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ザリガニから重篤な皮膚感染症の原因菌:日本でブルーリ潰瘍が増加

 熱帯および亜熱帯地域ではよくみられるブルーリ潰瘍の発症例が、近年、日本で増加しているという。ブルーリ潰瘍(アフリカ・ウガンダのブルーリ地方で多く報告されたことで命名)は、細菌の一種である抗酸菌のMycobacterium(M.) ulceransを原因とする重篤な皮膚感染症であるが、これまで環境中からの病原菌の検出には至っていなかった。福島県立医科大学医学部皮膚科学講座の大塚 幹夫氏らは、まれな症例であった家族3人の同時発生例について調査した結果、居宅の裏庭にある流れが停滞した水路で捕獲したザリガニから同病原菌が有するのと同一の遺伝子を検出したという。JAMA Dermatology誌オンライン版2013年11月6日号の掲載報告。 これまで報告されてきた症例はすべて散発的な発生で、現在まで環境中の物質からの病原菌検出には至っていなかった。 大塚氏らは、2010年の冬に3人の家族が同時にブルーリ潰瘍を発症するという、これまでになかった症例について詳細に検討を行った。 主な結果は以下のとおり。・家族3人は、顔や四肢に巨大瘢痕がみられた。・それら病変部の皮膚生検からは、真皮および皮下脂肪に至る深く広範囲にわたって壊死が認められた。・各生検からは、チール・ニールセン染色により抗酸菌が検出され、cultured microorganisms法を用いた細菌学的分析の結果、それがM. ulcerans subsp. shinshuenseであることが明らかになった。・患者は、抗菌薬投与と外科的創面切除による治療が行われた。・調査により、遺伝子の転移可能要素である挿入配列(Insertion sequence:IS)2404が、居宅の裏にある、流れが停滞した水路で捕獲したザリガニから検出された。・以上を踏まえて著者は、「ザリガニからIS2404が検出されたことは、この疾患の病原菌は、ほかの流行地域のように日本でも水生環境中に常在することを示唆するものである」と述べ、「この重篤な感染症を予防するために、さらなる調査によって、伝播経路を明らかにする必要がある」とまとめている。

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Dr.倉原の 喘息治療の不思議:テオフィリンとコーヒーの関係って?

はじめにテオフィリンは、1888年にドイツ人の生物学者であるアルブレヒト・コッセルが茶葉から気管支拡張作用のある物質を抽出したことから開発が始まりました。テオフィリン、アミノフィリンなどのキサンチン誘導体の作用機序としては、ホスホジエステラーゼ阻害による細胞内cAMPの増加、アデノシン受容体拮抗作用、細胞内カルシウムイオン分布調節による気管支拡張作用、ヒストン脱アセチル化酵素を介した抗炎症作用などの説がありますが、いまだにそのすべては解明されていません。そんな難しいことはさておき、キサンチン誘導体は主に喘息に対して使用されます。慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対しても有効と考えられていますが、欧米諸国ではその効果に懐疑的である医師が多く、日本ほど汎用されていません。Town GI. Thorax. 2005 ;60:709.日本ではテオフィリンは主に長期管理薬として、アミノフィリンは主に発作時の点滴として使われているのが現状です。これらのうち、とくにテオフィリン徐放製剤の処方頻度が高いと思います。当院は他院から紹介される患者さんが多いため、閉塞性肺疾患の患者さんの3割程度はテオフィリン徐放製剤をすでに内服している印象があります。テオフィリンに構造が近いカフェインは、昔から喘息に効果的であると報告されています。Wikipediaによれば、1850年頃には認識されていたようです(大規模な臨床試験はありませんでした)。イギリスのヘンリー・ハイド・サルターが1860年に書いた『On Asthma : Its Pathology and Treatment』の中にコーヒーが気管支喘息に有効であるという記載があります。また、ある地域では小児喘息に対してコーヒーが多用されたという歴史もあるそうです。Sakula A. Thorax. 1985 ; 40: 887–888.私たち若手呼吸器科医にとっては、1980年代にCHEST誌に立て続けに報告された、コーヒーが喘息に対して有効であるという論文が有名です。Gong H Jr, et al. Chest. 1986 ;89:335-342.Pagano R, et al. Chest. 1988;94:386-389.ただ、実臨床で喘息患者さんとコーヒーの関連を意識する状況は皆無です。コーヒー好きにはキサンチン誘導体は禁忌?しかし、呼吸器科を勉強したことがある人ならば「コーヒーを飲んでいる患者さんには、キサンチン誘導体は投与しない方がよい」という格言を一度は聞いたことがあるはずです。これは「テオフィリン中毒」を惹起するからだといわれています。テオフィリンの血中濃度が20~30μg/mLを超え始めると、嘔吐、下痢、頻脈といった症状があらわれることがあります(急性と慢性の中毒で異なる動態を示すのですが詳しいことは割愛します)。重症のテオフィリン中毒になると、痙攣や致死的不整脈をきたすことがあります(図)。高齢者のテオフィリン中毒の場合、抑うつ症状と間違えられることがあるため、怪しいと思ったら必ずテオフィリンの血中濃度を測定してください。Robertson NJ. Ann Emerg Med. 1985;14:154-158.画像を拡大する図. テオフィリン血中濃度と中毒域ちなみに私は呼吸器内科医になってまだ5年しか経っていませんが、有症状のテオフィリン中毒は1例しか診たことがありません。かなりまれな病態だろうと思います。諸説ありますが、カフェインの致死量は約10g程度だろうと考えられています。コーヒー1杯には50 mg、多くて200 mgくらいのカフェインが含まれています。そのため、単純計算では濃いコーヒーならば50杯ほど服用すれば、致死的になりうるということになります。ただし、上記のGongらの報告によればかなり短時間で飲み干さないとダメそうです。どんぶり勘定ですが、1杯あたり30秒~1分くらいの速度で飲み続けると危険な感じがします。わんこそばではないので、そんなコーヒーを次々に飲み干す人はいないと思いますが……。テオフィリンを定期内服している患者さんでは、アミノフィリンの点滴投与量は調節しなければならないことは研修医にとっても重要なポイントです。また、喘息発作を起こす前後にコーヒーを大量に飲んだ患者さんの場合でも同様に、アミノフィリンの点滴は避けたほうがよさそうです。ただし、致死的なテオフィリンの急性中毒に陥るには、想定している血中濃度よりもかなり高いポイントに到達する必要があるのではないかという意見もあります。私自身キサンチン誘導体とカフェインの関連についてあまり気にしていなかったのですが、今年のJAMAから出版された「ビューポイント」を読んで、少し慎重になったほうがよいのかもしれないと感じました。5,000の司法解剖のうち、カフェイン血中濃度10μg/mLを超えるものが1%程度にみられたとのこと。これはカフェイン含有エナジードリンク(コーヒーよりもカフェイン濃度が多い)に対する警鐘なので、一概にコーヒーがよくないと論じているわけではありませんが。Sepkowitz KA. JAMA. 2013;309:243-244.おわりに循環器科医がジギタリスの投与に慎重になるのと同じように、呼吸器科医はキサンチン誘導体の投与に慎重な姿勢をとっています。それはひとえに治療域と中毒域が近接しているからにほかなりません。高齢や肥満の患者さん、マクロライド系・ニューキノロン系抗菌薬を内服している患者さんではテオフィリンの血中濃度が上昇することが知られているため、なおさら注意が必要です。カフェインが含まれている飲料には、コーヒーやエナジードリンク以外にも、緑茶や紅茶があります。もちろんお茶にはそこまで多くのカフェインは含まれていませんが、キサンチン誘導体とカフェインの関連については注意してもし過ぎることはありません。今後の報告に注目したいところです。

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乳酸桿菌やビフィズス菌による抗菌薬関連下痢症の予防効果―長い論争に結論は見えるのか―(コメンテーター:吉田 敦 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(152)より-

抗菌薬投与後に生じる抗菌薬関連下痢症(Antibiotic-associated diarrhea:AAD)、およびその多くを占めるクロストリジウム・ディフィシル感染症(Clostridium difficile infection:CDI)の予防や治療に、微生物製剤(整腸薬、プロバイオティクス)が有効であるかについては、長く研究が行われてきた。微生物製剤も、乳酸桿菌Lactobacillus、ビフィズス菌Bifidobacterium、腸球菌Enterococcus、非病原性酵母であるサッカロミセスSaccharomycesなど多菌種にわたっており、成績はさまざまで、有効性については意見が分かれていた。 今回英国でAADに対する乳酸桿菌とビフィズス菌の複合製剤の予防効果が、二重盲検プラセボ対照無作為化試験によって調査された(PLACIDE試験)。本研究は、参加5施設で経口または静注抗菌薬の投与を受けた65歳以上の入院患者を対象としている。抗菌薬を開始する際、あるいは抗菌薬の開始から7日以内に、複合製剤かプラセボを無作為に割り付け、投与を開始した。なお複合製剤中にはL. acidophilusの2種、B. bifidum、B. lactisが合計6×1010個含まれており、これを1日1回21日間続行した。また、すでに下痢を生じている患者や、先行する3ヵ月以内にCDIを発症した患者、炎症性腸疾患の患者などは除外し、8週以内のAADまたは12週以内のCDIの発症を主要評価項目とした。 結果として、2008年から2012年までに2,941例が登録され、微生物製剤群に1,470例[年齢中央値77.2歳、男性52.9%、過去8週以内の入院33.2%]が、プラセボ群に1,471例(77.0歳、46.2%、30.5%)が割り付けられた。使用された抗菌薬は、ペニシリン系が両群で約72%、セファロスポリン系が約24%であった。CDIを含むAADの発症率は、微生物製剤群が10.8%(159例)、プラセボ群が10.4%(153例)であり、両群に差は認めなかった(相対リスク:1.04、95%信頼区間:0.84~1.28、p=0.71)。なおCDIは、AADの原因としては頻度が低く、微生物製剤群で12例(全体の0.8%)、プラセボ群で17例(全体の1.2%)であった。微生物製剤投与に関連した重篤な有害事象はみられなかったが、経過観察中に呼吸器・胸部・縦隔疾患が両群の約5%、消化器疾患が約3%、心疾患が2~3%にみられた。 本研究で著者らは、乳酸桿菌とビフィズス菌の複合製剤によるAAD/CDIの予防効果のエビデンスは得られなかったとし、今後臨床試験を進めるには、AADの病態生理の理解を深めることが必須であると指摘している。AAD/CDIは、広域抗菌薬を処方されている高齢者で発生頻度が最も高いため、現実的に最も罹患しやすい集団で多数の患者を対象に盲検対照試験が実施でき、結果を得たという点で、今回のPLACIDE試験は大きな意義を持つものであるといえる。 ただし先行抗菌薬としてキノロン系が比較的少なく(約12%)、CDIが低率であったことは、両群でAADの発生率を低くした可能性がある。現在英国を含む海外では、キノロン耐性の高病原性株によるCDIの発症が多い状況にある。CDIに対する微生物製剤の効果についてまとめたメタアナリシスでは、微生物製剤群でCDIは66%まで減少した(相対危険度0.34)というが1)、65歳以上に絞った場合の効果については信頼できるデータはさらに少なくなってしまう。 広域抗菌薬の処方が多く、CDIの発生率が比較的高いと予想される本邦で、微生物製剤によるCDIの予防効果を本研究から結論づけることは難しいかもしれない。高齢者のCDIに対する予防効果の評価には改めて、(1) CDI罹患率を重視した母集団の選定、(2) 用いる微生物製剤の選択、(3) CDIを生じたC.difficile株の解析と明示、(4) 先行抗菌薬の内訳、が重要になると考える。

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非定型抗精神病薬との併用、相互作用に関するレビュー

 統合失調症や双極性障害の治療では抗精神病薬や抗うつ薬、気分安定薬、抗てんかん薬などさまざまな薬剤が用いられることも少なくない。米国・マーサー大学のWilliam Klugh Kennedy氏らは、第二世代抗精神病薬(SGA)について、臨床において重要となる薬物相互作用を明らかにすることを目的に文献レビューを行った。その結果、SGAには臨床において重大な薬物相互作用の可能性を増大するさまざまな因子があることを報告し、臨床医はそれらについて十分に認識すべきであると述べている。CNS Drugs誌オンライン版2013年10月30日号の掲載報告。 本レビューは、SGAが統合失調症、双極性障害およびその他精神病において主軸の治療となってきたこと、また抗うつ薬、抗てんかん薬と共に用いられる頻度が高く、さまざまな薬物動態学的、薬力学的およびファーマシューティカルのメカニズムにより薬物相互作用が起きる可能性が知られていることなどを踏まえて行われた。 主な知見は以下のとおり。・各SGAの薬物動態学的プロファイル(とくに第1相、第2相試験の代謝について)は、有意な薬物相互作用の可能性を示唆するものである。・薬力学的相互作用は、薬剤が類似のレセプター部位活性を有する時に引き起こされ、付加的あるいは拮抗的な効果を、薬物血中濃度を変化させることなくもたらす可能性があった。さらに、薬物相互作用のトランスポーターが漸増を続け、薬物動態学的および薬力学的相互作用を生じる可能性があった。・ファーマシューティカルな相互作用は、薬物の吸収前に配合禁忌薬物が摂取された場合に生じる。・多くのSGAの薬物血中濃度は、近似の範囲値であった。薬物相互作用は、これら薬剤の濃度が著しく増減した場合に、有害事象や臨床的有効性を低下させる可能性があった。・SGAの最も重大な臨床的薬物相互作用は、シトクロムP450(CYP)システムで起きていた。そしてSGAの薬物相互作用のほぼすべては、創薬、プレ臨床の開発の段階で、既知のCYP発現誘導または抑制因子を用いた標準化されたin vivoまたはin vitroの試験において特定されていた。・治療薬モニタリングプログラム後は、臨床試験と症例報告において、しばしば、さらなる重大な薬物相互作用を特定する方法が報告されている。・複数薬物間の相互作用があるSGAの中には、SSRIとの併用により重大な薬物相互作用が生じる可能性があった。・カルバマゼピンやバルプロ酸のような抗てんかん作用のある気分安定薬や、フェノバルビタールやフェニトインのようなその他の抗てんかん薬は、SGAの血中濃度を減少する可能性があった。・プロテアーゼ阻害薬やフルオロキノロン系のような抗菌薬も同様に重要であった。・用量依存性と時間依存性は、SGAの薬物相互作用に影響する、さらに2つの重大な因子であった。・喫煙をする精神疾患患者の頻度は非常に高いが、喫煙はCYP1A2発現を誘導する可能性があり、それによりSGAの血中濃度を低下する可能性がある。・ジプラシドン、ルラシドン(いずれも国内未承認)は、薬物吸収を促進するため食事と共に摂取することが推奨されている。そうしないと、バイオアベイラビリティが低下する可能性がある。・以上を踏まえて著者は、「臨床医は、SGAの臨床で重大な薬物相互作用を増大する可能性のあるさまざまな因子について認識しておかなくてはならない。そして、最大な効果をもたらし、有害事象は最小限とするよう患者を十分にモニタリングする必要がある」とまとめている。関連医療ニュース 新規の抗てんかん薬16種の相互作用を検証 抗精神病薬アリピプラゾール併用による相互作用は 統合失調症患者に対するフルボキサミン併用療法は有用か?:藤田保健衛生大学

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帝王切開術後のMRSA感染症で重度後遺障害が残存したケース

