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腎保護効果は見せかけだった~RA系阻害薬は『万能の妙薬』ではない~(解説:石上 友章 氏)-669

 CKD診療のゴールは、腎保護と心血管保護の両立にある。CKD合併高血圧は、降圧による心血管イベントの抑制と、腎機能の低下の抑制を、同時に満たすことで、最善・最良の医療を提供したことになる。RA系阻害薬は、CKD合併高血圧の治療においても、ファーストラインの選択肢として位置付けられている。RA系阻害薬には、特異的な腎保護作用があると信じられていたことから、糖尿病性腎症の発症や進展にはより好ましい選択肢であるとされてきた。一方で、CKD合併高血圧症にRA系阻害薬を使用すると、血清クレアチニンが一過性に上昇することが知られており、本邦のガイドラインでは、以下のような一文が付け足してある。 『RA系阻害薬は全身血圧を降下させるとともに、輸出細動脈を拡張させて糸球体高血圧/糸球体過剰ろ過を是正するため、GFRが低下する場合がある。しかし、この低下は腎組織障害の進展を示すものではなく、投与を中止すればGFRが元の値に戻ることからも機能的変化である。』(JSH2014, p71) 図は、この考えの根拠となるアンジオテンシンIIと、尿細管・平滑筋細胞・輸入輸出細動脈との間の、量-反応関係を示している。アンジオテンシンIIは、選択的に輸出細動脈を収縮させる。いわば、糸球体の蛇口の栓の開け閉めを制御しており、クレアチニンが上昇しGFRが低下する現象は、薬剤効果であり、軽度であれば無害であるとされてきた。糖尿病合併高血圧では、Hyperfiltration説(Brenner, 1996)に基づいた解釈により、RA系阻害薬は糸球体高血圧を解消することから、腎保護効果を期待され、第一選択薬として排他的な地位を築いている。 しかしながら、こうした考えはエキスパート(専門家)の"期待"にとどまっているのが実情で、十分なエビデンスによる支持があるわけではなかった。 RA系阻害薬の腎保護効果について、その限界を示唆した臨床試験として、ONTARGET試験・TRANSCEND試験があげられる[1, 2]。本試験は、ARB臨床試験史上、最大規模のランダム化比較試験であり、エビデンスレベルはきわめて高い。その結果は、或る意味衝撃的であった。ONTARGET試験では、ACE阻害薬とARBとの併用で、有意に33%の腎機能障害を増加させていた。TRANSCEND試験に至っては、腎機能正常群を対象にしたサブ解析で、実薬使用群での、腎機能障害の相対リスクが2.70~3.06であったことが判明した。他にも、RA系阻害薬の腎保護効果に疑問を投げかける臨床試験は、複数認められる。  eGFRの変化は、アルブミン尿・タンパク尿の変化よりも、心血管イベント予測が鋭敏である[3]。Schmidtらの解析による報告[4]は、RA系阻害薬による”軽微”とされていた腎障害が、腎保護効果はおろか、心血管イベントの抑制にも効果がなかったことを証明した。ガイドラインは、過去の研究成果を積み上げた仮説にすぎない。クリニカル・クェスチョンは有限とはいえ、無数にある。あらゆる選択肢の結果を保証するものではない。専門家の推論や、学術的COIに抵触するような期待に溢れた、あいまいな推奨を断言するような記述は、どこまで許容されるのか。この10年あまりの間、糖尿病合併高血圧や、CKD合併高血圧にRA系阻害薬がどれだけ使用されたのか。そのアウトカムの現実を明らかにした本論文の意義は、学術的な価値だけにとどまらず、診療ガイドラインの限界を示しているともいえる。 1)ONTARGET Investigators, et al. N Engl J Med. 2008;358:1547-1559.2)Mann JF, et al. Ann Intern Med. 2009; 151: 1-10.3)Coresh J, et al. JAMA. 2014; 311: 2518-2531.4)Schmidt M. BMJ. 2017;356:j791.

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研修と組み合わせた2つの強化インスリン療法を比較/BMJ

 1型糖尿病患者の治療において、インスリンポンプ療法に、フレキシブル強化インスリン治療に関する体系的な研修を加えても、頻回注射法(MDI)と比較して血糖コントロール、低血糖、心理社会的転帰に、教育によるベネフィットの増強は得られないことが、英国・シェフィールド大学のSimon Heller氏らが行ったREPOSE試験で示された。研究の成果は、BMJ誌オンライン版2017年3月30日号に掲載された。英国では、1型糖尿病のインスリンポンプ療法は、これ以外の方法では日常生活に支障を来す低血糖を起こさずに良好な血糖コントロールが達成できない患者には価値があるとされる。より広範なインスリンポンプ療法の使用については不確実な点が多く、これまでに行われたMDIとの比較試験は症例数が少なく、試験期間が短いものしかなかったという。研修と組み合わせた2つの強化インスリン療法を比較 REPOSEは、フレキシブルなインスリン治療の研修を受けた1型糖尿病患者において、インスリンポンプ療法とMDIの有効性を比較するプラグマティックな非盲検クラスター無作為化試験(英国医療技術評価プログラムなどの助成による)。 対象は、強化インスリン療法を受ける意思があり、インスリンポンプ療法およびMDIへの好みがない成人1型糖尿病患者であった。イングランドの5施設とスコットランドの3施設で、各施設最大40例の登録を行い、5~8例を1組とする研修コースに患者を割り当てた。 被験者には、フレキシブルな強化インスリン療法(正常な摂食に対する用量調整[dose adjustment for normal eating:DAFNE])に関する体系的な研修が行われた。研修コース(クラスター)が、ポンプ群またはMDI群にランダムに割り付けられ、2年間の治療が行われた。 主要評価項目は、ベースラインのHbA1c値≧7.5%の患者における2年後のHbA1c値の変化およびHbA1c値≦7.5%(2004 NICE推奨値)の達成率とした。副次評価項目には、体重、インスリン用量、中等度~重度低血糖のエピソードが含まれ、QOL、治療満足度の評価も行った。 317例(46コース)がランダム化の対象となった(ポンプ群156例、MDI群161例)。267例が研修コースに参加し、ITT解析には260例(それぞれ132例、128例)が含まれた。2年間の追跡データが得られたのは248例(128例、120例)だった。両群とも全般に転帰が改善、推奨値の達成は少ない ベースラインの全体の平均年齢は40.7歳、男性が60%であった。HbA1c値はポンプ群がわずかに高かった(9.3 vs.9.0%)。9%がHbA1c値<7.5%だった。 ベースラインのHbA1c値≧7.5%の235例(ポンプ群119例、MDI群116例)は、2年後のHbA1c値がそれぞれ0.85%、0.42%低下した。補正後のベースラインからの変化の平均差は-0.24%(95%信頼区間[CI]:-0.53~0.05)であり、ポンプ群で良好な傾向がみられたものの有意な差はなかった(p=0.10)。 ベースラインのHbA1c値にかかわらず、2年後のHbA1c値≦7.5%達成率は、ポンプ群が25.0%、MDI群は23.3%であり、両群に有意な差を認めなかった(オッズ比:1.22、95%CI:0.62~2.39、p=0.57)。 重度低血糖の発現は少なく、全体で25例に49件みられた。2年後の補正発生率は、両群に差はなかった(罹患率比:1.13、95%CI:0.51~2.51、p=0.77)。全体の年間発生件数は、ベースライン前の0.17から追跡期間中に0.10へと低下した。ベースライン前と比較した2年後の罹患率比は0.46(0.24~0.89、p=0.02)と有意な差が認められた。 体重は試験期間を通じてほぼ一定で、両群に有意な差はなかった。総インスリン投与量は両群とも減少し、12ヵ月時にはポンプ群の減少量が有意に多かった(補正差:-0.07、95%CI:-0.13~-0.01、p=0.02)が、2年後にはこの差は消失した(-0.05、-0.11~0.02、p=0.15)。 ほとんどの心理社会的指標は両群に差はなかったが、ポンプ群は治療満足度が大幅に改善され(p<0.001)、糖尿病特異的QOLのうち身体機能に関する日常のいら立ち事(daily hassle of functions)および食事制限が12ヵ月時(それぞれ、p=0.02、p=0.01)、2年時(p=0.01、p=0.004)にポンプ群で有意に優れた。 著者は、「両群とも、HbA1c値、低血糖の発現が低下し、社会心理的指標が改善したが、血糖値がガイドラインの推奨値を達成した患者はほとんどいなかった」とまとめ、「これらの結果は、血糖コントロールが不良な患者では、強力な自己管理に向けた研修の効果が確立されるまでは、インスリンポンプ療法の使用は支持されないことを意味する」と指摘している。

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IgG4関連疾患〔IgG4-related disease〕

