サイト内検索

検索結果 合計:200件 表示位置:1 - 20

1.

出生前検査、胎児異常例対応に医療者の75%が「葛藤」

 妊娠後に胎児の染色体異常を調べる「出生前検査」は手軽になり、多くの妊婦が受けるようになった一方で、検査を手掛ける医療機関が増え、適切な検査前の説明や遺伝カウンセリングがされないなどの問題が生じていた。これを受け、2022年に日本医学会による新たな「出生前検査認証制度」がスタートし、こども家庭庁は啓発事業によって、正しい知識の啓蒙と認証を得た医療機関での受診を呼びかけている。 この活動の一環として2024年3月に「『出生前検査』シンポジウム」と題したメディアセミナーが開催された。本シンポジウムにおける、聖マリアンナ医科大学・臨床検査医学・遺伝解析学の右田 王介氏と昭和大学・産婦人科の白土 なほ子氏の講演内容を紹介する。右田氏講演「出生前検査に関する基本情報と取り巻く環境」――出生前検査にはさまざまな種類がある。なかでも、2010年代に母体の採血のみで実施可能な「母体血中遊離核酸によるNIPT(Non-Invasive Prenatal Testing:非侵襲的出生前検査)」の受検が広がり、注目を集めている。このNIPTは妊娠9または10週以降に採血を行い、胎児の21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーの可能性を判断するものだ。 検査が広がった背景の1つに、染色体数に伴う疾患と出産年齢との関係がある。新生児の染色体異数性の頻度は妊婦の年齢と共にわずかずつだが増加する。一般に母体が35歳以上の出産を高年出産と呼ぶが、2000年頃には1割とされていた高年での出産は、2022年には約30%となった。母親の年齢によって染色体異常が急増するわけではないものの、不安を感じる妊婦が増えている。 NIPTは、母の採血のみで実施でき、検査としての安全性や検査特性が優れている。妊婦やその家族は胎児の健康を願い、検査から安心を得たいと考えているが、NIPTは胎児の疾患診断につながる検査であることに注意が必要だ。結果には偽陰性や偽陽性も含まれ、その確定には羊水穿刺など侵襲的検査が必要となる。 また、NIPTは羊水穿刺や母体血清マーカーといった検査に比べ、より早い妊娠週数で検査が実施される。検査実施には十分な情報提供と熟考が必須であるにもかかわらず、妊婦や家族が意思決定に掛けられる時間は短い。 加えて、NIPTの原理は将来さまざまな遺伝性疾患に応用される可能性があり、このことで遺伝的な個性を排除するという社会の動きが加速する可能性がある。出生前検査の実施や選択に、女性の生殖に関する自己決定権が強調されることもあるが、検査を検討し選択する責任は母親だけが負うべきものではない。より広く議論することが必要である。 NIPTについての意思決定は時間を掛け、慎重に行われるべきだ。出生前検査の施設認証では専門外来で検査前から十分な遺伝カウンセリングを行うことを求めている。また日本小児科学会では2022年4月に出生前コンサルト小児科医の認証制度をスタートさせた。妊婦やその家族の希望に応じ、検査実施前から小児科医の立場からの情報提供を行うことができる。このような支援制度もぜひ活用いただきたい。白土氏講演「出生前検査に対する支援体制における現状とこれから」――認証制度の前身となる日本医学会の「出生前検査認定施設」は2013年の制度スタート時は15施設だった。2022年7月に要件を緩和した「出生前検査認証制度」となってから登録施設数は急増し、2023年10月時点の認証施設は478施設となっている。認証施設は遺伝カウンセリングができる体制にあり、出生前コンサルタント小児科医との連携、検査についての情報提供と意思決定支援、検査後のフォロー体制を持つことなどが条件となっている。 白土氏らが認証制度開始前後にNIPT受検者を対象とした調査を行ったところ、「どこで検査を受けたか」という質問に対し、「認定・認証施設」が50%強、「非認定・認証施設」が20~30%、残りは不明という回答分布で、これは制度開始前後で大きな変化はなかった。「何を重視してNIPTを受ける施設を決めたか」という質問に対しては、「認定・認証施設」の受検者は「検査前のカウンセリングがある」「かかりつけ医の紹介」といった回答が多かった。一方で、「非認定・認証施設」の受検者は「口コミがよい」「ネット予約が可能」「アクセスがよい」といった回答が目立った。 同時期に、NIPTを提供する医療機関と医療者個人(医師、看護師・助産師、遺伝カウンセラー等)へのアンケート調査も行った。1次調査として医療機関に対してハード面に関するアンケートを行い、同意が取れた施設に2次調査として医療者個人にNIPTへの対応経験を聞いた。調査は2021年10~12月に行い、1次調査は316施設、2次調査は204人が回答した。 出生前検査で陽性になった症例について、「自施設で対応しているか」という設問に対し「対応している」と回答したのは316施設中71%、うち半数強の57%が「自施設内で決めた基本的な対応方針やルールがある」とした。「対応している」施設では妊娠を継続した場合の実施項目として「NICU/小児科との連携」「院内カンファでの症例共有・検討」「自治体・行例との連携」などの項目に「必ず行う」「症例によって行う」とした施設が多かった。一方で、「患者会・当事者会の紹介」「精神科/心療内科との連携」は「必ず行う」「症例によっては行う」とした施設数が少なかった。 中絶を選択した場合、「助産師との面談」は9割近くの施設が「必ず行う」「症例によっては行う」と回答し、「産婦人科の臨床遺伝専門医の診察」も7割程度が「必ず行う」「症例によっては行う」と回答したが、中絶時は妊娠継続時より全体として実施項目が少ない傾向にあった。 医療者個人へのアンケート調査では、「陽性例の対応業務」は「自身の職種として当然の業務」とした回答が99%を占めたが、「できれば避けたい業務」と考える回答者も3割程度存在した。さらに「検査陽性例についての自身の業務」について「葛藤がある」とした医療者が75%に上り、その要因として「時間的な制約がある」「予後予測が困難」「個別化した対応が必要」といった理由を挙げる人が多かった。 総合して、2021年10月時点では出生前検査を行っているものの陽性例には対応していない施設が3割あり、陽性例対応施設においても一定の方針を定めていない施設が半数程度あることがわかった。検査へのアクセス強化のために受検施設を増やすと同時に、地域連携の充実、基幹施設における他診療科を含めた連携による支援体制の強化が望まれる。 また、施設での支援者が葛藤(精神的負担など)を抱いている実態もわかった。ケアが担当医療者個人の努力に依存して行われている状況がうかがえた。医療者の心のケアも含めたサポート体制の充実が必要であるとともに、ケアを担う医療スタッフの負担軽減策も必要だと考えられる。 本調査の結果は「出生前検査に関する支援体制構築のための研究」報告書として、事例の紹介とともにサイトで公開されている。

2.

「心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関するガイドライン」13年ぶりの改訂/日本循環器学会

 日本循環器学会、日本心臓病学会、日本小児循環器学会の合同ガイドライン『心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関するガイドライン』が、2011年以来の13年ぶりの改訂となった。3月8~10日に開催された第88回日本循環器学会学術集会で、本ガイドラインの合同研究班班長である今井 靖氏(自治医科大学 臨床薬理学部門・循環器内科学部門 教授)が、ガイドライン改訂の要点を解説した。 本ガイドラインは2006年に初版が刊行され、2011年に改訂版が公表された。当時、遺伝子解析の大半は研究の範疇に属し、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針に沿って実施されていた。その後、2021年の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」により、他の医学系研究指針と統合され、ヒト遺伝子情報が他の医学・生命科学の情報と同列に扱われるようになった。さらに最近では、診療として実施される遺伝学的検査が大幅に増加しており、がんなどの他の診療分野での遺伝学的検査の普及と並行し循環器疾患においても今後さらに適応が増加することは必至と考えられる。今回の改訂はこれらの状況を踏まえて行われた。 2024年改訂版では、総論において、遺伝学的検査の指針・目的、遺伝学的検査の方法・実施体制、診療・遺伝カウンセリング、周産期における対応・妊娠前のプレコンセプションケアについて追加した点が、前版と大きく異なると今井氏は述べた。 日常診療で遺伝学的検査を行う指針として、日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」や「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(2023年改訂)」に則している。また、遺伝学的検査によって得られる情報は、とくに慎重な配慮を要する個人情報であるため、個人情報保護法などの法令の趣旨に則するように記述・改訂されている。遺伝学情報の特徴 遺伝学情報には以下のような特徴があり、これらを理解したうえで患者に説明し理解を促すことが必要となる。・生涯変化しないこと。・血縁者間で一部共有されていること。・血縁関係にある親族の遺伝型や表現型が比較的正確な確率で予測できること。・非発症保因者(将来的に病的バリアント[変異]に起因する疾患を発症する可能性はほとんどないが、当該病的バリアント[変異]を有しており、次世代に伝える可能性のある者)の診断ができる場合があること。・発症する前に将来の発症の可能性についてほぼ確実に予測することができる場合があること。・出生前遺伝学的検査や着床前遺伝学的検査に利用できる場合があること。・不適切に扱われた場合には、被検者および被検者の血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があること。・曖昧性が内在していること(曖昧性とは、結果の病的意義の判断が変わりうること、症状、重症度などに個人差があること、調べた遺伝子が原因ではなく、未知の他の原因による可能性などがある)。遺伝学的検査の対象と目的 遺伝学的検査を行うためのワークフローとして、対象と目的の整合性を確認しておく必要がある。検査を受ける対象は、患者本人または血縁者、発症患者または非発症者の場合がある。また、遺伝学的検査を行う目的として、以下のものが挙げられている。・病因診断を目的とした原因の同定。・精微な層別化による疾患の病型分類。・分類された病型に基づく病態管理と治療法選択。・病態進展の理解と疾患予後の予測。・突然死を含む急性イベント発症の予防。・未発症者の発症予防や早期診断・早期介入。 遺伝学的検査の目的に応じた検査が重要となり、循環器診療部門と遺伝子医療部門が協同して実施する必要がある。検査を行う際の留意点として、検査対象者は通常は採血の負担しかないため身体的侵襲は少ないが、検査をしても異常が検出できないこともある。また、患者自身やその血縁者に遺伝子異常が見つかった場合、今後の病状が急激に悪化していくことなどのリスクを持ち合わせていることに対して、心理的負担を生じる可能性がある。一方で、早期の診断によって治療介入できる可能性もある。遺伝子解析の手法 遺伝子解析の手法として、次世代シーケンス(NGS)法が近年急速に進歩した。この技術により、候補となる遺伝子をまとめて解析するパネル解析や、全エクソーム解析法や全ゲノム解析法も可能となっている。また、小児を対象とした新生児マススクリーニングも先天性疾患の検出に有用なアプローチである。染色体異常については、染色体検査(G分染法)やFISH法によって確認することができる。 診療用に供する検体検査は、平成30年度改正医療法等に従い、保険診療での検査として行う場合(S006-4遺伝学的検査)は医療機関の検査部門、ブランチラボや衛生検査所で実施することとなった。これは研究所・大学の研究室などでのゲノム・遺伝子解析研究として実施されるものとは明確に区別することとなっている。保険収載されている遺伝子学的検査 現在、循環器領域で保険収載されている遺伝学的検査は、3,880点のものがFabry 病、Pompe病、家族性アミロイドーシス、5,000点のものが肥大型心筋症、家族性高コレステロール血症、CFC症候群、Costello症候群、Osler 病、先天性プロテインC欠乏症、先天性プロテインS欠乏症、先天性アンチトロンビン欠乏症、8,000点のものが先天性QT延長症候群、Noonan症候群、Marfan症候群、Loeys-Dietz症候群、家族性大動脈瘤・解離、EhlersDanlos 症候群(血管型)、Ehlers- Danlos症候群(古典型)、ミトコンドリア病となっている。遺伝カウンセリング 遺伝カウンセリングは、「疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響、および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセス」と定義される。遺伝要因は不変であるため、自身のコントロールが及ばない。さらには、その遺伝要因によって、突然死などの重篤なものを含むさまざまな症状が、一般集団よりはるかに高い確率で起こりうるという脅威にさらされることとなる。そのような状況の患者や家族に生じうる、否認、怒り、疾患への脅威、コントロール感の喪失などのさまざまな心理的影響への対応が求められる。心理社会的課題に、患者や家族が対処する能力を身につけられるよう具体的な対処方法を提示するとともに、エンパワーメントや自己効力感の向上を目的に実施される。 遺伝カウンセリングのための専門職種である臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー、遺伝看護認定看護師とともに循環器系の医師が協力して遺伝子検査を進め、より良い形で患者へ情報提供することが考えられる。遺伝カウンセリングについては、保険収載されている検査においてのみ診療報酬が設定されているため、未発症者の遺伝子解析や研究で行われる遺伝子解析に対してのカウンセリングは対象外となっている。このような点が今後改善されることを強く望むと今井氏は述べた。周産期の女性に対する対応 今井氏が今回のガイドラインでとくに力を入れた点として挙げたのが、周産期に対する対応である。若年の患者における先天性心疾患やQT延長症候群のような遺伝性疾患があるが、そのような女性患者の妊娠前の遺伝カウンセリングは重要で、思春期の段階から行っていく必要がある。妊娠出産に関する可能性や、次世代にどのように遺伝するかといったプレコンセプションケアも重視しなければならない。本ガイドラインでは、各疾患群の妊娠前遺伝カウンセリングをまとめている。今井氏によると、現在日本では思春期から20代の対象者について、カウンセリングが必ずしも十分にできていない状況にあるため、患者へのカウンセリングの可能性について検討してほしいと訴えた。疾患ごとに推奨事項を確認できる巻末付表 講演の後半では、疾患ごとにガイドラインに沿った解説がなされた。本ガイドラインの巻末付表に「循環器遺伝医療の実践」を設け、各疾患に関して、循環器遺伝医療における推奨事項を簡単に参照できるポケットガイドを付けている。この表では、疾患名、原因遺伝子、浸透率、推奨事項として発端者への介入や血縁者のスクリーニング・サーベイランス・介入が端的に示されている。 今井氏は最後に多遺伝子因子疾患について述べた。本ガイドラインでは単一遺伝子のみに言及してきたが、たとえば冠動脈疾患については、遺伝子の多型の組み合わせで示されるPolygenic risk score(多遺伝子リスクスコア)によって、低リスクと高リスクの集団の予測ができる。また、高遺伝リスク群であっても生活習慣リスクを低減することで、リスクを相殺する可能性も示されている。このような多遺伝子因子疾患の解析は、心房細動、血管炎、末梢動脈疾患にも応用可能とされ、今後の臨床利用が期待されるという。

3.

医師の働き方改革に必須なのは財源の確保、米国の医療保険制度から考える(2)【臨床留学通信 from NY】第58回

第58回:医師の働き方改革に必須なのは財源の確保、米国の医療保険制度から考える(2)前回に引き続き、医師の働き方改革と財源確保について、米国の医療保険制度から考えます。医療費削減のために米国で行われていること米国の医療費は、高い人件費や薬物などの物品を賄うため、救急外来を経由して1泊なんてするものなら、ざっと100万円ほどかかってしまうことも珍しくありません。そのため、政府保険であるMedicaid(メディケイド)、Medicare(メディケア)は、医療費削減のために不必要な薬や手技を減らすことに目を光らせ、プライベート保険もプランによってカバーする薬の範囲が変わるという仕組みです。高くて良い薬にはCo-pay(自己負担)が多くかかってしまい、自然と安い薬を使うように仕向けられます。たとえばアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)は心不全に有効な薬で、日本ではそれを高額であるにもかかわらず高血圧にも処方できるように国が承認していますが、米国では心不全の病名なしには処方できません。また循環器疾患の狭心症。心筋梗塞とは違い、致命的ではないことがほとんどですが、まれに不安定狭心症かな、とこちらが思うものであっても、負荷心筋シンチグラフィなどの事前検査をなくして外来から直接カテーテル検査・入院はできないことがあります。その際はやむを得ず、救急外来を経由して入院した体裁にすることもあります。なお医療費削減のため、カテーテル治療も簡単なものはThe Same Day Discharge(同日退院)となり、それをすることで病院にメリットがあるように金額が決まっています。そのため、カテーテル室専用のリカバリールームがあり、朝6~7時に患者さんが来て、7時過ぎにはPCI開始、その後数時間観察して、午後には退院することや、12時くらいにPCI開始であっても、夜11時までスタッフを配置してモニターして退院、なんてことがあります。予約を取るのも一苦労、プライマリケアがゲートキーパーに外来では、簡単な薬の処方のみの人は(たとえば高血圧のみ)、プロブレムが少ないためあまりお金にならず、半年後にしか予約が取れないようになっていて、3ヵ月の処方を電子的に薬局に送信し、リフィルを3回出して1年分の処方を出すことがあります。予約を取るのも一苦労です。患者によって保険がさまざまなため、医師から直接予約を取れず、大半はいちいち事務に電話などをして、うまくいって10~20分かけてなんとか予約を取る形です。医師がカルテ上3ヵ月後と言えば、どんなに受診したくても、病状が落ち着いていれば予約が取れないようになっています。プライマリケアがゲートキーパーとなり、好き勝手に循環器内科、腎臓内科、内分泌内科など専門医に受診できないようになっており、いわゆる紹介状(きちんとした手紙でなくとも1文程度でも)が必要にもなります。また、専門医を受診するには、保険にもよりますがCo-payを支払わなければなりません。私の保険の場合は50ドルほど払わなければならず、不用意に何となく気になるからという理由で患者が受診することを制限しています。インフルエンザなどで受診するUrgent Careは私の保険は75ドル。ちょっとした風邪で病院にかかることはありません。なお、いわゆる一般外来は発熱患者はお断り。その分薬局で購入できる薬は日本より充実しています。Emergency Department(救急外来)は150ドルで、簡単に受診しようとする意思を抑制しています。以前私が針刺事故未遂のようなほぼかすっていない程度で救急外来を受診した時、採血と問診で3,000ドル(約45万円)の請求書が来てたまげました。幸い職員なので医療費はかからず、問題ありませんでしたが…。1泊入院すると1万ドル前後かかってしまうとはいえ、基本的に保険から下りると思いますが、どのくらいカバーされるかはまちまちです。裏を返せば、この莫大な医療費によって医療従事者の給料が保証されていることにもなります。これらの折衷案として、日本では何ができるか、次回は私なりの提案をしたいと思います。

4.

