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肺がんゲノム医療の実態を探る:REVEAL(WJOG15421L)試験【肺がんインタビュー】 第92回

肺がんは個別化医療が進んでいるが、実臨床ではまだ十分に普及しておらず、活用拡大の余地がありそうだ。西日本がん研究機構(WJOG)では、実臨床での遺伝子検査活用状況を調査するREVEAL(WJOG15421L)試験を行っている。2022年の日本肺癌学会で同試験の初回解析結果を報告した鳥取大学の阪本智宏氏と、ESMO-Asiaで追加解析を報告した北九州市立医療センターの松原太一氏、研究代表者である近畿大学の高濱隆幸氏に、試験実施の結果と臨床現場での評価を聞いた。左から、松原氏、高濱氏、阪本氏現場のゲノム検査はドライバー遺伝子の解明に追い付いているか肺がんでは、次々にドライバー遺伝子が解明され、ターゲット治療薬も続々と開発されている。最近では、初期診断から複数の遺伝子を測定できる、マルチプレックス検査(以下、マルチ検査)が可能となっている。一方、ドライバー遺伝子の解明に、遺伝子検査の普及が追い付いていないのではないか、疑問が浮上している。このような中、遺伝子検査と標的治療についての実地臨床での状況と課題を明らかにするためにREVEAL試験が開始された。「本来届けられるべき治療が患者に届けられていないのではないか、その原因は何かを明らかにしたい」と阪本氏は述べる。高濱氏は「今までも状態の良い症例を対象にした試験はあったが、REVEAL試験ではPS不良な患者も含め、リアルワールドでどこまで検査をしているのか明らかにできた」と振り返る。マルチプレックス検査は予想以上に少ないが、日本の肺がん治療を反映している可能性もREVEAL試験では、WJOG登録の29施設で進行非小細胞肺がんと診断された1,500例を登録し(登録期間:2020年1月1日〜2021年6月30日)、後ろ向きに解析している。遺伝子検査は、解析対象となった1,479例中86%の1,273例に行われた。内訳をみると、マルチ検査は47.7%(705例)に、シングルプレックス検査(以下、シングル検査)は57.3%(848例)に、シングル・マルチ併用は18.9%(280例)で実施されていた。マルチ検査の実施状況について阪本氏は「マルチ検査は、検査成功率や検体の量・質の確保といった問題があるが、この実施率は少ないと感じる」と述べる。松原氏も「この試験は、マルチ検査の保険償還から1年経過したときのもの。その時点でマルチ検査の割合が半分以下だとは予想しなかった」と言う。この試験はWJOG登録施設であり、遺伝子検査への意識は高いといえる。全国的な普及率はもっと下がる可能性もありそうだ。画像を拡大するマルチ検査が避けられる「PS不良」「合併症あり」「扁平上皮がん」多変量解析による、マルチ検査の非実施因子は、「PS不良」「合併症あり」「扁平上皮がん」の3つであった。PS不良例については、「確かに診断時すでに治療が適用できないほどPSが悪化しているケースはある。ただ、ターゲット治療薬であれば、PS不良例でも改善できるケースもある。検体を採取している症例なので、PS不良例だからといって一元的に調べなくてよい理由にはならないだろう」と阪本氏は言う。また、合併症については、ILDなどがベースにあるとターゲット治療薬が使えない場合もあるものの、「合併症があるときは調べても意味がない」という医師の意識が反映されている可能性もある、と指摘する。組織を採ってもゲノム検査に出さないケースもドライバー変異ごとの検査実施率を見ると、EGFRは84.2%、ALKは78.8%、ROS1は72.8%、BRAFは54.3%、METexon14スキッピング(以下、MET)は54.4%であった。この結果について高濱氏は「組織まで採って診断したのに、EGFRやALKでさえ出していないのは問題」と指摘する。阪本氏は「EGFRとALK以外は“レア”、まずはEGFRとALKだけ調べておけばよい、と考える医師が一部にはいる。しかし、医師にとっては“レア”だが、陽性患者にとっては100%」だと言う。BRAF、METについてはほかの3遺伝子と比べて、検査実施率が大きく下がる。また、この2つの変異は大部分マルチプレックスで検査されている点が、ほかの3遺伝子とは異なる。この点について阪本氏は「BRAFもMETもシングル検査はどちらもNGS。NGS用の検体量を採るのであれば、マルチ検査をしてしまう可能性もある」と推測する。画像を拡大する潜在患者がいるか? METexon14スキッピング前述のとおり、METはマルチ検査が多く、かつ検査実施率が低い。一方、組織型別の陽性率を見ると、ほかの4遺伝子と異なり、非腺がんでも腺がんと同等あるいはそれ以上に高い傾向にある(腺がん陽性率1.7%、非腺がん陽性率2.1%)。また、METはほとんどマルチ検査で行われているが、前出のとおり、扁平上皮がんではマルチ検査が行われない傾向にある。「マルチ検査が普及すると、METの陽性率は今以上に増えるかもしれない」と阪本氏は述べる。画像を拡大するドライバー変異が陽性でも治療薬が届いていない?松原氏はESMO-Asiaで同試験の追加解析を発表した。結果を見ると、陽性が判明していても、すべての症例にターゲット治療が提供されているわけではない。1次治療でターゲット治療薬を使用したのは、EGFR 94.6%、ALK 71.1%、ROS1 66.7%、BRAF 75.0%、MET 60.0%だった。ターゲット治療以外の治療法を見ると、ALKとROS1では、それ以外の標的治療(下図のOther therapyに相当)が、BRAFとMETではIO単剤およびIO+化学療法が目立つ。松原氏が、このOther therapyの内訳を調査したところ、2つの要因が明らかになった。1つは、IHCではALK陽性だがFISHでは陰性といったケース。こういった場合、臨床的にはALK陽性ととられない。もう1つは、ALK陽性かつEGFRも陽性といったケース。こういうケースでは、EGFRが最優先で評価され、EGFR-TKIが投与される。このようなケースでは「EGFR-TKIが有効であったか評価が必要」と松原氏は述べる。一方、BRAFとMETにおけるターゲット治療以外の手段はほとんどがIOである。バイオマーカー陽性が出たら対応するターゲット治療が最優先だが、この2つのドライバーでは、比較的高いICIの有効性を反映しているのではないか、と松原氏。今後は、ターゲット治療が入ったケースと入らなかったケースの治療効果を調べ、最適な治療シークエンスの発信につなげていきたいという。画像を拡大するプロファイリング検査も不足している肺がん肺がん領域はゲノム検査、分子標的薬のトップランナーといわれているが、実際は婦人科がんや消化器がんのほうが、網羅的遺伝子解析の実績は多くなっている、と高濱氏は指摘する。同氏はまた「肺がんでは、初期治療から遺伝子検査を行えるが、逆にこの限られた遺伝子の世界だけで治療している。つまり、初回検査の結果だけでPDになり、そのまま亡くなってしまう。“本当の遺伝子解析”を受けていない患者を増やしてしまっているのではないか」と警鐘を鳴らす。リキッドバイオプシー検査も精度が上がっているので、組織検体が採れなくても、積極的にプロファイリング検査を活用し、少しでも治療を届けられるよう検討することが重要であろう。高濱氏は最後に、「NGS検査は生涯1回しかできない。初回から網羅的遺伝子解析をすれば、貴重な検体を有効に活用できる」と訴えた。遺伝子検査の可能性を引き出し、より多くの肺がん患者を最適な治療に結び付ける肺がんでは、ドライバー遺伝子が次々に発見され、それに対応した標的治療薬も開発されている。近年では、初期診断からマルチ遺伝子検査が適用できるようになったものの、REVEAL試験の結果からは、実臨床ではまだ十分に普及しておらず、活用拡大の余地がありそうだ。このような研究から、遺伝子検査のさらなる可能性を引き出し、治療に結び付くことを期待したい。(ケアネット 細田 雅之)参考1)UMIN-CTR 臨床試験登録情報(UMIN000046079)

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第147回 かかりつけ医機能制度化、全世代型社会保障構築会議構成員の発言から見えてくる「骨抜き」の背景

