてフラミンガム脳卒中スコアと比較したパフォーマンスを調べることを目的とした。 アルゴリズムの開発は、全英QResearchデータベースにリンクしているイングランドとウェールズの451人の開業医(GP)のデータに基づき行われ、検証は同データベースから異なる225人のデータを用いて行った。 主要評価項目は、フォローアップ中のGPの脳卒中またはTIA発生の診断記録あるいは死亡診断記録とした。Q Strokeアルゴリズムは心房細動患者についても従来スコアよりも識別を改善 開発コホートには、25~84歳の350万人の患者、計2,480万人・年が組み込まれた。脳卒中イベント件数は7万7,578件であった。検証コホートには、25~84歳の190万人の患者、計1,270万人・年が組み込まれた。試験登録時に、脳卒中またはTIAの既往がある患者、経口抗凝固薬の処方記録がある患者は除外した。 リスク因子は、「自己申告の人種」「年齢」「性」「喫煙状態」「収縮期血圧」「血清総コレステロール/HDL比」「BMI」「冠動脈心疾患の家族歴(一親等60歳未満)」「タウンゼンドうつ病スコア」「高血圧症治療歴」「1型糖尿病」「2型糖尿病」「腎疾患」「関節リウマチ」「冠動脈心疾患」「うっ血性心不全」「心臓弁膜症」「心房細動」の有無とした。 結果、Q Strokeアルゴリズムにより、脳卒中非既往の女性では57%、男性では55%の生存データに関する変動が示された。 D統計値は、女性2.4、男性2.3で、識別が改善されたことが明らかになった。 脳卒中非既往患者においてフラミンガムスコアと比較して、QStrokeはすべての識別および検定において改善が示された。 心房細動患者においては、QStrokeの識別能は低かったが、CHADS2およびCHA2DS2VAScよりもすべての識別指標についてパフォーマンスの改善が示された。

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Vol. 1 No. 1 ACSの治療-2次予防を考えた長期治療

大倉 宏之 氏川崎医科大学循環器内科はじめに急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)の慢性期治療には、責任病変での再発防止と非責任病変の新規発症防止、すなわち2次予防が含まれる。責任病変の再発予防には、薬剤溶出ステント(DES)による再狭窄抑制と、適切な抗血小板療法によるステント血栓症の予防が重要である。一方、非責任病変の新規発症を防ぐには、抗血小板薬を含むさまざまな薬物による長期にわたる2次予防が必要である。ACSの予後:欧米と日本の違いACS患者の予後は不良である。欧米のデータでは、その20%は1年以内に再入院し、男性の18%、40歳以上の女性の23%が死亡するとの報告がある1)。また、心筋梗塞(AMI)後の患者は退院後1年以内にその8~10%がAMIを再発するとも報告されている2)。ただ、その再発率は保有するリスクによって異なる。Finnish studyでは、糖尿病例(年率7.8%)は非糖尿病例(年率3%)と比較して心筋梗塞再発が高率であることが示されている3)。ランダム化試験のデータでは、AMIの再発率は1~5%程度とおおむねレジストリーよりも低めである。AMIに対するDESと金属ステント(BMS)を比較したランダム化試験のメタ解析によると、AMI再発はDES留置例で3.1%、BMS留置例で3.3%であった4)。日本のデータでも非ACS症例と比較すると、ACS例の予後は不良であるが(図:本誌p21参照)5, 6)、ACS発症後のAMI再発率は、日本や韓国では1%以下と欧米と比較すると低率である7, 8)。もともとAMIの発症自体が少ないことに加えて、急性期に速やかに経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)による治療がなされていることと、その後も主治医によるきめ細やかな2次予防が行われていることがその理由かもしれない。至適薬物療法によるACSの2次予防欧米では、ACSの予後は経年的に改善していることが示されている。The Global Registry of Acute Coronary Events(GRACE)レジストリーに登録されたACS患者約4万例のデータ(図:本誌p21参照)において、入院中の死亡や心不全、6か月後のAMI新規発症が2000年から2005年にかけて有意に減少していることが示された9)。これは、エビデンスに基づいた薬物治療の浸透と、急性期のPCI施行率が高くなってきた結果である(図:本誌p22参照)。ACS後の2次予防を目指した薬物療法についてはガイドラインに詳細に述べられており10-15)、β遮断薬、ACE阻害薬(またはARB)、アルドステロン阻害薬、スタチン等の有用性が示されている。これらの薬物療法が、日本の臨床の現場にどの程度浸透しており、その結果、日本人のACS患者の予後が実際に改善しているのかどうかについては今後検証すべき課題である。ACS患者では、非責任病変の血管内超音波所見によって、ハイリスク病変を予測可能との報告がなされている16)。もともとイベント発生率の低い日本人でも、同様の予測が可能であるのかについても明らかにすべきである。