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拡大中のコロナ変異株LP.8.1のウイルス学的特性/東大医科研

 2025年2月現在、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のJN.1の子孫株であるXEC株による感染拡大が主流となっており、さらに同じくJN.1系統のKP.3.1.1株の子孫株であるLP.8.1株が急速に流行を拡大している。東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤 佳氏が主宰する研究コンソーシアム「G2P-Japan(The Genotype to Phenotype Japan)」は、LP.8.1の流行動態や免疫抵抗性等のウイルス学的特性について調査結果を発表した。LP.8.1は世界各地で流行拡大しつつあり、2025年2月5日に世界保健機関(WHO)により「監視下の変異株(VUM:currently circulating variants under monitoring)」に分類された1)。本結果はThe Lancet Infectious Diseases誌オンライン版2025年2月10日号に掲載された。 本研究ではオミクロンLP.8.1の流行拡大リスクおよびウイルス学的特性を明らかにするため、まずウイルスゲノム疫学調査情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロンLP.8.1の実効再生産数を推定し、次に、培養細胞におけるウイルスの感染性を評価した。また、日本人の血清を用いて、オミクロン系統の流行株(JN.1とKP.3.3)の既感染もしくはブレイクスルー感染およびJN.1対応1価ワクチン接種により誘導された中和抗体が、LP.8.1に対して感染中和活性を示すか検証した。 主な結果は以下のとおり。・米国ではLP.8.1の実効再生産数はXECより1.067倍高かったが、日本ではLP.8.1とXECの実効再生産数の差は比較的小さく、1.019倍にとどまった。・疑似ウイルス感染アッセイの結果、LP.8.1の感染力はJN.1よりも有意に低く(67%減少)、XECとJN.1の感染力は類似していた。・中和アッセイを以下の3種類のヒト血清を用いて実施した:JN.1感染後の回復者血清、KP.3.3感染後の回復者血清、JN.1対応ワクチン接種者の血清。すべての血清群において、KP.3.1.1、XEC、LP.8.1は、JN.1に対してよりも高い免疫逃避能を示した。しかし、KP.3.1.1、XEC、LP.8.1の間で中和回避能力に有意な差は認められなかった。 本結果により、LP.8.1がJN.1よりも感染力は低いが、より高い免疫逃避能を獲得し、現在主流のXECよりも高い伝播力(実効再生産数)を有することが明らかとなった。著者らによると、一部の国でLP.8.1がXECより優位になっている理由は、各国の免疫背景、SARS-CoV-2感染歴、ワクチン接種状況に依存している可能性があるという。LP.8.1は今後全世界に拡大し、主流株として台頭する恐れがある。

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世界初、遺伝子編集ブタ腎臓の異種移植は成功か/NEJM

 米国・マサチューセッツ総合病院の河合 達郎氏らは、遺伝子編集ブタ腎臓をヒトへ移植した世界初の症例について報告した。症例は、62歳男性で、2型糖尿病による末期腎不全のため69の遺伝子編集が施されたブタ腎臓が移植された。移植された腎臓は直ちに機能し、クレアチニン値は速やかに低下して透析は不要となった。しかし、腎機能は維持されていたものの、移植から52日目に、予期しない心臓突然死を来した。剖検では、重度の冠動脈疾患と心室の瘢痕化が認められたが、明らかな移植腎の拒絶反応は認められなかった。著者は、「今回の結果は、末期腎不全患者への移植アクセスを拡大するため、遺伝子編集ブタ腎臓異種移植の臨床応用を支持するものである」とまとめている。NEJM誌オンライン版2025年2月7日号掲載の報告。69の遺伝子編集を組み込んだブタ腎臓を2型糖尿病による末期腎不全患者に移植 移植に用いたブタ(Yucatanミニブタ)は、3つの主要な糖鎖抗原を除去し、7つのヒト遺伝子(TNFAIP3、HMOX1、CD47、CD46、CD55、THBD、EPCR)を導入して過剰発現させ、ブタ内在性レトロウイルスを不活性化するなど、計69の遺伝子編集を組み込んだ。 レシピエントは、2型糖尿病による末期腎不全の62歳男性であった。心筋梗塞、副甲状腺摘出術が既往で、2018年に献腎移植を受けたが、2023年5月にBKウイルス感染および糖尿病性腎症の再発により移植腎が機能不全となり、血液透析中であった。 マサチューセッツ総合病院の集学的チームによる包括的評価と、独立した精神科医および倫理委員会による評価を経て、移植を実施した。 免疫抑制療法は、前臨床研究に基づき、抗胸腺細胞グロブリン(ウサギ)、リツキシマブ、Fc修飾抗CD154モノクローナル抗体(tegoprubart)および抗C5抗体(ラブリズマブ)、タクロリムス、ミコフェノール酸とprednisoneを併用した。移植腎は機能していたが、糖尿病性虚血性心筋症に伴う不整脈で心臓突然死 移植手術は、冷虚血時間4時間38分で終了した。移植したブタ腎臓は移植後5分以内に尿を産生し、最初の48時間で6L超に達した。その後、尿量は1日1.5~2Lで安定した。患者の血漿クレアチニン値は、術前の11.8mg/dLから術後6日目には2.2mg/dLに低下した。 術後8日目に血漿クレアチニンが2.9mg/dLに上昇し、発熱、圧痛、尿量の減少を認めたが、感染症の検査は陰性であった。抗体介在性拒絶反応が疑われたため、メチルプレドニゾロン、トシリズマブを投与した。投与前の腎生検で、急性T細胞介在性拒絶反応(Banffグレード2A)が確認された。 術後9日目および10日目にメチルプレドニゾロンおよび抗胸腺細胞グロブリンを投与し、タクロリムスとミコフェノール酸を増量し、さらに補体C3阻害薬のペグセタコプランを投与した。トシリズマブの追加投与は行わなかった。その後、患者の尿量は増加し、血漿クレアチニン値は低下した。 術後18日目、血漿クレアチニン値2.5mg/dLで退院した。34日目に再び上昇したが、水分補給により1.57mg/dLまで低下した。推算糸球体濾過量(eGFR)は40~50mL/分/1.73m2であった。 術後25日目に皮下創感染症が発生し、外科的に一部切開するとともに、抗菌薬(リネゾリド、メロペネム)の投与を開始し、排膿ドレナージを実施した。緑膿菌陽性の後腹膜貯留液が排出された。切開は37日目に閉鎖し、2週間培養陰性および腹部CTにより貯留液の消失が確認されことから、51日目にドレーンを抜去した。 術後51日目、患者は外来を受診した。水分摂取量が少なく血漿クレアチニン値が2.7mg/dLと比較的高値であったため、補液を実施した。それ以外は、うっ血性心不全の症状はなく、身体所見も腎臓超音波検査でも異常は認められなかった。血圧、心拍数、呼吸数もすべて正常であった。 しかし、夕方に突然、呼吸困難に陥り、蘇生に努めたが術後52日目に亡くなった。剖検の結果、重度のびまん性冠動脈疾患を伴う心臓肥大、びまん性左室線維化などが認められ、これらはすべて糖尿病性虚血性心筋症によるものと考えられた。急性心筋梗塞、肺塞栓症、肺炎、他の臓器の炎症または薬物毒性は認められなかったことから、重症虚血性心筋症に伴う不整脈による心臓突然死と結論付けられている。

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医薬品供給不足の現在とその原因は複雑/日医

 日本医師会(会長:松本 吉郎氏[松本皮膚科形成外科医院 理事長・院長])は、「医薬品供給等の最近の状況」をテーマに、メディア懇談会を2月19日に開催した。懇談会では、一般のマスメディアを対象に現在問題となっている医薬品の安定供給の滞りの原因と経過、そして、今後の政府への要望などを説明した。 はじめに松本氏が挨拶し、「2020年夏頃より医薬品供給などに問題が生じてきたが、4年経過しても解決していない。後発医薬品だけではない、全体的な問題であり、その解消に向けて医師会も政府などに要望してきた。複合的な問題であるが、早く解消され、安心・安全な医薬品がきちんと医師、患者さんに届くことを望む」と語った。安定供給に立ちはだかる内的要因と外的要因 「医薬品供給等の最近の状況について」をテーマに同会常任理事の宮川 政昭氏(宮川内科小児科医院 院長)が、長引く医薬品供給停滞について、その現状と問題点を説明した。 医薬品の安定供給問題には、採算性の低下、国の関与不足、トレーサビリティの問題・情報開示などの内的要因と地政学リスク、材料の特定国への依存、日本独自の品質要求などの外的要因が交錯し、問題を複雑化している。 2025年2月18日時点での厚生労働省医療用医薬品供給状況の発表でも、通常出荷されていない割合は約21.9%、そのうち後発医薬品の割合が約60%、先発医薬品や長期収載医薬品なども12.7%という状況。 医薬品の供給不足に関しては、供給体制を強化する必要があるが、安定供給は国民の健康を守るために重要な課題であり、安全保障の観点からも重要と述べるとともに、医療用医薬品不足の原因としては、「品質問題」「海外依存リスク」「国内生産基盤の強化」の3つがあると提示した。(1)品質問題 2020年頃より顕在化するようになった後発医薬品メーカーの品質問題の不祥事による厚生労働省の行政処分。厚労省、日本ジェネリック製薬協会が何度も自主点検を行っても、こうした事態が解消されずにいる。2023年の先発医薬品メーカーも含めた日本製薬団体連合会主導の自主点検でも、「一部承認書との相違の整理あり」の案件が3,281件(37.6%)と、いまだ約4割に相違があることは非常に問題だという。実際、自主点検で報告された代表事例として、製造方法の改変、規格の齟齬、承認書と関連文書の矛盾、承認書からの追加・省略事例、文書化されていない口頭伝承などがあった。今後の対応としては、とくに「組織ガバナンス」の問題として、「経営レベルでのガバナンス強化」「品質管理システムの徹底」「従業員の意識改革」などが期待されると説明した。(2)海外依存のリスク 厚労省が、サプライチェーン調査を実施したところ、安定確保医薬品カテゴリーAの21成分の原薬原材料の供給経路につき、8成分が単一国、5成分が2ヵ国、8成分が3ヵ国以上だった。仕入先国では、中国、韓国、インドが多く、特定の国への集中は考慮する必要があると問題を提起した。厚労省の対策会議などでは、供給が単一国の場合はその供給の複数国化や、医薬品メーカーの代替供給源の探索を行う際の補助事業、供給リスク管理のためのマニュアル作成事業などが提案され、これらを推進することで、材料などの安定的な供給を進めていると紹介した。(3)国内生産基盤の強化 医薬品の安定供給確保には、国内の製造基盤を維持・強化することが不可欠であり、GMP(Good Manufacturing Practice:医薬品の製造管理および品質管理)基準適合の設備導入や、政府支援による生産拠点整備が求められる。一方で、後発医薬品メーカーによっては工場の老朽化が進んでおり、懸念材料となっている。建て替えには数百億円の費用が必要とされるが、政府などの支援がないのが現状。また、単純に薬価を上げれば安定供給になるわけでもないので、安定供給のために製薬企業全体として国に対策を協力してもらい、国家の安全保障としての枠組み作りを国に要望したいと語った。医薬品流通体制の3つの課題 次に「医薬品の流通体制」について、現状、インフルエンザ治療薬、局所麻酔薬、テオフィリン徐放性製剤が不足しており、地域医師会などから悲痛な声が医師会に届いていることを報告した。そして、医薬品の流通体制の問題点として「共同開発」「委受託製造」「1社流通」の3つの問題を上げた。 「共同開発」では、後発医薬品メーカーの開発コスト削減などメリットがある一方で、製造販売承認では開発各社が安定性試験などの資料をそろえ、申請をしなければならない煩雑さがある。「委受託製造」では、品質管理のばらつき、コスト削減による品質低下、緊急対応の難しさなどがあると指摘する。「1社流通」では、効率的な流通、コスト削減、品質管理の保持ができる一方で、従来からある医薬品供給の遅れ、価格の固定化、安定供給への懸念などさまざまな課題が提起されている。実際、日本保険薬局協会の調査でも「製薬企業・卸から理由の説明を受けたことがある薬局」は約7%で、丁寧な情報提供がないなど流通改善のガイドラインなどが順守されていないという。 終わりに宮川氏は、「医薬品に関連するさまざまな問題を説明した。今後、マスメディアにはこうした現状を理解してもらい、適切な報道をしていただきたい」と述べ、懇談会を終えた。

