17.
ワクチンで予防できる疾患:肺炎球菌感染症肺炎球菌感染症とは肺炎球菌の感染による疾病の総称であり、肺炎、中耳炎、副鼻腔炎、髄膜炎などが含まれる。肺炎球菌は主に鼻腔粘膜に保菌され、乳幼児では40〜60%と高頻度に、成人ではおよそ3〜5%に保菌されている1)。感染経路は飛沫感染であり、小児の細菌感染症の主な原因菌の1つである。また、成人の市中肺炎の起因菌では38%と最も多い2)。肺炎球菌が髄液や血液などの無菌部位に侵入すると、菌血症を伴う肺炎、髄膜炎、敗血症などの侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal disease:以下「IPD」)を引き起こす。治療は抗菌薬投与および全身管理であるが、近年は薬剤耐性菌の出現も問題となっている3)。わが国の成人IPDの好発年齢は60~80代で4,5)、基礎疾患があることは発症や重症化のリスクとなる3,6)。65歳以上の成人(以下「高齢者」)の罹患率はおよそ5/10万人・年であり、致命率は6%台と高い1)。成人の肺炎球菌感染症とりわけIPDの発症や重症化の予防には、日常診療における基礎疾患の管理とともに肺炎球菌ワクチンの接種が重要である3,6)。ワクチンの概要肺炎球菌の病原因子の中で最も重要なものは、菌の表層全体を覆う莢膜である。この莢膜は多糖体からなり、97種類の型が報告されている3)。ある莢膜型の肺炎球菌に感染するとその型に対する抗体が獲得され、同じ型には感染しなくなるが、別の型には抗体がないため感染が成立し、発症する7)。そのため肺炎球菌による発症や重症化を予防するには、さまざまな莢膜型の抗体をあらかじめ獲得しておく必要があり7)、肺炎球菌ワクチンは莢膜多糖体を抗原としている。国内では以下の2つのワクチンが承認されているが、それぞれカバーする莢膜型の数や種類、免疫応答の方法などが異なる(表)。以下に2つのワクチンの特徴を述べる。1)23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)〔商品名:ニューモバックスNP〕23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(以下「PPSV23」)は、莢膜多糖体からなる不活化ワクチンで、23種類の莢膜型を有する。PPSV23接種による免疫応答では、T細胞を介さないため免疫記憶は獲得されず、B細胞の活性化によりIgG抗体のみが獲得される。IgG抗体は経年的に減弱し、減弱するとワクチン血清型の菌に対して予防効果は期待できなくなる3)。PPSV23の予防効果としては、接種により高齢者のワクチン血清型のIPDを39%減少させ8)、すべての肺炎球菌による市中肺炎を27.4%、ワクチン血清型の肺炎球菌による市中肺炎を33.5%減少させたと国内より報告されている9)。PPSV23は2006年に販売開始となり、2014年から5年間限定で65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳および100歳になる人を対象に定期接種となった。2019年度以降はさらに5年間の期限で、同年齢を対象に定期接種が継続されている10)。初回接種後の予防効果は3〜5年で低下する11)。再接種による予防効果について明確なエビデンスは報告されていないが、再接種後の免疫原性は初回接種時と同等であり、初回接種時と同等の予防効果が期待されている12)。また、再接種時の局所および全身性の副反応の頻度は初回接種時より高いことに注意が必要だが、いずれも軽度で許容範囲と考えられている12)。以上より症例によっては追加接種を繰り返してもよいと考えられ、接種後5年以上の間隔をおいて再接種することができる12)。2)沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)〔同:プレベナー13水性懸濁注〕沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(以下「PCV13」)は、莢膜多糖体に無毒化したジフテリア蛋白を結合させた蛋白結合型の不活化ワクチンで、13種類の莢膜型を有する。PCV13接種による免疫応答は、T細胞とB細胞を介している。まず、樹状細胞に抗原が提示されてT細胞の活性化を誘導する(T細胞依存型)。ついで活性したT細胞とB細胞の相互作用によりB細胞が活性化する。その後、形質細胞によるIgG抗体の産生とメモリーB細胞による免疫記憶が獲得される。そのため記憶された莢膜型の菌が侵入すると速やかにIgG抗体産生能が誘導(ブースター効果)され免疫能が高まる3)。小児に対する7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)は2010年より販売開始となり、同年に接種費用の公費助成が開始された。