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第21回 第8波で「風邪薬」が軒並み出荷調整へ

沖縄第7波と対照的第8波は北海道からスタートです。第7波で沖縄が壊滅的な医療逼迫に陥ったことが記憶に新しいと思います。夏の沖縄に観光に行って、そのまま新型コロナのホテル療養になるという災難な人もいました。第7波に大きな痛手を負った地域ほど今回流行がゆるやかな印象です。これまでの波の集団免疫が影響しているのかもしれません。また、北海道は一足早く紅葉シーズンと秋の味覚シーズンが到来しました。全国旅行支援の後押しもあって旅行客も多かったと聞いています。これが新規陽性者数の増加につながった可能性はあります。北海道第8波では、いとも簡単に1日の新規陽性者数1万人を超えてきました(図)。過去最多です。急峻なピークを描いて、そのまま収束してくれるとありがたいのですが、第6波のように二峰性の波になる可能性もあります。第6波は変異ウイルスによって波が2つに分離されたのですが、今回はBA.5が8割以上を占めているものの、BA.2.75、BF.7、BQ.1.1がじわじわと増えつつあります1)。かなり細分化されて報告されているため、個々の変異ウイルスが波を形成するには至らないかもしれませんが、すんなりと第8波が終わってくれるのかは神のみぞ知るです。インフルエンザとの同時流行があると、かなりやっかいなことになります。画像を拡大する図. 北海道の新型コロナ新規陽性者数(筆者作成)先日、北海道のクリニックの医師と電話でお話をしたのですが、風邪症状を治める薬剤に出荷調整がかかっており、厳しいという意見がありました。トラネキサム酸やトローチなどが出荷調整新型コロナやインフルエンザには抗ウイルス薬を使用しますが、症状の緩和のためには症状を治める薬剤を使用することが多いです。呼吸器内科医なので、血痰・喀血の患者さんにトラネキサム酸を使用することがあるのですが、ここ最近トラネキサム酸が処方しにくく、少し困っています。咽頭痛に対するトラネキサム酸自体もそこまでエビデンスがあるわけではないのですが、プライマリ・ケアでは結構頻用されることが多いです。今月から、デカリニウム(商品名:SPトローチ)の処方が厳しくなってきました。これもそんなにエビデンスがあるわけではないので、積極的に処方することは多くないのですが、こちらの製剤は抗がん剤などで口内炎や咽頭痛がしんどい患者さんが強く希望することもあります。処方してから初めて出荷調整がかかっていることを知ることもありますが、まあとにかく、風邪症状を治める薬剤が処方できない場面はよく経験されます。いやあ、この状況で第8波とインフルエンザシーズンを迎えるのはしんどいかもしれませんね。新型コロナの咽頭痛に対するデキサメタゾンに関しては、エビデンスは何とも言えませんが、個人的には強烈な咽頭痛でしんどそうな患者さんには、デキサメタゾンの単回投与を検討してもよいかなとも考えています。ただし、48時間以内の症状軽減でようやく有意差が付いたという、弱いエビデンスではありますが。参考文献・参考サイト1)(第107回)東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議資料(令和4年11月17日)

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第131回 姑息な手より急がば回れ、塩野義コロナ薬が第II/III相で良好な成績

過去の本連載で取り上げた興和による新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対する抗寄生虫薬イベルメクチン(商品名:ストロメクトール)の第III相試験の記者会見があった9月最終週、実は新型コロナに関してポジティブなニュースがあった。本連載で何度も辛口で触れてきた塩野義製薬の新型コロナ3CLプロテアーゼ阻害薬エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の第II/III相試験の第III相パートで、プラセボに比べて有意な症状改善が認められたという発表である。第一報に触れた時は「ようやくか」という印象だった。ちなみにこうした反応をすると、SNS上では手の平返しと言われるらしい。だが、私が従来からこの薬に辛口だったのは、承認前の塩野義製薬幹部による政治家へのロビー活動、希少疾患治療薬向けの条件付き早期承認制度の拡大解釈的利用、はたまた主要評価項目が未達の第IIb相パートのサブ解析を多用したアピールなど、あまりにもフライングが多過ぎるからである。なので、第II相パートで結果が出ないなら、その結果を踏まえて試験設定を見直し、それで良好な結果が出たら正々堂々と承認申請すれば良いという立場である。さて、塩野義製薬による第III相パート結果の速報直後、私はいつ会見が開催されるのかと手ぐすねを引いて待っていたが、あれだけ外部にアピールを続けていた同社にしては珍しく記者会見はなし。しかし、先日同社が株主・投資家向けに開催したR&D説明会で速報時よりも詳細なデータが公表されていたことを知った。まず、VeroE6T細胞を使ったin vitroの50%効果濃度(EC50[μM])を見ると、従来株が0.37、アルファ株が0.46、デルタ株が0.41で、オミクロン株関連はBA.1が0.29、BA.4が0.22、BA.5が0.40となっている。in vitroとはいえ抗ウイルス活性は悪くない印象である。また、第III相パートは、緊急承認制度の申請時に提出したデータの教訓を生かし、主要評価項目を「オミクロン株感染時に特徴的な5症状(鼻水/鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさ/発熱、けん怠感・疲労感)の消失(発症前の状態に戻る)までの時間」とし、主要解析対象集団は新型コロナ発症から無作為割付けまでが72時間未満の被験者としている。試験は申請用量のエンシトレルビル1日125mg(2~5日目の用量、1日目は375mg)と倍量の250mg(同1日目は750mg)、プラセボの各約600例の3群比較。実際の主要解析対象集団は各群とも340例前後である。ちなみにこの試験の被験者は重症化リスク因子の有無に関係ないことはよく知られているが、各群の平均年齢は35歳前後で、ワクチン接種率は92~93%であり、今の日本で発熱外来の受診者のバックグラウンドを十分に反映しているだろう。最終的な主要評価項目の中央値は、125mg群が167.9時間、 250mg群が171.2時間、プラセボ群が192.2時間。プラセボ群に比べ、125mg群は5症状消失までの時間を24時間強、有意に短縮(p=0.0407)。ただ、発症から120時間以内の集団での解析を行うと有意差は認められないという。つまり発症から3日以内に服用しないと効果が認められないとも言える。また、副次評価項目である投与4日目(3日間連続投与後)のベースラインからのウイルスRNAの平均変化量(log10[copies/mL])は125mg群が-2.737、250mg群が-2.690、プラセボ群が-1.235。対数評価なので、125mg群ではベースラインから300分の1に低下、プラセボは10分の1に低下したことになり、これもプラセボ比では有意な差となっている(p

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経口コロナ薬2剤、オミクロン下での有効性/Lancet

 香港では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)オミクロン株亜系統BA.2.2が流行している時期に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)外来患者へのモルヌピラビルまたはニルマトレルビル+リトナビルの早期投与が、死亡および入院中の疾患進行のリスクを低下したことが、さらにニルマトレルビル+リトナビルは入院リスクも低下したことが、中国・香港大学のCarlos K. H. Wong氏らによる後ろ向き症例対照研究で明らかとなった。SARS-CoV-2オミクロン株に対する経口抗ウイルス薬のリアルワールドでの有効性については、ほとんど示されていなかった。Lancet誌2022年10月8日号掲載の報告。高リスクCOVID-19外来患者を対象に、経口抗ウイルス薬2種の有効性を調査 研究グループは、香港病院管理局(Hong Kong Hospital Authority)のデータを用い、香港でオミクロン株亜系統BA.2.2が主流であった2022年2月26日~6月26日の期間に、SARS-CoV-2感染が確認された18歳以上のCOVID-19非入院患者を特定した。解析対象は、重症化リスク(糖尿病、BMI≧30、60歳以上、免疫抑制状態、基礎疾患あり、ワクチン未接種)を有する軽症患者で、発症後5日以内に外来でモルヌピラビル(800mg 1日2回5日間)またはニルマトレルビル+リトナビル(ニルマトレルビル300mg[推定糸球体濾過量30~59mL/分/1.73m2の場合は150mg]+リトナビル100mg 1日2回5日間)の投与が開始された患者であった。老人ホーム入居者、ニルマトレルビル+リトナビルの投与禁忌に該当する患者は、除外された。 対照群は、入院前にSARS-CoV-2感染が確認され、観察期間中に外来で経口抗ウイルス薬の投与を受けなかった患者のうち、年齢、性別、SARS-CoV-2感染診断日、チャールソン併存疾患指数、ワクチン接種回数に関して傾向スコアがマッチする患者を、1対10の割合で選択した。 主要評価項目は、全死因死亡、COVID-19関連入院、入院中の疾患進行(院内死亡、侵襲的人工呼吸、集中治療室[ICU]入室)。経口抗ウイルス薬投与群と各対照群との比較は、Cox回帰モデルを用いてハザード比(HR)を推定し評価した。いずれも全死因死亡、入院後の疾患進行リスクを低下 COVID-19非入院患者107万4,856例のうち、地域の医療機関で2種類の新規経口抗ウイルス薬のいずれかが開始された患者は1万1,847例(モルヌピラビル群5,383例、ニルマトレルビル+リトナビル群6,464例)で、このうち適格基準を満たし傾向スコアをマッチさせた解析対象集団は、モルヌピラビル群4,983例と対照群4万9,234例、ならびにニルマトレルビル+リトナビル群5,542例と対照群5万4,672例であった。 追跡期間中央値はモルヌピラビル群103日vs.ニルマトレルビル+リトナビル群99日であり、モルヌピラビル群はニルマトレルビル+リトナビル群より高齢者が多く(>60歳:4,418例[88.7%]vs.4,758例[85.9%])、ワクチン完全接種率が低い(800例[16.1%]vs.1,850例[33.4%])傾向があった。 モルヌピラビル群は対照群と比較して、全死因死亡(HR:0.76、95%信頼区間[CI]:0.61~0.95)および入院中の疾患進行(0.57、0.43~0.76)のリスクが低下したが、COVID-19関連入院のリスクは両群で同等であった(0.98、0.89~1.06)。 一方、ニルマトレルビル+リトナビル群は対照群と比較して、全死因死亡(HR:0.34、95%CI:0.22~0.52)、COVID-19関連入院(0.76、0.67~0.86)、および入院中の疾患進行(0.57、0.38~0.87)のリスクが低下した。 高齢患者においては、経口抗ウイルス薬の早期投与に関連した死亡/入院のリスク低下が一貫して確認された。

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第16回 オンライン診療でインフルエンザと診断してよいか?

