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推奨通りの脂質低下療法で何万もの脳卒中や心筋梗塞を回避可能か

 スタチンなどの脂質低下薬の使用が推奨される米国の患者数と実際にそれを使用している患者数との間には大きなギャップがあり、毎年何万人もの人が、脂質低下薬を服用していれば発症せずに済んだ可能性のある心筋梗塞や脳卒中を発症していることが、新たな研究で明らかにされた。米ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院疫学教授のCaleb Alexander氏らによるこの研究結果は、「Journal of General Internal Medicine」に6月30日掲載された。 Alexander氏らは、まず、米国国民健康栄養調査(NHANES)に2013年から2020年にかけて参加した40〜75歳までの米国成人4,980人のデータを解析した。このサンプルは、同じ年齢層の米国成人約1億3100万人を代表するように統計学的に重み付けされた。解析では、米国およびヨーロッパの脂質低下療法(LLT)に関する薬物治療ガイドラインが完全に実施された場合に、治療状況やアウトカムがどの程度改善されるかが予測された。解析は、米国心臓協会(AHA)/米国心臓病学会(ACC)ガイドライン(2018年米国ガイドライン)、欧州心臓病学会(ESC)/欧州動脈硬化学会(EAS)ガイドライン(2019年EUガイドライン)、LDLコレステロール(LDL-C)低下のための非スタチン療法の役割に関するACC専門家決定方針(2022年米国決定方針)の3種類に基づいて行われた。 研究参加者の心血管リスクは、2018年米国ガイドラインを用いて、以下の順序で評価された;1)アテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の有無、2)重度の原発性高コレステロール血症(LDL-Cが190mg/dL以上)、3)糖尿病で、LDL-Cが70~189mg/dL、4)現在LLTを実施中、5)糖尿病およびASCVDを伴わず、LDL-Cが70~189mg/dL。最後の項目については、Pooled Cohort Equations(PCE)を用いて10年間のASCVD発症リスクを推定し、低リスク、ボーダーラインリスク、中リスク、高リスクに分類した。また、臨床的心血管疾患(冠動脈疾患、狭心症、心筋梗塞、脳卒中などの自己申告)の既往が確認された者は「二次予防コホート」、それ以外は「一次予防コホート」と定義された。2019年EUガイドラインおよび2022年米国決定方針についても、2018年米国ガイドラインと同様の手法で層別化とリスク分類を行った。 NHANESの一次予防コホートに該当する1億1630万人のうち、現在LLTを受けている患者は23%であった。これに対し、LLTの適応基準を満たす患者(以下、適応患者)の割合は、2018年米国ガイドラインで47%、2019年EUガイドラインでは87%、2022年米国決定方針では47%と推定され、実施率は推奨に基づく想定を大きく下回っていることが示された。薬剤別に見ると、スタチンでは適応患者(適応率100%)のうち66%が治療を受けていたのに対し、エゼチミブでは適応患者(適応率31~74%)の4%のみが使用など、全ての治療法において、実施率は適応患者数を大きく下回っていた。 また、2018年米国ガイドライン通りにLLTが実施されていれば回避できたと推定される1年当たりの心血管系の有害イベント数は、冠動脈疾患による死亡で3万9,196件、非致死的な心筋梗塞で9万6,330件、冠動脈血行再建術で8万7,559件、脳卒中で6万5,063件に上った。さらに、ガイドラインごとに推定値に差はあるが、スタチン適応の患者全てが同薬を使用すれば平均LDL-C値は急激に低下し、心筋梗塞や脳卒中のリスクは最大で27%低下する可能性や、LLTでこれらのアウトカムを予防すれば、米国の医療費を年間253億~317億ドル(1ドル146円換算で3兆6900億~4兆6300億円)節約できる可能性のあることも示唆された。 研究グループは、患者教育およびスクリーニング方法の改善により、必要な人が確実にスタチンを使用できる体制の構築が重要であると強調している。

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中絶禁止措置による出生率への影響は格差拡大につながる(解説:前田裕斗氏)

 本研究は2021年9月1日から2022年8月25日までの間に中絶禁止措置を導入した14州において、出生率がどの程度変化したか、またどのような層が影響を強く受けたかについて検討したものである。疫学的に精巧な手法を用いており、詳しい説明は省くがごく簡単に言えば、対象とならなかった州の出生率のデータなどを用いて、各サブグループごとの出生率をモデル予測し、実際の観測値との差を取ることで中絶禁止措置の出生率に対する効果を見ている。これは地域ごとの時間による出生率の変動を考慮するためだ。 結果は15~44歳の女性1,000人当たり1.01追加の出生が中絶禁止措置によりもたらされ、その影響は若年・未婚・高卒など、社会的に脆弱性の高い層でとりわけ大きかった。日本でこのような中絶禁止措置が採られることは考えにくいが、思考実験として、もし行われたらどうなるだろうか。おそらく、社会的格差の大きい米国ほどではないが、同様の結果が得られるはずだ。格差の拡大はもちろん、子どものマルトリートメントにもつながる可能性が高い。この措置は宗教的な面も多分にあるが、たとえ少子化対策としてでも実施すべきではないことを疫学的に精緻に示した素晴らしい研究である。

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MRがこの1年で3,000人減少、かつての花形の職業は今…【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第156回

皆さんの肌感では、MR(医薬情報担当者)の情報提供活動は増えていますか? 減っていますか? 年に1度のMRの状況について調査した結果がMR認定センターより発表されました。かつての花形の職業に大きな変化が生じています。MR認定センターは7月15日、4月に実施したMRの実態や教育研修に関する調査結果をまとめた25年度版MR白書を公表。24年度のMR数は前年度より3073人減の4万3646人に減り、23年度(同2963人減)に続いて3000人規模の減少となった。要因としては「MRを多数雇用してきた企業での早期希望退職の影響が大きかった」と分析する。MR数は13年度以降、減少傾向が続き、今回の下げ幅は20年度(3572人減)に次ぎ大きかった。調査に回答した199社のうち20%以上MR数を減らした会社は19社に上った。(2025年7月16日 RISFAX)MRはここ10年ほどで役割や働き方がもっとも大きく変化した職業の1つといえるかもしれません。医薬品に添付文書が封入されなくなり、医薬品情報の入手はインターネット経由が主流になりました。過度な接待が注目を浴びて規制が設けられたり、製品説明会のお弁当額に上限が設けられたりもして、医師と気軽に話せる機会が減りました。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行時は医療機関に訪問規制が設けられ、とうとう医師に会うこともままならなくなるなど、さまざまな環境の変化がありました。それに伴い、製薬会社のMRの役割や業務が変化しています。私が薬剤師として社会に出たのはもう20年も前になりますが、その頃のMRは薬学部の学生だけでなく、ほかの学部からも就職希望が殺到する花形の職業でした。今は花形ではないというわけではないのですが、いかんせん新卒採用が減り続けています。昨年度のMR認定試験合格者数は1,137人で、5年前の2分の1、10年前の4分の1程度に減っています。「MR白書」では、MR認定センターが製薬会社約200社にアンケート調査を実施し、MRを取り巻く環境や業務の実情、その変遷が取りまとめられています。この調査は毎年実施されており、「2001年の開始以来、歴史的にも調査規模としても製薬業界全体のMRの実態を示す静態調査」とMR認定センター自らがうたっているように、「MRや医薬品情報提供の今」が垣間見えます。2025年度版MR白書では、以下のようなことが報告されています。昨年に比べ、MR数は3,073名(6.6%)減であった。1,000名以上の大きな会社での早期希望退職の影響があったと考えられる。新卒採用をした会社は34.3%であった。コントラクトMRは横ばい。経験者で即戦力となるMRの役割は大きい。薬剤師資格を有するMRは、MR数と同様に減少傾向が続き、過去最低となった。製薬会社のMRがいなくなることはないでしょうが、これらの結果を見るとこれから先もMRは減少傾向となることは間違いないように思います。医師への食事提供ルールが来春から厳格化されるなど、さらなる自主規制が進められていますが、個人的には、未承認薬の情報提供の規制など、新しい医薬品や既存の医薬品の未承認薬効の情報開示などに関しては、私は今の規制はちょっと厳しすぎるのではないかとも思っています。2026年度には、新しいMR認定試験が開始されます。インターネットによる情報提供が定着してきた今、MRが何を担う職業になるのか、医薬品情報を使用する薬剤師としては少し気になるところです。