2013年4月より定期接種となり、同年11月よりPCV13に切り替えられた。予防効果として、PCV7・PCV13の導入により小児のIPD、とくに髄膜炎は87%も激減したと報告されている4)。一方、2014年より高齢者に対しても適応が拡大され、任意接種することが可能となった。PCV13接種により高齢者のワクチン血清型のIPDを47〜57%減少させ、ワクチン血清型の肺炎(非侵襲型)を38〜70%、すべての原因の肺炎を6〜11%減少させたとの予防効果が諸外国より報告されている13)。さらに2020年5月からは、高齢者のみならず全年齢に適応が拡大され、全年齢の「肺炎球菌感染症に罹患するリスクが高い人」に接種が可能となった。また、PCV13接種には集団免疫効果が認められており、小児へのPCV7およびPCV13接種の間接効果(集団免疫)により、成人IPD症例のPCV13血清型(莢膜型)は劇的に減少した3)。その一方で、PCV13に含まれない血清型が増加するなど血清型置換が報告されている3)がこの問題は後述する。表 肺炎球菌ワクチン(PPSV23とPCV13)の比較画像を拡大する接種のスケジュール1)23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)〔商品名:ニューモバックスNP〕【定期接種】これまでにPPSV23を1回も接種したことがなく、以下(1)(2)にあてはまる人は定期接種として1回接種できる。(1)2019年度から2023年度末までの5年間限定で65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳および100歳になる人。なお、2023年度以降は65歳になる年度に定期接種として1回接種できる見込みである。(2)60〜64歳で、心臓、腎臓、呼吸器の機能に障害があり、身の回りの生活が極度に制限されている人。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)で免疫機能に障害があり、日常生活がほとんど不可能な人。【任意接種】2歳以上で上記以外の人。接種後5年以上の間隔をおいて再接種することができる12)。2)沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)〔同:プレベナー13水性懸濁注〕【定期接種】小児(2ヵ月以上5歳未満)以下のように接種開始時の月齢・年齢によって接種間隔・回数が異なることに注意する。(〔1〕1回目、〔2〕2回目、〔3〕3回目、〔4〕4回目)[接種開始が生後2ヵ月~7ヵ月に至るまでの場合(4回接種)]〔1〕〔2〕〔3〕の間は 27 日以上(27~56日)、〔3〕〔4〕の間は 60日以上の間隔をあけて(12~15ヵ月齢で)接種する 。[接種開始が生後7ヵ月~12ヵ月に至るまでの場合(3回接種)]〔1〕〔2〕の間は 27日以上(27~56日)、〔2〕〔3〕の間は 60日以上の間隔をあけて(12ヵ月齢以降で)接種する。[接種開始が12ヵ月~24ヵ月に至るまでの場合(2回接種)]〔1〕〔2〕の間は 60日以上の間隔をあけて接種する。[接種開始が24か月-5歳の誕生日に至るまでの場合(1回接種)]1回のみ接種する。【任意接種】5歳以上の罹患するリスクが高い者:1回1回のみ接種する。日常診療で役立つ接種ポイント1)PPSV23の推奨(1)2歳以上の脾臓を摘出した患者肺炎球菌感染症の発症予防として保険適用されるが、より確実な予防のためには摘出の14日以上前までに接種を済ませておくことが望ましい。(2)2歳以上の脾機能不全(鎌状赤血球など)の患者(3)高齢者(4)心臓や呼吸器の慢性疾患、腎不全、肝機能障害、糖尿病、慢性髄液漏などの基礎疾患がある患者(5)免疫抑制作用がある治療が予定されている患者。治療開始の14日以上前までに接種を済ませておくことが望ましい。2)PCV13の推奨(1)乳幼児(生後2ヵ月~5歳未満:定期接種)IPDは、とくに乳幼児でリスクが高く、5歳未満の致命率はおよそ1%と報告され14)、後遺症を残す危険性もある。そのため乳児であっても、接種が可能となる生後2ヵ月以上ではワクチン接種をされることを強く勧める。(2)基礎疾患がある5〜64歳の人2017年時点のIPDの致命率は、6〜44歳で6.2%、45〜64歳で19.5%と高く、基礎疾患を有することがリスクとなることが報告されている6)。基礎疾患(先天性心疾患、慢性心疾患、慢性肺疾患、慢性腎疾患、慢性肝疾患、糖尿病、自己免疫性疾患、神経疾患、血液・ 腫瘍性疾患、染色体異常、早産低出生体重児、無脾症・脾低形成、脾摘後、臓器移植後、髄液漏、人工内耳、原発性免疫不全症、造血幹細胞移植後など6,15)がある人には、本人・保護者と医師との話し合い(共有意思決定)に基づいてワクチン接種をされることを勧める。