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第255回 “撤退戦”が始まっていることに気付かない人々(前編)病院6団体が経営の苦境訴えるも「病床利用率8割」が示す医療マーケット縮小の現実

「コロナ禍が明けても、外来患者数、入院患者数とも以前のレベルまでには戻っていない」と西日本の病院経営者こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、西日本で100床規模の病院を経営している友人(医師)が上京したので、文京区千石にある卵料理屋で一杯飲みながら情報交換をしました。友人によれば、「コロナ禍が明けても、外来患者数・入院患者数とも以前のレベルまでには戻っていない」とのこと。「大病院からの転院患者などでなんとか持ちこたえているが、連携が不得手な病院は厳しいだろう」と話していました。医療機関を訪れたり入院したりする患者数の減少は、単純に人口減少だけが原因とは言えず、医療機関の機能分化を推し進める診療報酬や、在宅医療の普及・定着などさまざまな要因がからまりあって起こっていると考えられます。しかもこの状況、この先改善していくとは考えられず、医療経営はますます難易度が増すと思われます。それでもこの友人、「子供は医者にする」とのたまっていました。彼の子供が病院を継ぐことになるだろう約20年後、まだ病院が生き残っていればいいのですが……。さて、今回は、日本において医療需要の減少が顕著となってきているにもかかわらず、そのことに気付いていない、あるいは気付こうとしない人々について書いてみたいと思います。ただ、その前に、日本病院会など病院関係6団体が2024年度の診療報酬改定後に病院がより深刻な経営難に陥っているとする緊急調査の結果を公表したので、その内容を紹介しておきます。経常利益で赤字の病院は2023年度の50.8%から2024年度は61.2%に拡大、病床利用率は2024年度80.6%とわずかながら上昇傾向日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会・日本精神科病院協会・日本慢性期医療協会・全国自治体病院協議会の病院関係6団体が合同で行った「2024年度診療報酬改定後の病院経営状況」の調査結果が3月10日に公表され、12日には東京で6団体と日本医師会が合同会見を開き、病院経営の窮状を訴えました。調査では、全国1,700余りの病院を対象に去年6月から11月までの経営状況を調べました。それによれば、経常利益で赤字の病院は2023年度の50.8%から2024年度は61.2%に拡大しました。また、補助金などを除いた医業利益をみると69%の病院が赤字で、2023年より4.2ポイント増加していました。全体の経常利益率はマイナス3.3%、赤字病院に限るとマイナス7.4%でした。こうした背景には物価高などによる経費の増加が大きいとの分析結果でした。病院給食などの「委託費」は2023年に比べて4.2%上昇、「給与費」も2.7%増えていました。なお、病床利用率については6ヵ月平均で2023年度が79.6%、2024年度が80.6%とわずかながら上昇傾向にありました。両年度の6~11月の病床利用率はいずれも6~8月に増加し、9~10月に減少、11月にやや増加に転じる傾向でした。しかし、上昇傾向とは言うものの約8割であることに変わりはありません。端的に言えば全国の病院の20%の病床は空いてしまっているわけです。この合同会見で6団体と日本医師会は合同声明を発表、「病院をはじめとする医療機関の経営状況は、現在著しく逼迫しており、賃金上昇と物価高騰、さらには日進月歩する医療の技術革新への対応ができない。このままでは人手不足に拍車がかかり、患者さんに適切な医療を提供できなくなるだけではなく、ある日突然、病院をはじめとした医療機関が地域からなくなってしまう」と訴え、2026年度診療報酬改定に向けて「社会保障予算の目安対応の廃止」「診療報酬等について賃金・物価の上昇に応じて適切に対応する新たな仕組みの導入」を求めました。患者が来ない、ベッドが埋まらないことが経営悪化の主因とすれば、それは診療報酬上の手当とは別次元の問題賃金上昇と物価高騰に対して診療報酬上の手当を行うことは当然必要でしょう。しかし、患者が来ない、ベッドが埋まらないことが経営悪化の主因とすれば、それは診療報酬上の手当とは別次元の問題となります。病床を減らすか、病院を閉じて診療所化するかといった撤退戦略を立てなければなりません。今年1月30日、一般社団法人医療介護福祉政策研究フォーラム主催の新春座談会「医療提供体制改革の展望―医療機関の機能分化と連携、医師偏在対策を中心に―」が都内で開催されましたが、演者の多くが撤退戦略の必要性を強調していました。中でも、医師で弁護士でもある古川 俊治参議院議員は「人口減少社会と医療の撤退戦略」というそのものズバリのタイトルで講演、「日本の医療は拡充で進めてきたが、撤退戦は初めて。大きな地域差があるが、10年以内に撤退戦略を検討すべき二次医療圏が多い」と話していたのが印象的でした。古川氏よりも早い時期から講演などで「撤退戦」という言葉を用いて危機感を訴えていたのが山形県の地域医療連携推進法人・日本海ヘルスケアネットの代表理事である栗谷 義樹氏です。酒田市の地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構日本海総合病院を中心として14の参加法人による地域医療連携推進法人を作り上げた栗谷氏は、日経ヘルスケアの2023年8月号の特集記事「活用広がる地域医療連携推進法人」のインタビューで、「医療需要は2015年をピークに既に縮小していますが、第1次団塊の世代が寿命を迎える2030年辺りを境に急激に縮小し、介護需要もこれに遅れて同様の経過を辿ると予想されます。こうした地域全体の未来図を関係者が共有して、需要減と担い手不足にどう対応するかを考えると、事業の再編・統合は不可欠です。(中略)今後は事業をどう畳んでいくかの“撤退戦”になります。地域にとって最適化された医療・介護資源、仕組みを次の世代に渡すためのツールが連携推進法人だと考えています」と語っています。このインタビューで栗谷氏は、病院単独で撤退戦略を考えるのではなく、地域のほかの医療機関や介護施設、介護事業所とともに撤退戦略を立てることの重要性を説いています。急性期病院だけが生き残っても意味はなく、そこから退院してくる患者を受け入れる慢性期の病院や在宅医療の機能、介護施設なども必要だからです。そうした視点は、これからの地域の基幹病院の経営者には欠かせないものと言えるでしょう。広島県で1,000床規模の大病院計画、建設前から運営資金不足で県が運営法人に65億円貸し付け医療界でこうした“撤退戦”論議が本格化し、実際、撤退に向けた動きも出てきている一方で、そのことに気付かない人々も少なからずいるようです。相変わらず大きな新病院を作ろうとしたり、あるいは病院の再編・統合に反対したり……。たとえば広島県では、県立広島病院(712床)、JR広島病院(275床、2025年度からは二葉の里病院)、中電病院(248床、企業立)の3病院と、広島がん高精度放射線治療センター(HIPRAC、広島県医師会運営)を加えた4施設を統合して新病院を作る計画が進んでいます。計画では、新病院は地上16階、地下1階で1,000床規模。JR広島病院の隣接地に全面新築予定で、総事業費は約1,300~1,400億円を見込んでいるそうです。県は4月に先行して新病院を経営する地方独立行政法人を設立、当初は県立広島病院や安芸津病院などの運営を移し、2030年度から新病院の経営を行うことになっています。しかし、3月1日付の中国新聞などの報道によれば、この地方独立行政法人は2病院の資金を引き継ぐ結果、最初から18億円の赤字になる見込みだそうです。そうした理由から広島県は2025年度の一般会計当初予算案に計65億円の貸付金を計上する計画です。新病院開設前から運営資金が不足する事態に、県議会では「見通し」の甘さを指摘する声が相次いだようです。さらに、1,300~1,400億円と試算していた総事業費も世界的な資材価格高騰に伴って大幅な増額となる可能性もあり、計画の抜本的な見直しが避けられない状況となっています。大風呂敷を広げて、結局頓挫してしまった順天堂大の埼玉新病院計画大風呂敷を広げて、結局頓挫してしまった病院計画ということでは、本連載の「第242回 病院経営者には人ごとでない順天堂大の埼玉新病院建設断念、『コロナ禍前に建て替えをしていない病院はもう建て替え不可能、落ちこぼれていくだけ』と某コンサルタント」で書いた、順天堂大の埼玉新病院建設計画が記憶に新しいところです。このケースは800床の新病院計画でした。順大のWebサイトによれば、2015年時点の総事業費は建設費709.5億円、機器・備品・システム124.3億円で計834億円。それが2024年時点では建設費1640.3億円、機器・備品・システム546.2億円で計2,186億円に膨らんでいました。9年余りで建設費は2.3倍、機器・備品・システムは4.4倍です。ちなみに建設費は昨年2023年11月予想では936.2億円と漸増程度でしたが、その後8ヵ月余で704億円も増加しています。順天堂大の埼玉新病院は800床規模で事業費が当初予定の2.6倍、2,000億円超まで総事業が膨らんでいまい、計画断念に追い込まれたわけです。建設費、機器・備品・システム費の高騰ぶりを考えると、広島県の新病院計画の行く末が案じられます。聞こえがいい超急性期機能の充実ばかりに焦点を絞った計画が相変わらず各地で頻出首長や行政の人間はなぜ財政的に大赤字になることが見えているのに、立派な病院を作りたがるのでしょうか。また、せっかく再編・統合する計画を採用したのに、なぜまた身分不相応と思われる大病院を作ろうとするのでしょうか。高度成長期やまだ人口が増加傾向だった時代ならともかく、今となっては首都圏ですらそんな計画は自殺行為です。今後、10年、20年間に地域の医療・介護マーケットがどう変化していくかは、人口統計などを見れば明らかです。地域においてどんな機能がどれくらい必要か、あるいはどんな施設、機能を残していけばいいのかも、冷静に考えればわかるはずです。にもかかわらず、聞こえがいい(あるいは住民受けが良い)超急性期機能の充実ばかりに焦点を絞った計画が各地で相変わらず頻出しているのは、県・市町村の首長や行政職が日本の医療マーケットの現状や、国が進めてきた施策「地域医療構想」を理解していないためとも言えます。ただ、そうした現実無視だった地方の現場にも少しは変化の兆しが見え始めているようです。(この項続く)

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帝王切開は子どもの成長に影響しない?

 帝王切開(CD)で生まれた子どもと、長期的な健康や発達における悪影響との間には有意な関連はないとする研究結果が報告された。0.5~9歳までの全原因入院、肥満、発達マイルストーン(発達がどこまで進んでいるかという指標)といったさまざまな評価項目で有意な関連は認められなかったという。岡山大学大学院医歯薬学総合研究科疫学・衛生学分野の松本尚美氏らによるこの研究結果は、「Scientific Reports」に1月20日掲載された。 出産方法は長期的に見た場合、子どもの健康と発達に影響を及ぼすことが示唆されてきた。CDは、母子の安全確保のため、ある特定の臨床的状態のときに実施される。しかしながら、この外科的介入が子どもの身体的成長、認知発達、慢性疾患のリスクなどさまざまな側面に及ぼす潜在的な影響については現在も議論が続いている。松本氏らは、「日本産科婦人科学会周産期登録(PRN)データベース」にリンクされた「21世紀出生児縦断調査」を利用して、CDと子どもの健康および発達との関連を調査した。 本研究では、出生日、性別、出生時体重、出生時の母親の年齢、在胎週数の情報を使用し、PRNデータベースと21世紀出生児縦断調査を組み合わせた独自のデータセットを作成した。最終的に、2010年5月10日から5月24日に出生した2,114人(正常分娩群;1,351人、CD群;763人)を研究に含め、0.5~9歳までに発生した複数の転帰を評価した。 入院(呼吸器感染症と胃腸疾患による入院、および呼吸器感染症と胃腸疾患を含む全原因入院)は1.5~5.5歳までの調査で報告された0.5~5.5歳までの入院経験と定義。過体重・肥満は、世界保健機関(WHO)の基準に基づいたBMIスコアを用いて5.5歳と9歳で評価された。発達のマイルストーン(運動、言語、認知、自己制御、社会情緒、注意、適応能力、素行など)は2.5歳、5.5歳、8歳で評価された。 潜在的な交絡因子を調整して解析した結果、CDは全原因入院(調整リスク比1.25〔95%信頼区間0.997~1.56〕)、5.5歳(同1.05〔0.68~1.62〕)および9歳(0.83〔0.52~1.32〕)での過体重・肥満、およびさまざまな発達マイルストーンを含むほとんどの転帰と有意な関連は認められなかった。また、多胎出産および早産の状態別に層別化したサブグループ解析を行った結果、多胎出産ではいくつかの発達マイルストーンと、早産では胃腸疾患による入院といくつかの発達マイルストーンに、それぞれCDとの関連が高い傾向が認められたが、いずれも有意ではなかった。 本研究の結果について、研究グループは、「今回の研究で得られた知見は、子どもの親や医療従事者に安心感を与えるものではあるが、統計的に有意でないからといって、必ずしも臨床的に関連する影響がないことを意味するわけではない。今後の研究では、より長期間の追跡調査、サブグループ解析のためのサンプルサイズの拡大、腸内細菌叢の活性化など潜在的な媒介因子のより詳細な評価を検討すべきである」と総括した。なお、本研究の限界については、比較的小規模のサンプルサイズで日本の子どものみを対象としていること、高リスク妊娠の症例が多いデータセットであることから一般化できない点などを挙げている。