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新たな慢性血栓症、VITT様血栓性モノクローナル免疫グロブリン血症の特徴/NEJM

 ワクチン起因性免疫性血小板減少症/血栓症(またはワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症、VITT)は、血小板第4因子(PF4)を標的とする抗体と関連し、ヘパリン非依存性であり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するアデノウイルスベクターワクチンまたはアデノウイルス感染によって誘発される急性の血栓症を特徴とする。オーストラリア・Flinders UniversityのJing Jing Wang氏らの研究チームは、VITT様抗体と関連する慢性的な血栓形成促進性の病態を呈する患者5例(新規症例4例、インデックス症例1例)について解析し、新たな疾患概念として「VITT様血栓性モノクローナル免疫グロブリン血症(VITT-like monoclonal gammopathy of thrombotic significance:VITT-like MGTS)」を提唱するとともに、本症の治療では抗凝固療法だけでなく他の治療戦略が必要であることを示した。研究の詳細は、NEJM誌オンライン版2025年2月12日号に短報として掲載された。本研究は、カナダ保健研究機構(CIHR)などの助成を受けた。従来のVITTとは異なる病態の血栓症の病因か 対象となった5例すべてが慢性の抗凝固療法不応性血栓症を呈し、間欠性の血小板減少症を伴っていた。これらの患者はM蛋白の濃度が低く(中央値0.14g/dL)、各患者でM蛋白がVITT様抗体であることが確認された。 また、PF4上の抗体のクローン型プロファイルと結合エピトープは、ワクチン接種やウイルス感染後に発症する急性疾患で観察されるものとは異なっており、これは別個の免疫病因を反映した特徴であった。さらに、VITT様抗体は、一般的なヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の抗体とは異なり、ヘパリン非依存性に血小板を活性化することが示された。 VITT様MGTSという新たな疾患概念は、このような従来のVITTとは異なる病態を示す慢性的な抗PF4抗体による血栓症の病因として、ほとんどの抗PF4障害、および明確な原因のない異常や再発性の血栓症を説明可能であることが示唆された。抗PF4抗体、M蛋白が新たな治療標的となる可能性 新規の4例の中には、VITT様の特性を有する血小板活性化抗PF4抗体が検出されたため、MGTSを疑い、ブルトン型チロシンキナーゼ阻害薬イブルチニブによる治療を行ったところ、血栓症が抑制された症例を認めた。 また、従来の抗凝固療法を含むさまざまな治療を行っても、血栓症と血小板減少症が再発したため、MGTSを疑ってボルテゾミブ+シクロホスファミド+ダラツムマブ療法を施行したところ、血小板数が正常化し、M蛋白および抗PF4抗体が検出されなくなり、血栓症が改善した症例もみられた。 著者は、「慢性血栓症患者の診断に抗PF4抗体およびM蛋白の検査を追加することで、VITT様MGTSの早期発見が可能になると考えられる」「既存のVITT治療に加え、経静脈的免疫グロブリン療法(IVIG)やイブルチニブ、ボルテゾミブ+ダラツムマブなどを適用することで、より効果的な治療戦略を構築できるだろう」「これらの知見は、他の自己免疫性血小板減少症や血栓症における新たな治療標的としての抗PF4抗体およびM蛋白の役割を研究する基盤となる」としている。

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妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン 後編【今、知っておきたいワクチンの話】総論 第8回

本稿では「妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン」について取り上げる。これらのワクチンは、女性だけが関与するものではなく、その家族を含め、「彼女たちの周りにいる、すべての人たち」にとって重要なワクチンである。なぜなら、妊婦は生ワクチンを接種することができない。そのため、生ワクチンで予防ができる感染症に対する免疫がない場合は、その周りの人たちが免疫を持つことで、妊婦を守る必要があるからである。そして、「胎児」もまた、母体とその周りの人によって守られる存在である。つまり、妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチンは、胎児を守るワクチンでもある。VPDs(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで予防ができる病気)は、禁忌がない限り、すべての人にとって接種が望ましいが、今回はとくに妊娠可能年齢の女性と母体を守るという視点で、VPDおよびワクチンについて述べる。今回は、ワクチンで予防できる疾患、生ワクチンの概要の前編に引き続き、不活化ワクチンなどの概要、接種スケジュール、接種で役立つポイントなどを説明する。ワクチンの概要(効果・副反応・不活化・定期または任意・接種方法)妊婦に生ワクチンの接種は禁忌である。そのため妊娠可能年齢の女性には、事前に計画的なワクチン接種が必要となる。しかし、妊娠は予期せず突然やってくることもある。そのため、日常診療やライフステージの変わり目などの機会を利用して、予防接種が必要なVPDについての確認が重要となる。そこで、以下にインフルエンザ、百日咳、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、RSウイルス(生ワクチン以外)の生ワクチン以外のワクチンの概要を述べる。これら生ワクチン以外のワクチン(不活化ワクチン、mRNAワクチンなど)は妊娠中に接種することができる。ただし、添付文書上、妊娠中の接種は有益性投与(予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められていること)と記載されているワクチンもあり注意が必要である。いずれも妊娠中に接種することで、病原体に対する中和抗体が母体の胎盤を通じて胎児へ移行し、出生児を守る効果がある。つまり、妊婦のワクチン接種が母体と出生児の双方へ有益ということになる。(1)インフルエンザ妊婦はインフルエンザの重症化リスク群である。妊婦がインフルエンザに罹患すると、非妊婦に比し入院率が高く、自然流産や早産だけでなく、低出生体重児や胎児死亡の割合が増加する。そのため、インフルエンザ流行期に妊娠中の場合は、妊娠週数に限らず不活化ワクチンによるワクチン接種を推奨する1)。また、妊婦のインフルエンザワクチン接種により、出生児のインフルエンザ罹患率を低減させる効果があることがわかっている。生後6ヵ月未満はインフルエンザワクチンの接種対象外であるが、妊婦がワクチン接種することで、胎盤経由の移行抗体による免疫効果が証明されている1,2)。接種の時期はいつでも問題ないため、インフルエンザ流行期の妊婦には妊娠週数に限らず接種を推奨する。妊娠初期はワクチン接種の有無によらず、自然流産などが起きやすい時期のため、心配な方は妊娠14週以降の接種を検討することも可能である。流行時期や妊娠週数との兼ね合いもあるため、接種時期についてはかかりつけ医と相談することを推奨する。なお、チメロサール含有ワクチンで過去には自閉症との関連性が話題となったが、問題がないことがわかっており、胎児への影響はない2)。そのほか2024年に承認された生ワクチン(経鼻弱毒生インフルエンザワクチン:フルミスト点鼻薬)は妊婦には接種は禁忌である3)。また、経鼻弱毒生インフルエンザワクチンは、飛沫または接触によりワクチンウイルスの水平伝播の可能性があるため、授乳婦には不活化インフルエンザHAワクチンの使用を推奨する4)。(2)百日咳ワクチン百日咳は、成人では致死的となることはまれだが、乳児(とくに生後6ヵ月未満の早期乳児)が感染した場合、呼吸不全を来し、時に命にかかわることがある。一方、百日咳含有ワクチンは生後2ヵ月からしか接種できないため、この間の乳児の感染を予防するために、米国を代表とする諸外国では、妊娠後期の妊婦に対して百日咳含有ワクチン(海外では三種混合ワクチンのTdap[ティーダップ]が代表的)の接種を推奨している5,6)。百日咳ワクチンを接種しても、その効果は数年で低下することから、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2回目以降の妊娠でも、前回の接種時期にかかわらず妊娠する度に接種することを推奨している。百日咳は2018年から全数調査報告対象疾患となっている。百日咳感染者数は、コロナ禍前の2019年は約1万6千例ほどであったが、コロナ禍以降の2021~22年は、500~700例前後と減っていた。しかし、2023年は966例、2024年(第51週までの報告7))は3,869例と徐々に増加傾向を示している。また、感染者の約半数は、4回の百日咳含有ワクチンの接種歴があり、全感染者のうち6ヵ月~15歳未満の小児が62%を占めている8)。さらに、重症化リスクが高い6ヵ月未満の早期乳児患者(計20例)の感染源は、同胞が最も多く7例(35%)、次いで母親3例(15%)、父親2例(10%)であった9)。このように、百日咳は、小児の感染例が多く、かつ、ワクチン接種歴があっても感染する可能性があることから、感染源となりうる両親のみならず、その兄弟や同居の祖父母にも予防措置としてワクチン接種が検討される。わが国で、小児や成人に対して接種可能な百日咳含有ワクチンは、トリビック(沈降精製百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン)である。本ワクチンは、添付文書上、有益性投与である(妊婦に対しては、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ接種が認められている)10)が、上記の理由から、丁寧な説明と同意があれば、接種する意義はあるといえる。(3)RSウイルスワクチン2024年より使用可能となったRSウイルスワクチン(組み換えRSウイルスワクチン 商品名:アブリスボ筋注用)11)は、新生児を含む乳児におけるRSウイルス感染症予防を目的とした妊婦対象のワクチンである(同時期に承認販売開始となった高齢者対象のRSウイルスワクチン[同:アレックスビー筋注用]は、妊婦は対象外)。アブリスボを妊娠中に接種すると、母体からの移行抗体により、出生後の乳児のRSウイルスによる下気道感染を予防する。そのため接種時期は妊娠28~36週が最も効果が高いとされている12)(米国では妊娠32~36週)。また、本ワクチン接種後2週間以内に児が出生した場合は、抗体移行が不十分と考えられ、モノクローナル抗体製剤パリミズマブ(同:シナジス)とニルセビマブ(同:ベイフォータス)の接種の必要性を検討する必要があるため、妊婦へ接種した日時は母子手帳に明記することが大切である13)。乳児に対する重度RSウイルス関連下気道感染症の予防効果は、生後90日以内の乳児では81.8%、生後180日以内では69.4%の有効性が認められている14)。これまで、乳児のRSウイルス感染の予防には、重症化リスクの児が対象となるモノクローナル抗体製剤が利用されていたが、RSウイルス感染症による入院の約9割が、基礎疾患がない児という報告もあり15)、モノクローナル抗体製剤が対象外の児に対しても予防が可能となったという点において意義があるといえる。一方で、長期的な効果は不明であり、わが国で接種を受けた妊婦の安全性モニタリングが不可欠な点や、他のワクチンに比し高額であることから、十分な説明と同意の上での接種が重要である。(4)COVID-19ワクチンこれまでの国内外の多数の研究結果から、妊婦に対するCOVID-19ワクチン接種の安全性は問題ないことがわかっており16,17)、前述の3つの不活化ワクチンと同様に、妊婦に対する接種により胎盤を介した移行抗体により出生後の乳児が守られる。逆にCOVID-19に感染した乳児の多くは、ワクチン未接種の妊婦から産まれている17)。妊婦がCOVID-19に罹患した場合、先天性障害や新生児死亡のリスクが高いとする報告はないが、妊娠中後期の感染では早産リスクやNICU入室率が高い可能性が示唆されている17)。また、酸素需要を要する中等症~重症例の全例がワクチン未接種の妊婦であったというわが国の調査結果もある17)。妊婦のCOVID-19重症化に関連する因子として、妊娠後期、妊婦の年齢(35歳以上)、肥満(診断時点でのBMI30以上)、喫煙者、基礎疾患(高血圧、糖尿病、喘息など)のある者が挙げられており、これらのリスク因子を持つ場合は産科主治医との相談が望ましい。一方で、COVID-19ワクチンはパンデミックを脱したことや、インフルエンザウイルス感染症のように、定期的流行が見込まれることから、2024年度から第5類感染症に変更され、ワクチンも定期接種化された。よって、定期接種対象者である高齢者以外は、妊婦や、基礎疾患のある小児・成人に対しても1回1万5千円~2万円台の高額なワクチンとなった。接種意義に加え、妊婦の基礎疾患や背景情報などを踏まえた総合的・包括的な相談が望ましい。また、COVID-19ワクチンについては、いまだにフェイクニュースに惑わされることも多く、医療者が正確な情報源を提供することが肝要である。接種のスケジュール(小児/成人)妊婦と授乳婦に対するワクチン接種の可否について改めて復習する。ワクチン接種が禁忌となるのは、妊婦に対する生ワクチンのみ(例外あり)であり、それ以外のワクチン接種は、妊婦・授乳婦も含めて禁忌はない(表)。表 非妊婦/妊婦・授乳婦と不活化/生ワクチンの接種可否についてただし、ワクチンを含めた薬剤投与がなくても流産の自然発生率は約15%(母体の年齢上昇により発生率は増加)、先天異常は2~3%と推定されており、臨界期(主要臓器が形成される催奇形性の感受性が最も高い時期)である妊娠4~7週は催奇形性の高い時期である。たとえば、ワクチン接種が原因でなくても後から胎児や妊娠経過に問題があった場合、実際はそうでなくても、あのときのあのワクチンが原因だったかも、と疑われることがあり得る。原因かどうかの証明は非常に困難であるため、妊娠中の薬剤投与と同様に、医療従事者はそのワクチン接種の必要性や緊急性についてしっかり患者と話し、接種する時期や意義について理解してもらえるよう努力すべきである。※その他注意事項生ワクチンの接種後、1~2ヵ月の避妊を推奨する。その一方で、仮に生ワクチン接種後1~2ヵ月以内に妊娠が確認されても、胎児に健康問題が生じた事例はなく、中絶する必要はないことも併せて説明する。日常診療で役立つ接種ポイント1)妊娠可能年齢女性とその周囲の家族について妊孕性(妊娠する可能性)が高い年代は10~20代といわれているが、妊娠可能年齢とは、月経開始から閉経までの平均10代前半~50歳前後を指す。妊娠可能年齢の幅は非常に広いことを再認識することが大切である。また、妊婦や妊娠可能年齢の女性を守るためには、その周囲にいるパートナーや同居する家族のことも考慮する必要があり、その年齢層もまちまちである(同居する祖父母や親戚、兄弟など)。患者の家族構成や背景について、かかりつけ医として把握しておくことは、ワクチンプラクティスにおいて、非常に重要であることを強調したい。2)接種を推奨するタイミング筆者は下記のタイミングでルーチンワクチン(すべての人が免疫を持っておくと良いワクチン)について確認するようにしている。(1)何かしらのワクチン接種で受診時(とくに中高生のHPVワクチン、インフルエンザワクチンなど)(2)定期通院中の患者さんのヘルスメンテナンスとして(3)患者さんのライフステージが変わるタイミング(進学・就職/転職・結婚など)今後の課題・展望妊娠可能年齢の年代は受療行動が比較的低く、基礎疾患がない限りワクチン接種を推奨する機会が限られている。また、妊娠が成立すると、基礎疾患がない限り産科医のみのフォローとなるため、妊娠中に接種が推奨されるワクチンについての情報提供は産科医が頼りとなる。産科医や関連する医療従事者への啓発、学校などでの教育内容への組み込み、成人式などの節目のときに情報提供など、医療現場以外での啓発も重要であると考える。加えて、フェイクニュースやデマ情報が拡散されやすい世の中であり、妊婦や妊娠を考えている女性にとっても重大な誤解を招くリスクとなりうる。医療者が正しい情報源と情報を伝える重要性が高いため、信頼できる情報源の提示を心掛けたい。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)妊娠可能年齢の女性と妊婦のワクチン(こどもとおとなのワクチンサイト)妊娠に向けて知っておきたいワクチンのこと(日本産婦人科感染症学会)Pregnancy and Vaccination(CDC)参考文献・参考サイト1)Influenza in Pregnancy. Vol. 143, No.2, Nov 2023. ACOG2)産婦人科診療ガイドライン 産科編 2023. 日本産婦人科学会/日本産婦人科医会. 2023:59-62.3)経鼻弱毒生インフルエンザワクチン フルミスト点鼻液 添付文書4)経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方. 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会(2024年9月2日)5)Tdap vaccine for pregnant women CDC 6)海外の妊婦への百日咳含有ワクチン接種に関する情報(IASR Vol.40 p14-15:2019年1月号)7)感染症発生動向調査(IDWR) 感染症週報 2024年第51週(12月16日~12月22日):通巻第26巻第51号8)2023年第1週から第52週(*)までに 感染症サーベイランスシステムに報告された 百日咳患者のまとめ 国立感染症研究所 実地疫学研究センター 同感染症疫学センター 同細菌第二部 9)全数報告サーベイランスによる国内の百日咳報告患者の疫学(更新情報)2023年疫学週第1週~52週 2025年1月9日10)トリビック添付文書11)医薬品医療機器総合機構. アブリスボ筋注用添付文書(2025年1月9日アクセス)12)Kampmann B, et al. N Engl J Med. 2023;388:1451-1464.13)日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会. 日本におけるニルセビマブの使用に関するコンセンサスガイドライン Q&A(第2版)(2024年9月2日改訂)14)Kobayashi Y, et al. Pediatr Int. 2022;64:e14957.15)妊娠・授乳中の新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種について 国立感染症成育医療センター16)COVID-19 Vaccination for Women Who Are Pregnant or Breastfeeding(CDC)17)山口ら. 日本におけるCOVID-19妊婦の現状~妊婦レジストリの解析結果(2023年1月17日付報告)講師紹介

