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ウェルナー症候群〔WS:Werner syndrome〕

1 疾患概要■ 概念・定義ウェルナー症候群(Werner syndrome:WS)とは、1904年にドイツの眼科医オットー・ウェルナー(Otto Werner)が、「強皮症を伴う白内障症例(U[ウムラウト]ber Kataract in Verbindung mit Sklerodermie:Cataract in combination with scleroderma)」として初めて報告した常染色体劣性の遺伝性疾患である。思春期以降に、白髪や脱毛、白内障など、実年齢に比べて“老化が促進された”ようにみえる諸症状を呈することから、代表的な「早老症候群(早老症)」の1つに数えられている。■ 疫学第8染色体短腕上に存在するRecQ型のDNAヘリカーゼ(WRN)遺伝子のホモ接合体変異が原因と考えられる。これまで全世界で80種類以上の変異が同定されているが、わが国ではc.3139-1G>C(通称4型)、c.1105C>T(6型)、c3446delA(1型)の3大変異が症例の90%以上を占める。一方、この遺伝子変異が、本疾患に特徴的な早老症状、糖尿病、悪性腫瘍などをもたらす機序の詳細は未解明である。■ 病因希少な常染色体劣性遺伝病だが、日本、次いでイタリアのサルデーニャ島(Sardegna)に際立って症例が多いとされる。1997年に松本らは、全世界1,300例の患者のうち800例以上が日本人であったと報告している。症状を示さないWRN遺伝子変異のヘテロ接合体(保因者)は、日本国内の100~150例に1例程度存在し、WS患者総数は約2,000例以上と推定されるが、その多くは見過ごされていると考えられる。かつては血族結婚に起因する症例がほとんどとされたが、最近では両親に血縁関係を認めない患者が増え、患者は国内全域に存在する。遺伝的にも複合ヘテロ接合体(compound heterozygote)の増加が確認されている。■ 症状思春期以降、白髪・脱毛などの毛髪変化、両側性白内障、高調性の嗄声、アキレス腱に代表される軟部組織の石灰化、四肢末梢の皮膚萎縮や角化と難治性潰瘍、高インスリン血症と内臓脂肪蓄積を伴う耐糖能障害、脂質異常症、骨粗鬆症、原発性の性腺機能低下症などが出現し進行する。患者は低身長の場合が多く、四肢の骨格筋など軟部組織の萎縮を伴い、中年期以降にはほぼ全症例がサルコペニアを示す。しばしば、粥状動脈硬化や悪性腫瘍を合併する。内臓脂肪の蓄積を伴うメタボリックシンドローム様の病態や高LDLコレステロール(LDL-C)血症が動脈硬化の促進に寄与すると考えられている。また、間葉系腫瘍の合併が多く、悪性黒色腫、骨肉腫や骨髄異形成症候群に代表される造血器腫瘍、髄膜腫などを好発する。上皮性腫瘍としては、甲状腺がんや膀胱がん、乳がんなどがみられる。■ 分類WRN遺伝子の変異部位が異なっても、臨床症状に違いはないと考えられている。一方、WSに類似の症状を呈しながらWRN遺伝子に変異を認めない症例の報告も散見され、非典型的ウェルナー症候群(atypical Werner syndrome:AWS)と呼ばれることがある。AWSの中には、LMNA遺伝子(若年性早老症の1つハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候の原因遺伝子)の変異が同定された症例もあるが、WSに比べてより若年で発症し、症状の進行も早いことが多いとされる。■ 予後死亡の二大原因は動脈硬化性疾患と悪性腫瘍であり、長らく平均死亡年齢が40歳代半ばとされてきた。しかし、近年、国内外の報告から寿命が5~10年延長していることが示唆され、現在では60歳を超えて生活する患者も少なくない。一方、足部の皮膚潰瘍は難治性であり、疼痛や時に骨髄炎を伴う。下肢の切断を必要とすることも少なくなく、患者のADLやQOLを損なう主要因となる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)WSの診断基準を表1に示す。早老症候はさまざまだが、客観的な指標として、40歳までに両側性白内障を生じ、X線検査でアキレス腱踵骨付着部に分節型の石灰化(図)を認める場合は、臨床的にほぼWSと診断できる。診断確定のための遺伝子検査を希望される場合は、千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学へご照会いただきたい。なお、本疾患は、難病医療法下の指定難病であり、表2に示す重症度分類が3度または「mRS、食事・栄養、呼吸の各評価スケールを用いて、いずれかが3度以上」または「機能的評価としてBarthel Index 85点以下」の場合に重症と判定し、医療費の助成を受けることができる。表1 ウェルナー症候群の診断基準画像を拡大する図 ウェルナー症候群のアキレス腱にみられる特徴的な石灰化像 画像を拡大する分節型石灰化(左):アキレス腱の踵骨付着部から近位側へ向かい、矢印のように“飛び石状”の石灰化がみられる。火焔様石灰化(右):分節型石灰化の進展した形と考えられる(矢印)。表2 ウェルナー症候群の重症度分類 画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 薬物療法WSそのものの病態に対する根本的治療法は未開発である。糖尿病は約6割の症例に見られ、高度なインスリン抵抗性を伴いやすい。通常、チアゾリジン誘導体が著効を呈する。これに対してインスリン単独投与の場合は、数十単位を要することも少なくない。ただし、チアゾリジン誘導体は、骨粗鬆症や肥満を助長する可能性を否定できないため、長期的かつ客観的な観察結果の蓄積が望まれる。近年、メトホルミンやDPP-4阻害薬、GLP-1受容体作動薬の有効性を示唆する報告が増え、合併症予防や長期予後に対する知見の集積が期待される。高LDL-C血症に対しては、非WS患者と同様にスタチンが有効である。四肢の皮膚潰瘍に対しては、皮膚科的な保存的治療を第一とする。各種の外用薬やドレッシング剤に加え、陰圧閉鎖療法が有効な症例もみられる。感染を伴う場合は、耐性菌の出現に注意を払い、起炎菌の同定と当該菌に絞った抗菌薬の投与を心掛ける。足部の保護と免荷により皮膚潰瘍の発生や重症化を予防する目的で、テーラーメイドの靴型装具の着用も有用である。■ 手術療法白内障は手術を必要とし、非WS患者と同様に奏功する。40歳までにみられる白内障症例を診た場合、一度は、鑑別診断としてWSを想起して欲しい。四肢の皮膚潰瘍は難治性であり、しばしば外科的デブリードマンを必要とする。また、保存的治療で改善がみられない場合は、形成外科医との連携により、人工真皮貼付や他部位からの皮弁形成など外科的治療を考慮する。四肢末梢とは異なり、通常、体幹部の皮膚創傷治癒能はWSにおいても損なわれていない。したがって、甲状腺がんや胸腹部の悪性腫瘍に対する手術適応は、 非WS患者と同様に考えてよい。4 今後の展望2009年以降、厚生労働科学研究費補助金の支援によって研究班が組織され、全国調査やエビデンス収集、診断基準や診療ガイドラインの作成や改訂と普及啓発活動、そして新規治療法開発への取り組みが行われている(難治性疾患政策研究事業「早老症の医療水準やQOL向上をめざす集学的研究」)。また、日本医療研究開発機構(AMED)の助成により、難治性疾患実用化研究事業「早老症ウェルナー症候群の全国調査と症例登録システム構築によるエビデンスの創生」が開始され、詳細な症例情報の登録と自然歴を明らかにするための世界初の縦断的調査が行われている。一方、WSにはノックアウトマウスに代表される好適な動物モデルが存在せず、病態解明研究における障壁となっていた。現在、AMEDの支援により、再生医療実現拠点ネットワークプログラム「早老症疾患特異的iPS細胞を用いた老化促進メカニズムの解明を目指す研究」が推進され、新たに樹立された患者末梢血由来iPS細胞に基づく病因解明と創薬へ向けての取り組みが進んでいる。なお、先述の全国調査によると、わが国におけるWSの診断時年齢は平均41.5歳だが、病歴に基づいて推定された“発症”年齢は平均26歳であった。これは患者が、発症後15年を経て、初めてWSと診断される実態を示している。事実、30歳前後で白内障手術を受けた際にWSと診断された症例は皆無であった。本疾患の周知と早期発見、早期からの適切な管理開始は、患者の長期予後を改善するために必要不可欠な今後の重要課題と考えられる。5 主たる診療科内科、皮膚科、形成外科、眼科(白内障)※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報千葉大学大学院医学研究院 内分泌代謝・血液・老年内科学 ウェルナー症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター ウェルナー症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)米国ワシントン州立大学:ウェルナー症候群国際レジストリー(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報ウェルナー症候群患者家族の会(患者とその家族および支援者の会)1)Epstein CJ, et al. Medicine. 1966;45:177-221.2)Matsumoto T, et al. Hum Genet. 1997;100:123-130.3)Yokote K, et al. Hum Mutat. 2017;38:7-15.4)Takemoto M, et al. Geriatr Gerontol Int. 2013;13:475-481.5)ウェルナー症候群の診断・診療ガイドライン2012年版(2019年中に改訂の予定)公開履歴初回2019年7月23日

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HIV感染リスク、避妊法間で異なるのか?/Lancet

 安全で避妊効果が高い3種類の避妊法(メドロキシプロゲステロン酢酸筋注デポ剤[DMPA-IM]、銅付加子宮内避妊器具[銅付加IUD]、レボノルゲストレル[LNG]インプラント)について、HIV感染リスクの差は実質的には認められないことが、米国・ワシントン大学のJared M. Baeten氏らEvidence for Contraceptive Options and HIV Outcomes(ECHO)試験コンソーシアムによる、アフリカ4ヵ国12地点で行われた無作為化多施設共同非盲検試験の結果、明らかにされた。これまでの観察研究や実験研究で、一部のホルモン避妊薬、とくにDMPA-IMは女性のHIV感染性を増す可能性が示唆されていたが、今回の試験において、対象集団のHIV感染率は3群ともに高かった。著者は、「アフリカの女性への避妊サービス提供では、併せてHIV予防を行うことが必須であることが明示された」と述べ、「今回の結果は、3種類の避妊法へのアクセス継続および増大を支持するものであった」とまとめている。Lancet誌オンライン版2019年6月13日号掲載の報告。DMPA-IM vs.銅付加IUD vs.LNGインプラントの3つの方法を比較 研究グループは、アフリカ大陸サハラ以南のHIV感染率の高い地域に居住し効果的な避妊を希望する女性における、DMPA-IM、銅付加IUD、LNGインプラントの3つの方法を比較する検討を行った。 試験は、エスワティニ(1地点)、ケニア(1)、南アフリカ共和国(9)、ザンビア(1)の4ヵ国12地点で行われた。包含対象は、効果的な避妊を希望する16~35歳のHIV血清陰性の女性で、試験避妊法(DMPA-IM、銅付加IUD、LNGインプラント)に対する医学的な禁忌がなく、過去6ヵ月間にいずれの試験避妊法も行っていないと申告し、いずれかの試験避妊法を18ヵ月間受けることに同意した者とした。 被験者は、DMPA-IM群(150mg/mLを3ヵ月ごと)、銅付加IUD群、LNGインプラント群に無作為に1対1対1の割合で割り付けられた(無作為化ブロックは15~30、試験地点で層別化)。割り付けにはオンライン無作為化システムが用いられ、各地点で試験スタッフによって無作為化が行われた。 主要評価項目は、修正intention-to-treat(ITT)集団(登録時にHIV陰性であり少なくとも1回のHIV検査を受けている、無作為化された全被験者)におけるHIV感染症の発生であった。安全性の主要評価項目は、18ヵ月時点の試験終了受診までに報告されたあらゆる重篤な有害事象、または結果として試験避妊法が中断となったあらゆる有害事象で、登録・無作為化された全被験者について評価した。各避妊法の100人年当たり感染率、4.19 vs.3.94 vs.3.31 2015年12月14日~2017年9月12日に、7,830例が登録され、7,829例が無作為化を受けた(DMPA-IM群2,609例、銅付加IUD群2,607例、LNGインプラント群2,613例)。7,715例(99%)が修正ITT集団に包含された(DMPA-IM群2,556例、銅付加IUD群2,571例、LNGインプラント群2,588例)。 フォローアップ期間1万409人年中に9,567例(92%)が試験避妊法を受け、HIV感染症は397例で発生した(100人年当たり3.81[95%信頼区間[CI]:3.45~4.21])。それぞれDMPA-IM群は143例(36%、100人年当たり4.19[95%CI:3.54~4.94])、銅付加IUD群138例(35%、3.94[3.31~4.66])、LNGインプラント群116例(29%、3.31[2.74~3.98])であった。 修正ITT解析におけるDMPA-IM群のHIV感染のハザード比(HR)は、銅付加IUD群との比較において1.04(96%CI:0.82~1.33、p=0.72)、LNGインプラント群との比較においては1.23(0.95~1.59、p=0.097)であった。また、銅付加IUD群の同HRは、LNGインプラント群との比較において1.18(0.91~1.53、p=0.19)であった。 試験期間中に12例が死亡した。6例がDMPA-IM群、5例が銅付加IUD群、1例がLNGインプラント群であった。 重篤な有害事象の発現は、DMPA-IM群49/2,609例(2%)、銅付加IUD群92/2,607例(4%)、LNGインプラント群78/2,613例(3%)であった。結果として試験避妊法が中断となった有害事象の発現は、DMPA-IM群109例(4%)、銅付加IUD群218例(8%)、LNGインプラント群226例(9%)であった(DMPA-IM群vs.銅付加IUD群のp<0.001、DMPA-IM群vs.LNGインプラント群のp<0.001)。 懐妊は255例で報告され、内訳はDMPA-IM群61例(24%)、銅付加IUD群116例(45%)、LNGインプラント群78例(31%)であった。なお、そのうち181例(71%)が試験避妊法中断後の懐妊であった。

