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サル痘予防が追加された乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」【下平博士のDIノート】第105回

サル痘予防が追加された乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」今回は、「乾燥細胞培養痘そうワクチン(商品名:乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16[KMB]、製造販売元:KMバイオロジクス)」を紹介します。本剤は、世界で感染が拡大しているサル痘の発症予防に用いることができる国内唯一のワクチンです。<効能・効果>本剤は、2004年1月に「痘そうの予防」の適応で販売され、2022年8月に「サル痘の予防」が追加されました。<用法・用量>本剤は、添付の溶剤(20vol%グリセリン加注射用水)0.5mLで溶解し、通常、二叉針を用いた多刺法により皮膚に接種します。回数は15回程度を目安とし、血がにじむ程度に圧刺します。なお、他の生ワクチンを接種した人には、通常27日以上の間隔を置いて本剤を接種します。他のワクチンとは、医師が必要と認めた場合は同時に接種することができます。<安全性>主な副反応は、接種部位圧痛、熱感、接種部位紅斑などの局所反応ですが、約10日後に全身反応として発熱、発疹、腋下リンパ節の腫脹を来すことがあります。また、アレルギー性皮膚炎、多形紅斑が報告されています。重大な副作用として、ショック、アナフィラキシー(いずれも頻度不明)、けいれん(0.1%未満)が設定されています。<使用上の注意>本剤は-20℃~-35℃で保存します。ゴム栓の劣化や破損などの可能性があるため、-35℃以下では保存できません。添加物としてチメロサール(保存剤)を含有してないため、栓を取り外した瓶の残液は廃棄します。<患者さんへの指導例>1.本剤を接種することで、痘そうウイルスおよびサル痘ウイルスに対する免疫ができ、発症や重症化を予防します。2.医師による問診や検温、診察の結果から接種できるかどうかが判断されます。発熱している人などは接種を受けることができません。3.本剤はゼラチンを含むため、これまでにゼラチンを含む薬や食品によって蕁麻疹、息苦しさ、口唇周囲の腫れ、喉の詰まりなどの異常が生じたことがある方は申し出てください。4.BCG、麻疹、風疹ワクチンなどの生ワクチンの接種を受けた場合は、27日以上の間隔を空けてから本剤を接種します。5.接種を受けた日は入浴せず、飲酒や激しい運動は避けてください。6.接種翌日まで接種を受けた場所を触らないようにしてください。接種翌日以後に、水ぶくれやかさぶたが出る場合がありますが、手などで触れないようにして、必要に応じてガーゼなどを当ててください。7.(妊娠可能な女性に対して)本剤接種前の約1ヵ月間、および接種後の約2ヵ月間は避妊してください。<Shimo's eyes>サル痘は、オルソポックスウイルス属のサル痘ウイルスによる感染症です。これまでは主にアフリカ中央部から西部にかけて発生してきました。2022年5月以降は欧米を中心に2万7千例以上の感染者が報告されていて、常在国(アフリカ大陸)から7例、非常在国からの4例の死亡例が報告されています(8月10日時点)。WHOによると、現在報告されている患者の大部分は男性ですが、小児や女性の感染も報告されています。国内では感染症法において4類感染症に指定されていて、届出義務の対象です。サルという名前が付いていますが、もともとアフリカに生息するリスなどのげっ歯類が自然宿主とされています。感染した人や動物の体液・血液や皮膚病変、飛沫を介して感染します。潜伏期間は通常7~14日(最大5~21日)で、発熱、頭痛、リンパ節腫脹などの症状に続いて発疹が出現します。ただし、常在国以外での感染例では、これまでのサル痘の症状とは異なる所見が報告されています。確定診断は水疱などの組織を用いたPCR検査で行います。通常は発症から2~4週間後に自然軽快することが多いものの、小児や免疫不全者、曝露量が多い場合は重症化することがあります。国内ではサル痘に対する治療方法は対症療法のみで、承認されている治療薬はありません。欧米では、天然痘やサル痘に対する経口抗ウイルス薬のtecovirimatが承認されています。日本でも同薬を用いた特定臨床研究が始まりました。乾燥細胞培養痘そうワクチンLC16「KMB」は、もともと痘そう予防のワクチンとして承認を受けていましたが、2022年8月にサル痘予防の効能が追加されました。本剤はWHOの「サル痘に係るワクチンおよび予防接種の暫定ガイダンス(2022年6月14日付)」において、安全性の高いワクチンであり、サル痘予防のために使用が考慮されるべき痘そうワクチンの1つに挙げられています。本剤は、サル痘や天然痘ウイルスと同じオルソポックスウイルス属の1つであるワクチニアウイルス(LC16m8株)の弱毒化生ワクチンです。ウイルスへの曝露後、4日以内の接種で感染予防効果が得られ、14日以内の接種で重症化予防効果が得られるとされています。接種後10~14日に検診を行い、接種部位の跡がはっきりと付いて免疫が獲得されたことを示す善感反応があるかどうかを確認します。他の生ワクチンと同様に、ワクチンウイルスの感染を増強させる可能性があるので、プレドニゾロンなどの副腎皮質ステロイド、シクロスポリン、タクロリムス、アザチオプリンなどの免疫抑制薬は併用禁忌となっています。

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HEPAフィルター空気清浄機により新型コロナウイルス除去に成功/東大

 東京大学医科学研究所と国立国際医療研究センターは、8月23日付のプレスリリースで、河岡 義裕氏らの研究により、HEPAフィルターを搭載した空気清浄機を用いることで、エアロゾル中に存在する感染性の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を経時的に除去できることが実証されたことを発表した。なお本結果は、mSphere誌オンライン版8月10日号に掲載された。 本研究は、東京大学と進和テックの共同で行われた。本研究に用いられたHEPA(high-efficiency particulate air)フィルターは、米国環境科学技術研究所の規格(IEST-RP-CC001)で、0.3μmの試験粒子を99.97%以上捕集可能なフィルターとして定義されている。HEPAフィルターのろ過効果を検証するため、コンプレッサーネブライザーでSARS-CoV-2エアロゾルを試験チャンバー内に噴霧して満たした後、HEPAフィルター搭載の空気清浄機を毎時12回換気の風量で5分間、10分間、35.5分間稼働させた。所定の稼働時間後、チャンバー内のSARS-CoV-2エアロゾルをエアサンプラーで採取し、プラークアッセイを用いて、サンプル中の感染性ウイルス力価を測定した。さらに、1価の銅化合物を主成分とし、活性酸素を発生させてフィルター面に付着したウイルスを不活性化することができる抗ウイルス剤のCufitec®を塗布したHEPAフィルターを用いた場合でも、同様の条件で感染性ウイルス力価を測定した。 主な結果は以下のとおり。・HEPAフィルターによるウイルス除去率は、5分間、10分間、35.5分間の稼働時間で、それぞれ85.38%、96.03%、>99.97%だった。空気清浄機の稼働時間の経過とともに、ウイルス除去率が高くなることがわかった。・抗ウイルス剤Cufitec®を塗布したHEPAフィルターを用いた場合では、通常のHEPAフィルターとほぼ同等のウイルス除去率が認められた。 研究チームは本結果について、空間中のSARS-CoV-2を除去するためには、HEPAフィルター付き空気清浄機を室内の適切な場所に設置し、風量や風向きを適宜調整するなど適正に使用することが重要だとしている。また、HEPAフィルター付き空気清浄機を室内の換気と併用することで、より短時間で効率的に空間中のSARS-CoV-2を除去することが可能になり、さらに、抗ウイルス剤を塗布したHEPAフィルターを空気清浄機に取り付けることで、フィルターを交換する際の曝露リスクを減らせる可能性があると述べている。

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エバシェルドの追加など、コロナ薬物治療の考え方14版/日本感染症学会

 日本感染症学会(理事長:四柳 宏氏)は、8月30日に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬について指針として「COVID-19に対する薬物治療の考え方第14版」をまとめ、同会のホームページで公開した。 今回の改訂では、チキサゲビマブ/シルガビマブ(商品名:エバシェルド)の追加、治療薬の削除など整理も行われたほか、最新の知見への内容更新が行われた。 以下に主な改訂点について内容を抜粋して示す。全体の考え方について【2 使用にあたっての手続き】・チキサゲビマブ/シルガビマブとバリシチニブを追加【3 抗ウイルス薬等の対象と開始のタイミング】・「図 COVID-19の重症度と治療の考え方」の注釈を改訂。・「2 主な重症化リスク因子」で65歳以上の高齢者、悪性腫瘍、COPDなどの慢性呼吸器疾患、慢性腎臓病、糖尿病、高血圧、脂質異常症、心血管疾患、脳血管疾患、肥満(BMI 30kg/m2以上)、喫煙、固形臓器移植後の免疫不全、妊娠後期など内容を改訂。・「3」で「一般に、重症化リスク因子のない軽症例では薬物治療は推奨しない」と改訂。・「表1 軽症~中等症I」で治療薬の使用を優先させるべきリスク集団を追加。・「4 抗ウイルス薬等の選択」で知見より「高齢者、複数の重症化リスク因子がある患者、ワクチンの未接種者などでは症状が進行しやすいことを踏まえ、患者ごとの評価において、中等症への急速な病状の進行など、非典型的な臨床経過の症例や免疫抑制状態などの重症化リスクが特に高い症例などでは、併用投与または逐次投与の適応を考慮する」と表現を改訂。個々の治療薬について【抗ウイルス薬】・レムデシビル(商品名:ベクルリー)の「投与時の注意点」で「7)2022年1月21日の中央社会保険医療協議会(中医協)において、保険医の指示の下で看護師による在宅・療養施設等の患者へのレムデシビル投与が可能となった」を追加。・モルヌピラビル(同:ラゲブリオ)の「入手方法」で「2022年8月18日に薬価収載されたことから、今後、一般流通の開始およびそれに伴う国購入品と一般流通品の切替えが行われる見込みである」を追加。・ニルマトレルビル/リトナビル(同:パキロビッドパック )の「国内外での臨床報告」で「10万9,254例の後方視コホート研究(65歳以上の高齢者ではニルマトレルビルの治療介入により入院の有意なリスク減少を認めた(HR:0.27、95%CI:0.15~0.49)。一方で40~64歳では、有意なリスク減少を認めなかった (HR:0.74、95%CI:0.35~1.58)を追加。また、投与時の注意点に「5)新型コロナウイルスワクチンの被接種者は薬剤開発のための臨床試験で除外されているが、市販後の評価では、高齢者での重症化予防などの有効性が示唆されている」を追加。そのほか、投与時の腎機能の評価の詳細についても追加。・ファビピラビルの項目は削除。【中和抗体薬】・「チキサゲビマブ/シルガビマブ(同:エバシェルド)」を新しく追加。〔国内外での臨床報告〕重症化リスク因子の有無を問わない、軽症~中等症IのCOVID-19外来患者822人を対象としたランダム化比較試験では、発症から7日以内のチキサゲビマブ/シルガビマブの単回筋肉内投与により、プラセボと比較して、COVID-19の重症化または全死亡が50.5%(4.4%対8.9%、p=0.010)有意に減少したなどを記載。〔投与方法〕・発症後通常、成人および12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、チキサゲビマブおよびシルガビマブとしてそれぞれ300mgを併用により筋肉内注射。・曝露前の発症抑制通常、成人および12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、チキサゲビマブおよびシルガビマブとしてそれぞれ150mgを併用により筋肉内注射する。なお、SARS-CoV-2変異株の流行状況などに応じて、それぞれ300mgを併用により筋肉内注射することもできる。〔投与時の注意点〕オミクロン株(BA.4系統及びBA.5系統) については、本剤の有効性が減弱するおそれがあることから、他の治療薬が使用できない場合に本剤の投与を検討することなど。〔発症後での投与時の注意点〕1)臨床試験における主な投与経験を踏まえ、COVID-19の重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者を対象に投与を行うこと。2)他の抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体が投与された高流量酸素または人工呼吸管理を要する患者において症状が悪化したとの報告がある。3)COVID-19の症状が発現してから速やかに投与すること。4)重症化リスク因子については、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き」などにおいて例示されている重症化リスク因子が想定。〔発症抑制での投与時の注意点〕1)COVID-19の予防の基本はワクチンによる予防であり、本剤はワクチンに置き換わるものではない。2)COVID-19患者の同居家族または共同生活者などの濃厚接触者ではない者に投与すること。COVID-19患者の同居家族または共同生活者などの濃厚接触者における有効性は示されていない。3)本剤の発症抑制における投与対象は、添付文書においては、COVID-19に対するワクチン接種が推奨されない者または免疫機能低下などによりCOVID-19に対するワクチン接種で十分な免疫応答が得られない可能性がある者とされているが、原発性免疫不全症、B細胞枯渇療法を受けてから1年以内の患者など免疫抑制状態にある者が中和抗体薬を投与する意義が大きいと考えられる。4)3)の投与対象者については、チキサゲビマブ/シルガビマブを用いた発症抑制を行うことが望ましいと考えらえる。〔入手方法〕本剤は、安定的な入手が可能になるまでは、一般流通は行われず、厚生労働省が所有した上で、発症抑制としての投与について、対象となる免疫抑制状態にある者が希望した場合には、医療機関からの依頼に基づき、無償で譲渡される。・カシリビマブ/イムデビマブ(同:ロナプリーブ)とソトロビマブ(同:ゼビュディ)の「投与時の注意点」として「1)オミクロン株(B1.1.529系統/BA.2系統、BA.4系統およびBA.5系統) では本剤の有効性が減弱するおそれがあることから、他の治療薬が使用できない場合に投与を検討する」を追記。【免疫調整薬・免疫抑制薬】・シクレソニド(国内未承認薬)の項目を削除。【その他】・その他の抗体治療薬(回復者血漿、高度免疫グロブリン製剤)の項目を削除。・附表1と2の「重症化リスクを有する軽症~中等症IのCOVID-19患者への治療薬の特徴」の内容を更新。・参考文献を52本に整理。 なお、本手引きの詳細は、同学会のサイトなどで入手の上、確認いただきたい。■関連記事ゾコーバ緊急承認を反映、コロナ薬物治療の考え方第15版/日本感染症学会