緩和ケアにおける低ナトリウム血症【非専門医のための緩和ケアTips】第71回

第71回 緩和ケアにおける低ナトリウム血症電解質異常には、いろいろな種類がありますが、遭遇する機会が最も多いものが「低ナトリウム血症」でしょう。頻度は高くとも、程度によっては意識障害や痙攣といった重篤な症状を引き起こします。緩和ケアでは、低ナトリウム血症とどのように向き合えば良いのでしょうか?今回の質問訪問診療で診ている終末期がん患者さん、低ナトリウムにどの程度介入すべきかを悩んでいます。低ナトリウム血症の原因は、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)だと考えています。水分制限も考えるのですが、口渇が苦痛のようで、厳密に取り組むのは難しそうです。がん患者の低ナトリウム血症の原因として、しばしば見かけるのがこのSIADHですね。抗利尿ホルモンが不適切に分泌されることで水分の再吸収が過剰となり、低ナトリウムに至ります。この病態は、さまざまな原因で生じることが知られており、痛みや吐き気といった、がん患者でよく経験する症状でも悪化します。SIADHの治療は、原因除去と併行して、低ナトリウムの程度によっては水分制限を行います。回復可能な病態の高齢者に生じたSIADHに関しては、これらに取り組むことで改善することが通常です。ただし、緩和ケア領域で悩ましいのはここからです。改善可能な原疾患がないことが多いため、厳しい闘いを強いられます。水分制限も、今回のように口渇がある場合には、どこまで厳密に行うかは悩ましいところです。ここで考えるべきは予想される予後とのバランスでしょう。予想される予後が月単位を切っている状況であれば、すでにコントロール困難な低ナトリウム血症に対して、厳密な介入はデメリットのほうが大きい、と判断する専門家が大半でしょう。もちろん、この辺りは関係者で擦り合わせながら取り組むべき領域です。患者は口渇感を和らげるために飲水を望みますが、実はここでは口腔ケアも有効です。スポンジブラシなどで口の中を湿らしながらケアすることで、口渇感が和らぐことが知られており、検討するのも良いかもしれません。口腔ケアは病態改善だけでなく、症状緩和の観点からも重要なので、積極的に看護師と相談したい分野です。近年、予後が比較的保たれる状況での低ナトリウム血症に対する介入に、新たな選択肢が増えました。心不全患者に使用されていたトルバプタンが、2020年にSIADHへ適応拡大されたのです。予後の問題から私は処方経験があまりありませんが、状況によっては選択肢になるでしょう。ただし、採血でナトリウムを頻回に確認する必要があり、在宅医療における有効性は難しいところがあります。今日のTips今日のTipsがん患者の低ナトリウム血症、SIADHに注意しよう。

5.

高齢になると糖尿病有病率が高くなる理由/順天堂大学

 加齢に伴うインスリン感受性と分泌の低下により、高齢者では糖尿病の有病率が高いことが知られている。一方で、インスリン感受性と分泌の両方が65歳以降も低下し続けるかどうかは、まだ解明されていなかった。この疑問について、順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学の内藤 仁嗣氏らの研究グループは、65歳以降の糖代謝に対する加齢の影響を調査し、その決定因子を明らかにする研究を行った。その結果、高齢者では加齢に伴い、インスリン抵抗性が増加、膵β細胞機能が低下していることが明らかになった。Journal of the Endocrine Society誌オンライン版2023年12月20日号に掲載。内臓脂肪の蓄積などが関連する高齢者の糖尿病発症 本研究では、文京区在住高齢者のコホート研究“Bunkyo Health Study”に参加した65~84歳の糖尿病既往がなく、糖尿病の診断に用いられる検査である75g経口糖負荷検査(OGTT)のデータが揃っている1,438例を対象とした。 対象者全員に二重エネルギーX線吸収測定法(DEXA)による体組成検査、MRIによる内臓・皮下脂肪面積の測定、採血・採尿検査、75gOGTT、生活習慣に関連する各種アンケートを行い、5歳ごとに4群(65~69歳、70~74歳、75~79歳、80~84歳)に分け、各種パラメータを比較した。 主な結果は以下のとおり。・平均年齢は73.0±5.4歳、BMIは22.7±3.0kg/m2だった。・新たに糖尿病と診断された人の有病率は年齢とともに増加した。・食後初期のインスリン分泌を示す指標であるInsulinogenic indexや、血糖値に対するインスリン分泌指標である75gOGTT中のインスリン曲線下面積/血糖曲線下面積(AUC)は、各年齢群間で同等だった。・インスリン感受性の指標(Matsuda index)、膵β細胞機能の指標(Disposition index)は加齢とともに有意に低くなった。・加齢に伴う脂肪蓄積、とくに内臓脂肪面積(VFA)の増加、遊離脂肪酸(FFA)濃度の上昇が観察された。・重回帰解析により、Matsuda indexおよびDisposition indexとVFAおよびFFAとの強い相関が明らかになった。 研究グループでは、この結果から「高齢者において耐糖能が加齢とともに低下するのは、加齢によるインスリン抵抗性の増加および膵β細胞の機能低下によるもので、それらは内臓脂肪蓄積やFFA値上昇と関連する」としている。

6.

緩和ケアでもよく経験する高カルシウム血症【非専門医のための緩和ケアTips】第70回

第70回 緩和ケアでもよく経験する高カルシウム血症緩和ケアでは、急性期ほど頻繁に検査は行いませんが、そうした中でも検査がカギとなる疾患もあります。そのうちの1つが高カルシウム血症です。どのようなときに、この疾患を疑うべきなのでしょうか?今日の質問訪問診療で担当する終末期の肺がん患者さん。1週間ほどでどんどん意識状態が悪化し、経過が速いことを心配して採血をしたところ、カルシウム値がかなり上昇していました。基幹病院に搬送したところ、回復して食事摂取も可能となりました。こうしたことは、よくあるのでしょうか?今回のご質問は、がん患者の高カルシウム血症についてです。私もこうした状況はよく経験します。文献にもよりますが、がん患者の10〜20%に高カルシウム血症が生じるという報告もあります。高カルシウム血症を疑う症状としては、倦怠感や口渇、多飲、便秘などがあります。可逆性も期待できる病態ですが、重症になるとせん妄や意識障害を引き起こすことがあります。がん患者に生じやすい電解質異常だと知ったうえで、これらの症状に注意して診療することが重要です。臨床的に問題になるのは、進行したがん患者には、そもそもの病状進行やオピオイドの使用などによって傾眠をはじめ、さまざまな症状が生じることです。こうした要素がある分、高カルシウム血症を疑うタイミングが遅れてしまうことがよくあります。今回の質問者はファインプレーをした、という見方もできるでしょう。がん患者の高カルシウム血症の治療は、ビスホスホネートの投与と脱水の補正が中心となります。私が研修医の頃は、まだビスホスホネートがなかったので、大量に輸液をしていました。最近は脱水の補正ができれば十分、という推奨が増えています。ここまで、がん患者における高カルシウム血症を中心にお話ししましたが、非がん患者でもこの病態が問題になることがあります。さて、ここからは私の失敗談です。患者は80歳代の女性。頸部骨折の手術後にリハビリ入院をした際に、私の担当となりました。入院からしばらくして、それまで元気だったのに、突然意識障害が進行しました。採血するとカルシウム値が非常に高くなっています。原因は、手術前から継続していたビタミンDでした。入院後に軟便で脱水になったタイミングがありましたが、その際も内服を継続しました。脱水傾向が出ているにもかかわらず内服を継続したことでカルシウム値が上昇し、さらに脱水が悪化する、という悪循環が生じていたのです。身体状況の変化で調整が必要になった薬剤に気付かず、高カルシウム血症を生じさせてしまった……。この苦い経験を通じて、緩和ケアに限らず、高齢者の診療では高カルシウム血症の可能性を忘れないようにしよう、と誓いました。今回は私の失敗談も含めてお話ししました。皆さまの参考になれば幸いです。今日のTips今日のTipsがん患者、とくに高齢患者では、高カルシウム血症を常に疑う。

7.

腎機能を考慮して帯状疱疹治療のリスク最小化を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第56回

 帯状疱疹治療はアメナメビルの登場により大きく変わりました。しかし、すべての患者さんがアメナメビル1択でよいわけではありません。既存の治療薬であっても腎機能を適切に評価することで安全に治療を行うことができます。ただし、過剰投与によるアシクロビル脳症や急性腎障害は重篤な副作用であることから、薬剤師のチェックが非常に重要です。患者情報75歳、女性(施設入居)体重40kg基礎疾患高血圧症、大動脈弁狭窄症、慢性心不全帯状疱疹ワクチン接種歴なし主訴腰部の疼痛と掻痒感直近の採血結果血清クレアチニン 0.75mg/dL処方内容1.バラシクロビル錠500mg 6錠 分3 毎食後 7日分2.ロキソプロフェン錠60mg 疼痛時 1回1錠 5回分3.アゾセミド錠30mg 1錠 分1 朝食後4.スピロノラクトン錠25mg 1錠 分1 朝食後5.カルベジロール錠10mg 1錠 分1 朝食後6.ダパグリフロジン錠10mg 1錠 分1 朝食後本症例のポイントこの患者さんは慢性心不全を基礎疾患として、循環器系疾患の併用薬が複数あります。今回、帯状疱疹と診断され、バラシクロビルとロキソプロフェンが追加となりました。しかし、この患者さんは低体重であり、かつ腎機能が低下(CG式よりCcrを算出したところ推算CCr40.9mL/min)していることから、腎排泄型薬剤の投与量の補正が必要と考えました。表1 バラシクロビル添付文書画像を拡大する現在のバラシクロビルの処方量では、代謝産物の9-carboxymethoxymethylguanine(CMMG)の蓄積による精神神経系(アシクロビル脳症)の副作用の発症リスクが高くなる可能性があります1)。利尿薬を併用していることから、腎機能増悪の懸念もありました。さらに、疼痛コントロールで処方されているロキソプロフェンも腎機能の増悪につながるので、できる限り腎機能への負担を軽減した治療薬へ変更する必要があると考え、処方提案することにしました。処方提案と経過医師に電話で疑義照会を行いました。腎機能に合わせたバラシクロビルの推奨投与量は1,000mg/回を12時間ごとの投与であり、現在の処方量(1,000mg/回を毎食後)では排泄遅延によるアシクロビル脳症や腎機能障害が懸念されることを説明しました。また、ロキソプロフェンは腎機能に影響が少ないアセトアミノフェンへの変更についても提案しました。医師より、肝代謝のアメナメビル200mg 2錠 夕食後に変更するのはどうかと聞かれました。治療薬価(表2)に差があるため、今度は費用対効果の問題が生じることを伝えたところ、バラシクロビル1,000mg/回を12時間ごとに変更するという指示がありました。また、ロキソプロフェンはアセトアミノフェン300mgを疼痛時に2錠服用するように変更すると返答がありました。その後、発症4日目に電話でフォローアップしたところ、腰部の疼痛および掻痒感は改善していて、その後も意識障害や精神症状の出現はなく経過しています。表2 治療薬価(著者作成、2023年12月時点)画像を拡大する1)筒井美緒ほか. 2006. 富山大学医学会誌;17:33-36.

