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1.

低リスク高血圧患者、「血圧の下げすぎ」による心血管リスクは

 高リスクの高血圧患者において、治療中の収縮期血圧(SBP)が120mmHg未満および拡張期血圧(DBP)が70mmHg未満の場合は心血管リスクが増加することが報告され、欧州心臓病学会/欧州高血圧学会による高血圧治療ガイドライン2018年版では高血圧患者全般に対してSBPを120mmHg以上に維持することを提案している。しかし、低リスク患者におけるデータは十分ではない。京都大学の森 雄一郎氏らの研究グループは、全国健康保険協会のデータベースを用いたコホート研究を実施。結果をHypertension Research誌オンライン版2024年2月14日号に報告した。 本研究は、3,000万人の生産年齢人口をカバーする全国健康保険協会のレセプト情報・特定健診等情報データベースを用いて行われた。10年間の心血管リスクが10%未満で降圧薬を継続的に使用している患者が特定され、治療中のSBPとDBPによってカテゴリー分類された。主要アウトカムは心筋梗塞、脳卒中、心不全、末梢動脈疾患の新規発症の複合であった。 主な結果は以下のとおり。・92万533例の心血管低リスク患者が対象とされた(平均年齢:57.3歳、女性:48.3%、平均追跡期間:2.75年)。・SBPごとの主要アウトカムの調整後ハザード比(95%信頼区間)は、<110mmHg:1.05(0.99~1.12)110~119mmHg:0.97(0.93~1.02)120~129mmHg:1(参照)130~139mmHg:1.05(1.01~1.09)140~149mmHg:1.15(1.11~1.20)150~159mmHg:1.30(1.23~1.37)≧160mmHg:1.76(1.66~1.86)・DBPごとの主要アウトカムの調整後ハザード比は、<60mmHg:1.25(1.14~1.38)60~69mmHg:0.99(0.95~1.04)70~79mmHg:1(参照)80~89mmHg:1.00(0.96~1.03)90~99mmHg:1.13(1.09~1.18)≧100mmHg:1.66(1.58~1.76) 著者らは、「低リスクの高血圧患者において、治療中のDBPが60mmHg未満の場合に心血管イベント増加と関連していたが、治療中のSBPが110mmHg未満の場合には関連していなかった。高リスク患者を対象としたこれまでの研究結果と比較して、低リスク患者では、血圧を下げすぎることが有害となる可能性はそれほど顕著ではないことが明らかとなった」としている。

2.

世界での血管内イメージングデバイス使用率は、日本に追いつくのか?(解説:山地杏平氏)

 OCTOBER試験は、ILUMIEN IV試験と同時に発表された試験で、それぞれOCT (optical coherence tomography、光干渉断層法)を用いたPCI (percutaneous coronary intervention、経皮的冠動脈形成術)と、通常の血管造影のみで行ったPCIとで比較をしています。近年では、長い病変や、慢性完全閉塞といった複雑病変において、IVUS(intravascular ultrasound、血管内超音波)を用いたPCIのほうが、有意に結果が優れていたという報告が複数なされており、これらのランダム化比較試験の結果を受けて、米国では、血管内イメージングデバイスの使用は5%程度の施行率から、15%程度まで増加していると伺っています。OCTは、IVUSに比較して10倍空間分解能に優れていますが、一方で、造影剤もしくは低分子デキストランなどの使用にて赤血球除去が必要であり、それぞれ一長一短があります。この新たな血管内イメージングデバイスであるOCTを用いたPCIと、通常の血管造影のみで行ったPCIとで比較した試験が、米国と欧州が中心となって行われ、それぞれILUMIEN IV試験、OCTOBER試験としてESC(欧州心臓病学会)2023で報告されています。 OCTOBER試験では、分岐部病変を有する1,200症例が登録されており、OCTを用いたほうが、その後2年の臨床イベントが有意に少なかったという結果でした。その一方で、ILUMIEN IV試験では、OCTを用いたPCIのほうが、ステントの拡張された大きさは大きいものの、臨床イベントでは差はみられませんでした。この臨床イベントでの結果の違いがなぜみられたかと疑問になりますが、OCTOBER試験では左主幹部病変が約19%で、左前下行枝と対角枝の分岐部病変が71%でみられており、登録された病変が大きな冠動脈支配領域であったと予想されます。一方で、ILUMIEN IV試験では、複雑病変を有する症例が登録されていますが、この内訳として、長い病変長を有する病変が多く含まれており、分岐部病変はそれほど多くなかったようです。また、左前下行枝病変は52%であり、そのほかは左回旋枝、右冠動脈病変でした。このような病変背景の違いが、それぞれの試験結果の臨床イベントの差になったのではないでしょうか。ステントのパフォーマンスは、OCTを用いたPCIのほうが良く、さらには、大きな還流域をもつ分岐部病変だと、臨床予後にも影響を与えると理解してよさそうです。 本邦で行われているPCIは、すでに90%近くの症例でOCTやIVUSといった血管内イメージングデバイスを用いて行われています。血管内イメージングデバイスを使えない場合には、より確実に十分なステント留置ができるように、1つサイズの大きいステントや、バルーンを選択することが多いでしょうし、すでに血管内イメージングが広く普及している本邦では、これらのデバイスの有無を比較する試験の遂行は困難と考えられます。OCTOBER試験結果を踏まえて、われわれの日常臨床を変えることはないとは思いますが、少なくとも間違ったことはしていないことが追認されたと理解してよさそうです。

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金の話をする人間は卑しいのか?猫と暮らすQALYを考える【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第65回

費用対効果分析の意義世界的なインフレの波が日本にも押し寄せています。日本で物価が上がっていることを実感する機会が増えてきました。しかし、世界の先進国と比べると上昇率はまだ緩やかなのかもしれません。私は2023年8月末にオランダ・アムステルダムで開催された欧州心臓病学会(ESC2023)に参加しました。会場のキオスクで昼食を購入して驚きました。おいしくもないハンバーガーが、14.5ユーロでした。1ユーロが158円でしたので、日本円に換算すると2,291円となります。日本では500円ほど、絶対に1,000円を超えることはない質感でした。円安と日本の国力の低下を痛感しました。出費には、それに見合う対価が求められます。費用対効果、いわゆるコスパです。費用対効果分析は医療の現場でも意義を増し、この分野に特化した学問領域が進化しています。治療に掛かる費用は、安ければ良いというわけではありません。安価でも効かない薬や質の悪い医療では、「安物買いの銭失い」となります。一方で、効果が高くとも、法外に高額な治療では手が届かず、公的医療の枠組みを超えてしまいます。費用に見合う効果のバランスが取れていることが鍵となります。あらゆる疾患に共通する治療効果指標「QALY」医療における費用対効果を分析する場合に、効果をどのように測定するかが問題です。風邪を引いた場合には解熱することが求められ、がんの治療ならば再発せずに長生きすることが求められ、変形性膝関節症では痛みなく日常生活が可能となることが効果として求められます。風邪・がん・変形性膝関節症と、疾患ごとにバラバラの効果指標で費用対効果を算出すると、その解釈も疾患ごとにバラバラとなります。あらゆる疾患に共通する効果指標としてQALYが考案され国際的に活用されています。これは、Quality-Adjusted Life Yearの略語で、「クオリー」と呼ばれ日本語では「質調整生存年」と訳されます。瀕死の病の状態から、医療により同じ1年間を長生きすることができたとしても、思うままにできる元気な1年間と、寝たきりで身動きがとれない1年間では、多くの人は前者のほうが望ましいと考えます。生存期間で見ればどちらも1年ですが、前者は後者よりも質の高い状態なので、治療により得られる1年間の価値も大きくなります。このように、生存している期間に加えて質も同時に反映する評価指標がQALYです。QALYの値は、1(完全な健康)から0(死亡)までの値を取ります。完全な健康状態で過ごした1年間は1QALYであり、人がその年の価値の100%を得ることができたと解釈します。完全な健康状態ではない状態で生きた1年間は、価値の量が低下します。たとえば、効用が0.5の状態で1年間生きた場合、0.5QALYが得られます。この人は、その年に得られる最高の価値の量の50%しか得ていないという意味です。言い換えれば、0.5の健康状態で1年間を生きる価値の量は、完全な健康状態で半年間を生きることと同程度の価値の量があることを意味します。QALYは1QALY、2QALYと数えることができ、0.8の状態で10年間生存すれば0.8×10=8QALYとなります。ICER:1QALY延ばすために要するコスト従来からある標準的な治療と効果が高いと期待される新規治療と比べた場合に、QALYを1単位獲得するのにいくらコストが掛かるかを表す指標をICER(Incremental Cost-Effectiveness Ratio)と呼びます。要は、1QALYを延ばすために要するコストで、この値が医療行為を社会に導入する是非の基準となります。たとえば、新たな治療により比較対照と比べて500万円余分に掛かるけれども、2年間の延命が期待できれば、ICERは500万円/2年=250万円/年となります。これは、追加的に1年間生きるのにあと250万円のコストが掛かるということになります。イギリスでは、1QALY当たりに認めるコストの目安として2万~3万ポンドと設定しています。日本円に換算すると、1QALYを得るのに必要なコストは500万円程度までは容認されるという考えです。ICERが500万円/QALYを超える医薬品は、薬価の引き下げが検討されるなど医療政策に活用されています。今、議論に向き合わなければならないこのように医療の経済的な側面について考えることは、「金の話なんて、卑しいからするな」と感じる方もいるかもしれません。「人の命は地球よりも重い」という言葉がありますが、本当にそうでしょうか。医療費はだれかが負担しなければならないことは間違いありません。今を生きる私たちが費用を負担していないのであれば、いつか誰かがツケを支払わねばなりません。おそらく子や孫の世代です。一般の社会でも、支払い能力を考えずにただ金を使いまくる人間は愚か者と考えられています。国がなんとかしてくれると思考を放棄するのは「ドラ息子」の所業です。あえて目を背けたい事柄だからこそ、歯を食いしばって向き合う必要があります。今を生きる世代の人間は、次の世代や次の次の世代を巻き込むことは避けるべきであり、そのための議論を放棄してはならないと考えます。この困難な話題について原稿を書いていると、わが家の「ドラ息子」ともいえる愛猫の「レオ」が遊んでくれとやってきました。ゴロゴロいってスリスリしてきます。猫と暮らすことの費用対効果を考えてみます。猫の飼育コストには、食事、猫用品(トイレ、ベッド、おもちゃなど)、健康ケア(ワクチン、予防医療、獣医さんへの診療費)などが含まれます。遊んだり、トイレの世話をしたり、愛情を注いだりするために時間とエネルギーを費やすことも経費です。効果については、猫は癒しや楽しみを提供してくれます。彼らの愛らしい行動や一緒に過ごす時間は、ストレス軽減や幸福感向上に寄与します。猫と遊ぶことは、同居する人間にとってもアクティビティの機会になります。猫を飼うことは責任感を養う機会でもあります。猫と暮らす1年は2QALY、いや5QALY以上の価値があります。今回も結局は猫自慢の話になってしまいました。

