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悪性腸腰筋症候群について【非専門医のための緩和ケアTips】第95回

悪性腸腰筋症候群について私にとって「難治性がん疼痛」といったら、まず想起するのが「悪性腸腰筋症候群」です。聞いたことがない方も多いかもしれませんが、決して珍しいものではないので、この機会に一緒に学んでいきましょう。今回の質問以前に担当していた患者さん。腸腰筋に転移があり、股関節をまったく伸展できない状態でした。オピオイドを増量しても眠るばかりで、痛みが軽減した様子はありません。あまり聞いたことのない転移ですが、どういった対応ができますか?質問にあるような「股関節を伸展できない痛み」というのが、この腸腰筋症候群の特徴的症状です。腸腰筋とは小腰筋、大腰筋、腸骨筋からなる筋肉の総称で、股関節の運動に関わります。有名なのは虫垂炎の腸腰筋兆候ですね。これは虫垂の炎症が腸腰筋に及ぶと、股関節を伸展させたときに伸ばされる腸腰筋に痛みが生じる徴候です。これと同じ原理で、腸腰筋に悪性腫瘍が浸潤することで痛みが生じ、これを悪性腸腰筋症候群と呼びます。この悪性腸腰筋症候群は難治性がん疼痛となることが知られています。これは腸腰筋自体に悪性腫瘍が浸潤することで生じる侵害受容性疼痛だけでなく、神経障害性疼痛を併発することが関連します。神経障害性疼痛はオピオイドの効果が発揮しにくいタイプの痛みでしたね。私は子宮頸がんが腸腰筋に転移した若年女性の患者を担当し、その痛みのコントロールに非常に難渋した経験があります。彼女は股関節を伸展させることができず、股関節を屈曲させたままベッドの上で痛みにうなされていました。オピオイドはもちろん、さまざまな鎮痛補助薬を用いたのですが、まったく痛みの軽減ができませんでした。幸いこの方は放射線治療が効果を発揮し、独歩可能な状態で退院することができました。私はこのケースで症例報告を書きました。悪性腸腰筋症候群はCTなどで腸腰筋への転移が認められ、症状が矛盾しなければ診断自体は難しくありません。まずは非オピオイド鎮痛薬とオピオイドを用いながら、鎮痛補助薬を追加します。痛みの原因として腸腰筋の攣縮が関与しているとされ、ジアゼパムやバクロフェンなどの筋弛緩作用のある薬剤が有効だったという報告もあります。ただ、私が今、過去に経験した腸腰筋症候群に対応するとしたら、確実に神経ブロックを勧めるでしょう。その当時、私の施設では神経ブロックの体制がなかったので薬物療法と放射線治療のみを実施しました。非常に痛みが強い中での放射線治療だったため、鎮静を要しました。放射線治療室は鎮静をしながら行うことを想定しておらず、安全の観点からあまり望ましくありません。幸い放射線治療が有効でしたが、体制が整っていれば、薬物療法で鎮痛を試みながら麻酔科に神経ブロックを依頼し、痛みを和らげたあと、安全に放射線治療が実施できるよう試みることでしょう。いずれにせよ、悪性腸腰筋症候群に対するアプローチに確立されたものはありません。緩和ケアの専門家であれば一度は経験したことのある徴候ですので、地域の専門家に相談しながら対応することをお勧めします。今回のTips今回のTips悪性腸腰筋症候群は、まれに遭遇する難治性がん疼痛を来す症候群。専門家に相談しながら対応を。

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尿路感染を起こしやすいリスクファクターへの介入【とことん極める!腎盂腎炎】第12回

尿路感染を起こしやすいリスクファクターへの介入Teaching point(1)急性期治療のみではなく前立腺肥大や神経因性膀胱などによる複雑性尿路感染症の原因にアプローチできるようになる(2)排尿障害を来す薬剤を把握し内服調整できるようになる《症例1》72歳、男性。発熱を主訴に救急外来を受診し、急性腎盂腎炎の診断で入院となった。抗菌薬加療で経過良好、尿培養で感受性良好な大腸菌が同定されたため経口スイッチし退院の日取りを計画していた。チームカンファレンスで再発予防のアセスメントについて指導医から質問された。《症例2》66歳、男性。下腹部痛、尿意切迫感を主訴に救急外来を受診した。腹部超音波検査で膀胱内尿貯留著明であり、導尿で800mL程度の排尿を認めた。前立腺肥大による尿閉を考えバルーン留置で帰宅、泌尿器科受診の方針としていた。今回急に尿閉に至った原因がないのか追加で問診するように指導医から提案された。はじめに腎盂腎炎を繰り返す場合や男性の尿路感染症では背景疾患の検索、治療が再発予防に重要である。本項では前立腺肥大や神経因性膀胱についての対応、排尿障害を来す薬剤についてまとめる。まず、排尿障害と治療を理解するために、前立腺と膀胱に関与する酵素と受容体、その作用について図に示す。排尿筋は副交感神経によるコリン刺激で収縮、尿道括約筋にはα1受容体が分布しており、α1刺激で収縮する。また、β3受容体も分布しておりβ3刺激で弛緩する。β3受容体は膀胱の平滑筋細胞にも広く分布しており、β3刺激で膀胱を弛緩させる。図 前立腺と膀胱に関与する酵素と受容体画像を拡大する1.前立腺肥大男性は解剖学的に尿路感染症を起こしにくいが、60歳以上から大幅に増加し女性と頻度が変わらなくなる。これは前立腺肥大の有病率の増加が大きく影響する1)。肥大していても症状を自覚していないこともあるので注意しよう。症状は国際前立腺症状スコア(IPSS)とQOLスコアを使用し聴取する2)。薬物療法として推奨グレードA2)であるα1遮断薬、5α還元酵素阻害薬とPDE5阻害薬を処方例とともに表1で解説する。生活指導(多飲・コーヒー・アルコールを含む水分を控える、膀胱訓練・促し排尿、刺激性食物の制限、排尿障害を来す薬情提供、排便コントロール、適度な運動、長時間の坐位や下半身の冷えを避ける)も症状改善に有効である2)。2.神経因性膀胱神経因性膀胱では、上流の原因検索と排尿機能廃絶のレッテルを早期に貼らないことが大事な2点であると筆者は考える。中枢神経障害(脳血管障害、脊髄疾患、神経変性疾患など)、末梢神経障害(骨盤内手術による直接的障害、帯状疱疹などの感染症や糖尿病性ニューロパチー)で分けて考える。機能からも、蓄尿機能と排尿機能のどちらに障害を来しているのか評価するが、両者を合併することも多い。薬物治療は蓄尿障害であれば抗コリン薬などが用いられ、排尿障害であればコリン作動薬やα1受容体遮断薬が用いられる(表1)。 表1 前立腺肥大症治療薬、神経因性膀胱治療薬の特徴と処方例画像を拡大する薬剤で奏功しない場合でも、尿道バルーンカテーテル留置はQOLの低下や感染リスクを伴うことから、間欠的自己導尿が対応可能か考慮しよう。臥位では腹圧をかけにくいため排尿姿勢の確認も大切である。急性期の状態を脱し、全身状態、ADLの改善とともに排泄機能も改善するため、看護師やリハビリを含めた多職種で協力して経時的に評価を行っていくことを忘れてはならない。看護記録の「自尿なし」という記載のみで排尿機能廃絶というレッテルを貼らないようにしよう。3.薬剤による排尿障害薬剤も排尿障害の原因となり、尿閉の原因の2~10%程度といわれている6,7)。抗コリン作用のある薬剤、α刺激のある薬剤、β遮断作用のある薬剤で尿閉が生じる。プロスタグランジンも排尿筋の収縮を促すため、合成を阻害するNSAIDsも原因となる8)。カルシウム拮抗薬も排尿筋弛緩により尿閉を来す。過活動性膀胱に対して使用されるβ3作動薬のミラベグロンで排尿障害となり尿路感染症の原因となる例もしばしば経験する。急性尿閉の原因がかぜ薬であったというケースは読者のみなさんも経験があるだろう。総合感冒薬には第1世代抗ヒスタミン薬やプソイドエフェドリンが含まれるものがあり、かぜに対して安易に処方された薬剤の結果で尿閉を来してしまうのである。排尿障害の原因検索という観点と自身の処方薬で排尿障害を起こさないためにも排尿障害を起こし得る薬剤(表2)9)を知っておこう。表2 排尿障害を来す薬剤リスト画像を拡大する《症例1(その後)》担当看護師に夜の様子を確認すると夜間頻尿があり排尿のために数回目覚めていた。IPSSを評価したところ16点、前立腺体積は42mLで中等症の前立腺肥大症が疑われた。退院後外来で泌尿器科を受診し前立腺肥大症と診断、タムスロシン処方開始となり夜間頻尿は改善し尿路感染症の再発も認めなかった。《症例2(その後)》追加問診で1週間前に感冒のため市販の総合感冒薬を内服していたことが判明した。抗ヒスタミン薬が含まれており抗コリン作用による薬剤性の急性尿閉と考えられた。感冒は改善しており薬剤の中止、バルーン留置し翌日の泌尿器科を受診した。前立腺肥大症が背景にあることが判明したが、内服中止後はバルーンを抜去しても自尿が得られたとのことであった。1)Sarma AV, Wei JT. N Engl J Med. 2012;367:248-257.2)日本泌尿器科学会 編. 男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン リッチヒルメディカル;2017.3)Fisher E, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2014;2014:CD006744.4)National Institute for health and care excellence. Lower urinary tract symptoms in men:management. 2010.5)Tsukamoto T, et al. Int J Urol. 2009;16:745-750.6)Tesfaye S, et al. N Engl J Med. 2005;352:341-350.7)Choong S, Emberton M. BJU Int. 2000;85:186-201.8)Verhamme KM, et al. Drug Saf. 2008;31:373-388.9)Barrisford GW, Steele GS. Acute urinary retention. UpToDate.(最終閲覧日:2021年)

