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第85回 診療報酬改定シリーズ本格化、「躊躇なくマイナス改定すべき」と財務省、「躊躇なくプラス改定だ」と日医・中川会長(後編)

財務省が放った「もう一つのジャブ」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、八ヶ岳山麓の大学の先輩の別荘を訪ね、晩秋の山を楽しむ予定でした。しかし、とある事故で左手小指の第二関節を脱臼、結果として剥離骨折もしてしまったため泣く泣く八ヶ岳を諦め、『Sports Graphic Number』の最新号(MLBアメリカンリーグのMVPに選ばれた大谷 翔平選手の特集号です)を読みながら、静かに日本シリーズを観戦していました。左手小指は、第二関節から外側にぐにゃりとほぼ直角に曲がったのをとりあえず自分で元に戻し、昨年四十肩を患った時に通っていた近所の整形外科の医院を訪ねました。ある意味、私のかかりつけ医なのですが、相変わらず説明はわずかで、X線を確認した後、「とりあえず固定して様子をみます。完治まで8週間!」の一言で終わり。もう少し丁寧な説明はないのかと、包帯ぐるぐる巻の左手を見ながら思いました。さて、前回は、財務省主計局が11月8日の財政制度等審議会・財政制度分科会で医療関係者に向けて放った「躊躇なく『マイナス改定』をすべき」という、強烈なジャブについて書きました。実はこの日、財務省主計局は、財政制度分科会でもう一つのジャブを放っていました。日本医師会が最も嫌がる「かかりつけ医の制度化の必要性」について再度言及したのです。コロナ禍、「フリーアクセスは、肝心な時に十分に機能しなかった」財務省はかかりつけ医に関して、2014年度診療報酬改定での地域包括診療料・地域包括診療加算の創設以降、診療報酬上の評価が先行して実体が伴っておらず、「算定要件が相次いで緩和され、かかりつけ医機能の強化という政策目的と診療報酬上の評価がますますかけ離れることになった」と現行の問題点を指摘しました。さらにコロナ禍の中、「外来医療・在宅医療へのアクセスの機会は限られていたことが指摘されており、世界有数の外来受診回数の多さをもって我が国医療保険制度の金看板とされてきたフリーアクセスは、肝心な時に十分に機能しなかった可能性が高い」と強く批判、「受診回数や医療行為の数で評価されがちであった『量重視』のフリーアクセスを、『必要な時に必要な医療に アクセスできる』という『質重視』のものに切り替えていく必要がある」と断言しました。診療報酬は「制度化されたかかりつけ医」に対して支払うべきさらに、かかりつけ医については「制度的対応が不可欠であり、これを欠いたままの診療報酬上の評価は実効性を伴わない」とした上で、具体的な方策として、「かかりつけ医機能の要件を法制上明確化したうえで、これらの機能を担う医療機関を『かかりつけ医』として認定するなどの制度を設けること、こうした『かかりつけ医』に対して利用希望の者による事前登録・医療情報登録を促す仕組みを導入していくことを段階を踏んで検討していくべきである」と提言しています。また、現在検討中の外来機能報告の制度がかかりつけ医の「機能を担う医療機関を明確化する制度となるよう制度の拡充を図ること」としました。かかりつけ医への診療報酬上の評価については、「制度化されたかかりつけ医」に対して行うべきとし、「受診回数や医療行為の回数による出来高払いより包括払いがなじむ」と提案、現状の同診療料・診療加算の機能評価加算について 「ゼロベースでの見直しは必須。 その他の診療報酬上の評価も、 算定要件等の安易な緩和は厳に慎むべき」と釘を刺しました。報道等によれば、分科会の委員からは 「かかりつけ医を制度化すべき」「評価できる要件を定め包括払いへ転換をすることが重要」などの意見が出たとのことです。「フリーアクセスを担保するためにも制度化は認められない」と日医「現行のかかりつけ医の仕組みではダメだ」「コロナでも機能しなかった」とここまで批判されているにも関わらず、日本医師会は相変わらず「かかりつけ医」制度化に反対の姿勢を崩していません。なぜ、そこまで頑なに反対を続けるのか。その歴史的背景については、「第58回 コロナ禍、日医会長政治資金パーティ出席で再び開かれる?“家庭医構想”というパンドラの匣(前編)」でも書いた1980年代の家庭医構想にあります。この時は、英国のNHSの家庭医(GP)制度がモデルとして紹介されました。GPは患者登録制で報酬体系も人頭払い主体であったため、「フリーアクセス」「自由開業」「出来高払い」を金科玉条のごとく堅持することで存在意義を保ってきた日本医師会の逆鱗に触れ、家庭医構想は消滅しました。日本医師会の制度化への警戒感は相当なものです。日本医師会会長の中川 俊男氏は11月17日の記者会見で、財政制度等審議会・財政制度分科会における財務省主計局の主張について、「医療の現場感覚と大きくずれている点もあり、容認できない指摘が多々ある。所管である財政の問題を越えて、細かく医療分野の各論に踏み込んでくるのは省としての守備範囲を超えており、 また現場の感覚と大きくずれている点もある」と語ったとのことです。その上で、とくに「医療法人の事業報告書の電子開示」「かかりつけ医機能」「リフィル処方、多剤・重複投薬、医薬品の保険給付などの調剤関連」「薬価改定における調整幅」の4項目を挙げ、「全て反論していたら朝までかかっても反論しきれない」と厳しく批判したとのことです。この中の「かかりつけ機能」については、担当の松本 吉郎常任理事が「かかりつけ医は、患者が自ら選ぶのが基本。原則としてフリーアクセスを担保する、あるいはそれを制限しないことは、患者目線からも非常に大事」と、改めてかかりつけ医の制度化に対し反対を主張したそうです。この問題、相変わらず財務省とは議論がまったく噛み合っておらず、平行線のままです。本体プラスの改定率にして、かかりつけ医制度化を一部飲ませる手も次期診療報酬に向けた議論は厚生労働省の中央社会保険医療協議会で進んでおり、「外来機能の分化・強化、連携を進めるためには、かかりつけ医の明確化が必要だ」との意見が、とくに支払側委員からは出ています。「明確化」が「制度化」にまで踏み込んで議論されるかどうかは不明ですが、かかりつけ医をどう再定義するかは、今回の改定の大きなポイントの一つであることは確かです。一方、財源を決める改定率については、政治マターとして、医療機関の経営状況や世の中の情勢等をにらみつつ、政府がその数字を決定することになります。日本医師会などの医療関係団体は、先の衆院総選挙で与党が安定多数の議席確保に寄与しており、その結果も踏まえ、前回書いたように本体プラス改定を強く要求しているわけです。岸田 文雄首相が、診療報酬(本体)の改定率をどの水準で収めるかは、年末に向けての医療関係者の最大の関心事と言えるでしょう。「第80回 『首相≒財務省』vs.『厚労省≒日本医師会』の対立構造下で進む岸田政権の医療政策」でも書いたように、岸田首相は「医療政策を財務省主導で進めたい」と考えている節があります。そうした思いと、衆院選での医療関係団体の功績をどう天秤にかけるか。首相はなかなか難しい判断を迫られそうです。日本医師会会長の最大の仕事は「プラス改定を勝ち取ること」に他なりません。そのため、医療の質を1%上げることより、医師の収入を1%上げることが優先されることもあります。もし、首相がかかりつけ医の制度化含め、医療提供体制の改革を真剣に行おうとするならば、ある程度プラスの改定率にして中川会長の面目を保ちつつ、かかりつけ医の制度化を一部飲ませる、というシナリオが一つの落とし所として考えられます。果たして議論はどう進んでいくのでしょうか。こちらも日本シリーズ同様、熱い戦いとなることは間違いありません。

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第84回 コロナワクチン3回目、エビデンスによる“2回目から6ヵ月以上”が選ばれない理由

非常事態の行政対応はかくも難しいものか。ニュースを眺めていて、ふとそう思った。そのニュースとは新型コロナウイルス感染症の3回目のワクチン接種を巡る問題である。この件についてはNHKの以下の報道が良くまとまっている。「3回目ワクチン接種『2回目からの間隔 原則8ヵ月以上で』厚労省」(NHK)今回とりわけ問題になったのは、3回目の追加接種を2回目から「8ヵ月以上」か「6ヵ月以上」かという点だ。これについてSNS上では「『8ヵ月以上』とはどんなエビデンスなんだ」との声も聞かれるが、上記記事にもある通り厳格なエビデンスに基づいたものではなく、行政的判断である。具体的には9月17日に開催された第24回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会で事務局を担当する厚生労働省健康局健康課予防接種室が、先行して3回目接種を開始あるいは決定した各国はおおむね2回接種の7~8ヵ月後から開始しているとの資料(リンク先P42)を提示して8ヵ月以上を提案し、参加した各委員がこれを了承したものである。しかし、この後、ファイザーやモデルナといった各社が第3四半期決算発表時にそれまで解析した自社調査によるデータを公表。2回接種完了から半年後に思ったよりも抗体価が低下していることが明らかになり、それとともに国内外で「6ヵ月以上が適切かも」という声が増えてきたという次第だ。どちらかと言えばこちらのほうが医学的なエビデンスと言えるが、ワクチン販売企業のデータゆえ、利益相反(COI)を考慮しなければならないだろう。結局、前述の記事や各種報道にあるように「2回目接種完了から8ヵ月以上」を原則とし、当初は地域の感染状況に応じて自治体の判断で「2回目接種完了から6ヵ月以上」でも対応可能としたものの、最終段階で後者の選択を取る場合は「国への事前相談」が必要となった。個人的には今回の決定はある意味妥当な着地点を見いだせたのではないかと感じる。NHKの記事を読むと、自治体側は「6ヵ月以上」となると想定していた準備の前倒しにより混乱が起きるため「8ヵ月以上」を歓迎しているようだ。一方、私個人が「妥当」と考えたのはワクチンの供給量の観点からだ。今回、主軸となるファイザー製ワクチンは年内に約1億9,000万回分が供給見込みで、すでに約1億7,584万回分が接種済み。年内の残りは1,400万回分だが、現時点で1回目接種完了者の2回目接種分約360万回分が必要なため、年内に3回目接種に回せる可能性があるのは最大でも1,000万回分強である。そして3回目接種は、当初の優先接種者で、すでに接種完了から8ヵ月以上が経過しているエッセンシャルワーカー最上位の医療従事者から始まるのは確実。すでに公表されているデータから医療従事者の追加接種分を算出すると約490万回が必要となる。もっとも現時点でもまだ1回目接種に辿り着いていない若年者はいるため、前述の1,000万回分すべてが3回目の接種に回せるわけではないのは周知のこと。このように考えると、地方自治体が担当する3回目接種の最初の対象者となる高齢者に回せる可能性があるワクチンは多くとも全国で300万回分程度である。接種完了済みの高齢者で概算すると、もし年内に高齢者に追加接種をするとなると、10人に1人しかできない計算になる。このため自治体判断で「6ヵ月以上」を援用できるようにすると、それこそ自治体間で醜いワクチン獲得競争が生じてしまう恐れもある。ただし、一定の柔軟性は必要とも考えている。というのも、どのように配分したとしても自治体によってはワクチン在庫に余剰が生じる可能性があり、「8ヵ月以上」あるいは「感染状況悪化時の6ヵ月以上」という基準を金科玉条にすると、期限切れで無駄に廃棄するワクチンが生じてしまう恐れがあるからだ。この辺は厚生労働省と自治体の柔軟な対応に期待したいところだ。一方で、「そこを柔軟にする?」と思った点もある。それは今回、同一医療機関でファイザー製とモデルナ製を取り扱えるとした点である。ご存じのように両ワクチンは原理がほぼ同じだが、保管管理や接種前の準備が異なる。これでは悪気がなくとも誤った接種が行われる確率は従来よりも高くなると考えられる。その意味で今回の3回目接種のさまざまな基準は、細かいようだが柔軟性が必要なところにそれが欠け、逆により厳格化すべきところが柔軟になるという「要る時に要らない。要らない時に要る」風呂の蓋のようなちぐはぐさも感じてしまうのである。

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英語で「予防接種を受けましたか」は?【1分★医療英語】第3回

第3回 英語で「予防接種を受けましたか」は?Did you receive a measles shot as a child?(子供のころに麻疹の予防接種を受けましたか?)Yes, I did. And I think all my vaccines are fully up-to-date.(はい、受けました。必要なワクチンはすべて受けていると思います)《例文1》I’ll get vaccinated against the flu tomorrow.(明日、インフルエンザのワクチンを受けます)《例文2》The patient has just received the second COVID shot/jab.(その患者は2回目のコロナワクチンを接種したばかりだ)《解説》予防接種を受ける行為やプログラムのことを“vaccination”と表現します。日本でもよく聞く“vaccine”のほうは、予防接種時に投与する薬剤そのものを指します。また、簡易的な表現として米国では“shot”、英国では“jab”という表現もよく使われます。注射全般を指す“injection”も文脈次第でワクチンを意味することがあり、「予防」という意味の“protection”もワクチンを指すことがあります。また、抗体検査をしてワクチンの効果を確認したり、必要なワクチン接種を追加接種したりすることを“To update one’s vaccine status”ということがあります。“Which of my vaccines need to be updated?”(受け直したほうがいい予防接種はありますか?)などのように使います。講師紹介

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英語で「随時報告します」は?【1分★医療英語】第2回

第2回 英語で「随時報告します」は?I want to know when my surgery will be...(手術がいつか知りたいのですが…)Not decided yet, but I will keep you posted.(まだ決められませんが、随時報告します)《例文1》患者So, did you find anything on my CT scan?(CTで何がわかりましたか?)医師Well, the official report is still pending, but I will keep you posted.(まだ正式な報告書を待っているところですが、随時報告しますね)《例文2》患者Do I need surgery now? (手術が今必要ですか?)医師I understand your concern. We are still discussing your best treatment plan, but I promise we will keep you updated.(心配なのはわかります。最善の治療法をまだ検討中ですが、随時報告いたします)《解説》“I will keep you posted/updated.”は、米国の臨床現場では非常によく使われる表現です。患者やご家族からの質問は絶え間なくありますが、その場ですべてに回答できるわけではありません。正式な検査結果がまだ出ていなかったり、他科の医師と治療方針の協議中だったり、あるいは外来スケジュールの調整が必要だったりします。そのような場合に使える表現として、この“I will keep you posted/updated.”があります。絶え間なく変化する状況の中で物事を決定する医療現場にあって、「新たなことがわかり次第、お知らせします」というこの表現は有用性が高いのです。“post”には「手紙を投函する」や、最近では「SNSに動画や写真を投稿する」といった意味がありますが、「情報を知らせる」という意味もあります。“update”は日本語ではカタカナで使われているとおり「アップデートする」という意味です。したがって、“keep someone posted/updated”で「~に随時情報を知らせる」という意味になります。この表現は非常に便利で、同僚や上司から「随時連絡ください」という意味合いで“Please keep me posted/updated!”と言われることもあります。似たようなニュアンスを持つ言い回しとしては、“I will let you know when I know more.”もありますが、やはりより簡潔な今回紹介した表現のほうが頻繁に使われます。ぜひ使ってみてください。講師紹介