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根性より水分!〜令和の夏を生き抜く医学的戦略〜【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第86回

地球温暖化を実感する毎日暑い!暑い!暑すぎです。もはや「暑い」では生ぬるく、「熱い」と書きたくなる今日このごろです。この原稿を執筆しているのが7月10日ですが、私が住む滋賀県草津市でも最高気温は連日35度を超える猛暑が続いています。私は幼少期を石川県金沢市で過ごしました。小学生のころ、絵日記を兼ねた夏休み帳に気温と天気を欠かさず記録していました。真面目な子供だったのです(エッヘン)。その頃の記憶をたどってみると、7月下旬に30度超えの日がしばらく続くのが真夏でした。それでも最高気温はせいぜい33度ほど。8月になると30度を超える日もありますが、最高気温が28~29度にとどまるのが普通でした。エアコンはありませんでしたが、庭に水でも撒けば快適に昼寝することができました。エアコンの必要性を感じないというか、エアコンなる装置の存在すら知らなかったのが正直なところです。もう四季ではない、五季だ!かつて日本には、春夏秋冬という美しい四季がありました。これは過去の思い出です。最近はどうも様子が変です。春は短く、秋はどこかに失踪しました。夏が巨大化して長居します。昨年、大手アパレル企業が年間の販売計画を「四季」ではなく、「五季」で考えると発表し話題になりました。日本の四季の区分は、春は3~5月、夏は6~8月、秋は9~11月、冬は12~2月という気象庁の定義があり、それぞれ3ヵ月間に等分されます。五季の提案は、春が3~4月(2ヵ月)、夏が5~7月(3ヵ月)、猛暑が8~9月(2ヵ月)、秋が10~11月(2ヵ月)、冬が12~2月(3ヵ月)です。独立した季節として猛暑を設けたのです。確かに今の夏は、猛獣のように暴れています。実は夏場に多い急性心血管疾患五季はアパレル業界の販売戦略上の提案ですが、気候変動は循環器領域の疾患の発生にも影響します。心筋梗塞などの心臓病は、一般には冬場に多くみられますが、実は夏場に発症する場合も多いことがわかってきました。猛暑下では、高齢者だけでなく50歳以下の若年者も突然発症する危険があります。夏場に発症する心臓病の多くは、暑さによる脱水症状が誘因です。猛暑が密かに牙をむくのは、熱中症だけではないのです。こういった気温などの環境要因と疾患の発症率の関係については多くの研究が報告されています。JAHA誌に2025年5月に掲載された「Temperature Exposure and Acute Cardiovascular Disease Risk in New York City(ニューヨーク市における気温曝露と急性心血管疾患リスク)」というタイトルの興味深い論文があります1)。これによると、最高気温・最低気温・平均気温が高いほど虚血性脳卒中の確率が高くなり、日中の気温差が小さいほど心筋梗塞の確率が高くなるそうです。地球温暖化に伴い、単に気温が上昇するだけでなく、気温差の減少も見込まれるので、心血管イベントの増加が懸念されるとしています。根性だけでは乗り切れない予防策を考えてみましょう。「水を飲む」──シンプルですが、それだけに侮れません。のどが渇く前に飲む。外で働く人も、屋内にいても、冷房に当たっていても油断禁物です。汗は気付かぬうちに蒸発していきます。とにかく、こまめに。のどが渇く前に飲む。トイレが近くなるのを気にしてはいけません。「トイレが近くなるから控えよう」は命取りです。むしろ「出る」ということは「うるおっている」という証です。出るものが出ているうちは、体もうるおっているのです。今や、夏の代名詞である甲子園も変わりつつあります。日本高校野球連盟によれば、選手の暑さ対策のため、今年の夏の大会から開会式を夕方午後4時から実施することを決めました。開会式の後は午後5時半から1試合、開幕試合のみを行います。試合を午前と夕方に分けて行う2部制を、大会1日目から6日目まで実施します。昭和の根性一本槍では、もはや命が持ちません。球児たちも、今ではまず水分補給と塩分チャージです。昭和生まれはどうも「我慢=美徳」という文化の中で育ってきました。「昔はエアコンなんかなくても平気だった」「水は飲まずに部活を乗り切った」、そんな武勇伝は今では語り草です。気候が変われば時代も変わるのです。令和の猛暑は、昭和の夏とは別物です。根性論だけでは倒れます。冷房を使うのは「甘え」ではありません。命を守る行動です。日傘も帽子も、身を守る武装つまり鎧(よろい)です。男性の日傘も、最近は「日陰を持ち歩くダンディ」として注目されつつあります(たぶん)。五季を乗りこなせ!私たちはいま、「四季に生きる」時代から、「五季を乗りこなす」時代へと移行しています。そしてこの第五の季節「猛暑」は、静かに血液を濃くし、心筋梗塞という形で命を奪う危険すら秘めているのです。だからこそ、今日の1杯の水、1回の涼み時間、ちょっとした休憩が、命を守る戦略になるのです。それは「甘え」ではなく「戦略」です。最後に一句。「水ひとつ 命を守る 猛暑かな」あなたのその一口が、心臓を守り、今年の夏を乗り切る小さな一歩になるかもしれません。どうか、「我慢」より「安全に」を合言葉に。根性論への皮肉の一句。「我慢する 美徳が死因 この猛暑」参考1)Krasnov H, et al. Temperature Exposure and Acute Cardiovascular Disease Risk in New York City: Case Time Series. J Am Heart Assoc. 2025;14:e039503.

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異物除去(1):異物の確認【一目でわかる診療ビフォーアフター】Q145

異物除去(1):異物の確認Q145手などの表皮の皮内、皮下に異物を混入させて受診するケースがある。肉眼で異物を確認できることもあるが、既知の評価方法では、レントゲンやエコーで評価する場合もある。ほかにも異物を目視できるデバイスがあるだろうか。

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MASLDの目標体重は?【脂肪肝のミカタ】第7回

MASLDの目標体重は?Q. MASLD治療の現状と体重の目標設定は?代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)に対して、本邦で推奨されている治療は食事・運動両面からの体重減量が基本である。そのほか、提案されている治療として併存疾患(2型糖尿病、肥満症、脂質異常症)に対する治療が挙げられる。高度の肥満症では、減量手術も選択肢となる1-3)。減量目標として、本邦を含むアジアでの非肥満MASLD症例も多いことを踏まえ、2024年に欧州肝臓学会ガイドラインでは、BMIに応じた体重減量の基準が設定された。具体的には、BMI 25.0kg/m2以上の症例では従来通り、体重5%以上の減量で脂肪化が改善し、7%以上の減量で炎症や線維化が改善するとされた。BMI 25.0kg/m2未満では体重3~5%の減量が妥当とされた(図1)2)。(図1)MASLDの体重減量の目標画像を拡大する 1) Rinella ME, et al. Hepatology. 2023;77:1797-1835. 2) European Association for the Study of the Liver (EASL) ・ European Association for the Study of Diabetes (EASD) ・ European Association for the Study of Obesity (EASO). J Hepatol. 2024;81:492-542. 3) 日本消化器病学会・日本肝臓学会編. NAFLD/NASH診療ガイドライン2020. 南江堂

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尿路感染症へのエコー(2):尿管結石と水腎症【Dr.わへいのポケットエコーのいろは】第2回