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ベンゾジアゼピン系薬剤は認知症リスクを上げるか

 ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が認知症リスクを増加させる可能性は低いが、脳の構造に長期にわたってかすかな影響を及ぼす可能性のあることが、新たな研究で報告された。認知機能の正常なオランダの成人5,400人以上を対象にしたこの研究では、同薬剤の使用と認知症リスクの増加との間に関連性は認められなかったという。研究グループは、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用による認知症リスクの増加を報告した過去の2件のメタアナリシスとは逆の結果であると述べている。エラスムス大学医療センター(オランダ)のFrank Wolters氏らによるこの研究の詳細は、「BMC Medicine」に7月2日掲載された。 ベンゾジアゼピン系薬剤は、脳の活動を抑制する神経伝達物質GABAの放出を促進して神経系の活動を低下させる薬剤で、催眠作用、抗不安作用、抗けいれん作用、筋弛緩作用を有する。今回の研究では、オランダの成人5,443人(平均年齢70.6歳、女性57.4%)を対象に、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が認知機能にもたらす長期的な影響について検討した。Wolters氏らは、1991年からベースライン(2005〜2008年)までの調剤薬に関する記録を調べ、また、処方されたベンゾジアゼピン系薬剤が抗不安薬であるか鎮静催眠薬であるのかも確認した。さらに、脳MRI検査を繰り返し受けていた4,836人を対象に、神経変性マーカーとベンゾジアゼピン系薬剤の使用との関連も検討した。 5,443人のうち2,697人(49.5%)が、ベースライン以前の15年間のいずれかの時点でベンゾジアゼピン系薬剤を使用していた(1,263人〔46.8%〕は抗不安薬、530人〔19.7%〕は鎮静催眠薬、904人〔33.5%〕はその両方を使用)。平均11.2年に及ぶ追跡期間中に726人(13.3%)が認知症を発症していた。 解析の結果、累積用量にかかわりなく、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用により、使用しない場合と比べて認知症の発症リスクは有意に増加しないことが示された(ハザード比1.06、95%信頼区間0.90〜1.25)。種類別に見ると、同リスクは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用の方がベンゾジアゼピン系鎮静催眠薬の使用よりも幾分か高かったが、いずれも統計学的に有意ではなかった(抗不安薬:同1.17、0.96〜1.41、鎮静催眠薬:同0.92、0.70〜1.21)。 一方、脳MRI画像の検討からは、ベンゾジアゼピン系薬剤の現在の使用は、横断的には海馬、扁桃体、視床の体積の減少(萎縮)、縦断的には海馬の加速度的な萎縮、および海馬ほどではないが扁桃体の萎縮と有意に関連することが示された。 こうした結果を受けてWolters氏らは、「これらの結果は、ベンゾジアゼピン系薬剤の長期処方に注意を促す現在のガイドラインを支持するものだ」と結論付けている。 研究グループは、「ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が脳の健康に及ぼす潜在的影響について調査するためには、さらなる研究が必要だ」と話している。

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第205回 アドレナリンを「打てない、打たない」医者たちを減らすには(後編) 「ここで使わなきゃいけない」というタイミングで適切に使えていないケースがある

インタビュー: 海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)昨年11月8日掲載の、本連載「第186回 エピペンを打てない、打たない医師たち……愛西市コロナワクチン投与事故で感じた、地域の“かかりつけ医”たちの医学知識、診療レベルに対する不安」は、2023年に公開されたケアネットのコンテンツの中で最も読まれた記事でした。同記事が読まれた理由の一つには、この事故を他人事とは思えなかった医師が少なからずいたためと考えられます。そこで、前回に引き続き、この記事に関連して行った、日本アレルギー学会理事長である海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)へのインタビューを掲載します。愛西市コロナワクチン投与事故の背景には何があったと考えられるのか、「エピペンを打てない、打たない医師たち」はなぜ存在するのか、「アナフィラキシーガイドライン2022」のポイントなどについて、海老澤氏にお聞きしました。(聞き手:萬田 桃)造影剤、抗がん剤、抗生物質製剤などなんでも起こり得る(前回からの続き)――「薬剤の場合にこうした呼吸器症状、循環器症状単独のアナフィラキシーが起こりやすく、かつ症状が進行するスピードも早い」とのことですが、どういった薬剤で起こりやすいですか。海老澤造影剤、抗がん剤、抗生物質製剤などなんでも起こり得ます。とくにIV (静脈注射)のケースでよく起こり得るので、呼吸器単独でも起こり得るという知識がないとアナフィラキシーを見逃し、アドレナリンの筋注の遅れにつながります。ちなみに、2015年10月1日〜17年9月30日の2年間に、医療事故調査・支援センターに報告された院内調査結果報告書476件のうち、死因をアナフィラキシーと確定または推定したのは12例で、誘引はすべて注射剤でした。造影剤4例、抗生物質製剤4例、筋弛緩剤2例などとなっていました。――病院でも死亡例があるのですね。海老澤IV(静脈注射)で起きたときは症状の進行がとても速く、時間的な余裕があまりないケースが多いです。また、心臓カテーテルで造影剤を投与している場合は動脈なので、もっと速い。薬剤ではないですが、ハチに刺されたときのアナフィラキシーも比較的進行が速いです。こうしたケースで致死的なアナフィラキシーが起こりやすいのです。2001~20年の厚労省の人口動態統計では、アナフィラキシーショックの死亡例は1,161例で、一番多かったのは医薬品で452例、次いでハチによる刺傷、いわゆるハチ毒で371例、3番目が食品で49例でした。そして、そもそもアナフィラキシーを見逃すことは致命的ですが、対応しても手遅れとなってしまうケースもあります。病院の救急部門などで治療する医師の中には、「ルートを取ってまず抗ヒスタミン薬やステロイドで様子を見よう」という方がまだいるようです。しかし、その過程で「ここでアドレナリンを使わなきゃいけない」というタイミングで適切に使えていないケースがあるのです。先程の死亡例の中にもそうしたケースがあります。点滴静注した後の経過観察が重要――いつでもどこでも起き得るということですね。医療機関として準備しておくことは。海老澤大規模な医療機関ではどこでもそうなっていると思いますが、たとえば当院では、アドレナリン注シリンジは病棟、外来、検査室、処置室などすべてに置いてあります。ただ、アドレナリンだけで軽快しないケースもあるので、その後の体制についても整えておく必要があります。加えて重要なのは、薬剤を点滴静注した後の経過観察です。抗がん剤、抗生物質、輸血などは処置後の10分、20分、30分という経過観察が重要なので、そこは怠らないようにしないといけません。ただ、処方薬の場合、自宅などで服用してアナフィラキシーが起こることになります。たとえば、NSAIDs過敏症の方がNSAIDを間違って服用するとアナフィラキシーが起こり、不幸な転帰となる場合があります。そうした点は、事前の患者さんや家族からのヒアリングに加えて、歯科も含めて医療機関間で患者さんの医療情報を共有することが今後の課題だと言えます。抗ヒスタミン薬とステロイド薬で何とか対応できると考えている医師も一定数いる――先ほど、「僕らの世代から上の医師だと、“心肺蘇生に使う薬”というイメージを抱いている方がまだまだ多い」と話されましたが、アナフィラキシーの場合、「最初からアドレナリン」が定着しているわけでもないのですね。海老澤アナフィラキシーという診断を下したらアドレナリン使っていくべきですが、たとえば皮膚粘膜の症状だけが最初に出てきたりすると、抗ヒスタミン薬をまず使って様子を見る、ということは私たちも時々やることです。もちろん、アドレナリンをきちんと用意したうえでのことですが。一方で、抗ヒスタミン薬とステロイド薬でアナフィラキシーを何とか対応できると考えている医師も、一定数いることは事実です。ルートを確保して、抗ヒスタミン薬とステロイド薬を投与して、なんとか治まったという経験があったりすると、すぐにアドレナリン打とうとは考えないかもしれません。PMDAの事例などを見ると、アナフィラキシーを起こした後、死亡に至るというのは数%程度です。そういった数字からも「すぐにアドレナリン」とならないのかもしれません。アナフィラキシーやアレルギーの診療に慣れている医師だと、「これはアドレナリンを打ったほうが患者さんは楽になるな」と判断して打っています。すごくきつい腹痛とか、皮膚症状が出て呼吸も苦しくなってきている時に打つと、すっと落ち着いていきますから。打てない、打たない医者たちを減らしていくには――打つタイミングで注意すべき点は。海老澤血圧が下がり始める前の段階で使わないと、1回で効果が出ないことがよくあります。「血圧がまだ下がってないからまだ打たない」と考える人もいますが、本来ならば血圧が下がる前にアドレナリンを使うべきだと思います。――「打ち切れない」ということでは、食物アレルギーの患者さんが所持している「エピペン」についても同様のことが指摘されていますね。海老澤文科省の2022年度「アレルギー疾患に関する調査」1)によれば、学校で子供がアナフィラキシーを発症した場合、学校職員がエピペン打ったというのは28.5%に留まっていました。一番多かったのは救急救命士で31.9%、自己注射は23.7%でした。やはり、打つのをためらうという状況は依然としてあるので、そのあたりの啓発、トレーニングはこれからも重要だと考えます。――教師など学校職員もそうですが、今回の事件で浮き彫りになった、アドレナリンを「打てない」「打たない」医師たちを減らしていくにはどうしたらいいでしょうか。海老澤エピペン注射液を患者に処方するには登録が必要なのですが、今回、コロナワクチンの接種を契機にその登録数が増えたと聞いています。登録医はeラーニングなどで事前にその効能・効果や打ち方などを学ぶわけですが、そうした医師が増えてくれば、自らもアドレナリン筋注を躊躇しなくなっていくのではないでしょうか。立位ではなく仰臥位にして、急に立ち上がったり座ったりする動作を行わない――最後に、2022年に改訂した「アナフィラキシーガイドライン」のポイントについて、改めてお話しいただけますか。海老澤診断基準の2番目で、「典型的な皮膚症状を伴わなくてもいきなり単独で血圧が下がる」、「単独で呼吸器系の症状が出る」といったことが起こると明文化した点です。食物によるアナフィラキシーは一番頻度が高いのですが、9割方、皮膚や粘膜に症状が出ます。多くの医師はそういったイメージを持っていると思いますが、ワクチンを含めて、薬物を注射などで投与する場合、循環器系や呼吸器系の症状がいきなり現れることがあるので注意が必要です。――初期対応における注意点はありますか。海老澤ガイドラインにも記載してあるのですが、診療経験のない医師や、学校職員など一般の人がアナフィラキシーの患者に対応する際に注意していただきたいポイントの一つは「患者さんの体位」です。アナフィラキシー発症時には体位変換をきっかけに急変する可能性があります。明らかな血圧低下が認められない状態でも、原則として立位ではなく仰臥位にして、急に立ち上がったり座ったりする動作を行わないことが重要です。2012年に東京・調布市の小学校で女子児童が給食に含まれていた食物のアレルギーによるアナフィラキシーで死亡するという事故がありました。このときの容態急変のきっかけは、トイレに行きたいと言った児童を養護教諭がおぶってトイレに連れて行ったことでした。トイレで心肺停止に陥り、その状況でエピペンもAEDも使用されましたが奏効しませんでした2)。アナフィラキシーを起こして血圧が下がっている時に、急激に患者を立位や座位にすると、心室内や大動脈に十分に血液が充満していない”空”の状態に陥ります。こうした状態でアドレナリンを投与しても、心臓は空打ちとなり、心拍出量の低下や心室細動など不整脈の誘発をもたらし、最悪、いきなり心停止ということも起きます。――そもそも動かしてはいけないわけですね。海老澤はい。ですから、仰臥位で安静にしていることが非常に重要です。とにかく医療機関に運び込めば、ほとんどと言っていいほど助けられますから。アナフィラキシーは症状がどんどん進んで状態が悪化していきます。そうした進行をまず現場で少しでも遅らせることができるのが、アドレナリン筋注なのです。(2024年1月23日収録)参考1)令和4年度アレルギー疾患に関する調査報告書/日本学校保健会2)調布市立学校児童死亡事故検証結果報告書概要版/文部科学省

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最新の制吐療法、何が変わった?「制吐薬適正使用ガイドライン」改訂