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バイスタンダーによるAEDの使用で心肺停止後の生存率が向上

 心肺が突然停止した人に対して、バイスタンダー(その場に居合わせた人)が心肺蘇生(CPR)の実施に加えて自動体外式除細動器(AED)を使用すると、たとえ救急車が現場に到着するまでに2分しかかからなかった場合でも、その人の30日生存率が向上することが、新たな研究で示された。Nordsjaelland病院(デンマーク)のMathias Hindborg氏らによるこの研究結果は、欧州心臓病学会(ESC Congress 2023、8月25〜28日、オランダ・アムステルダム)で発表された。 心肺停止の主な原因の一つに心室細動がある。これは、心臓から全身に血液を送り出す心室が不規則にけいれんすることで心臓のポンプ機能が異常を来し、脳も含めた全身への血液供給が停止してしまう状態を指す。心室細動が生じた人は意識を消失し、血流を速やかに回復させなければ10〜20分で死に至る。 Hindborg氏は、「心肺停止に陥った人に対してバイスタンダーができる最善のことは、CPRの実施とAEDの使用だ。AEDの最適な設置場所については過去の研究で検討されているが、救急車が現場に到着するまでにかかる時間がAEDの設置場所に及ぼす影響についての情報は欠如しているといっても過言ではない。われわれは、今回の研究でその点を検討した」と説明している。 この研究では、デンマーク心肺停止レジストリから抽出した、2016年から2020年の間に院外心肺停止を起こし、バイスタンダーからCPRを受け、25分以内に救急車が到着した成人7,471人のデータを用いて、救急車が現場に到着する前に、バイスタンダーからAEDによる除細動(AEDの電気ショックで心臓を正常な状態に戻すこと)を受けた人と受けていない人の生存率を比較した。比較は、救急車が到着するまでの時間を8つのカテゴリーに分類し、年齢や性別、心肺停止を起こした場所、心筋梗塞や脳卒中などの既往歴などの関連因子で調整した上で行った。対象者の14.7%(1,098/7,471人)は、救急車が到着する前にAEDによる除細動を受けていたが、残りの85.3%(6,373/7,471人)はAEDによる処置を受けていなかった。 解析の結果、心肺停止から30日後の生存率は、救急車が到着する前にAEDによる除細動を受けた人で44.5%(489/1,098人)であったのに対し、除細動を受けなかった人では18.8%(1,200/6,373人)にとどまっていたことが明らかになった。救急車の到着時間別に見ると、AEDによる除細動を受けた人の30日後の生存率は、到着時間が2〜4分で37%、4〜6分で55%、それぞれ除細動を受けなかった人よりも高かった。同様に、救急車の到着時間が6〜8分、8〜10分、10〜12分、12〜15分、15〜25分のいずれの時間カテゴリーでも、除細動を受けた人の生存率は受けなかった人の約2倍であった(相対リスクは同順で2.23、1.99、1.89、1.86、1.98)。ただし、救急車の到着時間が0〜2分の場合でのみ、両群間に有意差は認められなかった。 こうした結果を踏まえてHindborg氏は、「バイスタンダーによる除細動の実施が生存率に最も良い影響を与えたのは、救急車の現場への到着時間が6~8分の場合であった。この結果は、資源に限りがある場合には、救急車の現場への到着時間が6分以上かかる可能性のある地域に優先的にAEDを設置すべきことを示すものだ」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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DOAC内服AF患者の出血リスク、DOACスコアで回避可能か/ESC2023

 心房細動患者における出血リスクの評価には、HAS-BLEDスコアが多く用いられているが、このスコアはワルファリンを用いる患者を対象として開発されたものであり、その性能には限界がある。そこで、米国・ハーバード大学医学大学院のRahul Aggarwal氏らは直接経口抗凝固薬(DOAC)による出血リスクを予測する「DOACスコア」を開発・検証した。その結果、大出血リスクの判別能はDOACスコアがHAS-BLEDスコアよりも優れていた。本研究結果は、オランダ・アムステルダムで2023年8月25日~28日に開催されたEuropean Society of Cardiology 2023(ESC2023、欧州心臓病学会)で発表され、Circulation誌オンライン版2023年8月25日号に同時掲載された。 RE-LY試験1)のダビガトラン(150mgを1日2回)投与患者5,684例、GARFIELD-AFレジストリ2)のDOAC投与患者1万2,296例を対象として、DOACスコアを開発した。その後、一般化可能性を検討するため、COMBINE-AF3)データベースのDOAC投与患者2万5,586例、RAMQデータベース4)のリバーロキサバン(20mg/日)投与患者、アピキサバン(5mgを1日2回)投与患者1万1,1945例を対象に、DOACスコアの有用性を検証した。 以下の10項目の合計点(DOACスコア)に基づき、0~3点:非常に低リスク、4~5点:低リスク、6~7点:中リスク、8~9点:高リスク、10点以上:非常に高リスクに患者を分類し、DOACスコアの大出血リスクの判別能を検討した。また、DOACスコアとHAS-BLEDスコアの大出血リスクの判別能を比較した。【DOACスコア】<年齢> 65~69歳:2点 70~74歳:3点 75~79歳:4点 80歳以上:5点<クレアチニンクリアランス/推算糸球体濾過量(eGFR)> 30~60mL/分:1点 30mL/分未満:2点<BMI> 18.5kg/m2未満:1点<脳卒中、一過性脳虚血発作(TIA)、塞栓症の既往> あり:1点<糖尿病の既往> あり:1点<高血圧症の既往> あり:1点<抗血小板薬の使用> アスピリン:2点 2剤併用療法(DAPT):3点<NSAIDsの使用> あり:1点<出血イベントの既往> あり:3点<肝疾患※> あり:2点※ AST、ALT、ALPが正常値上限の3倍以上、ALPが正常値上限の2倍以上、肝硬変のいずれかが認められる場合 主な結果は以下のとおり。・RE-LY試験の対象患者5,684例中386例(6.8%)に大出血が認められた(追跡期間中央値:1.74年)。・ブートストラップ法による内部検証後において、DOACスコアは大出血について中等度の判別能を示した(C統計量=0.73)。・DOACスコアが1点増加すると、大出血リスクは48.7%上昇した。・いずれの集団においても、DOACスコアはHAS-BLEDスコアよりも優れた判別能を有していた。 -RE-LY(C統計量:0.73 vs.0.60、p<0.001) -GARFIELD-AF(同:0.71 vs.0.66、p=0.025) -COMBINE-AF(同:0.67 vs.0.63、p<0.001) -RAMQ(同:0.65 vs.0.58、p<0.001) 本研究結果について、著者らは「DOACスコアを用いることで、DOACを使用する心房細動患者の出血リスクの層別化が可能となる。出血リスクを予測することで、心房細動患者の抗凝固療法に関する共同意思決定(SDM)に役立てることができるだろう」とまとめた。

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ショッピングカートで不整脈を検出できるようになる?

 スーパーマーケット(以下、スーパー)のショッピングカートが脳卒中予防に役立つ日が来るかもしれない。英リバプール・ジョン・ムーア大学教授のIan Jones氏らによる研究で、ハンドルバーに心電図センサーを内蔵したショッピングカートを用いたスクリーニングにより、脳卒中の主な原因である心房細動を持つ人を見つけ出せる可能性が示された。この研究結果は、欧州心臓病学会(ESC)の構成団体の一つであるAssociation of Cardiovascular Nursing & Allied Professions(心血管看護・および関連専門職協会)の年次集会(ACNAP 2023、6月23~24日、英エディンバラ)で発表された。 このショッピングカートを用いたスクリーニング方法は、未診断の心房細動を持つ買い物客を見つけ出すことを目的としている。米アーマンソンUCLA心筋症センターの所長を務めるGregg Fonarow氏は、「心房細動は無症状なこともあるため、脳卒中を発症して初めて心房細動の診断を受ける人もいる。複数の研究から、未診断の心房細動を持つ成人の数は、米国だけで75万~150万人に上ると推定されている」と説明する。一方、Jones氏らによると、世界の診断例と未診断例を含めた心房細動の患者数は4000万人を超えると推定されている。 こうした理由から、できるだけ早く心房細動を持つ人を見つけ出すためのスクリーニング方法に対する関心が高まりつつあるとFonarow氏は説明。「スクリーニングによって心房細動を早期の段階で診断し、脳卒中予防のために経口抗凝固薬による抗凝固療法(抗血栓療法)を開始できる可能性がある」と話す。 Jones氏らは今回、心電図センサーがハンドルに装備された10台のショッピングカートを使った実験を、2カ月にわたり、4カ所のスーパーで実施した。これらのスーパーには、薬局も併設されていた。 試験参加者が、ショッピングカートのハンドルバーを1分以上握っている間に、ハンドルバーの心電図センサーがその人の心拍リズムを評価し、問題がなければセンサーが緑色に、問題が検出された場合には赤色に点灯する。緑色に点灯した買い物客に対しては、その後、手首の脈拍測定によるスクリーニングを実施し、ハンドルバーの心電図センサーによるスクリーニング結果の正確性を確認した。一方、赤色に点灯した買い物客に対しては、施設に併設する薬局の薬剤師が手首の脈拍測定によるスクリーニングを行うとともに、ショッピングカートに装備されたものとは異なるセンサーによるスクリーニングも行った。さらに、赤色に点灯した買い物客の心電図データは循環器専門医によっても確認された。 最終的に2,155人の買い物客がこの研究に参加した。研究参加者には、1)心房細動は検出されなかった、2)心房細動が検出され、確認された(2週間以内に循環器専門医の受診を予約)、3)心房細動の有無が不確定であり、スクリーニングのやり直しも可能、のいずれかの結果が示された。 その結果、220人が、センサーが赤色に点灯するか手首の脈拍測定で不整脈が検出される、あるいはその両方が当てはまり、心房細動の疑いありと判定された。このうち、最終的に59人が心房細動と診断された。残りの参加者のうち、115人では心房細動は検出されず、46人で不確定との結果が示された。心房細動と診断された59人の平均年齢は74歳で、女性が43%を占めていた。また、59人中20人は、すでに心房細動を持っていることを把握していたが、その他の人は、今回の研究で初めて心房細動と診断された。 全体的な精度については、このショッピングカートによるスクリーニングで心房細動が検出された買い物客のうち、実際に心房細動と診断された人の割合は4分の1から2分の1程度にとどまっていた(陽性的中率0.24〜0.56)。つまり、このスクリーニング方法では、多くの人が、実際には心房細動を持っていないのに持っていると誤って診断されていたということだ。同時に、実際に心房細動を持っていた人たちの約半数で、このスクリーニング方法では心房細動が見逃されていた(陰性的中率0.55〜1.00)。 ただし、今回の研究では、無作為に選ばれた買い物客の3分の2は研究参加を快諾していたことから、この方法は一般の人たちに受け入れられやすく、精度の問題が改善されれば今後も研究を重ねていく価値があるとJones氏は主張している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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フォシーガ、心不全の罹患期間によらず、循環器・腎・代謝関連の併存疾患で一貫したベネフィット/AZ

