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1.

心臓カテーテル検査前に絶食は必要か

 鎮静下で実施する心臓カテーテル検査では、検査前に長時間、絶食する必要はない可能性が、新たな研究で示唆された。米パークビュー心臓研究所の看護部長であるCarri Woods氏らによるこの研究結果は、「American Journal of Critical Care」に1月1日掲載された。 心臓カテーテル検査は、カテーテルと呼ばれる細い管を血管から心臓まで通して心臓の圧を測定したり、心臓の機能や血管の状態を調べるための検査である。この検査を受ける患者は通常、検査前の午前0時以降は何も口にしないように言われる。Woods氏は、「麻酔ガイドラインでは何十年も前から、意識下鎮静法を要する処置では、処置を受ける全ての患者に6時間以上の絶食を求めてきた」と説明する。絶食は患者に、不快感やイライラ感、脱水、喉の渇きと空腹感の増加、低血糖症などの悪影響をもたらす。しかし、低度から中等度のリスクの患者に対する心臓カテーテル検査で絶食が必要なことを裏付けるエビデンスはない。 今回の研究では、同心臓研究所で待機的心臓カテーテル検査を受ける197人の成人患者を対象に、検査前の絶食の必要性が検討された。対象者は、検査前に心臓に良い食事(脂肪やコレステロール、ナトリウムの含有量が低く酸性食品の少ない食事)を摂取してもよい群(食事摂取群、100人)と、検査前の深夜以降は飲食物を何も口にしない群(絶食群、97人)にランダムに割り付けられた。絶食群は、薬を飲む際には少量の水を飲むことができた。食事摂取群と絶食群との間で検査の安全性を比較するとともに、検査に対する患者の快適さや満足度についても評価した。 処置後に肺炎、低血糖、誤嚥が生じたり気管挿管が必要になった患者はいなかった。また、血糖値、胃腸の問題、疲労度、抗血小板薬の投与量も両群間で同等であった。その一方で、絶食群に比べて食事摂取群では、処置前の食事に関する満足度が有意に高く、また、処置前後で喉の渇きや空腹感を覚えた人も少なかった。 こうした結果を受けてWoods氏は、「われわれが得た結果は、心臓カテーテル検査を受ける全ての患者に絶食が必要なわけではないことや、検査においては患者の満足度を第一に考えても安全性は確保されることを示している」とパークビュー心臓研究所のニュースリリースで述べている。 この研究結果を受けて、同心臓研究所では、意識下鎮静前の患者にも食事を摂取させるように心臓外科手術のプロトコルを更新したという。

2.

病院機能評価「医療安全」への対策強化で「カルテレビュー」導入へ

 最近では紙カルテ(診療録)から電子カルテへの普及が進み、病院のみならずクリニックでの導入も多くみられるようになった。また、国が推進するマイナンバーカードによる健康保険証には、個人のカルテ情報の搭載も予定され、いつでも、どこでも自分のカルテが読める時代が期待されている。そんなカルテは、医療事故などが発生した場合、真っ先に調査が行われる患者や患者遺族、医療機関などにとって事故と結果の因果関係を証明する大切な資料となるが、カルテの中身の記載については個々の医師の判断に任されている。 今般、日本医療機能評価機構は、「医療安全」の対策強化を目的に、病院機能評価の「カルテレビュー」の強化を行った。従来よりも多数の症例のカルテについてチェックをされることになる。本稿では特別寄稿として病院機能評価の受審を2022年に受けたばかりの井上 雅博氏(稲沢市民病院 内科)が、「カルテレビュー」への対応について述べる。医療事故で顕在化したカルテの不備 先日、兵庫県の神戸徳洲会病院で心臓カテーテル検査や治療後に複数の患者の死亡が発生し、第三者を交えた医療事故調査が決まりました。さらに神戸市が8月28日に、病院に対して行政指導を行いました。●参考記事カテーテル処置後死亡 神戸市“安全管理体制に複数の問題点”(NHK/7月28日)カテーテル治療後に死亡相次ぐ神戸徳洲会病院 市が行政指導へ カルテに記載なし、実質一人で業務か(神戸新聞/7月28日)神戸徳洲会病院への医療安全管理体制に関する行政指導の実施(神戸市/8月28日) 事故の報道で当初から問題とされていたのは、患者の急変などがあったにも関わらず、診療にあたっていた医師によるカルテ記載が十分ではないことでした。 事故露見のきっかけは、今年の1月から赴任した医師の施行したカテーテル手術後に、死亡事例や容体悪化した症例が多発していたにもかかわらず、病院側が再発防止や医療安全のために検証に取り組んでこなかったため、匿名による内部告発で発覚となりました。 カルテの記載は医師法24条1項には「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない」と定められているように義務となっています。残念ながら、この医師は毎日のカルテ記載を怠っていただけでなく、病状が急変して死亡された患者についても記載がなく、今回のような指導へとつながってしまいました。 患者安全の確立のためにも、診療にあたる医師による患者や家族への同意説明の内容や臨床経過についてはカルテへの記載が必須事項とされています。 医療事故が発生したときに問題となるのは、医療事故に遭われた患者の治療経過や処置など、具体的に行った医療の内容、さらには事故発生後の経過について記載が不十分であると、カルテ開示を求められた場合、患者側に医療不信を引き起こし医療訴訟につながるということです。 医療事故の解析や再発防止策の立案にカルテ記載は必要であることは言うまでもないですが、「説明と同意」が必須の時代に、十分な同意取得がないまま侵襲性の高い医療行為や手術が実施された場合、今回の事例のように、地方厚生局や自治体などの行政側からも指導が下されることになります。また、最近では、説明同意文書以外にも、インフォームドコンセントの取得時に医師や看護師からの説明を受けた患者や家族の理解度についてもカルテ記載に必要とされてきています。病院機能評価でもカルテ記載の内容を問う時代に 今年の4月から新たに日本病院機能評価機構による病院機能評価も新しいバージョン3.0が導入されました。従来はサーベイヤーが審査するのは当日に選ばれた病棟の退院患者の症例のカルテの中から、実際に1症例を外来から入院、手術や検査、そして退院など一連の流れを審査側に説明してチェックを受けていたものが、カルテの記載内容について「定常状態」を確認するため、ランダムに選ばれたカルテを5症例ほど連続して確認することになりました。 日本医療機能評価機構は、医療機関が質の高い医療を提供するのを支援するために1997年から全国の病院に対し医療機能評価を行っています。2023年7月時点で2,000病院が認定病院となっていますが、これは全国の病床の約4割を認定病院の病床が占めており、ほぼ急性期病院の大半が網羅されています。 この25年で、幾度ものバージョンアップを通して評価項目・評価方法の見直しを行ってきました。今回の新しいバージョンでは、全国の受審病院に対して、これまでのサーベイヤーの審査に際しては、カルテの記載が充実している先生のいわゆる「チャンピオンカルテ」を用意しておけば間に合っていたものが、すべての入院患者について「カルテ記載の充実」を求めていることです。 すでに大学病院や高度急性期病院では医師、看護師、薬剤師、栄養士、セラピストなど、多職種からなるチームで医療が行われています。新しいバージョンの病院機能評価では、これを一般病院に対して実践を求めることになりました。詳しくは病院機能評価機構の説明資料(新しい病院機能評価[3rdG:Ver.3.0]の運用開始について)を参照ください。 この中で、従来は大学病院など「一般病院3」だけで実施されてきた「カルテレビュー」が、機能評価を受審するすべての病院で実施されることになりました。 患者・家族への説明や同意文書の不備の有無のチェックだけではなく、複数のカルテ記載から診療・ケアの適切性、説明と同意の適切性、カルテ記載の定常状態などを確認するために、病院における日々の診療内容、患者・家族への説明についての理解度の評価など記載が求められます。 今までのように特定のカルテだけではなく、入院患者の全員について入院から退院までのカルテが審査対象とされるため、退院後2週間以内のサマリーの作成だけではなく、従来は、個別の医師のカルテ記載についてまではあまり立ち入っていなかったのを、病院側が診療録管理委員会などを通して監督・指導しなければならなくなっています。 さらにカルテレビューの導入に合わせて、バージョン3.0では、400床以上の【区分4】、200~399床【区分3】の病院では、医療安全・感染対策ラウンドが実施され、情報伝達エラーの防止策や医薬品の安全管理や誤認対策、ハイリスクな医療行為の実施にあたっての院内ルールの規定など、細かくチェックをするものとなっています。 これまでのような小手先での対策ではなく、医師が病院の全職員と共に医療安全のためにしっかりとした対策を講じていく必要が出てきたと思います。 病院機能評価は、救急体制充実加算や回復期リハビリテーション病棟入院料1の加算を受けるためには病院機能評価や第三者評価が条件となっているものが複数あり、避けて通れなくなっています(病院機能評価が影響する診療報酬や施設基準等について)。 医療機能評価を受審するにあたっては、病院側はカルテ記載をしっかりと医師に積極的に働きかける必要があり、新入職員の研修医や中途入職の医師に対してもカルテ記載について導入教育を行う必要が出てきていると思われます。 今年の4月から新バージョンの運用開始に伴い、大学病院以外でもカルテレビューが行われており、対策が急がれます。●参考資料機能種別版評価項目(3rdG:Ver.3.0)の機能種別と評価項目について3rdG:Ver.3.0の訪問審査当日の進行について病院機能評価が関連する診療報酬や制度等について

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習慣的に運動をしていた健康な53歳の男性を襲った心臓発作

 53歳の米国人男性、Ed Frauenheimさんは、サンフランシスコの丘陵地帯をしばしばウォーキングしていた。ある夏の日、彼はお気に入りの公園の急な坂を、いつものように大股で上った。上りは息が切れたが下りは楽だった。しかし、下り坂の途中で胸が締め付けられ、吐き気とめまい、立ちくらみに襲われた。そのまま気を失ってしまうのではないかと心配になり、歩道の脇にそれて数分間休んだ。すると、それらの症状はなくなった。 家に帰り、妻のRowena Richieさんにそのことを話すと、彼女は深刻に捉えず、「朝食が少なかったか、水分が不足していたのでは?」と答えた。Frauenheimさんも「そうかもしれない」と思い、一度は仕事にとりかかったが、やはり気になり、健康保険会社が提供している電話相談に電話してみた。応対した看護師は、直ちに救急外来を受診するように勧めた。 血液検査の結果、トロポニンの上昇が分かり、心臓発作を起こしている可能性が示唆された。心電図の所見も同じことを示していた。医師は、「軽い心臓発作を起こしたようです」と話した。Frauenheimさんは、医師の目を見つめ次の言葉を待った。「あなたが今、多くのことを理解し受け入れるのは大変なことだと思います。大丈夫、われわれが付いています。あなたは最も安全な場所にいます」と医師は説明した。その瞬間まで、Frauenheimさんは、自分は強くあるべきだとストイックに考え続けていた。しかし、その感情のせきが切れると同時に、涙があふれ始めた。 彼は引き締まった体格を維持し、ウォーキングに加えて水泳やヨガも続けていた。心臓発作という診断に驚きつつ、恐怖が体を駆け巡った。妻と2人の10代の子どもを残して、自分は死ぬのだろうか? 翌日の心臓カテーテル検査の結果、Frauenheimさんの心臓発作は冠動脈の攣縮(血管の痙攣による閉塞)によるものと判明した。冠攣縮が長時間続くと心筋にダメージが生じることがある。Frauenheimさんの心臓にもそれが起きていた。少量のニトログリセリンの投与によって、冠攣縮が解除されることも確認された。 医師は、一般的な冠攣縮の原因として、薬物、喫煙、ストレスが挙げられると話した。最初の二つは彼には当てはまらなかったが、ストレスは確かに抱えていた。彼は長年、不安症を患っており、パニック発作を起こしたこともあった。また、半年ほど前に会社勤めをやめて、個人事業主として働くようになっていた。数多くのやりがいのあるプロジェクトに取り組んでいたが、その結果、仕事に膨大な時間を充てるようになっていた。 退院後にもFrauenheimさんの心臓発作再発に対する不安は続いた。その不安からパニック発作が起きてしまった。医師による徹底的な検査を受け、ようやく彼は、その症状の原因が心臓ではなく、不安によるものだと納得した。妻のRichieさんは、夫が悪循環に陥っていると感じていた。「Edは、『ストレスを感じてはいけない、絶対に感じてはいけない』と考え続けていた。もちろん、そのように考えることはストレスになる」。 Frauenheimさんはその後、仕事を減らして運動量を増やすなど、ライフスタイルをアレンジした。薬の服用を続けるとともに、精神科医の診察も受けた。彼は、男性はタフで疲れを知らない存在であるべきだという考え方にとらわれないことが、健康を取り戻す鍵だと考えている。昨年には、男性がより健康で充実した生活を送るための方法について、共著による本を出版した。その内容は、彼自身が周囲のアドバイスを受け入れる過程で経験したことだった。今では、以前とは態度や行動が変わり、人生がより充実して、より幸せになったという。「恐れを感じることが減って、家族や友人、同僚に対してより正直に、そして深く接するようになり、自分の夢を追いかけられるようになった」と彼は話している。 一方で、FrauenheimさんとRichieさんは、心臓発作を体験した後の精神的な面への影響について、もっと医師から情報を提供してほしかったと感じている。Frauenheimさんは現在、執筆活動などを通じて、心臓病を体験した男性に手を差し伸べ、“健全といえない男らしさ”を追求するために生じる問題を乗り越えるサポートをしている。「研究によると、心臓発作を含む冠動脈疾患は、男性としての自信を低下させやすいという。私の場合も、健康に対する不安を取り除くために、ただ薬を飲んでライフスタイルを変える以上のことが必要だった」とFrauenheimさんは話している。[2023年7月5日/American Heart Association] Copyright is owned or held by the American Heart Association, Inc., and all rights are reserved. If you have questions or comments about this story, please email editor@heart.org.利用規定はこちら

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フッ化ピリミジン系薬剤投与による胸痛発作症例【見落とさない!がんの心毒性】第22回

※本症例は、実臨床のエピソードに基づく架空のモデル症例です。あくまで臨床医学教育の普及を目的とした情報提供であり、すべての症例が類似の症状経過を示すわけではありません。《今回の症例》年齢・性別60代・男性主訴 胸痛既往歴脂質異常症、糖尿病生活歴タバコ20本/日×38年現病歴X年10月下部食道扁平上皮がん T3N2M1(肝転移)、ステージIVbの診断で、放射線化学療法の方針となった。放射線療法50Gy+化学療法「シスプラチン+フルオロウラシル」2コースの初期治療に続いて、「ネダプラチン+フルオロウラシル」を6コース行い完全寛解となった。X+2年7月食道がんの局所再発あり。光線力学的療法(Photodynamic Therapy:PDT)を500J実施したが、同年9月のCT、PETでリンパ節転移を認め、ネダプラチン+フルオロウラシルを再開した。再開1回目の入院治療時、持続点滴開始3日後に胸部絞扼感が出現。モニター心電図の変化が疑われ循環器科受診。心筋逸脱酵素の上昇はなく、安静時心電図正常、負荷心電図陰性、心エコーも特記所見がなかったため、頓服用の硝酸薬が処方され退院。さらに、2コース目の治療入院の際にもフルオロウラシル持続点滴開始2日目に胸痛発作あり、Ca拮抗薬を開始しつつホルター心電図を実施した。退院後は胸痛発作なく過ごしたため、3コース目で入院したが化学療法開始後に胸痛発作が出現したため、さらに硝酸薬を追加し、がん治療は中止した。循環器科初診時の検査データWBC 3,000/μL、RBC 487×104/μL、Hb 15.2g/dL、Plt 18.0×104/μL、TP 6.9g/dL、Alb 4.3g/dL、AST 23U/L、ALT 32U/L、ALP 230U/L、LDH 178U/L、CK 88U/L、CRP 0.13mg/dl、Na 141mmol/L、K 4.4mmol/L、Cl 102mmol/L、BUN 10.8mg/dL、Cr 1.15mg/dL、Glu 116mg/dL、CEA 1.9ng/mL、CA19-9 16.4U/mL、SCC抗原 1.5ng/mL、BNP 33.2pg/mL、トロポニンT 0.012ng/mL(正常<0.014 ng/mL)安静時心電図と胸痛発作時を含むホルター心電図を以下に供覧。<安静時心電図>画像を拡大する心電図所見洞調律、正常範囲。追加で行ったマスターダブル負荷試験は陰性。<ホルター心電図>【発作時の圧縮波形】画像を拡大する心電図所見心室性期外収縮が出現し、徐々にST上昇の変化をきたしていることが確認できます。【拡大波形】画像を拡大する心電図所見非発作時:ST上昇なし。心電図変化:(1)に比し、ch1でST上昇傾向を認めます。胸痛発作:(2)と比し、ch1でのST上昇が顕著となっています。【問題】本症例の病状、方針として妥当と思われるものはどれか?a.症状、心電図変化からフルオロウラシルに関連した冠攣縮性狭心症を考える。b.3コース目で治療を中止しているが、さらに、ニコランジルなどの冠拡張薬を追加し同一の化学療法を継続すべき。c.ST上昇を認めるので、速やかに心臓カテーテル検査などの精査を行うべき。d.抗がん剤治療のレジメン自体を見直す。1)Shiga T, et al. Curr Treat Options Oncol. 2020;21:27.2)Cucciniello T, et al. Front Cardiovasc Med. 2022;9:960240.3)Chong JH, et al. Interv Cardiol. 2019;14:89-94.4)Redman JM, et al. J Gastrointest Oncol. 2019;10:1010-1014.5)Zafar A, et al. JACC CardioOncol. 2021;3:101-109.講師紹介

