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第9回 黒人差別とアフターコロナの「マスク着用」励行は同罪か

今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題を眺め、かつ医療ジャーナリストとして記事を執筆していながら、とりわけ扱いが難しい、伝わりにくいと感じるテーマがある。それはマスク着用に関してだ。ご存じのようにマスク着用によるウイルス感染予防効果に関して、数少ない研究では予防できないとの結果がほとんどだ。有症状者やウイルスキャリアによる感染拡散を減らすという報告はある。つまるところ、マスクは第一義的に感染者が非感染者へと拡散させないための道具である。私も記事を執筆する際にはそのこととともにマスク着用以前に手洗いを徹底すべきと繰り返し記述してきた。ところが市中で見かけるマスク着用者はたぶんほとんどが感染を予防するためと考えているのではないだろうか?実は自分のfacebookのタイムラインでも時々このマスク問題が話題になることがある。そうなるとコメント欄はマスク着用を巡る賛否でやや荒れ模様となる。中にはそれなりに自分で情報をキャッチして「政府の専門家会議が推奨している」「自分がもしかして感染者だったらと考えて着用すべき」との声もある。新しい生活様式、論文や生活の優先順位を反映せずまず政府の新型コロナウイルス感染症専門家会議が提唱した「新しい生活様式」の実践例では確かに「感染防止の3つの基本」として(1)身体的距離の確保、(2)マスクの着用、(3)手洗い、とし、マスクについては「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」と記述している。しかし、この記述について個人的には相当異論がある。まず3つの基本の順番である。もしかしたら専門家会議、それを受けて内容を公表した官僚たちは、その辺は何も意識せずに並列で記述したのかもしれないが、一般人は素直に(1)から順に重要なことと受け取る。その意味では感染を予防するために(1)が最優先なのは異論がない。しかし、重要度が順番通りならば(2)と(3)は逆であるべきだ。過去の研究でもマスクが予防に有効とされた研究は手洗いの励行との併用の場合である。そもそも、マスクを着用すれば、必然的に顔を触る回数が増えるので手洗いの励行がなければ逆に感染の危険性は増す。実際、世界保健機関(WHO)のホームページでもマスクの着用に際しては、マスクを触る前後で手洗いを推奨している。日常に置き換えた場合、1日喋らない生活と1日手を使わない生活のどちらが難易度が高いかといえば後者なはず。よって、手を介した接触感染のリスクはどんな人でもそこそこ以上に高いはずである。また、「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」と記述もやや難ありだ。正確に文脈を読み解くことができる人ならば、これは「外出中に屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」との意味であることは分かるはずだ。そうでないならば、自宅に一人でいる時もマスクをしなければならないことになる。実際、この記述の仕方では反射的に「外出時も屋内にいる時も会話の時も」と解釈する人もいる。そもそも、この新しい生活様式の実践例は、食事に際して「対面ではなく横並びで座ろう」「料理に集中、おしゃべりは控えめに」など衝撃的過ぎる大きなお世話な内容が満載されているので、そちらのほうが印象に残り、こうした微細な表現はスルーされがちだ。本来、屋外ではアーケード商店街などを除き、多くの人が自然とソーシャルディスタンスを取っており、この初夏の炎天下が始まった屋外で誰かと会話せずに歩行するならば、感染予防でのマスク着用はほぼ不要と考えられる。ところが今現在、爽快な青空の下、そこここで繰り広げられているのは、リチャード・プレストン著によるエボラ出血熱のドキュメント「ホット・ゾーン」のドラマ化の撮影シーンかと思うようなマスクマン大行進の光景である。一方、感染者の約8割が無症候・軽症で発症前に感染力のピークがあるこのウイルスの性質を考えれば、自分が感染者である前提でマスクを着用するという考え方は筋が通っているとも言える。しかし、この理論も今後の行く末を考えると、どうしても引っ掛かりを感じてしまう。こうした考えの人はおそらくCOVID-19に対するワクチンが上市され、多くの人がそれを接種完了した際にマスクなしの日常を送れると考えているだろう。しかし、私はこの考えはかなり見通しが甘いと思っている。マスク着用のマナー化を懸念する理由COVID-19の原因となっているSARS-CoV-2は変異しやすいRNAウイルスである。ワクチンが開発できたとしても、その効果は季節性インフルエンザワクチンのように、一定頻度は接種者でも感染が起こりうるものになる可能性はあるだろう。となると、他人に感染させないためにマスクを着用する理論に従えば、症状発症後に感染力のピークがあるインフルエンザとは異なるSARS-CoV-2の感染拡散を防止するため、ワクチン登場後も自宅外では生涯マスク着用の生活を強いられることになる。このように書くと、「揚げ足取り」と言われかねないかもしれないが、私が最も危惧するのは、マスク着用にリスクがある人が着用を強いられるような空気を懸念するからである。たとえば、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のガイダンスでは、「2歳以下の幼児」「呼吸機能に問題がある人」「装着に介助が必要な人」はマスクをすべきではないと注意を促している。さらにマスク装着でソーシャルディスタンスの代用はできないとも強調している。また、これから暑くなる時期に心疾患患者などではマスク着用が逆にリスクとなる人もいるはずである。しかも、こうした人たちは外見では判断できない。ところがマスク着用を「マナー」化してしまうと、こうした人たちは無用な差別に晒されることになる。マスクだってタダではない。しかも、手洗いに要する石けんや水と違って比較的ごく当たり前に一般家庭にあるものではなく、今回多くの人が思い知ったように供給状態は不安定で、かつてと比べ価格は高騰している。低所得家計ではマスク購入が家計を圧迫するケースがあってもおかしくはない。実際、こうした空気が影響したのだろう。感覚過敏のためマスク着用ができない人向けの意思表示カードなるものまで登場した。いわゆるヘルプマークのようなもので、これが一定の効果を生むかもしれない。しかし、どんな疾患に罹患しているかは究極の個人情報であり、そのことを進んで公にしたい人はそう多くないはずだ。むしろ、こうした人たちに結果としてここまでさせた私たちのほうが恥じ入らねばならない。どう見てもマスクを着用していない人の中には、リスクのある人とは思えない人が混じっている、と考える人もいるだろう。だが、そうした人には次の問いに答えて欲しい。「ある部屋で財布がなくなりました。被害者を除き、2人がいます。1人が白人、もう1人は黒人です。さて犯人はどちらでしょう?」この問いに根拠もなく黒人と答える人が一定数いることこそが、今ニュースで話題になっているアメリカでのカオスを生み出す。そうである以上、リスクがあってマスクを着用できない人に、何の考えもなしにマスク着用しない人、リスクはなくとも考えがあって着用しない人という誤差範囲も含め、着用できない人と社会全体が考えて接する以外に解決方法はないように思える。今回この意思表示カードを目にし、私自身はやっぱり「蟷螂之斧(とうろうのおの)」だとしても、機会をとらえてマスクについて繰り返し言及していこうという意を新たにしている。

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JAK1を強く阻害する関節リウマチ治療薬「リンヴォック錠7.5mg/15mg」【下平博士のDIノート】第51回

JAK1を強く阻害する関節リウマチ治療薬「リンヴォック錠7.5mg/15mg」今回は、ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬「ウパダシチニブ水和物(商品名:リンヴォック錠7.5mg/15mg、製造販売元:アッヴィ合同会社)」を紹介します。本剤は、中等度から重度の関節リウマチ患者において、メトトレキサート(MTX)などとの併用の有無にかかわらず、1日1回の投与で臨床的寛解を達成することが期待されています。<効能・効果>本剤は既存治療で効果不十分な関節リウマチ(関節の構造的損傷の防止を含む)の適応で、2020年1月23日に承認され、4月24日に発売されました。なお、2021年5月に「既存治療で効果不十分な関節症性乾癬」、同年8月に「既存治療で効果不十分なアトピー性皮膚炎」の効能・効果が追加されました。<用法・用量>通常、成人にはウパダシチニブとして15mgを1日1回経口投与します。なお、患者の状態に応じて7.5mgを1日1回投与することもできます。免疫抑制作用の増強により感染症リスクの増加が予想されるので、本剤とほかのJAK阻害薬や生物学的製剤、タクロリムス、シクロスポリン、アザチオプリン、ミゾリビンなどの免疫抑制薬(局所製剤以外)との併用はできません。<安全性>関節リウマチ患者を対象とした本剤のプラセボ対照第III相試験において、本剤が投与された1,035例中275例(26.6%)に臨床検査値異常を含む副作用が認められました。主な副作用は、悪心23例(2.2%)、上気道感染、頭痛、アラニンアミノトランスフェラーゼ増加各19例(1.8%)、血中クレアチンホスホキナーゼ増加17例(1.6%)、気管支炎16例(1.5%)などでした(承認時)。なお、重大な副作用として、肺炎(0.1%未満)、帯状疱疹(0.7%)、結核(頻度不明)などの重篤な感染症(日和見感染症を含む)、消化管穿孔(頻度不明)、好中球減少(1.4%)、リンパ球減少(0.8%)、ヘモグロビン減少(貧血:0.7%)、ALT上昇(1.8%)、AST上昇(1.4%)、間質性肺炎(頻度不明)および静脈血栓塞栓症(頻度不明)が報告されています。<患者さんへの指導例>1.この薬はJAKという酵素を強く阻害することで、関節リウマチの症状を改善します。2.薬の成分が少しずつ出るようにコーティングされているので、かみ砕かないでください。3.本剤の服用を長期間続けると、免疫力が低下する可能性があります。持続する発熱やのどの痛み、息切れ、咳、倦怠感、水疱、痛みを伴う皮疹などが現れた場合は、すぐにご連絡ください。4.この薬を服用している間は、生ワクチン(麻疹、風疹、おたふく風邪、水痘・帯状疱疹、BCGなど)の接種ができません。接種の必要がある場合は主治医に相談してください。5.(妊娠可能年齢の女性の場合)この薬を服用中および最終服用後一定の期間は、適切な避妊を行ってください。なお、国内治験においては、最終投与から30日まで避妊を行うよう定められていました。<Shimo's eyes>関節リウマチの薬物療法は近年大きく進展しています。通常、発症初期はMTXをはじめとする従来型合成疾患修飾性抗リウマチ薬(csDMARD)が使用されますが、十分量用いても効果が不十分な場合には、生物学的製剤、もしくは本剤のようなJAK阻害薬が選択されます。本剤は、関節リウマチに適応を持つ4番目のJAK阻害薬です。JAKには4種類のサブタイプ(JAK1、JAK2、JAK3、Tyk2)があり、本剤は炎症性サイトカインシグナルの伝達においてとくに重要な役割を持つJAK1を強く阻害することで、TNFαやIL-6の働きを遮断し、炎症性サイトカインの産生を抑制すると考えられています。本剤は、MTXで効果不十分な関節リウマチ患者を対象とした第III相無作為化二重盲検比較試験で、12週時のACR50改善率、患者による疼痛評価およびHAQ-DIのベースラインからの変化量において、ヒト型抗ヒトTNFαモノクローナル抗体製剤アダリムマブ(商品名:ヒュミラ)に対する優越性が示されました。また、ウパダシチニブ+MTX群では、プラセボ+MTX群およびアダリムマブ+MTX群と比較して、有意に高い臨床的寛解達成率が示されました。安全性に関する留意事項としては、警告欄で結核、肺炎などの重篤な感染症について注意喚起されています。また、トファシチニブ(同:ゼルヤンツ)、ペフィシチニブ(同:スマイラフ)と同様に、重度の肝機能障害患者には禁忌となっています。本剤は徐放性フィルムコーティング錠であり、調剤時に半割・粉砕することはできません。患者に対しても、割ったりかみ砕いたりしないように伝えましょう。※2022年3月、添付文書の改訂情報を基に一部内容の修正を行いました。参考1)PMDA添付文書 リンヴォック錠7.5mg/リンヴォック錠15mg

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第8回 コロナ修行と化した「新しい生活様式」を導入してみたら

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに伴い、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)に基づいて発令された緊急事態宣言が5月25日、5都道県で解除された。これにより緊急事態宣言は、一旦は全国で解除となった。もっともこれですべて元通りの生活に戻るわけではない。現時点で決定打となる治療薬やワクチンもない以上、当面は第2波流行を常に気にしながら、程度の差はあっても恐る恐る生活を続けていくということになるだろう。実際、東京都は「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」を公表し、7つのモニタリング指標を軸に段階的に外出・営業自粛を緩和していく方針だ。ロードマップに従うと、首都東京で限りなく以前に近い生活に戻せるのは最短でも7月半ば以降となる。また、政府は既に5月4日、新型コロナウイルス感染症専門家会議からの提言を踏まえ、新型コロナウイルス感染を想定した「新しい生活様式」の実践例を公開した。その中身を見て、娯楽、スポーツ等の項目では「歌や応援は、十分な距離かオンライン」、食事の項目では「料理に集中、おしゃべりは控えめに」などとまで記述されており、「大きなお世話だろう!」と怒鳴りたくなるような内容である。国を代表する「専門家」が参集してこんな細かい議論をやっていたのかとびっくりするのだが、ある専門家会議のメンバーによると「そもそも専門家会議も当初はあそこまで示すつもりはなかった。しかし、外部から『もっと具体例を示すべき』というプレッシャーが強く、あのような形になった」とのこと。専門家の皆さんもなかなか気苦労が絶えないらしい。そしてこの「新しい生活様式」を実践した飲み会を開いたという記事も登場した。まあ、有志で試しにやってみたという程度だが、写真を見ると何とも言い難い。記事には「飲食を楽しんだ」と書いてあるが、私がデスクだったらこの紋切り型表現はボツである。決して楽しそうには見えない、むしろ「新型コロナ真理教」かなんかの苦行にしか見えないからだ。しかも、これだけならまだしも、現実にはいたるところでトンチンカンな「対策」もどきが散見される。たとえば「新しい生活様式」を考慮し、感染予防対策を施した居酒屋、さらにはタクシーなど。これらはいずれも次亜塩素酸水を噴霧し、空間消毒を行うというもの。しかし、次亜塩素酸水に関しては認可を受けたものが手指消毒に使える程度で、厚生労働省が出した事務連絡では、次亜塩素酸を含む消毒薬の噴霧は吸入した場合は有害であると明記している。これほどひどいものではないにしても、福岡県の粕屋町は公立の小中学校の授業再開に当たって全生徒にフェイスシールドを配布し、体育の授業と給食以外のシーンではマスクとともに着用すると報じられている。これから気温が上昇していく中でマスクの着用ですら苦痛なはずなのにさらにフェイスシールドとなると、子供たちの苦痛はどれほどかと気の毒に感じてしまう。だが、そもそもこれまで専門家が提唱している感染予防対策は、手洗い励行、「3密」の回避、これに加えてマスクぐらい。多くの方がご存じのようにマスクの感染予防効果はまだまだコントラバーシャルである。今回、やや珍奇な対策が報じられた(報じている側がチンキと思っていないことも問題なのだが)ケースはいずれも「3密」が回避しにくいための追加の措置とも言えなくもないが、それでもやり過ぎ感が否めないと感じるのは私だけだろうか?その意味でここから本格的な出番となる人たちがいる。まずは感染制御の専門家たちである。テレビや新聞にコメンテーターとして登場している「専門家」の中には、ややトンデモな人が混じっているのは本連載第3回でも触れたこと。いわば真の感染制御の専門家ほど現在日常的に忙しいのは承知しているが、少しでもメディアからオファーがかかったら、今こそ難しい時間のやりくりをして登場して欲しいと切に思う。報道に身を置く立場から言うとやや横柄に聞こえるかもしれないが、やはり報道の拡散能力は絶大だからだ。もっとも1回の報道で何かが確実に伝わることが稀なのは、やはり報道側として常に感じている。たとえば、私ごときの存在は報道界の中でも「蟷螂之斧(とうろうのおの)」といってもいい存在だが、それでも感染症におけるマスクの存在について「あくまで感染が疑われる人が他人に感染させないためが第一義。まずは手洗いを」と繰り返し記事に書いている。1回1回はほぼ無力と分かっても、過去の経験上、報道のリフレイン効果は実感しているからだ。COVID-19騒動では、このリフレイン効果の実例がある。ずばり「PCR検査」という単語だ。PCRが何の略かは分からない人がほとんどだろうが、今やこの単語を耳にしたことがないという人はいないはず。だが、この単語を知ることで「それって何?」と理解を深めようとする人のすそ野は確実に増えてくる。繰り返し同じことを訴えるというのは確実に一般生活者での情報リテラシー向上に資するのである。また、今回感染制御の専門家とともに出番となると思われるのが、「学校薬剤師」である。ちなみに医療関係者の間でも「学校薬剤師」の存在はあまり知られていないこともあるようだが、これは学校保健安全法で大学以外の学校では設置が義務付けられている。学校医や学校歯科医と同じ存在である。これは1930年、北海道小樽市の小学校で風邪をひいた女児にアスピリンと間違って塩化第二水銀を服用させ、死亡した事件をきっかけに、同市が学校薬剤師を委嘱し、これが全国に広がって後の学校保健安全法の制定時に制度化されたものだ。では、この学校薬剤師は何をしているかといえば、学校環境衛生の維持管理に関する指導・助言などであり、具体的には換気の指導やプール開きの際の塩素濃度チェックなどだ。まさに感染を防ぐための環境整備にも資する役割である。そもそも薬剤師は、現状では一般人はもちろんのこと医療従事者の間ですら存在感が薄い。このような表現をすると腹が立つ人もいるかもしれないが、「白衣を着て調剤室にこもって袋詰めをしている根暗な人たち」が一般人のイメージといってもいいが、学校薬剤師の経験を持つ人は少なからず存在し、消毒薬などについての知識も有している。しかも、医師と比べ、一般人にとってはやや距離が近い存在である。やや過激な言い方になるかもしれないが、劇作家・寺山修司の言葉を借りれば、今こそ「処方箋を捨てよ、町へ出よう」である。同時にすべての医療従事者に伝えたいのは、「腐らず繰り返し伝えよう」ということ。「お前らメディアが悪い」と言われがちではあるが、目を皿にしてみてもらえば、腐らず地味な情報を繰り返し伝えているメディアも数多くある。実際のところ私たちメディア人も同じ方向を向いていることを知っていただけたら幸いである。

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第8回 初診のオンライン診療、継続的実施の検討へ

<先週の動き>1.初診のオンライン診療、継続的実施の検討へ2.病院の医業収入は前年比10.5%減、コロナ受け入れ病院では12.7%減も3.コロナの影響で先延ばしされた新たな社会保障制度改革4.新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬の開発が待たれる1.初診のオンライン診療、継続的実施の検討へ19日に開催された国家戦略特区諮問会議において、新型コロナウイルスの影響により、全国で時限的・特例的措置として可能になっている「初診患者のオンライン診療」について議論された。そこでは、安倍 晋三首相より、コロナ収束後も初診のオンライン診療が引き続き活用できるよう、継続的実施に向けて規制や制度の改革を進める方針を表明した。厚生労働省によると、5月14日現在、オンライン診療などを実施しているのは全国で約1万4,500施設、うち初診からの実施は約6,000施設。今後、利点や課題を洗い出した上で、全国的に認めるのかどうかも含めて検討され、年内に取りまとめを急ぐ。(参考)第44回 国家戦略特別区域諮問会議 配布資料2.病院の医業収入は前年比10.5%減、コロナ受け入れ病院では12.7%減も21日、自民党の岸田 文雄政調会長が「令和2年度第2次補正予算の編成に向けて」の提言を安倍首相に提出した。新型コロナの影響で、受診控えなどにより収入が大きく減少し、経営危機に直面している医療機関や薬局が経営破綻しないように求めている。最近、医療機関における経営状態の悪化についてたびたび報道されているが、日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会の病院経営状況緊急調査(速報)によれば、前年の2019年4月と今年4月を比較した医業収入は、回答した病院で10.5%減少しており、コロナ患者入院受入病院では12.7%減となっている。日本医師会は、半年間で7兆5,000億円の予算措置などにより、医療機関や薬局などの経営支援を行うことを求めている。取り急ぎ、厚労省は5月分の診療報酬支払いについて、本来より1ヵ月繰り上げた6月に概算で給付する案を検討しており、医療従事者に支払うボーナスなどの原資を確保できるように動く見込み。(参考)第2次補正予算に向けた提言概要(自由民主党政務調査会)新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(速報)(日本病院会)3.コロナの影響で先延ばしされた新たな社会保障制度改革22日に開催された第7回全世代型社会保障検討会議において、安倍首相が今夏に取りまとめる予定だった最終報告を半年ほど遅らせることを表明した。新型コロナウイルス感染拡大を踏まえ、社会保障の新たな課題を取り上げたことなどによる影響。ウイルス感染リスクがある中、医療・介護に従事する労働者が安全に就労できるよう、マスクや消毒液などの衛生用品の確保などの支援や、感染リスクを恐れて受診抑制や介護サービス利用控えなどの動きに対して、オンライン診療や非接触サービスの活用についての言論を求めている。これを受け、75歳以上の患者の窓口負担を1割から2割に引き上げる法案の国会提出が2021年に先送りになるなど、今後の医療改革や健康保険財政などに影響が出る可能性もある。(参考)全世代型社会保障検討会議(第7回)配布資料(首相官邸)新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえた社会保障の新たな課題に関する基礎資料4.新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬の開発が待たれるコロナ治療薬開発の進捗状況について、日々報道がなされているが、民間の医療機関が手にする段階は、現時点ではまだ先になりそうである。7日に承認された、新型コロナウイルス感染症に対する国内初の治療薬レムデシビル(商品名:ベクルリー)は、重症患者が対象とされ、一般の患者に用いることは難しいと考えられる。今後、中等症患者を対象とした2本目の第III相試験の結果など、5月下旬に初期のデータが公表される見込み。また、政府が早期承認するとしていたファビピラビル(同:アビガン)については、動物実験で催奇形性(外表異常、内臓異常、骨格異常、骨格変異)が認められており、精液への移行もあるなど、内服投与に当たっては細心の管理が必要である。その上、17日に日本医師会の「COVID-19有識者会議」が発表した「新型コロナウイルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言」によれば、承認を早める事務手続きの特例処置は理解できるとしているが、科学的根拠の不十分な候補薬を治療薬として承認すべきでないとしており、今後の治験結果の公表や承認申請を待つことになる。ワクチン製造を手掛ける大手製薬企業を中心として、開発治験が進んでいると発表されているが、安全性・有効性の確認中であり、正式な承認申請はまだである。第二波の襲来に備えるために、各国と協調体制を取りながら、迅速な開発、供給態勢の整備が進むことが待たれる。(参考)新型コロナウイルス感染パンデミック時における治療薬開発についての緊急提言(日本医師会COVID-19有識者会議)新型コロナウイルス 治療薬・ワクチンの開発動向まとめ【COVID-19】(Answers News)

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新型コロナ陽性率とBCG接種歴の関係は?/JAMA

 一時期、BCGワクチン接種(以下、BCG接種)をしている人は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかりにくい、というニュースが世界中を賑わした。ドイツやアメリカではBCG接種によるCOVID-19予防の有用性を検証するために臨床試験も始まっており、動向が気になるところである。このような状況に先駆け、今回、イスラエル・テルアビブ大学のUri Hamiel氏らは「小児期のBCG接種が成人期のCOVID-19に対して保護効果があるという考えを支持しない」という研究結果を発表。本研究で小児期のBCG接種群と非接種群での新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性の結果割合が類似していたことを明らかにした。ただし、重症者の症例数が少ないため、BCG接種状況と疾患重症度との関連については結論付けられないとしている。JAMA誌オンライン版5月13日号のリサーチレターに報告した。 イスラエルでは1955~1982年の間、国家政策として新生児に対する BCG接種を行い、接種率は90%以上だった。しかし、1982年以降のBCG接種対象者は結核流行地からの移住者に限定されていた。 本研究は2020年3月1日~4月5日の期間、COVID-19症状(咳嗽、呼吸苦、発熱)を有する全症例を対象にRT-PCR法を実施、検査陽性率を1979〜1981年生まれ(39〜41歳)と1983~1985年生まれ(35〜37歳)で比較検討した大規模な人口ベースコホート。本研究の限界はイスラエルで出生しておらずワクチン接種状況が不明な人口が含まれたことだった。 主な結果は以下のとおり。・検査結果7万2,060件のうち、1979~1981年に生まれの結果は3,064件(出生コホート:1.02%、男性:49.2%、平均年齢40歳)、BCG非接種である1983~1985年生まれの結果は2,869件であった(同:0.96%、男性:50.8%、平均年齢35歳)。・SARS-CoV-2陽性となった割合について、BCG接種群とBCG非接種群で統計的有意差はなかった(361例[11.7%] vs. 299例[10.4%]、接種群との差1.3%、95%信頼区間[CI]:-0.3~2.9%、p=0.09)。・また、10万人あたりの検査陽性の割合にも統計的有意差はなかった(BCG接種群121 vs.BCG非接種群100、各群差:21、95%CI:-10〜50、p=0.15) 。・各群において重症疾患(機械的換気またはICU入室)は1例いたものの、死亡は報告されなかった。

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企業発の取り組み その1 ピジョン株式会社【風疹ゼロチャレンジ~医師2020人の会~】

その1 ピジョン株式会社2018年より、厚生労働省は現時点で41~58歳の男性を対象に、「風しんの追加的対策」として抗体検査とワクチン接種を公費で助成している。しかし、対象世代の認知度は低く、受診者は狙い通りには増えていないのが現状だ。そうした中で期待されるのが、企業発の取り組みだ。ターゲット世代の男性は働き盛りであり、勤務先からの要請があれば高い受診率が期待できる。すでに複数の企業が、定期健康診断へ抗体検査を盛り込む、社員に抗体検査を呼びかけるなどの活動をはじめている。その中で、社業とのシナジーを生み出しつつ、多角的な活動を行っているのが育児用品メーカーのピジョンだ。同社は2019年秋から「ピジョン風疹ゼロアクション」と銘打ったプロジェクトを立ち上げ、活動を開始している。担当者の一人である、コーポレートコミュニケーション室 広報・ESGグループの半澤 ふみ江氏は、「ピジョンが社会に存在している意義である『赤ちゃんいつも真に見つめ続け、この世界をもっと赤ちゃんにやさしい場所にする』を体現する具体的なアクションを検討していました。社会課題は数多くありますが、先天性風疹症候群 (CRS)は直接に赤ちゃんに関係する課題なので、風疹ゼロに向けた活動に取り組むことを決めました。また、社員とその家族の健康を守るという健康経営のためにも意義がある活動だと考えました」と活動のきっかけを語る。事業内容との親和性が高いことから経営陣の理解も早く、疑問や反対の声は全く出なかったという。ピジョン・コーポレートコミュニケーション室 広報・ESGグループの半澤 ふみ江氏(新型コロナウイルス感染拡大を鑑み、オンラインにて取材)具体的には、2019年秋から2020年春までに3つの活動を行った。1)会社の費用負担での抗体検査・ワクチン接種全従業員約500名を対象に、抗体検査・ワクチン接種を会社負担とし、受診を呼びかけた。前年度から妊婦と接する機会のある職種の社員を対象に同様の取り組みを行っており、それを一歩広げた。「風しんの追加的対策」のターゲット世代の男性社員にはクーポンの使用を呼びかけつつ、世代や性別を限定せず全員を対象とした。2)風疹撲滅の活動を行う団体への募金活動風疹撲滅の活動をサポートするため、CRSの子供を持つ保護者を中心に風疹撲滅の啓蒙を行う団体「風疹をなくそうの会 hand in hand」への募金活動を行った。各フロアに募金箱を置き、活動内容を伝えるチラシやポスターを掲示したところ、期待以上の金額が集まったという。 3)社内講演会募金活動とあわせ、なぜ風疹ゼロアクションに取り組むのかを社員に周知し、理解を深めるために、「風疹をなくそうの会 hand in hand」の役員3名を招き、講演会を開催した。全社員を対象に希望者が参加する形式にしたところ、約60名が参加した。「年齢・性別関係なく、幅広い層の社員が集まりました。強いて言えば若手が多く、社会問題への関心の高さを感じました」(半澤氏)。2019年年末に開催された社内講演会活動を進める中で、課題も浮かび上がった。1つは、活動の意義を伝える難しさだ。赤ちゃんとその家族を顧客とするピジョンでも、全社員に風疹撲滅の意義を自分ごととして理解してもらうことは簡単ではなかったという。身近な病気で怖さが伝わりにくい面もあり、「自分が加害者になるかもしれない」など、いろいろな伝え方を工夫した。もう1つは、抗体検査やワクチン接種をどこまで推奨すべきか、という点だ。医療・社会的に推奨されることではあっても、最終的には個人の身体や信条に関わることでもあり、そのメッセージの強さをどの程度にするべきか、悩むことも多いという。2019年秋から開始したプロジェクトは複数のメディアで紹介され、2020年2月には日本産婦人科医会などが主催する「風疹ゼロ”プロジェクト」から風疹対策を積極的に行った企業として表彰されるといった実績も出た。風疹ゼロ”プロジェクト表彰式の様子半澤氏は「活動開始から日も浅く、今後の継続こそが大事だと考えています」とし、息の長い活動にすべく、今年度の活動内容を詰めているという。参考サイトピジョン株式会社|風疹ゼロアクション日本産婦人科医会|2020年“風疹ゼロ”プロジェクト宣言!!風疹をなくそうの会『hand in hand』

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第6回 感度の低さを認めた抗原検査キットは国民の不安を拭えるか?

