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トラスツズマブ術後治療1年投与と2年投与の比較-ランドマーク解析-(コメンテーター:勝俣 範之 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(129)より-

乳がん治療は、ここ10年間で大きく変革した。それは、乳がんの増殖因子であるHER2に対する抗体治療薬であるトラスツズマブの登場による。従来の抗がん剤治療は、殺細胞薬といって、がん細胞も正常細胞も見境なく殺してしまうものしかなく、患者は副作用に苦しむことを余儀なくされていた。1990年代後半から、がん細胞に特異的に発現しているさまざまな分子に対する分子標的治療薬の開発が行われ、分子標的治療薬は、副作用が少ない治療薬ということで注目を浴びた。血液腫瘍ではグリベックが開発され、固形腫瘍で最初に開発された薬剤が、トラスツズマブである。 トラスツズマブは、HER2陽性転移性乳がんのRCT(ランダム化比較試験)で全生存期間の改善を証明し1)、乳がん治療の歴史を変えた。続いて、術後補助療法のRCTでも無病生存率の改善を示し2), 3)、乳がん治療のスタンダードとなった。本論文は、乳がん術後補助療法のRCTのHERA study3)の追跡結果の報告である。 追跡期間の中央値8年での結果であるが、トラスツズマブ1年間投与群と、2年間投与群の比較をランドマーク法を用いて解析している。ランドマーク法とは、経過観察中のある時点(ランドマーク)までにイベントが発生したかどうかにより対象症例を群分けし、その時点から生存曲線を描く手法である4)。治療開始から1年の時点を起算日(ランドマーク)にして解析を行った結果、1年と2年での無病生存期間には差はなかった(HR 0.99, 95%CI 0.85-1.14, P=0.86)。ランドマーク解析はITT解析ではなく、本来のITT populationから、それぞれの群で、147例、150例除外されて解析されている(Figure 1)ので、バイアスがかかるのではないか?という懸念がある。この試験は、RCTであるので、わざわざランドマーク解析を行わなくてよいと思われる。実際には、最初の1年間は、トラスツズマブを同様に投与されるので、バイアスがかかる余地はほとんどないと思われるが、ITT解析の結果も示して、同様の結果になったといって欲しかったところである。 この試験のもう1つのポイントは、8年のフォローアップ後、トラスツズマブ1年投与群と投与しなかった群と比べて、全生存期間でトラスツズマブ群が優っていたという点である。実は、セカンダリーエンドポイントである全生存期間については、これまでに、追跡期間中央値で1年、2年、4年の時点の3回の報告がある3), 5), 6) 。全生存期間のHR(ハザード比)は、1年、2年、4年、今回の8年のフォローアップ時点で、それぞれ、0.76, 0.66, 0.85, 0.76とかなり変動していて、1年時3)と、4年時6)では、P値がそれぞれP=0.26, P=0.1087と、有意差がない状況になっている。4年時に全生存期間に有意差がなかったことに対する解釈としては、トラスツズマブ投与なし群の患者が、かなりクロスオーバーしてトラスツズマブを受けたことによるのであろうと考察されていた。しかし、8年時の今回の解析では、有意差がついた結果(P=0.0005)となった。 本論文では、クロスオーバーがあったとしてもやはり、トラスツズマブが有効であり、早く治療することが良かったのであろうと考察されている。8年時の今回の解析が行われず、4年時の解析で終わっていたとすれば、トラスツズマブが全生存期間を改善することはできなかったと解釈されていた恐れがある。また、今後さらなる長期フォローアップがなされたら、データが変わってくる可能性も考えられる。 臨床試験のセカンダリーエンドポイントやサブグループ解析の解釈や、生存解析を何度も行っている場合の解釈には慎重でなければならない。臨床試験の解析は、基本的には、プライマリーエンドポイントに対する解析のみ統計学的に正当化される。サブグループ解析を繰り返すと、多重解析となり、偽陽性や偽陰性を引き起こすことが多くなるため、注意が必要である。Japanese Journal of Clinical Oncology投稿に際しての統計解析結果のレポートに関するガイドラインhttp://www.oxfordjournals.org/our_journals/jjco/for_authors/jap.guideline.pdf参考文献1) Slamon DJ et al. N Engl J Med. 2001; 344: 783-792.2) Romond EH et al. N Engl J Med. 2005; 353: 1673-1684.3) Piccart-Gebhart MJ et al. N Engl J Med. 2005; 353: 1659-1672.4) Anderson JR et al. J Clin Oncol. 1983; 1: 710-7195) Smith I et al. Lancet. 2007; 369: 29-36.6) Gianni L et al. Lancet Oncol. 2011; 12: 236-244勝俣 範之先生のブログはこちら

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降圧目標到達率を44%から87%までに改善したプログラム/JAMA

 米国・北カリフォルニア・カイザーパーマネンテ(KPNC)が2001年に開発導入した、大規模集団高血圧プログラムの実施状況を分析した報告が、KPNC南サンフランシスコメディカルセンターのMarc G. Jaffe氏らにより発表された。2009年時点の分析で、州や国が行うプログラムに比べると、KPNC高血圧プログラム下で血圧コントロールを受ける高血圧患者の割合は有意に増大したことが示されたという。Jaffe氏は本報告で、同プログラム開発の経緯と変遷、プログラムのキー要素について報告している。JAMA誌2013年8月21日号掲載の報告より。高血圧コントロール率について、州および全米とで比較 KPNCは非営利の総合医療サービス提供機構で、21の病院と45の関連医療施設を有し7千人超の医師が230万人以上の加入者に医療サービスを提供している。同組織が2001年に高血圧プログラムを開発した背景には、当時、50歳以上の患者に有効な高血圧治療があるにもかかわらず、血圧コントロールを受けている人は半数以下という状況があり、質的改善を図った高血圧プログラムを開発した。新たなプログラムは、多面的アプローチで血圧コントロールを図ることを特徴とするものであった。 本検討では、同プログラムの実施状況を評価するため、高血圧コントロール率の変化を調べ、また、カリフォルニア州および全米の同値と比較した。評価は、全米品質保証委員会(NCQA)の認証評価ツール(HEDIS)によって同率を測定したNCQA HEDISコマーシャル率で行った。実施状況を有意に増大したプログラムのキー要素 KPNCの高血圧レジストリ患者数は、2001年の開設時は34万9,937例であったが、2009年には65万2,763例へと増加していた。登録者の平均年齢は63歳、45~85歳が大半を占め、半数以上が女性であり、糖尿病を有している人が多くみられ有病率は2001年25.6%から2009年28.5%に増えていた。 そうした中で、NCQA HEDISコマーシャル率でみた、KPNCの高血圧コントロール率は、2001年43.6%(95%信頼区間[CI]:39.4~48.6%)から2009年80.4%(同:75.6~84.4%)へと有意に増大していた(傾向のp<0.001)。なお、2010年83.7%、2011年87.1%と同率はさらに上昇しているという。 対照的に、同一期間中の全米の同値は、55.4%から64.1%への増加で有意性はみられなかった(傾向のp=0.24)。カリフォルニア州について入手できた同値は2006~2009年の変遷であったが、同様に増加は有意ではなかった(63.4%から69.4%へ増加、p=0.37)。 これらの結果を踏まえて著者は「大規模集団プログラムの実施状況は、州や国のコントロール率と比べると有意な増大が認められた」と報告。プログラムのキー要素として、総合的な高血圧レジストリの設定(2001年)、NCQA HEDISに即したパフォーマンス測定基準の開発・共有(2001年)、エビデンスベースのガイドライン(4ステップの血圧コントロールアルゴリズム、2001年に開発し2年ごとにアップデート)、医療補助者(medical assistant)によるフォローアップ訪問(2007年より、薬物療法後2~4週後に訪問して血圧を測定、医師に報告しその後の治療方針を作成するシステムで、患者への追加料金なし)、合剤治療の推進(2005年より、リシノプリル/ヒドロクロロチアジド合剤推奨を治療開始時のオプションまたはステップ2の治療戦略としてガイドラインに明記)などを挙げている。

