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第276回 医学誌側が拒否!ケネディ氏がワクチン論文に要請したこと

INDEX今さら何を…医学誌編集部がケネディ氏へ抵抗示す職権の乱用が過ぎる今さら何を…「私はこれまで『反ワクチン』や『反産業』と呼ばれてきましたが、それは事実ではありません。私は反ワクチンではありませんし、反産業でもありません。私は安全を重視する立場なのです」「私の子どもたちは全員、ワクチンを接種しています。ワクチンは医学において極めて重要な役割を果たしています」上記の発言は、米国・保健福祉省長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏(以下、ケネディ氏)が米連邦議会上院財務委員会の指名承認公聴会で述べた発言だ。同公聴会は大統領が指名する閣僚の承認是非を検討するプロセスの入口である。以前からケネディ氏のことは本連載(第264回、第267回、第274回参照)で同氏によるACIP(予防接種の実施に関する諮問委員会)の委員全員の解任、mRNAワクチン研究の縮小などを取り上げ、なかば「週刊ケネディ」状態になっているが、それはこれほど突っ込みどころの多い人物もそうそういないからである。昨今の報道からもこの人のワクチン懐疑主義は筋金入りであり、前述の公聴会発言は長官承認を得るための方便に過ぎなかったのだと改めて思っている。医学誌編集部がケネディ氏へ抵抗示すその昨今の報道とは「ケネディ米厚生長官のワクチン研究撤回要請、医学誌が拒否」というロイター電である。要約すると、“デンマーク国立血清学研究所(SSI)が行った小児用ワクチンに含まれるアジュバントのアルミニウムと50種類の疾患(自閉症、喘息、自己免疫疾患を含む)との関連性を調べた大規模コホート研究の結果、これら疾患の増加とアルミニウム・アジュバントとの関連は認められなかったという研究に対して、ケネディ氏が撤回を要求し、掲載した『Annals of Internal Medicine』誌編集部が拒否した”というものだ。この研究1)、中身を見ると個人的にはなかなかのものと感じる。まず研究に使用したデータはデンマークの国民健康登録データで、デンマークでの小児用ワクチン接種プログラムが始まった1997~2018年までに生まれ、2歳時点まで国内に居住していたすべての子どもを対象にしている。移住、死亡、特定の先天性疾患や先天性風疹症候群、呼吸器疾患、原発性免疫不全症、心不全または肝不全などの既往例を除外した最終的な解析対象は122万4,176例と極めて規模が大きい。ちなみにデンマークのワクチンプログラムは、2歳までにジフテリア破傷風・百日咳、不活化ポリオの混合ワクチンとヒブワクチンの3回接種とMMRワクチンの1回目を完了させるもので、2007年からは肺炎球菌ワクチン(2010年までは7価、それ以降は13価)が加わっている。この研究結果によると、アルミニウム・アジュバントの曝露量は出生年代によって異なり、総アルミニウム曝露量の中央値は3mg(四分位範囲2.8~3.4)。最終的な生後2年間のワクチン接種によるアルミニウム累積曝露量1mg増加当たりの調整ハザード比は、自己免疫疾患が0.98(95%信頼区間:0.94~1.02)、アトピー性またはアレルギー性疾患が0.99(同:0.98~1.01)、神経発達障害が0.93(同:0.90~0.97)という結果だった。レトロスペクティブな研究ではあるが、これだけ大規模であることを考えれば、その欠点はかなり補えていると言える。また、この研究の特徴は日本より先行して導入されたデンマーク版マイナンバーであるCPR(Central Persons Registration)番号を利用しているため、親の経済状況などの交絡因子などは可能な限り調整されているはずだ。職権の乱用が過ぎるこの研究についてケネディ氏は「製薬業界による欺瞞的なプロパガンダ」と評し、対照群がないことなどを批判したらしいが、研究の筆頭著者は「デンマークでのワクチン未接種率は2%未満のため、統計学的に意味のある対照群設定は困難」と反論している。世界の大国・アメリカの閣僚とは言え、そもそも学術誌に掲載された査読済み論文を自らの要請だけで撤回させられると本気で思っているならば、相当な破廉恥だと思うのは私だけではないはずだ。 1) Andersson NW, et al. Ann Intern Med. 2025 Jul 15. [Epub ahead of print]

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小児用ワクチン中のアルミニウム塩は慢性疾患と関連しない

 120万人以上を対象とした新たな研究で、小児用ワクチンに含まれるアルミニウム塩と自閉症、喘息、自己免疫疾患などの長期的な健康問題との間に関連は認められなかったことが示された。アルミニウム塩は、幼児向け不活化ワクチンの効果を高めるためのアジュバントとして使用されている。スタテンス血清研究所(デンマーク)のAnders Hviid氏らによるこの研究結果は、「Annals of Internal Medicine」に7月15日掲載された。 アルミニウム塩はワクチンのアジュバントとして長年使われているものの、アルミニウム塩が慢性自己免疫疾患やアトピー性皮膚炎、アレルギー、神経発達障害のリスクを高めるのではないかとの懸念から、ワクチン懐疑論者の標的にもなっている。 今回Hviid氏らは、デンマークで1997年から2018年の間に生まれ、2歳時にデンマークに居住していた122万4,176人の児を対象に、ワクチン接種によるアルミニウム塩への累積曝露量と慢性疾患との関連を検討した。対象児は2020年まで追跡された。アルミニウム塩の累積曝露量は生後2年間に接種したワクチンに含まれる成分から推算し、曝露量1mg増加ごとのリスクを検討した。アウトカムとした慢性疾患は、以下の3つの疾患グループに分類される50種類の疾患であった。すなわち、自己免疫疾患として皮膚・内分泌・血液・消化管に関わる疾患とリウマチ性疾患が36疾患、アトピー性またはアレルギー性疾患として喘息、アトピー性皮膚炎、鼻結膜炎、アレルギーなど9疾患、神経発達障害として自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症など5疾患である。 その結果、生後2年間のアルミニウム塩の累積曝露量は、対象とした50種類の疾患のいずれについても、発症率の増加とは関連していないことが示された。疾患グループ別に見ると、アルミニウム塩曝露量が1mg増加するごとの調整ハザード比は、自己免疫疾患で0.98(95%信頼区間0.94~1.02)、アトピー性・アレルギー性疾患で0.99(同0.98~1.01)、神経発達障害で0.93(同0.90~0.97)であった。 Hviid氏は、「これらの結果は、アルミニウム塩に対する懸念の多くに対処し、小児用ワクチンの安全性について明確かつ強固なエビデンスを提供している」と述べるとともに、「この結果は、親が子どもの健康のために最善の選択をする必要があることを示すエビデンスでもある」と付け加えている。 なお、この研究は、2022年に米疾病対策センター(CDC)の資金提供を受けて実施された、アルミニウム塩含有ワクチンと喘息の関連性を示唆した研究に対する反論として実施された。同研究はその後、ワクチンに含まれるアルミニウム塩と、食品、水、空気、さらには母乳など他の発生源由来のアルミニウムを区別できていなかったとして批判されている。  米フィラデルフィア小児病院ワクチン教育センター所長のPaul Offit氏も、「ワクチンによるアルミニウム塩曝露量が多い人と少ない人を比較する場合、交絡因子をコントロールし、これらの人が摂取したアルミニウム塩供給源がワクチンに限定されていることを知る必要がある」と指摘している。 米国では、アルミニウム塩はジフテリア破傷風・百日咳(DTaP)ワクチンのほか、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)、B型肝炎ワクチン、肺炎球菌ワクチンにも使用されている。接種したアルミニウム塩は大部分が2週間以内に体内から排出されるが、微量のアルミニウム塩は何年も体内に残ることがある。専門家らは、単一の研究で何かが安全であると証明することはできないものの、この研究は、ワクチンに含まれるアルミニウム塩が無害であることを示してきた過去の研究成果に加わるものであるとの見解を示している。

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WHO予防接種アジェンダ2030は達成可能か?/Lancet

 WHOは2019年に「予防接種アジェンダ2030(IA2030)」を策定し、2030年までに世界中のワクチン接種率を向上する野心的な目標を設定した。米国・ワシントン大学のJonathan F. Mosser氏らGBD 2023 Vaccine Coverage Collaboratorsは、目標期間の半ばに差し掛かった現状を調べ、IA2030が掲げる「2019年と比べて未接種児を半減させる」や「生涯を通じた予防接種(三種混合ワクチン[DPT]の3回接種、肺炎球菌ワクチン[PCV]の3回接種、麻疹ワクチン[MCV]の2回接種)の世界の接種率を90%に到達させる」といった目標の達成には、残り5年に加速度的な進展が必要な状況であることを報告した。1974年に始まったWHOの「拡大予防接種計画(EPI)」は顕著な成功を収め、小児の定期予防接種により世界で推定1億5,400万児の死亡が回避されたという。しかし、ここ数十年は接種の格差や進捗の停滞が続いており、さらにそうした状況が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによって助長されていることが懸念されていた。Lancet誌オンライン版2025年6月24日号掲載の報告。WHO推奨小児定期予防接種11種の1980~2023年の動向を調査 研究グループは、IA2030の目標達成に取り組むための今後5年間の戦略策定に資する情報を提供するため、過去および直近の接種動向を調べた。「Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study(GBD)2023」をベースに、WHOが世界中の小児に推奨している11のワクチン接種の組み合わせについて、204の国と地域における1980~2023年の小児定期予防接種の推定値(世界、地域、国別動向)をアップデートした。 先進的モデリング技術を用いてデータバイアスや不均一性を考慮し、ワクチン接種の拡大およびCOVID-19パンデミック関連の混乱を新たな手法で統合してモデル化。これまでの接種動向とIA2030接種目標到達に必要なゲインについて文脈化した。その際に、(1)COVID-19パンデミックがワクチン接種率に及ぼした影響を評価、(2)特定の生涯を通じた予防接種の2030年までの接種率を予測、(3)2023~30年にワクチン未接種児を半減させるために必要な改善を分析するといった副次解析を行い補完した。2010~19年に接種率の伸びが鈍化、COVID-19が拍車 全体に、原初のEPIワクチン(DPTの初回[DPT1]および3回[DPT3]、MCV1、ポリオワクチン3回[Pol3]、結核予防ワクチン[BCG])の世界の接種率は、1980~2023年にほぼ2倍になっていた。しかしながら、これらの長期にわたる傾向により、最近の課題が覆い隠されていた。 多くの国と地域では、2010~19年に接種率の伸びが鈍化していた。これには高所得の国・地域36のうち21で、少なくとも1つ以上のワクチン接種が減っていたこと(一部の国と地域で定期予防接種スケジュールから除外されたBCGを除く)などが含まれる。さらにこの問題はCOVID-19パンデミックによって拍車がかかり、原初EPIワクチンの世界的な接種率は2020年以降急減し、2023年現在もまだCOVID-19パンデミック前のレベルに回復していない。 また、近年開発・導入された新規ワクチン(PCVの3回接種[PCV3]、ロタウイルスワクチンの完全接種[RotaC]、MCVの2回接種[MCV2]など)は、COVID-19パンデミックの間も継続的に導入され規模が拡大し世界的に接種率が上昇していたが、その伸び率は、パンデミックがなかった場合の予想よりも鈍かった。DPT3のみ世界の接種率90%達成可能、ただし楽観的シナリオの場合で DPT3、PCV3、MCV2の2030年までの達成予測では、楽観的なシナリオの場合に限り、DPT3のみがIA2030の目標である世界的な接種率90%を達成可能であることが示唆された。 ワクチン未接種児(DPT1未接種の1歳未満児に代表される)は、1980~2019年に5,880万児から1,470万児へと74.9%(95%不確実性区間[UI]:72.1~77.3)減少したが、これは1980年代(1980~90年)と2000年代(2000~10年)に起きた減少により達成されたものだった。2019年以降では、COVID-19がピークの2021年にワクチン未接種児が1,860万児(95%UI:1,760万~2,000万)にまで増加。2022、23年は減少したがパンデミック前のレベルを上回ったままであった。未接種児1,570万児の半数が8ヵ国に集中 ワクチン未接種児の大半は、紛争地域やワクチンサービスに割り当て可能な資源がさまざまな制約を受けている地域、とくにサハラ以南のアフリカに集中している状況が続いていた。 2023年時点で、世界のワクチン未接種児1,570万児(95%UI:1,460万~1,700万)のうち、その半数超がわずか8ヵ国(ナイジェリア、インド、コンゴ、エチオピア、ソマリア、スーダン、インドネシア、ブラジル)で占められており、接種格差が続いていることが浮き彫りになった。 著者は、「多くの国と地域で接種率の大幅な上昇が必要とされており、とくにサハラ以南のアフリカと南アジアでは大きな課題に直面している。中南米では、とくにDPT1、DPT3、Pol3の接種率について、以前のレベルに戻すために近年の低下を逆転させる必要があることが示された」と述べるとともに、今回の調査結果について「対象を絞った公平なワクチン戦略が重要であることを強調するものであった。プライマリヘルスケアシステムの強化、ワクチンに関する誤情報や接種ためらいへの対処、地域状況に合わせた調整が接種率の向上に不可欠である」と解説。「WHO's Big Catch-UpなどのCOVID-19パンデミックからの回復への取り組みや日常サービス強化への取り組みが、疎外された人々に到達することを優先し、状況に応じた地域主体の予防接種戦略で世界的な予防接種目標を達成する必要がある」とまとめている。

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第249回 医療事故調査制度10年 問われる「報告文化」と診療所の安全対策/厚労省