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高齢の急性心筋梗塞患者、所得格差が生存率に影響か/JAMA

 高齢の急性心筋梗塞患者では、高所得者層は低所得者層と比較して、生存率が実質的に良好で、救命のための血行再建術を受ける可能性も高く、入院期間が短く再入院が少ないことが、米国・ハーバード大学医学大学院のBruce E. Landon氏らの調査で示された。研究の成果は、JAMA誌2023年4月4日号に掲載された。66歳以上を対象とする6ヵ国の連続横断コホート研究 研究グループは、急性心筋梗塞の高齢患者では、治療パターンとアウトカムが、低所得者層と高所得者層で異なるかを明らかにする目的で、6ヵ国(米国、カナダ[オンタリオ州、マニトバ州]、イングランド、オランダ、イスラエル、台湾)において連続横断コホート研究を行った(米国国立老化研究所[NIA]などの助成を受けた)。 対象は、2013~18年に急性心筋梗塞で入院した年齢66歳以上の患者であった。五分位の最富裕層と最貧困層を国別に比較した。 主要アウトカムは30日および1年死亡率であった。副次アウトカムには、心臓カテーテル検査や血行再建術の実施率、入院期間、再入院率などが含まれた。皆保険の国でも所得による格差が存在 ST上昇型心筋梗塞(STEMI)による入院患者28万9,376例と、非STEMI(NSTEMI)による入院患者84万3,046例が解析の対象となった。補正済み30日死亡率と1年死亡率は、STEMIおよびNSTEMIの双方とも、台湾を除く5ヵ国では高所得者層で低かった。 30日死亡率は、全般的に高所得者層で1~3ポイント低く、たとえばオランダのSTEMIの30日死亡率は、高所得者層が10.2%、低所得者層は13.1%だった(群間差:-2.8ポイント、95%信頼区間[CI]:-4.1~-1.5)。 STEMIの1年死亡率の差は、30日死亡率よりもさらに大きく、イスラエルで差が最も大きかった(高所得者層16.2% vs.低所得者層25.3%、群間差:-9.ポイント、95%CI:-16.7~-1.6)。 心臓カテーテル検査と経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の実施率は、すべての国で高所得者層が低所得者層よりも高く、群間差の幅は1~6ポイントであった。たとえば、イングランドのSTEMIにおけるPCIの実施率は、高所得者層が73.6%、低所得者層は67.4%であった(群間差:6.1ポイント、95%CI:1.2~11.0)。 STEMIにおける冠動脈バイパス(CABG)術の実施率は、6ヵ国とも高所得者層と低所得者層で同程度であったが、NSTEMIでは全般的に高所得者層で1~2ポイント高かった。たとえば、米国のNSTEMIでは高所得者層が12.5%、低所得者層は11.0%だった(群間差:1.5ポイント、95%CI:1.3~1.8)。 30日以内の再入院率は、全般的に高所得者層で1~3ポイント低く、在院日数も全般的に高所得者層で0.2~0.5日短かった。 結果を踏まえて著者は、「この結果は、皆保険や強固な社会的セーフティネットが整備されている国であっても、所得に基づく格差が存在することを示唆する」とまとめている。

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甘味料エリスリトールに心血管リスク、想定される機序は?

 人工甘味料は砂糖の代用として広く使用されているが、人工甘味料の摂取が2型糖尿病や心血管疾患と関連するという報告もある。米国・クリーブランドクリニック・ラーナー研究所のMarco Witkowski氏らは、アンターゲットメタボロミクス研究において、糖アルコールに分類される甘味料エリスリトール(多くの果物や野菜に少量含まれる)が3年間の主要心血管イベント(MACE:死亡、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中)の発生と関連していることを発見し、その後の米国および欧州の2つのコホートを用いた研究でも、その関連は再現された。また、エリスリトールはin vitroにおいて血小板反応性を亢進し、in vivoにおいて血栓形成を促進することを明らかにした。健康成人にエリスリトールを摂取させたところ、血小板反応性の亢進および血栓形成の促進についての閾値を大きく超える血漿中エリスリトール濃度の上昇が引き起こされた。Nature Medicine誌オンライン版2023年2月27日号の報告。 米国において、心臓カテーテル検査を受けた患者1,157例を対象として、アンターゲットメタボロミクスにより3年間のMACE発生と関連のある物質を検討し、エリスリトールが同定された。その結果を受けて、米国において同様に2,149例(上記の1,157例とは重複しない)を対象に、血清中エリスリトール濃度で四分位に分類し、3年間のMACE発生との関係を検討した。また、欧州において慢性冠症候群の疑いで待機的冠動脈造影検査を受けた833例を対象に、血清中エリスリトール濃度で四分位に分類し、3年間のMACE発生との関係を検討した。さらに、米国の18歳以上の健康成人8人を対象に、エリスリトール30g(市販の人工甘味料入り飲料1缶、ケトアイス1パイントなどに相当)入りの飲料を摂取させ、血漿中のエリスリトール濃度を7日間測定した。 エリスリトールの血小板への作用を検討するため、健康成人の多血小板血漿(PRP)を用いて血小板凝集反応とエリスリトール濃度の関係を検討した。また、血小板を分離し、エリスリトールの血小板機能への影響も検討した。エリスリトールの血栓形成への影響は、ヒト全血における血小板の接着、頸動脈損傷モデルマウスにおける血栓形成率および血流停止までの時間により評価した。 主な結果は以下のとおり。・アンターゲットメタボロミクス研究において、血清中エリスリトール濃度第4四分位群は第1四分位群と比べて有意にMACE発生リスクが高く(調整ハザード比[aHR]:2.95、95%信頼区間[CI]:1.70~5.12、p<0.001)、MACE関連候補分子の中で非常に上位に位置していた。・米国および欧州のコホート研究においても、血清中エリスリトール濃度第4四分位群は第1四分位群と比べて有意にMACE発生リスクが高く、aHR(95%CI)はそれぞれ1.80(1.18~2.77)、2.21(1.20~4.07)であった(それぞれp=0.007、p=0.010)。・エリスリトール濃度とMACE発生リスクの関連は、米国および欧州のコホート研究において男女問わず観察され、年齢(70歳以上/未満)、高血圧の有無、eGFR(60mL/min/1.73m2以上/未満)などのサブグループ解析においても同様であった。・ADPまたはTRAP6存在下で、エリスリトールは用量依存的にPRPにおける血小板凝集反応を増加させ、トロンビン(0.02U/mL)曝露後の血小板の細胞内Ca2+濃度を増加させた。また、ADP(2μM)存在下の血小板において、エリスリトールは用量依存的にP-セレクチンの発現およびGP IIb/IIIaの活性化を増加させた(いずれもin vitro)。・ヒト全血においてエリスリトールは血小板の接着を増加させ(in vitro)、頸動脈損傷モデルマウスにおいて血栓形成率を上昇、血流停止までの時間を短縮させた(in vivo)。・健康成人にエリスリトールを摂取させた研究では、摂取後数時間は血漿中濃度がベースライン(中央値3.84μM)より千倍以上高い状態(30分後の中央値5.85mM)が続き、血小板反応性の亢進および血栓形成の促進についての閾値を大きく超えていた。すべての被験者において、ベースラインからの増加は2日以上継続した。 本論文の著者らは、「エリスリトールおよび人工甘味料の長期的な安全性を評価する試験が必要であることが示唆された。エリスリトールへの曝露後、血栓形成のリスクが高まる可能性のある期間が持続することが示され、これは心血管疾患の発症リスクの高い患者(糖尿病、肥満、CVDの既往、腎機能障害を有する患者)における懸念事項である」とまとめた。

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冠動脈造影/PCI時、コンピュータ支援で急性腎障害軽減/JAMA

 非緊急冠動脈造影や経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施行する心臓専門医に対し、教育プログラムや造影剤投与量などに関するコンピュータによる監査とフィードバックを伴う臨床意思決定支援の介入を行うことで、これら介入のない場合と比べて施術を受けた患者が急性腎障害(AKI)を発症する可能性は低く、時間調整後絶対リスクは2.3%低下した。また、造影剤の過剰投与について同リスクの低下は12.0%だった。カナダ・カルガリー大学のMatthew T. James氏らが、心臓専門医34人とその患者を対象に行ったクラスター無作為化試験の結果で、JAMA誌2022年9月6日号で発表した。AKIは、冠動脈造影やPCIでは一般的な合併症で、高コストおよび有害長期アウトカムと関連する。今回の結果について著者は、「こうした介入が今回の試験以外の環境下でも有効性を示すかどうか、さらなる検討が必要である」と述べている。患者7,106人を対象にクラスター無作為化試験 研究グループは、カナダ・アルバータ州の心臓カテーテル検査室3ヵ所で侵襲的治療を行う心臓専門医全員を対象に、ステップウェッジ・クラスター無作為化試験を行った。無作為化の開始日は、2018年1月~2019年9月の間。適格患者は、非緊急冠動脈造影またはPCI、もしくはその両方を施行し、透析は行っておらず、AKIリスクが5%超と予測される18歳以上だった。34人の医師が選択基準を満たした患者7,106人に対して7,820件の処置を行った。被験者のフォローアップ終了は2020年11月だった。 介入期間中、心臓専門医は、教育支援プログラム、造影剤投与量や血行力学ガイド下静脈内輸液の目標値に関するコンピュータによる臨床意思決定支援、および監査・フィードバックを受けた。介入期間前(対照期間)は、心臓専門医は通常ケアを提供し、介入は受けなかった。 主要アウトカムはAKIの発生とした。副次アウトカムは12項目で、造影剤投与量、静脈内輸液量、および主要有害心血管・腎イベントなどだった。解析は、時間調整モデルを用いて行われた。AKI発生率、介入群7.2%、対照群8.6% 心臓専門医34人は診療グループや医療センターにより8集団に分けられた。このうち、介入群には医師31人、患者4,032人、4,327件の処置が含まれた(患者の平均年齢:70.3歳[SD 10.7]、女性32.0%)。対照群は医師34人、患者3,251人、3,493件の処置が含まれた(70.2歳[SD 10.8]、33.0%)。 AKI発生率は、介入期間中7.2%(4,327件中310イベント)、対照期間中8.6%(3,493件中299イベント)だった(群間差:-2.3%[95%信頼区間[CI]:-0.6~-4.1、オッズ比[OR]:0.72[95%CI:0.56~0.93]、p=0.01)。 12項目の副次アウトカムのうち、8項目は両群で有意差がみられなかった。造影剤投与量が過剰だった処置の割合は、対照期間中51.7%から介入期間中は38.1%に減少した(群間差:-12.0%[95%CI:-14.4~-9.4]、OR:0.77[95%CI:0.65~0.90]、p=0.002)。静脈内輸液投与が不十分だった処置の割合も、対照期間中の75.1%から介入期間中は60.8%に低下した(群間差:-15.8%[95%CI:-19.7~-12.0]、OR:0.68[95%CI:0.53~0.87]、p=0.002)。 主要有害心血管・腎臓イベントも、両群で有意差はなかった。

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キッチンマグネットが心筋梗塞の夫に救急受診を促した―AHAニュース

 今年の2月初め、米国テキサス州に住むDanny Saxonさんは、プールの修理と掃除の仕事を終えた後、胃薬を口にした。当時Dannyさんは常に胃の不調に悩まされていた。それから数分後、腕の筋肉が引きつるような感覚に続き、痛みが起きてきた。Dannyさんは、心臓発作の初期症状として腕がしびれることがあると耳にしていたため、恐れを感じた。しかし彼は、まだ自分が50歳であると思い直し、恐れを否定した。 Dannyさんの妻、Morganさんは、夫の今日の予定を聞くために電話を掛けた。電話に出たDannyさんは、「どうやら自分は不安発作か何かを患っているようだ。自分でも驚いている。後で詳しく話す」と語った。それからDannyさんはトラックに乗り、運転を始めた。帰宅するか病院に行くか決めかねていた。 電話を切った後もMorganさんは、夫が言っていたことが気になっていた。かつて夫が不安発作の話をしたことはなく、「腕がしびれる」という症状も心配であり、心臓発作を起こしているのではないかと考えた。夫は自分より20歳も年上で、高血圧の薬を服用しており、3人目の子どもができた時に「やめる」と誓ったタバコも、いまだ吸い続けていた。 彼女はふと7年ほど前に、息子が学校を通じて米国心臓協会(AHA)の募金活動に協力した時に入手したカードを使い、自作したキッチンマグネットを思い出した。そのカードには心臓発作の警告サインが列記されていて、何かの役に立ちそうだと考えた彼女は、市販のキッチンマグネットにカードを取り付けて、冷蔵庫に貼っておいた。Morganさんはその写真を撮影し、「病院に行く状態? それとも911番に電話すべき?」というテキストメッセージを添えて、夫の携帯に送信した。 Dannyさんの携帯がメッセージ受信音を鳴らした時、彼は危険な状態だった。腕や胸の不快感について書かれた、マグネットの写真の最初の数行を目にして、彼はすぐに病院に向かった。救急外来の入り口で救急救命士(EMT)の姿が目に入ったので「助けてくれ。心臓発作のようだ」と叫ぶと、EMTはすぐに車椅子をセットしDannyさんを座らせた。 救急外来で診察を受けている最中にMorganさんから電話が入った。EMTがその電話を受け、「Dannyさんを診察中だが彼は胸痛を訴えており、血圧がかなり高い」と状況を話し、「すぐに病院に来てほしい」と伝えた。Morganさんは父親と子どもたちを車に乗せ、病院へ急いだ。 1時間後に病院に到着した時、夫は冗談を言って笑っていた。そばで看護師が背を向けて電子カルテの入力をしていた。その状況を見てMorganさんは安心した。しかし、しばらくたつとDannyさんは咳き込むように苦しみ始めた。やがて、白目をむいてもがき出した。Morganさんは「Danny! Danny! どうしたの?」と叫んだ。 看護師は直ちに院内緊急コールを発信するとともに、胸骨圧迫を始めた。病室が多数の医療スタッフでいっぱいになったため、Morganさんの父親は彼女に「廊下に出ていよう」と声をかけた。 Dannyさんは心停止に陥っていた。3回の除細動により心拍が再開した。その夜の心臓カテーテル検査により、右冠状動脈が100%閉塞していることが分かり、バルーンで血管を拡張後にステントが留置された。2日後、Dannyさんは自宅に戻ることができた。 ライフスタイルと家族歴の双方がDannyさんの心臓に影響を及ぼしていた。Dannyさんの父親は60歳で4カ所のバイパス術を受け、母親もステント留置術を経験していた。それにDannyさんは長年のヘビースモーカーだった。ただし、2月のその日以降は吸っていない。「私はテキサスの田舎で育った男だ。心臓発作が起きるまで、危険因子の全てを無視しようとしていた」とDannyさんは話す。 Dannyさんは身体的な健康を取り戻したが、メンタルの不調が続いている。仕事を再開した初日には、心臓発作が再発したと思い込んで救急外来を受診するようなこともあった。結局、何も問題は起きていなかった。「毎朝、目覚めとともにその日に何か起きるのではないかと不安になる」と彼は語る。Morganさんも同じようなメンタルの不調に悩んでいる。しかし彼女は、これらの問題は、やがて時間が解決してくれると考えている。 Saxonさん夫婦の話がどのように伝わったのか、心臓発作の警告サインが書かれたAHAの公式マグネットを誰かが送ってくれた。現在それはSaxonさん宅の冷蔵庫に、Morganさん自作バージョンと並べて貼られている。[2022年6月17日/American Heart Association] Copyright is owned or held by the American Heart Association, Inc., and all rights are reserved. If you have questions or comments about this story, please email editor@heart.org.利用規定はこちら

