サイト内検索|page:25

検索結果 合計:1187件 表示位置:481 - 500

481.

第4回 濃厚接触者の待機期間短縮で医療現場が負うリスクとは

濃厚接触者の自宅待機期間の緩和濃厚接触者の自宅待機期間が緩和されました。医療従事者は、これまで毎日検査して5日目に出勤していたのが、毎日検査して3日目に出勤できることになりました。これまでの通達を合わせると、以下の図1のようになります。病院ごとにある程度柔軟に対応すればよいと思いますが、はたして3日目に復職しても本当に大丈夫なのか懸念は残ります。画像を拡大する図1. 濃厚接触者の検査による自宅待機期間短縮(筆者作成)現場が追うリスクたとえば、オミクロン株は3日間休んだとしても、曝露日から4日目の時点では、まだ約30%が発症していないというデータがあります(表)。となると、その30%程度のリスクを飲み込んだ状態で勤務をしなければならないというわけになり、医療機関として、これが容認できるかどうかといったところです。職場は免疫不全の患者さんもいる病院です。一律3日目に勤務してよいとするのかどうかは、議論の余地があるでしょう。表. HER-SYSデータを用いた曝露から経過日数ごとの発症する確率(%)国立感染症研究所(2022年1月13日発表)より濃厚接触者の待機期間が緩和されても、最前線に立っている医療従事者が直面しているのは、陽性です。現時点では陽性とわかれば、無症状でない限り、10日間の隔離療養が必要となります。そのため、濃厚接触者の基準をどれだけ緩和しても、最前線が直面している欠勤リスクは、そこまで軽減できていないのが現状です。たとえば、沖縄県では欠勤者に占める新型コロナ陽性者がかなり多いです(図2)。そのため、部門ごと閉鎖したり、救急外来受診を極端に制限したり、かなり厳しい状況に追いやられています。画像を拡大する図2. 重点医療機関における医師、看護師の休職数(沖縄県)第91回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(2022年7月21日)資料3-7 高山先生提出資料より緩和されるべきは何か?社会経済的な側面で濃厚接触者の待機期間を緩和することには賛成ですが、たとえば陽性例の全数報告をやめる、政府として受診抑制を強くアナウンスするなどの対応があってもよいのではと考えています。とくに全数報告は物理的に不可能で、定点報告にしないと保健所の業務がもう持たないと思っています。世間の言うウィズコロナは、「感染を許容して経済を回す」ことを意味しているのだと思いますが、感染を低い水準で許容しつつ経済だけをうまく回すということは、絵に描いた餅なのかもしれません。

482.

英語で「便通がまだありません」は?【1分★医療英語】第38回

第38回 英語で「便通がまだありません」は?I have not had a bowel movement since surgery.(手術後、まだ便通がありません)I see. Let me give you some medications for that.(わかりました。お薬を出しておきますね)《例文1》医師Good morning. How is everything?(おはようございます。具合はいかがですか?)患者Overall everything is good, but I have not had a bowel movement.(全体的には良いのですが、まだ便通がありません)《例文2》Have you had a bowel movement?(お通じは出ましたか?)《解説》医療現場特有の会話の1つに、「便通」に関するものがあります。日常会話では基本的に出てくることの少ない話題ですので、とっさには出てきにくい表現だと思います。“have a bowel movement”で、「便通がある」という意味になります。婉曲的な表現ですが、とくに外科系の病棟では非常によく使われます。ポイントは「過去分詞の方が一般的である」ということです。“Did you have a bowel movement?”でも似た意味になりますが、過去形では「過去のある一時点」という基準点が含まれません。過去分詞を使うことよって、暗に「手術から現在」という時間範囲を限定しているのです。また、皆さんもご存じの通り、英語には“poo(p)”、“shit”、“crap”など、直接的に「便」を表す言葉がありますが、これらの表現はプロフェッショナルな場面においては不適切で、使うべきではありません。英語にもTPOがありますので、ぜひそのあたりにも気を遣いながら、英語を上達しましょう。講師紹介

483.

医師の働き方改革、武器の「アンケート」はこう使え!【今日から始める「医師の働き方改革」】第12回

第12回 医師の働き方改革、武器の「アンケート」はこう使え!「働き方改革で、何がどう変わるんですか?」。私たち働き方改革コンサルタントはそんな質問をよく受けます。最も一般的な回答は「超過勤務が減ります」ですが、実はそれだけではなく、さまざまな効果が表れます。ですが、施設ごとに抱えている課題はさまざまで、「どこから手を付けてよいのやら」と悩む担当者の方が多くいます。ここで私たちがお勧めしているのが「現状を定量化」することです。そして、そのための有効な手法の一つが「アンケート」です。私たちがご一緒している長崎大学病院の働き方改革でも小児科でアンケートを行い、現状を定量化する試みを行いました。担当された佐々木 理代氏にその狙いなどを振り返っていただきます。長崎大学医学部小児科学教室・佐々木 理代氏(写真右)―長崎大学病院の働き方改革「ワークスタイル・イノベーション」の担当となられて、まず何を考えましたか?初めはどのようなプロジェクトなのかも想像がつかず、手探りの状態でした。「残業しない」ことについては、これまでは個人的に頑張ってきたのですが、今回は組織全体の仕組みや状況へのアプローチが含まれており、長期的に見て大きな価値があると感じました。一方で、すでに超多忙な小児科チームに対し、働き方改革プロジェクトのために多くの時間を割いてもらうのは現実的ではありませんでした。今あるリソースでできることから始めようと、アンケートを行うことにしました。小児科の中でもとくに忙しいNICUに着目し、「NICUの働き方の現状を可視化する」ことを目標としました。長崎大学病院におけるNICUの人数や勤務状況はもちろんわかっていますが、それが私たちに特有のものなのか、他施設と比べてどうなのかがわからなかったため、全国の国立大学系のNICUにアンケート回答を依頼しました。アンケートの設問は「スタッフ数、病床数、当直回数や当直明けの勤務、待遇面」です。その結果、全国の22施設からの回答があり、当院の結果を加え23施設の現状を可視化できました。アンケートによって、当院は他施設と比較してNICUの勤務医数は比較的多いものの、当直数が非常に多く、時間外勤務も多いことが確認できました。定量的な把握ができたことで、人員補充や手当ての拡充について、院長に要望を出すことができました。単に「忙しい」、「人を補充してほしい」と言っても説得力に欠けるので、他施設と比較した数値を可視化できたことは大きかったと感じます。人員増強にすぐにつながることは難しいかもしれませんが、今後も客観的な数値に基づいた、意味ある働き方改革の提案をしていきたいと思います。〈解説〉「忙しいから人が欲しい」というのはどこの職場でも聞く要望ですが、どの程度人員が不足しているのかがわからなければ、実際に配置ができません。長崎大学病院小児科では「忙しさ」を定量化するために、自部門だけでなく全国のネットワークを活用したアンケートを採りました。その結果として自分たちの「忙しさ」を客観視し、他施設と比較した適切な人員数を把握して院長にも要望を出すことができました。このあたりは同種の業務を行う施設が多数存在し、ネットワークもある医療機関の強みでしょう。定量化の最も手軽な方法の1つがアンケートです。今回の小児科の取り組みでは、Googleフォームでアンケートを作成し、メーリングリストで全国の国立大学系病院に回答を依頼しました。このように、デジタルツールの進化によってアンケートは手軽に配布・回答・集計ができるようになっています。【設問をどう作成するか】アンケートの設問は、検証したい内容に基づいて作成します。今回の場合、「長崎大学病院のNICUの医師はどのような状況に置かれているのか、全国平均と比べてどの程度忙しいのか?」というのが検証したい内容でした。アンケート作成に当たっては、「忙しい」という主観的な表現を「病床数と勤務医数の対比」や「当直数」という数値に落とし込みました。こうした指標は1つではなく、複数持っておくことが望ましいでしょう。検証したいことがぼんやりしていると設問設計のハードルが上がり、集計しても導きたいメッセージが見えてきません。目的をしっかり考えたうえで設問に入りましょう。【記名式か無記名式か】アンケートを記名式にするか無記名式にするかも大きな問題です。無記名式のメリットは、直接話しにくい話題でも書きやすく、率直な意見が集まりやすいことです。表に出にくい本音を聞き出したいとき、多くの回答を集めたいときは、無記名式が適しています。記名式のメリットは回答の信ぴょう性の高さです。一方で、記名式はきれいごとばかりで本当に聞きたいことが聞けないことも多い、というデメリットがあります。メリット・デメリットは裏表の関係なので、アンケートの目的をよく考えて設定しましょう。【設問数はどうするか】設問数は、多い方がテーマを多面的に捉えることができる一方で、回答者の負荷が高まります。選択式の設問を多くすることで負荷を軽減しつつ集計もしやすくなるので、自由記述と選択式のバランスをとって設定します。【結果はどうするか】集計結果は可能な限りオープンにしましょう。回答者からすれば「結果がどうだったのか」は気になるものです。全体の結果についてのサマリーを回答のお礼と共に回答者に共有することで、その後の取り組みにも関心が高まります。アンケートは働き方改革の調査における強力な武器です。ぜひ効果的な活用方法を考えてみてください。

484.

第118回 記者も唖然…塩野義コロナ薬の承認審議で識者が発したガチ発言

2時間にわたる王者対挑戦者のボクシング・タイトルマッチ。1ラウンド目に挑戦者は王者の軽いジャブの後、アッパーカットをくらいおもむろにダウン。2~4ラウンドは挑戦者のストレートパンチが王者の顔面を捉え、一旦持ち直したかに見えたが、5ラウンド目は王者のジャブが軽く決まりよろける。その後はほぼ王者の一方的な連打がさく裂し、最終12ラウンドまで持ちこたえたものの、3人のジャッジの判定は大差で王者に-。ボクシングにたとえるとそんなところだろうか?何かというと、7月20日に開催された厚生労働省薬事・食品衛生審議会薬事分科会・医薬品第二部会合同会議で行われた塩野義製薬の新型コロナ治療薬候補の3CLプロテアーゼ阻害薬エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の緊急承認審議だ。結論から言うと第III相試験を待って議論すべきということで、委員ほぼ全員が一致して継続審議を決定した。過去の連載記事から繰り返しになって恐縮だが、エンシトレルビルに関しては今年5月の薬機法改正で新設された緊急承認制度を使った承認申請が行われている。塩野義製薬が申請に当たって提出したデータは第II/III相試験のうち、軽症/中等症患者を対象とした第IIb相パートの結果。主要評価項目は鼻咽頭ぬぐい検体を用いて採取したウイルス力価のベースラインからの変化量と12症状合計スコア(治験薬投与開始から120時間までの単位時間当たり)の変化量の2つ。前者については低用量(125mg)群、高用量(250mg)群、ともにプラセボ群と比べて有意な減少を示したものの、後者は有意差が認められなかった。ちなみに塩野義製薬側は、後者については現在主流のオミクロン株に特徴的な4症状に限定して解析すると有意差が認められたことを強調している。すでに6月に行われた医薬品第二部会では、緊急承認に否定的な意見が多かったものの、緊急承認制度では薬事分科会の審議も必要になるため、この日に持ち越した。そして今回の審議はやや異例だった。というのも1つの薬を巡る審議がYoutube Liveを通じて全国にリアルタイムで公開されたからである。新薬の承認審議がここまでガラス張りにされたのは初と言って良い。ちなみに私は報道公開枠で会議場にいた。事務方からの一通りの説明とそれを受け、審議の方向性について医薬品第二部会長の清田 浩氏(井口腎泌尿器科・内科新小岩副院長、元東京慈恵会医科大学教授)に意見が求められた。「まず付け加えたいのは、医薬品第二部会の臨時部会が開かれたのは6月22日。ちょうどコロナの患者数が下げ止まっていた時期です。現在の第7波が来ることもある程度予感していたかもしれませんが、現実にこうなるとは予想し得なかった時期なので、多少議論に危機感が欠けていた印象を持っております。その後、追加の有効性として、Long COVIDの率が減る、ウイルスの再拡散を抑えるというデータがあり、そういったポジティブなデータをどう解釈するかも議論の材料としていただければと思います」これに対して医薬品第二部会委員で山梨大学学長の島田 眞路氏から横やりが入った。「6月22日は確かに感染状況はひどくはなかったですが、諸外国でも出てましたし、日本でも来るんじゃないかという危機感を持って私達は審議したと思っております。清田部会長がどう考えたか知りませんが、危機感がなかったとおっしゃっているのにはびっくりしました。先ほどのいくつかの実験データが追加されたとのことですが、これはすでに塩野義さんは提出されてましたよ。(症状の)期間が短くなるんじゃないかとか。Long COVIDだけは出してなかったかもしれませんけど、あとのデータはだいたい示されていました。しかも、これはエンドポイントが修正されたりしたようなものです。たとえば12症状(合計スコア)ではまったく効果が認められなかったわけなので、われわれとしては効果は認められないと判断したのであって、それが呼吸器症状だけ後からピックアップして有意差が少しあったという。要するにエンドポイントを後からいじるのはご法度ですよ。はっきり言って。それをわざわざされて、有効性があるというところをピックアップしてやるのは、臨床試験としてはやっちゃいけないことだと思いますけどね」司会が引き取り、委員ではない独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の藤原 康弘氏が補足的な意見を求められた。この状況を収めようとしたのだろう。藤原氏は、公開された審査報告書内の第IIb相試験でのエンシトレルビル125mg、250mg、プラセボ投与後120時間までの12症状スコアのグラフを参照するように呼び掛けて次のように語った。「この推移を見ていただいたらわかりますが、私も元々呼吸器専門医なので普通にパッと見ると、これ差がないんじゃない? と見えます。PMDAとしても普通の感覚で見たのでしょう。先ほど説明がありましたように確かにRNA量は有意差をもって下がっているものの、臨床効果はこのぐらいかなというのが正直な判断であったと私は類推いたします。また、話題に上がった後付け解析ですが、途中の(事務局の)説明で多重性というお話がありました。今回、塩野義さんが何度も何度も事後解析をしていますが、そうするとby chanceで有意になることはよくあります。p値(統計学的有意差)が0.05ならば、20回に1回は間違った結果になるのは自明の理なので、繰り返し統計解析する時はp値はすごく小さくするとか、事務局が説明した多重性の調整をきちんとやらなければいけないのですが、それをやらずに何度も何度も解析してどこかで有意差が出たから良いんじゃないのと言ってるのが塩野義さんかな、と私は理解しております」さすがにこの発言には驚き、メモを取っていた手を止め、リモート参加していた藤原氏の様子が映し出されたディスプレイを凝視してしまった。周囲を見回すと、数人がやはり目を見開いてディスプレイを見ている。藤原氏は臨床医でありながら、過去には臨床薬理学分野の研究経験もあり、PMDAの前身である国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センターで新薬の承認審査を担当していたこともある。しかし、そのキャリアはほぼ一貫して国立の研究機関・医療機関に身を置いてきた公務員だ。その意味ではある種退屈な「お役所言葉」を駆使してきた立場であるはずの藤原氏が衆人環視の中でここまで製薬企業をディスる(若者言葉で失礼)とは思いもしなかった。このあとエンシトレルビルの治験調整医師であった日本感染症学会理事長の四柳 宏氏(東京大学医科学研究所附属病院長・先端医療研究センター感染症分野教授)、岩田 敏氏(国立がん研究センター中央病院感染症部長)、大石 和徳氏(富山県衛生研究所長)の3人が参考人として意見陳述。いずれも主要評価項目ではない症状消失までの期間が3日間短縮できたデータなどを援用し、現時点で有効性の推定は可能という立場を取った。しかし、この後、前述の島田氏が再び異議を唱えた。参考人3人のうち2人が塩野義製薬との利益相反があり、なおかつ全員がPMDAの審査に対する塩野義製薬の反論に即した主張をしていると批判し、利益相反なしと申告していた大石氏にも利益相反がないかの確認を求めたのだ。大石氏が「利益相反がない」と伝えると、島田氏は「PMDAが審査した結果に対して、3人が3人、塩野義製薬の意見に同調する方を選ぶのはフェアなやり方ではない」と事務方に要請した。事務方からは「感染症の専門家からのご意見としてこちらからお呼び…」と発言しかけるも、島田氏が遮り、「感染症の専門家なんてごまんといるわけです。にもかかわらず3人中2人が塩野義製薬との利益相反がある方を呼ぶのは。もうちょっとフェアな方を呼んでいただかないと議論がかみ合わない」と苦言を呈した。その後は全体の空気がネガティブになり始める。この空気が完全にネガティブに転換したのは、それまで日本医師会常任理事として薬事分科会委員を務めていた松本 吉郎氏が日本医師会の新会長に就任したことに伴う交代で、今回から薬事分科会委員として出席した日本医師会常任理事の神村 裕子氏の発言だった。過去の本連載でも触れたように、エンシトレルビルには催奇形性があることがすでに報じられており、今回の審議で示された審査報告書にはその詳細が記述されている。それによると、ラットでの胎児の骨格変異、ウサギでの胚・胎児死亡、胎児の軸骨格の奇形・変異、外表に奇形所見で短尾と二分脊椎が認められたという。PMDA側の見解では潜在的な催奇形性リスクがあり、ラットとウサギの無毒性量は、ヒトでの血漿中曝露量基準でそれぞれ約3.8倍と約2.4倍で十分な安全域を有しておらず、承認時には、妊婦または妊娠している可能性のある女性は禁忌とすることが適切というものだった。この点を踏まえて神村氏が次のように述べた。「私は女性の医師ですので、女性の患者さんがたくさんいます。この中でたとえば妊娠の可能性のある患者さんに禁忌という場合、妊娠しているかどうかわからないとなると、とても怖くて使えない。また、錠剤が大きくて飲み難いことはありますが、既に同じような作用機序のニルマトレルビル/リトナビル(同:パキロビッド)があるなかで、なぜそちらではダメなのかと考えている。当然ながら私が臨床の外来で、この程度の呼吸器症状の有効性の差が出たと言われても、『とても使いたくはないな』と、申し訳ないですけれども率直にそう感じました。またCYP3A阻害作用が強いということを考えれば、やはり慢性疾患にかかっていらっしゃる高齢の患者さんたちにも使えない。となると、非常に使える幅が狭くなる。第III相試験ではっきりした結果が出るまで、手を出せないと思っています」この率直な意見は新任委員ならではとも言えるのかもしれない。それ以上に実臨床に携わる医師の意見は非常に臨場感のあるものだった。審議の雰囲気はここで一気に最終結論の方向に傾いたように感じた。神村氏が触れたCYP3A阻害作用については、すでにPMDAから冒頭にニルマトレルビル/リトナビル同様に併用禁忌が多くなる見込みと説明された。かつ、PMDAの審査報告書では、仮に緊急承認するとしても「有効性が示されていない状況で、本剤が承認される場合には、SARS-CoV-2による感染症の重症化リスク因子を有する等、治療薬の投与が必要と考えられる患者を対象とし、禁忌等に該当する場合や供給量の関係で入手できない場合等で他の治療薬が使用できない場合に限り本剤を使用することが妥当である」との医薬品第二部会委員の意見が付記されていた。平たく言えば、重症化リスク因子を有し、既存の治療薬が使えない場合のみをエンシトレルビルの適応とすべしというものである。ちなみに今回提出された資料の中で私個人が目を引いたのは、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部が提出した資料の中にあった7月19日現在までに使われた新型コロナ治療薬別の患者数である。それによると、モルヌピラビル(同:ラゲブリオ)が23万5,900例、ソトロビマブ(同:ゼビュディ)が15万例、ニルマトレルビル/リトナビル(同:パキロビッド)が1万4,100例という数字である。治療必要数の比較で最も抗ウイルス効果が高いと言われているニルマトレルビル/リトナビルはもともとの供給量が少ないと言われているものの、2月の承認から5ヵ月間でこの程度しか使われていないのである。この背景には当然併用禁忌の多さもあるだろう。となると同じように併用禁忌が多くなる見込みで、既存薬が使えない場合のみにエンシトレルビルを使うならば、必要となる患者は極めて少数ではないだろうか? しかも、この日、すでにエンシトレルビルの第III相パート結果は11月中に明らかになるという見通しも示された。この点にも委員の質問が相次いだ。最終的に審議時間終了の午後8時直前、ちょっとした動きがあった。厚労省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長の吉田 易範氏が、医薬品第二部会委員で神村氏と同じ日本医師会常任理事である宮川 政昭氏に近づき耳打ちした。その直後、薬事分科会長である和歌山県立医科大学薬学部教授の太田 茂氏が「ほかの委員からどなたかご発言がありますでしょうか? よろしいようでしたら、本日の議論を取りまとめたいと思いますので、少しお時間をいただければ」と言いかけた瞬間、宮川氏が口を開いた。「今までの議論をお聞きして、先ほどPMDAの方からありましたように第III相試験の組み入れが全部終わったということですから、たぶん第III相試験は、大体時期的に言えば11月初旬(ここで事務方から『11月に総括報告書が提出されるということで聞いております』との声)…。はい。ですからそういうところをしっかりと見定めるということ、つまり緊急承認の枠組みというものが、ここである程度否定されたというわけではないものの、そういうものではないということであれば、第III相試験を待ってしっかりとした薬事としての承認体制を組んでいくというようなことも重要と思いますので、そういうことも含め、お考えいただければと思います」ここで件の島田氏が「宮川先生の意見に賛成です」と発言。これを受けて太田氏が委員に継続審議を打診。オンライン参加の委員も含め次から次に「異議なし」「賛成します」「賛成です」という声が相次ぎ、2時間強の長いようで短い議論は終結した。しかし、あの塩野義製薬を思いっきりディスった藤原氏は、今回の審議公開に同意した塩野義製薬に感謝の意を表していたが、これは私も同感である。ここまで透明性が確保できるならば、医薬品に対する一般人の信頼を勝ち取る一助になるのではないかと改めて感じている。参考薬事分科会・医薬品第二部会 合同会議 資料

