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短時間の運動“エクササイズ・スナック”で健康増進

 1回5分以内というごく短時間の運動を日常的に随時行うことで、健康状態が改善することが報告された。そのような短時間運動の繰り返しは、生活習慣として取り入れる際のハードルが低く、かつ継続率も高いことが示されたという。オビエド大学(スペイン)のHugo Olmedillas氏らが行ったシステマティックレビューとメタ解析の結果であり、詳細は「British Journal of Sports Medicine」に10月7日掲載された。 運動に関するガイドラインでは一般的に、1週間に300分の中強度の運動、または75~150分の高強度運動を行うことが推奨されている。しかし、著者らが研究背景として記している情報によると、成人では約3分の1、10代の若年者では5人中4人が、その推奨を満たしていないという。 それに対して、この研究により“エクササイズ・スナック”と呼ばれる意図的に行う短時間の運動が、成人の心肺機能や高齢者の筋持久力を有意に向上させることが明らかになった。また、そのような運動習慣を身に付けることを研究参加者が困難と感じていないことも示された。論文の上席著者であるOlmedillas氏は、「エクササイズ・スナックは時間効率が良く、『時間がない』とか『やる気が起こらない』といった、運動に関するよくある障壁を克服するのに役立つのではないか」と述べている。 この研究では、7件の文献データベースを用いたシステマティックレビューが行われた。それぞれのスタートから2025年4月までに収載された、運動習慣のない成人を対象としてエクササイズ・スナックによる介入を行ったランダム化比較試験の報告を検索し、11件の論文を適格と判断した。なお、エクササイズ・スナックは、5分以内の運動を1日2回以上かつ週3回以上行い、2週間以上継続する計画的な運動と定義した。 11件の研究はオーストラリア、カナダ、中国、英国で行われたもので、合計参加者数は414人、女性が69.1%だった。介入期間中、若年から中年の成人はエクササイズ・スナックとして階段昇降をすることが多く、高齢者は脚を中心とする筋力トレーニングや太極拳を行っていた。 メタ解析の結果、エクササイズ・スナックは体力(成人の心肺機能や高齢者の筋持久力)を5~17%向上させることが示された。より詳しくは、成人の心肺機能については6件の研究があり、効果量(g)が1.37(95%信頼区間0.58~2.17)で有意な向上が認められ(P<0.005)、高齢者の筋持久力については4件の研究があり、g=0.40(同0.06~0.75)でやはり有意な向上が認められた(P=0.02)。 この結果を基に研究者らは、「運動の総量が現行のガイドラインの推奨より大幅に少ない場合でも、短時間の高強度運動の積み重ねが、好ましい生理学的反応を誘発することが示唆された。心肺機能がわずかに改善するだけでも、死亡リスクの低下につながる」と述べている。さらに重要なこととして、介入の遵守率が91.1%と高く、また82.8%がその運動を継続していたことが挙げられ、これらのデータを根拠として研究者らは、「公衆衛生政策においてもエクササイズ・スナックを推奨すべきではないか」と付け加えている。

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肝疾患患者の「フレイル」、独立した予後因子としての意義

 慢性肝疾患(CLD)は、肝炎ウイルス感染や脂肪肝、アルコール性肝障害などが原因で肝機能が徐々に低下する疾患で、進行すると肝硬変や肝不全に至るリスクがある。今回、こうした患者におけるフレイルの臨床的意義を検討した日本の多機関共同後ろ向き観察研究で、フレイルが独立した予後不良因子であることが示された。研究は、岐阜大学医学部附属病院消化器内科の宇野女慎二氏、三輪貴生氏らによるもので、詳細は9月20日付けで「Hepatology Reseach」に掲載された。 CLDは進行すると予後不良となることが多く、非代償性肝硬変患者では5年生存率が約45%と報告されている。このため、将来的な疾患進行や合併症のリスクを減らすには、高リスク患者の早期特定が重要である。一方、最近の研究では、フレイルもCLD患者の予後に影響する独立因子であることが示されており、肝機能だけでなく身体全体の脆弱性を考慮した評価の重要性が指摘されている。Clinical Frailty Scale(CFS)は2005年に開発され、米国肝臓学会もCLD患者のフレイル同定に推奨する評価ツールであるが、これまで日本人CLD患者においてCFSを用いた評価は行われておらず、その臨床的意義は明らかでなかった。こうした背景から、著者らはCFSを用いて日本人CLD患者のフレイルの有病率、臨床的特徴、ならびに予後への影響を明らかにすることを目的とした。 本研究では、2004年3月~2023年12月の間に岐阜大学医学部附属病院、中濃厚生病院、名古屋セントラル病院に入院した成人CLD患者とした。CFSスコアは、入院当日の情報に基づき、併存疾患、日常生活動作、転倒リスクに関する質問票を後ろ向きに評価し、スコアが5以上(CFS 5~9)の場合をフレイルと定義した。本研究の主要評価項目は全死亡とした。群間比較には、カテゴリ変数に対してはカイ二乗検定、連続変数に対してはマン・ホイットニーU検定を用いた。生存曲線はカプラン-マイヤー法で推定し、群間差はログランク検定で比較した。フレイルが死亡に与える予後影響はCox比例ハザードモデルで評価し、結果はハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)で示した。フレイルと関連する因子は多変量ロジスティック回帰モデルで解析した。 最終的に、本研究には715人のCLD患者(中央値年齢67歳、男性49.5%)が含まれた。最も多かった病因はウイルス性(38.7%)であり、続いてアルコール性(22.2%)、代謝機能障害関連(9.5%)であった。Child-Pugh分類およびModel for End-Stage Liver Disease(MELD)スコアの中央値はそれぞれ7と9であり、CFSスコアの中央値は3であった。これらの患者のうち、フレイルは137人(19.2%)に認められた。フレイル患者のCFSスコア中央値は6であり、年齢が高く、BMIが低く、肝予備能も低い傾向にあった。 中央値2.9年の追跡期間中に221人(28.0%)が肝不全などで死亡した。フレイル患者は、非フレイル患者に比べて有意に生存期間が短かった(中央値生存期間:2.4年 vs. 10.6年、P<0.001)。多変量Cox比例ハザード解析の結果、フレイルはCLD患者における独立した予後不良因子であることが示された(HR:1.75、95%CI:1.25~2.45、P=0.001)。 また、フレイルの決定因子に関して、多変量ロジスティック回帰解析をおこなったところ、高齢、肝性脳症、低アルブミン血症、血小板減少、国際標準比(INR)の延長がフレイルと関連していることが示された。さらにフレイルの有病率はChild-Pugh分類の悪化とともに有意に増加し、Child-Pugh A群では4%、B群では22%、C群では55%の患者にフレイルが認められた。 著者らは、「本研究から、CLD患者ではフレイルが高頻度に認められ、独立した予後不良因子としての役割を持つことが示された。予後への影響を考慮すると、CLD患者ではフレイルを日常的に評価し、転帰改善を目的とした介入を検討することが望ましい」と述べている。

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ベルイシグアトはHFrEF治療のファンタスティック・フォーに入れるか?―VICTOR試験(解説:原田和昌氏)

 可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬であるベルイシグアトは、左室駆出率の低下した心不全(HFrEF)患者で、かつ、直近の心不全増悪があった患者に対するVICTORIA試験で、心血管死ならびに心不全入院からなる複合エンドポイントを10%有意に減少させた。しかし、心血管死単独、心不全入院単独では有意差を認めなかった。そのため、心不全のガイドラインでは、十分なガイドライン推奨治療にもかかわらず心不全増悪を来したNYHA心機能分類II~IVのHFrEF患者の心血管死または心不全入院の抑制を目的として、ベルイシグアトの使用が認められている(クラスIIa)。 VICTOR試験は、6ヵ月以内の入院歴や3ヵ月以内の外来での利尿薬静注といった直近の心不全増悪の認められない、NT-proBNP 600~6,000pg/mLのHFrEF患者に対するベルイシグアトの有効性を調べた二重盲検ランダム化比較試験である。ベルイシグアトの適応をより安定した外来患者に広げることを目的としたものであったが、複合エンドポイント(心血管死または心不全入院までの期間)は有意に低下しなかった。 6,105例が無作為化され、2,899例(47.5%)には心不全による入院歴がなかった。β遮断薬(94.5%)、ARNI(56.0%)、SGLT2阻害薬(59.1%)、MRA(77.8%)、CRT(14.8%)が導入されており、追跡期間中央値18.5ヵ月において主要エンドポイントは、ベルイシグアト群549例(18.0%)、プラセボ群584例(19.1%)で、両群間に統計学的有意差はみられなかった(ハザード比[HR]:0.93、95%信頼区間[CI]:0.83~1.04、p=0.22)。そのため、副次エンドポイントは名目上の値として報告された。心血管死は、ベルイシグアト群292例(9.6%)、プラセボ群346例(11.3%)であった(HR:0.83、95%CI:0.71~0.97)。心不全による入院は、ベルイシグアト群348例(11.4%)、プラセボ群362例(11.9%)であった(HR:0.95、95%CI:0.82~1.10)。全死因死亡は、ベルイシグアト群377例(12.3%)、プラセボ群440例(14.4%)であった(HR:0.84、95%CI:0.74~0.97)。有害事象に差はなかった。 著者らは、これだけファンタスティック・フォーが処方されたうえで、心血管死、全死因死亡などの副次エンドポイントも十分な統計学的パワーと観察期間を有することから、探索的ではあるが有意な結果としてもよいのではないかと述べている。また、VICTOR試験とVICTORIA試験の事前規定された統合解析が報告され、主要エンドポイントの心血管死または心不全入院は、ベルイシグアト群で低く(HR:0.91、95%CI:0.85~0.98)、心血管死・全体および初回心不全入院、全死亡の副次エンドポイントも低かった。ベルイシグアトの臨床的有用性を否定するものではないが、主として心血管死、全死因死亡を減らす「目に見えない治療」という位置付けでは、ガイドラインの推奨レベルは上がらないかもしれない。

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子宮摘出後なのに妊娠した1例【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第293回