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イベニティ:骨吸収抑制作用と骨形成促進作用を併せ持つ骨粗鬆症治療薬

世界初の製造販売承認を取得イベニティは、骨形成促進作用を持つヒト化抗スクレロスチンモノクローナル抗体製剤であり、2019年1月、骨折の危険性の高い骨粗鬆症の治療薬として、世界に先駆けて日本で製造販売の承認を取得した。骨粗鬆症治療における課題骨粗鬆症による脆弱性骨折は、世界的に増加しており、高齢化の進展にともない今後も増え続けると予測されるが、骨粗鬆症の診断や治療は十分に普及していない。とくに骨折を起こした患者の多くが、診断や治療を受けていないと推測されている。適切な治療を受けなければ、これらの患者は将来、痛みをともない日常生活に支障を来す骨折のリスクが残る。イベニティのdual effectと簡便性スクレロスチンは骨細胞から分泌され、骨芽細胞による骨形成を抑制するとともに、破骨細胞による骨吸収を刺激する。イベニティは、スクレロスチンに結合してこれを阻害することで、骨形成促進と骨吸収抑制の両方の作用を発揮する(dual effect)。これにより、海綿骨と皮質骨の骨量が急速に増加して骨密度(BMD)が増加し、骨の構造と強度が向上して骨折リスクが低下すると考えられている。また、本薬の用法用量は、1ヵ月に1回210mg(シリンジ2本)、12ヵ月間皮下注と従来の骨形成促進薬と比較して簡便な点も特徴である。テリパラチドと比較して新規椎体骨折を有意に抑制イベニティの重要な第 III 相臨床試験として、FRAME試験、STRUCTURE試験、ARCH試験などが挙げられる。FRAME試験は、閉経後骨粗鬆症女性患者7,180例を対象にイベニティを12ヵ月間投与した後デノスマブを12ヵ月投与する群と、プラセボを12ヵ月投与した後デノスマブを12ヵ月投与する群を比較した。その結果、新規椎体骨折の発生率は、12ヵ月時(イベニティ群0.5% vs. プラセボ群の1.8%、p<0.001)および24ヵ月時(0.6% vs. 2.5%、p<0.001)のいずれにおいても、イベニティ群が有意に低かった。STRUCTURE試験は、ビスホスホネート薬による治療経験のある閉経後骨粗鬆症女性患者436例を対象に、イベニティを月1回投与する群と、テリパラチド1日1回12ヵ月間投与する群を比較した。その結果、大腿骨近位部の骨密度は、6ヵ月時(イベニティ群2.3% vs. テリパラチド群 -0.8%、p<0.001)および12ヵ月時(2.9% vs. -0.5%、p<0.001)のいずれにおいても、イベニティ群が有意に高かった。なお、骨折の危険性の高い閉経後骨粗鬆症患者を対象に、イベニティもしくはアレンドロネートを12ヵ月間投与した後、両群ともにアレンドロネートによる継続治療を行ったARCH試験では、12ヵ月時点の「重篤な心血管系有害事象」の発現率が、アレンドロネート単独群で1.9%、イベニティ群で2.5%と不均衡が認められている。そのため、イベニティの使用にあたっては、ベネフィットとリスクを十分に理解した上で、適応患者の選択が重要と考えられている。今後の骨粗鬆症診療への期待骨形成促進作用と骨吸収抑制作用のdual effectを特徴とする本薬の登場により、骨粗鬆症の治療は大きく変化することが予想されている。とくに骨折の既往のある骨粗鬆症の患者において、次の骨折を起こすリスクを軽減する可能性があり、期待を集めている。今後は、骨粗鬆症の最適な治療戦略を確立するために、イベニティ+デノスマブ維持療法など、さまざまなアプローチの検討が進められると考えられる。

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宇宙医学研究の成果を高齢者医療に役立てる

 骨密度低下と聞けば高齢者をイメージするが、無重力空間に滞在する宇宙飛行士もそれが問題視されている。しかし、宇宙飛行士と高齢者の骨密度減少の原因と程度にはどのような違いがあるのだろうか? 2019年6月14日、大島 博氏(宇宙航空研究開発機構、整形外科医)が「非荷重環境における骨・筋肉の減少と対策」において、宇宙飛行士に対する骨量減少と筋萎縮の実態と対策について講演した(第19回日本抗加齢医学会総会 シンポジウム2)。高齢者と宇宙飛行士の骨量減少の違いは? 高齢者の骨粗鬆症と30~60歳の宇宙飛行士の骨量減少の原因は異なる。高齢者では加齢によるCa吸収の低下や女性ホルモン減少により骨吸収亢進と骨形成低下から、骨量は年間1~2%ずつ低下する。一方で、宇宙飛行や長期臥床では骨への荷重負荷が減少し、著しい骨吸収亢進と骨形成低下が生じる。そのため、骨粗鬆症とともに尿路結石のリスクも高まる。 宇宙飛行士の大腿骨頚部の骨量を1ヵ月単位でみると、骨密度(DXA法で測定)は1.5%、骨強度(QCT法で測定)は2.5%も減少していた。大島氏は「宇宙飛行士の骨量は骨粗鬆症患者の約10倍の速さで減少する。骨量減少は荷重骨(大腿骨転子部や骨盤など)で高く、非荷重骨(前腕骨など)では少ない」とし、「体力ある宇宙飛行士でも半年間の地球飛行を行うと、帰還後の回復に3~4年も要し、次の飛行前までに回復しないケースもある」と、報告した。宇宙飛行士×ビスフォスフォネート薬 宇宙飛行士の骨量減少を地上で模擬し医学的な対策法の妥当性を検証するため、JAXAは欧州宇宙機関などと共同で“90日間ベッドレスト研究”を実施。この地上での検証結果をもとに、宇宙飛行における骨量減少予防対策としてJAXAとNASA共同による“ビスフォスフォネート剤を用いた骨量減少予防研究”を行った。長期宇宙滞在の宇宙飛行士から被験者を募りアレンドロネートの週1回製剤(70mg)服用群と非服用群に割り付けた。それぞれ、食事療法(宇宙食として2,500kcal、Ca:1,000mg/日と、ビタミンD:800IU/日含む)と運動療法(筋トレと有酸素運動を2時間、週6日)は共通とした。その結果、ビスフォスフォネート剤を予防的に服用すれば、骨吸収亢進・骨量減少・尿中Ca排泄は抑制され、宇宙飛行の骨量減少と尿路結石のリスクは軽減できることが確認された1)。宇宙で1日分の筋萎縮変化は高齢者の半年分 加齢に伴い、60歳以降では2%/年の筋萎縮が生じる。宇宙飛行では、背筋や下腿三頭筋などの抗重力筋が萎縮しやすく、約10日間の短期飛行で下腿三頭筋は1%/日筋肉は萎縮した。同氏は「宇宙で1日分の筋萎縮変化は、臥床2日分、高齢者の半年分に相当する。宇宙飛行士には、専属のトレーナーから飛行前から運動プログラムが処方され、飛行中も週6回、1日2時間、有酸素トレーニングと筋力トレーニングからなる軌道上運動プログラムを実施し、筋萎縮や体力低下のリスクを軽減している。」という2)。宇宙医学は究極の予防医学を実践 「宇宙飛行は加齢変化の加速モデル。予防的対策をきちんと実践すれば、骨量減少や筋萎縮のリスクは軽減できる」とコメント。「骨・筋肉・体内リズムなどは、宇宙飛行士と高齢者に共通する医学的課題であり、宇宙医学は地上の医学を活用して宇宙飛行の医学リスクを軽減している。宇宙医学の成果は、中高年者の健康増進の啓発に活用できる」と地上の医学と宇宙医学の相互性を強調した。「宇宙医学は、ガガーリン時代にサバイバル技術として始まったが、現在は究極の予防医学を実践している。地上の一般市民に対しては、病気を俯瞰して理解し、予防対策の重要性の啓発に利用できる」と締めくくった。

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骨粗鬆症治療薬が筋力を左右する?

 骨粗鬆症治療を受けている患者は骨折リスクだけではなく、筋力の低下も問題である。そんな患者を抱える医師へ期待できる治療法の研究結果を紹介すべく、2019年6月14日、第19回日本抗加齢医学会総会にて宮腰 尚久氏(秋田大学大学院整形外科学講座 准教授)が「骨粗鬆症治療薬による筋力とバランスの変化」について講演した。骨粗鬆症治療薬が筋にも影響? 近年、骨粗鬆症治療薬である活性型ビタミンD3薬において、筋やバランスに対する効果が報告されている。骨粗鬆症治療には、骨折の予防だけではなく、転倒リスクの軽減も求められる。そのため、転倒予防として筋力の低下やバランス障害の改善も視野に入れなければならない。既存の骨粗鬆症治療薬においては、間接的作用として、骨折抑制による廃用予防や鎮痛作用による身体活動の維持が検証されてきた。宮腰氏は、「直接作用である筋・バランスに対する何らかの効果を検証する必要がある」とし、それらの臨床試験が実施された薬物(活性型ビタミンD3、アレンドロネート、ラロキシフェン)を提示した。 ラロキシフェンの場合、閉経後女性に対する投与後の体組成と筋力の変化をみた研究によると、Fat-free massと水分量でプラセボ群と有意な差がみられたが、膝の伸展筋力や握力には有意差がみられなかった。一方で、アレンドロネートを投与すると握力が増える、あるいはサルコペニアのバイオマーカーであるIL-6の減少が報告されているが、この効果を発揮させるためにビタミンDを併用する場合がある。同氏が今回引用した研究1)でも、アレンドロネートにカルシトリオールが併用されており、「筋力とIL-6の変化はビタミンDによる影響が大きい」とコメント。また、海外文献のメタアナリシスより天然型ビタミンD、活性型ビタミンD3で有意な転倒抑制効果があると報告した。日本人の骨粗鬆症患者にもビタミンD併用は有用か? このような海外データを踏まえ、同氏らは活性型ビタミンD3による影響を国内でも検証するために、『多施設共同研究による活性型ビタミンD3薬の転倒関連運動機能に対する効果の検討』を実施。75歳以上の閉経後骨粗鬆症患者のうち、易転倒性を有すると考えられる利き手の握力が18kg未満の患者を対象とし、転倒回数と転倒関連運動機能について6ヵ月間の活性型ビタミンD3製剤(カルシトリオール、アルファカルシドールのみ)投与の介入前後で比較した試験2)を行った。その結果、観察期間から最終評価時において握力と5m歩行速度、Timed up&goテストにおいて有意な改善が得られた。エルデカルシトールではどうか ビタミンDの筋に対する基礎研究から、ビタミンD受容体に作用して筋の同化に関わるジェノミック作用、カルシウム代謝などのさまざまな経路を介するラピッドエフェクト(ノンジェノミック作用)があり、それらをもって筋肉に作用することが明らかになっている。 しかし、エルデカルシトール(ELD)を用いた研究が世界的になされていないことから、同氏らはELDが筋力や動的バランスに有効性を発揮するか否かについて、ラットによる動物実験ののち、臨床試験にて検証。閉経後女性をアレンドロネート35mg/週単独群14例とELD0.75μg/日併用群17例に割り付け、握力、背筋力、腸腰筋力、動的座位バランスなどを測定した。その結果、動的バランス能力、外乱負荷応答の各指標であるTUGテスト、動的座位バランスが改善した。このことから同氏は「ELDは動的バランス能力の改善に寄与している可能性がある」と示唆した。 同氏はビタミンDと運動を併せた動物実験なども行ったうえで、骨粗鬆症治療薬における「ビタミンDの筋に対する効果を期待するためには“運動療法との併用”が実践的かもしれない」と締めくくった。

