サイト内検索|page:30

検索結果 合計:649件 表示位置:581 - 600

581.

高齢者によい在宅の医療、介護を考える セミナー開催のご案内

 株式会社日本医療企画は、『「医療」「介護」「住まい」のニーズに応える高齢者住宅とは? ~開設から運営まで 成功の法則を探る~』(共催: 大和ハウス工業株式会社)と題して、介護事業経営セミナーを全国主要4都市で開催する。 少子・高齢化が進むなか、医療・介護を取り巻く環境は日々変化している。医療・介護施設経営においても、病床数削減への対応など、さまざまな取り組みが求められている。 2011年度に新たに制度化された「サービス付き高齢者向け住宅」も本格稼働から3年目に入るが、施設経営が好調に推移している運営事業所ばかりではなく、いまだ多くの課題を抱えているケースも少なくない。 本セミナーは、こうした問題への解決策として、高齢者住宅運営にスポットを当て、開催される。 高齢者住宅事業への取り組みは、単なる施設経営だけでなく、病院経営などにも寄与できる事業として全国の医療・介護事業者からの関心も高い。 今回のセミナーでは、医療・介護・住宅の連携を行いながら地域に貢献する在宅モデルの在り方を提示するとともに、医療・介護事業者の経営を向上させる高齢者住宅事業の実例を紹介する。 概要は次のとおりである。・開催日時 【大阪会場】  9月15日(日)13:30~17:30 【名古屋会場】 9月28日(土)13:30~17:30 【東京会場】  10月 5日(土)13:30~17:30 【福岡会場】  10月26日(土)13:30~17:30 (※ 各会場はウェブページにてご確認ください)・対象 病院、診療所、介護事業所(開設予定者・土地活用含む) ・定員 各会場100名(先着順)・参加費 無料 ・セミナープログラム 基調講演   『在宅介護事業者が取り組む「住まい」サービス ~地域包括ケアが求める介護事業者の   使命とは』(演者: 青木 正人 氏〔株式会社ウエルビー 代表取締役〕)  特別講演   『医療法人の実例から学ぶ高齢者住宅開設・運営術(仮)』    (演者: 富家 隆樹 氏 〔医療法人社団富家会 富家病院 理事長〕)    (演者: 小林 洋一 氏〔上尾中央医科グループ 株式会社プリオホールディングス 統    括本部 本部長〕)  実例紹介  『次なる経営の一手 高齢者住宅実例集(仮)』    (演者: 橘 智雄 氏〔大和ハウス工業株式会社 ヒューマン・ケア事業推進部 課長〕)※ 演者は開催会場により異なります。セミナー終了後 、大和ハウス工業による個別相談会も開催。詳しくは日本医療企画まで

582.

“喫煙者の採用拒否”もアリな時代、タバコの適正価格はいくら?

大手リゾート、製薬、IT、広告代理店など“喫煙者は採用いたしません”と明言する企業が増えていること、ご存知ですか?映画やドラマの喫煙シーンも減らすべきだという声すら上がり、嫌煙モードは高まる一方の今のご時世。2010年10月以降大きく下がった喫煙率、喫煙への抑止力として働いたタバコ価格を医師はどう見ているのか?そもそも医師の喫煙率はどうなのか?「医師なのにタバコを吸うなんてもってのほか」「脳梗塞でも喫煙する患者に辟易」「もっと値上げしたら自分もやめられるかも」などなど、“タバコと喫煙者の負担”について言いたいことを吐き出していただきました!コメントはこちら結果概要60代以上の医師の約半数が禁煙に成功、30代以下の約8割は喫煙経験なし現在喫煙している人の割合は回答者全体で8.7%(国民全体では21.1%:JT実施「2012年全国たばこ喫煙者率調査」より)。世代別に見ると最も高い40代で10.2%、最も低い30代以下では6.6%であり、大幅な差は見られなかった。しかし喫煙経験の有無では大きく異なり、30代以下の約8割は喫煙経験自体がないのに対し、60代以上の約半数が『禁煙成功を経ての非喫煙者』という結果となった。「自分が吸っていては患者に対して説得力がないから」といった声が多く見られた。“喫煙者の負担増”6割が賛成、「明らかに悪影響を及ぼす疾患は医療費の負担率上げるべき」“喫煙は医療費増につながるため、喫煙者の保険料や医療費などの負担額を上げるべき”との考え方に対する賛否を尋ねたところ、全体の61.1%が賛成と回答。「理屈はわかるが実際の運用は困難では」との声がある一方で、「脳梗塞、COPD、心疾患ほか喫煙が悪影響を及ぼすとのエビデンスがある疾患は自己負担率増に」といった意見も複数寄せられた。医師の8割以上がいっそうの値上げ支持、過半数は“1,000円以上が適正”適正だと感じる一箱あたりの価格について尋ねたところ、最も多かった回答は『1,000~1,400円程度』で33.6%。次いで『1,500円以上』『800円程度(100%値上げ)』がそれぞれ19.5%となり「若年層が手を出しにくい価格にすることが大切」との意見が見られた。喫煙者でも3人に1人は値上げすべきと考えており、「いっそ1,000円以上になれば自分もやめられるのでは」といった声も挙がった。喫煙をめぐる環境、“全館禁煙”で院外にあふれる患者や職員に苦言、表現活動をめぐっては賛否が病院機能評価の項目に“全館禁煙の徹底”が含まれることもあって「敷地の一歩外の歩道上で入院患者が集団で喫煙し、かえって見苦しい」「職員が隠れて吸っている」など、病院周辺の喫煙状況を問題視する医師が多く、「病院こそ最も喫煙者の採用を拒否すべき職場だ」との声も挙がった。表現活動については「喫煙シーンは極力減らすべき」「映画などの規制はやり過ぎでは」と賛否が見られた。設問詳細タバコについてお尋ねします。JTが2013年5月に実施した「全国たばこ喫煙者率調査」によると、全国の喫煙者率は20.9%(前年比-0.2ポイント)、男女別では男性が32.2%(前年比-0.5ポイント)、女性は10.5%(前年比+0.1ポイント)という結果となりました。2010年10月の増税・定価改定による値上げ直後に比較すると減少傾向は緩やかになりつつあるものの、喫煙者の採用拒否を明言する企業も出てくるなど社会全体での嫌煙モードは高まっています。また政府は2012年6月に新たな「がん対策推進基本計画」を閣議決定し、2010年時点で19.5%の喫煙率を、2022年度までに12%に引き下げるとの考えを示しています。一方、禁煙運動を推進するNPO法人がアニメ映画内での喫煙シーンについて問題視した要望書を提出したことで議論が起こるなど、物理的環境の制限のみならず表現活動にも踏み込む向きについては、行き過ぎであるとして疑問視する声も挙がっています。そこで先生にお尋ねします。Q1.先生は喫煙されていますか。喫煙している以前喫煙していた喫煙したことがないQ2.「喫煙は医療費増につながっているため、喫煙者は保険料や医療費などの負担額を上げるべき」という考え方がありますが、いかがお考えですか。賛成反対どちらともいえないQ3.タバコの価格はどの程度が適正だとお考えになりますか。400円程度(現状維持)600円程度(50%値上げ)800円程度(100%値上げ)1,000~1,400円程度1,500円以上Q4.コメントをお願いします。2013年8月16日(金)実施有効回答数1,000件調査対象CareNet.com会員の医師コメント抜粋(一部割愛、簡略化しておりますことをご了承下さい)「禁煙の最も有効な手段の一つは、徐々にではなく急激なたばこ価格の上昇と思う。またJTによる健康被害に対する訴訟も必要だろう」(呼吸器内科,70代以上,男性)「ヨーロッパやオーストラリアと同程度にするべきです。特に医療関係者は無条件で禁煙にするべきです」(神経内科,40代,男性)「喫煙は百害あって一利なしであり、医療者が就職する際、喫煙習慣の有無をチェックし、喫煙習慣があるヒトに対して、一定期間での禁煙を課すべきと考えます」(小児科,50代,男性)「喫煙で得られるものは何もない。迷惑千万であり税金、医療費等、もっともっと高くするべき。タバコ吸って肺がんになって助けてと言われても助ける気にならないので、成人の診察は絶対したくない」(小児科,40代,男性)「生活保護を受けている心筋梗塞の患者さんに煙草をやめるように促したところ逆切れされました。その後まもなくその患者さんは脳梗塞を併発し、寝たきりとなりました。医療に対して真摯でない人に医療費が無料というのはいまだに納得できない状況です」(救急科,40代,男性)「喫煙者と非喫煙者の保険料負担は差があってしかるべきだと思います」(循環器内科,40代,男性)「血管障害の治療を受けている生活保護受給者が医師の禁煙指導に従わない場合、何らかの対策が必要と思われます」(脳神経外科,50代,男性)「大学入学後18歳から喫煙していたが、運動部で走りへの影響があり、20歳で禁煙。病院は敷地内禁煙だが、院長、副院長が喫煙者なため、職員の敷地内喫煙がしばしば見られ、禁煙対策が徹底していない。院長の喫煙の有無で敷地内禁煙の徹底が分かれてしまうように思う」(小児科,50代,男性)「循環器を専門としていますが、家族を持ってからは怖くて吸えなくなったというのが正直なところです。これが合法的なものであることすら疑問です。危険性を啓蒙することも必要ですが、ほとんどの喫煙者には現実的に受け止められないため、積極的に吸いたくても吸えない環境を整備してあげるべきです」(循環器内科,40代,男性)「根本的には、喫煙者の自覚と意志によるところが大きいとつくづく思います」(内科,50代,男性)「喫煙者の医療負担額を上げるのは,現実的には困難。たばこ税として徴収した中から医療費に回すべき」(血液内科,40代,男性)「自分自身は喫煙経験が全くないし、経営しているクリニックは全館禁煙で、職員も喫煙者は採用しない方針を採っているが、他人の喫煙にはとやかく言うつもりは無い」(精神科,40代,男性)「病院評価機構の認定基準?で、院内が全面禁煙となり(喫煙室も作れない)、入院患者がすぐ隣の公園や道ばたで座り込んで喫煙している状態が日常化しておりみっともない状態です」(小児科,30代,男性)「日本はまだ喫煙者に甘い。非喫煙者が過半数を超えた今、飲食店での全面禁煙等を早く導入すべき」(外科,40代,男性)「きちんと分煙されれば、吸おうが吸うまいが構いません」(小児科,40代,男性)「タバコは1本100円以上が適正価格。さらに自動販売機での販売を禁止すべき」(小児科,40代,男性)「たばこだけを悪者にするのは不公平。車の排気ガス、食品添加物、ファーストフード、甘い炭酸飲料など他にも色々あるでしょう」(麻酔科,50代,男性)「たばこが健康状況に悪影響があるとわかっていても禁煙できない医療関係者をみると、禁煙治療の難しさを感じる」(産婦人科,40代,女性)「少なくとも自身や家族の喫煙には絶対反対ですが、喫煙者の存在を否定するつもりはありません。飲食店などではもう少し厳密に禁煙スペースと喫煙スペースを区切ってもらえればと」(総合診療科,20代,男性)「喫煙は体に有害だとは思うが、喫煙者に肩身の狭い状況を次々と作っていくようなやり方は、ちょっとどうかと思う」(小児科,50代,男性)「若いうちは格好つけてタバコを吸っていました。40過ぎて、格好悪い、体に気をつけなければと思い止めました。患者さんにも『タバコは高校生が格好つけて吸うもの、この年になっても吸っているのは格好悪いでしょ』と指導しています」(脳神経外科,40代,男性)「医療関係者の喫煙はなくなるべきだと思いますが、職員の禁煙もなかなか進みません。生命保険料などに差をつけるのは賛成です」(内科,50代,男性)「私は職業柄、禁煙に成功したが、なかなかそうはいかない方も多いでしょう。人に迷惑をかける観点からすれば、酒のほうがよっぽど社会悪だと思います。あまり極端な締め付けは新たな問題を引き起こします。」(形成外科,40代,男性)「疾患の誘因になる上、においがつくので嫌いです。次回の値上げは、一本1円でもいいので、医療費に回してもらいたいです」(内科,50代,男性)「受動喫煙の問題もあるが、麻薬として禁止されていないのだから吸いたい人は吸えばよい」(内科,60代,男性)「子供の出生と同時に喫煙はやめました.さまざまな病気の発症(特に悪性疾患)との関連が指摘されており,抗癌剤治療等の高額医療を削減するためにはたばこの価格をもっと上げれば良いと思います」(消化器外科,50代,男性)「私も15年前に禁煙しましたが、禁煙までに苦労しました。たばこの値段を上げるのには賛成ですが、保険料や医療費まで上げることにはちょっと抵抗があります」(外科,60代,男性)「周りで吸われると臭くて汚いうえに受動喫煙による被害を被る。本人は癌やCOPDなどで医療費を食い、やめようとしても禁煙薬は保険適応となっており医療費を使う。タバコの価格は1箱5000円以上が適正」(内科,50代,男性)「喫煙者はたばこを吸う事が自他に亘って健康及び環境に対して害を与えることを十分理解しているのか調査して、理解していなければ十分啓蒙し、なおも喫煙を続けようというのなら、それ相応の対価を支払わせるのは至極当然のことと考える」(その他,50代,男性)「大人っぽく見せるために喫煙していたが、健康のため禁煙をした。それから葉タバコの臭いが大嫌いになりました。非喫煙者には大迷惑ということがよくわかった。また、排水溝のゴミにも吸い殻は大量に含まれその除去費用も、街の清掃業務にもたくさんの税金がかかっています。税金を高くするのは当然です」(整形外科,50代,男性)「健康被害や依存性が明らかな喫煙…、煙草の販売そのものをやめてほしいと思います(まあ、もろもろの事情で難しいのはわかりますが・・)」(内科,40代,女性)「症状は無かったが冠動脈に動脈硬化がわかり禁煙しました。肺がんは関係ないとの意見もありますが、口腔、食道がんやCOPDを考えると患者さんもしかり、周りの方もつらい思いをする。そのような不幸な方が少しでも減ればと思う」(整形外科,40代,男性)「禁煙外来を担当しておりますが、禁煙治療の保険適応に対する過剰な規制が気になります。ニコチン依存症の診断基準としてブリンクマン指数(1日喫煙本数×年数)があるため、若年者では診断基準を満たさず、最も対策が必要であろう中高生や20代の禁煙治療が保険で行えないことや、禁煙治療の期間が12週間と規定されており、それを過ぎると保険を使えないこと、入院患者に対しては禁煙治療を開始できないことなどです。こうした規制をはやく取り払って欲しいものです」(その他,30代,男性)「JTは『マナー問題』にすることでプロパガンダに成功している」(内科,40代,男性)「子供たちに健康上悪影響を与えるとの思いから禁煙したが、子供たちは喫煙しており、割り切れない思い」(その他,60代,男性)「20年前に禁煙した。診療所内は禁煙、患者さんにはやめるよう毎回指示している。1箱の値段が1000円を超えれば、喫煙者は相当減るのではないか」(内科,70代以上,男性)「健康政策で最も効果的なのは,喫煙者を減らすこと。しかも,徐々に(たばこ農家や零細なたばこ屋さんへの対策を行いながら)値段を上げるだけで良いのだから,極めて簡単。税収減を心配する意見もあるが,長期的には医療費削減効果が大きいので,むしろ国の収支は改善されるともされており,早急にたばこを値上げすべし」(内科,60代,男性)「喫煙に関連が深い疾病では、喫煙者の保険医療支払いを高くできないのか?」(皮膚科,50代,男性)「当院は禁煙外来をしており、病院評価も受けているため敷地内禁煙となっている。しかし、一歩敷地外では入院患者の喫煙光景がみられ敷地外に吸殻が捨てられていたり、中にはまだくすぶっている吸殻もみられ非常に危険。といって敷地外に吸い殻入れを置くのもおかしい。喫煙自体は勧められたことではないが、病院内すべてを禁煙にするのではなく空港ロビーのように換気扇のついた喫煙室の設置を義務付けてはいかがか?入院患者に禁煙していただきたいのは山々であるが100%禁煙なんて無理。厚労省の役人だってどこかで吸っているのでしょう!こんな馬鹿馬鹿しい規制はやめてほしい」(消化器内科,60代,男性)「喫煙が自分の体に良くないことは自覚した上での喫煙はやむをえないと思います。自分も以前していたので、気持ちはわかります。ただ周囲の人への受動喫煙は避けるべきと考え、喫煙場所を今後も限定していくべきと思います。禁煙できず状態が悪化した場合は、家族ともどもいっさい医療側に苦情を言わないことも条件と考えます」(脳神経外科,50代,男性)「喫煙は百害あって一利なし。わかった上でなお喫煙をやめない方は、喫煙が悪影響を及ぼすとエビデンスのある疾患に関しては医療費の全額自己負担が妥当と考えます。そもそも確実に体に悪いのだから法律で全面禁止にしたら良い。税収の減少は医療費の削減で相殺可能でしょう。また現時点で喫煙している方から特別税を徴取し、一時的な財源に充てればいいと思います」(臨床研修医,20代,男性)「可処分所得が少ない若年層が、タバコに手を出せない環境を作るのが大事」(泌尿器科,50代,男性)「喫煙はがんを増加させるだけでなく、動脈硬化を著しく促進してしまいます。高血圧症や腎疾患を診療している医師としては、病気を進行させないためなんとしても説得して禁煙して頂いております」(腎臓内科,50代,男性)「喫煙が医療費を上げるという説に根拠はあるのか。喫煙で寿命が短くなればその分医療費も減るのでは」(内科,50代,男性)「喘息の子たちが苦しそうにしてるのが見ていられないのに、平気で近くで吸う人たちが許せない」(小児科,40代,女性)「タバコの依存性を考えると麻薬よりもたちが悪い面もあると聞く。2,000円くらいでも吸うヒトはいると思うのでどんどん釣り上げればよいという立場です。自分はneversmokerです」(泌尿器科,30代,男性)「施設内全面禁煙ですが、屋外の建物の陰で医療従事者が喫煙しているところが病棟から丸見え。患者さんも雨のなかでも傘さして外で喫煙してます。どうしようもないかも…」(整形外科,50代,男性)「煙草ばかりやり玉にあげられていることに違和感をおぼえます。お酒についてももっと厳密な論議をすべき」(精神科,40代,男性)「嗜好品なので、社会保険料や医療費の負担額を上げるべきではないが、税金を増やすことはいいと思います」(内科,50代,女性)「当地の某県立病院内は全面禁煙。境界の歩道上で患者さんがたむろして喫煙しているのが早朝の風景。当然職員はそれを毎日見ているが改善されたとは思えない。嗜好であるから難しいし、モラルの問題になるのだと思う。価格を吊り上げれば多少の抑制はかかるかもしれないが、無くなることもないと考える」(産婦人科,50代,男性)「病院も全館禁煙にしたいところですが、職員の喫煙者も多くなかなか賛同が得られません」(精神科,40代,女性)「当院も敷地内禁煙のはずなんですが、タバコ臭い職員がいるんですよね。病院なんて喫煙者の採用拒否を一番にしていい職場だと思うんですが」(小児科,40代,男性)「喫煙者は保険料や医療費などの負担増であるなら、飲酒者、肥満者、高血圧者、糖尿病者、その他リスクを持つ全ての者に対して負担増を強いるべきである」(リハビリテーション科,40代,男性)「嗜好品が将来的な病気のリスクを高め、その病気を社会全体で支えることが非喫煙者の理解を得ているとは思えません。値上げのみで解決できる問題ではないが、抑止力の一つとして考慮されるべき。現時点での税収減少を心配するのではなく、若年人口が減少し社会的に高齢者を支えることが不十分になっている今だからこそ将来のことをきちんと考えるべき」(消化器外科,50代,男性)「缶コーヒー1本とタバコ1本と同等くらいがいいんじゃないかと思います。が、他国とつり合いがとれないくらいの価格だと、差益を狙った組織が暗躍するのではと危惧されます」(泌尿器科,40代,男性)「生活保護の母子家庭の母親に喫煙者が多い。値段を上げても、子供の特別手当や手帳からくる公費を使って買っているのが実情なので、喫煙が減るとは思えない。子供が犠牲になるだけ。また禁煙外来も、自己負担なしなのであまり成功していない。困っています」(小児科,60代,女性)「1000円以上でも止められない方は多いと思います。呼吸器内科部長がヘビースモーカーで、禁煙外来を行っていながら休憩時間には吸っていましたね。依存の問題は難しいです」(消化器内科,50代,女性)「喉頭がんになってもまだやめない人がいる。こんな人に医療費を使うのはどうかと思う」(消化器内科,50代,女性)「全てを吸い込むのなら(副流煙もなく、吐き出しもない)許さなくもない」(小児科,40代,男性)「全面的に煙草を違法なものとして禁止してもいいのでは?吸わない人間からするとただただ迷惑なだけ。タバコ以外の嗜好品もあるのだから、タバコがなくても生きていけないわけではない」(内科,40代,女性)「禁煙外来へ紹介しているが、成功率は半分くらいで、最終的には本人の意志による」(内科,40代,男性)「被ばくより発がんリスクが高いことをなぜ伝えないのでしょう?値段は段階的に1500円以上にすべき」(消化器外科,40代,男性)「ヒステリックに騒ぎ過ぎかと思います」(泌尿器科,40代,男性)「学位論文のストレスで一時喫煙したが、運動が身体的に明らかに辛かった為禁煙した。また喫煙依存者に肺気腫等が多く、高齢になって症状に苦しむ姿を多くみて禁煙を広めるべきと感じ、抑止力として高額化することはかなり有効と感じる」(外科,50代,女性)「禁煙外来はやってませんが、よく勧めます。やってみて成功する人は少ないし、それよりも他人事と思って問題視しない人の方が多いですね。タバコの値段を引き上げれば絶対喫煙者は減ります。あとは健康というよりは政治の問題と言うしかないでしょう。前回の値上げの時に、3倍の1000円にするべきでした。400円で喫煙者数の現状維持を成功させましたね!総務省・財務省の勝ちで厚労省はいつも負けますね。もし1000円になれば1/3が禁煙、1/3が減煙、値上げ分で税金、生産者・JTの減収分は確保されて、結果的には喫煙者が減り、タバコの弊害が減って医療費分は浮くのではと予測してましたが」(精神科,50代,男性)「購入することにちょっと躊躇するような値段にすべきです」(腎臓内科,40代,男性)「たばこは嫌いですが、法律で禁止されているわけでもないのに、ここまで喫煙者が差別されるのもおかしな話だと思います。完全分煙、医療費負担増で自己責任でよいと思います」(心臓血管外科,40代,男性)「禁煙して『吸えないストレス』から解放されて、とても楽になりました」(消化器内科,40代,男性)「喫煙による被害の啓蒙VTRを小学生の頃から奨励したり、基本的にたばこ会社を撤退させたらどうか」(循環器内科,40代,女性)「喫煙者があまりにも迫害されているような気がします」(整形外科,50代,男性)「今年の世界禁煙デーの標語で厚生労働省の弱腰が明らか。WHOは『Bantobaccoadvertising,promotionandsponsorship』(タバコの宣伝、販売促進活動、スポンサー活動を禁止しよう)、対して厚生労働省の標語は『たばこによる健康影響を正しく理解しよう』。日本政府は本当に禁煙を推進する覚悟があるのか!」(循環器内科,50代,男性)「わかっちゃいるけど・・・と思っている方も多いと思うので、もっと容易に禁煙外来にかかれる(例えば小児の様に公費負担にするとか)体制を作るべきと思う」(内科,70代以上,男性)「敷地内禁煙にしていても抜け道はいくらでもあり、当院でも受動喫煙対策にかなり悩まされています。生活保護費を受給している膀胱がん患者が、ぬけぬけとタバコがやめられないとおっしゃるのが許せません」(泌尿器科,40代,男性)「過度の禁煙押し付けでうつ状態になった患者を診察したことがある。喫煙をやめさせようとする余り他の病気を発症させては本末転倒では。また、低所得層・過酷勤務層ほど喫煙率が高いことがわかっている。単にたばこの価格を上げるだけでは低所得者層への逆進課税になってしまう。販売禁止のほうが理に適っているのではないか」(内科,40代,男性)「禁煙したいと以前から思っておりますが、無理でした。値段を上げることが喫煙者を減らす第一歩ではないかと思います」(腎臓内科,40代,男性)「自分は吸わないが、安定税収入のために国民をニコチン中毒にしておいて今更医療費抑制のためにタバコの価格を上げるのはおかしいと思う」(循環器内科,60代,男性)「禁煙をした医師として『禁煙支援外来』に携わっている。吸ったことのない先生よりは適切な指導が出来ると自負している」(循環器内科,60代,男性)「病院のみならず、人格形成に大きく関わる小中学校教員自身の禁煙を徹底させる。校内禁煙は当然であるが校門近くでたばこを吸っている、あるいは駐車場の車内で吸っている教師を児童が見かけたという話をよく聞く」(消化器外科,50代,男性)「25年前結婚を機に、一つぐらい体に良いことをと思いたばこをやめました。やめてから良いことばかりです。患者への教育のためにも、少なくとも医師が率先して禁煙すべき」(外科,50代,男性)「禁煙歴27年。患者さんに禁煙を勧める時に自分が吸っていたのでは迫力ないし、自分の体験を話しながら説明しやすい」(精神科,60代,男性)「19歳頃から60歳まで吸いました。診察中にCOPDの患者さんが多くおられ、それが怖くて禁煙し13年。医療費が掛かるからと値段を上げるのは賛成できませんが、COPD等で苦しまれていることを知らせることが必要と考えます」(外科,70代以上,男性)「実の父が脳梗塞を患い、それでもタバコを吸って、再アタックが起きて寝たきりになり、ぼろぼろになって行くのを目の当たりにして禁煙した」(内科,50代,男性)「『風立ちぬ』で喫煙シーンが多かったが、監督自身がヘビースモーカーなので作品の製作にあたり何も考慮しないと思われる。映画やドラマでも喫煙の場面を極力減らしてほしい」(消化器内科,50代,男性)「早く禁煙しなければと思いながらきっかけが持てずにいます。いっそ1000円以上になればやめると思う」(内科,40代,女性)「価格を上げることが一番禁煙に繋がる早道と思う」(内科,70代以上,男性)「(呼吸器学会など)専門医取得に禁煙証明が必要となるといった動きは非常に良いと思う。医師が率先して禁煙し、患者への啓蒙活動に取り組むべき」(糖尿病・代謝・内分泌内科,30代,女性)「精神科ではたばこを必要とする患者さんがいるのは事実ですが,そういう方は一部に減りました。禁煙ってできるんだなあという印象をもちました」(精神科,40代,女性)「高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病、心筋梗塞・脳梗塞・閉塞性動脈硬化症、悪性腫瘍、肺疾患などの病名での治療では、喫煙患者の医療費自己負担率を8割位に上げるのが、禁煙促進に有効と考えます」(心臓血管外科,60代,女性)「10年以上前から間接喫煙の弊害を病院管理者に訴えましたが何も聞いてもらえませんでした。病院機能評価などで世間体が気になって初めて対策が取られました。情けないの一言です」(小児科,50代,男性)「アニメや映画での自粛や規制はやりすぎ」(小児科,40代,男性)「患者さんから『たばこ臭い人(助手)がいてリハビリを受けたくない』と苦情あり」(整形外科,50代,男性)「400円への値上げを契機に喫煙を止めた。値上げが無ければ喫煙を続けていた。経済的な理由ではなかったけれど…」(内科,60代,男性)「自分自身もなかなかやめられず、患者さんにダメですという時に心が痛い」(循環器内科,20代,男性)「広く禁煙運動が叫ばれ始めた頃に職業柄模範を示す必要があると考え半年間くらいかけて禁煙に成功。1日6-7本程度で50年くらい続けたが、結構苦労した思いがある」(その他,70代以上,男性)「喫煙者の『他人には迷惑かけてない』という妄言にはウンザリ。健康保険から金を取り、火事の原因や受動喫煙、路上喫煙で小児に火傷など、他人に直接的にも迷惑をかけているのに。大幅値上げ、健康保険からの排除などすべき」(耳鼻咽喉科,40代,男性)「喫煙本数と疾患には明確な関係があります。価格を上げ若年者には手に入りにくいところ(例えば1箱10000円)まで値上げすべきでしょう」(呼吸器内科,50代,男性)「1本100円程度にして、喫煙でリスクの上がるがん治療にJTから寄付してもらう」(皮膚科,40代,男性)「禁煙の推進や分煙には賛成するが、喫煙者の人格や喫煙行為そのものを害とみなすようなスタンス(今回の『風立ちぬ』に対する日本禁煙学会の意見など)は、原理主義的で違和感を感じる」(小児科,30代,男性)「喫煙者の患者の声として、今度値上げするなら禁煙するという声が多い。小刻みな値上げより、思い切った値上げが効果的なのではと考える」(皮膚科,30代,女性)「生活環境の変化に伴い自然にやめました。表現については、じゃあ過去の映画やドラマ等放送しないのか?レンタル等しないのか?どこまでが許容されて、どこからが問題かは、製作者が判断することと思います」(呼吸器内科,20代,女性)「煙草による経済振興と経済的損失を適正に数値表示してもらえれば功罪がわかり易くなるでしょう」(内科,60代,男性)「15年くらい吸っていたが、家族のために健康でいなければという意識からニコチンガム発売をきっかけに19年前に禁煙しました。大掃除の時、壁をふくと雑巾が真っ黒になりこれだけのタールが体内に入っていたのかと驚いた記憶がある」(内科,50代,男性)「タバコについては税金が課されているが、喫煙による疾病の医療費をまかなうほどではない事も事実。その辺の矛盾も検討すべき」(外科,30代,男性)「若いときから自動的に喫煙を始めてしまった。これからの若い人には喫煙を始めないように勧めるべきだ。医師の喫煙者は多いと思う」(産婦人科,70代以上,男性)「敷地内での禁煙で喫煙出来なくなった職員や入院患者が病院の正門で喫煙している。敷地外なので積極的に注意出来ない状況。病院のイメージが悪化しないか心配。」(臨床研修医,20代,男性)「喫煙者は、自分が中毒患者であるということを自覚すべき。患者は健康な人と同じに生命保険に入ることが難しいのは、ほかの慢性的で治療困難な疾患と同じですので、容易に理解できるはず。たばこが原因ということが明らかな癌は、保険診療を受ける権利はないと思います」(腫瘍科,40代,女性)「喫煙が健康被害があることがはっきりしているのだから、たばこの価格を上げその分を医療費に回せばよいと思う。不満なら吸わなければいい」(呼吸器内科,30代,男性)「禁煙出来ない患者は大勢いるため、タバコの値段を上げる以外にも保険料や医療負担額を上げる等の措置が必要であると思われる」(腎臓内科,30代,男性)「日本の法律上「20歳以上が許可」されているが、20歳にもなって「さあ吸おうか」などという馬鹿なことを考える人はいないでしょう。未成年で吸い始める人がほとんどでは。そういう観点で言えば「喫煙者はすべからく違法」と言っても過言ではないのでは」(循環器内科,40代,男性)「小児アレルギーを専門としています。子供が喘息で加療しているにもかかわらず、禁煙しない父親、祖父がいて困っています。日本では受動喫煙の害に対する意識が乏しいと思います」(小児科,50代,女性)「医師である限り、解剖のときに見たあの喫煙者の肺所見を知っていながら、よく自分が喫煙する気になると思う」(皮膚科,60代,男性)「喫煙者の話を聴くと、値段が1,000円以上になればやめる、という人が多いので、それくらいには値上げしても良いと思う」(膠原病・リウマチ科,50代,女性)「たばこを吸う人が減って、医療費が抑制できたらいいと思っています。私の家族もスモーカーでしたが、全然やめてくれず、最終的に脳梗塞になりました」(小児科,40代,女性)「生活保護の患者さんにヘビースモーカーが多い。禁煙指導しても聞く耳を持たない」(精神科,50代,女性)「喫煙者の保険料や医療費を上げるという意見は、理解出来るが非現実的。喫煙者の定義が困難であるし、抵抗も大きいと予想される。それよりも喫煙者の医療費に見合うだけタバコを値上げすべきであり、そうすれば喫煙の抑制にもなる」(麻酔科,50代,男性)「耳鼻咽喉科医ですが、タバコ関連癌が多いことがこの科の癌の特徴の一つです。タバコは心疾患や肺疾患の原因でもあり、「タバコは百害あって一利なし」だと思います。タバコ農家にはお気の毒ですが、JTもずいぶんタバコ以外の製品に移行できたでしょうから、容易に購買できない価格にして、喫煙をやめる人を増やすようにしていただきたい」(耳鼻咽喉科,50代,男性)「禁煙外来をしています。禁煙中にあっても再喫煙をなってしまうきっかけのほとんどは、飲み会です。会場内禁煙でありさえすれば、再喫煙の誘惑に負けてしまう確率はきわめて低くなります。喫煙シーンなど刺激を避けることが不可欠となります。また、禁煙中のがんばっている患者さんの中には、街で見える所で売って欲しくないと言っています。また、今回の一連の騒動ですが、作者自身がヘビースモーカーであり、自身の喫煙環境を満たすため(日本の社会の禁煙推進に反対するため)、作品を通して、訴えている側面がとても感じられ、危険であると感じます。反対意見を言われる方は、タバコがいかに依存性があって、反社会的な薬物であるという事が認識されていないかと思われます。」(内科,50代,男性)「日本のタバコは安すぎます。海外ではタバコに『killyou』とまで書いてあり、その上、1000円くらいです」(泌尿器科,40代,男性)「自身が喫煙しており、依存症であると認識している。麻薬や覚醒剤のように、非合法なものとして取り扱ってくれればさすがに禁煙すると思う」(内科,30代,男性)「主人は結婚を機に禁煙しました。そのときにはかなり喫煙と健康被害についてレクチャーをしましたが…」(産婦人科,40代,女性)