子宮摘出後なのに妊娠した1例「子宮がなければ妊娠は起きない」。多くの人が当然だと思うこの前提に、現実は例外を突きつけます。子宮摘出後であっても卵巣が残っていれば、まれに妊娠が成立することがあります。ただ、それは子宮内ではなく、卵管や腹腔といった本来の場所以外で起き、命に関わる出血を招くことがあります。Onwugbenu NM. Ectopic Pregnancy after Hysterectomy: A Case Report of Ectopic Pregnancy 7 Years after Postpartum Hysterectomy. R I Med J (2013) . 2020;103:50-52.まず「なぜ起きるのか」を平易に整理しましょう。ポイントは、卵巣が残存しているという事実です。子宮摘出しても、卵巣が残っていれば排卵は続きます。問題は精子がどうやって卵子にたどり着くかですが、2つの道筋があります。ひとつは手術のタイミングの問題で、子宮摘出の直前にすでに受精が成立していた場合です。妊娠検査が陰性でも、受精卵がまだ着床していない時期は反応が出ないことがあります。この場合、術後まもなく卵管などで異所性妊娠として発覚します。もうひとつは、術後しばらくしてから起きるパターン。腟の断端と腹腔側のどこかに瘻孔ができると、腟から入った精子が腹腔内に到達し、そこで卵子と出合います。この論文の主人公は、32歳女性です。過去に子宮摘出と片側の卵管切除を受け、慢性的な骨盤痛が続いていました。年に1度の定期受診で「右下腹部が痛む」と訴えたものの、経過観察となりました。ところがその16日後、性交の直後に激しい腹痛と吐き気が出現し救急搬送されました。内診で強い圧痛があり、念のため行った尿妊娠反応が陽性となりました。経腟エコーでは、左側の付属器に約8週相当の胎芽と心拍、骨盤内に血液とみられる液体が確認され、「左卵管妊娠」と診断されました。すぐに腹腔鏡手術が行われ、左卵管を切除して腹腔内の血液を除去しました。ポイントは、「子宮摘出後でも卵巣が残っていれば妊娠はゼロではない」ことです。先入観にとらわれず、妊娠年齢の女性が急な下腹部痛や出血を訴えたら、まず妊娠反応を確認することが重要です。

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第287回 新鮮味はないが現実味を帯びてきた!?自維連立の社会保障政策

INDEX自維連立合意による社会保障政策の中身最も現実味を帯びている施策自維連立合意による社会保障政策の中身公明党の連立離脱と日本維新の会(以下、維新)との新たな連立により先月ようやくスタートした高市 早苗政権。その行方次第では医療・介護業界は大きな影響を受ける。とくに今回新たに連立入りした維新は、現役世代の社会保険料負担軽減を錦の御旗に、従来の医療業界の慣習からすれば“ありえない”政策を数多く掲げているからだ。長くなるが、今回の自維連立合意の社会保障政策関連を改めて全文引用する。● OTC類似薬を含む薬剤自己負担の見直し、金融所得の反映などの応能負担の徹底等、令和7年通常国会で締結したいわゆる「医療法に関する三党合意書」及び「骨太方針に関する三党合意書」に記載されている医療制度改革の具体的な制度設計を令和7年度中に実現しつつ、社会保障全体の改革を推進することで、現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げていくことを目指す。● 社会保障関係費の急激な増加に対する危機感と、現役世代を中心とした過度な負担上昇に対する問題意識を共有し、この現状を打破するための抜本的な改革を目指して、令和7年通常国会より実施されている社会保障改革に関する合意を引き継ぎ、社会保障改革に関する両党の協議体を定期開催するものとする。● 令和7年度中に、以下を含む社会保障改革項目に関する具体的な骨子について合意し、令和8年度中に具体的な制度設計を行い、順次実行する。(1)保険財政健全化策推進(インフレでの医療給付費の在り方と、現役世代の保険料負担抑制との整合性を図るための制度的対応)(2)医療介護分野における保険者の権限及び機能の強化並びに都道府県の役割強化(i:保険者の再編統合、ii:医療介護保険システムの全国統合プラットフォームの構築、iii:介護保険サービスに係る基盤整備の責任主体を都道府県とする等)(3)病院機能の強化、創薬機能の強化、患者の声の反映及びデータに基づく制度設計を実現するための中央社会保険医療協議会の改革(4)医療費窓口負担に関する年齢によらない真に公平な応能負担の実現(5)年齢に関わらず働き続けることが可能な社会を実現するための「高齢者」の定義見直し(6)人口減少下でも地方の医療介護サービスが持続的に提供されるための制度設計(7)国民皆保険制度の中核を守るための公的保険の在り方及び民間保険の活用に関する検討(8)大学病院機能の強化(教育、研究及び臨床を行う医療従事者として適切な給与体系の構築等)(9)高度機能医療を担う病院の経営安定化と従事者の処遇改善(診療報酬体系の抜本的見直し)(10)配偶者の社会保険加入率上昇及び生涯非婚率上昇等をも踏まえた第三号被保険者制度等の見直し(11)医療の費用対効果分析に係る指標の確立(12)医療機関の収益構造の増強及び経営の安定化を図るための医療機関の営利事業の在り方の見直し(13)医療機関における高度医療機器及び設備の更新等に係る現在の消費税負担の在り方の見直し● 昨今の物価高騰に伴う病院及び介護施設の厳しい経営状況に鑑み、病院及び介護施設の経営状況を好転させるための施策を実行する。ざっと見ればわかる通り、1番目と2番目の●で語られていることはほぼ理念的なものである。そして3番目の●については、引用通り13項目の記載事項がある。これを独断と偏見で評価してみよう。最も現実味を帯びている施策まず、俯瞰的に見ると、どれも今年度末に骨子をまとめるのは難しいものばかりだ。診療報酬改定の議論中に(3)を行うのが難しいことは明らかであり、(5)の高齢者定義の見直し、(7)の医療での民間保険活用や(2)(10)(11)(12)(13)は法制度の根本的な見直しが必要な項目であり、いずれにせよ今年度残り5ヵ月で議論できるものではない。(1)(6)(8)は、強いて言うならば理念的な方向性を示すくらいは可能だろう。その意味では法制度のマイナーチェンジで対応可能なのは(4)と(9)くらいだろうか?最後の●は(9)に通じるものがあり、高市氏は総裁選公約や首相就任会見と所信表明演説で医療機関と介護施設の支援は繰り返し表明しているので、これは何らかの形で手当てするだろうと思われる。ただ、これについて以前の本連載でも触れたように財務省が無条件で認めるはずはない。では、どのような“条件”となるのか? 実は高市氏の所信表明演説の以下の発言にヒントが隠されていると個人的には推察している。「新たな地域医療構想に向けた病床の適正化を進めます」つまりは病院については、病床削減あるいは病床転換などを条件に補助金を支給する可能性が考えられる。実は自民党として病床適正化について、初めて言及したのは高市氏ではない。これも以前、参院選直前の各党マニフェストの変化について本連載で触れた時(第270回、第271回)に紹介したが、石破政権期に新たに自民党の政策としてひっそり盛り込まれたものだ。しかも、これは維新が参院選マニフェストで掲げた「人口減少等により不要となる約11万床の病床を不可逆的な措置を講じつつ次の地域医療構想までに削減」と方向性は同じだ。さすがに一気に11万床の削減を進めるとは思えないが、いつどのくらいの規模で進めるかが焦点と言えるだろう。一方、(4)の応能負担は、従来からの維新の核心の主張とも言えるが、高市氏が内閣発足とともに新たに厚労相に就任した上野 賢一郎氏に渡した指示書では「全ての世代で能力に応じて負担し支え合い、必要な社会保障サービスが必要な方に適切に提供される『全世代型社会保障』を構築する」となっている。一見すると、応能負担推進ともとられかねないが、「全世代型社会保障」の概念では以前から言われていることであり、新鮮味があるわけではない。もっともこの自維政権成立に水を得た魚のごとく対応しているのが財務省である。11月5日に開かれた財政制度等審議会財政制度分科会では、現在原則2割である70~74歳の高齢者の医療費の自己負担割合を、現役世代と同じ3割にすることを提案してきた。この辺は今年10月から後期高齢者の中でも一定以上所得がある人について、介護保険の1割負担を2割負担に変更した経緯を見れば、法制度改正の議論に1~2年、法制度改正から完全実現に2~3年はかかるテーマである。このようにしてみると、高市政権下で社会保障制度改革がどこまで進むのかは、まだなかなか見通せないと感じている。

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「医師の平均年収・資産」は鵜呑みにするな! データから見抜く資産形成のリアル【医師のためのお金の話】第98回

多くの医師が「自分は平均より上か下か」と他者の収入や資産状況が気になるのは、ごく自然なことです。しかし、先日ケアネットから発表された「医師の世帯年収・資産はどれくらい?/医師1,000人アンケート」の結果を見て、一喜一憂している方がいたら、少し待ってください。データが示す「平均値」には、実は多くの“落とし穴”が潜んでいます。研修医、勤務医、開業医、それぞれの専門科や働き方の違い、そして年齢やキャリア段階…。医師と一括りにされているものの、実態は雑多な集団というのがアンケートデータに隠された「リアル」です。アンケート結果の「世帯年収1,400万円以上は60.6%」「富裕層・超富裕層は約13%」「資産運用の実施、20~40代は7割超」というキャッチーな記載を見ると、思わず自分との差を感じてしまう方がいるかもしれません。しかし、焦る必要はまったくありません。いまではブイブイ言わせている(?)私ですが、30代のころは「資産運用の実施、20~40代は7割超」にしか該当しませんでした。漠然とした将来の不安を払拭するためにも、アンケート結果を検証してみましょう。なぜ「平均年収」は気になってしまうのか? 数字の裏に隠された真実ケアネットのアンケート結果によると、回答者の世帯年収は「2,000万円~2,500万円」が最も多く、純金融資産額では「3,000万円未満」が4割以上を占めています。これらの数字は、多くの医師の資産形成状況をざっくりと把握する上では役立ちます。しかし、これを単純に「医師の平均的な姿」と捉えてしまうと、誤った認識につながる可能性があります。なぜなら、この「平均」は、さまざまな背景を持つ医師をひとまとめにした結果に過ぎないからです。たとえば、アンケートには若手の研修医からベテラン医師、そして多忙な勤務医から安定した経営基盤を持つ開業医まで、多様な医師が含まれています。これらの属性の違いを無視して、「平均」という1つの数字だけを見てしまうと、自分の現状を正しく評価できません。なお、このアンケート結果には、全体の集計結果だけではなく、勤務医・開業医別、年代別の集計結果も掲載されているため、参考になるかもしれません。専門科、働き方、年齢で変わる「本当の平均像」アンケートの平均値の裏には、個々の医師の具体的な状況が隠されています。医師の年収や資産形成の状況は、専門科、勤務形態、そして年齢やキャリア段階で大きく異なります。たとえば、外科系と内科系では勤務時間や働き方が異なり、年収に影響を与えます。また、大学病院の勤務医と市中病院の勤務医、そして開業医では年収構造がまったく異なります。大学病院の若手医師が「平均年収に届かない」と感じたとしても、それはキャリアの初期段階であるためであり、将来的な年収アップが十分に見込めます。一方、開業医は事業の成功によって大きく収入を伸ばせる反面、経営リスクも抱えています。また、医師の年収は、研修医から専門医、そしてベテランへとキャリアを重ねるにつれて右肩上がりに増えていく傾向があります。20代の医師と50代の医師の平均年収を同じ土俵で比較すること自体に意味はありません。アンケート結果で「純金融資産額3,000万円未満」が4割以上いるのは、とくに若手やキャリアが浅い医師が多く含まれているからだと考えられます。自分の状況に最も近い医師のグループを見つけ出して、その中での自分の立ち位置を把握することが「本当の平均像」を理解する上で重要です。50代開業医のような資産形成のプロ選手(?)と比較するのはナンセンスなのです。純金融資産額〇〇万円よりも重要な、資産形成の「現在地」アンケートが示す貯蓄額は、過去の資産形成の結果でしかありません。他人と貯蓄額を比較して一喜一憂するよりも、資産形成の「現在地」を把握することのほうがはるかに重要です。資産形成の現在地を把握するために、以下の3つの指標を意識してみましょう。1.期待資産額(年収 × 年齢 × 0.1):隣の億万長者(The Millionaire Next Door)で提唱されている「期待資産額」を上回れば、資産形成が進んでいると評価されます。2.収入源のポートフォリオ:給与所得だけでなく、資産運用による不労所得がどのくらいあるか。給与収入だけに頼らず、複数の収入源を持つことは、経済的な安定につながります。3.ライフプランとの整合性:将来、開業や住宅購入、子育て、リタイアといったライフイベントに向けて、いまの資産形成のペースが適切か。他人と同じペースでなくても、自分のライフプランに沿っていれば問題ありません。比較するなら「他人」ではなく「過去と未来の自分」資産形成において、最も意味のある比較対象は「他人」ではなく「過去の自分」と「未来の自分」です。今日の自分が、昨日の自分よりも一歩でも前に進んでいるか。そして、1年後の自分がいまよりも豊かな生活を送るためには、どのように行動するべきか。客観的なデータは、あくまで自分の現在地を把握して、未来に向けた具体的な行動を起こすためのツールとして活用するべきです。もしあなたが「平均より下だ…」と落ち込んでいるなら、これから資産形成を始める絶好のチャンスと言えるでしょう。そして、もし「平均より上だ」と感じているなら、その優位性をどう維持して、さらに資産を増やしていくかを考える良い機会です。大切なのは、数字に振り回されず、自分の人生に合った資産形成を地道に進めることですから。

