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低酸素の高地で過ごしているようにする薬がミトコンドリア病を治療酸素とヘモグロビンの親和性を高め、標高4,500mの高地で過ごしているかのようにする低分子薬HypoxyStatがマウスのミトコンドリア病を治療しました1,2)。酸素はヒトが生きていくのに不可欠で、200を超える生化学反応に携わります。しかし過剰な酸素は有害であり、ミトコンドリアの不調で生じるミトコンドリア病は酸素のそういった負の側面と関連します。ミトコンドリア病は全身の酸素消費を損なわせ、電子伝達系の複合体Iサブユニットを欠くNdufs4欠損マウスが示すように組織内の酸素を過剰にします。Ndufs4欠損マウスは小児ミトコンドリア病の中で最も一般的なリー症候群の病状を呈します。組織の酸素摂取が不得手で静脈酸素濃度の上昇を示すミトコンドリア病患者もNdufs4欠損マウスと同様の酸素過剰を示します。注目すべきことに、富士山より高い標高4,500mにいるときと同等の低酸素吸入を続けることでNdufs4欠損マウスの組織酸素過剰が減って寿命が延長し、病気が進行した時点での神経病変さえ回復させうることが示されています3)。また、ミトコンドリアのタンパク質フラタキシン欠損で生じるフリードライヒ運動失調症を模すマウスの運動障害が低酸素で緩和しています4)。酸素が少ない高地で人類が何世紀にもわたって住み続けていることから火を見るよりも明らかですが、ヒトが低酸素環境に容易に順応しうることが最近完了した第I相試験で確認されています5)。試験には健康な5人が参加し、動脈血酸素飽和度(SaO2)がおよそ85%になるまで徐々に低酸素環境に馴染んでもらうことが無理なく受け入れられました。リー症候群やフリードライヒ運動失調症のようなミトコンドリア病患者が高地に住まずとも、絶えず低酸素環境で過ごすことはやろうと思えばできなくもありません。たとえばアスリートが高地環境でのトレーニングを模すための低酸素構築システムが販売されています。しかし閉鎖空間で過ごさなければならず、生きづらさといったら半端ないでしょう。鼻カニューレやマスクを介して低酸素ガスを届ける携帯装置ならより自由に動けますが、動作不良で著しい低酸素になる恐れがあり、下手したら死んでしまうかもしれません。どうやら、ミトコンドリア病患者が常に低酸素の状態に居続けられるようにすることは今のところ大変な手間です。そこで米国・サンフランシスコのグラッドストーン研究所のチームは、体内組織を低酸素状態にするより安全で現実的な手段に取り組み、経口投与のHypoxyStatを生み出しました。HypoxyStatはヘモグロビンの酸素結合親和性を高め、S字型の酸素ヘモグロビン解離曲線(ODC)を左にずらして組織で酸素が解離し難くなるようにします。Ndufs4欠損マウスに明確な発病前からHypoxyStatを投与したところ、生存期間が3倍超も延び、体重が増え、体温も上がり、振る舞いや神経病変が改善しました。また、病気がだいぶ進行して広範囲に及ぶ神経病変、体温低下、行動異常が明確となる時点からの投与でも生存が有意に延長し、それら病変が緩和しました。HypoxyStatはミトコンドリア病のみならず低酸素環境が有益な脳や心血管の疾患の治療にも役立ちそうです。HypoxyStatを作ったチームの先立つ研究では、低酸素治療が有益かもしれない75を超える単一遺伝子起源疾患が見つかっています。低酸素順応は血糖値を下げるなどの全身代謝への効果があり、原因が生まれつき以外の代謝疾患にも有益かもしれません。高地に住むヒトに心血管疾患、肥満、糖尿病が少ないことは低酸素治療の有益さを物語っており、どうやら低酸素はまれな遺伝疾患から一般的な慢性疾患までを含む多種多様な疾患の治療法となりうるようです。さらには、ODCを左ではなく右にずらして組織に酸素がより届くようにするHypoxyStatとは真反対の作用の薬が今回の成果を手がかりにして生み出せるかもしれません2)。参考1)Blume SY, et al. Cell. 2025 Feb 12. [Epub ahead of print]2)Daily drug captures health benefits of high-altitude, low-oxygen living / Eurekalert 3)Ferrari M, et al. Proc Natl Acad Sci USA. 2017;114:E4241-E4250. 4)Ast T, et al. Cell. 2019;177:1507-1521.5)Berra L, et al. Respir Care. 2024;69:1400-1408.