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肥大型心筋症〔HCM:hypertrophic cardiomyopathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:HCM)は、主に遺伝的変異を原因として不均一な心肥大を左室や右室に来し、心機能低下をもたらすとされる特発性心筋症であり、わが国では指定難病とされている。臨床的には左室流出路閉塞を来す閉塞性obstructive HCMと来さない非閉塞性non-obstructive HCMに分類され、前者では収縮期に左室内圧較差が生じることが臨床的に問題となることが多いのに対し、後者は予後が比較的安定しているとされている。■ 疫学日本全国に推計患者数が2万1,900人、有病率は人口10万人あたり17.3人と報告されている(1998年の全国疫学調査)。男女比は2.3:1と男性に多い。■ 病因心筋収縮関連蛋白の遺伝子異常が主な病因であり、2019年時点では11の原因遺伝子と、サルコメアを構成するタンパク質をコードする遺伝子の1,500以上の変異が報告されている。しかし、遺伝子異常が特定されない症例も多くみられ(20~50%)、病因に関しては不明な点も多い。 ■ 症状閉塞性肥大型心筋症では胸部症状(労作時呼吸困難や相対的心筋虚血による胸痛・胸部絞扼感)や神経学的症状(起立時のめまい・ふらつき、眼前暗黒感、失神)が認められる。非閉塞性肥大型心筋症患者は無症候であることも多く、健康診断での心電図などを契機にわが国では発見される場合も多い。■ 分類肥大型心筋症は以下の5つのタイプに分類される:1.閉塞性肥大型心筋症(HOCM)HOCM(basal obstruction):安静時に30mmHg以上の左室流出路圧較差を認める。HOCM(labile/provocable obstruction):安静時に圧較差は30mmHg未満であるが、運動などの生理的な誘発で30mmHg以上の圧較差を認める。2.非閉塞性肥大型心筋症(non-obstructive HCM):安静時および誘発時に30mmHg以上の圧較差を認めない。3.心室中部閉塞性心筋症(MVO):肥大に伴う心室中部での30mmHg以上の圧較差を認める。4.心尖部肥大型心筋症(apical HCM):心尖部に限局して肥大を認める。5.拡張相肥大型心筋症(dilated phase of HCM; D-HCM):肥大型心筋症の経過中に,肥大した心室壁厚が減少・菲薄化し、心室内腔の拡大を伴う左室収縮力低下(左室駆出率50%未満)を来し、拡張型心筋症様病態を呈する。■ 予後1982年の厚生省特定疾患特発性心筋症調査研究班の報告では肥大型心筋症の5年生存率および10年生存率は、それぞれ91.5%と81.8%であった。死因として若年者では心臓突然死が多く、致死性不整脈、失神・心停止の既往、突然死の家族歴、左室最大壁厚>30mmのうち2項目以上で突然死リスクが高いとされる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 心エコー検査心室中隔の肥大、非対称性中隔肥厚(拡張期の心室中隔厚/後壁厚≧1.3)など心筋の限局性肥大、左室拡張能障害(左室流入血流速波形での拡張障害パターン、僧帽弁輪部拡張早期運動速度低下)を認める。閉塞性肥大型心筋症では、僧帽弁の収縮期前方運動、左室流出路狭窄を認める。■ 心臓MRI検査ガドリニウム造影剤を用いた遅延相でのガドリニウム増強効果(Late Gadolinium Effect)は心筋線維化の存在を反映する。■ 心臓カテーテル検査圧測定で左室拡張末期圧上昇、左室−大動脈間圧較差(閉塞性)、Brockenbrough現象(期外収縮発生後の脈圧減少)が認められる。■ 心内膜下心筋生検他の原因による心筋肥大を鑑別する上で重要であり、病理検体で肥大心筋細胞、心筋線維化(線維犯行および間質線維化)、心筋細胞の錯綜配列などが認められる。■ 運動負荷検査心肺運動負荷試験により、肥大型心筋症症例では症状の出現閾値、Peak VO2を評価することで適切な運動制限を設定することが可能となる。■ 遺伝子検査ルーチンでの遺伝子検査は推奨されていないが、左室肥大を引き起こすことが知られている他の遺伝的疾患(ファブリー病、ライソゾーム蓄積病など)の除外診断のため、あるいは患者の一等親血縁者などを対象として希望があれば実施されることが多い。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)閉塞性肥大型心筋症に対する現在の治療は、β遮断薬、非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬、ジソピラミドなどによる対症療法が中心であるが、後述のマバカムテン(mavacamten)が近い将来使用可能になることが予想される。薬物療法に抵抗性を示す症例では、外科的中隔切除術やアルコールを用いた中隔焼灼術(percutaneous transluminal septal myocardial ablation:PTSMA)などの侵襲的中隔縮小療法を検討するが、リスクを伴うことから事前に入念な評価を要する。また、心臓突然死リスクを評価することは重要であり、心停止の既往、持続性心室頻拍、原因不明の失神、左室壁30mm以上、2014ESCガイドライン計算式(HCM Risk-SCD Calculator)でハイリスク(5年間のイベント予測が6%より大きい)、第1度近親者の突然死、運動時の血圧反応異常などが認められる場合には致死的不整脈による心臓突然死リスクが高く、植込み型除細動器の植え込みを検討する。4 今後の展望肥大型心筋症に対しての根本的治療として世界初の疾患特異的治療薬であるマバカムテンの登場によってパラダイム・シフトを迎えている。マバカムテンは、肥大型心筋症筋組織のアクチン・ミオシンの架橋形成を抑制する低分子選択的アロステリック阻害剤であり、心筋の過剰収縮を低下させ、心筋エネルギー消費を改善するまったく新しい機序の経口薬である。EXPLORER-HCM試験では、症候性の閉塞性肥大型心筋症(左室流出路における圧較差50mmHg以上)の成人患者を対象とし、マバカムテンまたはプラセボに1対1で無作為に割り付け、それぞれを30週間投与し、主要評価項目である(1)最高酸素摂取量(peak VO2)が1.5mL/kg/分以上増加し、かつNYHAクラスが1つ以上低下した場合、または(2)NYHAクラスの悪化を伴わずにpeak VO2が3.0mL/kg/分以上の増加が、プラセボ投与128例中22例(17%)に対し、マバカムテン投与123例中45例(37%)で達成し、有意な改善を認めており、2022年以降米国などで市販が望まれている。5 主たる診療科循環器内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 肥大型心筋症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン 心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版)(医療従事者向けのまとまった情報)2014 ESC HCM Risk-SCD Calculator(医療従事者向けのまとまった情報)1)Maron BJ. N Engl J Med. 2018;379:655-668.2)Ommen SR, et al. Circulation. 2020;142:e533-e557.3)Olivotto I,et al. Lancet. 2020;396:759-769.公開履歴初回2021年10月14日

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臨床研究成功の第一歩はウルトラマン発見から【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第35回

第35回 臨床研究成功の第一歩はウルトラマン発見から日々の診療活動の中で多くの患者さんに出会います。患者さんだけでなく、人はそれぞれ少しずつ異なります。身長や体重にも違いはあり、性別や国籍も異なります。しかし、どの医師も、身長40メートルで体重3万5千トンの患者を担当したことはないでしょう。この身長と体重のデータから、これが初代ウルトラマンのスペックであることを見抜いた方は相当のマニアです。さらに続ければ、年齢は2万歳、出身はM78星雲・光の国、必殺技はスペシウム光線です。地球での姿はハヤタシン(早田進)。ウルトラマンは小生にとって永遠のヒーローです。このサイズの患者さんが急性心筋梗塞になったとしたら、心臓カテーテル検査をするにも心カテの検査台も壊れます。何よりも病院に到着することも、ままならないことでしょう。本当にこのサイズの患者はいないでしょうが、研究データの中では実在することがあります。虚血性心疾患の診療実態を調査するための、レジストリ研究の初期データを眺めていた時に、ウルトラマンを凌ぐ強者を発見したことがあります。身長1,628メートルの患者が存在したのです。身長が富士山の半分近くあります。本当の身長は162センチ8ミリなのですが、そのデータ入力の単位がメートルである枠にミリメートルのデータを入力してしまっているのです。この身長の値のままで、コンピュータまかせに多変量解析など行うとトンチンカンな結果が導かれます。臨床研究では、エクセルなどの表計算ソフトの表にデータを入力しデータセットを作成するのが常です。その中に変なデータが含まれてないか十分にチェックする必要があります。データの傾向をグラフ化などで視覚的にとらえ、平均値や最小値・最大値、標準偏差などの数値を大局的に把握することが大切です。その時点で違和感のあるデータにはさまざまなものが考えられます。その代表的なものが「外れ値」です。これは、他のデータに対して著しく大きい(または小さい)データのことです。入力ミスに由来することが多く、解析から除外すべきデータは排除しなければいけません。この作業を、データスクリーニングといいます。具体的な解析にかける前に、この地味で基本的な作業をしっかりすることが重要です。臨床研究で最終結果を報告するためには、その前提としてさまざまな臨床データを取り集める必要があります。研究計画書に定められたデータを記載する用紙を症例報告書(CRF)と呼びます。昔は多くの研究で、紙の調査票の CRFでデータを収集し、それをエクセル等の表計算ソフトに入力してデータベースが作成されてきました。しかし、近年では、Webベースで電子的に収集するEDC(Electronic Data Capture)システムの普及が進んでいます。その場合は、入力可能な範囲(レンジ)として上限値や下限値などを設定しておけば、千メートルを超える身長などのナンセンスな外れ値は事前に排除することが可能となります。この作業をレンジチェックと言いますが、意味のある外れ値を除外しないようにすることも大切です。外れ値が、臨床的に意味のある貴重なデータである場合があるからです。自分の過去の経験で、HDLコレステロール値が0 mg/dLであった例があります。タンジール病でした。コレステロール排出のトランスポーターであるABCA1が遺伝的に欠損した疾患で、HDLが産生できず動脈硬化性疾患が起こる疾患です。HDLコレステロール値がゼロというのは入力ミスではなく、稀な疾患を同定する入り口であったのです。このように臨床研究などで扱うデータには、期待される一定の範囲が存在します。それから大きく外れる値は、入力ミスなどの排除すべきデータである場合も多いのですが、時には貴重な珠玉のデータである場合もあるのです。データスクリーニングは、外れ値を排除するばかりではダメで、その匙加減に臨床研究の妙味があります。そうです。期待に応えるデータも大切ですが、期待通りではないデータにも価値があるのです。これは猫を飼う場合の極意に通じます。猫好きには絶対にわかります。猫は常に期待を裏切り、人間の期待に応えることはありません。しかし、期待に応えないからこそ、愛おしい生き物なのです。どんなに喜んでくれるかと期待して通販で購入した高価なキャットタワーよりも、ボロボロの段ボール箱を隠れ家として愛する猫、すばらしいです。期待を裏切る行動が珠玉の結果に繋がるのです。データスクリーニングの極意を伝授してくれる猫様に、あらためて宣言します。弟子にしてください!

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衝撃のISCHEMIA:安定冠動脈疾患に対する血行再建は「不要不急」なのか?(解説:中野明彦氏)-1224

はじめに 安定型狭心症に対する治療戦略は1970年代頃からいろいろな構図で比較されてきた。最初はCABG vs.薬物療法、1990年代はPCI(BMS) vs.CABG、そして2000年代後半からPCI(+OMT)vs.OMT(最適な薬物療法)の議論が展開された。PCI vs.OMTの代表格がCOURAGE試験(n=2,287)1)やBARI-2D(n=2,368)、FAME2試験(n=888)である。とりわけ米国・カナダで行われ、総死亡+非致死性心筋梗塞に有意差なしの結果を伝えたCOURAGE試験のインパクトは大きく、米国ではその後の適性基準見直し(AUC:appropriate use criteria)や待機的PCI数減少につながった。一方COURAGEはBMS時代のデータであり、症例選択基準やPCI精度にバイアスが多いなど議論が沸騰、結局「虚血領域が広ければPCIが勝る」とのサブ解析2)が出て何となく収束した。しかしこの仮説は後に否定され3)、本試験15年後のfollow-up4)も結論に変化はなかった。ISCHEMIA試験:主要評価項目安定冠動脈疾患、侵襲的戦略と保存的戦略に有意差なし/NEJM 上記PCI vs.OMTの試験はサンプルサイズ・デバイス(BMSが主体)・虚血評価不十分・低リスクなどが問題点として指摘された。ISCHEMIA試験はこうしたlimitationを払拭し COURAGEから10年以上の時を経て発表されたが、そのインパクトはさらに大きかった。構図は侵襲的戦略 vs.保存的戦略、すなわち血管造影を行い可能なら血行再建療法(PCI or CABG)を行う群と、基本的にはOMTで抵抗性の場合のみ血行再建療法を加える群との比較である。米国の公的施設(NHLBI)の援助を受けた37ヵ国の国際共同試験で、対象はストレスイメージング・FFRや運動負荷試験によって中等度~高度の虚血が証明された安定型狭心症である。そもそもOMTで事足りるということか、血管造影は行わず冠動脈CT で左冠動脈主幹病変を除外してランダム化された(n=5,179)のも特徴的であり、結果として造影による選択バイアスは減少した。実際の血行再建はそれぞれ79%(PCI 76%、CABG 24%)と21%に施行され、PCIはDESを原則とした。 今度こそは侵襲的戦略(血行再建療法)有利と思われたが、3.2年以上(中間値)の追跡期間で、主要評価項目(心血管死、心筋梗塞、不安定狭心症・心不全・心停止後の蘇生に伴う入院、の複合エンドポイント)の血行再建群の調整後ハザード比は0.93(95%CI:0.80~1.08、p=0.34)と優位性は示されなかった。 ACSの多くは非狭窄部から発生することが以前から指摘されている。したがってPCIで stable plaqueをつぶしても予後改善や心筋梗塞発症抑制につながらない。これが永らくPCI がCABGに勝てない理由である。しかしISCHEMIA試験ではそのCABGを仲間に加えてもOMTに勝てなかった。ソフトエンドポイント:QOLの改善効果 ISCHEMIA試験の「key secondary outcomes」の1つに狭心症由来のQOLが加えられ、今回その詳細が報告された。1次エンドポイントである「SAQ Summary score:Angina Frequency score・Physical Limitation score・Quality of Life scoreの平均値」は両群とも平均70強(登録時)だった。Angina Frequency scoreは登録時平均80強(週1回程度の狭心症状に相当)で、それ以上(毎日あるいは週数回)が2割、無症状も1/3を占めていた。少なくとも36ヵ月までは血行再建群で症状緩和効果は維持され、登録時に狭心症状が強い症例ほど恩恵が多い、という骨子は常識的な結論であろう。 しかし同様の検討が行われたCOURAGE試験では、24ヵ月まで保たれたQOLの改善効果が36ヵ月後には消滅してしまった5)。確かに本試験でもポイント差が縮まってきており、この先を注視する必要がある。予後もイベントも抑えないから「不急」であるが、もし症状を抑える効果も限定的なら「不要」の議論も起こり得る。そして折しも 新たなデバイスや手技の進化に閉塞感が漂う血行再建術と、PCSK9阻害薬・SGLT2阻害薬・新規P2Y12受容体拮抗薬など次々EBMが更新される薬物療法、両者の位置付けはこれからどうなるだろうか? 日本でも数年前から安定冠動脈疾患に対する治療戦略が問われており、PCIへの診療報酬はAUCを前提にしつつ冷遇の方向に改定されている。折しも、新型コロナウイルスパンデミックへの緊急事態宣言発令を受けて、日本心血管インターベンション治療学会(CVIT)から“感染拡大下の心臓カテーテル検査及び治療に関する提言”が出された。曰く「慢性冠症候群、安定狭心症に対するPCIで、緊急性を要しないものについては延期を推奨する」である。時同じくして掲載されたISCHEMIA試験はこれにお墨付きを与えることになった。 今回のパンデミックにより今まで当たり前だったことが当たり前ではなくなった。人々の価値観や人生観・死生観までもが変容するに違いない。虚血性心疾患に対する医療もアフター・コロナでは新たなパラダイムシフトで臨むことになるのかもしれない。

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第31回 先入観に負けずに心電図を読め!~非典型的STEMIへの挑戦~【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第31回:先入観に負けずに心電図を読め!~非典型的STEMIへの挑戦~連載をはじめた当初、“2週に1回”の連載タイミングで、心電図の話題をいつまで続けられるかなぁ?…正直そう思っていましたが、気づけば前回で30回の“壁”を越えました。心電図って、本当に話題が尽きないんです(笑)。今回は、一見“なんてことない”状況が心電図と真正面から向かい合うことで一変する…そんな共体験をDr.ヒロとしましょう!症例提示89歳、女性。高血圧などで通院中。20XX年6月末、食事や入浴も平素と変わりなく、22時頃に就寝した。深夜1:30に覚醒し、強い悪心を訴え数回嘔吐した。下痢なし。嘔吐後、再び床に着くも喉元のつかえ感と悪心がおさまらず、早朝5:00に救急要請した(病着5:20)。前日の晩は家族と自宅でお好み焼きやキムチ、チャンジャを食べたが、同居家族に同様の症状の者はいない。来院時バイタルサイン:意識清明、顔色不良、体温36.2℃、血圧107/38mmHg、脈拍50~80拍/分・不整、酸素飽和度98%。来院時心電図を示す(図1)。(図1)救急外来時の心電図画像を拡大する【問題1】心電図所見として正しくないものを2つ選べ。1)心室内伝導障害2)ST低下3)ST上昇4)低電位(肢誘導)5)第1度房室ブロック解答はこちら1)、5)解説はこちら今回の症例は、悪心と嘔吐を主訴にやって来た高齢女性です。救急外来では“よくある状況”で、「感染性胃腸炎」や「食中毒」と判断してもおかしくない病歴かもしれません。でも、問題は心電図の読みです(笑)。救急外来の“ルーチン”か、はたまた「吐いた後にも喉のつかえ感が残る」という訴えがあったためか、いずれにせよ記録した以上はきちんと読む-これを徹底してください。もちろん「系統的判読」(第1回)を用いてね。1)×:「心室内伝導障害」(IVCD*1)とは「脚ブロック」をはじめ、QRS幅が幅広(wide)となる波形異常の総称です。後述するST-T部分が紛らわしいですが、今回はQRS幅としては正常(narrow)です。2)○:ST部分のチェックは、基線(T-P/T-QRS/Q-Qライン)とJ点(QRS波の切れ目)の比較でしたね。肢誘導ではI、aVL、そして胸部誘導ではV1~V5で1mm以上の「ST低下」が見られます。目を“ジグザグ運動”させることができたら、異常を漏れなく抽出できるはずです(第14回)。ちなみに自動診断では誘導が正しく拾い上げられていないことにも注目してください。3)○:この心電図では、広汎な誘導で「ST低下」が目立ちますが、ニサンエフ(II、III、aVF)では「ST上昇」が見られます。これも見逃してはなりません。4)○:「低電位(差)」は肢誘導と胸部誘導とで診断基準が異なります*2。「すべての肢誘導で振幅≦0.5mV」これが肢誘導の基準です。QRS波が5mm四方の太枠マスにすっぽり入れば該当し、今回は満たしています。5)×:これは、ボクの語呂合わせでは“バランスよし!”の部分に該当します。「PR(Q)間隔」とはP波とQRS波の“つかず離れず”の適度な距離感、これが“バランス”と表記した意味になります。上限値は200ms(0.2秒)ですが、「第1度房室ブロック」と診断するのは240ms(0.24秒)以上、すなわち小目盛り6個以上で、とボクは推奨しています。ただし、「P:QRS=1:1」である必要があり、普通、R-R間隔は整ですので、今回は該当しません。詳細は次問で解説します。*1:Intraventricular Conduction Disturbance*2:胸部誘導では2倍の1.0mV(1cm)がカットオフ値だが、肢誘導よりも圧倒的に少ない。【問題2】自動診断では「心房細動」となっている。これは正しいか?解答はこちら正しくない解説はこちらまた出た! Dr.ヒロの“自動診断いじり(笑)最近の心電計の診断精度は上がっているんですよ。ただ、時に機械は間違います。そんな時に信じられるのはただ一つ。そう、自分、人間の目です。“目立つ所見だけ言えてもダメ”心電図(図1)を見て目に飛び込んでくる華々しい「ST変化」…これだけに気をとられて、「調律」が何かを意識できなかった人はいますか? それじゃ、帽子をかぶって上着を着て、ズボンもはかずに外出するようなもの(下品な例えでスイマセン)。目立つものだけ指摘して、ほかの心電図所見を見落とすということは、それくらい“不十分”なことなんです。“レーサー(R3)・チェック”を活用すれば不整脈のスクリーニングにもなるんです*3。*3:1)R-R間隔:整、2)心拍数:50~100/分、3)洞調律のいずれか1つでも満たさなければ、その心電図には「不整脈」があると認識するのだった。R-R間隔は不整、心拍数は新・検脈法で60/分(第29回)。そして残りは“イチニエフの法則”ですね(第2回)。P波に注目です。QRS波ちょっと手前の“定位置”にP波がいない…?P波が「ある」ように見える部分と「ない」部分が…?「PR(Q)間隔」も伸びたり縮んだりしている…?イチニエフ…と見ていく過程で、こう感じた人は少なくないのではと思います。こういう時、まず当たりをつけるのに適した誘導はV1誘導です。右房に正対する位置で、距離的にも前胸壁で一番近くP波が見やすいです。さらに、この特徴に加え、二相性(陽性-陰性)のことが多く波形的にも目を引きやすいのもオススメな理由です。“P波探し”は不整脈の解析の肝であり、ちょっと慣れたら、次のようにビシッと指摘できるでしょう(図2)。(図2)V1誘導のみ抽出画像を拡大する大事なことですので、ぜひ拙著などでご確認ください(笑)。P波がコンスタントにある時点で「心房細動」ではないですよね? 実は、P波の間隔はほぼ一定で、1個目や5個目で「P-QRS」の順番が途切れており、これだけで「第2度房室ブロック」の「ウェンケバッハ(Wenckebach)型」と呼ばれるタイプだと指摘できる人は素晴らしい。5秒だと短いので、こういう時には、「手動(マニュアル)記録モード」にして長く記録すると良いでしょう。R-R不整が強く、心電計は「心房細動」と考えましたが、われわれはそれに釣られてはいけませんね。【問題3】来院後、再び嘔吐した。混血はなく、食物残渣・胃液様であった。心筋トロポニンT(cTnT):陰性、ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白(H-FABP):陽性であった。対応について正しいものを選べ。1)消化器症状が強いため、「“おなかの風邪”か“食あたり”でしょう」と説明して帰宅させる。2)制吐剤を含む点滴と内服処方を行い、後日外来での上部消化管内視鏡を薦める。3)H-FABPは偽陽性と考え、cTnTが陰性なことから急性冠症候群(ACS)は否定的と考える。4)救急外来で数時間待ってから採血と心電図を再検し、日中の通常業務の時間帯に入ってから循環器科にコンサルトする。5)自院で緊急心臓カテーテル検査が可能なら循環器医をコール、不可能なら即座に専門施設へ転送する。解答はこちら5)解説はこちら今回の高齢女性の主訴は悪心・嘔吐です。来院直後にベッドの上で嘔吐しました。90歳近い高齢であることを除けば“あるある”的な救急患者ですし、症状だけならば胃腸疾患と思えなくもありません。ただし、心電図を見てしまったらそうはならないはずです。「ST上昇」と「ST低下」が特定のコンビネーションで認められたら、何を考えますか? また、心筋バイオマーカーはどうでしょう?「ラピチェック® H-FABPなどの検査では偽陽性も多いし、トロポニン陰性だから大丈夫でしょ」そう考えるのもまたアウト。「何のために心電図をとったの!」ということになってしまいますね。“心電図をどう解釈するか”われわれ人間の性か、現行の心電図教育の関係かはわかりませんが、症状ごとに胸痛ならST変化に一点集中とか、心疾患っぽくなかったら心電図は見なくていいとか…さまざまな“決め打ち”や先入観が“心電図の語る真実”を見逃す原因になります。“とるなら見よ”、しかもきちんと―これがボクからのメッセージです*4。心電図を眺める時、いったんすべて忘れ去り、真っ白な心で読むのでしたね(第10回)。心電図(図1)で最も目立つのはST変化で、肢誘導ではII、III、aVF誘導の「ST上昇」、そしてI、aVL誘導の「ST低下」が認められます。ここで久しぶりに“肢誘導界”の円座標を登場させましょう。まずスタートは、aVLとIIIとが正反対に近い位置関係にあるということ(図3)。(図3)位置的に対側関係にある誘導は?画像を拡大する“大きな心”でとらえてくださいね。ST上昇のあるニサンエフ(II、III、aVF)とイチエル(I、aVL)って、心臓をはさんで反対の位置関係にありますよね? こうした真逆の2方向の組み合わせでST上昇・低下が見られた場合*5、“発言力”があるのは「ST上昇」のほうで、ほぼ確実にSTEMI(ST上昇型急性心筋梗塞)の診断となります。もちろん、できたら以前の心電図と比較して、過去にない「変化」が起きているのを確認できれば、なお確実性が高まります。今回の例は「下壁梗塞」疑いです。エフ(aVF)は“foot”ですから、何も覚えることなく「下壁」ですよね。加えて右冠動脈の近位部閉塞に伴う下壁梗塞の場合、時に房室ブロック(今回は第2度)を伴うという事実とも合います。ですから、心電図をとってDr.ヒロ流でキチンと読みさえすれば選択肢の5)が正しいとわかるでしょう。「STEMI=即、心カテ」はガイドラインでも銘記されています。ちなみに、選択肢3)は心筋バイオマーカーに関するものですが、汎用されるcTnTが陰性だから、ACSの可能性を否定してしまう選択肢4)のような対応もよくある誤りです(心電図を苦手にする人ほどこうしたミスを犯しがち)。STEMIでも発症後数時間のごく初期の段階ではトロポニン陰性も珍しくないんです。*4:その逆で“見ないならとるな”は間違い。さらに“見られないからとらない”は厳禁!…ちまたでは見かけるのも事実だが。*5:V1~V5の「ST低下」についても、V5はイチエルと“ご近所”(側壁誘導)、V1~V4は心臓の“前”で、II・III・aVFは“下≒後”と考えると対側性変化の一環として説明・理解できる。“「読めるか」より「とれるか」”心電図(図1)は波形異常と不整脈が混在し、それなりに読み甲斐のある心電図だと思います。ただ、この症例で一番難しいのは、心電図を「読めるか」より「とれるか」という点です。「気持ち悪い、吐きそう、吐いた、ノドのあたりがむかむか…」そんな訴えから胃腸疾患と決めつけてしまったり、看護師さんに「先生、これで心電図とるの?」と言われて“場の雰囲気”を重視したりすると痛い目にあいます。心筋梗塞の患者は、皆が皆、「強い前胸部痛」という典型症状で来院される方ばかりではありません。非典型例をいかに漏らさず拾えるかが、“できる”臨床医の条件の一つだとボクは思います。代表的な非典型的症状は、肩や歯の痛みですよね。また、今回の症例のように悪心や嘔吐なんかの消化器症状が目立って、心筋梗塞でテッパンの胸部症状がかすんでしまうこともあります。下壁梗塞の多くは、灌流域に迷走神経終末の多い右冠動脈の閉塞が原因であることから、胃部不快や嘔吐が多いと説明されています。心筋梗塞と嘔吐の関係を調べた古い文献によると、貫壁性(transmural)心筋梗塞の43%に嘔吐を伴い、前壁:下壁=6:4*6だったとのこと。時代やお国の違いこそあれ、さすがに普段の印象には合わない感じもしていますが…どうでしょう、皆さま?*6:重症の前壁梗塞によるショック状態で嘔吐が見られることがある。■非典型症状をきたす3大要因■(1)高齢者(2)女性(3)糖尿病今回の症例が難しいのは“何でもあり”の「高齢者」であること以外に「女性」であるわけです。女性の心筋梗塞は男性よりもわかりにくい症状なのは有名で、この連載でも扱ったことがあります(第6回)。“救急では心電図のハードルを下げよ”以上、消化器症状が強く出た高齢者の非典型的STEMI症例でした。『患者さんの訴えが心窩部より上のどこかで、それに対して“深刻感”を感じたならば心電図をとる』これをルーチンにすれば“見落とし”が少しでも減ると思います。とは言え、多忙な救急外来ではとかく“ハイ、胃腸炎ね”と片付けてしまい、ボク自身も反省すべき過去がないとは言えません。12誘導心電図は保険点数130点ですから、『3割負担の方でも“ほか弁”ないし“スタバのコーヒー”くらいの値段で大事な検査が受けられますよ』、と患者さんにも普段から説明するようにしています。多少は手間ですが、患者さんには無害な検査です。“空飛ぶ心電図”で谷口先生にお話を伺った際、「顎と心窩部にはさまれた部分」で一定の症状があったら、心電図を“とりにいく”姿勢の大事さを学びましたよね(第27回)。とくに救急現場では心電図はバイタルサインの次くらいに軽い気持ちでとるほうが無難です。くれぐれも心電図の苦手意識から「心電図をとるの、やめとこかな…」は“なし”にしましょう!! Take-home Message1)対側性変化で説明できるST上昇・低下が共存したらSTEMIと診断せよ。2)非典型症状に潜む“隠れ心筋梗塞”に注意せよ!~時に悪心・嘔吐が前面に出ることも~3)下壁梗塞では房室ブロックを合併することあり。1)杉山裕章. 心電図のはじめかた. 中外医学社;2017.p.128~137.【古都のこと~勧修寺雪見灯篭~】山科区の勧修寺(山号:亀甲山)は、前回・前々回と紹介した随心院からも徒歩10分圏内です。お恥ずかしながら、最近訪れるまでは「かんしゅうじ」と呼んでいましたが、実は「かじゅうじ」です*1。真言宗山階派の大本山で、醍醐天皇の母、藤原胤子(ふじわらの たねこ/いんし)の菩提を弔うため、平安中期の昌泰3年(900年)に創建されました。母方の実家である宮道(みやじ)家邸宅を寺に改め、父・藤原高藤*2の諡(おくりな)から「勧修寺」と命名されました。白壁の築地塀を横目に歩き山門から入って程なく、書院の庭には水戸光圀*3の寄進とされる「雪見灯籠」*4があります。周囲が樹齢約700年とも言われるハイビャクシンの枝葉に覆われているので、ボクは二、三度通り過ぎてようやくどれかわかりました(笑)写真はちょうど真裏から眺めた様子で、本当に前からは見えない! この灯籠のフォルムは「勧修寺型」と呼ばれ、灯籠の代表的パターンの一つらしいです。「京都へ来られたら見て通(トオ)ろう」というジョークが書かれた看板に微笑したのでした。*1:この辺りの住所は「かんしゅうじ○○町(ちょう)」というからややこしい。*2:高藤が山科で鷹狩りをした際、偶然雨宿りに訪れた宮道弥益(いやます)宅で娘の宮道列子を見初め、一夜の契りを交わした。後に列子を正室(妻)として迎え、娘の胤子は宇多天皇の女御(后)となって後醍醐天皇を産んだ。当時、中下流一家から皇族に入ることはあり得ず、『今昔物語』に記されたこの列子(「たまこ」とも読む)の成功譚が“玉の輿”の語源の一つともされる。ちなみに藤原高藤は紫式部の祖先であり、『源氏物語』に登場する光源氏と“明石の君”との恋バナは列子と高藤の話がモチーフだという話も。どれだけ奥深いんだ!…歴史って。*3:TVなどでお馴染みの“水戸黄門”とはその人。*4:「笠に積もった雪を鑑賞して楽しむためのもの」「笠の形に雪が積もった傘ように見える」「灯りを点すと(近江八景の)浮見堂に似ており、それが訛った」など諸説あるよう。

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NIRS-IVUS、不安定プラークと患者のイベントリスクを特定/Lancet