 AstraZeneca(英国)は、チェコのプラハで開催された欧州心臓病学会の心不全2023年次総会において、第III相DELIVER試験の2つの新たな解析結果から、心不全(HF)の罹患期間にかかわらず、循環器・腎・代謝(CVRM)疾患のさまざまな併存状態におけるフォシーガ(一般名:ダパグリフロジン)の一貫したベネフィットが裏付けられたと発表した。 第III相DELIVER試験の事前規定された解析として、左室駆出率(LVEF)が40%超の心不全患者におけるフォシーガの治療効果を、HFの罹患期間(6ヵ月以内、6ヵ月超~12ヵ月以内、1年超~2年以内、2年超~5年以内、および5年超)別に検討した。その結果、フォシーガのベネフィットがHFの罹患期間にかかわらず一貫していることが示された。さらに、高齢かつ1つ以上の併存疾患を有し、HF悪化および死亡率の高い、罹患期間が長期にわたるHF患者において、絶対利益が増加した(治療必要数[NNT]:HF罹患期間5年超の患者と6ヵ月以内の患者との比較で24:32)。 CVRM関連の併存疾患の有病率およびさまざまな併存状態でのフォシーガに対する被験者の反応を評価した第III相DELIVER試験の事後解析結果も発表され、同時にJACC Heart Failure誌に掲載された。本解析結果によると、LVEFが40%超のHF患者では、5例中4例以上の割合で他のCVRM疾患を少なくとも1つ併発しており、5例中1例の割合でHFに加えて3つのCVRM疾患を併発していた。また、フォシーガは忍容性が良好であり、その治療ベネフィットはCVRM疾患の併存状態に関係なく一貫していた。 ハーバード大学医学部およびブリガム&ウィメンズ病院の内科学教授で、第III相DELIVER試験の主任治験責任医師を務めるScott Solomon氏は「現在の診療では、罹患期間が長期にわたる心不全患者は、新しい治療を追加しても反応しない、または忍容性が低い進行性疾患に罹患していると見なされる可能性がある。第III相DELIVER試験のデータは、SGLT2阻害薬であるダパグリフロジンによる治療ベネフィットは心不全の罹患期間にかかわらず一貫しており、患者にとって治療が決して遅すぎることがないことを示している。このデータは、心不全におけるダパグリフロジンの有効性に関するエビデンスの拡大を裏付け、ダパグリフロジンが、新たに診断された患者と同じように長期に罹患している患者に対しても役立つことを実証している」と述べた。 また、AstraZenecaのバイオ医薬品事業部門担当、エグゼクティブバイスプレジデントであるRuud Dobber氏は「CVRM疾患が患者そして社会に及ぼす影響は計り知れない。しかしながら、これらの患者に対する診断、治療は不十分であり、CVRM疾患における相互関係も十分に認識されていない。第III相DELIVER試験の結果から、心不全患者が2型糖尿病や慢性腎臓病といった他のCVRM疾患を併発していることがいかに一般的であるかが浮き彫りとなった。今回発表された新たな解析は、あらゆる心・腎疾患に対してベネフィットをもたらすフォシーガの価値をさらに示しており、心不全や他のCVRM疾患を有する何百万人もの患者の治療を根本的に変えるという私たちのコミットメントを強調している」とした。

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電気自動車の高出力充電も心臓デバイスに影響なし

 近年、電気自動車が急速に普及し、その充電所要時間を短縮するために高出力充電器が普及してきているが、それらは心臓デバイスが埋め込まれている患者にとって、安全なのだろうか? この疑問に対する一つの答えが、欧州不整脈協会年次総会(EHRA2023、4月16~18日、スペイン・バルセロナ)で報告されるとともに、欧州心臓病学会(ESC)発行の「EP Europace」に論文が掲載された。ペースメーカーや除細動器を使用している人に対しても、高出力充電器の安全性は高いという。ただし、念のために、充電ケーブルを心臓デバイスの位置に密着させない方が良いとのことだ。 論文の筆頭著者である、ドイツ心臓センターミュンヘン(ドイツ)のCarsten Lennerz氏は、「われわれは、電磁干渉のリスクを最大化して評価するため、最悪のシナリオを設定した。それにもかかわらず、高出力充電器の使用中に、臨床的な影響を生じ得る電磁干渉やデバイスの誤作動は見られなかった」と述べている。 家庭用の電気は交流であり、電気自動車用の充電器も古いタイプは交流だが、新しいタイプは直流にすることで高出力の充電を可能にしている。充電時の電流が大きいほど磁場が強くなり、電磁干渉のリスクが高くなる可能性があるが、心臓デバイス使用中の患者が高出力充電器を使用することに関する公式の推奨事項は、これまでのところ示されていない。Lennerz氏は、「高出力充電器を用いた充電中に、ペースメーカーや除細動器に電磁干渉を引き起こして誤作動が生ずることが、可能性としては考えられる。われわれは以前の研究で、充電ケーブルに沿って最大の電磁場が発生することを見いだしている」と、今回の研究の背景を語っている。 今回の研究の対象は、ペースメーカーまたは除細動器が埋め込まれている患者130人(平均年齢59歳で約21%が女性)。高出力充電が可能な4台の市販車のほかに、将来のさらなる高出力化を見込んで、350kWの最大充電が可能な開発中の車両も用いた。研究参加者には、電磁干渉が最も発生しやすいように、充電ケーブルを心臓デバイスのすぐ近くに寄せ付けて、充電作業をしてもらうなどのテストをした。この作業中、ペーシングの乱れや除細動器の誤作動が監視された。また、充電完了後には、デバイスのプログラミングが変わっていないかなどがチェックされた。 計561回の充電が行われたが、電磁干渉によって引き起こされた有害事象は認められなかった。Lennerz氏は、ESC発のリリースの中で、「ペースメーカーや除細動器の誤作動のリスクは非常に低く、車内に座ったり、充電ケーブルや充電器の横に立ったりすることも安全である。ただし、充電ケーブルと心臓デバイスとの距離を保つために、デバイスが埋め込まれている位置にケーブルを直接隣接させないことを推奨する」と述べている。 なお、2023年には世界で100万~140万件のペースメーカー植え込み術が行われ、それらの患者の平均余命は8.5年であることから、世界中で800万~1200万人がペースメーカーを使用していると推測されるという。また、これとは別に、毎年15万~20万人が、植込み型除細動器の手術を受けているという。

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ICIの継続判断にも有用、日本初のOnco-cardiologyガイドライン発刊

 本邦初となる『Onco-cardiologyガイドライン』が第87回日本循環器学会学術集会の開催に合わせて3月10日に発刊された。これまで欧州ではESC(European Society of Cardiology、欧州心臓病学会)などがガイドラインを作成・改訂しており、国内でもガイドライン発刊が切望されていたことから、日本臨床腫瘍学会と日本腫瘍循環器学会が協働しMindsに準拠したものを作成した。今回、学術集会の会長企画シンポジウム6「OncoCardiology:診断と治療Up-to-Date」において、Onco-cardiologyガイドラインのポイントについて発表された。Onco-cardiologyガイドラインは重要臨床課題10項目を選定 Onco-cardiologyガイドラインの目的は、(1)がん診療において心機能を正確に評価し、心血管疾患を適切に管理すること、(2)がん治療を中断することなく可能な限り継続することで、本ガイドラインの利用によってがん患者の全生存率とQOL改善が期待される。 Onco-cardiologyガイドラインは重要臨床課題を以下のように10項目を選定し、がん患者が薬物治療を行う過程からその後のがん治療関連心血管毒性(静脈血栓塞栓症、肺高血圧症、心不全)発現時の対応方法に関するquestionが盛り込まれている(p.9 総説1-9参照)。<重要臨床課題>1)がん薬物療法中の心機能のモニター2)心血管イベントを発症した患者に対する薬物療法の選択3)トラスツズマブのマネジメント4)血管新生阻害薬のマネジメント5)プロテアソーム阻害薬のマネジメント6)免疫チェックポイント阻害薬のマネジメント7)がん薬物療法における静脈血栓塞栓症のマネジメント8)がん薬物療法における肺高血圧症のマネジメント9)心毒性を有するがん薬物療法のマネジメント10)がん薬物療法における心血管イベントの予防 上記の2)を担当した矢野 真吾氏(東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科 診療部長/教授)は、「がん薬物療法中の心血管イベントを理由にがん薬物療法を中止することは再発率の増加や全生存期間の短縮につながることから、『Background question(BQ)2:がん薬物療法中に心血管イベントを発症した患者に対して、がん薬物療法を継続することは推奨されるか?』を設定した」とコメント。また、「欧米のガイドラインと比較して、Onco-cardiologyガイドラインはエビデンスのあるquestionはシステマティックレビューを行いCQとしたが、エビデンスのないquestionはBQまたはfuture research question(FRQ)にした点に注目してほしい」と述べ、「がん薬物療法が有効でかつ治療継続が可能と判断できる場合は、モニタリングと対症療法を行いながらがん治療の継続を検討する。治療継続が困難な場合は代替療法について検討することをこのBQのステートメントにした」と説明した。Onco-cardiologyガイドラインにICIと心筋炎の関係性 Onco-cardiologyガイドラインで、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と心筋炎の関係性について解説した庄司 正昭氏(国立がん研究センター中央病院総合内科・循環器内科)は、「ICIによる心筋炎は直接的なものと間接的なものがあるが、いずれもスクリーニングにはトロポニンや心電図などが重要」と話し、「トロポニンはICI心筋炎患者の94%で上昇を認めたが、トロポニンが上昇しても臨床的な心筋障害を認めないケースも報告されている。また、心電図異常はICI心筋炎患者の89%で認められた1)」と述べた(FRQ6-1:ICI投与中の心筋障害診断のスクリーニングは有用か?)。 さらに、心筋障害発生時のステロイドの使用(BQ6-2:ICIによる心筋障害発生時、その治療としてステロイド療法は有用か?)について、「使用すべき種類・投与経路・用量は定まっていないが有用な可能性があるため、ステロイドを選択しない手はない」とコメントし、座長ならびに演者を務めた阿部 純一氏(MDアンダーソンがんセンター 教授)からの“ICIで発症リスクの高い虚血性心疾患との鑑別”に関する問い対して、同氏は「虚血性心疾患では胸痛などの症状が見られることから、それらの患者の訴えにしっかり耳を傾けることがスクリーニング検査とともに重要」と回答した。Onco-cardiologyガイドラインにがん患者の高血圧治療 高血圧の視点からOnco-cardiologyについて解説した赤澤 宏氏(東京大学医学部付属病院 循環器内科)によると、がん患者における高血圧の管理や治療に関するエビデンスがほとんどない状況だという。実際に、高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)では『第7章:他疾患を合併する高血圧』にも項目立てられておらず、『第13章:二次性高血圧-薬剤誘発性高血圧 4)その他』の1つとして、がん分子標的薬、主として血管新生阻害薬(抗VEGF抗体医薬あるいは複数のキナーゼに対する阻害薬など)により高血圧が誘発される。発症率については薬剤、腫瘍の種類などにより異なるが、これらの薬剤使用時には血圧変化に注意する。通常の降圧薬を用いた治療を行うと、ESCのポジションペーパー同様の記載がなされている。このような現状を踏まえ、「JSH2025年改訂版には腫瘍循環器としてのCQを提案していきたい」と意気込んだ。なお、Onco-cardiologyガイドラインでは、『BQ4:血管新生阻害薬投与中の患者に対し、血圧管理が必要か?』が設定されており、血管新生阻害薬投与中の患者においても、非がん患者と同等の血圧コントロールをすることが望ましく、「がん患者における高血圧治療のエビデンスは乏しく、降圧治療の適応や強度は、がんの治療内容や予後、パフォーマンスステイタス、年齢や併存疾患、臓器障害、脳心血管リスクなどのさまざまな背景を考慮して、個別に対応する必要がある」と強く訴えた。