<先週の動き> 1.医療事故調査制度10年 問われる「報告文化」と診療所の安全対策/厚労省 2.百日咳が過去最多ペースで拡大、マクロライド耐性株による死亡例も/小児科学会 3.救急車の選定療養費、半年で徴収率4%も軽症搬送は1割減/茨城 4.高度がん医療機関の「集約化」へ、医師確保と症例偏在が課題に/厚労省 5.看護師養成数が減少、地域医療に深刻な影響、人材確保へ政策転換が急務/看護協会 6.美容医療バブルに陰り 利益率2.6%・淘汰の時代へ/東京商工リサーチ 1.医療事故調査制度10年 問われる「報告文化」と診療所の安全対策/厚労省医療事故調査制度の施行から10年を迎え、厚生労働省は6月27日、「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」を設置し、初会合を開いた。制度は、患者の予期せぬ死亡事例の原因を調査・分析し、再発防止に資することを目的として2015年に開始され、これまでに3,338件の報告がなされている。会合では、横浜市立大学病院が取り組む重大事例への会議体での分析と改善策検討の事例が紹介され、座長には中央大学の山本 和彦教授が就任した。一方で、地域医療を担う診療所における医療安全体制の遅れも明らかとなっている。日本プライマリ・ケア連合学会の調査では、医療安全指針の策定は53%、インシデントレポート件数は年間10件未満が約65%と、体制未整備や過少報告の実態が浮かび上がった。教育機会や外部支援体制の不足、データ活用の課題も指摘されており、安全文化の定着には支援強化が不可欠とされる。検討会では、生成AIを活用した好事例の抽出や標準モデルの提示、医学生・研修医への安全教育の強化、遺族の声の反映などが論点として挙げられた。また、医療安全対策加算や地域連携加算の届出施設数は年々増加しているが、中でも事故リスクが高い集中治療室や内視鏡手術に対しては、届出要件の厳格化も進められている。国は今秋を目途に施策の方向性を取りまとめ、医療安全体制の標準化と格差是正、とくに診療所や中小病院の支援策に向けた制度的整備を進める構えだ。 参考 1) 第1回医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会(厚労省) 2) 患者の予期せぬ死亡の原因探る 医療安全施策の課題解決へ 厚労省検討会が初会合(産経新聞) 3) 診療所にも義務付けられている医療安全確保のための指針、約5割が作成せず(日経メディカル) 2.百日咳が過去最多ペースで拡大、マクロライド耐性株による死亡例も/小児科学会百日咳の全国的な流行が深刻化している。国立健康危機管理研究機構(JIHS)によると、2025年第24週の報告患者数は2,970人で、過去最多の前週に次ぐ規模。累計では前年の約8倍に達し、東京都では第25週に278人が報告され、3週連続で過去最多を更新している。とくに10~19歳の患者が多く、乳幼児にも拡大している。日本小児科学会はワクチン未接種の生後2ヵ月未満児への感染防止を呼び掛け、感染症対策の徹底とマクロライド耐性菌(MRBP)を想定した治療体制の整備を求めている。また、MRBPによる重症例や死亡例も確認されており、医療機関にはST合剤使用などを含む柔軟な対応が求められている。百日咳は飛沫・接触感染を介し、咳が数ヵ月持続することもあり、新生児や乳児では重篤化しやすい。2023年以降は世界的にも流行が拡大しており、コロナ禍による集団免疫の低下や感染対策の緩和が要因とされる。また、妊婦へのワクチン接種も感染予防の有効策として注目されている。海外では成人用百日咳ワクチンの妊娠中接種による乳児重症化予防の効果が報告されており、わが国でも小児用3種混合ワクチンの使用で抗体移行が期待できる。産婦人科専門医らは、妊娠27~36週の接種を推奨しており、家族全体での予防接種の重要性が増している。百日咳の今後の動向には警戒が必要であり、医療従事者には迅速な診断、耐性菌への備え、ワクチン啓発の三本柱による対策が求められている。 参考 1) 生後2ヵ月未満の乳児における重症百日咳の発症に関する注意喚起と治療薬選択について(日本小児科学会) 2) 生後2ヵ月未満の百日咳、感染対策の徹底呼び掛け 全国的な流行拡大止まらず 日本小児科学会(CB news) 3) 百日咳の報告数、微減も過去2番目の2,970人-累計は昨年の約8倍 JIHS公表(同) 4) 都内の百日咳報告数、3週連続最多の278人 前週比2割増、累計もワーストに迫る(同) 3.救急車の選定療養費、半年で徴収率4%も軽症搬送は1割減/茨城茨城県が2023年12月から導入した、緊急性の低い救急搬送患者から「選定療養費」を徴収する制度について、導入半年の徴収率はわずか約4%に止まった。一方、県内の「軽症など」による救急搬送は前年同期比で1割以上減少し、県は制度に一定の効果があったと評価している。主な徴収対象は腰痛や風邪症状などで、県の救急電話相談利用も増加した。救急要請に慎重になる傾向もみられ、とくに学校現場では、保護者への負担や判断責任をめぐる混乱が生じている。水戸市やつくば市では、生徒の軽症搬送で選定療養費が徴収され、教職員の間で救急要請をためらう事態も発生している。これを受け県は「緊急性が疑われる場合はためらわず救急車を」と繰り返し呼びかけている。相談で搬送助言があれば徴収は原則免除されるが、制度周知は不十分との指摘もあり、県はホームページなどを通じて説明強化に乗り出した。議会や市民団体からは、教育現場を徴収対象から除外するよう求める意見書や陳情も出されているが、県は現時点で除外の考えはないとしている。今後、熱中症搬送の増加も想定される中、制度の適正運用と現場支援の両立が問われている。 参考 1) 選定療養費 徴収率4% 茨城県内開始半年 軽症等搬送1割減(茨城新聞) 2) 選定療養費 学校、救急要請で苦慮 茨城県「緊急時 迷わずに」(同) 3) 「選定療養費」茨城県 “救急電話相談で助言あれば徴収ない”(NHK) 4.高度がん医療機関の「集約化」へ、医師確保と症例偏在が課題に/厚労省厚生労働省は6月23日に「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」を開き、2040年に向けたがん医療の需給推計と、均てん化・集約化の方針案を提示した。推計によれば、がん患者数は大都市部を中心に増加する一方、地方では減少が見込まれる。治療法別では、手術療法の需要は減少傾向にある一方で、放射線療法や薬物療法は全国的に増加が予測される。とくに東京・沖縄・滋賀・神奈川では放射線療法の需要が30%以上増加する見込み。同時に、外科医の数は横ばいで、消化器外科医は減少傾向にあり、放射線科医も多数の施設に分散し、治療件数が少ない施設が目立つ。このような供給面の制約を踏まえ、厚労省は、医療技術の高度化や人材確保の観点からも集約化の必要性を強調した。希少がんや高度手術、粒子線治療などは都道府県単位での集約化、標準的な治療は医療圏単位での集約化の検討を求めている。今後は、各都道府県のがん診療連携協議会において、診療実績や患者数、医療従事者の配置状況などのデータをもとに、集約化・均てん化すべき医療の切り分けを進める。地域の実情や患者の医療アクセスに配慮しつつ、質の高い持続可能ながん医療提供体制の構築が求められる。 参考 1) 第18回がん診療提供体制のあり方に関する検討会[資料](厚労省) 2) がん放射線療法の需要、4都県で3割以上増 25-40年に 厚労省推計(CB news) 3) 多くの地域でがん患者が減少する点、手術患者は減少するが放射線・薬物療法患者は増加する点踏まえて集約化検討を-がん診療提供体制検討会(Gem Med) 4) 地域のがん診療実績踏まえ、患者アクセスにも配慮し、各都道府県で「がん医療の集約化」方針を協議せよ-がん診療提供体制検討会(同) 5.看護師養成数が減少、地域医療に深刻な影響、人材確保へ政策転換が急務/看護協会看護師養成の現場が、いま大きな転換点に立たされている。厚生労働省の報告によると、看護師学校養成所の卒業者数は2021年度をピークに減少に転じ、2024年度には大学卒業者も初めて減少した。看護系3年課程の定員充足率は9割を下回り、養成基盤そのものが揺らいでいる。背景には、少子化や大学進学志向の高まり、処遇改善の遅れがある。日本看護協会の調査では、看護師の平均基本給は12年間で約6,000円の増加に止まり、物価上昇に追いつかず、低賃金層では離職率が高い傾向が示された。17.5万円未満の初任給では離職率が16.9%と、27.5万円以上の倍に及ぶ。地方ではさらに深刻であり、釧路市医師会看護専門学校(北海道)や浜田准看護学校(島根県)など、入学者減少により複数の看護学校が閉校に追い込まれており、2028年度までに閉校予定の学校は全国で相次いでいる。これにより、医療過疎地域での看護職員供給に大きな穴が空く恐れがある。医師会立の看護学校でも定員割れが深刻化。群馬県では医師会立の准看護学校の6校中4校で存続が危ぶまれている。こうした中、ふるさと納税や自治体支援を活用した財源確保や、オンライン講義・地域密着型実習の導入など、各地で独自の取り組みも始まっている。また、看護学校内でのパワハラ問題も学生離れの一因とされている。教員の不適切な言動や旧来型の上下関係がハラスメントとして報じられ、若年層の看護職志望者にマイナスの影響を与えている。教育現場では、教員の意識改革と学生の主体性を育む学習スタイルへの転換が求められている。こうした危機を受け、福井県では定員充足率が90%未満の民間養成所への支援を盛り込んだ「看護師養成所学生確保重点支援事業」を新設し、運営費や広報支援を拡充するなどの対策が始まった。2025年には日本看護協会初の男性会長も就任し、「処遇改善を国に求め、地域で必要な看護師を確保したい」と意欲を示す。医療現場を支える看護職の安定確保は、医師の業務負担や診療機能の維持にも直結する喫緊の課題である。医師会や関係団体が連携し、看護教育・待遇改善への具体的支援と政策提言を強化する必要がある。 参考 1) 中央社会保険医療協議会 総会 医療提供体制等について(厚労省) 2) 看護師の新規養成数、ピークアウト 大卒が初の減少 厚労省調べ(CB news) 3) 看護師の基本給、12年でアップ約6千円のみ 低賃金だと離職率高く日看協調べ(同) 4) 看護師等養成所を取り巻く厳しい状況や新たな取り組みを報告(医師会) 5) 2024年度 「看護職員の賃金に関する実態調査」看護師のベースアップの低さが浮き彫りに(日看協) 6) 日本看護協会 初の男性会長が就任 “男性看護師 増加を期待”(NHK) 7) 釧路市医師会看護専門学校 入学者減り2030年度末に閉校へ(同) 8) 浜田准看護学校、2026年3月末で閉校へ(中国新聞) 6.美容医療バブルに陰り 利益率2.6%・淘汰の時代へ/東京商工リサーチ美容医療市場は拡大の一途をたどっている。東京商工リサーチによれば、全国248の美容クリニックの2024年の売上高は約3,137億円で、2022年比1.5倍に成長。SNSや自己投資志向を背景に需要が高まり、性別・年齢を問わず受診が一般化している。その一方で、利益率は2.6%と低く、倒産や休廃業が2024年には計7件と過去最多になった。単一施術型や広告依存型の経営はリスクが高く、差別化と持続的経営力が問われている。市場の急成長と裏腹に、美容医療による健康被害の報告も急増している。厚生労働省の分析では、施術件数は2019年の約123万件から2022年には約373万件に急増。2024年度には国民生活センターなどへの相談が1万700件あり、そのうち健康被害の訴えは898件に上った。施術結果への不満、合併症や後遺症も多く、顔のやけどやしびれ、感染例も報告されている。トラブルの背景には、SNS経由で施術を知った若年層がリスクを十分に理解せず施術を受ける傾向や、研修経験の乏しい「直美(ちょくび)」医師の増加もある。カウンセラー主導で契約が進み、医師の診察やリスク説明が不十分なケースも目立つ。厚労省は美容クリニック勤務医の資格や安全管理状況の年次報告を義務付ける方針。美容医療は「施術力」と「経営力」に加え、安全性・倫理性が問われる時代に入った。医師にとっては、信頼される提供体制の再構築が急務となっている。 参考 1) 「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に(東京商工リサーチ) 2) 美容医療市場の売上高、3年で1.5倍 利益率は2.6%にとどまる 東京商工リサーチ(CB news) 3) 美容医療のトラブルが急増 結果に不満、合併症や後遺症も(中日新聞)

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小児期ワクチン接種率低下で、麻疹など再流行の可能性/JAMA

 小児期のワクチン接種率の低下は、ワクチンで予防可能な、かつて排除された感染症(eliminated infectious diseases)のアウトブレイクの頻度と規模を増加させ、最終的には再びエンデミック(endemic)レベルに戻る可能性があることが、米国・スタンフォード大学のMathew V. Kiang氏らによるシミュレーションモデルの解析の結果で明らかとなった。米国では、小児期のワクチン接種の普及により多くの感染症が排除されてきたが、近年、ワクチン接種率は低下傾向にあり、小児期のワクチン接種のスケジュールを縮小する政策議論も続いている。そのため、かつて排除された感染症の再流行が懸念されていた。著者は、「流行がエンデミックレベルに再び戻る時期と閾値は感染症によって大きく異なり、麻疹が最初にエンデミックレベルに戻る可能性が高く、現在のワクチン接種率でも対策が改善されなければその可能性がある」と指摘している。JAMA誌オンライン版2025年4月24日号掲載の報告。麻疹・風疹・ポリオ・ジフテリアの予防接種率低下と感染者数、シミュレーションモデルで推定 研究グループは、ワクチンで予防可能な4つの感染症(麻疹、風疹、ポリオ、ジフテリア)について、小児期のワクチン接種率が低下した場合の感染者数および感染関連合併症数を推定するシミュレーションモデルを構築し、米国50州とコロンビア特別区におけるこれら感染症の輸入(importation)と動的伝播(dynamic spread)を評価した。 このモデルは、人口動態、集団免疫状態、感染症の輸入リスクに関する地域別推定値に基づくデータを用いてパラメーター化され、25年間にわたる異なるワクチン接種率のシナリオを評価した。現在のワクチン接種率は、2004~23年のデータを用いた。 主要アウトカムは、米国の麻疹、風疹、ポリオ、ジフテリアの推定感染者数、副次アウトカムは感染関連合併症(麻疹後神経学的後遺症、先天性風疹症候群、麻痺性ポリオ、入院、死亡)の推定発生率、および感染症が再びエンデミックレベルとなる可能性とその時期とした。現在の接種率でも、麻疹が再びエンデミックレベルとなる可能性 シミュレーションモデルにおいて、現在の州レベルのワクチン接種率では、麻疹が再びエンデミックレベルとなる可能性は83%、エンデミックレベルとなるまでの平均期間は20.9年、25年間で推定感染者数は85万1,300例(95%不確実性区間[UI]:38万1,300~130万)に上ることが予想された。 麻疹・流行性耳下腺炎・風疹(MMR)ワクチン接種率が10%減少した場合、麻疹の感染者数は25年間で1,110万例(95%UI:1,010万~1,210万)となり、一方、接種率が5%増加した場合は5,800例(3,100~1万9,400)にとどまると予測された。 他の感染症については、現在のワクチン接種率ではエンデミックレベルとなる可能性は低いが、小児期の定期接種が50%減少した場合、25年間で麻疹5,120万例(95%UI:4,970万~5,250万)、風疹990万例(640万~1,300万)、ポリオ430万例(4~2,150万)、ジフテリア197例(1~1,000)が発生すると予測された。 この場合、エンデミックレベルとなるまでの期間は麻疹が4.9年(95%UI:4.3~5.6)、風疹は18.1年(17.0~19.6)であり、ポリオについてはエンデミックレベルとなる可能性は56%で、エンデミックレベルとなるまでの期間は19.6年(95%UI:4.0~24.7)と予測された。 なお、米国内での影響には大きなばらつきがみられた。

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ヤマアラシのトゲ外傷の1例【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第280回

ヤマアラシのトゲ外傷の1例皆さんは、ヤマアラシに遭遇したことはないでしょうか? 私はないです。Pandey AK, et al. A Rare, Atypical Case of Porcupine Quill Shot in the Glenoid Fossa: Case Report and Review of Literature. Indian J Otolaryngol Head Neck Surg. 2025 Jan;77(1):500-504.この論文は、顎関節窩にヤマアラシの針が刺さるという、きわめてまれな症例です。若い男性患者が森の中でバイクに乗っていた際、ヤマアラシと遭遇しました。ドラクエみたい。「ビビったヤマアラシが、自己防衛のために針を発射した」と論文には書かれています。かつてヤマアラシはトゲを飛ばして敵を攻撃すると考えられていましたが、実際はそのようなことはなく、触るとトゲは体から抜け落ちるそうです。刺さると痛いとは思いますが、ちょっとこの導入部の記載は修正が必要かもしれません。(インドの雑誌にわざわざ修正要請の手紙は出しませんが…)まあ、とにかくヤマアラシに襲われた患者は、左前腕と顔に8〜10本の針が刺さったそうです。しかし、左耳前部に深く刺さった3.5cmの針は、重度の痛みと開口障害を引き起こしたそうで、救急部門を受診することになりました。頭頚部CT検査により、耳前部から顎関節に達する透過性の高い鋭利な物体が確認され、この針が口を開ける際の下顎頭の動きを妨げていることが判明しました。患者は局所麻酔下で緊急手術を受け、鉗子を用いて慎重に取り出されました。感染予防のため、アモキシシリン+クラブラン酸+メトロニダゾールが投与され、破傷風トキソイドも適用されました。その後の経過観察で、患者の開口状態は正常に戻り、痛みも軽減し、合併症は残りませんでした。ヤマアラシの針は中空でケラチンでできており、後方に向いた鋭い「かえし」があります。刺さるとなかなか抜けません。針の長さは通常15〜30cm程度ですが、最大約50cmまで成長することもあるそうです。ほぼ凶器。読者の皆さんがもし道端でヤマアラシに遭ったら、トゲは飛んでこないかもしれないが、刺さったら大変だと思って、できるだけ触らないようにしましょう。