詳しくは「6歳から64歳までのハイリスク者に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方」(2021年3月17日)を参照。(3)基礎疾患がある高齢者、高齢者施設の入所者 基礎疾患(慢性的な心疾患、肺疾患、肝疾患、糖尿病、アルコール依存症、喫煙者など)がある高齢者では、本人・家族と医師との話し合い(共有意思決定)に基づいてワクチン接種することを勧める11)。とくに、髄液漏、人工内耳、免疫不全(HIV、無脾症、骨髄腫、固形臓器移植など)の患者には接種を勧める11)。高齢者施設の入所者も医師と相談して接種することを勧める11)。3)高齢者に対するPPSV23とPCV13の接種に関する考え方これまで高齢者に対するPPSV23とPCV13の接種について国内外で議論されてきたが、現時点での日本呼吸器学会・日本感染症学会の合同委員会による「考え方」16)を紹介する。【PPSV23未接種者に対して】(1)まず定期接種としてPPSV23の接種を受けられるようにスケジュールを行う。(2)PPSV23とPCV13の両方の接種をする場合には(1)を考慮しつつPCV13→PPSV23の順番で接種し、PCV13接種後6ヵ月〜4年以内にPPSV23を接種することが適切と考えられている。この順番の利点は、成人ではPCV13接種後に、被接種者に13の血清型の莢膜抗原特異的なメモリーB細胞が誘導され、その後のPPSV23接種により両ワクチンに共通した12の血清型に対する特異抗体のブースター効果が期待されることである。ただし、この連続接種については海外のデータに基づいており、日本人を対象とした有効性、安全性の検討はなされていない。【PPSV23既接種者に対して】PPSV23接種から1年以上あけてからPCV13接種を行う。詳細は以下の図1と「65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第3版)」を参照。図1 65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方(2019年10月)(日本感染症学会/日本呼吸器学会 合同委員会)画像を拡大する今後の課題・展望小児へのPCV7およびPCV13接種の間接効果(集団免疫)により、成人IPD症例のPCV13血清型(莢膜型)は劇的に減少したが、一方でPCV13に含まれない血清型が増加し、血清型置換が報告されている3)(図2)。図2 小児へのPCVs導入後のIPD由来株の莢膜型変化画像を拡大する2018年の厚生労働省の予防接種基本方針部会では、国内のIPDや肺炎原因菌の血清型分布などを検討しPCV13を高齢者に対する定期接種に指定しないと結論された17)。また、米国予防接種諮問委員会(ACIP)において、PPSV23はこれまで同様に推奨されたが、小児へのPCV13定期接種の集団免疫効果により高齢者の同ワクチン血清型の感染が劇的に減少したことから費用対効果も考慮し、高齢者へのPCV13の定期接種や一律のPCV13-PPSV23の連続接種は推奨しない方針に変更され、患者背景を考慮してPCV13接種を推奨することとされた13)。PCV13は高齢者の定期接種には指定されていないものの、接種しないことが勧められているわけではなく、その効果や安全性は確認されており13)、患者背景を考慮して接種する必要があることに注意する。とくに基礎疾患がある高齢者、高齢者施設の入所者には積極的に接種を勧めたい。また、2016年時点の高齢者のPPSV23接種率は40%ほど1)に留まっており、接種率のさらなる向上が必要である。基礎疾患を有することはIPDの重症化のリスクであり、日常診療における基礎疾患の管理とともに、適切にPPSV23やPCV13の接種を勧め、被接種者と共有意思決定を行い(shared decision making)、接種を実施し患者や地域住民をIPDから守りたい。わが国では成人IPDの調査・研究に限界があるが、前述の通りIPD症例の莢膜型の変化が報告4)されており、将来的にはさらに多くの血清型をカバーするワクチンやすべての肺炎球菌に共通する抗原をターゲットとした次世代型ワクチンの開発が望まれ、今後の動向にも注目したい3,6,18)。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)1)23 価肺炎球菌莢膜ポリサッカライド ワクチン(肺炎球菌ワクチン) ファクトシート. 平成30(2018)年5月14日.国立感染症研究所.2)13価肺炎球菌コンジュゲートワクチン(成人用)に関するファクトシート. 平成27年7月28日.国立感染症研究所. 