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うつ病歴は慢性疾患の発症を早める

 過去にうつ病と診断されたことがある人は、同年代のうつ病歴がない人に比べて中高年期に慢性疾患に罹患している可能性が高く、また、より早いペースで新たな慢性疾患を発症する可能性のあることが、新たな研究で明らかにされた。英エディンバラ大学の統計学者であるKelly Fleetwood氏らによるこの研究は、「PLOS Medicine」に2月13日掲載された。Fleetwood氏は、「うつ病歴のある人は、ない人に比べて心臓病や糖尿病などの慢性疾患を発症しやすい」と述べている。 この研究では、UKバイオバンク参加者から抽出した17万2,556人を対象に、UKバイオバンク参加当時および追跡期間中のうつ病歴と慢性疾患との関連が検討された。対象者は、2006〜2010年にUKバイオバンクに参加し(参加時の年齢は40〜71歳)、評価を受けていた。追跡期間は平均6.9年だった。慢性疾患については、血液がん、固形がん、心筋炎、冠動脈性心疾患、脳卒中、1型および2型糖尿病、高血圧、勃起不全、アレルギー性・慢性鼻炎、慢性閉塞性肺疾患、認知症など69種類を対象とした。対象者の17.8%に当たる3万770人がうつ病歴を持っていた。 解析の結果、うつ病歴がある人はうつ病歴がない人と比べて、UKバイオバンク参加時に有していた身体疾患の数が多く(平均2.9個対2.1個)、また年間の新たな疾患の発症数も多いことが明らかになった(平均0.20個/年対0.16個/年)。最も発生頻度の高かった疾患は、変形性関節症(うつ病歴ありの患者15.7%、うつ病歴なしの患者12.5%)、高血圧(12.9%対12.0%)、胃食道逆流症(13.8%対9.6%)であった。年齢、性別、社会経済状況を調整した上でも、うつ病歴のある人ではない人に比べて1.3倍の速さで新たに慢性疾患を発症することが示唆された(率比1.30、95%信頼区間1.28〜1.32)。さらに、試験参加時の疾患数や生活習慣なども調整して解析すると、この差はやや縮まったものの、それでも依然としてうつ病歴のある人の方が有意に発症の早いことが確認された(同1.10、1.09〜1.12)。 こうした結果を受けて研究グループは、「これらの結果は、うつ病を『全身』の病気として捉え、それに応じて治療する必要があることを意味している」と結論付けている。 研究グループはまた、「既存の医療制度は、複数の症状を抱える個人ではなく、個々の症状を治療するように設計されている」と指摘。「うつ病と慢性疾患の両方を抱える人をケアするために、総合的なアプローチを取る医療サービスが必要だ」と述べている。

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クランベリーって意味あるの? ─再発予防に使える薬剤、その他について─【とことん極める!腎盂腎炎】第13回

クランベリーって意味あるの? ─再発予防に使える薬剤、その他について─Teaching point(1)クランベリーが尿路感染症を予防するという研究結果はたしかに存在するが、確固たるものではない(2)本人の嗜好と経済的事情が許すならクランベリージュースを飲用してもらってもよい(3)クランベリージュース以外の尿路感染症の予防方法を知っておく《症例》28歳女性、独身、百貨店の販売員。これまでに何度も排尿時痛や頻尿などの症状で近医受診歴があり、「膀胱炎」と診断され、その都度、経口抗菌薬の処方を受け治療されている。昼前から排尿時痛があり、「いつもと同じ」膀胱炎だろうと思って経過をみていたところ、夕方にかけて倦怠感とともに37.5℃の発熱を認めるようになったため当院の時間外外来を受診した。来院時38.0℃の発熱あり。左肋骨脊柱角に圧痛(CVA叩打痛)を認める。血液検査:WBC 12,000/μL(Neu 85%)、CRP 3.5mg/dLと炎症反応上昇あり。尿検査:WBC(+++)、亜硝酸塩(+)。一般的身体所見、血算・生化学検査では、それ以外の特記所見に乏しい。1.クランベリーとは?クランベリーとはツツジ科スノキ属ツルコケモモ亜属(Oxycoccos)に属する常緑低木の総称であり、Vaccinium oxycoccus(ツルコケモモ)、V. macrocarpon(オオミツルコケモモ)、V. microcarpum(ヒメツルコケモモ)、V. erythrocarpum(アクシバ)の4種類がある。北米原産三大フルーツの1つである酸味の強い果実は、菓子やジャム、そしてジュースによく加工され食用される。古くから尿路感染症予防の民間療法として使用されており、1920年代にはその効果は尿路の酸性化による結果と考えられていたが、クランベリーに含まれるA型プロアントシアニジンという物質がどうやら尿路上皮への細菌の付着を阻害しているらしいということが1980年代に明らかにされた1)。またクランベリーに含まれるD-マンノースもまた、細菌と結合することで尿路上皮への菌の付着を抑制することが知られている。2.クランベリーは尿路感染を予防するのか?クランベリーが尿路感染やその再発を予防するのかというテーマについては、これまで数多くの研究がなされてきた。まず、有効成分の1つである先述のD-マンノースを内服することが再発性尿路感染症の発生率が低下させると、ランダム化比較試験で証明されている2)。クランベリーそのものに関しては、プラセボに比して予防に効果的という結果が得られた研究もあれば、影響を与えないとする研究結果もあり、議論が分かれているところである。系統的レビューによるメタアナリシスでも報告によって異なった結論が得られており、たとえば2012年に合計1,616例の研究結果をまとめたメタアナリシスではクランベリー製品は有意に尿路感染の再発を減らすと報告している3)。半年間の飲用によるリスク比0.6、治療必要数(NNT)は11と推算されている。一方で、同じ2012年にアップデートされたコクランレビューでは4,473例が対象になっているが、プラセボや無治療に比してクランベリー製品は尿路感染症を減らすことはしないとし、尿路感染症予防としてのクランベリージュース飲用は推奨しないと結論づけられた4)。しかし2023年にアップデートされたバージョンでは、50件の研究から合計8,857例がレビューの対象となり、メタ解析の結果、クランベリー製品の摂取によって尿路感染リスクが有意に低減する(相対リスク:0.70、95%信頼区間:0.58~0.84)ことが明らかにされた。とくに、再発性尿路感染症の女性、小児、尿路カテーテル留置状態など尿路感染リスクを有する患者において低減するとされ、逆に、施設入所の高齢者、妊婦などでは有意差は得られなかった5)。わが国で行われたクランベリージュースもしくはプラセボ飲料125mLを毎日眠前に24週間内服して比較した多施設共同・ランダム化二重盲検試験の結果では、50歳以上の集団を対象としたサブ解析では有意な再発抑制効果がクランベリージュースに認められた(ただし、若年層の組み入れが少なかったためか全体解析では有意差が出なかった)6)。尿路感染症の再発歴がある患者が比較的多く含まれたことも有意差がついた要因の1つと考えられ、そうしたことを踏まえると、再発リスクが高い集団においてはクランベリージュースの感染予防の効果がある可能性があると思われる。米国・FDAも、尿路感染既往がある女性が摂取した際に感染症の再発リスクが低下する可能性があるとクランベリーサプリの製品ラベルへ掲載することを2020年に許可しており、日本の厚生労働省公式の情報発信サイトにもそのことが掲載されている7)。再発性の膀胱炎の最終手段として抗菌薬投与が選択されることもあるが、耐性菌のリスクの観点からも導入しやすい日常生活への指導からしっかりと介入していくことは大切である。生活へのアプローチは一人ひとりの事情もあるので、本人の生活について丁寧に聴取し生活に合わせた指導内容を一緒に考えていくことは、プライマリ・ケア医の重要な役割である。3.クランベリー摂取の副作用大量に摂取した場合、とくに低年齢児では嘔気や下痢を招く可能性がある。また、シュウ酸結石を生じるリスクになるともいわれている。しかし一般的には安全と考えられており7)、日本の研究でもクランベリー飲用の有害事象としては107人中1人のみ、初回飲用後の強いやけど感を自覚しただけであった6)。先に紹介したレビューでも、最頻の副作用は胃もたれなどの消化器症状であったが、対照群に比較して有意に増加はしなかった5)。クランベリー摂取により問題となる副作用はあまりないと思われ、そうすると、クランベリーを尿路感染再発予防目的で飲用するべきかどうかは、本人の嗜好や経済的余裕などによって決まると思われる。4.クランベリー以外での再発予防とくに女性では尿路感染症を繰り返す症例があるが、そうした再発例に対しては、飲水励行の推奨や排便後の清拭方法の指導(肛門部に付着する細菌の尿路への移行を防ぐために尿道口から肛門に向けて拭く)に代表される行動療法が推奨される(第11回参照)。それでも無効な場合は予防的抗菌薬投与の適応になりえ、数ヵ月から年単位で継続する方法と、性交渉後にのみ服薬する方法が一般的である。性交渉後に急性単純性膀胱炎を起こすことはよく知られており、抗菌薬の連日投与でなくても、セファレキシン、ST合剤、フルオロキノロンなどを性交渉後の単回内服するだけでも尿路感染症の予防に有効であることが示されている8)。再発性尿路感染症を呈する高齢者においても、予防的抗菌薬の内服が尿路感染症の発症予防に効果があるとされている9)。また、閉経後の女性では局所エストロゲン療法が尿路感染の再発予防に有効であるといわれている10)。《症例(その後)》腎盂腎炎と診断し、血液・尿培養採取のうえで、点滴抗菌薬加療を開始して入院とした。翌日には解熱、入院5日後に血液検査での炎症反応のpeak outと血液培養からの菌発育がないことを確認でき、尿培養から感受性良好な大腸菌(Escherichia coli)が同定されたため、内服抗菌薬にスイッチして退院とする方針とした。これまでに何度も膀胱炎になっているとのことで、再発性の尿路感染症と考えてリスク因子がないか確認したところ、販売員をしているため日中の尿回数を減らすべく、出勤日は飲水量を減らすように心がけているということであった。尿量・尿回数の減少が尿路感染症のリスクになるため飲水励行が勧められること、度重なる抗菌薬加療が将来的な耐性菌の出現を招くことによる弊害、会陰部を清潔に保つことが重要であることの説明に加え、排便後の清拭方法の一般的な指導を退院時に行った。クランベリージュースは話題には出してみたものの、ベリー系果実はあまりお好きではないとのだったので強くお勧めはしなかった。それでもなお尿路感染を繰り返すようであれば、さらなる予防策を講じる必要があると判断して、3ヵ月後に確認したところ、その後、膀胱炎症状はなく経過しているということであり終診とした。1)Howell AB, et al. Phytochemistry. 2005;66:2281-2291.2)Kranjcec B, et al. World J Urol. 2014;32:79-84.3)Wang CH, et al. Arch Intern Med. 2012;172:988-996.4)Jepson RG, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2012;10:CD001321.5)Williams G, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2023;4:CD001321.6)Takahashi S, et al. J Infect Chemother. 2013;19:112-117.7)厚生労働省eJIM(イージム:「統合医療」情報発信サイト):「クランベリー」8)日本排尿機能学会, 日本泌尿器科学会 編. 女性下部尿路症状診療ガイドライン[第2版]. リッチヒルメディカル;2019.9)Ahmed H, et al. Age Ageing. 2019;48:228-234.10)Chen YY, et al. Int Urogynecol J. 2021;32:17-25.

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第253回 石破首相・高額療養費に対する答弁大炎上で、制度見直しの“見直し”検討へ……。いよいよ始まる医療費大削減に向けたロシアン・ルーレット