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第21回 緊急避妊薬を巡って議論が紛糾【患者コミュニケーション塾】

 緊急避妊薬を巡って議論が紛糾2018年度の診療報酬改定で「オンライン診療料」が新設されました。これに先立ち、厚生労働省では検討会を設置し、2018年3月にオンライン診療に関するガイドライン「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を作成しました。私も構成員の一人としてガイドライン作成の議論に参加しました。ただ、オンライン診療を巡っては、どのような問題が発生するか始めてみないとわからない部分も多かったことと、オンラインにまつわる情報や機器の変遷もめまぐるしいということもあり、ガイドラインは1年後から見直しをすることが決まっていました。早速、ガイドライン見直しの検討会が2019年1月に始まり、再び私も構成員としてさまざまな議論に加わりました。オンライン診療は、「初診は対面で診療を行うこと」が原則とされています。ところが、2月に開催された第2回目の検討会では、早くも「初診対面診療の原則の例外」が議題に挙がってきました。オンライン診療をおこなっている医師や関係者から、例外として検討してほしいと提案・要望があったものとして、「男性型脱毛症(AGA)」「勃起不全症(ED)」「季節性アレルギー性鼻炎」「性感染症」「緊急避妊薬」が紹介されました。私は前の4つの症状については、やはり初診時は直接症状を確認したり、持病がないかの確認をしたりする必要があるので、原則を外してはいけないと考えました。しかし、最後の「緊急避妊薬」に関しては、ほかとは分けて考える必要があると思ったのです。性的被害やデートレイプでも「受診前提」はきつい緊急避妊薬はアフターピルとも呼ばれ、望まない妊娠を避けるために、性交渉から72時間以内に服用することで妊娠を防ぐことができます。もちろん、100パーセントの効果が望めるわけではありませんが、約80パーセントというかなり高い割合で防ぐことができると言われています。ひと口に「望まない妊娠」と言っても、単に避妊に失敗した、軽い気持ちで性交渉したという人もいるでしょう。また、このような緊急避妊薬が手に入ることで、適切に避妊しなくなるという懸念もあります。しかし中には、性的被害に遭った少女や女性もいれば、デートレイプと呼ばれる、拒否できなかった性交渉によって妊娠の可能性が生じた人もいるわけです。そのような“負”の精神状態に置かれている人が、「まずは婦人科を受診して対面診療を」と言われてしまうと、緊急避妊薬を手に入れるハードルはかなり高くなります。それならば、まずはオンライン診療でアプローチできたほうが救われる女性が増えるのではないかと考えました。というのも、私は小学4年生のときに性的被害を受けています。レイプには至りませんでしたが、路地裏に連れて行かれ、「声を出したら殺す」と胸倉をつかまれて脅されながら、陰部に指を入れられました。それはそれは恐ろしい体験で、心臓から冷や汗が流れるような恐怖を味わいました。そのことが親にバレてしまったあと、私が被害を受けた以上に屈辱だったのは、父親が警察に通報したことで自宅に刑事たちがやって来て、現場検証に連れて行かれたことでした。自分が殺されかけた場所に舞い戻り、何をされたのかを話すということがどれだけ心に傷を負うことか、痛いほど経験しています。それだけに、もし婦人科に連れて行かれて、事情を聞かれ、診察をされるとなると、とくに少女にとっては受け入れられる状況とはとても思えませんでした。専門家の反対でかなり限定的になる気配この検討会の構成員は、女性が私一人だけです。私は本来、女性を武器にすることは好きではなく、「男性にはわからないと思いますが」という発言もまずしません。しかし、この問題だけは多くの女性のために私が頑張って発言する必要性を強く感じ、いつも以上に熱を込めた発言を繰り返してきました。この議題が出た当初は、積極的に賛成する構成員がおらず孤軍奮闘でしたが、次第にほかの構成員の賛同が得られるようになってきました。ところが、参考人として検討会に出てきてた産婦人科医が「非常に専門性の高い診断が必要なので、オンラインで診療するとしても処方できるのは産婦人科専門医に限るべきだ」と発言しました。しかし、全国津々浦々にオンライン診療ができる産婦人科専門医がいるわけではなく、性的被害等は全国どこでも起きているわけです。そこで、緊急避妊薬をオンライン診療で処方するのは、産婦人科専門医あるいは事前に厚労省が指定する研修を受講した医師、という方向で話し合いが進んでいきました。また、緊急避妊薬を服用したあとに性器出血があったとしても、必ずしも生理とは限らず妊娠している可能性があることや異所性妊娠(子宮外妊娠)の可能性もあることを考慮して、オンライン診療から3週間後の産婦人科受診の約束を確実に行う。緊急避妊薬の処方は1錠のみとし、ウェブで見える状態下などで内服の確認をする。処方する医師は、医療機関のウェブサイトなどで、緊急避妊薬に関する効能(成功率)、その後の対応のあり方、オンライン診療から薬が手に入るまでの時間、転売や譲渡は禁止されていることなどを明記する、という方向で議論が進みました。一方、緊急避妊薬のオンライン診療を要望している団体の方々は、緊急避妊薬を処方する医師は、産婦人科専門医に限定する必要はない。処方する対象は性暴力被害者に限定せず、必要とするすべての女性にしてほしい。3週間後の受診は必須ではなく、推奨にしてほしい。緊急避妊薬の処方に際して、必ずしも後日の受診を要するわけではない、と主張されています。その主張は私も同感ですが、正論を前面に押し出すと反対勢力は必ず態度を硬化させるので、まずは一歩を踏み出すためのある程度の妥協は必要と考えています。こうしてまとまったガイドラインの改定案は、6月10日に以下の内容で承認されました。例外として、地理的要因がある場合、女性の健康に関する相談窓口等に所属する又はこうした相談窓口等と連携している医師が女性の心理的な状態にかんがみて対面診療が困難であると判断した場合においては、産婦人科医又は厚生労働省が指定する研修を受講した医師が、初診からオンライン診療を行うことは許容され得る。ただし、初診からオンライン診療を行う医師は一錠のみの院外処方を行うこととし、受診した女性は薬局において研修を受けた薬剤師による調剤を受け、薬剤師の面前で内服することとする。その際、医師と薬剤師はより確実な避妊法について適切に説明を行うこと。加えて、内服した女性が避妊の成否等を確認できるよう、産婦人科医による直接の対面診療を約三週間後に受診することを確実に担保することにより、初診からオンライン診療を行う医師は確実なフォローアップを行うこととする。厚労省は今回の議論を受けて、緊急避妊薬を処方できる医療機関のリストを作成すると打ち出しています。これにより、産婦人科以外の医療機関もリストにあれば、診察を恐れる少女や女性のハードルを下げることができるとかすかな期待を抱いています。そもそも、緊急避妊薬の存在や効能自体を知っている人は少ないだけに、情報の周知が必要だと私は考えます。というのも、望まない妊娠の可能性がある少女や女性がインターネットやSNSを介して、緊急避妊薬と称する“薬”を手に入れている現状があるからです。そのような手段で手に入れた“薬”が、偽薬である可能性もあります。それだけに、きちんとした医療機関で処方されることがやはり必要なのです。世界に目を向けてみれば、各国の医療事情は異なるとはいえ、76ヵ国で医師の処方せんなしで薬局の薬剤師によって販売され、19ヵ国では直接薬局で入手することが可能なのです。国際産婦人科連合(FIGO)などでは「医師によるスクリーニングや評価は不要」「薬局カウンターでの販売が可能」と声明を出しているそうです。そんな中、先進国であるはずの日本では、世界的な動きに逆行して、必要とする女性が緊急避妊薬を手に入れるハードルを高くしようとしているとの批判もあるようです。実際に検討会を傍聴している現役の産婦人科医からも、同様の意見を数多く聞きました。いずれにせよ、本来、女性の健康やからだを守るべき産婦人科医の間で意見が割れているのは残念なことだと思います。もっと多くの方にこの問題に関心を持っていただき、声を出せずにいる女性を守る機運を高めていくことができればと思っています。

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高齢者の医薬品適正使用に関する各論GLが完成/厚労省

 厚生労働省の高齢者医薬品適正使用検討会は 、2019年6月14日『高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編[療養環境別])』を取りまとめたことを通知した。『高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)』の追補版 高齢化の進展に伴い、わが国は、加齢による生理的な変化や複数の併存疾患を治療するための医薬品の多剤服用などによって、安全性の問題が生じやすい状況にある。厚労省は、2017年4月に「高齢者医薬品適正使用検討会」を設置し、高齢者の薬物療法の安全確保に必要な事項の調査・検討を進めており、2018年5月には『高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)』を取りまとめている。 今回の高齢者の医薬品適正使用の指針は、「総論編」の補完を目的に、昨年から検討会で議論され、療養環境別の「各論編」として完成した。『高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編)』は患者の療養環境別の3部構成 高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編)では、患者の療養環境として「外来・在宅医療・特別養護老人ホーム等の常勤の医師が配置されていない施設」「急性期後の回復期・慢性期の入院医療」「その他の療養環境(常勤の医師が配置されている介護施設 等)」の3部に分けられ、それぞれの環境における処方確認・見直しの考え方、療養期間を通した留意点、処方検討時の留意点についての詳細が記載されている。 また、別表の「高齢者で汎用される薬剤の基本的な留意点」では、総論編(A~L)に追加の形で、M.認知症治療薬、N.骨粗鬆症治療薬、O.COPD治療薬、P.緩和医療で使用される薬剤について、薬効群ごとの薬剤選択や投与量・使用法に関する注意点、他の薬剤との相互作用に関する注意点が一覧化されている。高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編)では処方見直しの8つの事例を添付 高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編)では、減薬が上手くいった例として、脳出血に伴い活動量が低下し薬物有害事象が発現した事例、徐放錠を粉砕したことによる薬物有害事象が疑われた事例など、8つの症例を添付している。 これには、介入前後の処方薬、服薬管理方法、介入のきっかけ、介入のポイント、介入後の経過についての詳細に加え、患者の生活状況やそれを踏まえた多職種の関わり方も記載されている。

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高齢者診療の新たな概念“multi-morbidity”とは

