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体がだるくて横になりたい【漢方カンファレンス2】第5回

体がだるくて横になりたい以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう) 【今回の症例】 30代男性 主訴 全身倦怠感、頭痛、めまい、微熱 既往 特記事項なし 生活歴 医療従事者、喫煙なし、機会飲酒 病歴 X年8月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患。咽頭痛や38℃台の発熱があったが、合併症はなく2日後には解熱した。 その後、全身倦怠感、頭痛、ふらふらとするめまいが出現、夕方になると37℃台の微熱がでる日が続いた。疲労感が強く仕事に支障が出るようになり、休息をとったり、欠勤したりしないと体が動かない。 総合診療科で精査を受けたが明らかな異常なし。11月に漢方治療目的に受診。 現症 身長174cm、体重78.5kg。体温37.2℃、血圧110/60mmHg、脈拍56回/分 整 経過 初診時 「???(A)」エキス+「???(B)」エキス3包 分3で治療を開始。 2週後 少し動けるようになった。まだ仕事を休むことがある。 寒くなって体が冷えるようになった。 ブシ末エキス1.5g 分3を併用。 1ヵ月後 めまいや頭痛が改善した。まだ体が冷える。 「???(B)」を「???(C)」エキスに変更した。(解答は本ページ下部をチェック!) 2ヵ月後 冷えと全身倦怠感が軽くなった。 5ヵ月後 普通に働けるようになり、残業もできるようになった。 問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 体のどの部位が冷えますか? 横になりたいほどの倦怠感はありませんか? 感染してから寒がりになって体が冷えるようになりました。 いつも厚着をしています。 体全体が冷えます。 きつくていつも横になりたいです。 微熱はどのくらいですか? いつ出ますか? 熱っぽさはありますか? 37℃前半です。 夕方に出ることが多いです。 体熱感はありません。 熱が出る前はぞくぞくと体が冷えます。 入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか? 入浴で温まると体は楽になりますか? 冷房は苦手ですか? 入浴時間は長いです。 温まると少し楽になるのですが、入浴後はすぐに体が冷えてしまいます。 冷房は嫌いです。 のどは渇きますか? 飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか? のどは渇きません。 温かい物を飲んでいます。 <飲水・食事> 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 味覚はありますか? 1日1Lくらいです。 食欲はあります。 味覚は異常ないです。 <汗・排尿・排便> 汗はよくかくほうですか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便秘や下痢はありませんか? 汗はあまりかきません。 尿は4〜5回/日です。 布団に入ってからはトイレに行きません。 下痢気味で1日2〜3回です。 便の臭いは強いですか? 弱いですか? 嘔気はありませんか? 便の臭いは強くありません。 嘔気はありません。 <ほかの随伴症状> 頭痛やめまいはどのような感じですか? 雨や低気圧で悪化しませんか? 頭痛は頭全体が重い感じがします。 歩くとふらふらとめまいがします。 雨が降ると頭痛やめまいはひどい気がしますが、天気がよくても頭痛はあります。 全身倦怠感はとくにいつが悪いですか? とくにきついときはいつですか? 横になると楽になりますか? 日中きついですが朝がとくにぐったりします。 仕事をしたり、動いたりすると悪化します。 仕事もきつくて休みがちです。 よく眠れますか? 中途覚醒や悪夢はありませんか? 眠れますが熟睡感はありません。 中途覚醒や悪夢はありません。 咳や痰はありませんか? 昼食後に眠くなりませんか? のどのつまりはありませんか? 抜け毛が多いですか? 集中力がなかったりしませんか? 皮膚は乾燥しますか? 咳や痰はなくなりました。 昼食後は眠くなります。休みの日はほぼ1日中寝ています。 のどのつまりはありません。 抜け毛が多いです。 集中できずに、頭が働かない感じがあります。 皮膚は乾燥します。 意欲の低下や不安はありませんか? 体がきつくてやる気が出ません。 このまま治らないのではと不安です。 【診察】診察室でも厚手の上着を羽織っている。脈診では沈で反発力の非常に弱い脈。また、舌は暗赤色、湿潤した薄い白苔、舌下静脈の怒張あり。腹診では腹力はやや充実、両側胸脇苦満(きょうきょうくまん)、心下痞鞕(しんかひこう)、腹直筋緊張、両臍傍の圧痛を認めた。下肢の触診では冷感あり。カンファレンス 今回は30代男性のCOVID-19罹患後症状の症例です。 頻度は高くないものの、コロナ感染後にいわゆる後遺症といわれるような全身倦怠感を中心としたさまざまな症状が持続する方がいます。現代医学的にも確立された治療法がないので漢方という選択肢があるのはよいですね。 漢方治療でもCOVID-19罹患後症状は症状が多彩でまだ確立された治療があるとはいえませんが、こんなときこそ漢方診療のポイントに沿った治療が大事です。今回の症例は、全身倦怠感以外にも、頭痛、めまい、微熱、集中力の低下と症状がたくさんあります。 どこから手をつけるべきか悩ましいですね。全身倦怠感、めまい、頭痛ということで気虚や水毒が目立つ気がします。 漢方診療のポイントに沿って全体像を捉えていくことが大事だよ。 わかりました。では漢方診療のポイント(1)病態の陰陽ですが、本症例は37℃台前半の熱があることから陽証で、さらに夕方に熱が出るという病歴から少陽病の往来寒熱(おうらいかんねつ)が考えられます。 よく覚えていますね。胸脇苦満もありますし、少陽病の往来寒熱と合致しますね。 体温をそのまま熱ととってはいけないよ。漢方では体温計で測定した温度でなく、あくまで患者の自覚的な熱や冷えを重視するんだ。陰証で発熱するときに用いる漢方薬があるよ。覚えているかい? えっと、少陰病の麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)です。寒が主体の陰証の風邪に用いるのでした。 そのとおり。発熱はあってもゾクゾクと冷えて倦怠感が強いことが特徴でしたね。 ほかには?? …わかりません。 同じく少陰病の真武湯(しんぶとう)、さらに四逆湯(しぎゃくとう)でも発熱がみられることがあるんだ。陰証の最後のステージである厥陰病では「陰極まって陽」のように強い冷えがあるにもかかわらず、逆に発熱があったり、顔が赤かったりすることがあり、それを裏寒外熱(りかんがいねつ)とよぶよ。だから、一見すると陽証にみえることもあるんだ。 厥陰病でも発熱がみられることがあるのですね。アイスクリームの天ぷらのような状態ですね。 裏寒外熱がある場合は通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)が典型だけど、真武湯や四逆湯の適応例でも発熱する場合があるとされているよ。これらは、真の熱ではなく、見せかけの熱といった意味で虚熱(きょねつ)というよ。 患者の自覚的な熱感や冷えのほかに鑑別する方法はありますか? 入浴や飲み物などの寒熱刺激に対する情報や四肢の触診などの所見も大事だけど、最終的には脈の浮沈や反発力が頼りになるね。陰証の場合の脈は沈・弱が特徴だからね。 もう一度、本症例の漢方診療のポイント(1)陰陽の判断からみていきましょう。 微熱がありますが体熱感がなく、感染後から寒がりで体が冷えるようになった、厚着、入浴時間は長い、入浴後にすぐに体が冷えるなどから陰証が揃っていますね。それに脈も沈ですから少陽病とは考えにくいですね。 そうだね。入浴で温まってもすぐに冷える、下肢の触診でも冷感があり、冷えの程度が強そうだね。六病位はどうだろう? 横になりたいほどの倦怠感からは少陰病が示唆されます。本症例の微熱を裏寒外熱とすれば、厥陰病の可能性もありますか? そうですね。脈の力が非常に弱いので厥陰病で四逆湯の適応も考えられます。ですからこの症例は少陰病〜厥陰病、虚証でよいでしょう。 「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような」軟弱無力な脈は四逆湯の診断に重要だね。当科の回診でもこの脈が四逆湯の適応だ! と強調して必ず研修に来た先生に触れてもらっているよ。 本症例の虚実ですが、脈は弱ですが、腹力は中等度より充実と一致していません。どう考えたらよいでしょうか? 脈のほうが変化が早く、現在の状態を表しているといえるので、脈の所見を重視したほうがよいだろうね。それも軟弱無力な典型的な四逆湯の脈だからね。 漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうでしょうか? 全身倦怠感、昼食後の眠気は気虚です。頭痛やめまいがありますが、雨天と関連があるので水毒です。 気虚と水毒がありますね。下痢や尿の回数が4〜5回と少ないのも水毒です。ほかはどうでしょうか? 抜け毛が多い、皮膚の乾燥は血虚です。 頭が働かない感じで集中できないというのも血虚を示唆するよ。血虚は皮膚、筋肉、髪だけの問題ではないからね! COVID-19罹患後症状のブレインフォグは血虚や腎虚と考えるとよい印象があるね。 覚えておきます。とくに朝調子が悪い、やる気が起きないというのは気鬱でしょうか。 そうだね。これだけきつそうだと気鬱もあるよね。ほかにはどうだろう? 舌下静脈の怒張、臍傍圧痛は瘀血です。今回の症例は気血水の異常もたくさんありますね。 なかなか手強い症例ですね。また精査で明らかな異常はなく、30代と働き盛りなのにこれだけきつがっているのは非常につらい倦怠感で煩躁(はんそう)と考えてよさそうですね。 ハンソウ? どこかで聞いたような? 非常に苦しがっている状態を煩躁というのでしたね。煩躁といえば、考えられる処方は? …。 陽証だと大青竜湯(だいせいりゅうとう)、陰証だと呉茱萸湯(ごしゅゆとう)、茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)が代表でした。インフルエンザの症例で、麻黄湯(まおうとう)のように無汗、多関節痛に加えて、非常に苦しがっている場合に大青竜湯、頭痛で非常に苦しがっている場合に呉茱萸湯、冷えて非常につらい倦怠感を訴える場合に茯苓四逆湯が適応になるのでした。 ここはキモだから覚えておかないといけないね。その他エキス剤にはないけど、小青竜加石膏湯(しょうせいりゅうかせっこうとう)、乾姜附子湯(かんきょうぶしとう)、桂枝加黄耆湯(けいしかおうぎとう)などが煩躁に適応する処方だよ。 本症例をまとめます。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?厚着、寒がり、体が冷える、下肢の冷感、横になりたいほどの倦怠感、脈:沈→陰証(少陰病〜厥陰病)×微熱、往来寒熱、胸脇苦満→脈や冷えから少陽病ではなさそう(2)虚実はどうか脈:非常に弱い、腹:やや充実→虚証(脈を優先)(3)気血水の異常を考える全身倦怠感、食後の眠気→気虚意欲の低下、朝調子が悪い→気鬱頭痛、めまい、雨天に悪化→水毒抜け毛、皮膚の乾燥、集中力の低下→血虚舌下静脈の怒張、臍傍圧痛→瘀血(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む非常につらい倦怠感、脈が軟弱無力解答・解説【解答】本症例は、茯苓四逆湯の方意でA:真武湯+B:人参湯(にんじんとう)で治療開始しました。また経過中に人参湯からC:附子理中湯(ぶしりちゅうとう)に変更しました。【解説】四逆湯は少陰病〜厥陰病に用いられる漢方薬で附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、甘草(かんぞう)で構成されます。四逆湯を現代医学で例えると、敗血症性ショックで低体温をきたした症例に保温しながら急速補液とノルアドレナリンで昇圧するイメージです。動物実験で出血性ショックモデルに対して茯苓四逆湯を投与すると心拍出量の増加と体温保持作用を示したという研究1)や四逆湯類がエンドトキシンショックに対して、血圧上昇、好中球数の上昇の抑制などによりショック予防効果を示したとする報告2)があります。現代は四逆湯を重篤な急性疾患に用いることはまれですが、慢性疾患で冷えや全身倦怠感がともに高度な場合に活用します。通脈四逆湯も四逆湯と同じく附子、乾姜、甘草で構成されますが、乾姜の比率が多くなります。乾姜はとくに消化・呼吸に関連する臓器を温めて賦活する作用が主体で、通脈四逆湯は体の中心を温めて元気をつけていくような漢方薬です。茯苓四逆湯は四逆湯に補気作用のある茯苓(ぶくりょう)と人参(にんじん)を加えたものです。茯苓四逆湯や通脈四逆湯はエキス製剤にはありませんが、茯苓四逆湯は人参湯エキスと真武湯エキスで代用できます。今回のポイント「少陰病・厥陰病」の解説陰証は寒が主体の病態で、少陰病になってくると寒が強く全身に及び、陰証のまっただ中になります。新陳代謝が低下して体力が衰えていることが特徴です。そのため少陰病は、生体の闘病反応が乏しく実証(じっしょう)であることはなく虚証(きょしょう)のみになります。脈も沈んで反発力が弱くなります。疲れやすくてすぐに横になりたがることが多く、「横になるところがあれば横になりたいですか?」「座るところがあったら座りたいですか?」と問診して、少陰病でないか確認します。さらに陰証の最後のステージである厥陰病に進行すると、冷えと全身倦怠感の程度が一段と強くなり、「極度の虚寒」、「極虚(きょくきょ)」といわれます。脈は沈んで、反発力が非常に弱い軟弱無力な脈で、「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような、緊張感のない脈」とたとえられます。厥陰病は急性感染症ではショック状態に陥ったような危篤状態ですが、慢性疾患では冷えと倦怠感がどちらも強度で極度に疲弊した状態を厥陰病と捉えて治療します。また厥陰病では「陰極まって陽」のように強い冷えがあるにもかかわらず、逆に発熱があったり、顔が赤かったりすることがあります(裏寒外熱)。そのため一見すると陽証にみえることもあります。少陰病や厥陰病の治療では、代表的な熱薬である附子(トリカブトの根を加熱処理して弱毒化したもの)を含む漢方薬を用いて治療します。少陰病では真武湯や麻黄附子細辛湯が代表です。さらに進行すると附子とともに乾姜(生姜を蒸して乾燥させたもの)を用いて強力に体を温める治療を行います。附子、乾姜、甘草の3つの生薬から構成される漢方薬は四逆湯が基本となり、茯苓四逆湯や通脈四逆湯を用いて治療します。今回の鑑別処方附子と乾姜はそれぞれ温める力の強い熱薬といわれる生薬です。それぞれ温める部位や作用に違いがあって附子は先天の気を貯蔵する腎とかかわりが強く、そのほかに関節痛などに対する鎮痛作用があります。乾姜は消化や呼吸にかかわる消化管や肺を温める作用があります。また温め方にも違いがあり、附子はバーナーで炙ったり、電子レンジで温めたりするような急速に体全体を温めるイメージですが、乾姜は炭火でコトコトじっくり内臓を温めるイメージです。表に附子や乾姜が含まれる代表的な漢方薬を示しました。乾姜を含む漢方薬の場合、漢方薬が合っている場合は乾姜の辛みを感じずに甘く感じることがあります。逆に乾姜を含む漢方薬を必要としない症例では、辛くて飲みづらいと訴えます。人参湯には乾姜が含まれ、さらに附子を加えると附子理中湯になります。同様に大建中湯(だいけんちゅうとう)や苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)も冷えが強ければ附子を加えて治療します。四逆湯は附子と乾姜を両方とも含みます。本症例のように茯苓四逆湯は人参湯エキスと真武湯エキスを併用するとエキス製剤で代用が可能です。通脈四逆湯には乾姜が多く含まれています。ちょっと苦しいですが、エキス剤のなかで比較的乾姜の量の多い苓姜朮甘湯にブシ末を併用することで代用することもあります。また実際の附子の漸増の方法として、慎重に行う場合、(1)最も気温が低下する朝1包(0.5g)増量、(2)朝夕に1包ずつ増量(1.0g)、(3)毎食後3包 分3に増量(1.5g)と順を追ってするとよいでしょう。慣れてくれば本症例のように、常用量のブシ末を一度に3包(1.5g)分3で増量することも可能です。参考文献1)木多秀彰 ほか. 日東医誌. 1995;46:251-256.2)Zhang H, et al. 和漢医薬雑誌. 1999;16:148-154.