8.

増加する化学療法患者-機転の利いた専攻医の検査オーダー【見落とさない!がんの心毒性】第26回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別70代・女性(BMI:26.2)既往歴高血圧症、2型糖尿病(HbA1c:8.0%)、脂質異常症服用歴アジルサルタン、メトホルミン塩酸塩、ロスバスタチンカルシウム臨床経過進行食道がん(cT3r,N2,M0:StageIIIA)にて術前補助化学療法を1コース受けた。化学療法のレジメンはドセタキセル・シスプラチン・5-fluorouracil(DCF)である。なお、初診時のDダイマーは2.6μg/mLで、下肢静脈エコー検査と胸腹部骨盤部の造影CTでは静脈血栓症は認めていない。CTにて(誤嚥性)肺炎や食道がんの穿孔による縦隔炎の所見はなかった。2コース目のDCF療法の開始予定日の朝に37.8℃の微熱を認めた。以下が上部消化管内視鏡画像である。胸部進行食道がんを認める。画像を拡大する以下が当日朝の採血結果である(表)。(表)画像を拡大する【問題】この患者への抗がん剤投与の是非に関し、専攻医がオーダーしていたために病態を把握できた項目が存在した。それは何か?a.プロカルシトニンb.SARS-CoV-2のPCR検査c.Dダイマーd.βD-グルカンe.NT-proBNP筆者コメント本邦のガイドラインには1)、「がん薬物療法は、静脈血栓塞栓症の発症再発リスクを高めると考えられ、Wellsスコアなどの検査前臨床的確率の評価システムを起点とするVTE診断のアルゴリズムに除外診断としてDダイマーが組み込まれているものの、がん薬物療法に伴う凝固線溶系に関連するバイオマーカーに特化したものではない。がん薬物療法に伴う静脈血栓症の診療において、凝固線溶系バイオマーカーの有用性に関してはいくつかの報告があるものの、十分なエビデンスの集積はなく今後の検討課題である」と記されている。一方で、「がん患者は、初診時と入院もしくは化学療法開始・変更のたびにリスク因子、バイオマーカー(Dダイマーなど)などでVTEの評価を推奨する」というASCO Clinical Practice Giudeline Updateの推奨も存在する2)。静脈血栓症の症状として「発熱」は報告されており3)、欧米のデータでは、実際に肺塞栓症(PE)発症患者の14~68%で発熱を認め、発熱を伴う深部静脈血栓症(DVT)患者の30日死亡率は、発熱を伴わない患者の2倍になることも報告されている4)。このほか、可溶性フィブリンモノマー複合体定量検査値は、食道がん周術期においても中央値は正常値内を推移することが報告されており、その異常高値はmassiveな血栓症の指標になる可能性もある5)。がん関連血栓症の成因として、(1)患者関連因子、(2)がん関連因子、(3)治療関連因子が2022年のESC Guidelines on cardio-oncologyに記載された6)。今後一層のがん患者の生存率向上とともに、本症例のようなケースが増加すると思われる。1)日本臨床腫瘍学会・日本腫瘍循環器学会編. Onco-cardiologyガイドライン. 南江堂;2023. p.56-58.2)Key NS, et al. J Clin Oncol. 2023;41:3063-30713)Endo M, et al. Int J Surg Case Rep. 2022;92:106836. 4)Barba R, et al. J Thromb Thrombolysis. 2011;32:288–292.5)Tanaka Y, et al. Anticancer Res. 2019;39:2615-2625.6)Lyon AR, et al. Eur Heart J. 2022;43:4229-4361.講師紹介

9.

英語で「指先で血糖を測る」は?【1分★医療英語】第104回

第104回 英語で「指先で血糖を測る」は?《例文1》We will check your fingerstick glucose before meals.(食前に血糖を測りますね)《例文2》What was his fingerstick?(彼の簡易血糖測定はいくつでしたか?)《解説》入院中の患者さんには、指先で簡易血糖測定をすることがありますが、英語では指先での血糖測定のことを“fingerstick glucose”といいます。“finger”(指)と“stick”(刺す)という単語を組み合わせた単語で、文字通り「指先を刺して血液検査をする」ことを表します。成人では、指先採血で検査を行うのはほぼ簡易血糖のみであるため、臨床現場では“fingerstick”という単語のみで血糖測定を表し、“What was his fingerstick?”(彼の簡易血糖測定はいくつでしたか?)というように使います。食前は“before meals”、食後は“after meals”と表現することも併せて覚えておきましょう。講師紹介

10.

小容量の採血管への切り替えでICU患者の輸血回数が減少

 集中治療室(ICU)に入室中の患者では、状態把握のために毎日、複数回の血液検査が行われる。この際、多くの病院で採血に用いられている標準的なサイズの採血管を小容量のものに変更することで患者に対する輸血の必要性が減り、赤血球製剤の大幅な節約につながり得ることが、大規模臨床試験で示された。オタワ病院(カナダ)のDeborah Siegal氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of the American Medical Association(JAMA)」に10月12日掲載された。 Siegal氏は、「採血管1本当たりの採血量は比較的少ないが、ICU入室患者は通常、毎日、複数回の採血を必要とする。これにより大量の血液が失われ、貧血や赤血球数の減少がもたらされる可能性がある。しかし、ICU入室患者には、このような失血に対処できるような造血機能がないため、たいていの場合、赤血球製剤の輸血が必要になる」と説明する。 ほとんどの病院で用いられている標準的な採血管の場合、1本当たり4〜6mLの血液が自動的に採取される。しかし、通常の臨床検査で必要とされる血液量は0.5mL以下である。つまり、標準的な採血管を使っての採血では、採取した血液の90%以上が無駄になるということだ。これに対して、小容量(1.8〜3.5mL)の採血管は内部の真空度が低いため、自動的に採取される血液の量が標準的な採血管の半分程度になる。 この試験では、カナダの25カ所のICUを対象に、標準的な採血管から小容量の採血管に切り替えることで、血液検査に影響を与えることなく患者への輸血頻度を減らせるのかが評価された。試験は、コンピューターが生成したランダム化スケジュールに則り、クラスター(ICU)単位で介入時期をランダム化するStepped-wedgeクラスターランダム化比較試験のデザインで実施された。対象は、ICU入室が48時間未満の患者を除外した2万7,411人で、主要評価項目は、患者ごとのICU入室当たりの赤血球製剤輸血の単位(1回の献血で作成される製剤が1単位)であった。 その結果、赤血球製剤輸血の単位の最小二乗平均は、小容量の採血管への切り替え前で0.80(95%信頼区間0.61〜1.06)、切り替え後で0.71(同0.53〜0.93)であり、相対リスクは0.88(95%信頼区間0.77〜1.00、P=0.04)と切り替え前後で有意な差が認められた。切り替え前後でのICU入室患者100人当たりでの赤血球製剤輸血の単位の絶対差は9.84(95%信頼区間0.24〜20.76)単位であった。切り替え前後で、採血量が不十分で検査に支障が生じた例はまれだった(0.03%以下)。 こうした結果を受けてSiegal氏は、「この研究により、標準的な採血管から小容量の採血管に切り替えるだけで、血液検査に支障を来すことなく、ICU入室患者に対する赤血球製剤の輸血頻度を減らすことができる可能性のあることが明らかになった」と結論付けている。その上で、「誰もが、医療をより持続可能なものにし、赤血球製剤の供給を維持するための方法を模索している今の時代において、この研究は、悪影響を及ぼすこともコストを増加させることもなく簡単に実施できる解決策を提供するものだ」と述べている。

11.