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Vol. 1 No. 3 超高齢者の心房細動管理

小田倉 弘典 氏土橋内科医院1. はじめに本章で扱う「超高齢者」についての学会や行政上の明確な定義は現時点でない。老年医学の成書などを参考にすると「85歳以上または90歳以上から超高齢者と呼ぶ」ことが妥当であると思われる。2. 超高齢者の心房細動管理をする上で、まず押さえるべきこと筆者は、循環器専門医からプライマリーケア医に転身して8年になる。プライマリーケアの現場では、病院の循環器外来では決して遭うことのできないさまざまな高齢者を診ることが多い。患者の症状は全身の多岐にわたり、高齢者の場合、自覚・他覚とも症状の発現には個人差があり多様性が大きい。さらに高齢者では、複数の健康問題を併せ持ちそれらが複雑に関係しあっていることが多い。「心房細動は心臓だけを見ていてもダメ」とはよくいわれる言葉であるが、高齢者こそ、このような多様性と複雑性を踏まえた上での包括的な視点が求められる。では具体的にどのような視点を持てばよいのか?高齢者の多様性を理解する場合、「自立高齢者」「虚弱高齢者」「要介護高齢者」の3つに分けると、理解しやすい1)。自立高齢者とは、何らかの疾患を持っているが、壮年期とほぼ同様の生活を行える人たちを指す。虚弱高齢者(frail elderly)とは、要介護の状態ではないが、心身機能の低下や疾患のために日常生活の一部に介助を必要とする高齢者である。要介護高齢者とは、寝たきり・介護を要する認知症などのため、日常生活の一部に介護を必要とする高齢者を指す。自立高齢者においては、壮年者と同様に、予後とQOLの改善という視点から心房細動の適切な管理を行うべきである。しかし超高齢者の場合、虚弱高齢者または要介護高齢者がほとんどであり、むしろ生活機能やQOLの維持の視点を優先すべき例が多いであろう。しかしながら、実際には自立高齢者から虚弱高齢者への移行は緩徐に進行することが多く、その区別をつけることは困難な場合も多い。両者の錯綜する部分を明らかにし、高齢者の持つ複雑性を“見える化”する上で役に立つのが、高齢者総合的機能評価(compre-hensive geriatric assessment : CGA)2)である。CGAにはさまざまなものがあるが、当院では簡便さから日本老年医学会によるCGA7(本誌p20表1を参照)を用いてスクリーニングを行っている。このとき、高齢者に立ちはだかる代表的な問題であるgeriatric giant(老年医学の巨人)、すなわち転倒、うつ、物忘れ、尿失禁、移動困難などについて注意深く評価するようにしている。特に心房細動の場合は服薬管理が重要であり、うつや物忘れの評価は必須である。また転倒リスクの評価は抗凝固薬投与の意思決定や管理においても有用な情報となる。超高齢者においては、このように全身を包括的に評価し、構造的に把握することが、心房細動管理を成功に導く第一歩である。3. 超高齢者の心房細動の診断超高齢者は、自覚症状に乏しく心房細動に気づかないことも多い。毎月受診しているにもかかわらず、ずっと前から心房細動だったことに気づかず、脳塞栓症を発症してしまったケースを経験している医師も少なくないと思われる。最近発表された欧州心臓学会の心房細動管理ガイドライン3)では、「65歳以上の患者における時々の脈拍触診と、脈不整の場合それに続く心電図記録は、初回脳卒中に先立って心房細動を同定するので重要(推奨度Ⅰ/エビデンスレベルB)」であると強調されている。抗凝固療法も抗不整脈処方も、まず診断することから始まる。脈は3秒で測定可能である。「3秒で救える命がある」と考え、厭わずに脈を取ることを、まずお勧めしたい。4. 超高齢者の抗凝固療法抗凝固療法の意思決定は、以下の式(表)が成り立つ場合になされると考えられる。表 抗凝固療法における意思決定1)リスク/ベネフィットまずX、Yを知るにはクリニカルエビデンスを紐解く必要がある。抗凝固療法においては、塞栓予防のベネフィットが大きい場合ほど出血リスクも大きいというジレンマがあり、高齢者においては特に顕著である。また超高齢者を対象とした研究は大変少ない。デンマークの大規模コホート研究では、CHADS2スコアの各因子の中で、75歳以上が他の因子より著明に大きいことが示された(本誌p23図1を参照)4)。この研究は欧州心臓学会のガイドラインにも反映され、同学会で推奨しているCHA2DS2-VAScスコアでは75歳以上を2点と、他より重い危険因子として評価している。また75歳以上の973人(平均81歳)を対象としたBAFTA研究5)では、アスピリン群の年間塞栓率3.8%に比べ、ワルファリンが1.8%と有意に減少しており、出血率は同等で塞栓率を下回った。一方で人工弁、心筋梗塞後などの高齢者4,202人を対象とした研究6)では、80歳を超えた人のワルファリン投与による血栓塞栓症発症率は、60歳未満の2.7倍であったのに対し、出血率は2.9倍だった。スウェーデンの大規模研究7)では、抗凝固薬服用患者において出血率は年齢とともに増加したが、血栓塞栓率は変化がなかった。また80歳以上でCHADS2スコア1点以上の人を対象にしたワルファリンの出血リスクと忍容性の検討8)では、80歳未満の人に比べ、2.8倍の大出血を認め、CHADS2スコア3点以上の人でより高率であった。最近、80歳以上の非弁膜症性心房細動の人のみを対象とした前向きコホート研究9)が報告されたが、それによると平均年齢83~84歳、CHADS2スコア2.2~2.6点という高リスクな集団において、PT-INR2.0~3.0を目標としたワルファリン治療群は、非治療群に比べ塞栓症、死亡率ともに有意に減少し、大出血の出現に有意差はなかった。このように、高齢者では出血率が懸念される一方、抗凝固薬の有効性を示す報告もあり、判断に迷うところである。ひとつの判断材料として、出血を規定する因子がある。80歳以上の退院後の心房細動患者323人を29か月追跡した研究10)によると、出血を増加させる因子として、(1)抗凝固薬に対する不十分な教育(オッズ比8.8)(2)7種類以上の併用薬(オッズ比6.1)(3)INR3.0を超えた管理(オッズ比1.08)が挙げられた。ワルファリン服用下で頭蓋内出血を起こした症例と、各因子をマッチさせた対照とを比較した研究11)では、平均年齢75~78歳の心房細動例でINRを2.0~3.0にコントロールした群に比べ、3.5~3.9の値を示した群は頭蓋内出血が4.6倍であったが、2.0未満で管理した群では同等のリスクであった。さらにEPICA研究12)では、80歳以上のワルファリン患者(平均84歳、最高102歳)において、大出血率は1.87/100人年と、従来の報告よりかなり低いことが示された。この研究は、抗凝固療法専門クリニックに通院し、ワルファリンのtime to therapeutic range(TTR)が平均62%と良好な症例を対象としていることが注目される。ただし85歳以上の人は、それ以外に比べ1.3倍出血が多いことも指摘されている。HAS-BLEDスコア(本誌p24表3を参照)は、抗凝固療法下での大出血の予測スコアとして近年注目されており13)、同スコアが3点以上から出血が顕著に増加することが知られている。このようにINRを2.0~3.0に厳格に管理すること、出血リスクを適切に把握することがリスク/ベネフィットを考える上でポイントとなる。2)負担(Burden)超高齢者においては、上記のような抗凝固薬のリスクとベネフィット以外のγの要素、すなわち抗凝固薬を服薬する上で生じる各種の負担(=burden)を十分考慮する必要がある。(1)ワルファリンに対する感受性 高齢者ほどワルファリンの抗凝固作用に対する感受性が高いことはよく知られている。ワルファリン導入期における大出血を比べた研究8)では、80歳以上の例では、80歳未満に比べはるかに高い大出血率を認めている(本誌p25図2を参照)。また、高齢者ではワルファリン投与量の変更に伴うINRの変動が大きく、若年者に比べワルファリンの至適用量は少ないことが多い。前述のスウェーデンにおける大規模研究7)では、50歳代のワルファリン至適用量は5.6mg/日であったのに対し、80歳代は3.4mg/日、90歳代は3mg/日であった。(2)併用薬剤 ワルファリンは、各種併用薬剤の影響を大きく受けることが知られているが、その傾向は高齢者において特に顕著である。抗菌薬14)、抗血小板薬15)をワルファリンと併用した高齢者での出血リスク増加の報告もある。(3)転倒リスク 高齢者の転倒リスクは高く、転倒に伴う急性硬膜下血腫などへの懸念から、抗凝固薬投与を控える医師も多いかもしれない。しかし抗凝固療法中の高齢者における転倒と出血リスクの関係について述べた総説16)によると、転倒例と非転倒例で比較しても出血イベントに差がなかったとするコホート研究17)などの結果から、高齢者における転倒リスクはワルファリン開始の禁忌とはならないとしている。また最近の観察研究18)でも、転倒の高リスクを有する人は、低リスク例と比較して特に大出血が多くないことが報告された。エビデンスレベルはいずれも高くはないが、懸念されるほどのリスクはない可能性が示唆される。(4)服薬アドヒアランス ときに、INRが毎回のように目標域を逸脱する例を経験する。INRの変動を規定する因子として遺伝的要因、併用薬剤、食物などが挙げられるが、最も大きく影響するのは服薬アドヒアランスである。高齢者でINR変動の大きい人を診たら、まず服薬管理状況を詳しく問診すべきである。ワルファリン管理に影響する未知の因子を検討した報告19)では、認知機能低下、うつ気分、不適切な健康リテラシーが、ワルファリンによる出血リスクを増加させた。 はじめに述べたように、超高齢者では特にアドヒアランスを維持するにあたって、認知機能低下およびうつの有無と程度をしっかり把握する必要がある。その結果からアドヒアランスの低下が懸念される場合には、家族や他の医療スタッフなどと連携を密に取り、飲み忘れや過剰服薬をできる限り避けるような体制づくりをすべきである。また、認知機能低下のない場合の飲み忘れに関しては、抗凝固薬に対する重要性の認識が低いことが考えられる。服薬開始時に、抗凝固薬の必要性と不適切な服薬の危険性について、患者、家族、医療者間で共通認識をしっかり作っておくことが第一である。3)新規抗凝固薬新規抗凝固薬は、超高齢者に対する経験の蓄積がほとんどないため大規模試験のデータに頼らなければならない。RE-LY試験20)では平均年齢は63~64歳であり、75歳を超えるとダビガトランの塞栓症リスクはワルファリンと同等にもかかわらず、大出血リスクはむしろ増加傾向を認めた21)。一方、リバーロキサバンに関するROCKET-AF試験22)は、CHADS2スコア2点以上であるため、年齢の中央値は73歳であり、1/4が78歳以上であった。ただし超高齢者対象のサブ解析は明らかにされていない。4)まとめと推奨これまで見たように、80歳以上を対象にしたエビデンスは散見されるが85歳以上に関する情報は非常に少なく、一定のエビデンス、コンセンサスはない。筆者は開業後8年間、原則として虚弱高齢者にも抗凝固療法を施行し、85歳以上の方にも13例に新規導入と維持療法を行ってきたが、大出血は1例も経験していない。こうした経験や前述の知見を総合し、超高齢者における抗凝固療法に関しての私見をまとめておく。■自立高齢者では、壮年者と同じように抗凝固療法を適応する■虚弱高齢者でもなるべく抗凝固療法を考えるが、以下の点を考慮する現時点ではワルファリンを用いるINRの変動状況、服薬アドヒアランスを適切に把握し、INRの厳格な管理を心がける併用薬剤は可能な限り少なくする導入初期に、家族を交えた患者教育を行い、服薬の意義を十分理解してもらう導入初期は、通院を頻回にし、きめ細かいINR管理を行う転倒リスクも患者さんごとに、適切に把握するHAS-BLEDスコア3点以上の例は特に出血に注意し、場合により抗凝固療法は控える5. 超高齢者のリズムコントロールとレートコントロール超高齢者においては、発作性心房細動の症状が強く、直流除細動やカテーテルアブレーションを考慮する場合はほとんどない。また発作予防のための長期抗不整脈薬投与は、永続性心房細動が多い、薬物の催不整脈作用に対する感受性が強い、などの理由で勧められていない23)。したがって超高齢者においては、心拍数調節治療、いわゆるレートコントロールを第一に考えてよいと思われる。レートコントロールの目標については、近年RACEII試験24,25)において目標心拍数を110/分未満にした緩徐コントロール群と、80/分未満にした厳格コントロール群とで予後やQOLに差がないことが示され注目されている。同試験の対象は80歳以下であるが、薬剤の併用や高用量投与を避ける点から考えると、超高齢者にも適応して問題ないと思われる。レートコントロールに用いる薬剤としてはβ遮断薬、非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬のどちらも有効である。β遮断薬は、半減期が長い、COPD患者には慎重投与が必要である、などの理由から、超高齢者には半減期の短いベラパミルが使用されることが多い。使用に際しては、潜在化していた洞不全症候群、心不全が症候性になる可能性があるため、投与初期のホルター心電図等による心拍数確認や心不全徴候に十分注意する。6. 超高齢者の心房細動有病率米国の一般人口における有病率については、4つの疫学調査をまとめた報告26)によると、80歳以上では約10%とされており、85歳以上の人では男9.1%、女11.1%と報告されている27)。日本においては、日本循環器学会の2003年の健康診断症例による研究28)によると、80歳以上の有病率は男4.4%、女2.2%であった。また、2012年に報告された最新の久山町研究29)では、2007年時80歳以上の有病率は6.1%であった。今後高齢化に伴い、超高齢者の有病率は増加するものと思われる。7. おわりにこれまで見てきたように、超高齢者の心房細動管理に関してはエビデンスが非常に少なく、特に抗凝固療法においてはリスク、ベネフィットともに大きいというジレンマがある。一方、そうしたリスク、ベネフィット以外にさまざまな「負担」を加味し、包括的に状態を評価し意思決定につなげていく必要に迫られる。このような状況では、その意思決定に特有の「不確実性」がつきまとうことは避けられないことである。その際、「正しい意思決定」をすることよりももっと大切なことは、患者さん、家族、医療者間で、問題点、目標、それぞれの役割を明確にし、それを共有し合うこと。いわゆる信頼関係に基づいた共通基盤を構築すること1)であると考える。そしてそれこそが超高齢者医療の最終目標であると考える。文献1)井上真智子. 高齢者ケアにおける家庭医の役割. 新・総合診療医学(家庭医療学編) . 藤沼康樹編, カイ書林, 東京, 2012.2)鳥羽研二ら. 高齢者総合的機能評価簡易版CGA7の開発. 日本老年医学会雑誌2010; 41: 124.3)Camm J et al. 2012 focused update of the ESC Guidelines for the management of atrial fibrillation.An update of the 2010 ESC Guidelines for the management of atrial fibrillation Developed withthe special contribution of the European Heart Rhythm Association. 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僧帽弁逆流、早期手術が長期生存率を有意に増大/JAMA

 僧帽弁尖動揺による僧帽弁逆流を呈する慢性僧帽弁閉鎖不全症の患者に対し、早期に僧帽弁手術を実施する治療戦略は初期薬物療法による経過観察戦略と比較して、長期生存率の増大および心不全リスクの低下に関連していることが示された。米国・メイヨークリニック医科大学のRakesh M. Suri氏らが、1,000例を超える多施設共同レジストリデータの分析の結果、報告した。クラスIトリガー(心不全または左室機能不全)を有さない重症僧帽弁閉鎖不全症患者の至適治療については、現状の治療戦略の長期結果の定義が曖昧なこともあり、なお議論の的となっている。同検討に関する臨床試験データはなく、それだけに今回の検討は重大な意味を持つところとなった。JAMA誌2013年8月14日号掲載の報告より。4ヵ国6施設1,021例を10.3年追跡 Mitral Regurgitation International Database(MIDA)レジストリデータの分析は、僧帽弁尖動揺による僧帽弁閉鎖不全症と診断後の、初期薬物治療(手術を行わず経過観察)と早期僧帽弁手術治療の有効性の比較を確認することを目的とした。MIDAには、1980~2004年に6つの高度医療施設(フランス、イタリア、ベルギー、米国)でルーチンの心臓治療を受けた同連続患者2,097例が登録されていた。平均追跡期間は10.3年で、98%が追跡を完了した。 検討は、1,021例のACCおよびAHAガイドラインのクラスIトリガーを有さない僧帽弁閉鎖不全症患者について行われ、575例が初期薬物治療を、446例が診断後3ヵ月以内に僧帽弁手術を受けていた。 主要評価項目は、治療戦略と生存率、心不全および新規の心房細動発症との関連だった。長期生存率は有意に増大、心不全リスクは有意に低下 診断後3ヵ月時点において、早期手術群と初期薬物治療群の間に、早期死亡(1.1%対0.5%、p=0.28)、新規の心不全発症(0.9%対0.9%、p=0.96)の有意差はみられなかった。 一方で、長期生存率は早期手術群で有意に高かった(10年時点で86%対69%、p<0.001)。同関連は、補正後モデル(ハザード比[HR]:0.55、95%信頼区間[CI]:0.41~0.72、p<0.001)、32の変数による傾向マッチコホート(同:0.52、0.35~0.79、p=0.002)、逆確率ウエイト(inverse probability-weighted:IPW)解析(同:0.66、0.52~0.83、p<0.001)でも確認され、5年時点の死亡率は52.6%有意に低下した(p<0.001)。同様の結果は、クラスIIトリガーを有したサブセット群の解析でもみられた(5年時点死亡率59.3%低下、p=0.002)。 また、長期の心不全リスクも、早期手術群で低下した(10年時点7%対23%、p<0.001)。リスク補正後モデル(HR:0.29、95%CI:0.19~0.43、p<0.001)、傾向マッチコホート(同:0.44、0.26~0.76、p=0.003)、IPW解析(同:0.51、0.36~0.72、p<0.001)でも確認された。 なお、心房細動の新たな発症の減少は、観察されなかった(HR:0.85、95%CI:0.64~1.13、p=0.26)。

