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第304回 iPS細胞治療の心筋シートとドパミン神経前駆細胞に「仮免許」、承認期限7年、待ち受ける有効性証明の高くて険しい壁

マスコミの多くは「世界初」を喧伝、心臓病やパーキンソン病の患者を登場させて「期待感」を語らせるこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。冬季オリンピックが終わってしまいましたね。日本時間では深夜から早朝にかけての競技が多く、テレビ観戦するにはなかなか大変でしたが、スピードスケートの高木 美帆選手の試合を中心にいくつかの競技をライブで観ました。個人的に興味があり応援していたのは女子のチームパシュート(団体追い抜き)です。3人で走る姿が競輪のラインに似ているのと、1周ごとに相手チームとの差が目視できてハラハラするのがこの競技の魅力です。準決勝でオランダにわずか0.11秒差で負けましたが、3位決定戦では米国に完勝、「銅だ!すごい!」とマスコミはこぞって高木選手らを祝福しました。しかし、そうした祝福の陰で厳しい批評もありました。2月20日付の日本経済新聞朝刊スポーツ面のコラム「透視線」で日体大教授の青柳 徹氏(高木選手の日体大時代の恩師)は銅メダルについて「もっといい色にできるはずだし、やれることがあったのではないか」と書き、「最後の3人目のライン通過時が記録となるため、縦一列に並ぶより、最後の直線で後ろの選手が横に出て先頭に詰めた方がわずかでもタイムは縮まるはずだ」と縦一列ゴールに疑問を投げ掛けていました(優勝したカナダは確かにこの方式でした)。メダルを取っても厳しい言葉を掛けられるのは、恩師だからこそと言えそうです。それにしても、後ろの2人の選手が前の選手のお尻を押すプッシュ戦術や、ゴール前にバラける戦術など、チームパシュートという競技の面白さの一端を知ることができた冬のオリンピックでした。さて、今回は先週、製造販売が了承されたiPS細胞製品について書いてみたいと思います。厚生労働省の薬事審議会再生医療等製品・生物由来技術部会は2月19日、iPS細胞から作った心臓病とパーキンソン病の再生医療製品2製品について、条件及び期限付きで製造販売を承認することを了承しました。2製品は近日中(1〜2ヵ月以内)に厚労相が正式に承認する予定です。承認されればiPS細胞として世界初、ES細胞を含む多能性幹細胞としても世界初の承認となるそうです。マスコミの多く(とくに民放のニュース)は、「世界初」を喧伝、心臓病やパーキンソン病の患者を登場させて「期待感」を語らせるなど、まるで金メダルを取ったかのような大騒ぎぶりでした。果たして、そんなに大きな期待を抱いてもよい「承認」なのでしょうか。左室駆出率が移植前と比較して改善していると評価された患者数は8例中2例のリハート製造販売が了承されたのは、大阪大学発のベンチャー、クオリプスが重症心不全を対象に承認申請していた他家iPS細胞由来心筋細胞シートの「リハート」と、住友ファーマがパーキンソン病を対象に承認申請していた他家iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞「アムシェプリ」です。リハートは京都大学iPS細胞研究財団が提供している他家iPS細胞株を心筋細胞に分化誘導し、未分化細胞を除去した上でシート状に成形した製品。標準治療で効果不十分な虚血性心筋症による重症心不全の治療を効能・効果または性能としています。開胸手術によって、シート3枚を患者の心臓表面に移植して使います。大阪大学大学院医学系研究科の澤 芳樹名誉教授の研究成果を基にしており、昨年の大阪・関西万博での展示でも大きな話題となりました。条件及び期限付承認の根拠となった臨床試験の成績では、主要評価項目である、移植後26週時点の心エコー図検査によるLVEF(左室駆出率)が移植前と比較して改善していると評価された患者数は8例中2例でした。その他の項目も踏まえ有効性を評価した結果、「有効性が示唆されると判断された」ものの、被験者が少なかったことから条件及び期限付承認となりました。承認期限は7年で、「正式承認を申請するまでの期間、リハートを使用する全症例に対する製造販売後承認条件評価を行うこと」、「正式承認を申請するまでの期間、リハートの作用機序を反映する生物学的特性に関して情報収集すること」などの条件が付けられ、「リハート群75例と対照群150例を比較する臨床研究として使用成績調査を行う」などの市販後調査も求められました。6例について主要評価項目でパーキンソン病の重症度を示すスコアが改善したアムシェプリ一方、アムシェプリは京都大学iPS細胞研究財団の髙橋 淳所長が開発を主導した薬剤です。同財団が提供している他家iPS細胞株からドパミン神経前駆細胞を誘導して作製します。「レボドパ含有製剤を含む既存の薬物療法で十分な効果が得られないパーキンソン病患者の運動症状の改善」を効能・効果または性能としています。ドパミン神経前駆細胞を定位脳手術により、両側の被殻に移植(大脳被殻片側あたり5.4×10^6個を目標)して使います。ドパミン神経前駆細胞が患者の脳に生着し、ドパミンを産生して治療効果を示すことが期待されています。条件及び期限付承認の根拠となった臨床試験の成績では、7例を対象とし、片側にしか投与しなかった患者を除いた6例について、主要評価項目でパーキンソン病の重症度を示すスコアが改善したとのことです。また、6例全例で、移植後12ヵ月・24ヵ月時点で他家iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞が大脳被殻に生着していました。こちらも被験者が少なかったことから条件及び期限付承認となりました。承認期限も同じく7年で、「正式承認申請までの期間、アムシェプリを使用する全症例に対する製造販売後承認条件評価を行うこと」などの条件が付けられ、「既存の薬物治療で十分な効果が得られなかったパーキンソン病患者に対してアムシェプリの有効性と安全性を評価する製造販売後臨床試験」、「アムシェプリが移植された全ての患者に対する使用成績調査」などの市販後調査も求められました。なおリハートと異なり、ドパミンの作用がすでに明確であることから、作用機序の解明は承認条件に含まれませんでした。日本独自の再生医療等製品の条件及び期限付承認制度のおかげ日本経済新聞や朝日新聞などの報道では、記事の見出しに「仮免許」という言葉が使われています。リハート、アムシェプリともに被験者は1桁と少なく、「症状が改善した」と言っても比較対象試験が行われているわけではないので「効果あり」と科学的に判定されたわけではありません。7年以内にそこを証明しないと「仮免許」は取り上げられてしまいます。「承認」とは言え、なかなかに厳しい「条件及び期限」と言えます。そんな不十分な成績なのに「承認」されたのは、日本独自の再生医療等製品の条件及び期限付承認制度のおかげと言えます。2014年11月、薬事法が改正されて薬機法となった際に新たに導入された同制度は、対象患者が少なかったり対照群の設定が難しかったりなどで一般的な規模の第III相臨床試験を実施できない場合などに活用される仕組みです。有効性の確認前でも、早期の臨床試験データから有効性が推定されれば、条件や期限付きで承認が与えられますが、7年を超えない範囲で有効性、安全性を検証した上で、再度承認申請して正式承認を取得する必要があります。条件及び期限付承認を取得した製品はこれまで6つ、正式承認に至った製品はなく2つは撤退資金、労力、時間がかかる第III相臨床試験を実施しなくても製品を販売できる仕組みとして、再生医療等製品の開発に取り組む製薬メーカーは大きな期待をかけ、活用してきた同制度ですが、10年以上を経てその結果は芳しくありません。条件及び期限付承認を取得した製品はこれまで6つあるものの、有効性を確認して正式承認に至った製品はゼロです。「厚労省部会、他家iPS細胞由来のクオリプスの心筋細胞シートと住友ファーマのドパミン神経前駆細胞の条件及び期限付承認を了承」のタイトルで2月22日、今回の期限付承認を報じた日経バイオテクは、同制度について「近年は、条件及び期限付承認を取得しても、開発企業は安心できない実情が浮き彫りになってきた。というのも、条件及び期限付承認を取得して本承認を目指していた、アンジェスの『コラテジェン』(ベペルミノゲンペルプラスミド)とテルモの『ハートシート』(ヒト[自己]骨格筋由来細胞シート)が、それぞれの承認期限近くの2024年6~7月、相次いで市場から撤退したためだ。(中略)2製品が撤退したのは、市販後調査で良好なデータを示せなかったことの影響が大きい」と書いています。国としては、今のタイミングでiPS細胞治療の芽を摘んでしまうという選択肢はなかったのかもiPS細胞治療については、本連載の「第282回 なかなか実用化にこぎつけられないiPS細胞治療、神戸アイセンター病院の網膜細胞治療について『先進医療』とするのは『不適』の判断」で、神戸アイセンター病院の網膜細胞治療が昨年8月、厚生労働省の先進医療技術審査部会において「先進医療」とするのは「不適」であると判断されたというニュースを取り上げました。この時は、「治っているかどうか患者が実感できない高額な治療法に、先進医療とは言え、保険診療を併用させることはNG」という判断だったわけですが、今回については「治っているかどうかよくわからないが、とりあえず承認しておくから7年で有効性をちゃんと証明しろ」ということのようです。随分無責任な「仮免許」と言えますが、うがった見方をすれば、これも高市政権の成長戦略の影響ということができるかもしれません。政府の「日本成長戦略会議」において「直ちに実行すべき重要施策」として挙げられた17項目の戦略分野の中には「合成生物学・バイオ」と「創薬・先端医療」が入っており、「さあこれから」という時に、iPS細胞治療の芽を摘んでしまうという選択肢は国としてはなかった、と見る向きもあります。テルモのハートシートに比べ、リハートの市販後調査のエンドポイントはなぜだか緩いiPS細胞治療の業界に詳しい知人に、リハート・アムシェプリの正式承認の可能性について尋ねたところ、「リハートと類似の製品で、骨格筋由来細胞シートだったテルモのハートシートが良好なデータを示せず撤退を余儀なくされた理由の1つは、市販後調査において心臓疾患関連死までの期間など、かなりハードなエンドポイントを課せられていたためだ。リハートの市販後調査のエンドポイントは、なぜかそこまでハードに設定されておらず、とても緩い印象だ。本当に効くかどうかは別にして、ハートシートに比べると承認のハードルは低いと言える。一方、アムシェプリは、パーキンソン病の重症度を評価する国際尺度がエンドポイントに課せられているので、そこそこハードルは高い印象だ」と話していました。エンドポイントを低くして、承認を容易くしたとしても、実際の効きが悪ければ医師は使用しませんし、世界でも売れないでしょう。オリンピックと同様、世界標準で戦う必要がある製品だとしたら、手心(かどうかはわかりませんが)は結局はマイナスに働くのではないでしょうか。iPS細胞治療の実用化に向けては、長く険しくゴールが見えないレースがまだまだ続きそうです。

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コーヒーや紅茶、認知症リスク低下と関連した摂取量は/JAMA