多がん早期検出血液検査は、がんスクリーニングで実行可能か/Lancet

 多がん早期検出(multicancer early detection:MCED)血液検査は、腫瘍から循環血中に排出された遊離DNA(cell-free DNA:cfDNA)のがん特異的DNAメチル化パターンを検出し、がんシグナルが確認された場合はその起源(cancer signal origin:CSO)を予測することから、1回の採血で50以上のがん種の検出が可能とされる。米国・スローン・ケタリング記念がんセンターのDeb Schrag氏らは、「PATHFINDER研究」にてMCED血液検査を用いたがんスクリーニングは実行可能であることを確認し、今後、臨床的有用性を検証する研究を進める必要があることを示した。研究の成果は、Lancet誌2023年10月7日号で報告された。米国の前向きコホート研究 PATHFINDER研究は、がんスクリーニングにおけるMCED検査の実行可能性(feasibility)を調査する前向きコホート研究であり、米国の7つの医療ネットワークに属する腫瘍科およびプライマリケア外来施設が参加した(米国・GRAILの助成を受けた)。 対象は、年齢50歳以上、がんの徴候や症状がなく、MCED検査と1年間の電子健康記録の追跡調査に同意した集団であった。 参加者の血液を採取してcfDNAの解析を行い、結果を参加施設の医師に伝えた。がんを示唆するメチル化シグネチャーを検出した場合は、予測されるCSOを知らせた。 主要アウトカムは、MCED検査で陽性となった後、がんの有無を確定するのに要した時間と、確定診断までに行った検査の範囲であった。検査から確定診断までの期間は79日 2019年12月12日~2020年12月4日に6,621人を登録した。年齢中央値63.0歳(四分位範囲[IQR]:56.0~70.0)、女性63.5%、白人91.7%で、がん既往参加者は24.5%であった。 がんシグナルは6,621人のうち92人(1.4%)の参加者で検出した。このうち、がんと診断された真陽性は35人(38%)で、残りの57人(62%)はがんと診断されず偽陽性であった。 MCED検査の結果が出る前に診断のための評価が開始された2人を除くと、診断が確定するまでの期間中央値は79日(IQR:37~219)であった。偽陽性者の診断までの期間中央値は162日(44~248)である一方、真陽性者では57日(33~143)と短かった。 がんシグナルを検出した90人(上記の2人を除く)の多くが、診断が確定するまでに臨床検査(真陽性者79%[26/33人]、偽陽性者88%[50/57人])と画像検査(真陽性者91%[30/33人]、偽陽性者93%[53/57人])を受けていた。 また、処置(非外科的または外科的)を受けた参加者の割合は、真陽性者(82%[27/33人])に比べ偽陽性者(30%[17/57人])で低く、外科的処置を受けた参加者はほとんどいなかった(真陽性者3人、偽陽性者1人)。 著者は、「これらの知見は、がんスクリーニング戦略としてのMCED検査の安全性、有用性、臨床的有効性を調査するための大規模研究の基礎を築くものである」としている。

12.

効率よく紹介状を作成するには?(最終回)【紹介状の傾向と対策】第8回

<あるある傾向>きちんとした紹介状を書く時間がない<対策>日頃の診療録がそのまま紹介状になるようにしておく多忙な臨床業務の中で紹介状(診療情報提供書)の作成は負担の大きな業務の1つです。しかし、紹介状の不備は、依頼先(紹介先)の医師やスタッフに迷惑をかけるだけではなく、患者さんの不利益やトラブルにつながりかねません。このため、できる限り依頼先が困らない紹介状の作成を心がけたいものです。【紹介状全般に共通する留意点】(1)相手の読みやすさが基本(2)冒頭に紹介する目的を明示する(3)プロブレムと既往歴は漏れなく記載(4)入院経過は過不足なく、かつ簡潔に記載(5)診断根拠・診断経緯は適宜詳述(6)処方薬は継続の要否、中止の可否を明記(7)検査データ、画像データもきちんと引き継ぐ本連載では「より良い患者紹介とは」をテーマに紹介状作成について連載をしてきました。勤務医、開業医を問わず紹介状にまつわる不満やトラブルは多々あり、紹介状を作成するにあたり、注意しているポイントを書いてきました。しかし、多忙極める医療現場で、理想的な紹介状を作成することはとても大変です。とくにDPC制度を導入している医療機関は、患者一人あたりの入院期間がどんどん短縮され、患者の回転が速くなり、現場医師が1年間に対応する入退院の処理業務は確実に増えていると予測されます。筆者自身も日常診療業務の中で書類作成にさく時間の割合は大きく、書類作成に常日頃ストレスを感じています。書類作成の中でも「診療情報提供書」と「退院時サマリー」の作成はとても負担が大きいです。文章を書くこと自体がとても大変な作業ですが、重要事項の記載忘れがないか、確認し忘れていた検査結果がないかなど、患者の退院前の準備にはとても神経を使います。また、紹介先に添付する診断画像をCD-ROMにする依頼、心電図、採血結果、各種レポートなどの出力は地味に手間がかかります。また、筆者は現在DPC病院に勤務し、受け持ち患者は20名を超えます。約2日おきの頻度で誰かが急変し、高次医療機関へ転院を余儀なくされる日々です。大きな急変の場合にはその対応に追われ、ほかの業務がストップしてしまい、病診連携室から頼まれていた転院打診用の紹介状作成も後回しにせざるを得ません。このようなとき、理想的な紹介状の作成ができるかと言えば現実的に難しいです。退院サマリーにも応用できる書き方多くの先生方が多忙な臨床業務の中でご自身の業務スタイルを確立し、業務をこなされていることと思います。決して要領が良いわけではない筆者は、どうすれば効率よく紹介状や退院サマリーの記載業務をこなしていけるのか、日々考えてきました。その中で現在たどり着いた方法は、入院日に入院サマリーをできる限り作成しSOAP記録の下に併記する方法です。そして入院後は、SOAP+入院サマリーで構成される記録を日々コピー&ペーストし、適宜、入院経過や検査結果のみを追記していきます。(表)脳出血の患者のカルテ記載の一例画像を拡大するこれにより急な転院の紹介状作成の際も、この入院サマリーを引用し編集することで、短時間で情報欠落のない紹介状を作成することが可能になりました。また転院打診用の紹介状も基本はこの入院サマリーをペーストして作成できるようになりました。そして退院サマリーも入院サマリーをコピー&ペーストすればほぼ完成です。このスタイルを取り入れて最も良かったのは、自分自身や同僚医師、またその患者に関わるスタッフが筆者のカルテを見たとき「その患者がどういう経緯で入院し、今、どのような状態にあるか」、SOAP部分を見れば瞬時に把握できることです。時折、当直中に呼ばれ、主治医の記録をみても、何の疾患で入院しどんな病歴の患者なのかわからないことが多々あり、当直の際はとても困ります。院内で患者が急変したとき、その患者を診るのが初めての医師でも瞬時にその患者の情報を把握できるカルテ記載をしておくことが、筆者はとても大切だと考えています。紹介状についても同様で、紹介を受ける医師が困らない記載を心掛けたいものです。

13.

静脈血栓塞栓症の治療に難渋した肺がんの一例(後編)【見落とさない!がんの心毒性】第24回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。前回は、深部静脈血栓塞栓症に対する治療選択、がん関連血栓塞栓症のリスクとして注目すべき患者背景について解説を行いました。今回は同じ症例でのDVT治療継続における問題点を考えてみましょう。《今回の症例》年齢・性別30代・男性既往歴なし併存症健康診断で高血圧症、脂質異常症を指摘され経過観察喫煙歴なし現病歴発熱と咳嗽が出現し、かかりつけ医で吸入薬や経口ステロイド剤が処方されたが改善せず。腹痛が出現し、総合病院を紹介され受診した。胸部~骨盤部造影CTで右下葉に結節影と縦隔リンパ節腫大、肝臓に腫瘤影を認めた。肝生検の結果、原発性肺腺がんcT1cN3M1c(肝転移) stage IVB、ALK融合遺伝子陽性と診断した。右下肢の疼痛と浮腫があり下肢静脈エコーを実施したところ両側深部静脈血栓塞栓症(deep vein thrombosis:DVT)を認めた。肺がんに伴う咳嗽以外に呼吸器症状なし、胸部造影CTでも肺塞栓症(pulmonary embolism:PE)は認めなかった。体重65kg、肝・腎機能問題なし、血圧132/84 mmHg、脈拍数82回/min。肺がんに対する一次治療としてアレクチニブの投与を開始した。画像所見を図1に、採血データを表1に示す。(図1)中枢性DVT診断時の画像所見画像を拡大する(表1)診断時の血液検査所見画像を拡大するアレクチニブと直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC)の内服を継続したが、6ヵ月後に心膜播種・胸膜播種の出現と肝転移・縦隔リンパ節転移の増悪を認めた。ALK阻害薬の効果持続が短期間であったことから、がん治療について、ALK阻害薬から細胞傷害性抗がん薬への変更を提案したが本人が希望しなかった。よって、ALK阻害薬をアレクチニブからロルラチニブへ変更した。深部静脈血栓症(Venous Thromboembolism:VTE)に関しては悪化を認めなかったためDOACは変更せず内服を継続した。その後、肺がんの病勢は小康状態を保っていたが、1ヵ月後に胸部レントゲン写真で左下肺野にすりガラス陰影が出現し、造影CTを実施したところ新規に左下葉肺動脈のPEを認めた(図2)。(図2)PE発症時の画像所見画像を拡大する【問題】DOAC内服中にVTEが増悪した場合、どのような対応を行うか?1)Farge D, et al. Lancet Oncol. 2022;23:e334-e347.講師紹介

14.