 『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版』が発刊された。本書は2015年10月【第2版】(Web最新版ver.2.2)を全面改訂したもので、書籍としては8年ぶりの改訂となる。悪心・嘔吐治療の基本は“過不足ない適切な発現予防を目指す”ことであることから、制吐薬適正使用ガイドライン第3版では、がん薬物療法の催吐性リスクに応じた適切な最新の制吐療法を提示するのはもちろん、有用性が明確ではないまま行われている非薬物療法のエビデンスに基づいた評価、患者サポートとして医療現場で行うべき制吐対応などにも焦点が当てられている。今回、ガイドライン改訂ワーキンググループ委員長の青儀 健二郎氏(四国がんセンター乳腺外科 臨床研究推進部長)に主な制吐薬適正使用ガイドライン改訂ポイントについて話を聞いた。制吐薬適正使用ガイドライン改訂で用法・用量を図式化 まず、『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版』は8つの章で構成されている。第I章のガイドライン概要にはアルゴリズム、用法・用量を図式化したダイアグラムが明記され(p.18)、第II章の総論では各種抗がん薬の催吐性リスク分類を掲載(p.29~35)。これらを組み合わせれば、患者のレジメンに応じた制吐対策が誰でも確認可能なのが一つの特徴である。なお、悪心・嘔吐の発現時期や状態の定義は以下のとおり制吐薬適正使用ガイドライン前版からの変更はない。<悪心・嘔吐の定義>・急性期悪心・嘔吐:抗がん薬投与開始後24時間以内に発現する悪心・嘔吐・遅発期悪心・嘔吐:抗がん薬投与開始後24~120時間(2~5日目)程度持続する悪心・嘔吐・突出性悪心・嘔吐:制吐薬の予防的投与にもかかわらず発現する悪心・嘔吐・予期性悪心・嘔吐:抗がん薬のことを考えるだけで誘発される悪心・嘔吐*急性期と遅発期を合わせて全期間(抗がん薬投与開始から5日間程度)とする。*抗がん薬投与開始120時間後以降(6日目以降)も持続する超遅発期悪心・嘔吐(beyond delayed nausea and vomiting)も注目されている。制吐薬適正使用ガイドライン改訂にオランザピンの影響力強く 『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版』第III~VII章には推奨やステートメントが盛り込まれており、Clinical Question(CQ)全12項目、Future Research Question(FQ)全3項目、Background Question(BQ)全13項目が設けられている。とくに、適応外使用されていた非定型抗精神病薬オランザピン(商品名:ジプレキサ ほか)が2017年に本邦でのみ「抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)」に対して保険適用となり、急性期・遅発期ともに有効な新たな制吐薬として使用可能になった点、予防的制吐療法としてオランザピン処方が開発された点が制吐薬適正使用ガイドライン改訂に大きな影響を与えている(CQ1、4、5参照)。また、遅発期のデキサメタゾン投与省略のエビデンスが示されたこと(CQ2、6参照)、中等度催吐性リスク抗がん薬に対するNK1受容体拮抗薬の予防的投与について新たなエビデンスが示された(CQ3)。 同氏は「オランザピン投与に際し、傾眠などの副作用を考慮して国内では1日の投与量を5mg(1日量は最大10mg)に設定している。また、糖尿病への投与について、海外では禁忌ではないため糖尿病患者にも注意したうえで処方がなされているが、“国内では禁忌”のため、本書ではオランザピン投与の推奨を国内版にアレンジしている」とし、「この点が国内でのオランザピン処方拡大の足かせになっている」と処方におけるジレンマについても語った。制吐薬適正使用ガイドライン改訂で非薬物療法も記載 続いて『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版』第VI章では、第2版では取り上げなかった非薬物療法による制吐療法にも踏み込み、患者から希望を受けた際にどのような根拠を基に説明するべきか、文献のシステマティックレビューに基づいた具体的な内容が記載されている(CQ10、11参照)。非薬物療法に該当するものとして、以下が挙げられる。・ショウガ   ・鍼      ・経皮的電気刺激   ・指圧   ・運動    ・漸進的筋弛緩 ・ヨガ     ・アロマ       ・食事   ・音楽   ・呼吸     ・患者教育   ・オステオパシー   ・リフレクソロジー  ・マッサージ  ・セルフケア  ・ベッドサイドウェルネス 同氏は「悪心・嘔吐ならびに予期性悪心・嘔吐に対して非薬物療法を併施しないことを弱く推奨する、で合意に至った。これまでの治療の明確化のみならず手広く実臨床でニーズがあるものを拾い集めたうえで議論を重ねた」とコメントした。なお、技法全般を総括すると、鍼治療による悪心抑制(エビデンスの強さ:C[弱])、運動療法による悪心・嘔吐抑制(同:D[非常に弱い])、アロマ療法による悪心抑制(同D[非常に弱い])で有意な効果を認め、制吐薬適正使用ガイドラインにはランダム化比較試験が2編以上抽出された9つの技法について、システマティックレビューのまとめを記載している(p.120~141参照)。制吐薬適正使用ガイドラインの今後の課題は“超遅発期”対応 このほか『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版』第VII章では制吐療法の評価と患者サポート、第VIII章では医療経済評価に触れている。患者サポートの例としては、昨今、世界的にも注目を集めている超遅発期への対応が該当する。超遅発期の悪心・嘔吐は退院後も尾を引き、自宅生活を送るなかで生じるため医療者の目に触れにくく、在宅療養中のためにエビデンス収集できていないのが現状である。「患者の声を受け取りしっかりフォローできるかどうか、看護師を中心にエビデンスを収集し方針を固めた。そして、超遅発期にも応用できる制吐療法を提言していきたい」と同氏は今後の課題にも触れた。一方で、医療経済面においては「日本癌治療学会で行ったアンケート調査によると、制吐療法を手厚く行う施設も散見されるため、ぜひ本書の催吐性リスク分類を参照にしたり、1サイクル目に悪心がなかった患者には2サイクル目から制吐薬を一部減らせるかなどを検討したりしてもよいのではないか」と説明した。 今後の動向として、「ガイドライン発刊前後での診療動向の変化を調査するため、改訂ワーキンググループ主導で本書の普及率に関するWebアンケート調査を行った。来年も調査を行い学会などで報告することで制吐療法の適正使用の啓発に努めていく」と締めくくった。

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4月20日 腰痛ゼロの日【今日は何の日?】

【4月20日 腰痛ゼロの日】〔由来〕「腰(4)痛(2)ゼロ(0)」と読む語呂合わせから「420の会」代表の本坊 隆博氏が制定。腰痛で悩んでいる人をゼロにしたいとの思いが込められており、腰痛に対する対処法、予防法が指導されている。関連コンテンツ外来でできる肩こり・腰痛対策【Dr.デルぽんの診察室観察日記】腰部の痛み【エキスパートが教える痛み診療のコツ】腰痛診療ガイドライン2019発刊、7年ぶりの改訂でのポイントは?慢性腰痛の介入、段階的感覚運動リハビリvs.シャム/JAMA急性腰痛に筋弛緩薬は有効か/BMJ

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急性非特異的腰痛への鎮痛薬を比較~RCT98件のメタ解析/BMJ

 1万5千例以上を対象とした研究が行われてきたにもかかわらず、急性非特異的腰痛に対する鎮痛薬の臨床決定の指針となる質の高いエビデンスは、依然として限られていることを、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学のMichael A. Wewege氏らがシステマティックレビューとネットワークメタ解析の結果、報告した。鎮痛薬は、急性非特異的腰痛に対する一般的な治療であるが、これまでのレビューではプラセボと鎮痛薬の比較で評価されており、鎮痛薬の有効性を比較したエビデンスは限られている。著者は、「臨床医と患者は、鎮痛薬による急性非特異的腰痛の管理に慎重となることが推奨される。質の高い直接比較の無作為化試験が発表されるまで、これ以上のレビューは必要ない」とまとめている。BMJ誌2023年3月22日号掲載の報告。無作為化比較試験98件、1万5千例以上について、ネットワークメタ解析 研究グループは、Medline、PubMed、Embase、CINAHL、CENTRAL、ClinicalTrials.gov、clinicaltrialsregister.eu、World Health Organization's International Clinical Trials Registry Platformを2022年2月20日時点で検索し、急性(6週未満)の非特異的腰痛を有する18歳以上の患者を対象とした鎮痛薬(非ステロイド性抗炎症薬、パラセタモール[アセトアミノフェン]、オピオイド、抗けいれん薬、骨格筋弛緩薬、副腎皮質ステロイド)の無作為化比較試験(他の鎮痛薬、プラセボ、または未治療との比較)を特定した。 主要アウトカムは、治療終了時の腰痛強度(0~100スケール)、安全性(治療期間中のあらゆる有害事象の報告例数)。副次アウトカムは、腰部特異的機能(0~100スケール)、重篤な有害事象、治療中止とした。2人の評価者が独立して試験の特定、データ抽出、およびバイアスリスクの評価を行い、ランダム効果ネットワークメタ解析を実施した。エビデンスの信頼性は、CINeMA(Confidence in Network Meta-Analysis method)を用いて評価した。 無作為化比較試験98件(合計1万5,134例、女性49%)が特定され、69種類の薬剤または組み合わせが解析に組み込まれた(単剤療法42種類、併用療法27種類)。有効性に関するエビデンスの信頼性は「低い」または「非常に低い」 tolperisone(平均群間差:-26.1、95%信頼区間[CI]:-34.0~-18.2)、aceclofenac+チザニジン(-26.1、-38.5~-13.6)、プレガバリン(-24.7、-34.6~-14.7)およびその他の14種類の薬剤は、プラセボと比較して疼痛強度が低下したが、エビデンスの信頼性は「低い」または「非常に低い」であった。同様に、これらの薬剤の一部は有効性に有意差がないことが報告されたが、エビデンスの信頼性は「低い」または「非常に低い」であった。 安全性については、トラマドール(リスク比:2.6、95%CI:1.5~4.5)、パラセタモール+徐放性トラマドール(2.4、1.5~3.8)、バクロフェン(2.3、1.5~3.4)、パラセタモール+トラマドール(2.1、1.3~3.4)が、プラセボと比較して有害事象が増加する可能性があるが、エビデンスの信頼性は「中程度」から「非常に低い」であった。これら4種類の治療には、他の治療と比較して有害事象を増加させる可能性があるというエビデンスの信頼性が「高い」から「非常に低い」データもあった。副次アウトカムおよび薬剤クラスの2次解析でも、エビデンスの信頼性は「中程度」から「低い」ことが示された。

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映画「ラン」(前編)【なんで子どもを病気にさせたがるの?(代理ミュンヒハウゼン症候群)】Part 2

