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フェリチン値から必要のない鉄剤を見極めて中止を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第66回

 鉄欠乏性貧血の治療において、「いつまで鉄剤を続けるべきか」「どのような投与方法が最適か」というのは薬剤師による処方提案の重要なポイントです。今回の症例では、高齢患者さんの鉄剤服用の必要性を血液検査データから見極め、さらに適切な投与スケジュールについて最新の英国ガイドラインを参考に提案しました。とくに注目すべきは、鉄剤投与後のヘプシジン上昇が次の鉄吸収を阻害するメカニズムに基づいた「1日1回投与」や「隔日投与」の有効性です。新しい知見では、従来の「分2投与」から「隔日投与」へ変更することで、患者さんの服薬負担を減らしながらも同等かそれ以上の治療効果が期待できることが示されています。貧血が改善し、フェリチン値が十分な状態であれば、鉄剤の中止も視野に入れることができます。患者情報95歳、女性(外来患者)ADL自立、要介護1、デイサービスなど利用なし身長:145cm、体重:40kg基礎疾患高血圧、鉄欠乏性貧血、低カリウム血症服薬管理通院時は娘と来局、自己管理可能処方内容1.アムロジピンOD錠2.5mg 1錠 分1 朝食後2.エチゾラム0.5mg 1錠 分1 就寝前3.クエン酸第一鉄錠50mg 2錠 分2 朝夕食後4.アスパラカリウム錠 1錠 分1 朝食後処方提案までの経過この患者さんは、鉄欠乏性貧血に対してクエン酸第一鉄を服用中でしたが、「薬の粒が大きく服薬が困難」との相談があり、評価を実施しました。お薬手帳から少なくとも半年以上の鉄剤服用が確認できましたが、客観的な血液検査値による貧血状態は不明でした。検査データを確認したところ、以下の結果が得られました。<介入当初の採血結果>ヘモグロビン:12.8mg/dL(正常範囲内)平均赤血球容積:97.5(正常範囲内)フェリチン:203.5ng/mL(十分量の鉄貯蔵を示す)血清鉄:71μg/mL(正常範囲内)総鉄結合能:277(正常範囲内)これらの検査結果から、患者さんの鉄欠乏性貧血は改善し、貯蔵鉄も十分蓄積されていることが明らかになりました。なお、消化器症状(嘔気や便秘悪化)などの鉄剤による副作用はありませんでした。鉄剤の服用方法について調査したところ、英国消化器学会のガイドラインでは鉄剤のヘプシジン濃度への影響を考慮し、分2投与より隔日投与が推奨されていることも確認しました。鉄投与後にヘプシジンが上昇し、約24時間鉄吸収が低下するため、1日1回投与や隔日投与のほうが吸収効率が高いという新たな知見1)に基づく推奨です。処方提案とその後の経過服薬情報提供書を用いて、医師に以下の内容を提案しました。1.検査結果に基づく客観的評価フェリチン値が203.5ng/mLと鉄貯蔵が十分であるヘモグロビン値も12.8mg/dLと正常範囲内である2.服薬アドヒアランスの問題粒子径が大きく服用困難である患者の服薬負担軽減の必要性がある3.提案内容鉄欠乏性貧血の改善が認められるため、鉄剤の服用を中止または隔日投与に変更することで、服薬回数を減らして負担を軽減医師の診察で、提案内容と検査結果を踏まえ、フェリチン値も充足していることから鉄剤の服用継続の必要性がないと判断され、処方中止となりました。その後、患者さんからは動悸や息切れ、倦怠感などの貧血症状は報告されず、経過は良好です。服薬回数減少とともに服薬負担が軽減され、QOL向上に繋がりました。1)Snook J, et al. Gut. 2021;70:2030-2051.

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在宅患者がやってきた【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第4回

在宅患者がやってきたPoint在宅患者は、外来に通院できない事情がある。外来患者よりもより医療を必要としている人達だ!在宅患者・家族は、最期まで在宅生活を送れないさまざまな事情も抱えている。患者・家族をはじめ在宅チームは、急変時に病院バックベッドの存在があるから、在宅で頑張れる!在宅医療の普及で、患者・家族、医療者もWin-Winに!症例88歳女性。肝内胆管がん、多発肝転移、リンパ節転移、骨転移あり。消化器科主治医からは「いつでも調子が悪くなったら病院に戻ってきていいよ」と言われたうえで、A病院からB診療所に紹介され、訪問診療が開始された。高齢の夫と長男の妻の3人暮らし。キーパーソンの長男は海外に単身赴任中。嫁に行った長女はよく顔を見にきてくれる。疼痛コントロールも良好であった。訪問診療開始1ヵ月後、長男の妻より「今朝から左手の力が入らない、移動も困難になっている」とB診療所に電話あり。トルーソー症候群(悪性腫瘍の凝固能亢進による脳梗塞)の可能性ありと判断された。在宅医は「今回脳梗塞が疑われるが、原病に伴うものであるため、在宅での継続加療も可能」と長男の妻に話したが、長男の妻の強い希望で、A病院に救急紹介された。A病院では頭部CT、頭部MRIが施行され、左右多発脳梗塞(トルーソー症候群)と診断された。長男の妻は仕事と介護で疲れもピークに達しており、「入院させてほしい」と強い希望があった。救急では入院主治医決定に難航した。原疾患の消化器内科か、脳梗塞の神経内科か。“大人の事情”の協議の末、今回は神経内科で入院加療となった。「最期まで在宅でと決まってなかったの? どうして救急に送ってくるんでしょうね」と救急当番の研修医はボソッと心なくつぶやいてしまった。「『これって在宅医が悪いの?』、『患者・家族が悪いの?』って、そんな視点をもつ医者はロクな医者にならないぞ」と指導医に叱られた。「『病気をみずして人をみろ』が実践できたら、入院主治医決定に迷うことはないんだけどね」と、悲しそうに指導医はつぶやいた。おさえておきたい基本のアプローチどんな患者さん達が在宅医療を受けているのだろうか?在宅患者の85%以上は要介護状態にあり、要介護1~5の患者がそれぞれ10~20%ずつ存在する。在宅患者の基礎疾患は多様であり、とくに循環器疾患・認知症・脳血管疾患を抱える患者の割合が大きい(図1)1)。治癒が期待できない患者(末期悪性腫瘍や人工呼吸器を使用している患者、遺伝性疾患や神経筋難病など)は約15%を占める。図1 疾患別の患者割合在宅医療を受けている患者達は、表1のような状況で、ぎりぎりで在宅生活を送っている実情を理解しておこう。病院に紹介されて疾患だけ治して、家にポイッと帰すだけでは、よい医療の質は保たれないのだ。「病気をみずして、人をみよ」とまさしく体現しているのだ。表1 在宅医療利用患者の生活背景事情独居老々介護在宅介護困難で、施設(グループホーム、老人ホームなど)に入所中家族は働いており、昼間の介護者不在で、ほぼ毎日デイサービス利用している上記などの理由で特養などの施設へ入所したいが、空き待ちの間、在宅医療を受けている一方、患者は在宅療養を受けたくてもなかなかそれができないのが現状なんだ。図2のように、在宅療養移行や継続の阻害要因と、在宅医療推進にあたっての課題が、厚生労働省からもあげられている2)。24時間の在宅医療提供体制や、在宅医療・介護サービス供給量の拡充だけでなく、在宅療養者のバックベッドの確保・整備や、介護する家族支援は欠かせないことが、理解できるだろう。疾病をもつ患者の生活も支えていくことは、医療全体の医療費負担の軽減にもつながるんだ。図2 在宅療養移行・継続阻害要因と在宅医療推進の課題画像を拡大するそんな状況でようやく在宅療養が受けられたが、在宅療養が継続できなくなって病院に紹介されてくるときに、「あ~、ダメだ。病院にお世話にならないといけなくなってしまったぁぁぁ」という患者・家族の思いや在宅医の忸怩たる思いを慮って、病院の受け入れ側医師は優しく温かく良医としての矜持をもって受け入れてほしい。在宅医療を選択することは、在宅で必ずしも死を選択しているわけではなく、まだ準備ができていない患者・家族もいる、在宅で死を迎えたいと思っていても気が変わる場合もある、そんな多様性を病院の受け入れ医師は知っておかないといけない。落ちてはいけない・落ちたくないPitfallsまず、在宅患者は、外来に通えないという前提があることを理解しよう!訪問診療の対象にある患者は、外来通院できない患者に絞られることをまず前提として理解いただきたい。外来診療に通えない人とは、疾患の重症度が高く、多疾患併存状態も多く、通えない事情として身体的要因だけでなく社会的要因も考慮しなければならないだろう。実際に、高齢者を対象として在宅医療の有無の観点から入院患者の特徴と救急車搬送により入院となる割合の違いを明らかにすることを目的とした研究がある3)。在宅医療がある症例はない症例と比較して認知症やがんなど併存症を伴う割合や低栄養および低ADL患者である割合が高く、在院日数の長期化がみられ、介護施設へ転院となる割合が高かった。また、がんをはじめ多くの主傷病において救急車搬入により入院となる割合が高かった。この研究結果を踏まえて、外来患者よりも在宅患者のほうが救急車搬入による入院が多い実態を肝に銘じていただき、患者にも家族にも優しい対応をお願いしたい。米国では、高齢者を対象に在宅医療サービスを開始したところ、登録前の1年間と登録後で同じ患者で比較して、ERの訪問が約30%、入院が10%減少したという報告もある4)。やはり在宅医療は患者・家族、医療者にとって、Win-Winな制度と考えられるだろう。Pointなぜ在宅医療を受けているのか? という理由をまず考えてみよう!急激なADLの低下出現…在宅生活本当に続けられる!?冒頭の症例の患者は末期がんの状態であり、ADLの低下は予想されていた。しかし脳梗塞による急激なADL低下に、主介護者である長男の妻より、在宅加療継続は難しいとのお話があり、入院加療となった。長男の妻は仕事で日中介護できず、在宅生活も1ヵ月近くなっており介護疲れもあった。入院後にもカンファレンスを行い、元々入っていた訪問看護以外に訪問介護導入も可能とお話したが、実母を看取った経験も踏まえて、在宅加療を継続する自信がないとのことだった。本人の気持ちも確認したが、このまま入院でよいとのお話であった(長男の妻によると、ご本人は周囲の状況を察してあまりわがままは言えない性格とのことだった)。キーパーソンの息子も帰国したが、入院加療を続けてほしいとのお話であり、転院調整中にA病院でお亡くなりになった。在宅医療は病気だけをみていたのでは始まらない。生活背景や心理的背景も考慮して、家族も支えていかないといけない。無理矢理在宅を継続することで、長男の妻が精神的にも肉体的にも追い詰められて、本当に体を壊してもいけないのだ。また海外駐在の息子さんがいるというのも、権利意識やインフォームド・コンセントにも気を遣い、診療方針決定に大きく影響を受け、そういうことまで配慮してこそ在宅医療はうまくいくのだ。高齢者は、疾病でも外傷でも容易にADLが低下する。疾病の重症度だけで帰宅可能と判断しても、実際は帰宅後の介護負担が増加して、より危険にさらされる状況になってしまうことは珍しくない。尿路感染だけ診断して安易に帰宅させた老々介護の高齢女性が、自宅で転倒し大腿骨近位部骨折を併発して、救急車で舞い戻ってきたという事例もある。ときには患者家族と救急担当医の間で患者の押し付け合いのような現象が生じる。しかし、無理に帰宅させて病状が悪化するのでは、判断が甘いといわざるを得ない。帰宅後に病態の見落としが判明する場合もある。在宅医療を受けている患者の入院・帰宅の判断の際には、帰宅後の介護負担を十分に考慮し、メディカルソーシャルワーカーなどを通じて、ケアマネジャーや在宅主治医などと連携して、帰宅後の介護や医療提供を考慮するように心がけたい5)。Point継続しておうちで過ごせそうでしょうか? ケアマネ・在宅主治医にも相談してみましょう在宅患者・家族みんなが、最期まで在宅と考えているわけではない前述の患者も、最期まで在宅と決めて、訪問診療を開始したわけではない。退院の際に病院主治医から「困ったときは入院も考慮します」と話があり、その言葉が、患者・家族・在宅チームの安心につながっていた。在宅医療を含む自宅療養を受ける際にその患者や家族が抱える問題意識として、症状急変時の対応に不安があること、症状急変時すぐに入院できるか不安があることが、図2に示されている。他のケースでも、最期は病院でと病院主治医と約束し、在宅医療開始になった患者がいる。1人は肺がん末期で、呼吸苦や疼痛はオピオイド増量でコントロールしていたが、急激に呼吸状態が悪化し、訪問看護が呼ばれ、訪問看護からの連絡で往診のうえ、家族の希望も踏まえて紹介元の病院に紹介したが、24時間以内に亡くなった。もう1人は、肝細胞がん末期、胸水腹水貯留で、腹水除去などを在宅で行っていたが、深夜呼吸苦が増悪し、在宅酸素導入したが、家族が病院紹介を希望され、この方も24時間以内に亡くなった。結構ぎりぎり最期(死ぬ直前)まで患者も家族も在宅で頑張っているんだ。「だったら最期くらい家で看取ればいいのに」なんて冷たい言い方をしてはいけない。最後の最後につらそうにしている患者を家族が在宅で看ていられなくなってしまう気持ちもわかってあげよう。家族は医療者ではなく素人であり、死に対する免疫はないのだから。オンタリオの研究では、家で看取ると思っていても、最後は不安になって16%の人は救急車を呼ぶという6)。ぎりぎりまで在宅で患者に寄り添った家族にやさしい言葉をかけられる医療者こそ、心の通った医療者なんだ。Point病院主治医に、困ったらおいでと言われていたのですね。よくここまでおうちで頑張りましたね在宅看取りのはずなのに、どうして救急搬送してしまうのか?在宅看取りを希望していても、心配で在宅主治医や訪問看護師を呼ぶ前に119番通報してしまう家族もいるものと理解しよう。気が変わるのは仕方のないこと。むしろ絶対に気が変わったらダメなんて言ったら、在宅医療は推進できない。蘇生処置を行わない意思表示(DNAR:Do Not Attempt Resuscitation)のある終末期がん患者の臨死時に救急車要請となる理由を救急救命士への半構造的面接により検討した研究論文7)では、(1)DNARに関する社会的整備が未確立(臨死時救急車以外病院搬送手段がないなど)(2)救急車の役割に対する認識不足(蘇生処置をせずに救急搬送が可能という認識の住民や医師がいるなど)(3)看取りのための医療支援が不十分(4)介護施設での看取り体制が不十分(5)救急隊に頼れば何とかなるという認識(何かあったときは119番という住民感情があるなど)(6)在宅死を避けたい家族の思い(家族が在宅死に対する地域社会の反応を気にするなど)(7)家族の動揺(DNARの意思が揺らぐ家族など)といった7つの理由が明らかになったとしている。Pointとっさに、救急車を呼んでしまったのですね。最期にこんなにバタバタするとは想像しなかったですよね。状態が悪いのを見ているのはつらいので、無理もないですよワンポイントレッスン在宅側からの取り組み─在宅看取りの文化の醸成に向けて─在宅医療を受けていても、救急車を呼び、今まで関係のなかった病院に搬送されると、死亡判定後、警察が来て検死が始まる。警察が事情を聴きに家まで来てしまうのだ。「まさか警察が来て事情聴取を受けるなんてぇ…」と、思いがけない最期に憤りや後悔をあらわにする家族もいる。家族に後悔が残らないようにするための在宅側からの取り組みを紹介する。在宅医療を地域住民に啓発しよう2014年厚生労働省より全国1,741市町村別に在宅死の割合が発表されたが、全国平均12.8%に対し、筆者のクリニックがある永平寺町は6.7%であり、福井県下でも最下位だった。永平寺町内には福井大学医学部附属病院がそびえたち、町民の生活風景のなかに大学病院があることで、何かあれば大学病院に行けばよいとの住民感情もあっただろう。大学病院なのに町立病院のような親近感をもたれているといえばそのとおりなんだけど…。そんな状況を受け、2019年8月1日に永平寺町立在宅訪問診療所(24時間体制の在宅支援診療所)が設立された。開設の約1年前から町の福祉保健課、地域包括支援センターとともに永平寺町民に向けて、在宅医療についての説明会を約2年間にわたって計70回行い、在宅医療が何なのかの啓発活動に専念した。最期がイメージしやすいパンフレットを作成がんの末期で病院から紹介いただく患者でも、最期に向けてどのような経過を辿っていくのかイメージできず、強い不安を感じている患者・家族がほとんどだ。そこで当院ではパンフレットを作成し、タイミングをみて、パンフレットを用いながら、今後の変化について、説明している(図3)。図3 最期をイメージするためのパンフレット緩和ケア普及のための地域プロジェクトがフリーで提供している「これからの過ごし方」というパンフレットも大変参考になる8)。ほかにも、疼痛などの評価ツールなども掲載されているので、ぜひ参考にされたい(緩和ケア普及のための地域プロジェクト)。救急車を呼んでしまうと、その先には!?最期のときに焦って救急車を呼んでしまうと、救命のために心臓マッサージや気管挿管が行われ、病院で最期を迎えた場合は、警察による検死も行われることもあるとパンフレットや口頭でお伝えしている。119番をコールする前に、訪問看護か在宅医にコールを! ということで、24時間連絡可能な連絡先が記載された用紙をお渡しし、家の目立つところに掲示してもらっている。最期に呼ぶのはあわてない、あわてない…最期が近いと予測されている場合、また真夜中などにおうちで息を引き取った場合、あわてずに翌朝、当方に連絡してもらえればよいこともお伝えしている。息を引き取る瞬間にご家族や医療者がもし立ち会えなかったとしても、在宅主治医が死後24時間以内に往診し診察すれば、死亡診断書が書けるのだ。家族も夜はなるべく休んでいただくよう説明している。参考1)厚生労働省. 在宅患者の状況等に関するデータ.2)厚生労働省. 在宅医療の動向.3)たら澤邦男 ほか. 日本医療マネジメント学会雑誌. 2020;21:70-78.4)De Jonge E, Taler G. Caring. 2002;21:26-29.5)太田凡. 日本老年医学会雑誌. 2011;48:317-321.6)Kearney A, et al. Healthc Q. 2010;13:93-100.7)鈴木幸恵. 日本プライマリ・ケア連合学会誌. 2015;38:121-126.8)緩和ケア普及のための地域プロジェクト(厚生労働科学研究 がん対策のための戦略研究). これからの過ごし方について.執筆