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日本の大学生の血圧、コロナ禍後に上昇

 日本の大学生における血圧の5年ごとの調査で、コロナ禍後の2023年に血圧が上昇していたことが、慶應義塾大学の安達 京華氏らの研究でわかった。一方、喫煙・飲酒習慣や睡眠不足、精神的ストレス、ファストフードやスナック菓子の摂取は減少、運動習慣は増加しており、血圧上昇の原因は特定されなかった。Hypertension Research誌2025年2月号に掲載。 高血圧は中高年だけでなく、若年者においても心血管疾患のリスクを高める。コロナ禍では世界中で血圧の上昇傾向が観察されたが、若年成人については十分な評価がなされていない。本研究では、コロナ禍の前後を含む2003~23年の20年間、5年ごとに大学生(10万6,691人)の血圧を調査した。  主な結果は以下のとおり。・2003~18年において血圧に目立った変化はなかったが、コロナ禍後に男女とも血圧の上昇がみられ、収縮期血圧は、男性が2018年の118.1(SD:14.2)mmHgから2023年の120.6(SD:12.5)mmHgに、女性が104.6(SD:11.8)mmHgから105.1(SD:11.7)mmHgに上昇した。・これらの傾向は、標準体重/低体重の学生、および1年生と2年生で顕著であった。・生活習慣を調査した結果、喫煙・飲酒習慣、睡眠不足、精神的ストレス、ファストフードやスナック菓子の摂取が減少し、運動習慣が増加していた。

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コロナ関連の小児急性脳症、他のウイルス関連脳症よりも重篤に/東京女子医大

 インフルエンザなどウイルス感染症に伴う小児の急性脳症は、欧米と比べて日本で多いことが知られている。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症においても、小児に重篤な急性脳症を引き起こすことがわかってきた。東京女子医科大学附属八千代医療センターの高梨 潤一氏、東京都医学総合研究所の葛西 真梨子氏らの研究チームは、BA.1/BA.2系統流行期およびBA.5系統流行期において、新型コロナ関連脳症とそれ以外のウイルス関連脳症の臨床的違いを明らかにするために全国調査を行った。その結果、新型コロナ関連脳症は、他のウイルス関連脳症よりもきわめて重篤な脳症の頻度が高く、27%の患者が重篤な神経学的後遺症または死亡という転帰であったことが判明した。Journal of the Neurological Sciences誌2025年2月15日号に掲載。 本研究では、日本小児神経学会会員を対象としたWebアンケートを用い、2022年1~5月のBA.1/BA.2系統流行期と2022年6~11月のBA.5系統流行期において、新型コロナ関連脳症を発症した18歳未満の103例の患者を対象に臨床症状について調査した。 主な結果は以下のとおり。・全103例のうち、BA.1/BA.2系統流行期の患者は32例(0~14歳、中央値5歳)、BA.5系統流行期の患者は68例(0~15歳、中央値3歳)だった。103例中95例(92.2%)が新型コロナウイルスワクチンを接種していなかった。・オミクロン株BA.1/BA.2系統流行期とBA.5系統流行期で新型コロナ関連脳症の臨床症状に有意差は認められないものの、BA.5系統流行期は新型コロナ関連脳症の発症時にけいれん発作を起こす患者が多く、68例中50例において、発症時にけいれん発作が認められた。・急性脳症症候群のタイプとして、けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)が最も多く、103例中27例(26.2%)を占めた。・103例中6例が劇症脳浮腫型脳症(AFCE)、8例が出血性ショック脳症症候群(HSES)という最重度の急性脳症症候群であり、他のウイルス関連脳症と比べて高頻度だった。AFCEおよびHSESの患者はすべて新型コロナワクチンを接種していなかった。・新型コロナ関連脳症の転帰は、完全回復が45例、軽度から中等度の神経学的後遺症は28例、重度の神経学的後遺症は17例、死亡は11例であった。新型コロナ関連脳症は他のウイルス関連脳症と比べて予後不良の転帰となる患者が多かった。 著者らは本結果について、「AFCEやHSESは脳浮腫が急速に進行し致死率が高い疾患である一方、発症がきわめてまれであるため診断法や治療法が十分に解明されていない。今後は、新型コロナ関連脳症の中でもこれら2つに注目し、詳細な臨床経過を把握し、迅速診断のためのバイオマーカーや有効な治療開発に向けてエビデンスを構築していきたい。小児に対する新型コロナワクチンの接種が急性脳症の予防につながるかどうかも確かめる必要がある」としている。

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第231回 高額療養費制度の行方、医療現場はどう変わる?

