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映画「かがみの孤城」(その4)【学校がなかなか変わらない訳は?だから私たちにできることは?(反応性自我障害)】Part 2

それでもなんで学校を変えられないの?これからの学校のあり方とは、社会と同じように、やはり民主国家型であることがわかりました。そして、これは、実際に海外の多くの国ですでに実践されています。また、日本の学校が独裁国家型のままである問題点は、海外の教育研究者から散々指摘されてきました。にもかかわらず、なぜ日本の学校はなかなか変わることができないのでしょうか?それは、やはり社会を自ら変えていくこと、そして選び選ばれるという社会的な自我(アイデンティティ)が求められること自体に抵抗を感じる、自我の弱い人が日本には多いからでしょう。たとえば、何が「普通」か、何が「変」かを気にして、周りと違うことをすることに不安を感じる人です。そして、世間(主流秩序)が望ましいとされることに重きを置き、体裁を気にする人です。また、文科省のような権威に対して表立って意見するのを嫌がる人です。その割に、陰では不平不満を言い続ける人です。その1と2で説明したとおり、このメンタリティは、社会的な自我が弱いままなのに、社会構造の変化によって個人的な自我だけが強まってしまっている状態です。このギャップこそが、不登校だけでなく、新型うつ(職場不適応)、ひきこもり、少子化(非婚)、そして日本的バッシングなども含めた、さまざまな日本の社会問題に共通する根っこの病理であると考えられます。これらをまとめて、「反応性自我障害」と名付けることができます。ちょうど、反応性愛着障害が虐待などの養育環境によって反応的に愛着が育まれないのと同じように、反応性自我障害は「工場型一斉授業」という学校環境によって反応的に自我が育まれない状態です。パーソナリティ(性格)の特性として捉えると、回避性パーソナリティが最も近いでしょう。実際の研究では、不登校がその後の人生に与える影響として、学歴が低くなることを差し引いても、仕事、生活レベル、結婚の状況が思わしくなくなっているという結果が出ています1)。これは、たとえ不登校のあとに本来の学歴を達成したとしても、大人になって社会的な自我(アイデンティティ)が十分に育まれていないことを示唆します。この自我は、不安や受け身の気質からもともと弱い日本人が多いのに加え、「工場型一斉授業」によってさらに押し殺され、不登校になることで育むチャンスを完全に失うというわけです。現在、この「反応性自我障害」によって、学校に行かない人、働かない人、結婚しない人、子供をつくらない人が増え続けており、持続可能な社会であり続けることが難しくなってきています。もちろん、自分なりの考え(自我)があって、あえてそうしている人はもともと一定数います。それは、生き方の自由であり、多様性です。問題なのは、そうではない「反応性自我障害」に陥っている人が増えてきていることです。「反応性自我障害」は、日本文化と深く結び付いている点では、もはや日本の国民病(文化結合症候群)とも言えます。実際に、”futoko”(不登校)、”hikikomori”(ひきこもり)という英単語がすでにあるくらいです。この流れで、いずれ“hikon”(非婚)という英単語も生まれるでしょう。なお、文化結合症候群の詳細については、関連記事2をご覧ください。文化進化の視点に立てばもともと日本では、独裁国家型である封建社会の価値観(文化)と「反応性自我障害」を生じさせる不安や受け身の気質(遺伝子)は、お互いに結びつきを強めてきました(共進化)。しかし、その1でも説明したとおり、時代は変わりました。文化進化の視点に立てば、遺伝子と同じように、文化も淘汰されます。遺伝子進化が何万世代も繰り返してちょっとずつ変化するのに対して、文化進化は技術革新などによって数世代の間でも大きく変化します。それに遺伝子進化が追いつかないから、その国は繁栄するだけでなく衰退する(淘汰される)こともあるわけです。これは、過去の歴史が証明しています。たとえば、かつての帝国主義や資源依存の国などです。そして、封建社会の価値観が残る国(文化)も当てはまるでしょう。ただし、遺伝子進化と違って文化進化は、改革によって国自体の淘汰を免れることができます。この点で、日本が静かに衰退していくか盛り返すかは、「反応性自我障害」ではない、つまり社会的な自我のある残りの私たちが何を選択していくかにかかっています。なお、文化進化の詳細については、関連記事3をご覧ください。「かがみの孤城」とは?映画の後半で、城に通い続けて自我が芽生えたこころは、家の前で見かけた萌ちゃんに駆け寄ることができます。これまでの彼女にできなかった、さりげなくも大きな第一歩です。こころは、萌ちゃんから「ああいう子たち(いじめ女子グループ)ってどこにでもいるし、今度の学校(次の転校先)でもいるかもしれないけど。私今度こそ嫌なものは嫌って言う。だからこころちゃんも」「何かされてる子がいたら、今度こそ助けたいと思う」と言われ、「うん」と力強く頷きます。城だけでなく、現実の世界でも、こころが友達とお互いに影響し合い、自我が大きく成長していく感動のシーンです。タイトルの「孤城」とは、孤立無援のこころたちの城であると同時に、孤高にも自分らしく生きていくこころたち自身であるという意味が見いだせそうです。このことからも、この映画のテーマは、まさに誰かとかかわり合うことで自我を育むことでしょう。同じように、不登校への学校改革の第一歩を知った私たちの「孤城」とは、一人ひとりが社会的な自我を持って意見を発信し合い、学校を、そして社会を変えていくムーブメントを巻き起こすことではないでしょうか?1)「不登校がその後の生活に与える影響」:井出草平、大阪大学<< 前のページへ■関連記事映画「かがみの孤城」(その2)【実は好きなことをさせるだけじゃだめだったの!?(不登校へのペアレントトレーニング)】Part 3NHK「やさしい日本語」【英語が話せないのは日本語が難しいから???実は「語学障害」だったの!?(文化結合症候群)】Part 3ドラマ「ドラゴン桜」(後編)【そんなんで結婚相手も決めちゃうの? 教育政策としてどうする?(学歴への選り好み)】Part 2

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小児期の学校での逆境体験が成人後の社会的ひきこもりに関連

 他人との関係を築こうとせずに「社会的ひきこもり」の状態にあるとされる成人には、子どもの頃に学校で逆境体験のあった人が多いとするデータが報告された。公益社団法人子どもの発達科学研究所の和久田学氏らの研究によるもので、詳細は「Frontiers in Public Health」に10月26日掲載された。 小児期の逆境体験(adverse childhood experience;ACE)は、成人後のメンタルヘルスに悪影響を及ぼすことが知られている。就労や婚姻などの人生の重要なイベントに多大な影響が生じる成人後のひきこもりも、ACEと関連のある可能性が考えられるが、そのような視点での検討は十分なされていない。また、ACEに関するこれまでの研究の多くは主として家庭内で保護者から受けた行為の影響を調査しており、学校で教師や級友から受けた行為の影響については理解があまり進んでいない。これらを背景として和久田氏らは、学校でのACEを体験した成人の割合、それらの体験と成人後の抑うつ・不安レベルおよび社会的ひきこもりとの関連についてのインターネット調査を行った。 調査対象は、ネット調査パネルに登録している20~34歳の成人4,000人であり、匿名で回答してもらった。回答者の1人はトラップ項目(盲目的に回答している人を除外するために設けた質問)に反応したため、解析対象は3,999人となった〔平均年齢27.2±4.3歳、男性と女性がともに49.4%(その他1.2%)〕。 ACEの評価には、10項目(保護者による身体的虐待、言葉の虐待、性的虐待、ネグレクト、夫婦間の家庭内暴力、離婚、死別など)のトラウマ体験を問い、「はい」と回答した項目数を「総ACEスコア」として解析に用いた。学校でのACEの評価には、教師から受けたACEについては前記の質問の主語の「保護者」を「学校または幼稚園の先生」と置き換えて質問し、該当項目数を「教師ACEスコア」として解析。子ども間でのACEについては、同級生または上級生によるいじめ被害の体験を「いじめACEスコア」として解析した。また、教師ACEスコアといじめACEスコアを統合した「学校ACEスコア」も解析に用いた。 抑うつや不安のレベルは、PHQ-4という4項目の質問から成る評価指標を用いて把握した。PHQ-4は0~12点でスコア化され、スコアが高いほど抑うつや不安が強いと評価される。本研究では6点以上を中等度以上の抑うつ・不安と定義した。 病気や妊娠、家族の介護、新型コロナウイルス感染症対策、自然災害などの理由がないにもかかわらず、6カ月以上にわたり他者との交流を伴う外出をしていない場合を「社会的ひきこもり」と定義すると、138人(3.5%)が該当した。解析対象全体のACEスコアは平均0.76±1.37で、1点以上が35.9%、4点以上が6.1%だった。学校ACEスコアの平均は0.96±1.18で、1点以上が55.1%、教師ACEスコアは0.32±0.75、いじめACEスコアは0.64±0.71だった。またPHQ-4は2.65±3.16で、16.3%が中等度以上の抑うつ・不安を抱えていると判定された。 社会的ひきこもり状態を目的変数、年齢、性別、教育歴、世帯人員、生活環境(収入源や暮らし向き)、および総ACEスコア、学校ACEスコアを説明変数とするロジスティック回帰分析の結果、世帯人員〔1人多いごとのオッズ比(OR)1.14(95%信頼区間1.01~1.30)〕とともに、学校ACEスコア〔1点高いごとにOR1.29(同1.13~1.47)〕が独立した正の関連因子として抽出された。反対に、教育歴が長いこと〔OR0.65(0.57~0.74)〕や生活環境が良好なこと〔OR0.65(0.58~0.74)〕とは、負の有意な関連が認められた。一方、年齢や性別、および総ACEスコア〔OR1.01(0.89~1.13)〕は、社会的ひきこもりとの有意な関連が示されなかった。 学校ACEスコアの代わりに教師ACEスコアといじめACEスコアの二つを説明変数として用いた解析でも、世帯人員以外の有意な正の関連因子は、教師ACEスコア〔OR1.23(1.01~1.51)〕といじめACEスコア〔OR1.37(1.06~1.78)〕であり、総ACEスコアは非有意だった。なお、中等度以上の抑うつ・不安を目的変数とする解析では、学校ACEスコアとともに総ACEスコアも有意な正の関連因子として抽出された。 以上の結果を基に著者らは、「学校関連のACEは家庭内でのACEより高頻度で発生している可能性があり、かつ成人後の社会的ひきこもりの発生とメンタルヘルスの悪化に関連していた。教育関係者は、学校が成人期まで影響が続く危害を子どもたちに及ぼし得る場であることを認識する必要があるのではないか」と述べている。

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猫はペストを駆逐し、文豪の心を掴んだ、2024年は猫祭りの年だ!【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第68回