1 疾患概要■ 概念・定義IgG4関連疾患とは、リンパ球とIgG4 陽性形質細胞の著しい浸潤と線維化により、同時性あるいは異時性に全身諸臓器の腫大や結節・肥厚性病変などを認める原因不明の疾患である。罹患臓器としては膵臓、胆管、涙腺・唾液腺、中枢神経系、甲状腺、肺、肝臓、消化管、腎臓、前立腺、後腹膜、動脈、リンパ節、皮膚、乳腺などが知られている。病変が複数臓器に及び、全身疾患としての特徴を有することが多いが、単一臓器病変の場合もある。臨床的には各臓器病変により異なった症状を呈し、臓器腫大、肥厚による閉塞、圧迫症状や細胞浸潤、線維化に伴う臓器機能不全など、時に重篤な合併症を伴うことがある。治療にはステロイドが有効なことが多い。ステロイド抵抗性・依存性や臓器障害を生じたIgG4関連疾患症例は、2015年7月から難病に指定された。■ 疫学IgG4関連疾患の診療は、種々の診療科にまたがるので、その患者数の推定は困難である。石川県で行われた調査では、年間336~1,300人のIgG4関連疾患の新規発症があり、わが国では2万6,000人の患者がいると推定される。わが国で2016年に行われた自己免疫性膵炎の全国調査では、自己免疫性膵炎の年間推計受療者数は1万3,436人、年間罹患患者数は3,984人、有病率10.1人/10万人と推定され、2011年の調査時の罹患患者数より倍増した。臓器によって異なるが、高齢の男性に多く発症する傾向がある。■ 病因IgG4関連疾患の病因は解明されていないが、免疫遺伝学的背景に自然免疫系、Th2にシフトした獲得免疫系、制御性T細胞などの異常が病態形成に関与する可能性が報告されている。■ 症状臨床症状・徴候は、罹患した臓器によって異なるが、臓器腫大や肥厚による閉塞・圧迫症状が主体となる。自己免疫性膵炎やIgG4関連硬化性胆管炎では膵腫大や胆管閉塞による閉塞性黄疸、IgG4関連涙腺・唾液腺炎では涙腺・唾液腺腫大、後腹膜線維症では尿管圧迫による水腎症や腎機能障害などがみられる。また、病態が持続進行すると、涙腺・唾液腺機能障害による乾燥症状や、膵内外分泌機能低下などが生じうる。■ 分類自己免疫性膵炎以外は、罹患した臓器の前に「IgG4関連」をつけて呼ぶ。IgG4関連疾患はほぼ全身の諸臓器に認められるが、現在IgG4関連疾患として明らかに認知されている疾患・病態を表1に示す。表1 IgG4関連疾患に包括される疾患・病態■ 予後IgG4関連疾患はステロイドが奏効するので、短期的予後は良好であるが、再燃する例が少なからず存在し、長期的予後は不明である。自己免疫性膵炎では、再燃を繰り返す例で、膵石が形成されることがある。また、IgG4関連疾患では、悪性腫瘍を合併しやすいとの報告もあり、注意を要する。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ IgG4関連疾患包括診断基準いくつかのIgG4関連疾患には、その診断基準があるが、IgG4関連疾患を包括する診断基準が2011年に作られ、2020年に改訂された。この基準は、各臓器病変の専門医以外の臨床医の使用、各臓器の診断基準との併用、簡潔化、病理組織診断の重要視、ステロイドの診断的治療は推奨しないなどを基本的なコンセプトとして作成された。臨床的所見、血液所見、病理所見の組み合わせにより診断する(表2)。表2 2020改訂IgG4関連疾患包括診断基準できる限り組織診断を加えて、各臓器の悪性腫瘍(がんや悪性リンパ腫など)や類似疾患(原発性硬化性胆管炎、シェーグレン症候群、キャッスルマン病、2次性後腹膜線維症、ウェゲナー肉芽腫、サルコイドーシス、チャーグ・ストラウス症候群など)と鑑別することが大事である。また、この基準で確定診断ができなくても、各臓器の診断基準により診断が可能である。■ 自己免疫性膵炎1型自己免疫性膵炎は、IgG4が関連する1型と、IgG4とは無関係で好中球の膵管上皮内浸潤を特徴とする2型に分かれる。自己免疫性膵炎1型は、自己免疫性膵炎臨床診断基準2018(表3)を用いて診断する。表3-1 自己免疫性膵炎臨床診断基準2018表3-2 自己免疫性膵炎臨床診断基準2018本症の診断においては、膵がんや胆管がんなどの腫瘍性の病変を否定することがきわめて重要である。診断基準では、膵腫大、主膵管の不整狭細像、高IgG4血症、病理所見、膵外病変とオプションとしてのステロイド治療の効果の組み合わせにより診断する。びまん性の膵腫大を呈する典型例では、高IgG4血症、病理所見か膵外病変のどれか1つを満たせば自己免疫性膵炎と診断できる。限局性膵腫大例では、膵がんとの鑑別がしばしば困難であり、ERP(内視鏡的逆行性膵管造影)による主膵管の膵管狭細像が必要であったが、改訂基準ではMRCP、EUS-FNAとステロイド治療の効果で確定診断できるようになった。膵のびまん性腫大は、本症に特異性の高い所見である。腹部ダイナミックCTでは遅延性増強パターンと被膜様構造(capsule-like rim)が特徴的である(図1)。画像を拡大するERPによる主膵管のびまん性不整狭細像も本症に特異的である。狭細像とは閉塞像や狭窄像と異なり、ある程度広い範囲に及んで、膵管径が通常より細くかつ不整を伴っている像を意味する(図2)。画像を拡大する限局性の病変では膵がんとの鑑別がとくに困難であるが、狭細部より上流側の主膵管には著しい拡張を認めない、狭細部からの分枝の派生や非連続性の複数の主膵管狭細像(skip lesions)は、膵がんとの鑑別に有用である。血中IgG4値の上昇は高率に認められるので、その診断的価値は高い。しかし、IgG4値の上昇は他疾患(アトピー性皮膚炎、天疱瘡、喘息など)や一部の膵臓がんや胆管がんでも認められるので注意を要する。病理組織像は、lymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis(LPSP)と呼ばれる特徴的な所見で、高度のリンパ球とIgG4陽性の形質細胞の浸潤と、紡錘形細胞が錯綜配列を示す花筵状線維化(storiform fibrosis)と閉塞性静脈炎(obliterative phlebitis)を呈する(図3、4)。画像を拡大する画像を拡大する合併する他のIgG4関連疾患として、膵外胆管の硬化性胆管炎、涙腺・唾液腺炎と後腹膜線維症が取り上げられている。ステロイド治療の効果判定は、画像で評価可能な病変が対象であり、臨床症状や血液所見は対象としない。ステロイド開始2週間後に効果不十分の場合には、再精査が必要である。できる限り病理組織を採取する努力をすべきであり、ステロイドによる安易な診断的治療は厳に慎むべきである。■ IgG4関連硬化性胆管炎IgG4関連硬化性胆管炎の診断は、IgG4関連硬化性胆管炎臨床診断基準2020(表4)に基づいて、胆道画像検査、高IgG4血症、他のIgG4関連疾患(自己免疫性膵炎、IgG4関連涙腺・唾液腺炎、IgG4関連後腹膜線維症)の合併、胆管壁の病理組織所見、オプションとしてのステロイド治療の効果の組み合わせによって診断する。表4-1 IgG4関連硬化性胆管炎臨床診断基準2020表4-2 IgG4関連硬化性胆管炎臨床診断基準2020IgG4関連硬化性胆管炎の胆管像では、下部胆管狭窄を呈することが多いが、上部~肝門部胆管狭窄や肝内胆管狭窄を呈する例では、肝門部胆管がんや原発性硬化性胆管炎(PSC)との鑑別が問題となる。自己免疫性膵炎を合併しないIgG4関連硬化性胆管炎では、診断がとくに困難である。PSCでよくみられる全周性の輪状狭窄(annular stricture)、数珠状変化(beaded appearance)や肝内胆管の減少(pruned-tree appearance)などはIgG4関連硬化性胆管炎ではほとんど認められない(図5)。画像を拡大するIgG4関連硬化性胆管炎では、CTやUSなどにおいて、胆管狭窄部だけでなく狭窄のない部位の胆管にも壁肥厚が高頻度に認められ、この所見は胆管がんとの鑑別に有用である。経乳頭的胆管生検では採取検体が小さいため、IgG4関連硬化性胆管炎と診断できるだけの材料を採取できる例が少ない。肝内胆管に病変が及ぶIgG4関連硬化性胆管炎では、肝生検がPSCとの鑑別に有効なこともある。ステロイドへの良好な反応性は、IgG4関連硬化性胆管炎の診断をより確実なものとするので、ステロイドトライアルも診断の一手段となる。しかし、診断目的の安易なステロイド投与は慎むべきである。■ IgG4関連涙腺・唾液腺炎従来ミクリッツ病やキュットナー腫瘍と呼ばれていた疾患で、診断にはIgG4関連ミクリッツ病の診断基準が用いられる。涙腺、耳下腺、顎下腺の持続性(3ヵ月)、対称性の2対以上の腫脹を基本として、高IgG4血症か、涙腺・唾液腺組織に著明なIgG4陽性形質細胞浸潤(強拡大5視野でIgG4陽性/IgG4陽性細胞が50%以上)のいずれかを満たした場合に診断される。多くは対称性に涙腺、耳下腺、顎下腺、舌下腺、小唾液腺のいずれかが腫脹する。シェーグレン症候群との鑑別が問題となるが、シェーグレン症候群に比べて、抗SS-A/SS-B抗体が陰性であり、乾燥性角結膜炎や唾液腺分泌障害が軽度である。■ IgG4関連腎臓病IgG4関連腎臓病診断基準(表5)により診断される。表5 IgG4関連腎臓病診断基準IgG4関連腎臓病では、びまん性腎腫大、腎実質の多発性造影不良域、腎腫瘤、腎盂壁肥厚などの特徴的な画像所見を呈することが多い。腎組織は間質性腎炎が主体であるが、膜性腎症などの糸球体病変を伴う場合もある。■ IgG4関連後腹膜線維症腹部大動脈周囲や尿管周囲の軟部組織の肥厚が特徴で、腫瘤を形成したり水腎症を起こしたりする。生検困難例も多く、悪性疾患や感染症などによる2次性後腹膜線維症との鑑別が問題となる。■ IgG4関連呼吸器病変画像上、肺門縦隔リンパ節腫大、気管支壁/気管支血管束の肥厚、小葉間隔壁の肥厚、結節影、浸潤影、胸膜病変などの胸郭内病変を呈する。また、病理組織学的には、気管支血管束周囲、小葉間隔壁、胸膜などの間質に、著明なリンパ球とIgG4陽性細胞の浸潤と線維化を認める。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)経口ステロイド治療が、IgG4関連疾患の標準治療法である。経口プレドニゾロン0.6mg/kg/日の初期投与量を2~4週間投与し、その後画像検査や血液検査所見などを参考に約2週間の間隔で5mgずつ漸減し、3~6ヵ月ぐらいで維持量まで減らす。治療への反応が悪い例では悪性腫瘍などを疑診して、再検査を行う必要がある。IgG4関連疾患では、ステロイド中止後にしばしば再燃が起こるので、再燃予防に少量のプレドニゾロン(5mg/日程度)の維持療法を1年前後行うことが多い。ただし、IgG4関連疾患は基本的に予後良好な疾患であることに加え、高齢者発症が多いので、ステロイド長期投与の副作用(腰椎圧迫骨折、大腿骨頭壊死、耐糖能異常など)を考慮して、画像診断および血液検査で十分な改善が得られた症例では、ステロイド投与の早期中止が望まれる。ステロイドを中止する際には、個々の症例における活動性を見極め、できるだけ少量投与に切り替えて中止するほうが安全である。また、ステロイド治療中止後も慎重な経過観察が必要である。ステロイド治療後に再燃を来しやすい因子として、治療後の画像上の改善が不十分、治療後も血中IgG4高値が続く、治療前の血中IgG4値が著しく高値である、などが挙げられる。再燃例では、ステロイドの再投与や増量により寛解が得られることが多い。欧米では、再燃例に対して、免疫抑制薬やリツキシマブを投与して、良好な成績が報告されている。2017年に作成された自己免疫性膵炎の治療に関する国際コンセンサスでは、ステロイドに抵抗性または副作用でステロイドが投与できない症例では、リツキシマブを第1選択とすると記載された。4 今後の展望IgG4の病因の解明と確実性のより高い血清学的マーカーの開発が望まれる。治療に関しては、Bリンパ球の表面免疫グロブリンのCD20抗原に対する抗体であるリツキシマブ(キメラ型抗CD20抗体、商品名:リツキサン)が、ステロイドや免疫抑制薬使用後に再燃したIgG4関連疾患に有効であったと海外で報告されている。しかし、リツキシマブは高価な薬剤であり、また、わが国ではIgG4関連疾患に対する投与は保険適用になっていない。5 主たる診療科消化器内科、リウマチ科、内分泌科、耳鼻咽喉科、腎臓内科、呼吸器内科、泌尿器科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報がん・感染症センター 都立駒込病院 IgG4関連疾患センター(世界で初めての専門外来センター)日本膵臓学会ホームページ さまざまなガイドライン(医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター IgG4関連疾患(一般利用者向け、医療従事者向けのまとまった情報)1)厚生労働省難治性疾患等政策研究事業 IgG4関連疾患の診断基準ならびに診療指針の確立を目指す研究班. 日内誌. 2021;110:962-969.2)日本膵臓学会 厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患等政策研究事業) IgG4関連疾患の診断基準ならびに診療指針の確立を目指す研究班. 膵臓. 2018;33:902-913.3)中沢貴宏ほか. 胆道. 2021;35:593-601.4)IgG4関連腎臓病ワーキンググループ.日腎会誌.2011;53:1062-1073.公開履歴初回2015年10月20日更新2017年04月18日更新2022年07月28日

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「カイジ」と「アカギ」(後編)【ギャンブル依存症とギャンブル脳】

