サイト内検索|page:4

検索結果 合計:63件 表示位置:61 - 63

61.

第5回 損害の評価、素因減額:医師の責任を金銭にすると?

■今回のテーマのポイント1.身体損害の金銭への評価は、〔1〕治療費等積極的損害 +〔2〕逸失利益(消極的損害) + 〔3〕慰謝料で求められる2.不法行為の被害者が疾患を有する場合の損害額の減額方法として、逸失利益の減額(損害額の算定)と素因減額の方法がある3.良性疾患等回復可能な疾患においては、素因減額の方法をとる必要がある事件の概要患者(X)(48歳男性)は、平成12年5月23日、勤務中に右膝を負傷し、A病院にて局所麻酔下で異物(右膝の皮下組織と筋膜間に針金と砂様の異物、脛骨粗面付近の皮下組織内に鉛筆の芯用の異物)を除去しました。創部の痛みが強かったため、2日後の同月25日にXは、A病院に入院することとなりました。右膝の経過は順調であったものの、同月30日頃より、胸部不快感が生じるようになり、6月1日午前5時半頃、トイレから帰室する際に意識消失。すぐに意識を取り戻したものの、胸部不快感及び呼吸苦を訴えたことから、酸素投与及びニトロ舌下を行ったところ、胸部不快感及び呼吸苦は改善しましたが、心電図上、「II,III,aVF,V1,2 negative T,V3,4,5軽度ST上昇」を認めたため、Y1医師は、急性冠不全症又は急性心筋梗塞疑いと診断して精査加療のため、B病院に転院を指示しました。B病院転院後、医師Y2は、午前11時20分頃に冠動脈造影検査を施行したところ、器質的狭窄は認めなかったものの、エルゴノビン負荷テストにおいて、左前下行枝に90%狭窄を認め、同日朝の胸部不快感と同様の症状を認めたこと、ニトロール注入にて症状及び狭窄が改善したことから、冠攣縮性狭心症と診断しました。しかし、Xは、同日夜10時頃と翌午前3時頃に胸部不快感を訴え、翌朝午前6時50分頃、再び意識消失しました。同時点での血圧は80台、心拍数が48回/分、心電図上、右脚ブロック及びV2~4でST上昇を認めました。Y2医師は、心エコーを施行したところ、著明な右室の拡張及び心室中隔の奇異性運動を認めたことから、肺塞栓症を疑い、肺動脈造影検査を施行しようとXをベッド移動したところ、Xは、呼吸停止、高度除脈となりました。Y2医師は、心肺蘇生を行うと同時に、肺動脈造影を行ったところ、肺動脈内に血栓を認めたことから、肺塞栓症と診断し、血栓溶解剤の投与を行いましたが、6月4日午前6時24分に死亡確認となりました。原審(熊本地裁)では、Y1医師、Y2医師が肺塞栓症を疑わなかったことに過失は認められないとして、Xの遺族の請求を棄却しました。これに対し、福岡高裁は、Y1医師、Y2医師の過失を認め、下記の通り判示しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過患者(X)(48歳男性)は、平成12年5月23日、勤務中に右膝を負傷したため、同日勤務終了後、近医を受診しました。レントゲン写真上、右膝に異物が認められたことから、異物の摘出を試みるも、うまくいかなかったため、A病院に紹介しました。同日夕方、A病院にて局所麻酔下で異物(右膝の皮下組織と筋膜間に針金と砂様の異物、脛骨粗面付近の皮下組織内に鉛筆の芯用の異物)を除去し、ペンローズドレーンを留置し、外来フォローアップとしました。しかし、創部の痛みが強く、2日後の同月25日に患者X希望にてA病院に入院することとなりました。右膝の経過は順調であったものの、同月30日頃より、胸部不快感が生じるようになり、6月1日午前5時半頃、トイレから帰室する際に意識消失。すぐに意識を取り戻したものの、胸部不快感及び呼吸苦を訴えたことから、心電図を施行し、酸素投与及びニトロ舌下を行ったところ、胸部不快感及び呼吸苦は改善しました。同日午前9時頃に内科(医師Y1)紹介受診したところ、先に施行した心電図上、「II,III,aVF,V1,2 negative T,V3,4,5軽度ST上昇」を認めたことから、急性冠不全症又は急性心筋梗塞疑いにて精査加療のため、B病院に転院することとなりました。同日午前10時頃にB病院に到着。