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高感度トロポニンを歓迎している?(解説:後藤信哉氏)

 過去の12誘導心電図のない症例の急性虚血性心疾患の入院の是非を決めるのは難しい。胸痛が微妙、心電図のST変化も微妙な場合には心筋ダメージのバイオマーカーが決め手になる。長年使用してきたCKは上昇までに3~4時間はかかる。外傷、筋トレなどにて骨格筋の成分が上がる場合もある。発症後早期に上昇し、心筋のみのダメージを反映するマーカーが必須であった。以前のトロポニンでは陽性・陰性の2択であった。急性虚血疑いでは陽性な入院、陰性なら帰宅と明確に使用できた。高感度トロポニンの時代になって急性虚血の現場では複雑性が増した。基準値より相当高くても、高齢、腎機能障害の影響で心筋虚血の反映でない場合もある。少なくとも2回計測して変化を見る必要ができた。高感度トロポニン値を規定する因子は虚血による心筋ダメージのみではないことがわかってきた。心筋由来ではあるが、産生速度と消失速度のバランスにて血中濃度が高い症例もあるのだ。複雑性を有するマーカーであるため、急性虚血以外の複雑性を有する病態の予後予測マーカーにもなる可能性がある。 本研究では心臓血管系の手術を受けた13,862例を対象として術後3~12時間、1~3日までの高感度トロポニンを計測し、個別症例の1ヵ月以内の死亡との相関を検討した。全体として1ヵ月以内の死亡率は2.1%であった。心臓の手術としては多くの手術が含まれている。術後1日のトロポニンであっても30日以内の死亡予測能力があることが示された。高感度トロポニンを心筋障害のマーカーと考えれば、手術による心筋障害の大きかった症例の予後が悪いことになる。循環器内科の急性虚血の経験から、高感度トロポニンは心筋障害以上のマーカーである可能性もある。いずれにしても術後に高感度トロポニンの高い症例には十分な治療が必要である。

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高感度トロポニンI、心臓術後1日以内の測定値は閾値の200倍!?/NEJM

 心臓手術を受けた患者において、30日死亡率が高いことと関連する術後の高感度トロポニンIの閾値は、予後に重大な影響を及ぼす周術期の心筋損傷の同定のために推奨されている値(基準値上限[26ng/L]の>10~≧70倍)よりもはるかに高く、単独冠動脈バイパス術(CABG)または単独大動脈弁置換術・形成術(AVR)を受けた患者の術後1日以内の測定値は、この推奨閾値の200倍以上に達することが、カナダ・マクマスター大学のP.J. Devereaux氏らが実施した「VISION Cardiac Surgery試験」で明らかとなった。研究の成果は、NEJM誌2022年3月3日号に掲載された。推奨閾値を検証する国際的な前向きコホート研究 本研究は、心臓手術後の30日死亡の予測における高感度トロポニンIの推奨閾値の検証を目的とする国際的な前向きコホート研究であり、2013年5月~2019年4月の期間に12ヵ国24病院で患者の募集が行われた(カナダ保健研究機構[CIHR]などの助成による)。 対象は、年齢18歳以上の心臓手術(単独心膜開窓術、心膜切除術、ペースメーカー・除細動器の留置術を除く)を受けた患者であった。術前と、術後3~12時間および1、2、3日に、高感度トロポニンIの測定が行われた。患者、医療提供者、データ収集者には、高感度トロポニンI検査の結果は知らされなかった。 主要アウトカムは術後30日以内の死亡とされた。高感度トロポニンIの頂値と、欧州心臓手術リスク評価システムII(EuroSCORE II)のスコアで補正した30日死亡率との関連を評価する回帰スプラインを用いてCox解析が行われた。EuroSCORE IIは、心臓手術後の死亡リスクを年齢や性別などの18の変数に基づいて推定するものである。その他の心臓手術では、術後1日で基準値上限の499倍に 1万3,862例(北米35.9%、アジア28.3%、欧州26.2%、南米6.3%、オーストラリア3.3%)が解析に含まれた。平均年齢は63.3歳、70.9%が男性で、29.3%が心筋梗塞の既往歴を有していた。術前の高感度トロポニンI中央値は9ng/L(IQR:4~20)で、46.9%が単独CABG、12.5%が単独AVR、40.6%はその他の心臓手術(CABGまたはAVRと他の手技との併用など、他のすべての心臓手術)を受けていた。 高感度トロポニンIの推奨閾値(基準値上限[26ng/L]の>10倍[260ng/L]、≧35倍[910ng/L]、≧70倍[1,820ng/L])は、術後1日以内に、それぞれ97.5%、89.4%、74.7%の患者が上回った。術後30日以内に296例(2.1%)が死亡し、399例(2.9%)が主要血管の合併症を発現した。 単独CABGまたは単独AVRを受けた患者では、術後1日以内に測定された30日以内の死亡の補正後ハザード比>1.00に関連する高感度トロポニンIの最も低い閾値は5,670ng/L(95%信頼区間[CI]:1,045~8,260)であり、これは基準値上限の218倍であった。また、術後2日または3日目の同様の高感度トロポニンIの閾値は1,522ng/L(1,325~2,433)であり、これは基準値上限の59倍に相当した。 一方、その他の心臓手術を受けた患者では、術後1日以内に測定された30日以内の死亡の補正ハザード比>1.00に関連する高感度トロポニンIの最も低い閾値は1万2,981ng/L(95%CI:2,673~1万6,591)であり、基準値上限の499倍であった。また、術後2日または3日目の同様の高感度トロポニンIの閾値は2,503ng/L(95%CI:1,228~4,033)であり、基準値上限の96倍だった。 著者は、「今回の閾値の推定値は、95%CIの広さが示すように、かなりの不確実性の影響を受けており、虚血による心筋損傷(急性冠動脈血栓症など)と他の原因による心筋損傷(再灌流障害など)を区別できない。今後、心臓手術を受けた他の患者コホートにおいて、これらの知見の妥当性の検証が望まれる」としている。

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米国オミクロン株流行はピークアウト?循環器科医として気付いた診断の難しさ【臨床留学通信 from NY】番外編9

米国オミクロン株流行はピークアウト?循環器科医として気付いた診断の難しさ日本では、2月2日の時点で1日の新型コロナ新規感染者数が約10万人と、人口が似ている欧米主要諸国とほぼ同等の推移となっています。こちら米国では、1月上旬の1日140万人をピークに、入院患者数のピークもほどなく迎えました。EDに来た人のテスト陽性率も50%を超え、EDはコロナ患者で埋め尽くされた状態で、日本のように厳格に隔離することは当然できません。EDに心臓疾患の診察に行く際は、仮にその患者が陽性でなくても、EDに行く=コロナ患者だらけの場所に飛び込むという感覚です。何人かの同僚もコロナで戦線離脱していたため、なるべく自身が感染しないことが何より重要で、コンサルテーションを受ける側としても不必要な患者診察を避け、カルテレビューのみで見解を伝え、治療方針を提案するE-consultも行いました。ただ、第1波のパンデミック時は、コロナそのものが原因と見られる心筋障害が多かったのですが、今回はそれ以外に、たまたま非ST上昇型心筋梗塞の人がコロナ陽性だったり、コロナによる症状、肺炎、炎症を引き金に非ST上昇型心筋梗塞が起きた人、コロナでたこつぼ心筋症になった人がいたりしました。ピットフォールとしては、心電図は肺塞栓っぽくないものの、ルーティンのD-dimerが異様に高い上、コロナの過凝固による肺塞栓で右室への負担からトロポニン陽性の人など、十分な診察なしに判断するのはなかなか難しいところでした。日本ならば、救急外来から循環器科医としてコンサルテーションを受けたら、5分程度の簡単な心エコーによって、たこつぼ、ACS、肺塞栓くらい鑑別はすぐに可能かと思います。しかしながら、ここが米国の医療の良くないところかと思いますが、救急医、循環器科医いずれも、よほどのことがない限り心エコーをしない、あるいは技師さん任せでもともとしない風潮、あるいは忙し過ぎて時間がない、あるいは正確に判断できない可能性もあり、訴訟などの責任を逃れるためしない、等々の理由で、「ひとまず心エコーをしてみる」ことはありません。そのことによる治療の遅れもあるかもしれませんが、プラクティス、風習の違いと考えれば、こんなところにも日米の違いは見られます。いずれにせよ、米国では1月中旬をピークにコロナによる入院患者数は減り続け、全体の病床の3~4割を占めていたのが、2月に入って1~2割となり、EDでの陽性率も15%くらいまで下がりました。毎回、変異株が出るたびにこうなってしまうとなかなか骨が折れるな、と実感した次第です。画像を拡大する

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mRNAワクチンの心筋炎リスク、年齢・男女別に2億人を解析/JAMA

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のmRNAワクチン接種後の心筋炎リスクは、男女とも複数の年齢層で上昇し、とくに12~24歳の男性で2回目接種後に高かった。米国疾病予防管理センター(CDC)のMatthew E. Oster氏らが、米国の受動的なワクチン有害事象報告システム(Vaccine Adverse Event Reporting System:VAERS)を基にした解析結果を報告した。著者は、「心筋炎のリスクは、COVID-19ワクチン接種のメリットに照らして検討する必要がある」とまとめている。JAMA誌2022年1月25日号掲載の報告。米国VAERSへの心筋炎の報告を検証 研究グループは、2020年12月14日~2021年8月31日に、mRNAワクチン(BNT162b2[Pfizer/BioNTech製]またはmRNA-1273[Moderna製])を接種した米国の12歳以上の1億9,240万5,448例を対象に、接種後に発生した心筋炎のVAERSへの報告について解析した(データカットオフ日2021年9月30日)。 主要評価項目は心筋炎、副次評価項目は心膜炎の発生。VAERSへの心筋炎の報告は、CDCの医師および公衆衛生の専門家が検討し、CDCの心筋炎(疑いまたは確定)の定義を満たしているかを確認し、すべての年齢層についてまとめた。 年齢別および男女別に、粗報告率を算出するとともに、心筋炎の予測率を2017~19年の医療費請求データを用いて算出した。また、30歳未満で心筋炎の疑いあるいは確定した症例については、医学的評価および臨床医のインタビューを行い、可能な限り臨床経過(発症前の症状、確定診断検査の結果、治療、早期転帰など)をまとめた。2回目接種後の16~17歳・男性で心筋炎報告率が最も高く約1万人に1人 調査期間中、mRNAワクチンの接種は1億9,240万5,448例において計3億5,410万845回行われた。VAERSへの心筋炎の報告は1,991例で、このうちCDCの定義を満たした心筋炎患者1,626例が解析対象となった。心筋炎患者の年齢中央値は21歳(IQR:16~31)、症状発現までの期間中央値は2日(IQR:1~3)で、1,334例(82%)が男性であった。 mRNAワクチン接種後7日以内の心筋炎の報告は、BNT162b2ワクチン接種者が947例、mRNA-1273ワクチン接種者が382例であった。接種後7日以内の心筋炎粗報告率は、ワクチンの種類、性別、年齢層、1回目または2回目接種で異なっていたが、男女とも複数の年齢層で予測率を越えた。 ワクチン接種100万回当たりの心筋炎報告率は、12~15歳男性(BNT162b2ワクチン70.7)、16~17歳男性(BNT162b2ワクチン105.9)、18~24歳男性(BNT162b2ワクチン52.4、mRNA-1273ワクチン56.3)において2回目接種後に高かった。 詳細な臨床情報が得られた30歳未満の心筋炎患者は826例で、そのうちトロポニン値上昇が98%(792/809例)、心電図異常が72%(569/794例)、MRI所見異常が72%(223/312例)に認められた。96%(784/813例)が入院し、このうち87%(577/661例)は退院までに症状が消失した。最も多かった治療は、非ステロイド性抗炎症薬が87%(589/676例)であった。 なお、著者は研究の限界として、VAERSは受動的な報告システムであるため、心筋炎の報告が不完全で情報の質が多様であり、過少報告または過剰報告の両方があり得ること、ワクチン接種のデータはCDCへ報告された者に限られているため不完全であった可能性があることなどを挙げている。

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早くも1年前の第2波超え!でも症状は従来株とは異なるようだ【臨床留学通信 from NY】番外編8