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第228回 立憲民主党代表候補4人の医療政策、医療当事者は納得できる?

この9月は国内外で選挙に伴う候補者討論会が目白押しだ。日本では政権与党の自由民主党(以下、自民党)の総裁選挙と野党第一党の立憲民主党の代表選挙、国外ではアメリカ大統領選挙などである。本稿執筆時点では自民党総裁選挙以外の候補者討論会は終了した。毎度のこと、かつ本連載で最も読まれないと自覚している政治ネタ定期便として、いち早く選挙が始まった立憲民主党の各候補が掲げた社会保障・医療・介護関連政策を独断と偏見に基づく寸評も交えて取り上げてみたい。まず、今回の立候補者は現代表の泉 健太氏(50)、同党設立時の党首である枝野 幸男氏(60)、前身の旧民主党の政権獲得時の最後の首相だった野田 佳彦氏(67)、衆議院議員1期目の吉田 晴美氏(52)の4人である。本稿執筆時点で自民党総裁選への出馬を表明した候補もそうだが、それ以上に旧民主党・民進党の流れをくむ立憲民主党は、旧民主党時代も含めて今回の候補者4人中3人が党代表経験者で、やや批判的な意味で「毎度お馴染み…」と評される状況。衆参両院の議員数が自民党の半分以下とは言え、人材が乏しい印象は否めない。このうち枝野氏と野田氏は、通称55年体制と呼ばれる1955年以降続いた自民党政権が崩壊した1993年衆議院選挙で、当時の新党ブームの先陣を走っていた日本新党(代表:細川 護熙氏)が臨んだ初の衆議院選挙で初当選を果たした御仁。ちなみに自民党総裁選に出馬を表明した同党幹事長の茂木 敏充氏もこの時の日本新党当選組である。4人の候補者の経歴は大学卒業後、枝野氏は弁護士経験約5年、野田氏は松下政経塾やアルバイト生活を経て千葉県議、泉氏は旧民主党議員秘書を経て、それぞれ国政入りしている。この3人は半ば生粋の政治家に近い。吉田氏は大学卒業後にイギリスに留学して経営学修士号(MBA)を取得、職務経験として航空会社CA、コンサルタント会社、旧民主党政権期の法相秘書官、大学教員などを経て2021年の衆議院で初当選している。ちなみに略歴の中のコンサルタント会社とは、医療関係者にはそこそこ聞き覚えのあるKPMGヘルスケアジャパンである。さてまず4氏の社会保障政策に対する考え方は、9月7日に日本記者クラブ主催の討論会で概略が触れられている。まずこれを紹介する。野田氏野田政権で社会保障と税の一体改革をやりました。その精神は老後の不安、子育ての不安など国民が抱える不安が一番集中しているのが社会保障分野。この不安をなくし、社会保障の充実と安定を果たしていかなければいけない。そのために財源をいつまでも赤字国債に頼り、将来世代のポケットに手を突っ込んで賄っていくやり方は持続可能性がないとの判断から、消費税を充て併せて財政の健全化を図ることを目指しました。その後、十数年政権を離れている間、残念ながら社会保障改革が進んでない。だからもう1回、医療・介護含めて社会保障のあり方を全般的に見直し、法律上も予算会計上も社会保障費に充てられている消費税も含め財源の扱いに関する大きな議論をこれから党内挙げてやっていくべきではないかと思います。枝野氏社会保障負担という表現自体が財務省の土俵の上に乗せられてるんじゃないかと思います。実は従来型公共事業よりも社会福祉関連への投資のほうが、経済波及効果が大きい。今、日本で足りないのは介護職や保育士などの担い手。重労働のわりに低賃金だからです。国内の人件費に回したお金は、ほぼ国内や地方の消費に回ります。これは消費税の税収増にも繋がります。何よりも国内の消費が冷え込んでいるから、この30年間、日本経済は停滞してきました。賃金が上がらないから消費が停滞し、さらに国内消費に関連する投資も停滞してきた。この停滞に賃金アップは大きな力を与えることになります。経済政策のため借金しても公共事業をやってきたのならば、もっと波及効果が大きい社会福祉関連の人件費に充てる投資、負担ではなくて投資という意識でしっかりと充実させるべきだと私は思います。そうすればその分がきちんと戻ってきて、良い循環ができるはずです。社会福祉関連人件費に投資し、2~3年間、税収や国内消費の回復を見ながら進めていくべきだと思います。泉氏経済効果が語られることが少ない介護の分野でお金が回っていくようにしていかねばならないと思います。たとえば介護離職による経済損失は、多大なものがあります。介護が家庭に内部化されるほど、実は経済損失も大きい事実をわれわれは見なくてはいけない。介護の社会化に投資をし、働く人材の賃金を増やしていく。私は国会議員になる前にデイサービスのスタッフとして勤務し、周りがどんどん結婚退職をしていく中で仕事をしていました。やはり介護人材が集まって、多くの方々の面倒を見られるようにするためには、介護職員の待遇を上げていく。介護職員は地域で生活をしている方々が非常に多いので、彼らが地域で消費をする経済の循環が生まれてきます。これは地域経済の活性化にも繋がっていきます。吉田氏私はこの点(国民の不安)について、大きな二つの原因があると思います。1つは消費税が本当に社会保障に使われているのかという国民の皆さんの疑問があると思います。本当にそう使われているならば、負担をするという国民の皆さんも多いと思います。そのためには政治の信頼回復、言ったとおりに使っていると国民の皆さまに思ってもらえれば全然感じが違うのではないか。もう1つは少子化。労働力不足、消費の冷え込みは人にまつわるところから始まっていると思いますので、根本治療としての少子化対策が必要です。まず、概観すると、枝野氏と泉氏の考えはほぼ同一と言っていい。積極的な社会保障分野、とりわけ介護分野への積極的な財政出動策である。そしてこれは現時点で首相であり自民党総裁でもある岸田 文雄氏が首相就任時に掲げた「成長と分配の好循環による新しい日本型資本主義」ともほぼ同一である。吉田氏は少子化対策として教育の充実(無償化)を上げており、これも枝野、泉両氏と方向性が違うとはいえ積極的な財政出動策と言えるだろう。これに対し、野田氏は財政健全化も念頭に置いている。いわば財務省に近い考えでもある。枝野、泉、吉田氏との大枠での違いは、より現実を見据えなければならない財務相や首相を経験したことに起因するのかもしれない。それでは各氏のよりミクロな政策を見ていこうと思う。野田氏の想いまず、野田氏である。代表選挙の

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第206回 日本でも広がるエムポックス感染、WHOが再び緊急事態を宣言/WHO