産科・婦人科最終判決平成15年10月7日 東京地方裁判所 判決概要妊娠26週、双胎および頸管無力症、高位破水と診断されて大学病院産婦人科へ入院となった25歳女性。感染兆候がみられたため抗菌薬の投与下に、妊娠28週で帝王切開施行。術後39℃以上の発熱があり抗菌薬を変更したが、術後5日目に容態が急変し、集中治療室へ搬送し気管内挿管を行った。羊水の培養検査でMRSA(+)のためアルベカシン(商品名:ハベカシン)を開始したものの、術後6日目に心肺停止、MRSA感染症による多臓器不全と診断された。バンコマイシン®投与を含む集中治療によって全身状態は改善したが、低酸素脳症から寝たきり状態となった。詳細な経過患者情報25歳女性、2回目の妊娠、某大学病院産婦人科に通院経過平成8年6月19日妊娠26週検診で双胎および頸管無力症と診断され同日入院となる。高位破水、子宮収縮がみられ、CRP上昇、白血球増加などの所見から子宮内細菌感染を疑う。6月20日羊水移行性の高い抗菌薬セフォタキシム(同:セフォタックス)を開始。6月28日頸管無力症で子宮口が開大したため、シロッカー頸管縫縮術施行。6月30日感染徴候の悪化を認め、原因菌を同定しないままセフォタックス®をイミペネム・シラスタチン(同:チエナム)に変更(帝王切開が行われた7月12日まで)。7月1日子宮口からカテーテルを挿入して羊水を採取し細菌培養検査を行うが、このときはMRSA(-)。7月10日体温36.5℃、脈拍84回/分、白血球12,300、CRP 0.3以下膣内に貯留していた羊水を含む分泌物を細菌培養検査へ提出。7月11日(木)脈拍102回/分、CRP 0.9。7月12日(金)緊急帝王切開手術施行。検査室では7月10日に提出した検体の細菌分離、純培養を終了。白血球10,800、脈拍96回/分、CRP 0.7、体温37.3~38.3℃。術後にチエナム®からアスポキシシリン(同:ドイル)に変更(7月12日~7月15日まで)。第3世代セフェム系抗菌薬であるセフォタックス®やチエナム®などかなり強い抗菌薬の使用をやめて、ドイル®を使用し感染状態の変化を見きわめることを目的とした。7月13日(土)病院休診日(検査室は当直体制)。脈拍80回/分、体温36.5~37.6℃、顔面紅潮あり。7月14日(日)検査室では菌の同定・感受性検査施行。前日には部分的であった発疹が全身へ拡大、白血球20,600、CRP 24.1へと急上昇。BUN 24.8mg/dL、Cr 1.3mg/dLと腎機能の軽度低下。発疹および発熱は抗菌薬によるアレルギーを疑い、ドイル®を中止してホスホマイシン(同:ホスミシン)、チエナム®、セフジニル(同:セフゾン)に変更。血液培養では陰性。このときは普通に話ができる状態であった。7月15日(月)検査室では夕刻の段階でMRSAを確認し感受性テストも終了。白血球24,000、CRP 24、血小板73,000、DICを疑いガベキサートメシル(同:エフオーワイ)投与開始。夜の段階で羊水の細菌培養検査結果が病棟に届くが、担当医には知らされなかった。7月17日(水)白血球34,600、CRP 30.4、血圧80/40mmHg、体温37.7~37.9℃、朝から換気不全、意識レベルの低下などがみられARDSと診断し、気管内挿管などを行いつつICUに入室。この直前に羊水細菌培養検査でMRSA(+)を知り、ARDSはMRSAによる感染症(敗血症)に伴うものと考え、パニペネム・ベタミプロン(同:カルベニン)、免疫グロブリン、MRSAに対しハベカシン®を投与。AST、ALT、LDH、アミラーゼ、BUN、Crなどの上昇が認められMOFと診断。7月18日03:00突然心停止となり、ただちに心肺蘇生を開始して心拍は再開した。ところが低酸素脳症による昏睡状態へと陥る。白血球31,700、CRP 1509:30ハベカシン®に代えてバンコマイシン®の投与を開始。8月5日腹部CTでダグラス窩に膿瘍形成。8月6日切開排膿ドレナージを施行。その後感染症状は軽快。8月23日MRSAは完全に消滅。平成9年1月18日症状固定:言葉を発することはなく、意思の疎通はできず、排便・排尿はオムツ管理で、常時要介護の状態となる。当事者の主張患者側(原告)の主張7月14日に39℃に近い高熱と悪寒、脈拍も86回/分、全身に細菌感染徴候がみられたので、遅くとも7月15日(月)には羊水の細菌培養検査を問い合わせるか、急がせる義務があり、遅くとも7月16日(火)正午までには感受性判定の結果が得られ、その段階から抗MRSA薬バンコマイシン®を早期に適量投与することができたはずである。ところがバンコマイシン®の投与を開始したのは7月18日午前9:30と2日も遅れた。もっとも早くて7月14日、遅くて7月16日夕刻までにMRSA感染症治療としてバンコマイシン®の投与を開始していれば、7月18日の心停止を回避できた可能性は十二分にある。病院側(被告)の主張出産の2週間前から破水した長期破水例のため、感染症のことは当然念頭にあり、毎日CRP、白血球数を検査し、帝王切開手術後も引き続き感染症を念頭において対応していた。しかし、急激に容態が悪くなったのは7月16日の夜からである。患者側は7月10日に採取した羊水の細菌培養検査結果の報告を急がせるべきであったと主張するが、7月16日午後6:30の呼吸苦出現までは感染症はそれほど重症ではなく、検査結果を急がせるような状況にはない。細菌培養の検体提出後、菌の同定、感受性の試験まで行うには5日間は要するが、本件では7月13日、7月14日と土日の当直体制であったため、結果的に報告まで7日かかったことはやむを得ない。担当医は7月16日夜に病棟に届いていた羊水の細菌培養検査結果MRSA(+)を、翌7月17日朝に知ったが、その時点でうっ血性心不全、意識低下と病態急変し、ICU(集中治療室)への収容、気管内挿管、人工換気などに忙殺された。そして、同日午後5:00に抗MRSA薬ハベカシン®を投与し、さらに翌18日からはバンコマイシン®を投与した。したがって、MRSAに対する薬剤投与が遅れたということはない。MRSAを知ってからハベカシン®を投与するまでの約6時間は緊迫した全身状態への対応に追われていた。仮に羊水培養検査結果の報告が届いた7月16日夜にハベカシン®またはバンコマイシン®を投与したとしても、すでにDIC、ARDSがみられ、MOFが進行している病態の下で、薬効の発現に2日ないし4日を要するとされていることを考えると、その後の病態を改善できたかは不明で心停止を回避することはできなかった。裁判所の判断被告病院における細菌培養の検査体制について羊水を分離培養するために要した時間は48時間。自動細菌検査システムVITEK® SYSTEMによれば、MRSA(グラム陽性菌=GpC)の同定に要する時間は4~18時間、感受性試験に要する時間は3~10時間、検査の結果が判明するのに通常要する期間は5日程度であった。被告病院では検査結果が判明したら、検査伝票が検査部にある各科のボックスに入れられ、各科の看護補助員が随時回収し、各科の病棟事務員に渡し、病棟事務員から各担当医師に渡されるという方法がとられている。院内感染対策委員会において策定したMRSA院内感染予防対策マニュアルによれば、MRSA陽性の患者が発生した場合、検査部は主治医へ連絡する、主治医および婦長は関係する職員に情報を伝達するものとされていた。ARDS、DIC、MOFに陥った原因、時期について7月14日(日)には39.8℃、翌7月15日(月)にも39℃の発熱、脈拍数120回/分とSIRSの基準4項目のうち2項目以上を満たし、白血球20,600、CRP 24.1などの所見から、7月15日午前9:00の段階でSIRS、セプシス(敗血症)の状態にあった。原因菌として、7月10日に採取した羊水の細菌培養検査、7月12日の帝王切開手術当日に採取された咽頭、便、胎脂からもMRSAが検出されていること、入院後から帝王切開手術までの間、スペクトラムが広く、抗菌力の強い抗菌薬チエナム®やセフォタックス®が継続使用され、菌交代現象が生じる可能性があったこと、抗菌薬ドイル®、チエナム®が無効であったことなどから、セプシスの原因菌はMRSAである。MRSA感染症治療としてバンコマイシン®をどの時点で投与する義務があったか細菌培養に提出された羊水の検体は、7月10日(水)に採取され、7月12日(金)の午後には分離培養は完了、7月15日(月)に細菌同定、感受性検査を開始、7月16日夕刻にはその結果を報告し合計7日間を要した。細菌検査の結果が判明するのに通常の5日ではなく7日も要したのは、被告病院において土曜・日曜が休診日であったという、人の生命・身体に関する医療とはまったく次元を異にする偶然的な事情によるものであった。一方術後患者は、ショック症状やMOFを経て死亡する場合もあり、早期治療を開始すればするほど治療効果は高くなり、通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中に抗菌薬が効かなくなってきた場合は、MRSAと診断される前でも有効な抗菌薬に変更する必要がある。被告病院は高度医療の推進を標榜し、これを期待される医科系総合大学の附属病院であり、病院としてMRSA感染症対策を行っていた。仮に菌の同定を7月13日の作業開始時間である午前9:00から開始したとしても、遅くとも、細菌の同定その後の感受性の判定結果を、その28時間後の7月14日(日)午後1:00には培養検査結果を終了させておく義務があった。その結果、各科の看護補助員が出勤しているはずの7月15日(月)午前9:00頃には細菌培養検査結果の伝票を看護補助員が回収し各科の病棟事務員に渡され、担当医は遅くとも7月15日(月)午前中にはMRSA感染症を知り得たはずである。そして、MRSA感染症治療として被告病院が投与すべきであった抗菌薬は、各種感受性検査からバンコマイシン®であったので、遅くとも7月15日午後7:00頃にはバンコマイシン®を投与する義務があった。ところが、被告病院が実際にバンコマイシン®を投与したのは7月18日午前9:30であり大幅に遅れた。重症敗血症の時点でバンコマイシン®を投与した場合と敗血症性ショックを生じた後にバンコマイシン®を投与した場合について比較すると、重症敗血症の場合の死亡率は約10~20%にとどまるのに対し、敗血症性ショックの場合のそれは約46~60%と、その死亡率は高い。7月15日午後7:00頃の時点では、MRSAを原因菌とするセプシスあるいはそれに引き続いて敗血症に陥っているにとどまっている段階であり、まだ敗血症性ショックには至っていなかったので、遅くとも7月15日午後7:00頃バンコマイシン®を投与していれば、ARDSやDICを発症し、MOF状態となり、心停止により低酸素脳症に陥るという結果を回避することができた高度の蓋然性が認められる。原告側1億5,752万円(プラス死亡するまで1日介護料17,000円)の請求に対し、1億389万円(プラス死亡するまで1日介護料15,000円)の判決考察この判決は、われわれ医師にとってはきわめて不条理な内容であり、まさに唖然とする思いです。病態の進行が急激で治療が後手後手とはなりましたが、あとから振り返っても診療上の明らかな過失はみいだせないと思います。にもかかわらず、結果が悪かったというだけで、すべての責任を医師に押しつけたこの裁判官は、まるで時代のヒーローとでも思っているのでしょうか。この患者さんは出産の2週間前から破水した長期破水例であり、当然のことながら担当医師は感染症に対して慎重に対応し、初期から強力な抗菌薬を使用しました。にもかかわらず敗血症性ショックとなり、低酸素脳症から寝たきり状態となってしまったのは、大変残念ではあります。しかし、経過中にきちんと血液検査、細菌培養を行い、はっきりとした細菌は同定されなかったものの、さまざまな抗菌薬を投与するなど、その都度、そのときに考えられる最良の対応を行っていたことがわかります。けっして怠慢であったとか、大事な所見を見落としていたわけではありません。もう一度振り返ると、平成8年6月19日妊娠26週、高位破水。6月20日セフォタックス®開始。6月30日セフォタックス®をチエナム®に変更。7月1日羊水培養、MRSA(-)7月10日羊水培養提出。7月12日緊急帝王切開、チエナム®をドイル®に変更。7月13日休診日(検査室は当直体制)。7月14日休診日(検査室は当直体制)。 裁判所は検体提出の5日後、日曜日の13:00には感受性検査が終了できたであろうと認定。7月15日検査室で菌の同定・感受性検査施行。 抗菌薬のアレルギーを考えてドイル®を中止、ホスミシン®、チエナム®、セフゾン®に変更。 裁判所は7月15日の朝にはMRSA(+)がわかりバンコマイシン®投与可能と認定。7月16日夜にMRSA(+)の結果が病棟に届く。7月17日容態急変で集中治療室へ。羊水細菌培養検査でMRSA(+)を知り夕方からハベカシン®開始。7月18日ハベカシン®に代えてバンコマイシン®の投与を開始。われわれ医療従事者であれば、細菌培養にはある程度時間がかかることを知っていますから、結果が出次第、担当医師に連絡するように依頼はしても、培養の作業時間を短縮させたり、土日まで担当者を呼び出して感受性検査を急ぐことなどしないと思います。ましてや、土日の当直検査技師は緊急を要する血液検査、尿検査、髄液検査、輸血のクロスマッチなどに追われ、しかもすべての検査技師が培養検査に習熟しているわけでもありません。ここに裁判官の大きな誤解があり、培養検査というのを細菌感染症に対する万能かつ唯一無二の手段と考えて、土日であろうとも培養結果を出すため対応すべきものと勝手に思いこみ、「細菌検査の結果が判明するのに通常の5日ではなく7日も要したのは、被告病院において土曜・日曜が休診日であったという、人の生命・身体に関する医療とはまったく次元を異にする偶然的な事情によるものでけしからん」という判決文を書きました。たしかに、培養検査は治療上きわめて重要であるのはいうまでもありませんが、抗菌薬使用下では細菌が生えてこないことも多く、原因菌不明のまま抗菌薬を投与することもしばしばあります。ここで裁判官はさらに無謀なことを判決文に書いています。「術後患者は、ショック症状やMOFを経て死亡する場合もあり、早期治療を開始すればするほど治療効果は高くなり、通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中に抗菌薬が効かなくなってきた場合は、MRSAと診断される前でも有効な抗菌薬に変更する必要がある!」と明言しています。この意味するところは、通常の抗菌薬を使っても発熱が続く患者には予防的にMRSAに効く抗菌薬を使え、ということでしょうか?今回の症例はMRSAが判明するまでは、細菌感染が疑われるものの発熱原因が特定されない、いわば「不明熱」であって、けっして「通常の黄色ブドウ球菌感染の治療中」ではありませんでした。そのため担当医師は抗菌薬(ドイル®)によるアレルギーも考えて抗菌薬を別のものに変更しています。このような不明熱のケースに、予防的にバンコマイシン®を投与しなければならないというのは、結果を知ったあとだからこそいえる行き過ぎの考え方だと思います。ところが「公平な判断を下す」はずの裁判官たちは、ほかにも多数の裁判事例を抱えて多忙らしく、誤解や勉強不足による間違った判決文を書いても、あとから非難を受ける立場には置かれません。そのため、結果責任は医師に押しつければよいという、「一歩踏み込んだ判断」を自負する傾向が非常に強くなっていると思います。残念ながら、このような由々しき風潮を改善するのは非常に難しく、われわれにできることは自己防衛的な対策を講じることくらいでしょう。今回のように、土日をはさんだ細菌培養検査にはどうしても結果が出るまでに時間がかかります。この点はやむを得ないのですが、被告病院の感染症対策マニュアルにも書いてあるとおり、「MRSA(+)の患者が発生した場合、検査部は主治医へ連絡する、主治医および婦長は関係する職員に情報を伝達する」という原則を常に遵守することが大事だと思います。本件では、7月16日夕刻の段階でMRSA(+)が判明しましたが、検査部から担当医師へダイレクトな連絡はありませんでした。通常のルートに乗って、7月16日夜には検査結果を記した伝票が病棟まで届きましたが、その結果を担当医師が確認したのは翌朝11:00頃であり、12時間以上のロスがあったことになります。このような院内体制については改善の余地がありますので、スタッフ同士の院内コミュニケーションを十分にはかることがいかに重要であるか、改めて痛感させられるケースです。産科・婦人科

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出生後1年間の抗菌薬暴露が小児期~若年成人期の湿疹に影響

 出生後1年の間に抗菌薬に曝露された小児は、0~25歳時に湿疹を有するリスクが1.4倍高く、出生前の胎児期の曝露よりも湿疹を呈する頻度が高いことが明らかにされた。英国・Guy's and St Thomas' Hospital NHS財団トラストのT. Tsakok氏らがシステマティックレビューとメタ解析の結果、報告した。これまで先行研究の多くで、誕生後間もない時期に抗菌薬に曝露されると、湿疹を呈するリスクが高まることが示唆されていた。British Journal of Dermatology誌2013年11月号の掲載報告。 研究グループは、先行研究で示唆された、抗菌薬曝露と湿疹リスクの増大について、胎児期の曝露または生後12ヵ月間での曝露について調べることを目的に、本検討を行った。 レビューは、両期間の曝露が、0~25歳の小児期~若年成人期にもたらす影響について評価していた観察研究を対象に行った。 主な結果は以下のとおり。・検索にて選定した20試験について、抗菌薬の出生前および出生後曝露と、湿疹発生との関連を調べた。・出生後の抗菌薬治療と湿疹発生との関連を評価していた試験は17件あった。それらのプールオッズ比(OR)は、1.41(95%信頼区間[CI]:1.30~1.53)であった。・追跡調査にて検討していた10試験のプールORは、1.40(95%CI:1.19~1.64)であった。それに対して、断面調査にて検討していた7件のプールORは、1.43(同:1.36~1.51)であった。・出生後の曝露には、有意な用量反応関係が認められた。・出生後1年の間に抗菌薬投与を受けるたびに、湿疹リスクは7%上昇することが示された(プールOR:1.07、95%CI:1.02~1.11)。・出産前の抗菌薬曝露と湿疹発生との関連を評価していた試験は4件で、プールORは1.30(95%CI:0.86~1.95)であった。・上記の結果を踏まえて著者は、「抗菌薬の曝露が、出生前ではなく出生後の1年間にあるほうが、湿疹を有する小児の頻度は高いと結論する」とまとめている。

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重症市中肺炎における肺炎球菌性の菌血症を予測できるか

 菌血症を伴う肺炎球菌性肺炎(BPP)患者では、プロカルシトニン(PCT)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、乳酸、CRPが有意に高くなることが示され、なかでも、PCTは肺炎球菌性の菌血症を同定するのに最も優れていることが、ポルトガル・セントロ病院集中治療部のJose Manuel Pereira氏らにより報告された。  とくに血清PCT値が17ng/mLより低ければ、重症市中肺炎であっても、肺炎球菌性の菌血症ではない可能性が高いことにも言及している。Journal of critical care誌2013年12月号の掲載報告。 本研究は、重症市中肺炎(Severe Community-Acquired Pneumonia:SCAP)患者における肺炎球菌性の菌血症のバイオマーカーの役割を評価することを目的とした、単施設前向き観察コホート研究である。 対象は、ポルトガル・セントロ病院の集中治療部に搬送された重症市中肺炎患者108例。白血球、CRP、乳酸、PCT、D-dimer、BNP、コルチゾールを抗菌薬の初回投与後、12時間以内に測定した。 主な結果は以下のとおり。・15例(14%)が菌血症を伴う肺炎球菌性肺炎(BPP)であった。BPPの患者は、それ以外の患者と比べて・CRPの中央値が有意に高い水準にあった(301 [四分位範囲IQR:230~350] mg/L vs 201 [IQR:103~299] mg/L;p=0.023)・PCTの中央値が有意に高い水準にあった(40 [IQR:25~102] ng/mL vs 8 [IQR:2~26] ng/mL;p<0.001)・BNPの中央値が有意に高い水準にあった(568 [IQR:478~2841] pg/mL vs 407 [IQR:175~989] pg/mL;p=0.027)・乳酸の中央値が有意に高い水準にあった(5.5 [IQR:4.5~9.8] mmol/L vs 3.1 [IQR:1.9~6.2] mmol/L;p=0.009)・ROC曲線下面積(the area under the receiver operating characteristic curve:aROC)より評価した識別力でみると、PCT [aROC, 0.79] が他のマーカーと比べて優れていた(乳酸 [aROC, 0.71] 、BNP [aROC, 0.67]、CRP [aROC, 0.70])。・PCTの17ng/mLのカットオフ値における感度は87%で特異度は67%であった。・PCTの肺炎球菌性の菌血症のバイオマーカーとしての陽性的中率は30%で陰性的中率は97%であった。