Long COVIDは頭痛の有無でQOLが異なる

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)急性期以降にさまざまな症状が遷延している状態、いわゆる「long COVID」の病状を、頭痛に焦点を当てて詳細に検討した結果が報告された。頭痛を有する患者はオミクロン株流行以降に増加したこと、年齢が若いこと、生活の質(QOL)がより大きく低下していることなどが明らかになったという。岡山大学大学院医歯薬学総合研究科総合内科学分野の大塚文男氏の率いる診療・研究チームによるもので、「Journal of Clinical Medicine」に5月18日掲載された。 この研究は、岡山大学病院総合内科・総合診療科に設けられている、コロナ・アフターケア(CAC)外来を2021年2月12日~2022年11月30日に受診した患者から、研究参加への不同意、年齢が10歳未満、データ欠落などに該当する人を除外した482人を対象とする、後方視的観察研究として行われた。Long COVIDは、COVID-19感染から4週間以上経過しても何らかの症状が持続している状態と定義した。 解析対象の4分の1弱に当たる113人(23.4%)が受診時に頭痛を訴えていた。頭痛の有無で二分し比較すると、頭痛あり群は年齢が若いこと〔中央値37(四分位範囲22~45)対42(28~52)歳、P<0.01〕以外、性別の分布、BMI、喫煙・飲酒習慣に有意差はなかった。COVID-19急性期の重症度についても、両群ともに軽症が8割以上を占めていて、有意差はなかった。また採血検査の結果は、炎症マーカー、凝固マーカーも含めて、主要な項目に有意差が認められなかった。 その一方、COVID-19罹患の時期を比較すると、頭痛なし群はデルタ株以前の流行時に罹患した患者が53.9%と過半数を占めていたのに対して、頭痛あり群ではオミクロン株出現以降に罹患した患者が61.1%を占めていた(P<0.05)。また、頭痛なし群ではCOVID-19罹患から平均84日後にCAC外来を受診していたが、頭痛あり群では約2週間早く外来紹介されていた(P<0.01)。 頭痛以外の症状の有病率を比べると、以下に挙げるように、頭痛あり群の方が有病率の高い症状が複数認められた(以下の全てがP<0.05)。倦怠感(76.1対54.7%)、不眠症(36.2対14.9%)、めまい(16.8対5.7%)、発熱(9.7対3.8%)、胸痛(5.3対1.1%)。一方、嗅覚障害の有病率は、頭痛あり群の方が有意に低かった。 次に、さまざまな症状の主観的評価指標〔抑うつ症状(SDS)、胃食道逆流症(FSSG)、倦怠感(FAS)〕のスコアを見ると、それらのいずれも、頭痛あり群で症状が有意に強く現れていることを示しており、QOLの評価指標(EQ-5D-5L)は頭痛あり群の方が有意に低かった(P<0.01)。 続いて、EQ-5D-5Lスコア0.8点未満をQOL障害と定義して、多変量解析にて独立して関連する症状を検討。その結果、最もオッズ比(OR)の高い症状は頭痛であることが明らかになった〔OR2.75(95%信頼区間1.55~4.87)〕。頭痛のほかには、しびれ〔OR2.64(同1.33~5.24)〕、倦怠感〔OR2.57(1.23~5.34)〕、不眠症〔OR2.14(1.24~3.70)〕などがQOL低下と独立した関連があり、反対に嗅覚障害は唯一、負の有意な関連因子として抽出された〔OR0.47(0.23~1.00)〕。 著者らは本研究の限界点として、単一施設での後方視的研究であるため解釈の一般化が制限されること、頭痛の臨床像が詳しく検討されていないことなどを挙げている。その上で、「頭痛はlong COVIDの最も深刻な症状の一つであり、単独で出現することもあれば、ほかの多くの症状と併存することもある。頭痛がほかの症状の主観的評価に悪影響を及ぼす可能性もあり、long COVIDの治療に際しては頭痛への対処も優先すべきではないか」とまとめている。

15.

考えがまとまらない【Dr. 中島の 新・徒然草】(488)

四百八十八の段 考えがまとまらない暑いですね。外に出る気がしません。毎日いるのは家か車か病院のどれか。ひたすらクーラーの効いたところで過ごしています。ただ、ベランダに干した洗濯物がよく乾くのだけは助かりますね。さて、先日来院した患者さんは30代の男性。主訴は頭痛、動悸、息切れ、微熱でした。これらの症状がひどいので会社を休んでいます。で、不明熱として当院の総合診療科に紹介されてきました。すでに前医で、レントゲンや心電図に加えて、膠原病スクリーニングや腫瘍マーカーを含む採血などがやり尽くされています。診断を付けるために私ができることなんか何も残っていません。なので、改めて病歴を確認しました。1ヵ月前に39度台の発熱が2~3日続いたそうです。それでコロナの検査をしたが、陰性でした。その後、熱は下がったのですが本調子になれません。仕事は現場の監督ですが、時には深夜近くに及びます。体がついていかないので、定時上がりの内勤に変えてもらいました。それでも倦怠感が続き、ついに休むに至ったとのこと。一番つらい症状は、体を動かした時の息切れと動悸。30代なのに走ったり階段を上ったりする気にはならないそうです。いくつかの医療機関を受診し、頻脈に対してβ遮断薬を処方されました。が、薬を飲んでも一向に良くなった気がしません。いろいろな医療機関を受診した後に、当院の総合診療科にたどり着きました。患者「仕事に戻りたいという気はあるんですけど、考えがまとまらなくて」中島「内勤の仕事に慣れていないのでしょうか?」患者「いや、前にも経験があるんで、そんなに難しい仕事ではないですね」中島「なるほど」患者「家でも物を考えるのが面倒になってしまって何もできないんですよ」息切れと動悸だけなら心臓や肺の疾患、もしくは貧血なども考えられます。でも考えがまとまらないという脳の症状もあるということは……ひょっとしてコロナ後遺症かも?確かにコロナ検査は陰性でした。しかし、検査の感度は70%しかありません。つまり、およそ3分の1のコロナは検査で見逃されるわけです。だから偽陰性だったのかも。そう考えると話の辻褄が合います。中島「もしかするとコロナ後遺症かもしれませんね。少し体調が良くなったとしても、あまり無理しないほうがいいですね」患者「会社のほうも休みにくくなってきたんで、そろそろ出勤したいんですよ」中島「内勤だったら何とかなりそうですか」患者「ええ」ということで「COVID-19後遺症:今後3ヵ月間の時間外勤務・出張を控えること」という診断書を作成しました。会社のほうはいいとして、もう1つの懸念が残っています。中島「家でゴロゴロすることを奥さんが許してくれるでしょうか」そう尋ねてみました。患者「理解してくれる……はずですけど」患者さんは目に見えて動揺しています。中島「お子さんは何歳でしたか?」患者「5歳と2歳です」中島「『育児で大変なのに、旦那は何もしてくれない』と奥さんに思われたりしませんかね」いくらご主人が会社で一生懸命働いているといっても、人というのは自分の目に入った情報だけで判断しがちです。患者「先生にそう言われると、だんだん心配になってきました」中島「まあ、そこはよく話し合って頑張ってください」第9波になってコロナ症例は増え続けています。その一方で、コロナ後遺症もよく目にするようになりました。若者にも軽症者にも起こるから厄介です。コロナをただの風邪と呼べるのは、もう少し先になりそうですね。最後に1句猛暑でも 頭の中は まだコロナ

16.