3)65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第3版 2019-10-30)日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討WG委員会/日本感染症学会ワクチン委員会・合同委員会4)「6歳から64歳までのハイリスク者に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方」(2021年3月17日).日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討委員会/日本感染症学会ワクチン委員会/日本ワクチン学会・合同委員会.5)こどもとおとなのワクチンサイト1)国立感染症研究所. 23 価肺炎球菌莢膜ポリサッカライド ワクチン(肺炎球菌ワクチン) ファクトシート. 平成30(2018)年5月14日. 2018.(2021年8月9日アクセス)2)Yoshii Y, et al. Infectious diseases. 2016;48:782-788.3)生方公子,ほか. 肺炎球菌感染症とワクチン. 2019.(2021年8月10日アクセス)4)Ubukata K, et al. Emerg Infect Dis. 2018;24:2010-2020.5)Ubukata K, et al. J Infect Chemother. 2021;27:211-217.6)Hanada S, et al. J Infect Chemother. 2021;27:1311-1318.7)生方公子, ほか. 肺炎球菌. 重症型のレンサ球菌・肺炎球菌感染症に対するサーベイランスの構築と病因解析、その診断・治療に関する研究.(2021年8月10日アクセス)8)新橋玲子, ほか.成人侵襲性肺炎球菌感染症に対する 23 価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチンの有効性. 2018; IASR 39:115-6.(2021年8月10日アクセス) 9)Suzuki M, et al. Lancet Infect Dis. 2017;17:313-321.10)厚生労働省. 第27回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 資料. 2019.(2021年8月10日アクセス)11)World Health Organization. Releve epidemiologique hebdomadaire. 2008;83(42):373-384.12)肺炎球菌ワクチン再接種問題検討委員会. 肺炎球菌ワクチン再接種のガイダンス(改訂版). 感染症誌. 2017;9;:543-552.(2021年8月10日アクセス)13)Matanock A, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2019;68:1069-1075.14)国立感染症研究所. 資料3 13価肺炎球菌コンジュゲートワクチン(成人用)に関するファクトシート. 平成27年7月28日. 第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン文科会予防接種基本方針部会ワクチンに関する小委員会資料. 2015.(2021年8月9日アクセス)15)日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討委員会/日本感染症学会ワクチン委員会/日本ワクチン学会・合同委員会. 「6歳から64歳までのハイリスク者に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方」(2021年3月17日). (2021年8月9日アクセス)16)日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討WG委員会/日本感染症学会ワクチン委員会・合同委員会. 65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第3版 2019-10-30). 2019.(2021年8月9日アクセス)17)厚生労働省. 第24回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 資料 2018.(2021年8月9日アクセス)18)菅 秀, 富樫武弘, 細矢光亮, ほか. 13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)導入後の小児侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)の現状. IASR Vol. 39 p112-113. 2018.(2021年8月10日アクセス)講師紹介