今年2月になって突然、飛び込んできた「高額療養制度の見直し」について多くの方はなぜそんなに急に? と疑念を抱かれたと思います。わが国はバブル景気の後の「失われた30年」の間、経済が停滞していた間も少子化と高齢人口の増加が続いてきました。リーマンショック後の安倍政権をきっかけに、日本経済も回復したとはいえ、2040年まで高齢化が続く中、増大する医療費や介護費のため、社会保障制度の持続可能性について検討が続いています。社会保障改革の経過の振り返り令和元(2019)年から開かれていた全世代型社会保障検討会議の最終報告からまとめられた「全世代型社会保障改革の方針」(令和2年)でも、少子化対策の子育て支援とともに、医療提供体制の改革や後期高齢者の自己負担割合の在り方について検討をすることが盛り込まれていました。これらについて政策の実際の発動は、新型コロナウイルス感染症の拡大で延期され、令和4年1月から開催された「全世代型社会保障構築会議」で、すべての世代が安心できる「全世代型社会保障制度」を目指し、働き方の変化を中心に据えながら、社会保障全般にわたる改革を検討しました。この会議の中で「給付と負担のバランス・現役世代の負担上昇の抑制」について、「高額療養費制度の見直しも併せてしっかり取り組んでいただきたい。厚生労働省からはそれを検討するという報告があったわけで、これはぜひ1つでも2つでもできるものをどんどん実現してほしい」という発言がなされていました(【第20回全世代型社会保障構築会議議事録】)。このような発言を反映してか、令和6年1月26日の社会保障審議会で「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」の中で、経済情勢に対応した患者負担などの見直し(高額療養費自己負担限度額の見直し/入院時の食費の基準の見直し)が入っていました。2月に入り厚労省の社会保障審議会医療保険部会の「令和7年8月~令和9年8月にかけて段階的に実施高額療養費制度の見直し」を行うという資料【高額療養費制度の見直しについて】をもとに国会の予算審議で大きく取り上げられたのをきっかけに大きな話題となりました。画像を拡大する当然ながら、高額療養費の対象となるがんや難病の患者さんの団体から反対の声が上がり、2月7日に厚労省で鹿沼 均保険局長と患者団体が面会を行い、いったん凍結を求められました。厚労省側から改革案を部分修正する意向を示されたものの、患者団体はこれを反対するなどしばらく予算審議を進めていく中、予定通り令和7年8月からの引き上げは難しくなっています。Financial toxicityがクローズアップされている高額療養費制度はわが国の保険診療のセーフティネットとして必要なもので、これが十分に機能しているため患者さんは安心して高額な抗がん剤や先進的な治療を受けることができますが、一方で、諸外国ではこのようなシステムがないため、すでに2000年代になって画期的な新薬の承認とともに問題となっていました。高額療養費制度の見直しが必要になったのは高額な新薬の登場です。近年登場する抗がん剤は非常に高額なため、公的な保険で十分にカバーできない問題が諸外国で話題になっていました。筆者も以前、製薬企業で勤務していたときに有害事象として報告された用語に“financial toxicity”という言葉を目にしたことがあります。Financial Toxicity(ファイナンシャル・トキシシティ:経済毒性)とは、国際医薬用語集にも掲載されている用語で、医療費による経済的負担が患者さんや家族に与える悪影響を指します。高額な新薬によって医療費が増大するのを抑制するため、欧米諸国では保険制度で新薬については、適応とする患者さんの症状によっては処方制限するなどしてアクセス制限をしています。新薬が使えない場合は、患者団体がメーカー側に働きかけて医薬品価格を引き下げさせたり、欧州では医療経済学者を中心に費用対効果を審査して、薬価と効果の面で医薬品を経済評価するようになっており、新薬として承認されても保険償還について別個で審査してアクセス制限をしています。実際にイギリスでは2009年から、新規の抗がん剤への患者アクセスを改善するためにNICE(国立保健医療研究所)によって「非推奨」とされた抗がん剤を中心に対象とする薬剤を評価後にリスト収載し、それらに対する費用をCDF(Cancer Drugs Fund:英国抗がん剤基金)から拠出してきましたが、財政負担の著しい増加に対して、2016年からは新CDFを含むNICEの抗がん剤評価に関する新スキームの運用が開始され、新薬として承認を取得するすべての新規抗がん剤は、NICEにより評価され、「推奨」とされた場合には、英国国民保健サービス(NHS)から償還を受けることができますが、「非推奨」の場合には、Individual Funding Request(IFR)による1件ごとの審議となり、使用は大きく制限されています。わが国でも2014年に承認されたニボルマブ(商品名:オプジーボ)をきっかけに、主に高額な薬価をめぐって国内で大きく取り上げられました。ニボルマブの承認時の償還薬価は100mg1瓶72万8,029円と高額でしたが、その後、適応症の拡大と処方患者の増加で急速に売り上げが伸びたため、厚労省が新たに設けた特例拡大再算定などの薬価引き下げ策で、新薬承認からわずか4年で75%も安くなり【「オプジーボ」続く受難 用量変更でまたも大幅引き下げ…薬価収載時から76%安く】、その後も薬価は低下し、現在は当初の価格から13万1,811円(2024年4月以降)と18.1%の価格になっています。過剰な薬価抑制策にはネガティブな側面もわが国では承認された新薬の保険償還の価格を引き下げることはよくありますが、国際的にみて、新薬の価格は特許がある間は開発費を回収して、さらに画期的な新薬開発への投資を行う原資を得るために保証されているのが通常で、わが国のように日本発の新薬ですら大きく価格を抑制することは、新薬を開発する製薬会社からみて市場としては魅力的には映りません。さらに日本では薬価制度で対応しつつ、同時に新薬の承認・審査するPMDA(医薬品医療機器総合機構)は「新規作用機序を有する革新的な医薬品については、最新の科学的見地に基づく最適な使用を推進する観点から、承認に係る審査と並行して最適使用推進ガイドラインを作成し、当該医薬品の使用に係る患者及び医療機関等の要件、考え方及び留意事項を示すこととしています」とあり、また、「症例ごとに適切な処方を求めるようになっています」として、処方する専門医に対して、学会や製薬企業から情報提供がなされるようになっています。現実問題として、わが国では以前、ドラッグラグ(承認の遅れ)が目立っていましたが、薬事審査に当たってのさまざまな障壁(日本人データの要求など)が業界側や患者側からの働きかけで短縮していました。一方、最近問題となっているのはドラッグロスと言って、そもそも日本市場に参入がないことです。これについては企業側の努力不足もあるとは思いますが、大手製薬企業としては日本の薬価制度がハードルになっている以外にも、近年ベンチャー創薬によって開発されているオーファンドラッグ(希少薬品)のようにニーズはあるが売り上げが大きくない医薬品の場合、企業側の体力がないため日本での薬事承認申請まで辿り着けないなどの問題も発生しています。わが国もこのままでは新規医薬品の開発力が低下してしまうのを避けるため、日本人データを必ずしも必須としないなど条件緩和を進めていますが、医療分野でのイノベーションに見合うだけの収益が得られないため、日本の製薬企業でも海外での開発や販売を優先するケースが近年目立っています。国民の生活にかかわる政策決定には透明化も必要わが国の製薬市場が欧州やアメリカより小さいながらも、中小の製薬企業がそれぞれ得意分野で活躍して開発競争を行ってきましたが、21世紀に入った今、低分子薬を中心とした生活習慣病の開発競争から、抗がん剤など中分子~高分子の医薬品に競争分野が変化し、より高い薬価の医薬品を開発する必要があります。薬価引き下げで多くの製薬企業は特許切れの長期収載品による安定した収益を失い、より新薬開発競争を国際的に進めねばならず厳しい状態が続いています。今回の見直しのように薬価は高いけれど、効果の高い新薬を使用して治療を受けたいという国民の声に政府は応える必要があり、薬価引き下げではなく、患者自己負担を増やすことで一定のバランスを得ようとしたことはある意味正しいと考えます。しかし、高薬価の新薬の開発は続いており、続々と新薬が承認されています。ニボルマブのような強制的な薬価引き下げを続けることは、国際的にみても日本の製薬市場の縮小、ひいてはわが国の制約産業の衰退を招く可能性もあり、薬価引き下げだけでは持続可能性は乏しいと考えます。医療費用の増加は高齢化もあり、やむを得ない事情があり、経済成長に見合った形であれば社会保障費の経済的な負担増大にはつながらないのですが、今回のように患者数の増加や治療費の増加をどう抑えるかは国の中でも結論がでておらず、2024年の国政選挙でもこの話題はまったく討論されず、話の持って行き方にかなり問題があったと感じています。高額療養費の引き上げについて、厚労省の審議会では「既定路線」であったものの、患者さんやその家族にとって貧困を理由に治療が中断することは、国民のコンセンサスを得ていたとは考えにくいです。今後も増え続けるキャンサーサバイバーの患者さんのニーズに応えるためには、財源を用意する必要があります。政府の中できちんと討論した上で、患者自己負担をなるべく広く薄くなるのか、それとも患者自己負担を一定の割合で求めるか、すでに問題となっている多重受診の患者さんの自己負担や軽症疾患のビタミン剤や湿布をOTC化の促進で医療費を抑制した分を回すか、あるいは別のタバコ税や酒税のような形で財源を調達するか、何らかの形で国民に問う必要があったと考えています。すでに津川 友介氏のような一部のオピニオンリーダーからは解決策を提示する意見【「国民の健康を犠牲にすることなく、2.3~7.3兆円の医療費削減が実現可能な『5つの医療改革』」】も出ていますが、他にもさまざまな方策を考えるには絶好のタイミングだと思います。今回のように国民に知らされないまま、審議会という密室で大事な政策が決められるようなやり方を日本人は好みません。わが国は民主主義国家ですから、今年の夏から患者さんの高額療養費を引き上げるのであれば、参議院議員選挙で各政党から意見を出してもらい、どういう形をとるかを決めるべき時期かと考えています。参考1)高額療養費制度の見直しについて(厚労省)2)全世代型社会保障改革の方針[令和2年](同)3)社会保障審議会(同)4)「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」、「こども未来戦略」について(同)5)Financial Toxicityおよびがん治療[PDQ](がん情報サイト)6)「オプジーボ」続く受難 用量変更でまたも大幅引き下げ…薬価 収載時から76%安く(Answers News)7)最適使用推進ガイドライン(PMDA)8)レカネマブ(遺伝子組換え)製剤の最適使用推進ガイドラインについて(日本精神神経学会)

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事例018 外来感染対策向上加算の算定【斬らレセプト シーズン4】

解説2025年4月から急性呼吸器感染症(ARI:風邪症候群、急性上気道炎など)が感染症法上の5類に位置付けられて、定点サーベイランスの対象となるとのニュースが報道されました。定点サーベイランス対象の医療機関数は増やさないとされていますが、受診データの作成が必要になるのか、初診料または再診料の注の「外来感染対策向上加算」の届出をしたほうが良いのかと相談を受ける事例が増えています。日常的に感染防護体制をとられて発熱外来を提供しているにもかかわらず、「外来感染対策向上加算」を算定されていない診療所もみかけます。また、「届出要件がわからない」との声も聞きます。この加算には届出た後、施設基準維持にかかる研修会などの出席や複数の記録が継続的に必要になるというデメリットがあります。メリットは、新しい感染対策や地域の感染症対応状況などの情報が手に入りやすくなります。熱発に対応されている診療所にお勧めです。届出には「新型コロナウイルス感染症をはじめとする発熱感染症に適切に対応する」と申し出て、第二種協定指定医療機関(発熱外来の実施)の指定を受けることが必須となります。この指定は、診療所であれば「発熱外来の(適切な)実施」のみで受けられます。現状の発熱患者対応とほぼ同じように、通常患者との動線の分離(時間差、駐車場車内待機など)があれば認められています。施設基準の届出は様式1の4を使用します。感染対策にかかる必要書類の見本は地域医師会に整備されていますし、連携先も相談いただけます。いまだ要件解釈が揺れているところもありますので、届出前には必ず所在地医師会と都道府県感染症対策課にメールでご相談を願います。そして、相談をいただくと届出用の資料が届きます。次回は本加算の届出書類記載にかかる留意事項をお届けします。