全世代型社会保障制度関連法案、通常国会提出へこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は久しぶりに奥多摩に行って来ました。真冬のこの時期、足慣らしのために度々訪れている六ツ石山です。奥多摩湖(水根)から六ツ石山に登り、石尾根を奥多摩駅に下るルート、ピークは標高1,500メートル近くあるので、そこそこの積雪を期待したのですが、尾根はもちろん、頂上にも雪はほとんどありませんでした。下山後、過去5回ばかりのこの時期の六ツ石山登山の記録と写真を調べたのですが、2月初旬にこれだけ雪がないケースはありませんでした。温暖化の影響はここ奥多摩にも現れているのかもしれません。さて、今回は改めて「かかりつけ医機能」制度化の経緯について書いてみたいと思います。通常国会が招集され、懸案だった「かかりつけ医機能」の発揮を促す新たな仕組みなどを盛り込んだ法律案(全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律案、通称、全世代型社会保障制度関連法案)が提出される予定です。自民党は2月3日、厚生労働部会を開き同法案の審査を行いました。しかし、かかりつけ医の制度化などを巡って慎重論が出たため、了承は見送られたようです。報道等によれば、都道府県の確認体制への不安(確認を厚労省は行政行為と説明し、それへの反発があった模様)などがあるようです。いずれにせよ、政府は与党の了承を経て閣議決定し、今国会で成立させたい考えなので、小幅の修正で法律案提出となりそうです。かかりつけ医機能の報告制度を整備するだけの“しょぼい”もの今回の法律案に盛り込まれるかかりつけ医機能の制度、「かかりつけ医」制度化が議論され始めた当初からみると改革の勢いはトーンダウンし、かかりつけ医機能の報告制度を整備するだけの、ある意味とても“しょぼい”ものになってしまいました。かかりつけ医の制度化については、本連載でも何度も取り上げて来ました。個人的には40年近く前の「家庭医論争」(「第58回 コロナ禍、日医会長政治資金パーティ出席で再び開かれる?“家庭医構想”というパンドラの匣(前編)」参照)を覚えているだけに、岸田 文雄首相の肝煎りなら、それこそ“異次元”の改革となるかと期待していたのですが、結果はご存じの通り。一部医療関係者からは「骨抜き」という言葉すら出るほどです。本当に役立つかかりつけ医の仕組みが誕生することは、今後も期待できない議論が最終段階に入ってからの経緯は、本連載の「第136回 出揃った『かかりつけ医』の制度案、医療機関が手上げして患者が自分で選択する方式が浮上(前編)」「第137回 同(後編)」そして、「第138回 かかりつけ医制度の将来像 連携法人などのグループを住民が選択、健康管理も含めた包括報酬導入か?」でも詳しく書きました。それにしても、「手上げ方式」が提案されてからの議論の推移は、急転直下の印象が拭えません。昨年11月、全世代型社会保障構築会議が医療機関、患者双方による「手上げ方式」をぶち上げて“地ならし”をし、その後、厚生労働省が社会保障審議会医療部会において、その案に加えて日本医師会も提案していた「医療機能情報提供制度の拡充」を組み入れた骨格案を提案。全世代型社会保障構築会議はそれらの骨格案を踏襲した報告書を12月16日に公表し、関係閣僚らによる全世代型社会保障構築本部に報告されて、決着と相成りました。12月26日に厚生労働省は社会保障審議会の医療部会に今回の法案の基となる「かかりつけ医機能報告制度」を創設する方針を示しました。それによれば、かかりつけ医機能を医療法で定義するとともに、医療機能情報提供制度を拡充して、国民・患者が必要性に応じて「かかりつけ医機能」を有する医療機関を適切に選択できるようする、というのがその概要です。具体的には、医療機関は国民・患者が医療機関を選択する際に役立つ情報や医療機関同士の連携に係る情報を都道府県に報告。一方、都道府県知事は報告された「かかりつけ医機能」の情報を国民・患者にわかりやすく提供する、としています。一時は登録制や認定制なども議論されかかったことを考えると、なんとも煮え切らない決着と言えるでしょう。これでは、国民にわかりやすく、利用しやすく、本当に役立つかかりつけ医の仕組みが誕生することは、今後も期待できなさそうです。また、当初財務省が狙っていた診療の効率化や医療費削減にもつながりそうにありません。登録制や認定制といった厳格な制度ではなくなったことに胸を撫で下ろす日医逆に日本医師会は、登録制や認定制といった厳格な制度導入がなくなったことに胸を撫で下ろしていることでしょう。日医の松本 吉郎会長は1月11日に開かれた定例記者会見で、「かかりつけ医はあくまで患者さん自身が選ぶものであり、あらかじめ誰かによって決められるものではない」と、従来からの日医の考えを改めて述べるとともに、「フリーアクセスにおいて、国民がこの制度を活用して適切な医療機関を自ら選択できるよう支援を行うことが必要だ。制度によって縛っても決してうまくいかないと考えている」と話したそうです。「医療機能情報提供制度の拡充ということで目的が達成、ゆえに終了という話ではない」と権丈氏そんな中、興味深い文書を見つけました。今年1月になってから公表された、第11回全世代型社会保障構築会議(2022年12月14日開催)の議事録1)です。「手上げ方式」を提案した権丈 善一構成員(慶應義塾大学商学部教授)はこんな発言をしていました。「提供体制は現状維持、その上で、幅広く診療ではなく、幅広く対応として、紹介さえできればかかりつけ医機能を満たすことを制度化するとか、専門性の数だけかかりつけ医がいて当然であるとか、これまでのようにプライマリケア医をブロックしていくというのが目的であるというのであれば、この構築会議の報告書は整合性を持っていると言うこともできます。しかし、それで本当にいいのかということになります」。権丈氏はこのように、報告書に書かれるかかりつけ医機能の“甘さ”を皮肉を込めて指摘した上で、「この報告書のかかりつけ医機能が発揮される制度整備のところは、前半は我々が議論していた手挙げ方式のかかりつけ医の話が書かれているのですけれども、後半になると、いきなり意味の範囲が狭くなって、話が医療機能情報提供制度の拡充という話に限定されていきます。どうも医政局は、来年の診療報酬改定を想定しながら、そこで彼らが予定している範囲を超えない文面を考えているようなのですけれども、かかりつけ医機能が発揮できる制度整備というのは、来年の診療報酬改定で医療機能情報提供制度の拡充ということで目的が達成、ゆえに終了という話、決してそういうことでないということは確認しておきたいと思います(中略)。若干拡張されたかかりつけ医機能の診療報酬に、手さえ挙げれば誰でもみんながかかりつけ医になることができるという方向で制度設計することは、これまで岸田総理や加藤大臣が言ってきた患者の視点に立った改革とは距離が相当にあると思います」とも語っています。権丈氏は「手上げ方式」を提案、「かかりつけ医機能報告制度」への道筋をつくったキーマンですが、その権丈氏ですら「日常的に高い頻度で発生する疾患・症状については幅広く対応」等の文言にこだわった“勢力”や、予定調和的な報告制度に落とし込んだ厚労省医政局のやり方を批判的に見ているというのは大きな驚きでした。日医の代議員の地域別構成や年齢構成への疑問権丈氏はまたこの回の全世代型社会保障構築会議で、「地域の医療ニーズの8割から9割に対応できるプライマリケア医の必要性は高いけれども、トップが東京や大阪の人たちの組織からはそうした声は出てこない、それは必然だ」「日医の376人の代議員のうち、今年の会長選のときの時点での年齢構成は、60歳未満は僅か8%に過ぎず、60歳代は59%で、70歳以上は33%(中略)。代議員で一番若い人は48歳なので、プライマリケアの基本的な診療能力を養成することを狙った新医師臨床研修制度の研修を受けた日医の代議員はまだ一人もいない」と、日医の代議員の地域別構成や年齢構成に言及、打ち出す政策や方針のいびつさも指摘しています。権丈氏が全世代型社会保障構築会議の席上、こうした発言をせざるを得なかったことからも、今回の「かかりつけ医機能」制度化の議論において、水面下で“抵抗勢力”から相当な圧力がかかっていたに違いないと想像できます。報告制度の効果が上がらず、議論が再燃する可能性も日本経済新聞の大林 尚編集委員も同紙1月9日付朝刊の「『家庭医』を禁句にするな」と題する記事で、家庭医に関心を寄せていた武見 太郎・元日医会長没後、日医が家庭論争を契機として家庭医という言葉を禁句とし、GP育成も怠ってきた経緯を振り返りつつ、今回のかかりつけ医機能の制度化について「厚労省が日医におもねった法案を準備」と書いています。そして、「日医に禁句をごり押しされた過去を振り返り、問題点を反省し、わかりやすく標準化した資格制度としての家庭医の概念を定める。こだわりを捨てるべきは厚労省である」と強く批判しています。コロナ禍の中、浮き彫りになった地域におけるプライマリケア提供体制の不全は、単に「かかりつけ医機能」の情報を国民に提供するだけで解決しないことは自明の理です。認定制、登録制、人頭払いといった本当の意味での“異次元”の改革に踏み込むべきだったと考える医療関係者は少なくありません。今後、報告制度の実効性がたいして上がらず、「かかりつけ医」の議論が再燃する可能性は十分に高いと思います。参考1)第11回全世代型社会保障構築会議/内閣官房

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英語で「さっと見てくる」は?【1分★医療英語】第66回

第66回 英語で「さっと見てくる」は?Out new patient just came up to the floor.(入院患者さんが病棟に上がってきたみたいです)Can you please eyeball the patient?(患者さんの様子をさっと見てきてもらっていいですか?)《例文1》The vital monitor is beeping, I will eyeball the patient.(バイタルモニターが鳴っていますね、ちょっと患者さんを見てきます)《例文2》A patient at the ED is waiting for a while, have you eyeballed her?(救急外来の患者さんがしばらく待っているみたいですけど、患者さんの様子は確認しました?)《解説》“eyeball”といえば真っ先に「眼球」という訳語が思い浮かぶかと思いますが、実は動詞としても使用できるのを知っていましたか? 辞書によると、“eyeball”を動詞として使う場合は、“look at someone or something directly and carefully”(人やモノを直接、注意深く見る)という意味になります。実際、私も米国の医療現場で耳にする機会が多いために知った単語ですが、具体的には患者さんの様子を確認する際に使われます。患者さんの全身しっかり診察する際の「診る」というよりは、まさしく目(eyeball)で「患者さんの全体の状態に変化がないかを確認する・見る」ような際に使用される表現です。informalな表現なので、口語表現で使うことが多いです。入院患者さん、救急外来の患者さん、術後の患者さん など、しっかり診察するまではしなくても、直接医師や看護師の目で患者さんの様子を確認する機会は多くあります。「患者さんを見てきたけど変わりなさそう」と言いたい際に、“I just eyeballed him. He looks fine.”のように、さらりと言えるようになるとスマートですね。講師紹介

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英語で「一言いいですか?」は?【1分★医療英語】第65回

第65回 英語で「一言いいですか?」は?May I chime in?([お話し中ですが]一言いいですか?)Sure thing!(もちろんです!)《例文1》May I chime in the discussion?(議論に加わってもいいですか?)《例文2》She chimed in with her opinion.(彼女は自分の意見を付け加えた)《解説》“chime in”の“chime”は音の通り「チャイム(鐘)」を意味する言葉です。しかし、ここでは“chime”に“in”が付いているので、「チャイムを鳴らして入り込む」という意味合いを持つことになります。ただし、ここでは入り込むのは家ではなく、会話や議論。そこから転じて、「会話に入り込む」、「口を挟む」などの意味合いで用いることができるフレーズになります。“interrupt”を用いて“interrupt a conversation”、あるいは“break”という動詞を用いて“break into a conversation”などと表現しても同じ意味になると思いますが、よりオシャレな表現と言えるかもしれません。たとえば、同僚の2人が熱心に話し込んでいるところに一言添えたいとき、この“May I chime in?”の一言を用いてコメントを挟むことができるでしょう。あるいは、すでに始まっているオンライン会議に遅れて入る際、“I’m chiming in.”と言って「これから(会議に)入るよ」ということを伝えることができます。ぜひ英語圏の人とのオンライン会議の際に使用してみてください。使えるシーンが意外と多いことに気付くはずです。講師紹介

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第145回 三重大臨床麻酔部汚職事件、元教授に懲役2年6ヵ月、執行猶予4年の有罪判決、賄賂は「オノアクト使用の見返りだった」