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サル痘に対する経口抗ウイルス薬tecovirimat、忍容性は良好/JAMA

 サル痘の世界的な流行で、2022年8月18日時点で3万9千人以上の患者が報告されており、患者の13%が入院を必要としているという。2018年に、天然痘に対する抗ウイルス薬として米国食品医薬品局(FDA)に承認されたtecovirimat(商品名:TPOXX、SIGA Technologies製)が、サル痘にも有効とされている。tecovirimatの有効性は、in vitroで天然痘とサル痘の両方に対する活性が示されており、健康成人での試験で良好な臨床安全性プロファイルが確認されている。米国・カリフォルニア大学Davis Medical CenterのAngel N. Desai氏らは、コンパッショネート・ユースに基づいてtecovirimatの治療を受けたサル痘患者の非対照コホート研究を行い、有害事象と全身症状および病変の臨床的改善を評価した。その結果、副作用もほとんどなく、高い忍容性が認められたという。JAMA誌オンライン版2022年8月22日号リサーチレターに掲載。tecovirimat投与7日目に40%で病変が完全に消失 2022年6月3日~8月13日の期間に、サクラメント郡公衆衛生局を通じて同院に紹介され、播種性疾患もしくは顔や性器等に病変を有する患者で、皮膚病変からオルトポックスウイルス感染が確認された25例に対して、tecovirimatによる治療を実施。患者は、年齢中央値40.7歳(範囲:26~76歳)、すべて男性で、9例がHIVに感染しており、1例が25年以上前に天然痘ワクチンを接種済み、4例が症状発現後に天然痘/サル痘ワクチン(商品名:JYNNEOS)の接種を1回受けていた。患者の体重により、食後30分以内に8時間または12時間ごとにtecovirimatを経口投与した。治療期間は14日間で、患者の臨床状態に応じて延長することとした。 サル痘に対する抗ウイルス薬tecovirimatを評価した主な結果は以下のとおり。・全身症状、病変、またはその両方が平均12日間持続して認められた(範囲:6~24日)。全身症状として、発熱19例(76%)、頭痛8例(32%)、疲労7例(28%)、咽頭痛5例(20%)、悪寒5例(20%)、腰痛3例(12%)、筋肉痛2例(8%)、悪心1例(4%)、下痢1例(4%)などが見られた。・23例(92%)に性器/肛門周囲の病変があり、13例(52%)には全身に10個未満の病変があった。全例に病変に伴う疼痛があった。・治療期間は24例が14日間、1例のみ21日間だった。・tecovirimatによる治療開始7日目に10例(40%)で病変が完全に消失し、21日目までに23例(92%)で病変と疼痛が消失したと報告された。・途中で治療を中止した患者はおらず、おおむね良好な忍容性を示した。Tecovirimat投与7日目に最も多く報告された有害事象は、疲労7例(28%)、頭痛5例(20%)、悪心4例(16%)、痒み2例(8%)、下痢2例(8%)だった。 著者は本結果について、tecovirimatは被験者全員に対して副作用を最小限に抑えながら、良好な忍容性を示した一方で、副作用はサル痘感染による症状と必ずしも区別できなかったとし、本研究は対照群が存在しないため、サル痘の症状の持続期間や重症度に関する抗ウイルス効果の評価は限定的だとしている。サル痘発症までの潜伏期間は患者間でばらつきがあり、抗ウイルス薬の使用と疾患の自然経過に関しては慎重に結論付けられるべきで、tecovirimatの効果、投与量、有害事象を明らかにするため、さらなる大規模研究が必要だと述べている。なおtecovirimatは、日本では現時点で未承認となっている。

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2022-23年シーズンのインフル対策に4つの提言/日本感染症学会

 日本感染症学会(理事長:四柳 宏氏[東京大学医科学研究所附属病院長])は、7月26日に同学会のホームページで学会提言として「2022-2023年シーズンのインフルエンザ対策について」(医療機関の方々へ)を公開した。 現在、わが国は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)第7波の真っただ中であるが、インフルエンザについては、国内でCOVID-19の流行が始まった2020年2月以降、患者報告数は急速に減少していた。しかしながら、2021年後半から2022年前半にかけて、北半球の多くの国ではインフルエンザの小ないし中規模の流行がみられていたことから、感染症学会では今回の提言を行うこととなった。インフルエンザ対策に感染症学会の4つの提言1)2022-2023年シーズンは、インフルエンザの流行の可能性が大きい 北半球冬季のインフルエンザ流行の予測をするうえで、南半球の状況は参考になるが2022年は4月後半から報告数が増加し、例年を超えるレベルの患者数となっており、医療の逼迫が問題となっている。今後、海外からの入国が緩和され人的交流が増加すれば、国内へウイルスも持ち込まれると考えられ、わが国においても、今秋から冬には、同様の流行が起こる可能性がある。 一方、過去2年間、国内での流行がなかったために、社会全体のインフルエンザに対する集団免疫が低下していると考えられる。そのため、一旦感染が起ると、とくに小児を中心に大きな流行となる恐れがある。2)A(H3N2)香港型に注意 オーストラリアで本年度に検出されたインフルエンザウイルスのうち、サブタイプが判明したものでは、約80%はA(H3N2)、約20%がA(H1N1)だった。そのため、今シーズンは、わが国でもA(H3N2)香港型の流行が主体となる可能性がある。 そのため今季のA(H3N2)のワクチン株は、オーストラリアのDarwinで分離された、A/Darwin/9/2021 (H3N2)-like virus, clade 3C.2a1b.2a.2(2a.2)が採用された。3)今季もインフルエンザワクチン接種を推奨 今季に流行が予想されるA(H3N2)香港型に対するワクチンの発病防止効果は未知だが、発症してもワクチンによる一定の重症化防止効果は期待でき、欧州では65歳以上の高齢者においてA(H3N2)感染による入院防止率は37%であったと報告されている。 わが国においても、ワクチンで予防できる疾患については可及的に接種を行い、医療機関への受診を抑制して、医療現場の負担を軽減することも重要となる。よって、今季も例年通りに、小児、妊婦も含めて接種できない特別な理由のある人を除き、できるだけ多くの人にインフルエンザワクチンの積極的な接種を推奨する。4)例年通りのインフルエンザ診療が必要 今季、発熱患者では、ワクチン接種歴に関わらずCOVID-19とインフルエンザの鑑別が重要となり、また、両者の合併例も考えられる。したがって、外来診療では両方のウイルスを念頭にいれて、PCR、抗原検査、迅速診断などによる確定診断が必要となる。 検査の進め方については、感染症学会からの提言「今冬のインフルエンザと COVID-19 に備えて」や厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引き(最新 第8.0版)」を参照されたい。 インフルエンザと診断されたときは、抗ウイルス薬による治療を検討することとなる。抗ウイルス薬は、インフルエンザの重症化、死亡率を抑制する。重症化のリスクのある人は当然治療の対象だが、リスクを持たない人でも重症化することがあり、その予測は困難である。 治療の実際については、2021年に感染症学会が発表した提言「今冬のインフルエンザに備えて.治療編〜前回の提言以降の新しいエビデンス」を参照されたい。抗ウイルス薬の耐性の状況については、過去2年間に流行がなかったために、今後の動向を見守る必要がある。

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BA.4/BA.5に対するコロナ治療薬の効果を比較/NEJM