 近年、注目されるようになった“multi-morbidity(マルチモビディティ)”という概念をご存じだろうか。multi-morbidityの明確な定義はまだ存在しないが、「同時に2種類以上の健康状態が併存し、診療の中心となる疾患が設定し難い状態」を示し、数年前から問題視されてきている。 このmulti-morbidityについて、2019年5月23日から3日間、仙台にて開催された第62回 日本糖尿病学会年次学術集会のシンポジウム12「糖尿病合併症 co-morbidityかmulti-morbidityか」で行われた竹屋 泰氏(大阪大学大学院医学系研究科 老年・総合内科学講師)の発表が参考になるので、以下に紹介する。multi-morbidityは「老年症候群」と共通する部分も多い multi-morbidityは、複雑で持続的なケアを要する状態で、基本的には、高齢者に特有な健康状態を示す「老年症候群」と共通する部分も多い。 multi-morbidityをわかりやすく例えると、めまいを主訴とする患者について考えたとき、患者が若年者や中年者であれば、めまいを起こす原因がいくつか特定できるだろう。しかし、加齢による生理的・病的・社会的な機能低下を伴う高齢者では、複数の小さな原因が複雑に交絡し合った結果、それらが収束され「めまいという一つの不調」を呈していることがある。 こういったケースの場合、原因を特定しづらく、対症療法として薬を処方した結果、いつの間にかポリファーマシーにより新たな不調を生じる恐れまで出てくるのが、主たる問題となるところだ。multi-morbidityの具体的な症例 高血圧、2型糖尿病、慢性心房細動、慢性心不全、COPDの診断を受け、通院中の88歳女性。3ヵ月前に転倒が原因と思われる硬膜下血腫に対し、血腫除去術を行っている。この際、服用していた抗凝固薬を休薬している。そのほかに、整形外科から鎮痛薬と骨粗鬆症薬、かかりつけ医(内科)からインスリンを含む9種、計12種類の薬剤が処方されている。一人暮らしで、要介護1。認知機能の低下も見られ、ケアマネジャーからは大量の残薬があると報告を受けている。 抗凝固薬を再開する益と害を考えると、CHADS2スコア:4点(脳卒中の年間発症リスク:高)、HAS-BLEDスコア:4点(重大な出血の年間発症リスク:高)だった。multi-morbidityの難しさ~休薬中の抗凝固薬を再開するか? この症例について、生命予後、QOL、患者の希望、医療経済なども加味して、患者本人、家族、薬剤師、ケアマネジャーなどと相談し、非常に悩んだ結果、抗凝固薬の再開について決断しなくてはならないとする。竹屋氏は、2つの選択肢を提示した。(1)抗凝固薬は害のほうが大きいと判断し、休薬を続行(2)抗凝固薬は益のほうが大きいと判断し、再開 (1)の休薬を続行した場合、この患者は1年後、心原性脳梗塞により左半身麻痺、寝たきりとなり、さらに1年後死亡した。こうなると、「あのとき、抗凝固薬を再開していればよかった」と思うかもしれない。では、もう一方の結末はどうなのだろうか。 (2)の抗凝固薬を再開した場合、1年後、患者が自宅で転倒し動けずにいるところをヘルパーが発見。脳出血により意識不明となり、そのまま9ヵ月後に死亡した。そうなると、「抗凝固薬を再開するべきではなかった」と思うだろう。とはいえ、選ばなかったほうの結末は誰にもわからない。 「こういった難しさがあるのが、multi-morbidity。現行の疾患別診療ガイドラインですべてに対応することは困難だ」と竹屋氏は指摘した。multi-morbidityに対しては治療方針の決定が容易でない 高齢者の複雑性(=multi-morbidity)に対しては、疾患ごとのガイドラインに従って薬物介入を行えばあっという間にポリファーマシーになってしまう。あるいは、ある疾患に対する有益な治療が、別の疾患に対して有害な治療になってしまうなど、治療方針の決定が容易でない。 このような状況にどう対応すべきか明確な答えはなく、エビデンスがあるものについては従来の疾患別ガイドラインを用い、ない場合は『高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン1)』などを参考に適切なプロセスを実践していくしかないのが現状だ。 竹屋氏は、「高齢者の治療では、一つ一つの検査値やスコアなどの単純な足し算だけでなく、体重の変化、握力、歩行速度など患者の全体像(phenotype)を把握し、個別に介入していくことが有用であるかもしれない」と語った。亡くなった患者(症例)の本当の結末は… 今回のケースにおいて、2つの選択肢はいずれも、患者の死という一つの結末に帰結する。この症例は実際にあったことで、通夜には家族や担当した薬剤師、ケアマネジャーなどが集まり、故人の昔話に花を咲かせた。最期まで介護を続けた長女からは「先生のおかげで悔いはないです。精一杯看取りました」と言われたという。多職種で一生懸命考えた努力が報われた結果となった。 竹屋氏は、「真摯に取り組んだつもりでも、多少の悔いは残る。患者さんはどう思っていたのか? 本当のところはわからないが、今でも時々自問自答する。私たちの判断は正しかったのか? まずは、われわれ医療者の1人ひとりが、このような症例にどう向き合うかを考えていくことが大切かもしれない」と締めくくった。

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国内初1日1回経口投与の子宮筋腫症状治療薬「レルミナ錠40mg」【下平博士のDIノート】第25回

国内初1日1回経口投与の子宮筋腫症状治療薬「レルミナ錠40mg」今回は、GnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アンタゴニスト製剤「レルゴリクス錠(商品名:レルミナ錠40mg)」を紹介します。本剤は、フレアアップ現象を生じることなく子宮筋腫に基づく諸症状を改善する国内初の経口薬です。<効能・効果>本剤は、子宮筋腫に基づく諸症状(過多月経、下腹痛、腰痛、貧血)の改善の適応で、2019年1月8日に承認され、2019年3月1日より発売されています。また、2021年12月に「子宮内膜症に基づく疼痛の改善」の適応が追加されました。<用法・用量>通常、成人にはレルゴリクスとして40mgを1日1回食前に経口投与します。なお、初回投与は月経周期1~5日目に行います。本剤の投与によって、エストロゲン低下作用に基づく骨塩量の低下がみられることがあるので、6ヵ月を超える投与は原則として行われません。<副作用>国内第III相試験で認められた主な副作用は、不正子宮出血(46.8%)、ほてり(43.0%)、月経異常(15.5%)、頭痛、多汗、骨吸収試験異常(各5%以上)などでした。なお、重大な副作用としてうつ状態(1%未満)、肝機能障害(頻度不明)、狭心症(1%未満)が認められています。<患者さんへの指導例>1.この薬は、下垂体に作用して卵巣からの女性ホルモンの分泌を低下させることで、子宮筋腫に基づく過多月経、下腹痛、腰痛、貧血などの症状を改善します。2.初回は、月経が始まった日から5日目までの間に服用を開始してください。3.食後の服用では薬の効き目が低下するため、食事の30分以上前に服用してください。4.この薬を服用している間はホルモン性避妊薬以外の方法で避妊をしてください。5.長期に使用すると骨塩量が低下することがあるため、日ごろから適度な運動を心がけ、カルシウムやビタミンD、ビタミンKを含む食材を積極的に取りましょう。6.気分が憂鬱になる、悲観的になる、思考力が低下する、眠れないなど、うつ様の症状が現れた場合にはご連絡ください。7.女性ホルモンの低下によって、ほてり、頭痛、多汗などの症状が現れることがあります。症状がつらいときはご相談ください。<Shimo's eyes>従来、子宮筋腫の薬物療法としてGnRHアゴニストであるリュープロレリン酢酸塩(商品名:リュープリン注)やブセレリン酢酸塩(同:スプレキュア皮下注/点鼻液)などが用いられています。GnRHアゴニストは、下垂体前葉にあるGnRH受容体を継続的に刺激することで本受容体を減少させ、卵胞刺激ホルモン(FSH)や黄体形成ホルモン(LH)の分泌を抑制させます。投与開始初期にはFSHやLH分泌が一過性に増加するため、不正性器出血や月経症状の増悪などのフレアアップ現象が生じやすいことが知られています。これに対しGnRHアンタゴニスト製剤である本剤は、GnRH受容体を選択的に阻害することでFSHとLHの分泌を抑制します。このため、投与開始初期であってもフレアアップ現象を生じることなく女性ホルモンであるエストラジオールおよびプロゲステロンの産生を低下させます。本剤は1日1回服用の経口薬であり、子宮筋腫に伴う諸症状に悩んでいる患者さんのアドヒアランスとQOLの向上が期待できます。投与に当たっては、妊娠中や授乳中でないかを確認するとともに、服用タイミングなどの指導をしっかり行ってこまめに経過を観察するようにしましょう。※2021年12月の添付文書改訂に伴い、一部内容の修正を行いました。

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骨折の介護は介護者の働き方を変える

 高齢者の骨粗鬆症による骨折は、患者自身のQOLを悪化させるだけでなく、予後も悪化させる。と同時に家族など介護者に多大な負担を強いることになり、わが国でも問題となっている。今回、介護の実情、介護者の本音について、アステラス・アムジェン・バイオファーマ株式会社は、50歳以上で骨粗鬆症に起因すると思われる骨折患者を介護する家族介護者の男女にアンケートを実施し、その詳細を公開した。 アンケートは、本年2月にインターネットで、全国3,071名に行われた。介護者の4人に1人が離職や転職を経験 質問で「お世話をするために、ご自身の働き方を変えたことがありますか」(複数回答)では、「有給の取得」(38.3%)、「時短勤務の実施」(29.7%)、「離職」(14.7%)の順で多く、介助・介護のために4人に1人が離職(退職、休職)や転職、部署変更など、労働環境の大きな変化を経験していることがわかった。 また、「お世話のために現在離職・休職中で、社会復帰がしたいか、働くことが難しいか」(n=359)を質問したところ、「社会復帰がしたい」を思う回答者は47.9%いる一方で、「働くことが難しい」と思う回答者は76.0%と4人に3人以上が就業の困難さを自覚している結果となった。介護で一番大変なのは「トイレへの移動、お風呂に入れること」 「介護期間について」尋ねたところ全体では「5年以上」(24.0%)、「1年以上~2年未満」(22.0%)、「2年以上~3年未満」(19.3%)だった。また、現在休職中(n=359)では「5年以上」(33.7%)、「3年以上~5年未満」(20.3%)、「2年以上~3年未満」(17.0%)と介護期間が長いほど、離職の割合も高くなる関係がみられた。 つぎに「お世話が必要になった骨折部位について(不明な場合は、近い部位)」(複数回答)を尋ねたところ、「背骨」(26.6%)、「足の付け根」(19.2%)、「手首」(14.9%)の順で多く、骨粗鬆症の主要な骨折部位を反映した回答結果であった。 また、介護者が負担に感じていることを具体的に尋ねたところ、「トイレへの移動、お風呂に入れること」(38.1%)」、「外出の付き添い・サポート」(36.3%)、「自分自身が疲れてしまい、寝込みそうになる/寝込んだことがある」(27.5%)の順で回答が多く、介護者が自身の体力へ不安を感じる声が寄せられた。同じく精神的負担については、約45%の介護者が、「自分の事をいつも後回し」「休息が取れない」ことを負担に感じており、「自分自身の人生を憂うことがある」という回答も多く、介護者の精神的疲弊の実情も明らかになった。患者介護は社会全体で取り組む課題 今回のアンケート結果について調査を監修した萩野 浩氏(鳥取大学医学部保健学科 教授)は、「今回の調査からは、骨折を経験された患者さんを支えているご家族の負担や苦労が顕在化された。また、介護負担の大きさから離職を余儀なくされている介護者が多いことも示され、骨粗鬆症に伴う介護負担についても、社会全体で取り組む課題であることが示唆された。世界トップクラスの長寿国に生きる私たちにとり、医療専門家とともにしっかりとご自身やご家族の健康と向き合い、健康寿命を延ばすために積極的にアクションを取っていくことが肝要」とコメントを行っている。■参考アステラス・アムジェン・バイオファーマ株式会社 プレスルーム■関連記事骨粗鬆症の再骨折リスクを抑える新たな一手患者向けスライド 骨粗鬆症

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骨吸収抑制作用と骨形成促進作用を併せ持つ骨粗鬆症薬「イベニティ皮下注105mgシリンジ」【下平博士のDIノート】第22回