高額療養費制度の負担限度額引き上げ問題ひとまず決着こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。日本経済新聞朝刊の名物コラム、「私の履歴書」の3月は政府の新型コロナ対策分科会の会長を務めた尾身 茂氏(現結核予防会理事長)です。まだ4回ほど終わったところですが、感染拡大が始まった2020年2月、政府が国民に感染状況の説明をすることを嫌がる中、専門家会議が独自の視点で見解を表明する場面など、当時の緊迫した状況が赤裸々に描かれています。「私の履歴書」と言えば、だいたい前半は企業人のルーツ(父親や母親のこと)について書かれることが多く、退屈なのですが、今回はなかなか読ませる構成になっています。わずか5年前、パンデミックの最中に国の中枢で何が起こっていたのかをおさらいする意味でも、尾身氏の「私の履歴書」は医療関係者必読と言えます。さて、国会で侃々諤々の議論が続いていた高額療養費制度の負担限度額引き上げ問題が2月28日、ひとまず決着しました。2025年8月の引き上げは予定通り実施、2026年8月以降の制度について、石破茂首相は「再検討する」と表明しました。また2月25日には、自民、公明両党は2025年度予算修正案の成立に向け、日本維新の会の賛成を取り付けました。教育無償化の具体策や社会保険料の負担軽減策などについて正式に合意し、3党の党首らが文書に署名しました。高額療養費制度見直しの“見直し”など医療の給付削減(自己負担増)に対する強い抵抗感がある中、一方で「社会保険料を引き下げろ」という声も高まっています。保険給付のレベルは現状そのままに、保険料は引き下げるなんてことが本当にできるのでしょうか。少数与党となった自民党は非常に難しい状況に追い込まれています。今後、医療費削減、医療の効率化に向けて本格的な議論が始まります。選挙もそうですが、今や政治状況はSNSなど、世論の動きによって瞬時に風向きが変わります。それはまさにロシアン・ルーレットのようなもので、標的が誰(あるいは何)になるかは予測しづらく、医療費大削減を迫る“弾丸”も最終的にどこに向かって発せられることになるのか、予断を許しません。石破首相、キムリア、オプジーボを名指しで批判して炎上「瞬時に風向きが変わる」ことでは、高額療養費制度の負担限度額引き上げがまさにそうでした。そもそも限度額引き上げは、1年以上前、2024年1月26日の社会保障審議会で示された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」の中に、経済情勢に対応した患者負担などの見直しの一つとして明記されていました。昨年12月の社会保障審議会医療保険部会ではさまざまな意見を踏まえた見直し案が提示され、年末には高額療養費制度の負担限度額引き上げを含めた2025年度当初予算案を閣議決定しています。つまり、この1年余りのあいだ、負担限度額引き上げに対する大きな反対運動は起こっていなかったのです。政治状況がそれを許していたのか、野党の政治家たちが不勉強だったのか理由はわかりません。それが、年が明けて1月31日に立憲民主党の酒井 菜摘議員が予算委員会において、高額療養費制度の上限額引き上げに反対する質問を患者たちの反対意見を紹介しながら行うと、一気に社会問題化しました。石破首相は2月21日の衆院予算委員会で、酒井議員の再度の質問に対して「せっかくだから申し上げておくが、キムリアという薬は1回で3,000万円。有名なオプジーボが年間に1,000万円。ひと月で1,000万以上の医療費がかかるケースが10年間で7倍になっているということは、これは保険の財政から考えて何とかしないと制度そのものがもちません」と説明すると世の中が一気に騒ぎ始めました。同日、東京新聞がウェブサイトで「石破首相、がんや白血病の治療薬を『名指し』して医療費逼迫を強調 患者側から『薬を使う患者を傷つけた』の声」の記事を配信するとSNS上でも大炎上しました。石破首相としては、厚労省の用意した説明資料を参考に答弁を行ったに過ぎないと思われます。しかし、「超高額だがよく効く」薬である点など費用対効果については触れず、ただただ「高いからダメ」といった論調だったことは、その後の高額療養費制度の見直し議論に少なからぬ影響を及ぼしたようです。実際、「超高額だがよく効く」薬より、「安いが効果は今ひとつ(あるいはOTCで十分)」な薬を保険給付から外したりするほうがはるかに大きな医療費削減につながる、といった意見も出てきたからです。自民、公明、日本維新の3党合意で社会保険料の負担軽減へこうした議論とも関連するのが、自民、公明、日本維新の3党合意です。自民、公明両党は2025年度予算修正案の成立に向け日本維新の会の賛成を取り付けました。その条件として、教育無償化の具体策や社会保険料の負担軽減策などについて検討を進めることを正式に合意しました。合意文書には具体的検討事項として、「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」「現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底 」「医療 DXを通じた効率的で質の高い医療の実現 」「医療介護産業の成長産業化」が盛り込まれました。それぞれの具体策についてはこれから詰めるとされています。党幹部が参加する3党の協議体が設置される予定で、年末までに論点を検討し、早期に可能な施策については2026年度から実行に移すとしています。「2026年度から」ということは次期診療報酬改定に施策を盛り込むということです。上記の検討事項の中で診療報酬に直接関係するのは「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」です。「昔から言われてきたことで、本当に実現するのか?」といった声もあるようですが、これを機に大きな改革につながっていく可能性もあります。なぜならば、合意文書にはこれらの具体策検討にあたって、政府与党の「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」等で「歳出改革等によって実質的な社会保険負担軽減の効果を1.0兆円程度生じさせる」とされていることや、公明党「公明党 2040 ビジョン(中間とりまとめ)」で「多剤重複投薬対策や重複検査対策などを進めることで医療費適正化の効果も得られる」と記されていること、さらには、日本維新の会の「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」で「国民医療費の総額を、年間で最低4兆円削減することによって、現役世代一人当たりの社会保険料負担を年間6万円引き下げる」とされていることなどを「念頭に置く」と明記されたからです。OTC類似薬の保険外しが実現しなければ別の診療報酬にメスが入る可能性も「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」などの改革は、直接、日本医師会などと利害がバッティングすることになります。しかし、「国民医療費を削減し社会保険料負担を引き下げる」という大方針が掲げられた以上、OTC類似薬の保険外しが実現しなければ、数点のマイナスで大きな医療削減効果がある別の診療報酬にメスが入る可能性もあるでしょう。高額医療費制度の見直しの議論の最中や3党合意に至る過程で、日本医師会は世の中に向かってあまり意見をアピールしていません(OTC類似薬の保険外しについては宮川政昭常任理事が記者会見でコメントしていましたが)。今、下手に意見を言うと、“弾丸”が弾倉から自分たちに向かって飛び出してくることを恐れているのかもしれません。2012年の3党合意はその後の社会保障制度改革の道筋を作った「3党合意」で思い出すのは、2012年の民主党政権下、野田 佳彦首相が主導して民主党、自民党、公明党の3党間において取り決められた社会保障と税の一体改革に関する合意です。この3党合意を経て同年8月に社会保障制度改革推進法を含む関連8法案が国会で可決成立しました。この推進法に基づいて「社会保障制度改革国民会議」が設置され、2013年5月に報告書がまとめられました。この報告書を踏まえて「社会保障制度改革プログラム法案」が国会に提出され、同年12月に成立しています。この間、政権は民主党から自民党に戻っていますが3党合意は堅持され、2018年頃までの社会保障制度改革の多くはこのプログラム法に沿って進められてきました。その意味でこの時の3党合意は大きな意味があったと言えるでしょう。今回の3党合意についても3党の協議体が設置される予定とのことです。2012年の時のように、突っ込んだ議論が行われ、プログラム法のような大胆なロードマップが描かれて実行に移されることになるのか。今後に注目したいと思います。

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第251回 医療保険の国民負担軽減は夢のまた夢?この30年を振り返る

2024年10月の衆議院選挙の敗北で少数与党に転落した自民党・公明党の下で2025年度予算案成立は不透明と評されてきたが、2月25日、高校教育無償化を訴える野党・日本維新の会の主張を受け入れる形で3党合意が成立。これにより2025年度予算案の年度内成立はほぼ確実となった。だから何だと思う人もいるかもしれないが、実はこの合意内容は4項目あり、2番目に掲げられた「現役世代の保険料負担を含む国民負担の軽減」は、まさに医療に直接関わる合意内容なのである。端的に言うと、(1)OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し(2)現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底(3)医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現(4)医療介護産業の成長産業化について、3党の協議体を設置して「令和7年末までの予算編成過程(診療報酬改定を含む)で論点の検討を行い、早期に実現が可能なものについて、令和8年度から実行に移す」というものだ。加えてこの検討に当たって、政府与党が策定した「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」、公明党が策定した「公明党 2040 ビジョン(中間とりまとめ)」、日本維新の会が策定した「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」を念頭に置くとも明記した。日本維新の会の「社会保険料を下げる改革案(たたき台)」の大枠は、国民医療費総額を年間で最低4兆円削減することにより、現役世代一人当たりの社会保険料負担を年間6万円引き下げる」というもので、これを実現するための政策は前述した3党合意の(1)~(4)の内容とほぼ同じである。日本維新の会が国会に議席を有して以来、与党の予算案に賛成するのは初となる。今回の3党合意について、同党幹事長の岩谷 良平氏(衆院大阪13区)は翌2月26日の記者会見で次のように評した。やや長くなるが、その発言を引用する(なお、話し言葉ゆえに趣旨を変えずに一部修正)。<日本維新の会、幹事長コメント>「ある意味、歴史的な合意が締結された。日本の成長を阻害している過度に進行している少子化、現役世代の手取りが減少と負担増加という2大要因に対処していくため、維新は解決策として教育を無償化すること、社会保障改革を行い現役世代の社会保険料負担を下げることの2つを掲げてきた。今回、教育の無償化は大幅に前進し、結果を出すことができたと考えている。社会保険料の軽減に関しては大変重い扉ではあったが、ようやくその扉が開いた。合意で決定した自公維のハイレベルの協議体の中で、国民医療費を年間4兆円下げ、1人当たりの社会保険料を年間6万円引き下げるというわれわれの考えをしっかり主張し、結果を出していきたいと考えている」30年前と同じことを言っているだけ?さてこの自信満々(のふり?)とも言える日本維新の会への世間の評価は分かれるだろう。私の評価は「空手形」あるいは「取らぬ狸の皮算用」である。とくに(1)と(2)については強くそう思わざるを得ない。まず、OTC類似薬の保険給付のあり方の見直しについては、この業界の経験が長い人ほど「またか?」と思うのではないだろうか?この問題は、医療保険制度改革の検討事項として1990年代前半から繰り返し議論されてきたことである。1993年に公表された旧厚生省医療保険審議会の建議書では、保険給付のあり方などについて検討を要する旨が記載され、1996年の旧大蔵省財政制度審議会・財政構造改革特別部会が取りまとめた1997年度の医療保険制度改革の最終報告書では露骨に保険給付除外にまで言及した。その後もこの件は厚生労働省や財務省の審議会などで何度も論点となっている。にもかかわらず、過去30年間でこのテーマについて目立った進展がない大きな理由の1つは、“日本医師会が実施に強く反対している”からであるのは、多くの関係者にとって周知のことだろう。実際、維新が前述のたたき台を公表したのと同じ2月13日、日本医師会の定例会見で常務理事の宮川 政昭氏が、「社会保険料の削減を目的にOTC類似薬の保険適用除外やOTC医薬品化を進めることには重大な懸念が伴う」と反対の姿勢を明確にしている。この際の宮川氏の発言では、「医療機関の受診控えによる健康被害」と「経済的負担の増加」を反対の主な理由に挙げた。また、維新のたたき台にも含まれる高齢者の医療費3割負担の対象拡大についても日本医師会は従来から慎重な姿勢を示している。私個人は一律にOTC類似薬を保険適用除外にすることは決して賛成ではないし、前述の日本医師会の主張にも一理あると思っている。しかし、医療保険財政のひっ迫が明らかな今、この問題は日本医師会の懸念などを基に一律現状維持で良いものとは思っていない。そして、部分的には医療保険適応外にしても差し支えのない部分はあるだろうと思っている。たとえば保険適応での自己負担額とOTC購入による自己負担額との差が少ない領域、かつ疾患として重篤ではないものなどでは検討の余地があるはずである。もっと言えば、その前提に立てばこの30年間にそれが可能かどうかのエビデンスを収集する時間もあったはずだ。結局、政府・与党、厚生労働省、日本医師会とも本格的議論を避けてきたに過ぎない。さて今回の合意について、日本維新の会は自らが主張する「国民医療費4兆円削減」「1人当たりの社会保険料を年間6万円引き下げ」が合意文書に明記されたことを前述のように自画自賛している。もし、日本維新の会が本気で大きな成果だと考えているならば、楽観的過ぎると言わざるを得ない。なぜなら、合意はあくまで「論点の検討を行い、早期に実現が可能なものについて実行に移す」であり、その主張の実現が確約されたものではない。検討を行った結果、ほぼすべてが実現不可能と判断されれば、何も実行されないことも十分想定できる。前述したように過去30年間のこの問題に関する議論がそうだったからだ。また、「3党合意」ではあるものの、自民党は支持率低調な“石破政権下の自民党”の合意である。自公与党体制が今後3年程度続くとしても石破政権が崩壊すれば、党としての合意など紙切れで終わることさえ、まったくの非常識にならないのが魑魅魍魎うごめく政界の常である。百歩譲って石破政権が存続するとしても、そのためには今夏の参議院選挙を勝ち抜くことが絶対条件である。だとするならば、自民党の有力支持組織である日本医師会が反対する政策を選挙公約で掲げることなぞ無理筋。そこまでしなくとも今後の政権運営を考えれば、実現に向けて動くことなど石破政権にできるはずもない。どこをどう突いても現下の情勢では、維新のたたき台が実現に向かう可能性は低いのである。長らく政権を担い続け、しがらみだらけの自民党は、とりわけ若年層には「古き悪しき存在」」に映るだろう。しかし、「悪しき存在」であっても「古き存在」であるということは、理屈ではどうにもならないことですら、なりふり構わず切り抜けてきた結果でもある。それを頭でっかちのまま切り崩すのは容易ではない。結局、維新は自民党のしたたかさに丸め込まれただけに映るのだ。もっとも維新の側では内心、「そんなことは百も承知だが、半歩でも前進するためにあえて“毒”を飲んだ」という思惑があるかもしれない。しかし、それならば国民の前で「教育無償化を実現した」という爪痕を見せたい党利党略のため、形だけの医療保険制度改革を示したとの批判は免れないだろう。

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「DNAR」を説明できますか?高齢者救急について日本救急医学会が提言