 国内の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第7波ではオミクロン株BA.5が主流となり、感染拡大が急速に進んでいる。また海外では、BA.4やBA.2.12.1への置き換わりが進んでいる地域もある。東京大学、国立感染症研究所、国立国際医療研究センターが共同で行った研究において、これらの新系統BA.2.12.1、BA.4、BA.5に対し、4種類の抗体薬と3種類の抗ウイルス薬についてin vitroでの有効性を検証したところ、国内で承認済みの抗ウイルス薬が有効性を維持していることが示唆された。本結果は、NEJM誌オンライン版2022年7月20日号のCORRESPONDENCEに掲載された。 研究対象となったのはFDA(米国食品医薬品局)で承認済み、および国内で一部承認済みの薬剤で、抗体薬は、カシリビマブ・イムデビマブ併用(商品名:ロナプリーブ、中外製薬)、tixagevimab・cilgavimab併用(海外での商品名:Evusheld、AstraZeneca)、ソトロビマブ(商品名:ゼビュディ、GSK)、bebtelovimab(Lilly)、抗ウイルス薬は、レムデシビル(商品名:ベクルリー、ギリアド・サイエンシズ)、モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ、MSD)、ニルマトレルビル(商品名:パキロビッドパック[リトナビルと併用]、ファイザー)となっている。 今回の試験では、対象の各抗体薬の単剤および併用について、新型コロナウイルスの従来株(中国武漢由来の株)と、オミクロン株のBA.2.12.1、BA.4、BA.5を含む各系統の培養細胞における感染を阻害(中和活性)するかどうかを、FRNT50(ライブウイルス焦点減少中和アッセイで50%のウイルスを中和する血清希釈)を用いて評価した。また、各抗ウイルス薬について、IC50(50%阻害濃度)を用いて評価した。 主な結果は以下のとおり。【抗体薬】・カシリビマブ・イムデビマブ併用では、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性は認められるものの、FRNT50の値は、従来株と比べると、BA.2.12.1に対して131.6倍、BA.4に対して133.5倍、BA.5に対して317.8倍高くなっており、効果が著しく低下していた。・tixagevimab・cilgavimab併用では、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性は認められるものの、FRNT50の値は、従来株と比べると、BA.2.12.1に対して6.1倍、BA.4に対して6.0倍、BA.5に対して30.7倍高くなっており、効果が低下していた。・ソトロビマブの前駆体では、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性が認められなかった。・bebtelovimabでは、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても中和活性が認められ、その効果についても従来株とほぼ同等のFRNT50の値を示していた。【抗ウイルス薬】・レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビルのすべての薬剤が、BA.2.12.1、BA.4、BA.5のいずれに対しても、従来株とほぼ同等の感受性を示し、ウイルスの増殖を効果的に抑制していた。 著者は本研究の限界として、これらの薬剤による治療効果の臨床データがないことを挙げている。また、本研究によって、国内でも承認済みの抗ウイルス薬が、オミクロン株新系統のBA.2.12.1、BA.4、BA.5にも有効であることが示唆された。抗体薬については、国内では未承認のbebtelovimabは有効であったが、そのほかの抗体薬は有効性が低く、ソトロビマブについては効果がない可能性があり、BA.2.12.1、BA.4、BA.5の患者に対して、モノクローナル抗体の選択は慎重に検討する必要があると指摘している。

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インフルとの鑑別を更新、COVID-19診療の手引き8.0版/厚労省

 7月22日、厚生労働省は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 第8.0版」を公開し、全国の自治体や関係機関に通知を行った。 今版の主な改訂点は以下の通り。第8版の主な改訂点【1 病原体・疫学】・(1)病原体、(3)国内発生状況、(4)海外発生状況の情報を更新【2 臨床像】・(1)臨床像を更新(とくにオミクロン株の知見、インフルエンザとの鑑別を更新)・(2)重症化リスク因子、(3)胸部画像所見、(4)合併症を更新・(5)小児例の特徴で小児の重症度、小児における家庭内感染率について更新・(5)小児例の特徴で「小児における死亡例」を追加・(6)妊婦例の特徴を更新【3 症例定義・診断・届出】・(1)症例定義を更新・(4)届出を更新【4 重症度分類とマネジメント】・(1)重症度分類、(2)軽症、(3)中等症II 呼吸不全あり、(4)重症の中のECMO、血液浄化療法、血栓症対策、図を更新・「高齢者における療養のあり方について」を追加・「医療提供体制と自宅療養について」を参考から追加【5 薬物療法】・(1)抗ウイルス薬のモルヌピラビルを更新・(2)中和抗体薬のソトロビマブ、カシリビマブ/イムデビマブを更新・(4)妊婦に対する薬物療法で「禁忌」を追加・(参考)の「日本国内で開発中の薬剤」を更新【6 院内感染対策】・序文、換気を(2)環境整備に統合し更新・(4)患者寝具類の洗濯を更新・(7)職員の健康管理を更新・(8)妊婦および新生児への対応を更新・【参考】感染予防策を実施する期間の表を追加【7 退院基準・解除基準】・(1)退院基準を更新

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第122回 コロナは細胞間“トンネル”を伝って脳で広まるのかもしれない

すでによく知られている通り新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染は脳のもやもや(brain fog)や混乱などの種々の神経症状と関連し、どうやら脳に直接影響するらしく、感染者の死後脳からウイルスが検出されています。SARS-CoV-2は感染の取っ掛かりでACE2受容体に結合することが知られますが、ACE2受容体がおよそ非常に乏しい脳でSARS-CoV-2がどうやって広まるのかはよく分かっていません。フランスの研究者による新たな実験の結果、SARS-CoV-2は感染細胞から伸ばした細い管を伝ってACE2受容体なしでも別の細胞に乗り移りうることが示されました1)。いわばトンネルのようなその仕組みのおかげでSARS-CoV-2は脳内で広まるのかもしれません。同国のパスツール研究所のチームはACE2を発現する上皮細胞(Vero E6細胞)とACE2を欠く神経細胞(SH-SY5Y細胞)それぞれとSARS-CoV-2をまずは一緒にしてみました。すると予想通りSARS-CoV-2は上皮細胞には感染し、神経細胞には感染できませんでした。しかしSARS-CoV-2感染上皮細胞と神経細胞を一緒にしたところ神経細胞へのSARS-CoV-2の感染が認められました。とりわけ高性能の顕微鏡で観察したところ細胞間を繋ぐ細い管が見て取れ、細胞膜ナノチューブ(tunneling nanotube;TNT)と呼ばれるその管の中にSARS-CoV-2のタンパク質やRNAがありました。また、ウイルスRNAを量産する二重膜小胞も認められました。すなわちSARS-CoV-2は感染細胞にTNTを作らせ、TNTと連結したよその非感染細胞にTNTを伝ってまんまと侵入しうることが裏付けられました。TNTがウイルスの通り道になることを示したのは今回が初めてではありません。酸素不足や感染などで負荷がかかった細胞が伸ばしたTNTが別の細胞と繋がり、ウイルス粒子がその通路を介して細胞間を行き来しうることがこれまでの研究で示されています。たとえばインフルエンザウイルス、HIV、ヘルペスウイルスはTNTを使って己のゲノムを非感染細胞へ輸送可能であり、その経路であれば免疫や抗ウイルス薬は手出しできそうにありません。今回の研究でTNTはSARS-CoV-2結合の足場がない細胞への侵入ルートになりうることが示されましたが、足場がある細胞間のSARS-CoV-2伝播さえも促しているかもしれません。TNTを構成するアクチンの重合や脱重合は素早く、ウイルスは他の経路よりTNTを介した方がより早く広まれる可能性があるからです。今後の課題として動物やヒトの脳内でTNTを介したSARS-CoV-2細胞感染が存在するかどうかを検討する必要があります2,3)。もしヒトの脳内やその他の体内でTNTを介したSARS-CoV-2感染があるならウイルスの広まりを早くに封じて感染の重症化を防ぐのにTNT形成阻止薬が役立つかもしれません。今のところTNTに限って阻害する化合物は存在しませんがパスツール研究所のチームはその同定を目指して化合物の選別に取り組んでいます3)。参考1)Pepe A, et al. Sci Adv. 2022 Jul 22;8:eabo0171. 2)SARS-CoV-2 Could Use Nanotubes to Infect the Brain / TheScientist3)Coronavirus may enter the brain by building tiny tunnels from the nose / NewScientist

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第118回 記者も唖然…塩野義コロナ薬の承認審議で識者が発したガチ発言