子供を病気にさせたがる心理とは?クロエはある時、些細なことをきっかけに、いつも自分が飲まされている薬が何なのか疑問を抱くようになります。自分で調べようとしますが、母親のダイアンが先回りして、なかなかその薬の正体にたどり着けません。そして、ようやく薬剤師から「犬に飲ませる筋弛緩薬」「人間が飲んだら脚が麻痺するわ」と聞かされるのです。つまり、クロエの病気は、ダイアンによるねつ造であることが判明します。つまり、ダイアンは、代理ミュンヒハウゼン症候群であったということです。なお、この正式な診断名は、作為症(虚偽性障害)です。この診断基準は、以下をご覧ください。ここから、子供を病気にさせたがる心理を大きく3つ挙げてみましょう。(1)同情されたいこの映画の冒頭で、ダイアンが超早産で赤ん坊を産んだことで打ちひしがれ、医療スタッフから見守られるシーンがあります。もちろん、この時、ダイアンは本当に辛い思いをしたのでしょう。同時に、周りからの慰めを心地良く感じてしまい、それに彼女は味をしめてしまったことが考えられます。1つ目の心理は、同情されたいという同情欲求です。もはや同情されることが快感になっている状態です。これが過剰になった状態を、同情中毒として関連記事1で説明しました。ただ、その後にダイアンが同情されるシーンは描かれておらず、彼女に関しては、この欲求はこれから紹介する2つの欲求よりも小さいことがうかがえます。(2)認められたいホームスクーリングを利用する生徒の保護者会で、子供が卒業して家を出ると寂しくなると他の保護者たちが涙ながらに語っていました。そんななか、ダイアンは、退屈そうに携帯をいじりながら「子供が家を出るのは、嬉しいに決まってます」と発言するのです。彼女は、最初からクロエを家から出さない計画があったわけですが、それにしても、見栄っ張りのように見えます。また、ダイアンは、クロエに「何回病院に担ぎ込んだか知らないでしょ」と言っていました。このセリフから、ダイアンは自分が看病していることを誇らしく思っていることがうかがえます。そして、たびたび病院スタッフからねぎらいの言葉をもらっていたことも想像できます。2つ目の心理は、認められたいという承認欲求です。これは、病院関係者からも学校関係者からも、重度の病を抱える子供を献身的に看病し子育てをしている良い母親として承認されたいと思う気持ちです。なお、これが過剰になった状態は、承認中毒として関連記事2で紹介しました。(3)やってあげたいダイアンは、クロエに「今までやってきたことは全部あなたのため」「ママほどあなたを愛してる人はいないのよ」と説きます。クロエから「私は病気じゃなかったの?」「本当は歩けたの?」と聞かれても、「私は傷つけることは何もしていない」「愛してるんだから」と抽象的な言葉だけで、具体的には答えません。挙句の果てに、クロエが「ママが毒薬を入れてたから…」と言いかけると、ダイアンはすぐにクロエの口を塞ぎ、「守るため。守ってあげたのよ」と言い張ります。もはや、自分で自分に言い聞かせているようにも見えます。3つ目の心理は、やってあげたいという育児欲求です。もちろん、私たちも子供にいろいろやってあげたいという気持ちがあります。ただし、それは本当にやってあげる必要がある時に限られます。子供が自立してやってあげる必要がなくなれば、それはそれで育児のゴールです。さすがにダイアンのように、やってあげることがなければやってあげる状況をわざわざつくり出すのは異常です。さらに、そのために嘘をつき通して、やめられなくなっているのも異常です。これは、育児欲求が過剰になっている状態で、同情中毒、承認中毒に合わせて育児中毒と言えます。「中毒」とは、アルコール、ドラッグ、ギャンブルと同じように、やめたくてもやめられない嗜癖(アディクション)の古い言い回しですが、生々しくてインパクトがあるので、この記事ではあえてそう名付けています。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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ガイドライン改訂ーアナフィラキシーによる悲劇をなくそう

 アナフィラキシーガイドラインが8年ぶりに改訂され、主に「1.定義と診断基準」が変更になった。そこで、この改訂における背景やアナフィラキシー対応における院内での注意点についてAnaphylaxis対策委員会の委員長である海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)に話を聞いた。アナフィラキシーガイドライン2022で診断基準が改訂 改訂となったアナフィラキシーガイドライン2022の診断基準では、世界アレルギー機構(WAO)が提唱する項目として3つから2つへ集約された。アナフィラキシーの定義は『重篤な全身性の過敏反応であり、通常は急速に発現し、死に至ることもある。重症のアナフィラキシーは、致死的になり得る気道・呼吸・循環器症状により特徴づけられるが、典型的な皮膚症状や循環性ショックを伴わない場合もある』としている。海老澤氏は「基準はまず皮膚症状の有無で区分されており皮膚症状がなくても、アナフィラキシーを疑う場面では血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状のいずれかを発症していれば診断可能」と説明した。◆診断基準[アナフィラキシーガイドライン2022 p.2]※詳細はガイドライン参照 以下の2つの基準のいずれかを満たす場合、アナフィラキシーである可能性が非常に高い。1.皮膚、粘膜、またはその両方の症状(全身性の蕁麻疹、掻痒または紅潮、口唇・下・口蓋垂の腫脹など)が急速に(数分~数時間で)発症した場合。さらに、A~Cのうち少なくとも1つを伴う。  A. 気道/呼吸:呼吸不全(呼吸困難、呼気性喘鳴・気管支攣縮、吸気性喘鳴、PEF低下、低酸素血症など)  B. 循環器:血圧低下または臓器不全に伴う症状(筋緊張低下[虚脱]、失神、失禁など)  C. その他:重度の消化器症状(重度の痙攣性腹痛、反復性嘔吐など[特に食物以外のアレルゲンへの曝露後])2.典型的な皮膚症状を伴わなくても、当該患者にとって既知のアレルゲンまたはアレルゲンの可能性がきわめて高いものに曝露された後、血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状が急速に(数分~数時間で)発症した場合。 また、アナフィラキシーガイドライン2022はさまざまな国内の研究結果やWAOアナフィラキシーガイダンス2020に基づいて作成されているが、これについて「国内でもアナフィラキシーに関する疫学的な調査が進み、ようやくアナフィラキシーガイドライン2022に反映させることができた」と、前回よりも国内でのアナフィラキシーの誘因に関する調査や症例解析が進んだことを強調した。アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた変更点 今回の取材にて、同氏は「アナフィラキシーに対し、アドレナリン筋注を第一選択にする」ことを強く訴えた。その理由の一つとして、「2015年10月1日~2017年9月30日の2年間に医療事故調査・支援センターに報告された院内調査結果報告書476件のうち、アナフィラキシーが死因となる事例が12件もあった。これらの誘因はすべて注射剤で、造影剤、抗生物質、筋弛緩剤などだった。アドレナリン筋注による治療を迅速に行っていれば死亡を防げた可能性が高いにもかかわらず、このような事例が未だに存在する」と、アドレナリン筋注が必要な事例へ適切に行われていないことに警鐘を鳴らした。 ではなぜ、アナフィラキシーに対しアドレナリン筋注が適切に行われないのか? これについて「アドレナリンと聞くと心肺蘇生に用いるイメージが固定化されている医師が一定数いる。また、アドレナリン筋注を経験したことがない医師の場合は最初に抗ヒスタミン薬やステロイドを用いて経過を見ようとする」と述べ、「アドレナリン筋注をプレホスピタルケアとして患者本人や学校の教員ですら投与していることを考えれば、診断が明確でさえあれば躊躇する必要はない」と話した。 アナフィラキシーを生じやすい造影剤や静脈注射、輸血の場合、症状出現までの時間はおよそ5~10分で時間的猶予はない。上記に述べたような症状が出現した場合には、原因を速やかに排除(投与の中止)しアドレナリン筋注を行った上で集中治療の専門家に委ねる必要がある。 また、アドレナリン筋注と並行して行う処置として併せて読んでおきたいのが“補液”の項目(p.24)である。「これまでは初期対応に力を入れて作成していたが、今回はアナフィラキシーの治療に関しても委員より盛り込むことの提案があった」と話した。 以下にはWAOガイダンスでも述べられ、アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた点を抜粋する。◆治療 2.薬物治療:第一選択薬(アドレナリン)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.21]・心疾患、コントロール不良の高血圧、大動脈瘤などの既往を有する患者、合併症の多い高齢患者では、アドレナリン投与によるベネフィットと潜在的有害事象のリスクのバランスをとる必要があるものの、アナフィラキシー治療におけるアドレナリン使用の絶対禁忌疾患は存在しない1)・アドレナリンを使用しない場合でもアナフィラキシーの症状として急性冠症候群(狭心症、心筋梗塞、不整脈)をきたすことがある、アドレナリンの使用は、既知または疑いのある心血管疾患患者のアナフィラキシー治療においてもその使用は禁忌とされない1)・経静脈投与は心停止もしくは心停止に近い状態では必要であるが、それ以外では不整脈、高血圧などの有害作用を起こす可能性があるので、推奨されない2)◆治療 2.薬物治療:第二選択薬(アドレナリン以外)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.23]・H1およびH2抗ヒスタミン薬は皮膚症状を緩和するが、その他の症状への効果は確認されていない3) このほか、同氏は「食物アレルギーの集積調査が進み、国内でも落花生やクルミなどのナッツ類や果物がソバや甲殻類よりも誘因として高い割合を示すことが明らかになった」と話した。さらに「病歴の聞き取りが不十分なことで起こるNSAIDs不耐症への鎮痛薬処方なども問題になっている」と指摘した。 なお、アナフィラキシーガイドライン2022は小児から成人までのアナフィラキシー患者に対する診断・治療・管理のレベル向上と、患者の生活の質の改善を目的にすべての医師向けに作成されている。日本アレルギー学会のWebからPDFが無料でダウンロードできるのでさまざまな場面でのアナフィラキシー対策に役立てて欲しい。

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急性腰痛に筋弛緩薬は有効か/BMJ

 非特異的腰痛の治療における筋弛緩薬の臨床的有効性と安全性には、かなりの不確実性が存在し、確実性がきわめて低いエビデンスではあるが、急性腰痛では非ベンゾジアゼピン系抗痙攣薬が2週間以内に、痛みの強さを臨床的な意義はないもののわずかに軽減することが、オーストラリア・Neuroscience Research AustraliaのAidan G. Cashin氏らの調査で示された。研究の詳細は、BMJ誌2021年7月8日号に掲載された。疼痛強度、機能障害、受容性、安全性をメタ解析で評価 研究グループは、腰痛治療における筋弛緩薬の有効性と受容性、安全性を評価する目的で、系統的レビューとメタ解析を行った(特定の研究助成は受けていない)。 医学データベース(Medline、Embase、CINAHL、CENTRAL、ClinicalTrials.gov、clinicialtrialsregister.eu、WHO ICTRP)を用いて、創設時から2021年2月23日までに登録された文献を検索した。 対象は、非特異的腰痛の成人(年齢18歳以上)患者の治療において、筋弛緩薬をプラセボ、通常治療、介入待機(waiting list)、無治療と比較した無作為化対照比較試験であった。 2人の研究者が別個に、試験を同定し、データを抽出し、バイアスのリスク(Cochrane risk-of-bias toolを使用)およびエビデンスの確実性(Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluationsを使用)を評価した。制限付き最尤推定法による変量効果メタ解析モデルを用いて、プールされた効果とその95%信頼区間(CI)を推定した。 アウトカムは、疼痛強度尺度(0~100点)、機能障害尺度(0~100点)、受容性(投与期間中のあらゆる理由による投与中止数で評価した満足度)、安全性(有害事象、重篤な有害事象、有害事象により試験を中止した参加者の数)であった。大規模で信頼性の高い試験が早急に必要 レビューには49の試験が含まれ、このうち31試験(6,505例)がメタ解析の対象となった。これらの試験は、18種の筋弛緩薬について評価しており、29試験が非ベンゾジアゼピン系抗痙攣薬、11試験がその他の薬剤、5試験が抗攣縮薬、4試験はベンゾジアゼピン系薬の検討を行っていた。 急性腰痛では、確実性が「非常に低(very low)」のエビデンスとして、対照群と比較して、2週時または2週以内に非ベンゾジアゼピン系抗痙攣薬は疼痛強度の軽減と関連した(平均差:-7.7、95%CI:-12.1~-3.3)が、機能障害の軽減は認められなかった(-3.3、-7.3~0.7)。 また、急性腰痛では、確実性が「低(low)」のエビデンスとして、対照群と比較して、非ベンゾジアゼピン系抗痙攣薬は有害事象のリスクを増加させ(相対リスク:1.6、95%CI:1.2~2.0)、確実性が「非常に低」のエビデンスとして、受容性に及ぼす効果はほとんどないか、まったくない可能性が示された(0.8、0.6~1.1)。 他の筋弛緩薬や腰痛の持続時間の違いを検討した試験は少なく、ほとんどの試験はバイアスのリスクが高かったことから、エビデンスの確実性は低かった。 著者は、「腰痛治療における筋弛緩薬の有効性と安全性に関する不確実性を解消するには、大規模で信頼性の高いプラセボ対照比較試験が早急に必要である」としている。

