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長期に消化性潰瘍の再発を予防するアスピリン+PPI配合薬「キャブピリン配合錠」【下平博士のDIノート】第58回

長期に消化性潰瘍の再発を予防するアスピリン+PPI配合薬「キャブピリン配合錠」今回は、「アスピリン/ボノプラザンフマル酸塩配合錠(商品名:キャブピリン配合錠、製造販売元:武田薬品工業)」を紹介します。本剤は、アスピリンとプロトンポンプ阻害薬(PPI)を配合することで、胃・十二指腸潰瘍の再発低減と服薬負担の軽減によるアドヒアランスの向上が期待されています。<効能・効果>本剤は、狭心症(慢性安定狭心症、不安定狭心症)、心筋梗塞、虚血性脳血管障害(一過性脳虚血発作[TIA]、脳梗塞)、冠動脈バイパス術(CABG)あるいは経皮経管冠動脈形成術(PTCA)施行後における血栓・塞栓形成の抑制の適応で、2020年3月25日に承認され、2020年5月22日より発売されています。なお、本剤の使用は、胃潰瘍または十二指腸潰瘍の既往がある患者に限られます。<用法・用量>通常、成人には1日1回1錠(アスピリン/ボノプラザンとして100mg/10mg)を経口投与します。<安全性>国内で実施された臨床試験において、安全性評価対象431例中73例(16.9%)に臨床検査値異常を含む副作用が認められました。主な副作用は、便秘8例(1.9%)、高血圧、下痢、末梢性浮腫各3例(0.7%)などでした(承認時)。なお、重大な副作用として、汎血球減少、無顆粒球症、白血球減少、血小板減少、再生不良性貧血、中毒性表皮壊死融解症(Toxic Epidermal Necrolysis:TEN)、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、多形紅斑、剥脱性皮膚炎、ショック、アナフィラキシー、脳出血などの頭蓋内出血、肺出血、消化管出血、鼻出血、眼底出血など、喘息発作、肝機能障害、黄疸、消化性潰瘍、小腸・大腸潰瘍(いずれも頻度不明)が発現する恐れがあります。<患者さんへの指導例>1.この薬は、血小板の働きを抑えて血液が固まるのを防ぐことで、血栓や塞栓の再形成を予防します。長期服用によって胃潰瘍・十二指腸潰瘍が再発しないよう、胃酸を抑える薬も併せて配合されています。2.解熱鎮痛薬や風邪薬で喘息を起こしたことのある方、出産予定日12週以内の妊婦は使用できません。3.割ったり砕いたりせず、噛まずにそのまま服用してください。4.手術や抜歯など出血が伴う処置を行う場合は、医師に必ず本剤の服用を伝えてください。<Shimo's eyes>本剤は、低用量アスピリンとPPIの配合剤であり、アスピリン/ランソプラゾール配合錠(商品名:タケルダ)に次ぐ2剤目の薬剤です。虚血性心疾患、脳血管疾患による血栓・塞栓形成抑制には、アスピリンなどの抗血小板薬投与が有効であり、国内外の診療ガイドラインで推奨されています。しかし、アスピリンの長期投与によって消化性潰瘍が発症・再発することから、低用量アスピリン療法時には原則としてPPIが併用されます。この際に併用できるPPIとしては、ランソプラゾール(同:タケプロン)、ラベプラゾール(同:パリエット)、エソメプラゾール(同:ネキシウム)、ボノプラザン(同:タケキャブ)があります。PPI併用の低用量アスピリン投与による消化性潰瘍発生に対する予防効果については、国内第III相試験(OCT-302試験)の副次評価項目として調べられています。胃潰瘍または十二指腸潰瘍の既往のある患者にアスピリン100mgを投与した後の胃潰瘍または十二指腸潰瘍の再発率は、投与12、24、52、76、104週後において、ランソプラゾール15mg併用群ではそれぞれ0.9%、2.8%、2.8%、3.3%、3.3%であったのに対し、ボノプラザン10mg併用群ではいずれも0.5%であり、ボノプラザン併用群で有意に低下していました(p=0.039)。本剤は、アスピリンを含む腸溶性の内核錠を、ボノプラザンを含む外層が包み込んだ構造となっているため、噛まずにそのまま服用する必要があります。本剤の適応には、「胃潰瘍または十二指腸潰瘍の既往がある患者に限る」という制限がありますが、現在消化性潰瘍を治療中の患者さんには禁忌となっているので注意が必要です。参考1)PMDA 添付文書 キャブピリン配合錠

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流行性耳下腺炎(ムンプス)【今、知っておきたいワクチンの話】各論 第3回

ワクチンで予防できる疾患(疾患について・疫学)ムンプスもしくは流行性耳下腺炎は、ワクチンで予防できる疾患Vaccine Preventable Diseaseの代表疾患である。1)ムンプスの概要感染経路:飛沫感染潜伏期:12~24日周囲に感染させうる期間:耳下腺腫脹の7日前から発症後9日頃まで感染力(R0:基本再生産数):11~14注)R0(基本再生産数):集団にいるすべての人間が感染症に罹る可能性をもった(感受性を有した)状態で、1人の感染者が何人に感染させうるか、感染力の強さを表す。つまり、数が多い方が感染力は強いということになる。感染症法:5類感染症(小児科指定医療機関による定点観測、直ちに届出が必要)学校保健安全法:第2種感染症(耳下腺、顎下腺または舌下腺の腫脹が発現した後5日を経過し、かつ全身状態が良好になるまで)2)ムンプスの臨床症状(表)ムンプスは、多彩な経過や合併症に特徴がある1)。ムンプスは主に唾液による飛沫によりヒト-ヒト感染を起こす。感染から発症までの潜伏期間は典型例で17~18日と非常に長いうえ、発症する6日前から唾液や尿中にウイルスが排泄され感染性がある。さらに、感染しても平均30%は不顕性感染で終わる。不顕性感染は低年齢者に多く,年齢があがるほど症状が現れやすく腫脹も長期化する傾向にある。ただし,無症状でも唾液中のウイルスには感染性がある。耳下腺の腫脹は最も有名かつ高頻度の症状で,発症者のうち90~95%に出現するとされる。しかし、前述の通り感染者全体では70%前後にすぎず、腫脹も両側とは限らない。ここで重要な点として,耳下腺や顎下腺の腫脹は他のウイルス感染症でも起こるため、発熱と耳下腺腫脹だけでムンプスとは確定診断できない。したがって「熱と耳下腺腫脹があった」だけではムンプス罹患といえず、ワクチン不要と判断すべきでない。耳下腺腫脹に続いて多い症状は、思春期以降の男性に起こる睾丸炎で、感染者の1/3に起こるほど多い。片側性の腫脹が多く、睾丸が萎縮し精子数も減少するが、完全な不妊に至ることはまれとされる。女性では感染者の5%に卵巣炎が起こるが,不妊との関連はいまだ証明されていない。このほか無菌性髄膜炎から脳炎、乳腺炎、膵炎といった症状も知られている。無症候の髄液細胞数増多は感染者の50%に認められるとの報告もある。このようにムンプスは潜伏期間が長く、無症候性感染が多いうえ、発症前からウイルスを排泄する。つまり、発症者や接触者を隔離しても伝搬は防げない。表 自然感染の症状とワクチンの合併症1)画像を拡大する3)ムンプスの疫学4~5年おきに大きな流行があり、年間報告数は4~17万例で推移している。ここ数年では、2016年に比較的大きな流行が確認されており、2020年の再流行が懸念されていた(図1)。合併症として問題になる難聴について日本耳鼻咽喉科学会が実施した調査によると2)、上記2年間の流行中に少なくとも335例がムンプス難聴と診断されていた。調査デザインの限界から考えると、症例はもっと多いことが推定される。図1 ムンプスウイルス診断名別分離・検出報告数の推移(2000年1月~2019年9月)画像を拡大するワクチン概要単味の生ワクチンであり、年齢を問わず0.5mLを皮下注する。正確には、ワクチンキットに付属している溶解液0.7mLをバイアル瓶に注入したうち0.5mLを吸い出して接種する。ワクチンで一般にみられるアレルギー反応、接種部位の腫脹、短時間の発熱、といった副反応のほかに特異的なものはない。弱毒化した病原性ウイルスそのものを接種する生ワクチンであり、妊娠中の女性には接種は禁忌である。また、接種後2ヵ月間は妊娠を避けるべきである。同様にステロイドを含む免疫抑制薬を投与中、もしくは免疫抑制状態にある患者も接種禁忌である。現時点では任意接種に位置付けられており、自治体などの補助がなければ接種費用は自己負担となる。なお、先進国の中で日本だけが定期接種化されていない(図2)。図2 世界のムンプスワクチンの接種状況画像を拡大する(From data reported to WHO by 193 WHO Member States as of February 2015より引用)国内では、鳥居株を用いたタケダと星野株を用いた第一三共の2製品が流通している。両者とも無菌性髄膜炎の発生頻度は同様(鳥居株が1/1,600、星野株が1/2,300)。国際的に広く流通しているJeryl-Lynn株は、国産品に比べて免疫獲得能がやや低い一方で無菌性髄膜炎の発症は少ない。接種スケジュール「1ヵ月以上の間隔で2回以上の接種」が原則となる。添付文書では生後24ヵ月~60ヵ月の間に接種することが望ましいとされているが、妊娠中などの禁忌がなければ成人でも接種可能である(図3)。画像を拡大するその他の注意事項は以下の通りである。他の生ワクチン接種:27日以上空ける(4週目の同じ曜日から接種可能)不活化ワクチン接種:6日以上空ける(翌週の同じ曜日から接種可能)輸血およびガンマグロブリン製剤の投与:投与3ヵ月以降に接種ガンマグロブリンを200mg/kg以上の大量投与:投与6ヵ月以降に接種ワクチン接種後14日以内にガンマグロブリン製剤投与:投与後3ヵ月以降に再接種ステロイドや免疫抑制剤:投与中止後6ヵ月以降に接種罹患歴については前述の通り、医療機関でムンプスウイルス感染を証明された場合のみ意義ありとして、臨床症状のみで罹患歴としないことが望ましい。ムンプス成分を3回以上接種しても医学的には問題はない。Jeryl-Lynn株ワクチンを採用している先進国によってはむしろ、10年程度で抗体価が低下することによる“Secondary vaccine failure”への対策として追加接種を検討している。また、ウイルス曝露の早期にワクチン接種することで発症を予防する曝露後緊急接種について、麻疹や水痘では有効性が確認されているが、ムンプスワクチンでは無効と考えられてきた。しかし、2017年に“The New England Journal of Medicine”で一定の効果が報告されるなど3)、近年ムンプスワクチンの接種戦略は世界的に見直しが検討されつつある。ただし、この研究で用いられたのはJeryl-Lynn株を含むMMRワクチンであり、日本製品とは素性が異なる。また、日本のムンプスワクチンには曝露後接種の適応はない。日常診療で役立つ接種ポイント(例.ワクチンの説明方法や、接種時の工夫)外来などでは、おおむね以下の点について説明することが望ましい。「いわゆる『おたふく風邪』を予防するワクチンです。1回接種の予防効果は75~80%で、確実な予防のために2回接種しましょう」「『おたふく風邪』で死亡することはまれですが、多様な合併症が起きます。特に難聴は、年間300人前後も発症している可能性があるうえ、もし発症すると回復不能です」「感染から発症まで2週間以上と長いことや、感染しても1/3は無症状のままウイルスを広げている、といった特性から発症者の隔離は意味がなく、確実な予防法はワクチンだけです」「接種間隔を伸ばすメリットはないので、幼稚園などの集団生活を始める前に2回接種を済ませましょう」「海外へ移住する方は、お子さんだけでなく大人も接種を検討しましょう。幼少時に耳下腺が腫れた、というだけではムンプスとは限りませんし、追加接種しても問題ありません」今後の課題・展望ワクチンギャップ解消の機運を受け、厚生労働省の厚生科学審議会は2012年に「広く接種を促進することが望ましい」と7つのワクチンを提示した4)。これら7つのうち、2020年現在いまだに定期接種化を果たしていないのはムンプスだけになった。これには、1989年のMMR統一株ワクチンによる無菌性髄膜炎が大きく影響している。それまで積極的だったワクチン行政を決定的に転回させ、日本にワクチンギャップが生まれる遠因ともなった渦中のムンプスワクチンが、その影響を最後まで受けているともいえる。しかし、そもそも自然感染に比べれば現行ワクチンでも無菌性髄膜炎の発症率は1/20以下であるし、さらに1歳前後で早期接種すると無菌性髄膜炎の発生率が減ることが明らかになってきた。そして、現在、無菌性髄膜炎の発生率は、MMR統一株ワクチン当時の1/10にまで減っている。ムンプスワクチン定期接種化のメリットは感覚的にも明らかだが、医療経済学的な試算でも有効性は示されており5)、学術団体からも繰り返し要望が出ている。しかしながら、無菌性髄膜炎が減ったことでワクチン接種の効果を自然感染と比較する調査のハードルは高くなっており、承認申請のために治験を通過する必要がある輸入ワクチンの導入やワクチン株の新規開発を一層難しくなっている。一方、諸外国では、Jeryl-Lynn株ワクチン2回接種後の感染が問題となっており、不活化ワクチンの新規開発や曝露後接種の検討なども始まっており、日本と世界の現状は乖離しつつある。2020年1月の厚生科学審議会の評価小委員会では、ムンプスワクチンについて審議が行われたが、明確な方針決定には至らなかった6)。 参考となるサイトこどもとおとなのワクチンサイト1)おたふくかぜワクチンに関するファクトシート2)2015-2016年にかけて発症したムンプス難聴の大規模全国調査3)Cardemil CV, et al. N Engl J Med. 2017;377:947-956.4)予防接種制度の見直しについて(第二次提言)5)大日康史、他. ムンプスの疾病負担と定期接種化の費用対効果分析.厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)「水痘、流行性耳下腺炎、肺炎球菌による肺炎等の今後の感染症対策に必要な予防接種に関する研究(研究代表者:岡部信彦)」、平成15年度から平成17年度総合研究報告書.p144-154:2006.6)厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会)第37回講師紹介

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第21回 アフリカはCOVID-19流行をうまく切り盛りしている~集団免疫が可能か?