485.

第117回 なぜその情報が必要か―安倍氏銃撃事件から医療者や報道陣が学ぶべきこと

参議院選挙最中の7月8日、奈良県奈良市の近鉄大和西大寺駅前で選挙応援中だった安倍 晋三元首相が凶弾に倒れた。殺人未遂(後に殺人に切り替え)の現行犯で逮捕された容疑者は、母親が宗教団体に入信し、その寄付が原因で家庭が崩壊。この団体と安倍元首相が親しいと考え、安倍元首相を標的にしたとしている。安倍元首相は現場で応急処置後に救急車とドクターヘリを使って奈良県立医科大学(以下、奈良医大)高度救命救急センターに搬送されたが、同日午後5時3分、死亡が確認された。日本国内では明治期の内閣制採用以降これまで64人の首相経験者がいるが、在任中あるいは退任後に殺害されたのは、安倍氏を含め7人。第二次世界大戦後では安倍氏が初めてである。今回、この件を医療・報道の側面から振り返りたい。まず、事件が発生したのは8日午前11時31分ごろ。奈良県選挙区の自由民主党公認候補の応援演説のため、奈良県入りした安倍氏は近鉄大和西大寺駅前の横断歩道中ごろにあるカードレールで囲まれた安全地帯で午前11時29分ごろから演説を開始。その直後、背後の車道に侵入してきた容疑者が安倍氏の背後約3mの距離から自作銃で発砲し、爆音と白煙が発生。一瞬後方を振り返った安倍氏だったが、容疑者がすぐさま2発目を発射した直後、避難するかのようにうずくまったまま倒れ込んだ。その後のタイムラインは以下のようになる。▽午前11時31分:奈良市消防局に通報▽午前11時32分:救急隊出動▽午前11時36分:消防局がドクターヘリを要請▽午前11時37分:救急隊などが現場に到着▽午前11時54分:現場から安倍元首相を搬送開始▽午後 0時 9分:平城京跡歴史公園で搬送をドクターヘリに引き継ぐ▽午後 0時20分:ドクターヘリが奈良県立医科大学到着安倍元首相が搬送される直前、現場の写真がネット上に公開されているが、そこで写っていた安倍元首相の顔面は蒼白。当時、駆け付けた現場近くのクリニックの医師の証言では、すでに看護師と思われる女性が心臓マッサージ中で自発呼吸はなく、ほぼ心肺停止状態。眼球結膜が真っ白でかなり出血していると考えられ、瞳孔も開きかけていたという。さらに周囲の呼びかけにはすでに反応がなく、痛覚を確認するための爪床刺激にも反応はなかった。この医師は、クリニックにあった自動体外式除細動器(AED)を装着させるも、解析の結果、適応はないと判断されたと語っている。適応がないということはすでに心停止ということになる。そこで心臓マッサージが再開されたという。同時に脳に血流が少しでも行くように医師が下肢挙上を行った。その後は上記のタイムライン通り。死亡確認後に行われた奈良医大による記者会見で、高度救命救急センター長で教授の福島 英賢氏が語った内容を箇条書きにする。救急隊接触時・搬送時にすでに心肺停止状態右頸部に約5cm間隔で2ヵ所の銃創らしきもの、左肩に射出口らしき傷処置中に体内から弾丸は未発見心臓および大血管の損傷による心肺停止と推定心室にも損傷対応は外来処置室で実施処置内容は蘇生的開胸による胸部止血と輸血輸血量は100単位以上一部止血をできたところもあったが、凝固能が失われさまざまなところから出血死因は失血死奈良県警が同日午後10時40分から翌日早朝にかけて約6時間半にわたって行った司法解剖の結果では、銃弾による傷は首と左上腕部の計2カ所。奈良医大の会見で射出口の可能性があると説明されていた左肩は射入口で、右頸部の銃創と思われた2か所のうち、片方については県警の司法解剖では銃創であるかは判別できなかったという。そのうえで死因は「左上腕部射創による左右鎖骨下動脈損傷にもとづく失血死」とされている。前述の奈良医大の会見での質疑については、SNS上で医療関係者を中心に“質問内容が稚拙”と批判も多かった。この印象はほぼ私も同じだが、その一部を改めて振り返り論評を加えたい。まず、記者と福島氏との間では同じようなやり取りが何度か繰り返されている。 記者A 無くなられた時間は5時3分ということですが、家族が到着されていたのは確か5時過ぎだったような気がするのですが、到着されていた時はすでにお亡くなりになられていたということでしょうか?福島氏救急隊接触時からずっと心肺停止状態であられました 記者B 今回、撃たれた現場で即死したという理解でよろしいでしょうか?福島氏撃たれた現場で心肺停止状態になったという表現になるかと思います 記者C 搬送された時点で手遅れという言い方をしてもよろしいでしょうか?福島氏すでにかなり大きな怪我があったことには違いありませんので、一般的にはそういうご理解になるのかもしれませんが、われわれとしては心肺停止状態ということで対応しています 当初の報道では救急隊の現場到着時に意識があったとも伝えられていたが、前述の現場で対応した医師の証言や会見を聞く限りでは、救急隊到着時から心肺停止状態だったことは間違いないようである。意識があったという報道は、おそらく銃撃のまさに直後の周囲の呼びかけに対してだったのだろう。本サイトの読者に対しては釈迦に説法だが、心停止、自発呼吸の停止、瞳孔散大の3点を医師が確認して死亡と判定されるまでは、心肺停止と定義されることが多い。一般人からすると、この状態は「死亡判定を受けていない事実上の死体」と捉えられがちで、海外の一部ではこの状態では報道上死亡扱いをすることも少なくない。その点で実は日本の報道のほうがきわめて厳格な扱いをしている。にもかかわらず、会見で上記のようなちぐはぐな応答が散見されたのは、おそらく記者の配置上の問題だろう。この「死亡」と「心肺停止」の定義について最も敏感と思われるのが、事件、事故、災害時を担当する社会部の警察担当記者、あるいは科学部記者。しかし、今回の事件の重大さを考えれば警察担当記者はおそらく奈良県警察本部に詰めていただろうし、事件時に科学部記者が出動することは少ない。つまり奈良医大の会見では、そのどちらでもない記者が大勢を占めていただろうと推定される。それゆえのちぐはぐさが上記のやり取りには表れていると思う。なお、SNS上では奈良医大に到着した昭恵夫人の様子を聞き出そうとしたかのような質問をした記者と、そのことには触れなかった福島氏のやり取りについて記者を批判しているケースが少なくない。私個人としてはどちらの立場も正しいと敢えて言及しておきたい。記者は聞けることは、真空ポンプで空気を吸い取るがごとくすべて聞くのが鉄則。初めから「どうせ答えてもらえないだろうから」と尻込みする記者は記者とは言えない。一方で患者を治療した際の医学的側面のみを語り、みだりにプライバシーや推定を語らない福島氏の立場も医療従事者として当然かつ正しい在り方である。メディア全般に不信感を持つ人にとってはこの評価は「身内びいき」と思われるかもしれないが、取材とは例えは悪いが「狐と狸の化かし合い」が常である。そのうえでこのやり取りの記者側の意図を私なりに推測すると、単純にどれだけ搬送時の安倍氏の状態がどれだけ深刻なものだったかを知りたかったということだろう。たぶん私が会見場にいたら、回答が得られたかどうかは別にして搬送時の推定失血量を聞いただろう。銃創の場合、発生から10分以内に開胸が行える医療機関への搬送ができるか否かが救命のカギを握る。また、循環血液量の30%以上の出血があれば生命の危機となる。以前官邸ホームページで公開されていた安倍氏の身長は175cm、体重は70kgだったことから、おおよその循環血液量は体重の約13分の1である5.8L。約1.7Lの出血で致命的だ。会見時に福島氏が説明した輸血量100単位以上について、記者から100単位以上とは何mLか問われ、福島氏は現時点でわからないと回答をしている。これはたぶん輸血したのが赤血球濃厚液(1単位140mL)、濃厚血小板液(10単位約200mL)、新鮮凍結血漿液(1単位約120mL)が入り混じって使われたからだろうと推察される。100単位を単純計算すれば、赤血球濃厚液換算で14L、濃厚血小板換算で2L、新鮮凍結血漿液で12Lとなる。治療時間5時間ということを加味しても搬送時点ですでに生命の危機の失血量だったことはほぼ確実と言って良いだろう。ちなみに事件発生当初、搬送時に意識があったと誤報(あくまで結果論だが)されたこともあり、私個人はなぜ奈良医大に搬送したのだろうと考えていた。もちろん奈良県内で重篤な患者を受け入れる三次救命救急施設3ヵ所のうち、ドクターヘリも有している奈良県立医科大学附属病院高度救命救急センターが最高位にあることから考えれば、常道ではある。ただ、繰り返しになるが銃創は発生から10分以内に開胸が行える医療機関への搬送が救命の鉄則。そうした中で同県内の三次救命救急施設3ヵ所のうち奈良県立病院機構奈良県総合医療センター救急・集中治療センターが現場から車で15分ほどだったことから、当初は私は上記のように思った。しかしながら、前述の奈良医大の会見を聞けば、極端な言い方をすれば事件現場で開胸して止血・輸血でも行わなければ、救命の可能性を見いだすことは難しかっただろうと考えた。また、輸血量からしても奈良医大のほうがそのストックが多かったと考えられるので、その点からも最終的には合点がいった。また、奈良医大の会見で、ある記者が心臓への損傷が疑われる際のAED使用や心臓マッサージを行うことの是非について尋ね、福島氏が一般論として正しい処置だと答えた件について、SNS上では記者に向けてやや批判めいた言説が目立つ。これは福島氏の答え次第では現場で処置した人が非難されかねないことを危惧した言説だろう。ただ、一般人ならば心臓に損傷の可能性がある時に本当にこうした処置をしていいものか悩むのはある意味当然である。というか、一般人はそうした知識がほとんどない。そうしたことを加味すれば、このやり取りは一般人に応急措置に対する知識を普及する上では有用なものだったと個人的には考えている。一方、今回の事件に関して私が1つだけ完全にNGと思った報道人の言動がある。安倍元首相に関する著作もある元民放記者が安倍氏の死亡時刻の1時間半ほど前に「安倍さんがお亡くなりになった」とのタイトルでSNSに投稿を行ったことだ。当然ながらこの投稿は批判されたが、元記者は正式な死亡発表後に「(投稿した時点で)家族にもすでに情報が伝わっていた」と強弁。しかし、最終的には提供された情報が誤っていた(その時点で家族は知らされていなかった)として謝罪している。そもそも人一人の死を外部にどのように伝えるかは例え公人でもあっても相当な慎重さが必要である。まして元民放記者の投稿時点で安倍元首相の妻である昭恵夫人は奈良に向けて移動中で、報道でも移動状況が逐次報じられていた。元民放記者はSNS投稿時点ですでに昭恵夫人が奈良に到着済みと聞いていたとの弁解を後に投稿していたが、リアルタイムの報道で得られる情報すら確認できていなかったのはお粗末としか言いようがない。元民放記者本人が弁解として書いていた「『確認された情報は出来るだけ早く報道する』というジャーナリズムの基本に立ち返って」という点は完全には否定しないが、たとえ家族の死亡確認後であってもそれをいつ報じるかの判断は各方面への影響を考えると容易ではない。一例を挙げると、公人の死去の報道は株式市場に影響を与えることもある。報道というのはそうしたことなども多角的に踏まえて行う仕事であり、いかように元民放記者が弁解しようが今回の行動は唾棄に値する。すでに一部の人はSNS上で見聞きしているかもしれないが、安倍氏の容体については当日の午後2~3時に「蘇生はほぼ不可能」という情報が永田町界隈に駆け回っていたことを一部の記者が死亡の公表後に明らかにしている。これは確かに事実で、筆者も耳にしている。しかしながら、例え家族による死亡確認後であってもそれを公にすることは、報道人としての確実な事実確認に加え、社会的にも心理的にも、いくつものハードルを超えなければならない。そのためこの元記者のような言動には私個人は驚きを隠せないのが本音ではある。

486.