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第83回 街中の会話にヒントが!?若者や副反応経験者に3回目ワクチンを促す策とは

つい先日、昼食のために入ったラーメン屋で私の右側のカウンターに座っていた男性3人組の会話が耳に入ってきた。この3人を私から近い順にA君、B君、C君としよう。ちょうど私のすぐ隣にいたA君が「どうだった?」とB君とC君に尋ねていた。B君うん、めっちゃ熱出て、体もだるくてきつかったA君3回目の接種もあるって話じゃんB君いや、もう3回目はいいやC君俺も3回目はなしだな職業病のせいか、ついつい周囲の会話に聞き耳を立ててしまう癖はなかなか抜けない。この時もそうだったのだが、会話の内容も内容だったから余計のこと真剣に聞き耳を立ててしまった。多くの人にとって察しはついただろうが、新型コロナワクチン接種に関してである。このラーメン屋の近傍には複数の大学がある。その後も彼らの会話に聞き耳を立てていたが、どうやら彼らは付近のある私大の学生で、大学でモデルナ製ワクチンによる職域接種が行われ、B君とC君は接種、A君は様子見で今も接種するかどうかを迷っているらしい。私はファイザー製ワクチンの接種者だが、周知のようにモデルナ製ワクチンは投与量が多いため、効果もやや高い分、副反応も強めと言われ、モデルナ接種者での副反応に関する愚痴はよく耳にする。新型コロナに限らず、ワクチンでは接種者が効果を実感できることは稀で、むしろ自覚できる副反応があれば、そちらのほうの印象が強くなるのは必然のこと。いわゆる反ワクチン派の存在も多分にそうした現実に由来している。その意味で副反応の最小化はワクチン接種の浸透では必須事項となるが、そもそも個々のワクチンの特性により一定の頻度の副反応は避けがたい。たとえば今回の新型コロナのmRNAワクチンでは、極めて高頻度な発熱や倦怠感は減らそうと思って減らせるものではない。あとは症状が発現した際の適切な軽減策の周知であり、今回はすでに解熱鎮痛薬の使用推奨はかなり行われている。だが、それでも前述の学生の反応は非常に気になった。ワクチン接種完了者が国民のほぼ4分の3に達し、新規感染者数報告も小康状態とは言え、今後の新型コロナの動向はまだ完全に読み切れていない。そのうえで3回目接種も現実となった今、「3回目はもういいや」という人が一定数出ることは感染拡大の火種になる。そんなこんなを抱えながらネットサーフィンをしたら思いもかけないレポートに遭遇した。モデルナ製ワクチンの職域接種を行った岡山大学のアンケート調査結果である。ざっくりまとめると、学生を中心とした接種後のアンケート調査で副反応は局所性、全身性とも98%以上が1週間以内に消失し、90%弱が接種に満足、80%強が身近な人への接種を勧め、かつ3回目の接種を希望するというもの。非常に喜ばしい結果だ。また、副反応の発熱で解熱薬を服薬した人は66.0%で、これと別に予防内服を行った人が4.8%。私が一番驚いたのは、予防内服をした人が思ったよりも少なかったことだ。報道やSNSを通じて新型コロナワクチンでの発熱の副反応が周知され、それゆえに逆に接種前にやや怖くなっていた人も少なくなかったはず。一方で副反応回避策としての予防的解熱薬服用は推奨されていない。その中で予防内服が少なかった現実は若年層もかなりしっかりとした情報入手をしていた傍証でもある。では不安材料はないかと言えば、そうとは言えない。たとえば「インフルエンザワクチンと比べて副反応が重かった」との回答者が84.9%だった一方で、「打つ前の想像と比べて(副反応が)重かった」との回答者が43.3%だったことから、「副反応の重さがある程度周知されていたと思われる」との分析を示しているが、本当にそうだと言えるだろうか?前述の身近な人に勧めるか、あるいは3回目接種を希望するかとの問いに、否定的な回答は5%に満たないが、「どちらとも言えない」という動揺層が10数%いる現実は副反応の結果と推定される。また、3回目接種を希望するかについて「ワクチンの種類は検討するが希望する」が 22.0%もいたことも見逃せない。これはご存じのようにモデルナ製ワクチンで報告されている若年層での心筋炎の副反応を恐れてのことだろう。また、本レポートではワクチン接種との因果関係は不明ながらも、極めてごくわずかな人たちが接種1ヵ月後にも不調を訴えており、そのケアの必要性を強調している。こうした不安に単純に「みんな経験する副反応だから」あるいは「それは科学的に見て副反応ではない」と対処することは科学的には正しくとも、後々のワクチン不信を増幅させる可能性がある。こう訴える人たちに医療従事者だけでなく、行政、メディアもどのように対処すべきかはまだ課題は少なくないだろう。俗な言い方になるが、恐怖心を抱く人への寄り添いは最低限必要と感じる。また、そんなこんなを考えていた矢先、以下のような新たな情報も飛び出してきた。【独自】大規模会場2930人の急性期副反応、9割が不安に伴うストレス原因…若者が3割強(読売新聞)要は防衛省が運営していた大規模接種会場で、接種への不安などが原因の迷走神経反射などの急性副反応がインフルエンザワクチンなどより高頻度で発生しており、その中心は若年者だったという現実である。こうした急性反応は一定程度医学的にも対処可能なものである。すでに年代別の接種率を見ると50代以降は接種完了率が85%以上に達する中、1回以上接種が70%台の10~30代はまだまだ接種率向上の余地は高い。こうした層の底上げと全国民の確実な3回目接種の実現のため、医学的にも社会的にもまだまだやれることは残されていると言えそうだ。

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第83回 医師臨床研修マッチング結果公表、東大マッチ者数105人、フルマッチでも自大学出身者15.2%の意味

病院のチーム編成の基礎、医師臨床研修マッチングこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。さて、MLBのワールドシリーズはアトランタ・ブレーブスの26年振りの優勝で幕を閉じました。ブレーブスの優勝を牽引したのは、エディ・ロザリオ外野手、ホルヘ・ソレア外野手、ジョク・ピダーソン外野手ら、トレード期限である今年7月30日に新規加入した野手たちであったのはなかなか興味深いところです。7月初めの前半終了時点で負け越し(44勝45敗)だったチームが、ワールドシリーズで優勝したのは史上2チーム目だそうです。米国メディアでは、チーム構成の権限を持ちこれらの選手の獲得を行ったアレックス・アンソポロス GM(ゼネラル・マネージャー)の仕事ぶりを称える記事が数多く上がりました。一方、日本では、北海道日本ハムファイターズの新庄 剛志監督の就任会見インタビューが大きな話題となりました。見た目の派手さとは裏腹に、采配などに関する手堅い発言は、ひょっとしたら、と期待を抱かせるものでした。稲葉 篤紀GMとどのような新チームをつくるのか、楽しみです。ということで今回は、病院のチーム編成の基礎(プロ野球ならドラフトでしょうか)とも言える、医師臨床研修マッチングについて書いてみたいと思います。研修先内定8958人、内定率91.7%厚生労働省は10月28日、2021年度の医師臨床研修マッチングの結果を公表しました。医学生などの2022年度の臨床研修先を決める今回のマッチングで、研修先が内定した人数は8,958人(20年度比89人増)でした。マッチングの募集定員は1万904人(同103人減)、希望順位登録者数は9,768人(同142人増)でした。希望順位を登録した研修希望者のうち、臨床研修を受ける病院が内定した人の割合(内定率)は91.7%(20年度92.1%)でした。医師臨床研修マッチングは、2004年度に医師の臨床研修が義務化されたことにあわせて導入されました。臨床研修を受けようとする者と臨床研修を行う病院の研修プログラムを、お互いの希望を踏まえて、一定のアルゴリズムに従って、コンピュータにより組み合わせを決定するシステムです。 臨床研修を行う病院等の団体で構成される医師臨床研修マッチング協議会により行われています。臨床研修病院にマッチした医学生は63.3%で大学病院の倍厚労省のサイト、同協議会のサイトに「2021年マッチ結果発表資料」が掲載されています。それらのデータを基に独自集計した分析記事が、いくつかの医療専門媒体に掲載されました。「日経メディカル」は、大学病院希望者数と臨床研修病院(市中病院)希望者数の割合を出しています。それによれば、臨床研修病院にマッチした医学生は63.3%、大学病院の36.7%の倍となりました。大学病院と臨床研修病院の内定者数の差は2009年から拡大しているとのことです。多様で魅力的な研修内容や、待遇改善を打ち出す市中の臨床研修病院の人気は、今後も衰えないと見られます。大学病院本院81校中、定員充足率100%は14校発表資料には、「大学病院(施設別)における自大学出身者の比率」のデータがあり、大学病院別の定員充足率や、マッチ者に対する自大学出身者数の割合を見ることができます。大学病院本院81校中、定員充足率100%(フルマッチ)となったのは、東京大学(マッチ者数105人)、東京医科歯科大学(94人)、京都大学(76人)、京都府立医科大学(63人)、大阪医科薬科大学(55人)、奈良県立医科大学(54人)、関西医科大学(46人)、東海大学(46人)、聖マリアンナ医科大学(45人)、川崎医科大学(39人)、昭和大学(36人)、東京慈恵医科大学(35人)、藤田医科大学(32人)、産業医科大学(11人)の計14校でした。関西医大は7年連続、昭和大は5年連続でフルマッチを達成しています。なお、今回フルマッチを達成した中で、奈良県立医大、聖マリアンナ医大は昨年は30位以下(32位、36位)で、大躍進と言えます。逆に、定員充足率の低い大学病院本院を見ていくと、下位から弘前大学(マッチ者数4人、8.9%)、熊本大学(6人、14.0%)、岩手医科大学(7人、17.5%)、信州大学(12人、26.7%)、福島県立医科大学(12人、27.3%)となっています。地方の国立大学医学部が多いです。マッチ者の自大学出身割合が高い地方国立大医学部大学病院本院では、東京大学のマッチ者数105人、東京医科歯科大学94人、京都大学76人が際立っていますが、これを自大学出身者数の割合で比較すると、また違った風景が見えてきます。マッチ者の9割以上を自大学の出身者が占めた大学は17校あり、中でも高知大学(21人)、鳥取大学(15人)、島根大学(7人)、弘前大学(4人)はマッチ者の全員が同大の卒業生でした。こちらも地方の国立大学医学部にこの傾向が強いようです。ちなみに昨年、マッチ者全員が自大学出身者だったのは、旭川医大、山梨大学、金沢医科大学、香川大学、岩手医科大学でした。金沢医大、岩手医大以外はやはり地方国立大医学部です。地方の大学医学部は、うかうかしていると初期研修医を十分に集められない、というのが現状のようです。自大学出身者に残ってもらうため、研修内容の充実やアピールに毎年腐心している姿が浮かび上がってきます。”ブランド”大学医学部の自大学出身者率は低い傾向一方、自大学出身者 30%未満だったのは、東京慈恵会医科大学(14.3%)、東京大学(15.2%)、横浜市立大学(17.8%)、慶應義塾大学(22.0%)、順天堂大学(24.4%)、名古屋市立大学(25.0%)、神戸大学(25.9%)、北海道大学(29.4%)の8大学でした。自大学出身者の割合が低いのは、関東の”ブランド”大学医学部によく見られる傾向です。これらの大学では、初期研修では出身大学には進まず、市中の有名病院で腕を磨き、後期研修で出身大学の医局に戻ってくるケースが多いようです。慶應大学の場合は8割近くが戻ってくる、という話を聞いたこともあります。東大のようにいわゆる「ジッツ」(関連病院)が圧倒的に多い大学は、OBが多いジッツの有名病院で研修を受けるのがトレンドのようです。数年前に東大医学部を卒業した友人の息子も、研修先には東京の国立国際医療研究センター(今年の定員は32人で充足率100%)を選んでいました。自大学出身者が少なくても、定員充足率が100%近くにできるのは、”ブランド”大学医学部の強みと言えます。大都会という立地に加え、東大や慶應というブランドで、研修医を呼び込んでいるわけです。研修医としても、「研修先は東大でした」と後々周囲に言えるわけです。特に医師ではない一般人への効果は結構大きいと言えます(「東大王」というクイズ番組もあるほどですから)。「学歴ロンダリグ」とまでは言えませんが、自分の経歴に相応の箔を付けておきたい研修医は少なからずいることでしょう。一方、大学側としても、自大学出身者に加え、他大学からやってきた初期研修医も自分たちの”手駒”として将来使える可能性も出てくるわけで、双方にメリットがあることだと言えます。もちろん、医師臨床研修マッチングは、大学医学部だけではなく、市中病院にとっても貴重な若手戦力を確保する重要な機会です。各病院で、初期・後期の臨床研修を担当する責任者は、病院の将来のチーム編成の要の機能を果たしているわけで、そうした意味では、プロ野球チームのGMに近い存在と言えるかもしれません。

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ワクチンの3回目Booster接種は感染/重症化予防効果を著明に改善する(解説:山口佳寿博氏、田中希宇人氏)