アフリカ大陸での新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者数は8月6日に100万人を超えましたが勢いは衰えており、以降13日までの一週間の増加率はその前の週の11%より低い8%でした1)。アフリカの国々は最初のSARS-CoV-2感染が同大陸で確認されてから8月14日までの6ヵ月間に多くの手を打ちました2)。速やかにロックダウンを実行し、診断や治療体制を整え、いまやすべての国で人口1万人あたり100の検査を提供しています。重篤な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者に必要となる酸素もより供給できるようになっており、最初は69棟だった酸素プラントは倍近い119棟に増えています。酸素濃縮器も2倍を超える6,000台超を備えます。世界保健機関(WHO)がアフリカのデータを解析したところ2)、最初の感染発見からおよそ2~3週間後の感染急増は生じておらず、ほとんどの国での増加はゆっくりであり、増加の山場ははっきりしていません。どうやらアフリカはCOVID-19流行をいまのところうまく切り盛りしているようです3)。先月7月末のmedRxiv報告4)によると、ケニアの15~64歳の実に20人に1人、数にして160万人がSARS-CoV-2感染指標の抗体を有していると約3,000人の献血検査結果から推定されました。しかしケニアの病院でCOVID-19発症患者は溢れかえってはいません。モザンビークの2都市・ナンプラやペンバでおよそ1万人を調べた調査では、職業によって3~10%がSARS-CoV-2への抗体を有していましたが、診断数はずっと少なく、およそ75万人が住むナンプラでその時点で感染が確定していたのはわずか数百人ほどでした3)。マラウィでの試験でも同様に驚く結果が得られています5)。同国の大都市ブランタイアの無症状の医療従事者500人を調べたところ10人に1人を超える12.3%がSARS-CoV-2への抗体を有していると判断され、その結果や他のデータに基づくと、その時点でのブランタイアでのCOVID-19による死亡数17人は予想の1/8程でしかありませんでした。そのように、アフリカの多くの国の医療は不自由であるにもかかわらずCOVID-19死亡率は他の地域を下回ります。最近の世界のCOVID-19感染者の死亡率は3.7%ですが6)、アフリカでは2.3%(8月16日時点で死亡数は2万5,356人、感染例数は111万53人)7)です。より高齢の人ほどCOVID-19による死亡リスクは高まりますが、アフリカの人々の6割以上は25歳未満と若く、そのことがCOVID-19による死亡が少ないことに寄与しているかもしれないとWHOは言っています1)。それに、COVID-19の重症化と関連する肥満や2型糖尿病等の富裕国に多い持病がアフリカではより稀です。また、風邪を引き起こす他のコロナウイルスにより接していることや、マラリアやその他の感染症に繰り返し曝されていることでSARS-CoV-2を含む新たな病原体と戦える免疫が備わっているのかもしれません3)。ケニア人が重病化し難いことに生来の遺伝的特徴が寄与していると想定している研究者もいます。これからアフリカではギニア、セネガル、ベニン、カメルーン、コンゴ共和国の数千人のSARS-CoV-2抗体を調べる試験が始まります。WHOの指揮の下での国際的な抗体検査にはアフリカの11ヵ国の13の検査拠点が参加しています。抗体は感染しても備わらない場合もありますし、備わっても徐々に失われるとの報告もあるので抗体保有率は真の感染率を恐らく下回るでしょうが、得られたデータはアフリカでの感染の実態の把握を助けるでしょう。もしアフリカで数千万人がすでにSARS-CoV-2に感染しているとするなら、ワクチンに頼らず感染に身を任せて集団免疫を獲得して流行を終わらせることに取り組んでみたらどうかという考えが浮かぶと国境なき医師団の研究/指導部門Epicentre Africaで働く微生物/疫学者Yap Boum氏は言っています3)。経済を停滞させ、長い目で見るとむしろ人々の健康をより害しかねない制約方針よりも集団免疫を目指すほうが良い場合もあるかもしれません。感染数に比して死亡数が明らかに少ないアフリカなら集団免疫の取り組みが許されるかもしれず、真剣に検討してみる必要があるとBoum氏は話しています。参考1)Coronavirus: How fast is it spreading in Africa? /BBC2)Africa marks six months of COVID-19/WHO3)The pandemic appears to have spared Africa so far. Scientists are struggling to explain why/Science 4)Seroprevalence of anti-SARS-CoV-2 IgG antibodies in Kenyan blood donors. medRxiv. July 29, 20205)High SARS-CoV-2 seroprevalence in Health Care Workers but relatively low numbers of deaths in urban Malawi. medRxiv. August 05, 20206)Situation reports, WHO African Region/12 August 20207)Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) / Africa Centres for Disease Control and Prevention

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第20回 風邪コロナウイルスがSARS-CoV-2免疫を授けうる? / キャンプ場で小児にCOVID-19が大流行

風邪コロナウイルス反応T細胞がSARS-CoV-2も認識する?新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染していないのにSARS-CoV-2に反応するCD4+ T細胞が少なくとも5人に1人、多ければ2人に1人に備わっていると示唆されています。SARS-CoV-2が流行する前に25人から採取した血液検体を調べた新たなScience誌報告でもこれまでの幾つかの研究と同様にSARS-CoV-2反応T細胞が見つかり、SARS-CoV-2の142の領域(抗原決定基)がT細胞への反応と関連しました1,2)。そして、これまでにない新たな発見として、SARS-CoV-2に反応するT細胞が風邪を引き起こす馴染みのコロナウイルス(風邪コロナウイルス)4種のSARS-CoV-2に似た抗原決定基にも同様に反応しうることが示されました。この結果は、SARS-CoV-2流行前から馴染みのコロナウイルスに曝露したことでSARS-CoV-2にも反応しうるT細胞が備わったという考えを支持しています3)。また、感染前から備わるSARS-CoV-2への免疫反応はT細胞だけではなさそうです。先月23日にmedRxivに発表された報告によると、英国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が本格的に流行する前の2018~2020年初めに非感染者262人から採取した血液検体のうち15検体(6%)にはSARS-CoV-2に反応する抗体が認められました4)。さらに特筆すべきことに小児でのその割合はとくに高く、1~16歳の小児48人のうち少なくとも21人(44%)はSARS-CoV-2スパイクタンパク質に反応するIgG抗体を有していました。小児は一般的に他のコロナウイルスとの接触がより多く、それが小児にIgG抗体が多い理由かもしれません。そのようなSARS-CoV-2反応抗体は小児におけるCOVID-19感染者の多くがかなり軽症で済むことの理由の一つかもしれないと著者の1人Rupert Beale氏はツイートしています5)。ただし、SARS-CoV-2への幾ばくかの免疫で感染を絶対に防げるという保証はありませんし、悪くすると正反対の効果、免疫反応を乱して手に負えない炎症やウイルスの蹂躙を招く恐れがあります。たまたま備わったSARS-CoV-2反応T細胞はとくに高齢者にとっては有害になる恐れがあるとシンガポールの免疫学者Nina Le Bert氏は言っています3)。Le Bert氏もCOVID-19へのT細胞反応を調べている研究者の一人です。キャンプ場で小児にCOVID-19が大流行小児はSARS-CoV-2感染しても多くが軽症で済み、それに感染し難いことが示唆されている一方で、米国ジョージア州のキャンプ場で6月に発生した小児のCOVID-19大流行はどの年齢の小児も感染と無縁ではないことを改めて示しました6)。そのキャンプ場では、キャンプする小児(6~19歳、中央値12歳)の受け入れの準備のためにまずは世話係(年齢14~59歳、中央値17歳)が6月17日にキャンプ場に集まり、キャンプはその週末21日から始まりました。キャンプ場のCOVID-19食い止め対策は完全ではなく、世話係は綿製マスク着用が義務でしたがキャンプする小児のマスク着用は必須とせず、ドアや窓を開けて建物内の換気を促すこともしませんでした。6月23日に10代の世話係の1人が前の晩に寒気を覚えてキャンプ場を去り、検査の結果24日にSARS-CoV-2感染が確認されました。キャンプ場は24日から滞在者を帰宅させはじめ、27日に閉鎖しました。キャンプには世話係251人とキャンプ参加小児346人合わせて597人が集い、検査結果が判明した344人(内訳は未報告)のうち260人(76%)が陽性でした。マスクが必須ではない環境で大勢が集まって同じ部屋で寝て、勢いよく歌ったり声援したりを繰り返したことが恐らく感染を広まらせたようであり、集いの場では相手との距離を保ってマスクを絶えず装着する必要があると著者は言っています。参考1)Selective and cross-reactive SARS-CoV-2 T cell epitopes in unexposed humans. Science 04 Aug 20202)Exposure to common cold coronaviruses can teach the immune system to recognize SARS-CoV-2 / Eurekalert 3)Does the Common Cold Protect You from COVID-19? / TheScientist4)Pre-existing and de novo humoral immunity to SARS-CoV-2 in humans. bioRxiv. July 23, 20205)Rupert Beale氏ツイッター 6)SARS-CoV-2 Transmission and Infection Among Attendees of an Overnight Camp - Georgia, June 2020. MMWR. Early Release / July 31, 2020

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第18回 身近に迫る新型コロナ、COCOAより基本的な感染予防が勝る

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者拡大に歯止めがかからない。クルーズ船での感染例も含む国内感染者数は既に4万人を突破。3万人突破からこの数字に至るまでわずか9日間しか要していないという。数ヵ月前のニューヨークやイタリア国内を彷彿とさせる状況である。実際、先週は自分の周囲にもCOVID-19がヒタヒタと足音を忍ばせて近づいてきていると感じたことを2度も経験した。そもそも私の場合、最初に身近の感染例を見聞きしたのは4月下旬。まだ国内のPCR検査陽性者が1万2,000人強、人口当たりでは陽性者が1万人当たり1人の時だ。この時は自宅マンションを出て近所で買い物をし、そのまま約1km離れた賃貸アパート一室の事務所へ戻ろうと再びマンション前を通り、異変に気付いた。マンション前の道路にパトカーと救急車が横付けされていたのだ。買い物をしたスーパーまで50mも離れていないのにサイレンを聞いた覚えはない。目を凝らすと自宅マンションのエントランスにあるインターホン前で完全防護服の人間が複数うごめいている。救急車の消防署要員と警察官だろう。職業柄、警察官が複数たむろしていると、ついつい近づいて「コロシ(殺し)ですか?」と業界用語で尋ねてしまう癖があり、警戒につく警察官に「もしかして非番(の同業者)の方ですか?」とぎょっとされたりするのだが、今回はあまりの緊迫感に近づける雰囲気ではない。明日、管理人に尋ねれば良いと思い、そのまま事務所に戻った。翌日、管理人に尋ねたところ、「発熱を訴えた住民がいきなり110番した」とのこと。いやはや神経質な人が過剰反応したのだろうと思ったのだが、結局数日後にこの住民がPCR検査陽性者だと判明した。マンション内の掲示板には、建物内の大規模な消毒はせず、共用部分で多くの人が手を触れる場所を管理人が入念に掃除をする、との管理組合からの決定が張り出されたことで決着がついた。そこからしばらくは周囲でそれらしい話を聞くことなく日々が過ぎていった。ついに知り合いから出たPCR検査陽性者そして先週水曜日の夕刻、旧知の編集者と対面した時、そっと耳打ちされた。「A君が新型コロナのPCR検査で陽性だったらしいです」A君もやはり旧知の編集者。本人がメディア業界に入った当時から現在に至るまで15年以上の付き合いがあり、何度か一緒に仕事をしたこともある。もちろん、時々飲食を共にすることもあり、最後に会ったのも昨年12月の飲食の場でだ。この原稿執筆時点で本人は既に回復し、仕事にも復帰している。本人に連絡を取ると、発熱の症状があり3日間休暇を取得。解熱したため職場に出勤したところ、翌日再度発熱して再び休暇を取り、その後陽性が判明したとのこと。職場に出勤したのは1日のみでとくにクラスターも発生していない。感染経路も不明だという。A君は次のように語った。「実は発熱後から今までまったく咳が出てないんですよね。そんなこともあり正直、油断してました」COVID-19の場合、これまでのデータからはほぼ全例に発熱があり、これに次いで7割以上の患者で観察されるのが乾性咳嗽。ところがA君本人はこの症状がまったくなかったことに加え、3日目の解熱というインフルエンザや風邪との臨床鑑別に用いられる現象があったのだから、実に厄介な感染症といえる。実はすれ違っていたCOVID-19そして2日後の先週金曜日、行きつけのスポーツジムで一汗かいてシャワーを浴びて帰宅しようと出口に向かったところ、従業員に名指しで呼び止められた。私が利用しているジムは時々利用者にちょっとしたプレゼントを配ったりするので、今回もその手のものかと思ってニコニコ顔で振り返ったら、思わぬ“プレゼント”をいただく羽目になった。「実は月曜日に保健所から連絡があり、当店の利用者から新型コロナの陽性者が発生しました。で、その方の直近の利用時間に村上さんが店内にいたことが判明しまして…」一瞬反射的に驚いたものの、もはや感染者がどこにいてもおかしくないと考えていたこともあり、厚生労働省がダウンロードを推奨する新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)を既に自分のスマホでも稼働させていたが反応してなかったな、とぼんやりと思ったくらいだ。従業員の話を聞いてみると、判明した陽性者は、入会のための初来店で、ほぼ入口付近のテーブル席におり、店内の防犯カメラの解析結果でこの時の私はテーブル席から離れたストレッチ・エリア、トレッドミル・エリアにいたとのこと。厚生労働省の一般向けQ&Aで示している濃厚接触者の基本定義は『1m以内、15分以上の接触の可能性がある場合』であり、この定義を満たしたとしてもマスクの有無、会話など発声を伴う行動や対面での接触の有無など、“3密”の状況などを考慮して最終的な濃厚接触者が決定されている。従業員によると、保健所が店内で濃厚接触者として認定した人はいないという。しかも来店日は2週間前のことで、既にウイルスの潜伏期間は過ぎている。従業員からは「この間体調に変化はありませんでしたか?」と尋ねられたが、もちろん変化はない。「一応、同時刻にいた方には念のためお知らせしています」とにこやかに言われて話は終了した。ちなみに前述のCOCOAは陽性と診断された人に対し、保健所が処理番号を発行し、本人が自らの意思で処理番号をアプリに入力しないと、陽性者の登録にはならない。厚生労働省の発表によると、8月5日時点でのCOCOAのダウンロード件数は約1,157万件、陽性登録者は135件であり、まだまだ利用者にとって有効に機能する状態にはなっていないのが現状である。結局、今回私の傍らをCOVID-19が通り過ぎて行ったことで改めて認識したのが、現時点ではソーシャルディスタンスの確保、屋内での距離確保が難しい場合のマスク着用、手洗いの励行という、もはや聞き飽きたといわれるようなことを自分自身が腐らず実行し、そして外に向けては繰り返し伝えていかねばならないということだ。

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医学生向け・医師国家試験の勉強法(2)【森野コジカの研修医室からこんにちは!】第4回

第4回 医学生向け・医師国家試験の勉強法(2)こんにちは! 森野コジカです。今回は国試編第2回、模試や勉強会についてお伝えします。(1)模試各予備校が模試を実施していますが、やはりある程度は受けたほうがいいです。ただ、コジカは受けまくった結果、復習が追いつかず無駄にしてしまった回もあるので、自分のペースと相談しながら受けるのがベストだと思います。(2)勉強会コジカは直前期、仲の良い友達と一緒に平日2時間ずつやっていました。毎日同じ時間に集まるので、生活リズムを保つのに役立ったと思います。勉強会では、主に模試の復習をしていました。自分とは違う視点を吸収できるので、とてもためになりました!また、勉強だけでなく、進捗状況や出題予想などの情報交換の場としても最適です。ただ、1人でやったほうが捗る方は、それでもいいかもしれません。とにかく自分の勉強ペースを崩さず、ストレスを溜めず国試に臨むことが大切だと思います。(3)友人関係などマッチングや友人、恋人関係など、6年生ならではの悩みがたくさんあると思います。コジカは、直前期を国試最優先にできるよう、先回り先回りで行動していました。研修病院への書類送付や卒業旅行の準備などは、早めに済ませるとよいと思います。そして何より、自分の勉強・生活がブレないようにすることが大事! 国試当日は何が起こるかわかりません。風邪をひくこともあるかもしれません…。そうなってもなんとか乗り切れるように、万全の準備が必要です。国試直前はとても不安になる時期なので、「自分はここまでやったから大丈夫!」と、少しでも自信を持てるように、着々と準備をしていきましょう。自分の将来の姿を思い描きながら、頑張ってください!

