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第6回HBOCコンソーシアム学術総会 会長インタビュー

第6回HBOCコンソーシアム学術総会が本年(2018年)1月20日~21日に開催される。今大会の開催への思いと見どころについて、会長である聖路加国際病院 副院長・ブレストセンター長・乳腺外科部長の山内 英子氏に聞いた。 今回の学術総会はHBOC(遺伝性乳癌卵巣癌症候群、Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome)診療について、多方面から取り上げています。私がアメリカに留学中の1994年、三木 義男先生(現:がん研究所遺伝子診断研究部部長)によるBRCA遺伝子発見のニュースを知り、「がんの原因遺伝子が発見された。これでがんが無くなるかもしれない」と大きな話題となりました。その後、BRCA2遺伝子も発見され、アメリカで臨床を始めた時期には、遺伝子検査が導入され始めていました。片側の乳がん患者さんでも、両側乳房全摘術を行っている場合があるのに、カルテに理由が書かれていない。疑問に思っていると、実は「BRCA遺伝子検査が陽性であったので予防的切除を受けた」という時代でした。その後、遺伝子検査の実施に関係なく、両側乳房全摘術を受けた患者さんすら見るようになりました。2009年に日本へ帰国後、中村 清吾先生(HBOCコンソーシアム理事長、現:昭和大学病院乳腺外科教授)と遺伝性腫瘍について、臨床と研究の両面で取り組みを継続しました。「日本ではHBOC患者は少ないのではないか?」という意見もまだ多かった時期でした。アメリカではすでに予防的切除も含めて選択できる時代でしたから、「女性が平等に選択肢を得られる」診療体制を整えることに注力しました。こうした中で2013年、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが将来の乳がんを予防するために両側切除術を受けたというニュースが、日本で大きな注目を集めました。色々なメディアで、予防的乳房・卵巣卵管切除術や遺伝子検査について取り上げられたのです。私は社会に正しい知識を広めることが必要と考え、同年8月には書籍を執筆しました。(「乳癌って遺伝するの?」主婦の友社刊)。1日目の市民公開講座には、「話そう、シェアしよう」というタイトルが付いています。この本には、HBOC患者さんの一人が当事者として、手記を寄せてくださいました。もちろん、患者さん自身も大変悩んでいらっしゃるのですが、葛藤を含めて客観的に表現していただきました。きっと彼女のストーリーを知り、勇気をもらう方も多いのではないでしょうか? 市民公開講座でも、ご本人からお話しいただける予定です。また、私がHBOCの最新知識について講演を行います。その後にGirl’s Talkとして、実際にBRCA遺伝子検査を受けて陰性であった方、検査を受けるべきか現在も悩んでいる方、未発症だけれども検査陽性で予防的切除を行った方に、登壇いただきます。それぞれ、ご自身の思いを率直に語っていただき、シェアしてもらうための市民公開講座です。2日目は、各科が連携して関わるべきHBOC診療を第一線の医師が議論する、意欲的なプログラムですね。かつて「日本人のHBOCは、アメリカ人ほど多くない」と言われていた時代から、知見も大きく変化し、エビデンスもたくさん出てきて、実臨床に入ってきています。このため、2日目はプラクティカルなHBOC診療を、幅広く取り上げることにしました。それを表すために「実戦!THE NEXT STEP」という大きなテーマを掲げています。シンポジウム1では、実践的に何ができるかを、チーム医療の観点で取り上げます。HBOC診療を日々行っていると、看護師や遺伝カウンセラーなどと素晴らしいチームを作ることが、非常に重要だと感じます。けれども多くの乳腺外科医にとって、遺伝カウンセラーと協力していくことは、これからの新しいチーム医療です。そこで、発表いただくチームはさまざまな規模の病院からの公募制にして、他のチームと実践的な内容を当日から共有できるように工夫しました。チーム同士が今後もお互いに繋がりを持てるよう、抄録集の構成も工夫しています。医療現場での課題や実践方法は、会場の聴講者にもアナライザーのアプリを使って質問します。「家族歴を誰が聴取しているのか?」といった具体的な方法も含めて、会場全体で本当の意味でのプラクティカルな実践をわかっていただく内容です。ランチョンセミナーでは、当事者の声としてHBOCの方に話していただく演題もあります。午後のプログラムでは、より実臨床に踏み込んだ発表が続きますね?シンポジウム2では、当科に対して全国の病院から寄せられるご質問、たとえば「リスク低減手術はどうしているのか?」「患者さんにどのように説明している?」「同意書はどういった内容か?」「手術手技のコツは?」などを、皆で共有できるようにしています。抄録集には、各病院でHBOC診療を担っている先生たちの、熱い意気込みも書かれています。シンポジウム3は、サーベイランスがテーマです。乳房MRIでのフォローや、他の遺伝性腫瘍についてもご発表いただきます。とくにリ・フラウメニ(Li-Fraumeni)症候群は、TP53遺伝子の変異のため、小児から全身どこにでも腫瘍が発症する可能性がある。こうした遺伝性腫瘍についても、HBOCだけでなく広く知っていただく必要があると思います。シンポジウム4では、HBOCの前立腺がんをテーマとしました。乳がんや卵巣がんから、女性の疾患とつい考えがちですが、HBOCは若い男性のアグレッシブな前立腺がんにも関わっています。泌尿器科と密に連携すべきステップまで、実は考えなければいけないのです。泌尿器科では前立腺がんの全員に家族歴を聞いていないかもしれないので、開業医を含めて知っていただく必要があります。膵がんも含めて、男性のがんにもHBOCが関わっているという認識を医師に広げていく必要があります。日常診療とHBOCは、実は深く関わっているわけですね?今回の学術総会は、HBOC診療に対してプラクティカルなものにしたいと願っています。実際、どの医師の目の前にも、HBOCで困っている患者さんが現れる可能性があります。遺伝性腫瘍の特徴は、その患者さんだけで治療は終わらないことです。たとえば、親族の男性がBRCA遺伝子検査陽性であれば、前立腺がんのサーベイランスを医師が考慮すべきなのです。これからのHBOC診療は今にも増して、「多診療科・チーム医療」でサポートしなければいけません。家族を含めてHBOCを診ていかなければいけないのです。日本でも、開業医が担うべきHBOC診療ということですね?そうです。アメリカではプライマリケアの先生が、患者さんの家族歴をすべて把握していて、遺伝子検査を積極的に勧めたり、その遺伝的背景に基づいて検診を組んでいくことが多いです。日本でも、開業医の先生方の協力なしに、遺伝性腫瘍を見つけ、がんの発症を防いでいくことは難しいと思います。これまでのような疾患ごとの治療ではなく、高齢化社会の中で、日本のプライマリケアの先生たちが「病気を発症しないように」大きな役割を果たしていくのです。むしろ、開業医こそ、積極的に関与していく。HBOCを含む遺伝性腫瘍をプライマリケアの中で発見していただき、私たちのような専門医へ紹介する舵取りを、広く担っていただくべきでしょう。発症予防を担い、1次予防すら遺伝子検査でできる時代です。もし、体調不良の患者さんの家族歴を聴取したときに、HBOCのような遺伝性腫瘍について知識があれば、専門医へ速やかに紹介することができます。日本には潜在的なHBOC患者さんがまだいるはずですから、リスク低減手術よりもさらに前に、本当の意味での発症予防を目指すべきです。今回の学術総会では、こうした多岐にわたるテーマを活発な議論によって掘り下げていきたいと考えています。第6回日本HBOCコンソーシアム学術総会会期:2018年1月20日(土)13:30~15:30 市民公開講座2018年1月21日(日)9:00~17:00 学術総会場所:聖路加国際大学アリスホール〒104-0044 東京都中央区明石町10番1号学術総会ホームページ :http://hboc.jp/meeting/山内 英子氏の編著書実践! 遺伝性乳がん・卵巣がん診療ハンドブックメディカ出版乳がんって遺伝するの?主婦の友社マンガでわかる乳がん主婦の友社

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侍オンコロジスト奮闘記~Dr.白井 in USA~ 第51回

第51回:予後を正確に知るとQOLが下がる? …コミュニケーションの話キーワード肺がんメラノーマ動画書き起こしはこちらこんにちは。ダートマス大学腫瘍内科の白井敬祐です。最近うちの科の抄読会で話題になったのはJournal of Clinical Oncology…JCOですね。あのTemelさん、2010年に、New England Journal of Medicineに、Massachusetts General Hospitalで行われたRandomized Trialで、早期から緩和ケアが介入したほうが、QOLが上がるだけではなく予後も2~3ヵ月、StageIVの肺がん患者で伸びたといって、ずいぶん話題になったんですけど…その筆頭著者のJennifer Temel先生が書いた「予後を正確に知った患者さんのほうが、QOLが下がる」という、少し衝撃的な論文がJCOに出ていました。たとえばStageIVの患者さんに僕らはよく、「残念ながら、がんの状況はNon Curable…治癒をゴールした状況ではありません。ただ、がんはコントロールできるかもしれないし、抗がん剤を使うことで症状を防いだり(症状が)出てくるのを遅らせ、QOLを維持することができる可能性が高いので治療しましょう」という説明をするんですけども。そのNon Curable Cancer、「自分のがんが治るわけではない」ということがわかった患者さんのほうが、QOLのスコアは下がると(いうことです)。今まで多くの緩和医療のStudyでは、予後を告知したり、そういう話題に対してしっかりと向き合うことは必ずしもQOLには影響しない、むしろ準備ができて悪いことはない、という感じの論調が多かったんですけども。今回のStudyでは、QOLのスコアが少し低く出たと報告されていました。正確に自分のがんの状態を理解するというのは…「正確に」とは何を意味するのか…本当に難しいですよね。肺がんについて、統計学的な数値をわかることが正確に理解したことになるのか? そうではないですよね。1人の患者さんはそれぞれ違うので、統計学的なことを知っても、ご本人がそれに当てはまるかどうかというのは、まったく別の話なので。そういう意味では問題提起というか、議論のネタになる良い論文だったと思います。興味があれば、読んでいただくと非常に参考になると思います。あと、フェローに「これは絶対必読だからベッドタイムリーディングで読みなさい」ってみんなに勝手に送りつけたんですけれども、ASCOのコミュニケーションガイドラインが出ました。「こういう家族がいたらどのように説明するか」「こういう患者さんがいたら、家族がいたら、どうサポートするのが良いのか」、本当によく書かれています。細かいところまで配慮してrecommendationを入れているのだなと、編集委員の方の苦労が伝わってくるような、非常に良いガイドラインだと個人的には思います。これもチャンスがあれば読んでいただけると非常に良いと思います。僕はフェローに「絶対読め」と言いましたけど。コミュニケーション能力については僕も興味があり、今度ワークショップに参加することになりました。Atul Gawandeというハーバード大学の外科医がいるのですが…皆さんも本を読まれたことあるかもしれないですが、『Being Mortal』という本を出されていて日本語訳にもなっているんですけども…彼は医療の質を上げるようなシンクタンク(?)そういう組織のトップになっていて、コミュニケーションだけではなく、チェックリストを作ることで、いかにComplicationを減らす…『Complications』という題の本を出しているんですね…手術のエラーとか、あるいは医療のミスをどうやったらコントロールできるのか、ということに興味を持たれている外科医です。非常に暖かい人で、何年か前の緩和ケアの学会で、『Being Mortal』が出たときに、本にサインしてもらうために並んだ記憶があります。彼が今やっているプロジェクトの1つ、SICG(Serious Illness Conversation Guide)では、重篤な病状の患者さんあるいは家族と、どのようにコミュニケーションを取るのが良いのかということについて、いろいろと模索をしています。そのSerious Illness Conversation Guideのワークショップに、科を代表して数人の同僚と一緒に参加します。そこでは、どういうシナリオを使って、フェローにあるいはレジデントにコミュニケーションの大切さを伝えるか、ということについて研修を積んでくる予定です。この話もぜひ(次回以降お話し)できたらと思うので、がんばって吸収してきます。Jennifer S. Temel JS, et al.Early Palliative Care for Patients with Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer.N Engl J Med. 2010;363:733-742.Nipp RD, et al. Coping and Prognostic Awareness in Patients With Advanced Cancer.J Clin Oncol.2017 ;35:2551-2557. Gilligan T, et al.Patient-Clinician Communication: American Society of Clinical Oncology Consensus Guideline.J Clin Oncol.2017;35:3618-3632. Atul Gawande著 Being MortalAtul Gawande著 ComplicationAtul Gawande著 The Checklist Manifesto: How To Get Things RightThe Conversation Project