<先週の動き>1.日本でも広がるエムポックス感染、WHOが再び緊急事態を宣言/WHO2.市町村国保2年連続で赤字拡大、医療費適正化など検討/厚労省3.医師の偏在に危機感、厚労省に地域枠拡大と定員増を求める/全国知事会4.臓器あっせん機関の複数化で移植体制強化へ/厚労省5.岩本前理事長を全役職から解任、諮問委員会を設置/東京女子医大6.障害福祉サービスの不正受給が続発、監査体制に課題1.日本でも広がるエムポックス感染、WHOが再び緊急事態を宣言/WHO世界保健機関(WHO)は2024年8月14日、アフリカ中央部で拡大するエムポックス(サル痘)に対し、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を再び宣言した。2022年7月に続き、2度目の宣言となる。コンゴ民主共和国を中心に感染が急拡大しており、WHOは国際的な協力の重要性を強調。日本国内ではこれまでに248例の感染が確認され、今後も慎重な対応が求められている。エムポックスは、天然痘ウイルスに似たウイルスによる感染症で、症状には発熱、頭痛、リンパ節の腫れ、水疱を伴う発疹が含まれる。発症から自然回復まで2~4週間程度かかるが、死亡例も報告されている。感染経路は、動物との接触や感染者との濃厚接触を通じたものであり、とくにMSM(男性と性的接触を行う男性)がリスクグループとされるが、女性や子供にも感染が広がっている。今回の流行は、コンゴ民主共和国で新たに確認された「クレード1b」系統が主な原因とされ、とくに女性や子供の間で感染が拡大していることが特徴。WHOは、ワクチンの供給と接種の強化を求めており、日本政府もコンゴへのワクチン供与の準備を進めている。わが国では、感染が確認された248例のうち、エイズウイルス(HIV)感染者を含む一部の患者が死亡している。国内での感染者数は増加傾向にあり、関係省庁は引き続き検査体制の強化と感染者の早期発見に注力している。エムポックスの新たな流行が広がる可能性は低いとされているが、予防策としてのワクチン接種が進められる見通しだ。参考1)「緊急事態宣言」2度目のエムポックス(サル痘) 日本でも散発的に発生、248例を確認(産経新聞)2)エムポックス対応「万全期す」 緊急事態で厚労相 ワクチン供与も(朝日新聞)3)WHO、エムポックスの感染拡大で「緊急事態」宣言 22年7月以来(同)2.市町村国保2年連続で赤字拡大、医療費適正化など検討/厚労省8月8日に厚生労働省は、市町村が運営する国民健康保険(国保)の2022年度決算を発表し、実質収支が1,067億円の赤字となったことを明らかにした。これは2年連続の赤字であり、前年度から赤字幅が約1,000億円拡大した。主な要因は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大による受診控えが影響し、交付金が減額されたこと、高齢化に伴う医療費の増加、そして国保加入者の減少に伴う保険料収入の減少である。2022年度の国保加入者数は前年度から124万人減少し、過去最少の2,413万人となった。この減少は、団塊の世代が75歳以上となり後期高齢者医療制度に移行したことが一因とされる。加入者減少により、保険料収入も9年連続で減少し、前年度比502億円減の2兆4,513億円となった。一方、国からの支出金は823億円減の3兆3,650億円、他の医療保険からの交付金も2,521億円減の3兆5,397億円となった。これに対し、医療費の自己負担を除く「保険給付費」は、加入者減少により1,338億円減少したものの、8兆6,244億円に達している。国保の財政状況は、加入者の4割以上が65~74歳の高齢者であり、1人当たりの医療費が高い一方で、加入者の平均所得が低いため、厳しさが増している。これに加え、COVID-19の影響による受診控えが、2020年度の交付金に影響を与え、その後の赤字をさらに拡大させた。厚労省は、医療費の適正化を進めるとともに、財政支援のあり方も検討する考えを示している。国保の持続可能な運営を図るためには、これまで以上に効果的な対策が求められる状況にある。参考1)令和4年度国民健康保険(市町村国保)の財政状況について(厚労省)2)市町村国保、2年連続の赤字 コロナ受診控えの影響 厚労省(時事通信)3)国民健康保険の2022年度収支、1,067億円の赤字 赤字幅拡大(朝日新聞)4)「国民健康保険」令和4年度決算 実質的な収支1,067億円の赤字(NHK)3.医師の偏在に危機感、厚労省に地域枠拡大と定員増を求める/全国知事会地域の医師不足の深刻化に対し、地方12県の知事団体と全国知事会が相次いで医師不足解消に向けた提言をまとめ、厚生労働省や文部科学省に提出した。8月9日、岩手県など12県の知事団体は、医師の偏在がとくに顕著な地域における医学部定員の増加と「地域枠」の拡大を求め、医師不足が深刻な地域での地域医療崩壊を防ぐための対策を訴えた。また、これに先立つ8月1日には、全国知事会が2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言を発表し、医師不足が顕著な地域や診療科に対応するための医学部新設や別枠制度の創設を求めた。全国知事会の提言では、医師需給の再検証を行い、地域ごとに必要な医師数を算定した上で定員を設定することを要請。また、医学部臨時定員増の延長や恒久定員の増員も求め、地域医療の維持に向けた具体的な方策を示した。これには、医師偏在指標に基づく定員設定や都市部と地方の医師派遣の連携強化、さらには専攻医の募集定員におけるシーリングの厳格な適用も含まれている。岩手県の達増 拓也知事は提言の提出後、記者団に対し「医師不足対策が今年の骨太の方針に盛り込まれたことは大きなチャンスであり、対策が前進することを期待している」と語った。これに対し、厚労省は、年末までに医師の偏在解消に向けた総合的な対策パッケージを策定する予定であり、これらの提言が今後の議論に影響を与えることが期待される。これらの提言は、医師不足が深刻な地域での医療崩壊を防ぎ、全国的な医師の適正配置を目指すものであり、地方の医療を支えるために国が一層の対策を講じる必要性が強く求められている。参考1)2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言(全国知事会)2)「医師の偏在」解決へ 12県の知事団体が厚労省などに提言提出(NHK)3)医学部定員増の延長提言、医師不足の岩手など 厚労省に(日経新聞)4)全国知事会が2040年を見据え医師不足顕著な地域での医学部新設を提言(日経メディカル)4.臓器あっせん機関の複数化で移植体制強化へ/厚労省厚生労働省は、臓器移植の円滑な実施と体制の見直しを進めるため、日本臓器移植ネットワーク(JOT)の業務を分散する方針を検討している。JOTは現在、国内唯一の臓器あっせん機関として、臓器提供者の家族対応や移植希望者の選定など、多岐にわたる業務を担っているが、コーディネーターの派遣が不足し、対応の遅れが指摘されている。2024年8月14日に開かれた厚労省の臓器移植委員会では、JOTに業務が集中している現状を改善するため、臓器提供に関する家族への対応を各都道府県に配置された地域のコーディネーターが担うことを提案。さらに、複数のあっせん機関を設置し、JOTの負担軽減を図る案も示された。委員会では、これらの案を基に、今後の体制見直しを進める予定で、早ければ2024年10月にも結論が出る見通し。また、脳死状態にある患者の情報共有を強化し、臓器提供の可能性を高めるため、医療機関とあっせん機関の連携を強化することも検討されている。現在、脳死と診断され得る患者数は国内に約4,400人いるが、実際に家族に臓器提供の選択肢が示されるのは約25%に過ぎず、提供者数は限られている。JOTに対しては、知的障害者に対する臓器提供の扱いについて差別的な運用が行われていたことが判明し、組織としてのガバナンスも問われている。これを受け、厚労省は過去の事例についても調査を進め、改善策を検討することを求めている。今回の見直しによって、臓器移植の体制が強化され、より多くの患者が適切な移植を受けられることが期待される。参考1)「日本臓器移植ネットワーク」業務分散を検討へ 厚労省専門委(NHK)2)臓器あっせん機関の複数化、厚労省検討 移植推進へ体制を大幅見直し(朝日新聞)5.岩本前理事長を全役職から解任、諮問委員会を設置/東京女子医大8月16日に東京女子医科大学(東京都新宿区)は、臨時評議員会を開催し、岩本 絹子前理事長を理事および評議員から解任した。これにより、岩本氏は大学のすべての役職から退くこととなった。岩本氏は、同大学の同窓会組織「至誠会」を巡る特別背任容疑で警視庁の捜査対象となっており、勤務実態のない女性職員に約2,000万円の給与を支払った疑いが持たれている。また、第三者委員会の調査により、岩本氏が自身の側近に過大な報酬を与え、不正な資金の流れを作り出していたことが指摘されている。今回の解任に伴い、大学は再発防止策を講じるため「新生東京女子医科大学のための諮問委員会」を設置した。この委員会は、企業再生、ガバナンス、内部統制、コンプライアンスなどの分野に精通した5名の専門家で構成され、大学経営の正常化に向けた助言を行う予定。委員には、元厚生労働省局長の岩田 喜美枝氏、青山学院大学名誉教授の八田 進二氏などが名を連ねている。同大学は、理事長の解任により、過去の不正に対する責任を明確にするとともに、諮問委員会の助言を基に経営体制の立て直しを図る考え。さらに、新理事長に就任した肥塚 直美氏を中心に、関係者全員が責任を果たし、新たなスタートを切る方針を固めている。参考1)諮問委員会設置のお知らせ(東京女子医大)2)東京女子医大の岩本前理事長、理事・評議員も解任 評議員会が議決(朝日新聞)3)東京女子医大、岩本絹子・前理事長を全役職から解任…「一強体制」で数々の疑惑(読売新聞)4)東京女子医大の前理事長、大学から完全に離れる 臨時評議員会で理事職からも解任(東京新聞)6.障害福祉サービスの不正受給が続発、監査体制に課題障害福祉サービスを巡る不正受給が深刻な問題となっている。2023年度までの5年間で、不正受給の総額は58億6千万円を超え、全国で427件の行政処分が行われた。とくに、放課後などデイサービスや就労支援、訪問系サービスにおいて、利用者数や日数の水増し、職員配置の偽装といった不正が多くみられた。名古屋市では、グループホーム運営会社「恵(めぐみ)」が3つの事業所で2億円を超える不正請求を行っていたことが発覚し、事業所指定の取り消しなどの行政処分が下された。この事例を含め、多くの自治体が不正行為の摘発と対応に追われている。障害福祉サービスは、障害者が地域で自立した生活を送るために重要な役割を果たしている。しかし、事業所数の急増に伴い、自治体による監査が追いつかず、不正行為が横行している現状がある。厚生労働省は、事業所の適切な運営を確保するために3年に1度の現地調査を指導しているが、自治体の人員不足や新型コロナウイルス感染症の影響で、実施率は低いままに止まっている。こうした背景から、自治体や厚労省は、不正受給の防止に向けた体制の強化が急務としている。福祉サービスの質の確保と適正な運営を目指し、今後、事業者に対するチェック体制や参入要件の厳格化が求められる。参考1)障害福祉サービスの不正受給58億円超 19~23年度全国調査、行政処分は427件(中日新聞)2)「親から金とってないんだからいいじゃん」障害福祉不正、悪質な事業者は後を絶たず(中日新聞)3)障害児事業2億円不正請求 「恵」運営の名古屋3施設(東京新聞)

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認知症の評価に視覚活用、アイトラッキングシステムとは

 早期認知症発見のためのアイトラッキング技術を用いた「汎用タブレット型アイトラッキング式認知機能評価アプリ」の神経心理検査用プログラム『ミレボ』が2023年10月に日本で初めて医療機器製造販売承認を取得した。発売は24年春を予定している。この医療機器は日本抗加齢協会が主催する第1回ヘルスケアベンチャー大賞最終審査会(2019年開催)で大賞を取った武田 朱公氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学)の技術開発を基盤として同第5回大賞(10月27日開催)を受賞した高村 健太郎氏(株式会社アイ・ブレインサイエンス)らが産業化に成功したもの。 本稿では第5回ヘルスケアベンチャー大賞最終審査会での高村氏のプレゼンテーション、第3回日本抗加齢医学会WEBメディアセミナーでの武田氏の講演内容を踏まえ、このプログラムの開発経緯や今後の展望について紐解いていく。アイトラッキング式認知機能評価アプリとは 認知症疑い患者に対し従来行われているMMSEや改訂長谷川式認知症スケール(HDS-R)といった認知機能検査では、患者の心理的負担(緊張、焦り、落胆、怒りなど自尊心を傷付け心理的ストレスを招きやすい)、医療者負担(時間的制約、専門スタッフの在籍)、検査者間変動(採点のバラツキ)が課題になっているが、近年、AIを活用した新たな認知症診断技術として、脳波、視線、表情、音声、体動などのデータをAIによって定量化することで鑑別診断や予後予測ができるまで研究が進んでいる。また、現代では認知症の危険因子のなかに回避可能なものが多く存在することが医学的にも解明したこと、アルツハイマー病の根本的治療法が臨床応用されつつあることから、早期認知症患者の早期発見・治療導入のためのスクリーニング方法に注目が集まっている。 そこで、高村・武田両氏らは現場での課題を解決するべく新たなスクリーニング法の開発に着目し、認知症領域に一筋の光をもたらした。それがアイトラッキング式認知機能評価アプリである。両氏によると、認知症検査には▽安価▽特殊な機器が不要▽短時間(3分以内)▽言語依存性が低いなどの条件が求められるが、本アプリは「目の動きを利用した『眺めるだけの認知機能検査』技術。使用方法は簡便で、患者は“画面に表示される質問に沿ってタブレット画面を3分間見るだけ”。データを自動的にスコア化し、定量的かつ検査者の知識や経験に依存せず客観的に評価することが可能であり、まさに『短時間・簡易・低コスト』を実現した製品」と高村氏は話した。 さらに、認知症は非専門医による診断も難しい点が臨床課題であったが、臨床的に認知症と診断された被験者およびそれ以外の被験者(認知機能健常者および軽度認知障害[MCI]が疑われる被験者含む)を対象に実施した臨床試験において、主要評価項目である本アプリによる検査スコアとMMSEの総合点において高い相関が認められた。加えて、副次評価項目である検査者に対する使用評価調査において検査者の負担軽減が確認されたことから、認知症を診断できる施設数の増加にも寄与できる可能性がある。このほか、本アプリは多言語対応も可能であることから、将来展望として認知症患者が増加傾向のアジア圏をはじめ、欧米にも日本発の技術を輸出・展開し世界進出を図る予定だという。“技術の産業化”を果たし、ヘルスケア産業・医療界に参入 なお、薬機法に規制されない一般向けアプリとして認知機能評価法『MIRUDAKE』による事業化も進めており、公的機関(高齢者の免許更新時の検査など)、検診サービス(住民健診など)、介護サービス事業(デイサービスでの重点見守りなど)への提供をスタートさせている。 第1回大賞受賞時の宿題であった“技術の産業化”を見事に果たした両氏。アイトラッキング技術をさらに応用して認知症のみならず、本アプリからの情報をAI解析することで高い精度でMCIの発見を行う、ADHDや大うつ病の検査補助、認知症の予防/治療を行うDTxの実用化などさらなるSaMD創出に意欲を示している。認知症領域の現状 国内65歳以上の5人に2人は認知症またはMCIと推算されている。世界規模では開発途上国(とくにアジア圏)での患者数が増加傾向で、2050年には認知症患者数は1億3,150万例になることが予想されている。今秋には国内でもレカネマブの承認が報道されたことで、物忘れ外来の受診患者が増えている病院もあるそうだが、外来での診察時間は1人あたり10~15分程度と限られ、認知機能検査に時間を割くことが厳しく、診断や治療へコストをかけることができないのが現状である。ヘルスケアベンチャー大賞とは アンチエイジング領域においてさまざまなシーズをもとに新しい可能性を拓き社会課題の解決につなげていく試みとして、坪田 一男氏(日本抗加齢医学会イノベーション委員会委員長)らが2019年に立ち上げたもの。第5回の受賞者は以下のとおり。〇大賞株式会社アイ・ブレインサイエンス「認知症の早期診断を実現する医療機器の実用化」〇学会賞(企業)株式会社AutoPhagyGO 「健康寿命延伸を目指したオートファジー活性評価事業」〇ヘルスケアイノベーションチャレンジ賞(企業)エピクロノス株式会社「日本人に最適化されたエピゲノム年齢測定によるアンチエイジングの見える化」株式会社TrichoSeeds「男性型脱毛症治療のための毛髪の再生医療」株式会社プリメディカ「日本人腸内細菌叢データベースを活用した腸内環境評価システムの開発」〇アイデア賞(個人)市川 寛氏(同志社大学大学院)「超音波照射による酸化ストレス耐性誘導を介した老化関連疾患予防法の開発」楠 博氏(大阪歯科大学)「オーラルフレイルの新規診断法と治療薬の探索-医科からのアプローチ」

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急速に進行する認知症(後編)【外来で役立つ!認知症Topics】第6回

