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医薬品供給不足の現在とその原因は複雑/日医

 日本医師会(会長:松本 吉郎氏[松本皮膚科形成外科医院 理事長・院長])は、「医薬品供給等の最近の状況」をテーマに、メディア懇談会を2月19日に開催した。懇談会では、一般のマスメディアを対象に現在問題となっている医薬品の安定供給の滞りの原因と経過、そして、今後の政府への要望などを説明した。 はじめに松本氏が挨拶し、「2020年夏頃より医薬品供給などに問題が生じてきたが、4年経過しても解決していない。後発医薬品だけではない、全体的な問題であり、その解消に向けて医師会も政府などに要望してきた。複合的な問題であるが、早く解消され、安心・安全な医薬品がきちんと医師、患者さんに届くことを望む」と語った。安定供給に立ちはだかる内的要因と外的要因 「医薬品供給等の最近の状況について」をテーマに同会常任理事の宮川 政昭氏(宮川内科小児科医院 院長)が、長引く医薬品供給停滞について、その現状と問題点を説明した。 医薬品の安定供給問題には、採算性の低下、国の関与不足、トレーサビリティの問題・情報開示などの内的要因と地政学リスク、材料の特定国への依存、日本独自の品質要求などの外的要因が交錯し、問題を複雑化している。 2025年2月18日時点での厚生労働省医療用医薬品供給状況の発表でも、通常出荷されていない割合は約21.9%、そのうち後発医薬品の割合が約60%、先発医薬品や長期収載医薬品なども12.7%という状況。 医薬品の供給不足に関しては、供給体制を強化する必要があるが、安定供給は国民の健康を守るために重要な課題であり、安全保障の観点からも重要と述べるとともに、医療用医薬品不足の原因としては、「品質問題」「海外依存リスク」「国内生産基盤の強化」の3つがあると提示した。(1)品質問題 2020年頃より顕在化するようになった後発医薬品メーカーの品質問題の不祥事による厚生労働省の行政処分。厚労省、日本ジェネリック製薬協会が何度も自主点検を行っても、こうした事態が解消されずにいる。2023年の先発医薬品メーカーも含めた日本製薬団体連合会主導の自主点検でも、「一部承認書との相違の整理あり」の案件が3,281件(37.6%)と、いまだ約4割に相違があることは非常に問題だという。実際、自主点検で報告された代表事例として、製造方法の改変、規格の齟齬、承認書と関連文書の矛盾、承認書からの追加・省略事例、文書化されていない口頭伝承などがあった。今後の対応としては、とくに「組織ガバナンス」の問題として、「経営レベルでのガバナンス強化」「品質管理システムの徹底」「従業員の意識改革」などが期待されると説明した。(2)海外依存のリスク 厚労省が、サプライチェーン調査を実施したところ、安定確保医薬品カテゴリーAの21成分の原薬原材料の供給経路につき、8成分が単一国、5成分が2ヵ国、8成分が3ヵ国以上だった。仕入先国では、中国、韓国、インドが多く、特定の国への集中は考慮する必要があると問題を提起した。厚労省の対策会議などでは、供給が単一国の場合はその供給の複数国化や、医薬品メーカーの代替供給源の探索を行う際の補助事業、供給リスク管理のためのマニュアル作成事業などが提案され、これらを推進することで、材料などの安定的な供給を進めていると紹介した。(3)国内生産基盤の強化 医薬品の安定供給確保には、国内の製造基盤を維持・強化することが不可欠であり、GMP(Good Manufacturing Practice:医薬品の製造管理および品質管理)基準適合の設備導入や、政府支援による生産拠点整備が求められる。一方で、後発医薬品メーカーによっては工場の老朽化が進んでおり、懸念材料となっている。建て替えには数百億円の費用が必要とされるが、政府などの支援がないのが現状。また、単純に薬価を上げれば安定供給になるわけでもないので、安定供給のために製薬企業全体として国に対策を協力してもらい、国家の安全保障としての枠組み作りを国に要望したいと語った。医薬品流通体制の3つの課題 次に「医薬品の流通体制」について、現状、インフルエンザ治療薬、局所麻酔薬、テオフィリン徐放性製剤が不足しており、地域医師会などから悲痛な声が医師会に届いていることを報告した。そして、医薬品の流通体制の問題点として「共同開発」「委受託製造」「1社流通」の3つの問題を上げた。 「共同開発」では、後発医薬品メーカーの開発コスト削減などメリットがある一方で、製造販売承認では開発各社が安定性試験などの資料をそろえ、申請をしなければならない煩雑さがある。「委受託製造」では、品質管理のばらつき、コスト削減による品質低下、緊急対応の難しさなどがあると指摘する。「1社流通」では、効率的な流通、コスト削減、品質管理の保持ができる一方で、従来からある医薬品供給の遅れ、価格の固定化、安定供給への懸念などさまざまな課題が提起されている。実際、日本保険薬局協会の調査でも「製薬企業・卸から理由の説明を受けたことがある薬局」は約7%で、丁寧な情報提供がないなど流通改善のガイドラインなどが順守されていないという。 終わりに宮川氏は、「医薬品に関連するさまざまな問題を説明した。今後、マスメディアにはこうした現状を理解してもらい、適切な報道をしていただきたい」と述べ、懇談会を終えた。

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妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン 後編【今、知っておきたいワクチンの話】総論 第8回

本稿では「妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン」について取り上げる。これらのワクチンは、女性だけが関与するものではなく、その家族を含め、「彼女たちの周りにいる、すべての人たち」にとって重要なワクチンである。なぜなら、妊婦は生ワクチンを接種することができない。そのため、生ワクチンで予防ができる感染症に対する免疫がない場合は、その周りの人たちが免疫を持つことで、妊婦を守る必要があるからである。そして、「胎児」もまた、母体とその周りの人によって守られる存在である。つまり、妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチンは、胎児を守るワクチンでもある。VPDs(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで予防ができる病気)は、禁忌がない限り、すべての人にとって接種が望ましいが、今回はとくに妊娠可能年齢の女性と母体を守るという視点で、VPDおよびワクチンについて述べる。今回は、ワクチンで予防できる疾患、生ワクチンの概要の前編に引き続き、不活化ワクチンなどの概要、接種スケジュール、接種で役立つポイントなどを説明する。ワクチンの概要(効果・副反応・不活化・定期または任意・接種方法)妊婦に生ワクチンの接種は禁忌である。そのため妊娠可能年齢の女性には、事前に計画的なワクチン接種が必要となる。しかし、妊娠は予期せず突然やってくることもある。そのため、日常診療やライフステージの変わり目などの機会を利用して、予防接種が必要なVPDについての確認が重要となる。そこで、以下にインフルエンザ、百日咳、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、RSウイルス(生ワクチン以外)の生ワクチン以外のワクチンの概要を述べる。これら生ワクチン以外のワクチン(不活化ワクチン、mRNAワクチンなど)は妊娠中に接種することができる。ただし、添付文書上、妊娠中の接種は有益性投与(予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められていること)と記載されているワクチンもあり注意が必要である。いずれも妊娠中に接種することで、病原体に対する中和抗体が母体の胎盤を通じて胎児へ移行し、出生児を守る効果がある。つまり、妊婦のワクチン接種が母体と出生児の双方へ有益ということになる。(1)インフルエンザ妊婦はインフルエンザの重症化リスク群である。妊婦がインフルエンザに罹患すると、非妊婦に比し入院率が高く、自然流産や早産だけでなく、低出生体重児や胎児死亡の割合が増加する。そのため、インフルエンザ流行期に妊娠中の場合は、妊娠週数に限らず不活化ワクチンによるワクチン接種を推奨する1)。また、妊婦のインフルエンザワクチン接種により、出生児のインフルエンザ罹患率を低減させる効果があることがわかっている。生後6ヵ月未満はインフルエンザワクチンの接種対象外であるが、妊婦がワクチン接種することで、胎盤経由の移行抗体による免疫効果が証明されている1,2)。接種の時期はいつでも問題ないため、インフルエンザ流行期の妊婦には妊娠週数に限らず接種を推奨する。妊娠初期はワクチン接種の有無によらず、自然流産などが起きやすい時期のため、心配な方は妊娠14週以降の接種を検討することも可能である。流行時期や妊娠週数との兼ね合いもあるため、接種時期についてはかかりつけ医と相談することを推奨する。なお、チメロサール含有ワクチンで過去には自閉症との関連性が話題となったが、問題がないことがわかっており、胎児への影響はない2)。そのほか2024年に承認された生ワクチン(経鼻弱毒生インフルエンザワクチン:フルミスト点鼻薬)は妊婦には接種は禁忌である3)。また、経鼻弱毒生インフルエンザワクチンは、飛沫または接触によりワクチンウイルスの水平伝播の可能性があるため、授乳婦には不活化インフルエンザHAワクチンの使用を推奨する4)。(2)百日咳ワクチン百日咳は、成人では致死的となることはまれだが、乳児(とくに生後6ヵ月未満の早期乳児)が感染した場合、呼吸不全を来し、時に命にかかわることがある。一方、百日咳含有ワクチンは生後2ヵ月からしか接種できないため、この間の乳児の感染を予防するために、米国を代表とする諸外国では、妊娠後期の妊婦に対して百日咳含有ワクチン(海外では三種混合ワクチンのTdap[ティーダップ]が代表的)の接種を推奨している5,6)。百日咳ワクチンを接種しても、その効果は数年で低下することから、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2回目以降の妊娠でも、前回の接種時期にかかわらず妊娠する度に接種することを推奨している。百日咳は2018年から全数調査報告対象疾患となっている。百日咳感染者数は、コロナ禍前の2019年は約1万6千例ほどであったが、コロナ禍以降の2021~22年は、500~700例前後と減っていた。しかし、2023年は966例、2024年(第51週までの報告7))は3,869例と徐々に増加傾向を示している。また、感染者の約半数は、4回の百日咳含有ワクチンの接種歴があり、全感染者のうち6ヵ月~15歳未満の小児が62%を占めている8)。さらに、重症化リスクが高い6ヵ月未満の早期乳児患者(計20例)の感染源は、同胞が最も多く7例(35%)、次いで母親3例(15%)、父親2例(10%)であった9)。このように、百日咳は、小児の感染例が多く、かつ、ワクチン接種歴があっても感染する可能性があることから、感染源となりうる両親のみならず、その兄弟や同居の祖父母にも予防措置としてワクチン接種が検討される。わが国で、小児や成人に対して接種可能な百日咳含有ワクチンは、トリビック(沈降精製百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン)である。本ワクチンは、添付文書上、有益性投与である(妊婦に対しては、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められている)10)が、上記の理由から、丁寧な説明と同意があれば、接種する意義はあるといえる。(3)RSウイルスワクチン2024年より使用可能となったRSウイルスワクチン(組み換えRSウイルスワクチン 商品名:アブリスボ筋注用)11)は、新生児を含む乳児におけるRSウイルス感染症予防を目的とした妊婦対象のワクチンである(同時期に承認販売開始となった高齢者対象のRSウイルスワクチン[同:アレックスビー筋注用]は、妊婦は対象外)。アブリスボを妊娠中に接種すると、母体からの移行抗体により、出生後の乳児のRSウイルスによる下気道感染を予防する。そのため接種時期は妊娠28~36週が最も効果が高いとされている12)(米国では妊娠32~36週)。また、本ワクチン接種後2週間以内に児が出生した場合は、抗体移行が不十分と考えられ、モノクローナル抗体製剤パリミズマブ(同:シナジス)とニルセビマブ(同:ベイフォータス)の接種の必要性を検討する必要があるため、妊婦へ接種した日時は母子手帳に明記することが大切である13)。乳児に対する重度RSウイルス関連下気道感染症の予防効果は、生後90日以内の乳児では81.8%、生後180日以内では69.4%の有効性が認められている14)。これまで、乳児のRSウイルス感染の予防には、重症化リスクの児が対象となるモノクローナル抗体製剤が利用されていたが、RSウイルス感染症による入院の約9割が、基礎疾患がない児という報告もあり15)、モノクローナル抗体製剤が対象外の児に対しても予防が可能となったという点において意義があるといえる。一方で、長期的な効果は不明であり、わが国で接種を受けた妊婦の安全性モニタリングが不可欠な点や、他のワクチンに比し高額であることから、十分な説明と同意の上での接種が重要である。(4)COVID-19ワクチンこれまでの国内外の多数の研究結果から、妊婦に対するCOVID-19ワクチン接種の安全性は問題ないことがわかっており16,17)、前述の3つの不活化ワクチンと同様に、妊婦に対する接種により胎盤を介した移行抗体により出生後の乳児が守られる。逆にCOVID-19に感染した乳児の多くは、ワクチン未接種の妊婦から産まれている17)。妊婦がCOVID-19に罹患した場合、先天性障害や新生児死亡のリスクが高いとする報告はないが、妊娠中後期の感染では早産リスクやNICU入室率が高い可能性が示唆されている17)。また、酸素需要を要する中等症~重症例の全例がワクチン未接種の妊婦であったというわが国の調査結果もある17)。妊婦のCOVID-19重症化に関連する因子として、妊娠後期、妊婦の年齢(35歳以上)、肥満(診断時点でのBMI30以上)、喫煙者、基礎疾患(高血圧、糖尿病、喘息など)のある者が挙げられており、これらのリスク因子を持つ場合は産科主治医との相談が望ましい。一方で、COVID-19ワクチンはパンデミックを脱したことや、インフルエンザウイルス感染症のように、定期的流行が見込まれることから、2024年度から第5類感染症に変更され、ワクチンも定期接種化された。よって、定期接種対象者である高齢者以外は、妊婦や、基礎疾患のある小児・成人に対しても1回1万5千円~2万円台の高額なワクチンとなった。接種意義に加え、妊婦の基礎疾患や背景情報などを踏まえた総合的・包括的な相談が望ましい。また、COVID-19ワクチンについては、いまだにフェイクニュースに惑わされることも多く、医療者が正確な情報源を提供することが肝要である。接種のスケジュール(小児/成人)妊婦と授乳婦に対するワクチン接種の可否について改めて復習する。ワクチン接種が禁忌となるのは、妊婦に対する生ワクチンのみ(例外あり)であり、それ以外のワクチン接種は、妊婦・授乳婦も含めて禁忌はない(表)。表 非妊婦/妊婦・授乳婦と不活化/生ワクチンの接種可否についてただし、ワクチンを含めた薬剤投与がなくても流産の自然発生率は約15%(母体の年齢上昇により発生率は増加)、先天異常は2~3%と推定されており、臨界期(主要臓器が形成される催奇形性の感受性が最も高い時期)である妊娠4~7週は催奇形性の高い時期である。たとえば、ワクチン接種が原因でなくても後から胎児や妊娠経過に問題があった場合、実際はそうでなくても、あのときのあのワクチンが原因だったかも、と疑われることがあり得る。原因かどうかの証明は非常に困難であるため、妊娠中の薬剤投与と同様に、医療従事者はそのワクチン接種の必要性や緊急性についてしっかり患者と話し、接種する時期や意義について理解してもらえるよう努力すべきである。※その他注意事項生ワクチンの接種後、1~2ヵ月の避妊を推奨する。その一方で、仮に生ワクチン接種後1~2ヵ月以内に妊娠が確認されても、胎児に健康問題が生じた事例はなく、中絶する必要はないことも併せて説明する。日常診療で役立つ接種ポイント1)妊娠可能年齢女性とその周囲の家族について妊孕性(妊娠する可能性)が高い年代は10~20代といわれているが、妊娠可能年齢とは、月経開始から閉経までの平均10代前半~50歳前後を指す。妊娠可能年齢の幅は非常に広いことを再認識することが大切である。また、妊婦や妊娠可能年齢の女性を守るためには、その周囲にいるパートナーや同居する家族のことも考慮する必要があり、その年齢層もまちまちである(同居する祖父母や親戚、兄弟など)。患者の家族構成や背景について、かかりつけ医として把握しておくことは、ワクチンプラクティスにおいて、非常に重要であることを強調したい。2)接種を推奨するタイミング筆者は下記のタイミングでルーチンワクチン(すべての人が免疫を持っておくと良いワクチン)について確認するようにしている。(1)何かしらのワクチン接種で受診時(とくに中高生のHPVワクチン、インフルエンザワクチンなど)(2)定期通院中の患者さんのヘルスメンテナンスとして(3)患者さんのライフステージが変わるタイミング(進学・就職/転職・結婚など)今後の課題・展望妊娠可能年齢の年代は受療行動が比較的低く、基礎疾患がない限りワクチン接種を推奨する機会が限られている。また、妊娠が成立すると、基礎疾患がない限り産科医のみのフォローとなるため、妊娠中に接種が推奨されるワクチンについての情報提供は産科医が頼りとなる。産科医や関連する医療従事者への啓発、学校などでの教育内容への組み込み、成人式などの節目のときに情報提供など、医療現場以外での啓発も重要であると考える。加えて、フェイクニュースやデマ情報が拡散されやすい世の中であり、妊婦や妊娠を考えている女性にとっても重大な誤解を招くリスクとなりうる。医療者が正しい情報源と情報を伝える重要性が高いため、信頼できる情報源の提示を心掛けたい。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)妊娠可能年齢の女性と妊婦のワクチン(こどもとおとなのワクチンサイト)妊娠に向けて知っておきたいワクチンのこと(日本産婦人科感染症学会)Pregnancy and Vaccination(CDC)参考文献・参考サイト1)Influenza in Pregnancy. Vol. 143, No.2, Nov 2023. ACOG2)産婦人科診療ガイドライン 産科編 2023. 日本産婦人科学会/日本産婦人科医会. 2023:59-62.3)経鼻弱毒生インフルエンザワクチン フルミスト点鼻液 添付文書4)経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方. 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会(2024年9月2日)5)Tdap vaccine for pregnant women CDC 6)海外の妊婦への百日咳含有ワクチン接種に関する情報(IASR Vol.40 p14-15:2019年1月号)7)感染症発生動向調査(IDWR) 感染症週報 2024年第51週(12月16日~12月22日):通巻第26巻第51号8)2023年第1週から第52週(*)までに 感染症サーベイランスシステムに報告された 百日咳患者のまとめ 国立感染症研究所 実地疫学研究センター 同感染症疫学センター 同細菌第二部 9)全数報告サーベイランスによる国内の百日咳報告患者の疫学(更新情報)2023年疫学週第1週~52週 2025年1月9日10)トリビック添付文書11)医薬品医療機器総合機構. アブリスボ筋注用添付文書(2025年1月9日アクセス)12)Kampmann B, et al. N Engl J Med. 2023;388:1451-1464.13)日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会. 日本におけるニルセビマブの使用に関するコンセンサスガイドライン Q&A(第2版)(2024年9月2日改訂)14)Kobayashi Y, et al. Pediatr Int. 2022;64:e14957.15)妊娠・授乳中の新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種について 国立感染症成育医療センター16)COVID-19 Vaccination for Women Who Are Pregnant or Breastfeeding(CDC)17)山口ら. 日本におけるCOVID-19妊婦の現状~妊婦レジストリの解析結果(2023年1月17日付報告)講師紹介