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生存時間分析 その5【「実践的」臨床研究入門】第59回

Cox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子調整の実際 その2前回はわれわれのResearch Question(RQ)をCox比例ハザード回帰モデルの式に当てはめて考えました。また、Cox比例ハザード回帰モデルを適用する前提条件である「比例ハザード性」の検証に必要な二重対数プロットの描画方法を、仮想データ・セットを用いたEZR(Easy R)の操作手順を交えて説明しました(連載第58回参照)。今回は、実際に仮想データ・セットを用いて、EZRを使用したCox比例ハザード回帰モデルによる交絡因子の調整方法について解説します。まず、以下の手順で仮想データ・セットをEZRに取り込んでください。仮想データ・セットをダウンロードする「ファイル」→「データのインポート」→「Excelのデータをインポート」次に、メニューバーから以下の順に選択します。「統計解析」→「生存期間の解析」→「生存期間に対する多変量解析(Cox比例ハザード回帰)」ポップアップウィンドウが開きますので、モデル名は「Cox比例ハザード回帰_透析導入」などと入力しましょう。前回までに説明したようにCox比例ハザード回帰モデルによる多変量解析では下記の3種類の変数が必要になります(連載第58回参照)。時間イベント発生までの at risk な観察期間(連続変数)→ Yearイベント末期腎不全(透析導入)発生の有無(イベント発生=1、打ち切り=0)→ Censor説明変数多変量解析に含めるすべての要因検証したい要因treat(厳格低たんぱく食の遵守の有無)交絡因子age(年齢)、sex(性別)、dm(糖尿病の有無)、sbp(血圧)、eGFR(ベースライン eGFR)、Loge_UP(蛋白尿定量_対数変換)、albumin(血清アルブミン値)、hemoglobin(ヘモグロビン値)まずは、交絡因子による調整前の単変量解析の結果を確認しましょう。時間YearイベントCensor説明変数treatのみを選択し、「OK」をクリックします。すると、単変量解析の結果が下図のように示されます。次に多変量解析を行います。前回示したCox比例ハザード回帰モデルの数式に示したように、すべての説明変数を+でつないで選択します(下図)。説明変数treat+age+sex+dm+sbp+eGFR+Loge_UP+albumin+hemoglobin画像を拡大するそれでは「OK」をクリックしましょう。EZRのRコマンダー出力ウィンドウに表示された解析結果のうち、主要なものを以下に解説します。検証したい要因であるtreat(厳格低たんぱく食の遵守の有無)のみを説明変数としたモデルでは、ハザード比(hazard ratio:HR)の点推定値は1.321であり、treat群は透析導入のリスクが高いことを示していますが、95%信頼区間(95% confidence interval:95%CI)は1をまたいでおり統計学的有意差はありません。多変量解析の結果は出力ウィンドウの最後に表示されています。単変量解析ではtreat群は透析導入のリスクを上げる傾向でしたが、多変量解析で交絡因子をCox比例ハザード回帰モデルに投入した結果、調整後のHRの点推定値は0.8239となり、リスクがむしろ下がる方向に変化しました。しかし、95%CI(0.5960~1.1390)は1をまたいでいるため、統計学的に有意差はありませんでした(p=2.412e-01=0.2413)(連載第51回参照)。

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中年期に食事を抜くと将来フレイルになる可能性/長寿研

 高齢者にとってフレイルによる運動機能の低下は、日常生活に重大な悪影響を及ぼす。こうしたフレイルに明確な原因はあるのであろうか。この課題に対し、国立長寿医療センターの西島 千陽氏らの研究グループは、認知症のない65歳以上の高齢者5,063例を対象に若年期(25~44歳)および中年期(45~64歳)の食事抜きの習慣と老年期のフレイルとの関連性を検討した。その結果、若年期、中年期の食事抜きは、高齢期のフレイルに関連することがわかった。この結果は、Journal of the American Medical Directors Association誌2025年10月9日号に掲載された。中年期の食事抜き習慣はフレイルに関係する 研究グループは、知多市(愛知県)で実施したコホート研究から認知症のない65歳以上の高齢者5,063例を対象に抽出。若年期・中年期の1日当たりの食事回数を評価し、1日2食以上の食事を抜くことを「食事を抜く習慣」と定義し、二項ロジスティック回帰分析により、潜在的な交絡因子を調整したうえで、老年期のフレイルに対するオッズ比(OR)と95%信頼区間(CI)を推定した。さらに、若年期から中年期を通じて食事を抜く習慣を4群に分類した分析を実施し、その後、現在の食事状況に基づくサブグループ別に、関連性をさらに検討した。 主な結果は以下のとおり。・完全調整モデルにおいて、若年期(OR:1.64、95%CI:1.20~2.25)および中年期(OR:2.15、95%CI:1.34~3.49)に食事を抜く習慣は、老年期のフレイルと関連していた。・若年期に食事を抜いていたが、中年期にその習慣を止めた対象者は、老年期のフレイルと関連しなかった。・中年期に食事を抜く習慣を始めた者(OR:2.18、95%CI:1.07~4.71)、および若年期から中年期を通じて食事を抜く習慣を継続した者(OR:2.35、95%CI:1.53~3.70)は、食事を抜かない者と比較して、老年期のフレイル有病率が高かった。・中年期の食事を抜く習慣と老年期のフレイルとの関連は、食事を抜く習慣を止め、老年期に3食パターンにした者においても観察された(OR:2.96、95%CI:1.50~6.18)。 研究グループは、これらの結果から「老年期のフレイルを予防するには、とくに中年期において、規則的な食習慣を身に付けることが重要」と示唆している。

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抗うつ薬治療で効果不十分なうつ病患者に対するブレクスピプラゾール補助療法の有用性

 うつ病患者の多くは、抗うつ薬治療による症状が50%未満しか軽減せず、症状改善には非定型抗精神病薬の補助療法が有益となる可能性がある。米国・大塚ファーマシューティカルD&CのShivani Kapadia氏らは、抗うつ薬治療に対する最小限(0%超~25%未満)および部分的な(25%~50%未満)治療反応を示したうつ病患者におけるブレクスピプラゾールの補助療法の有効性と安全性を検討するため、3つのランダム化比較試験のデータを統合し、事後解析を実施した。The International Journal of Neuropsychopharmacology誌2025年10月1日号の報告。 3つの6週間の国際共同ランダム化二重盲検プラセボ対照第III相試験のデータを統合した。対象は、抗うつ薬治療で効果不十分な成人うつ病外来患者。患者を8週間の抗うつ薬治療期間における治療反応に基づき、最小反応群または部分反応群に層別化した。ブレクスピプラゾール2~3mg/日またはプラセボのいずれかにランダム化し、6週間の補助療法を行った。補助療法期間における有効性の評価には、Montgomery Asbergうつ病評価尺度(MADRS)および臨床全般印象度-重症度(CGI-S)を用いた。安全性は、治療中に発現した有害事象(TEAE)により評価した。 主な結果は以下のとおり。・最小反応群663例では、ランダム化治療期間中のMADRS総スコア変化量の最小二乗平均値は、抗うつ薬+ブレクスピプラゾールで-8.8±0.3ポイント、抗うつ薬+プラセボで-6.3±0.3ポイントであった。6週目における最小二乗平均値差は-2.47(95%信頼区間[CI]:-3.38~-1.55)であった(p<0.001、Cohen's d:0.41)。・部分反応群235例では、MADRS総スコア変化量の最小二乗平均値は、それぞれ-6.4±0.5ポイント、-4.9±0.5ポイントであり、6週目における最小二乗平均値差は-1.53(95%CI:-2.94~-0.11)であった(p=0.035、Cohen's d:0.28)。・CGI-Sの結果は、MADRSの結果と同様であった。・最小反応群におけるTEAEの発現率は、抗うつ薬+ブレクスピプラゾールで328例中196例(59.8%)、抗うつ薬+プラセボで335例中160例(47.8%)であった。・部分反応群におけるTEAEの発現率は、それぞれ115例中63例(54.8%)、120例中49例(40.8%)であった。 著者らは「抗うつ薬治療に対する最小限または部分的な治療反応の有無にかかわらず、ブレクスピプラゾール補助療法はうつ病に有効である可能性が示された」と結論付けている。