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「ランドセン」の名称の由来は?【薬剤の意外な名称由来】第52回

第52回 「ランドセン」の名称の由来は?販売名ランドセン錠0.5mg/錠1mg/錠2mgランドセン細粒0.1%/細粒0.5%一般名(和名[命名法])クロナゼパム(JAN)効能又は効果小型(運動)発作〔ミオクロニー発作、失立(無動)発作、点頭てんかん(幼児けい縮発作、BNSけいれん等)〕精神運動発作自律神経発作用法及び用量通常成人、小児は、初回量クロナゼパムとして、1日0.5~1mgを1~3回に分けて経口投与する。以後、症状に応じて至適効果が得られるまで徐々に増量する。通常、維持量はクロナゼパムとして1日2~6mgを1~3回に分けて経口投与する。乳、幼児は、初回量クロナゼパムとして、1日体重1kgあたり0.025mgを1~3回に分けて経口投与する。以後、症状に応じて至適効果が得られるまで徐々に増量する。通常、維持量はクロナゼパムとして1日体重1kgあたり0.1mgを1~3回に分けて経口投与する。なお、年齢、症状に応じて適宜増減する。警告内容とその理由該当しない禁忌内容とその理由(原則禁忌を含む)禁忌(次の患者には投与しないこと)1.本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者2.急性閉塞隅角緑内障の患者〔抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状を悪化させることがある。〕3.重症筋無力症の患者〔筋弛緩作用により症状が悪化するおそれがある。〕※本内容は2021年5月19日時点で公開されているインタビューフォームを基に作成しています。※副作用などの最新の情報については、インタビューフォームまたは添付文書をご確認ください。1)2019年7月改訂(第10版)医薬品インタビューフォーム「ランドセン®錠0.5mg/1mg/2mg・ランドセン®細粒0.1%/0.5%2)大日本住友製薬:製品基本情報

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「セルシン」の名称の由来は?【薬剤の意外な名称由来】第36回

第36回 「セルシン」の名称の由来は?販売名2mg セルシン®錠5mg セルシン®錠10mg セルシン®錠セルシン®散1%セルシン®シロップ0.1%※セルシン注射液はインタビューフォームが異なるため、今回は情報を割愛しています。ご了承ください一般名(和名[命名法])ジアゼパム(JAN)効能又は効果○神経症における不安・緊張・抑うつ○うつ病における不安・緊張○心身症(消化器疾患、循環器疾患、自律神経失調症、更年期障害、腰痛症、頸肩腕症候群)における身体症候並びに不安・緊張・抑うつ○下記疾患における筋緊張の軽減脳脊髄疾患に伴う筋痙攣・疼痛○麻酔前投薬用法及び用量通常、成人には1回ジアゼパムとして2〜5mgを1日2〜4回経口投与する。ただし、外来患者は原則として1日量ジアゼパムとして15mg以内とする。また、小児に用いる場合には、3歳以下は1日量ジアゼパムとして1〜5mgを、4〜12歳は1日量ジアゼパムとして2〜10mgを、それぞれ1〜3回に分割経口投与する。筋痙攣患者に用いる場合は、通常成人には1回ジアゼパムとして2〜10mgを1日3〜4回経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。麻酔前投薬の場合は、通常成人には1回ジアゼパムとして5〜10mgを就寝前または手術前に経口投与する。なお、年齢、症状、疾患により適宜増減する。警告内容とその理由該当しない禁忌内容とその理由(1)急性狭隅角緑内障のある患者[本剤の弱い抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状が悪化するおそれがある。](2)重症筋無力症のある患者[本剤の筋弛緩作用により症状が悪化するおそれがある。](3)リトナビル(HIVプロテアーゼ阻害剤)を投与中の患者※本内容は2020年1月27日時点で公開されているインタビューフォームを基に作成しています。※副作用などの最新の情報については、インタビューフォームまたは添付文書をご確認ください。1)2017年3月改訂(第6版)医薬品インタビューフォーム「2mg セルシン®錠/5mg セルシン®錠/10mg セルシン®錠・セルシン®散1%・セルシン®シロップ0.1%」2)武田テバ DI-net:製品情報一覧

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介護負担軽減のためエチゾラムを開始したが、過鎮静でかえって負担増大したため中止【うまくいく!処方提案プラクティス】第29回

 エチゾラムなどのベンゾジアゼピン系睡眠薬は、75歳以上あるいはフレイルから要介護状態の高齢者においては、過鎮静、認知機能や運動機能の低下、せん妄、転倒骨折のリスクになりうるため、慎重に投与する必要があります。今回の症例では、エチゾラムの服薬開始から中止までの経緯と、看護師と連携したフォローアップについて紹介します。患者情報90歳、男性(施設入居)基礎疾患ラクナ梗塞、アルツハイマー型認知症、高血圧症、脂質異常症、前立腺肥大症、変形性腰椎症、高度房室ブロック(ペースメーカー留置)、慢性心不全介護度要介護4訪問診療の間隔2週間に1回処方内容1.アムロジピン錠5mg 1錠 分1 朝食後2.アスピリン原末0.1g 分1 朝食後3.ジゴキシン錠0.125mg 1錠 分1 朝食後4.ボノプラザン錠10mg 1錠 分1 朝食後5.シロスタゾール錠100mg 1錠 分1 朝食後6.アルファカルシドール錠0.5μg 1錠 分1 朝食後7.タムスロシン錠0.2mg 1錠 分1 夕食後8.プロピベリン錠10mg 1錠 分1 夕食後9.フルボキサミン錠50mg 1錠 分1 夕食後10.フレカイニド錠50mg 2錠 分2 朝夕食後11.エチゾラム錠0.5mg 1錠 分1 夕食後(施設入居後の初診で追加)本症例のポイントこの患者さんは、アルツハイマー型認知症を基礎疾患とし、施設入居当初から入眠困難の状態で、徘徊や日中の活動低下などもありました。入居4日目の初診同行時に、施設看護師から、今後の介護負担増大が懸念されるため睡眠導入薬の処方を検討してほしいという話がありました。認知症患者における睡眠導入薬のエビデンスは乏しいため推奨されていませんが、現時点では施設介護職員の負担が大きいため、一時的な使用は必要と考えました。施設入居からまだ日が浅く、環境変化に慣れていないことが不眠の原因となっている可能性があるため、長期的ではなく短期的な服薬や状況に応じた頓用が適していると考えました。そこで睡眠障害のパターンが入眠障害型であることから、転倒リスクを考慮して筋弛緩作用が弱い低用量ゾルピデムを提案しました。しかし、医師からは施設介護職員が困っているのでしっかり落ち着かせる必要があるため、エチゾラム錠0.5mgを処方するとの回答でした。エチゾラムなどのベンゾジアゼピン系睡眠薬は『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』において、75歳以上あるいはフレイルから要介護状態の高齢者では、過鎮静、認知機能や運動機能の低下、せん妄、転倒骨折のリスクになることが指摘されています。この患者さんも当てはまりますので、過鎮静や筋弛緩作用による転倒などのリスクを伝え、経過について看護師と小まめに共有することで話がまとまりました。患者さんは、エチゾラム錠0.5mgの服用2日目には入眠できるようになりました。しかし、服用4日目の朝から座位保持が困難な状況になり、日中のふらつきが強く、転倒の危険性が高まってきました。看護師から移動や食事介助も難しいレベルの傾眠とふらつきがあり、かえって介護負担が増えているという相談があったため、医師に処方中止の提案をすることにしました。処方提案と経過医師に電話で上記の状況を報告し、エチゾラムを一旦中止あるいは減量で経過をみるか、エチゾラムを中止して非ベンゾジアゼピン系薬を頓用にするのはどうか提案しました。医師より、「鎮静も強く転倒リスクがあるのは問題なのでエチゾラムを中止して経過をみたい。薬が抜け切ったところで状況がまた変わるようなら他剤を検討する」という返答があり、即日エチゾラムを中止しました。看護師にも医師とのやりとりを共有し、エチゾラムを中止して鎮静が緩和した後に再度不眠で困るようなことがあれば他剤の提案を検討するので、経過については引き続き情報共有してほしい旨を伝えました。その結果、患者さんはエチゾラムの服薬を中止してから3日目まで傾眠とふらつきはありましたが徐々に改善し、5日目には食事や移動の介助時のふらつきもないほどに改善しました。現在は、活気を取り戻し、睡眠も問題ないことから処方薬の整理を医師と検討しているところです。1)日本老年医学会, 日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班 編. 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 改訂第5版. 日本老年医学会;2016.2)臨床神経学. 2014;54.