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第280回 ターミナルケア・ビジネスの危うさ露呈、「医心館」で発覚した「実態ない診療報酬請求」、調査結果の解釈はシロなのかグレーなのか?(前編)

アンビス運営のホスピス型住宅で起きていたと報道された診療報酬の不正請求について特別調査委員会が報告書を公表こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末はいろいろなことがありました。石破 茂首相が突然、退陣表明をしました。各紙報道を読む限り、どうやら参院選大敗の責任をとったのではなく、自民党内の権力闘争に敗れた結果ということのようです。自民党は相変わらず国民の生活そっちのけで、旧態依然とした党内抗争を続けています。そのこと自体が参院選の敗北含めた国民離れを招いていることに気付いていないのでしょうか。謎です。ロサンゼルス・ドジャースの山本 由伸投手が、ノーヒット・ノーランを最後のワンアウトで逃したのも残念な結果でした。なぜ山本投手はあそこでカットボールを投げたのでしょう(この日結構投げていたので狙われた可能性も) 。素人考えですが、スプリットを低めに落としておけば楽に三振を取れたような気もします。こちらも謎です。さて、2025年8月8日、アンビスホールディングス(東京都中央区、代表取締役CEO柴原 慶一)は、同社子会社運営のホスピス型住宅で診療報酬の不正請求があったとの報道に関し、特別調査委員会の報告書を公表しました。報告書は「通知に係る法的認識の不十分さや記録の不整備」により、診療報酬請求の要件を満たしていなかった事案があったとする一方で、「多額の診療報酬を受けるために架空の事実をねつ造したような悪質な不正請求の事案とまでは認められない」と結論付けました。この報告書によって、「不正請求はなかった」と一件落着したように見えますが、なかなかどうして、その後も不正行為の存在を報じる報道もあり、問題の収束にはまだ時間がかかりそうです。「医心館」併設の訪問看護ステーションで不正に診療報酬を請求していた疑いがあると共同通信が報道アンビスホールディングスの子会社のアンビス(東京都中央区)は、末期がん患者や難病患者向けのホスピス型住宅「医心館」を全国で運営しています。同社は名古屋大学出身の医師、柴原 慶一氏が2013年に設立。末期がんや難病の人を最期まで看取る施設が少ないことから急成長し、8月末日現在、全国で約130ヵ所を展開するまでになっています。ホスピス型住宅は、施設のカテゴリーとしては「住宅型有料老人ホーム」に位置付けられます。住宅型とは、施設内のスタッフではなく、外部(といっても、併設の訪問看護ステーション、訪問介護事業所を使うケースが大半ですが)スタッフによって看護・介護を提供します。今年3月、共同通信がこの「医心館」において併設する訪問看護ステーションで不正に診療報酬を請求した疑いがある、と報じたことをきっかけに、医心館のケア内容に注目が集まることになりました。訪問看護だけでなく訪問介護についても不正があったようだとの続報も「【独自】ホスピス最大手で不正か 全国120ヵ所『医心館』」と題された3月23日付の共同通信の記事は次のように書いています。「『医心館』のうち複数のホームで、併設の訪問看護ステーションが入居者への訪問について実際とは異なる記録を作り、不正に診療報酬を請求していたとみられることが23日、内部文書や複数の元社員の証言で分かった。元社員らは、必要ないのに訪問して過剰に報酬を請求する行為も常態化していたと指摘している」。さらに、「末期がんなどの患者への訪問看護では、必要があれば1日3回まで診療報酬を請求でき、複数人での訪問には加算が付く。訪問時間は原則、30分以上と定められている。関東のそれぞれ別の地域で働いていた複数の看護師によると、医心館では併設のステーションの看護師らが入居者の居室を巡回。いずれも『必要性に関係なく全員、最初から1日3回訪問と決まっていた』と証言した。『実際には大半が数分間の訪問だったが『30分』と記録していた』『1人で訪問した場合でも複数人での訪問として、報酬を請求していた』などと口をそろえた」と具体的な請求方法について元職員の証言をベースに報じました。さらに共同通信は4月27日、「医心館、訪問介護でも不正請求か ホスピス最大手、会社ぐるみ疑い」と題するニュースを発信、「『医心館』を巡り、訪問介護でも不正・過剰な介護報酬を請求していたとみられることが27日、複数の現・元社員の証言で分かった。共同通信が入手した社内のオンライン会議の動画では、会社ぐるみで不正を行っていた疑いも判明した」と報じ、「医心館では看護・介護とも入居者への訪問予定表が1日ごとに作成される。『予定表通りに実施した』として記録を作り、報酬を請求していたが、実際には予定通り訪問しないことが多かった」などという元職員の証言を紹介しています。「批判を受けるに値する」としつつも「多額の診療報酬を受けるために架空の事実をねつ造したような悪質な不正請求の事案とまでは認められない」と報告書こうした不正請求疑惑に対し、アンビスホールディングスは、3月27日に社外の弁護士や会計士で構成された特別調査委員会を設置、報道内容に関わる事実関係として、(1)1日3回の訪問看護を設定する必要性の有無、(2)短時間訪問の実態、(3)複数名での訪問看護を設定する必要性および複数名訪問看護の実態、(4)(1)~(3)の検討結果等を踏まえたアンビスによる診療報酬請求の当否、(5)類似事案の有無、について調査を進めてきました。8月8日に公表された調査の結果では、「本件通知(厚労省通知)に定める訪問看護時間に比して明らかに短時間であると認められる事例や、複数名訪問の同行者を欠いたと認められる事例が存した。また、勤怠記録と訪問看護記録の齟齬並びに確定時期の異常値に照らせば、訪問実態に疑義を呈さざるを得ない事例も存した」として、さまざまな記録の不備、営利優先の発想が認められること、訪問看護におけるルートの設定及び人員配置の問題性、法令遵守の意識の低さ、業務遂行を確保する組織体制が不十分であったこと、社内におけるコミュニケーションの不足など、さまざまな問題点を指摘、「批判を受けるに値する」としつつも「多額の診療報酬を受けるために架空の事実をねつ造したような悪質な不正請求の事案とまでは認められない」としました。厚労省通知に定める「訪問看護」の実態を欠く事案は診療報酬額で約5,300万円に相当調査の結果、明らかに短時間の訪問と見なされた訪問看護記録は6万5,227件で、そこから複数名の訪問看護を要すると判断される記録を除く9,990件は、通知に定める「訪問看護」の実態を欠く事案であると判定、診療報酬額で約5,300万円に相当するとしました。加えて、訪問看護記録上は複数名訪問となっていたが実態が認められなかったと判定したのは1,352件(約359万円)でした。この他、調査の過程で、本社コンプライアンス部の運営指導対策の一環として、タイムカードの写しが書き換えられていたことも判明しています。職員の勤怠記録と訪問看護記録の食い違いがあった訪問看護または訪問介護業務について、ほかの資料などからも、サービス提供の実態があったと確認できなかった事案が970件(約514万円)あったとしました。 特別調査委員会は、正確な記録を残していなかった、通知との適合性確認を十分行わないなど法令順守の意識が低かった、現場任せの運用で適切な訪問看護業務を遂行するための組織体制が整備されていなかった、などの点が訪問実態に疑義のある事案が発生した原因になったと分析。再発防止策として、正確な記録作成の徹底、適正な訪問ルートの作成とそれに見合った人員配置、内部統制の再構築などを提言しています。アンビスホールディングスは「影響額は僅少なもの」と発表調査報告書を受けた後、8月8日にアンビスホールディングスは「特別調査委員会の調査報告書受領に関するお知らせ」を公表、「本件調査での影響額としては63 百万円あまり(調査対象期間売上総額の0.05%程度)と僅少なもの」と報告、この金額について「訪問看護記録を検証した場合に、看護実態を示す記載が不十分であると認定されたものであり、看護実態がないと認定されたものではございません」とするとともに、「訪問看護における医療行為が実態のあるものと特別調査委員会により判断されたものと認識」「看護実態について根拠資料の記載が不十分であると認定されたケースは、記録の登録ミス及び記載不足などによる形式的なエラーがその大部分を占めるものと認識」など、意図的な不正請求はなかった点を強調しています。そして、訪問看護の提供実態の根拠となる資料の記載が不十分であるとの指摘には、「調査報告書の指摘を真摯に受け止め、改善に努める」「組織構造の変更・人員配置の適正化で記録の不備が起きにくい体制を構築するとともに、少額ではあるものの誤謬が発生したことに対し、より一層ミスが起きにくい組織体制を実現するよう取り組んでいく」としました。気になった報告書の内容とアンビスの解釈のズレ特別調査委員会の報告書は、端的に言えば”上場企業にもかかわらず、運営体制はグダグダでひどすぎる”という内容でした。「批判を受けるに値する」という厳しい指摘もありました。しかし当のアンビスホールディングスは「訪問看護には実態があった。不正請求はなかったと判断された」と少々ズレた受け止め方をしています。加えて、業績に対する影響の話とはいえ「6,300万円は売上総額の0.05%程度で僅少」という捉え方にも違和感を覚えます。株主対策として「僅少」と言いたいのかもしれませんが、診療報酬には税金も入っており、単なる企業の売上とは意味合いが異なります。普通、医療機関が6,300万円も不正請求をしたら、保険医療機関取り消しとなるでしょう。ズレ、違和感は、マスコミの報道でも感じました。共同通信や全国紙の多くが「実態のない診療報酬の請求額が6,300万円あった」ことにフォーカスしていた一方で、「結果はシロ」「共同通信社に対する訴訟も求める声も高まっている」と、真逆ともとれる報道をするメディアもありました。一体、どちらの解釈が正しいのでしょうか?(この項続く)

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AIによる診療記録作成で医師のバーンアウトが減少

 診察室での医師と患者の会話を自動的に記録して解析し、診療記録を生成する技術をAmbient Documentation Technology(ADT)という。新たな研究で、ADTの使用は臨床医のバーンアウト(燃え尽き症候群)の減少やウェルビーイングの向上と関連していることが示された。米マス・ジェネラル・ブリガム(MGB)のRebecca Mishuris氏らによるこの研究の詳細は、「JAMA Network Open」に8月21日掲載された。 この研究の背景情報によると、診療記録の負担は臨床医のバーンアウトの一因とされている。今回の研究でMishuris氏らは、ADTを試験的に導入しているマサチューセッツ州のMGBとジョージア州のエモリーヘルスケアにおけるADTの使用状況を調べ、ADTの使用が臨床医の記録業務負担の感じ方およびバーンアウトに与える影響を検討した。 ADTを用いる場合、臨床医は人工知能(AI)が作成したレポートを確認してから、電子医療記録(EHR)に入力する。MGBでは2023年7月に18人の医師によりADTプログラムの使用が開始され、1年後には使用者が800人以上にまで拡大した。2025年4月には全ての医療提供者がADTシステムを利用できるようになり、3,000人以上が日常的にツールを活用しているという。 対象は、ADTを42日以上使用し、使用前後の調査に回答したMGBの臨床医873人(65.6%は医師の経験が10年超、女性54.8%)とエモリーヘルスケアの臨床医557人(51.3%は医師の経験が10年超、女性55.5%)の計1,430人である。MGBの臨床医のうち265人が事前調査と42日後の事後調査、192人が事前調査と84日後の事後調査に回答した。一方、エモリーヘルスケアの臨床医は、62人が事前調査と84日後の事後調査に回答した。 MGBでは128人(48.5%)が50%以上の診察記録にADTを使用していると回答した。一方、エモリーヘルスケアでは27人(43.5%)がほとんどもしくは全ての診療記録にADTを使用していると回答した。また、ADTを人に勧めたいと思うかを0〜10点で評価するスコア(10点が最高)は、MGBでもエモリーヘルスケアでも中央値が8.0点と高く、ADTに対する満足度の高いことが示された。 さらに、MGBでのバーンアウト発生率は、ADT使用の42日後には使用前の50.6%(134/265人)から29.4%(78/265人)へ、使用の84日後には使用前の52.6%(101/192人)から30.7%(59/192)へといずれも有意に減少していた。一方、ウェルビーイングについては、エモリーヘルスケアにおいて、「ADTがウェルビーイングに良い影響を与える」と答えた割合が、使用前の1.6%(1/62人)から使用後には32.3%(20/62人)へと有意に増加していた。 調査に回答した臨床医の一人は、「ADTは非常に役立っている。患者やその家族とのコミュニケーションが確実に改善され、診療が楽になった」と回答した。また別の医師は、「患者との会話で、後で話の内容を忘れてしまう心配をせずに患者の目を見て話せるので、診療の喜びが確実に増加した。ツールが進化すれば、医師としての経験を根本的に変えることになると思う」と回答した。さらに、「AIが生成した文章をコピー&ペーストして編集するのは面倒だが、それはある意味、機械的にできる作業だ。何時間も経ってから一から文章を作るのは、もっと頭を使う作業になる。午後になると集中力が途切れ、忙しいときには記入すべきカルテが山積みになり、もはや記録する余裕すらなくなる。そのため、記録が半分完成しているのは本当に助かる」という回答も見られた。 研究グループは、AIが進化するにつれ、バーンアウトの発生率が経時的に改善するかどうかを継続的に追跡していく予定だと述べている。

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第283回 B型肝炎ウイルス(HBV)への免疫と糖尿病を生じ難くなることが関連

B型肝炎ウイルス(HBV)への免疫と糖尿病を生じ難くなることが関連B型肝炎ウイルス(HBV)ワクチンの糖尿病予防効果を示唆する台湾の研究者らの試験結果1)が、まもなく来週開催される欧州糖尿病学会(European Association for the Study of Diabetes:EASD)年次総会で報告されます2,3)。具体的には、HBVワクチンのおかげでHBVへの免疫が備わった人は、糖尿病全般を生じ難いことが示されました。高血糖が続いて心血管疾患、腎不全、失明などの深刻な事態を招く糖尿病の世界の患者数は昨年6億例弱を数え、このままなら2050年までに45%上昇して8億例を優に超える見込みです4)。当然ながら糖尿病治療の経済的な負担は甚大で、総医療費の12%を占めます。肝臓は体内の糖が一定に保たれるようにする糖恒常性維持の多くを担っています。空腹時にはグリコーゲン分解と糖新生により血糖値が下がりすぎないようにし、食後にはグリコーゲン合成によって余分な糖をグリコーゲンに変えて血糖値を抑えます。そのような糖恒常性をHBV感染が害するらしいことが先立つ研究で示唆されています。HBVのタンパク質の1つHBxが糖新生に携わる酵素の発現を増やして糖生成を促進し、糖を落ち着かせる働きを妨げるようです。HBV感染者はそうでない人に比べて糖尿病である割合が高いことを示す試験がいくつかありますし、約5年の追跡試験ではHBV感染と糖尿病を生じやすいことの関連が示されています5)。そういうことならワクチンなどでのHBV感染予防は糖尿病の予防でも一役担ってくれるかもしれません。実際、10年前の2015年に報告された試験では、HBVワクチン接種成功(HBsAb陽性、HBcAbとHBsAgが陰性)と糖尿病が生じ難くなることの関連が示されています6)。その糖尿病予防効果はワクチンがHBV感染を防いで糖代謝に差し障るHBV感染合併症(肝損傷や肝硬変)を減らしたおかげかもしれません。それゆえ、HBVワクチンの糖尿病予防効果がHBV感染予防効果と独立したものであるかどうかはわかっていません。その答えを見出すべく、台湾の台北医学大学のNhu-Quynh Phan氏らは、HBVに感染していない人の糖尿病発現がHBVへの免疫で減るかどうかをTriNetX社のデータベースを用いて検討しました。HBV感染を示す記録(HBsAgかHBcAbが陽性であることやHBVとすでに診断されていること)がなく、糖尿病でもなく、HBVへの免疫(HBV免疫)があるかどうかを調べるHBsAb検査の記録がある成人90万例弱の経過が検討されました。それら90万例弱のうち60万例弱(57万3,785例)はHBsAbが10mIU/mL以上(HBsAb陽性)を示していてHBV免疫を保有しており、残り30万例強(31万8,684例)はHBsAbが10mIU/mL未満(HBsAb陰性)でHBV免疫非保有でした。HBV感染者はすでに省かれているので、HBV免疫保有群はワクチン接種のおかげで免疫が備わり、HBV免疫非保有群はワクチン非接種かワクチンを接種したものの免疫が備わらなかったことを意味します。それら2群を比較したところ、HBV免疫保有群の糖尿病発現率は非保有群に比べて15%低くて済むことが示されました。さらにはHBV免疫がより高いほど糖尿病予防効果も高まることも示されました。HBsAbが100mIU/mL以上および1,000mIU/mL以上であることは、10mIU/mL未満に比べて糖尿病の発現率がそれぞれ19%と43%低いという結果が得られています。年齢、喫煙、糖尿病と関連する肥満や高血圧といった持病などを考慮して偏りが最小限になるようにして比較されましたが、あくまでも観察試験であり、考慮から漏れた交絡因子が結果に影響したかもしれません。たとえばワクチン接種をやり通す人は健康により気をつけていて、そもそも糖尿病になり難いより健康的な生活習慣をしているかもしれません。そのような振る舞いが結果に影響した恐れがあります。HBV免疫が糖尿病を防ぐ仕組みの解明も含めてさらなる試験や研究は必要ですが、HBVワクチンはB型肝炎と糖尿病の両方を防ぐ手立てとなりうるかもしれません。とくにアジア太平洋地域やアフリカなどのHBV感染と糖尿病のどちらもが蔓延している地域では手頃かつ手軽なそれらの予防手段となりうると著者は言っています1)。 参考 1) Phan NQ, et al. Diagnostics. 2025;15:1610. 2) Study suggests link between hepatitis B immunity and lower risk of developing diabetes / Eurekalert 3) Hepatitis B vaccine linked with a lower risk of developing diabetes / NewScientist 4) International Diabetes Federation / IDF Atlas 11th Edition 2025 5) Hong YS, et al. Sci Rep. 2017;7:4606. 6) Huang J, et al. PLoS One. 2015;10:e0139730.

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第277回 コロナの今、感染・入院・死亡者数まとめ

INDEX定点報告数推移入院・重症化例死亡者数新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が感染症法の5類に移行したのが2023年5月8日。それから丸2年以上が経過した。現在、全国的に感染者が増加していると報道されているが、先日の本連載でも報告したように地域の基幹病院では、流行期に苦境を迫られているのが現実だ。もっとも世の中全体が新型コロナについて「喉元過ぎた熱さ」化した今、5類移行以後の新型コロナがどのような経過をたどってきたかについての認識は、医療者の中でも差があるだろう。私自身は医療者ではないが、隠さず言ってしまえば、まさに喉元過ぎた熱さ化しつつあるのが実際である。ということで、自省も込めてこの段階で、5類移行から現在に至るまでの新型コロナの状況について経過をたどってみることにした。今回は感染者数、入院者数、死亡者数についてまとめてみた。定点報告数推移まず、5類移行後の一番大きな変化としては感染者報告が定点報告1)となった点である。その最初となった2023年第19週(5月8~14日)は全国で2.63人。この後は第35週(8月28日~9月3日)の20.50人まで、途中で第31週(7月31日~8月6日)と第32週(8月7~13日)に前週比で若干減少したことを除けば、ひたすら感染者は増加し続けた。ただ、ここからは急速に減少し、わずか4週後の第39週(9月25日~10月1日)には8.83人まで減少。第44週(10月30日~11月5日)には第19週の水準を下回る2.44人となった。16週間かけてピークまで増加した感染者数が9週間で減少したことになる。最終的には第46週(11月13~16日)の1.95人で底を打った。もっともここからは再び増加に転じ、この年の最終週の第52週(12月25~31日)には5.79人と6週間で約3倍まで増加した。2024年第1週(1月1~7日)は6.96人で始まり、第5週(1月29日~2月4日)に16.15人。以後は第18週(4月29日~5月5日)の2.27人まで一貫して減少したが、第19週(5月6~12日)からは2.63人と反転し、第30週(7月22~28日)の14.58人まで増加を続けた。そしてこれ以降は再び減少し始め、第45週(11月4~10日)の1.47人がボトムとなり、最終週の第52週(12月23~29日)は7.01人。7週間で5倍弱に増加した。2025年は第1週(2024年12月30日~2025年1月5日)が5.32人と2024年最終週からは減少したものの、翌第2週(1月6~12日)は7.08人と跳ね上がり、これが冬のピーク。この後は緩やかに減少していき、第21週(5月19~25日)、第22週(5月26日~6月1日)ともに0.84人まで低下。そこから再び一貫した上昇に転じ、最新の第33週(8月11~17日)が6.30人である。このデータを概観すると、1月中が冬のピークで、その後は感染者が減少。5月中下旬から感染者が増加し、7~8月にピークを迎え、そこから11月中旬にかけてボトムとなり、再び増加に転じるという流れが見えてくる。現時点において、この夏まで4つの波が到来している形で、年々ピークの感染者数は低下している。もっとも、これは以前書いたようにウイルスの感染力が低下しているわけではなく、次第に多くの人がコロナ禍を忘れ、喉の痛みや鼻水が大量に出るなどの呼吸器感染症の症状が出ても受診・検査をしていないケースが増えているからだろう。また、注意が必要なのが定点報告医療機関数の変化である。2025年第14週(3月31日~4月6日)までは約5,000医療機関だったが、これが再編されて第15週以後は約3,000医療機関に変更されていることだ。その意味ではもはや定点報告数は大まかに流行を捉えるという位置付けにすぎないといえるだろう。そうした中でこの流行の波形を見ると実は特徴的な地域がある。沖縄県だ。同県の場合、ほかの都道府県に見られる冬期の波がほとんどない。これは同県が日本では唯一の亜熱帯に属する県であることが理由だろう。すなわち冬に暖房を使って屋内に籠ることがほとんどないということだ。つまるところ「暑さや寒さでエアコンを使い換気が悪くなる時期に各地で感染者が増加する」という従来からの定説を如実に裏付けているともいえる。実際、夏前の流行の立ち上がり時期を見ると、九州・沖縄地方は全国傾向と同じ毎年第19週前後だが、北海道や東北地方は第25週前後である。逆に冬期は北海道、東北地方は第42週前後に感染者が増加し始めるが、九州地方では第49週前後である。入院・重症化例最も医療機関にとって負荷がかかるのは新型コロナによる入院患者の増加であることはいうまでもない。厚生労働省では医療機関等情報支援システム(G-MIS)2)のデータから週報とともに重症化事例も公表している。当然ながら、定点報告の感染者数のピーク前後で入院事例が増えると考えられるため、各ピーク期に絞ってその状況を取り上げる。まず、2023年については、夏のピークだった第35週の直前である第34週(8月21~27日)の全国の新規入院患者数1万3,972人がピークである。この時の7日間平均でのICU入院中患者数が228人、ECMOまたは人工呼吸器管理中が140人である。ICU入院中の患者数は第33~36週までは200人超である。2024年の冬季の感染者数ピークは第5週だが、入院患者のピークはその前の第3週(1月15~21日)の3,494人である。夏に比べて一気に入院患者数が減少したようにもみえるが、これは2023年9月25日より、入院患者数をG-MISデータ(約3万8,000医療機関)から全国約500ヵ所の基幹定点医療機関からの届出数に変更したためである。その代わり、この時点から入院患者の年齢別などの詳細が報告されるようになっている。この2024年第3週の入院患者の年齢別内訳を見ると、60歳以上の高齢者(同データは65歳以上の区分なし)が83.1%を占めている。これ自体は驚くことではない。ただ、10歳刻みの年齢区分で見ると、60歳以降の3区分と50~59歳の区分に次いで多いのが1歳未満である。また、この時の入院時のICU入室者は117人、人工呼吸器利用者は57人である。さらに同年夏の入院患者数ピークは、感染者数ピークの第30週の翌週である第31週(7月29日~8月4日)の4,590人。この時も60歳以上の高齢者が84.4%を占め、第3週前後の時と同様に60歳以降の3区分と50~59歳の区分に次いで1歳未満の入院患者が多い。この週のICU入室者は187人、人工呼吸器の利用者は80人。2025年冬の入院患者数ピークは、感染者数ピークと同様の第2週で2,906人。60歳以上の高齢者割合は86.0%。年齢階層別の入院患者数で1歳未満が高齢者層に次ぐのは、この時も同じだ。この週のICU入室者は120人、人工呼吸器の利用者は54人だった。死亡者数人口動態統計3)の年次確定数で見ると、2023年の新型コロナによる死亡者数は3万8,086人。前年の2022年が4万7,638人である。ちなみに2023年のインフルエンザの死亡者数が1,383人である。2024年(概数)は3万5,865人、2025年については現在公表されている3月までの概数が1万1,207人である。ちなみに前年の1~3月は1万2,103人であり、やや減少している。ここでまたインフルエンザの死亡者数を挙げると、2024年が2,855人、2025年1~3月が5,216人である。今年に入りインフルエンザの死亡者は増加しているものの、新型コロナの死者は2023年でその27.5倍、2024年で12.6倍にも上る。この感染症の恐ろしさを改めて実感させられる。次回は流行株の変遷とワクチン、治療薬を巡る状況を取り上げようと思う。 参考 1) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料(発生状況等) 2) 厚生労働省:医療機関等情報支援システム(G-MIS):Gathering Medical Information System 3) 厚生労働省:人口動態調査

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安物椅子の効能【Dr. 中島の 新・徒然草】(595)

五百九十五の段 安物椅子の効能暦の上ではもう秋、朝夕は少しばかり過ごしやすくなりました。それでも日中に水道の蛇口を捻るとお湯が出てきます。「あれっ? 給湯になっているのかな」と思うのは、こんな時ですね。もちろんそんなはずもなく、暑さのせいで水がお湯になっているわけですが。さて、言うまでもなく、われわれが追求しているのは西洋医学。東洋医学や民間医療に比べると、生死を左右する病気の診断や手術を含む治療では絶大な威力を発揮します。しかし、日常生活の中で生じるちょっとした不調、たとえば頭痛や腰痛、不眠、倦怠感といった愁訴に対しては、私自身もなかなか本気になれません。先日、私の外来を訪れた70代の女性。背筋の伸びたダンスインストラクターでした。主訴は歩行障害です。3ヵ月ほど前から右足が動きにくくなったのだとか。実際に歩いてもらうと、確かに右足を軽く引きずっています。それだけでなく、右の腰と臀部の軽い痛み、右膝窩部から下腿前面にかけての違和感も訴えていました。すでに他の医療機関で撮影した頭、頚椎、腰椎のMRIでは、これといった異常が見当たらなかったとのこと。私はいろいろな問診と身体所見を取った結果、最終的に坐骨神経痛、それも梨状筋症候群が歩行障害の主たる原因ではないかと思うに至りました。これは坐骨神経が梨状筋によって圧迫され、下肢の運動障害や感覚障害を呈する疾患です。当然のことながら、患者さんの次の疑問は治療です。正直なところ、私自身は坐骨神経痛とか梨状筋症候群についてはまったくの素人。そこで汗だくになってネット検索をしたのです。患者さんの前でスマホをあれこれ触るのもカッコ悪いのですが、他に方法はありません。苦し紛れの説明をせざるを得ませんでした。 中島 「治療は大きく分けて3つ。外科的治療、内科的治療、その他といったところです」 患者 「外科的治療というのは手術のことですか?」 中島 「そういうことになりますね」 患者 「とんでもない、手術なんかしません!」 そりゃそうでしょうね。どう考えても「圧迫している梨状筋を切ろう」などというのは単純すぎる発想です。 患者 「内科的治療というのは薬ですか?」 中島 「薬とか湿布とかブロック注射あたりだと思います」 患者 「どんな薬を使うのでしょうか」 中島 「鎮痛剤とかかな」 患者 「そんなに痛いわけじゃないのに?」 痛くない人に痛み止めを使っても意味ないですよね。同じ理屈で、湿布もブロック注射も却下。「痛みさえ取れればスムーズに歩ける」という状況でもないわけだし。となると、次は「その他」の治療か?実は診察中、自発痛や圧痛を調べるために、この患者さんの臀部を押したり引いたりしたのです。そのことが結果的に梨状筋をマッサージすることになったのでしょうか。直後に、患者さんが軽快に歩けるようになりました。スムーズに歩けたのは、わずか2〜3メートルだけで、すぐに元に戻ってしまったわけですが。でも、このことは大切なヒントになっているかもしれません。つまり、アプローチとしてはマッサージやストレッチ、エクササイズの方向性も考えられるということです。それ以上のことは私にはわからなかったので、梨状筋症候群をホームページで熱く語っている整形外科クリニックを探し出し、そちらを受診するようお勧めしました。帰宅後に「梨状筋症候群 ストレッチ」で検索すると、YouTubeに大量の動画が存在することに気付きました。もちろん玉石混交だろうとは思いますが、その中には彼女に適したものもあるはず。幸い、1ヵ月後にフォローの再診予約を入れているので、その後の状況をお伺いしようと思います。後で聞いたところ、同僚の中には梨状筋症候群になったという医師もいました。彼女の場合、転勤して椅子が立派になってから、次第にこの患者さんと同じような症状に苦しめられたそうです。それまで愛用していた安物の椅子に変えると、徐々に元に戻ったのだとか。そう考えると、ひょっとして今回の患者さんも、椅子が変わった類のエピソードがあるのかもしれません。再診の時に確認してみましょう。さらに、この患者さんがダンスインストラクターであることを考えても、身体を動かす系の治療法を提案したほうが、納得感が得られるのではないかという気がします。これまで私は、マッサージ、ストレッチ、エクササイズといった方法をあまり重視してきませんでしたが、そういったものも有力な治療オプションの1つではないかと思うようになりました。日々、西洋医学を実践する一方で、少しばかり視野の広がる思いをした次第です。引き続き、この患者さんの経過を見守ることといたしましょう。最後に1句 秋の日々 あれこれ考え また試す

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第278回 いよいよ本格化するOTC類似薬の保険外し議論、日本医師会の主張と現場医師の意向に微妙なズレ?(後編)

「調査対象に偏りが見受けられるため、調査結果については詳細な分析が必要」と日本医師会こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。いろいろあった夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)も終わり、野球はNPBとMLBのポストシーズン進出争いにその焦点が移ってきました。気になるのはMLBのロサンゼルス・ドジャースの夏に入ってからの失速ぶりです。この週末のサンディエゴ・パドレスとの3連戦では1勝2敗と負け越し、結果、パドレスにナショナル・リーグ西地区首位に並ばれました(現地8月24日現在、25日には再び首位に)。投手陣、とくにリリーフ陣の弱さがポストシーズンに向けて最大の弱点になっています。大谷 翔平選手で視聴率を稼いできたNHKも気が気でないでしょう。開幕時はワールドシリーズ出場間違いなしと言われたスター軍団のあと1ヵ月余りの戦いぶりと、ダルビッシュ 有投手擁するパドレスのさらなる追い上げに注目したいと思います。さて、今回も前回に引き続き、三党合意(自民・公明・維新)で決まったOTC類似薬の保険外しについて書いてみたいと思います。前回は、日本医師会が8月6日の記者会見で、OTC類似薬の保険外しの動きに対し強い反対の意向を改めて表明、その理由として「経済的負担の増加」と「自己判断・自己責任での服用に伴う臨床的なリスク」を挙げたこと、その一方で、今年7月、日本経済新聞社と日経メディカル Onlineが共同で医師に対して行った調査では「OTC類似薬の保険外しに医師の賛成6割」という意外な結果が出たことについて書きました。日本医師会は、記者会見でこの結果に対し、「調査対象に偏りが見受けられるため、調査結果については詳細な分析が必要」と苦言を呈したのですが、そんなに”偏った”調査だったのでしょうか。もう少しその内容を見てみましょう。「保険適用から外してもよい」と考える薬効群分類は「総合感冒薬」「湿布薬」「ビタミン剤」など日経メディカル Onlineは7月30日付けで「医師7,864人に聞いたOTC類似薬の保険適用除外への賛否」という記事を配信しました。対象は日経メディカル Onlineの医師会員で総回答者数は7,864人、調査期間は参議院選挙前の2025年7月1~6日です。同記事によれば、調査に回答した医師の過半数である62%が「OTC類似薬の保険適用除外」に対し賛成(「賛成」20%、「どちらかと言えば賛成」42%の合計)でした。なお、回答した医師の内訳は、病院勤務医70.1%、診療所勤務医15.2%、病院経営者1.5%、診療所開業医10.8%、研究者・行政職1.1%、その他2.4%です。病院勤務医が7割と最も多く、診療所開業医が実際の割合(病院長含め開業医の割合は医師全体の約2割程度)よりも若干低かったのですが、大きな「偏り」というほどのものではないでしょう。立場別での賛否では、病院勤務医が「賛成」の率が最も高く(69%)、次いで診療所勤務医(54%)、病院経営者(51%)の順でした。診療所開業医は「賛成」36%、「反対」が63%でした。「反対」が多いとはいえ約4割が保険適用除外に「賛成」とは、ある意味意外な結果でした。OTC類似薬のうち、「保険適用から外してもよい」と考える薬効群分類について聞いた質問では、「総合感冒薬」(51%)、「外用消炎鎮痛薬(湿布薬)」(41%)、「ビタミン剤」(37%)、「外用保湿薬(ヘパリン類似物質など)」(31%)が上位を占めました。保険適用から除外してよいと考える理由については、「増え続ける国民医療費を抑制するため」52%、「医薬品目的で受診する人を減らすため」31%、「OTC薬と効果に大きな違いがないため」27%、「多忙な診療業務の負担を軽減するため」16%という結果でした。つまり、勤務医を中心に現場の医師たちの実に半数が、増え続ける医療費をなんとかせねばと考えており、さらに、医師の働き方改革や医師偏在によって多忙を極める医師たちの一定数が、OTC類似薬の保険適用除外は医薬品目的で受診する人を減らし、診療業務を効率化するためにプラスになると考えているわけです。日本医師会の主張と現場の医師の意向のズレは、「軽症でも患者を手放さず、初診料・再診料を柱に診療報酬を確保する」ことを第一義とする(診療所開業医中心の)日医と、「本当に診療が必要な患者だけを効率的に診たい」現場医師との間にある、”診療方針のズレ”といえるかもしれません。OTCよりも危険な処方薬ですらきちんと説明が行われず、ポリファーマシーによる健康被害も起こっている日本医師会は「自己判断・自己責任での服用に伴う臨床的なリスク」を反対の理由に挙げ、「OTC類似薬の保険適用除外は、重複投与や相互作用の問題等、診療に大きな支障を来たす懸念がある」とその危険性を指摘していますが、現実問題として重複投与や相互作用を常に気にしながら処方箋を書いている医師はどれくらいいるのでしょうか。以前(第270回 「骨太の方針2025」の注目ポイント[後編])にも書いたことですが、そもそも現状、処方箋を発行する医師は薬の説明をほぼ薬局薬剤師に丸投げし、その薬局薬剤師も印刷された薬剤情報提供書を右から左へ受け流しているだけ、というところが少なくありません(私や家族の経験からも)。OTCよりも危険な処方薬ですらきちんと説明が行われず、ポリファーマシーによる健康被害も起こっている状況はそのままに、「OTC類似薬の保険適用除外は、診療に大きな支障を来たす懸念がある」とはやや言い過ぎではないでしょうか。「経済的負担の増加」は税制などの制度変更とマイナ保険証を活用したDXで改善できるのでは?OTC類似薬の保険適用除外のもう一つの問題と言われる患者の「経済的負担の増加」ですが、こちらは税制などの制度変更とマイナ保険証を活用したDXで改善できるのではないでしょうか。今年5月の三党協議の場で、使用額が大きいOTC類似薬の上位6品目と湿布薬1品目について、通常の使用日数で患者負担額がどれくらい違うかについての厚生労働省の試算が示されています。それによれば、「ヘパリン類似物質クリーム」で市販薬はOTC類似薬の5.4倍、その他の薬でも1.1〜3.4倍という結果でした。日本医師会の江澤 和彦常任理事は8月6日の記者会見でOTC類似薬を保険適用外にすることで、患者の自己負担額で比較すると30倍以上になると指摘、「経済的な問題で国民の医療アクセスが絶たれる」と懸念を示しています。しかし、患者負担の面からみれば増加ですが、国の医療費負担の面からは削減になるわけで、セルフメディケーション税制(特定市販薬を年1万2,000円超購入した場合、超過分を8万8,000円まで控除できる制度)の限度額や対象薬剤を拡充したり、医療費控除との併用を認めるような改革を行ったりすれば、患者の経済的負担増はいくらでも軽減できると思います。セルフメディケーション税制は現行の医療費控除の「特例」のため、重複控除を避ける必要があるため「選択適用」となっていますが、それこそ今の時代に合っていない制度と言えるでしょう。なお、セルフメディケーション税制については2026年12月に制度の期限を迎えるものの、国は制度の恒久化と対象薬剤(インフルエンザ検査を追加など)の拡大を検討しています。3党合意と骨太の方針でOTC類似薬の保険適用除外が決まっているのですから、それに合わせて同制度の抜本的な見直しを期待したいところです。セルフメディケーション推進で職能の重要性が増すと考えられる薬剤師、しかし日本薬剤師会はOTC類似薬の保険適用除外になぜか「反対」また、薬局等でOTCを購入しているのが患者本人なのか、家族など第三者用なのか、というチェック等もマイナンバーカードを活用し、お薬手帳の情報などと紐付けることで、より効率的に行うことができるのではないでしょうか。さらに、セルフメディケーション税制に基づく所得控除の申告もe-Tax(国税電子申告・納税システム)で簡単にできるようにすれば、OTCの活用は今まで以上に進むはずです。要はそうした制度・仕組みをつくろう、セルフメディケーションを推進しようという意欲や熱意が国や各ステークホルダーにあるかどうかだと思います。その意味では、診療と処方権を絶対に手放したくない日本医師会はさておいて、セルフメディケーション推進でその職能の重要性が増すと考えられる薬剤師を束ねる日本薬剤師会が、OTC類似薬の保険適用除外に対して「今までの仕組みを壊すことになる」(岩月 進・日本薬剤師会会長)などとして「反対」の立場を表明(2025年2月段階)しているのがまったく解せません。薬剤師は自分たちの職能を高めたり、仕事を増やしたりすることが嫌いなのでしょうか。AIやロボットに仕事を奪われてもいいのでしょうか。OTC類似薬の保険適用除外は、2025年末までの予算編成過程を通じて具体的な検討を進め、早期に実現可能なものは2026年度から実行される予定です。そうした動きを阻止するべく日本医師会、日本薬剤師会など守旧派勢力が今後、どんなアクション起こすかが注目されます。

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肝臓がんの60%は予防可能

 進行が早く致死的となることも多い肝臓がんの60%は、重要なリスク因子を回避または治療することで予防できることが、新たな国際的研究で明らかにされた。重要なリスク因子とは、ウイルス性肝炎への罹患、アルコールの乱用、または肥満に関連する危険な肝脂肪の蓄積などであるという。論文の筆頭著者である香港中文大学(中国)のStephen Chan氏は、「各国がこれらのリスク因子に焦点を絞り、肝臓がんの発生を防いで人々の命を救う大きな機会があることを浮き彫りにする結果だ」と述べている。この研究は、肝臓がんに関する特別報告書として、「The Lancet」に7月28日掲載された。 Chan氏らによると、肝臓がんは世界で6番目に多いがんであり、がんによる死因の第3位である。肝臓がんの影響の大きさは国によって異なり、特に中国は、主にB型肝炎の蔓延により、世界の肝臓がん症例の42.4%を占めるほど症例数が多い。同氏らの報告書では、何らかの介入を行わなければ、世界の肝臓がん症例は2050年までにほぼ倍増し、年間150万件を超えると予測している。報告書の上席著者である復旦大学(中国)のJian Zhou氏は、「肝臓がんは、治療が最も難しいがんの一つであり、5年生存率は約5〜30%程度だ。現状を逆転させるための対策を今すぐにでも講じなければ、今後四半世紀で肝臓がんの症例数と死亡数がほぼ倍増する恐れがある」と危機感を示している。 肝臓がんの多くは予防可能である。予防可能な原因の一つである代謝機能障害関連脂肪肝疾患(MASLD)は、肝臓内に脂肪がゆっくりとだが着実に蓄積していく疾患で、肥満と関係していることが多い。Zhou氏らによると、世界人口の最大3分の1が何らかのレベルのMASLDに罹患しており、肥満率の上昇に伴いこの疾患の症例数も増加することが予測されているという。Zhou氏らは、2040年までに米国人の55%がMASLDに罹患し、肝臓がんの発症リスクも上昇すると予測している。  共著者の一人である米ベイラー医科大学のHashem El-Serag氏は、「肝臓がんはかつて、主にウイルス性肝炎、またはアルコール性肝障害の患者に発生すると考えられていた。しかし今日では、肥満率の上昇に伴いMASLDが増え、それに起因する肝臓がんが増加傾向にある」と指摘している。 一方、B型肝炎ウイルス(HBV)およびC型肝炎ウイルス(HCV)については、治療法の進歩により、肝炎が肝臓がんの発症に与える影響は弱まりつつあるという。Zhou氏らは、「HBVに関連する肝臓がん症例の割合は、2022年の39.0%から2050年には36.9%に、一方HCV関連の症例は同期間に29.1%から25.9%に減少すると予測されている」と述べている。研究グループは、B型肝炎ワクチンの接種やC型肝炎の検査・治療の強化により、肝臓がんの発生率をさらに低下させることができる可能性があるとしている。  肝臓がんの発生を低下させるためには、MASLDの診断と治療も役に立つ。El-Serag氏は、「肝臓がんリスクが高い患者を特定する方法の一つは、肥満、糖尿病、心血管疾患などのMASLDリスクが高い患者を対象に、日常的な医療行為に肝障害のスクリーニングを導入することだ。このスクリーニングは、健康的な食事と定期的な運動に関する啓発活動の強化に役立つだろう」と付け加えている。  研究グループは、肝臓がんの年齢標準化罹患率を年間2~5%削減するだけで、2050年までに世界中で880万~1730万件の新たな肝臓がん症例を予防できる可能性があるとしている。これは、最大1510万人の命を救うことを意味するという。

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第24回 「先生、死にたいです」その声にどう向き合うか。NY州、「尊厳ある死」へ歴史的転換点

米国・ニューヨーク州において、終末期の患者が自らの意思で死を選択することを認める「医療的死亡援助(Medical Aid in Dying:MAID)」の合法化に向けた法案が、州議会を通過しました1)。アメリカ国内でこの制度を導入する州が広がりを見せる中、国内有数の大都市を抱えるニューヨーク州でのこの動きは、個人の尊厳や自己決定権を巡る議論に大きな影響を与える可能性があります。法案は現在、知事の署名を待つ段階にあり、その判断に全米から注目が集まっています。この法案が成立すれば、ニューヨーク州はオレゴン州やカリフォルニア州などに続き、この制度を認める11番目の州となります。著者の所属する医療機関でも、法案成立に備えて倫理委員会での院内方針の策定を準備する動きが見られる一方、「知事が署名するまでは現行法上、違法行為である」として、職員に慎重な対応を求める通達を出すなど、各医療現場は重要な転換点を前に緊張感を漂わせています。長年にわたり議論が続けられてきたこの法案の議会通過は、終末期医療における患者の権利を重視する声が、社会的に一定の支持を得たことを示しているのかもしれません。しかし、生命の尊厳を巡る倫理的・宗教的な対立も根強く、法案の成立がゴールではなく、新たな議論の始まりとなることも間違いないでしょう。「安楽死」との違いは「自己決定」の最終段階このニュースを理解するうえで、しばしば混同されがちな「安楽死」との違いを明確にすることが不可欠です。「医療的死亡援助(MAID)」と、一般的に「積極的安楽死」と呼ばれる行為との間には、法制度上、そして倫理上、決定的な違いが存在しています2)。医療的死亡援助(MAID)で対象となるのは、回復の見込みがない末期疾患と診断され、精神的に正常な判断能力を持つ成人の患者です。複数の医師による診断を経て、患者が自発的に繰り返し要請した場合に、医師は致死量の薬剤を「処方」します。しかし、その最終的な服用は、患者自身の意思と行為によって行われます。ここが安楽死との大きな違いです。医師の役割はあくまで処方までであり、直接的な生命の終結には関与しません。「自己決定権」を最大限に尊重した形とされる所以です。一方、積極的安楽死は、患者本人の同意に基づき、医師が注射などの手段を用いて直接的に患者の生命を終結させる行為を指します。最終的な行為の主体が医師である点が、MAIDとの最も大きな違いです。ベルギーやオランダなど一部の国では合法化されていますが、アメリカの多くの州では殺人罪に問われる違法行為です。今回ニューヨーク州で議論されているのは、あくまでも前者、つまり患者自身の最終的な選択を核とする「医療的死亡援助」です。この推進派が「医師による自殺ほう助(Physician-Assisted Suicide)」という言葉を避け、「医療的死亡援助」という呼称を好む背景には、この「自己決定」の側面を強調し、ネガティブなイメージを払拭したいという意図もあるようです。倫理的ジレンマ――賛成論と反対論の狭間で「医療的死亡援助」の合法化を巡る議論は、米国社会が抱える複雑な価値観の対立を映し出しているともいえます1)。賛成論の根拠となっているのは、主に「個人の尊厳」と「自己決定権」です。背景に、「耐えがたい苦痛を伴う延命治療を続けるよりも、自らが選んだタイミングで尊厳を保ったまま人生の幕を下ろす権利は保障されるべきだ」という考え方があります。現代医療でもなかなか緩和できない苦痛からの解放は、人道的な選択肢の一つとして認められるべきだという声が強いのです。すでに制度を導入しているオレゴン州では、25年以上にわたる運用実績があり、厳格な条件下で適切に機能していると評価されています。一方で、反対論も根強く存在します。まず、宗教的な観点から「生命の神聖さ」を侵す行為であるという批判があります。また、「滑り坂(スリッパリー・スロープ)理論」への懸念もあります。これは、一度合法化を認めると、当初は終末期の成人に限定されていた対象が、次第に障害や精神疾患の苦痛に悩む人たち、認知症の高齢者などへと安易に拡大解釈されてしまうのではないか、という危惧です。さらに、高額な治療費の負担に苦しむ患者やその家族が、経済的な理由から死を選んでしまうという「誘導」になりかねないという指摘もあります。命を救うことを使命とする医師が、人の死に関与することへの倫理的なジレンマもまた、医療界内部で議論が分かれる理由です。ニューヨーク州知事がどのような決断を下すのか、その行方はまだ不透明です。しかし、今回の法案通過が、終末期医療のあり方、そして「いかに生き、いかに死ぬか」という根源的な問いを、社会全体で改めて考える大きなきっかけとなっていることは間違いありません。その結論は、州を越えてアメリカ全土の、そして世界の国々の議論にも影響を与えていく可能性があると思います。では、どう向き合うか。「死にたい」という言葉の裏にあるものでは、「医療的死亡援助」が法的に認められていない現状で、患者から「先生、死にたいです。手伝ってもらえますか?」と問われたら、医療者はどう向き合うべきでしょうか。この問いに対し、ティモシー・E・クイル氏の論文3)は、安易な肯定や否定ではなく、まず患者の苦しみを深く理解しようと努める対話の重要性を説いています。とても古い論文ですが、その内容は現在でも参考になります。この論文によれば、患者の「死にたい」という言葉の裏側には、必ずしも死そのものへの望みがあるというわけではなく、多くの場合、対処可能な別の問題が隠されています。したがって、医師の最初の応答は「あなたを助けたいと思っています。そのために、まずはあなたの苦しみと願いを理解させてください」といった、対話を開く姿勢がきわめて重要です。患者の願いの背景には、主に以下のような要因が考えられます。1.治療への疲弊繰り返される辛い治療に疲れ果て、これ以上の延命ではなく、残された時間を穏やかに過ごしたいという願いの表れである場合があります。この場合、治療の目標を「治癒」から「快適さ(コンフォート)」へと切り替えることで、患者は安堵を取り戻し、死にたいという思いが解消される可能性があります。2.身体的苦痛痛みを我慢しているケースも少なくありません。たとえば、麻薬性鎮痛薬への「依存」を恐れるあまり、激しい痛みを誰にも打ち明けられないでいることがあります。適切な知識に基づき、痛みを積極的にコントロールすることで、死にたいという思いが解消されることも多いのです。3.心理社会的・精神的な苦痛家族への負担を思い悩んだり、信仰上の葛藤を抱えたり、あるいは臨床的な「うつ病」が原因である可能性も考慮すべきでしょう。家族会議の実施、ソーシャルワーカー、聖職者、精神科医、心理療法士といった専門家との連携によって、解決の糸口が見つかることもあります。そして、最も主治医に求められるのは、患者を見捨てないという約束です。「どんなに辛い状況になっても、決してあなたを見捨てず、最後まで痛みを和らげ、尊厳を保てるよう最善を尽くします」と約束し、寄り添い続けることが、患者にとって大きな支えとなります。また、患者の言葉の裏にある真意を探り、その苦しみに共感し、解決策を共に創造していくプロセスそのものが、治療的な意味も持ちます。死を直接手伝うという選択肢がなくても、医療者は患者の苦しみに最後まで向き合い、尊厳ある最期を支えるという本来の役割を全うすることができるのです。「医療的死亡援助」を認めるべきかどうかという議論は、時に患者の視点を置き去りにし、「そもそもなぜ」という大切な視点を忘れ去らせてしまうことがあります。私たち医療者は今こそ原点に立ち返り、このような視点を大切にしていきたいものです。 1) Ashford G. New York Moves to Allow Terminally Ill People to Die on Their Own Terms. The New York Times. 2025 Jun 9. 2) Quill TE, et al. Palliative options of last resort: a comparison of voluntarily stopping eating and drinking, terminal sedation, physician-assisted suicide, and voluntary active euthanasia. JAMA. 1997;278:2099-2104. 3) Quill TE. Doctor, I want to die. Will you help me? JAMA. 1993;270:870-873.

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ChatGPTで英語革命! 生成AI、Chat GPTとは?【タイパ時代のAI英語革命】第2回

Generative AI(生成AI)とは生成AIとそれにまつわる言葉が、ここ数年で急速に一般化しつつありますが、それと同時に混乱しやすい状況も起こっています。似た概念の多くの用語が飛び交うので、多くの人が「AIって具体的に何?」「機械学習とディープラーニングは何が違うの?」「生成AIとLLMの違いは?」といった疑問を抱くのも無理はありません。医療英語という専門分野でAIを活用するためには、皆が用語を正しく理解しておくことで混乱や誤った使い方を防ぐことができます。本章では、ChatGPTをはじめとする「Generative AI(生成AI)」の位置付けを明確にするために、周辺の用語を階層構造にして、整理しながら解説します。画像を拡大する人工知能(AI:Artificial Intelligence)人工知能とは、「人間のように知的にふるまうことを目指す技術」の総称です。最も広義な概念です。AIと聞くとつい最近のことかと思われますが、AIという言葉自体は1956年に生まれており、実は70年もの歴史があります。特化型AI(Narrow AI)AIには大きく「汎用型AI(Strong AI とSuper AI)」と「特化型AI(Narrow AI)」というカテゴリーがありますが、現在実用化されているAIは特定のタスクに特化した特化型AIといわれます。人間が指示したことに対して応えてくれる画像解析、音声認識、チャットボットなどがこれに当たります。汎用型AIとは、いわゆる人間と同じく自分で考え動き、宗教観や価値観などの複雑な感情を持つことができるものですが、まだ実現化されていません。機械学習(Machine Learning)Narrow AIのカテゴリーの中でテクノロジーの中核を担うのが機械学習です。人間がルールを一つひとつ書くのではなく、データからパターンを学習させて判断や予測を行う仕組みです。ディープラーニング(Deep Learning)機械学習の中でも、とりわけ人工ニューラルネットワーク(ANN)を構成したモデルがディープラーニングです。簡単にいうと、より複雑な機械学習のモデルです。たとえば、画像を読み込む、パターンを認識して解析する、それを音声で伝えるといった、目、脳、言語という人間のさまざまな感覚を組み合わせたような複雑な処理を指します。ディープラーニングは、昨今のAIの性能が大幅に向上するきっかけとなりました。生成AI(Generative AI)ディープラーニングのサブカテゴリーに当たる生成AI(Generative AI)は、与えられた情報を基に新しいコンテンツ(文章、画像、音声など)を生成するものです。従来のAIは「分類」や「予測」が主でしたが、Generative AIは「創造する」という点で大きく異なります。名前の知られたChatGPTやGemini、Copilotといったチャットボットはすべて生成AIに当たります。大規模言語モデル(Large Language Models:LLM)Generative AIの中でも、とくに言語(テキスト)を扱うモデルがLLM(日本語では大規模言語モデル)です。膨大なテキストデータを基に文脈を理解し、自然な文章を生成することができます。ChatGPTの中核はLLMです。GPT(Generative Pre-trAIned Transformer)GPTとは、OpenAIという会社が開発したLLMのうちの1つです。LLMを「クルマ」という大きなカテゴリーだとすると、Open AIはそのうちの超大手会社「トヨタ自動車」、GPTはその会社が作っているクルマに当たります。ChatGPTようやく皆さんが最も身近に聞き慣れているものが出てきましたが、多くの人が日常的に使用しているChatGPTは、先ほどのGPTという頭脳(最新バージョンはGPT-4)を使って作られた対話型アプリのことです。この図と説明でAIに関わるさまざまな用語を階層的に整理できたのではないでしょうか。最後に、ChatGPTを含む「生成AI」でできることを確認しておきましょう。生成AIの力前段で生成AIとは、「コンテンツを創造するAI」であると説明しました。しかし、具体的に何ができるのかを理解するには、実際の分類を見ていくことが重要です。本章では、Generative AIの機能を人間の能力に例えて、以下の3つに大別してご紹介します。1)言語能力これはChatGPTが最も得意とする分野で、人間でいえば「読む」「話す」「書く」といった言語力(脳)、発声(口)、筆記(手)を司ります。自然言語を理解し、意味のある文章として出力するタスクです。以下のような応用が含まれます。質問応答例:医師が「COVID-19の現在の治療指針は?」と尋ねると、ガイドラインを基に要約された回答が返ってきます。感情分析例:自分の打った文章の内容やSNSの投稿から、「満足」「不満」「怒り」といった背後にある人間の感情を読み解くことができます。指示応答例:「5歳の子供にもわかるように糖尿病を説明して」と入力すれば、年齢に応じた表現で文章を生成します。2)感覚・知覚能力生成AIは人間でいう目、耳といった感覚器官の働きも司ります。画像の説明例:病理画像やX線画像を入力すると、「肺の右下葉に浸潤影が見られます」などと自動で解説を生成することができます。視覚質問への応答例:画像と質問を同時に入力し、「このMRI画像に異常はあるか?」と聞くと、それに対して回答を返すことが可能です。知的処理これは人間の「考える」「要約する」といった知能(脳)を司るものです。情報抽出例:カルテ内の大量のデータから患者の病名・検査値だけを自動抽出します。要約例:論文やガイドラインの長文を、数行に簡潔に要約できます。構造化データ解析例:データから傾向を読み取り、「この患者群におけるA薬の副作用発現率は?」といった分析を行います。このように生成AIは、人間が生み出せるもののほとんどの機能を、人間からの的確な指示によって代替します。医療英語分野では生成AIの「言語機能」の面で主にサポートを受けますが、「知的処理」に関しても触れていきます。それでは、今までの知識を踏まえながら、次回から医療英語のためのChatGPTの使い方を見ていきましょう!

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第277回  いよいよ本格化するOTC類似薬の保険外し議論、日本医師会の主張と現場医師の意向に微妙なズレ?(前編)

日経新聞と日経メディカルが 「OTC類似薬の保険外しに医師の賛成6割」という調査結果公表こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。皆さん、夏休みはどう過ごされたでしょうか。私は、山仲間と2023年に復旧された北アルプスの伊藤新道(長野県側、高瀬ダム上流の湯俣川を三俣蓮華岳に突き上げる沢沿いの登山道。1983年より崩落等により40年間廃道でした)に行く予定でした。しかし、天候や沢の状況(復旧されたものの、落石と増水で吊橋や桟道が何ヵ所か破損し、すでに使用不能に)を勘案し、今年は断念することにしました。来年夏に再び挑戦しようと山仲間と話しているのですが、自分たちの年齢、体力、気力との相談になりそうです。さて、三党合意(自民・公明・維新)によるOTC類似薬の保険外しに関する議論がまもなく本格化します。この動きに反対する日本医師会など、医療団体の動きも活発になってきました。日本医師会は8月6日の記者会見で、改めてOTC類似薬の保険外しの動きに対し強い反対の意向を表明しました。ところが、日本経済新聞社と日経メディカル Onlineが共同で今年7月に行った調査では、「OTC類似薬の保険外しに医師の賛成6割」という意外な結果が出ています。日本医師会の主張と現場の医師の意向にはどうも微妙なズレがあるようです。予算編成過程を通じて具体的な検討を進め、早期に実現可能なものは2026年度から実行される予定だがOTC類似薬の保険外しの政策は、2025年6月11日に基本方針が三党で合意され、6月13日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太方針2025)に「OTC類似薬(市販薬と成分や用量が同等の処方薬)を段階的に保険給付から除外する」という方針が盛り込まれました。本連載でも「第270回 『骨太の方針2025 』の注目ポイント(後編) 『OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し』に強い反対の声上がるも、『セルフメディケーション=危険』と医療者が決めつけること自体パターナリズムでは?」で、「骨太の方針2025」に対する日本医師会の松本 吉郎会長の「OTC類似薬を保険適用から除外した場合、たとえば院内での処置等に用いる薬剤、薬剤の処方、在宅医療における薬剤使用に影響することが懸念されるが、これは絶対に避けなければならない」というコメントを紹介しつつ、「『セルフメディケーションを推進すれば、健康被害が増える』というロジックはいかがなものでしょう。(中略)OTCよりも危険な処方薬ですらきちんと説明が行われず、ポリファーマシーによる健康被害が頻発している状況をさておいて、『セルフメディケーション=危険』と医療者が決めつけること自体がパターナリズムに近いものを感じます」と書きました。今後の日程は、2025年末までの予算編成過程を通じて具体的な検討を進め、早期に実現可能なものは2026年度から実行される予定です。今秋以降、本格的な項目選定や実施方法などの議論が進むとみられますが、現時点ではどの薬剤が除外対象となるかは確定していません。日医の反対理由は「経済的負担の増加」と「自己判断・自己責任での服用に伴う臨床的なリスク」ということで、議論が本格化する直前の今、日本医師会による牽制も始まりました。8月6日に開いた記者会見で日本医師会は、OTC類似薬の保険外しの動きに対して、改めて強い反対の意向を示しました。m3.comなどの報道によれば、江澤 和彦常任理事は「適切な医療は保険診療により確保するという国民皆保険の理念を堅持すべきで、給付範囲を縮小すべきではない」と話し、反対の理由として、第1に患者の「経済的負担の増加」、第2に「自己判断・自己責任での服用に伴う臨床的なリスク」を挙げました。「経済的負担の増加」について江澤氏は、一般用医薬品は医療用医薬品に比べ高額なことが多く、自己負担と比較すると「30倍以上となる」とし、「経済的理由で治療アクセスが絶たれるという大きな問題が生じる」と指摘。また、OTC類似薬は軽症の病気から難病まで幅広く使用されている基礎的な医薬品であるとして、「院内や在宅医療の処方にも大きな支障を来すことから、保険適用を外すことは断固反対」と述べました。また、疾患により保険適用のあり方を変えてはどうかという意見があることに対しては、「医療用医薬品と一般用医薬品では効能や効果の表記が異なっており、単純に適応できるものではない」としました。もう1つの反対理由「自己判断・自己責任での服用に伴う臨床的なリスク」については、患者が服用量や継続の判断、重複や禁忌などを自己判断することは極めて困難だとして、「受診無しの服薬だけで症状が軽くなったことを治癒と勘違いしたり、服用を中途半端に繰り返したりすることで、悪化や重症化を来たすことも危惧される」と述べました。そして、実臨床では処方のみならず、必要な場合に適切な検査のほか、食事や運動など生活習慣の指導を行いながら治療を行っているとして、「仮にOTC類似薬であっても、購入して服用するだけでは適切な治療とはならない」と述べました。医師は一般用医薬品の服用状況が確認できない点も問題視、「OTC類似薬の保険適用除外は、重複投与や相互作用の問題等、診療に大きな支障を来たす懸念がある」と保険適用除外の危険性を指摘しました。そして最後に、OTC類似薬の保険適用除外に賛成する医師の意見も少なくないとの一部報道に言及、「調査対象に偏りが見受けられるため、調査結果については詳細な分析が必要」と苦言を呈しました。診療所開業医でも36%が保険適用除外に賛成江澤氏が苦言を呈した一部報道とは、日本経済新聞社と日経メディカル Onlineが共同で調査を行い、7月30日に公表した、医師7,864人に聞いたOTC類似薬の保険適用除外への賛否に関する調査の結果の報道だと思われます。日本医師会の記者会見の1週間前の7月30日、日本経済新聞朝刊は「風邪薬・湿布などの保険適用 医師6割『除外に賛成』」という記事を一面に掲載、同日、日経メディカル Onlineは、「医師7,864人に聞いたOTC類似薬の保険適用除外への賛否」という記事を配信しました。それらの記事によれば、調査に回答した医師たちの過半数である62%が「OTC類似薬の保険適用除外」に対し賛成(「賛成」20%、「どちらかと言えば賛成」42%の合計)だったとのことです。立場別では、病院勤務医が「賛成」の率が最も高く(69%)、次いで診療所勤務医(54%)、病院経営者(51%)の順でした。診療所開業医は36%と、反対の立場を取る医師が多数派だったものの、それでも約4割が保険適用除外に賛成という結果は、日本医師会をある意味震撼させる結果であったと言えるでしょう。翌週に開かれた日本医師会の記者会見も、この調査結果に対する”火消し”の意味もあったかもしれません。それにしても、日本医師会の主張と現場の医師の意向にズレがあるということについてどう考えればいいのでしょうか?(この項続く)

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第88回 ガンマ分布とは?【統計のそこが知りたい!】

第88回 ガンマ分布とは?「ガンマ分布」は、医療研究に広く使用されている強力な統計ツールです。とくに生存時間などの時間までのイベントデータのモデリングに適しています。今回は、ガンマ分布の概念と応用について解説します。■ガンマ分布とは?ガンマ分布は、イベントが即座に発生することが期待されない場合に使用されることが多い連続確率分布です。形状パラメータ(α)と尺度パラメータ(β)の2つのパラメータによって特徴付けられ、これらは分布の形と広がりに影響を与えます。たとえばある電子部品は10年に1度の割合で故障するとします。この電子部品について以下の3つを考えてみましょう。(1)1年以内に故障する確率(2)5年以内に故障する確率(3)1回故障するまでの年数(期待値)まず10年に1度の割合で故障するということは、形状パラメータ=10、尺度パラメータ=1、ということになり、これをグラフに描くと図のようになります。事例のガンマ分布グラフ■ガンマ分布の主な特徴1)柔軟性ガンマ分布はそのパラメータに基づいてさまざまな形状に適応できるため、いろいろなタイプのデータに対して汎用性があります。この柔軟性により、平均と中央値が大きく異なる歪んだデータのモデリングに効果的です。2)非負性非負性とは統計モデリングで非常に重要な概念で、特定のデータがゼロまたは正の値しか取らない特性を指します。たとえば、時間、長さ、距離など、自然に負の値を持たない量を表す場合にこの特性が用いられます。非負性はゼロ以上の値に対してのみ定義されているため、治療に対する患者の反応時間や患者の再発までの時間など、時間をモデル化するのに理想的です。3)無記憶性(指数分布の特別な場合)無記憶性とは、特定の確率分布が持つ特性で、過去の情報が未来の確率に影響を与えない性質を指します。この特性を持つ確率分布は、過去に何が起こったかに関わらず、未来の予測には過去の経過時間が影響しないという特徴があります。形状パラメータαが1の場合、ガンマ分布は指数分布に単純化され、無記憶の特性を持ちます。これは、次の瞬間にイベントが発生する確率が、すでに経過した時間に依存しないことを意味します。■臨床研究での応用臨床試験において、ガンマ分布は疾患の進行や死亡までの時間など、イベントまでの時間をモデル化するのにとくに有用です。これは、新しい治療法や介入の効果を時間とともに理解するのに大切です。■ガンマ分布を用いた結果の解釈臨床試験の結果がガンマ分布を用いて時間までのイベントデータを分析したものである場合、医療専門家は分布のパラメータを注意深く理解する必要があります。形状パラメータ(α)大きなαは分布の長い尾を示唆しており、多くの対象者が比較的早くイベントを経験する一方で、いくつかの対象者には長い遅延があるかもしれません。尺度パラメータ(β)大きなβはデータの広がりが広いことを示し、患者間のイベント時間のばらつきが大きいことを意味します。■実用的な意味新しいがん治療薬の効果を調査する臨床試験を想定してみましょう。患者の生存時間がガンマ分布に従う場合、パラメータの分析によって、「新しい治療を受けた後の患者がどれくらい生存できるか」を予測するのに役立ちます。これにより、治療計画や患者へ説明に役立てることができます。ガンマ分布は、とくに時間のイベントデータを含む研究において、医療データの分析に不可欠なツールです。そのパラメータによって提供される豊富な情報より、臨床試験における複雑な現象を理解するのに欠かせません。臨床研究の論文を読み解く際には、ガンマ分布のような概念をしっかりと理解することが大切になります。■さらに学習を進めたい人にお薦めのコンテンツ統計のそこが知りたい!第70回 カイ二乗分布とは第71回 F分布とは第75回 確率分布とは?第76回 二項分布とは?第77回 ポアソン分布とは?