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重度の感染症による入院歴は心不全リスクを高める

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)やインフルエンザなどの感染症による入院は、心臓病リスクを高める可能性があるようだ。重度の感染症で入院した経験のある人が後年に心不全(HF)を発症するリスクは、入院歴がない人と比べて2倍以上高いことが新たな研究で示された。米国立衛生研究所(NIH)の資金提供を受けて米メイヨー・クリニックのRyan Demmer氏らが実施したこの研究の詳細は、「Journal of the American Heart Association」に1月30日掲載された。 この研究では、1987年から2018年まで最大31年間にわたる追跡調査を受けたARIC研究参加者のデータを分析して、感染症関連の入院(infection-related hospitalization;IRH)とHFとの関係を評価した。ARIC研究は、アテローム性動脈硬化リスクに関する集団ベースの前向き研究で、1987〜1989年に45〜64歳の成人を登録して開始された。本研究では、研究開始時にHFを有していた人などを除外した1万4,468人(試験開始時の平均年齢54歳、女性55%)が対象とされた。対象者は、2012年までは毎年、それ以降は2年に1回のペースで追跡調査を受けていた。左室駆出率(LVEF)が得られた患者については、LVEFが正常範囲(50%以上)に保たれたHF(HFpEF)患者と、LVEFが低下(50%未満)したHF(HFrEF)患者に2分して検討した。 追跡期間中(中央値27年)に、6,673人が1回以上のIRHを経験し、3,565人が新たにHFを発症していた。IRH歴を持たない人と比べて、IRH歴を持つ人のHF発症のハザード比(HR)は2.35(95%信頼区間2.19〜2.52)であった。この関係は、呼吸器感染症や泌尿器感染症、血流感染症など、感染症の種類に関わりなく認められた。さらに、HFのタイプが判明した7,669人を対象にした解析でも、IRHはHFrEFおよびHFpEFと有意な関連を示した(HFrEF:HR 1.77〔95%信頼区間1.35〜2.32〕、HFpEF:同2.97〔同2.36〜3.75〕)。 研究グループは、「本研究の対象者の半数近くがIRHを経験していた。このことは、感染症が米国人の心臓の健康に極めて大きな影響を与えていることを示唆している」と述べている。 Demmer氏は、「本研究は、重度の感染症とHFの因果関係を証明したわけではないが、人々は変わらず、重度の感染症を予防するための常識的な対策を取るべきことを示唆している」との見方を示す。同氏は、「特に、心臓病リスクが高く、重度の感染症を患っている人は、かかりつけ医に相談し、心臓の健康を守るための対策を講じるべきだ」と付け加えている。 一方、米国立心肺血液研究所(NHLBI)のSean Coady氏は、「これは、注目に値する知見だ。感染症罹患歴と心筋梗塞との関連についてのエビデンスは豊富にあるが、本研究は、心筋梗塞ではなくHFに焦点を当てている点が異なる。米国でのHF患者数は推定600万人に上るが、HFについての研究はあまり進んでいない」と話している。

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フロスの使用に脳梗塞の予防効果?

 デンタルフロス(以下、フロス)の使用は、口腔衛生の維持だけでなく、脳の健康維持にも役立つようだ。米サウスカロライナ大学医学部神経学分野のSouvik Sen氏らによる新たな研究で、フロスを週に1回以上使う人では、使わない人に比べて脳梗塞(虚血性脳卒中)リスクが有意に低いことが示された。この研究結果は、米国脳卒中学会(ASA)の国際脳卒中学会議(ISC 2025、2月5〜7日、米ロサンゼルス)で発表され、要旨が「Stroke」に1月30日掲載された。 この研究では、アテローム性動脈硬化リスクに関する集団ベースの前向き研究であるARIC研究のデータを用いて、フロスの使用と脳梗塞(血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞)および心房細動(AF)との関連が検討された。対象者は、ARIC研究参加者から抽出した、脳梗塞の既往がない6,278人(うち6,108人にはAFの既往もなし)とした。対象者の65%(脳梗塞の既往がないコホート4,092人、AFの既往がないコホート4,050人)がフロスを使用していた。 25年の追跡期間中に、434人が脳梗塞を(血栓性脳梗塞147人、心原性脳塞栓症97人、ラクナ梗塞95人)、1,291人がAFを発症していた。解析からは、フロスを使用していた人では使用していなかった人に比べて、脳梗塞全体のリスクが22%低く(調整ハザード比0.78、95%信頼区間0.63〜0.96)、特に心原性脳塞栓症のリスクについては大幅な低下が認められた(同0.56、0.36〜0.87)。AFについてもリスク低下の傾向が認められた(同0.88、0.78〜1.00)。一方、フロスの使用と血栓性脳梗塞およびラクナ梗塞との間に有意な関連は認められなかった。 こうした結果を受けてSen氏は、「フロスの使用が脳梗塞の予防に必要な唯一の方法と言うわけではないが、本研究結果は、フロスの使用は、健康的なライフスタイルに加えるべきもう一つの要素であることを示唆している」と述べている。また同氏は、「フロスを使うと、炎症と関係のある口腔感染症や歯周病が軽減される」と指摘する。その上で、炎症は、脳卒中リスクを高める可能性があるため、「定期的にフロスを使うことで、脳梗塞やAFのリスクが軽減すると考えるのは理にかなっている」と話している。 Sen氏は、「世界の口腔の健康に関する最近の報告書によると、未治療の虫歯や歯周病などの口腔疾患を有する人は、2022年には35億人に達している。口腔の問題は、最も蔓延している健康問題の一つだ」と話す。同氏は、「歯科治療は費用がかかるが、フロスは、どこででも手頃な価格で入手できるし、健康的な習慣として取り入れるのも容易だ」と利点を挙げている。 本研究には関与していない、米サウスカロライナ医科大学疫学分野のDaniel Lackland氏は、「この研究は、歯の健康に関わる特定の習慣が、脳梗塞リスクとその低下に関与している可能性について、さらなる洞察をもたらした。今後の研究の結果次第では、『Life’s Essential 8』の8つの要素、すなわち、食事、身体活動、ニコチン曝露、睡眠、BMI、血圧、血糖値、血中脂質に歯の健康習慣が加えられる可能性がある」と話している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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コロナは続く【Dr. 中島の 新・徒然草】(568)

五百六十八の段 コロナは続く寒い、寒すぎる!一時は暖かい日が続いていたのに、再び冬の寒さが戻ってきました。外を歩くと風が顔に当たるし、吸う空気まで冷たいです。今朝も出勤時に車に乗ろうとしたところ、フロントガラスがバリバリに凍りついていました。お湯をかけて溶かそうとしたのですが、一度では足りず。結局、家とパーキングを2往復する羽目になりました。いつになったらこの寒さが終わるのでしょうか。さて、先日の脳外科外来。定期的に通院しているご夫婦がお見えになりました。ご主人はいろいろな病気を持っているのですが、私が担当しているのは外傷性てんかん。3ヵ月ごとの抗痙攣薬処方ですね。ところでこのご主人、昨年に新型コロナウイルスに感染してしまったのです。別の病院のICUに入院しているということで、奥さんから私に電話がありました。奥さん「主人がコロナにかかり、気管切開をして人工呼吸器につながれているんです。主治医の先生から『もし心臓が止まったら心臓マッサージをしますか』って尋ねられたんですが、どう返事したらいいのでしょうか?」突然の相談に私も驚きましたが、ご主人の50歳という年齢を考えると、まだまだ諦めるわけにはいきません。中島「まだ若いのですから、諦めないで! 必要な時には心臓マッサージもしてもらいましょう」そうお伝えしました。幸いにもご主人は回復し、リハビリ病院経由で自宅に戻ることができました。退院当初は多少の麻痺が残っていましたが、自転車に乗るようになったらなぜか少しずつ回復してきたとのこと。仕事への復帰にはまだもう少しかかりそうではありますが、何と言ってもご本人の努力、奥さんの協力があったからこそでしょう。感動した私は「それもこれも奥さんの支えがあったからですよね!」とご主人に言ったのですが、その反応はあっさりしたものでした。「そうなんですかね」とだけ。中島「いやいやいや、そこは『家内がいたからここまで回復できたんです!』と言ってくださいよ。声に出して練習しましょう」そう励ましてみましたが、ご主人の反応は今ひとつ。照れくさいのかもしれませんが、やはり感謝の気持ちは言葉で伝えてこそ。ご主人を励ました後で、私は奥さんのほうにも声をかけました。中島「奥さんもですね、次に『心臓マッサージしますか?』と尋ねられたら即座に『お願いします。どんな後遺症が残っても私が全部背負って生きていきます!』と言ってみたらどうですか」するとニコニコしながらも奥さんからはあっさりした反応が返ってきました。奥さん「あまり大きな後遺症が残ってもちょっと困りますから」何だか私1人が感動物語を作ろうと空回りしているみたいでした。とはいえ、これまで何度もご主人の大病を経験している奥さんのこと。「後遺症」という言葉ひとつにも重みが違います。口調は淡々としていますが、いつも献身的に外来受診に付き添う姿には感心せざるを得ません。忘れてはならないのがコロナ治療をした病院です。「心臓マッサージしますか」と尋ねられたりしたということで冷たい印象を持つ人もいるかもしれませんが、気管切開してまで救命したのですから大したものです。感謝しかないですね。それとは別に驚いたことがありました。私の処方していた抗痙攣薬が、コロナ治療中から中止されっぱなしだったのです。いろいろ考えた末の決断なのか、単に再開するのを忘れていただけなのか。それは謎です。とはいえ、数ヵ月間の服薬中断にもかかわらず、一度も痙攣は起きていないとのこと。経緯はどうあれ、投薬が減るのならありがたいことです。いずれにせよ、新型コロナウイルスとの戦いはまだ終わったわけではありません。今後も引き続き、気を引き締めつつ診療を続けていく必要がありますね。最後に1句ご夫婦と コロナを語る 冬の朝 

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テレビドラマ「説得」【親が輸血だめなら子供もだめ!?(医療ネグレクト)】Part 1

