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高額療養費制度の負担限度額引き上げ問題ひとまず決着こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。日本経済新聞朝刊の名物コラム、「私の履歴書」の3月は政府の新型コロナ対策分科会の会長を務めた尾身 茂氏(現結核予防会理事長)です。まだ4回ほど終わったところですが、感染拡大が始まった2020年2月、政府が国民に感染状況の説明をすることを嫌がる中、専門家会議が独自の視点で見解を表明する場面など、当時の緊迫した状況が赤裸々に描かれています。「私の履歴書」と言えば、だいたい前半は企業人のルーツ(父親や母親のこと)について書かれることが多く、退屈なのですが、今回はなかなか読ませる構成になっています。わずか5年前、パンデミックの最中に国の中枢で何が起こっていたのかをおさらいする意味でも、尾身氏の「私の履歴書」は医療関係者必読と言えます。さて、国会で侃々諤々の議論が続いていた高額療養費制度の負担限度額引き上げ問題が2月28日、ひとまず決着しました。2025年8月の引き上げは予定通り実施、2026年8月以降の制度について、石破茂首相は「再検討する」と表明しました。また2月25日には、自民、公明両党は2025年度予算修正案の成立に向け、日本維新の会の賛成を取り付けました。教育無償化の具体策や社会保険料の負担軽減策などについて正式に合意し、3党の党首らが文書に署名しました。高額療養費制度見直しの“見直し”など医療の給付削減(自己負担増)に対する強い抵抗感がある中、一方で「社会保険料を引き下げろ」という声も高まっています。保険給付のレベルは現状そのままに、保険料は引き下げるなんてことが本当にできるのでしょうか。少数与党となった自民党は非常に難しい状況に追い込まれています。今後、医療費削減、医療の効率化に向けて本格的な議論が始まります。選挙もそうですが、今や政治状況はSNSなど、世論の動きによって瞬時に風向きが変わります。それはまさにロシアン・ルーレットのようなもので、標的が誰(あるいは何)になるかは予測しづらく、医療費大削減を迫る“弾丸”も最終的にどこに向かって発せられることになるのか、予断を許しません。石破首相、キムリア、オプジーボを名指しで批判して炎上「瞬時に風向きが変わる」ことでは、高額療養費制度の負担限度額引き上げがまさにそうでした。そもそも限度額引き上げは、1年以上前、2024年1月26日の社会保障審議会で示された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」の中に、経済情勢に対応した患者負担などの見直しの一つとして明記されていました。昨年12月の社会保障審議会医療保険部会ではさまざまな意見を踏まえた見直し案が提示され、年末には高額療養費制度の負担限度額引き上げを含めた2025年度当初予算案を閣議決定しています。つまり、この1年余りのあいだ、負担限度額引き上げに対する大きな反対運動は起こっていなかったのです。政治状況がそれを許していたのか、野党の政治家たちが不勉強だったのか理由はわかりません。それが、年が明けて1月31日に立憲民主党の酒井 菜摘議員が予算委員会において、高額療養費制度の上限額引き上げに反対する質問を患者たちの反対意見を紹介しながら行うと、一気に社会問題化しました。石破首相は2月21日の衆院予算委員会で、酒井議員の再度の質問に対して「せっかくだから申し上げておくが、キムリアという薬は1回で3,000万円。有名なオプジーボが年間に1,000万円。ひと月で1,000万以上の医療費がかかるケースが10年間で7倍になっているということは、これは保険の財政から考えて何とかしないと制度そのものがもちません」と説明すると世の中が一気に騒ぎ始めました。同日、東京新聞がウェブサイトで「石破首相、がんや白血病の治療薬を『名指し』して医療費逼迫を強調 患者側から『薬を使う患者を傷つけた』の声」の記事を配信するとSNS上でも大炎上しました。石破首相としては、厚労省の用意した説明資料を参考に答弁を行ったに過ぎないと思われます。しかし、「超高額だがよく効く」薬である点など費用対効果については触れず、ただただ「高いからダメ」といった論調だったことは、その後の高額療養費制度の見直し議論に少なからぬ影響を及ぼしたようです。