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価値ある研究だが、国による医療事情の違いへの考慮が必要(解説:野間重孝氏)

 本試験では、最初の診断時に冠動脈CT血管造影(CCTA)を施行したグループにおいても、最初にCCTAが行われたが、その後のフォローアップで定期的にCCTAが使用されたわけではない。したがって、初回の診断による薬物治療や治療方針の違いが長期転帰に影響を与えた可能性はあるが、病変の進展を観察しながら治療を逐次変更していったわけではない。それでもこうした有意差が認められたことは、治療開始時に冠動脈病変を正確に把握しておくことの重要性をあらためて認識させた研究であるといえよう。これは私たちのような古手の循環器科医にとっては耳の痛い話であるが、若い人たちは「そんなことは当然では?」と思われるかもしれない。 わが国では冠動脈疾患が疑われた患者は特別な事情がない限り、まずCCTAや冠動脈造影が行われ、75%以上の狭窄が見つかった患者はFFRやiFRなどさらなる検査が行われ、高齢・合併症などにより施行が困難な場合を除いて、適応と考えられたほぼ全員がPCIや冠動脈バイパスの治療を受ける。フォローアップの過程においても何らかの変化がみられれば、当然のようにCCTAなどが再度施行される。したがって、SCOT-HEART試験でのCCTA群での初期治療方針の選択・変更が長期的な転機の改善につながったという点は、初期評価・診断の重要性を強調するものではあるが、わが国の現行の医療体制下では追加的な意味を持ちにくいと考えられる。JCSガイドラインにおいても、安定冠動脈疾患患者に対する治療戦略として至適薬物療法(OMT)と生活習慣の是正を基盤としつつ、機能的狭窄度評価を重視し、適切な血行再建術の適応を判断することが推奨されている。 SCOT-HEART試験は、2015年に初期結果が発表され、2018年には5年間のフォローアップ結果が報告された。今回の報告は、同グループが10年間のフォローアップ結果を発表したものである。10年間という長期間にわたる医療環境の変化を考えたとき、初期における適切な患者評価がいかに重要かをあらためて強調した研究として、高く評価されるものであろうと思われる。ただ、前述のようにわが国と英国では医療事情が異なっており、彼らの主張は大いに参考になるが、日本の医療環境は異なるため、そのまま適用するのではなく、FFR-CTの位置付けなどを含めた日本独自の診断戦略を構築することが求められる。

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第231回 高額療養費制度の行方、医療現場はどう変わる?

