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アルコールを一滴も飲んでいないのに「飲酒運転」で逮捕46歳の健康な建設業者が2011年、拇指外傷の治療でセファレキシンを3週間服用しました。抗菌薬終了後まもなく、記憶障害、集中力低下、攻撃的行動が現れ、温厚だった彼は別人のようになりました。そして、2014年のある朝、彼は飲酒運転で逮捕されました。「アルコールは一滴も飲んでいない」と訴えましたが、血中アルコール濃度はきわめて高い結果でした。医療スタッフも警察も、「飲んでいない」という彼の言葉を信じませんでした。Malik F, et al. Case report and literature review of auto-brewery syndrome: probably an underdiagnosed medical condition. BMJ Open Gastroenterol. 2019 Aug 5;6(1):e000325.その後6年間、複数の専門医を受診しても原因は不明。症状悪化により転倒して頭蓋内出血を起こし、入院中も血中アルコール濃度が高い状態で変動していました。「隠れてお酒を飲んでいるんでしょう」と疑っている人も多かったそうです。転機は、叔母がインターネットで見つけた類似症例の情報でした。2015年、オハイオ州の医師を訪れた彼に、ついに「自動醸造症候群」の診断が下されました。―――自動醸造症候群(Auto-brewery syndrome)。聞いたことありますか? これは、摂取した炭水化物が腸管内の真菌によってアルコールに変換される、きわめてまれな疾患です。患者は文字通り「体内で酒を造る」状態となります。便検査により醸造酵母であるSaccharomyces cerevisiaeとSaccharomyces boulardiiが検出されました。炭水化物チャレンジテストでは、50g摂取後8時間で血中アルコール濃度が57mg/dLまで上昇。彼の腸内で文字どおり「酒造り」が行われていたのです。2017年の精密検査では、内視鏡で採取した腸管分泌物からCandida albicansとCandida parapsilosisも検出されました。複数の真菌が入れ替わりながら、継続的にアルコールを産生していた可能性が示唆されました。何らかの理由により腸内細菌叢が破綻し、通常は抑制されている酵母菌が胃や上部小腸で異常増殖したことが推察されます。摂取した炭水化物(米、パン、パスタ)が腸内の真菌によってアルコールに変換され、血中に吸収されて酔っ払うという症状を引き起こしていました。治療としていろいろな抗真菌薬が試されましたが、最終的に6週間のミカファンギン点滴により真菌は完全除去されました。治療後は、炭水化物摂取でも血中アルコール濃度は上昇しなくなりました。現在、彼は正常な食事を摂り、仕事に復帰しているそうです。めでたし、めでたし。というわけで、「体内で酒を造る人間」というSFのような病態があることを、私たちは知っておく必要があります。