政府から示されたオンラインスキームインフルエンザ流行るぞ!という意見が台頭してきましたが、未来のことは誰にもわかりません。しかし、新型コロナ第8波とインフルエンザ流行がかぶると、発熱外来の逼迫は必至です。そのため、政府としても、医療が必要な人以外はできるだけ病院に来ないよう策を講じる必要がありました。ここで示されたのが、「新型コロナ自己検査+インフルエンザオンライン診断」の流れです1)。病院に来なくても、新型コロナとインフルエンザが診断できる「かもしれない」、というスキームです。具体的には図のようになります。オンライン診療というのが結構カッコイイ感じになっていますが、Zoomなどの診療を整備している施設は少数派で、実際には電話診療が多いと思います。電話って個人的には「オンライン」じゃなくて「オフライン」だと思っているのですが…。まあいいでしょう。画像を拡大する図. 新型コロナ・インフルエンザ同時流行時のスキーム(筆者作成:イラストは看護roo!、イラストACより使用)遠隔でインフルエンザ診断さて、このフローで気になるのは、検査なしでオンライン診療によるインフルエンザの確定診断が可能という点です。必要があれば、オセルタミビルなどのインフルエンザ治療薬を遠隔で処方することができます。確かにインフルエンザは、(1)突然の発症、(2)高熱、(3)上気道炎症状、(4)全身倦怠感などの全身症状がそろっていれば、医師の判断でそうであると診断することができるので、検査が必須というわけではありません。インフルエンザだと典型的な症状で類推できるとは思いますが、新型コロナ陰性ならインフルエンザだ!というロジックです。オンライン診療という名の電話診察だけでも抗ウイルス薬を処方してしまってよいのか、少しモヤモヤが残ります。限られた医療資源で対応していくしかないのでしょうが、どんどんフローが複雑化していき、一体病気になった時どこに連絡していいのかわからないという患者さんが増えていくのではないかという懸念もあります。インフルエンザ治療薬の考え方日本は医療資源が潤沢ですから、インフルエンザと診断されれば抗ウイルス薬がほぼルーティンで投与されます。今シーズン(2022年10月~2023年3月)の供給予定量(2022年8月末日現在)は約2,238万人分とされています2)。タミフル(一般名:オセルタミビルリン酸塩 中外製薬)約462万人分オセルタミビル(一般名:オセルタミビルリン酸塩 沢井製薬)約240万人分リレンザ(一般名:ザナミビル水和物 グラクソ・スミスクライン)約215万人分イナビル(一般名:ラニナミビルオクタン酸エステル水和物 第一三共)約1,157万人分ゾフルーザ(一般名:バロキサビル マルボキシル 塩野義製薬)約137万人分ラピアクタ(一般名:ペラミビル水和物 塩野義製薬)約28万人分現状、インフルエンザの特効薬のような位置付けになっていますが、合併症のリスクが高くない発症48時間以内に治療を行ったとしても、有症状期間が約1日短縮される程度の効果であることは知っておきたいところです。■オセルタミビル20試験・ザナミビル46試験を含むレビューでは、オセルタミビルは成人インフルエンザの症状が緩和されるまでの時間を16.8時間(95%信頼区間[CI]:8.4~25.1)、ザナミビルは0.60日(14.4時間)(95%CI:0.39~0.81)短縮した3)。■バロキサビル マルボキシルまたはプラセボによる治療を受けた12歳以上の外来のインフルエンザ2,184例を含んだランダム化試験において、バロキサビル マルボキシル治療は症状改善までの期間を中央値で29.1時間(95%CI:14.6~42.8)短縮した4)。参考文献・参考サイト1)厚生労働省 新型コロナ・インフル同時流行対策タスクフォース2)厚生労働省 令和4年度 今冬のインフルエンザ総合対策について3)Jefferson T, et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in adults and children. Cochrane Database Syst Rev . 2014 Apr 10;2014(4):CD008965.4)Ison MG, et al. Early treatment with baloxavir marboxil in high-risk adolescent and adult outpatients with uncomplicated influenza (CAPSTONE-2): a randomised, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet Infect Dis. 2020 Oct;20(10):1204-1214.

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第129回 国のコロナ治療薬支援は適正価格?現況を列挙してみると…

前回、興和が実施していた新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対する抗寄生虫薬のイベルメクチンの第III相臨床試験で有効性を示せなかったことについて触れた。その際に、私は厚生労働省が開発支援として同社に約61億円を拠出したことについては、日本にとってやむなしという見解を示している。ところで国の新型コロナ治療薬の開発支援にはどの程度のお金がこれまで使われたのか? 実はこれを正確に計算することはなかなか困難である。というのも、まず財布(支出元)が厚生労働省、国立感染症研究所、日本医療研究開発機構(AMED)、内閣府、経済産業省、文部科学省など多岐にわたるからだ。また、この中には正規の当初予算の中の予備費などを活用したものや補正予算で対応したものなどさまざま。支出先も製薬企業だけでなく、大学その他の研究機関なども少なくない。こうした中で最も分かりやすい厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症治療薬の実用化のための支援事業」で製薬企業に直接支出されたものは以下のようになる(金額は百万円単位を四捨五入)。エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ):82億2,000万円[?]イベルメクチン(商品名:ストロメクトール):61億6,000万円[試験未達]ファビピラビル(商品名:アビガン):14億8,000万円[試験終了、申請意向は不明]カモスタット(商品名:フオイパン):6億円[コロナ対象の開発中止]AT-527:4億6000万円[国内開発終了]カシリビマブ/イムデビマブ(商品名:ロナプリーブ):3億2,000万円チキサゲビマブ/シルガビマブ(商品名:エバシェルド):2億8,000万円ソトロビマブ(商品名:ゼビュディ):2億6,000万円オチリマブ:1億9,000万円[開発中止]総額では約179億円になる。ちなみに各種報道によると、大学などへも含めた治療薬開発支援の総額は1,000億円超に上るという。現在までにこれらの中で上市に至ったものへの支援総額は8億6,000万円、支出総額の5%程度に過ぎない。開発が進行中で最多金額が支出されたエンシトレルビルは先日、第III相臨床試験でポジティブな結果が報告されたため、このままで行けば上市される可能性が高い。この分を含めると支援総額の半分はなんとか上市にこぎつけることになる。さて、この予算投入に対する評価は個人によってかなり変わるかもしれない。私はまずまずの結果と見ている。ただ、敢えて本音を言えば「ふーん、これが先進国である日本の有様?」とも考えてしまう。率直に言えば、支援額は「0が2つ足りない」とさえ思う。ご存じのように今や1つの新規成分を治療薬として上市するまでには、期間にして20年、費用にして200億円を要すると言われる。その中で抗ウイルス薬はかなり開発が難航する領域である。世界で初めて製品化された抗ウイルス薬といえば、ヘルペスウイルスに対するアシクロビルである。現在のグラクソ・スミスクラインの前身であるバローズ・ウエルカム社の研究所で1974年に開発され、開発者であるジョージ・H・ヒッチングスとガートルード・B・エリオンはその功績が評価され1988年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。念のため言うと、世界で初めて合成に成功した抗ウイルス薬はリバビリンだが、当初の開発目的であったインフルエンザ治療薬としての上市は成功せず、C型慢性肝炎治療薬として世に出るには1990年代まで待たなければならなかった。このように抗ウイルス薬は数ある疾患治療薬の中で、まだ半世紀にも満たない歴史しかなく、合成には数多くのペプチド結合などが必要となるため、開発は容易ではない。ヒト免疫不全ウイルスの登場とその戦いにより抗ウイルス薬の開発に弾みはついたものの、現在ある何らかの抗ウイルス薬のうち国産(国内開発)はインフルエンザに対するバロキサビル(商品名:ゾフルーザ)とラニナミビル(商品名:イナビル)、ファビピラビル(商品名:アビガン)ぐらいである。また、今回の新型コロナでは感染症に抗体医薬品を用いるという新たな戦略が登場したが、抗体医薬品開発能力がある国内の製薬企業は限られている。さらにこの間、新型コロナに対する抗ウイルス薬や抗体医薬品の上市に成功した外資系製薬企業のほとんどが日本円換算で年間の研究開発費が1兆円超。かつ上市に成功した治療薬のほとんどは完全な自社創製ではなく導入品である。悪く言えば、札びらで横っ面をひっぱたきながら時間を買ったとも言えるが、もはやこれは製薬業界ではごく当たり前の開発プロセスの一つになっている。いずれにせよ、新型コロナ治療薬開発競争での日本のディスアドバンテージは大きく、実際、現在までに登場した国産治療薬はない。第8波を迎える前に、そろそろこの辺の総括に入っても良いのではないかと思っている。もっとも今後のパンデミックを見越してやらなければならないことは国と企業ではかなり違う。国がやるべきは、公的研究機関での創薬そのものと言うよりは創薬の基盤技術への大規模・持続的な投資である。もっとも創薬技術が長足の進歩で高度化している以上、すべての基盤技術を国内の公的研究機関で獲得することは困難である。私自身は以前の本連載でも触れたとおり、新薬開発の極端な国粋主義には批判的な立場である。その意味では海外の研究機関との人事交流も含めた提携も欠かせない。これらをいかに「年度主義」から脱して持続的に行えるかがカギである。そして公的研究機関もそれぞれの組織や個人によって特徴がある。その各機関の研究情報の集約と岸田首相が創設を打ち出した日本版CDCとの間のネットワーク化も整備しなければならない。一方、民間企業、すなわち製薬企業側に求められることの一つは日本を軸としたアジア圏での臨床試験実施体制の確立である。メガファーマと呼ばれる国際製薬大手の新型コロナ関連治療薬の臨床試験の多くは、被験者を集めやすいアメリカを中心にその地続きである近傍の北米のカナダや南米を中心に行われることが多い。製薬業界にとって巨大市場であるアメリカに対しては国内の製薬企業もある程度は進出しているが、ここで臨床試験実施競争に勝てる環境はない。その意味ではやはり距離的にも近いアジア圏内にネットワークを確立するほうが早道である。これは抗ウイルス薬の開発に限らないことである。そしてもちろん今回、新型コロナ関連治療薬の上市に成功した外資系の製薬企業各社のように社外のシーズを迅速に目利きすることは重要だが、何より先立つものは金である。有望なシーズを見つけてもそれを獲得する資金がなければ事は動かない。では、どうするのか? 言い古されたことになるが、規模の拡大、すなわち国内外を含めた業界再編が必要になる。ここは最も大きなハードルである。「何を理念的なことばかり言っているんだ」と各方面に叱責されるかもしれないが、次なる新興感染症、あるいは現在の新型コロナの新たな変異株の登場による状況の悪化を想定すれば、いずれも今から少しずつでも始めなければ「後の祭り」になりかねないのである。

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塩野義の経口コロナ治療薬、第II/III相Phase 3 partで主要評価項目を達成

 塩野義製薬は9月28日付のプレスリリースにて、同社が開発中の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬のensitrelvir(S-217622)について、第II/III相臨床試験Phase 3 partにおいて良好な結果を得たことを発表した。主な結果として、軽症/中等症患者において、重症化リスク因子の有無にかかわらず、オミクロン株に特徴的なCOVID-19の5症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、倦怠感[疲労感])が消失するまでの時間(発症前の状態に戻るまでの時間)を、プラセボに対して有意に短縮することなどが認められたという。 プレスリリースによると、今回のPhase 3 partの臨床試験では、本剤(低用量、高用量の2用量)を1日1回、5日間経口投与した際の臨床症状の改善効果を検証することを主な目的として、日本、韓国、ベトナムの1,821例の患者が、重症化リスク因子の有無、またワクチン接種の有無にかかわらず登録され、軽症/中等症患者を対象に実施された。本試験における主要評価項目は、発症から72時間未満の患者集団における、オミクロン株流行期に特徴的な5症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、倦怠感 [疲労感])の消失までの時間が設定された。 主な結果は以下のとおり。・申請用量(低用量)の本剤投与により、対象患者集団においてCOVID-19の5症状が消失するまでの時間は、プラセボ群と比較して約24時間短縮され、統計学的に有意な症状改善効果が確認された(p=0.04)。症状消失までの時間の中央値は、本剤の申請用量投与群167.9時間vs.プラセボ群192.2時間。・同患者集団における投与4日目(3回投与後)のベースラインからのウイルスRNA変化量は、プラセボ群と比較して1.4 log10コピー/mL以上大きく(p<0.0001)、これまでに実施された臨床試験と同様に優れた抗ウイルス効果が示された。・いずれの用量においても、本剤の投与による重篤な副作用や死亡例の報告はなく、これまでの試験と同様の良好な忍容性と安全性が確認されている。・比較的高頻度に見られた副作用は、これまでの試験でも観察された高比重リポ蛋白の減少および血中トリグリセリドの上昇であった。 同社によると、本結果は、厚生労働省と独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)とすでに共有されており、今後の承認審査ならびに審議について、協議が開始されたという。

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第126回 これは屁理屈なんじゃ…国産コロナ薬への補足説明を見てビックリ!