今年2月になって突然、飛び込んできた「高額療養制度の見直し」について多くの方はなぜそんなに急に? と疑念を抱かれたと思います。わが国はバブル景気の後の「失われた30年」の間、経済が停滞していた間も少子化と高齢人口の増加が続いてきました。リーマンショック後の安倍政権をきっかけに、日本経済も回復したとはいえ、2040年まで高齢化が続く中、増大する医療費や介護費のため、社会保障制度の持続可能性について検討が続いています。社会保障改革の経過の振り返り令和元(2019)年から開かれていた全世代型社会保障検討会議の最終報告からまとめられた「全世代型社会保障改革の方針」(令和2年)でも、少子化対策の子育て支援とともに、医療提供体制の改革や後期高齢者の自己負担割合の在り方について検討をすることが盛り込まれていました。これらについて政策の実際の発動は、新型コロナウイルス感染症の拡大で延期され、令和4年1月から開催された「全世代型社会保障構築会議」で、すべての世代が安心できる「全世代型社会保障制度」を目指し、働き方の変化を中心に据えながら、社会保障全般にわたる改革を検討しました。この会議の中で「給付と負担のバランス・現役世代の負担上昇の抑制」について、「高額療養費制度の見直しも併せてしっかり取り組んでいただきたい。厚生労働省からはそれを検討するという報告があったわけで、これはぜひ1つでも2つでもできるものをどんどん実現してほしい」という発言がなされていました(【第20回全世代型社会保障構築会議議事録】)。このような発言を反映してか、令和6年1月26日の社会保障審議会で「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」の中で、経済情勢に対応した患者負担などの見直し(高額療養費自己負担限度額の見直し/入院時の食費の基準の見直し)が入っていました。2月に入り厚労省の社会保障審議会医療保険部会の「令和7年8月~令和9年8月にかけて段階的に実施高額療養費制度の見直し」を行うという資料【高額療養費制度の見直しについて】をもとに国会の予算審議で大きく取り上げられたのをきっかけに大きな話題となりました。画像を拡大する当然ながら、高額療養費の対象となるがんや難病の患者さんの団体から反対の声が上がり、2月7日に厚労省で鹿沼 均保険局長と患者団体が面会を行い、いったん凍結を求められました。厚労省側から改革案を部分修正する意向を示されたものの、患者団体はこれを反対するなどしばらく予算審議を進めていく中、予定通り令和7年8月からの引き上げは難しくなっています。Financial toxicityがクローズアップされている高額療養費制度はわが国の保険診療のセーフティネットとして必要なもので、これが十分に機能しているため患者さんは安心して高額な抗がん剤や先進的な治療を受けることができますが、一方で、諸外国ではこのようなシステムがないため、すでに2000年代になって画期的な新薬の承認とともに問題となっていました。高額療養費制度の見直しが必要になったのは高額な新薬の登場です。近年登場する抗がん剤は非常に高額なため、公的な保険で十分にカバーできない問題が諸外国で話題になっていました。筆者も以前、製薬企業で勤務していたときに有害事象として報告された用語に“financial toxicity”という言葉を目にしたことがあります。Financial Toxicity(ファイナンシャル・トキシシティ:経済毒性)とは、国際医薬用語集にも掲載されている用語で、医療費による経済的負担が患者さんや家族に与える悪影響を指します。高額な新薬によって医療費が増大するのを抑制するため、欧米諸国では保険制度で新薬については、適応とする患者さんの症状によっては処方制限するなどしてアクセス制限をしています。新薬が使えない場合は、患者団体がメーカー側に働きかけて医薬品価格を引き下げさせたり、欧州では医療経済学者を中心に費用対効果を審査して、薬価と効果の面で医薬品を経済評価するようになっており、新薬として承認されても保険償還について別個で審査してアクセス制限をしています。実際にイギリスでは2009年から、新規の抗がん剤への患者アクセスを改善するためにNICE(国立保健医療研究所)によって「非推奨」とされた抗がん剤を中心に対象とする薬剤を評価後にリスト収載し、それらに対する費用をCDF(Cancer Drugs Fund:英国抗がん剤基金)から拠出してきましたが、財政負担の著しい増加に対して、2016年からは新CDFを含むNICEの抗がん剤評価に関する新スキームの運用が開始され、新薬として承認を取得するすべての新規抗がん剤は、NICEにより評価され、「推奨」とされた場合には、英国国民保健サービス(NHS)から償還を受けることができますが、「非推奨」の場合には、Individual Funding Request(IFR)による1件ごとの審議となり、使用は大きく制限されています。わが国でも2014年に承認されたニボルマブ(商品名:オプジーボ)をきっかけに、主に高額な薬価をめぐって国内で大きく取り上げられました。ニボルマブの承認時の償還薬価は100mg1瓶72万8,029円と高額でしたが、その後、適応症の拡大と処方患者の増加で急速に売り上げが伸びたため、厚労省が新たに設けた特例拡大再算定などの薬価引き下げ策で、新薬承認からわずか4年で75%も安くなり【「オプジーボ」続く受難 用量変更でまたも大幅引き下げ…薬価収載時から76%安く】、その後も薬価は低下し、現在は当初の価格から13万1,811円(2024年4月以降)と18.1%の価格になっています。過剰な薬価抑制策にはネガティブな側面もわが国では承認された新薬の保険償還の価格を引き下げることはよくありますが、国際的にみて、新薬の価格は特許がある間は開発費を回収して、さらに画期的な新薬開発への投資を行う原資を得るために保証されているのが通常で、わが国のように日本発の新薬ですら大きく価格を抑制することは、新薬を開発する製薬会社からみて市場としては魅力的には映りません。さらに日本では薬価制度で対応しつつ、同時に新薬の承認・審査するPMDA(医薬品医療機器総合機構)は「新規作用機序を有する革新的な医薬品については、最新の科学的見地に基づく最適な使用を推進する観点から、承認に係る審査と並行して最適使用推進ガイドラインを作成し、当該医薬品の使用に係る患者及び医療機関等の要件、考え方及び留意事項を示すこととしています」とあり、また、「症例ごとに適切な処方を求めるようになっています」として、処方する専門医に対して、学会や製薬企業から情報提供がなされるようになっています。現実問題として、わが国では以前、ドラッグラグ(承認の遅れ)が目立っていましたが、薬事審査に当たってのさまざまな障壁(日本人データの要求など)が業界側や患者側からの働きかけで短縮していました。一方、最近問題となっているのはドラッグロスと言って、そもそも日本市場に参入がないことです。これについては企業側の努力不足もあるとは思いますが、大手製薬企業としては日本の薬価制度がハードルになっている以外にも、近年ベンチャー創薬によって開発されているオーファンドラッグ(希少薬品)のようにニーズはあるが売り上げが大きくない医薬品の場合、企業側の体力がないため日本での薬事承認申請まで辿り着けないなどの問題も発生しています。わが国もこのままでは新規医薬品の開発力が低下してしまうのを避けるため、日本人データを必ずしも必須としないなど条件緩和を進めていますが、医療分野でのイノベーションに見合うだけの収益が得られないため、日本の製薬企業でも海外での開発や販売を優先するケースが近年目立っています。国民の生活にかかわる政策決定には透明化も必要わが国の製薬市場が欧州やアメリカより小さいながらも、中小の製薬企業がそれぞれ得意分野で活躍して開発競争を行ってきましたが、21世紀に入った今、低分子薬を中心とした生活習慣病の開発競争から、抗がん剤など中分子~高分子の医薬品に競争分野が変化し、より高い薬価の医薬品を開発する必要があります。薬価引き下げで多くの製薬企業は特許切れの長期収載品による安定した収益を失い、より新薬開発競争を国際的に進めねばならず厳しい状態が続いています。今回の見直しのように薬価は高いけれど、効果の高い新薬を使用して治療を受けたいという国民の声に政府は応える必要があり、薬価引き下げではなく、患者自己負担を増やすことで一定のバランスを得ようとしたことはある意味正しいと考えます。しかし、高薬価の新薬の開発は続いており、続々と新薬が承認されています。ニボルマブのような強制的な薬価引き下げを続けることは、国際的にみても日本の製薬市場の縮小、ひいてはわが国の制約産業の衰退を招く可能性もあり、薬価引き下げだけでは持続可能性は乏しいと考えます。医療費用の増加は高齢化もあり、やむを得ない事情があり、経済成長に見合った形であれば社会保障費の経済的な負担増大にはつながらないのですが、今回のように患者数の増加や治療費の増加をどう抑えるかは国の中でも結論がでておらず、2024年の国政選挙でもこの話題はまったく討論されず、話の持って行き方にかなり問題があったと感じています。高額療養費の引き上げについて、厚労省の審議会では「既定路線」であったものの、患者さんやその家族にとって貧困を理由に治療が中断することは、国民のコンセンサスを得ていたとは考えにくいです。今後も増え続けるキャンサーサバイバーの患者さんのニーズに応えるためには、財源を用意する必要があります。政府の中できちんと討論した上で、患者自己負担をなるべく広く薄くなるのか、それとも患者自己負担を一定の割合で求めるか、すでに問題となっている多重受診の患者さんの自己負担や軽症疾患のビタミン剤や湿布をOTC化の促進で医療費を抑制した分を回すか、あるいは別のタバコ税や酒税のような形で財源を調達するか、何らかの形で国民に問う必要があったと考えています。すでに津川 友介氏のような一部のオピニオンリーダーからは解決策を提示する意見【「国民の健康を犠牲にすることなく、2.3~7.3兆円の医療費削減が実現可能な『5つの医療改革』」】も出ていますが、他にもさまざまな方策を考えるには絶好のタイミングだと思います。今回のように国民に知らされないまま、審議会という密室で大事な政策が決められるようなやり方を日本人は好みません。わが国は民主主義国家ですから、今年の夏から患者さんの高額療養費を引き上げるのであれば、参議院議員選挙で各政党から意見を出してもらい、どういう形をとるかを決めるべき時期かと考えています。参考1)高額療養費制度の見直しについて(厚労省)2)全世代型社会保障改革の方針[令和2年](同)3)社会保障審議会(同)4)「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」、「こども未来戦略」について(同)5)Financial Toxicityおよびがん治療[PDQ](がん情報サイト)6)「オプジーボ」続く受難 用量変更でまたも大幅引き下げ…薬価 収載時から76%安く(Answers News)7)最適使用推進ガイドライン(PMDA)8)レカネマブ(遺伝子組換え)製剤の最適使用推進ガイドラインについて(日本精神神経学会)

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妊娠糖尿病とメトホルミン―「非劣性試験で有意差なし」の解釈は難しい(解説:住谷哲氏)

 妊娠糖尿病患者が食事療法のみで血糖管理が困難になれば、インスリンを投与するのがゴールドスタンダードである。わが国では妊娠糖尿病に対するメトホルミン投与は禁忌であるが、米国での妊娠糖尿病患者の69%はメトホルミンまたはグリブリド(グリベンクラミドと同じ)が投与され1)、英国では薬物療法が必要となった妊娠糖尿病患者の59%にメトホルミンが投与されているとのデータがある2)。さらに英国のNICEガイドラインではメトホルミンが妊娠糖尿病に対する第一選択薬に推奨されている3)。 妊娠糖尿病に対するメトホルミンの有効性を検討した試験にMiG試験がある4)。同試験の主要評価項目は新生児複合アウトカムであり、メトホルミン群は必要であればインスリンが追加投与されている。Discussionに“a methodologic limitation”として記載されているが、試験デザインはインスリンのメトホルミンに対する優越性を検証する優越性試験であった。しかし、事後解析として実施された非劣性デザインを用いた解析において、メトホルミンのインスリンに対する非劣性が証明された。ちなみに同論文の付属論説では明確にnon-inferiority trialとしている。 本試験はMiG試験とは異なり、メトホルミン投与で血糖が管理できなかった際にインスリンではなくグリブリドを投与する群と、最初からインスリンを投与する群との比較である。また主要評価項目は、LGA(large for gestational age)の発生率である。さらに試験デザインはインスリン群に対するメトホルミン群の非劣性を検証する非劣性試験である。結果は絶対リスク差4.0%(95%信頼区間[CI]:-1.7~9.8、p=0.09)であり、95%CIの上限が設定した非劣性マージンの8%を超えており、結論は「非劣性が証明されなかった」となった。 「非劣性が証明されなかった」試験の正しい解釈は、有効性に関して介入群は対照群と比較して「優越 superior」でも「同等 equivalent」でも「劣性 inferior」でもなく、統計学的に「判定不能」である。つまり本試験の結果からは、群間差について統計学的には何も言えないことになる。 近年、非劣性試験は多用される傾向にある。糖尿病領域でもほとんどのCVOTは非劣性試験であり、循環器領域でのワルファリンに対するDOACの有用性を検討した試験も同様である5)。冒頭に述べたように、妊娠糖尿病患者にメトホルミンの使用ができないわが国ではリスクとベネフィットを天秤に掛ける必要はないが、メトホルミンへの追加薬剤としてはインスリンが無難だろう。

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飲食店メニューのカロリー表示は摂食障害の患者にとって有害

 飲食店のメニューに、来客の健康に配慮してカロリーが表示されていることがあるが、そのような情報は摂食障害の患者にとってはかえって有害ではないかとする論文が、「BMJ Public Health」に1月29日掲載された。英キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)のTom Jewell氏らが行ったシステマティックレビューに基づく検討の結果であり、摂食障害患者の場合、カロリー表示を見ることが非健康的な信念の強化や飲食店の利用を避けるという行動につながり得るという。 世界的な肥満人口増大への対策の一つとして、飲食店メニューへの含有カロリー併記を義務化する国が増えている。これは当然ながら、食べ過ぎを防ぐための情報として提供されるものだが、一方で摂食障害の患者に対してこうした施策が悪影響を及ぼす懸念も指摘されている。Jewell氏らはこの点について、システマティックレビューを行った。 この研究では、システマティックレビューとメタ解析のガイドライン(PRISMA)に準拠して、MEDLINE、Embase、APA PsycINFO、Web of Science、CINAHLほか計8件の文献データベースを用いた査読済み論文、および、Google ScholarとPsyArXivを用いた査読前論文を検索した。2人の研究者が独立してスクリーニング等を行い、最終的に16件(研究対象者数は合計8,074人)の研究報告を抽出した。 論文の上席著者であるJewell氏は、それらの報告に基づくメタ統合(質的検討)の結果として、「摂食障害のある人々が、カロリー表示を推進するという施策の蚊帳の外に置かれていることに、不満を抱いていることが浮き彫りにされた」と総括している。そして、肥満の蔓延によって、政策立案者が摂食障害患者への影響という点に、全く配慮せずに物事を推し進めている現状の問題を指摘。「公衆衛生政策としては本来、カロリー表示のプラスの側面とマイナスの側面のバランスを取ることが極めて重要だ」と述べている。 この研究で明らかになったカロリー表示のマイナスの側面として、例えば、摂食障害患者はメニューに併記されているカロリー表示を特に重視する傾向が認められ、その情報を無視することは困難であることが示された。ある研究の参加者は、「表示を見ることで、カロリーを過剰に意識するようになる。自分の体が膨らんでいく様子が頭に浮かび、不快に感じる」と語っていた。 別の研究では、カロリー表示のために、仲間同士の会話がダイエットの話題になってしまうことへの不快感を訴える患者が報告されていた。「同席している人たちに、カロリーの話はやめてほしいと頼まなければならず、気まずい雰囲気になってしまう。そして、私は食事に誘われなくなっていく」と回答した患者もいた。また、「カロリー表示のために疾患の回復が確実に遅くなった。今では家庭内での食事しか安心できない」と話す患者の報告もあった。 論文の筆頭著者であるKCLのNora Trompeter氏は、「政策立案の際、通常は肥満人口の削減に有効かどうかという点に焦点が当てられるが、採択しようとしている政策が摂食障害を持つ人々に、意図しない害を及ぼしている可能性を念頭に置くことも重要である。カロリー表示が摂食障害患者に与える影響をより深く理解するために、さらなる研究が求められる」と述べている。