 前論評(山口, 田中. ワクチン接種後の液性免疫の経時的低下―3回目Booster接種必要性の基礎的エビデンス)で論じたように、ワクチン接種後の液性免疫は、野生株、従来株、Delta株を中心とする変異株の別なく、月単位で有意に低下する。この液性免疫の経時的低下によって、Delta株を中心とする新型コロナウイルスの感染拡大(第6波)が今年の12月以降の冬場に発生する可能性を論評者らは危惧している。 第6波の発生を避けるためには、ワクチン接種後の時間経過と共に低下した液性免疫を再上昇させるためのワクチン3回目接種(Booster接種)、あるいは、Delta株を中心とするコロナ変異株抑制能力が高く効果持続期間がワクチンと同等、あるいは、それ以上に長いIgG monoclonal抗体をワクチン代替薬として考慮する必要がある(山口, 田中. 日本医事新報. 2021;5088:38.、山口, 田中. CareNet論評-1440)。ただし、現時点では、免疫不全を有さない一般成人に対してIgG monoclonal抗体を“pre-exposure and post-exposure prophylaxis”、すなわち、ワクチン代替薬として用いる方法は英国以外では承認されていない(Rubin R. JAMA Medical News & Perspectives. 2021 Oct 27.)。さらに、IgG monoclonal抗体の1回分の費用は20万円以上でワクチン2回接種の約100倍の高額治療であり、不特定多数の人に適用することは難しい。それ故、本論評では国民全体を対象としても医療経済面から施行可能な3回目のワクチンBooster接種に焦点を合わせ考えていくものとする。第6波の発生とその臨床的特徴 ワクチン3回目接種を考える前に、今冬季に発生が予想されるDelta株による第6波の臨床的特徴について考察する。 Chemaitellyらは、背景ウイルスがBeta株からDelta株に置換されつつあったカタ-ルにおける検討で、BNT162b2の2回接種後5~7ヵ月が経過するとワクチンの感染予防効果がピーク時の77.5%から20%前後まで低下するが、入院/死亡に対する重症化予防効果はワクチン接種後の時間経過とは無関係に90%前後に維持されることを示した(Chemaitelly H, et al. N Engl J Med. 2021 Oct 6. [Epub ahead of print])。Tartofらは米国における検討で、BNT162b2の2回接種後のDelta株に対する感染予防効果が、ピーク時の75%から4ヵ月後には53%まで低下すると報告した(Tartof SY, et al. Lancet. 2021;398:1407-1416.)。Goldbergらはイスラエルにおける検討で、Delta株の感染率は年齢とは無関係にBNT162b2ワクチン2回接種後の時間経過に依存して上昇、重症感染者比率も60歳以上の高齢者にあってはワクチン2回接種後の時間経過が長いほど高いことを報告した(Goldberg Y, et al. N Engl J Med. 2021 Oct 27. [Epub ahead of print])。しかしながら、高齢層で認められた重症感染に関する傾向は、59歳以下の若年/中年層では確認できなかった(若年/中年層における重症感染者数が少ないため統計処理が困難)。Grangeらはスコットランドにおける解析で、ワクチンの2回接種(BNT162b2、ChAdOx1)によって全体の死亡者数を軽減できるが、死亡者数は75歳以上の高齢者、男性、複数の併存症を有する人で有意に高いことを示した(Grange Z, et al. Lancet. 2021 Oct 28.)。この傾向は、非ワクチン接種者、不完全ワクチン接種者におけるDelta株感染に起因する死亡者の場合と質的に同じである。 今年の12月以降には、本邦においてもワクチン2回接種後6ヵ月以上経過した人たち(医療従事者を含む)の数が増加し、何らかの有効な施策を導入しない限り、液性免疫低下に起因するDelta株由来の第6波が必然的に発生するものと考えておかなければならない。この場合、Deltaは総称であり、原型(起源)のB.1.617.2に加え、それから派生したAY.1~AY.3、AY.4~AY.11(英国)ならびにAY.12(イスラエル)を含む(WHO. COVID-19 Weekly epidemiological update. 2021 Oct 19.)。これらのDelta株による第6波を阻止するための有効な医学的/社会的施策を講じる時間は2ヵ月ほどしか残されていない現実を、医療関係者ならびに為政者はもっと真摯に受け止める必要がある。 ただ、Delta株に起因する第6波は、国民の約70%以上がPfizer社あるいはModerna社のワクチンの2回接種を終了した状況下で発生するので、ワクチン未接種状態で発生するDelta株感染とは質的に異なる様相を呈するはずである。多くの国民がワクチンの2回接種を終了している時点で発生する第6波においては、感染者数はある程度の数に達するが、夏場の第5波よりも規模が小さいものと予想できる。第6波における感染者の重症度はワクチン未接種状況下で発生するDelta株感染に比べ、軽症者が多いという特徴を有するはずである。ワクチン接種者に発生する“液性免疫低下関連感染(DHIRI:Decreased humoral immune response-related infection)”では、ワクチンの抗ウイルス作用は完全に無効というわけではなく不完全ながらウイルスの病原性を抑制する。それ故、ワクチン接種後のDelta株感染にあっては、感染症状が弱く、症状持続期間が短く、重症化の頻度が低い比較的軽症患者が多くなるものと予想される。しかしながら、高齢層における死亡を含む重症患者数は、若年/中年層に比べ有意に多くなることも念頭に置く必要がある。ワクチン3回目Booster接種の効果 一般成人にPfizer社のBNT162b2を3回接種(2回接種後7.9~8.8ヵ月)した時のDelta株に対する中和抗体価は、2回接種後に比べ55歳以下の若年/中年者で5.5倍、65歳以上の高齢者で12.0倍高値になることが示された(Falsey AR, et al. N Engl J Med. 2021;385:1627-1629. )。Moderna社のmRNA-1273の3回接種(半量の50μg筋注、2回接種後5.9~7.5ヵ月)後の変異株(Beta株、Gamma株)に対する中和抗体価に関する検討でも、質的に同様の結果が報告されている(Wu K, et al. medRxiv. 2021 May 6.)。 本論評で取り上げたイスラエルの検討では、60歳以上の高齢者に対する3回目接種は2回目接種後と比較して新規感染リスクを11.3倍、重症化リスクを19.5倍低下させることが示された(Bar-On YM, et al. N Engl J Med. 2021;385:1393-1400.)。この結果を受け、イスラエルでは2021年7月30日以降、2回目接種後少なくとも5ヵ月以上経過した60歳以上の高齢者ならびに50歳以上の医療従事者を対象としてBNT162b2の3回目接種が開始されている(現在は、12歳以上を対象とすることに変更)。同様に、アラブ首長国連邦、ドイツ、フランスなどでも3回目接種が始まっている。 2021年9月17日、米国FDAは一般成人に対する3回目Booster接種に対してPfizer社のBNT162b2を使用することを緊急承認した。対象は、65歳以上の高齢者と16歳以上でコロナ感染による重症化因子を有する人とされた。後者には医療従事者、学校の教員など、コロナ患者との濃厚接触の確率が高い職業に従事する人たちも含まれる。Moderna社のmRNA-1273においても通常量の半量(50μg)を3回目接種に用いる緊急使用が10月14日に、Johnson & Johnson社のAdeno-vectored vaccineであるAd26.COV2.SのBooster接種(このワクチンの場合、2回目がBooster接種となる)が10月15日に承認された。さらに、米国FDAは、液性免疫原性が低いAd26.COV2.Sの代わりに、液性免疫原性が高いBNT162b2あるいはmRNA-1273をBooster接種時に使用してもよいと決定した(ハイブリッド・ワクチン)。 本邦においても、2021年9月17日、厚生労働省は3回目接種を認めることを決定し、実施の詳細について議論が開始されている。10月28日に開催された厚労省の分科会では12歳以上の国民全員を3回目接種(公費負担)の対象とすることが了承され、2回目接種後8ヵ月経過した人から順に3回目接種を施行する方向でまとまりつつある。3回目接種においてハイブリッド・ワクチンを認めるかどうかを含め、正式決定は11月中旬になされるとのことである(朝日新聞デジタル 2021年10月29日付)。 本論評では“3回目のワクチン接種”と記載したが、これはワクチン接種を3回施行すればすべての問題が解決することを意味しているわけではなく、必要に応じて4回目、5回目の接種をさらに追加する可能性を含んだ言葉だと解釈していただきたい。事実、フランス保健省は、2021年6月から臓器移植患者で3回目ワクチン接種に反応しない患者に対して4回目のワクチン接種を開始している(Rubin R. JAMA Medical News & Perspectives. 2021 Oct 27.)。 ワクチンの3回目接種による液性免疫の底上げは、免疫不全患者において絶対的に必要な手段であるが、紙面の都合上本論評では割愛する。この問題に関しては論評者らの総説を参照していただきたい(山口, 田中. 日本医事新報. 2021;5088:38.)。

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『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン 2021年版』が発刊

 日本がんサポーティブケア学会が作成した『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン2021年版』が10月20日に発刊した。外見(アピアランス)に関する課題は2018年の第3期がん対策推進基本計画でも取り上げられ、がんサバイバーが増える昨今ではがん治療を円滑に遂行するためにも、治療を担う医師に対してもアピアランス問題の取り扱い方が求められる。今回のがん治療におけるアピアランスケアガイドライン改訂は、分子標的薬治療や頭皮冷却法などに関する重要な臨床課題の新たな研究知見が蓄積されたことを踏まえており、患者ががん治療に伴う外見変化で悩みを抱えた際、医療者として質の高い治療・整容を提供するのに有用な一冊となっている。 がん治療におけるアピアランスケアガイドライン2021年版は、これまで“がん患者に対するアピアランスの手引き 2016年版”として公開してきたものをMinds診療ガイドライン作成マニュアル2017に準拠し作成、ガイドラインに格上げされたものだが、この作成委員長を務めた野澤 桂子氏(目白大学看護学部 看護学科/国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センター)に注目すべき点やアピアランスケアにおける患者への寄り添い方について伺った。アピアランスケアガイドラインと医学的エビデンス 今回、がん治療におけるアピアランスケアガイドライン2021年版を発刊するにあたり、野澤氏は「僅少の研究からエビデンスとなるものを抽出し推奨度を決定するのは困難を極めた。さらに、下痢や発熱などの副作用と異なり、直接は命に関わらない外見の副作用に対するケアを患者QOLと医学的エビデンスとのバランスの中でどうアピアランスケアガイドラインに反映させるか、今回の課題だった」と言及した。その一方で、エビデンスを重視し過ぎる医療者に危機感も感じたという。「支持療法の評価を、がん治療の効果を評価するのとまったく同じ手法で評価する必要がどこまであるのだろうか。ハードルが高すぎて、同じ労力なら支持療法より治療法の研究をしようとする研究者も増えるかも知れない」とし、「医療者は、ゼロリスクにするために少しでも危険を避けようとするが、たとえば、日用整容品の注意事項に書かれている“病中病後の使用はお控えください”という言葉もがん患者のエビデンスがあるとは限らない」と指摘した。また、「炎症や肌荒れがなく患者さんの希望があれば挑戦してほしい。医療者は、患者さんがその挑戦のメリットデメリットを判断できるような情報を提供することが重要」と説明した。アピアランスケアガイドラインが医療者のエビデンス呪縛を解く また、同氏は医療者のアピアランスケアの現状について「医療者は根拠なく患者さんの生活を限定させるような指導を行うべきではない。人間は息をするためだけに生きているのではない。その人らしく豊かに過ごすための時間にできなければ、患者さんにとって意味がないともいえる」と強調した。 そんな野澤氏も以前はざ瘡様皮疹が出現した患者さんには、当時言われていたように、症状の悪化を懸念してフルメイクではなくポイントメイクを推奨していた。しかし、ある患者さんの一言でケアの在り方を見直したのだという。“ポイントメイクでは隠したいブツブツが隠せない。私は可愛いおばあちゃんと言われることが生きがいだったのに、これでは孫に会えない。効いてる限り死ぬまで使う薬なのに、そもそも生きている意味がないじゃない”と患者さんに迫られた経験談を話し、「その時にケアに対する認識の転換期を迎えた。アピアランスケアがほかの副作用対策と異なるのは、“命に直接関わらない”ということ。ケアに挑戦して何かあってもそれに対する対策はある。重要なのは、患者さんが納得した選択ができること、その人らしさを表現できることではないか」と語った。がん治療におけるアピアランスケアガイドライン2021年版はある意味医療者のエビデンス呪縛を解くための指南書の役割もあるのだろう。アピアランスケアガイドライン、治療に応じた患者管理がスムーズに 今回のがん治療におけるアピアランスケアガイドライン改訂では、各章の項目がひと目でわかる「項目一覧」というページが追加されている。ここでは分類(症状や部位)、番号(BQ:background question、CQ:clinical question、FQ:future research question)の項目分類が一覧になっており、研究の状況がわかると同時に、気になるページにすぐたどり着くようになっている。また、各章に総論が設けられており、治療ごとの現状など、本書の読者の理解が促される仕様になっている。たとえば、化学療法編では、「レジメン別脱毛の頻度」や「レジメン別の手足症候群の頻度」が表として掲載され副作用の発現率に注目することで、実際の治療に応じた患者管理がしやすくなっている。 各章の変更点については、5月に開催された日本がんサポーティブケア学会の特別シンポジウム『アピアランスケア研究の現状と課題~アピアランスケアガイドライン2021最新版を作成して~』にて、作成委員会の各領域リーダーらがトピックを解説。そこで挙げられた注目すべき点やアピアランスケアガイドラインの改訂にて変更されたquestionを以下に示す。<アピアランスケアガイドライン項目ごとの追加・改訂点>―――治療編(化学療法)・CQ1:化学療法誘発脱毛の予防や重症度軽減に頭皮クーリングシステムは勧められるか(推奨の強さ:2、エビデンスの強さ:B[中]、合意率:100%)→周術期化学療法を行う乳がん患者限定。また、レジメンごとの脱毛治療の成功・不成功を踏まえた上で患者指導やケアが必要とされる。・CQ8:化学療法による手足症候群の予防や重症度の軽減に保湿薬の外用は勧められるか(推奨の強さ:2、エビデンスの強さ:D[とても弱い]、合意率:94%)・CQ10:化学療法による手足症候群の予防や発現を遅らせる目的で、ビタミンB6を投与することは勧められるか(推奨の強さ:3、エビデンスの強さ:B[中]、合意率:94%)治療編(分子標的療法)・CQ17:分子標的治療に伴うざ瘡様皮疹の予防あるいは治療に対してテトラサイクリン系抗菌薬の内服は勧められるか(推奨の強さ:2、エビデンスの強さ:B[中]、合意率:100%)→皮膚障害のなかで代表的なのが「ざ瘡様皮疹」だが、無菌性であることが特徴。テトラサイクリン系は抗菌作用のみならず抗炎症作用を持ち合わせており、この効果を期待して使用される。・FQ16:分子標的治療に伴うざ瘡様皮疹に対して過酸化ベンゾイルゲルの外用は勧められるか。治療編(放射線療法)・CQ28:放射線治療による皮膚有害事象に対して保湿薬の外用は勧められるか(推奨の強さ:2、エビデンスの強さ:C[弱]、合意率:乳がん-100%、頭頸部-94%)→強度変調放射線治療(IMRT)の普及に伴い、線量に関する規定が削除され、“70Gy相当”の文言が削除された。・FQ31:軟膏等外用薬を塗布したまま放射線治療を受けてもよいか日常整容編スキンケア(洗顔やひげ剃りなど)、カモフラージュとしてのメイクやつけまつげに関する項目は漠然としていたので今回は項目より削除。また、手術瘢痕へのテーピングについてはカモフラージュという表現から“顕著化を防ぐ方法”に変更されている。・BQ32:化学療法中の患者に対して、安全な洗髪等の日常的ヘアケア方法は何か→頭皮を清潔→決まった回数は存在せず、臭いや痒みに応じてでも構わない。シャンプーも指定品があるわけではないので患者の嗜好に応じたものをアドバイスする。・BQ37:がん薬物療法中の患者に対して勧められる紫外線防御方法は何か→前回あまり触れられていなかった衣服について盛り込まれた。・FQ42:乳房再建術後に使用が勧められる下着はあるか――― 今回は43項目(FQ:19、CQ:10、BQ:14)が出来上がったものの、患者の生命に直接関わるわけではない点がボトルネックとなりエビデンスレベルの高い研究が今後望まれる。次回の課題として「研究の蓄積、免疫チェックポイント阻害剤の皮膚障害に関する項目が盛り込まれること」と同氏は話した。アピアランスケア実践でがん患者を治療ストレスから開放 アピアランスケアを実践することは患者の自己表現を容認するものであり、治療効果ひいては生存率にもかかわってくるのではないだろうか。同氏は「患者さんにはもっと安心して治療をしてもらいたい。今は外見の副作用コントロールのための休薬・減量のスキルも進歩してきており、不安なことはケア方法含めて医療者に聞いて欲しい。そして、医療者はエビデンスをベースとしつつも、個々に応じた対応を心がけることが必要」と締めくくった。