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航空券予約時、Dr にチェックをすべきか?【Dr. 中島の 新・徒然草】(199)

百九十九の段 航空券予約時、Dr にチェックをすべきか?2017年9月7日の「機長からの手紙」では、国際線の航空機の中でのドクター・コールに名乗り出た経験を述べました。後日、この経験についての同僚との会話で、名前の敬称欄のチェックに話が及びました。同僚「航空券を予約するときに名前の入力でな、Mr か Ms か Dr か、選んでチェックする欄があるやろ」中島「確かにありますね」同僚「あそこの Dr の欄にチェックした場合はな、ドクター・コールに応じます、という意味なんや」中島「ええーっ! 今まで何も考えずに Dr にチェックしていました」同僚「僕なんか、あまり呼ばれたくない時には Mr の所にチェックしとるんや」中島「そうですか、知らんかった!」同僚「そやから文学博士や工学博士がうっかり Dr の欄にチェックしたら、緊急事態の時にえらい事になるで」中島「ひえーっ!」とはいえ、これは本当の事なのでしょうか? たまたま何かの会合で日本の航空会社の方と一緒になったので、尋ねてみました。そうするとキチンと調べた上で回答してくれたので、皆さんにも紹介しておきたいと思います。まずは結論から。Dr の欄は単なる敬称で、ドクター・コールとは何の関係もない良かったですね。Dr 欄にチェックしたからといって呼ばれるわけではないそうです。そもそも世界の航空会社の中には予約時に Dr 欄のないところがたくさんある一方、Mr、Ms、Dr のほかに Prof とか Prof Dr とか、ありったけの選択肢を並べているところもあるそうです。ということで、以下は私が尋ねた航空会社の方による要約 1.Academic Title は、医学に限定するものではありませんので、医学博士に限らずほかの分野でも Dr で登録することが可能です。2.機内での緊急医療が必要な際は、予約時の Title から個別にお声かけするものではありません。あくまでも客室全体にお声かけし、医師であるお客様ご自身からの申し出を待つことになります。ただし、Doctor on Board のようなドクター登録制度がある場合には、登録済で搭乗されている医師に直接お声かけすることになります。 それと、この会社では米国アリゾナ州にある MedAire社と契約して、無線通信による地上からの医学的アドバイスを受けることができるシステムを持っているそうです。「契約の範囲は自社機材運航便のみ」とか「アドバイス要請は当社乗務員の判断による」など、ちょっとした制約はあるものの、このような裏ワザがあるということも知っておくと心強いですね。実際、医学生時代にドクター・コールに応じ、地上からのアドバイスを受けながら患者さんを診察した、とある英国人医師が私に語ってくれました。「勇気ありますねえ!」と言ったら、"Why not?" と返されました。このような情報が読者の皆様のお役に立つことがあれば幸いです。最後に1句呼ばれたら つべこべ言わず 名乗り出ろ!もう1句、本音ベースで呼ばれても まだまだ僕は 修業の身!

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リバーロキサバン、下肢末梢動脈疾患に効果/Lancet

 安定末梢動脈/頸動脈疾患患者に対する1日2回投与の低用量リバーロキサバン(商品名:イグザレルト)+アスピリン1日1回の併用投与は、アスピリン単独投与に比べ、主要有害心血管・下肢イベントリスクを有意に低減することが、カナダ・マックマスター大学のSonia S. Anand氏らによる無作為化プラセボ対照二重盲検試験で示された。大出血は増大したが、致死的出血や重大臓器の出血は増大せず、著者は、「この併用療法は、末梢動脈疾患患者の治療において重大な進化を意味するものだ」と述べている。なお、リバーロキサバン単独(5mg)ではアスピリン単独と比べて、主要有害心血管イベントは有意に低減せず、主要有害下肢イベントは低減したが大出血の増大が認められたという。Lancet誌オンライン版2017年11月10日号掲載の報告。7,470例を3群に分けアウトカムを比較 研究グループは2013年3月12日~2016年5月10日に、6大陸33ヵ国602ヵ所の医療機関(病院、クリニック、コミュニティ診療所[community practices])を通じて試験を行った。下肢末梢動脈疾患歴(末梢動脈バイパス術または血管形成術、手足切断術、末梢動脈疾患の客観的エビデンスを伴う間欠性跛行のいずれかを既往)、頸動脈疾患歴(頸動脈血行再建術または50%以上の無症候性頸動脈狭窄がある患者)、または足関節上腕血圧比(ABI)0.90未満の冠動脈疾患歴がある患者を対象とした。 30日間のrun-in期間の後、558施設からの登録被験者7,470例を無作為に3群に分け、リバーロキサバン(2.5mg)1日2回とアスピリン(100mg)1日1回(併用群)、リバーロキサバン(5mg)1日2回とプラセボ1日1回(リバーロキサバン単独群)、アスピリン(100mg)1日1回とプラセボ1日2回(アスピリン単独群)を、それぞれ経口投与した。 主要アウトカムは、心血管死、心筋梗塞、脳卒中の発生だった。また、主要末梢動脈疾患アウトカムは、大切断術を含む主要有害下肢イベントとした。低用量+アスピリン投与にベネフィット 治療期間中央値は、21ヵ月だった。主要複合エンドポイント発生率は、アスピリン単独群が7%(174/2,504例)だったのに対し、併用群は5%(126/2,492例)と有意に低かった(ハザード比[HR]:0.72、95%信頼区間[CI]:0.57~0.90、p=0.0047)。また、大切断術を含む主要有害下肢イベントも、各群2%、1%で、併用群が有意に低かった(HR:0.54、95%CI:0.35~0.82、p=0.0037)。 一方、リバーロキサバン単独群の主要複合エンドポイント発生率は6%(149/2,474例)で、アスピリン単独群に比べ有意な低下は認められなかった(HR:0.86、95%CI:0.69~1.08、p=0.19)。しかし、大切断術を含む主要有害下肢イベント発生率は2%(40例)で、アスピリン単独群2%(60例)に比べ有意に低かった(HR:0.67、95%CI:0.45~1.00、p=0.05)。 大出血イベントの発生率は、アスピリン単独群2%(48例)に対し、併用群は3%(77例)と有意に高率だった(HR:1.61、95%CI:1.12~2.31、p=0.0089)。同様に、リバーロキサバン単独群の同発生率は3%(79例)で、アスピリン単独群に比べて有意に高率だった(HR:1.68、95%CI:1.17~2.40、p=0.0043)。ただし、治療群間のいずれの比較においても、致死的出血・非致死的頭蓋内出血・重大臓器出血について差はみられなかった。

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第1回 開業は最初が肝心!【開業入門】

第1回 開業は最初が肝心!多くの先生方は、医療機関で日々臨床経験を積み、技術を磨かれています。そして、ある程度の年齢になると、「そのまま勤務医を続けるか」、「開業するか」という選択肢が頭をよぎり始めます。「開業」とは、医師が診療所を開設することを意味し、それは一国一城の主になることを意味します。開業するということは、勤務医とは違い、臨床家としてだけではなく、経営者になることも意味します。資金調達や官公庁とのやり取り、職員採用や労務管理といった人材マネジメント、患者集めといったマーケティングなど、多様な経営知識も必要となります。実際、開業された先生方と接していると、開業してから「あの時こうしておけば良かった」とか、「あの人はこう言ったのに全然違った」といった声をよく耳にします。この連載では、これから開業をしようと考えている先生方が、できるだけ残念な経験をされないよう、開業に至るまでのリアルをわかりやすくお伝えすることを目的とします。 まず、初回は、テクニカルな経営知識の前に、図のように診療所の開業に必要な「決めるべきこと」について一緒に学んでいきましょう。図 開業の前段階の思考フロー画像を拡大する理念策定~なぜ開業したいのか?~開業を考える際に、最も重要なことは「診療所の理念」です。これは自分が「どんな診療所を作りたいか」、「どうやって患者さんの役に立ちたいか」、「どういったスタッフと一緒に働きたいか」など、診療所経営の軸や根っことなるべきものです。具体的な戦術である資金調達やスタッフ採用などは、他のスタッフに任せることもできますが、それはすべて理念に基づいて決まってくるものであり、理念は診療所の経営者である「院長」にしか決めることができないものです。開業を考える際は、まずは自身の「思い」や「理想」にしっかりと向き合い、何があっても揺らがない理念を策定する必要があります。覚悟~すべてを背負う気持ちがあるか?~理念を策定した後に決めるべきことは、「診療所を経営する」ということへの覚悟です。覚悟とは単なる心意気といった類のものではなく、すべてを自らで決め、責任を取り、場合によっては、ご自身の家族にも同等の覚悟を決めてもらう必要があります。開業にあたり多くの場合、土地や建物の取得、医療機器の購入などで多額の負債を背負い、スタッフとその家族の生活までも背負うことになります。借入の保証人は家族となる可能性が高く、開業に伴う生活環境の変化などもあると思います。自分自身が重責を背負い、大切な家族にまで覚悟を持つことを強いてでも開業し、理念の達成を目指すと腹をくくる必要があるのです。冒頭でもお伝えしたとおり、勤務医だったときと違い、患者さんと向き合うこと以外にも先生方自身がやらなければならないことが多くなります。院長の覚悟がブレると職員もブレます。開業前にしっかりと覚悟を決めて走り始めなければ、多くの人の人生に影響を与える可能性があることは、肝に銘じておくべきです。今回は開業前に決めておくべき「柱」の部分についてお話しました。次回以降は、先生方が気になる開業準備の実際を具体的かつ詳細に見ていきましょう。

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医薬品・医療機器メーカーから米国医学雑誌編集者への金銭授受の実態(解説:折笠秀樹氏)-768

 医学雑誌から著者に対しては、ICMJE様式にのっとってCOIの開示を求めている。その一方で、医学雑誌の編集者のCOIはあまり開示されていない。そこへ切り込んだ調査結果である。 米国医学雑誌は超有名なものばかり52誌を取り上げ、総計713名の編集者を対象にした個人宛の謝金額と研究費支払いに関する調査結果である。米国では、法律で企業から医学研究者への支払い明細を報告する義務があるので、そのデータベースを用いた。 医学雑誌編集者の51%が、医薬品・医療機器メーカーから金銭を受け取っていた。また、20%は研究費の支払いを受けていた。New England Journal of Medicine(NEJM、2016年インパクトファクター=72.4)では年平均で約15,000円(個人宛)・0円(研究費)なのに、JAMA(同インパクトファクター=44.4)では年平均で約73万円(個人宛)・970万円(研究費)のように、年間の金銭授受額がかなり違うのには驚いた。もちろん、中央値や75%値はほぼ0円なので、超多額の金銭を受け取っている編集者が少数いたのだろう。 なお、NEJMまたはJAMAで個人宛謝金の年間最高額は約900万円であった(編集者総数は51名)。それに対して、循環器専門雑誌であるJournal of the American College of CardiologyまたはCirculation誌では個人宛謝金は年間最高12.5億円にも達しており(編集者総数は52名)、にわかに信じがたい数字だった。逆に、病理専門雑誌であるAmerican Journal of PathologyまたはAmerican Journal of Surgical Pathology誌では最高9,000円と小額だった(編集者総数は14名)。専門領域(subspecialties)によって、メーカーからの謝金や研究費の支払い額には格差が非常に大きかった。 優秀な編集者を選出しようとすると、どうしてもメーカーとの関係が強い研究者が多くなる。かといって業績のない研究者を選出するのは不適当である。これはある意味ジレンマであるともいえる。それでは、どのように改善すればよいだろうか。PMDAの専門委員では、年間50万円以上受け取っていると名前が開示される。また、年間500万円以上受け取っていると当該審査に関与できない。これらの例から考え、編集者のCOIはすべて雑誌上で公開し、企業とのCOIが多大だと編集長(editor in chief)になれないような規則が必要ではないだろうか。編集長はすべての論文審査に責任を負うので、当該論文だけ審査をしないということは不可能だからである。

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ペストに気を付けろッ! その1【新興再興感染症に気を付けろッ!】

ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。国立国際医療研究センター 国際感染症センターの忽那です。本連載「新興再興感染症に気を付けろッ!」、通称「気を付けろッ」は「新興再興感染症の気を付け方」についてまったりと、そして時にまったりと、つまり一貫してまったりと学んでいくコーナーです。今回はペストについてご紹介したいと思います。えっ? 前回は「次はバベシア症だ」と言ってたじゃないかですって? いやいや、今はバベシア症についてお話している場合じゃないんです! そもそもバベシア症の話なんて、誰が聞きたいんですかッ!?(じゃあそもそも予定すんなよって話ですが)人類とペストの歴史今、ペストがチャバイことになっています。アフリカ大陸の右下にあるマダガスカルでペストが、アウトブレイクしているのですッ! 我々は早急にペストに備えなければなりませんッ! こんなに原稿が遅れている場合ではないッ!さて、皆さんはペストについて、どれくらいご存知でしょうか。まず、ペストは別名「黒死病」ってご存知ですか? ヤバくないですか、「黒」・「死」・「病」ですよ。何か「邪王炎殺黒龍波」みたいな厨二病っぽい響きがありますね。というか、ペストは実際に超ヤバイ感染症なのですッ!人類とペストの歴史は古く、ヨーロッパでは西暦542~543年にかけて東ローマ帝国で流行したそうです。さらにさかのぼれば、2,800~5,000年前のアジアとヨーロッパのヒトの歯の化石から、ペストのDNAが検出されたという報告もあります1)。人間とペストとの戦いは少なくとも5,000年以上は続いているのですッ! 最大の流行は14世紀で、アジアから始まった流行はヨーロッパまで波及し、何とこのとき世界の人口の3割がペストで亡くなったと言われています。世界人口の3割…ペスト、恐るべしです。フランスのルーブル美術館にある『ジャファのペスト患者を訪れるナポレオン、1799年3月11日』は、その名の通り1799年にペスト患者を見舞うナポレオンの様子を描いた絵ですが、中央の患者は腺ペストの患者で、腋窩リンパ節が腫れているのが分かります。ナポレオンは、じかに触ろうとしていますね。腺ペストは、ノミに刺されることによって感染します。また、腺ペストの患者の体液に曝露すると、ヒト-ヒト感染が成立しますし、肺ペストの感染者やげっ歯類から飛沫感染によっても感染します。実際にこの時代、17世紀の医師はペスト患者を診察するときは図1のような衣装を着ていたそうです。いわゆる当時の個人用防護具(personal protective equipment:PPE)ですね。画像を拡大するそんなわけで、有史以来人類はペストと戦ってきたわけですが、日本も例外ではありません。1896年以降、ペスト患者が日本でも報告されています。『明治の避病院-駒込病院医局日誌抄』(磯貝元 編)という本には、当時の駒込病院の医師であった横田 利三郎氏が、「ペスト患者のリンパ節を切開し、血液が顔にかかったことで自身もペストに罹患し、亡くなった」と書かれています。このように日本でもペストはかつて被害をもたらした感染症なのです。と、ペストと人類の歴史を語ってきましたが、何だかこんな風に説明するとペストは過去の感染症のように思われるかもしれませんが、そうではありませんッ!ペストは今も局所的に流行しているのですッ!現在進行形のペストの流行図2は、世界保健機関が発表したペストの流行地域(2016年3月時点)を示した世界地図です。今でもペストに感染するリスクがある地域の存在が、お分かりいただけるかと思います。何とあのアメリカ合衆国でも、いまだにペスト患者が報告されているのです。とくにニューメキシコ州北部、アリゾナ州北部、コロラド州南部で症例が多く報告されています。アジアやアフリカでも流行していますね。画像を拡大するそして、この世界地図でも赤く塗られているように、マダガスカルでもペストは流行地域に指定されているのですが、今年はとくに大規模なアウトブレイクが起こっています(図3)。すでに1,800例以上のヒト感染例が報告されており、さらにチャバイことに、症例の大半が「肺ペスト」なのですッ!(図4)2)画像を拡大する画像を拡大する通常ペストは、ノミの刺咬によって起こる「腺ペスト」の病型が一般的であり、肺ペストの病型はまれだと言われています。しかし、今回のマダガスカルのアウトブレイクでは、肺ペストの症例が7割以上を占めているのです。この意味するところは、患者からのエアロゾル吸入による「ヒト-ヒト感染」が持続的に起こっているということなのですッ! マダガスカルでの死者は、すでに120例を超えているようです(致死率7%)。日本に住む我々も決して他人事ではない状況になってきています。というわけで、今回はペストの歴史と疫学について学びましたが、次回はペストに備えるために、ペストの感染経路、臨床像、そして治療について学びたいと思いますッ!1)Rasmussen S, et al. Cell.2015;163:571-582.2)Madagascar Plague Outbreak:External Situation Report #7: 31 October 2017.

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がん治療の末梢神経障害、皮膚障害に指針/日本がんサポーティブケア学会

 Supportive care。日本では支持療法と訳されることが多い。しかし、本来のSupportive careは、心身の異常、症状の把握、がん治療に伴う副作用の予防、診断治療、それらのシステムの確立といった広い意味であり、支持療法より、むしろ支持医療が日本語における適切な表現である。2017年10月に行われた「第2回日本がんサポーティブケア学会学術集会」のプレスカンファレンスにおいて、日本がんサポーティブケア学会(JASCC)理事長 田村和夫氏はそう述べた。『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』発刊 JASCC神経障害部門部会長である東札幌病院 血液腫瘍科 平山泰生氏が『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』発刊について紹介した。 がん薬物療法の進化によるがんの治療成績向上と共に、抗がん剤による副作用も対処可能なものが増えてきている。しかし、本邦における4,000例以上のがん患者の追跡調査では、化学療法終了後1ヵ月以内の神経障害の発生頻度は7割、6ヵ月以降でも3割であった。神経障害はいまだに患者を苦しめているのが現状である。 この神経障害に対する有効な薬物は明らかではない。JASCCが行った調査では、がん専門医の神経障害に対する処方は、抗けいれん薬(97%)、ビタミンB12(78%)、漢方薬(61%)、その他抗うつ薬、消炎鎮痛薬、麻薬など、さまざまな薬剤を用いており、薬剤の有効性かわからない中、医療現場の混乱を示唆する結果となった。 一方、米国では2004年にASCOによる「化学療法による末梢神経障害の予防と治療ガイドライン」が発行されている。しかし、ビタミンB12、消炎鎮痛薬などの記載がないなど日本の状況とは合致していない。そのため、本邦の現状を反映した臨床指針が望まれていた。 Mindsの作成法に準じて作られた『がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き』では、この分野のエビデンスが少ないため、ガイドラインとは銘打たず"手引き"としている。同書には薬物の有効性に関するクリニカルクエスチョンも掲載されており、ビタミンB12、漢方、消炎鎮痛薬、麻薬など、日本でしか使われていないような薬剤についても記載がある。「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」出版を目指す JASCC皮膚障害部門部会長である国立がん研究センター中央病院皮膚腫瘍科の山崎直也氏が「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」の出版について紹介した。 がん治療の外来への移行、抗がん剤開始時期の早期化、生存期間の延び、長期間にわたり社会と触れ合いながら治療を受けるがん患者が増えている。一方で、分子標的薬をはじめ、皮膚有害事象を発現する薬剤も増えている。このような社会で生きるがん患者にとって、アピアランスケアは非常に重要な問題である。 皮膚障害の治療に対するエビデンスは少なく、世界中が医療者の経験値で対応しているのが現状である。そのような中、昨年(2016年)がん患者の外見支援に関するガイドラインの構築に向けた研究班により「がん患者に対するアピアランスケアの手引き」が作成された。さらに、目で見てすぐわかる多職種の医療者に伝わるようなものをという考えから、JASCC皮膚障害部門を中心に「がん薬物用法に伴う皮膚障害アトラス&マネジメント」を作成している。 その中では、最近の分子標的薬の皮膚障害を中心に取り上げているが、治療進歩の速さを鑑み、免疫チェックポイント阻害薬についても収載。総論、発現薬剤といった基本的事項に加え、重要な重症度評価およびそれに対する診断・治療のポイントを、症状ごとに症例写真付きで具体的に説明している。年内には発売できる見込みだという。

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第10回 30%のリスク、どう伝える?【患者コミュニケーション塾】

30%のリスク、どう伝える?先日、都内の病院で56歳の夫が亡くなったという女性から電話相談が届きました。夫は人間ドックでひっかかり、胃の精密検査を受けたところ、進行性の胃がんと診断されたそうです。夫婦揃って受けた術前の説明では、「恐らくリンパ節に転移していると思われるので、初期ではなく進行性の胃がんです。膵臓にまで転移が拡がっていれば拡大手術になりますが、7対3で拡大手術はないでしょう」と言われ、合併症についても一般的な胃がんの手術による内容に限定されていたそうです。しかし実際に開腹してみると、がんは膵臓にも浸潤していて、一部膵臓を切除する拡大手術になってしまいました。それでも術後は「拡大手術になりましたが、手術は成功しました」と説明を受けて、とりあえず一息ついたのだそうです。ところが2日後、容態が急変したとの知らせが病院から入りました。妻が驚いて病院に駆けつけたところ、膵臓が縫合不全を起こし、膵液が漏れて血管を溶かし、体内で大出血が起こっていると聞かされました。そして、あれよあれよという間に夫は亡くなってしまったのです。進行がんとは言われていたけれど、まさか手術で死亡する可能性など考えてもいなかったため、妻は大混乱に陥りました。突然の死亡によるショックと悲しみのなかでの葬儀、夫のきょうだい、親戚への対応、さらに自営業だった夫の仕事の後始末など、しばらくは大変な日々だったそうです。そして2ヵ月ほど経ってようやく少し落ち着き、インターネットで調べてみたところ、膵臓を切除する手術となると膵液漏の合併症の可能性が非常に高まり、かなり危険を伴った手術になることがわかりました。それならば、なぜ死亡する可能性があることを事前に説明してくれなかったのかという疑問が抑えきれなくなったそうです。死亡する可能性があると事前に聞かされていれば、手術を受ける前に夫婦で話し合うこと、準備することも違っていたと嘆かれました。また、夫の死について病院はどのように受け止めているのかもきちんと説明を受けたいとのことでした。私は相談を伺いながら、この方の夫の死は医療に起因した予期せぬ死亡である(死亡する可能性について個別性のある説明をしていなかった)可能性が高いので、2015年10月から始まった医療事故調査制度の報告対象になるかもしれないと考え、その制度についても相談のなかで説明し、病院との話し合いの方法についてアドバイスしました。その後の報告で、「ドクターと話し合ってきましたが、合併症だったの一点張りで納得のいく説明はありませんでした。医療事故調査制度に基づく報告についても、『合併症なので報告していません』と言われました」とのことでした。私は、医療である程度安全性が確保された検査や治療は、リスクが起きる確率は0.1%以下と聞いています。しかし、この方の場合、「7対3で拡大手術になる可能性はない」と言われたということは、拡大手術になる可能性は「30%もある」ということです。それは決して低い数字ではありません。やはり、30%も可能性があるならば、拡大手術になった場合のリスクについても説明はあってしかるべきかと思います。また、医療事故調査制度は、医療に起因した死亡で、死亡することを予期できなかったと管理者が最終的に判断した場合ですから、合併症かどうかは報告の判断には関係しないことだと思います。たとえ0.1%であっても、30%であっても、そのなかに入ってしまえば当事者にとっては100%の出来事になります。しかも、30%という数字の持つ意味を医師と患者側では共有できていないことがしばしばです。その辺りを、いかに医療の現実に即して説明するかも問われているのだと思います。

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突然やってくる!? 外国人患者さん対応エピソード集 第7回

