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注射で脳まで届く微小チップが脳障害治療の新たな希望に

 手術で頭蓋骨を開くことなく、腕に注射するだけで埋め込むことができる脳インプラントを想像してみてほしい。血流に乗って移動し、標的とする脳の特定領域に自ら到達してそのまま埋め込まれるワイヤレス電子チップの開発に取り組んでいる米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループが、マウスを使った実験で、厚さ0.2μm、直径5〜20μmというサブセルラーサイズのチップが、人の手を介さずに脳の特定領域を認識し、そこに移動できることを確認したとする研究成果を報告した。詳細は、「Nature Biotechnology」に11月5日掲載された。 このチップが標的部位に到達すると、医師は電磁波を使ってチップを起動させ、パーキンソン病や多発性硬化症、てんかん、うつ病などの治療に用いられているタイプの電気刺激を神経細胞に与えることができる。こうした電気や磁気などにより神経を刺激する治療法は、ニューロモデュレーションと呼ばれる。このチップはサイズが極めて小さいため、従来の脳インプラントよりもはるかに高い精度で刺激を与えることができると研究グループは説明している。 論文の上席著者であるMITメディアラボおよびMIT神経生物工学センターのDeblina Sarkar氏は、「この超小型電子デバイスは、脳の神経細胞とシームレスに一体化し、ともに生き、ともに存在することで、他に例のない脳とコンピューターの共生を実現する」と言う。同氏は、「われわれは、薬剤あるいは標準治療では効果が得られない神経疾患の治療にこの技術を利用することで、患者の苦しみを軽減するとともに、人類が病気や生物学的な限界を超えられる未来の実現に向けて全力で取り組んでいる」とニュースリリースの中で述べている。 この微小チップは、静脈注射前に生きた生体細胞と融合させておくことで免疫系の攻撃を受けることなく血液脳関門を通過できる。また、治療対象となる疾患に応じて、異なる種類の細胞を使うことで脳の特定領域を標的に定めることも可能であるという。 Sarkar氏は、「この細胞と電子機器のハイブリッドは、電子機器の汎用性と、生きた細胞が持つ生体内輸送能力や生化学的な検知力が融合されたものだ。生きた細胞が電子機器をカモフラージュすることで、免疫システムの攻撃を受けることなく血流中をスムーズに移動することができ、さらには侵襲的な処置なしに血液脳関門を通過することも可能になる」と言う。なお、研究グループによると、従来の脳インプラントは、手術のリスクに加えて数十万ドルもの医療費がかかるのが一般的だという。 Sarkar氏は、「これはプラットフォーム技術であり、複数の脳疾患や精神疾患の治療に使える可能性がある」と述べるとともに「この技術は脳だけに限定されるものではなく、将来的には身体の他の部位にも適用を広げることができる可能性がある」と期待を示している。

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肺動脈性肺高血圧症〔PAH : pulmonary arterial hypertension〕

1 疾患概要■ 概念・定義肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)は、肺動脈圧が上昇する一連の疾患の総称である。欧州の肺高血圧症診断治療ガイドライン2022では、右心カテーテルで安静時の平均肺動脈圧(mPAP)が20mmHgを超える状態と定義が変更された。さらに肺動脈性肺高血圧症(PAH)に関しても、mPAP>20mmHgかつ肺動脈楔入圧(PAWP)≦15mmHg、肺血管抵抗(PVR)>2 Wood単位(WU)と診断基準が変更された。しかし、わが国において、厚生労働省が指定した指定難病PAHの診断基準は2025年8月の時点では「mPAP≧25mmHg、PVR≧3WU、PAWP≦15mmHg」で変わりない。この数字は現在保険収載されている肺血管拡張薬の臨床試験がmPAP≧25mmHgの患者を対象としていることにある。mPAP 20~25mmHgの症例に対する治療薬の臨床的有用性や安全性に関する検証が待たれる。■ 疫学特発性PAHは一般臨床では100万人に1~2人、二次性または合併症PAHを考慮しても100万人に15人ときわめてまれである。従来、特発性PAHは30代を中心に20~40代女性に多く発症する傾向があったが、最近の調査では高齢者かつ男性の新規診断例の増加が指摘されている。小児は成人の約1/4の発症数で、1歳未満・4~7歳・12歳前後に発症のピークがある。男女比は小児では大差ないが、思春期以降の小児や成人では男性に比し女性が優位である。厚生労働省研究班の調査では、膠原病患者のうち混合性結合織病で7%、全身性エリテマトーデスで1.7%、強皮症で5%と比較的高頻度にPAHを発症する。■ 病因主な病変部位は前毛細血管の細小動脈である。1980年代までは血管の「過剰収縮ならびに弛緩低下の不均衡」説が病因と考えられてきたが、近年の分子細胞学的研究の進歩に伴い、炎症-変性-増殖を軸とした、内皮細胞機能障害を発端とした正常内皮細胞のアポトーシス亢進、異常平滑筋細胞のアポトーシス抵抗性獲得と無秩序な細胞増殖による「血管壁の肥厚性変化とリモデリング」 説へと、原因論のパラダイムシフトが起こってきた1, 2)。肺血管平滑筋細胞などの血管を構成する細胞の異常増殖は、細胞増殖抑制性シグナル(BMPR-II経路)と細胞増殖促進性シグナル(ActRIIA経路)のバランスの不均衡により生じると考えられている3)。遺伝学的には2000年に報告されたBMPR2を皮切りに、ACVRL1、ENG、SMAD9など、TGF-βシグナル伝達に関わる遺伝子が次々と疾患原因遺伝子として同定された4)。これらの遺伝子変異は家族歴を有する症例の50~70%、孤発例(特発性PAH)の20~30%に発見されるが、浸透率は10~20%と低い。また、2012年にCaveolin1(CAV1)、2013年にカリウムチャネル遺伝子であるKCNK3、2013年に膝蓋骨形成不全の原因遺伝子であるTBX4など、TGF-βシグナル伝達系とは直接関係がない遺伝子がPAH発症に関与していることが報告された5-7)。■ 症状PAHだけに特異的なものはない。初期は安静時の自覚症状に乏しく、労作時の息切れや呼吸困難、運動時の失神などが認められる。注意深い問診により診断の約2年前には何らかの症状が出現していることが多いが、てんかんや運動誘発性喘息、神経調節性失神などと誤診される例も少なくない。進行すると易疲労感、顔面や下腿の浮腫、胸痛、喀血などが出現する。■ 分類『ESC/ERS肺高血圧症診断治療ガイドライン2022』に示されたPHの臨床分類を以下に示す8)。1群PAH(肺動脈性肺高血圧症)1.1特発性PAH1.1.1 血管反応性試験でのnon-responders1.1.2 血管反応性試験でのacute responders(Ca拮抗薬長期反応例)1.2遺伝性PAH1.3薬物/毒物に関連するPAH1.4各種疾患に伴うPAH1.4.1 結合組織病(膠原病)に伴うPAH1.4.2 HIV感染症に伴うPAH1.4.3 門脈圧亢進症に伴うPAH(門脈肺高血圧症)1.4.4 先天性心疾患に伴うPAH1.4.5 住血吸虫症に伴うPAH1.5 肺静脈閉塞症/肺毛細血管腫症(PVOD/PCH)の特徴をもつPAH1.6 新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)2群PH(左心疾患に伴うPH)2.1 左心不全2.2.1 左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)2.2.2 左室駆出率が低下または軽度低下した心不全2.2 弁膜疾患2.3 後毛細血管性PHに至る先天性/後天性の心血管疾患3群PH(肺疾患および/または低酸素に伴うPH)3.1 慢性閉塞性肺疾患(COPD)3.2 間質性肺疾患(ILD)3.3 気腫合併肺線維症(CPFE)3.4 低換気症候群3.5 肺疾患を伴わない低酸素症(例:高地低酸素症)3.6 肺実質の成長障害4群PH(肺動脈閉塞に伴うPH)4.1 慢性血栓塞栓性PH(CTEPH)4.2 その他の肺動脈閉塞性疾患5群PH(詳細不明および/または多因子が関係したPH)5.1 血液疾患5.2 全身性疾患(サルコイドーシス、肺リンパ脈管筋腫症など)5.3 代謝性疾患5.4 慢性腎不全(透析あり/なし)5.5 肺腫瘍血栓性微小血管症(PTTN)5.6 線維性縦郭炎5.7 複雑先天性心疾患■ 予後1990年代まで平均生存期間は2年8ヵ月と予後不良であった。わが国では1999年より静注PGI2製剤エポプロステノールナトリウムが臨床使用され、また、異なる機序の経口肺血管拡張薬が相次いで開発され、併用療法が可能となった。近年では5年生存率は90%近くに劇的に改善してきている。一方、最大限の内科治療に抵抗を示す重症例も一定数存在し、肺移植施設への照会、肺移植適応の検討も考慮される。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)右心カテーテル検査による「肺動脈性のPH」の診断とともに、臨床分類における病型の確定、他のPHを来す疾患の除外(鑑別診断)、および重症度評価が行われる。症状の急激な進行や重度の右心不全を呈する症例はPH診療に精通した医師に相談することが望ましい。PHの各群の鑑別のためには、まず左心性心疾患による2群PH、呼吸器疾患/低酸素による3群PHの存在を検索し、次に肺換気血流シンチグラムなどにより肺血管塞栓性PH(4群)を否定する。ただし、呼吸器疾患/低酸素によるPHのみでは説明のできない高度のPHを呈する症例では1群PAHの合併を考慮すべきである。わが国の『肺高血圧症診療ガイダンス2024』に示された診断手順(図1)を参考にされたい9)。図1 PHの鑑別アルゴリズム(診断手順)画像を拡大する■ 主要症状および臨床所見1)労作時の息切れ2)易疲労感3)失神4)PHの存在を示唆する聴診所見(II音の肺動脈成分の亢進など)■ 診断のための検査所見1)右心カテーテル検査(指定難病PAHの診断基準に準拠)(1)肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧で25mmHg以上、肺血管抵抗で3単位以上)(2)肺動脈楔入圧(左心房圧)は正常(15mmHg以下)2)肺血流シンチグラム区域性血流欠損なし(特発性または遺伝性PAHでは正常または斑状の血流欠損像を呈する)■ 参考とすべき検査所見1)心エコー検査にて、右室拡大や左室圧排所見、三尖弁逆流速度の上昇(>2.8m/s)、三尖弁輪収縮期移動距離の短縮(TAPSE<18mm)、など2)胸部X線像で肺動脈本幹部の拡大、末梢肺血管陰影の細小化3)心電図で右室肥大所見3 治療 (治験中・研究中のものも含む)『ESC/ERSのPH診断・治療ガイドライン2022』を基本とし、日本人のエビデンスと経験に基づいて作成されたPAH治療指針を図2に示す9,10)。図2 PAHの治療アルゴリズム画像を拡大するこれはPAH症例にのみ適応するものであって、他のPHの臨床グループ(2~5群)に属する症例には適応できない。一般的処置・支持療法に加え、根幹を成すのは3系統の肺血管拡張薬である。すなわち、プロスタノイド(PGI2)、ホスホジエステラーゼ 5型阻害薬(PDE5-i)、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)である。2015年にPAHに追加承認された、可溶性guanylate cyclase(sGC)刺激薬リオシグアトはPDE5-iとは異なり、NO非依存的にNO-cGMP経路を活性化し、肺血管拡張作用をもたらす利点がある。初期治療開始に先立ち、急性血管反応性試験(AVT)の反応性を確認する。良好な反応群(responder)には高用量のCa拮抗薬が推奨される。しかし、実臨床においてCa拮抗薬長期反応例は少なく、3~4ヵ月後の血行動態改善が乏しい場合には他の薬剤での治療介入を考慮する。AVT陰性例には重症度に基づいた予後リスク因子(表)を考慮し、リスク分類に応じて3系統の肺血管拡張薬のいずれかを用いて治療を開始する。表 PAHのリスク層別化画像を拡大する低~中リスク群にはERA(アンブリセンタン、マシテンタン)およびPDE5-i(シルデナフィル、タダラフィル)の2剤併用療法が広く行われている。高リスク群には静注・皮下注投与によるPGI2製剤(エポプロステノール、トレプロスチニル)、ERA、PDE5-iの3剤併用療法を行う。最近では初期から複数の治療薬を同時に併用する「初期併用療法」が主流となり良好な治療成績が示されているが、高齢者や併存疾患(高血圧、肥満、糖尿病、肺実質疾患など)を有する症例では、安全性を考慮しERAもしくはPDE5-iによる単剤治療から慎重に開始すべきである。右心不全ならびに左心還流血流低下が著しい最重症例では、体血管拡張による心拍出量増加・右心への還流静脈血流増加に対する肺血管拡張反応が弱く、かえって肺動脈圧上昇や右心不全増悪を来すことがあり、少量から開始し、急速な増量は避けるべきである。また、カテコラミン(ドブタミンやPDEIII阻害薬など)の併用が望まれ、体血圧低下や脈拍数増加、水分バランスにも十分留意する。初期治療開始後は3~4ヵ月以内に血行動態の再評価が望まれる。フォローアップ時において中リスクの場合は、経口PGI2受容体刺激薬セレキシパグもしくは吸入PGI2製剤トレプロスチニルの追加、PDE5-iからsGC刺激薬リオシグアトへの薬剤変更も考慮される。しかし、経口薬による多剤併用療法を行っても機能分類-III度から脱しない難治例には時期を逸さぬよう非経口PGI2製剤(エポプロステノール、トレプロスチニル)の導入を考慮すべきである。すでに非経口PGI2製剤を導入中の症例で用量変更など治療強化にも抵抗を示す場合は、肺移植認定施設に紹介し、肺移植適応を検討する。2025年8月にアクチビンシグナル伝達阻害薬ソタテルセプト(商品名:エアウィン 皮下注)がわが国でも保険収載された。これまでの3系統の肺血管拡張薬とは薬理機序が異なり、アクチビンシグナル伝達を阻害することで細胞増殖抑制性シグナルと細胞増殖促進性シグナルのバランスを改善し、肺血管平滑筋細胞の増殖を抑制する新しい薬剤である11)。ソタテルセプトは、既存の肺血管拡張薬による治療を受けている症例で中リスク以上の治療強化が必要な場合、追加治療としての有効性が期待される。3週間ごとに皮下注射する。主な副作用として、出血や血小板減少、ヘモグロビン増加などが報告されている。PHに対して開発中の薬剤や今後期待される治療を紹介する。吸入型のPDGF阻害薬ソラルチニブが成人PAHを対象とした第III相臨床試験を国内で進捗中である。トレプロスチニルのプロドラッグ(乾燥粉末)吸入製剤について海外での第II相試験が完了し、1日1回投与で既存の吸入薬に比べて利便性向上が期待できる。内因性エストロゲンはPHの病因の1つと考えられており、アロマターゼ阻害薬であるアナストロゾールの効果が研究されている。世界中で肺動脈自律神経叢を特異的に除神経するカテーテル治療開発が進められており、国内でも先進医療として薬物療法抵抗性PH対する新たな治療戦略として期待されている。4 今後の展望近年、肺血管疾患の研究は急速に成長をとげている。PHの発症リスクに関わる新たな遺伝的決定因子が発見され、PHの病因に関わる新規分子機構も明らかになりつつある。とくに細胞の代謝、増殖、炎症、マイクロRNAの調節機能に関する研究が盛んで、これらが新規標的治療の開発につながることが期待される。また、遺伝学と表現型の関連性によって予後転帰の決定要因が明らかとなれば、効率的かつテーラーメイドな治療戦略につながる可能性がある。5 主たる診療科循環器内科、膠原病内科、呼吸器内科、胸部心臓血管外科、小児科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 肺動脈性肺高血圧症(指定難病86)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本肺高血圧・肺循環学会合同ガイドライン(日本循環器学会)(2025年改訂された日本循環器学会および日本肺高血圧・ 肺循環学会の合同作成による肺高血圧症に関するガイドライン)肺高血圧症診療ガイダンス2024(日本肺高血圧・肺循環学会)(欧州ガイドライン2022を基とした日本の実地診療に即したガイダンス)2022 ESC/ERS Guidelines for the diagnosis and treatment of pulmonary hypertension(2022年に発刊された最新版の欧州ガイドライン、英文のみ)患者会の情報NPO法人 PAHの会(肺高血圧症患者と家族が運営している全国組織の患者会)Pulmonary Hypertension Association(世界最大かつ最古の肺高血圧症協会で16,000人以上の患者・家族・医療専門家からなる国際的なコミュニティ、日本語選択可) 1) Michelakis ED, et al. Circulation. 2008;18:1486-1495. 2) Morrell NW, et al. J Am Coll Cardiol. 2009;54:S20-31. 3) Guignabert C, et al. Circulation. 2023; 147: 1809-1822. 4) 永井礼子. 日本小児循環器学会雑誌. 2023; 39: 62-68. 5) Austin ED, et al. Circ Cardiovasc Genet. 2012;5:336-343. 6) Ma L, et al. N Engl J Med. 2013;369:351-361. 7) Kerstjens-Frederikse WS, et al. J Med Genet. 2013;50:500-506. 8) Humbert M, et al. Eur Heart J. 2022;43:3618-3731. 9) 日本肺高血圧・肺循環学会. 肺高血圧症診療ガイダンス2024. 10) Chin KM, et al. Eur Respir J. 2024;64:2401325. 11) Sahay S, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2024;210:581-592. 公開履歴初回2013年07月18日更新2025年11月06日