583.

来春の診療報酬改定をにらんだ経営戦略を練る セミナー開催のご案内

 株式会社日本医療企画は、「中・重度の要介護者に対応する経営戦略」と題して、高齢者住宅全国セミナーを全国主要都市で開催する。 2014年度に実施される診療報酬、介護報酬の改定に伴う、報酬減額や要介護軽度者報酬の打ち切りなど、厳しい状況が待ち受ける医療・介護ビジネス。この変化のなかで生き残るための戦略を、各分野のスペシャリストが講演する。 概要は次のとおり。・開催日時・会場 【新宿会場】8月31日(土)/13:30~16:30 /新宿モノリス 27 階パナホーム会議室 【四日市会場】8月31日(土)/14:00~17:00/じばさん三重 2階 研修室6  【川越会場】9月1日(日)/13:30~16:30/川越プリンスホテル 【宇都宮会場】9月7日(土)/13:30~16:30 /パナホーム北関東 宇都宮事業部 セミナールーム 【長野会場】9月7日(土)/13:30~16:30/メルパルク長野 白鳳の間 【静岡会場】9月7日(土)/13:30~16:30/JR静岡駅ビル パルシェ 7F 特別会議室3 【つくば会場】9月8日(日)/13:30~16:30/つくば国際会議場 会議室405 【大宮会場】9月15日(日)/13:30~16:30/大宮ソニックシティ 6階 会議室 【金沢会場】9月15日(日)/13:30~16:30/ANAクラウンプラザホテル金沢 3F 瑞雲の間 【横浜会場】9月16日(祝)/13:30~16:30/ホテルキャメロットジャパン・対象 病院、診療所、介護事業所(開設予定者・土地活用含む)・定員 各会場30~50名(先着順)・参加費 無料・セミナープログラム  第1部:2014年度診療報酬改定・地域包括ケアの潮流を読む      (演者: クリニックばんぶう編集部)  第2部:退院支援に貢献できるか? 中・重度対応 サ付き住宅“最新実例”      (演者: パナホーム株式会社 エイジングライフグループ)   第3部: 医療法人・民間法人のための高齢者住宅戦略2013      〔演者〕       今瀬 俊彦 氏(株式会社今瀬ヘルスケアコンサルティング 所長)        長 英一郎 氏(東日本税理士法人 副所長)        相楽 行孝 氏(株式会社エム・エム・ピー・ジー総研 介護サービス研究室 室長)        山下 友利 氏(株式会社アクシンパシー 代表取締役CEO) ※ 演者は開催会場により異なります。詳しくは日本医療企画まで

584.

もはや他人事じゃない?医療訴訟―勤務医に聞く”こんな時代の医賠責”事情

触診・内診が“セクハラ“に?!えっ私にも説明責任があるの?患者でなく、交通事故被害者に巨額の保険金を支払った保険会社から訴えられる!…などなど、いつどんな場面で訴訟に巻き込まれるかわからない今の世の中。通常は病院が「病院賠償責任保険」に加入していますが、個人でも「医師賠償責任保険」(医賠責)に加入する勤務医も増えているとか。今回は勤務医の先生方に限定して、医賠責そして医療訴訟について思うことをお尋ねしました。他の先生は入っているのか?加入している先生&していない先生、その理由は?コメントはこちら結果概要勤務医の7割以上が医賠責に加入、若年世代・病床数が多い施設ほど加入率が高い医賠責の加入(保険料自己負担のもののみ)の有無について尋ねたところ、全体の73.4%が「加入している」と回答。年代別に見ると、60代以上で51.2%、30代以下80.0%と、若年層ほど加入率が高い結果となった。また所属施設別では20~99床の施設で54.4%、100~499床で71.3%、500床以上で76.2%、大学病院で91.3%と、施設規模に比例して高い加入率を示した。加入の理由、「自分自身が訴訟対象になるのが不安」「いざとなったら勤務先から守ってもらえない?」「加入している」とした医師に理由を尋ねると、「(病院でなく)自分自身が訴訟の対象になるのが不安」が最も多く72.1%、次いで「いざとなったら勤務先が守ってくれるとは思えない」「複数施設で勤務しているため」がそれぞれ50.1%。「自分の専門科は訴訟リスクが高いため」との回答は加入医師の7.6%で、診療科に関係なく『患者側に不幸な転機を全て“医療ミス”にしたがる風潮がある』『高度な医療をする医師がいなくなるのでは』といった意見が多く見られた。加入していない医師の約8割、「病院が加入する保険で足りているはず」「(現時点で)加入していない」とした医師の理由としては「病院が加入する保険で足りていると思うため」が最多となり77.1%であった。一方「侵襲的な診療行為をしていないため」は9.0%、「自分の専門科は訴訟リスクが高くないと思うため」は4.9%。医賠責非加入の医師に関しても“自身が訴訟に巻き込まれる可能性は低いから”との考えは少数派であり、回答者全体で見ると9割以上が“ある程度の訴訟リスクを想定”していることが明らかとなった。設問詳細「医師賠償責任保険」についてお尋ねします。現在、医療訴訟は、診療上の過失を問われるものが大半を占めています。しかし昨今は、触診・内診をセクハラと誤解するケース、チーム医療における説明責任が問われるケース、また患者サイドではなく交通事故被害者に保険金を支払った保険会社が原告となり病院の過失を訴えるケースなど、従来になかった例も出ているのが実状です。通常、病院は「病院賠償責任保険」に加入していますが、病院だけでなく担当医も共同被告として連名で告訴されるケースもあり、個人で「医師賠償責任保険」(医賠責)に加入する医師も増えています。そこで先生にお尋ねします。Q1.先生は、個人で医師賠償責任保険に加入していますか?(学会・同窓会などを経由した申込み含め、保険料をご自分で支払っているものに限ってお答え下さい)加入している以前加入していたが現在は加入していない加入していないQ2.(Q1で「加入している」とした医師のみ)加入している理由として当てはまるものをお選び下さい(複数回答可)いざとなったら勤務先が守ってくれるとは思えないため(病院でなく)自分自身が訴訟の対象になることが不安なため施設・医局で勧められたため学会で勧められたため自分の専門科は訴訟リスクが高いと思うためいつ医療ミスが発生してもおかしくない状況(疲労度・勤務時間など)にあるため自身の留意に関わらずトラブルに巻き込まれる場合もあるため複数の施設で勤務しているため(アルバイト含む)勤務施設の保険加入状況に不安があるためなんとなくその他Q3.(Q1で「加入していない」「以前加入していたが現在は加入していない」とした医師のみ)加入していない理由として当てはまるものをお選び下さい(複数回答可)病院が加入する保険で足りていると思うため常勤の施設以外では勤務していないため臨床の現場にいないため侵襲的な診療行為をしていないため自分の専門科は訴訟リスクが高くないと思うため費用がかかるため医賠責について考えたことがないその他Q4.コメントをお願いします。2013年7月12日(金)実施有効回答数1,000件調査対象CareNet.com会員の勤務医コメント抜粋(一部割愛、簡略化しておりますことをご了承下さい)「内科医で、直接患者に侵襲を与える検査や治療も行わないので訴えられる可能性は非常に少ないが、この世の中では何で訴えられるか判らないので、安心料と思って払っています」(60代以上,膠原病・リウマチ科,大学病院)「医療行為を通常通り行っても、患者さんからの満足度が少なく訴えられそうになったことや、 高齢者の手術後の合併症と一般的に理解されるべきものも、医療ミスとして訴える風潮を感じるため」(40代,整形外科,一般病院[100~499床])「最近は理解に苦しむ訴訟や、避けられないことまで訴えられることが多い。また、裁判では裁判官の知識不足が目につき、医療の常識が通らないことも多い。国民には、『医療とは不確かな科学』という認識を持ってもらいたい」(40代,外科,一般病院[20~99床])「医療事故を見聞きするたびに、明日は我が身と思います」(40代,外科,一般病院[20~99床])「勤務先は全くあてにならない。オーナー、事務長とも保身のみ、いいかげん極まりない。開業までは自分の身は自分で守る必要があるため」(40代,精神科,一般病院[100~499床])「入っていない。精神科医で身体管理はあまりしないのと、治療関係を結ぶ前に常にリスクについて説明し、何かあっても訴えられないような信頼関係を構築し、訴えられないように注意しているため。外科や産婦人科などと比べはるかに訴訟リスクは少ないので、保険料が安ければ考えても良いとは思う」(50代,精神科,一般病院[100~499床])「日々慎重に診療していますが、不可抗力はあるでしょうし、コメディカルのミスも主治医に責任が来ると思うと保険は必須です。入らないと万が一の時に自分のすべてが失われるかもしれないし」(50代,内科,一般病院[20~99床])「病院が、個人もカバーするタイプの保険に入ってくれているので、それまでの保険はやめました」(50代,消化器内科,一般病院[100~499床])「勤務医の身なので、個人でというより病院でかけてもらうのが自然と思います。それなりのリスクと責任を負っていて、待遇良くもないので、それぐらいは当然病院でお願いします」(40代,泌尿器科,一般病院[500床以上])「個人での加入は高価」(50代,外科,一般病院[100~499床])「加入している一番の理由は、司法が‘正しい者’を護ってくれると思えないため、です。 この国はオカシイ!」(40代,糖尿病・代謝・内分泌内科,大学病院)「患者側に、訴訟のチャンスをうかがう姿勢が時々見られる」(40代,内科,一般病院[100~499床])「たとえ自分に非がなくても、巻き込まれることはあります。その上で、医療現場を知らない裁判官が理不尽な判決を出すことも多いです」(50代,麻酔科,一般病院[100~499床])「私の知る限り、加入していない医師は見当たらない。医療訴訟は原告側にも被告側にも得られるものはほとんどないし、素人の弁護士、裁判官による医療裁判ほど茶番はない。早く公的に医療事故調査委員会が設立、機能することを望む」(60代以上,消化器内科,一般病院[100~499床])「勤務医は結局あとで病院から請求されたりする。味方に撃たれる感じですな」(50代,消化器内科,一般病院[100~499床])「現在は訴訟リスクの低い診療内容を担っているが、以前行っていた訴訟リスクの高い診療内容に関して寝耳に水的な係争が生じる可能性があることを鑑み、向こう5年間は保険に加入しておこうと考えている」(40代,リハビリテーション科,一般病院[100~499床])「医師の解釈と患者さんやその家族の解釈が異なることはよくありますので、常に訴訟のリスクはあると思っています。」(30代以下,整形外科,一般病院[100~499床])「万が一のときに、精神的なストレスを抱えて仕事をすることを避けるため」(40代,脳神経外科,一般病院[500床以上])「入っていない。真剣に考えたら心配な面はあるが、何となく大丈夫だろうという根拠のない理由で自分をごまかしている気がする」(50代,内科,一般病院[100~499床])「直接責任からは遠い位置におりますので不要。ただ、何故こんなに訴訟対策をしなければいけないのかが疑問」(40代,リハビリテーション科,一般病院[100~499床])「病院が訴訟に負けた場合、病院が医師に損害賠償を請求してくる恐れがあります」(40代,眼科,一般病院[100~499床])「医者になった当初から現在まで加入しています。(今は公的病院なのでもしかしたら必要ないのかもしれませんが)やはり勤務先が守ってくれるとは限らないという意識が強いです。(以前勤務した病院で、私には全く責任のない、看護師と患者とのトラブルを危うく私の責任にされかかったことがあるため)」(50代,消化器内科,一般病院[500床以上])「小児科なのでリスクが高いと思って」(30代以下,小児科,一般病院[500床以上])「現在は加入していない。訴訟などを含め、医療におけるイザコザは、患者に対する接遇が原因と考えるから。接遇に気をつけていれば、理不尽な患者でない限り問題は生じず、理不尽な患者ならば当方が法的に負ける事はないと考えるから」(30代以下,総合診療科,大学病院)「正直、(医賠責について)あまり深く考えていなかった」(40代,精神科,一般病院[500床以上])「周囲では、常勤施設以外でも勤務されている先生は加入されていると思います」(40代,内科,一般病院[100~499床])「友人の外科医が訴訟になり、大変な苦労をしていたため」(30代以下,外科,一般病院[100~499床])「自分の身を守るため加入しています。そもそも、医療における事故・リスクはヒューマンエラーである以上、ゼロになりません。裁判という形以外での、事故が減るような医療事故をフォローする体制を望みたいものです」(50代,総合診療科,一般病院[100~499床])「上級医として、部下の監督責任なども生じてくることを感じます」(40代,形成外科,大学病院)「公的病院だと訴訟に関しては顧問弁護士がいて、交渉をしてくれるから加入していない」(60代以上,消化器内科,一般病院[100~499床])「医療訴訟の多くが医学の本質的でない部分で争っていることが多く,原告(患者)やその弁護士の「言葉遊び」や「揚げ足取り」に過ぎないことがほとんどである.こうした悪意あふれる法曹界の医療に対する態度へのせめてもの防御として,保険に加入している」(40代,血液内科,一般病院[500床以上])「個人では入っていないが、冷静に考えてみると、病院が加入している保険のみでは、万が一の時に対応できないと感じる」(40代,消化器内科,一般病院[100~499床])「アルバイトで当直をしています。何かあったら不安なので加入しています」(40代,脳神経外科,一般病院[100~499床])「現在の状況は訴訟が多すぎる。自分の子供には、臨床医は勧められない」(50代,腎臓内科,一般病院[100~499床])「主勤務先は国の機関であるが、外勤先がクリニックであるためリスクを考える必要があるため」(40代,リハビリテーション科,大学病院)「医療の不確実性を一般の方に理解していただきたい」(50代,消化器内科,大学病院)「当直などの緊急対応での医療事故が一番気になる。加えて、昨今、患者側に不幸な転機を全て医療ミスにしたがる風潮があり、医療訴訟は増加すると考えられる。訴訟になって支払いが生じた場合、病院で支払えない金額の場合もあると考え、個人的に医師賠償責任保険へ加入している」(40代,血液内科,一般病院[100~499床])「現施設では、訴訟リスクの高い侵襲的治療は極力避けている」(50代,消化器外科,一般病院[100~499床])「いつ訴訟をおこされてもおかしくない時代ですので、やはり医賠責は必要不可欠だろうと思います。私のところは医局員全員が入っています。年間5万円ぐらいですが、自動車保険のように、事故がなければ安くなるシステムがあれば、もっとありがたいです」(50代,膠原病・リウマチ科,一般病院[500床以上])「どんなことでも賠償していたら度な医療をする医師がいなくなることを、患者と司法関係者に理解してもらわなければならない」(40代,外科,一般病院[100~499床])「専門外を診ているとき。全てを専門家にお願いするのは(つまり全ての細かいトラブルの都度、紹介状を書くのは)非現実的なので、専門外でも緊急性がない軽症であれば自分で処方・処置する事もある。しかし、専門外で対応したために悪化する、診断を困難にするなどがあったらどうしよう…とはよく思う」(40代,内科,一般病院[100~499床])「精神科です。医療行為での訴訟リスクも当たり前ですが、それ以外でのリスクも大変心配しています」(40代,精神科,一般病院[100~499床])「最近は病院だけなく医師個人も訴えられている。精神科医は患者の自殺で訴訟の対象になりうる。保険料は痛いがやむを得ない」(40代,精神科,一般病院[100~499床])「多少トラブルに対しての不安があるが、臨床現場から徐々に遠ざかりつつあるので今後は必要ないかなと考えています。」(60代以上,内科,一般病院[100~499床])「都立病院勤務中は個人で加入していたが現在は病院が加入してくれている。 小児科は病気の進行が早かったり、親の思いがあったりして、保護者によっては訴訟の可能性は高くなると思う」(60代以上,小児科,一般病院[100~499床])「医療訴訟の大半は、医療と患者の間の人間的トラブル。技術的な問題以上の、人間関係構築が重要と思われる」(50代,消化器内科,一般病院[100~499床])「昔に比べると医療現場が医療従事者より患者“様”を重視する姿勢が強くなり、患者がクレームを言いやすくなったことも問題にあると思う」(40代,アレルギー科,一般病院[100~499床])「勤務先を全面的に信頼して、いざという時にはしごを外されたら対処できないため」(40代,消化器外科,一般病院[100~499床])「公立病院に勤務していますが、個人が訴訟の対象になりうるため。 脊椎外科が専門でありリスクが高い。」(40代,整形外科,一般病院[500床以上])「きちんと説明しトラブルなどに対し謙虚に対応していれば訴訟になることはほとんどないと思う。実際、訴訟リスクを感じたことはほとんどない」(40代,整形外科,一般病院[500床以上])「現役の小児外科医で、執刀もしているので新生児手術などかなりリスクの高い状態にあります。保険は必須であると感じています」(50代,その他,一般病院[500床以上])「『病院が責任をもつ』と言ってくれているため、本当にそれで十分なのか?と心配しながらも、惰性で加入しないまま時が流れています」(50代,循環器内科,一般病院[100~499床])「実際にどの程度の保証が得られるのか不明ですので、2つ加入しています」(50代,呼吸器内科,一般病院[500床以上])「学会関連の医師賠償責任保険に加入しています。これは、医局の先輩から勧められて入りました。年数千円ですが、安心感があります」(50代,放射線科,一般病院[100~499床])「勤務先と同じ保険会社に加入している。保険会社間の争いに巻き込まれないため」(50代,麻酔科,大学病院)「病院として保険に加入している事、侵襲的な手技を行っておらず賠償請求の可能性は低いと考えている事から、加入していない」(60代以上,循環器内科,一般病院[20~99床])「勤務先の病院より半ば強制的に加入させられましたが、現在は入っていてよかったと思います。これまで訴訟に巻き込まれたことはありませんが、今後いつそのようなことになるかはわかりませんから」(40代,呼吸器内科,大学病院)「自分の専門科(糖尿病内科)は訴訟リスクはそれほど高くないが、クレーマー的患者に遭遇することがありトラブルに巻き込まれることもありうるために加入。 アルバイト先で、慣れない小児科の患者を診察することもあり不安である」(50代,糖尿病・代謝・内分泌内科,一般病院[500床以上])「これまでに訴訟になったことはないが、なりそうになったことは2回ほどあります。入ってないと不安で臨床はできないと思います」(40代,循環器内科,一般病院[100~499床])「今まで毎年必ず加入していましたが、現在の病院から”この病院内での診療において発生したトラブルについては病院が守る”と言われているので現時点では加入していません。正直なところ心配もありますが、費用もバカにならないため」(40代,腎臓内科,一般病院[100~499床])「訴訟対象が病院だけでなく個人に向けられる傾向があること、また、病院も賠償金の一部を勤務医に支払うように求めてくる傾向は今後も続くと思われ、個人で保険に加入する意義は大きい」(30代以下,麻酔科,一般病院[100~499床])「産婦人科をしていると、分娩による脳性麻痺に遭遇する可能性がある。現在の医療訴訟は敗訴するケースが多く、賠償金も高額化しているため」(50代,産婦人科,一般病院[20~99床])「たまたまモンスターペイシェントに遭遇する可能性もあり、そういった相手となんらかのトラブルになることが怖いので加入している。現在は救急診療をしておらず専門分野のみの診察であり、訴訟のリスクは全体には低いと感じている」(30代以下,皮膚科,一般病院[20~99床])「加入しないでいる人の気がしれない」(30代以下,泌尿器科,一般病院[100~499床])「大学医局に所属しているが、研修医当時から個人でも加入するように勧められていたので、加入するのが当然と思っていた。今のところは個人を対象とした訴訟はないが、今後増えそうな危惧があり、補償額をワンランク上げた」(40代,内科,大学病院)「意図せずに起こる偶発症や、ある程度の確率で生じる合併症と思われる事例でも訴訟になり、医療者側が敗訴している例が少なからず認められる。このままでは特に手術を含め侵襲的な医療行為を行うことに躊躇してしまいかねず、患者の不利益になる。元々が健康体ではなく症状を有する患者に行った治療行為で、結果が悪ければ訴えるというのはいかがなものか」(30代以下,外科,一般病院[100~499床])「医学的に見たら仕方ないと思えることでも、患者さんが期待していたのと異なる転機をたどった場合に訴訟を起こされるリスクが高いと思う。医学的な知識がほとんどない人が外部からあれこれ口をだし、医療者側へ怒りを向けるように仕向けているように思えるケースもある」(30代以下,小児科,一般病院[100~499床])「勤務する地域により訴訟のリスクも変動するように感じている。現在の勤務地ではそのリスクが高いように思われ、周囲では加入者が多い」(30代以下,小児科,一般病院[500床以上])「20年前に医療訴訟で4年間かかって勝訴した経験あり、平素の診療に常に気をつけているつもりです。 診療に際しては治療のリスクを説明して家族の承諾の上で行っています」(60代以上,消化器内科,一般病院[20~99床])「よそでアルバイトをするなら保険が必要と思うようになって、アルバイトをやめました」(40代,産婦人科,一般病院[100~499床])「必要とは思いますが、非侵襲的な検査しかしておらず訴訟リスクが低い医師も、通常と同じ保険費用の負担が必要なのが納得いかず加入していません」(50代,循環器内科,一般病院[100~499床])「侵襲的検査や治療の説明を行う時は、常に訴訟のことを意識して、合併症に重きを置いて説明してしまう」(30代以下,循環器内科,一般病院[500床以上])「リスクは確かに高いが、いたずらに不安を煽って加入させる手もどうかと思う」(40代,精神科,大学病院)「医療訴訟が多い時代、医賠責に入らないでいる人の方が不思議。誰しもがヒヤリハットすることがある。訴訟になっても仕方のないミスも多いのが現状だが、不可避なものやリスクを背負ってでも行わなければならない治療に対してまで訴訟を起こされることは、判決如何にかかわらず、医療者や患者・その関係者と多くの人に遺恨を残すことになり望ましくない」(30代以下,脳神経外科,大学病院)「以前勤務していた病院でトラブルに巻き込まれて以来加入している。そのときは幸い大きな問題にはならなかったが、まだ加入していなかったため不安であった」(30代以下,呼吸器内科,一般病院[500床以上])「病院が加入している保険が今年から個人も対象となるため、個人で加入している保険をどうしようか考えています」(40代,呼吸器内科,一般病院[100~499床])

585.