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第81回 週刊誌にトンデモ記事を載せないためコロナ第6波予測で重要視するのは…

医療をテーマにしたフリージャーナリストという立場になると、今回の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)関連では週刊誌からはよくコメントを求められることがある。大概は医師が捉まらない時の代役のようなものである。もっとも1ヵ月前くらいから新規感染者報告数が激減したことにより落ち着いてきたが、ここに来てまたぽつぽつと連絡が入るようになった。しかもそのすべてが判で押したように同じことを聞く。 「第6波はいつ来るんですかね?」こういう未来予測的なものが一番答えにくい。というか、こうしたことはたいてい予測通りにはならない。そもそも今回の新型コロナに関しては感染症専門医ですら悪い意味で何度も予測を外しているはずだ。具体例を挙げるなら、中国でのパンデミック勃発当初、全世界にこれほど広がるとは思っていなかっただろうし、発症前の無症状期に感染力があったというのも意外だったろう。そして比較的容易に飛沫感染するため、これまでの感染症対策としてのマスクの位置付けを大きく変えてしまった。また、ウイルスの生存原理としては変異株で感染力が増せば、ウイルスは弱毒化すると考えられているが、新型コロナの変異株では感染力も毒性も高くなっていると報告されている。唯一良い意味で予測が外れたのは、わずか1年弱でワクチンが登場したことぐらいではないか。そんなこんなもあって前述のような問いには「来る可能性はあるかもしれないが、まったく来ない可能性もあるかも」とぼやかしているが、そう答えると「では、来るとしたらいつですか?」と突っ込まれてしまう。「冬じゃないですか?」と答えると、「冬のいつですか?年内ですか、年明け以降ですか?」と続くので、結局何らかの予測を答えざるを得ない状況に追い込まれる。答えないという手もあるのだが、そうすると時に記者が完全なトンデモ系の人に流れて“トンデモ記事の一丁あがり”になることもある。自分は一応、かなり抑制的に答えているつもりなので、それを防ぐ意味でも答えざるを得なくなる。今私が答えている内容はこんな感じだ。まず、冬期は低湿度・水分摂取量の減少で気道の絨毛の働きが弱くなるため、一般論として多くの人で呼吸器感染症にかかるリスクが高まる。たとえば東京都内で見ると、平均相対湿度が50%台と最も低水準になるのは12月~3月にかけてである。一方、第6波の到来に影響を与えるのが、当然ながらワクチン接種率である。10月27日時点で全人口に占めるワクチン接種完了率は70.6%とついに7割超となった。しかし、デルタ株の基本再生産数5.0~9.5人から算出できる、今時点で必要な接種率は80~89%(集団免疫獲得に必要な全人口に占めるワクチン接種完了者率)とかなり高めで、この達成はかなり難しい。ただ、希望者全員への接種完了は11月中と予想されており、そう考えるとある意味まだフレッシュな抗体を獲得した人がいる年内に第6波は考えにくい。一方、国内で優先接種対象になった医療従事者や高齢者では徐々に抗体価が低下してくる。先日Lancet誌に公表された論文でのファイザーのコミナティ筋注の感染予防効果はワクチン接種5ヵ月後で47%である。その意味でワクチンによる感染予防効果の低下を考えると、優先接種対象者はすでにややリスクが高い状態である。もっとも医療従事者は一般人よりも厳格な感染予防対策を行っており、高齢者はそのほかの年齢層以上に冬期の外出を控えがちになるので、これらの人たちで感染が再燃して拡大する可能性は低いのではないだろうか? また、3回目のブースター接種が年内にスタートすれば、医療従事者や高齢者での感染者増加の可能性はかなり低くなると考えられる。となると高齢者や基礎疾患保有者以外の一般接種が本格化した7月から5~6ヵ月後ということになり、この点からも第6波が到来するとしたら年明けの1月以降と予測される。もっともこの予測に大きく影響を与えるファクターが2つある。1つはこれまた「ワクチン接種率」で、運よく集団免疫達成の80%ラインを超えた場合、第6波はかなり後ろにずれ込むか、来ても小規模なものになる、あるいはベストのシナリオとして「来ない」ということもありうる。もう1つのファクターが「人流の増加」で、新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が全国で解除され、今後極端に人流が増加した場合に第6波到来は年内に前倒しになるかもしれない。だが、いずれにせよワクチン接種率が7割超なのでブレイクスルー感染を考慮しても第5波に比べてかなり規模が小さくなるのではないか。これが正解であるかはわからない。むしろこの予測が良い意味では外れて「第6波到来せず」のシナリオであってほしいと本気で考えている。

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管理薬剤師「実務経験5年以上」の実態は?【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第78回

2021年は調剤報酬の改定こそなかったものの、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)の改正や関連するガイドラインの発出など、さまざまなことがありました。これに関連して、日本保険薬局協会(NPhA)が会員企業を対象に法令遵守に関する調査を行い、その結果を公表しましたので紹介します。日本保険薬局協会は14日の定例会見で「薬局における法令遵守に関する調査」結果を公表した。医薬品医療機器法改正に伴って規定された管理薬剤師の選任要件に関して、社内基準を規定している会員企業の割合は84.7%、厚生労働省がガイドラインで示した「実務経験5年以上」を要件として課している会社は45.5%にとどまった。(RISFAX 2021年10月15日付)これってなんだっけ?と思っている方がいないことを願いますが、2021年8月の薬機法改正による法令遵守規定の施行に先立ち、2021年6月に「薬局開設者及び医薬品の販売業者の法令遵守に関するガイドライン」と「薬局開設者及び医薬品の販売業者の法令遵守に関するガイドラインに関する質疑応答集(Q&A)」が出されました。上記記事は、NPhAがこのガイドラインに沿って薬局運営が行われているかを会員薬局に対して調査したものです。今回の薬機法改正に関しては、項目ごとに施行期日が異なっていて、「認定薬局」と「法令遵守体制の整備」は8月1日施行だったため、薬局ではかなり急ぎで手順書の改訂などの対応をされたのではないでしょうか。今回のアンケートは、まだ実施できていない薬局に注意喚起を行うとともに、業界団体としてどういったサポートができるかを探るという意味もあったのかもしれません。この記事にある「管理薬剤師の実務経験5年以上」という選任基準は、今回のガイドラインで推奨している内容の1つであり、実は薬機法そのものでは5年以上とは規定されていません。薬機法の管理薬剤師の責務を担ううえで、実務経験が5年以上あることを「推奨」しているだけです。業界の信頼を損ねないためにもある程度足並みをそろえる必要はあると思いますが、この調査結果を、「遵守は5割未満」というタイトルで報じている記事もあり、ちょっと悪意あるかも…?と思ったりもします。少し擁護しますと、管理薬剤師の選任基準として「実務経験5年以上」を要件として定めている薬局は45.5%であったものの、実際に管理薬剤師の実務経験が5年以上である薬局は89.3%でした。はっきりと選任基準に入れていなくても、実際はガイドラインに沿った人事であることがよくわかります。管理薬剤師の業務や責任を考えると、薬局経営者としても経験豊富な薬剤師に任せたいはずです。しかし、管理薬剤師が突然退職してしまった…などのいざというときのために基準には入れづらいのだと思います。NPhAの首藤 正一会長は「会員に遵守徹底を促す」とのことですので、同様の調査は今後も実施される可能性があります。安定した組織運営や患者さんからの信頼確保のため、ガイドラインを遵守しつつも臨機応変に動ける体制がつくれたらいいなと思います。

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第81回 国立病院機構とJCHOに法律に基づく病床確保要求、民間への「要求」法制化の“前哨戦”か?

営業時間短縮の要請解除こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。各都道府県に出されていた緊急事態宣言とまん延防止等重点措置が解除されて3週間余り、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県では、飲食店の21時までの営業時間短縮要請が10月24日で解除され、25日からは通常営業が可能となりました。ということで先週末は、通常営業再開の事前お祝いのために、大学時代の山仲間と丹沢の塔ノ岳(お昼の頂上は200人近くの登山者で大賑わいでした)に登った後、「第75回 行動制限緩和の前に、あのナンセンスな制限だけは先行して撤廃を」でも書いた、横浜・関内にある友人が経営する焼肉屋に行ってきました。「お客さんに、ウーロン茶やノンアルコール飲料で焼肉を食べてもらわなければならないのがつらかった。時短要請解除はありがたい」と話す友人は本当にほっとした表情でした。思わず皆で高いワインを数本空けてしまいました。一方で、第6波を想定しての国の準備も進んではいるようです。今回は後藤 茂之厚生労働大臣が10月19日に行った、独立行政法人国立病院機構と独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)の病院に対する新型コロナウイルス感染症の患者向け病床の確保要求について書いてみたいと思います。今夏の感染拡大のピーク時より2割以上増やせ後藤厚労相が国立病院機構、JCHOに対して行った今回の要求は、以下のようなものです1)。1)新型コロナウイルス感染症患者等の最大入院受入数及び確保病床数(人材供給を行った医療機関や臨時の医療施設等の病床数を含む)について、それぞれ今夏の感染拡大のピーク時と比べ2割以上増加させること。2)1の検討は、貴法人の有する施設・設備、人材をできる限り活用するとともに、一般医療の制限等を視野に入れ、行うこと。その際、重症用病床の確保に特段の配慮をすること。また、病床確保を第一としつつ、特段の事情によりこれが難しい場合には、臨時の医療施設等に対する人材供給を行うこと。3)現在、都道府県において策定中の保健・医療提供体制確保計画の策定に最大限協力すること。また、都道府県から即応病床化の要請があった場合にはできる限り速やかに対応するとともに、新型コロナウイルス感染症患者等の入院受入要請があった場合は、できる限り対応し、正当な理由なく断らないこと。端的に言えば、「重症病床中心に、今夏の感染拡大のピーク時と比べて2割以上増加させよ。都道府県からの即応病床化の要請や入院受け入れ要請には、できる限り対応せよ」ということです。国立病院機構とJCHOに対しては、10月29日までに対応方針を、11月22日までに対応の具体的内容を回答するよう求めています。厚労省によると、両機構の病院でのコロナ病床はこれまで計3,000床程度を確保しており、今回の要求によって600床以上の増床につながるとしています。法律に基づくコロナ病床の「要求」は初めてこれまでのコロナ病床の確保は“お願い”ベースの「要請」でした。しかし、今回はより強制力がある「要求」。法律に基づくコロナ病床の要求は、今回が初めてです。ここでいう法律とは、両機構の業務内容などを定めた、独立行政法人国立病院機構法(第21条第1項)と独立行政法人地域医療機能推進機構法(第21条第1項)です。これらの法律は、公衆衛生上重大な危害が生じる緊急事態に対処するため、厚労相が必要な業務の実施を求めることができると規定しており、その条項をコロナ病床の確保に適用したかたちです。ただし、これらの法律に罰則規定は設けられていません。日本赤十字社、済生会、労災病に対しては文書要請今回の要求は政府が10月15日に示した、第6波を想定した今後の新型コロナ対策の骨格に基づいて行われました。この骨格では、ウイルスの感染力が今夏の第5波の2倍になっても対処できる医療提供体制の整備を基本とし、(1)感染拡大時の確保病床の確実な稼働(利用率8割以上)、(2)公的病院の専用病床化・現行法下での権限の発動、(3)臨時医療施設・入院待機施設の確保、(4)医療人材の確保、(5)ITを活用した稼働状況の徹底的な見える化──などの施策を盛り込んでいます。この中の「公的病院の専用病床化・現行法下での権限の発動」を、国立病院機構とJCHOを対象に行ったというわけです。なお、厚労省は省の関連3法人(日本赤十字社、済生会、労災病院)やその他の公的病院に対しても、それぞれの管理部局から文書要請を行う予定です。こちらは法に基づかない要請として、入院患者の受け入れ数は「今夏のピーク時から2割以上」、確保病床数は「1割以上」の増加を求めるとしています。2機構への要求は「遅きに失した」感も岸田政権、そして後藤厚労省のコロナ関連の初仕事としては、とても意味のあることだとは思います。ただ、第5波が収まってからの病床確保の要求は、遅きに失した感が否めません。どちらの病院も、厚労省管轄で法律による要求が可能なのはわかっていたはずです。どうして菅政権下で行わなかったのか謎です。これまで、法律での要請はほとんど効果を上げていません。第5波ピーク時の9月初旬、東京都と厚生労働省が2月に改正した感染症法に基づいて出した病床確保の協力要請(「第72回 今さら「手紙」で協力求める日医・中川会長、“野戦病院”提言も動かない会員たちにお手上げ?」参照)では、すぐ使える病床の上積みはわずか150床に留まり、失敗に終わっています。幸いなことに第5波は収束に向かい、緊急の病床確保の必要度は下がりました。しかし、感染症法に基づく協力要請が無力に終わったことは、国や厚労省にとっては相当ショックだったはずです。ゆえに、来たるべき第6波に向けた病床確保には、強制力を発揮できる厚労省管轄の病院への「要求」が優先事項として上がったのかもしれません。中等症2や重症用ベッドにどこまで対応できるかは未知数今回、国立病院機構140病院、JCHO57病院への病床確保要求が行われたわけですが、単に病床を確保するだけでは不十分であることを、第5波などの経験から現場は十分認識していることでしょう。たとえば、第5波では、軽症、中等症、中等症2、重症といった各種コロナ病床の需給のバランスが大きく崩れました。中等症2以上の入院が優先された結果、中等症、重症者用ベッドが満床になる一方で、軽症用のベッドはガラガラという地域もあったと報告されています。今回、病床確保の要求がなされた国立病院、JCHO病院は、すべてが急性期の先進病院というわけではありません。中小の民間病院と同程度の医療内容、陣容だったり、慢性期主体だったり、医師や看護師不足にあえいでいたりする病院も少なくありません。厚労相の要求は「重症用病床の確保に特段の配慮」となっていますが、どれだけの数の病院が中等症2や重症用病床の確保に対応できるかは未知数です。厚労省は来年の通常国会を見据え、医療従事者や病床の確保などで強制力のある措置を可能にする感染症法改正を検討していると伝えられています。今回の「要求」で重症病床の確保が実現すれば、民間病院等にも「要求」できる法改正へとコマが進められると考えられます。その意味では、国立病院機構、JCHOへの「要求」は、民間にも対象を広げるための”前哨戦”と言えるかもしれません。その成否が気になります。参考1)独立行政法人国立病院機構及び独立行政法人地域医療機能推進機構への要求等について