早くも1年前の第2波超え!でも症状は従来株とは異なるようだ米国のコロナ患者は急速に増え続けており、1月3日時点で1日の陽性者が100万人となりました。東京でも1月7日時点で900人を超えたとのことで、一気に増えないか危惧します。下記のグラフは、私が勤務するMHS(Montefiore Health System)の入院患者数の推移ですが、あっという間に昨年の1月の第2波を超え、入院患者は大学病院の3割を占めています。しかし今回は、入院患者すべてがコロナ肺炎で酸素を投与されているというわけではなく、別の理由で入院して調べるとコロナ陽性、というような状況もあります。去年の内科レジデントだった時のように最前線でコロナ患者の治療に当たっていないので断定はできませんが、今回に限って見ると、コロナ入院患者における重症呼吸不全の割合は低そうです。循環器科診療は、通常の待機的なカテーテル処置の新規予約は一旦延期とし、緊急的なものに限っています。病棟で入院患者のコンサルテーションも行っていますが、「コロナ陽性・トロポニン陽性」といったケースが多く、胸痛も心電図変化もなければ、正直コンサルテーションなんて不要では?というレベルのものであってもコンサルテーションしてくるのは、訴訟社会の米国ならではという気もしますが、パンデミックの初期から、トロポニン陽性はコロナ患者の院内死亡のリスクといわれてるからかもしれません。実際、われわれが調べたデータでも胸痛や心電図変化は少なく、コロナによる心筋傷害とされています。経食道心エコーについても、医療従事者へのリスクからコロナ陽性患者には基本的に行ってはおらず、可能なかぎり心臓CT/心臓MRIで代用を試みています。現段階では、ニューヨーク市内の学校を閉鎖しないと市長が表明しています。われわれは今回のオミクロン株を機に、インフルエンザのようにコロナとの共存を図っていくしかないのかもしれません。とは言うものの、家庭に持ち帰るわけにはいかず、同僚のコロナ感染も相次いでいるので、少し気が緩んでいたマスクなどの予防策を、今一度しっかりと引き締め直しています。

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モデルナ製とファイザー製、それぞれの心筋炎・心膜炎リスク因子/BMJ

 英国・インペリアル・カレッジ・ロンドンのAnders Husby氏らは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチン接種と心筋炎/心膜炎との関連を調査する目的で、デンマーク住民を対象にコホート研究を行った。その結果、ワクチン未接種者と比較して、mRNA-1273(Moderna製)ワクチンは心筋炎/心膜炎の有意なリスク増加と関連しており、とくに12~39歳でリスクが高いこと、BNT162b2(Pfizer-BioNTech製)ワクチンは女性においてのみ有意なリスク増加が認められたことが示された。ただし、絶対発症率は若年層でも低いことから、著者は「今回の知見の解釈には、SARS-CoV-2 mRNAワクチン接種の利点を考慮すべきであり、少数のサブグループ内でのワクチン接種後の心筋炎/心膜炎のリスクを評価するには、より大規模な国際的研究が必要である」と述べている。BMJ誌2021年12月16日号掲載の報告。デンマークの12歳以上の住民約493万人について解析 研究グループは、デンマークの予防接種登録(Danish Vaccination Register)、患者登録(Danish National Patient Register)、および市民登録システム(Danish Civil Registration System)を用い、2017年1月1日~2020年10月1日のデンマーク居住者で12歳以上の493万1,775人の全個人について、2020年10月1日または12歳の誕生日(いずれか遅いほう)から、移住、死亡、イベントまたは2021年10月5日まで追跡調査した。血液検査値はRegister of Laboratory Results for Research、PCR検査結果はDanish Microbiology Databaseから情報を得た。 主要評価項目のイベントは、24時間以上の入院を要するトロポニン値上昇が認められた心筋炎/心膜炎の診断とした。ワクチン接種前の追跡期間と、1回目および2回目のワクチン接種後28日間の追跡期間を比較し、年齢を基礎タイムスケールとしたCox比例ハザードを用い、性別、併存疾患、その他の交絡因子で補正したハザード比(HR)を推定した。 なお、研究対象のワクチンは、BNT162b2(Pfizer-BioNTech製)およびmRNA-1273(Moderna製)とした。絶対発症率は低い 追跡調査期間中に269例が心筋炎/心膜炎を発症した。108例(40%)が12~39歳、196例(73%)が男性であった。 BNT162b2ワクチンを接種した348万2,295例においては、接種日から28日以内に48例が心筋炎/心膜炎を発症し、未接種者と比較した補正後HRは1.34(95%信頼区間[CI]:0.90~2.00)、接種後28日以内の絶対発症率(10万人当たり)は1.4(95%CI:1.0~1.8)であった。女性および男性別の補正後HRはそれぞれ3.73(95%CI:1.82~7.65)、0.82(0.50~1.34)、絶対発症率はそれぞれ1.3(95%CI:0.8~1.9)、1.5(1.0~2.2)であった。12~39歳の補正後HRは1.48(95%CI:0.74~2.98)、絶対発症率は1.6(95%CI:1.0~2.6)であった。 mRNA-1273ワクチンを接種した49万8,814例においては、接種日から28日以内に21例が心筋炎/心膜炎を発症し、補正後HRは3.92(95%CI:2.30~6.68)、絶対発症率は4.2(2.6~6.4)であった。女性および男性別の補正後HRは、それぞれ6.33(95%CI:2.11~18.96)、3.22(1.75~5.93)、絶対発症率はそれぞれ2.0(95%CI:0.7~4.8)、6.3(3.6~10.2)であった。12~39歳の補正後HRは5.24(95%CI:2.47~11.12)、絶対発症率は5.7(95%CI:3.3~9.3)であった。

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中等度リスクの急性冠症候群への早期冠動脈造影CTは有効か/BMJ

 急性胸痛で救急診療部を受診し、急性冠症候群および続発する臨床イベントのリスクが中等度の患者において、早期の冠動脈造影CT検査は、冠動脈への治療的介入全般および1年後の臨床アウトカムに影響を及ぼさず、侵襲的冠動脈造影の施行率は減少させたものの、入院期間はわずかに延長したとの研究結果が、英国・エディンバラ大学のAlasdair J. Gray氏らが実施したRAPID-CTCA試験で示された。研究の詳細は、BMJ誌2021年9月29日号に掲載された。英国37病院の無作為化対照比較試験 研究グループは、急性胸痛がみられ急性冠症候群のリスクが中等度の患者への早期冠動脈造影CT検査は、1年後の臨床アウトカムを改善するかの検証を目的に、非盲検無作為化対照比較試験を行った(英国国立健康研究所[NIHR]医療技術評価[HTA]プログラムの助成を受けた)。本試験には、英国の37の病院が参加し、2015年3月~2019年6月の期間に参加者が登録された。 対象は、急性冠症候群が疑われるか、急性冠症候群と暫定診断され、冠動脈性心疾患の既往歴を1つ以上有するか、心筋トロポニン上昇、または心電図異常が認められる成人患者であった。被験者は、早期冠動脈造影CT+標準治療を受ける群、または標準治療のみを受ける群に無作為に割り付けられた。 主要エンドポイントは、1年後の全死因死亡または非致死的心筋梗塞(1型[血栓症に伴う自然発症]および4b型[ステント血栓症に起因])とされた。 1,748例が登録され、造影CT群に877例、標準治療群に871例が割り付けられた。全体の平均年齢は61.6(SD 12.6)歳、64%が男性で、平均GRACEスコアは115点だった(23%が>140点)。34%に冠動脈性心疾患の既往歴があり、57%に心筋トロポニン上昇、61%に心電図異常が認められた。 造影CT群のうち、実際に早期冠動脈造影CT検査を受けたのは767例(87.5%)で、無作為割り付けからCT施行までの時間中央値は4.2時間(IQR:1.6~21.6)であった。CT検査により、23%で正常冠動脈、29%で非閉塞性病変、47%で閉塞性病変が同定された。血行再建術、薬物療法、予防治療の変更にも影響はない 主要エンドポイントは、造影CT群が5.8%(51例)、標準治療群は6.1%(53例)で発生し、両群間に有意な差は認められなかった(補正後ハザード比[HR]:0.91、95%信頼区間[CI]:0.62~1.35、p=0.65)。 一方、侵襲的冠動脈造影検査の施行率は、造影CT群が54.0%(474例)と、標準治療群の60.8%(530例)に比べて低かった(補正後HR:0.81、95%CI:0.72~0.92、p=0.001)。 また、両群間で、冠動脈血行再建術(補正後HR:1.03、95%CI:0.87~1.21、p=0.76)や入院での急性冠症候群に対する薬物療法(補正後オッズ比[OR]:1.06、95%CI:0.85~1.32、p=0.63)、退院時の予防治療の変更(補正後OR:1.07、95%CI:0.87~1.32、p=0.52)に差はなかった。 入院期間中央値は、造影CT群が2.2日(IQR:1.1~4.1)と、標準治療群の2.0日(1.0~3.8)に比べ延長した(Hodges-Lehmann推定量で0.21日[95%CI:0.05~0.40、p=0.009]の増加)。 著者は、「これらの知見は、急性胸痛がみられ急性冠症候群のリスクが中等度の患者において、1年後の臨床イベントを低減する戦略としての早期冠動脈造影CTの日常診療での使用は適切でないことを示唆する」とまとめ、「冠動脈造影CTの患者満足度(補正後OR:1.25、95%CI:1.02~1.53、p=0.03)は高く、これは造影CTが患者の臨床的な病態を迅速に評価し、担当医の診断の確実性を強化したことを反映していると考えられる」としている。

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12~17歳でのmRNA-1273ワクチンの安全性と有効性を考える(解説:田中希宇人氏、山口佳寿博氏)

 COVID-19の小児例は成人例に比べ症例数も少なく、ほとんどが無症状や軽症例であることがわかっている。COVID-19の臨床像を小児も含めた年齢層別に検討したイタリアからの報告では入院率、重症例の割合は年齢を重ねるごとに増加し、無症状例や軽症例は年齢とともに減少していた。3,836例の小児例の解析では約40%が無症状であり、ごく軽症や軽症を含めると95%以上という結果であった。ここで報告されている4例の小児死亡例は全例が6歳以下で、心血管系や悪性腫瘍の基礎疾患を併存している症例のみであり、新型コロナウイルスが原因とは考えられていなかった(Bellino S, et al. Pediatrics. 2020;146:e2020009399. )。本邦でも国立成育医療研究センターと国立国際医療研究センターの共同研究『COVID-19 Registry Japan(COVIREGI-JP)』を利用したCOVID-19の小児例が報告されている(Shoji K, et al. J Pediatric Infect Dis Soc. 2021 Sep 6. [Epub ahead of print] )。1,038例の18歳未満のCOVID-19例では約30%が無症状であり、症状を認めた730例のうち酸素投与まで必要となってしまう小児は15例(2.1%)であったとの報告である。 新型コロナワクチンの小児に対する報告はすでにファイザー製mRNAワクチンBNT162b2において安全性や有効性が示されている(Frenck RW Jr, et al. N Engl J Med. 2021;385:239-250. )。この研究では12~15歳の若年者2,260例が試験に参加しており、そのうち1,131例がBNT162b2ワクチンを接種している。副反応は一過性かつ軽度~中等度であり、注射部位の疼痛(79~86%)、疲労感(60~66%)、頭痛(55~65%)の頻度が高かったとの結果であった。またワクチン2回目接種後にCOVID-19を発症した症例はプラセボ群では1,129例中16例で認めたのに対し、BNT162b2ワクチン接種群では1例も認められずワクチン有効率は100%とされ、小児においても新型コロナワクチンの高い効果が示された結果となった。 本論評で取り上げた米国DM Clinical ResearchのAli氏らの論文『Teen COVE試験:Teen Coronavirus Efficacy trial』は2020年12月9日~2021年2月28日における12~17歳の健康な若年者3,732例を対象にモデルナ製新型コロナワクチンmRNA-1273ワクチンの安全性と有効性を確認するために行われた試験の中間解析結果を報告した。結果は12~17歳の若年者においても良好な安全性と18~25歳の若年成人と非劣性の免疫反応を示したとのことであった。 本研究に参加した若年者3,732例はmRNA-1273ワクチン接種群2,489例とプラセボ接種群1,243例に2対1でランダムに割り付けられ、28日間隔で2回接種された。主要評価項目は安全性と18~25歳の若年成人を対象にした臨床試験との免疫反応の非劣性を示すこととされ、副次評価項目としてはCOVID-19の発症予防やコロナウイルスの無症候性感染に対する有効性などが調査された。 まずワクチン接種の安全性としては局所の副反応として注射部位の疼痛が1回目の接種後93.1%、2回目の接種後92.4%、全身性のさまざまな副反応全体としては1回目の接種後68.5%、2回目の接種後86.1%が報告され、なかでも頭痛(1回目44.6%、2回目70.2%)、疲労感(47.9%、67.8%)、筋肉痛(26.9%、44.6%)、悪寒(18.4%、43.0%)が頻度の高い副反応として挙げられた(Ali K, et al. N Engl J Med. 2021 Aug 11. [Epub ahead of print])。ワクチン接種群の局所および全身性の副反応は約4日続き、1週間を越える局所での副反応はワクチン群でより高く、1回目接種後のほうが2回目接種後よりも頻度が高かった。また『COVE試験』(Baden LR, et al. N Engl J Med. 2021;384:403-416. )での18~25歳の若年成人と比較して、局所および全身性の副反応の頻度はほぼ同等の結果であったが、皮膚の紅斑は若年者のほうが高かった。本研究では小児多系統炎症性症候群(MIS-C)や死亡、そして心筋炎や心膜炎など特記すべき有害事象は認められなかった。 ワクチンの効果は若年成人に対する血清中和抗体の幾何平均力価比、応答率の差で評価され、それぞれ1.08(95%信頼区間:0.94~1.24)、0.2%(若年群98.8%、若年成人群98.6%)であり若年成人と同等の免疫原性が示された形となった。 Ali氏らは若年者に対する新型コロナワクチン接種は若年成人と同様の安全性を示し、免疫原性も非劣性であると述べているが、小児は重症化率や死亡者数が少なく正確な有効性を評価することは困難だとしている。小児では重症化率や死亡者数が少なく、無症状や軽症例が多いことは上記の本邦の報告でも同様の結果であり、小児に対するワクチンのメリットは成人者のそれとは異なることを理解する必要がある。また本研究が行われたのは2020年12月~2021年2月であり、現在本邦で問題になっているデルタ株を含めた変異株に対する有効性は評価することができない。 今回論評で取り上げたAli氏らの論文が解析された時点では、心筋炎・心膜炎の副反応は報告されていない。しかしながら英国ではBNT162b2ワクチン100万回接種当たり2.6件の心筋炎、2.0件の心膜炎、mRNA-1273ワクチン100万回接種当たり8.2件の心筋炎や心膜炎の発症が報告されている(厚生労働省「副反応疑い報告の状況について」 2021年7月21日)と発表している。本邦においてもBNT162b2ワクチン100万回接種当たり0.5件の心筋炎・心膜炎、mRNA-1273ワクチン100万回接種当たり0.6件の心筋炎・心膜炎の発症が報告されている。いずれもmRNAワクチン接種との因果関係は現時点では不明とされているが、年齢別にはmRNA-1273ワクチンでは10代の男性が症例は限られているものの100万回接種当たり17.1件と最も頻度が高い結果となっている(第68回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会「副反応疑い報告の状況について」)。BNT162b2ワクチン接種後の小児で心筋炎を発症した15例のケースシリーズでは、93%が男性、全例で胸痛と血清トロポニン値の上昇を認め、20%で心エコー上の心拍出量の低下を認めたが、死亡例は認められず良好な経過をたどったと報告している(Dionne A, et al. JAMA Cardiol. 2021 Aug 10. [Epub ahead of print] )。 現在2021年9月末で第5波は収束しつつある状況にあるが、学校における児童を発端としたクラス内感染や児童間での感染伝播の報告が散見された。またデルタ株流行下においては小児から家庭内に感染が広がるケースも認められた。ワクチンに対する感染予防効果や発症予防効果を考えれば、小児で影響の強いCOVID-19パンデミック下でのストレスや学校閉鎖などを防ぐために重要と捉えることができる。ただし成人のCOVID-19と比べると圧倒的に無症状や軽症例の多い小児において、きわめてまれなワクチン接種後の副反応であったとしても慎重に対応せざるを得ないと考える。