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「ハルシオン」の名称の由来は?【薬剤の意外な名称由来】第23回

第23回 「ハルシオン」の名称の由来は?販売名ハルシオン®0.125mg錠ハルシオン®0.25mg錠一般名(和名[命名法])トリアゾラム(JAN)効能又は効果○不眠症○麻酔前投薬用法及び用量○不眠症通常成人には1回トリアゾラムとして0.25mgを就寝前に経口投与する。高度な不眠症には0.5mgを投与することができる。なお、年齢・症状・疾患などを考慮して適宜増減するが、高齢者には1回0.125mg~0.25mgまでとする。○麻酔前投薬手術前夜:通常成人には1回トリアゾラムとして0.25mgを就寝前に経口投与する。なお、年齢・症状・疾患などを考慮し、必要に応じ0.5mgを投与することができる。警告内容とその理由【警告】本剤の服用後に、もうろう状態、睡眠随伴症状(夢遊症状等)があらわれることがある。また、入眠までの、あるいは中途覚醒時の出来事を記憶していないことがあるので注意すること。理由国内において“もうろう状態”“健忘”等の副作用報告があり、このような状態下においては重大な事故につながる危険性があるため【警告】を設け特に注意を喚起した。更に、2007年3月14日に米国食品医薬品局(FDA)は本剤を含む睡眠剤について、十分に覚醒しないまま、車の運転、食事等を行い、その出来事を記憶していないとの報告があることを踏まえて、当該薬剤の米国添付文書の改訂指示を行っていることから、本剤においても注意喚起することとした。禁忌内容とその理由【禁忌(次の患者には投与しないこと)】(1)本剤に対し過敏症の既往歴のある患者(2)急性狭隅角緑内障のある患者(3)重症筋無力症の患者[筋弛緩作用により、症状を悪化させるおそれがある。](4)次の薬剤を投与中の患者:イトラコナゾール、フルコナゾール、ホスフルコナゾール、ボリコナゾール、ミコナゾール、HIVプロテアーゼ阻害剤(インジナビル、リトナビル等)、エファビレンツ、テラプレビル【原則禁忌(次の患者には投与しないことを原則とするが、特に必要とする場合には慎重に投与すること)】肺性心、肺気腫、気管支喘息及び脳血管障害の急性期等で呼吸機能が高度に低下している患者[呼吸抑制により炭酸ガスナルコーシスを起こしやすいので投与しないこと。やむを得ず投与が必要な場合には、少量より投与を開始し、呼吸の状態を見ながら投与量を慎重に調節すること。]※本内容は2020年10月28日時点で公開されているインタビューフォームを基に作成しています。※副作用などの最新の情報については、インタビューフォームまたは添付文書をご確認ください。1)2018 年12月改訂(第11版)医薬品インタビューフォーム「ハルシオン®0.125mg錠/ハルシオン®0.25mg錠」2)Pfizer PROFESSIONALS

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第17回 安楽死? 京都ALS患者嘱託殺人事件をどう考えるか(前編)

医師2人を嘱託殺人の容疑で逮捕こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。梅雨空とGo To トラベルキャンペーンに翻弄され、結局、越後の山にはいきませんでした。それなら、とやっと開幕した米国のメジャーリーグをテレビで何試合か観戦しました。大谷 翔平選手やダルビッシュ 有選手はさておき、今年、満を持して米国に渡った筒香 嘉智、秋山 翔吾の2選手には、「日本人野手の大成は難しい」という常識を覆すよう、頑張ってほしいと思います。開幕については2人ともまあまあの立ち上がりで、少し安心しました。さて、この週末は、大きなニュースが飛び込んで来ました。医師によるALS患者の嘱託殺人です。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者から依頼を受け、京都市内の患者自宅で薬物を投与して殺害したとして、京都府警は7月23日、宮城県で診療所を開業する男性医師(42)と、東京都の男性医師(43)の2人を、嘱託殺人の容疑で逮捕しました。各紙の報道をまとめると、2人は昨年11月、京都市の女性のマンションに知人を装って訪問、薬物(バルビツール酸系の睡眠薬)を投与し、殺害したとのことです。女性は24時間介護が必要な状態であり、当日はヘルパーもいましたが、2人と女性だけになった瞬間に胃ろうから薬物を投与した、とみられています。滞在時間はわずか10分程度だったとのことです。2人の帰宅後、部屋に戻ったヘルパーが意識不明になっている女性を発見、駆けつけた主治医が119番通報し、病院に運ばれた後、死亡が確認されています。体内で普段使っていない薬物が検出されたことなどから事件性が疑われ、京都府警が捜査を開始。SNS上での女性と医師とのやりとりや金銭授受の証拠などが明らかとなり、事件から約8カ月後の先週、逮捕に至ったわけです。「安楽死」議論の流れをおさらいするさて、この事件、SNSで女性が嘱託殺人の依頼をしていた点や、宮城県の医師のブログでの発信内容の過激さ(自身のものとみられるブログに「高齢者を『枯らす』技術」とのタイトルで、安楽死を積極的に肯定するかのような死生観をつづっていたそうです)、さらには東京都の男性医師の医師免許不正取得疑いなども出てきて、事件の本筋が見えにくくなってきていますが、一般向けメディア含め、ALS患者の置かれた状況や、この事件が安楽死にあたるかどうかに注目が集まっているようです。報道によれば、京都府警は、女性の死期が迫っていなかったことや2人が主治医ではなかったことなどを挙げて、「安楽死とは考えていない」としているようです。しかし、この事件をきっかけに、安楽死の是非が改めて議論されることは間違いありません。ということで今回は、日本における「安楽死」に関係するこれまでの代表的な事件と、その時に医師に課せられた「罪」について、簡単に整理しておきたいと思います。家族の要望あっても殺人罪確定の2例「安楽死」については、回復が見込めない患者の死期を医師が薬剤を使用するなどして早める「積極的安楽死」と、終末期の患者の人工呼吸器や人工栄養などを中止する「消極的安楽死」の2つの概念があり、前者の「積極的安楽死」は、現在の日本においては殺人罪や嘱託殺人罪などに問われます。積極的安楽死の罪の根拠となっているのは、1991年に起きた「東海大学安楽死事件」と 1998年に起きた「川崎協同病院事件」です。東海大学安楽死病院事件では、家族の要望を受けて末期がんの患者に塩化カリウムを投与して、患者を死に至らしめた医師が殺人罪に問われました。1995年、横浜地裁は、被告人を有罪(懲役2年執行猶予2年)とする判決を下しました(控訴せず確定)。患者自身による死を望む意思表示がなかったことから、罪名は嘱託殺人罪ではなく、殺人罪になりました。この判決では、医師による積極的安楽死が例外的に許容されるための要件として、1)患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること2)患者は死が避けられず、その死期が迫っていること3)患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと4)生命の短縮を承諾する患者の意思表示が明示されていることという4つが提示されています。もう一つの川崎協同病院事件は、医師が気管支喘息重積発作から心肺停止へ陥り昏睡状態となっていた患者から、家族の要請を受けて人工呼吸器を外したところ、患者の苦悶様呼吸が続いたため、最終的に看護師に筋弛緩剤を静脈注射させ、死に至らしめたという事件です。2007年、東京高裁は家族の要請があったとしても余命が明らかではなく、患者自身の治療中止の意思も不明だとして殺人罪を認め、懲役1年6ヵ月(執行猶予3年)を言い渡しました。医師は上告しましたが、最高裁でも医師の行為は「法律上許容される治療中止にはあたらない」とされ、上告は棄却され刑が確定しました。なお、棄却理由として最高裁は「十分な治療と検査が行われておらず、回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況にはなかったこと」「家族に適切な情報が伝えられた上での行為ではなく、患者の推定的意思に基づくということもできないこと」の2点を挙げています。終末期ガイドラインのきっかけとなった事件一方、終末期の患者の人工呼吸器や人工栄養などを中止する「消極的安楽死」については、日本において「認められている」というか、少なくとも「刑事責任を問わない」という一定のコンセンサスが形成されてはいます。ただ、そのコンセンサスは、何十年も前からあったわけではなく、ほんのここ15年あまりの間に起きたいくつかの事件を経て、なんとか形づくられてきたものです。延命治療中止については、2004年の「北海道立羽幌病院事件」と、2006年に発覚した「射水市民病院事件」が有名です。いずれも医師が人工呼吸器を外して患者(羽幌は90歳男性、射水は50代~90代の男女7人でうち5人は末期がん)が死亡した事件で、ともに医師は殺人容疑で書類送検されましたが、その後不起訴になっています。これらの事件をきっかけに、終末期や救命救急の医療現場で「刑事責任を問われかねない」との懸念が広がり、行政や学会で終末期医療に関するガイドラインを作る動きが活発化、そこで厚生労働省が検討会を組織し、2007年に策定、公表したのが「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」1)です。「消極的安楽死」は繰り返しの本人確認を重視このガイドラインにおいては、医療・ケアチームと患者・家族らによる慎重な手続きを踏まえた決定の必要性が強調されています。なお、このガイドラインの冒頭には「生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は対象としない」と書かれており、消極的安楽死に関する指針であることが明示されています。その後、日本救急医学会や日本老年医学会も、治療を中止する手順を盛り込んだ消極的安楽死に関する指針を公表しています。厚労省のガイドラインは、最期まで本人の生き方を尊重し、医療・ケアの提供について検討することが重要であることから、2015年に「終末期医療」から「人生の最終段階における医療」へと名称変更され、さらに、2018年には内容が大きく改訂2)されています。この時の改訂のポイントはACP(アドバンスド・ケア・プランニング)の考え方が盛り込まれたことで、特に以下の3つの点が強調されています。1)本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針についての話し合いは繰り返すことが重要であることを強調すること。2)本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、その場合に本人の意思を推定しうる者となる家族等の信頼できる者も含めて、事前に繰り返し話し合っておくことが重要であること。3)病院だけでなく介護施設・在宅の現場も想定したガイドラインとなるよう、配慮すること。さて、以上の流れを踏まえ、この事件についてもう少し考えてみようと思いましたが、長くなってきましたので、今回はここまでとします。京都の事件は、先述したように、逮捕された医師のSNSやインターネット上での発言や金銭授受の事実、主治医でないこと、身元を偽っての女性宅訪問、医師免許不正取得など、いかにも事件事件しており、ある有識者は「安楽死議論の対象にもならない」と語っています。でも、果たして本当にそうでしょうか。少なくとも、医療関係者も目を逸らしてきた、積極的安楽死についての議論を再開するきっかけにはなると思うのですが、どうでしょう(この項続く)。参考サイト1)終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン/厚生労働省2)人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン/厚生労働省

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「ルネスタ」の名称の由来は?【薬剤の意外な名称由来】第8回

第8回 「ルネスタ錠」の名称の由来は?販売名ルネスタ®錠 1mgルネスタ®錠 2mgルネスタ®錠 3mg一般名(和名[命名法])エスゾピクロン(JAN)効能又は効果不眠症用法及び用量通常、成人にはエスゾピクロンとして1回2mgを、高齢者には1回1mgを就寝前に経口投与する。なお、症状により適宜増減するが、成人では1回3mg、高齢者では1回2mgを超えないこととする。警告内容とその理由本剤の服用後に、もうろう状態、睡眠随伴症状(夢遊症状等)があらわれることがある。また、入眠までの、あるいは中途覚醒時の出来事を記憶していないことがあるので注意すること。禁忌内容とその理由(原則禁忌を含む)(1)禁忌1)本剤の成分又はゾピクロンに対し過敏症の既往歴のある患者2)重症筋無力症の患者[筋弛緩作用により症状を悪化させるおそれがある。]3)急性閉塞隅角緑内障の患者[抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状を悪化させることがある。](2)原則禁忌肺性心、肺気腫、気管支喘息及び脳血管障害の急性期等で呼吸機能が高度に低下している場合[炭酸ガスナルコーシスを起こしやすい。]※本内容は2020年7月15日時点で公開されているインタビューフォームを基に作成しています。※副作用などの最新の情報については、インタビューフォームまたは添付文書をご確認ください。1)2019年8月改訂(改訂第8版)医薬品インタビューフォーム「ルネスタ®錠1mg/2mg/3mg」2)エーザイ:製品情報

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「デパス」の名称の由来は?【薬剤の意外な名称由来】第2回