 心臓カテーテル検査を行い即時の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を受ける患者に対する血管内超音波(IVUS)イメージングについて、近赤外線分光法(NIRS)によるイメージングの非閉塞領域に対する安全性が確認され、また、その後の非責任病変部の主要有害心血管イベント(NC-MACE)のリスクが高い患者、および発生の可能性がある部位の特定に役立つことが示された。米国・MedStar Washington Hospital CenterのRon Waksman氏らが、前向きコホート試験「Lipid-Rich Plaque:LRP試験」の結果を報告した。NIRS-IVUSイメージングは、急性冠症候群または心筋梗塞に関連し血行再建あるいは心臓死につながる脂質に富むプラーク(lipid-rich plaque:LRP)を検出できるが、将来的にイベントを呈する可能性がある冠動脈や患者を予測する検討は小規模で、プラークに立脚した仮説は検証されていなかった。著者は今回の結果を踏まえて、「NIRS-IVUSは、臨床診療で不安定プラークを有する患者およびそのプラークを検出できる初回イメージングツールとして、考慮すべきである」とまとめている。Lancet誌オンライン版2019年9月27日号掲載の報告。冠動脈疾患疑い患者約1,500例の前向きコホート研究 研究グループは、イタリア、ラトビア、オランダ、スロバキア、英国、米国の44施設において、ad hoc PCI(病変評価後にそのままPCI)となりうる、心臓カテーテル検査を受ける冠動脈疾患疑いの患者を登録し、NIRS-IVUSを用いた非責任病変部のスキャンを実施した。 本試験には患者とプラークの2つの階層的な主要仮説があり、それぞれLipid Core Burden Index最大値4mm(maxLCBI4mm)とNC-MACEとの関連性を検証した。LRPが大きな患者(≧250 maxLCBI4mm)とLRPが小さな患者(<250 maxLCBI4mm)の半数を無作為に抽出し、24ヵ月間追跡した。 2014年2月21日~2016年3月30日の期間で計1,563例が登録された。将来的なリスクが高い不安定プラークの部位と患者の特定に成功 NIRS-IVUSデバイス関連事象は、6例(0.4%)で確認された。maxLCBI4mmが解析可能な患者1,271例(平均[±SD]年齢64±10歳、男性883例[69%]、女性388例[31%])が追跡調査に組み込まれ、NC-MACEの2年累積発生率は9%(103例)であった。 患者レベルの解析では、maxLCBI4mmが100単位増加するごとのNC-MACE発生の補正前ハザード比(HR)は1.21(95%信頼区間[CI]:1.09~1.35、p=0.0004)、補正後HRは1.18(95%CI:1.05~1.32、p=0.0043)であった。maxLCBI4mmが400を超える患者では、NC-MACEの補正前HRは2.18(95%CI:1.48~3.22、p<0.0001)、補正後HRは1.89(95%CI:1.26~2.83、p=0.0021)であった。 プラークレベルの解析では、maxLCBI4mmが100単位増加するごとのNC-MACE発生の補正前HRは1.45(95%CI:1.30~1.60、p<0.0001)であった。maxLCBI4mmが400を超える部位では、NC-MACEの補正前HRは4.22(95%CI:2.39~7.45、p<0.0001)で、補正後HRは3.39(95%CI:1.85~6.20、p<0.0001)であった。

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第27回 空飛ぶ心電図~患者さんの命を乗せて~(前編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第27回:空飛ぶ心電図~患者さんの命を乗せて~(前編)心電図と言えば、生理検査室や診療所、病棟などのベッド上で記録し、病院内で閲覧する“静”なイメージがありませんか? でも、最近では、大切なメッセージを届けてくれる伝書鳩のように、遠くで記録された心電図が病院に届く技術があるんです。いわば“空飛ぶ心電図”かな(笑)。正式には「伝送心電図」と言いますが、院外の救急現場で記録され、電子データとして心電図が病院に送られます。このシステムが、診療の質や効率を向上させることが確認されてきています。この、伝送心電図の活用法について、京都での実際の取り組みを谷口 琢也先生(京都府立医科大学循環器内科)へDr.ヒロが取材しました。2回シリーズの前編をどうぞ!◆聞き手:Dr.ヒロ(以下、ヒロ)◆ゲスト:谷口 琢也先生(以下、谷口)谷口 琢也氏京都府立医科大学医学部卒業。松下記念病院で心筋虚血(核医学)に関する薫陶を受け、2007年より国立循環器病センター心臓血管内科CCUに所属、モバイルテレメディシンシステムに触れる。2013年からは京都府立医科大学附属北部医療センターで心不全レジストリなどの臨床研究を主導すると共に、クラウド型12誘導心電図伝送システムを導入。2018年に京都大学大学院で臨床疫学の方法論を系統的に学び、現在、母校にて社会に還元できる臨床研究の推進に取り組む。医学博士、社会健康医学修士、総合内科専門医、循環器専門医、心血管カテーテル治療専門医を取得。趣味は美食探訪、得意な家事は皿洗い。(ヒロ)Willem Einthoven先生が発明した心電図は、100年以上も前から有用性が裏付けられており、今もなお臨床の最前線で活用されています。そんな歴史を有する“レジェンド検査”が、現代の情報技術(IT)と融合し、さらなる進化を遂げています。救急現場で12誘導心電図を記録し、いち早く専門医の元に届ける「伝送心電図システム」は、循環器系救急のトピックの一つでもありますが、“時間との闘い”的な側面の強い心血管疾患の診療に革新をもたらす可能性のある技術だと思います。心電図や不整脈に関して、ボクは普段から情報収集を怠っていないつもりでしたが、同システムを用いた救急診療を先導した経歴を持つ先生が学内にいるのを見落としていました(笑)。「一度、イイネ!と思った企画は必ずやる」-ボクの信条が今回も実現しました。全国の読者の方々にもきっとお役に立つかと思い、本日は、心電図の伝送システムの現状と課題について伺います。(谷口)よろしくお願いします。<質問内容>【質問1】伝送心電図の概略について教えてください。【質問2】この伝送心電図の取り組みは、どこの地域・どこの病院で行われていますか?【質問3】なぜ、この地域(京丹後医療圏)が選ばれたのでしょうか?【質問4】全国のほかの地域で同様な取り組みをしている場所はありますか?【質問5】心電図はどこでとるのですか? 【質問6】プライバシー面での配慮はありますか? 同意をとっていますか?【質問7】心電図検査の要否、クラウド送信などの判断は、どの時点で誰がするのでしょうか?【質問8】伝送された心電図は「誰」が「どこ」で読むのでしょうか?【質問9】心電図の記録、送信、到着までの時間は大体どれくらいですか?【質問10】心電図はいつ伝送しますか?救急車が出発してから送るのですか?【質問11】心電図の記録や送信に時間がかかったことで、診断や治療が遅れたケースはありますか?【質問12】この伝送心電図システムが最もターゲットとしている疾患は何でしょうか?【質問13】伝送心電図が有効だった典型例を教えて下さい。【質問14】“狙い通り”のSTEMI症例は、実際に年間どれくらいの件数がありますか?【質問1】伝送心電図の概略について教えてください。(谷口)正式名称は「クラウド型12誘導心電図伝送システム」といい、救急車に搭載されるものです。このシステムのポイントは、これまでの救急現場で心電図といえば3点モニターだけが定番であったのを、病院と同じ12誘導にしていることです。(ヒロ)いわゆる「プレホスピタル心電図」(病院前心電図)を12誘導で行おうということですね。(谷口)病院前心電図には、病院到着前の段階で、いち早く心電図診断を行い、治療が必要な患者を同定し、その準備も同時並行で行うことができるメリットがあります。(ヒロ)治療というのは、具体的には“心臓カテーテル検査・治療”のことですか?(谷口)はい。緊急冠動脈造影・カテーテル治療(CAG/PCI)が必要な急性心筋梗塞を含む急性冠症候群(ACS)の患者の血流再開までの時間を短くして、予後を改善するのが本システムの一番の目的です。(ヒロ)「胸痛」を訴えた患者ということですか?(谷口)いや。実はACSの症状は多岐にわたります。ですから、今回は、下顎から心窩部の範囲、これに両上肢も含めて何らかの症状があった場合に心電図を記録するよう救急隊にお願いしました。(ヒロ)なるほど。間口を広くとることで“漏れ”が少なくなりそうです。実際に記録された心電図は、その後どうなるのですか?(谷口)記録された心電図はMFER(Medical waveform Format Encoding Rules、医用波形記述規約)というデータ形式でクラウドに飛ばして、それを搬送先の病院医師が見る、という流れになります。オンコール医師は院外(自宅など)にいても、スマホからクラウドにアクセスして12誘導心電図を確認し、緊急性を判断することができます。なお、われわれが用いたのは株式会社メハーゲンのSCUNA(スクナ)というシステムで、キャリアはNTTドコモです(図1)。(図1)クラウド型12誘導心電図伝送システム画像を拡大する【質問2】この伝送心電図の取り組みは、どこの地域・どこの病院で行われていますか?(谷口)京都府の二次医療圏としては、最北の丹後医療圏*1にある京都府立医科大学附属北部医療センターで行われています。(ヒロ)有名な天橋立がある風光明媚な場所ですね。先生が以前そこにお勤めだったと聞いています。ほかに京丹後市のアピールポイントは?(谷口)実際に病院があるのは、京丹後市ではなく、与謝郡与謝野町です。ここは歌人与謝野 晶子が住んでいた場所であり、絹織物(丹後ちりめん)の名産地でもあります。食に関しても、あのブランド蟹である「間人ガニ」の漁港が近いなど、魚介類をはじめ、ご飯がとてもおいしい地域です。とくに宮津では、5~6月に収穫される「丹後とり貝」も有名です。(ヒロ)日本海が近いですから、海産物はテッパンでしょうね。とり貝はボクも大好きです。そして、“空”には心電図が飛び交っているわけですね(笑)。*1:人口約10万人。宮津市、与謝野町、伊根町、京丹後市の約845km2からなるエリア。【質問3】なぜ、この地域(京丹後医療圏)が選ばれたのでしょうか?(谷口)丹後医療圏は国内でも長寿地域の一つなんです。なかでも京丹後市は歴代最高齢の男性*2としてギネスに登録された方が暮らしていた場所としても知られています。(ヒロ)当科の的場 聖明教授が主導されている健康長寿に関するコホート研究が行われているのも、このエリアですよね?(谷口)ええ。的場教授のご指導もあり、同地域で救急領域での伝送心電図活用プロジェクトが立ち上がりました。*2:木村 次郎右衛門氏(きむら じろうえもん、116歳没)。【質問4】全国のほかの地域で同様な取り組みをしている場所はありますか?(谷口)最初に沖縄で導入された実績があります。あとは、八戸(青森県)、大分は県全域、岩手県、そして津(三重県)など、かなり広いエリアで同様の取り組みがされています。淡路島でも行われていると聞いています。【質問5】心電図はどこでとるのですか?(谷口)伝送システムは救急車内にあるので、救急隊が現着して、患者と接触後、救急車内に収容した段階で心電図を記録します。【質問6】プライバシー面での配慮はありますか? 同意をとっていますか?(谷口)現場で患者の心電図をとってそれを病院に送りますが、とくに患者や家族の同意をとらず、患者は救急車内に収容されたら、12誘導心電図をとられる仕組みになっています。顔は写りませんので、プライバシーの問題はクリアできていると思っています。(ヒロ)切迫した状況のことも多く、やむを得ない面があるのでしょうね。【質問7】心電図検査の要否、クラウド送信などの判断は、どの時点で誰がするのでしょうか?(谷口)心電図をとる必要性についての判断は、現場の救急隊が行っています。ちょっとでも疑わしければ心電図をとるようお願いしています。とった心電図はすべて病院に送信してもらい、必ず医師が確認するようにしています。(ヒロ)なるほど。ここでも“できるだけ漏らすまい”という姿勢がうかがえますね。【質問8】伝送された心電図は「誰」が「どこ」で読むのでしょうか?(谷口)読むのは循環器内科のオン・コール(またはファースト・コール)と呼ばれる役割の医師です。伝送心電図が病院に飛んでくると、救急ナースからその医師に「心電図を見てください」と一報が入り、その時点で医師が確認します。院内にいればもちろん、スマホさえあれば自宅でも屋外でも伝送された心電図を見ることができます。【質問9】心電図の記録、送信、到着までの時間は大体どれくらいですか?(谷口)心電図をとったらすぐに伝送できるので、実際には心電図をとるべきか判断して記録するまでの時間が律速になるかもしれません。現着から心電図伝送までは、85%のケースが12分以内に済んでいます。(ヒロ)ACSガイドラインにも記されている、「思わせぶりな胸部症状なら10分以内に心電図」がほぼ達成されているわけですね。【質問10】心電図はいつ伝送しますか?救急車が出発してから送るのですか?(谷口)伝送の約3/4(76%)は現場を出発する前でしたが、出発前に伝送したケースでは、現場の滞在時間が2分ほど長くなるなどのデメリットもありました。(ヒロ)難しいトレードオフ(trade-off)ですね。実際の所要時間は?(谷口)現着から医師の心電図確認までは、出発前伝送で14分、出発後伝送で20分でした。郊外型病院の特性で病院到着までの時間は患者が発生した場所次第でまちまちでしたが、心電図を確認した段階で、次にどう動くべきか判断できるので、救急車が病院に到着する頃には、受け入れ態勢(カテーテル室の立ち上げなど)がかなり整いました。(ヒロ)そういう意味でもできるだけ早く「出発前伝送」を心がけるべきなのでしょうね。事がスムーズに進めば、患者接触から15分程度で専門医が心電図にアクセスできるわけですから。【質問11】心電図の記録や送信に時間がかかったことで、診断や治療が遅れたケースはありますか? (谷口)現時点ではありません。(ヒロ)システムが優秀なこともあるのでしょうが、これは送る側と受ける側が1:1対応で“あうんの呼吸”だからですね。都心部のように受け取る病院が複数で、件数自体が増えればシステムトラブルなどが出てくる可能性もあるため、対策は必要だと思います。【質問12】この伝送心電図システムが最もターゲットとしている疾患は何でしょうか?(谷口)やはりACSです。最も早くカテーテル治療が必要で、救命効率が高い疾患ということになります。カテ室の準備にかなり時間がかかるものですから、そこを短縮するという意味でも、やはりACSが一番のターゲットになります。【質問13】伝送心電図が有効だった典型例を教えて下さい。(谷口)2016年10月~2017年1月までのトライアル期間において、17件の伝送例のうち3例で緊急カテーテルが行われました。このうちの1例がSTEMI(AMI:急性心筋梗塞)であり、その例を提示します。【症例1】58歳、男性。【主訴】胸部不快感、意識消失【現病歴】2016年11月X日、新聞配達の仕事中、午前3時頃にコンビニでタバコを買い、店を出た直後に胸が“えらく”なり、ムカムカして意識が遠のくような感じがした。その後、車を運転中に意識消失し、気がついたら電柱にぶつかっており、近隣住民によって救急要請された。救急搬送時にはNRS(Numerical Rating Scale)7/10の胸部症状が持続していた。【身体所見】意識清明、会話可能。脈拍数:49/分・不整、血圧95/61mmHg、呼吸音:清。(ヒロ)割合とリスクに乏しい男性の深夜の胸部症状ですか。車を電柱にぶつけていますから、意識がない時間があったのですね。心電図伝送の時間経過は?(谷口)3時13分に現着、車内収容が3時18分で心電図伝送が3時22分です。心電図確認は3時35分でした。3時23分に現地を出発し、病院搬入が3時40分(搬送距離9.1km)でした。(ヒロ)実際に伝送された心電図は?(谷口)図2です。II、III、aVF誘導でST上昇、胸部誘導で対側性ST変化があります。救急外来でとった心電図に比べてより振幅が大きいのですが、ノイズもなく、ほぼ遜色なく評価可能だと思います。(図2)伝送された12誘導心電図画像を拡大する(ヒロ)波形としては、同時相の12誘導波形ですね。3拍目は補充収縮でしょうから、「2度以上」、おそらくは「高度」の範疇に入る「房室ブロック」もありそうです。これが意識消失の原因ですかね。こういう場合、閉塞部位は大半が近位部ですし、V1誘導のST低下が相対的に軽めで血圧も低めですから、右室枝の関与(右室梗塞)も気になります。実際の心カテの様子はどうでしたか?(谷口)カテ室入室が4時12分、穿刺が4時20分です。右冠動脈が近位部(図内↗)で完全閉塞しており、左冠動脈にも狭窄がありましたが、当日はこちら(右冠動脈)を治療しています(図3)。血栓吸引をして、型通りのPCIにてTIMI 3を得て終了しています。peak CK 2,311U/Lでした。(図3)右冠動脈造影画像を拡大する(ヒロ)Door-to-Balloon-Time(DTBT)はいかがでしょう?(谷口)血栓吸引までが58分、バルーンまでですと69分で、これがDTBTになります。(ヒロ)DTBTは90分が一つの指標だと思いますが、余裕でクリアしていますね。“勝因”の一つは、伝送心電図の“事前情報”ですかね。(谷口)ええ。胸の症状があって心電図が送られてきたということで、われわれは“アラート”(alert)として受け止め、病院としても受け入れ体制で待ちます。プレホスピタル心電図のクラウド伝送を行うことで、診断が早くつき、病院到着後の流れが非常にスムーズになる可能性が十分あると思います。(ヒロ)まったくその通りですね。【質問14】“狙い通り”のSTEMI症例は、実際に年間どれくらいの件数がありますか?(谷口)2017年12月1日から1年間のデータがあります。心電図伝送されたのが152例(平均年齢79歳[29~96歳])あり、そのうちSTEMIの症例が11例であったという状況です。(ヒロ)割合としては7%が“ホンモノ”(本物)なんですね。いやー、今回のお話、非常に魅力的でした。“空飛ぶ心電図”の前半はここまでにしましょう。次回はプロジェクトの成功秘話や苦労した点について伺います。お楽しみに!【古都のこと~松花堂~】松花堂は、岩清水八幡宮に程近い、京都市中心部から電車でも車でも1時間弱の八幡市にあります。その社僧で瀧本坊なる寺坊の住職を務めた昭乗が晩年、泉坊一角に方丈の草庵*1を結び、「松花堂」と名付けたとされます。昭乗は今で言う“マルチ人間”で、書道(能書)*2、絵画、茶の湯などに優れた才能を発揮しました。敷地内には広大な庭園が広がっていますが、平成30年の大阪北部地震(6月)と台風21号(8月)による被害のため、一時閉園に追い込まれたという苦難の年がありました。懸命の復旧作業が行われ、同年10月下旬に再開されたものの、自然の猛威の爪痕は深く、令和元年2019年9月現在、外園のみ限定公開のため、草庵や書院、3つある茶室*3を目にすることはできません。ただ、その周囲を歩くだけでも優美さに心奪われ、いつまでも残したい名園だと誰しもが感じるでしょう。多数の竹とともに春は椿、秋は隠れ紅葉スポットとして、皆さんにもぜひ一度訪れてもらいたいです。*1:廃仏毀釈の際に現在の場所に移築され、旧地(松花堂跡)より南方に位置する。*2:光悦寺で有名な本阿弥光悦、近衛信尹とともに「寛永の三筆」とされ、将軍家の書道師範も務めた。*3:松隠・竹隠・梅隠が茶会に利用されていた。