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点滴ヘパリンロックの際に間違えて消毒薬を注入したケース

整形外科最終判決平成16年1月30日 東京地方裁判所 判決概要関節リウマチによる左中指の疼痛・腫脹に対し、左中指滑膜切除手術を行った58歳女性。手術翌朝、術後の抗菌薬を点滴静注後、ライン内にヘパリンナトリウム生理食塩水を注入してヘパリンロックをしようとしたところ、間違えてヒビテン®・グルコネート液を注入し、まもなく急性肺血栓塞栓症で死亡した。遺族の了解を得て病理解剖を行ったが、所轄警察署への届出が死亡から11日後となってしまい、病院長は医師法第21条違反で実刑判決を受け、主治医は3ヵ月の医業停止処分となった。詳細な経過患者情報約20年前から、関節リウマチ、高血圧で通院治療を受けていた58歳女性経過平成11(1999)年1月8日左中指の疼痛および腫脹が増強したため、都立病院整形外科を受診。関節リウマチによる滑膜病変と考え、左中指滑膜切除手術が予定された。2月8日入院、全身状態は問題なし。2月10日左中指滑膜切除手術施行(手術時間1時間24分)。術後経過は良好で、10日程度で退院できる予定であった。2月11日08:15看護師Aがヘパリンナトリウム生理食塩水(以下ヘパ生)10mL入り注射器(注射筒部分に「ヘパ生」と黒色マジックで記載)を保冷庫から取り出して処置台に置く。その直後、看護師Aが洗浄用のヒビテン®・グルコネート液(以下ヒビグル)を新しい10mLの注射器に入れ、ヘパ生入り注射器と並べて処置台に置いた。このときメモ用紙に黒色マジックで「○○様洗浄用ヒビグル」と手書きし、処置台に置かれた2本の注射器のうちの1本に貼り付けた(実際にはヘパ生入り注射器にヒビグルと書いた手書きメモを貼り付けてしまった)。08:30看護師Aが術後の抗菌薬アンピシリン(商品名:ビクシリン)を点滴するため訪室。抗菌薬と点滴セット、アルコール綿に加えて、メモ用紙の貼られていない10mL注射器1本(実際には洗浄用ヒビグル入り注射器)を持参した。08:35抗菌薬の点滴を開始。09:00ナースコールあり、点滴終了。09:03看護師Bが点滴ラインにヘパ生を注入してヘパリンロックした。実はこのとき注入したのはヘパ生ではなくヒビグルであり、約1mLが体内に注入され、残り約9mLは点滴ライン内に残留した。09:05訪室した看護師Aに対し、「何だか気持ち悪くなってきた。胸が熱い気がする」といって苦痛を訴え、胸をさする動作をした。09:15顔面蒼白となり、「胸が苦しい。息苦しい。両手がしびれる」などと訴えたので、ただちに当直医師をコール。指示により既存の点滴ルート(ライン内にはヒビグルが充満)からソルデム3Aの点滴静注が開始された。血圧198/78mmHg、心電図V1で軽度ST上昇、V4で軽度ST低下がみられたが、不整脈なし。このとき看護師Aは処置室で「ヘパ生」と黒色マジックで書かれた注射器を発見し、ヘパリンロックの際に薬剤を取り違えたことに気づき、病室内の当直医師を手招きして呼び出し、「ヘパ生とヒビグルを間違えたかもしれない」と告げた。すでにソルデム3Aが点滴ラインにつながれ急速点滴された結果、点滴ライン内に残留していたヒビグル約9mL全量が体内に静注された。09:30突然意識レベル悪化、眼球上転、心肺停止状態。ただちに救急蘇生を開始。10:20主治医到着。心臓マッサージを行いながら、容態急変した前後の状況および看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを聞かされた。蘇生の気配はまったくなし。10:44死亡確認。11:00遺族へ説明:抗菌薬点滴直後に容態が急変したことから、心筋梗塞または大動脈解離を起こした可能性があるが、死因は今のところ不明。その解明のために病理解剖の必要性を説く。遺族に誤投薬の可能性を聞かれたが、「わかりません」と答え、看護師による誤投薬の可能性を伝えないまま病理解剖の承諾書をとる。なお、蘇生措置から死後処置をしている間に、右腕血管部分に沿って血管が紫色に浮き出ているという異常な状態にスタッフは気づいていた。事後経過平成11年2月11日(死亡翌日)08:30病院の幹部職員9名(病院長、副院長、主治医、医事課長、庶務課長、看護部長、看護科長)による対策会議。看護師:「ヒビグルとヘパ生を間違えたかもしれない。それしか考えられない」と涙声になりながら、現場で回収した点滴チューブなどを使用しながら状況説明。主治医:「所見としては心筋梗塞の疑いがあります。病理解剖の承諾をすでに遺族からもらっています」事務長:「ミスは明確ですし、警察に届けるべきでしょう」病院長:「でも、主治医は心筋梗塞の疑いがあるといっているし」と非常に迷いながら優柔不断ともいえる態度を示す。副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」医療事故について警察に届け出ることにいったんは決定。その後都衛生局の幹部職員に電話で相談。衛生局:「本部に判断しろといわれても困るよな。病院が判断してくれなくちゃ。これまで都立病院から警察に事故の届出を出したことがない。すでに病理解剖の承諾はいただいているとのことだが、誤薬の可能性も含めてすべて事情を話して、その結果再度承諾が得られれば、その線でいったら良いのではないか。詳しい事情もわからないから、おれが今から病院へ行くから警察に届け出るのは待ってくれ」衛生局の幹部職員到着。病院長:「どうしてこれまで病院から届け出た例がないんだろう」衛生局:「病院自ら警察に届け出るということは、職員を売ることになるから、これまで例がないんじゃないですか」事務長:「どんな場合に警察に届け出るんですか。これまではどうだったのですか」衛生局:「過失が明白な場合に届けなければいけない。今まで都立病院自ら警察に届け出た例はありません。遺族から病理解剖の承諾をもらっているということですけれども、薬の取り違えの可能性もあるんなら、包み隠さずお話しないといけませんね。遺族が病院を信用できないというなら、警察に連絡して監察医務院で解剖する方法もあるということも説明してください。それでも遺族が病院での病理解剖を望まれるなら、それでいいじゃないですか。もし遺族が警察に届け出るというならそれはそれで仕方ないですね」副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」病院長、主治医は、「病院事業部としては誤投薬の可能性を遺族に話さずに済ませることは避けねばならない」としながらも、遺族の理解が得られるなどの事情により、医療事故を警察に届け出ることについては「可能であればできるだけ避けたい」という意向を読みとる。すなわち、衛生局は医療事故については警察への届出を必ずしもしなくとも良いという見解であると解釈した。病院長:「じゃ、それでいきましょうか。しょうがないでしょう」出席者全員に対し、それまでの方針を変更してとりあえず警察への届出をしないまま、遺族の承諾を得たうえで病理解剖を行う方針で臨むことを了承させ、対策会議は散会。11:50院長室において遺族と面談。病院長:「実はこれまで病死としてお話してきたのですが、看護師が薬を間違えて投与した事故の可能性があります」遺族:「間違いの可能性は高いのですか」病院長:「今は調査中としかいえない。病院が信用できないというのであれば、監察医務院やほかの病院で解剖してもらうという方法もありますが、どうしますか」決定的な確証はまだないのに、遺族に薬剤取り違えの可能性を伝えてくれたものと解釈して、ある意味では病院側が公平で誠実な対応をしてくれているものと受け止め、病院の医師らを信用できないというまでの気持ちはなかったため、遺族は当該病院で病理解剖することを承諾した。病院長:「改めて遺族に薬の取り違えの可能性を伝えたうえで、病院で病理解剖をすることの承諾を頂きました」衛生局:「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになりますよね」病院長:「そうですよね」病理解剖:外表所見で右手根部に静脈ラインの痕があり、右手前腕の数本の皮静脈がその走行に沿って幅5~6mm前後の赤褐色の皮膚斑としてくっきりみえ、前腕、手背、上腕下部に及んでいるのが視認された。この赤色色素沈着は静脈注射による変化で、劇物を入れた時にできたものと判断し、解剖を担当した病理学の大学助教授(法医学の経験あり)は、警察または監察医務院に連絡することを提案した。ところが、病院長から「警察に届けなくても大丈夫です」という回答を得たので、病院幹部が監察医務院に問い合わせた結果、監察医務院のほうから後は面倒をみるから法医学に準じた解剖をやってくれとの趣旨の回答があったものと理解した。解剖の結果、右手前腕静脈血栓症および急性肺血栓塞栓のほか、遺体の血液がサラサラしていること(溶血状態:薬物が体内に入った可能性を示唆)が判明し、心筋梗塞や動脈解離症などを疑う所見はなく、病院長へポラロイド写真を持参して、右腕の血管から薬物が入った模様であること、90%以上の確率で事故死、それも薬物の誤注射によって死亡したことはほとんど間違いないと報告病院長は遺族へ、「肉眼的には心臓、脳などの主要臓器に異常が認められなかったこと、薬の取り違えの可能性が高くなったこと、今後は保存している血液、臓器などの残留薬物検査などの方法で必ず死因を究明すること」を伝えた。2月20日遺族の自宅を訪問し、それまでの経過、異常所見としては右上肢の血管走行に沿った異常着色を認めたこと、ヘパ生とヒビグルとを取り違えたため薬物ショックを起こした可能性が一層強まったといえることなどを報告。これに対し遺族は、事故であることを認めるように要求し、病院のほうから警察に届け出ないのであれば「自分で届け出る」と主張。それを受けて病院関係者と話し合った結果、医療事故を警察に届け出ることを決定した。2月22日衛生局長と面談して医療事故を警察に届け出る旨を報告。病院から誤投薬という過失があったことをはじめから認めるかたちでの届出ではなく、むしろ死因を特定して欲しいという相談を警察に対して行うかたちでの届出をするように指示を受け、所轄警察署に届け出た。3月5日組織学的検査の結果が判明:前腕静脈内および両肺動脈内に多数の新鮮凝固血栓の存在が確認され、前腕の皮静脈内の新鮮血栓が両肺の急性血栓塞栓症を起こしたと考えられた。心臓の冠動脈硬化はごく軽度(内腔の狭窄率は25%以下)であり、組織学的に冠動脈血栓や心筋梗塞は認められず、そのほかの臓器にも死因を説明できるような病変なし3月11日主治医は診断書の交付を求められたが、死因の記載を病死にするのか中毒死にするのか悩み、病院長に記載方法について相談。病院長は「困りましたね」といって、副院長らと死亡診断書の死因をどのように記載するかを話し合った。この時点では血液鑑定結果が出ていなかったので、死因の記載を「病死」としてもまったくの間違いとはいえず、むしろ入院患者の死因を不詳の死とするのはおかしいなどとの発言もあった。副院長の「病名がついているので病死でもいいんじゃないですか」とのコメントを受けて、病院長は「そういうことにしましょう」と決定。主治医は死亡診断書に、死因の種類「病死および自然死」、直接の死因「急性肺血栓塞栓症」、合併症欄に「関節リウマチ」などと記載した。これをみた病理医は、「死亡の種類」が病死とされていたため、病院長に「この病死はまずいんじゃないですか」と意見を述べたが、病院長は「昨日みんなで相談して決めたことだからこれでいいです」と答え、遺族からクレームがついたら「現時点での証明であることを説明するように」と指示した。5月31日血液からヒビグルに由来すると考えられる物質(クロルヘキシジン)がかなりの高濃度で検出されたという鑑定結果がでた。当事者の主張患者側(原告)の主張1.死亡自体に関する義務違反抗菌薬点滴終了後、点滴ライン内にヘパ生を注入するべきであったのに、誤って消毒液ヒビグルを注入されることにより死亡したものであるが、担当看護師は薬剤の準備に当たってその内容を取り違えたうえに、点滴後の処置に当たり投与する薬剤の確認を怠ったことは、看護師としての基本的注意義務に違反した結果であるさらに病院組織としても、薬剤の専門家でない看護師に調剤行為を行わせていたため、当該薬剤に応じた扱いを怠る可能性があった複数の人間が薬剤の準備から投与までの作業を分担して行っていたため、自分が担当する前後の作業内容をよく把握しないまま自分の作業を行う危険があった薬剤容器への記入方法が統一されていなかったため、注射器にメモ紙を貼り付けることにより充てんされている薬剤を表示しようとしたが、メモ紙を間違えて貼り付けることにより間違った薬剤を表示してしまう危険があったヒビグルとヘパ生の計量に、同形状の注射器を計量器として使用していたため、注射器の外形上からは内容物の区別がつかず取り違えを防ぐことができない態勢がとられていた消毒薬と点滴液用の注射器を同じ処置台の上で同時に準備したうえ、患者ごとに個別のトレーを用意し、薬札を付けるなどしなかったため、薬剤の取り違えを防げなかったという諸事情が存在し、このような事故を誘発する危険な態勢を除去するシステムが構築されなかったために、看護師らの注意義務違反を誘発し、医療事故を引き起こすことになった2.死亡後の行為に関する義務違反医師法21条の異状死体届出義務により、刑事司法の手続上で医療事故の原因や責任が明らかにされるので、医療事故による患者死亡の原因究明の端緒として機能する場面がある。そのため診療上の事故によって患者が死亡した可能性のある場合には、当該病院で病理解剖をするのではなく、所轄警察に届け出ることが、診療契約の当事者である患者またはその遺族に対する原因究明義務として課される。本件はそもそも医療事故である可能性が明白であったから、病理解剖は許されず、警察に届け出たうえで司法解剖が行われるべきであった。医療事故について病院としての対応方針を決定づける立場にあった病院長は、対策会議終了後ただちに警察へ届け出る義務があったそれにもかかわらず病院長は、医療事故を警察に届け出る方針にいったん決定したにもかかわらず、「院長が警察に届けるとは何事だ」、「職員を売ることはできませんね」との衛生局の意向を受けて、遺族に誤投薬の可能性を説明したうえで病理解剖の承諾をとる方針に転換した。そして、病理解剖を担当した医師らからポラロイド写真や具体的事情を示されたうえで、誤投薬の事実はほとんど間違いがないとの報告を受けても、医療事故を警察に届け出なかった。対策会議の時点で、事故死の無視し得ない可能性の認識はおろか、事故死の原因が誤投薬である可能性が高い旨の認識を有しており、病理解剖の結果の報告を受けた以降は、事故死の原因が誤投薬であることはほぼ確実であるとの認識に達していた。したがって病院長には原因究明義務違反行為につき確定的故意が認められる主治医については、死亡後に死体検案し、医師法21条の届出義務があるうえに、主体的に原因を究明すべきであった。それにもかかわらず医療事故の可能性を示唆する形跡を残さないために、平成11年2月22日に至るまで死亡を警察に届け出なかった。カルテにも事故の可能性を示唆する形跡を残さないため、看護師が誤投薬の可能性を申告しているという重要な事実を記載しなかった。そして、診療中の患者が死亡した場合には医師法21条の届出義務がないとの考え方があったこと、遺族が病理解剖に承諾したら警察に届け出る必要はないとの考えのもと、原告ら遺族に事故の可能性を告げず、夫から薬物性ショックの可能性について問われても、一般論としてその可能性もある旨の返答をするにとどめたうえで、原告ら遺族から病理解剖の承諾書をとった。看護師の誤投薬の可能性について報告を受けた一方で、病死したとの説を支持するさしたる根拠はなかったにもかかわらず、対策会議においてことさら病死説を唱えたことから、可能な限り医療事故の可能性を打ち消そうとしていた3.死亡診断書について死亡直後の平成11年2月11日付け死亡診断書には死因を「不詳の死」と記載したが、誤投薬の事実が明らかになりつつあった以上、新たに作成する死亡診断書の死因は「外因死」と記載するか、前回同様不詳の死と記載すべきであった。ところが、平成11年3月11日に依頼された死亡診断書には、主治医、病院長、副院長と相談のうえで、死亡の種類欄に「病死および自然死」と虚偽の記載をすることで合意し、誤投薬の事実を原告ら遺族に伝えず、死亡診断書に医療機関の都合の良いように変更した虚偽の事実を記載した病院側(被告)の主張主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反患者が死亡した場合には遺族に対し死亡の経過を説明すれば十分であり、死因解明を希望するか、希望するならどのような手段をとるかは遺族が任意に決めることであって、医療機関に死因解明に必要な措置を提案する法的義務は存しない。また、医療機関が医療事故を警察に届け出たとしても、捜査は犯罪の嫌疑を明らかにするためになされるものであり、遺族に対して死亡原因を究明するためのものではないから、医療機関の警察に対する医療事故届出義務を根拠に、遺族への説明義務を導き出すことはできないさらに、医療機関に警察への届出義務を課すのは、不利益なことを自らなすように法的に強制することであり、憲法が黙秘権を保障した趣旨に抵触するおそれがあることに加えて、人間の自然の情に反するものであって、同義務を課すとかえって事故防止のための情報の収集を阻害しかねない。仮に医療機関が、遺族に対する関係で医療事故を警察に届け出るとの法的義務と負うとしても、病院長は平成11年2月12日の昼前頃に遺族に対し、死亡原因としては心疾患などの疑いがある一方で、薬の取り違えの可能性もあること、死亡原因究明のために病院で病理解剖させて欲しいこと、もし遺族の側で病院が信用できないというのであれば警察に連絡したうえで監察医務院などで解剖を行う方法もあることを説明したうえで、遺族の承諾を得て病理解剖を実施し、臓器や血液を保存し、できる限り真相を究明することを目指して臓器および血液の組織学的検査や残留薬物検査を行うように病院職員らに指示した2.死亡診断書厚生労働省の講習会では、不詳の死は白骨死体の場合に限るという意見を聞いていたし、さらに不詳の死では保険金がおりないのではないかという心配や、血液の残留薬物検査などの警察の捜査の結果が出ておらず、事故死とも書けないと考えた。そして、最終的には、病理解剖で急性肺血栓塞栓症と診断されていたため、現段階では「病死および自然死」と記載するという方向で良いのではないかという意見に落ち着いたことに基づき、病院長の立場で主治医へその旨助言したにすぎない。診断書の作成は主治医の全権に属するから、院長の助言は単なる参考意見である主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反医療事故が発生した場合には、医療現場は混乱し、医師または看護師のひとりが組織体と無関係に対応ないし行動すべきではなく、医療現場全体が組織として対応することが重要であって、警察への届出も病院長がすべきものである。本件医療事故は、病院という組織体が一体としてすべての対応をすることとなったので、具体的には警察への届出も病院長がすべきであった2.死亡診断書死亡診断書記載は、病院長らとの協議の結果指示を受けて記載したものであり、主治医は事実の隠ぺいなどを考えたわけではない。せめて遺族らによる保険金請求手続がスムーズに進むほうが良いと思って、死因の種類を「病死および自然死」と記載した裁判所の判断死亡自体に関する義務違反ヘパ生入りの注射器には「ヘパ生」と黒色マジックで記載されていたにもかかわらず、2本の注射器のうち、ヘパ生入り注射器における「ヘパ生」との記載を確認することなく、ヒビグル入り注射器であると誤信し、他方、もう1本のヒビグル入り注射器には「ヘパ生」との記載がないにもかかわらず、これをヘパ生入り注射器と誤信して病室に持参し、床頭台に置いたという注意義務違反が認められる。看護師は医師から投与を指示された薬剤を取り違えてはいけないという、いついかなる場合においても患者に対して怠ることを許されない義務があるにもかかわらず、きわめて初歩的な態様によってこの義務を怠ったものであるから、これは病院の看護および投薬システムに何らかの問題があったからこそ生じたものではなく、もっぱら看護師両名の個人的注意義務の懈怠によって生じたものである。死亡後の行為に関する義務違反診療契約の当事者である病院開設者としては、患者が死亡した場合には、具体的状況に応じて必要かつ可能な限度で死因を解明すべき義務があり、遺族から説明の求めがある以上、遺族に対し事案の具体的内容、保有する情報の内容などに応じて、死亡に至る事実経過や死因を説明すべき義務を、信義則上診療契約に付随する義務として負うと考えられる。病院長は対策会議の主催者であり、本件医療事故についての病院としての対応方針を決定するに当たり、大きな影響力を有していた。平成11年2月12日の対策会議において、看護師をはじめとする関係者から薬剤の取り違えの具体的可能性がある旨の話を聞き、いったんは医療事故を警察に届け出るとの方針に決めたにもかかわらず、衛生局の見解としては警察への届出を消極的に考えているものと解釈したうえで、方針を転換して本件医療事故を警察に届け出ないことに決定した。さらに同日病理解剖に協力した大学助教授から警察へ連絡することを提案されたにもかかわらず、これを受け入れずに病理解剖するよう指示し、右腕の静脈に沿った赤色色素沈着を撮影したポラロイド写真を示されたうえで薬物の誤注射によって死亡したことはほぼ間違いがないとの解剖の結果報告を受けたにもかかわらず、警察に届出をしないという判断を変えなかった。後日遺族から、病院のほうから警察に届け出ないのであれば自分で届け出るといわれ、ようやく2月22日警察に届け出た。このような経過から、病院長は解剖結果の報告を受けた段階で医療事故を警察に届け出なければならなくなったにもかかわらず、あえて同月22日まで届出をせず、死因解明義務を果たしたとはいえない。医師法21条が異状死体について届出義務を課していることからすれば、法は犯罪の疑いがある場合には、当該医療従事者が自ら死因を解明するのではなく、警察に死因の解明をゆだねるのが適切である。ここにいう警察への届出とは、「異状死体があったことの届出」に過ぎず、それ以上の報告が求められるものではないから、憲法38条1項において黙秘権が保障されている趣旨に抵触するとはいえない。主治医は死体を検案し、医師法21条の届出義務を負っていたのであるから、主体的に死因解明および説明義務を履行すべき立場にあった。看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを知らされたうえ、症状が急変するような疾患などの心当たりがまったくなく、さらに死亡翌日に行われた病理解剖で死体の右腕の静脈に沿って赤い色素沈着がある異状を認めたのであるから、警察へ届け出る必要があった。ところが、漫然と病院の方針に従い、自ら警察へ届け出なかったのは死因解明義務違反にあたる。東京都原告(遺族)側、1億4,410万円の請求に対し、5,988万円の判決病院長原告(遺族)側、600万円の請求に対し、80万円の判決主治医原告(遺族)側、360万円の請求に対し、40万円の判決病院長平成15年5月19日東京高等裁判所において、医師法違反、虚偽有印公文書作成および同行使罪につき、懲役1年および罰金2万円(執行猶予3年)。主治医医師法違反の罪で罰金2万円の略式命令。厚生労働省医道審議会から3ヵ月の医業停止処分。担当看護師業務上過失致死罪で禁固1年(執行猶予3年)考察この事件は、医療ミスとしてはきわめてエポックメイキングな「横浜市大患者取り違え事故」からわずか1ヵ月後に発生し、その後はご存知のように、マスコミの医療ミス報道がますます過熱するようになりました。事故の内容は、消毒薬を間違えて静脈注射したというとてもショッキングな出来事であり、この事件を契機として、医療現場には透明の注射器以外に「色つきシリンジ」が急速に普及し始め、内服薬をはじめとする誤注射の頻度はかなり減少しました。もう1つの大事な教訓は、患者へ輸血や注射薬を投与した直後に容態急変した場合、できる限り同じルートから補液や救急薬品を注入してはならないということです。このケースでは静脈内に留置した持続点滴針から、抗菌薬の静脈投与を行っていて、注射が終わると点滴ルート内をヘパ生で満たしていました。その状況でヘパ生とヒビグルを間違えて注入したのですが、当初体内に入ったのは約1mLで、残りの9mLは点滴ルート内に止まっていました。そして、患者の容態が急変し輸液が必要ということで、同じルートを用いてソルデム3Aを接続したため、点滴ルート内に残っていた約9mLのヒビグルがすべて体内へ移行してしまいました。合計10mLものヒビグルが注入された結果、前腕皮静脈内に血栓が生じ、さらに急性肺血栓塞栓症へ発展して短時間で死亡に至りました。もし、異物が静注されたかもしれないということが早期に報告されていれば、既存の点滴ルートはすぐさま抜針され、別の静脈ルートを確保していたと思います。そうしていれば、もしかすると救命の余地がわずかながらも残されていたかもしれません。その次に問題となるのが、普段の診療ではあまり意識することのない「異状死体」の取り扱いです。医師法第21条では、「医師は異状死体を検案した場合、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定され、これに違反すると2万円の罰金が科せられます。そもそもこの法律がつくられた背景には、多くの遺体が死因を解明されないままにされるという実情があり、異状死体の届け出を契機として、殺人事件をはじめとする犯罪捜査の端緒にしようという目的がありました。これに対し日本法医学会は、「病死と考えられても、DOA(到着時死亡)や死因を確定するのが困難な場合には異状死体として取り扱う」という見解を示し、「異状死体」の概念をかなり広げてしまいました。その結果、前述した医師の「異状死体届出義務」が広い概念の「異状死体」とセットで議論されるようになり、医師が「合併症」による死亡と思っても、家族が不幸な結果を受け入れられず医療ミスを疑えば、ただちに警察が医療現場に介入する可能性があるという事態になっています。ところが、警察には医療内容を詳細に評価する知識や能力はありませんので、いたずらに医療関係者が捜査対象となってしまいます。しかも、医療機関が「医師法第21条」に沿って異状死体の届出をしたと思っても、警察の側では刑法第211条「業務上過失致死」の疑いで捜査を開始する可能性があり、医師や看護師が不当に「犯人扱い」されることも考えられます。本件では、死亡直後から消毒薬の誤注射が疑われていたので、あとから振り返れば死亡から24時間以内に異状死体として届け出なければならないケースでした。ところが、病院内の調整や都の衛生局との関係から届出をめぐって明確な方針が決まらず、死亡から11日後の通報となりました。それも、「病院が警察へ届けないのならば遺族が届ける」ということで、ようやく重い腰を上げたので、遺族の不信感は相当大きなものだったと思います。ところが、医師の側からみれば、消毒薬の誤注入が早い段階から疑われて当初は警察へ届けるつもりだったのに、死因を確定することはできなかったし、「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになる」という心配から、病院幹部職員のコンセンサスとして届出を躊躇してしまったのも十分に理解できることです。また、これまでみたこともない異例の事故であっただけに、病院長、衛生局、主治医などの意見が錯綜し、警察署への届出のみならず死亡診断書の記載内容も不適切となってしまいました。さらに裁判過程でも、病院長は「届出義務は主治医に責任があり病院長はアドバイスしただけ」と主張する一方で、主治医は「病院長の方針に従っただけ」と発言するなど、身内同士の言い合いにまでなっています。そもそもこのケースは看護師による単純ミスであり、判決でも病院組織としての問題ではなく、看護師個人の問題を重視しました。つまり、行政処分を受けた病院長や主治医には明らかな医療ミスといえるほどの医療行為はまったくなかったと思います。問題とされた警察への届出についても、別に悪意があったために遅くなった訳ではなく、その間にも衛生局の職員と綿密な打ち合わせを行っていたし、大勢での意思決定であったといってもよいでしょう。それなのに、医師法第21条違反ということで病院長には実刑判決、主治医には3ヵ月もの医業停止処分が下ったのですから、こんな理不尽な結末はないといっても過言ではありません。もしこの事件の当事者となった場合には、おそらくほとんどの医師が同様の処罰を受けた可能性が高いと思います。なお、現状でも異状死体届出については混沌としているのに、日本外科学会から出された異状死体のガイドラインがさらに波紋を広げてしまいました。このガイドラインは、「重大な過失で障害が発生すれば届け出ること」を前提とし、「患者に同意を得た合併症であれば医師法第21条の対象外である」という内容です。これはよく考えると、外科学会のいうとおりに死亡直後は患者の同意を得て異状死体を届け出ず、24時間経過したあとの検証で実は合併症ではなかったというような症例は、事後的に医師法第21条違反として処罰される余地が残ることになってしまいます。さらに、異状死体届出の対象者は本来「死体検案医」であったのに、医師の高い倫理性を理由に「診療を行った医師自身」と別の基準も作ってしまいました。このため、ますます警察介入の範囲を拡大してしまうことになり、当初外科学会が想定した意図とは異なる方向へ進むことになりました。やはりここで重要なのは、少々極論となってしまうかもしれませんが、異状死体、あるいは患者の急死に際しては、一歩間違えると警察署への届出をめぐって「刑事事件」に発展しかねないので、自らの医師免許をかけるつもりで、対応を心がけなければならないということだと思います。だからといって、病院内の急死をすべて警察に届けるということではありません。なかには事前に予想された合併症で亡くなるようなケースも数多くありますし、医師の医療行為とはまったく関係なく死亡するような重篤例もあります。法律の知識に明るくないわれわれ医師にとって、警察へ届けるということは「自首する」と同じことだと思いがちですが、実際の運用場面ではけっしてそうではありません。ましてや、本件で問題となったように「警察へ届け出るのは職員を売ること」と短絡すべきものでもないと思います。この場合の明確な届出基準を提示するのは難しいと思いますが、本件のような消毒薬の誤注入など、争いようのない医療過誤の場合には必ず届出するべきでしょう。問題なのは、家族が急死という事実を受け入れがたい場合や、医師の立場で死因をはっきりと特定できない症例だと思います。そのような時には、「警察の見解を聞く」という考え方で所轄警察署に一報だけ入れておく、ということでも対応可能な場合があります。そうすると警察から「事件性はありますか」と質問されるようですから、医療行為に問題がないと考えられる時には「事件性はないと思います」と回答すると、警察のほうもむやみな介入はしないのが一般的なようです。そして、警察へ連絡を入れておいたこと(連絡した時間、医師の氏名、相手の警察官の氏名、連絡内容など)をカルテに記載しておくことによって、少なくとも医師法第21条の問題はクリアできるようにも思います。ただし、都道府県によっては対応が異なる場合がありますので、できれば病院内でどのようにするのかあらかじめ話し合っておく必要があるでしょう(たとえば東京都23区内の場合には、病院から警察へ異状死体の届出があると、必ず警部補以上の担当者が検視を行うと同時に、監察医務院の医師が死体検案に立ち会うという内規があるようです)。また、数々のストーカー事件などで初動捜査が遅れ、世論の非難を浴びたという苦い反省から、患者の遺族から告訴、告発があった場合には、警察は必ず捜査に着手するようです。この場合は刑法211条(業務上過失致死)を念頭においた捜査ですので、告訴・告発という最悪のかたちにならないように、医師からの事後説明をおろそかにせず、患者家族とのコミュニケーションを十分にはかる必要があると思います。整形外科