岸田首相G7広島サミットを意識?今春にもコロナは5類にこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この連載もまもなく3年を迎え150回近くとなりますが、その半分以上は新型コロウイルス感染症に対する国の対応について書いてきたのではないかと思います。そのコロナ対応も、いよいよ大きな転換期を迎えます。岸田 文雄首相が1月20日、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の分類を、今春から5類に変更する方針を示し、23日から専門家らによる感染症部会で本格的な議論が開始されたためです。昨年11月、感染症法等を改正し、都道府県は地域医療支援病院や特定機能病院などとあらかじめ協定を結び、病床確保や発熱外来といった医療の提供を義務付けることになったばかりですが、5類にすればそうした義務付けから外れることになります。これまでコロナを診てこなかった医療機関も、通常の風邪と同じように診療、入院させるようになると期待されていますが、本当にそうなるでしょうか。コロナ禍の中での多くの医療機関の消極的な対応を見てきた経験から言うと、はなはだ疑問です。あわせて気になったのは、1月19日に日本医師会の松本 吉郎会長が岸田総理と面会し、政府が新型コロナの感染症法上の見直しを行った場合でも、公費負担などを継続するよう要望したことです。報道等によれば松本会長は「患者さんに負担が掛からないように、それから医療機関の感染対応にもできる限り支援を継続していただきたいということをお話しした」と語ったそうです。5類に移行すれば医療費などの公費負担の法的根拠がなくなるのは当然です。なのに「公費負担は続けろ」とは、意味がわかりません。普通の風邪ならば、医療機関を受診したい人や重症化リスクが高い高齢者などは受診し、そうでない人は自力で治す(もともとほとんどの風邪は医療機関を受診しなくても治ります)というのが筋です。公費負担を続けるということは、受診不要と思われる軽症患者まで掘り起こすことになりそうです。医療機関の経営にはプラスでしょうが、結局、無駄な医療費の増加を招くだけではないでしょうか。松本会長の要請に岸田首相は「しっかりと検討したい」と応じたそうです。5月開催予定のG7広島サミットで海外首脳を迎える前に、5類にして屋内のマスク着用も不要にしておきたい、という少々自分勝手な考えもあるのではないでしょうか。未だ、マスク着用がルール化されている先進国は日本くらいだからです(エリザベス女王の国葬の時、日本の天皇陛下のマスク着用が話題となりました)。複数の関係者たちの公判のうち大トリとも言える元教授に判決さて今回は、この連載でも何度(今回で7回目)も取り上げてきた三重大病院臨床麻酔部の汚職事件を取り上げます(「第133回 三重大病院臨床麻酔部事件、元教授に懲役4年の求刑、大学は新教授で再スタート」ほか)。薬剤の積極的な使用や医療機器の納入に便宜を図る見返りに現金を受け取ったなどとして、第三者供賄と詐欺の罪に問われた、三重大学医学部附属病院の臨床麻酔部元教授(56歳)の判決公判が1月19日に津地方裁判所であり、柴田 誠裁判長は懲役2年6ヵ月・執行猶予4年と、元教授が代表理事を務める一般社団法人に追徴金200万円(求刑懲役4年、追徴金200万円)とする有罪判決を言い渡しました。ちょうど新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい始めた2020年9月に発覚したこの事件、複数の関係者たちの公判のうち大トリとも言える元教授の判決が出たことで、被告全員の公判が一通り終了したことになります。一連の事件では7人の有罪が既に確定この事件で被告人である元教授は、小野薬品工業が製造・販売する薬剤「ランジオロール塩酸塩(商品名:オノアクト)」を積極的に使う見返りに大学の口座に寄付金200万円を振り込ませたほか、日本光電からも200万円を提供させたとして、第三者供賄罪に問われていました。また、小野薬品のオノアクトを投与したように装い診療報酬を詐取(約80万円)したとする詐欺罪でも起訴されていました。元教授の公判は、他の被告の公判がすべて終わった2022年4月から始まりました。ちなみに、一連の事件では、診療報酬詐取事件で共犯とされた同部の元准教授、医療機器納入を巡る汚職事件で共犯とされた元講師、そして小野薬品の社員2人、日本光電の元社員3人の計7人の有罪が既に確定しています。公電磁的記録不正作出、公電磁的記録供用と詐欺の罪に問われた元准教授には懲役2年6ヵ月・執行猶予4年、第三者供賄罪に問われた元講師には懲役1年・執行猶予3年の判決が下されています。一方、贈賄罪に問われた小野薬品の社員2人には懲役8ヵ月・執行猶予3年、同じく贈賄罪に問われた日本光電の元社員1人には懲役1年・執行猶予3年、元社員2人には懲役10ヵ月・執行猶予3年の判決が下されています。最大の争点はオノアクト採用への元教授の関わり2022年4月から始まり、計14回、6ヵ月にも及ぶ審理を経て、10月に結審した今回の公判、最大の争点はオノアクト採用への元教授の関わりでした。小野薬品を巡る第三者供賄罪について元教授は、「オノアクトの効能に着目して積極的に使用していく方針を採用した」などと主張していました。また、詐欺罪についても無罪を主張し、寄付金の対価性(いわゆる見返り)が認定されるかどうかが争点となっていました。一方で元教授は、日本光電に200万円を振り込ませたとする第三者供賄罪は認めていました。報道等によれば、元教授は公判で「職務権限を利用して対価をもらったことは恥ずかしい」と語るとともに、お金の使い道を「麻酔科医を集めるため。ほとんどを飲食代に充てた」と説明したとのことです。元教授が臨床麻酔部教授に就任して以降オノアクトの処方量急増各紙報道等によれば、同日の判決で津地裁はオノアクトの積極使用と寄付の関連を認め、対価性があったとしています。具体的には、元教授が臨床麻酔部教授に就任して以降オノアクトの処方量が急増したこと、小野薬品の当時のMRの証言から元教授が「寄付金が必要だ頼むよ」「最初に世話になったところは忘れないよ」などと供述したこと、MRが作成した週報に「講演会活動を通じ三重大で『OA(オノアクト)をもっと出すための相談』が行えた。そのもっとを今後具体化していく段階に今後していこう」と記載していたことなどを指摘、「200万円の寄附とオノアクトの処方が密接に関連付けられていた」として寄付金の対価性があったと判断しました。「職務の公正さや社会の信頼を害した程度は大きい」以上を踏まえ、柴田裁判長は判決理由で「寄附金を獲得するためになりふり構わず処方量の増大に突き進んだことは異常というほかなく、職務の公正さや社会の信頼を害した程度は大きいと言わざるを得ない」と指摘。さらに、「使用されずに廃棄される医薬品が大量に生じる歪みを発生させ、診療報酬の搾取につながった」と非難したとのことです。ただ、量刑については「職務の公正さや社会の信頼を害した程度は大きいと言わざるをえないが、前科のない被告人をただちに刑務所に収容するのは重きに過ぎる」などとして懲役2年6ヵ月・執行猶予4年の有罪判決としたとのことです。判決に対し、元教授の弁護士は「判決は不当で、控訴するかどうかは被告人と相談したい」と述べたとのことです。一方、三重大学病院の池田 智明病院長は「有罪判決が下されたことを真摯に受け止めます。今後も信頼回復に向け、全力を尽くします」とのコメントを出しています。新たなスタートを切った三重大麻酔科さて、元教授の逮捕によって、三重大病院の麻酔科は混乱に陥り、地域医療にも多大な影響を及ぼしました。さらに製薬会社が大学などに提供している奨学寄付金の是非についても議論が沸き起こり、奨学寄付金を廃止する動きも広まっているようです。その意味で、元教授は法律では罪に問われない部分でも、さまざまな“罪”を犯していたと言えるでしょう。三重大の麻酔科については、2022年4月には新教授が就任、手術での麻酔を行う「臨床麻酔部」を廃止し、痛みを取り除く治療などを行う「麻酔科」に統合するという組織改編も行われました。また、麻酔の専門医を育成する研修プログラムも2023年度からスタートするとのことです。元教授が控訴すれば、裁判は続くことになりますが、少なくとも三重大病院麻酔科の再スタートは喜ばしいことです。幾多の“黒歴史”から決別し、地域の麻酔科医療を牽引する存在になることを願います。

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英語で「順調にいっていますよ」は?【1分★医療英語】第64回

第64回 英語で「順調にいっていますよ」は?You are moving in the right direction.(順調にいっていますよ)That’s good to know.(それは良かったです)《例文1》Your father is doing well. He is moving in the right direction.(お父さんは元気ですよ。順調にいっています)《例文2》His course was complicated by aspiration pneumonia, but overall, he is moving in the right direction.(経過中に誤嚥性肺炎が起こりましたが、全体としては、彼は快方に向かっています)《解説》“move in the right direction”は直訳すると「正しい方向に動く」ですが、医療現場で病状を表す時に使うと「順調にいっている」「快方に向かっている」という意味を表します。患者さんや家族に対するポジティブな声掛けにもなるため、臨床現場でよく使われる言い回しです。なお、“direction”の発音は米国英語では「ディレクション」、英国英語では「ダイレクション」となります。また、“right”にも“direction”にも「R」が含まれるため、「L」の発音と混同しないように注意が必要です。講師紹介

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コロナ5類変更に賛成は何割?現在診ていない医師は診られるか

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染症法上の位置付けについて、季節性インフルエンザと同様の「5類」に引き下げることを政府が検討を始め、議論が活性化している。ウイルスの性質や医療機関の負担、医療費の公費負担など、さまざまな意見がある中で、医師はどのように考えているのだろうか? CareNet.comの会員医師のうち、内科系を中心として、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の診療に携わることが想定される診療科の医師1,000人を対象に、アンケートを実施した(2023年1月11日実施)。新型コロナ・発熱患者を診療していない医師の3分の2が診療不可 COVID-19患者あるいは発熱患者の診療状況について、「COVID-19患者の診療を行っている」が63.8%と最も多く、「COVID-19疑いの発熱患者の診療を行っている」が18.8%、「いずれも診療していない」が17.4%と続いた。また、「5類となり、COVID-19患者の受診・入院が一般医療機関でも可能となった場合、実際に診療が可能か」質問したところ、「現在診療している」が63.7%、「診療できる」が18.7%、「診療できない」が17.6%であった。 現時点で「いずれも診療していない」と回答した医師について集計した結果、「診療できる」が33.3%であったのに対し、「診療できない」は66.7%と、現在COVID-19患者やCOVID-19疑いの発熱患者を診療していない医師の3分の2が、5類に引き下げられても「診療できない」と回答した。新型コロナ5類への変更、64%が賛成 COVID-19の感染症法上の分類はどのようにすべきか? という質問に対して、「いまの状況であれば5類へ引き下げたほうが良い」が40.0%と最も多く、「いまの状況では難しいが、5類へ引き下げたほうが良い」が24.0%と続いた。両者を合わせると64.0%が「5類へ引き下げたほうが良い」と考えていた。「新たな類型を作成したほうが良い」は17.7%で、「2類相当のままが良い」は6.1%にとどまった。12.2%が「いずれともいえない・わからない」と回答した。 COVID-19患者あるいは発熱患者の診療の有無別にみると、「いずれも診療していない」と回答した医師で「5類へ引き下げたほうが良い(いまの状況であれば5類へ引き下げたほうが良い:28.8%、いまの状況では難しいが、5類へ引き下げたほうが良い:23.2%)」との回答がやや少なかったが、「いずれともいえない・わからない」との回答が23.7%を占めた。「新たな類型を作成したほうが良い」「2類相当のままが良い」との回答の傾向には、大きな違いはみられなかった。意見が分かれるワクチン接種費・治療費の負担 COVID-19が5類へ引き下げられた場合に「ワクチン接種費や治療費の負担はどのようにすべきと考えるか」質問したところ、「ワクチン接種費、治療費共に公費負担」が24.2%、「ワクチン接種費は公費負担、治療費は自己負担」が38.6%、「ワクチン接種費は自己負担、治療費は公費負担」が5.1%、「ワクチン接種費、治療費共に自己負担」が32.1%という結果であった。ワクチン接種については「公費負担にすべき」と考える医師が62.8%と多く、治療費については「自己負担にすべき」と考える医師が70.7%と多かった。分類に対する考え・意見 「いまの状況であれば5類へ引き下げたほうが良い」と回答した医師の意見として、「ワクチン接種費や治療費は公費負担にすべきでない(46.9%)」という意見が多かったが、「5類に変更してもワクチン接種費や治療費は公費負担のままにしたほうが良い」という意見も散見された。また、「重症化率・死亡率の低下」や「ワクチンや治療薬の充実」「医療従事者の負担の大きさ」を指摘する意見がみられた。 「いまの状況では難しいが、5類へ引き下げたほうが良い」と回答した医師の意見として、「ワクチン接種費は公費負担を維持し、治療費は自己負担にすべき(50.8%)」という意見が目立った。一方、「5類に変更してもワクチン接種費や治療費は公費負担のままにしたほうが良い」という意見も散見された。そのほか、「第8波の状況をみてから」「死者数の増加が気になる」といった慎重な意見や「社会的影響を考慮するといつか5類にせざるを得ない」などの意見が得られた。 「新たな類型を作成したほうが良い」と回答した医師の意見として、「現行の仕組みは、現在のCOVID-19の診療に適していない」といった現在の枠組みへの不満を示唆する意見や、「5類にするのは時期尚早だが、2類に据え置くのは考えもの」「5類に引き下げても5類以上の感染対策が必要」「5類ではなくて、“5類相当”が妥当」といった意見があがった。 「2類相当のままが良い」と回答した医師の意見として、「ワクチン接種費や治療費は公費負担にすべきである(50.0%)」という意見が多かった。また、「入院調整などは医療機関のみでは困難」「感染力が強く一般病棟での診療は困難」といった医療体制の懸念を指摘する意見や、「死者数が多い」「インフルエンザとは異なることが多い」といったウイルスの性質を指摘する意見も得られた。 「いずれともいえない・わからない」と回答した医師の意見として、「名目上の制度の変更は意味がない」「2類でも5類でもとくに変わらない」といった意見や「流行の行方がわからない」「感染状況により柔軟な運用ができるようにすべき」などの意見があがった。アンケート結果の詳細は以下のページに掲載中。新型コロナウイルス感染症、5類への引き下げは可能?…医師1,000人アンケート