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ACS症例に対するカテのタイミング:どこまで早く、どこまで慎重に?(コメンテーター:香坂 俊 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(124)より-

2013年現在、虚血性心疾患に対するカテーテル治療の適応は大まかに以下のようになっている。ST上昇心筋梗塞(STEMI) 基本的に緊急PCIは早ければ早いほど良い。発症から12時間以内であればほぼ適応となり、なるべくならばdoor-to-balloon time 90分以内で。12時間を経てしまった症例に関しては状態によって判断。なお、48~72時間を経てしまった症例に関しては、欧米のガイドラインではPCIの適応はないとされている。非ST上昇心筋梗塞/不安定狭心症(NSTEMI/UA) 緊急PCIの適応はリスクによる(後述)。安定狭心症(Stable Ischemic Heart Disease:SIHD) 症状が安定していれば基本的にPCI適応はない(至適薬物療法を行う)。ただし、虚血の領域が大きいなどリスクが高いと判断される場合はPCIやCABGが考慮される。  さて、今回の論文でもトピックとなっているNSTEMI/UAであるが、緊急PCIの適応についてはここ10年間大きな議論を呼んできた。2013年現在のスタンスは、基本的にTIMIスコアやGRACEスコアなどの定量的なリスク評価システムを使い、そのリスクが高ければ早めにPCIを考えるし、そうでなければ時間をおいて、ということになっている。 今回のカナダのグループの解析結果は、早期の侵襲的に治療によってAKIの発症に早期の侵襲的治療が関連しているとされており(長期的には透析の導入といった大きな問題はない)、この分野に一石を投じる内容となっている。 PCIを考えるにあたって常につきまとうのが合併症の問題だが、なかでも造影剤の使用による腎症の発症は大きな問題である。従来は、STEMIを筆頭として、緊急カテやPCIは早ければ早いほどよいと信じられてきたが、現在はリスクとのバランスを考えて適切な治療を選ぶ時代となっており、そのときにはこうした腎症のリスクというものは避けては通ることができない。 なおPCI後のAKI発症に関しては、最近PCI施行中の出血の大小が大きく関連しているとの報告もなされている(Ohno Y et al. J Am Coll Cardiol. 2013 Jun 12.)。蛇足ながら、AKI予防のためのヒントとして提示させていただく。

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第4回医療法学シンポジウム 開催のご案内

 EBM(Evidence-based medicine)の推進とともに、各診療領域において診療ガイドラインの整備が進められています。 診療ガイドラインは、「医療者と患者が特定の臨床状況で適切な決断を下せるよう支援する目的で、体系的な方法に則って作成された文書」のことであり、肝癌診療ガイドライン2005年版前文にも「本ガイドラインが今後の肝細胞癌の診療に大いに役立つものと信じるが、臨床の現場での判断を強制するものではないし、医師の経験を否定するものでもない。  本ガイドラインを参考にした上で、医師の裁量を尊重し、患者の意向を考慮して個々の患者に最も妥当な治療法を選択することが望ましい。」とされているとおり、個別具体的な患者に対する診療を行うに当たり絶対的に従わなければならないルールではありません。 しかしながら、ひとたび医療訴訟となった場合、診療ガイドラインは医療水準を検討するに当たり、最も重要な文書となります。 この現実は、司法におけるどのような理論からきているのか。それに対し、医療者は診療ガイドラインは絶対的なルールではないと言い続けるほかないのか。本シンポジウムでは、医療と司法の双方の立場からあるべき診療ガイドライン像を検討したいと考えております。司法と医療の相互理解の促進という「医療法学」の世界にぜひ、触れてみてください。■メインテーマ 「医療法学的視点から見た診療ガイドラインのあり方」■開催日時 2013年9月14日(土) 13:00~17:00(17:30~レセプション/要予約)■参加費 無料(レセプション3,000円) ■会場 東京大学医学部附属病院 入院棟A15階 大会議室(〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1)  ・ 東大病院アクセスマップ  ・ 構内マップ■対象 医師、看護師、医療従事者、医学生、法学部生 など■プログラム  ・13:00~13:10 開会のあいさつ    古川 俊治氏(慶應義塾大学法科大学院教授・医学部外科教授:医師、弁護士)  ・13:10~13:40 医療訴訟において診療ガイドラインが重視された実例    富永 愛氏(富永愛法律事務所:医師、弁護士)   ・13:40~14:10 医療者から見た診療ガイドライン    山田 奈美恵氏(東京大学医学部附属病院総合研修センター特任助教:医師)  ・14:20~14:50 裁判における診療ガイドライン等文献の法的位置づけ    山崎 祥光氏(井上法律事務所:弁護士、医師)  ・14:50~15:20 医療法学的視点から見た診療ガイドラインのあり方    大磯 義一郎氏(浜松医科大学医学部教授〔医療法学〕、帝京大学医療情報システム研究    センター客員教授:医師、弁護士)  ・15:20~15:50 医療法学的視点から見たよりよい診療ガイドラインの提示    小島 崇宏氏(北浜法律事務所:医師、弁護士)  ・16:00~16:50 パネルディスカッション  ・16:50~17:00 閉会のあいさつ    土屋 了介氏(公益財団法人がん研究会 理事)■申込 氏名、所属、連絡先、レセプション参加の有無を記載のうえ、    事務局(lawjimu@hama-med.ac.jp)までお申込みください。●参考 医療法学の学習コンテンツ「MediLegal」はこちら http://www.carenet.com/report/series/litigation/medilegal/index.html

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エキスパートに聞く!「認知症診療」Q&A 2013 Part1

CareNet.comでは認知症特集を配信するにあたって、事前に会員の先生方から認知症診療に関する質問を募集しました。その中から、とくに多く寄せられた質問に対し、大阪大学 数井裕光先生にご回答いただきました。2回に分けて掲載します。今回は、認知症とうつの鑑別方法、抗認知症薬の投与開始時期と効果の判定方法、増量のタイミング、コリンエステラーゼ阻害薬にメマンチンを併用する場合のタイミングについての質問です。Part2(Q6~Q10)はこちら1 認知症とうつ病の鑑別方法を教えてください。うつ病は高齢者に多く、患者さんやご家族が物忘れを訴えることもしばしばです。また注意力や集中力の低下のために、認知機能検査の得点が初期の認知症の患者さんと同程度に低下することもあります。このため、認知症とうつ病との鑑別は臨床的に重要です。うつ病と比べて認知症(とくにアルツハイマー病)で認められやすい症状を列挙すると、初発症状が物忘れである(うつ病では気分の落ち込みや意欲低下)記憶検査で自由再生も再認も障害される(たとえば、3単語を用いた記憶検査などで、覚えた単語をヒントなしに患者さんに思い出してもらう想起法を「自由再生」と呼ぶ。一方、答えの単語とそうでない単語をランダムに提示し、あったかなかったかを答えてもらう想起法を「再認」と呼ぶ。うつ病では自由再生は障害されても再認は障害されにくい)物忘れの自覚と深刻味が乏しい(うつ病では過剰に訴えることが多い)見当識障害を伴う(うつ病では見当識は保たれる)うつ病の既往がないなどです。頭部MRIや脳血流検査などの神経画像検査が鑑別に必要な場合もあります。とくに、早発性のアルツハイマー病患者さんでは上記の認知症の特徴が明らかにならず、MRIでも明瞭な萎縮を認めないことがあるので、脳血流検査が必要となることがあります。うつ病と診断していても、抗うつ薬などの治療の効果が乏しかったり、認知障害が進行したりする場合には、専門医への紹介を検討してください。アルツハイマー病患者さんの40~50%に抑うつ気分を認めるともいわれているため、認知症にうつ症状が合併しているかもしれないという視点も重要です。認知症に伴ううつ症状は、悲哀感、罪責感、低い自己評価のような古典的なうつ症状よりも、喜びの欠如、身体的不調感などの非特異的な症状が目立ちやすいという特徴があります。また、認知症患者さんに高頻度に認めるアパシーをうつ症状と混同しないことも重要です。アパシーでは、趣味や家事などの日常の活動や身の回りのことに興味を示さない、意欲が低下するなどの症状を認めますが、悲哀感、罪責感、低い自己評価、喜びの欠如、身体的不調感は認めません。2 抗認知症薬の投与開始時期について教えてください。抗認知症薬を早期から投与したほうがよいのでしょうか? わが国で使用可能な抗認知症薬は、アルツハイマー病に対するコリンエステラーゼ阻害薬3種類(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)とNMDA受容体拮抗薬1種類(メマンチン)です。コリンエステラーゼ阻害薬は軽度の状態から使用可能なので、薬の投与開始時期はアルツハイマー病と診断した時ということになります。また、これらの薬剤の主たる効能は、症状の進行抑制なので、アルツハイマー病の診断が確かであれば、早期から投与して、良い状態を少しでも長く維持させることを目指します。実際、早期に治療開始した患者さんのほうが、その後の全般的機能や認知機能の悪化が少ないという報告もあります。最近の研究では、アルツハイマー病患者さんが認知症の段階になった時、あるいはその前段階の軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)の段階でも、脳内のアルツハイマー病の病理過程はかなり進行していることが明らかになっています。したがって、症状が軽くても疾患としてはある程度進行していると考えるべきです。また、コリンエステラーゼ阻害薬にはアルツハイマー病患者さんの海馬や全脳の萎縮の進行を遅延させる効果も報告されており、神経保護作用を有する可能性もあるからです。留意点としては、MCIの基準を満たす患者さんの原因疾患はアルツハイマー病だけでなく、うつ病などもあるため、すべてのMCI患者さんにコリンエステラーゼ阻害薬を投与してよいわけではなく、アルツハイマー病の診断を正確に行うことが前提です。3 抗認知症薬の効果の判定方法について、判定するまでの期間など、具体的に教えてください。効果判定の時期や方法について、わが国でとくに推奨されているものはありません。海外のガイドラインでは6ヵ月後に評価するとされていますが、評価法については明確に記載されていません。逆に認知機能検査に関して、Mini Mental State Examination(MMSE)のような簡易なものでは不十分であると記載されています。しかし実臨床場面では、複数のご家族やデイケアなどのスタッフからの情報とMMSEのような認知機能検査の結果などをもとに効果を判定することになると思います。ご家族が最も期待するのは記憶障害の改善なのですが、ご家族が記憶障害の改善を実感できる患者さんは少ないと思います。どの抗認知症薬においても改善を認めやすい症状は、意欲低下、注意・集中力の障害です。したがって、まず効果の判定には、これら症状の改善の有無を患者さんの周囲の複数の人に確認してもらうのがよいと思います。ご家族に聞くときは、具体的には、「言葉数が増えましたか」「何かをしようとすることが多くなりましたか」「表情が明るくなりましたか」などというように質問しましょう。しかしながら、アルツハイマー病は進行性の疾患なので、大きな変化がないというのも、効果があると考えてよいと思います。実際、前述の海外のガイドラインでは、投与前と同様に投与後も悪化している場合に、他剤への変更を検討するということになっています。ただし投与後に不変であっても、患者さん自身やご家族が、よりよい改善を期待して他剤への変更を希望する場合には変更してよいと思います。4 抗認知症薬の増量のタイミング(症状の目安など)を教えてください。ドネペジルは軽度から重度まで、すべての段階のアルツハイマー病に適応があります。これに対してガランタミン、リバスチグミンは軽度と中等度の患者さんに、メマンチンは、中等度と重度の患者さんに適応を有しています。したがって、保険適用の観点からは、中等度になったらメマンチンを併用し、重度になったらドネペジル10mgに増量、あるいは変更します。軽度認知症レベルとは、銀行などの手続きも含めた財産管理ができない、買い物で必要な物を必要な量だけ買うことができない、パーティーの段取りのような複雑な作業はできないが、家庭内の日常生活には支障が生じていない段階です。中等度認知症レベルとは、時期や場面にあった服を選べない、入浴を時々忘れるなどが生じ、日常生活にある程度の介護が必要な状態です。重度認知症レベルとは、服を着ることができない、入浴に介助が必要、トイレがうまく使えないなど、日常生活に多大な介助が必要な状態です。しかし、アルツハイマー病は緩徐に連続的に進行していく疾患なので、どこからが中等度でどこからが重度かの線引きをすることは困難ですし、境界には幅があります。そこで実臨床場面では、患者さんやご家族から日常生活上の障害に関する情報を聴取し、中等度、重度への移行をおおまかに判断しますが、同時に、患者さんやご家族の進行に対する不安、増量に対する意向なども聞いて、総合的に判断します。たとえば、ご家族が明らかに進行したと感じ、これに対して何とかしてほしいという気持ちが強い場合は、日常生活のごく一部のみで次の段階に移行した可能性がある程度でも、追加や増量を検討します。5 コリンエステラーゼ阻害薬にメマンチンを併用する場合のタイミングと、併用する際の増量や追加の順番を教えてください。アルツハイマー病患者さんにコリンエステラーゼ阻害薬を使用していても、症状が進行し、中等度認知症レベル(Q4参照)に至った時にコリンエステラーゼ阻害薬にメマンチンを併用します。メマンチンの増量は規定に従い、5mgから開始し、1週間ごとに5mgずつ増量していき、20mgの維持量まで持っていきます。しかしわが国での発売後の調査で、めまいや眠気などの副作用を認める例が少なくないことが明らかになりました。そこでこの副作用を防止するために、2~4週間ごとに増量する先生もいらっしゃいます。中等度の段階で初めてアルツハイマー病と診断した患者さんの場合は、コリンエステラーゼ阻害薬とメマンチンのどちらを先に処方するかという選択に迫られます。これまでの研究報告からは、コリンエステラーゼ阻害薬のほうがメマンチンよりも、認知機能に対する効果が大きいようなので、コリンエステラーゼ阻害薬を先に処方するほうがよいでしょう。ただし、患者さんの身体的既往症、合併症、精神行動障害によってはメマンチンを先に投与する場合もあります。しかし単独処方よりも両薬剤を併用することによって進行抑制効果が増すため、基本的には併用処方を目指します。したがって、どちらか一方のみを処方する期間は短いでしょうから、どちらが先かについてはあまり神経質にならなくてもよいと思います。※2012年10月の認知症特集におけるQ&Aも併せてご覧ください。認知症のエキスパートドクターが先生方からの質問に回答!(Part1)認知症のエキスパートドクターが先生方からの質問に回答!(Part2)