医師の生活を破壊するインフレ!「あの方法」で乗り越えよう【医師のためのお金の話】第58回

ついにインフレが到来しました。バブル崩壊後30年もの長きにわたって続いたデフレがいよいよ終わろうとしています。持続的に物価が上昇するインフレの世界では、「これまでの常識」がまったく通用しません。数年単位の欧米への留学経験のある医師以外は、リアルなインフレ経験のある人はほとんどいないのではないでしょうか。私も含めて、ほとんどの日本人はデフレの世界が永遠に続くと思っていたはずです…。インフレになっても収入が増えれば問題ありません。ところが医師の収入は医療財政で規定されています。つまりインフレに連動して収入が増えるわけではないのです。収入が増えないのに支出が増える…。このピンチを乗り切るための対策を考えてみましょう。インフレの持つすべてを轢き潰す破壊力インフレの世界では、あらゆるモノが値上がりしていきます。しかも今年だけ2%上昇して終わりというわけではありません。来年も2%、再来年も2%というように物価が持続的に上昇します。投資の世界では「複利」が重要視されています。毎年の利子が少しずつ増加して雪だるま式に資産が増えていく複利効果は、長期投資が推奨される理由の1つです。物理学者のアインシュタインが「複利は人類最大の発明」と呼んだことでも有名ですね。毎年2%の利子が続くと雪だるま式に資産が増えていきますが、インフレではこれと逆の状況が発生します。つまり、年率2%のインフレが持続すると「雪だるま式に」物価が上昇していくのです。米国の物価は、私たち日本人の感覚からすると驚くほど高いです。2022年度版のビックマック指数(ビッグマック1個の価格を比較して各国の経済力を測るための指数)は、米国5.81ドルに対して、日本3.38ドルでした。3月以降の急激な円安進行のために、足元では差はさらに開いています。おおむね2倍程度と思ってよいでしょう。1990年のバブル経済絶頂期では日本の物価の方が高かったのです。その後30年の間、米国では毎年2~3%のインフレが続きました。一方、日本はデフレ経済が続いていたため、平均すると物価上昇率は0%台でした。わずかなインフレ率の差で、30年後の物価は2倍近くも開きました。2~3%のインフレでさえ、これほどの影響力があります。現在欧米で進行中の10%近いインフレが、いかに深刻な問題かがわかりますね。医師がインフレに弱い理由医師の収入は医療財政から捻出されています。しかし周知のように日本の財政は火の車。インフレに連動して診療報酬がアップするとは考え難いですね。つまり、医師の収入は増えないのにモノの価格だけ上昇する、という悪夢のような状況が現実化するのです。医師はバブル経済崩壊後で唯一の勝ち組でした。なぜ医師は勝ち組になれたのでしょうか。その理由は医師の収入が“減少しなかった”からです。決して収入が大幅に増加したからではないのがポイントです。大して収入が増加したわけではないのに医師が勝ち組と目されるのは、その他の職種の収入が減少したからです。さらにデフレが続いたために、医師の実質的購買力は増加しました。まさに医師にとってはわが世の春だったのです。ところが、デフレからインフレに転換するとすべてが逆回転し始めます。収入は増加しないのに物価は上昇する。しかも他の職種の場合、収入は上昇する余地があります。彼らの多くは国家財政に収入が規定されているわけではないからです。マーケットの海賊、インフレに打ち克つ方法インフレは投資の世界にも大きな影響を及ぼします。比較的インフレに強いと思われている投資の世界でさえ、インフレによって手痛いダメージを受けてしまいます。インフレは“マーケットの海賊”といわれるほどです。米国の研究では、株式投資の収益率は10%、債券投資の収益率は5%程度といわれています。ところがインフレが年率3%の場合、株式投資の収益率は7%、債券投資にいたっては2%にまで低下してしまいます。収入が減って購買力が低下した分を投資で補おうとしても意味がないのでしょうか? 私はそうではないと思います。確かにインフレは投資成果にも悪影響を及ぼしますが、それでもプラスを維持していることに注目すべきです。インフレ率が2%の状況では、何も対策を打たなければマイナス2%です。一方、米国のケースでは株式投資なら7%、債券投資でも2%と、立派にインフレに対抗できています。もちろん、日本株や日本国債ではもう少し収益率は低い可能性が高くはなります。とくに債券投資はマイナス圏に沈んでいる可能性も否定できません。しかし、株式投資であれば、インフレに対抗できる可能性が高いでしょう。そして、株式投資が一般的になっているのは喜ばしいことです。私たちの生活を破壊するインフレに対抗するには、何らかのアクションを起こさなければいけません。株式投資はその候補の筆頭といえるでしょう。今からでも遅くありません。しっかり勉強してインフレの世界に備えましょう。

487.

英語で「1日の排尿回数」は?【1分★医療英語】第36回

第36回 英語で「1日の排尿回数」は?I think my child does not have an appetite recently.(最近、うちの子の食欲があまりないような気がします)I see. Do you remember how many times a day she had a wet diaper yesterday?(なるほど、昨日は1日に何回くらいおしっこをしたか覚えていますか?)《例文》患者She had only four wet diapers today. Is it normal?(私の娘は今日4回しかおしっこをしていません。これって普通ですか?)医師Yes, it is totally normal for her age!(娘さんの年齢でしたら、まったく問題ないですよ!)《解説》今回は小児特有の英語表現をお伝えします。日本語に直訳しづらいのですが、“a wet diaper”で「オムツをしているお子さんのおしっこ」を示します。“two wet diapers”は「2回おしっこをした」(直訳では「オムツが2回濡れた」)というように、排尿回数を表すことができます。生後から3歳前後まではオムツをしている子が多いかと思いますが、赤ちゃんや幼児が陥りやすい脱水症状の指標として“wet diaper”の回数を聞くことは医療者にとって必須です。上記の表現のように“How many times a day does your baby have a wet diaper?”と聞く以外にも、“How many wet diapers does your baby have every day?”という表現も使われ、同様の意味となります。いずれも聞きたいのは「オムツをしている赤ちゃんの排尿回数」です。オムツを卒業した子どもの場合は、“pee”を用いて“How many times did you pee yesterday?”(昨日何回おしっこをしましたか?)と聞きます。さらに大きくなった青少年期や大人に対してはいろいろな表現がありますが、“go to the bathroom”を用いて、“How many times a day do you go to the bathroom?” で「1日に何回排尿しますか?」と聞くことが多い印象です。「排尿する」には“urinate”という単語がありますが、子どもの患者さんや家族に対して使うとかなり仰々しい印象になるので、医療者同士の会話以外ではあまり使われません。小児領域では医療者同士の会話でも“wet diaper”や“pee”を使う人が多いです。上記の表現をマスターし、子どもの患者さんが来た際にはぜひ使ってみてください。講師紹介

488.