「一難去ってまた一難」ということわざはあるが、「一難生じてまた一難」ということわざはない。しかし、現実の世の中では後者の事例は少なくない。しかも、この「一難」が事態を改善すべく行った結果として起きる予期せぬ難事ということも稀ではない。ヨーロッパのことわざを借りれば「地獄への道は善意で舗装されている」というものだ。このような思いを巡らすのは、先週取り上げた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬・レムデシビルの特例承認に続いて、みらかホールディングス傘下の富士レビオが申請した新型コロナウイルスの抗原検査キット「エスプライン SARS-CoV-2」が迅速承認されたからだ。新規抗原検査登場で起こる一般からの誤解新型コロナウイルスの抗原検査としては国内初の承認だが、一般紙の誌面やテレビのスーパーで比較的ポジティブな印象を与える「国内初」の表現が曲者である。これに加え、結果判明まで最短で4~6時間のPCR検査に対し、抗原検査は約15~30分なので「迅速」、さらに「医療機関で行っている通常のインフルエンザの検査と同じ」という言葉が加われば、一般読者・視聴者の脳内では「新型コロナが疑わしければ、近くのクリニックですぐに検査してもらえるのね?」との変換が起こる。しかし、検査を実施する側としてはインフルエンザ検査と同じとはいえ鼻咽頭に細長い綿棒を挿入しての検体採取では飛沫感染の危険性がある。しかも、インフルエンザとは違い、現時点でCOVID-19に特異的な治療薬もワクチンも存在しない。つまるところ現状は十分な感染防止策が取られた医療機関など、現在のPCR検査実施施設で発熱や乾性咳嗽などの症状がある人に行うことが前提となる。実際、この抗原検査キットはまだ生産が本格化していないため、当面は患者発生数の多い都道府県における帰国者・接触者外来、地域・外来検査センターや全国の特定機能病院に供給し、順次供給対象を拡大していくとのこと。一般向けの報道でもそのような内容を紹介している事例もあるが、読者・視聴者は見出しや印象的キーワードで把握しがちなので、前述のような脳内変換が起きてしまう。実はかなり低い抗原検査の感度そしてこの抗原検査キット、承認申請データを見ると何とも頼りない。PCR法との比較に基づく国内臨床性能試験成績(n=72)では、陰性一致率は98%(44/45例)、陽性一致率は37%(10/27例)。陽性検体での陽性一致率を、PCR法テスト試料中の換算RNAコピー数(推定値)に応じて比較すると、100コピー/テスト以上の検体に対する陽性一致率は83%(5/6例)。また、国内の検査検体でのPCR 法との比較に基づく試験成績(n=124)では、陰性一致率は100%(100/100例)、陽性一致率は66.7%(16/24例)、PCR法テスト試料中の換算RNAコピー数(推定値)に応じて比較した場合の100コピー/テスト以上の検体に対する陽性一致率は83%(15/18例)。簡単に言ってしまえば「PCR検査よりも感度は低く、ウイルス量が少なければ大量の偽陰性が出る」ということだ。実際、国は陽性例をこのキットで確定診断として良いが、陰性例に対しては引き続きPCR検査の実施を前提にしている。少なくともこれまでCOVID-19の診療最前線にいる医療機関にとっては、疑わしい症状の患者が来院時に使用すれば、より厳重な隔離をすべきかどうかを迅速に判断できるため、一定の利益があることは確かだろう。抗原検査の登場は検査拡充に寄与しない?一般紙では、今回の承認は、これまで一部の医師から指摘されていた「疑わしい症例のPCR検査が迅速に行われない」ことの解消、その結果としての検査件数の増加を意図していると報じている。ただ、その通りになるかは甚だ疑問を感じざるを得ない。まず、検体採取方法は従来のPCR検査と変わらないため、検査に伴う煩雑さはまったく同じ。検体採取者にとって、より簡便でリスクが低い採取方法に変更しない限り、検体採取段階で目詰まりを起こす。また、迅速診断であるがゆえに検査を受けた人は結果待ちのために実施場所に待機することになる。ソーシャル・ディスタンスを取れる待合スペースがなければ、待機者間での接触・飛沫感染リスクが増加する。十分な待合スペースがなければ、感染予防対策として検査場所への入場制限が必要になり、その結果として検査実施件数の制限も必要になるという目詰まりファクターもある。さらに「迅速診断」ゆえに風邪のような類似の症状を持つ人が幅広く対象になり、結果と検査対象者の増加とそれに伴い発生する陰性者の増加が、確認用PCR検査件数を増やし、逆に現場に負荷をかけて目詰まりを起こすことも考えられる。一方で、最も面倒なのは当面はこの検査の実施機関とはならないプライマリーケアを主体とするクリニックにちょっと風邪様症状がある人が駆け付け、「テレビでやっていた簡単な新型コロナの検査をやってください」と哀願し、現場の多忙さに拍車をかけることだ。そうして来院する人の中には真正のCOVID-19の患者がいる可能性も考慮すると、院内感染の危険性も増す。COVID-19との暗闘に似たあの大事故前回紹介したレムデシビルの特例承認、今回の抗原検査キットの迅速承認とも前例がなくとも部分的でも改善できるなら、いかなるものでも投入するという戦略のようだ。その意味で非常に似た様相を感じるのは、私が過去から取材し、現在も進行中の東京電力・福島第一原発の収束作業である。福島第一原発事故は原子力事故の評価尺度である「国際原子力事象評価尺度 (INES)」 による影響度の指標で「レベル7」と判定された世界最悪の原子力事故である。同じレベルと評価されたのは1986年に発生した旧ソ連(現・ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故のみ。チェルノブイリ原発事故は核燃料の除去を断念して石棺で封印しただけだが、福島第一原発の収束作業は、残る核燃料を取り出して廃炉に持ち込もうという有史以来前例のない事態に取り組んでいる。その意味ではすべてがトライ・アンド・エラーの連続である。私は過去にこの作業を「100個の鍵がついた扉の開け方がわからず、とりあえず鍵と名の付くものをありとあらゆるところから集め、1つ1つ鍵穴に入れて開くかどうか確かめるような作業」と表現したことがある。COVID-19に対する戦いも半ば似ていると感じるのだ。奇々怪々な国の対応から透けて見えるもの「だったら徒手空拳からようやく前向きになりつつあるときに、一個一個の『武器』についてネチネチとあげつらうな」との意見もあるかもしれない。だが、今回の事態を見ていると、国の「迅速な対応」と言えば聞こえは良いが、むしろ「拙速な対応」にも見えてしまうのである。そもそもこうした新たな武器を国が特例的に投入するならば、そのメリット・デメリットを一般に広く伝えるのはメディア以上に国側の責務である。とりわけ昨今のようにメディアの多様性が増し、テレビ・新聞といった古典的メディアの役割が相対的に低下しているなかでは、なおのこと国の発信力の位置づけは小さくない。にもかかわらず、記者会見等を見ていると、どうにも中途半端な説明が先行しているように見受けられる。また、かつてはドラッグ・ラグに代表される慎重な審査体制で知られていた厚生労働省がかくも特例承認、迅速承認を「乱発」するのはやや解せない。安倍晋三首相自ら新型インフルエンザ治療薬・アビガンのCOVID-19治療薬としての承認に言及する辺りから推察するに、こうした措置にはかなり政治主導もあるのだろう。もしそうだとするならば、非常事態の名の下に行われる政治の猪突猛進にブレーキをかける存在がいないということにもなる。そんなこんなでレムデシビルの特例承認も、抗原検査キットの迅速承認はすんなりと腹落ちがしないのである。

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第7回 COVID-19に立ち向かう医療従事者をBCGワクチンで守れるか? 国際試験が進行中

新生児の結核予防にほぼ100年も前から使われてきたワクチンがほかの感染症も防ぐという裏付けに触発され、フランスの微生物学者の名にちなんで名付けられたそのワクチン・カルメットゲラン桿菌(BCG)で、目下の新型コロナウイルス感染(COVID-19)流行を防ぐことができるのか、研究者が調べ始めています。BCGワクチンの成分は結核を引き起こす細菌の類縁菌・Mycobacterium bovisを弱毒化したものです。これまでに40億人以上に接種されており、世界で最も広く投与されているワクチンの一つとなっています1)。BCGは結核に対する特異的な効果のみならず、幅広く、多くの感染症に対し非特異的に防御する効果を免疫系に備わせる働きがあります2)。たとえば、新生児の死亡率が高いギニアビサウでの3試験のメタ解析の結果、低体重出生児へのBCG-Denmark(BCGワクチンの1つ)接種は生後28日間の死亡率の38%低下と関連し、その効果は主に肺炎や敗血症による死亡の減少によってもたらされました3)。12~17歳の若者が参加した南アフリカでの無作為化試験ではBCG-Denmark接種で上気道感染症発現率がプラセボ群に比べて73%(2.1% vs 7.9%)低下しました2,4)。オランダのMihai Netea氏等による試験では、ウイルスへの効果も示唆されています。健康な成人にBCG-Denmarkを接種してしばらくしてからあえて弱毒化黄熱病ウイルスを投与したところ、血中ウイルス量がプラセボ投与に比べて有意に減少しました5)。そのような試験や研究成果を背景にして、COVID-19への効果の緒を掴むべく、BCG接種義務国とそうでない国を比較した結果が報告されるようになっています。たとえば査読前報告掲載サイトmedRxivに今月初めに掲載された報告によると、BCG接種が義務であることは流行最初の30日間のCOVID-19症例数や死亡数の増加がより緩やかであることと関連しました6)。3月末にmedRxivに掲載された別の報告ではイタリア、米国、オランダ等のBCGワクチンが広まっていない国はワクチンが広く接種されている国に比べて流行の被害がより大きいことが示されています7)。ただしそれらの報告は因果関係を示すものではありません。また、個々のヒト単位の比較ではなく国と国の比較には結果を偏らせる多くの要因が存在し、それらをすべて差し引いて解析することは不可能です。BCGワクチンをかれこれ20年調べているデンマークの疫学者Christine Stabell Benn氏は、COVID-19に関するそれらの最近のBCGワクチンの検討データは裏付けの重みとしては最底辺の類のものだが、長年に渡って蓄積された裏付けによると、BCGワクチンのCOVID-19予防効果にかけてみるのは悪くないと科学ニュースThe Scientistに話しています。Benn氏はすでに動きだしており、COVID-19のリスクが最も高い人々、すなわちその対処にあたる医療従事者1,500人を募る試験を始めています。BCGで欠勤が減るかどうかやCOVID-19発現が減るかどうか等が調べられます。デンマークでは1980年代までBCGワクチンが使われており、学校でかつてBCGワクチン接種経験がある医療従事者も試験には混じるでしょう。Benn氏は過去にBCG接種経験がある人への更なる接種は接種経験がない人より有効だろうと想定しています。Benn氏と協力関係にある上述のNetea氏はオランダで同様の試験を開始しています。また、オーストラリア出身のメディア王マードック氏の母親Dame Elisabeth Murdoch(エリザベス マードック)氏の支援を受けて30年前の1986年に設立された同国の小児健康研究所Murdock Children’s Research Institute(MCRI)は、Netea氏も協力する国際試験BRACEを3月27日に始めています。医療従事者を対象としたそれらの試験結果は待ち遠しいですが、無作為化試験以外で先走ってCOVID-19予防にBCGを接種してはいけないと世界保健機関(WHO)は釘を刺しています。あまり当てにならない最近の査読前報告を高品質な裏付けと勘違いしてBCGに群がると、すでに不足気味となっているBCGワクチンがそれを必要としている乳幼児に行き渡らなくなる恐れがあります。実際、アフリカの一部では小児向けのワクチンが医療従事者に横流しされていると上述のBRACE試験を率いるNigel Curtis氏は聞いており、「軽はずみにワクチンを使い始めると幼い子にツケが回る。いまあるワクチンは赤ちゃんの結核を予防するものだ」とThe Scientistに話しています。試験外での不適切な使用を注意しつつCurtis氏が進めているBRACE試験を支援する動きは広がっており、最近になってその被験者数はゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation)からの1,000万ドル支援を受けて4,000人から1万人へと大幅に増えています。5月5日の発表によると、試験にはすでに医療従事者2,500人が組み入れられています8)。感染症に広く効きうるBCGワクチン等が病因狙い撃ちワクチン完成までの橋渡しの役割を担うことは、目下のCOVID-19流行や将来の感染流行への対処に大いに貢献するだろうとCurtis氏等はLancet誌に記しています2)。参考1)An Old TB Vaccine Finds New Life in Coronavirus Trials / TheScientist2)Curtis N,et al. Lancet. 2020 Apr 30.3)Biering-Sørensen S,et al. Clin Infect Dis. 2017 Oct 1;65:1183-1190. 4)Nemes E,et al. N Engl J Med. 2018 Jul 12;379:138-149.5)Arts RJW,et al. Cell Host Microbe. 2018 Jan 10;23:89-100.6)Mandated Bacillus Calmette-Guerin (BCG) vaccination predicts flattened curves for the spread of COVID-19. medRxiv. May 04, 20207)Correlation between universal BCG vaccination policy and reduced morbidity and mortality for COVID-19: an epidemiological study. medRxiv. March 28, 20208)10M grant enables MCRI’s BCG vaccine trial to expand internationally, enrol 10,000 healthcare workers / Murdoch Children’s Research Institute’s (MCRI)