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がん治療による放射線関連心疾患、弁膜症を来しやすい患者の特徴/日本腫瘍循環器学会

 9月17、18日に開催された第5回日本腫瘍循環器学会にて、塩山 渉氏(滋賀医科大学循環器内科)が「放射線治療による冠動脈疾患、弁膜症」と題し、放射線治療後に生じる特異的な弁膜症とその治療での推奨事項について講演した(本シンポジウムは日本放射線腫瘍学会との共催企画)。 がんの放射線治療による放射線関連心疾患(RIHD:radiation-induced heart disease)の頻度は医学の進歩により減少傾向にあるが、それでもなお、食道がんや肺がん、縦隔腫瘍でのRIHD発症には注意を要する。2013年にNEJM誌に掲載された論文1)によると、照射から20年以上経過してもなお、主要心血管イベントリスクが8.2%(95%信頼区間:0.4~26.6)も残っていたという衝撃的な報告がなされた。それ以来、RIHDは注目されるようになり、その1つに弁膜症が存在する。AMCが放射線治療時のリスク予測になるか これらの予後予測のために見るべき点として、「上記のような弁膜症を発症する症例にはAorto-mitral curtain(AMC、大動脈と僧帽弁前尖の接合部)に進行性の弁の肥厚や石灰化が進行しやすいという特徴がある」と同氏は述べ、「肥厚をきたしている場合は予後が悪いとの報告2)もあることから、放射線治療時の診断マーカーになるのではないかとも言われている」とコメントした。また、心臓手術による死亡率を予測する方法として用いられるEuroSCORE(European System for Cardiac Operative Risk Evaluation)は本来であればスコアが高ければ予後が悪いと判定されるが、「AMCが肥厚している症例ではスコアにかかわらず予後不良である」と汎用される指標から逸脱してしまう点についても触れた。放射線関連心疾患に対するESCガイドラインでの推奨 先日行われた欧州心臓病学会(ESC)2022学術集会において、初となる腫瘍循環器ガイドラインが発刊された。そこでは放射線治療における心毒性に関してもいくつか推奨事項が触れられており、がん治療患者の急性冠症候群(ASC)に対するPCI施行の可否についてはその1つである。ガイドラインによれば、「STEMIまたは高リスクのNSTE-ACSを呈し、予後6ヵ月以上のがん患者には侵襲的な治療戦略が推奨される(クラスI、レベルB)」とされ、予後6ヵ月未満の方については薬物療法を検討することが記載されているが、「がん治療による血小板減少を伴う患者に対しては、抗血小板薬の使用を慎重にならざるを得ないため、“アスピリンやP2Y12阻害薬の使用は推奨されない”(クラスIII、レベルC)」と薬物療法介入時の注意点を説明した。SAVR vs.TAVI、がんサバイバーでは? 次に、がんサバイバーの外科治療による予後はどうか。外科的弁置換術(SAVR)において、放射線治療を受けた重度の大動脈弁狭窄症患者では放射線治療歴のない患者と比較して長期死亡率が有意に高いことが明らかになっているため、2020年改訂版『弁膜症治療のガイドライン』(p.69)でも、TAVIを考慮する因子として“胸部への放射線治療の既往 (縦隔内組織の癒着)”と明記されている。さらに、胸部放射線照射後の予後を調査した論文3)によると、胸部放射線照射群におけるTAVIは、対照群と比較して30日死亡率、安全性、有効性が同等であるものの、1年死亡率や慢性心不全の増悪が高いことが示された。ただし、両治療法の転帰について比較した報告4)を踏まえ、TAVI群では完全房室ブロックの発症やペースメーカーの挿入率が多かったことを念頭に置いておく必要がある。 そのほか、放射線治療の平均心臓線量と関連する心毒性を確認する推奨項目としてESCガイドラインに掲載されている「ベースラインCVリスク評価とSCORE2またはSCORE-OPによる10年間の致死的および非致死的CVDリスクの推定が推奨される(クラスI、レベルB)」「心臓を含む領域への放射線治療前に、CVDの既往のある患者にはベースライン心エコー検査を考慮するべきである(クラスIIa、レベルC)」「重症弁膜症を有するがんサバイバーの手術リスクを協議し、その判定を行うために、多職種チームによるアプローチが推奨される(クラスI、レベルC)」「放射線による症候性重度大動脈弁狭窄症で、手術リスクが中程度の患者にTAVI手術を行う(クラスIIa、レベルB)」を紹介。最後に同氏は「MHD(Mean heart dose)による評価が大切であり、心臓に直接影響のある放射線量やドキソルビシン投与有無などで低リスク~超ハイリスクの4つに分類する点などもESCガイドラインに記載されているので参考にして欲しい」と締めくくった。

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ケレンディア、2型糖尿病を合併するCKD患者に関する最新データ発表/バイエル

 バイエル薬品の2022年8月30日付のプレスリリースによると、欧州心臓病学会(ESC)学術集会2022において、2型糖尿病を合併する慢性腎臓病患者(CKD)の死亡率にケレンディア(一般名:フィネレノン)が及ぼす影響を示した最新データが発表された。 2型糖尿病を合併するCKD患者を対象としたフィネレノン第III相臨床試験プログラムは、FIDELIO-DKDとFIGARO-DKDの2つの試験で構成されている。この2つの試験を含むFIDELITYは2型糖尿病を合併するCKD患者1万3,000名以上を対象に、心腎アウトカムを検討した最大規模の第III相臨床試験プログラムである。FIDELITYの全体集団では、全死因死亡および心血管死に対するフィネレノンの効果は統計学的有意差にわずかに至らなかったものの、FIDELITYの事前規定した探索的on-treatment解析から得られた最新データによると、本集団ではフィネレノン群がプラセボ群と比べ、全死因死亡の発現率(ハザード比[HR]:0.82[95%信頼区間[CI]:0.70~0.96]、p=0.014)および心血管死の発現率(HR:0.82[95%CI:0.67~0.99]、p=0.040)を有意に減少させることが示された。追跡期間4年時点での心血管死までの時間に関するイベント確率解析では、ベースライン時点の推算糸球体濾過率(eGFR)および尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)に関係なくフィネレノンの有用性は一貫しており、eGFRが60mL/min/1.73m2以上の場合、プラセボと比べフィネレノンのより顕著な効果が示された。 Bayer(ドイツ)医療用医薬品部門の経営委員会メンバーで、研究開発責任者であるクリスチャン・ロンメル氏は、「最適な血糖値や血圧に管理しているにもかかわらず、2型糖尿病を合併するCKD患者さんの多くは腎不全に移行し、心血管死のリスクが著しく高くなっている。本日発表された探索的解析は、このような脆弱な患者さんの死亡リスクを低下させ、より長く健康な状態を維持するフィネレノンの可能性を示している」と述べた。 ケレンディアは2021年7月に米国食品医薬品局(FDA)、2022年2月に欧州委員会(EC)、2022年6月に中国国家薬品監督管理局(NMPA)よりそれぞれ販売承認を取得している。また、日本では2022年3月に厚生労働省より承認取得した。さらに他複数の国で審査当局の承認が得られたほか、現在販売認可の承認申請中である。

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フォシーガ、2022年欧州心臓病学会総会にて心不全に関する新たなエビデンスを発表/AZ

 アストラゼネカは2022年9月5日のプレスリリースで、フォシーガ(一般名:ダパグリフロジン)の第III相DAPA-HF試験および第III相DELIVER試験の事前に規定された併合解析で得られた結果と、第III相DELIVER試験の結果について発表した。共に2022年欧州心臓病学会総会で発表されたものである。 第III相DAPA-HF試験および第III相DELIVER試験の事前に規定された併合解析で、フォシーガは、心不全患者において左室駆出率にかかわらず、中央値22ヵ月のフォローアップ期間で心血管死リスクを14%(p=0.01、絶対リスク減少率[ARR]:1.5%)、原因を問わない死亡リスクを10%(p=0.03、ARR:1.5%)、心不全による(初回および再)入院のリスクを29%(p<0.001、ARR:6%)、心血管死、心筋梗塞、または脳卒中の複合リスクを10%(p=0.045、ARR:1.3%)低下させることが示された。結果に関しては、Nature Medicine誌にも掲載されている。 一方、第III相DELIVER試験では、フォシーガは、心血管死または心不全悪化の複合アウトカムを18%(中央値2.3年のフォローアップ期間においてダパグリフロジン群で16.4%、プラセボ群で19.5%)低下させ(p<0.001)、心血管死、心不全悪化それぞれが主要評価項目の優越性に寄与していることが分かった。この所見は、検討した主なサブグループで一貫しており、左室駆出率の状態にかかわらず幅広い心不全患者に対するフォシーガの効果の拡大が期待できる結果であった。こちらの結果に関しては、NEJM誌にも掲載されている。

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第109回 高血圧治療用アプリの薬事承認取得で考えた、「デジタル薬」が効く人・効かない人の微妙な線引き(前編)