骨吸収抑制作用と骨形成促進作用を併せ持つ骨粗鬆症薬「イベニティ皮下注105mgシリンジ」今回は、世界に先駆けて日本で承認・発売されたヒト化抗スクレロスチンモノクローナル抗体「ロモソズマブ(商品名:イベニティ皮下注105mgシリンジ)」を紹介します。本剤は、骨吸収抑制作用と骨形成促進作用の2つの作用で骨密度を高め、骨折の危険性が高い骨粗鬆症患者の骨折リスクを低減することが期待されています。<効能・効果>本剤は、骨折の危険性の高い骨粗鬆症の適応で、2019年1月8日に承認され、2019年3月4日より発売されています。<用法・用量>通常、成人にはロモソズマブとして210mg(シリンジ2本分)を1ヵ月に1回、12ヵ月皮下投与します。なお、投与は病院、診療所などで行われます。<臨床効果>プラセボと比較した臨床試験では、閉経後骨粗鬆症患者7,180例(うち日本人492例)において、投与開始12ヵ月後に新規椎体骨折リスクを73%低減し、その効果は24ヵ月まで持続しました。<副作用>骨粗鬆症患者を対象としたプラセボ対照国際共同第III相試験で、本剤の投与を受けた3,744例中615例(16.4%)に臨床検査値異常を含む副作用が認められました。主な副作用は、関節痛(1.9%)、注射部位疼痛(1.3%)、注射部位紅斑(1.1%)、鼻咽頭炎(1.0%)でした(承認時)。なお、重大な副作用として低カルシウム血症、顎骨壊死・骨髄炎(頻度不明)が認められています。<患者さんへの指導例>1.この薬は、骨形成を促すとともに骨吸収を抑えることで、骨密度を高めて骨折を予防します。2.本剤を投与中は、ブラッシングなどで口腔内を清潔に保ち、定期的に歯科検診を受けてください。顎の痛み、歯の緩み、歯茎の腫れなどを感じた場合は、主治医に連絡してください。3.本剤を使用中に歯の診察を受ける場合は、この薬を使っていることを必ず歯科医師に伝えてください。4.この薬により、低カルシウム血症が現れることがあります。指先や唇のしびれ、痙攣などの症状が見られた場合、すぐに医師・薬剤師に相談してください。<Shimo's eyes>本剤は、国内初の抗スクレロスチン抗体製剤です。スクレロスチンは、破骨細胞による骨吸収を促進し、骨芽細胞による骨形成を抑制する糖タンパク質です。本剤はこのスクレロスチンを阻害することで骨量を増加させ、骨折リスクを低下させます。本剤は、骨折の危険性の高い骨粗鬆症に対して月1回皮下投与します。投与中は、副作用である低カルシウム血症の発現リスクを軽減するために、カルシウムおよびビタミンDの補給を行います。とくに重度の腎機能障害や透析を受けている患者さんでは、低カルシウム血症が発現しやすいので、積極的に検査値などを確認するようにしましょう。本剤による治療を終了・中止する場合、骨吸収が一過性に亢進する懸念があるため、原則として骨吸収抑制薬が使用されます。なお、海外で実施されたアレンドロン酸ナトリウムを対照とした比較試験では、本剤投与群における虚血性心疾患または脳血管障害の発現割合が高い傾向にありました。使用に関しては、脆弱性骨折の有無、骨密度値や原発性骨粗鬆症の診断基準などを目安として、投与が適切かどうか判断することが望ましいとされています。骨粗鬆症による高齢者の骨折は、要介護・要支援の原因となり、健康寿命の延伸、QOLの維持などを妨げることから、本人・家族だけでなく社会にも大きな影響を及ぼします。本剤は、著しく骨密度が低い場合やすでに骨折部位がある場合など、数年以内に骨折するリスクが高い患者さんの新たな治療選択肢となるでしょう。なお、2019年4月時点において、本剤は米国と欧州では審査中であり、海外で承認されている国および地域はありませんので、副作用に関しては継続的な情報収集が必要です。

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日本人の食事摂取基準2020年版、フレイルが追加/厚労省

 2019年3月22日、厚生労働省は「日本人の食事摂取基準(2020年版)」の報告書とりまとめを了承した。昨年4月より策定検討会にて議論が重ねられた今回の食事摂取基準は、2020年~2024年までの使用が予定されている。策定検討会の構成員には、日本糖尿病学会の理事を務める宇都宮 一典氏や日本腎臓学会理事長の柏原 直樹氏らが含まれている。日本人の食事摂取基準(2020年版)の主な改定ポイントは? 日本人の食事摂取基準(2020年版)の改定では、2015年版をベースとしつつ、『社会生活を営むために必要な機能の維持および向上』を策定方針とし、これまでの生活習慣病(高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病)の重症化予防に加え、高齢者の低栄養・フレイル防止を視野に入れて検討がなされた。主な改定点として、・高齢者を65~74歳、75歳以上の2つに区分・生活習慣病における発症予防の観点からナトリウムの目標量引き下げ・重症化予防を目的としてナトリウム量やコレステロール量を新たに記載・フレイル予防の観点から高齢者のタンパク質の目標量を見直しなどが挙げられる。日本人の食事摂取基準(2020年版)、まずは総論を読むべし 報告書やガイドラインなどを活用する際には、まず、総論にしっかり目を通してから、各論や数値を理解することが求められる。しかし、メディアなどは総論を理解しないまま数値のみを抜粋して取り上げ、問題となることがしばしばあるという。これに対し、策定検討会のメンバーらは「各分野のポイントが総論だけに記載されていると、それが読まれずに数値のみが独り歩きし、歪んだ情報が流布されるのではないか」と懸念。これを受け、日本人の食事摂取基準(2020年版)の総論には、“同じ指標であっても、栄養素の間でその設定方法および活用方法が異なる場合があるので注意を要する”と記載し、総論以外にも各項目の目標量などがどのように概算されたのかがわかるように『各論』を設ける。メンバーらは「各指標の定義や注意点はすべて総論で述べられているため、これらを熟知したうえで各論を理解し、活用することが重要である」と、活用方法を強調した。 以下に日本人の食事摂取基準(2020年版)の各論で取り上げられる具体的な内容を抜粋する。タンパク質:高齢者におけるフレイルの発症予防を目的とした量を算定することは難しいため、少なくとも推奨量以上とし、高齢者については摂取実態とタンパク質の栄養素としての重要性を鑑みて、ほかの年齢区分よりも引き上げた。また、耐容上限量は、最も関連が深いと考えられる腎機能への影響を考慮すべきではあるが、基準を設定し得る明確な根拠となる報告が十分ではないことから、設定しなかった。脂質:コレステロールは、体内でも合成される。そのために目標量を設定することは難しいが、脂質異常症および循環器疾患予防の観点から過剰摂取とならないように算定が必要である。一方、脂質異常症の重症化予防の目的からは、200mg/日未満に留めることが望ましい。炭水化物:炭水化物の目標量は、炭水化物(とくに糖質)がエネルギー源として重要な役割を担っていることから、アルコールを含む合計量として、タンパク質および脂質の残余として目標量(範囲)を設定した。ただし、食物繊維の摂取量が少なくならないように、炭水化物の質に留意が必要である。脂溶性ビタミン:ビタミンDは、多くの日本人で欠乏または不足している可能性があるが、摂取量の日間変動が非常に大きく、摂取量の約8割が魚介類に由来し、日照でも産生されるという点で、必要量を算出するのが難しい。このため、ビタミンDの必要量として、アメリカ・カナダの食事摂取基準で示されている推奨量から日照による産生量を差し引いた上で、摂取実態を踏まえた目安量を設定した。ビタミンDは日照により産生されるため、フレイル予防を図る者を含めて全年齢区分を通じて可能な範囲内での適度な日照を心がけるとともに、ビタミンDの摂取については、日照時間を考慮に入れることが重要である。日本人の食事摂取基準(2020年版)改定の後には高齢化問題が深刻さを増す 日本では、2020年の栄養サミット(東京)開催を皮切りに、第22回国際栄養学会議(東京)や第8回アジア栄養士会議(横浜)などの国際的な栄養学会の開催が控えている。また、日本人の食事摂取基準(2020年版)改定の後には団塊世代が75歳以上になるなど、高齢化問題が深刻さを増していく。 このような背景を踏まえながら1年間にも及ぶ検討を振り返り、佐々木 敏氏(ワーキンググループ長、東京大学大学院医学系研究科教授)は、「理解なくして活用なし。つまり、どう活用するかではなく、どう理解するかのための普及教育が大事。食事摂取基準ばかりがほかの食事のガイドラインよりエビデンスレベルが上がると、使いづらくなるのではないか。そうならないためにも、ほかのレベルを上げて食事摂取基準との繋がり・連携を強化するのが次のステージ」とコメントした。また、摂取基準の利用拡大を求めた意見もみられ、「もっと疾患を広げるべき。次回の改定では、心不全やCOPDも栄養が大事な要素なので入れていったほうがいい。今回の改定では悪性腫瘍が入っていないが、がんとともに長生きする時代なので、実際の現場に合わせると病気を抱えている方を栄養の面でサポートすることも重要(名古屋大学大学院医学系研究科教授 葛谷 雅文氏)」、「保健指導の対象となる高血糖の方と糖尿病患者の食事療法のギャップが、少し埋まるのではと期待している。若年女性のやせ、骨粗鬆症も栄養が非常に影響する疾患なので、次の版では目を向けていけるといい(慶應義塾大学スポーツ医学研究センター教授 勝川 史憲氏)」、など、期待や2025年以降の改定に対して思いを寄せた。座長の伊藤 貞嘉氏(東北大学大学院医学系研究科教授)は、「構成員のアクティブな発言によって良い会・良いものができた」と、安堵の表情を浮かべた。 なお、厚労省による報告書(案)については3月末、パブリックコメントは2019年度早期に公表を予定している。

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骨粗鬆症の再骨折リスクを抑える新たな一手

 50歳以上では、骨粗鬆症により、女性の3人に1人、男性の5人に1人が脆弱性骨折を起こすといわれ、さらに、一度骨折した患者の再骨折リスクは大きく上昇する。高齢者の骨折は、患者・家族にとってだけでなく、社会にとっても大きな負担となるが、治療率は20%程度と決して高くない。 2019年3月14日、国内初のヒト化抗スクレロスチンモノクローナル抗体製剤である骨粗鬆症治療薬ロモソズマブ(商品名:イベニティ)が発売されたことを機に、アステラス・アムジェン・バイオファーマ株式会社がセミナーを開催した。そこで、松本 俊夫氏(徳島大学 藤井節郎記念医科学センター 顧問)、宮内 章光氏(医療法人 宮内内科クリニック 理事長)、浜谷 越郎氏(同社 研究開発本部 シニアメディカルアドバイザー)の3名が「骨粗鬆症治療における課題と治療成績向上に向けて」をテーマに講演を行った。骨折リスクに合わせて治療薬を使い分ける 松本氏は、現状の骨粗鬆症治療にはアンメットニーズが存在するとして、以下の3つを提示した。1.治療目標を達成できる患者数は限定的である2.部位によっては治療による骨強度改善が不十分な場合もある3.再骨折の頻度が最も高い骨折後2年以内におけるリスク低減が実現しにくい とくに3について、骨折した1年後の再骨折リスクは通常の5.3倍にもなるといわれるが、従来の治療では効果の発現に時間を要するため、対策が間に合っていない可能性が指摘された。 ロモソズマブは、骨の構造的劣化などを来さず骨量を増加させる作用を持つため、再骨折リスクが高い患者でも、骨折後1~2年以内の骨強度改善が期待されている。 治療薬の使い分けについて「既存骨折がない低骨折リスクの場合には従来の治療を、既存骨折があるなど高骨折リスクを持つ場合にはロモソズマブを使用後に骨吸収抑制剤を使用するなど、患者さんの状況に合わせて選択できる」との考えを述べた。主な臨床試験成績(FRAME試験、ARCH試験) 次に、宮内氏によって、ロモソズマブの国際多施設共同第III相臨床試験データが紹介された。FRAME試験では、55~90歳の閉経後骨粗鬆症患者7,180例(うち日本人492例)を対象に、新規椎体骨折の発生率が評価された。その結果、ロモソズマブを12ヵ月間皮下投与することで、新規椎体骨折の相対リスクはプラセボと比較して73%低下した。また、その後の骨吸収抑制剤(デノスマブ)による継続治療を行うことで、有意な相対リスクの低下は24ヵ月時点でも75%と維持された。 標準治療(アレンドロネート)と比較したARCH試験では、55~90歳の閉経後骨粗鬆症患者4,093例を対象に、ロモソズマブを12ヵ月間皮下投与後アレンドロネートを12ヵ月経口投与した場合と、アレンドロネートを単剤投与した場合を比較した。その結果、24ヵ月時点の新規椎体骨折、主要解析時点の非椎体骨折および大腿骨近位部骨折において相対リスクはいずれも低下し、有意差が認められた。 FRAME試験の日本人集団において、海外データと有効性、安全性は同等であったが、国内におけるデータは必ずしも十分でないため、副作用などについては今後時間をかけて検証していく必要がある。「骨折の危険性の高い骨粗鬆症」の基準 最後に、浜谷氏がロモソズマブの製品特性について解説した。ロモソズマブの標的であるスクレロスチンは、骨芽細胞による骨形成を抑制し、破骨細胞による骨吸収を促進する糖タンパク質である。これを阻害することで、骨形成促進と骨吸収抑制の2つの作用(デュアルエフェクト)により骨強度を改善すると考えられている。 ロモソズマブの効能・効果は「骨折の危険性の高い骨粗鬆症」であり、使用に当たっては、WHOにおける重症骨粗鬆症の定義(骨密度値が-2.5SD以下で1個以上の脆弱性骨折を有する)や、原発性骨粗鬆症の診断基準(2012年度改訂版)で、“骨折の危険性の高い骨粗鬆症を単一の危険因子で規定できるもの”として示されている(1)腰椎骨密度が-3.3SD未満、(2)既存椎体骨折の数が2個以上、(3)既存椎体骨折の半定量評価法によるグレード3などを目安に、適切な症例を判断することが望ましいとされる。 同氏は「従来は、進行を遅らせる治療が主体だった。しかし、ロモソズマブは、1年という短期間で著明な骨量の増加と骨構造の改善が期待できる。骨形成促進剤であるロモソズマブを最初に12ヵ月間投与した後、適切な骨吸収抑制剤を継続することで、その後も骨量・骨強度を維持できるため、これまでの治療パラダイムが大きく変わる可能性がある」と期待を語った。