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社会的苦痛って何だろう【非専門医のための緩和ケアTips】第43回

第43回 社会的苦痛って何だろう緩和ケアについては、医師でもあまり聞き慣れない言葉や分野が出てくるかと思います。今日のテーマ「社会的苦痛」というのも、わかりにくい例の1つではないでしょうか。今日の質問緩和ケアについて勉強していると必ず出てくる「社会的苦痛」という単語。医療者としては具体的に何をすればよいのでしょうか?「社会的苦痛」、少なくとも私の年代の医学部教育では出てこなかった用語です。しかし、緩和ケアを実践していく中では非常に大切な概念なのです。イメージしやすいよう具体的な例を見ていきましょう。――80歳で骨転移を伴う肺がん患者さん。骨転移部の痛みを訴えます。医師のあなたは外来で診察、評価して鎮痛薬を処方します。腎機能などをチェックした上で、NSAIDsや症状によってはオピオイドも必要になるでしょう。こういった身体症状に対する症状の緩和はイメージしやすいですよね。でも、この患者さんが置かれた状況に対して、薬剤の処方だけで十分な支援が提供できているでしょうか?聞けばこの患者さん、年の近い高齢の奥さんと二人暮らしだそうです。もともと家の中では伝い歩きで生活していましたが、痛みが強くなって排泄のたびに手助けが必要となり、奥さんの負担が急激に重くなっています。ご本人たちは自宅で過ごしたいと考えていますが、介護の負担がさらに大きくなるようなら、在宅療養は諦めざるを得ないでしょう…。こうした状況は、皆さんも日常的に目にするでしょう。このような、「疾患によって引き起こされる、生活や社会活動に対する影響」を「社会的苦痛」と呼んでいます。医師としては介護保険の活用や見直しを勧め、今後の病状変化や介護負担の予測をケアマネジャーと共有することが重要です。今回のような高齢者の場合、社会的苦痛の議論は要介護状態に対する支援や介護者の負担軽減が中心になります。一方、若年者の場合、たとえばまだ幼いお子さんがいる終末期がん患者さんであれば、家事・育児支援やお子さんとのコミュニケーション支援が必要でしょう。一家の稼ぎ手であれば休職や退職による家計の困窮状態を避ける支援が必要です。家計だけでなく、社会とのつながりを保つ意味でも、患者さんの就労支援はとても重視されるようになっています。このように解きほぐしていくと、社会的苦痛に対して医師が担う役割を認識しやすくなります。患者さんごとの状況に合わせ、病気の見通しや注意点を共有することで、さまざまな支援の可能性が見出せます。具体的なケアプラン作成などは介護職が対応してくれるでしょうが、専門職と情報を共有し、しっかり連携することが大切です。「社会的苦痛」の概念を知ると、多職種で取り組むことの必然性も理解できるでしょう。今回のTips今回のTips「社会的苦痛」の概念を理解することで、緩和ケアの実践の幅が広がります。

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第143回 アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」FDA迅速承認を聞いて頭をもたげたある疑問、「結局高くつくのでは?」

満を持してエーザイが放つレカネマブは成功するか?こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。年末年始は愛知県の実家に帰省し、少々ボケてきた91歳の父親のマイナポイント申請と、買い与えたiPhoneの使い方指導を行って来ました。マイナポイントの申請はiPhoneを使ってなんとかできたのですが、超高齢者がスマホを使いこなすのはなかなかハードルが高いなと実感した次第です。最大の障壁はタッチパネルです。スマホに電話がかかってきても、タッチパネルをタップしてうまく受けられないのです。指の爪の部分でタッチしてしまったり、押す部分がズレてしまったり。ある日などは指先を怪我したとかで絆創膏を貼った指でタッチしようとしていました。電話を正しく取れる成功率は4割ほど。ま、認知症にもならず、90歳を超えてスマホを使ってみようという意欲だけは買いますが、この先どこまで使えるようになるか。ちなみに父親は万歩計代りにもなる「フィットネス」アプリ(何も操作しなくても歩いた距離と歩数が記録される)だけはいたく気に入ったようでした。さて、今回は1月6日(現地時間)に米食品医薬品局(FDA)が迅速承認した、エーザイと米国バイオジェン社が共同開発しているアルツハイマー病治療薬・レカネマブ(LEQEMBI)について書いてみたいと思います。2021年6月に米国で承認されたアデュカヌマブについては、本連載でも、「第62回 アデュカヌマブFDA承認、効こうが効くまいが医師はますます認知症を真剣に診なくなる(前編)」、「第63回 同(後編)」、「第91回 年末年始急展開の3事件、『アデュカヌマブ』『三重大汚職』『町立半田病院サイバー攻撃』のその後を読み解く」などで何度か取り上げました。薬価が高額だったことや治験データの不十分さなどから、保険適用が治験参加者に限られることとなり、普及は失敗に終わっています。アデュカヌマブの挫折を乗り越え、満を持してエーザイが放つレカネマブは果たして成功するのでしょうか。18ヵ月の治療で27%の進行抑制レカネマブは、アルツハイマー病(AD)の原因物質とされるアミロイドβプラークに対するヒト化IgG1モノクローナル抗体で、アミロイドβの脳内への蓄積を抑制する効果があったとされています。今回の迅速承認は、レカネマブがADの特徴である脳内に蓄積したアミロイドβプラークの減少効果を示した臨床第II相試験(201試験)の結果に基づくものです。なお、昨年NEJM誌に掲載された早期ADを対象とした臨床第III相Clarity AD検証試験の結果1)では、レカネマブ投与は、投与18ヵ月時点における認知機能・全般症状の評価項目について、プラセボに対して悪化抑制を示し(18ヵ月の治療でCDR-SB[Clinical Dementia Rating Sum of Boxes]において27%の進行抑制など)、一方で有害事象は想定の範囲内だったとのことです。なお迅速承認が下りたその日のうちに、FDAに対し完全承認に向けた申請を行っています。Aβ検査がボトルネックに今回承認された適応症は、早期のアルツハイマー病(AD)の治療です。治療開始前にアミロイドβの病理所見が確認された患者に対し、10mg/kgを推奨用量として2週間に1回点滴静注するとしています。米国では「LEQEMBI(レケンビ)」の商品名で1月23日の週に発売を始めるとのことです。1月7日午後に東京で開かれたエーザイの投資家説明会で内藤 晴夫最高責任者は「MCI(MCI due to AD:アルツハイマー病による軽度認知障害)と軽度ADのうち、実際の医療機関で早期ADとの診断を受け、さらにアミロイドPET検査またはCSF腰椎穿刺検でアミロイドβ陽性と判定された患者が投与対象となる。米国では今後3年間で10万人が対象。2030年までに世界で250万人が対象になる」と述べました。内藤氏は同薬の普及にあたってはアミロイドβ検査がボトルネックになるとの見解を示し、「より簡便な血液検査の開発・普及に期待する」と話していました。年間卸業社購入価格を2万6,500ドル(約350万円)に設定この日の説明会で内藤氏は、米国における価格設定についてその考え方を説明しました。それによれば、レカネマブの米国における治療を受ける患者1人当たりの社会的価値は年間3万7,600ドルと見積もる一方、年間卸業社購入価格(WAC:Wholesale Acquisition Cost)を2万6,500ドル(約350万円)と1万ドル以上安価に設定したとのことです。内藤氏は「より幅広い当事者様アクセスの促進、経済的負担の軽減、医療システムの持続可能性への貢献を目指しての設定」と話していました。米国の高齢者向け公的保険メディケア加入者の実質的な自己負担額は1日あたり数ドル〜14.5ドルだそうです。QALY(Quality-Adjusted Life Year:質調整生存年)などを使った算出式は複雑過ぎて私にはよく理解できませんでしたが、アデュカヌマブの価格設定においては米国のアルツハイマー病の支援団体から批判が噴出したことから、相当神経を使って価格設定を行ったということは伝わってきました。日本でも「一日も早い申請」を目指す気になる日本での発売時期の見込みについて内藤氏は明言を避けました。ただ、PMDAとの話し合いはすでに進めているとのことで、「一日も早い申請」を目指すとのことでした。仮に日本で承認されたとしても、やはりPET検査や腰椎穿刺検などによる病理所見の確認が大きな障壁になりそうです。また、米国ではADによるMCIと軽度ADが対象ですが、日本でもMCIが保険適用になるかも注目ポイントとなります。日本の保険診療上、MCIは疾患ではなく現状使用できる薬剤はありません(MCIはドネペジルも保険で使えません)。そう考えると、承認後も広く使われる薬になるには、それなりの時間がかかりそうです。患者対応やケアはこれまで以上に後回しにされる危険性さて、アデュカヌマブが米国で承認された1年半前、私はこの連載の「第63回 アデュカヌマブFDA承認、効こうが効くまいが医師はますます認知症を真剣に診なくなる(後編)」で、「アデュカヌマブが承認されたとしても、医師たちは『どういう患者に使えるか』『アミロイドβの蓄積はどうか』といった診断面ばかりに目が行き、患者対応やケアはこれまで以上に後回しにされる危険性があります。『患者を診ず病気しか診ない』どころか、『患者を診ず検査値しか見ない』というわけです」と書きました。この心配はレカネマブについても当てはまります。患者の症状や行動を見ず、糖尿病のHbA1cのようにアミロイドβの値ばかり気にする医師が増えそうです。そしてさらに、内藤氏の「レカネマブの米国における治療を受ける患者1人当たりの社会的価値は年間3万7,600ドル」との発言を聞いて、新たな疑問も頭をもたげてきました。ADの罹患期間を長くしてしまい最終的に医療費・介護費は高くつくのではそれは、「ADの進行を遅らせるということは、結果その人のADの罹患期間を長くしてしまい、最終的にその人にかかる医療費は高くついてしまうのではないか」ということです。軽度ADの人のレカネマブ投与中の社会的価値は確かに上がるかもしれませんが、いずれ中等度・重度に移行し、上がった分は結局はチャラになってしまい、罹患期間が長くなることでむしろトータルの医療費・介護費はかさむ結果になると思うのですが、皆さんいかがでしょう。この疑問を、医薬品開発に詳しい知人の記者にぶつけたら、「アミロイドβをターゲットとした治療薬はそもそも根本治療ではないのだから、そうした疑問は昔からある。でも、今できるのはそこしかないので、次のAD治療薬のステージに行くためにもレカネマブ承認の意味はある」と話していました。全体として、投資家含め、医薬品産業畑の人たちはレカネマブ登場に好意的過ぎる印象です。私は父親のボケ抑制のために、せいぜいスマホ訓練を地道に続けようと思いました。参考1)H van Dyck C, et al. N Engl J Med. 2023;388:9-21.

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第140回 厚労省の動画が3週間で656万回再生!いったい何が流れた?