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関節への培養幹細胞注入は安全

 整形外科領域において、関節病変に対する幹細胞治療が期待されている。筋骨格系障害は非致命的な疾患であるため、幹細胞治療は安全性が必要条件となるが、オランダ・エラスムス大学医療センターのC.M.M. Peeters氏らはシステマティックレビューにより、関節への培養幹細胞注入は安全であることを報告した。潜在的な有害事象に十分注意しながら、幹細胞の関節内注入療法の開発を続けることは妥当と考えられる、と結論している。Osteoarthritis and Cartilage誌2013年10月号(オンライン版2013年7月4日号)の掲載報告。 システマティックレビューは、PubMed、EMBASE、Web of ScienceおよびCINAHLを用い、2013年2月までに発表された培養増殖幹細胞の関節内注入療法に関する論文を検索して行った。 条件を満たした論文は8本特定され、合計844例の有害事象を解析した(平均追跡期間21ヵ月間)。 主な結果は以下のとおり。・すべての研究で、軟骨修復および変形性関節症の治療のために自家骨髄間葉系幹細胞が使用されていた。・重篤な有害事象は4例報告された。骨髄穿刺後の感染症1例(おそらく関連あり、抗菌薬で回復)、骨髄穿刺2週後に発生した肺塞栓症1例(おそらく関連あり)、腫瘍2例(2例とも注入部位とは異なる場所に発生、関連なし)。・治療に関連した有害事象は、ほかに22例報告され、うち7例が幹細胞生成物と関連ありとされた。・治療に関連した主な有害事象は、疼痛や腫脹の増加と骨髄穿刺後の脱水であった。・疼痛や腫脹の増加は、幹細胞生成物と関連ありと報告された唯一の有害事象であった。・以上を踏まえて著者は、「直近の文献レビューの結果、関節病変に対する幹細胞治療は安全であると結論する」と述べ、「潜在的な有害事象への注意は引き続き必要と考えるが、幹細胞の関節内注入療法の開発を続けることが妥当と考えられる」とまとめている。~進化するnon cancer pain治療を考える~ 「慢性疼痛診療プラクティス」連載中!・知っておいて損はない運動器慢性痛の知識・身体の痛みは心の痛みで増幅される。知っておいて損はない痛みの知識・脊椎疾患にみる慢性疼痛 脊髄障害性疼痛/Pain Drawingを治療に応用する

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MRSA陽性の皮膚・軟部組織感染症患者、4分の1がMSSAに移行

 皮膚・軟部組織感染症(SSTI)でかつメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)陽性患者のうち、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)に移行する患者が顕著な頻度で存在することが、米国・オレゴン健康科学大学のAnisha B. Patel氏らによる外来・入院該当患者の後ろ向き調査研究の結果、明らかになった。215例のうち25.6%がMSSAに移行していたという。JAMA Dermatology誌2013年10月号の掲載報告。 外来でのMRSA感染患者の増加は、MRSAに対する経験的抗菌薬治療のさらなる増加をもたらしているが、有効な経口抗菌薬は限られていること、またさらなる耐性菌への懸念から、同治療傾向については議論の的となっている。 そこで研究グループは、MRSA SSTI患者のMSSAへの移行率を調べることを目的とし、同大学病院およびクリニックの入院・外来患者の医療記録を後ろ向きにレビューした。 2000年1月1日~2010年12月31日の間に、MRSA陽性SSTIであったが、その後1ヵ月以降に黄色ブドウ球菌の SSTIが培養で証明されていた患者のデータを対象とした。社会人口統計学的制限は設けなかった。本調査は最低200例を被験者とすることを条件とした。 主要評価項目は、SSTI患者がMRSA陽性のままであったかMSSAに移行したかどうかであった。 主な結果は以下のとおり。・データベースを遡って1,681例の患者の医療記録をレビューした。そのうち215例が試験基準を満たした。・215例のうち64例(29.8%)が、少なくとも1回はMSSAに移行していた。移行後の試験期間中MSSAであった患者は55例(25.6%)であった。・MSSAへの移行を増減する因子についても調べた結果、侵襲的処置ありが唯一、MRSA陽性のままとする、統計的に有意なリスク因子であった(相対リスク:1.20、95%CI:1.02~1.41、p=0.03)。・以上から、MRSA SSTI患者は、その後MSSA SSTIに顕著な頻度で移行する能力を有していることが示された。・MRSAリスク因子に関するさらなる検討と、それらリスク因子のその後の感染への影響が、経験的治療を行う際に役立つ可能性がある。・MRSA陽性であった患者において新たな感染を認めた場合は、黄色ブドウ球菌は変化するということを認識しながらの治療戦略を慎重に行う必要がある。

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ストレス潰瘍の予防薬と心臓外科患者における院内肺炎のリスク:コホート研究(コメンテーター:上村 直実 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(141)より-

本論文では、米国の約500病院からの患者データが集積されているPremier Research Databaseを用いた後ろ向きコホート研究において、冠動脈バイパス術(CABG)の術後早期にストレス潰瘍の予防目的で投与された胃酸分泌抑制薬と術後院内肺炎の発症について検討した結果、プロトンポンプ阻害薬(PPI)使用群の術後の肺炎リスクがH2ブロッカー(H2RA)使用群に比べて有意に高いと結論されている。 ICDコードを用いた大規模な病院患者データベースを利用した後ろ向きコホート研究という研究デザインである点、また、集積期間のCABG症例27万7,892例のうち、入院3日目以降にCABGを施行された12万6,608例中、術後2日間にPPIないしはH2RAの投与を受けた患者9万5,459例をリクルートして、さらにCABG施行前に抗生物質やPPIなどの胃酸分泌抑制薬の投与を受けた6万9,036例(72.3%)などを除外した2万1,214例(22.2%)のみがコホートの対象となっている点を考慮した解釈が必要であるが、CABG術後早期に用いる胃酸分泌抑制薬としてはH2RA(4.3%)に比べてPPI(5%)の方が術後肺炎のリスクが高いことは確かと思われる。 著者も考察しているように、PPI群とH2RA群の両者において術後の消化管出血の発症リスクに差がなかったにも関わらず、肺炎リスクはPPI群が有意に高値であった点は意外であり、今後の研究課題と思われる。 しかし、いずれにせよ、CABG後に胃酸分泌抑制剤、とくにPPIを使用する際には、術後経過中の肺炎に注意した対応が重要であろう。さらに、日本でもNational Data Baseが構築されつつあり、今後、大規模データベースを用いたエビデンスの構築を考える際には、研究デザインや対象の取り方が重要となることについても教えられる研究論文である。

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臨床スコアに基づく抗菌薬処方、症状と抗菌薬使用を抑制/BMJ