抗血小板薬によるACSの2次予防薬物による2次予防のうちでも、特に重要な役割を果たしているのが抗血小板療法である。表に日本、米国、欧州の各ガイドライン10-15)に記載されている抗血栓療法の推奨をまとめた(Class I、Class IIaのみ記載)(表:本誌p23参照)。アスピリンが第1選択である点はすべてのガイドラインに共通である。欧州、米国のガイドラインでは、アスピリンに加えてクロピドグレル(または他のP2Y12阻害薬)を12か月間投与することが推奨されている。日本のガイドラインにはその期間は特定されていない11)。抗血小板薬2剤併用療法の至適期間抗血小板薬2剤併用療法(dual anti-platelet therapy: DAPT)の至適投与期間は、ステントの種類(BMSかDESか)と病型(安定狭心症かACSか)により異なる。一般に、DESの場合は12か月間以上のDAPTが推奨されているが20)、至適期間についてのエビデンスは十分ではない。j-Cypherレジストリーでは、ACS例において6か月以上DAPTを継続していた例と、DAPTを6か月時点で中止していた例との間には、その後2年間のイベント発生率に差を認めなかったことが示されている5)。日本では、患者背景や病変背景を考慮した至適な抗血小板薬療法が行われていることが反映されているのかもしれない。ACSの研究ではないが、韓国からはステント留置後12か月以上イベントのなかった2,701例を、DAPT群とアスピリン単剤群にランダム化した試験が報告されている18)。2年間の観察期間中、両群間に心筋梗塞+心臓死の頻度に差はなく、ステント血栓症にも差はなかった(図:本誌p24参照)。EXCELLENT試験は、CypherもしくはXience/Promusステント留置例1,443例のDAPT期間を、6か月間と12か月間にランダム化したものである19)。12か月後のTVF(target vessel failure)や死亡もしくは心筋梗塞の発生には両群間に差を認めなかったが、ステント血栓症はDAPT6か月間群で多い傾向にあった。ただし、6か月間群のステント血栓症発症例6例中5例は6か月以内の発生であり、DAPTの期間が影響した可能性は低い。Prolonging Dual Antiplatelet Treatment after Grading Stent-induced Intimal Hyperplasia study(PRODIGY)では、ステント留置例約2,000例を対象にランダム化し、DAPTの期間を6か月間と24か月間で比較したものである。2年間の追跡期間中に全死亡+心筋梗塞+脳血管障害+ステント血栓症の頻度は6か月間群と24か月間群は同等であったが(10.0% vs. 10.1%, p=0.91)、出血は6か月間群で少なかったとの結果であった(ESC2011で報告)。The Dual Antiplatelet Therapy(DAPT)study20)は、15,000例のDES留置例と5,400例のBMS留置例を登録し、DAPTの投与期間を12か月間と30か月間にランダム化して両者を比較する大規模臨床試験である。すでに患者登録は終了し、現在フォローアップが進行中である。本邦においても、Optimal Duration of DAPT Following Treatment with Endeavor in Real-world Japanese Patients: A Prospective Multicenter Registry (OPERA) studyやNobori Dual antiplatelet therapy as appropriate duration (NIPPON) studyが現在進行中である。これらの研究にはACSも含まれており、日本人独自のエビデンスが得られるものと期待される。抗血小板薬投与と出血性合併症抗血小板薬投与に関連した問題点には出血性合併症がある。ACSに出血性合併症を発生した場合には、その長期予後は不良である21)。DAPT継続にあたっては、そのベネフィットのみならず出血のリスクも考慮せねばならない。ACSにおいて、出血のリスクが特に問題となるのが心房細動合併例である。欧州心臓病学会の心房細動ガイドライン22)では、心房細動合併例に対するステント留置術後の抗血栓療法は表のごとく推奨されている(Class IIa)(表:本誌p25参照)。注目すべき点は、塞栓症のリスクを有する心房細動例では最後的には抗血小板薬は中止し、ワルファリンのみを一生継続することが推奨されている点である。日本でも、心房細動合併ACS例に対する至適抗血栓療法をいかにすべきかは重要な検討課題である。おわりにACSの予後改善には、急性期治療に加えて、抗血小板薬を中心とした長期にわたる2次予防が重要な役割を演じている。ただし、これら多くは欧米のデータに基づいたものであるため、今後、日本人における検証はぜひとも行われるべきである。文献1)Menzin J et al. 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〔CLEAR! ジャーナル四天王(85)〕 アスピリンの時代の終焉?