尿路感染症へのエコー(2):尿管結石と水腎症前回、ポケットエコーを用いて膀胱の全貌を観察し、膀胱虚脱を描出できるようになるための手技について解説しました。今回は、「尿路結石を指摘できる」「水腎症がわかる」という目標を設定してポケットエコーの手技を解説していきます。尿管結石を指摘できる尿ジェットという言葉を聞いたことがあるでしょうか? おそらく聞いたことがない人がほとんどではないでしょうか。尿ジェットというのは、腎臓で産生された尿が膀胱に流れてくる現象を表す言葉です。膀胱と腎臓の間に尿管が走っており、その尿管と膀胱がつながる場所が背側に存在します。これを尿管膀胱移行部といいます。尿管膀胱移行部から膀胱内へ尿が移動する際は持続的にゆっくり溜まるのではなく、間欠的に噴出(尿ジェット)します(図1)。そのため、尿管結石の痛み方も持続痛ではなく、間欠痛が特徴になっています。そして、移行部が尿管結石の詰まりやすい箇所となります。図1 腎臓から膀胱への尿の移動画像を拡大するでは、実際のエコーの手技を見ていきましょう。飲水量が多くなると尿ジェットの頻度は上昇し、飲水量が少ないときは尿ジェットの頻度は減少します。動画でお見せしたとおり、尿ジェットが出ている部分が移行部であるため、尿管膀胱移行部の観察により尿路結石を特定することができます(図2赤矢印)。図2 尿ジェットと尿管結石の関係画像を拡大する水腎症がわかるつづいて、水腎症をカラードプラで確認する方法を紹介します。まず、動画を見ていきましょう。ここでは腎臓をきれいに描出し、腎盂をしっかりと観察してカラードプラを当てていきます。いかがでしょうか? 手技は意外と簡単だったのではないでしょうか。動画の被験者は健康成人であるため、わかりにくい部分もあったかもしれません。実際に尿管結石による水腎症の症例では、カラードプラが乗っていない部分があり、腎盂が拡張していることがわかります(図3)。図3 水腎症のエコー像画像を拡大するそれでは、次回は「腎臓の圧痛の見方」「腎臓を長軸にきれいに描出する方法」について紹介します。

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第276回 幼い子が昼寝すると夜に眠れなくなるという心配は杞憂らしい

幼い子が昼寝すると夜に眠れなくなるという心配は杞憂らしい夜に眠れなくなるかもしれないと心配して、親は子に昼寝しないようにするかもしれません。フランスでの試験結果によるとその心配はどうやら不要で、幼い子のしばしの昼寝は夜の眠りに差し障ることなく睡眠総量を増やすようです1,2)。赤ちゃんや幼い子はたいてい昼寝します。その習慣は記憶の発達に不可欠なようです。3~5歳ぐらいになると昼寝の習慣はたいていなくなります。しかしその時期はまちまちなので、多くの親は子の昼寝の扱いに悩まされます。昼寝が夜の睡眠を妨げたり貴重な学習時間が減ったりしてしまうのではないかと懸念する親や先生もいます。そこでフランスのリヨン大学のStephanie Mazza氏らは、同国の6つの幼稚園の子を募って幼い子の昼寝がはたして夜の睡眠に実害を及ぼすかどうかを調べました。手関節につける睡眠計を2~5歳の85人に渡し、平均8日弱(7.8日間)の睡眠時間が測定されました。その記録と親の睡眠日誌から、昼寝1時間当たり平均して夜の睡眠時間が13.6分短縮し、入眠時間(sleep onset latency)が6分ほど延長しました。24時間の総睡眠時間はというと、昼寝した日には45分ほど長くなっていました。米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine)や世界保健機関(WHO)によると、3~5歳の小児は1日に少なくとも10時間の睡眠が必要です3,4)。今回の試験の小児の1日当たりの平均睡眠時間は9時間20分であり、必要な時間に40分ほど足りていませんでした。しかし昼寝した日は総睡眠時間が45分ほど多いので、学会やWHOが指南する最低必要量にだいたい到達します。昼寝は就寝をいくらか遅らせるかもしれないものの睡眠総量を増やすことを今回の試験結果は示唆しており、親は6歳前の子が昼寝を依然として必要としていたとしても気に病む必要はない、とMazza氏は言っています2)。同氏によると、子の昼寝は問題視するに及ばず、貴重な休息時間とみなすべきです。刺激的な環境で過ごす子にとってはとくにそうでしょう。ところで大人はどうなのかというと、昼寝が認知機能不良の印らしいとする報告がある一方で、有益らしいことも示唆されています。とくに、計画的な昼寝は認知や記憶の検査成績を良くするらしく、頭の働きを最適化する手段となりうるようです5)。一方、何らかの基礎疾患の現れとして昼間の過度の眠気や昼寝が生じることもあるようです。過度の眠気や昼寝は心血管疾患やその危険因子6-10)、腎臓の不調11)、はては死亡率上昇12)などと関連することが示されており、それら事態の発見や対策の手がかりとしても役立つようです。 参考 1) Reynaud E, et al. Research Square. 2025 Jul 1. 2) Why you shouldn't worry a nap will stop your child sleeping at night / NewScientist 3) Paruthi S, et al. J Clin Sleep Med. 2016;12:1549-1561. 4) Guidelines on physical activity, sedentary behaviour and sleep for children under 5 years of age / WHO 5) Leong RLF, et al. Sleep Med Rev. 2022;65:101666. 6) Blachier M, et al. Ann Neurol. 2012;71:661-667. 7) Newman AB, et al. J Am Geriatr Soc. 2000;48:115-123. 8) Wannamethee SG, et al. J Am Geriatr Soc. 2016;64:1845-1850. 9) Tanabe N, et al. Int J Epidemiol. 2010;39:233-243. 10) Zonoozi S, et al. BMJ Open. 2017;7:e016396. 11) Ye Y, et al. PLoS One. 2019;14:e0214776. 12) Leng Y, et al. Am J Epidemiol. 2014;179:1115-1124.

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コーヒー摂取量と便秘・下痢、IBDとの関連は?

 コーヒーは現在世界で最も広く消費されている飲料の1つであり、米国では成人の約64%が毎日コーヒーを飲み、1日当たり約5億1,700万杯のコーヒーが消費されているという。コーヒーに含まれるカフェインが消化器症状に与える影響は、世界中で継続的に議論されてきた。カフェイン摂取と排便習慣、および炎症性腸疾患(IBD)との関連性を調査した中国医学科学院(北京)のXiaoxian Yang氏らによる研究結果が、Journal of Multidisciplinary Healthcare誌2025年6月27日号に掲載された。 研究者らは、2005~10年の国民健康栄養調査(NHANES)のデータを利用し、カフェイン摂取量を導き出した。排便習慣(便秘・下痢)およびIBDはNHANESの自己報告データに基づいて定義された。ロジスティック回帰モデルを用いて、カフェイン摂取量と慢性便秘、慢性下痢、IBDとの関連を評価した。年齢、性別、人種、教育レベル、社会経済的地位、喫煙状況、飲酒状況、BMIなどの潜在的な交絡因子を調整した。 主な結果は以下のとおり。・計1万2,759例の成人が対象となった。この中には腸機能正常(n=1万785)、慢性下痢(n=988)、慢性便秘(n=986)が含まれていた。・カフェイン摂取量と慢性下痢には、正の関連性が認められた。1日当たりのカフェイン摂取量が1単位(100mg)増加するごとに、慢性下痢のリスクは4%増加した(オッズ比[OR]:1.04、95%信頼区間[CI]:1.00~1.08)。・カフェイン摂取量と慢性便秘には、統計的に有意な関連性は認められなかった(OR:0.97、95%CI:0.93~1.02)ものの、U字型の非線形関係が認められた。便秘のリスクが最も低くなるのは1日当たり2.4単位(204mg)摂取した場合だった。これ未満の場合は、カフェイン摂取量が1単位増加するごとに慢性便秘のリスクが18%減少したが、これを超えると摂取量が1単位増加するごとにリスクが6%増加した。・カフェイン摂取量とIBDの間には有意な関連性は認められなかった。・サブグループ解析と相互作用検査の結果、60歳以上の高齢者において、カフェイン摂取量が増加するごとに慢性便秘のリスクが14%減少した(OR:0.86、95%CI:0.77~0.95)。 研究者らは「適量のカフェイン摂取は排便に役立つ可能性があるが、過剰なカフェイン摂取は慢性便秘を引き起こす可能性がある。また、高齢者の適切なカフェイン摂取は慢性便秘の予防に役立つ可能性があった。これらの結果から、臨床実践においては、排便の状態に応じてカフェイン摂取量を適切に調整することが推奨される可能性がある」とした。