先日の本連載(第125回)で取り上げた日本感染症学会と日本化学療法学会による新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の治療薬候補エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の緊急承認を求めた合同提言。SNS上などでは非難囂々だったが、これに対し学会側が9月8日、補足説明なる文書を改めて発表した。この文書を読んでみたが、正直な感想を言えば「は?これが補足説明?」と思ってしまった。今回はこの内容について私見ながら批判的吟味を加えてみたい。補足説明は6項目に分かれている。1.本提言の公表までのプロセス2.この時期に提言を出した理由について3.抗ウイルス薬が十分に使われていない現状に関して4.ウイルス量を早期に減らすことの意義に関して5.今回ゾコーバに関して緊急承認の適応を求めたことに関して6.今回の提言と4学会声明の違いについてこの中で個人的に気になったのは、1、2、4、5番目の内容である。まず1番目。これによると、提言のきっかけは、2022年7月20日に行われた薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会・薬事分科会の合同審議の後に「“多くの患者さんが連日亡くなられており医療逼迫・医療崩壊が起こっている状況にもかかわらず、審議会ではその状況を踏まえた検討がなされていないのではないか。また、当日の議論が抗ウイルス薬としての評価ではなく、ほかの内容がほとんどを占めているのは問題ではないのか”とのご意見が寄せられ、“感染症学会・化学療法学会として提言を出すべきではないか”とのご意見がありました」という状況を踏まえてのことだったという。この“意見”なるものの認識がずれているように思う。そもそも今回のエンシトレルビルに関しては、合同審議に先立って開催された薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会単独の審議で、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査結果の説明とそれを基にした議論で抗ウイルス効果については検討済みである。しかも、そのうえで緊急承認制度が必須とする薬事分科会も含めた合同会議で再度検討が行われており、抗ウイルス効果について科学的議論がおろそかにされた形跡はない。補足説明ではこの“意見”を基に「日本感染症学会・日本化学療法学会で今後の方向性について話し合って頂く方を両学会から選出した後、ウェブ会議を8月中に2回行うとともにメールでの意見交換を行いました。意見をふまえて作成した提言案を、さらに両学会の役員(理事・監事)全員にお示ししてご意見を伺いました。頂いたご意見はさまざまでしたが、提言を出すことに対して反対意見はありませんでした。役員の先生方のご指摘をなるべく反映させる形で修正を行い、8月下旬に最終案をまとめました」とある。審議経過に不審な点はないと強調したいのだろう。だが、気になるのは「今後の方向性について話し合って頂く方を両学会から選出」と言う点である。この際の選出基準はどのようなものであったのか、また、中核になって議論したメンバーが誰かも不明である。たとえば、日本感染症学会では過去にもさまざまな提言を発表しているが、その際は検討した委員会名や委員名、その利益相反が開示されていることが多い。少なくとも過去と比べ、今回の提言はこの点で透明性が確保されているとは言いがたい。次に2番目。要約すると、すでにオーストラリアや東アジアでインフルエンザが流行しており、それを踏まえると、今秋以降に日本で同様のことが起こりえること、そこに新型コロナの流行も重なれば、医療逼迫が深刻化する恐れについて言及している。これを踏まえて▽新型コロナウイルス感染症の早期診断、早期治療の必要性▽ニルマトレルビル/リトナビルやモルヌピラビルの高齢者や基礎疾患保有者への投与▽後遺症で苦しむ可能性がある重症化リスクのない患者へのエンシトレルビルの投与を可能にする、ことで医療逼迫を回避すべきと指摘している。ここで突如、エンシトレルビルの話が出てくる。重症化しにくい若年者でも新型コロナの後遺症リスクがあるのは確かだが、ここで後遺症いわゆるLong COVIDに言及したことで、私は7月20日の審議のある光景が浮かんでしまう。それはまさにこの審議に参考人として出席した日本感染症学会理事長の四柳 宏氏が、あるデータを基に意見陳述した光景である。あるデータとは塩野義製薬がエンシトレルビルについて行った第II/III相試験の第IIb相パートのサブ解析結果の1つで、合同審議の際に追加的に提出されたもの。それによると、エンシトレルビルあるいはプラセボ投与開始から3週間後の新型コロナ関連12症状の有無では、プラセボ群に比べ、エンシトレルビル群では有症状者の割合が有意に低率だったというものだ。確かにデータ上はその通りだ。しかし、そもそもエンシトレルビルの緊急承認が保留になった最大の要因は、過去の本連載(第118回)でも触れたようにエンシトレルビル群ではプラセボ群に比べ、ウイルス力価とウイルスRNA量の低下が有意に認められながら、新型コロナ関連12症状の改善では有意差がなかったことに起因している。そして塩野義製薬や参考人だった感染症専門医は、この12症状のうちオミクロン株感染時に特徴的な呼吸器症状などの4症状では改善効果があったとし、オミクロン株感染者の薬効評価では12症状改善を指標にすることの妥当性にもやんわり疑問を呈している。にもかかわらず、Long COVIDになると、エンシトレルビル群で12症状改善の面で有意差を認めた、と言われても「都合の良いサブ解析結果を総動員させているだけでは?」と疑われて仕方がないのではないだろうか。補足説明の4番目では、まず「抗ウイルス薬に期待する薬効は臨床症状の改善であり」とある。これはその通りで、エンシトレルビルではまさにこの点に?が付いたのである。しかし、その後段では「エンシトレルビルの治験では、ウイルス株の変異に伴い、ラゲブリオやパキロビッドの治験のような入院や死亡率の減少を証明できなかったものの、ウイルス量の減少が有意差をもって確認されています。また発熱や呼吸器症状の改善を認めました。こうした結果より、エンシトレルビル投与によるウイルス量の早期の減少は、臨床症状の改善につながると考えられ、その結果は今後の臨床試験で明らかにされることが期待されます」と最初の提言と変わらぬ主張を繰り返している。この点に関して私が言いたいことは、ほぼ前回と変わらない。サブ解析結果はあくまで参考値に過ぎない。そもそも企業治験では、新薬候補の効果が最大限発揮できるように主要評価項目や試験デザインを設定する。もし、サブ解析で新たな知見が示されたならば、あくまでその結果を正しく証明できる試験デザインで再度検証することが求められる。前回も記述したように、サブ解析結果で示されたことが再度の臨床試験で否定されることは決して珍しくない現象だからだ。この現実を日本感染症学会と日本化学療法学会の理事の皆さんは軽視するつもりなのだろうか?かなり酷なことを言うかもしれないが、このエンシトレルビルの結果の速報値が発表されたのは2月である。もし塩野義製薬が科学的な知見を重視して、なお緊急承認を求めるならば、同社が主張するオミクロン株に特徴的な4症状の改善を主要評価項目に設定した小規模のパイロット的な試験などを実施すべきである(治験実施が容易ではないのは百も承知だが、小規模のパイロット試験なら不可能とは言えない)。もっと言えば、今回の緊急承認制度は「探索的な臨床試験(後期第II相試験)で有効性が認められれば承認可能」としているが、少なくともこの文言は探索的な臨床試験の主要評価項目は達成されたうえでと解釈するのが自然である。それができずに製薬企業や学会がゴリ押しするのは、せっかく新設された緊急承認制度に対する冒とくとさえ個人的には思える。そして5番目を読むと、ため息が出てしまう…。そこには以下のような記述がある。「現時点で60歳以下のリスクのない方に対する抗ウイルス薬はありませんから、この群に対する効果が期待され、その結果感染・健康被害の拡大が防止できる薬であれば緊急承認の適応ということになります。今回2学会が提言を出したのは“60歳以下のリスクのない方”に対する効果が期待され、その結果“感染・健康被害の拡大が防止できる薬であるかどうか”の確認が充分行われたように思えなかったことがきっかけです」要は前述の7月20日の審議の際に一部の委員から同一作用機序のニルマトレルビル/リトナビルがあるなかで、エンシトレルビルの承認に緊急性があるとは必ずしも思えないと言われたことへの反論らしい。しかし、あくまで私見に過ぎないかもしれないが、ここまでくると「屁理屈」とさえ映ってしまう。そして7月20日の審議では60歳以下のリスクのない人での投与に関して、薬事分科会の委員で日本医師会常任理事の神村 裕子氏が発言したことを日本感染症学会と日本化学療法学会の役員の皆さまはお忘れなのだろうか? 念のために再掲したい。「私は女性の医師ですので、女性の患者さんがたくさんいます。この中でたとえば妊娠の可能性のある患者さんに禁忌という場合、妊娠しているかどうかわからないとなると、とても怖くて使えない。また、錠剤が大きくて飲み難いことはありますが、すでに同じような作用機序のニルマトレルビル/リトナビルがあるなかで、なぜそちらではダメなのかと考えている。当然ながら私が臨床の外来で、この程度の呼吸器症状の有効性の差が出たと言われても、『とても使いたくはないな』と、申し訳ないですけれども率直にそう感じました」塩野義製薬や参考人が主張するオミクロン株特有の有効性を踏まえたうえでも、その差は小さく、なおかつエンシトレルビルが持つ催奇形性のリスクを考慮すれば臨床では有益性があるとは思われないという発言である。正直、補足説明が出たというので、もう少しマシな主張をするのではないかと期待したが「我田引水、ここに極まれり」と言わざるを得ない。

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JAK阻害薬とSteroid併用の重要性(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 今回取り上げた論文は、英国のRECOVERY試験の一環としてJanus kinase(JAK)阻害薬であるバリシチニブ(商品名:オルミエント)のコロナ感染症における死亡を中心とした重症化阻止効果を検証した多施設ランダム化非盲検対照試験(Multicenter, randomized, controlled, open-label, platform trial)の結果を報告している。本論評では、非盲検化試験(Open label)の利点・欠点を考慮しながら、重症コロナ感染症治療におけるJAK阻害薬とSteroid併用の意義について考察する。非盲検化試験の意義―利点と欠点 ランダム化非盲検対照試験では、試験の標的薬物の内容を被験者ならびに検者(医療側)が認知している状態でランダム化される。従来の臨床治験では非盲検法はバイアスの原因となり質的に問題があるものとして高い評価を受けてこなかった。しかしながら、コロナ感染症が発生したこの数年間では、その時点で効果を見込める基礎治療を標準治療として導入しながら標的の薬物/治療を加えた群(治験群)と加えなかった群(対照群)にランダムに振り分け、標的薬物/治療の有効性を判定する非盲検化試験が施行されるようになった。 非盲検化試験では:(1)基礎的標準治療を導入しながら経過を観察するため安全な形で治験遂行が可能、(2)二重盲検化試験に比べ最終結果が出るまでの時間が短縮、(3)同一症例を別の薬物/治療に関する治験に簡単に組み入れ可能であり複数個の臨床治験をほぼ同時並行的に施行可能、(4)症例の選択が比較的容易で各臨床試験にエントリーされる人数が多くなるという利点を有する。しかしながら、非盲検化試験では:(1)被験者側、医療側の両者に発生するバイアスを完全には取り除けない、(2)標準治療に治験標的の薬物/治療と相互作用を有するものが含まれる可能性があり、標的の薬物/治療の純粋な効果を把握できない場合があることを念頭に置く必要がある。 RECOVERY試験では非盲検化試験の利点を生かし、現在までに10個の治験結果が報告されている。それらの中には、低用量Steroid(デキサメタゾン)、IL-6受容体拮抗薬、回復期血漿、本論評で取り上げたJAK阻害薬などに関する報告が含まれ、コロナ感染症に対する多角的治療法について重要な知見を提供してきた。しかしながら、これらの報告では非盲検化試験に必須の欠点を有することを念頭に置きながら結果を解釈する必要がある。RECOVRY試験の結果からみたJAK阻害薬の効果 JAK阻害薬に関する臨床治験にあってRECOVRY試験は過去最大規模のものであり(8,156例)、入院治療が必要であった中等症以上のコロナ感染症患者におけるJAK阻害薬(バリシチニブ、4mg/日、10日間経口投与)の効果を、28日以内の死亡率をPrimary outcomeとして検証したものである。 本治験にあって注意すべき点は:(1)治験はオミクロン株感染者を対象としたものではない(2021年2月2日~12月29日に施行)、(2)標準治療としてSteroidがJAK群の96%、対照群の95%に、IL-6受容体拮抗薬が両群で31%、抗ウイルス薬レムデシビルがJAK群の21%、対照群の20%に投与されていた事実である。Steroidがほぼ全例に投与されているので、本治験の結果は厳密には、Steroid同時投与下でのJAK阻害薬の効果を検証したものと考えなければならない。全症例解析では、28日間の死亡率がJAK群で13%低下、非機械呼吸管理症例の機械呼吸管理への移行率も11%低下した。しかしながら、少数例の解析ではあるが、Steroid非投与者(約400例)のみの解析ではJAK群と対照群で死亡率に有意差を認めなかった。レムデシビル、IL-6受容体拮抗薬の同時投与の死亡率への影響は解析されていない。Steroidが89%の対象に同時投与された状況下で他のJAK阻害薬であるトファシチニブの効果を観察したSTOP-COVID Trialでも同様の結果が報告されている(Guimaraes PO, et al. N Engl J Med. 2021;385:406-415.)。 一方、Steroidの同時投与を禁止しレムデシビル投与下でJAK阻害薬の効果を検証したACTT-2試験では、対照群に比べレムデシビルとJAK阻害薬の同時投与群で回復までの時間が有意に短縮されたものの死亡率には有意差を認めなかった(Kalil AC, et al. N Engl J Med. 2021;384:795-807.)。レムデシビル投与下でデキサメタゾンとJAK阻害薬の効果を比較したACTT-4試験では機械呼吸管理なしの生存率に両薬物群間で有意差を認めなかった(Wolfe CR, et al. Lancet Respir Med. 2022;10:888-899.)。 以上より、JAK阻害薬の死亡を含む重症化阻止効果はSteroidの同時投与下で発現するものと考えなければならない。米国、本邦におけるJAK阻害薬の使用はACTT-2試験の結果を基に回復までの時間を短縮するレムデシビルの同時投与下において承認されている。この投与指針はコロナ感染後の回復までの時間を短縮するという観点からは正しい。しかしながら、重症化したコロナ感染者の死亡を抑制するという、さらに重要な観点からは問題がある。現在までの治験結果を総括すると、JAK阻害薬に関してはレムデシビル(抗ウイルス薬)との併用以上にデキサメタゾン(免疫抑制薬)との併用がコロナ重症例に対する治療法としてより重要な位置を占めるものと考えるべきであろう。JAK阻害薬に対するSteroid併用の分子生物学的意義 ウイルス感染をトリガーとするCytokine storm(過剰免疫反応)の発生は肺を中心とする全身臓器/組織の過剰炎症を惹起し、コロナ感染患者の生命予後を悪化させる。多様な炎症性Cytokine産生の分子生物学的機序は複雑であるが、最も重要な機序は免疫細胞、非免疫細胞における炎症性転写因子NF-κBとSTAT3(Signal transducers and activators of transcription)の持続的活性化である。JAK阻害薬は4つのtransmembrane protein kinase(JAK1、JAK2、JAK3、TYK2)の抑制を介して転写因子STAT3を抑制する。その結果として、数多くのCytokine産生が抑制される。同時に、STAT3の抑制はそれと相互作用(Cross talk)を有するNF-κBの活性を抑制し、Cytokineの産生はさらに抑制される。その意味で、NF-κBに対する抑制能力が高いSteroidの同時投与はJAK阻害薬のCytokine産生抑制効果をさらに増強することになる。 JAK阻害薬と同様に、Steroid併用の重要性が議論された免疫抑制薬にIL-6受容体拮抗薬(トシリズマブ、商品名:アクテムラ)がある。IL-6受容体拮抗薬はJAK阻害薬と異なる作用点を介してSTAT3、NF-κB経路を抑制する(山口. CLEAR!ジャーナル四天王-1383)。すなわち、JAK阻害薬、IL-6受容体拮抗薬は作用点が異なるものの本質的機序は同じで最終的にSTAT3とNF-κB経路の抑制を介して抗炎症作用を発現する。それにもかかわらず、現時点の投与基準では、IL-6受容体拮抗薬がSteroidの同時投与下で承認されているのに対し、JAK阻害薬はレムデシビルとの同時投与下で承認されておりSteroid併用の重要性が強調されていない。両薬物の治験結果が出そろいつつある現在、JAK阻害薬の投与基準もSteroidの併用を強調したものに変更していくべきではないだろうか?

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BA.2.75「ケンタウロス」に対するコロナ治療薬の効果を比較/NEJM

 2022年6月よりインドを中心に感染拡大したオミクロン株BA.2.75(別名:ケンタウロス)は、日本を含め、米国、シンガポール、カナダ、英国、オーストラリアなど、少なくとも25ヵ国で確認されている。河岡 義裕氏、高下 恵美氏らによる東京大学、国立感染症研究所、国立国際医療研究センターが共同で行った研究において、BA.2.75に対し、4種類の抗体薬と3種類の抗ウイルス薬についてin vitroでの有効性を検証したところ、一部の抗体薬とすべての抗ウイルス薬が有効性を維持していることが示された。本結果は、NEJM誌オンライン版2022年9月7日号のCORRESPONDENCEに掲載された。 研究対象となったのはFDA(米国食品医薬品局)で承認済み、および国内で一部承認済みの薬剤で、抗体薬は、カシリビマブ・イムデビマブ併用(商品名:ロナプリーブ、中外製薬)、チキサゲビマブ・シルガビマブ併用(商品名:エバシェルド、アストラゼネカ)、ソトロビマブ(商品名:ゼビュディ、GSK)、bebtelovimab(Lilly)、抗ウイルス薬は、レムデシビル(商品名:ベクルリー、ギリアド・サイエンシズ)、モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ、MSD)、ニルマトレルビル(商品名:パキロビッドパック[リトナビルと併用]、ファイザー)となっている。 今回の試験では、対象の各抗体薬の単剤および併用について、新型コロナウイルスの従来株(中国武漢由来の株)と、オミクロン株BA.2、BA.5、BA.2.75それぞれの培養細胞における感染を阻害(中和活性)するかどうかを、FRNT50(ライブウイルス焦点減少中和アッセイで50%のウイルスを中和する血清希釈)を用いて評価した。また、各抗ウイルス薬について、ウイルスの増殖を阻害するかどうかを、IC50(50%阻害濃度)を用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。【抗体薬】・カシリビマブ・イムデビマブ併用では、BA.2.75に対するFRNT50の値は1,811.78ng/mLで、従来株に対してよりも812.5倍高く、中和活性が著しく低下していた。・チキサゲビマブ・シルガビマブ併用では、BA.2.75に対するFRNT50の値は34.19ng/mLで、従来株に対してよりも5.3倍高かったものの、高い中和活性を維持していた。・ソトロビマブの前駆体では、BA.2.75に対するFRNT50の値は2万8,536.48ng/mLで、従来株に対してよりも870.0倍高く、中和活性が著しく低下していた。・bebtelovimabでは、BA.2.75に対するFRNT50の値は6.21ng/mLで、従来株に対してよりも4.4倍高かったものの、高い中和活性を維持しており、モノクローナル抗体の中で最も有効であった。【抗ウイルス薬】・レムデシビルでは、BA.2.75に対するIC50の値は1.52μmで、従来株に対してよりも1.6倍高かったものの、高い有効性を維持していた。・モルヌピラビルでは、BA.2.75に対するIC50の値は0.90μmで、従来株に対してよりも1.5倍高かったものの、高い有効性を維持していた。・ニルマトレルビルでは、BA.2.75に対するIC50の値は1.78μmで、従来株に対してと同等に、高い有効性を維持していた。 本研究により、新たな変異型であるBA.2.75に対して、抗ウイルス薬はいずれも有効であり、抗体薬は8月末に国内で承認されたチキサゲビマブ・シルガビマブ併用、および国内では未承認のbebtelovimabが有効であったが、そのほかの抗体薬は有効性が低いことが示唆された。著者は、BA.2.75がBA.5の次の支配的な変異型になるかを見極めるには尚早だが、BA.2.75がより重篤な症状を引き起こす可能性や、免疫回避に関するデータとともに、治療薬の有効性に関する臨床データが必要だとしている。また、患者への治療を検討する際には、各抗体薬の有効性に差が生じる可能性があることを念頭に入れておくべきだと述べている。

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第129回 ワクチン接種でlong COVID 4大症状が大幅減少/ long COVIDの国際的な取り組みが発足

英国での試験と同様に、イスラエルの試験でもワクチン接種が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)罹患後症状(long COVID)をどうやら防ぐことが示されました。昨年9月にLancet Infectious Diseases誌に掲載された英国での試験ではワクチン2回接種済みだとSARS-CoV-2感染後28日過ぎの症状全般が生じ難いという結果が得られています1)。SARS-CoV-2感染成人およそ千人(951人)の経過を調べた今回のイスラエルでの試験ではlong COVIDの10の主症状それぞれの生じやすさとワクチン接種の関連が調べられました。951人のうち340人(36%)はPfizer/BioNTechのワクチンBNT162b2を1回接種済み、294人(31%)は少なくとも2回接種済みでした。SARS-CoV-2感染後に特に多かった症状は疲労、頭痛、四肢の虚弱、筋痛の持続で、それぞれ22%、20%、13%、10%に認められました。それら4大症状の他に6つの症状―集中力欠如、脱毛、睡眠障害、めまい、咳、息切れも多く認められました。年齢やもとの症状などを考慮した解析の結果、ワクチン2回接種済みの人の4大症状―疲労、頭痛、四肢の虚弱、筋痛の持続の割合は非接種の人よりそれぞれ62%、50%、62%、66%低いことが示されました2,3)。2回のBNT162b2接種は脱毛、めまい、呼吸困難が生じ難くなることとも関連し、long COVIDを防ぐ効果があるようだと著者は結論しています。COVID-19後遺症を調べて治療候補の臨床試験を仕切る国際的な取り組みが発足すでに1億5,000万人を数え、増え続けているlong COVIDを調べて候補の治療の臨床試験を仕切る国際的な取り組みLong Covid Research Initiative(LCRI)が発足しました4)。科学投資事業BalviがLCRIに1,500万ドルを寄付しています。また、抗癌剤アブラキサンの発明者として知られるPatrick Soon-Shiong氏が率いる基金もLCRIを支援します。LCRIがまず目指すのはLong COVID患者にSARS-CoV-2が存続しているかどうかや、もしそうなら居座るSARS-CoV-2が症状の要因かどうかを明らかにすることです5)。SARS-CoV-2が体内を巡り続けているなら抗ウイルス薬で症状を減らせそうであり、LCRIを主導する非営利事業PolyBio首脳陣の1人Amy Proal氏はそういう治療の臨床試験が早く始まることを望んでいます。上述のSoon-Shiong 氏やProal氏を含む20人を超える屈指の研究者がLCRIの取り組みを担います。エール大学の岩崎明子(Akiko Iwasaki)氏も名を連ねます。LCRIは1億ドルを集めることを目指しており、その半分は臨床試験に使われます。参考1)Antonelli M,et al. Lancet Infect Dis. 2022 Jan;22:43-55.2)Kuodi P, et al. NPJ Vaccines. 2022 Aug 26;7:101.3)Vaccines dramatically reduce the risk of long-term effects of COVID-19 / Eurekalert4)Introducing a Global Initiative to Address Long Covid / Long Covid Research Initiative5)New private venture tackles the riddle of Long Covid―and aims to test treatments quickly /Science

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第125回 学会提言がTwitterで大炎上、医療崩壊にすり替えた国産コロナ薬への便宜では?