 プライマリ・ケアにおいて、レンサ球菌感染を予測する臨床スコアに基づく抗菌薬処方は、症状のコントロールを改善し抗菌薬の使用を減少させることが、英国・サウサンプトン大学のPaul Little氏らが実施したPRISM試験で示された。プライマリ・ケアでは、急性咽頭炎患者のほとんどに抗菌薬が処方されている。抗菌薬使用の可否や薬剤の選定には、迅速抗原検査や臨床スコアが使用されることが多いが、これを支持する強固なエビデンスはこれまでなかったという。BMJ誌オンライン版2013年10月10日号掲載の報告。臨床スコア、迅速抗原検査の有効性を無作為化試験で評価 PRISM(primary care streptococcal management)試験は、プライマリ・ケアにおけるレンサ球菌感染症の臨床スコアおよび迅速抗原検査に基づく抗菌薬処方の有効性を待機的抗菌薬処方と比較する無作為化対照比較試験。3歳以上の急性咽頭炎(発症後2週間以内)および咽頭の肉眼的異常(紅斑、膿)がみられる患者を対象とした。 被験者は、以下の3群に無作為に割り付けられた。(1)待機的抗菌薬処方(対照群):処方薬を用意して保管し、患者には症状が安定しなかったり、かなり悪化した場合には、3~5日後に受け取るよう指示する、(2)レンサ球菌感染症を予測するよう設計された臨床スコア:0/1点の患者には抗菌薬を処方せず、≧4点にはただちに処方し、2/3点には待機的抗菌薬処方を行う、(3)臨床スコアに基づく迅速抗体検査:臨床スコアが0/1点の患者には抗菌薬の処方や迅速抗体検査は行わず、2点には待機的抗菌薬処方を行い、≧3点には迅速抗体検査を行って陰性の場合、抗菌薬は処方しない。 主要評価項目は、リッカート尺度(0~6の7点法による診察後2~4日の咽頭炎/嚥下困難の平均重症度)を用いた患者の自己申告による症状の重症度とし、症状発現の期間や抗菌薬の使用状況の評価も行った。合併症や再診率の増加はない 2008年10月~2011年4月までに、英国の21のプライマリ・ケア施設から631例が登録され、対照群に207例(平均年齢29歳、女性67%、受診時の罹病期間4.9日)、臨床スコア群に211例(31歳、60%、4.5日)、臨床スコア+迅速抗体検査群には213例(29歳、65%、5.0日)が割り付けられた。症状の重症度のデータは、502例(80%)から得られた(各群168例、168例、166例)。 受診後2~4日の咽頭炎/嚥下困難の平均スコアは、対照群に比べ臨床スコア群で有意に低下し(補正後Likertスコアの平均差:-0.33、95%信頼区間[CI]:-0.64~-0.02、p=0.04)、迅速抗体検査+臨床スコア群でもほぼ同等の効果が得られた(-0.30、-0.61~0.004、p=0.05)。 対照群では、「やや悪い症状または症状の増悪」の持続期間(中央値)は5日間であった。対照群に比べ、臨床スコア群ではこれらの症状がより速やかに改善した(ハザード比[HR]:1.30、95%CI:1.03~1.63、p=0.03)が、迅速抗体検査+臨床スコア群では有意差は認めなかった(1.11、0.88~1.40、p=0.37)。 対照群の抗菌薬使用率は46%(75/164例)であった。これに対し、臨床スコア群の使用率は37%(60/161例)、迅速抗体検査+臨床スコア群は35%(58/164例)であり、それぞれ29%(補正リスク比:0.71、95%CI:0.50~0.95、p=0.02)、27%(0.73、0.52~0.98、p=0.03)の有意な低下が認められた。 合併症(中耳炎、副鼻腔炎、化膿性扁桃腺炎、蜂巣炎)の発症率や、咽頭炎による再診率は3群間に差はなかった。 著者は、「急性咽頭炎に対する、臨床スコアを用いた抗菌薬処方により、症状のコントロールが改善され、抗菌薬使用が低下した。臨床スコアに基づく迅速抗体検査も同等のベネフィットをもたらしたが、臨床スコア単独を超える明確なベネフィットは確認できなかった」とまとめ、「2つの検査は共に臨床スコアを用いるため、電話トリアージに妥当かは不明である」と指摘している。

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NSAIDsにより消化性潰瘍が穿孔し死亡したケース

消化器概要肺気腫、肺がんの既往歴のある67歳男性。呼吸困難、微熱、嘔気などを主訴として入退院をくり返していた。経過中に出現した腰痛および左足痛に対しNSAIDsであるロキソプロフェン ナトリウム(商品名:ロキソニン)、インドメタシン(同:インダシン)が投与され、その後も嘔気などの消化器症状が継続したが精査は行わなかった。ところがNSAIDs投与から12日後に消化性潰瘍の穿孔を生じ、緊急で開腹手術が行われたが、手術から17日後に死亡した。詳細な経過患者情報肺気腫、肺がん(1987年9月左上葉切除術)の既往歴のある67歳男性。慢性呼吸不全の状態であった経過1987年12月3日呼吸困難を主訴とし、「肺がん術後、肺気腫および椎骨脳底動脈循環不全」の診断で入院。1988年1月19日食欲不振、吐き気、上腹部痛が出現(約1ヵ月で軽快)。4月16日体重45.5kg5月14日症状が安定し退院。6月3日呼吸困難、微熱、嘔気を生じ、肺気腫と喘息との診断で再入院。6月6日胃部X線検査:慢性胃炎、「とくに問題はない」と説明。6月7日微熱が継続したため抗菌薬投与(6月17日まで)。6月17日軟便、腹痛がみられたためロペラミド(同:ロペミン)投与。6月20日体重41.5kg、血液検査で白血球数増加。6月24日抗菌薬ドキシサイクリン(同:ビブラマイシン)投与。6月26日胃もたれ、嘔気が出現。6月28日食欲低下も加わり、ビブラマイシン®の副作用と判断し投与中止。6月29日再び嘔気がみられ、びらん性胃炎と診断、胃粘膜保護剤および抗潰瘍薬などテプレノン(同:セルベックス)、ソファルコン(同:ソロン)、トリメブチンマレイン(同:セレキノン)、ガンマオリザノール(同:オルル)を投与。7月4日嘔気、嘔吐に対し抗潰瘍薬ジサイクロミン(同:コランチル)を投与。7月5日嘔気は徐々に軽減した。7月14日便潜血反応(-)7月15日嘔気は消失したが、食欲不振は継続。7月18日体重40.1kg。7月19日退院。7月20日少量の血痰、嘔気を主訴に外来受診。7月22日腰痛および膝の感覚異常を主訴に整形外科を受診、鎮痛薬サリチル酸ナトリウム(同:ネオビタカイン)局注、温湿布モムホット®、理学療法を受け、NSAIDsロキソニン®を1週間分投与。以後同病院整形外科に連日通院。7月25日血尿が出現。7月29日出血性膀胱炎と診断し、抗菌薬エノキサシン(同:フルマーク)を投与。腰痛に対してインダシン®坐薬、セルベックス®などの抗潰瘍薬を投与。7月30日吐物中にうすいコーヒー色の吐血を認めたため外来受診。メトクロプラミド(同:プリンペラン)1A筋注、ファモチジン(同:ガスター)1A静注。7月31日呼吸不全、嘔気、腰と左足の痛みなどが出現したため入院。酸素投与、インダシン®坐薬50mg 2個を使用。入院後も嘔気および食欲不振などが継続。体重40kg。8月1日嘔吐に対し胃薬、吐き気止めの投薬開始、インダシン®坐薬2個使用。8月2日10:00嘔気、嘔吐が持続。15:00自制不可能な心窩部痛、および同部の圧痛。16:40ブチルスコポラミン(同:ブスコパン)1A筋注。17:50ペンタジン®1A筋注、インダシン®坐薬2個投与。19:30痛みは軽快、自制の範囲内となった。8月3日07:00喉が渇いたので、ジュースを飲む。07:30突然の血圧低下(約60mmHg)、嘔吐あり。08:50医師の診察。左下腹部痛および嘔気、嘔吐を訴え、同部に圧痛あり。腹部X線写真でフリーエアーを認めたため、腸閉塞により穿孔が生じたと判断。15:00緊急開腹手術にて、胃体部前壁噴門側に直径約5mmの潰瘍穿孔が認められ、腹腔内に食物残渣および腹水を確認。胃穿孔部を切除して縫合閉鎖し、腹腔内にドレーンを留置。術後腹部膨満感、嘔気は消失。8月10日水分摂取可能。8月11日流動食の経口摂取再開。8月13日自分で酸素マスクをはずしたり、ふらふら歩行するという症状あり。8月15日頭部CTにて脳へのがん転移なし。白血球の異常増加あり。8月16日腹腔内留置ドレーンを抜去したが、急性呼吸不全を起こし、人工呼吸器装着。8月19日胸部X線写真上、両肺に直径0.3mm~1mmの陰影散布を確認。家族に対して肺がんの再発、全身転移のため、同日中にも死亡する可能性があることを説明。8月20日心不全、呼吸不全のため死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張慢性閉塞性肺疾患では低酸素血症や高炭酸ガス血症によって胃粘膜血流が低下するため胃潰瘍を併発しやすく、実際に本件では嘔気・嘔吐などの胃部症状が発生していたのに、胃内視鏡検査や胃部X線検査を怠ったため胃潰瘍と診断できなかった。さらに非ステロイド系消炎鎮痛薬はきわめて強い潰瘍発生作用を有するのに、胃穿孔の前日まで漫然とその投与を続けた。病院側(被告)の主張肺気腫による慢性呼吸器障害に再発性肺がんが両肺に転移播種するという悪条件の下で、ストレス性急性胃潰瘍を発症、穿孔性腹膜炎を合併したものである。胃穿孔は直前に飲んだジュースが刺激となって生じた。腹部の術後経過は順調であったが、肺気腫および肺がんのため呼吸不全が継続・悪化し、死亡したのであり、医療過誤には当たらない。ロキソニン®には長期投与で潰瘍形成することはあっても、本件のように短期間の投与で潰瘍形成する可能性は少なく、胃穿孔の副作用の例はない。インダシン®坐薬の能書きには消化性潰瘍の可能性についての記載はあるが、胃潰瘍および胃穿孔の副作用の例はない。たとえ胃潰瘍の可能性があったとしても、余命の少ない患者に対し、腰痛および下肢痛の改善目的で呼吸抑制のないインダシン®坐薬を用いることは不適切ではない。裁判所の判断吐血がみられて来院した時点で出血性胃潰瘍の存在を疑い、緊急内視鏡検査ないし胃部X線撮影検査を行うべき注意義務があった。さらに検査結果が判明するまでは、絶食、輸液、止血剤、抗潰瘍薬の投与などを行うべきであったのに怠り、鎮痛薬などの投与を漫然と続けた結果、胃潰瘍穿孔から汎発性腹膜炎を発症し、開腹手術を施行したが死亡した点に過失あり。原告側合計4,188万円の請求に対し、2,606万円の判決考察今回のケースをご覧になって、「なぜもっと早く消化器内視鏡検査をしなかったのだろうか」という疑問をもたれた先生方が多いことと思います。あとから振り返ってみれば、消化器症状が出現して入院となってから胃潰瘍穿孔に至るまでの約60日間のうち、50日間は入院、残りの10日間もほとんど毎日のように通院していたわけですから、「消化性潰瘍」を疑いさえすればすぐに検査を施行し、しかるべき処置が可能であったと思います。にもかかわらずそのような判断に至らなかった原因として、(1)入院直後に行った胃X線検査(胃穿孔の58日前、NSAIDs投与の45日前)で異常なしと判断したこと(2)複数の医師が関与したこと:とくにNSAIDs(ロキソニン®、インダシン®)は整形外科医師の指示で投与されたことの2点が考えられます(さらに少々考えすぎかも知れませんが、本件の場合には肺がん術後のため予後はあまりよくなかったということもあり、さまざまな症状がみられても対症療法をするのが限度と考えていたのかも知れません)。このうち(1)については、胃部X線写真で異常なしと判断した1ヵ月半後に腰痛に対して整形外科からNSAIDsが処方され、その8日後に嘔吐、吐血までみられたのですから、ここですぐさま上部消化管の検査を行うのが常識的な判断と思われます。しかもこの時に、ガスター®静注、プリンペラン®筋注まで行っているということは、当然消化性潰瘍を念頭に置いていたと思いますが、残念ながら当時患者さんをみたのは普段診察を担当していない消化器内科の医師でした。もしかすると、今回の主治医は「消化器系の病気は消化器内科の医師に任せてあるのでタッチしない」というスタンスであったのかも知れません。つまり(2)で問題提起したように、胃穿孔に至る過程にはもともと患者さんを診ていた内科主治医消化器系を担当した消化器内科医腰痛を診察しNSAIDsを処方した整形外科医という3名の医師が関与したことになります。患者側からみれば、同じ病院に入院しているのだから、たとえ診療科は違っても医者同士が連絡しあい、病気のすべてを診てもらっているのだろうと思うのが普通でしょう。ところが実際には、フリーエアーのある腹部X線写真をみて、主治医は最初に腸閉塞から穿孔に至ったのだろうと考えたり、前日までNSAIDsを投与していたことや消化性潰瘍があるかもしれないという考えには辿り着かなかったようです。同様に整形外科担当医も、「腰痛はみるけれども嘔気などの消化器症状は内科の先生に聞いてください」と考えていたろうし、消化器内科医は、「(吐血がみられたが)とりあえずはガスター®とプリンペラン®を使っておいたので、あとはいつもの主治医に任せよう」と思ったのかも知れません。このように本件の背景として、医師同士のコミュニケーション不足が重大な影響を及ぼしたことを指摘できると思います。ただしそれ以前の問題として、NSAIDsを処方したのであれば、たとえ整形外科であっても副作用のことに配慮するべきだし、もし消化器症状がみられたのならば内科担当医に、「NSAIDsを処方したけれども大丈夫だろうか」と照会するべきであると思います。同様に消化器内科医の立場でも、自分の専門領域のことは責任を持って診断・治療を行うという姿勢で臨まないと、本件のような思わぬ医事紛争に巻き込まれる可能性があると思います。おそらく、各担当医にしてみればきちんと患者さんを診察し、(内視鏡検査を行わなかったことは別として)けっして不真面目であったとか怠慢であったというような事例ではないと思います。しかし裁判官の判断は、賠償額を「67歳男性の平均余命である14年」をもとに算定したことからもわかるように、大変厳しい内容でした。常識的に考えれば、もともと肺気腫による慢性呼吸不全があり、死亡する11ヵ月前に肺がんの手術を行っていてしかも両側の肺に転移している進行がんであったのに、「平均余命14年」としたのはどうみても不適切な内容です(病院側弁護士の主張が不十分であったのかもしれません)。しかし一方で、そう判断せざるを得ないくらい「医師として患者さんにコミットしていないではないか」、という点が厳しく問われたケースではないかと思います。今回のケースから得られる教訓として、自分の得意とする分野について診断・治療を行う場合には、最後まで責任を持って担当するということを忘れないようにしたいと思います。また、たとえ専門外と判断される場合でも、可能な限りほかの医師とのコミュニケーションをとることを心掛けたいと思います。消化器

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1分でわかる家庭医療のパール ~翻訳プロジェクトより 第1回

第1回:単純性憩室炎では、抗菌薬投与は回復を早めない 憩室炎の患者の多くは、腹痛を主訴に受診します。腹痛は、救急受診の10%程度を占める症状で、見逃すと重症化するものもあり、詳細な病歴と診察が必要とされます。憩室の頻度は高齢者に多く、40歳以下では10%以下ですが、85歳以上には80%以上存在する1)という報告があります。また、一般に西洋人の方が憩室を有する率が高いといわれていますが、食の西洋化によって、日本人にも増えてきていると考えられています2)。単純性憩室炎の患者の食事として勧められている“Clear Liquid Diet” とは、一日1,000kcal程度で、乳製品や脂肪分、食物繊維を含まない食事であり3)、日本では入院中の術後食をイメージしていただければと思います。 以下、本文 American Family Physician 2013年5月1日号1)より単純性憩室炎1.概要炎症が憩室のみに限局する状態であり、複雑性の憩室炎は膿瘍や蜂窩織炎、瘻孔、通過障害、出血や穿孔を伴うものをいう。2.症状 1)主な症状 左下腹部自発痛、圧痛、腹部膨満感、発熱 (「左下腹部のみに限局した痛み」陽性尤度比10.4) 2)その他の症状 食欲不振や、便秘、吐き気(「嘔吐がない」陰性尤度比0.2)、下痢、排尿障害3.検査 1)採血 : 末梢血液や電解質や腎機能などの生化学、尿検査や、CRP測定を行う。 2)CT : 最も有用な画像検査【Grade C】で、診断の決定と、病状の広がりや重症度を判断し、合併症を否定するのによい。 3)下部消化管内視鏡 : 複雑性の患者や高齢者で、症状が治まって4~6週間後に行うとよい。軽症で単純性の憩室炎の場合は、抗菌薬の投与が、回復を早めることはなく【Grade B】、合併症や再発を予防することはない。4.処置 1)経過観察 : 軽症で経口摂取が可能で、腹膜炎の徴候がなければ、Clear Liquid Dietで2、3日経過を見る。 2)入院(内科的対応) : 腹膜炎の徴候があったり、複雑性憩室炎の疑いがあれば、入院も考慮すべきである。 入院患者の治療として、補液や抗菌薬点滴を行う。 限局的に膿瘍があれば、CTガイド下の経皮的ドレナージを考えるべきである。 3)入院(外科的対応) : 急性憩室炎で入院している15~30%は入院中に外科的対応が必要とされる。 ラパロスコピーは開腹術と比較して、短期間の入院ですみ、合併症は少なく、入院中の死亡率も低い。 再発を繰り返す場合の外科的治療については、状態や既往歴、生活状況などを併せて個別的に考えるべきである。 4)再発予防 : 再発を予防するのは、食物繊維の摂取、運動、禁煙と、BMI 30以上の人は減量である。ナッツやコーン類を摂取しないことで、憩室症や憩室炎の発症率を下げる効果はない【Grade B】。本内容は、プライマリ・ケアに関わる筆者の個人的な見解が含まれており、詳細に関しては原著を参照されることを推奨いたします。 1) Wilkins T, et al. Am Fam Physician. 2013 May 1;87:612-620. 2) 福井次矢ほか編.内科診断学.第2版.医学書院;2008.p.866. 3) The John Hopkins hospital/outpatient center clear liquid diet. The John Hopkins Medical Institutions.

