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はじめに胃食道逆流症(GERD)は、食道裂孔ヘルニアや食道胃運動機能障害により、胃酸を含んだ胃内容物が食道内に逆流停滞するために発症する疾患であり、定型症状は胸やけ、呑酸である。食道にびらん・粘膜障害があれば、びらん性GERD(逆流性食道炎)、食道にびらんが認められない場合は、非びらん性胃食道逆流症(NERD)と定義される。GERDに対する治療の中心は薬物療法であり、強力な酸分泌抑制力を持つプロトンポンプ阻害薬(PPI)が、GERDの第一選択薬としてGERD診療ガイドラインで推奨されている。PPIの治療効果は非常に高く、PPI投与後8週間の時点での逆流性食道炎の治癒率は、80~90%と報告されている。しかし8週間のPPI投与でも治癒が得られない逆流性食道炎も存在し、このような難治性の逆流性食道炎が臨床上問題となっている。また、NERD患者においても、PPI投与にてGERD症状のコントロールが困難なケースが多く存在する。本稿では、難治性GERDの要因について考察を加え、治療法を含めて概説する。CYP2C19遺伝子多型GERDの難治化の要因の1つとしてまず考慮しなければならないのは、CYP2C19遺伝子多型の問題である。PPIは主に肝の代謝酵素CYP2C19で代謝を受ける。このCYP2C19には遺伝子多型が存在することが報告されており、その酵素活性が遺伝子型により異なり、代謝活性の高い順にhomo extensive metabolizer(EM)、hetero EM、poor metabolizer(PM)の3群に分類されている。すなわち、PPIの酸分泌抑制効果は、代謝の遅いPMでは強く、代謝の早いhomo EMでは弱くなることが推察され、実際に24時間胃内pHモニタリングの結果から、このことが証明されている。このCYP2C19遺伝子多型のばらつきは、欧米白人に比較して日本人で大きいことが明らかになっており、実際の逆流性食道炎患者の検討で、homo EMではPMに比較して初期治療における治癒率が有意に低く(図1)、維持療法においてもhomo EMのほうが有意に再発しやすいこと(図2)が報告されている。すなわち、逆流性食道炎の難治化の要因の1つとしてPPI投与時のCYP2C19遺伝子多型の影響が挙げられる。しかしながら、CYP2C19遺伝子多型の判定が保険診療で認められているわけではないので、日常臨床においては逆流性食道炎が難治の場合に、CYP2C19遺伝子多型の影響を受けにくいPPI(ラベプラゾールやエソメプラゾール)への変更を考慮するといった対応を行うのが現実的である。図を拡大する図を拡大するPPI製剤の特徴GERDの難治化のもう1つの要因としてPPI製剤の特徴が挙げられる。PPIは酸と接触すると失活してしまう特性があり、PPIはすべて腸溶製剤となっている。よって、PPIの作用発現には、薬剤が速やかに胃を通過して小腸に達する必要がある。逆に言うと、潰瘍瘢痕などによる胃の変形や幽門部狭窄などのために胃排出遅延がある症例では、PPIが胃内に長時間停滞するために失活してしまい、その酸分泌抑制効果が減弱する可能性が容易に想像される。このような症例の場合、逆流性食道炎が難治となることをしばしば経験する。この場合は、PPI注射剤の投与のほか、PPIをH2受容体拮抗薬(H2RA)に変更、もしくはPPIの剤形を錠剤から顆粒や細粒製剤に変更してみるのも1つの方法である。GERD診療ガイドラインでは、常用量のPPIの1日1回投与にもかかわらず食道炎が治癒しない、もしくは強い症状を訴える場合には、PPIの倍量投与など、投与量・投与方法の変更により、食道炎治癒および症状消失が得られる場合があると記載されている。すなわち、標準量のPPI治療に反応しない患者でも、PPI倍量投与により食道炎治癒および症状消失が得られるとする報告がみられ、常用量のPPIの1日1回投与でGERDに対する十分なコントロールが得られない場合の対応として推奨されている。また、倍量投与の際に、朝・夕と分割投与したほうが、酸分泌抑制効果が高いとの報告があり、分割投与を考慮するのも1つの方法である。