今回のキーワードカジノを含む統合型リゾート(IR)行動経済学システム化報酬予測ニアミス効果損失回避欲求自助グループ(GA)なぜギャンブルは「ある」の? -ギャンブル脳ギャンブルをするのは男性が多いという理由について、因果関係、上下関係、契約関係を重視するという男性ならではのシステム化の心理があることが分かりました。それでは、そもそもなぜギャンブルは「ある」のでしょうか?その答えは、原始の時代に生きるか死ぬかの「ギャンブル」をして生き抜く遺伝子が現代の私たち(特に男性)に引き継がれているからです。これは、ギャンブル脳と呼ばれています。そして、これによって日常生活に支障を来している場合が、ギャンブル依存症と言えます。また、ギャンブル脳を含め人の心理行動と経済活動の関係を研究するのが、行動経済学です。ここから、このギャンブル脳を、3つの要素に分けて、その進化心理学的な起源を探ります。そして、その行動経済学的な応用を紹介しましょう。(1)「想像するだけでワクワクする」a. 報酬予測1つ目は、「想像するだけでワクワクする」という報酬予測(動機付けサリエンス)です。これが、心を奪われるという心理につながっていきます(渇望)。例えば、「勝った時の興奮が忘れられない」「あのスリルをもう一度味わいたい」「ルーレットが回っている瞬間が最も興奮する」という気持ちです。これは、ギャンブルに限らず、例えば「旅行は計画している時が一番楽しい」「遠足の前日は眠れない」など、初めてで不確定ですが、楽しいことが予測される非日常の直前の心理が当てはまるでしょう。この報酬予測の心理を引き出すには、すでにその快感(報酬)の体験をしていることが前提です。この点で、パチンコや競馬などと違い、宝くじにおいては、基本的に勝ちの快感の体験を味わうことはできません。よって、その代わりに、宝くじの当選額を億単位まで増額し射幸心を煽った上で、当選の疑似体験をCMで植え付けることが盛んに行われます。実際に、サルによる動物実験でも実証されていますが、確実な報酬よりも、不確実な報酬の「待ち時間」に、最も脳内で快楽物質(ドパミン)が放出されていることが分かっています。そして、この不確実で大きな報酬の繰り返しによって、「待ち時間」の快楽物質(ドパミン)の放出がより早く、より多くなっていきます。逆に言えば、「待ち時間」のあとの実際の快感(報酬)は、「待ち時間」の最中の快感(報酬)よりも相対的に目減りしていきます。簡単に言えば、実際に勝った喜びの快感が麻痺していき、「もっともっと」という心理が強まっていきます(耐性)。さらに、この相対的な快感の目減りにより、日常生活で他の喜びも麻痺していきます。ちなみに、パーキンソン病の患者が治療薬であるドパミン刺激薬を内服すると、8%がギャンブル依存症になることがアメリカでは報告されています。また、ドパミン部分作動薬のアリピプラゾールによってギャンブル行動が悪化したケースも報告されています。同じように、注意欠如・多動性障害(ADHD)の治療薬である精神刺激薬のメチルフェニデートも、ギャンブル行動の悪化が懸念されます。そもそも、ADHDの特徴である衝動性は、ギャンブル障害のリスク因子でもあります。b. 強めるのはこの報酬予測をより強めるには、自分がギャンブルの過程にかかわることです(直接介入効果)。例えば、スロットマシンで、3つ数字が揃うのを何もせずにじっと待っているよりも、スロットのスタートとストップのタイミングを決められるようにした方が、よりのめり込んでしまいます。また、パチンコの出玉率は、台ごとに1段階から6段階までの設定が可能で、「勝ちやすい台」「負けが込む台」という偶発性がわざと演出されています。台選びによって少しでも勝敗を左右させる余地があると、まるであたかも自分の運命を自分で選んでいる感覚になるからです。競馬予想で言えば、馬や騎手の過去の成績や現在の状態の下調べを入念にすればするほど、予想への思い入れが強くなり、期待感が増していく心理が当てはまります。よって、勝負の結果にそのまま関与できる賭け麻雀、賭けポーカー、賭けゴルフなどは、より依存性が強いギャンブルであり、ほとんど全ての国で禁止されています。c. 進化心理学的な起源原始の時代、生きるか死ぬかの最中、獲物が罠にかかる直前、獲物を仕留めようとする直前に、より興奮する種がより生き残ったのでしょう。なぜなら、その「待ち時間」に仕留めた時の喜びをすでに噛みしめていた方が、より粘るからです。農耕牧畜の安定した文明社会では、そのような生きるか死ぬかの状況はなくなりました。しかし、その興奮を求める心理は残ったままなのでした。まさに「ハンターの血」が騒ぐとも言うべき狩猟本能です。原始時代の狩猟採集社会では、獲物はとても希少で限られていました。ところが、現代のギャンブル産業では、あたかも無限の「獲物」があるかのように演出できるようになりました。そんな中、「ハンター」の心理が過剰になり、制御ができなくなった状態が、ギャンブル障害です。d. 行動経済学的な応用この報酬予測の心理は、ギャンブル産業だけでなく、ビジネスの様々な場面で応用されています。例えば、それはあえて行列をつくり並ばせることです。飲食店に「行列のできる~」という触れ込みで駆け付ける人は、待っている間に、すでに想像してその味を噛みしめて、期待感を高めています。遊園地のアトラクションで並ぶ人は、その待ち時間が長ければ長いほど、その価値があると思い込んでいきます。高級デパートの買い物を楽しむ人は、あえて少ない支払い担当の店員がいる売り場で待たされてじらされたり、あえて支払いの手続きが多かったりすると、お買い上げの瞬間のテンションを上げていきます。ちなみに、このテンションの欲求が病みつきになったのが、オニオマニア(買い物依存症)です。また、部下とのコミュニケーションの場面などで、褒めるべき時に、毎回正確に褒めるよりも、何回かに1回はあえて褒めない方が、逆に褒められたい気持ちを煽ることができます。ただし、これを連発すると、気分屋に思われて、信頼関係がうまく築けなくなる危険性があります。また、これを依存的で自尊心の低い人に悪用すると、マインドコントロールに陥る危険性があります。動機付け(報酬予測)を高める直接介入効果としては、あえて選ばせる、あえて言わせることです。例えば、プレゼンテーションをする時に、選択式のクイズを設けたり、参加者にどんどん質問したり、どんどん意見を言わせたり、グループワークを取り入れて発表してもらったりするなどの参加型にした方が、より満足度(報酬)が高くなります。禁煙外来やアルコール依存症外来でも、説教や非難によって患者を受け身にさせるよりも、本人に禁煙や断酒のメリット(報酬)を考えてもらい、本人からその決意を引き出すかかわり方が効果的であることが分かります。(2)「あと少しだったのに」a. ニアミス効果2つ目は、「あと少しだったのに」というニアミス効果です。これが、「惜しい」「次こそは」「もう1回」という心理につながっていきます。実際に、ケンブリッジ大学の心理実験では、スロットマシンの「当たり」の時と同じように、「僅差のハズレ」の時も脳の報酬系の活動が高くなることが実証されています。ご褒美は、少なすぎる状況では、もちろん快感は得られにくく、やめてしまいます。逆に、多すぎる状況では、快感が鈍って飽きてきます。つまり、時々の少し足りない状況で、「もっと」という興奮が高まり、熱中するというわけです。これは、すでにパチスロ業界では応用されているようです。例えば、「7-7-7」のように同じ数字が3つ揃えば大当たりですが、あえて「7-7-6」「7-7-8」が出る頻度を30%程度に設定すると、客をその台に引き留めやすくなると言われています。当たり率は、不正がないように機器の1つ1つが厳密に審査されていますが、ハズレの数字の何が出るかの操作をするのはグレーゾーンのようです。確率論的に考えると、僅差の数字の揃いであっても、バラバラの数字の揃いであっても、ハズレはハズレであり、次に当たりが出る確率が上がることは全くないです。宝くじでも、分かりやすく応用されています。それが前後賞です。これは良心的です。ただ、例えば「6億円が出やすい土曜日」「この店で6億円の当たりが出ました」とまことしやかに宣伝されるのはどうでしょうか?「じゃあ、この曜日のこの店ならもしかして・・・」とつい思ってしまうでしょうか? これは、事実には違いないでしょうが、よくよく考えると、実はとても滑稽な宣伝文句です。なぜなら、単純な確率論なので、その事実に基づいて宝くじを買った人の当たる確率が上がることは全くないからです。そして、逆に確率が上がるとしたら、公営ギャンブルで不正が働いているわけで大問題になってしまうからです。b. 強めるのはこのニアミス効果をより強めるには、ギャンブルを何度もやりやすい状況をつくることです。例えば、カジノでは、アルコールは無料で、窓がなく昼か夜か分からず、音響効果も加わり、陶酔空間を演出させています。また、ラスベガスやマカオでは、カジノ直結の高級ホテルを格安にして、レストラン、バー、プール、エステ、劇場、遊園地、ショッピングモールなどありとあらゆる施設を気軽に利用できるようにして、お祭り気分を味わわせます。さらには、上客にはカジノまでの往復の航空チケットを無料にすることもあります。これらは、「コンプ」(complimentary)と呼ばれています。直訳すると「褒め言葉」となりますが、まさに、このようなおもてなしで気持ち良くなってもらって、カジノでたくさんお金を落としてもらうのです。そして、カジノの売り上げによって、他の不採算の施設費をカバーします。これが、カジノを含む統合型リゾート(IR)というビジネスモデルのからくりです。c. 進化心理学的な起源原始の時代、獲物を惜しくも捕り損なった時、その直後にもう一踏ん張りして、その瞬間に全てを賭ける種が生き残ったでしょう。なぜなら、獲物も追われ続けて疲れているので、次に仕留められる確率が上がるからです。しかし、現代に行われるギャンブルでは、「獲物」を仕留める確率は、当然のことながら一定です。パチンコやスロットもコンピュータで正確に制御されており、毎回完全にリセットされます。そして、この心理が発揮されることを逆手に取って、あたかもあと少しで「獲物」が仕留められるかのように演出できるようになりました。そんな中、「ハンター」の心理が過剰になり、制御できなくなった状態が、ギャンブル障害です。d. 行動経済学的な応用このニアミス効果や「コンプ」(おもてなし効果)は、ギャンブル産業だけでなく、コミュニケーションの場面でも応用できます。例えば、部下を叱る時に、「仕事ができていない」「きみはだめだ」と言うよりも、「あともうちょっとで完璧な仕事ができたのに」「きみは惜しい」と言う方が、仕事への意欲を引き出せます。逆に、褒める時に、「完璧な仕事ができた」「きみはすごい」と言うよりも、「良い仕事をした」「だけどここがクリアできたら完璧だった」と言う方が、仕事への意欲を維持させます。つまり、赤点で全く褒めないのではなく、満点で全く叱らないのでもなく、どちらにしても90点程度の「惜しい」という評価をすることが有効であるというわけです。また、女性が男性からデートのお誘いを受ける時に、快諾するよりも、思わせぶりにしつつもなかなかOKを出さない方が、男性のテンションを上げ、女性への好意を増すでしょう。これは、男性が「女性を口説き落とすことに喜びを感じる」という心理も納得がいきます。さらに、「コンプ」の発想を理解すれば、どんな相手とも日々気持ち良くさせる声かけをして気に入ってもらえている方が、コミュニケーションがスムーズになると分かるでしょう。(3)「損を取り返したい」a. 損失回避欲求3つ目は、「損を取り返したい」という損失回避欲求です。前回紹介したカイジの仲間の坂崎のように、「負けた分を取り返す」ためにさらにギャンブルに深追いする心理です(負け追い行動)。もともと人間の脳は利得よりも損失に大きな反応を示し、その反応の大きさ(価値)は金額に正比例せずに緩やかに頭打ちになっていくことが分かっています(グラフ1、プロスペクト理論)。つまり、得するより損することに敏感で、さらなる大損よりも現在の損に囚われてしまいやすいということです。b. 強めるのはこの損失回避欲求をより強めるには、時間の経過によって先々の利得の価値が下がって、目先の報酬の価値が上回ることです(遅延報酬割引)。例えば、真面目にこつこつ働いて借金を返して、将来に確実にすっきりするよりも、不確実なギャンブルに賭けて手っ取り早く借金をチャラにして今すっきりしたいという心理です。そう思うのは、ギャンブルの繰り返しによる脳への影響として、理性的な報酬回路(前頭葉)よりも、衝動的な報酬回路(扁桃体)の働きが優位になってしまうからです。先ほどの報酬予測の説明でも触れましたが、ギャンブルの繰り返しによって、報酬が得られるかもしれない「待ち時間」への快感が鋭くなり、逆に、実際のその報酬や日常生活での他の報酬への快感は鈍くなります。さらには、最近の脳画像研究では、報酬だけでなく、罰にも鈍くなることが分かっています。よって、この快感への鈍さを代償するためにますますやり続け、ますます高額の賭け金を出すと同時に、負け(罰)をますます顧みなくなります。つまり、ギャンブルによる先々の大きな損には目が向きにくくなり、目先の損得にばかり目が行き、「一発逆転」や「一か八か」という心理で、より短絡的になっていくのです。c. 進化心理学的な起源原始の時代は、いつもその日暮らしです。「今ここで」という状況でぎりぎりで生きていました。このような極限状況の中、得るよりも失うことに敏感な種が生き残るでしょう。なぜなら、たくさん食料を得ても、冷蔵庫がないので、保存はできずに腐らせてしまうだけだからです。逆に、少しでも奪われたり腐らせたりして食料を失えば、その直後に自分や家族の飢餓の苦しみや死が待っています。借金のようにどこかから借りてくることはできません。つまり、食料をたくさん得れば得るほど、正比例して幸せというわけではないでしょう。逆に、食料を失えば失うほど、正比例して不幸せ(恐怖)というわけでもないでしょう。そもそも食料はたくさんあるわけではないので、失った食料が多かろうと少なかろうと飢餓の苦しみや死には変わりがないからです。こうした種の生き残りが現在の私たちです。よって、現代の「食料」であるお金の価値は、正比例せずに緩やかに頭打ちになるというわけです。実際に、収入と満足度の関係性がそうです。しかし、現代の文明社会では、ギャンブルで負ければ、限りなく「食料」を失うことができます。しかし、その損失に正比例して苦痛を感じるわけではありません。借金をして一時しのぎをすることもできます。つまり、現代の「食料」を量産できる貨幣と借金の制度による文明社会で、「ハンター」が、損を取り返そうとし続けた結果が、ギャンブル障害です。d. 行動経済学的な応用この損失回避欲求の心理は、ギャンブルだけでなく、ビジネスの様々なところで応用されています。例えば、宣伝文句では、「買ったらお得」よりも「買わなきゃ損」の方がインパクトがあります。人は、「得しますよ」と言われるより「損しますよ」と言われる方が耳を傾けます。本日限定のオマケを付けるという商法は、オマケを付けるという点では得ですが、明日に買えばオマケが付かないという点で損であり、とても有効です。子どものしつけや教育にしても健康検診にしても、「放っておくと取り返しのつかないことになります」と言われると、半分脅しのようにも聞こえるくらい効果があります。さらに、依存症の治療でも応用できそうです。例えば、禁煙促進の研究報告では、禁煙が継続できたら単純に報酬をあげるよりも、失敗したら罰金を課す方式を追加したところ、禁煙成功率が有意にあがったということです。ギャンブル依存症にはどうすれば良いの?これまで、ギャンブルの起源を、進化心理学的に解き明かしてきました。それでは、ギャンブル依存症にはどうすれば良いでしょうか?このギャンブル対策への答えも進化心理学的な視点で考えてみましょう。そもそも生物の原始的な行動パターンは、接近か回避です(図1)。食料や生殖のパートナーへの接近を動機付けるのが快感や快楽です(ドパミン)。その一方、天敵や危険な状況からの回避を動機付けるのが不安や恐怖です(ノルアドレナリン)。快感になる状況を想像して快感になることが報酬予測(動機付けサリエンス)です。その一方、不安になる状況を想像して不安になることを予期不安と言います。過剰な予期不安がパニック障害の症状の1つとして治療介入が必要であると理解できるように、過剰な報酬予測はギャンブル依存症の症状の1つとして治療介入が必要であると言えます。つまり、パニック障害と同じように、ギャンブル依存症は病気であり、単純に自己責任として切り捨てるべきではないということです。つまり、ギャンブル依存症の治療には、本人と社会の両方に責任があります。この点を踏まえると、最も重要なポイントは、できるだけギャンブルには、個人として近付かない、社会として近付かせないということです。これは、ギャンブルに限らず、アルコールや薬物など依存症の治療の全般に言えることでもあります。それでは、ここから、個人と社会の2つの視点で、その治療や対策を考えてみましょう。(1)個人―ギャンブルに近付かない個人の視点として、ギャンブルに近付かないために、主に3つの取り組みが有効です。1つ目は、ギャンブルを断つ決意をして、ギャンブル関連の情報を身近に触れない取り組みを自らすることです。例えば、ギャンブルについての雑誌、スポーツ紙、テレビ番組を見ないことです。パチンコや競馬場などの近くは避けて通ることです。2つ目は、ギャンブルに近付かない代わりに、別のより健康的な「ギャンブル」に近付く、つまり目を向けることです。例えば、それは、新しい仕事であったり、新しい人間関係です。3つ目は、近付かない状態を維持するために、自助グループ(GA)に参加し続けることです。これはアルコール依存症の自助グループ(AA)と同じように、自分と同じ仲間とつながっていることは、ギャンブルに近付くことを引き留めます。ちなみに、ギャンブル依存症への治療薬としては、日本では保険適応外ですが、ナルトレキソン(オピオイド拮抗薬)があります。ちょうどアルコール依存症への治療薬として2013年に日本で発売開始されたアカンプロサートと同じ抗渇望薬に当たります。(2)社会社会の視点として、ギャンブルに近付かせないための最も手っ取り早い方法は、全面禁止です。これは、文明社会が始まった古代から、その当時の統治者が行ってきた長い歴史があります。しかし、この問題点は、けっきょく隠れてやる人々が現れ、それにまつわるトラブルが繰り返され、取り締まりきれないということです。私たちは、その現実を歴史から学ばなければなりません。よって、落としどころは、ギャンブルを娯楽としてある程度認めつつも、厳しい制限をかけることです。その制限とは、主に3つの取り組みがあげられます。これは、個人の対策の何倍にも増して有効で重要なことです。1つ目は、ギャンブルへの行動コストを上げることです。行動コストとは、行動をするために、時間、労力、金銭などのかかる費用(コスト)です。一番分かりやすいのは、場所制限です。ギャンブルができる場所が限られている、または遠くて気軽には足を運べないという場所が望ましいです。また、ギャンブル産業への入場料の徴収も有効です。実際に、海外のカジノでは自国民が入場する場合にのみ入場料を徴収して、あえて敷居を高くして、ギャンブル依存症の対策をしています。時間制限も有効です。これは、営業時間をもともと健康的な活動時間帯の9時から5時までに限定することです。逆に、判断力が鈍る夜間にはギャンブルをさせないことです。2つ目は、ギャンブル行動の見える化です。見える化とは、その名の通り、ギャンブルをどれだけしているか本人に見えるようにすることです。そのためにも、まず個人のギャンブルを管理するため、「タスポ」(タバコ購入のための成人識別ICカード)よりもさらに厳格な身分証明書の発行が必要です。年齢制限はもちろんのこと、損失合計金額などの表示による注意喚起が有効です。また、損失金額が加速している場合は、ギャンブル依存症のリスクを警告して、ギャンブル専門の医療機関や自助グループ(GA)の紹介をすることも有効です(責任ギャンブル施策)。さらに、本人の届け出によって、ギャンブルができないようにするシステムも有効です(自己排除システム)。これは、ちょうどアルコール依存症の人が、お酒を飲むと気持ち悪くなる抗酒剤をあえて内服し続けることに似ています。3つ目は、手がかり刺激を制限することです。手がかり刺激とは、ギャンブルを想像してしまうようなきっかけの刺激です。ちなみに、ギャンブルの手がかり刺激への反応は、最近の脳画像研究によっても裏付けられています。例えば、パチンコ、宝くじ、競馬などのCMや雑誌・新聞の宣伝が分かりやすいでしょう。これほど多くのギャンブルの宣伝が日本では当たり前のようにされているのは世界的に見れば異常です。駅前にだいたい1つはある、ど派手で目立つパチンコ店もそうです。また、手がかり刺激への反応性をそもそも高めないために、未成年にはなるべく触れさせないことも有効です。なぜなら、ギャンブルも、アルコールやタバコと同じように、発達段階の未成年の脳への刺激(嗜癖性)が特に強いからです。海外では、映画の喫煙シーンがR指定になるくらいです。 最後に、ギャンブルとは?カイジの仲間の坂崎が大負けからの大当たりで大逆転になりそうでならないシーン。その瞬間に、彼は「溶ける溶ける…!」「限りなく続く射精のような…この感覚っ…!」「ある意味桃源郷…!」と叫びます。快感と恐怖が入り交じり、完全にシビれてしまいます。ここで気付かされるのは、坂崎が最高の快感を得たその場所は、本当の「桃源郷」ではなく、生死のかかったギャンブルという修羅場であったということです。本来、快感や快楽は桃源郷にあり、不安や恐怖は修羅場にあると私たちは思いがちです。しかし、これまでのギャンブル脳の心理をよく理解すれば、実は、最高の快感は桃源郷にはありません。なぜなら、桃源郷では、全てが理想的に満たされ続けており、快感(ドパミン分泌)が鈍っているからです。簡単に言うと、桃源郷には、その状態に飽きてしまって、わくわくはありません。もちろん、修羅場では、全く満たされていないため、快感(ドパミン分泌)はほとんどありません。つまり、最高の快感は、桃源郷に苦労して向かっている修羅場の中でこそ感じるものであるということです。それが、生きている実感であり、生きる原動力です。原始の時代と違い、現代は「ギャンブル」のような生活をしなくても無難に生きていけるようになりました。そうなるとそこは、桃源郷でも修羅場でもない退屈なところです。何もしなければ、わくわくして生きている実感はないでしょう。つまり、その実感を得るためには、私たちはそれぞれの「桃源郷」を目指して、必死に「修羅場」をかいくぐることをあえてすることが必要になります。ギャンブルの心理の本質を理解した時、私たちは、「カイジ」や「アカギ」から、ギャンブルのマイナス面だけでなく、生き方としてのプラス面も含めて、より多くのことを学ぶことができるのではないでしょうか? 1)福本伸行:人生を逆転する名言集、竹書房、20092)松本俊彦ほか:物質使用障害とアディクション 臨床ハンドブック、星和書店、20133)臨床精神医学、行動嗜癖とその近縁疾患、アークメディア、2016年12月号4)蒲生裕司・宮岡等編:こころの科学「依存と嗜癖」、日本評論社、2015年7月号5)帚木蓬生:ギャンブル依存症国家・日本、光文社新書、20146)岡本卓、和田秀樹:依存症の科学、化学同人、2016

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156)「油を売る」から会話を発展【脂質異常症患者指導画集】