急性心筋梗塞に代表される冠動脈疾患の予防、治療にはアスピリンが標準治療である。長年のエビデンスの蓄積により、有効性、安全性、経済性の観点から、アスピリンに勝る抗血小板薬はなかった。 クロピドグレルは、CAPRIE試験によりアスピリンに勝る有効性を示した。さらに、多くの国で特許を喪失しつつあるため、経済性もアスピリンに競合可能となった。冠動脈インターベンションを受ける症例では、アスピリン+クロピドグレルの抗血小板併用療法を受けることになる。 脳卒中リスクのある心房細動の症例では、抗凝固薬の服用も標準治療となった。抗血小板併用療法に抗凝固療法を併用すれば、長期間の観察期間における出血リスクが増加することは自明である。長期治療ではどれかを止めることが好ましいかも知れない。 脳卒中リスクを有する心房細動症例の脳卒中発症率は年間2%程度、抗凝固薬による予防効果は60%程度、ステント血栓症の発症率は年間0.2~0.5%。抗血小板併用療法による予防効果は相当程度であるが、数値化はされていないのが現状である。リスクの大きさと、薬剤の確立された効果を考えれば、抗凝固薬は残すというのが妥当な判断であろう。そこで、アスピリンを止めるか?、クロピドグレルを止めるか?、は極めて重要な決断である。 本研究は比較的小規模、オープンラベル、症例登録基準が広いという欠点を持ちながら、「アスピリンを止めてもいいかも?」という常識を覆す結果を支持した点で価値が高い。検証すべき臨床的仮説の重要性があまりにも大きいので、本研究に基づいて標準治療が変わることはない。しかし、「仮説の検証のためのランダム化比較試験を考えてもいいですよ」程度の意味はある。

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脳梗塞再発予防のための卵円孔開存閉鎖術vs.薬物療法/NEJM

 これまで有効性が明らかとなっていなかった、原因不明の脳梗塞を起こした成人患者に対する再発予防目的の卵円孔開存閉鎖術について、薬物療法と比較した無作為化試験の結果が報告された。intention-to-treat解析では閉鎖術の有意なベネフィットは認められなかったが、事前に規定したper-protocolコホートなどでは有意差が認められたという。米国・コロラド・デンバー大学/コロラド大学病院のJohn D. Carroll氏らが、980例を対象とした前向き多施設共同無作為化オープンラベル試験の結果、報告した。NEJM誌2013年3月21日号掲載の報告より。25件の主要エンドポイントが確認された時点で解析 研究グループは、18~60歳の患者において、脳梗塞の再発および早期死亡の予防を目的とした卵円孔開存閉鎖術が、薬物療法単独よりも優れているか評価することを目的とした。 2003年8月23日~2011年12月28日の間に、米国・カナダの医療施設69ヵ所で被験者が登録され、1対1の割合で卵円孔開存閉鎖術群または薬物療法単独群に無作為に割り付けられた。 主要有効性エンドポイントは、非致死的脳梗塞の再発・致死的脳梗塞・早期死亡の複合であった。 主要解析は、25件の主要エンドポイントのイベントが確認された時点で行われた。主要intention-to-treatコホートでは、閉鎖術群の有意な有効性は認められず 試験には980例(平均年齢は45.9歳)が登録された。閉鎖術群に499例、薬物療法群に481例が割り付けられ、薬物療法群の被験者には、1種類以上の抗血小板薬服(74.8%)またはワルファリン(25.2%)が投与された。 追跡期間中央値は2.1年であった。本検討では薬物療法群の途中脱落率が高く、治療曝露は閉鎖術群1,375患者・年、薬物療法群1,184患者・年と2群間に格差があった(p=0.009)。 発生が確認された25件の主要エンドポイントは、すべて非致死的脳梗塞再発であった。