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テレビドラマ「説得」【親が輸血だめなら子供もだめ!?(医療ネグレクト)】Part 1

皆さんは、宗教上の理由で、輸血を拒む人をどう思いますか? 輸血自体にウイルス感染症などのリスクもあるため、たとえ輸血しなければ死んでしまうとしても、最終的には患者の自己決定権が優先されます。しかし、親が自分の子供への輸血を拒んでいる場合はどうでしょうか? そして、輸血しなければ死んでしまう場合はどうでしょうか?今回は、医療ネグレクトをテーマに、かつてのテレビドラマ「説得」を取り上げます。このドラマは、実際の事件をドラマ化しており、そのやり取りにはリアリティがあります。そして、この輸血拒否に対しての学会の対応ガイドラインと2023年までに出された厚労省の指針もご紹介します。さらに、輸血をどうするかという医療倫理としてだけでなく、子供にはどうするかという「子育て倫理」としても一緒に考えてみましょう。なんで輸血がだめなの?主人公は荒木。脱サラして小さな書店を妻と一緒に営んでいます。3人の子供にも恵まれ、ごく普通の家庭生活を送っていました。そんななか、ある日、2番目の子供の健が交通事故に遭います。荒木夫妻は医師から複雑骨折をして出血多量であるため、輸血して手術をすれば助かると言われます。ところが、荒木夫妻は輸血を頑なに拒みます。荒木は「宗教上の問題です」「私たちの宗教は輸血を禁じているんです」と説明します。代わる代わるに医師たちが説得を試みるのですが、荒木夫妻は一貫して「輸血しないで手術してください」と懇願するのです。別室での待機中、荒木夫妻は聖書の教えを唱え始めます。「あらゆる肉なるものの魂は、その血であり、魂がその内にあるから、いかなる肉なるものの血も食べてはならない。すべて、それを食べるものは断たれる」と。そして、妻が「私たちは委ねたんじゃない。あなたも私も健も、神の教えに従うって。それでいいって」と言います。荒木が「だけど、健にもしものことがあったら?」と戸惑っていると、妻は「わかってくれると思う、あの子は」と言い切ります。そしてとうとう救急車で運ばれてから数時間後、健は、目の前に輸血の点滴が準備されている手術台の上で、輸血されることのないまま、手術されることのないまま、息を引き取ります。荒木夫妻が悲しみに暮れていると、中学生の長女が駆けつけてきて、「健ちゃんかわいそうよ。大丈夫よ。健ちゃんは天国に行って必ず復活するんだもの。永遠の命を授かるんだもの」とたしなめるのでした。輸血拒否の論理は、血=命である。肉を食べることはできるが、その血は地に注いで神に返さなければならない。血を食べてしまうと、神から見放されてしまい、死んで天国に行けなくなるということです。そして、輸血も血を食べることになり禁じられます。ただし、自己血輸血や、主要成分ではないアルブミンや免疫グロブリンは受け入れる信者もいて、解釈が分かれています1)。それにしても、苦悩しながらも自分の子供の命よりも信仰を優先する言動には、あまりにも不合理に思われます。一方で、説得する医師の1人は「人間は信仰のためには死にもするし、殺しもするんです。今世界中で宗教上の違いから、どれだけの紛争や戦争が起こっているか」と述べ、理解を示そうとします。このセリフから、信仰とはそもそも不合理なものであり、それを文化的に受け入れられているかどうかの問題であることがわかります。そして、文化的に受け入れられない場合、精神医学的には妄想と呼ばれます。つまり、信仰と妄想は紙一重であり、表裏一体であることもわかります。実際の画像研究においても、信仰(宗教体験)と妄想状態(統合失調症)は、同じ脳領域が過活動になっていることがわかっています2)。なお、信仰と妄想の類似性の詳細については、関連記事1をご覧ください。次のページへ >>

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テレビドラマ「説得」【親が輸血だめなら子供もだめ!?(医療ネグレクト)】Part 3

輸血拒否に医療はどうすればいいの?健が死んで1ヵ月後、担当していた医師が、荒木に再会し、言います。「心臓外科が専門なんですが、手術しても社会に復帰できない子がたくさんいるんです。宗教的に言えば、神がそういうふうにつくったとしか…それを手術して、神の意思に反してるんじゃないかって気がする時も。そう言いながらも、やはり今手術しないと死んでしまうと言えば、やはり…あの直後、うちの病院では、今後(子供には)承諾が取れなくても、医師の判断で輸血をするという決定をしました」と。実際に、2008年に日本輸血・細胞治療学会と日本小児科学会は合同でガイドラインを出しました。そして、2022年と2023年に厚労省は、このガイドラインを踏まえて、宗教的虐待と医療ネグレクトに関する指針を出しました3,4)。なお、医療ネグレクトとは、医師が必要と判断した医療を親が子供に受けさせないことです。このガイドラインでは、年齢を3つの時期に区切り、場合分けをしています。まず、18歳以上は当然ながら、本人の意思が尊重されます。逆に、14歳以下は、拒否が親や本人にあったとしても、なるべく輸血しないとしつつも、最終的には輸血は可能になります。注目すべきは、15歳から17歳の年齢です。本人と親がどちらも拒否した場合のみ、輸血は不可になります。たとえば、長女は「教えを守れば天国に行ける」と確信していたので、中3で15歳になっているとすると、彼女に輸血することはできません。逆に、どちらかしか拒否しなかった場合は、なるべく輸血しないとしつつも、最終的には輸血は可能になります。なお、15歳で分けている理由は、15歳が民法で遺言の効力が生まれる年齢と定められているからです。また、知的障害などによって医療に関する判断能力がない場合は、14歳以下と同じく、輸血は可能になります。さらに、輸血を含めて治療が親によって阻害される場合は、児童相談所に虐待通告し、児童相談所で一時保護のうえ、家庭裁判所による親権停止の審判を受けて、治療を行うことができます。緊急性がある場合は、審判確定までの間に権利を保護する暫定的な処分(保全処分)を申し立てることで、すぐに効力が発生する措置がとられます。実際に、2021年に親権停止が認められたのは107件で、医療ネグレクトが原因とされるものは21件でした1)。また、輸血拒否をする教団(「エホバの証人」)の広報によると、2017年から2022年の5年間で、親権停止などの法的措置がとられたのは13件でした1)。「説得」とは?このドラマは、親の信仰によって子供の命が救えなくなるという、宗教と医療の衝突を生々しく描いていました。そして、信仰とは、妄想と同じく不合理で訂正不能であるため、いくら理屈をこねたり情に訴えたりして説得しようとしても、納得が得られないものであることもわかりました。学会のガイドラインや厚労省の指針のおかげで、親の信仰によって子供の命が救えなくなることはなくなりました。しかし、まだ問題が残っています。それは、命にかかわる急性疾患とは違い、すぐに命にかかわらない慢性疾患や、担当した医師が言っていたように手術しても必ずしも治るとは限らない疾患についてです。たとえば、実際に、子供が精神的に不調でも親が偏見やいわゆる根性論から児童精神科を受診させないケースは、時々見受けられます。このような場合は、司法が親権停止の判断を出すのが難しくなります。つまり、どこまでが医療ネグレクトでどこまでが親の裁量とするかという線引きの問題がまだ残っています。これは、医療を含む子育て全般にも言えることです。この線引きのために、信仰を押し付けるのはもっての外ですが、経験則や自分の思い入れ、思い込みではなく、アカデミックな視点が必要です。それは何より、子供の不利益にならないようにするためだからです。これからは、医療だけでなく、子育てにも倫理観が必要な時代になってきます。これは、医療倫理を超えて、子育てのあり方にも広がる「子育て倫理」と呼べるでしょう。なお、今回は治療をさせない親がテーマでしたが、逆に治療をさせすぎる親については、関連記事3をご覧ください。1)宗教と子供p.106、p.118、p.122、pp.124-125、pp.149-153:毎日新聞取材班編、明石書店、20242)宗教の起源p.246:ロビン・ダンバー、白揚社、20233)宗教の信仰等に関係する児童虐待等への対応に関するQ&A:厚生労働省子供家庭局長通知、20224)宗教の信仰等を背景とする医療ネグレクトが疑われる事案への対応について:厚生労働省子供家庭局長、2023虐待についての関連記事教育虐待そして父になる(続編・その1)【英才教育で親がハマる「罠」とは?(教育虐待)】教育ネグレクト映画「かがみの孤城」(その2)【実は好きなことをさせるだけじゃだめだったの!?(不登校へのペアレントトレーニング)】Part 1<< 前のページへ■関連記事映画「ミスト」 ドラマ「ザ・ミスト」(後編・その1)【宗教体験と幻覚妄想は表裏一体!?(統合失調症の二面性)】Part 1Mother(続編)【虐待】映画「ラン」(前編)【なんで子供を病気にさせたがるの?(代理ミュンヒハウゼン症候群)】Part 1

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いよいよ本丸!病態把握と鑑別にChatGPTを使う【誰でも使えるChatGPT】第2回

皆さん、こんにちは。近畿大学皮膚科の大塚です。前回は、Googleレビューの辛辣なコメントに、ChatGPTを用いて感情的にならずに対応するためのプロンプトをご紹介しました。クリニックに寄せられる不条理なクレームに対して、冷静かつ誠実な回答を自動的に生成することで、医療現場の負担を軽減する活用法を提案しましたが、いかがでしたでしょうか。さて、今回はシリーズ第2回として、より直接的な臨床場面での活用例をご紹介したいと思います。前回は「口コミ対応」に焦点を当てましたが、今回は日常の診療行為、つまり「病態把握と鑑別診断」を助けるためのプロンプトです。医療現場では、患者さんの主訴や随伴症状などを総合的に判断し、鑑別診断を考える作業が不可欠です。とりわけ皮膚科では、「似ているものの、まったく異なる疾患」が多く存在し、一般内科や他科領域に及ぶ症候を伴うことも少なくありません。こうしたとき、ChatGPTに相談することで、見落としがちな疾患や、一般的な鑑別疾患を素早くリストアップすることができます。もちろん、最終的な責任は医師である私たち自身にあり、AIが示す情報をうのみにしてはなりません。しかし、情報整理の一助として、あるいは診断プロセスを考える際の「ブレーンストーミング・パートナー」として、ChatGPTを使う手はあると思います。関連サイトChatGPT(臨床症状)から考えられる鑑別診断は?ここで、(臨床症状)の部分には、実際に手元にある患者さんの主訴や身体所見を具体的に入力します。たとえば、「顔面に境界明瞭な紅斑が出現し、そう痒と軽度の落屑を伴う」といった皮膚症状を入力することで、ChatGPTはその記述を基に鑑別診断リストを提案してくれます。20代女性、頬部に2週間続く境界明瞭な紅斑と軽度の落屑があり、そう痒感を訴えています。皮疹は環状を呈し、拡大傾向にあり、中心部はやや色素沈着が生じています。このような臨床所見から考えられる鑑別診断を、一般的な皮膚科疾患を中心に列挙し、それぞれの疾患について特徴的な所見や鑑別のポイントを簡潔に示してください。以下がChatGPTからの想定回答例です。この症例の臨床所見(頬部の境界明瞭な紅斑、軽度の落屑、そう痒感、環状の拡大傾向、中心部の色素沈着)から考えられる主な鑑別診断を以下に列挙し、それぞれの特徴的所見と鑑別ポイントを示します。白癬(体部白癬)環状紅斑、辺縁部の微細落屑が典型的。KOH検査で菌要素の確認が可能。乾癬境界明瞭な紅斑と落屑が特徴だが、環状配列はややまれ。肘・膝伸側や頭皮も要注意。紅斑性狼瘡(頬部紅斑)蝶形紅斑など特有の分布があり、日光過敏症や関節痛など全身所見を確認。類乾癬(pityriasis rosea)クリスマスツリー様配列や母斑を確認。軽度のそう痒が多い。多形滲出性紅斑病変がターゲット状を呈することある。他の全身症状や粘膜病変の有無もチェック。脂漏性皮膚炎頭皮や鼻唇溝など脂漏部位での落屑性紅斑が多いが、環状になることは少ない。こちらの頭の中になかった鑑別診断や、追加で確認すべき検査所見を思い出すきっかけになります。また、これに「鑑別を絞るために必要な追加情報」や「検査のオプション」などを尋ねるプロンプトを続けて入力することで、さらに洗練させることができます。今回のプロンプトは、クリニックや病院で日々行われる「鑑別診断の初期スクリーニング」をサポートするためのものです。ChatGPTを医師の「セカンドオピニオン的な存在」として活用することで、見落としを減らし、より効率的で的確な診療プロセスを追求する手掛かりとなるでしょう。次回からは、さらに一歩進んで、治療戦略やガイドラインに基づくマネジメントプランをChatGPTに助言させる活用法など、より専門的な使い方をご紹介していく予定です。お楽しみに。