桑島巌 「おかしなことだらけの日本の臨床試験のあり方を問い直す」

.case dl dt{width: 8em; font-weight: bold;}.case dl dd{margin-left: 9em;}.case dl{width: auto;}■最新情報上記「CareNet Live 第4回」は2013年7月10日に放送された内容です。翌日11日に京都府立医科大学は「バルサルタン医師主導臨床研究に係る調査報告」を発表しており、放送後に本テーマを巡る状況が大きく変わっています。これを受けてゲストの桑島巌氏と、ノバルティス社それぞれの見解を掲載しておりますので、上記動画と併せて下記もお読みください。データ改ざんが明らかに―KYOTO HEART Study論文(桑島 巌氏 J-CLEAR理事長 東京都健康長寿医療センター顧問)京都府立医科大学によるバルサルタン医師主導臨床研究に係る調査報告発表に対するノバルティス ファーマの見解(ノバルティスファーマ株式会社のサイトへリンクします)

586.

デュシェンヌ型筋ジストロフィー〔DMD: duchenne muscular dystrophy〕

1 疾患概要■ 概念・定義筋ジストロフィーは、骨格筋の変性・壊死を主病変とし、臨床的には進行性の筋力低下をみる遺伝性の筋疾患の総称である。デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)はその中でも最も頻度が高く、しかも重症な病型である。■ 疫学欧米ならびにわが国におけるDMDの発症頻度は、新生男児3,500人当たり1人とされている。有病率は人口10万人当たり3人程度である。このうち約2/3は母親がX染色体の異常を有する保因者であることが原因で発症し、残りの1/3は突然変異によるものとされている。まれに染色体転座などによる女児または女性のDMD患者が存在する。ジストロフィン遺伝子のインフレーム欠失により発症するベッカー型筋ジストロフィー(BMD:becker muscular dystrophy)はDMDと比べ、比較的軽症であり、BMDの有病率はDMDの1/10である。■ 病因DMDはX連鎖性の遺伝形式をとり、Xp21にあるジストロフィン遺伝子の異常により発症する。ジストロフィン遺伝子の産物であるジストロフィンは、筋形質膜直下に存在し、N端ではF-アクチンと結合し、C端側では筋形質膜においてジストロフィン・糖タンパク質と結合し、ジストロフィン・糖タンパク質複合体を形成している(図1)。ジストロフィン・糖タンパク質複合体に含まれるα-ジストログリカンは、基底膜のラミニンと結合する。したがって、ジストロフィンは、細胞内で細胞骨格タンパク質と、一方ではジストロフィン・糖タンパク質複合体を介して筋線維を取り巻く基底膜と結合することにより、筋細胞(筋線維)を安定させ、筋収縮による形質膜のダメージを防いでいると考えられている。DMDではジストロフィンが完全に欠損するが、そのためにジストロフィン結合糖タンパク質もまた形質膜から欠損する。その結果、筋線維の形質膜が脆弱になり、筋収縮に際して膜が破綻して壊死に陥り、筋再生を繰り返しながらも、徐々に筋線維組織が脂肪組織へと置き換わっていく特徴を持っている。画像を拡大する■ 症状乳児期に軽度の発育・発達の遅れにより、処女歩行が1歳6ヵ月を過ぎる例も30~50%いる。しかしながら、通常、異常はない。2~5歳の間に転びやすい、走るのが遅い、階段が上れないなど、歩行に関する異常で発症が明らかになる。初期より腰帯部が強く侵されるため、蹲踞(そんきょ)の姿勢から立ち上がるとき、臀部を高く上げ、次に体を起こす。進行すると、膝に手を当て自分の体をよじ登るようにして立つので、登はん性起立(Gowers徴候)といわれる。筋力低下が進行してくると脊柱前弯が強くなり、体を左右に揺するようにして歩く(動揺性歩行:waddling gait)。筋組織が減少し、結合組織で置換するため、筋の伸展性が無くなり、関節の可動域が減り、関節の拘縮をみる。関節拘縮はまず、足関節に出現し、尖足歩行となる。10~12歳前後で歩行不能となるが、それ以降急速に膝、股関節が拘縮し、脊柱の変形(脊柱後側弯症:kyphoscoliosis)、上肢の関節拘縮もみるようになる。顔面筋は初期には侵されないが、末期には侵され、咬合不全をみる。10代半ばから左心不全症状が顕性化することがあり、急性胃拡張、イレウス、便通異常、排尿困難などを呈することもある。外見的な筋萎縮は初期にはあまり目立たないが、次第に躯幹近位筋が細くなる。本症では、しばしば下腿のふくらはぎなどが正常よりも大きくなる。これは一部筋線維が肥大することにもよるが、主に脂肪や結合組織が増えることによるもので、偽(仮)性肥大(pseudohypertrophy)と呼ばれる。知能の軽度ないし中等度低下をみることがまれでなく、平均IQは80前後といわれている。しかし、病理学的に中枢神経系に異常はない。最終的に呼吸障害や心障害を合併するが、近年の人工呼吸器の進歩により40歳位まで寿命を保つことが可能となっている。■ 分類X連鎖性の遺伝形式をとる筋ジストロフィーとしては、DMDやジストロフィン遺伝子のインフレーム欠失によって発症するBMDのほかにX染色体長腕のエメリン遺伝子異常によって発症するエメリ・ドレフュス型筋ジストロフィー(EDMD:emery-dreifuss muscular dystrophy)がある。■ 予後発症年齢は2~5歳、症状は常に進行し10~12歳前後で歩行不能となる。自然経過では20代前半までに死亡する。わが国では呼吸不全、感染症などに対する対策が進み、40歳以上の生存例も増えている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 診断本症が強く疑われる場合は、遺伝子検査を遺伝カウンセリングの下に行う。MLPA(Multiplex ligation-dependent probe amplification)法では、比較的大きな欠失/重複(DMD/BMD患者の約70%)が検出できる。微細な欠失/重複・挿入・一塩基置換による変異(ミスセンス・ナンセンス変異)の検出には、ダイレクトシークエンス法が必要となる。遺伝子検査で異常がみつからない場合も、筋生検で免疫組織学的にジストロフィン染色の異常が証明されれば診断できる。■ 検査1)一般生化学的検査血清クレアチンキナーゼ(creatine kinase: CK)が中程度~高度上昇(そのほか、ミオグロビン、アルドラーゼ、AST、ALT、LDHなども上昇)する。発症前に高CK血症で気付かれるケースがある。そのほか、血清クレアチンの上昇、尿中クレアチンの上昇、尿中クレアチニンの減少をみる。2)筋電図筋原性変化(低振幅・単持続・多相性活動電位、干渉波の形成)を確認する。3)骨格筋CTおよびMRI検査4歳以降に大臀筋の脂肪変性、引き続き大腿、下腿の障害がみられる。大腿直筋、薄筋、縫工筋、半腱様筋は比較的保たれる。4)筋生検筋線維の変性・壊死、大小不同像、円形化、中心核線維の増加、再生筋線維、間質結合組織増加、脂肪浸潤の有無を確認する(図2(A))。ジストロフィン抗体染色で筋形質膜の染色性の消失(DMD)(図2(B))、低下がみられる。また、骨格筋のイムノブロット法で、DMDでは427kDaのジストロフィンのバンドの消失、BMDでは正常より分子量の小さい(もしくは大きい)バンドが確認される。画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)DMDに対するステロイド治療以外は、対症的な補助治療にとどまっているが、医療の進歩と専門医の努力、社会的なサポート体制の整備などにより、DMDの寿命は平均で約10年延長した。このことはQOLや社会への参加など、患者の人生全体を見据えた取り組みが必要なことを強く示唆している。1)根本治療開発の状況遺伝子治療、幹細胞移植治療、薬物治療など精力的に基礎・臨床研究が進められている。モルフォリノや2'O-メチルなどのアンチセンス化合物を用いたエクソン・スキップ薬の開発に期待が集まっている。2011年初頭から、エクソン51スキップ薬開発のための国際共同治験に日本も参加し、これ以外のエクソンをターゲットにした治療も開発研究が進んでいる。また、リードスルー薬、遺伝子治療や幹細胞移植治療も北米・欧州を中心に、臨床研究がすでに始まっており、早期の臨床応用が望まれる。2)ステロイド治療DMDにおいてステロイド治療は筋力、運動能力、呼吸機能の面で有効性を認める。一般に5~15歳の患者に対して、プレドニゾロンの投与を行う。事前に水痘ワクチンを含む予防接種は済ませておくように指導する。ADL(日常生活動作)や運動機能、心機能、呼吸機能の評価と共に、ステロイドの副作用(体重増加、満月様顔貌、白内障、低身長、尋常性ざ瘡、多毛、消化器症状、精神症状、糖尿病、感染症、凝固異常など)についても十分評価を行う。ステロイドの投与量は必要に応じて増減する。なお、DMDに対するプレドニゾロンの効能・効果については、2013年2月に公知申請に係る事前評価が終了し、薬事承認上は適応外であっても保険適用となっている。3)呼吸療法DMDの呼吸障害の病態は、一義的には呼吸筋の筋力低下や側弯などの骨格変形による拘束性障害である。肺活量は9~14歳でプラトーに達し、以降低下する。深呼吸ができないため肺・胸郭の可動性(コンプライアンス)の低下によって肺の拡張障害と、さらに排痰困難のため気道閉塞による窒息のリスクが生じる。進行に応じ、呼吸のコンプライアンスを保つことが重要である。(1)舌咽頭呼吸による最大強制呼吸量の維持訓練に加え(2)気道クリアランスの確保(徒手的咳介助、機械的咳介助、呼吸筋トレーニングなど)を行うことは、換気効率の維持や有効な咳による喀痰排出につながる(3)車いす生活者もしくは12歳以降に車いす生活になった患者は定期的に(年に2回)呼吸機能評価を行う(4)必要に応じ、夜間・日中・終日の非侵襲的陽圧換気療法の導入を検討する4)心合併症対策1970年代には死因の70%近くが呼吸不全や呼吸器感染症であったが、人工呼吸療法と呼吸リハビリテーションの進歩により、現在では60%近くが心不全へと変化した。心不全のコントロールがDMD患者の生命予後を左右する。特徴的な心臓の病理所見は線維化であり、左室後側壁外側から心筋全体に広がる。進行すると心室壁は菲薄化、内腔は拡大し、拡張型心筋症様の状態となる。定期的な評価が重要で、身体所見、胸部X線、心電図、心エコー(胸郭の変形を念頭におく)、血漿BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)測定、心筋シンチグラフィー、心臓MRIなどを行う。薬物治療としては、心筋リモデリング予防効果を期待してACE阻害薬、β遮断薬の投与が広く行われている。5)栄養幼少期から学童初期は、運動機能低下と骨格筋減少によるエネルギー消費の低下、偏食による栄養障害の助長、ステロイド治療などによる肥満が問題となることが多い。体重のコントロールがとくに重要であり、体重グラフをつけることが推奨される。呼吸不全が顕著化する時期に急激な体重減少を認める場合、努力呼吸によるエネルギー消費量の増加、摂食量の減少など複数の要因の関与が考えられる。咬合・咀嚼力の低下に対しては、栄養効率の良い食品(チーズなど)や濃厚流動食を利用し、嚥下障害が疑われる場合は、嚥下造影などを行い状態を評価して対応を検討する。経鼻経管栄養は、鼻マスク併用時にエアーリークや皮膚トラブルの原因になることがある。必要に応じて経皮内視鏡的胃瘻造設術などによる胃瘻の造設を検討する。6)リハビリテーション早期からのリハビリテーションが重要である。筋力の不均衡や姿勢異常による四肢・脊柱・胸郭変形によるADLの障害、座位保持困難や呼吸障害の増悪、関節可動域制限を予防する。適切な時期にできる限り歩行・立位保持、座位の安定、呼吸機能の維持、臥位姿勢の安定を目指す。7)外科治療病気の進行とともに脊柱の側弯と四肢の関節拘縮を呈する頻度が高くなる。これにより姿勢保持が困難になるのみならず、心肺機能の低下を助長する要因となる。脊柱側弯に対して外科治療の適用が検討される。側弯の発症早期に進行予防的な外科手術が推奨され、Cobb角が30°を超えると適応と考えられる。脊柱後方固定術が一般的で、術後早期から座位姿勢をとるように努める。関節拘縮に対する手術も、拘縮早期に行うと効果的である。8)認知機能DMD患者の平均IQは80~90前後である。学習障害、広汎性発達障害、注意欠陥多動障害(ADHD)など、軽度の発達障害の合併が一般頻度より高い。健常者と比較して言語性短期記憶の低下がみられる傾向があり、社会生活能力、コミュニケーション能力に乏しい傾向も指摘されている。精神・心理療法的アプローチも重要である。4 今後の展望DMDの根本的治療法の開発を目指し、遺伝子治療、幹細胞移植治療、薬物治療などの基礎・臨床研究が進められているが、ここではとくに2013年現在、治験が行われているエクソン・スキップとストップコドン・リードスルーについて取り上げる。1)エクソン・スキップエクソン欠失によるフレームシフトで発症するDMDに対し、欠失領域に隣接するエクソンのスプライシングを阻害(スキップ)してフレームシフトを解消し、短縮形ジストロフィンを発現させる手法である。スキップ標的となるエクソンに相補的な20~30塩基の核酸医薬品が用いられ、グラクソ・スミスクライン社とProsensa社が共同開発中のDrisapersen(PRO051/GSK2402968)は2'O-メチル製剤のエクソン51スキップ治療薬として、現在日本も含め世界23ヵ国で第3相試験が進行中である。副作用として蛋白尿を認めるが、48週間投与の結果、6分間歩行距離の延長が報告されている。(http://prosensa.eu/technology-and-products/exon-skipping)また、Sarepta therapeutics社が開発中のEteplirsen(AVI-4658)はモルフォリノ製剤のエクソン51スキップ治療薬で、現在米国で第2a相試験が進行中である。これまで投与された被験者数はDrisapersenより少ないものの臨床的に有意な副作用は認めず、74週投与の時点で6分間歩行距離の延長が報告されている。(http://investorrelations.sareptatherapeutics.com/phoenix.zhtml?c=64231&p=irol-newsArticle&id=1803701)2)ストップコドン・リードスルーナンセンス点変異により発症するDMDに対し、リボゾームが中途停止コドンだけを読み飛ばす(リードスルー)ように誘導し、完全長ジストロフィンを発現させる手法である(http://www.ptcbio.com/ataluren)。アミノグリコシド系化合物にはこのような作用があることが知られており、PTC therapeutics社のAtaluren(PTC124)は、世界11ヵ国で行われた第2b相試験の結果、統計的に有意ではないもののプラセボよりも歩行機能の低下を抑制する作用を示した。現在欧州での条件付き承認を目的とした第3相試験が計画されている。なお、日本ではアルベカシン硫酸塩のリードスルー作用を検証する医師主導治験が計画されている。5 主たる診療科小児科、神経内科、リハビリテーション科、循環器科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本小児科学会(医療従事者向けの診療、研究情報)日本小児神経学会(医療従事者向けの診療、研究情報)日本神経学会(医療従事者向けの診療、研究情報)国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部(研究情報)国立精神・神経医療研究センター TMC Remudy 患者情報登録部門(一般利用者向けと医療従事者向けの神経・筋疾患患者登録制度)筋ジストロフィー臨床試験ネットワーク(一般利用者向けと医療従事者向けの筋ジストロフィー臨床試験に向けてのネットワーク)患者会情報日本筋ジストロフィー協会(筋ジストロフィー患者と家族の会)

587.

ガリレオ【システム化、共感性】 

ドラマ「ガリレオ」みなさんは、「なんであの人は気遣いができないの?」と思ったことはありませんか?特に、医療の現場では気遣いが求められる状況が多くあります。気遣いがうまくできていないスタッフを、どう考えたらよいのでしょうか?そして、どうしたらよいのでしょうか?これらの疑問を、今回、2007年と今年に放送されたドラマ「ガリレオ」の主人公をモデルに、みなさんといっしょに考えていきたいと思います。システム化―パターンを見つける能力主人公の湯川先生は、大学の准教授で、世間から天才物理学者と呼ばれています。彼の口癖は「実におもしろい」「実に興味深い」「さっぱり分からない」で、好奇心の赴くままに突き進みます。そんな彼を衝き動かしている信念は、「全ての事象には必ず理由がある」です。これは、「~すれば・・・になる」という原因と結果のパターン(因果関係)を探り出そうとする衝動でもあります。このような心の働きは、システム化と呼ばれています。知的レベルによって、同じ動きを好む傾向(常同症、こだわり)から、法則や普遍性を見いだす能力(論理的思考)までと幅広くあります。そして、話し方はとても理屈っぽくなります。共感性―気遣いする能力その一方、湯川先生は言動があまりにも風変わりで、彼の同期や研究室の学生たちから「変人ガリレオ」と呼ばれています。彼は、初対面でいきなり女性で新人の内海刑事の顔を覗き込み、まるで実験対象を見るような目つきで「知らない顔だ」とつぶやきます。人としての配慮のかけらもなく、大変に失礼です。その後も湯川先生は、毎回、内海刑事を振り回し、何度も怒らせています。そんな内海刑事は、喜怒哀楽の表情が豊かです。そして、事件当事者に感情移入しやすいです。対照的に、湯川先生はいつも無表情で無感情です。事件に協力しますが、犯行の実証性(=システム化)だけに興味があり、犯人の特定や犯人の動機には一切興味を持ちません。さらに、彼は子ども嫌いです。実際に、子どもと見つめ合ってじんましんが出るというシーンもありました。子ども嫌いの理由は、「子どもは非論理的だ」からです。そして、彼は「(非論理的であるため)人間の感情に興味はない」と断言します。確かに、人、特に子どもの感情は、微妙に揺れ動くため、法則通りにならず、簡単に予測できません。しかし、わたしたちは、その時その時の微妙な顔の表情や声のトーンから、自然に相手の気持ちを察しています。同情して、場合によってはもらい泣きをすることもあります。このように、表情やしぐさから直感的に相手の気持ちになれる心の働きは、共感性と呼ばれています。共感性は気遣いをする1つの能力とも言えます。ちょうど、先ほどのシステム化の能力や、その他の語学力(言語能力)、運動能力、絵画の能力、音楽の能力などと同じです。そして、共感性にも、高い人や低い人の個人差があることが分かります。湯川先生は共感性がとても低いようです。社会性―人とうまくやっていく能力湯川先生は、「学者は世の中の役に立ちなさい」という高圧的な女性の岸谷刑事の「説教」に対して、「僕は僕の興味の惹くものに対してのみ興味を持つ」と言い放ちます。このこだわりも、彼のシステム化の心の働きから来ています。「世の中の役に立つ」「人のために何かする」などのつながりの心理や、人とうまくやっていく能力は、社会性と呼ばれます。人が集団で生きていくためにとても必要な心の働きであり能力です。この能力は、主にシステム化の能力と共感性の能力から成り立ちます。共感性の低い湯川先生は、この社会性がとても危ういのです。しかし、彼は社会性が保たれています。その大きな理由を、2つあげてみましょう。(1)高いシステム化―低い共感性をカバーする1つ目は、高いシステム化の能力で、低い共感性をカバーしていることです。よくよく彼の言動を追うと、最低限の共感的な接し方を実践しているのです。例えば、内海刑事の「悲惨」な身の上話に同情する態度を示したり、彼女が落ち込んでいる時は、気遣いの言葉も投げかけます。事件の犯人やその動機には興味がないと言いつつも、犯人の心理をよく理解しています。厳密には、共感性は、狭い意味での共感性(=感情的要素)とシステム化の心の働きも借りた広い意味での共感性(=感情的要素+認知的要素)があります。湯川先生の共感的な接し方は、感情というよりは理屈(認知、システム化)で考えてやっていると言えます(マインドリーディング)。彼は、共感性をシステム化の心の働きでカバーしていたのです。(2)共感性のある周り―理解とサポート2つ目は、共感性のある周りの理解とサポートです。湯川先生は、栗林助手を始めとする周りの理解者に恵まれています。だからこそ彼には居場所があり、研究も思う存分にできるのです。また、彼に捜査協力をお願いする刑事たちは、彼が食い付く「ありえない」というキーワードを出して、興味を持たせようとしています。こうして、湯川先生は、物理学の研究だけでなく、警察の捜査協力までしています。彼は、自分の興味で突き進んでいる割に、結果的に、世の中の役に立ち、社会性は保たれているのです。反社会性―人を傷付けても何とも思わない湯川先生と同業のある若き研究者が登場します。なんと彼は、自分の実験のために密かに殺人を繰り返していたのです。彼は、実験のために、人を殺めても何とも思いません。とても共感性が低いことが分かります。湯川先生は、犯行のトリック解明に挑み、この若き研究者と対決します。湯川先生もこの若き研究者も、システム化が高く共感性が乏しい点では似ているのですが、決定的に違うことがあります。それは、モラルです。若き研究者が湯川先生にあきれるシーンがあります。「湯川先生がモラルに縛られるなんてがっかりですね」と。この若き研究者には、モラルが全くないのでした。モラルとは、共感性を下地にしていますが(個体因子)、その上にはやはり子どもの頃から教わる「みんなと仲良くする」「ルールを守る」という価値観から生まれるものです(環境因子)。この価値観が育まれていないと、人とうまくやっていく気がない心理から、人を傷付けても何とも思わない心理へと暴走していきます(反社会性パーソナリティ障害、サイコパス)。湯川先生は、最低限のマナーや彼なりのモラル(倫理観)を、システム化の心の働きによってよく理解し、実践しています。コミュニケーションのコツ―表1もし湯川先生が、あなたの職場で仕事をするとしたら何が起きるでしょうか?どうしたらよいでしょうか?彼のようにシステム化が高く共感性が低い人は、実際に私たちの職場にもいます。私たちは、湯川先生のキャラクターをじっくり見ることで、この気遣いがうまくできていない人へのコミュニケーションのコツを導き出すことができます。それは、大きく3つあります。(1)客観化―問題点を具体的に目に見える形にする1つ目は、問題点を具体的に目に見える形に示すことです(客観化)。共感性がお互いに高ければ、そんなに言葉にしなくても、「空気」を読んで分かり合えます。ところが、共感性が低い人には、何が問題なのかをなるべく具体的な言葉にして細かく指摘することが必要です。例えば、あなたが湯川先生に「患者さんには丁寧に接するように」と指導したとしても、「丁寧」の中身が伝わりにくいのです。この場合は、「あの時、あの場所で、あの患者に対して、あのように接したのは、こういう理由でだめです」「次からはこういう時は、こうしましょう」と言います。さらに、文字や絵・イラストにして渡すのも効果的です。仰々しいように見えるかもしれませんが、目に見える形にすること(視覚化)は、システム化の心の働きを大いに刺激します。ドラマでも、湯川先生は、閃いた時は、数式を書き出し、目に見える形にしています。視覚に訴えるのが大事なのです。(2)構造化―枠組みを作る2つ目は、枠組みを作ることです(構造化)。これは、すでに湯川先生がある程度実践していることでした。共感性の低さから、暗黙の了解や常識に気付きにくいので、システム化の心の働きを借りて、問題が起こる前にあらかじめ細かい具体的な指示を出し、パターン認識やパターン学習をさせることです。例えば、あなたが湯川先生に指示することの1つとして、目の前で患者さんが泣き出した時は、不思議がって顔を覗き込むのではなく、そっとハンカチやティッシュを渡し、見守るという行動のパターンです。これらのパターンをたくさん蓄積し、引き出しを持っていれば、ある程度のコミュニケーションはスムーズに行うことができるようになります。(3)限界設定―限界を示す3つ目は、限界を示すことです(限界設定)。湯川先生なら、高いシステム化の能力で、共感性をカバーしつつ、病棟業務を行うことができるでしょう。しかし、私たちの身近にいる気遣いができない人は、彼ほどシステム化の能力が高くないかもしれません。また、わがまま、思い上がり、ひねくれなどの性格(パーソナリティ)の問題が重なっている場合もありえます。その場合は、やるべきこと(到達目標)をはっきりさせて(客観化)、試験的な期間(1年以内)を経て、それでもうまく行かない場合はその職場には向いていないことを、本人も職場の上司も納得する形に持っていくことです。また、周りのサポートも大事ですが、どこまで助けるかの線引きもあらかじめ決めておくことです(限界設定)。もちろん、その人を職場が抱え込むことを皆が良しとするなら、それは職場組織の1つのあり方(企業文化)です。しかし、情にほだされたり、とにかく何とかしなければという義務感からの上司の個人的な抱え込みは、本人も上司もお互いを不幸にしてしまうと言えます。例客観化何が問題なのかをなるべく具体的な言葉にして細かく指摘する文字や絵・イラストにして渡す構造化パターン認識やパターン学習をさせる行動パターンの蓄積をさせる構造化試験的な期間の期限を設けるどこまで助けるかの線引きもあらかじめ決めておくジョブマッチング―何に向いている?―表2それでは、気遣いがうまくいかない人、つまりシステム化が高くて共感性が低い人に向いている職種は、具体的に何があるのでしょうか?一般職については、まさに、湯川先生が携わっている研究職(専門職)です。研究は、システム化が発揮できて、共感性はあまり求められません。また、私たちが携わっている医療職については、システム化も共感性も両方必要ですが、科によってそのバランスは変わってきます。このように、その人その人の向き不向き(適性)を見極めていく必要があります(ジョブマッチング)。システム化が強い共感性が高いモデル湯川先生男性に多い内海刑事、栗林助手女性に多い特徴こだわり(職人気質)対物的気回し(商人気質)対人的例一般職専門職(研究者、学者)、製造業、事務職サービス業(営業、接客、窓口)医療職急性疾患、救命救急、手術室慢性疾患、精神疾患、リハビリテーション性差―原始の時代は?男性はシステム化が高く共感性が低い傾向があり、女性はシステム化が低く共感性が高い傾向にあります。もちろん、男性でも共感的な人はいますし、女性でもシステム化的な人はいます。これはあくまで傾向です。この性差はなぜあるのでしょうか?答えは、進化心理学的に考えることができます。それは、原始の時代から男女で性役割がはっきりしていたことです。(1)男性―システム化―自閉症スペクトラム男性は、狩猟のための追跡や自然環境を通してパターンを見つけ出し、より多くの獲物を捕まえ、住まいを居心地良くするシステム化の能力が進化していきました。そこから、外界を支配したいという闘争的で攻撃的な心理も進化したようです。その分、共感性は女性ほど進化しませんでした。さらに、システム化が高く共感性が低いこの遺伝子が、日常生活で支障を来たすほどに際立って発現する場合があります。それが、自閉症スペクトラム障害(広汎性発達障害)です。最近の研究では、胎児期の男性ホルモン(テストステロン)の過剰分泌が、原因として指摘されています。湯川先生は、大学准教授として、社会生活をむしろ華麗に送っています。医療機関にかかるような障害のレベルには至っていませんが、「障害」が付かない「自閉症スペクトラム」に入っている可能性は高いです。(2)女性―共感性―共依存、情緒不安定一方、女性は家にいて、子育てや近所付き合いなどを通して、人間関係をスムーズにする共感性の能力が進化しました。そこから、母性、感受性も進化したようです。その分、システム化は男性ほど進化しませんでした。さらに、システム化が低く共感性が高いこの遺伝子が、日常生活で支障を来たすほどに際立って発現する場合があります。特に、幼少期の家族関係が不安定であったなど、偏った生い立ちによる刺激(環境因子)が加わった場合です。女の子の方が男の子よりも、人間関係の不安定さにより敏感なため、より研ぎ澄まされていきます。それが共依存や情緒不安定などの性格(パーソナリティ)の問題です。共感とは、相手の気持ちになることですが、そこからすぐに相手の言うことに揺さ振られ感化されてしまったり(同調、感応)、感情的に流されやすくなったり(依存)、自分のことのように一生懸命になって心理的な距離が保てなくなったりするなど(共依存)、抱え込みや巻き込みの問題をはらんでいます。また、感受性の豊かさは、裏を返せば、情緒の不安定さでもあります(情緒不安定)。よって、高すぎる共感性も、システム化である程度カバーする必要があります。例えば、「これ以上はやりすぎ」「これ以上は近付きすぎ」という限界設定です。「水を得た魚」―その「水」とは?もちろん、みなさんは、システム化も共感性も両方とも高ければ良いと思うでしょう。しかし、どうやら人間の脳はそう簡単に欲張ることをさせてくれないようです。それは、人間の頭がい骨の大きさによって、脳の容量の限界がすでに決まっているからです。そして、そのために人間の能力自体にもトータルでは限界があるからです。人間の個性は様々です。まれに勉強もスポーツも両方とも際立って優れている人もいますが、たいていはどちらかが得意でどちらかが苦手なものです。これと同じように、システム化が高い人は共感性が低く(マインド・ブラインド)、共感性が高い人はシステム化が低いようです(システム・ブラインド)。能力を足したら一定なわけですから、あとは一方が高ければもう一方が低くなるという理屈です(ゼロサム説)。ドラマに登場する栗林助手は、共感性が高いためかシステム化はさっぱりのようで、研究者としてのうだつが上がらないようです。システム化と共感性のバランスがとれている人は、管理職などの集団のリーダーに向いているでしょう。部下たちの心を読みつつ(=共感性)、こうあるべきというビジョン(=システム化)を示し、帳尻を合わせるバランス感覚が必要だからです。そして、まれにシステム化と共感性が両方とも高い人がいます。そのような人は人の話をよく聞きそして話がうまいので、きっとカリスマ性のあるリーダーになるでしょう。大事なのは、本人が自分の良さ(適性)、つまりシステム化や共感性の能力がどれくらいあるのかを知り、自分の能力をなるべく発揮できる職種、つまり「水を得た魚」のその「水」を見つけることです。そして、周りはその見極めや方向付けをしてあげることであると言えるのではないでしょうか。1)サイモン・バロン=コーエン:共感する女脳、システム化する男脳、NHK出版、20052)北村英哉・大坪康介:進化と感情から解き明かす社会心理学、有斐閣アルマ、2012