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院外心停止後蘇生患者、即時造影にベネフィットなし/NEJM

 ST上昇を伴わない院外心停止後の蘇生患者において、即時的に血管造影を行う戦略は遅延的または選択的に血管造影を行う戦略と比較し、30日全死因死亡リスクに関してベネフィットは認められないことが、ドイツ・University of LeipzigのSteffen Desch氏らが実施した医師主導の国際共同無作為化非盲検試験「TOMAHAWK試験」で示された。心筋梗塞は、院外心停止の主な原因であるが、心電図でST上昇が認められない心停止からの蘇生患者に対して、早期に冠動脈造影と血行再建を行うことのメリットは明らかではなかった。NEJM誌オンライン版2021年8月29日号掲載の報告。554例対象、血管造影を即時行う群vs.初期集中治療評価後に行う群の無作為化試験 研究グループは2016年11月~2019年9月に、ドイツおよびデンマークの31施設において、蘇生に成功した院外心停止患者のうち、心電図でST上昇を認めず、冠動脈に起因する可能性のある30歳以上の患者(ショック適応、ショック非適応の両方の患者を含む)を、ただちに冠動脈造影を行う群(即時造影群)と、初期集中治療評価を行った後に選択的に冠動脈造影を行う群(造影遅延群)に、1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要評価項目は30日後の全死因死亡、副次評価項目は30日時点の全死因死亡または重度の神経障害の複合とした。 554例が即時造影群(281例)と造影遅延群(273例)に割り付けられ、このうち530例(95.7%)がintention-to-treat解析の対象となった(即時造影群265例、造影遅延群265例)。30日全死因死亡率は即時造影群54.0%、造影遅延群46.0% 30日死亡率は、即時造影群54.0%(143/265例)、造影遅延群46.0%(122/265例)であり、time-to-event解析では治療群間に有意差はなかった(ハザード比[HR]:1.28、95%信頼区間[CI]:1.00~1.63、log-rank検定のp=0.06)。欠測データを最悪値で補完した場合、HRは1.24(95%CI:0.97~1.57、log-rank検定のp=0.08)であった。 死亡または重度の神経障害の複合イベントは、即時造影群(64.3%、164/255例)が造影遅延群(55.6%、138/248例)より多く、相対リスクは1.16(95%CI:1.00~1.34)であった。 トロポニンのピーク値、中等度または重度出血、脳卒中、腎代替療法は、両群で同程度であった。

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新治療が心臓にやさしいとは限らない~Onco-Cardiologyの一路平安~【見落とさない!がんの心毒性】第6回

新しい抗がん剤が続々と臨床に登場しています。厚生労働大臣によって承認された新医薬品のうち、抗悪性腫瘍用薬の数はこの3年で36もありました1)。効能追加は85もあり、新しい治療薬が増え、それらの適応も拡大しています。しかし、そのほとんどの薬剤は循環器疾患に注意して使う必要があり、そのうえで拠り所になるのが添付文書です。医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページの医療用医薬品情報検索画面2)から誰でもダウンロードできます。警告、禁忌、使用上の注意…と読み進めます。さらに、作用機序や警告、禁忌の理由を詳しく知りたいときは、インタビューフォーム(IF)を開きます。循環器医ががん診療に参加する際には、患者背景や治療薬のことをサッと頭に入れる必要がありますが、そんな時に便利です。前置きが長くなりましたが、今回は時間のない皆さまのために、添付文書の『警告』『禁忌』『重要な基本的注意』に循環器疾患を含んでいる抗がん剤をピックアップしてみました。『警告』に書かれていること(表1)の薬剤では重篤例や死亡例が報告されていることから、投与前に既往や危険因子の有無を確認のうえ、投与の可否を慎重に判断することを警告しています。infusion reaction、静脈血栓症、心不全、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈血栓症、QT延長、高血圧性クリーゼなどが記載されています。副作用に備え観察し、副作用が起きたら適切な処置をし、重篤な場合は投与を中止するように警告しています。(表1)画像を拡大するこうした副作用でがん治療が中止になれば予後に影響するので、予防に努めます。『警告』で最も多かったのはinfusion reactionですが、主にモノクローナル抗体薬の投与中や投与後24時間以内に発症します。時に心筋梗塞様の心電図や血行動態を呈することもあり、循環器医へ鑑別診断を求めることもあります。これらの中には用法上、予防策が講じられているものもあり、推奨投与速度を遵守し、抗ヒスタミン薬やアセトアミノフェン、副腎皮質ステロイドをあらかじめ投与して予防します。過敏症とは似て非なる病態であり、発症しても『禁忌』にはならず、適切な処置により症状が治まったら、点滴速度を遅くするなどして再開します。学会によってはガイドラインで副作用の予防を推奨してるところもあります。日本血液学会の場合、サリドマイド、ポマリドミド、レナリドミドを含む免疫調節薬(iMiDs:immunomodulatory drugs)による治療では、深部静脈血栓症の予防のために低用量アスピリンの内服を推奨しています3)。欧州臨床腫瘍学会(ESMO)では、アントラサイクリンやトラスツズマブを含む治療では、心不全の進行予防に心保護薬(ACE阻害薬、ARB、および/またはβ遮断薬)を推奨しています。スニチニブ、ベバシズマブ、ラムシルマブなどの抗VEGF薬を含む治療では、血圧の管理を推奨しています4)。『禁忌』に書かれていること『禁忌』には、「本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者」が必ず記されています。禁忌に「心機能異常又はその既往歴のある患者」が記されているのは、アントラサイクリン系の抗がん剤です。QT延長や、血栓症が禁忌になるものもあります。(表2)画像を拡大するここで少し注意したいのは、それぞれの副作用の定義です。たとえば「心機能異常」とは何か?ということです。しばしば、がん医療の現場では、左室駆出率(LVEF)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)値だけが、一人歩きをはじめ、患者の実態とかけ離れた判断が行われることがあります。循環器医ががん患者の心機能を検討する場合、LVEFやBNPだけではなく、症状や心電図・心エコー所見や運動耐容能などを多角的に捉えています5)。心機能は単独で評価できる指標はないので、LVEFやBNP値だけで判断せず、心機能を厳密かつ多面的に測定して総合的に評価することをお勧めします。添付文書によく記載されている「心機能異常」。漠然としていますが、これの意味するところを「心不全入院や死亡のリスクが高い状態」と、私は理解しています。そこで、「心機能異常」診断の乱発を減らし、患者ががん治療から不必要に疎外されないよう努めます。その一方で、心保護薬でがん治療による心不全のリスクを最小限に抑えるチャンスを逃さないようにもします。上述の定義のことは「血栓症」にも当てはまります。血栓症では下腿静脈の小血栓と肺動脈本管の血栓を一様には扱いません。また、下肢エコーで見つかる米粒ほどの小血栓をもって血栓症とは診断しません。そこそこの大きさの血栓がDOACなどで制御されていれば、血栓症と言えるのかもしれませんが、それでも抗がん剤を継続することもあります。QT延長は次項で触れます。『重要な基本的注意』に書かれていることー意外に多いQT延長『重要な基本的注意』で多かったのは、心機能低下・心不全でした。アントラサイクリン系薬剤、チロシンキナーゼ阻害薬、抗HER2薬など25の抗がん剤で記載がありました。これらの対応策については既に本連載企画の第1~4回で取り上げられていますので割愛します。(表3)その1画像を拡大する(表3)その2画像を拡大する意外に多かったのは、QT延長です。21種類もありました。QT間隔(QTc)は男性で450ms、女性で460ms以上をQT延長と診断します。添付文書では「投与開始前及び投与中は定期的に心電図検査及び電解質検査 (カリウム、マグネシウム、カルシウム等)を行い、 患者の状態を十分に観察する」などと明記され、血清の電解質の補正が求められます。とくに分子標的薬で治療中の患者の心電図でたびたび遭遇します。それでも重度の延長(QTc>500ms)は稀ですし、torsade de pointes(TdP)や心臓突然死はもっと稀です。高頻度にQT延長が認められる薬剤でも、新薬を待ち望むがん患者は多いため、臨床試験で有効性が確認されれば、QT延長による心臓突然死の回避策が講じられた上で承認されています。測定法はQTcF(Fridericia法)だったりQTcB(Bazett法)だったり、薬剤によって異なりますが、FMS様チロシンキナーゼ3-遺伝子内縦列重複(FLT3-ITD)変異陽性の急性骨髄性白血病治療薬のキザルチニブのように、QTcFで480msを超えると減量、500msを超えると中止、450ms以下に正常化すると再開など、QT時間次第で用量・用法が変わる薬剤があるので、測定する側の責任も重大です。詳細は添付文書で確認してみてください。抗がん剤による心臓突然死のリスクを予測するスコアは残念ながら存在しません。添付文書に指示は無くても、循環器医はQTが延長した心電図ではT波の面構えも見ます。QT dispersion(12誘導心電図での最大QT間隔と最小QT間隔の差)は心室筋の再分極時間の不均一性を、T peak-end時間(T波頂点から終末点までの時間)は、その誘導が反映する心室筋の貫壁性(心内膜から心外膜)の再分極時間のバラツキ(TDR:transmural dispersion of repolarization)を反映しています。電気的不均一性がTdP/心室細動の発生源になるので注意しています。詳細については、本編の参考文献6)~8)をぜひ読んでみてください。3つ目に多かったのはinfusion reactionで、該当する抗がん剤は17もありました。抗体薬の中には用法及び用量の項でinfusion reaction対策を明記しているものの、『重要な基本注的意』に記載がないものがあるので、実際にはもっと多くの抗がん剤でinfusion reactionに注意喚起がなされているのではないでしょうか。血圧上昇/高血圧もかなりありますが、適正使用ガイドの中に対処法が示されているので、各薬剤のものを参考にしてみてください。そのほかの心臓病についても同様です。なお、適正使用ガイドとは、医薬品リスク管理計画(RPM:Risk Management Plan)に基づいて専門医の監修のもとに製薬会社が作成している資料のことです。抗がん剤だけではない、注目の新薬にもある循環器疾患についての『禁忌』今年1月、経口グレリン様作用薬アナモレリン(商品名:エドルミズ)が初の「がん悪液質」治療薬としてわが国で承認されました。がん悪液質は「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義されています。その本質はタンパク質の異常な異化亢進であり、“病的なるい痩”が、がん患者のQOLやがん薬物療法への忍容性を低下させ、予後を悪化させます。アナモレリンは内服によりグレリン様作用を発揮し、がん悪液質患者の食欲を亢進させ、消耗に対抗します。切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんのがん悪液質患者のうち、いくつかの基準をクリアすると使用できるので、対象となる患者が多いのが特徴です。一方、添付文書やインタビューフォームを見ると、『禁忌』には以下のように心不全・虚血・不整脈に関する注意事項が明記されています。「アナモレリンはナトリウムチャネル阻害作用を有しており、うっ血性心不全、心筋梗塞、狭心症又は高度の刺激伝導系障害(完全房室ブロック等)のある患者では、重篤な副作用を起こすおそれがあることから、これらの患者を禁忌に設定した」9)。また、『重要な基本的注意』には、「心電図異常(顕著なPR間隔又はQRS幅の延長、QT間隔の延長等)があらわれることがあるので注意すること」とあります。ピルシカイニド投与時のように心電図に注意が必要です。実際、当院では「アナモレリン投与中」と書かれた心電図の依頼が最近増えています。薬だけではない!?注目の新治療にもある循環器疾患につながる『警告』免疫の知識が今日ほど国民に浸透した時代はありません。私たちの体は、病原体やがん細胞など、本来、体の中にあるべきでないものを見つけると、攻撃して排除する免疫によって守られていることを日常から学んでいます。昨今のパンデミックにおいては、遺伝子工学の技術を用いてワクチンを作り、免疫力で災禍に対抗しています。がん医療でも遺伝子工学の技術を用いて創薬された抗体薬を使って、目覚ましい効果を挙げる一方で、アナフィラキシーやinfusion reaction、サイトカイン放出症候群(CRS:cytokine release syndrome)などの副作用への対応に迫られています。免疫チェックポイント阻害薬の適応拡大に伴い、自己免疫性心筋炎など重篤な副作用も報告されており、循環器医も対応に駆り出されることが増えてきました(第5回参照)。チサゲンレクルユーセル(商品名:キムリア)は、採取した患者さんのT細胞を遺伝子操作によって、がん細胞を攻撃する腫瘍特異的T細胞(CAR-T細胞)に改変して再投与する「ヒト体細胞加工製品」です。PMDAホームページからの検索では、医療用「医薬品」とは別に設けてある再生医療等「製品」のバナーから入ると見つかります。「再発又は難治性のCD19陽性のB細胞性急性リンパ芽球性白血病」と「再発又は難治性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫」の一部に効果があります。ノバルティスファーマ株式会社のホームページで分かりやすく説明されています10)。この添付文書で警告しているのはCRSです。高頻度に現れ、頻脈、心房細動、心不全が発症することがあります。緊急時に備えて管理アルゴリズムがあらかじめ決められており、トシリズマブ(ヒト化抗ヒトIL-6レセプターモノクローナル抗体、商品名:アクテムラ)を用意しておきます。AlviらはCAR-T細胞治療を受けた137例において、81名(59%)にCRSを認め、そのうち54例(39%)がグレード2以上で、56例(41%)にトシリズマブが投与されたと報告しています11)(図)。(図)画像を拡大するトロポニンの上昇は、測定患者53例中29例(54%)で発生し、LVEFの低下は29例中8例(28%)で発生しました。いずれもグレード2以上の患者でのみ発生しました。17例(12%)に心血管イベントが発生し、すべてがグレード2以上の患者で発生しました。その内訳は、心血管死が6例、非代償性心不全が6例、および不整脈が5例でした。CRSの発症から、トシリズマブ投与までの時間が短いほど、心血管イベントの発生率が低く抑えられました。これらの結果は、炎症が心血管イベントのトリガーになることを改めて世に知らしめました。おわりに本来であれば添付文書の『重大な副作用』なども参考にする必要がありますが、紙面の都合で割愛しました。腫瘍循環器診療ハンドブックにコンパクトにまとめてありますので、そちらをご覧ください12)13)。さまざまな新薬が登場しているがん医療の現場ですが、心電図は最も手軽に行える検査であるため、腫瘍科と循環器科の出会いの場になっています。QT延長等の心電図異常に遭遇した時、循環器医はさまざまな医療情報から適切な判断を試みます。しかし、新薬の使用経験は浅く、根拠となるのは臨床試験の数百人のデータだけです。そこへ来て私は自分の薄っぺらな知識と経験で患者さんを守れるのか不安になります。患者さんの一路平安を祈る時、腫瘍科医と循環器医の思いは一つになります。1)独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)新医薬品の承認品目一覧2)PMDA医療用医薬品 添付文書等情報検索3)日本血液学会編.造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版. 金原出版.2018.p.366.4)Curigliano G, et al. Ann Oncol. 2020;31:171-190. 5)日本循環器学会編. 急性・慢性心不全診療ガイドライン2017年改訂版(班長:筒井裕之).6)Porta-Sanchez A, et al. J Am Heart Assoc. 2017;6:e007724.7)日本循環器学会編. 遺伝性不整脈の診療に関するガイドライン2017 年改訂版(班長:青沼和隆)8)呼吸と循環. 医学書院. 2016;64.(庄司 正昭. がん診療における不整脈-心房細動、QT時間延長を中心に)9)医薬品インタビューフォーム:エドルミズ®錠50mg(2021年4月 第2版)10)ノバルティスファーマ:CAR-T細胞療法11)Alvi RM, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;74:3099-3108. 12)腫瘍循環器診療ハンドブック. メジカルビュー社. 2020.p.207-210.(森本 竜太. がん治療薬による心血管合併症一覧)13)腫瘍循環器診療ハンドブック.メジカルビュー社. 2020.p.18-20.(岩佐 健史. 心機能障害/心不全 その他[アルキル化薬、微小管阻害薬、代謝拮抗薬など])講師紹介