 カフェイン入りコーヒーおよび紅茶の摂取量の多さは、認知症リスクの低下、認知機能の軽度改善と関連しており、その関連性は摂取量が中程度レベルで最も顕著であったという。米国・Harvard T.H. Chan School of Public HealthのYu Zhang氏らが、大規模前向きコホート研究のデータを用いた解析結果を報告した。コーヒーや紅茶と認知機能との関連を示すエビデンスはまだ決定的ではなく、また、ほとんどの研究でカフェイン入りコーヒーとデカフェコーヒーを区別できていなかった。JAMA誌オンライン版2026年2月9日号掲載の報告。約13万人を最長43年(中央値37)追跡 研究グループは、米国の1976年に開始されたNurses’ Health Study(NHS)に参加した30~55歳の女性看護師と、1986年に開始されたHealth Professionals Follow-Up Study(HPFS)に参加した40~75歳の男性医療従事者のデータを用いた前向きコホート研究を行った。本解析では、研究期間をNHSは1980~2023年、HPFSは1986~2023年とし、いずれもベースラインでがん、パーキンソン病、認知症の既往歴がなく、カフェイン含有飲料の摂取量が報告されている参加者(NHS:8万6,606人、HPFS:4万5,215人)を対象として、コーヒー・紅茶の摂取と認知症リスクおよび認知機能との関連性について解析した。 カフェイン入りコーヒー、デカフェコーヒー、紅茶の摂取量は、2~4年ごとの食物摂取頻度調査票(FFQ)を用いて評価した。 主要アウトカムは認知症とし、死亡記録と2年ごとの質問票から得た自己報告による医師の診断に基づいて特定した。 副次アウトカムは、主観的認知機能低下(質問票の一般的な記憶、実行機能、注意力などに関する6~7項目のスコア[範囲:0~7、高得点は認知機能低下の程度が大きいことを示し、スコアが3以上の症例と定義])である。また、NHSコホートのみ、1995~2008年に4回の電話による認知機能検査(Telephone Interview for Cognitive Status[TICS、範囲:0~41]、East Boston Memory Test[EBMT]、言語流暢性検査、逆唱検査を含む6つの検査)を実施して客観的認知機能を評価し、3つの認知スコアを算出した。 解析対象は、計13万1,821例(ベースライン平均年齢はNHSコホート46.2[SD 7.2]歳、HPFSコホート53.8[SD 9.7]歳、65.7%が女性)、追跡期間は最長43年(中央値:36.8年、四分位範囲:28~42年)であった。1日にカフェイン入りコーヒー2~3杯、または紅茶1~2杯で認知症リスク低下 追跡期間中に認知症を発症した参加者は1万1,033例(NHSコホート7,975例、HPFSコホート3,058例)であった。 2つのコホートを統合し交絡因子を調整した結果、カフェイン入りコーヒーの摂取量が多いほど、認知症リスクの低さ(10万人年当たりの認知症発症頻度:摂取量の最多四分位群141例vs.最少四分位群330例、ハザード比:0.82、95%信頼区間[CI]:0.76~0.89)、ならびに主観的認知機能低下有病率の低さ(それぞれ7.8%vs.9.5%、有病率比:0.85、95%CI:0.78~0.93)と有意に関連していた。 NHSコホートでは、カフェイン入りコーヒーの摂取量が多いほど客観的認知機能がわずかに良好であることが示された。最多四分位群は最少四分位群と比較して、平均TICSスコアが有意に高く(平均群間差:0.11、95%CI:0.01~0.21、p=0.03)、全般的認知機能も有意ではないものの高値であった(平均群間差:0.02、95%CI:-0.01~0.04、p=0.06)。 紅茶の摂取量でも、同様の関連がみられた。一方で、デカフェコーヒーの摂取量と認知症リスクの低下または認知機能の向上との関連はみられなかった。 用量反応解析では、カフェイン入りコーヒーおよび紅茶の摂取量と、認知症リスクおよび主観的認知機能低下の間に非線形の逆相関が認められ、最も顕著な関連はカフェイン入りコーヒーを1日当たり約2~3杯、または紅茶を1日当たり約1~2杯摂取した場合に観察された。

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パーキンソン病〔PD:Parkinson's disease〕

1 疾患概要■ 概念・定義1817年、英国の外科医であり地質学者であったJames Parkinsonは“Essay on The Shaking Palsy”として6症例のパーキンソン病患者の症状を詳細に報告した。その後、神経学の祖であるJean-Martin Charcotがこのエッセイに着目し「パーキンソン病」と名付け、疾患概念が確立された。本疾患はドパミン神経細胞が脱落するため、動作緩慢、振戦、筋強剛などが出現する。進行すると姿勢保持障害、歩行障害なども顕著になり、転倒のリスクが高まる。さらに、運動症状以外にも睡眠障害、嗅覚低下、自律神経障害、認知症、精神症状など多彩な非運動症状を合併する。そのため日常生活動作が低下し、介護度が高くなり、患者本人の生活の質を悪化させるのみならず、介護者にも多大な影響が及ぶ疾患である。病理学的所見としては、黒質緻密部を中心としたドパミン神経細胞の変性・脱落とレビー小体の形成が特徴である。■ 疫学有病率は10万人当たり100~180人とされているが、65歳以上では1,000人程度存在するといわれている。海外で行われた年齢別有病率を調査した研究では、40~49歳では10万人当たり約40人であるのに対し、80歳以上では約1,900人と報告されており、加齢に伴い急激に増加することがわかる。発症頻度には地域差があり、欧州や北米では高く、アジアやアフリカでは低い傾向がある。また、海外では男性に多いとされる一方で、わが国では女性の有病率が高いと報告されている。■ 病因本疾患の病因は長らく不明とされてきたが、近年の分子病理学的・遺伝学的研究の進展により、その中核にはαシヌクレインの異常凝集と蓄積があることが明らかとなっている。αシヌクレインは、本来シナプス前終末に豊富に存在する可溶性タンパク質であるが、異常構造へ変化するとオリゴマー、プロトフィブリル、フィブリルへと段階的に凝集し、神経毒性を獲得する。これらの凝集体は、神経細胞内でレビー小体やレビー神経突起を形成し、ドパミン神経を中心とした神経変性を引き起こすと考えられている。さらに、病的αシヌクレインは細胞間を伝播する性質を有し、特定の神経回路に沿って病理が拡大することが示唆されている。その一方で、パーキンソン病は単一の原因で発症する疾患ではなく、遺伝的要因と環境要因が複雑に絡む多因子疾患である。αシヌクレインをコードするSNCAは最初に発見された家族性パーキンソン病の原因遺伝子である。さらに常染色体顕性遺伝性パーキンソン病に頻度が高いLRRK2、重大なリスク遺伝子であるGBAなどが同定されており、これらはαシヌクレインの凝集に関与している。また、孤発例においても、複数の感受性遺伝子が発症リスクに寄与することが明らかとなっており、遺伝的背景が病態形成に重要な役割を果たす。そのほか農薬曝露、頭部外傷、腸内細菌叢などの環境因子も発症リスクとして報告されており、遺伝要因と環境要因の相互作用が発症の引き金となる可能性が考えられている。さらに近年では、ミトコンドリア機能障害、酸化ストレス、神経炎症、タンパク質分解系の破綻など、複数の細胞内異常が相互に関連しながら神経変性を進行させることが示唆されている。とくにリソソーム・オートファジー系の障害は、異常αシヌクレインの蓄積を促進し、分解不能になるという悪循環を形成する重要な病態基盤と考えられている。このようにパーキンソン病の病因は、αシヌクレイン凝集を中心とした分子病態を軸に、多層的・連続的な異常が重なり合うことで発症すると考えられる。2 診断臨床診断は主に症候学的所見に基づいて行われる。2015年に国際パーキンソン病・運動障害学会が診断基準を策定した(表)。この診断基準では、寡動を中心に、振戦と筋強剛のどちらか1つがあるとパーキンソン症状があると判断し、特異的な所見である、レボドパ製剤に対する良好な反応性、レボドパ誘発性ジスキネジア、四肢の静止時振戦、嗅覚低下および123I-MIBG心筋シンチグラフィによる心臓交感神経脱落の証明を支持的診断基準としている。除外基準のみならず、パーキンソン病でも認められるが非典型的な症状や経過をレッドフラッグとして挙げている。支持的基準を2つ以上満たし、除外基準およびレッドフラッグが認められない場合は“clinically established”であり、支持的基準を満たしていてもレッドフラッグを認める場合や、レッドフラッグがなくても十分に支持的基準を満たさない場合は“probable”と診断される。診断基準の特異度は高いが感度は低く、類縁疾患である多系統萎縮症や進行性核上性麻痺といったParkinson-like disorderとの鑑別は難しい。また、運動症状が発症する前より、便秘、嗅覚低下、レム睡眠行動異常症が認められる場合がある。ビデオ睡眠ポリグラフでレム睡眠行動異常障害認められる場合、パーキンソン病を発症するリスクが高まる。採血や画像診断は補助的な診断である。採血では特異的な変化はないが、パーキンソン症状を来す疾患(甲状腺機能亢進症や低下症、ウィルソン病、抗リン脂質抗体症候群など)の鑑別は必要である。神経画像は診断に有用であり、頭部MRIやCTなどの構造画像は除外診断目的で行われる。とくにMRIは被殻の萎縮と被殻外側のスリット、脳梁の萎縮、中脳背側(中脳被蓋部)の萎縮、上/中小脳脚の萎縮、橋の萎縮などに注目し、Parkinson-like disorderと鑑別する。また、DATスキャンを行うことで、パーキンソン症状が黒質線条体のドパミン機能障害により引き起こされていることが確認できる。薬剤性パーキンソニズム、本態性振戦、ジストニア、錐体路障害などによるパーキンソン様症状は正常であり除外できる。123I-MIBG心筋シンチグラフィは心臓交感神経の脱落を確認できるが、認める場合はパーキンソン病に特異的な所見であり、重要な診断の手掛かりとなる。最近、髄液に存在する微量な凝集型αシヌクレインを増幅することで診断できる可能性が示されているが、研究レベルであり実用化はされていない。表 国際パーキンソン病・運動障害学会の診断基準画像を拡大する診断のフローを以下に示す。【パーキンソン病の診断基準(MDS)】■臨床的に確実なパーキンソン病(clinically established Parkinson's Disease)パーキンソニズムが存在し、さらに、1)絶対的な除外基準に抵触しない。2)少なくとも2つの支持的基準に合致する。3)相対的除外基準に抵触しない。■臨床的にほぼ確実なパーキンソン病(clinically probable Parkinson's Disease)パーキンソニズムが存在しさらに、1)絶対的除外基準に抵触しない。2)相対的除外基準と同数以上の支持基準がみられる。ただし、2つを超える相対的除外基準がみられてはならない。■支持的基準(Supportive criteria)1)明白で劇的なドパミン補充療法に対する反応性がみられる。この場合、初期治療の段階では正常かそれに近いレベルまで改善がみられる必要がある。もし、初期治療に対する反応性が評価できない場合は以下のいずれかで判断する。用量の増減により、顕著な症状の変動(UPDRS partIIIでのスコアが30%を超える)がみられる。または患者または介護者より治療により顕著な改善がみられたことが確認できる明らかに顕著なオン/オフ現象がみられる2)L-ドパ誘発性のジスキネジアがみられる。3)四肢の静止時振戦が診察上確認できる。4)ほかのパーキンソニズムを示す疾患との鑑別診断上、80%を超える特異度を示す検査法が陽性である。現在この基準を満たす検査として以下の2つが挙げられる。嗅覚喪失または年齢・性を考慮したうえで明らかな嗅覚低下の存在MIBG心筋シンチグラフィによる心筋交感神経系の脱神経所見■絶対的除外基準(Absolute exclusion criteria)1)小脳症候がみられる。2)下方への核上性眼球運動障害がみられる。3)発症5年以内に前頭側頭型認知症や原発性進行性失語症の診断基準を満たす症状がみられる。4)下肢に限局したパーキンソニズムが3年を超えてみられる。5)薬剤性パーキンソニズムとして矛盾のないドパミン遮断薬の使用歴がある。6)中等度以上の重症度にもかかわらず、高用量(>600mg)のL-ドパによる症状の改善がみられない。7)明らかな皮質性感覚障害、肢節観念運動失行や進行性失語がみられる。8)シナプス前性のドパミン系が機能画像検査により正常と評価される。9)パーキンソニズムを来す可能性のある他疾患の可能性が高いと考えられる。■相対的除外基準(Red flags)1)5年以内に車椅子利用となるような急速な歩行障害の進展がみられる。2)5年以上の経過で運動症状の増悪がみられない。3)発症5年以内に重度の構音障害や嚥下障害などの球症状がみられる。4)日中または夜間の吸気性喘鳴や頻繁に生じる深い吸気*注など、吸気性の呼吸障害がみられる。5)発症から5年以内に以下のような重度の自律神経障害がみられる。起立性低血圧:立位3分以内に少なくとも収縮期で30mmHgまたは拡張期で15mmHgの血圧低下がみられる発症から5年以内に重度の尿失禁や尿閉がみられる6)年1回を超える頻度で繰り返す発症3年以内の転倒。7)発症から10年以内に、顕著な首下がり(anterocollis)や手足の関節拘縮がみられる。8)5年の罹病期間の中で以下のようなよくみられる非運動症候を認めない。睡眠障害:睡眠の維持障害による不眠、日中の過剰な傾眠、レム睡眠行動障害の症状自律神経障害:便秘、日中の頻尿、症状を伴う起立性低血圧嗅覚障害精神症状:うつ状態、不安、幻覚9)他では説明のできない錐体路症状がみられる。10)経過中一貫して左右対称性のパーキンソニズムがみられる。*注:inspiratory sighs;多系統萎縮症で時にみられる呼吸障害の1つで、しばしば突然不規則に生じる深いため息様の吸気。(文献1より引用)3 治療本疾患はドパミン神経変性により運動症状および多彩な非運動症状を呈するため、ドパミン補充療法が治療の中心である。L-ドパ製剤は最も有効性が高く中心的薬剤であるが、吸収に食事の影響を受けやすいこと、phasicな刺激によりL-ドパ誘発性ジスキネジアが生じやすく、半減期が短いためウェアリングオフを誘発することが課題となる。MAO-B阻害薬はドパミン分解を抑制することで効果を発揮する。すくみ足に効果があることが示されている。ドパミン受容体作動薬は半減期が長く、continuous dopaminergic stimulation(CDS)に近い刺激が可能で、ジスキネジア発現を遅らせる一方、眠気、衝動制御障害、精神症状に注意を要する。ウェアリングオフ出現時には、L-ドパ頻回投与やCOMT阻害薬併用により血中濃度の安定化を図る。また、アマンタジンを早期から始めることで、ジスキネジアの発現抑制が可能であることが示されている。経口治療で調整困難な場合にはデバイス補助療法を考慮する。経腸的L-ドパ持続療法や皮下持続投与製剤はオフ時間を短縮し、運動の日内変動を大きく改善する。さらに、L-ドパ製剤への反応性を有し、重度の認知症や精神症状を伴わない症例では脳深部刺激療法(DBS)も考慮される。主なターゲットは視床下核(STN)と淡蒼球内節(GPi)であり、STN刺激は薬剤減量効果が期待できる一方、GPi刺激はL-ドパ誘発性ジスキネジアの抑制に有効である。効果は同等とされるが、薬剤減量ができるSTNがfirst choiceである。強い振戦が主体の場合には視床Vim核が選択される。DBSは運動症状を安定化させ、薬物治療の限界を補完する治療オプションであり、適応がある症例の場合、必ず考慮すべきである。4 今後の展望近年、分子病理学的研究やバイオマーカー研究の進展により、パーキンソン病は従来の臨床症候に基づく疾患概念から、αシヌクレイン病理を中核とした生物学的疾患概念へと大きく変容しつつある。とくに、微量な病的αシヌクレインを検出可能とする種増幅アッセイ(seed amplification assay:SAA)は、発症前・前駆期から疾患を同定しうる技術として注目されている。また、脳に蓄積するαシヌクレインを可視化するPET検査も開発されている。これらのバイオマーカーの確立は、早期診断のみならず、疾患の生物学的病期分類や層別化を可能とし、疾患修飾療法(disease-modifying therapy:DMT)の研究を推進する際に適切な対象集団の選定に直結する。現在までに、αシヌクレイン病理、神経変性、遺伝背景を統合した新たな分類・病期分類の枠組みが提唱されており、今後の臨床試験や治療戦略の基盤となることが期待される。5 主たる診療科脳神経内科脳深部刺激療法を行う場合は脳神経外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本神経学会 パーキンソン病診療ガイドライン2018(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター パーキンソン病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報) 1) Bloem BR, et al. Lancet. 2021;397:2284-2303. 2) Armstrong MJ, et al. JAMA. 2020;323:548-560. 3) Ben-Shlomo Y, et al. Lancet. 2024;403:283-292. 4) Hatano T, et al. J Mov Disord. 2024;17:127-137. 5) Postuma RB, et al. Mov Disord. 2015;30:1591-1601. 公開履歴初回2026年2月13日