急速に進行する認知症(後編)「うちの家族の認知症は進行が速いのでは?」と問われる付き添い家族の対応には、とくに注意して臨む。筆者が働く認知症専門のクリニックでよくある急速進行性認知症(RPD:Rapid Progressive Dementia)は、やはり基本的にアルツハイマー病(AD)やレビー小体型認知症(DLB)が多いようだ。こうした質問に対する説明では、次のようにお答えする。まず変わった治療や指導法をしているわけではないこと。また一言でADやDLBと言っても、進行速度などの臨床経過は多彩であること。そのうえで、処方薬の変更などの提案をする。しかし、時に難渋する例がある。それは、aducanumabやlecanemabなど新規薬の治験を行っている症例が、たまたまRPDだったと考えざるを得ないケースである。こちらが何を言おうと、ご家族としては治験薬に非があるという確固とした思いがある。筆者は経験的に、ADでは個人ごとにほぼ一定の進行速度があり、肺炎や大腿骨頸部骨折などの合併症がない限りは、速度はそうそう変わらないと思ってきた。つまり、固有の速さでほぼ直線的に落ちると考えていた。今回、RPDを論じるうえで、改めてADの臨床経過を確認してみた。まずあるレビュー論文によれば、認知機能の低下具合は、病初期はゆっくりと立ち上がり、その後ほぼ直線的に経過し終末期には水平に近づくことが示されていた1)。次に神経心理学所見のみならず、バイオマーカーの観点からも、ADの経過の多彩性を扱った論文があった。ここでは、「代償的なメカニズムも働くが、進行具合は遺伝子が強く規定している」と述べられていた2)。とすると、筆者の経験則は「当たらずとも遠からず」であろう。単純にADもしくはDLBで急速悪化する例では、その速度はプリオン病ほど速くはないが、半年ごとの神経心理学テストで、「えーっ、こんなに低下した?」と感じる。こういうケースは一定数あるし、そんな例にはこれという臨床的な特徴がないことが多いと思ってきた。それだけに低下速度は遺伝子により強く規定されているという報告には、なるほどと思う。そうはいっても、RPDのADには中等度から強度のアミロイドアンギオパチーが多いと述べられていた。このことは、血管障害が発生する危険性が高いと解釈される。なお有名なAPOE4遺伝子の保有との関りも述べられていたが、非RPDのものと変わらないとする報告が多く、なかには有意に少ないとする研究もあるとのことであった。ADに別の疾患を併発することで急速悪化することもADなどの変性疾患に別の疾患が加わることもある。上に述べた脳血管障害や硬膜下血腫の場合には、かなり急性(秒から週単位)に悪化する。麻痺や言語障害など目立った神経学的徴候があればわかりやすいが、必ずしもそうではない。また、せん妄など意識障害が前景に立つ場合も少なくない。こうした例では、せん妄の特徴である急性増悪と意識障害の変動への注目が重要である。次に、正常圧水頭症は、潜行性に失禁、歩行障害が現れてくる。その「いつの間にか」の進行ゆえに、ある程度長期に診ていると、逆に合併の出現には気付きにくくなることに要注意である。一方であまり有名でないが、よく経験するのが夏場の熱中症、あるいは脱水である。7月の梅雨明け頃から9月下旬にかけて、「このごろ急に認知症が悪化した」とご家族が申告される例は多い。主因は、当事者が暑いと感じにくくなっていて窓開けやエアコン使用など環境調整ができないこと、また高齢化とともに進行しがちな喉の渇きを感知しにくくなることによる水分摂取の低下である。典型的な熱中症ではない、比較的軽度な例が多いので、家族からは「認知症が最近になって悪化した」と訴えられやすい。なお初歩的かもしれないが、若い時からうつ病があった人では、老年期に至って新たなうつ病相が加わることがある。これが半年から1年も続くとRPDと思われるかもしれない。ごくまれながら、認知症に躁病が加重されることもあって、周囲はびっくりする。なお誤嚥性肺炎、複雑部分発作のようなてんかんもRPDに関与しうる。どのように悪化したかを聞き出すことが第一歩さて、これまでADやDLBとして加療してきた人が、RPDではないかと感じたり、家族から訴えられたりした時の対応が問題である。多くの家族は「悪化した、進んだ」という言い方をされるので、何がどのように悪いのかを聞き出すことが第一歩だろう。普通は記憶や理解力などの低下だろうが、たとえば正常圧水頭症が加わった場合なら、失禁や歩行障害という外から見て取れる変化なのかもしれない。次に治療法の変更は、本人や家族が安心されるという意味からもやってみる価値があるだろう。まずは薬物の変更、あるいは未使用ならデイサービス、デイケアも有効かもしれない。さらに大学病院の医師等への紹介という選択肢もある。それには、まずプリオン病など希少疾患の検索依頼の意味がある。またADのRPDかと思われるケースでは、認知症臨床に経験豊かな先生に診てもらうことは、患者・家族のみならず、非専門医の先生にとっても良いアドバイスが得られるだろう。参考1)Hermann P, et al. Rapidly progressive dementias - aetiologies, diagnosis and management. Nat Rev Neurol. 2022;18:363-376.2)Koval I, et al. AD Course Map charts Alzheimer’s disease progression. Sci Rep. 2021 13;11:8020.

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後見人制度~外部資料の活用例【コロナ時代の認知症診療】第20回

前回述べたように、後見人制度を使うと、自分の財産の額によって後見人に対して月々の支払いが生じる。このひと月の間に、後見制度を取り消しにしたいという2つの相談が私にクリニックにあった。いずれも資産家のご家族であり、「年間200万円以上のお金が出て行く。しかも自分が勝手に使えないから、好きな旅行にもいけない。どうにかしたい」と実に切実である。弁護士に、解消は可能なのかと尋ねてみたが、法制上かなり難しそうだ。このように後見制度に関わる問題には根深いものが多い。実際、認知症の専門学会も本制度に注目している。2022年11月の老年精神学会/認知症学会の合同大会において、後見人制度への医師の関わりとして「鑑定書作成の実際」が1つのシンポジウムのテーマになっている。介護保険認定調査結果など、外部資料はどう活用するかさて前回では、診断書作成、ランク(3類型)決定で用いることができる資料として診療録など手持ちの内部資料の意味を説明した。そこで今回は、外部資料として介護保険認定調査の結果などを説明する。まず介護保険認定調査(訪問調査)の結果である。1つのポイントは、これが医師の診療録と同様に公文書の扱いになっていることだ。周知のように介護保険の認定は、主に医師の主治医意見書と、この調査結果にもとづいて決定される。ご覧になった方も多いだろうが、この調査の内容は、第1群(身体機能・起居動作)、第2群(生活機能)、第3群(認知機能)、第4群(精神・行動障害)、第5群(社会生活への適応)、特別な医療とある。とくに第5群では、金銭管理や日常の意思決定という項目もある。それだけにこの評価結果を見れば、概要を簡潔に把握できる。ところでこの介護保険調査票の結果は見せてもらえるか? が重要である。都内のある区の介護保険課介護認定係へ確認してみた。調査対象者本人はもちろん、要介護認定の申請者でも開示請求ができる。さらに本人が亡くなった場合は法定相続人でもできるそうだ。もっとも自治体によって取扱いが異なる可能性があることには、ご留意いただきたい。なお公文書扱いではないだろうが、介護保険サービスとしてのデイサービス、デイケア等での看護・介護記録、あるいは家庭への連絡帳などが参考になるかもしれない。というのは、診断書や鑑定書の作成に役立つ他者との関係(ある意味、社会的な振る舞い)や集団の中での行動ぶりや発言内容などがときに記されているからである。また自治体によっては、介護保険主治医意見書の作成のために、当事者の実生活の状況を介護者が主治医に報告するためのシートも用意している。ここにも限られた診療時間内ではうかがい知れない情報が記載されていることがある。親が急死、財産調査の実際とは…さて、このような後見制度を使うべきタイミングを逸することも少なくない。以下は、50歳代女性の質問として聞いたものである。「7年前に母が亡くなった時に今後の遺産相続を考え、父に遺産の詳細を尋ねた。“まだ早い大丈夫”ということで教えてもらえなかった。ところがその父が最近急死した。葬儀の後、遺産の詳細を調べようとしたが、皆目、見当がつかない。どうしたらよいか?」という質問である。今さら、7年前に任意後見制度(前回紹介)など使えばよかったのに、などとは言えない。そこでこうしたことに詳しい知人に、死亡した親の財産調査についての実際を尋ねてみた。まず現金については、取引があったと思われる銀行に以下を持参して出向き、口座の有無を確認することだそうだ。1)口座名義人が亡くなったことが分かる戸籍謄本、2)手続きをする人が相続人だと分かる書類(戸籍謄本など)、3)手続きをする人の実印と印鑑登録証明書(発行より6ヵ月以内の物)。こうして口座が確認できたら、金融機関ごとに相続手続きに入る。次に証券類は? と質問したら、銀行と同様、目星をつけて問い合わせるしかないとのことであった。そのうえで、彼は「とにもかくにも1日も早く」と強調した。加えて、とくに兄弟姉妹がいる場合はかなりの時間と手間を覚悟する必要があると加えた。さて現金や証券と少し性格が異なるのが、不動産である。まず故人となった人宛てに毎年送付される固定資産税納税通知書を探し出すことだという。この通知書が見当たらない場合は、故人ゆかりの地の自治体で名寄帳を照会することになる。もっとも高齢の人なら、登記資料(権利証)を自宅の金庫や貸金庫に保管している場合もあるそうだ。しかし法務局によるこの権利証は、平成20年以降発行されていない。そして12桁のパスワードからなる『登記識別情報』の提供に変更となっている。この登記識別情報は、不動産の権利を表すのではなく、登記の申請人が登記名義人本人だと確かめる確認手段である。また権利証とは異なり、単に新規の不動産の所有者が、登記所に対し申請を行った際通知される情報にすぎない。しかし探し出すための端緒には成り得るかもしれない。いずれにせよ、遺族側は大変面倒なことだがやらねばなるまい。

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アドヒアランス改善による意識障害が生じたため薬剤を徹底見直し【うまくいく!処方提案プラクティス】第50回

 今回は、服薬アドヒアランスが改善したら治療効果が過剰に現れて意識障害を起こした事例を紹介します。薬剤師のさまざまな工夫や手法によってアドヒアランスが改善することは喜ばしいことですが、急激な変化が生じることもあるため、あらかじめ変化を予測して治療計画を立てておくことが重要です。患者情報88歳、男性(自宅で妻と2人暮らし)基礎疾患陳旧性脳梗塞(発症様式不明)、認知症、糖尿病、高血圧症 服薬管理妻身体所見身長161.5cm、体重54.7kg介入前の検査所見HbA1c 7.0、HDL 47mg/dL、LDL 83mg/dL、AST 19、ALT 23、Scr 1.03mg/dL、推算CCr 38.5mL/min処方内容1.チクロピジン錠100mg 2錠 分2 朝夕食後2.アログリプチン錠25mg 1錠 分1 朝食後3.カンデサルタン錠12mg 1錠 分1 昼食後4.ニフェジピン徐放(24時間持続)錠20mg 2錠 分2 朝夕食後5.グリメピリド錠1mg 1錠 分1 朝食後6.ボグリボースOD錠0.2mg 3錠 分3 毎食直前本症例のポイントこの患者さんの服薬管理は奥様が行っていましたが、PTPシートのままの管理で、かつ、服薬タイミングが複数回あることから飲み忘れが多かったため、訪問医の紹介で薬局が在宅訪問することになりました。訪問介入前の血圧は140〜160/80〜100と高めを推移していました。初回訪問時に飲み忘れや残薬を確認したところ、食直前や昼・夜の薬がとくに服用できておらず、少なくとも3ヵ月分の余剰があることがわかりました。そこで、奥様と医師に一包化管理の承認を取り、その日から始めることになりました。訪問介入開始後のフォローアップでは、血圧が110~120/60~70、心拍数が70台となりました。しかし、1ヵ月が経過したころに奥様より「夫の話のつじつまが合わない。そわそわしていて顔色も悪い。食事は元気がないこともあって、これまでの30~40%程度しか食べない。昼以降はうとうと寝ていることが多い。最近怒りっぽくなって常にイライラしている」と相談がありました。その日のバイタルを確認すると、血圧が170/100と高く、心拍数も95と頻脈になっていました。上腕は汗ばんでいて、衣服も汗で湿っているような感じがしました。また、最近になって便秘が出現し、お腹が張って不機嫌なのではないかという話も聴取しました。これらの追加情報から、下記のことを考察しました。(1)低血糖出現の可能性症状やその発現タイミングから、服薬アドヒアランスが改善して、これまで飲めていなかった薬の治療効果よりも副作用が強く現れたのではないかと考えました。一番懸念したことは、元々腎機能も悪く、HbA1cが高齢者の目標値の下限である7.01)であったことから、SU薬のグリメピリド錠が過度に作用して低血糖に陥っている可能性です。低血糖によるカテコラミン分泌上昇から、頻呼吸はないものの血圧上昇や頻脈、焦燥感、興奮、日中活動低下(ブドウ糖低下)に至っている恐れもあります2)。(2)食事量低下とボグリボースによる便秘発現の可能性便秘の発現については、低血糖によって食事量が低下したことで腸管蠕動が低下した可能性と、α-グルコシダーゼ阻害薬のボグリボース錠の服薬徹底により代表的な副作用でもある便秘が生じた可能性を考えました。(3)現状の服薬管理に合わせた薬剤の選定・見直しの必要性一包化管理を開始してから服薬アドヒアランスが安定しているため、服薬タイミングをシンプルに整理して、治療負担となっている薬剤の中止・減量を提案する必要があると考えました。とくに1日3回の食直前薬であるボグリボース錠は本人の服薬負担だけでなく、奥様の介護負担増加にも繋ります。血圧推移も安定してきたことから、降圧薬を減らすことも可能と考えました。処方提案と経過医師に電話で状況を報告したところ、臨時往診することになりました。診療中に医師より「低血糖症状が出現しているため治療薬を調整しようと思うが、考えがあれば教えてください」と聞かれたため、上記1~2より、グリメピリド錠は低血糖を起こしてることから中止、また便秘に影響している懸念からボグリボース錠の中止も提案しました。医師からは、今回採血もしているので次回の訪問診療まで経口血糖降下薬はすべて中止する旨の返答がありました。また、今回のことをきっかけにチクロピジン錠はクロピドグレル錠50mg 1錠 朝食後に変更となりました。昼のカンデサルタン錠は中止となり、ニフェジピン24時間持続徐放錠は40mg 1錠 朝食後に変更となりました。1週間後のフォローアップでは、食事量は50%程度であるものの活気が出てきていて、血圧は120~130/70~80台で推移していました。血色不良やイライラしていた様子、日中の傾眠もなく、デイサービスの利用ができるところまで回復しました。臨時往診時の採血結果では、HbA1cは5.5、空腹時血糖は60台まで低下していましたが、その後のHbA1cは6.0台で留まっており、経口血糖降下薬は再開せずに生活しています。1)日本糖尿病学会編著. 糖尿病治療ガイド2022-2023.文光堂;2018.2)岸田直樹著・監修. 薬学管理に活かす臨床推論.日経BP;2019.