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映画「エクソシスト」【その1】どうやって憑依するの?-「ニューラルネットワーク分離作動説」

今回のキーワードトランス憑依アイデンティティ暗示「解離=ローカルスリープ」説統合情報理論分離脳エイリアンハンド症候群ローカル・アウェイクニング[目次]1.憑依の特徴とは?2.どうやって憑依するの?-「ニューラルネットワーク分離作動説」憑依の特徴とは?何かに憑りつかれている、悪霊が乗り移った…いわゆる憑依現象は、昔から世界中でみられます。そして、お祈りやお祓いなどの儀式は今でもごく自然に行われています。しかしながら、まったく科学的ではありません。いったい、憑依とは何なんでしょうか? どうやって憑依するのでしょうか? そして、そもそもなぜ憑依は「ある」のでしょうか?今回は、オカルト映画の金字塔「エクソシスト」を取り上げ、精神医学の視点から憑依の特徴を説明し、脳科学の視点からそのメカニズムを解明します。エクソシストとは、悪魔祓いをする神父のことで、日本では祈祷師とも呼ばれます。このストーリーでは、ある少女リーガンが悪魔に憑りつかれたとされます。対応した精神科医もお手上げとなり、悪魔祓いをする神父が決死の覚悟で彼女を救おうとします。それでは、まず彼女の状況を踏まえて、精神医学の視点から憑依の特徴を大きく3つ挙げてみましょう。(1)自分をコントロールできない―トランスリーガンは、ベッドの上で、急に激しく起き上がったり反り返ったりするなか、「ママ助けて!(何かが)私を殺す気よ」と叫び続けます。彼女が首を180度後ろに向けるシーンもあります。このシリーズの別の映画では、いわゆるスパイダーウォークなどのありえない動きをするシーンもあります。1つ目の特徴は、自分の発言や動きをコントロールできないことです。精神医学では、トランス(意識変容)と呼ばれます。なお、リーガンには見られませんでしたが、ぶつぶつと同じ言葉を口癖のように言う場合もあります。ちなみに、ベッドや棚などが勝手に動き出すのは、この映画の悪魔の仕業であるという演出であり、このトランスとは無関係です。(2)憑依されたものになりきる-憑依アイデンティティやがてリーガンは、白目をむいて近くにいた精神科医を殴りつけます。そして、野太い声で「このメ〇豚はおれのものだ」「ファッ〇してみろ」とあざ笑うのです。2つ目の特徴は、憑依されたものになりきることです。精神医学では、憑依アイデンティティ(自我障害)と呼ばれます。なお、憑依の対象は、悪魔だけでなく、神、死者の霊、動物、架空のキャラクターなど人間が想像できうるすべてのものになります。とくにこれまで日本では、狐憑きなど動物が憑依の対象となることが多くありました1)。また、霊媒師のように死者の霊が憑依の対象となることもよく見られました。(3)宗教儀式に誘発される-暗示当初リーガンは、精神科医による催眠療法を受けました。精神科医は厳かに「リーガンの中にいる者に言う。この催眠に反応して、すべて答えるのだ。進み出ろ」「中にいる者か?」「何者だ?」と問い詰めます。すると、リーガンは鬼の形相になってにらみつけ、いきなりその精神科医の股間を両手で握りつぶし押し倒すのでした。その後、神父が登場し、聖水をかけたり、聖書を朗読して、何とか悪魔を退散させようとしますが、そのたびに悪魔が憑依しているリーガンは激しく抵抗するのです。3つ目は、宗教儀式に誘発されることです。精神医学では、暗示と呼ばれます。催眠療法にしても宗教儀式にしても、本人に悪魔が憑依していることを強く認識させることで、実はますます憑依状態を引き起こして助長しています。つまり、周りから悪魔が「いる」と言われることで、ますます本人自身がその悪魔になりきってしまうのです。これは、役者が、他の役者との相互作用でその役に入り込んでしまい、役が抜けなくなり、日常生活でもその役の振る舞いをしてしまうことに似ています。なお、催眠療法は、現在は精神科で行われることはありませんが、この映画が製作された1970年代は有効とされ行われていました。どうやって憑依するの?-「ニューラルネットワーク分離作動説」憑依の特徴とは、自分をコントロールできない(トランス)、憑依されたものになりきる(憑依アイデンティティ)、宗教儀式に誘導される(暗示)であることがわかりました。このような憑依の状態は、精神医学では、憑依トランス症と診断され、解離症の1つと分類されています。それでは、どうやって憑依するのでしょうか?脳科学の視点から、憑依のメカニズムは、同じく解離症に分類される記憶喪失や腰抜けのメカニズムを発展させて解き明かすことができます。そこで、まず記憶喪失と腰抜けのメカニズムを理解する必要があります。この詳細については、関連記事1をご覧ください。記憶喪失と腰抜けのメカニズムは、ローカルスリープという概念を使って、「解離=ローカルスリープ」説を提唱して、解き明かしました。ただし、この仮説は、意識から特定の精神機能または身体機能だけが分離して不活性化する病態のメカニズムを説明することができますが、意識から精神機能や身体機能が分離して逆に活性化する憑依のメカニズムを説明することはできません。それではさらに、このメカニズムをどう説明すればいいでしょうか?これは、統合情報理論を使って説明することができます2)。この理論を簡単に言うと、意識とは、脳のある部位で生まれるのではなく脳全体のネットワークで生まれる、つまり脳内のニューラルネットワーク(神経のつながり)の情報が統合される状態であるということです。逆に言えば、意識とは、まさに私たちが実感しているような1つの魂という存在として体に宿っているわけではなく、脳がつくり出している世界をただ「見ている」にすぎないことになります。つまり、意思決定は、意識による「独裁政治」(トップダウン)ではなく、脳全体の活動のせめぎ合いの調整(統合)による「民主主義」(ボトムアップ)であるということになります。たとえば、これがうまくいかなくなったのが、分離脳です。分離脳とは、左右の大脳半球をつなぐ部位である脳梁を、難治性てんかんの治療として切断(分離)した脳の状態を意味します。分離脳になると、完全に切り離された左右の大脳半球が独立して見聞きすることができます。さらに、「他人」の手のように勝手に物を取ろうとしている片方の手を、もう片方の「自分」の手が押さえ込んで、もみ合いになってしまう病態(エイリアンハンド症候群)になることがあります。これは、脳梁の部位でのネットワークが途切れてしまったために、連携のアルゴリズムがうまく働かなくなってしまったと説明することができます。このアルゴリズムは、ちょうどSNSのアドワーズ広告がユーザーの検索ワードの傾向などの情報に合わせて広告を自動的に表示するのと同じように、脳が外界刺激に最適化された反応をしていると言えます。このような意思決定をする意識の時間的な連続性(一貫性)を、私たちは人格(アイデンティティ)と呼んでいるにすぎません。つまり、意識にしても、人格にしても、最初から1つであるという前提が私たちの思い込みであったという衝撃の事実がこの理論からわかります。なお、意思決定と分離脳の詳細については、関連記事2をご覧ください。この理論を踏まえると、分離脳が右脳と左脳にそれぞれ分かれて独立しているのと同じように、憑依は、憑依アイデンティティが影響を及ぼす特定のニューラルネットワークがもともとの人格のニューラルネットワークから暗示の影響(ストレス)によって分離し活性化する一方で、もともとの人格のニューラルネットワークが不活性化(ローカルスリープ)してしまったと仮定することができます。この記事では、これを「ニューラルネットワーク分離作動説」と名付けます。これは、特定のニューラルネットワークだけがローカルスリープになる記憶喪失や腰抜けとは逆に、特定のニューラルネットワークだけが活性化している点で、真逆の病態です。ローカルスリープの逆、「ローカル・アウェイクニング(局所覚醒)」と言えます。ちょうど、脳がまだ未発達な子供が深く眠っている最中(ノンレム睡眠中)に、一部のニューラルネットワークが活性化する「夜泣き」(睡眠時驚愕症)や「夢遊病」(睡眠時遊行症)の病態に似ています。実際に、宗教儀式で夜通し同じ聖書の文言やお経(歌)を唱え続けたり、同じ仕草や振り付け(ダンス)を繰り返して疲れ果てて意識レベルが下がっている極限状態や、催眠療法でまさに眠りが催されている状態は、特定のニューラルネットワークの「ローカル・アウェイクニング」とそれ以外のローカルスリープを誘発していることになり、理に適っています。また、演技派俳優が役に完全になりきるために、肉体的にも精神的にも極端に自分を追い込む行動も、理に適っています。なお、リーガンがベッドの上で不自然な動きをしながら助けを呼ぶトランスのシーンは、分離脳によるエイリアンハンド症候群の病態に通じる点で、そこまで不思議な現象でもないと理解することができます。しかしながら、それではなぜ暗示ごときで分離脳と同じように特定のニューラルネットワークが分離してしまうのでしょうか? もっと根本的な原因があるのではないでしょうか? 1) 祈祷性精神病 憑依研究の成立と展開、p12:大宮司信、日本評論社、2022 2) 意識はいつ生まれるのか、p122:マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ、亜紀書房、2015 3) 心の解離構造、p196:エリザペス・F・ハウエル、金剛出版、2020 ■関連記事米国ドラマ「24」【その1】なんでショックで記憶喪失になるの? なんで恐怖で腰が抜けるの?-「解離=ローカルスリープ」説インサイド・ヘッド(続編・その1)【やったのは脳のせいで自分のせいじゃない!?】