588.

整形外科医はオピオイドの有効性に疑問を持っている可能性がある

 非がん性慢性疼痛へのオピオイド使用に対する考えは徐々に変化してきており、オピオイド処方の増加に伴い長期有効性および安全性が大きな問題となっている。米国・United BioSource CorporationのHilary D. Wilson氏らによるアンケート調査の結果、慢性疼痛患者に対するオピオイド使用に関する考え方は、医師の専門分野によって違いがあることが明らかとなった。本研究は、慢性疼痛に対するオピオイド使用に関して臨床医の考えの心理測定法的特性を示しており、20年前に実施された類似の調査における知見を更新するものだという。The Journal of Pain誌2013年6月号(オンライン版2013年3月26日号)の掲載報告。 Wilson氏らは、オピオイドに対する考えや、慢性疼痛患者に対するオピオイド使用に関する信頼性および妥当性のある評価方法(Clinicians' Attitudes about Opioids Scale[CAOS])を開発し、調査した。 質問票は、まずフォーカスグループとコンテンツを開発して予備調査を行った後、修正した。その後、全米から抽出した医師を対象に正式調査(1,535例)と安定性評価(251例)を行った。 主な結果は以下のとおり。・結果に関して、地域間での有意な差はみられなかった。・一方で、医師の専門分野によっていくつかの違いがみられた。・整形外科医は、長期オピオイド使用に対する障壁や懸念が高く、オピオイドの有効性に対する確信が最も低かった。・疼痛専門医および理学療法/リハビリテーション専門医は、オピオイドの有効性に対する確信が最も高かった。~進化するnon cancer pain治療を考える~ 「慢性疼痛診療プラクティス」連載中!・「天気痛」とは?低気圧が来ると痛くなる…それ、患者さんの思い込みではないかも!?・腰椎圧迫骨折3ヵ月経過後も持続痛が拡大…オピオイド使用は本当に適切だったのか?  治療経過を解説・「痛みの質と具体性で治療が変わる?!」痛みと大脳メカニズムをさぐる

589.

治療介入により認知症発症率はどこまで減らせるか?

 今後、認知症患者数は平均寿命の延長に伴い、飛躍的に増加することが予想されている。いくつかの研究では、糖尿病や高血圧といった介入可能なリスクファクターを制御することで、認知症の発症率が減少することも示唆されている。しかし、これら血管系の要因を治療することは死亡リスクを減少させるが、そのような公衆衛生介入が認知症の有病率に及ぼす実際の影響に関しては不明なままである。フランス・ボルドー・セガレン大学のHelene Jacqmin-Gadda氏らは、フランスにおける将来の認知症有病率を予測し、また認知症の危険因子を標的とする公衆衛生介入が、認知症有病率に影響を及ぼすかを評価した。European journal of epidemiology誌オンライン版2013年6月12日号の報告。 本研究の目的は、(1)フランスにおける2010~2030年までの年齢別・性別認知症有病率を予測し、(2)この有病率予測を、認知症の危険因子に対する公衆衛生介入により変えることができるかを評価することである。認知症の発症率や死亡率は、PAQUID コホートからセミパラメトリックモデルを用い推定した。将来の全死亡率や人口の変化は、フランス人口動態予測から得られた。 主な結果は以下のとおり。・2030年までに平均寿命が男性で3.5年、女性で2.8年延長する仮定の下、認知症患者は2010年と比べ2030年には約75%増加すると推測された。また、90歳以上では200%の増加が予測された。・高血圧の有病率を低下させる治療介入は、認知症の発症率と死亡率の両方の減少に対し、適度な影響を与えることが示唆された。・一方、ApoE4キャリアに対する認知症予防は、生存率改善の可能性が低いため、公衆衛生介入により認知症有病率は15~20%減少すると考えられる。関連医療ニュース アルツハイマー病、46.8%で不適切な薬剤が処方 認知機能トレーニング/リハビリテーションはどの程度有効なのか? アルツハイマー病の早期ステージに対し、抗Aβ治療は支持されるか?

590.

認知機能トレーニング/リハビリテーションはどの程度有効なのか?

 認知機能障害、とくに記憶障害は、アルツハイマー病(AD)および脳血管性認知症の早期ステージを規定する特徴であり、認知機能トレーニングおよび認知機能リハビリテーションは、それらの障害に特異的な介入アプローチである。オーストラリア国立大学のAlex Bahar-Fuchs氏らは、その有効性や介入がもたらす影響についてアップデートレビューを行った。Cochrane database of systematic reviewsオンライン版2013年6月5日掲載の報告。 今回の最新レビューの目的は、軽度のADあるいは脳血管性認知症を有する人への認知機能トレーニングおよび認知機能リハビリテーションの有効性とインパクトを評価することであった。評価は、重大な認知および非認知アウトカムとの関連で行い、認知症患者と主要介護者それぞれに、短・中・長期的に行った。文献は、2012年11月2日時点での最新のものを複数の文献データベースを基に検索・収集した。試験適格基準は、英語で発表された無作為化試験(RCT)、ならびに認知機能リハビリテーションまたは認知機能トレーニングの介入を対照介入と比較しているもので、認知症者本人や家族介護者(またはその両方)の評価に適切なアウトカムを報告していることとした。 主な結果は以下のとおり。・レビューには、認知機能トレーニング介入について報告していた11試験、認知機能リハビリテーション介入について報告していた1試験が組み込まれた。後者は効果サイズを調べることは可能であったが、メタ解析は行えなかった。・解析の結果、認知機能トレーニングは、報告された全アウトカムに関してプラスまたはマイナスいずれの効果とも関連がみられなかった。・全体的に試験の質は、低~中等度であった。・唯一であったリハビリ介入試験は、多数の患者・介護者のアウトカムに関して有望な結果が認められた。また概して質も高かった。・著者は、「認知機能トレーニングのエビデンスはなお限られており、エビデンスの質を改善する必要がある。認知機能トレーニングから得られる有意な利点はいまだ示されていない」と結論。また、介入によって生じるいくつかの増大効果を十分に捉えることができる標準的転帰尺度が獲得できていないことに言及した。・認知機能リハビリテーションに関する1試験については、「有望ではあるが予備的報告にとどまるもの」と述べている。・以上を踏まえて、よりよいデザインの試験によるさらなる検討を行い、明確なエビデンスを求めていくことが必要であること、研究者は、有用な用語を用いて適正に、介入について描出・分類しなければならないと指摘した。関連医療ニュース アルツハイマー病の早期ステージに対し、抗Aβ治療は支持されるか? Aβ沈着は認知機能にどのような影響を与えるか アルツハイマー病、46.8%で不適切な薬剤が処方

591.

【ご案内】医療介護多職種交流会 第1回MLB+(メディカルラーニングバープラス)

 一般社団法人LINKは、6月30日に医療・介護現場で働く方々を対象に、学びのイベント「医療介護多職種交流会 第1回MLB+(メディカルラーニングバープラス)を開催する。 開催概要は以下のとおり。【日時】2013年6月30日(日)17:00~20:00(受付16:45~)【プレゼンター①】ペ ホス 氏(認知症介護コーチ)テーマ:認知症ケアでコミュニケーションを難しくさせるもの【プレゼンター②】沢村 真治 氏(理学療法士、鍼灸マッサージ師)テーマ:目に見えないつながり【プレゼンター③】清水 広久 氏(医師)テーマ:「チーム医療と信念対立」~真のチーム医療構築を目指して~【場所】グランフロント大阪北館ナレッジキャピタル7F ナレッジサロン大阪市北区大深町3-1http://kc-i.jp/access/【対象者】医療介護に関わる方【定員】先着30名(限定)【参加費】1,000円(飲食はサロン内で別途実費でご購入いただけます)【参加申し込み方法】下記URLの「チケットを申し込む」からご登録くださいhttp://the1stmlbplus.peatix.com【Medical Learning Barについて】MLB公式Facebookページ:https://www.facebook.com/MedicalLearningBar一般社団法人LINKウェブサイト:http://www.link-japan.coプロモーションビデオ:http://goo.gl/apaEU【お問い合わせ】E-mail : info@link-japan.co専用フォーム:http://goo.gl/Bj9w3

592.

「天気痛」とは?低気圧が来ると痛くなる…それ、患者さんの思い込みではないかも!?

天候の影響を受けやすい痛みとは天気の変わり目に痛みを訴える慢性疼痛患者は多い。痛みの程度で台風の発生や進路まで正確に予測する方もいる。天候と痛みとの関連についての統計的なデータはあまりない。テルモ株式会社が慢性疾患患者と一般人を対象に行った「健康と気候に関するアンケート調査(2004年)」では、天候や季節の変化による体調への影響を経験している人は73%いた。とくにリウマチ患者は86%が天候の変化による関節の痛みを経験している。また、愛知医科大学医学部・学際的痛みセンターが主体となって行った「尾張旭市大規模住民アンケート調査(2011年)」では、慢性疼痛を持つ人の25%が天候悪化によって痛みが強くなると回答した。欧米には、一つひとつの気象要素について統計的手法を用いて痛みとの相関を解析した研究がいくつかある。これらの研究で痛みの増悪因子とされたのは、気圧、湿度、温度の変化、降雨、雷、風である。フェーン現象でアルプスから熱風が下りてくると片頭痛が増えるという報告もある。「天気痛」の代表的な疾患は関節リウマチ、変形性関節症、線維筋痛症、片頭痛などである。上半身の痛みを訴える例が多いのが1つの特徴である。また、一人の患者さんに腰痛、膝痛、片頭痛、肩こりがあった場合、片頭痛、肩こりは天候の影響を受けるが、腰痛、膝痛は影響を受けない。また、筋肉とか関節の深部の痛みは影響を受けるが、皮膚の表面の痛みは影響を受けない、というように、影響される部位に偏りがみられることも多い。低気圧曝露試験による「天気痛」の再現愛知医科大学医学部・学際的痛みセンターで私は「天気痛外来」を開設している。当外来の受診患者に協力いただき、名古屋大学環境医学研究所で気圧と痛みの関係を調べる臨床試験を行った。大気圧からマイナス40hPa(ヘクトパスカル)の減圧環境に被験者を曝露することでどの程度の痛みが発生するかを、Pain-Vision(ニプロ製)で痛みの程度を数値化し測定した。図1の被験者は、示指の挫滅損傷後に損傷部位の疼痛、アロディニア、右上肢の深部痛としびれを訴える患者さんである。気圧を変えないで行った試験では痛みの強さに変化はみられないが、気圧を下げたとたんに痛みが増強し、元の大気圧に戻すと痛みは減弱した。図1画像を拡大する10名ほどの慢性疼痛患者にこの低気圧曝露試験を行ったが、どの被験者にも低気圧での疼痛増強現象が生じた。気圧が元に戻ったところで痛みの程度が回復する人もいれば、そのまま痛みの増強が継続してしまう人もいる。気圧の低さよりも気圧の変化による影響が大きいのではないかと推察できた。そこで、低気圧による疼痛悪化の現象が動物実験で再現できるかどうかも検証した。神経障害性疼痛モデルとして、坐骨骨神経損傷モデルと脊髄神経結紮モデルを用いた。この2種類のモデルは、疼痛が生じると痛覚過敏やアロディニアなどの疼痛行動を起こす。気圧を変動させながら疼痛行動の指標を測定したところ、坐骨神経損傷モデルでは10hPa以上の気圧低下を10hPa/時間以上の速度で行うと痛覚過敏とアロディニアの増強がみられた。脊髄神経結紮モデルでは5hPa以上、5hPa/時間以上でみられた。大型低気圧が通過する際にみられる気圧変化と同様のレベルである。ラット以外に、マウスならびにモルモットでも同様の傾向を示した。慢性疼痛と自律神経の関係気圧の低下によって慢性疼痛が増悪するメカニズムは何であろうか。慢性疼痛には交感神経が関与する「交感神経依存性疼痛」が多く含まれている。そのため、多くの患者さんはストレスが強まると痛みが増強するのである。気温、気圧、湿度などの変化は人間や動物にとってストレスになり、交感神経を興奮させることで慢性疼痛が悪化するのではないか。気圧や温度を下げると血圧や心拍数が上がり、ノルアドレナリンの分泌量も増え、交感神経が興奮することをいくつかの動物実験で確認した(図2)。その結果、交感神経を切り取ったラットで行った低気圧曝露試験では、疼痛行動の増強はみられなかった。図2画像を拡大する気圧を下げると、慢性疼痛患者では一般人より敏感に心拍数が上がる。慢性疼痛患者は自律神経、とくに交感神経が過敏になっていることが考えられる。もともと動物は気圧を感じる能力を持っているのだろう。野鳥は天気が悪くなる前に巣に帰る。そうした能力は動物には本能的行動として残っているが、人間にはなくなってしまった。しかし、慢性疼痛をきっかけとしてその本能が芽を出すとも考えられる。気圧低下時に慢性疼痛が増強するためには、生体内に気圧の変化を検出するセンサーの存在が不可欠である。センサーがどこにあるか動物で探索したが、いくつかの証拠から内耳にある可能性が高いと思われた。これについても、動物実験を行い、内耳破壊ラットでは低気圧による疼痛行動は生じないことを確認した。図3画像を拡大するなぜ「天気痛」は上半身に発生しやすいか。交通外傷によるムチ打ち損傷など首を痛めた患者さんで片頭痛、めまい、立ちくらみなどの症状を持っている場合は、天気による痛みの増強を訴える傾向が高い。首に走っている交感神経が、外傷などで傷ついたことが、天気痛の引き金になっているのではないかと推察できる。「天気痛」を訴える患者さんへのアプローチ患者さんが天候による痛みの悪化について訴えると、医師は非科学的だと軽く扱いがちだが、季節や天気の変化で症状を悪化する病態が実際に存在することを認識してほしい。その患者さんにとって、天気は非常に大きなリスクファクターなのである。天気を変えることはできないが、医師が受け止めて共感するだけでも、患者さんの痛みの程度はずいぶん違ってくるはずである。自律神経に対する介入が効果的である場合もある。本人に自律神経が乱れていることを自覚してもらう。起床と就寝のリズムを整え、昼間は日光を浴び、なるべくストレスがかからない生活をしてもらう。必要であれば漢方薬などの自律神経調整剤を服用してもらう。実際にこのような対処で気象痛がだんだん軽くなり、「最近は天気のことが気にならなくなりました」と言ってくる患者さんもしばしばみられるのである。また、患者さんに「痛み日記」を書いてもらうことも有効である。1日のうちで痛みの最も強いときと最も弱いときをVASスコアで記載してもらう。同時に天気の変化もつけてもらう。月に1回、その日記を見ながら医師と患者さんが話し合うことは、天気と痛みの関係を見直す作業として大変有用である。

593.

明日の記憶【アルツハイマー型認知症】[改訂版]