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目標なき模擬試験は罪【研修医ケンスケのM6カレンダー】第5回

目標なき模擬試験は罪さて、お待たせしました「研修医ケンスケのM6カレンダー」。この連載は、普段は初期臨床研修医として走り回っている私、杉田研介が月に1回配信しています。私が医学部6年生当時の1年間をどう過ごしていたのか、月ごとに振り返りながら、皆さんと医師国家試験までの1年をともに駆け抜ける、をテーマにお送りして参ります。この原稿を書いているただいまは2025年8月。お盆休みの方も多い…学生の皆さんはとうに夏休みに入っていたでしょうか(笑)決して皮肉ではなく、先刻に自分で「お盆休み」と書いたことで「ああ、世間は休みなのだ」と気づいたのでした。夏休みといえども、東西医体や休み明けの試験対策など医学生はそれでも多忙な休暇をお過ごしのことでしょう。みなさまいかがお過ごしでしょうか。先月はマッチングに特化した記事を執筆させていただきました。嬉しいことに直接感想をいただく機会に恵まれました。「厳しい現実を突きつけられた気分になりました笑」「ネクタイをキュッとしようと思いました」「ニーズにも応える、視点が目から鱗でした」などなど、読者の皆さまいつもありがとうございます。今もなおマッチングシーズンの最中と思いますが、ご健闘を心よりお祈り申し上げます。改めて、この連載では当時を懐かしみながら、あの時の自分へ何を話しかけるのか、みなさんの6年生としての1年間が少しでも良い思い出になる、そんなお力添えができるように頑張って参りますので、ぜひ引き続き応援のほどよろしくお願い申し上げます。(マッチング後の息抜きに卒業旅行計画はオススメです!)8月にやること:模擬試験を軸に、学習計画を立て、修正するマッチングが終わると、9月以降はいよいよ卒業試験、模擬試験、そして本番の医師国家試験と続きます。今月皆さんにお伝えしたいのは、医師国家試験対策において模擬試験は非常に重要である、ということです。模擬試験を軸に、自分の試験対策計画を都度修正する力を持ってほしいと思います。多くの医学部医学科6年生のこれからの課題は2つ、卒業試験と医師国家試験です。皆さんは2月の医師国家試験で必修8割、一般臨床でおおよそ7割5分以上を正答しなければなりません。そのための試験対策を日頃取り組まれていることと思いますが、本番までの短期・中期的な目標となるのが外部模擬試験です。卒業試験は医師国家試験対策と試験範囲が重複するため、国家試験対策にもなり得ますが、点数や出来栄えとして適切な指標とするにはオススメしません。各大学ごとにスケジュールや出題形式、出題範囲が異なるので、標準化しにくいのが主な理由です。話を戻して、外部模擬試験をおそらく2〜3個受験すると思いますが、いずれも目標を持って受験してほしいです。目標に対してどれほどの手応えだったのかを振り返り、2月に合格ラインを突破するための学習計画を都度練り直す、そんな手段として模擬試験を活用してほしい。これが今月のメッセージです。なぜ模擬試験が重要なのか?医師国家試験は実に試験範囲の広い試験です。しかし、大学受験のような競争試験、というよりやはり資格試験要素が強いのものです。試験対策としては1つを極める、というよりも満遍なく減点を減らしていく方がまずは得策だと思います。2月を最終ゴールとした時に、どの分野が今どれほどの完成度なのか、を定点把握すべきでしょう。自分の進捗を確認するには(1)問題演習や講義視聴がどれほど進んでいるか(2)模擬試験でどれほど得点できているのかが主な手段かと思います。(1)についてはわかりやすいですね。やっていないものはやっていない、ただそれだけのことです。皆さんに大切にしてほしいのは(2)です。6年生はこれまでの学習の中である程度の基礎知識は身につけています。新しく会得すべき知識が圧倒的に足りないというよりも、これまで学んだことが正しく身に付いているのか、が今現在の得点を表している、という方が自然でしょう。理想としては、模擬試験の結果を見て、自分に今何が足りていないかを把握する→ 足りないところを確実に問題演習や講義視聴で補う→ 次回の模擬試験で知識が身についたかを確認するというサイクルで、学習を進めてほしいです。問題演習や講義視聴は不可欠ですが、盲目的に全てをこなすことはしなくて良いと思います。私自身は過去問全てを解いたわけでもなく、対策講義を全て視聴したわけでもありませんが、合格ラインは危なげなく突破しました。問題演習はアウトプット要素が含まれているのでまだ良いですが、とくに講義視聴を軸にしている学生は要注意です。講義視聴はインプットのための手段です。(1)を盲目的に進めることの最大のデメリットは「やった気になってしまう」ことです。繰り返しになりますが、CBTを突破している皆さんはある程度の基礎知識が身についています。その知識が正しく使えるか、が国家試験対策では(卒業試験でも)重要です。実力をつけられる模試は2回(計画を立てた旅行だからこそ、想定外の予定が楽しめます)2月に皆さんは医師国家試験を合格しなければなりません。 それまでに2〜3回の模擬試験を受験する方がほとんどです。最初の1回はすでに6〜8月時点で受けた方もいるかもしれませんが、9〜10月に1回、12〜1月に2回受けるスケジュールを多く目にします。1月は直前期の調整の意味合いが強く、実力を錬成する試験は9〜10月の1回と12月の1回の合計2回と言えます。この2回を皆さんはどのように感じますか?「勉強が模試に間に合わなくて、適当に受験。だから復習する気なんて出ない」というのが模試の最低な受け方なのですが、実はこれが一度起きてしまうと癖になってしまうものです(身に覚えがあるかもしれません)。模試についてはその結果ではなく、それに向けて何をやるのか、そして実際に何をやったかどうかこそが大切です。大学によっては9月以降も卒業試験解説などの講義や実習が予定されていることも珍しくなく、国家試験対策は個人に任されるところも多いです。受け身の勉強、言われたことしかやらない勉強法が染み付いている学生は、本番までに範囲を終えられるはずがありません。改めて、数少ない模擬試験を、皆さんはどんな価値ある機会だと捉えますか。折角受験するからには意義のある時間にしましょう。結果が全てでないことは前提ですが、メジャー分野については8割死守する産婦人科領域の産科領域については9割取るといった各分野ごとの完成度を見据えた具体的な目標を持って臨んでください。そうすれば何ができたのか、やったつもりだったのになぜ到達できなかったのか、トータルで見たときにあとどれくらい足りなくて、どれから手をつけて良いのか、など次の一手が明確になります。模擬試験に向けての取り組みが具体的であったからこそ、成功も失敗も自分の糧となります。その実感こそ収穫です。メジャー科の立て直しは危機感を持て模擬試験の重要性と、必ず具体的な目標を立ててから受験することの意義についてお話しました。この後は具体的に直近の到達目標や学習計画の進捗の観点で、話を進めていきます。これまでの回でメジャー科は夏までに、と繰り返してきました。皆さん、進捗はいかがですか?(笑)公衆衛生とメジャー科が医師国家試験の試験範囲のほぼ5割を占めます。いずれも失点は最小限に留めたいものですが、メジャー科は単純暗記だけでは通用せず、病態を理解するといった時間を要する分野が多いことが公衆衛生領域と異なるところです。メジャー科において、正答率9割超の問題を落としていたなら危機感を感じましょう。7〜8割の問題を落としたなら早めに見直して、なぜ誤答へ結びついたのか、類似問題も徹底的に演習しましょう。得点差がつくテーマについては各予備校がしのぎを削って作成した素晴らしいコンテンツがリリースされた際に、注意深く見てみるのはよいと思いますが、敢えて、通常の講義視聴はする必要はありません。公衆衛生は最もコスパが良い(ルーブル美術館にて。皆さん、野菜摂っていますか?笑)さて、公衆衛生は2月本番も含めて満点を目指しましょう。公衆衛生は単体分野としては最も出題範囲が広いテーマです。 必修・一般臨床ともに満遍なく出題されます。そして近年出題数が増えてきているのが実情です。そして公衆衛生は「やっておけば取れる」領域です。公衆衛生は当時の学生時代を振り返っても考えることが多く、奥が深いなと感じました。ただ医師国家試験においてはメジャー科のように判断力に悩む問題は少なく、知っているか否かが得点できるかを左右する問題が多いのも事実です。すべての分野に言えることですが、「やっておけば取れる」=努力テストの部分で水をあけられては勝機が遠のきます。本題から逸れますが、公衆衛生は医師国家試験合格後に臨床医として現場に立つ上でも非常に役に立ちます。医療現場で仕事をするようになると、医学的なことを知っているだけでは通用しません。社会的な要素も含めて包括的な視点を持たねば、医療として成り立たないからです。そもそも皆さんが臨床現場で働くことができるのも、公衆衛生あってこそのことです。医師国家試験における公衆衛生は現状単純暗記をひたすら制した者が勝つ、そんな構成かと思います(試験なのでそうなるのも当然のことかな)。ただ出題範囲が膨大なので早目に手をつけましょう。単純暗記の無味乾燥な学習は嫌、と感じる方も多いと思うので、学習のコツについて2つ紹介して終わりにします。1つ目は法律から学ぶことです。色んな制度が登場しますが、すべて定める法律があります。法律を学ぶことは制度の概要を把握することです。個人的にはQ-Assist公衆衛生の1コマ目がテンポもよくわかりやすいと思います。2つ目は勉強会内でクイズを出し合うことです。単純暗記こそ、団体戦です。1人でのインプットに飽きたならみんなで出し合いっこしましょう。出題側も回答側も記憶に残りやすいです。今月のまとめいかがだったでしょうか。模擬試験の目標は具体的であればあるほど良いです。それこそ勉強会でシェアして、一緒に計画するのも大いにアリです。マッチングを終えてひと息つくことも重要ですが、次はもう始まっています。進捗状況はさまざまだと思いますが、諦めるのは早すぎます。同様に安心するにも早すぎます。毎日勝つ必然性を高めましょう。

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第276回 レカネマブ15%薬価下げ報道で改めて考える 「認知症を薬で治す」は正しいの?(後編)

NHKニュース「熱中症疑いで死亡 エアコン使用せずが3分の2以上」と報道こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この連休は、お施餓鬼のため愛知県の実家に帰省しました。93歳で1人暮らしの父親は、世の中の多くの老人の例に漏れず、外気温は40度近くなのにエアコンの設定温度を大して下げず、家の中でじっとしていました。エアコンが効き過ぎると足が冷え、暑さよりそちらのほうが耐えられないのだそうです(閉塞性動脈硬化症かもしれません)。ちなみに、8月4日のNHKニュースは、「東京23区56人熱中症疑いで死亡 エアコン使用せずが3分の2以上」と報道していました。同ニュースによれば、「東京都監察医務院がことし6月16日から先月末にかけて東京23区で亡くなった原因を調べた人のうち、熱中症の疑いがあるのは、速報値で56人でした。年代別では70代が26人と最も多く、次いで80代が16人、(中略)場所別では、全体のおよそ96%にあたる54人が屋内で亡くなっていて、このうちエアコンがあったものの使っていなかったケースが38人で、全体の3分の2以上に上りました」とのことです。父親には「冷え性を取るか、熱中症で死ぬかの2択」と脅してから帰京したのですが、運転免許の返納に加え、エアコンの積極使用も高齢者の生活習慣変容における難題の1つだなと実感した次第です。さて前回は、7月9日に開催された中央社会保険医療協議会・総会でレカネマブの費用対効果に関する評価結果が提出され、薬価が引き下げられる見込みになったことについて書きました。市場規模が大きいか著しく単価が高い医薬品・医用機器などを対象に、費用対効果評価専門組織が分析し薬価等が調整される費用対効果評価制度が適用された結果で、専門組織である国立保健医療科学院の保健医療経済評価研究センター(C2H)が、現在の3分の1程度の薬価が妥当とする評価結果を公表、今後、中医協のさらなる議論を経て、薬価が下げられることになったのです。そして、中医協・総会は8月6日、レカネマブ(商品名:レケンビ点滴静注)の薬価を現在の200mg・4万5,777円から3万8,910円へ、500mg・11万4,443円から9万7,277円へと、それぞれ15%引き下げることを了承しました。新薬価の適用は11月1日となります。「日本承認後に待ち受ける2つの高いハードル」のうち1つは低くなるが……レカネマブの薬価引き下げは、日本の医療現場にどんな影響を及ぼすのでしょうか。単純に考えれば、年間約300万円と高額だった薬剤費が最大15%引き下げられれば、自己負担がネックだった患者の治療継続に向けてのハードルが下がるでしょう。また、薬剤費の高さから投与をためらっていた医療機関にも、より多くの患者に使用しようという機運が生まれることになります。しかし、そうは簡単に市場が拡大していくとは思えません。レカネマブについては米国正式承認直後の2023年7月、本連載の「第169回 深刻なドラッグ・ラグ問題が起こるかも?アルツハイマー病治療薬・レカネマブ、米国正式承認のインパクト」で、「日本承認後に待ち受ける2つの高いハードル」について次のように指摘しました。「一つは検査体制です。使用にはAβ病理所見の確認が必要で、そのためのPET検査または脳脊髄液検査を行わなければなりません。ARIAなどの副作用のチェックにも定期的なMRI検査が必要なため、処方できる医療機関は当面は相当限られそうです。もう一つは薬価です。米国で年間約370万円の薬価が付いたということは、日本の薬価も年間300万円前後になると予想されます。国内の認知症患者数は2025年には約730万人になると推定されており、アルツハイマー病の早期患者とMCI患者に限っても、レカネマブの対象になる患者は相当な数になると考えられます。根本治療薬ではなく、単に進行を遅らせるだけの薬剤に年間300万円も使う必要があるのか……。医療財政の面からも使用に関して何らかの制約が出てくる可能性もあります」。アルツハイマー病の患者全体の中でレカネマブを処方されているのは1%程度?少なくとも薬価については今回15%下げとなる見通しで、このハードルは少しは下がりますが、一つめの「検査体制」という高いハードルはそのままです。2023年9月に日本で正式承認されたレカネマブは、同年12月20日から保険適用で処方が開始されました。2025年現在、国内でレカネマブを投与できる医療機関は600ヵ所以上に拡大しています。しかし、2024年度末時点で処方されたのは約7,000人、2025年5月末時点で約9,000人と推計されています。エーザイの当初の販売予測によれば、日本国内でのピークは年間投与患者数3万2,000人程度とされており、これは想定される適応患者(アルツハイマー病による軽度認知障害~軽度認知症)の約2~3%にあたります。現状、1万人以下ということは、アルツハイマー病の患者全体の中でレカネマブを処方されているのは1%程度(もしくは以下)ということになります。これまで2つのハードルが存在していたにもかかわらず、「レカネマブを使わせろ!」という患者や家族からの強い要望が聞こえてこなかったのは、「進行を遅らせる」という効果が患者や家族にとって見えづらく、「すごく効く」という評判も広がりにくかったからかもしれません。そして、「使ってほしい」という患者や家族からの強い要望がなければ、医療機関側も煩雑で人手も時間もかかる検査をしてまでレカネマブを使おう、とはなりません。認知症の高齢者を雇用する愛知県岡崎市の沖縄そば店というわけで、「進行を遅らせる」というレカネマブをはじめとする抗アミロイドβ抗体薬は、これからも市場拡大に関して苦戦するかもしれません。そんなことを考えていたら、中央社会保険医療協議会・総会の翌週、7月15日放送のNHKの「クローズアップ現代」で、面白い話題を取り上げていました。「認知症新時代 広がる“自分らしく”働く場」と題されたこの回の「クローズアップ現代」は、認知症の高齢者を雇用する愛知県岡崎市の沖縄そば店、認知症の高齢者に介護サービスの一環で”働く場”を提供する千葉県船橋市のコーヒーチェーン店などが紹介されていました。政府は、認知症になっても希望を持って生きられる社会を実現するという「新しい認知症観」に立った取り組みを推進するための基本計画を2024年12月に閣議決定しています。その最新の取り組みが同番組では紹介されていました。とくに興味深かったのは、介護事業所を経営する介護福祉士が開いた沖縄そば店です。働いているのは3人の認知症の高齢女性で、ランチタイムの3時間、接客や配膳、洗い物などを担当し、時給は1,080円です。接客のマニュアルはなく、店は従業員が認知症であることを隠していませんでした。注文を忘れたり、箸やコップの数を間違えたりすることは多々ありますが、開店して6年余り、大きなトラブルは起きていないそうです。「『やりたいようにやってもらう』というのがいちばんのポイント」と店長この店の店長は、長年認知症の介護に携わってきた経験から、当事者がどうすれば生き生きと暮らせるのかを模索、「認知症になったら何もできなくなる」というイメージを払拭するためにこの店を開いたとのことです。認知症の人を雇う秘訣として、「先回りをして何か援助をしちゃうよりは、とりあえず自分のできることをやってもらって、『やりたいようにやってもらう』というのがいちばんのポイント」と店長が話していたのが印象的でした。認知症の人に安心できる適切な環境を提供し、やりがい、働きがいを感じてもらうことでBPSD(認知症における精神症状や行動上の問題)も軽減され、家族の負担も軽減される、とはよく知られたことですが、番組はまさにその実践の場のレポートとなっていました。番組ではその他に、認知症のある人にも暮らしやすい町を目指す福岡市のさまざまな取り組みも紹介されました。スタジオには認知症の当事者、認知症の人の社会参加に詳しい専門家(堀田 聰子・慶應義塾大学大学院教授)が呼ばれており、医師はいませんでした。認知症の予防には多因子介入プログラム番組で堀田氏は「認知症はそもそも機能が低下したらではなくて、暮らしにくさが出てきた状態なので、脳の機能が低下しても困らない町、社会環境を作っていけばいいわけなんです」と語っていました。認知症を病気とは捉えず、あくまでも老化、エイジングと考えて、そうした人たちが生活しやすいよう環境を整えていくほうが、1人の患者に何百万円もかかる薬を飲ませるだけよりも、よほど効果と意味があることではないでしょうか。また、認知症の予防にしても、MCI(軽度認知障害)の人に薬を飲ませるだけよりも、フィンランドのFINGER研究や日本のJ-MINT研究などで証明されている、生活習慣病の管理、運動指導、栄養指導、認知トレーニングなどを含む多因子介入プログラムを積極的に展開していくほうがより効果的かつ経済的で、認知症予備軍の人の生活の充実にもつながるでしょう。「アミロイドカスケード仮説」に基づいて認知症の薬剤は続々開発中アルツハイマー病に対する抗Aβ抗体薬の承認はその後も続き、2024年7月には米イーライリリー・アンド・カンパニーのドナネマブが米国で正式承認を取得、9月には日本でも正式承認されています。最近ではアルツハイマー病の発症には、Aβ蓄積に続いて起こるタウの異常リン酸化こそが神経細胞障害や神経変性の大きな要因とも考えられるようになっており、抗タウ抗体の薬剤開発も進められています。世界はまだ「アミロイドカスケード仮説」に基づいて認知症の薬剤を続々開発しているわけですが、「クローズアップ現代」が映し出した笑顔で接客するおばあさんたちを観て、「認知症を薬で治す」は本当に正しいのだろうか、と改めて考えてしまった次第です。