intention-to-treatコホート解析において、脳梗塞再発例は、閉鎖術群9例、薬物療法群16例であったが有意差は認められなかった[閉鎖術群のハザード比(HR):0.49、95%信頼区間(CI):0.22~1.11、p=0.08)。 脳梗塞再発率の両群間の差は、事前に規定したper-protocolコホート(6例対14例、HR:0.37、95%CI:0.14~0.96、p=0.03)、as-treatedコホート(5例対16例、HR:0.27、95%CI:0.10~0.75、p=0.007)では有意であった。 一方で、重大有害事象の発生率は、閉鎖術群23.0%、薬物療法群21.6%であった(p=0.65)。閉鎖術群における手術関連あるいはデバイス関連の重大有害事業は21/499例(4.2%)の発生であり、心房細動やデバイス塞栓症の発生はなかった。 以上を踏まえて著者は、「主要intention-to-treatコホートにおいて、卵円孔開存閉鎖術の有意な有効性は認められなかった。しかしながら、2つの事前規定したper-protocolコホートとas-treatedコホートでは優越性が認められた。施術に関連したリスクも低率であった」とまとめている。

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2012年度10大ニュース~心房細動編~ 第1位

解説者のブログのご紹介『心房細動な日々』国内海外国内1位 多学会、多科、多職種にまたがる連携がますます必要にこれまで見てきたように、とくに抗凝固療法においては、循環器系の学会だけでなく、神経内科、血液内科、消化器内科、歯科など多科にわたる連携の動きが見られるようになっています。前述の消化器内視鏡診療ガイドラインの策定メンバーもそうですが、たとえば日本循環器学会、日本脳卒中学会、日本血栓止血学会などでは、それぞれの分野のエキスパートが出席してのシンポジウムが増えています。心房細動患者の増加とともに、プライマリ・ケア医の抗凝固療法に占める役割はますます大きくなり、プライマリ・ケア医と専門医との連携もさらに重要さを増していくでしょう。血栓と出血というリスクのバランスをどう考え、どう対処するか。この問題は単に医師間で調整する問題ではなく、もちろん患者さんと医師、医療者との間でどう合意形成をするかの問題です。そこに看護師、薬剤師も含めた多職種で関わって行くことが、今後ますます必要になってくると思われます。海外1位 ESCガイドラインの改定~抗凝固薬の敷居を明確に規定1位は何といっても、昨年(2012年)8月に欧州心臓病学会(ESC)の心房細動マネジメントガイドライン1)がアップデートされたことです。このガイドラインの最大の特徴は、抗凝固療法の敷居が低く設定されたということです。従来頻用されていたCHADS2スコアは姿を消し、CHA2DS2-VAScスコア1点以上の患者のほとんどに抗凝固薬が推され、しかもより新規抗凝固薬に推奨度の重みが付けられたものとなっています。一方で同スコア0点(女性のみが該当する例も含む)には抗凝固療法は推奨されないことも明確に述べられています。もうひとつ同ガイドラインの特徴は、今回も「65歳以上の患者における時々の脈拍触診と、脈不整の場合それに続く心電図記録は、初回脳卒中に先立って心房細動を同定するので重要」と改めて強調するなど、プライマリ・ケア医の視点に立ったものであるということです。新規抗凝固薬を推し過ぎの感もありますが、今後の抗凝固療法の方向性を明確に示した、必読のガイドラインと思われます。 また米国胸部専門医学会(American College of Chest Physicians ;ACCP)の抗血栓療法ガイドラインやカナダの心血管協会(CCS)のガイドラインも改訂されていますが、いずれも抗凝固薬の適応を拡大する内容になっています。 来年度はいよいよ日本のガイドライン改訂が待たれるところです。1)Camm AJ, et al. Europace. 2012; 14: 1385-1413.