「おれがおれじゃなくなっても平気か?」みなさんにとって、認知症の人にかかわるのは、大変なことでしょうか?それでは、認知症になった人自身はどんな気持ちなのでしょうか?私たちは、認知症ではないので、正直なところ、実体験はありません。ただ、想像を膨らませることはできます。そのために、今回、映画「明日の記憶」を取り上げます。主人公は、忘れていくことや分からなくなっていく中で、妻に訊ねます。「おれがおれじゃなくなっても平気か?」と。この映画は、認知症になり自分が自分でなくなってしまう恐怖と受容が、主人公の目線で描かれています。そんな主人公や彼を支える妻の生き様に、私たちは強く共感し、考えさせられます。それでは、認知症が進んでいく主人公の目から見た世界を追いながら、認知症について学んでいきたいと思います。前駆期―認知症の一歩手前主人公の佐伯は、49歳の広告会社のサラリーマン。働き盛りの中年というどこにでもいそうな男性で、そして舞台はどこにでもありそうな会社と家庭です。男として仕事に油が乗ってきているさなか、身の回りで今まで決してなかったことが次々と彼の身に降りかかります。まず、会社でのシーン。「え~名前、何て言ったかな・・・」「丸メガネで、髭生やした、ほら」と、別部署の親しい知人の名前が思い出せません(語健忘)。私たちも、人の名前を度忘れすることがありますが、それはあくまであまり親しくない人が相手の場合であり、親しい人の名前が思い出せないことはあまりありません。また、佐伯は広告会社の営業部長であるにもかかわらず、有名な外国人俳優の名前が出てこなくなります。部下から「(おっしゃりたいのは)ディカプリオ?」と聞かれて、「『デカ』プリオ」と言い間違え(錯語)、周りからからかわれてしまいました。さらに、佐伯は、会社の得意先との仕事の打ち合わせをすっぽかしてしまいます。しかもその約束をしたことすら覚えていない事態が起こったのです。こんなことは今までになく、「年のせいか」「50を迎えるというのはこういうことなのか」と考え、焦りと諦めが入り混じります(病識)。このように、年齢と比べて記憶力が極端に落ちてきている(記憶力低下)、自覚がある(病識)、その他の精神活動(認知機能)や日常生活動作(ADL)に問題がない状態(軽度認知機能障害<MCI>)は、認知症の一歩手前(前駆期)と呼ばれています。初期症状―認知症のなりかけ佐伯は、車のキーを置き忘れたり、通り慣れている高速道路の出口を見過ごしてしまうなど、ぼうっとすることが目立つようになります(抑うつ)。また、頭痛、めまい、だるさなどの体の不調もあり、いら立っています(不安焦燥)。これは、認知症のなりかけの特徴です(初期症状)。もちろん、過労や飲酒の影響もありそうです。また、うつ病と誤診されることもよくあります。そんな彼の異変を身近で見ていた妻は、さらに気付きます。彼は、毎回、シェービングクリームを買ったことを覚えておらず(健忘、記憶障害)、洗面所にいくつも貯め込んでいたのです。そして、心配した妻に連れられ病院に行きます。佐伯はサラリーマンとしてのプライドがあるだけに、診察した医者の前で何の問題もないように振る舞ってしまいます。しかし、認知症のスクリーニング検査(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)で、ついさっき聞いたことや見たことを思い出せないことが判明します(即時記憶障害)。この検査は30点満点で20点未満であれば認知症が疑われますが、主人公は19点でした(表1)。表1 主人公・佐伯の長谷川式の結果質問内容評価項目配点(1)お歳はおいくつですか?(※2歳以内までの誤差は正解)(2)今日は何年何月何日ですか?何曜日ですか?(3)ここはどこですか?家?、病院?、施設?の問いに正解したら1点。 時間見当識場所見当識1/14/42/2(4)次の言葉を言ってください。後でまた聞きますのでよく覚えておいてください。AかBのどちらかとする。A. (a)桜(b)電車(c)猫 / B. (a)梅(b)犬(c)自動車   言語性記銘   3/3(5)100から7を引いてください(100-7=?)。そこから7を引くと? (※最初の問題が不正解→打ち切り) 計算1/11/1(6)これから言う数字を後ろから(逆に)言ってください。2-7-4 ? 8-3-5-9 ? (※最初の問題が不正解→打ち切り)逆唱注意/集中1/11/1(7)先ほどの3つ言葉を言ってください。次のヒントで正解した場合はそれぞれ1点とする。(a)植物(b)乗り物(c)動物  遅延再生1/21/21/2(8)これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったか言ってください。例、ハンカチ、コイン、腕時計、ペン、名刺  視覚性記銘  2/5(9)野菜の名前をできるだけ多く言ってください。5つ以下→0点、 6つ→1点、7つ→2点、8つ→3点、9つ→4点、10つ→5点  流暢性  0/5合計点19/30悪い知らせ(告知)の伝え方―間(ま)と共感その後、精密検査が進められます。頭の中の画像写真(MRI)で記憶を司る海馬を中心とした全体的な脳の縮み(全般性脳萎縮)が見られます。さらに、脳血流の検査(SPECT)では、脳のある部分(後部帯状回)が著しく血の巡りが悪くなっていることが確認できました。日常生活上の問題(臨床症状)、スクリーニング検査、精密検査を総合的に判断の上、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)と診断されます。主治医は、「アルツハイマー病で間違いありません」と、裁判官が審判を下すように、険しい表情ではっきりと言います(審判的態度)。そして、矢継ぎ早に今後の方針を早口でまくしたてています。一般的に、患者は、悪い知らせ(告知)を聞いた時、2つのパターンの反応をします。ショックの余りに呆然として人ごとのようにして話を聞いていないパターンと(否認)、「どうしておれが!?」と込み上げた怒りで主治医に八つ当たりするパターンです(怒り)。この主治医の態度は佐伯の怒りを逆なでしているのが生々しく描かれています。佐伯は、主治医に「おまえいくつなんだ?」「医者になって何年になる?」「慣れちゃったんだよな」と絡んでいきます。主治医は、律儀に質問に答え、すかさず「セカンドオピニオンを勧めるのは・・・」と話を続けます。もしかしたら、主治医は緊張していたのかもしれません。その後、佐伯は、「病気のことは分かっても、それを言われる奴の気持ちのことなんて考えたことないだろ!」と吐き捨てます。この告知のシーンから学ぶことができるのは、まずは告知された時の患者の気持ちを受け止めることの大切さです(受容)。そのために、必要なことは、2つです。1つは、間(ま)を置くことです。「とても大切な話があります」「大変残念なのですが」と前置きをして相手に心の準備をさせたり、理解が進んでいるかを相手の表情を見ながら確認することです。もう1つは、共感することです。険しい表情をするのではなく、やや申し訳なさそうな表情をして、相手の心に寄り添うことです。受容と家族の支えアルツハイマー病と告知された後も、佐伯はその現実を受け止められず、あまりのショックで取り乱し、思わず屋上に上がりフェンスを越えて、衝動的に飛び降り自殺しようとします。なぜなら、会社で大きな仕事を任された大事な時期であり、そのギャップに耐えられなかったからです。一般的に、認知症の発病年齢は、70代です。つまり、自分の子どもが巣立ち退職年齢を過ぎてしばらく経ってからというタイミングです。佐伯のように65歳未満で発症した場合(若年性)は、単に年齢が若いというだけでなく、体力的には健康であり、仕事をし、家族の中でまだまだ中心的な役割を担っており、本人にとってまだやり残したことが多すぎるのです。やれると思っていたことが、少しずつやれなくなっていく恐怖や苦しみから絶望的になるのです。追いかけてきた主治医が佐伯に言い諭します。「死ぬということは、人の宿命です」「でもだからと言って何もできないわけではありません」「僕にはできることがある」「自分にできることをしたい」と。それは、同時に佐伯にも当てはまるメッセージでもありました。まさに「できること」が刻々と限られていく佐伯にとって、その瞬間、その瞬間を精一杯生きることが自分らしさであることに気付かせてくれます。「もし今までの自分が消えてしまうのなら、何かを残したい」と。若年性での発病ならではの発想です。生きた証が欲しいのです。佐伯は妻に問いかけます。「ゆっくり死ぬんだよ」「おれがおれじゃなくなっても平気か?」と。妻は「私だって恐い」「家族だもの」「私がずうっとそばにいます」と言い、寄り添います。夫婦など家族の支えの頼もしさを感じます。病気に対して一丸となって向き合うことで、夫婦の愛と絆を確認し合い、夫婦の結束が生まれ、主人公は勇気付けられます。中核症状―中核となる症状(表2)認知症には、まず、中核となる症状(中核症状)があります。これには、主に5つのポイントがあります。佐伯の症状を例にとって、見ていきましょう。1つ目は、もの忘れ(健忘、記憶障害)です。会社のロビーを歩いていた彼は急に立ち止まり、自分が何をしているのか見当がつかなくなります。そして、ポケットの中に入っていた「10月29日(金)退社」のメモで我に返るシーンがあります。今がいつでここがどこなのかという時間や場所の見当がつかなくなってきます(見当識障害)。進行すると、ある出来事の一部分ではなく、丸ごと忘れてしまいます(記憶の抜け落ち)。忘れている自覚(病識)がなく、つまり「忘れていることを忘れている」状態に陥っています。「忘れたことを覚えている」という度忘れやうっかり忘れ(不注意)ではないのです。そして、忘れる内容は、最近の出来事から(近時記憶障害)、徐々に昔へと遡っていくのです(遠隔記憶障害)。2つ目は、言葉がちゃんと出なくなり、うまく話せなくなることです(失語)。主人公は会話の中で、たびたび人やものの名前が出てこなくなり、指示も「あれ」「それ」などの代名詞が多くなっていきます(語健忘)。また、前述の「『デカ』プリオ(ディカプリオ)」に加えて、ラストシーンで登場する陶芸の師匠が発した「『パラ』ライス(パラダイス)」などの言い間違え(錯語)も当てはまります。症状が進めば、やがて無言になっていきます。3つ目は、体の動かし方が分からなくなることです(失行)。彼は、携帯ストラップの先のヒモを携帯電話の本体のヒモ穴に入れられず、不器用になっています(運動失行)。また、歯磨きの仕方が分からなくなり(観念失行)、妻の歯磨きのマネをしています。症状が進めば、やがて、動くことをやめて、寝たきりになります(無動)。4つ目は、人やものごとの認識ができなくなることです(失認)。前半のシーンで、彼が部下と行った食堂で、見慣れた部下たちの顔が一時的に分からなくなっています(相貌失認)。また、通勤で使う駅付近の見慣れた街並みに違和感を抱いて、迷子になります(街並み失認)。ちょうど私たちにとって外国人の顔や外国の街並み、外国語の文字の区別がしづらいように、全てが見慣れない顔や景色として目に映ってしまうのです。症状が進めば、顔、街並み、色彩、文字などのあらゆる違いが分からなくなっていき、人やものごとが全て同じように見えていきます。5つ目は、計画を立ててやり遂げられなくなること(実行機能障害)です。彼は、電車に乗って遠出するなどの計画を立てることが自分だけでは困難になっていました。表2 主人公・佐伯の認知症の経過軽度認知機能障害認知症前駆期初期中期後期年齢49歳~51歳~55歳~病識ありなし中核症状記憶力低下記憶障害(即時記憶→近時記憶→遠隔記憶)失語(語健忘、錯誤)失行(運動失行、観念失行)失認(相貌失認、街並み失認)実行機能障害無言寝たきり(無動)周辺症状なし抑うつ不安焦燥錯覚、幻覚、せん妄、徘徊、妄想、感情失禁、攻撃性、パーソナリティ変化ADL自立部分介助全介助周辺症状―中核症状から広がっていく症状(表2)もう1つの認知症の症状は、中核症状から広がっていく症状です(周辺症状)。これは、認知症が進むことにより、脳の働きが弱まるので、全ての精神症状が起こり得ます。佐伯の症状を例にとって、見ていきましょう。佐伯は、会社の会議でプレゼンをしている、ある部下の顔が白黒で見慣れない顔に歪んで見えてしまい(錯視、錯覚)、戸惑っています。また、会社内を歩いていると、急に、見えている世界が歪んでいきます。これは、脳の働きが弱まっていることで、意識(意識の量)が落ちていき、見ている世界が暗く、曇って、もやもや濁ってしまいやすくなる状態です(意識レベルの低下)。さらに、会社の人たちが全員自分を見て何やらヒソヒソ話しているように見えたり(錯覚)、いるはずのない妻や娘の婚約者が何人も出てきたり、高校生の娘や小学生の娘が現れて話しかけられたり、自分自身が現れ、話しかけられたりします(幻覚)。これは、意識レベルの低下から、意識(意識の質)が揺らいでまどろみ、寝ぼけたように白昼夢を見ているような状態です(せん妄)。主人公の目線で描かれているため、その時の恐怖感が生々しいです。★意識(意識の量)がさらに落ちていけば、意識を失うので、せん妄はなくなります。中期の症状佐伯は、認知症が発病して2年が経った51歳の頃から、さらに様々な症状が出てきます(中期の症状)。ネクタイを締めて「今日、会議あるから」と会社に行こうとして、近所をうろうろするようになります(徘徊)。その後、生活費のために妻が働き出しますが、彼は「お前、誰と会ってるんだ?外で」「誰かいい奴、いるんだろ」と妻に迫ります。これは嫉妬の思い込みです(嫉妬妄想)。そして、「こんな男でゴメンな」と泣きじゃくります(感情失禁)。やがて、彼は、表情も乏しくなり、目つきも変わっていきます。そして、妻の前でぼやきます。「邪魔だったら言ってくれよ」「なあ、オレ、生きてるだけで迷惑なんだろ」「オレの病気が嫌だったら出てけよ」と。それに妻がつい感情的に言い返すと、気が付いた時には、彼は角皿で妻の頭を殴り、流血させてしまっていたのでした(攻撃性)。このように、病状が進むにつれて、人格(パーソナリティ)そのものが変わってしまうのです(パーソナリティ変化)。治療―かかわり方のコツ佐伯は、進行を遅らせる抗認知症薬の内服を始めました(薬物療法)。また、日記をつけたり手先を使う陶芸をしたりするなどして、脳への刺激を高めています(認知症リハビリテーション)。妻が感情的に巻き込まれてしまったために、彼が暴力を振るってしまうシーンでは、彼と妻は家では2人きりで、感情的に巻き込まれるリスクがあることが分かります。このように、感情的に接すること、抱え込むことは、本人の感情を煽って病状を悪くさせるだけでなく、家族を心理的に追い込むことにもなることということがよく分かります。その直後に、妻は彼と自分自身に「あなたのせいじゃない」「あなたの病気がやったことなの」と冷静に言い聞かせようとします(客観化)。逆に言えば、かかわる家族が客観的になれるかで、本人の病状を落ち着かせられるかが変わってきます。本人ができるという自尊心が守られ、自分の居場所があると実感することで、暴力などの周辺病状が落ち着くのです。本人が戸惑わないように、家の至るところに張り紙をして、指示を分かりやすくすることも効果があります。「おれがおれじゃなく」なった瞬間佐伯は、かつて妻にプロポーズした思い出の陶芸の窯の場所に、昔の妻の幻覚に導かれながら彷徨い着きます。昔に過ごした場所は覚えており、思い出の場所まで辿りつくことができるのでした。そこには、若かりし頃の自分や妻の幻覚がいます。そこで再会を果たした陶芸の窯主の師匠も認知症を患っており、佐伯よりも認知症の症状が進んでいました。しかし、山小屋での独り暮らしを続け、陶芸のやり方は覚えています。そして、佐伯は師匠の指導を受け、野焼きで陶器を完成させます。熱せられて醸成された器は、あたかも血流の低下により縮んでしまった主人公の脳に重なり、施設での彼の寝たきりのシーンでは、その器には妻により温かいお茶が注がれているのが象徴的でした。師匠は力強く言い放ちます。「わしはボケてなんかおらんぞ」「そんなことはおれが決める!」「生きてりゃいいんだよ」と。そして、焚き火で焼いた玉ねぎを主人公に振る舞います。主人公が焼けた玉ねぎを丸ごと食べる様子は、自然に帰り素朴に生きる力強さや喜びに溢れています。それは、主人公がかつて勤めていた会社が求めていたようなスピード、効率、生産性が求められる世界とは真反対です。現代の情報化社会で求められている価値観に警鐘を鳴らしているようです。まるで、老いることへの現代の価値観が認知症の患者を作り上げ、彼らを追いやっているような感覚にさえ囚われてしまいます。そして、ついに捜索にやってきた妻を目の前にして、もはや妻が妻であると分からず、25年間連れ添った妻に対して自己紹介します。その姿は、妻にとってまさに彼が「おれがおれじゃなく」なった瞬間でした。さらに認知症が進んだことを物語っています。悲しくもありますが、同時にまた彼が妻を立ち止まって待っている様子からすると、それは、彼の心の中では妻との思い出が丸ごとなくなり、ちょうど妻に出会う若い頃に若返り、また一から好きになり始めているということをほのめかしているようです。経過―赤ちゃん返りこの映画では、月日が経つにつれて、佐伯が、精神的に少しずつ赤ちゃんに帰っていく様子が描かれています(赤ちゃん返り)。孫娘には、すでに遊びの主導権を握られています。庭に植えられた木を見つめているシーンは、まるで彼が植物に変わりゆくのを悟っているようにも見えます。日差しが心地良く、雨が嬉しいようです。アルツハイマー型認知症の原因ははっきりとは分かっていませんが、脳細胞の変性と言われ、一度発病すると脳細胞がどんどん死んでいき、それに従って脳は縮んでいきます。進行には個人差がありますが、生存年数はだいたい5年~10年です。彼の場合は、発病から6年で、55歳にして、ほぼ寝たきりになっていました(後期の症状)。傍らに、孫娘の成長の写真が飾られていますが、孫の成長と彼の病気の進行は、絶妙なコントラストになっています。写真に映る6歳の孫がピアノ発表会で生き生きとしているのに対して、安らかな表情でほとんど動かない彼はもはや眠り続ける赤ちゃんです。もう認知症が進むことに苦悩することもありません。「明日の記憶」というタイトルは逆説的です。私たちも主人公の立場に立ち、いろいろなことを忘れて行き、自分が忘れて行くという運命を受け止めた時に、最後に忘れてはならないものを考えさせられます。記憶とは、自分だけのものではありません。それは、自分と相手とを結び付け、さらには、分かち合い信頼し合うことを通して、自分が相手の中で生き続けるものでもあります。そして、その記憶こそが、「明日の記憶」であると言えるのではないでしょうか?1)「明日の記憶」(光文社文庫) 萩原浩 20072)「標準精神医学」(医学書院) 野村総一郎 2010

595.

リハビリテーション中の転倒事故で死亡したケース

リハビリテーション科最終判決平成14年6月28日 東京地方裁判所 平成12年(ワ)第3569号 損害賠償請求事件概要脳梗塞によるてんかん発作を起こして入院し、リハビリテーションを行っていた63歳男性。場所についての見当識障害がみられたが、食事は自力摂取し、病院スタッフとのコミュニケーションは良好であった。ところが椅子坐位姿勢の訓練中、看護師が目を離したすきに立ち上がろうとして後方へ転倒して急性硬膜下血腫を受傷。緊急開頭血腫除去手術が行われたが、3日後に死亡した。詳細な経過患者情報既往症として糖尿病(インスリン療法中)、糖尿病性網膜症による高度の視力障害、陳旧性脳梗塞などのある63歳男性経過1997年1月から某大学病院に通院開始。1998年9月14日自らが購入したドイツ製の脳梗塞治療薬を服用した後、顔面蒼白、嘔吐、痙攣、左半身麻痺などが出現。9月15日00:13救急車で大学病院に搬送。意識レベルはジャパンコーマスケール(JCS)で300。血圧232/120mmHg、脈拍120、顔面、下腿の浮腫著明。鎮静処置後に気管内挿管し、頭部CTスキャンでは右後頭葉の陳旧性脳梗塞、年齢に比べ高度な脳萎縮を認めた。02:00その後徐々に意識レベルは上昇し(JCS:3)抜管したが、拘禁症候群のためと思われる「夜間せん妄」、「ごきぶりがいる」などの幻覚症状、意味不明の言動、暴言、意識混濁状態、覚醒不良などがあり、活動性の上昇がなかなかみられなかった。9月19日ベッド上ギャッジ・アップ開始。9月20日椅子坐位姿勢によるリハビリテーション開始。場所についての見当識障害がみられたものの、意識レベルはJCS 1~2。「あいさつはしっかりとね、しますよ。今日は天気いいね」という会話あり。看護記録によれば、21:00頃覚醒す。その後不明言動きかれ、失見当識あり夜間時に覚醒、朝方に入眠する。意味不明なことをいう時もある朝方入眠したのは、低血糖のためか?BSコントロールつかず要注意ES自力摂取可も手元おぼつかないかんじあり。呂律回らないような、もぐもぐした口調。イスに移る時めまいあるも、ほぼ自力で移動可ES時、自力摂取せず、食べていてもそしゃくをやめてしまう。ボオーッとしてしまう。左側に倒れてしまうため、途中でベッドへ戻す時々ボーッとするのは、てんかんか?「ここはどこだっけ」会話成立するも失見当識ありES取りこぼし多く、ほとんど介助にて摂取す9月21日09:00全身清拭後しばらくベッド上ギャッジ・アップ。10:30ベッド上姿勢保持のリハビリテーション開始。場所についての見当識障害あり「俺は息子がいるんだ。でもね、ずっと会っていないんだ」「家のトイレ新しいんだよ。新しいトイレになってから1週間だから、早くそれを使いたいなあ。まだ駄目なの?仕方ないねえ。今家じゃないの?そう。病院なの。じゃあ仕方ないねえ」11:00担当医師の回診、前日よりも姿勢保持の時間を延ばし、食事も椅子坐位姿勢でとるよう指示。ベッドから下ろしてリハビリ用の椅子(パラマウント社製:鉄パイプ製の脚、肘置きのついた折り畳み式、背もたれの高さは比較的低い)に座らせた。その前に長テーブルを置いて挟むように固定し、テーブルの脚には左右各5kgの砂嚢をおいた。12:00看護師は「食事を取ってくるので動かないでね」との声かけに頷いたことを確認し、数メートル先の配膳車から食事を取ってきた。準備された食事は自力でほぼ全部摂取。食事終了後、看護師は患者に動かないよう声をかけ、数メートル先の配膳車に下膳。12:30食後の服薬および歯磨き。このときも看護師は「歯磨きの用意をしてくるから動かないでね」、「薬のお水を持ってくるから動かないでね」と声をかけ、患者の顔や表情を観察して、頷いたり、「大丈夫」などと答えたりするのを確認したうえでその場を離れた。13:00椅子坐位での姿勢保持リハビリが約2時間経過。「その姿勢で辛くないですか」との問いに患者は「大丈夫」と答えた。13:10午後の検査予定をナース・ステーションで確認するため、「動かないようにしてね」と声をかけ、廊下を隔て斜め向かい、数メートル先のナース・ステーションへ向かった。その直後、背後でガタンという音がし、患者は床に仰向けで後ろ側に転倒。ただちに看護師が駆けつけると、頭をさすりながらはっきりした口調で「頭打っちゃった」と返答。ところが意識レベルは徐々に低下、頭部CTスキャンで急性硬膜下血腫と診断し、緊急開頭血腫除去術を施行。9月24日20:53死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.予見可能性坐位保持リハビリテーションはまだ2日目であり、長時間のリハビリテーションは患者にとって負担になることが予見できた。さらに場所についての見当識障害があるため、リハビリテーション中に椅子から立ち上がるなどの危険行動を起こして転倒する可能性は予見できた2.結果回避義務違反病院側は下記のうちのいずれかの措置をとれば転倒を回避できた(1)リハビリテーション中は看護師が終始付き添う(2)看護師が付添いを中断する際、リハビリテーションを中断する(3)長時間の坐位保持のリハビリテーションを回避する(4)車椅子や背丈の高い背もたれ付きの椅子を利用する、あるいは壁に近接して椅子を置くなど、椅子の後方に転倒しないための措置をとる(5)リハビリテーション中に立ち上がれないように、身体を椅子にベルトなどで固定する病院側(被告)の主張事故当時、患者は担当看護師と十分なコミュニケーションがとれており、「動かないようにしてね」という声かけにも頷いて看護師のいうことを十分理解し、その指示に従った行動を取ることができた。そして、少なくとも、担当看護師がナース・ステーションに午後の検査予定を確認しにいき戻ってくるまでの間、椅子坐位姿勢を保持するのに十分な状態であった。当時みられた見当識障害は場所についてのみであり、この見当識障害と立ち上がる動作をすることとは関係はない。したがって本件事故は予測不可能なものであり、病院側には過失はない。裁判所の判断1. 予見可能性事故当時、少なくとも看護師に挟まれた状態では自分で立っていることが可能であったため、自ら立ち上がり、または立ち上がろうとする運動機能を有していたことが認められる。そして、看護師の指示に対して頷くなどの行動をとったとしても、場所的見当識障害などが原因で指示の内容を理解せず、あるいはいったん理解しても失念して、立ち上がろうとするなどの行動をとること、その際に体のバランスを失って転倒するような事故が生じる可能性があることは、担当医師は予見可能であった。2. 結果回避義務違反転倒による受傷の可能性を予見し得たのであるから、担当医師ないし看護師は、テーブルを設置して前方への転倒を防ぐ方策だけではなく、椅子の後ろに壁を近接させたり、付添いを中断する時は椅子から立ち上がれないように身体を固定したり、転倒を防止するために常時看護師が付き添うなどの通常取り得る措置によって、転倒防止を図ることが可能であった(現に5kgの砂嚢2個を脚に乗せたテーブルを設置して前方への転倒防止策を講じていながら後方への転倒防止策は欠如していた)ので、医療行為を行う上で過失、債務不履行があった。2,949万の請求に対し、1,590万円の支払命令考察病院内の転倒事故はすべて医療過誤?今回の患者は、インスリンを使用するほどの糖尿病に加えて、糖尿病性網膜症による視力障害も高度であり、以前から脳梗塞を起こしていた比較的重症のケースです。そして、医師の許可なく服用したドイツ製の治療薬によって、顔面蒼白、嘔吐、左半身麻痺、てんかん発作を発症し、大学病院に緊急入院となりました。幸いにも発作はすぐに沈静化し、担当医師や看護師は何とか早く日常生活動作が自立するように、離床に向けた積極的なリハビリテーションを行ないました。このような中で起きたリハビリ用椅子からの転倒事故です。その直前の状況は、「ここはどこだっけ」といった場所に関する見当識障害はあったものの、担当医師や看護師とはスムーズに会話し、食事も自力で全量摂取していました。はたして、このような患者を担当した場合に、四六時中看護師が付き添って看視するのが一般的でしょうか。ましてや、看護師が離れる時は患者が転倒しないように椅子に縛り付けるのでしょうか?もし今回の転倒前にもしばしば立ち上がろうとしたり、病院スタッフの指示をきちんと守ることができず事故が心配される患者の場合には、上記のような配慮をするのが当然だと思います。しかし、今回の患者は、とてもそのような危険が迫っていたとはいえなかったと思います。ところが、判決では「場所に関する見当識障害」があったことを重要視し、この患者の転倒事故は予見可能である、そして、予見可能であるのなら転倒防止のための方策を講じなければならない、という単純な考え方により、100%担当医師の責任と判断しました。実際に転倒現場に立ち会わなかった医師の責任が問われているのですから、きわめて厳しい判決であると思いますし、このような考え方が標準とされるならば、軽度の認知症の患者はすべて椅子やベッドに縛り付けなければならない、などという極論にまで発展してしまうと思います。最近では、高齢者ケアにかかわるすべてのスタッフに「身体拘束ゼロ作戦」という厚生労働省の指導が行われていて、身体拘束は、「事故防止の対策を尽くしたうえでなお必要となるような場合、すなわち切迫性、非代替性、一時性の三つの要件を満たし、「緊急やむを得ない場合」のみに許容される」としています。確かに、身体拘束を減らすことは、患者の身体的弊害(関節拘縮や褥瘡など)、精神的弊害(認知障害や譫妄)、社会的弊害をなくすことにつながります。ところが実際の医療現場で、このような比較的軽症の患者に対し一時的にせよ(看護師が目を離す数秒~数十秒)身体拘束をしなかったことを問題視されると、それでなくても多忙な日常業務に大きな支障を来たすようになると思います。ただ法的な問題としては、「利用者のアセスメントに始まるケアのマネジメント過程において、身体拘束以外の事故発生防止のための対策を尽くしたか否かが重要」と判断されます。つまり、入院患者の「転倒」に対してどの程度の配慮を行っていたのか、という点が問われることになります。その意味では、患者側が提起した、(1)リハビリテーション中は看護師が終始付き添う(2)看護師が付添いを中断する際、リハビリテーションを中断する(3)長時間の坐位保持のリハビリテーションを回避する(4)車椅子や背丈の高い背もたれ付きの椅子を利用する、あるいは壁に近接して椅子を置くなど、椅子の後方に転倒しないための措置をとる(5)リハビリテーション中に立ち上がれないように、身体を椅子にベルトなどで固定するという主張も(若干の行き過ぎの感は否めませんが)抗弁しがたい内容になると思います。事故後の対応そのような考え方をしてもなお、このケースは不可抗力という側面が強いのではないかという印象を持ちます。今回事故が起きたのは大学病院であり、それなりに看護計画もしっかりしていたと思いますし、これが一般病院であればなおさら目の行き届かないケースがあり、事故発生のリスクはかなり高いと思います。そして、今回のケースが院内転倒事故に対する標準的な裁判所の判断になりますので、今後転倒事故で医事紛争にまで発展すると、ほとんどのケースで病院側の過失が認められることになるでしょう。とはいうものの、同様の転倒事故で裁判にまでいたらずに解決できるケースもあり、やはり事故前の対策づくりと同様に、事故後の対応がきわめて重要な意味をもちます。まずは入院時に患者および家族を教育し理解を得ることが肝心であり、転倒が少しでも心配されるケースにはあらかじめ家族にその旨を告知し、病院側でも転倒の可能性を念頭に置いた対応を行うことが望まれます。と同時に、高齢者を多く扱う施設では賠責保険を担当する損害保険会社との連携も重要でしょう。たとえば、小さな子供を扱う保育園や幼稚園では、子供同士がぶつかったり転倒したりなどといった事故が頻繁に発生します。その多くがかすり傷程度で済むと思いますが、中には重度の傷害を負って病院に入院となるケースもあります。そのような場合、保護者から必ずといって良いほど園の管理責任を問うクレームがきますが、保母さんにそこまで完璧な対応を求めるのは困難ではないかと思います。そこで施設によっては、治療費や慰謝料を「傷害保険」でまかなう契約を保険会社と交わして事故に備えるとともに、場合によってはその保険料を家族と折半するなどのやり方もあると思います。このような方法をそのまま病院に応用できるかどうかは難しい面もありますが、結局のところ最終的な解決は「金銭」に委ねられるわけですから、「医療過誤」ではなく不慮の傷害事故として解決する方が、無用なトラブルを避ける意味でも重要ではないかと思います。リハビリテーション

596.