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リンパ節腫脹の鑑別診断【1分間で学べる感染症】第36回

画像を拡大するTake home messageリンパ節腫脹の原因は「MIAMI」という語呂合わせを活用して5つのカテゴリーに分けて整理しよう。リンパ節腫脹は、内科、外科、小児科、皮膚科など、さまざまな診療科で遭遇する重要なサインです。感染症など一過性で自然軽快するものも多い一方で、悪性疾患や自己免疫疾患、薬剤性、肉芽腫性疾患などが隠れている場合もあります。鑑別診断の挙げ方は多くありますが、網羅的に大まかにカテゴリー化する方法として、「MIAMI」(Malignancies・Infections・Autoimmune・Miscellaneous・Iatrogenic)という語呂合わせが提唱されています。今回は、この5つのカテゴリーに沿って、一緒に整理してみましょう。M:Malignancies(悪性腫瘍)悪性疾患によるリンパ節腫脹は、持続性・進行性・無痛性のことが多く、とくに高齢者や全身症状(発熱、体重減少、寝汗)を伴う場合には常に念頭に置く必要があります。代表的な疾患としては、悪性リンパ腫、白血病、転移性がん、カポジ肉腫、皮膚原発の腫瘍などが挙げられます。固定性で硬く、弾力のない腫脹がみられた場合は、早期の精査が推奨されます。I:Infections(感染症)感染症は最も頻度の高い原因です。細菌性では、皮膚粘膜感染(黄色ブドウ球菌、溶連菌)、猫ひっかき病(Bartonella)、結核、梅毒、ブルセラ症、野兎病などがあり、これらは病歴聴取と局所所見が診断の手掛かりとなります。ウイルス性では、EBウイルス、サイトメガロウイルス、HIV、風疹、アデノウイルス、肝炎ウイルスなどが含まれ、とくに伝染性単核球症では頸部リンパ節腫脹が目立ちます。まれですが、真菌、寄生虫、スピロヘータなども原因となることがあり、ヒストプラズマ症、クリプトコッカス症、リケッチア症、トキソプラズマ症、ライム病などが鑑別に挙がります。A:Autoimmune(自己免疫疾患)関節リウマチ(RA)やSLE(全身性エリテマトーデス)、皮膚筋炎、シェーグレン症候群、成人スティル病などの自己免疫疾患もリンパ節腫脹を来すことがあります。これらは多くの場合、他の全身症状や検査所見(関節炎、発疹、異常免疫グロブリンなど)と合わせて判断する必要があります。とくに全身性疾患の初期症状としてリンパ節腫脹が出現することもあるため、見逃さないよう注意が必要です。M:Miscellaneous(その他)まれではあるものの、Castleman病(血管濾胞性リンパ節過形成)や組織球症、川崎病、菊池病(壊死性リンパ節炎)、木村病、サルコイドーシスなども鑑別に含まれます。これらは一見すると感染症や自己免疫疾患と似た臨床像を呈することがあるため、病理診断や経過観察を要することがあります。I:Iatrogenic(医原性)薬剤による反応性リンパ節腫脹や血清病様反応なども存在します。とくに抗てんかん薬、抗菌薬、ワクチン、免疫チェックポイント阻害薬などが関与することが知られており、最近の薬剤歴の確認が不可欠です。また、ワクチン接種後の一時的なリンパ節腫脹(とくに腋窩)は、画像上の偽陽性を招くこともあるため注意が必要です。リンパ節腫脹は多彩な疾患のサインであり、その背景を見極めるためには、構造的かつ網羅的なアプローチが求められます。「MIAMI」というフレームワークを活用することで、見逃してはならない悪性疾患や慢性疾患の早期発見につながります。必要な検査や専門科紹介のタイミングを逃さないようにしましょう。1)Gaddey HL, et al. Am Fam Physician. 2016;94:896-903.

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アルツハイマー病の隠れた危険因子、「てんかん」との密接な関係【外来で役立つ!認知症Topics】第34回

アルツハイマー病(AD)や認知症の予防因子、とくに介入可能性のあるものについては、近年のLancet誌の特集が最も有名であることは、本連載ですでに紹介した。その作業部会では、危険因子に関する論文を蓄積してレビューし、重要因子を確認する作業を行い、最新情報が発信されている。さて筆者は、介入可能な危険因子として、「てんかん」が遠からず注目されるのではないかと思う。今回は、この「てんかん」とADの関係を述べる。高齢者のてんかんは見過ごされやすいてんかんは長年、子供の病気と思われてきた。また、高齢者のてんかんでは、痙攣を伴わないことも多いので、それと気付かれにくい。最も多い「焦点意識減損発作(旧名:複雑部分発作)」では、以下のような症状がみられる。心ここにあらずといった様子で、ぼーっとしている口をもごもごさせる奇妙な動作を繰り返すこのようなてんかん発作や、発作後もうろう状態下でも、ある程度複雑な行動ができることは記憶に留めたい。たとえば、赤信号では止まって、青になると歩き出せる。入浴中の発作なら、風呂を出て服を着ることもある。誰かと会話中の発作なら、会話内容がとんちんかんになっても続く。こうしたてんかんでは、意識が完全に回復するまで数十分程度かかる。そして、その間のことを覚えていない。なお臨床研究からは、こうしたてんかんを伴うAD患者では、認知機能低下が加速することがわかっている。互いに影響し合うADとてんかん高齢者のてんかんとADの関係に注目する最大の理由は、併発率が非常に高いことにある。AD患者は、健康成人に比べて、てんかんのリスクが3.1倍高まり、逆にてんかん患者におけるADの発症率は1.8倍高いことが、メタ解析から示されている1)。また、病理学的にADと確定診断された446例のうち17%が、AD診断後に新たなてんかん発作を生じ、その89%が全般性強直間代発作だったとされる2)。さらに、長期に繰り返した脳波測定からは、ADの前臨床期という早い段階で、意識障害を伴う局所性のてんかんが高頻度にみられることも報告されている3)。一方、子供の頃に発症したてんかんとADに関しては、動物実験から、認知機能低下やアミロイドの沈着がまだみられない若い時期でも、神経回路の過剰な興奮と「てんかんの準備状態」を確認した報告がある。またヒトの研究でも、常染色体顕性のAD遺伝子を持つ者、APOE4遺伝子を持つ者、晩発性ADの危険性の高い者では、無症状期であっても、認知課題を負荷した時、てんかんとの関係が深い「海馬」の過剰活動を認めることが知られる。実験レベルでは、アミロイドβとタウは、神経の過剰活動を起こすことで、てんかん性の活動を惹起する。逆に、てんかんに関わる神経ネットワークの過剰興奮は、アミロイドβとタウの比率を崩し、AD病理の端緒になるとされる。以上のように、基礎研究と疫学研究の両面から、ADとてんかんとの双方向関係が示唆されている。診断の鍵は「脳波」にありてんかんの診断根拠は、「発作間欠期てんかん性放電(IED)」の確認にある。24時間連続脳波計の記録によれば、AD患者の22~53%が臨床的な発作はないにもかかわらず、こうしたてんかん性放電を示したとされる。この存在率は一般の健康成人よりも明らかに高い。このような脳波の異常は、実際のてんかん発作を引き起こさないが、一過性の認知機能障害につながると考えられている。既述のように、近年、脳波上のてんかん活動は、ADによくみられる併存症でありながら、しばしば見過ごされてきたと強調されている4)。なお、以上に述べた臨床的、基礎的知見は、レビー小体型認知症(DLB)でも同様の傾向がみられる。臨床現場でみられる特徴的な「物忘れ」筆者は、認知症を心配して受診された新規患者では、原則として脳波検査を施行する。個人的な経験として、全患者の約5%でてんかん性の異常脳波所見と臨床症状を確認し、治療をしている。こうした患者さんの物忘れに関する訴えは特徴的なので、診断にとても役立つ。訴えには2種類ある。記憶が「プツン」と途切れて、まったく思い出せないこの多くは焦点意識減損発作など、発作そのものだろう。「プツン」がない時でも、本来10あった記憶能力が8か9に下がっているという自覚があるこの訴えは興味深い。実はIEDは、認知機能に対して慢性の悪影響を及ぼすが、動物実験によれば、この放電は海馬と大脳皮質との間の情報伝達を阻害し、記憶障害をもたらす。この現象が「記憶力が8か9に下がっている」という主観的表現になるのだろう。治療に関しては、てんかんと認知症との合併例では、抗てんかん薬により多くのてんかん発作は消失する。それに伴い、少なからぬ例でQOLの改善が自覚される。もっとも、認知機能の改善については、経験上、てんかんが治ると良くなるケースもあるが、メタアナリシスレベルの評価では、まだ肯定的な結論は示されていない。なお、新世代の抗てんかん薬には、こうした合併例での認知機能低下を抑える効果が期待されている。終わりに、ADやDLBが疑われる患者で脳波検査が行われることは少ないようだ。しかし、診断の精度を高め、治療の効率を上げるためにも、脳波は取っておきたい。また、若い頃に発症したてんかんのある人が、認知機能の評価を受ける機会も多くない。若い頃からてんかんのある人が50代以降になられた際には、一度は認知機能のチェックをすることをお勧めしたい。参考文献1)Dun C, et al. Bi-directional associations of epilepsy with dementia and Alzheimer's disease: a systematic review and meta-analysis of longitudinal studies. Age Ageing. 2022;51:afac010.2)Mendez MF, et al. Seizures in Alzheimer's disease: clinicopathologic study. J Geriatr Psychiatry Neurol. 1994;7:230-233.3)Vossel KA, et al. Seizures and epileptiform activity in the early stages of Alzheimer disease. JAMA Neurol. 2013;70:1158.4)Chen TS, et al. .The Role of Epileptic Activity in Alzheimer's Disease. Am J Alzheimers Dis Other Demen. 2024;39:15333175241303569.