皆さんは、宗教上の理由で、輸血を拒む人をどう思いますか? 輸血自体にウイルス感染症などのリスクもあるため、たとえ輸血しなければ死んでしまうとしても、最終的には患者の自己決定権が優先されます。しかし、親が自分の子供への輸血を拒んでいる場合はどうでしょうか? そして、輸血しなければ死んでしまう場合はどうでしょうか?今回は、医療ネグレクトをテーマに、かつてのテレビドラマ「説得」を取り上げます。このドラマは、実際の事件をドラマ化しており、そのやり取りにはリアリティがあります。そして、この輸血拒否に対しての学会の対応ガイドラインと2023年までに出された厚労省の指針もご紹介します。さらに、輸血をどうするかという医療倫理としてだけでなく、子供にはどうするかという「子育て倫理」としても一緒に考えてみましょう。なんで輸血がだめなの?主人公は荒木。脱サラして小さな書店を妻と一緒に営んでいます。3人の子供にも恵まれ、ごく普通の家庭生活を送っていました。そんななか、ある日、2番目の子供の健が交通事故に遭います。荒木夫妻は医師から複雑骨折をして出血多量であるため、輸血して手術をすれば助かると言われます。ところが、荒木夫妻は輸血を頑なに拒みます。荒木は「宗教上の問題です」「私たちの宗教は輸血を禁じているんです」と説明します。代わる代わるに医師たちが説得を試みるのですが、荒木夫妻は一貫して「輸血しないで手術してください」と懇願するのです。別室での待機中、荒木夫妻は聖書の教えを唱え始めます。「あらゆる肉なるものの魂は、その血であり、魂がその内にあるから、いかなる肉なるものの血も食べてはならない。すべて、それを食べるものは断たれる」と。そして、妻が「私たちは委ねたんじゃない。あなたも私も健も、神の教えに従うって。それでいいって」と言います。荒木が「だけど、健にもしものことがあったら?」と戸惑っていると、妻は「わかってくれると思う、あの子は」と言い切ります。そしてとうとう救急車で運ばれてから数時間後、健は、目の前に輸血の点滴が準備されている手術台の上で、輸血されることのないまま、手術されることのないまま、息を引き取ります。荒木夫妻が悲しみに暮れていると、中学生の長女が駆けつけてきて、「健ちゃんかわいそうよ。大丈夫よ。健ちゃんは天国に行って必ず復活するんだもの。永遠の命を授かるんだもの」とたしなめるのでした。輸血拒否の論理は、血=命である。肉を食べることはできるが、その血は地に注いで神に返さなければならない。血を食べてしまうと、神から見放されてしまい、死んで天国に行けなくなるということです。そして、輸血も血を食べることになり禁じられます。ただし、自己血輸血や、主要成分ではないアルブミンや免疫グロブリンは受け入れる信者もいて、解釈が分かれています1)。それにしても、苦悩しながらも自分の子供の命よりも信仰を優先する言動には、あまりにも不合理に思われます。一方で、説得する医師の1人は「人間は信仰のためには死にもするし、殺しもするんです。今世界中で宗教上の違いから、どれだけの紛争や戦争が起こっているか」と述べ、理解を示そうとします。このセリフから、信仰とはそもそも不合理なものであり、それを文化的に受け入れられているかどうかの問題であることがわかります。そして、文化的に受け入れられない場合、精神医学的には妄想と呼ばれます。つまり、信仰と妄想は紙一重であり、表裏一体であることもわかります。実際の画像研究においても、信仰(宗教体験)と妄想状態(統合失調症)は、同じ脳領域が過活動になっていることがわかっています2)。なお、信仰と妄想の類似性の詳細については、関連記事1をご覧ください。次のページへ >>

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活動性ループス腎炎、オビヌツズマブ+標準治療の有効性を確認/NEJM

 活動性ループス腎炎の成人患者において、タイプIIのヒト化抗CD20モノクローナル抗体オビヌツズマブ+標準治療は標準治療単独と比較して、完全腎反応をもたらすのに有効であることが、米国・Northwell HealthのRichard A. Furie氏らREGENCY Trial Investigatorsが行った第III相無作為化二重盲検プラセボ対照試験の結果で示された。オビヌツズマブは、標準治療を受けているループス腎炎患者を対象とした第II相試験において、プラセボと比較して有意に良好な腎反応をもたらすことが示されていた。NEJM誌オンライン版2025年2月7日号掲載の報告。76週時点の完全腎反応を評価 試験は15ヵ国で行われ、生検で活動性ループス腎炎と診断された18~75歳の成人患者を、オビヌツズマブを2種類の投与スケジュール(1,000mgを1日目、2週目、24週目、26週目、50週目、52週目に投与もしくは50週目は投与しない)のいずれかで投与する群、もしくはプラセボを投与する群に1対1の割合で無作為に割り付けた。全患者は無作為化時にミコフェノール酸モフェチルと経口prednisoneによる標準治療を開始し、経口prednisoneは12週目までに7.5mg/日、24週目までに5mg/日を目標用量として投与した。 主要エンドポイントは76週時点の完全腎反応とし、尿蛋白/クレアチニン比<0.5(尿蛋白、クレアチニンともmg単位で測定)、推算糸球体濾過量(eGFR)値がベースライン値の85%以上、および中間事象(レスキュー治療、治療失敗、死亡または早期の試験中止など)がないことと定義した。 76週時の重要な副次エンドポイントには、64~76週目のprednisone投与量が7.5mg/日以下で完全腎反応を得られていたこと、尿蛋白/クレアチニン比<0.8で中間事象がないことなどが含まれた。完全腎反応はオビヌツズマブ群46.4%、プラセボ群33.1%で有意差 計271例が無作為化され、135例がオビヌツズマブ群(全投与スケジュール群)に、136例がプラセボ群に割り付けられた。ベースライン特性は両群でバランスが取れており、平均年齢(±標準偏差)はオビヌツズマブ群33.0±10.5歳、プラセボ群32.7±10.0歳、女性がそれぞれ114例(84.4%)および115例(84.6%)であった。また、ループス腎炎の初回診断時からの期間中央値は36.6ヵ月と34.3ヵ月、尿蛋白/クレアチニン比は3.14±2.99および3.53±2.76、eGFR値は102.8±29.3および101.9±32.2mL/分/1.73m2などであった。 76週時点で完全腎反応が認められた患者の割合は、オビヌツズマブ群46.4%、プラセボ群33.1%であった(補正後群間差:13.4%ポイント[95%信頼区間[CI]:2.0~24.8]、p=0.02)。 64~76週目のprednisone投与量が7.5mg/日以下で76週時点に完全腎反応が認められた被験者は、オビヌツズマブ群がプラセボ群と比較して有意に多かった(42.7%vs.30.9%、補正後群間差:11.9%ポイント[95%CI:0.6~23.2]、p=0.04)。また、尿蛋白/クレアチニン比<0.8で中間事象がなく76週時点に完全腎反応が認められた被験者は、オビヌツズマブ群がプラセボ群と比較して有意に多かった(55.5%vs.41.9%、補正後群間差:13.7%ポイント[2.0~25.4]、p=0.02)。 新たな安全性シグナルは確認されなかった。重篤な有害事象は、主として感染症およびCOVID-19関連イベントで、COVID-19関連肺炎はオビヌツズマブ群(7例)がプラセボ群(0例)と比較してより多く報告された。

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米国ではCOVID-19が依然として健康上の大きな脅威

 新型コロナウイルスは依然として米国人の健康に対する脅威であり、インフルエンザウイルスやRSウイルスよりも多くの感染と死亡を引き起こしていることが、新たな研究で示唆された。米国退役軍人省(VA)ポートランド医療システムのKristina Bajema氏らが「JAMA Internal Medicine」に1月27日報告したこの研究によると、2023/2024年の風邪・インフルエンザシーズン中に米国退役軍人保健局(VHA)で治療を受けた呼吸器感染症患者の5人中3人(60.3%)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患していたという。 この研究でBajema氏らは、呼吸器感染症の2022/2023年シーズンと2023/2024年シーズンのVHAの医療記録を後ろ向きに解析し、COVID-19、インフルエンザ、RSウイルス感染症の重症度を比較した。対象は、2022年8月1日から2023年3月31日、または2023年8月1日から2024年3月31日の間に、COVID-19、インフルエンザ、RSウイルス感染症の検査を同日に受け、いずれかの診断を受けたが入院はしなかった退役軍人とした。 その結果、2022/2023年コホート(6万8,581人)の66.2%、2023/2024年コホート(7万2,939人)の60.3%がCOVID-19の診断を受けていたことが明らかになった。一方、インフルエンザとRSウイルス感染症の診断を受けた割合は、2022/2023年コホートでそれぞれ24.7%と9.1%、2023/2024年コホートで26.4%と13.4%であった。2023/2024年シーズンにおける診断から30日間での入院リスクは、COVID-19で16.2%、インフルエンザで16.3%と同程度であった(RSウイルス感染症では14.3%)。 2022/2023年シーズンにおける診断から30日間の死亡率は、COVID-19で1.0%、インフルエンザで0.7%、RSウイルス感染症で0.7%であり、COVID-19の死亡率はインフルエンザやRSウイルス感染症をわずかに上回った。しかし、2023/2024年シーズンでの同死亡率は、それぞれ0.9%、0.7%、0.7%であり、COVID-19の死亡率はインフルエンザやRSウイルス感染症と類似していた。 一方、180日間の累積死亡率は、両シーズンともCOVID-19で最も高く、2022/2023年シーズンでは3.1%、2023/2024年シーズンでは2.9%に達した。2022/2023年シーズンでは、COVID-19とインフルエンザの180日間の死亡リスク差(RD)は1.1%(95%信頼区間0.6〜1.5)、COVID-19とRSウイルス感染症のRDも1.1%(同0.6〜1.4)、2023/2024年シーズンでは、それぞれ0.8%(同0.3〜1.2)、0.6%(同0.1〜1.1)と推定された。これに対し、インフルエンザとRSウイルス感染症の180日間の死亡リスクに有意な差は見られなかった。 このほか、両シーズンとも、COVID-19ワクチンの未接種者は、インフルエンザワクチンの未接種者よりも死亡リスクが高い傾向にあったことも示された。一方、ワクチン接種者の間では、COVID-19とインフルエンザの死亡リスクに有意な差は認められなかった。 Bajema氏は、「新型コロナウイルスはインフルエンザウイルスやRSウイルスよりもはるかに多くの感染者を出し、短期入院リスクや死亡リスクの上昇など、より重篤な転帰をもたらした」と話す。研究グループは、「ワクチン接種は今も、ウイルス性の呼吸器疾患、特に新型コロナウイルスのオミクロン株の影響を最小限に抑えるための重要な戦略である」と結論付けている。

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脳の健康維持のために患者と医師が問うべき12の質問とは?

 米国神経学会(AAN)の「脳の健康イニシアチブ(Brain Health Initiative)は、人生のあらゆる段階において脳の健康に影響を与える12の要因についてまとめた論文を、「Neurology」に2024年12月16日発表した。論文には、神経科医が患者の脳の健康を向上させるために活用できる、スクリーニング評価や予防的介入の実践的アプローチに関する内容も含まれている。 脳の健康に関わる12の要因、およびそれを評価するための質問は、以下の通りである。これらについて自分自身に問うとともに、医師とも話し合うとよいだろう。1. 睡眠:「睡眠により十分に体を休めることができていますか?」 日中の眠気、シフトワークの影響、夜間の痛み、不眠症、昼寝の習慣などについて医師と話し合おう。2. 感情、気分、メンタルヘルス:「自分の感情、気分、ストレスについて心配がありますか?」 医師は患者の抑うつや不安を評価するべきだが、患者が自分から相談できるよう準備しておくことも大切だ。3. 食品、食事、サプリメント:「十分な量の食品や健康的な食事の確保に心配がありますか?サプリメントやビタミンの摂取について聞きたいことはありますか?」4. 運動:「生活の中に運動を取り入れられていますか?」 身体活動に加え、動き、バランス、自立性を維持する方法について医師と相談しよう。5. 支えとなる社会的つながり:「親しい友人や家族と定期的に連絡を取り合っていますか?周りの人から十分なサポートを受けていますか?」6. 事故や外傷の回避:「運転時にシートベルトやヘルメットを着用していますか?子どもがいる人はチャイルドシートを使用していますか?」 職業上のリスクがある人は、それについて話し合うことも重要だ。7. 血圧:「自宅で高血圧に気付いたり、病院で高血圧を指摘されたりしたことはありますか?血圧の治療や家庭用血圧計について疑問がありますか?」 高血圧の二次的原因や薬と血圧の関係について医師に相談しよう。8. 遺伝的リスクと代謝的リスク:「血糖値やコレステロール値のコントロールに問題がありますか?神経疾患の家族歴がありますか?」 遺伝的リスクを調べて認識し、必要に応じて脂質や糖尿病の管理、健康的な体重の維持について質問すること。9. 医療のアフォーダビリティ(支払いのしやすさ)とアドヒアランス:「薬代が大きな負担になっていませんか?」 保険の支払いに関わり得る年齢の変化については医師が確認を取るはずだが、保険内容に変更がある場合は必ず医師に伝えること。10. 感染症:「ワクチンは最新のものを接種していますか?また、それらのワクチンについて十分な情報を持っていますか?」11. 悪影響のある曝露:「喫煙、1日に1~2杯以上の飲酒、市販薬の使用、井戸水の摂取、空気や水の汚染が知られている地域に居住、これらの中に該当するものはありますか?」 毎回の診察は、喫煙、飲酒、市販薬の使用に関する問題を評価する機会となる。12. 健康の社会的決定要因:「住居、交通手段、医療や医療保険へのアクセス、身体的または精神的な安全性について心配がありますか?」 この論文の筆頭著者である米ミシガン大学アナーバー校のLinda Selwa氏は、「科学的研究への資金提供や医療へのアクセス改善などに向けた神経科医の継続的な取り組みは、国家レベルで脳の健康を改善する。われわれの論文は、脳の健康を個人レベルで改善する方法が数多くあることを示している。新年に脳の健康改善を決意することは、素晴らしい第一歩だ」とAANのニュースリリースで述べている。