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第16回 COVID-19食い止めにT細胞が貢献?/ジャーナル購読の莫大な費用をソフトウェア解析で節約

COVID-19食い止めにT細胞が貢献か?抗体検査のみでは感染者数過小評価の恐れ新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)への抗体は検出されずともT細胞は検出される場合があり、抗体検査だけではその感染(COVID-19)者数を少なく見積もってしまう恐れがあります1)。また、SARS-CoV-2への曝露があっても軽症か発症しないケースではT細胞が貢献しているかもしれません2)。フランスの7家族を調べた試験の結果1)、SARS-CoV-2感染者と密に接したその家族8人のうち6人からはSARS-CoV-2へのT細胞が検出されましたが抗体は見つかりませんでした。スウェーデンの約200例を調べた試験では無症状か軽症のSARS-CoV-2感染者のほとんどから強いメモリーT細胞反応が検出され、それらのT細胞反応獲得者に抗体反応が欠如していることは稀ではありませんでした3)。SARS-CoV-2に曝露か感染すれば抗体がどうあれ重度COVID-19を防げるようになる可能性があるようです。また、メモリーT細胞反応は抗体反応より2倍多く認められ、抗体検査頼りだとSARS-CoV-2に対抗する免疫がどれだけ広まっているかを少なく見積もってしまうようです。SARS-CoV-2へのT細胞反応は風邪症状を引き起こす別のコロナウイルスへの感染によって備わるらしいことも示されています4)。目下のCOVID-19流行からだいぶ前の2015~18年に採取されて保管されていた血液検体を調べたところ約半数にSARS-CoV-2を認識するヘルパーT細胞が備わっていました。風邪を引き起こす4つのヒトコロナウイルスのいずれかに感染したことでSARS-CoV-2も認識しうるT細胞が発生したのだろうとLa Jolla Instituteの研究チームは考えています。そのチームはCOVID-19から回復した10人の全員からSARS-CoV-2スパイクタンパク質を認識するヘルパーT細胞が検出されたことも併せて報告しています。また、スパイクタンパク質以外のタンパク質に反応するヘルパーT細胞も検出されました。現在開発中のワクチンのほとんどはスパイクタンパク質への免疫反応を誘発することを目指しています。しかしもっと欲張った方が良さそうです。他のタンパク質に反応するヘルパーT細胞が今回確認されたことから察するに、それらのタンパク質へも免疫系を駆り立てるワクチンはいっそう有効かもしれません。1つのタンパク質だけにぞっこんにならない方が良いと米国ノースカロライナ大学の分子微生物学者Rachel Graham氏はScience誌に話しています5)。ジャーナル購読の莫大な費用をソフトウェア解析で節約可能に?今年2020年4月にニューヨーク州立大学(SUNY)はオランダの巨大出版会社Elsevier(エルゼビア)との値が張る一括購読契約を打ち切り、248雑誌の購読を中心とするこじんまりとした契約に切り替えました6)。SUNYはその絞り込みで年間購読料を500~700万ドルも減らせる見込みです。Science誌のニュースによるとUnsubというソフトウェアがその絞り込みを手伝いました7)。SUNYがそれまで年間およそ900万ドルを払っていた2,200ものElsevier発行雑誌の10分の1ほどの248雑誌を年間200万ドル払って購読すればSUNYの64施設の研究者は今後5年間に読むであろうElsevier出版論文の約7割を制限なく入手できるとUnsubは推定しました。UnsubはSUNYのそれぞれの図書館の雑誌利用データを解析し、SUNYの施設や学生がすでに無料で利用できるネット上の論文を考慮してそう推定しました。SUNYは支払いを続ける必要がある雑誌を独自に見繕い、その一覧はUnsubが打ち出した一覧と一致していました。Unsubは一大技術であり、おかげで大学の図書館がもはや大金を注ぎ込まずとも機能を保ってやっていけると分かったとSUNY図書館の運営戦略リーダーMark McBride氏は言っています。Unsubは2017年に誕生したUnpaywallというツールを発展させて去年2019年11月に発売されました。Unsubの前身のUnpaywallはネットから無料の論文を探し出し、合法的に支払いを回避して目当ての論文を読めるようにするものです。Unpaywallの欠点を解消して出来上がったUnsubの年間使用料は1,000ドルであり、Unsubを販売する学術支援企業Impactstoryの設立者の1人・Jason Priem氏によるとすでに300の図書館がUnsub使用を決めています。SUNYが踏み切ったような巨額契約打ち切りがこの夏には増え、図書館は交渉力を取り戻すことになるだろうとPriem氏は言っています。SUNYが新たな契約の下で手に入れうる論文のうちおよそ30%はオープンアクセスなのですでに無料で読むことができ、25%はSUNYが何年か契約を続けたことで入手可能です。新たな契約の下で入手不可能な論文はどうするかというと、SUNYのそれぞれの施設ごとに必要な雑誌を個別購読したり他の図書館から一時的な閲覧権を購入して読めるようにします。また、論文の単品購入もあります。それらの追加出費を含めても新たな契約は余りある節約をもたらすと前述のMcBride氏は言っています。顧客の好みがどうあれ高品質な出版物をお値打ち価格で公平にいらつかせず提供することに変わりはないとElsevierの広報担当者はScience誌に話しており、Unsubが台頭したところで同社は特に何か手を打つつもりはないようです。ところでUnsubと似た目的の1figrというソフトがあったのですが、その販売会社1Scienceとその親会社Science-MetrixがElsevierに取得された後に残念ながら姿を消しました。参考1)Intrafamilial Exposure to SARS-CoV-2 Induces Cellular Immune Response without Seroconversion. medRxiv. June 22, 20202)Scientists focus on how immune system T cells fight coronavirus in absence of antibodies / Reuters 3)Robust T cell immunity in convalescent individuals with asymptomatic or mild COVID-19. bioRxiv. June 29, 2020 4)Grifoni A, et al. Cell. 2020 Jun 25. [Epub ahead of print]5)T cells found in COVID-19 patients ‘bode well’ for long-term immunity / Science 6)State University of New York Steps Away From the “Big Deal” with Elsevier 7)This tool is saving universities millions of dollars in journal subscriptions / Science

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MRワクチン【今、知っておきたいワクチンの話】各論 第1回

