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以前、乳がんのホルモン療法中の患者さんに、「納豆や豆乳などの大豆製品を摂取しても大丈夫?」と聞かれたことがあります。多くの乳がんはエストロゲンの作用で増殖しますので、大豆イソフラボンが女性ホルモン様作用を有すると聞いて疑問に思ったようです。似たような趣旨で、月経痛への影響を懸念される患者さんもいらっしゃいました。確かに、大豆に含まれるイソフラボンは、αおよびβエストロゲン受容体に結合できる17‐β‐エストラジオールと構造が類似しており、エストロゲン活性を有することが知られています1)。エストロゲンとの構造類似から植物エストロゲンと呼ばれることもありますが、実際のところ影響はあるのでしょうか。今回は大豆製品の疑問に関連する研究を紹介します。血清エストロゲン濃度や月経痛への影響は不明まず、豆乳摂取による血清エストロゲン濃度への影響についてです。閉経前の日本人女性を対象として、連続した3月経周期に毎日400mLの豆乳(約109mgのイソフラボンを含有)を摂取する豆乳補充食群(31例)と、対照の通常食群(29例)にランダムに割り付けて調査した岐阜大学の研究があります。結果として、各群間で血清エストロゲン濃度の変化や月経周期の長さに統計的な有意差はありませんでした2)。後に、同じ研究グループは19~24歳の日本人女性276例を対象に、月経痛と大豆製品、脂肪、食物繊維摂取との関係性についても横断研究をしています。食物繊維摂取量は有意に月経痛スケールと逆相関でしたが、大豆製品、脂肪の摂取量は月経痛スケールとの相関が見いだされませんでした3)。食物繊維のほうが月経痛に有用という何とも言い難い結果ですが、食品から大豆製品を通常摂取する分には月経周期や月経痛への影響はあまりなさそうです。大豆消費と乳がんのリスクは逆相関多目的コホート研究(JPHC研究)は、生活習慣とがんなどの生活習慣病との関連について日本の人口ベースで長期追跡調査を行い、これまでに多くの成果を発表しています。その中の1つで、大豆製品およびそこから摂取されるイソフラボン量と乳がんの発生率を調査したものがあります。同研究では、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県石川の4地域に在住している40〜59歳の女性2万1,852人を約10年間追跡しています。その結果、みそ汁とイソフラボンの摂取が乳がんリスクと逆相関することが示唆されました。イソフラボン摂取量が最低四分位数のものと比較して、第2四分位、第3四分位、最高四分位数の乳がんリスク比はそれぞれ0.76(95%信頼区間[CI]:0.47~1.2)、0.90(95%CI:0.56~1.5)、0.46(95%CI:0.25~0.84)でした。とくに、みそ汁を1日2杯以上飲む群では乳がんリスクが低い傾向にありました4)。乳がん内分泌療法中の患者の再発リスクも低下2002年8月~2003年7月の間に乳がんの手術を受け、その後内分泌療法を行っている患者524例を対象に中央値5.1年追跡し、大豆イソフラボンの食事摂取と乳がんの再発および死亡との関連を調べた研究もあります。アンケートにより食事状況を調査し、ハザード比(HR)を推定し、ER/PRのステータスと内分泌療法別(タモキシフェンまたはアナストロゾール)により層別化しています。閉経前患者では、全体の死亡率(30.6%)は大豆イソフラボンの摂取とは相関がありませんでした(HR:1.05、95%CI:0.78~1.71、最高四分位[>42.3mg/日]vs.最低四分位[<15.2mg/日])が、閉経後患者では最低四分位と比較して、最高四分位の再発リスクは有意に低いという結果でした(HR:0.67、95%CI:0.54~0.85)。閉経後ER+/PR+の患者およびアナストロゾールによる治療を受けている患者でも、大豆イソフラボンの食事摂取量が多いと再発リスクが低下していました5)。ほかにも、35件の研究のメタ解析では、大豆摂取が閉経前後双方において乳がん再発リスクと逆相関することも示唆されていますし6)、HER2の発現状態によらず大豆摂取が乳がんリスクと逆相関するとする中国人女性を対象とした研究もあります7)。また、前向き研究のメタ解析で、大豆イソフラボン摂取量が10mg/日増加するごとに、乳がんのリスクが3%(95%CI:1~5%)減少する用量依存性も示唆されています8)。大豆イソフラボンは理論的には乳がんなどのリスクを上げるように思いますが、これらの文献ではそうとも言えないようです。さまざまな情報を入手するにつれ不安に思われる患者さんもいらっしゃいますので、回答の参考になれば幸いです。1)Vitale DC , et al. Eur J Drug Metab Pharmacokinet. 2013;38:15-25.2)Nagata C , et al. J Natl Cancer Inst. 1998 2;90:1830-1835.3)Nagata C , et al. Eur J Clin Nutr. 2005;59:88-92.4)Yamamoto S, et al. J Natl Cancer Inst. 2003;95:906-913. 5)Kang X, et al. CMAJ. 2010;182:1857-1862.6)Chen M, et al. PLoS One. 20140;9:e89288.7)Baglia ML, et al. Int J Cancer. 2016;139:742-748.8)Wei Y, et al. Eur J Epidemiol. 2019 Nov 21. [Epub ahead of print]