動物咬傷(蛇)【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第5回

今回は蛇咬傷についてです。私は小さいころにアオダイショウの首根っこを捕まえてかまれたことがありますが、大した傷もなく、とくに何の治療もしませんでした。しかし、蛇にかまれた患者さんは傷に関して困っているのではなく、「毒蛇かもしれない」という恐怖を感じていることが多いように思います。今回は毒蛇かどうかを見分けるコツとその治療を紹介します。<症例>10歳代、男子関東の公園に遊びに行き、蛇が泳いでいるのを見つけた。追いかけて捕まえたら指をかまれた。蛇の種類がわからず、親が毒蛇の可能性を考えて救急外来を受診させた。アレルギー歴、既往歴、内服薬:特記事項なし右手の人差し指に擦過創あり(図1)図1 擦過創のような傷画像を拡大する画像を拡大するこの患者さんの対応について順を追って考えてみましょう。現在日本には60種類程度の蛇が存在していると言われています1)。データは少ないですが、蛇咬傷による入院で最も頻度が高いのがマムシ、次いでハブ、まれにヤマカガシです2)。よって、今回はマムシとハブを重点的に記載し、最後にヤマカガシに触れます。毒蛇かどうかの判断(1)蛇の種類を特定するマムシは北緯30度(鹿児島県の口之島)~46度(日本の最北端)に広く生息し、ハブは北緯24度~29度と沖縄周辺に生息しています2)。そのため、かまれた地域でマムシかハブか悩むことは少ないです。では、マムシorハブvs.そのほかの蛇を区別するにはどうしたらよいでしょうか? 蛇の模様は個体差が大きいので手っ取り早く見分けるとしたら頭の形です。毒蛇は三角形の頭をしていることが多いです。とっさのことですので難しいですが…。マムシ体に斑紋があり、頭が三角形に近い形をしている。ハブ 毒腺と毒をしぼり出す筋肉があるため、あごが張った三角形をしている。大部分のハブの背中には、黄色をベースにした黒の絣模様があるが種類によって異なる。図2 左:無毒の蛇、右:毒蛇の頭部の例最近ではスマートフォンを持っている人が多いため、写真に撮って持って来てくれるケースが多くなりました。今回の患者さんも動画を撮ってくれていました。少し画像が粗いですがアオダイショウとわかります(図3)。図3 患者さんが持ってきてくれた動画の一部(2)かみ傷を確認する動画があったので本症例は毒蛇でないことがわかるのですが、それだと話が終わってしまうので、動画や写真がなかったとしましょう。その場合、かみ傷を確認します。冒頭の図1の写真を見てもらいたいのですが、擦り傷のようなかみ傷が多数あります。マムシやハブにかまれた場合はこういった傷にはなりにくいです。というのも、マムシやハブなどの毒蛇は毒を体内に注入するための鋭い2本の歯を持っています(図4)。図4 左:マムシの歯、右:ハブの歯このためかみ傷は2つの小さな穴が空いたような傷になり、図1のような傷にはなりにくいです(図5)。よって、本症例は毒蛇にかまれた可能性は低いと考えます。図5 マムシやハブのかみ傷のイメージ報告によると、2つ穴のかみ傷が毒蛇咬傷を示唆する感度は100%、陽性的中率は89%で、図1のような擦過創の場合の毒蛇以外の咬傷を示唆する陽性的中率は100%とのことです3)。(3)腫れ具合を確認するかみ傷で毒蛇であるかどうかはだいたい判断できますが、腫れ具合がおかしいときは悩むことがあります。毒素が入った場合、通常の咬傷では考えられない急速な腫脹が広がり、水泡などが伴うことがあります(図6)。「指先をかまれて2時間ほどしたら手首も腫れてきた」というのは通常の咬傷では起き得ず、感染が生じるにしても早すぎるため違和感を持ちましょう。一説によると受傷後、3時間経っても腫脹が進展している場合は重傷化の可能性があるとされています4)。よって、かまれてすぐに受診した場合は外来で数時間フォローする必要があります。時間単位で腫脹が進展する場合は毒蛇にかまれた可能性を考えましょう。本症例は、診察などを合わせて受傷から2時間ほど経過をみましたがわずかな腫脹のみでした。やはり毒蛇にかまれた可能性は低いでしょう。図6 マムシのかみ傷(聖隷横浜病院 入江康仁先生のご厚意で画像をご提供いただきました)以上が毒蛇かどうかを見分けるコツでした。では、診療所でできる毒蛇と毒蛇以外の咬傷の治療方針の決定についてです。蛇咬傷の治療(1)毒蛇以外の場合基本的に、犬や猫による動物咬傷と治療は変わりません3)。まず洗浄してガーゼで保護します。そして、抗菌薬の予防投与や破傷風の予防接種を検討します。本症例は擦過創程度であり、洗浄後にガーゼで保護して帰宅としました。(2)毒蛇の場合毒蛇にかまれ、腫脹が存在する場合は基本的に入院の適応があります。というのも、蛇の毒素は急速に進行し、筋肉の破壊による横紋筋融解、コンパートメント症候群、毒素による血液凝固障害などさまざまな症状が出現し、ショックや急性腎不全など命が脅かされることがあります5)。なので、毒蛇にかまれて症状があると判断した場合は早急に高次医療機関に紹介しましょう。ただし、毒蛇にかまれてもほとんど症状がない患者さんがまれにいて、この場合が悩みます。私自身、「草刈り中に蛇に手をかまれ、持っていた鎌で蛇の首を切り落としたらマムシだった」という強者のおばあちゃんを診たことがあります。かみ傷は2つ穴で確かにマムシにかまれたと考えられるのですが、局所の腫脹はほとんどなく、採血も何も異常がありませんでした。蛇にかまれて毒が入ることを「Wet bite」、無毒の蛇や毒蛇にかまれても毒が入らなかったとき、つまり咬傷による傷害のみの場合を「Dry bite」と言います。毒蛇は一度毒を出すと元通りになるまで14日かかると報告があり、毒がないという毒蛇側の要因や、ほかにもさまざまな要因がかかわることで毒蛇にかまれても20%程度がDry biteになります6,7)。どのようにフォローすべきか悩ましいところですが、毒蛇にかまれてDry biteと判断された場合、12~24時間の経過観察が推奨されており、局所症状の有無にかかわらず入院し、24時間後に何も症状がないことを確認して退院することが推奨されています5,8)。結局のところDry biteは最終的に何もなければDry biteだったという診断になります。ただ、ほぼ無症状の人を入院させるハードルは高く、Dry biteと考えられる局所の軽度の炎症のみの人なら6時間の経過観察で進展がなければ帰宅でもよいという報告もありますが、議論の余地があるようです8)。私は毒蛇咬傷の経験は5例で、Dry biteは2例しか経験がなく、いずれも総合病院の救急外来で診察しました。受傷後2~3時間経っても咬傷部位に変化がなかったものの、リスクを説明して入院を勧めました。2例とも入院を希望しなかったため、腫脹の出現など異変がある場合はすぐに受診するように指導して、翌日外来でフォローしました。重症化した場合は、血清の投与、減張切開、集中治療などが必要になることがあり、もし診療所で診察する場合は可能であれば対応できる病院に紹介するのがよいと考えます。今回は蛇咬傷の治療を紹介しました。私は、蛇にかまれた人に、今後は見つけても近づかない、草むらに入るときは手袋や長ズボンで防御するよう指導しています。近年はペットショップで購入した毒蛇にかまれたなどの報告もあります11)。それらが逃げ出した可能性もあり得るので、やはりむやみに近づかないのが重要です。蛇に関する豆知識意外に危険なヤマカガシ:ヤマカガシは1〜1.5mほどの大きさで、水田、河川付近に生息しています。牙は後方に位置し、毒腺はその根元に開口しています(図6)。ヤマカガシ毒の作用は、ほぼ血液凝固促進作用のみであり、ハブやマムシ毒のように直接組織を損傷させることはないため、局所症状がなく診断は難しいです。症状は受傷後数時間して、強烈な頭痛とともに血栓を生じ、梗塞部位からの出血症状(脳出血、歯肉出血)が出現します。ただし、報告数は40年間で34件しかなく珍しい疾患です9)。図7に示すように歯が後ろにあるため、よほどしっかりとかみつかれないと毒は入りません。そのため、かまれても毒が入らないケースが多く、医療者も無毒と考えていることが多いようです。実は私も無毒だと思っていました…。外観の観察によって蛇の種類を特定しようにも、ヤマカガシは地域によって色が違い、個体差が大きいため難しいです10)。もし迷うようでしたらジャパンスネークセンターの毒蛇110番という連絡先がありますので相談することも1つの手です。図7 ヤマカガシ(毒牙は棒の先端に乗っている小さなとげ)中枢側を縛るべき?傷口から毒を吸い出す?:昔の映画で毒蛇にかまれた際に、中枢側(指先であれば前腕)を縛るシーンがよく出てきました。これは、血流に乗った毒が中枢側に行かないようにするために行われたそうですが、残念ながら有効性は証明されず現在は推奨されていません。同様に、傷口に口を付けて毒を吸い出す処置も昔は行われていましたが、これも効果がなく、口腔内は雑菌だらけで感染のリスクを上げるため現在では推奨されていません。現在のところ傷口の処置で推奨されているのは患部の安静です5)。1)鳥羽 通. 爬虫両棲類学会報. 2007;2007:182-203. 2)Yasunaga H, et al. Am J Trop Med Hyg. 2011;84:135-136.3)Savu AN, et al. Plast Reconstr Surg Glob Open. 2021;9:e3778.4)辻本登志英ほか. 日本救急医学会雑誌. 2017;2:48-54.5)Ralph R, et al. BMJ. 2022;376:e057926.6)Pucca MB, et al. Toxins(Basel). 2020;12:668.7)Young BA, et al. BioScience. 2002;52:1121-1126.8)Naik BS. Toxicon. 2017;133:63-67. 9)抗毒素製剤の高品質化、及び抗毒素製剤を用いた治療体制に資する研究 [AMED阿戸班] ヤマカガシ10)ジャパン・スネークセンター 身近な毒ヘビ11)大野 裕ほか.日本臨床救急医学会雑誌. 2022;25:735-739.

17.

静脈血栓塞栓症の治療に難渋した肺がんの一例(前編)【見落とさない!がんの心毒性】第23回

※本症例は、患者さんのプライバシーに配慮し一部改変を加えております。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別30代・男性既往歴なし併存症健康診断で高血圧症、脂質異常症を指摘され経過観察喫煙歴なし現病歴発熱と咳嗽が出現し、かかりつけ医で吸入薬や経口ステロイド剤が処方されたが改善せず。腹痛が出現し、総合病院を紹介され受診した。胸部~骨盤部造影CTで右下葉に結節影と縦隔リンパ節腫大、肝臓に腫瘤影を認めた。肝生検の結果、原発性肺腺がんcT1cN3M1c(肝転移) stage IVB、ALK融合遺伝子陽性と診断した。右下肢の疼痛と浮腫があり下肢静脈エコーを実施したところ両側深部静脈血栓塞栓症(deep vein thrombosis:DVT)を認めた。肺がんに伴う咳嗽以外に呼吸器症状なし、胸部造影CTでも肺塞栓症(pulmonary embolism:PE)は認めなかった。体重65kg、肝・腎機能問題なし、血圧132/84 mmHg、脈拍数82回/min。肺がんに対する一次治療としてアレクチニブの投与を開始した。画像所見を図1に、採血データを表1に示す。(図1)中枢性DVT診断時の画像所見画像を拡大する(表1)診断時の血液検査所見画像を拡大する【問題1】DVTに対し、どのような治療が考えられるか?【問題2】筆者が本症例でがん関連血栓塞栓症のリスクとして注目した患者背景は何か?第24回(VTEの治療継続で生じた問題点とその対応)に続く。1)Dou F, et al. Thromb Res. 2020;186:36-41.2)Al-Samkari H, et al. J Thorac Oncol. 2020;15:1497-1506.3)Wang HY, et al. ESMO Open. 2022;7:100742.4)Qian X, et al. Front Oncol. 2021;11:680191.講師紹介

18.