ワクチンで予防できる疾患(疾患について・疫学)ワクチンで予防できる疾患、VPD(Vaccine Preventable Disease)は、数えられるほどしかない。しかし、世界ではいまだに多くの子供や大人(時に胎児も)が、ワクチンで予防できるはずの感染症に罹患し、後遺症を患ったり、命を落としたりしている。わが国では2012~2013年の風疹大流行(感染者約17,000人)に引き続き1)、2018~2019年にも流行した(感染者5,000人以上)。その影響もあり、日本は下記期間において世界3位の風疹流行国となっている2)(図1、表1)。風疹ワクチンのもっとも重要な目的は先天性風疹症候群(Congenital Rubella Syndrom:CRS)の予防である。それには、風疹が流行しないよう、風疹含有ワクチン接種により集団免疫を高めることが何より重要である。図1 2019年3月~2020年2月(1年間)の風疹発生数と発生率(100万人当たり)画像を拡大する表1 風疹患者数(上位10ヵ国)Global Measles and Rubella Monthly Update (Accessed on April 24, 2020)より引用画像を拡大する一方、麻疹は、世界で約14万人の命を奪う(2018年推計)ウイルス感染症である。麻疹の死亡率は先進国でさえも約1,000人に1人といわれており、重症度の高い感染症である。感染力も強いため、風疹と同様、予防接種により高い集団免疫を獲得する必要がある。しかし、日本国内での麻疹の散発的流行はいまだ絶えない。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に係る緊急事態宣言が解除された今なお、予防接種は不要不急だと考え接種を控えるケースが見受けられる。しかし「ワクチンと新型コロナウイルスと検疫」でも述べられているように、予防接種(特に小児)は適切な時期に受けることが重要であり、接種を延期する必要はない。過度な制限や自粛により、予防できるはずの感染症に罹患してしまうことは避けなければならない3)。麻疹・風疹の概要VPDの第1弾として、「麻疹・風疹」を取り上げる。麻疹・風疹ワクチンともに、経済性、安全性、有効性に優れており費用対効果も高い。日本国内における麻疹・風疹の感染流行の首座は、小児よりも青年・成人である。そのため、あらゆる年代、あらゆる受診機会に触れるプライマリケア医からの啓発が、非常に重要かつ効果的である。麻疹について1)麻疹の概要感染経路:空気感染、飛沫感染、接触感染潜伏期:10~12日周囲に感染させうる期間:症状出現1日前~解熱後3日間感染力(R0:基本再生産数):12-18感染症法:5類感染症(全数報告、直ちに届出が必要)学校保健安全法:第2種(出席停止期間:解熱後3日経過するまで)注)R0(基本再生産数):集団にいるすべての人間が感染症に罹る可能性をもった(感受性を有した)状態で、一人の感染者が何人に感染させうるか、感染力の強さを表す。つまり、数が多い方が感染力は強いということになる。2)麻疹の臨床症状麻疹の特徴は、感染力の強さと重症度の2つである。空気感染する感染症は、麻疹以外では結核と水痘がある。感染力を表すR0(アールノート)は、インフルエンザが1-2、COVID-19が1.3-2.5(5月時点)なので、麻疹はこれらの約10倍に相当する極めて強い感染力をもつ。典型的な麻疹の臨床経過は、10~12日程度の潜伏期ののち、3つの病期を経る。感染力がもっとも強いカタル期(2~4日間)には、高熱、上気道症状、目の充血、コプリック斑などが出現する。その後、一旦解熱し、再度高熱(二峰性発熱)と全身性の紅斑(発疹期)が拡がる(3~5日間)。発疹が出て3~4日後に徐々に解熱し回復する(回復期)。麻疹に対する免疫をもたない人が感染すると、約3割に合併症が生じ、肺炎や脳炎、中耳炎、心筋炎などを来す。肺炎や脳炎は2大死亡原因と言われ、乳児では麻疹による死亡例の6割が肺炎に起因する。まれではあるが罹患してから数年後に発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)という重篤な合併症を来すこともある。病歴や臨床症状から疑い、血清学的検査(IgM抗体、IgG抗体など)やPCR検査(咽頭、尿など)などにより確定診断をする(詳細は「医療機関での麻疹対応ガイドライン 第7版」4)を参照)。特異的な治療法はないため、対症療法が中心である。3)麻疹の疫学麻疹の感染者は、全数報告が開始された2008年が約1万1,000例だったが、2009年以降は、毎年数十~数百例の報告数である。2016年は165例、2017年は186例、2018年282例と続き、2019年は744例と多かった。かつては5歳未満の小児が主な感染者であったが、2011年頃からは20~30代の患者が半数以上占めている5)。2019年は感染者の56%が20~30代であり、主な感染者は接種歴のない乳児を除いて、30代をピークとした成人であることがわかる(図2、3)。図2 年齢群別接種歴別麻疹累積報告数 2019年第1~52週(n=744)画像を拡大する図3 年齢別麻疹累積報告数割合 2019年第1~52週(n=744)国立感染症研究所 感染症発生動向調査 2020年1月8日現在より引用画像を拡大する4)麻疹の抗体保有率抗体保有率は麻疹の感受性調査として、ほぼ毎年国立感染症研究所より報告されている。抗体価はあくまで免疫能の一部を表しているに過ぎないため、抗体価が基準を満たせば良い、という単純な話ではない(総論第4回 「抗体検査」参照)。しかし、年代と抗体保有率との相関性をみることで、ある程度の傾向が把握できるため紹介する。麻疹の抗体保有率(PA法16倍以上:図4赤線)は1歳以上の全年代で95%以上を維持しているが、修飾麻疹を含めた発症予防可能レベルは128倍以上が望ましい6)(図4:緑線)。10代と60代以上で128倍の抗体価を下回る人が多く、注意が必要である。また、すべての年代で128倍未満のものがいることから、輸入麻疹による感染拡大の危機は常につきまとうことになる。図4 麻疹の抗体価保有状況 2019年感染症流行予測調査より(2020年2月暫定値)国立感染症研究所 2019年感染症流行予測調査(2020年2月暫定値)より引用画像を拡大するわが国は2015年3月27日にWHOによる麻疹排除認定を受けた。麻疹排除認定の定義とは「質の高いサーベイランスが存在するある特定の地域、国等において、12ヵ月間以上継続した麻疹ウイルスの伝播がない状態」とされている。これは土着の麻疹ウイルスが国内流行しなくなった状態を意味するだけであり、土着でない、海外から持ち込まれた“輸入麻疹”は、麻疹排除認定後も、2020年現在まで国内で散発的にみられている(図5)。近年の代表的な事例として、2018年には海外からの旅行者を発端とした沖縄での集団感染(101例)や、2019年にはワクチン接種率の低い三重県の宗教団体関係者を中心とした集団感染(49例)などがある。その感染力の高さから4次や5次感染を来した事例も複数報告されている7)。その他、医療関係者、教育関係者、空港職員などが感染した事例も多く、不特定多数の人に接触しうる職種は特に、あらかじめワクチン接種により免疫を獲得しておくことが重要である。図5 麻疹累積報告数の推移 2013~2020年第15週 (2020年4月15日現在)国立感染症研究所 感染症発生動向調査より引用画像を拡大する麻疹はアジア・アフリカ諸国を始め、世界各国で流行が続いており、2019年は40万人以上が罹患したと報告されている。一方で、わが国への出入国者数は年々増加し、年間5,000万人を超えている。つまり、日本全体が麻疹に対する強固な集団免疫を獲得しないと、世界各国とのアクセスが容易な現代においては、“ふと”やってくる輸入麻疹を防げないのである。風疹について1)風疹の概要感染経路:飛沫感染、接触感染潜伏期:14~21日周囲に感染させうる期間:発疹出現前後1週間感染力(R0:基本再生産数):5-7感染症法:5類感染症(全数報告、直ちに届出が必要)学校保健安全法:第2種(出席停止期間:発疹が消失するまで)2)風疹の臨床症状風疹は、比較的予後の良い急性ウイルス感染症である。しかし、妊婦が風疹に罹患すると、その胎児に感染し、先天性風疹症候群(Congenital Rubella Syndrome:CRS)が発生する可能性がある(後述)。風疹の主な感染様式は、風邪やインフルエンザと同様に飛沫感染であり、感染力は比較的強い(R0は5-7)。風疹の臨床経過について。2~3週間の潜伏期の後、軽い発熱と淡い全身性発疹が同時に出現する。その他、耳下や頸部リンパ節腫脹も特徴的で、関節痛を伴うこともある。発疹は3~5日程度で消失するため、風疹は“三日はしか”とも言われる。風疹ウイルスに感染した成人の約15%は不顕性感染(感染していても症状がでない)であり、たとえ症状がでても軽度なことも多い。そのため、自分が感染していることに気付かず、他人に感染させてしまう可能性がある。診断方法:臨床症状から疑い、血清検査(IgMやIgGなど)にて確定診断を行う。治療:CRSも含め、風疹に特異的な治療法はなく対症療法が中心となる。そのため、ワクチンがもっとも有効な予防方法となる。予後は基本的には良好だが、時に血小板減少性紫斑病や脳炎を合併することがある。3)先天性風疹症候群(Congenital Rubella Syndrome:CRS)冒頭で述べたように、日本では2012~13年および2018~19年に風疹が流行した。2012~13年には17,000人以上の風疹感染者と45人のCRSが、2018~19年には5,000人以上の風疹感染者と5人のCRSが届出された。妊婦の風疹感染により流産や胎児死亡が起こりうることから、より多くの妊婦と胎児が風疹感染の犠牲となった可能性がある。CRSとは、風疹に対する免疫が不十分な妊婦が、妊娠中に風疹に罹患し、経胎盤感染により胎児が罹患する症候群である。3大症状は難聴、先天性心疾患、白内障であり、その他、肝脾腫、糖尿病、精神運動発達遅滞などを来す。妊婦(風疹に対する免疫が不十分な場合)の風疹感染によるCRS発生率は妊娠週数によって異なり、妊娠初期の感染は80%以上と非常に高率である(妊娠4~6週で100%、7~12週で約80%、13~16週で45~50%、17~20週で6%、20週以降で0%8))。2012~13年に発生したCRS45人の追跡調査で、11人が死亡していたことがわかり、致死率は24%と報告された。そのほとんどが重度の先天性疾患が死因となった1)。一方、CRS児の母親の年代は14~42歳と幅広く、風疹含有ワクチン接種歴が2回確認された母親はいなかった(接種歴1回が11例、なしが19例、不明が15例)。妊娠可能年齢の女性に対する風疹ワクチンの2回接種がいかに重要であるかがわかる。また、4例の母親には妊娠中に感染症状がなかった(31例は症状あり、10例は不明)ことから、不顕性感染によるCRSであったことが推測される。CRSもワクチンで予防できるVPDである。また、風疹流行は、妊婦にとって脅威である。妊娠可能年齢の女性やそのご家族には、積極的に風疹ワクチン2回の接種歴を確認し、不足回数分の接種を推奨いただきたい。4)風疹の疫学と抗体保有率近年の風疹流行の首座は成人(感染者の9割以上)であり、中でも20~50代の男性が約7~8割を占める9)。これらの年代は働き盛り、かつ子育て世代でもあることから、職場や家族内感染が主な感染源と推定された10)。一方、女性の感染者では妊娠可能年齢の20~30代が女性感染者全体の6割を占め、CRS予防の観点からも、憂慮すべきデータである。抗体保有率も上記の年代で低いことがわかる(図6)。風疹抗体価についてはHI法8倍以上(図6:赤線)で陽性とされるが、感染予防には16倍以上(図6:黄線)、さらにはCRS予防には32倍以上(図6:青線)が望ましい。男性については30~50代において抗体価が低いことがよくわかる。近年の風疹流行の首座の年代である。この年代で抗体価が低いのは、後述する過去の予防接種制度の煽りを受けたことが原因であり、昨年度から全国で開始された「風疹第5期定期接種」の対象年齢(1962~1979年生まれ)が含まれる。一方、女性では、HI法8、16倍以上の抗体保有率は高いものの、CRS予防に望ましい32倍以上(図6:青線)の抗体保有率は妊娠可能年齢(10~40代)では7~8割にとどまる。やはり小児期に2回の定期接種が義務付けられていなかった年代が含まれており、男性のように成人に対する定期接種制度はないため、日常診療における接種歴の確認が重要となる。図6 男女別の風疹抗体保有率 2018年画像を拡大する国立感染症研究所 年齢別/年齢群別の風疹抗体保有状況、2018年より引用画像を拡大する妊娠可能年齢の女性やその家族には、あらかじめ風疹ワクチンでの予防措置を講じておくことが非常に重要である。ワクチンの概要(効果・副反応、生または不活化、定期または任意、接種方法) 1)麻疹・風疹ワクチン(表2)画像を拡大する効果(免疫獲得率)麻疹ワクチン:1回接種により免疫獲得率93~95%以上、2回接種で97~99%3)風疹ワクチン:1回接種による免疫獲得率は95%、2回接種では約99%11)副反応:一部(10~30%)に軽度の麻疹様発疹や風疹様症状(発熱、発疹、リンパ節腫脹、関節痛など)を伴うことがあるが、いずれも軽度で数日中に消失する一過性のものである。その他、ワクチン接種による一般的な副作用以外に、MRワクチンに特異的な副反応報告はない。禁忌:発熱や急性疾患に罹患中の人、妊婦、明らかな免疫抑制状態にある人、このワクチンによる重度のアレルギー症状(アナフィラキシーなど)を呈した既往がある人注意事項:生ワクチン接種後は、2ヵ月間は妊娠を避ける。ただし、この期間に妊娠しても、母体や胎児に問題が生じた報告はない。また、輸血製剤またはガンマグロブリン製剤投与後は6ヵ月の間隔をあけてから接種する。麻疹風疹(MR)ワクチンは、2006年から小児に対して2回の定期接種(1期、2期)が定められた。1期(1歳)の接種率は目標の95%以上を維持しているが、2期(5~6歳)についてはいまだ93~94%で推移している12)。あらゆる機会を利用してキャッチアップを行うことにより、すべての人が生涯で計2回のワクチン接種が受けられるような啓発や取り組みが喫緊の課題である。2)麻疹の緊急ワクチン接種麻疹患者との接触者で、麻疹に対する免疫がない人は、接触後72時間以内に麻疹含有ワクチンを接種することで、発症を予防できる可能性がある(緊急ワクチン接種)4)。1歳未満の乳児でも、生後6ヵ月以降であれば曝露後接種は可能である(自費)。しかし、この場合は母親からの移行抗体によりワクチンウイルスが中和されてしまう可能性もあるため、必ず1歳以降で2回の定期接種を受ける必要がある。3)接種のスケジュール(小児/成人)麻疹・風疹ワクチンは、いずれも1歳以上で生涯計2回接種することで、麻疹・風疹ウイルスに対する免疫能を高率に獲得できる。血清検査で診断された罹患歴がなければ、不足回数分の接種を推奨する。ウイルス抗体価の測定は必須ではない。理由は前述の「抗体検査」で述べられたとおりであり、改定された日本環境感染学会のワクチンガイドラインでも同様の考えに基づくアルゴリズムが提示されている13)。抗体価は参考値として測定することはあっても、あくまで接種歴の方が重要度としては高い。よって、抗体価を測定せずに、接種歴の情報を元に接種回数を決めてよい。接種歴がわからない(もしくは、接種した記憶はあるが、記録がない)場合は、接種しすぎることによる害はないため「接種歴なし」として、1ヵ月以上の間隔をあけて、2回の接種を推奨する。4)小児期に2回の麻疹・風疹ワクチン接種が定期接種となった年代麻疹・風疹(それぞれ単独)ワクチン:2000年4月2日生まれ以降の人(表3)は、小児期に麻疹・風疹含有ワクチンが定期接種化されている年代である。ただし、1990年4月2日生まれ~2000年4月1日生まれまでの人(特例措置の年代)の接種率は80%台と低かった。どの年代においても接種歴の確認が重要である。特例措置:麻疹または風疹ワクチンの2回目を、中学1年生(第3期)と高校3年生相当(第4期)に対象者を拡大して5年間の期間限定で接種が行われた。表3 出生年月日および性別別の早見表:麻疹(上段)、風疹(下段)画像を拡大する5)成人に対する風疹第5期定期接種14)1962年4月2日生まれ以降~1979年4月1日生まれの年代(41~58歳)は、小児期の予防接種制度の影響で、小児期に風疹含有ワクチンを2回接種する機会がなかった。そのため、先述したように風疹抗体保有率が低く、風疹流行の首座となってしまった。この世代に対して、2019年度から全国で該当者(風疹含有ワクチンの接種歴がなく罹患歴もないなど)には無料で風疹の抗体価測定を行い、抗体価が不足している場合(HI法8倍以下)は、無料でMRワクチンを接種できる“風疹第5期定期接種”が開始された。しかし、2020年4月時点でクーポン券を使用した抗体検査実施率は16.2%、予防接種実施割合は3.4%と低迷している15)。プライマリケア医による能動的な情報提供、啓発が望まれる。日常診療で役立つ接種のポイント(例:ワクチンの説明方法や接種時の工夫)繰り返しになるが、麻疹・風疹ともに、罹患歴がなければ1歳以上で生涯2回の接種が必要である。接種歴がないまたは不明の場合は、接種しすぎることによる害はないため、任意接種であれば、1ヵ月あけて2回の接種を推奨する。麻疹または風疹のいずれか一方のみの接種を希望する人がいた場合、2回の接種歴が記録で確認できなければ、MRワクチンでの接種を推奨する。下記、MRワクチン接種を負担なく啓発できる工夫について何点かご紹介する。1)外来における工夫(1)小児の受診時受診理由に関わらず、母子手帳の提出をルーチン化する。電話予約時に一言添える、受付時や看護師の予診時などに提出をお願いする。これを習慣化すると、受診者全体に徐々にその文化が根付いていく。医師が診療前後に母子手帳の接種記録を確認し、不足しているものがあれば推奨する。ワクチンスケジュールの知識がある看護師などが担当してもよい。(2)カルテ記録プロブレムリストに「ヘルスメンテナンス」または「予防接種歴」を追加する。医師自身がリマインドできるシステムを作る。外来で扱う主要なプロブレムが落ち着いたときに、患者さんに一言接種歴の確認をするだけでも良い。余裕ができたときに、不足しているワクチンについて紹介、接種の推奨をする。(3)ポスターを掲示するワクチン接種についてのポスターを待合室に掲示する。リーフレットとして配布してもよい15)。2)積極的にワクチン接種を推奨したい対象者(1)妊娠可能年齢の女性とその家族あらゆる感染症は、妊婦の流産早産に関連しうる。CRSを含めたVPDとそのワクチンについて情報提供する。特に、妊娠中は接種が禁忌となる生ワクチン(風疹・麻疹・水痘・ムンプス)について、妊娠前にあらかじめ免疫をつけておくことが重要であることを情報提供する。妊娠希望の女性に対して、MRワクチン接種の助成がある自治体も多い。自治体によっては、そのパートナーにも助成を出しているところもある。あらかじめ自身の自治体の助成制度の確認を行い、該当者がいれば渡せるように当該ページを印刷しておくとよい。(2)風疹第5期定期接種の対象者(41~58歳:2020年4月中旬時点)接種率の低さから、自宅に風疹対策のクーポン券(無料で受けられる風疹抗体検査の受診券)が届いていても、それに気付いていない、またはその重要性を知らず放置している例も多いことが考えられる。定期接種の対象である年代については、受付などで、対象者であることを示す札や目印を作成し、受診時に医療スタッフから制度利用の推奨・案内をできるようにしておくとよい。自宅に定期接種のクーポン券が届いていないかどうか事前に確認し、検査を推奨する。届いていなければ地域の保健所に問い合わせるよう促せば対応してくれる。(3)海外渡航予定のある人海外では麻疹流行国が多数ある。渡航先に関わらず、海外渡航時はルーチンワクチンをキャッチアップする良い機会である。あれば母子手帳をもとに、なければ麻疹を含めたVPDについてしっかり話し合う。長期出張の場合は会社からの補助がでないか、家族同伴の場合は家族の予防接種状況も含めて、安心かつ安全な海外渡航となるよう、サポートする。(4)不特定多数の人と接触する職業(空港など)・医療職・教育関係者などこれらの職業の人は、感染リスクが高く、感染した場合の公衆衛生学的なインパクトも大きい。これらの職業に携わる人には、積極的にワクチン接種歴の確認をし、不足回数分の接種を推奨する。今後の課題・展望世界では、世界保健機関(WHO)などにより、麻疹および風疹排除を加速させる活動が進められている(Global Vaccine Action Plan 2011-2020)。わが国では、2015年に認定された麻疹排除認定を取り消されることがないよう、小児定期接種の高い接種率(1、2期ともに95%以上)を目指すと同時に、海外から麻疹ウイルスを持ち込まれても、国内流行につながらない高い集団免疫を目標にしなければいけない。風疹については、2014年3月に厚生労働省が「風疹に関する特定感染症予防指針」を策定した。この指針は、早期にCRSの発生をなくし、2020年度までに風疹排除(適切なサーベイランス制度のもと、土着株による感染が1年以上確認されないこと)を達成することを目標としている(なお、2020年1~4月の風疹感染者数は73人とCRSが1人、4~5月は3人、CRSは0人15,17))。プライマリケア医には、既存の制度(自治体の助成制度や風疹第5期定期接種など)の積極的利用の促進、また、日常診療内で幅広い年代に対する能動的な啓発および接種歴の確認・推奨を行うことが望まれる。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)こどもとおとなのワクチンサイト予防接種啓発ツール 厚生労働省1)2012~2014年に出生した先天性風疹症候群45例のフォローアップ調査結果報告(IASR;Vol.39:p33-34.)2)Global Measeles and Rubella Monthly Update(pptx). Measeles and Rubella Surveillansce Data WHO (Accessed on March,2020)3)新型コロナウイルス感染症に対するQ&A 日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会(2020年4月20日更新)4)医療機関での麻疹対応ガイドライン第7版 国立感染症研究所 感染症疫学センター (2018年4月17日)5)国立感染症研究所 病原微生物検出情報 麻疹[2019年2月現在](IASR Vol.40.p.49-51.)6)国立感染症研究所 病原微生物検出情報 麻疹の抗体保有状況2018年(IASR.Vol.40.p.62-63.)7)多屋馨子. モダンメディア. 2019;65:29-37.8)Ghidini A,et al. West J Med. 1993;159:366-373.9)風疹および先天性風疹症候群の発生に関するリスクアセスメント第3版(国立感染症研究所 2018年1月24日)10)風疹流行に関する緊急情報:2019年12月25日現在(国立感染症研究所 感染症疫学センター)11)風疹Q&A[2018年1月30日改定](国立感染症研究所)12)麻疹風疹予防接種の実施状況(厚生労働省)13)医療関係者のためのワクチンガイドライン 第3版(日本環境感染学会)14)風疹の追加的対策 専用ページ(厚生労働省)15)風疹に関する疫学情報 2020年4月8日現在(国立感染症研究所 感染症疫学センター )16)予防接種啓発ツール(厚生労働省)17)風疹に関する疫学情報 2020年6月3日現在(国立感染症研究所 感染症疫学センター)講師紹介