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第305回 パーキンソン病の多様な症状に携わるらしい脳回路狙いの治療が有効

運動の計画を実行へと移すことに携わる身体認知行動ネットワーク(somato-cognitive action network:SCAN)と呼ばれる脳の神経回路を標的とする治療が、パーキンソン病患者の症状を大幅に改善しました1,2)。世界で1,000万例超が罹患するパーキンソン病(PD)はもともと体を動かしにくくする運動障害の類いとされてきましたが、自律神経障害、睡眠障害、自発性の低下などのさまざまな非運動症状も伴います。PDを特徴付ける病変は、脳の黒質のドーパミン放出神経が変性して皮質-基底核-視床の回路が故障することです。皮質と皮質下を繋ぐその回路はドーパミンを供給する薬のレボドパで最初は治療でき、PDの初期段階の運動症状を抑えることができます。しかし時とともに治療効果は弱まるか運動症状日内変動や不随意運動に邪魔され、神経の電気刺激などの追加治療が必要になってきます。視床下核や淡蒼球内節への脳深部刺激療法(DBS)がPDの種々の運動症状、視床中間腹側核へのDBSが震えの治療に承認されています。DBSの効果は手法の進歩で改善していますが、レボドパが効かないすくみ足への効果はいまひとつで、認知機能障害などの有害事象を招く恐れがあります。それに、脳に電極を差し込む大掛かりな手術が必要なことや高額であることからDBSの普及は限定的です。DBSとは違って外科処置が不要な経頭蓋磁気刺激療法(TMS)などの脳の外からの神経刺激の効果も示されていますが検討は不十分です。標的が明白なDBSとは対照的に、脳の狙い所が定まっていないことがTMSの検討を滞らせているのかもしれません。ワシントン大学のNico Dosenbach氏らの2023年の報告3)に初めて記されたSCANは、覚醒、臓器の状態、全身の動かし方と行動の動機をすり合わせて活動の遂行を調節するようです。運動のみならず動機付けなどの認知も害する多岐に渡るPDの症状に、認知と運動を繋ぐSCANの障害が寄与しているかもしれません。もしそうであるならSCAN狙いの神経刺激でPD症状一揃いを治療できる可能性があります。中国のChangping Laboratoryの研究者らは、米国のDosenbach氏らと協力してその仮説を検討することにしました。研究ではDBS、TMS、集束超音波、服薬などの種々の治療を受ける患者、健康な人、PD以外の運動疾患の患者を含む800例超の脳の写真が解析されました。その結果、SCANと皮質下領域の繋がりがPD患者では強すぎることが判明します。皮質下領域は情緒、記憶、運動の制御に携わります。患者が受けている治療の効果はその過剰な連携を抑制して回路の正常化をもたらしている場合に最も高いことも見てとれました。それらの発見に基づき、研究チームはミリメートル単位の正確さでSCANを非侵襲的に狙えるTMS手段を開発します。患者18例に使ってみたところ、SCANと皮質下の過剰連携が減じ、SCAN狙いではないTMSを受けた別の18例に比べて症状がより早く、より大幅に緩和しました。Dosenbach氏は同氏らが設立したTuring Medical社と協力してSCAN狙いの非侵襲性治療の臨床試験を計画しています2)。試験はパーキンソン病患者の歩行障害の治療を目的とします。Dosenbach氏は集束超音波との組み合わせの効果も検討するつもりです。参考1)Ren J, et al. Nature. 2026 Feb 4. [Epub ahead of print]2)Brain network responsible for Parkinson’s disease identified / Eurekalert3)Gordon EM, et al. Nature. 2023;617:351-359.

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希少疾病の入院患者はパーキンソン病が最も多い/MDV

 2月最終日の「世界希少・難治性疾患の日(Rare Disease Day:RDD)」を前に、メディカルデータビジョン(MDV)は、希少疾病・難病の入院患者推移を発表した。 データは、厚生労働省の「指定難病病名及び臨床調査個人票一覧表」から抽出し、2023年4月以降の同社のDPCデータを用い、入院患者数の年度別推移を分析したものである(対象期間:2023年4月~2025年9月、445施設)。 わが国の希少疾病を含む指定難病は、「原因不明、治療法の未確立、希少性および長期療養性を要件として厚生労働大臣が指定する疾病」であり、2025年4月時点で348疾病が対象となっている。 現在、課題として確定診断までの時間の長さや治療薬の未開発、臨床治験患者などの獲得の困難さなどが指摘されている。新しい治療薬は受療行動に変化をもたらす1)DPCデータに基づく指定難病の入院患者数ランキング(上位3疾患) 1位:パーキンソン病(1万49例) 2位:潰瘍性大腸炎(3,635例) 3位:全身性エリテマトーデス(SLE)(2,662例) 傾向として上位10疾患すべてで実患者数が増加傾向にあり、上位10疾患のうち4疾患を「免疫系疾患」が占め、当該領域の入院患者数増加が目立った。 経年の推移では、後縦靱帯骨化症や顕微鏡的多発血管炎(MPA)など、2023年度から2024年度にかけて入院患者数が約6~14%増加している疾患が複数確認でき、DPC病院における難病診療の受け入れは着実に拡大していた。2)神経・筋疾患領域の入院患者数ランキング(上位3疾患) 1位:パーキンソン病(1万49例) 2位:重症筋無力症(MG)(1,462例) 3位:筋萎縮側索硬化症(ALS)(1,138例) 神経・筋疾患領域の年度別の推移では、慢性炎症性脱髄性多発神経炎/多巣性運動ニューロパチーが約17%増(205→240例)、大脳皮質基底核変性症が約18%増(136→161例)と大幅な増加となった。3)免疫系疾患領域の入院患者数ランキング(上位3疾患) 1位:SLE(2,662例) 2位:皮膚筋炎/多発性筋炎(1,611例) 3位:MPA(1,541例) 2023年度と24年度を比較すると、MPA(690→792例)や好酸球性副鼻腔炎(264→348例)において、前年度比10~30%程度の増加が確認された。診断技術の向上や新規治療薬の浸透が、DPCデータ上の患者数増に寄与している可能性がある。 2023~24年度に承認された薬剤の対象疾患では、ALS(1,138例)、免疫性血小板減少症(1,250例)やMG(1,462例)の入院患者数が突出して多い。その一方で、遠位型ミオパチー(7例)やレノックス・ガストー症候群(20例)などは入院患者数が極めて少数であった。また、2024年度に新薬が承認された肺動脈性肺高血圧症が、前年度比約39%増(163→227例)と急増していた。これは新薬の登場が専門施設への受診を後押しした結果と考えられ、新薬承認が患者の受療行動に変化を及ぼしたと考えられる。

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パーキンソン病で「痩せる理由」、体重減少の背景にあるエネルギー代謝の変化

 パーキンソン病(PD)は、手足の震えや動作の遅れなどの運動症状で知られる神経変性疾患だが、体重減少も重要な非運動症状の一つとされている。今回、PD患者では糖を使うエネルギー代謝が低下し、脂質やアミノ酸を利用する代謝へとシフトしている可能性が示され、体重減少が疾患特異的な代謝変化と関係していることが明らかになった。研究は、藤田医科大学医学部脳神経内科学教室の東篤宏氏、水谷泰彰氏らによるもので、詳細は11月30日付で「Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry(JNNP)」に掲載された。 PDにおける体重減少は、疾患進行や予後と関連する重要な非運動症状であり、体脂肪量の低下が主であることは知られていた。しかし、その背景でエネルギー代謝がどのように変化しているのか、糖・脂質・アミノ酸の利用経路がどう再編されているのかは明らかでなかった。本研究では、PD患者の体組成と血漿中のエネルギー代謝に関連する物質を包括的に解析し、体重減少が単なる栄養不足ではなく、エネルギー利用のシフトを伴う代謝異常と関連する可能性を検討した。 本研究では、藤田医科大学病院脳神経内科においてPDと診断された91名の患者と、対照として年齢・性別をマッチさせた健常人47名が登録された。体組成は生体電気インピーダンス法を用いて評価した。血漿代謝物は、質量分析法により、解糖系およびクエン酸回路に関連する代謝物、脂質やアミノ酸代謝に由来する代謝物など、計17種類の代謝物を測定した。これらのデータを用いて、PDにおける体組成の変化と血漿代謝物との関連を解析した。PD患者と健常対照の体重、BMI、体脂肪量、血漿代謝物濃度などの比較には、Wilcoxon順位和検定を使用した。体組成成分と血漿代謝物濃度との関連については、Spearmanの順位相関係数により相関解析を行った。多重検定の影響を考慮し、血漿代謝物解析では偽発見率(FDR)補正も併用して統計学的有意性を評価した。 PD患者では、健常対照と比べて体重(P=0.003)、BMI(P=0.001)、体脂肪量(P