もうあと1週間足らずで2022年も終わりとなる。結局この1年もほぼ新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)で明けて暮れた1年だったと個人的には感じている。とはいえ昨年末以来、流行株が見かけ上、重症化率の低いオミクロン株の亜系統内で続いていることもあってか、ぱっと見の市中の様子はかなりコロナ禍以前に近づいていると感じている。敢えて「見かけ上」と記載したのは、ここ1ヵ月ほどでワクチン未接種の知人・友人が感染し、入院の上で酸素吸入にまで至った事例を複数知っているからである。その意味でワクチンの効果はある意味凄いものだと改めて感じている。そんな中、つい先日仕事が深夜0時を超える時間まで及んだ際、コンビニエンスストアに行くついでに、最寄り駅周辺を散策した。すると日中には見えなかったコロナ禍前後のわずかな変化が見えてきた。現在は飲食店への営業自粛要請もなくなったこともあって、午前0時を過ぎても営業している飲食店はあるが、その数は確実に減っている。少なくともコロナ禍以前、この周辺では0時過ぎまで営業していた飲食店は、私が知っている範囲でも10軒以上はあった。ところが先日確認した範囲では3軒のみ。ちょうど第7波から第8波の間に珍しく夜の早い時間に仕事のめどがつき、馴染みの飲食店に顔を出したが、その店も従来は午前1時までだった営業時間を午前0時までに短縮していた。従業員は「最近は皆さん来る時間も早いし、帰るのも早いですよ。客単価も以前の6割程度。もう遅くまで開けていてもコストばかりかかって」と、ぼやいていた。確かに私自身のことで言っても夜間の飲酒飲食は激減している。とくに今は大学受験生の娘を抱えていることもあり、今後2月末までは今まで以上に外出の飲食を控えることになるだろう。さて世の変化というところでやや驚いたものがある。それは半月ほど前から厚生労働省(以下、厚労省)が流し始めた屋外のマスク原則不要を告知するCMだ。ごくごく当たり前の内容ではあるが、わずか30秒の動画の構成はわかりやすく、失礼ながら厚労省が主導して製作したCMとしてはよくできている。同省のYouTubeチャンネルはさまざまな動画がアップされているが、再生回数が1,000回未満のものがほとんど。しかし、この動画だけは再生回数656万回と群を抜いている。ざっと同省配信動画の再生回数を眺め回してみたが、たぶん2022年に配信された動画の中では再生回数トップである。そもそも、このマスク問題はコロナ禍当初、かなり変動幅の大きいものだったと個人的には理解している。コロナ禍以前のマスクの位置付けとは、明らかに呼吸器感染症が疑われる症状を有する人が着用するもので、現在のようなユニバーサルマスクの考え方は標準的なものではなかったはずである。しかし、新型コロナの場合は症状発症前に二次感染を引き起こしていること、感染経路のほとんどが飛沫感染でマスクに一定の感染リスク低減効果があるなどのエビデンスが徐々に積み上げられたことで現在のような形になっている。かくいう私も2020年春くらいまではユニバーサルマスクには懐疑的だったが、今ではこの考えを改めている。もっとも考えを改めた後でも、明らかに感染リスクが低いであろう屋外(ただし、アーケード内や明らかな人混み、信号待ちで人が集合している場合などは除く)ではマスクを外していた。さてこのマスク問題、昨今のSNS上などでは新型コロナ関連の大きな話題の一つでもある。その中核は非医療従事者からの「いつまでこんなものを続けているのか」的な声が多くを占め、一見するとその声は日増しに大きくなっているようにも映る。ひょっとすると前述の厚労省のCMもそうした声を意識したものかもしれない。ちなみに私がこのCMに「驚いた」のは個人的な印象としての出来栄えの良さもあるが、厚労省が敢えてこれを出したということである。一般大衆に比べて無びゅう性を気にするお役所や専門家は、規制・推奨の強化は比較的得意だが、その逆は苦手である。それらを緩和した結果生じる問題に対して詰め腹を切らされかねないからだ。しかも、一般人とは概してこうしたお役所や専門家が発する言葉を自分に都合よく解釈しがちである。今年5月に前厚労相の後藤 茂之氏が閣議後の記者会見で「屋外でも身体的距離を置いた場合は、もともと『外してよい』との考えだったが、国民に十分に伝わっていなかった」と発言した直後、私は旧知の医師から愚痴をこぼされた。「定期受診の患者がいきなりノーマスクで来院して、マスクをしてくださいと話すと、『いや、厚生労働大臣がマスクは要らないって言ってたでしょ』と返される。それも特定の人に限ったことではなく、ポチポチと増えて一時的に対応に苦慮した」こうした事例を経験した医療従事者は少なからずいるのではないだろうか? ちなみに後藤氏は当時、これからは国民にこの点を丁寧に説明していきたいとの意向を示したが、そのような説明があった記憶は少なくとも私はない。腰が重いはずの厚労省が、この問題について前向きな対応を始めたことは一定の前進と言えるが、現状を鑑みる限り、一般国民の多くが期待するであろう日常生活でマスク着用が不要はまだ先のことだろう。そのためには新型コロナウイルスが一層弱毒化するか、有効性がより高く有効期間がより長いワクチンが開発・上市されることが必要だろうと考えられるからだ。むしろ私は次に来る「ポストコロナ時代」とは「メリハリのある感染対策ができる社会」と考えている。このマスク問題が代表例であり、感染リスクの高い局面では着用する、逆に感染リスクが低い局面では外しても良いという場面の切替である。これは昨今の教育現場で進む黙食の緩和も同様だろう。換気などの一定の感染対策をしたうえで黙食を緩和することが完全に誤りとは言えない(医療従事者を除けば、行動規制のない現在、夜間の飲酒飲食する大人は黙食とは無縁である以上、子どものみに規制的に対応する理由はある種薄弱である)。もっともこれも局面ごとの判断が必要である。具体的には小児での新型コロナワクチン接種完了者が4人に1人と留まる現状を考えれば、感染拡大期には黙食にする、感染拡大収束期には黙食を緩和するというメリハリである。その意味で、来る2023年はポストコロナ時代を念頭に社会全体がメリハリのついた感染対策を行える社会になって欲しいと切に願いながら、2022年最後の本連載を終えたいと思う。また、本連載は私への意見・要望窓口を設けていることもあり、読者の皆さんからは、本当にさまざまな角度からご意見を頂戴している。なるべくそれにお答えしようとは思っているものの、すべてのご意見を記事に反映できていないことについてはこの場を借りてお詫びしたい。それに懲りずこの1年間、私にお付き合いいただき誠にありがとうございました。来年も宜しくお願いいたします。

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第140回 次のパンデミックに備え感染症法等改正、そう言えば感染症の「司令塔機能」の議論はどうなった?