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募集した質問にエキスパートが答える!心房細動診療 Q&A (Part.2)

今回も、4つの質問に回答します。「抗凝固薬服薬者が出血した時の対処法」「抗血小板薬と抗凝固薬の併用」「レートコントロールの具体的方法」「アブレーションの適応患者と予後」ワルファリンまたは新規抗凝固薬を服薬中に出血した場合、どのように対処すべきでしょうか?中和方法等を含めて教えてください。緊急の止血を要する場合の処置法は図5のとおりです。まずは、投与中止し、バイタルサインを見ながら止血と補液を行います。脳出血やくも膜下出血の場合には十分な降圧を行います。最近、Xa阻害剤の中和剤(PRT4445)が開発され、健常人を対象に臨床研究が始まることが報告されました。今後の結果が待たれます。ダビガトランは透析可能とされておりますが、臨床データは十分ではなく、また出血の起きているときに太い透析用のカテーテルを留置するのはあまり現実的ではないでしょう。図5.中等度~重度の出血(緊急の止血を要する場合)画像を拡大する虚血性心疾患既往例など抗血小板薬と抗凝固療法を併用する場合、どのような点に注意すべきでしょうか?抗血小板薬2剤+抗凝固薬1剤という処方パターンなどは許されますでしょうか?大変悩ましい質問です。抗血小板薬と抗凝固療法の併用は、出血事故を増加させます。このため併用者が受診した時には、出血がなかったかどうかを毎回問診します。ヨーロッパ心臓病学会(ESC)の2010年ガイドラインには、虚血性心疾患で抗血小板薬と抗凝固療法を併用する場合の治療方針が掲載されております(表2)。その指針には、(1)HAS-BLED出血スコアを考慮し、次に(2)待機的に加療する狭心症か、あるいは緊急で治療を要する急性冠症候群か、そして(3)ステント性状がベアメタルか薬剤溶出性か、の3つのステップを踏んで薬剤の種類と投与期間を決定すると示されています。確かに合理的と思いますが、これには十分なエビデンスがないことより、今後の検証を待つべきでしょう。しかしながら、個人差があると思いますが、原則としてステント留置後1年が経過したらワルファリン単剤で様子を見たいと思います。ただし、新規抗凝固薬についての言及はありません。表2.心房細動+ステント症例の抗血栓療法画像を拡大するレートコントロールを具体的にどのように行えばよろしいでしょうか?(薬剤の選択、β遮断薬の使い方、目指すべき脈拍数等)レートコントロールは洞調律の維持を切望しない、すなわち心房細動症状があまり強くない人に行うことが主です。しかしながら、リズムコントロール薬と併用することもありますし、反対にリズムコントロール薬よりもレートコントロール薬の方が有効である症例も経験します。まず、心機能別の薬剤使い分けを表示します(表3)。高齢者は薬物の代謝能力が落ちていることがありますので、投与前には肝・腎機能を調べるとともに、併用薬がないかどうかも確認します。まず表3に記載された薬剤は少量から使用すべきでしょう。たとえばジギタリスは常用量の半量から使用し、β遮断薬は(分割や粉砕などの手間がかかりますが)常用量の1/4 ~1/2量から開始します(最近は低用量製剤も使用可能です)。ベラパミルは朝と日中の2回のみ使用します。投与後は過度な徐脈になっていないかどうかを、自覚症状とホルター心電図で検討します。私は、夜間の最低脈拍数は40台まで、また、3秒までのポーズは良しとしております。動いたときに息切れがひどくなったと言われれば中止することもあります。喘息のある場合はジギタリスかCa拮抗薬がお勧めですが、ベータ1選択性の強いビソプロロールは投与可能とされます。目標心拍数についてはRACE II試験が参考になります(NEJM 2010)。この試験では、レートコントロールは厳密に行うべきか(安静時心拍数が80/分未満で、かつ日常活動時に110/分未満)、あるいは緩徐でよいか(安静時心拍数が110/分未満であれば良しとする)の2群に分けて3年間の予後を比べました。その結果、2群間に死亡や入院、およびペースメーカ植込みなどの複合エンドポイントに有意差はなかったことより、レートコントロールは緩めで良いと結論付けられました。その後のサブ解析(JACC 2011)、左房径や左室径のりモデリング(拡大)は、レートコントロールの程度で差はないことが報告されました。白衣高血圧と同様の現象で、診察時や心電図をとるときに緊張すると、心拍数はすぐに増加します。