第116回 読者の声に応えてタブーに迫る!諸派のコロナ対策、その言い分を比較

「日本第一党」「こどもの党」「平和党」「天命党」「幸福実現党」「スマイル党」「核融合党」「沖縄の米軍基地を東京に引き取る党」「共和党」「ファーストの会」「日本改革党」「維新政党・新風」「参政党」「メタバース党」「自由共和党」「新党くにもり」以上は現在最も候補者が多いとされる参議院議員選挙の東京選挙区で、国政議席を持たない政党の立候補者が所属する「政党」である。ちなみに上記以外に『議席減らします党』『動物愛護党』『バレエ大好き党』『炭を全国で作る党』の標榜もあるが、これらの候補者はすべてNHK党公認である。ちなみに数行前で政党にカギカッコ(「」)をつけたのは、前回、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)対策で取り上げた政党は国政に議席を持ち政治資金規正法に基づく政党の定義を満たしているものがほとんどだが、上記の政党はそうではないからである。前回までに取り上げなかった政党、その理由さて前回の本連載後、「ほかの政党は取り上げないの?」という読者のお声を何件か頂戴した。実は国政に議席のない政党の政策も取り上げようと思ったことは何度かあるが、それをしなかった理由はいくつかある。まず、報道で「諸派」と表記されるこうした政党は、時にシングルイシューの政策であることが多く、医療にスポットを当てても取り上げようがないのが第1の理由である。そして第2の理由が私としては一番大きいのだが、これらの政党をすべて取り上げると、原稿の文字数が1万字超になる。これはインターネット上の記事、とくに一般向けではかなり「禁じ手」だ。おおむね一般の読者が読むに堪える文字数が3,000字程度だからである。それでなくとも私の記事は長めである。とくに一般向けに医療情報を発信しようとすると、丁寧な説明が必要になり、必然的に文字数が多くなる。たとえば、この連載ならば「ワクチンの発症予防効果は…」とスラっと書いても読者が誤読することはまずない。しかし、一般向けでは「ワクチンには感染予防効果と発症予防効果と重症化予防効果があり、感染予防効果とは…」と書かないと、高確率で「誤読」される。というか、極論を言えば、そこまで書いてもほぼ誤読される。こうした長い原稿を書くためか、最近では私がよく執筆する一般向けの情報サイトの編集者からは「とにかく短めに」と本音のお叱りを押し殺した哀願が多い。ちなみに私が丁寧に書こうとした結果、どれだけ記事が長くなるかは講談社が運営する情報サイト「現代ビジネス」の私の記事の一覧を見ていただけるとわかると思う。実際には1本の記事として書いたものの、その多くが編集者の苦心により2本以上に分けられている。その点、当サイトの担当編集者は何も嫌味を言わないので私にとってはありがたい存在である。というか、すでにこの時点で1,100文字を超えている(笑)。第3の理由は当サイトでは政治ネタはあまり読まれない傾向があるからであり、第4の理由には、私はどうしても職業病で与野党問わず酷評してしまうため、懲りずに読んでいただいている読者の一部を不快にさせてしまう可能性があるのだ。こうした数々の「タブー」を敢えて無視して今回はチャレンジしてみようと思う。そう思うのは、私も年齢を重ね、候補者を見る目が変わってきたせいもある。その変化の具体例として私は「泡沫候補」という言葉は使わない。すべての被選挙権を持つ国民は、立候補の権利があり、それに基づき政治主張をする自由がある、そして石をぶつけられかねない立候補者としてわが身を晒せる勇気を持てる人はそう多くはない、という当たり前の事実を人生の折り返し地点を超えて再確認したからである。これには選挙取材歴では日本一といっても良い友人のフリーライター・畠山 理仁(みちよし)氏の影響がある。彼の著書、「黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い」(集英社刊、第15回 開高健ノンフィクション賞受賞作)、「コロナ時代の選挙漫遊記」(集英社刊)は必読の名著といってよい。コロナ対策を掲げる7党の言い分今回、東京選挙区を取り上げたのは、やはり多種多様な候補がいるからである。宮城県出身である私が東京に出てきた頃、一番驚いたのは選挙時の候補者の多さである。若かりし頃は東京での選挙を「大ビックリ人間コンテスト」とすら呼んでいた。今は候補者に敬意を払い、「日本最大の政策博覧会」と言うようにしている。さて、そろそろ本題に移ろう。念のため言っておくと、冒頭の順番は東京都の選挙公報の掲載順となっている。まず、この中で政党のホームページ、選挙公報、政党作成のチラシ、配信動画などで新型コロナ対策を掲げているのは16党のうち7党である。これらを紹介しながら、かいつまんで批評を加えたいと思う。まず、天命党(代表:小畑 治彦氏)である。元東大阪市議の小畑氏が立ち上げた政党でヴィーガン食の良さを訴えることが政策主眼のようである。宗教チックに思われる名称のためか、小畑氏は「天命党は宗教政党ではない」と断言している。同党はInstagramを選挙活動に多用しており、そこから浮かぶ新型コロナ政策とは以下のようなものだ。新型コロンワクチンの接種は必要なしPCR検査は信頼性に疑問があるマスク着用は不要もちろんワクチン、検査、マスクはいずれも限界があるが、一定のリスク低減効果があることも科学的に提示されている。これ以上は言うまでもないだろう。次は幸福実現党(党首:釈 量子氏)である。ご存じのように同党は宗教団体「幸福の科学」(総裁:大川 隆法氏)の政治部門である。掲げている新型コロナ関連政策を要約すると以下の通りだ。コロナ発生源、中国の責任を追及コロナ起源の調査を行わず、発生源をうやむやにするWHOの責任を追及中国を利する「ワクチン外交」を自由主義国と共に阻止宗教心でコロナ禍を乗り越える自由の制限を伴う緊急事態宣言やまん延防止措置の発出は行わない政府の権限肥大化を防ぐため、コロナ禍を契機とした憲法の「緊急事態条項」新設に反対ワクチンのメリット、デメリットを提示したうえで接種は自由意思を最大限尊重事実上の強制接種につながる無料ワクチン接種を原則有料化感染症法の分類を5類相当とし医療機関へのアクセスを改善国産の新型コロナ治療薬の開発推進生物兵器や化学兵器に対抗する自衛隊部隊の強化ややわかりにくい政策のように思うかもしれないが、同党は「新型コロナは中国が開発した生物兵器」というスタンスをとっている。これが冒頭の3件と最後の1件の政策の根拠でもある。ちなみに生物兵器論に関しては、中国が中東呼吸器症候群(MERS)ウイルスや重症急性呼吸器症候群(SARS)ウイルスを利用した生物兵器開発中に流出したウイルスが原因との説が一部で流布されたが、遺伝子配列の解析やウイルスがMERSやSARSよりも弱毒化していること(生物兵器として利用するなら強毒化させるのが当然という考えに基づく)などから否定的な見解が多い。私個人もその立場である。もっとも今後の対策を考えた場合、自然宿主などの原因に迫らねばならない。これまで世界保健機関(WHO)が中国で行うことができた調査は非常に制限の多いものであったことは知られている。その意味で中国でのより厳密な調査が必要ということでは同党のスタンスにも一定の理解はできる。ワクチン政策に関しては、個人の自由意思尊重に異論はないが、ワクチンによる感染拡大リスク極小化のための最大のネックは費用も含めたアクセスの問題であり、有料化するのは非現実的と考える。新型コロナの5類相当扱いについては過去にも触れているが、医療機関や高齢者施設でのクラスターが発生しやすいこのウイルスの特性を考えれば、最低限の条件として感染者の重症化リスクにかかわらず使用できる経口薬が上市されることである。その観点からすると、現状ですべての医療機関に新型コロナの診療を行えというのはやや酷であると感じる。国産治療薬については本連載で再三見解を述べているが、どの政治家も安易に考え過ぎである。それを実現したければ、赤字国債を今後20年ほど毎年数兆円発行して製薬企業の開発支援として提供するくらいの覚悟が必要である。核融合党(代表:桑島 康文氏)は今回取り上げる中では唯一、代表の桑島氏が医師である。選挙公報に記載の政策を列挙する。新型コロナの感染症法での5類相当引き下げ逆転写でDNAに取り込まれるmRNAワクチンの承認取り消し、廃止自粛、鎖国の廃止国産の複数株混合不活性化ワクチンの導入2番目の「逆転写でDNAに取り込まれる」は科学的にほぼゼロと言って良い、つまりはほぼ間違いと言って良いことはここの読者ならご存じのはず。ちなみに私個人は一般人の知人から時々この不安について尋ねられることがある。これを正確に細かく説明すると時間がかかるので、いつもはやや不正確ながら「マグロの刺身を食べて10年後にヒトからマグロになってしまった人が周りにいる?それがないのと同じこと」と話すようにしている。最後の不活性化ワクチンについては、選択肢を広げる意味ではありと思っているが、既存のワクチンほどの効果が得られるかという点は中国のシノバック社ワクチンのデータなどから疑問視している。共和党(棟梁:鳩山 友紀夫氏)は、政界では「宇宙人」とも評された旧民主党党首で元首相でもある鳩山 友紀夫氏(2013年に「由紀夫」から「友紀夫」に改名)が政界復帰をして立ち上げた政党である。党の政策をホームページで見てみると新型コロナに関しては以下の記載がある。「新型コロナウイルスは日本社会にすさまじいインパクトを与えた。この影響は新型コロナウイルスが終息しても終わりではない。グローバリズムの進展、地球温暖化や気候変動、モンスター台風などの自然災害、インターネットや遺伝子組み換えなどの現代技術の暴走の可能性など、巨大リスクへの本格的な大規模対策をおこなう」うーん、少なくとも何をやるのかは具体性に欠ける。失礼ながら鳩山氏は相変わらず「宇宙人」のままのようである。次にファーストの会(代表:荒木 千春氏)は、これまた有名な東京都知事・小池 百合子氏が創設した地域政党・都民ファーストの国政版である。代表の荒木氏は小池都知事の元秘書で、今回の出馬直前まで中野区選出の東京都議会議員だった。さて、その政策である。公衆衛生上の危機に対する司令塔機能の強化ワクチン追加接種促進検査、医療、宿泊療養体制の強化、自宅療養への支援子どもの往診体制の強化後遺症分析、サポート体制強化公的医療機関の機動的対応力の強化医療人材の偏在是正、育成の強化民間医療機関の公的役割を踏まえた連携体制の検証、協力確保策の強化危機時の検査キット、ワクチン、抗体薬、治療薬等の医療物資の開発、確保、承認、流通の迅速化国産ワクチン、治療薬の開発支援診療報酬引き上げ等によるオンライン診療の拡大DXによる保健所等の効率化東京、地域の実情に合わない国のコロナ対策の是正ざっと見渡す限り、前回紹介した国政政党の政策を重複なく寄せ集めた感があり、ほとんど目新しさはない。最後の政策に関しては、より細かく▽ワクチンの不合理な配分、緊急事態宣言のタイミング、特措法等の改正の遅れ、危機時の水際対策強化など地域の実情に応じた対応を促す▽国から自治体への権限・財源・人材の分権推進、近隣道府県など広域連携の推進、保健所など二重三重行政の解消、と記述があり、この辺が地域政党を出自とする同党らしさと言えなくもない。もっとも自治体と国との関係での改善点はもっと平易で詳しく記述すれば、もしかしたら説得力を増すのではないかと老婆心ながら思う。最近、とみにメディアへの露出が目立つのが参政党(共同代表:松田 学氏、赤尾 由美氏、吉野 敏明氏)。共同代表のうち吉野氏は歯科医師である。同党のホームページ上にある新型コロナ政策は以下の2点だ。感染症対策を軸とした危機管理体制と高度医療資源の機能的な再配分正しい感染症の知識を普及して「コロナ脳」から脱却、国民の行動制限やワクチンに頼らず、日常生活を早く正常化し、免疫力の強化と機動的な医療システム構築でコロナ禍を克服、自由と健康の両立を実現感染症対策での危機管理体制強化の必要性は論を待たないが、それを「軸」として高度医療資源配分も行うとなると、やや偏り過ぎではないだろうか。国内の死因のトップはがんであり、これに心臓疾患などが続くことを考えれば、高度医療資源配分ではこうした疾患のほうがむしろ「軸」としてはふさわしい。また、2番目の免疫力強化も健康食品のキャッチコピー感がある。免疫力を上げるというのは市中では良く使われるが、免疫の働きは未解明な点も多く「科学的にこうだ!」と言える部分はわずかである。その意味で政党としてこの文言を政策文に入れることにはかなりの違和感がある。さらに「国民の行動制限やワクチンに頼らず」との記述は、ワクチンに一定の役割を認めているかのようにも読めるが、同党候補者にはワクチンそのものに科学的に疑問符がつくような根拠で否定的な発言をする人が散見される。自由共和党(代表:青山 雅幸氏)は元立憲民主党の衆議院議員だった青山氏が創設した新党である。掲げる政策は以下の通りだ。5~11歳へのワクチン接種阻止、20歳以下のワクチン接種中止濃厚接触者や無症状者の隔離、アクリル板設置、常時マスク、幼稚園児へのマスク着用、まん延防止等重点措置/緊急事態宣言のすべてを撤廃PCR検査のCt値の適正化新型コロナの感染症法5類相当への引き下げワクチン接種で副反応を訴える人の救済憲法の「緊急事態条項」新設に反対一覧すればわかるが、既存の新型コロナ対策の多くに否定的である。青山氏の場合、Twitter上などでも以前からワクチンに対する不信感をあらわにしており、それが同党の政策にも直結しているようである。若年者では新型コロナが重症化しにくく、その一方で既存のワクチンに比べて新型コロナワクチンでは接種に伴う自覚症状のある副反応が少なくないため、若年者でのワクチン接種に否定的な意見が少なくないことは私自身も承知している。若年者の場合、本人のためというよりは周囲のためという側面が強くなることも否定はしないし、また現在の感染の主流であるオミクロン株では現行ワクチンの効果が減弱し、ブレイクスルー感染も少なくないのもまた事実である。もっともそれを言ってしまえば、現行の予防接種法に基づき定期接種に組み入れられている一部のワクチン、具体的には患者報告数の少ない日本脳炎なども接種の必要性はなしとなってしまう。私個人は感染症では個人に加え、地域・社会全体でのリスク低減を目指すという視点は必要であると考えており、自由共和党の考えには必ずしも賛同できない。また、青山氏は新型コロナワクチン接種後の長期的副反応を訴える人に配慮すべきという主張もTwitter上でよくつぶやいている。この点について言えば、総論では理解できるが、こうした主張の多くは、接種者本人のみの主張に過度に依存しており、科学的にはより厳密に考える必要がある。その意味で接種者の長期フォローアップは必要であるとは考えるが、現時点で海外の事例を見ても、一部の年齢層であってもワクチン接種を中止する必要がある兆候は見当たらない。以上が各政党の提示する政策に対する私見である。なお、政党としての主張にはないが、報道各社が候補者本人にアンケートを行っているのはよく知られている。NHKの参院選特設サイトでその結果を見ると、ここで登場しなかった候補者の考えもうかがえる。以下では冒頭で名前を取り上げた政党に限定して候補者の回答を紹介する。同サイトのQ3「新型コロナウイルス対策で、今、政府がより重点をおくべきは『感染拡大の防止』と『経済活動の回復』のどちらだと考えますか」では、今回取り上げた政党の候補者のうち「どちらかと言えば感染拡大防止」あるいは「感染拡大の防止」と回答したのが維新政党・新風(代表:魚谷 哲央氏)の候補者のみ。Q4「新型コロナウイルスは、入院の勧告や外出自粛の要請など強い措置がとれる感染症に指定されています。この扱いを維持すべきだと考えますか。季節性のインフルエンザと同じ扱いに変えるべきだと考えますか」では、「維持すべき」が平和党(代表:内藤 久遠氏)、「回答しない」がメタバース党(代表:後藤 輝樹氏)のみ。さてどうだったろう? もちろん、内容によっては読者が嫌悪感を覚える政策もあったと思う。しかし、実はこうした諸派と言われる政党のホームページで政策をつぶさに眺めると、他領域などでは「へーーー」と感心するものもなくはない。お時間のある方は目を通してみて欲しい。

489.

第116回 地域医療のパイオニアが院長だったクリニックでモルヒネ過剰投与、経緯や原因明らかにせず

DX以前の日本の光景に口があんぐりこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。暑いですね。節電要請に加え、KDDIの通信障害もあって、この土日は各方面、いろいろな意味でバタバタしていたようです。猛暑で熱中症患者が急増する中、コロナ患者も再び漸増傾向です。通信障害によってauの携帯電話が使用できないことで、救急医療や在宅医療などの現場にも少なからぬ影響が出たようです。自治体の中には消防車が「緊急時は自宅の固定電話や公衆電話、au以外の携帯電話から通報してください」と拡声器で呼びかけて回っていたところもありました。電力不足といい、電話がつながらない状態といい、DX以前の日本の光景に口があんぐりと開いてしまった週末でした。さて、今回は東京・国分寺市で起きたモルヒネ過剰投与事件を取り上げます。昔からよくある古典的な医療過誤ですが、古典的だけにいろいろ考えさせられることが多い事件です。40代女性医師と60代女性薬剤師を業務上過失致死疑いで書類送検必要量の100倍のモルヒネを高齢患者に処方して死亡させたなどとして、警視庁が東京都国分寺市の医療法人実幸会・武蔵国分寺公園クリニックの40代女性医師と、近隣の調剤薬局の60代女性薬剤師の2人を業務上過失致死の疑いで東京地検立川支部に書類送検していたことわかり、6月29日、各紙が一斉に報じました。送検は23日付で、2人は容疑を認めているとのことです。各紙報道等によると、昨年2月1日、都内の男性(93)が息苦しさを訴えてクリニックを受診。処方されたモルヒネ含有の内服薬を服用したところ、1週間後の2月8日にモルヒネ中毒で死亡したとのことです。警視庁の調べで、医師が電子カルテの入力を誤って必要量の100倍のモルヒネを処方した疑いが判明。一方、処方箋を受け取った薬剤師は処方内容をよく確認せずに薬を調剤した疑いがあるとのことです。医薬分業のセーフティーネット機能せず報道を読む限り、よくある処方箋に関する医療過誤です。ただ、医薬分業においては、重大な医療事故に至る前に、セーフティーネットが何重にも張り巡らされているはずです。今回はそれらがまったく機能していなかったようで、その意味でもとても深刻な事件と言えるでしょう。処方箋の記入ミスや電子カルテの入力間違いは誰にでも起こり得ます。仮に電子カルテに100倍のモルヒネという異常値が入力された場合、アラートが出るようなシステムではなかったのでしょうか?一方、処方箋を受け取った薬局の薬剤師は処方箋の監査を行っていなかったのでしょうか。医薬分業が進められてきた最大の理由は、薬局の薬剤師による処方監査や疑義照会によって、薬物投与に関する医療過誤を防ぐためであったはずです。今どき「100倍量のモルヒネ」に気づかない薬剤師が普通に地域で働いていること自体が驚きです。この事件が報道される直前の6月26日、日本薬剤師会は役員改選を行い、山本 信夫会長の5選が決まっています。日本医師会会長が1期で代わったことを考えると相当な長期政権と言えます。山本会長は5期目の課題として「国民に薬局・薬剤師の存在を見えるようにすること」語ったそうですが、昔から同じようなことを言ってきている印象です。そんな抽象的なことよりも、最低限、処方監査や疑義照会がきちんとできる薬剤師を地域にきちんと配してほしいものです。ちなみに、日本医療機能評価機構が今年4月13日に公表した、薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業の「共有すべき事例」1)でも、処方医が小児患者に10倍量のリスパダールを過量投与する処方箋を出し、薬局薬剤師が気づかなかった事例が紹介されています。今回のモルヒネ過剰投与の件も含め、薬剤師の処方監査忘れは、全国各地で起こっているであろうことが、こうした事例からも伺い知ることができます。僻地医療、地域医療で著名な前院長モルヒネ過剰投与事件に関して、もう1点驚いたことがあります。事件を起こした武蔵国分寺公園クリニックが、僻地医療、地域医療で有名な名郷 直樹氏が院長を務めていたクリニックだということです。名郷氏は、自治医大卒。作手村国保診療所所長、自治医大地域医療学助手、社団法人地域医療振興協会・地域医療研究所地域医療研修センター長などを経て、2011年に武蔵国分寺公園クリニックの院長となり、昨年末まで院長を務めていました。この間、地域医療、家庭医療、EBMのパイオニアとして多くの大学医学部、大学薬学部で非常勤講師などを務め、後進の指導にあたってきました。著書も多数あります。武蔵国分寺公園クリニック自体も、日本プライマリ・ケア連合学会認定のプログラムに従って、家庭医療専門医(家庭医)を目指す医師を対象とする研修プログラムを運営。また、東京都立多摩総合医療センターの協力型臨床研修施設として、初期臨床研修医の受け入れも行っています。事故の原因や詳細は不明なままそんな地域医療のお手本と言えるようなクリニックですが、この事件に関してはマスコミの取材に一切応えていません。ホームページには6月29日付で「報道の件について」として、「本件はご遺族とはすでに示談が成立しています。事故の詳細については 一般社団法人日本医療安全調査機構に詳細な報告書を提出しています。また、警察には当院より届出を行い、できる限りの情報を開示し、捜査に協力してきました。当院としては医師・薬剤師個人に責任があるとは考えておらず、すべての責任は当院自体にあると考えています。(中略)。事故後には医療安全管理委員会を定期開催し、事故の再発防止に努めており、今後二度とこのような事故を起こすことのないよう努めてまいります」という文章が掲載されたのみです。7月2日にも追加で「報道に関するお知らせ」が掲載されましたが、「二度とこのような事故を起こすことのないよう、今後も対策徹底に努めてまいります。(中略)。今回の報道にある調剤薬局は、国分寺市内を含む近隣の調剤薬局ではない事をお知らせ致します」と事故の詳細には触れていません。事故の経緯や原因といったエビデンスを明らかにすべきでは名郷氏は現在、管理者(院長)ではなく名誉院長ですが、昨年、院長時代に勤務していた医師が起こした医療過誤です。「示談は成立している」「日本医療安全調査機構に報告書を提出した」「警察には情報を開示し、捜査に協力している」だけではなく、なぜ事故が起こったのか、薬局との連携はどうなっていたのか、その後、同様の事故が起きないようにどんな対策を取っているのかを、概要だけでも世間に報告すべきではないでしょうか。地域住民も本当にこのクリニックにかかり続けてよいのか、判断に困ると思います。こうした医療事故が起こると、日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)に報告済みであることをもって、十分な対応をしていると考える医療機関(とくに民間医療機関)は多いですが、税金(診療報酬)が投入された地域の社会インフラであることを考えると、医療事故がなぜ起きたか、防止対策をどうとっているかについて、住民への情報開示は不可欠だと思います。日本の地域医療、家庭医療を牽引し、EBMの定着にも尽力してきた人だけに、院長時代に自院で起こした事故の経緯や原因といった“エビデンス”を明らかにしないのはとても残念に感じます。参考1)薬局ヒヤリ・ハット事例収集・分析事業「共有すべき事例」/日本医療機能評価機構

490.