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忙しい医師向け、スキマ時間に学べる英語学習アプリ5選【医療者のための英語学習法】

「将来は研究や臨床で留学をしたい」「国際学会で発表したい」「外国人の患者を英語で診察できるようになりたい」といった理由で、英語を勉強したいと感じている医療者の方は多いのではないでしょうか。私は現在、ニューヨークにある病院で内科レジデントとして働いています。日本で生まれ育ち、英語はまったく話せなかったものの、20歳ごろから本格的に英語学習を始めました。その後、USMLE(米国医師国家試験)の受験と就職活動を経て29歳で渡米し、臨床医として働いています。当然ながら、職場では患者さんやその家族、同僚や上司とのコミュニケーションはすべて英語で、高い語学力を求められる日々です。卒後5年間、私は海外で働くことを目指して、日本で働きながらコツコツ英語力を向上させてきました。その際に、とくに便利だと感じたのがスマホアプリです。数多くの英語学習の教材がある中で「なぜアプリ?」と思われるかもしれません。私が英語学習にアプリが向いていると考える理由は3点あります。1)常に持ち歩いているのでスキマ時間に利用しやすい皆さんも体感されていると思いますが、臨床業務には、忙しいながらふとしたスキマ時間が存在します。たとえば、外来で患者さんが来るのを待つ間、MRIの付き添いに行って検査が終わるのを待っている間、当直中に患者を診ていない時間など…。重い書籍をいつも持ち歩くのは難しいですが、スマホは常に持ち歩いているため、ちょっとしたスキマ時間を無駄にせず、勉強に充てるツールとして最適なのです。2)テキストと音声の両方からインプットできる学習教材が書籍の場合は、インプットはテキストのみです。一方、アプリはテキストと音声の両方があるものが多く、テキストと音声をセットで覚えることが可能です。このことは、日本人がとくに苦手とすることの多いスピーキングやリスニングの向上に役立ちます。3)フィードバックやリマインド機能があるアプリは、テスト形式になっているもの、テストで間違えた問題だけを繰り返し復習できる機能が付いたものが多くあり、書籍で勉強するよりも効率的です。ついついサボりがちになる勉強も、スマホのリマインド機能、通知機能をオンにしておけば毎日忘れることなく続けられます。また、学習の進捗状況が可視化されるのも良い点です。今回は、私のように「忙しくてまとまった時間を確保できない」という方に向けて、スキマ時間や移動時間を活用して英語力を向上させることができるアプリを5つご紹介したいと思います。1)英単語学習「mikan」iPhoneAndroidスキマ時間に英単語を覚えられる、単語帳アプリです。アプリ自体は無料で利用でき、アプリ内で単語帳を購入して単語学習に活用します。単語の音声読み上げ機能があり、発音とセットで覚えられるのが良いところ。間違えた問題だけをもう一度やり直すことも可能です。研究留学や臨床留学を目指す場合にTOEICやTOEFLなどの資格試験を求められる場合がありますが、そういった試験対策にもぴったりです。2)実践的な英会話が学習できる「Real英会話」iPhoneAndroidネイティブが実際に日常会話で使うフレーズが3,000以上載っています。どのフレーズも短文形式で紹介されているため、実際に使う場面を想像しやすいのが特徴。フレーズの自動再生機能は移動中のインプットに最適です。980円と有料のアプリですが値段以上の価値があると感じます。英語学習では、英語のフレーズを聞いた後に自分で話す「シャドーイング」が効果的だとされています。このアプリのフレーズはシャドーイングにちょうどいい長さなので、私も活用していました。医療英語に特化しているわけではありませんが、短期留学を行う予定の方や、オンライン英会話で講師とスムーズな会話をしたい方などにお薦めです。3)ネットで聞けるラジオアプリ「Podcast」iPhoneAndroidネットで配信されている音声が聞ける、いわば「ネットラジオ」として有名なPodcast。実は医療英語の学習に役立つものが数多くあります。臨床留学や海外での臨床実習を目指す方にお薦めなのが、「The Clinical Problem Solvers」というチャンネルです。研修医や医学生が症例プレゼンを行い、他の研修医や医学生がディスカッションに参加する、という形式のPodcastです。実際に米国の回診で行っているプレゼンやディスカッションに形式が近く、洗練された指導医が司会をしていることもあって臨床推論の勉強にもなります。また「NEJM this week」「JAMA Editors' Summary」などのチャンネルでは、その週に出版された有名医学雑誌のサマリーを聞くことができるため、英語学習のみならず医学情報のアップデートにも最適です。米国や欧州の各専門科学会が中心となってPodcastチャンネルを運営していることも多いので、ぜひご自身の専門科のPodcastを見つけてみてください。英語学習と医療情報のアップデートを同時に行うことができて一石二鳥です。4)発音矯正アプリ「ELSA Speak」iPhoneAndroidこちらは英語の発音に自信がない方にお薦めしたい、発音矯正アプリです。これまで英語の発音を矯正するためには、英会話スクールに通ったりネイティブと話したりする必要がありました。このアプリでは、AIが発音を聞き分け、どこが合っていてどこが間違っているかを一音ずつ指摘してくれます。そのフィードバックを受けて自己学習を積み重ねていく、という画期的な仕組みとなっています。英語は世界中の人が使うコミュニケーションの手段であり、英語になまりやアクセントがあるのは当然のこととして認識されています。そのため、日本人特有のなまりやアクセントがあっても大きな問題にはならないことが多いでしょう。しかし、「rとl」、「bとv」などを含む一部の単語では、発音が違うとまったく異なる意味になる場合が多々あります。私も、発音が理由でコミュニケーションが成り立たず、面食らう場面を幾度となく経験してきました。こうしたアプリを利用して自己学習で発音矯正ができれば、英語を話す時に自信が持てるようになります。5)習慣化アプリ「みんチャレ」iPhoneAndroid最後に紹介するのは、英語学習アプリではありません。同じ目標を持った人が集まり、勉強やダイエット、禁煙などにチャレンジする「三日坊主防止アプリ」です。英語学習のグループも多数あるので、「英語を勉強しようと思ってもついつい三日坊主になってしまう」という方にお薦めです。「オンライン英会話を毎日やる」「ELSA Speakを毎日やる」などの目標を決めたら、同じ目標を持つ仲間のいるグループに加入します(匿名で参加できます)。やった内容の写真やスクリーンショットをタイムラインに投稿し、他の人からのリアクションをもらえる、というシステムです。「1人でチャレンジすると挫折しやすいが、チームでお互いに励まし合うと長続きする」という科学的根拠に基づいて作られたアプリとのこと。一度試してみると面白いですよ。以上、英語学習で使えるアプリを5つご紹介しました。最初は無料で利用できるものがほとんどなので、まずは自分に合うかどうかを試してみるのもよいでしょう。また、最後に紹介した「みんチャレ」のコンセプトに共通する部分もありますが、私たちが運営をしている「めどはぶ(Medical English Hub)」は、励まし合うチームをつくることでモチベーションを維持し、英語学習の習慣を身に付けることを目標にしています。興味のある方はぜひ、めどはぶの詳細もチェックしてみてください。<執筆者>

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進化する放射線治療に取り残されてる?new RTの心毒性対策とは【見落とさない!がんの心毒性】第7回

今回のお話ひと昔前までの放射線治療(RT)では、がん病変に関連した広範囲を対象に照射していたため、ホジキンリンパ腫、乳がん、食道がん、肺がんなど胸部RTが必要ながん腫では心臓縦隔が広範囲に照射されてしまい、急性期および遠隔慢性期に放射線関連心血管合併症(RACD :Radiation Associated Cardiovascular diseases:)を発症していました。しかし、最近は心臓回避技術の向上、いわゆるRTのオーダーメイド治療が進化しRACDの発症頻度は減少しています。ゆえに一昔前と同様の考察でRACDに対峙していては時代遅れです。一方、放射線による組織障害、その結果として生じた心血管障害への対応には案外これまで通りのRACDへの理解が不可欠であり、RACDリスク管理として一般的心血管リスク因子の適正化が重要です。つまるところ、従来から循環器医が注力している診療要素がここでも大事なのは明らかで、結局は、臨床におけるRACDに対する急な理論武装は不要な様に思っています。もちろん、現代のRTに精通し、それによる新規RACDへの探究は極めて重要と考えますが、まずは基本に忠実な診療を施す事、そしてこれは放射線治療医の先生方へのお願いとなりますがRACDスクリーニングへも目を向ける重要性をお届けしたいと思います。そのほかにも、最新RTが不整脈治療に有効となる可能性!? なんていう話題についてもご紹介してみたいと思います。なお、RACDという表記について、別のRIHD(Radiation Induced Heart Disease)の表記も見かけます。この領域において、まだ統一表記になっていないと理解しています。今回は筆者が従来から使用し、また今回2021年第4回日本腫瘍循環器学会でも表記で利用されたRACDを本稿では使用します。RACDの基本の基:平均心臓照射量とのリニアな関係まずは2013年NEJM誌からの報告です。乳がん患者においてRT治療後5年目から冠動脈イベント頻度は高まりはじめ、少なくとも20年間はリスクが続き、平均心臓照射量が多ければ多いほど冠動脈イベントの増加に関連する事が示されました1)(図1)。(図1)心臓への平均照射量に応じた冠動脈イベントの割合1)画像を拡大する「線量依存性」かつ「慢性期発症」というのがRACDの基本の基です。多くはないものの急性発症もある事は申し添えておきます。RACDの発症は近年の技術革新により減少しています。しかし、がん患者、がんサバイバーが更に増加する昨今、そして、高齢化により心疾患を抱えたRT患者の増加も想像にたやすく、今後も臨床においてRACDを診療する機会はなくならないでしょう。別途、胸部以外の部位へのRTでも炎症やほかの機序により心血管障害を起こす可能性もあるのですが2)、混乱を来すのでここでは扱いません。RTの技術革新、New RACDは従来型とは違うのか次にホジキンリンパ腫に対するRTを例に技術革新を紹介します3)。(図2)ホジキンリンパ腫に対するRTの時代ごとの変遷画像を拡大する(A)時代ごとで分かるRT技術革新。拡大放射線療法であるマントル照射(B)以前の治療法(D)(B)に比較しIMRTを用いたinvolved-site RTでは(C)心臓を回避したより限局的治療を可能とし、DIBH(deep inspiration breath-hold、深吸気呼吸停止)法も適用し心臓部位への照射量は軒並み抑えられています3)(図2)を見ると心臓への照射量は劇的に減少しています。強度変調放射線治療(IMRT:intensity-modulated RT)、定位放射線治療(SRT:Stereotactic RT)のほか、粒子線治療といった高精度放射線療法の導入により、オーダーメイド放射線治療ができるようになった近年、一昔前のRTと現在のものとでは、もう同等比較はできません。心臓照射はより回避され、がん病変へのより限局的治療へと進化し、冠動脈、心筋、弁膜など心臓内の各重要部位が回避できるRTに進化を遂げています。この新時代RTいわゆるNew RACDは従来のものとは異なり、より限局的な心血管障害になるでしょうし、患者毎、がん病変毎で個々に異なるRACDの病態を呈する前提で行われていくでしょう。そういう意味で、New RACDとRACDは確実に異なります。問題点は…当の小生もですが、New RACDについて深く語れるほど循環器医がRTの進化に追いついておらず、New RACDの詳細を大して認識できていないという事です。ただし、New RACDの発症形態、特有の予後などまだ不明な点が多いものの、結果として生じた心血管系組織障害に対する臨床的対応はそれほど変わらないとも言えます。 結局、主治医がとるべき臨床的対応は、従来のRACDに対するものとさほど変わらないのではないかと思っています。よく知られているRACD前述した通り、New RACDはより限局的な心血管障害となり、発症形態は従来のRACDとは異なると推察されます。、その臨床的病型について、注意点はこれまでとさほど変わらないとし、まずはRACDの代表的な所をお示しします。RACDとしておさえておきたい病態を(図3)に示しました4),5)。RTにより心室では拘束性障害や収縮性障害をきたします。そのほか、冠動脈硬化、弁膜硬化、刺激伝導障害、自律神経機能障害、心膜疾患、心嚢水貯留、上行大動脈の全周性高度石灰化 (porcelain aorta)などが生じます。(図3)RACDとして挙げられる心臓関連病態4),5)画像を拡大するRACDの多くは遠隔慢性期に発症―RT後にも症例に応じたRACDスクリーニング計画、心血管リスク因子の適正化が重要RACDの特徴は急性期障害もあるものの、問題の多くが治療後遠隔期の慢性期障害となる事です。ゆえに、がん治療病院の管理から離れた後に発症する懸念から、いかにあらかじめの患者教育が大事かということになります。そして、RACDリスクが高い患者にはRT後の定期的なRACDスクリーニングの計画が推奨されます。(表1)にRACDのリスク因子を示しました。中には「心血管疾患リスク因子の保有」とあります。この心血管疾患リスク因子管理がRACDの進行回避において非常に重要なのです。そして、項目にある「コバルト線源」については近年における臨床現場ではあまり一般的治療ではないと聞いています。ただし、過去に治療歴がある患者の場合には注意すべきであり知っておくことは望ましいですよね。(表1)RACDのリスク因子4),7)RACDによる冠動脈病変は周囲組織を含め硬化が強くPCIでもバイパス手術でも成績が不良と言われます6)。これらを改善させるためにもスクリーニングによる早期検出で少しでも安全な治療が可能になる事に期待がもたれます。(図4)にはスクリーニングを含めたRACD管理アルゴリズムを示しました。(図4)RACD管理アルゴリズム5),8)画像を拡大する逆の発想!?心室性不整脈に対するRTの可能性RACDを起こす放射線障害ですが、その組織傷害性を利用したRTによる不整脈源性障害心筋への治療利用が考えられています。phase I/II ENCORE-VT(Electrophysiology-Guided Noninvasive Cardiac Radioablation for Ventricular Tachycardia) trialが行われ、難治性心室性頻拍に対してその有効性と安全性が報告されました9)。今後、そういう治療が主流になって行くのでしょうか、興味津々です。おわりに進化したRTによるRACD、いわゆるNew RACDについて、発症形態や予後など不明な点が多く、われわれはそれを明らかにすべく更なる探求が必要であると思います。しかし、その臨床的対応については、まずは従来のRACD対する対応と大きく変える必要は無いのではないでしょうか。重要なのは、治療後遠隔慢性期の発症形態をとるRACDの発見が遅れないよう、あらかじめ患者教育を施し、RACDリスク因子となる高血圧、糖尿病、脂質異常などのリスク管理、そしてRACDに対するスクリーニングの計画が検討される事、つまりRT後の患者が放置されない医療的アプローチが肝要であるのだと思います。循環器医も腫瘍科医も現段階ではRT新時代に取り残されているのかもしれませんが、これまでの知識や経験をもってNew RACDへ対応して行くことが先決でしょう。また、そんな状況だからこそ、腫瘍科医や放射線科医、そして循環器医が互いの強みを発揮しながらの協働が必要になってくるわけです。そして、当然、新世代RT特有のNew RACDの側面も今後明らかになってくることにも期待が高まります。最新の情報をアップデートしていきましょう。1)Darby SC, et al. N Engl J Med. 2013;368:987-998.2)Haugnes HS, et al. J Clin Oncol. 2010;28:4649-4657.3)Bergom C, et al. JACC CardioOnc. 2021;3:343-359.4)Desai MY, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;74:905-927.5)志賀太郎編. 医学書院. 2021. 循環器ジャーナル.(II章, がん放射線療法に関連した心血管合併症[RACD])6)Reed GW, et al. Circ Cardiovasc Interv. 2016;9:e003483.7)Jaworski C, et al. J Am Coll Cardiol. 2013;61:2319-2328.8)Ganatra S, et al. J Am Coll Cardiol CardioOnc. 2020;2:655-660.9)Robinson C, et al. Circulation. 2019;139:313-321.講師紹介

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医療クラウドファンディング、コロナ対応スタッフの苦境を救え

 新型コロナウイルスが猛威を振るい始めてから、クラウドファンディングを利用して医療材料などの資金調達を行う医療施設や大学が増加している。先月3日にREADYFOR主催の記者会見を行った医療法人社団 悠翔会もその1つだが、なぜこのような支援方法を選択したのだろうか。同施設は首都圏や沖縄に拠点を設け在宅診療にあたっている。新型コロナ患者対応においては、かかりつけ医を持たず、なおかつ自宅療養を余儀なくされる患者を保健所紹介のもとで積極的に対応しているが、その責任者である佐々木 淳氏(悠翔会理事長・診療部長)が語る、在宅におけるコロナ対応の現状や自施設スタッフのリスク管理とはー。新型コロナ×在宅医療、突きつけられる現実 在宅専門である同施設が在宅コロナ患者への往診を始めたのは東京都医師会と連携した2021年8月11日のこと。当初は通常の在宅チームのみで各地域の保健所からの依頼により対応していたが、徐々にその業務は逼迫、より多くの対応要請に迅速かつ確実に対応したいと考え8月24日より『コロナ専門往診チーム』が結成され、東京23区におけるコロナ患者の最終セーフティネットの役割を担い稼働した。 同施設の場合、通常診療は医師・看護師・ドライバーが3人1組で約10~13件/日(施設診療の場合は半日で30人ほどの診察が可能)の訪問診療を行っているが、コロナ診療の場合は、「同じ体制でも1日に多くて6件程度と、通常診療の半分しか対応することができない。この診療を支えるためのフォローアップチーム(毎日70~100人の患者に対し、1~3回/日の電話にて状況確認などを行う)や酸素濃縮器の集配チームなどを含め、約20名ものコメディカルを要する非常に負担の大きな仕事」と述べ、「にも関わらず、実際の診療報酬で評価されるのは“往診する医師の業務だけ”なので、施設経営は逼迫する一方だ」と話した。スタッフのリスク管理 また、コロナ診療と通常業務において大きく異なる点はやはり感染対策だが、悠翔会では以下の対策をスタッフのリスク管理として設けている。1)毎日の体調確認を確実に行う2)特定のスタッフを連続勤務させない3)余裕をもって診療ができるよう、十分な診療スタッフ数を確保する4)診療スタッフがコロナ診療に専念できるよう、診療外業務をバックアップチームが担う体制を作る5)感染防御具を毎度、きちんと使い捨てができるよう、潤沢に確保する6)感染防御が確実にできるスタッフだけでチームを組成する これは、往診を目的ではなく手段と捉えて患者に確かな安全・安心を提供し、助けを求めるすべての人に確実に医療が届けられるようにという『患者のニーズが最優先』の観点があっての対策なのだろう。通常業務にコロナ対応、賞与に報償を反映 上記のような対策が必要であればおのずと人員確保による人件費もかさむ。病院施設においては、コロナ禍による受診控えが影響しスタッフへの報酬を減額せざるを得ないところもあったが、本施設での影響を尋ねると、「日常診療における感染防御、クラスターへの対応(大規模PCR検査の実施など)、ワクチン接種、新型コロナ患者への往診対応など、通常の診療業務に多数の業務がアドオンされており、年末の賞与にてそれらへの報償を反映させる予定」と佐々木氏はコメント。このようなスタッフへの感謝の気持ちを添える対応をするためにも、クラウドファンディングの活用が欠かせなかったと言える。クラウドファンディング、地域限定から全国への呼びかけに 本施設のクラウドファンディングは開始1週間で早くも目標金額の1,200万円を達成。この支援費用は在宅中等症患者の命を繋ぐために必要な人件費として充てられるという。達成後も次の目標に向けて募集を行い、10月13日現在、支援者2,296人から約3,360万円の支援が集まっている。これに対し、佐々木氏は「目下のコロナ専門往診チーム体制、フォローアップ体制の更なる強化に加え、新たに計画されている新型コロナ療養施設での活動資金等に充当する」とコメントしている。 この取材時点では在宅診療での使用が認められていなかった抗体カクテル療法についても、9月17日に大阪府で解禁になったのを筆頭に東京都でも9月24日から始まった。もし、今後、第6波が到来して中等症II以上の自宅療養者が増えた場合、在宅診療の業務逼迫も今以上のものになることは想像に難くない。クラウドファンディング活用という先手の行動がきっと雨過天晴になるだろう。 クラウドファンディング(crowdfunding)とは、『群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語で、インターネットを通して自分の活動や夢を発信することで、想いに共感した人や活動を応援したいと思ってくれる人から資金を募るしくみ』1)のこと。今回のように寄付金を募るタイプのものは寄付型クラウドファンディングとも呼ばれている。そのほか、物を購入して作り手を応援する購入型、ふるさと納税を寄付金に充てるタイプなどがある。 これまでも地域住民、患者やその家族がお世話になっている病院に「寄付」するという行為は存在していたが、それが地域住民版だとしたら、クラウドファンディングは共感を得た全国各地の人から募るという意味で寄付の全国版とも言える。 本プロジェクト「緊急:新型コロナが“災害医療”となった今、第五波を乗り切るご支援を」は10月29日(金)午後11:00まで、支援を募集している。<医療法人社団 悠翔会>・2006年創設・首都圏:17拠点、沖縄:1拠点・医師数:96名(常勤:40名)・在宅患者数:6,400名

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第79回 与野党の政策を党別分析、ツッコミどころ満載なその政策とは?(後編)

ついに岸田 文雄首相は10月14日の衆議院で解散を行い、19日公示、31日投開票のスケジュールで4年ぶりの衆院選が行われることになった。前回から自民党以外の与野党各党の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)を含む医療・社会保障政策を紹介し、独断と偏見ながらその評価をしている。今回は前回紹介した公明党、立憲民主党、国民民主党以外の各政党についてである。野党二番目の議席数、日本共産党実は与党の自民党、公明党、野党第一党の立憲民主党に次いで衆議院で議席を有しているのが日本共産党(12議席)である。その共産党は11日に「総選挙政策 なにより、いのち。ぶれずに、つらぬく」を公表した。まず、新型コロナ対策として(1)ワクチンと一体で大規模検査、(2)医療・保健所への支援、(3)まともな補償、の3本柱を訴えている。ただ、このうちの(1)は「『いつでも、誰でも、無料で』という大規模・頻回・無料のPCR検査実施」、「職場、学校、保育所、幼稚園、家庭などでの自主検査を大規模かつ無料で行えるように国が思い切った補助」とのことで、ややため息が出てしまう。パンデミック当初の検査能力不足に起因した検査抑制は確かに問題だったが、今は検査が不足しているとは必ずしも言えない。また、どんなに検査の自動化やプール方式などの効率化を進めても検査に要するリソースが有限であることを考えれば、現状の検査能力の使い方こそが最重要である。その中で医療従事者や介護従事者、警察・消防などのエッセンシャルワーカーに比較的頻回な定期検査を行うならば、リソースの有効活用にはなるだろうが、いつでも誰でも無料は大衆受けするがかなり非科学的といえる。また、今回の教訓を踏まえた医療などのキャパシティ向上を謳って「感染症病床、救急・救命体制への国の予算を2倍にするとともに、ICU病床への支援を新設して2倍」「保健所予算を2倍にして、保健所数も、職員数も大きく増やす」「国立感染症研究所・地方衛生研究所の予算を拡充し、研究予算を10倍」などの定量目標を掲げているが、正直財源も含め、いずれも現実味を感じない。ボリューミィ政策、日本維新の会野党第3党の日本維新の会。同党は衆院選向けの公約は発表していないが政策提言「維新八策2021」という8領域339項目の政策を公表している。医療・社会保障に関してはこのうち「2.減税と規制改革、日本をダイナミックに飛躍させる成長戦略」「3.『チャレンジのためのセーフティネット』大胆な労働市場・社会保障制度改革」、「4.多様性を支える 教育・ 社会政策、将来世代への徹底投資」に集中的に登場する。まず、成長戦略項目で訴えていることは、(1)ITによる医療・介護の産業化・高度化、(2)診療報酬点数に需給バランスを通じた調整メカニズム導入、(3)混合診療解禁、(4)医療法人などの経営・資金調達方法の大幅に規制緩和、(5)OTC販売時の対面販売規制見直し、であり、端的に言えば医療での規制緩和・市場原理導入ということだ。社会保障制度の項目では、数多くの政策が並んでいるが根幹として医療費の自己負担割合について「年齢で負担割合に差を設けるのではなく、所得に応じて負担割合に差を設ける仕組みに変更」と訴えている。これについては一見すると合理的に見えるが、ここで考えるべきはまず低所得者と高所得者でどちらのほうが一般的に考えて健康不安があるかという点だ。答えはおおむね低所得者に行くはずだ。生活の基本である衣食住に対するものも含め可処分所得が低いため、健康維持に使えるお金も減るからである。つまり健康不安の少ない高所得者が高い自己負担割合になれば、結果として彼らは過少給付となるので不公平感が否めない。ちなみに後段の項目では「定期的な検診受診者や健康リスクの低い被保険者などの保険料を値引きする医療保険に保険料割引制度導入」と訴えているため、高所得者はこの点では得をして前述の過少給付分を補填できるかもしれない。しかし、逆に相対的に健康リスクが高いとみられる低所得者はこの制度では恩恵を受けがたくなり、一部の低所得者と高所得者との間で格差が広がる危険性もある。その一方で「国民健康保険でのスケールメリットを活かせる広域的運営の推進」や「レセプトチェックのルール統一を行い、国民皆保険制度の元で AIやビッグデータを活用することで、医療費の適正化と医療の質の向上を同時に実現」は個人的には一考に値すると感じている。とくに後者のレセプト審査基準が地域によって幅があることは、患者目線に立てばこれまでも内外から疑問視されていた点である。新型コロナ対策についても12本の提言を挙げているが、その多くに新味はない。さらに、「人員配置や設備面で急性期の受け入れ能力がない中小病院が過多になっている現状を精査し、医療提供体制の再編を強力に推進」という点については、やや「???」とも思う。そもそも高齢化が進む日本の将来を見据えた場合、急性期医療以外を担う病院の必要性は高い。もっとも医療機関数や病床数が多めであることは確かだが、ほぼ民間病院だらけの中小病院をどのようにして「再編を強力に推進」するのかと思ってしまう。後述する社民党の政策に出てくる国公立病院の統廃合も含めた機能点検ですらあれだけ揉めたのだから、こうした維新の提言が実現するとは思えないのだが…残る社民党、れいわ新選組、NHK党は…さて前編分も含め、ここまでが現状で衆議院に議席を持つ政党の政策についてだが、参議院に議席を有し、公職選挙法や政党助成法での政党要件を満たし、なおかつ今回の衆議院選に候補者を立てている政党がいくつかある。社民党、れいわ新選組、NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で(公職選挙法上の略称・NHK党)の3政党である。この各党についても触れておきたい。これは政治・選挙取材を得意とする私の友人で「黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い」で第15回開高健ノンフィクション賞を受賞した畠山 理仁(みちよし)氏が実践しているすべての候補の主張に耳を傾け、すべての候補を公平に扱うべきという主張に共鳴しているからだ。まずは社民党。かつては最大野党として衆参両院で最盛期に3分の1以上の議席を占めたこともある旧日本社会党を前身とする社民党は現在、衆参両院で議員各1人にまで凋落している。その社民党の「2021年重点政策」を見ると、社会保障・医療関連でまず触れられているのが、「1.新型コロナ感染症災害からの生活再建」の中の「医療機関、介護・医療従事者を支援。地域医療を守る」の項目。具体的には2019年に厚生労働省「医療計画の見直し等に関する検討会」の「地域医療構想に関するワーキンググループ」が急性期医療機能の観点から424(現在は436)の公立・公的等医療機関について統廃合も含めた機能再検証を求めた件をあげ、新型コロナの病床確保の観点からこの方針の撤回を求めるというもの。確かにこの一件はいきなり該当病院が名指しされたことで当該病院関係者や自治体に大混乱を与えたことは事実だ。しかし、従来から国内の医療機関が極端に急性期医療に軸足を置いてきた結果、超高齢化社会の進行に伴う将来的な慢性疾患対応の増加とミスマッチになっていたこともまた事実である。単純に将来の新興感染症を見越して現行のままの急性期病床配置を維持すれば良いものではない。この政策項目の中では「削減してきた保健所、保健師の数を増やし、公衆衛生の強化に取り組みます」とも訴えているが、それならば新興感染症対策の最前線である保健所の在り方も含めた急性期病床の配置までもう少し踏み込んだ提言があってほしいと思うのは要求のレベルが高すぎるだろうか?「2.格差・貧困の解消」では「75歳以上の高齢者医療費負担2倍化反対」として、今年6月に成立した健康保険法改正により、75歳以上の単身高齢者で年収200万円以上であれば医療費の自己負担額が2割に引き上げられる法改定が成立したが、その撤回を求めている。ただ、この高齢者の自己負担引き上げは長らく議論されてきたもので、実際の引き上げも慎重にかつ段階的に行われている。そもそも少子高齢化と経済低成長の時代に現役世代のみで現在の社会保障制度を支えることが困難なことは社民党も知らぬはずはない。その意味ではこの主張・政策は手垢まみれのポピュリズムとさえ言えるかもしれない。一方、代表である山本 太郎氏の出馬選挙区問題でドタバタが起きた、れいわ新選組(参議院2議席)だが、その新型コロナ対策は他党と比べ医療対策よりも経済対策が中心。その中で「PCR検査最大能力を100万回/日に向上へ」という政策を掲げている。正直、必要な検査数はその時々の流行状況などにもなど左右されるため、数値目標を掲げるのは必ずしも適切ではない。ただ、同党の主張は「医療者はもちろんのこと、バス・タクシードライバー、駅員、保育・介護職等のエッセンシャルワーカーやその家族、濃厚接触者、コロナウイルス感染の疑いのある者が、定期的に優先し、複数回検査できる体制の構築」と具体的に記述している。要は感染の疑いがある者や濃厚接触者といった日常診療でベーシックに必要とされる検査分を前提にエッセンシャルワーカー分を上乗せした数値目標らしい。その意味では一定程度ロジックは成立している。また、こうしたエッセンシャルワーカーに対して1日当たり2万4,000円の危険手当の給付を訴えている。2万4,000円というのは、アフリカの新興国・南スーダンに展開した国連南スーダン共和国ミッション (UNMISS) に、2012年1月から2017年5月まで自衛隊を派遣した際、非常時に小規模な戦闘が起こることも念頭に行う「駆け付け警護」まで実施した際の隊員の1日当たりの「国際平和協力手当」が原点だ。要は最も危険な公務員の任務での手当と同額ということだ。この背景として同党は、こうしたエッセンシャルワーカーが通常人口に比べて新型コロナでの死亡リスクが2倍以上にのぼることを例示している。考え方として悪くはないが、給付が実現しても死亡リスクそのものが低下するわけではないので、その点の対策がなければアンバランスである。さらに基本政策の中では、「障がい者福祉と介護保険の統合路線は見直し」を訴えている。これは障害者総合支援法の第7条の自立支援給付での「介護保険優先原則」の見直しである。同党はこの条文により障害者が充実した重度訪問介護などのサービスを利用できず、65歳以上では利用時の原則一割負担とサービスの幅も狭い介護保険の利用を求められる点を是正すべきとしている。これは障害者議員を擁する同党ならではと言えるかもしれない。で、最後はNHK党(衆参両院で各1議席:衆院の1議席は日本維新の会を除名された丸山穂高氏が入党したことによる)となるが、もともとNHKと対決するシングル・イシューの政党であり、新型コロナ対策や医療・社会保障に関する政策は同党の公式ホームページでは一切見当たらなかった。さて月末の衆議院選の結果はいかなるものになるだろう?