第68回 猫はペストを駆逐し、文豪の心を掴んだ、2024年は猫祭りの年だ!2024年を迎えました。明けましておめでとうございます。猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も、徐々に制圧されてきました。今年は正常な社会活動を取り戻すことを願っております。2024年に開催される大きなイベントをご存じでしょうか。私が思い浮かべるのは、パリで開催されるオリンピックではなく、「イーペルの猫祭り」です。これは、ベルギーのフランドル地方の街イーペルで3年に1度、5月に開催される祭りです。世界中の猫好きが街を埋め尽くします。猫耳を付けて仮装した子供から大人、世界各地で人気の猫のキャラクターがパレードする様子は楽しげです。私は残念ながら参加したことはなく、近い将来に行進の先頭に立つ日を夢見ております。祭りのクライマックスは、街にそびえる高さ70mの鐘楼から蒔くように投げられる猫のぬいぐるみをゲットすることです。幸福のぬいぐるみといわれています。イーペルの猫祭りのパレードcirdub:CC BY-SA猫の愛好家の方々に正直にお伝えしますが、この祭りは必ずしも猫に対する愛情を表現する場ではなかったのです。鐘楼から猫を投げた行事が祭りの起源とのことです。このような動物虐待に当たる行為が現在は禁止されていることは当然ですが、1817年までは本物の猫が投げられていたとする資料もあるそうです。この祭りの背景には、猫と魔女や魔術との関係があります。中世ヨーロッパでは、魔女狩りと称し無実の人々が死刑に処されました。猫が魔女の手先とみなされ、猫を殺害することで悪霊を祓うという儀式が存在したのです。中世末からルネサンス期のヨーロッパでは、ペスト(黒死病)が大流行し、人口の3分の1が死亡したといわれます。ペストの蔓延は、猫を殺し過ぎたために鼠が大繁殖したことも一因とされています。人々が猫を飼うようになり、ペストの流行も収まったといわれています。鼠を捕まえる猫は、都市の人々を感染症の危機から救ってくれる価値ある存在へと変化しました。このような猫に対する陰と陽の複雑な気持ちが凝縮された祭りが「イーペルの猫祭り」です。ペストのパンデミックから人々を解放した猫をリスペクトして、猫を題材にした文学作品を紹介し、「ケアネットの猫祭り」を開催したいと思います。すべては私の主観によるものです。『源氏物語』紫式部光源氏が41歳のときに、15歳ほど年下の女三の宮を正妻として迎えます。女三の宮のもとで飼われていた猫がじゃれ合って、つないでいた紐が絡まり、外と室内を隔てていた御簾が引き上げられます。当時の貴族の女性には、不用意に男性に顔を見られるということは禁忌ですが、女三の宮は柏木という男性に姿を見られてしまいます。柏木は、女三の宮の美しい姿に恋心を募らせ密通に及びます。ありがちな源氏物語のドロドロです。その後、女三の宮は柏木の子を出産し、光源氏は他人の子を我が子として抱くのです。このような大事件を引き起こす大役を猫に与える紫式部のセンスの良さが光ります。このように、最古の恋愛長編小説にも猫は登場します。現代の文豪にも愛される理由ですね。『吾輩は猫である』夏目 漱石誰もが最初に思い浮かべる猫の文学はこれです。漱石自身がモデルである英語教師の主人が飼うのが「吾輩」です。猫による人間観察の視点で書かれた本書は、時を経ても常に新鮮です。一番有名なのは、新潮文庫から出版されている文庫本です。昭和36年刊行で、123刷、200万部超の金字塔です。『吾輩も猫である』赤川 次郎・新井 素子・石田 衣良・荻原 浩・恩田 陸・原田 マハ・村山 由佳・山内 マリコ先に『吾輩は猫である』を紹介したのは、この『吾輩も猫である』を紹介したかったからです。夏目 漱石没後100年&生誕150年記念で企画された新潮文庫です。8人の超人気作家による猫アンソロジーです。アンソロジーとは、同一の主題の下にまとめられた諸作家の選集を意味します。猫好き作家陣が『吾輩は猫である』を模しながらも超越しようと挑む作品集です。「ねね、ちょっと、私だって猫なんですけどぉ~。名前はまだ無いんですけどぉ~」といった感じです。各々が短編で読みやすいです。電車に乗ると、乗客全員がスマホの画面を凝視している様子に不気味さを感じることはありませんか? その車内で文庫本のページをめくる貴方は素敵です。その場面で手にするのに相応しい一冊です。『100万回生きたねこ』佐野 洋子100万回死んで、生き返って、いろんな飼い主に愛された猫の話の絵本です。「死ぬのなんか平気だった」がキーフレーズです。野良猫となり自由を得て、自分が愛したシロ猫に愛された猫は、再び生き返ることはなかったのです。さまざまな人生の苦労を体験した大人には意味深いストーリーですが、この内容をしみじみと語り感動する子供は少し怖いかもしれません。この本を幼少期に読むことよりも、この本の良さを理解できる大人に成長することを願います。この本のタイトルを、『100万回死んだねこ』と間違って記憶している人が多いので注意しましょう。本書をモチーフとして、13名の著名な作家により執筆された『100万分の1回のねこ』が、講談社文庫から出版されています。これも一読に値します。『What's Michael?』小林 まこと踊る猫・マイケルを主人公にした漫画です。この本を読んでいない猫好きは、バイブルを手にしたことのないキリスト教徒のごときです。「ワッツ マイケル?」ではなく、「ホワッツ マイケル?」と発声することによって通を装うことが可能となります。何巻も続くのですが、第1巻の第1話で、マイケルがマンションの高層階から転落死するのは驚きです。ゾンビの如く復活することは当然です。マイケルが、何かを失敗した時に誤魔化すように踊る姿は秀逸です。『猫と庄造と二人のをんな』谷崎 潤一郎猫を溺愛している愚かな男である庄造、猫に嫉妬し追い出そうとする庄造の妻の福子、男への未練から猫を引き取って男の心をつなぎとめようとする庄造の元妻の品子、この3人の複雑な人間関係を描いた作品です。三者三様の痴態を通じて、猫の小悪魔的な魅力が伝わります。晩年に、溺愛していたペルシャ猫「ペル」を亡くし、剥製にして残し書斎に置いていた話は有名です。兵庫県芦屋市にある谷崎潤一郎記念館に、私もこの剥製を見学にいきました。自分には真似できない世界だと感じました。谷崎 潤一郎が雌猫しか飼わず、猫よりも魅力的な女性に出会ったことがないと語る領域は一線を越えていると感じます。文化勲章受章者たりうるには常識を超越することが必要なのでしょう。この原稿を書いた後の、2024年1月1日に能登半島地震が発生しました。地震とその関連の事故によって犠牲になられたすべての方々にお悔やみを申し上げます。私の実家は石川県金沢市ですが、幸いにも被害はありませんでした。私にも能登地域に多くの知人がおります。被災者の方々に心よりお見舞い申し上げ、皆さまの安全と1日も早い復興をお祈りしております。

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映画「かがみの孤城」(その2)【実は好きなことをさせるだけじゃだめだったの!?(不登校へのペアレントトレーニング)】Part 3

これからの家族のあり方とは?不登校へのペアレントトレーニングとして、味方になる、大人扱いをする、夢を語り合うことで、自尊心、自信、自我を順に育んで、学校に行くことは必要であると自覚させることであることがわかりました。つまり、学校は、行きたいか行きたくないかという好き嫌いの問題ではなく、行く必要があるという必要性の問題であると自分で思えるかどうかであるということです。言われてみれば、当たり前のことのように思えますが、この発想を促す自我がもともと弱かったり、育まれていなかったために、あっさり不登校になっていたのです。以上を踏まえて、これからの家族のあり方とはどういうものが望ましいでしょうか? ここから、家族を国家のタイプに例え、大きく4つに分けて、その答えを導いてみましょう。(1)独裁国家型1つ目は、独裁国家型です。これは、北朝鮮、ロシア、中国のように、逆らうとひどい目に遭う国です。これは、封建社会の価値観に通じます。家族に置き換えれば、前回すでに紹介した1980年代以前の日本の家族が当てはまります。親(国家)は、子供(国民)の味方になっているわけではなく、無理やり大人扱いして、一方的に責任を押し付ける特徴があります。結局、自尊心は育まれず、自信はありますが、自我は弱いです。そのため、「とにかくやらなきゃ」(should)という発想になりがちです。このタイプは、現代の価値観では時代遅れとなっており、家族のあり方としてはもちろん危ういです。(2)ユートピア型2つ目は、ユートピア型です。これは、中東のオイルマネーで豊かな国です。そこには、その名の通り、王子と呼ばれる働かない人が多くいます。家族に置き換えれば、ちょうどこころのように、1980年代以降の不登校を招きやすい日本の家族が当てはまります。親(国家)は、子供(国民)の味方にはなっていますが、大人扱いが不十分で、無責任にさせてしまう特徴があります。自尊心はある程度育まれるものの、自信がなく、結局自我は弱いままです。そのため、「誰かやって」(please)という発想になりがちです。このタイプは、不登校だけでなく、アルコール、ギャンブル、ひきこもりなど嗜癖の問題を招くリスクが最もある点で、やはり家族のあり方として危ういでしょう。(3)民主国家型3つ目は、民主国家型です。これは、欧米圏のように、積極的な話し合いと多数決によって成り立っている国です。家族に置き換えれば、おそらく萌ちゃんの家族が当てはまります。親(国家)は、子供(国民)の味方になり、大人扱いして、夢(より良い未来)を語り合う特徴です。自尊心も自信も育まれて、必然的に自我は強くなります。そのため、「やりたい」(want)、「なりたい」(want to be)という発想になります。このタイプこそが、不登校を防ぐ点でも、これからの家族のあり方として、望ましいわけです。(4)無法地帯型4つ目は、無法地帯型です。これは、ロシアとウクライナ、パレスチナとイスラエルのような戦争状態の国です。親(国家)は、子供(国民)の味方にはなれず、大人扱いどころではなく、いつ「殺される」(虐待される)かわからないという特徴があります。もちろん、自尊心も自信も育まれず、自我も芽生えないです。先のことは何もわからないため、「やらない」(no way)という発想に陥ります。このタイプは、もはや家族のていをなしていない点でも、家族のあり方として、決して望ましくないでしょう。ちなみに、日本は国としては民主国家の形になってはいるのですが、家族としてはまだ家族主義が根強いことから、ユートピア型になってしまっている家族が多いのが現状です。だから、不登校が多いのです。逆に言えば、家族も個人主義化して家族主義から抜け出して民主国家型になれば、不登校は海外と同じように目立たなくなることが予測できます。なお、この家族の国家タイプの詳細については、関連記事6をご覧ください。いじめにとらわれると不登校が解決しづらくなるこころが母親にいじめの件を打ち明けたことから、母親が担任の先生に迫るシーンがありました。親心として、いじめ加害者を断罪したいと思う気持ちはよくわかります。「その子のせいで不登校になった」「その子がいなければ不登校にはならなかった」というロジックです。しかし、前回説明したとおり、いじめは不登校のきっかけ(誘因)にすぎず、たとえいじめがなかったとしても、不登校の根本的な原因である自我の弱さは変わりません。城に来た他の6人と同じように、別のきっかけでこころは遅かれ早かれ不登校になる可能性が考えられます。不登校にならなかったとしたら、ただそれは誘発されずに運が良かっただけです。つまり、いじめを掘り下げても、不登校は解決しないです。むしろ、いじめられることは、子供の心理からしてみれば、恥です。学年が変わるタイミングで加害者たちを別のクラスにするなどの対策は必要ですが、親がいじめにとらわれて騒ぎ続けると、子供が前に進めなくなります。そもそもいじめの認定は、いじめられたと主張する本人の主観による要素が大きいです。これは、ちょっとでも何かされたり(いじりや陰口だけでも)、逆にちょっとでも相手にされない(無視)だけでも「いじめ」であると本人が認識する場合も含まれることを意味します。そのため、犯罪レベルを除くと、もはや不登校に「いじめ」があるかどうかを明確に区別することには限界があります。また、進化心理学的に考えれば、いじめは人類が心の進化の過程で社会を維持するために獲得した負の機能(社会脳)です。私たちが集団をつくる限り、いじめの心理をなくすことは難しいのが現実です。いじめを減らす取り組みはもちろん必要ですが、仮にいじめを完全になくすことができたからといって、自我の弱さは変わらないため、不登校が劇的に改善することはないでしょう。逆に、先ほどのストレス関連成長(SRG)の観点から、大人の社会でもいじめはあるのに、学校で小さな「いじめ」(対人ストレス)までも厳しく取り締まって「無菌状態」(ストレスフリー)をつくってしまったら、大人になった時に「免疫力」(ストレス耐性)が高まらず、結局小さな「いじめ」ですぐに参ってしまうでしょう(ストレス脆弱性)。たとえば、こころが自我の弱いまま大人になったら、今度は「新型うつ」(職場不適応)になる可能性が考えられます。なお、「新型うつ」の詳細については、関連記事7をご覧ください。つまり、不登校といじめ(犯罪レベルを除く)を積極的に結びつけることには大きな意味はなく、むしろいじめにとらわれてしまうと、不登校が解決しづらくなってしまうおそれがあります。なお、いじめの心理と対策の詳細については、関連記事8をご覧ください。ちなみに、こころの母親から「学校に行けないのはこころちゃんのせいじゃないって」というセリフがありました。あとからいじめ被害が判明したため、結果的には、自分を責めてしまいそうなこころに味方になるメッセージを伝えるという効果がありました。一方で、子供にはこれからどうするかについて責任を感じなくて良いという裏メッセージとして伝わる可能性もあり、実は危ういセリフであることもわかります。まさに、これはユートピア型ならではの声かけです。よって、安易に使わない方が良いでしょう。厳密に言うと、学校に行けなくなったことへの責任は確かにないですが、これからどうするかにはやはり責任があります。これは、アルコール依存症と同じで、なってしまったことへの責任は本人にないですが、治す責任は本人にあるということです。ちなみに、ひきこもりの人の多くが口を揃えて言うセリフがあります。それは「こうなったのは親のせいだ」です。このような責任逃れの心理(モラルハザード)に陥らないようにするためにも、やはり、「誰のせい」「誰のせいじゃない」などと学校に行けなくなった原因を掘り下げることは避けて、その他の寄り添いワード(1ページ目)を使いつつ、これからどうしたらいいかという解決にフォーカスすることが有効です。1)「子供におこづかいをあげよう!」P66:西村隆男、主婦の友社、2020<< 前のページへ■関連記事ダンボ【なぜ飛ぶの? 私たちが「飛ぶ」には?(褒めるスキル)】ツレがうつになりまして。【うつ病】逃げるは恥だが役に立つ【アサーション】ドラえもん【子供のメンタルヘルスに使えるひみつ道具は?】ちびまる子ちゃん(続編)【その教室は社会の縮図? エリート教育の危うさとは?(社会適応能力)】Part 1クレヨンしんちゃん【ユーモアのセンス】Part 1こうして私は追いつめられた【新型うつ病】告白【いじめ(同調)】Part 1