患者情報から治療期間を評価して、漫然投与薬の中止を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第54回

 今回は、長期服用薬の治療期間を疑問に思い、患者情報を収集し直して漫然投与となりがちな薬剤の必要性を再考した症例を紹介します。副作用などの問題がなくても、治療の適応があるのかどうかを定期的に考える機会は必要です。急性疾患で処方された薬剤がいつまで必要なのか、慢性疾患であれば処方時点と現在で治療内容が妥当であるのか否かを、薬剤師の視点で評価しましょう。患者情報85歳、女性(施設入居)基礎疾患アルツハイマー型認知症介護度要介護2服薬管理施設職員が管理処方内容1.カルバゾクロムスルホン酸ナトリウム錠30mg 3錠 分3 毎食後2.トラネキサム酸錠250mg 3錠 分3 毎食後3.五苓散エキス顆粒 3包 分3 毎食後4.クエン酸第一鉄ナトリウム錠50mg 3錠 分3 毎食後本症例のポイントこの患者さんは半年前の施設入居時から上記の処方薬を服用していました。処方監査を実施していた薬剤師が、採血結果もなく、病歴も認知症のみなのになぜ止血剤および鉄剤を飲んでいるのか不明であったため、基礎疾患や治療経過を収集する治療計画(Care plan)を立案しました。当然、出血既往があると予測はつきますし、そのための貧血治療と考えるのが妥当ですが、いつ・どこの・どの程度の出血なのか明確でないことに違和感がありました。担当薬剤師へ情報を引き継ぎ、担当薬剤師が施設訪問時に看護師と入居前に入院していた病院の看護サマリーと診療情報提供書を確認しました。すると、繰り返す転倒から慢性硬膜下血腫が生じ、1年前に穿頭血腫ドレナージ術を施行していたことがわかりました。術後の再出血予防および血腫サイズの縮小などを目的に現行の治療薬が処方され、クエン酸第一鉄もそのときの採血結果をもとに追加されていました。そこで現在の主治医が外科医であることから現行薬の必要性を相談することにしました。医師への相談と経過主治医に電話で、長期的に現行薬を服用していて服薬アドヒアランスは維持されていることを伝えたうえで、病歴の聴取、今後の脳外科受診などの予定について確認しました。また、今後の治療方針も確認しました。主治医は病歴を把握していたものの、現行薬を今後どうするかについては保留中だったそうで、前回の術後頭部CT画像の確認から現行薬の必要性はないだろうという返答がありました。また、貧血治療も採血予定(Hb、フェリチン、TIBC、MCVなど)を組んだので、そこで鉄剤の中止を検討するとのことでした。最後に医師より、長期服用薬の評価は緊急性がなければ後回しになってしまうことが多いので、こういうアシストはとても助かるとお礼がありました。患者さんは現在も施設で転倒もなく、出血イベントも起きずに生活しています。鉄剤もその後の採血結果で異常所見はなく、治療は終了となりました。薬が終了したことで本人の服薬負担も看護師の与薬負担も減らすことができました。このように、病歴確認と見直しを行い、漫然投与となりがちな薬剤について今一度治療の適応があるのかどうか考える機会は必要です。治療継続の必要可否について確認する薬剤師のアプローチも多剤併用を予防するポジティブアクションに繋がると実感しました。

19.

7項目でメタボ発症を予測~日本人向けリスクスコア

 向こう5年間でのメタボリックシンドローム(MetS)発症リスクを、年齢や性別、BMIなど、わずか7項目で予測できるリスクスコアが開発された。鹿児島大学大学院医歯学総合研究科心臓血管・高血圧内科のSalim Anwar氏、窪薗琢郎氏らの研究によるもので、論文が「PLOS ONE」に4月7日掲載された。 MetSの有病率は、人種/民族、および、その国で用いられているMetSの定義によって異なる。世界的には成人の20~25%との報告があり、日本では年齢調整有病率が19.3%と報告されている。これまでにMetSの発症を予測するためのいくつかのモデルが提案されてきているが、いずれも対象が日本人でない、開発に用いたサンプル数が少ない、検査値だけを検討していて生活習慣関連因子が考慮されていないなどの限界点がある。著者らはこれらの点を考慮し、日本人の大規模なサンプルのデータに基づく予測モデルの開発を試みた。 研究には、2008年10月~2019年3月に鹿児島厚生連病院で年次健康診断を受けた19万8,292人のうち、ベースラインとその5年後(範囲3~7)にも健診を受けていた30~69歳の成人5万4,198人(平均年齢54.5±10.1歳、男性46%)のデータを用いた。全体を無作為に2対1の割合で二分し、3万6,125人のデータをMetS発症予測モデルの開発に用い、1万8,073人のデータはそのモデルの精度検証に用いた。観察期間中のMetS発症率は、開発コホートが6.4%、検証コホートが6.7%だった。 健診項目の中から、多変量解析にてMetS発症リスクに有意な関連の認められた11項目を抽出し、そのβ係数を基に各評価項目をスコア化するという手法により、合計27点のリスクスコアが完成した。評価項目とスコアは、例えば年齢は30代は0点、40~60代は2点、性別は女性0点、男性3点、喫煙2点、習慣的飲酒1点などであり、その他、BMI、収縮期/拡張期血圧、中性脂肪、HDL-コレステロール、LDL-コレステロール、空腹時血糖値が含まれている。 このリスクスコアの開発コホートにおける向こう5年間でのMetS発症予測能は、スコア13点をカットオフ値とした場合、感度87%、特異度74%、スコア14点では感度、特異度ともに81%であり、ROC曲線下面積(AUC)は0.81だった。検証コホートでは、スコア13点で感度89%、特異度74%、スコア14では感度、特異度ともに81%であり、AUCは同じく0.81だった。 次に、臨床現場でより簡便に使用できるように、採血を要さない項目のみに絞り込んだ簡易版を検討。以下のように7項目からなる合計17点のリスクスコアを開発した。その評価項目とスコアは、年齢は40~60代2点、男性3点、BMIは21~22.9が4点、23以上は5点、収縮期血圧は120mmHg以上で2点、拡張期血圧は80mmHg以上で2点、喫煙で2点、習慣的飲酒で1点というもの。 この簡易版リスクスコアの開発コホートにおける向こう5年間でのMetS発症予測能は、スコア15点をカットオフ値とした場合、感度83%、特異度77%、AUC0.78、検証コホートでは、スコア15点で感度82%、特異度77%、AUCは同じく0.78だった。 このほかに、各評価項目の検査値に係数を掛けて加算するという方程式モデルも開発。そのAUCは開発コホート、検証コホートともに0.85だった。 著者らは、「日本人の健診データから開発された3種類のMetS発症予測モデルは、いずれも予測能が高く、特に簡易版は利便性に優れ、大規模な集団からMetSリスクの高い対象者を簡便に抽出する際に有用。これらを臨床の現場に応じて使い分けてほしい」と語っている。

20.

富士登山で高山病になる人とならない人の違い

 富士登山で高山病になった人とならなかった人の血圧、心拍数、乳酸、動脈血酸素飽和度、心係数などを比較した、大阪大学医学部救急医学科の蛯原健氏らの研究結果が、「Journal of Physiological Anthropology」に4月13日掲載された。測定した項目の中で有意差が認められたのは、心係数のみだったという。 毎年20万人前後が富士登山に訪れ、その約3割が高山病を発症すると報告されている。高山病は一般に標高2,500mを超える辺りから発症し、主な症状は吐き気や頭痛、疲労など。多くの場合、高地での最初の睡眠の後に悪化するものの、1~2日の滞在または下山により改善するが、まれに脳浮腫や肺水腫などが起きて致命的となる。 高山病のリスク因子として、これまでの研究では到達高度と登山のスピードの速さが指摘されている一方、年齢や性別については関連を否定するデータが報告されている。また、心拍数や呼吸数の変化、心拍出量(1分間に心臓が全身に送り出す血液量)も、高山病のリスクと関連があると考えられている。ただし、富士登山におけるそれらの関連は明らかでない。蛯原氏らは、高地で心拍出量が増加しない場合に低酸素症(組織の酸素濃度が低下した状態)となり、高山病のリスクが生じるというメカニズムを想定し、以下のパイロット研究を行った。 研究参加者は、年に1~2回程度、2,000m級の山を登山している11人の健康なボランティア。全員、呼吸器疾患や心疾患の既往がなく、服用中の薬剤のない非喫煙者であり、BMI25未満の非肥満者。早朝に静岡県富士宮市(標高120m)から車で登山口(同2,380m)に移動し登山を開始。山頂の研究施設(旧・富士山測候所)に一泊後に下山した。この間、ポータブルタイプの測定器により、心拍数、血圧、動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定し、ベースライン時(120m地点)と山頂での就寝前・起床後に、心係数(心拍出量を体表面積で除した値)、1回拍出量を測定。またベースライン時と山頂での就寝前に採血を行い、乳酸値、pHなどを測定した。 高山病の発症は、レイクルイーズスコア(LLS)という指標で評価した。これは、頭痛、胃腸症状、疲労・脱力、めまい・ふらつきという4種類の症状を合計12点でスコア化するもので、今回の研究では山頂での起床時に頭痛があってスコア3点以上の場合を高山病ありと定義した。 11人中4人が高山病の判定基準を満たした。高山病発症群と非発症群のベースライン時のパラメーターを比較すると、高山病発症群の方が高齢であることを除いて(中央値42対26歳、P=0.018)、有意差のある項目はなかった。登山中に両群ともSpO2が約75%まで低下したが、その群間差は非有意だった。また、登山中や山頂で測定された心拍数、1回拍出量、乳酸値などのいずれも有意な群間差がなかった。唯一、心係数のみが以下のように有意差を認めた。 高山病発症群の山頂での就寝前の心係数(L/分/m2)は中央値4.9、非発症群は同3.8であり、発症群の方が有意に高かった(P=0.04)。つまり、研究前の仮説とは反対の結果だった。心係数のベースライン値からの変動幅を見ると、睡眠前は高山病発症群がΔ1.6、非発症群がΔ0.2、起床後は同順にΔ0.7、Δ-0.2であり、いずれも発症群の変動幅の方が大きかった(いずれもP<0.01)。 このほかに、LLSで評価した症状スコアは、高山病非発症群の7人中4人は睡眠により低下したのに対して、発症群の4人は全員低下が見られないという違いも示された。 以上より著者らは、「山頂到着時の心係数が高いこと、およびベースライン時からの心係数の上昇幅が大きいことが、富士登山時の高山病発症に関連していた。心拍出量の高さが高山病のリスク因子である可能性がある」と結論付けている。ただし、高山病発症群は非発症群より高齢であったことを含め、パイロット研究としての限界点があることから、「高山病発症のメカニズムの解明にはさらなる研究が必要」としている。

検索結果 合計:200件 表示位置:1 - 20