疼痛性障害に対し、学際的な通所疼痛リハビリテーションプログラムが有効

 米国・ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部シカゴリハビリテーション研究所のChristine M. Gagnon氏らは学際的疼痛リハビリテーションプログラムの効果について検討し、多くの患者で精神的苦痛と疼痛が減少するとともに、就労が可能となったことを示した。Pain Practice誌2013年4月号(オンライン版2012年8月3日)の掲載報告。 本研究の目的は、労災補償請求患者のための学際的な通所疼痛リハビリテーションプログラムの有効性を評価することであった。 対象は101例で、主に慢性腰痛を有していた(75%)。 1日8時間、4週間(月曜から金曜)にわたり、個人およびグループによる段階的なプログラムを進めた。プログラムには、疼痛心理学、理学療法、作業療法、弛緩訓練/バイオフィードバック、有酸素運動、プール療法、職業カウンセリング、患者教育および内科的治療が含まれた。 評価項目は、プログラム完了状況、就労状況、復職状況、ベックうつ病評価尺度(BDI)、状態・特性不安尺度(STAI)、疼痛破局的思考尺度(PCS)、マクギル疼痛質問票視覚的ア評価尺度(MPQ VAS)とした。 主な結果は以下のとおり。・プログラム完了者のほとんど(91%)が就労できる状態になり(80%はフルタイム、11%は徐々に)、約半数(49%)は復職した。・プログラム完了者において、うつ病(p=0.000)、疼痛破局的思考(p=0.033)および疼痛(p=0.000)は有意に減少したが、不安については有意差はなかった(p=0.098)。・プログラム未完了者(早期退所または中止した患者)では、統計学的有意差はないものの、疼痛スコア(MPQ VAS)がプログラム開始前(61.20)に比べ、最終観察時(70.33)のほうが高かった。・退所時または退所後早期の痛みの増加は、オペラント因子が原因である可能性が示唆された。~進化するnon cancer pain治療を考える~ 「慢性疼痛診療プラクティス」連載中!・腰椎圧迫骨折3ヵ月経過後も持続痛が拡大…オピオイド使用は本当に適切だったのか?  治療経過を解説・「痛みの質と具体性で治療が変わる?!」痛みと大脳メカニズムをさぐる・「痛みの質と具体性で治療が変わる?!」神経障害性疼痛の実態をさぐる

597.

海を飛ぶ夢【自殺、安楽死】

実話だからこそ伝わる真実―もしもあなたの大切な人が生きることを諦めたら?安楽死は日本でも古くからある社会的なテーマで、森鴎外の「高瀬舟」などが有名です。また、「苦しそうだから死なせてやろう」という本人の死ぬ意思の確認のない慈悲殺とイメージが重なってしまうこともあり、よりいっそう私たちは安楽死という言葉の響きに後ろめたさを感じてしまうのも事実です。この映画は、安楽死を願う四肢麻痺の主人公の生き様とその家族や恋人たちなどの周りのかかわりをストレートに描いた実話に基づくドラマです。主人公の死を望む気持ちが、穏やかで揺るぎないものであればあるほどほど、家族は受け入れ難い葛藤で揺れます。そして、私たちが主人公と同じ目線に立てば立つほど、私たちの心も揺れていきます。日本の自殺率は先進国で長年トップクラスというありがたくない記録を更新しており、自殺に手を貸す(自殺幇助)という安楽死について、私たちが独りよがりになって感情的にタブー視せず、いっしょになって理性的に向き合うのは意味のあることではないでしょうか?自殺念慮―なぜ生き生きと死を追い求めるのか?主人公のラモンは、青春時代、船乗りとして世界中を旅して、多くの女性たちと情熱的な出会いをしてきました。そんな彼にとっては、生きること=人生を楽しむ自由があることでした。しかし、25歳のある時、彼に悲劇が襲いました。人生の最高潮にいる彼は、婚約者の目の前でかっこいいところを見せるために、海辺の高い岩場から海面に飛び込みました。そして、引き潮に気付かず、浅瀬に激突し、首の骨を折ってしまったのでした。その後は、首から下の全身の自由を完全に奪われて、寝たきりになってしまいます。彼は、婚約者に一方的に別れを告げ、その後は実家で家族に支えられ、静かに暮らすことになります。海まで自由に飛び回れるという想像力だけを残して。身の回りの介護は、母親の死後、義姉である兄嫁が献身的に続けます。排泄の処理だけでなく、床ずれを防ぐため3時間ごとに姿勢を変えることまでやっています。体の自由を奪われて26年経った51歳の時、彼は意を決します。死を持って自分の運命に折り合いをつけようとしたのです。彼の死を望む理由は、「尊厳がないから」でした。彼にとっての尊厳、つまり自分らしさとは自立していること、自分で自分をコントロールできることだったのです。そして、自分らしく生き抜くため、死ぬことに一生懸命になっていくのでした。スピリチュアルペイン(実存的苦痛)―存在していることへの心の痛み彼は自らをこう形容します。「死んだ体にくっついた生きた頭」と。また、「なぜいつも笑顔なの?」と尋ねられた彼が、「人の助けに頼るしか生きる方法がないと自然に覚えるんだ」「涙を隠す方法をね」と答えるシーンは印象的です。彼の精神的な苦痛や苦悩を一言で物語っています。実話で明かされていることとして、母親がラモンの近くで倒れた時、動けないラモンは母親が死んでいくのをただ見守っていることしかできなかったことがありました。万能であった彼にとって無能で無力な状態に置かれることは惨め過ぎて耐えられなかったです。彼にとってのその後の人生は、動かない肉体に心を囚われ、飼い馴らされて生き続けるという生き地獄だったのでした。そして、死とは、囚われの身から解放されることなのでした。「唯一、死が自由をもたらしてくれる」と確信しているのです。このように、人生や存在していることに対する無価値感、家族などの他者への依存や罪悪感などから生まれる心の痛みは、スピリチュアルペイン(実存的苦痛)と呼ばれます。体の痛みとは違い、癒すのには一筋縄ではいかないようです。自殺の共感―なぜフリアは一緒に自殺することを一度決意したのか?ラモンと同居している家族は、義姉、兄、甥、そして父です。家長でもある兄は語気を強めて言い放ちます。「(自殺に)おれは絶対に手を貸さん。誰にもさせん」と。もともと兄も船乗りでしたが、ラモンの介護のために、農業に転業したというわだかまりや意地もありそうです。また、父は言います。「神様がお望みになる限り生を全うせねば」と。彼の自殺の手助けをする人は家族にはいません。かと言って、餓死や舌噛みによる自殺は望んでいません。彼はあくまで苦しまずに死にたい、安らかに死にたい、それが尊厳ある死だと考えているからです。そんな中、彼を支える人権団体の弁護士の1人であるフリアは、彼の考えを理解していきます。なぜなら、彼女自身、体も心もだんだん衰えていく難病(多発性硬化症)を患っていたのです。足腰が弱り、記憶があやふやになるという発作を繰り返し、自分が自分でなくなる恐怖を肌で感じていたのでした。彼女には夫がいますが、ラモンに共感し好意を寄せていくのでした。そして、彼の本ができたら、いっしょに自殺する約束をしたのです。ラモンが死を追い求めるのに対して、フリアは死に迫って来られるという境遇の違いがあります。彼女は頭がしっかりしている間に自分からその恐怖を終わりにさせたいと考えていました。しかし、最後には自殺を思い留まります。そのわけは、「それが人生」「任せよう」と言う夫の必死の説得により、夫の支えで生き続けることを心変わりしたからでした。自殺の受容―なぜロサは自殺の手助けをしたのか?ラモンは、テレビで自分のありのままの姿をさらけ出したことで、世の中に波紋を呼びます。個人の権利として安楽死を社会に訴えたのです。たまたまテレビで彼を知ったロサはたまらず彼を訪ねます。都会的で知的でクールなフリアと対照的に、ロサは子連れで離婚歴があり、田舎臭くておしゃべりで世話焼きな女性です。当初、ラモンに対するロサの思いは、愛情というより母性に溢れています。ラモンはロサの世話好きな母性本能をくすぐってしまい、ロサはとにかくラモンのお世話をしたい気持ちでいっぱいになります。「どんなに辛いことがあっても逃げちゃだめよ」と励ましてしまい、ラモンをイラつかせもします。 そんなロサでしたが、ラモンとのかかわりの中で少しずつ変わっていきます。辛い時に押しかけても話を聞いてくれてユーモア溢れるラモンに「あなたから多くのものをもらっていると深い感謝と情愛を寄せます。その後、「僕を本当に愛してくれる人は死なせてくれる人だ」とのラモンの言葉が彼女に心に響き、ついに彼を愛している証として、自殺の手助けを受け入れたのでした。それは、ラモンが死んでいなくなっても、自由になった彼の魂に抱きしめられて、彼の魂を愛し続けることができると悟ったからでした。支持的精神療法―反面教師的な神父の説教テレビに出演した四肢麻痺の神父はラモンについてコメントします。「彼の周りからの愛情が足りないからだ」と。これは、当時の教会の実際の声明のようで、家族はかなりのショックを受けています。その後、その神父はわざわざラモンの家まで訪ねてきて、説教を始めます。その様子はコミカルでもあり、シリアスでもあります。この映画での神父の描かれ方は、正論ぶって尊大で押しつけがましく、まさにメンタルヘルスのかかわり方において反面教師です。この神父を見て、単に「がんばれ」とか「信じれば救われる」などの一方的な激励、説教、議論、犯人探しが逆効果であることに気付かされます。有効なかかわりとしては、まずは患者の話に耳を傾けること(傾聴)です。患者の考え方に関心を寄せ、よく分かってあげることです。周りに理解され、その患者がそのまま周りに受け入れられていると実感できることで、心を開き、病気を受け入れていくことにつながります。このかかわりは、特に末期がんのメンタルヘルスなどで見受けられます。障害の受容―なぜラモンはありのままの自分を受け入れられないのか?ラモンは車椅子を嫌う理由を問われると、「失った自由の残骸にすがりつくことだ」と言い切り、車椅子生活などの他の選択肢を拒み続けました。そこには、自立的に生きることこそが全てであるという彼の強い信念が私たちに伝わってきます。と同時に、それは彼の頑固な一面でもあり、彼の新しい人生にチャレンジ(価値の範囲の拡大)するチャンスや、彼の劣等感を封じ込める方法(障害の与える影響の制限)を阻んでいます。例えば、彼は、聞き上手でユーモアがありました。彼にはカウンセラーとしての才能があり、人の役に立つことができました。そこから、その役割に打ち込むことが彼の喜びになりうるのです。これは、新しい自分らしさの発見(価値の転換)によって立ち直ること(障害の受容)です。また、兄とのやり取りの場面でラモンはこうも言います。「もしも明日兄さんが死んだら、僕は家族を養えるか?と。身体的な自立の他に、経済的な自立の問題、つまり生活の苦しさも陰にあります。生活に余裕がないため、心にも余裕がなくなっている可能性も考えられます。実存的精神療法―生きていることそのものに意味がある家族との最後の別れのシーンで、甥は、無言でラモンを抱き込みます。ここで、ラモンと甥の特別な関係が伺えます。もともとラモンが甥を言い諭す場面がたびたびある一方で、甥はラモンといっしょにテレビでサッカーの試合を見たがるなどかなり慕っていたのです。まさに父子の関係のような雰囲気を醸し出します。しかし、甥の実際の父はラモンの兄であり、そこにラモンと甥の間には完全には父子の関係になれない一線があることにも気付かされます。 もし仮にラモンに子どもがいたとしたら、どうでしょうか?彼にはすでに妻がいて、息子や娘がいたとしたら、彼はそれでも死を望み続けたでしょうか?興味深いことに、彼が執筆した本の一節に、生まれてこなかった息子への思いを綴った詩があります。それを甥に読ませ、どういう意味か問うシーンがあります。甥を我が子と重ね合わせているのです。ここから読み取れるのは、誰かに独り占めで愛されると同時に、その誰かを独り占めで愛することができたら、そんな誰かがいたとしたら、その愛自体が大きな希望になり、生きる原動力になり、彼の無力感から来る心の苦痛は乗り越えられていたのかもしれません。そもそも我が子の存在する喜びは本能的なものです。つまり、親子という特別な絆が存在していたとしたら、そこには、自分が生きなければならない責任感や義務感と同時に、生きて見守りたいという喜びが湧き起こってくるように思われます。どんなに辛くても生きていることそのものに意味がある、喜びがあると思えたのではないでしょうか? このような考え方は実存的精神療法と呼ばれます。また、実話によると、彼が死にたいという思いを口にするようになったのは、母親が亡くなってからでした。自分を生んでくれた母親を苦しめたくなかったのです。また、父親には死にたい気持ちを直接には一度も語っていません。つまりは、もし仮に母親が生き続けていたとしたら、彼は母の愛で死ぬことを踏み止まっていたようにも思えます。親子愛は、兄弟愛にも増した特別な絆があるようで、自殺を踏み止まらせる強い力があるようです。安楽死を合法化する文化―自由主義のオランダラモンは、わざわざ嫌いな車椅子に乗り、安楽死の権利を得るために裁判所に出向きます。ところが、法廷では「手続きの不備」を理由に取り合ってもらえません。また、挙句の果てに訴えを却下されてしまいます。ラモンのいるスペインの社会で、安楽死の是非は一筋縄ではいかず、判断すること自体がためらわれ、避けられてしまいます。日本を始め多くの国で、尊厳死は認められています。これは、リビングウィル(生前意思)により延命治療を開始しないことです。延命治療とは、例えば、呼吸が止まった時に人工呼吸器を装着することや食事を摂るのが難しくなった時にお腹に穴を空けること(胃瘻)によって直接栄養を胃に送ることです。一方、安楽死とは、ラモンが青酸カリを用意してもらったように、直接死なせる介入を行うことです。このように、尊厳死と安楽死には、一線があるのです。現在、安楽死が合法な国は、オランダを初めとしていくつかあります。オランダはもともと大麻、売春、賭博、同性結婚から安楽死までいち早く合法化しているお国柄です。ここまで自由で寛容な国になった理由は、オランダの風土や歴史に見出すことができます。オランダはもともと国土を干拓で増やした歴史があり、自然環境をコントロールする欲求がとても強い文化を育んでいます。また、中世に絶対君主がいなかったことで商業都市として自由貿易が栄えました。オランダの文化圏の人々は、世界一、合理的で自由主義的であり、自立性を重んじます。それは、自分の死についても同じで、死もコントロールすべきだという価値観が強いようです。安楽死の適応―誰が安楽死できるかの線引き安楽死を認めた場合、誰が安楽死していいかという線引きの問題が新たに出てきます。もともとは末期がんの身体的苦痛に対して適応となっていましたが、緩和ケアが進んだ現在はほとんどの身体的な痛みは取り除くことができるになりました。安楽死の適応は、精神的苦痛に広がり、オランダではリビングウィル(生前意思)による認知症患者への安楽死がすでに行われています。また、本人と両親の同意で未成年の安楽死も認められています。さらに、本人意思の確認のできない重度の障害を持った新生児に対する安楽死も条件付きで認められるようになりました。その根拠となったのは「人間的尊厳のない人生を続けさせるべきではない」という理由でした。これらのことから、安楽死が広がれば、自殺や慈悲殺を推し進めてしまう懸念があります。そもそも、命の価値を自分で決められることを社会が良しとしたら、「人の命は平等でかけがえのないもの」という価値観や倫理観による社会を形作る前提を覆してしまうおそれがあります。命に格差を付け、命のランキングを作ってしまうことになり、「生きていなくていい命」という発想が出てきてしまいます。人の命は平等だからこそ、私たちは社会から公平な扱いを受けることができるという社会システムの根幹を揺るがしてしまいかねない危うさをはらんでいます。安楽死の危うさ―集団主義の日本ラモンと兄の口論が印象的です。兄に安楽死を強く反対されたラモンは「僕を奴隷にするのか?」と訴えますが、兄は「おれこそお前の奴隷だ」「家族みんなお前の奴隷だ」と心中のわだかまりをぶちまけてしまいます。兄はラモンを養うために一生懸命になり過ぎていました。もともとラモンのいるスペインのガリシア地方は気候条件の厳しい地域で、そのためにガリシア人は無骨だが結束力が強いと言われています。ラモンの義姉は、介護に一生懸命で前向きです。介護を自分の役割だと言い、ロサとお世話を取り合うシーンもあります。ここから分かることは、義姉にとってラモンを支えることは喜びでもあるようです。そのことを、ラモンはもっと心を開いて感じ取ることができれば良かったのです。支えることも支えられることも喜びになりうるということです。これを確かめるには、家族の風通しの良いコミュニケーションが必要です。ガリシア人は、家族に気兼ねして息苦しい家庭生活を送る日本人と何か通じる点があるかもしれません。ラモンは「死は感染しやしない」と言っていますが、この日本においては、本当に「感染」しないでしょうか?もともと日本は、武士が切腹することから「死んでお詫びをする」という表現があり、トラブルを解決するための自殺を美学とするメンタリティが根付いていました。切腹の介錯は、安楽死とも受け止められます。特攻隊や集団自決を良しとした歴史もありました。心中や後追い自殺も独特です。現在でも私たちは流行りに気を配り過ぎます。つまり、私たちはいつも世間に気を遣い、とても流されやすく、世間と同じことをしていないと落ち着かない集団主義の文化(同調圧力)を持っています。ラモンは「生きる権利」を「生きる義務」ととらえて、そこから「死ぬ権利」を要求しています。日本人の集団主義の文化の中で「死ぬ権利」が広がっていけば、「同じ状況でなんでおまえは死なないんだ」という理屈で「死ぬ義務」が生まれるおそれが高いのです。同じ状況でも生きていたい人に無言のプレッシャーがかかりやすくなります。実際に「未亡人」という言葉は、「(夫ともに死ぬべきなのに)まだ死なない人」という意味合いがあります。他者配慮の強い日本人ならではの発想で、「周りに気を遣って死ぬ義務」が広がるおそれがあります。シネマセラピーラモンが安楽死を望んだ理由は、自立性の喪失だけではなかったのです。その背景には、頑固さから障害の受容ができず自分の役割を見出せなかったこと、生活の余裕のなさ、家族への気兼ね、特別な絆を持てる誰かがいなかったことなどがあります。これらのことから、自殺や安楽死に至らないようにするために私たちのメンタルヘルスの課題が見えてきます。それは、失った体の自立性を補える医療テクノロジーの進歩や社会が豊かになっていくことに期待しつつ、柔軟な考え方を持つこと、自分の役割を見出すこと、家族と風通しの良いコミュニケーションを通して支えられることを喜びに感じること、そして日々の絆を育んでいくことです。私たちは、ラモンに真っ向から自殺や安楽死について突き付けられました。彼から、単に彼が死ぬべきかどうかということだけでなく、私たち自身がどう生きるか、社会はどうあるべきかということについても様々に考えさせられました。死は忌むべきものではないのです。私たちが死についてもっとオープンにもっと深く語り合う心構えがあれば、私たちがより良く生きていくこと、社会がより良くなっていくことにつながっていくのではないでしょうか?1)「海を飛ぶ夢(地獄からの手紙)」 ラモン・サンペドロ アーティストハウスパブリッシャーズ2)「安楽死問題と臨床倫理」 日本臨床死生学会 青海社3)「安楽死のできる国」 三井美奈 新潮社4)「『尊厳死』に尊厳はあるか」 中島みち 岩波新書5)「僕に死ぬ権利をください」 ヴァンサン・アンベール NHK出版6)「標準リハビリテーション医学」 上田敏 医学書院

598.