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てんかん患者の突然死、発作期無呼吸がリスクマーカーに/Lancet

 「てんかんにおける予期せぬ突然死(sudden unexpected death in epilepsy:SUDEP)」はてんかん関連死の主要な原因であり、後ろ向き研究によってそのリスク因子は、全般けいれん発作(とくに夜間)、罹患期間の長いてんかん、独居が知られている。米国・University of Texas Health Science Center at HoustonのManuela Ochoa-Urrea氏らは、これらのリスク因子を支持するエビデンスと共に、発作に伴う無呼吸がSUDEPリスクの指標となる可能性を示した。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2025年9月17日号で発表された。米国と英国の前向きコホート研究 研究チームは、SUDEPのリスク因子を前向きに検討する目的で、9施設(米国8、英国1)が参加した多施設共同コホート研究を実施した(米国国立衛生研究所[NIH]の助成を受けた)。 2011年9月17日~2021年12月30日に、生後2ヵ月以上で、参加施設のてんかん監視室(EMU)に入室してビデオ脳波(EEG)モニタリングを受け、少なくとも6ヵ月間の追跡調査を完了したてんかん(薬剤抵抗性の有無は問わない)患者2,468例(発症時年齢中央値15歳[四分位範囲[IQR]:7~27]、女性1,382例[56%]、罹患期間中央値12年[IQR:4~22])を登録した。 主要エンドポイントは、SUDEP発生までの期間であった。SUDEPによる死亡率は4.76件/1,000人年 追跡期間中央値35ヵ月(IQR:18~54)の時点で、2,468例のうち38例(1.54%)がSUDEP(definite SUDEP:12例、probable SUDEP:18例、possible SUDEP:8例)で死亡し、2例がnear SUDEPであった。7,982人年の前向きコホートにおけるSUDEPによる死亡率は4.76件(95%信頼区間[CI]:3.37~6.53)/1,000人年だった。 また、SUDEPリスク増加の有意な予測因子として次の4つを認めた。(1)独居(同居者ありと比較したハザード比[HR]:7.62、95%CI:3.94~14.71、p<0.0001)、(2)過去1年間の全般てんかん発作の発現が3回以上(3回未満と比較したHR:3.10、1.64~5.87、p=0.0005)、(3)発作時中枢性無呼吸の発現時間(10秒延長ごとのHR:1.11、1.05~1.18、p=0.0001)、(4)発作後中枢性無呼吸の発現時間(10秒延長ごとのHR:1.32、1.14~1.54、p=0.0002)。 possible SUDEPとnear SUDEPを除外したサブ解析では、発作時中枢性無呼吸が有意ではなくなった。推定5年SUDEP発生率は2.2% Kapan-Meier法による全体の推定5年SUDEP発生率は2.2%であった。また、5年SUDEPリスクは、同居者あり(2.1%)に比べ独居(14.9%)、過去1年間の全般てんかん発作の発現3回未満(1.4%)に比べ3回以上(4.3%)、発作時中枢性無呼吸の発現時間中央値17秒以下(3.7%)に比べ17秒超(7.4%)、発作後中枢性無呼吸の発現時間中央値14秒以下(3.6%)に比べ14秒超(13.4%)で、それぞれ有意に高かった。 著者は、「これらの知見は、死亡に先立つ発作に伴う無呼吸とSUDEPリスク上昇との関連を示唆しており、発作中の心肺モニタリングがてんかん死のリスク評価に有益となる可能性がある」「独居やけいれん発作の頻度と共に、発作に伴う無呼吸(17秒を超える発作時中枢性無呼吸、および14秒を超える発作後中枢性無呼吸)は、検証可能なSUDEPリスク指標の開発に役立つ可能性がある」としている。

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超音波ヘルメットによって手術なしで脳刺激療法が可能に

 脳深部刺激療法(deep brain stimulation;DBS)は、てんかんやパーキンソン病から群発頭痛、うつ病、統合失調症に至るまで、さまざまな疾患の治療に有望であることが示されている。しかし残念ながら、DBSでは医師が患者の頭蓋骨に穴をあけ、微弱な電気パルスを送る小さなデバイスを埋め込むための手術が必要になる。こうした中、新たな超音波ヘルメットによって、手術を行わずに脳の深部を正確に刺激できる可能性のあることが示された。英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のBradley Treeby氏らによるこの研究の詳細は、「Nature Communications」に9月5日掲載された。 Treeby氏らによると、このヘルメットは従来の超音波装置と比べて約1,000分の1、またDBS用に設計されたこれまでの超音波装置と比べて30分の1の領域を標的にすることができるという。Treeby氏は、「臨床的には、この新技術はパーキンソン病、うつ病、本態性振戦といった神経・精神疾患において重要な役割を果たしている特定の脳回路を、これまでにない精度で標的にすることができることから、これらの疾患に対する治療を一変させる可能性がある」とニュースリリースの中で説明している。 経頭蓋超音波刺激(transcranial ultrasound stimulation;TUS)では、頭部に置いた電気信号を超音波振動に変換する装置(トランスデューサー)から発生させた超音波のパルスを集結させて、脳の標的部位を刺激する。TUSは非侵襲的であり、また従来の脳刺激法では難しかった脳の深部領域にも刺激を送ることが可能という利点を持つ。ただし、その精度は装置や周波数によって異なる。 今回の研究でTreeby氏らは、MRスキャナー内で深部脳構造を高精度に刺激するための超音波システムを設計した。この試験的なヘルメットには、個別にコントロールできる256個のトランスデューサーが搭載されており、脳の特定部位に焦点を合わせて超音波ビームを送ることができる。これらのビームによってニューロンの活動を高めたり、抑えたりすることが可能だという。Treeby氏らによると、患者は仰向けに横たわり、頭をヘルメットに差し入れる。装置には柔らかいプラスチック製のフェイスマスクが付いており、超音波による治療中に頭部が動かないよう固定する役割を果たす。 Treeby氏らは、7人を対象にこの超音波ヘルメットを使った実験を行った。標的は、視床の一部で視覚情報の処理を助ける役割を担っている外側膝状体と呼ばれる領域であった。 脳スキャンの結果、この超音波ヘルメットは試験参加者の視覚野の活動を有意に増減させることができ、治療後もその状態が少なくとも40分間持続することが示された。参加者は、自分の見ているものに変化があったとは認識していなかったが、脳スキャンでは神経活動に明確な変化が認められたという。Treeby氏は、「手術なしで脳の深部構造を精密に調節する能力は、脳機能の解明や標的治療の開発を目指す取り組みにおいて、安全で可逆的かつ繰り返し実施可能な方法を提供し、神経科学におけるパラダイムシフトにつながる」と述べている。 この技術の臨床的可能性を踏まえ、最近、研究グループの複数のメンバーによってUCL発のスピンアウト企業NeuroHarmonics社が設立され、携帯可能な着用型のシステムの開発が進められている。論文の共著者である、英オックスフォード大学のIoana Grigoras氏は、「この新たな脳刺激装置は、これまで非侵襲的には到達不可能だった脳深部構造を正確に標的とする能力を手に入れるための取り組みにおいて、ブレークスルーとなるものだ。われわれは、特に脳深部領域が影響を受けるパーキンソン病などの神経疾患における臨床応用の可能性に期待している」と話している。

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生後1週間以内の侵襲性感染症が小児てんかんリスクと関連

 てんかんは小児期に発症することの多い神経疾患で、健康や生活への影響が生涯にわたることも少なくないため、予防可能なリスク因子の探索が続けられている。オーフス大学病院(デンマーク)のMads Andersen氏らは、新生児期の侵襲性感染症罹患に伴う炎症が脳損傷を引き起こし、てんかんリスクを押し上げる可能性を想定し、全国規模のコホート研究により検証。結果の詳細が「JAMA Network Open」に7月7日掲載された。 この研究では、1997~2013年にデンマーク国内で、在胎35週以上の単胎児で重篤な先天異常がなく出生した全新生児を対象とし、2021年まで、または18歳になるまで追跡した。生後1週間以内に診断された敗血症または髄膜炎を「出生早期の侵襲性細菌感染症」と定義し、そのうち血液または脳脊髄液の培養で細菌性病原体が確認された症例を「培養陽性感染症」とした。てんかんは、診断の記録、または抗てんかん薬が2回以上処方されていた場合で定義した。 解析対象となった新生児は98万1,869人で、在胎週数は中央値40週(四分位範囲39~41)、男児51%であり、このうち敗血症と診断された新生児が8,154人(0.8%)、培養陽性敗血症は257人、髄膜炎と診断された新生児は152人(0.1%未満)、培養陽性髄膜炎は32人だった。追跡期間中に、1万2,228人(1.2%)がてんかんを発症していた。 出生早期の侵襲性細菌感染症がない子どもの追跡期間中のてんかん発症率は、1,000人年当り0.9であった。それに対して出生早期に敗血症と診断されていた子どもは同1.6であり、発症率比(IRR)は1.89(95%信頼区間1.63~2.18)だった。一方、出生早期に髄膜炎と診断されていた子どもは発症率が8.6(4.2~5.21)で、IRRは9.85(5.52~16.27)だった。 性別、在胎週数、出生体重、母親の年齢・民族・喫煙・教育歴・糖尿病などを調整したCox回帰分析の結果、出生早期に敗血症と診断されていた子どもは、追跡期間中のてんかん発症リスクが有意に高いことが示された(調整ハザード比1.85〔1.60~2.13〕)。 Andersen氏らは、「この結果は出生後早期の細菌感染の予防と治療が、小児てんかんのリスク抑制につながる可能性を示唆している」と述べている。なお、著者の1人がバイオ医薬品企業との利益相反(COI)に関する情報を開示している。

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前頭側頭型認知症患者はてんかん有病率が高い

 これまでの研究で、てんかんと前頭側頭型認知症(FTD)との関連性が示唆されてきているが、体系的なデータの裏付けは少ない。東フィンランド大学のAnnemari Kilpelainen氏らは、FTD患者のてんかん有病率を、健常対照者(HC)やアルツハイマー病(AD)患者と比較する症例対照研究を実施。結果が「JAMA Neurology」に6月2日掲載された。 この研究では、フィンランドの認知症専門医療機関2施設の外来FTD患者と、年齢、性別、地理的条件をマッチングさせたHC群、およびAD患者群のてんかんの有病率、抗てんかん発作薬(ASM)の処方受取率が4時点で比較された。各群の該当者数と年齢(FTD群とAD群は疾患診断時年齢)、女性の割合は以下のとおり。FTD群245人(65.2±8.7歳、49.4%)、HC群2,416人(65.0±8.5歳、49.3%)、AD群1,326人(71.7±9.8歳、58.6%)。 解析の結果、FTD群においてFTD診断の10年前のてんかん有病率は3.3%であり、同時点におけるHC群の有病率は0.8%、AD群では1.4%だった。FTD群のてんかん有病率は、HC群(群間差2.5パーセントポイント〔ppt〕、P<0.001)、およびAD群(同1.9ppt、P=0.03)より有意に高かった。同様に、FTD診断の5年前の有病率は、FTD群4.9%、HC群1.3%、AD群1.7%であり、FTD群はHC群(3.6ppt、P<0.001)、AD群(3.2ppt、P=0.002)より有意に高かった。 FTDを診断された年のてんかん有病率は、前記と同順に6.5%、1.8%、5.0%であり、FTD群の有病率はHC群より有意に高く(4.7ppt、P<0.001)、AD群との比較では有意差がなかった(1.6ppt、P=0.32)。FTD診断の5年後は有病率が11.2%、2.2%、6.9%であり、HC群との比較で有意に高く(9.0ppt、P<0.001)、AD群との差の有意性は統計学的に境界値だった(4.2ppt、P=0.05)。 ASMの処方受取率については、FTD群ではFTD診断10年前に11.4%、診断5年前に16.7%、診断の年に28.6%、診断5年後に40.0%だった。それに対してHC群では同時点の処方受取率が5.0%、9.1%、14.6%、18.8%、AD群では5.6%、10.3%、17.8%、23.8%だった。FTD群の処方受取率は全ての時点で他の2群より有意に高かった。 論文の共著者の1人である同大学のEino Solje氏は、「この研究結果は、てんかんとFTDの関連性に関する新たな研究課題を提起している。すなわち、これら両疾患が何らかの病態生理学的メカニズムを共有しているのか、またはFTDが脳内神経回路の電気活動を変化させてんかんを惹起するのかという問題だ」と述べている。 なお、一部の著者が医薬品関連企業との利益相反(COI)の存在を開示している。

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レビー小体型認知症のMCI期の特徴は?【外来で役立つ!認知症Topics】第33回