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情報提供でプライマリでの抗菌薬使用が3割低下/BMJ

 急性呼吸器感染症への抗菌薬処方について、特別に訓練を受けた一般開業医が訓練を受けていない一般開業医に対して情報提供をすることで、同割合がおよそ3割低下した。抗菌薬を処方した場合でも、より狭域な抗菌薬であるペニシリンV投与の割合が増加した。ノルウェー・オスロ大学のSvein Gjelstad氏らが、400人弱の一般開業医を対象に行った無作為化試験の結果で、現状では急性呼吸器感染症に対し、過度な抗菌薬処方が広く行われているという。BMJ誌オンライン版2013年7月26日号掲載の報告より。2回訪問し、急性呼吸器感染症への抗菌薬投与に関するガイドラインなどを説明 研究グループは、ノルウェーの一般開業医79グループ・382人を対象に無作為化試験を行った。介入群の医師(39グループ、183人)には、特別な訓練を受けた一般開業医が2回訪問し、急性呼吸器感染症への抗菌薬投与に関するガイドラインや、最近のエビデンスについて説明をした。また、特別なソフトウエアを用い、その医師の前年の抗菌薬処方に関するデータを電子カルテから集め、それに基づいてディスカッションを行った。 対照群(40グループ、199人)には、70歳以上高齢患者への適切な処方に関する説明を行った。 主要評価項目は、抗菌薬の処方率と、ペニシリンV以外の抗菌薬の処方割合だった。介入群で抗菌薬処方率はおよそ3割減、ペニシリンV以外の抗菌薬の割合も減少 その結果、介入群のベースライン時の急性呼吸器感染症への抗菌薬処方率は33.2%から31.8%へ減少し、対照群は33.4%から35.0%へ増加し、介入群での有意な減少が認められた(オッズ比:0.72、95%信頼区間:0.61~0.84)。また処方された抗菌薬のうち、非ペニシリンV抗菌薬の占める割合も、介入群で有意に減少した(同:0.64、0.49~0.82)。 なお、患者1,000人当たりの抗菌薬処方件数は、介入群で80.3から84.6へ、コントロール群で80.9から89.0へ増加していたが、これは抗菌薬処方を必要とする急性呼吸器感染症(とくに肺炎)の患者数が増加したことを受けてのものであった。

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小児急性中耳炎診療ガイドライン2013年度改訂版トピックス-肺炎球菌迅速検査キット導入の意義-

■2013年度改訂の背景小児急性中耳炎診療ガイドラインはエビデンスに基づいた推奨治療法の作成を目的とし、中耳炎患者の診断・治療に有益となることを目標としており、Minds(医療情報サービス)へも掲載されている。前回(2009年)の改訂以降、肺炎球菌ワクチンの国内導入、またテビペネムピボキシル(TBPM-PI)、トスフロキサシン(TFLX)などの新薬が認可されるとともに、2011年11月には肺炎球菌迅速検査キット「ラピラン®肺炎球菌HS」が保険収載され、診療ガイドラインにおけるこれらの位置づけを明確に提示することとなった。■主な改訂ポイント2013年版 小児急性中耳炎診療ガイドラインの主な改訂ポイントとして、以下の点が挙げられる。1)重症度スコアリング項目から「光錐」を削除し、スコア5点以下を軽症、6〜11点を中等症、12点以上を重症と再定義した。2)中等症、重症において抗菌薬投与後3日目に病態を確認する。3)治療薬として、新たに経口抗菌薬2剤(TFLX、TBPM-PI)を追加した。4)7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV-7)項目を追加した。5)迅速検査キット「ラピラン®肺炎球菌HS(中耳・副鼻腔炎)」を導入した。以下、今回の改訂の特徴の1つである肺炎球菌迅速検査キット「ラピラン®肺炎球菌HS(中耳・副鼻腔炎)」の位置づけや使用法について概説する。■肺炎球菌迅速検査キットの意義急性中耳炎においても原因微生物の同定は重要なステップである。従来からの起炎菌検査法であるグラム染色法は多忙な日常臨床のなかで実施することは難しく、また細菌培養法は結果まで数日を要するため、治療開始時点では起炎菌が不明な場合が多い。このような背景からも迅速検査キットの活用により治療前に原因微生物を推定することは有用である。「ラピラン®肺炎球菌HS」は、中耳炎および副鼻腔炎における肺炎球菌抗原診断として、国内で初めて保険収載された迅速診断薬(保険点数210点、判断料(月1回に限る)144点)で、早期の起炎菌検索に有用である。臨床性能試験における本キットの成績は培養検査と良好な一致率を示した(図1)。図1 迅速検査キット「ラピラン®肺炎球菌HS」の臨床性能試験成績画像を拡大するこれらの成績により、本キットは中耳炎や鼻副鼻腔炎の肺炎球菌感染診断に有用と考えられた1)。また中耳炎・副鼻腔炎合併症例を対象とした検討で、中耳貯留液の肺炎球菌培養検査を基準としたときに、鼻咽腔ぬぐいの培養検査と本キットの検査結果がほぼ同等の成績であったため、中耳貯留液の採取が難しい場合には、鼻咽腔の検体を代用できることが示唆された。 留意点として死菌検出、偽陰性(抗原量少ない場合)、鼻咽腔ぬぐい液では鼻咽腔定着細菌の検出などが挙げられる。本キットの診断意義としては、陽性:肺炎球菌が起炎菌、また死菌残存(中耳貯留液)、常在菌(上咽頭ぬぐい)もあり得る。陰性:インフルエンザ菌やMoraxella catarrhalisが起炎菌、非細菌性またはウイルス性、また肺炎球菌量が少ない(偽陰性)場合がある。■本キットの結果に基づく抗菌薬選択について本キットが陽性であれば、AMPC高用量、クラブラン酸・アモキシシリン合剤(CVA/AMPC)、テビペネムピボキシル(TBPM-PI)など、肺炎球菌をターゲットとした治療が考えられる。また、本キットは薬剤耐性菌やその他の起炎菌の情報は得られないが、2歳未満、集団保育、1ヵ月以内の抗菌薬前治療などの薬剤耐性菌リスク因子を考慮したうえで迅速キットを使用すれば早期の治療選択に役立てることができる。画像を拡大する■迅速検査キット使用のタイミング小児急性中耳炎診療において、次のような場合に肺炎球菌迅速検査キットの結果が参考になる(アルゴリズム中の*印)。1)軽症(スコア≦5点):(図2-A)   3日間の経過観察で改善せず、アモキシシリン(AMPC)を3日間投与しても改善が認められない症例の抗菌薬選択(3回目診察、4回目診察)。2)中等症(スコア6-11点):(図2-B)   AMPC高用量3日間による初回治療後に改善がみられない症例の抗菌薬選択(2回目診察、3回目診察)。3)重症(スコア12点以上):(図2-C)   初診時あるいは初回治療後に改善がみられない症例の抗菌薬選択。■図2 重症度別の治療アルゴリズムA. 軽症(スコア≦5点)画像を拡大するB. 中等症(スコア6~11点)画像を拡大するC. 重症(スコア≧12点)画像を拡大する■肺炎球菌迅速検査キットの使用法キットの使用法を図3に示す。抽出操作は約5分、反応時間は15分で、測定開始から15分が経過していなくても判定部に2本の赤い線が確認できた時点で陽性と判定可能である。図3 「ラピラン®肺炎球菌HS(中耳・副鼻腔炎)」の操作法および判定法画像を拡大する■まとめ治療開始の時点では起炎菌が不明なことが多い小児急性中耳炎診療の現場では、迅速検査キットの導入によって、早期の適切な治療アプローチが可能となり、治癒の達成、患児のQOLの改善とともに耐性菌や医療費の抑制にもつながると期待される。1)Hotomi M, et al. PLoS One. 2012; 7(3) :e33620.関連ニュース4年ぶりの改訂『小児急性中耳炎診療ガイドライン2013年版』発売【問い合わせ先】 大塚製薬株式会社 医薬情報センター〒108-8242 東京都港区港南2-16-4 品川グランドセントラルタワー電話:0120-189-840

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低線量CTによる検診は肺がん死を減少させうるか(コメンテーター:小林 英夫 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(121)より-