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地域一般住民におけるフレイルな高齢者に対する多因子介入が運動機能障害を予防する(解説:石川讓治氏)

 日本老年医学会から提唱されたステートメントでは、Frailtyとは、高齢期に生理的予備能が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの転帰に陥りやすい状態で、筋力の低下により動作の俊敏性が失われて転倒しやすくなるような身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題を含む概念であるとされている。わが国においてはフレイルと表現され、要介護状態や寝たきりになる前段階であるだけでなく、健康な状態に戻る可逆性を含んだ状態であると考えられている。フレイルの原因は多面的であり、運動、栄養改善、社会的なサポート、患者教育、ポリファーマシー対策といった多因子介入が必要であるとされているが、加齢という最大のフレイルのリスク要因が進行性であるため、フレイルの要介護状態への進行の抑制は困難を要する場合も多い。 SPRINTT projectは、欧州の11ヵ国16地域における1,519人の一般住民(70歳以上)を対象として、SPPBスコア3~9点、四肢骨格筋量低下、400m歩行機能などから身体的フレイルやサルコペニアと見なされた759人に対して、多因子介入(中等度の身体活動をセンターにおいて1週間に2回および家庭において週に4回、身体活動量の測定、栄養に関するカウンセリング)を行った群とコントロール群(1ヵ月に1回の健康的な老化に関する教育)を比較した。1次評価項目は運動機能低下(400mを15分未満で歩行困難)、副次評価項目は運動機能低下持続(400m歩行機能、身体機能、筋力、四肢骨格筋量の24~36ヵ月後の変化)であった。1次評価項目はSPPBスコア3~7の対象者において評価され、追跡期間中に身体機能低下は多因子介入群で46.8%、コントロール群で52.7%に発症し、多因子介入によって22%(p=0.005)の有意なリスク低下が認められた。運動機能低下持続は多因子介入群で21.0%、コントロール群で25.0%に認められ、多因子介入によって21%のリスク低下が認められる傾向があった(p=0.06)。 本研究の結果は、フレイルやサルコペニアを有する地域一般住民に対する多因子介入の有用性を示したものであり、地方自治体などが行っている“通いの場”、“集いの場”などでの運動教室や栄養教室をサポートするエビデンスになると思われる。またデイサービスなどの老人福祉施設においても、本研究の介入方法は参考になると思われる。比較的健康であると思われた地域一般住民のデータにおいても、約3年の間に対象者の約半数が運動機能低下を来しており、心不全(7.2%)、がん(13.4%)、糖尿病(22.4)など併存疾患の多いことが驚きであった。現在、病院に通院中で何らかの疾患を要するフレイル患者の場合、6ヵ月以上の慢性期リハビリ介入は、医療保険診療では困難な場合が多い。そのため、病院通院中の患者でありながら、フレイルに対する多因子介入は老人保健施設にお願いせざるを得ない状況がある。病院でフレイル患者を診療する医師としては、医療機関においても慢性期リハビリが継続できるような医療保険システムの構築を願っている。 本研究において、運動機能低下の発症がコックスハザードモデルで評価されているが、登録時はフレイルで、運動機能低下の発症後に、多因子介入で健常に戻った場合でも、運動機能低下発症ありと評価されていることに多少の違和感がある。フレイルは可逆性のある状態であるにもかかわらず、解析上はあたかもエンドポイントであるかのように評価されている。定義上、フレイルは可逆性で、要介護状態は非可逆の要素が多いとされているが、日常臨床では可逆性と非可逆の境界を見極めるのは困難な場合が多い。身体機能低下は悪化と改善を繰り返しながら、徐々に要介護状態へ進行していく。本研究の運動機能低下は、400m歩行が15分以内に困難な状態として定義されているが、これをもって運動機能低下(不可逆なポイント)と定義していいのかどうかも疑問が残った。日常臨床上における要介護状態は、介護保険制度の要介護度を用いて判断される場合が多いが、基本的ADLの低下をもって判断され、本研究の運動機能低下の判定基準とは異なることに注意が必要である。

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第112回 規制改革推進会議答申で気になったこと(前編)タスクシフトへの踏み込みが甘かった背景

「新型コロナは医療関連制度の不全を露呈させた」と答申こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先週の過酷な皇海山登山の身体へのダメージがことのほか大きかったため、今週末は街で、映画を2本観て過ごしました。話題の2作、「シン・ウルトラマン」と「トップガン マーヴェリック」です。「シン・ウルトラマン」は庵野 秀明氏が企画・脚本・総監修ということで期待して観たのですが、今一つでした。「ウルトラマンの内面にまで迫った」と高く評価する映画評もありますが、個人的には少々理屈っぽく、かつ怪獣(禍威獣)も宇宙由来のものが主体で、これではウルトラマンではなくウルトラセブンではないか、と落胆した次第です。一方の「トップガン マーヴェリック」は、前作から36年ぶりの新作ですが、トム・クルーズの立ち位置(前回はやんちゃな戦闘機乗り、今回はやんちゃな若者を導く教官)や、前回エピソードの活かし方、圧倒的な空中戦のシーンなど、素晴らしい出来でした。時節柄、戦争や“敵国”の描き方への批判もあるようです。しかし、娯楽作としては群を抜いた映画だと感じました。映画評論家(で時代劇研究家)の春日 太一氏は、5月27日付の日本経済新聞夕刊の「シネマ万華鏡」で、「『トップガン』のファンなら誰もがそう夢想する何もかもを、本作は最高レベルで提示してくれる」と激賞しています。まったく同感です。個人的には、冒頭場面で主人公マーヴェリックが、36年前も乗っていたカワサキのオートバイ、GPZ900Rに今も乗っていることに、映画の作り手のこだわりを感じました。この映画はできるだけスクリーンが大きいIMAXシアターで観ることをお勧めします。さて、今回は政府の規制改革推進会議(議長:夏野 剛・近畿大学特別招聘教授/情報学研究所長)が5月27日に取りまとめた答申、「規制改革推進に関する答申~コロナ後に向けた成長の「起動」~」1)について書いてみたいと思います。同答申は、医療改革のためだけのものではありませんが、「新型コロナは医療デジタル化の遅れをはじめ医療関連制度の不全を露呈させた」と指摘、医療や介護に関する規制改革の項目が大きな柱となっています。医療DXの基盤整備に重点「医療・介護・感染症対策」については、表のような内容です。画像を拡大する表:規制改革推進会議答申に盛り込まれた「医療・介護・感染症対策」に関する項目「医療DXの基盤整備(在宅での医療や健康管理の充実)」のため、オンライン診療については、1)デジタルが不得意な高齢者らがデイサービス施設や公民館など、自宅以外でも受診できるようにする、2)患者の本人確認手続きを簡略化する…、ことなどを求めています。また、コロナ対応で特例的に認めている薬局での抗原検査キット販売の本格解禁も求めています。事前のオンライン注文を条件に、販売資格を持つ人がいないコンビニなどでも一般用医薬品を受け取れる制度の検討も要請しました。いずれも、コロナ禍で問題となった自宅での検査・療養態勢の充実のためです。政府は近く、この答申を反映した規制改革実施計画を閣議決定、同計画が今後の規制改革の指針となります。ワーキング・グループ委員は在宅医療寄り規制改革推進会議は、企業や医療現場などの生産性向上に向け、首相の諮問に応じて規制の緩和を議論する場です。内閣府に設置されており、行政改革推進会議などと併せてデジタル臨時行政調査会が統括しています。テーマごとにワーキング・グループを設けて関係省庁や有識者が参加して改革案をつくります。現在は「人への投資」「医療・介護・感染症対策」「デジタル基盤」など、5つの部会があります。医療・介護・感染症対策ワーキング・グループには5人の専門委員がおり、印南 一路・慶應義塾大学総合政策学部教授、大石 佳能子・株式会社メディヴァ代表取締役社長、佐々木 淳・医療法人社団悠翔会理事長・診療部長らが構成メンバーです。臨床の現場で働いているのは在宅医である佐々木氏のみです。大石氏は在宅医療も展開する用賀アーバンクリニックなどを運営する医療法人プラタナスの経営に関わるコンサルタント会社、メディヴァの社長ですが医師ではありません。ということで、専門委員は在宅医療の関係者に少々偏っている印象を受けます。タスクシェアは在宅現場の薬剤師の業務拡大のみそれはさておき、今回の答申で気になった点が2つあります。一つは、「医療人材不足を踏まえたタスクシフト/タスクシェアの推進」の項目です。タスクシフト/タスクシェアは、医師をはじめとする医療現場の働き方改革を進めていく中でとても重要な施策と考えられています。今回の規制改革推進会議の答申でも、人手不足が見込まれる介護施設で人員配置の基準緩和や、薬剤師などが看護の仕事の一部を担う「タスクシフト/タスクシェア」を求めてはいます。しかし、実際の医療現場の改革については、「在宅医療を受ける患者宅において必要となる点滴薬剤の充填・交換や患者の褥瘡への薬剤塗布といった行為を、薬剤師が実施すること」の検討を厚生労働省に求めたくらいで、特段踏み込んだ内容とはなっていません。「聖域になっていた医師の業務独占にもメスを入れるべきだ」と日経新聞医療関係職種のタスクシフト/タスクシェアについては、「第66回 医療法等改正、10月からの業務範囲拡大で救急救命士の争奪戦勃発か」でも詳しく書きました。2021年5月に成立した医療法等改正法によって、医師の負担軽減を目的に、診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、救急救命士の4職種の資格法が改正され、それぞれの職種の業務範囲が同年10月から拡大されました。昨年の規制改革推進会議の答申では、これらのタスクシフトの動きについて「規制改革実施計画通りの進捗を確認した。今後も引き続きフォローアップを行っていく」としていました。今回の答申についても、その先の大改革の提案を期待した向きもあったようですが、物足りない内容に終わっています。日本経済新聞の6月1日付の社説は「医療人材生かす幅広いタスクシェアを」というタイトルで、「医療従事者のタスクシェアはこれに限らず広く実現していくべきだ。例えば米国やカナダで、ワクチンを打つのは薬局の薬剤師の仕事だ。日本でも再教育を受けた薬剤師が打ち手になれば、感染症危機への対応力が高まる」、「聖域になっていた医師の業務独占にもメスを入れるべきだ。日本の看護師は医師の指示がないと湿布を貼ることすらできない。(中略)能力のある看護師は自らの裁量で一定の医行為を行えるよう法改正すべきだ」と、今回の答申の不十分さを厳しく指摘しています。診療看護師が医師の指示なしで診療行為ができるようになれば答申でタスクシフト/タスクシェアの項目が在宅における薬剤師の業務範囲拡大だけに留まったのは、夏の参議院選挙を前に日本医師会を刺激したくなかったから、との見方もあるようです。また、内容が在宅医療関係だけに絞られたのは、先述したようにワーキング・グループのメンバーに在宅医療の関係者が多かったことも関係しているかもしれません。私自身は、日医が“内紛”や会長選でバタバタしている今こそ、大胆なタスクシフト/タスクシェアの内容を盛り込むべきではなかったかと考えます。特に重要なのは、看護師業務の大胆な拡大でしょう。2017年4月に厚生労働省の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」が報告書を取りまとめました。同報告書は医師と他の医療職間で行う「タスク・シフティング(業務の移管)、タスク・シェアリング(業務の共同化)」を提言、新たな診療看護師(NP)の養成や、薬剤師による調剤業務の効率化、フィジシャン・アシスタント(PA)の創設などを盛り込みました。しかし、日本における診療看護師の制度自体はそれから大きくは変わっていません。今でも、2015年に創設された「特定行為に係る看護師の研修制度」に基づき、あらかじめ作成した手順書に沿って、特定行為をはじめとする診療行為しか行うことはできません。医師の働き方改革が叫ばれる中、多忙な医師の業務を軽減するには、診療看護師に相当の業務をシフトし、米国などにならって医師の指示がなくても一部の診療行為や医薬品の処方までできるようにすることだと思いますが、皆さんどう思われますか。併せて、老健施設の施設長も看護師が担えるようにすれば、介護の現場も大きく変わると思うのですが……。今回の答申で気になったもう一つは、薬(処方薬の市販化、SaMD)に関してです。それについては次回で。(この項続く)参考1)規制改革推進に関する答申 ~コロナ後に向けた成長の「起動」~/規制改革推進会議

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血圧コントロールのため慢性心不全治療の見直しを提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第47回

 今回は、心不全患者の降圧薬の処方提案について紹介します。高血圧が理由でデイサービスの利用に影響が生じた場合は降圧だけに着目しがちですが、慢性心不全の標準治療薬を見直して心不全そのものをコントロールすることで、血圧やうっ血などの改善も兼ねられます。患者情報70歳、女性(グループホーム入居)基礎疾患慢性心不全(HFrEF)、心房細動、狭心症、高血圧服薬管理施設管理処方内容1.クロピドグレル錠75mg 1錠 朝食後2.ジゴキシン錠0.125mg 1錠 朝食後3.ランソプラゾール口腔内崩壊錠15mg 1錠 朝食後4.カンデサルタン錠4mg 1錠 朝食後5.フロセミド錠20mg 1錠 朝食後6.アトルバスタチン錠5mg 1錠 朝食後7.カルベジロール錠2.5mg 1錠 朝食後8.スピロノラクトン錠25mg 1錠 朝食後本症例のポイントこの患者さんは、最近は収縮期血圧が170~180台と高値が持続するようになり、下腿浮腫も増強したことからフロセミド錠20mgが開始となりました。下腿浮腫は軽減しましたが、血圧は高値で横ばいの状態が続き、デイサービスの利用や入浴の制限などがかかったことから、施設スタッフより医師に降圧薬追加の依頼がありました。そこで、医師よりCa拮抗薬を追加しようと思っているがどの薬がいいか、と相談がありました。確かに血圧だけを下げるのであればCa拮抗薬が妥当ですが、現在の患者さんの状態や治療薬などから、ほかの薬剤でうまくコントロールできないか検討することにしました。まず、基礎疾患とその治療をみると、HFrEFの治療として標準治療薬であるARBのカンデサルタン、β遮断薬のカルベジロール、MR拮抗薬のスピロノラクトンを服用しています。また、下腿のうっ血治療として直近でフロセミド錠が追加されています。現行の薬剤の増量やCa拮抗薬の追加によって降圧を図るという方法もありますが、うっ血症状が最近現れるようになったことから心不全治療薬の再考も選択肢となります。「2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療」の治療アルゴリズムのとおり、ARBからARNIへ基本薬の変更を行うことは、血圧のコントロールに加え、心不全の管理としても有効ではないかと考えました。処方提案と経過医師に、「Ca拮抗薬の追加も選択肢の1つですが、降圧とともにうっ血症状の管理が必要なため、心不全管理の観点からカンデサルタンをARNIのサクビトリルバルサルタンに変更してみるのはどうですか」と提案しました。心不全診療ガイドラインの改訂についてはPDFファイルでその場で医師と共有してARNIの位置づけを再確認し、提案内容で2週間様子をみようと承諾を得ることができました。翌日の朝よりカンデサルタンからサクビトリルバルサルタン100mg 朝食後に切り替えとなり、開始4日目から血圧は130/80台で安定するようになりました。その後も過度に血圧が下がることはなく、下腿浮腫の増悪や体重増加もなく経過は安定しています。日本循環器学会 / 日本心不全学会.2021年 JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版

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メイプル超合金・安藤なつ氏の介護本がパネェ【Dr.倉原の“俺の本棚”】第53回