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映画「かがみの孤城」(その1)【けっきょくなんで学校に行けないの?(不登校の心理)】Part 3

じゃあなんで不登校は増えているの?冒頭のシーンで、こころは夢想します。「たとえば夢見る時がある。転入生がやってくる。その子は何でもできるすてきな子。たくさんいるクラスメートのなかに私がいることに気付いて、お日様みたいなまぶしい微笑みを浮かべ、『こころちゃん、久しぶりって』ってまっすぐ近寄ってくる。みんな息を飲む。そんな奇跡が起きたらいいと」「(でも)そんな奇跡が起きないことは知っている」と。不登校になったこころの心情がリアルに描かれていました。と同時に、客観的に見れば、友達をつくろうと自分から踏み出せず、「奇跡」を当てにしようとしています。きっと、今まで自わから友達をつくる練習をしてこなかったことも想像できます。自分でどうしたいかを言い出せず、いじめに対してもノーと言えないという自我の弱さがあることがわかります。萌ちゃんとは対照的です。昨今、不登校が増えているということは、こころのような自我の弱い子供が増えているのでしょうか? 確かに、昔よりも今どきの子供は大人しくなったという印象はあるでしょう。ただ、それ以上に、今だけでなく昔も、子供だけでなく大人も、実は日本人で自我が弱い人はもともと多いです。文化心理学的に言えば、日本人は周りに気を遣って和を重んじる集団主義の国民性です。これは、もともと日本が島国で他国からの侵略が歴史的にほとんどなかったことや、江戸時代からの鎖国によって封建社会の価値観が強化されていったことと関係しているでしょう。封建社会では上下関係を重んじて親や目上の人に逆らわない、つまり自我が弱い方が適応的です。むしろ、自我が強いと、和を乱し、村八分に遭い、子孫を残せないリスクが出てきます。なお、この日本人の国民性の詳細については、関連記事4をご覧ください。ただし、この国民性は、裏を返せば「自己主張しない」「ノーと言えない」、つまり自分はどうしたいのかをなるべく抑えるわけで、実は世界的には奇妙なメンタリティになります。実際に、海外の学校では、人種差別レベルのあからさまないじめがはびこっているのに、日本のように不登校は目立っていないことからもわかります。この自我を抑える(自我の弱い)メンタリティが、社会構造の変化によって炙り出され、不登校をどんどん招いてしまっているのです。それでは、この社会構造の変化とはいったい何でしょうか? 不登校が増え始めた1980年代をヒントに、大きく3つ挙げてみましょう。(1)個人主義化1980年代に日本が経済大国になってから、生活に余裕ができて、個人に選択の自由が生まれ、個人の権利(人権)に目が向くようになりました。そして、必ずしも集団の中で周りに合わせたり、親や目上の人の言うことを聞く必要がなくなりました。1つ目は、個人主義化です。それまでは、学校に行かなければ、親や教師が暴力(体罰)、暴言(モラハラ)、嫌がらせを行うなどの虐待が懲戒権として当たり前のようにありました。そんななか、ほとんどの子供は逆らえません。そもそも学校に行かないなどと、自分だけ周りと違うことをすること自体が恐怖でした。よって、しょうがなく学校に行っていました。まさに、「学校に行くために学校に行く状態」が成り立っていた時代です。しかし、今やこのような親や教師による懲戒権は違法と認識されるようになりました。そして、周りと違うことは個性と受け止められるようになりました。つまり、もともと日本人は、自我ではなく身体的・精神的な恐怖によって学校に行っていたと言えます。その恐怖がなくなるという社会構造の変化によって不登校は増えていると言えるでしょう。ちなみに、個人主義化は、不登校だけでなく、非婚(結婚しないこと)が増えていることにも通じます。この詳細については、関連記事5をご覧ください。(2)経済安定化1980年代に日本が経済大国になってから、世の中は物質的には豊かになっていきました。2つ目は、経済安定化です。それまでは、学校に行っていなければ、就職できずに、最悪ホームレスになってしまう恐怖がありました。もちろん、成人した子供を養う余裕がある親も少なかったです。だからこそ、子供は文字どおり「死んでも」(たとえいじめがあっても)学校に行きました。しかし、今や子供が学校に行かずに成人して働かなくても、親はその子を養う余裕があります。そして、社会の枠組み(法律)としては個人主義化しましたが、家庭内ではまだ集団主義(家族主義)が残っており、子供は成人しても親に責任があるという考え方が根強いです。子供はその状況を見越しています(モラルハザード)。つまり、大人になっても子供は「子供」のままでいられる時代になったのです。たとえ、親に経済力がなくても、生活困窮に対しては、生活保護という社会保障制度を利用することができます。実際に、生活保護受給者は年々増え続けています。つまり、もともと日本人は、自我ではなく経済的な不安によって学校に行っていたと言えます。その不安がなくなるという社会構造の変化によって不登校は増えていると言えるでしょう。ちなみに、経済安定化は、不登校だけでなく、ひきこもりが増えていることにも通じます。この詳細については、関連記事6をご覧ください。(3)情報化1980年代に日本が経済大国になってまもなくの1990年代、インターネットが世界中に普及して情報革命が起きました。世の中は便利になり娯楽が増えました。3つ目は、情報化です。それまでは、学校に行かなければ、先生に会えず、知識や情報を得ることができませんでした。友達にも会えず、家にいてもやることがなくて寂しくて退屈でした。だからこそ、とりあえず学校に行っていました。しかし、今や苦労して学校に行かなくても、家にいてインターネットから世界中の最新情報をいくらでも手に入れることができます。教育動画で勉強することもできます。対話型の生成AIに教えてもらうこともできます。オンラインゲームで友達とつながることもできます。登校して物理的に教師や友達に会うという行動が必ずしも必要なくなってしまいました。つまり、もともと日本人は、自我ではなくつながりを求めて学校に行っていたと言えます。その不便さがなくなり受け身になれるという社会構造の変化によって不登校は増えていると言えるでしょう。ちなみに、情報化は、不登校だけでなく、ゲーム依存症が増えていることにも通じます。この詳細については、関連記事7をご覧ください。1)「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」P4:文部科学省、2023<< 前のページへ■関連記事ドラえもん【子どものメンタルヘルスに使えるひみつ道具は?】ちびまる子ちゃん(続編)【その教室は社会の縮図? エリート教育の危うさとは?(社会適応能力)】Part 2東京タラレバ娘【ブリーフセラピーとは?】苦情殺到!桃太郎(後編)【なんでバッシングするの?どうすれば?(正義中毒)】Part 1私 結婚できないんじゃなくて、しないんです【コミュニケーション能力】サイレント・プア【ひきこもり】レディ・プレーヤー1【なぜゲームをやめられないの?どうなるの?(ゲーム依存症)】

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治療抵抗性うつ病患者の自殺リスクに対する衝動性の影響~FACE-DR研究

 自殺は重大な問題である。うつ病患者ではとくに自殺発生率が高いことから、うつ病は自殺関連リスク因子の1つとされている。重度のうつ病患者における自殺企図は、衝動性や制御不能などの症状と関連していると考えられる。しかし、治療抵抗性うつ病における衝動性と自殺リスクとの関連を具体的に調査したデータは、ほとんどない。フランス・トゥールーズ大学病院のJuliette Salles氏らは、治療抵抗性うつ病患者の自殺リスクに対する衝動性の影響を再検討するため、本研究を実施した。その結果、治療抵抗性うつ病患者における衝動性は、自尊心、抑うつ症状、不安への間接的な影響と関連し、自殺リスクに影響を及ぼしている可能性が示唆された。Journal of Affective Disorders誌オンライン版2023年11月20日号の報告。 プロスペクティブコホートとして患者を募集した。自殺リスクの評価には精神疾患構造化面接法、衝動性の評価にはBarratt Impulsiveness Scaleバージョン10を用いた。うつ病の症状重症度、不安症状、小児期虐待の評価には、それぞれモントゴメリー・アスベルグうつ病評価尺度(MADRS)、状態-特性不安尺度(STAI)、Childhood Trauma Questionnaireを用いた。 主な結果は以下のとおり。・対象は、治療抵抗性うつ病患者220例。・衝動性スコアは、自尊心、婚姻状況、職業上の地位、不安との相関が認められたが、自殺リスクとの直接的な関連は認められなかった。・衝動性は、自尊心(係数:-0.24、p=0.043)および抑うつ症状重症度(係数:0、p=0.045)と関連していた。・自殺リスクは、抑うつ症状重症度(係数:0.38、p<0.001)および自尊心(係数:-0.34、p=0.01)との相関が認められた。・これらの相関を考慮すると、衝動性が自殺リスクに及ぼす影響は、抑うつ症状重症との観点からみられる自尊心により媒介される可能性があると仮説が立てられた。最終的に、共変数として重要な影響を来す自尊心や不安を伴う抑うつ症状に影響を与えることで、自殺リスクに間接的に影響を及ぼす衝動性に関連する媒介モデルを発見した。

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映画「スプリット」(続編)【なんで記憶喪失になっても一般常識は忘れないの?なんで多重人格になっても人格が入り交じることはないの?(記憶機能)】Part3

なんで多重人格になっても人格が入り交じることはないの?映画の中では、ケビンの中にある複数の人格がお互いを認識し合ってケンカしているように描かれていました。さすがに、これはこの映画の演出であり、実際の臨床ではお目にかかりません。ちなみに、複数の人格が頭の中でケンカし合うような症状は、多重人格とはまったく別の病態になります。それは、統合失調症の二重心という病態です。多重人格(解離性同一症)では、人格が交代することはあっても、共存することはないです。その訳は、それぞれの人格がいるように見えるのはそれまでのエピソード記憶がバラバラのままであるだけでつながらない(連想できない)からと説明することができます。とくに幼少期の虐待などの重度のストレスによって、記憶喪失(解離性健忘)が繰り返されると、その複数のエピソード記憶が脳内のネットワークとして潜在(ローカルスリープ)することになります。この詳細については、関連記事3をご覧ください。そして、その眠っていたエピソード記憶はその後、関連する状況(刺激)によって蘇らず、ランダムに代わる代わるに蘇ってくるようになります。この点で、多重人格の表記は、厳密には「エピソード記憶交代再生」とした方が誤解を招かないでしょう。つまり、多重人格の本質は、実は「人格」そのものではなく、エピソード記憶が交代的に再生することです。逆に、エピソード記憶がつながってすべて再生できるようになれば、これは、1つのつながったエピソード記憶(人格)として自分を認識できるようになったと捉えることができます。この点で、それぞれの人格が共存するようになったとは捉えることができません。実は、私たちは、思い出せる限りの一つひとつのエピソード記憶をつなぎ合わせて人生と呼び、1つの人格として社会生活を送っています。これも、個人主義を重んじる近代(産業革命)以降の考え方です。それまでは多重人格が起こったとしても、先ほどの記憶喪失と同じように、その出てきた「人格」(エピソード記憶)で周りに合わせていただけでしょう。その時代や文化によっては、「シャーマン」や「憑き物」として社会に溶け込んでいたでしょう。つまり、多重人格も1つの適応戦略であったと考えることができます。そもそも、人格が1つであるというのは、その考え方が現代社会にフィットしているだけで、私たちの思い込みかもしれないです。そもそも、私たちの心(脳)が原始の時代に形作られたと考えると、人格は1つである必要がないからです。なお、エピソード記憶の起源が約20万年前であることから、エピソード記憶に関連した障害である記憶喪失や多重人格の起源も、同じく約20万年前であると推定することができます。<< 前のページへ■関連記事そして父になる(続編・その2)【子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?(科学的根拠に基づく教育(EBE))】Part 1パプリカ【夢と精神症状の違いは?】スプリット【なぜ記憶がないの?なぜ別人格がいるの?どうすれば良いの?(解離性障害)】