本論文は、2011年に発表されたAmerican National Lung cancer Screening Trial(NLST)、N Engl J Med. 2011; 365: 395-409の追加解析報告である。2011年報告は5万名以上という大規模集団での比較試験であり、低線量CT検診により20%の肺癌死亡減少効果が示されたエビデンスレベルの高い研究であった。続編としての本報告は、対象集団を保有リスク別に5群分別し、群毎の肺がん死抑制効果を解析している。結果はある意味予測通り、リスクの高い群ほど肺がん死減少効果が高く、低リスク群では減少効果も少ないというものとなった。結論として、肺がんの低線量CT検診は高リスク群(喫煙経験者)において、より高率に肺がん死を抑制できることが示された。 以下、肺がん検診に直接関わっていない医師に向けて解説したい。 検診によって疾患の早期発見を目指すことが望ましいという概念は当然のことと思われていたが、30年前と20年前に、胸部X線撮影による検診では、発見数は増えても肺がん死を減少させられないという衝撃的な論文が登場した(Mayo Lung Project, Prostate, Lung, Colorectal, and Ovarian(PLCO)Cancer Screening Trial)。本邦の検診とは精度やシステムが大きく異なるものの、その後も欧米ではほぼ既成事実ととらえられている(Oken MM et al. JAMA. 2011; 306: 1865-1873.)。一方本邦では現在も、精度管理が適切に遵守できれば胸部X線による肺がん検診は推奨できると考えられている(http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/guideline/guide_lung070111.pdf)。ただし、適切に管理できていない検診が実施されていることも事実であり、現場運営での問題点として指摘されている。 それならば、X線撮影に比し、より病変検出力が高いCTならば肺がん死を減じられるかどうかが新たな検討事項となった。すでにいくつもの報告がなされており、2013年7月にU.S. Preventive Services Task Force(USPFTS)が発表した肺がん検診draftも、このNLST研究の結果を主に反映して、低線量CTの有効性はほぼ認められてきている。とはいえ、コストや放射線被曝量といった問題点も存在することから、対策型検診(住民検診など)への安易な導入が直ちに推奨できないこと、また本邦ではどのように運営すべきかなどは未解決である。 検診には疑陽性者への過剰介入といった不利益も伴うため、不適切な検診は有害であるとも極論される。本邦では肺がんCT検診認定機構がCT検診に備えた人材育成を、日本CT検診学会がガイドラインを公表し、将来に向けた研究と準備が開始されている。

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心肺蘇生でのVSEコンビネーション療法、神経学的に良好な生存退院率を改善/JAMA

 心停止患者の蘇生処置について、心肺蘇生(CPR)中のバソプレシン+エピネフリンとメチルプレドニゾロンの組み合わせ投与および蘇生後ショックに対するヒドロコルチゾン投与は、プラセボ(エピネフリン+生理食塩水)との比較で、神経学的に良好な状態で生存退院率を改善することが明らかにされた。ギリシャ・アテネ大学のSpyros D. Mentzelopoulos氏らが無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間試験の結果、報告した。先行研究において、バソプレシン-ステロイド-エピネフリン(VSE)のコンビネーション療法により、自発的な血液循環および生存退院率が改善することが示唆されていたが、VSEの神経学的アウトカムへの効果については明らかではなかった。JAMA誌2013年7月17日号掲載の報告より。20分以上の自発的な血液循環、CPCスコア1もしくは2での生存退院率を評価 研究グループは、昇圧薬を必要とした院内心停止患者について、CPR中のバソプレシン+エピネフリン投与と、CPR中またはCPR後にコルチコステロイドを投与する組み合わせが、生存退院率を改善するかを、脳機能カテゴリー(Cerebral Performance Category:CPC)スコアを用いて評価を行った。同スコアの1、2を改善の指標とした。 試験は2008年9月1日~2010年10月1日の間に、ギリシャの3次医療センター3施設(病床数計2,400床)を対象に行われた。被験者は、蘇生ガイドラインに従いエピネフリン投与を必要とした院内心停止患者で、364例が試験適格について評価を受け、そのうち268例が解析に組み込まれた。 被験者は、バソプレシン(CPRサイクル当たり20 IU)+エピネフリン(同1mg;約3分間隔で)投与群(VSE群、130例)か、生理食塩水+エピネフリン(同1mg;約3分間隔で)投与群(対照群、138例)に無作為化され、初回CPRを5サイクル受けた。必要に応じてエピネフリンの追加投与を受けた。無作為化後の初回CPR中、VSE群はメチルプレドニゾロン(40mg)も受けた。対照群は生理食塩水を受けた。 また、蘇生後ショックに対しては、VSE群(76例)に対してはヒドロコルチゾンをストレス用量で投与し(最大量300mg/日を7日間投与したあと漸減)、対照群(73例)には生理食塩水を投与した。 主要評価項目は、20分以上の自発的な血液循環(ROSC)、CPCスコア1もしくは2での生存退院率とした。CPCスコア1もしくは2での生存退院率改善は、VSE群が対照群の3.28倍 全蘇生患者についてフォローアップは完遂された。 VSE群の患者は対照群と比べて、20分以上のROSCの達成患者が有意に高率だった(83.9%対65.9%、オッズ比[OR]:2.98、95%信頼区間[CI]:1.39~6.40、p=0.005)。 CPCスコア1もしくは2で生存退院した患者の割合も有意に高率だった(13.9%対5.1%、OR:3.28、95%CI:1.17~9.20、p=0.02)。 蘇生後ショックの処置について、ヒドロコルチゾン投与を受けたVSE群のほうが、プラセボ投与を受けた対照群と比べて、CPCスコア1もしくは2で生存退院した患者の割合が有意に高率だった(21.1%対8.2%、OR:3.74、95%CI:1.20~11.62、p=0.02)。 有害イベントの発現率は、両群で同程度だった。

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うつ病に対する重点的介入により高齢者の死亡率が低下する(コメンテーター:小山 恵子 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(118)より-

高齢者のうつ病は、高齢者の自殺と密接に関連するばかりでなく、さまざまな身体疾患や健康問題への影響が指摘されている。うつ病患者において、糖尿病や心血管疾患に対する治療やセルフケアへのアドヒアランスが不良になること、身体活動が低下することなどの要因が、死亡率を高めることにつながると考えられている。 本研究では、米国3ヵ所のプライマリ・ケア医療機関20施設を、通常治療群(10施設)と介入群(10施設)に無作為に割り付け、うつ病高齢患者に対する重点的ケアによる死亡リスク抑制効果について検証している。結果として、うつ病治療専門員(depression care manager; ソーシャルワーカー、看護師、心理士などからなる)が重点的に関わってプライマリ・ケア医の治療をサポートすることにより、うつ病患者の死亡率が低下することが示されている(フォローアップ期間中央値98ヵ月)。 わが国においても高い自殺率への危機意識から、かかりつけ医を対象としたうつ病対応力向上研修講座が行われたり、高齢者のうつを予防し、早期発見・早期治療に資することを目的としてうつ予防・支援マニュアルが作成されたりなど、さまざまな保健医療サービス資源を巻き込んだ取り組みが地域でなされるようになっている。こういった取り組みが、要介護・要支援高齢者の減少やひいては死亡率の減少につながっていくのかどうかについての検証はこれからだが、本論文はうつ病高齢者への重点的な取り組みを鼓舞する結果を示していると言えよう。 ただし、本研究では、一定の教育を受けたうつ病治療専門員が症状や薬の副作用、治療へのアドヒアランスなどについてモニタリングするだけではなく、標準的ガイドラインに沿って抑うつ症状の改善度に応じて抗うつ薬の増量や変更を検討するなど、かなり踏み込んだ役割を果たしていることに注意が必要である。医療体制が異なるわが国において、財源や人的資源とのバランスも考慮してどのような介入ができるのかは、今後の検討課題であろう。

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入院中に喫煙者を同定し支援することで、禁煙達成が改善/BMJ

 2次医療施設に入院中の患者に対し、喫煙状況の確認と禁煙支援による介入を行い、退院後は地域サービスによる支援の利用を促すことで、禁煙の達成、維持状況が改善可能であることが、英国・ノッティンガム市立病院のR L Murray氏らの検討で示された。15年以上前から、英米の診療ガイドラインは、入院患者の喫煙状況を確認して禁煙の意思のある喫煙者には支援を行うよう勧告しているが、2次医療施設におけるこの勧告の遂行状況は不良な状態が続いているという。一方、入院時の診断名にかかわらず、入院中に禁煙に対する動機づけを集中的に行い、退院後に禁煙支援を1ヵ月以上継続することで禁煙達成率が上昇することが示されている。BMJ誌オンライン版2013年7月8日号掲載の報告。入院中の禁煙支援の効果をクラスター無作為化試験で評価 研究グループは、入院中の成人の喫煙者および元喫煙者に対する禁煙支援の効果を評価するクラスター無作為化試験を実施した。 地域の大規模な教育病院であるノッティンガム市立病院の18の急性期病棟(脳卒中科4病棟、腫瘍科4病棟、糖尿病科2病棟、呼吸器科2病棟など)が、介入を行う群(9病棟)または通常治療を行う群(9病棟)に割り付けられた。 介入群では、入院中に全患者の喫煙状況を確認し、喫煙者には禁煙専門家による行動支援および禁煙薬物療法が実施され、退院後は地域サービスへの紹介が行われた。通常治療群では医療者の自主性、裁量に任せられた禁煙支援が行われた。主要アウトカムは4週後の呼気一酸化炭素濃度測定に基づく禁煙の達成とした。 2010年10月~2011年8月までに、介入群に264例、通常治療群には229例が登録され、4週後の主要アウトカムのデータはそれぞれ260例、224例から得られた。4週後禁煙達成率:38 vs 17%、6ヵ月禁煙継続率:19 vs 9% 全体の平均年齢は56歳(18~91歳)、男性が60%であったが、介入群のほうが若く(55 vs 58歳、p=0.028)、男性が多かった(67 vs 52%、p=0.001)。全体の入院期間中央値は5日(1~98日)で、介入群がわずかに長かった(6 vs 5日、p=0.05)。 介入群では全例が少なくとも喫煙を止めるよう助言を受けたが、通常治療群では46%(106例)にとどまった。 4週後の禁煙達成率は介入群が38%(98例)、通常治療群は17%(37例)であった(補正オッズ比[OR]:2.10、95%信頼区間[CI]:0.96~4.61、p=0.06、1例の禁煙達成に必要とされる治療例数[NNT]:8例)。 退院時の禁煙達成率は介入群が58%(151例)、通常治療群は29%(67例)であり(補正OR:1.95、95%CI:0.94~4.05、p=0.07)、禁煙薬物療法施行率はそれぞれ49%(128例)、27%(62例)であった(補正OR:3.95、95%CI:1.81~8.63、p<0.001)。 退院後の禁煙支援への紹介率は介入群55%(144例)、通常治療群 6%(13例)(補正OR:21.8、95%CI:9.4~50.6、p<0.001)、支援の利用率はそれぞれ31%(80例)、10%(21例)(補正OR:4.22、95%CI:2.27~7.83、p<0.001)であり、いずれも介入群のほうが良好であった。 6ヵ月後の禁煙継続率は介入群が19%(47例)と、通常治療群の9%(19例)よりも良好な傾向を認めたが、有意な差はなかった(補正OR:1.53、95%CI:0.60~3.91、p=0.37)。 著者は、「介入により入院中の喫煙者の禁煙達成状況が実質的に改善された。このモデルを最適化し、医療以外の分野のサービスにも適用するために、さらなる検討を進める必要がある」と指摘している。

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第16回 診療ガイドライン その2: 「沿う」以上に重要な「適切なガイドライン」作り!!