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ワクチンと新型コロナウイルスと検疫【今、知っておきたいワクチンの話】総論 第5回

筆者は家庭医として長年予防接種および渡航医学に従事してきたが、2017年からは検疫官に転じて空港検疫所で勤務している。本稿は本来、2020年夏に開催予定であった東京オリンピック・パラリンピックに向けて、輸入感染症対策と検疫について執筆する予定であった。しかしご承知のとおり、新型コロナウイルス感染症(以下「COVID-19」)の拡大に伴って同競技会は延期が決定し、本稿執筆時点の5月上旬には新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言が5月31日まで延長されることとなった。市中医療機関と同じく、空港検疫所もCOVID-19対応に忙殺されている。筆者は現在成田空港検疫所に派遣され、大量の鼻咽頭検体採取を行っている。本稿は業務の合間を縫って書いている。COVID-19と検疫検疫業務の目的は「日本に常在しない病原体が国内に侵入することを防ぐこと」である(検疫法第1条)。わが国に常在しない病原体は世界中に無数にあるが、現地での発生頻度、重症度、船舶・航空機を介した侵入リスクなどを勘案して、15種の感染症(病原体でカウントすればさらに増える)が「検疫感染症」として検疫法第2条に指定されている。2019年12月31日に初めて世界に報告されたCOVID-19は、2020年2月1日には感染症法における指定感染症と同時に「検疫感染症」として定められた。さらに2月14日には「検疫法第34条の感染症」へと再指定され、陽性患者の隔離(強制入院)などの強い措置の権限が付与された。しかし、COVID-19は後者の再指定に遡ること1ヵ月前の1月16日には、国内で最初の患者が発見されていた。その後も輸入例や国内感染例が続発し、再指定直前の2月13日には東京での屋形船や和歌山での院内感染などのクラスター発生がすでに報告されていた。わが国に常在しない病原体の国内侵入の防止が検疫の目的であるにもかかわらず、検疫所に措置の権限が付与された時点では新型コロナウイルスはすでに「日本に常在する病原体」と化していたのである。厚生労働省発表によると、5月6日時点で国内のCOVID-19患者は累計15,192人が報告されているが(ダイヤモンドプリンセス号および武漢からのチャーター便での報告を除く)、空港検疫での発見数は147人と国内報告の100分の1に満たない。新型コロナウイルスが完全に日本に定着した状況でCOVID-19に対する検疫にどの程度人的・物的リソースを投じるかは、国内の発生状況や自治体、市中医療機関、検査機関への負荷などとのバランスを考慮しつつ、政府が臨機応変に見直していく必要がある。Withコロナの予防接種COVID-19の特異な臨床経過や感染様式、緊急事態宣言などに伴う外出自粛要請の影響により、市中医療機関のリアル外来受診数は大幅に減少している。それに伴い予防接種実施数も大きく減少する傾向にある。院内感染や来院前後の往来での感染を避けたいという心理は当然了解できる。しかし、COVID-19蔓延期、すなわち“withコロナ”で“stay home”が強く推奨される状況においても、予防接種のための受診は決して不要不急の外出には当たらず、むしろ必要火急とすら言える。[Withコロナで予防接種が必要火急であるのはなぜか?]1)ワクチン予防可能疾患(VPD:vaccine-preventable disease)は、必ずしも「家の外」だけで感染する疾患ばかりではない。肺炎球菌やヒブはヒトの気道常在菌であり、年長小児や成人の気道から免疫不十分な乳幼児へと感染し、致命的な侵襲性感染症を引き起こす。Stay homeにより家族間接触がより濃厚になる今だからこそ、それら感染症のリスクはむしろ高いと言える。あるいはstay homeで庭いじりや日曜大工に精を出す人も増えていよう。そうした作業で汚染外傷を生じれば破傷風リスクがある。Stay homeだからこそ、それらVPDに対する予防接種は必要火急なのだ。2)医療従事者をはじめ、通勤・出勤せねば業務が成り立たない職種も少なくない。通勤や勤務においてVPDに感染するリスクは常にあり、また、家で待つ家族にVPDを持ち帰るリスクも続いている。特に重大な麻疹1)と風疹2)は、4月7日の緊急事態宣言による全国的な外出自粛要請にもかかわらず発生の連鎖は止まっていない。それらVPDに対する予防接種も必要火急である。3)5月上旬時点で国内のCOVID-19発生は減少傾向にある。いずれ外出自粛が緩和され、各地の学校も再開される日が来る。そのとき、stay homeで勢いをひそめていたVPDが再び火を吹き始める。VPDの多くは発熱を伴うため、COVID-19との鑑別が困難であることから受診に至るまでに種々の手間とタイムラグが発生し得る。そうした近い将来のリスクを避けるためにも、今こそ予防接種は必要火急なのである。上記理由により、withコロナの現在だからこそ積極的に予防接種を進めていただきたい。それでも現実には予防接種実績は低迷する恐れが強い。ならば、リアル受診が回復し始めると同時に、接種遅れに対するキャッチアップ接種を積極的に行っていただきたいと強く切望する。さらに、一時的にCOVID-19発生が抑制できても、今冬には再び増加することが懸念されている3)。前記3)以上に、季節性インフルエンザとCOVID-19の初期の鑑別は困難である。インフルエンザの発生数自体を少なくすることが医療機関の負担軽減に直結する。インフルエンザワクチンは例年10月はじめには供給開始される。供給開始と同時に1人でも多くインフルエンザ予防接種を行っていただきたい。インフルエンザ患者が1人減れば医療機関の負担も1人分減るのだ。COVID-19のワクチンの可能性COVID-19のワクチンは武漢での発生当初から世界各国で盛んに研究開発が進んでいる。4月28日現在で90以上のワクチン候補が誕生し、うちすでに6ワクチンはヒトに対する第I相試験に進んでいる4)。古典的な弱毒化または不活化の手法は当然試されている。しかし、一般論として、安全かつ免疫原性の強い弱毒株は、ウイルス培養を繰り返す過程で生ずる変異株が偶然の産物として登場するのを待つしかなく、いつ実現するかは予測困難である。また、不活化ワクチンは少なくとも既知のコロナウイルスでは充分な効果のあるものが登場していない。新興病原体に対するワクチン開発で近年主流になっているのが、ヒトへの病原性がない他のウイルスに目的ウイルスの遺伝子を組み込むことで特異抗原を産生させ、そのまま“生”として、または不活化してワクチンとする遺伝子組み換え手法である。2018年から続いているコンゴ民主共和国でのエボラ出血熱アウトブレイクで濃厚接触者へのring vaccinationとして行われているワクチンも遺伝子組み換え“生”ワクチン(rVSV-ΔZEBOVワクチン)である。2012年に登場したMERSコロナウイルスにはこの手法でワクチン開発が進められ、動物実験までは行われている。COVID-19ワクチンの開発手法もこれを採用しているチームが多い。そのほか、核酸ワクチンという手法もある。ウイルス粒子ではなく、ヒトの免疫系が反応しうるウイルス抗原部分をコードしたウイルスゲノム(RNAのまま、またはDNAに変換)をワクチンとして接種し、ヒト細胞に取り込ませることで抗原を産生させ、それに対する免疫応答を惹起するのが目的である。コロナウイルスの持つタンパクのうち特にヒト免疫が反応しやすいもの(サブユニットと呼ぶ)だけを抽出してワクチン成分とするサブユニットワクチンもある。2003年に登場したSARSコロナウイルスに対してはすでにサブユニットワクチンが開発済みであるが、SARSが完全に封じ込められた影響もあり、サルでの動物実験に留まりヒトでの治験実績はない。これら以外にもワクチン開発技術には大小の異同があり、それぞれのチームが研究開発のしのぎを削っている。わずか4ヵ月あまり前に世界に登場した病原体に対して、すでに90以上のチームがワクチン開発に着手していることには希望が持てるが、しかし安全かつ効果のあるワクチンの開発は決して容易なことではない。COVID-19ワクチンへ希望は持ちつつも過剰な期待はせず、感染拡大防止の努力を徹底した上で、既存ワクチンの接種を遅れることなく推し進めることこそが医療職の使命と言える。読者諸氏には、必要なワクチンを1人でも多く接種いただきたく、深くお願い申し上げる。※上記はすべて筆者個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。1)国立感染症研究所.麻疹.Accessed May 6,2020.2)国立感染症研究所.風疹.Accessed May 6,2020.3)Sun Lena H. The Washington Post, April 22, 2020.4)Callaway E. Nature. 2020;580:576-577.講師紹介

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第5回 新型コロナ治療薬、レムデシビルは武器か凶器か

これまで治療薬もワクチンもなかった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して、ようやく新たな「武器」が登場する。厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会は2020年5月7日、ギリアド・サイエンシズがCOVID-19の中等度~重症入院患者向けに開発中の抗ウイルス薬・レムデシビル(商品名:ベクルリー)をCOVID-19の治療薬として「特例承認」した。緊急対応を要する際に他国で販売されている薬剤など国内臨床試験を省いて承認する「特例承認制度」の適用は、2010年の新型インフルエンザワクチン以来。しかも、日本に先だって米国食品医薬品局(FDA)は緊急時の使用許可を認めたものの、これは正式承認までの暫定措置なため、レムデシビルの正式な製造販売承認は日本が世界初だ。国の焦りや危機感が垣間見える決定とも言える。しかし、この特例承認は歓迎すべき決定である反面、医療現場では新たな「火種」になるかもしれない。4月29日にアメリカ国立衛生研究所(NIH)傘下の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)が主導した世界68施設での重症COVID-19患者に対する臨床試験の予備的解析結果が発表された。臨床試験は1,063例を登録したプラセボ対照二重盲検無作為化比較試験であり、一定の信頼度はおける試験デザインである。その結果は、主要評価項目である回復までの期間はレムデシビル群:11日、プラセボ群:15日、副次評価項目の患者死亡率はレムデシビル群:8.0%、プラセボ群:11.6%。この発表以降、報道が一気に過熱した。4月30日以降、一般紙では「肯定的な結果」「新型コロナ有望薬」などの見出しが躍った。これに加え、「特例承認」「緊急承認」などの見出しも次々に登場する。もちろん報道側にいる私もこうした報道になるのは、ある意味やむを得ないとは思う。ところが、一般読者は各紙の報道を繰り返し聞かされることで生じる「リフレイン効果」によって、脳内には「有望」「肯定」「特例」「緊急」といった断片的なキーワードが残る。結果として一般読者は「新型コロナに良く効く薬が(or だから)緊急承認される」と脳内で変換してしまう可能性がある。そして、今後は検査で陽性となった患者が重症度にかかわらず医療機関に「私にあのレムデシビルとかいう薬を投与してください」という問い合わせをする現象が起きる可能性がある。実際、免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボの原理を発見した本庶 佑氏のノーベル医学生理学賞の受賞決定時、医療機関ではオプジーボの投与を求める各種がんの患者から問い合わせが殺到しているからだ。医療機関がこうした患者の問い合わせで疲弊するという現象は想像に難くない。しかも今回の試験結果は非常に微妙な内容、突き詰めればCOVID-19による死を恐れる一般人の期待に応えきれるものでないことは医療従事者ならば先刻ご承知だろう。前述の臨床成績のうち統計学的有意差が認められたのは回復までの期間のみで、死亡率では有意差は認められていない。しかも、主要評価項目である回復までの期間ですらハードエンドポイントではなく、ソフトエンドポイントと言ってよい。加えてNIAIDの発表同日に中国の国立呼吸器疾患臨床研究センターのグループが237人の重症新型コロナ患者を対象に同じ手法でプラセボ対照比較試験の結果を「Lancet誌」に報告したが、こちらはレムデシビル群とプラセボ群で症状改善効果に有意差はないという結果になった。レムデシビルは現在も症例規模を拡大したフェーズIII試験が進行中であるため、このように書くと「やや辛口すぎる評価では?」という意見もあるだろう。だが、2群間の比較試験では症例規模を拡大すればするほど統計学的有意差が生じやすいのは周知のこと。今後、より症例規模の大きい試験で死亡率に統計学的有意差が認められたとしても、それは一般人が期待するような死亡率急低下につながるような差にはならないだろうと推定できる。現状、レムデシビルで見込める可能性のある効果とは、回復期間の短縮、すなわち患者の入院期間短縮を通じた病床不足への歯止めという点くらいである。これはその通りならば一定の意義はあるが、なかなか患者・一般生活者には伝わりにくい。レムデシビル登場が逆に現実と一般人の期待の板挟みになる医療従事者を増やすことになるかもしれない。「それは報道のせいだろう」とも言われてしまいそうだが、実は医療を担当する一般向けメディアの記者もその点は悩みなのだ。本連載の第3回でも書いたように記事内にアルファベットが出てくるだけで目を逸らすほど一般読者・視聴者は浮気な存在である。その彼らに「統計学的有意差」「ハードエンドポイント」「ソフトエンドポイント」という言葉は、かみ砕いても伝わりにくい。そんなことを伝えようとしようもなら新聞ならスポーツ面に、テレビならお笑い番組に飛ばされてしまう。しかも、紙面や放送時間には常に限りがあるので、かみ砕けばかみ砕くほどリソース不足となる。よく、一般では代表的な医療批判として「3時間待ち5分診療」が挙げられる。しかし、限られたリソースの中で患者を診察するうえではやむを得ないことは理解できる。そして実は報道する側も似たようなジレンマを常に抱えている。もっとも個人的にはその不可能をどこまで可能にするかの取り組みはやってみるつもりだが…。

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始まった感染症予防連携プロジェクト/日本感染症学会・日本環境感染学会

 新型コロナウイルス感染症の流行により、麻疹や風疹の被害が置き去りにされている中で、日本感染症学会(理事長:舘田 一博氏)と日本環境感染学会(理事長:吉田 正樹氏)は、国際的な同一目的で集合した多人数の集団(マスギャザリング)に向けて注意すべき感染症について理解を広げるWEBサイト「FUSEGU ふせぐ2020」をオープンした。 これは感染症対策に取り組む医学会、企業・団体が連携し、マスギャザリングでリスクが高まる感染症の理解向上と、必要な予防手段の普及を目標に感染症予防連携プロジェクトとして推進しているものである。 同サイトでは、マスギャザリングと感染症をテーマに、「学ぶ」「触れる」「防ぐ」の3 つの視点から情報をまとめている。理解を深めたい感染症として、第1弾は「麻疹」「風疹」「侵襲性髄膜炎菌感染症」を取り上げ、感染経路や予防手段などを紹介している。 具体的には「学ぶ」では対象感染症の症状や特徴、感染拡大の歴史などを紹介し、「触れる」ではアンケート調査、感染症カレッジ、市民公開講座などの情報発信を予定している。「防ぐ」では手指衛生、マスク、ワクチンなどの予防方法が記載されている。とくにワクチンでは、“what(ワクチンの目的)、who(接種すべき人)、when(いつ接種するか)、where(接種できる場所)”と分類されイラストとともにわかりやすく説明されている。 今後は市民を対象とした意識調査やイベントなど、感染症予防啓発のため実施するプログラムの詳細についても順次公開予定としている。