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加齢で脆くなる運動器、血管の抗加齢

 2月18日、日本抗加齢医学会(理事長:堀江 重郎)はメディアセミナーを都内で開催した。今回で4回目を迎える本セミナーでは、泌尿器、内分泌、運動器、脳血管の領域から抗加齢の研究者が登壇し、最新の知見を解説した。年をとったら骨密度測定でロコモの予防 「知っておきたい運動器にかかわる抗加齢王道のポイント」をテーマに運動器について、石橋 英明氏(伊奈病院整形外科)が説明を行った。 厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2016)によると、65歳以上の高齢者で介護が必要となる原因は、骨折・転倒によるものが約12%、また全体で関節疾患も含めると約5分の1が運動器疾患に関係するという。とくに、高齢者で問題となるのは、気付きにくい錐体(圧迫)骨折であり、外来でのFOSTAスコアを実施した結果「25歳時から4cm以上も身長が低下した人では、注意を払う必要がある」と指摘した。また、「骨粗鬆症治療薬のアレンドロン酸、リセドロン酸、デノスマブによる大腿骨近位部骨折の予防効果も、近年報告されていることから、積極的な治療介入が望ましい」と同氏は語る。 そして、「50代以降で骨の検査をしたことがない人」「体重が少ない人」など6つの条件に当てはまる人には、「骨粗鬆症の早期発見のためにも、骨密度検査を受けさせたほうがよい」と提案する。また、筋力は「加齢、疾患、不動、低栄養」を原因に減少し、40歳以降では1年間に0.5~1%減少すると、筋力低下についても注意喚起。この状態が続けばサルコぺニアに進展する恐れがあり、予防のため週2~3回の適度な運動とタンパク質などの必須栄養の摂取を推奨した。 そのほかロコモティブシンドローム防止のため日本整形外科学会が推奨するロコモーショントレーニング(スクワット、片脚立ち運動など)は、運動機能の維持・改善になり、実際に石橋氏らの研究(伊奈STUDY)1)でも、運動機能の向上、転倒防止に効果があったことを報告し、レクチャーを終えた。血管からみた認知症予防の最前線 同学会の専門分科会である脳血管抗加齢研究会から森下 竜一氏(同会世話人代表、大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄付講座 教授)が、「血管からみるアンチエイジング」をテーマに、血管の抗加齢や認知症診断の最新研究について説明した。 はじめに最近のトピックスである食後高脂血症(食後中性脂肪血症)について触れ、多くの人々が6時間後に中性脂肪がピークとなるため1日の大部分を食後状態で過ごす中で、食後の中性脂肪値を抑制することが重要だと指摘する。実際、食後高脂血症は動脈硬化を促進し、心血管疾患のリスク因子となる研究報告2)もある。また、即席めんやファストフードに多く含まれる酸化コレステロールについて、これらはとくに肥満者や糖尿病患者には酸化コレステロールの血中濃度を上昇させ、動脈硬化に拍車をかけると警鐘を鳴らしたほか、食事後の短時間にだけ、人知れず血糖値が急上昇し、やがてまた正常値に戻る「血糖値スパイク」にも言及。こうした急激な血糖値の変動が高インスリン血症をまねき、過剰なインスリン放出が認知症の原因とされるアミロイドβを蓄積させると指摘する。 そして、認知症については、軽度認知障害(MCI)の段階で発見、早期治療介入により予防する重要性を強調した。その一方で、認知症の評価法について現在使用されている簡易認知機能検査(MMSE)、アルツハイマー病評価スケール(ADAS)などでは、検査に時間要すだけでなく、被験者の心理的ストレス、検査者の習熟度のばらつきなどが問題であり、スクリーニングレベルで使用できる簡便性がないと指摘する。そこで、森下氏らは、被験者の目線を赤外線で追うGazefinder(JCVKENWOOD社)を使用した視線検出技術を利用する簡易認知機能評価法の研究を実施しているという。最後に同氏は「今までの認知症の評価法のデメリットを克服できる評価法を作り、疾患の早期発見・予防に努めたい」と展望を述べ、講演を終えた。■参考文献1)新井智之、ほか. 第2回日本予防理学療法学会学術集会.2015.2) Iso H, et al. Am J Epidemiol. 2001;153:490-499.■参考脳心血管抗加齢研究会日本抗加齢医学会

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第12回 毎日簡単! 料理をしないでちょい足し「お手軽タンパク質」【実践型!食事指導スライド】

第12回 毎日簡単! 料理をしないでちょい足し「お手軽タンパク質」医療者向けワンポイント解説日本の総人口1億2,671万人(平成29年10月1日現在)のうち、65歳以上人口は、3,515万人で、総人口の27.7%を占めています。また、65歳以上人口は、平成37年(2025年)には、3,677万人に達し、平成54年(2042年)に3,935万人でピークを迎え、そのあとは減少に転じると推計されています。さらに、平成48年(2036年)には、3人に1人が、平成77年(2065年)には、2.6人に1人が65歳以上の社会になると推測されています*。高齢化に向けて問題になっているのが、サルコペニア、フレイルです。サルコペニアは加齢に伴って生じる骨格筋量と骨格筋力の低下、フレイルは高齢期におけるさまざまな生理的予備能が低下したことで健康障害が起こりやすい状態のことを示します。サルコペニアは、フレイルの要因の一つでもあり、この状態に繋がる原因として、栄養不良、タンパク質不足などが挙げられます。1日のタンパク質の摂取量について、日本人の食事摂取基準(2015年版・最新版)によると、18〜70歳以上のタンパク質の推奨量は、男性:60g、女性:50gと明記されています。また、平成29年国民健康・栄養調査の結果では、たんぱく質の摂取量は60歳代で最も多いことが明らかになりました。65歳以上の低栄養傾向の者(BMI≦20kg/m2)の割合は、全体:16.4%、男性:12.5%、女性:19.6%であり、ここ10年間での有位な増減は見られません。しかし、人口全体が高齢化に向かっていくことや、年齢と共に食事量が減ること、嗜好によるタンパク質不足、吸収率の低下などを考慮すると、元気なうちからタンパク質を意識することが大切です。今回は、栄養不足の方、高齢者の方が元気に過ごすために、意識してもらいたい「簡単にちょい足しできる調理不要のタンパク質」についてご紹介します。まずは、タンパク質の意識・取り入れ方法について説明します。1)食事にプラスしてタンパク質を意識しようタンパク質の摂取が不足する要因として、a)食事量が少ない b)欠食 c)嗜好がご飯やパン、麺類などの炭水化物に偏る、などがあります。普段からタンパク質が不足しているような患者さんには、『お手軽タンパク質』をプラスして摂取するよう伝えてみましょう。2)調理しなくていい「お手軽タンパク質」を常備しようタンパク質をプラスするには献立に取り入れることも大切ですが、普段から食べているものにプラスする意識を持つと、摂取量を安定的に増やすことができます。ほかの栄養素を合わせて摂るメリットも伝え、常備を心がけてもらいましょう。3)分けて食べようタンパク質は、消化に負担がかかること、エネルギー不足と共に少しずつ分解されていくことをふまえ、まとめて食べるのではなく、こまめに取り入れることがオススメです。三度の食事のほか、間食、飲み物、夜食などに加えると良いでしょう。【調理をしないでとりやすい「お手軽タンパク質」】卵茹でる、炒める、味噌汁に加えるなど、調理が簡単で、手軽に食べられるタンパク質源。アミノ酸バランスも理想的なタンパク質。ツナ缶マグロやカツオの油煮または水煮。米、パン、麺など何にでも相性がよい。サバ缶安くて、栄養価が豊富と大人気のタンパク質源。オメガ3系脂肪酸のDHA、EPAが豊富であり、血管の炎症などを抑える働きがある。イワシ缶サバ缶より脂質が少なく、タンパク質も豊富。サバと同じくDHA、EPAが豊富。納豆低脂肪、発酵食品。腸内環境を整えるほか、骨粗鬆症の予防効果が期待できるビタミンKが豊富に含まれている。チーズおやつとしても手軽に食べられることが魅力的なタンパク質源。豆腐木綿のほうがタンパク質はやや多い。絹ごし豆腐は、コンビニなどでも多く扱っているため購入しやすいタンパク質。低脂肪であり、柔らかい食感は、どの世代にも取り入れやすい。ヨーグルト発酵食品であり、ヨーグルトによって菌の種類、働き、味わいが異なるため、いろいろなヨーグルトで変化をつけられる。間食としても良い。パルメザンチーズチーズの中で一番タンパク質の含有量が高い。パスタや炒め物にかけるだけではなく、味噌汁やサラダなどに簡単に加えることができる。◆きな粉1回に食べられる量は少ないが、大豆の粉なのでタンパク質は豊富。ヨーグルトやアイスなどのデザート類にかけたり、料理に加えても美味しい。*:平成30年版高齢者社会白書