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免疫チェックポイント阻害薬:“予後に影響大”の心筋炎を防ぐには? 【見落とさない!がんの心毒性】第5回

はじめにこれまでの連載ではアントラサイクリン心筋症、そしてHER2阻害薬やVEGFR-TKIといった分子標的薬による心毒性が取り上げられてきました。今回は、免疫チェックポイント阻害薬について、塩山と向井が解説します。この薬は患者さん自身の免疫系を活用することによってがん細胞を攻撃するという新しい概念の治療法です。自然免疫と獲得免疫免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の作用機序を理解するために、まずは昔に勉強した(はずの)基本的な免疫システムの復習から始めましょう。免疫系には、「自然免疫」と「獲得免疫」の2つがあります。自然免疫とは生まれつき持っている免疫反応で、細菌やウイルス、がん細胞といった異物を最初に攻撃するシステムです。病原体(抗原)を好中球やマクロファージ、NK(ナチュラルキラー)細胞といった食細胞が認識して攻撃します。それに引き続いて樹状細胞が活性化します。抗原を取り込んだ樹状細胞は、異物の断片(ペプチド)を主要組織適合遺伝子複合体(MHC :major histocompatibility complex)分子に結合してヘルパーT細胞に提示(抗原提示)します。そしてヘルパーT細胞から指令を受けたB細胞が抗体を産生し、またキラーT細胞が誘導されることで異物を攻撃するシステムが獲得免疫です(図1)。(図1)自然免疫と獲得免疫画像を拡大する免疫チェックポイント阻害薬(ICI)免疫システムには免疫反応を活性化するアクセル(共刺激分子)と、抑制するブレーキ(共抑制分子)が存在します。共抑制分子は自己に対する不適切な免疫応答や過剰な免疫反応を抑制し、免疫システムが暴走することを防いでいます。T細胞上にはPD-1(Programmed cell death 1)やCTLA-4(Cytotoxic T lymphocyte- associated antigen 4)といった免疫チェックポイント分子が存在し、共抑制分子として作用しています。がん細胞に発現しているPD-L1や樹状細胞(抗原提示細胞)に発現しているB7といったリガンドがPD-1、CTLA-4にそれぞれ結合することによりT細胞の活性化が抑制され、免疫系からの攻撃を回避しています(図2:左)。ICIは免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンドに結合してT細胞の抑制シグナル(ブレーキ)を解除することによってT細胞の活性化を誘導し、がん細胞に対する免疫応答を高めます(図2:右)。(図2)免疫チェックポイント阻害薬の作用機序画像を拡大するこの仕組みをつきとめ、がん免疫療法という新たな分野を開拓した京都大学の本庶 佑博士ならびにテキサス大学のジェームズ・アリソン博士に2018年ノーベル生理学・医学賞が授与されたことは記憶に新しいですね。現在承認されているICIには、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体の3種類があります(表1)。適応症は年々拡大しており、手術、化学療法、放射線治療に次ぐ第4の治療法として期待されています。(表1)本邦で使用可能な免疫チェックポイント阻害薬画像を拡大する免疫関連有害事象(irAE)ICIによる免疫系の活性化に伴って、自己免疫疾患に類似した副作用を引き起こすことが知られています。従来の殺細胞性抗がん剤や分子標的薬による副作用とは異なる作用機序であり、免疫関連有害事象(irAE :immune-related adverse event)と呼ばれます。irAEは、皮膚、消化器、呼吸器、内分泌、神経など、全身のあらゆる臓器に発現することが報告されています1)(図3)。(図3)ICIによる有害事象[irAE]画像を拡大する心臓におけるirAEも心筋炎、心筋症、心膜疾患、不整脈など多岐にわたりますが、中でも心筋炎は予後に影響するため注意が必要です。心筋炎の発症頻度は~1%程度と決して多くはありませんが、中には劇症化する症例が存在し、致死率は50%に達すると報告されています2)。そのため早期に発見して適切に対応することが重要です。ICIによる心筋炎の発症機序として、心筋細胞に発現しているPD-L1と、T細胞上のPD-1の結合を阻害することで過剰な免疫応答が生じている可能性が考えられますが、それ以外にもいくつかの機序が推定されており、正確なメカニズムは明らかになっていません。irAE心筋炎の診断心筋炎に特異的な症状はなく、軽微な検査値異常のみで自覚症状をまったく認めないものから、劇症型心筋炎に進行して急変する症例まで多岐にわたります。有害事象の重症度は有害事象共通用語規準(CTCAE :Common Terminology Criteria for Adverse Events) ver. 5.0に基づいてGrade 1~5に分類されています(表2)。(表2)CTCAEによる心毒性の評価画像を拡大するICI投与中には、定期的にバイオマーカー(トロポニン、BNP)、心電図、心臓超音波検査のチェックが必要です。心筋炎の発症はICI開始3ヵ月以内が多いと言われていますので、投与初期にはとくに注意する必要があります。心筋炎を発症した症例のうち、9割以上にトロポニン上昇を認めますが、約半数では左室収縮能が正常であったという報告もあり3)、心臓超音波検査はあくまで補助的な診断ツールです。現時点では心筋生検が診断のゴールドスタンダードであり、病理組織学的にCD8陽性細胞障害性T細胞(キラーT細胞)、CD68陽性マクロファージ、CD4陽性ヘルパーT細胞の浸潤が特徴とされています。ただし感度があまり高くなく、またウイルス性心筋炎との鑑別が難しいことも念頭におく必要があります。近年では心臓MRI検査によるガドリニウム遅延造影(LGE)所見やT2-STIR画像が有用とされていますが、心筋生検と同様に偽陰性が存在するため、結果の解釈には注意する必要があります4)。最終的にはこれらの所見を組み合わせて総合的に診断します5)(表3)。(表3)ICI関連心筋炎の診断画像を拡大するirAE心筋炎の治療ICI投与中にトロポニンの上昇や心電図異常が出現した場合(Grade 1)、あるいは軽微な症状の場合(Grade 2)にはICIを休薬します。休薬のみで検査値異常や自覚症状が改善すれば投与再開も考慮しますが、十分なエビデンスがあるわけではありません。息切れなどの症状が増強すれば(Grade 2-3)、ICIを休薬した上でステロイドによる治療が必要です。基本的にはプレドニゾロン1~2mg/kgで治療を行いますが、循環動態が悪化していれば(Grade 4)ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1g/日)を3日間先行します。さらに病態に応じて、心臓ペーシングや機械的な循環動態の補助が必要な症例もあります。ステロイド治療に反応しない場合には、タクロリムス、ミコフェノール酸モフェチル、インフリキシマブ、アバタセプトなどの免疫抑制剤や免疫グロブリン大量療法が有効であったという報告がありますが、エビデンスに乏しく、わが国では保険適応外です。おわりに2014年に登場したニボルマブは、がん免疫療法のブレークスルーとなり、今後もICIの開発は加速すると思われます。また2019年には患者さん自身のT細胞に遺伝子改変を行い、がん細胞を攻撃するキメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor: CAR)-T細胞療法が血液がんに対して保険承認され、個別化医療への期待が高まっています。近年ではさらなる相乗効果を期待して、ICIと標準治療(手術・化学療法・放射線療法)の併用療法や、2種類のICIによる併用療法も行われています。しかし複数の薬剤を併用することでirAEが増加することが懸念されていますので、循環器内科医とがん治療医の連携が今後益々重要になってくるでしょう。1)Wang DY, et al. JAMA Oncol. 2018;4:1721-1728.2)Salem JE, et al. Lancet Oncol. 2018;19:1579-1589.3)Mahmood SS, et al. J Am Coll Cardiol. 2018;71:1755-1764.4)Zhang L, et al. Eur Heart J. 2020;41;1733-1743.5)Bonaca MP, et al. Circulation. 2019;140:80-91講師紹介

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HER2阻害薬の心毒性、そのリスク因子や管理は? 【見落とさない!がんの心毒性】第3回