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CLL治療のアンメットニーズを埋めるピルトブルチニブ

 慢性リンパ性白血病(CLL)の治療において、初回治療の共有結合型BTK阻害薬に無効になった場合、これまでBCL2阻害薬ベネトクラクスとリツキシマブの併用療法が唯一の選択肢であり、この併用療法が無効の場合の対応が課題であった。そのような中、2025年9月に非共有結合型BTK阻害薬ピルトブルチニブ(商品名:ジャイパーカ)が再発・難治性のCLLに承認され、3次治療はもちろん、2次治療で本剤とベネトクラクス+リツキシマブのどちらかを選択することが可能になった。今回の承認に際し、10月30日に日本新薬によるメディアセミナーが開催され、新潟薬科大学医療技術学部長の青木 定夫氏がCLL治療における最新知見とアンメットニーズ、新たな選択肢であるピルトブルチニブについて講演した。初回治療の共有結合型BTK阻害薬への耐性例にも効果を発揮 日本血液学会の造血器腫瘍診療ガイドライン第3.1版(2024年版)におけるCLL診療のアルゴリズムでは、CLLの診断後、症候性もしくは活動性で治療が必要と判断された場合にのみ治療を行う。アルゴリズムは17p欠失/TP53変異の有無やfit/unfitで分かれるが、最終的に推奨レジメンはすべてBTK阻害薬となる。 BTK阻害薬には、共有結合型と非共有結合型の2種類あり、共有結合型では現在、イブルチニブ、アカラブルチニブ、ザヌブルチニブがCLLに承認されている。今回、ピルトブルチニブが非共有結合型BTK阻害薬として初めてCLLに承認された。 青木氏は、2種類のBTK阻害薬について、共有結合型BTK阻害薬はBTKのC481に結合しBTKを阻害するため、C481に変異が起こると耐性が生じるが、非共有結合型のピルトブルチニブはBTKへの結合にC481を利用しないため、共有結合型BTK阻害薬に対してC481変異により耐性になった患者にも効果を発揮する、と違いを説明した。再発・難治性CLL治療の今後 青木氏は、現時点における再発・難治性CLLの治療について、初回治療に共有結合型BTK阻害薬を使っていない場合は共有結合型BTK阻害薬が有効と思われるが、現在は初回治療に共有結合型BTK阻害薬が使われている場合が多いため、薬剤を変更しても共有結合型BTK阻害薬は効かないことが想定され、非共有結合型BTK阻害薬のピルトブルチニブや、ベネトクラクス+リツキシマブを投与することになると述べた。青木氏は、「これまではベネトクラクス+リツキシマブが唯一の選択肢であったが、ピルトブルチニブが選択可能となったことは非常に患者さんにとって恩恵をもたらす」と、期待を示した。国際共同第III相試験におけるPFSのハザード比は0.583 ピルトブルチニブの国際共同第III相試験(BRUIN CLL-321試験)は、BTK阻害薬による治療歴がある再発・難治性CLL患者を対象とし、対照群は治験医師の選択治療(ベンダムスチン+リツキシマブなど)で、ITT解析対象は日本人3例を含む238例であった。 主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)は、ピルトブルチニブ群が有意に良好(ハザード比:0.583、95%信頼区間:0.383~0.887)で、サブグループ解析でも高齢者を含めピルトブルチニブが良好であった。重要な副次評価項目である全生存期間には有意差がなかったが、これについて青木氏は、クロスオーバー可能であったことが関係しているかもしれないが、後から投与しても効果があるとも言える、と説明した。 安全性については、BTK阻害薬では特徴的な有害事象があることが知られているが、ピルトブルチニブに特別な有害事象は認められていないという。共有結合型BTK阻害薬抵抗例やベネトクラクス無効例にも効果が期待できる 最後に青木氏は、「CLLの初回治療は共有結合型BTK阻害薬であり、2次治療以降の選択肢はこれまでベネトクラクス+リツキシマブ、ほかの共有結合型BTK阻害薬しかなかった」とCLL治療の現状を述べ、「ピルトブルチニブはBTK阻害薬抵抗例でも有効性が期待でき、ベネトクラクス無効例でも効果が期待できることから、アンメットメディカルニーズを埋められる」と期待を示し、講演を締めくくった。

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手術低リスク重症大動脈弁狭窄症、TAVR vs.手術の7年追跡結果/NEJM

 手術リスクの低い症候性重症大動脈弁狭窄症患者を対象に、経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)と外科的大動脈弁置換術を比較した「PARTNER 3試験」の7年追跡解析の結果、死亡、脳卒中および再入院の複合エンドポイントを含む2つの主要エンドポイントについて、いずれも両群に有意差は認められなかったことが示された。米国・New York-Presbyterian HospitalのMartin B. Leon氏らが報告した。本試験の5年追跡解析でも同様の結果が得られていたが、臨床アウトカムと弁の耐久性に関して、より長期の評価が求められていた。NEJM誌オンライン版2025年10月27日号掲載の報告。5年追跡と同じ2つの主要複合エンドポイントを比較 研究グループは、症候性大動脈弁狭窄症を有し、米国胸部外科医学会の予測死亡リスク(STS-PROM)スコア(範囲:0~100%、高スコアほど術後30日以内の死亡リスクが高い)が4%未満で、臨床的・解剖学的評価に基づき手術リスクが低いと判断された患者1,000例を、経大腿動脈アプローチでバルーン拡張型人工弁(SAPIEN 3)を留置するTAVR群(503例)、または外科的大動脈弁置換術を行う手術群(497例)に、1対1の割合で無作為に割り付けた。治療群にはTAVR群496例、手術群454例が含まれ、臨床アウトカムおよび心エコーアウトカムを経時的に評価した。 7年追跡解析に関する事前に規定された主要エンドポイントは、5年追跡解析と同一である。すなわち、第1主要エンドポイントは、死亡、脳卒中、手技・弁・心不全に関連した再入院の非階層的複合エンドポイント、第2主要エンドポイントは、死亡、後遺症のある脳卒中、後遺症のない脳卒中、手技・弁・心不全に関連した再入院日数の階層的複合エンドポイントであった。7年追跡結果においても、TAVRと外科的大動脈弁置換術で差はなし 第1主要エンドポイントのイベントは、TAVR群で496例中165例(Kaplan-Meier推定値34.6%)、手術群で454例中156例(同37.2%)に発生した(群間差:-2.6%、95%信頼区間[CI]:-9.0~3.7、ハザード比:0.87、95%CI:0.70~1.08)。第2主要エンドポイントのwin比は1.04(95%CI:0.84~1.30)であった。 第1主要エンドポイントの各構成要素の発生率(Kaplan-Meier推定値)は、死亡がTAVR群19.5%、手術群16.8%、脳卒中がそれぞれ8.5%、8.1%、再入院が20.6%、23.5%であった。 7年時の平均大動脈弁圧較差(平均±SD)は、TAVR群13.1±8.5mmHg、手術群12.1±6.3mmHgであった。生体弁機能不全は、TAVR群で6.9%、手術群で7.3%に認められた。

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糖尿病前症の生活改善、AI介入が人間に非劣性/JAMA

 糖尿病前症の過体重または肥満の成人に対する糖尿病予防プログラム(DPP)について、人工知能(AI)主導による介入は人間主導による介入に対して、体重減少、身体活動およびHbA1cに基づく複合アウトカムの達成に関して非劣性であることが示された。米国・Johns Hopkins University School of MedicineのNestoras Mathioudakis氏らAI-DPP Study Groupが、Johns Hopkins Hospital(メリーランド州ボルティモア)およびReading Hospital Tower Health(ペンシルベニア州レディング)の2施設で実施したプラグマティックな第III相無作為化非盲検非劣性試験の結果を報告した。糖尿病前症を有する人は多数に上るが、現状エビデンスに基づくライフスタイル介入は十分に活用されていない。JAMA誌オンライン版2025年10月27日号掲載の報告。12ヵ月時点での体重減少、身体活動、HbA1cの複合アウトカムを比較 研究グループは、2021年10月11日~2024年12月16日(最終追跡調査日)に、糖尿病前症と診断された過体重または肥満を有する18歳以上の成人を、AI主導DPP群と人間主導DPP群に1対1の割合で無作為に割り付け、両介入を研究チームから独立して12ヵ月間提供した。他の構造化プログラムへの参加や、血糖ならびに体重に影響を与える薬剤の使用は禁止とした。 AI主導DPP群では、モバイルアプリとBluetooth対応体重計を介し、収集されたデータに基づき体重管理、身体活動、栄養に関する指導が個別に配信された。人間主導DPP群では、4種類の生活改善プログラムのうち1つを紹介し、当初は週1回を16回、その後は隔週~月1回、集団ビデオ会議形式の遠隔指導で行った。 主要アウトカムは、試験期間を通してHbA1cが6.5%未満に維持され、かつ12ヵ月時点において(1)5%以上の体重減少、(2)4%以上の体重減少に加え週150分以上の中~高強度の身体活動、(3)HbA1cの絶対値が0.2%以上低下、のいずれかの達成で定義される複合アウトカムであった。非劣性マージンは、リスク群間差の片側95%信頼区間(CI)下限が-15%と事前に規定された。AI主導DPPは人間主導DPPに対して非劣性 427例がスクリーニングされ、このうち適格基準を満たした368例が無作為化された(AI主導DPP群183例、人間主導DPP群185例)。年齢中央値は58歳(四分位範囲[IQR]:50~65)、女性が71%、黒人27%、ヒスパニック6%、白人61%、BMI中央値32.3(IQR:28.5~37.1)であった。AI主導DPP群では183例中171例(93.4%)が、人間主導DPP群では185例中153例(82.7%)が介入を開始した。 主要アウトカムの達成割合は、AI主導DPP群31.7%(58/183例)、人間主導DPP群31.9%(59/185例)、リスク群間差は-0.2%(片側95%CI:-8.2%)であり、非劣性基準を満たした。複合アウトカムの各構成要素の達成割合および感度解析においても、結果は一貫していた。 なお著者は、非盲検試験であること、糖尿病の発症ではなく代替アウトカムが使用されたこと、人間主導DPPの提供は施設によって異なっていた可能性があることなどを研究の限界として挙げている。

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ホスピスでよく使われる薬は認知症患者の死亡リスクを増加させる