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急性心筋炎を上気道炎・胃潰瘍と誤診して手遅れとなったケース

循環器最終判決平成15年4月28日 徳島地方裁判所 判決概要高血圧症で通院治療中の66歳女性。感冒症状を主訴として当該病院を受診し、急性上気道炎の診断で投薬治療を行ったが、咳・痰などの症状が持続した。初診から約2週間後に撮影した胸部X線写真には異常はみられなかったが、咳・痰の増悪に加えて悪心、食欲不振など消化器症状が出現したため、肺炎を疑って入院とした。ところが、次第に発汗が多く血圧低下傾向となり、脱水を念頭においた治療を行ったが、入院4日後に容態が急変して死亡した。詳細な経過患者情報本態性高血圧症の診断で降圧薬マニジピンなどを内服していた66歳女性経過平成9年2月19日感冒症状を主訴として来院し、急性上気道炎と診断して感冒薬を処方。その後も数回通院して投薬治療を続けたが、咳・痰などの感冒症状は持続した。3月4日胸部X線撮影では浸潤陰影など肺炎を疑う所見なし。3月6日血圧158/86mmHg、脈拍109/min。発熱はないが咳・痰が増悪し、悪心(嘔気)、食欲不振、呼吸困難などがみられ、肺全体に湿性ラ音を聴取。上腹部に筋性防御を伴わない圧痛がみられた。急性上気道炎が増悪して急性肺炎を発症した疑いがあると診断。さらに食欲不振、上腹部圧痛、嘔気などの消化器症状はストレス性胃潰瘍を疑い、脱水症状もあると判断して入院とした。気管支拡張薬のアミノフィリン(商品名:ネオフィリン)、抗菌薬ミノサイクリン(同:ミノペン)、抗菌薬フロモキセフナトリウム(同:フルマリン)、胃酸分泌抑制剤ファモチジン(同:ガスター)などの点滴静注を3日間継続した。この時点でも高熱はないが、悪心(嘔気)、食欲不振、腹部圧痛などの症状が持続し、点滴を受けるたびに強い不快感を訴えていた。3月7日血圧120/55mmHg。3月8日血圧89/58mmHg、胸部の聴診では湿性ラ音は減弱し、心音の異常は聴取されなかった。3月9日血圧86/62mmHgと低下傾向、脈拍(100前後)、悪心(嘔気)が激しく発汗も多くなった。血圧低下は脱水症状によるものと考え、輸液をさらに追加。胸部の聴診では肺の湿性ラ音は消失していた。3月10日06:00血圧80/56mmHg、顔色が悪く全身倦怠感、脱力感を訴えていた。09:30点滴投与を受けた際に激しい悪心が出現し、血圧測定不能、容態が急速に悪化したため、緊急処置を行う。13:30集中治療の効果なく死亡確認。担当医師は死因を心不全によるものと診断、その原因について確定診断はできなかったものの、死亡診断書には急性心筋梗塞と記載した。なお死亡前の血液検査では、aST、aLT、LDHの軽度上昇が認められたが、CRPはいずれも陰性で、腎不全を示す所見も認められなかった。当事者の主張患者側(原告)の主張通院時の過失マニジピン(降圧薬)の副作用として、呼吸器系に対して咳・喘息・息切れを招来し、心不全をもたらすおそれがあるため、長期投与の場合には心電図検査などの心機能検査を定期的に行い、慎重な経過観察を実施する必要があるとされているのに、マニジピンの投与を漫然と継続し、高血圧症の患者には慎重投与を要するプレドニゾロンを上気道炎に対する消炎鎮痛目的で漫然と併用投与した結果、心疾患を悪化させた入院時の過失3月6日入院時に、通院中にはなかった呼吸困難、悪心(嘔気)、食欲不振、頻脈、肺全体の湿性ラ音が聴取されたので、心筋炎などの心疾患を念頭におき、ただちに心電図検査、胸部X線撮影、心臓超音波検査を実施すべき義務があった。さらに入院2日前、3月4日の胸部X線撮影で肺炎の所見がないにもかかわらず、入院時の症状を肺炎と誤診した入院中の過失入院後も悪心(嘔気)、頻脈が持続し、もともと高血圧症なのに3月8日には89/58mmHgと異常に低下していたので、ただちに心疾患を疑い、心電図検査などの心機能検査を行うなどして原因を究明すべき義務があったが、漫然と肺炎の治療をくり返したばかりか、心臓に負担をかけるネオフィリン®を投与して病状を悪化させた死亡原因についてウイルス性上気道炎から急性心筋炎に罹患し、これが原因となって心原性ショックに陥り死亡した。入院時および入院中血圧の低下がみられた時点で心電図検査など心機能検査を実施していれば、心筋炎ないし心不全の状態にあったことが判明し、救命できた可能性が高い病院側(被告)の主張通院期間中の過失の不存在通院期間中に投与した薬剤は禁忌ではなく、慎重投与を要するものでもなかったので、投薬について不適切な点はない入院時の過失の不存在3月6日入院時にみられた症状は、咳・痰、発熱、呼吸困難などの感冒症状および腹部圧痛などの消化器症状のみであり、また、肺の湿性ラ音は肺疾患の特徴である。したがって、急性上気道炎が増悪して急性肺炎に罹患した疑いがあると診断したことに不適切な点はない。また、心筋炎など心疾患を疑わせる明確な症状はなかったので、心電図検査などの心機能検査を実施しなかったのは不適切ではない入院中の過失の不存在入院後も心筋炎など心疾患を疑わせる明確な所見はなく、総合的に判断してもっとも蓋然性の高い急性肺炎および消化器疾患を疑い、治療の効果が現れるまで継続したので不適切な点があったとはいえない死因について胃酸や胆汁の誤嚥により急速な血圧低下が生じた可能性がある。入院中、胸痛、心筋逸脱酵素の上昇、腎機能障害など心疾患を疑わせる明確な所見もみられなかったので、急性心筋炎などの心疾患であるとの確定的な診断は不可能である。死因が心筋炎によるものであると確定的に診断できないのであるから、心筋炎に対する診療を実施したとしても救命できたかどうかはわからない裁判所の判断本件では入院後に胸部X線撮影や心電図検査などが行われていないため、死因を確定することはできないが、その臨床経過からみてウイルス性の急性上気道炎から急性心筋炎に罹患し、心タンポナーデを併発して、心原性ショック状態に陥り死亡した蓋然性が高い。診療経過を振り返ると、2月中旬より咳・痰などの急性上気道炎の症状が出現し、投薬などの治療を受けていたものの次第に悪化、3月6日には肺に湿性ラ音が聴取され呼吸困難もみられたので、急性肺炎の発症を疑って入院治療を勧めたこと自体は不適切ではない。しかし入院後は、肺炎のみでは合理的な説明のできない症状や肺炎にほかの疾病が合併していた可能性を疑わせる症状が多数出現していたため、肺炎の治療を開始するに当たって、再度胸部X線撮影などを実施して肺炎の有無を確認するとともに、ほかの合併症の有無を検索する義務があった。しかし担当医師は急性肺炎などによるものと軽信し、胸部X線撮影を実施するなどして肺炎の確定診断を下すことなく、漫然と肺炎に対する投薬(点滴)治療を開始したのは明らかな過失である。さらに入院後、3月8日に著明な低血圧が進行した時点で心筋炎による心不全の発症を疑い、ただちに胸部X線撮影、心電図検査、心臓超音波検査などを実施するとともに、カテコラミンを投与するなどして血圧低下の進行を防ぐ義務があったにもかかわらず、漫然と肺炎に対する点滴治療を継続したのは明らかな過失である。そして、血圧低下の原因は、心筋炎から心タンポナーデを併発しショック状態が進行した可能性が高い。心タンポナーデは心嚢貯留液を除去することにより解消できるから、心電図検査などの諸検査を実施したうえで心タンポナーデに対し適切な治療行為を実施していれば救命できただろう。たとえ心タンポナーデによるものでなかったとしても、血圧低下やショックの進行は比較的緩徐であったことから、ただちに血圧低下の進行を防ぐ治療を実施したうえでICUなどの設備のある中核病院に転送させ、適切な治療を受ける機会を与えていれば、救命できた可能性が高い。原告側合計5,555万円の請求に対し、4,374万円の支払い命令考察今回のケースは、診断が非常に難しかったとは思いますが、最初から最後まで急性心筋炎のことを念頭に置かずに、「風邪をこじらせただけだろう」という思いこみが背景にあったため、救命することができませんでした。急性心筋炎の症例は、はじめは風邪と類似した病態、あるいは消化器症状を主訴として来院することがあるため、普段の診療でも遭遇するチャンスが多いと思います。しかも急性心筋炎のなかには、ごく短時間に劇症化しCCU管理が必要なこともありますので、細心の注意が必要です。本件でもすべての情報が出揃ったあとで死亡原因を考察すれば、たしかに急性心筋炎やそれに引き続いて発症した心タンポナーデであろうと推測することができると思います。しかし、今までに急性心筋炎を経験したことがなければ、そして、循環器専門医に気軽に相談できる診療環境でなければ、当時の少ない情報から的確に急性心筋炎を診断し(あるいは急性心筋炎かも知れないと心配し)、設備の整った施設へ転院させようという意思決定には至らなかった可能性が高いと思います。もう一度経過を整理すると、ICUをもたない小規模の病院に、高血圧で通院していた66歳女性が咳、痰を主訴として再診し、上気道炎の診断で投薬治療が行われました。ところが、約2週間通院しても咳、痰は改善しないばかりか、食欲不振、悪心などの消化器症状も加わったため、「肺炎、胃潰瘍」などの診断で入院措置がとられました。入院2日前の胸部X線撮影では明らかな肺炎像はなかったものの、咳、痰に加えて湿性ラ音が聴取されたとすれば、呼吸器疾患を疑って診断・治療を進めるのが一般的でしょう。ところが、入院後に抗菌薬などの点滴をすると「強い不快感」が出現するというエピソードをくり返し、もともと高血圧症の患者でありながら入院2日後には血圧が80台へと低下しました。このとき、入院時に認められていた湿性ラ音が消失していたため、担当医師は抗菌薬の効果が出てきたと判断、血圧低下は脱水によるものだろうと考えて、輸液を増やす指示を出しました。しかしこの時点ですでに心タンポナーデが進行していて、脱水という不適切な判断により投与された点滴が、病態をさらに悪化させたことになります。心タンポナーデでは、心膜内に浸出液が貯留して静脈血の心臓への環流が妨げられるため、心拍量が低下して低血圧が生じるほか、消化管のうっ血が強く生じるため嘔気などの消化器症状がみられます。さらに肺への血流が減少して肺うっ血が減少し、湿性ラ音が聴取されなくなることも少なくありません。このような逆説的ともいえる病態をまったく考えなかったことが、血圧低下=脱水=補液の追加という判断につながり、病態の悪化に拍車をかけたと思われます。なお本件では、肺炎と診断しておきながら胸部X線写真を経時的に施行しなかったり、血圧低下がみられても心電図すら取らなかったりなど、入院患者に対する対応としては不十分でした。やはりその背景には、「風邪をこじらせた患者」だから、「抗菌薬さえ投与しておけば安心だろう」という油断があったことは否めないと思います。普段の臨床でも、たとえば入院中の患者に一時的な血圧低下がみられた場合、「脱水」を念頭において補液の追加を指示したり、あるいはプラスマネートカッターのようなアルブミン製剤を投与して経過をみるということはしばしばあると思います。実際に、手術後の患者や外傷後のhypovolemic shockが心配されるケースでは、このような点滴で血圧は回復することがありますが、脱水であろうと推測する前に、本件のようなケースがあることを念頭において、けっして輸液過剰とならないような配慮が望まれます。循環器

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MRSA感染症が原因で心臓手術から6日後に死亡したケース

感染症最終判決判例時報 1689号109-118頁概要心臓カテーテル検査で冠状動脈3枝病変が確認され、心臓バイパス手術が予定された63歳男性。手術前に咳、痰、軽度の咽頭痛が出現し、念のため喀痰を培養検査に提出したが、検査結果を待たずに予定通り手術が行われた。術後から38℃以上の発熱が続き、喀痰やスワンガンツカテーテルの先端からはMRSAが検出された。集中治療にもかかわらずまもなくセプシスの状態となり、急性腎不全が原因で術後6日目に死亡した。なお、術後に問題となったMRSAは術前の喀痰培養で検出されたものと同一であった。詳細な経過患者情報既往症として脳梗塞、心筋梗塞を指摘されていた63歳男性経過1991年1月近医の負荷心電図検査で異常を指摘された。2月18日某大学病院外科を紹介受診。ニトロールRを処方され外来通院開始(以後手術まで胸痛はなく病態は安定)。3月4日~3月6日心臓カテーテル検査のため入院。■冠状動脈造影結果左冠状動脈前下行枝完全閉塞左回旋枝末梢の後側壁枝部分で閉塞右冠状動脈50~75%の狭窄心拍出量3.84L左心室駆出率56%左室瘤および心尖部の血栓(+)以上の所見をもとに、主治医はACバイパス手術を勧めた。患者は仕事が一段落するのを待って手術を承諾(途中で海外出張もこなした)。5月28日大学病院外科に入院、6月12日に手術が予定された。6月4日頭部CT検査で右大脳基底核、右視床下部の脳梗塞を確認。神経内科の診察では右上下肢の軽度知覚障害、右バビンスキー反射陽性が確認された。6月8日(手術4日前)咳と喉の痛みが出現。6月9日(手術3日前)研修医が診察し、咳、痰、軽度の咽頭痛などの所見から上気道炎と診断し、イソジンガーグル®、トローチなどを処方。6月10日(手術2日前)研修医の指示で喀痰の細菌培養を提出(研修医から主治医への報告なし)。6月12日09:00~18:00ACバイパス手術施行。6月13日00:00~4:00術後の出血がコントロールできなかったため再開胸止血術が行われた。09:00体温38.7℃、白血球5,46013:00手術前に提出された喀痰培養検査でMRSA(感受性があるのはゲンタマイシン、ミノマイシン®のみ)が検出されたと報告あり。主治医は術後の抗菌薬として(MRSAに感受性のない)パンスポリン®、ペントシリン®を投与。6月14日体温38.6℃、白血球12,900、強い腹痛が出現。6月15日体温38.9℃、白血球11,490、一時的な低酸素によると思われる突然の心室細動、心停止を来したが、心臓マッサージにより回復。6月16日体温39.5℃と高熱が続く。主治医はMRSA感染をはじめて疑い、感受性のあるゲンタマイシンを開始。再度喀痰培養を行ったところ、術前と同じタイプのMRSAが検出された。6月17日顔面、口角を中心としたけいれんが出現し、意識レベルが低下。また、尿量が減少し、まもなく無尿。カリウムも徐々に上昇し最高値8.1となり、心室細動となる。スワンガンツカテーテル先端からもMRSAが検出されたが、血液培養は陰性。6月18日12:30腎不全を直接死因として死亡(術後6日目)。当事者の主張患者側(原告)の主張1.培養検査の結果を待たずに手術を行った過失今回の手術は緊急性のない待機的手術であったのに、喀痰検査の結果を確認することなく、さらにMRSAの除菌を完全に行わずに手術に踏み切ったのは主治医の過失である2.術後管理の過失手術直後からMRSA感染が疑われる状況にありながら、MRSAに効果のある薬剤を開始するのが4日も遅れたために適切な治療を受ける機会を逸した3.死亡との因果関係担当医の過失によりMRSA感染症による全身性炎症反応症候群からショック状態となり、腎不全を引き起こして死亡した病院側(被告)の主張1.培養検査の結果を待たずに手術を行った点について入院病歴から判断して狭心症重症度3度に該当する労作性狭心症であり、左冠状動脈前下行枝完全閉塞、右冠状動脈75%狭窄、心筋虚血のある状態ではいつ何時致命的な心筋梗塞が発症しても不思議ではなかったので、速やかに手術を行う必要があったまた、一般にすべての心臓手術前に細菌培養検査を実施する必要はないので、本件でも術前に行った喀痰培養の結果が判明するまで手術を待つ必要はなかった。確かに術前の喀痰検査でMRSAが陽性であったが、術前はMRSAの保菌状態にあったに過ぎず、MRSA感染症は発症していない2.術後管理について心臓手術後は通常みられる術後急性期の経過をたどっており、MRSA感染症を発症したことを考えるような臨床所見はなかった。そして、MRSAを含めた感染症の可能性を考えて、各種培養検査を行い、予防的措置として広域スペクトラムを持つ抗菌薬を投与するとともに術前の喀痰培養で検出されたMRSAに感受性を示す抗菌薬も開始した3.死亡との因果関係死亡に至るメカニズムは、元々の素因である脳動脈硬化性病変によりけいれん発作が出現し、循環動態が急激に悪化して急性腎不全となり、心停止に至ったものである。MRSAは喀痰およびスワンガンツカテーテルの先端から検出されたが、血液培養ではMRSAが検出されていないのでMRSA感染症を発症していたとはいえず、死亡とMRSA感染症は関係ない裁判所の判断緊急性のない心臓バイパス手術に際し、上気道炎に罹患していることに気付かず、さらに喀痰培養の検査中であることも見落として検査結果を待つことなく手術を行ったのは主治医の過失である。さらに術後高熱が続いているのに、術前の喀痰培養でMRSA、が検出されたことを知った後もMRSA感染症を疑わず、MRSAに感受性のある抗菌薬を投与したのは症状がきわめて悪化してからであったのは術後管理の明らかな過失である。その結果MRSA感染症からセプシスとなり、急性腎不全を併発して死亡するという最悪の結果を迎えた。原告側合計3億257万円の請求に対し、1億5,320万円の判決考察MRSAがマスコミによって大きく取り上げられ社会問題化してからは、多くの病院で「院内感染症対策マニュアル」が整備され、感染症対策委員会を設けて病院全体としてMRSAをはじめとする院内感染に細心の注意を払うようになったと思います。今回の大学病院でも積極的に院内感染症対策に取り組み、緊急の場合を除いて感染症の所見があれば(たとえ軽症であっても)MRSA感染の有無を確認し、もしMRSA感染が判明すれば侵襲の大きい手術は行わないという原則が確立していました。こうしたMRSAに対する十分な配慮が行われていたにもかかわらず、なぜ今回のような事故が発生したのでしょうか。その答えとして真っ先に思い浮かぶのが、「院内のコミュニケーション不足」であると思います。今回の手術に際して、患者さんと頻繁に接していたのはネーベンである研修医であったと思います。その研修医が患者さんから手術の3日前に「喉が痛くて咳や痰がでる」という症状の申告を受けたため、イソジンガーグル®によるうがいを励行するように指導し、トローチを処方しました。そして、「念のため」ではあると思いますが、痰がでるという症状に対し細菌感染を疑って喀痰培養を指示しました。以上の対応は、研修医としてはマニュアル化された範囲内でほぼ完璧であったと思います。ところが、この研修医はオーベンである主治医に培養検査を行ったことを報告しなかったうえに(実際には報告したのにオーベンが忘れていたのかもしれません)、おそらく培養検査を提出したこと自体を失念したのでしょうか、検査結果がでるのを待たずに予定通り手術が行われてしまいました(通常の培養検査は結果が判明するまでに3~4日はかかりますので、手術の2日前に培養検査を提出したのであれば、培養結果の報告は早くても手術当日か手術直後になることを当然予測しなければなりません)。その背景として、複数の患者を受け持つ一番の下働きである研修医は、日常のオーダーを出すだけでもてんてこ舞いで、寝る時間も惜しんで働いていたであろうことは容易に想像できます。そのためにたかが風邪に対する喀痰培養検査に重きを置かなかったことは、同じ医師としてやむを得ない面はあると理解はできます。一方で、研修医に間違いがないかどうかをチェックするのがオーベンの重要な仕事であるのに、今回のオーベンは術前に喀痰培養検査が行われたことなどつゆ知らず、ましてや手術の翌日に「術前喀痰培養でMRSA陽性」と判明した後も何ら対策をとりませんでした。おそらく、「MRSAが検出されたといっても、院内に常在する細菌なので単なる「保菌状態」であったのだろう、術前には大きな問題はなかったのでまさかMRSA感染症にまで発展するはずはない」と判断したのではないかと思います。つまり本件では、「術前に喀痰培養を行ったので、手術をするにしても培養結果がでてからにしてください」とオーベンにいわなかった研修医と、「研修医が術前に喀痰培養を行った」ことをまったく知らなかった(普段から研修医の出す指示をチェックしていなかった?)オーベンに問題があったと思います(なお裁判では監督責任のあるオーベンだけが咎められて、研修医は問題になっていません)。心臓手術のように到底一人の医師だけではすべてを担当できないような病気の場合には、チームとして治療に当たる必要があります。つまり一人の患者さんに対して複数の医師がかかわることになりますので、医師同士のコミュニケーションをなるべく頻繁にとり、たとえ細かいことであってもできる限り情報は共有しておかなければなりません。そうしないと今回の事例のような死角が生じてしまい、結果として患者さんはもちろんのこと、医師にとってもたいへん不幸な結果を招く可能性があるという、重要な教訓に与えてくれるケースであると思います。感染症