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妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン 後編【今、知っておきたいワクチンの話】総論 第8回

本稿では「妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン」について取り上げる。これらのワクチンは、女性だけが関与するものではなく、その家族を含め、「彼女たちの周りにいる、すべての人たち」にとって重要なワクチンである。なぜなら、妊婦は生ワクチンを接種することができない。そのため、生ワクチンで予防ができる感染症に対する免疫がない場合は、その周りの人たちが免疫を持つことで、妊婦を守る必要があるからである。そして、「胎児」もまた、母体とその周りの人によって守られる存在である。つまり、妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチンは、胎児を守るワクチンでもある。VPDs(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで予防ができる病気)は、禁忌がない限り、すべての人にとって接種が望ましいが、今回はとくに妊娠可能年齢の女性と母体を守るという視点で、VPDおよびワクチンについて述べる。今回は、ワクチンで予防できる疾患、生ワクチンの概要の前編に引き続き、不活化ワクチンなどの概要、接種スケジュール、接種で役立つポイントなどを説明する。ワクチンの概要(効果・副反応・不活化・定期または任意・接種方法)妊婦に生ワクチンの接種は禁忌である。そのため妊娠可能年齢の女性には、事前に計画的なワクチン接種が必要となる。しかし、妊娠は予期せず突然やってくることもある。そのため、日常診療やライフステージの変わり目などの機会を利用して、予防接種が必要なVPDについての確認が重要となる。そこで、以下にインフルエンザ、百日咳、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、RSウイルス(生ワクチン以外)の生ワクチン以外のワクチンの概要を述べる。これら生ワクチン以外のワクチン(不活化ワクチン、mRNAワクチンなど)は妊娠中に接種することができる。ただし、添付文書上、妊娠中の接種は有益性投与(予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められていること)と記載されているワクチンもあり注意が必要である。いずれも妊娠中に接種することで、病原体に対する中和抗体が母体の胎盤を通じて胎児へ移行し、出生児を守る効果がある。つまり、妊婦のワクチン接種が母体と出生児の双方へ有益ということになる。(1)インフルエンザ妊婦はインフルエンザの重症化リスク群である。妊婦がインフルエンザに罹患すると、非妊婦に比し入院率が高く、自然流産や早産だけでなく、低出生体重児や胎児死亡の割合が増加する。そのため、インフルエンザ流行期に妊娠中の場合は、妊娠週数に限らず不活化ワクチンによるワクチン接種を推奨する1)。また、妊婦のインフルエンザワクチン接種により、出生児のインフルエンザ罹患率を低減させる効果があることがわかっている。生後6ヵ月未満はインフルエンザワクチンの接種対象外であるが、妊婦がワクチン接種することで、胎盤経由の移行抗体による免疫効果が証明されている1,2)。接種の時期はいつでも問題ないため、インフルエンザ流行期の妊婦には妊娠週数に限らず接種を推奨する。妊娠初期はワクチン接種の有無によらず、自然流産などが起きやすい時期のため、心配な方は妊娠14週以降の接種を検討することも可能である。流行時期や妊娠週数との兼ね合いもあるため、接種時期についてはかかりつけ医と相談することを推奨する。なお、チメロサール含有ワクチンで過去には自閉症との関連性が話題となったが、問題がないことがわかっており、胎児への影響はない2)。そのほか2024年に承認された生ワクチン(経鼻弱毒生インフルエンザワクチン:フルミスト点鼻薬)は妊婦には接種は禁忌である3)。また、経鼻弱毒生インフルエンザワクチンは、飛沫または接触によりワクチンウイルスの水平伝播の可能性があるため、授乳婦には不活化インフルエンザHAワクチンの使用を推奨する4)。(2)百日咳ワクチン百日咳は、成人では致死的となることはまれだが、乳児(とくに生後6ヵ月未満の早期乳児)が感染した場合、呼吸不全を来し、時に命にかかわることがある。一方、百日咳含有ワクチンは生後2ヵ月からしか接種できないため、この間の乳児の感染を予防するために、米国を代表とする諸外国では、妊娠後期の妊婦に対して百日咳含有ワクチン(海外では三種混合ワクチンのTdap[ティーダップ]が代表的)の接種を推奨している5,6)。百日咳ワクチンを接種しても、その効果は数年で低下することから、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2回目以降の妊娠でも、前回の接種時期にかかわらず妊娠する度に接種することを推奨している。百日咳は2018年から全数調査報告対象疾患となっている。百日咳感染者数は、コロナ禍前の2019年は約1万6千例ほどであったが、コロナ禍以降の2021~22年は、500~700例前後と減っていた。しかし、2023年は966例、2024年(第51週までの報告7))は3,869例と徐々に増加傾向を示している。また、感染者の約半数は、4回の百日咳含有ワクチンの接種歴があり、全感染者のうち6ヵ月~15歳未満の小児が62%を占めている8)。さらに、重症化リスクが高い6ヵ月未満の早期乳児患者(計20例)の感染源は、同胞が最も多く7例(35%)、次いで母親3例(15%)、父親2例(10%)であった9)。このように、百日咳は、小児の感染例が多く、かつ、ワクチン接種歴があっても感染する可能性があることから、感染源となりうる両親のみならず、その兄弟や同居の祖父母にも予防措置としてワクチン接種が検討される。わが国で、小児や成人に対して接種可能な百日咳含有ワクチンは、トリビック(沈降精製百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン)である。本ワクチンは、添付文書上、有益性投与である(妊婦に対しては、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められている)10)が、上記の理由から、丁寧な説明と同意があれば、接種する意義はあるといえる。(3)RSウイルスワクチン2024年より使用可能となったRSウイルスワクチン(組み換えRSウイルスワクチン 商品名:アブリスボ筋注用)11)は、新生児を含む乳児におけるRSウイルス感染症予防を目的とした妊婦対象のワクチンである(同時期に承認販売開始となった高齢者対象のRSウイルスワクチン[同:アレックスビー筋注用]は、妊婦は対象外)。アブリスボを妊娠中に接種すると、母体からの移行抗体により、出生後の乳児のRSウイルスによる下気道感染を予防する。そのため接種時期は妊娠28~36週が最も効果が高いとされている12)(米国では妊娠32~36週)。また、本ワクチン接種後2週間以内に児が出生した場合は、抗体移行が不十分と考えられ、モノクローナル抗体製剤パリミズマブ(同:シナジス)とニルセビマブ(同:ベイフォータス)の接種の必要性を検討する必要があるため、妊婦へ接種した日時は母子手帳に明記することが大切である13)。乳児に対する重度RSウイルス関連下気道感染症の予防効果は、生後90日以内の乳児では81.8%、生後180日以内では69.4%の有効性が認められている14)。これまで、乳児のRSウイルス感染の予防には、重症化リスクの児が対象となるモノクローナル抗体製剤が利用されていたが、RSウイルス感染症による入院の約9割が、基礎疾患がない児という報告もあり15)、モノクローナル抗体製剤が対象外の児に対しても予防が可能となったという点において意義があるといえる。一方で、長期的な効果は不明であり、わが国で接種を受けた妊婦の安全性モニタリングが不可欠な点や、他のワクチンに比し高額であることから、十分な説明と同意の上での接種が重要である。(4)COVID-19ワクチンこれまでの国内外の多数の研究結果から、妊婦に対するCOVID-19ワクチン接種の安全性は問題ないことがわかっており16,17)、前述の3つの不活化ワクチンと同様に、妊婦に対する接種により胎盤を介した移行抗体により出生後の乳児が守られる。逆にCOVID-19に感染した乳児の多くは、ワクチン未接種の妊婦から産まれている17)。妊婦がCOVID-19に罹患した場合、先天性障害や新生児死亡のリスクが高いとする報告はないが、妊娠中後期の感染では早産リスクやNICU入室率が高い可能性が示唆されている17)。また、酸素需要を要する中等症~重症例の全例がワクチン未接種の妊婦であったというわが国の調査結果もある17)。妊婦のCOVID-19重症化に関連する因子として、妊娠後期、妊婦の年齢(35歳以上)、肥満(診断時点でのBMI30以上)、喫煙者、基礎疾患(高血圧、糖尿病、喘息など)のある者が挙げられており、これらのリスク因子を持つ場合は産科主治医との相談が望ましい。一方で、COVID-19ワクチンはパンデミックを脱したことや、インフルエンザウイルス感染症のように、定期的流行が見込まれることから、2024年度から第5類感染症に変更され、ワクチンも定期接種化された。よって、定期接種対象者である高齢者以外は、妊婦や、基礎疾患のある小児・成人に対しても1回1万5千円~2万円台の高額なワクチンとなった。接種意義に加え、妊婦の基礎疾患や背景情報などを踏まえた総合的・包括的な相談が望ましい。また、COVID-19ワクチンについては、いまだにフェイクニュースに惑わされることも多く、医療者が正確な情報源を提供することが肝要である。接種のスケジュール(小児/成人)妊婦と授乳婦に対するワクチン接種の可否について改めて復習する。ワクチン接種が禁忌となるのは、妊婦に対する生ワクチンのみ(例外あり)であり、それ以外のワクチン接種は、妊婦・授乳婦も含めて禁忌はない(表)。表 非妊婦/妊婦・授乳婦と不活化/生ワクチンの接種可否についてただし、ワクチンを含めた薬剤投与がなくても流産の自然発生率は約15%(母体の年齢上昇により発生率は増加)、先天異常は2~3%と推定されており、臨界期(主要臓器が形成される催奇形性の感受性が最も高い時期)である妊娠4~7週は催奇形性の高い時期である。たとえば、ワクチン接種が原因でなくても後から胎児や妊娠経過に問題があった場合、実際はそうでなくても、あのときのあのワクチンが原因だったかも、と疑われることがあり得る。原因かどうかの証明は非常に困難であるため、妊娠中の薬剤投与と同様に、医療従事者はそのワクチン接種の必要性や緊急性についてしっかり患者と話し、接種する時期や意義について理解してもらえるよう努力すべきである。※その他注意事項生ワクチンの接種後、1~2ヵ月の避妊を推奨する。その一方で、仮に生ワクチン接種後1~2ヵ月以内に妊娠が確認されても、胎児に健康問題が生じた事例はなく、中絶する必要はないことも併せて説明する。日常診療で役立つ接種ポイント1)妊娠可能年齢女性とその周囲の家族について妊孕性(妊娠する可能性)が高い年代は10~20代といわれているが、妊娠可能年齢とは、月経開始から閉経までの平均10代前半~50歳前後を指す。妊娠可能年齢の幅は非常に広いことを再認識することが大切である。また、妊婦や妊娠可能年齢の女性を守るためには、その周囲にいるパートナーや同居する家族のことも考慮する必要があり、その年齢層もまちまちである(同居する祖父母や親戚、兄弟など)。患者の家族構成や背景について、かかりつけ医として把握しておくことは、ワクチンプラクティスにおいて、非常に重要であることを強調したい。2)接種を推奨するタイミング筆者は下記のタイミングでルーチンワクチン(すべての人が免疫を持っておくと良いワクチン)について確認するようにしている。(1)何かしらのワクチン接種で受診時(とくに中高生のHPVワクチン、インフルエンザワクチンなど)(2)定期通院中の患者さんのヘルスメンテナンスとして(3)患者さんのライフステージが変わるタイミング(進学・就職/転職・結婚など)今後の課題・展望妊娠可能年齢の年代は受療行動が比較的低く、基礎疾患がない限りワクチン接種を推奨する機会が限られている。また、妊娠が成立すると、基礎疾患がない限り産科医のみのフォローとなるため、妊娠中に接種が推奨されるワクチンについての情報提供は産科医が頼りとなる。産科医や関連する医療従事者への啓発、学校などでの教育内容への組み込み、成人式などの節目のときに情報提供など、医療現場以外での啓発も重要であると考える。加えて、フェイクニュースやデマ情報が拡散されやすい世の中であり、妊婦や妊娠を考えている女性にとっても重大な誤解を招くリスクとなりうる。医療者が正しい情報源と情報を伝える重要性が高いため、信頼できる情報源の提示を心掛けたい。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)妊娠可能年齢の女性と妊婦のワクチン(こどもとおとなのワクチンサイト)妊娠に向けて知っておきたいワクチンのこと(日本産婦人科感染症学会)Pregnancy and Vaccination(CDC)参考文献・参考サイト1)Influenza in Pregnancy. Vol. 143, No.2, Nov 2023. ACOG2)産婦人科診療ガイドライン 産科編 2023. 日本産婦人科学会/日本産婦人科医会. 2023:59-62.3)経鼻弱毒生インフルエンザワクチン フルミスト点鼻液 添付文書4)経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方. 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会(2024年9月2日)5)Tdap vaccine for pregnant women CDC 6)海外の妊婦への百日咳含有ワクチン接種に関する情報(IASR Vol.40 p14-15:2019年1月号)7)感染症発生動向調査(IDWR) 感染症週報 2024年第51週(12月16日~12月22日):通巻第26巻第51号8)2023年第1週から第52週(*)までに 感染症サーベイランスシステムに報告された 百日咳患者のまとめ 国立感染症研究所 実地疫学研究センター 同感染症疫学センター 同細菌第二部 9)全数報告サーベイランスによる国内の百日咳報告患者の疫学(更新情報)2023年疫学週第1週~52週 2025年1月9日10)トリビック添付文書11)医薬品医療機器総合機構. アブリスボ筋注用添付文書(2025年1月9日アクセス)12)Kampmann B, et al. N Engl J Med. 2023;388:1451-1464.13)日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会. 日本におけるニルセビマブの使用に関するコンセンサスガイドライン Q&A(第2版)(2024年9月2日改訂)14)Kobayashi Y, et al. Pediatr Int. 2022;64:e14957.15)妊娠・授乳中の新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種について 国立感染症成育医療センター16)COVID-19 Vaccination for Women Who Are Pregnant or Breastfeeding(CDC)17)山口ら. 日本におけるCOVID-19妊婦の現状~妊婦レジストリの解析結果(2023年1月17日付報告)講師紹介