 日本救急医学会では、高齢者救急に関連する学会・団体と共同で、高齢者が救急医療を必要としたときに適切で意に沿った医療を受けることができ、その後も納得できる暮らし方を選ぶことができるようにすることを目的として、「高齢者救急問題の現状とその対応策についての提言2024」を策定、2025年2月号の学会雑誌に掲載した。医療・福祉従事者のほか、市民、施設職員、救急隊員などそれぞれの立場に向けて提言を提示している。また、高齢者救急に関する用語が正しく使用されていない状況があることから、臨床現場で正しく使用されるようになることを目的として、「高齢者救急に関する用語の統一概念」が策定された。医療従事者にも誤用がみられる「DNAR」 「高齢者救急問題の現状とその対応策についての提言2024」では、“高齢者の医療・ケアに日常的に関係する医療・福祉スタッフの方々へ”、“急性期〜慢性期病院の方々へ”などの形でそれぞれの立場に対して提言が示され、急変時の対応手順の例やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)での対話を意味あるものにするための注意点などが示されている。 DNAR(do not attempt resuscitation)については、「患者本人または患者の意思を推定できる者の意思決定に沿い、心停止の際に心肺蘇生法(CPR)を行わないこと」であるが、医療従事者の間でも「DNAR」の提示があれば積極的な医療を行わなくてよいと誤認するなど、臨床現場で誤って使用されていることも少なくないと指摘し、“「DNAR」はあくまでも心停止時の対応であり、心停止でない急変時に救命処置を行わなくてよいということではない“と注意喚起している。「予想しない急変」「予想された急変」など、用語の統一概念を提示 2017年に発足した日本救急医学会の高齢者救急委員会において、DNARやACPなどの高齢者救急に関連する用語の統一概念の検討・定義が行われ、「高齢者救急に関する用語の統一概念」として策定された。 「予想しない急変」「予想された急変」「延命医療・延命措置」など、大きく15の項目について定義が簡潔に示されており、国内だけでも学会や医師会などで複数の定義が示されているACPに関しては、それらを一覧できる形で示している。

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第252回 “タカる”厚生労働省(後編) 医師偏在対策で”僻地”の医師手当増額の財源を保険者からの資金拠出で賄うことを決定

創薬と医師偏在の2つの施策で民間に資金拠出を求めるこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この連休は大学時代の山仲間と毎年恒例の八ヶ岳冬山トレーニングに行ってきました。いつもガイド兼パーティーリーダーをお願いしている原村在住の先輩が膝の靭帯を痛めて今回は不参加。ということで冬山初心者向けの縞枯山に登ることにしました。北八ヶ岳ロープウエイで一気に中腹の坪庭まで登る手もあったのですが、それではラクすぎるので明け方に山麓駅に着いて下から登りはじめました。それでも3時間余りでピークに着いてしまい、全員少々不完全燃焼。南八ヶ岳、南アルプス、中央アルプスの眺望は楽しめたものの、一度ラクをすると次からどんどんラクなほうを選ぶのが人間です。反省会では、来年は再び6時間超のコースに戻そうかと仲間と真剣に話し合った次第です。さて今回も前回に続いて、厚生労働省の“タカり”とも取れるもう一つの施策について書いてみたいと思います。政府は2月14日、地域医療構想の見直し、医師偏在是正、医療DX推進などを盛り込んだ医療法改正案を閣議決定し、国会に提出しました。このうち、医師偏在是正に関する法案は、本連載の「第245回 『医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ』まとまる、注目された『規制的手法』は大甘、『経済的インセンティブ』も実効性に疑問」で書いた、厚労省の医師偏在対策推進本部が 2024年12月25日に公表した「総合的な対策パッケージ」を法律に落とし込んだものです。この中の「経済的インセンティブ」の対策では、「重点医師偏在対策支援区域における支援のうち、当該区域の医師への手当増額の支援については、全ての被保険者に広く協力いただくよう保険者からの負担を求める」として、保険者(健保組合等)からの資金拠出を求めるかたちになっています。提出された医療法改正案の「要綱」の「医師手当事業等に関する事項」には、「医師手当事業に要する費用は、医療情報基盤・診療報酬審査支払機構(基盤機構)が都道府県に対して交付する医師手当交付金をもって充てる」とし、「基盤機構は、年度ごとに、医療保険者等から医師手当拠出金及び医師手当関係事務費拠出金(医師手当拠出金等)を徴収し、医療保険者等は医師手当拠出金等を納付する義務を負う」と書かれています。被用者保険関係5団体は「『保険給付と関連性の乏しい使途』に保険料を充当することは、著しく妥当性を欠く」と批判厚生労働省は、2024年8月30日に「近未来健康活躍社会戦略」の中で「医師偏在対策総合パッケージの骨子案」を提示、「厚生労働省医師偏在対策推進本部」等で総合パッケージに向けた検討が進められて来ました。この間、11月20日に開催された「新たな地域医療構想等に関する検討会」で具体的な医師偏在対策案が厚労省から提示されましたが、この時、「経済的インセンティブについて医療保険者などにも一定の負担を求めてはどうか」との提案が行われました。突然出てきた保険者にお金を出させようという案を牽制すべく、健康保険組合連合会、全国健康保険協会、日本経済団体連合会、日本商工会議所、日本労働組合総連合会の被用者保険関係5団体は11月29日に、「経済的インセンティブの財源として、『保険給付と関連性の乏しい使途』に保険料を充当することは、著しく妥当性を欠く」という趣旨の意見書を福岡 資麿厚労相に提出しました。しかし、最終的にこの意見書が反映されることはなく、保険者からの資金拠出は決定しました。前回書いた創薬支援基金構想に対する米国研究製薬工業協会(PhRMA)の大反対のような効果は得られなかったわけです。もっとも、12月19日に社会保障審議会医療保険部会で配布された「医師偏在対策に関するとりまとめ」の資料には、医師への手当増額の支援の財源を保険者からの負担(財源のすべてを保険者負担)で賄う施策の説明の後に、次のような一文が申し訳程度(保険者へのガス抜きの意味で?)に記されています。「なお、1)地域に必要な医療提供体制の確保は国・都道府県の責務であり、公的責任において負担するものであること、2)そのための地域医療介護総合確保基金が消費税財源により措置されていること、3)医師の人件費は医療費の一部であり、保険者は現に診療報酬を通じて必要な負担をしていること等の理由から、医師偏在対策にかかる費用を保険者の拠出財源に求めることには合理性がなく、保険給付と関連性の乏しい使途に保険料を充当することは、著しく妥当性を欠くとの意見もあった」。保険者は「お金を出しているからモノも言える」状況に変わる可能性も保険料は本来、医療の給付に使われるものです。それを、国や行政が十分な対策を講じてこなかった医師偏在対策において、医師が足りていない地域(重点医師偏在対策支援区域)の医師の給与増額に使うのは明らかに筋違いの施策と言えます。診療報酬での手当も検討されたようですが、診療報酬で僻地の医師の人件費を手当すると、患者の自己負担額に跳ね返ってしまいます。直接の支援というかたちに落ち着いたのには、そうした理由もあったのかもしれません。これまで、不採算地域の医療には、補助金や地方交付税など税金を使った支援が行われてきました。今回だけ税金ではなく保険者に財源拠出を求めるのは明らかに異例のことです。保険者には相当な痛手となりますが、逆に「お金を出しているからモノも言える」状況に変わる可能性もあります。「医師の給与増額を手助けしてやっているのに、なぜ僻地の医師が増えないんだ」と言えるわけです。この施策の今後が注目されます。厚労省の施策のグダグダ振りがとみに顕著、コロナ対策疲れなのか単純に厚労官僚の能力が低下なのか?というわけで、2回に分けて「“タカる”厚生労働省」の施策について書いてきました。どちらも税金を使っての予算措置ではなく、製薬企業や保険者に資金の拠出をタカらざるを得なかったのは、財務省を説得できるだけの施策ではなかったからでしょう。前回書いた創薬支援基金(仮称)構想は、同様の役割を担う機関として内閣府所管の国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)がすでにあるのに、新たに立ち上げる必然性が感じられませんでした。今回書いた医師が足りていない地域(重点医師偏在対策支援区域)の医師の給与増額の財源を保険者からの拠出財源に求めることについても、果たしてそれで医師偏在が本当に解消されるかどうか不透明です。「そんなことに税金は使えない。自分たち(厚労省)でなんとかしろ」と財務省から言われたとしても不思議ではありません。もう一点、巷間まことしやかに噂されているのは、厚労省の新規天下り先確保のための施策ではないかということです。経済誌ZAITENの3月号は「厚労省『天下り先新設計画』に外資系製薬団体が激怒」と題する記事で創薬支援基金(仮称)構想について報じているのですが、同記事は「無理筋な政策を厚労省が強引に進めようとする背景には、どうやら天下り先の拡大がある」と書いています。AMEDをテコ入れするのではなく、新たな団体を作って理事長や副理事長を置き、数千万円の報酬を支払おうと言うのですから、創薬支援基金(仮称)構想についてはそんな批判もあながち的外れではなさそうです。それにしても、“タカり”のような無理筋の施策を強引に進めたり、実効性に疑問符だらけの「医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ」をまとめたり、さらには現行の地域医療構想の最終年を2025年度から2026年度に伸ばさざるを得なくなったりと、厚労省のグダグダ振りがとみに顕著だと感じるのは私だけでしょうか。コロナ対策疲れなのか、あるいは単純に厚労官僚の能力が低下しているだけなのか……。いろいろな意味でこちらも心配です。

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価値ある研究だが、国による医療事情の違いへの考慮が必要(解説:野間重孝氏)

 本試験では、最初の診断時に冠動脈CT血管造影(CCTA)を施行したグループにおいても、最初にCCTAが行われたが、その後のフォローアップで定期的にCCTAが使用されたわけではない。したがって、初回の診断による薬物治療や治療方針の違いが長期転帰に影響を与えた可能性はあるが、病変の進展を観察しながら治療を逐次変更していったわけではない。それでもこうした有意差が認められたことは、治療開始時に冠動脈病変を正確に把握しておくことの重要性をあらためて認識させた研究であるといえよう。これは私たちのような古手の循環器科医にとっては耳の痛い話であるが、若い人たちは「そんなことは当然では?」と思われるかもしれない。 わが国では冠動脈疾患が疑われた患者は特別な事情がない限り、まずCCTAや冠動脈造影が行われ、75%以上の狭窄が見つかった患者はFFRやiFRなどさらなる検査が行われ、高齢・合併症などにより施行が困難な場合を除いて、適応と考えられたほぼ全員がPCIや冠動脈バイパスの治療を受ける。フォローアップの過程においても何らかの変化がみられれば、当然のようにCCTAなどが再度施行される。したがって、SCOT-HEART試験でのCCTA群での初期治療方針の選択・変更が長期的な転機の改善につながったという点は、初期評価・診断の重要性を強調するものではあるが、わが国の現行の医療体制下では追加的な意味を持ちにくいと考えられる。JCSガイドラインにおいても、安定冠動脈疾患患者に対する治療戦略として至適薬物療法(OMT)と生活習慣の是正を基盤としつつ、機能的狭窄度評価を重視し、適切な血行再建術の適応を判断することが推奨されている。 SCOT-HEART試験は、2015年に初期結果が発表され、2018年には5年間のフォローアップ結果が報告された。今回の報告は、同グループが10年間のフォローアップ結果を発表したものである。10年間という長期間にわたる医療環境の変化を考えたとき、初期における適切な患者評価がいかに重要かをあらためて強調した研究として、高く評価されるものであろうと思われる。ただ、前述のようにわが国と英国では医療事情が異なっており、彼らの主張は大いに参考になるが、日本の医療環境は異なるため、そのまま適用するのではなく、FFR-CTの位置付けなどを含めた日本独自の診断戦略を構築することが求められる。

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第231回 高額療養費制度の行方、医療現場はどう変わる?