土曜日の朝、何気なくTwitterを開いたらトレンドキーワードに「感染症学会」の文字。何かと思って検索して元情報を辿ったところ、行き着いたのが日本感染症学会と日本化学療法学会が合同で加藤 勝信厚生労働大臣に提出した「新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言」だった。提言は4つだが、そのすべてをひっくるめてざっくりまとめると、「現在の第7波に対応するには早期診断・早期治療体制の確立がカギを握る。そのためには重症化リスクの有無に関係なく使える抗ウイルス薬が必要であり、その可能性がある国産抗ウイルス薬の一刻も早い承認あるいは既存の抗ウイルス薬の適応拡大が必要」というものだ。どうやら発表された9月2日に厚生労働省内にある記者クラブで記者会見をしたらしいが、フリーランスの私は当然それを知る由もない。この点がフリーランスのディスアドバンテージである。国産抗ウイルス薬とは、塩野義製薬が緊急承認制度を使って申請した3CLプロテアーゼ阻害薬のエンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)のことだ。同薬の緊急承認審議の中身についてはすでに本連載で触れた通り。連載では文字数の関係上、ある程度議論をリードした発言を抜粋はしているが、本格議論の前に医薬品医療機器総合機構(PMDA)側から緊急承認に否定的な審査報告書の内容が説明されている。その意味で、連載に取り上げた議論内容は少なくとも感情論ではなく科学的検討を受けてのもので、結果として継続審議となった。両学会の提言はそうした科学的議論を棚上げしろと言っているに等しい。もっとも両学会の提言は一定のロジックは付けている。それについて私なりの見方を今回は記しておきたいと思う。まず、4つの提言のうち1番目を要約すると「入院患者の減少や重症化の予防につながる早期診断・早期治療の体制確立を」ということだが、これについてはまったく異論はない。提言の2番目(新規抗ウイルス薬の必要性)は一見すると確かにその通りとも言える。念のため全文を引用したい。「現在使用可能な内服薬は適応に制限があり、60歳未満の方のほとんどは診断されても解熱薬などの対症療法薬の処方しか受けられません。辛い症状、後遺症に苦しんでいる方が多くいらっしゃいます。また、自宅療養中に同居家族に高率に感染が広がることが医療逼迫の大きな原因になっています。こうした状況を打開するためにも、ハイリスク患者以外の軽症者にも投与できる抗ウイルス薬の臨床現場への導入が必要です」私はこの段階でやや引っかかってしまう。確かに現時点で高齢者や明らかな重症化リスクのある人以外は解熱鎮痛薬を軸とする対症療法しか手段がない。しかも、現在の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の重症度判定は、酸素飽和度の数値で決められているため、この数字が異常値でない限りは40℃近い発熱で患者がのたうち回っていても重症度上は軽症となり、解熱鎮痛薬処方で自然軽快まで持ちこたえるしかない。それを見つめる医療従事者は隔靴掻痒の感はあり、何とかしてあげたいという思いに駆られるだろう。それそのものは理解できる。しかし、私たちはこの「思い」が裏目に出たケースを経験している。いわゆる風邪に対する抗菌薬乱用による耐性菌の増加、眠れないと訴える高齢者へのペンゾジアゼピン系抗不安薬の乱用による依存症。いずれも根本は医療従事者の“患者の苦痛を何とかしたい”という「思い」(あるいは「善意」)がもたらした負の遺産である。結果として、提言の2番目は言外に「何ともできないのは辛いから、まずは効果はほどほどでも何とかできるようにさせてくれ」と主張しているように私は思えてしまう。ちなみに各提言では、「説明と要望」と称してより詳細な主張が付記されているが、2番目の提言で該当部分を読むと、その主張は科学的にはやや怪しくなる。該当部分を抜粋する。「感染者に対する早い段階での抗ウイルス薬の投与は、重症化を未然に防ぎ、感染者の速やかな回復を助けるだけではなく、二次感染を減らす意味でも大切です」これは一般の人が読めば、「そうそう。そうだよね」となるかもしれない。しかし、私が科学的に怪しいと指摘したのは太字にした部分である。その理由は2つある。第1の理由は、まず今回の新型コロナは感染者の発症直前から二次感染を引き起こす。発症者が抗ウイルス薬を服用しても二次感染防止は原理的に不可能と言わざるを得ない。服用薬に一定の抗ウイルス効果が認められるならば、感染者・発症者が排出するウイルス量は減ると考えられるので、理論上は二次感染を減らせるかもしれないが、それが服用薬の持つリスクとそのもののコストに見合った減少効果となるかは、はなはだ疑問である。第2の理由は、提言が緊急承認を求めているエンシトレルビルの作用機序に帰する。エンシトレルビルは新型コロナウイルスの3CLプロテアーゼを阻害し、すでに細胞に侵入したウイルスの増殖を抑制することを意図した薬剤である。ヒトの体内に侵入したウイルスが細胞に入り込む、すなわち感染・発症成立を阻止するものではない。たとえばオミクロン株ではほぼ無効として、現在はほぼ使用されなくなった通称・抗体カクテル療法のカシリビマブ/イムデビマブ(商品名:ロナプリーブ)は、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質と結合し、細胞そのものへの侵入を阻止する。もちろんこれとて完全な感染予防効果ではなく、厳密に言えば発症予防効果ではあるが、原理的には3CLプロテアーゼ阻害薬よりは二次感染発生の減少に資すると言える。現にオミクロン株登場前とはいえ、カシリビマブ/イムデビマブは、臨床試験で家庭内・同居者内での発症予防効果が認められ、適応も拡大されている。これに対してエンシトレルビルと同じ3CLプロテアーゼ阻害薬で、国内でも承認されているニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッドパック)では、家庭内感染リスク低下を評価するべく行った第II/III相試験「EPIC-PEP」でプラセボ群と比較して有意差は認められていない。これらから「二次感染を減らす意味でも大切です」という提言内容には大いに疑問である。そして提言の3番目(抗ウイルス効果の意義)では次のように記述している。「新しい抗ウイルス薬の臨床試験において、抗ウイルス効果は主要評価項目の一つです。新型コロナウイルスの変異株の出現に伴い、臨床所見が大きく変化している今、抗ウイルス効果を重視する必要があります」今回の話題の焦点でもあるエンシトレルビルの緊急承認審議に提出された同薬の第II/III相試験の軽症/中等症患者を対象とした第IIb相パートの結果では、主要評価項目の鼻咽頭ぬぐい検体を用いて採取したウイルス力価のベースラインからの変化量と12症状合計スコア(治験薬投与開始から120時間までの単位時間当たり)の変化量は、前者で有意差が認められたものの、後者では有意差が認められなかった。この結果が緊急承認の保留(継続審議)に繋がっている。提言の言いたいことは、ウイルス力価の減少、つまり抗ウイルス効果が認められたと考えられるのだから、むしろそれを重視すべきではないかということなのだろう。実際、3番目の提言の説明と要望の項目では、デルタ株が主流だった第5波の際の感染者の重症化(人工呼吸器管理を必要とする人)率が0.5%超だったのに対し、オミクロン株が主流の第6波以後では0.1%未満であるため、重症化阻止効果を臨床試験で示すことは容易ではないと指摘している。それは指摘の通りだが、エンシトレルビルの第IIb相パートはそもそも重症化予防効果を検討したものではない。あくまで臨床症状改善状況を検討したものである。しかも、この説明と要望の部分では「ウイルス量が早く減少することは、臨床症状の改善を早めます」とまるで自家撞着とも言える記述がある。ところがそのウイルス量の減少が臨床症状の改善を早めるという結果が出なかったのがエンシトレルビルの第IIb相パートの結果である。両学会は何を主張したいのだろう。一方で今回のエンシトレルビルの件では、時に「抗ウイルス薬に抗炎症効果(臨床症状改善)まで求めるのは酷ではないか」との指摘がある。しかし、ウイルス感染症では、感染の結果として炎症反応が起こるのは自明のこと。ウイルスの増殖が抑制できるならば、当然炎症反応にはブレーキがかからねばならない。それを臨床試験結果として示せない薬を服用することは誰の得なのだろうか?前述のように作用機序からも二次感染リスクの減少効果が心もとない以上、この薬を臨床現場に投入する意味は、極端な話、それを販売する製薬企業の売上高増加と解熱鎮痛薬よりは根本治療に近い薬を処方することで医師の心理的負荷が軽減されることだけではないか、と言うのは言い過ぎだろうか?さらにそもそも論を言ってしまえば、現在エンシトレルビルで示されている抗ウイルス効果も現時点では「可能性がある」レベルに留まっている。というのも前述の第IIb相パートは検査陽性で発症が確認されてから5日以内にエンシトレルビルの投与を開始している。この投与基準そのものは妥当である。そのうえで、対プラセボでウイルス力価とRNA量の減少がともに有意差が認められたのは投与開始4日目、つまり発症から最大で9日目のもの。そもそも新型コロナでは自然経過でも体内のウイルス量は発症から5日程度でピークを迎え、その時点を境に減少するのが一般的である。この点を考慮すると、第IIb相パートの試験で示された抗ウイルス効果に関する有意差が本当にエンシトレルビルの効果のみで説明できるかは精査の余地を残している。ちなみに緊急承認に関する公開審議では委員の1人から、この点を念頭にエンシトレルビル投与を受けた被験者の投与開始時点別の結果などが分かるかどうかの指摘があったが、事務局サイドは不明だと回答している。さらに指摘するならば同試験は低用量群と高用量群の2つの群が設定されているが、試験結果を見る限りでは高用量群での抗ウイルス効果が低用量群を明らかに上回っているとは言い切れず、用量依存的効果も微妙なところである。総合すれば、エンシトレルビルの抗ウイルス効果と言われるものも、現時点では暫定的なものと言わざるを得ないのだ。また、3番目の提言の説明と要望の項目では「オミクロン株に感染した際の症状としては呼吸器症状(鼻閉・咽頭痛・咳)、発熱、全身倦怠感が主体でこれ以外の症状は少なくなっています」とさらりと触れている。これは主要評価項目の12症状合計スコアで有意差が認められなかった点について、塩野義製薬がサブ解析でこうした呼吸器症状のみに限定した場合にプラセボに対してエンシトレルビルでは有意差が認められたと主張したことを、やんわりアシストしているように受け取れる。これとて緊急承認の際の公開審議に参加した委員の1人である島田 眞路氏(山梨大学学長)から「呼吸器症状だけ後からピックアップして有意差が少しあったという。要するにエンドポイントを後からいじるのはご法度ですよ。はっきり言って」とかなり厳しく指摘された点である。そしてこうしたサブ解析で有意差が出た項目を主要評価項目にして臨床研究を行った結果、最終的に有意差は認められなかったケースは実際にあることだ。いずれにせよ私個人の意見に過ぎないが、今回の提言は科学的に見てかなり破綻していると言わざるを得ない。そしてなにより今回の提言の当事者である日本感染症学会理事長の四柳 宏氏(東京大学医科学研究所附属病院長・先端医療研究センター感染症分野教授)は、エンシトレルビルの治験調整医師であり、明確に塩野義製薬と利益相反がある。記者会見ではこの点について四柳氏自身が「あくまでも学会の立場で提言をまとめた」と発言したと伝わっているが、世間はそう単純には受け止めないものだ。それでも提言のロジックが堅牢ならばまだしも、それには程遠い。まあ、そんなこんなで土曜日は何度かこの件についてTwitterで放言したが、それを見た知人からわざわざ電話で「あの感染症学会の喧々諤々、分かりやすく説明してくれ」と電話がかかってきた。「時間かかるから夜にでも」と話したら、これから町内会の清掃があって、その後深夜まで出かけるとのこと。私はとっさに次のように答えておいた。「あれは例えて言うと…町内会員らで清掃中の道路に町内会長が○○○したようなもの」これを聞いた知人は「うーん、分かるような、分からないような。また電話するわ」と言って会話は終了した。その後、彼からは再度問い合わせはない。ちなみに○○○は品がないので敢えて伏字にさせてもらっている。ご興味がある方はTwitterで検索して見てください。お勧めはしません(笑)。

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オミクロン株流行中のニルマトレルビルによるCOVID-19の重症化転帰(解説:寺田教彦氏)