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第116回 アメリカで百日咳が急増、警告

前年比5倍で急増ペースの百日咳アメリカでは、百日咳の報告数が、前年比5倍に増加していると報道されています。え?百日咳?マイコプラズマじゃなくて?米国疾病予防管理センター(CDC)1)によると、2024年では累計1万5,661件の百日咳症例が確認されたと報告しています。昨年の同時期の3,635件と比べると「急増」と言ってもいいでしょう2)。2014年以来、10年ぶりの水準とされています。ウィスコンシン州では前年比約24倍、マサチューセッツ州に至っては前年比約51倍となっています。この理由として「ワクチン接種の忌避」があるようです。ワクチン反対の感情の高まりが感染拡大に影響していると指摘されているのです。なんか最近ワクチンネタが多いこの連載ですが、なんでもかんでもワクチンと結びつけようとまでは思っていません。ただ、そういう忌避が次の感染症を引き起こすトリガーになっているという指摘はほうぼうから上がっています。しかしまあ、さすがに百日咳ワクチンは打っておいたほうがよいでしょう。日本の4種混合ワクチン接種率はきわめて高い(2歳児の接種完了率は97%以上)ですが、実は、世界的にはジフテリア破傷風、百日咳の混合ワクチンを受けているのは84%と低い状況です。この数値だけをみると、日本で百日咳が問題になることはそれほどないかもしれません。ただ、日本では、百日咳ワクチンの接種開始の月齢が早期化しており、実は3歳以上で百日咳ワクチンを接種される機会が多くないのです。そのため、5歳頃には抗PT抗体の保有率が20%台にまで低下するとされています。鑑別診断に入れよう若い頃は、ちらほら百日咳っぽい患者さんを診たことがあるのですが、コロナ禍以降は、そもそも咳嗽の「受診遅れ」がひどく、鑑別診断にすら挙がりにくくなりました(もしそうでも抗菌薬での介入が難しいフェーズに入っているため)。「咳で悩んでいるんです」「ほうほう、どのくらいですか?」「1年前からです」なんて会話もざらです。2018年から5類感染症(全数把握対象疾患)に定められたので、一時的に診断ムーブメントが勃興しましたが、最近は咳のセミナーなどでも百日咳という鑑別診断をとんと耳にしません。昔は、抗体価の結果が返ってくる頃に治療を始めても遅かったので、経験的治療を導入することもありました。現在の診断においては、イムノクロマト法や核酸増幅法が使用可能です。咳が強めだとマイコプラズマかもしれないということで、マクロライドが入ることも多いと思います。実際、これは百日咳にも有効なので、どちらもカバーできる優れものです。それでもなお、頭のどこかで「百日咳かもしれない」と思いながら、咳嗽診療に当たるべきでしょう。ちなみに、2024年4月1日から、これまで使われてきた4種混合ワクチンにヒブワクチンを加えた5種混合ワクチンが定期接種の対象となっています。親の立場としては非常にラクになります。参考文献・参考サイト1)CDC. Pertussis Surveillance and Trends2)Weekly cases of notifiable diseases, United States, U.S. Territories, and Non-U.S. Residents week ending September 21, 2024 (Week 38)

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ファイザー肺炎球菌ワクチン「プレベナー20」一変承認取得、高齢者にも適応

 ファイザーは8月28日付のプレスリリースにて、同社の肺炎球菌ワクチン「プレベナー20(R)水性懸濁注」(一般名:沈降20価肺炎球菌結合型ワクチン[無毒性変異ジフテリア毒素結合体])について、「高齢者又は肺炎球菌による疾患に罹患するリスクが高いと考えられる者における肺炎球菌(血清型1、3、4、5、6A、6B、7F、8、9V、10A、11A、12F、14、15B、18C、19A、19F、22F、23F及び33F)による感染症の予防」に対する国内の医薬品製造販売承認事項一部変更承認を取得したことを発表した。今回の承認取得は、60歳以上の成人を対象とした国際共同第III相試験1)および海外第III相試験2)の結果に基づく。 本剤は、同社の従来の沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン「プレベナー13(R)」に7血清型を加えたことにより、さらに広範な血清型による肺炎球菌感染症を予防することが期待される。プレベナー20の「小児における肺炎球菌(血清型1、3、4、5、6A、6B、7F、8、9V、10A、11A、12F、14、15B、18C、19A、19F、22F、23F及び33F)による侵襲性感染症の予防」の適応については、2024年3月26日に承認を取得している。 なお、プレベナー20の発売日は8月30日で、プレベナー13は今後市場から引き上げ、9月30日をもって販売を終了する。現在日本でも、プレベナー13には含まれない血清型による肺炎球菌感染症罹患率の絶対的増加が認められているという。<製品名>プレベナー20(R)水性懸濁注<一般名>日本名:沈降20価肺炎球菌結合型ワクチン(無毒性変異ジフテリア毒素結合体)英名:20-valent Pneumococcal Conjugate Vaccine adsorbed(Mutated diphtheria CRM197 conjugate)<用法及び用量>・高齢者又は肺炎球菌による疾患に罹患するリスクが高いと考えられる6歳以上の者:肺炎球菌による感染症の予防:1回0.5mLを筋肉内に注射する。・肺炎球菌による疾患に罹患するリスクが高いと考えられる6歳未満の者:肺炎球菌による感染症の予防:1回0.5mLを皮下又は筋肉内に注射する。・小児:肺炎球菌による侵襲性感染症の予防 初回免疫:通常、1回0.5mLずつを3回、いずれも27日間以上の間隔で皮下又は筋肉内に注射する。 追加免疫:通常、3回目接種から60日間以上の間隔をおいて、0.5mLを1回皮下又は筋肉内に注射する。

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ワクチン接種、50年間で約1億5,400万人の死亡を回避/Lancet

 1974年以降、小児期の生存率は世界のあらゆる地域で大幅に向上しており、2024年までの50年間における乳幼児の生存率の改善には、拡大予防接種計画(Expanded Programme on Immunization:EPI)に基づくワクチン接種が唯一で最大の貢献をしたと推定されることが、スイス熱帯公衆衛生研究所のAndrew J. Shattock氏らの調査で示された。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2024年5月2日号に掲載された。14種の病原菌へのワクチン接種50年の影響を定量化 研究グループは、EPI発足50周年を期に、14種の病原菌に関して、ワクチン接種による世界的な公衆衛生への影響の定量化を試みた(世界保健機関[WHO]の助成を受けた)。 モデル化した病原菌について、1974年以降に接種されたすべての定期および追加ワクチンの接種状況を考慮して、ワクチン接種がなかったと仮定した場合の死亡率と罹患率を年齢別のコホートごとに推定した。 次いで、これらのアウトカムのデータを用いて、この期間に世界的に低下した小児の死亡率に対するワクチン接種の寄与の程度を評価した。救われた生命の6割は麻疹ワクチンによる 1974年6月1日~2024年5月31日に、14種の病原菌を対象としたワクチン接種計画により、1億5,400万人の死亡を回避したと推定された。このうち1億4,600万人は5歳未満の小児で、1億100万人は1歳未満であった。 これは、ワクチン接種が90億年の生存年数と、102億年の完全な健康状態の年数(回避された障害調整生存年数[DALY])をもたらし、世界で年間2億年を超える健康な生存年数を得たことを意味する。 また、1人の死亡の回避ごとに、平均58年の生存年数と平均66年の完全な健康が得られ、102億年の完全な健康状態のうち8億年(7.8%)はポリオの回避によってもたらされた。全体として、この50年間で救われた1億5,400万人のうち9,370万人(60.8%)は麻疹ワクチンによるものであった。生存可能性の増加は、成人後期にも 世界の乳幼児死亡率の減少の40%はワクチン接種によるもので、西太平洋地域の21%からアフリカ地域の52%までの幅を認めた。この減少への相対的な寄与の程度は、EPIワクチンの原型であるBCG、3種混合(DTP)、麻疹、ポリオワクチンの適応範囲が集中的に拡大された1980年代にとくに高かった。 また、1974年以降にワクチン接種がなかったと仮定した場合と比較して、ワクチン接種を受けた場合は、2024年に10歳未満の小児が次の誕生日まで生存する確率は44%高く、25歳では35%、50歳では16%高かった。このように、ワクチン接種による生存の可能性の増加は成人後期まで観察された。 著者は、「ワクチン接種によって小児期の生存率が大幅に改善したことは、プライマリ・ヘルスケアにおける予防接種の重要性を強調するものである」と述べるとともに、「とくに麻疹ワクチンについては、未接種および接種が遅れている小児や、見逃されがちな地域にも、ワクチンの恩恵が確実に行きわたるようにすることが、将来救われる生命を最大化するためにきわめて重要である」としている。

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第199回 「想定外を想定せよ」が活きた恵寿総合病院の凄すぎる災害対策

同じテーマが続いて恐縮だが、今回も能登半島地震のことについて触れたいと思う。敢えてこうして連続で触れるのは、ある考えがあってのことだからだ。一言で言うと、「とかく人は熱しやすくて冷めやすいもの」と思っている。これはメディアの世界に身を置いていると痛切に感じることである。ある種の大きな災害が起きると、人は一瞬その情報に釘付けになる。ところが早ければ1ヵ月、長くとも3ヵ月も経つと、たとえどんなに大きな災害であっても当事者以外にとっては他人事になってしまう。もっとも私は大上段から「常に能登半島のことを思え」などと言うつもりは毛頭ない。被災地以外の人が常に被災地のことを考え、心理的に落ち込んでしまえば、世の中は回らない。実はこの事は被災地の人も同じである。それに関連して思い出すのが、東日本大震災の取材中、ある避難所で出会った高齢男性のことだ。ちなみに私にとって災害取材で一番苦手な取材現場が避難所である。あの場所にズケズケ入って「お話聞かせてください」はかなり気が引ける。よく「メディアは無神経に…」と言われることが多いが、被災地で出会うメディア関係者同士の雑談でも「実は自分も苦手で」という人は少なくない。ただ、やはり時間に迫られながらインタビューを取る必要がある時はそうせざるを得ない。しかし、自分にとってはいつまで経っても慣れることはない。避難所取材の時、私が屋内に入る代わりに赴く場所がある。避難所屋外に設置された喫煙所である。そこにはたいてい数人がたむろしている。報道腕章を付けていくと、結構な確率で「あんたらもご苦労さんだね」とそこにいる被災者から声がかかる。それを糸口に会話を始めると、実質的に取材となることが多いのだ。私が時折、思い出す前述の高齢男性もそのような形で出会った。その時の喫煙所には彼しかいなかった。彼は私を見るなり、独り言のように語り始めた。「俺さ、母ちゃん(妻)が津波で流されてしまってさ。んでも、避難所で若い綺麗なボランティアの女の子を見ると、ついそっち見るしな、時間が経てば腹も減るんだよな。兄ちゃん、俺は頭おかしいのかね?」一瞬戸惑ったが、避難所が地元の宮城県だったこともあり、私は地元訛りで次のように返した。「ほだごとねえんでねえの(そんなことないんじゃないの)? 津波のことばっか考えていられねえべさ」男性は一瞬目を丸くした。経験上、地方での災害取材時に被災者は「報道記者=東京の人」のような思い込みがあり、記者が訛りのある言葉を話すとは思っていないのだ。男性は丸くした目を普通に戻して、タバコをもう一度口にして煙を吐きながらこう言った。「んだがもな(そうかもしれない)」発災時ですらその場にいる人は、今起きていることが異常ではないと考えようとする「正常性バイアス」が働くもの。まして発災から時間が経てば、個人差はあっても常に災害の事だけを考えているわけにはいかない。というか、過度に気落ちしないために意図的に考えようとしないことも多い。そして被災地から離れた場所では半ば“忘れてしまう”のも無理はないと思っている。それでも私が再び能登半島地震について触れようとするのは、被災地外の人に防災対策を伝えるためには、まだ記憶が生々しい時期のほうが頭に入りやすいと思うからだ。神野 正博氏が伝える災害に負けない病院経営さて前置きが長くなってしまったが、先日、私が所属する日本医学ジャーナリスト協会で「能登半島地震~災害でも医療を止めない!病院のBCPと地域のBCP」と題して、現地の七尾市にある恵寿総合病院理事長の神野 正博氏にオンライン講演をお願いした。神野氏と言えば、全日本病院協会の副会長でもあり、医療業界では著名人である。あの大地震で426床を有する能登半島唯一の地域医療支援病院である恵寿総合病院も無傷でいられるわけもなく、本館以外に2つある鉄筋コンクリート造の病棟は物品が散乱し、本館と各病棟をつなぐ連絡通路も各所で破損した。断水は講演時点の2月13日時点でも継続中だった。しかし、発災翌日の1月2日には産科での分娩を行い、4日に通常外来、6日に血液浄化センターを再開している。マグニチュード7クラスの地震の被災地で、これが可能だったことは極めて驚くべきことである。そしてその理由は「事業継続マネジメント(BCM)」「事業継続計画(BCP)」を策定し、事前に入念な対策をしていたからだった。神野氏の口から語られた事前対策の肝は「基本は二重化」。具体例を以下に列挙する。本館で免震建築+液状化対策水道と井戸水による上水の二重化2ヵ所の変電所より受電夜間離発着設備も有した屋上ヘリポートも含めて避難経路二重化全国の病院との非常時相互協力協定全国の医療物資物流センター31ヵ所とバックアップ協定免震棟上層階にサーバー室設置震度5以上で自動発信するALSOKの職員安否確認・非常招集システム採用ゼネコン系設備管理会社24時間365日常駐神野氏によると「井戸水は平時に保健所に定期的な水質検査を実施してもらい、水道停止後ただちに井戸水に切り替え、医療用水・生活用水にいつでも利用できるようにしておいた」という念の入れようだ。もっとも120人の透析を行う別棟は、井戸水を上水利用する設備がなく、陸上自衛隊による1日15トンの給水支援を受けて再開にこぎつけている。変電所も北陸電力に依頼し2回線受電をしており、今回、実際に1つの変電所が瞬停して非常用自家発電に切り替わったものの、すぐにもう1つの正常だった変電所からの受電に切り替えて事なきを得ている。また、ゼネコン系設備管理会社24時間365日常駐は一瞬何のことかわからない人もいるかと思うが、この点について神野氏は次のように語った。「常駐者がいることで水道管の破裂などはすぐに復旧した。また、大手ゼネコンなので1月2日にはゼネコンの関係者が駆付け、復旧には大きな役割を果たした。よく病院の経営コンサルタントは、医業収益改善のためにまず清掃会社と設備管理会社をより安価なところに変更することを提案するが、私たちはそういうことは聞かずにやってきて本当に良かったと思っている」このような対策を聞くと、「いったいそのお金はどこから?」との疑問が浮かんでくるだろう。神野氏は「あくまで平時の診療報酬による収益の範囲内で準備をしてきた。災害対策を予算化したのではなく、都度都度、非常時対策を考えてのメンテナンスの一環として行ってきた」という趣旨の発言をした。これについてはかなり頷いてしまった。こうした大規模災害が起こると「いざ災害対策を!」のような掛け声があちこちから挙がる。しかし、人という生き物は概して納得尽くでないとお金は投じられない生き物でもある。災害・防災関連もテーマとする私はこうした大災害発生時に週刊誌などからコメントを求められることが多いのだが、その際にいつも言うことは「どんな小さなことでも良いから思いついたときに思いついたことに手を染め、必ずその点については完遂し、可能ならば日常化する」と伝えている。これだけだと、よくわからない人もいるかもしれないので、具体例を挙げると、自分の場合、災害現場の取材も少なくないので、がれきなどを踏んで負傷することを防止するため、平時から履いている靴には踏み抜き防止インソールを入れっぱなしにしている。たまにそのことを忘れ、空港の金属探知機でブザーが鳴ってしまうこともあるが、これは忘れるほど日常化している証でもある。また、国内の大災害ニュースに接した際、過去2年間を振り返り、破傷風ワクチンを追加接種していない場合は、現場取材に赴くか否かにかかわらず、医療機関に追加接種に行く。これ以外にも行っている対策はいくつかあるがここでは省略しておく。いずれにせよ災害対策とは、それが効果的だったかの答え合わせは、被災時にしかできない無慈悲な世界である。やはり「思い立ったが吉日」なのだと、今回再認識させられている。