医師Y2は、午前11時20分頃に冠動脈造影検査を施行したところ、器質的狭窄は認めなかったものの、エルゴノビン負荷テストにおいて、左前下行枝に90%狭窄を認め、同日朝の胸部不快感と同様の症状を認めたこと、ニトロール注入にて症状及び狭窄が改善したことから、冠攣縮性狭心症と診断しました。しかし、Xは、同日夜10時頃と翌午前3時頃に胸部不快感を訴え、翌朝午前6時50分頃、再び意識消失しました。同時点での血圧は80台、心拍数が48回/分、心電図上、右脚ブロック及びV2~4でST上昇を認めました。Y2医師は、心エコーを施行したところ、著明な右室の拡張及び心室中隔の奇異性運動を認めたことから、肺塞栓症を疑い、肺動脈造影検査を施行しようとXをベッド移動したところ、Xは、呼吸停止、高度除脈となりました。Y2医師は、心肺蘇生を行うと同時に、肺動脈造影を行ったところ、肺動脈内に血栓を認めたことから、肺塞栓症と診断し、血栓溶解剤の投与を行いましたが、6月4日午前6時24分に死亡確認となりました。事件の判決判決では、遅くとも6月1日午前5時半頃の意識消失時(前医であるA病院入院時)には、Xが肺塞栓症を発症していたと認定し、「Y1医師が、Xの6月1日の意識消失等を虚血性心疾患によるものであると診断したのは、客観的には誤りであったものといわなければならない」とした上で、「もっとも、症状や心電図のみでは、肺塞栓症とその他の疾患、特に心疾患と鑑別診断することは極めて困難であるというのであるから、Y1医師が、6月1日午前9時ころまでにXにかかる上記のような所見を得ていたからといっても、Xが肺塞栓症に罹患していると診断することまで期待するのは無理である。とはいえ、急性肺血栓塞栓症においては、診断がつかず適切な治療が行われない場合には死亡の確率が高いこと、他方で、適切な治療がなされれば死亡率が顕著に低下することが知られていたのであるから、Y1医師としては、上記時点で、少なくとも肺塞栓症に罹患しているのではないかとの疑いを持つことが必要であり、それは十分可能であったといわなければならない」として、Y1が肺塞栓症を疑わず、その結果B病院転院時の診療情報提供書に肺塞栓症疑いと記載しなかったことを過失としました。Y2についても、「6月1日午後10時ころに至り、再び胸痛を訴えるに及び、また、その際行われた心電図検査の結果は、搬送された際に実施したものと同様に、肺塞栓症と考えても矛盾しないものであったということからすれば、遅くともこの時点では肺塞栓症を疑うべきであったといわなければならない」「しかるに、Y2医師は、上記Y1医師の診断結果を認識した後、もっぱらその疑いを念頭に置いて冠動脈造影検査、エルゴノビン負荷テストを施行したものであり、また、胸痛が持続する場合にはニトロペンを舌下投与すべき旨を指示しただけで、肺塞栓症を鑑別対象に入れることは6月2日朝に至るまでなかったというのであるから、この点につき、Y2医師には上記注意義務に違反した過失があるというべきである」として過失を認めました。その上で、「このような事情を考慮するならば、上記のとおり、Y1医師及びY2医師がともに過失責任を免れないとしても、直ちに全責任を負わしめるのはいかにも酷というべきである。そうであれば、結果に寄与したXの素因ないしは被害者(患者)側の事情として上記の諸事情を考慮し、上記不法行為と相当因果関係を有する損害額を一定の割合で減額するのが相当である」と判示し、過失相殺の法理を類推適用し、損害額の4割を控除し、約4,080万円の損害賠償責任を認めました。(福岡高裁平成18年7月13日判タ1227号303頁)ポイント解説不法行為責任が成立した場合、加害者は、当該過失によって生じた損害を金銭に評価した額を賠償する責任を負います。(1) 過失(2) 損害(3) (1)と(2)の間の因果関係↓不法行為責任成立↓生じた損害を金銭に評価↓当該評価額を賠償する責任を負う医療過誤訴訟においては、通常、「患者の死傷」が損害となります。この「人の死傷」という損害の金銭的評価は難しく、各国によって異なっているのですが、わが国においては、〔1〕積極的損害:入院・治療費、看護費用、交通費、葬祭費、弁護士費用等〔2〕消極的損害:逸失利益(被害者が生存していれば得たであろう利益(収入))〔3〕精神的損害:慰謝料の3つが認められることとなっています。