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ドライアイスを飲み込んだらどうなる?【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第3回

ドライアイスを飲み込んだらどうなる?まだ早朝にクマゼミがジージーと鳴いている地域もあるでしょうか、残暑が続きますね。まだまだアイスクリームがおいしい季節です。60kcal程度のアイスクリームなら…と毎日のようにアイスクリームをむさぼっている最近です。さて今回は少し涼しくなるような医学論文を2つ紹介します。といっても、テーマはアイスクリームではなくドライアイスですが。ドライアイスはマイナス79℃の二酸化炭素の固体であり、触ると粘膜に熱傷のような表皮剥離を来して痛くなることは、誰しもご存じと思います。氷と違ってドライアイスは固体から気化するため、水分が無いから痛いのだろうと思います。そんなドライアイスを飲み込んでしまったらいったいどうなるのか、想像したことはあるでしょうか。救急医だとドライアイスを飲み込んだ症例を経験したことがあるかもしれませんが、実際に医学論文として報告されている例は多くないようです。検索した限りで、ドライアイスを飲み込んだ症例報告が過去に2例あったのでご紹介します。Shirkey BL, et alFrostbite of the esophagus.J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2007 Sep;45:361-2.この論文は15歳の男の子の症例で、高校の化学の実験の最中にドライアイス入りの水を飲んだようです。ドライアイスが溶けきっていなかったため、飲んだ直後に強い咽頭痛を訴えました。H2受容体拮抗薬などが投与され、20時間後に上部消化管内視鏡検査が行われました。その結果、食道には出血を伴う粘膜病変が観察されました。幸いにも胃粘膜には異常はみられませんでした。彼の症状は次第に改善し、ステロイドと抗菌薬を投与された後退院することができたそうです。この病変は食道異所性胃粘膜 (inlet patch)ではないかという指摘もあったようですが、その後の著者の回答によって臨床的にはドライアイスによる消化管の粘膜障害と結論づけられています(J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2008 Apr;46:472-3; author reply 473.)。Li WC, et al.Gastric hypothermic injury caused by accidental ingestion of dry ice: endoscopic features.Gastrointest Endosc. 2004 May;59737-8.一方、16歳の女の子が誤ってドライアイスを飲み込んでしまったという症例報告もあります。ドライアイスによって、胃粘膜にはびらんを伴う発赤と線状の多発出血性病変がみられ、多発性の潰瘍も観察されました。この症例報告は、ドライアイスによって胃粘膜に障害を来すことを明らかにしました。そういえば子どものころ、ドライアイスを水に入れて、出てきた煙(二酸化炭素)に手をかざして絵本に登場する“魔法使い”のようなことをして遊んでいた記憶があります。昔のテレビのCMでも、ドライアイスが頻繁に使われていたような気がします。ドライアイスは一見すると氷と間違えそうになるので、子どもは誤って飲み込まないよう注意したいですね。多くの場合、口にひっつくので飲み込むことすらできないと思いますが、小さいものだと今回紹介した症例のように水と一緒に飲み込める可能性もあります。飲料にドライアイスを入れて炭酸水を作っている人を見たことがありますが、そもそもドライアイスは食品として作られることはありませんので、衛生上の観点からも避けた方がよいと思います。最近は、吸水ポリマーが原料の保冷剤が普及してきているため、ドライアイスを見かけることは少なくなりましたね。昔は、魚屋さんの裏手にたくさん転がっていたものですが。

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第18回 手技よりも術後管理のミスに力点をおく裁判所

■今回のテーマのポイント1.消化器疾患の訴訟では、大腸がんが2番目に多い疾患であり、縫合不全の事例が最も多く争われている2.裁判所は、縫合不全について手技上の過失を認めることには、慎重である3.その一方で、術後管理の不備については、厳しく判断しようとしているので注意が必要である事件の概要患者X(49歳)は、平成14年11月、健康診断にて大腸ポリープを指摘されたことから、近医を受診したところ、大腸腫瘍(S状結腸)および胆嚢結石と診断されました。Xは、平成15年5月9日、腹腔鏡下胆嚢摘出術および大腸腫瘍摘出術目的にてY病院に入院しました。同月12日、まず腹腔鏡下で胆嚢を摘出し、ペンローズドレーンを留置し、創縫合を行った後、左下腹部を切開し、S状結腸を摘出して、Gambee縫合にて結腸の吻合を行い、ペンローズドレーンを留置しました。術後3日間は順調に経過しましたが、術後4日目の16日に食事を開始したところ、夜より発熱(39.1度)を認め、翌日の採血では白血球数、CRP値の上昇が認められました。しかし、ドレーンからの排液は漿液性であり、腹痛も吻合部とは逆の右腹部であったことから、絶食の上、抗菌薬投与にて保存的に経過を追うこととなりました。ところが、23日になってもXの発熱、白血球増多、CRP値の上昇は改善せず、腹部CT上、腹腔内膿瘍が疑われたことから、縫合不全を考え再手術が行われることとなりました。開腹した結果、結腸の吻合分前壁に2ヵ所の小穴が認められたことから、縫合不全による腹膜炎と診断されました。Xは、人工肛門を設置され、10月7日にY病院を退院し、その後、同年11月20日に人工肛門閉鎖・再建術のため入院加療することとなりました。これに対し、Xは、不適切な手技により縫合不全となったこと、および、術後の管理に不備があったことを理由に、Y病院に対し、約2億2100万円の損害賠償を請求しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過患者X(49歳)は、平成14年11月、健康診断にて大腸ポリープを指摘されたことから、近医を受診したところ、大腸腫瘍(S状結腸)および胆嚢結石と診断されました。Xは、平成15年5月9日、腹腔鏡下胆嚢摘出術および大腸腫瘍摘出術目的にてY病院に入院しました。なお、Xは1日40本の喫煙をしており、本件手術前に医師より禁煙を指示されましたが、それに従わず喫煙を続けていました。同月12日、A、B、C、D4名の医師により手術が行われました。まず、最もベテランのA医師が腹腔鏡下で胆嚢を摘出し、ペンローズドレーンを留置し、創縫合を行った後、最も若いC医師が左下腹部を切開し、S状結腸を摘出して、Gambee縫合にて結腸の吻合を行い、ペンローズドレーンを留置しました。本件手術に要した時間は、3時間13分でした。術後3日間は順調に経過しましたが、術後4日目の16日に食事を開始したところ、夜より発熱(39.1度)を認め、翌日の採血では白血球数、CRP値の上昇が認められました。しかし、ドレーンからの排液は漿液性であり、腹痛も吻合部とは逆の右腹部であったこと、16日午後3時頃、Xが陰部の疼痛、排尿時痛、および排尿困難を訴えたことからバルーンカテーテルによる尿道損傷、前立腺炎の可能性も考えられたため、絶食の上、抗菌薬投与にて保存的に経過を追うこととなりました。18日には、ドレーン抜去部のガーゼに膿が付着していたことから、腹部CT検査を行ったところ、「直腸膀胱窩から右傍結腸溝にかけて被包化された滲出液を認め、辺縁は淡く濃染し、内部に一部空胞陰影を認めます。腹腔内膿瘍が疑われます。周囲脂肪織の炎症性変化は目立ちません。腹壁下に空胞陰影と内部に滲出液がみられ、術後変化と思われます。腹水、有意なリンパ節腫大は指摘できません」との所見が得られました。縫合不全の可能性は否定できないものの、滲出液が吻合部の左腹部ではなく右腹部にあること、腹痛も左腹部ではなく右腹部であったことから、急性虫垂炎をはじめとする炎症性腸疾患をも疑って治療をするのが相当であると判断し、抗菌薬を変更の上、なお保存的治療が選択されました。ところが、23日になってもXの発熱、白血球増多、CRP値の上昇は改善せず、腹部CT上、腹腔内膿瘍が疑われたことから、縫合不全を考え再手術が行われることとなりました。開腹した結果、結腸の吻合分前壁に2ヵ所の小穴が認められたことから、縫合不全による腹膜炎と診断されました。Xは、人工肛門を設置され、10月7日にY病院を退院し、その後、同年11月20日に人工肛門閉鎖・再建術のため入院加療することとなりました。事件の判決上記認定事実によれば、本件手術におけるS状結腸摘出後の吻合部位において縫合不全が発生したことが認められる。もっとも、上記認定のとおり、吻合手技は縫合不全の発生原因となりうるが、それ以外にも縫合不全の発生原因となるものがあるから、縫合不全が起こったことをもって、直ちに吻合手技に過失があったということはできない。そして、上記認定のとおり、縫合不全を防ぐためには、縫合に際し、適式な術式を選択し、縫合が細かすぎたり結紮が強すぎたりして血行を悪くしないこと、吻合部に緊張をかけないことが必要であるとされていることを考慮すると、債務不履行に該当する吻合手技上の過誤があるというためには、選択した術式が誤りであるとか、縫合が細かすぎた、あるいは結紮が強すぎた、もしくは縫合部に対し過度の緊張を与えたと認められる場合に限られると解するのが相当である。・・・・・・・(中略)・・・・・・・原告らは、C医師は経験の浅い医師であったから縫合不全は縫合手技に起因すると考えられると主張する。B医師のGambee縫合の経験数は不明であるが、上記認定のとおり、本件手術にはD医師が助手として立ち会っているところ、B医師はC医師の先輩であり、被告病院において年間200例程度行われる大腸の手術に関与しているのであるから、C医師の吻合手技に、縫合が細かすぎた、あるいは結紮が強すぎた、もしくは縫合部に対し過度の緊張を与えたといった問題があったにもかかわらず、B医師がそのまま手術を終了させるとは考え難い。また、上記認定のとおり、手術後3日以内に発生した縫合不全については縫合の不備が疑われて再手術が検討されるところ、上記前提事実のとおり、本件手術後3日目である平成15年5月15日までの間に特に異常は窺えなかったところである。これらを考慮すると、原告ら主張の事情をもって吻合技術に問題があったと推認することはできないというべきである。以上のとおり、本件手術は、縫合不全が発生しやすい大腸(S状結腸)を対象とするものであったこと、原告は喫煙者であり、縫合不全の危険因子がないとはいえず、縫合手技以外の原因により縫合不全が発生した可能性が十分あること、C医師による吻合の方法が不適切であったことを裏付ける具体的な事情や証拠はないことを考慮すると、原告に生じた縫合不全がC医師の不適切な吻合操作によるものであると認めることはできないというべきである。(*判決文中、下線は筆者による加筆)(名古屋地判平成20年2月21日)ポイント解説今回は、各論の2回目として、消化器疾患を紹介します。消化器疾患で最も訴訟が多い疾患は、第15回で紹介した肝細胞がんです。そして、2番目に多いのが、今回紹介する大腸がんです。大腸がんの訴訟において、最も多く争われるのが縫合不全(表)です。ご存じのとおり、縫合不全は、代表的な手術合併症であり、手術を行う限り一定の確率で不可避的に発生します。しかし、非医療者からみると、医療行為によって生じていることは明らかであり、かつ、縫合という素人目には簡単に思える行為であることから訴訟となりやすい類型となっています。しかし、最近の裁判所は、合併症に対する理解が進んできており、本判決のように、単に縫合不全があったことのみをもって過失があるとするような判断はせず、「縫合が細かすぎた、あるいは結紮が強すぎた、もしくは縫合部に対し過度の緊張を与えた」などの具体的な縫合手技に著しく問題があった場合にのみ、手技上の過失があるとしています(表に示した判例においても、手技上の過失を認めた判例は一つもありません)。したがって、現在、手術ビデオなどで手技上の欠陥が一見して明白であるような場合を除き、訴訟において縫合不全が手技ミスによって生じたとする主張が争点となることは少なくなってきています。その代わりといってはなんですが、術後の管理については、厳しく争われる傾向にあります。本事案でも、17日に発熱、白血球増多、CRP値が上昇した際、および18日に腹部CTをとった際に速やかに縫合不全と診断して、ドレーン排液の細菌培養および外科的ドレナージを行うべきであったとして争われました(本件においては術後管理の過失は認められませんでしたが、〔表〕の原告勝訴事例のすべてで術後管理の不備が認められています)。医療行為は行為として不完全性を有します。そして、医療は日々進歩していきます。医学・医療の進歩は、医療者が個々に経験した症例を学会・論文などを介して集約化、情報共有し、それを再検討することで生まれます。しかし、医療行為によって生じた不利益な結果が過失として訴訟の対象(日本では刑事訴追の対象にもなるため萎縮効果が特に強い)となると、医師は恐ろしくて発表することができなくなります。実際に、1999年以降、わが国における合併症に関する症例報告は急速に減少しました。目の前の患者の救済は十分に考えられるべきですが、その過失判断を厳格にすることで達成することは、医学・医療の進歩を阻害し、その結果、多数の国民・患者の適切な治療機会を奪うこととなります。司法と医療の相互理解を深め、典型的な合併症については裁判による責任追及ではなく、医学・医療の進歩にゆだねることが望ましいと考えます。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。名古屋地判平成20年2月21日

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ガラス片による切創の縫合後にX線写真をとらなかったことが医療過誤と認定されたケース

救急医療最終判決平成14年11月26日 札幌地方裁判所 判決概要割れたガラスで右手指の切創を受傷した男性。救急病院を受診して10数針の縫合処置を受けたのち、近医で縫合部位の抜糸が行われたが、受傷部位の疼痛や違和感を訴えなかったために、患部のX線撮影は施行されないまま治療は終了した。ところが、受傷から9年後にガラス片の残存が発覚し、別病院でガラス片の摘出手術が行われ、受傷後にX線撮影を行わなかったことをめぐって医事紛争へと発展した。詳細な経過経過平成3年2月15日午前4:30グラス(直径約7cm、高さ約8cmのクリスタル製)を右手に持ったまま床に転倒、右手に体重がかかってグラスが割れ、かなりの出血を来たしたため、右手にタオルを巻いて救急当番医を受診。担当医師は右第1指、第3指の切創に対し10数針の縫合処置を行ったが、明け方の受診でもあり、あえて患部のX線撮影は施行しなかった。2月16日受傷翌日に別病院を受診。右第1指、および第3指の縫合部位を消毒し、抗菌薬および伸縮包帯を処方した。右第2指については疼痛または違和感などの申告なし。ここでも患部のX線撮影は施行しなかった。2月22日右第3指の縫合部位の全抜糸、および第1指の縫合部位の半抜糸施行。2月25日右第1指の縫合部位の全抜糸施行、治療終了となった。 その後約9年間にわたって受傷部位に関連した症状なし。平成12年11月10日自動車を運転しようとハンドルを握った際に、右手の内側に何かが刺さったような感じを自覚。よくみると右第2指内側の付け根付近に堅いものがあり、そこに触れると鋭い痛みが走るようになる。11月13日別病院を受診し右手X線撮影の結果、右第2指にガラス片様のものがあることが発見された。12月4日右第2指ガラス片(幅約4mm、長さ約8mm)の摘出手術をうける。当事者の主張患者側(原告)の主張縫合処置を担当した救急病院の医師、およびその後創部の抜糸を担当した医師は、右手の切創が割れたガラスによるものであることを認識していたのであるから、右手にガラス片の残存がないかどうか確認するべき注意義務があった。ところが各医師は切創部位のX線撮影を行わなかったため、9年間もガラス片が発見されずに放置され、多大な精神的苦痛を受けた。病院側(被告)の主張右第2指のガラス片は、本件負傷の際に刺さって皮下に入り込んだものではなく、その後の機会に刺さって入り込んだものである。右第2指にガラス片があったとしても、診察当時その存在を疑わせるような事情はなかったため、X線撮影をする注意義務はない。ちなみに、異物の存在を疑わせるような事情がない場合にX線撮影をすることは、国民健康保険連合会における診療報酬の査定において過剰診療と指摘されるものでる。裁判所の判断本件は異物であるガラス片の存在を疑わせるような事情があったと認定できるので、「異物の存在を疑わせるような事情がない場合のX線撮影は国民健康保険連合会から過剰診療と指摘される」という、病院側の主張は採用できない。縫合部位の消毒・抜糸を担当した医師としては、受傷直後に縫合処置を行った前医を信頼し、かつ患者の負担を避けるため改めてそのX線写真撮影をしなくてもよいという考え方もあるが、前医においてX線撮影をしていなければ、ガラス片を確認するためにX線撮影をする注意義務があった。本件では担当した医師がいずれも、受傷部位のX線撮影を行うという注意義務を果たさなかったために、9年間にわたって体内にガラス片が残存するという事態となったので、精神的苦痛に対する慰謝料を支払うべきである。原告側合計281万円の請求に対し、合計44万円の判決考察明け方5:00頃の救急外来に、割れたコップのガラスで右手を切った患者が来院したので、10数針の縫合処置を行なったというケースです。当然のことながら、十分な消毒、局所麻酔ののち、縫合する部位にガラス片が残っていないかどうかを肉眼で確認したうえで、創痕が残らないように丁寧に縫合したと思われます。そして、午前5:00頃の時間外診察ということもあり、あえて(緊急で)患部のX線撮影をすることはないと判断し、もし経過中に疼痛や違和感があれば、その時点で対応するという方針であったと考えられます。ところが、患者は自らの都合で、縫合処置を行った病院ではなく別病院に通院を開始し、とくに疼痛を申告することもなく、抜糸が行われて治療終了となりました。このような状況で、たった1回だけの診察・縫合処置を行った初診時の医師に対し、「手の外傷でX線撮影を行わないのは医療過誤である」とするのは、少々行き過ぎのような判決に思えてなりません。前医から治療を引き継いで抜糸を担当した医師にしても、合計3回の通院治療は縫合した部分の経過観察が主たる目的であり、受傷部位の疼痛や感覚障害などの申告がない限り、あらためてX線撮影を指示することはないというのが、現場の医師の認識ではないでしょうか。確かに、米国手の外科学会編の「手の診察マニュアル」のような医学書レベルでは、「手の切創の診察をする場合には、正面・側面・斜位のX線写真を必ずとっておく。ガラス片は、X線に写り、みつかることがある。しかし、木片やプラスチックや、時にはガラスも写らないことがあるので注意を要する」という記載があります。しかし実際の臨床現場では、とくに痛みや違和感の申告がなければ、あえてX線写真までは撮影しないこともあるのではないでしょうか。もしフロントガラスが割れるような交通事故であれば、鉛入りのガラスがX線写真にも写るので、X線写真を撮ってみようか、という判断にもつながると思います。ところが上記医学書にも「時にはガラスも写らないことがあるので注意を要する」という記載があるように、X線撮影によってすべてのガラス片が確認できるわけではありません。結局のところ、医療現場にたずさわる医師と、医学書などの書証からしか医療の世界を垣間見ることのできない法律家との間に、埋めることのできない認識の相違があるため、このような判決に至ったと考えられます。そして、今後同じような医事紛争に巻き込まれないためには、やはり医学書通りに「手の切創の診察をする場合には、正面・側面・斜位のX線写真を必ずとっておく」という姿勢で臨まざるを得ないように思います。救急医療