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Hibを追加した乳幼児の5種混合ワクチン「ゴービック水性懸濁注シリンジ」【最新!DI情報】第9回

Hibを追加した乳幼児の5種混合ワクチン「ゴービック水性懸濁注シリンジ」今回は、沈降精製百日せきジフテリア破傷風不活化ポリオヘモフィルスb型混合ワクチン(商品名:ゴービック水性懸濁注シリンジ、製造販売元:阪大微生物病研究会)」を紹介します。本剤は、既存の4種混合ワクチンの抗原成分にインフルエンザ菌b型(Hib)の抗原成分を加えた5種混合ワクチンであり、乳幼児期のワクチン接種回数が減少することで、乳幼児および保護者の負担軽減が期待されています。<効能・効果>百日せき、ジフテリア破傷風、急性灰白髄炎およびHibによる感染症の予防の適応で、2023年3月27日に製造販売承認を取得しました。<用法・用量>初回免疫として、小児に通常0.5mLずつを3回、いずれも20日以上の間隔をおいて皮下または筋肉内に接種します。追加免疫では、初回免疫後6ヵ月以上の間隔をおいて、通常0.5mLを1回皮下または筋肉内に接種します。<安全性>国内第III相試験(BK1310-J03)において、皮下接種後の副反応は91.7%に認められました。そのうち、接種部位の主な副反応として、紅斑78.9%、硬結46.6%、腫脹30.1%、疼痛13.5%が認められました。全身性の主な副反応は、発熱(37.5℃以上)57.9%、易刺激性27.1%、過眠症24.1%、泣き23.3%、不眠症13.5%、食欲減退13.5%でした。<患者さんへの指導例>1.このワクチンは、5種混合ワクチンです。2.百日せき、ジフテリア破傷風、急性灰白髄炎およびHibによる感染症の予防の目的で接種されます。3.生後2ヵ月から接種を開始し、計4回の定期接種を行います。4.明らかに発熱(通常37.5℃以上)している場合は接種できません。5.接種後30分間は接種施設で待機するか、ただちに医師と連絡がとれるようにしておいてください。6.接種後は健康状態によく気をつけてください。接種部位の異常な反応や体調の変化、高熱、けいれんなどの異常を感じた場合は、すぐに医師の診察を受けてください。<ここがポイント!>本剤は、既存の4種混合ワクチン(百日せき、ジフテリア破傷風、不活性化ポリオ混合ワクチン)の成分に加えて、インフルエンザ菌b型ワクチンの成分を混合した5種混合ワクチンです。百日せきは、乳幼児早期から罹患する可能性があり、肺炎や脳症などの合併症を起こし、乳児では死に至る危険性があります。ジフテリアの罹患患者は、1999年以降は日本で確認されていませんが、致死率の高い感染症です。破傷風は、菌が産生する神経毒素によって筋の痙攣・硬直が生じ、治療が遅れると死亡することもあります。急性灰白髄炎(ポリオ)は、脊髄性小児麻痺として知られており、主に手や足に弛緩性麻痺が生じ、永続的な後遺症が残る場合や呼吸困難で死亡することもあります。インフルエンザ菌b型はヒブ(Hib)とも呼ばれ、この菌が何らかのきっかけで進展すると、肺炎、敗血症、髄膜炎、化膿性の関節炎などの重篤な疾患を引き起こすことがあります。これらの感染症はワクチンの接種によって予防が可能で、日本では予防接種法で定期接種のA類疾病に該当します。しかし、乳幼児期には、これら以外の感染症に対するワクチンの接種も必要なため、保護者の負担の大きさや接種スケジュール管理の煩雑さが問題となっています。本剤は、百日せき、ジフテリア破傷風、ポリオおよびHib感染症に対する基礎免疫を1剤で同時に付与できるため、乳幼児への注射の負担および薬剤の管理を軽減できるメリットがあり、2024年4月から定期接種導入が予定されています。また、本剤は皮下接種だけでなく、筋肉内接種も可能です。生後2ヵ月以上43ヵ月未満の健康乳幼児267例を対象とした国内第III相試験(皮下接種)において、本剤接種後における初回免疫後の各抗体保有率は、ジフテリアが99.2%、その他は100%であり、追加免疫後はすべて100%でした。追加免疫後では、すべての抗原に対して初回免疫後よりも高い免疫原性を示すことが確認されました。

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医療者へのワクチン【今、知っておきたいワクチンの話】総論 第6回

はじめここでは特定のワクチンではなく、医療機関で働く医療者に対して接種が推奨されるワクチンを一括して扱う。本稿の対象は、医療機関で働き患者と対面での接触がある職員(医師、看護師、各種技師、受付事務員など)に加え、医療現場で実習を行う医療系学生(医学生、看護学生など)である。以降は、まとめて「医療職員」と記載する。医療職員は、常にさまざまな病原体にさらされている。伝染性疾患の患者は、そうと知らずに治療を求めて病院を訪れるし、易感染性状態にある免疫弱者も同じ空間に密集しうる。これら両者に対応する医療職員も、また、常に病原微生物に曝露されている。したがって、医療職員が感染すると、自身が感染症患者になるだけでなく、無関係な来院者や入院患者へ2次感染を起こす原因にもなりうる。これを回避するためにワクチンがある(ワクチンで予防できる)感染症(VPD)については最大限に対策する必要がある。以上の観点から、対象となるのは以下のVPDとなる。1.空気感染もしくは飛沫感染するVPD2.接触感染または針刺しが原因となるVPD3.一部の医療従事者で必要となるVPD4.曝露後対応を要するVPDワクチンで予防できる疾患(疾患について・疫学)1.空気感染もしくは飛沫感染するVPD1)麻疹、風疹、ムンプス、水痘(1)いずれも代表的なVPDで、飛沫やエアロゾルによる強烈な感染力がある。ムンプス以外は定期接種に指定されているが、海外からの持ち込みなどもあり根絶には程遠い状況にある。(2)近年は医学部などの卒前教育課程でワクチン接種が推奨される医療系学生も増えてきたが、記録の確認は確実に行っておく必要がある。医療資格を持たない事務系職員も忘れずに対応する必要がある。2)季節性インフルエンザ(1)インフルエンザウイルスによる流行性感冒。A型とB型があり、それぞれ流行の度に表面抗原も微妙に異なる。(2)わが国では晩秋から春にかけて流行することが多いが、沖縄を含む熱帯地方では年間を通じて循環している。海外との往来や温暖化により、流行時期は増えている。(3)感染既往やワクチン接種による免疫は発症を予防するほど十分でないため、ワクチンを接種しても罹患するなど個人レベルでは恩恵を実感しにくいが、集団としてはワクチン接種率が高いほど疾病負荷が減るため有益性がある。3)SARS-CoV-2(COVID-19)(1)2019年末から世界的パンデミックを起こしたコロナウイルス。2023年現在はオミクロン株派生型が主流で、軽症にとどまることが多いもののエアロゾル感染を起こすため強い感染力がある。4)百日咳(1)飛沫により感染する細菌感染症。成人が感染すると乾性咳が長く続き、新生児が感染すると致死的な経過を取ることがある。以上から、新生児と接触がある成人に免疫付与するコクーニング(cocooning)による新生児感染予防が推奨されている。2.接触感染または針刺しが原因となるVPD1)B型肝炎(1)ヒトのあらゆる体液(汗を除く)から感染するウイルス性疾患で、15年以上の経過で肝硬変や続発する肝がんの原因となる。(2)世界保健機関(WHO)が1992年からuniversal vaccinationキャンペーンを展開して感染抑制が進んだ地域も多い中、わが国は定期接種化が2016年と世界的には後発であり、高齢者の陽性キャリアはいまだ多い。3.一部の医療者のみ考慮の対象となるVPD1)破傷風(1)土中の芽胞菌である破傷風菌が損傷皮膚に感染して起こす疾患で、発症後の死亡率は30%と高い。肉眼で確認できない微細な損傷でも感染が成立する。(2)屋外で転倒する可能性を考えれば全住民に免疫付与が望まれるが、医療機関での業務として考えた場合、土壌に触れる業務がある職員(清掃職員、園芸療法に関わる者など)で接種完遂が求められる。2)髄膜炎菌(1)飛沫感染によって細菌性髄膜炎を起こす。集団生活や人の密集状態で、時に集団発生することが知られている。(2)救急外来や病理検査室のように、曝露を受ける可能性が高い部署では職員に対して接種を勧める。4.曝露後対応を要するVPD(曝露後緊急接種に用いる)1)MR、水痘(1)麻疹と水痘への曝露があった場合、すみやかに追加接種(72時間以内だが早いほど良い)することで、免疫がなくても高い発症阻止効果が期待できる。(2)風疹とムンプスでは曝露後接種の有効性は示されていないが、曝露の時点でワクチン接種歴が明らかでなければ将来利益も考慮して接種を推奨する。2)HBV(B型肝炎ウイルス)(1)接種未完了者がHBV陽性体液に曝露された場合、免疫グロブリンに加えてHBVワクチン1シリーズ(3回)接種を開始することで感染を予防できる可能性がある。3)破傷風(1)屋外での外傷により発症リスクが懸念される場合、追加接種を行う。医療職員が未接種である可能性は低いが、その場合は免疫グロブリン投与も必要となる。ワクチンの概要(効果、副反応、生または不活化、定期または任意・接種方法)1)MR、ムンプス、水痘(1)上記いずれも生ワクチンであり、MRと水痘は現在国の定期接種となっているが、1回接種だった時代もあり、接種回数が不足している可能性がある。2)季節性インフルエンザ(1)4価の不活化ワクチン(A型2価+B型2価)が最も一般的。成人はシーズン前に1回接種。(2)上記の通り、個々人の発症や重症化を予防する効果は高くないが、集団発生の確率を減らすことで疾病負荷を軽減するために接種が推奨される。3)SARS-CoV-2(COVID-19)(1)パンデミック対策として各種ワクチンが緊急開発・供給された中、初めて実臨床使用されたmRNAワクチンが、現時点までもっとも安全かつ有効なワクチンである。(2)2023年現在、野生株とオミクロン株の2価ワクチンが流通している。(3)伝統的なワクチンに比べて発熱や疼痛などが強い傾向はあるものの、重篤な副反応はとくに多いとはいえず、安全性は他のワクチンと大差はない。4)百日咳、破傷風(1)3種または4種混合として定期接種化されている不活化ワクチン。(2)免疫能を維持するために10年ごとの追加接種が望ましいとされているが、追加分は定期接種に設定されていないため、可能なら医療機関で職員の接種時期を把握しておき、接種を知らせたい。接種のスケジュールや接種時の工夫いずれのワクチンについても、接種歴を確実に記録し、必要な追加接種が遅れずに実施できるように努める。1)MR、ムンプス、水痘(1)「生後1年以降に2回の接種」が完遂の条件。間隔が長くても問題ない。(2)上記を満たさない・記録が確認できない場合は、不足分を接種する。(3)2回接種が必要な場合、1ヵ月以上時間を空ける。(4)混合ワクチンにより3回以上の接種となる成分があっても問題ない。(5)接種前後での抗体検査は必要ない。2)百日咳、破傷風(1)小児期の基礎免疫が完遂している場合、沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(商品名:トリビック)を1回接種する。(2)小児期の基礎免疫が不明なら、基礎免疫として0、1、2ヵ月で3回接種する。(3)破傷風の単独ワクチンを接種していても、百日咳の免疫付与が必要ならトリビックを接種して良い。3)季節性インフルエンザ(1)一般的な4価の不活化ワクチンは、流行前に1回接種する。(2)添付文書上は皮下注とされているが、効果や副作用の観点からは筋注が望ましいため、実臨床では「深い皮下注」を心がけると良い。4)SARS-CoV-2(COVID-19)(1)院内感染対策の一環として、医療職員は都度すみやかに接種を行うことが望ましい。日常診療で役立つ接種ポイント(例:ワクチンの説明方法や接種時の工夫など)業務上の必要性から職員へ接種を勧める観点から、以下の点に留意したい。職種により事前の説明を調整する接種費用は医療機関が負担する接種記録は人事記録として保管する妊娠や治療などが接種不可の理由になることから、ワクチン接種情報はプライバシー保護の対象として対応する。たとえば、「集団一斉接種をしない」、「接種対象者名簿を公開しない」など。年次健康診断や新人オリエンテーションと一緒に接種するなど、業務への影響を最小限に抑える工夫をする曝露後接種の取り扱いは、あらかじめ院内感染予防マニュアルに手順を明記しておく。そうすることで、発生報告からワクチン接種まで迅速に処理され接種時期を逃さない。参考となるサイト環境感染学会医療者のためのワクチンガイドライン 第2版/第3版こどもとおとなのワクチンサイト講師紹介

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破傷風の予防【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第8回