今年2月になって突然、飛び込んできた「高額療養制度の見直し」について多くの方はなぜそんなに急に? と疑念を抱かれたと思います。わが国はバブル景気の後の「失われた30年」の間、経済が停滞していた間も少子化と高齢人口の増加が続いてきました。リーマンショック後の安倍政権をきっかけに、日本経済も回復したとはいえ、2040年まで高齢化が続く中、増大する医療費や介護費のため、社会保障制度の持続可能性について検討が続いています。社会保障改革の経過の振り返り令和元(2019)年から開かれていた全世代型社会保障検討会議の最終報告からまとめられた「全世代型社会保障改革の方針」(令和2年)でも、少子化対策の子育て支援とともに、医療提供体制の改革や後期高齢者の自己負担割合の在り方について検討をすることが盛り込まれていました。これらについて政策の実際の発動は、新型コロナウイルス感染症の拡大で延期され、令和4年1月から開催された「全世代型社会保障構築会議」で、すべての世代が安心できる「全世代型社会保障制度」を目指し、働き方の変化を中心に据えながら、社会保障全般にわたる改革を検討しました。この会議の中で「給付と負担のバランス・現役世代の負担上昇の抑制」について、「高額療養費制度の見直しも併せてしっかり取り組んでいただきたい。厚生労働省からはそれを検討するという報告があったわけで、これはぜひ1つでも2つでもできるものをどんどん実現してほしい」という発言がなされていました(【第20回全世代型社会保障構築会議議事録】)。このような発言を反映してか、令和6年1月26日の社会保障審議会で「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」の中で、経済情勢に対応した患者負担などの見直し(高額療養費自己負担限度額の見直し/入院時の食費の基準の見直し)が入っていました。2月に入り厚労省の社会保障審議会医療保険部会の「令和7年8月~令和9年8月にかけて段階的に実施高額療養費制度の見直し」を行うという資料【高額療養費制度の見直しについて】をもとに国会の予算審議で大きく取り上げられたのをきっかけに大きな話題となりました。画像を拡大する当然ながら、高額療養費の対象となるがんや難病の患者さんの団体から反対の声が上がり、2月7日に厚労省で鹿沼 均保険局長と患者団体が面会を行い、いったん凍結を求められました。厚労省側から改革案を部分修正する意向を示されたものの、患者団体はこれを反対するなどしばらく予算審議を進めていく中、予定通り令和7年8月からの引き上げは難しくなっています。Financial toxicityがクローズアップされている高額療養費制度はわが国の保険診療のセーフティネットとして必要なもので、これが十分に機能しているため患者さんは安心して高額な抗がん剤や先進的な治療を受けることができますが、一方で、諸外国ではこのようなシステムがないため、すでに2000年代になって画期的な新薬の承認とともに問題となっていました。高額療養費制度の見直しが必要になったのは高額な新薬の登場です。近年登場する抗がん剤は非常に高額なため、公的な保険で十分にカバーできない問題が諸外国で話題になっていました。筆者も以前、製薬企業で勤務していたときに有害事象として報告された用語に“financial toxicity”という言葉を目にしたことがあります。Financial Toxicity(ファイナンシャル・トキシシティ:経済毒性)とは、国際医薬用語集にも掲載されている用語で、医療費による経済的負担が患者さんや家族に与える悪影響を指します。高額な新薬によって医療費が増大するのを抑制するため、欧米諸国では保険制度で新薬については、適応とする患者さんの症状によっては処方制限するなどしてアクセス制限をしています。新薬が使えない場合は、患者団体がメーカー側に働きかけて医薬品価格を引き下げさせたり、欧州では医療経済学者を中心に費用対効果を審査して、薬価と効果の面で医薬品を経済評価するようになっており、新薬として承認されても保険償還について別個で審査してアクセス制限をしています。実際にイギリスでは2009年から、新規の抗がん剤への患者アクセスを改善するためにNICE(国立保健医療研究所)によって「非推奨」とされた抗がん剤を中心に対象とする薬剤を評価後にリスト収載し、それらに対する費用をCDF(Cancer Drugs Fund:英国抗がん剤基金)から拠出してきましたが、財政負担の著しい増加に対して、2016年からは新CDFを含むNICEの抗がん剤評価に関する新スキームの運用が開始され、新薬として承認を取得するすべての新規抗がん剤は、NICEにより評価され、「推奨」とされた場合には、英国国民保健サービス(NHS)から償還を受けることができますが、「非推奨」の場合には、Individual Funding Request(IFR)による1件ごとの審議となり、使用は大きく制限されています。わが国でも2014年に承認されたニボルマブ(商品名:オプジーボ)をきっかけに、主に高額な薬価をめぐって国内で大きく取り上げられました。ニボルマブの承認時の償還薬価は100mg1瓶72万8,029円と高額でしたが、その後、適応症の拡大と処方患者の増加で急速に売り上げが伸びたため、厚労省が新たに設けた特例拡大再算定などの薬価引き下げ策で、新薬承認からわずか4年で75%も安くなり【「オプジーボ」続く受難 用量変更でまたも大幅引き下げ…薬価収載時から76%安く】、その後も薬価は低下し、現在は当初の価格から13万1,811円(2024年4月以降)と18.1%の価格になっています。過剰な薬価抑制策にはネガティブな側面もわが国では承認された新薬の保険償還の価格を引き下げることはよくありますが、国際的にみて、新薬の価格は特許がある間は開発費を回収して、さらに画期的な新薬開発への投資を行う原資を得るために保証されているのが通常で、わが国のように日本発の新薬ですら大きく価格を抑制することは、新薬を開発する製薬会社からみて市場としては魅力的には映りません。さらに日本では薬価制度で対応しつつ、同時に新薬の承認・審査するPMDA(医薬品医療機器総合機構)は「新規作用機序を有する革新的な医薬品については、最新の科学的見地に基づく最適な使用を推進する観点から、承認に係る審査と並行して最適使用推進ガイドラインを作成し、当該医薬品の使用に係る患者及び医療機関等の要件、考え方及び留意事項を示すこととしています」とあり、また、「症例ごとに適切な処方を求めるようになっています」として、処方する専門医に対して、学会や製薬企業から情報提供がなされるようになっています。現実問題として、わが国では以前、ドラッグラグ(承認の遅れ)が目立っていましたが、薬事審査に当たってのさまざまな障壁(日本人データの要求など)が業界側や患者側からの働きかけで短縮していました。一方、最近問題となっているのはドラッグロスと言って、そもそも日本市場に参入がないことです。これについては企業側の努力不足もあるとは思いますが、大手製薬企業としては日本の薬価制度がハードルになっている以外にも、近年ベンチャー創薬によって開発されているオーファンドラッグ(希少薬品)のようにニーズはあるが売り上げが大きくない医薬品の場合、企業側の体力がないため日本での薬事承認申請まで辿り着けないなどの問題も発生しています。わが国もこのままでは新規医薬品の開発力が低下してしまうのを避けるため、日本人データを必ずしも必須としないなど条件緩和を進めていますが、医療分野でのイノベーションに見合うだけの収益が得られないため、日本の製薬企業でも海外での開発や販売を優先するケースが近年目立っています。国民の生活にかかわる政策決定には透明化も必要わが国の製薬市場が欧州やアメリカより小さいながらも、中小の製薬企業がそれぞれ得意分野で活躍して開発競争を行ってきましたが、21世紀に入った今、低分子薬を中心とした生活習慣病の開発競争から、抗がん剤など中分子~高分子の医薬品に競争分野が変化し、より高い薬価の医薬品を開発する必要があります。薬価引き下げで多くの製薬企業は特許切れの長期収載品による安定した収益を失い、より新薬開発競争を国際的に進めねばならず厳しい状態が続いています。今回の見直しのように薬価は高いけれど、効果の高い新薬を使用して治療を受けたいという国民の声に政府は応える必要があり、薬価引き下げではなく、患者自己負担を増やすことで一定のバランスを得ようとしたことはある意味正しいと考えます。しかし、高薬価の新薬の開発は続いており、続々と新薬が承認されています。ニボルマブのような強制的な薬価引き下げを続けることは、国際的にみても日本の製薬市場の縮小、ひいてはわが国の制約産業の衰退を招く可能性もあり、薬価引き下げだけでは持続可能性は乏しいと考えます。医療費用の増加は高齢化もあり、やむを得ない事情があり、経済成長に見合った形であれば社会保障費の経済的な負担増大にはつながらないのですが、今回のように患者数の増加や治療費の増加をどう抑えるかは国の中でも結論がでておらず、2024年の国政選挙でもこの話題はまったく討論されず、話の持って行き方にかなり問題があったと感じています。高額療養費の引き上げについて、厚労省の審議会では「既定路線」であったものの、患者さんやその家族にとって貧困を理由に治療が中断することは、国民のコンセンサスを得ていたとは考えにくいです。今後も増え続けるキャンサーサバイバーの患者さんのニーズに応えるためには、財源を用意する必要があります。政府の中できちんと討論した上で、患者自己負担をなるべく広く薄くなるのか、それとも患者自己負担を一定の割合で求めるか、すでに問題となっている多重受診の患者さんの自己負担や軽症疾患のビタミン剤や湿布をOTC化の促進で医療費を抑制した分を回すか、あるいは別のタバコ税や酒税のような形で財源を調達するか、何らかの形で国民に問う必要があったと考えています。すでに津川 友介氏のような一部のオピニオンリーダーからは解決策を提示する意見【「国民の健康を犠牲にすることなく、2.3~7.3兆円の医療費削減が実現可能な『5つの医療改革』」】も出ていますが、他にもさまざまな方策を考えるには絶好のタイミングだと思います。今回のように国民に知らされないまま、審議会という密室で大事な政策が決められるようなやり方を日本人は好みません。わが国は民主主義国家ですから、今年の夏から患者さんの高額療養費を引き上げるのであれば、参議院議員選挙で各政党から意見を出してもらい、どういう形をとるかを決めるべき時期かと考えています。参考1)高額療養費制度の見直しについて(厚労省)2)全世代型社会保障改革の方針[令和2年](同)3)社会保障審議会(同)4)「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」、「こども未来戦略」について(同)5)Financial Toxicityおよびがん治療[PDQ](がん情報サイト)6)「オプジーボ」続く受難 用量変更でまたも大幅引き下げ…薬価 収載時から76%安く(Answers News)7)最適使用推進ガイドライン(PMDA)8)レカネマブ(遺伝子組換え)製剤の最適使用推進ガイドラインについて(日本精神神経学会)

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50代の半数がフレイルに相当!早めの対策が重要/ツムラ

 2月1日は「フレイルの日」。ツムラはこの日に先立つ1月30日に「50歳からのフレイルアクション」プロジェクトの発足を発表し、フレイル対策の重要性を啓発するメディア発表会を開催した。セミナーでは東京都健康長寿医療センターの秋下 雅弘氏がフレイルの基本概念と対策の重要性について講演し、ツムラのコーポレート・コミュニケーション室長・北村 誠氏がプロジェクト概要を説明、そしてタレントの山口 もえ氏を交えてトークディスカッションを行った。秋下氏の講演「中年世代から大切なフレイル対策-ライフコースアプローチの観点から」の概要を紹介する。 平均寿命が延伸するとともに、日常生活に制限なく生活できる年齢である「健康寿命」や身体的・精神的・社会的に良好な状態を示す「ウェルビーイング」の重要性が高まっている。これを阻害する要因の1つである「フレイル」とは、歳とともに体力・気力が低下した、いわば健康と要介護の間の状態を指す。 フレイルの症状には、筋力が低下して転びやすくなるといった「身体的な問題」、もの忘れや気分の落ち込みが続くといった「心理・認知的な問題」、社会交流の減少や経済的な困窮といった「社会的な問題」という3つの要素がある。これらは別々に存在しているわけではなく、知恵の輪のように複雑に絡まり合っている。「加齢によるもの」と説明すると不可逆的なものと捉えられることが多いが、適切な対策を講じることで健康な状態に戻ることが可能という点が重要だ。 今回、ツムラは40~69歳の男女を対象に、厚生労働省が作成した「基本チェックリスト」に基づいてアンケート調査を行った1)。結果としては、50代の回答者の半数以上がフレイル相当で、前段階のプレフレイル相当を合わせると該当者は約9割に上った。このチェックリストは高齢者を対象としたもので、該当者がそのままフレイルというわけではないが、対策をせずにそのまま年齢を重ねれば確実にフレイルとなる可能性が高い予備軍だ。実際、フレイル/プレフレイル該当者のうち、約9割が「対策を行っていない」と回答した。50代は働き盛りで「自分はまだまだ大丈夫」という意識があるうえ、ポストコロナでのリモート生活の影響で運動量が減っているという要因もありそうだ。 フレイル対策はシンプルだ。栄養、運動、社会参加が3つの基本となる。栄養は朝昼夜の食事をバランス良く食べ、とくにタンパク質とビタミンDを意識的に摂取し、口腔衛生を保つこと。運動はウォーキングのような有酸素運動と筋トレのようなレジスタンス運動を併用して継続すること。社会参加は休日の外出や趣味や習い事などで人とのつながりを持つことが重要だ。患者説明用スライド「フレイルの定義と対策」※ツムラ作成 「50歳からのフレイルアクション」発表会  秋下 雅弘氏講演資料より 50代は筋力、筋肉量は減少してくるものの、通常はまだ生活に影響するほどではない。また、職場の健康診断もメタボリックシンドロームなどの生活習慣病による心血管病の予防と、がんの早期発見に重点が置かれ、フレイルなど高齢期の問題まで行き届いているとは言えない。しかし、50代という変化の大きな時期に何も対策を講じないでいると、60~70代でさらに筋肉は減少し、少しの動作や生活にも影響が出るようになり、また気分的にも行動変化に結び付けるのが難しい、まさに取り返しのつかない状況に陥るリスクがある。ライフコースアプローチの観点からも50代であればまだ十分に加齢変化を止め、あるいは回復までも期待できる。「まだ間に合う」という意味で、ぜひ50代からフレイル対策をはじめてほしい。 秋下氏は医師へのメッセージとしては、「体調不良を訴える中高年の診察時には、フレイルを気に留め、上記の栄養、運動、社会参加についてのアドバイスをしてほしい。また疲れやすさや気持ちの落ち込みといったよくある訴えの裏に、がんなどの疾患が潜んでいることもある。よくある主訴の背後にあるものを見逃さず、必要に応じて専門医につないでほしい」とした。フレイルのチェック方法患者説明用スライド「フレイルのチェックリスト」※ツムラ作成 「50歳からのフレイルアクション」発表会  秋下 雅弘氏講演資料より1)基本チェックリスト/厚生労働省7項目25の質問からなるチェックリストで、介護支援事業者が高齢者を対象に生活機能評価を行うために作成されたもの。2)J-CHS基準のチェックリスト国立研究開発法人 国立長寿医療研究センターが、J-CHS基準を一部改訂したもの。3)5項目のフレイルチェックJ-CHS基準をもとに秋下氏が監修し、よりわかりやすい表現にしたフレイルチェックリスト。5項目のうち1つでも該当するとフレイルの可能性がある。4)ペットボトルチェック筋力低下を測る1つの目安が握力とされており、男性は28kg以下、女性は18kg以下だとフレイルの可能性があると言われている。女性の握力目安と同じ程度とされているのがペットボトルのふたを開ける動作で、身近にチェックできる方法の1つ。一般的な「側腹つまみ」で開けられなかったら要注意。