患者さん用説明のポイント(医療スタッフ向け)■診察室での会話患者先生、「油を売る」って、どういう意味ですか?医師この言葉は江戸時代に生まれたといわれています。患者へぇ~、江戸時代ですか?医師そうなんです。江戸時代は現代と違って、毎日、お風呂に入って、髪を洗っていたわけではありませんでした。そこで、髪に油を塗る習慣があったそうです。患者へぇ~、髪に油を塗るんですか。医師そうなんです。この髪の油を売る商人が、お客さんを相手に世間話を長々としていたことから「油を売る」という言葉が生まれたとか。患者面白いですね。医師ところで、普段は調理にどんな油を使っていますか?患者油を売るじゃなくて、買うほうですね。えっと、…(調理油に話が展開)。●ポイント「油を売る」という慣用句から調理油の質問へ上手に話を展開します

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ゴルゴ13の架空診察【Dr. 中島の 新・徒然草】(154)

百五十四の段 ゴルゴ13の架空診察前回、ゴルゴ13の右腕の痺れはてんかんの一種で、単純部分発作ではないか、と述べました。まず、ゴルゴ13を御存じない人のために、簡単に説明しておきます。『ゴルゴ13』というのは、さいとう・たかを原作による漫画です。1968年11月に開始され、48年余り経った現在も連載中という超大作で、世界を舞台に超一流のスナイパーであるゴルゴ13が、ある時は個人から、またある時はCIAやMI6から依頼を受けて次から次へと要人の暗殺を行うというストーリーです。話の中で世界中の政治経済の裏事情などにも触れられているため、一種の蘊蓄漫画とも言えます。実際、麻生太郎元総理大臣は「あれ以上、国際情勢をわかっている漫画はそんなにはない」と言ったそうです。殺人マシーンのように困難な狙撃を次々と成功させるゴルゴ13ですが、ある時、右手が痺れるという症状に襲われました。痺れは突然起こって、拳銃も持てなくなるのですが、しばらくすると何事もなかったかのように元に戻るのです。最初にこの症状が出てきたのは、数百話あるうちの初期の頃、第34話「喪服の似合うとき」です。この症状が再び出てきたのは、第57話「キャサワリー」だと記憶しています。ゴルゴ13は、医療機関を受診して「ギラン・バレー症候群疑い」という診断名を得ていますが、あまり症状が合いません。私は、外傷性てんかんによる単純部分発作が起こったというのが、最も妥当な診断ではないかと思っています。ということで、以下、ゴルゴ13がデューク東郷という偽名を名乗って私の外来を訪れたとして、架空のやりとりを想像してみましょう(会話内は、ゴルゴ13をG13と表記)。中島「デューク東郷さん。どうぞお掛け下さい。時々、右手が痺れるということですね」G13「そうだ」中島「いつ頃からでしょうか?」G13「最初に起こったのは20年以上前になる」中島「どのくらいの頻度で起こりますか? 1日数回とか、1週間に1回とか」G13「平均で1年に1回程度だ」中島「痺れるだけですか、それとも手に力も入らなくなるのでしょうか」G13「力も入らなくなる」中島「持っている物を落としてしまうとか」G13「ああ」中島「ところで痺れはどのくらい続くのでしょうか?」G13「1回が5~30分ぐらいだ。1日の間に繰り返し起こることもある」中島「痺れが始まる前に、前兆みたいなものはありますか?」G13「前兆はまったくない」中島「原因についての心当たりは何かありますか」G13「他の病院でギラン・バレー症候群かもしれないと言われたことがある。また別の病院ではストレスが原因とも」中島「そうですか……」G13「結局、治るのか治らないのか!」よそのクリニックの先生も、こんな風に怒鳴られていました。怒らせていい相手でないのは確かです。中島「まあまあ、そう感情的にならないでくださいよ」G13「俺はいつも冷静だ」中島「そうお願いします。これまでに頭を強く打ったことはありますか?」G13「何度かある」中島「意識を失うほどの強さでしたか?」G13「そう考えてもらって結構だ」中島「では、私の考えを申し上げてもいいですか?」G13「ぜひ、頼む」ゴルゴ13に「ぜひ、頼む」と言われたら、なんだか自分が大物になったみたいな気がしますね。中島「外傷性てんかんによる単純部分発作だと思います、私は」G13「外傷性てんかん?」中島「頭を強く打ったときに脳に小さな傷が残り、そこがフォーカスになって、スパイクと呼ばれる痙攣発作の波を時々出すんだと思いますよ」G13「痙攣発作?」中島「そうです。てんかんとか痙攣発作というと、全身が痙攣して倒れるというイメージがあると思いますが」G13「ああ」中島「もっと軽いもので、体の一部分だけに短時間の発作が起こることもあるのです。それを単純部分発作と呼びます」G13「なるほど。俺がこれまで聞いた中で、一番スジの通った説明だ」中島「もし私の診断が正しいとすれば、抗痙攣薬を服用することによって右手の発作を予防することができます」G13「その抗痙攣薬というのは1回だけのめばいいのか。それともずっと服用し続ける必要があるのか」中島「ずっとのみ続けていただかなくてはなりません」G13「……」中島「でも、1年に1回だけせいぜい30分ほど右手が痺れるくらいなら、別にのまなくても差し支えないかもしれませんね」G13「いや、仕事の最中だと差支えがある」中島「えっと、お仕事は何をしておられるのでしょうか?」G13「ん……、貿易関係だと予診票に書かなかったか?」ギロリとこちらを見る視線が怖い!中島「あ、はい。確かにそのように書いておられますが、私がお尋ねしたいのは、デスクワークとか、肉体労働とか、営業で外回りとか。あ、営業のはずはないですよね」G13「それはどういう意味だ」中島「す、すみません」こんな怖い営業がいるはずない。でも、押し売りなら可能かも。G13「で、俺はどうするのが一番いいんだ」中島「右手の痺れがまったく出ないようにしてくれというのであれば、抗痙攣薬を毎日のんでください」G13「わかった」中島「気が付いたら5年間も痺れが起こっていない、ということになれば治療は大成功です」G13「なるほど」中島「とはいえ、時々診察に来ていただくといいのですが」G13「痺れが出ていなくても診察が必要なのか?」中島「本当に発作が起こっていないかとか、副作用が出ていないかとか、そんなことをチェックしておきたいのです。来月の予定はどうでしょうか?」G13「来月はずっと海外だ。日本に戻った時に診察に寄らせてもらう」中島「わかりました。でも、お薬は最大で90日分しか出せないのですけど」G13「同じものを入手してのんでいればいいんだな」中島「そうですね」G13「わかった」目の前に座っているのが、もしやゴルゴ13では、と思うと全身汗びっしょり、口の中がカラカラです。でも、ついつい好奇心から……中島「あの、どっかでお見かけしたような」G13「……」中島「漫画の主人公だったかな。確か名前は、ゴル……ゴルゴ」G13「ドクター」中島「ええ」G13「長生きしたかったら、余計な詮索はしないことだ」中島「は、はい!」こ、怖い! 要らんことを聞かなきゃ良かった。というわけで架空のゴルゴ13、番外編でした。最後に1句ゴルゴ来て 薬を出すのも 命懸け

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米国の認知症有病率が低下、その要因は

 高齢化は、認知症者数の増加につながる。しかし、米国や他の高所得国における近年の研究では、認知症の年齢別リスクが過去25年間で減少している可能性があることが示唆されている。認知症の有病率やリスクの現在および今後の人口動向を明らかにすることは、患者、家族、国家プログラムにおいて重要な意味を持つ。米国・ミシガン大学のKenneth M Langa氏らは、2000年と2012年の米国における認知症有病率の比較を行った。JAMA internal medicine誌2017年1月号の報告。 米国で代表的なHealth and Retirement Study(HRS)のデータより、2000年(1万546人)と2012年(1万511人)の65歳以上の米国人口縦断調査を行った。認知症は、HRS認知尺度を毎年実施し、自己回答者と代理人を分類するための方法で検証された。ロジスティック回帰を用いて、2000年と2012年の認知症有病率の変化に関連する社会経済的および健康的変数を特定した。 主な結果は以下のとおり。・コホートの平均年齢は、2000年75.0歳(95%CI:74.8~75.2歳)、2012年74.8歳(95%CI:74.5~75.1歳)であった(p=0.24)。女性の割合は、2000年58.4%(95%CI:57.3~59.4%)、2012年56.3%(95%CI:55.5~57.0%)であった(p<0.001)。・65歳以上の認知症有病率は、2000年11.6%(95%CI:10.7~12.7%)、2012年8.8%(95%CI:8.2~9.4%、年齢および性別で標準化:8.6%)であった(p<0.001)。・教育年数の多さが認知症リスク低下と関連しており、2000年と2012年で教育年数は11.8年(95%CI:11.6~11.9年)から12.7年(95%CI:12.6~12.9年)へ有意に増加していた(p<0.001)。・認知症有病率は、米国高齢者の心血管リスクプロファイル(たとえば、高血圧、糖尿病、肥満の有病率)の年数が、年齢、性別で調整した後でも有意に増加していたにもかかわらず、低下していた。 著者らは「米国における認知症有病率は、2000年から2012年にかけて有意に減少していた。認知症有病率の低下には、教育年数の増加が一部関連していたが、有病率低下に寄与する社会的、行動的、医学的要因は明らかになっていない。認知症の発症や有病率の傾向を継続的にモニタリングすることは、将来的な社会的影響を評価するために重要である」としている。関連医療ニュース アルツハイマー病へ進行しやすい人の特徴は 認知症の世界的トレンドはどうなっているか 軽度認知障害、5年後の認知症発症率は

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FFRジャーナルClub 第2回

FFRジャーナルClubでは、FFRをより深く理解するために、最新の論文を読み、その解釈を議論していきます。第2回目の今回は、本年11月14日に薬事承認を受け、日本での臨床使用開始に向け期待が高まっているFFR-CTに関連する論文を読みたいと思います。第2回 Denmark Aarhus University Hospitalにおける日常臨床でのFFR-CT使用に関する報告Norgaard BL, et al. Clinical use of coronary CTA-derived FFR for decision making in stable CAD. J Am coll Cardiol Img. 2016, Apr 7. [Epub ahead of print]冠動脈CT(以下、CTA)は、その陰性的中率の高さ、および検査へのアプローチのしやすさから、とくに日本では非常に広く使用されている。そのCTAの画像データから、スーパーコンピュータを用いて冠血流、冠内圧の情報を推測・計算する手法がFFR-CT(coronary computed tomography angiography derived fractional flow reserve)として報告されている1)~3)。今回は、実臨床におけるFFR-CTを用いた診断戦略の有用性、侵襲的検査(以下、ICA:Invasive coronary angiography)に対するゲートキーパーとしての役割について検討したsingle center、observational all-comers studyを紹介する。2014年4月からの1年間、Aarhus University Hospitalを受診し、安定冠動脈疾患が疑われた症例が対象である。外来にて、緊急を要さないCTAの依頼が出された連続1,248の症例が対象とされた。同施設では、新規発症で検査前確率がlow~intermediateの症例において、CTAが診断モダリティの第1選択として好んで使われていた。CTAはSiemens社製のdual-source CT scannerが使用され、心拍数60bpm以下を目標とし、経口・経静脈的β遮断薬が投与され、また全例でニトログリセリンの舌下投与が行われた。CTAの判読結果により下記の3つのリスクカテゴリーに層別化し、その後の診断手法を決定した。画像を拡大するFFR-CTは、CTAの画像データをHeart Flow社(カリフォルニア)に送り解析された。主要枝ごとに計算され、FFR-CT≦0.80を有意狭窄と判断した。結果:1,248例中75例(6%)は、心拍の不整、重度の石灰化などの理由で造影剤を注入する前に、ほかの検査アプローチあるいは治療方針(ICA、MPIあるいは薬物療法)に変更された。CTAの対象となったのは1,173例で、非典型的胸痛が763例(65%)と多くを占め、典型的胸痛が152例(13%)、非狭心症性胸痛が176例(15%)、呼吸困難が82例(7%)であった。検査時心拍数は58±9bpm(37~122)、Agaston scoreは0~4,830(四分位数範囲:0~54)。CTAを施行した1,173例中、33例(3%)は、解析するには画像が不十分であり(造影剤量不足、motion artifact、blooming artifact)、引き続きperfusion imagingが行われた。CTAの結果、858例はOMTが選択され、82例でICA、189例でFFR-CT、44例でMPI(myocardial perfusion imaging)が選択された。FFR-CTが依頼された189例において、FFR-CT解析が可能であったのは185例(98%)であった。185例中57例(31%)、740枝中72枝(10%)においてFFR-CT≦0.80を呈した。画像を拡大するFFR-CT後のICAにおいて、37例で確認のため侵襲的FFRが計測された。研究期間の開始から3分の2の時期までで計測されたのは35例中27例(77%)であったのに対し、後期3分の1では19例中10例(53%)であった。計測されたFFR値と、FFR-CT値の間には良好な相関を認めた(下図)。全体では、FFR-CT値がFFRよりも軽度(0.04)低値を示す傾向を認めたが、FFR-CT ≦ 0.80が侵襲的FFR陽性を示す診断率は37例中27例(74%)、53枝中37枝(70%)であった。画像を拡大するFFR-CT≦0.80にてICAに送られた49例中22例(45%)に血行再建(PCI n=12、CABG n=10)が行われた。FFR-CT≦0.75にてICAに送られた23例では、70%に血行再建(PCI n=10、CABG n=6)が行われた。CTAからFFR-CTの計測なしで直接ICAに送られた82例では53例(65%)に血行再建(PCI n=42、CABG n=11)が行われた。12ヵ月の追跡期間中(6~18ヵ月)、FFR-CT、ICA、MPIいずれの群においても重篤なイベントは生じなかった。FFR-CT値が0.80以上でありICAを行わなかった123例においても重篤なイベントはみられず、経過中胸部症状により2例にICAが行われたが、いずれも血行再建の必要性は認めなかった。結語:FFR-CTに基づいた診断戦略は妥当であり、有用な情報を与えてくれる。FFR-CT値>0.80によってICAをdeferしても、良好な短期予後が得られた。私見:FFR-CTは、CTAと比べて追加の検査の必要性はなく、その意味でとても使いやすい検査法といえる。一方、結果として出てきたFFR-CTの値を信じて、冠動脈造影検査や、カテーテル治療自体の適応を決定してよいのか、現時点ではまだ議論の余地がある。しかし、非侵襲的検査と考えると、今存在しているほかのどの検査法も決して100%ではなく、それらの情報を基に主治医が総合的に判断することにより、より正しいと考えられる結果を導いていく。その1つの検査法として考えれば、解剖学的な情報に加え、同時に機能的な情報が得られるというメリットは大きい。では、本検査を侵襲的検査のゲートキーパーの役割として使用するのはどうか? その意味で最も信頼されているのは負荷心筋シンチグラムと思われる。これは6万例を超える非常に大きなデータにより、負荷心筋シンチグラム陰性であればその後の予後が良好である4)、というデータが示されていることが大きい。また運動負荷で行えば、負荷時の自覚症状や心電図の所見が加味できることも重要である。FFR-CTは、負荷心筋シンチグラムに代わりうるか?CTAはもとより陰性的中率が高いことが示されている。侵襲的検査に送った結果、偽陽性が多い点が問題であった。また中等度狭窄が存在しても、虚血の有無に関しては再度負荷試験を行う必要があった。FFR-CTは、CTAの陰性的中率は変えずに陽性的中率を高めることが可能か? 本論文において最も重要と思うのは、FFR-CTが陰性であってICAをdeferした症例の予後である。約12ヵ月と短期間ではあるが問題となるイベントは生じていない。観察中2例に持続する胸痛があり再度のICAが行われたが、FFR-CT 0.88(LAD)でdeferされた症例のICAは血管不整所見のみ、FFR-CT 0.78(LAD)でdeferされた症例のICAは、びまん性の軽度病変で侵襲的FFR 0.84であった。FAME試験において、FFRガイド群、すべての病変をステント治療するAngioガイド群、そのどちらも自覚症状が消失したのは約70%である。何らかの症状があった場合に、過剰な再検査が行われる可能性がある。FAME試験では、再造影の際PCIを考慮する場合は、(FFRガイド群では)必ずFFRの計測が義務付けられていた。当面のイベントを減らす、ということよりもその担当医がFFRの再現性を実感し、その信頼度を高めていく、という意味でその意義は大きかったといえる。FFR-CTにおいても、その信頼を確立するまでは、多少時間が必要と思われる。“CTAである程度のプラークを認めたが、FFR-CTは陰性”、という症例の予後に関するデータを積み上げていくことが重要である。(執筆・監修:東京医科大学八王子医療センター 循環器内科 田中信大)参考論文1.Koo BK, et al. J Am Coll Cardiol. 2011;58:1989-1997.2.Min JK, et al. JAMA. 2012;308:1237-1245.3.Nørgaard BL, et al. J Am Coll Cardiol. 2014;63:1145-1155.4.Shaw LJ, Iskandrian AE. J Nucl Cardiol. 2004;11:171-185.