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睡眠データから130種類の疾患リスクを予測可能か

 眠っている間に体はさまざまな「メッセージ」を発しており、それを読み取ることで将来の重大な病気のリスクを予測できる可能性のあることが、新たな研究で示された。「SleepFM」と呼ばれる人工知能(AI)を用いた実験的な睡眠基盤モデルは、ポリソムノグラフィー(PSG)データを用いて、約130種類の疾患・健康状態の将来のリスクを予測できるという。米スタンフォード大学医学部生物医学データサイエンス分野のJames Zou氏らによるこの研究の詳細は、「Nature Medicine」に1月6日掲載された。研究グループは、「SleepFMは、がん、妊娠合併症、心疾患、精神疾患など、非常に幅広い疾患の予測において高い性能を示した。また、全死亡リスクの予測も可能だった」と述べている。 PSGは睡眠解析で用いられる検査であり、睡眠中の人の脳波(EEG)、心電図(ECG)、心拍、眼球運動などを測定する。PSGは、多様な生理学的信号を取得できる一方で、標準化や汎用性の確保、また複数の生理学的信号を統合する難しさから十分に活用されてこなかった。 今回、この課題を克服するために研究グループは、PSGを構成する生理学的信号のうちの1つを意図的に隠し、隠された信号と整合する情報を残りの信号から推測するように訓練するleave-one-out contrastive learningと呼ばれる新たな学習方法を開発した。SleepFMは、睡眠センターでPSG検査を受けた約6万5,000人の合計58万5,000時間以上に及ぶ睡眠データを用いて訓練された。睡眠データは5秒単位に分割されている。これは、ChatGPTなどの大規模言語モデルの学習に用いられる「単語」に相当する単位である。Zou氏は、「SleepFMは、本質的には『睡眠の言語』を学習していると言える」とニュースリリースで述べている。また同氏は、「この研究における技術的進歩の一つは、全ての異なるデータ様式を調和させ、それらが一緒になって同じ言語を学習できるようにする方法を見つけ出したことだ」と説明している。 モデルの調整後、研究グループはまず、睡眠段階(レム睡眠、ノンレム睡眠など)の分類や睡眠時無呼吸の重症度診断を実施した。その結果、SleepFMは、現行の最先端モデルと同等以上の性能を示した。そこで、2〜96歳の患者3万5,052人を最長で25年間追跡したスタンフォード睡眠医学センターの長期データを用いて、睡眠データと健康リスクとの関連を解析した。予測性能の評価には、C統計量と呼ばれる指標が用いられた。C統計量は、0.8以上であれば高い予測精度を持つとされる。 電子カルテ内に記録されていた1,000以上の疾患カテゴリーを解析した結果、130種類の疾患・健康アウトカムについては、PSGデータから妥当な精度で予測可能であることが判明した。特に予測精度が高かった疾患は、パーキンソン病(C統計量0.89)、認知症(同0.85)、高血圧性心疾患(同0.84)、心筋梗塞(同0.81)、前立腺がん(同0.89)、乳がん(同0.87)、死亡(同0.84)であった。 こうした結果を受けてZou氏は、「これほど多様な疾患について、モデルが有用な予測を行えることは、私たちにとっても嬉しい驚きだった」と述べている。 研究グループは、「本研究では、心疾患の予測においては心臓の信号が、精神疾患の予測においては脳信号がより重要な要素であった。その一方で、最も正確な予測を達成したのは、全てのデータ様式を組み合わせた場合であった」と指摘。論文の責任著者の1人であるスタンフォード大学クレイグ・レイノルズ睡眠医学教授のEmmanuel Mignot氏は、「疾患予測において最も多くの情報が得られたのは、異なるチャネルを対比させたときだった。例えば、脳は眠っているように見えるのに、心臓は起きているように見えるなどの同期の乱れは、健康上の問題を示唆している可能性がある」と述べている。 研究グループは現在、ウェアラブルデバイスなどの他のデバイスからのデータを追加することで、SleepFMの予測性能をさらに高める方法を模索している。また、SleepFMが実際にどのような特徴に注目して予測を行っているのかを解明する研究も進めている。

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重度の慢性便秘に対する手術は「最終手段」

 米国消化器病学会(AGA)が発表した新しいガイドラインにおいて、重度の慢性便秘患者に対する外科的手術は最終手段とすべきことが明示された。治療に反応しない難治性便秘の患者に対しては、結腸の一部または全てを切除する結腸切除術を検討することがある。しかし、ガイドラインの著者らは、結腸切除術は重大な健康リスクを伴い、必ずしも症状の改善につながるわけではないとしている。米マサチューセッツ総合病院(ボストン)消化器運動研究室ディレクターのKyle Staller氏らがまとめたこのガイドラインは、「Clinical Gastroenterology and Hepatology」に1月7日掲載された。 Staller氏は、「慢性便秘に何年も苦しんできた人にとって、手術は永続的な解決策に聞こえることがある。特に、多くの薬が効かなかった場合にはなおさらだ」と話す。同氏はさらに、「検査で、結腸の動きが極端に遅く、他の治療で何も効果が得られない場合に手術が検討されることがある。しかし、手術はほとんどの患者には適しておらず、事実上リスクを伴い、手術後も腹部膨満感、腹痛、排便コントロール困難などの症状が続く人もいる」と述べている。 米国では約8~12%の人が慢性便秘に苦しんでいると推定されている。Staller氏は、「多くの人は、生涯のどこかの時点で便秘を経験するが、食事の見直し、食物繊維や水分の摂取、市販の下剤の使用といった簡単な対策で改善する。難治性便秘はそれとは別物であり、時間をかけて処方薬やバイオフィードバック、骨盤底筋療法を試しても改善しない状態を指す」と説明している。一方、結腸切除術は、腸閉塞、持続性の腹痛、腹部膨満感、便秘の再発、下剤への継続的依存など、高い合併症率と関連しているという。 新ガイドラインでは、手術を検討する前に踏むべき複数のステップが示されている。例えば、まずは慢性便秘の原因から薬剤の副作用、神経疾患、精神的問題を除外すべきことが述べられている。オピオイド系鎮痛薬や抗精神病薬、鉄剤は便秘を引き起こすことが知られている。また、膀胱疾患、アレルギー、気分障害の治療に使われる抗コリン薬も、腸の不随意運動に関与する神経伝達物質の働きを阻害するため、便秘と関連している。さらに、パーキンソン病や多発性硬化症といった神経疾患、摂食障害や抑うつ・不安などの精神的な問題も便秘リスクに影響する。 精神的な問題が便秘に関与することもあるため、術前の心理評価も意思決定プロセスの重要な一部として推奨されている。また、米食品医薬品局(FDA)の承認薬や市販薬に加え、便秘への有効性が示されている適応外使用薬も全て試すべきだとされている。さらに、大腸通過時間検査や排便造影検査など、結腸機能に加えて腸管全体の活動を評価する検査の実施を推奨している。その上で、最終手段として、一時的人工肛門(ストーマ)の使用を推奨している。これは可逆的で、恒久的な結腸切除が有益かどうかを判断する材料になる。 以上のように、ガイドラインは、手術には慎重な個別判断が必要であることを強調している。Staller氏は、「最良の結果は、十分な準備と共有された意思決定から生まれる。手術が本当に必要な場合でも、現実的な期待を持ち、消化器内科医、外科医、精神医療専門家が連携することで最善の結果が得られる」と述べている。 Staller氏は、慢性便秘のリスクを下げるためにできることとして、1)便秘を悪化させる薬剤について、定期的に医師と見直すこと、2)食事を極端に制限するのではなく規則正しく摂取すること、3)腸の運動を促すために身体的に活発に過ごすこと、4)便意のあるときは我慢せずに排泄すること、5)症状が続く場合は自己判断で治療を強化せず、医療機関を受診すること、を挙げている。また、正常な排便習慣には個人差があり、毎日排便する必要はないことも付け加えている。さらに同氏は、「何より重要なのは、便秘はしばしば長期的な管理を要する慢性疾患であると理解することだ。それがフラストレーションを防ぎ、症状が重症化・難治化するリスクを減らすことにつながる」と述べている。

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指先からの採血による血液検査でアルツハイマー病の兆候を正確に評価

 指先から採取した血液を郵送して行う血液検査によって、アルツハイマー病に関連するマーカーを正確に検出できることが、新たな研究で示された。これによって脳の変性疾患であるアルツハイマー病の診断や研究がより容易になる可能性があるという。米バナー・ヘルス、フルイド・バイオマーカー・プログラムのシニアディレクターであるNicholas Ashton氏らによるこの研究の詳細は、「Nature Medicine」に1月5日掲載された。 この検査は、指先に針を刺して少量の血液を採取するフィンガー・プリック・テストと呼ばれるもので、リン酸化タウタンパク質(p-tau217)やグリア線維性酸性タンパク質(GFAP)、ニューロフィラメント軽鎖(NfL)の血中濃度を正確に測定できるという。これらはいずれもアルツハイマー病に関連する脳損傷の指標である。p-tau217は、アルツハイマー病に特徴的なタウ病理を反映するリン酸化タウタンパク質の一種、GFAPは、中枢神経系の支持細胞であるアストロサイトに由来し、脳損傷や神経疾患の指標となるタンパク質、NfLは脳神経細胞軸索に由来し、神経細胞の損傷や神経変性を反映するタンパク質である。 Ashton氏らは、7つのコホートに属する337人を対象に、指先から採取した少量の血液をカード上で乾燥させたサンプルの解析を行い、そのうちの304人については静脈血漿サンプルを用いた測定結果と比較した。その結果、指先採血サンプル中のp-tau217値は静脈血漿サンプル中のp-tau217値と強く相関し、疾患重症度の進行や脳脊髄液バイオマーカー陽性を良好に反映していた。また、GFAPおよびNfLについても、指先採血サンプルと静脈血漿サンプルの測定値との間に強い相関が認められた。 Ashton氏らは、この簡便な検査法によって遠隔地からも研究に参加できるようになり、大規模なアルツハイマー病研究を実施しやすくなる可能性があるとの期待を示している。同氏らは、この検査が一般の患者に対して臨床で使用できるようになるのは、まだ何年も先のことではあるが、現時点でも、アルツハイマー病研究を加速させる一助になる可能性はあると話している。Ashton氏は、「最終的にわれわれは、症状が現れる前段階でアルツハイマー病を治療する方向へと移行しつつある。この流れが続くのであれば、定期的に医療機関を受診しない適格者を特定するための革新的な方法が必要になるだろう。今回の研究は、その方向性における一つのアプローチを示すものであり、さらなる検証が必要だ」とニュースリリースの中で述べている。 共著者の1人である英エクセター大学のAnne Corbett氏は、「私にとっても最も楽しみなのは、この技術によってバイオマーカー研究の民主化が可能になることだ。誰でも、どこにいても、脳疾患の解明に貢献できる未来に向かって、われわれは進んでいる。これは単なる技術的な進歩ではなく、神経科学研究のあり方を変えるパラダイムシフトである」とニュースリリースの中で話している。 研究グループによると、この方法はパーキンソン病や多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脳損傷などアルツハイマー病以外の脳疾患に関する研究にも役立つ可能性があるという。

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医師はパーキンソン病リスクが高い!?~日本の多施設研究

 職種とパーキンソン病リスクとの関連と発症後の職種の変更に関して、東海大学の中澤 祥子氏らが全国多施設におけるケースコントロール研究で調べたところ、サービス産業とホワイトカラー産業の専門職、とくに医師などの医療専門職においてパーキンソン病リスクが高いことが示唆された。BMJ Open誌2025年12月23日号に掲載。 本研究は、わが国の労働者健康安全機構労災病院が構築している入院患者病職歴データベース(Inpatient Clinico-Occupational Database of Rosai Hospital Group:ICOD-R)を使用したマッチドケースコントロール研究。2005~21年の入院患者データから、パーキンソン病と診断された2,205例をケース群、年齢・性別・入院年・病院が一致するパーキンソン病以外の1万436例をコントロール群とした。主要評価項目は、産業(ブルーカラー、サービス、ホワイトカラー)および職業階級(ブルーカラー労働者、サービス労働者、専門職、管理職)で分類した職種(最も長く従事した職種)とパーキンソン病リスクとの関連とした。副次評価項目は、パーキンソン病リスクが高い職種および産業、60歳未満における診断前後の職種の変化、化学物質曝露・喫煙状況・性別とパーキンソン病リスクとの関連とした。 主な結果は以下のとおり。・喫煙と飲酒による調整後、サービス産業(オッズ比[OR]:2.01、95%信頼区間[CI]:1.24~3.25)およびホワイトカラー産業(OR:1.33、95%CI:1.10~1.61)の専門職は、サービス労働者よりパーキンソン病リスクが高かった。医師、歯科医師、獣医師、薬剤師は、パーキンソン病リスクが高かった。・パーキンソン病患者160例のうち、47%が無職、20%が自主退職、30%が仕事を継続していた。・多重比較による調整後、化学物質曝露はパーキンソン病リスクとの関連は認められなかった。一因として曝露を受けた被験者数が少なかった可能性がある。・ブルーカラー産業のブルーカラー労働者およびサービス労働者では、過去または現在喫煙者はパーキンソン病リスクが低かった。

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ミトコンドリア活性化技術で希少疾患に挑む、その機序や効果とは