ビューティフルマインド【統合失調症】

ジョン・ナッシュ―統合失調症のノーベル経済学賞受賞者私たちは、統合失調症の人に接する時、つい身構えてしまうことはありませんか?「頭がおかしい」「何をするか分からない」という先入観にとらわれていることはありませんか?確かに、かつて「精神分裂病」と言われ、治療が難しい時代には、暗い過去がありました。しかし、現在、薬物療法の大きな進歩により、状況は変わってきており、将来的な見通しは明るくなってきていると言えます。今回は、私たちが統合失調症の人たちのことをもっとよく知るために、映画「ビューティフルマインド」を取り上げます。主人公の天才数学者ジョン・ナッシュは、統合失調症を発症しますが、家族や友人の支えによって回復し、そして、晩年には、かつての功績が認められ、ノーベル経済学賞(1994年)を受賞するという実話に基づいたストーリーです。統合失調症の世界が主人公の視点で描かれているため、この病気のつらさや支えられるありがたさが、見ている私たちに生々しく伝わってきます。そこから、私たちが統合失調症の人を目の前にして、どう寄り添っていくことができるか気付かされます。さらには、統合失調症を詳しく知ることを通して、「なぜ統合失調症という病気が存在するのか?」という文化人類学的な謎解きに、みなさんといっしょに迫っていきたいと思います。統合失調型パーソナリティ―奇妙で神秘主義的な性格時代は、第二次世界大戦直後。主人公のナッシュがプリンストン大学に入学した時から、ストーリーは始まります。野外パーティで、ナッシュは、独りでグラスを光にかざして、その分光を目の前の初対面のクラスメートのネクタイに重ね合わして、突拍子もなく「君のネクタイの趣味の悪さを数学的に説明できそうだ」と言い放ちます。関係性やパターンを見抜くという彼ならでは天才的なひらめきが描かれたワンシーンです。また、「全てを支配する真理、真に独創的なアイデアを見つけたい」という発言からは、彼の直感的で神秘主義的な一面が見えます。しかし、同時に、周りのクラスメートたちの目には、発言も行動もあまりにも独特すぎて、風変わりで奇妙に映っています。その後もナッシュは、授業にほとんど出席せず、友達付き合いも悪く、恋人もつくらず、部屋にこもって独学を続けます。マイペースなだけに、非社交的で非社会的であることが伺えます。彼は自ら打ち明けます。「小学生の時に『脳みそは2倍だが、心は半分』と担任教師から言われた」と。彼は、自分が無感情で冷淡な一面があることをよく分かっており、孤立していることを好んでいます。周りも彼を数学の天才として一目置いています。このような、奇妙で神秘主義的な性格(統合失調型パーソナリティ)は、統合失調症を発症する前のくすぶった状態の性格(病前性格)として見受けられることがよくあります。そして、この特徴は、同時に、ミステリアスな魅力を醸し出すこともあります。これが、後に妻となるアリシアのハートを射止めたとも言えそうです。つまり、ナッシュの性格には、以下(表1)のような二面性があると言えます。困った面良い面「無感情」「冷淡さ」「孤立」「非社交性」「非社会性」「奇妙」「独りよがり」「エキセントリック」「ミステリアス」「孤高」「マイペース」「神秘主義」「独特」「独創性」「創造性」「直感」「ひらめき」幻覚妄想―真に迫る生々しい世界ナッシュは、論文で功績をつくり、卒業後は、エリートとして政府機関の研究所で、暗号解読などの極秘任務に就きます。この頃から、徐々に、彼の周りでは、奇妙なことが起こり始めます。アリシアとのデートでも、怪しげな男たちに監視され、国際スパイ組織の接触があり、不特定の雑誌の記事に隠された暗号の解読の極秘任務を本業とは別に受けるようになります。その後、命を狙われ、カーチェイスの末に、銃撃戦があり、敵の車は川に沈んでしまうというエピソードもあります。極秘任務だけに、彼は妻のアリシアに打ち明けることができず、妻にとっては、彼の言動はますます奇妙で突飛になっていきます。見ている私たちは、主人公はとんでもない事件に巻き込まれたとハラハラし、アリシアに状況がうまく伝わらないもどかしさにヤキモキしてしまいます。しかし、やがて、精神科医と名乗る男の登場により、ナッシュが強制入院してから、事態は急展開します。実は、彼が体験していた様々な奇妙な出来事は、全て彼の幻覚や妄想の産物だったのでした。幻覚とは、見えないものが見えて(幻視)、聞こえないものが聞こえること(幻聴)です。妄想とは、理屈に合わないこと(不合理)をかたくなに思い込むことです。実際に、膨大な雑誌の文字と隠されたわずかな暗号を関係付けることはあまりに不合理です(関係妄想)。また、ロシアのスパイ組織の陰謀により、理屈に合わない身の危険を感じることです(被害妄想)。ちなみに、実際の統合失調症の症状として幻聴はよくみられますが、幻視はあまりみられません。この映画で幻視の症状が描かれているのは、やはり、ナッシュの視点に立って、彼が感じている真に迫る生々しい世界を私たちに伝えたいという映画製作者の意図があったからではないかと思います。だからこそ、見ている私たちも彼といっしょに、「事件」に巻き込まれる恐怖を味わうことができました。自傷他害行為―幻覚妄想が現実を乗っ取ってしまうナッシュの入院後、画面の視点はナッシュからアリシアに移っていきます。精神科医は彼女に「彼は現実を見失っている」と説明し、ナッシュの精神状態が徐々に明らかになっていきます。アリシアは、ナッシュが幻覚妄想に陥っている証拠を探し出し、突き付けます。それは、すでにスパイ組織に行き渡っているはずの暗号解読入りの封筒の束です。ナッシュが思い込んでいた「秘密」のポストに未開封のままで貯まっていたのでした。しかし、彼はその現物を目の当たりにしても、現実を受け入れようとはしません。それどころか、幻覚妄想の中で腕に埋め込まれたダイオードのチップを探すため、爪で手首を掻き分けるという流血騒ぎを起こします。このシーンで、彼にどんなに説得しても無理であることを私たちも悟ります。これがまさに精神科医が言う「妄想が現実を乗っ取ってしまう」ということなのです。退院して自宅療養している時期、こっそり薬を飲むのをやめたために、幻覚妄想が再び現れるシーンがあります。ナッシュは銃口を突き付けられたのに反応して、とっさに赤ん坊を抱いているアリシアを突き飛ばしてしまいますが、彼女はわけが分からず、身の危険を感じてしまい、精神科医に助けを呼ぶのでした。このように、幻覚妄想に振り回されて自分を見失い(心神喪失)、自分を傷付けたり他人を害したりすること(自傷他害)のおそれがある場合は、速やかに保護のために警察通報する必要があります。身体療法―インスリンショック療法から電気けいれん療法へ入院中に自傷行為に至ったナッシュの心の状態は、かなり切迫していることが分かります。もはや薬の治療(薬物療法)の効果を待っている猶予はなく、体への直接的な治療(身体療法)が行われます。それは、インスリンを体内に投与することで、人工的に低血糖によるけいれん発作を引き起こすものです(インスリンショック療法)。けいれんが起きることで、頭の中がリセットされ安定するという仕組みです。この治療により、彼は幻覚妄想による危機(急性期)を脱していきます。このインスリンショック療法は脳へのダメージのリスクが高いために、現在は治療方法として認められていません。現在行われている身体療法は、頭に電気を流してけいれん発作を引き起こす治療方法(電気けいれん療法)です。さらには、麻酔科医の立会いのもと筋弛緩薬を使用して体のけいれんを起こさせず、頭の中だけけいれんを起こさせる治療方法(無けいれん電気療法)も確立しています。頭に電気を流すと聞くと、みなさんはびっくりされるかもしれませんが、適切な電気の量を流すため副作用や後遺症はほとんどありません。かつて懲罰的に使用された歴史があったこともあり、一時期は治療法として忌み嫌われ廃れていましたが、現在は、見直されてきています。薬物療法―予防薬としても大事退院後、自宅療養しているナッシュは、尋ねてきた元同僚に「薬を飲んでると頭がぼうっとして(数学の問題を解こうとしても)答えが見えない」と漏らし(集中力低下)、落ち込んで引きこもってしまいます。精神科医には、「(薬のせいで)夜に妻を愛せない」と嘆いてもいました(性機能障害)。一方で、妻も日常生活や夫婦生活がうまく行かないことでいら立ち、苦しんでいる様子が率直に描かれています。この彼らの葛藤があったからこそ、乗り越えた後の支え合う穏やかな生活のありがたみも自ずと私たちに伝わってきます。再発予防のために、薬は長期的に飲む必要がありますが、当時の薬は、効果はあるものの、副作用もいろいろありました。現在は、薬の飛躍的な進歩により、副作用も少なくなり、内服を続けることに抵抗感がなくなってきています。もはや予防薬として薬を飲み続けていれば、症状が落ち着いて生活に支障をきたすことなく、かなりの人が社会復帰しているという点では、糖尿病や高血圧などの治療とほとんど変わりはありません。治療可能な心の病というふうに見方が変わってきています。周りのかかわり―説教から支持へ自宅療養をし続けているナッシュは、アリシアと精神科医に打ち明けます。「仕事ができない」「赤ん坊の世話もできない」「夜に妻を愛せない」「それでも生きる価値があるのか」と。ナッシュは、何もすることもなく(無為)、家に閉じこもってばかりいる状況(自閉)の情けなさに気付いていくのです。ナッシュが薬を一時期こっそりやめて幻覚妄想が悪化したことで、アリシアは家を出ていこうと思い立った時がありましたが、最終的には、彼を支え続けることを決意し、接し方も変わっていきます。口うるさく説教する(高い感情表出)のではなく、彼の気持ちの揺れに粘り強く寄り添っていくのです(支持)。すると、彼も変わっていきます。ナッシュは一大決意して、なんと思い切って母校の教官になっているかつてのライバルの所に行き、大学の出入りの許可をもらうのです。彼は元ライバルに言います。「アリシアと相談して、社会の一員として生活するのがいいんじゃないかって」「慣れ親しんだ場所で親しい人たちと付き合うことで病気を癒していきたいと。そして、この元ライバルの友情にも支えられて、彼は、毎日、大学の図書館に通い、研究を続け、学生とかかわり、慕ってくれる教え子ができるようになったのです。これは、現代にも通じる統合失調症の精神科リハビリテーションです。ナッシュの性格は、もともと前向きでひたむきでしたが、妻や友人に支えられることにありがたみや喜びを素直に感じることができ、ユーモアも加わっていきます。この心のあり方こそが、タイトルでもある「ビューティフルマインド(すばらしい心)」と言えます。さらには、支えることに喜びを感じることができる妻や友人も、「ビューティフルマインド(すばらしい心)」の持ち主であると言えそうです。これらの周りのかかわりや本人の心のあり方は、病気が回復していくための大きな強み(ストレングス)となります。レジリエンス―心の回復力ナッシュは、日々の生活において、研究を続けること、学生たちなどの周りとかかわることをとても大事にしています。これこそが、彼が人生で望んでいること(アスピレーション)です。妻を始めとする周りは、この彼の姿勢を尊重し、支えています。実際、統合失調症の人が、具体的に、最終的にどんな仕事を望むのか、どんな人間関係(友人やパートナーなど)を望むのかは人それぞれです(生活特性)。だからこそ、私たちがこれらを本人といっしょに見極めていくことです。そして、本人が「自分にはやることがある」という役割や「自分を認めてくれる場所がある」という居場所を見いだしていくことです。そこには、日課や目標という心のメリハリが生まれ、日々の生活が生き生きとしていきます。そして、日課をこなして目標に向かうことが、病状の回復や安定に大きくつながっていくのです。この病状を回復させていく力(レジリエンス)の源は、病気に対する本人や周りの強み(ストレングス)や本人が人生で何を望んでいるかはっきりしていること(アスピレーション)です(表2)。ちなみに、現代の精神科リハビリテーションの核となるデイケアや作業所も、日課をこなす点、仲間とつながる点で大きな強み(ストレングス)であると言えます。人生で望んでいること(アスピレーション) 強み(ストレングス)本人周り研究を続ける学生とかかわる数学の能力前向きでひたむきな性格ユーモアがある妻アリシアの支え友人の支え母校の受け入れ慕う教え子がいる際立ち(サリエンス)仮説―ワクワク感やハラハラ感の正体晩年、ナッシュは、かつての功績が認められてノーベル経済学賞を受賞します。その授賞式の壇上でのスピーチで彼は言います。「私はいつも方程式や論理の中に『答え(reason)』を求めてきました」「そして、ついに、人生で最大の発見をしました」「それは愛の方程式です」「今夜、私がここにいるのは君のおかげだ」「君がいてくれたからこそ僕がいるんだ」「君が僕の全ての『答え』だ」と。支えてくれた妻アリシアへの感謝のメッセージを込めた彼らしい言い回しです。とても感動的なラストシーンでした。ナッシュの若い頃からの究極的な「答え」を求めようとする心構えは、ものごとパターン化して、関係付けを見いだそうとする人間本来の特性と言えます。そこには、気になって意味付けし、特別視する好奇心の心理(新奇希求性)があります。この人間本来の本能的な心理モデルから、統合失調症のメカニズムを説明する仮説があります。「際立ち(サリエンス)仮説です。人間はそもそも、いつもと違う状況(新奇)に遭遇すると、ドパミンという神経伝達物質が脳内で分泌され、感覚が研ぎ澄まされて覚醒します。それはまさに、私たちが新しく何かを経験したり珍しいものを見たりした時に感じるワクワク感や、普段にはない怪しいものを見たり身の危険が迫った時に感じるハラハラ感です。そして、この心理に衝き動かされ(動機付け)、特別であると意味付け(価値観)、その正体である「答えを突き止めることで、原因と結果の関係付け(因果関係)をします。いつもと違う状況には、いつもと違う行動ができるようになります。そうやって、原始時代から、よりワクワク感で新しい獲物を見つけ、よりハラハラ感で危険から身を守った種が、より生き延びてきました(適者生存)。また、いつもと違う状況には、いつもと違う原因や理由があります。この因果関係をより見抜くことで(パターン認識)、様々な関係付けができるようになるわけです(パターン学習)。 そこから、世界をよりいっそう認識していくのです(学習)。ナッシュは、酒場で、女性グループと自分たち男性グループがいかにカップリングできるかという状況に好奇心を抱き、「最良の結果は、自分とグループの利益を同時に考えることである」という新しいパターン(因果関係)がひらめきました。これは、「自分の利益を考えることこそのみがグループ全体の利益につながる」という当時常識であった理論を根底から覆すものでした。彼は、酒場のこの状況に際立ち(サリエンス)を感じたからこそ「自分とグループの利益を同時に考える →「最良の結果」という因果関係を導いたのでした。ちなみに、この考え方は、日本で今をときめく人気アイドルグループの組織作りにも応用されています。また、別の例として、多くの登山家は、「なぜエベレストに登るのか?」と問われたら、「そこに山があるから」と答えるでしょう。それはまさに、エベレストが世界で最も高い山であり、その登山家にとってエベレストは特別に際立っており(サリエンス)、命を預ける価値があるからだと言えます。こうして、ドパミンによって衝き動かされた私たちの行動による学習の積み重ねが、現在の私たちの高度な文明であり、豊かな文化であると言えます。サリエンスの異常―統合失調症のメカニズムサリエンスのメカニズムは、私たち人類の繁栄になくてはならないものだったということが分かりました。それでは、もし先ほど登場したドパミンが誤作動して出すぎてしまうと(ドパミン過剰分泌)、どうなるでしょうか?新奇な状況とドパミン分泌はセットで連動しています。よって、もしもドパミンが勝手に分泌しすぎて溢れてしまうと、逆に、いつもと同じ状況がいつもと違う状況(新奇)に勝手に際立って感じてしまいます(サリエンスの異常)。何気なかった物音や人込みの雑踏がうるさく聞こえ、景色が鮮やかに眩しく見えるなど過敏に感じ、考え過ぎで深読みや裏読みをしてしまいます(神経過敏)。実際、ナッシュは、自分の家の前に黒い車が止まっただけでビクビクしています。そして、その車から子どもたちが出てきて、ホッとするシーンが分かりやすいです。さらにドーパミンの分泌が暴走してしまうと、頭の中で出てくる声(「内なる声」)や思い描くイメージが、敏感な知覚として幻覚になってしまいます。また、何かとんでもないことが起きてしまうと思い込み、関係があるかどうかの確かさが勝手に高まってしまい、あり得ない関係付け(関係妄想)やあり得ない嫌がらせや陰謀(被害妄想)に発展し、敏感な思考として妄想になっていくのです。幻覚妄想と創造性―人類の進化の必然の産物ノーベル賞受賞の候補に上がっていると聞かされた時にナッシュは言います。「いまだにないものが見えてしまうから」「薬で頭のダイエットをしている」「そして、パターン(因果関係)の発見や自由な想像や夢に対しての『食欲』を抑えている」と。サリエンスのメカニズムを考えると、文化人類学的には、創造性を発揮するかあるいは幻覚妄想を発症するかは、言わば紙一重であるとも言えそうです。ナッシュは、創造性を発揮して功績を残した一方で、幻覚妄想は長らく続いてしまいました。そして、最終的には、薬物療法と妻アリシアを始めとする周りの支えで、回復することができました。統合失調症という病は、私たちの進化の中で生まれてしまった必然の産物とも言えます。そして、この病気のメカニズムである「際立ち(サリエンス)」は、私たちの文明や文化に恩恵をもたらしています。だからこそ、私たちも、この統合失調症の人たちを支えることによって、ビューティフルマインド(素晴らしい心)であり続けて、いっしょに乗り越えていく必然もあるのではないでしょうか?1)「ビューティフルマインド」(新潮社) シルヴィア・ナサー 塩川優(訳)2)「天才と分裂病の進化論」(新潮社) デイヴィッド・ホロボン 金沢泰子(訳)3)「統合失調症を生きる」(新興医学出版社) 長嶺敬彦4)「生活臨床の基本」(日本評論社) 伊勢田尭

599.

折り梅【認知症】[改訂版]

「もう何度言ったら分かるの!?」みなさんは、認知症の人の介護にかかわる時、「もう何度言ったら分かるの!?」と堂々巡りになったことはありませんか?認知症は誰でも、そしていつか自分もなり得る病です。しょうがないと私たちは頭では分かっています。しかし、実際に認知症の人を目の前にして、気持ちでは優しくなれない時があるかもしれません。そんな時、私たちはその人をどう見たらよいのでしょうか?そして、どう接したらよいのでしょうか?この認知症の人へのかかわり方について、介護者の目線で、身近にそして分かりやすく考えていくために、今回、映画「折り梅」を紹介します。現在、本作品は販売中止となっていますが、ツタヤの大型店舗などでのレンタルは可能です。また、インターネットによる宅配レンタルもご利用いただけます(http://tsutaya.com/)。この映画の原作「忘れても、しあわせ」(小菅もと子、日本評論社、1998年)は、もともと介護をしていた主婦の実話をもとにした著書であることもあり、それぞれのシーンが私たちの家庭での日常風景そのものです。そこから、認知症の人を介護する家族の大変さや割り切れなさだけでなく、同時に受け入れる喜びも、ありのままに私たちに伝わってきます。また、映画の前半と後半で、認知症になったおばあちゃんへの家族のかかわり方が大きく変わっています。ストーリーを追いながらその違いを見つけ、認知症の人へのより良いかかわり方をいっしょに考えていきましょう。初期症状―最初は気付かれにくい主人公・巴(ともえ)の義母は、夫に早くに先立たれ、団地で独り暮らしをしていました。同じ団地で仲が良くて世話を焼いている人がいて、寂しくはありませんでした。しかし、その人が施設に入ってしまい、義母は一人ぼっちで寂しくなってしまいます。そんな時、巴とその夫は、自分たちの家族と同居しようと勧めます。巴の家族は、夫、中学生の娘、小学生の息子の4人住まいです。パートタイマーとして働く巴は、義母に家事を手伝ってもらい生活を楽にしようという思惑もあったのでした。ところが、同居して3か月ほど経つと、義母の様子がおかしくなっていきます。毎回、「これ使って」と言い、まだ使っているシーツを次々と縫って雑巾にしていきます。また、「やってやるよ」と意気込んでゴミ捨てに行ったのはよいのですが、ゴミ置き場が分からず、向かいの隣人の玄関にゴミを置き、隣人には嫌がらせと誤解され、巴は苦情を言われます。義母は、家族の役に立ちたいという気持ちが強かっただけに、空回りするもどかしさや、巴に強く当たられた腹立たしさから、ご飯を床にぶちまけてしまいます。巴は、てっきり、嫌がらせをされているのだと思い、義母を完全に厄介者扱いするようになるのでした。認知症のなりかけの時期(初期)は、本人がしっかりしている部分が残っており、認知症だと気付かれにくいことがあります。もともとの性格が際立っていき、ひがみっぽくなったり、意地が悪くなったり、ケチになったり、物をためこむようになったり、怒りっぽくなったり、逆に沈みがちになったりするなどの症状があります(性格の先鋭化)。しかし、家族にはもともとこんな性格なんだと決めつけられるだけのことがあります。見極めのポイントとして、もともとその人がどんな人だったのか、極端に変わってきたかどうかに目を向ける必要があります。発症のきっかけ―生活環境の変化困っていた巴は、パート先の同僚に教えられます。「あれ(認知症)は急に環境が変わった時に始まるんだってよ」と。何事も1人でこなす住み慣れた団地暮らしから、息子宅に同居するという生活に一変したことで、義母は今までできていたことができなくなり、今まで分かっていたことが分からなくなっていくのでした。認知症は初期であれば、もともとの環境に適応し続け、症状が目立たずにやっていける場合があります。ところが、環境が大きく変わってしまうと、環境の変化に合わせられず、認知症の進行を早めてしまいます。特に、介護施設への入所や病院に入院する場合は、大きな環境変化であるため、かかわる私たちは、認知症を発症しないか注意深く見守る必要があります。そして、家族には、認知症が発症したり進行してしまう恐れがあることを十分に説明する必要があります。中核症状―核になる症状義母が友人へ手紙を書き綴るシーンで、「私は毎日、何もすることがなくてどんどんバカになって」と書いているうちに、「バカ」という字が書けないと物忘れ(健忘、記憶障害)を自覚します。また、巴に「買い物の帰りに迷子になる」と指摘されていますが、今がいつでここがどこなのか見当がつかなくなっていきます(場所と時間の見当識障害)。さらに、パン屋に行けば、菓子パンを30個買うなど目的に合った行動ができなくなります(実行機能障害)。やがては、動物園に行った時、鏡に映った来園者をヒトであるとするジョークの場で、義母は「あのバアさん、私のことジロジロ見るんだよ」と言い、鏡に映った自分自身を理解できなくなるのでした(鏡現象、自己の見当識障害)。これらの症状は、主に記憶や理解に関係しており、認知症の核となる症状(中核症状)です。周辺症状―中核症状から広がっていく症状認知症が進んでいくに従って、実は症状は何でも起こりえます。脳が縮んだり(全般性脳萎縮)、脳の血管が詰ったりすることで(梗塞巣)、脳の至るところで働きが悪くなっていくわけで、何が起きても不思議ではありません。ここからは、中核症状から広がっていく症状(周辺症状)を見ていきましょう。まず、家族の団欒であるはずの食事の場面で、義母が大皿の食事を丸ごとがつがつと食べるシーンです。食欲などの欲求が抑えられないのです(脱抑制)。病院に連れられる中、巴には「私は病気じゃありません」と声を荒らげる一方、いざ診察の場面になると義母はいい子ぶります(取り繕い反応)。これはもともとの自尊心によるもので、これでは一見何の問題もないように思われてしまいがちです。医師は、記憶検査(認知症スクリーニング検査)、認知症により日常生活がうまくいっていないという家族の意見(臨床症状)、そして画像検査も踏まえて総合的に評価して、アルツハイマー型認知症の初期と診断します。やがて、義母は小学生の孫を捉まえて、「私のお金が盗られたんだよ、全部」「こんな恐ろしいことするの、巴さん(嫁)よ」と訴えます(物盗られ妄想)。また、「どうしてみんな私を貶めようとするのよ」「恩ある祖母を嫌うようにと(孫を)そそのかして」と嘆きます(いじめられ妄想)。その後、この症状はエスカレートしていき、やがては花瓶を地面に叩きつけたり、巴の髪を引っ張りご近所の目の前で引きずり回します(攻撃性)。かかわりのコツ(1)客観視介護の行き詰りの悲しみに沈んでいる巴は、小学生の息子に慰められ、教えられます。「気にするな。病気なんだから」と。私たちは、身近な人であればあるほど、思い入れが強くなり、感情的になってしまいがちです。また、巴(家族)は、認知症専門の先生のアドバイスを聞いているうちに、家族が一致団結することで在宅がまだ続けられることを悟ります。かかわりのコツとして、「病気だから仕方ない」という距離を取った理性的な視点で割り切り、介護の経験者や専門の医療関係者に相談して、認知症という病気を理解することが、心の負担を大きく減らします(客観視)。(2)客観視義母が雨の中を徘徊したことをきっかけに、在宅介護の限界を感じ、巴と夫はついに義母をグループホームへ預けようとします。しかし、巴は覚悟を決めている義母が逆に愛おしくなり、「相手を変えようと思ったら自分が変わらなくては」と在宅を続ける決心をします。そんな巴の姿を見ていた夫も変わっていきます。前半は、仕事人間で介護に関しては、「おまえ(嫁)がいいならいいよ」「任せるよ」と言い、トラブルが起きると「甘かったな」「きみが言うから」「パートなんか行ってる場合じゃないよ」とすべて責任を巴に押し付ける情けない夫でした。しかし、後半では家事を手伝い、介護の勉強会にも参加するなどとても協力的になっていきます。介護という難題を乗り越えようとして、家族の絆、夫婦の絆がより強くなっていったのでした。かかわりのコツとして、家族の協力体制などの介護の枠組みをつくり、1人だけで抱え込まないようにすること、つまり私たちができることをやるということです。逆に言えば、限界を超えて無理をしているからこそ、いら立つわけです。また、ヘルパーさんの訪問や地域のデイケアへの参加で、義母はいろいろな人とかかわっていきます。デイケアでは、軽い運動のほか、絵画、習字、粘土の造形、カラオケ、俳句などの五感を通した活動をすることで認知症のリハビリテーションを行います。その間は、家族は介護の負担がなくなります。この訪問介護サービスや通所サービスの利用により、家族が息抜きすることもかかわりの大事なコツと言えます。(3)自尊心を保つ1.決して叱らない前半で、義母は皿洗いがきれいにできないことで、巴に皿を取り上げられ、家事は何もさせてもらえず、「誰もいない時は出かけないで」と言われ、家に閉じ込められ、何もできなくなります。夫は、義母(夫にとっての実母)に「いい加減にしろ!何度繰り返したら気が済むんだ」と子どものように叱り付け、問い詰めています。その様子を中学生と小学生の孫2人が冷やかに見ています。家族にダメ出しをされるばかりの義母は「家族の中の孤独より一人の孤独の方がよっぽどマシだ」と言い放ち、衝動的に家を飛び出していました。そして、「あんたたちに迷惑がかかるばっかりじゃ生きてても仕方ないもんね」と漏らします。義母の自尊心が傷付いているのがよく分かります。認知症により、理屈などの理性的な記憶は衰えていきますが、実は、感情的な記憶はかなり保たれています(リボーの法則)。つまり、叱られた内容は忘れてしまいますが、叱られて悲しい思いをしたことと誰に叱られたかはしっかり覚えているのです。よって、子どもの教育のように叱って同じ過ちを繰り返させないようにしようという学習効果は期待できないです。そればかりか、自尊心が傷付けられたことがストレス因子となり、認知症の進行を加速させてしまうリスクがあります。つまり、かかわりのコツは、決して叱らないことです。2.できることをさせて褒めまくるヘルパーが洗濯を干す時に、「バスタオルを取ってください」と義母にわざわざ仕事をさせて、ひたすら褒めるシーンがあります。何かの仕事や頼みごとをあえてさせることで、本人が役に立っているという感覚になれて、自尊心が保たれていきます。本人に役割があることは、居場所があるということです。認知症専門の医師が言います。「人は誰かに認められていると思えなければ生きていけません」「そばにいる人にありのままでいいんだと受け入れてもらうことが必要なんです」と。その通りに、義母は落ち着いて在宅で暮らしていけるようになります。そして、義母と巴には立場を超えた特別な絆が芽生えていきます。義母と巴が一緒の布団で寝るシーンがありますが、義母は巴に自分の生い立ちを明かし、全信頼を寄せていきます。翌朝に義母は巴の胸に手を置き、「おかやん(お母さん)」と寝言を言います。もはや両者は姑と嫁の関係を越えて、幼子と乳母の関係だと言えそうです。かかわりのコツは、できることをさせて褒めまくることです。逆に言えば、できないことはさせないことです。本人の役割を限定しつつ、居場所を確保してあげることが重要です。3.傾聴しつつうまいウソをつく義母がついに巴を忘れてしまい、旧姓を名乗り、生家の住所を言い、帰らなければならないと告げるラストシーンは、さらに認知症が進んだことを物語っています。認知症が進むごとにだんだんと近い記憶から失われていきます。例えば、年齢を聞けば、毎回徐々に、年齢を若く答えていきます(若返り現象)。さらには、歩行、食事、排泄などの日常動作のレベルも失われていきます(赤ちゃん返り)。この時の義母への巴の対応は、私たちが大いに学ぶべきところがあります。巴は「今日はどうぞ泊まっていってください」「お茶でもお入れしますから」と言っています。かかわりのコツは、言っていることを否定せず、ひたすら耳を傾けつつ(傾聴)、本人の話に乗っかったうまいウソをつき、堂々巡りに陥るのを避けることです。お茶やお菓子などのアイテムはとても重要ですし、挨拶や声かけ、笑顔を絶やさない日々の取り組みも大切なことが分かります。表:「かかわりのコツ」例客観視距離を取った理性的な視点での割り切り介護の経験者や専門の医療関係者に相談介護の枠組みを作る介護者が1人だけで抱え込まない協力体制訪問介護サービスや通所サービスの利用本人の自尊心を保つ決して叱らないできることをさせて褒めまくる傾聴しつつ上手なウソをつく介護のあり方を見つめる教材家族で満開の梅の花を見に行くシーンは圧巻です。まさに精一杯生きている認知症の義母を、折れても老いても美しく咲く梅に重ね合わせています。「折り梅」というタイトルもうなずけます。この映画を通して、私たちは登場する認知症の義母や介護する家族に共感し心温まるだけでなく、認知症の介護のあり方やかかわり方を、より深く見つめていくことができます。この映画はそんな良質な教材としての役割も担っているように思います。1)忘れても、幸せ」(日本評論社) 小菅もと子2)「認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント」(協同医書出版社) 山口晴保

600.