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正直驚いたNEJMにおける心房細動合併PCI例の標準治療の設定…(解説:後藤 信哉 氏)-623

 EBMは「平均的症例」の「標準治療」の確立に役立つ。ばらつきが大きく「平均的症例」の幅が広い場合にランダム化比較試験を行っても、その結果の臨床的インパクトは乏しい。抗凝固療法が勧められる症例は「脳卒中リスクを伴う心房細動」であり、抗血小板薬併用療法が勧められるのは「PCI/Stent留置後」の症例である。抗凝固療法による重篤な出血合併症は年率2~3%であり、抗血小板薬併用療法による重篤な出血合併症は年率1%程度である。各々、単独でも100例のうち数例が重篤な副作用を起こす医療介入の決断は苦しい。PCI/Stent後は、1年以上→1年→6ヵ月と推奨期間が短縮しているので、絶対的な出血イベントリスクは減少している。脳卒中リスクは加齢と共に増加するので、一度抗凝固療法を始めてしまうと出血リスクを長期に引きずることになる。PCI/Stent後の抗血小板療法は、併用療法からクロピドグレルないし相同薬(プラスグレル、チカグレロル)単独への流れはあるが、抗血小板薬なしの選択は厳しい。「心房細動と脳卒中リスクを合併した」「PCI/Stent症例」では、一定期間のクロピドグレルないし相同薬を必須として、その後の併用薬を考えることになる。適応症のほかに医師の裁量を考えれば、日本には25 mgのクロピドグレルの錠剤がある。欧米と異なり、個別調整が可能である。プラスグレルの場合には、世界の1/3量が日本の推奨用量でもある。最小限の基盤治療さえ標準化できない状況でのランダム化比較試験の目的の設定は、きわめて困難である。 最近、悪者になりがちなワルファリンはPT-INRに応じた個別最適化が可能である。PT-INR 2~3を標的としたワルファリン治療を仮の標準治療として、各種NOACの開発試験が施行されたが、各種NOAC試験はINR 2~3を標的としたワルファリン治療による重篤な出血合併症が3%程度と、実臨床との解離を示した。実臨床では、PT-INR 2前後を標的とした医師もいれば、INR 1.6程度を標的とした医師もいる。アジア地区のPT-INRのコントロールは、実態として1.5~2程度であることも示されている1)。抗凝固薬のアームは、ワルファリンでも標的PT-INRの設定を標準化できない。抗血小板薬併用療法にて十分に出血イベントが起こることを経験している臨床医は、現実には低い標的PT-INRを設定していると想定されるが、実態のデータもない。過去に「標準治療」が確立されていない段階ではランダム化比較試験を施行しても、その結果を将来の「標準治療の転換」には利用できない。ヤンセン、バイエルが試験の「スポンサー」であるが、将来の「標準治療の転換」、適応拡大につながらない可能性のある試験への投資は難しかったと想定される。 抗血小板薬による出血リスクの増加を当然のこととして、抗凝固薬を減量するのは当然の発想である。しかし、ワルファリンではあえて、「脳卒中リスクを有する心房細動」にて十分に出血したPT-INR 2~3を標的とした。しかし、「スポンサー」が売っているリバーロキサバンは減量した。世界では「脳卒中リスクを有する心房細動」には20mgを使用するが、15mgに減量した。出血を恐れている以外の理由が考えられるだろうか? 出血を恐れるのであれば、なぜワルファリンのPT-INRの標的を下げなかったのであろうか? 日本では適応を取得していないが、欧州では過去のATLAS-TIMI 51試験の結果に基づき、2.5mg×2/日のリバーロキサバンが急性冠症候群に承認されている。急性冠症候群の心血管イベントが減少し、出血イベントは増えることが2.5mg×2/日のリバーロキサバンでも示されているので、この用量にて「脳卒中リスクを有する心房細動」の心原性脳血栓塞栓を予防できれば、そこには新規性がある。 筆者は「標準治療」が確立されていない領域での「仮の標準治療」設定時には、試験の最初から終了まで一貫して当初の仮定が「仮の標準治療」であることを、著者、読者、共に理解しなければならないと思う。本試験にて「仮の標準治療」とされた抗血小板薬併用療法とPT-INR 2~3を標的としたワルファリン治療の組み合わせは、一般的な「脳卒中リスクを有する心房細動」に「PCI/Stent」をするときに、INR 2~3を標的としたワルファリンと抗血小板薬併用療法を併用すると、臨床的に意味のある出血イベントが年率27%も起こるとされた。New Engl J Medのような一流雑誌であっても、「仮の標準治療」とされるべきPT-INR 2~3を標的としたワルファリンと抗血小板薬併用療法の併用を「standard of therapy」と記載している。確立された「標準治療」のない領域にて「仮の標準治療」を設定するのは危険である。本試験の結果を拡大解釈しないように賢く対応することが重要と、筆者は考える。

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ヘパリン起因性血小板減少症〔HIT:heparin-induced thrombocytopenia〕

1 疾患概要■ 定義ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia: HIT)は、治療のために投与されたヘパリンにより血小板が活性化され、血小板減少とともに新たな血栓・塞栓性疾患を併発する病態である。■ 疫学HITの頻度は報告によりさまざまであるが、欧米では約1~3%とされている。わが国においては多施設共同前向き観察研究の結果、ヘパリン治療を受けた患者の0.1~1%程度の発症率と考えられ1)、海外と比較してやや低い発症率と考えられる。■ 病因HITの発症において、血小板第4因子(platelet factor 4: PF4)とヘパリンの複合体に対する抗体(HIT抗体)が中心的な役割を果たす。PF4は、血小板α顆粒に貯蔵されているケモカインであり、血小板活性化に伴って流血中に放出される。PF4は血管内皮細胞上のヘパラン硫酸などのヘパリン様物質と結合するが、投与されたヘパリンはこの内皮細胞上のPF4と複合体を形成し、その結果PF4に立体構造の変化、新たなエピトープが露出すると推定されている。PF4・ヘパリン複合体に対してHIT抗体が産生され、HIT抗体はそのFab部分でPF4分子を認識する一方、そのFc部分が血小板上のFcγRIIA受容体に結合して、血小板を強く活性化する。また、HIT抗体は血小板のみならず、血管内皮細胞や単球の活性化も引き起こし、最終的にはトロンビンの過剰生成につながる。トロンビンは凝固系の中心的役割を担うだけでなく、血小板も強く活性化し、HITにおける病態の悪循環形成に関与していると考えられる2)。■ 症状典型例ではヘパリン投与の5~10日後にHITの発症を見るが、過去3ヵ月以内にヘパリンを投与された既往のある症例などでは、すでにHIT抗体が存在するためにヘパリン投与後HITが急激に発症することもある。通常血小板数は50%以上、また10万/μL以下に減少する。HIT症例では注射した部位に発赤や壊死などが起きやすい。HIT症例の35~75%に動静脈血栓症が起きるが、血栓症がすぐに起きない症例でもヘパリンを中止し、他の抗凝固療法を行わないと血栓症のリスクが高くなる。静脈血栓症としては深部静脈血栓、肺梗塞、脳静脈洞血栓などが知られるとともに、静脈血栓症より頻度は少ないが、動脈血栓症としては上下肢の急性動脈閉塞、脳梗塞、心筋梗塞などが起きる。■ 分類従来、ヘパリン投与後の血小板減少症は2つの型に分類されてきた。1型はヘパリン投与患者の約10%に認められ、ヘパリンの直接作用による非免疫性の機序で血小板減少が起きる。ヘパリン投与直後より、一過性の軽度から中等度の血小板減少が起きるが、血小板数は10万/μL以下になることは少なく、また、血栓症を起こすこともない。現在では本当の意味のHITではないと考えられ、ヘパリン関連性血小板減少症とも呼ばれる。2型は、免疫学的機序による血小板減少症と動静脈血栓症が起きるもので、現在はHITというと、この2型を意味する。2型には血小板減少が、ヘパリン投与後5~14日で起きる典型例と、直近(約100日以内)のヘパリン投与などにより、HIT抗体が高抗体価である患者にヘパリン投与した場合、数分から1日以内に急激に発症する症例があり、「急速発症型」と名付けられている。■ 予後HITの適切な治療が行われなかった場合、約50%の患者に動脈血栓症、静脈血栓症が起き、死亡率は10%を超える。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 臨床診断ヘパリン投与後の血小板減少の程度、発症期間、血栓症の合併、注射した部位の発赤や壊死などのHITの臨床的特徴を用いた4T スコアリングシステムが開発され、臨床的に有用とされている3)(表)。低スコア(0~3)の場合は、ほぼHITの存在が否定できる。中間スコア、高スコアとHITの確率は高くなるが、血清学的診断の結果も考慮して、総合的に診断を行うことで、現在散見されるHITの過剰診断を防ぐことができる。画像を拡大する■ 血清学的診断免疫測定法などによるPF4・ヘパリン複合体検出法とHIT抗体が血小板を活性化させることを利用した機能的測定法がある。1)免疫測定法ELISA法、ラテックス凝集法、化学発光免疫測定法などがあり、後2法は保険収載されている。HIT検出の感度は高い(80~100%)が、特異度はやや低いとされており、免疫測定法によるHIT抗体陰性の症例はほぼ(90~99%)HITを否定しても良いとされている。偽陽性率が多い原因は、臨床的に意味がないと考えられているIgMやIgAを、実際にHITを引き起こすIgGとともに測り込んでしまうためと考えられている。強陽性例(とくにIgG抗体)は、弱陽性例よりもHITである可能性が高いと報告されている。2)機能的測定法HIT抗体が実際に血小板を強く活性化させるかどうかを判定する機能的測定法は、とくに特異度に優れており、臨床的にHITが疑われ、機能的測定法が陽性であれば、HITの診断に強く繋がる。患者血漿、ヘパリンを健康な人の血小板に加え、血小板凝集能を測定する方法、セロトニン放出などでHIT抗体の存在を評価する方法が行われている。ただ、機能的測定法は、高いクオリティコントロールと標準化を必要とし、わが国では研究室レベルにとどまる。最近、わが国では、HIT抗体により活性化された血小板より産生される血小板マイクロパーティクルをフローサイトメトリーで測定することにより、機能検査を行っている施設があり、臨床的に有用との評価を得ている4)。3 治療HITが疑われる場合は、ただちにヘパリンを中止し、HITの確定検査を行いながら、代替の抗凝固療法を始める。治療薬として投与されているヘパリンのみならず、ヘパリンロック、ヘパリンコーティングカテーテルなども中止する必要がある。また、HITによる血栓症がすでに起きてしまった場合は、血栓溶解療法、外科的血栓除去術も必要になることがあるが、この適応についてのわが国でのエビデンスは乏しい状態である。ワルファリン単独療法は、protein C、Sなどの低下によりかえって血栓症を増悪し、皮膚壊死などを来すので、禁忌である。ワルファリンは、抗トロンビン剤などの投与により血小板数がある程度回復したときに、投与を始め、臨床症状が安定化してからワルファリン単独投与に切り替える。アスピリンなどの抗血小板剤も、適応のある治療法とは認められていない。■ アルガトロバンとダナパロイドHITの治療法としてわが国で使用可能な薬剤は、アルガトロバン(商品名: ノバスタンHI、スロンノンHI)とダナパロイド(同: オルガラン)である。1)アルガトロバン合成トロンビン阻害剤であり、以前より脳血栓急性期、慢性動脈閉塞症などで認可されているが、最近になり医師主導型治験の結果、HITの治療薬として薬事承認された。アルガトロバンの初期投与量は、アメリカでは2.0μg/kg/分であり、aPTTを使用として投与前値の1.5~3倍になるように投与量を調節することが推奨されているが、日本人でこの量では出血傾向が起きるようであり、わが国での推奨初期投与量は0.7μg/kg/分(肝機能障害者では0.2μg/kg/分)である。2011年にはさらにHIT患者における体外循環時の灌流血液の凝固防止、HIT患者における経皮的冠動脈インターベンション(PCI)にも適応が拡大された。2)ダナパロイド低分子量のヘパリノイドであり、ヨーロッパ、北米などでHIT治療薬として使用され、その有効性は確認されている。わが国では播種性血管内凝固症候群(DIC)への適応は承認されているが、HITへの治療量についてはまだ確立していない。ダナパロイドの添付文書では、HIT抗体がこの薬剤と交差反応する場合は、原則禁忌と記載されているが、最近の大規模臨床研究では、ヘパリンとの交差反応(血清反応および血小板減少や新規の血栓症発生などの臨床経過より評価)は3.2%とかなり低い値であった5)。アルガトロバンと異なり胎盤通過性がないなどの利点があり、症例によってはわが国でも選択されるべき薬剤の1つであろう。4 今後の展望HITは、わが国における一般の認識度の増加とともに症例数が増加してきており、簡便で信頼性のある診断方法の開発が望まれる。新規経口抗凝固薬(NOAC)のHIT治療薬としてのエビデンスはまだ少ないが、これから検討が進むことが期待される。5 主たる診療科輸血部、心臓血管外科、循環器内科 など患者を紹介すべき施設国立循環器病研究センター病院 輸血管理室6 参考になるサイト診療・研究情報国立循環器病研究センター病院 輸血管理室(医療従事者向けのまとまった情報)NPO法人 血栓止血研究プロジェクト HITセンター(医療従事者向けのまとまった情報)1)Kawano H, et al. Br J Haematol. 2011;154:378-386.2)Warkentin TE. Curr Opin Crit Care. 2015;21:576-585.3)Greinacher A. N Engl J Med. 2015;373:252-261.4)Maeda T, et al. Thromb Haemost. 2014;112:624-626.5)Magnani HN, et al. Thromb Haemost. 2006;95:967-981.公開履歴初回2016年12月6日

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医師が選んだ「2016年の漢字」TOP5!【CareNet.com会員アンケート結果発表】