改正感染症法案、岸田文雄首相の約束通り今国会で成立こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、友人の版画家、宇田川 新聞氏の個展「木版画パラダイス」を観に、池袋のB-galleryに行って来ました。「宇田川新聞」と言われても、ピンと来ないかもしれませんが、テレビ東京系で放映されている「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」1)で、赤色、緑色、黒色を使った特徴的なイラストを描いている(厳密には彫っている)版画家と言えばおわかりかと思います。芸能人の表情を絶妙にとらえたシンプルでほのぼのとした版画は、いつ見てもほっとします。彼女(女性です)との付き合いはもう25年近くになりますが、最近の売れっ子ぶりには頭が下がります。ただ、ギャラリーで「オリジナルの作品より、出川番組関連の版画の方が多いんじゃない?」と本音を言ったら、しょぼんとうなだれていました。芸術家は扱いが難しいです。あの独特の版画の実物を見たい方はぜひ覗いてみて下さい2)。さて、今回は先ごろ成立した感染症法改正と、検討が進められている(はずの)、「司令塔機能」について書いてみたいと思います。改正感染症法案は、参院選前の岸田 文雄首相の約束通り、今国会で成立しました。もう一つの“公約”とも言うべき、一元的に感染症対策を行う新しい「司令塔機能」については、その後、あまり報道もありません。一体どうなっているのでしょうか。地域医療支援病院や特定機能病院などと協定を結び医療の提供を義務付け新型コロナウイルス対応の教訓を活かし、今後の感染症のまん延(パンデミック)に備えるための改正感染症法などが11月2日、参院本会議で可決され、成立しました。都道府県は地域医療支援病院や特定機能病院などとあらかじめ協定を結び、病床確保や発熱外来といった医療の提供を義務付けることになります。協定に沿った対応をしない医療機関には勧告や指示を行うほか、場合によっては承認の取り消しもあり得るとされています。施行(協定を締結する規定も)は来年、2023年4月1日付です。医療の提供が義務付けられるのは、自治体などが運営する「公立・公的医療機関」(約6,500施設)、400床以上で大学病院中心の「特定機能病院」(87施設)、200床以上で救急医療が可能な「地域医療支援病院」(685施設)です。また、都道府県は上記を含む全国すべての医療機関と、医療提供を事前に約束する協定を結べるようになります。都道府県は平時から計画をつくり、病床、発熱外来、人材派遣などの数値目標を盛り込み各医療機関への割り当てを決めます。医療機関は協議に応じる義務はありますが、実際に協定を結ぶかは任意です。付則には、新型コロナの感染症法上の位置付けについて速やかに検討するよう政府に求める文言も加わりました。これについては、法案成立直前の11月29日、加藤 勝信厚生労働大臣は会見で、新型コロナを感染症法の「2類相当」から「5類」に見直す検討を本格的に始める方針を示しています。なお、感染症法とあわせて医療法や予防接種法、新型インフルエンザ等対策特別措置法、検疫法なども一括で改正されています。特別措置法では、厚生労働大臣が協力を要請した時に限って、歯科医師、診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、救急救命士にワクチン接種を認めました。検疫法では、水際対策により実効性をもたせるため、入国後の個人に自宅待機などを指示できるようにしたうえ、待機中の体調報告に応じない場合の罰則が設けられました。一般の民間病院や診療所については、協定締結は任意この3年間あまりの医療機関のドタバタぶり、個々の医療機関に対する国の権限のなさ(お願いしかできず命令できなかった)を考えると、地域医療支援病院や特定機能病院などへの病床確保や発熱外来といった医療提供の義務付けは、とても意味のあることで、特定機能病院などの承認を取り消す行政処分も含まれていることから、相当の強制力を持つことも確かです。ただ一方で、一般の民間病院や診療所については、都道府県との協議に応じなければならないものの、協定締結は任意のため、どの程度協力を得られるかは不透明です。今回のパンデミックでも、とくに民間病院や診療所の対応に批判が集まったことからも、協議から協力に至るプロセスをもう少し明確にしておく必要がありそうです。岸田首相がぶち上げたもう一つの大きな計画さて、今回の感染症法等の改正は、岸田首相が今年6月15日、通常国会の閉会を受けて行った記者会見で語った「新型コロナをはじめとする感染症に対する新対策」の中に盛り込まれていたことです。岸田首相はこの時、「昨年の総裁選で約束したとおり、国・地方が医療資源の確保等についてより強い権限を持てるよう法改正を行う。医療体制については、(2021年)11月の「全体像(次の感染拡大に向けた安心確保のための取り組みの全体像)」で導入した医療機関とあらかじめ協定を締結する仕組みなどについて、法的根拠を与えることでさらに強化する」と語っていました(「第114回 コロナ新対策決定、協定結んだ医療機関は患者受け入れ義務化、罰則規定も」参照)。当時は参議院選挙を睨んだパフォーマンスと見る向きもありましたが、岸田首相は感染症法改正については、約束を守ったと言えるかもしれません。岸田首相はこの時、もう一つの大きな計画をぶち上げています。それは、一元的に感染症対策を行う「内閣感染症危機管理庁」の新設と、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合して「日本版CDC」をつくるというものです。そう言えば、この計画について、最近は話をあまり聞きません。「内閣感染症危機管理庁」を内閣官房に設置し司令塔機能を強化岸田首相の6月15日の会見では、新型コロナウイルスを含む今後の感染症に対応する「内閣感染症危機管理庁」を内閣官房に設置し、司令塔機能を強化することを表明していました。内閣感染症危機管理庁は、感染症の危機に備えて「首相のリーダーシップの下、一元的に感染症対策を行う」組織で、同庁の下で平時から感染症に備え、有事の際は物資調達などを担う関係省庁の職員を同庁の指揮下に置き、一元的な対策を行うとしました。トップには「感染症危機管理監(仮称)」が置かれる予定とのことでした。さらにこの時は、厚労省における平時からの感染症対応能力の強化も表明しています。その施策の目玉は、研究機関である国立感染症研究所と、高度な治療・研究の拠点である国立国際医療研究センターを統合、米疾病対策センター(CDC)をモデルとした、いわゆる「日本版CDC」を厚労省の下に創設するというものでした。この2つの計画は6月17日、新型コロナウイルス感染症対策本部において正式決定しています。新型コロナウイルス感染症対策本部が公表した司令塔機能の具体的な姿その後、内閣官房の新型コロナウイルス感染症対策本部は9月2日、「新型コロナウイルス感染症に関するこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に備えるための対応の具体策」を公表し、その中で、司令塔機能の具体的な姿を提示しました。それによれば、司令塔となる「内閣感染症危機管理統括庁(仮称)」については、2023年度中の設置を目指すとして、以下の組織、業務等にするとしています3)。1)感染症対応に係る司令塔機能を担う組織として「内閣感染症危機管理統括庁(仮称)」を設置し、感染症対応に係る総合調整を、平時・有事一貫して所掌する。総理・官房長官を直接助ける組織として内閣官房に設置し、長は官房副長官クラス、内閣官房副長官補を長の代行とし、厚生労働省の医務技監を次長相当とする等、必要な体制を整備する。2)統括庁は、平時から、感染症危機を想定した訓練、普及啓発、各府省庁等の準備状況のチェック等を行う。3)緊急事態発生時は初動対応を一元的に担う(内閣危機管理監と連携して対応)。4)特措法適用対象となる感染症事案発生時は、同法の権限に基づき、各府省庁等の対応を強力に統括する。各府省庁の幹部職員を庁と兼務させる等により、政府内の人材を最大限活用する。これら有事の際の招集職員はあらかじめリスト化し十分な体制を確保する。5)平時・有事を通じて厚生労働省の新組織(いわゆる日本版CDC)とは密接な連携を保ち、感染症対応において中核的役割を担う厚生労働省との一体的な対応を確保する。6)必要となる法律案を次期通常国会に提出し、2023年度中に設置することを目指す。――これらの案から見えてくるのは、今回のコロナ禍にあって、統率がとれなかった各省庁を強力にコントロールしたい、という内閣の強い意思です。とくに、厚生労働省(今回官邸の言うことを聞かなかった、対応がグダグダだったという批判もありました)とそこにつくる新組織(日本版CDC)をきちんと統括したい、という強い思いが伝わって来ます。国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合した「日本版CDC」この「具体策」では、国立感染症研究所と、国立国際医療研究センターを統合して作る新組織、「日本版CDC」についても提示しています。それによれば、新組織については、1)厚生労働省における平時からの感染症対応能力を強化するため、健康局に「感染症対策部(仮称)」を設置し、内閣感染症危機管理統括庁(仮称)との連携の下、平時からの感染症危機への対応準備に係る企画立案や感染症法等に係る業務を行う。2)国立感染症研究所と国立研究開発法人国立国際医療研究センターを統合し感染症等に関する科学的知見の基盤・拠点国際保健医療協力の拠点、高度先進医療等の総合的な提供といった機能を有する新たな専門家組織を創設する。3)必要となる法律案を次期通常国会に提出し感染症対策部の設置及び厚生労働省の一部業務移管は2024年度の施行、新たな専門家組織の創設については2025年度以降の設置を目指す。――などとなっています。専門家組織をきっちりコントロールしたい厚労省内閣感染症危機管理統括庁と、厚生労働省、日本版CDCが整備されれば、機動的かつ科学的な対応が100%可能になるかのように書かれてある点が気になります。今回のパンデミックで機能してきた「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」のような、ある意味“第三者”の立場で検討・提言する組織についての記述は、日本版CDCの中に「新たな専門家組織を創設する」と書かれています。ただ、厚労省傘下にしっかり置いて、専門家組織をきっちりコントロールしようという意図が透けて見えます。また、専門家組織が感染症の専門家ばかりで、臨床や医学研究の分野に偏りそうな点も気がかりです。危機管理やIT、経済対策、メディア対策など、医学以外の分野の専門家もしっかりとメンバーに入れておくべきだと思いますがいかがでしょう。さらに、現在、国立感染症研究所は国立の機関、国立研究開発法人 国立国際医療研究センターは国立研究開発法人と、組織形態が異なります。仮に、組織が圧倒的に大きい国立国際医療研究センターに国立感染症研究所が身を寄せる形で統合するとなれば、組織は国立研究開発法人ということになります。国からは一応は独立した組織になるとすれば、危機管理統括庁や厚生労働省がどういう形で影響力を及ぼすかも今後の大きな検討課題でしょう。現在のところ、厚労省が中心となって、これらの新組織の詳細を詰めているとのことです。内閣感染症危機管理統括庁は2023年度中の設置、日本版CDCは2025年以降の設置を目指すとされていますが、実際の稼働まで、まだまだひと悶着、ふた悶着ありそうです。参考1)出川哲朗の充電させてもらえませんか?/テレビ東京2)宇田川新聞個展《木版画パラダイス》(12/13(火)〜12/25(日)、池袋B-gallery、14:00〜18:00、月曜休廊)3)新型コロナウイルス感染症に関するこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に備えるための対応の具体策/新型コロナウイルス感染症対策本部

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ネガティブな結果を超ポジティブに考える PROMINENT試験【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第55回

第55回 ネガティブな結果を超ポジティブに考える PROMINENT試験冠動脈疾患の危険因子の代表である脂質への介入で、最も目覚ましい成果を挙げている薬剤がスタチンです。多くの疫学研究から、中性脂肪(トリグリセライド:TG)は独立した心血管イベントのリスク因子とされます。しかしながら、スタチン治療下でも高TG血症を呈する症例にしばしば遭遇します。このような例での冠動脈疾患の残余リスク低減に、TG低下作用を持つフィブラート系薬であるペマフィブラートの効果を検証するための臨床研究が実施されました。PROMINENT試験と呼ばれ、十分量のスタチン治療下で、中性脂肪が高く、かつHDLコレステロールが低い2型糖尿病患者を対象に、この薬剤の心血管イベントの抑制作用を確認するデザインでした。2022年11月に米国シカゴで開催された米国心臓協会(AHA)学術集会で結果が発表され、その詳細は臨床系の医学雑誌の最高峰であるNEJM誌に掲載されました(N Engl J Med. 2022;387:1923-1934)。この研究には日本人医師の多くが関心をもっていました。その理由は、本研究は日本人の患者を含む24ヵ国876施設から10,497例が登録されたグローバル試験であるだけでなく、本研究の鍵となるペマフィブラートが日本企業で創製され、その企業の研究開発組織からの資金提供により実施されたからです。つまり日本発の薬剤が世界に勝負を挑んだ大一番であったのです。残念!結果は期待どおりではありませんでした。ペマフィブラート群とプラセボ群のイベント発生率曲線は、観察期間中ほぼ一貫して重なっていました。事前設定されたサブグループ解析も、両群に有意差はありませんでした。つまり、心血管イベントの発生率の抑制作用は証明されなかったのです。PROMINENT試験の結果は、「negative results(否定的な結果)」でした。科学や学問の世界、とくに医療界では否定的な結果が公表されない傾向にあることが問題になっています。膨大なコストを要する臨床試験の実施には、利益を追求する企業として期待する結果があったと推察します。否定的な結果となったPROMINENT試験の結果を、公開することに同意した当該企業の高い倫理観と見識に敬意を表します。また、その否定的な結果を掲載するからこそNEJM誌は一流誌と言われるのだと納得します。否定的な結果が公表されにくい理由を考えてみましょう。単純にいえば、派手で注目を浴びるストーリーが欲しいという人間の根幹的な欲望があります。論文を掲載する側にも有効性を示すポジティブな論文を好むというバイアスがあります。ポジティブな論文のほうが被引用回数を稼ぐことも期待され、インパクトファクター上昇にも寄与します。否定的な研究結果はポジティブな結果よりも公表される可能性が低く、公表された論文を集めるとポジティブな結果に偏りやすいことを出版バイアスと言います。否定的な結果が公表されにくく、ポジティブな研究結果が多くなることによって、メタ解析による分析の結果が肯定的なほうへ偏るといった影響が出ます。メタ解析の結果は、EBMにおいて最も質の高い根拠とされ、診療ガイドラインの策定にも大きな影響を与えます。そのメタ解析の結果に誤認があれば、大勢の健康に影響を与えることに繋がります。PROMINENT試験の否定的な結果についても十分な考察が必要です。研究のベースライン時で95.7%がスタチンを投与されています。さらに、ACE阻害薬やARBの高率な使用や、GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬なども影響を与えていることでしょう。心血管イベント抑制作用がすでに確認された複数の薬剤が使用可能な現状で、中性脂肪への介入の上乗せ効果を獲得する余地があるのかどうかも議論すべきでしょう。観察研究と介入研究の違いもあります。観察研究では、中性脂肪の高い人にイベントが多く、中性脂肪の低い人にイベントが少ないことは事実かもしれません。しかし、高い中性脂肪を薬剤介入で低下させることにより、イベントを抑制することが可能かどうかは別の問題なのかもしれません。人は、人生においても辛くネガティブな経験に遭遇しながらも、それに対処しながら生きているものです。企業の運営や経営も人生になぞらえることができます。これが法人という言葉の由縁です。人も企業も、ネガティブな経験に苦しむだけでなく、それを乗り越え肯定的な意味に昇華させていくことが必要です。科学や医学の発展を望むならば、否定的な結果が論文として公表され、さらにそれが活かされるシステムが必要です。否定的な試験には、より良い新たな臨床試験を立案するためなど重要な存在意義があるからです。今回、PROMINENT試験の結果は残念ながら否定的な結果でした。しかし、その臨床研究に取り組む姿勢や志には共感するものがあります。エールを送りたい気持ちです。製薬企業の利益の実現のためだけではなく、人類がより健康になることを目指して活動していることが伝わってきます。今後も解決すべき健康上の課題は多く残されています。今も心筋梗塞で命を落とす患者さんが存在する残念な事実が、その証左です。さあ、ポジティブに前に進みましょう!