英語で「方針を確認しましょう」は?【1分★医療英語】第35回

第35回 英語で「方針を確認しましょう」は?I feel like I missed something critical during the morning round.(朝の回診中に大事なことを聞き逃した気がします)OK, then let’s run the list.(分かりました、それでは全患者の方針を確認しましょう)《例文1》Let’s run the list to make sure that we are on the same page.(方針が一致しているか確認するために、各患者のやるべきことを順番に見ていきましょう)《例文2》Guys, we’ll meet at 3pm and run the list for any problems.(みんな、午後3時に集まって、問題がないか患者リストを確認しよう)《解説》今回紹介するのは“run the list”という、医療の世界での独特の表現です。 知っていれば決して難しくはない表現ですが、知らないと何を言っているのかさっぱり…、かもしれません。ここでいう“the list”とは「全患者のリスト」のことです。たとえば、あなたのその日の受け持ち患者が10人いるとしたら、その10人が掲載されたリストです。“run”は、皆さまご存じの「走る」を意味する動詞ですが、ここでは「リストを確認していく」といった意味になります。イメージとしては、「日々の入院診療の中、忙しい時間の合間に患者リストを上から順番に走り抜けていく」ような感じです。指導医が研修医に対し、あるいは後期研修医が自分の下に付いている初期研修医に対して“Let’s run the list.”と言った場合、患者リストを上から順番に見ながら、各患者の治療方針やto doリストを確認し、抜けがないか、あればそれを付け足していく作業を行います。具体的には…(研修医)「Aさんには、今日は6時間おきに生化学検査をとって、Naをフォローします」(指導医)「あと、尿検査も忘れないでね」といったようなやりとりを順番にしていくのです。忙しい日ほど“run the list”が大切になるので、まさに「走る」感覚でテンポ良く会話していくのがポイントです。米国の臨床現場にいなければなかなか使うことのない表現かもしれませんが、“run”の面白い使い方としてご紹介しました。講師紹介

491.

第115回 参院選、コロナ対策で正論を打ち出したのは思いもよらぬあの政党!?

東北北部を除いて全国で梅雨明けし、恐ろしいほどの暑さに襲われている。正直、関東甲信越の梅雨明けの第一報を聞いた時は「今年梅雨というほど雨降ったっけ?冗談だろう」と思わずにはいられなかったのが本音である。さてそんな夏をさらに暑いというか暑苦しくさせているものがある。6月23日に公示された参議院議員選挙である。屋外を歩いていると、5分もせずに汗びっしょりになるなか、街宣カーから候補者が張り上げる声を聞くのは申し訳ないがやや苦痛である。だが、それでもつい耳を傾けてしまう自分がいる。ということで、たぶん本連載で最も読まれないであろう毎度恒例の参議院選挙の各党の政策について、衆議院選挙で各党が掲げた政策も参照(第78回、第79回、第85回)しながら、批判的吟味を加えて紹介したいと思う。まず、政党と言っても中小政党まで含むと数多くの政党が存在するため、今回も参議院に現有議席を持つ政党(会派は除く)に絞る。また、医療・福祉関連はなかなかに幅が広いので、ややポストコロナ感が見えてきた中での新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)対策に限定する。まずは、政権与党筆頭の自民党。掲げている新型コロナ対策は(1)ワクチン接種の推進(2)検査能力の拡充(3)臨時の医療施設等も含めた保健医療体制の強化(4)国産の飲み薬をはじめとする治療薬や国産ワクチンの確保(5)将来の危機に備えた司令塔機能の強化(6)本格的な移動の回復等に向けた交通機関等の感染防止対策や空港・港湾の万全な水際対策与党ということもあり、基本的には現在政府が推進している政策を提示している感が強い。厳しく言えば特徴らしい特徴がない。もっともこのうちの(5)については該当する内閣感染症危機管理庁の新設が決まった。これは昨年12月の国会での岸田首相の所信表明演説で「これまでの新型コロナ対応を徹底的に検証します。その上で、来年の6月までに、感染症危機などの健康危機に迅速・的確に対応するため、司令塔機能の強化を含めた、抜本的体制強化策を取りまとめます」と語ったのを実現したモノだ。その意味では公約通りとも言えるが、この点がやや「あざとい」のはお気づきの方もいると思う。まず、所信表明にある新型コロナ対応の徹底検証とは、「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」での議論のことだ。同会議は新型コロナ対策・健康危機管理担当大臣に下に4月に設置が決定。実際の会合は5月上旬に始まり、わずか5回の会合のみで報告書をまとめている。2年にわたる政府の新型コロナ対策をわずか1ヵ月で検証するのは「徹底的」とは言えない。この報告書が6月15日に発表され、その日の夕方、岸田首相は「内閣感染症危機管理庁」の新設を発表している。しかも、6月は前々から日程が決まっていた今回の参議院選挙がある。要は選挙をにらんでバックキャスティングでモノを決めただけである。この件では国立感染症研究所と国立国際医療研究センターの統合による日本版CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の創設も謳われたが、私が知っている国立感染症研究所のある職員は「寝耳に水。こちらにはまったく話がなかったんで、所内ではてんやわんやになりました」と話していた。良くも悪くも政治主導ということである。その意味では「仏に魂を入れられるかどうか」が今後のカギを握る。最後の「移動の回復と万全な水際対策」はかなり矛盾した方針である。最近では世界中で感染報告が増加しているサル痘が隣国の韓国でも確認され、日本にとっても上陸は「いつ?」ということになりつつある。水際対策を強化すれば、入国時の検疫やそのほか諸々の規制を強化しなければならず、人流の回復には障害になる。自民党と連立を組む公明党が掲げるのは、以下の3本柱。(1)新たな危機管理体制の確立(2)国産ワクチン・治療薬の開発・実用化(3)新型コロナウイルス感染症の後遺症対策前者2つは自民党の政策とほぼ同様のもので、やはり与党らしいともいえる。前回衆議院選では病床確保や検査拡充をかなり訴えていたが、それらが消えて(1)となり、(2)と(3)は前回の衆議院選から同様だが、(3)は同党が掲げているオリジナルな政策である。また、この件は現在の新型コロナ対策の中では政策的対応としてやや抜け落ちているテーマでもある。さらに同党は中小政党とはいえ与党である。これをどのように実現させるのかについては医療関係者も注視しておいて良いポイントと言えるだろう。余談だが、前回の政策を比較のため検索したら、前回衆議院選の政策集が公式ホームページから削除されていたのは公明党のみである。さてここからは野党である。最大野党の立憲民主党が掲げている新型コロナ対策は以下の通りだ。コロナ対策について国が司令塔機能を発揮できる法改正重症化リスクが高い人などが確実に医療を受けられる「コロナかかりつけ医」制度創設水際対策を徹底し、必要な時に誰でもすぐに受けられるPCR検査体制の確立政府の対策を専門的見地から客観的に検証する「コロナ対策調査委員会」の国会への設置国内でワクチン・治療薬の開発の支援体制強化COVAXファシリティへの拠出拡大を含め、コロナ対策における国際社会の取り組みへの貢献前回はほぼ1番目の司令塔強化のみが同党の新型コロナ政策だったが、今回は激増した。与党の自民党・公明党との明確な違いは「コロナかかりつけ医」制度である。新型コロナだけで、かかりつけ医というとやや突飛に見えるが、実は立憲民主党は「日常からの健康管理・相談や総合的な医療提供(プライマリ・ケア)機能を持つかかりつけ医を『家庭医』と位置付ける『日本版家庭医制度』の創設も掲げている。奇しくも政府が先ごろ閣議決定した「骨太方針2022」では「かかりつけ医」の制度化を謳っているが、自民党の強力な支援団体である日本医師会はこれに反対の立場である。立憲民主党のこの政策は珍しく政府与党の方針と親和性が高い。立憲民主党のこの政策に対する本気度は不明だが、かかりつけ医の制度化を囲む政府与党、最大野党、日本医師会の関係性がどのようになるかは気になるところだ。そして野党の中では、前回の衆議院選で改選前から3倍超も議席を伸ばした日本維新の会は、前回衆議院選では12項目もの政策を掲げ、その多くが病床確保策だったが、今回は「感染症法を改正し、治療やワクチンにかかる費用は無償を継続しながら、新型コロナウイルス感染症の感染症上の位置付けを5類感染症とする」ことをほぼ1点突破で訴えている。この辺はややうがった見方をすると、インターネット上で「新型コロナの5類相当への引き下げ」という声が少なくないことを意識したネットポピュリズムにも映る。ご存じのように新型コロナは当初感染症法では、入院勧告が可能で、治療費が公費負担になる指定感染症として同法2類相当と政令で定め、2021年2月の同法改正では1〜5類とは別の「新型インフルエンザ等感染症」に指定された。現時点では基本は全数報告で、濃厚接触者の追跡、外出自粛要請などにも根拠を与えている。確かにオミクロン株による感染が主流になってからは、感染者が激増する一方で多くが軽症であるため、現在の位置付けは保健所などを含めた地方自治体行政の中では、さまざまな局面で負担が大きいと言える。日本維新の会の政策は、5類相当になった場合に患者にとって最大のデメリットである治療費公費負担が維持できる5類相当を感染症法の改正によって実現しようとするもの。この辺にもややポピュリズム臭が漂う。もっとも新型コロナの5類相当を求める人では、新型コロナパンデミックで顕在化した診療体制の脆弱さを基に「オミクロン株は多くが軽症だから、5類相当のインフルエンザと同じくその辺のクリニックでも診察できるようにすれば良い」という主張が多く見受けられる。しかし、このウイルスはクラスターを起こしやすいという点が極めて特徴的で、今でも医療機関や高齢者施設でのクラスター発生報告は後を絶たない。そうした中で法的に5類にしたとしても、市中の幅広い医療機関が新型コロナの診療を始めるとはとても思えない。この点を踏まえてどのような形にするかは、この政策主張だけではまったく見えないのが実際のところだ。前回の衆議院選挙で議席が微増した国民民主党は前回同様の「コロナ三策」を掲げている。第3策は直接医療とは関係のない経済支援策だが、第1策が「検査の拡充『見つける』」、第2策が「感染拡大の防止『抑える』」が医療的な新型コロナ対策で、前回10項目あった第2策は6項目に整理された。当時はデルタ株での第5波収束直後ということもあり、今回消えた項目は病床や治療薬の確保や検疫強化の話が中心だ。この第2策の中で新設とも言えるのが「マスク着用の見直し」だが、官房長官発言などで屋外での感染リスクが低い局面でのマスク不要の発言を受けてもなお市中の動きは鈍い。政治からの発信のみでここが変わるかは疑問なところではある。そして第1策は前回の衆議院選とまったく変わらない。端的に言えば家庭と市中で無料検査を拡大し、感染者を見つけ出してセルフケアで感染拡大の抑止につなげることやワクチン接種歴や検査陰性データのデジタル証明の普及を謳っている。しかし、軽症者が多く、感染拡大スピードが速いオミクロン株対応では、この政策は時代遅れと言っても過言ではない。「もう少し真面目に政策を作ってください」と言いたくなるのは厳しすぎるだろうか。一方、全体的に革新色の強い日本共産党と社会民主党の政策を見てみたい。日本共産党は立憲民主党と同様にかなり多項目の政策を掲げている。高齢者施設、医療機関などでの頻回検査を国の責任で実施感染者や疑いのある人が十分な検査と医療を受けられるよう地域医療への支援を強化ワクチンの有効性・安全性の情報発信を国が前面に立って行い、希望者への安全・迅速な接種を推進地域医療構想に基づく急性期病床削減計画を中止し、拡充に切替感染症病床、救急・救命体制への国の予算を2倍にし、ICU(集中治療室)支援制度を新設し、設置数を2倍に政府が進める医師の削減計画を中止し、「臨時増員措置」を継続保健所予算を2倍にし、保健所数も職員数も増員国立感染症研究所・地方衛生研究所の研究予算を10倍化最後の3つは前回衆議院選時と変わらずだが、未だどこに予算根拠があるのかは不明である。検査体制については「『いつでも、誰でも、無料で』という大規模・頻回・無料のPCR検査を行います」「職場、学校、保育所、幼稚園、家庭などでの自主検査を大規模かつ無料で行えるように、国が思い切った補助を行います」からは変化し、検査の重点を医療機関と高齢者施設に絞り込んだところには進化が見える。一方、注目点は新型コロナワクチンについて「ワクチンの有効性・安全性の情報発信を国が前面に立って行い」としている点だ。やや概念的にも思えるが、新型コロナでのワクチン政策は有効性への限界から現在曲がり角に達している。そこに新規感染者での接種歴区分に関して厚生労働省が雑な集計をしていたことが明らかになり、現在はワクチン不信がピークとも言える社会状況である。その意味で日本共産党のこの主張では与野党が協力体制を敷いても良いケースと言えないだろうか。社民党の新型コロナ対応では非常時の病床確保の観点から、2019年に厚生労働省が診療実績などに基づき再編の必要性も検討すべきとして提示した公立・公的病院436ヵ所のリスト撤回を求めるという前回同様の1本柱である。これは前回も触れたが、日本国内では従来から医療機関の幅広い分布が、逆に医師などのソフトの面での薄い配置を招き、結果として医療の質の地域間格差を生んでいる側面がある。この環境でこの政策を掲げ続けるならば、もうひと捻りが必要ではないだろうか。また、医療という幅広い領域で病床削減反対のみを掲げ続けるのも新鮮味はない。「ブレない」がウリらしい同党だが、もう少し良い意味で「ブレて」欲しいものである。国政選挙では時に台風の目になっているれいわ新選組は、前回衆議院選ではやはり検査拡大やエッセンシャルワーカーへの手当拡充を訴えていたが、今回は、新型コロナの新しい変異種に限らず、まったく新しい感染症の登場に備える感染症が拡大する恐れがある場合は災害に指定し徹底した補償を実施感染症と災害の対策司令塔としての防災庁の設置緊急時に向けて平時からの病床安定確保、国による医師・看護師、保健師など人材の増員など、保守政党や革新政党が掲げる概念的な政策を足して2で割ったような大人しさ。最後にNHK党。一般にはややおちゃらけた政党のように思われ、なおかつNHKに関する政策のみで前回は新型コロナ対策が見当たらなかったが、今回は以下のような政策を掲げている。屋外など感染リスクの低い状況での積極的なマスク外しの奨励検査の意義を考慮した上で、無駄な検査や害となりうる検査拡充に警鐘を鳴らす日本版 CDC 創設日本版 ACIP (ワクチン接種に関する諮問委員会)制度の導入米国などで導入されているナース・プラクティショナー制度導入国民民主党のところで同党が掲げる検査拡充を批判的に評価したが、それはオミクロン株のような感染力が強く、重症化もしにくいウイルスで検査を拡充すれば無駄に無症状者などを拾い上げ、結局この感染症の対策を厄介するからである。その意味でNHK党の政策は正論である。また、そのほかでもアメリカのACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)の日本版やナース・プラクティショナー導入を掲げるなど、「あれれ、どうした?」という感じだ。誰か新たなブレーンが入ったのだろうか? いずれにせよ一番変化があったのがこの党である。もっともテストで0点だった生徒が、急に20点になったようなものかもしれない。さて皆さん、今回はどのような選択をしますか?

492.