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医師によるうつ病の重症度評価と患者本人の苦痛の乖離に、幼少期の逆境体験などが関与

 医師が臨床的に評価した重症度よりも強い苦痛を感じているうつ病患者には、幼少期の逆境体験や自閉症傾向などが多く見られるとする、国立精神・神経医療研究センターの山田理沙氏、功刀浩氏(現在の所属は帝京大学医学部精神神経科学講座)らの研究結果が、「Clinical Psychopharmacology and Neuroscience」に5月30日掲載された。著者らは、「うつ病の重症度評価において、患者の主観的な苦痛の強さを把握することが、より重要なケースが存在する」と述べている。 近年、患者中心の医療の重要性が認識されるようになり、精神科医療でも治療計画の決定などに患者本人の関与が推奨されるようになってきた。これに伴い、うつ病の重症度についても、医師が評価スケールなどを用いて判定した結果と、患者への質問票による評価結果が一致しないケースのあることが分かってきた。ただ、そのような評価の不一致に関連する因子はまだ明らかにされていない。 研究の対象は、2017年10月~2020年2月に国立精神・神経医療研究センター病院気分障害センターの外来を受診した、17歳以上の大うつ病性障害(MDD)患者60人および双極性障害(BD)患者40人、計100人〔年齢中央値33歳(四分位範囲24~46)、男性52%〕。診断は、米国精神医学会の診断基準の第4版(DSM-4)に即して行われた。 医師によるうつ病の重症度評価には「ハミルトンうつ病評価尺度(HAMD-17)」、患者自身の主観的評価には「ベック抑うつ質問票(BDI)」を用いた。両者の評価結果の関連を検討したところ、有意な正相関(r=0.624、P<0.001)が認められた。 次に、HAMD-17とBDIの回帰直線からBDIスコアまでの乖離の程度の四分位数で、全体を以下の3群に分類。BDIスコアが回帰直線より高値であり、その乖離幅の大きい25%の群を、医師の評価よりも主観的な苦痛の大きい群(BO群)とした。反対に、BDIスコアが回帰直線より低値であり、その乖離幅の大きい25%の群を、医師の評価よりも主観的な苦痛が少ない群(BU群)とし、残りの50%は両者の評価が一致している群(BC群)とした。これら3群間に、年齢、性別や疾患(MMD、BD)の分布、自殺未遂の既往、治療薬、教育歴、およびHAMD-17などに有意差はなかった。 医師の重症度評価と患者の主観的評価に関連する可能性のある因子としては、幼少期の逆境体験(CTQ-6)、成人用対人応答性尺度(SRS-A)、問題への対処行動の傾向(WCCL)を評価した。それらの評価結果をBO群、BU群、BC群で比較すると、一部のスコアに有意な群間差が認められた。 例えばCTQ-6については、合計スコア、および精神的虐待を表す下位尺度が、BU群よりBO群の方が高値だった。下位尺度のうち身体的虐待および情緒的ネグレクトについては、3群間に有意差がなかった。また、SRS-Aについては、合計スコアと自閉症傾向を表す下位尺度などが、BC群やBU群よりBO群の方が高値だった。WCCLに関しては、自責スコアはBC群やBU群よりBO群が高く、希望的観測と回逃・避避のスコアはBC群よりBU群の方が低かった。 著者らは本研究の限界点として、サンプル数が十分でなく比較的若年の患者が多いこと、大半の患者が既に薬物療法が開始された状態で検討していること、BD患者の躁症状については主観的評価を行っていないことなどを挙げている。その上で、「幼少期の逆境体験や自閉症傾向、問題に対して自責の念を抱きやすい傾向などを有するうつ病患者は、臨床医が客観的に評価するよりも大きな苦痛を感じている可能性がある」と結論付け、「そのような懸念のある患者では、主観的評価を積極的に行うべきではないか」と提言している。

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双極性障害ラピッドサイクラーの特徴

 双極性障害(BD)におけるラピッドサイクリング(RC、1年当たりのエピソード回数:4回以上)の存在は、1970年代から認識されており、治療反応の低下と関連する。しかし、1年間のRCと全体的なRC率、長期罹患率、診断サブタイプとの関連は明らかになっていない。イタリア・パドヴァ大学のAlessandro Miola氏らは、RC-BD患者の臨床的特徴を明らかにするため、プロスペクティブに検討を行った。その結果、BD患者におけるRC生涯リスクは9.36%であり、女性、高齢、BD2患者でリスクが高かった。RC患者は再発率が高かったが、とくにうつ病では罹患率の影響が少なく、エピソードが短期である可能性が示唆された。RC歴を有する患者では転帰不良の一方、その後の再発率の減少などがみられており、RCが持続的な特徴ではなく、抗うつ薬の使用と関連している可能性があることが示唆された。International Journal of Bipolar Disorders誌2023年6月4日号の報告。 RCの有無にかかわらずBD患者1,261例を対象に、記述的および臨床的特徴を比較するため、病例および複数年のフォローアップによるプロスペクティブ調査を実施した。 主な結果は以下のとおり。・1年前にRCであったBD患者の割合は9.36%(BD1:3.74%、BD2:15.2%)であり、男性よりも女性のほうが若干多かった。・RC-BD患者の特徴は以下のとおりであった。 ●年間平均再発率が3.21倍高い(入院なし) ●罹患率の差異は小さい ●気分安定に対する治療がより多い ●自殺リスクが高い ●精神疾患の家族歴なし ●循環性気質 ●既婚率が高い ●兄弟や子供がより多い ●幼少期の性的虐待歴 ●薬物乱用(アルコール以外)、喫煙率が低い・多変量回帰モニタリングでは、RCと独立して関連した因子は、高齢、抗うつ薬による気分変調、BD2>BD1の診断、年間エピソード回数の増加であった。・過去にRC-BDであった患者の79.5%は、その後の平均再発率が1年当たり4回未満であり、48.1%は1年当たり2回未満であった。

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注射による猫の避妊治療、小規模研究で100%の効果を示す

 猫の個体数を抑制するための手段としては、生殖腺を外科的に摘出する不妊手術が主流であるが、より効果が高く安全な避妊法として、1回の注射で済む避妊治療が有望であることを示した小規模研究の結果が報告された。米シンシナティ動植物園の動物研究部長であるWilliam Swanson氏らによる研究で、「Nature Communications」に6月6日掲載された。 Swanson氏は、「1回の注射で生涯を通して不妊になる可能性のある避妊薬は、不妊手術という現在の標準的な治療法に比べて多くの利点がある」と述べる。現在、雄猫に対しては、全身麻酔で精巣(睾丸)を切除する去勢手術、雌猫に対しては、卵巣のみを摘出するか、卵巣と子宮の双方を摘出する避妊手術が行われている。このような不妊手術は、猫の繁殖を抑制する上では有効だが、デメリットもある。 例えば、「手術には、専門的な器具や医療用品、獣医の専門的な技術、麻酔薬や鎮痛薬が必要であり、術後のケアも必要だ」とSwanson氏は指摘する。また、保護された猫の数が多くなければ、不妊手術は頭数コントロールのための効果的な手段となり得るが、「世界中の何億匹もいる野良猫の繁殖をコントロールするには十分な手段ではない」と同氏は強調する。 この研究論文の背景情報によると、世界中で猫(イエネコ;ネコ科の動物のうちで家畜化された種類)の数は6億匹に上るが、このうちペットとして飼われているのはわずか20%に過ぎず、残りの80%は野良猫と推定されている。野良猫の住環境や健康状態は最適とはいえず、また、猫による野生動物の捕食が生態系に悪影響を及ぼすことなどが指摘されてはいるものの、保護施設に収容された猫を安楽死させることには倫理的な問題がつきまとう、と研究グループは指摘する。 AMH(抗ミュラー管ホルモン)は、女性では卵巣で、男性では精巣で生成される非ステロイド系ホルモンであり、女性では卵巣の中に残っている卵子の数を予測するための指標として用いられている。研究論文の上席著者である米マサチューセッツ総合病院小児外科研究所のDavid Pepin氏は、過去の研究で、女性のAMHレベルを一定の閾値以上に上げると卵胞の成長が抑制され、排卵と妊娠を防止できることを発見している。 今回の研究では、雌猫のAMHレベルを上げることにより、同様の効果が得られるのかどうかが検討された。Swanson氏らは、性的に成熟した雌猫9匹のうちの6匹に、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターによりAMH遺伝子を導入する遺伝子治療を、1回の筋肉内注射で行った。この注射により、通常は卵巣でしか産生されないAMHが筋細胞内でも産生されるようになり、体内のAMHレベルが通常の100倍に上昇するのだという。残りの3匹は、このような遺伝子治療を行わない対照群とした。 治療後8カ月と20カ月の時点で、これら9匹の雌猫と1匹の雄猫を1日8時間ずつ週に5日、4カ月にわたって共に過ごさせる実験を2度行った。その結果、2年間の追跡期間中に遺伝子治療を受けた6匹のうちの2匹が雄猫と交尾したが、妊娠した猫はいなかった。これに対して、対照群の3匹は、いずれも雄猫と交尾して妊娠したことが明らかになった。この遺伝子治療による副作用は観察されなかった。 米国動物虐待防止協会(ASPCA)のシェルター医療担当シニアディレクターであるLauren Overman氏は、「米国では、毎年300万匹以上の猫が施設に保護されるが、これらの猫に飼い主を見つけることにしばしば苦労する」と述べる。同氏は、「不妊手術はこの問題の解決に役立つが、猫用の避妊薬の開発に関するこの研究結果は、特に野良猫や従来の不妊手術を行うための資源がない地域の猫に対する不妊治療を増やす可能性があり、その結果、野良猫の数が減少するかもしれない」と期待を寄せる。 この治療法はまだ臨床で使用できる段階にはない。Swanson氏は、目下、遺伝子治療を行った猫のその後の経過を追跡調査するとともに、別の臨床試験の実施も計画しているところだという。同氏は「この治療法がいつ利用できるようになるかの予測は難しいが、まだ何年も先のことになるだろう」と述べている。

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第166回 医師、医学生にも“縁”深い刑法の改正、性犯罪厳罰化と「撮影罪」新設で思い出した滋賀医大生事件の今