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糖負荷後1時間血糖値は死亡予測マーカーになるか/東北大学

 将来起こりうる心疾患や悪性腫瘍を予防したいとは誰もが思う。これらを予測する生物学的マーカーについては、長年さまざまな研究が行われている。今回、この予測マーカーについて、東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野の佐藤 大樹氏らの研究グループは、岩手県花巻市大迫町の平均62歳の住民を対象に糖摂取後の血糖値と寿命の関係を調査した。その結果、ブドウ糖負荷後1時間血糖値(1-hrPG)が170mg/dL未満の群では、1-hrPG170mg/dL以上の群と比較して、心臓疾患などの死亡が少ないことが明らかになった。この研究結果は、PNAS NEXUS誌2025年6月2日号に掲載された。死亡予測にブドウ糖負荷後1時間血糖値170mg/dLが目安になる可能性 研究グループは、大迫町研究を基に前向きコホート研究として、75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を受けた993人の参加者を対象に糖負荷試験などの検査結果と死亡の関係を調査した。OGTT中に測定されたものを含む血液パラメーターを収集し、各パラメーターの中央値に基づいて研究対象を2つのグループに分け、両グループにおける追跡期間中の死亡率を分析した。さらに、正常耐糖能(NGT)の参加者595人を抽出し、1-hrPGと死亡率および死亡原因との関連性を分析した。 主な結果は以下のとおり。・平均追跡期間14.3年間では、評価したすべてのパラメーターのうち1-hrPGが、全原因死亡率と最も有意に関連していた。・NGTの参加者にフォーカスした場合、HarrellのC一致指数分析では、1-hrPG170mg/dL以上が全原因死亡率と最も強く関連していることが示された(0.8066)。・カプランマイヤー曲線では、3年目以降の追跡期間中、1-hrPG170mg/dL以上群の死亡率が、1-hrPG170mg/dL未満群のほぼ2倍であることが示された。・心血管疾患と悪性腫瘍は、高1-hrPG群の死亡率上昇に強く寄与していた。・1-hrPG170mg以上群は、NGTを有する参加者においては将来の死亡予測の強力な因子となる。・動脈硬化性疾患と悪性腫瘍は、共に死亡率の上昇に寄与していた。

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13年ぶり改定「尋常性白斑診療ガイドライン第2版」、ポイントは

 2012年の初版発表以降13年ぶりに、「尋常性白斑診療ガイドライン第2版2025」が公表された。治療アルゴリズムや光線療法の適応年齢の変更、2024年発売の自家培養表皮「ジャスミン」を用いた手術療法の適応の考え方などについて、ガイドライン策定委員会委員長を務めた大磯 直毅氏(近畿大学奈良病院皮膚科)に話を聞いた。治療アルゴリズムは疾患活動性の評価方法、全身療法の位置付けに変化 治療アルゴリズムの大きな変更点としては、疾患活動性を評価するための方法が明確になった点が挙げられる。尋常性白斑の疾患活動性に関連する臨床症状の評価および定量化のための方法として、2020年にVSAS(Vitiligo Signs of Activity Score)が発表された1)。VSASでは、1)紙吹雪様脱色素斑、2)ケブネル現象、3)低色素性境界部の3つの臨床症状を定義し、これらを基に評価が可能となっている。大磯氏は、「以前は主に病歴の聴取から進行期/非進行期を判断していたが、臨床症状から区別ができるようになったことは大きい。治療方針を決めるうえで進行期/非進行期の判断は重要なので、活用してほしい」と話す。 また今版のアルゴリズムでは、進行期・非分節型・15歳以上の症例については、はじめにステロイドミニパルスなどの全身療法を検討することが推奨されている。初版での光線療法や外用療法に続く位置付けから変更されたもので、同氏は「ある程度症状の強い進行期の患者さんに対しては、早めに全身療法を行い、進行を抑制することが重要」とした。光線療法の適応を10歳以上に引き下げ 今回、光線療法の適応が16歳以上から10歳以上に引き下げられた。欧州では光線療法の機器を用いて安全に受けることができる年齢という意味で7歳以上とされていた。紫外線療法を10歳未満で行うと将来的に老人性色素斑(日光黒子)が生じやすいという経験的な知見などを考慮し、今版では10歳以上とされた。 照射回数については、日光角化症リスクなどを評価した2020年に韓国から発表されたデータ2)を基に、委員会での検討を経て累積照射回数は200回までと推奨が記載されている。自家培養表皮「ジャスミン」発売、手術療法適応の考え方は? 自家培養表皮を使用した手術療法は、「健常部のダメージが少なく、理論的には拒絶反応も起こらないため安全性が担保される点がメリット」と大磯氏は話し、今後実臨床でのデータが蓄積することに期待を寄せた。適応となるのは、非進行期(12ヵ月以上非進行性)で外用療法や光線療法に抵抗性の12歳以上で、局所免疫のない患者だが、局所免疫があるかないかを評価する方法が現状ではない。そのため同氏は、「一部を植皮して生着を確認したうえで行うことが望ましいが培養表皮の製造には費用がかかるので、スクリーニングとして水疱蓋移植やミニグラフトで色素が定着するかどうかを確認したうえで行うこととなるのではないか」と述べた。外用療法の現状とJAK阻害薬への期待 尋常性白斑に対し保険適用のある外用薬は非常に限られており、「臨床医の先生方は困っておられることと思う」と大磯氏。ステロイドに関して本ガイドラインで示された推奨度は・非分節型(顔面・頸部を除く)1A・非分節型(顔面・頸部)2A・分節型および分類不能型 2Bで、「成人・小児ともに、非分節型の尋常性白斑に対してストロング(III群)のステロイド外用薬を1日1回塗布することを基本とし、年齢や部位に応じて強さをベリーストロング(II群)またはミディアム(IV群)に変更する」とされた。 欧米では、JAK阻害薬ルキソリチニブの外用薬が尋常性白斑に対して保険適用されている。同氏は今後日本でも使えるようになれば選択肢が広がり、外用療法がしやすくなると話し、承認への期待を寄せた。

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医師にも経営能力とリーダーシップが不可欠な時代のソリューション