第7回 訪日外国人患者の医療費で未収を発生させないために<Case7>高齢の中国人夫婦が来院。妻が骨折と診断され手術が必要となり、すぐに入院することになりました。医事課職員が概算医療費(約300万円)の提示と支払い方法の確認をしたところ、夫婦が持っているカードは中国国内で主にデビットカードとして発行されている「銀聯(ぎんれん)カード」のみでした。病院の会計では銀聯カードの決済対応はしておらず…。対談相手市立千歳市民病院事務局次長 貫田 雅寿 氏事務局総務課調整係 係長 黒田 尚樹 氏事務局医事課医事係 主任 菊地 真一 氏左から菊地氏、貫田氏、黒田氏JIGH:今回は、北海道千歳市の市立千歳市民病院事務局の貫田さん、黒田さん、菊地さんにお話を伺います。このご夫婦の支払いはどうなったのでしょうか。菊地:支払い方法について相談した結果、コンビニATMで引き出し限度額を毎日引き出してもらうことで、何とか退院日までに全額をお支払いいただくことができました。JIGH:北海道では訪日外国人数が右肩上がりで増加しており、「外国人患者さんの受け入れ」は注目度の高いトピックだと伺っています。この事例では、会計時の支払いについての課題が浮き彫りになっていますね。菊地:私たちの病院は空港のすぐ近くにあるので、患者さんが空港から運ばれてきたり、帰国直前の患者さんが来院したりすることがあります。そういった方々は手元に現金(日本円)がなかったり、この事例のように利用できるクレジットカードを持っていなかったりして、医療費の未払いが発生するリスクがどうしてもあります。JIGH:医療費の未払い防止のため、何か対策は取られているのでしょうか。貫田:今回紹介した事例を受け、銀聯カード決済の導入を決定しました。北海道にはアジア圏からの観光客が多く、実際に銀聯カードしか持っていないという方も多くいらっしゃいます。銀聯カードの決済手数料は少し高いのですが、患者さんに対するサービス向上という側面のほかに、高額となる医療費の未払いリスクを回避するという点でメリットの方が勝るという判断で、導入しました。JIGH:先進的な取り組みですね。導入後の利用状況はいかがですか。黒田:これまで実際に銀聯カードで決済をされた患者さんは、1名です。ただ、この患者さんは脳神経外科での手術が必要で、医療費は700万円と高額でした。利用実績は少ないものの、今後もいつ発生するか分からない高額医療費の未収を防ぐための、体制整備という意味合いが大きいですね。JIGH:銀聯カードへの対応のほか、未収金発生防止のために取り組まれていることがあれば教えてください。菊地:外国人患者さんが受診されたら、まず医事課職員が医療費の概算を事前に提示し、支払い方法について確認します。保険に加入されている外国人患者さんは、肌感覚では4割程度という印象です。ただしほとんどの場合、いったんは患者さんが医療機関に医療費を支払う保険内容になっているので、どうしても患者さんに支払い義務が発生します。そのため事前のオペレーションを徹底し、患者さんに納得していただくことで、未払いリスクを回避するようにしています。JIGH:やはり体制整備が重要ということですね。本日はありがとうございました。<本事例からの学び>訪日外国人患者さんの医療費未払い防止には、多様な支払い方法への対応と、事前の概算確認が重要!

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扱っている題材は大変真面目なものであるが(解説:野間 重孝 氏)-726

 多くの先進国においては、ガイドライン上に今でも記載はされているものの、実臨床の場で急性心筋梗塞に対する経静脈的血栓溶解療法は、何らかの理由で救急センターへの搬送が容易でないような例外例を除いては、すでに行われなくなっているといってよいと思われる。しかしながら一方で、医療資源の乏しい環境下での機械的再灌流の代替え療法として、発展途上国などではいまだに重要な役割を担っていることも事実であるといえる。 本研究は上記のような事情に鑑み、タイのUbon Ratchathani大学のPeerawat Jinatongthai氏を中心とするグループが、現在使用可能ないくつかの血栓溶解剤とその使用法について、約13万例を含む計40試験をネットワークメタ解析し、報告したものである。この結果については9月1日のケアネット上に大変分かりやすい訳文が掲載されているので参照されたい。確かに各血栓溶解剤、付加的薬剤の用法・効能についてシステマティックな知見が得られないままになっていたことは事実であり、その意味でこの研究は貴重な情報を提供したものであるといえよう。 このように評者は本論文に対して一定程度の評価をするものではあるが、また一方で本論文が世界の先端的な研究が掲載されるべきLancet誌上に掲載されるべき性格のものであるかどうかについてはいささか疑問を感じるものの1人である。多くの国において経皮的血栓溶解療法はすでに過去の治療法となっており、また一方、発展途上国では一定以上の役割を果たしているとはいえ、その薬価と各国の医療保険制度の整備との関係を考えるとき、治療法に関する知見は知見として、本当に多くの庶民に福音をもたらしているものかどうかについては疑問を持たざるをえない。 以下は反論があることを承知で書かせていただくのであるが、最近一部の研究者たちの間で、とにかく多くの症例を集め、先端的な統計手法で処理をすれば、内容の重要性の軽重にかかわらず有名雑誌に掲載される傾向があるのではないか、という趨向が懸念されている。またもう一歩踏み込んで、各雑誌がimpact factor争いのため、相互に引用されやすい論文を意図的に掲載しているのではないかと訝る声が聞こえてくることも気になる。本論文は扱っている内容は規模が大きいとはいえないが真面目なものであり、人道的な観点からも非難されにくい題目となっている。したがって表だって意見するところは何もないのであるが、何か微妙なものを感じてしまうのは、評者の邪推だろうか。

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【GET!ザ・トレンド】日本発のエビデンスを量産する:日本臨床疫学会

EBMのよりいっそうの発展、日本発のエビデンスの量産を目指す日本臨床疫学会の第1回年次学術大会が、2017年9月30日~10月1日に開催される。第1回大会長の東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻臨床疫学・経済学教授の康永秀生氏に臨床研究の重要性について聞いた。本邦の臨床研究の現状と問題点について教えていただけますか日本の臨床研究は、米国や英国に比べて立ち遅れているといえます。これには日本の医学の歴史的背景も関与しています。日本の医学は明治以降ドイツから輸入されましたが、ドイツの医学教育は基礎実験重視でした。その流れは現在も続き、臨床の研究室でも、基礎実験研究で博士論文を書くことがほとんどという状況です。2000年代に入り、米国発のEBMの概念が日本に普及し、臨床研究が重要視され始めました。しかし、日本ではEBM研究をどのように実践していくのか、EBMの基となる臨床研究をどうやっていくのか、臨床研究の教育の担い手が育っていませんでした。そのため、日本人対象の日本発のエビデンスはいまだに少なく、海外エビデンスに依存して日常臨床を実践しなければならないという現状です。これが日本の医療が直面する問題だと思います。日本臨床疫学会を設立した背景はどのようなものですか?医学部の教育カリキュラムの中で臨床研究に割ける時間はほとんどありません。とはいえ、臨床研究は、実臨床の試行錯誤の中から出てくるクリニカルクエスチョンから始まりますので、卒業後に行うほうが適しています。そういう意味でも、臨床研究の教育は、大学院が行うべきものだといえます。しかし、教育を担うべき公衆衛生大学院(SPH:School of Public Health)を有する医学部はほんの一部であり、受け皿としては不足しています。また、臨床を離れて授業料を払いながら学ぶのは負担が大き過ぎます。大学院教育のような濃密なカリキュラムでなく、診療の休みにじっくり勉強するような受け皿が必要です。それには、学会という受け皿を作り、研究者のすそ野を広げることが必要となります。そのような経緯で、福原俊一先生を代表理事として、国内の臨床疫学者を中心に「日本臨床疫学会」を設立しました。学会のキャッチフレーズは「臨床研究で医療を元気にする」です。EBMのよりいっそうの発展、日本発のエビデンスの量産を目指しています。臨床研究を実践したいという人すべてを受け入れる、この大きなコンセプトの下、診療科横断的な医師、そして看護師、薬剤師、理学療法士などのメディカルスタッフなど幅広い方々が参加されています。臨床疫学会は、本年、第1回学術大会を開催されますね。私が大会長となり、本年の9月30日~10月1日に第1回の学術集会を開催します。大会テーマは、「天地開闢」。無に近い日本の臨床研究に新たなものを作り出していく、という想いを込めています。大会では、日本の臨床研究の第一人者がそろい、教育的セッションを中心に行います。臨床研究と臨床試験を同じものだと勘違いされている方が多いのですが、介入試験である臨床試験は臨床研究の1割程度に過ぎず、残りの9割は観察研究です。従来、臨床研究はRCTなどの臨床試験に重点が置かれていましたが、若手の先生方が最初に取り組むべきは、多くの資金を必要とする臨床試験よりも、観察研究でしょう。診療録、電子カルテ、レセプトなど自分が手に入るデータベースを用いてアイデアをひねり、研究デザインを考え、統計手法を使って解析し、論文化する、という観察研究のプロセスを、学会を通して学んでいただきたいと思います。現実には臨床疫学や統計学を苦手としている臨床の先生方はまだ多いようですね?臨床疫学、統計学のハードルが高いと感じている臨床の先生方は多いようです。しかし、これらはきちんと学習する機会があれば必ず習得できるものです。ただ、教科書や、座学の教育で身に付けることは難しく、インタラクティブな教育が必要になります。今回の学術大会でも、チューター指導の下、実際のデータを使って統計ソフトの使い方や統計手法のロジックを学ぶ、参加型の統計学教育セッションや、参加者自身がテーマを考え、研究方法を練り上げていく、研究実践ワークショップを企画しています。臨床研究の発展には、大学院での教育の充実に加え、学会などを通じて、臨床家が日常臨床を行いながら習得できる卒後教育プログラムの提供が重要だと思います。こうした積み重ねが日本発の良質なエビデンスを量産できる日を生むのだと思います。1)日本臨床疫学会 第1回年次学術大会■関連記事来たれ!リサーチ・マインドを持つ医療者…日本臨床疫学会 第1回大会開催

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遺伝性出血性毛細血管拡張症〔HHT:hereditary hemorrhagic telangiectasia〕