大きく変わる刑法の性犯罪規定こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。MLBはロサンゼルス・エンゼルスの大谷 翔平選手が大変なことになっていますね。先週(6月12~18日)は打者では7試合で23打数10安打の打率4割3分5厘、6本塁打、12打点の成績でした。投手でも、やや不調を引きずりながらも1勝を挙げています(投げた日も降板後ホームランを放ちました)。故障者続出の割にエンゼルスも好調で、6月19日現在アメリカン・リーグの西地区2位。大谷の好調が続けば、ひょっとしたらワールドシリーズを目指すポストシーズン進出も夢ではないかもしれません。今を生きる歴史的人物がワールドシリーズに出場するとなると、もうそれは歴史的事件です。秋に米国取材でも入れようかと考え始めた今日この頃です。さて、先週も「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針)の閣議決定など、医療関係者にも関係する政治的な出来事がたくさんありました。今年の「骨太」については回を改めて書くこととし、今回は、医師や医学生も比較的“縁”深いと思われる、刑法の性犯罪規定の改正について書いてみたいと思います。「強制性交罪」「準強制性交罪」は一本化して「不同意性交罪」に性犯罪の成立要件を見直す刑法改正案などが6月16日、参院本会議において全会一致で可決、成立しました。「強制性交罪」、「準強制性交罪」は一本化して「不同意性交罪」と改め、処罰要件も大幅に見直されました。現在の「強制わいせつ罪」も「不同意わいせつ罪」に変わります。性犯罪に対し、的確かつ厳格に対処するのが狙いで、今夏にも施行されます。これまで、強制性交罪の成立には「被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫を用いること」が必要とされてきました。しかし、暴行や脅迫がなくても、恐怖などで体が動かない状態に陥ったり、レイプ・ドラッグなどで意識が不明瞭となり、抵抗できずに被害に遭ったりすることがありました。改正法では「不同意性交罪」の要件を「同意しない意思を形成、表明、もしくは全うすることが難しい状態」と定め、その要因となる8つの項目(「暴行・脅迫」「心身の障害」「アルコール・薬物の摂取」「意識が不明瞭」「拒絶するいとまを与えない」「恐怖や驚愕」「虐待」「経済的・社会的地位に基づく影響力」)を具体的に明示しました。つまり、同意のない性行為は厳しく処罰されることになったのです。被害を言い出しにくい性犯罪の特性を踏まえ、公訴時効は現在の強制性交罪で15年(現行10年)に延長されました。性的行為に関する意思決定ができるとみなす「性交同意年齢」も13歳から16歳に引き上げられます。ただし、被害者が13~15歳だった場合、加害者が処罰されるのは5歳差以上だった場合となります。「性的グルーミング」も処罰、「撮影罪」も新設今回の改正ではその他、わいせつ目的で16歳未満の人に繰り返し面会を要求する行為を処罰する規定も新たに設けられました。16歳未満の子どもを手なずける、いわゆる「性的グルーミング」を罰する罪です。また、性器や下着、性交の様子などを盗撮したり、画像や動画を他人に提供したりする行為を処罰するため「撮影罪」も新設されました。それぞれ3年以下の拘禁刑などの罰則が科されます。不特定多数の人に提供した場合は5年以下の拘禁刑などとなります。これまでは、軽犯罪法や都道府県ごとに定められている迷惑防止条例などによって処罰されていた盗撮行為が、国の法律で罰せられることになるわけです。なお、単に撮影するだけでなく、画像を提供したり、ネット上にアップしたり、提供のために保管したりする行為も処罰対象になります。今回の法改正は、性暴力被害者の声が国を動かし、法律を変えたと言われています。2019年、性暴力事件の無罪判決が相次いだことで被害者が立ち上がり、実態調査などを敢行、国に訴えてきたのです。「不同意性交等罪」への罪名変更や、性交同意年齢の条件付き引き上げは、被害者の声を反映させるかたちで行われました。元滋賀医大生は実刑判決も控訴、残りの2人は無罪を主張、卒業後国試を受けたとの噂もさて、医師や医学生による強制性交罪と言えば、昨年3月に起きた滋賀医大生による集団暴行事件が記憶に新しいところです。本連載の「第120回 滋賀医大生3人を強制性交で逮捕・起訴、“エリート”たちがいつまでたってもパーティーを止めない理由とは?」「第144回 滋賀医大生による集団暴行事件、主犯格の被告に懲役5年6ヵ月の実刑判決」でも詳しく書きましたが、その後について付記しておきましょう。滋賀医大・医学部6年生(当時)の3人が女子学生を集団で暴行、動画撮影も行っていたこの事件、主犯格の被告1人には、大津地裁は今年1月、強制性交罪の罪で懲役5年6ヵ月(求刑懲役8年)の実刑判決を言い渡しています。その後、この被告は判決を不服として、大阪高裁に控訴しています。残り2人の裁判はまだ結審していません。強制性交罪に問われている2人は今年3月の裁判で、無罪を主張したとのことです。京都新聞の報道によれば、被告の弁護人は「被害者が拒むような態度はなく、撮影された動画が拡散することを防ぐため(被害者が)事件化した」と主張したとのことです。この事件、改正刑法ならば「不同意」の定義が明示されたことに加え、「撮影罪」も新設されるので、罰し方は大きく異なってくると考えられます。今後なら相当な厳罰になるかもしれないところ、“古い規則”で罰しなければならない点は、法律というものの一つの限界と言えるでしょう。ところで、滋賀医大は、主犯格の被告の初公判後、被告を退学処分にしています。残る2人の被告については、「裁判の動向を踏まえた上で対処する」としましたが、事件時に6年生だったので、ひょっとしたら卒業してしまっているかもしれません。ネット上では、「卒業して医師国家試験も受けたらしい」との噂もあるようです。仮に国試を受けて合格し、医籍を登録していたとしたら、既に医療現場で働いていることになります。合格後、医籍登録を保留していることも考えられます(無罪を主張しているのでその可能性もあるでしょう)。もし、この2人が有罪となったら、医療職の行政処分についての答申を行う医道審議会は、医師になる前の罪を理由に、医師免許剥奪や停止の処分を行うことになるのでしょうか。あるいは、滋賀医大が卒業を取り消し、自動的に国試の受験資格はなかったという筋道になるのでしょうか。法律上の処分は、事件発生時の刑法の規定に則ることになるでしょうが、“医道”を審議する場では、その時々の最新の倫理観が優先されるべきだと思います。そういった意味でも、残る2人の裁判の行方が気になります。

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研究機関でのハラスメント、影響を受けやすいのは?/JAMA

 米国・ミシガン大学のReshma Jagsi氏らは、医学アカデミアに従事する教員にまつわる職場ハラスメント、サイバーインシビリティ(ネット上での敬意を欠いた非礼な言動)、組織風土がどのように変化しているかを調べる検討を行った。その結果、セクシャルハラスメント、サイバーインシビリティ、ネガティブな組織風土が高率に、とりわけマイノリティ集団を対象として存在し、メンタルヘルスに影響をもたらしていることを報告した。著者は、「医学アカデミアには、労働力の活力を損なう虐待行為を助長する可能性がある文化が存在する。引き続き医学アカデミアの文化を変える努力が必要である」と述べている。JAMA誌2023年6月6日号掲載の報告。米国医学アカデミアの文化の変遷と教員メンタルヘルスとの関係性を調査 研究グループは、2006~2009年に国立衛生研究所(NIH)キャリア開発助成金を受けた米国医学アカデミアの教員について、2021年にサーベイを行い、回答を得られた830人(回答率64%)を対象に、医学アカデミアの文化と教員のメンタルヘルス、および両者の関係性を調べた。 多変数モデルを使用して、文化体験(組織風土、セクシャルハラスメント、サイバーインシビリティ)とメンタルヘルスとの関連性を調査。文化体験は、性別、人種・民族性(アジア人、医学界で過小評価されているグループ[アジア系または非ヒスパニック系白人以外の人種・民族として定義]、白人)、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クィア(LGBTQ+)別に比較した。 主要アウトカムは、3つの文化(組織風土、セクシャルハラスメント、サイバーインシビリティ)の影響とし、従前の開発ツールを用いて評価した。副次アウトカムはメンタルヘルスの評価で、5項目Mental Health Inventory(スコア範囲:0~100、高スコアほどメンタルヘルスは良好)を用いた。職場ハラスメント、サイバーインシビリティ、差別的組織風土の存在が明らかに 教員830人のうち、男性が422人、女性が385人、男女非分類2人、性別の特定なしが21人であった。また、169人がアジア人、66人が過小評価グループ、572人が白人と回答し、23人は人種・民族の回答がなかった。774人が、シスジェンダーおよびヘテロセクシャルと回答し、31人がLGBTQ+、25人が無回答だった。 女性は男性と比べてネガティブに一般的な組織風土を評価した(平均3.68[95%信頼区間[CI]:3.59~3.77]vs.3.96[3.88~4.04]、p<0.001)。多様性の風土評価は、性別(女性の平均3.72[3.64~3.80]vs.男性4.16[4.09~4.23]、p<0.001)、人種・民族性(アジア人の平均4.0[3.88~4.12]、過小評価グループ3.71[3.50~3.92]、白人3.96[3.90~4.02]、p=0.04)で有意に差があった。 また、女性は男性よりも、ジェンダーハラスメント(性差別な発言や粗暴な行為)を経験したとの回答が多かった(71.9%[95%CI:67.1~76.4]vs.44.9%[40.1~49.8]、p<0.001)。LGBTQ+回答者はシスジェンダーおよびヘテロセクシャル回答者と比べて、ソーシャルメディアを職業的に使用する場合、セクハラを受けたと報告する回答が多いようであった(13.3%[1.7~40.5]vs.2.5%[1.2~4.6]、p=0.01)。 多変量解析で、3つの文化とジェンダーは、メンタルヘルスの副次アウトカムと有意に関連していた。

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伝記「ヘレン・ケラー」(後編)【ということは特別なことをしたからといって変わらない!?(幼児教育ビジネス)】Part 2

モンテッソーリ教育も効果ははっきりしない!?モンテッソーリ教育も、一般的な幼児教育とは差別化され、世の中で成功している有名人がこの教育を受けていたと喧伝されています。この教育の中身については割愛しますが、この効果については、世界的な論文誌Natureの姉妹紙npj Science of Learning(2017)のレビューにおいて、「モンテッソーリ教育の科学的根拠は弱い」と結論付けられています6-8)。よくよく考えると、提唱者のモンテッソーリ先生が活躍したのは、ヘレン・ケラーと同じ20世紀前半です。当時は、体罰が容認され、今と比べものにならないほど幼児教育が行き届いていませんでした。だからこそ、モンテッソーリ教育にも意味があったでしょう。ヘレン・ケラーだって裕福な家庭に生まれたからこそ、あそこまでの教育が受けられました。しかし、現代において、「特別」な幼児教育をしても、その効果が特別にはならなくなってきているということは、保育園をはじめとする幼児教育が十分に行き届いていることを意味します。つまり、近代だからこそ広まったモンテッソーリの理念は、現代で拡大解釈され、幼児教育ビジネスにいいように利用されてしまっていることになります。これが、幼児教育ビジネスの不都合な真実です。「奇跡の人」とは?タイトル「奇跡の人」(The Miracle Worker)とは、ヘレン・ケラーではなく、ヘレン・ケラーに学ぶ楽しさを気付かせたサリバン先生のことだったわけですが、幼児教育ビジネスの不都合な真実を知った今、私たちの誰もが日々の生活の中でその「奇跡」を無理なく起こせることがわかります。これが、冒頭で触れた「子供を賢くさせるためには賢くさせようと特別なことをしない」という逆説の訳です。親が日常生活の中で、できる範囲でほどほどに子供にかかわり、その自由なやり取りを親子で一緒に楽しむことだけで、十分に子供の豊かな発達を育むことができるとわかりました。この子育てのあり方によってこそ、私たちもサリバン先生と同じく「奇跡の人」になることができるのではないでしょうか?6)「モンテッソーリ教育」には本当に効果があるのか 専門家たちが追跡調査を実施:クーリエ・ジャポン、20237)【解説】モンテッソーリ教育とは?その効果は?早期教育の科学的根拠:Suzakuの研究所8)モンテッソーリ教育 科学的根拠のレビュー:Marshall C、npj Science of Learning<< 前のページへ■関連記事そして父になる(続編・その2)【子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?(科学的根拠に基づく教育(EBE))】Part 1そして父になる(続編・その1)【英才教育で親がハマる「罠」とは?(教育虐待)】Part 1ちびまる子ちゃん(続編)【その教室は社会の縮図? エリート教育の危うさとは?(社会適応能力)】Part 1

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第162回 止められない人口減少に相変わらずのんきな病院経営者、医療関係団体(後編) 「看護師に処方権」「NP国家資格化」の行方は?