 医療機関の経営環境が厳しさを増すなか、医師にも経営能力が求められている。順天堂大学の猪俣 武範氏は、眼科の臨床・研究の傍ら病院管理学研究室の准教授も務める。米国でMBAを取得し順天堂医院の経営にも携わる猪俣氏が提案する、多忙な医師が効率的に経営能力を身に付けるための解決策とは?――――――――――――――――――― 今、わが国の病院経営は危機的な状況にあります。診療報酬は抑制される一方、慢性的な人手不足で医療現場は疲弊し、病院の6割は赤字だと報じられています。医師も経営をしっかり学ばなければならない時代になったといえるでしょう。 より良い医療提供には収益を上げる必要があり、「経営」が不可欠です。しかし、病院経営者は医師法により医師が務めることが多いですが、残念ながら医師は経営のプロではありません。医学部では経営知識を学ぶ機会が少なく、現在の病院経営は、経営層の個人的資質や努力、事務職員の頑張りに依存しているのが現状です。医療チームを引っ張るリーダーシップは学んで身に付けられる 経営能力やリーダーシップが求められるのは病院経営者に限りません。実は、医師であれば、キャリアの各ステージであらゆる場面で経営能力やリーダーシップが必要とされています。 まずチーム医療では、管理職としてチームメンバーを管理する狭義のマネジメント能力が要求されます。外来や手術室を効率的に回すには患者数や所要時間などのデータを解析し、改善策を講じる必要があるでしょう。患者の管理はビジネスでいえば顧客管理ですし、患者の満足度を高めリピーターを増やすマーケティング手法も当然知っておくべきです。 クリニックを開業したら、否応なくクリニックの経営の舵取りをせねばなりません。大学で研究するにしても、研究プロジェクトを立案し収支を管理し成果を上げなくてはいけないという意味ではマネジメント能力が不可欠です。 医師にリーダーシップが求められるのは、わかりやすい例では、チーム医療を進める場面です。「あの人はリーダーシップがありますね」などと言うことも多く、リーダーシップはその人の生まれついた資質のように捉えている人もいると思いますが、リーダーシップ理論は学問としても確立されており、学習で身に付けることができます。米国でMD/MBAプログラムが急増した理由 実際、米国ではMD/MBAプログラムが増加傾向にあります。1990年に6校だったのが、20年間で約10倍に増加しました。米国で医師になるためには、4年制の通常の大学を卒業した後、4年制のメディカルスクール(医学部)に行くわけですが、デューク大学のように後半のメディカルスクールを5年に延長してMD(Medical Doctor)とMBAを同時に取得するコースもあります。 MBAは、Master of Business Administrationの略で、ビジネススクール(経営大学院)を修了すると得られる学位です。MBAのプログラムでは、人・モノ・金・情報という経営資源に関する体系的な学習、具体的には人事管理、財務会計、オペレーション、マーケティングなどのビジネススキルを学びます。さらに、リーダーシップ、コミュニケーション、チームワークなどのソフトスキルも習得していきます。ソフトスキルとは、いわば「解のない問題を解く能力」であり、ビジネスの現場で必須となるスキルです。そして、先述したように、それは医療現場でも同じなのです。 私自身は眼科医ですが、眼免疫の研究のためにハーバード大学に3年半留学した際に、ボストン大学にも通い、MBAを取得しました。研修医の頃から、医師もビジネスをきちんと学ぶべきだと考えており、眼科医としての研究留学の際にビジネススクールに並行して進学しようと密かに準備していました。 2015年の帰国後も、順天堂大学で眼科医として臨床を続けていますが、順天堂医院の第三者機能認証のリーダーを務めるなど病院経営にも携わるようになり、研究面でもデジタルヘルス、ビッグデータ解析などのスタートアップを創業するなど、MBAで学んだビジネススキルを存分に活かしています。「順天堂大学 医療MBAエグゼクティブコース」が提供する最大の価値とは? 冒頭で述べたような問題意識と私自身の経験から、3年前に立ち上げたのが「順天堂大学病院管理学研究室 医療MBAエグゼクティブコース」です。病院経営層や医療経営を学びたい医師などを対象に、医療経営に特化してMBAスキルを効率的に学べるプログラムになっています。経営を本格的に学ぼうと思えばビジネススクールにしっかり通ってMBAを取得するのが一番いいのでしょうが、時間も費用もかなりかかり現役臨床医にはハードルが高いと思います。そこでこのコースでは、MBAスキルを医療経営に活かすために最も重要な、コアとなる部分を凝縮して極力手軽に学べるように工夫しました。 経営戦略、アカウンティング、ファイナンス、マーケティングなど主要なビジネススキルは当然押さえていますが、リーダーシップ、コミュニケーション、ネットワーキングなどのソフトスキルを重視しているのも特徴です。それは、私自身がMBA取得の課程で得た最大の価値であり、実際に日々の業務に最も役立っていると感じているからでもあります。 「順天堂大学病院管理学研究室 医療MBAエグゼクティブコース」は今年3年目を迎えますが、受講生同士のつながりも活発で、1期生、2期生を交えたアルムナイのコミュニティもできています。医療界で同じような境遇にあり、似たような課題を持つ人々とのコミュニケーション、ネットワーキングはそれ自体が得難い価値だといえます。微力ですが、今後もこのコースを通じて、日本の医療の課題解決に貢献していきたいと考えています。(談)―――――――――――――――――――「順天堂大学病院管理学研究室 医療MBAエグゼクティブコース」 参加申し込みはこちら猪俣 武範氏 順天堂大学 病院管理学・眼科准教授/医学博士/MBA 2006年順天堂大学医学部医学科卒業。2012年順天堂大学大学院眼科学にて医学博士号ならびに日本眼科学会認定眼科専門医取得。2012年からハーバード大学医学部スケペンス眼研究所へ留学。留学中にはボストン大学経営学部Questrom School of BusinessでMBA取得。2019年12月より順天堂大学医学部眼科学講座准教授として、臨床、研究、教育、経営に携わる。同大学AIインキュベーションファーム副センター長、病院管理学研究室准教授併任。2020年に順天堂大学発ベンチャーInnoJin株式会社を創業し代表取締役社長。

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わが国の乳房部分切除術後の長期予後と局所再発のリスク因子~約9千例の後ろ向き研究/日本乳学会

 近年の乳がん治療の進歩によって、乳房部分切除術後の局所再発率と生存率が変化していることが推測される。また、乳房部分切除術の手技は国や解剖学的な違いによって異なり、国や人種の違いが局所再発リスクのパターンに影響する可能性がある。今回、聖路加国際病院の喜多 久美子氏らは、日本のリアルワールドデータを用いた多施設共同コホート研究で、近年の日本における乳房部分切除術後の局所再発率と予後、局所再発のリスク因子を検討し、第33回日本乳学会学術総会で報告した。本研究より、発症時若年、腫瘍径2cm以上、高Ki-67、脈管侵襲、術後療法や放射線療法を受けていないことが局所再発のリスク因子であり、術後療法はすべてのサブタイプで局所再発リスク低減に寄与することが示唆されたという。 本研究は多施設共同後ろ向きコホート研究で、2014~18年に国内25施設でStage0~III乳がんで乳房部分切除術を受けた患者を登録した。評価項目は、局所再発率、無病生存期間(DFS)、全生存期間(OS)であった。  主な結果は以下のとおり。・計8,897例を登録し、平均年齢は57.1歳、99.8%がアジア系であり、59.4%がT1、51.0%がStage I、70.2%がER+/HER2-であった。治療は化学療法が31.1%、放射線療法は86.7%で実施されていた。切除断端陽性は7.3%にみられた。・追跡期間中央値は6.6年で、10年局所再発率は4.6%、DFS率は86.2%、OS率は94.1%であった。・局所再発率はStage I、DCIS、II、IIIの順に良好で、最も良好なサブタイプはER+/HER2-であった。・切除断端陽性と放射線治療なしは局所再発と有意に関連していた。・多変量解析の結果、以下の因子で局所再発リスクとの関連がみられた。 - 発症時40歳未満・腫瘍径2cm以上・高Ki-67:ER+/HER2-で高リスクと関連 - ER+:全集団で低リスクと関連 - 脈管侵襲:トリプルネガティブで高リスクと関連 - 術後療法:すべてのサブタイプで低リスクと関連 - 術前化学療法:ER+/HER2-で高リスクと関連 - 放射線療法:すべてのサブタイプで低リスクと関連 - 内分泌療法(ER+/HER2-のみ):低リスクと関連 喜多氏は「直接比較はできないが、ヒストリカルデータと比較して局所再発率は改善しており、治療や放射線療法の進歩、術前画像診断技術の向上によるのではないか」と考察した。また、ER+/HER2-で術前化学療法を受けた患者で局所再発率が高かったことから、「EBCTCGメタ解析でも同様の傾向が観察されたため、とくにER+/HER2-において術前化学療法後の局所再発を減少させるため、慎重な手術計画が必要かもしれない」と指摘した。最後に喜多氏は、「近年におけるわれわれのデータはわが国の乳房部分切除術の予後が以前より改善していることを示しており、毎年多くの新規全身療法が導入されるなか、最適な手術戦略を検討する際には最新データを反映させる必要がある」と述べ講演を終えた。

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高所得のアジア太平洋地域の男性片頭痛、女性とは対照的に増加傾向