1 疾患概要■ 概念と疫学血管新生に重要な役割を持つTGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子異常により、体のいろいろな部位に血管奇形が形成される疾患である。わが国では「オスラー病(Osler disease)」で知られているが、世界的には「遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)」の病名が使われる。常染色体優性遺伝をするため、子供には50%の確率で遺伝するが、世代を超えて遺伝することはない。その頻度は5,000~8,000人に1人とされ、世界中で認められる。性差はなく、年齢が上がるにつれ、ほぼ全例で何らかのHHTの症状を呈するようになる。■ 病状繰り返し、誘因なしに鼻出血が起り、特徴的な皮膚・粘膜の毛細血管拡張病変(telangiectasia)が鼻腔・口唇・舌・口腔・顔面・手指・四肢・体幹などの好発部位に認められ、脳・肺・肝臓の血管奇形による症状を呈することもある。消化管の毛細血管拡張病変から慢性の出血が起こる。鼻出血や慢性の消化管出血による鉄欠乏性貧血が認められる。脳の血管奇形(頻度10%)により、脳出血や痙攣が起こる。肺の動静脈奇形(頻度50%)により呼吸不全、胸腔内出血、喀血、右→左シャントによる奇異性塞栓症で脳膿瘍や脳梗塞が起こる。肝臓の血管奇形(頻度70%)が症候性になることは少ないが、高齢者、とくに後述の2型のHHTの女性では、心不全、胆道系の虚血、門脈圧亢進症を呈することがある。頻度は低いが、脊髄にも血管奇形が起こり(頻度1%)、出血による対麻痺や四肢麻痺を呈する。 原発性肺高血圧症や肝臓の血管奇形による高心拍出量による心不全から二次性の肺高血圧症をまれに合併する。HHTは知識と経験があれば、問診・視診・聴診のような古典的な診療で診断可能な疾患であり、まずはこの疾患を疑うことが肝要である。■ 病因と予後家族内の親子・兄弟に同じ病的遺伝子変異があっても、必ずしも同じ症状を呈するわけではない。現在までにわかっているHHTの原因遺伝子は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の3つであり、これら以外にも未知の遺伝子があるとされる。Endoglin変異によるHHTを1型(HHT1)といい、ACVRL1変異によるHHTを2型(HHT2)という。1型のHHTには、脳病変・肺病変が多く、2型のHHTには肝臓病変が多いが、1型に肝臓病変が、2型に脳病変・肺病変が認められることもある。遺伝子検査を行うと、1型と2型のHHTで約90%を占め、SMAD4遺伝子の変異は1%以下である。1型と2型の割合は地域・国によって異なり、わが国では1型が1.4倍多い。約10%で遺伝子変異を検出できないが、これは遺伝子変異がないという意味ではない。SMAD4遺伝子の変異によりHHTの症状に加え、若年性ポリポーシスを特徴とするため「juvenile polyposis(JP)/HHT複合症候群(JPHT)」と呼ばれる。このポリポーシスは発がん性が高いとされ、定期的な経過観察が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ HHTの臨床的診断基準2000年に提唱された臨床的診断基準(表)には、以下の4項目がある。(1)繰り返す鼻出血(2)粘膜・皮膚の毛細血管拡張病変(3)肺、脳・脊髄、肝臓などにある血管奇形と消化管の毛細血管拡張病変(4)第1度近親者(両親・兄弟姉妹・子供)の1人がHHTと診断されているこれら4項目のうち、3つ以上あると確診(definite)、2つで疑診(probable)、1つ以下では可能性は低い(unlikely)とされる。この診断基準は、16歳以上の患者に関しては、その信頼性は非常に高いが、小児では無症状のことが多いため使えない。画像を拡大する遺伝子検査は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の変異の検査を行う。成人のHHTの確定診断に遺伝子検査は必ずしも必要なく、臨床的診断基準の3~4項目があれば確定する。遺伝子検査では、約10%に遺伝子変異はみつからないが、これによりHHTが否定された訳ではない。家族内で発端者の遺伝子変異がわかっている場合、遺伝子検査は、その家族、とくに無症状の小児の診断に有用である。発端者の既知遺伝子変異がその家族にない場合に、はじめてHHTが否定される。オスラー病の疑いまたは確定した患者に対して、肺、脳、肝臓のスクリーニング検査を行うことが勧められる。通常、消化管と脊髄のスクリーニング検査は行われない。臨床的診断基準で、家族歴と鼻出血または毛細血管拡張症の2項目でHHT疑いの場合、内臓病変のスクリーニング検査を行い、3項目にしてHHTの確診にする場合もある。■ 部位別の特徴1)肺動静脈奇形まず酸素飽和度を検査する。次にバブルを用いた心臓超音波検査で右→左シャントの有無の検査する。同時に肺高血圧のスクリーニングも行う。これで肺動静脈奇形が疑われれば、肺の非造影CT検査(thin slice 3mm以下)を行う。バブルを用いた心臓超音波検査では、6~7%の偽陽性があるため、超音波検査を行わず、最初から非造影CT検査を行う場合も多い。コイル塞栓術後の経過観察には造影CT検査や造影のMR検査を行う場合がある。肺高血圧(平均肺動脈圧>25mmHg)が疑われれば、心臓カテーテル検査が必要であり、原発性肺高血圧と二次性肺高血圧を鑑別する。2)脳動静脈奇形頭部MR検査(非造影検査と造影検査)を行う。MRアンギオグラフィーも行う。脳動静脈奇形や陳旧性の脳出血・脳梗塞も検査する。T1画像、T2画像、FLAIR画像、T2*画像を得る。造影T1画像は3方向thin sliceで撮像し、小さな脳動静脈奇形を検出する。通常、小児例では造影検査は行わない。3)脊髄動静脈奇形頻度が1%とされ、スクリーニング検査は行われない。検査をする場合、全脊髄のMR検査になる。4)肝臓血管奇形スクリーニング検査として、腹部超音波検査が勧められる。拡張した肝動脈や門脈、胆道系などを検査する。Dynamic CT検査で、動脈相と静脈相の2相の撮像を行えば、arterio-venous shunt、arterio-portal shuntの検出・鑑別が可能である。シャントがあると太い肝動脈(>10mm)が認められる。肝動脈を含め腹腔動脈に動脈瘤がしばしば認められる。Porto-venous shuntがあれば、脳MR検査のT1強調画像で、マンガンの沈着による基底核、とくに淡蒼球に左右対称性の高信号域が描出される。5)消化管病変通常、スクリーニング検査は行われない。上部消化管に毛細血管拡張病変が多い。上部消化管と下部消化管の検査にはファイバー内視鏡を用い、小腸の検査はカプセル内視鏡で行う。鼻出血の程度では説明できない高度の貧血がある場合には、消化管病変の検査を行う。中年以降の患者の場合、悪性腫瘍の合併の可能性も念頭において、その検査適応を考える。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)現時点では、HHTに対する根治的な治療はなく、種々の症状への対症療法が主となっている。1)鼻出血出血の予防に必ず効く方策はなく、どんな治療も対症療法であることを患者に説明する。エストロゲンやトラネキサム酸の内服、軟膏塗布、点鼻スプレーなどが試みられるが、トラネキサム酸以外の有用性は証明されていない。現実的には、通気による鼻粘膜の外傷をできるだけ減らすために、1日数回、鼻孔にワセリン軟膏を塗布し、湿潤(乾燥させない)が勧められる。抗VEGF薬のベバシズマブは国外で試されているが、その点鼻の効果は、生理的食塩水の点鼻と同じであった。外科的治療には、コブレーターやアルゴンレーザーによる焼灼法、鼻粘膜皮膚置換術、外鼻孔閉塞術が行われるが、どの治療も根治性はない。出血時の対応法として、通常の鼻出血ではボスミンガーゼ挿入が効果的であるが、HHTでは病変の血管が異常なためボスミンガーゼ挿入にはあまり効果がなく、逆にガーゼの抜去時に再出血を惹起するので勧められない。出血側の鼻翼を指で外から圧迫するのが効果的とされ、それでも止血できない場合、サージセルなどを挿入し、止血する。鼻出血による鉄欠乏性貧血には、鉄剤を内服投与し、内服できない場合は静注投与する。鼻出血が継続する限り、データ上、貧血が改善しても、鉄剤投与の継続が必要である。悪心・吐気などの消化器症状の少ない経口鉄剤(商品名:リオナ)が最近認可された。高度貧血には積極的な輸血を行う。心不全があれば、高度の貧血はさらに心不全を悪化させる。定期的な血液検査で貧血のチェックが必要である。2)脳動静脈奇形無症候性の脳動静脈奇形の侵襲的治療に否定的な研究結果(ARUBA study)が報告されて以来、脳動静脈奇形の治療は症例ごとに検討されるようになった。MR検査で、脳動静脈奇形が認められれば、カテーテルによる脳血管撮影が行われ、詳細な検討を行い、治療戦略を練る。治療方法には、開頭による外科的摘出術・カテーテル塞栓術・定位放射線療法がある。HHTにおける脳動静脈奇形の出血率は、非HHTの脳動静脈奇形よりも低いとされ、自然歴やそれぞれの治療に伴うリスクを鑑み、治療方針を立てる。3)肺動静脈奇形栄養動脈が径3.0mm以上の場合、コイルや血管プラグを用いた塞栓術が第1選択となる。3.0mmより小さい病変でも、治療が可能な場合は、塞栓術の対象とされる。塞栓術においてはシャント部の閉塞が必要であり、栄養動脈の近位塞栓を避ける。非常に大きな病変や複雑な構造の病変で、塞栓術に適さない場合は外科的な切除術が選択される。治療後は、5年に1度、CT検査で経過をみる。妊娠する可能性のある女性は、妊娠前のコイル塞栓術が強く勧められる。スキューバ・ダイビングは禁忌とされ、肺動静脈奇形の治療後も勧められない。4)肝臓血管奇形塞栓術は適応とならず、逆にリスクが大きく禁忌である。症候性の心不全・胆道系の虚血・門脈圧亢進症などは、利尿剤など積極的な内科的管理が行われる。内科的治療が、困難な状況では、肝移植が考慮される。5)消化管病変予防的な治療は行わない。出血例では、内視鏡下でアルゴンプラズマ凝固(APC)が行われる。高度貧血には積極的な輸血を行う。4 今後の展望HHTは、その認知度が低いため、診断・治療が遅れることが多い。本症は常染色体優性遺伝し、年齢とともに必ず発症するが、スクリーニングにより脳と肺病変は発症前に対応ができる病変でもある。この疾患の認知度を上げることが重要であり、さらに国内での診療体制の整備、公的助成の拡充が必要とされる。遺伝子検査は、2020年から保険収載されたが、検査が可能な施設は限定されている。将来的には、発症を遅らせる・発症させない治療も期待される。TGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子変異により血管新生に異常が起こる疾患であり、抗血管新生薬のベバシズマブの効果が期待されているが、副作用の中には重篤なものもあり、これらのHHTへの適応が模索されている。同様に抗血管新生のメカニズムの薬剤であるサリドマイドの限定的な投与も考えられる。5 主たる診療科疾患の特殊性から、単一の診療科でHHT診療を行うことは困難である。したがって複数科の専門家による治療チームが担当し、その間にコーディネーターが存在するのが理想的であるが、現実的には少ない診療科による診療が行われることが多い。そのなかでも脳神経外科、放射線科、呼吸器内科、耳鼻咽喉科、循環器内科、小児科、遺伝子カウンセラーなどが窓口になっている施設が多い。HHT JAPAN (日本HHT研究会)では、HHTを診察・加療を行っている国内の47施設をweb上で公開している。HHTの多岐にわたる症状に必ずしも対応できる施設ばかりではないが、その場合は、窓口になっている診療科から、症状に見合う他の診療科・他院へ紹介することになっている。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療・研究情報難病情報センター:オスラー病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)小児慢性特定疾患情報センター:遺伝性出血性末梢血管拡張症(オスラー病)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)HHT JAPAN (日本HHT研究会)(医療従事者向けのまとまった情報)脳血管奇形・血管障害・血管腫のホームページ(筆者のホームページ)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)オスラー病のガイドライン(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報日本オスラー病患者会(患者とその家族および支援者の会)公開履歴初回2017年07月11日更新2022年01月27日

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日本脳炎に気を付けろッ! その1【新興再興感染症に気を付けろッ!】

ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。国立国際医療研究センター 国際感染症センターの忽那です。本連載「新興再興感染症に気を付けろッ!」、通称「気を付けろッ」は「新興再興感染症の気を付け方」についてまったりと、そして時にまったりと、つまり一貫してまったりと学んでいくコーナーです。今回は日本脳炎を取り上げたいと思います。「日本脳炎なんて昔の病気でしょうがよ。今さら取り上げる意味なんてないでしょうがよ」と思われた方…それは間違いですッ! 日本脳炎は再興感染症として今も日本、そして世界における脅威として我々の前に立ちはだかっているのですッ!「日本脳炎」とは何だ?なぜ「日本脳炎」は日本という名前が付いているのかッ? まさか日本だけで流行している感染症だと言うのかッ? いえ、そうではなく、これは最初にウイルスが分離されたのが日本だからです。1935年に、脳炎で亡くなった方から日本脳炎ウイルスが分離されています。そして、その後1950年代に日本国内における調査の結果、渡り鳥、コガタアカイエカ、ブタ、そして偶然宿主であるヒトという日本脳炎ウイルスの生活環が明らかとなったのですッ! まず、媒介蚊であるコガタアカイエカについてですが、特徴としては田舎の田んぼ、沼地、水たまりに産卵し、おもに夕方~夜間に刺咬する蚊です。都会に多く、日中に刺咬するヒトスジシマカ(デング熱、ジカウイルス感染症などを媒介)とはこの点で異なります。活動範囲(飛行距離)は、8km程度移動したという報告もありますが、おおむね2km前後とされています。図1は、私が「いらすとや」を駆使して作った「日本脳炎ウイルスの生活環」です。画像を拡大する日本脳炎ウイルスは、おもにブタや渉禽(ツル、サギなど)などの動物をリザーバーとしてサイクルしています。とくに豚舎などがある田舎では、ブタでウイルスが増幅されサイクルしており、人への感染リスクが高いのですッ! ブタ注意ッ! 人は偶然宿主かつ最終宿主であり、人から蚊を介して人に感染することはありません。ですので、デング熱などと異なり、患者が蚊に血を吸われることで流行が広がることはないというわけですね。日本脳炎の流行地域は日本だけではないッ!日本脳炎は日本で最初に分離されたウイルスですが、日本以外でも流行しています。それどころか、東南アジアや南アジアのほうが日本よりも断然多い感染者を出しているのです(図2)。画像を拡大するしたがって、これらの地域への渡航者のうち、長期間渡航する方、田園地帯にもいく予定の方、予定がまったく決まっていない方、などは日本脳炎ワクチンの接種が推奨されています。さて、日本での流行状況についてですが、近年は年間10例未満の報告に留まっております。第2次世界大戦後、日本国内では年間5,000例を超える症例が報告されていましたが、1954年からの日本脳炎ワクチン勧奨接種開始、1976年の平常時臨時接種、1989年の北京株導入などにより1990年代前半には報告数が年間10例未満にまで減っています。1994年には定期接種のワクチンにもなり、国内における日本脳炎対策は順調に進んでいました…しかしッ! 2005年、マウス脳由来の日本脳炎ワクチンとADEM(急性散在性脳脊髄炎)との因果関係が否定できないということで、積極的勧奨の差し控えの通知が出されました。「積極的勧奨の差し控え」と言われても何のことかよくわかりませんが、つまり「絶対打ったほうが良いってわけじゃありません」ということです。これでもわかりにくいですね。まあとにかく、これによって日本脳炎ワクチンの接種率は2005年以降、激下がりしています。当然、日本脳炎に対する免疫を持たない子供たちも増えたことになります。2010年には新しいVero細胞由来ワクチンによる積極的勧奨が再開され、接種率は改善しています。しかし、2005~10年までの間に本来接種すべきであった子供たちが接種できていないという問題があるため、この対策として厚生労働省は平成7年4月2日~平成19年4月1日生まれの人は、20歳未満までの間いつでもワクチン接種をキャッチアップできるという措置を取っています(詳細はこちらをご覧ください)。この「積極的勧奨の差し控え」によって、日本脳炎の症例が増加することが懸念されましたが、幸いなことに報告数の増加は見られず、現在も年間10例未満の報告数となっています。それでは日本脳炎ウイルスは国内からほとんど消えてしまっているのかッ? 日本の日本脳炎ワクチン接種スケジュールはこのままでいいのかッ!? そして、まさかのアフリカで日本脳炎ッ!?次回はその辺のことについてお話したいと思います。1)BUESCHER EL, et al. Am J Trop Med Hyg. 1959;8:719-722.