今回のおはなし連載の第2回は、大倉先生によるアントラサイクリン心筋症についての解説でした。今回のテーマはHER2阻害薬の心毒性です。なかでもトラスツズマブが有名ですが、それ以外にもHER2阻害薬はあるんですよ。今回はその心毒性が起こる機序や病態の特徴について、概要を説明します。HER2阻害薬では、日頃からの心血管リスク因子の適切な管理がとても大事になります。HER2ってそもそも何?HER2はヒト上皮成長因子受容体(EGFR:human epidermal growth factor receptor)に似た受容体型チロシンキナーゼで、ヒトEGFR関連物質2 (human EGFR-related protein 2)を略してHER2と命名されました。別名でErbB2とも表現され、こちらはヒト以外に齧歯類なども含めた対象となります。正常細胞においてHER2は細胞増殖や分化の調節に関わる重要なシグナル伝達分子として働いており、そのHER2遺伝子発現の増幅、遺伝子変異ががん化に関わります。HER2遺伝子は唾液腺がん、胃がん、乳がん、卵巣がんで発現が見られ、現在ではHER2陽性タイプの乳がん、胃がんに対してHER2阻害薬が臨床で使われています。一方、HER2は心臓や神経にも存在します。これらの臓器でもHER2は細胞分化や増殖に関わり、HER2阻害薬により心臓では心筋細胞障害が生じ心毒性を発症する事になります。心筋特異的にErbB2を欠損させたコンディショナルノックアウトマウスでは、出生するものの拡張型心筋症様の病態を呈し、心筋細胞のアポトーシスが観察され、大動脈縮窄術による後負荷増大で容易に心不全に陥り、高率に死亡する事が報告されています。そして、このコンディショナルノックアウトマウス由来の心筋細胞はアントラサイクリンへの感受性が亢進していたことから、ErbB2が生体において病的ストレスからの心保護に必須な分子と考えられています1)。つまり、乳がん治療でのアントラサイクリンとトラスツズマブとの逐次治療において、アントラサイクリンによりダメージを受けた心筋細胞がトラスツズマブによりその修復が阻害されると言う仕組みが考えられています(図1)2)。(図1)アントラサイクリンおよびトラスツズマブの逐次療法における心筋障害のイメージ画像を拡大するHER2阻害薬の種類分子標的薬に属するHER2阻害薬は、HER2タンパクを持つがんに対して投与され、とくに乳がん治療でよく用いられていますが、胃がんなどでも使われています。中でも抗体薬のトラスツマブが有名ですが、それ以外にも抗体薬のペルツズマブ、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)かつ二標的キナーゼ阻害薬(EGFRおよびHER2)のラパチニブ、そしてトラスツズマブと殺細胞性抗がん剤との抗体薬物複合体(ADC)のトラスツズマブ-エムタンシン(T-DM1)やトラスツズマブ-デルクステカンも最近登場しています。T-DM1はトラスツズマブによるHER2シグナル伝達阻害作用だけでなく、化学療法薬であるエムタンシン(DM1)をがん細胞内部に直接送達させ、がん細胞を破壊する作用も併せ持ちます。これらADCである新規のHER2阻害薬は従来のものと比較して、心毒性の発生頻度が少ない事が報告されています3)。(表1)HER2陽性乳がんで使用できる分子標的薬画像を拡大するHER2阻害薬による心毒性の機序HER2阻害薬が心筋細胞上のHER2(ErbB2)受容体を選択的にブロックする事で、いわゆる“心筋細胞の栄養”とも言えるneureglin(NRG)のErbB4-ErbB2二量体を介した心筋細胞への結合を阻害します。その結果、心筋細胞の生存や保護に関わるシグナル伝達を阻害し細胞ダメージを来すと言われています。とくに、HER2受容体はアントラサイクリン投与後の心筋細胞に代償的にアップレギュレートして発現する事が報告されており、その発現はアントラサイクリン投与後の心筋細胞のダメージへの保護、生存に寄与すると言われています。それゆえ、とくにアントラサイクリン投与後の心筋細胞修復機構の障害が生じ、心筋傷害が助長されると言われています(図1、図2)4)。(図2)HER2阻害薬による心毒性の機序画像を拡大するHER2阻害薬関連心毒性のリスク因子は?HER2阻害薬関連心毒性のリスク因子を下の表に示しています(表2)5)。アントラサイクリンの併用または治療歴、心不全の既往、高血圧や虚血性心疾患の合併、胸部放射線治療の併用により心毒性発現のリスクが高まります。この表から、通常の心血管リスク因子がHER2阻害薬関連心毒性にも重大なリスク因子となる事が分かります。そのため、通常の心血管リスク管理が薬剤性心毒性管理においてものすごく重要です。(表2)HER2阻害薬のリスク因子HER2阻害薬による心毒性の特徴と病態管理HER2阻害薬による心不全の発生頻度について、初期の解析によるとアントラサイクリンやシクロホスファミドとトラスツズマブを同時投与すると27%と高率であると報告されました6)。そして、逐次療法では1~4.1%で心不全症状、4.4~18.6%で左室駆出率(LVEF)の低下を来すと言われています。報告によれば逐次療法でも8.7%でNYHAIII度からIV度の心不全が発症しており、およそ3ヵ月毎の定期的な心機能評価が推奨されます7)。HER2阻害薬による心毒性の特徴は、左室機能低下後のHER2阻害薬の休薬により約2~4ヵ月程度で左室機能の改善がみられる事が多く、LVEF回復後にはHER2阻害薬の再投与検討も可能と考えられています。ただし、ここで注意が必要です。トラスツズマブ投与後に心不全症状を認めた患者の71%で半年後も左室機能の回復が得られなかったと言う報告もあります8)。われわれ臨床家の間では、約20~30%の症例で心機能低下が遷延すると考えられています。HER2阻害薬の休薬で左室機能の回復が得られる可能性はあるものの、心毒性がみられた際にはACE阻害薬(エナラプリル)やβ遮断薬(アーチストなど)による心保護薬の投与を行うことが望ましいと考えます。しかし、心保護薬の長期的継続について、とくに心機能が回復した症例に対する長期的心保護治療継続の妥当性については明らかにはされていません。筆者の個人的な対策ではありますが、左室機能低下を来していた時のトロポニン上昇度や心エコーにおける低心機能の程度などの患者病態、そして心血管リスク因子の保有状況などを考慮し、患者に応じて長期的な心保護管理の継続を行っています。スクリーニングのタイミング最後に、ヨーロッパ臨床腫瘍学会(ESMO)から2020年に発表されたESMO consensus recommendationsを紹介します(図3)9)。がん治療前から心機能を確認し、高リスクであれば循環器医へ相談、がん治療開始後も3ヵ月毎に心機能をフォローし心配な所見があれば適宜循環器医に相談をすると良いと思います。がん治療中の心血管毒性の管理において、がん治療医と循環器医との良好な連携は欠かせません。(図3)CTRCD[がん治療関連心機能障害]の管理アルゴリズム―ESMO consensus recommendations 2020―画像を拡大する1)Crone SA, et al. Nat Med. 2002;8:459-465.2)Ewer MS, et al. Nat Rev Cardiol. 2015;12:547-558.3)Verma S, et al. New Engl J Med. 2012;367:1783-1791.4)Lenneman CG, et al. Circ Res. 2016;118:1008-1020.5)Lyon AR, et al. Eur J Heart fail. 2020;22:1945-1960.6)Nemeth BT, et al. Br J Pharmacol. 2017;174:3727-3748.7)日本腫瘍循環器学会編集委員会編. 腫瘍循環器診療ハンドブック. メジカルビュー社;2020.8)Tan-Chiu E, et al. J Clin Oncol. 2005;23:7811-7819.9)Curigliano G, et al. Ann Oncol. 2020;31:171-190.講師紹介

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「COVID-19ワクチンに関する提言」、変異株や安全性の最新情報追加/日本感染症学会

 日本感染症学会(理事長:舘田一博氏[東邦大学医学部教授])は、6月16日に「COVID-19ワクチンに関する提言」(第3版)を同学会のホームぺージで発表、公開した。 第1版は2020年12月28日に、第2版は2021年2月26日に発表・公開され、ワクチンの有効性、安全性、国内での接種の状況、接種での注意点などが提言されていた。今回は、第2版以降の新しい知見に加え、新しく承認されたワクチンの効果、安全性について加筆された。 主に加筆・修正された箇所は下記の通り。【ワクチンの有効性について】・ファイザーのコミナティ筋注について、わが国の報告では、初回接種後57.1%(60/105)、2回接種後99.0%(104/105)の抗体陽転率がみられる。・モデルナのCOVID-19ワクチンモデルナ筋注について、2回接種後の中和抗体価(55歳未満でそれぞれ184と1,733、55歳以上で160と1,827)は、海外で行われた臨床試験とほぼ同等。また、抗体陽転率は100%であり、高い免疫原性が示されている。・アストラゼネカのバキスゼブリア筋注について、いずれの年齢層でも中和抗体価が初回接種後より2回目接種後で上昇。・ファイザーとモデルナのワクチンの実社会での有効性は、米国CDCの報告から2回接種14日以後で発症者が90%減少、65歳以上のCOVID-19による入院率が94%減少、医療従事者の発症率が2回接種7日以後で94%減少。・ファイザーのワクチンでは、イスラエルで接種群と対照群それぞれ59万人を対象とした大規模な比較研究が行われ、接種群では2回接種7日以後の発症が94%、入院率が87%、重症化率が92%減少した。また、1回接種後14~20日の期間でも、発症54%、入院率74%、重症化率62%の有効率。【変異株とワクチンの効果】・ファイザーやモデルナのワクチンで誘導される抗体による中和活性には若干の減少がみられるが、ワクチンの有効性に大きな影響はない。アストラゼネカのワクチンで誘導される抗体の中和活性は約9分の1に低下するが、実際の発症予防効果は従来株での81.5%に対して、B.1.1.7でも70.4%の有効率。また、インド型変異株(B.1.617、δ)などの3つの亜型のうちB.1.617.1とB.1.617.3には免疫回避をもたらすE484Q変異がみられ、ワクチン効果が低下することが懸念され、B.1.617.1では、ファイザーとモデルナのワクチンで誘導される抗体の中和活性が、いずれも7分の1に低下していることが報告されている。【ワクチンの安全性】・海外の臨床試験における有害事象では、アストラゼネカのワクチンで血栓塞栓イベントがまれながら発生したことから、再評価が行われた上で接種が進んでおり、ファイザーのワクチンでは、12~15歳における安全性が海外の臨床試験で評価され、副反応の種類・頻度は16~25歳と比較してほぼ同等であり、重篤な健康被害はみられなかった。・わが国での臨床試験における有害事象について、ファイザーのワクチンでは、医療従事者1万9千人を対象に先行接種者健康調査が行われたが、初回接種後の発熱(37.5℃以上)が3.3%と国内臨床試験に比べて低かった以外はほぼ同等の副反応の頻度だった。発熱は接種翌日(2日目)に多く、接種3日目にはほとんど消失。モデルナのワクチンでは、海外の臨床試験やファイザーのワクチンの国内臨床試験の結果と大きな違いはなかったが、2回目の発熱が40.1%と高い頻度(これは口腔内体温で測定している影響も考慮)。なお、モデルナのワクチンでは、接種1週間以後に遅発性の局所反応(疼痛、腫脹、紅斑など)が海外で報告され、国内臨床試験でも5.3%(8/150)にみられ、すべて初回接種後8~22日に発現し、持続期間は2~15日だった。・mRNAワクチン接種後の心筋炎について、ファイザーのワクチン接種後に心筋炎症例が報告され、年齢は14~56歳の範囲で、10代から20代の男性に多く、接種後1日から数日後に胸痛や胸部違和感などの症状で発症し、心電図異常やトロポニンの上昇が確認されている。軽症例がほとんどで、2回目の接種後に多く見られている。わが国では5月30日現在で8人のファイザーのワクチン接種後の心筋炎が報告されているが、6月9日時点においてワクチンの接種体制に影響を与える重大な懸念は認められず、引き続き国内外の情報を収集しつつ接種を継続。・アストラゼネカのウイルスベクターワクチン接種後の血栓塞栓イベントについて、ワクチン接種後4~28日に発症、脳静脈血栓症や内臓静脈血栓症など通常とは異なる部位に生じる血栓症、中等度~重度の血小板減少、凝固線溶系マーカー異常(D-ダイマー著増など)、抗血小板第4因子抗体の陽性などが特徴。発症機序は不明だがアデノウイルスが血小板に結合して活性化することが報告されている。【国内での接種の方向性】・12~15歳へのmRNAワクチンの接種について、わが国でも6月1日から予防接種法の臨時接種として接種が認められたが、有効性とリスクの観点から接種する場合、個人への丁寧な説明が困難な集団接種ではなく、医療機関における個別接種が望ましい。・COVID-19罹患者への接種では、すでに罹患した人にファイザーやモデルナのmRNAワクチンを1回接種した場合、抗スパイクタンパク質抗体価が未罹患者より10~100倍程度上昇するという報告があり、罹患者への接種でさらに強い免疫が得られると考えられる。厚生労働省のQ&Aでは、「感染した方もワクチンを接種することができ、現時点では通常通り2回接種できる」とあり、回復後の適当な時期に接種することが奨められる。ワクチン接種後の感染対策も重要 最後に提言では、「ワクチン接種を受けることで安全が保証されるわけではない。接種しても一部の人は発症する。発症しなくても感染し、無症状病原体保有者として人に広げる可能性も一部にはある。また、ワクチンの効果がどのくらい続くかも不明。COVID-19の蔓延状況が改善するまでは、マスク、手洗いなどの基本的な感染対策は維持しなければならない」と注意を喚起するとともに、「最終的に接種するかどうかは個人の判断にゆだねられるべきであり、周囲から接種を強制されることがあってはならない。また、健康上の理由で接種できない人や個人としての信条で接種を受けない人が、そのことによって何らかの差別を受けることがないよう配慮が必要」とラベリングなどへの注意も示している。