第2回 「デパス」の名称の由来は?販売名デパス®錠0.25mg/0.5mg/1mg、デパス®細粒1%一般名(和名[命名法])エチゾラム(JAN)効能又は効果神経症における不安・緊張・抑うつ・神経衰弱症状・睡眠障害うつ病における不安・緊張・睡眠障害心身症(高血圧症、胃・十二指腸潰瘍)における身体症候ならびに不安・緊張・抑うつ・ 睡眠障害統合失調症における睡眠障害下記疾患における不安・緊張・抑うつおよび筋緊張頸椎症、腰痛症、筋収縮性頭痛用法及び用量神経症、うつ病の場合通常、成人にはエチゾラムとして1日3mgを3回に分けて経口投与する。心身症、頸椎症、腰痛症、筋収縮性頭痛の場合通常、成人にはエチゾラムとして1日1.5mgを3回に分けて経口投与する。睡眠障害に用いる場合通常、成人にはエチゾラムとして1日 1~3mgを就寝前に1回経口投与する。なお、いずれの場合も年齢、症状により適宜増減するが、高齢者には、エチゾラムとして1日1.5mgまでとする。警告内容とその理由該当しない(現段階では定められていない)禁忌内容とその理由(原則禁忌を含む)禁忌(次の患者には投与しないこと)1.急性閉塞隅角緑内障の患者[抗コリン作用により眼圧が上昇し、症状を悪化させることがある。]2.重症筋無力症の患者[筋弛緩作用により、症状を悪化させるおそれがある。]※本内容は2020年6月3日時点で公開されているインタビューフォームを基に作成しています。※副作用などの最新の情報については、インタビューフォームまたは添付文書をご確認ください。1)2019年9月改訂(改訂第18版)医薬品インタビューフォーム「デパス錠® 0.25mg/0.5mg/1mg、デパス®細粒1%」2)田辺三菱製薬:製品情報

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転倒前に調整できなかったベンゾジアゼピン系薬の減量提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第4回

 今回は、残念ながら転倒を起こす前にベンゾジアゼピン系睡眠薬の調整ができなかった反省症例です。高齢者では転倒・骨折がその後の生活に大きな影響を与えるため、転倒を予測した用量の検討や、家の動線など生活背景を読み解く力が必要だとあらためて実感しました。患者情報80歳、男性、独居、要介護3現 病 歴:アルツハイマー型認知症、高血圧、不眠症短期記憶が乏しく、物忘れや受診忘れなどの認知機能低下あり。原因は不明だが、訪問当初から左下肢の動きがやや悪い(脳梗塞や脳出血などの既往はなし)。服薬状況:服薬カレンダーで薬を管理している。用法は就寝前で統一しているが、週2~3回内服を忘れる。介護状況:訪問看護師が毎週金曜日に訪問している。それ以外の通所介護、通院介助などはなし。処方内容1.アムロジピン錠5mg 1錠 分1 就寝前2.ドネペジル錠5mg 1錠 分1 就寝前3.トリアゾラム錠0.25mg 1錠 分1 就寝前本症例のポイントこの患者さんは高齢にもかかわらず、トリアゾラムを0.25mgという高用量で服用していました。高齢者でのベンゾジアゼピン系睡眠薬の懸念事項は、過鎮静と筋弛緩作用による転倒リスクです。服用忘れがある日も含めて入眠は良好で、日中の眠気やふらつきがないことは訪問看護師とも情報共有していました。しかし、この患者さんは左下肢を引きずって歩くなど、より転倒リスクが高いと考えられます。<高齢者におけるベンゾジアゼピン系睡眠薬の注意点>ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、過鎮静、身体機能低下、認知機能低下、筋弛緩作用による転倒・骨折、CYP活性低下による血中濃度上昇などのリスクがあるため、高齢者では成人と同等量用いることのリスクを検討しなければならない。また、トリアゾラムがCYP3A4で代謝された活性代謝物であるα-ヒドロキシトリアゾラムには、トリアゾラムと同等か1/2程度の活性があるといわれており、とりわけ高齢者(肝機能低下、CYP活性低下)では薬理作用が遷延しやすいという懸念がある。そのため、高齢者では筋弛緩作用の比較的弱いゾルピデムやエスゾピクロンのほうが、安全性が高いと考えられる。転倒によるトリアゾラムの減量提案この患者さんは、週2~3回服用忘れがあっても入眠は良好でした。一方で、独居のため家の片付けが不十分で寝室からトイレまでの動線に不安がありました。高齢者は転倒すると、ADL(日常生活動作)や認知機能の低下が加速することが多いとされています。これらの理由を示し、医師にトリアゾラムの減量を提案しましたが、現状は状態が安定しているということを理由に採用はされず、継続となりました。ところがある日、患者さんが背中をさすりながら布団で横になっているのを発見しました。転倒して背中を打ったとのことです。整形外科を受診したところ、腰椎圧迫骨折の診断でした。この転倒を機に再度トリアゾラムの減量を医師に提案し、半量の0.125mgに減量する承認を得ることができました。その後は訪問の都度、医師に腰椎圧迫骨折の疼痛管理とトリアゾラム減量後の状況を報告することで安心していただくことができました。アドヒアランス不良によるトリアゾラムの中止提案一方、この患者さんに関してアドヒアランス不良という問題も徐々に顕在化してきました。訪問開始当初から服薬カレンダーで薬の管理を行っていましたが、週2回程度であった服用忘れが4~5回と増加してきたのです。ケアマネジャーに状況を話し、ヘルパーさんの訪問介護で服薬確認ができないか相談したところ、就寝前の薬を朝に変更できれば可能との返答でした。しばらく様子を見ていると、服用忘れがあっても入眠は依然として良好で、中途覚醒などの問題がないことが確認できました。これらをレポートでまとめて再再度医師へ報告したところ、トリアゾラム中止の承認を得ることができました。また、服薬確認のための朝のヘルパー訪問についても相談して、すべての薬を朝食後にまとめてもらうことができました。処方変更のタイミングでヘルパーさんによる毎朝の服薬確認とともに、食事の準備、入浴介助も開始となり、その後の服用忘れはなくなりました。また、トリアゾラム中止後の睡眠トラブルもなく、現在の経過は安定しています。

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間質性膀胱炎(ハンナ型)〔IC:interstitial cystitis with Hunner lesions〕