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フレイルの定義と対策

そもそも フレイルとはフレイルとは、「加齢に伴う予備能力低下のため、ストレスに対する回復力が低下した状態」を表す “frailty” の日本語訳として日本老年医学会が提唱した用語である。自立フレイルは、要介護状態に至る前段階として位置づけられるが、頑健・健常フレイル加齢要介護身体的脆弱性のみならず精神・心理的脆弱性や社会的脆弱性などの多面的な問題を抱えやすく、自立障害や死亡を含む健康障害を招きやすいハイリスク状態を意味する。適切な対策で、健康な状態に戻ることも可能です。「フレイル診療ガイド 2018 年版」(日本老年医学会/国立長寿医療研究センター、2018)ツムラ作成 「50歳からのフレイルアクション」発表会  秋下 雅弘先生講演資料よりフレイル対策 3つの基本栄養運動社会参加ツムラ作成 「50歳からのフレイルアクション」発表会  秋下 雅弘先生講演資料よりフレイル対策 栄養朝、昼、晩バランスよく食べる。筋肉をつくる「たんぱく質」と骨の発育に大切な「ビタミンD」を摂る。栄養口の中を清潔に保ち、定期的に歯科を受診する。ツムラ作成 「50歳からのフレイルアクション」発表会  秋下 雅弘先生講演資料よりフレイル対策 運動ウォーキングや水泳などの「有酸素運動」。筋力トレーニングのような「レジスタンス運動」。運動体調や体力に合った運動を継続する。ツムラ作成 「50歳からのフレイルアクション」発表会  秋下 雅弘先生講演資料よりフレイル対策 社会参加休日は外出をして体のリズムを整える。趣味や習い事などの楽しみをつくる。社会参加人とのつながりをもち脳に刺激を与える。ツムラ作成 「50歳からのフレイルアクション」発表会  秋下 雅弘先生講演資料より

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早期の緩和ケアは死期の近い高齢者の入院を予防できない?(解説:名郷直樹氏)

 多疾患併存患者の死亡リスクを予測するGagne comorbidity score(1年時点での死亡予測のスコア:-2~26、高値ほどリスクが高い)が6点以上(1年後の死亡率が25%以上)の66歳以上を対象とし、救急外来受診時に、エビデンスに基づく多職種による教育、重大な疾患に関するコミュニケーションについての刺激に基づくワークショップ(救急外来での会話)、意思決定サポート、救急外来スタッフによる監査とフィードバックによる介入の効果を、入院をアウトカムとして検討したクラスターステップウェッジランダム化比較試験である。 クラスターステップウェッジとは、施設ごとに介入の順序をランダムに割り付け、最終的にはすべての施設が介入を受け、介入前後で効果を検討する手法である。通常のランダム化比較試験では介入群と非介入群を比較するが、この手法ではすべての対象者が介入群であり、その介入前後のアウトカムの変化を比較する。 結果は、介入前の入院率が64.4%、介入後の入院率が61.3%、入院率の差が-3.1%、95%信頼区間が-3.7~-2.5%と差を認めているが、多変量解析で交絡因子を調整後のオッズ比では1.03(0.93~1.14)と差を認めていない。差があるとしても小さい、というのが大ざっぱな理解かもしれない。ただ、この介入に関わる人や時間のコストを考慮すると、統計学的な差があっても、現場での実現は困難ではないだろうか。 この研究は2018~22年にかけて行われているが、この間にCOVID-19の流行があり、入院適応に対して大きな変化があった。末期の患者がこの時期にはホスピスなどに入院困難であったり、COVID-19による入院のために他疾患の入院が困難になったり、多くのこの時期の医療状況が結果に影響したと予想される。 さらにこのクラスターステップウェッジの手法は、非介入群との比較ではなく介入前後の研究であるため、従来のランダム化比較試験のように交絡因子がコントロールされるわけではない。その意味ではランダム化比較試験という命名は不正確だと思われる。介入時期ランダム化介入前後比較試験と呼ぶのがいいと思う。 また、この手法のメリットとしてすべての対象者に介入がなされることがあるが、効果があるかどうかわからない介入を全員に提供してしまうという非倫理性もある。可能であれば介入群と非介入群を比較するクラスターランダム化比較試験が行われるべきではなかろうか。

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第82回 臨床試験における「外れ値」の取り扱いは?【統計のそこが知りたい!】

第82回 臨床試験における「外れ値」の取り扱いは?日々の業務でデータ収集を行っていると、他のデータと比較して極端に大きい(もしくは小さい)データを目にすることがあるのではないでしょうか。他のデータと比べて極端な値のデータのことを「外れ値」と呼びます。外れ値を含んだままデータ分析を行うと、外れ値に引っ張られて、分析結果や傾向が変わってしまう場合があるため、取り扱いには注意を要します。しかし、場合によっては外れ値を分析することで、重要な知見が得られることもあるため、一概にすべて除けばよいとも言い切れません。本シリーズの第41回「外れ値とは」において外れ値の意味や判定方法について解説していますので、本稿では、「臨床試験や医療統計の分野」に限定して、「外れ値」の取り扱いについて解説します。■外れ値(outlier)臨床試験や医療統計の分野では、データの外れ値を扱うことは非常に重要な課題です。外れ値を単純に除外してしまうと、試験の結果が実際の状況を正確に反映していない可能性があるため、多くの論文で外れ値の扱いについては、慎重なアプローチが推奨されています。それでは、なぜ外れ値を除外してはいけないのか、主として以下の3つがあります。1)代表性の喪失臨床試験のデータは、対象とする集団を代表するものであるべきです。外れ値を除外することで、特定の症例や反応を無視することになり、集団の実際の特性を反映しない結果になる恐れがあります。2)バイアスの導入外れ値を除外することで、結果にバイアスが導入され、誤った結論に至る可能性があります。これは、とくに小さいサンプルサイズの研究で顕著になります。3)重要な情報の損失外れ値は、時に予期しない重要な発見や異常値の原因を示す可能性があります。これらを除外することで、重要な医学的洞察を見逃す可能性があります。■除外しない場合の臨床試験の結果の論文のまとめ方それでは、外れ値を除外しない場合、臨床試験の結果をどのように論文でまとめていくのでしょうか。1)データの詳細な記述外れ値を含めたすべてのデータを詳細に記述し、データの分布や特性を読者が理解できるようにします。2)感度分析の実施外れ値の影響を評価するために、外れ値を含むデータと除外したデータの両方で分析を行い、結果の差異を報告します。3)外れ値の探索的分析外れ値が発生した理由や背景を探求し、それが結果に与える影響を評価します。ICH-E9(臨床試験のための統計的原則)にも「外れ値の取り扱い」については、次のように記載があります。実際の値を用いた解析のほかに、外れ値の影響を除くか小さくする別の解析を少なくとも1つ行うべきであり、それらの結果の間の差異を議論すべきである。外れ値と思われるデータを含めた場合と除外した場合の解析の2つの間で差異がない場合には、その解析結果は「頑健」であると言えます。たとえ違いがあったとしても、それが薬剤の影響ではないということを、いろんな視点から論述することができれば、問題ありません。大切なことは「なぜそのような値が出てきたのか」を考察することにあります。■外れ値を除外してもよいケース外れ値を除外できる具体的なケースは限られていますが、以下のような状況では除外が許容されることがあります。1)データの記録や入力の明らかな誤りデータが明らかに誤って記録または入力された場合、それは除外してもよいと考えられます。2)プロトコル違反臨床試験のプロトコルに従わなかった参加者からのデータは、場合によっては分析から除外されます。3)機器の故障や操作ミスによるデータ測定機器の故障や操作ミスにより、誤ったデータが得られた場合、これを除外することがあります。それぞれのケースで外れ値をどのように扱うかは、研究のコンテキスト(context)や目的に応じて慎重に決定しなければなりません。また、外れ値を単純に除外してしまうことはできません。データの除外を行う場合には、その理由と方法を論文に明記し、データ除外が結果に与える可能性のある影響についての詳細な説明を述べることが重要です。データを除外する場合などの注意事項や配慮する事項を下記に4つ示します。1)除外の正当性の説明なぜ特定のデータポイントが外れ値とみなされ、除外されたのかについて、明確な根拠をもって記述します。これは、他の研究者が同様の状況でどのように対処すべきかを理解するのにも役立ちます。2)分析への影響の評価外れ値を除外することが結果にどのような影響を与えるかを評価し、記述します。これには、外れ値を含めた場合と除外した場合の分析結果を比較することが含まれることがあります。3)透明性の確保研究の再現性と透明性を確保するために、外れ値を特定し、除外するために使用した基準や手法を詳細に記述します。4)補足分析の提供可能であれば、外れ値を含む分析と除外する分析の両方を実施し、結果の違いを報告することで、外れ値が研究結果に与える影響を読者が理解できるようにします。これらのプロセスを通じて、研究者はデータの外れ値を適切に扱い、その結果、信頼性が高く、再現可能であり、透明性のあるものにするために努めなければなりません。データの除外は、研究の信頼性を損なわないように慎重に行われるべきということになります。■さらに学習を進めたい人にお薦めのコンテンツ統計のそこが知りたい!第41回 外れ値とは?第56回 正規分布とは?第78回 4種類あるエラーバーについて

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映画「クワイエットルームにようこそ」(その5)【ということはこれをすれば医療保護入院は廃止する前に廃れる!(扶養義務の縮小)】Part 1

今回のキーワード生活保護世帯分離法の下の平等直系家族病精神障害者の自立医療費の削減措置入院精神医療審査会前々回(その3)では、医療保護入院が廃止できない諸悪の根源が扶養義務であることを突き止めました。そして、前回(その4)では、扶養義務をはじめ、私たちが家族のつながりにとらわれ人権意識が乏しい根っこの原因を、地政学の視点から解き明かしました。そして、それを「直系家族病」(文化結合症候群)と名付けました。ということは、医療保護入院を廃止するためには、その前に「直系家族病」の主病巣である扶養義務にメスを入れる必要があります。はたしてそれは可能でしょうか?今回(その5)は、映画「クワイエットルームにようこそ」を踏まえて、扶養義務の縮小が現実的になってきているわけをご説明します。そして、扶養義務を法的に縮小することは、医療保護入院の廃止だけでなく、「直系家族病」そのものの根治治療にもなりうる可能性をご説明します。さらに、医療保護入院が廃止されることによるベネフィットとリスク対策をまとめてみましょう。扶養義務の縮小が現実的になってきているわけは?主人公の明日香は、母親と絶縁しており、3年間ほぼ連絡を取っていませんでした。ラストシーンで彼女は同棲していた鉄雄と別れますが、その後に仕事が見つからないために、生活保護を申請したらどうなるでしょうか? その3で国による扶養圧力が強化されたとご説明しましたが、母親に扶養が可能かの通知が行くのでしょうか?答えは、家族関係がうまくいっていない場合は、原則的に通知は行きません。この根拠は、参議院厚生労働委員会附帯決議(2013年)において「家族関係の悪化を来したりすることがないよう、十分配慮すること」とされているからです1)。それでは、明日香が父親の急死をきっかけに、母親と電話やメールで連絡し合う仲にまで戻り復縁したとしたら、どうでしょうか? すると、母親に通知が行くことになるわけですが、母親がその通知に返信しなかったら、母親に罰則はあるのでしょうか?答えは、返信しなくても罰則はありません。この根拠は、厚生労働省社会・援護局長の国会答弁(2013年)において、「回答義務や回答がされない場合の罰則を科すことはいたしておりません」と答弁してるからです1)。さらに、返信しないということは、扶養を拒否しているわけであり、それでも罰則がないので、実は家族が扶養を拒否できることを意味します1)。それでは、明日香が実家に帰り、母親と同居するようになったら、どうでしょうか?答えは、同居している場合に限り、母親に扶養義務(生活保持義務)が生じるため、生活保護は申請できなくなります。逆に言えば、別居(世帯分離)さえしていれば、家族は扶養義務を課されることはありません。ちなみに、立場が逆転して、明日香の母親が生活保護を申請する場合もまったく同じです。もちろん、2人が同居(世帯同一)していても、2人揃ってなら申請できます。これが、現在の生活保護法の運用の原則になっています。つまり、現在、国による扶養圧力の話はあくまで見せかけで、扶養義務が実質的にあるのは、配偶者、父母(未成年の子に対する)に縮小されています。まさに核家族の家族構成で、家族システムがもともと核家族である欧米諸国と同じような扶養義務になってきています1)。唯一違う点は、成人した子供や親などに対して、欧米では同居していても扶養義務はないのに対して、日本では同居していたら扶養義務はあることです。しかし、実際の日本の民法上の扶養義務者(絶対的扶養義務者)の範囲は、明治民法から変わらず、配偶者、父母、祖父母、兄弟姉妹、子、孫、ひ孫と幅広く明記され、まさに直系家族の家族構成のままになっています。しかも驚いたことに、「特別な事情があるときは」という条件付きで、おじ、おば、甥、姪など3親等内の親族(相対的扶養義務者)まで含まれており、形式的にはとんでもなく広いです。確かに、戦後しばらくまでは、すぐ近くに住む親族が一緒に農作業をするなど、日常的にも経済的にも助け合うこと(扶養)は、ごく自然でした。生活保護法はまだできたばかりで、社会保障は行き届いていませんでした。しかし、核家族と一人暮らしが圧倒的な多数派となり、社会保障が充実している現在の社会構造では、血縁関係だけを理由に扶養義務を課し続けるのは不自然になっています。これは、血縁関係があるだけで殺人の刑罰が重くなる尊属殺人にも重なります。これは、かつて違憲判決が出ました。また、加害者と血縁関係があるだけで犯罪被害者給付金が減額されることにも重なります。これは、現在裁判中ですが、同じように違憲判決が出るでしょう。扶養義務にしても尊属殺人にしても犯罪被害者給付金にしても、血縁関係を特別視するのは、現在の社会構造では法の下の平等にはならなくなっています。もちろん、家族の絆や血縁関係を重んじること自体は、倫理的に推奨すべきことではあります。しかし、法的に強制すべきことではないというのが現代の価値観です。あとは、法改正を待つだけですが、国民の6割が賛成している選択的夫婦別姓(これもまた核家族による価値観)が法改正されず、なかなか違憲判決も出ないのと同じように、扶養義務の縮小もまだ時間がかかりそうです。次のページへ >>