さらに、PPIは、食事により活性化するプロトンポンプを阻害するという作用機序、酸性環境のほうが酸分泌抑制効果が強いこと、錠剤の場合は空腹時強収縮により胃より小腸に速やかに薬剤が移行し効果が出現することから、PPIは食前投与のほうが、その酸分泌抑制効果が速やかに発現する。わが国の場合、ほかの薬剤と一緒にPPIを内服することを考慮し、食後にPPIを投与することも多いが、難治性GERDの場合は、食前投与にて症状が良好にコントロールされることをしばしば経験する。nocturnal gastric acid breakthroughさらに、GERDの難治化の要因の1つとして、PPI投与中にもかかわらず夜間の酸分泌が抑制されない例の存在が指摘されている。これはnocturnal gastric acid breakthrough(NAB)と呼ばれるもので、PPI投与中にもかかわらず夜間の胃内pHが4.0以下になる時間が1時間以上連続して認められる現象である。このNABに対して就寝前にH2RAを追加投与することにより、夜間の酸分泌が抑制されることが報告されており、PPIで効果不十分な難治性GERD患者の治療として選択されることがある。NERD、機能性胸やけびらん性GERDよりNERDにおいて、PPIの症状改善率が低い傾向にあることが報告されている。このことは、NERD患者では酸以外の逆流要因がある症例が多く含まれている可能性を示唆している。このような場合、消化管運動賦活薬投与が有効な場合がある。また、逆流と関連のない胸やけ症状は、機能性胸やけ(functional heartburn:FH)とされ、精神的な要因と判断されれば、抗うつ薬の投与などを検討することもある。機能性消化管粘膜障害(functional gastrointestinal disorders:FGID)の研究グループであるRome委員会が提唱するRome IIIによる定義では、FHは、食道内酸逆流が証明できず、病理組織学的に確認しうる食道粘膜障害がないこと、そしていわゆる「胸やけ」症状のあること、なおかつ、この症状が6ヵ月以上前から慢性的に出現していること、とされている。FHの診断にあたっては、除外診断を行う必要がある。すなわち、(1)食道内pHモニタリング検査で食道内への明らかな酸逆流のあるもの、(2)pHモニタリング検査で酸逆流と自覚症状の発現との間に関連がみられるもの、(3)PPI投与で症状改善があるもの―は、NERDと診断されるので、それ以外をFHと診断することができる。日常臨床では、PPI投与で症状が改善するものをNERD、PPI投与による症状改善がないものをFHと診断することも多いが、PPI投与により症状が改善しないNERDはPPI抵抗性NERDとしても扱われており、PPI抵抗性NERDのなかにFHと診断するべき病態が含まれていることを認識する必要がある。近年、pH測定に加えて多チャンネルの食道内インピーダンスを測定することにより、胃酸以外の逆流を評価することが可能となってきた。とくにPPI抵抗性NERDの診断には、pHモニタリング検査による胃酸逆流の評価のみでは不十分である。すなわち、現在は保険適用にはなっていないものの、多チャンネルインピーダンス・pHモニタリング検査を施行し、逆流と胸やけ症状の関連性を検討することにより、PPI抵抗性NERDとFHを鑑別することが可能となる。難治性NERDの場合は、病態をきちんと診断し、適切な治療法を選択する必要がある。外科的治療難治性GERDの場合、外科手術の選択も積極的に考慮してよいと思われる。外科的治療が有効だった症例を提示する(図3)。PPI投与にて逆流性食道炎は治癒するも、著明な食道裂孔ヘルニアのために、前かがみになると食物が口まで逆流してきてしまうという症例であるが、腹腔鏡下噴門形成術を施行し、食道裂孔ヘルニアが改善しGERD症状が消失した。図を拡大する内視鏡的バルーン拡張重度の逆流性食道炎の場合、食道狭窄を来すことがあるが、内視鏡的バルーン拡張術が有効なこともある。図4に症例を提示する。図を拡大する難治性GERDと鑑別すべき疾患難治性GERDと診断されている症例のなかで、実際はGERDではないにもかかわらず、漫然とPPI投与が継続されている症例にしばしば遭遇する。