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第10回 初心忘るべからず~心電図に先入観は禁物~【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第10回:初心忘るべからず~心電図に先入観は禁物~新年、明けましておめでとうございます。2019年が皆さまにとって素敵な1年になるといいですね。おかげさまで、本連載も10回目を迎えることができ、今後ますます、心電図に関するわかりやすく有益な情報発信をしてゆく所存です。さて、新年一発目は初心にかえるべく大事な症例を扱いましょう。症例提示67歳、男性。糖尿病、高血圧で治療中。10年前に冠動脈インターベンション(PCI)実施の既往あり。4ヵ月前にも急性冠症候群(ACS:Acute Coronary Syndrome)で入院し、再狭窄(ステント内高度狭窄病変)の治療がなされていた。1ヵ月前から明け方の胸部不快・倦怠感が出現し、2週間前に救急外来を受診。諸検査結果から“帰宅可”とされた。今回は定期外来で受診し、以下のように症状を訴え、緊急入院となった。『今朝もまた調子が悪かったです。こないだ救急で来たときは大丈夫って言われました。前回の狭心症の時より軽いような気がするんですけど、なーんかやっぱり変なんです』定期外来時(図1)および救急外来時(図2)の心電図を以下に示す。(図1)定期外来時の心電図画像を拡大する(図2)救急外来時の心電図(2週間前)画像を拡大する【問題1】外来時の心電図(図1)の所見として正しくないものを2つ選べ。1)心室期外収縮2)心房細動3)ST低下4)異常Q波5)房室ブロック解答はこちら2)、4)解説はこちら1)×:肢誘導3拍目はワイドで洞周期のタイミングよりも早期に出ており、「心室期外収縮(PVC)」で間違いありません2)○:自動診断下部のコメントを見ると「心房細動が疑われます」となっていますね。でもこれは誤り。“悪魔のささやき”です(笑)。期外収縮の部分を除いてR-R間隔も整で、特徴的なf波(細動波)もありません(第4回)3)×:目を皿のようにして眺めると、I、II、そしてV2~V6誘導で「ST低下」があります。しかも、心筋虚血ありの時に多い“悪性”な「水平型」のようです4)○:aVR誘導を除き、最初に陰性に振れているQRS波はどこにもありません5)×:自動診断の「房室ブロックII度(Mobitz)」は×ですが、選択肢の「房室ブロック」は正しいです。これが最初から一人で見抜けたのなら、今回ボクから学ぶことはあまりないかも!?お決まりの読み“型”を思い出せ!さぁ、2019年はじめの症例は、冠危険因子リッチで、実際に心カテ治療歴もある男性です。ただ、今回は循環器外来での一場面。4ヵ月前に緊急PCIをされた時とは性状が少し違う、弱い胸部症状を訴えています。まずは、心電図(図1)を系統的な読み“型”(第1回)で判断すると、R-R間隔は不整、心拍数は期外収縮がない右側(胸部誘導)に対して検脈法を用いると48/分ですし、また、全体の10秒間の記録からは60/分(QRS波が10個)と算出できます(第3回)。ちなみに、どうしても最初に自動診断に目がいく人! それ自体は別に構いませんが、できれば自分で系統的な読みをした上での“たしかめ”に活用するほうが良いでしょう。次に、“ピッタリ”のP波はカタチがやや気になりますが、「向き」的には洞調律ですかね(第2回)。以下“クルッとスタート バランスよし!”でひっかかるのは、“スター”部分のST変化。なんだかST低下がありそうです。ここで、なーんかオカシイナと思ったら…過去の心電図との比較が重要です。この人の場合、2週間前にも同じような症状で救急受診しているので、その際の心電図(図2)と比べてみます。冠動脈疾患の既往がガッツリある人なので、どうしてもST変化に目がいってしまうのは医師の“性”でしょうか。現場では2枚の心電図を横に並べて、どこが変化したのかを見るのでしょう(そんなクイズも世間にありますね)。すると新規にST低下が出現しており、しかも虚血性ST変化としては“ホンモノ”を示唆することが多い「水平型」ではないですか! 左室肥大で見られるV5・V6誘導でのQRS高電位所見を伴わないST低下であることも重要だとボクは考えます。つまり、 このST変化は左室肥大では説明できないわけです。また、ST変化以外に今回問題となるのは、自動診断でも挙げられている「房室ブロック」です。細かく言うと「房室ブロックII度(Mobitz)」なので間違いもありますが、心電計がP波をきちんと認識できているということですから、ある意味スゴいです。これらの問題点を踏まえて次の問題をどうぞ。【問題2】心筋トロポニン、CK・CK-MBの上昇はなく、心エコーでの左室壁運動異常もなかった。以上のことからどんな病態を想定し、どうマネジメントするか?解答はこちら病態の想定:ACSや有症候性徐脈(房室ブロック)、冠攣縮性狭心症などマネジメント:冠動脈造影、房室ブロックの精査・加療を行う解説はこちらこの問題は、今回ボクが最も伝えたいことに関係します。この方は採血や心エコーでの異常はないようです。でも、濃厚な狭心症治療歴、加えて新出のST変化、とくに水平型ST低下ですから、冠動脈病変、なかでもACS再発を第一に疑うこと自体は悪くありません。“早朝だけ”のようなキーワードから「冠攣縮性狭心症」を思い浮かべた人もセンス良しです。また、既往にも以前の心電図にもない「房室ブロック」が認められていますので、これに関連した胸部症状ではないかどうかも疑うべきです。マネジメントとしては…狭心症を疑い、冠動脈造影を実施。また、房室ブロックについても精査する必要がありますね。実際、この方は「不安定狭心症(急性冠症候群)」の疑いで緊急入院となりました。これはGood-Jobだったのですが、まずかったのは、“その他”の選択肢を考えるのをやめてしまったこと。心臓カテーテル検査を行って冠動脈狭窄(動脈硬化症)や冠攣縮を評価し、場合によっては血行再建治療をすると同時に、もう一つの大きな異常である「房室ブロック」への対処も想定してこそデキるドクターです。徐脈に関連した症状や心不全徴候ありと考えればペースメーカー植え込みの適応がありますし、その前に一時ペーシングを行う必要性はありませんか…?ST部分にばかり気をとられて、心電図から「房室ブロック」を指摘できない人は、その先に進みようがありません。ST変化のほかに不整脈もあるぞ!病歴や背景因子からして、患者さんの胸部症状の原因として、冠動脈疾患(虚血性心疾患)を疑うのは定石ですし、できて当然だと思います。この方は左冠(状)動脈(前下行枝)に治療歴があり、心電図(図1)をよく見るとaVR誘導でST上昇もあるので、『かなり上流でのヤバイ病変なのでは…』と、とらえる人もいるかもしれません。もちろん、悪くないでしょう。同日に入院後、“準緊急”でなされた冠動脈造影では、ステント狭窄やほかの新規病変もありませんでした。そのためか、この時点で担当医は、心電図(図1)に心室期外収縮以外の大事な不整脈があるということを完全に見落とし、安心しきってしまいました。たしかに、心拍数もメチャクチャ遅いわけでもない、期外収縮もある、「心拍数62/分」と表示されていた…そのため「徐脈性不整脈」の存在と影響を頭に思い描くことができなかったのでしょう。ここで、心電図(図1)より抜粋したV1誘導(あるいは“僧帽性P”に見えるII誘導)を見て下さい(図3)。(図3)心電図(図1)よりV1誘導のみ抜粋画像を拡大する左から奇数個目のP波はブロックされており、QRS波は続きません。つまり、2:1房室ブロックと診断できるんです。自動診断の言う「II度(Mobitz)」ではなく、「2:1房室ブロック」。これが正しい心電図診断です。「2:1」というのは、“つながる”(房室伝導できる)と“落ちる”(房室伝導できずにQRS波が脱落する)が交互にくるという意味です。担当医はまず、2週間前の心電図(図2)のV1誘導と比べて、明らかにT波のカタチが変わっている(おかしい)ことに気づくべき(クルッ“ト”チェックの時点でね)。図中の矢印はP波ですよ! QRS波の直前にコンスタントにあるP波とまったく同じ波形がT波終末部に重なっているのです。このようにV1誘導のP波は、“2相性”であるなど目立つ形状のことも少なくありません。なので、P波の認識が外せない不整脈解析において、ほかよりもV1誘導が不整脈を読み解くのに適している理由の一つなんです。心電図のメッセージは漏れなく受信したい実際のカルテには「洞調律、以前にないST低下」という記載のみで、カテの翌日に退院可とされていました。サマリーにも房室ブロックに関する言及はありませんでした。この房室ブロックは間欠的(一過性)だったため、めまいやふらつき、息切れなどの典型的な徐脈症状もこの患者さんにはありませんでした(その後しばらく外来心電図でも房室ブロックなし)。そのためか、退院後も不定期に続く類似の訴えが問題提起されませんでした(外来担当医には“真実”が見えてなかったためでしょう)。そして緊急入院から半年以上も後のこと。患者さんは『以前は、時折、朝だけ出現していた症状が、最近は1日中になって身体全体が重くてだるい』と訴えて、再び救急受診することになります。この時に担当した別の医師は、「2:1房室ブロック」に気づき、最終的にペースメーカー植え込みがされました。幸い、術後は胸部症状と倦怠感が完全に消失(主訴が房室ブロックによるものであることを示唆しています)したそうです。めでたし、めでたし。ちなみに、心電図(図1)で認められたST低下についてはどうでしょう?血行再建を要するほどではない狭窄が数カ所あり、それが房室ブロックに伴う徐拍化で相対的に心筋虚血を生じた可能性などを考えますが、正確な機序に関しては難しいように思います。最後に述懐。当初、入院担当医、そして心カテも含め指導した上級医(外来医)は共に循環器医でした。彼らを笑う、あるいは責めたところで、何も問題は解決しませんし、ボクが最も嫌いなことです。むしろ“人の振り見て我が振り直せ”。先入観は時に“プロ”であっても盲目にさせるもの。担当者が心電図の放つメッセージをすべて受信できていたら、今回のようなジャッジには絶対ならなかったはずですし、どんな立場の医師であろうと、患者さん本人や家族にとっては“ヤブ医者”と感じるかもしれません。でも、もし半年前にペースメーカーを入れてあげられていたら、患者さんをもっと早く快適にできたわけですし、もしも「冠動脈狭窄なし=冠攣縮」のような短絡的思考でジルチアゼムなどを処方していたら、医原性に完全房室ブロックを作っていた可能性もあります。すべてがすべて、心電図の“読み落とし”に起因する結果と考えられませんか…?もちろん仮定の話で、悲観しすぎかもしれませんが。『この患者さんは“冠疾患の人”だから…』だと決めつけて、心電図でST変化だけしか見ない医師に“正解”は見えません。心電図を読む時は、まず先入観なく真っ白な気持ちで読むのです。その上で所見を解釈し、行動に移す段階で患者背景などの追加情報を乗せるのが正しい“順序”なのです。過剰な先入観の怖さ、そして系統的な心電図判読の重要さ…それを本症例が教えてくれている気がします。サン=テグジュペリの星の王子さまは、「大切なものは目に見えない」と言いました。ただ、心電図の場合には少し違います。すべて“見えてる”んです。でも、読む側の頭と心とが整わないと消えてしまうだけ。「心電図は漏れなく系統的に読むぞ!」皆さんが新年にDr.ヒロと改めてそう誓ってくれることを祈りたいと思います。Take-home Message1)「異常かな?」と思う所見があったら、必ず過去の心電図と比較せよ!2)強すぎる先入観は、心電図を読む上では障害! まずは頭を“真っ白”にして読もう3)不整脈解析にはV1誘導が最適な判断材料となることが多い【古都のこと~下鴨神社~】ボクの初詣といえば下鴨神社。この名前、実は通称で、本当は賀茂御祖(かもみおや)神社と言うそうです。1994年(平成6年)、世界遺産に登録されたこともあり、今年も全国からの参拝客で大賑わいでした(写真は早朝に撮影)。ボクの元日は家族とともにご祈祷を受けることから始まるのですが、このご祈祷、国宝の本殿に通されてさい銭を投げる参拝客の真ん前で執り行われるのです。そんな気恥ずかしさや足に心地よい玉砂利の感覚を味わうのが、ここ数年恒例の醍醐味なのです。

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NSTE-ACS症例に対するPCI施行の適切なタイミングは?(解説:上田恭敬 氏)-737

 非ST上昇型急性冠症候群(NSTE-ACS)症例に対してはルーチンに侵襲的治療を行うことが推奨されているが、その適切なタイミングについては必ずしも明確にされていない。 そこで著者らは、早期侵襲的治療(early invasive strategy)と待機的侵襲的治療(delayed invasive strategy)の2群に無作為化して、その成績を比較している8つの臨床試験から、共同研究として、症例の個別データ(合計5,324症例)を入手してメタ解析を行った。公表されているデータだけでなく、個別の症例データを使用したことで、高リスク群での解析が可能となった点が、過去に報告されているメタ解析に比して本研究が優れている点であるとしている。 その結果、中央値で180日(IQR:180~360)のフォローアップ期間において、死亡率(全死亡)の有意な差を認めなかった(HR:0.81、95%CI:0.64~1.03、p=0.0879)と報告している。また、非致死性心筋梗塞の発生頻度においても、同様に有意差を認めなかったとしている。 しかし、事前に定義された高リスク症例である、心筋逸脱酵素陽性症例(HR:0.761、95%CI:0.581~0.996)、糖尿病症例(0.67、0.45~0.99)、GRACE risk score>140の症例(0.70、0.52~0.95)、75歳以上の症例(0.65、0.46~0.93)においては、統計的有意ではないものの、早期侵襲的治療においてより低い死亡率を認めている。 そのため、結論としては、「一般的に待機的侵襲的治療に比して早期侵襲的治療が死亡率を低下させなかったが、高リスク症例では死亡率を低下させるかもしれない」としている。 本研究は、NSTE-ACSであってもSTEMI同様に、夜間や休日に緊急心臓カテーテル検査のチームを招集してまで早急に心臓カテーテル検査を施行する必要があるのかどうかを知るために非常に重要である。各群においてどのようなタイミングで心臓カテーテル検査が行われたか(論文中Figure 2)をみると、早期侵襲的治療群では、多くは数時間以内に行われているが、待機的侵襲的治療群では、24~96時間あたりで行われている症例が混在している。群間の時間差は1~4日程度で、実際に週末に入院となった患者を想定すると現実的な内容といえる。早期侵襲的治療を行うメリットのある高リスク症例が存在するという本研究の結果は重要である。とくに、医師の時間外労働や働き方改革が大きな問題となっている現在の日本においては、平日の勤務時間内まで待って心臓カテーテル検査をすればよい症例と、緊急心臓カテーテル検査が必要な症例に、合理的に振り分けることが社会的にも重要であろう。

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遺伝性出血性毛細血管拡張症〔HHT:hereditary hemorrhagic telangiectasia〕