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造影剤投与直後のアナフィラキシーショックで死亡したケース

放射線科最終判決平成15年4月25日 東京地方裁判所 判決概要左耳前部から頸部の蜂窩織炎疑いで、大学病院を受診した39歳男性。腫瘍の可能性もあるということで、CT検査(単純・造影)が行われた。ところが、造影剤オプチレイ®320を注入直後にアナフィラキシーショックを起こし、ただちに救急蘇生が行われたが心拍は再開せず、約10時間後に死亡した。詳細な経過患者情報昭和36年7月28日生の男性経過平成12年4月29日喉の痛みがあり、近医診療所を休日受診して抗菌薬セファクロル(商品名: ケフラール)を処方される。5月1日大学病院内科を受診し、扁桃周囲膿瘍を指摘され、同院耳鼻科へ紹介受診となる。所見咽頭部発赤。口蓋扁桃は白苔、腫脹あり。頸部リンパ節触知。血液検査結果WBC 10,010(好中球70.3、リンパ球18.8、単球6.0、好酸球1.3、好塩基球0.9)、RbC 529万、Hb 15.1、Ht 47.5、CRP 8.3、総蛋白8.8g/dL急性扁桃炎の診断で、抗菌薬としてフロモキセフナトリウム(同: フルマリン)、クリンダマイシン(同: ダラシンS)の点滴静注を5日間行うとともに、経口抗菌薬セフポドキシムプロキセタル(同: バナン)、消炎鎮痛薬ロキソプロフェンナトリウム(同: ロキソニン)、胃炎・胃潰瘍薬レバミピド(同: ムコスタ)およびジクロフェナクナトリウム(同: ボルタレン)坐薬3コを処方。5月6日内服処方5日分(抗菌薬ファロムペネムナトリウム(同: ファロム)、ムコスタ®)、鎮痛薬頓用(ロキソニン®5錠)にていったん終診。平成12年8月22日左耳前部が腫れてくる。9月1日左耳前部の腫れで口が開けられなくなったため、大学病院内科をへて耳鼻科に紹介受診となる。所見発熱なし。鼻腔・口腔内に異常所見なし。左耳前部皮下組織全体が腫脹しているが、明らかな腫瘤なし。薬剤アレルギーなし。血液検査結果WBC 9,320(好中球45.1、リンパ球29.0、単球45.8、好酸球16.7、好塩基球1.4)、RbC 441万、Hb 13.3、Ht 39.1、plt 42.5万、CRP 0.3以下、総蛋白7.4、GOT 16、GpT 29、Na 141、K 4.9、Cl 106「蜂窩織炎疑い」と診断するが、ほかに膿瘍、腫瘍も疑われるため、9月5日のCT検査(単純・造影)を予約した。抗菌薬スパラフロキサシン(同: スパラ)を5日分処方。平成7年6月10日14:20放射線科CT検査室入室。14:23単純CT撮影。担当医師はモニターで左側頭部~下顎部皮下に索状の高吸収域所見を確認。炎症や腫瘍も否定できないと診断。14:30以下の問診を行う(ただし記録には残されていない)。医師:「大変情報量の多い検査となります。造影剤を使うにあたって、いくつかお尋ねします」患者:「はい、わかりました」医師:「今日は食事を抜いてきましたか?」患者:「抜いてきました」医師:「今まで造影剤を使う(注射をする)検査をしたことありますか?」患者:「ありません」医師:「今まで食べ物や薬で蕁麻疹などのアレルギーが出たり、気分が悪くなったりしたことありますか?蕁麻疹が出やすいということはないですか?花粉症があったり、喘息といわれたことはないですか?」患者:「ありません」14:40左腕の前腕から注射針を入れ、逆流を確認。造影剤のシリンジに延長チューブで接続。インジェクターのスイッチを操作し、ヨードテストもかねて少量の造影剤(非イオン性ヨード造影剤オプチレイ®320)を注入し、血管外漏出が無いこと、何ら変化が無いことを確認。医師:「これでとくに症状の変化がなかったら、今度は連続してお薬を入れていきます。お薬を入れていくと、体の中がポーっと熱くなってきます。これはお薬が全身にまわっている証拠で、誰でもそうなりますので心配ありません。もし、熱くなる以外に気持ち悪くなったり、胸が苦しくなったり、咳が出たり、鼻がムズムズしたりするようなことがあったら、すぐにいってください。マイクが付いていて、外に聞こえるようになっています」14:40造影剤注入開始。担当医師は50cc位注入するまで(約1分間)は傍につきそう。医師:「とくに変わりないですか?」患者:「変わりない」造影剤を70cc注入したところで(10~20秒)「頭が痛い」「気持ち悪い」と訴えたので、ただちにCT検査室に入り造影剤の注入を中止。会話ができることを確認し、容態の変化がないか観察しつつ、医師・看護師の応援を要請。フルクトラクト®点滴、ヒドロコルチゾン(同: ソル・コーテフ)1,000mg静注、まもなく呼び掛けても嘔吐をくり返し返答が鈍くなる。14:45自発呼吸低下、麻酔科医による気管内挿管(咽頭はやや蒼白で浮腫があり、声門は閉じていた)。心臓マッサージ開始。15:15除細動200J、1~2分後に300J。自己心拍は反応せず、瞳孔散大。15:45Iabp挿入。16:05ICUへ搬送し蘇生を継続。9月6日01:05死亡確認。当事者の主張検査前の問診について患者側(原告)の主張検査の適応有無を判断するための情報を得る重要な問診を怠ったことにより、検査の適応に関する必要な情報を得られず、その結果適応のない検査を行い死亡させた。病院側(被告)の主張検査前に、造影剤の使用経験がないこと、アレルギーを疑わせる既往歴がないことを問診できちんと確認した。造影剤投与を避けるべき事情の有無患者側(原告)の主張もともと患者には、造影剤慎重投与とされている花粉症、金属アレルギーの体質を有し、しかも血液検査で好酸球増多がみられたので、緊急性のない造影剤投与を避けるべきであった。しかも父親が造影剤による副作用で死亡したという家族歴からみて、父親の遺伝子を受け継いだ患者についてもヨード造影剤に過敏症があったはずであり、造影剤投与を避けるべきであった。病院側(被告)の主張患者には花粉症および金属アレルギーはない。好酸球増多の所見は確かにあるものの、アレルギー疾患であったとはいえない。そして、造影剤の医薬品添付文書には、花粉症、金属アレルギー、好酸球増多ともに、慎重投与の項目に挙げられていない。父親の死亡は、造影剤投与前に起きたため、造影剤によるアレルギー(アナフィラキシー)ではない。検査前の症状および所見からすれば腫瘍の可能性も否定できないため、造影剤を用いた検査は必要であり、造影剤の副作用が出現した場合には迅速かつ必要な処置ができる体制を整えたうえで検査を行った。救急処置が遅れたかどうか患者側(原告)の主張大学病院でありながらエピネフリンなどの救急薬剤の準備はなく、放射線医や麻酔医、看護師などにただちに応援を求めることができる連絡体制も不十分なまま検査を行った。そして、造影剤による副作用が現われた段階で、ただちに造影剤の注入を中止し、顔面浮腫、嘔吐などのショック症状がみられた時点でエピネフリンを投与し気道確保を行うべきなのに、対応が遅れたために死亡した。病院側(被告)の主張担当医師は造影剤が50mL位注入されるまで患者のそばにいて副作用の出現がないことを確認し、「頭が痛い」という訴えをもとに造影剤による副作用を疑って注入を中止している。この段階で患者の意識は清明で脈拍もしっかりしていた。その後応援医師、看護師も駆けつけ、嘔吐による気管内誤嚥を防ぐための体位をとり、輸液、ソル・コーテフ®1,000mgの静注を行った。その後自発呼吸の低下、脈拍微弱がみられたので、ただちに気管内挿管およびエピネフリンの気管内投与などを行い、救急蘇生としては必要にして十分であった。裁判所の判断検査前の問診について非イオン性ヨード造影剤にはショックなどの重篤な副作用が現れる場合もあること、副作用の発生機序が明らかではなく、副作用の確実な予知、予防法は確立されていないこと、他方で、ある素因を有する患者では副作用が発現しやすいことがある程度わかっており、問診によって患者のリスクファクターの有無を事前に把握することは、副作用発現を事前に回避し、または副作用発現に対応するために非常に重要な意味をもつ。そのため問診を行うにあたっては、問診の重要性を患者に十分に理解させたうえで、必要な事項について具体的かつ的確な応答を可能にするように適切な質問をする義務がある。担当医師は、CT検査室内において3~4分程度で、患者に対する必要にして十分な問診を行い、造影剤を注射したと供述する。しかし被告病院の外来カルテには、耳鼻咽喉科において問診を行い検査の適応があることを確認した旨の記載は一切なく、さらに耳鼻咽喉科から放射線科に対する「放射線診断依頼票」にもその旨の記載はない。また、担当医師が行ったとする問診、その結果などについても、まったく記録にとどめていない。つまり患者に問診の重要性を理解させ、必要な事項について具体的にかつ的確な応答を可能にする十分な問診を実施したのかは大いに疑問であるといわざるを得ない。したがって、検査前に問診をまったく行っていないという、重大な過失が認められる。造影剤投与を避けるべき事情の有無患者は平成11年8月25日、近医でアレルギー性鼻炎と診断をされ、薬を処方されている。また、歯科医院に診療を申し込む際の問診票に、自ら特異体質、アレルギーはないと記載した。患者が花粉症ないしアレルギー性鼻炎であるからといって、造影剤投与を避けるべきであるとは認められない。また、好酸球数は、平成12年5月1日の1.3%から、同年9月1日の検査では16.7%へと上昇しているが、造影剤の禁忌、原則禁忌、慎重投与などのいずれの注意事項にも該当せず、造影剤の使用を避けるべき事情があったとはいえない。なお、患者の父親については、平成3年6月12日大学病院外科外来で検査を施行中、造影剤を注入する前に容態急変を生じ、その後心停止をくり返して3日後の6月15日に死亡した。そのため遺族は、造影剤を使用したために急変を生じたと認識していたが、実際には造影剤の副作用で死亡したわけではない。一方、担当医師は、患者の父親が造影剤の検査で死亡した可能性があるということがわかっていれば、造影剤を使用する検査は実施しなかったであろうと供述している。一般的に気管支喘息、発疹、蕁麻疹などのアレルギーを起こしやすい体質については、本人のみならず、両親および兄弟の体質をも問題にすることが多いため、造影剤投与が禁忌とされている「ヨードまたはヨード造影剤に過敏症の既往歴」についても、本人のみならず両親および兄弟にそのような既往歴があるかどうかが重要である。したがって、患者の父親が造影剤を投与する予定の検査直後に死亡したことは、たとえ造影剤の副作用で死亡したわけではなくとも、患者に造影剤を使用するか否か慎重に検討すべき事由に当たる。したがって、担当医師が慎重な問診を行っていれば、父親が造影剤の検査の際に(結果的には造影剤とは関係はなかったが)容態急変を起こして死亡したことを答えていて、患者にも造影剤によるアレルギーを疑う所見となり得たであろう。しかも当時の患者は、蜂窩織炎があったといってもただちに生命の危険を生ずるような疾患ではなく、その症状も改善傾向にあり、検査の必要性は必ずしも高くはなかった。したがって、きちんと問診をとっていれば父親が造影剤に絡んで死亡したことを突き止め、検査を中止することができたはずである。原告側合計7,393万円の請求に対し、5,252万円の支払い命令考察造影剤によるアレルギーについては、皮膚の発疹程度で済む軽症例から、心肺停止へと至る劇症型まで、さまざまなタイプがあります。このような副作用を少しでも減らすために、過去にはテストアンプルを用いて予備テストを施行していた時期もありました。ところが、少量の造影剤であってもショック状態となるケースがあることや、事前にアレルギー無しと判定されたケースに実際に投与してショックが発生した例も報告されたことから、平成12年から医薬品メーカー側も造影剤へのテストアンプル添付を中止するようになりました。このような事実は、検査にたずさわる医師・診療放射線技師の間ですでに常識化していることですし、当然のこととして、アレルギーの有無を確認する問診は必ず行っていると思います。本件でも、担当医師は検査前にあれこれと詳しく質問したと裁判所で証言したうえで、その旨を陳述書に記載して裁判所に提出しました。おそらく、実際にも陳述内容に近いやりとりがあった可能性がきわめて高いと(同じ医師の立場からは)思います。ところがです。裁判所はそのような医師と患者のやりとりを示す「文書」が診療録にないことを理由に、「検査前に問診をまったく行っていないという、重大な過失が認められる」などという信じられない判断に至り、担当医師は圧倒的不利な立場に立ちました。そして、判決に至る思考過程として、「蜂窩織炎のような直接生命に関わらない病気で、健康な39歳男性が死亡したのは不可抗力ではなく、無謀な検査を強行した医師が悪い」といわんばかりの内容でした。医師の側からみれば、単純CTで患部には高吸収域の策状物がみえ、腫瘍の可能性を否定するために行った造影剤投与でした。もしこのときに造影剤投与を行わずに、腫瘍性病変を見逃す結果となっていたら、それはそれで医療ミスと追求されることにもつながります。したがって、今回の造影剤投与は医師の裁量権の範囲内にあるといって良いと思われるだけに、裁判官のいう問診義務違反が本当に存在するのかどうか、きわめて疑問です。確かに説明内容が文書のかたちでは残されておらず、入院ではなく外来で施行した検査のためご遺族への説明もなかったと思います。だからといって、まったく何も説明せずにいきなり造影剤を注入することなど、常識的にはあり得ないと思います。それでもなお、問診記録が残っていないから問診をしていない重大な過失があるなどと判断するのは、はじめから「医師が悪い」と決めつけた非常に危険な考え方ではないかと思います。さらに不可解なのは、ご遺族が裁判過程で「患者の父親も造影剤で死亡した」という間違った主張を展開し始め、その主張に裁判官までもがかなり引きずられていることです。実際には、患者の父親が別の大学病院で、造影剤注入の検査が予定された時に、造影剤注入前に容態が急変し、心停止をくり返して死亡したという経過でした。つまり造影剤はまったく関係ない(投与すらしていない)にもかかわらず、ご遺族は「父親も造影剤で死亡したのだから、造影剤のアレルギーは遺伝である」と誤認していたということです。これに対する裁判所の考え方は次の通りです。ご遺族が「父親も造影剤で死亡した事実がある」と誤認していたくらいだから、この死亡した患者も当然そのように誤認していたはずだ担当医師がその誤認した事実を聞き出していれば、造影剤投与を見合わせていた可能性が高いよって死亡することはなかったはずだこのような論理展開には、明らかな飛躍があることは明白でしょう。もし本当にこの患者が「父親が造影剤で死亡した」と誤って認識していたのならば、自分にも造影剤を注射されると聞いた段階で不安になり、医師に申告すると考えるのが自然ではないでしょうか。ありもしない仮定を並び立てて、無理矢理医師の過失を認定したように思えてなりません。もちろん、医師の側にも反省すべき点があります。それは何といっても、問診をはじめとする患者への説明内容をきちんと記録に残しておかなかったことです(簡単な予診票でも代用できたと思います)。とくに侵襲的な検査(CT、内視鏡、血管造影、経皮的な生検など)の場合には、結果が悪い(もしくは患者の期待通りにいかない)と、事前説明をめぐって「言った・言わない」のトラブルになる事例が非常に増えています。このような説明内容を、その都度、細大漏らさずカルテに記載するのは、時間的に非常に困難と思われますので、あらかじめ必要にして十分な説明を記入した説明文の雛形を作成しておくことが望まれます。そして、患者に対して説明した事項にはチェックを入れ、担当医師のサインと患者のサインを記入し、カルテにそのコピーを残しておけば、あとから第三者にとやかくいわれずにすむことになります。このような対処方法は、小手先だけの訴訟対策のようにも受けとられがちですが、医師に対する世間の眼が非常に厳しい昨今の状況を考えると、いつ先生方が同じような事例で不毛な医事紛争に巻き込まれてもまったく不思議ではありません。この機会にぜひとも、普段の診療場面を振り返っていただいたうえで、先生方独自の対応策を検討されてはいかがでしょうか。放射線科

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