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HPVワクチン+検診で子宮頸がん撲滅可能−日本はまず積極的勧奨中止以前の接種率回復を(解説:前田裕斗氏)-1222

 子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって生じることがわかっている、いわば「感染症」の1つである。2018年のデータによれば全世界で約57万件の新規発生と約31万人の死亡が報告されており、女性において4番目に頻度の多いがんである。この子宮頸がんを予防するうえで最も効果的なのがHPVワクチンだ。当初はがんを起こしやすいHPV16、18を対象とした2価ワクチンのみであったが、現在では9価のワクチンが開発され、海外では主に使用されている。ワクチンの効果は高く、接種率の高い国ではワクチンの対応する型のHPVを73~85%、がんに進展しうる子宮頸部の異形成(中等度以上)を41~57%減少させたと報告されている。 今回の論文では数理モデルを用いて、どのような閾値をもって根絶と定義するか、根絶に至るのはいつなのか、どのくらいの死が避けられるのか、そして最も効果的でコスト面に優れた戦略はどのようなものかについて検討している。モデルの詳しい内容はさておき結果を把握することが大事だ。詳細は別記事に譲るが、重要な結果として、根絶の定義を新規発症が1年当たり4例/10万人未満とした場合、HPVワクチンの女性への投与のみでは中低所得国の約60%のみが達成できるのに対し、生涯に1回の検診を加えれば約96%、2回の検診を加えればほぼすべての国で子宮頸がんの根絶が可能であるということが挙げられる。また、HPVワクチンのみで根絶不可能な国は年齢調整した新規発症が1年当たり25例/10万人以上であった。こうした新規発症が多い国では、90%以上の接種率でないと根絶は難しいと本文中で述べられている。 日本では子宮頸がんの年齢調整罹患率は14.7例/10万人で、先進国の中では高いほうである。また、その推移は横ばいで、減少傾向にない。HPVワクチンの接種率についてはご存じのとおり副反応報道による積極的勧奨中止から1%未満にまで落ち込み、これからの回復が期待される。検診率は約42%であり、こちらもWHOが示す目標である70%以上(35、45歳で1回ずつ)には達していない。では、日本ではどの程度のワクチン接種率・検診率を目指せばよいだろうか。2020年2月にLancet Global Healthで報告された論文では、日本におけるHPVワクチンの接種率が、副反応報道による積極的勧奨中止以前の接種率である70%に速やかに回復し、検診率も最低1回を70%、2回を40%の人口が受けることで接種率の減少による2万4,600~2万7,300例の発生および5,000~5,700例の死亡のうち、1万4,800~1万6,200例の発生および3,000~3,400例の死亡を防ぐことができると報告されている。この報告からも示唆されるように、まずは積極的勧奨中止以前の水準へ回復するだけでも効果を期待できる。これからの接種率上昇に期待したい。

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第5回 COVID-19ワクチン候補の1つ、初めてサルで感染を予防

中国・北京拠点のバイオテック企業Sinovac Biotech社の、mRNAでもプラスミドDNAでもウイルスベクターでもない昔かたぎのローテク不活化ワクチンが、数ある開発品の中で初めて動物・アカゲザルの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染を防ぎました1,2)。8匹のサルにまずワクチンが3回投与され、気管に通した管からその3週間後に肺にSARS-CoV-2を入れて様子を見たところ、どのサルもウイルスに屈しませんでした。とくに高用量(6µg)投与群の反応は良好で、ウイルスを肺に入れてから7日時点で、肺や喉からウイルスは検出されませんでした。低用量(3µg)群ではウイルスが検出されたものの、対照群の4匹のサルに比べてウイルス量はほぼ完全に(95%)抑制されていました。安全性も良好であり、サルの体調・血液/生化学指標・組織解析で懸念は示唆されませんでした。また、低用量投与群の中和抗体価は比較的低かったにもかかわらず、抗体を介した感染促進副作用・ADE(antibody-dependent enhancement of infection)はどのワクチン接種サルにも認められませんでした。Sinovac社の海外部門リーダーMeng Weining氏は、今回の結果を受けて同ワクチンがヒトにも効くに違いないと確信していると述べており、すでに同社は中国江蘇省でプラセボ対照二重盲検第I/II相試験を開始しています3)。4月20日時点での登録情報によると、試験には18~59歳の健康な成人744人が参加し、不活化SARS-CoV-2ワクチン高用量、低用量、プラセボのいずれかが2週間あるいは4週間の間をおいて2回投与されます4)。Sinovac社は実績があるワクチンメーカーであり、手足口病、A/B型肝炎、インフルエンザに対する不活化ワクチンを販売しています。ただし、Weining氏によると作製できるワクチンは多く見積もっても約1億投与分であり、もし臨床試験で効果や安全性が確認されてCOVID-19ワクチンを作るなら他のメーカーの助けが必要かもしれません。世界保健機関(WHO)によると、4月26日時点で7つのCOVID-19ワクチンが臨床試験段階に至っており、さらに82候補の前臨床開発が進行中です5)。それらのワクチンのほとんどは目新しい人工遺伝子技術に基づいており、Sinovac社のような昔ながらの不活化技術頼りのワクチンは5つのみです。現在の流行のさなかで何よりも大事なのは、技術がどうあれ安全で有効なワクチンをできるだけ早く完成させることだと、Weining氏はScience誌に話しています。参考1)Rapid development of an inactivated vaccine for SARS-CoV-2.bioRxiv. April 19, 20202)COVID-19 vaccine protects monkeys from new coronavirus, Chinese biotech reports / Science3)Sinovac Announces Commencement of Phase I Human Clinical Trial for Vaccine Candidate Against COVID-19 / Sinovac Biotech4)Safety and Immunogenicity Study of 2019-nCoV Vaccine (Inactivated) for Prophylaxis SARS CoV-2 Infection (COVID-19) (ClinicalTrials.gov)5)DRAFT landscape of COVID-19 candidate vaccines – 26 April 2020

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これが免疫チェックポイント阻害薬の効果予測バイオマーカー(のはず)【そこからですか!?のがん免疫講座】第4回

はじめに前回は、「免疫チェックポイント阻害薬(ICI)がどうやって効果を発揮しているのか」について解説しました。しかし、いろいろメディアで報道されたこともあり皆さんご存じかもしれませんが、すべての患者さんに効くわけではありません1,2)。そこで、どういった患者さんに効くのか?という疑問に対してさまざまな研究がなされてきました。今回はそれらを紹介しながら、がん免疫の本質に少し迫りたいと思います。効果予測バイオマーカーとは?「効果予測バイオマーカー」、読んで字のごとくかもしれませんが、少し言葉の説明をさせてください。「AさんはXという薬が効く。一方でBさんはYという薬が効かない」などということが、あらかじめわかっていれば余計な処方や副作用、さらには経済的な負担も避けられて非常にありがたい話ですよね? がんの領域では分子標的薬の登場により、こういった研究が盛んに行われてきました。こういった研究は非小細胞肺がんのゲフィチニブ(gefitinib)というEGFR阻害薬で非常に有名です。ゲフィチニブは発売当初、進行非小細胞肺がんであれば誰にでも使用されていましたが、だんだんと劇的に効く人とまったく効かない人がいることがわかってきました。そこで、そういった劇的に効く患者さんのがん細胞の遺伝子を検査してみると、ほとんどの患者さんでEGFR遺伝子変異が見つかりました3)。EGFR阻害薬なので「EGFRに異常があれば効く」なんてことは今から思えば当たり前のように思えるかもしれませんが、当時としてはかなり衝撃的でした(著者は医学部生で医者になる直前でした)。反証のようなデータも出ていろいろな論争もありましたが、前向き臨床試験で証明され3)、今ではこの薬剤はEGFR遺伝子変異がある患者さんでしか使用されていません。EGFR遺伝子変異があればゲフィチニブが効く、ということが予測できるので、EGFR遺伝子変異はゲフィチニブの「効果を予測できるマーカー」ということで「効果予測バイオマーカー」と呼ばれています。ほかにも効果予測バイオマーカーはいくつもありまして、中には全体の数%しかないような非常にまれな遺伝子異常もあります。こういった数%しかないものも含めて「効果予測バイオマーカー」を効率的に見つけようという取り組みが、最近の「がんゲノム医療」への流れをつくりました。これ以上は本筋からそれますので、がん免疫に話を戻します。ICIの効果予測バイオマーカーは?「全員に効くわけではない」と最初に触れましたが、ICIは単剤だと効果は50%以下です。劇的に効いて年単位で再発しない「完治」したかのような患者さんもいれば、1コースですぐ無効と判断されるような患者さん、逆に悪化してしまうような患者さんもいます4)。著者も大学院生時に2015年の論文を読んで思いましたが、まるでゲフィチニブをほうふつとさせるのです。そこで、「やはり効果予測バイオマーカーを見つけよう!」と世界中で研究が行われました。まず、いきなり残念なお知らせです。結論から申しますと、EGFR遺伝子変異ほどの完璧なバイオマーカーは、臨床応用できる範囲では今のところは存在しません。なぜそういう結論になっているのかという事情を話すと何時間でも講演できてしまうのですが、ここでは代表的なバイオマーカー3つの話にとどめ、あくまでがん免疫を理解するための話をしたいと思います。「完璧じゃねーのかよ!」と憤った方もいるかもしれませんが、この3つはがん免疫の本質を考えるうえで非常に重要ですので、ぜひお付き合いください。PD-L1の発現と腫瘍浸潤T細胞最初に紹介するのが、「PD-L1発現」と「腫瘍浸潤T細胞」の2つです。PD-L1の発現は臨床でも利用されていますので、今さら説明は不要かもしれません。「PD-1やPD-L1を阻害する薬なんだから、PD-1の結合相手の代表であるPD-L1がたくさん出ていれば効くんじゃないか?」という単純な発想で開発されたバイオマーカーです(図1)。病理学的に免疫染色で評価して「PD-L1高発現であれば効く」というのはある程度は受け入れられていると思います5)。ただし、繰り返しますが、完璧ではありません。PD-L1が高発現でも無効な方もいれば、全然出ていなくても有効な方もいます。なぜなのでしょう?原因はいろいろいわれていますが、私見も含めて考察します。1つは場所によって染色が異なる不均一性の問題といわれています。同じ患者さんの病理組織の中でも、ある部分ではPD-L1が高発現なのにある部分では低発現であったりすることが報告されています。さらにはダイナミックな変化も問題とされています。画像を拡大する前回を思い出してほしいのですが、PD-L1はがん細胞がT細胞を抑制して免疫系から逃れるために利用している分子です(図1)。ですので、免疫の攻撃、とくにT細胞の攻撃にさらされることで、自分の身を守るため・免疫系から逃れるために異常に発現が上がります。著者も実験したことがありますが、T細胞の攻撃にさらされると、元々出ているPD-L1の発現が関係なくなるレベル、50倍などにまで上がります(図2)6)。したがって常にPD-L1はダイナミックに変化しており、完璧な効果予測バイオマーカーになりにくい、ということが考えられます。画像を拡大する「PD-L1がT細胞の攻撃に伴って上がるのであれば、T細胞側を見てあげるほうがいいんじゃないの?」と思われた方もいると思います。その発想が「腫瘍浸潤T細胞」の発想です。今まで散々「ICIはT細胞を活性化してがん細胞を攻撃している」という話をしましたが、そういった事実からも「T細胞がたくさん腫瘍に浸潤しているほうがICIは効く」と考えられています。実際に腫瘍浸潤T細胞が多いほど効果は高いことが、複数のデータで証明されています7,8)。しかし、残念ながらこれも完璧ではありません。PD-L1同様の不均一性やダイナミックな変化に加えて、「必ずしも『腫瘍浸潤T細胞』=『がん細胞を攻撃しているT細胞』ではない」ことが主に問題点として指摘されています。がん細胞にしかない「体細胞変異数」「体細胞変異数」、ちょっとはやり言葉のように聞いたことがある方もいるかもしれません。すごく平たく言うと、がん自体は遺伝子に変異が入ることで起きる病気です。「その変異数が多ければ多いほどICIの効果が高い」というのが体細胞変異数をバイオマーカーとして使える背景です。なぜそんなことが起きるのでしょうか?体細胞変異数は、前回までに散々出てきた「がん抗原」に注目して開発されたバイオマーカーです。思い出していただきたいのですが、T細胞活性化は、がん細胞由来の免疫応答を起こす物質(=抗原)である「がん抗原」を認識するところから始まります。これがないと何も始まりません(図1)。この「がん抗原」に注目した最も有名な治療が、「がんワクチン」です。がんワクチンは「外からがん抗原を入れることで、がん細胞を攻撃するT細胞を活性化させよう」という治療方法です。しかし、残念ながらその期待とは裏腹に、ほとんどのがんワクチンには効果がありませんでした。その理由を考察しながら、体細胞変異数という発想に至った経緯を説明します。抗原には「強い免疫応答を起こす抗原」「弱くしか免疫応答を起こせない抗原」というように階層性がある、といわれています(図3)。たとえば、自分自身の身体にある抗原(自己抗原)は、万が一強い免疫応答を起こしてしまうと自分の身体を免疫が攻撃してしまう「自己免疫性疾患」になってしまいますので、免疫応答は起きないようになっています。画像を拡大する逆にウイルスみたいな異物である外来の抗原(外来抗原)は、非常に強い免疫応答を起こします。インフルエンザにかかると高熱が出るのは、非常に強い免疫応答を起こしている証拠です。そういった外来の自分自身にない非自己の抗原に対して、強い免疫応答が起きなければ病原体を排除できず、われわれの身体は困ってしまいます。ですので、こういった外来抗原は免疫系にとっては格好の排除の対象となり、強い免疫応答が起きるわけです。では、がん抗原に話を戻しましょう。「もともと身体にあるけれど、がん細胞が特別多く持っているがん抗原」というものがあります。「元からある共通のもの」という意味で「共通抗原」と呼びます。従来の「がんワクチン」は、基本的にはこの共通抗原を使用していました。しかし、共通抗原はもともと自分自身の身体にある抗原なので、がん細胞だけが持っているわけではありません。さらにはあくまでも自己なので、ウイルスなどの非自己である外来抗原とは違います。自己である共通抗原に対しては、免疫系は自分自身を「攻撃してはいけない」という「免疫寛容」というシステムが働いて、あまり強い免疫応答を起こすことができない、といわれています(図3)。だから従来のがんワクチンは効果が限定的だったのだろう、と考えられています。じゃあ、「理想的ながん抗原」って何でしょう? がん細胞だけが持っていて、かつ強い免疫応答が起こすことができるものですよね? そう考えたときに注目したのが、がん細胞しか持っていない「体細胞変異」なのです。体細胞変異はもともとの身体にはなく、がん細胞しか持っていません。なおかつ、変異が入っていないものは自己ですが、変異が入ることでタンパク質が変わってしまい非自己になります。ですので、運が良ければウイルスなんかと同じような強い免疫応答を起こすことができる抗原になれるわけなのです(図3)。がん細胞にしかなく、かつ強い免疫応答が起こせる抗原、まさに理想的ながん抗原ですね。これをわれわれは「ネオ抗原」と呼んでいます(図3)。とはいえ、ネオ抗原を一つひとつ同定することは、不可能ではなくともかなり大変です。そこで何かほかに見られるものはないか?となったときに、体細胞変異数の発想に至りました(図4)。つまり、体細胞変異数が多ければ多いほど、非自己として扱われ、T細胞を強く活性化させ、強い免疫応答を起こすことができるネオ抗原も多いのではないか、という予測を基に(図4)、体細胞変異を測定したところ見事に体細胞変異数が多い患者さんほど効果が高いことが証明されました9)。画像を拡大する体細胞変異数への期待と限界体細胞変異数がバイオマーカーとして機能する証拠をいくつか紹介しましょう。1つ目は大腸がんです。大腸がんはICIがほとんど効かないことがいろいろな治験でわかっているのですが、5%くらい劇的に効く集団がいました。それはMSI highという異常なまでに体細胞変異数が多い患者さんたちでした。確かにそういった患者さんの病理組織では腫瘍浸潤T細胞が多く、PD-L1が高発現していることも報告されておりまして、すでにMSI highというくくりでがんの種類に関係なくICIが承認され、日本を含め世界中で使用されています。もう1つの証拠を紹介します。いろいろながんごとに体細胞変異数をカウントして比較したデータがあります。体細胞変異数が多いがんというのは、メラノーマだとか肺がんだとか膀胱がんなんていう、いずれもICIの効果が証明されているものばかりでした。こういったデータからも体細胞変異数が重要である、ということが認識できます。まとめると、図5のようになります。バラバラに3つ並べましたが実はつながっていることがおわかりいただけますか?「体細胞変異数が多い→ネオ抗原が多い→T細胞がネオ抗原のおかげで活性化する→T細胞ががん細胞を攻撃するために浸潤してくる(腫瘍浸潤T細胞)→がん細胞が免疫系から逃れるためにPD-L1を利用する(PD-L1発現)」というストーリーできれいにまとまります(図5)。画像を拡大する体細胞変異数の測定は、現実的な値段でできる時代に来ています。ですので、「全がん患者の体細胞変異数を測定しましょう。もうそれでバイオマーカーは決まり!」と単純には思うのですが、そううまくはいきません。このバイオマーカーも、やはり完璧ではないのです。そもそも体細胞変異だけでは本当に強い免疫応答を起こせるネオ抗原になっているかがわかりません。そして、ネオ抗原だったとしてもT細胞活性化の7つのステップで紹介したように「がん抗原」以外にもたくさん重要な要素があるわけで、さすがにそれらを無視して単純に体細胞変異数だけでは限界があったのです。私見も含めて…、「何が一番大切か?」長々お話ししましたが、私はやはり一番大切なのは「T細胞」だと思っています。なぜならICIはT細胞を活性化させる薬だからです。とくに、浸潤してがん細胞を直接攻撃しているT細胞がきっちりと同定できれば、それが一番良いバイオマーカーであり、がん免疫にとって一番重要な要素だと思います。どんなに体細胞変異数が多かろうと、どんなにPD-L1発現が高かろうと、ICIはT細胞を活性化する薬ですので、そういったT細胞がなければ絶対に効きません。機序を考えれば当然のことです。完璧ではないものに散々時間をかけてしまいましたが、体細胞変異数から始まるネオ抗原・T細胞・PD-L1のストーリーは、がん免疫の本質を考えるうえできわめて重要です。まだいろいろありますが、これ以上は深入りせず、次回はICIの副作用について話をしたいと思います。1)Brahmer JR, et al. N Engl J Med. 2012;366:2455-2465.2)Topalian SL, et al. N Engl J Med. 2012;366:2443-2454.3)Mok TS, et al. N Engl J Med. 2009;361:947-957.4)Kamada T, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2019;116:9999-10008.5)Reck M, et al. N Engl J Med. 2016;375:1823-1833.6)Sugiyama E, et al. Sci Immunol. 2020;5:eaav3937.7)Herbst RS, et al. Nature. 2014;515:563-567.8)Tumeh PC, et al. Nature. 2014;515:568-571.9)Rizvi NA, et al. Science. 2015;348:124-128.