実際、「超高額だがよく効く」薬より、「安いが効果は今ひとつ(あるいはOTCで十分)」な薬を保険給付から外したりするほうがはるかに大きな医療費削減につながる、といった意見も出てきたからです。自民、公明、日本維新の3党合意で社会保険料の負担軽減へこうした議論とも関連するのが、自民、公明、日本維新の3党合意です。自民、公明両党は2025年度予算修正案の成立に向け日本維新の会の賛成を取り付けました。その条件として、教育無償化の具体策や社会保険料の負担軽減策などについて検討を進めることを正式に合意しました。合意文書には具体的検討事項として、「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」「現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底 」「医療 DXを通じた効率的で質の高い医療の実現 」「医療介護産業の成長産業化」が盛り込まれました。それぞれの具体策についてはこれから詰めるとされています。党幹部が参加する3党の協議体が設置される予定で、年末までに論点を検討し、早期に可能な施策については2026年度から実行に移すとしています。「2026年度から」ということは次期診療報酬改定に施策を盛り込むということです。上記の検討事項の中で診療報酬に直接関係するのは「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」です。「昔から言われてきたことで、本当に実現するのか?」といった声もあるようですが、これを機に大きな改革につながっていく可能性もあります。なぜならば、合意文書にはこれらの具体策検討にあたって、政府与党の「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」等で「歳出改革等によって実質的な社会保険負担軽減の効果を1.0兆円程度生じさせる」とされていることや、公明党「公明党 2040 ビジョン(中間とりまとめ)」で「多剤重複投薬対策や重複検査対策などを進めることで医療費適正化の効果も得られる」と記されていること、さらには、日本維新の会の「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で「国民医療費の総額を、年間で最低4兆円削減することによって、現役世代一人当たりの社会保険料負担を年間6万円引き下げる」とされていることなどを「念頭に置く」と明記されたからです。OTC類似薬の保険外しが実現しなければ別の診療報酬にメスが入る可能性も「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」などの改革は、直接、日本医師会などと利害がバッティングすることになります。しかし、「国民医療費を削減し社会保険料負担を引き下げる」という大方針が掲げられた以上、OTC類似薬の保険外しが実現しなければ、数点のマイナスで大きな医療削減効果がある別の診療報酬にメスが入る可能性もあるでしょう。高額医療費制度の見直しの議論の最中や3党合意に至る過程で、日本医師会は世の中に向かってあまり意見をアピールしていません(OTC類似薬の保険外しについては宮川政昭常任理事が記者会見でコメントしていましたが)。今、下手に意見を言うと、“弾丸”が弾倉から自分たちに向かって飛び出してくることを恐れているのかもしれません。2012年の3党合意はその後の社会保障制度改革の道筋を作った「3党合意」で思い出すのは、2012年の民主党政権下、野田 佳彦首相が主導して民主党、自民党、公明党の3党間において取り決められた社会保障と税の一体改革に関する合意です。この3党合意を経て同年8月に社会保障制度改革推進法を含む関連8法案が国会で可決成立しました。この推進法に基づいて「社会保障制度改革国民会議」が設置され、2013年5月に報告書がまとめられました。この報告書を踏まえて「社会保障制度改革プログラム法案」が国会に提出され、同年12月に成立しています。この間、政権は民主党から自民党に戻っていますが3党合意は堅持され、2018年頃までの社会保障制度改革の多くはこのプログラム法に沿って進められてきました。その意味でこの時の3党合意は大きな意味があったと言えるでしょう。今回の3党合意についても3党の協議体が設置される予定とのことです。2012年の時のように、突っ込んだ議論が行われ、プログラム法のような大胆なロードマップが描かれて実行に移されることになるのか。今後に注目したいと思います。