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第64回 COVID-19のmRNAワクチン接種後の心筋炎~主に若い男性の2回目接種後に発生

米国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)mRNAワクチン2回目接種後の心筋炎/心膜炎が16~24歳の若者に想定より多く認められており、その検討を含む米国疾病予防管理センター(CDC)専門家会議が今週18日に急遽開催されます。その開催を報じた先週10日の米国小児科学会(AAP)ニュース1)によると30歳以下の若者のPfizer/BioNTechかModernaのCOVID-19 mRNAワクチン接種後の心筋炎/心膜炎は有害事象記録VAERS(Vaccine Adverse Event Reporting System)に475例報告されており、それらのうち転帰がわかっている285人中270人は退院し、ほとんど(およそ81%)は完全に回復しています。15人は依然として入院していて3人は集中治療室(ICU)にいます。2回目接種後の16~17歳の心筋炎/心膜炎の報告数は79例で、その数は想定数2~19例を上回っています。18~24歳での報告数は196例で、やはり想定数8~83例を上回っていました。500万人超がPfizer/BioNTechのワクチン接種済みのイスラエルでは去年2020年12月から2021年5月に心筋炎の報告が275例あり2)、それらのうち148例はワクチン接種のころに生じたものであり、米国と同様に多くは2回目の接種後で、主に16~19歳の若い男性に認められました。イスラエルはワクチンと心筋炎の関連を調査中ですが、2回目のワクチン接種と16~30歳の若い男性の心筋炎発症は関連するかもしれないと現時点では判断されています。CDCによると幸い経過はおおむね良好なようで、mRNAワクチン接種後に心筋炎/心膜炎を呈して手当を受けた患者のほとんどは薬の投与や休息で良くなっており、速やかに回復しています3)。心筋炎/心膜炎の同定の主な手がかりは胸痛です。Pfizer/BioNTechワクチン接種後に心筋炎や心筋心膜炎を生じた14~19歳の男児7人の詳細を記したPediatrics誌の報告4)によると全員が2回目接種後4日以内の胸痛により受診しました。また、5人は発熱があり、他に息切れ、疲労感、両腕の痛み、吐き気、嘔吐、頭痛、食欲不振、脱力感が1人以上に認められました5)。7人とも多臓器炎症症候群(MIS-C)ではなく、2~6日間の入院で全員回復しました。7人のうち6人は非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)治療を受け、それらの3人の治療はNSAIDだけで済みました。4人は免疫グロブリン静注とコルチコステロイドで治療されました。MIS-Cではない一過性のCOVID-19ワクチン接種後心筋炎に静注免疫グロブリンやコルチコステロイドをきまって投与すべきかどうかは定かではありません。ワクチン接種後7日以内に胸痛、息切れ、動悸が認められたら受診することをCDCは要請しています3)。医療従事者は小児や若い成人がそれらの症状を呈して来院したら心筋炎/心膜炎を疑い、まずは心電図、トロポニン、C反応性タンパク質(CRP)や赤血球沈降速度などの炎症マーカーの検査を試みる必要があります。それらが正常ならおそらく心筋炎/心膜炎ではないでしょう6)。心筋炎はCOVID-19に伴って生じうることも知られています。たとえば大学の感染運動選手1,597人を調べた最近の報告では心臓MRIを含む検査で2.3%に心筋炎が認められています7,8)。参考1)CDC confirms 226 cases of myocarditis after COVID-19 vaccination in people 30 and under/AAP2)Surveillance of Myocarditis (Inflammation of the Heart Muscle) Cases Between December 2020 and May 2021 (Including) / Israel Ministry of Health3)Myocarditis and Pericarditis Following mRNA COVID-19 Vaccination/CDC4)Marshall M,et al,. Pediatrics. 2021 Jun 4:e2021052478.5)Report details 7 cases of myocarditis after COVID-19 vaccination/AAP6)Clinical Considerations: Myocarditis and Pericarditis after Receipt of mRNA COVID-19 Vaccines Among Adolescents and Young Adults/CDC7)Daniels CJ, et al,JAMA Cardiol. 2021 May 27. [Epub ahead of print]8)Study: Cardiac MRI Effective in Detecting Asymptomatic, Symptomatic Myocarditis in Athletes / Ohio State University

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心筋炎と心筋梗塞を簡便に鑑別できる新規miRNAを同定/NEJM

 心筋炎のマウスおよびヒトにおいて同定された新規マイクロRNA(miRNA)のヒト相同体(hsa-miR-Chr8:96)は、心筋炎患者と心筋梗塞患者の区別に利用できる可能性があることを、スペイン・国立心臓血管研究センターのRafael Blanco-Dominguez氏らが明らかにした。心筋炎は、冠動脈閉塞を伴わない心筋梗塞(MINOCA)と初期診断を受けた患者の最終診断となることが多く、心筋梗塞の基準を満たす患者の約10~20%にみられる。急性心筋炎の診断は通常、心内膜心筋生検または心臓MRIのいずれかが必要であるが、前者は侵襲的であり、後者はすべての施設で利用できるわけではない。そのため、新たな診断法が求められていた。NEJM誌2021年5月27日号掲載の報告。心筋炎または心筋梗塞モデルマウスのT細胞を解析 研究グループは、心筋炎に特異的なmiRNAを同定するため、マウスに実験的自己免疫性心筋炎または心筋梗塞を誘発した後、CD4陽性T細胞およびTh17細胞を分離してmiRNAマイクロアレイ解析と定量的ポリメラーゼ連鎖反応(qPCR)解析を実施した。また、コクサッキーウイルスにより心筋炎を誘発したマウスから採取した検体でも、qPCRを実施した。 さらに、このmiRNAのヒト相同体を同定し、急性心筋炎患者の血漿における発現を、各種対照群での発現と比較した。心筋炎患者で確認され心筋梗塞患者では検出されないmiRNAを確認 炎症性サイトカインであるインターロイキン-17を産生するTヘルパー(Th17)細胞が、心筋炎の急性期における心筋損傷の特徴であることを確認した。Th17細胞により合成されるmiRNAのmmu-miR-721が、急性自己免疫性心筋炎またはウイルス性心筋炎のマウスの血漿中に存在することが確認されたが、急性心筋梗塞のマウスの血漿からは検出されなかった。 このmmu-miR-721のヒト相同体をクローニングし、hsa-miR-Chr8:96と名付けた。hsa-miR-Chr8:96は、心筋炎患者の独立した4つの患者コホートで特定された。血漿中hsa-miR-Chr8:96の検出による急性心筋炎と急性心筋梗塞の鑑別に関するROC曲線下面積は0.927であった(95%信頼区間[CI]:0.879~0.975)。年齢、性別、駆出率、血清トロポニン値で補正したモデルでも、このmiRNAの診断的価値が認められた。 なお著者は、このmiRNAは拡張型心筋症などの他の心疾患では評価されておらず、hsa-miR-Chr8:96の発現には大きなばらつきがみられたことなどから、「hsa-miR-Chr8:96が心筋炎の診断検査に適しているかを判断するには、さらなる研究が必要である」とまとめている。

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アントラサイクリン心筋症 見つかる時代から見つける時代へ【見落とさない!がんの心毒性】第2回