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出揃ったC型肝炎治療薬、最新使い分け法

 相次いで有効な新経口薬が登場し、適切に使い分けることでほぼ全例でウイルス排除が可能となったC型肝炎。しかし、陽性患者の治療への移行割合が伸び悩むなど課題は残っており、医師・患者双方が、治療によるメリットと治療法をより正しく認識することが求められている。1月9日、都内で「C型肝炎の撲滅に向けた残された課題と今後の期待~C型肝炎治療の市販後の実臨床成績~」と題したメディアセミナーが開催され(主催:アッヴィ合同会社)、熊田 博光氏(虎の門病院 顧問)、米澤 敦子氏(東京肝臓友の会 事務局長)が講演した。マヴィレットは実臨床でも高いSVRを達成、残された非治癒例とは? 発売から約1年が経過したC型肝炎治療薬マヴィレット配合錠(一般名:グレカプレビル/ピブレンタスビル)の虎の門病院における市販後成績は、治療終了後12週時点の持続性ウイルス学的著効率(SVR12)はすべてのジェノタイプ、治療歴の患者で臨床試験と同様の良好な結果が得られ、有害事象に関しても新たな事象の発現はみられなかった。 ただし、他の直接作用型抗ウイルス療法(DAA)既治療の患者、ならびにジェノタイプ3型感染者については、98.7%、87.5%とSVR12が若干低い傾向がみられている(臨床試験ではそれぞれ93.9%、83.3%)。熊田氏は、この両者への対応について解説した。 まずDAA既治療患者について、ジェノタイプ1型のマヴィレット非治癒例の詳細解析を行ったところ、C型肝炎ウイルスのNS5A領域P32遺伝子欠損という共通点がみつかった。このP32遺伝子欠損の患者には、1月8日に薬事承認されたエプクルーサ配合錠(一般名:ソホスブビル/ベルパタスビル)とリバビリンの併用療法が80%の患者に効果があったと報告されている。「P32遺伝子欠損の患者には、エプクルーサ+リバビリン24週投与が第一選択になるだろう」と同氏。DAA既治療患者のうち、P32遺伝子欠損症例の発現頻度は5%ほどと考えられるという1)。 3型感染者については、日本人では元々非常に少ない(虎の門病院のデータで、1万879例中55例[0.5%])。「マヴィレットで大部分の患者に対応できるが、非治癒だった症例に対しては、ソバルディとリバビリンの併用を24週投与することで治癒する症例が確認されている」と話した。DAA未治療/既治療それぞれのC型肝炎治療薬の使い分け 上記を踏まえ、同氏は虎の門病院で医師間の申し送り時に使用しているという「DAAの使い分け法」を解説。DAA未治療/既治療それぞれの、C型肝炎治療薬の使い分けを以下に紹介する。 [初回・DAA未治療] 慢性肝炎(1型、2型とも)→マヴィレット8週間 肝硬変  代償性→(1型、2型とも)ハーボニーあるいはマヴィレット12週      (1型のみ)エレルサ・グラジナ12週間  非代償性→エプクルーサ12週間 [DAA既治療] 1型  Y93H、L31ダブル耐性あり→マヴィレット12週間*あるいはエプクルーサ  +リバビリン24週間  Y93H、L31ダブル耐性なし→マヴィレット*、ハーボニー、エレルサ・グラジナの  いずれか12週間、あるいはエプクルーサ+リバビリン24週間 *P32欠失例を除く 2型→マヴィレット(ハーボニー)12週間あるいはエプクルーサ+リバビリン24週間 3型→マヴィレット12週間(ただし、マヴィレット非治癒例にはソバルディ  +リバビリン24週間) 最後に同氏は、C型肝炎ウイルスへの感染が肝臓以外のさまざまな他臓器疾患にも影響を及ぼすことに言及。SVR非達成例では、達成例と比較してCKD発症率が約2.7倍2)、骨粗鬆症症例における骨折の発症率が約3倍3)というデータを紹介し、「糖尿病のコントロール向上に関連するというデータもあり、早いうちにC型肝炎を確実に治療することで、肝外病変に対しても好影響がある。短期間の経口薬投与でこれだけの治療率が達成されているので、他科の先生方もぜひ積極的にC型肝炎チェックを実施して、治療につなげていってほしい」と呼び掛けた。C型肝炎治療は高齢者には難しいという認識が根強いが・・・ 続いて登壇した米澤氏は、東京肝臓友の会にこの1年半ほどの間で寄せられた相談内容をいくつか紹介。「医師から一人暮らしの後期高齢者にそんな治療はしないぞ! と怒られた」「過去にインターフェロン治療を行ったが効かず、治療薬のことを知りかかりつけ医に相談したが、知らないと言われた」などの相談が実際に寄せられているという。 患者側も、自覚症状がなければ治療に踏み切れない事例も多い。「主治医から治療を勧められたが、肝機能はずっと正常値。症状もないので治療はしなくてもいいか?」などで、同氏は「インターフェロン治療の時代が長かったため、C型肝炎治療は高齢者には難しい、あるいは大変な治療という認識が根強くある。またかかりつけ医から専門医への受け渡しがスムーズにいっていない事例もあると感じる」と話した。 なお、肝炎ウイルス検査陽性の場合の精密検査費用の国による助成が、2019年度から民間分も対象になる予定であることも紹介された。

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ヘモクロマトーシスの遺伝子変異、一般的な疾患とも関連/BMJ

 HFE遺伝子p.C282Y変異のホモ接合体は、性別を問わず、臨床的に診断された一般的な疾患(肝疾患、糖尿病、関節リウマチ、変形性関節症など)の有病率や発生率と関連があり、鉄過剰に関連するp.C282Y変異は、早期に介入を開始すれば予防および治療の可能性があることが、英国・エクセター大学のLuke C. Pilling氏らの検討で示された。研究の成果は、BMJ誌2019年1月16日号に掲載された。欧州人家系では、HFE遺伝子p.C282Y変異ホモ接合体は、鉄過剰症である遺伝性ヘモクロマトーシス(1型)の主因とされる。鉄過剰症は瀉血療法により予防可能であり、治療が可能な場合もあるが、見逃しや診断の遅延が多いという。約45万人で変異の有無別の罹患状況を検討 研究グループは、英国の欧州人家系の地域住民サンプルにおいて、HFE遺伝子p.C282Yの遺伝的バリアントを有する集団(ほとんどが遺伝性ヘモクロマトーシス1型)と、p.C282Y変異のない集団で、罹患および死亡の状況を比較するコホート研究を行った(英国医学研究協議会[MRC]の助成による)。 解析には、UK Biobankに登録されたイングランド、ウェールズ、スコットランドの22施設の2006~10年のデータを用いた。外来診断および死亡証明に基づき、40~70歳の欧州人家系の45万1,243例(平均追跡期間7年、最長9.4年)が抽出された。 ヘモクロマトーシス変異の有無別に有病率のオッズ比(OR)およびハザード比(HR)を算出した(年齢、遺伝子配列型、遺伝的主成分で補正)。女性は鉄過剰に起因する罹患が遅れるため、男女別に解析を行った。男性の5例に1例、女性の10例に1例以上が罹患 p.C282Y変異ホモ接合体を有する2,890例(0.6%、156例に1例の割合)のうち、追跡終了までに男性の21.7%(95%信頼区間[CI]:19.5~24.1、281/1,294例)、女性の9.8%(8.4~11.2、156/1,596例)がヘモクロマトーシスと診断された。 40~70歳のp.C282Y変異ホモ接合体の男性(1,294例)はp.C282Y変異のない男性(17万5,539例)に比べ、ヘモクロマトーシス(OR:411.1、95%CI:299.0~565.3、p<0.001)、肝疾患(4.30、2.97~6.18、p<0.001)、骨粗鬆症(2.30、1.49~3.57、p<0.001)、関節リウマチ(2.23、1.51~3.31、p<0.001)、変形性関節症(2.01、1.71~2.36、p<0.001)、肺炎(1.62、1.20~2.19、p=0.002)、糖尿病(1.53、1.16~1.98、p=0.002)の有病率が有意に高かった。 40~70歳のp.C282Y変異ホモ接合体女性(1,596例)で有意に有病率が高い疾患は、ヘモクロマトーシス(OR:438.0、95%CI:247.9~773.9、p<0.001)のほかは、変形性関節症(1.33、1.15~1.53、p<0.001)のみであった。 7年の追跡期間中に、ホモ接合体の男性の15.7%が、1つ以上の関連疾患を発症したのに対し、p.C282Y変異なしの男性は5.0%であり、有意な差が認められた(p<0.001)。同様に、女性でもそれぞれ10.1%、3.4%と、有意差がみられた(p<0.001)。 ヘモクロマトーシスの頻度は、p.C282Y/p.H63Dヘテロ接合体の参加者のほうが高かったが、この集団では関連疾患の罹患は多くなかった。 著者は、「p.H63Dを考慮しなければ、ベースラインとその後の診断を合わせ、p.C282Y変異ホモ接合体を有する男性の5例に1例以上、女性の10例に1例以上が、ヘモクロマトーシス、肝疾患、糖尿病、関節リウマチ、変形性関節症のうち1つ以上の診断を受けることになる」とまとめ、「これらの知見は、早期の診断確定やスクリーニングの拡大の推奨に関わる多くの問題の見直しを正当化する」としている。

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第15回 低用量ピルのよくある質問に答えるエビデンス【論文で探る服薬指導のエビデンス】

 低用量ピルは、避妊目的だけでなく、月経の周期、痛みや倦怠感などの月経困難症をコントロールすることで女性のさまざまな悩みを改善し、かつ安全性も高いという有用な薬剤です。しかし、副作用の懸念から抵抗を示される方も少なからずいらっしゃいます。副作用リスクを正しく認識していただいたうえでメリットを享受していただけるように、服薬指導でのよくある質問と参考となる研究を紹介します。低用量ピルは避妊のためのものではないのか低用量ピルには、避妊を目的とする経口避妊薬(Oral Contraceptive:OC)と月経困難症などの治療を目的とする低用量エストロゲン-プロゲスチン(Low dose estrogen-progestin:LEP)があり、どちらも服用すると、実際は妊娠していなくても下垂体は妊娠したと認識をするので排卵が起こらないようになります。低用量ピルの中止後は通常の月経に戻るのか月経をコントロールするという性質からか、低用量ピルの中止時に通常の月経に戻るのか、再び妊娠できる状態になるのか心配される方もいらっしゃいます。そういう場合には可逆性があることを説明できると安心材料になります。たとえば、レボノルゲストレル90μg/エチニルエストラジオール20μgを約1年服用した18〜49歳(平均年齢30.4歳)の女性で、通常の月経または妊娠に至るまでの期間を検討した観察研究では、最後の服用から90日以内に187例中185例(98.9%)で自然月経が再開または妊娠したという結果が出ています(自発月経181例、妊娠4例)。月経が再開するまでの期間の中央値は32日でした。これを踏まえると、中止後、妊娠していない状態で90日以上月経が再開しない場合は無月経の可能性が高いため、受診を勧める目安になります1)。低用量ピルを服用すると体重は増加するのかこれも比較的よくある質問ですが、服薬拒否にもつながりやすい事由なので丁寧な説明が求められます。体重増加について検討したコクランのシステマティックレビューがあり2)、試験の背景として体重増加がピル服用に関連していると考える女性が多く、服用の開始が遅れたり中止になったりすることが多いという問題が提示されています。しかしながら、実際にはプラセボ投与群または介入なし群を含む4試験では、低用量ピル(または避妊薬パッチ)の使用と体重増加の因果関係を支持する結果は見いだされませんでした。また、さまざまな種類のピルと投与量(エチニルエストラジオール20〜50μg)を比較した試験の大多数でも、グループ間で体重に関して有意差がないことが示されています。少なくとも大きな体重増加との関連はほぼないと説明してよさそうです。低用量ピルによる血栓症リスクはどれくらいあるのか血栓症ひいては静脈血栓塞栓症(VTE)は、ドロスピレノン・エチニルエストラジオール錠(商品目:ヤーズ配合錠)でブルーレターが発出されています。頻度としては低いのですが、低用量ピルに共通の副作用ですので、どの製剤であっても早期に兆候を察知して対処できるよう説明が必要です。VTEリスクの上昇は、エストロゲン含有ピルの摂取により、凝固因子II、VII、X、XII、VIIIおよびフィブリノゲンの血漿濃度が上がることが機序として考えられています3,4)。このリスクの感覚値をお伝えするうえで、参考になる症例対照研究があります5)。2015年にBMJ誌に掲載された研究で、2001~13年の間に英国においてVTEと診断された15~49歳の女性を対象としています。年齢、慣習、時期などをマッチさせた対照群を設定し、前年度の経口避妊薬摂取によってVTEの発生率が上がるかを検討したものです。オッズ比は、喫煙の有無、アルコール摂取、人種、BMI、合併疾患、他の経口避妊薬摂取などの因子で調整し、解析しています。その結果、年間10,000人当たりでVTEを発症する追加人数は、プロゲスチンの世代分類の観点からみると、第1世代(オーソ、シンフェーズ、ルナベルLD)と第2世代(トリキュラー、アンジュ)は6~7例の発生に対して、第3世代(マーベロン)は14例、第4世代(ヤーズ)は13例です。新しい世代のものほど、やや血栓症が出やすいという結果が出ています。一方で、エチニルエストラジオール含有量が高いほど脳卒中や心筋梗塞のイベントリスクが高い傾向にあり、表にあるようなプロゲスチンの種類による差は微々たるものであることを示唆するNEJM誌の論文もありますから6)、それも参考としてしっておくとよいかもしれません。VTEは早期の診断・治療が重要ですので、VTEの特徴的な兆候(英語の頭文字をとってACHES)を覚えておくと有用です。A:abdominal pain(激しい腹痛)C:chest pain(激しい胸痛、息苦しい、押しつぶされるような痛み)H:headache(激しい頭痛)E:eye/speech problems(見えにくい所がある、視野が狭い、舌のもつれ、失神、痙攣、意識障害)S:severe leg pain(ふくらはぎの痛み・むくみ、握ると痛い、赤くなっている)これらの兆候に気付いたら、重症化を防ぐため、すぐに中止のうえ受診を促す必要があるので、服薬指導時にお伝えしましょう。1)Davis AR, et al. Fertil Steril. 2008;89:1059-1063.2)Gallo MF, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2014 Jan 29:CD003987.3)Middeldorp S, et al. Thromb Haemost. 2000;84:4-8.4)Kemmeren JM, et al. Thromb Haemost. 2002;87:199-205.5)Vinogradova Y, et al. BMJ. 2015;350:h2135.6)Lidegaard O, et al. N Engl J Med. 2012;366:2257-2266.