認知症と犯罪【コロナ時代の認知症診療】第16回

老年医学の名著「最不適者の生き残り」「よもぎ」は雑草と思われがちだが、実はハーブの女王とも呼ばれる。国内のいたるところで見られ、若芽は食用として餅に入れられることから、餅草とも呼ばれる。筆者にとってよもぎが、馴染みの深いのも実はこの餅にある。子供の頃、祖母に言われて道端のよもぎを摘んできて、よもぎ餅を一緒に作った記憶がある。この話を生物学に造詣の深いシステムエンジニアにした。にんまりと笑って言うには、子供の頃に私が摘んだものは道端の犬の小水がかかった汚いものだった可能性が高いと言う。「どうしてか? を観察すると散歩が楽しくなるかも」といった。そして分布ぶりから植物の生存競争の一端がわかるからと加えた。確かに色々な観察をした。最も記憶に残ったのは、背丈はたかだか1m以内とされるのに2mを超えるよもぎがあることだ。それらには共通性がある。ネット状フェンスや金属の柵にぴったり沿って生えていることだ。高い丈は子孫を伝えていく上で花粉が広く飛散しやすく有利だ。生物の生存競争では、最も環境に適した形質をもつ個体が生き残るとしたダーウィンの「適者生存」の法則が有名だ。よもぎの成長にとって重要な日光だが、フェンスや柵に寄り添ったよもぎは日陰に覆われる時なく十二分に太陽の光を浴びられる。もっと大切なのは風雨でも支えてもらえることだろう。さて「適者生存」と聞くと思い出すのが、“Survival of the unfittest”(最不適者生存の生き残り)1)という書である。これはイギリス老年医学の黎明期1972年にアイザック医師によってなされた著作である。私はこの書が出てから、10余年の後に留学先の図書館で読んだ。隅々まで頭にしみて、老年医学・医療が生まれた背景を理解できた気になれた。さまざまな背景により、高齢に至って多くのハンディキャップを背負った人がいかに生きていくか?そこで医者は何ができるかを問うた名著として読んだ。「生老病死」の「老」についての宗教観さえ感じた。初版時から50年以上が経過したが、その内容は日本における現状との違和感がない。それも残念だが…。ピック病とは限らない? 高齢者犯罪と疾患先頃、ある区役所の職員に連れ添われて60代初めの身寄りのない女性が来院した。記憶力はそう悪くないし、若い頃には窃盗歴などなかったのに、数ヵ月の間に万引きを重ね反省の色もなくおかしい。認知症があるのではないか調べて欲しいという。すぐにピック病を疑い、精査の結果でもピック病と確認した。1年に数人はこうした犯罪絡みの受診がある。認知症の犯罪となるとピック病と誰もが連想する。けれども、当院での経験では、意外なほどレビー小体型認知症が多い。この病気における意識・注意の変動や、てんかんの合併しやすさ、また認知機能の統合能低下などもあるのではないかと考えている。また認知症と並んで複雑部分発作などてんかん性の疾患が多い。裁判官にわかってもらう難しさ中には複数の犯罪を重ねて刑事裁判に至るケースもある。そこで意見書を求められると、「かくかくの認知症疾患があり、犯行当時の責任能力に影響を及ぼしたと推測される症状があったと考える」と書くことが多い。重度の認知症であれば、裁判官も本人と面接して、「ああこれでは」と思ってくれる。しかし軽度認知障害から軽度の認知症、それも前頭側頭型認知症だと難しい。というのは裁判官の世界では、精神神経疾患の犯罪とくると、統合失調症における放火や殺人事件に対する責任能力という古典的な命題が今も中核になっているのではと思えるからである。当方のケースは、統合失調症による幻覚や妄想に支配されてやってしまったかと分かるというレベルではない。長谷川式やMMSEは20点以上が多いから、裁判所における質問への理解力や発言、態度には不自然さがない。だから裁判官が私に向ける視線には、「これでも責任能力がないのですか?」と言いたげな気持ちがこもっている。8.5%で認知症性疾患罹患中に犯罪歴認知症患者における犯罪実態の系統的報告がある2)。研究対象は1999~2012年の間に認知症と診断され、米国の記憶・加齢センターで診察された2,397人の認知症患者である。米国、オーストラリア、スウェーデンの専門家により認知症性疾患と犯罪の関係が回顧的に調査された。全対象のうちの8.5%に認知症性疾患罹患中に犯罪歴があった。2,397人中の545人を占めたアルツハイマー病では犯罪率は7.4%であったのに対し、171人と総数では少ない前頭側頭型認知症における犯罪率は37.4%であった。この数字は本研究で調査対象となった5つの認知症性疾患の中で最多であった。この本報告は従来の小報告の結果を確認したと言える。さて米国における認知症の人の裁判状況は、私の経験とあまり違わないもののように思われる。と言うのは、本研究の結論として、「中年期以降に変性性の疾患と診断され、従来のその人らしさを失ってしまった患者に遭遇した医師は、その人が法的処罰の対象にならないように擁護に尽力すべきだ」と強調しているからである。終わりに。最近の生物界では、「適者生存」でなく「運者生存」が正しいとされるそうだ。フェンスの横におちたよもぎの種子は、まさにそれだろう。件の連続万引きの独居女性は、この事件のおかげで認知症がわかり、役所から手厚い支援が差し伸べられるようになったばかりか、不起訴にもなった。ある意味、幸運であった彼女は、“Survival of the unfittest”を実現したかなと考える。参考1)B. Isaacs, et al. Survival of the Unfittest: A Study of Geriatric Patients in Glasgow. Routledge and K. Paul;1972.2)Liljegren M, et al. JAMA Neurol. 2015 Mar;72:295-300.

493.

英語で「大きな病気をしたことはありますか」は?【1分★医療英語】第34回

第34回 英語で「大きな病気をしたことはありますか」は?Have you ever had any serious illnesses before?(これまでに何か大きな病気をしたことはありますか?)Yes, I had a heart surgery 10 years ago.(はい、10年前に心臓の手術をしました)《例文1》Have you had any major illnesses  in the past?(過去に大きな病気をしたことはありますか?)《例文2》Do you have any pre-existing conditions?(何か持病はありますか?)《解説》「病気」を表す単語には“illness”や“disease”がありますが、“disease”のほうが“illness”よりも「より深刻な病気」というニュアンスがあり、“disease”というと、「がん」や「臓器不全」などの重い病気を連想させます。日本語でいう「大きな病気」の意味合いに近い表現は、“serious illness”や“major illness”となります。また、“pre-existing condition”は、「今も患っている=持病」に相当する単語で、持病を聞きたいときには便利な表現です。とはいっても、患者さんが考える「大きな病気」や「持病」には個人差があり、聞きたい情報をうまく得られない場合もよくあります。そこで、詳しく問診するために、“Have you ever had any surgeries before?”(これまでに手術を受けたことはありますか)や“Have you ever been hospitalized before?”(これまでに入院したことはありますか)といった表現も、併せて覚えておくと便利です。講師紹介

494.

ASCO2022 レポート 消化器がん(上部・下部消化管)

レポーター紹介はじめに2022年6月3日~7日に、2022 ASCO Annual Meetingが開催された。世の中は徐々に渡航を緩和しつつあるが、残念ながら今年も日本からvirtualでの参加になってしまった。今年も消化管がん分野において標準治療を変える発表が複数報告されたが、その中でもとくに重要と考える発表をここで報告する。食道がん・胃がん昨年の2021 ASCO Annual Meetingでは、食道がん・胃がんにおいて免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の有効性を検証する大規模臨床試験の結果が複数報告されたが、今年は大きな結果の報告は乏しかった。一方でClaudin18.2(CLDN18.2)に対するchimeric antigen receptor(CAR)T細胞の安全性・有効性の報告など、今後の治療開発につながる報告が行われており、これらを中心に報告を行う。CLDN18.2-redirected CAR T-cell therapy(CT041)Claudinは4つの膜貫通ドメインと2つの細胞外ループを持つ分子量23kDの小さな4回膜貫通タンパク質であり、隣り合う細胞の両側から細胞接着部位に集積し、タイトジャンクションの細胞膜密着構造と膜内のストランド構造を形成している。Claudin18.2は、胃腸腺がんの80%、膵臓がん、胆管がん、卵巣がん、肺がんでは60%と複数のがんで高発現しているとされている。抗Claudin18.2抗体薬であるzolbetuximab(IMAB362)が無作為化第II相試験(FAST試験)で無増悪生存期間(PFS)の有意な改善を認めており、現在国際共同第III相試験であるSPOTLITE試験が進行中である。CAR T細胞療法では、患者からT細胞を採取し、遺伝子医療の技術を用いてCAR(キメラ抗原受容体)と呼ばれる特殊なタンパク質を作り出すことができるようT細胞を改変する。そして厳重な品質管理の下で増幅し、リンパ球除去化学療法の後に患者に投与を行う。CT041(CLDN18.2-redirected CAR T-cell therapy)は免疫染色でCLDN18.2陽性(2+/3+を≧40%の腫瘍細胞で認める)の前治療歴のある進行胃がん症例に対して行われた第Ib/II相試験である。報告の時点で14例の症例が登録され、最も多いGrade3以上の有害事象はlymphodepletionに伴うリンパ球減少であったが、Dose limited toxicities(DLTs)となるものは存在しなかった。Cytokine release syndromeも認められたが、多くの症例はGrade1~2であり、許容されるものであった。有効性では奏効率(ORR)が57.1%、病勢制御率(DCR)が78.6%、PFS中央値が5.6ヵ月、全生存期間(OS)中央値が10.8ヵ月と、全例2つ以上の前治療を受けていることを考えると非常に有望な結果であり、現在第II相パートが進行中である。大腸がん今年のASCOにおける大腸がん分野の最大のトピックは、本邦から報告された切除不能・転移性大腸がんに対して、最適な1次治療を前向きに検証する第III相試験である、PARADIGM試験である。そのほか、StageII結腸がんの術後補助化学療法実施の要否を、血漿循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いて前向きに検証する無作為化第II相試験であるDYNAMIC試験と、米国のMemorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC)が行ったミスマッチ修復異常を認める(dMMR/MSI-H)直腸がんに対する抗PD-1抗体の有効性の報告が、発表と同時にNew England Journal of Medicineにpublicationされた。今回はこれらの結果を報告する。PARADIGM試験切除不能転移再発大腸がんに対する1次治療の標準はFOLFOX/FOLFIRI等の化学療法と、抗EGFR抗体もしくはVEGF抗体であるベバシズマブの併用であり、生存期間中央値がおおよそ30ヵ月と報告されている。過去に行われた6つの無作為化試験の統合解析では、RAS野生型かつ左側大腸がん(下行結腸・S状結腸・直腸)症例には抗EGFR抗体薬の併用が、RAS変異型もしくはRAS野生型かつ右側大腸がん(盲腸・上行結腸・横行結腸)症例にはベバシズマブの併用が有意に優れていることが示されていたが1)、前向きの検証試験の報告は行われていなかった。PARADIGM試験は、周術期のオキサリプラチン(フッ化ピリミジン単剤は許容)を含む前治療のない切除不能転移再発大腸がんを対象に、mFOLFOX6+パニツムマブ(Pmab群)とmFOLFOX6+ベバシズマブ(Bmab群)を1対1に無作為化割り付けした第III相試験である。主要評価項目は左側大腸がん症例における全生存期間(OS)であり、それが有意であれば全症例で全生存期間を解析する計画であった。合計802例(Pmab群400例、Bmab群402例)が有効性の解析対象であり、そのうち左側大腸がん症例が312例、292例であった。左側大腸がん症例における、OS中央値はPmab群で37.9ヵ月、Bmab群で34.3ヵ月(ハザード比[HR]:0.82、p=0.03)と有意にPmab群が優れていたが、生存曲線は24ヵ月あたりまでほぼ重なっており、それ以降Pmab群が上回る結果であった。全症例におけるOS中央値はPmab群36.2ヵ月、Bmab群31.3ヵ月(HR:0.84、p=0.03)とPmab群が有意に優れた結果であった。また右側大腸がん症例の解析では、OS中央値がPmab群で20.2ヵ月、Bmab群で23.2ヵ月(HR:1.09)と治療成績に大きな差はないが、Pmab群のメリットが乏しく、過去の無作為化試験の統合解析と同様の結果であった。PFSは、左側大腸がん症例においてPmab群が中央値で13.7ヵ月、Bmab群が13.2ヵ月(HR:0.98)、全症例において中央値で12.9ヵ月、12.0ヵ月(1.01)と両群で差を認めない結果であった。一方、ORRは左側大腸がん症例においてPmab群が80.2%、Bmab群が68.6%、全症例において74.9%、67.3%であり、Depth of Response(DoR)もPmab群で優れていた。FIRE-3試験2)などと同様にORR、DoRの改善が結果的にOSの改善につながった可能性が考察できる。2次治療以降の化学療法実施割合も両群で差を認めなかった。これまでESMOガイドラインや本邦のガイドラインは、RAS野生型左側大腸がん症例は化学療法+抗EGFR抗体薬を推奨し、NCCNのガイドラインは前向き試験のデータがないことから化学療法+抗EGFR抗体薬、化学療法+ベバシズマブを併記していた。PARADIGM試験の結果でRAS野生型左側大腸がん症例には化学療法+抗EGFR抗体薬が第1選択であることが前向きに検証されたことで、切除不能転移再発大腸がんの1次治療における標準治療がようやく整理されたことになる。DYNAMIC試験StageII結腸がんは手術のみで80%治癒する対象であり、現在の臨床では臨床病理学的にhigh risk(T4、低分化がん、脈管侵襲など)とされる症例のみに術後補助化学療法が行われている。一方、治癒切除後のctDNA陽性症例はその後80%以上再発するとされており、この対象に対する術後補助化学療法の意義も臨床試験では証明されていない。DYNAMIC試験は治癒切除が行われたStageII症例を対象に、術後4週と7週にctDNAの検査を行い、ctDNA陽性であれば術後補助化学療法をctDNA陰性であれば経過観察を行う試験治療群と、臨床病理学的特徴によって術後補助化学療法の実施を決める標準治療群に2対1に無作為化割り付けを行う第II相試験である3)。主要評価項目は2年無再発生存(RFS)率である。合計455例が無作為化され、解析対象は試験治療群で294例、標準治療群で153例であった。両群ともにhigh riskの症例が40%であったが、実際に術後補助化学療法が行われた症例が試験治療群で15%、標準治療群で28%(p=0.0017)と試験治療群で有意に少なく、オキサリプラチンbasedの術後補助化学療法を行った症例の割合が試験治療群で62%、標準治療群で10%(p<0.0001)と試験治療群で有意に高い結果であった。これは、試験治療群で術後再発のリスクがより高い症例に、より強力な化学療法が実施されたことを意味している。最も再発リスクが高いとされるT4症例でも試験治療群で術後補助化学療法の実施が少なく、ctDNA陽性が従来の臨床病理学的な再発リスクとは独立している可能性が示唆された。主要評価項目である2年RFS率は、試験治療群で93.5%、標準治療群で92.4%と両群の差は+1.1%(95%CI:-4.1~6.2%)と信頼区間の下限が事前に設定した-8.5%を下回っており、試験治療群の非劣性が確認された。サブグループ解析では、T4症例における試験治療群の再発が少ない(HR:1.88)結果であった。試験治療群におけるctDNA陽性・陰性症例の比較では、2年RFS率がctDNA陽性群で86.4%、陰性群で94.7%(HR:1.83)と差が認められた一方で、ctDNAと臨床病理学的なhigh risk/low riskを組み合わせると、ctDNA陰性かつlow riskとctDNA陽性でHRが3.69、ctDNAとT stageを組み合わせると、ctDNA陰性かつT3とctDNA陽性でHRが2.62と、ctDNAと従来の臨床病理学的なriskを組み合わせることでさらに精度の高い再発予測が可能である可能性が示された。本試験により、StageII症例においてctDNA陽性・陰性によって術後補助化学療法の実施を決めることにより、術後補助化学療法の対象を減らしても治療成績が劣らないことが示された。一方でctDNA陽性症例に術後補助化学療法を行う意義、ctDNA陰性に術後補助化学療法を行わない意義はまだ検証されておらず、今後の前向き試験による検証結果が待たれる。ミスマッチ修復異常を認める(dMMR/MSI-H)直腸がんに対する抗PD-1抗体薬の有効性切除不能転移再発のdMMR/MSI-H大腸がんに対して抗PD-1抗体薬のペムブロリズマブがすでに1次治療の第1選択として確立しており4)、いくつかの少数例の検討では切除可能なdMMR/MSI-H大腸がんにも抗PD-1抗体薬の有効性が報告されている5)。局所進行直腸がんに対する標準治療は化学療法、放射線療法、手術の併用であるが、術後の直腸機能の低下が大きな問題であり、化学療法、放射線療法で完全奏効(cCR)に至った症例には、手術を行わず経過を見ていくWatch and Wait(W&W)が普及しつつある。dMMR/MSI-H直腸がんは直腸がんの5~10%(本邦の報告では2%程度)に認められる、まれな対象であるが、今回MSKCCが行っているStageII/IIIのdMMR/MSI-H直腸がんに対する抗PD-1抗体薬の有効性を見る第II相試験の結果が、試験の途中で報告された。試験治療として抗PD-1抗体薬であるdostarlimabを6ヵ月行った後に、画像と内視鏡でcCRと判定された症例にはW&Wを行い、遺残が認められた症例には化学放射線療法を実施し、それでも遺残がある症例には救済手術を行う計画であった。目標症例数は30例であったが、14例まで登録が行われ、全例が6ヵ月のdostarlimabでcCRと判定された。観察期間中央値は6.8ヵ月と短いが、現時点で再増大を認める症例は認めなかった6)。長期的な観察を行わなければPD-1抗体薬のみで治癒に至るかの結論は出ないが、臓器横断的にdMMR/MSI-H固形がんに検討すべき画期的な結果であり、発表と同時にNew England Journal of Medicineにpublicationされた。おわりに食道がん、胃がん、dMMR/MSI-H大腸がんの1次治療におけるICIの有効性が大規模臨床試験で検証され、標準治療としてすでに実臨床に組み込まれている。今後は、周術期治療における有効性の検証結果が報告されてくるものと思われ、またDYNAMIC試験のようなctDNAを用いた術後再発モニタリングは、大腸がんのみならず固形がん全般で主流になってくるものと考える。また、胃がんのような固形がんに対してCAR T細胞療法の有効性が示されるなど次の治療開発が進捗する兆しが認められ、今後の報告に期待したい。1)Arnold D, et al. Ann Oncol. 2017;28:1713-1729.2)Heinemann V, et al. Lancet Oncol. 2014;15:1065-1075.3)Tie J, et al. N Engl J Med. 2022 Jun 4. [Epub ahead of print]4)Andre T, et al. N Engl J Med. 2020;383:2207-2218.5)Chalabi M, et al. Nat Med. 2020;26:566-576.6)Cercek A, et al. N Engl J Med. 2022 Jun 5. [Epub ahead of print]

495.