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出血か、血栓か:それが問題だ!(解説:後藤 信哉 氏)-690

 アスピリンは抗血小板薬として、心血管イベント後の2次予防に広く用いられている。安全性の高いアスピリンといえども、抗血小板薬なので重篤な出血イベントを惹起する。2次予防の症例であればアスピリンが惹起する出血よりも、アスピリンにより予防される血栓イベントの数が多いとの過去のランダム化比較試験が、2次予防の症例にアスピリンを使用する根拠であった。ランダム化比較試験に参加する症例は若い。世界は高齢化している。ランダム化比較試験ではメリットのほうが多いとされた2次予防の症例であってもアスピリンを長期服用すれば、ランダム化比較試験ではイベントの確認されていない「高齢者」になる。 英国には長期観察臨床データベースが多い。本研究も、一過性脳虚血発作、虚血性脳卒中、急性心筋梗塞後にアスピリンを開始した症例を長期観察している。開始時には、いずれの症例もアスピリンの適応であった。30日、6ヵ月、1年、5年、10年と観察するとイベントが起こる。英国では看護師の機能分化が進んで、臨床研究を主務とする看護師もいる。イベントの観察は医師または看護師によりなされた。 長期に観察すると患者は老いる。年間約3%が出血イベントを起こし、1.5%が重篤な出血イベントを起こした。75歳以上、85歳以上の症例では医療を要する出血、入院を要する出血ともに75歳以下の症例より増加した。高齢者の出血イベントとして消化管出血が多かったので、PPIにより予防できるかもしれない。日本ではアスピリン、PPIともに処方薬であるが、米国ではOTCとしてスーパーで売っている。一過性脳虚血発作、虚血性脳卒中、心筋梗塞などを発症したら、数年はアスピリンの服用に意味がある。服用開始5年、10年後にメリットを得ているのか、副作用のほうが多いのかは、正直わからない。多くのランダム化比較試験は2年程度の観察の結果に過ぎない。患者の高齢化、長期服用中の老化による条件の変化がリスク・ベネフィットに与える影響の定量評価が必要である。 比較的安全なアスピリンにて、開始時には血栓イベントリスクの高い症例であっても長期服用では出血が無視できないことを本研究は示した。アスピリン・クロピドグレルの抗血小板併用療法、抗凝固療法による出血イベントリスクはさらに大きい。抗血栓薬処方時には、その時の患者にとって「出血か、血栓か:それが問題だ!」との意識をもって診療に当たることが必須である。

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「抗微生物薬適正使用の手引き」完成

 2017年6月1日、厚生労働省健康局結核感染症課は、薬剤耐性(AMR)対策の一環として「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版」(以下「手引き」)を発行した。 世界的に不適正な抗微生物薬使用による薬剤耐性菌の脅威が叫ばれている中で、わが国でも適正な感染症診療に関わる指針を明確にすることで、抗微生物薬の適正使用を推進していくことを目指している。 今回の「手引き」の作成で、抗微生物薬適正使用(AMS)等に関する作業部会委員の座長として取りまとめを行った大曲 貴夫氏(国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター長)に、作成の経緯や「手引き」のポイント、今後の展望について聞いた。極端に使用量が多い3種類の抗微生物薬 「手引き」作成までの経緯について簡単に述べると、まず、現在使用されている抗微生物薬に対して微生物が耐性を持ってしまい、治療ができなくなる状況がやってくる危険性への懸念があります。そのため2016年4月に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が決められ、議論が重ねられました。抗微生物薬を使う感染症診療の場で、あまり適切な使用が行われていないところがあるかもしれず、必要以上の抗微生物薬が使われていることが薬剤耐性を増悪させているかもしれない。では、抗微生物薬を適正に使用する「手引き」を作ろうとなったのが、作成の出発点です。 そして、このような形の「手引き」になった理由として、次の3点があります。1)日本の抗微生物薬の使用量自体は多くないものの、広範囲に有効であるセファロスポリン、マクロライド、キノロンの使用割合が諸外国と比べて極めて高いこと。2)内服か静注かの内訳調査では、大部分が内服剤であること(外来での多用が示唆される)。3)その外来でよく診療される感染症を考えた場合、頻度の高い急性気道感染症や腸炎、尿路感染症(今回の手引きでは割愛)などが挙げられ、その中でも、適切な見分けをしていけば抗微生物薬を使わずに済むケースも多く、かつ、診療もある程度の型が決まっているものとして、急性気道感染症と急性下痢症に絞られること。 以上を踏まえ、抗微生物薬の適正使用を総論として構成し、今回の「手引き」を作成しました。 「手引き」を熟読し診療に生かしていただきたいところですが、情報量も多いので、ゆくゆくはこの「手引き」を要約してポケットサイズのカードを作成し、いつでも臨床の現場で活用できるようにしたいと考えています。 また、一般臨床に携わる医師、医療従事者はもちろん、医学教育の場、保健衛生の場、一般の方々への啓発の場でも活用してもらい、抗微生物薬の適正使用への理解を深めていければと思います。「風邪」は単なる風邪ではないことへの理解 「手引き」の中でとくに読んでいただきたい所は、「本手引きで扱う急性気道感染症の概念と区分」(p.8)という、概念を理解するために作られた図です。 今回「急性気道感染症」をターゲット疾患としたのは、いわゆるウイルス性の感冒と急性鼻副鼻腔炎、急性咽頭炎、急性気管支炎に分けられることを知ってもらう狙いがあります。「『風邪』は風邪ではない」と理解することが大切で、きちんと診察し、必要な検査をすれば、これらをえり分けられます。それにより抗微生物薬が必要かどうかのマネジメントが異なってきます。ただ、患者さんが「風邪」を主訴に来院したとき、風邪以外の怖い病態(急性心筋炎など)も隠れているのが「風邪」だということを認識するのも同じく大事です。2020年に全体の抗微生物薬使用量を33%減 最後に展望として、AMR対策という観点からさまざまな広域抗菌薬の使用が抑えられて、2020年までにセファロスポリン、マクロライド、キノロンの使用量を半減させ、全体の使用量も33%減少させるという大きな目標があります。 ただ個人的には、少なくとも「手引き」の内容が浸透することで、これまで「風邪」と診断され、漠然と片付けられていた患者さんに正確で適切な診断がなされ、見逃してはいけない重大なリスクのある患者さんが早く拾い上げられて、個々の患者さんの健康に貢献すること、結果的には医療全体のレベルが上がることを最も期待しています。 今後もっと対象疾患を広げるかどうかなど、臨床現場の声や患者さんの声を取り入れて議論され、改訂の機会もあると思います。しかし、今回の「手引き」で示した基本的な考え方は、この5年や10年単位では変わらないものと考えています。 「手引き」で取り上げた疾患は、広い意味での「風邪」と「急性胃腸炎」ですが、この領域だけでも実臨床における、原則的な診療を示すことができたと思います。これらの実践により、診療は必ず良いものとなるだけでなく、診療者である医師の自信にもつながると考えます。 どうか「手引き」を活用していただきたいと思います。

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小さな乳がんはたちが良い?たちが良いから小さい?/NEJM

 生物学的に“favorable”な乳がんはサイズが小さい腫瘍に多く、その頻度は若年女性のほうが低く、生物学的に“favorable”で小さな乳がんは予後が良好であり、過剰診断率は加齢に伴って増加することが、米国・イェール大学のDonald R. Lannin氏とShiyi Wang氏の調査で明らかとなった。研究の成果は、NEJM誌2017年6月8日号に掲載された。マンモグラフィの導入以降、腫瘍サイズの小さな乳がんの発症率が、大きな乳がんの3倍以上に達することがH. Gilbert Welch氏らにより報告されている。これは、小さな乳がんの多くが大きな乳がんには進行せず、小さな乳がんの検出の際に過剰診断が起きることを意味するという。生物学的特徴で3群に分け、腫瘍サイズ、年齢別の過剰診断を評価 研究チームは、Surveillance, Epidemiology, and End Results(SEER)データベースから、2001~13年に診断された浸潤性乳がんを同定し、3つの生物学的因子(悪性度[Grade]、エストロゲン受容体[ER]、プロゲステロン受容体[PR])に基づく12の組み合わせを用いて、次の3つの予後グループに分類した。 (1)生存率が最も不良の群であったのは、Grade 2/ER陰性/PR陰性、Grade 3/ER陰性/PR陰性、Grade 3/ER陽性/PR陰性、Grade 3/ER陰性/PR陽性の4群で、これらは「生物学的unfavorable」に分類された(13万5,388例)。(2)生存率が最も良好であったのは、Grade 1/ER陽性/PR陽性、Grade 1/ER陽性/PR陰性、Grade 1/ER陰性/PR陽性の3群で、これらは「生物学的favorable」と特徴づけられた(13万1,896例)。(3)他のすべての群は「中間的」とみなされた(31万8,325例)。 これら3群の腫瘍サイズの分布を調べ、腫瘍サイズ、生物学的特徴と乳がん特異的生存との関連を検討した。また、3つの群の平均リードタイム(スクリーニングでがんが検出された時期と、スクリーニングしない場合にがんが臨床的に顕在化すると推定される時期の時間差)を評価した。 Welch氏らの方法を適用すると、浸潤性腫瘍の過剰診断率は22%と推定されたが、生物学的favorable例は過剰診断率が高く、unfavorable例は低いと仮定して、この割合を可能性のある範囲で修正した。次いで、年齢別に3つの群の平均余命とリードタイムをシミュレートした。40歳未満の生物学的favorable例は、40歳以上の約半分 40歳以上の女性では、生物学的favorable例は、最大径が1cm以下の腫瘍の38.2%を占めたが、5cm以上の腫瘍では9.0%と少なかった。これに対し、生物学的unfavorable例は、1cm以下の腫瘍では14.1%に過ぎず、5cm以上の腫瘍の35.8%を占めた。40歳未満の女性では、同様の傾向がみられたが、生物学的favorable例が占める割合は40歳以上の約半分であり、unfavorable例の割合がより高かった。 また、40歳以上では、生物学的特徴および腫瘍サイズの両方が予後に大きな影響を及ぼした。すなわち、乳がん特異的な生存率は、生物学的favorable例がunfavorable例に比べ良好で、両群とも腫瘍サイズが小さい例(0.1~2.0cm)が大きい例(2.1~5.0cm)よりも良好だった。腫瘍サイズ別の生存の差は、生物学的favorable例がunfavorable例に比べ小さかった。 さまざまなモデルを用いて3群のリードタイムを推定したところ、Welch氏らによって提示された過剰診断率(22%)が今後も保持されると予測された。推定リードタイムは、モデルによってかなり広範囲に変動したが、すべてのモデルで生物学的favorable例がunfavorable例に比べ、少なくとも1桁分は長いことが示された。 モデルの1つ(過剰診断が生物学的favorable例53%、中間例44%、生物学的unfavorable例3%)で、3つの群の年齢別の過剰診断率を推定した。リードタイムは、生物学的特徴別のばらつきは大きいが、年齢別のばらつきは大きくないと仮定した場合、過剰診断率は年齢が若いほど低く、加齢に伴って着実に増加した。 著者は、「これらの知見により、ある程度は、サイズが大きい乳がんは生物学的悪性度が高い可能性があるといえよう。また、生物学的にfavorableで小さな乳がんは、患者の生存中に大きな腫瘍に進行する可能性は低く、大きな乳がんはすべての小さな腫瘍が進行したのではなく、一部の生物学的に不良な小さながんから進行することが示唆される」とし、「乳がんにはおとなしい腫瘍があり、個別化医療を提供する治療アルゴリズムを用いることで、問題に対処できることを、医師や患者、社会一般に知らせる必要がある」としている。(医学ライター 菅野 守)【訂正のお知らせ】 タイトルおよび本文中の表記に誤りがあったため、一部訂正いたしました(2017年6月20日)。