しかしながら、いつも頻脈が続く場合や、頻脈による症状が強い時には、何か疾患が隠れていることもありますので注意が必要です。たとえば、COPD、貧血、甲状腺機能亢進症、および、頻度は低いのですがWPW症候群に合併した心房細動(頻脈時にQRS幅が広い)のこともありますのでレートコントロールがうまくいかない場合には専門医を受診させるとよいでしょう。薬剤によるレートコントロールがうまくいかない場合には、房室結節をカテーテルアブレーションによって離断し、同時にペースメーカを植込むこともあります。表3.心機能別にみた薬剤の使い分け画像を拡大するアブレーションはどのような患者に適応されますか?また、長期予後はどうでしょうか?教えてください。機器の改良と経験の積み重ねによってアブレーションの成功率は高くなってきました。この結果、適応範囲は拡大し、治療のエビデンスレベルは向上しております。日本循環器学会のガイドラインでは年間50例以上の心房細動アブレーションを行っている施設に限ってはClass Iになりました。すなわち内服治療の段階を経ることなく、アブレーションを第一選択治療法として良いとしました。しかながら、心房細動そのものは緊急治療を要する致死性不整脈ではありません。このため、アブレーションの良い適応は心房細動が出ると動悸症状が強くてQOLが低下する患者さんでしょう。心房細動がでると心不全に進展する場合も適応です。最近は、マラソンブームをうけて一般ランナーやジムでトレーニングを続けるアスリートなどが心房細動を自覚して紹介来院される人が増えてきたように思います。心房細動がでるとパフォーマンスが落ちて気分が落ちるためにアブレーションを希望されるようです。現時点では、心房細動アブレーションに生命予後の改善や脳梗塞の予防効果があるかどうかのエビデンスがそろったわけではありません。図6のようにアブレーションを一回のみ施行した場合は5年間の追跡で約半数が再発します(左)。再発に気付いて追加アブレーションを行うことにより洞調律維持効果が上がります(右)。発生から1年以上持続した持続性心房細動や左房径が5cmを超えている場合は再発率が高いため、最初から複数回のアブレーションを行うことも説明します。また、合併症は0ではありません。危険性を十分説明し、患者さんが納得したところで施行すべきです。アブレーションが成功したと思ってもその後に無症候性の心房細動が発生していることも報告されておりますので、CHADS2スコアにしたがって抗凝固療法を継続することも必要でしょう。また、最近は図7のようにCHADS2スコアが心房細動アブレーションの効果を予測するとする報告がなされました。CHADS2スコアが1を超えると再発率が高く、追加アブレーションが必要とされるようです。図6.洞調律維持効果(中期)画像を拡大する図7.CHADS2スコアと洞調律維持効果(長期)画像を拡大する

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リスクマネジメントの視点で診る心房細動診療 ~プライマリ・ケア医になって起こった診療のパラダイムシフト~

解説者のブログのご紹介『心房細動な日々』心房細動の2つの側面私は、初期研修医の時代から不整脈や電気生理に慣れ親しみ、十数年にわたり、カテーテルアブレーションも含めた不整脈の専門診療に携わってきました。思うところあって9年前にプライマリ・ケアの世界に身を転じてみて、改めて不整脈、とくに心房細動という疾患の他のcommon diseaseにはない特徴を感じるようになりました。その特徴は大きく分けて2つあると思います。まずひとつは、心房細動は多くのリスク因子を背景に発症する疾患であると同時に、それ自身、脳塞栓の最大のリスク因子であるということです。心房細動は高血圧、甲状腺疾患などさまざまな因子を背景に発症し、発症時には患者さんに動悸などの苦痛を強いる一つの立派な「疾患」です。それと同時に脳塞栓、心不全といった他の心血管イベントの主要因、つまりリスク因子としての側面も持っているのです。心房細動は多くのリスク因子を背景に成り立つと同時に、重大イベントのリスク因子でもあるという二面性を持つ病気なのです。もうひとつの特徴は、心房細動は長期的、段階的に進行し、その間の治療オプションが豊富であるため、患者—医療者に数々の治療法選択に関する意思決定を迫る疾患であるということです。心房細動は平均58歳で発症し、どんな薬物療法を行っても年間5~15%の割合で慢性化する疾患です。この間に発作を抑えるため、レートコントロールあるいはリズムコントロールとしての抗不整脈薬やカテーテルアブレーションなど、さまざまな治療オプションを選択する必要があります。