 ホスピスでケアを受けているアルツハイマー病および関連認知症(ADRD)患者に対するベンゾジアゼピン系薬剤(以下、ベンゾジアゼピン)および抗精神病薬の使用は、患者の死を早めている可能性のあることが新たな研究で示された。ホスピス入所後にベンゾジアゼピンまたは抗精神病薬の使用を開始したADRD患者では、使用していなかった患者と比べて180日以内に死亡するリスクがそれぞれ41%と16%高いことが示されたという。米ミシガン大学の老年精神科医であるLauren Gerlach氏らによるこの研究の詳細は、「JAMA Network Open」に10月14日掲載された。 ホスピスケアは、もともとは死期の近いがん患者の精神的・身体的苦痛を緩和するために作り出されたが、今ではその対象は認知症などの他の末期疾患患者にも広がっている。研究グループによると、ホスピスに入所するADRD患者の割合は、1995年の1%未満から2023年には25%にまで増加している。しかし、ADRDはがんと比べると、長期にわたり予測不可能な経過をたどるため、ホスピス入所患者が必ずしもすぐに死亡するわけではない。実際、これらの患者の約20%は、ホスピス入所条件である予後6カ月を超えて生存し、ケアプログラムを終えていると研究グループは述べている。 研究グループによると、ホスピス入所患者の興奮、不安、せん妄の管理ではベンゾジアゼピンや抗精神病薬が処方されることが多い。しかし、これらの薬の使用は、転倒や混乱、鎮静のリスクを高め、患者の生活の質(QOL)に影響を及ぼす可能性がある。 この研究でGerlach氏らは、ホスピス施設に処方箋の報告が義務付けられていた2014年7月1日から2018年9月30日までの間の全国のメディケアデータを分析した。対象は、ホスピス入所前の6カ月間にベンゾジアゼピンや抗精神病薬の使用歴がないADRD患者13万9,103人(平均年齢87.6歳、女性75.8%)とした。ホスピス入所時にベンゾジアゼピンおよび抗精神病薬の使用リスクが高いとされた患者はそれぞれ10万58人と11万4,933人で、入所後、4万7,791人(47.8%)と1万5,314人(13.4%)で実際に薬の使用が開始されていた。患者のホスピス滞在日数の平均は130日を超えていた(ベンゾジアゼピン使用患者で136.4日、抗精神病薬使用患者で154.0日)。 ベンゾジアゼピンと抗精神病薬の使用患者と非使用患者を1対1でマッチングしたペア(ベンゾジアゼピンで2万6,872ペア、抗精神病薬で1万240ペア)を抽出して、それぞれの薬の使用と死亡との関連を検討した。その結果、使用患者では非使用患者と比べて、薬の使用開始後180日以内に死亡するリスクが、ベンゾジアゼピンでは41%、抗精神病薬では16%、有意に上昇することが示された。 Gerlach氏は、「こうした早期の処方パターンは、これらの薬が個々の患者に合わせて調整されるのではなく、標準的なホスピスケアの実践の一部として使用されているケースがあることを示唆している」と述べている。その上で同氏は、「ホスピス滞在期間中に認知症患者に使用する薬は、QOLを低下させるのではなく、向上させるものでなければならない」と話す。さらに同氏は、「メディケアのホスピス給付は、加入者のほとんどががん患者で、病状の経過が短く予測可能であることを想定して設計されている。病気の進行が何年にもわたることがあるADRD患者に適したケアモデルと処方ガイドラインが必要だ」と指摘している。

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慢性便秘の改善にキウイが有効

 キウイは健康的なおやつ以上のものかもしれない。英国栄養士会(BDA)が新たに作成した慢性便秘に関する包括的な食事ガイドラインによれば、キウイ、ライ麦パン、特定のサプリメントは、薬に頼らずに慢性便秘を管理するのに役立つ可能性があるという。英キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)准教授で登録栄養士でもあるEirini Dimidi氏らが作成したこのガイドラインは、「Journal of Human Nutrition and Dietetics」に10月13日掲載された。 Dimidi氏は、「本ガイドラインは医薬品ではなく、食事療法による便秘治療に焦点を当てている」と説明する。同氏は、「便秘に悩む人が、科学的エビデンスに基づいた情報を得ることで、自分で症状をコントロールして、生活の質(QOL)に多大な影響を及ぼしている症状を改善することができると感じてくれることを願っている」と話している。 慢性便秘とは、週3回未満の排便が3カ月以上続く状態と定義されている。慢性便秘の一般的な症状は、硬い便や塊状の便、膨満感、腹部不快感、吐き気などである。慢性便秘は世界人口の10%以上に影響を与えている。米国消化器病学会によると、米国だけでも年間約250万人が便秘を理由に医療機関を受診している。慢性便秘の状態では、お腹の張りや痛み、倦怠感から体を動かすことができなかったり気分に影響したりする可能性がある」と米栄養と食事のアカデミー(AND)の広報担当者で管理栄養士のSue-Ellen Anderson-Haynes氏はNBCニュースに語っている。 この研究でDimidi氏らは、慢性便秘に対する食事による介入の効果を検討した75件のランダム化比較試験(RCT)を対象に4件のシステマティックレビューとメタアナリシスを行い、その結果に基づいて、GRADEアプローチ(エビデンスの確実性と推奨の強さを評価する手法)によりガイドライン(推奨事項)を作成した。主な推奨事項は以下の通り。・キウイ:毎日3個(皮付きまたは皮なし)食べると便通が改善する。・ライ麦パン:1日6〜8枚食べると排便回数を増やすことができる。ただし、これは全ての人にとって現実的とはいえない可能性があることをDimidi氏らは指摘している。・食物繊維サプリメント:サイリウム(オオバコ)などのサプリメントを1日当たり10g以上摂取すると排便回数が増え、いきみが楽になる。・酸化マグネシウムのサプリメント:1日0.5〜1.5g摂取することで排便回数が増え、腹部膨満感や痛みが軽減される。・プロバイオティクス:プロバイオティクス全体としては一部の人で効果のある可能性があるが、個々の種または菌株ごとの効果は不明である。・ミネラル豊富な水:マグネシウムを豊富に含む水の1日0.5~1.5Lの摂取を他の治療法と組み合わせることで、効果を高めることができる。 Dimidi氏は、「このガイドラインは、『食物繊維や水の摂取量を増やしましょう』というような漠然とした既存の助言を、より具体的で研究に裏打ちされた助言に置き換えることを目的としている」と述べている。同氏らによると、慢性便秘の既存の治療計画のほとんどは薬物療法に依存しているという。Dimidi氏は、「高繊維食は、健康全般や大腸がんのリスク軽減など、腸の健康にも非常に有益であるというエビデンスはいくつもある。しかし便秘に関しては、それが便秘を改善すると断言できるほどの十分なエビデンスは存在しない」とNBCニュースに対して語っている。 このガイドラインの作成には関与していない米ミシガン大学の消化器専門医であるWilliam Chey氏は、本ガイドラインを、「主治医の診察を待つ間に自分で試すことのできることについてまとめた貴重なロードマップだ」と評している。

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肺動脈性肺高血圧症〔PAH : pulmonary arterial hypertension〕