官民こぞってデジタル、デジタルこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。世の中、デジタル流行りです。デジタル庁発足の前後くらいから、官民こぞってデジタル、デジタル(あるいはDX)と言い始めた印象があります。デジタル化はまるで世の中の不便や非効率をすべて解決できる“魔法の薬”のように(とくにデジタルに弱い人々=政治家などから)捉えられているようです。スマートフォンやインターネットの世界の相当な部分をGAFAにやられてしまってから、デジタル化推進に力を入れ出す国もどうかと思いますが、さすがにこの流れに乗っておかないとまずい、と国も企業も考えているのでしょう。医療の世界も例外ではありません。国だけではなくコンサルタントやICT関連メーカーなどが、さかんに「医療DX推進」を喧伝しています。自民党の社会保障制度調査会・デジタル社会椎進本部「健康・医療情報システム推進合同プロジェクトチーム」は5月13日、 全国医療情報プラットフォームの創設、 電子カルデ情報の標準化、 診療報酬改定DXを柱とする提言を取りまとめました。これらを椎進する方針を「医療DX令和ビジョン2030」と名付け、首相を本部長とする「医療DX椎進本部(仮称)」を設置するよう求めたとのことです。「電子的保健医療情報活用加算」を新設で患者負担増えるしかし、これまでの状況を見ても、その前途は多難としか言いようがありません。デジタル化の一環として、国は「マイナ保険証」を推進しようとしていますが、普及を目的として今年4月の診療報酬改定で「電子的保健医療情報活用加算」を新設したところ、この保険証をわざわざつくった患者の自己負担が増える事態となり反発を招いています。医療機関の設備投資や手間を考えての報酬設定でしたが、肝心の患者は二の次にされた格好です。マイナンバーカードを取得し、保険証利用の登録もした、という奇特な人の医療費の自己負担を逆に増やすとは……。気が遠くなるようなマイナンバーカード取得の手続きの面倒さを思うと、考えられない“仕打ち”です。4月13日に成立した改正薬機等法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)によって、電子処方箋システムの整備も始まりますが、こちらも今から相当な混乱が予想されます。おそらく政治家のほとんどは自分でマイナーバーカードの取得や、マイナポイントの登録申請などやったことないのでしょう。現場の煩雑さ、大変さも知らないで、安易なポンチ絵で説明される政策の普及・定着が覚束ないのは当然です。デジタル化以前の問題と言えます。さて今回は、デジタルつながりということで、最近流行りのスマホアプリなどで病気の治療を行う「デジタル薬」について書いてみたいと思います。「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」薬事承認を取得連休直前の4月27日、株式会社CureAppはメディア向けのオンラインセミナーで、高血圧治療用の「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」の製造販売承認(薬事承認)を4月26日に取得したことを明らかにしました。高血圧治療の領域で医師が処方する「デジタル薬」の薬事承認取得は世界初とのことです。同社は2022年中の保険適用と上市を目指すとしています。「デジタル薬」とは、スマホアプリやゲーム、デジタル機器など、ソフトウェアを活用して治療を行うデジタル療法のことです。日本では2014年の薬機法改正で、医療用ソフトウェアが薬事承認規制の対象となったことを契機として開発が本格化しました。日本においては販売に当たって薬事承認が必要となるものは「プログラム医療機器(Software as a Medical Device:SaMD(サムディ)」、それ以外は「Non-Software as a Medical Device:Non-SaMD (ノンサムディ)」に分類されます。薬事承認が必要なSaMDのうち、治療用アプリなど、疾患の治療を目的としたものは「デジタル治療(Digital Therapeutics:DTx)」と呼ばれており、このDTxがいわゆるデジタル薬です(SaMDにはこの他に診断機器もあります)。ということで、CureAppの治療用アプリ「高血圧症治療補助プログラム」は、正式には「SaMDの中のDTx」という分類になります。ニコチン依存症の治療用アプリに次ぐ国内2番目のDTx国内で初めて実用化されたDTxは皆さんご存知のCureAppのニコチン依存症の治療用アプリ「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」です。2020年12月に保険適用されて販売が開始されました。ただ、同アプリに併用することになっている禁煙補助薬のバレニクリン(国内商品名:チャンピックス)の一部製品から、発がん性のリスクを高める可能性があるとされるN-ニトロソバレニクリンが社内基準を超えて検出されたため、2021年6月から出荷停止となり、同アプリの使用は難しくなっているようです(ファイザーは2021年11月に「出荷再開は早くても2022年後半以降」と発表)。これに続く国内2番目のDTxが、今回薬事承認を取得した高血圧治療用の「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」というわけです。生活習慣の行動変容を促し、正しい生活習慣の獲得をサポート同アプリは、スマートフォンを介して患者に生活習慣の行動変容を促し、正しい生活習慣の獲得をサポートすることで、継続的な生活習慣の修正を実現、減塩や減量などを通じて血圧の低下という治療効果を得る、とされています。具体的には、医師が患者に同アプリにログインするための「処方コード」を提供。患者がアプリにログインすると、血圧計と連動させて血圧を記録したり、生活習慣を質問形式やアプリ内のキャラクターとの会話などでモニタリングしたりなど、さまざまなサービスを利用できるようになります。そして、個別化された治療ガイダンス(患者が入力した情報に応じた食事、運動、睡眠、飲酒などに関する知識や行動改善を働きかける情報)をスマートフォンを介して直接患者に提供することで、行動変容を促す仕組みです。処方した医師の側も、医師用アプリを使うことで患者の日々の生活習慣の修正状況が確認できるため、診療の効率化にもつながるとされています。主要評価項目はABPMによる24時間の収縮期血圧今回の薬事承認は、360人程度の患者を対象とした臨床第III相試験の結果に某づくとしています。欧州心臓病学会で発表されたデータや、PMDAで公開された添付文書1)等によれば、治験の対象者は20歳以上65歳未満の男女で本態性高血圧症の患者。ABPM(24時間自由行動下血圧測定)による24時間収縮期血圧が130mmHg以上で、直近3ヵ月以上降圧薬治療を受けていないことが条件となっています。主要評価項目はABPMによる24時間のSBP(収縮期血圧)で、高血圧治療ガイドラインに準拠した生活習慣の修正に同アプリを併用した「介入群」と、同ガイドラインに準拠した生活習慣の修正を指導するだけの「対照群」を比較評価。介入群の方が有意な改善を示したとのことです。添付文書によれば、介入群の血圧はベースライン時と12週または中止時点の比較で144.3 ± 10.43mmHgが137.4 ± 11.58mmHgに下がり、変化量は-6.9 ± 10.70(n=178)。一方、対照群の血圧は144.9 ± 10.44mmHgが139.5 ± 12.31mmHgに下がり変化量は-4.7 ± 10.32(n=170)。群間差は-2.4[-4.5〜-0.3]となっています。なお、今回の薬事承認の了承に当たっては、「承認後1年経過するごとに、市販後の有効性に関する情報を収集し、有効性が維持されていることを医薬品医療機器総合機構(PMDA)宛てに報告すること」という条件が付けられています。DTxに対する素朴な疑問さて、「有意な改善」とは言うものの、血圧の変化量を見ると、劇的というほどではなく微妙な感じもします。この数字を見て、素朴な疑問が頭をもたげました。それは、こうしたスマホアプリに順応して素直に行動を変えられる人ならよいが、頑固でアプリのアドバイスになかなか従わない人に果たして効果があるのだろうか、ということです。おそらく臨床試験では、対照群も含めてアプリに順応し、アドバイスも受け入れ易い人を選んでいると思われます。それでこの成績だとしたら、本態性高血圧全体の患者で考えると、治療効果は相当低くなってしまうのではないでしょうか。こうした疑問をデジタル薬の開発に詳しい知人の記者にぶつけてみたところ、「そのとおり。行動変容を促すDTxは、アプリを使用するだけでなく、アプリの提案を基に患者自身が行動を起こす必要がある。通常の薬剤の“服用”よりもアドヒアランスのハードルがとても高く、臨床試験で目に見える効果を出すのが難しいと言われている」との答えでした。実際、調べてみると、DTxの臨床試験は、国内外でなかなか難しい状況にあるようです。「これからはDTxの時代だ!」「治療用アプリは普及期に入る」といった声も聞こえてきますが、国が進めようとしている医療DX同様、こちらの前途も洋々とは言えないようです。(この項続く)参考1)CureApp HT 高血圧治療補助アプリ/PMDA

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心血管疾患2次予防にインフルエンザワクチンは必要か

 急性冠症候群の治療期間中における早期のインフルエンザワクチン接種によって、12ヵ月後の心血管イベント転帰改善が示唆された。本研究は、スウェーデン・Orebro UniversityのOle Frobert氏らにより欧州心臓病学会(ESC 2021)にて報告された。Circulation誌2021年11月2日号に掲載。 実施された国際多施設共同二重盲検ランダム化比較試験(IAMI trial)は、2016年10月1日~20年3月1日の4シーズンに8ヵ国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、ラトビア、英国、チェコ、バングラデシュ、オーストラリア)30施設で参加者を登録。急性心筋梗塞(MI)または高リスクの冠動脈疾患患者を対象に、入院から72時間以内にインフルエンザワクチンまたはプラセボを接種する群に1:1でランダムに割り付けた。 なお、過去12ヵ月間にインフルエンザワクチン接種を受けた者、入院したシーズン中にワクチン接種を受ける意思がある者は除外された。 主な結果は以下のとおり。・試験には2,571例が参加し、ワクチン群1,272例、プラセボ群1,260例に割り付けられた。 ・登録患者の平均年齢は59.9±11.2歳で、女性18.2%、男性81.8%だった。また喫煙者が35.5%含まれ、21.1%が糖尿病を合併していた。両群に有意な差はなかった。・参加者のうち、1,348例(54.5%)がST上昇型心筋梗塞、1,119例(45.2%)が非ST上昇型心筋梗塞、8例(0.3%)が安定冠動脈疾患で入院していた。・主要評価項目である12ヵ月後の全死亡、MI、ステント血栓症の複合発生率は、プラセボ群7.2%(91例)に対し、ワクチン群では5.3%(67例)と有意にリスクが低下した。(ハザード比[HR]:0.72、95%CI:0.52~0.99、P=0.040)。・それぞれの発生率について、全死亡はワクチン群2.9%(37例)vs.プラセボ群4.9%(61例)、心血管死はそれぞれ2.7%(34例)vs. 4.5%(56例)で、いずれのリスクもワクチン群で有意に低下した(全死亡のHR:0.59、95%CI:0.39~0.89、p=0.010/心血管死のHR:0.59、95%CI:0.39~0.90、p=0.014)。・MIの発生率はワクチン群2.0%(25例)vs.プラセボ群2.4%(29例)で両群に有意な差はなかった(HR:0.86、95%CI:0.50~1.46、p=0.57)。 この結果により、研究者らは心血管疾患患者における毎年の季節性インフルエンザワクチン接種の重要性を強調している。 なお、本試験は登録患者4,400例を目標にしていたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響で、目標の58%が登録された時点(2020年4月7日)でデータ安全監視委員会(DSMB)により早期中止された。