レビー小体型認知症のMCI期の特徴は?認知症には70以上もの原因疾患があるが、レビー小体型知症(DLB)はアルツハイマー病(AD)、血管性認知症に次ぎ3番目に多い。ADのMCI(軽度認知障害)の特徴はわかっていても、「MCIレベルのDLBの特徴は?」と問われると、筆者は最近まで「はて?」という状態であった。DLB研究の元祖である小阪 憲治先生の名言に「DLBを知れば知るほど、その幅広さがわかってくる」というものがある。臨床の場でこの病気の患者さんを診ていると、一言でDLBといっても、見られる症候は実にさまざまであり、この言葉はまさに至言である。また、この病気の大脳病理について経験豊かな友人が次のように教えてくれた。「レビー小体病といっても、さまざまな病変分布や病理の程度にグラデーションがあって、検査前の見込みと検査結果はしょっちゅう乖離する。ADのほうがずっと簡単」と。DLBの診断では、激しい寝ぼけ(レム睡眠行動障害)、幻視、パーキンソン症候、そして認知機能などの変動が大きいことが軸である。DLBの権威であるIan G. McKeith氏らによれば、MCIレベルのDLBには3つの表現型がある。まず「精神症状初発型」、次に「せん妄初発型」、さらに認知機能障害パターンから分類される「MCI-LB」タイプである。今回は、この3つについてまとめてみたい。1)精神症状初発型他の認知症性疾患と比べたとき、DLBの初発症状として、老年期になって初発する大うつ病や精神病は、とても際立っている。代表的な症状としては、人の姿が見えるといった幻視、家族を偽物だと思い込むような妄想や誤認がある。また、アパシー(無気力)、不安がある。こうした症状で初発する認知症性疾患は他にまずないため、これらの症状はDLBを疑う大きなヒントになる。レム睡眠行動障害(RBD)も有用な着眼点になるが、抗うつ薬を使うことによってRBDが生じることもあるので、ここは要注意である。また、DLB を疑ううえで、パーキンソン症状の中で、動作緩慢よりも振戦や筋硬直のほうが、より有用である。なお、精神病発症型のDLB発症時では、パーキンソン症候、認知機能の変動、幻視、RBDという典型症候がみられたのは、わずか3.8%にすぎなかったという報告がある1)。この数字が語るのは、目の前の患者さんは「精神疾患に間違いない、まさかDLBとは!」と誰もが思ってしまう落とし穴だろう。2)せん妄初発型認知機能の変動、意識の清明度・覚醒度の変化は、DLBの中核症状である。そのため、せん妄で初発する人も多い。これまで認知機能障害がなかった人で、いきなりせん妄が生じるのはなぜだろうか? まずDLBという病態はせん妄を来しやすい素地を持っているのかもしれないし、あるいは曇りを伴う重篤な意識の変動をせん妄とみている可能性もある。さらにはこれら両者なのかもしれないが、答えはわからない。ところで、せん妄初発のDLBの存在に留意することには別の意義もある。というのは、一般的なせん妄に対する第1選択薬は抗精神病薬とされるが、もしこの型のDLBにこうした薬剤を投与したら、症状が悪化する可能性が高いからである。なお、せん妄や意識変動はDLB患者の介護者の43%が報告するほど多く、4人に1人のDLB患者がせん妄を繰り返し、累積の回数はAD患者のそれの約4倍といわれる。また、DLBが診断される前にみられるせん妄は、ADに比べて6倍近く高い。高齢患者においてせん妄が長引く場合、実は背後にDLBが隠れていると考えるべきとされる。つまり、「病歴にせん妄が多ければDLBを想起!」である。3)MCI-LBMCIの概念は、1990年代のRonald C. Petersen氏による提唱で有名になったが、それは「アルツハイマー病前駆状態では、他の認知機能は保たれているのに記憶のみが障害される」というものであった。このオリジナルの概念に改変がなされ、現在では「記憶障害」対「非記憶の認知機能障害」、障害される認知領域が「単数」対「複数」という基準で4つのMCI亜型に分類されるようになった。Petersen氏の提唱したオリジナルMCIは、ADの予備軍における「記憶障害」+「単数」である。しかし、レビー小体型認知症の前駆状態であるMCI-LBは、「非記憶障害」が基本で、障害領域は「単数」も「複数」もある。とくに最初期には、本人も介護者も記憶障害を訴えないことが珍しくない。つまり記憶障害は比較的軽い一方で、主に注意や遂行機能障害といった前頭葉の機能障害がみられる。また錯視など、視覚認知に障害を認める例もある。いずれにせよ、記憶障害単独型MCIのADコンバートに対して、「非記憶型」のMCI-LBがADになることはまれで、その10倍もDLBになりやすい。4)その他の留意点DLBにおけるRBDの意味RBD(レム睡眠行動障害)はDLB診断において重要である。ある12年間の追跡調査では、RBDを持つ人の73.5%が、 DLBなど神経変性疾患にコンバートしたという報告もある2)。悪夢は周囲の人によって気付かれ、RBD診断の手がかりになるが、鑑別すべきものに睡眠時無呼吸症候群、睡眠中のてんかん発作などがある。確実な診断には、ポリソムノグラフィによる測定が望まれる。どんなタイプのMCIであれ、RBDを伴うときはDLBを想起すべきである。自律神経症状などDLB患者で、初診時に自律神経障害を認めることもまれではない。便秘、立ちくらみ、尿失禁、勃起障害、発汗増加、唾液増加などのどれか1つ以上が、25~50%の患者で見つかる3)。しかし、こうした症状は他のさまざまな疾患でも見られるため、それらがあるからといって必ずしもDLBだと思う必要もない。なお、無嗅覚症もDLBのMCI期によくみられるが、その原因は数多あるため(たとえば新型コロナウイルス感染症など)、診断的価値がとくに高いわけではない。1)Gunawardana CW, et al. The clinical phenotype of psychiatric-onset prodromal dementia with Lewy bodies: a scoping review. J Neurol. 2024;271:606-617.2)Postuma RB, et al. Risk and predictors of dementia and parkinsonism in idiopathic REM sleep behaviour disorder: a multicentre study. 2019;142:744-759.3)McKeith IG, et al. Research criteria for the diagnosis of prodromal dementia with Lewy bodies. 2020;94:743-755.

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大脳皮質基底核変性症〔CBD:corticobasal degeneration〕

1 疾患概要■ 定義大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration:CBD)は、進行性に運動症状および皮質症状を呈するまれな神経変性疾患である。病理学的には4リピートタウ(4R tau)の異常蓄積を特徴とするタウオパチーに分類され、進行性核上性麻痺(PSP)と並ぶ代表的な非アルツハイマー型タウオパチーである。1968年にRebeizらが初めて報告し、当初は“corticodentatonigral degeneration with neuronal achromasia”と呼ばれたが、1989年にGibbらにより現在の病理診断名であるCBDの呼称が確立された。臨床的には非対称性のパーキンソニズムと皮質徴候を呈するが、この臨床像はCBD以外の病理を背景にすることも多く、臨床診断名としては「大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome:CBS)」が用いられる。■ 疫学CBDは稀少疾患であり、わが国での有病率は10万人当たり約9人程度と報告されている。発症年齢は70歳代が中心で、性差については明確な傾向は認められていない。リスク因子としては、同じ4リピートが蓄積するタウオパチーであるPSPと共通するものとしてMAPT遺伝子やMOBP遺伝子が疾患感受性遺伝子として同定されているほか、CBDに特異的なものとしてInc-KIF13B-1遺伝子やSOS1遺伝子などCBDに特異的な遺伝的要因も報告されている。環境要因に関しては明らかになっていない。■ 病因CBDはタウ蛋白異常蓄積を主体とする神経変性疾患である。4R tauが神経細胞やグリア細胞に異常沈着し、神経原線維変化やアストロサイトの変性を引き起こす。とくにCBDに特徴的なのはアストロサイトの変化で、astrocytic plaqueの形成が診断上重要な所見とされる。神経細胞では神経原線維変化は少なく、プレタングル(神経原線維変化が起こる前の段階の状態)が主体である。病変分布は前頭葉・頭頂葉皮質に目立ち、しばしば左右非対称性を示す点が特徴である。クライオ電子顕微鏡にて、タウ蛋白は4層の折り畳み構造をしていることが判明した。■ 症状CBDは多彩な臨床症状を呈するが、典型例では左右非対称性の運動緩慢、固縮、ジストニア、ミオクローヌスなどの錐体外路徴候に加え、失行、皮質性感覚障害、他人の手徴候などの大脳皮質徴候を示す。症状が一側から始まり、徐々に対側にも及ぶ点がCBDの重要な特徴である。認知機能障害や言語障害、行動異常も出現し得る。また、嚥下障害、構音障害など球症状も進行に伴って出現する。進行はパーキンソン病より速く、レボドパへの反応性は乏しい(表)。表 大脳皮質基底核変性症と進行性核上性麻痺の比較画像を拡大する■ 分類CBDの臨床病型は多彩であり、最も頻度の高いのはCBSであるが、全体の約40%にとどまる。その他の主要な臨床型として、PSP様症候群(Progressive Supranuclear Palsy Syndrome:PSPS)前頭葉性行動・空間症候群(frontal behavioral-spatial syndrome:FBS)非流暢/失文法型原発性進行性失語(Nonfluent/Agrammatic variant of Primary Progressive Aphasia:naPPA)アルツハイマー病様認知症が知られている。ただし、アルツハイマー病様認知症は、アルツハイマー病との鑑別が難しいため、Armstrongらによる臨床診断基準には含まれていない。また、まれに後部皮質萎縮症やレビー小体型認知症に類似した臨床像を呈する例もある。■ 予後CBDは進行性の神経変性疾患であり、発症から平均10年程度で高度機能障害に至る。多くの症例では、運動症状と認知機能障害が並行して進行し、日常生活動作は急速に低下する。レボドパなど抗パーキンソン病薬は無効あるいは効果が一時的であり、根本的治療法は存在しない。2 診断CBDの臨床診断は困難である。2013年にArmstrongらによる臨床診断基準が作成され、CBSのみならずFBS、naPPA、PSPSなど多様な臨床表現型を対象としている。ただし感度・特異度はいまだ十分でなく、臨床診断のみで確定することは難しい。画像検査では左右非対称の前頭葉・頭頂葉萎縮を認めることがあり、頭部MRIが有用である。脳血流SPECTやFDG-PETが補助的に用いられる。近年では脳脊髄液(CSF)や血液バイオマーカー、タウPETを用いた研究が進められているが、確立した診断法はまだ存在しない。最終的な確定診断は、病理診断に依存する。鑑別すべき疾患としてはPSP、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、自己免疫性パーキンソニズム(IgLON5抗体関連疾患など)がある。とくにPSPとの鑑別は臨床的に最も問題となる。CBDは難病法に基づく指定難病(指定難病7)に指定されており、厚生労働省が定める診断基準を満たした場合に医療費助成が受けられる。3 治療現在、CBDに対する根本的治療は存在しない。治療は対症的であり、薬物療法とリハビリテーションが中心となる。運動症状に対してはレボドパを試みるが、効果は限定的で持続しないことが多い。ジストニアやミオクローヌスに対しては抗てんかん薬や筋弛緩薬が用いられることがある。非流暢性失語や行動障害には言語療法、作業療法、心理社会的介入が重要である。嚥下障害が進行すれば栄養管理や誤嚥予防が不可欠となる。根本的治療としては、タウを標的とした分子標的薬の開発が進行している。抗タウ抗体(tilavonemab、gosuranemab)はPSPで第II相試験が行われたが有効性を示せなかったため、現在はタウの中間ドメインを標的とする抗体や、タウ蓄積を抑制する低分子医薬品の臨床試験が進められている。また、RNA干渉や遺伝子治療など革新的治療法も研究段階にある。CBD単独を対象とした臨床試験はあまり行われていない。4 今後の展望CBDは病理学的に定義される疾患であるため、臨床的に早期診断することはきわめて難しい。したがって、画像や体液バイオマーカーの確立が喫緊の課題である。近年の研究では、血漿やCSFにおけるリン酸化タウ(p-tau)や神経フィラメント軽鎖(NfL)が候補とされ、タウPETによる分布解析も進められている。また、わが国におけるJ-VAC研究により、CBS症例から病理診断を予測する臨床特徴の抽出が試みられており、PSPとの鑑別に一定の知見が得られている。さらにタウを標的とした疾患修飾療法の開発が進んでおり、将来的にはCBDの進行抑制が可能になることが期待される。そのためにも、早期の症例登録と臨床試験参加が重要である。5 主たる診療科脳神経内科、リハビリテーション科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 大脳皮質基底核変性症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)厚生労働科学研究費補助金事業 神経変性疾患領域の基盤的調査研究班 『CBD診療マニュアル2022』(医療従事者向けのまとまった情報)Aiba I, et al. Brain Commun. 2023;5:fcad296.公開履歴初回2025年9月11日

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第27回 なぜ経済界トップは辞任したのか?新浪氏報道から考える、日本と世界「大麻をめぐる断絶」