1 疾患概要■ 概念・定義肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)は、肺動脈圧が上昇する一連の疾患の総称である。欧州の肺高血圧症診断治療ガイドライン2022では、右心カテーテルで安静時の平均肺動脈圧(mPAP)が20mmHgを超える状態と定義が変更された。さらに肺動脈性肺高血圧症(PAH)に関しても、mPAP>20mmHgかつ肺動脈楔入圧(PAWP)≦15mmHg、肺血管抵抗(PVR)>2 Wood単位(WU)と診断基準が変更された。しかし、わが国において、厚生労働省が指定した指定難病PAHの診断基準は2025年8月の時点では「mPAP≧25mmHg、PVR≧3WU、PAWP≦15mmHg」で変わりない。この数字は現在保険収載されている肺血管拡張薬の臨床試験がmPAP≧25mmHgの患者を対象としていることにある。mPAP 20~25mmHgの症例に対する治療薬の臨床的有用性や安全性に関する検証が待たれる。■ 疫学特発性PAHは一般臨床では100万人に1~2人、二次性または合併症PAHを考慮しても100万人に15人ときわめてまれである。従来、特発性PAHは30代を中心に20~40代女性に多く発症する傾向があったが、最近の調査では高齢者かつ男性の新規診断例の増加が指摘されている。小児は成人の約1/4の発症数で、1歳未満・4~7歳・12歳前後に発症のピークがある。男女比は小児では大差ないが、思春期以降の小児や成人では男性に比し女性が優位である。厚生労働省研究班の調査では、膠原病患者のうち混合性結合織病で7%、全身性エリテマトーデスで1.7%、強皮症で5%と比較的高頻度にPAHを発症する。■ 病因主な病変部位は前毛細血管の細小動脈である。1980年代までは血管の「過剰収縮ならびに弛緩低下の不均衡」説が病因と考えられてきたが、近年の分子細胞学的研究の進歩に伴い、炎症-変性-増殖を軸とした、内皮細胞機能障害を発端とした正常内皮細胞のアポトーシス亢進、異常平滑筋細胞のアポトーシス抵抗性獲得と無秩序な細胞増殖による「血管壁の肥厚性変化とリモデリング」 説へと、原因論のパラダイムシフトが起こってきた1, 2)。肺血管平滑筋細胞などの血管を構成する細胞の異常増殖は、細胞増殖抑制性シグナル(BMPR-II経路)と細胞増殖促進性シグナル(ActRIIA経路)のバランスの不均衡により生じると考えられている3)。遺伝学的には2000年に報告されたBMPR2を皮切りに、ACVRL1、ENG、SMAD9など、TGF-βシグナル伝達に関わる遺伝子が次々と疾患原因遺伝子として同定された4)。これらの遺伝子変異は家族歴を有する症例の50~70%、孤発例(特発性PAH)の20~30%に発見されるが、浸透率は10~20%と低い。また、2012年にCaveolin1(CAV1)、2013年にカリウムチャネル遺伝子であるKCNK3、2013年に膝蓋骨形成不全の原因遺伝子であるTBX4など、TGF-βシグナル伝達系とは直接関係がない遺伝子がPAH発症に関与していることが報告された5-7)。■ 症状PAHだけに特異的なものはない。初期は安静時の自覚症状に乏しく、労作時の息切れや呼吸困難、運動時の失神などが認められる。注意深い問診により診断の約2年前には何らかの症状が出現していることが多いが、てんかんや運動誘発性喘息、神経調節性失神などと誤診される例も少なくない。進行すると易疲労感、顔面や下腿の浮腫、胸痛、喀血などが出現する。■ 分類『ESC/ERS肺高血圧症診断治療ガイドライン2022』に示されたPHの臨床分類を以下に示す8)。1群PAH(肺動脈性肺高血圧症)1.1特発性PAH1.1.1 血管反応性試験でのnon-responders1.1.2 血管反応性試験でのacute responders(Ca拮抗薬長期反応例)1.2遺伝性PAH1.3薬物/毒物に関連するPAH1.4各種疾患に伴うPAH1.4.1 結合組織病(膠原病)に伴うPAH1.4.2 HIV感染症に伴うPAH1.4.3 門脈圧亢進症に伴うPAH(門脈肺高血圧症)1.4.4 先天性心疾患に伴うPAH1.4.5 住血吸虫症に伴うPAH1.5 肺静脈閉塞症/肺毛細血管腫症(PVOD/PCH)の特徴をもつPAH1.6 新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)2群PH(左心疾患に伴うPH)2.1 左心不全2.2.1 左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)2.2.2 左室駆出率が低下または軽度低下した心不全2.2 弁膜疾患2.3 後毛細血管性PHに至る先天性/後天性の心血管疾患3群PH(肺疾患および/または低酸素に伴うPH)3.1 慢性閉塞性肺疾患(COPD)3.2 間質性肺疾患(ILD)3.3 気腫合併肺線維症(CPFE)3.4 低換気症候群3.5 肺疾患を伴わない低酸素症(例:高地低酸素症)3.6 肺実質の成長障害4群PH(肺動脈閉塞に伴うPH)4.1 慢性血栓塞栓性PH(CTEPH)4.2 その他の肺動脈閉塞性疾患5群PH(詳細不明および/または多因子が関係したPH)5.1 血液疾患5.2 全身性疾患(サルコイドーシス、肺リンパ脈管筋腫症など)5.3 代謝性疾患5.4 慢性腎不全(透析あり/なし)5.5 肺腫瘍血栓性微小血管症(PTTN)5.6 線維性縦郭炎5.7 複雑先天性心疾患■ 予後1990年代まで平均生存期間は2年8ヵ月と予後不良であった。わが国では1999年より静注PGI2製剤エポプロステノールナトリウムが臨床使用され、また、異なる機序の経口肺血管拡張薬が相次いで開発され、併用療法が可能となった。近年では5年生存率は90%近くに劇的に改善してきている。一方、最大限の内科治療に抵抗を示す重症例も一定数存在し、肺移植施設への照会、肺移植適応の検討も考慮される。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)右心カテーテル検査による「肺動脈性のPH」の診断とともに、臨床分類における病型の確定、他のPHを来す疾患の除外(鑑別診断)、および重症度評価が行われる。症状の急激な進行や重度の右心不全を呈する症例はPH診療に精通した医師に相談することが望ましい。PHの各群の鑑別のためには、まず左心性心疾患による2群PH、呼吸器疾患/低酸素による3群PHの存在を検索し、次に肺換気血流シンチグラムなどにより肺血管塞栓性PH(4群)を否定する。ただし、呼吸器疾患/低酸素によるPHのみでは説明のできない高度のPHを呈する症例では1群PAHの合併を考慮すべきである。わが国の『肺高血圧症診療ガイダンス2024』に示された診断手順(図1)を参考にされたい9)。図1 PHの鑑別アルゴリズム(診断手順)画像を拡大する■ 主要症状および臨床所見1)労作時の息切れ2)易疲労感3)失神4)PHの存在を示唆する聴診所見(II音の肺動脈成分の亢進など)■ 診断のための検査所見1)右心カテーテル検査(指定難病PAHの診断基準に準拠)(1)肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧で25mmHg以上、肺血管抵抗で3単位以上)(2)肺動脈楔入圧(左心房圧)は正常(15mmHg以下)2)肺血流シンチグラム区域性血流欠損なし(特発性または遺伝性PAHでは正常または斑状の血流欠損像を呈する)■ 参考とすべき検査所見1)心エコー検査にて、右室拡大や左室圧排所見、三尖弁逆流速度の上昇(>2.8m/s)、三尖弁輪収縮期移動距離の短縮(TAPSE<18mm)、など2)胸部X線像で肺動脈本幹部の拡大、末梢肺血管陰影の細小化3)心電図で右室肥大所見3 治療 (治験中・研究中のものも含む)『ESC/ERSのPH診断・治療ガイドライン2022』を基本とし、日本人のエビデンスと経験に基づいて作成されたPAH治療指針を図2に示す9,10)。図2 PAHの治療アルゴリズム画像を拡大するこれはPAH症例にのみ適応するものであって、他のPHの臨床グループ(2~5群)に属する症例には適応できない。一般的処置・支持療法に加え、根幹を成すのは3系統の肺血管拡張薬である。すなわち、プロスタノイド(PGI2)、ホスホジエステラーゼ 5型阻害薬(PDE5-i)、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)である。2015年にPAHに追加承認された、可溶性guanylate cyclase(sGC)刺激薬リオシグアトはPDE5-iとは異なり、NO非依存的にNO-cGMP経路を活性化し、肺血管拡張作用をもたらす利点がある。初期治療開始に先立ち、急性血管反応性試験(AVT)の反応性を確認する。良好な反応群(responder)には高用量のCa拮抗薬が推奨される。しかし、実臨床においてCa拮抗薬長期反応例は少なく、3~4ヵ月後の血行動態改善が乏しい場合には他の薬剤での治療介入を考慮する。AVT陰性例には重症度に基づいた予後リスク因子(表)を考慮し、リスク分類に応じて3系統の肺血管拡張薬のいずれかを用いて治療を開始する。表 PAHのリスク層別化画像を拡大する低~中リスク群にはERA(アンブリセンタン、マシテンタン)およびPDE5-i(シルデナフィル、タダラフィル)の2剤併用療法が広く行われている。高リスク群には静注・皮下注投与によるPGI2製剤(エポプロステノール、トレプロスチニル)、ERA、PDE5-iの3剤併用療法を行う。最近では初期から複数の治療薬を同時に併用する「初期併用療法」が主流となり良好な治療成績が示されているが、高齢者や併存疾患(高血圧、肥満、糖尿病、肺実質疾患など)を有する症例では、安全性を考慮しERAもしくはPDE5-iによる単剤治療から慎重に開始すべきである。右心不全ならびに左心還流血流低下が著しい最重症例では、体血管拡張による心拍出量増加・右心への還流静脈血流増加に対する肺血管拡張反応が弱く、かえって肺動脈圧上昇や右心不全増悪を来すことがあり、少量から開始し、急速な増量は避けるべきである。また、カテコラミン(ドブタミンやPDEIII阻害薬など)の併用が望まれ、体血圧低下や脈拍数増加、水分バランスにも十分留意する。初期治療開始後は3~4ヵ月以内に血行動態の再評価が望まれる。フォローアップ時において中リスクの場合は、経口PGI2受容体刺激薬セレキシパグもしくは吸入PGI2製剤トレプロスチニルの追加、PDE5-iからsGC刺激薬リオシグアトへの薬剤変更も考慮される。しかし、経口薬による多剤併用療法を行っても機能分類-III度から脱しない難治例には時期を逸さぬよう非経口PGI2製剤(エポプロステノール、トレプロスチニル)の導入を考慮すべきである。すでに非経口PGI2製剤を導入中の症例で用量変更など治療強化にも抵抗を示す場合は、肺移植認定施設に紹介し、肺移植適応を検討する。2025年8月にアクチビンシグナル伝達阻害薬ソタテルセプト(商品名:エアウィン 皮下注)がわが国でも保険収載された。これまでの3系統の肺血管拡張薬とは薬理機序が異なり、アクチビンシグナル伝達を阻害することで細胞増殖抑制性シグナルと細胞増殖促進性シグナルのバランスを改善し、肺血管平滑筋細胞の増殖を抑制する新しい薬剤である11)。ソタテルセプトは、既存の肺血管拡張薬による治療を受けている症例で中リスク以上の治療強化が必要な場合、追加治療としての有効性が期待される。3週間ごとに皮下注射する。主な副作用として、出血や血小板減少、ヘモグロビン増加などが報告されている。PHに対して開発中の薬剤や今後期待される治療を紹介する。吸入型のPDGF阻害薬ソラルチニブが成人PAHを対象とした第III相臨床試験を国内で進捗中である。トレプロスチニルのプロドラッグ(乾燥粉末)吸入製剤について海外での第II相試験が完了し、1日1回投与で既存の吸入薬に比べて利便性向上が期待できる。内因性エストロゲンはPHの病因の1つと考えられており、アロマターゼ阻害薬であるアナストロゾールの効果が研究されている。世界中で肺動脈自律神経叢を特異的に除神経するカテーテル治療開発が進められており、国内でも先進医療として薬物療法抵抗性PH対する新たな治療戦略として期待されている。4 今後の展望近年、肺血管疾患の研究は急速に成長をとげている。PHの発症リスクに関わる新たな遺伝的決定因子が発見され、PHの病因に関わる新規分子機構も明らかになりつつある。とくに細胞の代謝、増殖、炎症、マイクロRNAの調節機能に関する研究が盛んで、これらが新規標的治療の開発につながることが期待される。また、遺伝学と表現型の関連性によって予後転帰の決定要因が明らかとなれば、効率的かつテーラーメイドな治療戦略につながる可能性がある。5 主たる診療科循環器内科、膠原病内科、呼吸器内科、胸部心臓血管外科、小児科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 肺動脈性肺高血圧症(指定難病86)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本肺高血圧・肺循環学会合同ガイドライン(日本循環器学会)(2025年改訂された日本循環器学会および日本肺高血圧・ 肺循環学会の合同作成による肺高血圧症に関するガイドライン)肺高血圧症診療ガイダンス2024(日本肺高血圧・肺循環学会)(欧州ガイドライン2022を基とした日本の実地診療に即したガイダンス)2022 ESC/ERS Guidelines for the diagnosis and treatment of pulmonary hypertension(2022年に発刊された最新版の欧州ガイドライン、英文のみ)患者会の情報NPO法人 PAHの会(肺高血圧症患者と家族が運営している全国組織の患者会)Pulmonary Hypertension Association(世界最大かつ最古の肺高血圧症協会で16,000人以上の患者・家族・医療専門家からなる国際的なコミュニティ、日本語選択可) 1) Michelakis ED, et al. Circulation. 2008;18:1486-1495. 2) Morrell NW, et al. J Am Coll Cardiol. 2009;54:S20-31. 3) Guignabert C, et al. Circulation. 2023; 147: 1809-1822. 4) 永井礼子. 日本小児循環器学会雑誌. 2023; 39: 62-68. 5) Austin ED, et al. Circ Cardiovasc Genet. 2012;5:336-343. 6) Ma L, et al. N Engl J Med. 2013;369:351-361. 7) Kerstjens-Frederikse WS, et al. J Med Genet. 2013;50:500-506. 8) Humbert M, et al. Eur Heart J. 2022;43:3618-3731. 9) 日本肺高血圧・肺循環学会. 肺高血圧症診療ガイダンス2024. 10) Chin KM, et al. Eur Respir J. 2024;64:2401325. 11) Sahay S, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2024;210:581-592. 公開履歴初回2013年07月18日更新2025年11月06日

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今、ブラジルが熱い!【Dr. 中島の 新・徒然草】(605)