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チクングニアウイルス、ウイルス様粒子ワクチンの安全性を確認/JAMA

 近年、チクングニアウイルス(CHIKV)の世界的な流行が認められ、安全で有効なワクチンの開発が望まれている。米国・国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のGrace L. Chen氏らVRC 704試験の研究グループは、開発中のウイルス様粒子ワクチン(CHIKV VLP)はプラセボに比べ、安全性および忍容性が良好であることを確認した。CHIKVは、蚊媒介性のアルファウイルスで、現時点で承認を受けたワクチンや治療法はないという。JAMA誌2020年4月14日号掲載の報告。流行地での安全性と忍容性を評価する無作為化第II相試験 本研究は、CHIKV流行地におけるCHIKV VLPの安全性と忍容性の評価を目的とする二重盲検無作為化プラセボ対照第II相試験(米国NIAIDワクチン研究センターの助成による)。 ハイチ、ドミニカ共和国、マルティニク、グアドループの各1施設とプエルトリコの2施設の合計6つの臨床研究施設が参加した。対象は、年齢18~60歳で、臨床検査値、病歴、身体検査に基づく36項目の判定基準で適格と判定された健康人であった。 被験者は、CHIKV VLP(20μg)を28日間隔で2回筋肉内接種する群またはプラセボ群に無作為に割り付けられ、72週のフォローアップを受けた。 主要アウトカムは、ワクチンの安全性(検査値[全血球計算、ALT値]、有害事象、CHIKV感染)および忍容性(局所[注射部位]および全身性の反応原性の症状)とした。ワクチン関連の重篤な有害事象は発現せず 2015年11月~2016年10月の期間に、400例(平均年齢35歳、女性50%)が登録され、ワクチン群に201例、プラセボ群には199例が割り付けられた。 すべてのワクチン接種は良好な忍容性を示し、ワクチン関連の重篤な有害事象は認められなかった。1つ以上の局所症状(疼痛/圧痛、腫脹、発赤)は、ワクチン群が64例(32%)、プラセボ群は37例(19%)にみられ、ほとんどが軽度(ワクチン群58例、プラセボ群36例)で、残りは中等度(6例、1例)であった。 1つ以上の全身性の反応原性(不快感、筋肉痛、頭痛、悪寒、悪心、関節痛、発熱)は、ワクチン群では87例(44%)に発現し、このうち軽度が65例、中等度が21例で、重度は1例(片頭痛の病歴のある1例が2回目の接種後に重度の頭痛を発症、1日以内に解消)のみだった。 試験薬との関連の可能性がある、自発報告による軽度~中等度の有害事象が16件認められ、ワクチン群が8例で12件(75%)、プラセボ群は3例で4件(25%)であった。これらの有害事象はすべて、臨床的後遺症を引き起こさずに消散した。 また、試験薬と関連のない重篤な有害事象が16件認められ、ワクチン群が4例で4件(25%)、プラセボ群は11例で12件(75%)であった。このうち14件は後遺症がなかった。 ベースラインの中和抗体50%効果濃度(EC50、ウイルス中和アッセイで50%の感染を阻害する血清希釈)の幾何平均抗体価(GMT)は、ワクチン群が46(95%信頼区間[CI]:34~63)、プラセボ群は43(32~57)であった。初回接種後8週の時点でのEC50 GMTは、ワクチン群が2,005(95%CI:1,680~2,392)へと上昇したのに対し、プラセボ群は43(32~58)と実質的に不変であった(p<0.001)。 免疫応答の持続性は、ワクチン接種後72週以上に及ぶことが示された。また、ワクチン群のうちベースライン時に血清反応陰性の144例(88%)では、中和抗体価がベースラインの4倍以上に上昇し(p<0.001)、CHIKVのルシフェラーゼ中和アッセイで96%が血清反応陽性となった。 著者は、「これらの知見により、今後、臨床的有効性を評価する第III相試験が求められる」としている。

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第4回 AIが予想する、開発中のCOVID-19ワクチン成功率

1965年に英国の研究者が初めて報告したコロナウイルスは1)、およそ半世紀後のいま、世界で猛威を振るっています。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチン候補の先頭を切るModerna社の開発品mRNA-1273の成功確率はどれほどのものなのか? 人工知能(AI)が出した答えはわずか5%でした2)。なぜそのように低いかというと、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を標的とするmRNA-1273の成分がこれまでのワクチンにはないメッセンジャーRNA(mRNA)であり、まだ立証されていない技術だからだと解析を実施した情報会社Clarivateの製品リーダーは言っています。AIはほかのCOVID-19ワクチンにも手厳しく、今月初めに第I相試験が始まったInovio社のDNAワクチンINO-4800の成功確率は15%、上手く行ったとしても承認には5.5年を要すると判断しています。ワクチンの主な安全性上の懸念の一つに、意図とは裏腹により感染しやすくしてしまうという、厄介な現象があります。SanofiのデングワクチンDengvaxiaで広く知られるようになったその現象・ADE(antibody dependent enhancement)が、Moderna社やInovio社のSARS-CoV-2スパイクタンパク質標的ワクチンと無縁とは言い切れないことも、それらの成功確率をAIが低く予想していることに影響しているかもしれません。ADEは非中和抗体で促されることが知られており、中和抗体をより生み出すワクチンならADEを回避できる可能性があります。2002~03年に流行したコロナウイルス・SARS-CoV-1のスパイクタンパク質では、受容体結合領域(RBD:receptor-binding domain)に対する抗体の中和活性が強力なことが知られています。そこで、米国フロリダ州のScripps Research Instituteの研究チームはSARS-CoV-2のスパイクタンパク質RBD領域ではどうかを、ラットへの接種で検証しています。結果は期待通りで、ウイルスを認識して細胞感染を防ぐ強力な中和抗体が作られ、ADEを介した感染増強は生じ得ないと示唆されました3)。AIの予想がどうあれ、Moderna社は米国政府機関からの最大4億8,300万ドル(500億円超)の助成を受けてmRNA-1273の開発を急ぎ、現四半期4~6月中に第II相試験を開始し、順調に進めば承認申請前の大詰め試験・第III相試験が今秋にも始まります4)。Moderna社の取り組みが失敗しても、Scripps Researchなどの基礎研究から新たなワクチン候補は次々に誕生するでしょう。Moderna社に続くCOVID-19ワクチンの層も厚く、ノルウェーのオスロを拠点とするCOVID-19ワクチン開発支援組織Coalition for Epidemic Preparedness Innovations (CEPI)によると、4月8日時点で世界で115のCOVID-19ワクチン候補が存在します5)。それらのうち78候補は確かに開発が進んでおり、Moderna社やInovio社に加えて中国企業のワクチン3つが臨床試験段階に至っています。いま世界が直面しているCOVID-19惨禍を終わらせ、将来の新たな流行に備えるために技術や資金を総動員してワクチン開発に取り組む必要がある、とCEPIは言っています。参考1)Tyrrell DA, et al. BMJ.1965 Jun 5;1:1467-70.2)Don't count on a COVID-19 vaccine for at least 5 years, says AI-based forecast / FiercePharma3)Quinlan BD, et al. bioRxiv. April 12, 2020.4)Moderna Announces Award from U.S. Government Agency BARDA for up to $483 Million to Accelerate Development of mRNA Vaccine (mRNA-1273) Against Novel Coronavirus / BUSINESS WIRE5)Thanh Le T, et al. Nat Rev Drug Discov. 2020 Apr 9.