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英語で「私なら~します」は?【1分★医療英語】第59回

第59回 英語で「私なら~します」は?What do you think is the best next step in this case?(この症例で、次のステップとして何が最善だと思いますか?)I would order an abdominal CT.(私なら、腹部CTをオーダーします)《例文1》I would start empiric antibiotics.(私なら、経験的な抗菌薬治療を開始します)《例文2》What medication would you choose?(あなたなら、どの薬を選択しますか?)《解説》今回ご紹介するのは、「私なら」「あなたなら」という仮定法を用いた表現です。「仮定法」というと、“if”を使うイメージかもしれませんが、日常会話では、“if”を使わずに仮定法が使われることがよくあります。“I would order an abdominal CT.”という文頭の文章の前に、“If I were you~”(もし私があなたなら)が省略されている、と考えるとわかりやすいかもしれません。結果として、「私なら、腹部CTをオーダーします」という意味になります。ここで注意が必要なのは、“I will do it.”と“I would do it.”では、「音は似ていても、意味は大きく異なる」ということです。たとえば、指導医との会話で、指導医が“I will do it.”と言った場合、それをやるのは指導医であり、下級医は任せておけばよい状況です。一方で、指導医が“I would do it.”と言ったのであれば、指導医は「私なら、それをやる」と言っているだけで実際に指導医がやるわけではなく、上下関係の中での発言であれば、少し丁寧に「それをやってください」と言っているのに近く、命令に近いニュアンスです。実は私も渡米したばかりの頃に、この聞き間違いをしたことがあります。指導医が“I would order…”と言っていたのを“I will order…”と勘違いして、「指導医がやってくれるのか」と思い込んでいたら、後で、「やっておいてと言ったのに、なんでオーダーしていないの?」と怒られたのです。その時、“I would…”の恐ろしさを知りました。一語の違いで意味が180度変わってしまうのです。“if”が登場しない仮定法、聞き間違いをするとこんな風に大きく意味が変わってしまうので、ぜひ注意して聞くようにしてください。講師紹介

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第139回 情報過多でも希少疾病の患者が孤立する理由

私のような仕事をしている者のもとにはさまざまな企業・組織からプレスリリースや記者会見などの案内が届く。一昔前はこうしたリリースなどはメディア各社が所属する記者クラブに一括して届き、それを基に各社の記者が会見などに出席することが一般的な流れだった。このため以前の本連載で私のようなフリーは、この点でかなり不利であると書いた。それでも世の連絡手段が電話中心からインターネットを介したメール中心になったことでかなり改善はしている。そのためほぼ毎日のように、どこからかはメールでリリースが届く。そうした中、医療関係のニュースリリースで最近一番増えているのは、製薬企業が主催する疾患啓発のプレス向けセミナーである。もちろん主催する製薬企業側は啓発対象疾患の治療薬を有し、セミナーの中心は対象疾患のキーオピニオンリーダー(KOL)とされる医師の講演である。ただし、一昔前と比べ、実際のセミナー内容には変化が認められる。まず、2018年に厚生労働省が策定した「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」の影響で、セミナー内で直接的に主催製薬企業の製品名が出てくることはかなり少なくなった。中にはKOLの医師が治療の実際について解説する際も、主催企業の製品も含め一般名すら言及されることなく、「A薬」「B薬」などと伏字にされていることもある。また、かつてはこうしたセミナーが取り扱う疾患は高血圧症や糖尿病などいわゆるコモンディジーズが多かったが、現在は製薬企業の新薬開発トレンドを反映し、がん、神経疾患、希少疾患などのケースが多い。とくに国内での患者数が数百人という希少疾患のプレスセミナーは激増と言ってもいい。しかも、この手のケースでは専門医に加え、実際の患者さんがセミナーに登壇することもある。正直、私のように医療をテーマとして取材する記者も数多くの希少疾患すべてに関して詳細な知識があるわけでもなく、こうした機会にはなるべく出席しようと思って、足しげく通っている。先日も製薬企業が主催したある希少疾患のセミナーに出席した。その希少疾患とは「短腸症候群」である。短腸症候群とは先天的あるいは後天的な事情で小腸が通常より短くなっている状態のこと。具体的な原因には小腸軸捻転症や壊死性腸炎、クローン病などで小腸を切除したなどが挙げられる。私もこの主催企業の開発品一覧でこの疾患名を見たことはあったが、具体的にどのようなものであるかはほとんど知識がなかった。KOL医師の説明によると「実は明確な学術的定義はない」という点がまず驚きだった。ただ、海外などでは小腸の75%以上を切除していることなどを要件とし、日本国内では障害者手帳交付基準の小腸障害として、小腸の長さが成人で1.5m未満、小児で75cm未満という基準もあるという。小腸が短いため、食事による生命維持や成長に不可欠な栄養吸収が不十分になり、頻回な下痢、脱水、体重減少などに悩まされる。経腸栄養剤や中心静脈栄養で不足分の栄養を補うことが治療の中心となる。外科的な腸管延長手術や一部の内科的な治療があるものの、現時点では限界がある。再生医療も検討され始めたばかりだ。そして静脈管理が長期化すると腸管不全関連肝障害やカテーテル関連血流感染症などで命を落とすこともある。セミナーでは患者会「一般社団法人 短腸症候群の会」の代表理事である高橋 正志氏が発言した。高橋氏は中学1年生以降に絞扼性イレウスを繰り返して4回目の入院で小腸壊死が発覚し、小腸切除手術を受け、短腸症候群となった。現在は経腸栄養療法や下痢、低マグネシウム血症の対症療法を受け続けている。就労を目指したものの、非正規で週1~2回のアルバイトをして生活を続けているという。2010年からブログを通じて短腸症候群の情報発信や情報収集を始め、2014年に現在の患者会を立ち上げた。患者会立ち上げのきっかけについて高橋氏は次のように語った。「とにかく情報がなかったというのが一番の理由。自身が住んでいたのは半ば医療過疎のような地域で医師も短腸症候群という名前しか知らなかった状態。これからどうなっていくのか、どんな治療をすれば良くなっていくのか全然わからず、とにかく情報が欲しかった。今から30年前のことでインターネットもそれほど発達しておらず、調べる方法もなかった。そうした中で自分なりに調べてきたが、その後体調が悪化し、学業もあきらめざるを得ず、社会参加のきっかけとも考えてブログを開始した」高橋氏が語ったことは希少疾患では現在でよくありがちなことだろう。もっとも近年はインターネットの発展とともに希少疾患の情報も入手しやすくはなっている。実は今回のセミナーに当たって、予習的に私はGoogle検索をかけていた。そこで1ページ目に出てきた検索結果は、上から順に製薬会社A社(今回のセミナーの主催会社)の一般生活者・患者向け疾患啓発ホームページ、MSD(旧メルク)マニュアル、A社の短腸症候群治療薬ホームページ、栄養療法食品会社B社ホームページ、国立研究開発法人 国立成育医療研究センター・小児慢性特定疾病情報センターホームページ、A社の医療従事者向けホームページである。希少疾患の情報が得やすくなったとは言われているが、この検索結果に「これしかないの?」とやや驚いた。私が過去に検索を試みた希少疾患の中でも極めつけに情報が少ない印象だったからだ。より細かいことを言えば、検索結果1ページ目でほぼ中立的と言えるのはMSDマニュアルと小児慢性特定疾病情報センターのみである。もっとも私はA社やB社のページが偏っているというつもりもない。たとえば、筆頭に出たA社の患者向けホームページは図や平易な表現を使用し、検索結果一覧に出てきたホームページの中では最も患者が読みやすいと言っても過言ではない。だが、ここでの問題は逆にA社やB社のように短腸症候群の患者向けの製品を有する企業がない希少疾患の場合、患者が自分の疾患について知る手段はさらに限定されるということ。そして中立的と言える2つのホームページは専門用語が数多く登場し、お世辞にも患者にわかりやすいとは言えない。結局、治療手段が少なければ少ないほど、情報面からも患者は追い込まれてしまうことになる。高橋氏は患者会を結成した結果、「ほかの患者もかなり孤立しているというか、周りに同じ患者がいないということでかなり悩み、苦労していることがわかった」とも話した。私はセミナーの質疑応答の際に高橋氏に短腸症候群になった当初(90年代前半)はどのようにして情報収集していたのかを尋ねてみた。すると次のような答えが返ってきた。「担当の先生があまり詳しくなかったので、できたこととしては図書館で資料検索して、(自分が在住する)県内の図書館同士の連携貸し出しで、少しでも専門書と思われるものを取り寄せて読んでみるということをしていた。中には『この本なら大丈夫かな』と思って取り寄せたら、先生の単なるエッセーだったということもあった」一方、現在はどうか?「今はインターネットで先生方が利用するような情報を入手できるようになったので、語学の問題が何とかなれば海外の論文まで見ることができるようになったので、その辺はかつてとはまるっきり違う。ただし、インターネットの情報は玉石混交が甚だしいので、その辺を見極める目をきちんと養っておかないと簡単に迷ってしまうのではないかと思う」この変化をどう捉えるかどうかは人によって異なるかもしれない。私個人は少なくとも日常生活ですらさまざまな困難を抱える患者が語学などの努力をしなければ、自分の疾患やその治療の最新情報を得られないというのは必ずしも喜ばしいとばかりは言えないのではないかと考えてしまう。今回のセミナーでは高橋氏を含む3人の短腸症候群の患者さんが登場したが、一様にメディアが短腸症候群の問題を報じることへの期待が高いこともひしひしと感じた。これは今回の短腸症候群のように治療選択肢が限られ、そうした治療を欠かさず続けてもなお、一般人にとってごく当たり前の日常と思われがちな就学・就労、結婚などが思うに任せないことが多い疾患ではなおのことだ。彼らがこうした日常生活を送るためには社会の受容が大きな意味を持つため、情報拡散力のあるメディアへの期待が高いことはよくわかる。しかし、メディア界に身を置くものにとっては、インターネット中心に移行しつつある現在特有の限界も感じている。紙メディア中心の時代と違って今はページビュー(PV)という形で読者の反応がリアルタイムでわかり、それゆえにメディアはPVが取れる、今風で言うバズるテーマに偏りがちな傾向は年々強くなっている。ネットメディアではまさにこのPVが編集者や執筆者の評価に直結してしまう。その結果、かつて以上に希少疾患のように患者数、周囲で身近に感じる関係者が少ないテーマは置き去りにされがちな危険性がある。実際、医療をテーマに一般向けにも執筆する自分が編集者と企画相談をする際、企画採用のカギを握るのは患者数であることも少なくないからだ。その意味で一般にあまり馴染みのない疾患を少しでも取り上げる機会は、実を言うとそうした疾患に著名人が罹患した時やその結果として亡くなった時である。実例を挙げれば、先日亡くなったプロレスラー・アントニオ猪木氏の死因は、国内患者数が2,000人に満たない希少疾患の全身性アミロイドーシスだったが、その際は各メディアがこの疾患のことを取り上げた。もっともそうしたメディアの“手法”には「死の商人」的な批判も存在する。あれやこれやと考えれば考えるほどメディア側も打つ手が限られてくる。かと言って、公的情報の充実を求める声を上げるだけではかなり無責任になる。理想を言えば、ある意味採算を度外視できる公的サイトと、われわれ一般向けの伝え手とがコラボレーションできれば最も望ましい姿なのだが、公的機関と民間が手を携えるというのは思っているより高い壁がある。その意味では希少疾患の患者がメディアに期待したいのと同じくらい、この領域の一般向け報道ではメディア側も誰かの助けが欲しいと思う瞬間は少なくない。希少疾患の報道という重い宿題をどう解決していくべきなのか?実はここ最近、ひたすら悩み続けている。

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英語で「検査を行います」は?【1分★医療英語】第58回

第58回 英語で「検査を行います」は?So, what is the next step?(それで、次はどうしたらよいでしょうか?)We would like to run some tests to confirm the diagnosis.(診断を確定するために、いくつかの検査を行いたいと思います)《例文1》I need to run a test to rule out a heart attack.(心臓発作を除外するために検査が必要です)《例文2》I’m going to run a blood test to check your diabetes.(糖尿病を調べるために血液検査をします)《解説》“run”という動詞は「走る」以外にも、「(会社などを)経営する」、「(機械などを)動かす」といったさまざまな意味があります。“Run a test”で「検査を行う」という意味になり、検査について英語で説明する時によく使うフレーズです。また、“run”に関連したフレーズとしては、“I have a runny nose.”(鼻水が出ています)や、“I’m running late.”(少し遅れます)といった表現も、日常会話によく出てきます。講師紹介

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心不全患者の緩和ケアの特徴は?【非専門医のための緩和ケアTips】第41回