そして言うまでもなく、長期予後の改善にあたっては、昨今注目されている抗凝固療法についての意思決定があります。さらに、心房細動それ自体に対するリスク因子である高血圧や糖尿病、心不全などをいかに管理するかも重要な治療アイテムです。「リスクマネジメント」という視点これらの2つの特徴、つまり(1)疾患であると同時にリスク因子である (2)長い経過の間に数多くの意思決定場面がある、ということからひとつのキーワードが浮かび上がってきます。それはずばり「リスクマネジメント」です。心房細動はほかの幾多のcommon diseaseにも増して、このリスクマネジメントの視点が要求される疾患ということができます。われわれは心房細動発作という目の前の疾患(いわば短期リスク)と、将来の脳塞栓などの長期リスクを同時に管理するという視点を持たなければなりません。中でも抗凝固療法は、心房細動治療アイテムの中でもダントツでリスクマネジメント的感覚が必要である治療法だと思われます。実例を挙げてこのことを考えてみましょう。抗凝固療法をめぐる意思決定問題 ~リスクの識別・評価~「77歳女性、2ヵ月前から娘さん家族と同居。10年前から高血圧。数年前から発作性心房細動あり。以前からワルファリン服用を薦めているが、本人は出血が怖いとためらっている。」このような場合、リスクマネジメントはどう考えたら良いのでしょうか? 一般的なリスクマネジメントの手順としては、まず(1)リスクを識別し、(2)そのリスクがどの程度であるかを評価し、(3)そのリスクに対応(=意思決定)し、(4)全体にフィードバックする、という4工程があると言われています。上記(1)(2)の「リスクを識別し評価する」には現在便利なツールが存在します。そう、CHADS2スコアです。近年はCHA2DS2-VAScスコアも有用とされています。これらのスコアは、目の前の患者さんの脳塞栓リスクと抗凝固療法適応の可否を医学的に教えてくれる、きわめて重宝な道具です。この方のCHADS2スコアは2点ですから教科書的には抗凝固療法の適応です。しかし医学的(生物学的というべきか)なリスクと適応がわかったとしても、患者さんの「出血が怖い」心理を払拭するという課題が残っていますどうすれば払拭できるでしょうか?「解釈モデル」から見えてくるもの当院では試行錯誤の末、このような意思決定問題が発生した際に、ある程度の時間をかけて患者さんの「病(やまい)体験」を把握するための「心房細動外来」を開設しました。抗凝固療法導入時に、患者さんの抗凝固療法に対する「解釈モデル」を聴くようにしたのです。解釈モデルとは次の4つの要素からなります1)。なぜ脳梗塞予防薬を飲む必要があると思いますか?(解釈)脳梗塞予防薬を飲むことの何が不安ですか?(感情)心房細動の治療について当クリニックに何を期待しますか?(期待)脳梗塞予防薬を毎日飲むことは日々の生活(食生活も含めて)に、どんな影響がありますか?(機能)なぜ、このような聴き方が必要なのでしょうか?それは、患者さんごとに抗凝固療法について知りたいこと、不安に思うことの順番が異なるからです。ある患者さんは脳出血が怖いと言います。また、薬を飲むことそのものに嫌悪感のある人もいます。あるいは、心房細動から心筋梗塞になると考える人もいます。さらにお話を聴いていくと、脳出血を怖がる原因が「親戚に脳出血の人がいたから」であるとか、「有名野球監督が抗凝固療法のために障害をうけた」といったような、きわめて個別的な事情や誤解によるものだと明らかになることがあります。このように患者さんの病気に関する捉え方はさまざまです。また、医師からの説明の受け止め方もさまざまです。患者さんの個別の事情を、ある程度の時間をかけて聴くことにより、患者さんの期待や不安の優先順位が把握でき、そこに焦点を当てた説明をすることで、合意形成がかなりスムーズになります。このように、まず「何が問題なのか」を、医学的な「疾病」としての側面と患者さんの「病(やまい)」としての側面から把握し、共有することがリスクマネジメントの第一歩となります。意思決定におけるポイントこのような情報共有の次にめざすべきは、「何をゴールとするか」ということを明確にすることです。抗凝固療法のゴールは言うまでもなく「脳塞栓予防」です。そのことをよく患者さんに理解してもらうわけですが、それを治療開始の最初の時点で、お互いに確認しておくことがとても大事なのです。そのときはやはり、抗凝固薬を飲むことによる具体的なベネフィットとリスクを、時に数字を交えて説明する必要が生じると思います。