連載の第1回では、循環器医ががん医療に参画し始めた背景について向井先生が解説しました。第2回ではアントラサイクリン心筋症・心不全にも新たなアプローチが求められていることについて、大倉が解説します。重篤な心不全で見つかる時代から、そうなる前に見つける時代になったことを感じていただければ幸いです。アントラサイクリンによる心不全は3回予防できるドキソルビシンが1975年にわが国で使われ始めて、もうすぐ半世紀が経とうとしています。よく効くので、今尚がん医療の現場で広く使われています。心毒性があるため心機能異常またはその既往歴のある患者には禁忌です。とはいえ心臓病でもアントラサイクリンを使わざるを得ない状況は患者の高齢化とともに増加傾向にあります。献身的ながん医療の成果が10年生存率の改善(58.3%)という形で表れています。一方、一部のアントラサイクリン使用患者では、心毒性により化学療法を中断したり、QOL(生活の質)が損なわれたりしています。心不全で亡くなることもあります。循環器医は“アントラサイクリンによる心不全は早期発見で3回予防できる”と考えています。(1)心機能の低下予防 (2)心不全の発症予防 (3)慢性心不全の増悪予防の3回です(図)。実際のところ、がん医療の現場でこの考え方はあまり共有されていません。そのため1回も予防されずに重症化した心不全がん患者を診ることもあります。(図)心不全の進展ステージとアントラサイクリン心筋症の予防機会画像を拡大する2021年3月、“脳卒中と循環器病対策基本法”の行動計画の核心である脳卒中と循環器病克服第二次5ヵ年計画が公表されました1)。心不全は重要3疾患の1つに掲げられ、悪性腫瘍に合併する心不全の管理も重点項目として指定されました。“心不全は予防と早期発見”という考えが国民に向けて発信されることで、がん医療にも徐々に馴染んでゆくものと思われます。発生率と危険因子アントラサイクリンによる心機能障害は用量依存性に発生します。ドキソルビシン換算で累積投与量が 400 mg/m2で3~5%、550 mg/m2で7~26%、700 mg/m2で18~48%に起こります2)。累積投与量以外にも、65歳以上の高齢者、小児、胸部・縦隔への放射線照射、トラスツズマブなど心毒性を有する他の薬剤の使用、基礎心疾患の既往や合併、心血管リスク(喫煙、高血圧症、糖尿病、脂質異常症、肥満)の合併などで、起こりやすくなるため注意が必要です。この段階で併存心疾患や心血管リスクを治療し心機能低下を予防します3)(図:1回目の予防)。近年、ゲノムワイド関連解析(GWAS:genome-wide association study)により、拡張型心筋症の原因となる遺伝子変異の一つで、サルコメア蛋白のタイチンをコードする遺伝子の切断型変異(Titin-truncating variants)があると、アントラサイクリンの心毒性に対して脆弱になることが報告されました4)。5ヵ年計画にはファーマコゲノミクス(PGx)の推進が盛り込まれており、抗がん薬の心毒性に関与する遺伝子を5年間に2個同定しようとしています。Onco-cardiologyの分野でもゲノム医療が始まろうとしています1)。心毒性の機序アントラサイクリンは一部の患者に不可逆的な心筋障害を起こします。失われた心筋細胞が復活することはありません。ミトコンドリアの鉄の蓄積と活性酸素の過剰な産生を惹起し、ミトコンドリアや細胞内小器官が障害されます。DNAの修復に欠かせないトポイソメラーゼIIβを阻害し、DNA二重鎖切断とアポトーシスを誘導します。心筋細胞の恒常性に欠かせない周囲の血管内皮細胞も障害され、後々の心筋細胞の適応性や生存性の低下に繋がります。心筋の線維芽細胞や前駆細胞も複雑に関与しています4)5)。経過・治療古典的には心毒性は急性、慢性早期、慢性晩期に分類されていました(表1)。(表1)アントラサイクリンによる心毒性の古典的な臨床分類画像を拡大する現在では、詳細な経過観察により、心筋細胞レベルの障害が最初に起きて、それが潜在進行性の心機能低下を惹起し、代償機転が破綻して心不全に至るという連続性が確認されています。心不全を起こす患者では、アントラサイクリン投与後に、血清トロポニンが一過性に上昇し、左室駆出率(LVEF)が低下します。心保護薬で治療すると、ほとんどの患者でLVEFは不完全ながら回復傾向を示しますが、一部の患者はLVEFが悪化して、心不全を発症します。Cardinaleらによれば、アントラサイクリン投与後に9%の患者に心毒性(LVEF50%未満への低下)が認められました。心毒性の98%は化学療法終了後1年以内(中央値3.5ヵ月)に現れました。エナラプリルとカルベジロールで治療をすると82%に回復傾向を認めました6)。無症候性心機能低下(図:ステージB)のうちに発見し、心保護薬で予防をすることで悪化を食い止め、心不全(図:ステージC)を予防できます(図:2回目の予防)。そのため、ここでの介入が最も効果的と考えられています。しかし、この予防機会を失えば、心不全を発症します。こうなると、非可逆的な心筋障害であるため、治療に難渋し、ステージDへの進行を防げない可能性があります。潜在患者の早期発見に有用な検査定期的に全員に心エコーをすれば早期発見は可能ですが、医療資源は限られているため、ハイリスク群を優先することが欧米の腫瘍学会でコンセンサスを得ています(表2)。(表2)最新ガイドラインに見るアントラサイクリン使用に関連した強い推奨[A、B]画像を拡大するリスクの層別化には、アントラサイクリン治療後のトロポニン測定に期待が寄せられています。上昇しない患者はその後の心不全が起きにくいことが分かっており、心エコーの頻度を減らすことができます7)。一方、上昇し、その後も上昇が持続する患者では、心不全が起きやすいため、心保護薬を開始したり、心エコーの頻度を増やしたりします。わが国の保険制度ではそのようなトロポニンの使われ方は認められておりません。採血のタイミングやカットオフ値の標準化については今なお研究段階です。アントラサイクリン治療を終えて数ヵ月以上経過している患者の心不全の早期発見は、危険因子による層別化や、BNPやNT-proBNPによる補助診断に頼ることになります。フラミンガムの一般住民を対象にした疫学調査によると、BNP はLVEF40%以下の心機能低下に対する感度は良好でしたが、LVEF50%前後に対してはよくありませんでした8)。ステージBの中でもCに近い患者の検出には使えそうです。BNP検査によるアントラサイクリン心筋症の早期発見については、小児やAYA世代のがんサバイバーでの有用性については否定的な報告があります9)。それでも特性を理解すれば、たいへん便利な検査ですので、BNP検査については正書や学会ホームページをご覧ください10)11)。心エコーでは、無症候性心機能低下(ステージB)の中で、更に早い段階の異常を捉えようとしています。スペックルトラッキング法を用いたGlobal longitudinal strain (GLS)は、薬剤性心筋障害をLVEFよりも早期に感度良く検出できるようです。欧米の腫瘍学会ガイドラインでも測定を推奨していますが、人間の感覚を超えた領域なので慣れるのに時間がかかりそうです12)。心機能低下はがん治療終了後1年以内に始まるので、半年後と1年後の心エコーを推奨していますが、異常を見落としたり、その後に異常が明らかになることもあるため、その後のフォローも欠かせないでしょう。フォローの内容や間隔については、危険因子が多いほど綿密にします。なぜ重症化してから見つかるのか?「患者や医師が、息切れ、むくみ、疲れ易さを、がんのせいと勘違いする」「医師や薬剤師が累積使用量の上限を超えなければ心不全は起きないだろうと油断もしくは勘違いする」「がん治療が済んで患者がフォローアップされなくなる」「フォローされてもクリニックの先生方と心不全への懸念が共有されない」などが原因で、発見が遅れ重症化の引き金になると考えられます。慢性晩期のアントラサイクリン心筋症には、認識不足や連携の脆弱さといった医療システムの問題が少なからず関係しています。心不全全般に言えることですが、脳卒中や心筋梗塞や糖尿病と比べ、心不全についての認知度が低いことは、かなり前から指摘されており世界共通の課題でした13)。アントラサイクリンで治療した患者に、心不全のセルフチェックを促すには、心不全についての知識の普及が肝要です。心不全発症に早めに気づいて治療することで重症化が予防できます(図:3回目の予防)。今、試されるチーム力最新のESMOガイドライン2020では“がんサバイバーから目を離すな”とうたっています。アントラサイクリンで治療した乳がん患者で薬剤性心筋障害を起こすのは、3~6%程度ですが、軽んずることなく解決への道を開けば、将来の患者の利益になります。院内ではがん診療科と多職種の連携が解決への糸口となり14)、晩期障害の早期発見にはクリニックの先生方の協力が不可欠です。地域医療への知識の普及には、大学や医師会の役割りが大きいです。システムの問題が心不全に関与しているのならば、システムを修正すれば良いのです。心不全についての知識は一般の方には伝わりにくいことが世界共通の課題ですが、“脳卒中と循環器病対策基本法”の下、行政による後押しで国民への啓蒙が始まろうとしています。高齢化に伴い、がん患者の心臓病が増加しています15)。がんと心不全の古くからの関係は新しい時代を迎えました。1)日本脳卒中学会・日本循環器学会編. 脳卒中と循環器病克服第二次5ヵ年計画 ストップCVD(脳心血管病)健康長寿を達成するために. 20212)Zamorano JL, et al. Eur Heart J. 2016;37:2768-2801.3)日本腫瘍循環器学会編集委員会編. 腫瘍循環器診療ハンドブック. メジカルビュー社;2020.p10-11.(赤澤 宏 心機能障害/心不全 アントラサイクリン系薬剤)4)Garcia-Pavia P, et al. Circulation. 2019;140:31-41.5)Kadowaki H, et al. Circ J. 2020;84:1446-1453.6)Cardinale D, et al. Circulation. 2015;131:1981-1988.7)Cardinale D, et al. 2004;109:2749-2754.8)Vasan RS, et al. JAMA. 2002; 288:1252-1259.9)Michel L, et al. ESC Heart Fail. 2020;7:423-433.10)猪又孝元ほか The Manual心不全のセット検査. メジカルビュー社;2019.11)日本心不全学会:血中BNPやNT-proBNP値を用いた心不全診療の留意点について12)日本心エコー図学会編.抗がん剤治療関連心筋障害の診療における心エコー図検査の手引13)Okura Y, et al. J Clin Epidemiol. 2004;57:1096-1103.14)日本腫瘍循環器学会編集委員会編. 腫瘍循環器診療ハンドブック. メジカルビュー社;2020.p.176-178.(大倉 裕二、吉野 真樹 腫瘍循環器診療における連携のコツと工夫 多職種連携)15)Okura Y, et al. Int J Clin Oncol. 2019;24:983-994.講師紹介

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トランスサイレチン型心アミロイドーシス〔ATTR-CM:transthyretin amyloidosis cardiomyopathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義アミロイドーシスは、βシート構造を豊富にもつ蛋白質がさまざまな病因により前駆蛋白となり、立体構造を変化させながら、重合、凝集を来すことによりアミロイド線維を形成し、細胞外間質に沈着することで臓器障害を生じる疾患の総称である。アミロイド前駆蛋白の種類により、傷害される臓器が異なる。心アミロイドーシスとして、臨床的な心臓の障害を呈するのは、トランスサイレチン(transthyretin:TTR)を前駆蛋白とするATTRアミロイドーシスと免疫グロブリン軽鎖(L鎖)を前駆蛋白とするALアミロイドーシスが主な病型である(図1)。さらにATTRアミロイドーシスは、TTR遺伝子変異を認めない野生型ATTRアミロイドーシス(ATTRwt)とTTR遺伝子変異を認める遺伝性TTRアミロイドーシス(ATTRv)に分けられる。図1 心アミロイドーシスの病型分類画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.11より引用)■ 疫学本症は従来まれな疾患と考えられてきた。しかし、後で述べる検査法の進歩により、特にATTRwt心アミロイドーシスは、高齢者の心不全(高齢者心不全の数%の可能性)や大動脈弁狭窄症にある一定数存在することが明らかになり、日常臨床で比較的遭遇する疾患であると考えられるようになった。性差があり、高齢男性に多い。ATTRvアミロイドーシスの患者は、わが国は、ポルトガル、スウェーデンに次いで世界で3番目に多いと考えられている。数百人の患者が報告されているが、診断されていない患者も相当数いると考えられる。■ 病因TTRはおもに肝臓、一部脳の脈絡叢や網膜色素上皮細胞で産生される127個のアミノ酸からなる蛋白質であり、甲状腺ホルモンであるサイロキシンやレチノール結合蛋白を運搬する役割を担っている。TTRは、血中では四量体を形成することで安定して存在するが、何らかの原因で四量体が不安定となると解離し、単量体を形成しアミロイド線維の基質となる。TTRが不安定となる原因としては、加齢とTTR遺伝子変異が挙げられる。加齢とともにTTR四量体が不安定となる理由はいまだ明らかではないが、肝臓でのトランスサイレチンあるいはシャペロン蛋白の翻訳後の生化学的変化などが可能性として報告されている。TTR遺伝子における150 種類以上の変異型が報告されている。わが国では、30番目の アミノ酸であるバリンがメチオニンに変異するVal30Met変異型がもっとも高頻度に認められる。■ 症状心アミロイドーシスの特異的な症状はなく、心不全による症状や不整脈や伝導障害による脳虚血症状などを認める。ATTRwtアミロイドーシスの主な障害臓器は、心臓に加え、腱や末梢神経が多いため、手根管症候群や脊柱管狭窄症が心症状に数年先行して出現することが多く、診断の一助となる。ATTRvアミロイドーシスは、全身臓器障害による多彩な症候を認める(図2)。図2 ATTRv アミロイドーシスの多様な全身症状(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.23より引用改変)■ 予後ATTRwtアミロイドーシスは、確定診断からの生存期間の中央値は約3年半、ATTRvアミロイドーシスでは、未治療の場合は発症からの平均余命は10年程度と報告されている。2 診断 (検査・鑑別診断を含む)心アミロイドーシスの診断において最も重要なことは、原因不明の心不全や心肥大などにおいて本症を疑うことである(図3)。図3 心アミロイドーシス診療アルゴリズム画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.62より引用)1)スクリニーング検査(1)心電図検査心房細動や伝導障害を認めることが多い。従来心アミロイドーシスの特徴と言われた低電位と偽心筋梗塞パターンの出現頻度は、ATTR心アミロイドーシスでは高くはないので注意が必要である。(2)心エコー左室壁の肥厚、心房中隔の肥厚、心房の拡大、左室心筋のgranular sparklingを認める。ドプラー検査では左室の拡張障害を認める。病期が進行すると左室長軸方向のストレイン値は心室基部から低下していくため、apical sparing(心基部の長軸方向ストレインが低下し、相対的に心尖部では保たれている所見)を認める。(3)採血検査高感度心筋トロポニンの持続高値が診断に有用である。重症度に応じて、B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)およびB型Na利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)が上昇する。(4)心臓MRICine MRIによる肥大の確認と遅延造影 MRIにおける左室内膜下優位のびまん性(late gadolinium enhancement:LGE)が典型的な所見である。近年T1 mapping法における他の肥大心との鑑別が期待されている(心アミロイドーシスではNative T1値高値、細胞外容積分画(ECV)高値)。2)二次検査(1)99mTc ピロリン酸シンチグラフィ(骨シンチグラフィ)99mTc ピロリン酸シンチグラフィが、ATTR心アミロイドーシスで高率に陽性になり、診断に有用である(図4)。実際には判断が困難な例も存在するが、高い感度、特異度で非侵襲的に本症を疑うことが可能である。図4 99mTc ピロリン酸シンチグラフィ画像を拡大する(2)M蛋白ALアミロイドーシスの除外診断のため、血液あるいは尿中のM 蛋白の有無を確認する。3)生検および病理診断によるアミロイドタイピングアミロイドーシス確定診断のためには組織へのアミロイド沈着の証明と病理学的なタイピングが必要である。心筋生検の陽性率は100%とされるが、その侵襲性の高さより、まずは腹壁脂肪吸引、皮膚生検、口唇唾液腺生検、胃・十二指腸などからの生検が行われるが、いずれの部位もアミロイドの検出は100%ではなく、1つの部位からの生検が陰性の場合は、他部位からの生検や繰り返しの生検、心筋生検を検討すべきである。特にスクリーニングとして行われることの多い腹壁脂肪吸引は、ATTRwtアミロイドーシスでは陽性率が低い(15%前後)ので注意が必要である。病理検査でアミロイドの沈着が証明された場合、各種抗体を用いた免疫染色によるタイピングが必須である。免疫染色でアミロイドタイピングの鑑別ができないときには、質量解析が有用である。4)遺伝子診断アミロイドタイピングでATTRアミロイドーシスと診断された場合、十分な配慮のもと遺伝子診断を行い、確定診断を行う。5)診断基準アミロイドーシスに関する調査研究班が各学会のコンセンサスのもと作成したATTRwtおよびATTRvアミロイドーシスの診断基準を示す(図5)。図5 ATTRwtおよびATTRvアミロイドーシスの診断基準画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.18-20.より引用)3 治療1)アミロイドーシスに対する一般的治療(1)心不全基本は利尿剤を中心とした治療である。左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)で生命予後改善効果のあるβ遮断薬やACE阻害薬/アンギオテンシン受容体拮抗薬の効果は明らかでは無い。(2)不整脈心アミロイドーシスに伴う心房細動では塞栓症を来しやすく、禁忌でない限りCHADS2スコアに関係なく抗凝固療法を行うべきである。心房細動の心拍数管理に関して、ジギタリスは副作用を来しやすいため禁忌である。ベラパミルも変時作用や変陰力作用が強く出やすく、左室収縮性の低下した症例では禁忌である。完全房室ブロックなどの徐脈性不整脈を認めれば、恒久的ペースメーカーを植え込む。2)TTRアミロイドーシスに対する疾患修飾治療(図6)(1)TTR産生の抑制ATTRvアミロイドーシスに対して、異常なTTRの産生を抑える目的で、肝移植による治療が行われてきた。一方、TTRのほとんどが肝臓で産生されるため、遺伝子サイレンシングの手法を用いた遺伝子治療の良い標的と考えられる。パチシラン(商品名:オンパットロ)は、TTRメッセンジャーRNAを標的とし、遺伝子発現を抑制し、TTRの産生を阻害する低分子干渉RNA製剤である。本剤は、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーに対し使用可能である。(2)TTR 四量体の安定化TTRを安定化させ、単量体になることを防ぐことで、TTRアミロイドーシスの進行が抑制されることが期待される。タファミジス(商品名:ビンダケル)は、TTRのサイロキシン結合部位に結合し、四量体を安定化させる。ATTR-ACT試験において、ATTRwtおよびATTRvによる心アミロイドーシス患者に対して、全死因死亡と心血管事象に関連する入院頻度を減少し、トランスサイレチン型心アミロイドーシス(野生型および変異型)に対して適応拡大が行われた。心アミロイドーシス患者に投与する際の適正投与のための患者要件(資料)、施設要件、医師要件に関するステートメントが日本循環器学会より出されている。図6 ATTRアミロイドの形成機序およびわが国で認可されている疾患修飾療法の作用機序画像を拡大する(日本循環器学会.2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/guideline/guideline-series/(2021年2月閲覧).2020.p.56より引用)【資料】トランスサイレチン型心アミロイドーシス症例に対するビンダケル適正投与のための患者要件(1)野生型の場合ア心不全による入院歴または利尿薬の投与を含む治療を必要とする心不全症状を有することイ心エコーによる拡張末期の心室中隔厚が12mmを超えることウ組織生検によるアミロイド沈着が認められることエ免疫組織染色によりTTR前駆蛋白質が同定されること(2)変異型の場合ア心筋症症状および心筋症と関連するTTR遺伝子変異を有することイ心不全による入院歴または利尿薬の投与を含む治療を必要とする心不全症状を有することウ心エコーによる拡張末期に心室中隔厚が12mmを超えることエ組織生検によるアミロイド沈着が認められること4 今後の展望次世代RNA干渉剤であるVutrisiran、TTR四量体安定化剤AG10、ATTRアミロイドを標的としたモノクロナール抗体などの試験が現在進行中である。5 主たる診療科循環器内科、脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本アミロイドーシス学会(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 全身性アミロイドーシス(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本循環器学会 トランスサイレチン型心アミロイドーシス症例に対するビンダゲル適正投与のための施設要件、医師要件に関するステーテメント(医療従事者向けのまとまった情報)1)安東由喜雄 監修. 最新アミロイドーシスのすべてー診療ガイドライン2017とQ&A―. 医歯薬出版:2017.2)2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン(2021年2月閲覧)3)佐野元昭 編. Heart View 11月号.Medical View:2020. 4)Ruberg FL, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;73:2872-2891.5)Kittleson M, et al. Circulation. 2020;142:e7–e22.公開履歴初回2021年4月5日