 ニルマトレルビルは、本邦では商品名「パキロビッドパック(以下パキロビッド)」としてCOVID-19重症化予防薬として用いられている。「パキロビッド」はニルマトレルビルをリトナビルでブーストした薬剤であり、効果的な経口抗ウイルス薬である。ただし、リトナビル成分のため、併用禁忌や併用注意の薬剤が多いことが知られており、投薬時には投薬歴を確認する必要がある。 同薬剤は、症状を伴うCOVID-19に罹患した、重症化リスクの高いワクチン未接種の成人を対象とした試験(EPIC-HR試験)においてプラセボと比較して、入院または死亡のリスクを88%低減させ、高い有効性を示した(Hammond JS, et al. N Engl J Med. 2022;386:1397-1408.)。有効性の直接比較はされていないが、同様の患者集団で報告されたレムデシビルの有効性に匹敵し(Gottlieb RL, et al. N Engl J Med. 2022;386:305-315.)、モルヌピラビルの有効性に勝る可能性もあり(Jayk Bernal A, et al. N Engl J Med. 2022;386:509-520.)、本邦でも外来患者で重症化リスクの高い患者に用いられている。 2022年9月現在、新型コロナウイルスはオミクロン株が流行しているが、EPIC-HR試験はデルタ株流行下で行われた研究である。ニルマトレルビルのオミクロン株に対する抗ウイルス薬は実験室上のデータではあるが、BA.2.12.1、BA.4、BA.5の各系統の増殖を効果的に抑制することが示されたため、(Takashita E, et al. N Engl J Med. 2022;387:468-470.)、オミクロン株流行下でも有効性を期待され使用されていた。 ただし、オミクロン株流行下での同薬剤の有効性を臨床現場で評価したデータではないため、オミクロン株流行中のニルマトレルビル投与はCOVID-19重症化予防にどの程度寄与するかはエビデンスが乏しかった。今回の研究で、オミクロン株が急増しているイスラエルで、ニルマトレルビルの無作為化対照試験が行われ、オミクロン株でも重症化予防効果を確認することができた。さらに、実臨床で参考にできるポイントとして、ワクチン接種や罹患に伴う免疫状況や年齢によるサブグループ解析が行われている点がある。 EPIC-HR試験の対象と本邦の執筆時のCOVID-19罹患者の差異として、流行株が異なること以外にワクチン接種の有無があるだろう。本邦では新型コロナウイルスワクチン接種は進み、重症化する患者の減少に寄与した。しかし、ワクチンを接種していても高齢者や重症化リスクの高い患者の中には咽頭痛や倦怠感が強くなり、入院を要する患者がいることも事実である。2022年9月の本邦ではワクチン未接種者、COVID-19未罹患者の診療を行うことはあるが、それよりもワクチン接種済み患者や、COVID-19罹患歴のある患者の診療の機会のほうが多い。ワクチン接種歴のある患者についても、ニルマトレルビル投与は有意な重症化予防効果が得られるかは不明確であったが、本研究では免疫状態に関してもサブグループ解析を実施しており参考にできる。 本研究で、65歳以上の患者でCOVID-19による入院率は、ニルマトレルビル投与患者では14.7例/10万人日に対して、非投与群では58.9/10万人日(補正ハザード比:0.27、95%CI:0.15~0.49)であり、死亡ハザード比は0.21(95%CI:0.05~0.82)と有意差が認められた。 それに対して40~64歳の患者に関しては、COVID-19による入院率は、ニルマトレルビル投与患者では15.2例/10万人日に対して、非投与群では15.8/10万人日(補正ハザード比 0.74、95%CI:0.35~1.58)であり、死亡ハザード比は1.32 (95%CI:0.16~10.75)だった。 以上より、本文では65歳以上の患者では、ニルマトレルビル投与により入院率や死亡率は低下をしたが、65歳未満の成人に関しては明らかなメリットは判明しなかったと結論付けている。 確かに、上記の40~64歳未満の患者では有意差はないが、免疫状態も加味したサブグループ解析では、結果がやや異なる。ニルマトレルビルを投与された40~64歳患者で、入院調整ハザード比は免疫を有している患者では1.13(95%CI:0.50~2.58)ではあるが、免疫のない患者では0.23(95%CI:0.03~1.67)であった。 本研究の結果から、「パキロビッド」をどのような患者に用いるかについて考える。 臨床的な問題としては、重症化リスクにはさまざまな因子があり、ワクチン接種状況や年齢などの因子も関与するため、画一的に抗ウイルス薬の適応は決めることは難しいが、NIHのCOVID-19治療ガイドライン(Prioritization of Anti-SARS-CoV-2 Therapies for the Treatment and Prevention of COVID-19 When There Are Logistical or Supply Constraints Last Updated: May 13, 2022)では、抗ウイルス薬の使用を優先させるべきリスク集団を提案している。 今回の結果を参考にすると、65歳以上の重症化リスクがある場合はワクチン接種済(グループ3)でも、ワクチン接種なし(グループ2)でも投与のメリットが確認され、40~64歳でも重症化のリスクはあるがワクチン未接種(グループ2)ならば投与のメリットはありそうである。 最終的には個々の症例で検討する必要はあるが、本研究結果からも抗ウイルス薬の使用を優先させるべきリスク集団で3以上のグループで「パキロビッド」の投与は理にかなっていそうである。 流行株がオミクロン株に変化し、デルタ株と比較して入院を要したり重症化したりする率は低下してきた(Menni C, et al. Lancet. 2022;399:1618-1624.)。しかし、オミクロン株でもCOVID-19に伴い原疾患が悪化したり、もともと身体機能に余力が乏しい患者では入院を要したりすることもあり、内服で高い重症化予防率を示す「パキロビッド」は患者の重症化および入院予防の一助になる。抗ウイルス薬は高価な薬剤であり、また副作用を起こすこともあるため、慎重に適応を考える必要はあるが、投与が好ましい患者には適切に使われることを期待したい。 また、オミクロン株に対する抗ウイルス薬の効果に関しては、本論文以降に発表された研究で、オミクロン株BA.2流行中の香港において、モルヌピラビルとニルマトレルビル・リトナビル投与により、死亡、疾患進行、酸素療法をどの程度回避できるかの報告がある(Wong CKH, et al. Lancet Infect Dis. 2022 Aug 24. [Epub ahead of print])。コントロール群と比較してモルヌピラビル群は52%、ニルマトレルビル・リトナビル群は66%死亡リスクが減少していた。抗ウイルス薬のhead-to-headの比較ではないが、こちらの結果からも重症化リスクの高い外来患者では、可能な限り「パキロビッド」が投与できるように調整してみることが好ましいかもしれない。

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サル痘予防が追加された乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」【下平博士のDIノート】第105回

サル痘予防が追加された乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」今回は、「乾燥細胞培養痘そうワクチン(商品名:乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16[KMB]、製造販売元:KMバイオロジクス)」を紹介します。本剤は、世界で感染が拡大しているサル痘の発症予防に用いることができる国内唯一のワクチンです。<効能・効果>本剤は、2004年1月に「痘そうの予防」の適応で販売され、2022年8月に「サル痘の予防」が追加されました。<用法・用量>本剤は、添付の溶剤(20vol%グリセリン加注射用水)0.5mLで溶解し、通常、二叉針を用いた多刺法により皮膚に接種します。回数は15回程度を目安とし、血がにじむ程度に圧刺します。なお、他の生ワクチンを接種した人には、通常27日以上の間隔を置いて本剤を接種します。他のワクチンとは、医師が必要と認めた場合は同時に接種することができます。<安全性>主な副反応は、接種部位圧痛、熱感、接種部位紅斑などの局所反応ですが、約10日後に全身反応として発熱、発疹、腋下リンパ節の腫脹を来すことがあります。また、アレルギー性皮膚炎、多形紅斑が報告されています。重大な副作用として、ショック、アナフィラキシー(いずれも頻度不明)、けいれん(0.1%未満)が設定されています。<使用上の注意>本剤は-20℃~-35℃で保存します。ゴム栓の劣化や破損などの可能性があるため、-35℃以下では保存できません。添加物としてチメロサール(保存剤)を含有してないため、栓を取り外した瓶の残液は廃棄します。<患者さんへの指導例>1.本剤を接種することで、痘そうウイルスおよびサル痘ウイルスに対する免疫ができ、発症や重症化を予防します。2.医師による問診や検温、診察の結果から接種できるかどうかが判断されます。発熱している人などは接種を受けることができません。3.本剤はゼラチンを含むため、これまでにゼラチンを含む薬や食品によって蕁麻疹、息苦しさ、口唇周囲の腫れ、喉の詰まりなどの異常が生じたことがある方は申し出てください。4.BCG、麻疹、風疹ワクチンなどの生ワクチンの接種を受けた場合は、27日以上の間隔を空けてから本剤を接種します。5.接種を受けた日は入浴せず、飲酒や激しい運動は避けてください。6.接種翌日まで接種を受けた場所を触らないようにしてください。接種翌日以後に、水ぶくれやかさぶたが出る場合がありますが、手などで触れないようにして、必要に応じてガーゼなどを当ててください。7.(妊娠可能な女性に対して)本剤接種前の約1ヵ月間、および接種後の約2ヵ月間は避妊してください。<Shimo's eyes>サル痘は、オルソポックスウイルス属のサル痘ウイルスによる感染症です。これまでは主にアフリカ中央部から西部にかけて発生してきました。2022年5月以降は欧米を中心に2万7千例以上の感染者が報告されていて、常在国(アフリカ大陸)から7例、非常在国からの4例の死亡例が報告されています(8月10日時点)。WHOによると、現在報告されている患者の大部分は男性ですが、小児や女性の感染も報告されています。国内では感染症法において4類感染症に指定されていて、届出義務の対象です。サルという名前が付いていますが、もともとアフリカに生息するリスなどのげっ歯類が自然宿主とされています。感染した人や動物の体液・血液や皮膚病変、飛沫を介して感染します。潜伏期間は通常7~14日(最大5~21日)で、発熱、頭痛、リンパ節腫脹などの症状に続いて発疹が出現します。ただし、常在国以外での感染例では、これまでのサル痘の症状とは異なる所見が報告されています。確定診断は水疱などの組織を用いたPCR検査で行います。通常は発症から2~4週間後に自然軽快することが多いものの、小児や免疫不全者、曝露量が多い場合は重症化することがあります。国内ではサル痘に対する治療方法は対症療法のみで、承認されている治療薬はありません。欧米では、天然痘やサル痘に対する経口抗ウイルス薬のtecovirimatが承認されています。日本でも同薬を用いた特定臨床研究が始まりました。乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」は、もともと痘そう予防のワクチンとして承認を受けていましたが、2022年8月にサル痘予防の効能が追加されました。本剤はWHOの「サル痘に係るワクチンおよび予防接種の暫定ガイダンス(2022年6月14日付)」において、安全性の高いワクチンであり、サル痘予防のために使用が考慮されるべき痘そうワクチンの1つに挙げられています。本剤は、サル痘や天然痘ウイルスと同じオルソポックスウイルス属の1つであるワクチニアウイルス(LC16m8株)の弱毒化生ワクチンです。ウイルスへの曝露後、4日以内の接種で感染予防効果が得られ、14日以内の接種で重症化予防効果が得られるとされています。接種後10~14日に検診を行い、接種部位の跡がはっきりと付いて免疫が獲得されたことを示す善感反応があるかどうかを確認します。他の生ワクチンと同様に、ワクチンウイルスの感染を増強させる可能性があるので、プレドニゾロンなどの副腎皮質ステロイド、シクロスポリン、タクロリムス、アザチオプリンなどの免疫抑制薬は併用禁忌となっています。

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HEPAフィルター空気清浄機により新型コロナウイルス除去に成功/東大