【第53回】メイプル超合金・安藤なつ氏の介護本がパネェ私は、なんちゃってファイナンシャル・プランニング技能検定2級を持っているのですが(もう当時の知識はどこかに行ってしまったかも…)、医療に関するお金のことはとても大事だと思っています。高額療養費制度、指定難病患者さんの医療費助成制度、介護保険制度、障害年金、生活保護、いろいろあります。しかし、とくに高齢者医療と向き合う医療従事者に対して、お金のことをわかりやすく書いてくれる本に、私は出合ったことがありません。『知っトク介護 弱った親と自分を守る お金とおトクなサービス超入門』安藤 なつ, 太田 差惠子/著. KADOKAWA. 2022年2月発売メイプル超合金・安藤 なつ氏の書かれたこの本、SNSで少し話題になっていたので読んでみました。安藤 なつ氏、実は介護歴が約20年という強者で、伯父が少人数制介護施設を運営していたので、毎週末ボランティアに通っていたそうです。いや、普通にすごいな。その後、芸人としての芸能活動を続けながら、ヘルパー2級の資格を取って介護職を兼業していたそうです。普段病院に勤務していて、往診とはあまり関わりのない医療従事者だと、訪問看護と訪問介護の違いすらわかっていない人も結構います。特別養護老人ホームと介護付き有料老人ホームもそう。デイサービス、デイケア、ショートステイなども同じ。フワっと、なんとなくしか理解されていないことが多い。この本の素晴らしいところは、患者さんや家族の経済的負担についてビッシリ書かれてあることです。医学書のように難しい言葉を並び立てるわけではなく、とにかく読者目線でわかりやすく書いてくれているのが素晴らしい。第5章がこの本の真骨頂。たとえば要介護1~5で、どれくらいの介護サービスの支出がかかるのか、介護費以外の負担はどのくらいか、などが細かく試算されていたり、厚生年金と遺族年金の組み合わせでどのように生活していくかなども解説されていたりします。これを読めば、外来の患者さんが普段どのようなことに悩んでいるかもわかるはず。何より、医師が概要を知っておくことで、患者さんに適切なサービスをすすめることができます。たった1,500円で200ページ近くあるので、私たちが普段買っている医学書とは違い、かなりコスパがよいです。間違いなく、マストバイです。『知っトク介護 弱った親と自分を守る お金とおトクなサービス超入門』著者安藤 なつ, 太田 差惠子出版社名KADOKAWA定価1,650円(税込)サイズA5判刊行年2022年

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第25回 糖尿病診療における高齢者総合機能評価の活用法【高齢者糖尿病診療のコツ】

第25回 糖尿病診療における高齢者総合機能評価の活用法Q1 糖尿病診療における高齢者総合機能評価とは?なぜ重要なのですか?高齢者糖尿病では老年症候群の認知機能障害、フレイル、ADL低下、転倒、うつ状態、低栄養、ポリファーマシーなどが約2倍きたしやすくなります1)。また、疾患としては認知症、サルコペニア、脳卒中、骨関節疾患などの併存症も多くなります。さらに、孤立、閉じこもり、経済的な問題など社会的な問題も伴いやすくなります。こうした多岐にわたる診療上の問題点に対して、疾患よりも心身機能に焦点を当てて、多職種でその機能を改善する老年医学的アプローチが高齢者総合機能評価です。英語のComprehensive geriatric assessmentを略してCGAと呼ばれています。糖尿病におけるCGAは身体機能、認知機能、栄養、薬剤、心理状態、社会状況の6つの領域を評価するのがいいと考えています。そうした場合、栄養のことは栄養士、薬剤のことは薬剤師、心理と社会のことは看護師、心理士、ケースワーカーなどと協力して評価すると詳細に評価できると思います。入院患者のCGAの場合は、こうした多職種が分担して評価し、カンファレンスを行って、6つの領域に対する対策をチームで立てることができます。高齢者にチームでCGAを行うと、死亡や施設入所のリスクを低下させることができるというメタ解析の結果が得られています2)。Q2 糖尿病診療における高齢者総合機能評価で実際に評価すべき項目、用いるツールは?身体機能では手段的ADL、基本的ADL、フレイル、サルコぺニア、転倒、視力、聴力、巧緻機能などを評価します。手段的ADLと基本的ADLはLawtonの指標やBarthel指標で評価できますが、簡易に評価する場合はDASC-8(第7回参照)の質問の一部を使うことができます。フレイルはJ-CHS基準または基本チェックリストで評価しますが、歩行速度の測定が難しい施設では簡易フレイルインデックス(表1)が便利です。J-CHS基準や簡易フレイルインデックスは3項目以上、基本チェックリストでは8点以上がフレイルです。サルコペニアはAWGS2019による診断基準で診断しますが、臨床的には握力測定か5回椅子立ち上がりテストを行うのがいいと思います。握力は男性で28kg未満、女性で18kg未満が低下となります(第24回参照)。視力や巧緻機能はインスリン注射が可能かの判断に重要です。画像を拡大する認知機能では認知機能全般だけでなく、記憶力、遂行機能(実行機能)、注意力、空間認識など糖尿病で低下しやすい領域を評価することもあります。認知機能全般はMMSEまたは改訂長谷川式知能検査で評価する場合が多いです。DASC-21またはDASC-8は日常生活に関して質問する指標なので、メディカルスタッフや介護職が行うのがいいと思います。DASC-21は31点以上が認知症疑いとなります。MMSEがそれほど低下しなくてもインスリン注射などの手技ができない場合は、時計描画試験を行って遂行機能が障害されていないかを確かめます。MoCAは糖尿病患者のMCIのスクリーニング検査として有用です。MoCA25点以下がMCI疑いですが、臨床的には23点以下が実態に合っているように思います。心理状態はうつ状態、不安、QOL低下があるかをチェックします。うつはGDS15で評価しますが、短縮版のGDS5や基本チェックリストの5問の質問も利用できます。栄養では低栄養として体重減少、BMI低値、食事摂取の低下などを評価します。MNA-SFは低栄養のスクリーニングとして利用できます。また、腹部肥満の指標として腹囲を測定します。薬剤では、服薬や注射のアドヒアランス低下、ポリファーマシー、有害事象の有無を評価します。社会状況では、孤立、閉じこもり、社会参加、家族サポート、介護保険の要介護認定、住宅環境、経済状況などをチェックします。孤立や閉じこもりは社会的フレイルの重要な要素で、それぞれ同居家族以外の人の交流が週1回未満、外出が1日1回未満が目安となります。高齢糖尿病患者におけるCGAは入院患者の治療方針を決める場合に行い、外来では可能ならば年に1回、あるいは心身機能に変化があると考える場合に施行することが望ましいと考えます。Q3 外来診療で簡易に高齢者総合機能評価を行う方法はありますか?Q2でご紹介した高齢者総合機能評価(CGA)の項目は入院患者などが対象で、評価する時間と人手がある場合に行うものです。外来診療で簡易にCGAを行う例をご紹介したいと思います(図1)。画像を拡大するまず、身体機能と認知機能を簡易にスクリーニングするために、DASC-8またはDAFS-8を行います。DASC-8は以前にご紹介したように認知(記憶、時間見当識)、手段的ADL(買い物、交通機関を使っての外出、金銭管理)、基本的ADL(食事、トイレ、移動)の8問を4段階で評価し、合計点を出します(第7回参照)。DAFS-8は知的活動(新聞を読む)、社会活動(友人を訪問)、手段的ADL(買い物、食事の用意、金銭管理)、基本的ADL(食事、トイレ、移動)の8問からなり、知的・社会活動、手段的ADLは老研式活動能力指標から5問、Barthel指標から3問をとっています(表2)。DAFS-8はDASC-8と比べて基本的ADL以外は2者択一の質問なので聞きやすいという利点があります。DASC-8とDAFS-8のいずれも総合点によって3つのカテゴリー分類を行うことができ、血糖コントロール目標を設定することができます3,4)。画像を拡大するカテゴリーII以上で認知機能の精査を希望する場合はMMSEや改訂長谷川式知能検査を行います(第4回参照)。また、カテゴリーII以上はフレイル・サルコペニアがないかをチェックします。まず、握力の測定をします。さらに、簡易フレイルインデックスの体重減少、物忘れ、疲労感、歩行速度の低下、身体活動の低下の有無を質問し、フレイルをスクリーニングします。座位時間が長くなっていないかも身体活動を評価するのに参考になります。さらに、糖尿病の診療で従来から行っている栄養、薬剤、心理、社会面の評価を追加すればCGAとなります。外来でも多職種で分担すると効率的にCGAを行うことができます。当センターの糖尿病外来では初診時の問診項目にDASC-8を加えて、看護師が聴取するようになっています。Q4 評価結果を実際どのような考え方で治療・介入に結びつけていますか?こうしたCGAでは領域ごとに対策を立てることが大切です。カテゴリーII以上では身体活動量低下、フレイル・サルコペニア、アドヒアランス低下、社会ネットワーク低下の頻度が増加することが明らかになっています5)。したがって、カテゴリーII以上では、適正なエネルギーと十分なタンパク質を摂り、坐位時間を短くするように指導し、レジスタンス運動を含む運動を週2回以上行うことを勧めます。服薬アドヒアランス低下の対策は治療の単純化であり、服薬数や服薬回数を減らすこと、服薬タイミングの統一、一包化(SU薬を除く)、配合剤の利用などが挙げられます。インスリン治療の単純化は複数回のインスリン注射を(1)1日1回の持効型インスリン、(2)週1回のGLP-1受容体作動薬、または(3)持効型インスリンとGLP-1受容体作動薬の配合剤に変更していくことです。この治療の単純化はアドヒアランスの向上だけでなく、血糖のコントロールの改善や低血糖の防止を目指して行うことが大切です。カテゴリーIIIの場合は減薬・減量の可能性も考慮します。社会的な対策として、カテゴリーII以上で孤立や閉じこもりがある場合には社会参加を促し、通いの場などで運動、趣味の活動、ボランティアなどを行うことを勧めます。介護保険の要介護認定を行い、デイケア、デイサービスを利用することも大切です。また、訪問看護師により、インスリンなどの注射の手技の確認や週1回のGLP-1受容体作動薬の注射を依頼することもできます。1)Araki A, Ito H. Geriatr Gerontol Int 2009;9:105-114.2)Ellis G, et al. BMJ. 2011 Oct 27;343:d6553. 3)Toyoshima K, et al. Geriatr Gerontol Int 2018;18:1458-1462.4)Omura T, et al. Geriatr Gerontol Int 2021;21:512-518.5)Toyoshima K, et al. Geriatr Gerontol Int 2020; 20:1157-1163.

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恫喝や暴言も、医療者への風評被害の実態/日医

 日本医師会・城守 国斗常任理事が、3日の記者会見で「新型コロナウイルス感染症に関する風評被害の緊急調査」について、結果を公表した。これは、昨年11月に開催された都道府県医師会長会議で問題提起され、各地域の被害状況について全47都道府県医師会が調査したもの。全国から698件の報告、「近寄るな」「責任を取れ」など心ない言葉も 風評被害を受けた対象としては、総回答数698件のうち「医師以外の医療従事者」に対する被害が277件(40%)と最も多かった。次いで「医療機関」が268件(38%)、「医師または医療従事者の家族」が112件(16%)、「医師」が21件(3%)、「その他」が20件(3%)という内訳だった。「医師以外の医療従事者」に対する風評被害は、主に看護師に対するものが多かったという。《具体的な事例1:医師》・濃厚接触者ではなく、新型コロナ患者の対応をしていないにもかかわらず、自治体より乳児健診前の2週間は勤務しないように要望された。・検死に赴いたにもかかわらず、当該関係者から、あたかも自分が新型コロナに罹患しているかのような対応を受けた。・防護服着用で診察などの対応をしていると、その格好を揶揄するような指摘をされた。・このような時だから、医師は遠出をするべきではないとを言われた。・医師が近隣に引っ越してくると知った住人から、「窓も開けられなくなる」「引っ越しを延期してもらえないか」といったクレームが出た。《具体的な事例2:医師以外の医療従事者》・新型コロナを診ている医療機関か否かにかかわらず、医療機関に勤務しているだけで、「近寄るな」「(集まりや習い事に)来ないで欲しい」「(美容院などの)予約を受けられない、しばらく利用を控えて欲しい」「一緒にエレベーターに乗るのが怖い」などの扱いや暴言を受けた。・保育園などに子供の預かりを拒否され、新型コロナの対応に当たっていないことを説明しても聞き入れられず、仕事を休むことを強いられた。・勤務先医療機関に初めて新型コロナ患者が入院した際、ほかの通院患者から「自分の家族は大丈夫なのか。何かあったら責任を取ってもらう」と言われた。・病院職員に陽性者が出たため、PCR検査を受けた。陰性だったが、自宅待機をしていたところ、近隣住民から電話が殺到、嫌がらせのようなものもあった。・買い物に行くと、知人である従業員から「何しに来たの?早く帰って」と言われた。・感染拡大地域から通勤していることで、同僚から避けられ、車が県外ナンバーであることで肩身の狭い思いをすることがあった。《具体的な事例3:医療機関》・「診療・検査医療機関」であることが県ホームページに掲載されると、受診患者数が大きく減少した。・近隣医療機関で新型コロナ患者が出たことを受け、「(当院でも)患者が出た」「スタッフが感染している」など、SNSに誤った情報を書き込まれた。・病院敷地内にユニットハウスを建て、発熱外来として利用していると、近隣住民から「窓を開けるな」など、クレームがあった。・医療機関に勤務していることを職員の家族らが心配し、職員の退職の原因となった。・「お前らのせいで学校が再開できなくなった。どうしてくれるんだ」「感染拡大の責任を取れ」「職員を外出させるな」「職員の住んでいる場所を教えろ」など、恫喝めいた問い合わせがあった。《具体的な事例4:医療従事者の家族》・子供が「学校に来てもいいのか?お母さんは看護師だろ?」と言われるだけでなく、本人が新型コロナに感染しているかのような扱いを受けた。・医療従事者の子供というだけで、別室保育や別室授業などの対応をされたほか、登園や登校をしばらく控えるように要望された。・子供の地域活動(友達付き合い、習い事、クラブ活動など)が、直接的・間接的に拒否され、子供が精神的に不安定となった。・家族が新型コロナを診療している医療機関に勤務しているため、親のデイサービス利用が断られたり、取引先から「取引を止める」と言われたり、会社内で「お前の家族はコロナじゃないのか」「お前も感染してるんじゃないのか」と言われた。 このように、新型コロナウイルス感染症に対する過剰な心配と思われる事例が多く見られた。中には、家族や親戚から交流を避けられるといった事例も散見され、医療従事者が精神的にも大きなダメージを受けていることが心配される。城守氏「風評被害というよりも“いわれなき差別”」 風評被害への対応としては、「不安で通院できないといった問い合わせがあった際は、保健所の指導の下、感染対策をしっかり行っているので安心して通院してほしいと説明した」「慢性疾患により定期的な通院が必要な患者には個別に連絡し、病院内では感染対策を行っていること、定期的な受診が重要であることを説明した」「周辺住民を対象に勉強会を開催し、正しい情報が広まるよう努めた」など、その多くが繰り返し丁寧に説明し、医療従事者・医療機関への理解を求めていた。 城守氏は、「全国規模で風評被害が発生していることが明らかとなった。中には、医療従事者に対する“いわれなき差別”とも言える事例が多く見られ、由々しき事態であると考えている。国に対しても何らかの早急な対応を求めたい」と述べた。なお、被害状況に地域差などは見られず、報告がなかった県は7つほどあったという。調査概要1.名称:新型コロナウイルス感染症に関する風評被害の緊急調査2.目的:令和2年度第2回都道府県医師会長会議(2020年11月17日開催)で新型コロナウイルス感染症に関する医療従事者などへの風評被害について問題提起されたことを受けて、日本医師会として医療従事者などに対する風評被害の実態を把握し、その結果を基に、医療の最前線で奮闘している医療従事者の置かれている状況について、国民に理解を求める。3.対象:2020年10月1日~12月25日までに各地域で起こった風評被害4.内容:風評被害の対象者(医療機関、医師、医師以外の医療従事者、医療従事者の家族、その他)、具体的事例、対応策5.方法:都道府県医師会の協力のもと、各地域の被害状況について調査し、その結果を、2021年1月15日を期限としてメールで回答いただいた。6.回答:47都道府県医師会すべてより回答(総回答数698件)