2時間にわたる王者対挑戦者のボクシング・タイトルマッチ。1ラウンド目に挑戦者は王者の軽いジャブの後、アッパーカットをくらいおもむろにダウン。2~4ラウンドは挑戦者のストレートパンチが王者の顔面を捉え、一旦持ち直したかに見えたが、5ラウンド目は王者のジャブが軽く決まりよろける。その後はほぼ王者の一方的な連打がさく裂し、最終12ラウンドまで持ちこたえたものの、3人のジャッジの判定は大差で王者に-。ボクシングにたとえるとそんなところだろうか?何かというと、7月20日に開催された厚生労働省薬事・食品衛生審議会薬事分科会・医薬品第二部会合同会議で行われた塩野義製薬の新型コロナ治療薬候補の3CLプロテアーゼ阻害薬エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の緊急承認審議だ。結論から言うと第III相試験を待って議論すべきということで、委員ほぼ全員が一致して継続審議を決定した。過去の連載記事から繰り返しになって恐縮だが、エンシトレルビルに関しては今年5月の薬機法改正で新設された緊急承認制度を使った承認申請が行われている。塩野義製薬が申請に当たって提出したデータは第II/III相試験のうち、軽症/中等症患者を対象とした第IIb相パートの結果。主要評価項目は鼻咽頭ぬぐい検体を用いて採取したウイルス力価のベースラインからの変化量と12症状合計スコア(治験薬投与開始から120時間までの単位時間当たり)の変化量の2つ。前者については低用量(125mg)群、高用量(250mg)群、ともにプラセボ群と比べて有意な減少を示したものの、後者は有意差が認められなかった。ちなみに塩野義製薬側は、後者については現在主流のオミクロン株に特徴的な4症状に限定して解析すると有意差が認められたことを強調している。すでに6月に行われた医薬品第二部会では、緊急承認に否定的な意見が多かったものの、緊急承認制度では薬事分科会の審議も必要になるため、この日に持ち越した。そして今回の審議はやや異例だった。というのも1つの薬を巡る審議がYoutube Liveを通じて全国にリアルタイムで公開されたからである。新薬の承認審議がここまでガラス張りにされたのは初と言って良い。ちなみに私は報道公開枠で会議場にいた。事務方からの一通りの説明とそれを受け、審議の方向性について医薬品第二部会長の清田 浩氏(井口腎泌尿器科・内科新小岩副院長、元東京慈恵会医科大学教授)に意見が求められた。「まず付け加えたいのは、医薬品第二部会の臨時部会が開かれたのは6月22日。ちょうどコロナの患者数が下げ止まっていた時期です。現在の第7波が来ることもある程度予感していたかもしれませんが、現実にこうなるとは予想し得なかった時期なので、多少議論に危機感が欠けていた印象を持っております。その後、追加の有効性として、Long COVIDの率が減る、ウイルスの再拡散を抑えるというデータがあり、そういったポジティブなデータをどう解釈するかも議論の材料としていただければと思います」これに対して医薬品第二部会委員で山梨大学学長の島田 眞路氏から横やりが入った。「6月22日は確かに感染状況はひどくはなかったですが、諸外国でも出てましたし、日本でも来るんじゃないかという危機感を持って私達は審議したと思っております。清田部会長がどう考えたか知りませんが、危機感がなかったとおっしゃっているのにはびっくりしました。先ほどのいくつかの実験データが追加されたとのことですが、これはすでに塩野義さんは提出されてましたよ。(症状の)期間が短くなるんじゃないかとか。Long COVIDだけは出してなかったかもしれませんけど、あとのデータはだいたい示されていました。しかも、これはエンドポイントが修正されたりしたようなものです。たとえば12症状(合計スコア)ではまったく効果が認められなかったわけなので、われわれとしては効果は認められないと判断したのであって、それが呼吸器症状だけ後からピックアップして有意差が少しあったという。要するにエンドポイントを後からいじるのはご法度ですよ。はっきり言って。それをわざわざされて、有効性があるというところをピックアップしてやるのは、臨床試験としてはやっちゃいけないことだと思いますけどね」司会が引き取り、委員ではない独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の藤原 康弘氏が補足的な意見を求められた。この状況を収めようとしたのだろう。藤原氏は、公開された審査報告書内の第IIb相試験でのエンシトレルビル125mg、250mg、プラセボ投与後120時間までの12症状スコアのグラフを参照するように呼び掛けて次のように語った。「この推移を見ていただいたらわかりますが、私も元々呼吸器専門医なので普通にパッと見ると、これ差がないんじゃない? と見えます。PMDAとしても普通の感覚で見たのでしょう。先ほど説明がありましたように確かにRNA量は有意差をもって下がっているものの、臨床効果はこのぐらいかなというのが正直な判断であったと私は類推いたします。また、話題に上がった後付け解析ですが、途中の(事務局の)説明で多重性というお話がありました。今回、塩野義さんが何度も何度も事後解析をしていますが、そうするとby chanceで有意になることはよくあります。p値(統計学的有意差)が0.05ならば、20回に1回は間違った結果になるのは自明の理なので、繰り返し統計解析する時はp値はすごく小さくするとか、事務局が説明した多重性の調整をきちんとやらなければいけないのですが、それをやらずに何度も何度も解析してどこかで有意差が出たから良いんじゃないのと言ってるのが塩野義さんかな、と私は理解しております」さすがにこの発言には驚き、メモを取っていた手を止め、リモート参加していた藤原氏の様子が映し出されたディスプレイを凝視してしまった。周囲を見回すと、数人がやはり目を見開いてディスプレイを見ている。藤原氏は臨床医でありながら、過去には臨床薬理学分野の研究経験もあり、PMDAの前身である国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センターで新薬の承認審査を担当していたこともある。しかし、そのキャリアはほぼ一貫して国立の研究機関・医療機関に身を置いてきた公務員だ。その意味ではある種退屈な「お役所言葉」を駆使してきた立場であるはずの藤原氏が衆人環視の中でここまで製薬企業をディスる(若者言葉で失礼)とは思いもしなかった。このあとエンシトレルビルの治験調整医師であった日本感染症学会理事長の四柳 宏氏(東京大学医科学研究所附属病院長・先端医療研究センター感染症分野教授)、岩田 敏氏(国立がん研究センター中央病院感染症部長)、大石 和徳氏(富山県衛生研究所長)の3人が参考人として意見陳述。いずれも主要評価項目ではない症状消失までの期間が3日間短縮できたデータなどを援用し、現時点で有効性の推定は可能という立場を取った。しかし、この後、前述の島田氏が再び異議を唱えた。参考人3人のうち2人が塩野義製薬との利益相反があり、なおかつ全員がPMDAの審査に対する塩野義製薬の反論に即した主張をしていると批判し、利益相反なしと申告していた大石氏にも利益相反がないかの確認を求めたのだ。大石氏が「利益相反がない」と伝えると、島田氏は「PMDAが審査した結果に対して、3人が3人、塩野義製薬の意見に同調する方を選ぶのはフェアなやり方ではない」と事務方に要請した。事務方からは「感染症の専門家からのご意見としてこちらからお呼び…」と発言しかけるも、島田氏が遮り、「感染症の専門家なんてごまんといるわけです。にもかかわらず3人中2人が塩野義製薬との利益相反がある方を呼ぶのは。もうちょっとフェアな方を呼んでいただかないと議論がかみ合わない」と苦言を呈した。その後は全体の空気がネガティブになり始める。この空気が完全にネガティブに転換したのは、それまで日本医師会常任理事として薬事分科会委員を務めていた松本 吉郎氏が日本医師会の新会長に就任したことに伴う交代で、今回から薬事分科会委員として出席した日本医師会常任理事の神村 裕子氏の発言だった。過去の本連載でも触れたように、エンシトレルビルには催奇形性があることがすでに報じられており、今回の審議で示された審査報告書にはその詳細が記述されている。それによると、ラットでの胎児の骨格変異、ウサギでの胚・胎児死亡、胎児の軸骨格の奇形・変異、外表に奇形所見で短尾と二分脊椎が認められたという。PMDA側の見解では潜在的な催奇形性リスクがあり、ラットとウサギの無毒性量は、ヒトでの血漿中曝露量基準でそれぞれ約3.8倍と約2.4倍で十分な安全域を有しておらず、承認時には、妊婦または妊娠している可能性のある女性は禁忌とすることが適切というものだった。この点を踏まえて神村氏が次のように述べた。「私は女性の医師ですので、女性の患者さんがたくさんいます。この中でたとえば妊娠の可能性のある患者さんに禁忌という場合、妊娠しているかどうかわからないとなると、とても怖くて使えない。また、錠剤が大きくて飲み難いことはありますが、既に同じような作用機序のニルマトレルビル/リトナビル(同:パキロビッド)があるなかで、なぜそちらではダメなのかと考えている。当然ながら私が臨床の外来で、この程度の呼吸器症状の有効性の差が出たと言われても、『とても使いたくはないな』と、申し訳ないですけれども率直にそう感じました。またCYP3A阻害作用が強いということを考えれば、やはり慢性疾患にかかっていらっしゃる高齢の患者さんたちにも使えない。となると、非常に使える幅が狭くなる。第III相試験ではっきりした結果が出るまで、手を出せないと思っています」この率直な意見は新任委員ならではとも言えるのかもしれない。それ以上に実臨床に携わる医師の意見は非常に臨場感のあるものだった。審議の雰囲気はここで一気に最終結論の方向に傾いたように感じた。神村氏が触れたCYP3A阻害作用については、すでにPMDAから冒頭にニルマトレルビル/リトナビル同様に併用禁忌が多くなる見込みと説明された。かつ、PMDAの審査報告書では、仮に緊急承認するとしても「有効性が示されていない状況で、本剤が承認される場合には、SARS-CoV-2による感染症の重症化リスク因子を有する等、治療薬の投与が必要と考えられる患者を対象とし、禁忌等に該当する場合や供給量の関係で入手できない場合等で他の治療薬が使用できない場合に限り本剤を使用することが妥当である」との医薬品第二部会委員の意見が付記されていた。平たく言えば、重症化リスク因子を有し、既存の治療薬が使えない場合のみをエンシトレルビルの適応とすべしというものである。ちなみに今回提出された資料の中で私個人が目を引いたのは、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部が提出した資料の中にあった7月19日現在までに使われた新型コロナ治療薬別の患者数である。それによると、モルヌピラビル(同:ラゲブリオ)が23万5,900例、ソトロビマブ(同:ゼビュディ)が15万例、ニルマトレルビル/リトナビル(同:パキロビッド)が1万4,100例という数字である。治療必要数の比較で最も抗ウイルス効果が高いと言われているニルマトレルビル/リトナビルはもともとの供給量が少ないと言われているものの、2月の承認から5ヵ月間でこの程度しか使われていないのである。この背景には当然併用禁忌の多さもあるだろう。となると同じように併用禁忌が多くなる見込みで、既存薬が使えない場合のみにエンシトレルビルを使うならば、必要となる患者は極めて少数ではないだろうか? しかも、この日、すでにエンシトレルビルの第III相パート結果は11月中に明らかになるという見通しも示された。この点にも委員の質問が相次いだ。最終的に審議時間終了の午後8時直前、ちょっとした動きがあった。厚労省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長の吉田 易範氏が、医薬品第二部会委員で神村氏と同じ日本医師会常任理事である宮川 政昭氏に近づき耳打ちした。その直後、薬事分科会長である和歌山県立医科大学薬学部教授の太田 茂氏が「ほかの委員からどなたかご発言がありますでしょうか? よろしいようでしたら、本日の議論を取りまとめたいと思いますので、少しお時間をいただければ」と言いかけた瞬間、宮川氏が口を開いた。「今までの議論をお聞きして、先ほどPMDAの方からありましたように第III相試験の組み入れが全部終わったということですから、たぶん第III相試験は、大体時期的に言えば11月初旬(ここで事務方から『11月に総括報告書が提出されるということで聞いております』との声)…。はい。ですからそういうところをしっかりと見定めるということ、つまり緊急承認の枠組みというものが、ここである程度否定されたというわけではないものの、そういうものではないということであれば、第III相試験を待ってしっかりとした薬事としての承認体制を組んでいくというようなことも重要と思いますので、そういうことも含め、お考えいただければと思います」ここで件の島田氏が「宮川先生の意見に賛成です」と発言。これを受けて太田氏が委員に継続審議を打診。オンライン参加の委員も含め次から次に「異議なし」「賛成します」「賛成です」という声が相次ぎ、2時間強の長いようで短い議論は終結した。しかし、あの塩野義製薬を思いっきりディスった藤原氏は、今回の審議公開に同意した塩野義製薬に感謝の意を表していたが、これは私も同感である。ここまで透明性が確保できるならば、医薬品に対する一般人の信頼を勝ち取る一助になるのではないかと改めて感じている。参考薬事分科会・医薬品第二部会 合同会議 資料

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第120回 断食でCOVID-19重症化予防? / 音の鎮痛効果の仕組み

定期的な断食の習慣は健康に良いという報告がいくつかあり、たとえば心疾患や2型糖尿病を生じ難くなることやより長生きになることとの関連が示されています。断食の習慣が担いうる効能はどうやらまだ出尽くしてはおらず、米国ユタ州での試験で新型コロナウイルス感染(COVID-19)重症化を防ぐ効果が示唆されました1,2)。毎月最初の日曜日に2食続けて抜く断食(Intermittent fasting)をすることがユタ州の住民の大半(6割超)を占める末日聖徒イエス・キリスト教会教徒の典型的な習慣として知られています。試験ではそのユタ州の医療法人Intermountain HealthcareのCOVID-19患者201人が調べられ、断食の習慣がある人はない人に比べてCOVID-19による入院や死亡をより免れていました。COVID-19入院/死亡率は断食をしていた71人では11%、そうでない人では約28%でした(ハザード比:0.61、95%信頼区間:0.42~0.90)。断食の習慣とCOVID-19の経過が良好なことを関連付ける仕組みは今後調べる必要がありますが、考えられる仕組みが幾つかあります。断食をするとリノール酸を含む脂肪酸が体内で増えることが知られています。リノール酸は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク質にきつく結合し、細胞受容体ACE2への親和性を低下させます。断食で増えたリノール酸はそのようにしてSARS-CoV-2感染細胞や細胞内SARS-CoV-2粒子を減らしてCOVID-19重症化を予防するのかもしれません。断食で増える多機能なタンパク質・ガレクチン3がSARS-CoV-2感染抑制に一役買っている可能性もあります。ガレクチン3は数多くの病原体に結合することができ、自然免疫を活性化し、抗ウイルスタンパク質遺伝子の発現を増やし、ウイルス複製を阻害することなどが知られています。また、COVID-19経過不良と関連する糖尿病や冠動脈疾患などの持病が断食で生じ難くなることでCOVID-19重症化が間接的に抑制されている可能性もあります。時々の断食はCOVID-19ワクチンの代役とはなりえませんが、ワクチン接種を補完してCOVID-19重症化を減らす予防や治療の役割を担えるかもしれません。全世界の誰もが数ヵ月に1回のCOVID-19ワクチン接種をいつまでも続けることはおよそ現実的ではなく1)、接種が行き届いていない国は多く存在します。COVID-19流行の目下やこれからの世界での断食のワクチン補完の役割はCOVID-19後遺症への効果も含めて更なる検討の価値があると著者は結論しています。音の鎮痛効果の仕組み約60年前の1960年、歯科処置中に音楽を流すことで患者の痛みが和らぐことを示した報告がScienceに掲載されました3)。難儀な処置を亜酸化窒素や局所麻酔なしでやりおおせた患者もいたほどの効果がありました。以降、モーツァルトの古典音楽やら現代のミュージシャン・マイケル ボルトンの歌やらさまざまな音の鎮痛効果が検討され、実際に効果も認められました。たとえば8年ほど前の2014年の報告ではそのモーツァルトやマイケル ボルトン等の好きな音楽を聴いているときの線維筋痛症患者の痛みが減ることが示されています4)。米国NIHの神経生物学者Yuanyuan Liu氏等が率いるチームがScienceに発表した最新のマウス研究成果によると、そういった音の鎮痛効果はどうやら脳の特定の神経回路を抑制することでもたらされるようです5)。研究でマウスには少なくとも人には心地よいバッハの交響曲Rejouissance(歓喜)を毎日20分聴かせました6)。曲の音の強さは50~60デシベルで、曲なしでの背景音(ambient noise)は45デシベルが保たれました。マウスの足には炎症痛誘発液(complete Freund’s adjuvant;CFA)が注射され、続いて微針(von Frey filament)でその足を突いてどれだけ痛がるかが調べられました。驚いたことに、痛みを緩和する音の強さは決まっているようで、曲が背景音を5デシベル上回る50デシベルのときにマウスの痛みが緩和しました。50デシベルだとマウスは足を刺激されても平気で、それより強い音だと音楽なしのときと同様により痛がりました。人にとって不快なように変化させたRejouissanceやホワイトノイズでどうかを試したところ、それらが背景音を若干上回るデシベルであればやはり痛みを和らげました。つまり音の種類や快不快ではなく強度が鎮痛の鍵を握るようです7)。そういう低強度の音の鎮痛効果を担う脳の神経回路を同定すべく色素を使って脳領域の連結を調べたところ聴覚皮質から視床への経路が見つかり、低強度の音はその経路の神経活動を低下させました。音なしでその経路を光や低分子化合物で止めると低強度の音と同様に痛みを和らげる効果があり、その経路が通るようにすれば痛みが復活しました。すなわち低強度の音は聴覚皮質から視床への神経信号を阻害することで鎮痛効果をもたらしているようです。今後の課題として、鎮痛には背景音を若干上回る低強度の音でないとどうしてだめなのかを解き明かしたいと研究者は考えています。また、音を使った痛み治療の実現に向けて人ではどうなのかも調べる必要があります。たとえばマウスに試したような低強度の音を聞いているときの視床の活動をMRIスキャンで測定する試験は実施する価値がありそうです6)。参考1)Horne BD, et al. BMJ Nutrition Prevention & Health. 2022 Jul 1.2)Study finds people who practice intermittent fasting experience less severe complications from COVID-19 / Eurekalert3)GARDNER WJ,et al. Science 1960 Jul 1;132:32-3.4)Garza-Villarreal EA,et al. Front Psychol. 2014 Feb 11;5:90. 5)Sound induces analgesia through corticothalamic circuits. Science. 2022 Jul 7.6)Soft sounds numb pain. Researchers may now know why / Science7)Researchers discover how sound reduces pain in mice / NIH

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第1回 新型コロナのイベルメクチン「もう使わないで」

いったん下火になっていた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ですが、国内の新規感染者数は6月下旬から増え始め、昨日7月6日は4万5千人を超え、現場は警戒心を持っています。―――とはいえ、BA.2以降、滅多に肺炎を起こすCOVID-19例に遭遇しません。おそらく次の波がやってきたとしても、大きな医療逼迫を招くことはないのでは、と期待しています。「イベルメクチンを処方しない医師は地獄へ落ちろ」さて、私はCOVID-19の診療でいくつかメディア記事を書いたことがあるのですが、当初からイベルメクチンに関してはやや批判的です。疥癬に対してはよい薬だと思っていますが、COVID-19に対しては少なくとも現在上市されている抗ウイルス薬には到底及びません。しかしSNSなどではいまだにイベルメクチン信奉が強く、そういった「派閥」から手紙が届くこともあります。中には、「COVID-19にイベルメクチンを処方しない倉原医師よ、地獄へ落ちろ」といった過激な文面を送ってくる開業医の先生もいました。確かに当初、in vitroでイベルメクチンの有効性が確認されたのは確かです。しかし、かなり初期の段階で、寄生虫で使用するイベルメクチン量の約100倍内服しないと抗ウイルス作用は発揮されないことがわかっており1,2)、副作用のデメリットの方が上回りそうだな…という印象を持っていました。その後の臨床試験の結果が重要だろうと思っていたので、出てくるデータを冷静に見る必要がありました。トップジャーナルでことごとく否定50歳以上で重症化リスクを有するCOVID-19患者への発症7日以内のイベルメクチンの投与を、プラセボと比較したランダム化比較試験があります(I-TECH試験)3)。これによると、重症化リスクのある発症1週間以内のCOVID-19患者に対するイベルメクチンの重症化予防への有効性は示されませんでした。また、1つ以上の重症化リスクを持つCOVID-19患者に対して、イベルメクチンとプラセボの入院率の低下をみたランダム化比較試験があります(TOGETHER試験)4)。この試験でも、入院・臨床的悪化のリスクを減少させませんでした(相対リスク0.90、95%ベイズ確信区間:0.70~1.16)。ITT集団、per protocolのいずれを見ても結果は同じでした。EBMの基本に立ち返って、使用を控えるべき万が一、イベルメクチンの投与量や投与するタイミングを工夫して、何かしら有効性が示せたとして、ではその効果は現在のほかの抗ウイルス薬(表)よりも有効と言えるのでしょうか。塩野義製薬が承認申請中のエンシトレルビルですら、現時点ではウイルス量を減少させる程度の効果しか観察されないということで、緊急承認は見送りとなっています。イベルメクチンについて、まず今後奇跡的なアウトカム達成など、起こらないでしょう。表. 軽症者向け抗ウイルス薬(筆者作成)何より、目の前にしっかりと効果が証明された抗ウイルス薬が複数あるのです。有効な薬剤を敢えて使わずにイベルメクチンを処方するというのは、EBMに背を向けているにすぎません。この行為、場合によっては法的に問われる可能性もあります。現時点では使用を差し控えるべき、と私は考えます。参考文献・参考サイト1)Chaccour C, et al. Ivermectin and COVID-19: Keeping Rigor in Times of Urgency. Am J Trop Med Hyg. 2020;102(6):1156-1157.2)Guzzo CA, et al. Safety, tolerability, and pharmacokinetics of escalating high doses of ivermectin in healthy adult subjects. J Clin Pharmacol. 2002;42(10):1122-1133.3)Lim SCL, et al. Efficacy of Ivermectin Treatment on Disease Progression Among Adults With Mild to Moderate COVID-19 and Comorbidities: The I-TECH Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2022 Apr 1;182(4):426-435.4)Reis G, et al. Effect of Early Treatment with Ivermectin among Patients with Covid-19. N Engl J Med. 2022 May 5;386(18):1721-1731.

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酸素療法を伴う/伴わない中等度のCOVID-19肺炎患者におけるファビピラビル、カモスタット、およびシクレソニドの併用療法 第III相ランダム化比較試験(解説:寺田教彦氏)

オリジナルニュース中等症コロナ肺炎、ファビピラビル+カモスタット+シクレソニドで入院期間短縮/国内第III相試験(2022/06/15掲載) 本研究は中等症のCOVID-19肺炎患者におけるファビピラビル、カモスタット、およびシクレソニドの併用療法を評価した論文であり、2020年11月11日から2021年5月31日までに登録された本邦でのCOVID-19罹患患者を対象としている。登録患者は121人で、56人が単独療法、61人が併用療法だった。 本研究では、経口ファビピラビルにカモスタットとシクレソニドを併用することで安全性の懸念なしに入院期間の短縮ができたことが示されたが、本論文の結果が本邦のCOVID-19治療に与える影響は小さいと考えられる。理由を以下に示す。 まず、執筆時点での中等症のCOVID-19肺炎患者に対する治療とそのエビデンスを確認する。本邦ではCOVID-19に対する薬物治療の考え方 第13.1版等にも記載があるように、抗ウイルス薬としてレムデシビルを投与し、臨床病態によっては(酸素投与がある場合に)抗炎症薬としてデキサメタゾンやバリシチニブの投与が行われている。このうち、デキサメタゾンはRECOVERY 試験(Horby P, et al. N Engl J Med. 2021;384:693-704.)で、世界で初めてCOVID-19患者治療で有意な改善を、バリシチニブもレムデシビルとの併用下で臨床的な改善が報告されている(Kalil A, et al. N Engl J Med. 2021;384:795-807.)。レムデシビルに関しては、中等症のCOVID-19に対する単剤治療での有意な臨床的アウトカムは見いだしがたいが、発症早期の患者に投与することで臨床的なアウトカムや死亡率を低下させた報告があり、抗ウイルス効果は期待されるだろう(Gottlieb RL, et al. N Engl J Med. 2022;386:305-315.)。そして、ステロイドを投与する患者に関しては、先行して抗ウイルス薬を投与したほうが臨床症状の改善が早くなり、重症化率を低下させるという報告がある(Shionoya Y, et al. PLoS One. 2021;16:e0256977.)ことを加味すると、COVID-19の酸素需要がある患者には、ステロイドなどの抗炎症薬の投与が望ましく、レムデシビルも抗炎症薬とともに投与することがよいだろう。 さて、本研究に戻る。本研究が開始された時期は、COVID-19に対する確立された治療薬はなく、各国で有効性が期待される薬剤を探っている状況だった。本研究で対象となった薬剤の、ファビピラビル、カモスタットとシクレソニドについて整理する。 ファビピラビルは本邦で開発され、新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症に対する承認があり備蓄されていた抗ウイルス薬である。COVID-19が流行した初期に期待された治療法の1つであったが、本邦で実施された多施設無作為化オープンラベル試験でも早期のCRP陰性化や解熱傾向は見られたものの、有意差には達しておらず(Doi Y, et al. Antimicrob Agents Chemother. 2020;64:e01897-20.)、現時点でCOVID-19の標準治療に位置づけられてはいない。 シクレソニドもCOVID-19の治療で有効性が期待されていた薬剤である。本研究と患者対象が一致したデータではないが、国内のランダム化比較試験ではシクレソニド投与群で肺炎増悪が多く(https://www.ncgm.go.jp/pressrelease/2020/20201223_1.html)、臨床的な改善を示すことができなかった。カモスタットも臨床的改善までの日数やICU滞在期間の短縮、死亡率などの改善を示すことができず、現時点で臨床的に常用されている薬剤ではない(Gunst JD, et al. EClinicalMedicine. 2021;35:100849)。 本研究は、作用機序の異なる薬剤を組み合わせることで臨床的な効果が向上することを期待していたが、シクレソニドやカモスタットは個々の薬剤としては、明らかなデータの改善を示す研究はなく、併用による相加あるいは相乗効果の薬理学的な背景も記載はない。本文に記載があるように、サンプルサイズも小さく安全性のプロファイルに懸念が残る点、hard clinical primary outcome(臨床的に客観性の高い主要評価項目)が採用されていないという点といった問題があり、これらの併用薬の有効性を示すためには、より大規模の人数で、標準治療群とhard clinical primary outcomeについて比較をすることが望ましいだろう。 本研究結果は、現在のCOVID-19診療に与える影響は小さいと考えるが、本邦における感染症研究という観点からは、同研究が発表された意義は大きいと考える。 パンデミックを起こした感染症の臨床研究は、早期に有効な治療法を見いだすことが望ましく、速やかな臨床研究の実施が望ましいが、臨床研究を実施するには医師だけではなく、多くの職種の協力や適切なモニタリング、参加者の協力などの資金とともに環境整備が必要となる。本研究のようにパンデミック下での前向き研究実施には、労力と研究が遂行できる環境、それらの下準備が求められる。 新規感染症に対する創薬を行う場合は、適切な臨床試験のもとで適正な薬剤の評価が行われることが重要であり、本邦でも新規感染症に対する創薬を行うためには、このような臨床研究ができる環境をさらに整備してゆくべきであろう。 COVID-19診療について振り返ってみると、ワクチン接種や重症化リスクの高い患者に対する治療薬の整備により、重症化率、致死率はこの2年間で大きく減少しているが、未だに終息はしていない。重症化リスクの高くはない患者さんでも、症状の早期緩和、Long COVID罹患率の低下、他者への感染リスクを低下させるなどの社会生活を円滑に進めるための薬剤が期待されており、これらの問題を解決する薬剤が開発されることを期待したい。ただ、本邦ではワクチン接種も進んでおり、オミクロン株流行下でも、重症化率や死亡率は低下し、急性期症状持続期間も短縮していたことを考えると、オミクロン株で抗ウイルス薬の有効性を評価する場合には工夫が必要かもしれない。COVID-19の比較対象にしばしば出されるインフルエンザも抗ウイルス薬があるが、インフルエンザに対する抗ウイルス薬は発症後48時間以内に内服しなければ症状などの有意な改善が望めないように、急性期症状持続期間が短縮しているオミクロン株で治療効果を評価する場合は、速やかな抗ウイルス薬投与ができる環境で評価を行わないと臨床症状の改善で有意差を確認することは難しいかもしれない。 今後は、新型コロナウイルス・オミクロン株に対する抗ウイルス薬の評価が行われることになると考えるが、ウイルスの特徴も踏まえた上で、臨床現場でどのような患者さんに、どのように用いることで、どのような効果を期待するのかを適切に捉えた臨床試験を組み立て、評価を行うことがとくに望まれると考える。