経済同友会代表幹事という日本経済の中枢を担う一人、サントリーホールディングスの新浪 剛史氏が会長職を辞任したというニュースは、多くの人に衝撃を与えました1)。警察の捜査を受けたと報じられる一方、本人は記者会見で「法を犯しておらず潔白だ」と強く主張しています。ではなぜ、潔白を訴えながらも、日本を代表する企業のトップは辞任という道を選ばざるを得なかったのでしょうか。この一件は、単なる個人のスキャンダルでは片付けられません。日本の厳格な法律と、大麻に対する世界の常識との間に生じた「巨大なズレ」を浮き彫りにしているかもしれません。また、私たち日本人が「大麻」という言葉に抱く漠然としたイメージと、科学的な実像がいかにかけ離れているかをも示唆しているようにも感じます。本記事では、この騒動の深層を探るとともに、科学の光を当て、医療、社会、法律の各側面から、この複雑な問題の核心に迫ります。事件の深層 ― 「知らなかった」では済まされない世界の現実今回の騒動の発端は、新浪氏が今年4月にアメリカで購入したサプリメントにあります。氏が訪れたニューヨーク州では2021年に嗜好用大麻が合法化され、今や街の至る所で大麻製品を販売する店を目にします。アルコールやタバコのように、大麻成分を含むクッキーやオイル、チョコレートやサプリメントなどが合法的に、そしてごく普通に流通しています。新浪氏は「時差ボケが多い」ため、健康管理の相談をしていた知人から強く勧められ、現地では合法であるという認識のもと、このサプリメントを購入したと説明しています。ここで重要になるのが、大麻に含まれる2つの主要な成分、「THC」と「CBD」の違いです。THC(テトラヒドロカンナビノール)いわゆる「ハイ」になる精神活性作用を持つ主要成分です。日本では麻薬及び向精神薬取締法で厳しく規制されており、これを含む製品の所持や使用は違法となります。THCには多幸感をもたらす作用がある一方、不安や恐怖感、短期的な記憶障害や幻覚作用などを引き起こすこともあります。CBD(カンナビジオール)THCのような精神作用はなく、リラックス効果や抗炎症作用、不安や緊張感を和らげる作用などが注目されています。ただし、臨床的に確立されたエビデンスはなく、愛好家にはエビデンスを過大解釈されている側面は否めません。「時差ボケ」を改善するというエビデンスも確立していません。日本では、大麻草の成熟した茎や種子から抽出され、THCを含まないCBD製品は合法的に販売・使用が可能です。新浪氏自身は「CBDサプリメントを購入した」という認識だったと述べていますが、問題はここに潜んでいます。アメリカで合法的に販売されているCBD製品の中には、日本の法律では違法となるTHCが含まれているケースが少なくありません。厚生労働省も、海外製のCBD製品に規制対象のTHCが混入している例があるとして注意を呼びかけています2)。まさにこの「合法」と「違法」の境界線こそが、今回の問題の核心です。潔白を訴えても辞任、なぜ? 日本社会の厳しい目記者会見での新浪氏の説明や報道によると、警察が氏の自宅を家宅捜索したものの違法な製品は見つからず、尿検査でも薬物成分は検出されなかったとされています。また、福岡で逮捕された知人の弟から自身にサプリメントが送られようとしていた事実も知らなかったと主張しています。法的には有罪が確定したわけでもなく、本人は潔白を強く訴えている。にもかかわらず、なぜ辞任に至ったのでしょうか。その理由は、サントリーホールディングス側の判断にありました。会社側は「国内での合法性に疑いを持たれるようなサプリメントを購入したことは不注意であり、役職に堪えない」と判断し、新浪氏も会社の判断に従った、と説明されています。これは、法的な有罪・無罪とは別の次元にある、日本社会や企業における「コンプライアンス」と「社会的信用」の厳しさを物語っているのかもしれません。とくにサントリーは人々の生活に密着した商品を扱う大企業です。そのトップが、たとえ海外で合法であったとしても、日本で違法と見なされかねない製品に関わったという「疑惑」が生じたこと自体が、企業のブランドイメージを著しく損なうリスクとなります。結果的に違法でなかったとしても、「違法薬物の疑いで警察の捜査を受けた」という事実だけで、社会的・経済的な制裁が下されてしまう。これが、日本社会の現実です。科学は「大麻」をどう見ているのか?この一件を機に、私たちは「大麻」そのものについて、科学的な視点からも冷静に見つめ直す必要があるでしょう。世界中で医療大麻が注目される理由は、THCやCBDといった「カンナビノイド」が、私たちの体内にもともと存在する「エンドカンナビノイド・システム(ECS)」に作用するためです3)。ECSは、痛み、食欲、免疫、感情、記憶など、体の恒常性を維持する重要な役割を担っています。この作用を利用し、既存の薬では効果が不十分なさまざまな疾患への応用が進んでいます4)。がん治療の副作用緩和抗がん剤による悪心や嘔吐、食欲不振を和らげる効果。アメリカではTHCを主成分とする医薬品(ドロナビノールなど)がFDAに承認されています。難治性てんかんとくに小児の難治性てんかんにCBDが効果を示し、多くの国で医薬品として承認されています。その他多発性硬化症の痙縮、神経性の痛み、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など、幅広い疾患への有効性が研究・報告されています。このように、科学の視点で見れば、大麻はさまざまな病気の患者を救う可能性を秘めた「薬」としての側面を持っています。「酒・タバコより安全」は本当か? リスクの科学的比較「大麻は酒やタバコより安全」という言説を耳にすることもあります。リスクという側面から、これは本当なのでしょうか。単純な比較はできませんが、科学的なデータはいくつかの客観的な視点を提供してくれます。依存性生涯使用者のうち依存症に至る割合は、タバコ(ニコチン)が約68%、アルコールが約23%に対し、大麻は約9%と報告されており、比較的低いとされます5)。しかし、ゼロではなく、使用頻度や期間が長くなるほど「大麻使用障害」のリスクは高まります。致死量アルコールのように急性中毒で直接死亡するリスクは、大麻には報告されていません6)。長期的な健康への影響精神への影響大麻の長期使用、とくに若年層からの使用は、統合失調症などの精神疾患のリスクを高める可能性が複数の研究で示されています。とくに高THC濃度の製品を頻繁に使用する場合、そのリスクは増大すると考えられています7)。また、うつ病や双極性障害との関連も指摘されていますが、研究結果は一貫していません。身体への影響煙を吸う方法は、タバコと同様に咳や痰などの呼吸器症状と関連します。心血管系への影響(心筋梗塞や脳卒中など)も議論されていますが、結論は出ていません8)。一方で、運転能力への影響は明確で、使用後の数時間は自動車事故のリスクが有意に高まることが示されています6)。国際的な専門家の中には、依存性や社会への害を総合的に評価すると、アルコールやタバコの有害性は、大麻よりも大きいと結論付けている人もいます。しかし、これは大麻が「安全」だという意味ではなく、それぞれ異なる種類のリスクを持っていると理解するべきでしょう。世界の潮流と日本のこれからかつて大麻は、より危険な薬物への「入り口」になるという「ゲートウェイ・ドラッグ理論」が主流でした。しかし近年の研究では、もともと薬物全般に手を出しやすい遺伝的・環境的な素因がある人が複数の薬物を使用する傾向がある、という「共通脆弱性モデル」のほうが有力だと考えられています9)。アメリカでは多くの州で合法化が進みましたが、社会的なコンセンサスは得られていません。賛成派は莫大な税収や犯罪組織の弱体化を主張する一方、反対派は若者の使用増加や公衆衛生への悪影響を懸念しています。合法化による長期的な影響はまだ評価の途上にあり、世界もまた「答え」を探している最中です。ただし、新浪氏の問題は、決して他人事ではないと思います。今後、海外で生活したり、旅行したりする日本人が、意図せず同様の事態に陥る可能性は誰にでもあります。また、この一件は、私たちに大きな問いを投げかけています。世界が大きく変わる中で、日本は「違法だからダメ」という思考停止に陥ってはいないでしょうか。もちろん、法律を遵守することは大前提。しかし同時に、大麻が持つ医療的な可能性、アルコールやタバコと比較した際のリスクの性質、そして世界の潮流といった科学的・社会的な事実から目を背けるべきではありません。今回の騒動をきっかけに、私たち一人ひとりが固定観念を一度リセットし、科学に基づいた冷静な知識を持つこと。そして社会全体で、この複雑な問題について、感情論ではなく建設的な議論を始めていくこと。それこそが、日本が世界の「ズレ」から取り残されないために、今まさに求められていることなのかもしれません。 1) NHK. サントリーHD 新浪会長が辞任 サプリメント購入めぐる捜査受け. 2025年9月2日 2) 厚生労働省 地方厚生局 麻薬取締部. CBDオイル等のCBD関連製品の輸入について. 3) Testai FD, et al. Use of Marijuana: Effect on Brain Health: A Scientific Statement From the American Heart Association. Stroke. 2022;53:e176-e187. 4) Page RL 2nd, et al. Medical Marijuana, Recreational Cannabis, and Cardiovascular Health: A Scientific Statement From the American Heart Association. Circulation. 2020;142:e131-e152. 5) Lopez-Quintero C, et al. Probability and predictors of transition from first use to dependence on nicotine, alcohol, cannabis, and cocaine: results of the National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions (NESARC). Drug Alcohol Depend. 2011;115:120-130. 6) Gorelick DA. Cannabis-Related Disorders and Toxic Effects. N Engl J Med. 2023;389:2267-2275. 7) Hines LA, et al. Association of High-Potency Cannabis Use With Mental Health and Substance Use in Adolescence. JAMA Psychiatry. 2020;77:1044-1051. 8) Rezkalla SH, et al. A Review of Cardiovascular Effects of Marijuana Use. J Cardiopulm Rehabil Prev. 2025;45:2-7. 9) Vanyukov MM, et al. Common liability to addiction and “gateway hypothesis”: theoretical, empirical and evolutionary perspective. Drug Alcohol Depend. 2012;123 Suppl 1:S3-17.

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AIチャットボットによるてんかん教育介入の効果、「えぴろぼ」の実用性と今後の課題

 てんかんを正しく理解し、偏見なく接する社会をつくるには、患者本人だけでなく周囲の人々の知識と意識の向上が欠かせない。こうした中、患者やその支援者にてんかんに関する情報や心理的サポートを提供する新しい試みとして、人工知能(AI)を活用したチャットボット「えぴろぼ」が登場した。今回、「えぴろぼ」の利用によって、てんかん患者に対する態度の改善や疾患知識の向上が認められたとする研究結果が報告された。研究は、国立精神・神経医療研究センター病院てんかん診療部の倉持泉氏らによるもので、詳細は「Epilepsia Open」に7月28日掲載された。 近年、AIやデジタルヘルスの進展により、チャットボットを活用した医療支援が注目されている。てんかん患者の多くは、自身の疾患に関する知識が不十分で、治療への関与や生活の質(QoL)にも影響を及ぼしている。また、スティグマや心理的負担から、教育プログラムへの参加率も低いのが現状である。こうした課題を受けて、埼玉医科大学、埼玉大学、国立精神・神経医療研究センターなどの研究チームは、患者や支援者が場所や時間を問わず情報にアクセスできる新たな教育支援ツールとして、AIチャットボット「えぴろぼ」を開発した。本研究では、「えぴろぼ」がてんかんに関する知識や意識の改善にどのように寄与するかを検討した。 本研究は2つのフェーズで構成されていた。最初に、チャットボットの内容を洗練させるための予備的な試験フェーズを実施し、その後、本介入フェーズに移行した。本フェーズでは、スマートフォンアプリを通じて「えぴろぼ」を利用するために176名(てんかん患者13名、現在支援者として関わっている者69名、将来支援者となる可能性がある者28名、その他66名)が登録した。調査では、チャットボット使用前後での、てんかんに関する知識や偏見・スティグマ、患者自身のセルフスティグマ(内在化されたスティグマ)を評価した。経時的な変化の分析には、対応のあるt検定およびWilcoxonの符号付き順位検定を用いた。 登録した176名のうち、82名(てんかん患者9名、患者家族25名、支援者25名、医療従事者12名、その他11名)が介入前後の調査を完了した。参加者の平均年齢は41.8歳であり、ほとんどの参加者がてんかんについてある程度の知識をもっていた。約半数の参加者はてんかん発作を目撃した経験があると回答していたが、発作への対応について自信があると回答した者は半数に満たなかった。 「えぴろぼ」による介入は、てんかん患者に対する職場での平等に関する意識に有意な改善をもたらし(P<0.001)、てんかん治療に関する知識の向上にもつながった(P=0.022)。QOLやてんかんに関する一般的な知識については、統計的に有意ではなかったものの改善傾向を示した。一方で、てんかん患者(n=9)では、てんかんに関連するセルフスティグマのわずかな増加が観察された(P=0.31)。 本研究について著者らは、「今回の結果は、『えぴろぼ』がてんかんに関する教育や心理的支援において、広く活用できるデジタルツールとしての可能性を示している。その一方で、患者自身のセルフスティグマへの対応は今後の課題として残されている」と述べた。 なお、介入によりセルフスティグマが増加した理由について、著者らは評価期間が約1カ月と短いこと、また対象に含まれるてんかん患者が少数であることを限界として指摘した上で、「教育介入によって知識が増えた結果、むしろ自身が置かれた社会的立場や偏見を意識するようになり、結果として一時的にセルフスティグマが強まった可能性が考えられる」と言及している。