この中で、最も高額となりがちなのが〔2〕の逸失利益であり、産科医療訴訟の賠償額が高額化する原因はここにあります(被害者の就労可能期間が最も長いため)。しかし、病院に治療に来る患者は、何らかの疾患を抱えています。したがって、たとえ医療過誤が発生し、患者が死亡した場合であっても、当該疾患により、就労不能であった場合には、逸失利益は“0”になります(損害額の算定の問題)。また、交通事故と被害者の疾患が競合して死亡という結果が生じた事案において、裁判所は、「被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定※1を類推適用して、被害者の当該疾患を斟酌することができるものと解するのが相当である。けだし、このような場合においてもなお、被害者に生じた損害の全部を加害者に賠償させるのは、損害の公平な分担を図る損害賠償法の理念に反するものといわなければならないからである」(最判平成4年6月25日民集46巻4号400頁)と判示しています。これは、「素因減額」と言われている考え方です。被害者が疾患を有していた場合の損害額の減額方法はこれら2つの方法がありますが、医療過誤訴訟においては、多くの場合、損害額の算定の方法で処理されています。たとえば、がん患者が医療過誤によって死亡した場合には、損害額の算定による方法では、「医療過誤がなかったとしても余命は○年であり、その間、就労することは不可能であるので逸失利益は認められない」となり、素因減額の方法では、「医療過誤とがんがともに原因となって死亡という損害を発生させており、加害者に損害の全部(健康な同年代と同額の逸失利益等損害)を賠償させることは公平を失するので、過失相殺の規定を類推適用して、損害額を減額する」となり、どちらの方法をとっても、結果として、同程度の損害額の減額が認められることとなります。しかし、進行がんなどの治療困難な疾患については、どちらの方法でも同程度の結果となりますが、本件のように、うまく治療がなされれば根治可能な良性疾患等に関しては結果が異なってきます。すなわち、「医療過誤がない」=「肺塞栓症と早期に診断」ができていれば、健康な状態で長期就労可能となりますので、損害額の算定の方法では、減額ができないからです。本判決では、Y1、Y2に過失があるといえるかはともかく、このような場合には、素因減額の方法をとり、損害額を減額することができるということを示した判決です。世界中で、民事医療訴訟を原因とした医療崩壊が生じており、その対応のため、無過失補償制度を各国が導入してきています。無過失補償制度を導入するにあたり、最大の鍵となるのが、補償額の多寡であり、訴訟を行った場合に得られる金額に近い額の補償額を給付しなければ、結局、訴訟が選択されてしまいます。逆相続※2を認めるわが国においては、損害賠償額が高額となるため、無過失補償制度の運営が困難といわれています。また、そもそも、医療提供体制においては、低額の皆保険制度をとっているにもかかわらず、紛争が生じると、他の一般民事事件と同様に高額な損害賠償額となるのは公平を失するといえます。今後、医療過誤訴訟は増加の一途をたどることが予想されます。訴訟による医療崩壊が生ずる前に速やかに無過失補償制度を作る必要があり、その前提として、素因減額の適用拡大が必要となるものと思われます。 ※1民法第722条2項:被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。※2子供が不法行為により死亡した場合に、子供の逸失利益を親に相続させること。子供が生存していた場合、親が子の財産を相続することは通常ないこと等から、EU諸国では認められていない。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)福岡高裁平成18年7月13日判タ1227号303頁本事件の判決については、最高裁のサイトでまだ公開されておりません。最判平成4年6月25日民集46巻4号400頁