ジャニーズの性加害問題報道でNHKが「反省」の弁こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末、メディアはG7広島サミットの話題に加え、ジャニーズ事務所の「謝罪」動画、歌舞伎役者の自殺未遂事件など社会部ネタが頻発し、バタバタだった模様です。ジャニー喜多川氏によるジャニーズJr.の少年への性的虐待については、この連載の「第155回 日本はパワハラ、セクハラ、性犯罪に鈍感、寛容すぎる?WHO葛西氏解任が日本に迫る意識改造とは?(後編)」でも簡単に触れたのですが、「謝罪」動画公開後の5月17日にNHKで放送された「クローズアップ現代」(クロ現)はなかなか興味深い内容でした。「“誰も助けてくれなかった” 告白・ジャニーズと性加害問題」と題されたこの回の「クロ現」では、元ジャニーズJr.の男性が実名で登場、自身が受けた性被害の詳細を語っていました。印象的だったのは、桑子 真帆キャスターが、「なぜこの問題を報じてこなかったのか。私たちの取材でもこうした声を複数いただきました。海外メディアによる報道がきっかけで波紋が広がっていること。私たちは重く受けとめています」と反省の弁を述べ、番組の最後に「私たちは、これからも問題に向き合っていきます」と語ったことです。日本で長年に渡って起こっていた性被害事件にもかかわらず、日本のメディアで報道してきたのは週刊文春などごくわずかです。英国BBCのドキュメンタリーが放映されたので渋々動きました、というのではNHKも報道機関としての存在意義が問われても仕方ありません。今回、NHKの顔とも言えるキャスターが番組で反省の弁を述べたというのは、とても大きな意味があることだと思います。逆に言えば、ジャニーズ事務所に忖度し、BBCのドキュメンタリーや今回の「謝罪」動画に関しても、お茶を濁した報道しかしていない民放(「クロ現」ではジャーナリストの松谷 創一郎氏が「民放の人たち、テレビ朝日やフジテレビなんかはとくにそうですけれども」と名指しして批判していました)は、報道機関としては完全に“失格”と言えそうです。人口減少に対する、医療関係団体の希薄過ぎる危機感さて、今回も4月26日に厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が公表した「将来推計人口」に関連して、日本の医療に及ぼす影響について考察してみます。前回は、一向に進まない地域医療構想や、病院の役割分担の明確化や病床削減などへ取り組みの遅れなど、医療提供体制における問題点について書きました。今回は、急速に進む人口減少が招くであろう医療・介護人材難に対して、日本医師会や日本薬剤師会といった医療関係団体の危機感が希薄過ぎる点について書きます。訪問看護ステーションに配置可能な医薬品の拡大案に「断固反対」と日本薬剤師会会長5月12日付のメディファクス等の報道によれば、日本薬剤師会の山本 信夫会長は5月10日に開かれた三師会の会見で、政府の規制改革推進会議で議論が進められている、訪問看護ステーションに配置可能な医薬品の拡大案について、「配置可能薬を拡大するということについては断固反対という立場だ」と述べたとのことです。この案は、規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループで3月6日、医師の佐々木 淳専門委員(医療法人社団 悠翔会理事長)と弁護士の落合 孝文専門委員が提案したものです。佐々木氏は関東を中心に在宅医療専門のクリニックを複数ヵ所運営する医療法人を経営しています。佐々木氏らが提案したのは、訪問看護ステーションに配置する薬剤の種類を増やし、訪問看護師がある程度自由に使用できるようにするための新しいスキームです。現状では看護師が薬局で薬剤を入手してから患者宅に向かうか、看護師から連絡を受けた薬剤師が薬剤を配達しているのですが、このスキームによって患者への薬剤提供が効率化される、としています。このスキームでは、薬剤師はオンラインで訪問看護ステーションに配置された薬剤を遠隔管理(倉庫室温、ピッキングの適切性、在庫など)し、薬局がステーションに随時医薬品を授与します。一方、ステーションの看護師は、必要に応じて医師の指示内容を薬局と共有、処方箋の写しに基づいてステーションの倉庫から薬剤をピッキング、患者に投薬します。なお、倉庫内に配置する薬剤としては、脱水症状に対する輸液、被覆剤、浣腸液、湿布、緩下剤、ステロイド軟膏、鎮痛剤などを想定しているとのことです。薬剤師の調剤権を著しく侵害することにつながり「極めて問題がある」現状、薬剤師法などで、調剤を行えるのは、医師、歯科医師、獣医師が自己の処方箋により自ら調剤するときを除いて薬剤師に限られています。山本会長は、この改革案は医師の処方権、薬剤師の調剤権を著しく侵害することにつながり「極めて問題がある」と述べたそうです。その上で、在宅医療の提供について、「チームを組んで医療を提供するのが本来の姿。専門職が集まってその患者さんに対してどんな医療が必要か、医師や看護師、薬剤師など各専門職種が議論していくことが大前提だ。それを抜きにして、ただ置けばいいという発想について私どもとしては大変断固反対だ」と述べたとのことです。他の医療・看護・介護拠点が薬局機能を代替して何が悪い?「薬局の遠隔倉庫」案と呼ばれるこの案、患者が薬剤を手に入れるまでの時間が短縮されるだけでなく、調剤をする薬局自体がない地域や、土日や夜間は営業しない薬局しかない地域では、とても便利で現実的な方策に見えます。「薬剤師の調剤権を侵害」「チーム医療が本来の姿」と山本会長は語っています。しかし、そもそも薬局薬剤師が機能しない地域や時間帯があるなら、ほかの医療・看護・介護拠点がその機能を代替して何が悪いというのでしょう。山本会長の発言は、薬剤師のことは考えているが、患者のことは考えていないように感じます。ちなみに、令和4年度の厚生労働白書によれば、2020年度において、無薬局町村は34都道府県で136町村あるそうです。「包括指示」の仕組みを活用、「訪問看護師に一定範囲内の薬剤の処方箋を発行できるようにする」案も規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループは先週、5月15日にも開かれ、佐々木氏は「薬局の遠隔倉庫」案をベースとした、もう一歩踏み込んだ改革案を提案しています。5月16日付のCBnewsマネジメントの報道によれば、佐々木氏は一定の条件下で訪問看護師が処方箋を発行して投薬できる規制緩和策を検討すべきだと提案したとのことです。具体的には、医師に連絡がついたものの処方箋を発行できない場合、看護師は医師の指示に基づいて処方箋を発行できる医師と連絡がつかない場合、看護師は医師の包括的指示に基づいて処方箋を発行できる24時間対応を標榜する薬局がある場合、薬剤師は迅速・確実に患者宅に薬剤を届ける。24時間対応の薬局がなければ訪問看護事業所に薬剤を配備し、看護師がその備蓄から薬剤を使用することができる24時間対応する薬局の有無にかかわらず、訪問看護事業所内への輸液製剤の配備を可能とするなお、佐々木氏は、これらの対象となる薬剤(輸液製剤を含む)の範囲をあらかじめ指定しておくことも提案しています。医師から看護師への「包括指示」の仕組みを活用して、「訪問看護師に一定範囲内の薬剤の処方箋を発行できるようにする」という大胆な提案です。日本薬剤師会が再び激怒しそうですが、働き方改革や人材難を背景に、タスクシフト/タスクシェア推進が叫ばれる中、とても理に適った提案ではないでしょうか。「NPを導入し、国家資格として新たに創設するというのは適切ではない、反対だ」と日本医師会政府の規制改革会議ですが、その議論や提案はいつもラジカルで、旧態依然とした医療関係団体を時折怒らせています。2月13日、規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループは、医師と看護師のタスクシェア、とくにナース・プラクティショナー(NP)について日本医師会等にヒアリングを実施しました。NPとは、端的に言えば、医師と看護師の中間的な技量を有した医療専門資格です。現行の特定行為研修を修了した看護師ができる医療行為の範囲を超えて、“医師のように”自主的に医療行為が行える新しい国家資格(NP)をつくろうというのがNPの国家資格化のコンセプトです。米国においてNPは医師の指示・監督がなくても診察、診断、治療・処方のオーダーができる資格として確立しています。この回のワーキング・グループに日本医師会から参加した常任理事の釜萢 敏氏は「外国で行われているものを日本に導入すれば必ずうまくいくというものでは決してない。特定行為研修の修了者を増やしていくという方向に大きく踏み出したので、まずそれをしっかり実現することが喫緊の課題。NPという新たな職種を導入し、国家資格として新たに創設するというのは、現状において適切ではない、反対だ」と述べました。日本医師会などが慎重な姿勢を示してきたため業務範囲の拡大は遅々として進まず医療・介護分野のタスクシェア・タスクシフトを巡っては、これまで日本医師会などが慎重な姿勢を示してきました。そのため、実際の医療現場での業務範囲の拡大は遅々として進んでいません。2021年5月の医療法等改正においても、業務範囲が拡大されたのは診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、救急救命士のみで、“本丸”とも言える看護師には踏み込んでいません(「第66回 医療法等改正、10月からの業務範囲拡大で救急救命士の争奪戦勃発か」参照)。政府の規制改革推進会議が昨年5月に決めた令和4年度の最終答申には「医療・介護分野のタスクシェア・タスクシフトの推進」は記述されていますが、より本格的な検討は今期の同会議の“宿題”となりました。その後、議論を進めてきた規制改革推進会議は、昨年12月に当面の改革テーマに関する中間答申をまとめました。そこには、医師や看護師が職種を超えて業務を分担する「タスクシェア」の推進が明記され、医師の業務の一部を看護師らに委ねる「タスクシフト」も進めると書かれました。それを踏まえ、看護師らが担える業務の対象拡大を主要テーマとして、医療・介護・感染症対策ワーキング・グループが議論を進めてきた、というのがこれまでの流れです。6月にまとめられる規制改革推進会議の最終答申に注目それにしても、医師や薬剤師がタスクシェア・タスクシフトをこうも毛嫌いする理由はなんでしょう。自分たちの仕事が、「看護師ごときには対応できないほど高度なもの」とでも考えているのでしょうか。あるいは逆に、「意外に簡単で誰にでもできそうであることがバレるのが怖い」のでしょうか。確か、日本医師会は医師増(医学部新設)にも反対していましたから、単に自分たちの既得権を守りたいだけなのかもしれません。前回の冒頭で書いた青森の下北半島ではないですが、現状、医師確保にあえいでいる地域は全国にたくさんあります。人口減が今以上に進めば、無医町村も増えていくでしょう。そんな中、相応の資格を得た訪問看護ステーションなどの看護師が、処方を含む医療行為を自らの判断で行うことができるようになれば、地域医療に一定の安心感を与えるのではないでしょうか。また、老人保健施設や介護医療院は医師でなければ施設長になれませんが、高齢者医療を専門とするNPが施設長になることができれば、貴重な医師人材の節約にもつながります。今年6月にもまとめられる予定の令和5年度の規制改革推進会議の最終答申に、医師から看護師への包括指示の活用や、訪問看護師への処方権付与、NP国家資格化といった、ワーキング・グループで議論されてきた内容がどれくらい盛り込まれることになるか、注目されます。

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児童虐待相談が多い都道府県は?【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第232回

【第232回】児童虐待相談が多い都道府県は?Unsplashより使用日本の児童虐待の現状について調べた北海道大学の研究です。Seposo X, et al.Child Abuse Consultation Rates Before vs During the COVID-19 Pandemic in Japan.JAMA Netw Open. 2023 Mar 1;6(3):e231878.一般公開されている2019~21年の月別児童虐待相談件数を入手し、47都道府県の児童虐待相談率を推定しました。この研究では、身体的虐待だけでなく、ネグレクトや心理的な虐待も含めています。コロナ禍の影響を考察するため、2019年をパンデミック前、2020~21年をパンデミック期間としています。2019~21年に、日本では年間平均で18万2,549件の児童虐待相談が記録されていました。相談率の中央値が最も高かった都道府県はどこでしょう。最も多かったのは、大阪でした(パンデミック期:人口10万人当たり134.85件[四分位範囲[IQR]:132.06~154.53]、パンデミック前:人口10万人当たり144.89件[136.60~159.46])。私が住んでいる都道府県なので、ちょっぴりショックでした。反対に、最も低かったのは鳥取県(パンデミック期:人口10万人当たり8.97件[IQR:7.57~13.73]、パンデミック前:人口10万人あたり7.29件[4.48~11.77])でした。パンデミックの間、児童虐待相談率が減少していることも示されました。これは救急外来受診率が低下したことと同じロジックで、コロナ禍で相談の閾値が高くなってしまったことが影響しているでしょう。児童虐待相談件数は、イコール児童虐待の件数というわけではありません。これについては本来であれば相関があるか検討されるべきですが、なかなか検証が難しいですよね。