難治性GERDと鑑別すべき疾患をきちんと認識しておくことは、臨床上きわめて重要である。1)食道運動異常食道には、食道アカラシア、びまん性食道痙攣(diffuse esophageal spasm:DES)、ナッツクラッカー食道(nutcracker esophagus)などの機能性疾患が存在し、GERDとの鑑別が必要となる。これらの疾患のいずれも、その治療に亜硝酸薬やカルシウム拮抗薬が有効とされているが、GERD患者では下部食道括約筋圧を低下させ、逆流を増悪させることがあるため注意が必要である。2)好酸球性食道炎好酸球性食道炎(eosinophilic esophagitis:EoE)は、嚥下困難、food impaction(食物塊の食道嵌頓)などを主訴とし、食道上皮の好酸球浸潤を特徴とする原因不明の疾患である。EoEの診断で最も重要なものは、内視鏡検査および生検による病理診断である。縦走溝、輪状溝、カンジダ様の白斑、白濁肥厚した粗造粘膜が、特徴的な内視鏡所見である(図5)。病理診断では、一般に400倍の強拡大で15ないし20個以上の好酸球浸潤を少なくとも1視野に認める場合、EoEと診断される。EoEの治療に関しては、プレドニゾロンの内服や、吸入用ステロイド薬であるプロピオン酸フルチカゾン(商品名:フルタイド)の咽頭噴霧後の嚥下による食道内局所投与の有効性などが報告されている(いずれも保険適用外)。なお、PPIが有効な症例が存在し、PPIを投与しても症状が持続する場合に難治性GERDとの鑑別が必要となることがある。EoEに対する認識がないと診断に苦慮することとなる。図を拡大する機能性ディスぺプシア上腹部痛や胃もたれなどの症状が、主に胃や十二指腸に由来していると考えられる患者のうち、各種検査を行っても症状を説明しうる器質的疾患がない場合は、機能性ディスぺプシア(functional dyspepsia:FD)と診断される。Rome III基準ではFDは「つらいと感じる食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感の4項目のうち1つ以上の症状が、6ヵ月以上前からあり、最近の3ヵ月間は症状が続いている」と定義されているが、GERD症状とFD症状はオーバーラップすることが多いとされている。すなわちGERD患者では、胸やけや呑酸症状以外に、胃もたれ、胃の痛み、胃の張りなどの症状がみられ、げっぷ、吐き気、食欲不振といった症状も高い頻度で認められる。なお、PPI投与でGERD症状は軽快したものの上腹部のさまざまなFD症状が軽快しない場合、PPI抵抗性NERDとして診療されていることもあるが、症状をきちんと聴取しFDと診断したほうがよいと思われる。しかし、実際にはGERDの定型的症状である「胸やけ」と「心窩部痛」、「心窩部灼熱感」を厳密に区別することは難しい。一般的には、GERD症状は剣状突起より頭側の胸骨下部で、FDでは剣状突起より肛門側の心窩部領域で認めることで鑑別を行っている。おわりに難治性GERDの原因およびその治療法、難治性GERDの鑑別疾患について概説した。難治性GERDの治療には、適切な診断と薬剤の特性を認識した薬物療法および適切なタイミングでの薬物以外の治療法の選択が必要である。参考文献1)日本消化器病学会編.胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン. 南江堂;2009.2)Kawamura M, et al. Aliment Pharmacol Ther. 2003;17:965-973. 3)Kawamura M, et al. J Gastroenterol Hepatol. 2007;22:222-226.4)Ariizumi K, et al. J Gastroenterol Hepatol. 2006;21:1428-1434.5)小池智幸ほか.医学と薬学. 2014;71:519-525.6)Galmiche JP, et al. Gastroenterology. 2006;130:1459-1465.7)Abe Y, et al. J Gastroenterol. 2011;46:25-30.