今回は、破傷風の予防についてです。外傷患者さんを診たとき、「傷が汚いから破傷風トキソイドを打とう」という発言をよく聞くことがありますが、「“汚い”とは何をもって“汚い”と言うのか?」と聞かれるとすぐに答えるのは難しいのではないでしょうか。前回紹介した毎日犬にかまれているおじいさんの症例をベースに、破傷風予防の必要性を考えていきましょう。<症例>72歳男性主訴飼い犬にかまれた高血圧、糖尿病で定期通院中。受診2時間前に飼い犬のマルチーズに手をかまれた。自宅にあった消毒液で消毒し、包帯を巻いた状態で定期受診。診察が終わったときに自分から「今日手をかまれて血が出て大変だったんだよ」と言い、犬咬傷が判明。既往歴糖尿病、高血圧アレルギー歴なしバイタル特記事項なし右前腕2ヵ所に1cm程度の創あり。発赤なし。破傷風の予防接種の有無を聞くと、「そのようなものは知らない」と答える。さて、この患者さんは破傷風トキソイドを打つ必要があると考えますか? 私は迷うことなく「Yes」だと思います。しかし、もし犬にかまれたのではなく、「自宅内で転倒して額に1cmの挫創を負った」「屋外で転倒して肘に擦過創ができた」であればYes/Noが分かれるかもしれません。もしくはこの患者さんが14歳だったとしたらどうでしょうか? 今回は日本の国立感染症研究所とアメリカのCenters for disease Control and Preventionの情報を基に解説します1,2)。治療に入る前に破傷風に関して復習しましょう。破傷風は、Clostridium tetani(破傷風菌)が産生する神経毒素による神経疾患です。破傷風菌は偏性嫌気性グラム陽性有芽胞桿菌で土壌などの環境に広く分布しており、ある程度どのような場所でも傷を負えば感染のリスクがあります。日本では年間100例程度が発症しており、そのうち9例程度が死亡する非常に重篤な疾患です2)。私も数例診ましたが、痙攣のコントロールに難渋するなど非常に治療が難しく、たとえ助かったとしても重篤な合併症を残してしまう危険な疾患と考えています。しかし、ワクチン接種により基礎免疫を獲得することで、ほぼゼロに近い確率まで破傷風の発症を防ぐことできます。ガイドラインでは「基本的には破傷風に対する基礎免疫を持っている状態」が望ましいとされ、「傷がきれいであったとしても、基礎免疫がないもしくはブースターが必要な場合は破傷風トキソイドの投与が推奨」されています。では症例に戻って系統立ててみていきましょう。(1)基礎免疫はあるかまず破傷風に対する基礎免疫があるかを確認しましょう。初回投与から決められた期間に2回破傷風トキソイドを投与することにより基礎免疫を獲得し、最終接種から10年ごとに再投与することで基礎免疫が維持されます。日本では1968年から百日せき・ジフテリア破傷風の3種混合ワクチン(DPT)の定期接種が始まりましたが、全国一律で開始されたわけではないようです。国立感染症研究所の情報によると、1973年以前の出生の人では抗体保有率が低いものの、1973年より後の出生の人では基礎免疫を獲得していると考えられます。今回の患者さんは定期接種がなかった時代に出生しているため、基礎免疫がないと判断します。次いで患者さんが、破傷風トキソイドを打ったことがあるかどうかを確認しましょう。外傷を契機に破傷風トキソイドを打ったことがある人がいますが、「受傷したときに1回しか打っていない」「記憶があやふや」という人も多く、その場合も基礎免疫がないと考えます。この患者さんにトキソイドについて尋ねたところ「何それ?」と回答されたので基礎免疫はないと判断しました。(2)傷の「きれい」「汚い」破傷風を起こす可能性が高い創=汚い、破傷風を起こす可能性が低い創=きれい、と表現されることが多く、これをもって破傷風トキソイドを打つかどうか判断している医師もいると思います。しかしながら、表1のとおりガイドライン上は「汚い」「きれい」で変わるのは基礎免疫がない患者で抗破傷風免疫グロブリンを打つかどうかです。ここを注意してください。表1 破傷風トキソイド・抗破傷風免疫グロブリン(TIG)の投与基準画像を拡大するでは、きれい/汚いはどう区別するのでしょうか? これは私もかなり探してみたのですが、書籍や文献によってまちまちです。CDCでは「汚い」に関しては「土壌、汚物、糞便、または唾液(動物や人間のかみ傷など)で汚染された傷を“汚い”と判断する必要がある。また、刺し傷または貫通傷を汚染されたものとみなし、破傷風のリスクが高い傷と判断する。壊死組織(壊死性、壊疽性の傷)、凍傷、挫傷、脱臼骨折、火傷を含む傷は、破傷風菌の増殖に適しておりリスクが高い」とされています。Colombet氏らは自身の論文で「明確に破傷風リスクが低い/高い傷を定義するのは困難」と述べていて、傷の状態や性状だけで判断は難しいと思います3)。よって基礎免疫がない外傷患者に対して破傷風トキソイドの投与は必須として、抗破傷風免疫グロブリンを投与するかどうかは医師の判断になります。症例に戻りましょう。破傷風トキソイドは投与して、抗破傷風免疫グロブリンを投与するかどうかの判断が必要になります。この傷はガイドラインに沿えば、きれいな傷とはならないので抗破傷風免疫グロブリンの適応となります。私はこの傷であれば、手元に抗破傷風免疫グロブリンがあれば投与を検討しますが、すぐ投与するためにあえて高次機能病院に受診させることはありません。私が必ず抗破傷風免疫グロブリンを投与するのは、開放骨折やデグロービング損傷など重症度が高い傷で破傷風のリスクが高いと判断したときです。この患者さんは、破傷風トキソイドを投与し、基礎免疫を獲得するために1ヵ月後と半年後に予防接種を受けてもらうことにしました。今回は、破傷風の予防に関してお話ししました。救急外来では破傷風トキソイドが適切に投与されていないとの報告もあり、実際に私も「傷がきれい」という理由で破傷風トキソイドを打たれなかった症例を経験することがあります4)。そのようなこともあり破傷風の予防には思い入れがありますので、参考になれば幸いです。破傷風の豆知識(1)破傷風トキソイドと抗破傷風免疫グロブリンは受傷後いつまでに打てばよい?UpToDateの「Wound management and tetanus prophylaxis」を参考にすると5)、「なるべく早く」が答えです。ただし、その場で投与できなかったとしても破傷風の発症は受傷から3~21日後ですので、可能であれば3日以内、最長で21日まで破傷風トキソイドと抗破傷風免疫グロブリンを破傷風感染予防目的に投与することは推奨されると記載されています。ただし、破傷風トキソイドに関しては基礎免疫を獲得していることが望ましいので、21日を過ぎて、もともと基礎免疫がない患者、もしくは基礎免疫があっても最終接種からの年数と傷の状態からブースト接種が必要な場合は破傷風トキソイドの投与を勧めるべきと考えます。つまり気が付いたときにはいつでも破傷風トキソイド投与を勧める必要があります。何らかの傷を負ったときの破傷風トキソイドは傷からの破傷風予防として保険適用です。(2)基礎免疫があれば破傷風のリスクが高い傷に抗破傷風免疫グロブリンを打たなくてもよい?表1を見てもらいたいのですが、基礎免疫がある人は抗破傷風免疫グロブリンの適応になりません。では1973年より後に生まれた人はたとえ破傷風のリスクが高い傷でも抗破傷風免疫グロブリンを打たなくてよいのでしょうか? 私は必要と考えています。なぜなら本当に基礎免疫があるかどうか確認できないことが多いからです。赤ちゃんのときのワクチン接種に関しては母子手帳に記載がありますが、患者は持ち歩いておらず、本人に聞いてもわからないことがほとんどです。そのため、私は基礎免疫があると確証が持てない場合で破傷風のリスクが高い傷の場合は抗破傷風免疫グロブリンを投与しています。将来的に、ワクチン接種歴がマイナンバーで管理されてすぐに接種歴がわかるようになれば、ほとんどの症例で抗破傷風免疫グロブリンの投与はしなくなるのかなと思います。1)CDC:Tetanus2)国立感染症研究所:破傷風とは3)Colombet I, et al. Clin Diagn Lab Immunol. 2005;12:1057-1062. 4)Liu Y, et al. Hum Vaccin Immunother. 2020;16:349-357.5)UpToDate:Wound management and tetanus prophylaxis

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動物咬傷(犬、猫)【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第7回

今回は動物咬傷の処置を紹介します。一概に動物といっても種類は無数にあり、Review報告の頻度が高いのは想像どおり犬や猫ですが、それ以外にも蛇やげっ歯類、馬、クモ、サメ、アリゲーター/クロコダイルなどが報告に挙がっています1)。私は医師3年目のときに、アメリカの救急医向けの著書「Tintinalli's Emergency Medicine」でアナコンダにかまれたときの対処法を学びましたが、「人生で遭遇する機会はないだろうなぁ」と思いながら読んでいました2)。実際に私が経験する機会の多い咬傷の第1位は犬で、次いで猫、そして人です。蛇咬傷については第5回をご参照ください。今回は犬咬傷で、創が比較的小さく(3cm未満)、四肢をかまれた場合の処置に限定します。犬と猫は基本的には治療は変わりませんが、しいて言えば猫のほうが歯が細くて鋭く、創が小さく深い傾向にあります。創が大きい、もしくは美容的に縫合が必要な場合(顔面など)はアプローチが別になります。<症例>72歳男性主訴飼い犬にかまれた高血圧、糖尿病で定期通院中。受診2時間前に飼い犬のマルチーズに手をかまれた。自宅にあった消毒液で消毒し、包帯を巻いた状態で定期受診。診察が終わったときに自分から「今日手をかまれて血が出て大変だったんだよ」と言い、犬咬傷が判明。既往歴糖尿病、高血圧アレルギー歴なしバイタル特記事項なし右前腕2ヵ所に1cm程度の創あり。発赤なし。内科外来をしていると上記のようなことを偶然聴取することがあります。さて、これは「そうなんだ。大変だったね~」とこのまま帰してよいのでしょうか?報告によると、犬咬傷は咬傷全体の80%を占め、若い男性に多く、餌を取り上げるなど犬に不快感を与えたときにかまれることが多いそうです3)。私が小さいころ、田舎の犬が食事をしていたときに、いつもは喜ぶ頭なでなでをしたら吠えられて驚いた記憶があります。この患者さんはとくに理由もなくほぼ毎日かまれているそうですが、ここまで深くかまれたのは初めてだったとのことです。ちなみに、犬咬傷の次に多いのが猫咬傷で全体の10%程度、若い女性に多いようです1)。咬傷で危険なのは、かみ傷が神経や血管を損傷することですが、感染も同等に危険です。口腔内には多種多様な菌がいて、感染のリスクが高いです。動物にかまれた後1~2日してから病院を受診した患者では、入院や外科的処置が必要になるリスクが3.5~7倍高くなるという報告があります4)。早期に適切な処置をして感染を防ぐことが重要ですので、治療をステップに分けて説明します。(1)鎮痛、創の深さ・異物の有無の確認創に対して処置を行うのでしっかりと鎮痛しましょう。動物咬傷は感染リスクが高いため可能な限り縫合は避けます。縫合しない場合は、私は鎮痛薬としてキシロカインの注射剤ではなく、ゼリー剤を用います。塗布してガーゼで覆い、5分ほど待ってから創の深さと異物の有無を確認しましょう。私はこういった小さな創に対しては眼科用ピンセットを用いて深さや異物の有無を確認しています。創部内の観察が困難な場合もありますが、動物咬傷で異物となるのは歯ですので、疑わしい場合はレントゲンを撮影しましょう。本症例は眼科攝子を入れたところ創は浅く、可視範囲に異物はないと判断しました。(2)洗浄、消毒この患者が自宅で行った処置は創に消毒液を塗ったことだけでした。非医療者はこういった処置で終わることが非常に多い印象があります。しかし、咬傷は創の入口が狭くて深いことが多く、唾液などの汚染物質が創部内に残ります。ですので、表面だけを洗ったり消毒したりするだけでは十分な処置とはいえません。汚染された創を洗浄するためには、8psi(Pound per Square Inch)の圧が理想とされていて、図1のように20mLのシリンジの先に20ゲージの静脈留置針の外套を付けるとちょうどよい値になります5)。図1 20mLのシリンジに20G静脈留置針を装着画像を拡大する私は創が小さい場合、眼科用ピンセットがあればピンセットで入り口を広げ、シリンジを用いて圧をかけながら外から洗浄します。創の入り口を広げるのが難しい場合は、そのまま外から圧をかけて洗浄します。この際に「針を創に入れて洗浄すればよいのでは?」と思われるかもしれませんが、かけた圧力の逃げ場がないため、皮下に大きな死腔を作ってしまうことがありますので控えてください(図2)。洗浄の量は傷1cm当たり100~200mLが推奨されています6)。図2 入り口が狭い創に圧をかけると皮下に死腔ができる画像を拡大する創の消毒に関して有効性が示唆された報告はなく、ポピドンヨードや次亜塩素酸ナトリウムは組織障害性が強いこともあり、すべて症例に積極的な推奨はされていません7)。しかし、創の汚染が強いときに消毒することを否定する根拠もありませんので、状況に合わせて消毒を行うことをお勧めします。私は、「創の汚染が強いとき」「初回のみ」消毒しています。水道水や生理食塩水の代わりに、消毒液を用いて洗浄することは効果的ではないので控えましょう。次に必要になるのは創の処置です。口腔内には嫌気性菌を含めた細菌が多数いるため、動物咬傷では口腔内の汚染物質が創に入り込みます。入り口を塞ぐと、(1)空気に触れない、(2)創内のドレナージができない、という事態が生じて感染リスクが上がるとされているので、可能であれば縫合しません。もし美容的に問題がある場合はリスク・ベネフィットを説明して縫合します。今回のような小さく深い創の場合は、ナイロン糸を用いたドレナージが有効です。私は1-0から3-0の太さのナイロン糸1本を図3のように先端が輪っかになるように結び、輪っか側の先端を創に挿入してテープで固定します。図3 ドレナージ用のナイロンの作り方とドレナージの方法画像を拡大する創には抗菌薬入りの軟膏を塗ったガーゼを被せ、1日1回水道水で洗浄してから軟膏ガーゼを交換するように指導しています。若手医師からドレナージ抜去のタイミングに関して聞かれることがありますが、私は受傷2~3日して感染兆候がなければ除去しています。ガーゼを頻回(1日2回以上)交換しなければならないほど浸出液が多い場合は留置を継続しますが、長くても1週間としています。本症例は、嫌気性菌のカバーを目的に、アモキシシリン・クラブラン酸配合剤250mg+アモキシシリン単剤250mgを3錠ずつ5日分処方して帰宅としました。また、破傷風の予防接種を受けたことがなかったため、破傷風トキソイドも投与しました。患者には3日後に来院してもらい創を観察したところ、ナイロン糸は残っており、浸出液は少量で感染兆候がなかったため、糸ドレナージを除去しました。抗菌薬は飲み切り終了し、毎日のガーゼ交換は継続してもらったところ、1週間後の診察で創はきれいになっていたため、咬傷に対する通院は終了としました。軟膏ガーゼは浸出液が付かなくなるまで継続してもらい、何かあれば再診を指示しましたが、次の定期受診までとくに問題はありませんでした。患者さんは相変わらず毎日犬にかまれているものの、「犬と接する際はなるべく手袋、長袖を着るようにした」と工夫していました。そもそも犬にかまれないようにする何かよい方法はないのかなと思いましたが、私は犬を飼ったことがないため何もアドバイスできませんでした…。軽症の動物咬傷は患者自身が処置して感染症を引き起こすことがあり、より大きな処置が必要になることがあります。適切な診断・加療が必要ですので参考にしてください。動物咬傷の豆知識感染してしまったとき今回の症例で、もし残念ながら感染してしまった場合はどうしましょうか? この場合、ドレナージが十分にできていない可能性があります。そのため、糸ドレナージは抜去して、創内を十分にドレナージできる程度に切開する必要があります。自信がなければ専門科に相談しましょう。十分なドレナージと抗菌薬でほとんどの動物咬傷の感染は改善します。感染が関節にかかっている場合感染が関節にかかっている場合は、化膿性関節炎の可能性や手の咬傷でカナベルの4徴(屈筋腱に沿った圧痛、患指の腫脹、患指の軽度屈曲位、受動的に患指を伸展すると激痛を訴える)を認める場合は化膿性屈筋腱炎の可能性があり、専門的な処置が必要なためコンサルトしましょう8)。1)Savu AN, et al. Plast Reconstr Surg Glob Open. 2021;9:e3778.2)Tintinalli JE, et al. Tintinalli’s Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide 8th edition. McGraw-Hill Education;2016.3)Basco AN, et al. Public Health Rep. 2020;135:238-244.4)Speirs J, et al. J Paediatr Child Health. 2015;51:1172-1174.5)Shetty R, et al. Indian J Plast Surg. 2012;45:590-591.6)Moscati RM, et al. Acad Emerg Med. 2007;14:404-409.7)Chisholm CD, et al. Ann Emerg Med. 1992;21:1364-1367.8)Kennedy CD, et al. Clin Orthop Relat Res. 2016;474:280-284.

