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損害賠償が高額となる場合って?【医療訴訟の争点】第23回

症例医療訴訟の損害賠償額はどのように決定付けられるのか。腰部脊柱管狭窄症に対する腰椎後方除圧術中に馬尾神経が切断され、患者に重篤な後遺障害が残存した事案についての神戸地裁姫路支部令和7年5月14日判決を紹介する。<登場人物>患者74歳・女性(令和2年当時)原告患者およびその長女被告市立病院を開設する市および執刀医事案の概要は以下の通りである。令和元年(2019年)12月20日腰痛を主訴として被告病院を受診。腰部脊柱管狭窄症が疑われた。令和2年(2020年)1月6~8日検査入院し、脊髄造影検査(ミエログラフィー)などを実施。重度の腰部脊柱管狭窄症と診断された。また、残尿も認められた。1月17日担当医(A医師)から、重度の腰部脊柱管狭窄症であり早期手術が望ましいこと、腎機能がさらに悪化すれば人工透析となる可能性があることなどの説明を受け、患者は手術に同意した。1月20日手術目的で入院。1月22日腰椎後方除圧術(本件手術)を施行。執刀医(A医師)は、第2・第3腰椎間の除圧操作中、視野が十分確保されていないにもかかわらずスチールバーによる骨切除を継続した。その結果、バーが硬膜を損傷し、逸脱した馬尾神経を巻き込んで複数本を切断した。助手医師(上級医である脳神経外科部長)が交代して馬尾神経の修復処置を行い、手術は終了した。手術後患者には、両下肢麻痺、自力での起立・歩行不能、重度の膀胱直腸障害、腰部から下肢にかけての強い神経障害性疼痛が残存した。5月頃主治医がA医師から脳神経外科部長に交代し、その後もリハビリや疼痛管理が継続された。6月病院は、本件医療事故を医療過誤と判断し、患者家族に謝罪した。10月23日神経障害は改善が見込めないとして症状固定と診断された。後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表第一1級1号(常時介護を要するもの)相当と評価された。令和3年(2021年)1月28日患者は入院継続中、病室内で転倒し、右脛骨・腓骨骨折などを受傷した。患者にはそれ以前から複数回の転倒歴があり、病院では離床センサー付きベッドなどの転倒防止策を講じていたが、この転倒事故についても病院の安全配慮義務違反があったかが争われた。3月病院は代理人弁護士を通じ、本件医療事故について適正な損害賠償を行う意向を通知した。8月執刀医は病院を退職した。令和4年(2022年)病院は院内事故調査を実施し、本件を含む複数の医療事故について検証を行った。また、記者会見を開き、一連の医療事故について公表・謝罪した。さらに、医療安全管理体制等について外部機関から改善を求められた。令和5年(2023年)患者は約3年間の入院生活を経て退院し、その後は転院、自宅療養及び特別養護老人ホームへの入所を経ながら療養を継続した。 実際の裁判結果本件では、本件手術(腰椎後方除圧術)中の馬尾神経損傷について執刀医に手技上の過失があることについては被告病院側も争っていないため、以下の2点が主な争点となった。(1)本件手術により本件患者に生じた後遺障害に対する損害額、とくに後遺障害慰謝料をどの程度認めるべきか(2)長期入院中に発生した転倒事故について病院に安全配慮義務違反があったか1)本件手術により患者に生じた損害について裁判所は、本件患者につき、以下(1)~(13)の合計約8,670万円を、本件患者の娘につき、固有の慰謝料として200万円を、それぞれ損害として認めた。(1)治療関係費詳細はこちら裁判所は、(ア)本件手術に係る入院日(令和2年1月20日)から本件症状固定日(同年10月23日)までの治療関係費のほか、(イ)本件症状固定日(令和2年10月23日)以降の治療関係費について、「本件症状固定日以降も、本件医療事故による神経障害性疼痛等の症状に対する投薬治療やリハビリ等がされており、主治医は、リハビリを中止した場合、症状が増悪する可能性が高いと診断したことが認められるから、本件症状固定日以降も本件患者に対するリハビリなどの必要性は高く、主治医の判断に基づき継続された治療やリハビリであると認められる」として、これらの合計約76万円を損害として認めた。(2)入院付添費詳細はこちら裁判所は、「本件病院は完全看護で医師による付添看護の指示が明確にあったとは認められない」としつつも、[1]本件患者が、馬尾神経を切断損傷されたことにより、本件手術終了直後から神経損傷により右足が動かず、自力での起立・歩行は不可能であり、その後も腰部から両下肢にかけての激しい疼痛としびれや、膀胱直腸障害が生じるという重篤な障害を負っていること、[2]本件患者が思い詰めやすい性格であり自殺未遂をした経験があること、[3]本件医療事故の直後から、本件患者に前向きにリハビリに取り組んでもらえるよう、本件患者の娘と本件病院の職員が協力し合う方針が確認され、定期的に面談を行っていることを指摘し、「本件医療事故を境に突如として重度の障害を負った本件患者を精神的に支え、さらなる状況の悪化を避けるべくリハビリを継続させるため、本件患者の娘が本件患者に付き添う必要性があり、本件病院も、本件患者の娘の付添を許容・依頼していたものというべき」として、症状固定日前日までの付添費として、その期間の1/3の92日に相当する期間の入院付添費約60万円を損害として認めた。(3)入院雑費詳細はこちら裁判所は、本件手術日から症状固定日前日までの入院期間(275日)の入院雑費約41万円を損害として認めた。