 片頭痛は有病率の高い神経疾患であり、年齢や性別を問わず生活の質に大きな影響を及ぼす疾患である。さまざまな人口統計学的グループでの影響が報告されているが、既存の研究は主に一般集団、女性、青少年に焦点が当てられており、男性が経験する片頭痛負担については、十分に調査されていなかった。中国・同済大学のHaonan Zhao氏らは、男性における30年にわたる片頭痛の影響に関する知見を明らかにするため、1990〜2021年の世界疾病負担研究(Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors study:GBD)のデータを用いて、10〜59歳の男性片頭痛の世界的な有病率、発症率、障害調整生存年(DALY)を評価した。Frontiers in Neurology誌2025年6月6日号の報告。 主な結果は以下のとおり。・1990~2021年にかけて、10〜59歳の男性における片頭痛負担は、世界で大幅に増加した。・片頭痛の発症率は46.55%、有病率は56.54%、DALYは56.95%の増加が認められた。・社会人口統計学的指標(SDI)中の地域では、負担の増加が最も顕著であった。・国家間レベルでは、ベルギーは有病率、DALYが最も高く、インドネシア、フィリピンは発症率が最も高かった。・年齢・時代・コホート分析では、10〜14歳で発症率はピークに達し、有病率およびDALYは30〜44歳でピークに達することが判明した。・ほとんどの地域において、人口増加が負担増加の主な要因であった。・男性の片頭痛の負担は、今後も増加し続けると予測された。 著者らは「本論文は、高所得のアジア太平洋地域において、男性の片頭痛負担は、女性の傾向とは対照的に、独特の増加傾向を示すことを明らかにした。10〜59歳の男性における片頭痛負担は、30年間増加しており、今後も増加し続けることが予想される。とくに注目すべきは、発症率は10〜14歳で最も高いのに対し、有病率およびDALYは30〜44歳でピークに達する点である。この問題に対処するためには、青年期における1次予防に重点を置き、中年期における2次、3次予防戦略を実施し、男性の片頭痛負担全体を減らす必要がある。さらに、これまでの研究結果とは異なり、高所得のアジア太平洋地域における片頭痛の負担は増加傾向であることも判明した」と結論付けている。

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急性期脳梗塞、再灌流後のtenecteplase動脈内投与の有効性、安全性は?/JAMA

 主幹動脈閉塞(LVO)を伴う急性期脳梗塞を呈し、最終健常確認時刻から4.5~24時間以内に血管内血栓除去術(EVT)を受け再灌流を達成した患者に対するtenecteplase動脈内投与は、症候性頭蓋内出血(sICH)または死亡のリスクを増加させることなく、90日時点の神経学的アウトカムが良好となる可能性が高いことが示された。中国・Capital Medical UniversityのZhongrong Miao氏らANGEL-TNK Investigatorsが前向き非盲検エンドポイント盲検無作為化試験の結果を報告した。ただし、有効性の副次解析では主要解析の所見を裏付けることができなかった。そのため著者は、「さらなる試験を行い、結果を検証する必要がある」とまとめている。LVOを伴いEVTが奏効した急性期脳梗塞患者に対するtenecteplase動脈内投与の有効性・安全性は明らかになっていない。JAMA誌オンライン版2025年7月5日号掲載の報告。90日時点の良好なアウトカムを評価 試験は、2023年2月16日~2024年3月23日に中国の19施設で行われた。最終追跡日は2024年7月4日。 LVOを伴う急性期の前方循環脳梗塞を呈し、最終健常確認時刻から4.5~24時間以内にEVTを受けた患者を試験に組み入れた。 EVT後に再灌流を達成(eTICIスケールスコア2b以上と定義)した患者を、tenecteplase 0.125mg/kg動脈内投与群(126例)または標準薬物治療群(129例)に無作為に割り付けた。 主要エンドポイントは90日時点の良好なアウトカムで、修正Rankinスケール(mRS、範囲:0[症状なし]~6[死亡])スコアの0~1と定義した。 有効性の副次エンドポイントは、(1)90日時点のmRSスコア、(2)90日時点のmRSスコア0~2、(3)90日時点のmRSスコア0~3、(4)36時間時点のNIHSSスコア0~1または10ポイント以上の改善、(5)90日時点のEuropean Quality of Life Visual Analogue Scale(EQ-VAS)スコア、(6)24時間時点のCT評価による極度の低灌流(最大値まで6秒超)、(7)梗塞部位容積量のベースラインからの変化。 安全性のエンドポイントは、(1)48時間以内のsICH、(2)48時間以内のあらゆるICH、(3)90日以内の全死因死亡であった。有効性、7つの副次エンドポイントでは有意差が示されず 無作為化された256例(年齢中央値71.6歳[四分位範囲:61.3~79.2]、女性113例[44.1%])のうち、255例(99.6%)が試験を完了した。 90日時点でmRSスコア0~1であった患者の割合は、tenecteplase動脈内投与群40.5%(51例)、標準薬物治療群26.4%(34例)であった(相対リスク[RR]:1.44、95%信頼区間[CI]:1.06~1.95、p=0.02)。 事前に規定した7つの有効性副次エンドポイントのうち、有意差を示したものはなかった。 安全性のエンドポイントについて、48時間以内のsICHの発現は有意差が示されなかった(5.6%vs.6.2%、RR:0.95[95%CI:0.36~2.53]、p=0.92)。90日時点の死亡についても有意差が示されなかった(21.4%vs.21.7%、0.76[0.40~1.43]、p=0.78)。

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臨床面の見直しに利用できる、産後大出血の原因とリスクの見本市。ざっと見でも一読の価値あり(解説:前田裕斗氏)

 本研究は産後大出血の原因割合と、大出血と関連するリスク要因についてのメタアナリシスおよびシステマティック・レビューである。本研究の結果から、産後大出血の原因は弛緩出血(70.6%)、産道裂傷(16.9%)、胎盤遺残(16.4%)、着床異常(3.9%)、血液凝固障害(2.7%)の順に多く、複合要因が7.8%を占めた。この結果は驚くべきものではなく、産科臨床における肌感覚に沿ったものといってよいだろう。日本ではあまり有名ではないが、世界的には出産間際から産後すぐにかけた出血予防に重要な複数箇条をリストにしたバンドルの利用が推奨されており、このバンドルの有用性を裏付ける内容といえる。 本論文のもう1つの特徴は、産後大出血と関連する非常に多彩な因子が網羅的に解析されていることだろう。まさに出血リスクの見本市の様相を呈している。これらの結果は実臨床へ適用できる可能性があり、たとえば貧血は妊産婦の頻度も高く、オッズ比も2.36、妊娠中に鉄剤での治療も可能である。もちろん、貧血の定義は研究や人種により異なることから、一概に日本において貧血の治療を行うことが産後大出血の低減につながるかどうかはわからないが、境界域で治療の要否を迷った際には今回の結果が治療を行う後押しとなるだろう。このように、自らの治療を見直すきっかけとするのが本論文の利用法の1つである。あるいは、これは臨床への応用ではないが、論文執筆のうえで非常に引用しやすいため、その点でも押さえておくべき論文である。

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気管支拡張症に対する初めての有効な治療に注目(解説:田中希宇人氏 /山口佳寿博氏)

 本研究は気管支拡張症に対する初の有効な薬物療法に関する重要な知見と考える。現在、気管支拡張症に承認された治療薬が存在せず、去痰剤や反復する感染に対する抗菌薬投与、抗炎症作用を期待したマクロライド系抗菌薬の長期少量投与などが経験的に用いられている。しかもこれらの治療法に関してはエビデンスは限定的で、耐性菌やQT延長などの副作用も懸念される。brensocatibはカテプシンC(DPP-1)を抑えることで好中球の炎症酵素活性を阻害するというまったく新しい機序によって気管支拡張症そのものの病態に直接作用し、増悪頻度を減らしうる治療薬と捉えられる。 brensocatibは頻回に増悪を繰り返す中等症~重症の気管支拡張症に対する新たな治療選択肢として期待される。とくに、従来の非結核性抗酸菌症を合併しているなどの理由で長期マクロライド療法が使えない症例や、マクロライドで効果不十分な場合に有用と考えられる。本研究では約35%が緑膿菌陽性、29%が前年に複数回の増悪歴を持つなど比較的重症例が含まれており、こうした複雑かつ重症症例で有効性が証明されたことから、今後は増悪リスクが高い症例に対する治療となりうる。逆に軽症で増悪の少ない気管支拡張症に関しては、重症で増悪回数の多い症例と同等のメリットがあるかどうかは不明である。また、結核を含めた抗酸菌感染症の合併例は除外されているので、そのような実臨床で頭を悩ます症例に関しても治療効果は不透明である。 本研究の試験期間中における死亡者は限られており、brensocatibが生存や死亡を改善するかは現時点では不明である。筆者らも呼吸機能低下を遅らせることで罹患や死亡を改善させるのでは、と間接的に述べるにとどまっている。 長期の安全性に関しても現時点では不安要素が残る。brensocatibはカテプシンC(DPP-1)を抑えることによって好中球の活性化を阻害する薬剤であり、長期投与することで理論上は感染防御能の低下など免疫への影響も懸念される。本研究は52週間といった比較的限られた期間での評価であり、慢性疾患である気管支拡張症に対しては、さらに数年単位の長期服用時の安全性データの蓄積と検討が望まれる。 brensocatibは気管支拡張症治療に対する新たな選択肢であることは間違いないが、実臨床でとくに効果の高い症例を選ぶためにはさらに慎重な検討が必要である。既存治療とどう組み合わされるべきか、どのような症例に最も有益か、長期のメリット・デメリットは何か、知見を集積することが重要と考える。