ドラえもん【注意欠如・多動性障害(ADHD)】

「うっかりしてた!」みなさんは、「うっかりしてた!」とヒヤっとしたことはありませんか?うっかりミス、いわゆるヒヤリ・ハットです。病院では、誤薬が一番多いヒヤリ・ハットのようです。どうして私たちはうっかりしてしまうのか?どうしてうっかりの程度は人によって違うのか?そして、うっかりを減らすにはどうすればいいのか?今回、これらの疑問を、国民的人気アニメ番組「ドラえもん」でおなじみの、ジャイアンとのび太のキャラクターをモデルにして、みなさんといっしょに考えていきたいと思います。ジャイアンとのび太に共通する特性ジャイアンは「ガキ大将」で「悪ガキ」です。一方、のび太は、「グズでノロマ」で「弱虫」です。この2人の関係は、いじめっ子といじめられっ子として描かれることが多く、一見すると真反対のキャラクターです。しかし、よくよくこの2人を見て行くと、ある共通した特性や行動のパターンが浮き上がってきます。そして、このパターンは、スネ夫やしずかちゃんなどの他のキャラクターにはっきりとみられないものです。そのポイントは3つです。まず、2人とも、特にジャイアンは、気が早いということです(衝動性)。ジャイアンは、怒りっぽく、喧嘩っ早いです。一方、のび太は、早とちりや言ってはいけないことをボロリと漏らす失言癖があります。第2に、2人とも気が多いということです(多動性)。気の多さは、気の早さが繰り返される落ち着きのなさから来ていると言えます。2人とも、せっかちで、飽きっぽいです。第3に、2人とも、特にのび太は、気が散りやすいということです(不注意)。気の散りやすさは、気の早さや気の多さの裏返しとも言えます。つまり、気が早くて気が多いからこそ、その分、気が散りやすいとも言えます。ジャイアンものび太も要領(順序立て)は悪く、忘れものが多く、授業中に集中して聞いていないことが多いです。そして、先生の言い付けに従うのも苦手で、学校のテストも低い点数が多いです。特に、のび太はぼんやりしがちなため、ドジでおっちょこちょいです。そして、うっかり口を滑らすのは、先ほどの失言癖につながっていきます注意欠如・多動性障害(ADHD)気が早い(衝動性)、気が多い(多動性)、気が散りやすい(不注意)という3つの特性によって、学校や家庭などでの日常生活においてとても困ることが小学校低学年(7歳)までにみられ、続いている場合は、注意欠如・多動性障害(ADHD)と呼ばれます(表1)。ジャイアンは衝動性の傾向が強く(多動性―衝動性優勢型)、のび太は不注意の傾向が強いようです(不注意優勢型)。しかし、この2人の程度は、薬などの積極的な治療が必要な障害と呼べるほどのレベルではなさそうです。また、この特性の傾向の子どもたちの多くは、成長するにつれて、目立たなくなることが多いです。ただ、中には、不注意の特性が大人になっても、残っている場合があります。大事なのは、私たちがこの特性をより良く知ることで、この特性と上手に付き合っていくためのヒントを探ることができるのではないかということです。表1 ADHDの診断基準(DSM-IV)混合型不注意優勢型多動性―衝動性優勢型症状(>6/9項目)が半年以上持続不注意多動性衝動性1. 不注意な間違い2. 集中困難3. 聞こえない4. 指示に従えない5. 順序立てが困難6. 課題への回避7. 物を失くしやすい8. 気が散りやすい9. 忘れっぽい1. 座位で手足を動かす(もじもじ)2. 座っていられない3. 走り回る4. 静かに遊べない5. じっとしていない6. しゃべりすぎる7. 食いぎみ(出し抜け)に答える8. 順番が待てない9. 話の遮り、割り込み7歳(小学校低学年)以前に存在2つ以上の状況(例、学校、家庭、病院、職場など)で存在ADHD特性の二面性―困った面と魅力この特性の困った面は、裏を返せば、魅力にもなります(表2)。どう見えるかは、その時代や文化など周りの状況との折り合いで変わってきます。例えば、日常の世界でのジャイアンとのび太は、困ったキャラとして目に映ることが多いですが、大長編映画で冒険する時のジャイアンとのび太はどうでしょう?この2人は、とても熱血で勇敢でフットワークが軽いのです。そして、決断力があり、リーダーシップをとっています。これは、気の早さ(衝動性)や気の多さ(多動性)の特性から来ています。ADHDの秘めたエネルギーです。何ごともそつなくこなすスネ夫や穏やかで大人しいしずかちゃんにはないものです。平和な日常の世界で、ジャイアンが、ムシャクシャしているという理由だけでのび太やスネ夫に八つ当たりするのは困ります。しかし、場面場面をよくよく見ると、例えば、少女マンガを読んで号泣するなど感受性豊かな面もあります(衝動性)。また、のび太の散漫さ(不注意)は、計算問題などの課題をこなすことには向いていません。しかし、緻密さが求められない伸び伸びとした状況では、大らかで癒し系であるとも言えます。表2 ADHDの特性の二面性困った面魅力ジャイアン気が早い(衝動性)怒りっぽいけんかっ早い(暴力)早とちり失言癖衝動買い熱血勇敢、豪快、大胆アイデアマンチャレンジ精神フロンティア(開拓)精神気が多い(多動性)落着きがないせっかち飽きっぽい、移り気エネルギッシュフットワ-クが軽い新し物好きのび太気が散りやすい(不注意)集中力がない、散漫忘れっぽいドジ、おっちょこちょいおっとり、お淑やか大らか、癒し系おとぼけキャラADHDの特性の原因―生物学的因子それでは、気が早い、気が多い、気が散りやすいというADHDの特性の原因は何なんでしょうか?それは、一言で言えば、脳の発達の偏りです。その詳しいメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、脳内の神経伝達物質のアンバランスなどが明らかになってきています。そして、さらにその原因に関しては、遺伝、胎生期の母体の喫煙、周生期の合併症などの生物学的因子が報告されています。未来のジャイアンの息子・ヤサシとのび太の息子・ノビスケは、それぞれの父親のキャラから逆転しているのも、遺伝の要素の示唆に富みます。ADHDの特性のメカニズム私たちの目や耳に入っていく情報は、インプットされる段階で、脳によって無意識的に必要なものと必要でないものに強弱を付けられています。この情報量の調整によって、仕事、勉強、日常生活で、一定時間の適度な集中力を発揮することができます。ところが、この調整がうまくいかないと、目や耳に入っていく全ての情報、特に欲求の対象に脳が飛び付いてしまうのです。そして、頭の中では、必要な情報が不要な情報に埋もれてしまい、逆に、頭がパンクして全く尻込んでしまうのです。学校から帰り、宿題に取り組んでいるのび太は、階下のママの「おやつよ」との声や、ジャイアンとスネ夫の「野球に行こうぜ」との誘いに、すぐに気が散ってしまうのです。また、欲求は、怒りや喜びなどの感情に密接につながっているので、ジャイアンが情に熱いのも納得がいきます。ADHDの特性を例えるなら、アクセルが効きすぎる車です。アクセルが効きすぎる分、ブレーキやハンドルは消耗し、しかも燃費が悪く燃料切れですぐに止まってしまいます。この車にとっては、特にこまめなアクセルとブレーキのバランスやハンドル裁きを使い分けることが必要な小道や路地、つまり複雑な情報処理が求められる現代社会を「走り抜く」のはとても大変なことなのです。環境調整―かかわり方のコツ、構造化、視覚化ADHDの特性は、ちょうど足の速い人も遅い人もいるのと同じように、その人のユニークさとも言えます。彼らがうまくいかないのは、単に努力が足りないのではなく、ぴったり合った取り組み(環境調整)が足りないのです。例えるなら、このユニークな「車」には、特別な「ナビ」(かかわり方のコツ)、こまめな「交通整理」(構造化)、そして目に見える「交通標識」(視覚化)が必要だということです。(1)ジャイアン(多動性―衝動性優勢型)の母ちゃんへのアドバイスジャイアンは、店番や配達をサボったり、弱い者いじめをしたり、リサイタルで近所に迷惑をかけたりしています。これらが見つかると、ジャイアンの母ちゃんは、ゲンコツや平手打ちなどの体罰を加えて叱りつけます。ジャイアンが唯一、心の底から恐れている存在です。このかかわり方はジャイアンの乱暴さ(衝動性)の抑えになっているように描かれていますが、果たしてそうでしょうか?実は、皮肉にも、このかかわり方が衝動性をより強めている可能性があります。「悪い子は叩いていい」という学習をしてしまい、「叩かれる子は叩く子になる」リスクを大いにはらんでいます(モデリング)。1. かかわり方のコツジャイアンの母ちゃんへのアドバイスとして、まず、かかわり方のコツは、怒りなどのネガティブな感情ではなく、愛情深さや改善される喜びなどのポジティブな感情を前面に出すことです。例えば、騒々しい時は「うるさい!」と一喝するのではなく、「声のボリュームを8から5に下げると嬉しい」と具体的に肯定的に伝えることです。2. 視覚化と構造化そして、やって良いことと悪いことの線引きのルールを目に見える形にすることです(視覚的構造化)。外食や遊園地にいっしょに行くなどのご褒美リストや「がんばり表」をリビングや本人の部屋の壁に貼り、ご褒美を目指して毎日達成するとポイントが加算されるというポイント制(トークンエコノミー)を導入します(行動療法)。例えるなら、目の前に常にニンジンをぶら下げている馬の状況を作るのです(動機付け)。もちろん好ましい行動は褒めますが、逆に、好ましくない行動をした時は、まず、ポイントが加算されないことへの残念さを指摘することです。その他、トイレ掃除、お小遣いの減額、行動の制限などのペナルティを設けること、さらには一定期間、無視することがあげられます。大事なのは、好ましくない時の対応がどんなことであるかをあらかじめ本人に伝え、親もルールに従っていることを示すことです。また、有り余るエネルギー(多動性)をうまく発散させるために、地域のスポーツクラブなどに積極的に参加させることです(転換)。また、手足のもじもじ(多動性)は、貧乏揺すり、ペン回し、テーブルの指叩きなどのより受け入れられる「癖」に転換していくこともできます(代償行為)。さらに、例えば、靴の中での靴底への足指叩きなど見えないところへの転換はなお適応的であると言えます。(2)のび太(不注意優勢型)のママへのアドバイスのび太は、いつも部屋で昼寝をして、なかなか勉強をしません。そんなのび太がテストで0点を取ってくると、のび太のママは、のび太を毎回ガミガミと叱りつけています。ママはどうやら「叱ると子どもは勉強する」「勉強するまで叱り続けるべきである」という信念(スキーマ)を持っているようです。いわゆる古典的な教育ママのモデルです。しかし、残念なことに、叱られるのび太は進歩していません。と同時に、叱るママも進歩していないのです。「同じことを繰り返している」と繰り返し叱ること自体、皮肉にも「同じことを繰り返している」と言えます。のび太は懲りていないわけですが、同時に、実はママも懲りていないのでした。1. かかわり方のコツのび太のママへのアドバイスは、「叱り方」、つまり、かかわり方を変えることです。まず、目に付くのが、ママは、「勉強しなさい!」「早くやりなさい!」と口うるさく勤勉さを強調しますが、自分はいつも居間でテレビを見ていて勤勉ではありません(ダブルスタンダード)。もちろんママは主婦業を立派にこなしてはいるのですが、何かに打ち込むという勤勉さのモデルを、のび太に目に見える形で示すことが効果的です(視覚化)。例えば、ママは、日課の家事だけでなく、趣味ややりたいことの目標を掲げ、それに向かって努力している背中をさりげなく見せることです。2. 構造化ジャイアンへの枠組みと同じように、のび太にも生活の枠組みを目に見える形にすることが大切です(視覚的構造化)。これは私たちの生活にもそのまま応用できます。特に、最初に触れたヒヤリ・ハットを防止するためのヒントになる取り組み(環境調整)です。a. 時間の構造化まず、日課表や時間割によって、やるべき定時を決めることです(時間の構造化)。例えば、宿題をやる時間を決めます。その内容は、飽きないようにバリエーションで小分けにして、その間のこまめな休憩時間も決めます。そして、カウントダウンしていくキッチンタイマーを目の前にして、集中力が途切れないようにします。また、部屋を散らかしやすいなら、1日5分のお掃除タイムを決めます。アポのある日は、段取りの予定を決めます。例えば、遅刻予防のためには、決められた15分前の時間を自分の予定表に設定します。その予定表を見るのを忘れるのを防ぐため、予定表を見る時間も決めます。例えば、毎食後などです。また、付箋などのリマインダー、携帯電話のタイマー機能や「秘書アプリ」も最近は大いに活用できます。b. 場所の構造化部屋を散らかさないためには、物のあるべき定位置を決めることです(場所の構造化)。部屋の散らかりは、物の置き場所が決まっていないという頭の中の散らかり具合を映し出しています。例えば、物を使ったら、必ず定位置に戻す習慣を付けることです。また、書類などの大切なものがなくならないように、大切なものを置く場所を決めます。こまかく整理できるように、小箱も有効に活用できます。冷蔵庫の中も定位置を決めれば、無暗に突っ込まなくなります。定位置には、文字や絵で示しておけば、意識付けが高まります(視覚的構造化)。また、集中力を高める理想的な作業環境を知っておくことも重要です。実は、のび太の部屋は、最も気が散りやすい学習環境のモデルなのです。3つのポイントがあげられます。まず、机が窓に向いていることです。窓から見える人や鳥など動いているものに目を奪われがちになります。窓は、視界に入りにくい位置にあるのが理想的です。2つ目は、ドアが視界に入らない点です。ママにいつ覗かれるかと気になってしまう可能性があります。ドアは、視界に入る位置にあるのが理想的です。3つ目は、背後に空間がある点です。そこでドラえもんがどら焼きを食べていれば、どうでしょう?人は本能的に背後が壁だと落ち着きますので、背後は、壁であるのが理想的です。3. 視覚化ご褒美リスト、がんばり表、親の背中、付箋などのリマインダーなど、目に見える形にして、目に付きやすくすることについては、すでに触れてきました(視覚化)。さらに、部屋の片付けのポイントとして、大きな棚を買わないことです。大きな棚は、散らかったものを詰め込んで見えなくしているだけになります。ちょうど、部屋が片付いていない時にお客さんが来たら、散らかったものを一気に押入れに押し込んだり、一か所に寄せて大きな布を被せるのと同じです。これは、片付けたのではなく、隠しただけなのです。視覚化の真逆の行動です。つまり、ポイントは、散らかった様子を自分に見える形にして、お掃除のやる気を高めることです。のび太が0点の答案を隠さないのと同じくらい大切なことと言えます。(3)2人の母へのアドバイス1. リスクこのままジャイアンとのび太が中学生になったらどうなるでしょうか?マンガやアニメで、大学生や大人の彼らは描かれていますが、中学生や高校生の多感な思春期の彼らは描かれていません。これは、ADHDの特性のあるキャラクターを描いたドラえもんの「ブラックボックス」と言えます。ジャイアンの「おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの」という身勝手さは、このままだと対人トラブルや反社会的な行動を生み出すリスクがあります(素行障害、反社会性パーソナリティ)。その時は、もはや体格的に母親の力では抑えが効きません。一方、のび太は、「のび太のくせに(生意気だぞ)」と言われ続けて、「どうせぼくなんて」「ぼくは何をやってもだめなんだ」と自信をなくし(低い自己評価)、そこに目を付けられて、ますますいじめのターゲットにされるかもしれません。自信のなさは、対人関係を回避しようとする引きこもりを生み出すリスクがあります(回避性パーソナリティ)。つまり、ADHDの特性は、これ自体は個性なのですが、性格(パーソナリティ)を形作るうえで大きな影響を与えやすいということです。そして、一番重要なことは、この性格は、育む環境によって、魅力にもリスクにもなりうるということです。ADHDの特性によるリスクは、例えるなら、高血圧のリスクです。高血圧は、これ自体は困りませんが、心臓病(虚血性心疾患)や脳卒中(脳血管障害)などのリスクがあります。これと同じように、ADHDの特性は反社会性や回避性のパーソナリティのリスクがあるのです。2. 自尊心と他人への敬意を高める高血圧の人が心臓病や脳卒中を予防するためには、食事療法や運動療法、深刻な場合は薬物療法が必要です。これと同じように、ADHDの特性のある子が、より社会に合わせられ、個性を発揮するためには、その方向付けがとても大切であるということが分かります。そのポイントは、自分を大切にする心(自尊心)と他人を大切にする心(敬意)ことです。そのためには、先ほど触れたかかわり方のコツを踏まえて、彼らが小さな成功体験を積み重ねていくことです。例えば、本人の「良いところリスト」を作って、貼るのも良いでしょう。ジャイアンの母ちゃんは、ジャイアンが店を手伝っていることを当たり前だと思わず、感謝することをお勧めしたいです。すると、ジャイアンは、自尊心が満たされていることにより、他人への感謝や敬意を示すことのできる大人に育っていきます。のび太のママは、のび太の特技であるあやとりや射撃のセンスを勉強に役立たないくだらないことだと思わず、好ましい評価をして、親子でいっしょに大会や集まりに参加することをお勧めしたいところです。体罰を加えたり、ガミガミ叱るのは、自尊心が低く、他人への敬意も払えない子を育て上げるハイリスクの教育ママのモデルと言えます。ここから、親もADHDの特性をよく知って、自分も他人も大切にできる心を育むかかわり方を勉強する必要があることが分かります(ペアレントトレーニング)。表3 環境調整かかわり方のコツ構造化視覚化ジャイアン(多動性―衝動性優勢型)×体罰を加える◎ポジティブな感情を出す◎スポーツで発散する×隠す◎目に見える形にする◎目に付きやすくする◎具体的、肯定的に伝える◎良いところリストを作る◎ご褒美リスト、がんばり表を作るのび太(不注意優勢型)△ガミガミ叱る◎親が努力している背中を見せる◎定時、定位置、予定を決める◎小分けにする◎バリエーションを付ける(4)ドラえもんモデル―自尊心を高め教訓を導くジャイアンとのび太の未来にリスクがある中、登場するのがドラえもんです。秘密道具を出すドラえもんののび太へのかかわり方は、さきほど触れたジャイアンの母ちゃんやのび太のママとは対照的です。秘密道具は、のび太の望みを次々と叶えていると思われがちですが、実はそうでもありません。例えば、ドラえもんは、非常識なリクエストにはきっぱりダメと言い、聞き入れません。ドラえもんなりに何の秘密道具を出すかの基準がはっきりとあるのです。その基準から、どうやら、主に2つのメッセージ性がありそうです。1つ目は、自信を引き出し、自尊心を高めることです。例えば、「コンピューターペンシル」や「暗記パン」によって、勉強ができるという爽快感や達成感を味わい、成功体験を積み重ねていくことは、「自分はできる」という自信や「次はこうなりたい」というビジョンを引き出してくれます。道具は、単にのび太を助けているのではなく、のび太を前向きにさせる後押しをしているのです。2つ目は、道具を使うことによって教訓を得ることです。例えば、秘密道具によって、初めは問題が解決したかに見えて期待を抱かせますが、やがて、のび太が使い方を間違ったり、「絶妙」なタイミングで道具が壊れる展開が待っていることです。そして、最後に、ドラえもんが「道具に頼るからだ」と戒めるストーリーのオチです。のび太だけでなく、見ている私たちが気付くのは、道具を使うことは根本的な問題の解決になっていないこと、そして問題はやはり自分で取り組むのが大切であるということです。自尊心を高め教訓を導くこのドラえもんモデルは、いつもそばにいて支え続けるという母性的な面と、あるべき倫理観を示す父性的な面をバランス良く兼ね備えており、のび太の成長に欠かせない存在です。ADHDの特性の起源そもそも、なぜこのようなADHDの特性が多かれ少なかれ私たちに存在するのでしょうか?進化心理学的に考えれば、普遍的に存在することには、必ずそこに理由がありそうです。その理由とは、もともと人間は、ADHDの特性を持っていたのではないかとういことです。太古の昔から、人間を含む生き物は、食うか食われるかの生存競争から、早い動きに自動的に注意を向ける能力が進化しました(衝動性)。その反面、明らかに遅い動きに注意を向ける能力は、生存競争において必要がないため、進化しませんでした(チェンジ・ブラインドネス)。例えば、テレビのバラエティで、ある映像でどこが徐々に変化しているかを言い当てるクイズは、まさにこの遅い動きへの注意の能力が試されています。そして、このクイズは、きっとADHDの特性の強い人には苦手でしょう。さらに、人間の狩猟採集社会の時代では、夜中に寝ている時でも、獲物がさっとそばを横切れば、すかさず仕留める必要があります(衝動性)。また、飢餓が続けば、獲物や果実を求めて遠出をして動き回ります(多動性)。そんな勇敢であると同時にある程度向こう見ずな遺伝子を持つ種族が生き延び、子孫を残してきたのでした(適者生存)。ところが、1万年前、ほぼ同時期に農耕と牧畜が始まったことにより、社会構造が大きく変わりました。それは、狩猟採集社会から農耕牧畜社会への移り変わりです。狩猟民族の持つ瞬間的な高い集中力(瞬発性)よりも、新しく生まれた農耕民族が持つ持続的な一定の集中力(安定性)、つまりADHDの特性の少なさに価値が置かれるようになりました。ADHDの特性をより分かりやすくするために大胆に言うと、人類は、ぱっと応じるガツガツタイプとじっくり粘るコツコツタイプの2タイプに分けることができるということです。例えるなら、イソップ童話に登場する「兎と亀」です(表3)。国ごとのADHDの特性の程度の違いのわけ世界的に見ると、日本は、ADHDの子どもが少ないです。これはなぜでしょうか?1つの理由としては、日本は国土が狭い島国であったことです。この狭さ(狭小性)と出にくさ(閉鎖性)により、ADHDの特性は発揮されず、この血筋があまり増えなかったことが考えられます。もう1つの理由は、江戸時代に発展した形式を重んじる文化的な枠組みです。それまでの戦国時代は、ADHDの特性の強い戦国武将たちがしのぎを削っていました。特に織田信長は、ADHDの特性が強く、戦で先頭を切り、情報戦略を張り巡らし、時代を先駆ける型破りな革命児でした。現代の私たちも好きな人は多いです。しかし、結果的に、ADHDの特性の少ない徳川家康が天下統一を果たしてしまいました。信長と家康のADHDの特性の違いは対照的です。それは、「泣かぬなら殺してしまえ」と「泣くまで待とう」とそれぞれ対照的に読まれたホトトギスの俳句が物語っています。家康によって、鎖国が推し進められ、長らく平和な世の中が続きました。武士道や茶道などあらゆる形式が重んじられました。このような形式の重んじられた安定した封建社会は、ADHDの特性の少ない人たちが活躍するのに有利です。その一方、ADHDの特性の強い人たちにとっては、幼少期からの枠組みの強い環境がルールを守ることを根付かせて、ADHDの特性を目立たなくさせてきたのでしょう。幕末の激動の時代にようやくADHDの特性を発揮できる状況がやってきました。そして、その時に活躍したのが、ADHDの特性のとても強い坂本龍馬でした。彼は、気性が激しいことでも有名ですが、発想の転換が早く、行動力があり、時代を先駆けることができたのでした。一方、現代のアメリカ合衆国は、ADHDの子どもが多いとの統計があります。この理由は、そもそも彼らの祖先は、冒険心を持って新大陸を目指して集まった人たち、つまり、ADHDの特性の強い人たちだからではないかと思われます。だからこそ、同時に、アメリカ合衆国は、特許数が世界一です。彼らには、ADHDの特性の強いアイデアマンが多いのです。ジョブマッチング(表4)―ADHDの良さを引き出すそして今、新たな時代がやってきています。情報革命が起こり、情報が錯綜する中、国際的な競争力、発想力、行動力が問われる時代です。同時に、お財布携帯、統一化した交通カード、スケジュール管理、検索などのITによるシステム化により、生活スタイルがシンプルになり、ADHDの特性の強い人にも生きやすい時代になってきました。以前よりもシンプルで激動の「大草原」を、この「アクセル」の効きすぎる車は、きっと真っ先に駆け抜けていくでしょう。そのために、私たちはADHDの特性をよく知り、リスクをうまくカバーしつつ、その特性に合った職場環境を見いだす必要があります(ジョブマッチング)。例えば、ジャイアンの夢は、家業の雑貨店から「ゴウダショッピングモール」という自分の名を冠した大型百貨店を世界展開することです。いかにもジャイアンらしいアイデアです。実際に、未来のジャイアンは、「スーパー・ジャイアンズ」というスーパーマーケットを起業しています。ADHDの特性を生かして、起業家としての能力を発揮したのでした。しかし、ADHDの特性のリスクを考えれば、経営は優秀な部下に任せて、ジャイアンはあくまで次の起業に力を注ぐべきだということです。また、ADHDの特性の強い営業マンは、顧客の懐に飛び込むのがうまいのです。衝動性が積極性や仕事の早さとして生かされています。しかし、よくありがちな失敗は、アフターケアを疎かにするということです。よって、会社組織の取り組みとしては、アフターケアには、ADHDの特性の少ない別の担当者を向かわせるというチーム体制を敷くことです。さらに、とてもADHDの特性の強い人は、冒険家に向いています。冒険は、目的がシンプルで、達成されたら終わりというように期間が限定されています。彼らは、多動性や衝動性から、積極的な行動がパターン化して、刺激を求めやすくなっているのです。例えば、死ぬかもしれないけど、エベレストに登ることです。あえて危険な目に身をさらす冒険家の心理状態です(リスクテイカー)。これは、あえて遅刻ぎりぎりに到着するなど遅刻常習犯の心理でもあります。よって、厳しいノルマや規律を求められる学校や会社にはあまり向かないことになります。そして、方向付けが間違えば、その衝動性から、アルコール依存症や薬物依存症になりやすいリスクも潜んでいます。また、医療職において、ADHDの特性を発揮する場は、高い集中力やスピードが求められる救急や夜間当直と言えます。表4 ジョブマッチンングガツガツタイプ(狩猟採集民族)コツコツタイプ(農耕牧畜民族)ADHD特性多い(強い)少ない(弱い)モデル兎織田信長、坂本龍馬亀徳川家康特徴瞬間的な高い集中力(ぱっと応じる瞬発性)持続的な一定の集中力(じっくり粘る安定性)例一般職起業家、冒険家クリエーター、商品開発漁業、スポーツマン経営者、管理職公務員、サラリーマン農業、牧畜医療職急性疾患、救命救急緊急手術、精神科救急夜間当直慢性疾患精神疾患リハビリテーション薬物療法―「ドラえもん薬(ぐすり)」前半で触れたADHDの診断基準を満たしている場合、薬物療法を行います。その効果は、薬による一定の刺激覚醒により集中力を持続させ、学校や家庭での生活を維持していきます。これと同じように、ドラえもんの存在は、ワクワクする体験や冒険を通してのび太を適度に刺激している点で、「ドラえもん薬(ぐすり)」という一種の薬物療法とも言えそうです。では、私たちにとっての「ドラえもん薬」とは何でしょうか?それは、ワクワク感という心の覚醒を持続するために、日々の仕事や日常生活の中での夢や目標に向かって突き進んでいくことそのものです。ここに、最初に触れた「うっかりを減らすにはどうすればいいのか?」という疑問に対しての答えが見えてきます。1つの答えは、のび太のママへのアドバイスでもある作業の枠組みでした(構造化)。それは、定時、定位置、予定を決めるなど作業やチェックをシンプルに目に見える形にすることです。これに加えて、はっきりしてきたもう1つの答えは、仕事や日常生活の夢や目標を自ら意識付けて、日々の生活を生き生きと生きる心意気であると言えます。この自らへの刺激によって、のび太がしずかちゃんと結婚するという夢を叶えるように、私たちも人生をより豊かに歩んでいくことができるのではないでしょうか?1)「注意欠如・多動性障害―ADHD―診断・治療ガイドライン」(じほう) 齊藤万比古 20082)「ADHDのび太ジャイアン症候群」(主婦の友社) 司馬理英子 20083)「他人とうまくいかないのは、発達障害だから?」(PHP研究所) 姜昌勲 20124)「『のび太』という生き方」(アスコム) 横山泰行 2004

検索結果 合計:649件 表示位置:581 - 600