1 疾患概要■ 概念と疫学血管新生に重要な役割を持つTGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子異常により、体のいろいろな部位に血管奇形が形成される疾患である。わが国では「オスラー病(Osler disease)」で知られているが、世界的には「遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)」の病名が使われる。常染色体優性遺伝をするため、子供には50%の確率で遺伝するが、世代を超えて遺伝することはない。その頻度は5,000~8,000人に1人とされ、世界中で認められる。性差はなく、年齢が上がるにつれ、ほぼ全例で何らかのHHTの症状を呈するようになる。■ 病状繰り返し、誘因なしに鼻出血が起り、特徴的な皮膚・粘膜の毛細血管拡張病変(telangiectasia)が鼻腔・口唇・舌・口腔・顔面・手指・四肢・体幹などの好発部位に認められ、脳・肺・肝臓の血管奇形による症状を呈することもある。消化管の毛細血管拡張病変から慢性の出血が起こる。鼻出血や慢性の消化管出血による鉄欠乏性貧血が認められる。脳の血管奇形(頻度10%)により、脳出血や痙攣が起こる。肺の動静脈奇形(頻度50%)により呼吸不全、胸腔内出血、喀血、右→左シャントによる奇異性塞栓症で脳膿瘍や脳梗塞が起こる。肝臓の血管奇形(頻度70%)が症候性になることは少ないが、高齢者、とくに後述の2型のHHTの女性では、心不全、胆道系の虚血、門脈圧亢進症を呈することがある。頻度は低いが、脊髄にも血管奇形が起こり(頻度1%)、出血による対麻痺や四肢麻痺を呈する。 原発性肺高血圧症や肝臓の血管奇形による高心拍出量による心不全から二次性の肺高血圧症をまれに合併する。HHTは知識と経験があれば、問診・視診・聴診のような古典的な診療で診断可能な疾患であり、まずはこの疾患を疑うことが肝要である。■ 病因と予後家族内の親子・兄弟に同じ病的遺伝子変異があっても、必ずしも同じ症状を呈するわけではない。現在までにわかっているHHTの原因遺伝子は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の3つであり、これら以外にも未知の遺伝子があるとされる。Endoglin変異によるHHTを1型(HHT1)といい、ACVRL1変異によるHHTを2型(HHT2)という。1型のHHTには、脳病変・肺病変が多く、2型のHHTには肝臓病変が多いが、1型に肝臓病変が、2型に脳病変・肺病変が認められることもある。遺伝子検査を行うと、1型と2型のHHTで約90%を占め、SMAD4遺伝子の変異は1%以下である。1型と2型の割合は地域・国によって異なり、わが国では1型が1.4倍多い。約10%で遺伝子変異を検出できないが、これは遺伝子変異がないという意味ではない。SMAD4遺伝子の変異によりHHTの症状に加え、若年性ポリポーシスを特徴とするため「juvenile polyposis(JP)/HHT複合症候群(JPHT)」と呼ばれる。このポリポーシスは発がん性が高いとされ、定期的な経過観察が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ HHTの臨床的診断基準2000年に提唱された臨床的診断基準(表)には、以下の4項目がある。(1)繰り返す鼻出血(2)粘膜・皮膚の毛細血管拡張病変(3)肺、脳・脊髄、肝臓などにある血管奇形と消化管の毛細血管拡張病変(4)第1度近親者(両親・兄弟姉妹・子供)の1人がHHTと診断されているこれら4項目のうち、3つ以上あると確診(definite)、2つで疑診(probable)、1つ以下では可能性は低い(unlikely)とされる。この診断基準は、16歳以上の患者に関しては、その信頼性は非常に高いが、小児では無症状のことが多いため使えない。画像を拡大する遺伝子検査は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の変異の検査を行う。成人のHHTの確定診断に遺伝子検査は必ずしも必要なく、臨床的診断基準の3~4項目があれば確定する。遺伝子検査では、約10%に遺伝子変異はみつからないが、これによりHHTが否定された訳ではない。家族内で発端者の遺伝子変異がわかっている場合、遺伝子検査は、その家族、とくに無症状の小児の診断に有用である。発端者の既知遺伝子変異がその家族にない場合に、はじめてHHTが否定される。オスラー病の疑いまたは確定した患者に対して、肺、脳、肝臓のスクリーニング検査を行うことが勧められる。通常、消化管と脊髄のスクリーニング検査は行われない。臨床的診断基準で、家族歴と鼻出血または毛細血管拡張症の2項目でHHT疑いの場合、内臓病変のスクリーニング検査を行い、3項目にしてHHTの確診にする場合もある。■ 部位別の特徴1)肺動静脈奇形まず酸素飽和度を検査する。次にバブルを用いた心臓超音波検査で右→左シャントの有無の検査する。同時に肺高血圧のスクリーニングも行う。これで肺動静脈奇形が疑われれば、肺の非造影CT検査(thin slice 3mm以下)を行う。バブルを用いた心臓超音波検査では、6~7%の偽陽性があるため、超音波検査を行わず、最初から非造影CT検査を行う場合も多い。コイル塞栓術後の経過観察には造影CT検査や造影のMR検査を行う場合がある。肺高血圧(平均肺動脈圧>25mmHg)が疑われれば、心臓カテーテル検査が必要であり、原発性肺高血圧と二次性肺高血圧を鑑別する。2)脳動静脈奇形頭部MR検査(非造影検査と造影検査)を行う。MRアンギオグラフィーも行う。脳動静脈奇形や陳旧性の脳出血・脳梗塞も検査する。T1画像、T2画像、FLAIR画像、T2*画像を得る。造影T1画像は3方向thin sliceで撮像し、小さな脳動静脈奇形を検出する。通常、小児例では造影検査は行わない。3)脊髄動静脈奇形頻度が1%とされ、スクリーニング検査は行われない。検査をする場合、全脊髄のMR検査になる。4)肝臓血管奇形スクリーニング検査として、腹部超音波検査が勧められる。拡張した肝動脈や門脈、胆道系などを検査する。Dynamic CT検査で、動脈相と静脈相の2相の撮像を行えば、arterio-venous shunt、arterio-portal shuntの検出・鑑別が可能である。シャントがあると太い肝動脈(>10mm)が認められる。肝動脈を含め腹腔動脈に動脈瘤がしばしば認められる。Porto-venous shuntがあれば、脳MR検査のT1強調画像で、マンガンの沈着による基底核、とくに淡蒼球に左右対称性の高信号域が描出される。5)消化管病変通常、スクリーニング検査は行われない。上部消化管に毛細血管拡張病変が多い。上部消化管と下部消化管の検査にはファイバー内視鏡を用い、小腸の検査はカプセル内視鏡で行う。鼻出血の程度では説明できない高度の貧血がある場合には、消化管病変の検査を行う。中年以降の患者の場合、悪性腫瘍の合併の可能性も念頭において、その検査適応を考える。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)現時点では、HHTに対する根治的な治療はなく、種々の症状への対症療法が主となっている。1)鼻出血出血の予防に必ず効く方策はなく、どんな治療も対症療法であることを患者に説明する。エストロゲンやトラネキサム酸の内服、軟膏塗布、点鼻スプレーなどが試みられるが、トラネキサム酸以外の有用性は証明されていない。現実的には、通気による鼻粘膜の外傷をできるだけ減らすために、1日数回、鼻孔にワセリン軟膏を塗布し、湿潤(乾燥させない)が勧められる。抗VEGF薬のベバシズマブは国外で試されているが、その点鼻の効果は、生理的食塩水の点鼻と同じであった。外科的治療には、コブレーターやアルゴンレーザーによる焼灼法、鼻粘膜皮膚置換術、外鼻孔閉塞術が行われるが、どの治療も根治性はない。出血時の対応法として、通常の鼻出血ではボスミンガーゼ挿入が効果的であるが、HHTでは病変の血管が異常なためボスミンガーゼ挿入にはあまり効果がなく、逆にガーゼの抜去時に再出血を惹起するので勧められない。出血側の鼻翼を指で外から圧迫するのが効果的とされ、それでも止血できない場合、サージセルなどを挿入し、止血する。鼻出血による鉄欠乏性貧血には、鉄剤を内服投与し、内服できない場合は静注投与する。鼻出血が継続する限り、データ上、貧血が改善しても、鉄剤投与の継続が必要である。悪心・吐気などの消化器症状の少ない経口鉄剤(商品名:リオナ)が最近認可された。高度貧血には積極的な輸血を行う。心不全があれば、高度の貧血はさらに心不全を悪化させる。定期的な血液検査で貧血のチェックが必要である。2)脳動静脈奇形無症候性の脳動静脈奇形の侵襲的治療に否定的な研究結果(ARUBA study)が報告されて以来、脳動静脈奇形の治療は症例ごとに検討されるようになった。MR検査で、脳動静脈奇形が認められれば、カテーテルによる脳血管撮影が行われ、詳細な検討を行い、治療戦略を練る。治療方法には、開頭による外科的摘出術・カテーテル塞栓術・定位放射線療法がある。HHTにおける脳動静脈奇形の出血率は、非HHTの脳動静脈奇形よりも低いとされ、自然歴やそれぞれの治療に伴うリスクを鑑み、治療方針を立てる。3)肺動静脈奇形栄養動脈が径3.0mm以上の場合、コイルや血管プラグを用いた塞栓術が第1選択となる。3.0mmより小さい病変でも、治療が可能な場合は、塞栓術の対象とされる。塞栓術においてはシャント部の閉塞が必要であり、栄養動脈の近位塞栓を避ける。非常に大きな病変や複雑な構造の病変で、塞栓術に適さない場合は外科的な切除術が選択される。治療後は、5年に1度、CT検査で経過をみる。妊娠する可能性のある女性は、妊娠前のコイル塞栓術が強く勧められる。スキューバ・ダイビングは禁忌とされ、肺動静脈奇形の治療後も勧められない。4)肝臓血管奇形塞栓術は適応とならず、逆にリスクが大きく禁忌である。症候性の心不全・胆道系の虚血・門脈圧亢進症などは、利尿剤など積極的な内科的管理が行われる。内科的治療が、困難な状況では、肝移植が考慮される。5)消化管病変予防的な治療は行わない。出血例では、内視鏡下でアルゴンプラズマ凝固(APC)が行われる。高度貧血には積極的な輸血を行う。4 今後の展望HHTは、その認知度が低いため、診断・治療が遅れることが多い。本症は常染色体優性遺伝し、年齢とともに必ず発症するが、スクリーニングにより脳と肺病変は発症前に対応ができる病変でもある。この疾患の認知度を上げることが重要であり、さらに国内での診療体制の整備、公的助成の拡充が必要とされる。遺伝子検査は、2020年から保険収載されたが、検査が可能な施設は限定されている。将来的には、発症を遅らせる・発症させない治療も期待される。TGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子変異により血管新生に異常が起こる疾患であり、抗血管新生薬のベバシズマブの効果が期待されているが、副作用の中には重篤なものもあり、これらのHHTへの適応が模索されている。同様に抗血管新生のメカニズムの薬剤であるサリドマイドの限定的な投与も考えられる。5 主たる診療科疾患の特殊性から、単一の診療科でHHT診療を行うことは困難である。したがって複数科の専門家による治療チームが担当し、その間にコーディネーターが存在するのが理想的であるが、現実的には少ない診療科による診療が行われることが多い。そのなかでも脳神経外科、放射線科、呼吸器内科、耳鼻咽喉科、循環器内科、小児科、遺伝子カウンセラーなどが窓口になっている施設が多い。HHT JAPAN (日本HHT研究会)では、HHTを診察・加療を行っている国内の47施設をweb上で公開している。HHTの多岐にわたる症状に必ずしも対応できる施設ばかりではないが、その場合は、窓口になっている診療科から、症状に見合う他の診療科・他院へ紹介することになっている。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療・研究情報難病情報センター:オスラー病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)小児慢性特定疾患情報センター:遺伝性出血性末梢血管拡張症(オスラー病)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)HHT JAPAN (日本HHT研究会)(医療従事者向けのまとまった情報)脳血管奇形・血管障害・血管腫のホームページ(筆者のホームページ)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)オスラー病のガイドライン(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報日本オスラー病患者会(患者とその家族および支援者の会)公開履歴初回2017年07月11日更新2022年01月27日