■今回のテーマのポイント1.ガイドラインに沿った診療は紛争化リスクを低減する2.ガイドラインに沿った診療をしていれば、違法と判断される危険性は低い3.実医療現場に沿った適切なガイドラインの作成が課題である事件の概要患者X(54歳)は、4日前より持続する呼吸困難、動悸を認めたため、平成15年10月29日、Y病院を受診したところ、重症心不全および心房細動と診断され、加療のため同日入院となりました。主治医Aは、同日よりXに対し、心不全の治療として酸素投与と利尿薬、カテコラミンの投与を、心房細動に対しヘパリン、翌日よりワルファリンカリウム(商品名:ワーファリン)(2㎎/日)を開始しました。11月4日には、トイレへ歩行しても呼吸苦を認めなくなりました。11月7日、経食道心エコーを行ったところ、左房内に明らかな血栓を認めなかったものの、モヤモヤエコーが描出されました。明らかな血栓がなかったことから、A医師は、Xに対し、電気的除細動を行ったところ、1度は正常洞調律に戻りましたが、その後、心房性期外収縮が頻発するなど不整脈が出現していました。なお、11月6日のXのPT-INRは1.15でした。Xに対するワーファリン®の投与量は、11月4日より3㎎/日に、9日より4㎎/日と順次増量しましたが、10日退院時のPT-INRは1.2でした。A医師は、心不全および心房細胞が改善したこと、Xが退院を希望したことから、ワーファリン®を4.5㎎/日として、10日に退院としました。しかし、翌11日午後7時半頃、Xは、自宅にて右片麻痺が出現し、救急搬送されたものの、脳塞栓症にて右不全麻痺と失語症が残存することとなりました。これに対し、Xは、1)電気的除細動の適応がなかったこと、2)ワーファリン®による抗凝固療法が十分ではなかったにもかかわらず電気的除細動を行ったこと、3)電気的除細動後、抗凝固療法が不十分であったにもかかわらず退院させたことなどを争い、Y病院に対し、約1億5,200万円の損害賠償を請求しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過患者X(54歳)は、4日前より持続する呼吸困難、動悸を認めたため、平成15年10月29日、Y病院を受診したところ、重症心不全および心房細動と診断され、加療のため同日入院となりました。胸部単純X線上、著明な肺鬱血を認め、心エコー上、左室駆出率は24%、心嚢液貯留を認めました。主治医Aは、同日よりXに対し、心不全の治療として酸素投与と利尿薬、カテコラミンの投与を、心房細動に対しヘパリン、翌日よりワーファリン®(2㎎/日)を開始しました。11月4日には、トイレへ歩行しても呼吸苦を認めなくなったものの、5日に行われた心エコーでは、左室駆出率21%、左房径50㎜、左室拡張末期径64㎜であり、拡張型心筋症様でした。11月7日、経食道心エコーを行ったところ、左房内に明らかな血栓を認めなかったものの、モヤモヤエコーが描出されました。明らかな血栓がなかったことから、A医師は、Xに対し、電気的除細動を行ったところ、1度は正常洞調律に戻りましたが、その後、心房性期外収縮が頻発するなど不整脈が出現していました。なお、11月6日のXのPT-INRは1.15でした。Xに対するワーファリン®の投与量は、11月4日より3㎎/日に、9日より4㎎/日と順次増量しましたが、10日退院時のPT-INRは1.2でした。A医師は、心不全および心房細胞が改善したこと、Xが退院を希望したことから、ワーファリン®を4.5㎎/日として、10日に退院としました。しかし、翌11日午後7時半頃、Xは、自宅にて右片麻痺が出現し、救急搬送されたものの、脳塞栓症にて右不全麻痺と失語症が残存することとなりました。事件の判決1)電気的除細動の適応がなかったこと平成13年ガイドラインでは、除細動により自覚症状や血行動態の改善が期待される場合には、電気的除細動の適応があるとされていること、同ガイドラインでは、除細動しても再発率が高く、効果が期待できない例として、(1)心房細動の持続が1年以上の慢性心房細動、(2)左房径が5センチメートル以上、(3)過去に除細動歴が2回以上、(4)患者が希望しないという条件が1つでもある場合は、積極的な除細動を勧めていないところ、(1)については判断できないが、(2)については11月5日の左房径は5センチメートルとぎりぎりの基準であったこと、同ガイドラインでは、重症心不全では、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされていることなどから、平成13年ガイドラインから逸脱していない。・・・・・・(中略)・・・・・・すなわち、前記医学的知見に示した、平成13年ガイドラインによれば、重症心不全の場合、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされているところ、前記認定のとおり、本件除細動時、原告は重症心不全の状態にあったこと、前記前提事実によれば、原告は、本件入院時から本件除細動時の約10日間心房細動が持続していたこと等が認められることから、平成13年ガイドラインによって照合しても電気的除細動を行う適応があったといえる。2)ワーファリンによる抗凝固療法が十分ではなかったにもかかわらず電気的除細動を行ったこと前記前提となる医学的知見によれば、心房細動の持続が48時間以上となると左房内に血栓が形成されて塞栓症を起こす危険が高まること、心房細動では、除細動後、洞調律に戻った後に一過性の機械的機能不全が生じ、この時期に心房内に血栓が形成され、機械的興奮が回復してから血栓が剥がれて飛んで塞栓症の原因となると考えられていること、日本では、INR2程度を目標とすることとされていること、平成13年ガイドラインによれば、心拍数が毎分99以下の発作性心房細動の項で、心房細動の持続時間が48時間を超える場合には、経食道心エコーにて左房内血栓の有無を確認し、無ければヘパリン投与下で除細動を行うとされていることが認められる。そして、前記認定事実によれば、原告のINRは、10月29日に1.15、11月4日に1.14、6日に1.15だったこと、A医師は、本件除細動前に、原告に対して経食道心エコーを行い、左房・左心耳内に血栓がないことを確認したこと、本件除細動時、ヘパリンを投与していたこと等が認められる。以上を総合すると、D医師が電気的除細動の実施に際し、抗凝固の目標値であるINR2~3でワーファリン2をかなり下回るINR1.5程度で本件除細動を行ったことは塞栓症のリスク管理という点から疑問がないとは言えないが、A医師はガイドラインの指針に従って、経食道心エコーにより、左房・左心耳内に血栓がないことを確認し、ヘパリン投与下で本件除細動を行ったのであり、鑑定意見及び医学的知見に照らすと、INRが2程度になる様に抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務があったとまではいえない。3)電気的除細動後、抗凝固療法が不十分であったにもかかわらず退院させたこと平成13年ガイドラインで、電気的除細動施行後はワーファリンによる抗凝固療法(INR2~3)を4週間継続することが推奨されていること、ヘパリンとワーファリンの併用方法としては、ワーファリンの抗凝固療法の効果が出るまでに約72時間ないし96時間を要するため、INRが治療域に入ってからヘパリンを中止することが勧められていることが認められる。前記前提事実及び前記認定事実によれば、A医師は、原告退院時、ワーファリンを従前の4錠(4ミリグラム)から4.5錠(4.5ミリグラム)に増量した上で退院させていることが認められる。しかし、前記前提事実及び前記認定事実によれば、原告の退院時のINRは1.20と、平成13年ガイドラインの推奨するINRの値及び重大な塞栓症が発症する可能性の高いINR1.6を相当下回っていたこと、鑑定書によれば、原告は心不全を合併していたことから特に、脳塞栓症の発生リスクが高まっていたことが認められる。そして、前記認定事実によれば、原告が本件脳梗塞を発症した後の11月13日のINRは1.21であることが認められ、脳梗塞発症時には抗凝固療法のレベルがINR1.2前後であったことが推認できる。・・・・・・(中略)・・・・・・以上の事実を総合すると、原告の退院時の抗凝固レベルは不十分かつ塞栓症発生の危険が高い状態であり、原告退院後、ワーファリン増量の効果が発現するのになお数日を要する状態であったのであるから、A医師には、入院を継続してヘパリンによる抗凝固療法を中止することなく併用しつつ、ワーファリンの投与量を調節して推奨抗凝固レベルを確保する入院を継続させて原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間、特段の事情がない限り、入院を継続し、原告の状態を観察する注意義務があったといえる。・・・・・・(中略)・・・・・・よって、A医師は原告の抗凝固レベルが推奨レベルになるまでの間、入院を継続し、原告の状態を観察する注意義務を怠ったといえる。(岐阜地判平成21年6月18日)ポイント解説今回も、前回に引き続きガイドラインについて解説いたします。前回解説したように、ガイドラインは、裁判所が医療水準を判断する際の重要な資料であり、裁判所はおおむねガイドラインに沿った判断をしていることから、ガイドラインに反した診療をした場合には、「過失」と判断されやすいといえます。それでは、「ガイドラインに沿った診療をしていた場合には、裁判所はどのような判断をするのか?」が今回のテーマとなります。「事件の判決」で挙げている3つの争点について、裁判所は、いずれも日本循環器学会が作成したガイドラインを引用し、過失判断をしています。そして、1)においては、「平成13年ガイドラインによれば、重症心不全の場合、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされているところ、前記認定のとおり、本件除細動時、原告は重症心不全の状態にあったこと、前記前提事実によれば、原告は、本件入院時から本件除細動時の約10日間心房細動が持続していたこと等が認められることから、平成13年ガイドラインによって照合しても電気的除細動を行う適応があったといえる」と判示し、過失がなかったとしています。第14回で解説したように、判決は法的三段論法(図1)で書かれているところ、1)における大前提(規範定立)は、「平成13年ガイドラインによれば、重症心不全の場合、心房細動が持続していれば電気的除細動を行うのが望ましいとされている」であり、ガイドライン=規範となっています。そして、ガイドライン=規範に本件事案は反していないこと(小前提)から過失はなかった(結論)としているのです。同様に、2)においても、ガイドラインを規範とした上で、「D医師が電気的除細動の実施に際し、抗凝固の目標値であるINR2~3でワーファリン2をかなり下回るINR1.5程度で本件除細動を行ったことは塞栓症のリスク管理という点から疑問がないとは言えないが、A医師はガイドラインの指針に従って、経食道心エコーにより、左房・左心耳内に血栓がないことを確認し、ヘパリン投与下で本件除細動を行ったのであり、鑑定意見及び医学的知見に照らすと、INRが2程度になる様に抗凝固療法を行った上で除細動を行うべき注意義務があったとまではいえない」と判示しており、ガイドラインに沿っていることを理由にPT-INRが低くともなお適法であるとしています。この判示は、より高い医療水準を設定することが可能な場合においても、ガイドラインにさえ沿っていれば、違法と判断しないとした点で重要であるといえます。2000年代前半において、現場の実情や医療を無視した救済判決が出されたことで、医療界が大きく混乱しました。萎縮医療が生じた原因は、医療に対する要望が急速に高まっていく中、年々、求められる医療水準が上昇していったことです(図2)。すなわち、診療当時に入手可能な判例に沿った診療(診療時のルールに基づく診療)を行ったとしても、それが裁判となり争われ、判決が出されるまでの間に、求められる医療水準が上昇(判決時=将来のルール)してしまい、結果、「違法」と判断されてしまったことから、実医療を行うにあたり自身の行為が適法か否かの判断ができなくなってしまったのです。自らの診療の適法性に対する予見可能性がなくなれば、実医療現場で診療する医療従事者にとっては、結果論で裁かれるのと同じことになりますので、その結果、危険を伴う診療には関与しないという萎縮医療が生じてしまいました。本判決のように、その当時のガイドラインに従っていれば、少なくとも違法とは判断されないということは、現場の医療従事者にとっては非常に重要な意味を持ちます。特にその内容が、裁判官ではなく、その領域の専門家である医師によって定められることは、適切な医療訴訟(敗訴しても医師が納得できる)を目指す上でも価値があるといえます。昨今の判決では、裁判所は、ガイドラインを尊重していること、前回解説したように、ガイドラインに準じた治療であった場合には、そもそも弁護士が事件を受任しないことから紛争化自体を防ぐことができるということで、ガイドラインの重要性は増しています。しかしながら、現在作成されているガイドラインの中には、適法性の基準としてみると疑問といえるものも散見されます。特に、複数の選択肢があり、現場の医師の裁量に任せるべきケースに対し、他の選択肢を否定するかのような表記がなされている場合は、しばしば紛争化の道をたどることとなるので注意が必要です。いずれにせよ、医療の正しさは専門家である医師が決定していくということは、重要なことであり、不幸な時期を経て、ようやく手にしたものです。医療界は、ガイドラインを適法性の判断基準にしないで欲しいという後ろ向きの議論をするのではなく、実医療現場で働く医師が困ることのない適切なガイドラインを作成するよう努力していかなければなりません。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)岐阜地判平成21年6月18日

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募集した質問にエキスパートが答える!骨粗鬆症診療 Q&A (Part.2)

今回、骨粗鬆診療に関連する3つの質問に回答します。「骨折ハイリスク例の見分け方」「薬剤の併用療法」。日頃の悩みがこれで解決。骨折のハイリスク例の見分け方について教えてください。既存椎体骨折、大腿骨近位部骨折の既往は骨折ハイリスク例となります。今年、改訂された「原発性骨粗鬆症診断基準(2012年度改訂版)」と「骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン(2011年版)」ではこれらの骨折既往がある場合には骨密度検査をせずに骨粗鬆症と診断し薬物治療を開始することが推奨されています(図)。その他のハイリスク例として、ステロイド性骨粗鬆症があげられます。プレドニン換算で5mg/日を3ヵ月以上投与する患者には、ステロイド開始と同時にビスホスホネート製剤などの薬物治療を開始することが推奨されています。図画像を拡大する併用療法について教えてください。現在の薬剤は単剤治療の効果のエビデンスに基づいているので、原則的には単剤治療を行うべきでしょう。併用にはいろいろなパターンがありますが、複数薬を併用する場合には互いに薬剤効果が相殺されないこと、有害事象がおきないこと、単剤使用の場合よりも明らかに相乗効果が認められることが条件になります。近年、活性型ビタミンD3はビスホスホネート製剤と併用すると、重症患者ではビスホスホネート製剤単独で使用するより骨折予防効果が高いことが報告されています(A-TOP研究)。