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乳がん術後マンモグラフィ、頻度を減らすことは可能か/Lancet

 乳がんの診断時年齢が50歳以上で根治手術から3年が経過し、再発のない女性では、年1回のマンモグラフィ検査に対し、2年または3年に1回の低頻度マンモグラフィ検査は、乳がん特異的生存率、無再発率、全生存率に関して非劣性であることが、英国・ウォーリック大学のJanet A. Dunn氏らが実施した「Mammo-50試験」で示された。研究の成果は、Lancet誌2025年2月1日号で報告された。英国の非劣性を検証する無作為化第III相試験 Mammo-50試験は、年1回のマンモグラフィ検査に対する年1回以下の低頻度マンモグラフィ検査の非劣性の評価を目的とする実践的な無作為化第III相試験であり、2014年4月~2018年9月の期間に英国の114の病院で参加者を登録した(英国国立衛生研究所[NIHR]Health Technology Assessment programmeの助成を受けた)。 侵襲性または非侵襲性乳がんの初回診断時年齢が50歳以上で、根治手術を受けた後、再発のない状態で3年が経過した女性を対象とした。被験者を、年1回のマンモグラフィ検査を受ける群、または年1回以下の低頻度マンモグラフィ検査(乳房温存術を受けた患者は2年ごと、乳房全切除術を受けた患者は3年ごと)を受ける群に、1対1の割合で無作為に割り付け、6年間追跡した。 主要評価項目は2つで、乳がん特異的生存率および費用対効果とした。なお本論では、乳がん特異的生存率の解析結果を報告している。乳がん特異的生存は試験登録日から乳がんによる死亡までの期間とし、非劣性マージンは3%に設定した。 副次評価項目として、無再発期間(初回局所領域再発、遠隔転移、新たな原発乳がんの発生のない期間)、全生存期間などを評価した。5年乳がん特異的生存率:98.1%vs.98.3% 5,235例(年齢中央値66歳[四分位範囲[IQR]:60~71])を登録し、年1回群に2,618例、低頻度群に2,617例を割り付けた。3,858例(73.6%)が60歳以上で、4,202例(80.3%)が乳房温存術を受け、4,576例(87.4%)が浸潤性の病変を有し、1,159例(22.1%)がリンパ節転移陽性、4,330例(82.7%)がエストロゲン受容体陽性、3,811例(72.8%)がホルモン療法を継続中であった。 追跡期間中央値は5.7年(IQR:5.0~6.0、根治手術後8.7年)で、この間に343例が死亡し、うち116例は乳がんによる死亡であった(年1回群61例、低頻度群55例)。 5年乳がん特異的生存率は、年1回群が98.1%(95%信頼区間[CI]:97.5~98.6)、低頻度群は98.3%(97.8~98.8)だった。補正後ハザード比(HR)は0.92(95%CI:0.64~1.32)であり、年1回群に対する低頻度群の非劣性が示された(非劣性のp<0.0001)。大幅なコスト削減の可能性も 5年無再発率は、年1回群で94.1%(95%CI:93.1~94.9)、低頻度群で94.5%(93.5~95.3)であった。補正HRは1.00(95%CI:0.81~1.23)であり、年1回群に対し低頻度群は非劣性であった(2%マージンにおける非劣性のp=0.0024)。また、5年全生存率は、年1回群94.7%(95%CI:93.8~95.5)、低頻度群94.5%(93.5~95.3)で、補正HRは1.07(95%CI:0.87~1.33)と、低頻度群の非劣性が確認された(2%マージンにおける非劣性のp=0.0078)。 乳がんイベント345件のうち224件(64.9%)が緊急入院または症状の発現による病院システムへの再紹介によるもので、内訳は年1回群が175件中108件(61.7%)、低頻度群は170件中116件(68.2%)であった。 著者は、「本試験のデータは、これらの女性では診断から3年以降にマンモグラフィによるサーベイランスの頻度を少なくしても、安全性が保たれ、生存、再発の発見、新たな原発がんの検出に有害な影響を及ぼさず、大幅なコスト削減の可能性があることを示している」「これらのエビデンスは、この患者群におけるマンモグラフィ・サーベイランスに関するガイドラインの改訂に使用可能と考えられる」としている。

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2型糖尿病患者はビタミン、ミネラルが不足している

 2型糖尿病患者の半数近くが、微量栄養素不足の状態にあるとする論文が、「BMJ Nutrition, Prevention & Health」に1月29日掲載された。国際健康管理研究所(インド)のDaya Krishan Mangal氏らが行ったシステマティックレビューとメタ解析の結果であり、特に、ビタミンD、マグネシウム、鉄、ビタミンB12の不足の有病率が高いという。研究を主導した同氏は、「この結果は2型糖尿病患者における、栄養不良の二重負荷の実態を表している」と述べ、糖尿病治療のための食事療法が栄養不良につながるリスクを指摘している。 この研究では、システマティックレビューとメタ解析のガイドライン(PRISMA)に準拠して、Embase、ProQuest、PubMed、Scopus、コクランライブラリ、およびGoogle Scholarといった文献データベースを用いた検索が行われた。また、灰色文献(学術的ジャーナルに正式に発表されていない報告書や資料など)も、包括基準(2型糖尿病患者〔合併症の有無は問わない〕でのランダム化比較試験、縦断研究、横断研究、コホート研究)に照らし合わせて採用した。なお、1型糖尿病や妊娠糖尿病、18歳未満の2型糖尿病での研究、症例報告、レビュー論文などは除外した。 2人の研究者が独立してスクリーニング等を行い、最終的に132件(研究対象者数は合計5万2,501人)の報告を抽出した。メタ解析の結果、2型糖尿病患者における微量栄養素不足の有病率は45.30%(95%信頼区間40.35~50.30)と計算された。性別にみると、男性の42.53%(同36.34~48.72)に対して女性は48.62%(42.55~54.70)であり、女性の方が高値を示した。 微量栄養素不足の分布を正規分布に近づけるための統計学的処理の後、不足の有病率が最も高い微量栄養素はビタミンD(60.45%〔55.17~65.60〕)で、次いでマグネシウムが(41.95%〔27.68~56.93〕)であり、鉄が27.81%(7.04~55.57)、ビタミンB12が22.01%(16.93~27.57)だった。これらのうちビタミンB12については、メトホルミンが処方されている患者に限ると、26.85%(19.32~35.12)とより高値となった。 以上の結果に基づき著者らは、「2型糖尿病の食事療法では、エネルギー出納や主要栄養素の摂取量を重視する傾向がある。しかし本研究によって、いくつかの微量栄養素不足の有病率が高いことが明らかになった。栄養バランスを総合的に把握した上での最適化が、常に優先されるべきであることを再認識する必要がある」と総括している。 また、代謝にはさまざまな栄養素が関わっているため、微量栄養素の不足が糖尿病を悪化させたり、糖尿病以外の健康問題を引き起こしたりすることもあるという。さらに、「微量栄養素の不足は糖代謝とインスリンシグナル伝達経路に影響を及ぼし、2型糖尿病の発症と進行につながることも考えられる」と述べ、栄養不良自体が2型糖尿病の潜在的なリスク因子である可能性を指摘している。

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胃がんの術後補助化学療法、75歳超の高齢者にも有効/国立国際医療研究センターなど

 StageII/IIIの切除可能胃がん患者では、手術単独では再発リスクが高いため術後補助化学療法が標準治療となっている。しかし、臨床試験では75歳超高齢患者の参加が限られ、75歳超高齢者に対する術後化学療法に関しては、これまで明確なエビデンスが得られていなかった。 国立国際医療研究センター・山田 康秀氏らの研究グループは、日本胃癌学会が管理する全国胃癌登録のデータを用いて75歳超の高齢患者を含めた胃がん患者の特徴を解析、生存期間に影響を与える因子を特定し、術後補助化学療法の効果を検証した。本試験の結果はGlobal Health and Medicine誌オンライン版2025年1月25日号に掲載された。 主な結果は以下のとおり。・2011~13年に国内421施設で胃がん治療を受けた3万4,931例から、StageII/IIIの1万5,848例、腹腔細胞診が陽性でほかの遠隔転移がないCY1(StageIV)の2,052例を解析対象とした。年齢、性別、全身状態(ECOG-PS)などを用いて傾向スコアマッチングを行った。・術後補助化学療法はStageII/IIIでは全体の53.5%、75歳超の28.5%が受けており、使用された薬剤はS-1単剤が最も多かった。・術後補助化学療法群は手術単独群に比べ、全生存期間(OS)が有意に延長した(StageIIのハザード比[HR]:0.61、95%信頼区間[CI]:0.54~0.69、StageIIIのHR:0.54、95%CI:0.50~0.59)。・StageIIの患者の5年OS率は、術後補助化学療法群83.1%に対し、手術単独群は75.5%だった。75歳超の高齢者に限ると、この差は74.4%対60.5%となった。 研究者らは以下のようにまとめている。・再発予防を目的としたStageII/III胃がん患者に対する切除後の補助化学療法は、多くの臨床試験で対象となる75歳以下の患者同様、75歳超の患者にも有効であった。・術後化学療法は全年齢を通じて有効であったが、75歳超の患者は75歳以下の患者に比べて5年OS率が10ポイント程度低く、予後不良であった。・75歳以下、女性、手術前に何も症状がない、術前腎機能が正常、胃全摘術を受けていない、腹腔鏡手術を受けた患者の生存期間が長かった。・術後化学療法は、残胃がん、腹腔内以外に遠隔転移がないCY1の患者に有効であった。「胃癌治療ガイドライン(2021年版)」では、胃切除術後の予後が不良であるCY1胃がんに対してS-1単剤療法が推奨されているが、これまでエビデンスレベルは高くなかった。本研究の結果、CY1胃がんに対する術後化学療法の有用性が示された。・胃全摘術は術後合併症および術後補助化学療法コンプライアンス(服薬継続)低下のハイリスク因子の1つであった。今後は、幽門保存胃切除術、噴門側胃切除術に加え、胃分節切除術または胃局所切除術の検討や、その有用性を臨床試験で評価することが望まれる。

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女性を悩ます第3の狭心症や循環器障害の指標とは/日本循環器協会