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第250回 「脳外科医 竹田くん」の作者声明文と“フジテレビの第三者委員会設置で改めて考える、医療界の第三者機関、医療事故調査・支援センターが抱える“アキレス腱”(後編)

「一連の医療事故の真相が究明されないまま事件の記憶が風化すれば、また新たな犠牲者が生まれてしまう」と「脳外科医 竹田くん」作者こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。前回は、中居 正広氏の女性とのトラブルにフジテレビの幹部社員が関与していたとされる報道や、同社が日弁連のガイドラインに沿った第三者委員会を立ち上げたことに関連して、組織で起こったさまざまな問題に“第三者”が入って調査・報告をする意味やその危うさについて書きました。今回は医療の世界での第三者委員会について書くつもりだったのですが、それに関連した興味深いニュースが入ってきました。手術などでミスを繰り返す外科医を描きネットで公開、話題を集めた漫画「脳外科医 竹田くん」の作者が2月5日、同漫画のサイトで声明文を発表し、「私(漫画作者)は、赤穂市民病院 脳神経外科で2019年から2020年にかけて複数発生した医療事故のうち、2020年1月22日に起きた医療過誤の被害者の親族です」と自身の背景を明らかにしたのです1)。声明文では、「当時、私は一連の医療事故や脳神経外科の内情について、当事者や関係者の方々から直接、あるいは間接的に情報を取得することができる立場にあり、およそ現実とは思えないような異常な事実経緯を詳細に記録し、それらの情報を題材に『脳外科医 竹田くん』を描きました」と漫画を描くに至った経緯を綴るとともに、「この漫画自体はフィクション(架空世界で展開される物語)ではあるものの、医療事故、及び医療事故にまつわるエピソードは、赤穂市民病院の医療事故事件と病院内のトラブルをモチーフにしています」とした上で、「なぜ同一医師による医療事故が多発してしまったのか、なぜ検証が適切に行われなかったのか、なぜ学会から認定停止処分を受けたのか、といった物語のテーマを読者にわかりやすく伝えるために設定を単純化したり、比喩的表現を用いることはあったとしても、実際の医療事故を重く見せる目的での誇張や改変、特定の人物を殊更に悪者に仕立て上げるなどといった悪意のある脚色や誇張は一切行っておりません」と書いています。そして、制作の動機として、赤穂市民病院で多数の医療事故が起こっていたにもかかわらず、「病院は混乱し、対応に追われ、医療事故についての適切な検証や調査を行おうとしない様子を目の当たりにしました。2022年6月にようやく病院記者会見が開かれましたが、その内容は真相究明とはほど遠いものでした。私は、一連の医療事故の真相が究明されないまま事件の記憶が風化すれば、また新たな犠牲者が生まれてしまうのではないか、といった強い危機感を抱き、葛藤の末、どうにかしてこの問題を社会に伝えたいと考えるようになりました」と、病院の事故対応のひどさを挙げています。「脳外科医 竹田くん」のモデルとされた兵庫県・赤穂市民病院の元勤務医、松井 宏樹被告(46)は昨年12月27日、神戸地検姫路支部が業務上過失傷害罪で在宅起訴しています(「第246回 美容外科医献体写真をSNS投稿、“脳外科医竹田くん”のモデルが書類送検、年末の2つの出来事から考える医師のプロフェッショナル・オートノミー」参照)。声明文では、松井被告が2023年10月に漫画の作者を特定するための発信者情報開示請求を申し立てていたことも明かしています。この請求は受理され、2024年7月に情報が開示されたとのことです。ただ、その後、松井被告サイドからの損害賠償請求は行われていないそうです。「脳外科医 竹田くん」は、日本の医療事故調査の制度が患者本位とは到底言えず、仕組み自体が破綻している実態を描いた漫画だったわけです。ゆるく「大甘」だった市立大津市民病院の医師大量退職に関連して組織された調査委員会さて、前回の続きです。東京女子医大第三者委員会は元理事長を追い詰め、退任、逮捕へとつながりました。この第三者委員会は、4人の弁護士で組織、調査補助者として80人近くの弁護士、公認会計士などを専任し、調査に当たらせました。調査期間は2024年4月10日~7月31日、委員会は実に36回開催され、当の元理事長には5回のヒアリングを行っていました。まあ、それだけ徹底的に調査をすれば、経営者の犯罪まがいの行為や欠点、組織のガバナンス上の問題点も浮き彫りになろうと納得するのですが、逆に宝塚劇団並みにゆるい調査と感じたのは、私も取材した滋賀県の地方独立行政法人・市立大津市民病院の医師大量退職に関連して組織された調査委員会です。2022年、同病院では京都大学からの派遣医師を中心に医師の大量退職が起こりました。その原因は元理事長のパワハラだったのではないかという点について、同病院が組織した第三者委員会が調査をしたのですが、結果は「退職を求めるにあたって人格を否定するような言動や、過度に威圧的な言動がなされたとは認められず、『パワーハラスメント』に該当するような言動は認められない」というものでした(「第103回 大津市民病院の医師大量退職事件、「パワハラなし」、理事長引責辞任でひとまず幕引き」参照)。調べてみると、この第三者委員会の正式名称は「地方独立行政法人・市立大津市民病院内部統制第三者調査委員会」であり、基本的に内部組織でした。表面上、第三者の弁護士に調査を依頼したという体になってはいますが、日弁連のガイドラインに沿った第三者委員会ではありません。調査が「大甘」な内容になるのは必然だったとも言えます。余談ですが、当時、私はこの報告書要旨を入手しようと同病院に問い合わせをしたのですが、「市の記者クラブに入っている社しか渡せない」との返事で、二重に呆れた記憶があります(後日、別ルートから入手)。そのあたりは、今回フジテレビが最初の記者会見で出席者を絞ったこととも共通する、記者クラブという悪しき慣習とも言えます。「報告や調査を行うケースに該当するかどうかは医療機関の院長等の判断」とする現行の医療事故調査制度を日弁連も問題視ということで、医療の世界で第三者委員会等が設置されるのは、主に経営者の犯罪まがいの不正やパワハラなどが表沙汰になった時に限られます。実質的に医療機関で最もトラブル数が多いと考えられる医療事故については、医療事故で患者が死亡した場合、第三者機関である医療事故調査・支援センターに報告することや、原因を調査することなどが医療法で義務付けられています。目的は再発防止や医療の質の向上であり、責任追及ではないとしています。とは言え、報告や調査を行うケースに該当するかは医療機関の院長等の判断に任されています。そうした、医師に“甘い”とも言える運用ルールが、過誤や事故の隠蔽につながっていることが問題視されています。遺族団体も、事故と疑われる事案を医療機関がセンターに届け出ず、遺族が届け出を求めても応じない事例が相次いでいると指摘しています。2023年末までの実績では、600床以上の大病院のうち複数回報告したことがある施設が6割だった一方、1回も報告したことがない施設が2割を占めたそうです。本連載でも、「第199回 脳神経外科の度重なる医療過誤を黙殺してきた京都第一赤十字病院、背後にまたまたあの医大の影(前編)」や「第220回 名古屋第二日赤の研修医“誤診”報道に医療界が反発、日赤本社の医療事故に対する鈍感さ、隠蔽体質も影響か(前編)」などで、全国の医療機関で一向に改善されることのない隠蔽体質について度々書いてきました。医療事故調査・支援センターは「第三者機関」とはなっていますが、その「第三者機関」に行く前に隠蔽されてしまう事案が後を絶たないのです。日本弁護士連合会もこうした状況を問題視、2022年には制度の改善を求める意見書をまとめています。そこでは、1)遺族から相談されたセンターは必要と判断したら医療機関に調査を促し、開始されない時はセンターが調査できる制度の創設、2)調査する医療機関への財政支援、3)医師らの過失の有無に関係なく補償する無過失補償制度の創設、などを求めています。今回、東京女子医大やフジテレビの第三者委員会が世間で話題になったことで、「隠蔽、もみ消しは悪」が社会通念としてこれまで以上に定着していくに違いありません。また、「脳外科医 竹田くん」の作者が、医療事故被害者の親族であると明らかにしたことも、医療事故調査の仕組みの改革を後押しするでしょう。作者は声明文で、「医療事故が闇に葬られていくプロセスを克明に描くことで、救済を受けることもなく苦しんでいる人々が数多く存在しているという社会問題に目を向けていただきたかった」と書いています。医療事故の調査について、制度の“アキレス腱”とも言える「報告や調査を行うケースに該当するかどうかは医療機関の院長等の判断」というルールが早急に見直され、隠蔽されず(できず)、第三者によって正当に審査され、報告される仕組みへと変わっていくことを期待します。参考1)脳外科医 竹田くん

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認知症ケアの方法間の比較:カウンターフレンチと、無農薬の農家レストランと、町の定食屋(解説:岡村毅氏)

 認知症と診断された人をどうやってケアするのがよいか、という実際的な研究である。1番目の群は「医療」で働いている専門家が、本人に合ったケアをコーディネートしてくれる。2番目の群は「地域」で働いている専門家が、いろいろとつないだりアドバイスしてくれる。3番目の群は、通常のケアである。これらを、認知症の行動心理症状(もの忘れ等の中核的な症状ではなく、たとえば、興奮とか妄想とか、介護者が最も困るもの)をメインアウトカムとして比較している。 説明の前に、認知症の医療のことを少し説明しよう。がんなどの古典的な医療提供体制としては、<調子が悪くてかかりつけ医に行く⇒異常があり大病院に紹介⇒大病院で精密検査しがんが見つかる⇒先端的チームによる素晴らしい手術を受ける⇒術後のケアを受ける⇒安定したらかかりつけ医に戻る>といった経過を取る。では認知症ではどうだろうか。かつては大学病院の認知症外来でも、がんなどと同じことが行われていた。<遠方から患者さんがやって来る⇒大学病院で平凡なアルツハイマー型認知症と診断される⇒大学病院に来続ける⇒ゆっくりと進行する⇒ある日通院できなくなり地域の資源を探し始めるがよくわからない>といった経過である。患者さんや家族にとって、大学病院にかかっている安心感がある以外にメリットのない構図である。 珍しい疾患や、診断が難しいもの(たとえば若年性認知症や、さまざまな希少な神経変性疾患)は大学病院等にかかる意味はあるだろう。しかし普通の認知症は、地域の医療機関や、地域の介護専門家と早期から関係をつくって、本人に合ったケアをコーディネートしたり、さまざまな地域資源のつながりの中でケアしたほうがうまくいく。そもそも大学病院等は、地域とは隔絶していることが多く、認知症ケアに関しては無力であることが多い(もちろん例外もあるだろうが)。 本研究は、「医療」に重きを置く、あるいは「地域」に重きを置くケアが、通常のケアよりも優れているのではないか、そしてどちらがより優れているのか、というのを検証している。 結果は、認知症の行動心理症状に関しては残念ながら3群に有意差はなかった。米国の「通常ケア」の実態を知っているわけではないが、ケアシステム間の比較は難しい。先端的なケア(1、2群のこと)のほうが優れていることは専門家なら誰でもわかっている。とはいえ、患者さんが大変な状況になったら、ケアシステムの中の人は、たぶん必死で助けようとするだろう。どのケアシステムにも、とても優れた専門家もいれば、そうでもない人もいる。なので行動心理症状のような「大変な事態」で比較してしまうと、ケアシステム間の差はうまく出なかったのだろう。例えて言うなれば、カウンターフレンチや無農薬の農家レストランは、町の定食屋に比べたら特別な体験を提供できるし、高いお金を取れる。ただし、空腹の人が飛び込んだ場合には、おいしさには3群に差はないだろう。 なお、メインアウトカムではないが、介護者の自己効力感(自分ならできるという感覚、ケアを安全に続けるためには必須の力であり、これがないと、自分がうつになったり、介護対象者を虐待するリスクが上がる)は1、2群が高かった。これは、当たり前ともいえる。介入群では意識の高い専門家が寄り添ってくれたのだから、自己効力感は上がるだろう。 私たちの研究チームでも、認知症の社会医学研究では、認知機能や行動心理症状などでは有意差を得ることが難しい。それは認知症が複雑な状態であり、認知機能や行動心理症状はその一部にすぎず、そして世界との絶え間ない交流という動的状態の中にあるからだ。そして世界もまたきわめて複雑だからである。私たちのチームでは本人・家族のウェルビーイングや自己効力感を使っている。私たちならメインアウトカムを行動心理症状にはしなかっただろう。