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データ改ざんが明らかに —KYOTO HEART Study論文

7月11日、京都府立医科大学は、KYOTO HEART Studyに関する調査結果を発表した。その結果、主要エンドポイントである心血管疾患系複合エンドポイントの発生数においてカルテ記載データと解析に用いられたものとの間に大きな隔たりがあることが確認された。その概要は以下のとおりである。カルテ閲覧が可能であった223例のうち、1)複合エンドポイント発生数は、解析用データでは48件(21.5%)あったのに対し、カルテ上確認できたのは34例(15.2%)であった。すなわち14件が水増しされていた。この14件は、エンドポイントとしてエンドポイント委員会に届けられていない可能性が高い。2)複合エンドポイント発生において、カルテと解析用データで一致しなかった症例は、223例中34例(15.2%)にみられた。そのうちカルテで「なし」となっていたのに、解析用データで「あり」となっていたのが、バルサルタン群4例、対照群(非ARB群)20例と対照群において大幅に水増しされていた。3)逆に、カルテでは「あり」となっていたのに、解析用データでは「なし」となっていたのは、バルサルタン群9例、対照群1例と、バルサルタン群で大幅に減少させていた。このようなバルサルタン群を大幅に有利とする生データと解析用データの操作、人為的な改ざんと断定せざるをえない。我々は、論文で記載されているバルサルタン群の45%という複合エンドポイント発生の抑制を、PROBE法という枠内での問題として論じてきたが、事実はデータの改ざんという、科学的論議とは次元を全く異にする、極めて悪質な行為によって生じた結果であったことに憤りを覚える。今回の問題に関するノバルティス社のコメントは、企業として極めて無責任な印象はぬぐえない。ノバルティス社は、元社員に対する調査委員会の事情聴取を受けさせ、事実関係を明らかにする社会的義務があることを認識すべきである。エンドポイント委員会委員長はエンドポイントの食い違いに関する説明が必要である。また今回の臨床試験成績を医師向け商用雑誌における広告座談会などで頻回に本試験の結果を宣伝してきた日本高血圧学会幹部およびガイドライン委員長は、今回の調査結果を受けて一般医師に対して説明責任がある。今回の事件は、医師、薬剤師のみならず国民を欺いた罪は大きい。またわが国から発信される臨床試験に対する信頼性を大きく失墜させ、日本の臨床論文が海外ジャーナルに採択されにくくなることが懸念される。信頼性回復のための方策を立てることは急務である。

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在宅歩行運動療法、PAD患者の身体機能を改善/JAMA

 集団認知行動療法による患者の動機づけに基づく在宅歩行運動療法が、末梢動脈疾患(PAD)患者の身体機能の改善に有用なことが、米国・ノースウェスタン大学フェインバーグ医学校のMary M McDermott氏らが実施したGOALS試験で示された。下肢PAD患者の身体機能障害の治療法はほとんどなく、監視下トレッドミル運動療法はその有効性が確認されているものの、通常は医療保険の対象外であったり、施設へ通う必要があるなどの問題がある。在宅歩行運動療法も有望視されているが、最近の無作為化試験の結果は一貫性がなく、現行のACC/AHA(米国心臓病学会/米国心臓協会)やTASC(Trans-Atlantic. Inter-Society Consensus)の診療ガイドラインはこれを推奨するエビデンスは十分でないとしている。JAMA誌2013年7月3日号掲載の報告。在宅歩行運動療法の効果を無作為化試験で評価 GOALS試験は、PAD患者に対する在宅歩行運動療法プログラムの導入による身体機能の改善効果を評価する無作為化対照比較試験。対象は、いずれか一方の下肢の足関節上腕血圧比(ABI)が0.90以下のPAD患者とし、間欠性跛行の有無は問わなかった。 これらの患者が、在宅歩行運動療法を行う介入群または健康教育のみを行う対照群に無作為に割り付けられた。介入群の患者には、集団認知行動療法(集団サポート、自己調整技法)による在宅歩行運動療法への動機づけが行われた。さらに、週1回90分間の研修(指導員が主導するディスカッション45分、屋内トラック歩行45分)に参加し、週5日以上の屋外歩行運動(1回最長50分まで)を行うよう指導された。 主要アウトカムは、6ヵ月後の6分間歩行試験における歩行能の改善であった。歩行距離が50m以上延長、トレッドミル最長時間は1分延長 2008年7月22日~2012年12月14日までに194例が登録され、介入群に97例(平均年齢69.3歳、男性50.5%)、対照群にも97例(71.0歳、49.5%)が割り付けられた。ベースラインの背景因子は、身体機能が介入群で優れた以外は両群で同等であり、典型的な間欠性跛行症状のない患者が全体の72.2%を占めた。 6分間歩行距離は、介入群がベースラインの357.4mから6ヵ月後には399.8mへ延長したのに対し、対照群は353.3から342.2mへと短縮した(平均差:53.5m、p<0.001)。ベースラインの身体機能などで調整しても、有意差は保持されていた(平均差:45.7m、p<0.001)。 トレッドミル歩行運動の最長時間は介入群が7.91から9.44分へ、対照群は7.56から8.09分へ延長し(平均差:1.01分、p=0.04)、加速度計で測定した7日間身体活動量は介入群が778.0から866.1活動単位へ増加し、対照群は671.6から645.0活動単位へと減少した(平均差:114.7活動単位、p=0.03)。 患者自身による評価を検討する歩行障害質問票(WIQ)の歩行距離スコアは、介入群が35.3から47.4点へ、対照群は33.3から34.4点へ上昇し(平均差:11.1点、p=0.003)、WIQ歩行速度スコアはそれぞれ36.1から47.7点、35.3から36.6点へと増加した(平均差:10.4点、p=0.004)。 著者は、「在宅歩行運動療法プログラムは、間欠性跛行の有無にかかわらずPAD患者の歩行耐久性や身体機能を改善し、患者評価による歩行の耐久性や速度にも好影響をもたらした」と結論し、「これらの知見は、監視下運動療法プログラムへの参加が不可能な、あるいは積極的でない多くのPAD患者にとって意義のあるもの」と指摘している。

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医療の一環としてプラセボ治療を行うことに患者は好意的/BMJ

 医療の一環としてプラセボ治療を行うことに対して、多くの患者は好意的な考えを持っていることが、米国・国立衛生研究所(NIH)のSara Chandros Hull氏らによる電話サーベイの結果、報告された。米国では近年、臨床においてプラセボ治療が行われていることが調査によって明らかにされたという(たとえば内科とリウマチ医の調査で半数がプラセボを処方していることが判明したなど)。こうした動向に対しHull氏らは、他国で行われたプラセボ治療についての調査で、患者自身は特定の状況下であればプラセボ治療に寛容であることが示されたという報告を受けて、米国患者のプラセボ治療の使用に対する考え方を調査した。BMJ誌オンライン版2013年7月2日号掲載の報告より。プラセボ治療について、患者1,598人を対象に電話インタビュー 先行研究で、プラセボ治療は、いわゆるプラセボ効果を期待して行われているが、処方内容には差異があることも示されたという。また、プラセボ治療を倫理的に問題とする声があるほか、米国の診療ガイドラインでは、患者が認識していないプラセボ治療は禁じられている。そのような背景を踏まえて研究グループは、米国患者のプラセボ治療の使用に対する考え方を調査した。 調査は、1回の電話サーベイで、カリフォルニア北部の住民で、HMO(健康維持機構)のカイザーパーマネント加入者を対象とした。被験者は、18~75歳で、6ヵ月以内に1回以上、慢性疾患でプライマリ・ケアサービスを受診していた。 1,800人に郵送で案内をしたあと、電話をかけ、1,598人にインタビューができた。そのうち312人からは回答を拒否された。「医師がプラセボ治療を推奨することは受け入れられない」21.9%にとどまる 有効回答率は、全被験者については53.4%(853/1,598人)、電話が通じた人については73.2%(853/1,165人)だった。 大方の回答者(50~84%)は、医師がプラセボ治療を推奨することについて、治療の有効性や安全性、治療目的についての医師の確信レベルにより、また治療の透明性が患者に説明される状況下であれば、容認できると判定していた。 医師がプラセボ治療を推奨することは受け入れられないとした人は、回答者のうち21.9%にとどまった。 回答者は、医師のプラセボ治療の考えについて好意的であり、かつ正直さを評価していた。また、不透明なプラセボ使用は患者と医師との関係性を徐々に蝕んでいく可能性があると確信していた。 著者は、「今回の調査で患者の多くは、プラセボ治療の考えには好意的であると思われ、正直さと透明性を評価していた。このことは、臨床意思決定場面において、医師はプラセボ効果を目的とした治療の妥当性についての意見とその有用性について、患者と十分に話し合うべきであることを示唆している」と結論している。

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急性期脳内出血に対する迅速降圧治療(

INTERACT2(Intensive Blood Pressure Reduction in Acute Cerebral Hemorrhage Trial 2)は、脳内出血患者に対する迅速な積極的降圧治療の有効性と安全性を評価することを目的に、多施設共同前向き無作為化非盲検試験として行われた。被験者は、発症6時間以内の脳内出血患者2,839例(平均年齢63.5歳、男性62.9%)で、積極的降圧群(1時間以内の収縮期血圧目標値<140mmHg、1,403例)またはガイドライン推奨群(1時間以内の収縮期血圧目標値<180mmHg、1,436例)に割り付けられた。主要転帰は90日後の死亡と重度身体障害[modified Rankin scale (mRS)で定義されるスコア3~6(死亡)]とされた。 また、両群のmRSの順序尺度解析が行われた。主要転帰が2,794例で判定され、積極的降圧群で719/1,382例(52.0%)、ガイドライン推奨群で785/1,412例(55.6%)となり、積極的降圧群のオッズ比は0.87(95%信頼区間[CI]:0.75~1.01、p=0.06)で有意差はみられなかった。しかし、順序尺度解析では、mRSの低下(機能改善)は積極的降圧群で有意であった(オッズ比:0.87、95%CI:0.77~1.00、p=0.04)。 死亡率は、積極的降圧群11.9%、ガイドライン推奨群12.0%、非致死的重大有害事象の発生は、それぞれ23.3%、23.6%だった。これらの結果から、発症早期の迅速な積極的降圧は、主要転帰を有意に減少させなかったが、機能的転帰の改善をもたらすことが示された。 脳卒中に占める脳内出血の割合が25%を占めるわが国では、INTERACT2の結果は今後の脳卒中治療ガイドラインの改訂に大きな影響を及ぼすと考えられる。現在、急性期の脳内出血に対する迅速降圧治療の有効性に関しては、日本人患者の登録を含むATACH II (Antihypertensive Treatment of Acute Cerebral Hemorrhage) 試験が進行中であり、INTERACT2とともに、その結果が注目される。

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Vol. 1 No. 2 CGM(continuous glucose monitoring)からみた薬物療法