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第17回 メタボ対策からフレイル対策へシフトするタイミング【高齢者糖尿病診療のコツ】

第17回 メタボ対策からフレイル対策へシフトするタイミングQ1 食事療法を“個別化”するときの指針とは? どの時点でメタボ対策からフレイル対策へシフトしますか?栄養成分の予後に及ぼす影響は年齢によって異なってきます。一般住民の縦断調査では65歳以下ではタンパク質摂取が増えるほど死亡リスクが高くなりますが、66歳以上ではタンパク質摂取が少ないほど死亡リスクが上昇しています1)。また、メタ解析で健康的な食事パターンは65歳以上でのみ、フレイルのリスクを減らすことが報告されています2)。J-EDIT研究では、75歳以上の高齢糖尿病患者でのみ、野菜や魚が多い“健康食事パターン”は、肉や脂肪の摂取が多い“肉食食事パターン”と比べて死亡が少ないという結果が得られています3)。また、75歳以上の糖尿病患者では、地中海食のアドヒアランスが良好になるにつれて歩行能力やバランスの能力が改善するのに対して、60~74歳ではその関連が認められないという報告もあります4)。したがって、高齢糖尿病患者の食事療法は高齢期のどこかの時点で、メタボ対策からフレイル対策にシフトする必要があります。メタボ対策からフレイル対策へシフトする目安としては(1)後期高齢者、(2)低栄養、(3)フレイル・サルコペニアがあります。低栄養はBMI低値、体重減少、食事摂取量低下などで判断します。フレイルの評価にはJ-CHS基準(3項目以上)か基本チェックリスト(8点以上)を用います。サルコペニアはAWGS2019に基づいた筋力、骨格筋量などの評価によって診断します。認知機能やADLを同時に評価できるDASC-8も使用できます(第7回参照)。DASC-8の11点以上のカテゴリーIIが、フレイル対策の食事療法を行う患者の候補となります。フレイル対策のための高齢糖尿病患者の食事療法では、十分なエネルギー量、タンパク質、緑黄色野菜の摂取を勧め、低栄養を防ぐような食事を勧めます。2020年には高齢者のフレイル検診が始まり、地域の自治体や医師会によるフレイル対策が計画されています。運動療法とともに食事療法においてもフレイル対策を行うことで、健康寿命の延伸とQOLの維持・向上につながることが期待されます。Q2 認知症合併の場合、どのような対策を立てたらよいでしょうか?認知機能障害を合併した糖尿病患者の場合、低栄養を防ぎ、バランスを重視した食事療法を行います。低栄養は前臨床期を含めたさまざまな認知症の段階で認知機能を悪化させます。体重減少やBMI低値は糖尿病における認知症発症の危険因子になっています5)。また、食品の多様性が乏しくなり、その結果、低栄養となって、認知機能が悪化することに注意する必要があります。過度の食事制限は興奮や易怒性などの行動・心理学的徴候(BPSD)をきたしやすくします。間食などを無理にやめさせるのではなく、できるだけカロリーの少ない食品を用意して食べてもらう方がいいように思います。認知機能障害のある糖尿病患者では炭水化物に偏り、タンパク質や野菜の摂取が低下しやすくなります。調理しないで済む菓子パンなどが多くなる傾向があります。生活のリズムが乱れ、朝食または昼食の欠食がみられることもあります。介護者に対してこうした食事指導を行うことも必要ですが、介護保険などのサービスを利用し、ヘルパーによる調理や買い物などの援助を得ることも大切です。宅配食の利用などもいいですが、デイサービス・デイケアを利用することが、介護者の負担を軽減し、規則正しい生活リズムを保ち、昼食を確保することにつながり、食事療法の面からも大切であると思います。1)Levine ME, et al. Cell Metab 19:407-417, 2014.2)Fard NRP, et al. Nutrition Reviews 77:498–513, 2019.3)Iimuro S, et al. Geriatr Gerontol Int 12 (Suppl. 1): 59-67, 2012.4)Tepper S, et al. Nutrients 10: E767, 2018.5)Nam GE et al. Diabetes Care 42:1217-1224, 2019.

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漫然投与薬に依存している患者の提案成功例【うまくいく!処方提案プラクティス】第13回

 すでに生じている症状の改善目的以外にも、予防目的で薬がどんどん増えていくことがあります。害が予想される場合は処方薬の整理をしたいところですが、患者さんの依存度が高い場合は中止が難しくなります。今回は、そのような場合の中止アルゴリズムについて紹介します。患者情報90歳、女性(個人在宅)、長男と同居中基礎疾患:認知症、脳出血内服管理:簡易懸濁法で経管投与(長男が管理)訪問看護:週3回処方内容(介入時)1.エレンタール®配合内用剤 3包 分3 毎食後2.ドンペリドン錠10mg 3錠 分3 毎食後3.酸化マグネシウム錠250mg 3錠 分3 毎食後 適宜調節4.ピコスルファートナトリウム内用液 便秘時 5〜8滴 適宜調節5.グリセリン浣腸 1個 便秘時本症例のポイントこの患者さんは、長期間上記の薬を継続していました。息子さんが熱心に服薬管理をしているため飲み忘れはなく、簡易懸濁の手技なども問題なく行えていました。しかし、1つ気になっていたのは、消化管運動の改善目的でドパミンD2受容体遮断薬であるドンペリドンを長期間服用していたことです。ドパミンD2受容体遮断薬は、上部消化管にあるドパミン受容体に作用することでアセチルコリンの遊離を促して運動機能を改善しますが、長期間服用するとアカシジア、ジスキネジアなどの錐体外路症状が生じることがあります。ドンペリドンは血液脳関門を通過しにくいため、比較的安全性は高いと考えられますが、長期間服用することで錐体外路症状の発現リスクはあると考えました。認知症の影響から身体機能低下は進行していましたが、もしこの錐体外路症状が生じるとさらに身体機能は低下し、本人および息子さんの負担が増加する可能性があります。そこで、服用契機をたどってみると、デイサービス利用時の移動で嘔吐したことがあり、それ以来ドンペリドンを定期服用しているとのことでした。経管投与に伴う逆流や便秘のコントロール不良も原因の1つと考えられるため、手技や投与量を検討することでドンペリドンを中止することも可能なのではないかと考えました。しかし、ご本人と息子さんがドンペリドンをやめることで嘔気をぶり返すのが怖いと訴えたため、単純な中止の提案ではなく、代替薬などを提案して不安にさせないようにする必要がありました。処方提案と経過訪問報告書を用いて、以下の処方提案をしました。「患者さんは、長期的にドパミンD2受容体遮断薬を服用しており、錐体外路症状が発現した場合にはさらなる身体機能の低下からご本人やご家族の負担が増大する懸念があります。服用契機は、デイサービス移動時の嘔吐と伺っていますので、定期服用ではなくデイサービス当日の移動前の頓服に切り替えるのはいかがでしょうか。あるいは、便秘や経管投与による胃食道逆流の症状から来る嘔気のコントロールであれば、消化管運動機能改善薬のモサプリドを同様の用法で服用するのはいかがでしょうか」。医師より、これまでドンペリドンが有効であったため他剤への切り替えではなく、有症状時の頓服にしようと承認を得ることができました。頓服に切り替え後、患者さんはドンペリドンを使うことなく経過しました。息子さんに薬を使わなくても症状がなくて安心してもらえたタイミングで、医師に今後の処方は中止することを提案したところ、承認を得ることができました。患者さんは、その後も嘔気の症状はなく、ドンペリドンを使わなくても安定した状態を保っています。

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日本における認知症の重症度と社会的介護コスト

 アルツハイマー病患者への直接的な社会的支援のコストは高まっており、高齢化に伴い、今後さらに増加し続けると予想される。藤田医科大学の武地 一氏らは、日本における長期介護保険でのアルツハイマー病に対する直接的な社会的支援のコストを推定するため、検討を行った。Geriatrics & Gerontology International誌オンライン版2019年9月2日号の報告。 本研究は、メモリークリニックを受診したアルツハイマー病患者または軽度認知障害患者169例に対し、長期にわたるフォローアップを行った横断的研究である。認知症の重症度、介護サービスの利用、コストについて分析を行った。 主な結果は以下のとおり。・軽度、中等度、重度の認知症患者の間で、直接的な社会的支援の利用およびコストの有意な増加が認められた(p<0.001)。・とくに、デイサービスとショートステイサービスの利用は、認知症の重症度とともに増加が認められた(p<0.001)。・対象患者を長期介護保険の介護レベルで層別化した場合でも、同様の結果であった。・169例中49例は長期介護保険の申請をしていなかったが、要支援1と要介護1では、認知症の重症度に違いは認められなかった。・申請しなかった群と申請および認定された群におけるロジスティック回帰分析では、認知症の重症度だけではなく、年齢(OR:1.112、95%CI:1.037~1.193、p=0.003)、居住形態(OR:0.257、95%CI:0.076~0.862、p=0.028)でも有意な差が認められた。 著者らは「アルツハイマー病の患者数が増加するにしたがって、直接的な社会的コストも増加する。本研究は、アルツハイマー病の診断後に提供される直接的な社会的支援のタイプを標準化することや、費用対効果の高い介護の開発に役立つであろう」としている。

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第10回 高齢者糖尿病の薬物療法(メトホルミン、SGLT2阻害薬)【高齢者糖尿病診療のコツ】

第10回 高齢者糖尿病の薬物療法(メトホルミン、SGLT2阻害薬)Q1 腎機能低下を考慮した薬剤選択・切り替え(とくにメトホルミンの使用法)について教えてくださいeGFR 30mL/分/1.73m2未満の腎機能低下例では、メトホルミン、SU薬、SGLT2阻害薬は使用しないようにします。腎機能の指標としては血清クレアチニン値を用いたeGFRcreがよく用いられますが、筋肉量の影響を受けやすく、やせた高齢者では過大評価されてしまうことに注意が必要です。このため、われわれは筋肉量の影響を受けにくいシスタチンC (cys)を用いたeGFRcysにより評価するようにしています。メトホルミンの重大な副作用として乳酸アシドーシスが知られており、eGFR 30mL/分/1.73m2未満でその頻度が増えることが報告されています1)。したがって、本邦を含めた各国のガイドラインでは、eGFR 30未満でメトホルミンは禁忌となっています。しかし30以上であれば、高齢者でも定期的に腎機能を正確に評価しながら投与することで、安全に使用できると考えています。各腎機能別のメトホルミンの具体的な使用量は、eGFR 60以上であれば常用量を投与可能、eGFR 45~60では500mgより開始・漸増し最大1,000mg/日、eGFR 30~45では最大500mg/日とし、eGFR 30未満では投与禁忌としています。なお、重篤な肝機能障害の患者への使用は避け、手術前後やヨード造影剤検査前後の使用も中止するようにします。心不全に関しては、メトホルミン使用の患者では死亡のリスクが減少することが報告されており、FDAでは禁忌ではなくなっています。ただし、本邦ではまだ禁忌となっているので注意する必要があります。また腎機能は定期的にモニターし、eGFRが低下するような場合には、上記の原則に従って減量する必要があります。また経口摂取不良、嘔気嘔吐など脱水のリスクがある場合(シックデイ時)には投与中止するようにあらかじめ指導しておくことが重要です2)。SGLT2阻害薬については、次のQ2で解説します。Q2 高齢者でのSGLT2阻害薬の適否の考え方は?近年、心血管リスクの高い糖尿病患者に対する、SGLT2阻害薬の心血管イベント抑制作用や腎保護作用が相次いで報告されています。SGLT2阻害薬は腎機能が高度に低下しておらず(eGFR≧30 mL/分/1.73m2が目安)、肥満・インスリン抵抗性が疑われる患者には適しており、これらの患者には、メトホルミンと同様に治療早期から使用しているケースも多いです。ただし、下記に挙げるさまざまな注意点があり、通常は75歳まで、最高でも80歳前後までの患者への投与を原則とし、80歳以上の患者にはとくに慎重に投与しています。75歳未満の患者では下記に留意し、対象患者を定めています:1.脱水や脳梗塞のリスクがあるため、認知機能やADLが保たれており飲水が自主的に十分できる患者かどうか(利尿薬投与中の患者ではとくに注意が必要)2.性器・尿路感染のリスクがあるため、これらの明らかな既往がないかどうか3.明らかなエビデンスはないが、筋肉量減少の懸念があるため、サルコペニアが否定的で定期的な運動を行えるかどうかそのほか、メトホルミンと同様に、シックデイ時には投与中止するようにあらかじめ指導しておくことが非常に重要です3)。Q3 認知症で服薬アドヒアランスが低下、投薬の工夫があれば教えてください認知症患者の服薬管理においては、認知機能の評価とともに、社会サポートがあるかどうかの確認が重要です。家族のサポートが得られるか、介護保険の申請はしてあるか、要支援・要介護認定を受けているかを確認し、服薬管理のために利用できるサービスを検討します。実際の投薬の工夫としては、以下に示すような方法があります。1.服薬回数を減らし、タイミングをそろえるたとえば食前内服のグリニド薬やαグルコシダーゼ阻害薬(α‐GI)にあわせて、他の薬剤も食直前にまとめる方法がありますが、そもそも1日3回投与薬の管理が難しい場合は、1日1回にそろえてしまうことも考えます。最近、DPP-4阻害薬で週1回投与薬が登場しており、単独で投与する患者にはとくに有用ですが、他疾患の薬剤も併用している場合にはむしろ服薬忘れの原因となることもあるので、注意が必要です。なお、最近ではGLP-1受容体作動薬の週1回製剤も利用できますが、これはDPP-4阻害薬よりも血糖降下作用が強く、さらに訪問や施設看護師による注射が可能なため、われわれは認知症患者に積極的に使用しています。2.配合薬を利用するDPP-4阻害薬とメトホルミンなど、複数の成分をまとめた薬剤が次々登場しています。配合薬は、服薬錠数を減らし、服用間違いや負担感を減らすと考えられますが、たとえば経口摂取不能時や脱水時などシックデイの状態のときにSU薬やメトホルミンなど特定の薬剤だけを減量・中止したいときに扱いづらいという欠点があり、リスクの高い患者にはあえて使用しないこともあります。3.一包化する服薬タイミングごとの一包化も服薬忘れの軽減に有用ですが、配合薬と同様、シックデイ時にSU薬などを減量・中止することが難しくなるため、リスクの高い患者には当該薬剤だけを別包にするケースもあります。2、3ともに、シックデイ時にどの薬剤を減量・中止するのか、医療機関に連絡させ受診させるのか、という点について、介護者を含めて事前に話し合い、伝えておくことが重要です。4.配薬、服薬確認の方法を工夫するカレンダーや服薬ボックスにセットする方法が一般的であり、家族のほか、訪問看護師や訪問薬剤師にセットを依頼することもあります。しかしセットしても患者が飲むことを忘れてしまっては意味がありません。内服タイミングに連日家族に電話をしてもらい服薬を促す方法もありますが、それでも難しい場合、たとえば連日デイサービスに行く方であれば、昼1回に服薬をそろえて、平日は施設看護師に確認してもらい、休日のみ家族にきてもらって投薬するという方法も考えられます。 1)Lazarus B et al. JAMA Intern Med. 2018; 178:903-910.2)日本糖尿病学会.メトホルミンの適正使用に関する Recommendation(2016年改訂)3)日本糖尿病学会.SGLT2阻害薬の適正使用に関する Recommendation(2016年改訂)