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第6回 深刻な世代間ギャップの存在【患者コミュニケーション塾】

深刻な世代間ギャップの存在今では医学教育で義務化され、当たり前となったOSCE(客観的臨床能力試験)における医療面接。COMLでは、相手役となる模擬患者の養成と派遣に、1992年から取り組んできました。医学部の講義へ模擬患者を派遣すると、医学生たちから感想文が送られてきます。その内容を読んでいて、ある時期から気になる記載を目にするようになりました。それは、「子供の頃から友人のプライバシーにも深く立ち入らないように気を付けてきたのに、突然出会ううえに年齢も異なる患者さんに、どう対応すれば踏み込み過ぎずに済むか悩む。」といった内容です。友人と違うことをしたり目立ったりするといじめに遭う、というような不安から、真正面からぶつかることを避けてお互い傷つけないように付き合っていくことが、彼らにとっての処世術なのでしょうか。そう考えれば、このような悩みも理解できないわけではありません。しかし、患者の立場としては、違和感を覚えるのです。なぜなら、医師とは患者の究極のプライバシーと向き合う仕事だからです。「どこまで踏み込んでいいのか」ではなく、しっかり踏み込まないと仕事にならないはずです。私はむしろ多くの患者は、「あなたのことを知りたい」と向き合ってくれて、自分のことを十分理解したうえで医療を提供してほしいと望んでいるのではないかと思います。高齢患者の発言を理解できず真逆の行動にまた、コミュニケーションを取るうえで欠かせないのが「言語」です。ところが最近、異なる世代間での共通言語が危機的に少なくなってきていると感じます。年配の世代が若い世代の流行語や略語、「ビミョー」「フツー」「ヤバイ」とカタカナで表現される独特の言葉の使い方についていけないのもその1つです。一方、年配の世代が使う表現を理解できない若者も増えています。それを痛感したのが、ある研修医の体験談を聞いた時でした。その研修医は高齢の男性患者から採血をしようとしたそうですが、採血に適した血管がなかなか見つからず、2度失敗したそうです。そこで上級医に交代してもらおうとしましたが、急変患者が複数発生していて、手が空いている医師がいませんでした。その高齢男性は血液検査の結果が至急必要な患者だったので、「もう少し頑張ってみよう」とさらに2回試みましたが、またもや失敗してしまいました。それまでずっと黙って採血の様子を見守っていたその高齢患者が、4回目の失敗の後、おもむろに「なぁ、兜を脱ぐか?」と言ったそうです。しかし研修医はその意味が理解できず、「どうしよう、何か僕に言っている…」と戸惑い、一生懸命「かぶと、かぶと…」と考えているうちに、兜をかぶった侍が刀を抜いて闘う姿がイメージされて、その勇ましい姿から「そうか、僕は励まされてるんだ!」と考えたのです。そして再び、2回採血を強行したことを私に打ち明けました。この話を聞いた時に、私は大変な世の中がやってきたと思いました。日本語でコミュニケーションが取れなくなってきているのです。医療現場は0歳から100歳代までのあらゆる世代の患者、家族とのコミュニケーションが求められます。この世代間の共通言語をいかに増やしていくかも、喫緊の課題ではないかと思っています。

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第2回 レセプトの内容について ~レセプト作成を制する2つのポイント【医師が知っておきたいレセプトの話】

前回は日本の医療保険制度の仕組みとその中におけるレセプトの位置付けをご紹介させていただきました。今回からは「診療報酬明細書=レセプト」の中身に関して一緒に学んでいきましょう。ちなみにレセプトの語源は、ドイツ語で「処方せん」を意味する“Rezept”に由来すると言われています。日々の診療記録を制するものがレセプトを制す!皆さんは、レセプトと言われるとどんな印象をお持ちでしょうか? 「細かい」、「面倒くさい」、「よくわからない」という声が聞こえてきそうです。しかし、本来レセプトとは、「日々の診療記録を請求形式に合わせて抜き出したもの」であり、カルテに記載された情報がきっちりとしていれば、レセプトにそれらがきちんと抜き出されているかどうかをチェックするだけでいいのです。ついつい構えがちになってしまうレセプトですが、実は「日々の診療記録をきっちりとカルテ内に残すことを心掛ける」というシンプルかつ当たり前の意識がポイントなのです。とは言うものの、一定の「お作法」があることは否定できませんので、レセプトの様式を確認しながら掘り下げていきましょう。レセプト内で完結を!画像を拡大する多くの先生が図の帳票を見慣れていると思いますが、この2つが実際の医科レセプトの帳票です。「入院」、「入院以外」で分かれていますが、基本的な構成は大きく変わりません。ちなみに、紙媒体でチェックを行っている医療機関も多いと思いますが、平成23年度より、オンラインもしくは電子媒体での提出が義務付けられています。さて、ここで2つのチェックポイントをお伝えしましょう。1)「傷病名」、提供した「診療行為」がきっちりとカルテから転記されているか対象期間内に「対象患者が患っていた、もしくは疑われた疾病や傷病名」および「対象期間内に実際に提供した診療行為」がカルテからレセプトに転記されているかをチェック2)「傷病名」と「診療行為」の整合性がとれているか対象期間内に行った診療行為の裏付けとなる傷病名が記載されているか、また、整合性がとれているかをチェックレセプトにはさまざまな項目が並んでいますが、基本的には上記2項目のチェックだけでまずは十分です。提出されたレセプトをチェックする審査員(医師)は「レセプトそのもの」だけを見て審査を行います。つまり、レセプトだけが勝負となります。審査員に伝わるように情報の不足がないか、また、不自然ではないかを確認することが重要です。疑い病名の記載漏れに注意「傷病名」に関しては、「疑い病名」の記載に関して注意が必要です。たとえば、「ある疾病が疑われて検査を行ったが、結果的にはその疾病ではなかった」というケースを考えましょう。その際には、「この疾病を疑ったために、この検査を実施した!」という過程をきっちりと診療録内に残す必要があります。「医師は無駄な検査を実施するわけはない」と考えられますが、レセプト内ではあくまでも「傷病名」と「診療行為」との整合性を文書上でとることが必要なのです。さらに、傷病名が漏れていたことによる「査定」に関しては、再請求(異議申し立て)ができないのが原則です。可能性のある病名に関しては、それが「疑い」であってもきちんと診療録に記載し、レセプトに転記されているかどうかをチェックすることが非常に重要となります。医師の皆様は、患者さんのためを思って日々一生懸命に診療されています。日常の診療をしっかりと記録し、レセプトにきちんと転記することで、診療行為が正当に評価される仕組みがレセプトなのです。皆様の頑張りが報酬の面でも、しっかり評価されるようにしたいですね。