 日本循環器協会が主催するGo Red for Women Japan健康セミナー「赤をまとい女性の心臓病を考える2025」が、2月8日に東京大学の安田講堂で開催された。循環器疾患において、症状の違いや診断精度、治療法に対する性差がが明らかになっている昨今、日本国内でもそれらを学ぶための機会として、2024年より本イベントが始まった。本稿では、赤澤 純代氏(金沢医科大学総合内科学 臨床教授/女性総合医療センター センター長)と高橋 佐枝子氏(湘南大磯病院 副院長)の講演内容において、とくに患者に知っておいてほしい内容にフォーカスし、お届けする。循環器障害の指標となるむくみ、意識したい身体部位 まず、赤澤氏が「女性の健康と循環~むくみの鑑別と漢方~」と題し、漢方治療において重要な3本柱である気血水の“気”の生成や働き、その異常(気鬱、気逆、気虚)により生じるむくみについて解説。むくみを患者に意識してもらうことは、女性の各ライフステージの健康を考えていくうえでも重要であり、とくに更年期以降の女性の心疾患の罹患率の上昇にも影響を及ぼすことから、「たかがむくみ、されどむくみ」と強調した。むくみ改善のための血管の透過性を整えるための漢方としては、桂皮、桂枝、人参が重要で、治療薬の例として桃核承気湯の気逆への有効性などを挙げた。また、一言でむくみと言っても、その症状にはさまざまな疾患が隠れていることから、一般参加者に向けて、「スネを10秒押しても皮膚の変化が見られない場合は甲状腺機能低下症を、熱感がある場合は蜂窩織炎を、40秒以内に戻る場合は低アルブミン血症を疑う。そして、40秒以上戻らない場合には心疾患や腎疾患が発症している可能性を考慮し、一度、病院受診してほしい」と呼びかけた。このほか同氏は、舌診によりむくみや血流の悪さがわかるので舌の変化にも意識を向けること、1週間で2~3kgの体重変化がないか、などの注意すべき身体変化について啓発した。女性を悩ます第3の狭心症 続いて、高橋氏が「女性に多い微小血管狭心症」について説明した。胸痛を有する患者のうち心臓CTやカテーテル検査で狭窄や閉塞が目視できない患者が存在し、狭心症としての診断が遅れるケースが散見される。その原因が虚血性非閉塞性冠疾患(INOCA:Ischemic Non-obstructive Coronary Artery disease)の1つの微小血管狭心症である。INOCAは2020年にESCからVijay Kunadian氏ら専門家によるコンセンサスドキュメントの発表1)などをきっかけに診断方法などが提唱され、国内でも2015年に発刊された初版が『2023年JCS/CVIT/JCC ガイドライン フォーカスアップデート版 冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害の診断と治療』2)にアップデートされている。胸痛があり冠動脈造影にて狭窄を認めなかったのは、男性が30%だったのに対して女性は60~70%に上り、微小血管狭心症の罹患には性差があると示唆されている。同氏は「微小血管狭心症の主な症状として、典型的な狭心症症状以外にも、発作時間が長い、ニトログリセリンの効果が薄い、症状に強弱があったり倦怠感などの訴えもあり循環器系の疾患ではないと診断されることも多い」とコメント。治療法について、「微小血管の循環障害、微小血管攣縮それぞれの治療法があるが、併存している患者も含まれるため、個々の対応が重要」とも説明した。最後に同氏は「微小血管狭心症は女性に多い疾患で、症状が非典型的であるために診断がつきにくいものの確立してきている。治療に関しては患者さんごとのカスタムメイドが必要」と締めくくった。Go Red for Womenとは Go Red for Womenは、“心臓病が女性の最大の死因であることを多くの人に知ってもらう”ために、米国心臓協会(AHA)が2004年から始めた女性の循環器疾患の予防・啓発のための活動である。「教育」「疾患啓発」の2本柱を中心に、毎年2月第1週金曜日に赤い何かを身に付けるなどして啓発活動を行っている。この活動が今では世界50ヵ国以上に広がっており、国内では日本循環器協会が中心となり2024年よりこの活動がスタートした。今回は上記2名の医師による講演のほか、パネルディスカッションにはタレントの山瀬まみ氏を迎え、一般参加者を盛り上げた。なお、今年は東京会場のほかに大阪・梅田スカイビルでも2月22日に開催が予定されている。

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中/遠位血管閉塞による脳卒中、血管内治療は機能障害を改善せず/NEJM

 中大脳動脈(MCA)のdominant M2区域の急性閉塞に対する血管内治療(EVT)の有効性を示唆する無作為化試験のエビデンスがあるが、現在の米国および欧州のガイドラインでは、中血管または遠位血管の閉塞を有する虚血性脳卒中に対してEVTは推奨されず、禁忌ともされていないという。スイス・バーゼル大学病院のMarios Psychogios氏らDISTAL Investigatorsは、DISTAL試験において、中血管または遠位血管の閉塞による虚血性脳卒中患者の治療では、最良の内科治療単独と比較して、これにEVTを併用しても、機能障害レベルを改善せず、重篤な有害事象や死亡率の低下をもたらさないことを示した。研究の詳細は、NEJM誌オンライン版2025年2月5日号に掲載された。11ヵ国の医師主導型無作為化試験 DISTAL試験は、医師主導型の実践的な評価者盲検無作為化試験であり、2021年12月~2024年7月に、11ヵ国55病院で患者を登録した(スイス国立科学財団[SNSF]などの助成を受けた)。 年齢18歳以上、CT血管造影またはMRI血管造影で確認された中血管または遠位血管の孤立性閉塞(MCAのnondominantまたはcodominant M2区域、MCAのM3またはM4区域、前大脳動脈のA1、A2、A3区域、後大脳動脈のP1、P2、P3区域の閉塞)に起因する急性期虚血性脳卒中と診断され、NIH脳卒中尺度(NIHSS)スコア(0~42点、高点数ほど症状が重度)が4点以上の患者を対象とした。 被験者を、最終健常確認から24時間以内に、ETV+最良の内科治療または最良の内科治療単独を受ける群に無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、90日の時点での修正Rankin尺度(mRS)スコア(0[まったく症候がない]~6[死亡])で評価した機能障害の程度とした。mRSスコア0、1の達成、NIHSSスコア正常化にも差はない 543例(年齢中央値77歳、女性44%)を登録し、ETV+最良内科治療群に271例、最良内科治療単独群に272例を割り付けた。全体の入院時のNIHSSスコア中央値は6(四分位範囲[IQR]:5~9)であり、脳卒中発症前のmRSスコアは、0または1が436例(80.3%)、2が60例(11.0%)、3または4が45例(8.3%)であった。 発症時に97.9%が自宅におり、最終健常確認から無作為化までの時間中央値は3.9時間だった。ベースライン時の主な閉塞部位はM2区域(44.0%)、M3区域(26.9%)、P2区域(13.4%)、P1区域(5.5%)であった。静脈内血栓溶解療法は65.4%に施行されていた。 EVT+最良内科治療群の271例中229例(84.5%)で実際にEVTが行われ、画像診断から動脈穿刺までの時間中央値は70分(目標の60分をオーバーした)、再開通成功率は71.7%だった。 主要アウトカムである90日時のmRSスコア中央値は、ETV+最良内科治療群が2.0(IQR:1.0~4.0)、最良内科治療単独群は2.0(1.0~3.0)であり、スコアの分布に両群間で有意な差を認めなかった(スコア改善の共通オッズ比[OR]:0.90[95%信頼区間[CI]:0.67~1.22]、p=0.50)。 副次アウトカムの、90日時の良好な機能アウトカム(mRSスコア0または1)の達成(補正前OR:0.88[95%CI:0.61~1.25])、24時間時の神経学的欠損の重症度の改善(NIHSSスコアの正常化)(補正前平均群間差:0.02[95%CI:-0.10~0.14])、EQ-5D-5Lおよび視覚アナログ尺度などで評価した生活の質(QOL)のスコアは、いずれも両群間で有意な差はみられなかった。90日死亡率は15.5% vs.14.0% 重篤な有害事象(ETV+最良内科治療群114例vs.最良内科治療単独群88例、補正後OR:1.27[95%CI:0.84~1.97])、24時間以内の症候性頭蓋内出血(16例[5.9%]vs.7例[2.6%]、2.38[0.44~6.14])、90日時の全死因死亡(42例[15.5%]vs.38例[14.0%]、1.17[0.71~1.90])の発生は、いずれも両群間で有意差はなかった。 著者は、「71.7%という再開通成功率は当初の予測より低く、最近の大血管閉塞による脳卒中の試験の知見をも下回っており、これが本試験のあいまいな結果の主な原因と考えられる」「試験の手順(中・遠位血管閉塞の検出の難しさやインフォームドコンセントに時間を要するなど)に起因する治療開始の遅れがEVTの有効性を低下させた可能性がある」「今後、画像診断と改善される可能性のある手技やデバイス材料に基づいて、EVTが有益と考えられる患者を特定するための無作為化試験を実施する必要がある」としている。

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第230回 高額療養費制度見直し、長期患者の負担据え置き/政府