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第9回 「つぶれる前に助けてくれ!」 医療機関の叫びをどうとらえるか(後編)

一般の病院、診療所、保険薬局についても補助が決定こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。緊急事態宣言が解除されて初めての週末、久しぶりに東京近郊の代表的な低山、奥多摩に山歩きに行ってきました。青梅線の川井駅で降りて、赤杭尾根から川苔山、本仁田山を経て奥多摩駅というやや長いコース。途中、少人数のパーティとは何度もすれ違ったのですが、高齢者(60~70代)の大人数パーティにはまったく出会いませんでした。最近の山ではよく見かける高齢者パーティは大勢で電車に乗って目的地に向かいます。さらに、登りながら、休憩しながらのおしゃべりが絶えません。そんなことから、彼ら彼女たちの山登りはまだ自粛中なのかもしれません。さて、コロナ禍と医療機関経営について書いた前回の続きです。5月27日、新型コロナウイルス感染症に伴う追加経済対策を盛り込んだ2020年度第2次補正予算案が閣議決定されました。一般会計の歳出総額は31兆9,114億円に上ります。前回でも触れた医療関係団体の窮状訴えに対しては、数多くの施策が講じられることになりました。新型コロナと闘う医療機関への支援として3兆5,000万円を確保。そのうち、新型コロナ感染症緊急包括支援交付金として医療分1兆6,279億円(全額国費)が計上されています。主な具体的施策としては、コロナ患者を受入れる重点医療機関(コロナ専門病院、専門病棟等)に対し、患者を受入れていない病床について「空床確保料」が支払われます。これまでは、入院病床には診療報酬収入(従来の3倍)が入っていましたが、空き病床の収入は当然ながらゼロでした。重点医療機関に向けには、超音波診断装置や血液浄化装置、生体情報モニターなど、高度医療向け設備の整備にも支援交付金が出されます。重点医療機関以外の一般の病院、診療所、保険薬局、訪問看護ステーション、助産所についても補助が決まりました。それぞれの役割や機能に応じた医療を地域に提供するため、感染拡大防止対策などに要する費用に対する補助、という名目です。院内の消毒や待合室の分離、動線の確保やレイアウトの変更、電話等情報通信機器を用いた診療体制の確保などの費用が想定されています。補助額は、病院の場合、200万円に1病床あたり5万円を乗じた実費を上限に補助。同様に有床診療所は200万円、無床診療所は100万円、薬局、訪問看護ステーション、助産所は70万円をそれぞれ上限に必要な費用が設定されるとのことです。新型コロナウイルス感染症の診療等にあたった医療従事者には慰労金も支払われますから、一般の店舗や事業所に対する支援と比べても厚遇と言えます。さすがに、診療報酬の基本診療料まで手は付けられませんでしたが、日本医師会の横倉 義武会長は第2次補正予算に対し「日医が主張してきたことがほぼ反映された」と評価しつつ、「4月、5月のレセプト状況を見た上で、必要に応じて診療報酬上のさらなる対応を求めたい」と記者会見で述べ、将来的には単価の引き上げを検討すべきとの見解も示しています。基本診療料アップは“新しい生活様式”を無視した考え方さて、「コロナ禍で医業収入が減った分は補填してもらわないと」という考え方は果たして100%妥当なのでしょうか。例えば、これまで軽い風邪や、胃腸障害、花粉症などで近所の医療機関にかかっていた人が、医療機関は感染の危険があるのでOTCを飲んだり、あるいは自宅静養したりして自分で治した(あるいは自然に治った)場合、単純に「コロナで患者が減った」と言ってしまっていいのでしょうか。また、近隣の診療所が閉まってしまい、渋々、医療機関にかからずにいたら治ってしまったという人も少なくないと思われます。今回のコロナ禍が、図らずも、あるカテゴリーの病気は医療機関にかからなくても治せるもの(治るもの)という意識を一定数の国民に植え付けたとしたら、その分、今後も医療機関の受診は減るはずです。また、マスクと手洗いの定着は、インフルエンザや風邪などの感染症の患者も減らすことでしょう。2022年診療報酬改定に向けての議論も始まっているようですが、働き方が在宅勤務にシフトしていくように、ポスト・コロナ時代の患者の受療行動が、セルフメディケーションやオンライン診療といった新しいタイプの医療に多少なりともシフトするとしたら、それを勘案した診療報酬のあり方を考えるべきでしょう。単純に「患者が減ったから基本診療料を上げろ」というのは、“新しい生活様式”を無視した古い考え方のように思えますが、皆さんはどう見るでしょう。先週半ば、日本医師会の横倉会長は6月の任期満了に伴う役員選挙に立候補せずに退任し、現副会長の中川 俊男氏に禅譲する、との報道がありました。しかし、蓋を開けてみると6月1日に横倉会長は5期目に向け立候補を表明し、同じく立候補を表明した中川氏と選挙戦を戦うことになりました。この数日間に日本医師会、官邸、厚労省、医療関係団体の中でどんな駆け引きが行われたかわかりませんが、中川氏(中医協委員の頃は医師第一の視点からいつも厳しい発言をしておられました)ではなく、横倉会長の続投を願う何らかの大きな力が働いたのでしょう。このコロナ禍の真っ只中、医師の職能団体が敢えて会長選に突入するのは「ご苦労様」としか言いようがありませんが、“新しい生活様式”“新しい受療行動”を十分に理解できるリーダーに、これからの日本の医療を引っ張っていってもらいたいものです。

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JAK1を強く阻害する関節リウマチ治療薬「リンヴォック錠7.5mg/15mg」【下平博士のDIノート】第51回

JAK1を強く阻害する関節リウマチ治療薬「リンヴォック錠7.5mg/15mg」今回は、ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬「ウパダシチニブ水和物(商品名:リンヴォック錠7.5mg/15mg、製造販売元:アッヴィ合同会社)」を紹介します。本剤は、中等度から重度の関節リウマチ患者において、メトトレキサート(MTX)などとの併用の有無にかかわらず、1日1回の投与で臨床的寛解を達成することが期待されています。<効能・効果>本剤は既存治療で効果不十分な関節リウマチ(関節の構造的損傷の防止を含む)の適応で、2020年1月23日に承認され、4月24日に発売されました。なお、2021年5月に「既存治療で効果不十分な関節症性乾癬」、同年8月に「既存治療で効果不十分なアトピー性皮膚炎」の効能・効果が追加されました。<用法・用量>通常、成人にはウパダシチニブとして15mgを1日1回経口投与します。なお、患者の状態に応じて7.5mgを1日1回投与することもできます。免疫抑制作用の増強により感染症リスクの増加が予想されるので、本剤とほかのJAK阻害薬や生物学的製剤、タクロリムス、シクロスポリン、アザチオプリン、ミゾリビンなどの免疫抑制薬(局所製剤以外)との併用はできません。<安全性>関節リウマチ患者を対象とした本剤のプラセボ対照第III相試験において、本剤が投与された1,035例中275例(26.6%)に臨床検査値異常を含む副作用が認められました。主な副作用は、悪心23例(2.2%)、上気道感染、頭痛、アラニンアミノトランスフェラーゼ増加各19例(1.8%)、血中クレアチンホスホキナーゼ増加17例(1.6%)、気管支炎16例(1.5%)などでした(承認時)。なお、重大な副作用として、肺炎(0.1%未満)、帯状疱疹(0.7%)、結核(頻度不明)などの重篤な感染症(日和見感染症を含む)、消化管穿孔(頻度不明)、好中球減少(1.4%)、リンパ球減少(0.8%)、ヘモグロビン減少(貧血:0.7%)、ALT上昇(1.8%)、AST上昇(1.4%)、間質性肺炎(頻度不明)および静脈血栓塞栓症(頻度不明)が報告されています。<患者さんへの指導例>1.この薬はJAKという酵素を強く阻害することで、関節リウマチの症状を改善します。2.薬の成分が少しずつ出るようにコーティングされているので、かみ砕かないでください。3.本剤の服用を長期間続けると、免疫力が低下する可能性があります。持続する発熱やのどの痛み、息切れ、咳、倦怠感、水疱、痛みを伴う皮疹などが現れた場合は、すぐにご連絡ください。4.この薬を服用している間は、生ワクチン(麻疹、風疹、おたふく風邪、水痘・帯状疱疹、BCGなど)の接種ができません。接種の必要がある場合は主治医に相談してください。5.(妊娠可能年齢の女性の場合)この薬を服用中および最終服用後一定の期間は、適切な避妊を行ってください。なお、国内治験においては、最終投与から30日まで避妊を行うよう定められていました。<Shimo's eyes>関節リウマチの薬物療法は近年大きく進展しています。通常、発症初期はMTXをはじめとする従来型合成疾患修飾性抗リウマチ薬(csDMARD)が使用されますが、十分量用いても効果が不十分な場合には、生物学的製剤、もしくは本剤のようなJAK阻害薬が選択されます。本剤は、関節リウマチに適応を持つ4番目のJAK阻害薬です。JAKには4種類のサブタイプ(JAK1、JAK2、JAK3、Tyk2)があり、本剤は炎症性サイトカインシグナルの伝達においてとくに重要な役割を持つJAK1を強く阻害することで、TNFαやIL-6の働きを遮断し、炎症性サイトカインの産生を抑制すると考えられています。本剤は、MTXで効果不十分な関節リウマチ患者を対象とした第III相無作為化二重盲検比較試験で、12週時のACR50改善率、患者による疼痛評価およびHAQ-DIのベースラインからの変化量において、ヒト型抗ヒトTNFαモノクローナル抗体製剤アダリムマブ(商品名:ヒュミラ)に対する優越性が示されました。また、ウパダシチニブ+MTX群では、プラセボ+MTX群およびアダリムマブ+MTX群と比較して、有意に高い臨床的寛解達成率が示されました。安全性に関する留意事項としては、警告欄で結核、肺炎などの重篤な感染症について注意喚起されています。また、トファシチニブ(同:ゼルヤンツ)、ペフィシチニブ(同:スマイラフ)と同様に、重度の肝機能障害患者には禁忌となっています。本剤は徐放性フィルムコーティング錠であり、調剤時に半割・粉砕することはできません。患者に対しても、割ったりかみ砕いたりしないように伝えましょう。※2022年3月、添付文書の改訂情報を基に一部内容の修正を行いました。参考1)PMDA添付文書 リンヴォック錠7.5mg/リンヴォック錠15mg

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第8回 コロナ修行と化した「新しい生活様式」を導入してみたら

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに伴い、新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)に基づいて発令された緊急事態宣言が5月25日、5都道県で解除された。これにより緊急事態宣言は、一旦は全国で解除となった。もっともこれですべて元通りの生活に戻るわけではない。現時点で決定打となる治療薬やワクチンもない以上、当面は第2波流行を常に気にしながら、程度の差はあっても恐る恐る生活を続けていくということになるだろう。実際、東京都は「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」を公表し、7つのモニタリング指標を軸に段階的に外出・営業自粛を緩和していく方針だ。ロードマップに従うと、首都東京で限りなく以前に近い生活に戻せるのは最短でも7月半ば以降となる。また、政府は既に5月4日、新型コロナウイルス感染症専門家会議からの提言を踏まえ、新型コロナウイルス感染を想定した「新しい生活様式」の実践例を公開した。その中身を見て、娯楽、スポーツ等の項目では「歌や応援は、十分な距離かオンライン」、食事の項目では「料理に集中、おしゃべりは控えめに」などとまで記述されており、「大きなお世話だろう!」と怒鳴りたくなるような内容である。国を代表する「専門家」が参集してこんな細かい議論をやっていたのかとびっくりするのだが、ある専門家会議のメンバーによると「そもそも専門家会議も当初はあそこまで示すつもりはなかった。しかし、外部から『もっと具体例を示すべき』というプレッシャーが強く、あのような形になった」とのこと。専門家の皆さんもなかなか気苦労が絶えないらしい。そしてこの「新しい生活様式」を実践した飲み会を開いたという記事も登場した。まあ、有志で試しにやってみたという程度だが、写真を見ると何とも言い難い。記事には「飲食を楽しんだ」と書いてあるが、私がデスクだったらこの紋切り型表現はボツである。決して楽しそうには見えない、むしろ「新型コロナ真理教」かなんかの苦行にしか見えないからだ。しかも、これだけならまだしも、現実にはいたるところでトンチンカンな「対策」もどきが散見される。たとえば「新しい生活様式」を考慮し、感染予防対策を施した居酒屋、さらにはタクシーなど。これらはいずれも次亜塩素酸水を噴霧し、空間消毒を行うというもの。しかし、次亜塩素酸水に関しては認可を受けたものが手指消毒に使える程度で、厚生労働省が出した事務連絡では、次亜塩素酸を含む消毒薬の噴霧は吸入した場合は有害であると明記している。これほどひどいものではないにしても、福岡県の粕屋町は公立の小中学校の授業再開に当たって全生徒にフェイスシールドを配布し、体育の授業と給食以外のシーンではマスクとともに着用すると報じられている。これから気温が上昇していく中でマスクの着用ですら苦痛なはずなのにさらにフェイスシールドとなると、子供たちの苦痛はどれほどかと気の毒に感じてしまう。だが、そもそもこれまで専門家が提唱している感染予防対策は、手洗い励行、「3密」の回避、これに加えてマスクぐらい。多くの方がご存じのようにマスクの感染予防効果はまだまだコントラバーシャルである。今回、やや珍奇な対策が報じられた(報じている側がチンキと思っていないことも問題なのだが)ケースはいずれも「3密」が回避しにくいための追加の措置とも言えなくもないが、それでもやり過ぎ感が否めないと感じるのは私だけだろうか?その意味でここから本格的な出番となる人たちがいる。まずは感染制御の専門家たちである。テレビや新聞にコメンテーターとして登場している「専門家」の中には、ややトンデモな人が混じっているのは本連載第3回でも触れたこと。いわば真の感染制御の専門家ほど現在日常的に忙しいのは承知しているが、少しでもメディアからオファーがかかったら、今こそ難しい時間のやりくりをして登場して欲しいと切に思う。報道に身を置く立場から言うとやや横柄に聞こえるかもしれないが、やはり報道の拡散能力は絶大だからだ。もっとも1回の報道で何かが確実に伝わることが稀なのは、やはり報道側として常に感じている。たとえば、私ごときの存在は報道界の中でも「蟷螂之斧(とうろうのおの)」といってもいい存在だが、それでも感染症におけるマスクの存在について「あくまで感染が疑われる人が他人に感染させないためが第一義。まずは手洗いを」と繰り返し記事に書いている。1回1回はほぼ無力と分かっても、過去の経験上、報道のリフレイン効果は実感しているからだ。COVID-19騒動では、このリフレイン効果の実例がある。ずばり「PCR検査」という単語だ。PCRが何の略かは分からない人がほとんどだろうが、今やこの単語を耳にしたことがないという人はいないはず。だが、この単語を知ることで「それって何?」と理解を深めようとする人のすそ野は確実に増えてくる。繰り返し同じことを訴えるというのは確実に一般生活者での情報リテラシー向上に資するのである。また、今回感染制御の専門家とともに出番となると思われるのが、「学校薬剤師」である。ちなみに医療関係者の間でも「学校薬剤師」の存在はあまり知られていないこともあるようだが、これは学校保健安全法で大学以外の学校では設置が義務付けられている。学校医や学校歯科医と同じ存在である。これは1930年、北海道小樽市の小学校で風邪をひいた女児にアスピリンと間違って塩化第二水銀を服用させ、死亡した事件をきっかけに、同市が学校薬剤師を委嘱し、これが全国に広がって後の学校保健安全法の制定時に制度化されたものだ。では、この学校薬剤師は何をしているかといえば、学校環境衛生の維持管理に関する指導・助言などであり、具体的には換気の指導やプール開きの際の塩素濃度チェックなどだ。まさに感染を防ぐための環境整備にも資する役割である。そもそも薬剤師は、現状では一般人はもちろんのこと医療従事者の間ですら存在感が薄い。このような表現をすると腹が立つ人もいるかもしれないが、「白衣を着て調剤室にこもって袋詰めをしている根暗な人たち」が一般人のイメージといってもいいが、学校薬剤師の経験を持つ人は少なからず存在し、消毒薬などについての知識も有している。しかも、医師と比べ、一般人にとってはやや距離が近い存在である。やや過激な言い方になるかもしれないが、劇作家・寺山修司の言葉を借りれば、今こそ「処方箋を捨てよ、町へ出よう」である。同時にすべての医療従事者に伝えたいのは、「腐らず繰り返し伝えよう」ということ。「お前らメディアが悪い」と言われがちではあるが、目を皿にしてみてもらえば、腐らず地味な情報を繰り返し伝えているメディアも数多くある。実際のところ私たちメディア人も同じ方向を向いていることを知っていただけたら幸いである。

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第6回 感度の低さを認めた抗原検査キットは国民の不安を拭えるか?

「一難去ってまた一難」ということわざはあるが、「一難生じてまた一難」ということわざはない。しかし、現実の世の中では後者の事例は少なくない。しかも、この「一難」が事態を改善すべく行った結果として起きる予期せぬ難事ということも稀ではない。ヨーロッパのことわざを借りれば「地獄への道は善意で舗装されている」というものだ。このような思いを巡らすのは、先週取り上げた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬・レムデシビルの特例承認に続いて、みらかホールディングス傘下の富士レビオが申請した新型コロナウイルスの抗原検査キット「エスプライン SARS-CoV-2」が迅速承認されたからだ。新規抗原検査登場で起こる一般からの誤解新型コロナウイルスの抗原検査としては国内初の承認だが、一般紙の誌面やテレビのスーパーで比較的ポジティブな印象を与える「国内初」の表現が曲者である。これに加え、結果判明まで最短で4~6時間のPCR検査に対し、抗原検査は約15~30分なので「迅速」、さらに「医療機関で行っている通常のインフルエンザの検査と同じ」という言葉が加われば、一般読者・視聴者の脳内では「新型コロナが疑わしければ、近くのクリニックですぐに検査してもらえるのね?」との変換が起こる。しかし、検査を実施する側としてはインフルエンザ検査と同じとはいえ鼻咽頭に細長い綿棒を挿入しての検体採取では飛沫感染の危険性がある。しかも、インフルエンザとは違い、現時点でCOVID-19に特異的な治療薬もワクチンも存在しない。つまるところ現状は十分な感染防止策が取られた医療機関など、現在のPCR検査実施施設で発熱や乾性咳嗽などの症状がある人に行うことが前提となる。実際、この抗原検査キットはまだ生産が本格化していないため、当面は患者発生数の多い都道府県における帰国者・接触者外来、地域・外来検査センターや全国の特定機能病院に供給し、順次供給対象を拡大していくとのこと。一般向けの報道でもそのような内容を紹介している事例もあるが、読者・視聴者は見出しや印象的キーワードで把握しがちなので、前述のような脳内変換が起きてしまう。実はかなり低い抗原検査の感度そしてこの抗原検査キット、承認申請データを見ると何とも頼りない。PCR法との比較に基づく国内臨床性能試験成績(n=72)では、陰性一致率は98%(44/45例)、陽性一致率は37%(10/27例)。陽性検体での陽性一致率を、PCR法テスト試料中の換算RNAコピー数(推定値)に応じて比較すると、100コピー/テスト以上の検体に対する陽性一致率は83%(5/6例)。また、国内の検査検体でのPCR 法との比較に基づく試験成績(n=124)では、陰性一致率は100%(100/100例)、陽性一致率は66.7%(16/24例)、PCR法テスト試料中の換算RNAコピー数(推定値)に応じて比較した場合の100コピー/テスト以上の検体に対する陽性一致率は83%(15/18例)。簡単に言ってしまえば「PCR検査よりも感度は低く、ウイルス量が少なければ大量の偽陰性が出る」ということだ。実際、国は陽性例をこのキットで確定診断として良いが、陰性例に対しては引き続きPCR検査の実施を前提にしている。少なくともこれまでCOVID-19の診療最前線にいる医療機関にとっては、疑わしい症状の患者が来院時に使用すれば、より厳重な隔離をすべきかどうかを迅速に判断できるため、一定の利益があることは確かだろう。抗原検査の登場は検査拡充に寄与しない?一般紙では、今回の承認は、これまで一部の医師から指摘されていた「疑わしい症例のPCR検査が迅速に行われない」ことの解消、その結果としての検査件数の増加を意図していると報じている。ただ、その通りになるかは甚だ疑問を感じざるを得ない。まず、検体採取方法は従来のPCR検査と変わらないため、検査に伴う煩雑さはまったく同じ。検体採取者にとって、より簡便でリスクが低い採取方法に変更しない限り、検体採取段階で目詰まりを起こす。また、迅速診断であるがゆえに検査を受けた人は結果待ちのために実施場所に待機することになる。ソーシャル・ディスタンスを取れる待合スペースがなければ、待機者間での接触・飛沫感染リスクが増加する。十分な待合スペースがなければ、感染予防対策として検査場所への入場制限が必要になり、その結果として検査実施件数の制限も必要になるという目詰まりファクターもある。さらに「迅速診断」ゆえに風邪のような類似の症状を持つ人が幅広く対象になり、結果と検査対象者の増加とそれに伴い発生する陰性者の増加が、確認用PCR検査件数を増やし、逆に現場に負荷をかけて目詰まりを起こすことも考えられる。一方で、最も面倒なのは当面はこの検査の実施機関とはならないプライマリーケアを主体とするクリニックにちょっと風邪様症状がある人が駆け付け、「テレビでやっていた簡単な新型コロナの検査をやってください」と哀願し、現場の多忙さに拍車をかけることだ。そうして来院する人の中には真正のCOVID-19の患者がいる可能性も考慮すると、院内感染の危険性も増す。COVID-19との暗闘に似たあの大事故前回紹介したレムデシビルの特例承認、今回の抗原検査キットの迅速承認とも前例がなくとも部分的でも改善できるなら、いかなるものでも投入するという戦略のようだ。その意味で非常に似た様相を感じるのは、私が過去から取材し、現在も進行中の東京電力・福島第一原発の収束作業である。福島第一原発事故は原子力事故の評価尺度である「国際原子力事象評価尺度 (INES)」 による影響度の指標で「レベル7」と判定された世界最悪の原子力事故である。同じレベルと評価されたのは1986年に発生した旧ソ連(現・ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故のみ。チェルノブイリ原発事故は核燃料の除去を断念して石棺で封印しただけだが、福島第一原発の収束作業は、残る核燃料を取り出して廃炉に持ち込もうという有史以来前例のない事態に取り組んでいる。その意味ではすべてがトライ・アンド・エラーの連続である。私は過去にこの作業を「100個の鍵がついた扉の開け方がわからず、とりあえず鍵と名の付くものをありとあらゆるところから集め、1つ1つ鍵穴に入れて開くかどうか確かめるような作業」と表現したことがある。COVID-19に対する戦いも半ば似ていると感じるのだ。奇々怪々な国の対応から透けて見えるもの「だったら徒手空拳からようやく前向きになりつつあるときに、一個一個の『武器』についてネチネチとあげつらうな」との意見もあるかもしれない。だが、今回の事態を見ていると、国の「迅速な対応」と言えば聞こえは良いが、むしろ「拙速な対応」にも見えてしまうのである。そもそもこうした新たな武器を国が特例的に投入するならば、そのメリット・デメリットを一般に広く伝えるのはメディア以上に国側の責務である。とりわけ昨今のようにメディアの多様性が増し、テレビ・新聞といった古典的メディアの役割が相対的に低下しているなかでは、なおのこと国の発信力の位置づけは小さくない。にもかかわらず、記者会見等を見ていると、どうにも中途半端な説明が先行しているように見受けられる。また、かつてはドラッグ・ラグに代表される慎重な審査体制で知られていた厚生労働省がかくも特例承認、迅速承認を「乱発」するのはやや解せない。安倍晋三首相自ら新型インフルエンザ治療薬・アビガンのCOVID-19治療薬としての承認に言及する辺りから推察するに、こうした措置にはかなり政治主導もあるのだろう。もしそうだとするならば、非常事態の名の下に行われる政治の猪突猛進にブレーキをかける存在がいないということにもなる。そんなこんなでレムデシビルの特例承認も、抗原検査キットの迅速承認はすんなりと腹落ちがしないのである。

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第6回 新型コロナ感染者、全国で一元管理へ 厚労省の新システム

<先週の動き>1.新型コロナ感染者、全国で一元管理へ 厚労省の新システム2.COVID-19治療薬「レムデシビル」が7日に特例承認3.新型コロナ相談・受診の目安改訂 「37.5度」が削除4.「アビガン」に注がれる期待と安全性 民間機関が意見書を提出5.やまない医療従事者への誹謗中傷・風評被害に苦悩6.医療従事者の新型コロナ感染、世界で9万人超も1.新型コロナ感染者、全国で一元管理へ 厚労省の新システム先月、厚生労働省より「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」についての事務連絡が出されており、今週にも一部保健所などで先行利用開始、5月中旬以降には全国で利用されるようになる見通し。新型コロナ感染者の情報を全国で一元管理し、国・都道府県だけでなく、医療機関や医師会なども即時に情報共有できる仕組み。新型コロナの動向を迅速に把握・対応できる体制を築く。稼働後は、感染症法に基づく保健所への発生届などが、本システムに入力する形式に変更される見込み(具体的な運用方法に関しては、別途通知が発出される予定)。また、各医療機関からの報告に基づいて、行政が医療物資の優先配布や重症患者の受け入れ先の調整などに活用する。(参考)新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(仮称)の導入について(厚労省 事務連絡 令和2年4月30日)厚労省が新型コロナ感染者情報を一元管理する新システム、開発費用は10億円(日経クロステック)2.COVID-19治療薬「レムデシビル」が7日に特例承認ギリアド・サイエンシズの抗ウイルス薬「レムデシビル(商品名:ベクルリー点滴静注液・同点滴静注用)」が、申請からわずか3日後の7日に特例承認された。翌8日には中央社会保険医療協議会が開催され、レムデシビルの医療保険上の取り扱いについて議論が行われた。現時点では供給量がきわめて限定的であるため、公的な管理の下で無償提供され、時限的・特例的な対応として、公的医療保険との併用が可能とされる。この間、薬価収載はされない予定。レムデシビルは、エボラ出血熱などの治療薬として開発されていた薬剤であり、ウイルスのRNAポリメラーゼを阻害する作用を有する。適応患者の選定においては、7日に発出された留意事項に、適格基準と除外基準が示されている。(参考)COVID-19に特例承認のレムデシビル、添付文書と留意事項が公開レムデシビル製剤の使用に当たっての留意事項について(厚労省)新型コロナウイルス感染症に係る医薬品(レムデシビル)の医療保険上の取扱いについて(同)3.新型コロナ相談・受診の目安改訂 「37.5度」が削除以前から、相談・受診の目安を参考にPCR検査を希望しても、帰国者・接触者相談センターには受け入れてもらえないなどの意見が聞かれたが、8日、専門家会議の議論を踏まえ、相談・受診の目安についての改訂が行われた。従来との違いは、「37.5度以上の発熱が4日以上続く」としていた記載が、個人差があるなどの理由で削除された。改訂版では、「息苦しさ(呼吸困難)・強いだるさ(倦怠感)・高熱などの強い症状のいずれかがある」、「重症化しやすい方で、発熱や咳などの比較的軽い風邪症状がある」、「これら以外で、発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が4日以上続く」場合には、すぐに相談するよう促している。各自治体は、地域の医師会と連携するなどしてPCR検査の実施施設を増やしており、今後の検査件数は増えていくと考えられる。(参考)【改訂版】新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安(厚労省)新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安について(事務連絡 令和2年5月8日)4.「アビガン」に注がれる期待と安全性 民間機関が意見書を提出中国でいち早く臨床試験が行われた新型インフルエンザ治療薬「ファビピラビル(商品名:アビガン)」は、新型コロナ患者への有効性について大きく期待されている。本剤は富山化学工業が開発したRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬であり、厚労省は、治療薬候補として5月中の承認を目指している。その一方で、動物実験で観察された催奇形性などの副作用が懸念されている。民間の医薬品監視機関である「薬害オンブズパースン会議」が、厚労省に「アビガンに関する意見書(新型コロナウイルス感染症に関して)」を5月1日付けで提出している。COVID-19治療薬として、科学的根拠の乏しい過剰な期待に対する厳しい警告を含んでおり、メディアの過熱報道とは裏腹に十分なエビデンスと安全性の確立が求められる。(参考)「アビガンに関する意見書(新型コロナウイルス感染症に関して)」を提出(薬害オンブズパースン会議)5.やまない医療従事者への誹謗中傷・風評被害に苦悩現場で奮闘する多くの医療従事者に感謝の気持ちを示すため、ライトアップや拍手などの報道がされる一方で、近隣の住民などから医療従事者やその家族に対して嫌がらせや誹謗中傷を受けたという話が報道されている。感染者の受け入れによって、医療機関が院内外の感染対策に追われ、一般人に十分に説明する機会がないまま、メディアを通して恐怖心が増幅された結果かもしれない。医療従事者は患者さんの治療と安全を最優先に働いているが、最前線で尽力している医療機関や医療者に対してそのような事例があるのは残念でならない。メディアには医療・介護従事者を支援する輪を積極的に広げていただきたい。(参考)医療従事者への風評被害に対する国民へのメッセージ動画を制作(日本医師会)「会社辞めるか、奥さんが辞めるか」看護師と家族に誹謗中傷(神戸新聞)6.医療従事者の新型コロナ感染、世界で9万人超も世界的に広がる新型コロナウイルスにより、医療従事者の感染が問題となっている。先日、国際看護師協会(International Council of Nurses)が30ヵ国の看護協会のデータを元に推計した結果によると、世界全体で新型コロナウイルスに感染した医療従事者は9万人以上、その内死亡した看護師は260人を超えると推測されている。全感染者のうちの平均6%が医療従事者であるとされる。同協会は、医療従事者の感染について正確なデータがないため、「より大きなリスクにさらされている」と指摘している。各国の政府が医療従事者の感染と死亡に関するデータを体系的に収集し、それを世界保健機関(WHO)が保管することを求めている。(参考)ICN calls for data on healthcare worker infection rates and deaths(ICN)