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国・地域により評価が分かれる研究(解説:野間重孝氏)

 チカグレロルはcyclo pentyl triazolo pyrimidine (CPTP)系の薬剤に分類される抗血小板薬である。クロピドグレルやプラスグレルなどのチエノピリジン系の薬剤がプロドラッグであり肝臓で代謝されることにより活性体となるのに対し、チカグレロルは自身が活性体であるためその作用の出現が速やかであるとともに肝代謝による影響を受けることがない。いずれの系統の薬剤も血小板のP2P12受容体に結合することによりその作用を発揮するが、チエノピリジン系の結合が非可逆的なものであるのに対し、チカグレロルの結合は可逆的である。そのため中止後の効果消失も速やかであるが、その反面作用時間が短いため1日2回の服用が必要である。 チカグレロルが注目を浴びるようになったのはPLATO studyによるものだったと言ってよい。同studyでは急性冠症候群患者(ACS)を対象としてアスピリンと併用する血小板2剤併用療法(DAPT)の比較研究がなされ、チカグレロル維持量90mg×2/日とクロピドグレル維持量75mg/日の比較において、死亡・心筋梗塞・脳卒中の発生頻度を減少させる点で、チカグレロルがクロピドグレルに比して優れているとの結果が得られたのである。この研究を踏まえ、欧州心臓病学会(ESC)では、ACSに対する際には使用禁忌がない場合にはアスピリン+チカグレロルを第1選択薬とした。しかしPLATO studyの事後サブグループ解析において非ST上昇型ACSにおいて総死亡率の低下が見られるいう結果は主要評価項目ではなかったため、あくまで探索的なものだったのではないかとの疑問もあった。事実、その後いくつか行われた臨床研究においてもチエノピリジン系薬剤に対してはっきりとした優位を示す結果は提出されていない。ACC/AHAガイドラインでは第1選択薬としての使用は認めているものの推奨度は低い(IIaB)。 JCSのガイドラインにおいては、East Asian paradoxという言葉があるように東アジア地域においては欧米よりも出血リスクが高く、血栓リスクが低いことが示されていることが勘案され、「アスピリンを含むDAPTが適切である場合で、かつ、アスピリンと併用する他の抗血小板薬の投与が困難な場合に限る」とされた(アテローム血栓症の発生頻度がとくに高いことが予想される病態がいくつか追加的適応として挙げられているが、ここでは省略する)。種々の研究において、チカグレロルはチエノピリジン系薬剤に比して出血の合併症が多いことが示されていたためである。なお、それ以外に呼吸困難感が比較的高頻度で生じることも知られている。このような理由からわが国においてはチカグレロルはほとんど使用されることがないが、わが国の臨床家たちがとくに不便を感じたという話を聞かない。さらに2020年の改訂で、チエノピリジン系がDAPT終了後の単独投与薬剤として認められたことも大きい(チカグレロルは認められていない)。 そこで本論文をどう評価するかという本題に入るが、この評価はESCのガイドラインを順守している国・地域であるのかどうかによってその価値評価が大きく異なることがまず指摘されなければならない。確かに本研究は著者らが言うように、いわゆるde-escalation therapy(この用語の妥当性自体が問題なのだが)が効果的かつ安全であることを示した初めての大規模臨床研究であると言える。しかし、もともとチカグレロルを第1選択薬としていない地域の医師たちにとっては関係のない論題だと言えるからである。そういう意味でこの研究の発端自体がESCのガイドラインに依存したものだったと言わなくてはならない。評者は、当たり前に思えることであってもあらためて証明することには価値があるということをこの欄で常々述べてきたが、この研究課題は普遍的な課題とはいえないと言わざるを得ないと思う。チカグレロルを第1選択薬とする必要がないことは米国や日本における血栓事故の発生率を見れば明らかなのだが、いったん決められたものを改めるには然るべき手続き(この場合研究)が必要だったと解釈される。 一方、本論文中で論じられている内容で、わが国の医師・国民の関心が薄い問題があることを指摘しておかなければならない。費用の問題である。韓国での薬価については調べることができなかったが、わが国ではクロピドグレル75mg錠が52.3円、チカグレロル(ブリリンタ)90mg錠が142円、つまり1日142×2=284円ということになる。わが国では国民皆保険制度が当たり前となっているため、薬価に対する関心が薄い。話題になるのは驚くほど高価な抗がん剤などが発売された場合などに限られるのではないだろうか。しかし一般諸外国ではこうした一般治療薬の価格についてもかなり関心が高く、議論の発端となりうることは知っておく必要がある。あらためて指摘する必要もないであろうが、わが国の保険財政は逼迫していることを忘れてはならない。 最後になるが、内容とは離れてこの論文の形態について一言述べておきたい。本論文では4ページ以上にわたってdiscussionが書かれているのだが、このような長大な考察を書く必要があったのだろうか。この研究の内容は決して分かりにくいものではなく、その内容も長く論述する必要のあるものとは思えない。評者は何年かにわたって『ジャーナル四天王』の論文評を担当させていただいているが、最近論文のスタイルの崩れが目立つように感じられてならない。仮にもLancet掲載論文なのである。評者が現役であった頃はこうした雑誌の査読者、編集者たちは論文の形態・形式についてもかなり厳しい注文をつけてきたことを記憶している。この論文評の最後にこのような一般的なことまで含めて書くのは申し訳ないとは思うが、一言苦言を呈したかったことをご理解いただきたい。

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新時代のタニマチをMASTER DAPT試験から考える【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第41回

第41回 新時代のタニマチをMASTER DAPT試験から考える2021年8月末に開催されたESC(欧州心臓病学会)においてMASTER DAPT試験の結果が報告されました。冠動脈内に薬剤溶出性ステントを留置した後は、ステント血栓症を予防するために抗血小板薬を2剤服用(DAPT)することが必要となります。高齢患者である場合や、他の疾患のため経口抗凝固薬の服用を余儀なくされる場合では、出血性合併症のリスクが高く、DAPT期間をどの程度に設定するかが問題となります。MASTER DAPT試験は、ステント留置から1ヵ月が経過した時点でDAPTから単剤治療に変更する群(短縮群)と、さらに最低2ヵ月以上DAPTを継続する群(継続群)にランダマイズし、割り付けから335日経過時点で両群の安全性と有効性を比較しています。心臓および脳の有害事象と出血イベントの複合として定義される主要評価項目で、短縮群と継続群の間で非劣性が満たされました。とくに出血イベントでは短縮群は継続群に対し優越性を示しました。このように、出血性合併症リスクの高い患者において、DAPT期間の短縮は予後の改善につながることを明らかにしました。本試験の結果は、発表と同時にNEJM誌に論文が公表されました(N Engl J Med. 2021 Aug 28. [Epub ahead of print])。このMASTER DAPT試験は、欧州、日本、アジア、オーストラリア、南米地域の30ヵ国の140施設が参加し遂行されました。特筆すべき点は、この研究に登録された患者のすべてのステント治療は、日本企業であるテルモ社のUltimaster(アルチマスター)ステントを用いて行われたことです。DAPT期間の差異を正確に評価するためには、患者によってバラバラではなく統一したステントを用いるべきです。さらに、そのステントは現代のPCI治療に要求されるレベルをクリアしていなければなりません。この研究の結果がNEJM誌に掲載されるという快挙を成し遂げたことは、研究の根幹をなす治療器具であるステントが、世界規模の研究に求められる基準を満たしていることを意味します。こういった大規模な研究を推進し完遂するには大きな資金が必要となります。その金額は、おそらく読者の皆さまが思い浮かべる額よりも、ゼロが後ろに何個も必要な莫大なものです。営利企業の関与が大きいほど、研究という学術行為の社会的責任と産学連携活動に伴い生じる利益が衝突・相反する状態が必然的に発生します。医学系研究の独立性が損なわれたり、結果公表で企業寄りのバイアスも懸念されます。日本においても過去に社会問題化する事件もありました。MASTER DAPT試験に対してテルモ社が資金援助していることはNEJM誌の論文内にもしっかり記載されています。隠すのではなく堂々と開示することが求められる時代です。それに加えて、金銭的な援助はするが、研究デザイン・患者募集・モニタリング・解析・データ解釈・原稿執筆のいずれにもテルモ社は一切関与していないことまで具体的に論文に記載されています。「金は出すが口は出さない」ことが求められるのです。大相撲で、力士のひいき筋・後援者のことをタニマチ(谷町)と呼ぶ隠語があることはご存じでしょう。明治の末ごろ、大阪谷町筋4丁目の相撲好きの外科医である薄恕一(すすき・じょいち)が相撲取りからは治療代を取らなかったことに由来するそうです。タニマチの援助は、繁華街等での豪遊まで広範囲に及んでいたそうです。援助を受ける方にも、提供されるものは相手を精査せずに何でも頂く「ごっつぁん体質」があったようです。現在の社会では容認されない考え方です。我が家には、援助を受けることを当然として生きている、「ごっつぁん体質」の権化がいます。そうです。飼い猫のレオです。猫は支援を獲得する天才です。我が家は猫を飼っているのではなく猫に居ていただいている、猫に遊んでいただいている、援助させていただいているという謙虚な気持ちでお世話しております。これは猫をサポートすることによって、われわれ人間側が享受する歓びがあまりに大きいから成立しているのでしょう。研究を資金面で援助する企業が目に見える形の利益を求めるのではなく、もっと大きな社会的な歓びを獲得できることが肝要と思います。MASTER DAPT試験におけるテルモ社の役割から、新時代のタニマチのあり方を感じ取ってもらえればと思います。あらためまして、MASTER DAPT試験の成功おめでとうございます!Congratulations!