第41回 心不全患者の緩和ケアの特徴は?非がん疾患の緩和ケアが注目されるようになり、いち早く保険収載された心不全患者の緩和ケア。がん患者に対する緩和ケアの経験をもとに、心不全の緩和ケアにもぜひ取り組んでいただきたいのですが、そこには疾患特性を意識した工夫も必要になります。今回は心不全の緩和ケアに関する特徴について考えていきます。今日の質問訪問診療をしていると、がんよりもむしろ、非がん疾患の患者さんの終末期に対応する機会が多くあります。中でも終末期心不全患者が今後増えていくと聞きました。心不全患者の緩和ケアについて、注意すべき点は何でしょうか?今回の質問にあるように、在宅医療の緩和ケアでは非がん疾患への対応が非常に多くなります。繰り返す誤嚥性肺炎や進行した認知症、神経難病などさまざまな疾患がある中でも、近年は心不全の緩和ケアが注目されています。「心不全パンデミック」って聞いたことがあるでしょうか? これは高齢化に伴い、心不全患者が非常に多くなることを意味しています(かつては私も講演などでよく使っていた用語ですが、新型コロナウイルスのパンデミックと誤解されそうなため最近はあまり使っていません)。高齢化に直面する地域の多くで心不全患者の増加が予想されます。都市部や地方などそれぞれの状況によっても変わりますが、ご自身の地域の医療計画などを参考に、心構えをしましょう。さて、心不全の緩和ケアにおいて意識するべきことは何でしょうか? 私が最も特徴的だと感じるのは、「増悪寛解を繰り返し、可逆性の判断が難しい」という点です。つまり、「治療の効果がどの程度見込まれるか、事前に判断しにくい」のです。心不全患者はしばしば急性増悪が生じますが、そうしたタイミングでは呼吸困難を中心とした症状も強く、静脈薬の投与も要するために入院が必要になります。軽症であれば在宅での治療もある程度まで可能ですが、血行動態に作用する薬剤を使ったり経過が時間単位で推移したりするため、入院を勧めることが多いでしょう。ここがポイントです。心不全患者の終末期は、在宅医療といった特定の療養の場で完結せず、地域の入院医療機関との連携が重要になるのです。皆さん、急性期病院で急性心不全患者の入院を担当する部門と連携体制をつくっているでしょうか?こうした連携では「顔の見える関係」の重要性が言われます。在宅医療だけでは完結しない特性を持つ慢性疾患、とくに増悪時には急性期医療機関でないと対応しにくいのが心不全の終末期であり、心不全の緩和ケアは地域レベルでの連携構築が大切な分野です。そこを意識した行動をぜひ考えてみてください。具体的にお勧めしたいのが、患者さんを紹介する際などに電話で直接やり取りすることです。新型コロナウイルスの流行前であれば、地域連携を意識した勉強会などもよく開催されていましたが、今は少し自発的な行動が必要でしょう。皆さんの工夫もぜひ教えてください。今回のTips今回のTips心不全の緩和ケアでは、増悪寛解を繰り返す疾患特性があり、急性期病院との連携が必要となることを知りましょう。

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ドイツで医療活動を行うためにまずはドイツ語から【空手家心臓外科医のドイツ見聞録】第20回

医療活動がどうこう言う前に、ドイツで就労ビザを手に入れるためにはドイツ語の試験に合格する必要があります。英語だとTOEIC、TOEFL、IELTSなど沢山の試験がありますが、ドイツ語の試験は語学学校である“Goethe Institute”(ゲーテ・インスティトゥートと読みます)が主催する試験が公のドイツ語の資格として用いられています。これは以前第16回でも触れました。ドイツ語のレベルはどうはかるドイツ語だけでなく、ヨーロッパの言語はヨーロッパ言語共通参考枠(CEFR)という基準でレベル付けされています。それぞれの言語が「A1・A2・B1・B2・C1・C2」とレベル分けされます。そして、ドイツではEU外から来た人が就労ビザを得るためにはドイツ語のB2レベルの試験に受かる必要があります(EU内からの移民の場合はB1で良いそうです)。医療活動を行うための資格を取る前提として、まずはこのB2の取得が必要となります。このゲーテのテストは日本だと東京・大阪で受けることができます。試験の内容は“Lesen、Schreiben、Hoeren、Sprechen”で構成されています。それぞれ「読む、書く、聴く、話す」という意味です。この試験に合格するには大体1〜2年ほどドイツ語を勉強する必要があると言われています。しかしですね…あくまで試験である以上、対策はちゃんと練れます。過去問とか模擬試験を片っ端から解いて、頑張って対策を練って合格を掴み取ったときの合格証書が写真です。「Schreiben(書く)」試験は結構きつい合格ラインは60%なんでギリッギリですが、まあ受かれば良しです。この「Schreiben(書く)」という項目ですが、普通にドイツ語をペラペラ話す語学学校時代のクラスメートですら「Schreibenだけどうにもならん」って言う曲者の単元です。試験内容は提示された新聞記事に対して賛成なり反対なりの意見を180単語で書くものですが、分量が多くて結構大変です。そこで試験前に「どんな内容を問われても『それっぽい言い回し』で賛成を伝える文章」を作りました。単語をすり替えるだけで120単語くらいの文章ができちゃうようなやつを。あとはちょこちょこ肉付けすれば180単語埋まる訳です。試験全体を通して、問題の形式はしっかり決まっているので、上記のような対策が練れるテストになっています。他の単元に関しても、あれこれ対策を練って挑みました。最近はネットを使えば模擬試験も購入できるようになりましたので、独学でもどんどん勉強できるようになっています。

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英語で「それでいいですか?」は?【1分★医療英語】第57回

第57回 英語で「それでいいですか?」は?I’d like to meet you in 2 weeks’ time.Would that be OK with you?(2週間後に再診します。それでいいですか?)Sure, thanks!(もちろんです。ありがとうございます!)《例文1》Would that be OK with you if I take the blood sample again?(再度、採血を行うことになってもよいですか?)《例文2》Are you comfortable for me to start the procedure?(検査を始めても大丈夫ですか?)《解説》許可を得る際の質問方法はいろいろな表現がありますが、もっとも簡単な聞き方は“OK”を使って、“Are you OK with〜?”または“Is that OK with you?”と聞く方法です。また、「上手くいく」という意味の“work”を使って、“Does that work for you?”と聞くこともできます。もう少し丁寧に聞く場合には、“Are you comfortable with〜?”(〜で大丈夫ですか?)、“May I do〜?”(〜してもよいですか?)などの表現があります。そのほか、“Do you mind if I do〜?”という言い方もよく使われます。直訳すると、「私が〜をしたら嫌ですか?」という意味になり、“No”という返事が来た場合には「嫌ではないです(OKです)」という意味になることに注意しましょう。講師紹介

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第141回 退院COVID-19患者に抗凝固薬アピキサバン無効

抗凝固薬は重度の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の回復を助けると広く考えられてきましたが、英国での無作為化試験結果によるとどうやらそうとはいえず、むしろ有害かもしれません。英国全域で実施されている無作為化試験HEAL-COVIDの結果、退院COVID-19患者に経口の抗凝固薬・アピキサバン(apixaban)を投与しても死亡や再入院のリスクは残念ながら低下しませんでした1)。COVID-19患者のその病気との戦いは退院して一件落着というわけにはいかず、心臓、肺、循環器がしばしば絡む症状の新たな発生や悪化、俗に言うlong COVIDをおよそ5人に1人が退院後に被ります。命を落とす人も少なくなく、退院したCOVID-19患者の10人に1人を超える12%は半年以内に死亡しています2)。HEAL-COVID試験はCOVID-19患者のそういった長引く症状や死亡を予防するか減らしうる治療に目星をつけ、それらの治療がCOVID-19患者の長期の経過を改善しうるかどうかを調べることを目当てに実施されています。被験者はCOVID-19で入院した患者から募り、自宅へと退院する少し前にアピキサバン投与群か病院それぞれのいつもの退院後治療群(標準治療群)にそれら患者を割り振りました。アピキサバン投与群の患者は同剤を1日2回2週間経口服用しました3)。1年間の追跡の結果、アピキサバン投与群と標準治療群の死亡か再入院の発生率はほとんど同じでそれぞれ29.1%と30.8%であり、アピキサバンの死亡や再入院の予防効果は残念ながら認められませんでした。アピキサバンは抗凝固薬なだけにHEAL-COVID試験でも出血と無縁ではなく、同剤投与群402人のうち数名は大出血により同剤服用を中止しています。COVID-19患者の退院後の手当として有用と広くみなされていた抗凝固薬は実際のところ死亡や再入院を減らす効果はなく、むしろ危険らしいことを示した今回の試験結果をうけてCOVID-19患者への本来不要な同剤投与がなくなることを望むと試験主導医師Mark Toshner氏は言っています。今回の結果は無益な治療で患者に害が及ぶのを断ち切る重要な役割を担うことに加え、COVID-19患者の長い目でみた回復、すなわちlong COVIDの解消を助ける治療を引き続き探していかねばならないことも意味します1)。HEAL-COVID試験でもその取り組みは続いており、コレステロール低下薬アトルバスタチン(atorvastatin)1年間投与の検討が進行中です。同剤は抗炎症作用があり、COVID-19患者にみられる炎症反応を緩和しうると目されています4)。long COVIDは本連載第140回で紹介したとおり英国では230万人、米国ではその10倍の2,300万人に達すると推定されており、その影響は医療に限らず雇用、障害年金、生命保険、家のローン、老後の備え、家計に波及します5)。それらをひっくるめてlong COVID が米国に強いる負担は4兆ドル近い(3.7兆ドル)とハーバード大学の経済学者David Cutler氏は予想しており6)、その額は実にサブプライムローン絡みの2000年代後半の大不況(Great Recession)の負担に匹敵します。目下のところCOVID-19といえば感染してすぐの時期に目が行きがちですが、感染がひとまずおさまった後の長患いの最適な治療をいまや急いで確立する必要があります1)。参考1)Blood thinning drug does not help patients recover from Covid / Cambridge University Hospitals NHS Foundation Trust2)About HEAL-COVID3)HEAL-COVID試験(Clinical Trials.gov)4)Blood Thinner Ineffective for COVID-19 Patients: Study / TheScientist5)Long Covid may be ‘the next public health disaster’ - with a $3.7 trillion economic impact rivaling the Great Recession / CNBC6)Cutler DM.The Economic Cost of Long COVID: An Update

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英語で「その方針に賛成です」は?【1分★医療英語】第56回

第56回 英語で「その方針に賛成です」は?I will review the CT images today and let you know the treatment plan.(CT画像を確認してから、治療方針をお伝えしますね)Okay. That sounds like a plan.(わかりました。その方針に賛成です)《例文1》医師How about staying one more night and going home tomorrow?(もう一晩泊まって明日退院はどうでしょう?)患者That sounds like a plan!(いいですね!)《例文2》医師Let me check your incisions when you get here.(来院したときに、傷のチェックをしましょう)患者That sounds like a plan.(わかりました)《解説》この表現は、医療現場では主に患者さんが使うことが多いです。治療方針であったり、今後の流れを説明したりした際、患者さんが同意した場合に“That sounds like a plan”という答えが返ってきます。直訳すると「良い計画のように聞こえる」なのですが、ニュアンス的にはカジュアルな「その方針に賛成です」という意味になります。医療現場に限らず、友人と旅行の計画を立てているときなどにもまとめとして“That sounds like a plan!”といったように使うことができます。非常に便利な表現なので、ぜひ覚えて実際に使ってみてください。講師紹介

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