点鼻スプレーによるインスリンの投与が、アルツハイマー病の治療法の一つになる可能性のあることが、新たな研究で示された。小規模な高齢者の集団において、点鼻スプレーで投与されたインスリンが、脳内の記憶に関わる重要な領域に到達したことが確認されたという。米ウェイクフォレスト大学医学部老年医学教授のSuzanne Craft氏らによるこの研究の詳細は、「Alzheimer’s & Dementia: Translational Research & Clinical Interventions」に7月23日掲載された。
ホルモンの一種であるインスリンは脳の働きを増強する可能性があることから、アルツハイマー病の新たな治療法として使える可能性が注目されている。Craft氏らによると、インスリン抵抗性はアルツハイマー病の既知のリスク因子でもあるという。しかしこれまでの研究では、鼻から投与されたインスリンが本当に脳の標的領域に到達しているのか確認できていなかった。
そこでCraft氏らは、平均年齢72歳の高齢者16人を対象に、点鼻インスリン投与後に脳のPET検査を行った。参加者のうち7人は認知機能が正常で、9人に軽度認知障害があった。脳PETを撮像後に全身PET/CT撮像も行った。これらの画像と、さらに研究参加から1年以内に実施された脳MRI画像を統合することで、インスリンの脳内取り込み量(SUV)およびその時間変化(動的SUV)を解析した。
その結果、インスリン投与後40分間は、海馬、扁桃体、側頭葉、嗅皮質など、記憶や思考に関係する重要な11の脳領域でインスリンのSUVが増加していることが明らかになった。また、認知機能が正常な人では軽度認知障害がある人と比べて、インスリンのSUVが高い傾向が認められた。さらに、アルツハイマー病リスクの指標であるアミロイドβのマーカーが高値の人では、複数の脳領域でSUVが低下していた。点鼻スプレーを使用し、脳の検査を受けた後に軽度の頭痛を報告した参加者が2人いたが、全体的に治療の忍容性は良好であることも示された。
Craft氏は、「この研究によって、点鼻投与されたインスリンがどのように脳に到達するのかについて解明されていなかった重要な点が明らかになった」とウェイクフォレスト大学のニュースリリースの中で述べている。同氏は、「われわれは、薬が実際に脳の標的領域に届いていることを示す直接的な証拠を必要としていた。予想外だったのは、軽度認知障害のある人ではインスリンの吸収のされ方が異なっていたことだ。われわれは今までのように手探りで進んでいるわけではない。脳への明確な“道筋”が手に入ったのだ」と付言している。
Craft氏はまた、「脳疾患の治療薬を開発する上での最大の課題の一つは、薬を脳に届ける方法だ。今回の研究では、経鼻デリバリーシステム(薬剤送達システム)を効率的に検証できることを示すことができた。これは治験を開始する前の重要なステップになる」と強調している。なお、この点鼻スプレーを使った感想について、参加者は「驚くほど簡単だった」と話したという。
Craft氏らは、今後1〜2年以内に脳へのインスリン送達に影響を与える可能性のある血管の健康状態やアミロイドβの蓄積、性差といった他の要因を調べることを目的とした、より大規模な研究を計画している。同氏は、「まだ解明すべきことは多く残されているが、今回の研究によって経鼻投与による脳への薬剤送達を検証するためのツールを手に入れることができた。これは、アルツハイマー病に対する、より効果的でアクセスしやすい治療法の開発において、有望なニュースだ」と述べている。
[2025年7月24日/HealthDayNews]Copyright (c) 2025 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら