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第247回 骨太の方針2025が閣議決定、賃上げ促進と病床削減が焦点に/内閣

<先週の動き> 1.骨太の方針2025が閣議決定、賃上げ促進と病床削減が焦点に/内閣 2.マダニ媒介SFTSで獣医師が死亡、医療者の感染リスクも顕在化/三重県 3.「がん以外」にも広がる終末期医療、腎不全にも緩和ケアを検討/厚労省 4.医療機関倒産が急増、報酬改善なければ「来年さらに加速」の懸念/帝国データ 5.急性期から地域包括医療病棟へ移行加速、診療報酬改定の影響が顕在化/中医協 6.「デジタル行革2025」決定、電子処方箋導入に新目標/政府 1.骨太の方針2025が閣議決定、賃上げ促進と病床削減が焦点に/内閣政府は6月13日、「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太の方針2025)を閣議決定し、来年度以降の予算編成や制度改革の方向性を示した。今回の方針では、医療・介護・福祉分野における構造改革と現場の処遇改善が柱となり、「成長と分配の好循環」に向けた具体策が明示された。政府は初めて、2029年度までに実質賃金を年1%引き上げる数値目標を掲げ、医療・介護・保育・福祉分野の処遇改善を「成長戦略の要」と位置付けた。これに伴い、公的価格である診療報酬や介護報酬の引き上げを示唆し、2026年度の報酬改定に大きな影響を与える可能性がある。また、これまで「高齢化による自然増」に限定していた社会保障費の算定に、今後は物価・賃金動向を加味する方針を打ち出した。これにより、物価高や人材確保に悩む医療・介護機関にとっては、経営基盤の安定化につながるとみられる。その一方で、保険料負担とのバランスが課題となる。地域医療体制の再編も加速され、地域実情を踏まえつつ、2027年度施行の新地域医療構想に合わせて、一般・療養・精神病床の削減が明記された。とくに中小病院や療養型施設に対し、再編や役割分担が求められる。負担の公平性を重視し、医療・介護の応能負担の強化も盛り込まれた。金融所得を含めた新たな負担制度の検討が進められており、今後の制度設計に注目が集まっている。また、2026年度以降、市販薬と類似する医師処方薬(OTC類似薬)を保険給付から除外する見直しが進められ、診療所経営にも影響が及ぶ可能性がある。さらに、医療の効率化を図るため、医療DXやデータ活用が推進され、電子カルテの標準化やPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)との連携が進展される見込みとなった。地域単位で薬剤選定を標準化する「地域フォーミュラリ」の全国展開も盛り込まれた。今回の方針は、賃上げによる持続可能な成長と、医療・福祉分野の構造改革を同時に進めるものであり、制度改革の実行力が問われる局面となる。 参考 1)経済財政運営と改革の基本方針 2025~「今日より明日はよくなる」と実感できる社会へ~[全文](内閣府) 2)ことしの「骨太の方針」決定 経済リスク対応やコメ政策見直し(NHK) 3)不要な病床の削減を明記、骨太方針決定 社会保障費「経済・物価動向等」反映へ(CB news) 4)骨太の方針、社保に物価・賃上げ反映 家計負担増す可能性(日経新聞) 5)実質賃金年1%上昇、初の数値目標 骨太の方針を閣議決定(毎日新聞) 2.マダニ媒介SFTSで獣医師が死亡、人獣共通感染症への警戒強まる/三重県マダニ媒介感染症である重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の感染拡大が続いており、医療従事者にも重大な影響を及ぼしている。6月、三重県内でSFTS感染の猫を治療していた高齢の獣医師が感染・死亡する事例が確認された。ダニ刺咬痕は確認されておらず、唾液や血液を介したペット由来の感染が疑われている。これは、2024年の医師への感染に続く人獣間感染の深刻な事例であり、日本獣医師会は防護対策の徹底を求めている。SFTSは6~14日程度の潜伏期を経て発熱、嘔吐、下痢、意識障害、皮下出血など多彩な症状を呈し、致死率は最大30%に達する。とくに高齢者では重症化リスクが高い。現在、有効な抗ウイルス薬としてファビピラビル(商品名:アビガン)が使用できるが、ワクチンは存在しない。マダニ感染症はSFTSのほかにも日本紅斑熱やツツガ虫病があり、いずれも西日本を中心に発生が集中している。2025年も岡山・鳥取・香川・静岡・愛媛など複数県で感染例が報告されており、死亡例も出ている。春から秋にかけてマダニの活動が活発化し、農作業やアウトドア活動での感染リスクが高まる。また、SFTSは犬・猫などのペットがウイルス保有宿主になり得ることが明らかになっており、医療者・獣医師・飼い主ともに十分な感染予防対策が求められる。ペットの室内飼育、防虫剤使用、皮膚・粘膜の保護に加え、咬傷・体液接触時の手指衛生とPPE(個人防護具)の着用が推奨される。今後、診療現場でもマダニ媒介疾患への警戒を強化し、野外活動歴や動物との接触歴を含めた問診と初期対応の徹底が重要である。 参考 1)重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について(厚労省) 2)ネコ治療した獣医師死亡 マダニが媒介する感染症の疑い 三重(NHK) 3)マダニ感染症で死亡の獣医師「胸が苦しい、息苦しい」訴え緊急搬送 発症前に感染ネコ治療(産経新聞) 4)マダニにかまれ「日本紅斑熱」60代男性感染 2025年8人目 屋外でのマダニ対策呼びかけ(静岡放送) 5)マダニにかまれ、感染症悪化で死亡事例も 今が活動期 アウトドアレジャーでの警戒を(産経新聞) 6)ダニ媒介による感染症「日本紅斑熱」「SFTS」の患者が多発 県が注意喚起(山陽放送) 7)西日本中心に“マダニ”に注意 住宅街の茂みでパンパンに膨らんだマダニも…マダニが媒介する致死率10%超えの感染症SFTSとは?50歳以上は特に重症化しやすいか(あいテレビ) 3.「がん以外」にも広がる終末期医療、腎不全にも緩和ケアを検討/厚労省厚生労働省は、緩和ケアの対象を腎不全患者にまで拡大する方針で検討を開始した。これまで緩和ケアは、がん・エイズ・末期心不全の患者を対象としてきたが、透析継続が困難になった腎不全患者においても激しい身体的・精神的苦痛が生じるケースが多く、医療現場から対応拡充を求める声が高まっていた。背景には、慢性透析患者が年々増加し、2023年には全国で約34.4万人に達し、年間3.8万人が死亡している現状がある。透析中止に際しては「人生で最も激しい痛み」と表現されるほどの苦痛を伴うこともありながら、現在の診療報酬制度では緩和ケアの加算対象から除外されており、患者は十分な医療的支援を受けられていない。こうした事態を受け、自民党の有志議員らは5月に提言を厚労省に提出。患者の尊厳を守る終末期医療の実現に向け、在宅医療体制の整備、医療用麻薬の使用拡大、関連学会によるガイドラインの整備、モデル地域の創設などを提案した。これを受け厚労省は、2025年の「骨太の方針」に腎臓病対策として盛り込み、次期診療報酬改定を視野に対応を進める見通しだ。日本透析医学会も2020年以降、緩和ケアの必要性を強調しており、透析の見合わせ段階だけでなく、意思決定前の段階でも継続的なケアの必要性を提唱。今後は腎不全患者への緩和ケア提供を制度的に後押しする議論が本格化する。 参考 1)腎不全患者に緩和ケア拡大 透析困難時の苦痛軽減(東京新聞) 2)腎不全患者に緩和ケア拡大 透析困難時の苦痛軽減 厚労省検討、骨太反映へ(産経新聞) 3)がん以外にも緩和ケアを 透析医療へ拡大訴え 学会や国で議論始まる(共同通信) 4)わが国の慢性透析療法の現況(日本透析医学会) 4.医療機関倒産が急増、報酬改善なければ「来年さらに加速」の懸念/帝国データ2025年に入って、わが国の医療機関が前例のないペースで倒産または廃業している。帝国データバンクの調査によれば、1~5月だけですでに倒産が30件、廃業・解散などが373件に達し、年間では合計1,000件に迫る勢いだ。これは2024年の過去最多記録(723件)を大幅に上回る見通しであり、医療提供体制の根幹が揺らぎ始めている。背景には、医療機器や光熱費などの物価上昇に対して、2024年度の診療報酬改定(+0.88%)が極めて抑制的だったことがある。また、医師の働き方改革により、大規模病院を中心に残業代負担が急増し、経営を圧迫している。さらに、病院の老朽化も深刻で、法定耐用年数(39年)を迎える施設が全国の約8割に及ぶ中、建設費の高騰により建て替えを断念せざるを得ない事例が増えている。中小診療所や歯科医院では、経営者の高齢化や後継者不在が廃業の主因となっている。とくに同族経営が多い歯科では、承継が進まず「法人の限界」が露呈している。M&Aのニーズは高まっているが、財務状態の良い法人に買い手が集中し、赤字法人は買い手がつかず「廃業すらできない」という二極化が進行中だ。このような事業者の「自然消滅」は、厚生労働省が推進する地域医療構想の想定を超える速さで進行しており、病床再編の制度設計と現場の実態が乖離している。現状では、老朽施設への再生支援策も不十分で、制度疲労が顕在化している。今後の政策には、(1)診療報酬や補助金の実態に即した見直し、(2)施設再建支援、(3)M&Aによる出口戦略の明確化、(4)中山間地や離島での公的医療体制の再構築が求められる。医療機関の消滅は、単なる経営問題に止まらず、地域住民の医療アクセス権や医療安全保障そのものに関わる緊急課題である。 参考 1)病院と診療所の倒産件数、5カ月で前年上半期に並ぶ 計18件 東京商工リサーチ(CB news) 2)入金基本料「大幅引き上げを」公私病連が決議 病院経営の厳しさ訴える(同) 3)医療機関で倒産急増の深刻事態!今年は約1,000事業者が“消滅”か(ダイヤモンドオンライン) 5.急性期から地域包括医療病棟へ移行加速、診療報酬改定の影響が顕在化/中医協厚生労働省は、6月13日に中央社会保険医療協議会(中医協)・調査評価分科会の「入院・外来医療等の調査・評価分科会」を開き、地域包括医療病棟および回復期リハビリ病棟に関する実態調査結果の報告をもとに討議を行なった。2024年度診療報酬改定で新設された地域包括医療病棟入院料について、届け出病院の約4割が急性期一般入院料1からの転換で、制度設計通りの導入が進んだとされた。一方、届け出検討病院は全体の5%程度に止まり、とくに「毎日リハビリ提供体制の整備」が障壁との回答が多数を占めた。また、入院患者の診療実態にはばらつきがあり、輸血や手術を多数算定する病院と、誤嚥性肺炎など内科系疾患中心の病院とで医療内容に差がみられた。急性期病棟を手放した病院も多く、地域医療構造の再編に影響が及ぶ可能性もある。一方、回復期リハビリ病棟では、FIM(機能的自立度評価)利得がゼロまたはマイナスの患者が突出して多い施設が散見され、委員からは「異常」「詳細な分析を行うべき」との指摘が相次いだ。新設されたリハ・栄養・口腔連携体制加算の基準(ADL低下3%未満)に満たない施設が多いことも判明した。今後、診療報酬制度の実効性や適正な施設基準運用のあり方が問われる。 参考 1)令和7年度第3回入院・外来医療等の調査・評価分科会(厚労省) 2)地域包括医療病棟、急性期一般1から移行が最多 全体の4割占める(CB news) 3)回復期リハ、FIM利得マイナスの患者が多くの病院に 「詳細な分析を」中医協・分科会(同) 6.「デジタル行革2025」決定、電子処方箋導入に新目標/政府政府は6月13日、「デジタル行財政改革取りまとめ2025」を決定し、医療・介護分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を中核に据えた改革方針を示した。背景には、急速な少子高齢化による医療資源の逼迫と、地域医療の持続可能性確保という喫緊の課題がある。今回の取りまとめでは、電子処方箋の導入促進とあわせて、医療データの二次利用(研究、医療資源の最適化など)に向けた制度整備が明記された。電子処方箋は2025年夏に新たな導入目標を設定し、病院・診療所での導入拡大を急ぐ。8月にはダミーコード問題への対応としてシステム改修が完了する予定であり、今後は診療報酬・補助金による導入促進も強化される。また、救急搬送時の医療情報共有を可能とする広島県発の連携PF(プラットフォーム)を全国展開する構想も示された。これにより、搬送の調整が迅速となり、災害時のEMIS連携やマイナンバーカードの活用による「マイナ救急」との統合も視野に入る。さらに、医療データの二次利用の円滑化に向けた法整備を進めるほか、AI活用のための透明性ある学習データの収集・連携環境の整備も進行中である。電子処方箋やリフィル処方の活用拡大も引き続き重要課題とされ、KPIの早期設定と次期診療報酬改定での反映が示唆された。これら一連の取り組みは、医療現場の業務効率化と質の高い医療の提供、さらには地域医療構想との接続にも大きな影響を及ぼす。医師にとっては、現場実装の速度と制度設計の動向に注視することが求められる。 参考 1)デジタル行財政改革 取りまとめ2025(デジタル行財政改革会議) 2)AIの学習データ、収集や連携促進 デジタル改革取りまとめ(日経新聞) 3)社会課題解決に医療データ活用 方針決定 法整備検討へ 政府(NHK) 4)電子処方箋、今夏に新たな目標設定 デジタル行革 取りまとめ、8月にシステム改修終了へ(PNB) 5)デジタル行財政改革会議(首相官邸)

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第261回 なぜ鳥居薬品を?塩野義製薬の買収戦略とは

製薬業界は世界的に見ると、再編が著しい業界である。いわゆる老舗の製薬企業同士の合併・買収という意味では、2020年の米国・アッヴィによるアイルランド・アラガンの買収が近年では最新の動きと言えるだろうが、欧米のメガファーマによるバイオベンチャー買収は日常茶飯事の出来事と言ってよい。これに対し日本の製薬企業でも、上位企業によるメガファーマ同様のバイオベンチャー買収が一昔前と比べて盛んになったことは事実だ。ただ、新薬開発能力のある製薬企業は売上高で4兆円超の武田薬品を筆頭に下は500億円規模まで約30社がひしめく、世界的に見ても稀なほど“過密”な業界でもある。このためアナリストなどからは、1990年代から判で押したように「国内再編が必至」と言われてきた。その中で国内の製薬企業同士の合併や経営統合などが盛んだったのが2005~07年にかけてである。藤沢薬品工業と山之内製薬によるアステラス製薬、第一製薬と三共による第一三共、大日本製薬と住友製薬による大日本住友製薬(現・住友ファーマ)、田辺製薬と三菱ウェルファーマによる田辺三菱製薬はいずれもこの時期に誕生している。上場製薬企業あるいは上場企業の製薬部門の合併で言うと、もっとも直近は2008年の協和発酵キリン(現・協和キリン)だろう。あれから15年間、国内製薬企業は“沈黙”を続けてきたが、それが突如破られた。ゴールデンウイーク明けのつい先日、5月7日に塩野義製薬が「日本たばこ産業(JT)の医薬事業を約1,600億円で買収する」と発表したのだ。JTと鳥居薬品の歴史JTの医薬事業というのはやや複雑な構造をしているが、それを解説する前にJTの沿革について簡単に触れておきたい。JTはかつてタバコ・塩・樟脳(しょうのう)※の専売事業を行っていた旧大蔵省外局の専売局が外郭団体・日本専売公社として分離独立し、それが1985年に民営化されて誕生した。すでに1962年に樟脳の専売制度は廃止され、民営化時点ではタバコと塩の専売事業を引き継いだが、塩の製造販売は1997年に自由化され、すでにJTの手を離れている。※クスノキの根や枝を蒸留して作られ、香料や医薬品、防虫剤、セルロイドなどの原料となる。ただ、民営化直後からたばこ事業の将来性には一定のネガティブな見通しは持っていたのだろう。民営化直後から事業開発本部を設置し、1990年7月までに同本部を改組し、医薬、食品などの事業部を新設。1993年9月には医薬事業の研究体制の充実・強化を目的に医薬総合研究所を設置した。ただ、衆目一致するように医薬、いわゆる製薬事業は自前での研究開発から製品化までのリードタイムは最短で10数年とかなり気の長い事業である。そうしたことも影響してか、1998年に同社は国内中堅製薬企業の鳥居薬品の発行済株式の過半数を、株式公開買付(TOB)により取得し、連結子会社化した。子会社化された鳥居薬品は国内製薬業界では中堅でやや影が薄いと感じる人も少なくないだろうが、1872年創業の老舗である。たぶん私と同世代の医療者は同社の名前から連想するのは膵炎治療薬のナファモスタット(商品名:フサンほか)や痛風・高尿酸血症治療薬のベンズブロマロン(商品名:ユリノームほか)だろうか? 近年では品薄で供給制限が続いているスギ花粉症の減感作療法薬であるシダキュアが有名である。JTによる買収後は、研究開発機能がJT側、製造・販売が鳥居薬品という形で集約化されていた。余談だが、私が専門誌の新人記者だった頃、当時の上司は“鳥居薬品は研究開発力が高く、将来の製薬企業再編のキーになる”ことを予言していた…。塩野義の買収計画さて、今回の塩野義によるJT医薬事業の買収は以下のようなスキームだ。現在、鳥居薬品の株式の54.78%はJTが保有し、残る45.22%が株式市場で売買されている。まず、塩野義はこの45.22%を2025年5月8日~6月18日までの期間、1株6,350円、総額約807億円でTOBする。これが終了した後に鳥居薬品のJT持ち株分を鳥居薬品自身が約700億円で取得し、9月までの完全子会社化を目指す。この後さらに2025年12月までにJT医薬事業は会社分割して54億円で塩野義、JTの米国・子会社のAkros Pharmaを36億円で塩野義の米国・子会社Shionogi Incがそれぞれ買収する。JTの医薬事業は塩野義に吸収されるが、米Akros Pharma社はShionogi Incの完全子会社となる。なぜJTを?今回の買収は、昨年、塩野義からJTに対しオファーがあったことから始まったという。会見後に塩野義製薬代表取締役社長の手代木 功氏にこの点を尋ねたところ、「ここ数年、低分子創薬領域でのメディシナルケミスト(創薬化学者)の確保を念頭に薬学部だけでなく、農学部など幅広い領域への浸透を図り、米国・カリフォルニア州サンディエゴに細菌感染症治療薬の研究開発拠点の開設も目指していた。しかし、昨年買収したキューペックス社でも人材確保が思うように進まなかった」とのこと。そうした中でメディシナルケミストの層が厚いJTグループに注目したのがきっかけだったと話した。また、手代木氏はJT・鳥居の研究開発拠点が横浜市と大阪府高槻市にあり、とくに後者は塩野義の研究開発拠点である大阪府豊中市に近いことも大きな利点だったと語った。実際、会見の中でも手代木氏は「(研究拠点の近さも)大きなリストラなく進められる。研究所勤務者は異動、転勤などに不慣れだが、ここも非常にフィットすると考えた」と強調した。この辺は、研究開発畑出身の手代木氏らしい考えでもある。一方のJT側は「近年、新薬創出のハードルが上昇しているうえに、グローバルメガファーマを中心に国際的な開発競争が激化している。当社グループの事業運営では、医薬事業の中長期的な成長が不透明な状況だった」(JT代表取締役副社長・嶋吉 耕史氏)、「JTプラス鳥居という体制でこのまま事業を継続するよりも、より早く、より大きく、より確実に事業を成長させることができるのではないかと考えられた」(鳥居薬品代表取締役社長・近藤 紳雅氏)と語った。このJTと鳥居薬品側の説明は、ある意味、当然とも言える。現在のメガファーマの年間研究開発費は上位で軽く1兆円を超え、日本トップで世界第14位の武田薬品ですら7,000億円。しかし、JT・鳥居薬品のそれはわずか30億円強である。ちなみに塩野義の年間研究開発費は1,000億円超である。もっともメガファーマとの研究開発費規模の違いは、メガファーマの多くが高分子の抗体医薬品に軸足を置いているのに対し、塩野義や鳥居は低分子化合物が中心であるという事情も考慮しなければならない。とはいえ、JT・鳥居に関しては成長のドライバーとなる新薬を生み出す源泉の規模がここまで異なると、もはや「小さくともキラリと光る」ですらおぼつかないと言っても過言ではないのが実状だろう。今後の成長戦略さて今後は買収をした塩野義側がこれを土台にどう成長していくか? という点に焦点が移る。同社は2023~30年度の中期経営計画「STS2030 Revision」で2030年度の売上高8,000億円を目標に掲げている。現在地は2024年3月期決算での4,351億円である。単純計算すると、今回の買収でここに約1,000億円が上乗せされるが、新薬創出の不確実さを踏まえれば、2030年の目標はかなりハードルが高いと言わざるを得ない。しかも、同社は感染症領域が主軸であるため、どうしても製品群が対象とする感染症そのものの流行に業績が左右される。こうしたこともあってか前述の中期経営計画では「新製品/新規事業拡大」を強調し、既存の感染症領域のみならずアンメッド創薬などポートフォリオ拡大を掲げてきた。今回、JT・鳥居を買収することでアレルゲン領域・皮膚疾患領域へとウイングを広げることは可能になった。国内製薬業界では従来から塩野義の営業力への評価は高いだけに、今回の買収で今後のJT・鳥居の製品群の売上高伸長が予想される。とくに鳥居側には現在需要に供給が追い付かずに出荷制限となっている前述のシダキュアがあり、皮膚領域では2020年に発売されたばかりだが業績が好調なアトピー性皮膚炎治療薬のJAK阻害薬の外用剤・デルゴシチニブ(商品名:コレクチム軟膏)もある。塩野義と言えば、アトピー性皮膚炎治療薬ではある種の定番とも言われるステロイド外用薬のベタメタゾン吉草酸エステル(商品名:リンデロンVクリームほか)を有している企業でもある。実際、手代木氏も会見で「皮膚領域は今でこそそこまで強くないものの、かつてはステロイド外用薬の企業として一世を風靡し、現状でもそれなりの取り扱いはあり、このあたりの営業のフィットも非常に良い」と述べた。とはいえ、現状の両社業績をベースにJT・鳥居の製品群に対する塩野義の営業力強化を折り込んでも今後2~3年先までは売上高6,000億円規模ぐらいが限界ではないだろうか? その意味では同社が8,000億円という目標に到達するには、今後上市される新製品の売上高をかなりポジティブに予想しても、もう一段の再編は必要になるかもしれない。一方、何度も手代木氏が強調した研究開発力の強化では、塩野義の100人プラスアルファというメディシナルケミスト数にJTグループの約80人が組み込まれ、「全盛期の数にもう一度戻れる」(手代木氏)ことを明らかにするとともに、自社の研究開発リソースでは強化が及ばなかった免疫領域・腎領域にも手が届くようになるとも語った。同時に手代木氏が会見の中で語ったのは買収に至るデューディリジェンスでわかったJTのAI創薬と探索研究のレベルの高さである。「AI創薬のプラットフォームは正直に言って当社よりはるかに上で、日本の中でも相当進化している。当社の人間が見させていただいてすぐにでも一緒にやりたいと言ったほど。また、JTはフェーズ2ぐらいでのメガカンパニーへのライセンス・アウトを念頭にどうやったらそれが可能か意識をした前臨床・初期臨床試験を進めている。この点では多分当社より上を行く」以前の本連載でも私自身は日本の製薬業界は低分子創薬の世界ですらもはや後進国になりつつあると指摘したが、今回、手代木氏は“新生”塩野義製薬について「“グローバルでNo.1の低分子創薬力”を有する製薬企業となる」と大きなビジョンを掲げた。今回の件が国内製薬企業の再編へのきっかけと低分子創薬の復権につながるのか? 慎重に見守っていきたいと思う。参考1)JT

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第7回 アビガン中間解析の怪、試験終了後に有効性は示せるか

Webニュースを見て「ああ、またか」とため息が出た。5月20日朝、共同通信が新型インフルエンザ治療薬アビガン(一般名・ファビピラビル)に関して、藤田医科大学で進行中の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する臨床研究の中間解析で有効性が示されなかったという記事を公開した件だ。同社はメディア各社にニュースを配信する通信社でもあるため、これを機に他の報道機関各社もこのニュースを配信し始めた。藤田医科大学側は同日夕、反論の記者会見を開催し、あくまで中間解析は安全性の確認が主たる目的であり、現時点では有効性確認は行っていないとの見解を表明した。共同通信、藤田医科大、どっちが正しい?そもそもアビガンに関しては、冒頭の共同通信の記事でも言及しているように、安倍首相自らが5月4日の記者会見で有効性が確認されれば今月中の承認を目指す意向を表明しているほど政治側が迅速承認に前のめりである。首相が特定の薬剤名を口にすれば、当然メディアはそれを報じ、ちまたではその断片的なニュースが勝手に増幅して期待感が高まる。断片を増幅させる点では、今回一気に言葉だけは有名になってしまったPCR検査のようだが、PCR検査はあくまでAを増幅してもAだが、ニュースの場合はしばしばAが増幅してまったく違うBになってしまうのが厄介である。アビガンに関しては、まさにAがBになってしまった状態で、医療従事者の中には過度な期待が高まっていることに対して警戒感・嫌悪感を持っている人も少なくない。今回、共同通信にこのような記事が出たのも、そうした感情を持つ関係者によるリークの可能性がある。結局のところ藤田医科大学が中間解析は「試験継続の是非を検討するため主に安全性に重点を置いた」との主張はおおむねそうであろうが、参考値として算出したウイルス量低減効果は共同通信が報じたように現時点で有意差はなかったのが本当のところだろうと推察する。藤田医科大アビガン臨床研究に見える疑問点だが、そもそもこの藤田医科大学による臨床研究が真の意味でアビガンの有効性を示せる試験になるかそのものに私は大いに疑問がある。この臨床研究は無症状・軽症のCOVID-19患者でのアビガンのウイルス量低減効果の検討を目的とした多施設非盲検無作為化試験である。対象は86例で、試験開始日から10日目までアビガンを服用する群と試験開始6日目~15日目までアビガンを服用する群との比較試験である。今回報道されたのは、うち40例での中間報告らしい。主要評価項目であるウイルス消失率は、両群とも試験開始6日目に測定する。投与開始時期に差を設けることで事実上治療開始から5日までをアビガンvs.プラセボという立て付けにしているのだろう。これは致死性のあるウイルス感染症に対するプラセボ使用に倫理面から追求を受けることへのエクスキューズと見るのが順当だろう。さてここで私が考える疑問点を順次示したい。ご存じのようにCOVID-19患者の8割を占める無症候・軽症者は、大掛かりな医療的介入がなくとも回復することが知られている。だとするならば、プラセボ投与による事実上の無治療(厳格には対症療法のみ)も倫理的には許容されるはずである。この試験デザインで自然回復と薬効の違いを明確かつ厳格に見ることができるかはやや疑問である。また、無症候・軽症患者が対象となると、定量指標は体液・血液中のウイルス量の変動にならざるを得ないだろう。しかし、一部のウイルス感染症ではウイルス量が減っても、感染によって発生した炎症がその後、ウイルス量と無関係に独り歩きして症状の治癒まで時間を要することもある。COVID-19でも感染によって引き起こされた心血管炎が重症化につながるとの仮説もあり、ウイルス量の低減効果が必ずしもその後の良好な転帰につながらない可能性がある。一方、少なくとも報道を見る限り、共同通信が記事化した中間解析結果というのは、日本経済新聞の報道によると、第三者機関の勧告を意味しているらしい。結論から言えば、藤田医科大学が主張するように安全性には問題がないと第三者機関は結論付けたとは言えるだろう。ただ、第三者機関が有効性のデータをまったく目にしていないとは思えず、もし最初の5日間で両群に目を見張るウイルス量低減効果の差があれば、今後の臨床研究参加患者や他の臨床研究試験参加者の不利益を考え、試験の中止を勧告するはずである。「対象症例を増やせば、統計学的有意差が出るのでは?」という意見もあるだろう。これに対しては前回のレムデシビルの件でも触れたように、統計学的検討では症例数を増やせば微小な差も有意差として検出できる特性があることを考えれば、そのような意見、したがって出る統計学的有意差とは「その程度の小さな差」に過ぎないことになる。さらに無症候・軽症のCOVID-19患者が特段の医療的介入なしで回復すると言われている中、ご存じのように催奇形性の危険性を指摘され、かつ高価なアビガンを投与することはコスト・パフォーマンス、リスク・ベネフィットの点からも疑問符が付く。本来、COVID-19でのアビガンの効果を検証するならば、重症患者を対象に主要評価項目はハードエンドポイントである死亡率にすべきだろう。それで明確な効果が示せる薬剤ならば、COVID-19におびえる国民の期待にも沿えるというもの。やや辛い言い方になるが、そもそもこの試験のデザインそのものが、フルマラソンが怖いのでハーフマラソンにした的な腰が引けたものに映る。いずれにせよ今現在公開されているデータでアビガンがCOVID-19に有効といえるようなものは、ほとんどないのが実情である。衣類の防虫剤CMの「タンスにゴン」の合言葉のごとく「新型コロナにアビガン」という趣旨を声高に叫んでいる政治家とテレビに登場する魑魅魍魎的なコメンテーターの一部にはお黙りいただきたい。適切な情報を発信するための一里塚は、科学的に厳格なデザインの臨床研究結果が明らかになることである。

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エピネフリン早期投与は予後を改善するか?(解説:香坂俊氏)-952

 ブラックジャックなど昔の医療マンガやドラマで、よく緊急事態にカンフル!と医師が叫ぶ場面があった。このカンフルというのは、筆者も使ったことはないのだが、ものの本によると「カンフルとはいわゆる樟脳(しょうのう)であり、分子式C10H16Oで表される二環性モノテルペンケトンの一種」ということで、かつて強心剤や昇圧薬としてよく用いられたとのことである。 現在はエピネフリン(Epinephrine:エピ)の大量生産が可能となったため、このカンフルが用いられることはなくなった。そして、現代のカンフルであるこのエピは四半世紀ほど前からACLSによってその使用法が細かく規定されており、心肺蘇生の現場においては、だいたい1A(1mg)を3~5分ごとに静注投与することとなっている。エピの用量や投与間隔については、実はイヌの実験データを基にして設定されたものなのではあるが、その昇圧効果は目に見えて明らかであったので(血圧はすぐ上がる)、今のところほぼ唯一ACLSに必須の薬剤として幅広く使用されている。 今回のこのPARAMEDIC2試験は、院外での心肺停止例に対する早期の(蘇生現場での)エピ投与の効果を二重盲検(!)ランダム化デザイン(RCT)で検討したものである。この研究は英国で行われたものであるが、いつもながらこうした「究極の状況」であったとしてもRCTを組んでいこうという欧米の姿勢には、絶対に「予後を改善させる!」という強い意志を感じる。 この試験では2014~17年の間に8,014例が登録され、エピ群に4,015例、プラセボ群には3,999例が割り付けられた。その結果は記事にあるとおりだが、●入院までの生存率は、エピネフリン群が23.8%と、プラセボ群の8.0%に比し有意に高かった●が、退院時に良好な神経学的アウトカムを有する生存例の割合は、エピネフリン群が2.2%、プラセボ群は1.9%であり、両群間に有意な差を認めなかった●さらに、退院時に重度神経障害(修正Rankinスケール4~5点)を有する生存例の割合は、エピネフリン群が31.0%と、プラセボ群の17.8%よりも多かったということになる。この解釈は難しいが、筆者にはアミオダロンを巡る一連の臨床試験の結果が想起される。アミオダロンは21世紀初頭の臨床試験で、病院にたどり着くまでの生存率を伸ばしたが(比較対象はリドカイン:ALIVE試験)、その後数年前に行われた臨床試験で、そのことが「良好な神経学的なアウトカムを有する生存」の上昇に明確にはつながらないことが示された(CLEAR!ジャーナル四天王「アミオダロンは効く?効かない?よくわからない?」)。 エピに関しては、おそらく今後院内での使用に関してRCTが行われることは(さすがに)ないかと思うが、やはり使い過ぎということには注意を要する薬剤だということはいえるだろう。このPARAMEDICS2で使用されたエピの量は平均で5mg程度であったとのことだが、このあたりが妥当なセンであり、今後の課題としてはどの程度までSafety Marginを下げずに、エピの投与量を下げられるかということに移っていくのではないだろうか?

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マラリア感染、殺虫剤抵抗性媒介蚊脅威に2つの対策/Lancet

 マラリア対策は、広範囲にわたる殺虫剤抵抗性マラリア媒介蚊の存在によって、進展が脅威にさらされている。英国・ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のNatacha Protopopoff氏らは、近年開発された2つのマラリア媒介蚊の対策製品である、共力剤ピペロニルブトキシド(PBO)含有長期残効性殺虫剤ネットと、殺虫剤ピリミホス-メチルの長時間屋内残留タイプの噴霧製品を評価する検討を行った。いずれも、標準的な長期残効性殺虫剤ネットと比べて、ピレスロイド系薬抵抗性媒介蚊によるマラリアが流行している地域で、マラリア伝播コントロールの改善が示されたという。Lancet誌オンライン版2018年4月11日号掲載の報告。クラスター無作為化対照試験で有効性を評価 研究グループは、PBO長期残効性殺虫剤ネットと標準的長期残効性殺虫剤ネットの単独介入の効果を比較し、また、ピリミホス-メチル屋内残留噴霧を組み合わせた場合の効果について、2×2要因デザインを用いた4群クラスター無作為化対照試験を行った。 タンザニア北西部にあるカゲラ州の40村から48集団を集めて、「標準的長期残効性殺虫剤ネット群」「PBO長期残効性殺虫剤ネット群」「標準的長期残効性殺虫剤ネット群+屋内残留噴霧群」「PBO長期残効性殺虫剤ネット+屋内残留噴霧群」の4群に無作為に割り付けた。標準ネットとPBOネットは2015年に配布、噴霧は2015年に1回だけ実施した。住民と血液検体を採取した現地調査スタッフには、受け取ったネットのタイプは知らされなかった。 主要評価項目は、生後6ヵ月~14歳の小児のマラリア感染症有病率で、介入後4、9、16、21ヵ月時点に断面サーベイを行い評価した。屋内残留噴霧の評価のエンドポイントは9ヵ月時点、PBOネットについては21ヵ月時点であった。マラリア感染症の有病率、両製品の単独使用で標準的ネット使用よりも有意に低下 1万560世帯のうち7,184(68.0%)世帯が、介入後調査対象に選択された。また、4回のサーベイの適格児1万7,377例のうち1万5,469例(89.0%)がintention-to-treat解析に包含された。 2つの噴霧群に割り付けられた878世帯のうち、827世帯(94%)が噴霧を受けた。長期残効性殺虫剤ネットの使用は全体で、1年後の時点では住民1万5,341/1万9,852例(77.3%)だったが、2年目は1万2,503/2万1,105例(59.2%)に減少していた。 9ヵ月時点のマラリア感染症有病率について、PBO長期残効性殺虫剤ネットを受け取った2群は、標準的長期残効性殺虫剤ネットを受け取った2群よりも有意に低率であった(531/1,852児[29%]vs.767/1,809児[42%]、オッズ比[OR]:0.37、95%信頼区間[CI]:0.21~0.65、p=0.0011)。 同一の評価時点で、屋内残留噴霧を受けた2群は、同噴霧を受けなかった群と比べて、マラリア感染症有病率が有意に低率であった(508/1,846児[28%]vs.790/1,815児[44%]、OR:0.33、95%CI:0.19~0.55、p<0.0001)。PBO長期残効性殺虫剤ネットと屋内残留噴霧の間には、組み合わせた場合に冗長性(redundancy)が示され、両者間の相互作用のエビデンスが認められた(OR:2.43、95%CI:1.19~4.97、p=0.0158)。 PBO長期残効性殺虫剤ネットの効果は21ヵ月後も持続しており、標準的長期残効性殺虫剤ネット群よりも、マラリア感染症有病率が有意に低率であった(865/1,930児[45%]vs.1,255/2,034児[62%]、OR:0.40、95%CI:0.20~0.81、p=0.0122)。 結果を踏まえて、WHOは現在、PBO長期残効性殺虫剤ネットの適用範囲拡大を推奨しているという。なお、PBO長期残効性殺虫剤ネット+ピリミホス-メチル屋内残留噴霧は、PBO長期残効性殺虫剤ネット単独の場合や、標準的長期残効性殺虫剤ネット+屋内残留噴霧と比べて、付加的なベネフィットは得られなかったという。

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マヤロ熱に気を付けろッ!【新興再興感染症に気を付けろッ!】

ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。国立国際医療研究センター 国際感染症センターの忽那です。本連載「新興再興感染症に気を付けろッ!」、通称「気を付けろッ」は「新興再興感染症の気を付け方」についてまったりと、そして時にまったりと、つまり一貫してまったりと学んでいくコーナーです。本連載もついに第27回を迎えました。27回も書いてるのに、誰からも「ケアネットの連載、読んでるよ」って言われたことないんですけど、大丈夫でしょうか。まあ、マニアックな疾患について書いてますからね、ダニ脳炎だのクリプトコッカス・ガッティだの…。そんなもん診る機会あるかっつ~の。でも安心してください。今回取り上げる疾患も、今後読者の皆さまが診る可能性が極めて低い「マヤロ熱」ですッ! と書くと、これ以上読んでいただけないので、なぜそんなマヤロ熱を取り上げたのかという理由も述べたいと思います。近年、蚊媒介性感染症の広がりが世界的な脅威になっています。2014年にはデング熱が日本でアウトブレイクしました。同じころ、チクングニア熱が中南米で大流行し、そして、2015~16年にはジカウイルス感染症の流行が社会問題になったことは、記憶に新しいところです。そして…次に来てしまうのは、今回紹介するマヤロ熱ではないかと個人的には思っているのですッ!日本でも流行が危惧されるマヤロ熱マヤロ熱はマヤロウイルスによる蚊媒介性感染症です。マヤロウイルスは、チクングニアウイルスと同じアルファウイルス属トガウイルス科に属するウイルスで、1954年にトリニダード・トバゴで発見されています。トリニダード・トバゴは南米の国ですね。その後、フランス領ギアナ、スリナム、ベネズエラ、ペルー、ボリビア、ブラジルでもこのウイルスが見つかっており、南米に広がっているウイルスであると考えられていました。典型的には、ジャングルの労働者である成人男性が感染したという孤発例としての報告が多いのですが、これまでに何度か中規模の流行を起こしています。蚊媒介性感染症と言いましたが、蚊の中でもHaemagogusという種類の蚊が主に媒介すると考えられています。蚊媒介性感染症に詳しい方は、もしかしたら「ヤブカ属(Aedes)じゃないんだったら、日本に入ってくる心配はないな」と思われたかもしれませんが、実験ではヤブカ属のうちネッタイシマカも、そして、日本に広く分布するヒトスジシマカも、このマヤロウイルスを媒介することが判明しているのですッ! つまり…マヤロ熱は南米だけでなく、世界中に広がりうるポテンシャルを秘めているのですッ!現にマヤロウイルスは南米を飛び出し、すでにカリブ海のハイチでの感染例が報告されています。マヤロウイルス、恐るべし!マヤロ熱の症状は何かと似てるマヤロ熱の臨床症状ですが、いわゆる急性発熱疾患であり、高熱に加えて頭痛、関節痛、筋肉痛、皮疹、時に嘔吐などの消化器症状を呈します。さらに関節痛にとどまらず関節炎を起こし、手関節・足関節を中心に腫脹することがあります。発熱などの症状が治まった後も、この関節炎の所見だけは数年にわたって続くことがあります。こう書くとある疾患に似ていることに、気付きませんか? そう、同じトガウイルス科であるチクングニアウイルスによるチクングニア熱に激似なのですッ! ちゅ~か、ほぼ一緒ッ! 忘れてしまっている方は、本連載の「チクングニア熱に気を付けろッ! その1」を読み返してみてください。つまり、チクングニア熱とはほぼ同じ臨床症状で、さらにデング熱とジカウイルス感染症ともよ〜く似ているわけです。この3つの感染症の臨床上の違いを表にまとめました。マヤロ熱の臨床像についてはまだ十分なデータがありませんが、おそらくチクングニア熱の臨床像にクリソツだと考えられています。画像を拡大するこれらの4つの感染症は同じ中南米で今も流行しているのです。現地の臨床医にとって、これらの鑑別は非常に悩ましいところでしょう。われわれにとっても他人事ではありません。すでにマヤロ熱の輸入例は海外で報告されています。今後、このマヤロ熱の流行がさらに大規模になってきた場合、鑑別疾患として外せない蚊媒介性感染症となるでしょう。とか言ってまったく流行せずに、このまま終息したりして…それはそれでいいんですが。マヤロ熱の治療と予防他の蚊媒介性感染症と同様に、マヤロウイルスに有効な治療薬というものはありません。支持療法を行うのみでありますが、これまでにマヤロ熱での死亡例は報告されていません。ただし遷延する関節炎については、チクングニア熱と同様に患者のQOLを下げるいまいましい症状のようです。ワクチンの開発もこれからのようです。予防のために、流行地域に渡航する際には防蚊対策を徹底することが重要です。流行地域で外出するときは、なるべく肌の露出の少ない服装にして、DEETなどの成分を含む防虫剤を使用することが重要です。これも「チクングニア熱に気を付けろッ! その2」で触れていますので、確認してください。というわけで、もし今後マヤロ熱が世界的に広がった場合は「あ~そういえば忽那がなんか言っていた感染症だな」と思い出してください。このままとくに流行しなければ、どうぞそのまま忘れてください…。次回は、隣国の中国で感染者が激増しているH7N9鳥インフルエンザについて、ご紹介したいと思いますッ!1)Halsey ES, et al. Emerg Infect Dis. 2013;19:1839-1842.2)Lednicky J, et al. Emerg Infect Dis. 2016;22:2000-2002.3)Ioos S, et al. Med Mal Infect. 2014;44:302-307.

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ダニ媒介性脳炎に気を付けろッ!【新興再興感染症に気を付けろッ!】

ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。国立国際医療研究センター 国際感染症センターの忽那です。本連載「新興再興感染症に気を付けろッ!」、通称「気を付けろッ」は「新興再興感染症の気を付け方」についてまったりと、そして時にまったりと、つまり一貫してまったりと学んでいくコーナーです。第12回目となる今回は「ダニ媒介性脳炎」についてです。対岸の火事ではない! ダニ媒介性脳炎「ダニ媒介性脳炎」っていわれても、そんな病名聞いたことがないという方々も多いのではないでしょうか。ダニ媒介性脳炎はその名のとおり、マダニ属(Ixodes)のマダニに刺されることで脳炎症状を呈する感染症であり、原因となる微生物はデングウイルス、日本脳炎ウイルスなどと同じフラビウイルスに属する、ダニ媒介性脳炎ウイルスです。図はダニ媒介性脳炎の流行地図ですが、ロシアからヨーロッパにかけて広く流行しています。ダニ媒介性脳炎は、中部ヨーロッパ型とロシア春夏型に分かれ、それぞれ分布が異なります。この流行地図を見て「あっ、日本は流行してないのね…じゃあ読むのやめよう」と思ったあなたッ! そう思われるのはちょっと早いのではないでしょうか。何を隠そう、日本でもダニ媒介性脳炎の感染者が、1例だけ報告されているのですッ!2) この症例が診断されたのは1993年、そう今から20年以上も前のことです。北海道上磯町で酪農を営む女性が、突然の発熱、複視、けいれんを発症し、当初日本脳炎が疑われたのですが、精査の結果、ダニ媒介性脳炎であったことがわかりました。この患者さんの家の近くにいた犬10匹のうち5匹でダニ媒介性脳炎ウイルス抗体が上昇しており、この地域にウイルスが存在していることもわかっています。北海道ではヤマトマダニ(Ixodes ovatus)が媒介すると考えられています。もう一度言いましょう。日本でもダニ媒介性脳炎に感染する可能性があるのですッ!! しかし、その後20年間患者は1人も報告されていないことから、少なくとも感染するリスクは高くはないのだと思われます。また、日本脳炎のように不顕性感染も一定数いると考えられており、感染していても発症せずに診断に至らない事例もあるのではないかと推測されます。ダニ媒介性脳炎の特徴は2相性ダニ媒介性脳炎は、2相性の経過をたどるとされています。ダニ刺咬後7~14日の潜伏期を経て、発熱、頭痛、倦怠感、関節痛といった非特異的な症状で発症します(第1相)。これがだいたい1~8日くらい続いて、いったん症状が消失します。その後、第2相として発熱と神経学的症状が出現します。この神経学的症状は髄膜炎から脳炎までさまざまです。ヨーロッパでみられる中部ヨーロッパ型よりも、ロシア東部でみられるロシア春夏脳炎のほうが、より重篤で致死率も高い(20~30%)とされています。救命できても麻痺などの後遺症を残すこともあります。「春夏」などと牧歌的な名前のクセに実に凶悪なヤツです。こういう恐ろしいウイルスが、北海道にいるのかと思うと怖いですね…。日本での初症例で当初疑われていたように、日本脳炎との鑑別が問題になると思われますが、わが国での日本脳炎の流行が西高東低であることを考えると、北海道で起こった脳炎では、ダニ媒介性脳炎も鑑別として考慮すべきと考えられます。なお、ダニ脳炎には有効な治療薬はなく、支持療法が主体となります。ダニの予防にはDEET配合防虫剤最後に予防についてですが、ダニ脳炎にはワクチンがあります。流行地域を訪れる旅行者すべてがワクチン接種をする必要はありませんが、流行地域でキャンプをする、あるいは森林地域を行脚するといった予定がある場合には、ワクチン接種が推奨されます。残念ながらダニ脳炎ワクチンは国内で未承認ですので、未承認ワクチンを取り扱っているトラベルクリニックなどで接種をする必要があります。また、「第7回 チクングニア熱に気を付けろッ」で防蚊対策について述べましたが、DEETはマダニにも有効です。DEETを含む防虫剤を適切に使用することで、ダニ刺咬を防ぐことができます。今回は、ダニ媒介性脳炎というほぼ誰も診たことがない感染症を取り上げましたが、次回は今、日本で非常に問題になっている再興感染症の「梅毒」について取り上げたいと思いますッ!1)Richard L. Guerrant, et al. Tropical Infectious Diseases: Principles, Pathogens and Practice. 3rd ed. Amsterdam: Elsevier B.V.;2011.2)Takashima I, et al. J Clin Microbiol.1997;35:1943-1947.