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新型タバコにも含まれるニコチンによる免疫機能の低下【新型タバコの基礎知識】第18回

第18回 新型タバコにも含まれるニコチンによる免疫機能の低下Key Pointsニコチンは免疫機能の低下をもたらす加熱式タバコに替えても、ニコチンによる免疫機能の低下は防げない新型コロナウイルス対策の1つとして禁煙を推進してほしい今回の記事は予定を変更して、新型コロナ問題にも関連する「ニコチンによる免疫機能の低下」について解説します。アイコスなどの加熱式タバコにも、紙巻タバコと同様に多くのニコチンが含まれています(第3回記事参照)。ここでは、タバコ研究データの決定版、US Surgeon General Report 2014年号(図)から、喫煙と免疫システムの関連についてお伝えしたいと思います1)。画像を拡大する(出典)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK179276/pdf/Bookshelf_NBK179276.pdf喫煙と免疫システムの関係は?まず簡単に、喫煙と免疫の関係について述べます。免疫システムは、感染や病気から体を守るためのもの、風邪やインフルエンザなどのウイルスからがんなどの疾患に至るまで、あらゆる異物と戦っています。喫煙は免疫機能を低下させ、病気との戦いをうまくいかなくさせていきます。喫煙者は非喫煙者よりも呼吸器感染症に罹りやすくなるのです。これは、タバコに含まれる化学物質が、呼吸器感染症の原因となるウイルスや細菌を正常に攻撃するための、免疫システムの機能を低下させていることが理由の1つです。実際に、喫煙者は非喫煙者に比べて肺炎になりやすく、より重症化しやすくなります。ここまでの話だけなら、ある意味単純で簡単な話(ニコチンだけでなく、タバコが免疫機能を低下させ、感染症への罹患を増やし、肺炎などの重症化リスクを上げること)として理解されるものと思います。しかし、免疫に対するタバコの煙の悪影響があまり理解されていない理由は、免疫系の研究が複雑でややこしく、次のような研究の状況にあるからなのかもしれません。ニコチンは免疫系を抑制し、一方で刺激する?ニコチンは、免疫系を刺激する機序と抑制する機序の両方に作用すると考えられています。尿中マーカーから推測されるニコチンのレベル(すなわち通常の喫煙者と同等のニコチン量)で十分に、リウマチなどの自己免疫系疾患や感染症、がんといった免疫学的に誘導される疾患と関連していると考えられています2)。ニコチンは、ニコチンレセプターを介してその効果を発揮します3)。ニコチンは細胞に直接作用することができる一方、生体内ではそれ自体が強力な免疫調整機能を持つ交感神経系へも直接的に作用します。ニコチンを含んではいるが燃焼・不完全燃焼しきった紙巻タバコの煙由来成分は、まだ燃焼しきっていない紙巻タバコの煙由来成分(酸化作用を多く持つ)と比較して、免疫系への作用がかなり小さいとされています4,5)。禁煙補助薬として使用されるニコチンパッチまたはニコチン部分拮抗薬(たとえば、バレニクリン)は、ヒトでは免疫系への作用が少なく6)、またスヌース(スウェーデンでのみ広く使用されているニコチンを含む低ニトロサミンの無煙タバコ製品)ではニコチンを含むにもかかわらず、紙巻タバコと同等の免疫系への影響はみられません。このような結果の解釈として、紙巻タバコによる免疫への影響は、ニコチンによる影響だけでなく酸化作用等と関連しているものと考えられます7)。こうしたある意味で矛盾した、免疫抑制と免疫促進の両方向への影響がタバコにはあるようです。ニコチンが樹状細胞を抑制するのではなく、樹状細胞を刺激することで免疫系応答によりアテローム性動脈硬化へとつながるとされています8)。一方では、ニコチンは神経細胞のニコチンレセプターを介して作用し、in vivoおよびin vitroの両方で細胞性免疫を抑制するとされています。ニコチンはB細胞における抗体産生を抑制し、T細胞を減らし、T細胞受容体を介したシグナル伝達が減衰したアレルギー様状態を誘導します9,10)。動物実験で、ニコチンによる免疫系への作用により、動物は細菌およびウイルスに感染しやすくなると分かっているのです。前述したとおり、ニコチンは、免疫系を刺激する機序と抑制する機序の両方に作用するため話が理解されにくいようです。免疫促進と抑制のどちらの方向であっても行き過ぎると免疫機能は異常を来すと言えるでしょう。喫煙により、関節リウマチのような自己免疫疾患も、免疫機能の低下により誘導されやすくなるがんも増えると分かっているのです。そのため、「喫煙により免疫異常が引き起こされる」とまとめて書かれるわけです。ただし、今回の新型コロナ問題のように感染症に関して喫煙やニコチンの害を考える場合には、単純に「ニコチンにより免疫機能が低下する」と受け止めると分かりやすいでしょう。新型コロナ時代の禁煙のすゝめ新型コロナウイルスの感染および感染後の重症化を防ぐためにできることの一つとして禁煙があります。タバコ会社は「自宅では加熱式タバコを吸ってください」などとマーケティング活動に熱心だが、それにダマされてはなりません。加熱式タバコに替えてもニコチンは含まれますから、免疫機能の低下は防げないのです。しかし、すべてのタバコを止めれば、ニコチンによる免疫機能の低下から回復できます。その禁煙の効果は数日で得られ、何歳でも禁煙の効用が得られるものと考えられます。日本における新型コロナウイルスの蔓延はまだ始まったばかりであり、これから先に多くの人が新型コロナウイルスに感染する可能性があります。数ヵ月先かもしれないし、1年先かもしれません。日本に2千万人程度存在するすべての喫煙者が禁煙することにより、新型コロナウイルスの流行を収束させる一助としていただきたいと思います。第19回は、「禁煙をし続けるために本当に必要なこと(2)」です。1)US Surgeon General Report 2014.2)Cloez-Tayarani I1, Changeux JP. J Leukoc Biol. 2007 Mar;81:599-606.3)US Surgeon General Report 2010.4)Laan M,et al. J Immunol. 2004 Sep 15;173:4164-70.5)Bauer CM,et al. J Interferon Cytokine Res. 2008 Mar;28:167-79.6)Cahill K,et al. Cochrane Database Syst Rev. 2008 Jul 16:CD006103.7)McMaster SK,et al. Br J Pharmacol. 2008 Feb;153:536-43.8)Aicher A,et al. Circulation. 2003 Feb 4;107:604-11.9)Geng Y,et al. Toxicol Appl Pharmacol. 1995 Dec;135:268-78.10)Geng Y,et al. J Immunol. 1996 Apr 1;156:2384-90.

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アイスランドの新型コロナウイルス、遺伝子型が変化/NEJM

 アイスランドでは新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染陽性率が、10歳以上および男性と比較して、10歳未満児および女性では低いことが明らかになった。アイスランド・deCODE Genetics-AmgenのDaniel F. Gudbjarsson氏らが、同国における高リスクの特定集団と市民を対象に実施した住民ベースの調査結果を報告した。アイスランドでは2月末に初めてCOVID-19と診断された患者が発生したが、COVID-19の原因ウイルスSARS-CoV-2が、どのようにアイスランドの住民に感染・拡大したかについてはデータが限られていた。今回の調査では、SARS-CoV-2のハプロタイプは多様で経時的な変化が認められること、一般市民で確認された感染陽性率はスクリーニング期間中あまり変化していないことも示され、著者は「封じ込め策が有効であったと考えられる」との見解を示している。NEJM誌オンライン版2020年4月14日号掲載の報告。感染リスクが高い特定集団と一般市民を対象にPCR検査を実施し実態を調査 研究グループは、アイスランドで行われた2つのSARS-CoV-2検査(感染リスクが高い人を対象とした検査と集団スクリーニング)について分析する検討を行った。 同国では2020年1月31日より、感染リスクが高いと考えられる住民(咳・発熱・関節痛・息切れなどの症状を有し、最近、高リスク国/地域から帰国した人、または感染者と接触した人)を対象とした検査を開始(特定集団群)。これに加えて3月13日より、無症状または軽度の風邪症状の同国在住者にも検査を拡充し、オンラインでの登録・検査が開始された(公募群)。 研究グループはこれらのデータに加えて、集団スクリーニングのサンプリング法を評価する目的で、20~70歳のアイスランド人6,782例を無作為に抽出し、3月31日~4月1日に携帯電話へメッセージを送信し、4月4日までに検査を受けてもらった(無作為抽出群)。 さらに、陽性例のうち643例についてSARS-CoV-2のシークエンシングを行った。4月4日時点で市中感染率は0.6%、10歳未満と女性は陽性率が低い 4月4日時点のSARS-CoV-2陽性者は、1月31日~3月31日に検査を受けた特定集団群は9,199例中1,221例(13.3%)、集団スクリーニングのうち3月13日~4月1日に検査を受けた公募群は10,797例中87例(0.8%)、4月1日~4日に検査を受けた無作為抽出群は2,283例中13例(0.6%)であった。全体で、検査を受けたのは人口の6%であった。 特定集団群のうち、初期(1月31日~3月15日)に検査を受けた1,924例では、SARS-CoV-2陽性者が177例(9.2%)で、このうち65%(115/177例)に最近の海外渡航歴(高リスク国を含む)があったのに対し、後期(3月16日~31日)に検査を受けた7,275例では陽性者が1,044例(14.4%)で、このうち海外渡航歴があったのは15.5%(162/1,044例)であった。 いずれの検査群でも、平均年齢は参加者全体(特定集団の初期群、特定集団の後期群、公募群、無作為抽出群でそれぞれ40.0、40.4、38.6、45.4歳)に比べ陽性者(それぞれ44.4、41.3、40.8、50.5歳)で高かった。特定集団群では、10歳未満(38/564例、6.7%)は10歳以上(1,183/8,635例、13.7%)と比較して陽性率が低い傾向にあり、この傾向は集団スクリーニング群でも同様であった(10歳未満0%、10歳以上0.8%)。また、女性のほうが男性より陽性率が低く、特定集団群では11.0% vs.16.7%(オッズ比[OR]:1.66、95%信頼区間[CI]:1.47~1.87)、集団スクリーニング群で0.6% vs.0.9%(1.55、1.04~2.30)であった。多様なSARS-CoV-2 ハプロタイプが広がっている 643検体から抽出したSARS-CoV-2 RNAのシーケンシングの結果、ハプロタイプは多様で経時的に変化していることが明らかになった。すなわち、特定集団の初期と集団スクリーニング群とでハプロタイプの構成が異なっており、初期はイタリアやオーストリアが起源のタイプがほとんどであったのに対して、3月中旬以降の集団スクリーニング群では当初高リスク国と見なされていなかった英国などから帰国した人によってアイスランドに持ち込まれたと考えられた。 集団スクリーニングにおける感染陽性率は20日間にわたり安定しており、公募群と無作為抽出群とで感染率に大きな違いはなかった。

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新型コロナウイルス検出用抗体、開発に成功/横浜市立大

 横浜市立大学大学院医学研究科の梁 明秀氏(微生物学・分子生体防御学 教授)らは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗原を特異的に検出できるモノクローナル抗体の開発に成功したことを2020年4月20日に発表した。今後は、本抗体を用い簡便かつ短時間にSARS-CoV-2だけを正しく検出できるイムノクロマトキットの開発を目指す。 今回作製された抗体は、近縁のSARSコロナウイルスや風邪の原因となるヒトコロナウイルスとは交差反応を示さず、SARS-CoV-2抗原にだけ正確に反応するという。現時点でSARS-CoV-2のみを的確に検出できる高性能なモノクローナル抗体は実用化されておらず、この開発が進めば国内初の検査キットの実用化となる。 研究成果のポイントは以下のとおり。・ コムギ胚芽無細胞タンパク質合成法により作製した高品質な抗原を用いて、SARS-CoV-2を正確に検出できるマウスモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを複数株、樹立することに成功。・ 本抗体は、SARS-CoV-2だけに高い親和性を示し、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)、およびその他の一般の風邪症状を引き起こすヒトコロナウイルスとは交差反応しない。・ 今後、本抗体を用いて、簡便かつ短時間に、しかも正確にSARS-CoV-2が検出できるイムノクロマトキットが開発できれば、PCR法などの遺伝子検出法と比べて臨床現場の負担が軽くなり、検査数の大幅増が期待できる。

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疲れを巡る最新研究(前編)…エナジードリンク頼みの疲労回復法がとても怖い理由