第114回 コロナ治療薬の「緊急承認」、日米における決定的な違いとは

ほっとしたと言うのが正直なところだ。厚生労働省の薬食審・医薬品第二部会は22日、塩野義製薬が製造販売を申請していた新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)治療薬候補で3CLプロテアーゼ阻害薬の「エンシトレルビル (商品名:ゾコーバ)」の緊急承認審議で当座の承認を見送ったというニュースについてである。従来の国内の新薬承認制度は、通常の承認に加え、条件付き早期承認制度、コロナ禍で何度も発動されてきた特例承認制度があったが、今年5月の医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)改正で緊急承認制度が新設された。今回のエンシトレルビルはこの緊急承認制度を初めて利用したものだった。当初は今年2月に条件付き早期承認制度を使って承認申請が行われたが、緊急承認制度の新設に伴いこちらの制度適応に切り替えられた。この1件は週刊誌の記者などから、「塩野義の件は特例承認で対応できないのですか?」と聞かれることが多い。しかし、読者の皆さんもご存じかと思うが、結論から言えば「イエスでもあり、ノーでもある」が正解である。特例承認は薬機法第14 条の3の第1項で定めた(1)疾病のまん延防止等のために緊急の使用が必要、(2)当該医薬品の使用以外に適切な方法がない、(3)海外で販売等が認められている、の3要件を満たすことが条件となる。ちなみに(3)については、正式な製造承認ではない米食品医薬品局(FDA)の緊急使用許可(EUA)なども該当する。内資系製薬企業の多くにとって、特例承認制度は決定的に「不利」な部分がある。具体的には(3)だ。もしエンシトレルビルが日本に先んじて海外で何らかの形で承認されていれば、制度活用は可能である。しかし、日本より先に海外で承認を取れるようなパワー、具体的には海外で大規模臨床試験を迅速に実施できる体制がある内資系製薬企業は、かなりひいき目に見てようやく武田薬品が該当するくらいである。つまり内資系製薬企業にとって特例承認制度は「絵に描いた餅」である。では当初、塩野義製薬が目指した条件付き早期承認制度はどうか? これは以下の4条件すべてを満たすことが求められる。致死的疾患、進行が不可逆的で日常生活に著しい影響を及ぼす疾患、その他も含め総合的に評価して適応疾患が重篤既存の治療法、予防法または診断法がない、あるいは有効性、安全性、肉体的・精神的な患者負担の観点から、既存の治療法、予防法または診断法よりも医療上の有用性が優れている検証的臨床試験(すなわち第III相試験)が実施困難、実施可能でも患者数が少ないことなどで実施に相当期間を要する検証的臨床試験以外の臨床試験などの成績により、一定の有効性、安全性が示されている4条件を注意深く見ればわかるが、塩野義製薬によるエンシトレルビルに関する条件付き早期承認制度を通じた申請は、そもそもがかなりの拡大解釈、言ってしまえば「無理筋」である。まずこの制度が想定している疾患は、パンデミックを引き起こす感染症のような緊急性のある疾患よりはむしろ希少疾患であり、新型コロナは限りなくシロ(該当しない)に近いグレーである。しかも、新型コロナの経口治療薬は塩野義製薬による申請時点で、モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)、ニルマトレルビル/リトナビル(同:パキロビッド)が存在している。そして何よりも決定的なのは本連載第101回でも触れたように、第IIb相臨床試験で有意なウイルス量の減少は認められたものの、総合的な臨床症状改善(12症状スコア)では有意差は認められていない。後者については重症化しにくいオミクロン株感染者、かつ重症化リスクの有無は関係無しで行われた試験であるため、それでも同株に特徴的な呼吸器症状部分だけでは有意差があった点を考慮すべきとの意見もあるが、それはやや我田引水である。その意味では新設された緊急承認制度は、ほぼFDAのEUAのようなもので少なくとも申請条件だけでみれば現在のエンシトレルビルにとっては好都合だ。まず特例承認制度で必須の海外での承認は不要である。既存の治療法などの有無についても、ご丁寧にも「対象患者の重症度や投与方法等が同一であっても、作用機序が異なる場合には、既承認薬が効果不十分である患者に対する有効性が期待できる可能性があるため、臨床的に必要であると判断できる場合がある」と厚生労働省の通知に記載されている。また、条件付き早期承認では第III相以前の試験で「一定の有効性、安全性が示される」ことが必須だが、緊急承認制度は安全性については条件付き早期承認制度と同基準であるものの、有効性は既存のデータや医学的知見から、合理的に推定できれば良い。ウイルス量の減少は確認されながら、臨床症状改善では有意差が認められたとは言い難い、現状「いまいち感」のエンシトレルビルにとってはまさに救世主的な制度だ。踏み込んで言えば、エンシトレルビルのためのような制度と言っても良い。しかし、冒頭で触れたように22日の審議では承認は先送りとなった。審議会では「今は流行が落ち着いているが、今後第7波や新たな変異株が登場する懸念もあるなかで、治療の選択肢を持っておくことは重要」「ウイルス量が減少すれば、実効再生産数が小さくなることが期待できる」と前向きなコメントがあった一方、「ウイルス量を減せても、臨床症状の改善は示されていないような曖昧な状況でこの薬を使うのはどうなのか」「経口薬は3つ目、プロテアーゼ阻害薬としても2つ目で緊急承認制度の要件を満たしていると言えるのか」と消極的な意見もあり、結論を得るに至らなかったという。私自身は今回の緊急承認制度について、日本になかったFDAのEUAとほぼ同等の緊急時に即した制度ができたという点では喜ばしいとは考えている。もっとも緊急承認制度とEUAは同じ仮免許でも抱えている社会背景が違う点では悩ましいとも考えている。というのも緊急承認制度は薬機法第14条の2の2の第1項で「その適正な使用の確保のために必要な条件及び2年を超えない範囲内の期限を付して」承認を与えることができるとし、この期限について同条第3項で「1年を超えない範囲内において延長することができる」と定めている。単純に言えば、2年以内、遅くとも3年未満で第III相臨床試験の結果を提出せよということだ。一見それほど高くないハードルにも思えそうだが、そうとは言い切れない。ファイザーの新型コロナワクチン(同:コミナティ)はアメリカを中心とする地域で、わずか4ヵ月程度で4万人を超える第III相試験の被検者を集めることができた。また、新型コロナパンデミック当初の2020年3月、FDAは抗マラリア薬のクロロキン、ヒドロキシクロロキンに新型コロナ治療薬としてのEUAを与えながら、わずか3ヵ月弱でそれを取り消している。大規模臨床試験の結果が短期間で得られたからである。しかし、日本の臨床試験環境はアメリカとはまったく違う。日本の製薬企業のパワーと日本の臨床試験に対する国民意識を考えれば、疾患の種類にかかわらず2年で第III相試験の結果を得るのはなかなか厳しいのではないだろうか。つまり日本では、緊急承認された治療薬は最悪2年前後の期間を目一杯現場で使用したうえで、最終的に「有効性は認められませんでした」という結果もありうる。しかも、過去に使われた薬剤費はかなりの部分を公的に負担する。その意味で実は緊急承認制度とは謳っていてもかなり慎重な議論が必要だろう。こうした懸念を持っているからこそ、今回の審議の結果を一定の安堵感を持って受け止めている。むしろこの薬については現在進行中と言われる試験結果を待ち、それがボジティブだった時に満を持して登場して欲しいと切に願う。

496.

知っていますか? 医師法改正、OSCE、共用試験、公的化…【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第49回

第49回 知っていますか? 医師法改正、OSCE、共用試験、公的化…皆さんも自動車の運転免許証をお持ちと思います。自動車学校で、実技教習と学科を受講した頃を思い出してください。正式の運転免許証を取得する前に仮免というステップがあったはずです。仮免は、正式には「仮運転免許」と言います。仮免を取得すると、公道で実際に路上練習ができるようになります。仮免試験には、交通ルールや法律に関する知識の習得の有無を調べる「学科試験」と、路上に出るだけの運転技術を持っているかどうかを確認する「技能検定」があります。仮免を取得するには、学科試験と技能検定の両方に合格する必要があります。仮免があれば正式の運転免許を持たない者が、一般車両や歩行者が交通する公道上で運転できることがポイントです。医師免許証を取得するための過程は大きな変革期を迎えています。過去においては、座学中心の教育課程で医師が育成され、技術面は実際に医師になってから現場で習得し、医師としてあるべき態度についての教育はまったく行われていない時代もありました。現在は、知識だけでなく、技能や態度などについても教育し、身につけた者に医師免許証を与えるべきであるという考えになっています。そのため知識だけでなく、技能、態度などが十分であるかを評価するシステムとして導入されたのが共用試験です。医学部の学生が臨床実習を開始する前に、共用試験を受験し合格することが実習に進むための必須要件となっています。この共用試験はCBT(Computer Based Testing)とOSCE (Objective Structured Clinical Examination)の2つの試験から構成されています。CBTは、コンピュータを用いて多肢選択式試験を受験し、知識を評価するための試験です。OSCEは、「オスキー」と発音され直訳すれば「客観的臨床能力試験」ですが、技能と態度を評価するための実技試験です。試験官の見ている前で、実際に患者(模擬患者)を診察します。たとえば患者の脈拍を診察する場合では以下などがチェックのポイントになります。脈拍の測定椅子に座ってもらい、リラックスするように声をかける両腕の橈骨動脈に検者の3本の指(第2・3・4指尖)をあてる左右差の有無を確認する不整の有無を確認する3本の指を使って緊張度を診る左右差がなければ片方の腕で脈拍数を数える(15秒数えて4倍する)結果を患者に説明する上記の手順が正しく施行できるかだけでなく、最初に患者に自己紹介をして挨拶をしたかどうかなども評価の対象となります。胸部の聴診であれば、患者の羞恥心への配慮ができているかも評価対象です。この共用試験を自動車運転免許の仮免に例えれば、CBTが学科試験に、OSCEが技能検定に相当します。仮運転免許に相当するものとして、CBTとOSCEの両方に合格した学生には、「student doctor」の称号が付与されます。ここから最近のホットな話題を提供します。日本の医師法では、医業は医師免許証を持つ医師のみが可能でした。2021年5月28日、医師法が改正され、共用試験に合格した者は当該大学の臨床実習において指導医の指導監督の下に、知識および技能の修得のために医業が行えることになりました。実際は、医師については2023年4月から可能です。医学生の臨床実習は古典的には見学中心で、実際に患者に触れたり処置を手伝ったり、検査手技を行うことはありませんでした。世界的には、医学部学生の臨床実習は積極的に診療参加型で行う流れにもあります。実習とはいえ、「医学生が実診療に参加し医行為を行うことは医師法に抵触するのではないか」という疑問があったことも事実です。自動車の免許証でいえば、仮免といえども正式の運転免許証を持たない者が公道で運転すれば、無免許運転ではないかという疑問に明確な答えがないという状況であったのです。正式の医師免許証を持たない者が、制限下とはいえ医業を行うことができるという法改正は画期的なものです。「student doctor」は、医業を行うことを法的に認めるという意味で、虚から実へ変化した称号となったのです。難しく言えば、医学生の臨床実習の違法性が阻却されたのです。日本の医師法が、医学教育における臨床実習の世界的な流れに応じたとも解釈できます。さらには、医師法では2025年4月から、医師国家試験の受験資格が共用試験合格者であることが必須となります。この一連の流れを共用試験の「公的化」と称し、昨今の医学教育領域でのキーワードなので紹介させていただきました。医師免許と医業の関係について、僻地医療を題材に描いたヒューマンドラマが、映画『ディア・ドクター』(英題:Dear Doctor)です。2009年に公開された、西川美和監督の日本映画です。笑福亭鶴瓶師匠が演じる主人公が無医村で雇用され、唯一の医者として働き、患者と丁寧に向き合う姿勢が喜ばれ、村人から大きな信頼を得ます。しかし彼は突然に失踪します。この映画のキャッチコピーは「その嘘は、罪ですか」です。すでにネタバレ感のある文章で申し訳ありませんが、軽いコメディではなく深く考えさせられる良い映画です。このコラムの読者の方々には医師という資格を持つ人も多いのでしょう。小生も、医師として、教授としての地位や肩書き、年齢や立場などを背景として活動していることは事実です。そのフィルターを外した本来の自分が皆から向き合ってもらうに値する人間なのかどうか…。考えさせられます。一見の価値ありです。微笑み合う2人で描かれるラストシ-ンは秀逸です。

497.

「AZA」は何の薬?略語に潜む医療事故のリスク!?【知って得する!?医療略語】第14回

第14回 「AZA」は何の薬?略語に潜む医療事故のリスク!?AZAは何の薬を指す略語ですか?「AZA」と表記される可能性のある薬剤は複数あります。そのため、略語表記だけで薬剤名を判断するのは、少し慎重になる必要があります。本連載では医療略語を取り上げ、それにまつわる疾患や病態を紹介してきました。今回は医療略語について、筆者が普段考えていることや医療現場で感じてきたことを綴ります。近年の風潮かもしれませんが、メディアで略語表記を目にすることが増えた気がします。企業における役職1つを挙げてもCEO、CFO、CTO、CIS、COOなど英字略語表記をよく見かけます。しかし、筆者はパッとみた瞬間にその英字表記の意味や、その略語の原語が思い浮かばす、最初から日本語で書いたほうが分かりやすいのではないかと思う場面も少なくありません。ちなみに「CEO」は最高経営責任者、「CFO」は最高財務責任者、「CTO」は最高技術責任者、「CIS」は最高情報責任者、「COO」は最高執行責任者です。医療の世界でも略語表記はたくさんありますが、皆さんはカルテ記録で『AZA投与開始』という記録を見たとき、何の薬剤を想像しますか? 前後の文脈や使用された診療科などの情報がないと、略語を読み解くことは、なかなか難しいと思います。『AZA』という表記は、血液がんの治療に使用される「アザシチジン」を意図して記載される場合もあれば、免疫抑制剤の「アザチオプリン」あるいは利尿剤の「アセタゾラミド」も候補が挙がります。ある指導医がこのカルテ記載をもとに、研修医に処方を依頼したらどうでしょうか。指導医の意図したAZAと研修医の認識したAZAに違いがあったとしたら、それだけで医療事故が起きてもおかしくありません。なお、アセタゾラミドは「AZM」と記載されることもあり、抗菌薬のアジスロマイシン「AZM」と同一表記です。AZAから連想される薬剤●アザシチジン[Azacitidine]骨髄異形成症候群/急性骨髄性白血病治療薬●アザチオプリン[Azathioprine]免疫抑制薬●アセタゾラミド[Acetazolamide]炭酸脱水酵素阻害薬抗菌薬や抗悪性腫瘍薬をはじめ、多くの薬剤に略語表記があります。しかし、続々と新しい薬が登場する中で、略語表記は必ずしも特定の薬剤を指すとは限らず、一歩間違えれば誤認事故が生じるリスクを伴います。このことを私たちは改めて認識する必要があるのではないでしょうか。多忙な臨床現場において、略語を使用することは記載者の負担軽減にとても便利な手法です。しかし、その一方で読み手には略語の意味を読み解く必要があり、略語に突然遭遇すると戸惑いやストレスを感じさせるもの事実です。また、記載者が意図した意味に読み手が解釈しないリスクもあります。カルテをはじめとする医療記録は、多くの職種で情報を共有するものであるため、略語表記の使用は極力避け、可能な限り最小限に留めるのが望ましいと考えます。

498.