脳塞栓症がノックアウト型であり、予後がきわめて不良であること。抗凝固薬を服用することで、そうしたリスクがどのくらい減り、出血のリスクがどのくらい増えるかということ。これらのベネフィットはリスクを上回るということを、わかりやすい言葉で説明していく努力が必要です。このとき、患者さんは「薬を飲む」という新たな行為に伴うリスク(出血)に目を奪われがちになるので、出血を避けるための手立てがあること、たとえば血圧を十分下げる、INRを適切に管理する、といったリスク予防策について十分説明するようにします。リスクにどう対応するか?さてこのように説明しても、出血リスクを怖がる方はいらっしゃいます。一般に、リスク=インパクトx確率と言われていますが、リスクの「インパクト」に関しての捉え方は人さまざまであり、その方にとってインパクトが非常に大きい場合、いくら医学的・科学的に説明しても患者さんの納得にはつながりません。また反対に、医師の説明など関係なく「とにかくお任せします」と言われる方が多いのも現実です。私はそうした在り方も「あり」だと思います。抗凝固療法、さらには医療の最終的な目標とは「共通の理解基盤の構築」であるからです1)。医師への信頼に基づいて治療について双方が納得することこそ、最終的なゴールであると思います。出血の恐怖のためになかなか抗凝固薬を飲んでくれない方、また、わかってはいても飲み忘れの多い方、そうした方には長い心房細動の旅の道のりの中で、ゆっくりと納得してもらうように、あせらずに共通基盤の構築を図っていけばよいのです。ここにプライマリ・ケアに携わる開業医のだいご味があるともいえます。心房細動診療こそプライマリ・ケア医で私が開業して、最も痛感することがこの患者さんを「ずっと診る」ことの大切さです。もちろん病院勤務の時代でも、外来で長く診せていただく患者さんはたくさんおられました。しかし地域に根ざした医療を心がけるようになってからは、その方の来し方から見えてくる人生、その方を取り巻くご家族、さらに地域を考え、そのうえで「心房細動の人」「心房細動も持つ人」を診るという視点を持つようになりました。心電図に心が奪われがちだった勤務医時代に比べると、180度のパラダイムシフトが自分の中で起こりました。当院では初回に医師が説明したあと、上記の4つの質問用紙を患者さんに渡します。そして、次の外来で看護師が20〜30分程度でお話を伺い、患者さんの優先順位を把握したうえで意思決定をするようにしています。看護師を交えることで、医師には言っていただけないような情報を得ることが少なくありません。また、その場にご家族も参加していただくことが、とくに高齢者においては重要なポイントになります。こうした多職種、家族、地域を巻き込んでの医療ができるというのもプライマリ・ケア医の強みだと思います。一方で、上記のような抗凝固療法をためらう方は、勤務医時代にはあまり経験しなかったように思います。総合病院、大学病院を受診する患者さんは、他医からの紹介が多く、心房細動や抗凝固薬についての知識をあらかじめ持っておられる方が多く、また基本的に発作に悩んでいる、抗凝固療法の必要性が高い、など患者さん自ら治療へのモチベーションの高い方が多いように思います。かたや、プライマリ・ケアの場では、高血圧や糖尿病などで長く診ている長い患者さんが、たまたま脈をとった時に心房細動だった、というように長い旅の途中で心房細動が不意に目の前に立ち現れるということをよく経験します。まったく心構えがないままリスクが降ってくるという状況は、場合によっては理解を得るのに時間がかかるのです。しかし前にも述べたように、こうした場面こそプライマリ・ケア医としての力が発揮されるべき時なのです。そうです。心房細動診療こそ継続性、包括性、協調性が求められるプライマリ・ケア医にうってつけの領域なのです。今後は、このような継続的なリスクマネジメントはプライマリ・ケア医が行い、抗凝固薬や抗不整脈の導入時や発作頻発時、心不全発症時、カテーテルアブレーションなどの専門的医療が必要な場合に専門医に委ねるという役割分担がさらに進み、心房細動の人をまさにオールジャパンで診るというスキーマが構築されることを期待したいと思います。1)Stewart M, et al. Patient-Centered Medicine: Transforming the clinical method. 2nd ed. Oxford: Radcliffe Medical Press; 2003.

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