西村 理明 氏東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科米国ピッツバーグ大学公衆衛生大学院はじめに糖尿病の治療目標は、糖尿病をできるだけ早期に発見し、かつ血糖値をできる限り正常に近づけ、糖尿病の合併症の発症を阻止すること、さらに合併症がすでにある場合はその進展を止めることである。現在、糖尿病患者における血糖コントロール指標として主にHbA1cと血糖値が用いられている。しかし、HbA1cは基本的に、長期にわたる血糖変動の平均値を反映する指標である1)。従って、日々の細かな血糖変動をあまり反映しない2)。現在、糖尿病患者の血糖変動を把握するための一般的な手段は、血糖自己測定(self monitoring of blood glucose:SMBG)である。しかし、SMBGは測定時点の血糖値を把握することはできるが、あくまでも測定時点における血糖値であり、測定時点の血糖値がはたして上昇傾向にあるか、変化がないのか、下降傾向にあるのかを推測することは困難である。本項では、CGMの原理ならびにわが国で使用可能な機器に触れ、次にCGMから見た各経口血糖降下薬の薬効に触れる。CGM(continuous glucose monitoring)とは1990年代後半に、前述したSMBGが抱える問題を連続測定により解決することを可能にした持続血糖モニター(continuous glucose monitoring:CGM)機器が開発された。CGM機器は、皮下組織に留置したセンサー(専用の穿刺具により挿入する)を用いて、間質液中のグルコース濃度を連続して測定する。測定方法は、センサー中に含まれる酵素であるglucose oxidaseと、皮下組織間質液中のグルコースを連続的に反応させて電気信号に変換することによる。この間質液中のグルコース濃度の測定値と血糖値との間には乖離が生じるため、現時点では、すべての機器でSMBGを1日に1~4回程度行いその値を入力、もしくは利用することによる補正が必須である。この補正を行うことでCGMの測定値は血糖値に近似した値を連続して示すことが可能となる3)。いずれのCGMも、血糖値が上下するときの追随性、特に低血糖からの回復時の追随性が遅れるという問題を抱えている4,5)。厳密にいえば、CGM機器が実際に測定しているのは間質液中のグルコース濃度であり、血糖値ではない。しかし、CGM機器の測定値はSMBGの値に従って補正され血糖値に近似した値を示すことから、便宜上、本項ではCGM機器による測定値も血糖値と呼称する。現在、日本で使用が承認されているCGM機器は、Medtronic社が1999年にアメリカで販売を開始したメドトロニック ミニメド CGMS-Gold (以下CGMS)(図1)である6,7)。CGMSは10秒ごとに測定を行い、5分ごとの平均値を記録する。従って、1日288回の測定値が記録されるため、血糖の日内変動を把握するために十分な情報を得ることができる。本機器は、欧米より実に約10年遅れで日本における使用が正式に認可された。しかしながら、本機器は本体が大きく、防水でないため入浴時等の取り扱いに手間がかかり、穿刺したセンサーと本体をワイヤーで接続するため、装着時の被検者の負担が大きいという問題を抱えていた。最近、この問題を解決する、非常に小型のメドトロニックiPro®2(日本メドトロニック)が日本でも認可され、発売が開始された(図2)8)。本機器は、穿刺したセンサーと500円玉大の記録機器のみで構成されるため、装着時の負担がCGMSと比較し格段に軽減されており、かつ防水である。この機器により、CGMの使い勝手が格段に向上すると思われ、CGM機器の普及促進につながると信じている。図1 メドトロニック ミニメド CGMS-Gold(日本メドトロニック)(文献6,7より)画像を拡大する図2 メドトロニック iPro®2(日本メドトロニック)(文献8より)画像を拡大する薬物療法とCGM1. スルホニル尿素薬スルホニル尿素(SU)薬は、膵臓のβ細胞に存在するSUレセプターに長時間結合することでインスリンを放出する。SU薬は、この作用機序により強力に血糖値を下げ、結果としてHbA1cも低下することにより、わが国における糖尿病診療では今なお多用されている。しかしながら、膵臓からのインスリン分泌能が欧米人と比較して低いことが指摘されている日本人を含むアジア人に対して、SU薬を漫然と投与することは、膵臓のβ細胞の疲弊をもたらす可能性がある。CGMからみたSU薬の問題点は、食後の高血糖を抑制せず、主に夜間と夕食前に血糖値が低下する血糖値の谷を形成してしまうことである。SU薬高用量使用例における、典型的な血糖変動を示す。HbA1c(JDS値)が8.4%のため入院された77歳女性で、入院時グリベンクラミド(商品名:オイグルコン)を1日6.25mg内服(朝2.5mg、昼1.25mg、夕2.5mgの3回内服)されている方である。CGMを施行してみると、朝食後の血糖上昇が制御できず、朝食後には300mg/dLを超える血糖上昇が認められ、朝食後の血糖値のピークから夕食前まで血糖値は低下し、その低下幅は約150 mg/dLにもなること、さらには、夜間には無自覚の低血糖が観察された(本誌p33の図3を参照)9)。本症例は、(1)朝食後の血糖上昇を制御できないこと(2)夕食前に血糖が低下し、食欲が増加して結果として空腹感が増してしまい体重増加につながる可能性があること(3)HbA1cが高くても夜間に低血糖を起こす可能性があることという、SU薬の問題点を示している。2. 速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)速効型インスリン分泌促進薬は、内服後短期間のみ膵臓のβ細胞を刺激しインスリンを分泌させる薬剤である。SU薬との薬効の差が顕著にみられた症例を示す。症例は55歳男性で、HbA1c(JDS値)が8%台を推移し、改善を認めないため入院された方である。入院前から内服していたミチグリニド(商品名:グルファスト)10mg 各食直前内服時の血糖変動をCGMにて評価した。その結果、食後の血糖上昇を含めた血糖変動幅はコントロールされているが、夜間ならびに各食前血糖値は200mg/dL前後と高い値を推移していることが判明した。この2日間における具体的な平均血糖値±SDは入院後2日目が210±23mg/dL、入院後3日目が211±27mg/dLである(本誌p33の図4を参照)。本症例では、内服回数を減らすべく、グリメピリド(商品名:アマリール)0.5mg朝1錠の内服に切り替え後2~3日目の血糖変動をCGMで評価している(本誌p33の図4を参照)。両者の血糖変動を比べると、グリメピリド内服時のほうが、ミチグリニド内服時と比較して、180mg/dL未満の部分の幅も180mg/dL以上の部分の幅も増加していることがわかる。180mg/dL未満の部分の増加に貢献している要因(つまり血糖値が改善している部分)に着目すると、ミチグリニド内服時と比較して、グリメピリド内服時には夕食前と夜間の血糖値が低下している。前項で示したSU薬高用量を使用している症例のCGMパターンと同じ時間帯の血糖値が低下している。一方、180mg/dL以上の部分が増加している要因に着目すると、グリメピリド内服時における食後の血糖上昇が、ミチグリニド内服時より顕著になっていることが明らかである。この2日間における、平均血糖値±SDは切り替え2日目が208±49mg/dL、切り替え3日目が202±35mg/dLであり、ミチグリニド内服時よりも平均血糖値が低下しているが、血糖変動幅(SD)は大きくなってしまう(夜間と夕方は血糖が低下するが、食後の血糖値が上昇してしまう)ことが明白である10)。本症例では、α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)で肝障害の既往があるため、グリニド薬とビグアナイド薬であるメトホルミン(商品名:メトグルコ)と組み合わせたところ、血糖変動幅は変化しないまま平均血糖値が劇的に低下したため退院となった。3. α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)α-GIは炭水化物を分解する酵素の1つであるα-グルコシダーゼを阻害して炭水化物の吸収を遅らせることにより、食後の血糖上昇を抑制する薬剤である。その効果を示す症例を示す。52歳男性、HbA1c(JDS値)5.7%の方で、入院後にCGMを施行したところ食後の高血糖が著しいため(特に夕食後の血糖上昇のピーク値は300mg/dLに達している)、α-GIであるミグリトール(商品名:セイブル)50mg各食前投与を開始した。処方前3日間の血糖変動を処方直後の3日間の180mg/dLを超える部分の曲線下面積と比較すると、ミグリトール投与後には、180mg/dLを超えている面積が大幅に減少していることがわかる(本誌p34の図5を参照)9)。4. ビグアナイド薬ビグアナイド薬の代表はメトホルミンである。メトホルミンは、欧米のガイドラインにおいては2型糖尿病の薬物療法における第1選択薬とされている。ビグアナイド薬は主に、肝臓での糖新生の抑制、消化管からの糖吸収の抑制、末梢組織でのインスリン抵抗性の改善などの多彩な作用により血糖コントロールを改善する。それでは、メトホルミンの単独投与がどのように血糖変動を改善するのか、その1例を示す(図3)。39歳男性で入院時のBMIは28.8、HbA1c(JDS値)は9.3%であった。メトホルミン内服前の食事療法のみの時における平均血糖値±SDは、230±54mg/dLであった。メトホルミン750mg開始後7日目のCGMをみると、夜間ならびに食後血糖値すべてが改善していることがわかる。この日の平均血糖値±SDは、132±28mg/dLであった。本症例ではメトホルミンの内服により、平均血糖値は約100mg/dL、SDは半分程度にまで改善していた。本症例より、メトホルミンの効果発現は1週間程度でみられること、夜間ならびに食後血糖値も改善することが示されている。メトホルミンの食後血糖上昇抑制作用に関しては、インクレチン分泌作用による可能性が近年示されている11)。図3 2型糖尿病患者におけるメトホルミン投与前後の血糖改善効果(39歳男性)画像を拡大する5. チアゾリジン薬チアゾリジン薬は、インスリン抵抗性の改善を介して血糖コントロールを改善する。わが国で処方可能なチアゾリジン薬はピオグリタゾン(商品名:アクトス)のみであるが、ピオグリタゾンには心血管イベントの2次予防のエビデンスがあるため、インスリン抵抗性の改善ならびに心血管疾患の2次予防目的に頻用されている。ピオグリタゾンが奏効した方の血糖変動を示す(本誌p35の図7を参照)。症例は48歳男性で、すでに45歳時に心筋梗塞を発症している。糖尿病に関しては、2年前から循環器科でピオグリタゾン15mgが処方されていた。しかしながら、HbA1c(JDS値)が7.4%と十分に改善せず、心筋梗塞の再発予防のために入院となった。ピオグリタゾン15mg内服下で測定されたSMBGの値は極めて良好な値を示したため、血糖変動を検証するためにCGMを施行した。すると、食後の血糖上昇は抑制され、血糖変動は70~180mg/dLの範囲をほぼ推移していることが示された。この方のCGM施行中の平均血糖値±SDは145±22mg/dLであった9)。ピオグリタゾン単剤の投与前投与後のデータは、残念ながら持ち合わせていないが、おそらく、メトホルミンと同じような効果が見られると思われる。また、ピオグリタゾンの食後の血糖上昇抑制作用については明確な機序は示されていないが、肝臓のインスリン抵抗性の改善が影響している可能性がある。6. DPP-4阻害薬DPP-4阻害薬は、インスリン分泌を促進するホルモンであるインクレチン(GLP-1、GIP)の分解酵素であるDPP-4の働きを阻害することにより、血中のインクレチン濃度を高め、血糖降下作用を発揮する薬剤である。わが国において最初に販売されたDPP-4阻害薬であるシタグリプチン(商品名:ジャヌビアもしくはグラクティブ)の効果をCGMで観察した症例を示す。2型糖尿病の39歳男性で、入院時のHbA1c(JDS値)は6.8%の方である。食事療法のみの時の血糖変動と、シタグリプチン50mg開始後8日目のCGMデータを比較検討した(本誌p36の図8を参照)。シタグリプチンの内服にて、各食後の血糖上昇が抑制され、夜間の血糖値の推移が食事療法時は上昇傾向であったのが、平坦化していることが一目瞭然である12,13)。おわりに糖尿病患者の血糖変動パターンは極めて多彩である。従って、HbA1c値の低下のみを目指した杓子定規な薬物の選択によって、糖尿病患者の血糖変動を制御し、耐糖能正常者の血糖変動パターンに近づけることは極めて困難であると思われる。CGMからみた、理想的な経口血糖降下薬の組み合わせは、低血糖を起こしにくいα-GI、ビグアナイド薬、チアゾリジン薬、DPP-4阻害薬を中心に組み立て、必要であれば、グリニド薬を追加し、SU薬がどうしても必要であれば少量のみ使用するのが望ましいと個人的には考えている。糖尿病症例における血糖変動パターンにはおそらく個人差があり、将来的には糖尿病患者全員にCGMを施行し、このパターンをソフトウェアが解析して、ここで示したような各薬剤のCGMデータを元に最適な薬物療法、さらには薬物の組み合わせが提案され、主治医と患者が相談しながら治療法を選択する、テーラーメイド医療の時代が来ると思われる。文献1)Nathan DM, Kuenen J, Borg R, et al. A1c-Derived Average Glucose Study Group. Translating the A1c assay into estimated average glucose values. Diabetes Care 2008; 31(8): 1473-14782)Del Prato S. 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CGM を用いた入院中の血糖管理. レジデント 2010; 3(11) : 104-11211)Migoya EM, Bergeron R , Miller JL , et al. Dipeptidyl peptidase-4 inhibitors administered in combination with metformin result in an additive increase in the plasma concentration of active GLP-1. Clin Pharmacol Ther 2010; 88(6): 801-80812)Sakamoto M. Analysis of 24-hour antihyperglycemic effect in type 2 diabetes mellitus treating with dipeptidyl peptidase-4 (DPP4) inhibitor (sitagliptin) compare to alphaglucosidase inhibitor (voglibose): A case report using continuous glucose monitoring (CGM). Infusystems Asia 2010; 5: 31-3213)西村理明. 持続血糖モニター(CGM)機器とその血糖変動指標. 糖尿病レクチャー 糖尿病診断基準2010; 1(3): 533-539

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