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新たな病院で「構造的心疾患治療」への挑戦がスタート 【臨床留学通信 from Boston】第13回

新たな病院で「構造的心疾患治療」への挑戦がスタート7月はアメリカの病院にとって新学期です。私は引っ越しはせず病院を変わりましたが、日々の仕事はまったく別物になりました。複数の建物を行き来し、右往左往する毎日です。初日から電子カルテを使うためにパスポートが必要と言われ、往復80分の移動を余儀なくされました。また、施設のメール、健康保険、各種画像アクセスなど、すべて自分でセットアップしなければならず、業務やシステムに慣れるのに1~2週間かかりました。現在勤務しているのは、ハーバード大学の関連病院であるBeth Israel Deaconess Medical Centerです。ニューヨークで勤務していたMount Sinai Beth Israelと同じ系列かと思われるかもしれませんが、以前とは違う病院です。ここでは、マサチューセッツ総合病院(MGH)ほど業務内容が整理されておらず、ナースプラクティショナー(Nurse Practitioner)などのサポートも少ないため、フェローはかなり忙しいです。年間でTAVR(経カテーテル大動脈弁留置術)が500件以上、M-TEER(マイトラクリップなど)が130件以上行われます。TAVRは2列で時間差で実施するため、ほとんど休む暇がなく、かなり疲弊します。TAVRの中でも、electrosurgeryといってTAVR弁を植え込む前に弁に切開を入れる特殊技術や、左心耳閉鎖、PFO(卵円孔開存)閉鎖、三尖弁治療、Apollo trial(経カテーテル僧帽弁置換術)なども経験しています。この構造的心疾患カテーテル治療の領域においては、全米のトップに位置していると実感しています。渡米して7年、正直なところ、フェローという立場での冠動脈や血管内治療の臨床業務には余裕がありました。しかし、構造的心疾患インターベンション(structural heart intervention)の領域はまったくの初めてで、毎日が新鮮な反面、まるで研修医に戻ったかのような感覚で働いています。夜間のオンコールはありませんが、それでも朝5時に起きて7時前に病院へ行き、夜6~7時まで集中して働くと、かなりの疲労でぐったりしています。デバイスに慣れるのが鍵だと感じているため、インターネットでさまざまな動画を見て日々勉強しています。当面の目標は、業務と手技に慣れること。そして、可能であれば来年(2026年)7月からこの施設に残れるよう、働きかけたいと思っています。ColumnMGHの見慣れた風景も、見納めとなった時の写真です。工事中だったのは残念ですが、憧れの病院に来た初日と、1年を終えた時の風景はまったく違って見えました。見える景色が一つ変わったような気がします。画像を拡大する

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第252回 「直美」現象はいつまで続くか? 美容医療の現状と医師キャリアの未来