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高齢入院患者におけるベンゾジアゼピン中止パターンとそれを阻害する因子

 退院後のベンゾジアゼピン(BZD)長期使用は、高齢患者におけるBZD依存や重篤な薬物有害事象リスクを高める可能性がある。しかし、高齢者におけるBZD中止パターンとそれに関連する因子についての研究は限られている。米国・ハーバード大学のChun-Ting Yang氏らは、高齢者における入院後のBZD中止のパターンと関連因子を特定するため、後ろ向きコホート研究を実施した。Journal of the American Geriatrics Society誌オンライン版2025年7月27日号の報告。 本コホート研究は、2004年1月〜2025年2月までのOptum CDMデータを用いて実施した。対象は、入院後30日以内に新たにBZD使用を開始した65歳以上の患者。不安症、精神疾患、アルコール乱用、てんかん発作、ホスピスケアを受けている患者は除外した。BZD中止は、BZD使用終了から15日を超える期間と定義した。主要解析では、カプランマイヤー法を用いて中止率を推定し、患者特性とBZD中止との関連はCox比例ハザードモデルを用いて解析した。死亡の競合リスクを補正するため、打ち切り確率の逆重み付け(IPW)を適用した。 主な結果は以下のとおり。・対象患者数は3万3,449例(平均年齢:73.1±5.8歳、男性の割合:51.7%)。・IPW加重BZD中止率は、30日時点で53.3%(95%信頼区間[CI]:52.7〜53.8)、60日時点で86.7%(86.3〜87.1)、90日時点で92.6%(92.3〜93.0)であった。・30日時点でのBZD中止率は、2004年の31.7%(95%CI:29.5〜33.9)から2024年の71.1%(68.7〜73.5)へと増加が認められた。・研究期間中のBZD中止率は、年間4%の増加を示した。・BZD中止を阻害するリスク因子は、次のとおりであった。【不眠症】ハザード比(HR):0.66、95%CI:0.63〜0.69【中等〜重度のフレイル】HR:0.82、95%CI:0.75〜0.85【入院後/初回BZD使用前の抗うつ薬新規使用】HR:0.80、95%CI:0.76〜0.85【入院後/初回BZD使用前の非定型抗精神病薬新規使用】HR:0.90、95%CI:0.82〜0.99 著者らは「精神疾患の病歴のない高齢者における入院後のBZD中止率は、時間経過とともに上昇していた。しかし、とくに不眠症や中等〜重度のフレイルを有する高齢者においては、BZD中止に依然として課題が残存しており、今後の効果的な減量戦略策定のターゲットとなるであろう」とまとめている。

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既治療KRAS G12C変異陽性NSCLC、adagrasib vs.ドセタキセル/Lancet

 既治療のKRASG12C変異陽性非小細胞肺がん(NSCLC)患者において、adagrasibはドセタキセルと比較して無増悪生存期間(PFS)を統計学的に有意に延長し、新たな安全性上の懸念は認められなかった。フランス・パリ・サクレー大学のFabrice Barlesi氏らKRYSTAL-12 Investigatorsが、22ヵ国230施設で実施した第III相無作為化非盲検試験「KRYSTAL-12試験」の結果を報告した。adagrasibはKRASG12C阻害薬で、KRASG12C変異を有する進行NSCLC患者を対象とした第II相試験において有望な結果が示されていた。Lancet誌2025年8月9日号掲載の報告。化学療法と免疫療法の前治療歴があるNSCLC患者を対象、主要評価項目はPFS KRYSTAL-12試験の対象は、KRASG12C変異を有する局所進行または転移のあるNSCLCで、プラチナ製剤を含む化学療法および抗PD-1または抗PD-L1抗体による前治療歴があり、ECOG PSが0または1の成人患者であった。 研究グループは適格患者を、adagrasib(1回600mg、1日2回経口投与)群またはドセタキセル(75mg/m2、3週ごとに静脈内投与)群に2対1の割合で無作為に割り付け、病勢進行、許容できない毒性発現、担当医師または患者の判断、あるいは死亡まで投与を継続した。無作為化は中央双方向Web応答システムを用い、地域(アジア太平洋地域以外vs.アジア太平洋地域)および前治療(逐次投与vs.併用投与)で層別化した。 ドセタキセル群では、盲検下独立中央判定(BICR)によるRECIST 1.1に基づく病勢進行が認められた場合、adagrasibへのクロスオーバーを可とした。 主要評価項目は、ITT集団(無作為化した全患者)におけるBICRによるRECIST 1.1に基づくPFSであった。安全性は、試験薬が投与されたすべての患者を対象に評価した。本試験は現在も進行中である(新規登録は終了)。PFS中央値はadagrasib群5.5ヵ月、ドセタキセル群3.8ヵ月 2021年2月23日~2023年11月16日に1,021例がスクリーニングされ、453例がadagrasib群(301例、66%)またはドセタキセル群(152例、34%)に無作為化された。それぞれ298例(99%)および140例(92%)が試験薬の投与を受けた。 追跡期間中央値7.2ヵ月(95%信頼区間[CI]:5.8~8.7)において、ITT集団でのBICRによるPFS中央値はadagrasib群5.5ヵ月(95%CI:4.5~6.7)、ドセタキセル群3.8ヵ月(2.7~4.7)であり、ハザード比(HR)は0.58(95%CI:0.45~0.76、p<0.0001)であった。治験担当医師評価によるPFSも同様の結果が得られた(5.4ヵ月vs.2.9ヵ月、HR:0.57)。 副次評価項目であるBICRによる奏効率も、adagrasib群がドセタキセル群と比較し有意に高かった(32%[95%CI:26.7~37.5]vs.9%[5.1~15.0]、オッズ比:4.68[95%CI:2.56~8.56]、p<0.0001)。 治療関連有害事象(TRAE)は、adagrasib群(298例)で280件(94%)、ドセタキセル群(140例)で121件(86%)報告された。Grade3以上のTRAEは、adagrasib群で140件(47%)、ドセタキセル群で64件(46%)報告され、主なものはadagrasib群でALT上昇(8%)、AST上昇(6%)、下痢(5%)、ドセタキセル群で好中球数減少(11%)、好中球減少症(10%)、無力症(10%)であった。 治療関連死は、adagrasib群で4例(1%、てんかん、肝不全、肝虚血および原因不明が各1例)、ドセタキセル群で1例(1%、敗血症)が報告された。

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高齢てんかん患者では睡眠不足が全死亡リスクを押し上げる

 睡眠不足が健康に悪影響を及ぼすとするエビデンスの蓄積とともに近年、睡眠衛生は公衆衛生上の主要な課題の一つとなっている。しかし、睡眠不足がてんかん患者に与える長期的な影響は明らかでない。米ウォールデン大学のSrikanta Banerjee氏らは、米国国民健康面接調査(NHIS)と死亡統計データをリンクさせ、高齢てんかん患者の睡眠不足が全死亡リスクに及ぼす影響を検討。結果の詳細が「Healthcare」に4月23日掲載された。 2008~2018年のNHISに参加し、2019年末までの死亡記録を追跡し得た65歳以上の高齢者、1万7,319人を解析対象とした。このうち245人が、医療専門家からてんかんと言われた経験があり、てんかんを有する人(PWE)と定義された。 PWE群と非PWE群を比較すると、性別の分布(全体の39.2%が男性)や高血圧・糖尿病の割合は有意差がなかった。ただし年齢はPWE群の方が若年で(73.3±0.48対74.6±0.08歳)、現喫煙者・元喫煙者、肥満、慢性腎臓病(CKD)、心血管疾患(CVD)が多く、貧困世帯の割合が高いなどの有意差が見られた。睡眠時間については6時間未満、6~8時間、8時間以上に分類した場合、その分布に有意差はなかった。なお、以降の解析では睡眠時間7時間未満を睡眠不足と定義している。 平均4.8年の追跡期間中の死亡率は全体で37.3%、PWE群では46.5%、非PWE群は37.2%だった。非PWEかつ睡眠不足なし群を基準とする交絡因子未調整モデルの解析では、PWEかつ睡眠不足あり群の全死亡リスクが有意に高かった(ハザード比〔HR〕1.92〔95%信頼区間1.09~3.36〕)。 交絡因子(年齢、性別、人種/民族、飲酒・喫煙状況、教育歴、貧困、肥満、高血圧、糖尿病、CKD、CVDなど)を調整した解析でも、PWEかつ睡眠不足あり群はやはり全死亡リスクが有意に高かった(HR1.94〔同1.19~3.15〕)。それに対して、PWEで睡眠不足なし群は有意なリスク上昇が認められなかった(HR1.00〔同0.78~1.30〕)。 Banerjee氏らは、「てんかんと睡眠不足が並存する場合、予後が有意に悪化する可能性のあることが明らかになった。てんかん患者の生活の質(QOL)向上と生命予後改善のため、睡眠対策が重要と言える。臨床医は脳波検査に睡眠検査を加えたスクリーニングを積極的に行うべきではないか」と述べている。

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軽度認知障害は自らの努力で改善できるのか?【外来で役立つ!認知症Topics】第32回

MCIからUターンする要因軽度認知障害(MCI)とは、アルツハイマー病などの認知症の前駆状態、つまり予備軍として知られる。ところが、その4人に1人は健康な状態に戻れることも有名である。これをリバートといい、そうなる人はリバーターと呼ばれる。MCIからリバートできる要因を検討した臨床研究も少なからずある。筆者自身、10年以上前に、とても励まされた論文の記憶が残る。これは「好奇心が強いこと」「複雑な知的作業に熱心なこと」などがリバート要因であったと報告したオーストラリアの論文である1)。この種の研究はその後多くなされ、今日までにそれらのメタアナリシスも報告されている2, 3)。MCIと診断された人にとって、「自分の努力次第で改善するかもしれない」という希望は大きな励みになる。そのため、診察の場では「どうすればリバートできるのか、その要因を教えてほしい」という質問をしばしば受ける。リバート要因の現状と課題当然、われわれは患者さんに勇気を持ってもらい、実際に役立つ回答がしたいのだが、実はこれが容易でない。なぜなら、ご本人の努力や心掛けで変えられる確実な要因を伝えたいものの、まだほとんど確立されていないのである。既述した好奇心や複雑な知的作業といった要因も、知る限りではその後の研究で再確認されていない。一方で、リバートを予測する因子としてある程度確立されているのは、APOE4のような遺伝子型や、現時点での認知機能テストの成績といった、患者さん自身では変えられないものばかりだ。だがそれを教えても当事者にはあまり意味がない。以上を踏まえ、こうしたリバート要因に関する研究のメタアナリシス1, 2)を改めて整理し、臨床の場で使える要因を探ってみたい。リバート要因:4つの分類これまでに注目されてきたリバートの要因は、大きく4つに分けられる。1.身体・脳神経の医学に関わる要因2.年齢などいわゆる基本属性3.認知機能テストなど評価に関わる要因4.ライフスタイルに関わる要因1. 医学的要因まず医学的要因では、遺伝子APOE4の存在は確定しているだろう。そのほか、脳画像上の海馬容積が大きいこと、拡張期血圧が低いこと、BMIが低いこと、うつ病なども報告されているが、これらはまだ「有望な候補」といったレベルだ。2. 基本属性基本属性としては、年齢が若いこと、男性、高学歴、一人暮らしではないことなどが注目されている。興味深いことに、「一人暮らしのほうが緊張感があり、心身ともに活発になるためリバートしやすい」と考察する研究もある。しかし、個々の研究はもとより、メタアナリシスでさえも正反対の結果を示すものがあり、このような要因は確実とはいえない。たとえば、「男やもめにうじが湧き、女やもめに花が咲く」、つまり「独り暮らしの男性は家事がおろそかで不潔になりがちだが、独り暮らしの女性は清潔で華やかだ」という意味の古いことわざがあるように、一人暮らしでも性別によって結果が反対になることもありえるからである。3. 認知機能テストの成績認知機能テストに関しては、MMSEなどの得点が高いこと、あるいはMCIの中でも、複数の領域で障害が見られる「複数ドメインMCI」ではなく、1つの領域のみの障害である「シングルドメインMCI」であることが代表的要因だ。これらに関しては筆者も納得するのだが、そのことをMCI当事者に伝えても直接的な改善策にはなりにくいだろう。4. ライフスタイル要因ライフスタイルでは、規則的な家事労働が良いとする報告がある。しかし意外なことに、認知症の予防因子として知られる有酸素運動などは、リバート要因としてまだ確実とはいえないようだ。また、さすがに喫煙が良いとする報告はないが、規則的な飲酒は良いとする報告もみられる。中国の報告では、新鮮な果物の摂取、読書の習慣、マージャンなどゲームが予防的に働くという報告もある。こうした研究は興味深いが、今後の精緻な研究が待たれるだろう。以上から、残念ながらMCIの人自身が修正可能な要因は、現時点ではまだ確立されていないようだ。臨床で丁寧に伝えたい4原則今回、このMCIのリバート要因と、中年期からの難聴など、近年Lancet誌で報告された認知症のリスクファクターは重複する部分もあるが、すべて同じではないかもしれないと感じた。とはいえ、臨床の現場では、リバート要因としても、運動、栄養、休養、そして社会交流(孤独にならないこと)の4原則を伝えることが基本となるだろう。また筆者の印象ながら「MCIと診断された人は、一般の健康成人に比べて、予防に対してより切実・真摯である」ことは事実であろう。それだけに、これらの原則をより丁寧に伝えたい。また、MCIの合併症は改めて要注意だ。うつ、複雑部分発作などのてんかん、発達障害(ADHD)は合併症でもありえるが、実はMCIの主因だということもある。しかもこれらは原則的に、薬物治療によって改善する可能性があるので、忘れてはならない。終わりに近い将来、MCIのリバート要因の探索は、ビッグデータを用いてさまざまな注目要因を組み合わせ、その相互作用をAIで解析することで、大きな進歩があるかもしれない。参考1)Sachdev PS, et al. Factors predicting reversion from mild cognitive impairment to normal cognitive functioning: a population-based study. PLoS One. 2013;8:e59649.2)Xue H, et al. Factors for predicting reversion from mild cognitive impairment to normal cognition: A meta-analysis. Int J Geriatr Psychiatry. 2019;34:1361-1368.3)Zhao Y, et al. The prevalence and influencing factors of reversion from mild cognitive impairment to normal cognition: A systemic review and meta-analysis. Geriatr Nurs. 2025;63:379-387.