113.

マスタープロトコルという研究プログラムの事前登録のあり方(解説:折笠秀樹氏)

 マスタープロトコルという研究プログラムが、ここ5年くらいで多くみられるようになりました。最初はがん治療においてでした。がん種ごとに治療薬の比較試験を行うのではなく、分子標的マーカーが陽性か陰性かによって、がん種にこだわらず比較試験が行われました。疾患に対して比較試験を行うという従来方式ではなく、バイオマーカー陽性に対して比較試験を行う方式です。そこでは疾患は何でもよいわけです。これがバスケットデザインと呼ばれるマスタープロトコルです。NCI-MATCHの例が挙がっています。 一方、がん種は1つに固定し、その中で数種類のバイオマーカーを取り上げ、バイオマーカーごとに比較試験を組む形の臨床試験です。これをアンブレラデザインと呼んでいます。どのマーカーに反応する治療薬が効果を発揮するかわからないので、どちらかというと探索的目的が強いと思われます。ALCHEMISTの例が挙がっています。 最後のマスタープロトコルの例は、COVID-19で登場したプラットフォームデザインです。COVID-19の治療法開発というプラットフォームを考え、その中でいろんな治療法を評価するプロトコルを次々と増やしていくものです。RECOVERYの例が挙がっています。ホームページもありますが、現時点では5つほどプロジェクトが走っているようです。英国主導で立ち上がったプロジェクトで、国際共同試験が行われています。あのビルゲイツ財団も資金提供しています。COVID-19は残念ながらまだ収束しておりません。いつ強力なウイルスが誕生するとも限りません。抗ウイルス薬のほかにもステロイド薬やモノクローナル抗体薬など、いろんな可能性がこのプラットフォームの中で評価されていくことでしょう。 マスタープロトコルとは、いろんなサブスタディからなる壮大なプログラムです。複数の臨床試験の集合体ともいえます。現在は、マスタープロトコルとして事前登録されていますが、サブスタディごとに事前登録をすべきだというのが結論のようです。私も同感です。RECOVERY試験というのが始まり、日本も加わるべきだと武見参議院議員がテレビ番組で紹介しているのを聞きました。2021年の中ごろだったかと思います。どんな臨床試験かと思い、すぐに調べましたが、まったく理解できませんでした。それも無理はありません。いくつかの臨床試験をまとめたプログラムだったからです。個々の臨床試験、すなわちサブスタディごとに論文も発表されることでしょうから、サブスタディを事前登録すべきというのは当然のことではないでしょうか。

114.

第115回 COVID-19入院患者の生存が関節リウマチ薬で改善

関節リウマチの治療でよく知られる免疫調節薬2つ・J&J社のTNF 阻害薬・インフリキシマブ(infliximab)やBristol Myers Squibb社のCTLA-4活性化薬・アバタセプト(abatacept)が米国国立衛生研究所(NIH)主催のプラセボ対照無作為化試験(ACTIV-1 IM試験)でどちらも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の死亡を減らしました1)。COVID-19患者の免疫系は炎症を誘発するタンパク質を悪くすると過剰に解き放ち、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、多臓器不全、その他の死に至りうる合併症を招くことがあります。ACTIV-1 IM試験はそういう過度の免疫を抑制しうる薬剤で中等~重度COVID-19入院成人の回復が改善するかどうかや死亡を減らせるかどうかを調べることを目的として実施されました。NIHの舵取りのもとでCOVID-19治療/ワクチンの開発促進を目指す産官学の提携(ACTIV) の一環として2020年10月に始まった2)ACTIV-1 IM試験の被験者はいつもの治療に加えて免疫調節薬幾つかの1つまたはプラセボを投与する群に割り振られました。ほとんどの被験者にはいつもの治療としてステロイド・デキサメタゾンやギリアド社の抗ウイルス薬・レムデシビル(remdesivir)が投与されました。デキサメタゾンはおよそ85%、レムデシビルは約90%の被験者に投与されています。退院を指標とする回復までの期間が主要転帰(プライマリーエンドポイント)で、両剤ともその改善傾向をもたらしたものの残念ながらプラセボとの差は有意ではありませんでした。しかしながらより深刻で究極の転帰・死亡率の低下を両剤のどちらももたらしました。インフリキシマブ投与群518人の死亡率は10%、プラセボ群519人の死亡率は約15%(14.5%)であり、同剤投与群の死亡率はプラセボ群より率にして約41%(40.5%)少なくて済んでいました。アバタセプトも同様で、その投与群509人の死亡率は11%、プラセボ群513人の死亡率は15%であり、同剤投与群の死亡率はプラセボ群に比べて率にして約37%(37.4%)少なくて済んでいました。もう1つの試験薬cenicriviroc(セニクリビロック)は残念ながら無効で、同剤投与群への被験者組み入れは去年9月に打ち切りとなっています。cenicrivirocはAbbVie社の開発段階のCCR2/CCR5阻害薬です。インフリキシマブやアバタセプトと同様にCOVID-19入院患者の死亡を減らすことが試験で示されているEli Lilly社の免疫調節薬・バリシチニブ(baricitinib)は重度以上のCOVID-19患者に使用すべき治療選択肢の一つとすることが世界保健機関(WHO)のガイドラインですでに強く推奨されています3)。レムデシビルやデキサメタゾンなどのいつもの治療に加えて投与することで死亡率のかなりの低下が見込めるインフリキシマブやアバタセプトもCOVID-19入院患者の治療選択肢に仲間入りしうるとACTIV-1 IM試験のリーダーWilliam Powderly氏は言っています1)。参考1)Immune modulator drugs improved survival for people hospitalized with COVID-19 / NIH2)NIH Begins Large Clinical Trial to Test Immune Modulators for Treatment of COVID-19 / NIH3)Agarwal A,et al.. BMJ. 2020 Sep 4;370:m3379

115.

第114回 英国のサル痘患者7人の経過や抗ウイルス薬の効果の兆候

サル痘は動物を出どころとするヒト感染症で、天然痘ウイルスと同じ類のオルソポックスウイルスの一種によって生じます。1970年に中央アフリカで初めて見つかり、世界で最も貧しく、見放された地域でこれまで流行していました1)。しかしここにきていまや高所得国を含む少なくとも20ヵ国でいつにないサル痘感染の増加が認められています2)。サル痘の症状は発熱・発疹・リンパ節の腫れを特徴とし、悪くすると間質性肺炎・脳炎・視力を損ないうる角膜炎・細菌二次感染などを合併する恐れがあります。サル痘による死亡率は症例の見立ての偏りの影響が大きく、報告によってかなり異なります。より強毒らしい一派のウイルスが広まるコンゴ盆地でのサル痘死亡率はおよそ1~10%と報告されています3,4)。一方、ナイジェリアで最近流行した西アフリカのウイルス一派の死亡率はおおむね低くておよそ3%未満です4,5)。これまでのサル痘での死亡例のほとんどは幼い子やHIV感染者です。サル痘のヒトからヒトへの感染はよく知られていますが、どう広がっていくかはよく分かっていません。これまでの報告一揃いによると感染者と接触した家族への伝播率はおよそ8%です。サル痘ウイルス血症や皮膚からのウイルス排出の流行に寄与する臨床的な意義はいまだ不確かです。英国では2018年以降に4人が旅行絡みのサル痘に感染し、それら4人から3人への感染の伝播が認められています1)。感染が伝播した3人のうち1人は医療従事者で、院内でサル痘ウイルスに感染しました。他の2人は感染者の子供と母親です。二次感染も含むのべ7人のそれら英国感染者のうち最初の3人には抗ウイルス薬・brincidofovir(ブリンシドフォビル)、別の1人(母親)にはSIGA Technologies社の抗ウイルス薬tecovirimat(テコビリマット;製品名 TPOXX)が経口投与されました。brincidofovirはどうやら肝毒性があり、投与された3人全員が肝酵素上昇によりその投与を中止しています。一方、合併症予防と入院期間の短縮を目指してtecovirimatが2週間投与された1人は有害事象を被ることなく他の6人に比べて早く退院できました。またウイルス排出期間も短くて済んでいました。7人のうち1人は退院から6週後に軽い再発を経験しています。上気道からのウイルス排出は皮膚病変解消後も長く続きうるらしく、3人の患者の上気道のサル痘ウイルスDNA検出は少なくとも3週間認められています。5人はウイルス検出(PCR検査陽性)が長く続いたため隔離を3週間超(最長39日間)続けました。他のヒトへの感染の伝播しやすさのデータは不十分で今後調べる必要があります。また、サル痘への抗ウイルス薬投与の試験が急務です2)。サル痘がまん延する中央アフリカ共和国ではすでにtecovirimatの試験が進行中です6)。その試験ではサル痘入院患者に同剤を広く提供し、将来の同剤使用や臨床開発に役立つ効果や安全性の情報を揃えることを目指しています。SIGA社は同試験でのtecovirimat一通り投与最大500回分を無償で提供することを去年7月に約束しています7)。その取り組みが功を奏し、やがては同剤が最も必要とされる人に使われて重宝されるようになることを中央アフリカ共和国の試験代表者Emmanuel Nakoune氏等は望んでいます8)。参考1)Adler H,et al. Lancet Infect Dis. 2022 May 24:S1473-3099.00228-6. [Epub ahead of print]2)Disease experts call on WHO, governments for more action on monkeypox / Reuters3)Jezek Z,et al. Bull World Health Organ. 1988; 66: 459-464.4)Beer EM, Rao VB. PLoS Negl Trop Dis. 2019; 13.e0007791. 5)Yinka-Ogunleye A,et al. Lancet Infect Dis. 2019; 19: 872-879. 6)Expanded access protocol for the use of tecovirimat for the treatment of monkeypox infection. ISRCTN433079477)SIGA Announces Collaboration with Oxford University to Support Expanded Access Protocol for Use of TPOXX? (Tecovirimat) To Treat Monkeypox in Central African Republic / GlobeNewswire8)Nakoune E, Olliaro P. BMJ. 2022 May 25;377:o1321.