<先週の動き>1.高額療養費制度見直し、長期患者の負担据え置き/政府2.がん患者の10年生存率54.0% 進行がんでも長期生存の可能性/国立がん研究センター3.コンビニでの市販薬販売が可能に、薬機法改正案を閣議決定/政府4.診療所の後継者不足深刻化、診療所の承継・開業を支援/厚労省5.医療機関のセキュリティ対策に警鐘、サイバー攻撃で4万人の情報流出/岡山県6.八戸市の病院で発覚した殺人隠蔽事件、死亡診断書偽造で理事長・主治医逮捕/青森県1.高額療養費制度見直し、長期患者の負担据え置き/政府政府は、高額な医療費の自己負担を軽減する「高額療養費制度」の見直しを進めていたが、長期療養者の負担増を懸念する声を受け、一部の修正を決定した。具体的には、直近12ヵ月で3回以上制度を利用した場合、4回目以降の自己負担を軽減する「多数回該当」の負担上限額を据え置くこととした。これは、がん患者団体などからの反対意見や、少数与党となった政府が野党の批判を考慮した結果とみられる。政府は2024年末に、制度の持続性確保のため、患者負担の上限額を段階的に引き上げる案を発表。しかし、当事者の声を十分に聞かずに決定したことで批判を招き、修正を迫られた。修正案は、患者団体から一定の評価を得たものの、団体側は負担増を全面的に凍結するよう引き続き求めている。一方、政府は高齢化や医療技術の進展による医療費増大への対応として、負担増は不可避との立場を示している。社会保障費の抑制が少子化対策の財源確保にもかかわるため、今回の修正により他の分野での財源確保が求められる。今後、制度全体の見直しを巡り、さらなる議論が必要となる。参考1)高額療養費引き上げ案 長期患者の負担額を据え置き 厚労相提示(毎日新聞)2)高額療養費、患者・野党に配慮 歳出抑制は一部先送り(日経新聞)3)高額療養費 政府 長期療養の負担据え置き“修正で理解得たい”(NHK)2.がん患者の10年生存率54.0% 進行がんでも長期生存の可能性/国立がん研究センター国立がん研究センターは、2012年にがんと診断された約39~54万人の患者データを分析し、5年および10年の生存率を初めて集計した。全体の10年生存率は54.0%で、前回調査(2011年診断)とほぼ同じ水準だった。とくに進行がん(ステージ3、4)では、診断から1年を乗り切った患者の5年生存率が上昇する傾向が確認された。たとえば、ステージ4の胃がん患者の5年生存率は、診断時点では12.5%だったが、5年生存した場合には61.2%に向上した。一方、早期がん(ステージ1、2)は5年生存率がほぼ横ばいだった。乳がんについては、進行度や経過年数にかかわらず生存率に大きな変化はみられなかった。研究を主導した同センターの石井 太祐研究員は、「進行がんの患者にとって治療が奏功するケースが多いことや、合併症が少ない場合に生存率が高まる可能性を指摘。がん患者やその家族にとって希望となるデータだ」と述べている。この調査結果は、がん診療の向上や患者への前向きなメッセージとなることが期待される。参考1)院内がん登録2012年10年生存率集計 公表 サバイバー5年生存率を初集計(国立がん研究センター)2)進行期のがん、診断早期乗り切ると生存率上昇 39万人データを集計(朝日新聞)3)進行がんの5年生存率、診断から年数経つほど上昇「院内がん登録」のデータ基に初めて調査 国がん(CB news)3.コンビニでの市販薬販売が可能に、薬機法改正案を閣議決定/政府政府は2月12日、医薬品医療機器法(薬機法)の改正案を閣議決定した。この改正により、薬剤師や登録販売者がいないコンビニなどの店舗でも、市販薬(一般用医薬品)が購入できるようになる。ただし、薬剤師からオンラインで説明を受けることが条件。患者はスマートフォンなどで確認証を取得し、店舗で提示することで購入可能となる。薬局やドラッグストアと連携し、自動販売機での販売も検討されている。また、改正案では、新薬開発を支援するための基金創設や、医薬品の安定供給対策も盛り込まれた。わが国の創薬力低下が課題とされる中、スタートアップ企業の支援や研究施設の整備に国と製薬企業の資金を充てる。さらに、医薬品供給不足への対応として、製薬会社に供給管理責任者の設置を義務付け、電子処方箋を活用した需給モニタリングを進める。一方、日本医師会は、市販薬の販売拡大に伴う医療機関の受診控えや健康被害の懸念を表明。とくに「OTC類似薬の保険適用除外」には反対の立場を示し、医療費削減のみを目的としたセルフメディケーションの推進は、患者の負担増や重篤な疾患の見逃しにつながると指摘するとともに、経済的弱者や小児医療への影響が懸念されている。政府は、薬剤アクセスの利便性向上と医療費削減を狙うが、医療界からの慎重な対応を求める声も強く、今後の国会審議の行方が注目されている。参考1)医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律案(厚労省)2)コンビニで薬剤師不在でも薬購入可能に…厚労省方針、オンライン説明が条件(読売新聞)3)コンビニで市販薬購入、薬機法改正案を閣議決定(日経新聞)4)市販薬購入、コンビニでも可能に 医薬品医療機器法などの改正案を閣議決定(産経新聞)5)日医 「社会保険料削減」目的のOTC類似薬の保険外し、OTC化に反対姿勢露わ 「重大な危険性伴う」(ミクスオンライン)4.診療所の後継者不足深刻化、診療所の承継・開業を支援/厚労省厚生労働省は、医師が不足する地域の医療提供体制を維持するため、診療所の承継や開業を支援する事業を開始する。2024年度の補正予算で102億円が計上され、施設・設備の整備や一定期間の定着支援が行われる予定。とくに、高齢医師の引退による診療所の閉鎖が進行しており、2040年には全国の自治体の約2割で診療所が消滅する可能性があるとの試算が示されている。この事業では、都道府県が「重点医師偏在対策支援区域(仮称)」を指定し、全国の医師に対して地域診療所の承継や新規開業を呼びかける。応じた医師には、建物改修や医療機器更新費用の一部補助、診療が軌道に乗るまでの一定期間、医師・看護師の人件費や消耗品の購入費の支援が提供される。また、中堅・シニア世代の医師を対象に、医師不足地域への広域マッチング支援も行われる。これは、キャリアコンサルティングや教育を提供し、医療機関とのマッチングや定着を支援する取り組みであり、1.6億円の予算が割り当てられている。厚労省の試算によると、2022年時点で診療所がない市区町村は77にのぼり、2040年には342へと増加する見込み。また、診療所が1ヵ所しかない自治体も175から249へと増えるとされる。高齢化に伴い、2024年の診療所の休廃業・解散件数は587件と過去最多を記録し、日本医師会の調査では全国の診療所の半数が「後継者不在」と回答している。現場の医師からは、「地域住民を診る医師が不足する恐れがある」との声が上がっており、経済的支援による後継者確保への期待が寄せられている。厚労省は、補助事業とともに、重点区域で働く医師の手当増額や都市部の医師が地方に赴任しやすい環境の整備も進める方針だ。参考1)令和6年度補正予算について[報告](厚労省)2)診療所の半数「後継者いない」…医師不足地域の承継や開業に補助金、偏在対策で厚労省が補正予算(読売新聞)3)令和6年度補正予算/押さえておきたい施策 医療編(医療福祉業界ピックアップニュース)5.医療機関のセキュリティ対策に警鐘、サイバー攻撃で4万人の情報流出/岡山県岡山県精神科医療センター(岡山市)が、昨年5月に受けたサイバー攻撃による患者情報流出問題で、専門家委員会は「適切な対策を講じていれば防げた人災だった」との報告書を公表した。最大約4万人分の個人情報が流出し、原因は脆弱なパスワード管理やセキュリティ対策の不備にあったと報告書では指摘している。報告書によると、病院ではID・パスワードの使い回しが常態化し、管理者権限が一般ユーザーにも付与されていた。さらに、VPN装置の脆弱性が放置され、接続元IPの制限がなかったため、外部から容易に攻撃が可能だった。これらの不備が重なり、ランサムウェア感染によるシステム障害とデータの暗号化が発生した。また、厚生労働省の医療情報セキュリティガイドラインに従っていれば、適切なパスワード設定やアクセス管理の強化により被害は防げたと指摘している。病院側は、現時点で個人情報の悪用は確認されていないとし、今後、専門家の指導の下セキュリティ強化を進める方針を示している。報告書では「このようなサイバー攻撃は他の医療機関でも発生し得る」と警鐘を鳴らし、VPNの強化、多要素認証の導入、パスワードの適正化を推奨している。参考1)患者情報等の流出について(岡山県精神科医療センター)2)岡山県精神科医療センター患者情報流出は「人災」専門家委員会(NHK)3)ID・PW使い回しなどで個人情報最大4万人分流出 岡山県精神科医療センターがサイバー攻撃報告書(CB news)6.八戸市の病院で発覚した殺人隠蔽事件、死亡診断書偽造で理事長・主治医逮捕/青森県青森県八戸市の「みちのく記念病院」において、2023年3月に発生した患者間殺人事件を巡る隠蔽工作が明らかとなり、元院長の石山 隆(61)と被害者の主治医で弟の石山 哲(60)が犯人隠避の容疑で逮捕された。病院側は、遺族に虚偽の死亡診断書を渡し、死因を「肺炎」と偽装して事件を隠蔽しようとしたとされる。事件は、同病院の入院患者であった59歳の男が、相部屋の73歳男性の目を歯ブラシの柄で複数回突き刺し、翌日に死亡が確認されたもの。逮捕された2人は、この殺人を把握しながら、県警に通報せず、死因を偽った診断書を作成した疑いが持たれている。とくに問題視されているのは、死亡診断書の署名欄に、高齢で認知症の疑いがある医師の名前が記入されていたことだ。この医師は当時入院患者であり、病院側が死亡診断を任せる形で関与させたとみられる。病院内では死因を「肺炎」とする不自然な死亡診断書が多く発行されており、県警では虚偽の診断書作成が常態化していた可能性があるとみて捜査を進めている。さらに、看護師の証言によれば、元院長の石山 隆容疑者が死亡診断書の作成を指示していたことも判明。複数の看護師を介して、認知症の疑いがある入院患者の医師に診断を担わせるよう指示が出されていた。事件当時、夜間に医師が不在であったことも問題視されており、看護師が独断で医療行為を行う状況が常態化していたとの証言もある。この事件を受けて、専門家からは行政の監視体制の強化を求める声が上がっている。現在、医療機関に対する立ち入り検査は原則として事前通告の上で行われており、強制力がないため、不正の発覚が難しいという課題がある。抜き打ち検査の実施や医療機関の監査体制の見直しが求められている。青森県は医師不足が深刻な地域であり、とくに長期入院が必要な患者を受け入れる病院が限られている。その中で、みちのく記念病院は地域医療の重要な役割を担っていたが、今回の事件を受けて病院運営の在り方が厳しく問われている。県警は今後、虚偽の死亡診断書の作成が他にも行われていた可能性を含め、詳細な捜査を進める方針である。参考1)院内殺人事件 診断書の名義人の医師は入院中で認知症の疑い(NHK)2)院内殺人事件 隠蔽疑い 元院長ら うその診断書作成指示か(同)3)「転倒した」殺人被害者遺族に看護師うその説明 偽造死亡診断書事件(朝日新聞)4)患者間の殺人、犯人隠避容疑で逮捕状…みちのく記念病院の当時の院長と主治医(読売新聞)

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血圧測定は騒がしい場所でも問題なし

 もし血圧を測定した場所が騒がしい公共空間であったとしても、心配は無用のようだ。騒がしい場所で測定された血圧値の正確性は、静かな環境で測定された血圧値と同程度であることが新たな研究で示された。米ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院疫学分野のTammy Brady氏らによるこの研究の詳細は、「Annals of Internal Medicine」に1月28日掲載された。Brady氏は、「公共空間で測定された血圧値と静かな個室で測定された血圧値の差は極めて小さかった。このことから、公共空間は高血圧のスクリーニングの場として妥当であることが示唆された」と結論付けている。 Brady氏らは今回の研究で、騒音レベルの異なる環境で測定した血圧値を比較した。試験参加者は、米ボルチモアの歴史ある公設市場であるノースイースト・マーケットで血圧を測定する群、ノースイースト・マーケットで耳栓を装着して血圧を測定する群、および静かな個室で血圧を測定する群にランダムに割り付けられた。ノースイースト・マーケットは、常に人々が行き来し、話し声が絶えないにぎやかな場所であり、その騒音レベルは74dBに達していた。全米エイジング協議会(National Council on Aging;NCOA)によると、騒音レベルが70dB程度になると、難聴のリスクが高まるという。これに対し、個室の騒音レベルは37dBと、静かな図書館よりも低かった。 Brady氏らは、騒がしい公共空間で測定された血圧値は静かなプライベート空間で測定された血圧値と比べて高くなるが、騒がしい場所でも耳栓を使用することでその差は縮小するという仮説を立てていたという。 しかし、驚くべきことに、騒音は血圧の測定値にほとんど影響しないことが明らかになった。心臓が収縮して血液を送り出すときの血管内圧である収縮期血圧(SBP)の平均値は、個室で測定した人で128.9mmHg、ノースイースト・マーケットで測定した人で128.3mmHg、同じマーケットで耳栓を装着して測定した人で129.0mmHgであることが示された。同様に、心臓が拡張して血液を取り込んでいるときの血圧値である拡張期血圧(DBP)の平均値は、それぞれ74.2mmHg、75.9mmHg、75.7mmHgであった。 こうした結果を受けてBrady氏らは、「一般的な考え方とは大きく異なり、われわれの研究からは、騒がしい公共空間が血圧測定値に与える影響は小さく、臨床的に意味のある影響はないことが示された」と結論付けた。 Brady氏らによると、現行のガイドラインは、正確な血圧測定に関して、静かで気が散らないプライベートな環境で測定することの重要性を強調している。しかし、本研究結果から、ショッピングモールや公設市場、教会、スポーツ会場、スーパーマーケット、事業所といった場所で、従来よりも実用的で便利、かつ大規模な高血圧スクリーニングを実施できる可能性が見えてきた。 なお、先行研究で示されていた騒がしい環境での血圧値の高さには、騒音以外の要因が関与していた可能性がある。「例えば、職場での血圧測定は仕事中のストレスが影響した可能性や、薬局での血圧測定は、待ち時間での測定であったため急かされて行われた可能性などが考えられる」とBrady氏らは指摘している。

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sepsis(敗血症)【病名のルーツはどこから?英語で学ぶ医学用語】第20回

言葉の由来「敗血症」は英語で“sepsis”といいます。日本の臨床現場でもよく用いられるため、なじみのある人も多いかもしれません。この言葉は「腐敗、物質の分解」を意味する古代ギリシャ語の“sepsis(「e」はeにサーカムフレックス)”に由来するという説が一般的です。紀元前4世紀という大昔に、すでにヒポクラテスが“sepsis”を医学的な概念として用いていたことが記録に残っているといいます。ほかの医学用語と比べても、殊に歴史の深い言葉であることがわかります。それほどまでに歴史のある病名ですが、長年統一された定義があったわけではなく、地域や医師それぞれが思い思いの定義で使っている、という状況でした。ようやく1991年にロジャー・ボーンらがSCCM-ACCP(米国集中治療医学会-米国臨床薬学会)会議にて敗血症の統一的な定義をつくることを提唱し、「Sepsis」という国際的なガイドラインが策定されました。以降も改訂が繰り返されていますが、厳密な疾患の定義や診断基準が規定されています。併せて覚えよう! 周辺単語全身性炎症反応症候群systemic inflammatory response syndrome(SIRS)多臓器不全multiple organ failure抗菌薬antibiotics感染源管理source control敗血症性ショックseptic shockこの病気、英語で説明できますか?Sepsis is a life-threatening condition caused by the body's extreme immune response to an infection. It leads to systemic inflammation, organ dysfunction, and can progress to septic shock if not treated promptly.講師紹介

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中血管閉塞脳卒中への血管内治療、アウトカムを改善せず/NEJM