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ミトコンドリアDNA疾患女性、ミトコンドリア置換で8児が健康出生/NEJM

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)の病的変異は、重篤でしばしば致死的な遺伝性代謝疾患の主要な原因である。子孫の重篤なmtDNA関連疾患のリスクを低減するための生殖補助医療の選択肢として着床前遺伝学的検査(PGT)があるが、高レベルのmtDNAヘテロプラスミーまたはホモプラスミー病原性mtDNA変異を有する女性についてはミトコンドリア提供(mitochondrial donation:MD)が検討されてきた。英国・ニューカッスル大学のRobert McFarland氏らは、英国におけるミトコンドリア生殖医療パスウェイにおいて、MDによる前核移植により8人の子供が誕生したことを報告した。NEJM誌オンライン版2025年7月16日号掲載の報告。英国で導入されたミトコンドリア生殖医療パスウェイ 英国では2017年に、英国在住の病原性mtDNA変異を有する女性に、規制環境下で実施可能な情報に基づく生殖選択肢を提供することを基本原則とした「NHSミトコンドリア生殖医療パスウェイ」が導入された。 パスウェイは、ミトコンドリア生殖アドバイスクリニック(MRA-C)とミトコンドリア生殖補助技術クリニック(MART-C)で構成されており、利用を希望する女性とそのパートナーは詳細な臨床評価を受ける。 これまでに196例がMRA-Cに紹介され、紹介情報不足または誤診の4例を除く192例が適格とされた。このうち診察予約前に23例が離脱し、評価保留中の6例を除く163例の女性がMRA-Cで評価され、希望しなかったまたは選択しなかった30例を除く133例の女性がMART-Cで診察を受けた。 70例がMART-Cで生殖医療の選択を行い、うち36例にPGTが提案され、PGTを実施し得た28例において13人の生児が生まれた。また、32例がMD提供を選択し当局で承認されたが、3例は胚の遺伝子検査でヘテロプラスミーが高かったため移植が行われなかった。ミトコンドリア提供で誕生した8人の子は健康で、現時点で正常に発達 これまでに、22例が前核移植を開始または完了し、8人の生児が生まれ(1卵性双生児1組を含む)、1例が妊娠継続中。 8人の子供は出生時、全例健康で、血中mtDNAヘテロプラスミーは臨床的に閾値未満(多くは検出限界以下)であった。1人に高脂血症と不整脈が発生したが、妊娠中に母親が高脂血症であったことに関連しており、いずれの症状も治療が奏効した。他の1人に乳児ミオクロニーてんかんが発生したが、自然寛解した。 本報告時点では、すべての子供が正常に発達していることが確認されている。

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経鼻投与のてんかん発作レスキュー薬「スピジア点鼻液5mg/7.5mg/10mg」【最新!DI情報】第43回

経鼻投与のてんかん発作レスキュー薬「スピジア点鼻液5mg/7.5mg/10mg」今回は、抗けいれん薬「ジアゼパム(商品名:スピジア点鼻液5mg/7.5mg/10mg、製造販売元:アキュリスファーマ)」を紹介します。本剤は、介護者による投与も可能な国内初のジアゼパム鼻腔内投与製剤であり、院外での速やかな治療が可能になると期待されています。<効能・効果>てんかん重積状態の適応で、2025年6月24日に製造販売承認を取得しました。<用法・用量>通常、成人および2歳以上の小児にはジアゼパムとして、患者の年齢および体重を考慮し、5~20mgを1回鼻腔内に投与します。効果不十分な場合には4時間以上空けて2回目の投与ができます。ただし、6歳未満の小児の1回量は15mgを超えないようにします。●2歳以上6歳未満6kg以上12kg未満:5mg(5mg製剤を片方の鼻腔1回)12kg以上23kg未満:10mg(10mg製剤を片方の鼻腔1回)23kg以上:15mg(7.5mg製剤を両方の鼻腔1回ずつ)●6歳以上12歳未満10kg以上19kg未満:5mg(5mg製剤を片方の鼻腔1回)19kg以上38kg未満:10mg(10mg製剤を片方の鼻腔1回)38kg以上56kg未満:15mg(7.5mg製剤を両方の鼻腔1回ずつ)56kg以上:20mg(10mg製剤を両方の鼻腔1回ずつ)●12歳以上14kg以上28kg未満:5mg(5mg製剤を片方の鼻腔1回)28kg以上51kg未満:10mg(10mg製剤を片方の鼻腔1回)51kg以上76kg未満:15mg(7.5mg製剤を両方の鼻腔1回ずつ)76kg以上:20mg(10mg製剤を両方の鼻腔1回ずつ)<安全性>重大な副作用として、依存性、離脱症状、刺激興奮、錯乱など、呼吸抑制(いずれも頻度不明)があります。その他の副作用として、傾眠(10%以上)、意識レベルの低下、貧血、口腔咽頭不快感(いずれも5~10%未満)、眠気、ふらつき、眩暈、頭痛、言語障害、振戦、複視、霧視、眼振、失神、失禁、歩行失調、多幸症、黄疸、顆粒球減少、白血球減少、血圧低下、頻脈、徐脈、悪心、嘔吐、便秘、口渇、食欲不振、発疹、倦怠感、脱力感、浮腫(いずれも頻度不明)があります。<患者さんへの指導例>1.この薬は、抗けいれん作用がある点鼻薬です。鼻腔内に使用します。2.脳内の神経の過剰な興奮を鎮めて、てんかん発作を抑える働きがあります。3.この薬は適切な指導を受けた保護者(家族)またはそれに代わる適切な人が使用できますが、2歳以上6歳未満のお子さんの場合は、医師のもとで使用する必要があります。4.噴霧器には1回(1噴霧)分の薬が入っています。噴霧テスト(空打ち)や再使用はしないでください。5.症状が現れたときに、1回1噴霧(どちらか片方の鼻のみ)もしくは2噴霧(両方の鼻に1回ずつ)してください。6.原則として、この薬の使用後は救急搬送を手配してください。<ここがポイント!>てんかん重積状態は、「臨床的あるいは電気的てんかん活動が少なくとも5分以上続く場合、またはてんかん活動が回復なく反復し5分以上続く場合」と定義されています。この定義は、脳へのダメージや長期的な後遺症が懸念される時間の閾値に基づいています。とくにけいれん発作が30分以上持続すると、脳損傷のリスクが高まり、生命予後にも重大な影響を及ぼす可能性があるため、速やかな治療介入が極めて重要になります。治療の第一選択薬の1つとしてジアゼパム静注が挙げられますが、院外では静脈注射や筋肉注射が困難な場合が多く、急性対応の選択肢は限られています。てんかん重積状態の治療には病院到着前の治療(プレホスピタルケア)が重要であるため、簡便に使用できる製剤が必要と考えられていました。本剤は、医療者または介護者による投与が可能な国内初のジアゼパム鼻腔内投与製剤です。ジアゼパムは1960年代から広く用いられている抗けいれん薬であり、本剤は院外での「てんかん重積状態に対するレスキュー薬」の新たな選択肢となります。本剤は、簡単かつ迅速に投与できる点鼻スプレーであり、2歳から成人まで使用可能です。また、室温保存が可能で携帯性に優れた製剤で、自宅での使用にも適しています。てんかん重積状態またはてんかん重積状態に移行する恐れのある発作を有する6歳以上18歳未満の日本人小児患者を対象とした国内第III相試験(NRL-1J02試験)において、主要評価項目である臨床的にけいれん発作と判断される状態が本剤を単回鼻腔内に投与後10分以内に消失し、かつ投与後30分間認められなかった患者の割合は62.5%(95%信頼区間:35.4~84.8)でした。

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内側側頭葉切除術は薬剤抵抗性てんかんの発作を高率に抑制する

 内側側頭葉(MTL)病変は薬剤抵抗性てんかんの主な原因の一つであり、MTL切除が転帰を改善し得る。しかし実臨床では、外科治療が提案されないまま複数の抗てんかん薬(AED)により長年治療されている患者が少なくなく、より強固なエビデンスの提示が求められている。これを背景に、アル=アズハル大学(エジプト)のSameh M. Salama氏らは、前向きコホート研究によりMTL切除術の有用性を検討。「Cureus」に3月6日論文が掲載された。 この研究は、2022~2024年に薬剤抵抗性側頭葉てんかんのため同大学病院に入院した3~50歳の患者20人を対象に行われた。薬剤抵抗性は2剤以上のAEDで発作をコントロールできない、または副作用のためAEDを使用できないことで定義した。MTL以外に病変を有する患者は除外された。術前の所見に合わせて患者ごとに、選択的扁桃体海馬切除を行うか否かなどが決定された。 術後の追跡期間は平均1.49±0.48年で、最終追跡調査におけるEngel分類による評価は、クラスI(発作の完全な消失)が15人(75%)、クラスII(機能障害を来さない発作がまれに発生)が5人(25%)だった。 20人のうち5人は、術後の行動の変化、対側片麻痺、残存病変などが合併症として報告された。合併症あり群となし群の病変を比較すると、多形神経膠芽腫(GBM)の存在のみ有意差があり、合併症あり群に多かった(60対0%、P=0.001)。術後のEngel分類は、合併症なし群はクラスIが86.7%、クラスIIが13.3%であるのに対して、合併症あり群は同順に40.0%、60.0%であって、群間差が有意だった(P=0.037)。これらから、GBMを有していることが合併症の発生に関連すること、転帰改善には病変の完全切除が重要であることが示唆された。 このほか、サブグループ解析から、女性および右側病変は転帰良好と、経シルビウス裂アプローチは転帰不良と関連していた。 Salama氏らは、「われわれの研究結果は、AEDによる管理が困難なてんかんでは外科的治療が治療選択肢として欠かせないことを支持するものであり、手術適応を早期に評価することの重要性を浮き彫りにしている」と結論付けた上で、「患者選択基準の明確化と最適なアプローチの確立のため、さらなる研究が必要」と付け加えている。

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