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サル痘とは?

サル痘とは?患者さんからの質問に答える出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.サル痘とは? サル痘は、サル痘ウイルス感染による急性発疹性疾患である。 感染症法では4類感染症に位置付けられている。 主にアフリカ中央部から西部にかけて発生しており、自然宿主はアフリカに生息するげっ歯類が疑われているが、現時点では不明である。稀に流行地外でも、流行地からの渡航者等に発生した事例がある。 症状は発熱と発疹を主体とし、多くは2~4週間で自然に回復するが、小児等で重症化、死亡した症例の報告もある。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.サル痘ウイルスの感染経路は? 動物からヒトへの感染経路は、感染動物に咬まれること、あるいは感染動物の血液・体液・皮膚病変(発疹部位)との接触による感染が確認されている。 ヒトからヒトへの感染は稀であるが、濃厚接触者の感染や、リネン類を介した医療従事者の感染の報告があり、患者の飛沫・体液・皮膚病変(発疹部位)を介した飛沫感染や接触感染があると考えられている。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.サル痘の流行地は? サル痘は1970年にザイール(現在のコンゴ民主共和国)で初めて報告されて以降、アフリカ中央部から西部にかけて主に発生してきた。 日本国内では感染症発生動向調査において、集計の開始された2003年以降、輸入例を含めサル痘患者の報告はない。 2022年5月、海外渡航歴のないサル痘患者が英国より報告されまた、欧州、米国でも患者の報告が相次いでおり、調査が進められている。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.サル痘の症状・致命率は? サル痘の潜伏期間は5~21日(通常7~14日)とされる。 潜伏期間の後、発熱、頭痛、リンパ節腫脹、筋肉痛などが1~5日続き、その後発疹が出現する。 発疹は、典型的には顔面から始まり、体幹部へと広がる。 発症から2~4週間で治癒する。 致命率は0~11%と報告され、とくに小児において高い傾向にある。ただし、先進国では死亡例は報告されていない。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.サル痘の治療方法は? 対症療法が行われる。 一部の抗ウイルス薬について、in vitroおよび動物実験での活性が証明されており、サル痘の治療に利用できる可能性がある。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.家庭・市中での感染対策は? 発熱、皮疹がありサル痘が疑われる場合、マスク着用を行い、咳エチケットを守り、手指衛生を行う。 患者が使用したリネン類や衣類は、手袋などを着用して直接的な接触を避け、密閉できる袋に入れて洗濯などを行い、その後手洗いを行う。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.病院での感染対策は? 確定患者および疑い患者に対しては飛沫予防策、接触予防策を取る必要がある。 サル痘の主な感染経路は接触感染や飛沫感染であるが、水痘、麻疹等の空気感染を起こす感染症が鑑別診断に入ること、サル痘に関する知見は限定的であること、他の入院中の免疫不全者における重症化リスク等を考慮し、現時点では、医療機関内では空気予防策を実施することが推奨される。 診療行為に伴うエアロゾル感染の可能性が否定できないため、N95マスクなど空気予防策を取る事を検討する。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.サル痘のワクチンは? 天然痘のワクチンである痘そうワクチンがサル痘予防にも有効であるが、日本では1976年以降、痘そうワクチンの接種は行われていない。 サル痘ウイルス曝露後4日以内に痘そうワクチンを接種すると感染予防効果があり、曝露後4~14日で接種した場合は重症化予防効果があるとされている。出典:国立感染症研究所ホームページ(2022年5月20日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-monkeypox-intro.htmlCopyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.

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第113回 小児肝炎はCOVID-19絡みの肝臓損傷の氷山の一角かもしれない

小児の原因不明の肝炎は日本で24例に増え1)、米国では先週18日までに180人が調べられています2)。米国が調査を進めるそれら180例のおよそ9%は肝臓移植が必要となりましたが、死亡したという報告は幸いありません。英国で先週月曜日16日までに確認されている急な肝炎小児197人にも幸いにして死亡例はありません3)。英国ではそれら197人のうち11人(約6%)が肝臓移植を受けています。たいていは対症療法でなんとかなりますが、手遅れにならないように親は子供の皮膚が黄色くなったり目が白っぽくなったらすぐに医者に連れていく必要があります。健康な小児が黄疸を突然呈して急な肝炎を伴う重病に陥る原因はいまだ不明ですが、米国も英国もアデノウイルスを原因とする見方を強めています4)。米国疾病管理センター(CDC)は同国での180例の半数近くに認められているアデノウイルスが引き続きとくに目立つ(strong lead)と言っています。英国でのアデノウイルス検出率はさらに高く、検査した170例中116人(68%)から検出されており、英国保健安全保障庁(UKHSA)もCDCと同様にアデノウイルス感染との関連が引き続き示唆されていると言っています。しかし、アデノウイルスは免疫抑制小児に肝炎を引き起こしうるものの健康な小児をそうすることはこれまで知られておらず、アデノウイルスは主役ではないかもしれないと考える研究者もいます。アデノウイルス原因説を疑う向きによるとアデノウイルス肝炎の典型的な特徴であるアデノウイルス感染細胞が肝炎小児の肝生検で見つかっておらず、もっと目を向けるべき原因候補・新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が見過ごされがちです。SARS-CoV-2感染の数週間後に複数の臓器が傷んで小児多臓器炎症症候群(MIS-C)が生じうることが知られるように、SARS-CoV-2感染からしばらくして肝臓への免疫絡みの攻撃が生じてもおかしくありません4)。SARS-CoV-2が検出された英国の肝炎小児の割合はアデノウイルス検出率よりずっと低い15%です。しかしCDCの最近の報告によると米国の12歳未満の小児の75%がSARS-CoV-2感染を経ていると推定されています5)。また、欧州疾病予防管理センター(European Centre for Disease Prevention and Control)と世界保健機関(WHO)が20日に報告した原因不明肝炎小児の疫学データによると26人の血清検査で大半の19人(73%)がSARS-CoV-2感染歴を裏付ける陽性でした6)。原因を見極めることは患者の治療手段に直結します。もしアデノウイルスが肝臓を害しているなら強力な抗ウイルス薬cidofovir(シドホビル)の出番です4)。しかし免疫反応の持続で肝臓が傷んでいるなら免疫抑制剤が命を救う治療になりえます。仮にSARS-CoV-2が誘発する過度の免疫が肝炎に寄与しているとするならアデノウイルス感染が共謀してその引き金の役割を果たすのかもしれません。小児から検出されているアデノウイルス41F型は胃腸に感染し、SARS-CoV-2は感染後に胃腸に長居しうることが知られており、それらが相まって肝炎を招きうるとの仮説がLancet姉妹誌に最近掲載されました7)。T細胞の見境ない活性化を誘発しうることが知られるSARS-CoV-2スパイクタンパク質がSARS-CoV-2感染小児のMIS-Cで認められる深刻な炎症にどうやら寄与する8)のと同様にスパイクタンパク質の一部がアデノウイルスへの免疫反応を過剰にしてその無法な免疫反応が肝臓を傷めるのかもしれないと著者は示唆しています。仮説の検証のために原因不明肝炎の小児の便を回収して腸に潜むSARS-CoV-2の検出を試みたり免疫系の過剰な活性化の検査が必要です。免疫の過剰が原因と今後の研究で判明したならば免疫抑制が適切な治療となるはずです。原因が判明して治療の方針が定まることは表沙汰となった肝炎の背後で知らずに肝臓を傷めているかもしれない多くの小児の助けにもなる可能性があります。米国のSARS-CoV-2感染小児とSARS-CoV-2以外の呼吸器感染小児(対照群)それぞれ約25万人を比較した最近の試験結果9)によるとSARS-CoV-2はアデノウイルスとの関連はどうあれ小児の肝臓を悪くすると傷めることがあるようです。試験の結果、SARS-CoV-2感染小児の6ヵ月間の肝酵素・ASTやALTの上昇(それぞれ110U/L以上と100U/L以上)は対照群より2.5倍多く認められました。黄疸を引き起こしうる赤血球分解産産物ビリルビンの血清濃度上昇(2mg/dL以上)もSARS-CoV-2小児に3.3倍多く認められました。小児に発生している原因不明の肝炎はSARS-CoV-2感染に伴う数多の肝臓損傷の氷山の一角なのかもしれず4)、そうであるなら肝炎の原因解明はその他多数の肝臓損傷の手当てを見出すことにも役立つでしょう。参考1)小児の原因不明の急性肝炎について / 厚生労働省2)Update on Children with Acute Hepatitis of Unknown Cause / CDC3)Increase in hepatitis (liver inflammation) cases in children under investigation / UK Health Security Agency4)What’s sending kids to hospitals with hepatitis-coronavirus, adenovirus, or both? / Science5)Clarke KEN,et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2022 Apr 29;71:606-608. [Epub ahead of print]6)European Centre for Disease Prevention and Control/WHO Regional Office for Europe. Hepatitis of Unknown Aetiology in Children. Joint Epidemiological overview, 20 May, 2022.7)Brodin P, et al. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2022 May 13:S2468-1253.00166-2. [Epub ahead of print] 8)Porritt RA, et al. J Clin Invest. 2021 May 17;131:e146614. [Epub ahead of print]9)Elevated liver enzymes and bilirubin following SARS-CoV-2 infection in children under 10. medRxiv. May 14, 2022.