 “細胞のエネルギー生産工場”とも呼ばれ、ほぼすべての細胞に存在する細胞小器官ミトコンドリア。これを用いた希少疾患の根本治療や加齢対策が、今、現実味を帯びている。先日開催された第7回ヘルスケアベンチャー大賞では、マイトジェニックの「ミトコンドリア活性化による抗加齢ソリューション『マイトルビン』事業」が将来性や抗加齢への観点を評価され、大賞を受賞した。同社が期待を集める創薬技術や将来ビジョンとは―。なぜ今、ミトコンドリア活性化が注目される? 同社は“ミトコンドリア研究の成果を世の中に還元する”を理念に掲げる学習院大学発のベンチャー企業である。同社が開発・特許出願を行った植物由来の低分子化合物「マイトルビン(Mitorubin)」を用いた“ミトコンドリア活性化”という新たな健康軸から、老化予防や加齢性疾患治療薬の創出を目標に掲げて活動を行っている。 ミトコンドリアは身体のエネルギー源をATPとして供給し、その副産物として活性酸素を発生させるが、ミトコンドリアの機能が低下すると、エネルギー産生の過程で電子の渋滞が起こり、過剰な活性酸素が発生して細胞やDNAを傷付けてしまう。その結果、パーキンソン病などの神経変性疾患、心疾患、フレイル、シミ・シワといった皮膚の外見変化などに影響を及ぼすため、いかにして「ミトコンドリアを活性化させるか」が焦点となっている。これまでにコエンザイムQ10(CoQ10)やニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)、5-アミノレブリン酸(5-ALA)などの成分によるミトコンドリアの活性化・増殖促進が産学で試みられているが、同社の開発するマイトルビンはそれらとは一線を画す。マイトルビンによるミトコンドリア活性化の機序 その理由は、ミトコンドリアを活性化させる作用機序が一つひとつ丁寧に解明されつつあるからである。遡ること2006年、ミトコンドリア機能を制御するミトコンドリア酵素Mitochondrial Ubiquitin Ligase(MITOL、マイトル)を柳 茂氏(学習院大学理学部生命科学科分子生化学 教授)らの研究グループが発見したことに端を発する1)。MITOLはミトコンドリアの分裂を進めるタンパク質「Drp1」を分解してその分裂を抑えるほか、小胞体との融合を助けるタンパク質「Mfn2」を活性化させる役割を担う1,2)。近年では、ミトコンドリアと小胞体が接触するミトコンドリア関連小胞体膜(Mitochondria-associated ER membrane、MAM)における酸化ストレスや細胞運命の制御機構にも注目が集まっており3,4)、その機能低下がアルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の病態、さらには心臓の老化に関与することなどから、ミトコンドリアにおける老化制御因子として多彩な研究が進められている5-7)。そして、マイトルビンは前述の柳氏らにより生薬成分ベルベリンから合成された一連の誘導体群の総称で、これがMITOLをはじめとしたミトコンドリアタンパク質を増強しつつ、ミトコンドリアの量そのものを増加させる。それにより、ミトコンドリアでのエネルギー産生が有意に高まることが培養細胞およびマウスモデルで確認された8)。 今回の受賞において、登壇した谷若氏はマイトルビンの有効性について、「筋肉由来の培養細胞に添加することで、エネルギー産生に適した細く長い高品質のミトコンドリアが増加し、ミトコンドリアの呼吸活性が上昇した。これらの実験を踏まえて高齢マウスに飲水投与を行ったところ、心筋ミトコンドリアの呼吸活性が強化され、心エコーなどで心機能の回復が認められた」とコメント。また、安全性については、「同条件下での長期投与による死亡リスクはなく、さらに高脂肪食負荷マウスにおいて、23%の寿命延長効果を確認した」と老齢マウスにおけるアンチエイジング効果が実証されたことを説明した8)。ミトコンドリア病や加齢性疾患の創薬実現に向けて これらの研究結果から、同社は指定難病であるミトコンドリア病患者のアンメットメディカルニーズに応えるべく治療薬開発でも前進している。「某大学医学部と共同研究を行い、MELASと呼ばれるミトコンドリア病の患者由来細胞にマイトルビンを添加した結果、ミトコンドリア機能の改善を認めた」とし、論文化についても言及した。さらに同社は、一般消費者向けにマイトルビン含有植物由来原料を使用したサプリメント「MitoRubin(R)」や入浴剤を販売するなどし、認知度の拡大や収益モデルを構築しながら、ミトコンドリア病治療薬の前臨床試験実施に向けた取り組みを行っている。 最後に同氏は「われわれの目標は希少疾患への創薬提供であり、それに続いて加齢性疾患への適応拡大を目指す。さまざまな領域の研究者・臨床医との連携を強化しつつ、マイトルビンを通じて、すべての世代にミトコンドリアの活性化と健康を届けたい」と締めくくった。ヘルスケアベンチャー大賞とは ヘルスケアベンチャー大賞とは、アンチエイジング領域においてさまざまなシーズをもとに新しい可能性を開き、社会課題の解決につなげていく試みとして、坪田 一男氏(日本抗加齢医学会イノベーション委員会委員長)らが2019年に立ち上げ、今年で7回目の開催を迎えた。■参考第7回ヘルスケアベンチャー大賞株式会社マイトジェニック1)Yonashiro R, et al. EMBO J. 2006;25:3618-3626.2)Sugiura A, et al. Mol Cell. 2013;51:20-34.3)Nakashima A, et al. Life Sci Alliance. 2019;2:e201800045-e201800045.4)Takeda K, et al. EMBO J. 2019;38:e100999.5)Shiiba I, et al. EMBO Rep, 2021;22:e49097.6)Takeda K, et al. Commun Biol. 2021;4:192.7)Tokuyama T, et al. iScience. 2022;25:104582.8)Sato M, et al. bioRxiv 2025. May 3. [Epub ahead of print]

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「かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」改訂のポイント

 2025年6月、日本認知症学会、日本老年精神医学会、日本神経学会、日本精神神経学会、日本老年医学会、日本神経治療学会の監修により、「かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」が公表された1)。2016年の第2版公表から9年ぶりとなる今回の改訂では、最新のエビデンスと新規薬剤の登場を踏まえた、より実践的な治療アルゴリズムが示されている。 本稿では、本ガイドラインのワーキンググループの主任研究者を務めた筑波大学医学医療系臨床医学域精神医学 教授の新井 哲明氏による解説を基に、改訂のポイントと臨床における留意点をまとめる。地域医療におけるBPSD対応の切実なニーズ 認知症患者数は2025年に約471万例、2060年には約645万例に達すると推計されている2)。認知症患者の60〜90%が最低1つは経験するとされるBPSD(行動・心理症状)は、患者本人のQOL低下や早期の施設入所リスクを高めるだけでなく、とくにBPSDにおける過活動・攻撃的行動は、介護者への負担増大により不適切なケアを誘発する「悪循環」を招く最大の要因となっている。 認知症におけるBPSD(行動・心理症状)は、心理症状として、抑うつ、不安、焦燥、無気力・無関心、妄想などがあり、行動症状として、興奮、大声を出す、叩くなどの攻撃的な行動、同じ行動を繰り返す常同行動、徘徊などがある。 この悪循環を防ぐためには、BPSDへの早期かつ適切な介入が不可欠である。地域での支援体制が不可欠であり、とくにかかりつけ医の役割が大きく、早期発見や家族支援、地域包括支援センターや専門医との連携を通じて、認知症の人と家族を支える役割が求められている。 新井氏が紹介した、かかりつけ医200人(内科、精神科、脳神経内科、脳神経外科、老年科)を対象としたアンケート調査では、以下の実態が明らかになった。・処方実態:非専門医であっても約8割がBPSDに対して抗精神病薬を処方している。・処方理由:「危険度が高い時」「介護負担が高い時」が主な理由となっている。・66%の医師が従来のガイドライン(第2版)を活用(参照・利用)している。 この結果は、地域医療の現場においてBPSDへの薬物療法がすでに広く行われていることを示唆しており、より安全で適正な使用指針の普及が急務であった。ガイドライン第3版:BPSDへの対応の原則 今回のガイドライン改訂(第3版)は、新規薬剤の登場やエビデンスの蓄積を反映し、より実践的なアルゴリズムへと刷新された。BPSDへの対応においては、まず以下の原則を順守することが重要となる。 原則として、「緊急性が高く速やかな薬物治療の開始を要するような精神症状が認められた場合には、認知症疾患医療センターを含めた認知症専門医がいる医療機関に紹介する」とされている。たとえば、重度のうつ状態、他者に危害を加える可能性が非常に高い妄想、自分自身や他者を危険にさらす原因となる攻撃性などがそれに相当する。 かかりつけ医・認知症サポート医で対応する場合は以下を考慮する。・せん妄の除外・BPSD様症状を引き起こし得る病態の鑑別:感染症、脱水、便秘、疼痛など・BPSD様症状を引き起こし得る薬剤の除外・レビー小体型認知症の可能性:幻視や妄想、抗精神病薬への過敏性に注意が必要 上記のとおり病態を把握した後、環境調整、ケアの変更、リハビリテーションの利用など、非薬物的介入を優先する。症状が改善しない場合にのみ薬物療法を検討する。薬物治療を開始する際は、低用量で開始する。 向精神薬を使用する場合には、本人・家族との共同意思決定(SDM:Shared Decision Making)のプロセスを経ることが明記された。本人の意思が確認できる場合は、アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)などによる話し合いを尊重し、本人の理解が不十分な場合や意思が確認できない場合は、家族などと繰り返し話し合い、本人の推定意思と最善利益を踏まえて方針を決定する。向精神薬の使用中は常に減量・中止を念頭に置き、長期使用は避ける、などが明記されている。5つのカテゴリー分類とアルゴリズムの明確化 第2版からの大きな変更点として、BPSDの症状分類が整理された。「過食・異食・徘徊・介護の抵抗」といった薬剤効果が乏しい症状は独立カテゴリーから外れた(非薬物的対応を推奨)。症状は以下の5つに分類され、それぞれの対応方針がアルゴリズムで示されている。・幻覚・妄想:まずメマンチンや抑肝散の投与を検討する。これらにより標的症状が改善せず緊急性が高い場合、抗精神病薬の投与を検討する。レビー小体型認知症にみられる幻視には、まずコリンエステラーゼ阻害薬を投与することが望ましい。・易刺激性・焦燥性興奮(アジテーション):アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、過活動または攻撃的言動に対しては、ブレクスピプラゾールが保険適用を有する。・不安・抑うつ:抗うつ薬やタンドスピロン、抑肝散、クエチアピンの使用を検討する。・アパシー:非薬物的介入が基本だが、コリンエステラーゼ阻害薬が有効なことがある。・睡眠障害:睡眠衛生指導や睡眠覚醒リズムの確立のための環境調整を行った上で、病態に応じてオレキシン受容体拮抗薬、メラトニン受容体作動薬、抗うつ薬(トラゾドン)の使用を検討する。 BPSDに対する薬剤開始後は、副作用のモニタリングを行った後、患者本人の苦痛や介護者/家族の負担が軽減したかどうかを評価する。NPI-Q(Neuropsychiatric Inventory - Questionnaire)を用いて効果の定量的な評価を行うことが望ましい。抗精神病薬の適正使用と各薬剤の臨床的位置づけ とくに介護負担の大きい易刺激性・焦燥性興奮(アジテーション)について、アルツハイマー型と診断された患者には、非薬物的介入が無効な場合、ブレクスピプラゾールのみ保険適用となっている。 クエチアピン、ハロペリドール、ペロスピロン、リスペリドンに関しては、原則として、器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性に対して処方した場合、当該使用事例を審査上認めるとの通達がある(2011年9月28日、厚生労働省保険局医療課長、保医発0928第1号、社会保険診療報酬支払基金、第9次審査情報提供)。このうち、ハロペリドールは錐体外路系副作用が強いことから、パーキンソン病、レビー小体型認知症には使用禁忌である。 チアプリドは、脳梗塞後遺症に伴う精神興奮・徘徊・せん妄に保険適用があるため、血管性認知症患者における易刺激性・焦燥性興奮に対して使用を考慮してもよい。 睡眠障害に対しては、睡眠薬の項の記載に従った薬剤選択を行い、それでも改善のない場合は、クエチアピンの使用を考慮してもよい。レビー小体型認知症の幻覚・妄想、易刺激性・焦燥性興奮、不安・抑うつ、睡眠障害に対しても、クエチアピンの使用を考慮してもよいと記載されている。 本ガイドラインでは、抗精神病薬の副作用についても詳細に記載されている。留意点として以下のような項目が記載されている。・抗精神病薬の併用(2剤以上)は避ける。・2週間くらいの時間をかけて薬効を評価する。・常に減量・中止が可能かを検討し、長期使用は避ける。抗精神病薬でBPSDが軽快した場合には、投与開始4ヵ月以内に減量・中止を試みる。ブレクスピプラゾールへの期待 2024年9月、ブレクスピプラゾールは「アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する過活動又は攻撃的言動」に対し、国内で初めて効能・効果を取得した。・対象:易刺激性・焦燥性興奮といった内的な不穏を背景とする攻撃的言動に適応となる。単なる徘徊や、これらを伴わない幻覚・妄想は適応外である。・有効性:国内第II/III相試験(BRIDGE試験)において、CMAIスコア(アジテーション指標)を有意に改善させた。・安全性:錐体外路症状などの副作用リスクは比較的低いとされるが、他の抗精神病薬と同様に、傾眠、運動緩慢、流涎過多などへの注意は必要である。 本ガイドライン改訂を受けて、大塚製薬主催で6月23日に開催されたプレスセミナーにて、新井氏は自ら経験した症例として「夫婦間で、妻の妄想から暴言・暴力に発展したケース」を紹介した。ブレクスピプラゾールの投与によって症状が落ち着き、夫婦関係も良好になったことを挙げ、本剤が患者の在宅生活の継続に寄与する可能性を示唆した。 新井氏は、「ガイドラインが改訂され、治療アルゴリズムや薬剤の位置づけが明確化された。これらの情報が広くかかりつけ医・認知症サポート医に普及することで、より適切なBPSD診療が実現し、本人のQOL向上や介護負担の軽減といった社会的課題の解決につながることが期待される」と結んだ。