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妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン 前編【今、知っておきたいワクチンの話】総論 第7回

本稿では「妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチン」について取り上げる。これらのワクチンは、女性だけが関与するものではなく、その家族を含め、「彼女たちの周りにいる、すべての人たち」にとって重要なワクチンである。なぜなら、妊婦は生ワクチンを接種することができない。そのため、生ワクチンで予防ができる感染症に対する免疫がない場合は、その周りの人たちが免疫を持つことで、妊婦を守る必要があるからである。そして、「胎児」もまた、母体とその周りの人によって守られる存在である。つまり、妊娠可能年齢の女性と妊婦を守るワクチンは、胎児を守るワクチンでもある。VPDs(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで予防ができる病気)は、禁忌がない限り、すべての人にとって接種が望ましいが、今回はとくに妊娠可能年齢の女性と母体を守るという視点で、VPDおよびワクチンについて述べる。ワクチンで予防できる疾患(疾患について・疫学)妊娠可能年齢・妊婦にとってワクチン接種が重要な理由は下記3つである。(1)妊婦がVPDに感染すると、重症化しやすい感染症がある。また、胎児に感染すると胎児に健康問題が生じ、最悪の場合、流産/早産を含め、胎児の生命に関わることがある。(2)一方で、あらかじめワクチンで予防できていれば、高確率でVPDによる上記の事態を免れる。(3)しかし、妊婦は生ワクチンを接種できないため、「妊娠前」に(計画的な)接種が必要である。上記の理由以外に、妊婦が免疫をつけておくと新生児のVPD感染や、それによる重症化を予防することにもつながるVPDもある。つまり、女性1人のワクチン接種の有無が、その女性(妊婦)以外に、胎児、産後の新生児の健康問題にまで関りうるという点において、本稿の重要性は高い。妊娠前に免疫をつけておくべきVPDを表に示す。表 感染症に罹患した場合の胎児および母体への影響画像を拡大する上記以外のあらゆる感染症でも、流早産のリスクが伴うどのワクチンも世界的に安全性と有効性が確かめられているワクチンの概要(効果・副反応・生または任意・接種方法)妊婦に生ワクチンの接種は禁忌である。そのため妊娠可能年齢の女性には、事前に計画的なワクチン接種が必要となる。しかし、妊娠は予期せず突然やってくることもある。そのため、日常診療やライフステージの変わり目などの機会を利用して、予防接種が必要なVPDについての確認が重要となる。一方、不活化ワクチンは妊娠中でも接種が可能である(詳細は後編で詳述する)。以下に生ワクチン(麻疹、風疹、水痘、ムンプス)について説明する。1)麻疹、風疹、水痘、ムンプス(生ワクチン)これら4つの生ワクチンはしばしばMMRV(Measles Mumps Rubella Varicella)と略して表現されることが多い、重要性の高いVPDである。MMRVそれぞれのワクチンについての共通点としては、1歳以上でそれぞれ計2回の接種を受けていることが必要であることが挙げられる。また、感染症としても基本再生産数(R0)*1が高く、麻疹・水痘は空気感染するなど、その感染性の高さも共通項といえる(R0:麻疹12-18、風疹6-7、水痘8-10、ムンプス4-7)。いずれも子供の感染症であるという印象を持つ医師も少なくないかもしれないが、現代においては、小児は定期接種で予防されている割合が格段に増えた。そして、幼少期に定期接種になっていなかったがために、ワクチンを接種する機会がなく、かつ、感染機会もないまま、キャッチアップの機会に恵まれなかった、「置いてけぼりの成人」が主に罹患する感染症であると心得たい。*1基本再生産数(R0:アールノート)集団にいるすべての人間が感染症に罹る可能性をもった(感受性を有した)状態で、1人の感染者が何人に感染させうるか、感染力の強さを表す。つまり、数が大きいほど感染力が強い。それぞれの疾患やワクチンの詳細については、本コンテンツのバックナンバーを参照していただきたい。MRワクチン(麻疹・風疹)水痘、帯状疱疹ワクチン流行性耳下腺炎(ムンプス)妊婦に関連する内容を下記に述べる。(1)麻疹麻疹は先進国でも死亡率0.1%の重症感染症である。また、命をとり止めたとしても、呼吸器(肺炎、中耳炎など)や消化器(下痢、口内炎)の合併症が多い。頻度は少ないが神経系合併症は予後不良で、感染してから数週間、数年、数十年後に発症するものもある。胎児が麻疹に感染しても奇形などを来すことはないが、妊婦が感染することで、妊婦の重症化やそれに伴う流・早産のリスクが伴う。わが国での麻疹発生数は、コロナ禍はその感染対策の影響で年間10例以下であったが、いわゆる「コロナ明け」に伴いその数は徐々に増加傾向にある。世界全体では継続的に毎年12~15万人の死者が出ている。麻疹感染の発端はそのほとんどが輸入麻疹(海外から持ち込まれた麻疹のこと:日本人が渡航先で感染して帰国するパターンや、麻疹に感染した海外の人がわが国で発症するパターンなどが代表例)である。インバウンド(海外からの旅行客)が確実に回復し、増加傾向である以上、再度感染者数が増えるのは想像に難くない(図)。図 麻疹累積報告数の推移 2017~2024年(第1~47週)画像を拡大する感染症発生動向 2024年第47週(2024/11/27) 国立感染症研究所より引用麻疹の年代別感染者の割合は、例年20~30代が約半数以上を占めており、女性では妊孕性の高い年代といえる。2000(平成12)年4月2日以降に生まれた人(2024年4月1日時点で23歳以下)は、予防接種制度で2回のワクチン接種を推奨されていた年代であるが、それ以外(24歳以上)は、接種回数が不足している可能性がある*2。妊娠可能年齢の女性には、日常診療での積極的なワクチン接種歴の確認が望ましい。*2 2008(平成20)年4月1日から行われた特例措置(5年間)では、1990(平成2)年4月2日~2000(平成12)年4月1日生まれの人に対して、MRワクチン2回目接種が行われた。そのため、この24~33歳(2024年4月1日時点)で特例措置を受けている人は2回接種していることになる。(2)風疹妊婦が妊娠初期に風疹に感染すると、高い確率で胎児にも感染し、先天性風疹症候群(Congenital Rubella Syndrome:CRS)の赤ちゃんが生まれる可能性がある。CRSの3大症状は、難聴、心疾患、白内障だが、その他、精神や身体の発達の遅れなどもある。感染時期が、妊娠初期であればあるほど胎児に異常が認められる確率は高くなるが、妊娠20週以降では異常がないことが多いと報告されている1)。また、成人でも15%程度不顕性感染があるため、母親が無症状であってもCRSは発生し得ることにも留意したい。2012~13年の風疹大流行時には45例のCRSの赤ちゃんが生まれた。その後のフォローアップ調査でCRS児の致命率は24%、CRSを出生した母親の中で風疹含有ワクチンを2回接種した人は0人であった2)。CRSを出生した母親の多くは、単に「風疹ワクチンの必要性や重要性について知らなかった」「誰かが教えてくれていたら…」という、自身の無知に対する後悔の念を述べている3)。妊娠可能年齢の女性やそのパートナーへの事前の情報提供がいかに重要か、また、他人事ではなく、自分事として考えることの難しさについて考えさせられる体験談をぜひご一読頂きたい。なお、風疹流行時の首座は、幼少期に予防接種の機会がなかった40~50代の成人男性である。その年代に対して2019年4月から実施された風疹第5期定期接種は2024年度末まで延期されたが、2024年11月時点で抗体検査を受けた人は500万人弱(対象男性人口の32.4%)、ワクチン接種を受けた人は107万人強(対象男性人口の7.0%)*3と、目標には程遠い結果である。残りの期間(抗体検査は2月末、定期接種は3月末まで)でどこまで接種率が伸びるか、これにはわれわれ医療従事者の啓発力が試されるかもしれない。*3 風疹に関する疫学情報 2025年1月29日現在(3)水痘水痘は2014年10月に1~2歳児での2回の接種が定期接種化され、患者数は大幅に減少した。しかし、そんな中でも国立感染症研究所(感染研)のレポートでブレイクスルー水痘による集団感染事例が報告されるなど、気が抜けない感染症である。水痘は小児に比し、成人で重症化しやすく、中でも妊婦は重症化しやすいハイリスク者である。風疹は妊娠初期の感染でCRSとなるリスクが高いと述べたが、水痘は妊娠中だけでなく、周産期の母児に対しても大きな影響を及ぼす。たとえば、水痘に対する免疫がない妊婦が妊娠中に初感染すると、10~20%で水痘肺炎を発症し、時に致死的となる。その他、妊娠中期の感染で胎児が先天性水痘症候群(Congenital Varicella Syndrome:CVS)を発症するリスク(2%程度の頻度で出生)があり、周産期(分娩5日前~2日後)では重篤な新生児水痘を生じ得る。妊娠前のブライダルチェックなどで、麻疹・風疹についてはよく議論に上がりやすいが、水痘はなぜか忘れられがちである。妊娠前に接種記録を確認し、1歳以降で2回の接種歴が確認できない場合は不足分の接種を推奨したい。次回、後編では、不活化ワクチンなどの概要、接種のスケジュール、接種時のポイントなどを説明する。参考文献・参考サイト1)病原微生物検出情報 (IASR) 先天性風疹症候群に関するQ&A(2013年9月)2)2012~2014年に出生した先天性風疹症候群45例のフォローアップ調査結果報告. 国立感染症研究所.3)体験談「妊娠中に風疹になって~予防の大切さを伝えたい!~」(風疹をなくそうの会 「hand in hand」)講師紹介

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クロルヘキシジン含浸ドレッシング材はCVC関連感染症予防に有効【論文から学ぶ看護の新常識】第3回