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ムーンライト【マイノリティ差別の解消には?】

今回のキーワードアイデンティティ印象形成のバイアスモラルパニック同調性べき思考ノーマライゼーション社会的インクルージョン多様化皆さんは、マイノリティ差別について考えたことはありますか? マイノリティは、医療の現場での障害者も含まれます。なぜ差別はあるのでしょうか? なぜマイノリティなのでしょうか? そして、どうすれば良いでしょうか? これらの疑問に、答えるために、今回は映画「ムーンライト」を取り上げます。この映画は、2017年のアカデミー賞作品賞の受賞作品でもあり、みなさんの中でもご存じの方が多いでしょう。主人公のシャロンは、アフリカ系アメリカ人で同性愛者。父親はいなくて、母親は薬物依存症の果てに売春をしています。貧困地区で生まれ育ち、経済的に貧しく、学校ではいじめられ、いつも独りぼっち。自尊心も自信もありません。そんな荒んだ世界で心の支えとなったのは、たまたま親代わりの存在になった麻薬ディーラーのフアンとテレサ。そして、唯一の友人でバイセクシャルのケヴィン。しかし、ケヴィンは、いじめ首謀者によって、シャロンのいじめに無理矢理に加担させられます。シャロンは、ケヴィンに裏切られたとの思いから、悲しみが怒りとなり、いじめ首謀者に仕返しの暴行をします。その後、彼は少年院を経て、フアンと同じ麻薬ディーラーになっていくのです。彼の少年期、思春期、成人期のそれぞれのエピソードを通して、ストーリー自体は大きな山場もなく進んでいきます。ハッピーエンドにも悲劇にもなりません。シャロンが彼なりに大人になる様、そしてマイノリティとして生きる現実を淡々と描いています。だからこそ、彼の一貫した悲しげな表情や切なくて純粋な思いが際立ち、見ている私たちを惹き付けていきます。それでは、これから、マイノリティの眼差し、マイノリティへのマジョリティ(社会)の眼差し、そしてマジョリティの陥りがちな心理を通して、マイノリティ差別の源やその解決策に迫っていきましょう。マイノリティであるシャロンやケヴィンの眼差しとは?シャロンは、大人になるまで、人種、ジェンダー、家庭環境、貧困など様々な葛藤を抱えています。そして、大人になり、反社会的な職業に就いています。ケヴィンも、大人になって、決して恵まれた暮らしをしていません。2人とも、マジョリティ(多数派)の生き方ではありません。そんなマイノリティの彼らにも、彼らなりの眼差しがあります。主に3つあげてみましょう。1)それでも受け入れる自分の生き方-アイデンティティ少年期、シャロンが自分の境遇に気付き、社会で受け入れられないことに葛藤します。そのことを察したフアンは、シャロンに「自分の道は自分で決めろ」「周りに決めさせるな」と告げ、人生の様々な教訓を教えます。フアンは、シャロンにとって良き理解者であり、強い男のロールモデルでした。思春期までのなよなよとした雰囲気から一転して、大人になったシャロンは、筋肉トレーニングにより屈強な肉体を持ち、ダイヤのピアスとゴールドの歯形を付けています。麻薬の取り引きでは、相手に言いがかりを付けて、威圧もしています。そんな様変わりしたシャロンの姿を10年ぶりに見たケヴィンは「予想外だよ」と言います。するとシャロンは、「どんな予想をしてたんだよ?」と言い返すのです。シャロンは生きる術を身に付け、これが自分なりの生き方だと納得しています。たとえどんなに恵まれていなくても、マイノリティであってもマジョリティであっても、それが自分の生き方だと受け入れていく心のあり方を私たちは教えられます(アイデンティティ)。2)それでも感じる幸せ-リフレーミング大人になったケヴィンは、ひょんなことから料理に目覚めて、コックになり、レストランを開きます。しかし、子どもをつくった女性とは別れ、車を買うお金もなく、生活状況は決して恵まれていません。そんなケヴィンにシャロンは「クソみたいな人生だな」と冗談を言います。しかし、ケヴィンは「その通りだな」と言い、幸せそうな表情を浮かべるのです。そして、幼い自分の子どもの写真を大切そうに見せるのです。ケヴィンは、自分の思い描いていた人生を歩んでいないですが、それでも自分の人生は幸せなものだと感じています。たとえどんな状況であっても、マイノリティであってもマジョリティであっても、その状況の何かに幸せを見いだす心のあり方を私たちは教えられます(リフレーミング)。3)それでも大切にし続ける何か-コミットメントケヴィンは、自分のレストランに訪ねてきてくれたシャロンのために、料理を丁寧につくります。そのことに喜びを感じています。その後に、ケヴィンのアパートで2人きりになったシャロンは「あの夜のことを今でもずっと覚えている」と告げます。それは、高校生だった2人が、ある夜、海辺で寄り添いキスをして、ケヴィンがシャロンに手淫をしたことでした。そして、シャロンは、「今までおれに触れた相手は1人しかいない」と打ち明けるのです。すると、ケヴィンはシャロンを優しく抱きしめます。かつてシャロンは、ケヴィンに裏切られた思いから、全てを忘れようと変わっていきました。しかし、ケヴィンとのその思い出は決して忘れられずに、ずっと一途に秘めたままにしていたのでした。それが、彼の心の支えでした。10年経っても、シャロンにとって、ケヴィンは大切な親友であり恋人のままだったのです。シャロンの見かけは変わりましたが、彼の思いや本質は変わっていなかったのです。たとえ大きなことではなくても、マイノリティであってもマジョリティであっても、何かを大切にし続ける心のあり方を私たちは教えられます(コミットメント)。マイノリティへのマジョリティの眼差しとは?シャロンの同級生たちは、シャロンがゲイであることや母親が売春をしていることで、いじめます。シャロンはマイノリティであっても彼なりの眼差しを持っている一方、マイノリティへのマジョリティ(社会)の眼差しは、残念ながら、否定的なものになりがちです。それが極端な場合は、差別に発展します。実際に、ある心理実験では、人の印象において、相手がマイノリティであるというだけでその相手への評価が否定的になるという結果が得られています(印象形成のバイアス)。「寄らば大樹の陰」ということわざは、これを分かりやすく言い表しています。それでは、そもそもなぜでしょうか?その答えを進化心理学的に考えることができます。原始の時代に、体と同じように、私たちの心(脳)も進化しました。当時に生存の確率を高めたのは、猛獣や飢餓の脅威から身を守るために、ヒトは協力し合って、1つの集団になることです。そのために、周り(集団)に調子を合わせ、マジョリティの考え(集団規範)に従う心理が進化しました(同調性)。さらには、そうしないメンバーはつながりを脅かす脅威となるため排除する心理も進化しました(排他性)。そうして生き残った種の子孫が、現在の私たちなのです。しかし、私たちが生きる現代の文明社会では、原始の時代のように同調性や排他性の心理を発揮しなくても、法や科学によって生存が守られるようになりました。しかし、この原始の時代の心理は残ったままなのでした。よって、この名残の心理によって、私たちは無意識のうちにマイノリティ差別に陥るおそれがあると言えるでしょう。ここで誤解がないようにしたいのは、同調性や排他性の心理が、進化の産物だからと言って、差別が肯定されるわけでは全くないです。例えば、私たちが甘いものをつい口にしてしまうのは原始の時代に生存のために進化した嗜好です。だからと言って、飽食の現代に甘いものを食べ過ぎて糖尿病になることを私たちは決して良しとはしないでしょう。ここで強調したいのは、原始の社会から環境が大きく変わってしまった現代の文明社会において、甘いものへの嗜好を知ることで糖尿病にならないようにするのと同じように、同調性や排他性の心理をよく知ることでマイノリティ差別に陥らないようにすることができるのではないかということです。 マジョリティの心理の危うさとは?同調性や排他性の心理をよく知るために、ここから、マジョリティの心理の危うさを掘り下げてみましょう。マジョリティとは、多数派、つまり社会そのものです。分かりやすく言うと、普通の人です。つまり、普通の人が普通であるために陥りがちなマジョリティの心理を主に3つあげてみましょう。1)体裁や世間体を気にしすぎる-他者配慮1つ目は、体裁や世間体を気にしすぎることです(他者配慮)。普通の人ほど、普通であるために、親や会社などの周りの目を気にして、普通の人が望む生き方に沿っていこうとします。例えば、それは、男性も女性も適齢期に結婚し、子どもをもうけること。父親となった男性は社会的地位や経済力が安定していること。母親となった女性は、家事や育児をきっちりこなし、美しいままであること。子どもは2人いて、有名私立の学校に通っていることです。まさに絵に描いたように全てが恵まれた理想の家族の風景です。しかし、果たしてそれは、自分が本当に望んでいる生き方でしょうか? そうなら良いのです。しかし、そうではないとしたら? 実は男性は、給料が少なくても自分のやりたい仕事をしたいとしたら? 女性はもっとばりばり仕事をしたいとしたら? 子どもには気の合う友達が多くて家に近い公立に行かせたいとしたら?つまり、マジョリティ(社会)がうらやましいとされる価値観に囚われて、世間体や体裁ばかりを気にして、中身がない状況です。そうなると、「自分はこうだ」「これが自分の生き方だ」というアイデンティティが一貫しなくなり、最終的に自分の生き方に満足や納得ができなくなるおそれがあります。2)比べてばかりで不安-比較癖2つ目は、周りと比べてばかりで不安になってしまうことです(比較癖)。普通の人ほど、普通であるために、自分が周りから「望ましい生き方」をしていると思われたいとの思いが強いです。例えば、それは、学校、職場、隣近所でちやほやされたり、うらやましがられることです。しかし、現実的には、自分だけでなく相手もそう思われたいとの思いがあります。よって、自分が相手よりも優位に立とうとお互いが「望ましい生き方」をしていると自慢し合うことになります。さらに、相手を自分よりも優位に立たせないために、相手の生き方を肯定しにくくなります。これは、他人の人生を肯定してしまうと、自分の人生を否定してしまう気分になるからです。こうして、水面下では勝ち負けの競争になっていきます。いわゆる「マウンティング」です。「勝ち組」「負け組」という表現はそれを端的に表しています。また、普通でありたいと思うことは、裏を返せば、普通ではなくなることに過剰に不安を感じやすくなることでもあります。例えば、もし父親がリストラされたら? 母親が姑と揉めたら? 子どもが不登校になったら? このように、現実的には、普通ではない状況になることはいくらでも起こりえます。それに耐えられなくなります。さらに、どんなに優位であっても、「上には上がいる」と思えば、気持ちは満たされなくなります。結果的に、「自分の人生はいつまでも満たされない」という否定的な決め付けをしてしまいがちになります(認知行動療法のスキーマ、交流分析の脚本)。このように、周りの目を絶対化して、いつも相手と比べて一喜一憂してしまい、疲れ果ててしまうのです。自分が幸せであると感じることよりも、周りから自分が幸せそうに見えていることの方が大事になってしまいます。そして、そのために誰かが不幸せであることをつい喜んでしまいます。これは、裏を返せば、先ほど触れたアイデンティティという絶対的な自分の生き方という眼差しを持っていないからでもあります。そもそも自分の生き方に納得していれば、そこに幸せを感じるので、周りの評価や周りの不幸せは必ずしも重要ではなくなるでしょう。3)こうあるべきと不寛容-べき思考3つ目は、自分も周りもこうあるべきとの思いが強くなることです(べき思考)。普通の人ほど、自分だけでなく自分の属する集団の他の人たちも「望ましい生き方」をしてほしい、するべきだとの思いが強くなります。例えば、それは家族から始まり、親戚、地域、そして国へと広がります。逆に、「望ましい生き方」をしていない人には、自分たちの集団のつながり(集団規範)が脅かされると感じやすくなります(モラルパニック)。これは先ほどに触れた同調性と排他性の心理です。しかし、現実的には、マイノリティがいます。マイノリティは、普通の人(マジョリティ)が考える「望ましい生き方」をしているわけではないです。ここに、差別の源があるのです。普通の人が、陥りがちな発想は、「差別は普通ではないことである」「差別する人は普通の人ではない」「私は普通の人だから差別をするはずがない」です。しかし、皮肉にも、「普通」の生き方をするべきと思う人(マジョリティ)ほど、「普通」とされる生き方をしない人(マイノリティ)に寛容ではなくなり、差別の意識が起きやすくなってしまうというわけです。この、べき思考が強すぎれば、相手の言い分に聞く耳を持たず、折り合いが見いだせなくなり、結果的に自分の言い分も相手に分かってもらえずに、相互理解が難しくなります。例えば、それがナショナリズムやヘイトスピーチです。そもそも自分の大切にしているものがはっきりしていて自分の生き方に自信を持っているのであれば、相手の大切にしているものも理解して相手の生き方も大切にできるでしょう。そして、生き方や幸せの形は、人それぞれと思えるでしょう。これまでのマイノリティ差別の解消への取り組みは?これまでの障害者をはじめとするマイノリティ差別の解消のために、バリアフリーやユニバーサルデザインなどのインフラの整備や経済的支援の整備がすでに進められてきました。これらは、マイノリティが、マジョリティと同じく普通の生活ができるようにするハード面の取り組みです(ノーマライゼーション)。ここで誤解がないようにしたいのは、ノーマライゼーションとは、マイノリティが、ノーマルな生活(マジョリティの普通の生活)を送れるようにするという意味であり、ノーマルな人にするという意味ではないです。そして、学校教育での合理的配慮や障害者枠による就労などの制度の整備やLGBT(性的少数者)の婚姻などの法の整備も進められようとしています。これらは、マイノリティが、マジョリティの教育や就労の制度に含まれて社会参加の機会を均等に得ることができるようにするソフト面の取り組みです(社会的インクルージョン)。このノーマライゼーションと社会的インクルージョンは、マイノリティ差別の解消への大きな前進です。ただ、これらだけでは限界があります。なぜなら、いくらマイノリティへのハード面やソフト面の取り組みがなされたとしても、先ほど紹介したマイノリティ差別の根っこであるマジョリティの心理の危うさがあるからです。それでは、どうすれば良いでしょうか? これからのマイノリティ差別の解消への私たちの心のあり方は?先ほどマイノリティ差別をしがちなマジョリティの心理として、体裁や世間体を気にしすぎる、比べてばかりで不安がる、こうあるべきと不寛容になりやすいという3つをあげました。ここから気付くマイノリティ差別の解消のための私たちの心のあり方があります。それは、逆に体裁を気にしすぎない、比べてばかりにならない、こうあるべきとならないことです。そして、そのために必要な心のあり方は、最初に紹介したシャロンやケヴィンの眼差しにあります。それは、マイノリティであってもマジョリティであっても、自分が納得した生き方をしていること、その生き方自体にすでに幸せを感じていること、そしてその生き方のために大切にし続ける何かがあることです。これらを踏まえると、ノーマライゼーション、社会的インクルージョンからさらに一歩進んだ発想が見えてきます。それは、社会の多様化だけでなく、個人の多様化です。例えば、私たちは、人生の中で様々な選択肢があり、自分なりの生き方ができます。決断によって人生を変えていくこともできます。一方で、私たちは生き続ければ間違いなくいずれ高齢者になります。たいてい認知症も発症します。精神疾患が5大疾病に入れられたように、ストレス社会でうつ病などの精神疾患にもなりやすくなっています。妊娠中や出産後は心身ともに困難が増えます。病気や事故ですぐに体が不自由になる可能性もあります。つまり、マジョリティがマジョリティであり続けるわけでは必ずしもないということに気付くことです。それは、マジョリティのマイノリティ化です。すると、もはや自分がマジョリティに入っているかどうかは重要ではなく、そもそもマジョリティかマイノリティかの区別も重要ではなくなるでしょう。これまでは、「インクルージョン(包摂)」という言葉が示すようにマイノリティをマジョリティ側に「入れてあげる」という発想でした。これからは、マジョリティがマイノリティ側に「広がっていく」という発想を持つことが重要ではないでしょうか? これが、差別の解消への私たちの心のあり方の最終的な答えです。月明かりのもとで輝くものは?少年期のシャロンは、フアンから「月明かり(ムーンライト)に照らされて、黒い肌が青く見えるんだ」と教えられます。これは、人生の様々な選択肢や岐路という「月明かり」によって、私たち自身が様々な「色」に輝くことができるという映画のメッセージでもあるように思われます。私たちがそれぞれに違った「色」であるために、マジョリティやマイノリティの区別なく、それぞれが一生懸命に生きることを受け止める社会であってほしいという願いでもあるでしょう。マイノリティというあえて目立たない部分に光りを当てたことに、この映画の醍醐味があります。そして、この映画が2017年にアカデミー賞作品賞に選ばれたことに、現代的な意味があると言えるでしょう。1)曽和信一:ノーマライゼーションと社会的・教育的インクルージョン、阿吽社、20102)本間美智子:集団行動の心理学、サイエンス社、2011年

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