六百五の段 今、ブラジルが熱い!2025年11月2日(日本時間)、ロサンゼルス・ドジャースがワールド・シリーズを制しました。第7戦の舞台はカナダ・トロントのロジャーズ・センター。延長11回裏、トロント・ブルージェイズの攻撃で一打逆転のピンチを迎えましたが、最後はダブルプレーで5対4のリードを守り切りました。まさに薄氷の勝利。ワールド・シリーズの名にふさわしい試合でした。YouTubeの素人実況者は感極まって泣いていましたが、あまりにも劇的な幕切れに私の目からも涙が……。大谷 翔平はもちろんのこと、ワールド・シリーズで3勝を挙げてMVPに輝いた山本 由伸、今季から加わった佐々木 朗希ら日本人選手らの活躍も見事でした。さて、話題をブラジルに移します。ちょうど国際学会に出席していた女房が35時間かかって帰国したので、現地での体験を聞きました。学会でもなければ訪れることのなかった国ですが、見るもの聞くものすべてが驚きの連続だったそうです。1. ブラジル人は日本人より働き者日本人同行者のスーツケースがサンパウロ空港で出てこず、ロストバゲージになりました。空港職員に届けると、気のいいオッチャンが調べてくれて「お前のスーツケースは……まだシカゴだな。オレが手配してやるから、メールアドレスとホテルを教えてくれ」と対応してくれたそうです。その後、オッチャンからは「今はサンパウロだ」「ポルト・アレグレに着いたよ」と逐一メールが届き、翌日の深夜11時に無事スーツケースがホテルへ届けられました。日本の宅配業者でもそんな時間まで配送したりはしないはず。それだけでなく、ホテルのレストランの従業員たちも昼夜問わず一生懸命に働いていたのだとか。女房はその働きぶりに驚かされたそうです。2. 意外にもブラジルは先進国「ブラジル=貧しい国」という印象を抱きがちですが、実際には階層社会で、上層の人々は教育熱心でキチンとしており、実は日本以上に豊かな暮らしをしているのではないかという印象がありました。サンパウロから飛行機で2時間の地方都市ポルト・アレグレの空港は伊丹より大きく、鉄道がないせいか飛行機がひっきりなしに発着していたのだそうです。その規模と活気、そしてインフラには圧倒されっぱなしだったとのこと。3. 国の底力がすごいブラジルの人口は2億人を超え、国土は日本の20倍以上。森林だけでなく石油も採れる資源大国で、今回の学会スポンサーにも石油会社が名を連ねていました。意外にも彼らが強調していたのは地球温暖化対策で、実際に学会においてもプラスチック・カップは使わないというのがルールとなっていたそうです。あらゆる点から見て潜在力の塊だといえましょう。4. 若者が多く、国に勢いがある何しろ若者が多く、街全体に活気があります。通りでは若者の2人乗りバイクが走っており、後席の人はもっぱらスマホを見ているのだとか。そのせいか交通事故は日本の約6倍にも及び、殺人事件に至っては約100倍という驚くべき数字です。ブラジルが多いというより、日本の殺人事件が極端に少ないのかもしれません。学会が行われた地方都市カネラはのんびりした雰囲気でしたが、土地柄のせいか食事は塩辛いか甘いか。一方、日本人同行者が立ち寄ったサンパウロでは、治安が悪い代わりに食事が驚くほど美味しかったそうです。5. 英語がほとんど通じないブラジルでは学校であまり英語が教えられていないためか、ほとんどの人がポルトガル語しか話しません。「ワン・ツー・スリー」や「イエス・ノー」ですら通じないとのこと。カネラの高級レストランでも、英語のできるスタッフが1人いるかどうか。ホテルのスタッフに英語で話しかけると「あわわ!」と慌てながらGoogle翻訳を出してくるのだそうです。もちろん大都市に行くと多少は事情が異なるのかもしれません。6. コーヒーよりマテ茶ブラジルといえばコーヒーのイメージですが、実際には「マテ茶」を日常的に飲んでいます。茶葉を入れたマイカップ(シマホン)を持ち歩き、あちこちでお湯を注ぎ足して金属ストローで飲むのが一般的。他人のカップの茶を飲む光景も珍しくなく「そりゃあコロナも広がるわ」というのが女房の感想。さらにブラジルの人々は声が大きく、よくしゃべり、ハグを欠かしません。マスクなど誰もしておらず、この人たちに言うことを聞かせるにはロックダウンしか方法がなかったのかも。一方、日本人は声が小さく、箸で食べ、マスクをしているせいか、ロックダウンなしで感染が抑えられたのも、今となっては当然という気がします。というわけで、今ブラジルが熱い!急成長するグローバルサウスの一角を占めるのも当然のこと。「住みたい」とまでは思いませんが、友好的な関係を築いておくべきでしょう。それだけでなく、日本がブラジルから学ぶところもたくさんありそうです。そういえば、女房が土産に買ってきたのは、黄色と緑のブラジル国旗カラーのサンダル。これを見ると、ブラジル出身のF1ドライバー、故アイルトン・セナのヘルメットの色を思い出します。改めて、あれは国旗を象徴するデザインだったのか、と納得いたしました。最後に1句深秋の 日本で語る ブラジルを

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映画「エクソシスト」【その1】どうやって憑依するの?-「ニューラルネットワーク分離作動説」

今回のキーワードトランス憑依アイデンティティ暗示「解離=ローカルスリープ」説統合情報理論分離脳エイリアンハンド症候群ローカル・アウェイクニング[目次]1.憑依の特徴とは?2.どうやって憑依するの?-「ニューラルネットワーク分離作動説」憑依の特徴とは?何かに憑りつかれている、悪霊が乗り移った…いわゆる憑依現象は、昔から世界中でみられます。そして、お祈りやお祓いなどの儀式は今でもごく自然に行われています。しかしながら、まったく科学的ではありません。いったい、憑依とは何なんでしょうか? どうやって憑依するのでしょうか? そして、そもそもなぜ憑依は「ある」のでしょうか?今回は、オカルト映画の金字塔「エクソシスト」を取り上げ、精神医学の視点から憑依の特徴を説明し、脳科学の視点からそのメカニズムを解明します。エクソシストとは、悪魔祓いをする神父のことで、日本では祈祷師とも呼ばれます。このストーリーでは、ある少女リーガンが悪魔に憑りつかれたとされます。対応した精神科医もお手上げとなり、悪魔祓いをする神父が決死の覚悟で彼女を救おうとします。それでは、まず彼女の状況を踏まえて、精神医学の視点から憑依の特徴を大きく3つ挙げてみましょう。(1)自分をコントロールできない―トランスリーガンは、ベッドの上で、急に激しく起き上がったり反り返ったりするなか、「ママ助けて!(何かが)私を殺す気よ」と叫び続けます。彼女が首を180度後ろに向けるシーンもあります。このシリーズの別の映画では、いわゆるスパイダーウォークなどのありえない動きをするシーンもあります。1つ目の特徴は、自分の発言や動きをコントロールできないことです。精神医学では、トランス(意識変容)と呼ばれます。なお、リーガンには見られませんでしたが、ぶつぶつと同じ言葉を口癖のように言う場合もあります。ちなみに、ベッドや棚などが勝手に動き出すのは、この映画の悪魔の仕業であるという演出であり、このトランスとは無関係です。(2)憑依されたものになりきる-憑依アイデンティティやがてリーガンは、白目をむいて近くにいた精神科医を殴りつけます。そして、野太い声で「このメ〇豚はおれのものだ」「ファッ〇してみろ」とあざ笑うのです。2つ目の特徴は、憑依されたものになりきることです。精神医学では、憑依アイデンティティ(自我障害)と呼ばれます。なお、憑依の対象は、悪魔だけでなく、神、死者の霊、動物、架空のキャラクターなど人間が想像できうるすべてのものになります。とくにこれまで日本では、狐憑きなど動物が憑依の対象となることが多くありました1)。また、霊媒師のように死者の霊が憑依の対象となることもよく見られました。(3)宗教儀式に誘発される-暗示当初リーガンは、精神科医による催眠療法を受けました。精神科医は厳かに「リーガンの中にいる者に言う。この催眠に反応して、すべて答えるのだ。進み出ろ」「中にいる者か?」「何者だ?」と問い詰めます。すると、リーガンは鬼の形相になってにらみつけ、いきなりその精神科医の股間を両手で握りつぶし押し倒すのでした。その後、神父が登場し、聖水をかけたり、聖書を朗読して、何とか悪魔を退散させようとしますが、そのたびに悪魔が憑依しているリーガンは激しく抵抗するのです。3つ目は、宗教儀式に誘発されることです。精神医学では、暗示と呼ばれます。催眠療法にしても宗教儀式にしても、本人に悪魔が憑依していることを強く認識させることで、実はますます憑依状態を引き起こして助長しています。つまり、周りから悪魔が「いる」と言われることで、ますます本人自身がその悪魔になりきってしまうのです。これは、役者が、他の役者との相互作用でその役に入り込んでしまい、役が抜けなくなり、日常生活でもその役の振る舞いをしてしまうことに似ています。なお、催眠療法は、現在は精神科で行われることはありませんが、この映画が製作された1970年代は有効とされ行われていました。どうやって憑依するの?-「ニューラルネットワーク分離作動説」憑依の特徴とは、自分をコントロールできない(トランス)、憑依されたものになりきる(憑依アイデンティティ)、宗教儀式に誘導される(暗示)であることがわかりました。このような憑依の状態は、精神医学では、憑依トランス症と診断され、解離症の1つと分類されています。それでは、どうやって憑依するのでしょうか?脳科学の視点から、憑依のメカニズムは、同じく解離症に分類される記憶喪失や腰抜けのメカニズムを発展させて解き明かすことができます。そこで、まず記憶喪失と腰抜けのメカニズムを理解する必要があります。この詳細については、関連記事1をご覧ください。記憶喪失と腰抜けのメカニズムは、ローカルスリープという概念を使って、「解離=ローカルスリープ」説を提唱して、解き明かしました。ただし、この仮説は、意識から特定の精神機能または身体機能だけが分離して不活性化する病態のメカニズムを説明することができますが、意識から精神機能や身体機能が分離して逆に活性化する憑依のメカニズムを説明することはできません。それではさらに、このメカニズムをどう説明すればいいでしょうか?これは、統合情報理論を使って説明することができます2)。この理論を簡単に言うと、意識とは、脳のある部位で生まれるのではなく脳全体のネットワークで生まれる、つまり脳内のニューラルネットワーク(神経のつながり)の情報が統合される状態であるということです。逆に言えば、意識とは、まさに私たちが実感しているような1つの魂という存在として体に宿っているわけではなく、脳がつくり出している世界をただ「見ている」にすぎないことになります。つまり、意思決定は、意識による「独裁政治」(トップダウン)ではなく、脳全体の活動のせめぎ合いの調整(統合)による「民主主義」(ボトムアップ)であるということになります。たとえば、これがうまくいかなくなったのが、分離脳です。分離脳とは、左右の大脳半球をつなぐ部位である脳梁を、難治性てんかんの治療として切断(分離)した脳の状態を意味します。分離脳になると、完全に切り離された左右の大脳半球が独立して見聞きすることができます。さらに、「他人」の手のように勝手に物を取ろうとしている片方の手を、もう片方の「自分」の手が押さえ込んで、もみ合いになってしまう病態(エイリアンハンド症候群)になることがあります。これは、脳梁の部位でのネットワークが途切れてしまったために、連携のアルゴリズムがうまく働かなくなってしまったと説明することができます。このアルゴリズムは、ちょうどSNSのアドワーズ広告がユーザーの検索ワードの傾向などの情報に合わせて広告を自動的に表示するのと同じように、脳が外界刺激に最適化された反応をしていると言えます。このような意思決定をする意識の時間的な連続性(一貫性)を、私たちは人格(アイデンティティ)と呼んでいるにすぎません。つまり、意識にしても、人格にしても、最初から1つであるという前提が私たちの思い込みであったという衝撃の事実がこの理論からわかります。なお、意思決定と分離脳の詳細については、関連記事2をご覧ください。この理論を踏まえると、分離脳が右脳と左脳にそれぞれ分かれて独立しているのと同じように、憑依は、憑依アイデンティティが影響を及ぼす特定のニューラルネットワークがもともとの人格のニューラルネットワークから暗示の影響(ストレス)によって分離し活性化する一方で、もともとの人格のニューラルネットワークが不活性化(ローカルスリープ)してしまったと仮定することができます。この記事では、これを「ニューラルネットワーク分離作動説」と名付けます。これは、特定のニューラルネットワークだけがローカルスリープになる記憶喪失や腰抜けとは逆に、特定のニューラルネットワークだけが活性化している点で、真逆の病態です。ローカルスリープの逆、「ローカル・アウェイクニング(局所覚醒)」と言えます。ちょうど、脳がまだ未発達な子供が深く眠っている最中(ノンレム睡眠中)に、一部のニューラルネットワークが活性化する「夜泣き」(睡眠時驚愕症)や「夢遊病」(睡眠時遊行症)の病態に似ています。実際に、宗教儀式で夜通し同じ聖書の文言やお経(歌)を唱え続けたり、同じ仕草や振り付け(ダンス)を繰り返して疲れ果てて意識レベルが下がっている極限状態や、催眠療法でまさに眠りが催されている状態は、特定のニューラルネットワークの「ローカル・アウェイクニング」とそれ以外のローカルスリープを誘発していることになり、理に適っています。また、演技派俳優が役に完全になりきるために、肉体的にも精神的にも極端に自分を追い込む行動も、理に適っています。なお、リーガンがベッドの上で不自然な動きをしながら助けを呼ぶトランスのシーンは、分離脳によるエイリアンハンド症候群の病態に通じる点で、そこまで不思議な現象でもないと理解することができます。しかしながら、それではなぜ暗示ごときで分離脳と同じように特定のニューラルネットワークが分離してしまうのでしょうか? もっと根本的な原因があるのではないでしょうか? 1) 祈祷性精神病 憑依研究の成立と展開、p12:大宮司信、日本評論社、2022 2) 意識はいつ生まれるのか、p122:マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ、亜紀書房、2015 3) 心の解離構造、p196:エリザペス・F・ハウエル、金剛出版、2020 ■関連記事米国ドラマ「24」【その1】なんでショックで記憶喪失になるの? なんで恐怖で腰が抜けるの?-「解離=ローカルスリープ」説インサイド・ヘッド(続編・その1)【やったのは脳のせいで自分のせいじゃない!?】