クロルヘキシジン含浸ドレッシング材はCVC関連感染症予防に有効クロルヘキシジン含浸ドレッシング材は中心静脈カテーテル(CVC)関連感染症予防に有効であり、組織接着剤は固定の持続時間を延長させる効果が示された。Hui Xu氏らによる研究で、International Journal of Nursing Studies誌の2024年1月号に掲載された。中心静脈カテーテル関連合併症予防のためのドレッシング材および固定器具の有効性:システマティックレビューとメタアナリシス研究グループは、CVCに関連する合併症を予防するためのドレッシング材および固定器具の効果を、システマティックレビューとメタアナリシスで評価した。46のランダム化比較試験(RCT)が含まれ、対象者は1万54例。主な評価指標をカテーテル関連血流感染症(CRBSI)、カテーテル先端の細菌感染、皮膚の刺激や損傷、固定の失敗率などとした。コクランの基準に従って、Cochrane Wounds Trials Registerなど6つのデータベースを2022年11月まで検索。ランダム効果モデルでメタアナリシスを実施。クロルヘキシジン含浸ドレッシング材は、従来のポリウレタン製ドレッシング材と比較して、CRBSIの発生率を低減する可能性が示された(リスク比[RR]:0.60、95%信頼区間[CI]:0.44~0.83、低確実性)。また、クロルヘキシジン含浸ドレッシング材は、カテーテル先端の細菌感染も減少させる可能性がある(RR:0.70、 95%CI:0.52~0.95、非常に低確実性)。組織接着剤については、ドレッシング材と比較して、皮膚刺激のリスクを増加させる可能性があるが(RR:1.88、95%CI:1.09~3.24、低確実性)、固定の持続時間を延長する効果もあった(平均差[MD]:43.03時間、95%CI:4.88~81.18、中等度確実性)。臨床現場での適切なデバイス選択の指針として役立つ結果が得られた。ドレッシング材と組織接着剤を用いたCVC固定について言及した論文です。まず、クロルヘキシジン含浸ドレッシングは感染率を下げるというのは、みなさん納得の結果でしょう。組織接着剤の論争の背景の一つとして、原材料のシアノアクリレートにはホルムアルデヒドが含まれており、炎症を誘発することからも、この論文を含むさまざまな議論が行われています。この背景知識からも予想できるように、当然の結果とも言える皮膚刺激となる可能性、固定の持続時間を延長する効果が示されました。この研究の考察で述べられているのですが、どの固定がよいか(組織接着剤を用いた方がよいかなど)に関しては、エビデンスを示せるレベルに達していません。その根拠は、一部の研究に結果が引っ張られているような状況が生じています。よって、今後どちらがよいかは大きく変わってくる可能性があります。臨床看護師の感覚のように、その場その場に応じて固定方法を考えていくことが今は大事だということがある意味示されているように思います。1点注目すべきは、心臓外科術後の状態においては、CVC固定は縫合を行わず組織接着剤の固定を行っていたが、安全性の理由から縫合を行うようになっているような研究があり、この研究はこの領域では比較的規模が大きい研究であることからも、心臓外科術後の固定は縫合が必要と考えさせられる結果でもあります。論文はこちらXu H, et al. Int J Nurs Stud. 2024;149:104620.

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食物繊維の摂取は有害な細菌の減少につながる?

 腸の健康を維持する効果的な方法の一つは、食物繊維をたくさん摂取することかもしれない。世界45カ国、1万2,000人以上の人の腸内微生物叢を分析した研究で、腸内微生物叢の構成が肺炎桿菌や大腸菌などの命を脅かす可能性のある感染症に罹患する可能性を予測するのに役立ち、食物繊維を通して有益な腸内細菌を養うことで、感染症に対する体の抵抗力が強化される可能性のあることが明らかになった。英ケンブリッジ大学のAlexandre Almeida氏らによるこの研究結果は、「Nature Microbiology」に1月10日掲載された。 肺炎桿菌や大腸菌などの腸内細菌科(Enterobacteriaceae)の細菌は、世界的に主要な日和見感染症の原因菌である。これらの細菌は健康な人の腸内微生物叢にも広く存在しているため、腸内細菌間の相互作用が感染抵抗性の調節に関与している可能性がある。この点を明らかにするために、Almeida氏らは、45カ国、1万2,238人の腸内微生物叢に関するメタゲノムデータの解析を行った。 その結果、個人の健康状態や地理的な居住地の違いに関わらず、それぞれの腸内微生物叢の特徴から、その人の腸内に腸内細菌科の細菌が定着する可能性を予測できる可能性のあることが明らかになった。具体的には、172種類の腸内微生物種が腸内細菌科の細菌とともに定着する「共定着種(co-colonizer)」に、135種類が互いに排除し合う「競合排除種(co-excluder)」に分類された。また、フィーカリバクテリウム属(Faecalibacterium)が腸内に存在すると、腸内細菌科の細菌が定着しにくい傾向があることが示された。さらに、「競合排除種」は、短鎖脂肪酸の生成、鉄代謝、クオラムセンシング(細菌が互いの分泌物を通して同種菌の状態を感知し、遺伝子発現などを調整する仕組み)の機能と関連し、一方、「共定着種」は、より多様な機能や腸内細菌科に類似した代謝特性と関連していた。 フィーカリバクテリウム属は、野菜、豆、全粒穀物などの食物繊維が豊富な食品を摂取することで増える腸内細菌で、腸の健康に良いとされる化合物である短鎖脂肪酸を生成する。このことからAlmeida氏は、「われわれの研究から得られた主な結論は、腸内微生物叢の組成が腸内の潜在的に有害な細菌の増殖を抑える上で重要な役割を果たしており、この効果は食事を通じて調整できる可能性があるということだ」と述べている。なお、過去の研究では、腸内にフィーカリバクテリウム属が少ないことは、炎症性腸疾患(IBD)などの胃腸疾患に関係していることが明らかにされているという。 Almeida氏は、「この研究で、食物繊維を多く摂取することで有害な細菌が減少することが証明されたわけではないが、食物繊維の摂取量を増やすことには健康上の利点が多くある」と話す。また、本研究には関与していない、米ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院のWalter Willett氏は、「食物繊維の糖尿病、体重管理、心血管疾患に対する効果については、確固たるエビデンスが存在する」と述べている。なお、同氏によると、成人では1日当たり30g程度の食物繊維の摂取が推奨されているが、ほとんどの米国人はその量の約58%しか摂取していないという。 一方、同じく本研究には関与していない、米コロンビア大学ヴァジェロス医科大学医学・疫学分野のDaniel Freedberg氏は、「食物繊維は、私が診察することの多い便秘や下痢などの胃腸疾患の患者にも良い唯一のものだ」と話す。同氏は、「高繊維食は結腸を保護する可能性がある。被験者を、繊維質が極めて豊富な食事を摂取する群と超加工食品の多い食事を摂取する群にランダムに割り付けた試験では、生検において、超加工食品の多い食事を摂取した人の結腸組織にあまり良くない変化が認められたことが報告されている」と述べている。

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胃酸分泌抑制薬との併用が可能になった慢性リンパ性白血病治療薬「カルケンス錠100mg」【最新!DI情報】第33回

胃酸分泌抑制薬との併用が可能になった慢性リンパ性白血病治療薬「カルケンス錠100mg」今回は、ブルトン型チロシンキナーゼ阻害薬「アカラブルチニブマレイン酸塩水和物(商品名:カルケンス錠100mg、製造販売元:アストラゼネカ)」を紹介します。本剤は、慢性リンパ性白血病治療薬としてすでに発売されているカプセル製剤とは異なり、胃酸分泌抑制薬を服用している患者にも使用しやすいフィルムコーティング錠です。<効能・効果>慢性リンパ性白血病(小リンパ球性リンパ腫を含む)を適応として、2024年12月27日に製造販売承認を取得しました。<用法・用量>通常、成人にはアカラブルチニブとして1回100mgを1日2回経口投与します。なお、患者の状態により適宜減量します。<安全性>重大な副作用として、出血(頭蓋内血腫[頻度不明]、胃腸出血、網膜出血[いずれも0.2%]など)、感染症(肺炎[3.2%]、アスペルギルス症[0.2%]など)、骨髄抑制(貧血[5.5%]、好中球減少症[17.5%]、白血球減少症[17.5%]、血小板減少症[7.7%]など)、不整脈(心房細動[1.5%]、心房粗動[頻度不明]など)、虚血性心疾患(急性冠動脈症候群[0.2%]など)、腫瘍崩壊症候群、間質性肺疾患(いずれも0.4%)が報告されています。その他の副作用は、頭痛、下痢、挫傷(いずれも10%以上)、悪心、発疹、筋骨格痛、関節痛、疲労(いずれも5~10%未満)、浮動性めまい、鼻出血、便秘、腹痛、嘔吐、無力症(いずれも5%未満)、皮膚有棘細胞がん、基底細胞がん(いずれも頻度不明)があります。本剤は主にCYP3Aにより代謝されるので、強~中程度のCYP3A阻害薬(イトラコナゾール、クラリスロマイシン、ボリコナゾールなど)、強~中程度のCYP3A誘導薬(フェニトイン、リファンピシン、カルバマゼピンなど)との併用は可能な限り避け、代替の治療薬を考慮します。また、セイヨウオトギリソウ含有食品は摂取しないように指導する必要があります。<患者さんへの指導例>1.この薬は慢性リンパ性白血病に用いられます。2.この薬は、自己判断して使用を中止したり、量を加減したりすると病気が悪化することがあります。指示どおりに飲み続けることが重要です。3.セイヨウオトギリソウ(セント・ジョーンズ・ワート)を含む食品は摂取しないでください。4.この薬を服用中に発熱、寒気、喉の痛み、鼻血、歯ぐきからの出血、青あざができるなどの症状が現れたら、速やかに主治医に相談してください。5.他の医師を受診する場合や薬局などで他の薬を購入する場合は、必ずこの薬を使用していることを医師または薬剤師に伝えてください。<ここがポイント!>慢性リンパ性白血病(chronic lymphocytic leukemia:CLL)は、Bリンパ球ががん化することで発症し、多くの場合は緩徐に進行します。CLLは初期段階では無症状であることが多いですが、進行すると脱力感、疲労感、体重減少、悪寒、発熱、寝汗、リンパ節の腫れ、腹痛などの症状が現れます。CLLの初回治療にはイブルニチブもしくはアカラブルニチブ±オビヌツズマブが推奨されています。アカラブルニチブは、経口投与可能なブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)の阻害薬であり、BTKの酵素活性を選択的かつ不可逆的に阻害します。アカラブルチニブはBTKの活性部位のシステイン(Cys-481)残基と共有結合することで、B細胞性腫瘍の増殖および生存シグナルを阻害します。アカラブルニチブはカプセル製剤(商品名:カルケンスカプセル)として2021年に承認され、CLL治療薬として販売されていますが、胃内pHが4を超える条件下では溶解度が低下します。そのため、プロトンポンプ阻害薬との併用は可能な限り避け、制酸薬およびH2受容体拮抗薬と併用するときは投与間隔を2時間以上空けるなどの注意が必要です。しかし、血液がん患者の20~40%は、胃内pHを変化させる薬剤の投与を受けていると推定されているため、胃内pHの条件に左右されずに溶出する新しい薬剤の開発が望まれていました。今回承認されたカルケンス錠は、アカラブルチニブをマレイン酸水和物にすることでpH依存的溶解プロファイルを改善し、生理学的pHの範囲内で十分な溶解性を有することが確認されています。健康被験者を対象とした生物学的同等性試験(海外第I相試験であるD8223C00013試験)において、本剤およびカプセル剤を空腹時投与した結果、カプセル剤投与に対する本剤投与におけるアカラブルチニブのCmaxおよびAUC(0-last)の最小二乗幾何平均値の比は、それぞれ1.00(90%信頼区間:0.91~1.11)および0.99(0.94~1.04)であり、いずれも生物学的同等性の判定基準範囲内(0.8~1.25)でした。これにより、生物学的同等性の基準を満たすことが確認できました。

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