毎年恒例となっている日本漢字能力検定協会の『今年の漢字』。今年も漢字の日である12月12日に発表されますが、CareNet.comでは一足先に医師会員に募集してみました。その結果、2016年を言い表す漢字、1位に選ばれたのは「震」でした。2位以下にランクインした漢字にも、今年らしさがよく表れています。アンケートの結果から、トップ5を発表します。発表に当たって、今年もケアネットの達筆社員が筆を執りました。書を持つ5人も弊社社員です。1位震4月に発生した熊本地震、そして10月の鳥取地震と、同じ年に強い地震が2つも発生したことを、この字を選んだ理由に挙げる先生がとても多くいらっしゃいました。また、地震以外にも「世の中を震撼させる」「心が震える」出来事が多かった1年であった、そういう思いも込められての選出でした。 「震」を選んだ理由(コメント抜粋)地震もあるし、震撼するような事件も多いため。(50代 腎臓内科医/石川県)熊本市で熊本地震を実際に被災した経験と、その後の支援のありがたさに心が震える思いをしたから。(40代 精神科医/熊本県)熊本、鳥取の地震も含めて、世の中が「震」えたから。(30代 皮膚科医/秋田県)地震(熊本、鳥取等)もあり、東京オリンピックの問題や、築地移転問題等震える事柄が多かった。(60代 内科医/福島県)地震、噴火、爆発などが相次ぎ、大地が震えるというイメージがあった1年でした。(60代 小児科医/茨城県)2位災1位と同じく熊本地震と鳥取地震、そして阿蘇山噴火、台風の影響による東北と北海道での浸水被害など、地震以外の自然災害が複数起きたことも含めてというのが主な選出理由でした。また、築地市場の豊洲移転問題、不安定な世界情勢によって繰り返される戦闘なども、「災」の字を選んだ理由に挙げられています。 「災」を選んだ理由(コメント抜粋)熊本や鳥取の地震や台風による被害など大きな自然災害が目立った。(50代 整形外科医/群馬県)天災が多い年だった。(20代 臨床研修医/兵庫県)地震、豊洲問題、かけつけ警護を必要とする戦闘状態などの問題が印象深いので。(50代 小児科医/愛媛県)熊本に住んでいて、予想だにできなかった地震でした。世界を見ればIS、シリア、ソマリアなどの紛争も解決の道筋が見えません。(50代 腎臓内科医/熊本県)熊本地震、阿蘇山噴火、鳥取地震、北海道洪水被害など自然災害が目立った。(60代 小児科医/北海道)3位乱昨年のCareNet.comのアンケートで1位だった「乱」は、今年は3位にランクイン。まさに混乱した世相を表す漢字です。国内だけでも、2020年の東京オリンピック開催場所にまつわる問題、築地市場の豊洲移転に伴ってさまざまな問題が噴出したこと、また海外に至ってはいまだ予断を許さない状況が続くなど、世の中が相変わらず混乱していることを、この字に当てはめての選出です。 「乱」を選んだ理由(コメント抜粋)気候、世界情勢、国内でいろいろあり。(60代 糖尿病・代謝・内分泌内科医/宮城県)異常気象や女性新都知事の種々の既存組織への乱入(挑戦?)(50代 内科医/京都府)混乱した世相を反映して。(30代 精神科医/大分県)オリンピック関連で開催場所の変更、築地市場でのゼネコンの問題等これからもいろいろ出てきそうなので。(40代 循環器内科医/京都府)地震や台風などの天災で日本中が乱れ、中東ではシリア問題で乱れ、ヨーロッパでは移民問題からイギリスのEU離脱問題で足並みが乱れ、アメリカでは大統領選挙がお互いの中傷合戦で乱れているから。(50代 内科医/岡山県)4位金リオ五輪が開催された今年、まず「金」の字のイメージとしてオリンピックの金メダルを挙げる方が多いと思います。今回の五輪での日本のメダル獲得数は、41個と過去最多を記録しました。閉会式では安倍首相がマリオの姿で登場するというサプライズも、閉幕から3ヵ月余りたった今も記憶に新しいと思います。ほかには、2020年の東京五輪の費用問題、舛添前都知事の政治資金問題、日銀のマイナス金利政策など、喜べない「金」の話題もあり、両方の意味を含めての選出です。 「金」を選んだ理由(コメント抜粋)オリンピック・パラリンピックイヤー。(50代 循環器内科医/福井県)オリンピックの金、舛添の金、金利マイナス。(30代 糖尿病・代謝・内分泌内科医/大阪府)オリンピックの金メダルと、総額3兆円超といわれる東京五輪費用問題を引っ掛けて。(60代 内科医/東京都)リオ五輪の金メダルと、東京五輪のお金の問題。(40代 放射線科医/兵庫県)5位倫この漢字一文字が、芸能人の不倫報道をはじめ、精神保健指定医資格の大量取り消し問題など、倫理観を問う問題が一年を通じて世間を賑わせ続けていたことを物語るかのような一文字です。余談ですが、本家の今年の漢字の予想では、同じ理由で(文春砲の)「砲」も挙がっているようです。12日の発表がどうなるか楽しみですね。 「倫」を選んだ理由(コメント抜粋)医療倫理、政治倫理、不倫など、倫理観の変化がみられる。(50代 内科医/東京都)公務員倫理や芸能界の不倫が話題になったから。(30代 精神科医/埼玉県)倫理的に問題なことが多かった。(40代 外科医/愛媛県) アンケート概要アンケート名 :『2016年を総まとめ!今年の漢字と印象に残ったニュースをお聞かせください』実施日    :2016年10月24日調査方法   :インターネット対象     :CareNet.com会員医師有効回答数  :524件

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CAD-Man試験:冠動脈CT(CTCA)は虚血性心疾患診療適正化のゲートキーパーになれるか?(解説:中野 明彦 氏)-614

【はじめに】 CTCAは冠動脈狭窄の評価に加え、positive remodelingに隠されたプラークの検出(内腔のみを判定する冠動脈造影[CAG]では冠動脈硬化症の重症度が過小評価になってしまう)、胸痛を呈する非冠動脈疾患(肺梗塞・大動脈解離・心膜炎・肺炎胸膜炎・食道裂肛ヘルニアなど)の鑑別を非侵襲的に行える利点を有する。有意狭窄判定の感度・特異度は報告によりばらつきがあるが、陰性適中率については100%近い精度を示し虚血性心疾患のルールアウトに有用というのが共通認識となっている。これらの利点により、CTCAはすでに日本の津々浦々の循環器専門病院やクリニックで導入されているが、臨床現場でどう使っていくかについてのスタンスは施設ごとにまちまちであり、これからの課題と考えられる。 その指標となる本邦での直近の指針「冠動脈病変の非侵襲的診断法に関するガイドライン(JCS 2009)1)」を整理してみると、以下のようになる。(UAP;不安定狭心症、NSTEMI;非 ST上昇型急性心筋梗塞、STEMI;ST上昇型急性心筋梗塞) *:安定狭心症のリスク層別化は検査前有病予測を意味し、胸痛の性状や臨床所見から推測する急性冠症候群の短期リスク評価とは異なる。胸痛の特徴(1.胸骨後部に手のひらで押されたような圧迫感,重苦しさ、2.労作に伴って出現、3.安静により治まる)を満たす項目数により典型的狭心症・非典型的狭心症・非狭心症性胸痛に分類し、年齢・性別を加味して層別化するが、非典型的狭心症の大半と非狭心症性胸痛で男性(>40歳)/高齢女性(>60歳)が中リスク群に分類される2)。検査前有病予測ではDuke clinical score2)がよく知られている。 【CAD-Man試験について】 ドイツから報告された CAD-Man(Coronary Artery Disease Management)試験は、特定のクリニカルシナリオ(30歳以上の非典型的狭心症および非狭心症性胸痛;2つ以上の負荷試験陽性例を除く)を対象としたCTCAとCAGとの無作為比較試験である。中リスクが多い対象群であり、上記「IIa 安定狭心症」に重なる。 詳細は、別項(本ページ上部:オリジナルニュース)に譲るが、要約すると、CTCAを選択しても放射線被曝量・3年間の心血管イベントの発生頻度は変わらず、QOL(入院期間・満足度)が高かった。CTCA群で最終診断ツールであるCAGが実施された割合は14%であり、当然のことながらその正診率(75%)は高く、CAG群の5倍だった。さらに、一連の検査・治療による大合併症(1次エンドポイント)は不変、小合併症は有意に抑制された。 わずか329例、single centerでの研究がBMJ誌に掲載されたことに驚かされたが、これまでCTCAとCAGとの直接比較が少なかったことや、特定のシナリオを設定しその有用性を示した点が評価されたのだろう。 本研究への疑問点・課題をいくつか提示しておきたい。 まずは、有病率の低さ(CTCA群11%、CAG群15%)である。トロポニンI/T値や心電図変化を対象外とせず、したがって急性冠症候群(UAP/NSTEMI)を許容する一方、全症例の平均年齢は60歳、半数が女性で糖尿病合併率は20%未満、虚血性心疾患の既往症例は除外された。さらに非典型的狭心症も半数以下だったことから、実際にはCTCA・CAGの適応とならない低リスク群が多数含まれていたと推察される。Duke clinical scoreから34.3%と予測した筆者らにとっても誤算だったであろうが、対象症例の有病率の低さは、検査に伴う合併症や長期予後の点に関してCTCA群に有利に働いた可能性があるし、被曝の観点からも問題である。 次に、血行再建術適応基準が示されていない点が挙げられる。CTCA群のみMRIでの当該領域心筋バイアビリティー≧50%が次のステップ(CAG)に進む条件となっているが、血行再建術の適応はCAG所見のみで決定されている。負荷試験の洗礼を受けない対象症例達は生理的・機能的評価なしに解剖学的要件のみで“虚血”と判断されたことになり、一部overindicationになっている可能性がある。 さらに、研究施設の日常臨床の延長線上で行われた本研究では、CTCAはすべて入院下で施行された。この点は、外来で施行されることが多い本邦の現状とは異なる。同様の試験を日本で行えば、入院期間やコスト面で、CTCA群での有効性にさらなる上積みが期待される。【冠動脈診療の適正化とCTCA】 高齢化社会の到来や天井知らずに膨らみ続ける医療経済的観点から、諸外国では医療の標準化・適正化(appropriateness)が叫ばれて久しい。虚血性心疾患診療の分野でも、治療のみならず診断の段階から appropriateness criteriaが提示されている3)。翻って、日本はどうだろうか。循環器疾患診療実態調査報告書(2015年度実施・公表) 4)から2010年と2014年のデータを比較すると、CTCAが34.6万件から42.4万件へと増加しているのに対し、CAGはいずれも49.8万件であった。待機的PCI数やCABG数があまり変化していないことを考え合わせれば、CTCAを有効かつ適正には活用できていないことになる。 CAD-Man試験は、CTCAが“不要な”CAGを減少させる可能性を示し、また反面教師として、 症例選択の重要性も示唆した。一方、血行再建症例の適応基準が課題として残っている。 多少横道にそれるが、新時代を切り開く技術としてFFRCTが注目されている。FFRCT法は CTCAのボリュームデータを使い、数値流体力学に基づいて血行動態をシミュレーションし FFRを推定する方法で、解剖学的判定と生理的・機能的評価を非侵襲的に行うことができる理想的なモダリティーである。実臨床に普及するには多くのハードルがあるが、昨年Duke大学から報告された「FFRCT版CAD-Man試験」ともいうべきPLATFORM試験5)6)では、臨床転帰を変えることなくCAGの正診率向上やコスト低減・QOL改善効果が示された。  日本でもappropriatenessの議論が始まっていると聞くが、CAD-Man試験が示したように現在のCTCAにはまだまだ課題が多い。適切な症例選択とFFRCT、これが融合すればCTCAが真のゲートキーパーとなる、と確信する。参考文献1)循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2007―2008年度合同研究班報告)―冠動脈病変の非侵襲的診断法に関するガイドライン(PDF)2)Pryor DB, et al. Ann Intern Med. 1993;118:81-90.3)Hendel RC, et al. J Am Coll Cardiol. 2006;48:1475-1497.4)循環器疾患診療実態調査報告書 (2015年度実施・公表)(PDF)5)Douglas PS, et al. Eur Heart J. 2015;36:3359-3367.6)Douglas PS, et al. J Am Coll Cardiol. 2016;68:435-445.

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医師の燃え尽き症候群、既存の治療戦略は有効か/Lancet

 医師の燃え尽き症候群(burnout)の治療では、これまでに実施された個々人に焦点を当てた介入や組織的な介入によって、臨床的に意味のあるベネフィットが得られていることが、米国・メイヨークリニックのColin P West氏らの検討で明らかとなった。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2016年9月28日号に掲載された。米国の研修医および開業医の全国的な調査では、医師の燃え尽き症候群は流行の域に達していることが示されている。その帰結として、患者ケア、専門家気質、医師自身のケアや安全性(精神的健康への懸念や交通事故を含む)、保健医療システムの存続性への悪影響が確認されているという。3つのアウトカムをメタ解析で評価 研究グループは、医師の燃え尽き症候群を予防、抑制するアプローチに関する文献の質およびアウトカムをよりよく理解するために、系統的レビューとメタ解析を行った(Arnold P Gold財団研究所の助成による)。 2016年1月15日までに医学データベース(MEDLINE、Embase、PsycINFO、Scopus、Web of Science、Education Resources Information Center)に登録された文献を検索した。 妥当性が検証された指標を用いて、医師の燃え尽き症候群への介入の効果を評価した試験を対象とし、介入の前後を比較した単群試験も含めた。医学生や医師以外の医療従事者に関する試験は除外した。抄録で適格性を判定し、標準化された書式を用いてデータを抽出した。 燃え尽き(overall burnout)、情緒的消耗感(emotional exhaustion)スコア、脱人格化(depersonalisation)スコアの変化をアウトカムとした。ランダム効果モデルを用いて、各アウトカムの変化の推定平均差を算出した。すべてのアウトカムと高値例の割合が改善 15件の無作為化試験に参加した医師716例、および37件のコホート試験に参加した医師2,914例が適格基準を満たした。 介入によって、燃え尽き(14試験)が54%から44%(平均差:10%、95%信頼区間[CI]:5~14、p<0.0001、I2=15%)へ、情緒的消耗感スコア(40試験)が23.82点から21.17点(平均差:2.65点、95%CI:1.67~3.64、p<0·0001、I2=82%)へ、脱人格化スコア(36試験)は9.05点から8.41点(平均差:0.64点、95%CI:0.15~1.14、p=0.01、I2=58%)へと、いずれも有意に改善した。 また、情緒的消耗感スコア高値の割合(21試験)は38%から24%(平均差:14%、95%CI:11~18、p<0.0001、I2=0%)へ、脱人格化スコア高値の割合(16試験)は38%から34%(平均差:4%、95%CI:0~8、p=0.04、I2=0%)へと、双方とも有意に低下した。 有効な個別的介入戦略には、マインドフルネスに基づくアプローチ、ストレス管理訓練、小集団カリキュラムがあり、有効な組織的介入戦略には、労働時間制限や、各施設で工夫された診療業務過程の改良が含まれた。 著者は、「特定の集団ではどの介入法が最も有効か、また個別的介入と組織的介入をどのように組み合わせれば、より高い効果が得られるかを解明するために、さらなる検討を進める必要がある」と指摘している。