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第155回 日本はパワハラ、セクハラ、性犯罪に鈍感、寛容すぎる?WHO葛西氏解任が日本に迫る意識改造とは?(後編)

パンデミック以前の日常が完全に戻ってきたこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末、関東はお花見日和でした。近所の公園では、葉桜となってきた桜の木の下で多くの人がノーマスクで宴会をしていました。パンデミック以前の日常が完全に戻ってきたわけですが、数週間前からこれだけ飲んで騒いでいるのに、新型コロナウイルス感染症の患者数は目立った増加となってはいません。感染症は本当に不思議な病気だなと思いながら、私も桜が舞い散る公園で、タコスにコロナビールを楽しみました。さて今回も、前回に引き続き、WHO(世界保健機関)の西太平洋地域事務局(フィリピン・マニラ)の葛西 健・事務局長が解任されたニュースを取り上げます。「The Lancet」が「グローバルヘルスの専門家たち葛西氏解任を歓迎」と報道WHOは3月8日、職員らへの人種差別的な発言などがあったとして内部告発され、昨年8月から休職中だった葛西・西太平洋地域事務局長を解任したと発表しました。日本国内では「解任理由がきちんと説明されていない」といった批判もあるようですが、国際的にはどうやら今回の解任を歓迎する声の方が大きいようです。医学雑誌の「The Lancet」は3月18日、「Global health experts welcome Kasai dismissal(グローバルヘルスの専門家たちが葛西氏解任を歓迎)」と題する記事を掲載しています1)。「葛西氏はWHO労働者への嫌がらせを行っていた」刺激的なタイトルのこの記事は、世界の複数のグローバルヘルスの専門家が、今回の調査や決定が適正に行われ、処分も妥当と考え、解任決定を歓迎していると報じています。記事によれば、WHOは虐待行為を一切容認しないという方針に沿って今回の内部告発を調査、すべてのWHOスタッフに適用される通常の手順に従って検討が行われたとのことです。その結果、葛西氏が「攻撃的なコミュニケーション、公の場での侮辱と人種的中傷」を含む、WHO労働者へのハラスメントを行っていたことが判明したとしています。これら結果を踏まえ、西太平洋地域委員会の投票が行われ、解任賛成13票、反対11票、棄権1票という結果となり、その後、非公開の理事会で葛西氏の解任が決定したとのことです。WHOの不正行為や虐待行為に対するチェックの目は一層厳しくなる同記事は、米国ジョージタウン大学のグローバルヘルス法の研究者の次のような発言も報じています。「この決定を行ったWHOに拍手を送る。その決定は正しかったが、もっと早く行われるべきだった。WHOは、誰もが尊重される安全で敬意に満ちた職場を作るために、可能な限り最高の基準を設定する必要があると考える」。同記事は、その他の世界のグローバルヘルスの専門家たちの今回の決定に対する賛意も伝えています。それらはある意味、日本が期待を持って送り込んでいた葛西氏の”評判”とも言えるもので、日本政府にはなかなか手厳しい内容となっています。ところで、WHO内部では葛西氏の事例のようなハラスメントだけではなく、エボラ出血熱発生中に起きたWHO労働者や援助労働者に対する性的虐待なども問題視されており、同記事は、葛西氏に行われた内部調査や解任決定を機に、WHOの組織内におけるその他のさまざまな不正行為や虐待行為に対するチェックの目は一層厳しくなるに違いない、と書いています。横浜DeNAに現役バリバリのMLBの投手入団そう言えば、WBC開催中の3月14日、横浜DeNAベイスターズは3年前の2020年、シンシナティ・レッズ時代にサイ・ヤング賞を獲得(同年に同じく候補となったダルビッシュ有投手と争いました)したMLB投手、前ロサンゼルス・ドジャースのトレバー・バウアー投手と契約を結んだことを発表しました。現役バリバリのMLBの投手がNPBに来るということで大きなニュースになりました。実は彼、2021年に知人女性に対するドメスティックバイオレンスの禁止規定違反でメジャーリーグ機構から324試合の長期の出場停止処分を受け(その後、異議申し立てをし、処分は194試合に短縮)、今年1月にドジャースとの契約が解除された選手です。契約解除後、MLBでは新たな契約をする球団は現れず、うまくDeNAが獲得したというわけです。MLBが獲得に動かなかった理由は多々あるようです。ヒューストン・アストロズの投手陣が強力な粘着物質を使っている疑いがあることを”チクリ”、粘着物質使用厳格化のきっかけを作ったことでMLBの選手たちから裏切り者扱いされた、という説も流れていますが、女性に対するドメスティックバイオレンスの一件も少なからず影響していることは確かでしょう。そうした”問題”選手を、トラブルにはとりあえず目をつぶって獲得し、大喜びしているのも日本人のパワハラ、セクハラへに対する鈍感さ、寛容さのなせる業かもしれません。DeNAは3月24日に横浜市内で華々しくバウアー投手の入団会見を行いましたが、その5日後の29日に同選手が「右肩の張りを訴えた」と球団が発表、4月中の一軍デビューは先送り濃厚となってしまいました。「バウアー投手はMLB復帰のために日本にリハビリに来ただけ。もとより真剣に投げる気はない」という声もあるようです。BBC制作ジャニーズのドキュメンタリーをほぼ黙殺の日本マスコミパワハラ、セクハラ関連の話題ということでは、英国のBBCが制作、公開したドキュメンタリー「Predator:The Secret Scandal of J-Pop」(J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル)を日本のマスコミのほとんどが黙殺したことも挙げておきたいと思います。2019年に死去したジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏によるジャニーズJr.の少年への性的虐待を追ったこのドキュメンタリー、日本ではBBCワールドニュースで3月18日、19日に配信放送されました。この件について日本のマスコミで報道したのはかねてからジャニーズ問題を追ってきた週刊文春と、FRIDAYデジタル、日刊ゲンダイDIGITALなどごく一部でした。香港や韓国、台湾のメディアも大きく取り上げたというのに、日本のマスコミの沈黙ぶりは、異常と言えるかもしれません。こうした鈍感さ、時代遅れの寛容さや忖度は、葛西氏のパワハラ同様、国際社会ではもう認められなくなってきています。そうした自覚と意識改造が日本人には早急に求められていると思いますが、皆さんいかがでしょう。「ジャニー喜多川氏の性的虐待の事実と、メディアに与えた強い影響力を調査し、社会が見て見ぬふりをすることの残酷な結果を明らかにする」(BBCワールドニュースのWebサイトより)というこの番組、4月18日までAmazonプライム・ビデオで視聴可能です。興味のある方はご覧下さい。参考1)Zarocostas J, Lancet. 2023 Mar 18. [Epub ahead of print]

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臨床心理士と精神科医の夫婦が子育てで大事なこと全部まとめてみました

シネマセラピーでおなじみ荒田先生のマンガでよくわかる!0~18歳の子育て大全CareNet.comの連載「シネマセラピー」でおなじみの精神科医、荒田 智史先生。シネマセラピーでは、子育てをテーマとして解説いただくこともありましたが、この度「科学的根拠に基づく子育て」を掲げた著書が発売されました。「厳しくすべきか見守るべきか」「親がリードすべきか」「子どものペースに合わせるべきか」など、成長に伴って変化していく子育ての悩みについて、発達心理学、行動遺伝学、進化心理学という3つの視点で解決する本書。非認知能力、自己肯定感、自己効力感、子供のHSP、教育虐待、性教育、中学受験、反抗、思春期危機、レジリエンス、いじめ、不登校など…乳児期~思春期の子育てで気になる課題と対処をマンガでわかりやすく解説しています。本書は、子育てに悩む親だけでなく、医療関係者(精神科医や小児科医など)の方々にもお役立ていただける内容となっているため、ぜひ読んでいただきたい一冊です。また、病院の待合室に置いていただければ、子育てでお困りの患者さんにもお役立ていただけます。著者・荒田よりご挨拶臨床心理士で妻の杉野珠理との共著です。私たちがいっしょになって、みなさんのお悩みやご心配に全力でお答えしています。エビデンスだけでなく、臨床的なケース、そして夫婦としてのリアルな子育ての現実(ときに葛藤!?)も盛り込みました。この本が、患者さんへの子育てのアドバイス、そしてみなさん自身の子育ての参考になればうれしい限りです。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。    臨床心理士と精神科医の夫婦が子育てで大事なこと全部まとめてみました定価1,980円(税込)判型四六判頁数352頁発行2023年3月著者杉野 珠理、荒田 智史

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第135回 ポスト2025年の医療・介護提供体制の確立に向けた総合確保方針を改定/厚労省