62.

第2回 因果関係:不作為と患者の死亡

■今回のテーマのポイント1.因果関係とは、「経験則に照らして総合的に検討した結果、8、9割以上の確率で特定の事実が特定の結果発生を招来したといえること」である2.このことは、過失の態様が作為であれ、不作為であれ同じである3.不作為の過失における因果関係の有無は、当該過失がなければ「その時点」で死亡していないといえれば足る事件の概要アルコール性肝硬変と診断され、肝臓病を専門とする医師Yが開設するA消化器科医院を紹介されたXに対し、医師Yは、3年弱に渡り、肝庇護剤を投与していました。しかし、その間一度も腫瘍マーカーの測定や腹部超音波検査を行わなかったところ、Xが多発性肝細胞癌、肝細胞癌破裂により死亡したという事案です。死亡後Xの妻と子らが、Yに対し、適切な検査を行わなかった結果、Xが肝細胞癌の治療を受けられず死亡したとして損害賠償を請求して争われました。原審(高裁)では、Y側(医師)の注意義務違反を認めたものの、どの程度延命できたか不明であるとして、死亡との因果関係を認めませんでした。これに対し、最高裁は、原審を破棄し、死亡との因果関係を認めた上で、高裁に差し戻しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過原告の父(X)は、昭和58年10月にB病院にてアルコール性肝硬変と診断され、肝臓病を専門とする医師Yが開設するA消化器科医院を紹介されました。Yは、Xに対し週3回程度肝庇護剤の投与を行い、1カ月から2カ月に一度触診等診察を行っていましたが、紹介受診した昭和58年11月から昭和61年7月までの間に一度も腫瘍マーカーの測定や腹部超音波検査を行っていませんでした。Yが、昭和61年7月5日にAFP(腫瘍マーカー)の検査をしたところ、110ng/ml(正常値20ng/ml以下)と高値を示しましたが、Xに対し「肝細胞癌の検査は陰性であった」と伝えました。同年7月17日夜、Xは、腹部膨隆、右季肋部痛等が出現したため、翌18日朝にA消化器科医院を受診しました。Yより筋肉痛と診断され鎮痛剤の注射を受けましたが、翌19日には全身状態が悪化。C病院を受診したところ、多発性肝細胞癌、肝細胞癌破裂と診断されました。なお、肝細胞癌は大きいものが3つ(7×7cm、5cm大、2.6×2.5cm)ある他、転移巣と考えられる小病変が複数あり、門脈腫瘍塞栓も認められました。その後、Xは、同年同月27日に肝細胞癌及び肝不全により死亡しました。事件の判決訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)。右は、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない(最判平成11年2月25日民集53巻2号235頁)。ポイント解説民法709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。すなわち、不法行為が成立するためには、生じた損害が故意又は過失行為によって生じたこと(因果関係)が必要なのです。どんなに悪意をもった行為を行ったとしても、それによって何も損害が発生していなければ、因果関係がないため賠償する義務はないのです。当たり前の事だと思われるでしょうが、これを医療過誤に当てはめると途端に問題が複雑になります。なぜならば、患者は疾病を抱えているからこそ病院に来ているのであり、結果として死亡した場合であっても、当該死亡の原因が、医療過誤によるものなのか、疾病そのものによるものなのか判断がつかない場合が、しばしば生じるからです。特に、本件のように不作為(適切な医療行為をしなかった)を問題としている場合には、現実として、疾病(本件では肝細胞癌)により死亡しているのであり、さらに癌のような重篤な疾患の場合、たとえ適切な治療を行っていたとしても転帰に変わりがない可能性が高いことから、因果関係の立証は一層難しくなります。医療過誤事件における因果関係の立証についての判例は、「東大ルンバール事件※」(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)が先例であり、本判決でも引用している通り、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」とされています。具体的には、「十中八、九」が目安といわれ、経験則に照らして8、9割以上の確率で結果が生じたと立証できれば足りるとされています。この判例の意義は、「確かに医療過誤があったかもしれないが、診療経過とはまったく脈絡もなく心室細動が発症した可能性がある」とか「くも膜下出血が生じた可能性がある」等の主張が病院側弁護士よりなされた場合において、原告側が心室細動やくも膜下出血が起きた可能性がないことなどあらゆる可能性を排斥しない限り、因果関係が認められないということではないということにあります。それを踏まえたうえで、本判例が示した重要な点は次の2点ということとなります。(1)作為の場合であっても、因果関係の立証の程度は変わらないということ(2)因果関係の有無を考えるにあたっては、不作為による過失がなければ「その時点」で死亡することがなかったことが立証されれば足りるのであり、癌により早晩死亡したであろうということは、因果関係(すなわち不法行為が成立するか否か)において検討することではなく、(不法行為が成立した上で)生じた損害の額を検討するにあたって考慮すべきことである※東大ルンバール事件概要:泣き叫ぶ3歳の化膿性髄膜炎の患児に腰椎穿刺を施行した約15分後に、嘔吐・けいれん発作等が出現し、結果として右半身麻痺等の後遺症が残った症例において、これらの症状が、化膿性髄膜炎によるものか、腰椎穿刺の結果脳出血となったものかが争われた事案裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます(出現順)。最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁最判平成11年2月25日民集53巻2号235頁

63.