 中血管閉塞を伴う急性期虚血性脳卒中患者に対する発症12時間以内の血管内血栓除去術(EVT)は、標準治療(現行ガイドラインに基づく静脈内血栓溶解療法)と比較して90日時点のアウトカム改善に結び付かなかったことが、カナダ・カルガリー大学のM. Goyal氏らESCAPE-MeVO Investigatorsが行った第III相多施設共同前向き無作為化非盲検評価者盲検試験の結果で示された。主幹動脈閉塞を伴う急性期虚血性脳卒中患者にはEVTが有効であるが、中血管閉塞を伴う急性期虚血性脳卒中患者にも当てはまるかどうかは不明であった。NEJM誌オンライン版2025年2月5日号掲載の報告。最終健常確認後12時間以内の中血管閉塞を伴う脳梗塞患者を対象、標準治療のみと比較 研究グループは、中血管閉塞を伴う急性期虚血性脳卒中で、救急部門への受診が最終健常確認後12時間以内であり、ベースラインの非侵襲的脳画像検査で治療可能と確認された患者を、EVT+標準治療を受ける群(EVT併用群)または標準治療のみを受ける群(標準治療のみ群)に1対1の割合で無作為に割り付けた。中血管閉塞は、中大脳動脈のM2またはM3の閉塞、前大脳動脈のA2またはA3の閉塞、または後大脳動脈のP2またはP3の閉塞と定義し、A1およびP1はとくに含まれなかった。標準治療は、急性期脳卒中管理についてカナダ、米国、欧州の現行ガイドラインで推奨されている静脈内血栓溶解療法(tenecteplaseまたはアルテプラーゼによる)であった。 主要アウトカムは、90日時点の修正Rankinスケール(mRS)スコア(範囲:0[症状なし]~6[死亡])が0または1であった患者の割合であった。90日時点のmRSスコア0/1達成患者割合、EVT併用群41.6% vs.標準治療のみ群43.1% 2022年4月~2024年6月に5ヵ国から計530例が登録され、255例がEVT+標準治療(EVT併用)を、275例が標準治療のみを受けた。84.7%の患者は、中大脳動脈の梗塞であった。 90日時点のmRSスコアが0または1であった患者の割合は、EVT併用群41.6%(106/255例)、標準治療のみ群43.1%(118/274例)であった(補正後率比:0.95、95%信頼区間[CI]:0.79~1.15、p=0.61)。 90日時点の死亡率は、EVT併用群13.3%(34/255例)、標準治療のみ群8.4%(23/274例)であった(補正後ハザード比:1.82、95%CI:1.06~3.12)。 As-Treated集団で評価した重篤な有害事象のうち、症候性頭蓋内出血の発現は、EVT併用群5.4%(14/257例)、標準治療のみ群2.2%(6/272例)であった。

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無症状の重症大動脈弁狭窄症に対する早期介入は有効か?―EVOLVED 無作為化臨床試験(解説:佐田政隆氏)

 大動脈弁狭窄症(AS)患者は社会の高齢化と共に急速に増えている。ASの予後は非常に不良なことが知られており、自覚症状が出現してから突然死などで死亡するまでの期間は短い。狭心症や失神では3年、息切れでは2年、うっ血性心不全では1.5~2年で亡くなるといわれている。有効な薬物療法はなく、人工弁置換術が唯一の治療法である。従来、高齢者や合併症を持った患者では、人工心肺を用いた開胸による外科的大動脈弁置換術(SAVR)に耐えられない症例が多かった。近年では、比較的低侵襲で行われる経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)の治療成績が飛躍的に向上し急速に普及している。100歳を超えた成功例も数多く報告されている。 しかし、無症状で偶発的に発見されたASに対して弁置換術を施行することの予後改善効果や医療経済的価値が問題視されている。ASの病態が進行性で予後不良であることで毎回引用される、J. Ross JrとE. Braunwaldによる1968年のCirculation誌の論文は、何と57年前のものであるうえ、当時のASの主な原因は溶連菌感染症によるリウマチ熱の後遺症であるリウマチ性弁膜症であった。現在問題になっている、高齢者石灰化大動脈弁狭窄症の自然経過に関する研究は倫理的な問題からなされていない。 同じように、冠動脈疾患に対する早期のカテーテルインターベンションについても、その意義が議論されてきた。2019年に報告されたISCHEMIA試験では、中等度以上の虚血が認められた患者において、早期の侵襲的治療戦略は、薬物療法で管理する保守的治療戦略と比較し、心血管死、心筋梗塞、不安定狭心症/心不全による入院、心停止後の蘇生の複合イベントのリスク抑制は認められなかったことが、医療現場に大きなインパクトを与えた。 このような状況下に行われたのが、本EVOLVED試験である。英国とオーストラリアの24施設で、224例の心筋線維化(高感度トロポニンIの上昇か、心エコー図検査で左室肥大、心臓MRI検査での遅延造影のうち1つが陽性)を伴った無症候性重症AS患者が、人工弁による早期介入(SAVRまたはTAVI)、もしくは、ガイドラインに沿った保守的管理に振り分けられ、中央値で42ヵ月観察された。主要評価項目である、心血管死と大動脈弁狭窄症に起因する予期せぬ入院では有意差がみられなかった。 注意すべき点としては、保守的管理に振り分けられても、中央値として20.2(11.4~42.0)ヵ月後に人工弁置換術に移行している。人工弁置換の55%がSAVR、45%がTAVIであった。人工弁置換術に移行した理由の72%が症状の出現、15%が緊急の入院手術のためであった。30日死亡率は0%であった。 また、無症候性の患者がエントリーされたとはいえ、フォローアップ1年後、保守的管理群でNYHA II度、III度、IV度の割合が多く、早期介入によってQOLの改善が得られたことになる。 今回の研究は、対象患者数が比較的少なく、観察期間も必ずしも十分長いとはいえない。TAVIの手術成績が向上した現在、無症候性の重症AS患者を紹介されることが多いが、どのように治療手段を選択すべきか指針を作成するための、今後の各種臨床試験の結果が待たれる。

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尿路感染を起こしやすいリスクファクターへの介入【とことん極める!腎盂腎炎】第12回

尿路感染を起こしやすいリスクファクターへの介入Teaching point(1)急性期治療のみではなく前立腺肥大や神経因性膀胱などによる複雑性尿路感染症の原因にアプローチできるようになる(2)排尿障害を来す薬剤を把握し内服調整できるようになる《症例1》72歳、男性。発熱を主訴に救急外来を受診し、急性腎盂腎炎の診断で入院となった。抗菌薬加療で経過良好、尿培養で感受性良好な大腸菌が同定されたため経口スイッチし退院の日取りを計画していた。チームカンファレンスで再発予防のアセスメントについて指導医から質問された。《症例2》66歳、男性。下腹部痛、尿意切迫感を主訴に救急外来を受診した。腹部超音波検査で膀胱内尿貯留著明であり、導尿で800mL程度の排尿を認めた。前立腺肥大による尿閉を考えバルーン留置で帰宅、泌尿器科受診の方針としていた。今回急に尿閉に至った原因がないのか追加で問診するように指導医から提案された。はじめに腎盂腎炎を繰り返す場合や男性の尿路感染症では背景疾患の検索、治療が再発予防に重要である。本項では前立腺肥大や神経因性膀胱についての対応、排尿障害を来す薬剤についてまとめる。まず、排尿障害と治療を理解するために、前立腺と膀胱に関与する酵素と受容体、その作用について図に示す。排尿筋は副交感神経によるコリン刺激で収縮、尿道括約筋にはα1受容体が分布しており、α1刺激で収縮する。また、β3受容体も分布しておりβ3刺激で弛緩する。β3受容体は膀胱の平滑筋細胞にも広く分布しており、β3刺激で膀胱を弛緩させる。図 前立腺と膀胱に関与する酵素と受容体画像を拡大する1.前立腺肥大男性は解剖学的に尿路感染症を起こしにくいが、60歳以上から大幅に増加し女性と頻度が変わらなくなる。これは前立腺肥大の有病率の増加が大きく影響する1)。肥大していても症状を自覚していないこともあるので注意しよう。症状は国際前立腺症状スコア(IPSS)とQOLスコアを使用し聴取する2)。薬物療法として推奨グレードA2)であるα1遮断薬、5α還元酵素阻害薬とPDE5阻害薬を処方例とともに表1で解説する。生活指導(多飲・コーヒー・アルコールを含む水分を控える、膀胱訓練・促し排尿、刺激性食物の制限、排尿障害を来す薬情提供、排便コントロール、適度な運動、長時間の坐位や下半身の冷えを避ける)も症状改善に有効である2)。2.神経因性膀胱神経因性膀胱では、上流の原因検索と排尿機能廃絶のレッテルを早期に貼らないことが大事な2点であると筆者は考える。中枢神経障害(脳血管障害、脊髄疾患、神経変性疾患など)、末梢神経障害(骨盤内手術による直接的障害、帯状疱疹などの感染症や糖尿病性ニューロパチー)で分けて考える。機能からも、蓄尿機能と排尿機能のどちらに障害を来しているのか評価するが、両者を合併することも多い。薬物治療は蓄尿障害であれば抗コリン薬などが用いられ、排尿障害であればコリン作動薬やα1受容体遮断薬が用いられる(表1)。 表1 前立腺肥大症治療薬、神経因性膀胱治療薬の特徴と処方例画像を拡大する薬剤で奏功しない場合でも、尿道バルーンカテーテル留置はQOLの低下や感染リスクを伴うことから、間欠的自己導尿が対応可能か考慮しよう。臥位では腹圧をかけにくいため排尿姿勢の確認も大切である。急性期の状態を脱し、全身状態、ADLの改善とともに排泄機能も改善するため、看護師やリハビリを含めた多職種で協力して経時的に評価を行っていくことを忘れてはならない。看護記録の「自尿なし」という記載のみで排尿機能廃絶というレッテルを貼らないようにしよう。3.薬剤による排尿障害薬剤も排尿障害の原因となり、尿閉の原因の2~10%程度といわれている6,7)。抗コリン作用のある薬剤、α刺激のある薬剤、β遮断作用のある薬剤で尿閉が生じる。プロスタグランジンも排尿筋の収縮を促すため、合成を阻害するNSAIDsも原因となる8)。カルシウム拮抗薬も排尿筋弛緩により尿閉を来す。過活動性膀胱に対して使用されるβ3作動薬のミラベグロンで排尿障害となり尿路感染症の原因となる例もしばしば経験する。急性尿閉の原因がかぜ薬であったというケースは読者のみなさんも経験があるだろう。総合感冒薬には第1世代抗ヒスタミン薬やプソイドエフェドリンが含まれるものがあり、かぜに対して安易に処方された薬剤の結果で尿閉を来してしまうのである。排尿障害の原因検索という観点と自身の処方薬で排尿障害を起こさないためにも排尿障害を起こし得る薬剤(表2)9)を知っておこう。表2 排尿障害を来す薬剤リスト画像を拡大する《症例1(その後)》担当看護師に夜の様子を確認すると夜間頻尿があり排尿のために数回目覚めていた。IPSSを評価したところ16点、前立腺体積は42mLで中等症の前立腺肥大症が疑われた。退院後外来で泌尿器科を受診し前立腺肥大症と診断、タムスロシン処方開始となり夜間頻尿は改善し尿路感染症の再発も認めなかった。《症例2(その後)》追加問診で1週間前に感冒のため市販の総合感冒薬を内服していたことが判明した。抗ヒスタミン薬が含まれており抗コリン作用による薬剤性の急性尿閉と考えられた。感冒は改善しており薬剤の中止、バルーン留置し翌日の泌尿器科を受診した。前立腺肥大症が背景にあることが判明したが、内服中止後はバルーンを抜去しても自尿が得られたとのことであった。1)Sarma AV, Wei JT. N Engl J Med. 2012;367:248-257.2)日本泌尿器科学会 編. 男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン リッチヒルメディカル;2017.3)Fisher E, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2014;2014:CD006744.4)National Institute for health and care excellence. Lower urinary tract symptoms in men:management. 2010.5)Tsukamoto T, et al. Int J Urol. 2009;16:745-750.6)Tesfaye S, et al. N Engl J Med. 2005;352:341-350.7)Choong S, Emberton M. BJU Int. 2000;85:186-201.8)Verhamme KM, et al. Drug Saf. 2008;31:373-388.9)Barrisford GW, Steele GS. Acute urinary retention. UpToDate.(最終閲覧日:2021年)

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