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頭を使わないと認知症になるっていうけど本当か?(解説:岡村毅氏)-983

 お待ちかねのBMJ誌のクリスマス号である。ご存じの方も多いと思うが、クスリと笑えるが、じわじわと効いてくる論文(きちんとした科学であることが大前提で偽科学はダメ)が満載のなんとも英国的な恒例行事である。 今回取り上げた論文は、英国・アバディーン市の1936年生まれの子供たちをなんと11歳の時点から継続的に知能テストし続けたという超長期縦断研究からの報告である。最新の調査は2013年であるから77歳に到達している。その結果、わかったことは大きく2つある。 第1は、時の流れには逆らえないということ。加齢により、どんな活動をしようが、教育歴を調整しようが(認知予備能の文脈)、認知機能は低下していく。 第2は、かすかに低下を緩やかにしたものは問題解決型の活動であって、知的活動ではないとのこと。 高齢者の外来をしていると、家で家族以外に誰とも話さずに低活動で過ごしている方もいる。それは究極的には個人の自由なのであるが、認知症などがある方が「閉じこもり→昼もコタツで寝てる→夜眠れない→せん妄や易怒性」という負のサイクルに陥っている場合は、地域活動やデイサービスなどを勧める。しかし「いいえ、私は美術館巡りをして頭を使っていますから」などと断られることもある。 そういうときは「どうぞ美術館に行き続けてください。応援します。でもね、毎日行っているわけではないでしょう。地域の活動とかデイサービスとかに行くと、いろいろな人がいて、いい人もいれば嫌な人もいて、いろいろな問題が起こって、そりゃあ楽しいことばかりではないですよ。でも学校も仕事もそうだったでしょう。いろいろな問題をみんなで解決していくと、生きてるって感じるし、頭にもいいんですよ」なんて言っていたことを思い出した。しばしばエビデンスというものは臨床知を追いかけているものだ。 さて、この論文はなんとなく無常観を漂わせているように思われる。これを読んで筆者は鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。(中略)世の中にある人とすみかと、又かくの如し」を思い出した。年をとれば認知機能も徐々にその人なりに低下し、死が訪れる。人生は有限だからこそ、与えられた時間の中で精いっぱい善く生きようとするのだ。医療は死や認知機能低下を撲滅することはできないが、時にちょっとだけ遅らせたり、もっと重要なことは、善く生きるためのささやかなお手伝いはできるかもしれない。 では皆さま、良いお年をお迎えください。

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第4回 糖尿病患者の認知症、予防と対応は【高齢者糖尿病診療のコツ】

第4回 糖尿病患者の認知症、予防と対応はQ1 糖尿病における認知機能障害のスクリーニング法、どう使い分けたらいいですか?糖尿病は認知症や軽度認知機能障害(MCI)をきたしやすい疾患です。アルツハイマー病は約1.5倍、血管性認知症は約2.5倍起こりやすいとされています1)。糖尿病患者における認知症の発症には、高血糖によるMCI、微小血管障害、脳梗塞の合併、アルツハイマー病の素因などの複数の因子が関連しているとされています。また、MCIを呈することで、記憶力、実行機能、注意・集中力、情報処理能力などの領域が軽度から中等度に障害されます。この中で、記憶力障害や実行機能障害は糖尿病におけるセルフケア(服薬やインスリン注射など)の障害につながります。実行機能は物事の目標を設定し、順序立てて誤りなく遂行する能力です。実行機能の障害によって、買い物、食事の準備、金銭管理など手段的ADLが低下します。手段的ADLが低下し、セルフケアが障害されると、血糖コントロールが悪化して、さらに実行機能障害が起こるという悪循環に陥りやすくなるのです。この実行機能障害は前頭前野の障害が原因とされており、種々の検査がありますが、時計描画試験、言語流暢性試験が簡単に行える検査です。糖尿病における認知機能障害のスクリーニング検査を表に示します(詳細は、日本老年医学会の高齢者診療におけるお役立ちツールを参照)。画像を拡大するまず、一般的にはMMSEや改訂長谷川式知能検査のいずれかを行います。それらが高得点でも認知機能障害が疑われる場合には、時計描画などが含まれているMini-Cog試験、MoCAなどを行うことをお勧めします。Mini-Cog試験は3つの単語を覚えた後に、丸の中に時計の文字盤と10時10分の秒針を書いて、最初に覚えた3つの単語を思い出すという簡単な試験です。時計が書けて2点、思い出すことができた単語の個数を点数として合計点を出します。5点満点中2点以下は認知症疑いとされます。MoCAはMCIかどうかをスクリーニングするのに有用な検査であり、時計描画試験などの種々の検査が含まれていますが、複雑な検査なので臨床心理士などが行う場合が多いと思います。MoCAはMMSEよりも糖尿病における認知機能障害を見出すことに有用であると報告されています2)。上記のMMSEなどの神経心理検査は非日常的なタスクを患者さんに行ってもらうので、メディカルスタッフや介護職が行うには抵抗が大きいように思います。そこで、メディカルスタッフなどが簡単な質問票によって認知機能を評価できるものに、DASC-21とDASC-8があります。DASC-21は地域包括ケアシステムのための認知症アセスメントシートであり、記憶、見当識、判断力(季節に合った服を着る)、手段的ADL(買い物、交通機関を使っての外出、金銭管理、服薬管理など)、基本的ADL(トイレ、食事、移動、入浴など)をみる21項目の質問からなります(「DASC」ホームページを参照)。各質問を4段階の1~4点で評価し、合計点を出して31点以上が認知症疑いとなります。31点以上でかつ場所の見当識、判断力、基本的ADLの質問のいずれかが3点以上の場合は中等度以上の認知症疑いになります。DASC-8は日本老年医学会が11月に公開したDASC-21の短縮版であり、記憶、時間見当識、手段的ADL3問(買い物、交通機関を使っての外出、金銭管理)、基本的ADL3問(トイレ、食事、移動)の8問を同様に4段階に評価し、合計点を出します。DASC-8は認知機能だけでなく、手段的ADL、基本的ADLといった生活機能が評価できるので認知・生活機能評価票とも呼ばれます。Q2 糖尿病患者の認知症予防または進行防止のための対策にはどのようなものがありますか?糖尿病における認知症発症の危険因子は高血糖、重症低血糖、CKD、脳血管障害、PAD、身体活動量低下などです。とくに重症低血糖と認知症は双方向の関係があり、悪循環をきたすことがあります3)。したがって、認知機能障害の患者では適切な血糖コントロールと、高血圧などの動脈硬化性疾患の危険因子の治療を行うことが大切です。日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会により、認知機能とADLの評価に基づいた高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)が発表されています(図)。SU薬やインスリンなど低血糖のリスクが危惧される薬剤を使用する場合で、中等度以上の認知症合併患者はカテゴリーIIIとなり、HbA1c値の目標は8.5%未満で下限値7.5%となります。また、MCIから軽度認知症の場合はカテゴリーIIとなり、HbA1c値の目標は8.0%未満で下限値7.0%となり、柔軟な目標値を設定します。画像を拡大する治療目標は、年齢、罹病期間、低血糖の危険性、サポート体制などに加え、高齢者では認知機能や基本的ADL、手段的ADL、併存疾患なども考慮して個別に設定する。ただし、加齢に伴って重症低血糖の危険性が高くなることに十分注意する。 注1)認知機能や基本的ADL(着衣、移動、入浴、トイレの使用など)、手段的ADL(IADL:買い物、食事の準備、服薬管理、金銭管理など)の評価に関しては、日本老年医学会のホームページを参照する。エンドオブライフの状態では、著しい高血糖を防止し、それに伴う脱水や急性合併症を予防する治療を優先する。注2)高齢者糖尿病においても、合併症予防のための目標は7.0%未満である。ただし、適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合、または薬物療法の副作用なく達成可能な場合の目標を6.0%未満、治療の強化が難しい場合の目標を8.0%未満とする。下限を設けない。カテゴリーIIIに該当する状態で、多剤併用による有害作用が懸念される場合や、重篤な併存疾患を有し、社会的サポートが乏しい場合などには、8.5%未満を目標とすることも許容される。注3)糖尿病罹病期間も考慮し、合併症発症・進展阻止が優先される場合には、重症低血糖を予防する対策を講じつつ、個々の高齢者ごとに個別の目標や下限を設定してもよい。65歳未満からこれらの薬剤を用いて治療中であり、かつ血糖コントロール状態が図の目標や下限を下回る場合には、基本的に現状を維持するが、重症低血糖に十分注意する。グリニド薬は、種類・使用量・血糖値等を勘案し、重症低血糖が危惧されない薬剤に分類される場合もある。【重要な注意事項】糖尿病治療薬の使用にあたっては、日本老年医学会編「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を参照すること。薬剤使用時には多剤併用を避け、副作用の出現に十分に注意する。(日本老年医学会・日本糖尿病学会編・著.高齢者糖尿病診療ガイドライン2017,p.46,図1 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値),南江堂;2017)高齢者をカテゴリーI~IIIに分類するためにはDASC-8またはDASC-21を行うことが有用です。DASC-8では8~10点がカテゴリーI、11~16点がカテゴリーII、17~32点がカテゴリーIIIとなります。DASC-21では21~26点がカテゴリーI、27~38点がカテゴリーII、39点以上がカテゴリーIIIに相当します4)。DASC-8の質問票と使用マニュアルについては、こちらを参照してください。認知症と診断されないMCIの段階、すなわちカテゴリーIIの段階からレジスタンス運動、食事療法、心理サポート、薬物治療の単純化、介護保険など社会資源の確保を行うことが大切です。運動療法を行い、身体活動量を増やすことは認知機能の悪化防止のために重要です。身体機能の低下した高齢糖尿病患者にレジスタンス運動、有酸素運動などを組み合わせて行うと、記憶力や認知機能全般が改善するという報告もあります5)。可能ならば、週2回の介護保険によるデイケアを利用し、運動療法を行うことを勧めます。市町村の運動教室、太極拳、ヨガなど筋力を使う運動もいいでしょう。低栄養は認知症発症のリスクになるので、食事療法においては十分なエネルギー量を確保します。認知機能に影響するビタミンA、ビタミンB群などの緑黄色野菜の摂取不足にならないように注意することが大切です。薬物療法でもMCIの段階から、低血糖の教育を介護者にも行うことが必要です。低血糖のリスクはMCIの段階から高くなるからです(第2回、図3参照)。また、この段階から服薬アドヒアランスが低下することから、服薬の種類や回数の減少、服薬タイミングの統一、一包化などの治療の単純化を行います。薬カレンダーや服薬ボックスの利用も指導するのがいいと思います。カテゴリーIIIで目標下限値を下回った場合は、減量、減薬の可能性を考慮します。介護保険を利用し、デイケアまたはデイサービスを利用することで、孤立を防ぎ、社会とのつながりを広げ、介護者の負担を減らすことが大切です。家族や介護相談専門員と相談し、ヘルパーによる食事介助、訪問看護による服薬やインスリンの管理、または週1回のGLP-1受容体作動薬の注射などの支援の活用を検討していきます。徘徊、興奮などの行動・心理症状(BPSD)があると、糖尿病治療が困難になることが多くなります。BPSDの対策は環境を調整し、その原因となる疼痛、発熱、高血糖、低血糖などを除くことです。またBPSDは患者の何らかの感情に基づいており、叱責などによってBPSDが悪化することも多いので、介護者の理解を促すことも必要となります。抗認知症薬も早期に投与することでBPSDが軽減し、感情の安定や、意欲の向上、会話の増加がみられることがあるので専門医と相談し、使用を考慮しています。メディカルスタッフと協力して、認知症だけでなく、MCIの早期発見を行い、適切な血糖コントロールとともに、運動・食事・薬物療法の対策を立て、社会サポートを確保することが大切です。1)Cheng G, et al. Intern Med J. 2012;42:484-491.2)Alagiakrishnan K, et al. Biomed Res Int. 2013:186-106.3)Mattishent K, Loke YK. Diabetes Obes Metab.2016;18:135-141.4)Toyoshima K, et al. Geriatr Gerontol Int 2018;18:1458-1462.5)Espeland MA, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2017;72:861-866.

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