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第274回 ケネディ氏のワクチン開発支援打ち切りを深読み

INDEX米国、mRNAワクチン開発を縮小へ契約終了と継続、わかっていること保健福祉省長官の意図悪魔はどっち?米国、mRNAワクチン開発を縮小へ当の本人は大真面目なのだろうが、傍から見ると、もはやガード下の居酒屋にいる酔っ払いオヤジが政治を語っているようだ。何のことかと言えば、米国・保健福祉省(HHS)が8月5日、傘下の生物医学先端研究開発局(BARDA)が行っているmRNAワクチンの研究開発支援を段階的に縮小すると発表した件である。ご存じのように現在のHHS長官はあのロバート・F・ケネディ・ジュニア氏である(第264回参照)。今回、影響を受けるのはBARDAで行われていた総額約5億ドル(約700億円)におよぶ22件のmRNAワクチン開発プロジェクトである。このプロジェクトすべてとその支援金額の詳細は明らかになっていないが、現時点で判明しているのは以下のような感じである。契約終了と継続、わかっていることまず契約が終了したのが、エモリー大学が行っていた吸入できるパウダータイプのmRNAワクチン研究、Tiba Biotech社(本社:マサチューセッツ州ケンブリッジ)が行っていた支援額約75万ドル(約1億2,000万円)のインフルエンザに対するRNA医薬の研究。また、BARDAへの提案そのものが却下されたのが、ファイザー社によるmRNAワクチン開発(詳細不明)、サノフィ・パスツール社によるmRNAインフルエンザワクチン開発、グリットストーン・バイオ社(本社:カリフォルニア州エメリービル)に対する支援額最大4億3,300万ドル(約637億6,300万円)の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対する汎変異株対応の自己増幅型mRNAワクチン開発などである。一方でモデルナ社とテキサス大学医学部が国防総省と協力するフィロウイルス感染症(エボラ出血熱やマールブルグ病)へのmRNAワクチン開発、アークトゥルス・セラピューティクス社(本社:カリフォルニア州サンディエゴ)との支援総額最大6,320万ドル(約9億円)のH5N1鳥インフルエンザ自己増幅型mRNAワクチン開発の一部などは維持されるという。わかっている範囲だけでも、かなり広範な新規mRNAワクチンと既存ワクチンの新規モダリティに影響が及ぶことになるようだ。保健福祉省長官の意図この決定に関するHHSのプレスリリース1)には、「私たちは専門家の意見に耳を傾け、科学を検証し、行動を起こした。BARDAは、これらのワクチンがCOVID-19やインフルエンザなどの上気道感染症を効果的に予防できないことを示すデータに基づき、22件のmRNAワクチン開発への投資を停止する。私たちは、この資金をウイルスが変異しても効果を維持できる、より安全で幅広いワクチンプラットフォームへとシフトさせている」とするケネディ氏のコメントも含まれている。前述のように今回影響を受けるプロジェクトには、ケネディ氏が言うところの「ウイルスが変異しても効果を維持できる」ワクチン開発も含まれているのだが、どうやら本人のmRNAワクチン嫌悪が先に立っている模様だ。そもそも本人のコメントにある「上気道感染症を効果的に予防できないことを示すデータ」とは何を意味するのかは明記されていない始末である。この辺について、より深読みすると、いわゆるワクチンの三大効果と呼ばれる「感染予防」「発症予防」「重症化予防」のうち、ワクチンに懐疑的な人たちがよく示す「感染予防そのものが効果的に得られていないではないか」という主張なのかもしれない。確かに以前の本連載でも取り上げたが、内閣官房の新型インフルエンザ等対策推進会議 新型コロナウイルス感染症対策分科会会長だった尾身 茂氏(現・公益財団法人結核予防会 理事長)がテレビ出演時に言及したように、オミクロン株以降、mRNAワクチンの感染予防としての効果は高くないのが現実である。しかし、最も重大な事象である入院・死亡といった重症化予防効果に関して確たるものがあるのは、もはや異論はないだろう。もし感染予防効果うんぬんだけで測るならば、現在使われているインフルエンザの不活性化ワクチンも同様に無用なものとなってしまうが、そうした認識を持つ医療者はかなり少数派であるはずだ。また、mRNAワクチンは新規ウイルスに対する迅速なワクチン開発という点では、かつてない威力を発揮したことも私たちは実感している。今回のコロナ禍を従来型の不活性化ワクチン開発で乗り切ろうとしていたならば、今のような平常生活に戻るまでに要した時間は相当長いものになっていた可能性が高い。もはやmRNAワクチンについては、これがあることを前提に(1)これまでワクチン開発が難しかった病原体での新規開発、(2)抗体価持続期間の延長、(3)副反応の軽減、という方向性に進むフェーズに来ていると考えたほうがよい。その意味では今回影響を受けたワクチン研究開発プログラムを見ると、(2)については日本発の新型コロナワクチンとなったコスタイベで使われた自己増幅技術が次世代ワクチンとして注目を集めていることもうかがえる。悪魔はどっち?いずれにせよ、ケネディ氏の打ち出した方針はかなりの頓珍漢ぶりである。ちなみに同氏の最近のX(旧Twitter)の投稿を見ると、FDAの中庭のベンチに刻まれたセンテンスという投稿がある。そのセンテンスとは「The devil has got hold of the food supply of this country(悪魔がこの国の食糧供給を掌握している)」というもの。しかし、Xに搭載されている生成AIのGrokが「この写真は改変されている可能性が高い」と指摘している。要はそんなセンテンスなどベンチに刻まれていないということだ。いやはやとんだ人がHHS長官になったものである。「悪魔」はあなたではないのか、と問いたい。 参考 1) U.S. Department of Health and Human Services:HHS Winds Down mRNA Vaccine Development Under BARDA

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経口GLP-1受容体作動薬の進化:orforglipronがもたらす可能性と課題(解説:永井聡氏)

 GLP-1受容体作動薬は、2型糖尿病の注射製剤として、すでに15年以上の歴史がある。減量効果だけでなく、心血管疾患や腎予後改善のエビデンスが示されるようになり、さらに経口セマグルチド(商品名:リベルサス)の登場により使用者が増加している。しかし、本剤が臨床効果を発揮するためには、空腹かつ少量の水で服用することが必須であり、服薬条件により投与が困難な場合もあった。 今回、経口薬であり非ペプチドGLP-1製剤であるorforglipronの2型糖尿病を対象とした第III相ACHIEVE-1試験が発表された。orforglipronは、もともと中外製薬が開発した中分子化合物で、GLP-1受容体に結合すると、細胞内でG蛋白依存性シグナルを特異的に活性化する“バイアスリガンド”という、新しい機序の薬剤である。経口セマグルチドのようなペプチド医薬品と異なり、胃内で分解されにくく、吸収を助ける添加剤を必要としない。そのため、空腹時の服用や飲水制限といった条件を課さず、日常生活における服薬の自由度が格段に向上することが特徴である。 試験の結果では、血糖降下作用や減量効果は、週1回セマグルチド注射製剤と同等かやや上回るほどであった。注射製剤の受け入れや空腹での服用条件により、経口セマグルチドの投与が困難だった人にも使用が可能になるという「投与条件の容易さ」は大きなインパクトである。 orforglipronが臨床現場に与える影響は少なくない。投与方法に制限がないことにより、「GLP-1受容体作動薬は特別な治療」という印象が減り、切り替えや他剤と同時服用も可能になり、DPP-4阻害薬やSGLT2阻害薬と同様に、早期導入が一般的になる可能性がある。投与方法が容易であることは、治療自体のQOLの向上を意味し、セルフケア行動を促進しアウトカムをより一層改善する「好循環」を後押しする。現在でも、GLP-1受容体作動薬により減量が進んでから運動を始める人がいる。その人は「体が軽くなった」から運動する気持ちになったと言うが、本当は減量できた成功体験によって「気持ちが軽くなった」から運動できると思い始めたのである。 処方が増加しても、錠剤は一般的に注射剤より生産工程が容易で大量生産可能であり、輸送コストも低く、世界的な需要拡大にも対応が可能と考えられる(近年問題となった某GLP-1受容体作動薬関連の処方制限を思い出してほしい)。 懸念点はないだろうか。有害事象は、他のGLP-1受容体作動薬と同様、嘔気や下痢といった消化器症状が中心であるが、第III相ACHIEVE-1試験では4~8%の症例で投与中止に至っている。さらに、本剤は分子量が小さく、血液脳関門を通過し、中枢性の嘔気症状が増える可能性が指摘されているため、消化器症状のため内服できなかった人が服用できるようになるわけではないと思われる。また、新しい機序の薬剤は、中長期的な有害事象も既存のGLP-1受容体作動薬と同様なのか、良くも悪くも現時点では何とも言えない。さらに、「多くの患者に使える薬」になるということは、裏を返せば「不適切に使われるリスク」も増すということである。フレイルを伴う高齢者への投与や安価な薬剤で十分な患者でも漫然と投与される可能性がある。保険財政への影響も懸念がある。 これからの糖尿病治療において重要なのは、薬剤選択肢の拡大そのものではなく、それをいかに適切に、患者個々の病態や背景を踏まえて用いるかである。適切な患者選択と丁寧なモニタリングを通じて、本剤の真価を最大限に引き出し、「糖尿病のない人と変わらぬQOLの実現」を後押しできるかが医療者に期待されることである。

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小児の熱中症【すぐに使える小児診療のヒント】第5回

小児の熱中症暑い日が続いていますね。今回は小児の熱中症についてお話します。近年、「熱中症」という言葉の認知度は大きく高まりました。学校や保育施設では暑さ対策が徹底され、保護者の多くにも「熱中症=命に関わる疾患」として理解されるようになっています。これは、予防意識の向上という点で非常に重要であり、歓迎すべき変化です。しかしその一方で、「夏の体調不良はすべて熱中症」とみなしてしまう風潮が広がっているようにも感じます。症例3歳、男児。発熱と倦怠感、頭痛があり、外来を受診。母「今日、公園で遊んだあとから、ぐったりしてきました。暑かったのでやっぱり熱中症でしょうか?」夏の外来では、このような保護者の訴えとともに小児が受診することが増えます。「熱中症」というワードが広く知られるようになって15年ほどになりますが、熱中症診療ではどのような点に注意すればよいのでしょうか。小児が熱中症にかかりやすい理由小児は、大人に比べて熱中症にかかりやすく、さらに重症化もしやすいと言われています。その背景には、いくつかの身体的・行動的な特徴があります。体温調節機能の未熟さ乳幼児は汗腺の発達が不十分であるため、体内に熱がこもりやすく、体温が急激に上昇してしまうリスクがあります。身体的な特徴体重に対して体表面積が大きいため、外気温の影響を受けやすいです。また、地面に近い位置にいるぶん、大人よりも地面からの照り返し(輻射熱)の影響を強く受けます。体調変化を伝えるのが困難喉の渇きやしんどさを訴えることができず、そのまま無理をして遊び続けてしまうこともあります。小児の熱中症では見た目の元気さに惑わされず、小児の様子をよく観察し、大人が先回りして声かけや水分補給、環境調整を行うことが重要です。熱中症の病態と診療のポイント熱中症の病態は、大きく「暑熱障害」と「脱水」に分けられます。暑熱障害は高体温の遷延により神経細胞が障害される病態です。一方、脱水では発汗や水分摂取不足により循環血液量が減少し、臓器虚血を引き起こします。細胞障害によって放出されるDAMPs(Damage-associated molecular patterns)が免疫系を刺激し、炎症性サイトカイン(TNFα、IL-1β、IL-6など)や組織因子の産生を促進することで血管内皮障害を引き起こし、播種性血管内凝固(DIC)や多臓器不全へと進行することもあります。診断は「暑熱環境にいる、あるいはいた後」に出現する症状(立ちくらみ、生あくび、大量発汗、意識障害、高体温など)に基づき、感染症や中枢性高体温、甲状腺クリーゼなど他の原因疾患を除外して行います。2024年に改訂された日本救急医学会のガイドラインでは、最重症のIV度(深部体温40.0℃以上かつグラスゴー・コーマ・スケール[GCS]≦8)が新たに追加され、重症度がI〜IV度の4段階に分類されるようになりました。画像を拡大する熱中症では発汗や不感蒸泄による水・電解質の喪失が顕著なため、塩分を含む経口補水液(Oral rehydration solution:ORS)の使用が重要です。経口摂取困難時や意識障害がある場合は点滴治療が必要であり、重症例では迅速な深部体温測定と積極的な冷却(Active Cooling)が予後を左右します。初期対応の遅れが重症化を招くため、的確な病態理解と迅速な対応が求められます。「熱中症」という名前の強さとその影熱中症の認知度が高まったことは歓迎すべきことですが、すべての「夏の不調」が熱中症として扱われてしまうという懸念もあります。たとえば「暑い日に屋外で遊んでいた」「運動後にぐったりした」といった状況があると、医療者でさえ熱中症を第一に想起し、他の鑑別診断が後回しになる場面がみられます。熱中症と類似の臨床像(高体温、嘔吐、意識障害など)を示す小児疾患は少なくありません。一般的なウイルス感染症から、急性脳炎・脳症、髄膜炎、尿路感染症、胃腸炎、甲状腺疾患や頭部外傷まで、幅広い疾患が鑑別に挙がります。とくに小児では、「不機嫌」や「活気低下」など非特異的な症状が中心となるため、早々に熱中症と決めつけてしまうことは非常に危険です。診断においては、特定の病態に引き寄せられすぎず、バイタルサイン・身体所見・病歴を丁寧に積み上げていく姿勢が大切です。「本当に熱中症なのか?」「他の病態を見逃していないか?」という視点を持ち続けることが、適切な診断と介入につながると考えます。症例(続き)冒頭の症例では、状況を鑑みると熱中症も疑われましたが、咳嗽や咽頭発赤などの上気道症状を認めたため、迅速検査を行ったところインフルエンザと診断されました。小児の熱中症に向き合うには、医療者と保護者、それぞれの立場からの気づきと行動が大切です。医者は症状に先入観なく向き合い、見逃してはならない他疾患を見極める姿勢を持ち、保護者には予防の基本と受診の目安をわかりやすく伝えていくことが求められます。暑い季節だからこそ、より一層冷静な診療を心がけたいものです。次回は小児の外傷処置についてお話します。ひとことメモ:保護者に伝えたい予防と初期対応小児は、自分で暑さから逃れる行動をとることが難しく、体調の異変にも気づきにくいものです。そのため、まわりの大人の対応が大切です。診療時にはぜひ以下の点を保護者に伝えてみてください。■予防のポイント喉が渇く「前に」こまめな水分や塩分補給を涼しく通気性のよい服+帽子の着用、日陰や屋内での定期的な休憩ベビーカーを日なたに置かない■気づいてほしい変化顔が赤い/元気がない/汗が多すぎるor少ない/ぼーっとしている/生あくびなど■初期対応と受診の目安すぐに涼しい場所へ、衣類をゆるめて脇や首を冷たいタオルや氷嚢で冷却(冷えピタは意味なし!)経口補水液が飲めれば少量ずつ補給反応が鈍い、けいれん、ぐったりしている場合は迷わず救急車を参考資料 1) 日本救急医学会:熱中症診療ガイドライン2024 2) こども家庭庁:みんなで見守り「こどもの熱中症」を防ぎましょう! 3) Courtney W, et al. Pediatr Rev. 2019;40:97–107. 4) 日本救急医学会熱中症に関する委員会編.小児における熱中症 2018年改訂版.へるす出版;2018.