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循環器疾患合併COVID-19入院患者の予後規定因子を検討/日本循環器学会

 循環器疾患およびリスク因子を合併している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の臨床的背景や転帰を明らかにすることを目的としたレジストリ研究「CLAVIS-COVID」の結果の一部について、第85回日本循環器学会学術集会(2021年3月26日~28日)で松本 新吾氏(東邦大学医療センター大森病院)が発表した。循環器疾患やリスク因子の合併の有無にかかわらず、年齢の上昇に伴い死亡率が増加していることから、年齢が独立した非常に強い予後規定因子であることが示唆された。 COVID-19患者の予後については、昨年、中国から循環器疾患合併かつトロポニン陽性の患者の予後が悪いとの報告がJAMA Cardiology誌に掲載され、米国からは年齢・性別に加えて冠動脈疾患・心不全・不整脈などの循環器疾患合併患者で予後が悪いという論文がNEJM誌に掲載された。このような中、松本氏らは昨年3月時点で、わが国で進行しているレジストリ研究が見当たらなかったことから、循環器疾患およびリスク因子(CVDRF)合併COVID-19入院患者に関する多施設共同観察研究であるCLAVIS-COVIDを立ち上げ、日本循環器学会の公式なレジストリ研究として実施している。 本研究は後ろ向き観察研究で、2020年1月1日~5月31日にCOVID-19により入院した患者のうち、循環器疾患およびリスク因子(高血圧、糖尿病、高脂血症)を合併した患者を対象とし、主要エンドポイントは院内死亡とした。 最終的に国内49施設の1,518例のデータが解析対象となり、平均年齢は57±19歳、男性が58%、全体の死亡率は9.2%、CVDRF合併症例は693例(45.7%)であった。生存退院群(1,378例)と院内死亡群(140例)で比較すると、患者背景については、年齢、男性比率、ECMO使用、ICU入室、挿管管理で有意に院内死亡群が高かった。カプランマイヤー曲線は、CVDRF合併症例が非合併症例に比べて有意に死亡率が高く、海外と同様の傾向がみられた。 CVDRF合併症例について、生存退院例(585例、84.4%)と院内死亡例(108例、15.6%)で比較すると、患者背景については、院内死亡例でより高齢で、転院・介護/療養型施設からの入院が多かった。入院時に認められた合併症については、院内死亡例では慢性/急性心不全、冠動脈疾患、心筋梗塞、中等度以上の弁膜症、不整脈、COPD、慢性腎臓病、がんの合併割合が有意に高かった。入院時の自覚症状については、全体で一番多かったのは咳嗽(52.0%)で、息切れ/呼吸困難、悪寒、心不全症状(末梢浮腫、肺うっ血)の発現割合が院内死亡例で有意に高い一方、咽頭痛、嗅覚異常、頭痛の発現割合は生存退院例で有意に高かった。バイオマーカーについては、CRP、D-ダイマー、プロカルシトニン、KL-6、トロポニンもしくは高感度トロポニン陽性、BNP、NT-proBNPが院内死亡例で有意に高かった。このバイオマーカーの結果について松本氏は、「日本のように日常臨床で細かく繰り返し数値を取得できる国は珍しいため、貴重なデータである」と述べた。 本研究の最終的な解析結果の論文は現在レビュー中で、まずは年齢に着目して報告をまとめているという。その中でもインパクトのある結果として松本氏は、循環器疾患やリスク因子の合併の有無にかかわらず、年齢の上昇に伴い死亡率が急増しているグラフを示し、年齢が独立した非常に強い予後規定因子であることを指摘した。

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これまでの研究の盲点を突くかたちで投げ込まれた一石(解説:野間重孝氏)-1368

 虚血性心疾患を発症しやすくする要素を危険因子と呼ぶことは、現在では一般の方でもよく知るところではないかと思う。その中でも本論文に取り上げられている危険因子は、可変的危険因子と呼ばれるものに当たる。危険因子には年齢・性別・家族歴なども入るが、これらは治療や本人の努力によって変えることができないためである。 ところが、ここで危険因子に関する誤解がある。それが本論文の指摘の主旨でもあるのだが、危険因子というのは発生リスクの予想ができたり、それらをコントロールすることによって1次予防、2次予防に資することができる因子を指している。しかし、それら因子は一旦起こってしまった虚血性心疾患の予後を規定する因子ではない。この点について、多くの人たちが無意識的に誤解している。さらに、危険因子をまったく持っていなくても、虚血性心疾患を発症する人は常にある一定数いるという事実である。著者らは、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)に関しては全発症数の10~20%強に上ることを、経験および疫学調査から示している。 近年になって、危険因子(-)群のSTEMIの発症の割合が相対的に増加している。なぜなら危険因子に対する治療(いわゆる至適内科治療)が行われるようになれば、危険因子(+)群でのSTEMIの発症頻度が減るからである。それに対して危険因子(-)群では発症予防策が講じられることがない。というより、こうした虚血性心疾患の発症の予防法は知られていない。それどころか、一体どのような人が危険因子(-)にもかかわらずSTEMIを発症するかという疫学も知られていない。これが非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)に至っては、ほとんど何もわかっていないのではないだろうか。 本論文は、STEMIの予後が危険因子(-)に起こった場合と危険因子(+)に起こった場合でどう異なるかを、大規模集団を対象として系統的に比較検討した、おそらく最初の研究ではないかと思われる。なお、本研究はretrospective studyであり、危険因子に対する把握が必ずしも正確ではないとの批判もあるだろうが、これだけの大きな集団を対象とした場合、傾向を見るという観点からは弱点にはならないと考える。実際、危険因子の影響を見るために治療法を変える医師は存在しない。結果、おそらく多くの読者が驚いたであろうように、急性期はほぼ予想どおりの結果であったが、長期予後ははっきり危険因子(-)群が悪く、しかもとくに女性で悪いというのである。女性で予後が悪いことは、STEMIの予後決定因子は発症の危険因子とは別物であることを強く示唆している。発症ということでいえば、女性であることは発症リスクの大きな軽減要因であるからだ。 この問題について著者らがどのような理由を考えているのかは、ぜひ知りたいところであるが、本論文のDiscussionは結果について淡々と検討しているのみで、彼らなりの仮説の提示は行われていない。まず危険因子(-)群がどのような特徴を有する群なのか、もっと徹底的な分析が行われてもよかったのではと考えた。というのも、Supplementによれば危険因子(-)女性は他群に比して高齢であり、primary PCIの施行率が低いからで、こういった点の補正も必要だったと考えられるからだ。また入院中は心臓死や脳卒中の発生率に差がないのに、全死亡が危険因子(-)群で高い。死亡原因は何だったのだろうか。梗塞のサイズは危険因子(-)群で大きかったが、しかしトロポニンや駆出率で補正してみても危険因子(-)群で予後はやはり悪い傾向があるようである。これはなぜなのか。長期予後の差は薬剤投与によりやや縮小したとはいうものの、解消されたわけではない。つまり、交感神経やレニン・アンギオテンシン系では説明のできない要素が絡んでいる可能性があるのである。 この分野は著者らが指摘しているように、あまり研究されてこなかった分野である。というより至適内科治療を確立する過程において、ある意味、意識的に無視されてきた分野だったのではないだろうか。今後の研究に大きな一石を投じた研究であるといえる。

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新型コロナとインフル、死亡率・症状の違いは?/BMJ

 季節性インフルエンザ入院患者と比較して、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者は肺外臓器障害・死亡リスクの上昇(死亡リスクは約5倍)、および医療資源使用(人工呼吸器装着、ICU入室、入院期間など)の増加と関連していることが、米国・VAセントルイス・ヘルスケアシステムのYan Xie氏らによるコホート研究で明らかとなった。研究グループは、先行研究での季節性インフルエンザとCOVID-19の臨床症状や死亡率の比較は、それぞれ異なるデータおよび統計的手法を用いて行われ、「リンゴとリンゴ」での比較ではなかったとして、米国退役軍人省の入院データを用いて評価を行ったという。結果を踏まえて著者は、「本調査結果は、COVID-19と季節性インフルエンザの比較リスクに関する世界的な議論への情報提供になるとともに、COVID-19パンデミックへの継続的な対策に役立つ可能性があるだろう」と述べている。BMJ誌2020年12月15日号掲載の報告。米国退役軍人の医療データを用いて違いを検証 研究グループは、米国退役軍人省の電子医療データベース(1,255のヘルスケア組織[170の医療センター、1,074の外来クリニックなど]を含む)を用いて、コホート研究を行った。 2020年2月1日~6月17日にCOVID-19で入院した患者(3,641例)と、2017~19年に季節性インフルエンザで入院した患者(1万2,676例)に関するデータを用いて、両者の臨床症状と死亡のリスクの違いを比較した。 主要評価項目は、臨床症状、医療資源の使用(人工呼吸器装着、ICU入室、入院期間)、死亡のリスクで、doubly robust法を用いて傾向スコアを構築し、また、共変量を用いてアウトカムモデルを補正して評価を行った。死亡率の違いは、CKDまたは認知症の75歳以上、黒人の肥満、糖尿病、CKDで顕著 季節性インフルエンザ入院患者と比較してCOVID-19入院患者は、急性腎障害(オッズ比[OR]:1.52、95%信頼区間[CI]:1.37~1.69)、腎代替療法(4.11、3.13~5.40)、インスリン使用(1.86、1.62~2.14)、重度の敗血症性ショック(4.04、3.38~4.83)、昇圧薬使用(3.95、3.46~4.51)、肺塞栓症(1.50、1.18~1.90)、深部静脈血栓症(1.50、1.20~1.88)、脳卒中(1.62、1.17~2.24)、急性心筋炎(7.82、3.53~17.36)、不整脈および心突然死(1.76、1.40~2.20)、トロポニン値上昇(1.75、1.50~2.05)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)値上昇(3.16、2.91~3.43)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)値上昇(2.65、2.43~2.88)、横紋筋融解症(1.84、1.54~2.18)のリスクが高かった。 季節性インフルエンザ入院患者と比較してCOVID-19入院患者は、死亡(ハザード比[HR]:4.97、95%CI:4.42~5.58)、人工呼吸器の使用(4.01、3.53~4.54)、ICU入室(2.41、2.25~2.59)および入院日数の増加(3.00、2.20~3.80)のリスクも高かった。 COVID-19入院患者と季節性インフルエンザ入院患者100人当たりの死亡率の違いは、慢性腎臓病または認知症の75歳以上の高齢者と、黒人種の肥満、糖尿病または慢性腎臓病で最も顕著だった。

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