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第297回 パーキンソン病ワクチンの有望な第II相試験結果報告

パーキンソン病ワクチンの有望な第II相試験結果報告1972年発表のヒット曲「さそり座の女」で有名な歌手の美川 憲一氏がパーキンソン病であることを、同氏の事務所が先月11月13日に公表しました1)。その後、関連するニュースが多く報告されるようになっています。2010年代の終わりに初出して使われるようになった2)新語のパーキンソン病大流行(Parkinson pandemic/Parkinson’s pandemic)が示唆するとおり、理由はどうあれパーキンソン病は増えており、今や世界の実に約1,200万例がパーキンソン病です。先立つたった6年で2倍近く増えました3)。パーキンソン病は脳のドーパミン放出神経の消失やαシヌクレイン(a-syn)の凝集体であるレビー小体を特徴とします。そのa-synを標的とするワクチンACI-7104.056の有望な第II相試験結果が先週11日に発表されました4,5)。ACI-7104.056はスイスのバイオテクノロジー企業AC Immuneが開発しています。a-syn抗原を成分とし、パーキンソン病初期に広まって神経を損なわせる病原性の多量体a-synへの抗体を生み出します。最近になってAC Immune社はワクチン事業という表現をしなくなっており、ACI-7104.056もその方針に沿ってワクチンではなく免疫療法と表現するようになっています。しかしかつてはワクチン事業に含められていました。実際、ClinicalTrials.govへの登録情報にはACI-7104.056がワクチンであると明記されています6)。VacSYnと銘打つ同試験には、初期のパーキンソン病患者34例が組み入れられています。被験者はACI-7104.056かプラセボ群に3対1の割合で無作為に割り振られました。初回、4週後、12週後、24週後、48週後、74週後にいずれかが投与される運びとなっており6)、少なくとも12ヵ月間(48週間)の投与を経た被験者の中間解析が今回発表されました。20例は74週目の投与に至っています。ACI-7104.056投与群の抗a-syn抗体価は投与するごとに上昇し、全員が血中と脳脊髄液(CSF)中のどちらでも目安の水準に届いていました。一方、当然ながらプラセボ群の抗a-syn抗体は増えず、実質的に一定でした。脳組織のa-synが蓄積し続けるパーキンソン病の進行でCSF中のa-synは減ることが知られます。今回のVacSYn試験でのプラセボ群のCSFのa-syn濃度は低下し続けましたが、ACI-7104.056投与群は低下を免れて一定を保ちました。神経損傷の指標の神経フィラメント軽鎖(NfL)濃度は、CSFのa-synとは対照的にパーキンソン病の神経変性や神経損傷の進行につれて上昇することが報告されています。それゆえVacSYn試験のプラセボ群のNfL濃度は上昇傾向を示しました。しかしACI-7104.056投与群のNfL濃度はそうはならず、CSFのa-syn濃度と同様に一定を保ち、どうやら神経損傷/変性が食い止められていたようです。極め付きは運動症状の進行を食い止めるACI-7104.056の効果も見てとれました。運動症状を調べるMDS-UPDRS Part III検査値がプラセボ群では上昇して悪化傾向を示しました。一方、ACI-7104.056投与群の74週時点のMDS-UPDRS Part III検査値はベースラインに比べて取り立てて変わりなく、実質的な悪化傾向はみられませんでした。VacSYn試験は2部構成で、多ければ150例を募る第2部を始めるかもしれない、とAC Immune社は今夏2025年8月の決算報告に記しています7)。その開始はまだ正式に発表されていないようです。同社は今回の有望な結果を手土産にして、ACI-7104.056の承認申請に向けた今後の臨床試験の段取りを各国と話し合うつもりです4)。VacSYn試験の第2部をどうするかもその話し合いにおそらく含まれるのでしょう。サソリ毒がパーキンソン病に有効美川 憲一氏が歌った「さそり座の女」にも出てくるサソリ毒由来のペプチドに、奇しくもパーキンソン病治療効果があるらしいことが最近の研究で示唆されています8,9)。SVHRSPと呼ばれるそのペプチドは、どうやら腸の微生物を整えることで脳のドーパミン放出神経の変性を防ぐようです10)。「さそり座の女」の女性の毒と情の深さが対照的なように、サソリ毒は命を奪うほどの害がある一方でヒトの健康にも貢献しうるようです。AC Immune社のワクチンやサソリ毒成分などの研究や開発が今後うまくいき、美川 憲一氏をはじめ世界のパーキンソン病患者を救う手段がより増えることを期待します。 参考 1) 美川憲一に関するご報告 2) Albin R, et al. Mov Disord. 2023;38:2141-2144. 3) Dorsey ER, et al. J Parkinsons Dis. 2025;15:1322-1336. 4) AC Immune Positive Interim Phase 2 Data on ACI-7104.056 Support Potential Slowing of Progression of Parkinson’s Disease. 5) ACI-7104 in VαcSYn Phase 2 - Interim results 6) VacSYn試験(ClinicalTrials.gov) 7) AC Immune Reports Second Quarter 2025 Financial Results and Provides a Corporate Update 8) Zhang Y, et al. J Ethnopharmacol. 2023;312:116497. 9) Li X, et al. Br J Pharmacol. 2021;178:3553-3569. 10) Chen M, et al. NPJ Parkinsons Dis. 2025;11:43.

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注射で脳まで届く微小チップが脳障害治療の新たな希望に

 手術で頭蓋骨を開くことなく、腕に注射するだけで埋め込むことができる脳インプラントを想像してみてほしい。血流に乗って移動し、標的とする脳の特定領域に自ら到達してそのまま埋め込まれるワイヤレス電子チップの開発に取り組んでいる米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループが、マウスを使った実験で、厚さ0.2μm、直径5〜20μmというサブセルラーサイズのチップが、人の手を介さずに脳の特定領域を認識し、そこに移動できることを確認したとする研究成果を報告した。詳細は、「Nature Biotechnology」に11月5日掲載された。 このチップが標的部位に到達すると、医師は電磁波を使ってチップを起動させ、パーキンソン病や多発性硬化症、てんかん、うつ病などの治療に用いられているタイプの電気刺激を神経細胞に与えることができる。こうした電気や磁気などにより神経を刺激する治療法は、ニューロモデュレーションと呼ばれる。このチップはサイズが極めて小さいため、従来の脳インプラントよりもはるかに高い精度で刺激を与えることができると研究グループは説明している。 論文の上席著者であるMITメディアラボおよびMIT神経生物工学センターのDeblina Sarkar氏は、「この超小型電子デバイスは、脳の神経細胞とシームレスに一体化し、ともに生き、ともに存在することで、他に例のない脳とコンピューターの共生を実現する」と言う。同氏は、「われわれは、薬剤あるいは標準治療では効果が得られない神経疾患の治療にこの技術を利用することで、患者の苦しみを軽減するとともに、人類が病気や生物学的な限界を超えられる未来の実現に向けて全力で取り組んでいる」とニュースリリースの中で述べている。 この微小チップは、静脈注射前に生きた生体細胞と融合させておくことで免疫系の攻撃を受けることなく血液脳関門を通過できる。また、治療対象となる疾患に応じて、異なる種類の細胞を使うことで脳の特定領域を標的に定めることも可能であるという。 Sarkar氏は、「この細胞と電子機器のハイブリッドは、電子機器の汎用性と、生きた細胞が持つ生体内輸送能力や生化学的な検知力が融合されたものだ。生きた細胞が電子機器をカモフラージュすることで、免疫システムの攻撃を受けることなく血流中をスムーズに移動することができ、さらには侵襲的な処置なしに血液脳関門を通過することも可能になる」と言う。なお、研究グループによると、従来の脳インプラントは、手術のリスクに加えて数十万ドルもの医療費がかかるのが一般的だという。 Sarkar氏は、「これはプラットフォーム技術であり、複数の脳疾患や精神疾患の治療に使える可能性がある」と述べるとともに「この技術は脳だけに限定されるものではなく、将来的には身体の他の部位にも適用を広げることができる可能性がある」と期待を示している。

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パーキンソン病患者の“よだれ”が示すもの、全身的な神経変性との関連を示唆

 パーキンソン病でよく見られる“よだれ(流涎)”は、単なる口腔のトラブルではないかもしれない。日本の患者を対象とした新たな研究で、重度の流涎がある患者では、運動・非運動症状がより重く、自律神経や認知機能にも異常がみられることが示された。流涎は、全身的な神経変性の進行を映す新たな臨床的サインとなる可能性があるという。研究は順天堂大学医学部脳神経内科の井神枝里子氏、西川典子氏らによるもので、詳細は9月30日付けで「Parkinsonism & Related Disorders」に掲載された。 パーキンソン病は、動作の遅れや震えなどの運動症状に加え、自律神経障害や認知機能低下など多彩な非運動症状を伴う進行性の神経変性疾患である。その中でも流涎(唾液の排出障害)は、生活の質や誤嚥性肺炎リスクに影響するにもかかわらず、軽視されがちで、標準的な評価方法も確立されていない。本研究は、この見過ごされやすい症状の臨床的重要性を明らかにするため、日本のパーキンソン病患者を対象に、流涎の有病率や特徴を調べ、運動・非運動症状との関連を検討することを目的とした。 本横断研究では、2015年11月~2022年8月の間に順天堂大学医学部附属順天堂医院脳神経内科でパーキンソン病と診断された患者811人を初期スクリーニングした。運動症状および非運動症状は、MDS-UPDRSパートI〜IV、MMSE、MoCA-J、FAB、PDSS-2、JESS、およびPDQ-39を用いて評価した。心臓の自律神経機能は、メタヨードベンジルグアニジン(MIBG)心筋シンチグラフィーによる遅延心・縦隔比(H/M比)で評価した。ドパミン作動性神経の機能は、ドパミントランスポーター単光子放射断層撮影(DaT SPECT)を用い、年齢調整済み基準データベースを基にzスコアを算出した。流涎の重症度は、MDS-UPDRSパートIIの項目2で評価した。群間比較には、連続変数に対してt検定、カテゴリ変数に対してカイ二乗検定を用いた。 本研究の最終的な解析対象は513人で、そのうち341人(66.5%)が流涎症を有しており、144人(28.1%)が重度と診断された。流涎はMDS-UPDRSの全領域(パートI〜IV)で有意に高いスコアと関連し、運動症状・非運動症状のいずれも重症であることを示した(P<0.001〜P=0.011)。流涎群ではMMSE(P=0.010)およびFAB(P=0.006)のスコアが低く、より顕著な認知機能障害を認めた。また、PDSS-2スコアおよびPDQ-39総合スコアはいずれも有意に高値であり(ともにP<0.001)、睡眠の質および生活の質(QoL)の低下が示唆された。さらに、MIBG心筋シンチグラフィー(対象は402例)では心・縦隔比(H/M比)の低下がみられ(P=0.047)、心臓自律神経機能障害の進行が示された。加えて、DaT SPECT(対象は431例)では線条体のzスコアが有意に低下しており(P=0.001)、シナプス前ドパミン作動性神経活動の低下を反映していた。 年齢・罹病期間・性別を調整した多変量回帰解析の結果、流涎の重症度は、より重度の運動症状・非運動症状、高いレボドパ換算用量、より強い認知機能障害、日中過眠の増加、より重度の睡眠障害、生活の質の低下、そしてDaT取り込み量のzスコア低下と有意に関連していた。 著者らは、「流涎を伴うパーキンソン病患者は、運動症状・非運動症状がより重く、認知機能や自律神経機能にも影響がみられ、生活の質も低下していた。これらの結果は、流涎が単独の末梢的症状ではなく、パーキンソン病における全身的な病態進行の臨床マーカーとして機能する可能性があるという仮説を支持するものである」と述べている。 なお、本研究は帝人ファーマ株式会社の支援を受けて実施された。

