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Cardiothoracic Surgical Trial Network(CTSN)のSmith PKらは、中等度の虚血性僧帽弁逆流(MR)を合併した冠動脈バイパス(CABG)症例を対象としたRCT(Randomized Controlled Trial)により、CABG単独手術とCABG+僧帽弁形成(MVP)を比較しMVP併施の利点の有無を検討した。 primary end pointを1年後の左室reverse remodeling によるleft ventricular end-systolic volume index (LVESVI)の縮小の程度とした。1年後の生存者のLVESVIは、CABG単独手術群46.1±22.4mL/m2、合併手術群49.6±31.5mL/m2で、ベースラインからの縮小はそれぞれ−9.4mL/m2、−9.3mL/m2で差はなかった。1年死亡率はCABG単独手術群7.3%、合併手術群6.7%で有意差(p=0.61)はなかったが、MVP併施は体外循環時間(p<0.001)と術後入院日数(p=0.002)を長引かせ、神経学的合併症を増加させた(p=0.03)。 しかし、中等度~高度のMRの遺残は合併手術群で少なく(11.2% vs. 31.0%、p<0.001)、主要な心臓や脳血管性の合併症、死亡、再入院、心機能評価、生活の質(QOL)は両群間に差はなかった。中等度の虚血性MR合併CABG症例でMVP併施は1年後の評価でより効果的な左室reverse remodelingをもたらさなかったが、MVP併施は中等度~高度のMRの遺残を減少せしめた。本論文では、以上結果から、中等度MR合併CABG術後1年の経過ではMVP併施による臨床的に有意義な利点は見いだせなかったと結論した。 MRを合併した虚血性心疾患の予後が不良であることは広く認知されている。一方、虚血性MR合併CABG症例において、MVP併施が有効か否かは議論の分かれるところであるが、長期成績においてMVP併施の有用性を示唆する報告は多い1) ~4)。血行再建のみによって消失する可能性のある虚血に起因した一過性MRはもちろんCABG単独手術で十分であろう5) 6)。 しかし、多くのMR合併CABG症例では術後に有意なMRが遺残するため、MR遺残の可能性が高い症例ではMVP併施することの有用性があるとする報告も多々見られる7) ~10)。MVPは通常サイズダウンした僧帽弁輪形成(MAP=ring annuloplasty)が行われてきたが遠隔期のさらなる心機能低下によりtetheringが進行しMRが再発するため、長期成績の向上を目的に、二次腱索切断11)や、edge to edge repair12)、乳頭筋間の縫縮13) 14)、乳頭筋吊り挙げ15)が試みられてきた。10mm以上の高度のtetheringを伴った症例では遠隔期MR再発のリスクが高く検索温存の僧帽弁置換(MVR)が推奨される16) ~18)。 要は、遺残MRを残さないことであり、tethering 高度例はMRの再発リスクが高いのでMAPに加えてさまざまなMR再発防止策を併用したMVPが試みられてきたが、いずれも有効性の証明はない。むしろ、MR再発回避には腱索温存の僧帽弁置換が確実と考えられる。本論文と同じCTSNの高度虚血性MR を対象としたCABG+MVPとCABG+腱索温存MVRとのRCTでは、両群間に12ヵ月後のLVESVIの縮小の程度(6.6mL/m2 vs 6.8mL/m2)や死亡率(14.3% vs 17.6%)に有意差はなかったが、MRの遺残率(32.6% vs 2.3%)はMVP群で有意に高かった19)。 MR遺残による生命予後や遠隔期QOLに対する影響は1年の比較ではその差が明らかにならないとしても、これまでの虚血性MRの予後に関する内科・外科の多くの臨床知見から、長期予後はMRの遺残ならびに程度に大きく左右されることは明らかである。本研究でもCABG単独手術群と合併手術群のMR遺残率(31.0% vs 11.2%)と高度遺残MR症例の比率(5.2% vs 0.8%)の差から、長期予後は両群間で差が出るものと予測される。CABG症例を対象とした臨床研究は、少なくとも血行再建が短期予後に良い効果を与えることは明白であり、1年という短期間評価でMVP併施の有無による予後の差が明らかになるとは考えにくい。そうした観点からMRの遺残の長期予後に対する影響の評価が重要であり、少なくとも5年の経過観察は必要であろう。著者らの経験でも虚血性MR手術症例でMR再燃により5~10年の経過観察で、高度心不全に陥り腱索温存MVRが必要となる症例を多く経験している。 今回の報告の重要なポイントは、CABG単独手術群と合併手術群で1年の経過観察では、左室reverse remodelingの程度や死亡率に差がなかったものの、合併手術群で有意に遺残MRの頻度ならびに程度が低い結果が出ており、長期成績においてMVP併施が有効である可能性はきわめて高い。今回の報告は術後1年までの結果であるが、今後Studyの継続による今後の経過観察報告が期待される。【参考文献】1)Harris KM, Ann Thorac Surg. 2002; 74: 1468-1475.2)Lam BK, et al. Ann Thorac Surg. 2005; 79:462-470.3)Prifti E, et al. J Card Surg. 2001; 16: 473-483.4)Schroder JN, et al. Circulation. 2005; 112(9 Suppl):I293-298.5)Duarte IG, et al. Ann Thorac Surg. 1999; 68: 426-430.6)Tolis GA Jr, et al. Ann Thorac Surg. 2002; 74:1476-1480.7)Aklog L, et al. Circulation. 2001; 104(12 Suppl 1): I68-75.8)Levine RA, et al. Circulation. 2005; 112: 745-758.9)Campwala SZ, et al. Eur J Cardiothorac Surg. 2005; 28: 783-787.10)Fattouch K, et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2009; 138: 278-285. 11)Messas E, et al. Circulation. 2003; 108 Suppl 1: II111-115.12)Alfieri O, et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2001; 122: 674-681.13)Hvass U, et al. Ann Thorac Surg. 2003; 75: 809-811.14)Matsui Y, et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2004 ; 127: 1221-1223.15)Abe T, et al. Ann Thorac Cardiovasc Surg. 2011; 17: 194-197.16)Calafiore AM, et al. Ann Thorac Surg. 2004; 77: 1989-1997.17)Al-Radi OO , et al. Ann Thorac Surg. 2005; 79: 1260-1267.18)Magne J, et al. Circulation. 2009; 120(11 Suppl): S104-111. 19)Acker MA, et al. N Engl J Med. 2014; 370: 23-32.