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米国でC. difficile感染症の負担低減/NEJM

 米国の全国的なClostridioides difficile感染症と関連入院の負担は、2011年から2017年にかけて減少しており、これは主に医療関連感染(health care-associated infections)の低下によることが、米国疾病管理予防センター(CDC)のAlice Y. Guh氏ら新興感染症プログラム(EIP)Clostridioides difficile感染症作業部会の調査で明らかとなった。研究の成果は、NEJM誌2020年4月2日号に掲載された。米国では、C. difficile感染症の予防への取り組みが、医療領域全般で拡大し続けているが、これらの取り組みがC. difficile感染症の全国的な負担を低減しているかは不明とされる。10州で、発生、再発、入院、院内死亡の負担を評価 研究グループは、米国におけるC. difficile感染症の抑制の全国的な進捗状況を評価するために、EIPのデータを用いて、2011年から2017年までのC. difficile感染症の負担と発生率の推定値および関連アウトカムの全国的な動向について検討した(米国CDCの助成による)。 C. difficile感染症のEIPでは、2017年、米国の10州35郡で1,200万人以上の調査を行い、このうち34郡が2011年以降の調査に参加した。 C. difficile感染症は、「1歳以上で、過去8週間に検査でC. difficile陽性がなく、便検体でC. difficileが陽性」と定義された。症例と国勢調査のサンプリングの重みを用いて、2011~17年の米国におけるC. difficile感染症の発生、初回再発、入院、院内死亡の負担を推定した。 医療関連感染は、医療施設で発症した症例、または最近の医療施設への入院に関連する症例と定義し、それ以外はすべて市中感染に分類した。動向分析では、負の二項分布による重み付け変量切片モデルとロジスティック回帰モデルを用いて、他検査より高い核酸増幅検査(NAAT)の感度を補正した。医療関連C. difficile感染症が年間6%低下、市中感染は変化なし NAATで診断されたC. difficile感染症の割合は、2011年の55%から2016年には84%まで増加し、2017年には83%に低下した。また、米国の10ヵ所のEIP施設におけるC. difficile感染症の症例数は、2011年が1万5,461件(10万人当たり140.92件、医療関連感染1万177件、市中感染5,284件)、2017年は1万5,512件(130.28件、7,973件、7,539件)であった。 NAAT使用の補正をしない全国的なC. difficile感染症の負担の推定値は、2011年が47万6,400件(95%信頼区間[CI]:41万9,900~53万2,900)で、これは10万人当たり154.9件(95%CI:136.5~173.3)であり、2017年は46万2,100件(42万8,600~49万5,600)で、10万人当たり143.6件(133.2~154.0)だった。 NAATの使用を考慮したC. difficile感染症の総負担の補正後推定値は、年間-4%(95%CI:-1~-6)変化し、2011年から2017年までに24%(6~36)減少した。このうち、医療関連C. difficile感染症は年間-6%(-4~-9)変化し、2011年から2017年までに36%(24~54)低下したのに対し、市中C. difficile感染症には変化が認められなかった(0%、-2~3)。 NAAT使用率を55%とすると、C. difficile感染症の初回再発と院内死亡の負担の補正後推定値には有意な変化はみられなかった。これに対し、C. difficile感染症による入院の負担の補正後推定値は、年間-4%(95%CI:-8~0)変化し、2011年から2017年までに24%(0~48)減少しており、医療関連感染の入院負担は年間-5%(-1~-9)変化したが、市中感染には有意な変化はなかった。 著者は、「CDCは、感染予防の実践や、医療領域全般における抗菌薬使用の改善に資する施策を進めている。また、1次予防におけるワクチン開発や腸内微生物叢などの革新的戦略の探索は、今後、C. difficile感染症の負担削減をもたらす可能性がある」としている。

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第3回 新型コロナ「専門家」をマトリクス化!その制作裏話

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)については、日本での感染者1例目が確認された1月以降、国内メディアでも積極的に取り上げられるようになり、いまやテレビでは「専門家」という肩書でさまざまな医療従事者が登場している。登場する「専門家」は各テレビ局で異なる場合もあれば、同一局内でも番組によって異なるケースもある。しかし、いずれの人も医学的知識に乏しい一般視聴者からすれば等しく「専門家」であり、その言葉を信用してしまうもの。しかし、そうした「専門家」のコメントを聞いていると、時には?マークが浮かんで首をかしげてしまうこともある。そんな折、東日本大震災関連の取材のため岩手県釜石市にいた私に、まさに3月11日の夕方、付き合いがある光文社の写真週刊誌・FLASHのベテラン記者から電話が入った。「COVID-19について、テレビでコメントしている専門家を評価する記事を作りたい。ついては評価の監修とコメントをお願いしたい」とのこと。取りあえず、依頼は断らないフリーランスの性で引き受けたものの、少々気が重かった。一応、医療を取材して半世紀とはいえ、「専門家」を「非専門家」が評価するのである。電話から1週間後、光文社の会議室で担当編集者との打ち合わせに臨んだ。曰く、「XY軸のように2つの指標で専門家を区分したい」という。「わずか2つの指標で正確な評価ができるものか?」と突っ込まれることは百も承知だったが、私は基本的に同意した。四半世紀にわたって医療報道に携わってきた経験からすれば、一般読者は正確な情報は求めているが、医療従事者が考えるような正確で精緻な情報は求めていない。たとえば、医療従事者からよくある指摘の一つに「一般向けメディアでは、海外医学誌の研究内容紹介時に出典を詳細に書いていない」というものがある。指摘は一理あるのだが、一般読者は実はそこまで求めていない。具体例を挙げる。こうした研究紹介記事の出典が「Lancet」だとしても、一般読者向けにはアルファベットで表記せず、カタカナで「ランセット」と表記する。日常生活でほとんど外国語に接する機会がない一般読者はかなり多く、彼らはアルファベットを目にしただけアレルギー反応、つまりその時点から記事から目を逸らし読まなくなる。ましてや「Journal of ××××× ×××××」との表記は最悪である。要は簡潔でないと、一般読者は読まないからこそ、評価軸を2つのみに絞ることに同意したのである。さて話を戻すと、2つの評価指標で「専門家」を評価することでは合意した。しかし、編集者から提案された指標は「国立感染症研究所(感染研)出身者か否か」、「エビデンス重視派か非エビデンス重視派か」。さすがに却下だ。まず、登場している「専門家」は臨床家も多く、感染研出身者が評価軸では適切とは言えない。そこで一般人でもネットを駆使すれば検証可能な日本感染症学会専門医か否かを評価軸に提案し、編集者から了承を得た。ただ、この指標は感染症学会専門医資格を持たない公衆衛生、感染制御の専門家が除外されるため、「専門医ではないが、感染症対策のプロ」とのくくりを用意した。「公衆衛生」「感染制御」の単語を使わなかったのは、一般人にはこの画数の多い漢字4文字の意味は、暴走族のスプレーペンキによる落書きと同じくらい捉えにくいものだからだ。一方、「エビデンス重視派か非エビデンス重視派か」との区分も語弊がある。そもそも社会の目も厳しくなった昨今、エビデンス完全無視という人は少なく、それよりも「少しのエビデンス+エビデンスが無い自説」を展開する「専門家」はそこそこにいるのが現状。そこで「エビデンス重視派」に対し、一般人が有する社会不安の方に目を向けがちな「社会不安重視派」という軸を設定した。もっとも「社会不安重視派」は、非常に奥歯にモノが挟まった表現と思っていただきたい。さて評価にかける「専門家」については、担当編集者がExcelファイルのリスト一覧を送付してきた。最終版の完全マトリクスに掲載された専門家は、担当編集者のリスト作成時点である3月半ばにテレビに頻繁に登場していた人たちで、作成時期後に登場した人や記者会見での発言が報じられただけの専門家は原則含まれていない。ただ、社会的に議論を巻き起こしたある専門家は、テレビにコメント出演はしていなかったものの、編集部の要望でリストに含められた。逆に担当編集者から送付されたリストから私の独断で除外したのが2人。1人は感染症専門医ではない某有名大学の教授で、COVID-19に対するワクチンを開発するベンチャー企業の創業者で現在も同社のメディカルアドバイザーを兼任しているため、利益相反の観点から外した。もう1人は厚生労働官僚時代に新型インフルエンザ対応を担当し、国会議員となった後に秘書に対する暴言等が原因で選挙に落選した、「このハゲ~」で有名なあの人である。この人に関しては、「公的な立場にありながら人権を無視し、そこから更正したと判断できる材料がないため、そもそも評価に値しない」という監修者の独断と偏見(?)でリストから削除した。そのうえで動画やメディアでの記事などを参考に区分したが、この際に大きな分かれ目になったのは「PCR検査の適応範囲をどう考えるか」という各専門家の見解・意見であり、また「明らかに間違いと言える発言をしていないか」どうかである。評価軸が2つなので理論上は4区分ができるが、当初作製したマトリクスでは編集者が提示したリストにある「専門家」は2区分にしか分類できなかった。私はそのまま提出したが、案の定、担当編集者から電話が入った。曰く「まあ、ためにするようなこと言ってしまいますが、残りの2区分に入る人はいないんですかね?」と。こちらは「残り2区分のうち1区分はどんなに考えても該当者はいない。もう残り1区分については検討の余地あり」と回答した。残り1区分のところは、エビデンスに基づいて話しているものの、現時点で不明なことについて「分からないと答える人」と「分からないが、これまでの類似ケースなどから類推して答え、行き過ぎた解釈とは指摘できない人」で分けた。この結果、完成したのがリンク先にあるマトリクスだ。いろいろ評価はあるだろう。かなり批判はあるものと覚悟はしていたが、SNS上で意外に多かった反応は「名誉棄損にならないよう注意しつつディスっている」という類のもの。ちなみにこの記事が公開された時点でマトリクスに掲載中の専門家のうち2人はFacebookで友達としてつながっていたが、ご当人からはとくに何も反応がない。逆に最も驚いた(心臓に悪かった?)反応は、マトリクスで評価し、記事公開時点でつながりがなかった専門家の1人からFacebookで友達申請があったことである。

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新型コロナウイルスあれこれ(5)【Dr. 中島の 新・徒然草】(319)

三百十九の段 新型コロナウイルスあれこれ(5)現在も世間はコロナ一色。私は手製のエクセルの表を眺めては溜息をついている毎日です。毎日のように発表されるニューヨーク、東京、大阪の感染者数や死亡者数のみならず、ノーガード戦法のブラジルの数値も入力して動向を見守っています。明るい話としては、累積死亡者数のdoubling timeがニューヨーク、東京、大阪で徐々に延び始めていること。私の計算間違いでなければ、1週間前と比べて現在のニューヨークが3.6日から6.0日に、東京が6.7日から11.7日に、大阪が7.0日から12.0日に、それぞれdoubling timeが延びました。これまで指数関数的に増えていた累積死亡者数が、徐々に直線的になってきたことを示します。厳戒態勢のニューヨークはともかく、東京や大阪の何が効を奏したのか。総理大臣の緊急事態宣言なのか、東京・大阪の両知事の必死の自粛要請が効いたのか?とはいえ、諸外国に比べて少ない日本のPCR検査数は常に批判にさらされているところ。普通の間質性肺炎での死亡とされた中に新型コロナウイルスによる死亡例が混ざっていて、カウントされていない、という可能性もあります。さて、医療機関でのコロナ対応は地域によって違いが大きいことと思います。大阪医療センターで私や周囲がどうやっているのか、簡単に述べましょう。まず、大阪府からの要請が色々あります。「〇〇の症例を△△人お願いします」という府からの指示。この、〇〇の部分と△△の部分がどんどん変化していきます。もちろん、状況に応じて各医療機関の役割や守備範囲が変わるのは当然のこと。でも、昨日まで対応していた症例に今日からは応需できない、ということがしばしばあり、患者さんや地域の先生方には迷惑をおかけしております。例えるならば、友軍が攻撃されているのに加勢にいけないもどかしさ、心が痛みます。本当にすみません。思わぬ患者さんからPCR陽性が出る、というのもコロナの特徴かもしれません。別の疾患で受診した人が翌日から熱と咳が出始め、まさかと思いつつ調べたらPCR陽性!慌てて関係した職員を休ませたり検査したり。幸い、私の知るかぎりで職員からPCR陽性者は出ていません。でも、いつ出てもおかしくない状況です。そんな中、無症状~軽症者のための宿泊施設確保は朗報です。大阪府はとりあえず400室確保し、いずれは3,000室にするとのこと。そうすれば、病院が中等症~重症患者さんだけに注力することができます。武漢やイタリアのような悲惨な状況だけは避けなくてはなりません。さて、新型コロナウイルスは我々の働き方も強制的に改革してしまいました。近所の人や患者さんに聞くと、多くの人が在宅勤務になっています。ある人の職場は2チームに分けられ、一方がやられても他方で持ちこたえるという作戦。別のIT系企業の人は、週1回、荷造りに会社に行くだけだとか。病院でも会議がほとんどなくなりました。さらに歓送迎会や研修会、学術集会もなくなったので、本来業務に集中できます。外来診療も電話で済ませて処方箋を郵送するので効率的です。体の不自由な方の多い脳外科では、患者さんからも好評です。もちろん、検査のある患者さんや体調不良の方は来院するので問題ありません。我々自身も従来の働き方を大きく変えられる気がします。最後に、このコロナ・パンデミック、いつ終息するのでしょうか?昨日、エレベーターで一緒になった看護師さんにいきなり尋ねられました。中島「僕は梅雨の時期に下火になり、夏が来たら終わるんじゃないかと思うよ」ナース「ホントですか?」中島「単なる推測やけどな。コロナは日本の高温多湿の夏を越えられんやろ」ナース「やったあ!」中島「でも夏の間は南半球に潜んでいて、秋になったらまた出てくるんじゃないかな」ナース「ええーっ!」中島「結局、毎年ワクチンを打つことになるんじゃないかな」ナース「1回で済まないんですか?」中島「インフルエンザも毎年ワクチン打っとるがな。あれがインフルとコロナの2本だてになるだけや」無責任な予想を披露したところで最後に1句 真夏きて コロナを倒して おくなはれ 

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非典型溶血性尿毒症症候群〔aHUS :atypical hemolytic uremic syndrome〕

1 疾患概要■ 概念・定義非典型尿毒症症候群(atypical hemolytic uremic syndrome:aHUS)は、補体制御異常に伴い血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy:TMA)を呈する疾患である。TMAは、1)微小血管症性溶血性貧血、2)消費性血小板減少、3)微小血管内血小板血栓による臓器機能障害、を特徴とする病態である。■ 疫学欧州の疫学データでは、成人における発症頻度は毎年100万人に2~3人、小児では100万人に7人程度とされる。わが国での新規発症は年間100~200例程度と考えられている。わが国の遺伝子解析結果では、C3変異例の割合が高く(約30%)、欧米で多いとされるCFH遺伝子変異の割合は低い(約10%)。■ 病因病因は大きく、先天性、後天性、その他に分かれる。1)先天性aHUS遺伝子変異による補体制御因子の機能喪失あるいは補体活性化因子の機能獲得により補体第2経路が過剰に活性化されることで血管内皮細胞や血小板表面の活性化をもたらし微小血栓が産生されaHUSが発症する(表1)。機能喪失の例として、H因子(CFH)、I因子(CFI)、CD46(membrane cofactor protein:MCP)、トロンボモジュリン(THBD)の変異、機能獲得の例として補体C3、B因子(CFB)の変異が挙げられる。補体制御系ではないが、diacylglycerol kinase ε(DGKE)やプラスミノーゲン(PLG)遺伝子の変異も先天性のaHUSに含めることが多い。表1 aHUSの原因別の治療反応性と予後画像を拡大する2)後天性aHUS抗H因子抗体の出現が挙げられる。CFHの機能障害により補体第2経路が過剰に活性化する。抗H因子抗体陽性者の多くにCFHおよびCFH関連蛋白質(CFHR)1~5の遺伝子欠損が関与するとされている。3)その他現時点では原因が特定できないaHUSが40%程度存在する。■ 症状溶血性貧血、血小板減少、急性腎障害による症状を認める。具体的には血小板減少による出血斑(紫斑)などの出血症状や溶血性貧血による全身倦怠感、息切れ、高度の腎不全による浮腫、乏尿などである。発熱、精神神経症状、高血圧、心不全、消化器症状などを認めることもある。下痢があってもaHUSが否定されるわけではないことに注意を要する。aHUSの発症には多くの場合、感染症、妊娠、がん、加齢など補体の活性化につながるイベントが観察される。わが国の疫学調査でも、75%の症例で感染症を始めとする何らかの契機が確認されている。■ 予後一般に、MCP変異例は軽症で予後良好、CFHの変異例は重症で予後不良、C3変異例はその中間程度と言われている(表1)。海外データではaHUS全体における慢性腎不全に至る確率、つまり腎死亡率は約50%と報告されている。わが国の疫学データではaHUSの総死亡率は5.4%、腎死亡率は15%と比較的良好であった。特に、わが国に多いC3 p.I1157T変異例および抗CFH抗体陽性例の予後は良いとされている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ TMA分類の概念TMAの3徴候を認める患者のうち、STEC-HUS、TTP、二次性TMA(代謝異常症、感染症、薬剤性、自己免疫性疾患、悪性腫瘍、HELLP症候群、移植後などによるTMA)を除いたものを臨床的aHUSと診断する(図1)。図1 aHUS定義の概念図画像を拡大する■ 診断手順と鑑別診断フローチャート(図2)に従い鑑別診断を進めていく。図2 TMA鑑別と治療のフローチャート画像を拡大する1)TMAの診断aHUS診断におけるTMAの3徴候は、下記のとおり。(1)微小血管症性溶血性貧血:ヘモグロビン(Hb) 10g/dL未満血中 Hb値のみで判断するのではなく、血清LDHの上昇、血清ハプトグロビンの著減(多くは検出感度以下)、末梢血塗沫標本での破砕赤血球の存在をもとに微小血管症性溶血の有無を確認する。なお、破砕赤血球を検出しない場合もある。(2)血小板減少:血小板(platelets:PLT)15万/μL未満(3)急性腎障害(acute kidney injury:AKI):小児例では年齢・性別による血清クレアチニン基準値の1.5倍以上(血清クレアチニンは、日本小児腎臓病学会の基準値を用いる)。成人例では、sCrの基礎値から1.5 倍以上の上昇または尿量0.5mL/kg/時以下が6時間以上持続のいずれかを満たすものをAKIと診断する。2)TMA類似疾患との鑑別溶血性貧血を来す疾患として自己免疫性溶血性貧血(AIHA)が鑑別に挙がる。AIHAでは直接クームス試験が陽性となる。消費性血小板減少を来す疾患としては、播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC)を鑑別する。PT、APTT、FDP、Dダイマー、フィブリノーゲンなどを測定する。TMAでは原則として凝固異常はみられないが、DICでは著明な凝固系異常を呈する。また、DICは通常感染症やがんなどの基礎疾患に伴い発症する。3)STEC-HUSとの鑑別食事歴と下痢・血便の有無を問診する。STEC-HUSは、通常血液成分が多い重度の血便を伴う。超音波検査では結腸壁の著明な肥厚とエコー輝度の上昇が特徴的である。便培養検査、便中の志賀毒素直接検出検査、血清の大腸菌O157LPS抗体検査が有用である。小児では、STEC-HUSがTMA全体の約90%を占めることから、生後6ヵ月以降で、重度の血便を主体とした典型的な消化器症状を伴う症例では、最初に考える。逆に生後6ヵ月までの乳児にTMAをみた場合はaHUSを強く疑う。小児のSTEC-HUSの1%に補体関連遺伝子変異が認められると報告されている点に注意が必要である。詳細は、HUSガイドラインを参照。4)TTPとの鑑別血漿を採取し、ADAMTS13活性を測定する。10%未満であればTTPと診断できる。aHUS、STEC-HUS、二次性TMAなどでもADAMTS13活性の軽度低下を認めることがあるが、一般に20%以下にはならない。aHUSにおける臓器障害は急性腎障害(AKI)が最も多いのに対して、TTPでは精神神経症状を認めることが多い。TTPでも血尿、蛋白尿を認めることがあるが、腎不全に至る例はまれである。5)二次性TMAとの鑑別TMAを来す基礎疾患を有する二次性TMAの除外を行った患者が、臨床的にaHUSと診断される。aHUS確定診断のための遺伝子診断は時間を要するため、多くの症例で急性期には臨床的に判断する。表2に示す二次性TMAの主たる原因を記す。可能であれば、原因除去あるいは原疾患の治療を優先する。コバラミン代謝異常症は特に生後6ヵ月未満で考慮すべき病態である。生後1年以内に、哺乳不良、嘔吐、成長発育不良、活気低下、筋緊張低下、痙攣などを契機に発見される例が多いが、成人例もある。ビタミンB12、血漿ホモシスチン、血漿メチルマロン酸、尿中メチルマロン酸などを測定する。乳幼児の侵襲性肺炎球菌感染症がTMAを呈することがある。直接Coombs試験が約90%の症例で陽性を示す。肺炎球菌が産生するニューラミニダーゼによって露出するThomsen-Friedenreich (T)抗原に対する抗T-IgM抗体が血漿中に存在するため、血漿投与により病状が悪化する危険性がある。新鮮凍結血漿を用いた血漿交換療法や血漿輸注などの血漿治療は行わない。妊娠関連のTMAのうち、HELLP症候群(妊娠高血圧症に合併する溶血性貧血、肝障害、血小板減少)や子癇(妊娠中の高血圧症と痙攣)は分娩により速やかに軽快する。妊娠関連TMAは常位胎盤早期剥離に伴うDICとの鑑別も重要である。TTPは妊娠中の発症が多く,aHUSは分娩後の発症が多い。腎移植後に発症するTMAは、原疾患がaHUSで腎不全に陥った症例におけるaHUSの再発、腎移植後に新規で発症したaHUS、臓器移植に伴う急性抗体関連型拒絶反応が疑われる。aHUSが疑われる腎不全患者に腎移植を検討する場合は、あらかじめ遺伝子検査を行っておく。表2 二次性TMAの主たる原因a)妊娠関連TMAHELLP症候群子癪先天性または後天性TTPb)薬剤関連TMA抗血小板剤(チクロビジン、クロピドグレルなど)カルシニューリンインヒビターmTOR阻害剤抗悪性腫瘍剤(マイトマイシン、ゲムシタビンなど)経口避妊薬キニンc)移植後TMA固形臓器移植同種骨髄幹細胞移植d)その他コパラミン代謝異常症手術・外傷感染症(肺炎球菌、百日咳、インフルエンザ、HIV、水痘など)肺高血圧症悪性高血圧進行がん播種性血管内凝固症候群自己免疫疾患(SLE、抗リン脂質抗体症候群、強皮症、血管炎など)(芦田明ほか.日本アフェレシス学会雑誌.2015;34:40-47.より引用・改変)6)家族歴の聴取家族にTMA(aHUSやTTP)と診断された者や原因不明の腎不全を呈した者がいる場合、aHUSを疑う。ただし、aHUS原因遺伝子変異があっても発症するのは全体で50%程度とされている。よって家族性に遺伝子変異があっても家族歴がはっきりしない例も多い。さらに孤発例も存在する。7)治療反応性による診断の再検討aHUSは 75%の症例で感染症など何らかの疾患を契機に発症する。二次性TMAの原因となる疾患がaHUSを惹起することもある。実臨床においては二次性TMAとaHUSの鑑別はしばしば困難である。2次性TMAと考えられていた症例の中で、遺伝子検査によりaHUSと診断が変更されることは少なくない。いったんaHUSあるいは二次性TMAと診断しても、治療反応性や臨床経過により診断を再検討することが肝要である(図2)。■ 検査1)一般検査血算、破砕赤血球の有無、LDH、ハプログロビン、血清クレアチニン、各種凝固系検査でTMAを診断する。ADAMTS13-活性検査は保険適用となっている。STEC-HUSの鑑別を要する場合は便培養、便中志賀毒素検査、血清大腸菌O157LPS抗体検査を行う。一般の補体検査としてC3、C4を測定する。C3低値、C4正常は補体第2経路の活性化を示唆するが、aHUS全体の50%程度でしか認められない。2)補体関連特殊検査現在、全国aHUSレジストリー研究において、次に記す検査を実施している。ヒツジ赤血球を用いた溶血試験CFH遺伝子異常、抗CFH抗体陽性例において高頻度に陽性となる。比較的短期間で結果が得られる。診断のフローとしては、臨床的にaHUSが疑ったら溶血試験を実施する(図2)。抗CFH抗体検査:ELISA法にてCFH抗体を測定する。抗CFH抗体出現には、CFHおよびCFH関連蛋白質(CFHR)1~5の遺伝子欠損が関与するとされているため、遺伝子検査も並行して実施する。CFHR 領域は、多彩な遺伝子異常が報告されているが、相同性が高いことから遺伝子検査が困難な領域である。その他aHUSレジストリー研究では、血中のB因子活性化産物、可溶性C5b-9をはじめとする補体関連分子を測定しているが、その診断的意義は現時点で明確ではない。*問い合わせ先を下に記す。aHUSレジストリー事務局(名古屋大学 腎臓内科:ahus-office@med.nagoya-u.ac.jp)まで■ 遺伝子診断2020年4月からaHUSの診断のための補体関連因子の遺伝子検査が保険適用となった。既知の遺伝子として知られているC3、CFB、CFH、CFI、MCP(CD46)、THBD、diacylglycerol kinase ε(DGKE)を検査する。臨床的にaHUSと診断された患者の約60%にこれらの遺伝子変異を認める。さらに詳細な遺伝子解析についての相談は、上記のaHUSレジストリー事務局で受け付けている。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)aHUSが疑われる患者は、血漿交換治療や血液透析が可能な専門施設に転送して治療を行う。TMA を呈し、STEC-HUS や血漿治療を行わない侵襲性肺炎球菌感染症などが否定的である場合には、速やかに血漿交換治療を開始する。輸液療法・輸血・血圧管理・急性腎障害に対する支持療法や血液透析など総合的な全身管理も重要である。1)血漿交換・血漿輸注血漿療法は1970年代後半から導入され、aHUS患者の死亡率は50%から25%にまで低下した。血漿交換を行う場合は3日間連日で施行し、その後は反応を見ながら徐々に間隔を開けていく。血漿交換を行うことが難しい身体の小さい患児では血漿輸注が施行されることもある。血漿輸注や血漿交換により、aHUS の約70%が血液学的寛解に至る。しかし、長期的には TMA の再発、腎不全の進行、死亡のリスクは依然として高い。血漿交換が無効である場合には、aHUSではなく二次性TMAの可能性も考える。2)エクリズマブ(抗補体C5ヒト化モノクローナル抗体、商品名:ソリリス)成人では、STEC-HUS、TTP、二次性 TMA 鑑別の検査を行いつつ、わが国では同時に溶血試験を行う。溶血試験陽性あるいは臨床的にaHUSと診断されたら、エクリズマブの投与を検討する。小児においては、成人と比較して二次性 TMA の割合が低く、血漿交換や血漿輸注のためのカテーテル挿入による合併症が多いことなどから、臨床的にaHUS と診断された時点で早期にエクリズマブ投与の開始を検討する。aHUSであれば1週間以内、遅くとも4週間までには治療効果が見られることが多い。効果がみられない場合は、二次性TMAである可能性を考え、診断を再検討する(図2)。遺伝子検査の結果、比較的軽症とされるMCP変異あるいはC3 p.I1157T変異では、エクリズマブの中止が検討される。予後不良とされるCFH変異では、エクリズマブは継続投与される。※エクリズマブ使用時の注意エクリズマブ使用時には髄膜炎菌感染症対策が必須である。莢膜多糖体を形成する細菌の殺菌には補体活性化が重要であり、エクリズマブ使用下での髄膜炎菌感染症による死亡例も報告されている。そのため、緊急投与時を除きエクリズマブ投与開始2週間前までに髄膜炎菌ワクチンの接種が推奨される。髄膜炎菌ワクチン接種、抗菌薬予防投与ともに髄膜炎菌感染症の全症例を予防することはできないことに留意すべきである。具体的なワクチン接種や抗菌薬による予防および治療法については、日本腎臓学会の「ソリリス使用時の注意・対応事項」を参照されたい。3)免疫抑制治療抗CFH抗体陽性例に対しては、血漿治療と免疫抑制薬・ステロイドを併用する。臓器障害を伴ったaHUSの場合にはエクリズマブの使用も考慮される。抗CFH抗体価が低下したら、エクリズマブの中止を検討する。4 今後の展望■ aHUSの診断2020年4月からaHUSの遺伝子解析が保険収載された。aHUSの診断にとっては大きな進展である。しかし、aHUSの診断・治療・臨床経過には依然不明な点が多い。aHUSレジストリー研究の成果がaHUS診療の向上につながることが期待される。■ 新規治療薬アレクシオンファーマ合同会社は、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH) の治療薬として、長時間作用型抗補体(C5)モノクローナル抗体製剤ラブリズマブ(商品名:ユルトミリス)を上市した。エクリズマブは2週間間隔の投与が必要であるが、ラブリズマブは8週間隔投与で維持可能である。今後、aHUSへも適応が広がる見込みである。中外製薬株式会社は抗C5リサイクリング抗体SKY59の開発を進めている。現在のところ対象疾患はPNHとなっている。5 主たる診療科腎臓内科、小児科、血液内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)診療ガイド 2015(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 非典型溶血性尿毒症症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)aHUSレジストリー事務局ホームページ(名古屋大学腎臓内科ホームページ)(医療従事者向けのまとまった情報)1)Fujisawa M, et al. Clin and Experimental Nephrology. 2018;22:1088–1099.2)Goodship TH, et al. Kidney Int. 2017;91:539.3)Aigner C, et al. Clin Kidney J. 2019;12:333.4)Lee H,et al. Korean J Intern Med. 2020;35:25-40.5)Kato H, et al. Clin Exp Nephrol. 2016;20:536-543.公開履歴初回2020年04月14日

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