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動物咬傷(蛇)【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第5回

今回は蛇咬傷についてです。私は小さいころにアオダイショウの首根っこを捕まえてかまれたことがありますが、大した傷もなく、とくに何の治療もしませんでした。しかし、蛇にかまれた患者さんは傷に関して困っているのではなく、「毒蛇かもしれない」という恐怖を感じていることが多いように思います。今回は毒蛇かどうかを見分けるコツとその治療を紹介します。<症例>10歳代、男子関東の公園に遊びに行き、蛇が泳いでいるのを見つけた。追いかけて捕まえたら指をかまれた。蛇の種類がわからず、親が毒蛇の可能性を考えて救急外来を受診させた。アレルギー歴、既往歴、内服薬:特記事項なし右手の人差し指に擦過創あり(図1)図1 擦過創のような傷画像を拡大する画像を拡大するこの患者さんの対応について順を追って考えてみましょう。現在日本には60種類程度の蛇が存在していると言われています1)。データは少ないですが、蛇咬傷による入院で最も頻度が高いのがマムシ、次いでハブ、まれにヤマカガシです2)。よって、今回はマムシとハブを重点的に記載し、最後にヤマカガシに触れます。毒蛇かどうかの判断(1)蛇の種類を特定するマムシは北緯30度(鹿児島県の口之島)~46度(日本の最北端)に広く生息し、ハブは北緯24度~29度と沖縄周辺に生息しています2)。そのため、かまれた地域でマムシかハブか悩むことは少ないです。では、マムシorハブvs.そのほかの蛇を区別するにはどうしたらよいでしょうか? 蛇の模様は個体差が大きいので手っ取り早く見分けるとしたら頭の形です。毒蛇は三角形の頭をしていることが多いです。とっさのことですので難しいですが…。マムシ体に斑紋があり、頭が三角形に近い形をしている。ハブ 毒腺と毒をしぼり出す筋肉があるため、あごが張った三角形をしている。大部分のハブの背中には、黄色をベースにした黒の絣模様があるが種類によって異なる。図2 左:無毒の蛇、右:毒蛇の頭部の例最近ではスマートフォンを持っている人が多いため、写真に撮って持って来てくれるケースが多くなりました。今回の患者さんも動画を撮ってくれていました。少し画像が粗いですがアオダイショウとわかります(図3)。図3 患者さんが持ってきてくれた動画の一部(2)かみ傷を確認する動画があったので本症例は毒蛇でないことがわかるのですが、それだと話が終わってしまうので、動画や写真がなかったとしましょう。その場合、かみ傷を確認します。冒頭の図1の写真を見てもらいたいのですが、擦り傷のようなかみ傷が多数あります。マムシやハブにかまれた場合はこういった傷にはなりにくいです。というのも、マムシやハブなどの毒蛇は毒を体内に注入するための鋭い2本の歯を持っています(図4)。図4 左:マムシの歯、右:ハブの歯このためかみ傷は2つの小さな穴が空いたような傷になり、図1のような傷にはなりにくいです(図5)。よって、本症例は毒蛇にかまれた可能性は低いと考えます。図5 マムシやハブのかみ傷のイメージ報告によると、2つ穴のかみ傷が毒蛇咬傷を示唆する感度は100%、陽性的中率は89%で、図1のような擦過創の場合の毒蛇以外の咬傷を示唆する陽性的中率は100%とのことです3)。(3)腫れ具合を確認するかみ傷で毒蛇であるかどうかはだいたい判断できますが、腫れ具合がおかしいときは悩むことがあります。毒素が入った場合、通常の咬傷では考えられない急速な腫脹が広がり、水泡などが伴うことがあります(図6)。「指先をかまれて2時間ほどしたら手首も腫れてきた」というのは通常の咬傷では起き得ず、感染が生じるにしても早すぎるため違和感を持ちましょう。一説によると受傷後、3時間経っても腫脹が進展している場合は重傷化の可能性があるとされています4)。よって、かまれてすぐに受診した場合は外来で数時間フォローする必要があります。時間単位で腫脹が進展する場合は毒蛇にかまれた可能性を考えましょう。本症例は、診察などを合わせて受傷から2時間ほど経過をみましたがわずかな腫脹のみでした。やはり毒蛇にかまれた可能性は低いでしょう。図6 マムシのかみ傷(聖隷横浜病院 入江康仁先生のご厚意で画像をご提供いただきました)以上が毒蛇かどうかを見分けるコツでした。では、診療所でできる毒蛇と毒蛇以外の咬傷の治療方針の決定についてです。蛇咬傷の治療(1)毒蛇以外の場合基本的に、犬や猫による動物咬傷と治療は変わりません3)。まず洗浄してガーゼで保護します。そして、抗菌薬の予防投与や破傷風の予防接種を検討します。本症例は擦過創程度であり、洗浄後にガーゼで保護して帰宅としました。(2)毒蛇の場合毒蛇にかまれ、腫脹が存在する場合は基本的に入院の適応があります。というのも、蛇の毒素は急速に進行し、筋肉の破壊による横紋筋融解、コンパートメント症候群、毒素による血液凝固障害などさまざまな症状が出現し、ショックや急性腎不全など命が脅かされることがあります5)。なので、毒蛇にかまれて症状があると判断した場合は早急に高次医療機関に紹介しましょう。ただし、毒蛇にかまれてもほとんど症状がない患者さんがまれにいて、この場合が悩みます。私自身、「草刈り中に蛇に手をかまれ、持っていた鎌で蛇の首を切り落としたらマムシだった」という強者のおばあちゃんを診たことがあります。かみ傷は2つ穴で確かにマムシにかまれたと考えられるのですが、局所の腫脹はほとんどなく、採血も何も異常がありませんでした。蛇にかまれて毒が入ることを「Wet bite」、無毒の蛇や毒蛇にかまれても毒が入らなかったとき、つまり咬傷による傷害のみの場合を「Dry bite」と言います。毒蛇は一度毒を出すと元通りになるまで14日かかると報告があり、毒がないという毒蛇側の要因や、ほかにもさまざまな要因がかかわることで毒蛇にかまれても20%程度がDry biteになります6,7)。どのようにフォローすべきか悩ましいところですが、毒蛇にかまれてDry biteと判断された場合、12~24時間の経過観察が推奨されており、局所症状の有無にかかわらず入院し、24時間後に何も症状がないことを確認して退院することが推奨されています5,8)。結局のところDry biteは最終的に何もなければDry biteだったという診断になります。ただ、ほぼ無症状の人を入院させるハードルは高く、Dry biteと考えられる局所の軽度の炎症のみの人なら6時間の経過観察で進展がなければ帰宅でもよいという報告もありますが、議論の余地があるようです8)。私は毒蛇咬傷の経験は5例で、Dry biteは2例しか経験がなく、いずれも総合病院の救急外来で診察しました。受傷後2~3時間経っても咬傷部位に変化がなかったものの、リスクを説明して入院を勧めました。2例とも入院を希望しなかったため、腫脹の出現など異変がある場合はすぐに受診するように指導して、翌日外来でフォローしました。重症化した場合は、血清の投与、減張切開、集中治療などが必要になることがあり、もし診療所で診察する場合は可能であれば対応できる病院に紹介するのがよいと考えます。今回は蛇咬傷の治療を紹介しました。私は、蛇にかまれた人に、今後は見つけても近づかない、草むらに入るときは手袋や長ズボンで防御するよう指導しています。近年はペットショップで購入した毒蛇にかまれたなどの報告もあります11)。それらが逃げ出した可能性もあり得るので、やはりむやみに近づかないのが重要です。蛇に関する豆知識意外に危険なヤマカガシ:ヤマカガシは1〜1.5mほどの大きさで、水田、河川付近に生息しています。牙は後方に位置し、毒腺はその根元に開口しています(図6)。ヤマカガシ毒の作用は、ほぼ血液凝固促進作用のみであり、ハブやマムシ毒のように直接組織を損傷させることはないため、局所症状がなく診断は難しいです。症状は受傷後数時間して、強烈な頭痛とともに血栓を生じ、梗塞部位からの出血症状(脳出血、歯肉出血)が出現します。ただし、報告数は40年間で34件しかなく珍しい疾患です9)。図7に示すように歯が後ろにあるため、よほどしっかりとかみつかれないと毒は入りません。そのため、かまれても毒が入らないケースが多く、医療者も無毒と考えていることが多いようです。実は私も無毒だと思っていました…。外観の観察によって蛇の種類を特定しようにも、ヤマカガシは地域によって色が違い、個体差が大きいため難しいです10)。もし迷うようでしたらジャパンスネークセンターの毒蛇110番という連絡先がありますので相談することも1つの手です。図7 ヤマカガシ(毒牙は棒の先端に乗っている小さなとげ)中枢側を縛るべき?傷口から毒を吸い出す?:昔の映画で毒蛇にかまれた際に、中枢側(指先であれば前腕)を縛るシーンがよく出てきました。これは、血流に乗った毒が中枢側に行かないようにするために行われたそうですが、残念ながら有効性は証明されず現在は推奨されていません。同様に、傷口に口を付けて毒を吸い出す処置も昔は行われていましたが、これも効果がなく、口腔内は雑菌だらけで感染のリスクを上げるため現在では推奨されていません。現在のところ傷口の処置で推奨されているのは患部の安静です5)。1)鳥羽 通. 爬虫両棲類学会報. 2007;2007:182-203. 2)Yasunaga H, et al. Am J Trop Med Hyg. 2011;84:135-136.3)Savu AN, et al. Plast Reconstr Surg Glob Open. 2021;9:e3778.4)辻本登志英ほか. 日本救急医学会雑誌. 2017;2:48-54.5)Ralph R, et al. BMJ. 2022;376:e057926.6)Pucca MB, et al. Toxins(Basel). 2020;12:668.7)Young BA, et al. BioScience. 2002;52:1121-1126.8)Naik BS. Toxicon. 2017;133:63-67. 9)抗毒素製剤の高品質化、及び抗毒素製剤を用いた治療体制に資する研究 [AMED阿戸班] ヤマカガシ10)ジャパン・スネークセンター 身近な毒ヘビ11)大野 裕ほか.日本臨床救急医学会雑誌. 2022;25:735-739.

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釣り針が刺さった【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第2回

皆さんは釣りをしますか? 私は学生時代に釣りの楽しさを知り、よく遠征していました。「魚の引き」に快感を覚えるタイプで、学生時代はカジキマグロ、福井で働いているときは玄達瀬でアジ科最大種のヒラマサを釣り上げました。地域にもよると思いますが、救急外来で働いていると釣り針が刺さった患者を診る機会がしばしばあります。一般の方は釣り針が刺さったときに何科を受診したらよいかわからないため、かかりつけ医や意外な診療科にふらっとやって来ることもあります。そういうときに対処方法やコツを知らないと本当に困ることになりますよ! 下記は私が経験した苦い経験です。指に釣り針の刺さった強面のお兄さんが受診。疑似餌を用いて釣りをしていたようで、ゴム製の疑似餌が付いたままであった。除去しようとして疲れたのか、ややイライラしながら「痛くないようにしてくださいよ!」とプレッシャーをかけてくる。String pull technique(後述)による抜去に慣れてきたころだったのでトライしてみたが、緊張のためか変な力が入って釣り針はうまく抜けない。激しい痛みが生じたようで、顔をゆがめながらものすごい目つきでこちらを見てくる…。皆さんなら初めの段階に、もしくはこの後どうされますか? このようなことにならないように、今回は釣り針が刺さったときの対処方法とそのコツを紹介します。釣り針の構造釣りをされる方であれば一度は経験すると思いますが、釣り中に釣り針が服に引っ掛かって取れなくなってしまうことがあります。服を傷つけないように取ろうとしてもなかなか難しいですよね。釣り針には下図のように「カエシ」という突起があり、釣り針を抜こうとするとカエシが引っかかって抜けない仕組みになっています。強引に抜こうとすると皮下組織を損傷してしまい、かなりの痛みが伴います。また、餌が外れにくくするための突起である「ケン」にも注意しなければいけません。これらの複雑な構造が釣り針の抜去を難しくしています。画像を拡大する釣り針の抜去方法4選一般的に指に刺さった釣り針を抜去する手法は4つあります1)。(1)Retrograde techniqueRetrograde techniqueは、釣り針を刺さった方向と逆向きにそのまま引き抜くという方法です。釣り針を指側に押して、カエシが引っかからないように抜去します。報告によると成功率は74%とありますが、私の印象ではなかなかこの方法で釣り針を抜去することは難しいです2)。魚を簡単に逃がさないための人類の工夫ですので簡単に取れても困りますもんね…。画像を拡大する(2)String pull techniqueString pull techniqueは、最も傷が小さいと言われる方法です。釣り針を糸で結び、指側に押しながら、釣り針が刺さった方向と逆向きに糸を引っ張ります。屋外でもできることが利点ですが、しっかりとした固定が必要なので耳たぶなどの固定が難しい部位では行えません。画像を拡大する(3)Needle cover techniqueNeedle cover techniqueは、釣り針の針穴に18Gの注射針を挿入し、内腔にカエシを入れ、カエシが皮下組織に引っ掛からないようにカバーしながら抜去する方法です。注射針の先端を直接見ることができないのが難点で、成功率は高くない(47%)という報告があります。私は一度トライしましたが、カエシに注射針が入っているのかよくわからず、「かぶさった」という感覚があったものの結局皮下で引っかかって断念しました。それ以降はやっていません。画像を拡大する(4)Advance and cut techniqueAdvance and cut techniqueは、釣り針を刺さった方向に押し進め、カエシを皮膚から出してペンチなどで切断する方法です。カエシの手前で釣り針を切りますが、切った瞬間に断端が飛んでしまう危険があるため、私は釣り針をガーゼなどで覆ってから切るようにしています。カエシがなくなれば釣り針は逆向きから簡単に抜けるようになります。デメリットは釣り針による穴が2ヵ所できることでしょうか。画像を拡大するケンがある釣り針の場合は注意が必要で、刺さった方向に押し進める際に最初の針穴にケンが入り込んでしまうとそこで抜けなくなります。そのため、あらかじめケンを切っておくか、釣り針の根元を切断して、そのまま刺さった方向に押し進めて針先側から釣り針を抜く方法もあります。画像を拡大する私は基本的には(1)か(2)をトライしてダメなら(4)で抜去しています。(4)で抜けないということはまずないです。鎮痛釣り針の抜去の手技には痛みが生じることが多いため、私は処置の前に局所麻酔(1%キシロカイン)で鎮痛しています。(2)の処置では鎮痛は必要ないとも言われていますが、失敗したときの痛みはかなりのものなので私は鎮痛しています。インターネットで「String pull technique, fish hook」と検索すると動画が見れますが、なかなか簡単にはいきません。なお、痛みを抑えるコツは釣り針を素早く引っ張ることです!抗菌薬と創部処置抗菌薬に関しては基本的に推奨されていません。しかし、免疫抑制状態や糖尿病、肝硬変がある場合や、釣り針が関節内や靭帯や皮下の深いところまで到達している場合は予防投与が検討されます。予防の目的の1つに最近注目を集めるようになったエロモナス・ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila)があります。これは淡水、河口部、海水に広く常在するグラム陰性の通性嫌気性桿菌であり、治療にはフルオロキノロンが適応となります。海や川で使用した釣り針で傷を負い、抗菌薬の予防投与が必要な場合はフルオロキノロンを検討しましょう。また、患者の予防接種歴を確認し、基礎免疫がある場合は最終接種から5年以上経過している場合は破傷風トキソイドを投与し、基礎免疫がない場合は破傷風トキソイドに加えて抗破傷風人免疫グロブリンの投与を検討します3)。創部処置では、針穴を密閉すると感染リスクが高まるので控え、軟膏を塗布もしくは通気性がよいガーゼなどで保護します1)。もし、院外で釣り針が刺さった患者に遭遇した場合、私は(2)のString pull techniqueはあまり推奨しません。冒頭の苦い経験のように、うまくいかないとどうしても強い痛みが生じるからです。院外で遭遇したら無理をせず病院受診を促し、院内ではどの手法を使うにしても鎮痛をしっかりしたほうがよいでしょう。ちなみに、冒頭の強面のお兄さんの釣り針は、結局(4)のadvance and cut techniqueで抜去しましたが、最後に一言「最初からこれでやれよ」と言われてしまいました。ものすごい目つきでにらまれた記憶が今でも残っています…。1)Gammons MG, et al. Am Fam Physician. 2001:63;2231-2236.2)McMaster S, et al. Wilderness Environ Med. 2014:25;416-424.3)Callison C, et al. In:StatPearls [Internet]. Tetanus Prophylaxis. Treasure Island(FL):StatPearls Publishing. 2022.