1 疾患概要■ 概念・定義間質性膀胱炎(interstitial cystitis:IC)という名称は、1887年に膀胱壁に炎症と潰瘍を有する膀胱疾患を報告したSkeneによって最初に用いられた。そして1915年、Hunnerが、その膀胱鏡所見と組織所見の詳細を報告したことから、ハンナ潰瘍(Hunner's ulcer)と呼ばれるようになった。しかし、ハンナ潰瘍と呼ばれた病変は、胃潰瘍などで想像する潰瘍とは異なるため(詳細は「2 診断-検査」の項参照)、潰瘍という先入観で膀胱鏡を行うと見逃すことも少なくなく、現在はハンナ病変(Hunner's lesion)と呼ぶことになった。以前は米国・国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所(National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases:NIDDK)による診断基準(1999年)が用いられたが、これは臨床研究のための診断基準で厳し過ぎた。『間質性膀胱炎診療ガイドライン 第2版』では、「膀胱の疼痛、不快感、圧迫感と他の下部尿路症状を伴い、混同しうる疾患がない状態」の総称を間質性膀胱炎/膀胱痛症候群(interstitial cystitis/bladder pain syndrome:IC/BPS)とし、このうち膀胱内にハンナ病変のあるものを、「IC/BPS ハンナ病変あり(IC/BPS with Hunner lesion)」、それ以外を「IC/BPS ハンナ病変なし(IC/BPS without Hunner lesion)」とすることとした。これまでは、ハンナ病変はないが点状出血を認めるIC/BPSを非ハンナ型ICとしていたが、これもIC/BPSハンナ病変なしに含まれることになる。要は、ハンナ病変が確認されたIC/BPSのみが「間質性膀胱炎」であり、ハンナ病変がなければ、点状出血はあってもなくても「膀胱痛症候群」となる。本症の名称については、前述の経緯も含め変遷があるが、本稿では「間質性膀胱炎(ハンナ型)」の疾患名で説明をしていく。■ 疫学過去のICに関する疫学調査の対象はIC/BPS全体であり、0.01~2.3%の範囲である。疾患に対する認知度が低いために、疫学調査の結果が低くなっている可能性がある。2014年に行ったわが国での疫学調査では、治療中のIC患者数は約4,500人(0.004%:全人口の10万人当たり4.5人)であった。性差は、女性が男性の約5倍とされる。■ 病因尿路上皮機能不全として、グリコサミノグリカン層(glycosaminoglycan:GAG layer)異常が考えられている。GAG層の障害は、尿路上皮の防御因子の破綻となり、尿が膀胱壁へ浸潤して粘膜下の神経線維がカリウムなどの尿中物質からの影響を受けやすくなり、疼痛や頻尿を引き起こすと考えられる。しかし、GAG層が障害される原因は解明されていない。このほか、細胞間接着異常、上皮代謝障害、尿路上皮に対する自己免疫が推測されている。また、肥満細胞の活性化によりサイトカインなどの炎症性メディエータが放出され、疼痛、頻尿、浮腫、線維化、粘膜固有層内の血管新生などが引き起こされるとされる。これら以外にも免疫性炎症、神経原性炎症、侵害刺激系の機能亢進、尿中毒性物質、微生物感染など、複数の因子が関与していると考えられている。■ 症状IC/BPSの主な症状には、頻尿、夜間頻尿、尿意切迫感、尿意亢進、膀胱不快感、膀胱痛などがある。尿道、膣、外陰部痛、性交痛などを訴えることもある。不快感や疼痛は膀胱が充満するに従い増強し、そのためにトイレにいかなければならず、排尿後には軽減・消失する場合が多い。■ 分類膀胱鏡にてハンナ病変が確認されたIC/BPSに限り「IC/BPS ハンナ病変あり」とし、ハンナ病変がないIC/BPSは「IC/BPS ハンナ病変なし」と分類する。「IC/BPS ハンナ病変あり」は、間質性膀胱炎(ハンナ型)として2015年1月1日に難病指定された。■ 予後良性疾患であるので生命への影響はない。1回の経尿道的ハンナ病変切除・焼灼術で症状改善が生涯持続することもあるが、繰り返しの手術を必要とし、疼痛コントロールがつかなかったり、自然経過あるいは手術の影響によって膀胱が萎縮したりして、膀胱摘出術が必要となることもまれにある。症例によって経過はさまざまである。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)診断のフローは、『間質性膀胱炎・膀胱痛症候群診療ガイドライン』(2019/6発刊)に詳しく紹介されているので参照いただきたい。本稿では、エッセンスだけにとどめる。■ 検査1)症状IC/BPSを疑う症状があることが、最も重要である(「1 疾患概要-症状」の項参照)。2)排尿記録排尿時刻と1回排尿量を24時間連続して記録する。蓄尿時膀胱・尿道部痛または不快感により頻尿となるため、1回排尿量が低下し、排尿回数が増加している症例が多い。多くの場合、夜間も日中同様に頻尿である。3)尿検査多くの場合、尿所見は異常を認めない。赤血球や白血球を認める場合は感染や尿路上皮がんとの鑑別を行う必要がある。4)膀胱鏡ハンナ病変(図)を認める。ハンナ病変とは、膀胱粘膜の欠損とその周囲が毛細血管の増生によりピンク色に見えるビロード状の隆起で、しばしば瘢痕形成を伴う。表面にフィブリンや組織片の付着が認められることがある。膀胱拡張に伴い病変が亀裂を起こし、裂け、そこから五月雨状あるいは滝状に出血するため、拡張前に観察する必要がある。図 IC/BPSハンナ病変ありの膀胱鏡所見画像を拡大する■ 鑑別診断過活動膀胱、細菌性膀胱炎、慢性前立腺炎、心因性頻尿との鑑別を要するが、子宮内膜症との鑑別はともに慢性骨盤痛症候群であるから非常に難しい。しかし、最も注意すべきは膀胱がん、とくに上皮内がんである。膀胱鏡所見も、瘢痕を伴わないハンナ病変は、膀胱上皮内がんとよく似ており鑑別を要する。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)病因が確定されていないため根治的な治療はなく、対症療法のみである。また、IC/BPS ハンナ病変あり/なしを区別した論文は少ない。なお、わが国で保険収載されている治療は「膀胱水圧拡張術」だけである。■ 保存的治療患者の多くが食事療法を実行しており、米国の患者会である“Interstitial Cystitis Association”によればコーヒー、紅茶、チョコレート、アルコール、トマト、柑橘類、香辛料、ビタミンCが、多くのIC/BPS患者にとって症状を増悪させる飲食物とされている。症状を悪化させる食品は、個人によっても異なる。膀胱訓練は決まった方法はないものの有効との報告がある。■ 内服薬治療三環系抗うつ薬であるアミトリプチリン(商品名:トリプタノール)は、セロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを抑制して中枢神経の痛み刺激の伝達を抑えるほか、ヒスタミンH1受容体をブロックして肥満細胞の活動を抑制するなどの作用機序があると考えられ、有効性の証拠がある。トラマドール(同:トラマール)、抗けいれん薬であるガバペンチン(同:ガバペン)も神経因性疼痛に対するある程度の有効性があるとされる。また、肥満細胞の活性化抑制を目的として、スプラタスト(同:アイピーディ)、ロイコトリエン受容体拮抗薬のモンテルカスト(同:キプレス、シングレア)がある程度有効である。免疫抑制薬のシクロスポリンA、タクロリムス、プレドニゾロンはある程度の有効性はあるが、長期使用による副作用に十分注意が必要であり、安易な使用はしない。このほかNSAIDs、選択的COX-2阻害薬、尿のアルカリ化のためのクエン酸もある程度の有効性がある。■ 膀胱内注入療法ジメチルスルホキシド(dimethyl sulfoxide:DMSO)は炎症抑制、筋弛緩、鎮痛、コラーゲンの分解、肥満細胞の脱顆粒などの作用があるとされ、IC/BPSに有効性のエビデンスがある。ハンナ病変ありのIC/BPSには効果があるとの報告もある。わが国では、現在臨床試験中である。ヘパリン、ヒアルロン酸はGAG層の欠損を補うことにより症状を緩和すると考えられ、IC/BPSに対してある程度の有効性のエビデンスがある。リドカインは短時間で疼痛の軽減が得られるが、その効果は短期間である。ボツリヌス毒素の膀胱壁内(粘膜下)注入、ステロイドのハンナ病変および辺縁部膀胱壁内注入も、ある程度の有効性のエビデンスがある。■ 手術療法膀胱水圧拡張術が、古くからIC/BPSの診断および治療の目的で行われてきた。有効性のエビデンスは低く、奏効率は約50%、奏効期間は6ヵ月未満との報告が多い。IC/BPSハンナ病変ありには、経尿道的ハンナ病変切除・焼灼術が推奨される。反復治療を要することが多いが、症状緩和には有効である。膀胱全摘出術や膀胱部分切除術+膀胱拡大術は、他の治療がすべて失敗した場合にのみ施行されるべきである。ただし、膀胱全摘出術後も疼痛が残存することがある。4 今後の展望これまではIC/BPS ハンナ病変あり/なしを区別、同定して行われた研究は少ない。世界的に「IC/BPSハンナ病変あり」は1つの疾患として、他のIC/BPSとは分けて考えるという方向になった。以前の非ハンナ型ICを含む「IC/BPSハンナ病変なし」は、heterogeneousな疾患の集合であり、これから「IC/BPSハンナ病変あり」(ハンナ型IC)を分けることによって、薬の開発も行われやすく、薬の効果評価も明確なものになると期待される。5 主たる診療科泌尿器科膀胱水圧拡張術を保険診療として行うためには、施設基準が必要である。間質性膀胱炎(ハンナ型)(「IC/BPSハンナ病変あり」のこと)は、難病指定医により申請が可能である。日本間質性膀胱炎研究会ホームページに掲載されている「診療に応じる医師」が参考になるが、このリストは医師からの自己申告に基づくものであり、診療内容は個々の医師により異なる。日本排尿機能学会認定医のような、排尿障害に関する専門医が望ましい。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本間質性膀胱炎研究会(Society of Interstitial Cystitis of Japan:SICJ)(医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 間質性膀胱炎(ハンナ型)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)日本間質性膀胱炎研究会 ガイドライン作成委員会 編集. 間質性膀胱炎・膀胱痛症候群診療ガイドライン. リッチヒルメディカル;2019. 2)Hanno PM,et al. J Urol. 1999;161:553-557.3)Yamada Y,et al. Transl Androl Urol. 2015;4:486-490.4)Tomoe H. Transl Androl Urol. 2015;4:600-604.5)Tomoe H, et al. Arab Journal of Urol. 2019;17:77-81.6)Whitmore KE, et al. Int J Urol. 2019;26:26-34.公開履歴初回2019年7月9日

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腰痛診療ガイドライン2019発刊、7年ぶりの改訂でのポイントは?

 2019年5月13日、日本整形外科学会と日本腰痛学会の監修による『腰痛診療ガイドライン2019』(編集:日本整形外科学会診療ガイドライン委員会、腰痛診療ガイドライン策定委員会)が発刊された。本ガイドラインは改訂第2版で、初版から実に7年ぶりの改訂となる。いまだに「発展途上」な腰痛診療の道標となるガイドライン 初版の腰痛診療ガイドライン作成から現在に至るまでに、腰痛診療は大きく変遷し、多様化した。また、有症期間によって病態や治療が異なり、腰痛診療は複雑化してきている。そこで、科学的根拠に基づいた診療(evidence-based medicine:EBM)を患者に提供することを理念とし、『Minds 診療ガイドライン作成の手引き 2014』で推奨されるガイドライン策定方法にのっとって腰痛診療ガイドライン2019は作成された。腰痛診療ガイドライン2019は9つのBackground Questionと9つのClinical Question 腰痛診療ガイドライン2019では、疫学的および臨床的特徴についてはBackground Question (BQ)として解説を加え、それ以外の疫学、診断、治療、予防についてはClinical Question (CQ)を設定した。それぞれのCQに対して、推奨度とエビデンスの強さが設定され、益と害のバランスを考慮して評価した。推奨度は、「1.行うことを強く推奨する」、「2.行うことを弱く推奨する(提案する)」、「3.行わないことを弱く推奨する(提案する)」、「4.行わないことを強く推奨する」の4種類で決定する。エビデンスの強さは、「A(強):効果の推定値に強く確信がある」、「B(中):効果の推定値に中程度の確信がある」、「C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である」、「D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない」の4種類で定義される。腰痛診療ガイドライン2019では腰痛の定義がより明確に 腰痛診療ガイドライン2019において、腰痛は「疼痛の部位」、「有症期間」、「原因」の3つの観点から定義された。疼痛の部位からの定義では、「体幹後面に存在し、第12肋骨と殿溝下端の間にある、少なくとも1日以上継続する痛み。片側、または両側の下肢に放散する痛みを伴う場合も、伴わない場合もある」とされた。有症期間からは、発症から4週間未満のものを急性腰痛、発症から4週間以上3ヵ月未満のものを亜急性腰痛、3ヵ月以上継続するものを慢性腰痛と定義した。原因別の定義では、「脊椎由来」、「神経由来」、「内臓由来」、「血管由来」、「心因性」、「その他」に分類される。とくに「悪性腫瘍」、「感染」、「骨折」、「重篤な神経症状を伴う腰椎疾患」といった重要疾患を鑑別する必要がある。腰痛診療ガイドライン2019では運動療法は慢性腰痛に対して強く推奨 腰痛診療ガイドライン2019では、運動療法については「急性腰痛」、「亜急性腰痛」、「慢性腰痛」のそれぞれについて評価され、そのうち「慢性腰痛」に対しては、「運動療法は有用である」として強く推奨(推奨度1、エビデンスの強さB)されている。それに対して、「急性腰痛」、「亜急性腰痛」に対してはエビデンスが不明であるとして推奨度は「なし」とされた。腰痛診療ガイドライン2019では各薬剤の推奨度とエビデンスの強さを評価 腰痛診療ガイドライン2019が初版と大きく異なる点は、推奨薬の評価方法である。まず、腰痛診療ガイドライン2019では、「薬物療法は疼痛軽減や機能改善に有用である」として、強く推奨(推奨度1、エビデンスの強さB)されている。そのうえで、腰痛を「急性腰痛」、「慢性腰痛」、「坐骨神経痛」に区別して、各薬剤についてプラセボとのランダム化比較試験のシステマティックレビューを行うことでエビデンスを検討し、益と害のバランスを評価して推奨薬を決定した。オピオイドについては、過量使用や依存性を考慮して弱オピオイドと強オピオイドに分けられている。 腰痛診療ガイドライン2019での各薬剤の推奨度とエビデンスの強さは以下のとおり。●急性腰痛に対する推奨薬<非ステロイド性抗炎症薬> 推奨度1、エビデンスの強さA<筋弛緩薬> 推奨度2、エビデンスの強さC<アセトアミノフェン> 推奨度2、エビデンスの強さD<弱オピオイド> 推奨度2、エビデンスの強さC<ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液> 推奨度2、エビデンスの強さC●慢性腰痛に対する推奨薬<セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬> 推奨度2、エビデンスの強さA<弱オピオイド> 推奨度2、エビデンスの強さA<ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液> 推奨度2、エビデンスの強さC<非ステロイド性抗炎症薬> 推奨度2、エビデンスの強さB<アセトアミノフェン> 推奨度2、エビデンスの強さD<強オピオイド>(過量使用や依存性の問題があり、その使用には厳重な注意を要する) 推奨度3、エビデンスの強さD<三環系抗うつ薬> 推奨度なし*、エビデンスの強さC(*三環系抗うつ薬の推奨度は出席委員の70%以上の同意が得られなかったために「推奨度はつけない」こととなった)●坐骨神経痛に対する推奨薬<非ステロイド性抗炎症薬> 推奨度1、エビデンスの強さB<Caチャネルα2δリガンド> 推奨度2、エビデンスの強さD<セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬> 推奨度2、エビデンスの強さC

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