<先週の動き>1.ポスト2025年の医療・介護提供体制の確立に向けた総合確保方針を改定/厚労省2.医療情報システムをサイバー犯罪から守れ、ガイドライン改定へ/厚労省3.マイナ保険証を持たない人に1年有効の「資格確認書」を発行へ/デジタル庁4.新型コロナウイルス接触確認アプリの開発、不備を認める/デジタル庁5.入院患者への暴行で、精神病院に立ち入り検査/東京都6.「サル痘」の名称を「エムポックス」に変更へ/厚労省1.ポスト2025年の医療・介護提供体制の確立に向けた総合確保方針を改定/厚労省厚生労働省は2月16日に「医療介護総合確保促進会議」を開催し、「団塊の世代」がすべて75歳以上となる2025年、さらにその後の医療・介護提供体制を見据えて、患者・利用者・国民の視点に立った医療・介護の提供体制を構築する必要があるとして「総合確保方針」の見直し案を討議し、承認された。この中で、入院医療については、令和7年に向けて地域医療構想を推進して、さらに医療機能の分化・連携を進めることで「地域完結型」の医療・介護提供体制の構築を目指す。また、外来医療・在宅医療については、外来機能報告制度を用いて紹介受診重点医療機関の明確化を図り、かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行っていくことが重要としている。厚生労働省は新たな「総合確保方針」を、今年度内に告示する見通し。(参考)第19回医療介護総合確保促進会議(厚労省)医療と介護の総合確保方針、改定案を大筋了承 3月中に告示、厚労省(CB news)医療・介護計画の上位指針となる総合確保方針を見直し!2025年から先を見据え「柔軟なサービス提供」目指す!-医療介護総合確保促進会議(Gem Med)厚労省、介護事業者の協働化・大規模化を推進 事業計画の指針に明記(JOINT)2.医療情報システムをサイバー犯罪から守れ、ガイドライン改定へ/厚労省厚生労働省は第14回健康・医療・介護情報利活用検討会医療等情報利活用ワーキンググループを持ち回りで開催し、昨年4月に改定した医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第6版の骨子案を示した。昨年、発生した大阪急性期・総合医療センターや徳島県つるぎ町立半田病院へのサイバー攻撃事件をきっかけに厚生労働省は医療機関に対して、医療機関へのサイバー攻撃に対してセキュリティー対策を呼びかけている。また、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第6.0版」に対するパブリックコメントの募集を開始しており(締切は2023年3月7日)、募集を経て4月には公表したいとしている。なお、厚生労働省は、医療法を改正しており、令和5年4月より医療法第25条第1項の規定にされている立入調査の実施の際は、病院、診療所の管理者がサイバーセキュリティの確保を講じているかを確認するとしている。(参考)「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第6.0版」の骨子(案)について〔概要〕(厚労省)「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第6.0版」の骨子(案)に関する御意見の募集について(同)セキュリティー対策、役割ごとに整理 安全管理指針(CB news)3.マイナ保険証を持たない人に1年有効の「資格確認書」を発行へ/デジタル庁デジタル庁は2月17日に「マイナンバーカードと健康保険証の一体化に関する検討会」を開き、中間とりまとめを発表した。来年の秋に、従来の健康保険証が原則廃止となるため「マイナ保険証」を持たない人に対して、無料で有効期間1年の「資格確認書」を発行するとともに「更新も可能」となる見込み。また、マイナンバーカードの取得についても、交付申請者が庁舎などに出向くことが困難な人については診断書、障害者手帳などを用いて、柔軟に代理交付の仕組みを活用することで交付をスムーズに行えるように自治体向けに指導するとした。このほか、マイナカードの紛失など緊急時には最短で5日で発行できる体制を作ることとした。(参考)マイナンバーカードと健康保険証の一体化に関する検討会 中間とりまとめ(デジタル庁)マイナンバーカード、再発行最短5日で 24年秋までに(日経新聞)マイナカード最短5日で発行へ、保険証廃止で政府が中間取りまとめ(朝日新聞)4.新型コロナウイルス接触確認アプリの開発、不備を認める/デジタル庁厚生労働省とデジタル庁は、昨年11月に機能を停止した新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」の取組に関する総括報告書をまとめて、公表した。同アプリは、陽性者と接触した可能性を利用者に伝え、検査や保健所のサポートを早く受けることで、感染拡大の防止が期待されていたが、Android端末で接触通知が到達していないなどの不具合が発覚した。原因には、アプリの開発や運用などで体制の整備が十分でなかったことなどが指摘されており、さらにアプリの効果を検証できないなどの課題があった。デジタル庁は、将来のパンデミックに備えて、今後のアプリ開発などに活用していく方針であるとした。(参考)新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)の取組に関する総括報告書(デジタル庁)河野デジタル相、「COCOA」開発不備認める…「政治のリーダーシップが欠如していた」(読売新聞)接触確認アプリ「COCOA」“課題あった” デジタル庁など報告書(NHK)5.入院患者への暴行で、精神病院に立ち入り検査/東京都2月14日に入院患者への暴行が行われたとして、東京都八王子市にある精神病院の滝山病院(288床)の看護師の男性職員が逮捕された。これまでも入院患者に対して、違法な身体拘束が行われているとして関係者から告発があり、翌日、警察は病院を家宅捜索した。また、厚生労働省は東京都に対して立ち入り調査を行うよう指導した。事件に対して、加藤厚生労働大臣は記者会見で「精神科病院での患者に対する虐待など人権侵害はあってはならない」とし、来年の4月に改正される精神保健福祉法では、精神科病院で虐待を発見した場合に都道府県などへの通報を義務付けられており、今後、指導していくことを明らかにしている。(参考)精神科病院 看護師逮捕“虐待疑われる場合 行政指導”厚労相(NHK)東京 八王子の精神科病院“少なくとも10人以上が虐待”弁護士(同)小池都知事「今後も立ち入り検査」 八王子の精神科病院患者暴行事件(産経新聞)精神科の入院患者に暴行か 看護師の男逮捕-警視庁(時事通信)6.「サル痘」の名称を「エムポックス」に変更へ/厚労省厚生労働省は、2月17日に天然痘に似た感染症「サル痘」の名称を、世界保健機関(WHO)が2022年11月28日に“mpox”の使用を推奨することを公表したため、これに従って「エムポックス」に変更する方針を決めた。サル痘は2022年5月以降、国際的に市中感染が拡大しており(110ヵ国・8万人以上)、2023年2月16日時点で国内でも20例の症例が確認されているが死者はなく、海外でも感染者の多くは軽症で回復している。(参考)サル痘の名称変更について(厚労省)「サル痘」を「エムポックス」に変更へ 厚生労働省(NHK)サル痘の名称、「エムポックス」に WHO推奨で変更へ(日経新聞)サル痘の名称を「エムポックス」に…厚労省が変更方針(読売新聞)

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映画「ラン」(後編)【子どもを病気にさせたがるのが人ごとではないわけは?(育児中毒)】Part 2

育児中毒が気付かれにくいわけは?育児中毒の特徴とは、乳幼児期に発達に問題がある子にさせたがる、児童思春期に能力に問題がある子にさせたがる、成人期以降に生き方に問題がある子にさせたがることであることがわかりました。育児中毒は、必要とされることを必要とする、依存されることに依存する点で、親子関係における共依存とも言い換えられます。共依存の異常性は、夫婦関係においては比較的気付かれやすいです。一方で、親子関係においてはよくあることとされて見逃されています。なお、男女関係の共依存の詳細については、関連記事8をご覧ください。また、育児中毒の親を、子供の視点から言い換えたものがいわゆる毒親です。毒親の詳細については、関連記事9をご覧ください。ちなみに、育児中毒が「ちゃんとやってあげたい(そばにいたい)」という「母性」の暴走だとすれば、「ちゃんとやりなさい」という「父性」の暴走が正義中毒と言えるでしょう。実際に、正義中毒は逆に男性に多いようです。見守り(育児)を発揮するか、見張り(正義)を発揮するかという点で対照的です。しかし、お世話や正しさにとらわれ、見守りや見張りという手段が目的化してしまい、相手(社会)に悪影響を与えている点では共通しています。なお、正義中毒の詳細については、関連記事10をご覧ください。育児中毒にどうすればいいの?それでは、育児中毒にどうすればいいでしょうか? 再びダイアンを通して、その社会的な対策を大きく3つ挙げてみましょう。(1)ケアする人を1人にしないダイアンはひとり親であったため、育児のやり方をすべて自分1人で決めることができました。もしもダイアンに夫がいて一緒に育児をしていたら、彼女はここまでおかしくならなかったかもしれません。1つ目の社会的な対策は、ケアする人を1人にしないよう啓発することです。1人になってしまうと、やり方がどんどん独りよがりになっていきます。これは、虐待のリスクでもあります。この点で、たとえ夫(または妻)がいたとしても、その人が育児を一緒にやろうとしなかったり、その人に「私の子育てに口出ししないで」と言って育児を一緒にさせないようにすることも危ういと言えるでしょう。(2)ケアすることを1つにしないダイアンは、働きに出ることもなく、家でほとんどクロエにつきっきりでした。もしもダイアンが働きに出ていたりボランティア活動をしたりペットを飼っていたら、彼女はここまでおかしくならなかったかもしれません。2つ目の社会的な対策は、ケアすることを1つにしないよう啓発することです。1つにしてしまうと、その1つにエネルギーを注げますが、その1つがなくなった時(またはなくなりそうな時)、そのエネルギーの行き場がなくなります。この点で、親の介護が親の死によって終わりを迎えた時や仕事人間が定年退職した場合も危ういと言えるでしょう。(3)自分のためにケアしないダイアンは、クロエのためではなく、自分のために育児をしていました。もしもダイアンがクロエのためにどうしたらいいかという視点に最初から立てていたら、彼女はここまでおかしくならなかったかもしれません。3つ目の社会的な対策は、自分のためにケアしないよう啓発することです。自分が満足するためにケアしてあげていると、それが必ずしも相手のためにならなくなります。この点で、先ほどにも触れたひきこもりや子連れ出戻りの場合も危ういと言えるでしょう。育児中毒の「解毒」とは?ダイアンは、瀕死のクロエを病院から無理やり連れ出そうとするなか、クロエはもともと歩けなかったのに、車椅子から踏ん張って立ち上がろうとします。親がいなくても生きていこうとすることを示す象徴的なシーンであり、まさにタイトルの「RUN/ラン」する(逃げ出す)瞬間です。ラストシーンでは、ダイアンは「あること」(ネタバレ防止のため伏せます)によって放心状態になっています。これは、その「あること」以外に、クロエが自分から離れていってしまい、空の巣症候群になってしまっているのを象徴しているようにも見えます。つまり、アルコール依存症の人が身近にアルコールがないようにすることで回復するのと同じように、この育児中毒は子供が親から自立して身近にいなくなることで「解毒」されていくと言えるのではないでしょうか?1)特集「うそと脳」P1576:臨床精神医学、アークメディア、2009年11月号2)うその心理学P77:こころの科学、日本評論社、20113)親の手で病気にされる子供たちP156:南部さおり、学芸みらい社、20214)シックンド 病気にされ続けたジュリー:ジュリー・グレゴリー、竹書房文庫、2004<< 前のページへ■関連記事映画「二つの真実、三つの嘘」(前編)【なんで病気になりたがるの? 実はよくある訳は?(同情中毒)】Part 1美女と野獣【実はモラハラしていた!? なぜされるの?どうすれば?(従う心理)】サイレント・プア【ひきこもり】ペコロスの母に会いに行く【認知症】カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 1だめんず・うぉ~か~【共依存】八日目の蝉【なぜ人を好きになれないの?毒親だったから!?どうすれば良いの?(好きの心理)】苦情殺到!桃太郎(前編)【なんでバッシングするの?どうすれば?(正義中毒)】Part 1

20.

映画「ラン」(前編)【なんで子どもを病気にさせたがるの?(代理ミュンヒハウゼン症候群)】Part 1

今回のキーワードミュンヒハウゼン症候群同情中毒承認中毒育児中毒罪悪感(社会脳)心の距離感(バウンダリー)皆さんは、自分の子供を病気にさせたいですか? 「そんなことありえない」と思いますよね。しかし、世の中には、症状をねつ造してまで自分の子供を病気にさせたがる人がいます。それは、代理ミュンヒハウゼン症候群と呼ばれる子供虐待です。関連記事1で紹介した「病気になりたがる人」、ミュンヒハウゼン症候群の代理バージョンです。今回は、代理ミュンヒハウゼン症候群をテーマに、サイコスリラー映画「RUN/ラン」を取り上げ、子供を病気にさせたがる心理やその要因を掘り下げます。なお、ミュンヒハウゼン症候群の詳細については、関連記事1をご覧ください。何が最初からおかしい?主人公は、高校生のクロエとその母親のダイアン。クロエは、早産で生まれたことで、もともと下半身の麻痺があり、車いす生活をしています。また、不整脈、喘息、糖尿病があり、さらに鉄過剰症に伴う発疹や嘔吐が見られ、たくさんの薬を飲んでいます。母親のダイアンは、働きに出ることもなく、そんな一人娘のクロエのお世話を家で熱心にしています。父親はおらず、家計をどうやって成り立たせているかは不明ですが、経済的には不自由はないようです。しかし、ストーリーが進むにつれて、実は最初からおかしな点があることに、私たちはだんだんと気付かされます。主に3つ挙げてみましょう。(1)クロエの部屋が1階ではない1つ目のおかしな点は、クロエの部屋が1階ではないことです。確かに、子供部屋は一軒家の2階にあることが多いです。しかし、車いす生活をしているのなら、必然的に1階になるのが合理的です。クロエの部屋が2階にあるため、階段にわざわざ電動の昇降機まで設置しています。つまり、クロエは、部屋が2階にあることによって、物理的に行動範囲が制限されていることがわかります。(2)クロエは学校に行っていない2つ目のおかしな点は、クロエは学校に行っていないことです。確かに、彼女は科学好きであることから、ホームスクーリングによって、自宅で十分な教育を受けてきたことはわかります。スクールバスは、車いすに対応していないという事情があることもわかります。しかし、母親が学校までの送り迎えをしても良いはずです。または、アメリカの高校生は車での通学も可能であることから、クロエが障害者として車の免許を取ることもできるはずです。なぜなら、学校は、単に勉強するところではなく、友達との人間関係を通して社会性を育むところでもあるからです。この映画の前半は、この2人のやり取りが家でずっと続く展開で、見ている私たちはだんだんと息苦しくなります。つまり、クロエは、学校に行っていないことによって、人間関係が制限されていることがわかります。(3)手紙を直接受け取れない3つ目のおかしな点は、手紙を直接受け取れないことです。確かに、車いすに乗っているため、手紙を受け取るために車いすで玄関先に出ることは手間がかかります。しかし、クロエは大学の合否通知を待っているタイミングであり、本来は配達員が来たら本人に受け取らせてあげても良いはずです。それなのに、必ず母親が先に受け取ります。そして、「手紙が来ても開けないわよ」とわざわざ言うのです。また、自宅の電話機は、母親の部屋にあり、クロエが使うにはわざわざ母親の部屋に入る必要があります。母親は携帯電話を持っていますが、もちろんクロエは持っていません。パソコンは1階にありますが、調べ物をする時は、母親の目があります。つまり、クロエは、手紙が直接受け取れないなどによって、外部との情報のアクセスが制限されていることがわかります。次のページへ >>

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