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慢性蕁麻疹は、骨粗鬆症のリスク因子

 慢性蕁麻疹(CU)は骨粗鬆症に対して多くのリスク因子となるが、CUと骨粗鬆症における関連についてはデータが不足している。イスラエル・Clalit Health ServicesのGuy Shalom氏らは大規模な観察研究を行い、CUが骨粗鬆症のリスクとなる可能性があることを明らかにした。著者は、「ターゲットを適切にするためのスクリーニングを検討する必要がある」とまとめている。British Journal of Dermatology誌オンライン版2018年12月18日号掲載の報告。 研究グループは、地域住民を対象にCUと骨粗鬆症との関連性を評価する目的で、全国的な長期観察コホート研究を行った。 CUは、蕁麻疹と診断された4つの組み合わせで定義。それぞれのCUは、診断から6週間以内に記録され、プライマリケアの内科医が研究に登録した。CU患者と、その患者の年齢と性別が一致する者を対照群として割り付け、2002~17年における骨粗鬆症の発生頻度とその他の検査データを追跡した。 ステロイドの全身投与および骨粗鬆症に関連するほかのリスク因子についてのデータを得た。 年齢、性別、ステロイドの全身投与、肥満、喫煙、甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症に関して補正したCox回帰モデルにて、骨粗鬆症のリスク分析を行った。 主な結果は以下のとおり。・解析対象はCU患者群1万1,944例で、対照群は5万9,829例であった。・観察期間中、CU患者群のうち1,035例(8.7%)、対照群のうち4,046例(6.8%)が骨粗鬆症と診断された。・多変量解析の結果、CUは骨粗鬆症に対し、高リスクとして有意に関連していた(ハザード比:1.23、95%信頼区間[CI]:1.10~1.37、p<0.001)。

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第8回 冬の救急編:心筋梗塞はいつ疑う!?【救急診療の基礎知識】

12月も終盤。最近では都内も一気に冷え込んできました。毎朝布団から出るのが億劫になってきた今日この頃です。救急外来では急性冠症候群や脳卒中の患者数が上昇しているのではないでしょうか?ということで、今回は冬に多い疾患にフォーカスを当てようと思います。脳卒中は第5回までの症例で述べたため、今回は急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)に関して、初療の時点でいかにして疑うかを中心に考えていきましょう。●今回のPoint1)胸痛を認めないからといって、安易に否定してはいけない!?2)急性冠症候群?と思ったら、常に大動脈解離の可能性も意識して対応を!?3)帯状疱疹を見逃すな! 必ず病変部を目視し、背部の観察も忘れるな!?はじめに急性冠症候群は、冠動脈粥腫の破綻、血栓形成を基盤として心筋虚血を呈する症候群であり、典型例は胸痛で発症し、心電図においてST上昇を認めます(ST-elevation myocardial infarction:STEMI)。典型例であれば誰もが疑い、診断は容易ですが、そればかりではないのが現実です。高感度トロポニンなどのバイオマーカーの上昇を認めるものの、ST変化が認められない非ST上昇型心筋梗塞(non-ST elevation myocardial infarction:NSTEMI)、バイオマーカーの上昇も伴わない不安定狭心症(unstable angina pectoris:UAP)の診断を限られた時間内で行うことは難しいものです。さらに、胸痛が主訴であれば誰もがACSを疑うとは思いますが、そうではない主訴であった場合には、みなさんは疑うことができるでしょうか。STEMI患者であれば、発症から再灌流までの時間を可能な限り短くする必要があります。そのためには、より早期に疑い対応できるか、具体的にはいかにして疑い心電図をとることができるかがポイントとなります。今回はその辺を中心に一緒に考えていきましょう。急性冠症候群はいつ疑うべきなのか?胸痛を認める場合「胸痛を認めていれば10分以内に心電図を確認する」。これは救急外来など初療に携わる人にとって今や常識ですね。痛みの程度がたいしたことがなくても、「ACSっぽくないなぁ」と思っても、まずは1枚心電図検査を施行することをお勧めします。何でもかんでもというのは、かっこ悪いかもしれませんが、非侵襲的かつ短時間で終わる検査でもあり、行うことのメリットが大きいと考えます。胸痛を認めACSを疑う患者においては、やはり大動脈解離か否かの鑑別は非常に重要となります。頻度は圧倒的にACSの方が多いですが、忘れた頃に解離はやってきます。まずはシンプルに理解しておきましょう。突然発症(sudden onset)であった場合には、大動脈解離をまず考えておいたほうがよいでしょう。ACSも急性の胸痛を自覚することが多いですが、大動脈解離はそれ以上に瞬間的に痛みがピークに達するのが一般的です。数秒内か数分内かといった感じです。「なんだか痛いな、いよいよ痛いな」というのがACS、「うわぁ!痛い!」というのが解離、そんな感じでしょうか。皮膚所見は必ず確認ACSを数時間の診療内にカテーテル検査を行わずに否定することは意外と難しく、HEART score(表1)1)などリスクを見積もるスコアリングシステムは存在しますが、低リスクであってもどうしても数%の患者を拾いあげることは難しいのが現状です。しかし、胸痛の原因となる疾患がACS以外に確定できれば、過度にACSを心配する必要はありません。画像を拡大する画像を拡大する高齢者の胸痛の原因として比較的頻度が高く、発症時に見逃されやすい疾患が帯状疱疹です。帯状疱疹は年齢と共に増加し、高齢者では非常に頻度の高い疾患です。痛みと皮疹のタイムラグが数日存在(長ければ1週間程度)するため、発症時には皮疹を認めないことも多く診断では悩まされます。胸痛患者では心電図は必須であるため、胸部誘導のV6あたりまでは皮膚所見が勝手に目に入ってくるとは思いますが、背部の観察もきちんと行っているでしょうか。観察を怠り、ACSの可能性を考えカテーテル検査が行われた症例を実際に耳にします。皮疹がまったくない状態でリスクが高い症例であれば、カテーテル検査を行う状況もあるかもしれませんが、明らかな皮疹が支配領域に認められれば、帯状疱疹を積極的に疑い、無駄な検査や患者の不安は回避できますよね。疼痛部位に加えて、神経支配領域(胸痛であれば背部、腹痛であれば背部に加え臀部)は必ず確認する癖をもっておくとよいでしょう。胸痛を認めない場合ACSを疑うことができなければ、心電図をオーダーしないでしょう。いくら高感度トロポニンなど有効なバイオマーカーが存在していても、フットワークが軽い循環器医がいても、残念ながら目の前の患者さんを適切にマネジメントできないのです。胸痛を認めない患者とは(1)高齢、(2)女性、(3)糖尿病、これが胸痛を認めない心筋梗塞患者の3つの代表的な要素です。2型糖尿病治療中の80歳女性の約半数は痛みを認めないのです2,3)。これがわずか数%であれば、胸痛がないことを理由にACSを否定することが可能かもしれませんが、2人に1人となればそうはいきません。3大要素以外には、心不全や脳卒中の既往症がある場合には、痛みを認めないことが多いですが、これらは普段のADLの低下や訴えが乏しいことが理由でしょう。既往症から心血管系イベントのリスクが高い患者ということが認識できれば、虚血性病変を疑い対応することが必要になります。胸痛以外の症状無痛性心筋梗塞患者の入口はどのようなものでしょうか。言い換えれば、胸痛以外のどのような症状を患者が訴えていたら疑うべきなのでしょうか。代表的な症状は表2のとおりです。これらの症状を訴えて来院した患者において、症状を説明しうる原因が同定できない場合には、ACSを考え対応する必要があります。65歳以上の高齢者では後述するcoronary risk factorが存在しなくても心筋梗塞は起こりえます。年齢が最大のリスクであり、高齢者ではとくに注意するようにしましょう。画像を拡大するたとえば、80歳の女性が嘔気・嘔吐を主訴に来院したとしましょう。バイタルサインは意識も清明でおおむね安定しています。高血圧、2型糖尿病、脂質異常症、骨粗鬆症の指摘を受け内服加療中です。さぁどのように対応するべきでしょうか。そうです、病歴や身体所見はもちろんとりますが、それと同時に心電図は一度確認しておきましょう。症状が数日持続している、食欲は通常どおりあるなど、ACSらしくないなと思ってもまずは1枚心電図を確認しておくのです。入口を広げると、胸痛ではなく失神や脱力、冷や汗などを認める患者においても「ACSかも!?」と思えるようになり、「胸痛はありませんか?」とこちらから問診できるようになります。患者は最もつらい症状を訴えるのです。胸痛よりも嘔気・嘔吐、脱力や倦怠感が強ければ、聞かなければ胸痛を訴えないものなのです。Coronary risk factorACSを疑った際にリスクを見積もる必要があります。冠動脈疾患の家族歴、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙者、慢性腎臓病などはリスクであり、必ず確認すると思いますが、これらをすべて満たさない場合にはACSは否定してよいのでしょうか。答えは「No」です。 年齢が最大のリスクであり、65歳以上の高齢者では、前述したリスクファクターのどれも該当しなくても否定してはいけません。逆に40~50代で該当しなければ、可能性はきわめて低くなります。ちなみに家族歴はどのように確認していますか? 「ご家族の中で心筋梗塞や狭心症などを患った方はいますか?」と聞いてはいませんか。この問いに対して、「私の父が80歳で心筋梗塞にかかった」という返答があった場合に、それは意味があるでしょうか。わが国における心筋梗塞の平均発症年齢は、男性65歳、女性75歳程度です。ですから年齢を考慮すると心筋梗塞にかかってもおかしくはないなという、少なくともそれによって診療の方針が変わるような答えは得られませんね。ポイントは「若くして」です。先ほどの問いに対して「私の父は50歳で心臓の病気で亡くなりました」や、「私の兄弟が43歳で数年前に突然死して、不整脈が原因と言われました」といった返答があれば、今目の前にいる患者さんがたとえ若くても、家族歴ありと判断し、慎重に対応する必要があるのです。さいごに胸痛を認めればACSを疑い、対応することは誰もができるでしょう。しかし、そもそも疑うことができず、診断が遅れてしまうことも一定数存在するはずです。高齢者では(とくに女性、糖尿病あり)、入口を広げること、そして帯状疱疹に代表される心筋梗塞以外の胸痛疾患もきちんと鑑別に挙げ、対応することを意識してください。次回は、意識障害のピットフォールに戻り、アルコールによる典型的な意識障害のケースを学びましょう。1)Poldervaart JM, et al. Ann Intern Med. 2017;166:689-697.2)Canto JG, et al. JAMA. 2000;283:3223-3229.3)Bayer AJ, et al. J Am Geriatr Soc.1986;34:263-266.

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