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MASTER DAPT試験とその解釈、出血イベント定義の難しさ(解説:中川義久氏)

 MASTER DAPT試験は、テルモ製のUltimasterステントを留置後に、高出血リスク患者における最適な抗血小板療法を検証した試験である。2021年欧州心臓病学会での発表と同時にNew England Journal of Medicine誌に論文が公表されるという快挙を達成した。日本発のステントを用いた研究であり、日本人医師としては悪い気はしないというか、爽快感もあるのが率直な感想である。このMASTER DAPT試験は、ステント留置から1ヵ月が経過した時点でDAPTから単剤治療に変更する群(短縮群)と、さらに最低2ヵ月以上DAPTを継続する群(継続群)にランダマイズし、割り付けから335日経過時点で両群の安全性と有効性を以下の3つの項目で評価している。(1)純臨床有害事象(全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、大出血の複合)(2)主要心臓・脳有害事象(全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中の複合)(3)大出血・臨床的に重要な非大出血 統計学的な比較検定の方法として、(1)と(2)は非劣性検定、(3)については優越性検定を用いて評価が行われている。結果として(1)と(2)は非劣性が達成され、(3)は優越性が示された。そして、出血性合併症リスクの高い患者において、DAPT期間の短縮は予後の改善につながることを示したと結論している。この3つの評価項目と比較方法は研究開始前に定められたもので、それに従い解析された結果に異議を挟むものではない。しかし、あえて評価項目の設定について考察させていただきたい。MASTER DAPT試験の出血イベントの定義は、BARCの出血基準に従ってなされている。BARCはARC(Academic Research Consortium)が提案する出血の基準で以下に紹介する。BARCの出血基準●タイプ0:出血なし●タイプ1:医学的に問題とならない(not actionable)、患者が予定外の検査、入院、治療のため医療機関を受診する要因とならない出血。患者が医療専門家に相談せず、患者自身の判断により治療を中止した場合も含む。●タイプ2:明白で、医学的に対応すべき(actionable)出血徴候で(例:臨床状況から想定される以上の出血。画像検査のみで検出される出血を含む)、タイプ3、4、5の基準には該当しないが、下記の基準の1つ以上を満たすもの:(1)医療専門家による非外科的介入を要するもの、(2)入院またはケアレベルの引き上げを要するもの、(3)評価を要するもの。●タイプ3:明白な出血+3g/dL以上のヘモグロビンの低下または、明白な出血に伴う輸血●タイプ4:CABG関連出血●タイプ5:致死的出血 評価項目(1)の純臨床有害事象においては、出血イベントは、「BARCタイプ3、タイプ5」の大出血としている。一方、評価項目(3)での出血イベントは、BARCタイプ2の「臨床的に重要な非大出血」と、タイプ3またはタイプ5の「大出血」を併せたものとしている。実際のMASTER DAPT試験の出血イベントを見ると、短縮群ではBARCタイプ2の出血の累積発生率が継続群に比較して低かった(4.5%対6.8%、差:-2.25%ポイント、95%CI:-3.59~-0.90)。一方で、大出血の累積発生率は両群とも同程度であった。つまり、MASTER DAPT試験の出血イベント評価におけるポジティブ(優越性)な結果は、BARCタイプ2の「臨床的に重要な非大出血」の差によりもたらされている。BARCタイプ2は、定義が少し緩い基準で、やや客観性に欠ける点が指摘されている。さらに、BARCタイプ2の出血イベント減少の臨床的な価値を、実臨床の現場でどのように解釈するかがポイントとなる。 ここでは詳しくは述べないが、同じく短期間DAPTについて検討した、STOPDAPT-2 ACS試験の結果も欧州心臓病学会で発表された。その結果として、短期間DAPTは標準的DAPTに対する非劣性証明を達成することができなかった。STOPDAPT-2 ACS試験での出血イベントの定義は、「TIMI Major or Minor」である。この「TIMI Major or Minor」は「BARCタイプ3、タイプ4、タイプ5」に相当する。BARCタイプ4のCABG関連出血はかなり少ないので、「BARCタイプ3、タイプ5」が「TIMI Major or Minor」とほぼ等価値の評価基準となる。つまり、STOPDAPT-2 ACS試験では、BARCタイプ2のレベルの出血を、イベントとはカウントしていない。仮定の話をするのはルール違反であるが、もしBARCタイプ2をSTOPDAPT-2 ACS試験の評価項目に加えていれば解析結果が異なる可能性もある。 このように、臨床研究の評価は微妙なバランスの上に構成されている。研究結果の解釈においては個々のイベント定義が重要であることを理解いただきたい。仮定の話を展開することは適切ではないことは重々理解しているが、あえて私的な考察を述べたことお許しいただきたい。

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新世代ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬finerenoneは2型糖尿病性腎臓病において心・腎イベントを軽減する(FIGARO-DKD研究)(解説:栗山哲氏)

ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬は心血管リスクを軽減 心・腎臓障害の一因としてミネラルコルチコイド受容体(MR)の過剰発現が知られている。MR拮抗薬(MRA)が心血管系イベントを抑制し、生命予後を改善するとのエビデンスは、RALES(1999年、スピロノラクトン)やEPHESUS(2003年、エプレレノン)において示されている。そのため、実臨床においてもMRAは慢性心不全や高血圧症に標準的治療として適応症をとっている。 2型糖尿病は、長期に観察すると高頻度(約40%)に腎障害(Diabetic Kidney Disease:DKD)を合併し、生命予後を規定する。DKDに対しては、ACE阻害薬やARBなどのRAS阻害薬が第一選択であるが、この根拠はLewis研究、MARVAL、RENAAL、IDNT、IRMA2など、多くの検証により裏付けされている。一方、RAS阻害薬によっても尿アルブミン低減が十分でない症例も少なからずあり、より一層の腎保護効果、尿アルブミン低減効果を期待できる薬物療法が求められている。ステロイド型MRAであるスピロノラクトンやエプレレノンは、降圧効果だけでなく、ACE阻害薬やARBとの併用で一層の尿アルブミン低減効果が示唆されている。しかし、これらのMRAは、高K血症の誘発や推算糸球体濾過量(eGFR)の低下を引き起こすことが問題視されている。とくにエプレレノンは、DKDや中等度以上のCKDでは禁忌である。 最近、新世代の非ステロイド型選択的MRAとしてエサキセレノンやfinerenoneなどが開発され、本稿で紹介するFIGARO-DKDなどの臨床研究が進んでいる、しかし、はたしてこれら新規薬剤がDKDの心・腎保護において真に「新たな一手」となりうるかは現時点で必ずしも明確でない。FIGARO-DKDの概要 Finerenoneは、MR選択性が高い非ステロイド型選択的MRAである。2015年Bakrisらは、finerenoneの初めてのランダム化試験を行い、DKD患者において尿アルブミン低減効果を報告した(Bakris GL, et al. JAMA. 2015;314:884-894.)。FIGARO-DKDは、2021年8月に開催された欧州心臓病学会(ESC 2021)において米国・ミシガン大学のPittらにより、2型糖尿病と合併するCKD患者においてfinerenoneの上乗せ効果が発表された。本研究は、欧州、日本、中国、米国など48ヵ国が参加した二重盲検プラセボ対照無作為化イベント主導型第III相試験である。対象は、18歳以上の2型糖尿病患者とDKD患者7,352例が登録され、finerenone群に3,686例、プラセボ群に3,666例が割り付けられた。対象患者は、最大用量のRAS阻害薬(ACE阻害薬あるいはARB)が受容された患者であり、実薬群でfinerenoneの上乗せ効果を観察した。腎機能からは、持続性アルブミン尿が中等度(尿アルブミン/クレアチニン比[ACR]:30~<300)でeGFRが25~90mL/min/1.73m2(ステージ2~4のCKD)、あるいは持続性アルブミン尿が高度(尿ACR:300~5,000)でeGFRが≧60mL/min/1.73m2(ステージ1~2のCKD)の群について解析された。開始時の血清K値は4.8mEq/L以下であった。 主要エンドポイント(EP)は、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中、心不全による入院の心血管複合アウトカムであり、副次EPとして、末期腎不全(ESRD)、eGFRの40%以上の持続的な低下、腎関連死など、腎複合アウトカムである。結果は、主要EPのイベントは、finerenone群が12.4%(458/3,686例)、プラセボ群は14.2%(519/3,666例)であり、前者で有意に良好であった(HR:0.87、95%CI:0.76~0.98、p=0.03)。その内訳は、心不全による入院(3.2% vs.4.4%、HR:0.71、95%CI:0.56~0.90)がfinerenone群で有意に低かった。一方、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中には差異はみられなかった。なお、収縮期血圧は、4ヵ月で-3.5mmHg、24ヵ月で-2.6mmHg低下した。副次EPは腎関連で、ESRDへの進展がfinerenone群(0.9%)でプラセボ群(1.3%)に比し有意に低値であった(HR:0.64、95%CI:0.41~0.995)。さらに、尿ACRは、finerenone群でプラセボ群に比し32%低下した(HR:0.68、95%CI:0.65~0.70)。腎複合アウトカムであるeGFRの基礎値からの57%低下と腎関連死の評価においても、finerenone群(2.9%)はプラセボ群(3.8%)より低値であった(HR:0.77、95%CI:0.60~0.99)。一方、高K血症(5.5mEq/L以上)の発現頻度は、finerenone群はプラセボ群の約2倍であった(10.8% vs.5.3%)。 以上の成績から、RAS阻害薬へのfinerenoneの上乗せ療法は、CKDステージ2~4で中等度のアルブミン尿を呈するDKD患者と、CKDステージ1~2で高度のアルブミン尿を呈するDKD患者の両者において、心血管アウトカムを改善すると結論された。FIGARO-DKDとFIDELIO-DKD FIGARO-DKDに先行し、2020年のNEJM誌に類似の研究FIDELIO-DKDが発表されている。両者の基本的な差異は、(1)主要EP:FIDELIO-DKDは腎複合、FIGARO-DKDは心血管複合、(2)平均eGFR:FIDELIOで44mL/min/1.73m2、FIGAROで68mL/min/1.73m2、(3)追跡期間中央値:FIDELIOで2.6年、FIGAROでは3.4年と、やや長い点である。 FIDELIO-DKDの結果、主要EPは腎複合アウトカムで18%低下、副次EPとして心血管複合アウトカムは14%低下した。このことから、finerenoneの上乗せ療法は、CKDの進展と心血管系イベントを抑制し、心・腎リスクを低下させることが示唆された。ただし、FIDELIO-DKDにおいて高K血症の発現頻度は、finerenone群でプラセボ群(21.7% vs.9.8%)より多く、これはFIGARO-DKDの頻度に比べて約2倍であった。 研究の患者背景や試験デザインに差異はあるものの、2021年のFIGARO-DKDは、2020年のFIDELIO-DKDと同様、finerenoneの心・腎保護作用を追従した結果であった。とくに、腎機能が正常なDKD患者でのFIGARO-DKDにおいて心血管系イベントの抑制効果が再現されたことは、MRAによる早期介入の重要性を示唆するものであり、臨床的意義はある。わが国の新規透析導入の原因疾患の第1位が糖尿病によるDKDであることから、新規非ステロイド型MRA、finerenoneによる薬物治療は一定の光明をもたらす期待がある。MRAの上乗せはDKD治療として生き残れるか? 振り返ると、2010年ごろまでの状況においては、2型糖尿病を合併するCKD患者では、RAS阻害薬とMRAを併用することが標準治療となる可能性が期待されていた。しかし、2015年から普及したSGLT2阻害薬は、DKD治療に劇的なインパクトを与えた。すなわち、2015年から2019年にかけてEMPA-REG OUTCOME、CANVAS、CREDENCE、DECLARE-TIMI 58でSGLT2阻害薬の心血管イベント改善や腎保護が次々に明らかにされた。さらに、2019年から2021年にはEMPEROR-Preserved、Emperor-Reduced、DAPA-HF、DAPA-CKDなどにより、糖尿病CKDに限らず、非糖尿病CKDの心・腎保護のエビデンスも集積されてきた。これらのSGLT2阻害薬の成績は、血糖降下療法に確実な心・腎保護のエビデンスの報告が少なかった時代を経験してきた著者ら腎臓・糖尿内科医にとっては、まさに青天の霹靂なる大きな驚きであった。GLP-1受容体アゴニスト(GLP-1 RA)についても、SUSTAIN、REWIND、LEADERなどで心血管リスクや腎保護が観察され、DKD治療学の根幹が大きく変わろうとしている。欧米のレスポンスは迅速で、「KDIGOガイドライン2020年版」においては、DKDに対する第一選択としてRAS阻害薬と共にメトホルミンとSGLT2阻害薬の併用が推奨されている。 MRAのDKD治療上の位置付けに関しては、「KDIGOガイドライン2020年版」では、DKD治療の難治例に限り使用が推奨されている。確かに、SGLT2阻害薬やGLP-1 RAがなかった時代を時系列で振り返ると、治療抵抗性DKDの腎保護に対してRAS阻害薬とMRAの2剤によるdual blockadeで腎保護を目指すのは、一戦略ではあった。しかし、上述したごとくSGLT2阻害薬とGLP-1 RAの登場と関連する多くの心・腎保護のエビデンス集積から、MRAを上乗せする選択枝に疑問が生じつつある。その最も大きな問題点は、やはり高K血症であろう。MR阻害によるアルドステロン作用の低下が、高K血症を招来させることは自明である。DKDの病態には、普遍的に低レニン性低アルドステロン症(Hyporeninemic hypoaldosteronism:HRHA)が存在する。HRHAの病態下では、アルドステロン作用の低下から高K血症を来しやすい。また、DKDによる腎機能低下は、Kクリアランス低下から高K血症を助長する。RAS抑制薬とMRAのdual blockadeが、DKDでは期待するほどのベネフィットはないと考えるのは、腎臓専門医の立場からの著者の独断と偏見ではないであろう。とはいうものの、DKD治療を離れ循環器専門医の立場から考えると、MRAの慢性心不全への心保護のメリットは決して否定されるものではない。 なお、2019年に日本で開発された非ステロイド型選択的MRA・エサキセレノンもRAS阻害薬との併用療法に期待が持たれている。2型糖尿病で微量アルブミン尿(ACR:45~<300)を呈するDKD患者449例を対象にした第III相ランダム化試験(ESAX-DN試験、Ito S, et al. Clin J Am Soc Nephrol. 2020;15:1715-1727.)において、プラセボに比べ尿ACRの低下は認めるものの、5.5mEq/L以上の高K血症出現率は4倍と高頻度であった。本剤の適応症は高血圧症のみであり、現時点でDKDや慢性心不全への適応拡大は未定である。