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経鼻投与の百日咳ワクチン、単回でも感染抑制の可能性/Lancet

 経鼻投与型の弱毒生百日咳ワクチンであるBPZE1は、鼻腔の粘膜免疫を誘導して機能的な血清反応を引き起こし、百日咳菌(Bordetella pertussis)感染を回避し、最終的に感染者数の減少や流行の周期性の減弱につながる可能性があることが、米国・ILiAD BiotechnologiesのCheryl Keech氏らの検討で示された。研究の成果は、Lancet誌2023年3月11日号で報告された。米国の無作為化第II相試験 研究グループは、BPZE1の免疫原性と安全性を破傷風ジフテリア・沈降精製百日咳ワクチン(Tdap)と比較する目的で、米国の3施設で二重盲検無作為化第IIb相試験を行った(ILiAD Biotechnologiesの助成を受けた)。 年齢18~50歳の健康な成人が、次の4つの群に2対2対1対1の割合で無作為に割り付けられた。1日目にBPZE1を接種し、85日目に弱毒BPZE1を接種する群(BPZE1-BPZE1群)、同様にBPZE1接種後にプラセボを接種する群(BPZE1-プラセボ群)、Tdap接種後に弱毒BPZE1を接種する群(Tdap-BPZE1群)、Tdap接種後にプラセボを接種する群(Tdap-プラセボ群)。 1日目には、凍結乾燥したBPZE1に滅菌水を加えて鼻腔内に投与し、Tdapは筋肉内に投与された。マスキングを維持するために、BPZE1群では生理食塩水が筋肉内投与され、Tdap群では凍結乾燥プラセボが鼻腔内投与された。 免疫原性の主要エンドポイントは、29日目または113日目における少なくとも1つのB. pertussis菌抗原に対する鼻腔の分泌型IgAのセロコンバージョン(抗体陽転)が得られた参加者の割合であった。忍容性も良好 2019年6月17日~10月3日の期間に280例が登録された。BPZE1-BPZE1群に92例(平均年齢35.6歳、男性39%)、BPZE1-プラセボ群に92例(35.2歳、50%)、Tdap-BPZE1群に46例(34.6歳、43%)、Tdap-プラセボ群に50例(34.2歳、46%)が割り付けられた。 29日目または113日目における少なくとも1つのB. pertussis菌特異的な鼻腔の分泌型IgAのセロコンバージョンは、BPZE1-BPZE1群が84例中79例(94%、95%信頼区間[CI]:87~98)、BPZE1-プラセボ群が94例中89例(95%、95%CI:88~98)、Tdap-BPZE1群が42例中38例(90%、95%CI:77~97)、Tdap-プラセボ群は45例中42例(93%、95%CI:82~99)で得られ、幾何平均比および幾何平均倍率ではBPZE1群がTdap群よりも高率であった。 BPZE1群では、B. pertussis菌特異的な粘膜の分泌型IgA応答が広範かつ一貫して認められたのに対し、Tdap群ではこのような一貫性は誘導されなかった。 2つのワクチンは共に忍容性が良好で、反応原性は軽度であり、ワクチン関連の重篤な有害事象は認められなかった。1日目の接種後7日以内に非自発的に報告されたGrade1以上の鼻腔および呼吸器の有害事象では、鼻詰まり(BPZE1群39%、Tdap群35%)、鼻水(36%、34%)、くしゃみ(33%、29%)の頻度が高かったが、85日目の接種以降は前回のワクチンの種類を問わず、鼻腔および呼吸器の反応原性イベントは頻度、重症度共に悪化することはなかった。 接種後7日以内のGrade1以上の全身性有害事象では、頭痛(BPZE1群37%、Tdap群36%)、倦怠感(34%、22%)の頻度が高かったが、85日目の接種以降は前回のワクチンの種類を問わず、全身性有害事象の頻度、重症度共に悪化しなかった。 著者は、「本研究は、BPZE1の単回鼻腔投与により、百日咳菌に対する分泌型IgA応答が誘導されることを示したヒトで初めての概念実証試験であり、安全な次世代の百日咳ワクチンとしてのBPZE1のさらなる開発を支持するものである」としている。

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破傷風の予防は?【一目でわかる診療ビフォーアフター】Q26

破傷風の予防は?Q26症例とくに既往、アレルギー歴のない28歳男性、自宅でリンゴの皮剥きをしていた際に誤って左中指DIP腹側を切ってしまった。左中指DIP腹側に深さ3~4mm程度、長さ20mm程度の切創あり。明らかな神経障害や動脈性出血、腱損傷はなさそう。バイタルは安定しているが、止血をえられず、縫合処置が必要と判断される。最後に破傷風の予防だけして、あとは1週間後に抜糸を依頼すればよいだろう。破傷風の予防は何をしよう。定期予防接種はすべて受けているようだし、汚染のない傷だから、予防は必要なかったかな?

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第108回 医療施設はウクライナ軍の逃げ場!?だからロシアは狙うのか

現在、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の1日の新規陽性報告数は、ゴールデン・ウイークで人同士の接触が増えたことから、一時的に増加傾向にあるようだ。しかし、今年に入って始まった第6波のピーク時から考えれば、全体としてはすでに減少傾向にある。そして2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻により、一般向けニュースの様相は変わってきた。実際、私が記事を提供するインターネットの情報サイトの編集者からは「もうコロナは読まれなくなってきているので、書くなら短めで。それより、ぜひウクライナのほうで何かあれば」とまで言われるようになっている。とくに自分の場合は医療と国際紛争をメインテーマにしているというやや特殊な立ち位置だけに、そうした依頼が来る。そんなこんなことも踏まえ、今回は世界保健機関(WHO)のレポートを中核に据えて、現在のウクライナの医療事情を個人的な経験や感想も交えながら簡単にご紹介しようと思う。世界保健機関(WHO)の報告によると、開戦から5月4日までの時点で医療施設や医療関連の輸送、医療従事者や患者、医療関連物資の倉庫などに対して確認された攻撃が186件。これにより発生した死者は73人、負傷者は52人となっている。日本国内でもこうした事例はたびたび報道されており、「なぜ医療機関が攻撃対象に?」と思う人も少なくないだろう。これは誤爆など意図しない攻撃と意図した攻撃の2つが考えられる。現代では軍事作戦と無関係の施設や人間を攻撃することは、戦時国際法では違法行為とされる。こうした違法行為を防ぐために発展してきたのが戦闘機による空爆や地上からのミサイル攻撃などで使われる精密誘導弾である。これらは主にレーザーなどで目標位置を確認しながら軌道修正を行って着弾する。その命中精度だが、攻撃目標に対して半数以上が命中する半数必中界(CEP:Circular Error Probability)は20~30m程度である。逆に言えば医療機関から20~30m以内に軍事施設などがあれば、結果として誤爆は起こりえるということだ。これが非精密誘導兵器ならば、CEPはおおむね0が1個多くなる。ロシアの場合、精密誘導兵器の保有割合が先進国などと比べて低いと言われているため、必然的に誤爆の確率は高くなる。そして先進国による経済制裁により、現在、ロシアではこうした精密誘導兵器に使う電子部品などが枯渇しつつあると報じられている。やや嫌な見通しになるが、今後はさらにこうした誤爆による医療機関も含む民間施設への攻撃は増加してくると考えられる。一方、意図した攻撃とは、敢えて民間施設を狙うことで一般人の厭戦(えんせん)気分を煽り、「反撃能力を低下させる」あるいは究極のケースでは「その結果、戦争を主導する首脳部を下から突き上げ崩壊させる」ことを意図したものだ。今回のロシアの攻撃についてはむしろこの可能性が強く疑われている。というのもロシアに関しては、近年明らかに“そうしたい”としか感じられない攻撃を中東のシリアで何度も行っているからである。シリアは現在、バッシャール・アル・アサド大統領による独裁政権に抵抗する反政府勢力との間で内戦状態となっているが、ロシアはアサド大統領側に肩入れして軍事介入を行っている。ここでは何度も医療機関を含む民間施設への執拗な空爆をロシア軍が行っている。また、現在ウクライナ入りして取材している私の友人によると、先日までロシアが支配下に置いていた首都キーウ(キエフ)北方のボロディアンカの市街地は見事なまでに一般市民の高層アパートのみが攻撃を受けているという。実はこの2つ以外に医療機関が攻撃を受けるグレーな状況というものが存在する。先日、日本記者クラブで、フランスに本部を置く国際協力組織(NGO)の「国境なき医師団」のメンバーとして3月下旬から4月上旬まで現地に派遣されていた医師の門馬 秀介氏が記者会見したが、会見の中で門馬氏は次のように語った。「これは聞いた話でしかないんですけれど、マリウポリから避難してきたウクライナ人に話を聞くと、医療機関に逃げてくる兵士もいるので、 そこを狙って攻撃をしていると言っている方もいらっしゃいました」 これは「やっぱり」と思った。私もイラクで経験があるのだが、医療機関の周辺で戦闘が起こると、付近の住民はもちろんのこと一部の戦闘員が武装したまま逃げ込んでくることがあるのだ。少なくともそこを拠点に攻撃を開始でもしなければ、医療機関側も避難者として兵士を受け入れるしかない。自分もこの経験をした時は「勘弁してほしい」と内心では思っていたものの、兵士に面と向かってそうは言えなかった。ちなみに自分以外にもこうした経験を持つ取材者はいて、皆で意見が共通しているのが、逃げ込んでくるのは、多くは若年の徴集兵だということ。まあ経験値も少ない彼らは恐れが先に立つので、ある意味やむを得ないとも思う。もっともこうした事実があったとしても、医療機関への攻撃が正当化されるものではない。さて、WHOのレポートでは、ウクライナに展開しているWHOの救急医療チームが3月12日~4月30日までに提供したケア件数は3,472件で、その内訳は感染症が17%、外傷が12%、その他が62%。意外に外傷は少ないと思われるかもしれないが、あくまでWHOが把握している範囲である。そもそもWHOが活動する地域は最前線からある程度後方になることを考えれば、そこまでアクセスできないケースや前線近傍で対応しているケースも考えられるため、そもそもが過少報告になっている可能性が高いと言える。もっとも感染症の蔓延についてはWHOもかなり懸念しているようだ。日本国内でも多くの人が報道で目にしているように、一般市民の中には地下の避難所などで長らく避難生活を強いられている人も少なくない。そしてこれもまた報道で目にしているようにその環境はお世辞にも衛生的とは言えない。実際、WHOもレポートで「コレラ、はしか、ジフテリア、新型コロナなどのような病気の発生リスクは、水、下水設備、衛生状態へのアクセスの欠如、空爆シェルターと集合避難センターの混雑状態、通常および小児期の免疫獲得が最適ではないなどの事情から悪化している」と指摘している。WHOによると、4月28日~5月4日までの間に報告されたウクライナでの新型コロナ新規陽性者は2,886人、死亡者は52人。この前の1週間と比べ、それぞれ37%と29%減少しているが、 WHOは「新型コロナの症例と死亡は過少報告されているため、これらの数値は慎重に解釈する必要がある」と指摘している。むろんこの状況でウクライナ全土での公的サーベイランスが平時同様に機能している可能性は極めて低いため当然の指摘だろう。一方、WHOレポート内ではメンタルサポートへのアクセスが制限されている結果として、虐待や自傷行為も含むメンタル問題が増加することへの懸念も簡潔ながら言及されている。前述の門馬氏も移動診療所での診療経験からこの点の重要性を指摘していた。門馬氏の通訳を担当した現地の英語教師が、問診の通訳最中、患者が避難に至る訴えなどを聞いているうちにショックを受けて泣き出してしまうのだという。門馬氏は「(ウクライナの人たちは)戦争が扉1 枚隔ててすぐ横にある状態で心理状況が不安定。そのギリギリの中でやっているので、何か1つのことで急に泣き出してしまうことを実感した」と語っている。そして私個人の経験では、紛争地でのメンタルの問題は戦闘状態が長期化するほど複合的にさまざまな問題をもたらすと感じている。おおむね戦闘が長期化している地域では、メンタル面でどん底に落ち込んでしまう人とその状態に慣れてしまう人がいる。どん底に落ちた人の一部は薬物中毒などに走る。実際、私が過去に取材した紛争地では違法薬物が半ば堂々と売買されているシーンを目にすることは稀ではなかった。しかも医療アクセスが限定的となっているため、こうした人たちが医療的ケアにアクセスできる機会は限られているため、どんどん泥沼に落ち込んでしまう。一方で、打ち続く戦闘状態の中で半ば正常性バイアスらしきものが働き、その状態にメンタル的に慣れてしまう人もある種の問題を引き起こす。どういうことかというと、慣れっこゆえの不注意さで戦闘に巻き込まれて負傷したり、命を落としたりということが少なくないのだ。自分が以前、内戦中の旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナを取材した時のことだ。私の通訳をしてくれたのはサラエボ在住の男子大学生。その彼が市街地のある場所を通り過ぎる時、いつもなぜか寡黙になった。彼と仕事をするようになって3回目の時、私は彼に思い切ってそのことを尋ねてみた。すると彼はため息と苦笑い交じりで次のように話してくれた。「ここさ、高校時代の同級生が撃たれて死んだところなんだ。敵側のスナイパーの射程に直接入るところでね。うちらは毎日ここを走り抜けて高校に行っていたんだけど、ある時、自分と友人も含め5人で集まって『いつもよりやや遅めの走りで肝試ししよう』となってね。自分は4人目で何ともなかったんだけど、5人目の彼がやられてしまった。今考えると何でそんな遊びしちゃったんだろうって」戦闘に慣れるということはそういう負の側面もあるのかと何とも言えない気持ちになったことを今でもはっきり覚えている。ロシアによるウクライナ侵攻はまだ当面終わりそうにない。この状態が長く続くほど、私もまたこのエピソードを何度も思い返すことになるだろう。何とも気が重くて仕方がない。

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