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第293回 脳の超音波洗浄がマウスで有効

脳の超音波洗浄がマウスで有効スタンフォード大学の研究者らが開発したいわば脳の超音波洗浄法が脳出血マウスで効果を示し1)、近々臨床試験が始まる運びとなっています2,3)。脳脊髄液(CSF)循環の障害は種々の神経疾患の発生と関連します。CSFや細胞間の間質液に散らばったくずの除去が滞ることは神経を傷害し、虚血性脳卒中、出血性脳卒中、外傷性脳損傷、神経変性疾患などの神経病変や症状に寄与するようです。髄膜リンパ管を薬で後押しして神経毒のくずの除去を促す治療の効果がマウス実験で示されていますが、頭蓋内の水はけをよくする薬物治療はいまだ承認されていません。くも膜下出血(SAH)のCSF排出や脳内出血(ICH)の血腫除去の手術は有効ですが、対象は最も重症な患者に限られます。薬も外科処置も不要の集束超音波(FUS)が脳の神経炎症を抑制するなどの有益な効果をもたらしうることが知られています。たとえば低強度のFUS法がアルツハイマー病を模すマウスの記憶を改善しうること4)やCSF循環を促すことが示されています。それらの先立つ研究を踏まえると、低強度FUSが中枢神経系(CNS)の病原性成分を除去して病気を治す効果を担うかもしれません。そこでスタンフォード大学のRaag Airan氏らは神経を害するくず(neurotoxic debris)の除去を促すことに特化した非侵襲性の低強度FUS法を開発し、出血性脳卒中を模すマウスでその効果を確かめました。尾から採取した血液を脳の右側の線条体に注入することでマウス一揃いを出血性脳卒中のようにし、その後3日間にそれらの半数の頭蓋には開発した方法で超音波を照射し、残り半数は超音波なしの偽治療を受けました。超音波は毎日10分間照射されました。続いて四つ角の容器にそれらのマウスを入れて感覚運動の正常さが検査されました5)。正常なマウスは角で向きを変えるときに使う脚が左右でおよそ偏りがなく、左脚を使う割合が右脚を使う割合とほぼ同じ51%でした。一方、超音波照射なしの出血性脳卒中マウスが角で向きを変えるときに左脚を使った割合は正常なマウスに比べてほど遠い27%でした。しかし超音波が頭蓋に毎日照射された出血性脳卒中マウスのその割合は正常マウスにより近い39%であり、振る舞いの改善が見て取れました。超音波照射マウスは身体機能もより保っており、非照射マウスに比べて鉄棒をより強く握れました。さらには死を防ぐ効果もあるらしく、超音波なしのマウスは脳への血の注入から1週間におよそ半数が絶命したのに対して、超音波照射マウスの死は5分の1ほどで済みました。すなわち1日わずか10分ばかりの超音波照射3回で生存率が30%ほども改善しました。安楽死させたマウスの脳組織を解析したところ、超音波は脳の免疫担当細胞のマイクログリアの圧感知タンパク質を活性化し、場違いな赤血球がより貪食されて取り除かれていました。加えて、脳のCSF循環をよくし、首のリンパ節へと不要な細胞が捨てられるのを促しました。開発された低強度FUS法は脳出血以外の脳病変も治療できそうです。超音波がだいぶ大ぶりの赤血球を脳から除去するのを促すことが確かなら、パーキンソン病やアルツハイマー病などに関係するより小ぶりなタウなどの有毒タンパク質も脳から除去できそうだとAiran氏は述べています。話が早いことにAiran氏らの低強度FUS法は米国FDAの安全性要件を満たしており、臨床試験での検討に進むことが可能です。研究チームは人が被れるヘルメット型装置を作っており、一刻を争う出血性脳卒中ではなく、まずはアルツハイマー病患者を募って試験を実施する予定です5)。スタンフォード大学の先週11日のニュースには早くも向こう数ヵ月中に臨床試験が始まるとの見通しが記されています2)。 参考 1) Azadian MM, et al. Nat Biotechnol. 2025 Nov 10. [Epub ahead of print] 2) A new ultrasound technique could help aging and injured brains / Stanford University 3) Preclinical Research: Focused Ultrasound to Noninvasively Clear Debris from the Brain / Focused Ultrasound Foundation 4) Leinenga G, et al. Mol Psychiatry. 2024;29:2408-2423. 5) Ultrasound may boost survival after a stroke by clearing brain debris / NewScientist

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第35回 特別編 ネクソムラボ特別企画『どうすればよかったか?』上映会を開催

統合失調症を発症した実姉とその家族を20年にわたって記録した映画『どうすればよかったか?』*の上映会が2025年9月21日、東京慈恵会医科大学で開催された。千葉大学病院次世代医療構想センターセンター長 特任教授の吉村 健佑氏と浜松医科大学教授の大磯 義一郎氏が共同代表を務める、「次世代社会医学オープンラボNexSoM Labo(ネクソムラボ)」が企画し、東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座教授の越智 小枝氏の協力のもと開催された。*映画『どうすればよかったか?』ドキュメンタリー監督の藤野 知明氏が、統合失調症の症状が現れた実姉と、彼女を精神科の受診から遠ざけた両親の姿を20年にわたって自ら記録したドキュメンタリー。NexSoM Laboは、コロナ禍が一段落したことを契機に2023年度に立ち上がった組織であり、全国の医療系学生・若手医療従事者が社会医学に触れる機会を提供している。第1回のイベントではオンライン双方向参加型のセミナーを、第2回のイベントではグループワークを通した学生の交流を行い、今回の上映会が第3回目のイベントとなった。第2回イベントの様子精神疾患患者へのバイアスを映画で考える今回の上映会は3部構成で開催された。第1部では映画の上映、第2部では共同代表で精神科医でもある吉村氏と映画『どうすればよかったか?』監督の藤野 知明氏による対談企画、第3部では懇親会が行われた。対談企画では、吉村氏から統合失調症治療の歴史と現状、精神疾患に関する法的制度の解説が行われた。また、藤野監督からは、映画の各シーンにおける制作の意図、当時の思いなどが語られた。対談企画中の様子(左から司会を務めた浜松医科大学3年の高木氏、共同代表の吉村氏、監督の藤野氏)【吉村氏による解説】統合失調症の無治療期間が長くなるほど、症状改善が難しくなる。1952年、世界初の抗精神薬であるクロルプロマジンが登場して以降、統合失調症が治療可能な疾患へと変遷していくが、第1世代薬が効かない患者も一定数いる上にパーキンソン症状などの副作用がみられた。1996年以降、非定型抗精神病薬(第2世代)が開発され、現在ではLAI(持続性注射製剤)や部分作動薬(アリピプラゾール)、難治性統合失調症治療薬(クロザピン)など、多くの選択肢があり治療効果が上がっている。しかし、いまだに統合失調症患者に対する偏見は根強く社会復帰の障害となっている。とくに精神科医以外の医師や看護師からの統合失調症の患者に対する偏見が強く、一般医療従事者の約4割が「統合失調症患者は危険である」というステレオタイプのイメージを持っている。また、医学生の多くが「統合失調症患者は社会生活に適応できない」といった否定的なイメージを持っている。【対談企画でのトピック】実家を離れることとなった1992年、「このままでは何も残らない」という思いから帰省ごとに家族の姿を記録するようになった。人々が受け入れがたい事実に直面した際の反応を映しているものであり、周りの人々つまり実弟である監督や両親が中心となった映画である。統合失調症の姉をもつ家族の状況を映画として世の中に出し、統合失調症と取り巻く家族について理解を深める機会を作ったことが、「どうすればよかったか?」に対する問ではないだろうか。(吉村氏)参加した学生からは、以下の感想が寄せられた。家族とは何なのか、家族外には言えない秘密を抱えているかもしれない当事者と家族を支援する在り方とは何なのか考えさせられた」(千葉大4年)答えのない問いをディスカッションしながら考えることができた」(浜松医大3年)ネクソムラボでは、第4回イベントとして、2026年春に能登でのフィールドワークを企画しているという。ネクソムラボ学生代表で浜松医科大学3年の高木 柊哉氏は「能登の復興状況を実際に見ることで、災害医療の現状や課題を肌で感じる機会になるよう企画をしている」と語っている。関連リンクNexSoM Labo『どうすればよかったか?』公式ページ

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超音波ヘルメットによって手術なしで脳刺激療法が可能に

 脳深部刺激療法(deep brain stimulation;DBS)は、てんかんやパーキンソン病から群発頭痛、うつ病、統合失調症に至るまで、さまざまな疾患の治療に有望であることが示されている。しかし残念ながら、DBSでは医師が患者の頭蓋骨に穴をあけ、微弱な電気パルスを送る小さなデバイスを埋め込むための手術が必要になる。こうした中、新たな超音波ヘルメットによって、手術を行わずに脳の深部を正確に刺激できる可能性のあることが示された。英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のBradley Treeby氏らによるこの研究の詳細は、「Nature Communications」に9月5日掲載された。 Treeby氏らによると、このヘルメットは従来の超音波装置と比べて約1,000分の1、またDBS用に設計されたこれまでの超音波装置と比べて30分の1の領域を標的にすることができるという。Treeby氏は、「臨床的には、この新技術はパーキンソン病、うつ病、本態性振戦といった神経・精神疾患において重要な役割を果たしている特定の脳回路を、これまでにない精度で標的にすることができることから、これらの疾患に対する治療を一変させる可能性がある」とニュースリリースの中で説明している。 経頭蓋超音波刺激(transcranial ultrasound stimulation;TUS)では、頭部に置いた電気信号を超音波振動に変換する装置(トランスデューサー)から発生させた超音波のパルスを集結させて、脳の標的部位を刺激する。TUSは非侵襲的であり、また従来の脳刺激法では難しかった脳の深部領域にも刺激を送ることが可能という利点を持つ。ただし、その精度は装置や周波数によって異なる。 今回の研究でTreeby氏らは、MRスキャナー内で深部脳構造を高精度に刺激するための超音波システムを設計した。この試験的なヘルメットには、個別にコントロールできる256個のトランスデューサーが搭載されており、脳の特定部位に焦点を合わせて超音波ビームを送ることができる。これらのビームによってニューロンの活動を高めたり、抑えたりすることが可能だという。Treeby氏らによると、患者は仰向けに横たわり、頭をヘルメットに差し入れる。装置には柔らかいプラスチック製のフェイスマスクが付いており、超音波による治療中に頭部が動かないよう固定する役割を果たす。 Treeby氏らは、7人を対象にこの超音波ヘルメットを使った実験を行った。標的は、視床の一部で視覚情報の処理を助ける役割を担っている外側膝状体と呼ばれる領域であった。 脳スキャンの結果、この超音波ヘルメットは試験参加者の視覚野の活動を有意に増減させることができ、治療後もその状態が少なくとも40分間持続することが示された。参加者は、自分の見ているものに変化があったとは認識していなかったが、脳スキャンでは神経活動に明確な変化が認められたという。Treeby氏は、「手術なしで脳の深部構造を精密に調節する能力は、脳機能の解明や標的治療の開発を目指す取り組みにおいて、安全で可逆的かつ繰り返し実施可能な方法を提供し、神経科学におけるパラダイムシフトにつながる」と述べている。 この技術の臨床的可能性を踏まえ、最近、研究グループの複数のメンバーによってUCL発のスピンアウト企業NeuroHarmonics社が設立され、携帯可能な着用型のシステムの開発が進められている。論文の共著者である、英オックスフォード大学のIoana Grigoras氏は、「この新たな脳刺激装置は、これまで非侵襲的には到達不可能だった脳深部構造を正確に標的とする能力を手に入れるための取り組みにおいて、ブレークスルーとなるものだ。われわれは、特に脳深部領域が影響を受けるパーキンソン病などの神経疾患における臨床応用の可能性に期待している」と話している。

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第282回 なかなか実用化にこぎつけられないiPS細胞治療、神戸アイセンター病院の網膜細胞治療について「先進医療」とするのは「不適」の判断