 東京大学医科学研究所と国立国際医療研究センターは、8月23日付のプレスリリースで、河岡 義裕氏らの研究により、HEPAフィルターを搭載した空気清浄機を用いることで、エアロゾル中に存在する感染性の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を経時的に除去できることが実証されたことを発表した。なお本結果は、mSphere誌オンライン版8月10日号に掲載された。 本研究は、東京大学と進和テックの共同で行われた。本研究に用いられたHEPA(high-efficiency particulate air)フィルターは、米国環境科学技術研究所の規格(IEST-RP-CC001)で、0.3μmの試験粒子を99.97%以上捕集可能なフィルターとして定義されている。HEPAフィルターのろ過効果を検証するため、コンプレッサーネブライザーでSARS-CoV-2エアロゾルを試験チャンバー内に噴霧して満たした後、HEPAフィルター搭載の空気清浄機を毎時12回換気の風量で5分間、10分間、35.5分間稼働させた。所定の稼働時間後、チャンバー内のSARS-CoV-2エアロゾルをエアサンプラーで採取し、プラークアッセイを用いて、サンプル中の感染性ウイルス力価を測定した。さらに、1価の銅化合物を主成分とし、活性酸素を発生させてフィルター面に付着したウイルスを不活性化することができる抗ウイルス剤のCufitec®を塗布したHEPAフィルターを用いた場合でも、同様の条件で感染性ウイルス力価を測定した。 主な結果は以下のとおり。・HEPAフィルターによるウイルス除去率は、5分間、10分間、35.5分間の稼働時間で、それぞれ85.38%、96.03%、>99.97%だった。空気清浄機の稼働時間の経過とともに、ウイルス除去率が高くなることがわかった。・抗ウイルス剤Cufitec®を塗布したHEPAフィルターを用いた場合では、通常のHEPAフィルターとほぼ同等のウイルス除去率が認められた。 研究チームは本結果について、空間中のSARS-CoV-2を除去するためには、HEPAフィルター付き空気清浄機を室内の適切な場所に設置し、風量や風向きを適宜調整するなど適正に使用することが重要だとしている。また、HEPAフィルター付き空気清浄機を室内の換気と併用することで、より短時間で効率的に空間中のSARS-CoV-2を除去することが可能になり、さらに、抗ウイルス剤を塗布したHEPAフィルターを空気清浄機に取り付けることで、フィルターを交換する際の曝露リスクを減らせる可能性があると述べている。

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エバシェルドの追加など、コロナ薬物治療の考え方14版/日本感染症学会

 日本感染症学会(理事長:四柳 宏氏)は、8月30日に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬について指針として「COVID-19に対する薬物治療の考え方第14版」をまとめ、同会のホームページで公開した。 今回の改訂では、チキサゲビマブ/シルガビマブ(商品名:エバシェルド)の追加、治療薬の削除など整理も行われたほか、最新の知見への内容更新が行われた。 以下に主な改訂点について内容を抜粋して示す。全体の考え方について【2 使用にあたっての手続き】・チキサゲビマブ/シルガビマブとバリシチニブを追加【3 抗ウイルス薬等の対象と開始のタイミング】・「図 COVID-19の重症度と治療の考え方」の注釈を改訂。・「2 主な重症化リスク因子」で65歳以上の高齢者、悪性腫瘍、COPDなどの慢性呼吸器疾患、慢性腎臓病、糖尿病、高血圧、脂質異常症、心血管疾患、脳血管疾患、肥満(BMI 30kg/m2以上)、喫煙、固形臓器移植後の免疫不全、妊娠後期など内容を改訂。・「3」で「一般に、重症化リスク因子のない軽症例では薬物治療は推奨しない」と改訂。・「表1 軽症~中等症I」で治療薬の使用を優先させるべきリスク集団を追加。・「4 抗ウイルス薬等の選択」で知見より「高齢者、複数の重症化リスク因子がある患者、ワクチンの未接種者などでは症状が進行しやすいことを踏まえ、患者ごとの評価において、中等症への急速な病状の進行など、非典型的な臨床経過の症例や免疫抑制状態などの重症化リスクが特に高い症例などでは、併用投与または逐次投与の適応を考慮する」と表現を改訂。個々の治療薬について【抗ウイルス薬】・レムデシビル(商品名:ベクルリー)の「投与時の注意点」で「7)2022年1月21日の中央社会保険医療協議会(中医協)において、保険医の指示の下で看護師による在宅・療養施設等の患者へのレムデシビル投与が可能となった」を追加。・モルヌピラビル(同:ラゲブリオ)の「入手方法」で「2022年8月18日に薬価収載されたことから、今後、一般流通の開始およびそれに伴う国購入品と一般流通品の切替えが行われる見込みである」を追加。・ニルマトレルビル/リトナビル(同:パキロビッドパック )の「国内外での臨床報告」で「10万9,254例の後方視コホート研究(65歳以上の高齢者ではニルマトレルビルの治療介入により入院の有意なリスク減少を認めた(HR:0.27、95%CI:0.15~0.49)。一方で40~64歳では、有意なリスク減少を認めなかった (HR:0.74、95%CI:0.35~1.58)を追加。また、投与時の注意点に「5)新型コロナウイルスワクチンの被接種者は薬剤開発のための臨床試験で除外されているが、市販後の評価では、高齢者での重症化予防などの有効性が示唆されている」を追加。そのほか、投与時の腎機能の評価の詳細についても追加。・ファビピラビルの項目は削除。【中和抗体薬】・「チキサゲビマブ/シルガビマブ(同:エバシェルド)」を新しく追加。〔国内外での臨床報告〕重症化リスク因子の有無を問わない、軽症~中等症IのCOVID-19外来患者822人を対象としたランダム化比較試験では、発症から7日以内のチキサゲビマブ/シルガビマブの単回筋肉内投与により、プラセボと比較して、COVID-19の重症化または全死亡が50.5%(4.4%対8.9%、p=0.010)有意に減少したなどを記載。〔投与方法〕・発症後通常、成人および12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、チキサゲビマブおよびシルガビマブとしてそれぞれ300mgを併用により筋肉内注射。・曝露前の発症抑制通常、成人および12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、チキサゲビマブおよびシルガビマブとしてそれぞれ150mgを併用により筋肉内注射する。なお、SARS-CoV-2変異株の流行状況などに応じて、それぞれ300mgを併用により筋肉内注射することもできる。〔投与時の注意点〕オミクロン株(BA.4系統及びBA.5系統) については、本剤の有効性が減弱するおそれがあることから、他の治療薬が使用できない場合に本剤の投与を検討することなど。〔発症後での投与時の注意点〕1)臨床試験における主な投与経験を踏まえ、COVID-19の重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者を対象に投与を行うこと。2)他の抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体が投与された高流量酸素または人工呼吸管理を要する患者において症状が悪化したとの報告がある。3)COVID-19の症状が発現してから速やかに投与すること。4)重症化リスク因子については、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」などにおいて例示されている重症化リスク因子が想定。〔発症抑制での投与時の注意点〕1)COVID-19の予防の基本はワクチンによる予防であり、本剤はワクチンに置き換わるものではない。2)COVID-19患者の同居家族または共同生活者などの濃厚接触者ではない者に投与すること。COVID-19患者の同居家族または共同生活者などの濃厚接触者における有効性は示されていない。3)本剤の発症抑制における投与対象は、添付文書においては、COVID-19に対するワクチン接種が推奨されない者または免疫機能低下などによりCOVID-19に対するワクチン接種で十分な免疫応答が得られない可能性がある者とされているが、原発性免疫不全症、B細胞枯渇療法を受けてから1年以内の患者など免疫抑制状態にある者が中和抗体薬を投与する意義が大きいと考えられる。4)3)の投与対象者については、チキサゲビマブ/シルガビマブを用いた発症抑制を行うことが望ましいと考えらえる。〔入手方法〕本剤は、安定的な入手が可能になるまでは、一般流通は行われず、厚生労働省が所有した上で、発症抑制としての投与について、対象となる免疫抑制状態にある者が希望した場合には、医療機関からの依頼に基づき、無償で譲渡される。・カシリビマブ/イムデビマブ(同:ロナプリーブ)とソトロビマブ(同:ゼビュディ)の「投与時の注意点」として「1)オミクロン株(B1.1.529系統/BA.2系統、BA.4系統およびBA.5系統) では本剤の有効性が減弱するおそれがあることから、他の治療薬が使用できない場合に投与を検討する」を追記。【免疫調整薬・免疫抑制薬】・シクレソニド(国内未承認薬)の項目を削除。【その他】・その他の抗体治療薬(回復者血漿、高度免疫グロブリン製剤)の項目を削除。・附表1と2の「重症化リスクを有する軽症~中等症IのCOVID-19患者への治療薬の特徴」の内容を更新。・参考文献を52本に整理。 なお、本手引きの詳細は、同学会のサイトなどで入手の上、確認いただきたい。■関連記事ゾコーバ緊急承認を反映、コロナ薬物治療の考え方第15版/日本感染症学会

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サル痘に対する経口抗ウイルス薬tecovirimat、忍容性は良好/JAMA

 サル痘の世界的な流行で、2022年8月18日時点で3万9千人以上の患者が報告されており、患者の13%が入院を必要としているという。2018年に、天然痘に対する抗ウイルス薬として米国食品医薬品局(FDA)に承認されたtecovirimat(商品名:TPOXX、SIGA Technologies製)が、サル痘にも有効とされている。tecovirimatの有効性は、in vitroで天然痘とサル痘の両方に対する活性が示されており、健康成人での試験で良好な臨床安全性プロファイルが確認されている。米国・カリフォルニア大学Davis Medical CenterのAngel N. Desai氏らは、コンパッショネート・ユースに基づいてtecovirimatの治療を受けたサル痘患者の非対照コホート研究を行い、有害事象と全身症状および病変の臨床的改善を評価した。その結果、副作用もほとんどなく、高い忍容性が認められたという。JAMA誌オンライン版2022年8月22日号リサーチレターに掲載。tecovirimat投与7日目に40%で病変が完全に消失 2022年6月3日~8月13日の期間に、サクラメント郡公衆衛生局を通じて同院に紹介され、播種性疾患もしくは顔や性器等に病変を有する患者で、皮膚病変からオルトポックスウイルス感染が確認された25例に対して、tecovirimatによる治療を実施。患者は、年齢中央値40.7歳(範囲:26~76歳)、すべて男性で、9例がHIVに感染しており、1例が25年以上前に天然痘ワクチンを接種済み、4例が症状発現後に天然痘/サル痘ワクチン(商品名:JYNNEOS)の接種を1回受けていた。患者の体重により、食後30分以内に8時間または12時間ごとにtecovirimatを経口投与した。治療期間は14日間で、患者の臨床状態に応じて延長することとした。 サル痘に対する抗ウイルス薬tecovirimatを評価した主な結果は以下のとおり。・全身症状、病変、またはその両方が平均12日間持続して認められた(範囲:6~24日)。全身症状として、発熱19例(76%)、頭痛8例(32%)、疲労7例(28%)、咽頭痛5例(20%)、悪寒5例(20%)、腰痛3例(12%)、筋肉痛2例(8%)、悪心1例(4%)、下痢1例(4%)などが見られた。・23例(92%)に性器/肛門周囲の病変があり、13例(52%)には全身に10個未満の病変があった。全例に病変に伴う疼痛があった。・治療期間は24例が14日間、1例のみ21日間だった。・tecovirimatによる治療開始7日目に10例(40%)で病変が完全に消失し、21日目までに23例(92%)で病変と疼痛が消失したと報告された。・途中で治療を中止した患者はおらず、おおむね良好な忍容性を示した。Tecovirimat投与7日目に最も多く報告された有害事象は、疲労7例(28%)、頭痛5例(20%)、悪心4例(16%)、痒み2例(8%)、下痢2例(8%)だった。 著者は本結果について、tecovirimatは被験者全員に対して副作用を最小限に抑えながら、良好な忍容性を示した一方で、副作用はサル痘感染による症状と必ずしも区別できなかったとし、本研究は対照群が存在しないため、サル痘の症状の持続期間や重症度に関する抗ウイルス効果の評価は限定的だとしている。サル痘発症までの潜伏期間は患者間でばらつきがあり、抗ウイルス薬の使用と疾患の自然経過に関しては慎重に結論付けられるべきで、tecovirimatの効果、投与量、有害事象を明らかにするため、さらなる大規模研究が必要だと述べている。なおtecovirimatは、日本では現時点で未承認となっている。