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第33回 医療事故調査制度スタートから1年が経過して

制度開始から1年間を振り返って■医療事故報告件数は妥当か医療事故調査制度が動き出してから、早1年が経ちました。本制度が成立するまでにさまざまな混乱がありましたが、現在のところ、穏やかな動き出しとなっています。まず、医療事故報告件数ですが、医療事故調査・支援センターである日本医療安全調査機構の発表資料によると、11ヵ月で計357件、1ヵ月平均32.5件となっています(資料1)。制度設計時に試算された年間発生件数が1,300~2,000件/年であったことからか、一部のメディアでは、医療事故報告件数が少ないと騒ぎ立て、あたかも病院が報告を差し控えているかのように報道されていますが、それは誤りです。この件に関しては、塩崎恭久厚生労働大臣が平成28年4月12日の会見で下記のとおり適切な回答をしています。「今、当初の予想よりも案件数が少ないという御指摘がございましたが、当初の予想は医療事故情報等収集事業を前提としたときの数字でございまして、今回の制度の対象範囲が決定される前に、大学病院とか、国立病院機構の病院、つまり、ハイリスクの高度医療をやっていらっしゃる所の事故について報告を受ける、前の報告制度の死亡事故数を基に試算したものでございました。それが1,300~2,000件という予想であったわけで、医療事故調査制度が対象とする、管理者が予期しなかった死亡以外も含まれていたわけです。かつては、医療に起因する事故ということと、予期しなかったということのどちらかに引っかかったら、カウントしました。しかし、今度の制度は、両方を満たす場合のケースということになりますので、オアとアンドで、かなり狭くなっているということが言えるということが一つと、今申し上げたように、全ての病院ではなくて、ハイリスクな病院を対象としていたということがございました(※下線は筆者による)。(http://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000121129.html)」画像を拡大するすなわち、「本制度の対象となる医療事故」は医療起因性があり、かつ、予期しなかったもののみが対象となっていて、「試算が対象とした医療事故」とは異なります(資料2)。したがって、そもそも異なったものですので、比較自体に意味がないのです。画像を拡大する■院内事故調査件数→相当数の取り下げが次に、院内調査結果報告件数ですが、現在まで計157件となっています。直近6ヵ月では、17.8件/月となっており、同期間の医療事故報告件数の36.2件/月(全期間の平均は先に挙げたように32.5件/月)の半分弱(49.2%)となっています。医療事故報告から院内事故調査委員会開催、センター報告までの期間は、大学病院では平均約2.5ヵ月という報告もあります。人員の乏しい中小病院ではさらに時間がかかると予測されることから正確にはいえませんが、事故報告はしたものの、院内事故調査の結果、やはり「本制度の対象となる医療事故」ではなかったとして、取り下げた事案が相当数あったものと思われます。■相談件数→弁護士による指示の影響か?本制度は、制定までにさまざまな利害関係者が、自身の業界利益を求めて制度設計の議論に介入してきた結果、混乱を極めました。その結果、医療事故の定義に代表されるように、複雑な制度となっています。そのような背景からか、センターへの相談件数は月平均145.5件となっています(資料3)。全国の医療機関が悩みながら本制度の運用をしているというのは事実ですが、実はセンターに相談をしているのは医療機関だけではありません。本年8月のセンターへの相談件数は、154件ありましたが、このうち医療機関からの相談は81件(52.6%)、遺族などからの相談が57件(37.0%)、その他・不明が16件(10.4%)でした。つまり、約半数(47.4%)が医療機関外からの相談となっているのです。画像を拡大するそして、遺族などからの相談の63.2%は医療事故該当性判断についてである(医療機関からの相談は22.2%)ことを考えると、モデル事業や産科補償制度と同様に、弁護士からの指示を受けて鑑定意見書作成目的でセンターに相談している遺族が相当数いることが予想されます。実際に、本制度開始に伴い、医療訴訟を生業とする弁護士らのグループが、医療事故調査制度に関する無料電話相談窓口を設置するなど、業界利益獲得のため必死になっています。本制度がスタートして1年が経過しました。医療機関は悩みながら制度に向き合っているという状況かと思われますが、一方で、制度設計時から課題となっていた医療安全以外の目的、すなわち紛争解決目的で本制度を利用しようとしている者もいることから、医療機関としては、注意深い運用が求められるといえます。本制度を適切に運営していくために■科学としての医療安全の推進本制度は、「医療安全」が目的の制度です。そして、医療安全という結果を得るためには科学的手法を用いることが求められます。わが国では、これまでマスコミに大々的に報道された個別事件に対し、現場で最終行為を行った若い医療従事者を「犯人」として誹謗中傷を浴びせ、犯罪者扱いをしておしまいとしていました。その結果、医療現場はまったく安全にならず、同種の事故が繰り返されるという負のループをうんでいます。これらの魔女狩り的活動に対する反省から、近年、ようやく各施設で医療安全に対する前向きな取り組みが行われるようになり、同時に、個々の事例に振り回されるのではなく、事例を集積し、データベース化したうえで検討する必要性が認識されるようになりました(資料4)。そのような背景を踏まえ、科学として医療安全に取り組むために医療事故調査制度がスタートすることとなったのです。大切なことは、たくさん報告書を書くことではなく、アウトカムとしての医療安全を得ることなのです。画像を拡大する■医療安全のための調査の基本は「秘匿性」と「非懲罰性」医療安全のための調査を行う場合において最も重要なことは、秘匿性と非懲罰性です。『WHOドラフトガイドライン2005』を持ち出すまでもなく、医療安全を目的として行われた調査記録や調査結果が調査対象者自身の処分や訴追資料として利用されるとなれば、誰も正直に話せなくなりますし、そもそも調査側がその旨を説明すらせず調査することは、調査対象者を騙す行為であり、非倫理的でおよそ許されることではありません(たとえば臨床試験に置き換えれば許されないことは明白です)。そこで、省令や通知において、適切な医療事故調査を行うにあたって守るべきこと、具体的には、非識別化(たとえば単にA医師とするのではなく、他の情報との照合によっても識別できないようにする)や再発防止策の記載に対する注意(非懲罰性)、それに加え、手続保障についての規定も盛り込まれています。弁護士をはじめ、紛争目的で本制度を利用しようとしている者たちから、現場医療従事者を保護し、医療安全を推進していくためには、まず科学としての医療安全とその手法を学習することが重要です。■お知らせ-医療安全とその手法を学習する本年から筆者が事務局となり、医療安全管理者養成講習会を開催することとなりました。最先端の科学としての医療安全の知識を学習すると同時に、現場医療従事者を保護するための方策を習得することを目指しております。日程の合う方はぜひ受講してください。日時 平成28年12月12日(月)~17日(土)会場 日本医療法人協会(東京都千代田区富士見2-6-12 AMビル4階)詳しくは、http://ajhc.or.jp/info/seminer/201612.pdf関連リンク日本医療安全調査機構塩崎恭久厚生労働大臣会見概要(平成28年4月12日)医療安全管理者養成講習会

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言えない! 女性の過活動膀胱をめぐる悩み、その現状と対策

 生命に直結する疾患とまではいかないものの、日常生活の中で著しくQOLを低下させる症状、それが過活動膀胱(Overactive Bladder:OAB)である。男女ともに中高年層から年齢に正比例して増えているが、解剖学的性差により、女性のほうが悩ましさを抱えているという。 先月、このOABをテーマにしたプレスセミナーをファイザー株式会社が開催し、専門医2氏が講演した。このうち、日本排尿機能学会理事長の横山 修氏(福井大学医学部 泌尿器科学 教授)は、「患者さんに恥ずかしがらずに相談してもらえるよう、医療者側からの働きかけが必要」と述べた。過活動膀胱の尿意切迫感、イメージは「いきなり赤信号」 OABは尿意切迫感を必須とした症状症候群であり、診断のポイントとしては、頻尿(睡眠時の夜間頻尿も含む)を伴う一方、切迫性尿失禁は多くのケースで併発しているものの、必須ではない。横山氏によると、主症状である尿意切迫感は、抑えられない尿意が急に起こることを意味し(病的膀胱知覚)、一般的に明確な尿意を感じる膀胱の蓄尿量が300mL程度に満たなくても、トイレまで我慢できないほどの差し迫った尿意を感じるという。 OABをめぐっては、2002年に全国の40歳以上の男女約1万人を対象に行った大規模疫学調査をベースに2012年時点の人口構成から推計すると、患者数は約1,040万人に上り、有症状率は全体の14.1%、つまり7人に1人の割合でOABの自覚症状があるとみられている。ところが、潜在的にこれほど多数の患者が見込まれるにもかかわらず、積極的な治療を行っていない人が多いのがこの疾患の特徴である。 OAB自体が生命に直結する疾患ではないものの、外出時や長時間かかる会議や移動などの際、常にトイレの心配が付きまとうため、日常生活への影響は大きい。ファイザーが今年3月、OABで医療機関を受診経験のある50歳以上の女性265人を対象に行ったインターネット調査によると、回答者の実に92.5%が切迫性尿失禁を経験していることがわかった。 また、「外出時で、常にトイレの場所を気にしないといけない」(78.1%)、「症状に対して、気分的に落ち込む・滅入ってしまう」(50.9%)といった日常生活への精神的な負担感の訴えや、「旅行や外出を控えてしまう」(60.0%)、「友人・知人との付き合いを控える」(40.0%)など、日常生活や社会活動を制限されている実情も浮き彫りになった。 横山氏によると、OABによるQOL低下の度合いは、糖尿病患者のそれに匹敵するとしたうえで、「症状の特異性により、うまく相談できない患者さんが多い可能性がある。視診や台上診なども不要なので、恥ずかしがらずに相談してもらえるよう医療者側からの働きかけが必要」と述べた。「トイレが近い」という何気ない訴えにもヒントが 続いて、「女性における過活動膀胱相談の実際」と題して、巴 ひかる氏(東京女子医科大学 東医療センター 骨盤底機能再建診療部泌尿器科 教授)が講演した。 それによると、OABをめぐる治療事情には性差があり、男性の受診率が30%超であるのに対し、女性はわずか7.7%に留まっているという。この理由として巴氏は、男性は高年齢層になるに従い前立腺肥大を理由に受診する人が多く、その際にOABの症状についても診断されるケースが多い一方、女性の場合は、症状への恥ずかしさや年齢的に仕方がないという思い込みから、かかりつけ医にも打ち明けるのをためらう人が多いためではないか、という見解を示した。  しかしOABは治療が見込める疾患であり、診断がつけば、抗コリン薬やβ3アドレナリン受容体作動薬などによる薬物療法をはじめ、膀胱訓練や骨盤底筋訓練などの行動療法、電気刺激療法などの神経変調療法により症状の改善が期待できる。巴氏は、「OABは自覚症状症候群なので、問診や調査票でも診断が可能である。患者さんの『最近トイレが近い』という何気ない訴えの中にもOAB診断のヒントがあるので、注意深く問診をして、患者さんのQOL向上につなげてほしい」と述べた。

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新薬と医療経済―PCSK9は安いか?高いか?(解説:平山 篤志 氏)-582

 スタチンに併用することで、LDLコレステロールをさらに低下させるPCSK9阻害薬が発売され、次の点から注目されている。 1つは、スタチン使用下で70%以上LDL-コレステロールを低下させるという驚異的な効果、次に、PCSK9阻害薬(レパーサ皮下注140mgシリンジ)の薬価が 2万2,948円(1ヵ月4万5,896円、年間約55万円)と高価なことである。 コレステロール低下薬であるが、効果としては心血管事故の予防目的であることから、直接的な治療薬でなく、かつ長期間使用される薬剤であるため、これまでの抗がん剤や抗リウマチ薬とは違う意味を持つ生物製剤である。そのため、薬価としては高いのか?安いのか?が医療経済の面から評価される必要があった。 本論文では、米国で発売されている抗PCSK9抗体薬の価格が年間1万4,350ドルで、35歳から74歳までの家族性高コレステロール血症(FH:familial hypercholesterolemia)のヘテロ接合体患者(hFH)と、ハイリスクの心血管疾患患者(ASCVD:atherosclerotic cardiovascular disease)すべてに投与した場合、心血管イベントを予防する効果とそれに伴って節約できる価格を比較している。 hFHでは、1クエリ50万3,000ドル、ASCVDでは41万4,000ドルで、通常米国で受け入れられる1クエリ10万ドルをはるかに超えることになる。さらに、hFHでLDLコレステロール値の高値の患者、あるいは急性冠症候群発症患者のみに限定してもコストには見合わないとし、少なくとも3分の2以上の価格の低減が必要であると結論している。 わが国で発売された本剤は、ちょうど本論文の提示する価格ではある。ただ、わが国のイベント発生頻度を考慮すると、やはり現状では経済効果があるとは考えにくい。この薬剤を活かすには、よりハイリスクの患者を見出す工夫が必要であろう。ただ、この論文で記載されているように、抗PCSK9抗体の効果については、まだ十分なデータが出ているわけではない。今後発表されるFOURIER試験やODESSAY outcomes試験の結果での有効性、さらに長期的な安全性が示されることが必須である。今後明らかにされるCRTの結果で、真にこの薬剤のベネフィットのある患者さんを選別することができるかどうかで、薬価の結論を導き出せるかもしれない。