CareNet.comでの連載250回超えを記念し、今回はいつもの最新ニュースではなく、「直美」という現象を通して医師のキャリア、そして、わが国の医療が直面する未来について深く考察します。「直美」とは何か、その背景にある医師のキャリア選択昨今、医療界で頻繁に話題に上る「直美」(ちょくび)とは、初期臨床研修を終えたばかりの若手医師が、専門医資格を取得せずに、直接「美容医療」へ進むことを指します。この動きに対しては、批判的な論調が多いのも事実です。「直美」現象は、若手医師のキャリア選択やわが国の医療制度の構造的な課題を映し出す鏡のようなものであり、一概に否定することはできません。この現象の背景には、わが国の勤務医の劣悪な労働環境がまず挙げられます。医師の働き方改革が進んだとはいえ、まだまだ大学病院をはじめ高度な急性期病院では学会や論文作成を含めた残業時間が多いことがあります。さらに医療費抑制策のもと、人件費増加や物価高騰が医療機関の経営を圧迫し、赤字に陥る医療機関が増加しており、暗雲が立ち込めています。このような状況下で、自由診療である美容医療に新たな可能性を見出し、挑戦する医師が増えるのは自然な流れとも言えます。朝日新聞の連載「きれいになりたくて 美容医療はいま」で取り上げられた、「20代の『直美』医師の『長時間労働は嫌』」という本音は、働き方改革が遅れる保険診療の現場、とくに大学病院などを含む若手医師の劣悪な労働環境の裏返しであると理解できます。燃え尽きて現場を離れていく若手医師がいる現状は、決して見過ごすことはできません。「楽に稼げる」の誤解と美容医療の現実「楽に稼げる」という情報を鵜呑みにして美容医療への進路を選択することは、大きなリスクを伴います。日経メディカルの記事「今は楽して稼げる「直美」、将来的には“埋没マシーン”止まりか」が指摘するように、美容医療分野の将来性は決して安泰ではありません。美容医療の専門医からも警鐘が鳴らされており、集患には高いスキルと今日のマーケティングにおいて必須とも言えるSNS戦略が不可欠です。実際のところ、「直美」と呼ばれる未経験の医師に対して年収2,000万円以上を提示する求人があるなど、通常の専門診療と比較し、参入障壁が一見すると低いように見えます。しかし、手術の手技習得には当然トレーニング期間が必要であるにもかかわらず、就職して短期間で「院長」を名乗るケースや、専門医制度があるとはいえ個々の医療機関での教育研修体制が十分に整っているとは言えない現状があります。筆者の知人の医師が、大手美容クリニックチェーンの院長になったものの、数年で保険診療に戻ってきた事例があり、その背景には、美容クリニックでは医師ごとの指名件数や売り上げ金額の競争にさらされており、シニア世代になると指名が得られにくく年俸が低下するという現実を如実に物語っています。美容医療へ進もうという医師に、そうした現実的なリスクが十分に情報提供されているとは言えません。将来性の厳しさは、先述の日経メディカルの記事で当の美容医療の専門医も警鐘を鳴らしており、こういったリスクを把握した上での進路決定が望ましいと考えます。先述の朝日新聞の連載「きれいになりたくて 美容医療はいま」の第3回目で「直美」の道に進み年収数千万円 20代医師の本音「長時間労働は嫌」という記事が掲載されていましたが、劣悪な労働環境や選択肢の乏しさに起因しており、単なる自己責任では片付けられず、彼らの主張も理解できます。美容医療を取り巻く外部環境の変化と規制強化の動き近年、美容医療を取り巻く外部環境は大きく変化しています。消費者庁への美容医療に関するトラブル報告件数が増加していることを受け、厚生労働省も強い懸念を示しています。昨年開催された「美容医療の適切な実施に関する検討会」では、その報告書が11月に公表され、美容医療を提供する医療機関における安全管理、合併症への対応、アフターケアの重要性が強調されました。打ち出された対応策には、従来から進められてきた「医療広告規制」の取り締まり強化に加え、美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みの導入、カルテ記載の徹底などが盛り込まれています。とくに、「医師養成には国費が投資されており、国民の医療を守ることが前提となっていることを踏まえれば、一定期間、保険診療に従事させることなど、何らかの規制、対策は必要」といった議論が議事録に残されていることは、厚労省がこの現状を放置しないという強い意思の表れと見て取れます。これまで文字通り「自由診療」として厚労省の指導や監視を受けにくい状況にあった美容医療ですが、合併症への対応不足、保健所の指導根拠となる診療録の記載不備、悪質な医療広告などが問題視されてきました。これに対応するため、広告ガイドラインの整備が進むほか、美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みが導入されることになります。さらに、保健所などによる立ち入り検査や指導のプロセス・法的根拠の明確化、標準的な治療内容、記録の記載方法、有害事象発生時の対応方針、適切な研修のあり方、契約締結時のルールなどを盛り込んだガイドラインの策定など、これまで規制の対象でなかった領域についても監督を強化する方針が打ち出されており、関連学会などもこれに従っていくものと予想されます。当局による規制強化は、患者の死亡事故などをきっかけにしていますが、消費者保護の観点からも必然的に求められるものであり、美容医療に限ったことではありません。激化する業界内競争と大学病院の参入美容医療業界内での競争も激化の一途を辿っています(「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に[東京商工リサーチ])。新規参入する民間医療機関が増え、昨年名古屋で開催された日本美容皮膚科学会には3,800人もの参加者が集まり、従来の美容医療従事者だけでなく、保険診療機関からの参加も多く見られました。現状、赤字対策として美容医療に新規参入する民間病院が増えている一方で、慶應義塾大学、藤田医科大学、神戸大学など、実際に美容医療を提供し始める大学病院も増えています。大学病院のように専門医が揃い、医療安全体制が整った医療機関で提供される医療と、それ以外の医療機関で提供される医療技術の間には、自ずと格差が生じるでしょう。高度な医療技術や医療安全を求める患者は大学病院を選ぶようになると考えられます。一方で、新規参入組はレーザー治療など新しい装置の導入を進めるなど、競争はさらに激化することが見込まれます。美容クリニックをめぐる環境変化によって利益率も低下しているほか、最近では美容クリニックが倒産するケースも出てきており、厳しい環境に晒されています。また、新規に就職する医師に対して、実際にボトックスや点滴程度の医療しか教えない大手美容医療グループがあるのも事実です。これらの現状を踏まえると、医師にとって美容医療が将来有望な「ブルーオーシャン」というのは幻想に過ぎず、実際にはすでに過当競争の「レッドオーシャン」化していると認識すべきです。研修医を指導する先輩医師は、若手医師が美容医療へ進路を決めたとしても、臨床研修での体験はとても大切であり、手を抜かないように指導すべきです。美容医療であっても医師は「ヒポクラテスの誓い」にある「患者の利益を最優先に考える」「倫理を守り、医術を行う」といった基本姿勢が求められます。もしも美容医療に進んで挫折されても、再び保険診療に戻ってくる医師も少なからず見受けられるのを踏まえると、臨床研修の経験は捨て去るようなものではないと考えます。実際に筆者の周囲では、大手美容医療グループに転職されたものの、今は整形外科医や産婦人科医として専門医を持っていた診療科で保険診療されている方が複数います。そういった意味では、若手医師が相談に来た場合は、キャリアパスの選択肢として美容医療を含めた支援を行う必要があり、決して急がず皮膚科や麻酔科など専門医資格の取得をしてからの転職を勧めるのが良いと考えます。今後の課題と対応策美容医療を巡る主な課題と、それに対する対応策は以下の通りです。【主な課題】美容医療を提供する医療機関における院内の安全管理の実施状況・体制などを保健所などが把握できていない。患者側も医療機関の状況・体制を知る手段がなく、医療機関における相談窓口を知らない。関係法令&ルール(オンライン診療に係るものを含む)が浸透していない。合併症などへの対応が困難な医師が施術を担当している。安全な医療提供体制や適切な診療プロセスが全般的・統一的に示されていない。アフターケア・緊急対応が行われない医療機関がある。保健所などの指導根拠となる診療録などの記載が不十分な場合がある。悪質な医療広告が放置されている。【打ち出された対応策】美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みの導入:安全管理措置の実施状況、専門医資格の有無、相談窓口の設置状況などについて都道府県などに対する報告を求め、国民に必要な情報を公表。関係法令&ルールに関する通知の発出:保健所などによる立ち入り検査や指導のプロセス・法的根拠の明確化。医療機関による診療録などへの記載の徹底。オンライン診療指針が遵守されるための法的整理。関係学会によるガイドライン策定:遵守すべきルール、標準的な治療内容、記録の記載方法、有害事象発生時の対応方針、適切な研修のあり方、契約締結時のルールなどを盛り込んだガイドラインを策定。医療広告規制の取り締まりの強化。行政などによる周知・広報を通した国民の理解の促進。これらの課題と対応策は、美容医療の健全な発展と患者の安全確保のために不可欠です。医師は、自らの専門性と倫理観に基づき、これらの変化に対応していくことが求められています。 参考 1) 今は楽して稼げる「直美」、将来的には“埋没マシーン”止まりか 集患には高いスキルとSNS戦略が必須、まずは形成外科専門医の取得を(日経メディカル) 2) 「直美」の道進み年収数千万円 20代医師の本音「長時間労働は嫌」(朝日新聞) 3) 美容医療の適切な実施に関する検討会 第3回(厚労省) 4) 第187回社会保障審議会医療保険部会 議事録(同) 5) 「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に(東京商工リサーチ)

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第87回 ベルヌーイ分布とは?【統計のそこが知りたい!】

第87回 ベルヌーイ分布とは?医療統計の分野において、ベルヌーイ分布は、治療の成功や失敗、病気の有無など、2値の結果を伴う臨床試験のデータ分析における基礎的な概念です。今回は、そこから導かれる結果を理解する必要があるベルヌーイ分布を解説します。■ベルヌーイ分布とは?ベルヌーイ分布は、統計学における最も単純な確率分布の1つで、スイスの数学者ヤコブ・ベルヌーイにちなんで名付けられました。この分布は、1回の試行(ベルヌーイ試行と呼ばれる)で「成功(1)」または「失敗(0)」の2つの結果のみを持つ離散分布です。この分布の重要なパラメータは、各試行における成功の確率pで、失敗の確率は1-pです。■ベルヌーイ分布の特徴1)2値の結果正確に2つの結果をモデル化します。臨床研究では、新薬の効果があった(成功)かどうか(失敗)などのシナリオに関連します。2)パラメータp成功の確率を表します。pを知ることで、分布の平均(期待値)と分散を決定できます。ベルヌーイ分布の平均は、(pの文字の上にバーが付きます)と表されます。また、分散はp(1-p)です。3)臨床試験での応用臨床試験では、ベルヌーイ分布を理解し適用することで、研究者と医療専門家はコントロールされた条件下での治療のリスクと効果を評価するのに役立ちます。■ベルヌーイ分布と二項分布ベルヌーイ試行を繰り返し行い、その成功回数の分布が二項分布となります。■臨床設定でのベルヌーイ結果の解釈医療の専門家は、治療の成功率が80%と報告されるような試験結果に遭遇するかもしれません。ベルヌーイ分布を通じてこれを解釈する方法を知ることは、情報に基づいた治療決定を行う上で重要です。これは、任意の患者に対して治療が成功する確率が80%であることを意味します。■制限と考慮事項ベルヌーイ分布は、重要な洞察を提供する一方で、限界もあります。複数のカテゴリーを持つ結果や連続的なデータを扱うことはできませんし、試行間の独立性を仮定していますが、この仮定は臨床設定で常に成立するわけではありません。その単純さにもかかわらず、ベルヌーイ分布は、2値の結果を含む臨床試験データの統計分析において重要な役割を果たします。これにより、治療の成功または失敗の可能性を理解し、臨床決定や患者とのコミュニケーションに役立てることができます。基本的な統計概念を理解することで、臨床研究を適切に評価し、医療実践に研究結果を応用することが可能になります。研究結果の読解と解釈を行う場合、ベルヌーイ分布のような概念の確かな理解が大切になります。■さらに学習を進めたい人にお薦めのコンテンツ統計のそこが知りたい!第56回 正規分布とは?第75回 確率分布とは?「わかる統計教室」第4回 ギモンを解決! 一問一答質問10 2項目間の関連性を把握する際の統計学的手法の使い分けは?(その1)

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