神戸アイセンター病院のiPS細胞治療、「先進医療」とするのは「不適」と判断こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。自民党総裁選が告示されました。昨年の総裁選と似たようなメンツ、似たようなパフォーマンスにデジャブ感が拭えません。連日のマスコミ報道も壮大なムダに感じるのは私だけでしょうか。自民党の新総裁が誕生した後、いわゆる「ご祝儀相場」を活かして年内に解散・総選挙となる可能性もあります。そうなれば、年内一杯、実際の政治は二の次の、政治ショーばかりを国民は見せられることになります。まったく、「やれやれ」としか言う言葉が見つかりません。ノーベル賞の季節も近づいてきた今回は、iPS細胞治療について書いてみたいと思います。厚生労働省の先進医療技術審査部会は8月21日、神戸市立神戸アイセンター病院(栗本 康夫院長)が申請していた、人工多能性幹細胞(iPS細胞)からつくった網膜細胞を目の難病、網膜色素上皮(RPE)が萎縮するRPE不全症の患者に移植する計画(網膜色素上皮不全症を対象とした他家iPS細胞由来RPE細胞凝集紐の移植)について、一部に公的な医療保険が適用される「先進医療」とするのは「不適」であると判断しました。部会は主な理由として、症状の改善効果を十分に評価できないこと、高額な患者負担が妥当なのかを判断できないことを挙げました。この治療法は今年1月に申請が行われ、厚労省は「先進医療B」(実施に当たって実施環境や技術の効果等について特に重点的な観察・評価が必要とされるもの)に振り分けて議論を行ってきました。4月の部会の審査では有効性の評価方法などの再考を求められ「継続審議」となり、今回の最終判断に至ったものです。先進医療は、治療そのものの費用は患者負担となる一方、保険適用の検査や薬、入院料などに公的な保険が適用されるもので、認められればiPS細胞を使う治療としては初めてのケースになるはずでした。iPS細胞による治療については、山中 伸弥氏のノーベル医学・生理学賞受賞から13年が経っています。臨床研究段階にあるものはたくさんありますが、保険適用となり実用化されているものはまだありません。今回の神戸アイセンター病院の治療法はいったい何がダメだったのでしょうか。主要評価項目が視力や視野の維持ではない点と、「明らかな治療効果を期待するものではない」のに高額な治療費などを問題視申請資料などによると、対象はRPE不全症のうち、加齢黄斑変性と遺伝性網膜ジストロフィーの患者。光を感知する機能の維持に関係するRPE細胞をiPS細胞から作製し、髪の毛くらいの太さで長さ2センチのひも状にし、最大4本を患者の目に移植するという治療法です。2033年1月まで15人の患者へ移植し、効果が確認されれば、公的な医療保険の適用を目指す計画でした。この治療法は、2014年に当時の理化学研究所チームリーダーだった高橋 政代氏(現、ビジョンケア社長)が中心になって、世界で初めてiPS細胞を使った治療法を臨床研究として実施したもので、その後、神戸アイセンター病院が臨床研究として、実用化を目指して治療法の検証を進めてきました。先進医療技術審査部会の資料によれば、先進医療Bに「不適」と判断した主な理由は、主要評価項目が視力や視野の維持ではなく、RPE異常領域の面積に設定されていた点でした。日経バイオテクやNHKなどの報道によれば、委員からは「計画では移植によって異常な組織の面積が減るかをみるとしているが、視力や視野の改善といった治療の有用性を十分評価できない」といった意見が出されたとのことです。主要評価項目を変更すべきとの指摘は以前からありましたが、神戸アイセンター病院側は「視機能の改善の確認には長期間かかる」、「RPEの解剖学的評価をエンドポイントとすることは専門家の間でもコンセンサスが得られつつある」などして、変更していませんでした。「不適」の理由としては費用の問題も指摘されました。治療費は計約1,500万円と高額で、うち1,436万円が保険外の費用(いわゆる自費)です。相当な高額ですが、患者向けの説明文で「明らかな治療効果を期待するものではない」と説明されており、部会の総評では「患者の受けるベネフィットと患者負担を含むリスク・不利益のバランスが取れているかどうかについての十分な説明が必要」と指摘されました。先進医療技術審査部会における議論の中で対象疾患も変更に同部会における議論の中で、「他家iPS細胞由来RPE細胞凝集紐移植」の対象疾患もRPE不全症から変更になっています。RPE不全症はRPE細胞が機能不全に陥ることで視細胞の保護や維持ができなくなり、視細胞が障害される疾患群として神戸アイセンター病院が提唱している疾患概念ですが、8月21日の部会では「RPE不全症の疾患概念がいまだ確立されていない状況にあっては認めがたい。遺伝性網膜ジストロフィーは指定難病として記載すべきだ」等の指摘がありました。神戸アイセンター病院側はこれに対応、予定する適応症から「RPE不全症」の記載を削除し、「網膜変性疾患(網膜色素変性、黄斑ジストロフィー、加齢黄斑変性)に変更することになりました。これらの修正点を踏まえ、総評には「対象疾患の変更があったことから、再生医療に関するしかるべき審議体(再生医療等評価部会)で再度の審査を受けたのちに上記の点に留意された研究計画を提出されることを期待する」とされました。「先進医療と合わせて、自由診療としての実施を申請することも検討」この審査結果を受けて、8月22日、神戸アイセンター病院は同病のWebサイトで「先進医療技術審査部会の結果を受けて当院からのお知らせ」を掲載しました。そこでは、今回、承認されなかったことを報告するとともに、「これまで当院が進めてきた研究体制や安全性への配慮については高く評価され、審査の過程において、評価委員からは『申請医療機関におけるこれまでの実績が世界的に見ても群を抜いている』とのコメントもいただきました。その一方で、臨床効果の評価方法や患者さんへの説明、費用の考え方など、今後改善すべき点も示されました。これらは、計画をさらに発展させるための建設的な指摘と受け止めています。(中略)私たちは、今回の審査結果を糧に改善を加え、改めて計画を提出する準備を進めてまいります」と、再申請に向けて動き出す旨が述べられています。もっとも、本音は少々異なるようで、日経バイオテクが8月27日に配信した「厚労省先進医療技術審査部会、神戸アイセンター病院の他家iPS細胞由来RPE細胞凝集紐移植を差し戻し」と題する記事は、同紙の取材に対する栗本院長の、「今後、また申請を行うが、どの程度時間がかかることになるのかは分からない状態で、無駄が多いと感じている」、「先進医療として再度申請するつもりだが、手続きの流れは不透明だ。先進医療と合わせて、インバウンドを対象に含めた再生医療等安全性確保法下での自由診療としての実施を申請することも検討することになるだろう」というコメントを紹介しています。iPS細胞治療の実用化に向けては、まだまだ長くて険しい茨の道が今回の「先進医療」とするのは「不適」という判断は、要するに「治っているかどうか患者が実感できない高額な治療法に、先進医療とは言え、保険診療を併用させることはNG」ということなのでしょう。このiPS治療が、最終的に公的保険適用につながっていく「先進医療」としてはそぐわないと判断されたと見る識者もいます。栗本院長が自由診療として実施する可能性を示唆しているのも、そうした理由からと言えそうです。iPS細胞治療で実用化が近いとされている技術としては、このほか、大阪大学発のベンチャー企業クオリプスがiPS細胞から作成した心筋細胞をシート状に加工した「心筋細胞シート」や、住友ファーマと京都大学のグループが開発したパーキンソン病を対象疾患とする「非自己iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞」があります。前者は今年4月に、後者は今年8月に厚生労働省に製造・販売の承認申請を行っています。「心筋細胞シート」は大阪・関西万博の展示でも話題になっている技術です。審査期間は通常1年程度なので、承認可否の判断は2026年春~夏頃になる予定です。治験症例数が少ない(わずか8例)ため、承認可否や保険適用については審査会で慎重な議論が行われるとみられています。「非自己iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞」も治験症例数が少なく(6例)、こちらの議論も慎重に行われることでしょう。iPS細胞治療の実用化に向けては、まだまだ長くて険しい道が待っていそうです。

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慢性流涎治療にA型ボツリヌス毒素が登場/帝人ファーマ

 パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの日常症状として「流涎(よだれ)」が患者のQOLを低下させるために問題となっている。これまで、この流涎に効果的な治療法が少なかったが、2025年6月、帝人ファーマは、インコボツリヌストキシンA(商品名:ゼオマイン筋注用)について、慢性流涎の効能または効果の追加承認を取得した。そこで、同社はインコボツリヌストキシンAの追加承認について、都内でメディアセミナーを開催した。セミナーでは、パーキンソン病などの疾患と流涎の関係や治療薬の効果、投与での注意点などが解説された。 同社では、「成人の流涎は、一般にあまり知られていない症状であり、患者さんに届いていない可能性もあるので、医療機関に相談をしてもらうように啓発していきたい」と抱負を語った。医師の関心も低い慢性流涎 セミナーでは、「おとなのよだれ 慢性流涎とは ~その困りごとと本邦初の治療薬~」をテーマに服部 信孝氏(順天堂大学医学部神経学講座 特任教授/順天堂大学 学長補佐)が、慢性流涎の疾患概要、患者の声、新しい治療法、今後の展望などについて講演した。 唾液は、通常耳下腺から65%、顎下腺から23%が分泌されている。1日の分泌量は1~1.5L分泌されるが、無意識に飲み込んでいるために口からあふれることはない。しかし、パーキンソン病(症候群)、ALS、筋ジストロフィー、脳性麻痺などの患者では、唾液が意図せずに慢性的に口からあふれ出ることがある。これを「慢性流涎」という。 わが国の推定患者は最大で約38万例と推定され、脳神経内科などでは診療機会が多い。とくにパーキンソン病では、進行期(診断後10~15年)に出現することが知られている。 慢性流涎は、大量のティッシュやハンカチなどの消費、衣服や寝具の汚れや肌荒れなど、患者・家族のQOLを著しく低下させるだけでなく、社会的孤立を招き、介護者の負担も増加させる。 「全国パーキンソン病友の会」が行ったアンケート調査(回答:4,173例)によると回答者の約65%が「流涎を問題」と回答していた。具体的な問題点として患者からは「他人との会話でよだれが垂れる」「デスクワークで机などが汚れる」「他人の目が気になる」などの声が寄せられ、患者家族からは「着替えの最中にも服が汚れる」「頻繁な寝具の交換が大変」などの声が寄せられた。同じく欧州のパーキンソン病患者382例に行ったアンケートでは、88%が「流涎」を経験し、そのうちの45%は医療ケアチームに相談していなかった。患者などからみた医療従事者の慢性流涎に対する関心度では、5点満点で老年科(1.9)、耳鼻咽喉科(1.6)、脳神経内科(1.5)の順で高かったが、全体の関心が薄いことがうかがえた。患者さんのQOLを改善する新しい流涎治療 流涎の治療は、嚥下障害などの危険性がある場合や本症のために社会的・日常的に制限がある場合に、患者などから要望があれば開始される。 治療では、(1)リハビリテーション治療(言語訓練・嚥下訓練)、(2)放射線治療・外科治療、(3)薬物治療が行われている。(1)リハビリテーション治療(言語訓練・嚥下訓練)では、言語聴覚士が行う構音訓練や嚥下訓練などが行われるが、長期的な効果についてはいまだ不明である。(2)放射線治療・外科治療は、リハビリテーションや薬物療法で流涎がコントロールできない場合に行われる。放射線治療は効果の持続期間が数ヵ月~5年とさまざまである。外科治療は、顎下腺または耳下腺の摘出または結紮などの手術が行われるが、その数は少ない。(3)薬物治療では、抗コリン薬の投与ができるが、幻覚・幻聴など精神症状、尿閉などの副作用のためにほぼ投与されていない(2025年6月時点で保険適用なし)。また、ボツリヌス毒素製剤は、唾液腺に約4ヵ月に1回、ボツリヌス毒素を唾液腺に注射することで唾液の量を減らす治療法であり、今回追加承認された製剤である。 ボツリヌス毒素製剤は、現在、上下肢の痙縮、斜視などの10以上の適応で承認されている製剤であり、本症では、アセチルコリン放出を阻害することで副交感神経へのシグナルを抑え、唾液の分泌を減少させる。投与ではエコー下で確認しながら、左右の顎下腺・耳下腺4ヵ所に、約4ヵ月に1回の間隔で注射する。 投与後の注意点としては、唾液の量が減ることでの口渇感や喉へのつかえ感が約1~5%で現れることが報告されている。また、投与にあたっては、口腔内の衛生の保持が重要であるほか、重症筋無力症などの全身性の筋肉脱力疾患の患者や過去に同じ薬剤でアレルギー症状のあった患者には使用はできない。そのほか、すでに唾液分泌抑制作用の薬剤を使用している人、妊婦・授乳中の人には注意が必要とされている。 服部氏は最後に「医師などから流涎患者への積極的な声かけと新しい治療薬での治療を期待したい」と述べ、講演を終えた。

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