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特発性拡張型心筋症〔DCM : idiopathic dilated cardiomyopathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義拡張型心筋症(idiopathic dilated cardiomyopathy: DCM)は、左室の拡張とびまん性の収縮障害を特徴とする進行性の心筋疾患である。心不全の急性増悪を繰り返し、やがて、ポンプ失調や致死性不整脈により死に至る。心筋症類似の病像を呈するが、病因が明らかで特定できるもの(虚血性心筋症や高血圧性心筋症など)、全身疾患との関連が濃厚なもの(心サルコイドーシスや心アミロイドーシスなど)は特定心筋症と呼ばれ、DCMに含めない。■ 疫学厚生省特発性心筋症調査研究班による1999年の調査では、わが国における推計患者数は約1万7,700人、有病率は人口10万人あたり14.0人、発症率は人口10万人あたり3.6人/年とされる。男女比は2.5:1で男性に多く、年齢分布は小児から高齢者まで幅広い。■ 病因DCMの病因は一様ではない。一部のDCMの発症には、遺伝子異常、ウイルス感染、自己免疫機序が関与すると考えられているが、その多くがいまだ不明である。1)遺伝子異常DCMの20~30%程度に家族性発症を認めるが、孤発例でも遺伝要因が関与するものもある。心機能に関与するどのシグナル伝達経路が障害を受けても発症しうると考えられており、心筋のサルコメア構成蛋白や細胞骨格蛋白をコードする遺伝子異常だけでなく、Caハンドリング関連蛋白異常の報告もある。2)ウイルス感染心筋生検検体の約半数に、何らかのウイルスゲノムが検出される。コクサッキーウイルス、アデノウイルス、C型肝炎ウイルスなどのウイルスの持続感染が原因の1つとして示唆されている。3)自己免疫機序βアドレナリン受容体抗体や抗Caチャネル抗体といったさまざまな抗心筋自己抗体が、患者血清に存在することが判明した。DCMの発症・進展に自己免疫機序が関与する可能性が指摘されている。■ 症状本疾患に疾患特異的な症状はない。初期には無症状のことが多いが、病状の進行につれて、労作時息切れ、易疲労感、四肢冷感などの左心不全症状を認めるようになり、運動耐容能は低下する。また、動悸、心悸亢進、胸部不快感といった頻脈・不整脈に伴う症状を訴えることもある。一般には、低心拍出所見よりもうっ血所見が前景に立つことが多い。両心不全へ至ると、全身浮腫、頸静脈怒張、腹水などの右心不全症状が目立つようになる。右心機能が高度に低下している重症例では、左心への灌流低下から、肺うっ血所見を欠落する例があり、重症度判断に注意を要する。■ 予後一般に、DCMは進行性の心筋疾患であり、予後は不良とされる。5年生存率は、1980年代には54%と低かったが、最近では70~80%にまで改善したとの報告もある。標準的心不全治療法が確立し、ACE阻害薬、β遮断薬、抗アルドステロン薬といった心筋保護薬の導入率向上がその主たる要因と考えられている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)DCMの診断は、特定心筋症の除外診断を基本とすることから、二次性心筋症を確実に除外することがDCMの診断に直結する。■ 身体所見一般に、収縮期血圧は低値を示すことが多く、脈圧は小さい。聴診所見では、心尖拍動の左方偏移、ギャロップリズム(III・IV音)、心雑音および肺ラ音の聴取が重要である。■ 胸部X線多くの症例で心陰影は拡大するが、心胸郭比は低圧系心腔の大きさに依存するため、正常心胸郭比による本疾患の除外はできない。心不全増悪期には、肺うっ血像や胸水貯留を認める。Kerley B line、peribronchial cuffingが、肺間質浮腫所見として有名である。■ 心電図疾患特異度の高い心電図所見はない。ST-T異常、異常Q波、QRS幅延長、左室側高電位、脚ブロック、心室内伝導障害など、心筋病変を反映した多彩な心電図異常を呈する。また、心筋障害が高度になると、不整脈を高頻度に認めうる。■ 血液生化学検査心不全の重症度を反映し、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)およびその前駆体N末端フラグメントであるNT-proBNPの上昇を認める。また、交感神経活性の指標である血中カテコラミンや微小心筋障害を示唆するとされる高感度トロポニンも上昇する。低心拍出状態が進行すると、腎うっ血、肝うっ血を反映し、クレアチニンやビリルビン値の上昇を認める。■ 心エコー検査通常、びまん性左室収縮障害を認め、駆出率は40%以下となる。心リモデリングの進行に伴い、左室内腔は拡張し、テザリングや弁輪拡大から機能性僧帽弁逆流の進行をみる。最近では、僧帽弁流入血流や組織ドップラー法を用いた拡張能の評価、組織ストレイン法を用いた収縮同期性の評価など、より詳細な検討が可能になっている。■ 心臓MRI検査シネMRIによる左室容積や駆出率計測は、信頼度が高い。ガドリニウムを用いた心筋遅延造影パターンの違いによるDCMと虚血性心筋症との鑑別が報告されており、心筋中層に遅延造影効果を認めるDCM症例では、心イベントの発生率が高く、予後不良とされる。■ 心筋シンチグラフィ123I-MIBGシンチグラフィによる交感神経機能評価では、後期像での心臓集積(H/M比)の低下や洗い出し率の亢進を認める。201Tlあるいは99mTc製剤を用いた心筋シンチグラフィでは、patchy appearanceと呼ばれる小欠損像を認め、その分布は、冠動脈支配に一致しない。心電図同期心筋SPECTを用いて、左室容積や駆出率も計測可能である。■ 心臓カテーテル検査冠動脈造影は、冠血管疾患、虚血性心筋症の除外を目的として施行される。血行動態の評価目的に、左室内圧測定や左室造影による心収縮能評価、肺動脈カテーテルを用いた右心カテーテル検査も行われる。左室収縮能(最大微分左室圧: dP/dtmax)の低下、左室拡張末期圧・肺動脈楔入圧の上昇、心拍出量低下を認める。■ 心筋生検DCMに特異的な病理組織学的変化は確立されていない。典型的には、心筋細胞の肥大、変性、脱落と間質の線維化を認める。心筋炎や心サルコイドーシス、心ファブリー病などの特定心筋症の除外目的に行われることも多い。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)DCMに対する根本的な治療法は確立していない。そのため、(1) 心不全、(2) 不整脈、(3) 血栓予防を治療の根幹とする。左室駆出率の低下を認めるため、収縮機能障害を伴う心不全の治療指針に準拠する。■ 心不全の治療1)心不全の生活指導生活習慣の是正を基本とする。適切な水分・塩分摂取量および栄養摂取量の教育、適切な運動の推奨、禁煙、感染予防などが指導すべきポイントとされる。2)薬物療法収縮機能障害を伴う心不全の治療指針に準拠し、薬剤を選択する。心臓のリバースリモデリングおよび長期予後改善効果を期待し、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬あるいはアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)といったレニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬とβ遮断薬、抗アルドステロン薬を導入する。原則として、β遮断薬は、カルベジロールあるいはビソプロロールを用い、忍容性のある限り、少量より漸増する。さらに、うっ血症状に応じて、利尿薬の調節を行う。急性増悪期には、入院下に、強心薬・血管拡張薬といったより高度な点滴治療を行う。3)非薬物療法(1)心室再同期療法(CRT)左脚ブロックなど、心室の収縮同期不全を認める症例に対し、心室再同期療法が行われる。除細動機能を内蔵したデバイス(CRT-D)も普及している。心拍出量の増加や肺動脈楔入圧の低下、僧帽弁逆流の減少といった急性期効果だけでなく、慢性期効果としての心筋逆リモデリング、予後改善が報告されている。CRTによる治療効果の乏しい症例(non-responder)も一定の割合で存在することが明らかになっており、その見極めが課題となっている。(2)陽圧呼吸療法、ASVわが国では、心不全患者に対するASV(adaptive servo ventilation)換気モード陽圧呼吸療法の有用性が多く報告されており、自律神経活性の改善、不整脈の減少、運動耐容能およびQOLの向上、心および腎機能の改善などが期待されている。しかし、海外で行われた大規模臨床試験ではこれを疑問視する研究結果も出ており、いまだ議論の余地を残す。(3)心臓リハビリテーション“包括的心臓リハビリテーション”の概念のもと、運動のみならず、薬剤、栄養、介護など各領域からの多職種介入による全人的心不全管理が急速に普及している。(4)和温療法遠赤外線均等温乾式サウナを用いた低温サウナ療法が、心不全患者に有用であるとの報告がある。心拍出量の増加、前負荷軽減、肺動脈楔入圧の低下といった急性効果のみならず、慢性効果として、末梢血管内皮機能の改善、心室性不整脈の減少も報告されている。(5)僧帽弁形成術・置換術、左室容積縮小術高度の僧帽弁逆流を伴うDCM例では、僧帽弁外科的手術を考慮する。しかしながら、その有効性は議論の余地を残すところであり、左室容積縮小術の1つに有名なバチスタ手術があるが、中長期的に心不全再増悪が多いことから、最近は推奨されない。(6)左室補助人工心臓(LVAD)重症心不全患者において、心臓移植までの橋渡し治療、血行動態の安定を目的として、LVAD装着が考慮されうる。2011年以降、わが国でも植込型LVADが使用可能となり、装着患者のQOLが格段に向上した。現在、植込型LVAD装着下に長期生存を目指す“destination therapy”の是非に関する議論も始まっており、今後、重症心不全治療の選択肢の1つとして臨床の場に登場する日も近いかもしれない。しかし、ここには医学的見地のみならず、医療倫理や医療経済、日本人の死生観も大きく関わっており、解決すべき課題も多い。(7)心臓移植重症心不全患者の生命予後を改善する究極の治療法である。わが国における原疾患のトップはDCMである。不治の末期的状態にあり、長期または繰り返し入院治療を必要とする心不全、β遮断薬およびACE阻害薬を含む従来の治療法ではNYHA3度ないし4度から改善しない心不全、現存するいかなる治療法でも無効な致死的重症不整脈を有する症例が適応となる。(8)緩和医療高齢化社会の進行につれ、有効な治療効果の得られない末期心不全患者へのサポーティブケアが、近年注目されつつある。このような患者のエンドオブライフに関し、今後、多職種での議論・検討を重ねていく必要がある。■ 不整脈の治療致死性不整脈の同定と予防が重要となる。DCMによる心筋障害を基盤として発生し、心不全増悪期により出現しやすい。また、電解質異常も発生要因の1つである。そのため、心不全そのものの治療や不整脈誘発因子の是正が必要である。DCMにおける不整脈治療には、アミオダロンがよく使用される。カテーテルアブレーションが選択されることもあるが、確実に突然死を予防できる治療手段は植込型除細動器(ICD)であり、症候性持続性心室頻拍や心室細動既往を有する心不全患者の二次予防あるいは一部の心不全患者の一次予防を目的として適応が検討される。また、心房細動も高率に合併する。これまでリズムコントロールとレートコントロールで死亡率に差はないと考えられてきたが、近年これを否定するメタアナリシス結果もでており、さらなる研究結果が待たれる。■ 血栓予防治療非弁膜症性心房細動合併例では、ワルファリンのみならず、新規経口抗凝固薬の使用が考慮される。また、左室駆出率30%以下の低心機能例では、心腔内血栓の予防目的に抗凝固療法が望ましいとされるが、新規経口抗凝固薬の適応はなく、ワルファリンが選択される。4 今後の展望現在のところ、確立された根本治療法のないDCMにおける究極の治療法は、心臓移植であるが、わが国では、深刻なドナー不足により汎用性の高い治療法としての普及にはほど遠い。そのため、自己の細胞あるいは組織を用いた心筋再生治療の研究・臨床応用が進められている。しかしながら、安全な再生医療の確立には、倫理面などクリアすべき課題も多く、医用工学技術を応用した高性能・小型化した人工機器の開発研究も進められている。5 主たる診療科循環器内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 特発性拡張型心筋症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)友池仁暢ほか. 拡張型心筋症ならびに関連する二次性心筋症の診療に関するガイドライン. 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2009−2010年度合同研究班報告).2)奥村貴裕, 室原豊明. 希少疾患/難病の診断・治療と製品開発. 技術情報協会; 2012:pp1041-1049.3)奥村貴裕. 心不全のすべて.診断と治療(増刊号).診断と治療社;2015:103.pp.259-265.4)松崎益徳ほか. 慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版).循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2009年度合同研究班報告).5)許俊鋭ほか. 重症心不全に対する植込型補助人工心臓治療ガイドライン.日本循環器学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン(2011-2012年度合同研究班報告).公開履歴初回2014年11月27日更新2016年05月31日

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急性冠症候群、経橈骨動脈アクセスの安全性/Lancet

 急性冠症候群(ACS)患者に対する侵襲的処置では、経橈骨動脈アクセスが、経大腿動脈アクセスに比べ臨床的有害事象の抑制効果が優れることが、オランダ・エラスムス医療センターのMarco Valgimigli氏らが行ったMATRIX Access試験で確認された。ACS患者に対する抗血栓療法を併用した早期の侵襲的処置の重要な目標は、出血イベントを抑制しつつ効果を維持することである。侵襲的処置で頻度の高い出血部位は心臓カテーテル検査時の大腿動脈穿刺部であり、経橈骨動脈アクセスは技術的な困難を伴うが止血の予測がしやすいとされる。2つのアクセス法の有害事象を比較した試験では、相反する結果が提示されているという。Lancet誌オンライン版2015年3月13日号掲載の報告。2つのアクセス法の有害事象を無作為化試験で比較 MATRIX Access試験は、経橈骨動脈的インターベンションにおける穿刺部位の出血や血管合併症の抑制効果を検討する多施設共同無作為化試験(Medicines Company社などの助成による)。対象は、冠動脈造影や経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の適応とされるACS患者(ST上昇型心筋梗塞、非ST上昇型心筋梗塞)であった。 被験者は、経橈骨動脈または経大腿動脈的にアクセスする群に無作為に割り付けられた。主要評価項目は、30日時の重度の冠動脈有害事象(死亡、心筋梗塞、脳卒中)と、最終的な臨床的有害事象とした。後者の定義は、重度の冠動脈有害事象または冠動脈バイパス移植術(CABG)とは関連のない大出血(Bleeding Academic Research Consortium[BARC]の出血性合併症重症度分類の3または5型)とした。 2011年10月11日~2014年11月7日までに8,404例が登録され、経橈骨動脈群に4,197例、経大腿動脈群には4,207例が割り付けられた。平均年齢は経橈骨動脈群が65.6歳、経大腿動脈群は65.9歳で、75歳以上はそれぞれ25.4%、26.2%含まれ、男性が74.5%、72.4%を占めた。メタ解析で大出血、冠動脈有害事象、死亡が改善 30日時の重度の冠動脈有害事象の発現率は、経橈骨動脈群が8.8%、経大腿動脈群は10.3%(率比[RR]:0.85、95%信頼区間[CI]:0.74~0.99、p=0.0307)であり、有意な差は認めなかった[α水準が2.5%(p<0.025)の場合に有意差ありと定義]。 最終的な臨床的有害事象の発現率は、経橈骨動脈群が9.8%、経大腿動脈群は11.7%(RR:0.83、95%CI:0.73~0.96、p=0.0092)と、有意差がみられた。この差には、非CABG関連のBARC 3/5型大出血(1.6 vs. 2.3%、RR:0.67、95%CI:0.49~0.92、p=0.0128)および全死因死亡(1.6 vs. 2.2%、RR:0.72、95%CI:0.53~0.99、p=0.0450)の影響が大きかった。 また、既報の試験(RIVAL試験)に本試験のデータを加えてメタ解析を行ったところ、経橈骨動脈アクセスにより大出血(RR:058、95%CI:0.46~0.72、p<0.0001)、重度の冠動脈有害事象(RR:0.86、95%CI:0.77~0.95、p=0.0051)、全死因死亡(RR:0.72、95%CI:0.60~0.88、p=0.0011)が減少したが、心筋梗塞や脳卒中の発症には影響はなかった。 さらに、本試験に関連してコホート内症例対照研究を行ったところ、BARC 2/3型の出血は出血以外の原因による死亡と強く関連した。 著者は、「経橈骨動脈アクセスは、ACS患者に対する侵襲的処置の標準とすべきことが示唆された」と結論付けている。

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PROMISE試験:冠動脈疾患に対する解剖的評価と機能評価検査の予後比較(解説:近森 大志郎 氏)-328

 安定した胸部症状を主訴とする患者に対する診断アプローチとして、まず非侵襲的検査によって冠動脈疾患を鑑別することが重要である。従来は運動負荷心電図が日常診療で用いられてきたが、その後、負荷心筋シンチグラフィ(SPECT)検査、負荷心エコー図検査が臨床に応用され、近年では冠動脈CT(CTCA)も広く実施されるようになっている。しかしながら、これらの検査の中でいずれを用いればよいか、という検査アプローチを実証する大規模臨床試験は実施されてはいなかった。 今回、San Diegoで開催された米国心臓病学会(ACC.15)のLate-Breaking Clinical Trialsの先頭を切って、上記に関するPROMISE試験が報告され、同時にNew England Journal of Medicine誌の電子版に掲載された。なお、ACCで発表される大規模臨床試験の質の高さには定評があり、NEJM誌に掲載される比率では同じ循環器分野のAHA、ESCを凌いでいる。 Duke大学のPamela Douglas氏らは、従来の生理機能を評価する運動負荷心電図・負荷心筋SPECT・負荷心エコー図に対して、冠動脈の解剖学的評価法であるCTCAの有効性を比較するために、有症状で冠動脈疾患が疑われる10,003例を無作為に2群(CTCA群対機能評価群)に割り付けた。試験のエンドポイントは従来のほとんどの研究で用いられた冠動脈疾患の診断精度ではなく、全死亡・心筋梗塞・不安定狭心症による入院・検査による重大合併症からなる、複合エンドポイントとしての心血管事故が設定されている。対象症例の平均年齢は61歳で、女性が52~53%と多く、高血圧65%、糖尿病21%、脂質異常症67%という冠危険因子の頻度であった。なお、症状として胸痛を訴えてはいるが、狭心症としては非典型的胸痛が78%と高率であることは銘記すべきであろう。 実際に機能評価群で実施された非侵襲的検査については、負荷心筋SPECT検査67.5%、負荷心エコー図22.4%、運動負荷心電図10.2%、と核医学検査の比率が高かった。また、負荷心電図以外での負荷方法については、薬剤負荷が29.4%と低率であった。そして、これらの検査法に基づいて冠動脈疾患が陽性と診断されたのは、CTCA群で10.7%、生理機能評価群では11.7%であった。3ヵ月以内に侵襲的心臓カテーテル検査が実施されたのはCTCA群で12.2%、生理機能検査群では8.1%であった。この中で、有意狭窄病変を認めなかったのはCTCA群で27.9%、生理機能検査群で52.5%であったため、全体からの比率では3.4%対4.3%となりCTCA群で偽陽性率が低いといえる(p=0.02)。なお、3ヵ月以内に冠血行再建術が実施されたのはCTCA群で6.2%と、生理機能検査群の3.2%よりも有意に高率であった(p<0.001)。 1次エンドポイントである予後に影響する内科的治療ついては、β遮断薬が25%の症例で使用されており、RAS系阻害薬・スタチン・アスピリンについても各々約45%の症例で投与されていた。そして、中央値25ヵ月の経過観察中の心血管事故発生率についてはCTCA群で3.3%、生理機能評価群では3.0%と有意差を認めなかった。 本研究は循環器疾患の治療法ではなく、冠動脈疾患に対する検査アプローチが予後に及ぼす影響から検査法の妥当性を評価するという、従来の臨床試験ではあまり用いられていない斬新な研究デザインを用いている。そして、1万例に及ぶ大規模な臨床試験データを収集することによって、日常臨床に直結する重要な結果を示したという意味で特筆に値する。 しかしながら、基本的にはnegative dataである研究結果の受け止め方については、同じDuke大学の研究チームでも異なっていた。ACCの発表に際してDouglas氏は、PROMISE試験の結果に基づき、狭心症が疑われる患者に対して、CTCAはクラスIの適応となるようにガイドラインが修正されるエビデンスであることを主張していた。これに対して、PROMISE試験の経済的評価を発表したDaniel Mark氏は、イギリスの伝説である「アーサー王物語」を引き合いに出して、CTCAは長年探し求めていたHoly Grail(聖杯)ではなかった、と落胆を隠さなかった。 循環器の臨床において、対象とする患者の冠動脈病変の情報があれば、最適な医療が実施できるという考え方は根強い。しかし、PROMISE試験が準備された時期には、狭心症の生理機能として重要な心筋虚血が、予後改善の指標として重要であることを実証したFAME試験が報告されている。その後、FAME 2試験においても同様の結果が報告されている。さらに、重症心筋虚血患者に対する介入治療の有無により予後の改善が実証されるか否かについて、ISCHEMIA試験という大規模試験が進行中である。今後はこれらの大規模試験の結果を評価することによって、冠動脈疾患の治療目標は「解剖か、虚血か」という議論に決着がつくかもしれない。それまでは、日常臨床において狭心症が疑われる患者に対しては、まず本試験の対象群の特徴を十分に把握したうえで、CTCAあるいは生理機能検査を実施する必要があると思われる。

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