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エンパグリフロジン、HFpEFに初の有効性を確認/EMPEROR-Preserved試験

 SGLT2阻害薬エンパグリフロジンが、左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)患者を対象とした第III相EMPEROR-Preserved試験において、主要評価項目(心不全による心血管死または入院いずれかの最初のイベントまでの期間)を達成し、糖尿病の有無にかかわらず、HFpEF患者の心血管死または心不全による入院の複合リスクを有意に減少させたことを、ドイツ・べーリンガーインゲルハイムと米国・イーライリリーが、7月6日、プレスリリースで発表した。本試験の結果は、2021年8月の欧州心臓病学会(ESC)年次学術集会で発表される予定。 EMPEROR-Preserved試験は、慢性HFpEF患者5,988例を対象に、プラセボと比較した1日1回のエンパグリフロジン10mg服用の有効性と安全性を評価するための第III相ランダム化二重盲検比較試験である。  「HFpEFに対する最初で唯一の成功した試験」と題された速報では、結果の詳細は明らかにされていないが、両社は「今回得られた所見は、駆出率に関係なく、あらゆる形態の心不全におけるエンパグリフロジンの有効性を示している。また、安全性プロファイルは、既知のプロファイルと概ね一致していた」と報告している。 イーライリリーの副社長Jeff Emmick氏は、「エンパグリフロジンは、2型糖尿病と心血管疾患のある人々の心血管死を減らす最初のSGLT2阻害薬。今度は、心不全というもう1つの重要なマイルストーンに到達した。本結果は、これまで治療が非常に困難だったタイプの心不全に有望だ」とコメントした。 本プレスリリースは、日本心不全学会の公式Twitterが取り上げ、30件以上も引用ツイートされるなど、SNSでも話題を呼んでいる。

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限界はあるが必要だった研究(解説:野間重孝氏)-1403

 アスピリンは世界で初めて人工合成された医薬品で、ドイツ・バイエル社がこの開発に成功したのは1897年にさかのぼる。ところが、低用量アスピリンに血小板凝集抑制作用があることが発見されたのは1967年のことだった。Gruentzigが経皮的冠動脈形成術(PTCA)を初めて行ったのが1977年であることを考えると、不思議な暗合を感じてしまうのは評者だけではないと思う。 PTCAは確かに画期的な技術ではあったが、バルーンによる拡張のみでは血管壁の解離、リコイルを防ぐことができず、高頻度に発生する急性冠動脈閉塞や慢性期再狭窄率の高さが問題となっていた。これに解決策を与えるべく開発されたのが冠動脈ステントだった。慢性期に対する効果はSTRESS、BENESTENT両試験により証明されたが、亜急性期ステント血栓症(SAT)にはなかなか解決策が見いだされなかった。当初アスピリンとワルファリンの併用による効果が期待されたが、十分な効果は得られなかった。90年代初めに開発されたチエノピリジン系薬剤であるチクロピジンとアスピリンの併用、つまり抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)が初めてこの問題に解決策を与えたのである。 ステント開発によって術成績は飛躍的に向上し、とくに急性期合併症は激減したのだが、慢性期再狭窄による再血行再建術が必要になる率はそれでも15~30%に上るとされた。これに対して開発されたのが薬物溶出ステント(DES)であった。しかしDESの登場は新たな問題を引き起こした。金属のみによるステントでは比較的早くストラットが内膜により覆われるのに対し、DESでは内膜による皮膜形成に時間がかかり、ストラットがむき出しになっている期間が長いため、別のメカニズムからSATが問題となってきたのである。この頃にはチエノピリジン系薬剤も第2世代となり、クロピドグレルが主役となっていた。現在チエノピリジン系薬剤は第3世代の開発も進み、また違った機序の新規血小板機能抑制剤も開発されているが、それでもクロピドグレルの市場占有率は高いまま推移しているのは本論文にあるとおりである。アスピリン、クロピドグレル併用によるDAPTは確かにSATの発生を抑えたが、今度はDAPTをいつやめればいいのか、またやめた後にどちらの薬剤を残すのかが新たな問題として浮上した。 一方、ステント開発メーカーも手をこまねいていたわけではない。ストラットの菲薄化、形状の工夫、ポリマーの生体適合性の改善などを通して機材面からSAT発生率の低下が図られた。この結果、現在米国心臓病学会(ACC)、米国心臓協会(AHA)、欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインで、出血リスクの低い患者では6ヵ月以上のDAPTを推奨するものの、出血リスクのある患者では1~3ヵ月のクロピドグレルの併用を推奨するというところにまでなったのである。SATの予防と出血リスクは、いわばトレードオフの関係にあるのである。 本論文は残ったもうひとつの問題、つまりDAPTをやめた後にどちらの薬剤を残すのかという問題を中心に据えた初めての大規模臨床研究である。ただし、これには少しただし書きが必要である。というのは、DAPTの期間を検討する一連の研究の中で、この問題は併せて扱われてきたからである。とくに最近のGLOBAL LEADERS試験、SMART-CHOICE試験、STOPDAPT-2試験などで短期間のDAPTとチエノピリジン系薬剤による耐容性はすでに十分議論されており、理由はさまざまであるにせよ、持続する薬剤としてはチエノピリジン系薬剤が選択されているのである。そもそも出血傾向はアスピリンで強く、またアスピリンでは胃腸障害などの副作用も問題になるからである。しかし著者らの言うとおり、この問題のみを正面から扱い、さまざまなレベルの冠動脈疾患を対象とした大規模臨床研究は、確かにこの研究が最初といえるのである。そしてこの問題について明快な解答を与えたことは評価されなければならないだろう。 しかし指摘されなければならないのは、これはあくまでクロピドグレルの成績だ、ということである。つまり、本研究からはDAPTの相手がプラスグレルであったり、チカグレロルであったらどうなのか、という点には言及できないということである。とくに第3世代チエノピリジン系薬剤であるプラスグレルは、代謝による効果のバラツキがほとんどないこと、さらに効果発現が速やかであることから、急性期の処置が必要な症例ではこちらのほうが選択されるケースが多いのではないだろうか。評者の周囲では、プラスグレルの場合もそちらを残すことを選択する臨床医が増えている印象がある。なお本稿は論文評であって総説ではないため解説できないが、なぜプラスグレルやチカグレロルがクロピドグレルに替わって標準治療薬とならなかったのかについての歴史的経緯は、若い方々には調べてみると参考になる点が多いと思うのでお勧めする。 気になった点をもうひとつ挙げると、著者ら自身がdiscussionの中で第3番目のlimitationとして認めているように、プロドラッグであるクロピドグレルでは肝臓における代謝は個人差が大きく、とくに東洋人でこの代謝酵素であるCYP2C19の欠損が報告されるケースが目立つことに関する議論である。この論文が韓国から発表されていることを考えると、著者らがこうした代謝の個人差の検討が行われていないことに対して、少し強いコメントをせざるを得ないことは理解できる。しかし、著者らが“The clinical significance of clopidogrel resistance is still under debate”と書き、さらにaspirin resistanceの問題を持ち出すなどの論述姿勢は適当だったのだろうか。また同国からクロピドグレルの効果についてAsian paradoxなる報告があるというが、これは定説といえるのだろうか。臨床研究において明らかになった事実を、自分たちはただ淡々と発表したのだと言えばよかったのではないだろうか。 評者はこの論文評欄において、一見当たり前であるように思われていることや類推が可能である事柄であっても、しっかり証明することの重要性を強調してきた。そういう意味でこの論文は評価されなければならないのは当然であるが、上記のように結果解釈の応用に限界がある点は指摘されなければならない。

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