英語で「それは大変でしたね」は?【1分★医療英語】第33回

第33回 英語で「それは大変でしたね」は?I’ve been having knee pain in the last 2 months.(この2ヵ月間、ひざの痛みが続いています)It must’ve been difficult for you.(それは大変でしたね)《例文1》You must’ve been having a difficult time.(大変な思いをされているのでしょうね)《例文2》I understand that it is a very tough situation for you.(とてもつらい思いをされていることと思います)《解説》日常診療において、患者さんのつらさや悩みについて理解し、共感を示すことはとても大切です。日本語の「それは大変でしたね」「つらい思いをされたのですね」という表現には、例文で示した“It must’ve been difficult for you.”のほか、“having a difficult time/a tough time”というように、直訳では「大変な/つらい時間を過ごしている」という表現もよく使われます。そのほか、「経験する」という意味の“go through”を使って、“You have been going through a lot.”(いろいろ[大変]なことがあったのですね)という言い方もできます。また、“I can’t imagine how you feel.”という表現は、直訳では「どう感じられているのか想像もできません」ですが、伝えたい内容としては「想像以上に大変な思いをされていることと思います」となります。一方で、“I know how you feel.”(お気持ちはわかります)と言ってしまうと、「自分のつらい気持ちがわかるはずがない」という気持ちを抱かせる可能性があるので、とくに深刻な状況の場合には、注意して使う必要があります。そのほか、同情や労り、思いやりの気持ちを示すときには、“I’m sorry to hear that.”は、直訳では「それを聞いてとても残念です」ですが、状況によってさまざまな意味を持ち、「それは大変でしたね」という意味で用いることができます。最後に、患者さんの健康状態が改善したなど、ポジティブな報告を聞いたときには、“I’m glad to hear that!”(それは良かったですね!)といって喜びの気持ちを伝えることも大切です。講師紹介

499.

第113回 医学的に解決できないもの-抗HIV薬の発展から問われる課題

ここまで進化したのか。あるニュースを私はそんな思いで見つめている。先日薬価収載された抗HIV薬初の長時間作用型注射製剤のカボテグラビル(商品名:ボカブリア)とリルピビリン(同:リカムビス)の承認と薬価収載に関するニュースだ。多くの方がご存じのように、HIV感染症は1980年代から1990年代半ばまで「不治の病」だった。過去にも触れたが、私が専門誌記者になったのはまさにこの頃だ。しかし、1990年代半ば以降に確立された作用機序が異なる複数の抗HIV薬を併用するHAART(highly active anti-retroviral therapy)療法により、もはや多くの感染者にとってコントロール可能な慢性感染症となっている。とはいえHAART療法の確立直後は、薬剤耐性やウイルス量増加を回避するため、服用回数が異なる複数の経口抗HIV薬を忘れることなく服用することが患者にとっての至上命題。しかも、初期のHAART療法の中で主流として使われていた抗HIVプロテアーゼ阻害薬のインジナビル(同:クリキシバン)は、腎結石の副作用頻度が高かったため、服用者は毎日1.5Lの水分摂取が必要だった。当時、取材で知り合ったあるHIV感染者と話した際、私が「少なくとも死の病ではなくなる可能性が高くなりましたね」と口にしたら、本人は頷きながらもそのまま無言になり、自分が持っていたカバンのチャックを開け、それを黙って私に差し出したことがある。かばんの中には水をつめたラベルのない500mLのペットボトルが3本入っていた。私は「ああ、副作用を防ぐための水ですね」と答えたが、本人はほぼ無表情で黙ったままだった。私自身は尿酸値が高い傾向があるため、現在は必死になって1日2Lの水分を摂取しているが、これが実はかなりの苦痛である。そうした今になって初めて、あの時のこの感染者が無言で私に伝えようとしていたメッセージが分かる気がする。その後、HAART療法は個々の薬剤成分そのものが副作用の少ないものに置き換わり、さらに合剤化が進んだ。現在ではほとんどの感染者が1日1回の服用のみで医学的には非感染者と変わらない生活が送れるようになっている。もっとも感染者にとって毎日の服薬を怠らないよう気を付けることや服薬のたびにHIV感染を自覚させられるストレスは残されている。そうした中で今回上市されたカボテグラビルとリルピビリンの併用筋注で感染者のこうしたストレスはより緩和される可能性が高まっている。臨床試験で判明している結果では、経口薬で血中のHIVが検出限界以下になった後、この2剤を1ヵ月あるいは2ヵ月間隔で筋注すれば、毎日経口薬を服用するのと同レベルの臨床効果が得られる。有害事象も疼痛などの注射部位反応は8割以上に認められるものの、薬剤関連の全身性の有害事象は頭痛、発熱が5%程度の人に起こるぐらいだ。少なくとも服薬のたびにHIV感染を自覚させられる苦痛という観点に立てば、それは今回の両薬の登場で60分の1~30分の1に減少することになる。これ自体は極めて画期的なことだと私自身も思う。もっともこうした慢性疾患特有の医学的課題が1つ1つクリアされればされるほど、残された課題の壁は高くなるとも感じている。まず、医学的に残された最大の課題は感染者の誰しもが望むであろう根治だ。これについては、血液がんを併発して骨髄移植を受けたHIV感染者で、ほぼ根治と言って良い事例が世界で3人確認されている。少なくともHIV根治が実現可能性の低い夢とは言えなくなっているのは確かだろう。ただし、ただでさえ適応が限られ、治療時の死亡リスクも高い骨髄移植を誰にでも行うわけにはいかない。HIV感染者すべてに適応可能な簡便な治療法の実現という意味ではまだ道は遠いと言わざるを得ない。こうした「遠い道程」のなかで感染者が抱えるであろう心理的負担は医学のみでは解決不可能と言って良い。日本国内では2018年に医療機関がHIV感染を事前告知しなかったソーシャルワーカーの内定取り消しを行い、そのことが法廷の場に持ち込まれて敗訴するなど、まだまだ根深い偏見・差別があることが白日の下にさらされている。また、こうした社会状況なども背景にあるのだろうが、HIV感染者での精神疾患併発率は一般集団と比べても高いとの報告もある。残念ながらこうした差別、偏見を解消する医学的手段はこの世にはない。その意味で約30年間、HIV治療を横目で眺め続けてきた私は、大きな一歩を目の当たりに感動しながらも、これからこの社会全体がクリアしなければならない急峻な絶壁のほうも考えてしまいやや悶々としているのが現状なのである。

500.

第113回 規制改革推進会議答申で気になったこと(後編)PPIもやっとスイッチOTC化?処方薬の市販化促進に向け厚労省に調査指示

処方薬の市販化促進を進めるため厚労省に調査を指示こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この連載を読んでくれている友人から、「今年はMLBの話題が少ないね」と言われてしまいました。確かに少ないです。理由の一つはご存じのようにロサンゼルス・エンジェルスの絶不調です。約1ヵ月前は今年こそポストシーズンに行けるかもと思い、秋の“米国取材”の準備を始めていました。しかし5月後半から負けが続き、ジョー・マドン監督解任、14連敗とバッド・ニュースが続きました。6月9日(現地時間)は大谷 翔平選手の久しぶり“2刀流”の活躍で、なんとか連敗は止まったものの、その後も勝ったり負けたりとチームの調子は今ひとつです。観戦していると、野手陣の守備や走塁が日本の高校野球以下の時があって気になります(特にジョー・アデル外野手!)。この守りでは、甲子園でも1回戦止まりでしょう・・・。救いは、まだ残り100試合近くあることです。ポストシーズン進出を願って、エンジェルスとダルビッシュ有投手のいるサンディエゴ・パドレスの応援を続けたいと思います。さて、今回も前回に引き続き、規制改革推進会議答申で気になったことについて書いてみたいと思います。今回は、薬関連(処方薬の市販化、SaMD)についてです。欧米と比べ、まったく進んでいない医療用医薬品のOTC化規制改革推進会議は今年の答申、「規制改革推進 に関する答申~コロナ後に向けた成長の「起動」~」1)において、「患者のための医薬品アクセスの円滑化」の項目で、処方薬の市販化促進を進めるため、厚生労働省に次のように調査を指示しました。「厚生労働省は、医療用医薬品から一般用医薬品への転用に関する申請品目(要指導[一般用]新有効成分含有医薬品)について、申請を受理したもののいまだ「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」で検討されていないものの有無を確認するとともに、令和2年度以前の申請に対していまだ結論が出されていないものについて、(ア)その件数、(イ)申請ごとに、その理由、(ウ)(イ)のうち厚生労働省及びPMDAの事業者に対する指摘に対して事業者によって適切な対応が行われていないために審査が進まないとするものについては当該指摘の内容、(エ)申請ごとに、当該申請品目の成分に関して、海外主要国における一般用医薬品としての販売・承認状況及び承認年度を調査する。」国はかねてからセルフメディケーションを推進すると言っているのに、緊急避妊薬や抗潰瘍薬など、欧米と比べ医療用医薬品のOTC化がまったく進んでいないことに業を煮やした上での対応と言えます。実際、米国などに旅行に行くと、日本では市販されていない医薬品がOTCとして普通に売られていることに驚くことがあります。だからといって大きな薬害が起こった、という報道は聞いたことがありません。日本の医療用から要指導・一般用への転用が、他国と比べて慎重過ぎて大きく遅れているのは確かなようです。日本OTC医薬品協会が“塩漬け品目”を調査実は、同様の指示は昨年の答申の中の「重点的に取り組んだ事項」で、「一般用医薬品(スイッチOTC)選択肢の拡大」として掲げられていましたが、検討はその後も進んでいませんでした。今回の規制改革推進会議の議論の過程では、2022年4月27日に開かれた「医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ」で スイッチOTCの選択肢拡大について議論されています。この場では、日本OTC医薬品協会が、新規性を有する品目における審査状況の調査結果(いわゆる“塩漬け品目”の実態)を報告。それを受け、厚労省による実態調査の早急な実施を22年度の答申に盛り込むことが提案され、今回の答申に至ったのです。同調査は、「スイッチOTC等新規性を有する品目について承認申請を行ったものの審査が開始されていないまたは審査中のまま停止している品目(塩漬け品目)」の実態を明らかにする目的で、同協会加盟者に実施されました。回答した16社から得られた結果によると、スイッチOTC(これまでにない医療用成分を配合する医薬品で厚労省の「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議の審議対象)では10~15年経過が1品目、5~10年経過が4品目、5年以内が1品目あったとのことです。さらに報告では、これまでに評価検討会議でスイッチOTC化を拒否された項目と論点が示され、「いわゆる『塩漬け品目』では、これまでに拒否された理由と共通するような照会事項が多いと推測される」と、通り一遍の否決理由を批判しました2)。4年前にはプロトンポンプ阻害薬を巡り学会と内科医会で意見分かれる塩漬け品目の存在は、厚労省の「意図的な無為」によって生じていると考えられます。理由の一つとして言われるのは、スイッチOTCが増えることで医療機関の患者数が減ることを嫌う、日本医師会や診療所開業医からの反対です。かつてこんなことがありました。2018年3月に開かれた厚労省の「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」において、スイッチOTCの候補として要望があった成分のうち、オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾールなどプロトンポンプ阻害薬(PPI)3成分について、日本消化器病学会と日本臨床内科医会で意見が大きく分かれたのです。日本消化器病学会は3成分のOTC化を「可」とし、「14日以内の短期使用であれば特段注意すべき点はなく、OTCとすることに問題はない」としました。一方、日本臨床内科医会は「不可」とし、理由としてPPIの有害事象や重大疾患のマスク作用、薬物相互作用の懸念などを挙げ、「これらの問題点を薬剤師がきちんと理解し販売できるか、購入数の制限がきちんと担保されるか、という第1類医薬品の販売体制も問題」と反対しました。ちなみにこの時、日本医師会常任理事の鈴木 邦彦氏(当時)も、「PPIはあまりに強力な薬。安易にOTC化するべきでない」と強く反対しています。結局、PPIはその後もOTC化されず、先述の日本OTC医薬品協会の塩漬け品目に掲載されるに至ったわけです。開業医や日本医師会の反対は「リフィル処方」に似た構造専門学会等がOKを出しているのに、開業医や日本医師会が「危ない。薬剤師に任せられない」と反論する状況、似たような話を最近どこかで聞きませんでしたか? そうです、2022年診療報酬改定で導入されたリフィル処方を巡る動きです。リフィル処方については、「第105回 進まないリフィル処方に首相も『使用促進』を明言、日医や現場の“抵抗”の行方は?」でも書いたように、現場の開業医たちの反対がことのほか強いようです。そこから透けて見えるのは、患者の再診回数減少に対する危機感です。スイッチOTCはリフィル処方よりも深刻かもしれません。再診どころか初診すら減る可能性があるからです。仮にPPIがスイッチOTC化されれば、消化性潰瘍や逆流性食道炎の初診患者が激減するでしょう。ただ、患者にとっては薬局で薬を買うだけで治るならば、そうしたいのが山々でしょう。国にとってもセルフメディケーションで十分対応できる病気ならば、保険診療の頻度を減らし、医療費を抑えたいというのが本音でしょう。今回の規制改革推進会議の調査指示をきっかけに、厚労省の日本医師会などに対する“忖度”が解消され、医療用医薬品から一般用医薬品への転用が加速するかもしれません。厚労省の調査結果を待ちたいと思います。SaMDは緩く迅速に承認しようという流れ規制改革推進会議の答申で気になった薬関連のもう一つは、SaMD(Software as a Medical Device:プログラム医療機器)についてです。答申では「質の高い医療を支える先端的な医薬品・医療機器の開発の促進」の項で、SaMDの承認審査制度の見直しや、審査手続きの簡素化、SaMDに関する医療機器製造業規制などの見直しを求めています。例えば、機械学習を用いるものは、SaMDアップデート時の審査を省略または簡略できるよう提言、2022年度中の結論を求めています。全体として、「緩く迅速に承認しよう」という方針に見えます。しかし、本連載の「高血圧治療用アプリの薬事承認取得で考えた、『デジタル薬』が効く人・効かない人の微妙な線引き」でも書いたように、こと「治療用」のSaMDについては、拙速で承認を急ぐよりもその効果や有用性の検証をもっと厳密に行い、効く人と効かない人の線引きをきちんとすることのほうが重要ではないでしょうか。ところで、治療用のSaMDは、処方しても通常の薬剤と異なり、薬剤師や薬局の介入は基本的にはありません。患者がアプリをスマートフォンなどにインストールして、プログラムをスタートさせるだけです。ゆえに、リフィル処方やスイッチOTCのような「診察回数が減る」「薬剤師に任せられない」といった問題は起こらないでしょう。その意味では、開業医や日本医師会にとってSaMDはそれほどやっかいな存在ではないはずです。しかし、よくよく考えると、SaMDがどんどん進化していけば「医師もいらない」ということになりかねません。もし、国がそんな未来までを見据えてSaMDに前のめりになっているとしたら、それはそれで恐ろしいことです。参考1)規制改革推進に関する答申 ~コロナ後に向けた成長の「起動」~/規制改革推進会議2)医療用医薬品から要指導・一般用医薬品への転用(スイッチOTC化)の促進/日本OTC医薬品協会

検索結果 合計:1187件 表示位置:481 - 500