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オミクロン株とデルタ株の流行時期における、COVID-19に伴う症状の違いや入院リスク、症状持続時間について(解説:寺田教彦氏)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、流行株の種類により感染力や重症化率、ワクチンの効果が変化していることはニュースでも取り上げられている。これらのほかに、流行株により臨床症状が変わってきたことも医療現場では感じることがあるのではないだろうか? 例えば、2020年にイタリアから報告されたCOVID-19に伴う症状では、味覚・嗅覚障害が新型コロナウイルス感染症の50%以上に認められ、特徴的な症状の1つと考えられていたが、それに比して咽頭痛や鼻汁などの上気道症状は少なかった(Carfi A, et.al. JAMA 2020;324:603-605.)。ところが、2022年4月現在の臨床現場の感覚としては、COVID-19に伴う症状は咽頭痛や声の変化を訴える患者が増えてきており、味覚・嗅覚障害を理由に検査を新型コロナウイルスのPCR検査を受ける人はほとんどいなくなったように思われる。 本研究は、英国において、新型コロナウイルス感染症の検査結果や症状を報告するアプリ「ZOE COVID」の使用者を対象に、オミクロン株とデルタ株の流行時期のデータを比較している。 オミクロン株の症状の特徴としては、下気道症状や嗅覚異常が少なく、咽頭痛がデルタ株より多いことが報告されている(オミクロン株患者の症状報告、喉の痛みや嗅覚障害の割合は?/Lancet)。そして、Supplementary appendixのTbale S2に個々の症状についてワクチン2回接種後と3回接種後(ブースター接種済み)の患者による症状の違いもまとめられている。 デルタ株、オミクロン株の症状を比較すると、発熱は2回接種後で(44.1% vs.36.7%、[OR]:0.82、95%信頼区間[CI]:0.75~0.9)、3回接種後で(25.8% vs.39.2%、OR:1.09、95%CI:0.9~1.33)。 嗅覚障害は2回接種後で(41.9% vs.22.3%、OR:0.53、95%CI:0.48~0.58)、3回接種後で(32.4% vs.27.7%、OR:0.6、95%CI:0.49~0.73)。味覚障害は2回接種後で(56.7% vs.17.6%、OR:0.16、95%CI:0.14~0.18)、3回接種後で(38% vs.13.2%、OR:0.24、95%CI:0.2~0.3)と味覚・嗅覚症状はオミクロン株で減少傾向。鼻水は2回接種後で(80.9% vs.82.6%、OR:0.66、95%CI:0.59~0.74)、3回接種後で(81.8% vs.74.9%、OR:1.11、95%CI:0.89~1.39)。 嗄声は2回接種後で(39.6% vs.42.8%、OR:1.15、95%CI:1.05~1.26)、3回接種後で(31.1% vs.42%、OR:1.62、95%CI:1.35~1.94)。咽頭痛は2回接種後で(63.4% vs.71%、OR:1.42、95%CI:1.29~1.57)、3回接種後で(51% vs.68.4%、OR:2.11、95%CI:1.76~2.53)と咽頭痛や嗄声はオミクロン株で増加傾向だった。 もちろん、デルタ株とオミクロン株を比較することも重要ではあるが、本邦の患者さんやCOVID-19を診療する機会の少ない医療従事者の中には2020年ごろにニュースで取り上げられていた症状をCOVID-19の典型的な症状と捉えている方もおり、昨今の新型コロナウイルス感染症は、いわゆる風邪(急性ウイルス性上気道炎)の症状に合致し、検査を実施する以外に鑑別は困難であることも理解しておく必要があると考える。今回の報告は、オミクロン株では2020年ごろよりも発熱や味覚・嗅覚障害の症状は減少してきており、咽頭痛や鼻水などの上気道症状が多いことを実感することのできるデータであると考える。 急性期症状の持続日数についてもまとめられているが、デルタ株では平均値が8.89で中央値が8.0、95%CI:8.61~9.17に比して、オミクロン株では平均値が6.87、中央値が5.0、95%CI:6.58~7.16とオミクロン株で短縮が認められていた。本邦でも増えてきている3回接種後(ブースター接種済み)の場合では、デルタ株感染で平均7.71日、オミクロン株では4.40日が症状持続期間であった。 入院率はオミクロン変異株流行中の入院率(1.9%)のほうが、デルタ変異株流行中の入院率(2.6%)よりも有意に低下したことを指摘されているが、これも過去の報告や現場の臨床感覚に合致する内容だろう。 本論文は、全体を通して現場の臨床感覚に一致した内容だったと考える。 今回の論文では、オミクロン株では、とくにワクチン接種後では症状持続期間が短くなっていることが確認されている。適切な感染管理を行うために現場と調整する際、新型コロナウイルス感染症で難しさを感じる点に濃厚接触者となった場合や、感染した場合に一定の休業期間を要する点がある。症状持続期間が短くなっていることからは、場合によっては、感染力を有する期間も短くなっているかもしれない。 新型コロナウイルス感染症と診断された場合や、濃厚接触者となった場合でも、感染力を有する期間も短くなっていることが明らかになれば、今後の感染対策が変わりうるだろう。他に、この論文のLimitationsの4つ目に、年齢やワクチン接種状況、性別は一致させたが、他の交絡因子は一致していないことが指摘されている。流行株も変化したが、抗ウイルス薬も臨床現場で使用されることが増えている。これらの抗ウイルス薬による、症状改善時間の短縮や、感染力期間が短縮されることが明らかになれば、新型コロナウイルス感染症に対する公衆衛生上の方針にも影響を及ぼしてゆくかもしれない。

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第111回 肺マクロファージのNLRP3インフラマソーム絡みの自滅が重症COVID-19に寄与

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染の重症化や死に寄与すると思しき肺マクロファージ絡みの度を越した免疫反応がエール大学の研究者を主とするチームによって同定されて天下のNature誌に掲載されました1,2)。SARS-CoV-2の肺感染は悪くするとサイトカインストームとして知られる厄介な過剰免疫反応を引き起こします。エール大学の研究者等はヒトの免疫系を備えるマウスを使ってSARS-CoV-2感染の肺での成り行きを調べました。驚いたことに肺の内面を覆う上皮細胞のみならず免疫細胞にもSARS-CoV-2のRNAが上皮細胞に比肩する量存在していました。とくに肺マクロファージのSARS-CoV-2感染の印は感染の間絶えず強く認められ、SARS-CoV-2がマクロファージに侵入して増えることがやがてマウスに肺炎を招きうると分かりました。CD16とACE2受容体を介したSARS-CoV-2感染に応じてマクロファージは細胞の苦境や感染を認識しうるタンパク質複合体・インフラマソーム3)を活性化し、サイトカイン・IL-1とIL-18を放ち、細胞死の一種ピロトーシスによって自爆します。その自爆は感染を拡大させないための一種の防衛手段ですが、放出されるサイトカインが血液から肺に炎症誘発細胞を招き入れ、それが仇となって肺は過剰な炎症状態に陥ります。そのようなインフラマソーム活性化が肺の炎症の引き金であることは主に4種類あるインフラマソームの一つ・NLRP3インフラマソーム経路の阻害でマウスの肺炎を解消できたことで裏付けられました。NLRP3経路阻害はSARS-CoV-2感染マクロファージを減らしはしないもののその炎症状態を解き、炎症性サイトカインやケモカインを減らして肺炎を解消しました。NLRP3経路は感染マクロファージのいわば自爆装置です。その阻害の副産物として感染マクロファージはもはや死ねなくなり、そしてなんとウイルスをより放出するようになります。よってNLRP3経路阻害によるCOVID-19肺炎治療ではウイルスそのものを狙う抗ウイルス薬の併用が必要かもしれません2)。承認済みのNLPR3経路阻害薬はまだありませんが幾つかの開発が進行中です。臨床試験登記簿Clinicaltrials.govによると、COVID-19サイトカインストームに有益かもしれないインドZydus Lifesciences社(元Cadila Healthcare社)のNLRP3インフラマソーム阻害経口薬ZYIL1の第I相試験2つが完了しています4,5)。参考1)Sefik E, et al. Nature. 2022 Apr 28. [Epub ahead of print]2)Immune system culprit in severe COVID cases found / Eurekalert3)Pan P, et al.Nat Commun. 2021 Aug 2;12:4664.4)A Clinical Study to Evaluate the Safety, Tolerability and Pharmacokinetics and Pharmacodynamics of ZYIL1 Following Oral Administration in Healthy Volunteers. ClinicalTrials.gov Identifier: NCT047313245)Clinical Study to Evaluate the Safety, Tolerability and Pharmacokinetics and Pharmacodynamics of ZYIL1 Following Oral Administration in Healthy Volunteers. ClinicalTrials.gov Identifier: NCT04731324

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COVID-19に対する中和抗体薬「ソトロビマブ」の有効性(解説:小金丸博氏)

 ソトロビマブ(商品名:ゼビュディ点滴静注液)はSARS-CoV-2に対して抗ウイルス作用を発揮することが期待されている中和抗体薬である。Fc領域にLS改変と呼ばれる修飾が入ることで長い半減期を達成する。今回、重症化リスク因子を1つ以上有する軽症~中等症のCOVID-19患者に対するソトロビマブの有効性と安全性を検討した第III相多施設共同プラセボ対照無作為化二重盲検試験の最終結果がJAMA誌オンライン版に報告された。被験者1,057例を対象とした解析では、無作為化後29日目までに入院または死亡した患者の割合は、プラセボ投与群(529例)が6%(30例)だったのに対し、ソトロビマブ投与群(528例)では1%(6例)であった(相対リスク減少率:79%)。副次評価項目である救急外来受診の割合や致死的な呼吸状態悪化の割合などでもソトロビマブ投与群で有意に減少しており、軽症~中等症のCOVID-19に対して重症化予防効果を示した。 本試験の重要なLimitationとして、変異株に対する有効性が検討されていないことが挙げられる。2020年8月~2021年3月に割り付けが行われた試験であり、その後世界的に流行したオミクロン変異株は含まれていない可能性が高い。オミクロン変異株に対するソトロビマブの中和活性は若干の減弱にとどまり、有効性が期待できると考えられているが、BA.2系統に対してはBA.1系統に対してよりも中和活性が低下する可能性が指摘されている。今後、ソトロビマブの中和活性が低い変異株が出現する可能性は考えられるため、SARS-CoV-2の最新の流行株の情報に注視し、適応を検討する必要がある。 主な有害事象としてソトロビマブ投与群では下痢を2%に認めたものの、ソトロビマブに関連した重篤な有害事象は認めなかった。ただし、まれな有害事象を検出するには症例数が不十分であり、さらなる知見の集積が必要である。 本試験の中間解析の結果を参考に、本邦においても2021年9月27日に特例承認された。COVID-19の重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者を対象に投与を行う。本臨床試験の組み入れ基準等を参考に、重症化リスク因子としては、薬物治療を要する糖尿病、肥満(BMI 30kg/m2以上)、慢性腎障害(eGFR 60mL/分/1.73m2未満)、うっ血性心不全(NYHA心機能分類クラスII以上)、慢性閉塞性肺疾患などが想定される。発症早期に投与することが望ましく、症状出現から7日以内が投与の目安となる。

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