講師紹介長年の研究で判明した、ウイルスと疲労の「深い関係」近藤なぜ、ウイルスを専門とする私が疲労の研究をしているのか、最初はいつも不思議がられます。私の所属はウイルス学講座で、長年ヒトヘルペスウイルス(HHV)を研究してきました。研究を進めるうちに、疲労・ストレスとヘルペスウイルスの間に深い関係があることがわかってきたのです。性器ヘルペスが知られているので、ヘルペスというとちょっと下ネタ的なイメージもありますが(笑)、私の専門は赤ちゃんの突発性発疹を起こすHHV-6とHHV-7です。3大生体アラームなのに研究が進んでいない「疲労」近藤そもそも、疲労の研究は世界的にマイナーです。日本では「疲労はうつや過労死といった疾患の要因になる」ということが一般的に受け入れられていますが、海外ではそうした認識自体がなく、慢性疲労症候群など「疾患の症状」としての認識しかありません。「疲労」は、「痛み」や「発熱」と並ぶ3大生体アラームです(図1)。それなのに、その原因・伝達物質も回復因子もまったくと言っていいほど解明されてこなかったのです。痛みや発熱は、その原因物質を見つけた人がノーベル賞を取っているほどなのに…。画像を拡大する「疲労感」と「身体の疲れ」は異なるもの近藤そもそも、まず知っておいていただきたいのが「疲労感」と「身体の疲れ」は別のもの、ということです。図1の右上にある炎症性サイトカインが、疲労研究のカギとなる存在です。炎症性サイトカインは、風邪などのウイルスが体内に侵入したときなどに、免疫細胞が出すことが知られている物質です。この炎症性サイトカインが脳に作用して「疲れた」と感じる、いわゆる「疲労感」を生み出します。風邪などの病気のときに疲れを感じるのはこのためです。一方で、健康な人も仕事や運動によって疲れを感じますが、この場合、免疫細胞は攻撃対象がいないはずですよね? では、なぜ疲れを感じるのでしょう?ここで、私の専門「ヘルペス」の登場です。ヘルペスウイルスは、感染しても多くの場合は症状が出ず、感染者はウイルスを潜ませたまま普通に生活しています(潜伏感染)。しかし、感染者が何らかの異常事態に見舞われると潜んでいたウイルスはそれを察知し、爆発的に数を増やして別の宿主に移ろうとします(再活性化)。私の専門のHHV-6やHHV-7は疲労を「異常事態」と見なして再活性化することを見いだしたのです。また、私たちは、HHV-6が危険を察知する信号となるのが「elF2α」という因子であることも発見しました。身体に疲労の負荷がかかると、このelF2αがリン酸と結合して「リン酸化elF2α」となり、その割合が一定を超えるとHHV-6がそれを察知して再活性化するのです。通常、elF2αはタンパク質を合成する役割があるのですが、リン酸化することでこの仕事ができなくなり、結果として臓器の働きが低下したり、機能障害が起きたりします。これが身体の疲労の原因です(図2)。画像を拡大する最初に出てきた疲労感の要因となる炎症性サイトカインも、このリン酸化elF2αの増加が引き金になって作られるので、疲労のカギとなる物質としてリン酸化elF2αのことを「疲労因子」と呼んでいます(図3)。画像を拡大する「エナジードリンク飲み過ぎ」が怖い理由近藤疲労感と身体の疲労が別物だと知っておくことの大切さは、身近なところにあります。多くの方は、疲労回復のために「エナジードリンク」を飲んだことがあるのではないでしょうか? 多くのエナジードリンクには「抗酸化作用」のある物質が入っています。私たちはこの抗酸化作用を持つ物質の代表格である「N-アセチルシステイン(NAC)」をマウスに注入し、疲労との関係を調べる研究を行いました。その結果、NACは肝臓における炎症性サイトカインの産生を低下させ、疲れを身体に伝えるアラームとなる疲労感を減少させることがわかりました。これが「疲れがとれた」と感じる理由です。しかし、ほかの臓器では疲労因子が増え続け、タンパク質合成が抑制されて臓器組織の機能低下が起こり続けることもわかりました。結果として、疲労感がないために無理をし続けて身体を壊す、ひどい場合は突然死につながる、などといったことが起こる可能性があるのです。近藤突然死とまでいかなくとも、「エナジードリンクを飲み続けて、いきなりやめたらぐったりした」という経験をされた方はいないでしょうか? これも「疲労感をまひさせる」抗酸化物質の影響です。まひする効果が切れたために、それまで蓄積していた疲労を一気に感じるのです。エナジードリンクは「緊急時に疲れをまひさせるもの」と認識し、摂り過ぎないようにすることが重要です。同様の働きをするものにカフェイン、抗酸化剤入りサプリ、ニンニクなどがあり、これらも摂り過ぎに注意が必要です。さらに、日本では薬機法に触れるために販売されていませんが、海外のエナジードリンクには大量の「タウリン」を含むものがあります。タウリンも抗酸化作用を持つ物質であり、上記のようなメカニズムで疲労感をまひさせてしまう可能性があります。実際、海外のエナジードリンクでは、過剰摂取した若者が死亡に至る事故も報告されています。一般に、このような事故は「カフェインの過剰摂取が原因」と解説されることが多いのですが、カフェインに加えて抗酸化物質が作用することで、疲労感がまひし、身体の異常に気付かず手遅れになった、という側面が大きいと考えています。後編へ書籍紹介『疲労ちゃんとストレスさん』にしかわたく(漫画・原作)・近藤一博(監修・原作)河出書房新社近藤氏の長年の研究成果と疲労に関する複雑な仕組みを、漫画家のにしかわ氏がストーリー&漫画化。疲労がどのように起きるのか、どのように回復するのか、擬人化されたキャラクターたちでわかりやすく解説した一冊。

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新型コロナ治療薬の有力候補、「siRNA」への期待

2019年末に中国湖北省武漢で最初の症例が確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界各地への感染が急速に拡大しており、世界保険機関(WHO)はパンデミック(世界的大流行)と認定した。国内でも医療機関や行政の関連機関により懸命な対策が進められている。コロナウイルスの種類コロナウイルスは、ヒトに日常的に感染するウイルスと動物から感染する重症肺炎ウイルスの2つのタイプに分類される。ヒトに日常的に感染するコロナウイルスはこれまで4種知られており、風邪の原因の10~15%を占めている。そして、ほとんどの子供はこれらのウイルスに6歳までに感染するとされている。一方で、重症肺炎ウイルスには、2002年末に中国広東省から広まった重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)および2012年にサウジアラビアで発見された中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)、さらに2019年の新型コロナウイルス(SARS-CoV遺伝子と80%程度の類似性があることからSARS-CoV-2と命名された)が含まれる。COVID-19の臨床的特徴COVID-19は2020年3月22日現在、世界で30万人以上が感染し、さらに感染が拡大しているという驚異的な勢いで蔓延しており、致死率は2%程度とされている。感染者数はSARSやMERSに比べるとはるかに多いが、致死率はSARSで10%、MERSは34%であることからCOVID-19は最も低いといえる。SARSの感染源はキクガシラコウモリ、MERSはヒトコブラクダとされており、COVID-19の感染源はまだ不明であるが、SARSとよく似ていることからおそらくコウモリと考えられている。このように動物の種を超えて感染するコロナウイルスは重症化しやすい。COVID-19やSARSの感染経路は、患者と濃厚に接触することによる飛沫感染、ウイルスに汚染された環境にふれることによる接触感染が考えられているが、MERSは限定的であるとされている。新型コロナウイルスの実体コロナウイルスはプラス鎖一本鎖のRNAをゲノムとして持つウイルスで、感染すると上気道炎や肺炎などの呼吸器症状を引き起こす。コロナウイルスはそのRNAゲノムがエンベロープに包まれた構造を持ち、感染にはウイルス表面に存在する突起状のタンパク質(スパイクタンパク質)が必要である。スパイクタンパク質は感染細胞表面の受容体に結合することで、ウイルスが細胞内に取り込まれ感染するが、SARS-CoV-2の受容体はアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体であり、SARS-CoVの受容体と同じである。スパイクタンパク質は王冠(crown)に似ていることから、ギリシャ語にちなみコロナcoronaと名付けられた。COVID-19治療の現状通常1つの薬を開発するには10年以上の年月と300億円以上の費用が必要とされており、SARSやMERSなどのこれまでの重症肺炎コロナウイルス感染症に対する特異的な治療法はいまだになく、ワクチンや抗ウイルス薬も開発されていない。そのため、COVID-19に対しても現状では熱や咳などの症状を緩和するという対症療法が中心である。しかし、エイズウイルスであるHIV感染症やエボラ出血熱に対して有効性の認められた薬やインターフェロン療法がSARSやMERSに対しても有効であったことから、COVID-19での利用も検討されている。治療薬・ワクチンの開発動向現在、COVID-19に対する治療薬の開発は大手製薬会社を中心に世界的に精力的に進めれられている。ワクチンの開発も急速に進められているが、従来の組換えタンパク質や不活化ウイルスを抗原とするワクチンは製造用のウイルス株や組換え株を樹立するのに時間がかかるうえに、安定的に製造できる工程を確立するのにさらに時間がかかる。一方で、近年の次世代シークエンサー技術の進歩によりウイルスのゲノム情報が簡単に解読されるようになった。およそ3万塩基長のSARS-CoV-2の全ゲノム情報も、2020年1月中旬に中国の研究チームが公表した。そのため、ゲノム情報を利用した新たな治療法の開発も進められている。最も早く臨床試験が始まりそうなのが、米国アレルギー・感染症研究所とModerna社が開発しているメッセンジャーRNA(mRNA)をベースにしたワクチンである。遺伝子発現の流れにおいては、ゲノムDNAからmRNAが転写され、mRNAからタンパク質が翻訳される。タンパク質ではなく、ウイルス表面のスパイクタンパク質をつくるmRNAを細胞に接種するとスパイクタンパク質が産生され、それを抗原とする免疫が誘導される。mRNAは化学合成できるため、ゲノム情報が公開されてから治験薬を製造するまでにわずか40日程度であったとされている。さらに、国内ではDNAワクチンというスパイクタンパク質を発現するDNAを接種するという特徴ある開発研究も、大阪大学とバイオベンチャーのアンジェス、さらにタカラバイオが加わって行われている。しかし、このような抗体を利用する手法では、抗体依存性感染増強という、初感染よりも再感染のほうが重篤な影響を及ぼす危険性があることも指摘されており、大規模な臨床試験が必要とされる。そこで、抗体を利用せずにゲノム情報を利用した治療法として、近年、siRNA(small interfering RNA)によるRNA干渉(RNA interference, RNAi)法による核酸医薬品開発が進められている。siRNAとはsiRNAは21塩基程度の小さな二本鎖RNAであり、化学合成できる。siRNAはヒト細胞内でRISC(RNA-induced silencing complex)と呼ばれる複合体に取り込まれて一本鎖化し、その片方のRNA鎖と相補的な配列を持つRNAを切断する。コロナウイルスのようにRNAをゲノムとして持つウイルスに対しては、ゲノムから産生されたタンパク質を標的とするよりもゲノムRNAを標的にするほうがより直接的な効果が期待できる。実際、RNA干渉は植物・菌類・昆虫などではRNAウイルス感染から自身を守る生体防御機構として働く。siRNA核酸医薬品開発の最前線米国Alnylam Pharmaceuticals社が開発した世界で最初のsiRNA核酸医薬品はアミロイドニューロパチーの原因遺伝子を抑制するものであり、2018年に米国・欧州で承認され、2019年には日本でも承認された。Alnylam Pharmaceuticals社は、Vir Biotechnology社と共同で、すでにSARS-CoV-2に対する350種類以上のsiRNA候補を設計・合成しその有効性のスクリーニングを開始し、肺への送達システムも開発しているようである。また、筆者らのグループは、siRNAの配列選択法はきわめて重要であることを明らかにしており、内在の遺伝子発現にはほとんど影響を及ぼさず、感染したコロナウイルスのみを特異的に抑制するsiRNA配列を選択できる方法論を開発している。そのような方法を用いれば、たくさんのsiRNAをスクリーニングする最初のステップを回避でき、開発の時間をさらに短縮することができる。siRNA核酸医薬品への期待感染症は、過ぎてしまえば忘れられてしまう疾患である一方で、SARS-CoV-2のように、SARS-CoVの改変型ともいえるウイルスが再燃してパンデミックをひき起こす場合もある。そのため、どこまで開発に時間と費用を使えるか、すなわち、いかに効率よく感染症治療薬を開発できるかは全人類にとってきわめて重要な課題といえる。siRNA核酸医薬品は、ゲノム情報に基づいて比較的短時間で、かつ副作用を回避して特異性の高い医薬品を開発できる可能性があり、新しい時代の医薬品として大きな期待を寄せている。講師紹介

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「屋内の閉鎖的空間でクラスター発生か」新型コロナ専門家会議が見解

 新型コロナウイルス感染症を巡り、国の専門家会議(座長:脇田 隆字 国立感染症研究所所長)は3月2日、厚生労働省の対策本部が分析した内容に基づき現時点の見解をまとめた。国内では、これまで感染者が出ていなかった自治体においても日々新たな感染者が確認され、拡大傾向が続いていると見られる。見解では、北海道のデータ分析などにより、重症化する割合が低い若年層から多くの中高年層に感染が及んでいること、屋内の閉鎖的な空間における濃厚接触が、患者クラスターの発生および感染の急速な拡大を招く一因になっていることなどを挙げた。 「新型コロナウイルス感染症対策の見解」の主な内容は以下のとおり。【この一両日で明らかになったこと】・症状の軽い人も、気付かないうちに感染拡大に重要な役割を果たしている。・若年層は重症化する割合が非常に低く、感染拡大の状況が見えないため、結果として多くの中高年層に感染が及んでいる。・これまでの国内における感染者のうち、重症・軽症にかかわらず約80%は、ほかの人に感染させていない。・一方で、一定条件を満たす場所において、1人の感染者が複数人に感染させた事例が報告されている。具体的には、ライブハウス、スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウス、密閉された仮設テントなど。・屋内の閉鎖的な空間で、人と人とが至近距離で、一定時間以上交わることで患者クラスターが発生する可能性が示唆される。・これまでのデータによると、有症者の約80%が軽症、14%が重症、6%が重篤となっているが、重症者の約半数は回復している。・重症者においても、最初は普通の風邪症状(微熱、咽頭痛、咳など)から始まっており、その段階では重症化するかどうかの判断がつきにくい。・重症者は、普通の風邪症状が出て約5~7日程度で症状が急速に悪化し、肺炎に至っている。【北海道の感染状況となすべき対策】・推定発症者数は、日ごとに急速に増加しており、この1~2週間は人と人との接触を可能なかぎり控えるなどの積極的対応が必要。・北海道には中国からの旅行者が多く、そこから感染が広がったと考えられる。・北海道の都市部においては、社会・経済活動が活発な人々が感染リスクの高い場所に多く集まりやすく、気付かないうちに感染していたと考えられる。なかでも、症状の軽い若年層が他圏域に移動することで複数地域に感染が拡大し、高齢層の有症者が報告されたことで感染の拡大状況が初めて把握された。・人と人との接触を最大限に避けるなどの適切な行動により、新規の感染者数は急速に減少すると見込まれる。ただし、潜伏期間があるため、患者数の減少を確認するまでにはタイムラグが生じる。おおむね2週間経過しなければ、行動変容の効果は評価できない。・感染症の中には、集団免疫の獲得により感染の連鎖が断ち切られるケースもあるが、現在の感染状況では集団免疫を期待できるレベルではない。・感染者の再感染についてもいまだ不明である。・感染拡大抑制のために、(1)軽い風邪症状でも外出を控える、(2)規模の大小にかかわらず、風通しの悪い空間で、人と人が至近距離で会話する場所やイベントは控える。・事業所活動については、テレワーク、リモートワーク、オンライン会議など、人と人が接触しない形態を活用し、出張は最低限に抑制する。【全国の10~30代へのお願い】・新型コロナウイルス感染による重症化リスクが低い世代だが、ウイルスの特徴により、軽症者が重症化リスクの高い人に感染を広める可能性がある。とくにこの世代は、人が集まる風通しが悪い場所を避けてほしい。

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