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第79回 新型コロナ巡る多大な犠牲者の陰に見え隠れするカネとポストの争い

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新規感染者数は急減しているとはいえ、死者は現在約1万8,000人に及ぶ。コロナ対策の原則は早期発見、早期隔離、早期治療だが、対策を講じてもなお、これほどの人が亡くなったことに疑問を抱かざるを得ない。PCR検査を幅広く行い、陽性者を隔離し、重症化すれば専門施設で集中治療する―。本来ならPCR検査数を増やすことは最優先課題のはずだったが、厚生労働省は当初から抑制し続けてきた。そこには、いくつかの理由があるようだ。首相の検査拡大指示も無視した医務技監昨年8月まで、医系技官のトップの医務技監だった鈴木 康裕氏(現・国際医療福祉大学副学長・教授)は、安倍 晋三首相(当時)の指示にもかかわらず、PCR検査の拡大を行わなかった。鈴木氏は偽陽性の頻度を理由に「陽性と結果が出たからといって、本当に感染しているかを意味しない」とメディアのインタビューに応えている。また、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会委員の岡部 信彦氏(川崎市健康安全研究所所長)も、PCR検査の精度管理を理由に検査拡大に反対した。検査抑制の理由は何か。上 昌広氏(NPO法人医療ガバナンス研究所理事長)らは、保健所を守るためだと指摘する。感染症法により、保健所長が感染の疑いがあると判断した場合、検査は不可避で、陽性の場合は入院させる。人権にかかわる措置であるため、手順は法令で細かく規定されている。こうした事情により、実質的にPCR検査は保健所の独占状態となった。しかし保健所は、PCR検査だけでなく、積極的疫学調査や入院調整なども担っていたため、業務過剰に陥った。幾度かの感染者急増の波もあり、PCR検査への対応が追い付かない上に、自宅療養者に対する入院判断ミスや情報管理の不備なども度重なり、感染者が死亡するケースが相次いだのは、さまざまなメディアが報じた通りだ。「独占」体制で生じる利権の構造コロナに関する保健所の業務独占体制は変える必要がある。しかし、そこが一筋縄ではいかないのは、関係者の利権の喪失にかかわるからだという。例えば、保健所が積極的疫学調査として集めたデータは、国立感染症研究所(感染研)に送られ、“感染症ムラ”が独占する。現在の体制下では、保健所長は医系技官、地方衛生研究所(地衛研)所長は感染研幹部経験者の“専用ポスト”なっているという。検査の独占はカネとポストにつながるため、COVID-19を1・2類感染症から5類感染症にダウングレードする議論にもおのずと関連してくる。COVID-19を巡っては、ウイルスそのものの脅威により、多大な社会的損失と生命の犠牲を余儀なくされた。これは紛れもない事実だが、医療政策をつかさどる人や組織の在り方によって被った人為的影響も計り知れないのではないだろうか。

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キッズ・オールライト(その3)【じゃあどう法整備する?「精子ドナーファーザー」という生き方とは?(生殖補助医療法)】Part 3

「精子ドナーファーザー」という生き方とは?ポールは、ジュールスたちと一緒になるため、恋人として良い関係を築いていたタニアにあっさり別れを告げます。しかし、突然すぎたため、怒った彼女から暴言を吐かれます。その後に、謝罪を口実に、彼は不倫相手のジュールスがいる4人の家に押しかけていきます。しかし、出迎えたジョニから「良い人だと思ってたのに」とがっかりして告げられます。そして、ニックに「あなたは侵入者よ。家族を作りたいなら自分で作って」と言われ、追い返されるのです。このポールの一連の行動から、実は彼の自由気ままさは、彼の無責任さであることに気づかされます。彼は、独身生活が長い分、裏を返せば結婚生活や家庭生活を送ってこなかった分、相手の気持ちに思いを馳せたり、相手とつながるほかの人に配慮したり、時に子どもに厳しい指摘をする責任感が乏しいのでした。これは、最後に、ジュールスがニックたちの前で「結婚生活は、終わりのないマラソンよ。でも私は努力したい(責任を持ちたい)」と説く謝罪の演説とは対照的です。映画の途中までは、ポールが良い人キャラで、ニックとジュールスが悪役のように描かれていました。しかし、最後の最後で、ポールの薄っぺらさが露呈し、一方でニックとジュールスはお互いに欠点がありながらも一生懸命に支え合って生きていこうとしていることに気づかされます。人間関係における責任感という物差しによって、善悪が逆転してしまうのです。ポールのように、もともと結婚生活や家庭生活に向いていない男性はいます。また、結婚生活や家庭生活を望まない男性もいます。そして増えています。いわゆる非婚の心理です。その詳細については、関連記事3をご覧ください。ただし、結婚したくないし子育てもしたくないけれど自分の子どもだけは欲しいという男性はいます。つまり、自分の遺伝子を残したいという思いです。これは、その1でもご紹介した生殖心理です。そんな男性は、優秀な精子を持っていれば、精子ドナーとして打って付けでしょう。そして、先ほどにも触れましたが、だからこそ、そんな男性がドナーとして生物学的な子どもを知る権利を得ることができれば、ドナーが増えていく可能性があります。非婚の男性が増えていることから、ドナーの知る権利を認めることは、ドナー確保のウルトラCの解決策になる可能性があります。彼らは、結婚しないで子育てもしないけれど自分の子どもを持つ生き方をすることになります。名付けるなら「精子ドナーファーザ」です。一方で、結婚したくないけれど子育てはしたいという女性がいます。実際に、結婚しないことを最初から自ら選んで子どもを持つ女性は、選択的シングルマザーと呼ばれ、海外では増えています。精子バンクを利用する選択的シングルマザーと、精子バンクに精子を提供する「精子ドナーファーザー」は、実はそれぞれのニーズがきれいに一致します。これは、男女の協力関係においての社会構造が「しなければならないかどうか」から「したいかどうか」へシフトしつつあるからとも言えます。なお、選択的シングルマザーの心理の詳細については、関連記事4をご覧ください。「キッズ・オールライト」とは?不倫騒動からしばらく経っても、ニックとジュールスは、ぎすぎすしていました。ラストシーンで、とうとうジョニが大学の寮に引っ越したあと、その帰り道の車の中で、レイザーはニックとジュールスに、ぼそっと「別れちゃだめだよ。だって、二人とも年取りすぎてるから」と言うのです。あまりにも率直な意見で、見ている私たちも、ついクスっと笑ってしまいます。空気が一変して、ニックとジュールスは久々に手をつなぐのでした。この映画のタイトルは「キッズ・オールライト」でした。精子提供で生まれた子どもたちでしたが、それでも「子どもたちは大丈夫」という意味でしょう。同時に、それはそんな子どもたちによって「ペアレンツ・オールライト(親たちは大丈夫)」になることであるとも言えるでしょう。この映画を通して、私たちも「キッズ・オールライト」と言えることを一番に考えた時、より良い生殖補助医療法を、そしてより良い社会を作ることができるのではないでしょうか?1)生殖医療はヒトを幸せにするのか:小林亜津子、光文社新書、20142)精子提供:歌代幸子、新潮社、20123)ルポ生殖ビジネス:日比野由利、朝日新聞出版、20154)生殖医療の衝撃:石原理、講談社現代新書、20165)生殖補助医療で生まれた子どもの出自を知る権利:才村眞理:福村出版、20086)「子どもの出自を知る権利」について 生殖補助医療法と法:小泉良幸、J-STAGE、20107)「精子売買はグレーマーケットだった」“不妊治療大国”で元証券会社社員が精子バンク日本語窓口を立ち上げたワケ:こみねあつこ、文春オンライン、20218)生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律の成立について:法務省<< 前のページへ■関連記事テネット【なんで時間を考えるのが癒しになるの?(アクセプタンス&コミットメント・セラピー[ACT])】そして父になる(その1)【もしも自分の子じゃなかったら!?(親子観)】私 結婚できないんじゃなくて、しないんです【コミュニケーション能力】カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】

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第78回 与野党の政策を党別分析、ツッコミどころ満載なその政策とは?(前編)