第1回 医療水準:未熟児網膜症事件

■今回のテーマのポイント1.過失とは、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」に満たない診療を行ったことである2.新規治療法が全国に普及していく過程においては、医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して医療水準を判断する3.このことは、すでに普及している治療法についても同様に判断される事件の概要原告出生時においては、未熟児網膜症について、各種研究報告がなされており、その存在は認識されてきているものの、いまだ(旧)厚生省において、診断と治療に対する研究班が組織されている最中であり、報告書等もまだ出ておらず、また、未熟児網膜症の診断と治療につき、研修を受けられる施設もほとんどありませんでした。このような時期において、原告に対する未熟児網膜症の発見が遅れたため、両眼ともに視力が0.06となった事案について、被告の眼底検査義務、診断治療義務、転医義務違反が争われました。事件の経過原告は、昭和49年12月11日に妊娠31週、体重1508gで出生しました。原告は、被告病院において、保育器にて酸素投与等を受け、翌年1月23日に保育器より出て、2月21日に退院しました。その間、原告に対し、眼底検査は12月27日に1回行われ、「格別の変化がなく、次回検診の必要なし」とされていました。その後、3月28日に眼底検査を行った際も、「異常なし」と診断されたものの、4月9日の眼底検査上、異常が認められ、同月16日に他院を紹介受診したところ、両眼とも未熟児網膜症瘢痕期3度であると診断されました。最終的に原告の視力は両眼とも0.06となりました。原告出生時においては、未熟児網膜症について、各種研究報告がなされており、被告病院でも、その存在は認識され眼科医と協力し、未熟児網膜症を発見した場合には転医する体制をとっていました。しかし、いまだ未熟児網膜症に対する光凝固療法は有効な治療法として確立されているとは言えず、(旧)厚生省においても診断と治療に対する研究班が組織されている最中であり、報告書が公表されたのは昭和50年8月以降でした。また、未熟児網膜症の診断と治療につき、医師が研修を受けられる施設はほとんどなく、実際に被告病院眼科医も研修を受けていませんでした。事件の判決当該疾病の専門的研究者の間でその有効性と安全性が是認された新規の治療法が普及するには一定の時間を要し、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性、医師の専門分野等によってその普及に要する時間に差異があり、その知見の普及に要する時間と実施のための技術・設備等の普及に要する時間との間にも差異があるのが通例であり、また、当事者もこのような事情を前提にして診療契約の締結に至るのである。したがって、ある新規の治療法の存在を前提にして検査・診断・治療等に当たることが診療契約に基づき医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない。そして、新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである(最判平成7年6月9日第民集49巻6号1499頁)ポイント解説民事医療訴訟において、損害賠償責任が認められるためには、不法行為(民法709条※)の要件である(1)過失(故意は稀有)、(2)損害、(3)(過失等と損害の間に)因果関係が認められなければなりません。そして、医療訴訟における過失とは、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」に満たない診療を行ったことと考えられています(最判昭和57年3月30日民集135号563頁)。一方で、わが国の医療提供体制は、大きく1次医療機関から3次医療機関まで定められており、それぞれの医療機関が有する診断機器等物理的設備に大きな差があることから、必然的に診断・治療能力に差が生じます。もちろん、診察の上、高次の医療機関による診療を行うべきと判断された場合には、転医を行うこととなりますが、致命的な希少疾患であっても、症状・所見に乏しい場合も多々あること、基礎となる診断機器等物理的設備に制限もあることから限界があるといえましょう。そこで、法的に求められる「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」が、医療機関の性格、所在地域等を問わず一律の水準が求められるのかが問題となります。本判決では、「新規治療法においては、ある一つの時点を境に、全国すべての医療機関に対して、一律に医療水準とするというのではなく、現実的に各医療機関に順次伝達していくという事情を踏まえ、医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべき」と判示しました。しかし、本判決はガイドラインが作成されている等、すでに一定程度普及していると考えられる診断・治療については、医療機関の性質を問わず、一律の水準が求められ、ただ転医義務の問題が生ずるにすぎないと考えるのか、そうではなく現実に基づき、各医療機関の性質によって求められる水準が異なると考えるのかについては、言及していませんでした。ただ、その後の判決において、本判決を引用して、「人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであるが(最判昭和36年2月16日民集15巻2号244頁)、具体的な個々の案件において、債務不履行又は不法行為をもって問われる医師の注意義務の基準となるべきものは、一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である(最判昭和57年3月30日民集135号563頁)。そして、この臨床医学の実践における医療水準は、全国一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく、診療に当たった当該医師の専門分野、所属する診療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮して決せられるべきものであるが(最判平成7年6月9日民集49巻6号1499頁)、医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない」(最判平成8年1月23日民集50巻1号1頁)と判示しており、これが現時点における医療水準についての判例となっていることから、現実に基づき「各医療機関の性質によって求められる水準が異なると考えられている」といえます。※参照条文(不法行為による損害賠償)第709条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます(出現順)。最判平成7年6月9日民集49巻6号1499頁最判昭和57年3月30日民集135号563頁最判昭和36年2月16日民集15巻2号244頁最判平成8年1月23日民集50巻1号1頁

検索結果 合計:63件 表示位置:61 - 63