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2022-23年シーズンのインフル対策に4つの提言/日本感染症学会

 日本感染症学会(理事長:四柳 宏氏[東京大学医科学研究所附属病院長])は、7月26日に同学会のホームページで学会提言として「2022-2023年シーズンのインフルエンザ対策について」(医療機関の方々へ)を公開した。 現在、わが国は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)第7波の真っただ中であるが、インフルエンザについては、国内でCOVID-19の流行が始まった2020年2月以降、患者報告数は急速に減少していた。しかしながら、2021年後半から2022年前半にかけて、北半球の多くの国ではインフルエンザの小ないし中規模の流行がみられていたことから、感染症学会では今回の提言を行うこととなった。インフルエンザ対策に感染症学会の4つの提言1)2022-2023年シーズンは、インフルエンザの流行の可能性が大きい 北半球冬季のインフルエンザ流行の予測をするうえで、南半球の状況は参考になるが2022年は4月後半から報告数が増加し、例年を超えるレベルの患者数となっており、医療の逼迫が問題となっている。今後、海外からの入国が緩和され人的交流が増加すれば、国内へウイルスも持ち込まれると考えられ、わが国においても、今秋から冬には、同様の流行が起こる可能性がある。 一方、過去2年間、国内での流行がなかったために、社会全体のインフルエンザに対する集団免疫が低下していると考えられる。そのため、一旦感染が起ると、とくに小児を中心に大きな流行となる恐れがある。2)A(H3N2)香港型に注意 オーストラリアで本年度に検出されたインフルエンザウイルスのうち、サブタイプが判明したものでは、約80%はA(H3N2)、約20%がA(H1N1)だった。そのため、今シーズンは、わが国でもA(H3N2)香港型の流行が主体となる可能性がある。 そのため今季のA(H3N2)のワクチン株は、オーストラリアのDarwinで分離された、A/Darwin/9/2021 (H3N2)-like virus, clade 3C.2a1b.2a.2(2a.2)が採用された。3)今季もインフルエンザワクチン接種を推奨 今季に流行が予想されるA(H3N2)香港型に対するワクチンの発病防止効果は未知だが、発症してもワクチンによる一定の重症化防止効果は期待でき、欧州では65歳以上の高齢者においてA(H3N2)感染による入院防止率は37%であったと報告されている。 わが国においても、ワクチンで予防できる疾患については可及的に接種を行い、医療機関への受診を抑制して、医療現場の負担を軽減することも重要となる。よって、今季も例年通りに、小児、妊婦も含めて接種できない特別な理由のある人を除き、できるだけ多くの人にインフルエンザワクチンの積極的な接種を推奨する。4)例年通りのインフルエンザ診療が必要 今季、発熱患者では、ワクチン接種歴に関わらずCOVID-19とインフルエンザの鑑別が重要となり、また、両者の合併例も考えられる。したがって、外来診療では両方のウイルスを念頭にいれて、PCR、抗原検査、迅速診断などによる確定診断が必要となる。 検査の進め方については、感染症学会からの提言「今冬のインフルエンザと COVID-19 に備えて」や厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引き(最新 第8.0版)」を参照されたい。 インフルエンザと診断されたときは、抗ウイルス薬による治療を検討することとなる。抗ウイルス薬は、インフルエンザの重症化、死亡率を抑制する。重症化のリスクのある人は当然治療の対象だが、リスクを持たない人でも重症化することがあり、その予測は困難である。 治療の実際については、2021年に感染症学会が発表した提言「今冬のインフルエンザに備えて.治療編〜前回の提言以降の新しいエビデンス」を参照されたい。抗ウイルス薬の耐性の状況については、過去2年間に流行がなかったために、今後の動向を見守る必要がある。

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BA.4/BA.5に対するコロナ治療薬の効果を比較/NEJM

 国内の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第7波ではオミクロン株BA.5が主流となり、感染拡大が急速に進んでいる。また海外では、BA.4やBA.2.12.1への置き換わりが進んでいる地域もある。東京大学、国立感染症研究所、国立国際医療研究センターが共同で行った研究において、これらの新系統BA.2.12.1、BA.4、BA.5に対し、4種類の抗体薬と3種類の抗ウイルス薬についてin vitroでの有効性を検証したところ、国内で承認済みの抗ウイルス薬が有効性を維持していることが示唆された。本結果は、NEJM誌オンライン版2022年7月20日号のCORRESPONDENCEに掲載された。 研究対象となったのはFDA(米国食品医薬品局)で承認済み、および国内で一部承認済みの薬剤で、抗体薬は、カシリビマブ・イムデビマブ併用(商品名:ロナプリーブ、中外製薬)、tixagevimab・cilgavimab併用(海外での商品名:Evusheld、AstraZeneca)、ソトロビマブ(商品名:ゼビュディ、GSK)、bebtelovimab(Lilly)、抗ウイルス薬は、レムデシビル(商品名:ベクルリー、ギリアド・サイエンシズ)、モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ、MSD)、ニルマトレルビル(商品名:パキロビッドパック[リトナビルと併用]、ファイザー)となっている。 今回の試験では、対象の各抗体薬の単剤および併用について、新型コロナウイルスの従来株(中国武漢由来の株)と、オミクロン株のBA.2.12.1、BA.4、BA.5を含む各系統の培養細胞における感染を阻害(中和活性)するかどうかを、FRNT50(ライブウイルス焦点減少中和アッセイで50%のウイルスを中和する血清希釈)を用いて評価した。また、各抗ウイルス薬について、IC50(50%阻害濃度)を用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。【抗体薬】・カシリビマブ・イムデビマブ併用では、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性は認められるものの、FRNT50の値は、従来株と比べると、BA.2.12.1に対して131.6倍、BA.4に対して133.5倍、BA.5に対して317.8倍高くなっており、効果が著しく低下していた。・tixagevimab・cilgavimab併用では、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性は認められるものの、FRNT50の値は、従来株と比べると、BA.2.12.1に対して6.1倍、BA.4に対して6.0倍、BA.5に対して30.7倍高くなっており、効果が低下していた。・ソトロビマブの前駆体では、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性が認められなかった。・bebtelovimabでは、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性が認められ、その効果についても従来株とほぼ同等のFRNT50の値を示していた。【抗ウイルス薬】・レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビルのすべての薬剤が、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても、従来株とほぼ同等の感受性を示し、ウイルスの増殖を効果的に抑制していた。 著者は本研究の限界として、これらの薬剤による治療効果の臨床データがないことを挙げている。また、本研究によって、国内でも承認済みの抗ウイルス薬が、オミクロン株新系統のBA.2.12.1、BA.4、BA.5にも有効であることが示唆された。抗体薬については、国内では未承認のbebtelovimabは有効であったが、そのほかの抗体薬は有効性が低く、ソトロビマブについては効果がない可能性があり、BA.2.12.1、BA.4、BA.5の患者に対して、モノクローナル抗体の選択は慎重に検討する必要があると指摘している。

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インフルとの鑑別を更新、COVID-19診療の手引き8.0版/厚労省

 7月22日、厚生労働省は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 第8.0版」を公開し、全国の自治体や関係機関に通知を行った。 今版の主な改訂点は以下の通り。第8版の主な改訂点【1 病原体・疫学】・(1)病原体、(3)国内発生状況、(4)海外発生状況の情報を更新【2 臨床像】・(1)臨床像を更新(とくにオミクロン株の知見、インフルエンザとの鑑別を更新)・(2)重症化リスク因子、(3)胸部画像所見、(4)合併症を更新・(5)小児例の特徴で小児の重症度、小児における家庭内感染率について更新・(5)小児例の特徴で「小児における死亡例」を追加・(6)妊婦例の特徴を更新【3 症例定義・診断・届出】・(1)症例定義を更新・(4)届出を更新【4 重症度分類とマネジメント】・(1)重症度分類、(2)軽症、(3)中等症II 呼吸不全あり、(4)重症の中のECMO、血液浄化療法、血栓症対策、図を更新・「高齢者における療養のあり方について」を追加・「医療提供体制と自宅療養について」を参考から追加【5 薬物療法】・(1)抗ウイルス薬のモルヌピラビルを更新・(2)中和抗体薬のソトロビマブ、カシリビマブ/イムデビマブを更新・(4)妊婦に対する薬物療法で「禁忌」を追加・(参考)の「日本国内で開発中の薬剤」を更新【6 院内感染対策】・序文、換気を(2)環境整備に統合し更新・(4)患者寝具類の洗濯を更新・(7)職員の健康管理を更新・(8)妊婦および新生児への対応を更新・【参考】感染予防策を実施する期間の表を追加【7 退院基準・解除基準】・(1)退院基準を更新

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第122回 コロナは細胞間“トンネル”を伝って脳で広まるのかもしれない

すでによく知られている通り新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染は脳のもやもや(brain fog)や混乱などの種々の神経症状と関連し、どうやら脳に直接影響するらしく、感染者の死後脳からウイルスが検出されています。SARS-CoV-2は感染の取っ掛かりでACE2受容体に結合することが知られますが、ACE2受容体がおよそ非常に乏しい脳でSARS-CoV-2がどうやって広まるのかはよく分かっていません。フランスの研究者による新たな実験の結果、SARS-CoV-2は感染細胞から伸ばした細い管を伝ってACE2受容体なしでも別の細胞に乗り移りうることが示されました1)。いわばトンネルのようなその仕組みのおかげでSARS-CoV-2は脳内で広まるのかもしれません。同国のパスツール研究所のチームはACE2を発現する上皮細胞(Vero E6細胞)とACE2を欠く神経細胞(SH-SY5Y細胞)それぞれとSARS-CoV-2をまずは一緒にしてみました。すると予想通りSARS-CoV-2は上皮細胞には感染し、神経細胞には感染できませんでした。しかしSARS-CoV-2感染上皮細胞と神経細胞を一緒にしたところ神経細胞へのSARS-CoV-2の感染が認められました。とりわけ高性能の顕微鏡で観察したところ細胞間を繋ぐ細い管が見て取れ、細胞膜ナノチューブ(tunneling nanotube;TNT)と呼ばれるその管の中にSARS-CoV-2のタンパク質やRNAがありました。また、ウイルスRNAを量産する二重膜小胞も認められました。すなわちSARS-CoV-2は感染細胞にTNTを作らせ、TNTと連結したよその非感染細胞にTNTを伝ってまんまと侵入しうることが裏付けられました。TNTがウイルスの通り道になることを示したのは今回が初めてではありません。酸素不足や感染などで負荷がかかった細胞が伸ばしたTNTが別の細胞と繋がり、ウイルス粒子がその通路を介して細胞間を行き来しうることがこれまでの研究で示されています。たとえばインフルエンザウイルス、HIV、ヘルペスウイルスはTNTを使って己のゲノムを非感染細胞へ輸送可能であり、その経路であれば免疫や抗ウイルス薬は手出しできそうにありません。今回の研究でTNTはSARS-CoV-2結合の足場がない細胞への侵入ルートになりうることが示されましたが、足場がある細胞間のSARS-CoV-2伝播さえも促しているかもしれません。TNTを構成するアクチンの重合や脱重合は素早く、ウイルスは他の経路よりTNTを介した方がより早く広まれる可能性があるからです。今後の課題として動物やヒトの脳内でTNTを介したSARS-CoV-2細胞感染が存在するかどうかを検討する必要があります2,3)。もしヒトの脳内やその他の体内でTNTを介したSARS-CoV-2感染があるならウイルスの広まりを早くに封じて感染の重症化を防ぐのにTNT形成阻止薬が役立つかもしれません。今のところTNTに限って阻害する化合物は存在しませんがパスツール研究所のチームはその同定を目指して化合物の選別に取り組んでいます3)。参考1)Pepe A, et al. Sci Adv. 2022 Jul 22;8:eabo0171. 2)SARS-CoV-2 Could Use Nanotubes to Infect the Brain / TheScientist3)Coronavirus may enter the brain by building tiny tunnels from the nose / NewScientist

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