10月4日、岸田 文雄自民党総裁が第100代内閣総理大臣に選出され、岸田内閣がスタートした。そしてこの日の夜、首相としての初の記者会見では、衆議院を14日に解散し19日公示、31日投開票の日程で衆議院選挙を行うと方針を明らかにした。見た目は温和な岸田首相の電光石火な行動ぶりにはさすがに驚いた。首相就任から最初の解散までの期間は戦後最短である。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行が沈静化している中で、いわゆる新内閣発足のご祝儀相場と呼ばれる高めの支持率や野党側の候補者調整のもたつきを踏まえた判断とみられる。もっとも報道各社が行った世論調査での岸田内閣の支持率は高いものでも60%に達しない。その意味では電撃解散決定が支持率の足かせになったかもしれない。さてということで、国政最大の山場である衆議院選が間近となった。自民党の衆議院選に向けた政策はまさに前回紹介した岸田首相の政策がかなり反映されるとみられるが、それ以外の各党はどんな政策を掲げるのか? 政治話続きで申し訳ないが、この際各党が今回の選挙で掲げている社会保障・医療関連分野の政策・公約について「私見」を交えて見ていきたい。まずは与党の公明党はっきりいって私個人は国内の全政党の中でこの政党ほどある部分では政策が明確で、一方である部分は不明確な政党もないと思っている。「何言っているんだ?」と思われるかもしれない。端的に言うと、この政党の柱となる政策は従来から「お金を配る」か「無償化」の2つしかない。それ以外は言っちゃ悪いが、多少の流行に合わせて言葉を並べただけである。それでは見ていこう。まず「2021年衆院選・重点政策 『日本再生へ新たな挑戦』 I.子育て・教育を国家戦略に」。ここでは子供の成長に合わせて『結婚』『妊娠』『出産』『幼児教育・保育』『小中学校』『高校等』『大学等』のステージを設定し、各時期の政策が列記してある。少子化対策の一つとも言える「妊娠」「出産」関連では、「不妊治療の保険適用」とあるが、これは菅内閣で道筋が付きつつあり目新しさはない。さらに「不妊治療と仕事の両立支援」「カウンセリング体制の充実」とあるが、具体策の記述はない。また、「出産」に関しては、「出産育児一時金(現行42万円)の50万円への増額をめざす」とあり、十八番のお金配りが登場する。この件、現在では広く知られているように、一時金が上昇するたびに都市部の民間病院ではベーシックな出産費用も上昇するイタチごっこになり、出産予定者への支援として実効性が疑問視されている。「0~2歳児の産後ケアや家事・育児サービスを拡充」との記述もあるが、これは前述の「妊娠」項目での後者2つの政策同様、聞こえの良いメッセージを並べた程度にしか解釈できない。極めつけは「高校3年生まで無償化をめざし子どもの医療費助成を拡大」。過去の老人医療費無償化や現在各自治体で行われている小児医療費無償化を見ても、安易な受診というモラルハザードを招く側面が多いことが知られている。財源云々を抜きにして、手垢がつき過ぎたポピュリズム政策で、あまり感心できない。なお、最近よく報じられる健康状態が悪い家族のケアに時間を取られる子供、いわゆる「ヤングケアラー」問題については「ヤングケアラー等の家事・育児支援」を掲げている。流行りに乗ったとも言えるかもしれないが、むしろ単純なお金配りよりも、こうした点でより具体的な提案をしたほうが良いと思うのだが。一方、新型コロナ対策についても「2021年衆院選・重点政策 『日本再生へ新たな挑戦』 III.感染症に強い日本へ」で言及している。ここでの訴えを要約すると、▽国産ワクチン・治療薬の開発支援とその確保の強化▽非常時の病床確保▽PCR検査などの検査能力拡大となる。ちなみにこの中で「ワクチンの3回目ブースター接種の無料化」との記述もあるが、行政が重視する施策の連続性などを考慮すれば無料化は既定路線であって、わざわざ政策として記述する必要を感じない。言ってしまえば、十八番の無償化路線に沿って並べたに過ぎないとしか思えない。また、これは公明党に限らず各党が言いがちな国産ワクチン・治療薬の実現だが、言うほど簡単なことではなく、むしろ創薬を甘く見過ぎである。具体例として現在、経口治療薬で先行するメルクで解説しよう。メルクは今回の新型コロナパンデミック当初にワクチン、治療薬開発のために買収と業務提携を各1件、治療薬での業務提携1件を行っている。後者の成果として注目されているのが上市間近と言われる、経口薬のmolnupiravirである。これらの提携や買収の費用はすべて公表されているわけではないが、買収では日本円で400億円程度を要している。そのためこれらの提携に支払った総額は1,000億円程度と推定されている。しかし、このうち買収先でのワクチン開発はすでに中止を決定している。言ってしまえば1,000億円の身銭を切って、400億円はドブに捨てたようなもの。つまりそれだけ大胆なアライアンスを実行しなければならない。日本の製薬企業にこれだけの余裕があるはずもなく、国の支援だけでどうにかなる話ではない。危機に際してだけ数億円程度をつぎ込んでもなんともならないことを日本の政治家は知るべきである。一方、病床確保や検査関連では「後遺症の予防策や治療方法の開発促進のために、実態把握と原因究明の調査・研究に取り組む。また、地域で後遺症の相談ができる体制を整備」という点がほかの政党の公約にはない政策である。もっとも前述したように「お金配り」と「無償化」以外はほぼ実績のない政党であるため、どれだけ本気で取り組むかは未知数である。次いで最大野党の立憲民主党同党の前身である民主党は無償化政策など、やはり耳に聞こえの良い政策を盛り込んだ「マニフェスト」と呼ばれる政策集を掲げて2009年に政権を獲得したものの、それら政策の財政的裏付けが脆弱だったことが白日の下にさらされ、政権から滑り落ちたのは周知のこと。もっとも従来から前身の民主党、その後の立憲民主党は野党第一党ということもあってか、公明党よりは政策の記述内容は充実していることが多い。同党は「#政権取ってこれをやる」とのハッシュタグで9月7日以降、10月5日現在Vol.8まで政策を発表している。そのVol.1「政権発足後、初閣議で直ちに決定する事項」では、官邸に総理直轄で官房長官をトップとする新型コロナウイルス感染症対策の新たな指令塔「新型コロナウイルス対応調整室(仮称)」を設け、その下で権利と役割を整理するとともに、専門家チームを見直して強化するとしている。これについては記者会見で同党の枝野 幸男代表が次のような趣旨の説明をしている。「私自身の経験(東日本大震災時の官房長官)では、危機管理は日常業務を担っている各省庁がフル回転しないと担えない。医療に関連しては厚生労働省がフル回転をするわけで、その外側に大臣をつくっても結局屋上屋を重ねることに過ぎないことは、この1年間ワクチン対策などで明確にも結果が出ていると思っている。危機管理は省庁をまたがり、具体的実務は各地方自治体にお願いをしていることが多く、(新型コロナ対策では)厚生労働省と総務省との間で明確な調整が必要になる。この調整役割があるのは内閣官房であり、各省庁横並びではなく、調整機能を官邸に置くことが一番効果的であり効率的である」一見して筋は通っている。もっとも各省庁のセクショナリズムを過度に排しようとして、なんでも政治が主導を握ろうとし、事実上省庁を機能不全にしたのは旧民主党政権の「罪」の一つ。過去その渦中にいた枝野代表が「教訓」をベースに、どこまで踏み込めるかは興味のあるところだが。また、Vol.8「子ども・子育て政策への予算配分を強化」では、公明党と似たような「出産育児一時金を引き上げ、出産に関する費用を無償化」を掲げている。出産育児一時金増額の弊害は前述したとおり。「出産に関する費用の無償化」は妊婦検診部分のことだろうが、そもそも出産は医療行為が必要にもかかわらず「疾患ではないから公的医療保険の対象外」という従来の硬直した考え方こそ見直しが必要だと個人的には考えている。そうでなければ前述の一時金を巡るイタチごっこは永遠に解消されないだろう。この点、与野党通じて建設的な議論がないのが不思議なくらいである。現時点で衆院選公約として立憲民主党が公表しているのはこれくらいだが、同党が公表している最新の基本政策の社会保障関連を見ると、「介護職員の待遇改善」や「介護離職ゼロ」など介護関連の訴えが目立つ。待遇改善は岸田新首相が訴える「『成長』と『分配』の好循環」でも掲げられていること。これまたすべての政党に共通したことだが、介護については介護保険創設から20年が経過した中で、この間の人口構成の変化や新たな地域包括ケアの提唱などを踏まえた抜本的な見直しの検討について政治の側からの声が少ないのが気になるところだ。旧・民主党からのもう一方の枝分かれ政党国民民主党は「政策5本柱」を公表している。この中を見ると、コロナ禍収束まで「個人、事業者の社会保険料の猶予・減免措置を延長・拡充」や「中小企業の新規正規雇用の増加にかかる社会保険料事業主負担の半分相当の助成による正規雇用を促進」を提案している。ではその分の財政補填はどうなるのか? 明確な記述はないが、財政面で積極的な国債活用をさりげなく訴えていることからすると、国債発行で切り抜ける意向が透けて見える。こうした政策を実行した際の中長期的コストパフォーマンス推計でも示してくれれば、もう少し評価できるのだが。新型コロナ対策では「政策各論 4. 国民と国土を『危機から守る』」でさらりと触れているが、同党の政策パンフレットで「コロナ三策」としてより詳しい記述がある。このうち具体的に医療にかかわるのは「第一策 検査の拡充」と「第二策 感染拡大の防止」である。第一策では(1)「無料自宅検査」によるセルフケアで家庭内感染を抑制、(2)陰性証明を持ち歩ける 「デジタル健康証明書(仮称)」の活用、(3)国による検査精度管理で陰性に「お墨付き」、の3つを掲げている。(1)はたぶん迅速抗原検査を意味していると思われるが、家庭内から感染者が発生した時のことなのか、平時のことなのか不明である。後者ならばはっきり言って財源をどこから確保するかだけでなく、それをどの頻度で行うのかも問題である。そもそも感染の事前確率がまちまちな国民に一斉定期検査を行うなど不効率極まりない。この時期にまだこんなことを言っているのかとやや呆れてしまう。(3)は精度100%の検査がない以上、お墨付きを与えるのは科学的に間違いであり、もはや滑稽な提案と言わざるを得ない。第二策は10項目あるが、各方面でほぼ言い尽くされてきたことで目新しさはなく、どちらかというと「掛け声」程度のものが多い。その中で(3)の「国立病院・JCHOの患者受入れ拡大と民間病院の受入指示法制化」については、労災病院や日赤病院を入れずに、わざわざ「JCHO(独立行政法人地域医療機能推進機)」を入れたあたりにやや恣意的というか当てこすりを感じてしまう。ご存じのようにJCHOの理事長は、政府新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身 茂会長である。また昨今、JCHOについてはコロナ対応病床を設置して補助金を獲得しながら、患者受け入れが不十分との指摘が一部メディアで報じられている。そんなこんなを受けて、わざわざJCHOに言及したのではないかとの見方は穿ち過ぎだろうか?一方、(7)の「ワクチンを地域・年代に着目して 戦略的に重点配分」は一考の余地ありと考える。これまでの流行を見ても、概ね東京都をはじめとする首都圏や地域ブロックの首都的な位置づけの大都市圏で感染者が増加し、その周辺に波及するという経過をたどる。その意味ではワクチン接種で大都市部を優先したほうが感染制御には効率的だと考えられる。国がそうしないのは「地方軽視」との批判を回避したいからだろう。その意味では、これまでは多数の接種希望者を集められそうな「職域接種」が大都市部へのワクチン供給を厚くする調整弁になっていたとも言える。ただ、今後の3回目接種や将来的な新興感染症対策も見据えたうえで、地域的な優先順位は真剣に議論して良いと思う。取り敢えずかなり長くなってしまったので、今回はここまでにしてほかの政党の政策については次回に譲りたい。

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第78回 第6波前に、都は「重症度と病床のミスマッチ」の反省生かした体制再構築を

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)病床が逼迫する中、東京都が都下すべての医療機関に感染症法に基づく病床確保を求めたところ、目標の7,000床に届かなかったが、そもそも4割は実際に使われていなかったことも報道で指摘された。これに対し、都の入院調整に当たった山口 芳裕氏(杏林大学教授)はテレビ番組で「入院が必要な患者の症状と、用意された病床にミスマッチがあった」と指摘。「6,000床であっても、軽症しか入れない病床や看護師の手立てができない病床では意味がない。一方、4,000床しかなかったとしても、酸素の提供が可能な病床が必要時に使えたならば、第5波で病床不足が起きなかったかもしれない」と述べた。今後、第6波の可能性もある中、この反省が生かされないままでは、再び病床逼迫を招きかねない。圧倒的に不足していたのは、酸素投与が必要な中等症IIおよび重症患者を受け入れる病床で、軽症患者に対する病床は余っていたという。そのため、症状が悪化して酸素投与が必要な患者でも入院できない事態に陥った。東京都では一時(8月16〜22日)、救急要請したコロナ患者の6割が病院に搬送されなかった。このところ、新規感染者数は目に見えて減少している。とはいえ、医療現場では依然として自宅療養者への対応に追われている。第5波の東京都では、病院で適切な医療を受けられないまま自宅などで亡くなった感染者は8月だけで112人に上った(警察庁調べ)。酸素ステーションの実効性に疑問東京都は、8月に酸素ステーション(都民の城)の運用を開始。しかし蓋を開けてみれば、利用率は8月の第5波ピーク時でも3割程度だった。新規感染者が減少している中、最近では受け入れがゼロの日もあるという。この酸素ステーションで受け入れるのは、軽症~中等症Iの患者で、中等症II以上は受け入れていない。さまざまな施設の協力を得て医療者をかき集めた、あくまで一時しのぎであるため、中等症II以上への対応が難しいと見られる。ここにも「ミスマッチ」が起きている。都は第6波に備え、こうした酸素ステーションを都内各所に開設、「酸素・医療提供ステーション」に改称した。軽症者らを対象に抗体カクテル療法などの治療を行うためだが、先の山口氏は「入院が必要なのに、自宅にいて医療に十分アクセスできていない人にこそ手を差し伸べるべきだった」と振り返る。また、「限界まで患者を受け入れている病院と、余力のある病院の差が大きい」とも指摘した。公的病院のコロナ患者受け入れ姿勢に批判の声これに関連して、医療人の間から、公的病院のコロナ患者受け入れ対応に不満の声が聞こえる。都内には、国立病院(独立行政法人を含む)が4病院、地域医療機能推進機構(JCHO)が運営する5病院、労働者健康安全機構が運営する東京労災病院があり、総病床数は約4,400病床に上る。これらの組織は、公衆衛生危機に対応することが設置根拠法で義務付けられており、さまざまな優遇措置を受けている。しかし、政府の新型コロナ対策分科会会長を務める尾身 茂氏が理事長を務めるJCHOでは、新規感染者数のピーク時に近い8月6日時点で、総病床数が約1,530床であるのに対し、コロナ専用病床は158床(10.3%)で、受け入れ人数は111人だった。これは、コロナ病床の70%、総病床数の4.5%に過ぎない。仮に、JCHOの全病床数から2割程度(306床相当)をコロナ専用に転換すれば、都が新たに設置する「酸素・医療提供ステーション」246床は必要なくなる計算だ。もちろん、ほかの病院への一般患者の転院はそう簡単ではないかもしれないが、現状では公的病院のコロナ対応への必死さが今一つ感じられないのが率直なところである。新規感染者数が減少している今こそ、見直すべきは見直し、仮に第6波が到来しても受け止められる強固な医療体制を再構築するチャンスなのではないかと思う。

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Data Driven Scienceの時代(解説:後藤信哉氏)

 医学の世界では、ランダム化比較試験による仮説検証はエビデンスレベルが高いとされた。世界からランダムに対象症例が抽出され、バイアスなく無作為に各治療に割り付けることができれば、仮説検証ランダム化比較試験の結果には科学的価値が高いといえる。しかし、現実的には世界の症例の一部がランダム化比較試験の対象例として選択され、世界から完全に無作為に抽出されているとは言い難い。 電子カルテの使用が一般的になり、医療データのデジタル化は進んでいる。クラウド上にて電子カルテの情報を共有できれば、現在のランダム化比較試験のように特定の症例を抽出するプロセスを排除できる。世界のすべての症例のデータが利用可能な世界では、真の意味でのdata driven scienceの世界ができると思う。英国は医療データベース化の進んだ国の一つである。本研究を見ると、database化が進んだ世界では、大規模データを用いて臨床的仮説を精度高く提案できることがわかる。 COVID-19の最初のワクチン接種を受けた2,912万1,633例(1,960万8,008例がいわゆるアストラゼネカのウイルスベクターワクチンで951万3,625例がいわゆるファイザーのmRNAワクチン)と、175万8,095のCOVID-19陽性症例が対象である。これらの症例の、ワクチン接種・COVID-19陽性以外の時期のイベントを対照としている。すなわち、本研究は大規模の自らを対象としたcase control studyである。さて、case control studyのエビデンスレベルはランダム化比較試験より一般に低いとされる。しかし、ランダム化比較試験では2万例、3万例などの症例の抽出にはバイアスがある。英国のデータベースのサイズは1,000倍あり、サンプリングにバイアスがない。大規模臨床データが利用できる時代になっても、ランダム化比較試験の価値は下がらないだろうか? ワクチンの副反応の議論はあり、実際英国のデータでも、ウイルスベクターワクチンでは血小板減少症のリスクは1.33(95%CI:1.19~1.47)倍に増えていた。しかし、COVID-19陽性の症例の血小板減少症のリスクは5.27(95%CI:4.34~6.40)であった。ワクチンの副反応は心配かもしれないが、疾病を発症した場合のほうがよほど怖い。ウイルスベクターワクチンでは静脈血栓症も1.10(95%CI:1.02~1.18)で、心配かもしれないがCOVID-19陽性者では13.86(95%CI:12.76~15.05)倍である。 ランダム化比較試験ではバイアスを排除して仮説の検証ができる。しかし、症例の登録には費用がかかり、バイアスも大きい。電子カルテの情報をクラウドに蓄積して、全症例における観察結果を数字として共有する世界の魅力が筆者には大きく思える。クラウド共有可能かつセキュリティの担保された電子カルテのプラットフォームを開発すれば、本当の意味でのdatabase drivenの医療ができる。Google、Appleなどと競合して日本企業に頑張ってほしいところである。

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