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お腹の張りも奥が深いのです【非専門医のための緩和ケアTips】第111回

お腹の張りも奥が深いのです「お腹の張り」を訴える患者さん、内科診療をしている方であればしばしば遭遇するでしょう。皆さんはこうしたケースにどのように対応していますか? ちょっと曖昧な訴えにも感じられ、ついつい便秘と決めがちではないでしょうか。今回の質問肝臓がんでお腹の張りを訴える患者さんがいます。毎日というわけではないですが排便はあるようで、腹水が原因かと思っています。ただ、そこまで緊満しているわけではなく、対応を悩んでいます。これは腹水が溜まっている患者さんなどでよく遭遇する状況かと思います。患者さんの訴えも曖昧で、詳しく聞いてみても「とにかくお腹が張ってつらいんです」といった訴えが続くこともよくあります。緩和ケアは高齢患者も多く、詳細な情報収集が難しいのはよくあることなので、診察や検査といった客観的な情報と総合して、アプローチを考えるのが基本です。こういった時、我々の思考プロセスとしてまず考えたいのは、「緊急性の高い疾患がないか」という点です。とくに消化管穿孔、絞扼性イレウスといったところは見逃したくないですね。私の経験上では、普段から腹痛を訴えることの多い患者さんだったものの、痛みがいつもより強いようであることに違和感を覚え、検査をしました。その結果、腫瘍破裂による、腹腔内出血でした。血液は腹膜への刺激となるため、腹痛の原因となります。その典型的な例が子宮外妊娠ですが、がん患者にも同じような機序の痛みが起こりえます。「いつもの腹痛」と片付けていれば、対応が遅れるところでした。さて、上記のような緊急性の高い疾患がないことが確認できた後は、便秘や腹水貯留といった頻度の高い病態や症状であるの可能性を念頭に置いて、排便コントロールと腹水に対する介入を複数試すことになるでしょう。腹水であれば減塩、輸液量の調整、利尿薬を追加し、それでもコントロールが難しい場合は腹腔穿刺をして排液を試みます。それでも改善が乏しければ、NSAIDsやステロイドなどで腹膜の炎症を軽減しつつ、オピオイドの使用も検討します。その経過中に便秘が生じないように、緩下薬なども調整します。いずれにしても、患者さんの主観的な症状を否定せず、可能性のある病態に対し、安全な範囲で介入しながら様子を見る、という地道な診療が続きます。看護師にも観察してもらい、ケアで工夫できることを発見してもらったり、良い変化があれば小さいことでも患者と医師に共有してもらったりすることも重要です。なかなかすっきりしない症状ではありますが、私自身はこのような対応をすることが多いです。皆さんの工夫もぜひ教えてください。今回のTips今回のTips腹部の張りは鑑別に立ち返り、試行錯誤しながら対応しましょう。

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第35回 コロナワクチンが「がん治療」の効果を劇的に向上させる可能性

がん治療の切り札として登場した「免疫チェックポイント阻害薬」は、多くの患者さんの命を救う一方で、すべての人に効果があるわけではありません。とくに、免疫細胞ががんを敵として認識していない「冷たいがん」と呼ばれるタイプの腫瘍には効果が薄いことが、大きな課題でした。しかし、この状況を一変させるかもしれない驚くべき研究結果が、Nature誌に発表されました1)。なんと、私たちが新型コロナウイルス対策で接種したmRNAワクチンが、がん細胞を標的とするものではないにもかかわらず、がんを免疫チェックポイント阻害薬に反応しやすい「熱いがん」に変え、治療効果を劇的に高める可能性が示されたのです。ワクチン接種と生存期間の延長が関連この研究では、米国のがん専門病院であるMDアンダーソンがんセンターの臨床データが分析されています。研究チームは、非小細胞肺がんや悪性黒色腫(メラノーマ)の患者さんで、免疫チェックポイント阻害薬を開始する前後100日以内にコロナのmRNAワクチンを接種したグループと、接種しなかったグループの予後を比較しました。すると、非小細胞肺がんの患者さんを比較したところ、ワクチンを接種したグループの3年生存率が55.7%であったのに対し、未接種のグループでは30.8%と、明らかな差がみられました。同様の生存率の改善は、メラノーマの患者でも確認されました。この効果は、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンを免疫チェックポイント阻害薬の前後で接種した患者さんではみられませんでした。このことは、観察された生存率の改善が、単に「ワクチンを接種する」という行為や、健康意識の高さだけによるものではなく、mRNAワクチンが持つ特有の強力な免疫反応によって引き起こされている可能性を示唆しています。なぜコロナワクチンががんに効くのか?では、なぜがんとは無関係のコロナウイルスを標的とするワクチンが、がんに対する免疫療法の効果を高めるのでしょうか? 研究チームは、動物モデルや健常人の血液サンプルを用いて、そのメカニズムを詳細に解明しました。鍵を握っていたのは、「I型インターフェロン」という物質でした。まず、mRNAワクチンが体内に投与されると、ウイルスに感染した時と似たような「偽の緊急事態」が引き起こされます。これにより、体内でI型インターフェロンが爆発的に放出されます。このI型インターフェロンの急増が、全身の免疫細胞、とくに「抗原提示細胞」と呼ばれる偵察役の細胞を「覚醒」させます。覚醒した偵察役の細胞は、リンパ節などの免疫器官に移動し、そこでT細胞(免疫の実行部隊)に対し、「敵(抗原)」の情報を伝達します。この時、偵察役の細胞はウイルスの情報(スパイクタンパク)だけでなく、体内に存在する「がん抗原」の情報も同時にT細胞に提示し始めることがわかりました。がんの情報をキャッチしたT細胞は、増殖して腫瘍組織へと侵入していきます。これにより、これまでT細胞が存在しなかった「冷たいがん」が、T細胞が豊富に存在する「熱いがん」へと変化します。しかし、T細胞の攻撃にさらされたがん細胞は、生き残るために「PD-L1」というバリアを表面に出して、T細胞の攻撃を無力化しようとします。しかし実際、ワクチンを接種した患者さんのがん組織では、このPD-L1の発現が著しく増加していることが確認されました。ここで免疫チェックポイント阻害薬が登場します。免疫チェックポイント阻害薬は、まさにこのPD-L1のバリアを無効化する薬剤です。つまり、mRNAワクチンがT細胞をがんへ誘導し、免疫チェックポイント阻害薬がそのT細胞が働けるように「最後のバリア」を取り除く。この見事な連携プレーによって、がんに対する強力な免疫応答が引き起こされ、治療効果が飛躍的に高まると考えられます。今後の展望と研究の限界この研究の最大の意義は、がん患者さんごとに製造する必要がある高価な「個別化mRNAがんワクチン」でなくても、すでに臨床で広く利用可能な「既製のmRNAワクチン」が、がん免疫療法を増強する強力なツールになりうることを示した点にあります。とくに、これまで免疫チェックポイント阻害薬が効きにくかったPD-L1陰性の「冷たいがん」の患者さんに対しても、生存期間を改善する可能性が示されたことは大きな希望です。一方で、この研究の限界も認識しておく必要があります。最も重要なのは、患者さんを対象とした解析が「後ろ向き観察研究」である点です。つまり、過去のデータを集めて解析したものであり、「mRNAワクチン接種」と「生存期間の延長」の間に強い関連があることは示せましたが、mRNAワクチンが原因となって生存期間が延びたという因果関係を完全に証明したわけではありません。たとえば、「治療中にあえてコロナワクチンも接種しよう」と考える患者さんは、全般的に健康意識が高く、それ以外の要因(たとえば、栄養状態や運動習慣など)が生存期間に影響した可能性(交絡因子)も否定できません。研究チームは、インフルエンザワクチンなど他のワクチンとの比較や、さまざまな統計的手法(傾向スコアマッチングなど)を用いて、これらの偏りを可能な限り排除しようと試みていますが、未知の交絡因子が残っている可能性があります。この発見をさらに確実なものとするためには、今後、患者さんをランダムに「mRNAワクチン接種+免疫チェックポイント阻害薬群」と「免疫チェックポイント阻害薬単独群」に分けて比較するような、前向きの臨床試験で有効性を確認することが不可欠です。とはいえ、mRNAワクチンががん治療の新たな扉を開く可能性を示した本研究のインパクトは大きいでしょう。感染症予防という枠を超え、がん免疫療法の「増強剤」として、既製のmRNAワクチンが活用されるという場面も、今後訪れるのかもしれません。 参考文献・参考サイト 1) Grippin AJ, et al. SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumours to immune checkpoint blockade. Nature. 2025 Oct 22. [Epub ahead of print]

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