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医師介入が死亡率に影響?がん患者診療のための栄養治療ガイドライン発刊

 日本人がん患者の栄養管理は、2022年より周術期栄養管理加算や外来栄養食事指導料が算定できるようになったことで、その管理体制は改善傾向にある。しかし、栄養治療が必要な患者に十分届いているとは言い難く、適切な栄養管理によってより良い予後をもたらすことが日本栄養治療学会(JSPEN)としての喫緊の課題になっている。そんな最中、2024年10月に『がん患者診療のための栄養治療ガイドライン 2024年版 総論編』が発刊されたため、作成ワーキンググループのガイドライン委員会前委員長である小谷 穣治氏(神戸大学大学院医学研究科外科系講座 災害・救急医学分野 教授)にがん患者の栄養管理の実際やガイドラインで押さえておくべき内容について話を聞いた。がん患者への栄養管理の意味 がん患者の場合、がんの病状変化や治療により経口摂取に支障が生じ、体重減少を伴う低栄養に陥りやすくなるため、「食事摂取量を改善させる」「代謝障害を抑制する」「筋肉量と身体活動を増加させる」ことを目的として栄養治療が行われる。 国内におけるがん治療に対する栄養治療は、食道癌診療ガイドラインや膵癌診療ガイドラインなど臓器別のガイドラインではすでに示されているが、海外にならって臓器横断的な視点と多職種連携を重要視したガイドラインを作成するべく、今回、JSPENがその役割を担った。本書では、重要臨床課題として「周術期のがん患者には、どのような栄養治療が適切か?」「放射線療法を受けるがん患者には、どのような栄養治療が適切か?」といった事柄をピックアップし、Minds*方式で作成された4つのClinical Question(CQ)を設定している。本書の大部分を占める背景知識では現況のエビデンス解説が行われ、患者団体から集まった疑問に答えるコラムが加わったことも特徴である。*厚生労働省委託業務EBM普及推進事業、Medical Information Distribution Service なお、がん患者に対する栄養治療が「がん」を増殖させるという解釈は、臨床的に明らかな知見ではないため、“栄養治療を適切に行うべき”と本書に記されている。医師に求められる栄養治療 医師が栄養治療に介入するタイミングについて、p.39~40に記された医師の役割の項目を踏まえ、小谷氏は「(1)診断時、(2)治療開始前、(3)治療中、(4)治療終了後[入院期間中、退院後]と分けることができるが、どの段階でも介入が不足しているのではないか。とくに治療開始前の介入は、予後が改善されるエビデンスが多数あるにもかかわらず(p.34~35参照)、介入しきれていない印象を持っている。ただし、入院治療が始まる前から食欲低下による痩せが認められる場合には、微量元素やビタミン類を含めた血液検査がなされるなどの介入ができていると見受けられる」とコメントした。 介入するうえでの臨床疑問はCQで示されており、CQ1-1(頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、術前の一般的な栄養治療を行うことは推奨されるか?[推奨の強さ:弱い、エビデンスの確実性:弱い])については、日本外科感染症学会が編集する『消化器外科SSI予防のための周術期管理ガイドライン』のCQ3-4(頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、術前の一般的な栄養治療[経口・経腸栄養、静脈栄養]を行うことは推奨されるか?)と同様に術前介入について言及している。これに対し同氏は「両者に目を通す際、日本外科感染症学会で評価されたアウトカムはSSI※であり、本ガイドラインでの評価アウトカム(術後合併症数、術後死亡率、術後在院日数など)とは異なることに注意が必要」と述べた。※Surgical Site Infectionの略、手術部位感染 また、CQ1-2(頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、周術期に免疫栄養療法を行うことは推奨されるか?[推奨の強さ:強い、エビデンスの確実性:中程度])で触れられている免疫栄養療法については、「アルギニン、n3系脂肪酸、グルタミンが用いられるが、成分ごとに比較した評価はなく、どの成分が術後合併症の発生率低下や費用対効果として推奨されるのかは不明」と説明しながら、「今回の益と害のバランス評価において、免疫栄養療法を実施することによって術後合併症が22%減少、術後在院日数が1.52日短縮することが示された。また、術後の免疫栄養療法では術後の非感染性合併症も減少する可能性が示された(p.135)」と説明した。<目次>―――――――――――――――――――第1章:本ガイドラインの基本理念・概要第2章:背景知識 1. がん資料における代謝・栄養学 2. 栄養評価と治療の実際 3. 特定の患者カテゴリーへの介入第3章:臨床疑問 CQ1-1:頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、術前の一般的な栄養治療(経口・経腸栄養、静脈栄養)を行うことは推奨されるか? CQ1-2:頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、周術期に免疫栄養療法を行うことは推奨されるか? CQ2:成人の根治目的の癌治療を終了したがん罹患経験者(再発を経験した者を除く)に対して、栄養治療を行うことは推奨されるか? CQ3:根治不能な進行性・再発性がんに罹患し、抗がん薬治療に不応・不耐となった成人患者に対して、管理栄養士などによる栄養カウンセリングを行うことは推奨されるか?第4章:コラム――――――――――――――――――― 最後に同氏は、「現代は2人に1人はがんになると言われているが、もともとがん患者は栄養不良のことが多い。また、その栄養不良ががんを悪化させ、栄養不良そのもので亡くなるケースもある。周術期や治療前にすでに栄養状態が悪くなっている場合もあることから、栄養管理の重要性を理解するためにも、がんに関わる医療者全員に本書を読んでいただきたい」と締めくくった。

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プレシジョン・オンコロジーの恩恵は平等か

 1998年以来、米食品医薬品局(FDA)により承認されたがん治療薬の43%は、がん細胞のゲノムバイオマーカーのプロファイリングを用いて患者を選択する、精密医療(プレシジョン・メディシン)に基づく治療法である。しかし、米国の民族的および人種的マイノリティーに属する人は、このようながん領域の精密医療(プレシジョン・オンコロジー)の恩恵を十分に受けておらず、がん治療へのアクセスにおける格差が依然として存在していることが、新たな研究により明らかになった。米メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(MSK)のKanika Arora氏らによるこの研究結果は、「JAMA Oncology」に1月9日掲載された。 これまでの研究で、がん患者では、DNAに基づく祖先の系統(以下、遺伝的系統)の違いによりがんに関連する遺伝子変異の発生率に違いがあることが明らかにされている。しかし、遺伝的系統が異なる患者が、経時的に見て、標準的なプレシジョン・オンコロジーに基づく治療法の恩恵を同等に受けているかどうかはいまだ明確になっていない。 この点を明らかにするために、Arora氏らは、2014年1月から2022年12月までの間に、プレシジョン・オンコロジーのためにがんゲノムプロファイリング検査(MSK-IMPACT)を受けた固形がん患者5万9,433人のデータを後ろ向きに解析した。データには、66種類の固形がんに関する最大505種類のがん関連遺伝子の配列情報が含まれていた。また、1998年1月から2023年12月までにFDAが承認したがん治療薬のラベルに記載されている、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)などの分子バイオマーカーを有する患者の割合を遺伝的系統グループごとに算出した。その上で、それらのバイオマーカーに基づく治療薬への適合率が、異なる遺伝的系統グループ間で均等であるかどうかを評価した。 対象者の遺伝的系統は、ヨーロッパ系(非アシュケナージ系ユダヤ人60.1%、アシュケナージ系ユダヤ人15.6%)、アフリカ系5%、東アジア系5.7%、南アジア系1.9%、ネイティブアメリカン0.4%、複数の遺伝的系統を持つ人11.3%で構成されていた。論文の上席著者であるMSKのDebyani Chakravarty氏は、「これらのデータセットに含まれるサンプルの80%以上は、主に、自身をヨーロッパ系の白人と称する患者に由来する。これは、歴史的に臨床試験に参加する可能性が最も高く、また参加することができたのが、これらの患者だったからだ。このことは、バイオマーカーの発見とそれに基づく薬の開発が、圧倒的にヨーロッパ系の患者のデータをベースに進められてきたことを意味する」と述べている。 2012年から2023年にかけて、FDAが承認したプレシジョン・オンコロジーに基づく治療法への患者の適合率は経時的に上昇していたものの、その増加傾向は遺伝的系統によって異なり、ヨーロッパ系で9.1倍、東アジア系で8.5倍、南アジア系で6.8倍、アフリカ系で6倍と推定された。Arora氏は、「プレシジョン・オンコロジーに基づく治療法が実施されるようになった当初は、遺伝的系統グループによる大きな差は見られなかったが、承認される薬剤が増えるにつれて差が広がっていった」と話す。同氏はさらに、「2019年以降、アフリカ系と見られる患者は、他の遺伝的系統を持つ人と比較して、FDA承認のプレシジョン・オンコロジーに基づく治療法の対象となることが著しく少ないことが判明した」と付言している。 研究グループは、「プレシジョン・オンコロジーに基づく治療法の進歩が全ての人に恩恵をもたらすよう、今後の臨床試験では、より多様な患者集団を登録すべきだ」と提言している。

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ネグレクトは子どもの発達にダメージを与え得る

 ネグレクトは身体的虐待や性的虐待、感情的虐待と同様に子どもの社会的発達にダメージを与え得ることを示した研究結果が明らかになった。基本的な欲求が満たされない子どもは、友人関係や恋愛関係を築く能力が生涯にわたって損なわれる可能性があるという。米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校社会学分野のChristina Kamis氏と米ノートルダム大学社会学分野のMolly Copeland氏による研究で、詳細は「Child Abuse and Neglect」2024年12月号に掲載された。 Kamis氏らは、思春期の子どもの健康状態を成人期まで追跡調査している米連邦政府の長期研究(National Longitudinal Study of Adolescent to Adult Health;Add Health)調査参加者9,154人のデータを分析し、マルトリートメント(ネグレクトや虐待などの不適切な養育)が参加者の社会性や仲間からの人気度、社会と強固なつながりを築く能力に及ぼす影響について調べた。参加者は、7~12年生時(1994〜1995年)に初回の調査を受け、その後、第3次調査(2001〜2002年)および第4次調査(2008〜2009年)も受けていた。 参加者の40.86%が12歳あるいは6年生(12歳)になるまでに、身体的虐待や性的虐待など何らかのマルトリートメントを受けた経験があると報告していた。そのうちの10.29%は、養育者が住居、食事、衣服、教育、医療へのアクセスや精神的サポートを与えないことで子どもを危険な状態に置くことを意味する身体的ネグレクトであった。参加者には、在学時に実施した調査で、参加者に最も親しい男女の友人を5人まで挙げるよう求めた。社会性は当時の友人の数に基づき測定した。一方、人気度は、その参加者の名前を友人の1人として挙げた仲間の数に基づき測定した。社会的つながりの強さは友人グループのネットワークに基づき測定した。 子どもが友人として挙げた仲間の数は平均で4.49人であり、1人につき平均4.54人がその子どもを友人として挙げていた。しかし、虐待やネグレクトを経験した子どもは、友人として挙げる仲間の数や、その子どもを友人として挙げる仲間の数が統計学的に有意に少ないことが示された。また、種類にかかわらず、マルトリートメントは子どもの社会性の発達に有害な影響を与えることも示された。例えば、性的虐待の経験は子どもを仲間から孤立させやすくする。一方、感情的虐待や身体的虐待の経験は、子どもの人気度を低下させたり、社会的なつながりを弱めたりする可能性のあることが明らかになった。ただし、これら3つの要素の全てに支障をもたらすのは身体的ネグレクトのみであった。 Kamis氏は、「マルトリートメントを受けた子どもは、しばしば羞恥心を感じ、それが自尊心や帰属意識を低下させ、結果的に仲間から孤立しやすくなる可能性がある。また、そうした経験から、仲間から拒絶されたり危害を加えられたりするのではないかと考えるようになり、他者との関わりを持とうとしなくなる可能性も考えられる」とイリノイ大学のニュースリリースの中で述べている。 Kamis氏らは、ネグレクトの経験がある子どもを友人として挙げる仲間が少ないという事実は、同級生がそうした子どもを避けたがっていたことを示唆していると考察している。Kamis氏は、「マルトリートメントそのものが偏見の対象となり、その経験の痕跡が目に見える形で残っていたり仲間に知られたりすると、仲間はその子どもを避けるようになる可能性がある」と説明している。また同氏は、「マルトリートメントによって感情のコントロールが難しくなったり、攻撃性が増したり、社会性に乏しい行動が見られたりすることで、友人としての望ましさを損なう行動が多くなる可能性もある」と述べている。 こうしたことを踏まえてKamis氏は、医師や教師が子どもに虐待やネグレクトの兆候がないか注意を払い、子どもたちにサポートを提供する準備をしておくことを勧めている。同氏は、「こうした子どもにとって、学校は厳しい場所となっている可能性がある。子どもが友人関係を築き、仲間との間の壁を取り払うためには、さらなるサポートが必要であることを認識することが重要だ」と結論付けている。

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