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チクングニア熱に気を付けろッ! その2【新興再興感染症に気を付けろッ!】

ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。国立国際医療研究センター 国際感染症センターの忽那です。本連載「新興再興感染症に気を付けろッ!」、通称「気を付けろッ(まあ誰も呼んでないんですけどね)」は「新興再興感染症の気を付け方」についてまったりと、そして時にまったりと、つまり一貫してまったりと学んでいくコーナーです。前回は緊急特番として「MERSに気を付けろッ!」をお送りしましたが、今回は前々回の続きとして「チクングニア熱に気を付けろッ! その2」をお届けしたいと思います。デング熱との鑑別診断は大事なポイント前々回の「その1」では、チクングニア熱を野球界で例えると本塁打を60本打ったときのバレンティン選手(ヤクルトスワローズ)であり、手の付けようがないので敬遠するしかないというお話でした。そこで、今回はチクングニア熱の特徴とその敬遠の仕方についてお話ししたいと思います。チクングニア熱の臨床症状は、デング熱と非常に良く似ています。ネッタイシマカやヒトスジシマカによって媒介されるところも同じですし、発熱、頭痛、関節痛といった非特異的な症状もそっくりです。おまけに皮疹までデング熱によく似ています。しかし、チクングニア熱がデング熱と異なる点もいくつかあります。チクングニア熱の潜伏期はおおむね2~4日とされており、デング熱(おおむね3~7日)よりやや短い期間で発症します1)。また、発熱は3~5日間くらい続くことが多く、これも5~7日間続くデング熱よりも短い傾向にあります。デング熱では少ない頻度ではありますが重症化し、出血症状が現れることがありますが、チクングニア熱では出血症状はまれです。また、チクングニア熱では関節痛だけでなく「関節炎」まで起こすことがあるのが特徴です。しかも、タチの悪いことに、この関節痛・関節炎は遷延化することがあり、長い人では3年経っても関節炎が残っていたという報告があります2)。図は熱が出た後から1ヵ月くらい両肩関節炎のため肩が上がらないという主訴で、国立国際医療研究センターを受診された患者さんです。チクングニア熱による慢性関節炎と診断しました。長期間QOLが低下してしまうという意味では、デング熱よりもやっかいな感染症です。また、左右対称性の慢性多関節炎ということで、関節リウマチが疑われてリウマチ膠原病科を受診する方もいらっしゃるようです。診断は、ウイルス血症を呈している急性期にPCR法でチクングニアウイルスを検出するか、亜急性期~慢性期にチクングニアに対するIgM抗体陽性、あるいはペア血清でのIgG抗体の陽転化または有意な上昇を確認することで診断されます(表1)。現在のところ、採算の面から気軽に行える検査ではありませんので、保健所に連絡をして地方衛生研究所または国立感染症研究所で検査をしてもらうことになるでしょう。チクングニア熱は感染症法で4類感染症に指定されていますので、確定診断後にただちに保健所に届け出る必要があります。忘れないようにしましょう!やっぱり蚊に刺されないことが1番の予防さて、肝心のチクングニア熱の治療ですが……ありませんッ! 残念ながら今のところ対症療法しかないのです。関節痛が強いので、ついNSAIDsを使いたくなるのですが、デング熱との鑑別ができていない時点では、NSAIDsの使用は避けたほうがいいでしょう。なぜなら、デング熱であった場合にNSAIDsが出血症状を助長してしまうからですッ! チクングニア熱と診断されれば、NSAIDsの使用は可能です。なお、チクングニア熱による慢性関節炎に対するステロイドの有効性は今のところ不明です。というわけで、チクングニア熱にかかってしまったら大変ですので、チクングニア熱は敬遠するのが一番です。チクングニア熱のワクチンはまだ実用化されておりませんので、現実的には「蚊に刺されないこと」が重要となってきます。具体的な防蚊対策として、(1)蚊が多い時間・時期・場所を避ける(2)肌の露出を最小限にするため長袖長ズボンを着用する(3)DEETを含む防虫剤を適正に使用する(4)蚊帳の使用などが挙げられますが、とくに重要なのはDEET(N,N-ジエチル-3-メチルベンズアミド)を含む防虫剤を適正に使用することであり、表2の持続有効時間ごとに塗り直す必要があります。わが国で販売されている防虫剤は、最大でも12%までしかDEETが含まれていません。そのため、基本的には2時間ごとにこまめに塗り直すことが推奨されます。海外のデング熱やチクングニア熱の流行地にいく場合には、より濃い濃度のDEETを含む防虫剤が販売されていますので、20~30%のDEETを含む製品を購入し、4~6時間ごとに塗り直すのがお勧めです。これでチクングニア熱をバッチリ予防しましょう!前回お話ししたようにチクングニア熱は毎年輸入例が報告されていますし、いつ日本で流行してもおかしくない感染症です。感染を広げないためには早期に診断し、感染者が蚊に刺されないよう指導することが重要になります。チクングニア熱の正しい知識を身に付け、症状を診察したときに正しく診断できるようにしておきましょう!さて、次回はクリプトコッカス界の新興感染症、Cryptococcus gattiiのガチな(シャレですう)気を付け方について、お話したいと思います!1)Borgherini G, et al. Clin Infect Dis.2007;44:1401-1407.2)Schilte C, et al. PLoS Negl Trop Dis.2013;7:e2137.3)Fradin MS, Day JF. N Engl J Med.2002;347:13-18.

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重大な食品汚染物質PFCは、子どものワクチン接種効果を半減

重大な食品汚染物質であることが明らかとなっているペルフルオロ化合物(PFC)は、子どもの免疫力を低下することが明らかとなった。米国・ハーバード大学公衆衛生院のPhilippe Grandjean氏らが、約600人の子どもの血中PFC値とワクチン効果との関連について行った、前向きコホート試験の結果明らかにしたもので、5歳時で同値が高い子どもは、7歳時のジフテリアや破傷風抗体レベルの低下するなどが認められたという。PFCは防水・防虫剤として食品包装材などに広く使われている。これまでの研究で、免疫応答が低下した齧歯目モデルの血中濃度と同レベルの血中濃度が米国人においても認められるが、PFC曝露の健康被害への影響については十分には解明されていなかった。JAMA誌2012年1月25日号掲載報告より。出生前後の血中PFC値と、5歳、7歳時の血中ワクチン抗体レベルとの関連を分析研究グループは、PFC曝露が幼児期のワクチン接種に対する免疫応答に影響するかを調べるため、1999~2001年にかけて、フェロー諸島で生まれた単胎児656例について追跡調査を行った。被験児の母親について妊娠32週時点で、および出生した被験児が5歳時に血中PFC値の測定をそれぞれ行った。被験児は全員、ジフテリアや破傷風などの予防接種を受けており、その血中ワクチン抗体レベルを5歳時、7歳時に調べ、PFC値との関連を分析した。被験児のうち587例が2008年まで追跡された。母親の血中PFOSレベルが2倍高い群では、5歳時のジフテリア抗体濃度は39%減少結果、PFCのうち最も血中レベルが高かったのは、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)とペルフルオロオクタン酸(PFOA)だった。この結果は、以前に報告された弁国での研究結果と同じだった。母親のPFCレベルと5歳児の抗体レベルとの逆相関が最も強かったのは、PFOSレベルで、母親の同値が2倍増大すると、子どもの5歳時のジフテリア抗体レベルは、39%減少(95%信頼区間:-55~-17)した。また、子どもの5歳時の主なPFCレベルが2倍増大すると、7歳時のジフテリア・破傷風の抗体レベルは49%(同:-67~-23)減少した。5歳時点で血中PFOS濃度と血中PFOA濃度が2倍増大すると、7歳時の抗体レベルが臨床的防御値である0.1 IU/mLを下回るオッズ比は、ジフテリアについては2.38(同:0.89~6.35)、破傷風については4.20(同:1.54~11.44)だった。(當麻あづさ:医療ジャーナリスト)

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