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自分のトリセツを知るとだいぶ楽になる(解説:岡村毅氏)

 認知行動療法について、皆さんはどのくらい知っているだろうか? 医療が「悪いところを取る」「折れたものをつなげる」「薬を飲んで治す」といった領域だけだと思っているシンプルな人にはなかなかわかってもらえない。大学生などに説明するときに使っているのは「自分のトリセツを知ることだ」という説明である。 たとえば、こうである…。最近とても暑いので、精神科の外来では調子の悪いパニック症の人によく出会う。「空気が熱いと息苦しい感じがする。パニック発作のときみたいな体験をする。そうなると不安が亢進し、呼吸が速くなり、確かにパニック発作が起きてしまう」と説明すると、多くの患者さんは良くなる。自分の身に何が起きているかわかるからである。 相手によっては、さらに畳み掛ける。「人間なんて天候に左右される弱い存在なのです。暑すぎると調子が悪い、雨だと気分が沈む。そういうものです」と言うと、ハッとする人もいる。別に大したことは言っていないのだが、自分が弱い存在だということをつい忘れてしまっているのだ。私に言わせれば、これも認知行動療法の原型である。 さて、慢性疼痛に対して認知行動療法が効くことはずいぶん前からわかっていた。身体が損傷を受ければ痛みが生じる。これが急性の疼痛である。ところが、その時期を過ぎても延々と痛みが続くものが慢性疼痛である。慢性疼痛には複合的な要因があり、もちろん心理的要因も大きい。痛みが続くと気持ちが沈み、痛みが来たらどうしようといつも構えていると、身体が緊張して、より一層痛みが生じる、というようなことも起こる。いつも痛みのことを考えていると、症状がより目立ってしまうということもあるだろう(読者の皆さま、40歳を過ぎるといつもどこか微妙に痛くないですか?)。 ただし、認知行動療法をするために医療機関等を受診するのは大変である。そこで本研究は、(1)電話やオンライン会議を用いた1対1の認知行動療法、(2)e-learningのようなオンライン教材、(3)相談先や対処方法の情報を渡す(これが対照群である通常のケア)に分けて比較している。臨床的に意味のある改善は、(1)は(3)に比べて1.54倍、(2)は(3)に比べて1.28倍得られた。 オンラインの1対1の認知行動療法ができればよいし、それが無理でもオンラインの自己学習型のプログラムでも十分効果があるということだ。なお、このオンラインプログラムは実は無料で公開されている(painTRAINER)。 となると、オンラインの認知行動療法と、対面の(リアルの)認知行動療法は違うのだろうか、という疑問が生じる。うつ病に関してはメタアナリシス(文献)があり、効果は同等、ただし対面のほうが脱落率は低い。まあそうだろうな、という結果だ。知識として自分のトリセツを知る分にはオンラインでも対面でも変わらないが、人と人が数十センチの距離で対峙するとき、さまざまな不確実な事象が起こり、これが対面の心理療法の醍醐味だ、というのが精神科医である私の見解だ。

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具体的な食事・運動プログラムとは【脂肪肝のミカタ】第8回

具体的な食事・運動プログラムとはQ. 食事・運動療法は具体的にどのようにすればよいか?食事療法に関しては、欧州・米国共にガイドラインで、過度な糖質制限食よりも地中海食等のバランスの良い食事が提案されている。炭水化物や飽和脂肪酸を控え、食物線維と不飽和脂肪酸を豊富に含む食事が提案されている1)。地中海食は低糖質食と比べて無理のない減量に繋がったことが2年間の研究で示されている(図1)2)。バランスが良い食事という意味では、日本食もエビデンスはまだ十分ではないが検討に値する。運動療法に関しては、欧州のガイドラインでは、中等度の運動強度で週に150分以上、高度の運動強度で週に75分以上の運動療法を推奨している。(図1)低糖質食と地中海食における体重の推移画像を拡大するQ. 食事・運動療法入院プログラムとは?虎の門病院は、リハビリテーション部と栄養部の協力のもとに、個別化医療を視野に入れた多職種連携に基づく6日間の入院プログラムを行っている(脂肪肝改善入院)。運動療法は、理学療法士から運動強度4~5METsの有酸素運動(20~30分/日)と筋力トレーニング(15~20 分/日)の指導を連日行っている。食事療法は管理栄養士の指導下に、食事エネルギー量/日として25~30kcal/kg×標準体重、エネルギー産生栄養素比率(%)は蛋白質:脂質:糖質が15~17:25:58~60となるよう提供している。これまで、平均年齢68歳、延1,300例のSLD患者に入院加療を行ってきた。治療開始後6ヵ月時点の体重は低下、肝機能や糖脂質代謝は改善、心血管リスクスコアも改善している(図2)3)。最近では、6ヵ月毎定期的に入院を繰り返すことで、2年経過時点の肝機能が改善、維持されることを確認している。(図2)虎の門病院で脂肪肝改善入院を行った症例の6ヵ月時点の肝機能推移画像を拡大する 1) Rinella ME, et al. Hepatology. 2023;77:1797-1835. 2) Shai I, et al. N Engl J Med. 2008;359:229-241. 3) Akuta N, et al. Hepatol Res. 2023;53:607-617.

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第273回 孤軍奮闘を迫られる、三次救急でのコロナ医療の現状

INDEX5類感染症移行から2年、コロナの現状日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解入院患者が増加する時期と患者傾向今も注意すべき患者像治療薬の選択順位ワクチン接種の話をするときの注意5類感染症移行から2年、コロナの現状今年もこの時期がやってきた。何かというと新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行期である。新型コロナは、一般的に夏と冬にピークを迎える二峰性の流行パターンを繰り返している。2025年の定点観測による流行状況を見ると、第1週(2024年12月30日~2025年1月5日)は定点当たりの報告数が5.32人。冬のピークはこの翌週の2025年第2週(2025年1月6~12日)の7.08人で、この後は緩やかに減少していき、第21週(同5月19~25日)、第22週(同 5月26日~6月1日)ともに0.84人まで低下。そこから再び上昇に転じ、最新の第29週(同7月14~20日)は3.13人となっている。2023年以降、この夏と冬のピーク時の定点報告数は減少している。実例を挙げると、2024年の冬のピークは第5週(2024年1月29日~2月4日)の16.15人で、今年のピークはその半分以下だ。しかし、これを「ウイルスの感染力が低下した」「感染者が減少した」と単純に捉える医療者は少数派ではないだろうか?ウイルスそのものに関しては、昨年末時点の流行株はオミクロン株JN.1系統だったが、年明け以降は徐々にLP.8.1系統に主流が移り、それが6月頃からはNB.1.8.1系統へと変化している。東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤 佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」によると、LP.8.1系統はJN.1系統と比べ、ウイルスそのものの感染力は低いながらも免疫逃避能力は高く、実効再生産数はJN.1とほぼ同等、さらにNB.1.8.1系統の免疫逃避能力はLP.8.1とほぼ同等、感染力と実効再生産数はLP.8.1よりも高いという研究結果が報告1)されている。ウイルスそのものは目立って弱くなっていないことになる。つまり、ピーク時の感染者が年々減少しているのは、結局は喉元過ぎれば何とやらで、そもそも呼吸器感染症を疑う症状が出ても受診・検査をしていない人が増えているからだろうと想像できる。そしてここ1ヵ月ほど臨床に関わる医師のSNS投稿を見ても感染者増の空気は読み取れる。おそらく市中のクリニック、拠点病院、大学病院などの高度医療機関では、感染者増の実態の中で見えてくる姿も変わってくるだろう。ということで新型コロナの感染症法5類移行後の実際の医療現場の様子の一端を聞いてみることにした。日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解場所は岡山県。同県は47都道府県中、人口規模は第20位(約183万人)で県庁所在地の岡山市は政令指定都市である。人口増加率と人口密度は第24位、人口高齢化率は第28位(31.4%)とある意味、日本国内平均的な位置付けにある。同県では県ホームページに公開された新型コロナの患者報告数や医療提供のデータを元に、感染症の専門家など5人の有志チームが分析コメントを加えた情報を毎週発表している。今回話を聞いたのは、有志メンバーである岡山大学病院感染症内科准教授の萩谷 英大氏と津山中央病院総合内科・感染症内科部長の藤田 浩二氏である。岡山大学病院は言わずと知れた特定機能病院で病床数849床、津山中央病院はへき地医療拠点病院で病床数489床。ともに三次救急機能を有する(岡山大学は高度救命救急センター)。ちなみに高齢化率で見ると、岡山市は27.2%と全国平均より低めなのに対し、中山間地域の津山市は32.4%と全国平均(29.3%)や岡山県全体よりも高い。まず感染の発生状況について萩谷氏は「保健所管内別のデータを見れば数字上は地域差もあるものの、その背景は率直に言ってわからない。かつてと違い、今はとくに若年者を中心に疑われてもほとんど検査をしないのが現状ですから」と話す。藤田氏も「定点報告は、あくまでも検査で捕捉されたものが数字として行政に届けられたものだけで、検査をしない、医療機関を受診しない、あるいは受診しても検査をしてないなどの事例があるため、実態との間に相当ロスがある。あくまでも低く見積もってこれぐらいという水準に過ぎません」とほぼ同様の見解を示した。ただ、藤田氏は「大事なのは入院患者数。この数字は誤魔化せない」とも指摘した。入院患者が増加する時期と患者傾向では新型コロナの入院実態はどのようなものなのか? 萩谷氏は「大学病院では90代で従来から寝たきりの患者などが搬送されてくることはほぼありません。むしろある程度若年で大学病院に通院するような移植歴や免疫抑制状態などの背景を有する人での重症例、透析歴があり他院で発症し重症化した例などが中心。ただ、ここ数ヵ月で見れば、そのような症例の受診もありません」とのこと。一方で地域の基幹病院である津山中央病院の場合、事情は変わってくる。藤田氏は「通年で新型コロナの入院患者は発生しているが、お盆期間やクリスマスシーズン・正月はその期間も含めた前後の約1ヵ月半に70~80歳の年齢層を中心に、延べ100人強の入院患者が発生する」と深刻な状況を吐露した。また、高齢の新型コロナ入院患者の場合、新型コロナそのものの症状の悪化以外に基礎疾患の悪化、同時期には地域全体で感染者が増加することから後方支援病院でも病床に余裕がないなどの理由から、入院は長期化しがち。藤田氏は「こうした最悪の時期は平均在院日数が約1ヵ月。一般医療まで回らなくなる」との事情も明かす。さらに問題となるのは致死率。現在のオミクロン系統での感染者の致死率は全年齢で0.1%程度と言われるものの「基礎疾患のある高齢者が入院患者のほとんどを占めている場合の致死率は5~10%。昨年のお盆シーズンは9%台後半だった」という。今も注意すべき患者像こうしたことから藤田氏は「新型コロナではハイリスク患者の早期発見・早期治療の一点に尽きる」と強調。「医療者の中にも、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症診療の手引きの記述を『症状が軽い=リスクが低い』のような“誤読”をしている人がいます。しかし、基礎疾患がある方で今日の軽症が明日の軽症を保証しているわけではありません。率直に言うと、私たちの場合、PCR検査などで陽性になりながら、まだ軽症ということで解熱薬を処方され、経過観察中に症状悪化で救急搬送された事例を数多く経験しています。軽症の感染者を一律に捉えず、ハイリスク軽症者の場合は早期治療開始で入院を防ぐチャンスと考えるべき」と主張する。藤田氏自身は、新型コロナのリスクファクターの基本とも言える「高齢+基礎疾患」に基づき、年齢では60代以降、基礎疾患に関してはがん、免疫不全、COPDなどの肺疾患、心不全、狭心症などの心血管疾患、肝硬変などの肝臓疾患、慢性腎臓病(透析)、糖尿病のコントロール不良例などでは経口抗ウイルス薬の治療開始を考慮する。前述の萩谷氏も同様に年齢+基礎疾患を考慮するものの「たとえば60代で高血圧、糖尿病などはあるもののある程度これらがコントロールできており、最低でもオミクロン系統までのワクチン接種歴があれば、対症療法のみに留まることも多い」と説明する。治療薬の選択順位現在、外来での抗ウイルス薬による治療の中心となるのは、(1)ニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッド)、(2)モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)、(3)エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の3種類。この使い分けについては、藤田氏、萩谷氏ともに選択考慮順として、(1)⇒(2)⇒(3)の順で一致する。藤田氏は「もっとも重視するのはこれまで明らかになった治療実績の結果、入院をどれだけ防げたかということ。この点から必然的に第一選択薬として考慮するのはニルマトレルビル/リトナビルになる」と語る。もっとも国内での処方シェアとしては、(3)、(2)、(1)の順とも言われている。とくにエンシトレルビルに関しては3種類の中で最低薬価かつ処方回数が1日1回であることが処方件数の多い理由とも言われているが、萩谷氏は「重症化予防が治療の目的ならば、1日1回だからという問題ではなく、重症化リスクを丁寧に説明し、何とか服用できるように対処・判断をすべき」と強調する。また、モルヌピラビルについては、併用禁忌などでニルマトレルビル/リトナビルの処方が困難な場合、あるいはそうしたリスクが評価しきれない重症化リスクの高い人という消去法的な選択になるという点でも両氏の考えは一致している。また、萩谷氏は「透析歴があり、診察時は腎機能の検査値がわからない、あるいは腎機能が低過ぎてニルマトレルビル/リトナビルの低用量でも処方が難しい場合もモルヌピラビルの選択対象になる」とのことだ。ワクチン接種の話をするときの注意一方、最新の厚労省の人口動態統計でも新型コロナの死者は3万人超で、インフルエンザの10倍以上と、その深刻度は5類移行後も変わらない。そして昨年秋から始まった高齢者を対象とする新型コロナワクチンの接種率は、医療機関へのワクチン納入量ベースで2割強と非常に低いと言われている。ワクチン接種について藤田氏は「実臨床の感覚として接種率はあまり高くないという印象。医師としてどのような方に接種してほしいかと言えば、感染した際に積極的に経口抗ウイルス薬を勧める層になります。実際の診療で患者さんに推奨するかどうかについては、そういう会話になれば『こういう恩恵を受けられる可能性があるよ』と話す感じでしょうか。とにかくパンデミックを抑えようというフェーズと違って、今は年齢などにより受けられる恩恵が違うため、一律な勧め方はできません」という。萩谷氏も「やはり年齢プラス基礎疾患の内服薬の状況を考え、客観的にワクチンのメリットを伝えることはあります。とくに過去にほかの急性感染症で入院したなどの経験が高い人は、アンテナが高いので話しやすいですね。ただ、正直、コロナ禍の経験に辟易している患者さんもいて、いきなり新型コロナワクチンの話をすると『また医者がコロナの話をしている』的に否定的な受け止め方をされることも少なくないので、高齢者などには肺炎球菌ワクチンや帯状疱疹ワクチンなどと並べてコロナワクチンもある、と話すことを心がけている」とかなり慎重だ。現在の世の中はかつてのコロナ禍などどこ吹く風という状況だが、このようにしてみると、喉元過ぎて到来している“熱さ”に、一部の医療者が人知れず孤軍奮闘を迫られている状況であることを改めて認識させられる。 参考 1) Uriu K, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25:e443.

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