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イワケンの「極論で語る感染症内科」講義

第1回 なぜ極論が必要なのか? 第2回 あなたはなぜその抗菌薬を出すのか 第3回 その非劣性試験は何のためか 第4回 急性咽頭炎の診療戦略のシナリオを変えろ! 第5回 肺炎・髄膜炎 その抗菌薬で本当にいいのか? 第6回 CRPは何のために測るのか 第7回 急性細菌性腸炎 菌を殺すことで患者は治るのか第8回 ピロリ菌は除菌すべきか第9回 カテ感染 院内感染を許容するな 第10回 インフルエンザ 検査と薬の必要性を考えろ 第11回 HIV/AIDS 医療者が知っておくべきHIV/AIDS診療の今 きょく ろん 【極論】1.極端な議論。また,そのような議論をすること。極言。2.つきつめたところまで論ずること。           大辞林第3版(三省堂)イワケンこと岩田健太郎氏が感染症内科・抗菌薬について極論で語ります。「この疾患にはこの抗菌薬」とガイドラインどおりに安易に選択していませんか?それぞれ異なった背景を持つ患者にルーチンの抗菌薬というのは存在するはずがありません。抗菌薬が持つ特性や副作用のリスクなどを突き詰めて考え、相対比較をしながら目の前の患者に最適なものを特定することこそが、抗菌薬を選択するということ。イワケン節でその思考法をたたきこんでいきます。※本DVDの内容は、丸善出版で人気の「極論で語る」シリーズの講義版です。 書籍「極論で語る感染症内科」は2016年1月丸善出版より刊行されています。  http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/book_data/search/9784621089781.html第1回 なぜ極論が必要なのか? 抗菌薬選択、感染症治療に関してなぜ“極論”が必要なのかをイワケンが語ります。これまでの感染症の診断・治療の問題点を指摘しながら、どういう方向に向かっていかなければならないのか、何をすればよいのかを示していきます。“感染症とはなにか”が理解できる内容です。第2回 あなたはなぜその抗菌薬を出すのか抗菌薬を処方するとき、何を基準に選択していますか?ほとんどの場合において「スペクトラム」を基準にしていることが多いのではないでしょうか?否。本当にそれでいいのでしょうか。移行性、時間依存性、濃度依存性などの抗菌薬が持つ特性や副作用のリスクなどを突き詰めて考え、、相対比較をしながら最適なものを特定することこそが、抗菌薬を選択するということ。イワケン節でその思考法をたたきこみます。第3回 その非劣性試験は何のためか近年耳にする機会が増えている「非劣性試験」。既存薬よりも新薬の効果のほうが劣っていないことを示す試験で、新薬が主要な治療効果以外に何らかの点で優れているということを前提としてが実施するものである。本来患者の恩恵のために行われるべきこの試験が価値をもたらすことは当然ある。しかしながら、臨床的には意味の小さいいわゆる「me too drug」を増やす道具になりかねないということも、また事実である。この試験のあり方にイワケンが警鐘を鳴らす。第4回 急性咽頭炎の診療戦略のシナリオを変えろ!いよいよ疾患の診療戦略に入っていきます。まずは誰もが診たことのある急性咽頭炎。急性咽頭炎の診療において、溶連菌迅速検査の結果が陽性の場合は、抗菌薬(ペニシリン系)を投与を使用し、陰性の場合は、伝染性単核球症などとして、抗菌薬を使用しないという治療戦略が一般的。しかし、細菌性の急性咽頭炎の原因菌は「溶連菌」だけではなかった!つまり、検査が陰性であっても、抗菌薬が必要な場合もある!ではそれをどのように見つけ、診断し、治療するのか?イワケンが明確にお答えします。第5回 肺炎・髄膜炎 その抗菌薬で本当にいいのか?今回は、肺炎と髄膜炎の診療戦略について見ていきます。風邪と肺炎の見極めはどうするか?グラム染色と尿中抗原検査、その有用性は?また、髄膜炎のセクションでは、抗菌薬の選択についてイワケンが一刀両断。細菌性髄膜炎の治療に推奨されているカルバペネム。この薬が第1選択となったその理由を知っていますか?そこに矛盾はないでしょうか?ガイドライン通りに安易に選択していると、痛い目を見るかもしれません。番組最後には耐性菌についても言及していきます。第6回 CRPは何のために測るのか炎症の指標であるCRPと白血球は感染症診療において多用されている。多くの医療者は感染症を診るときに、白血球とCRPしか見ていない。CRPが高いと感染症と判断し、ある数値を超えると一律入院と決めている医療機関もある。しかし、それで本当に感染症の評価ができていると言えるのだろうか。実例を挙げながらCRP測定の意義を問う。第7回 急性細菌性腸炎 菌を殺すことで患者は治るのか細菌性腸炎の主な原因菌は「カンピロバクター」。カンピロバクターはマクロライドに感受性がある。しかし、臨床医として、安易にマクロライドを処方する判断をすべきではない。抗菌薬で下痢の原因菌を殺し、その抗菌薬で下痢を起こす・・・。その治療法は正しいといえるのか?イワケン自身がカンピロバクター腸炎に罹患したときの経験を含めて解説します。第8回 ピロリ菌は除菌すべきか世の中は「ピロリ菌がいれば、とりあえず除菌」といった圧力が強い。ピロリ菌が胃炎や胃潰瘍、さらには胃がんなど多様な疾患の原因となる菌であるからだ。一方で、ピロリ菌は病気から身を守ってくれている存在でもあるのだ。そのピロリ菌をやみくもに除菌することの是非を、イワケンの深い思考力で論じる。第9回 カテ感染 院内感染を許容するなカテーテルを抜去して解熱、改善すればカテ感染(CRBSI:catheter-related blood stream infection)と定義する日本のガイドライン。また、カテ感染はカテーテルの感染であると勘違いされている。そんな間違いだらけの日本のカテ感染の診療に、イワケンが切り込む。限りなくゼロにできるカテ感染(CRBSI)。感染が起こることを許容すべきではない。第10回 インフルエンザ 検査と薬の必要性を考えろインフルエンザの診療において迅速キットを使って診断、そして、陽性であれば抗インフルエンザ薬。そんなルーチン化した診療にイワケンが待ったをかける。今一度検査と抗インフルエンザ薬の必要性と意義を考えてみるべきではないだろうか。また、イワケンの治療戦略の1つである、「漢方薬」についても解説する。第11回 HIV/AIDS 医療者が知っておくべきHIV/AIDS診療の今HIV/AIDSの診療は劇的に進化し、薬を飲み続けてさえいれば天寿をまっとうすることも可能となった。そのため、HIV/AIDS診療を専門としない医師であっても、そのほかの病気や、妊娠・出産などのライフイベントで、HIV感染者を診療する機会が増えてきているはず。その患者が受診したとき、あなたはどう対応するのか。そう、医療者として、“患者差別”は許されない!普段通りの診療をすればいいのだ。しかしながら、薬の相互作用や患者心理など、気をつけるべきことを知っておく必要はある。その点を中心に解説する。

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多面的な心血管リスク対策で認知症を防げるか?/Lancet

 無作為に抽出した高齢者において、看護師主導による心血管リスク因子に焦点を絞った多面的な介入は、認知症発症率の減少には至らなかった。オランダ・Academic Medical CenterのEric P Moll van Charante氏らが、The Prevention of Dementia by Intensive Vascular care trial(preDIVA試験)の結果、報告した。先行研究では、心血管リスク因子の改善が認知症を予防する可能性が示唆されていた。今回の研究で介入の効果を確認できなかった理由について著者は、「ベースライン時、すでに軽度の心血管リスクを有し、プライマリケアで高い水準のリスク管理が行われていたことによる」と考察したうえで、未治療の高血圧患者においては介入により臨床的に意味のある効果が得られていることから、「今後は選択された集団で介入の有効性を評価すべきである」とまとめている。Lancet誌オンライン版2016年7月26日号掲載の報告。高齢者約3,500例を6年追跡し、多面的介入と通常ケアの認知症発症率等を比較 preDIVA試験は、オランダにて、26の医療センタービルにある116の一般診療所(家庭医)を拠点に実施された、多施設共同非盲検クラスター無作為化比較対照試験であった。 研究グループは、研究参加者として70~78歳の高齢者を募集し、2006年6月7日~2009年3月12日に、適格基準を満たし研究への同意が得られた3,526例を、看護師主導の多面的な心血管系への介入を6年間行う群(介入群)と通常ケアを行う群(対照群)の2群に診療所単位で無作為化した(介入群:63施設1,890例、対照群:53施設1,636例)。 介入群には、6年間にわたって4ヵ月に1回計18回一般診療所を受診してもらい、看護師が心血管リスク因子(喫煙習慣、食事、運動、体重、血圧)の評価と、動機づけ面接法による生活習慣の指導や支援を行った。 主要評価項目は、6年時の累積認知症発症率および障害スコア(Academic Medical Center Linear Disability Score:ALDS)。副次的評価項目は、心血管疾患の発症率および死亡率などであった。評価者盲検とし、アウトカムデータを入手し得たすべての参加者を解析に組み込んだ。認知症発症率や障害スコアに両群間で有意差なし 主要評価項目の解析対象は3,454例(98%)で、平均追跡期間は6.7年(2万1,341人年)であった。介入群では1,853例中121例(7%)、対照群では1,601例中112例(7%)が認知症を発症した(ハザード比[HR]:0.92、95%信頼区間[CI]:0.71~1.19、p=0.54)。追跡期間中に測定された平均ALDSスコアは、両群間で差は認められなかった(介入群85.7[SD 6.8]、対照群85.7[7.1]、補正平均差:-0.02、95%CI:-0.38~0.42、p=0.93)。 副次的評価項目については、死亡率は対照群16%(269/1,634例)に対し介入群は16%(309/1,885例)であり、両群間に差はなかった(HR:0.98、95%CI:0.80~1.18、p=0.81)。心血管疾患発症率も同様にそれぞれ17%(228/1,307例)および19%(273/1,469例)で差は認められなかった(HR:1.06、95%CI:0.86~1.31、p=0.57)。 サブグループ解析の結果、アドヒアランスが良好であった未治療の高血圧症を有する高齢者の場合、認知症発症率は介入群4%(22/512例)に対し対照群は7%(35/471例)であった(HR:0.54、95% CI:0.32~0.92、p=0.02)。

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【JSMO2016見どころ】就労支援とサバイバー

 2016年7月28日(木)から3日間にわたって、第14回日本臨床腫瘍学会学術集会が開催される。これに先立って、先月、日本臨床腫瘍学会(JSMO)のプレスセミナーが開かれ、がん治療の最新動向と、今回のJSMOで注目すべき各領域のトピックが紹介された。 このうち、就労支援とサバイバーについては清田 尚臣氏(神戸大学大学院医学研究科 腫瘍・血液内科 助教)が登壇した。なお、講演資料については高橋 都氏(国立がん研究センターがん対策情報センター がんサバイバーシップ支援部)の著作による。【高橋 都氏コメント】 近年、「がんと就労」が社会的注目を集めている。仕事は収入の糧であるだけでなく、さまざまな意味を持ち、診断後の暮らし全般(がんサバイバーシップ)に大きく影響する。 働く世代へのがん対策の充実は、第2期がん対策推進基本計画に重点課題として盛り込まれ、「がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会」でも議論された。がん診療連携拠点病院における社会保険労務士やハローワークとの連携も始まり、さらに2016(平成28)年2月には、がんを含む長期有病者の治療と職業生活の両立支援に向けた企業向けガイドラインも厚生労働省から発出された。政策の展開とともに、健康経営やダイバーシティマネジメントなどの観点から、慢性疾患を持つ労働者への支援対応は企業の経営戦略の課題にもなりつつある。 国内の複数の調査では、診断時の有職者のうち、およそ1/3~1/4の患者の離職が報告されている。疾患や治療が患者の職業生活に及ぼす影響は医学的要因だけでは決まらず、個人の背景や治療の副作用の出方、心理社会面への影響、職種や職位、働く意欲などに影響される。がんの種類や治療が同じでも、職業生活への影響には大きな個人差があることがこのテーマの特徴である。 このように、多要因に影響される治療と職業生活の両立支援においては、治療を受ける本人を中心として、医療機関、職域、地域コミュニティの関係者間の連携が欠かせない。しかし、現状は、がん就労者や職場関係者が直面する課題が徐々に明らかになってきたものの、企業関係者、医療者、労働相談の専門家(社会保険労務士、キャリアコンサルタントなど)、行政などがそれぞれの立場からどのように動くべきか、支援と連携のかたちに関する試行錯誤が続いている。【注目演題】 本学会で、就労支援とサバイバーに関連した注目演題は、以下のとおり。教育講演「がんサバイバーシップの概念と最近の展開―特に多領域の連携について」「がん患者の就労支援の現状」日時:7月28日(木)14:40~15:25場所:Room4(神戸国際展示場2号館3F3A会議室)シンポジウム「がんサバイバーシップ支援とピアサポート―がんサバイバーができること、期待すること―」日時:7月28日(木)15:30~17:00場所:Room4(神戸国際展示場2号館3F3A会議室)【第14回日本臨床腫瘍学会学術集会】会期:2016年7月28日(木)~30日(土)会場:神戸国際展示場・神戸国際会議場会長:南 博信(神戸大学大学院医学研究科 腫瘍・血液内科 教授)テーマ:Breaking through the Barriers:Optimizing Outcomes by Integration and Interaction第14回日本臨床腫瘍学会学術集会ホームページはこちら

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EBMと個別化医療の混乱:クロピドグレルとCYP2C19(解説:後藤 信哉 氏)-569

 世の中には科学で推し量れない不思議がある。クロピドグレルは、チクロピジンの安全性を改善する薬剤として世界でヒットした。冠動脈カテーテルインターベンションを行う医師の経験するステント血栓症は、自らが惹起したと感じられる重篤な副作用なので、予防には全力を尽くす。プラビックスが特許を有していた、わずかの昔には、「薬剤溶出ステント後の抗血小板併用療法の持続期間」が話題であった。そのときには、「プラビックスを長期服用していればステント血栓が起こらないが、中止するとステント血栓が起こる」ことを前提として、長期使用の是非を論じていた。総じて、科学への貢献の視点では意味の少ない議論であった。 プラビックスの特許切れとともに「CYP2C19の遺伝子型」による「クロピドグレルの薬効のばらつき」という議論の熱が高まった。議論はファシズムのように集約された。「アジア人ではクロピドグレル活性体の産生速度の遅い遺伝子型が多い」、「活性体産生速度の遅い遺伝子型では心血管イベントリスクが多い」などが、比較的小規模の観察研究、クロピドグレルの薬効標的と直接相関しない血小板凝集率をアウトカムとした試験、クロピドグレルの後継を目指す新規のP2Y12 ADP受容体阻害薬開発試験のサブ解析などの結果として多数発表された。科学的真実にもっとも近いと思われるクロピドグレル活性体による薬効標的P2Y12 ADP受容体の阻害率に基づいた研究はほとんどない。多くのゴミのような論文が、「CYP2C19の遺伝子型」によってクロピドグレルを服用しても十分な「有効性がない」ような気持ちにさせる。2年前を振り返れば、「クロピドグレルを服用していればステント血栓を予防できる」との仮説に立っていた医師が、今は平然と「クロピドグレルを服用しても、遺伝子型によっては有効でない」とおっしゃる。クロピドグレルの本邦での開発では、世界と同じ75mgを採用するにあたって、本邦では用量過剰による出血リスクを考慮して25mgの錠剤を作成した。歴史的経緯を平然と無視して、単一の意見が支配する世界は学問的ではない。 クロピドグレルは、患者集団を均質と考えるEBMに依拠した。プラスグレル、チカグレロールもEBMに依拠する点はクロピドグレルと同じである。薬剤の臨床開発は、患者集団を均一と仮定したランダム化比較試験によった。もし、「CYP2C19の遺伝子型」による薬効のばらつきが真実であるなら、プラスグレル、チカグレロールは「CYP2C19の遺伝子型」のためクロピドグレルの薬効が不十分な小集団において、開発試験をやり直すべきである。多くの症例が安価なクロピドグレル後発品で問題ないことを示せば、高価な新薬を考慮すべき小集団を、遺伝子情報も踏まえて見出すことができるかもしれない。 医師は知的エリートでありたい。現在の前には連綿と続く歴史がある。少し風が吹くと、チリのようにふらつく考えでは頼りない。EBMで考えるのであれば、個別症例の特性以上にランダム化比較試験を構成する症例群の均質性を再考慮すべきである。均質性が確認されなければ、そのランダム化比較試験は失敗と評価すべきである。遺伝子型の相違に基づいた個別化医療を行うのであれば、遺伝子の差異から蛋白の差異、薬剤反応性の差異を構成論的に精緻に理解する演繹的方法か、遺伝子型を用いて新薬が有効性を発揮する小集団を帰納的に見出す方法論を確立すべきである。 本研究は後者の視点に立つ。遺伝子型は誰にも変えようがないので、後付け解析であってもランダム化の無作為性は担保されていると考える。アスピリンとアスピリン/クロピドグレルのランダム化比較試験ではあるが、両群に無作為に機能喪失型CYP2C19が含まれる。脳卒中急性期はもっとも血栓性因子の関与が大きい時期である。ゴミのような論文が多く、現在の方法的限界の中では、本論文はもっとも本当らしいメッセージを送っているようにみえる。一方、本当に有効性がクロピドグレルの薬効の差異に基づいていれば、重篤な出血合併症はCYP2C19が機能してクロピドグレルの薬効の強い併用例では増えるものとも想定される。筆者のような血小板の専門家からみれば、「やはりP2Y12 ADP受容体阻害率」とイベントの関係を示してほしい。

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