(4)休業損害詳細はこちら裁判所は、本件患者が本件手術前から、要介護4の認定を受け、ヘルパーによる入浴介助を受けており、娘及びその夫と同居し、在宅で仕事をする娘が家事や買い物をしていたことを指摘し、「本件患者が一家の家事を担っていたとはいえず、休業損害は認められない」として、休業損害を否定した。(5)入通院慰謝料詳細はこちら本件症状固定日までの入院期間や症状を考慮して、入通院慰謝料として298万5,000円が認められた。(6)後遺障害慰謝料詳細はこちら裁判所は、主に以下の3点など、本件に現れた一切の事情を総合考慮し、慰謝料3,300万円(一般的な後遺障害1級事案における慰謝料2,800万円より高額の慰謝料)を認めた。ア本件手術における執刀医の手技上の過失の重大性(出血等により視認性の確保が十分ではないのに止血をこまめにしないままスチールバーによる骨切除を進め、本件医療事故を起こしたものであり、経験のある医師において危険を感じさせる手技であったこと、及び、執刀医が本件病院に入職してから約9ヵ月の間に手術に関与した11事例が医療事故として検証の対象とされたことなど)イ患者に残存した重篤な後遺障害及び強い神経障害性疼痛ウ病院の事故後の対応に十分でない点があったこと(執刀医が本件医療事故後に原告らに対し馬尾神経を切断損傷したことを明確に説明しなかったこと、本件病院は、令和2年4月、本件医療事故が医療過誤であると判断し、同年6月に原告ら家族に口頭で謝罪したほか、令和3年3月に代理人弁護士を通じて、損害賠償をする意向を通知しているが、A医師が関与した医療事故11例についての調査を終え、記者会見を開いて一連の医療事故を謝罪したのは令和4年6月であることに加え、調査内容の開示を求める原告らの要望への対応にも時間を要したことなど)(7)後遺障害逸失利益詳細はこちら裁判所は、休業損害と同様、本件患者が一家の家事を担っていたとはいえないことを指摘し、逸失利益の損害は認められないとした。(8)退院後の治療費、施設入所費詳細はこちら裁判所は、退院後に本件患者らが治療関係費などとして支払った退院後の治療費、施設入所費合計約103万円を損害として認定した。(9)症状固定日後の入院入所付添費詳細はこちら裁判所は、本件症状固定日(令和2年10月23日)から自宅介護開始日(令和5年8月1日)までの期間の入院入所付添費につき、本件患者が重篤な後遺障害を負い、リハビリや常時介護を要した上、強い痛みやしびれに苦しみ、精神的に不安定な状態が続いて転倒リスクのある危険行動や単独行動を起こしていたため、家族の付添いによる精神的な支えが必要な状態であったこと、令和4年6月頃までは、本件患者の娘がほぼ毎日のように面会し、相当程度頻繁に本件患者に付き添ったことを指摘し、本件症状固定日(令和2年10月23日)から令和4年6月末日までの616日間の約1/3である205日分の付添費約133万円を損害として認めた。(11)装具費、自宅改造費など詳細はこちら裁判所は、以下をそれぞれ損害として認めた。本件医療事故により両足が動かなくなったことに伴い、本件患者が両下腿原発性リンパ浮腫を来たし、医師より両下肢を常時圧迫する必要があるとの装着指示を受けて購入した装具費用2万2,000円本件症状固定日から入院先病院退院日(令和5年7月12日)まで(993日間)の入院雑費約149万円自宅介護開始後の物品のレンタル及び購入費6万3,000円自宅介護の開始にあたり購入した入浴時用車いす購入費7,100円自宅介護を開始するにあたり要した自家用車改造費47万円なお、特別養護老人ホーム短期入所期間中の介護雑費については、治療やリハビリがされた様子はなく、また、おむつ代は介護保険の範囲に含まれているとみられることを踏まえれば、別途、日常生活品として必要なものを超えた雑費の支出があったと認められないとして、損害とされなかった。(11)自宅介護費用詳細はこちら裁判所は、令和5年8月1日から令和6年2月29日までの213日間の自宅介護における近親者介護費用約170万円を損害として認めた。(12)将来介護費用詳細はこちら裁判所は、以下を損害として認めた。令和6年11月1日(特別養護老人ホームに正式入所した日より後の日)から口頭弁論終結日(令和7年2月12日)の期間に支出した費用33万3,840円(日額3,210円×104日)口頭弁論終結日(令和7年2月12日)以後の期間につき、日額約1万3,000円を症状固定時の平均余命までの期間について、中間利息(一括で支払いが受けられることによる運用益)を控除した金額である約3,460万円(13)弁護士費用詳細はこちら上記(1)~(12)の合計金額の1割の約788万円。2)転倒事故の安全配慮義務違反について病室内で発生した転倒事故については、患者は事故以前から危険行動や単独行動を繰り返していたものの、事故直前には看護師がその都度訪室して危険行動がないことを確認しており、当時の病棟の人員配置なども踏まえると、看護師が患者に付き添い続ける義務までは認められないとして、病院の責任を否定した。注意ポイント解説本件は、腰椎後方除圧術中の手技上の過失により馬尾神経が切断され、患者に重度の後遺障害が残存した事案である。手技上の過失自体については当事者間に争いがなく、裁判では主として損害額が争点となったものである。医療過誤訴訟の損害賠償は、(1)治療費、介護費などの積極的損害、(2)休業損害、逸失利益、入通院慰謝料、死亡慰謝料または後遺障害慰謝料などの消極的損害が賠償費目となる。そして、これらの損害は、交通事故と同様に算出されることとなり、積極的損害については実際の支出を踏まえた金額消極的損害については、入通院慰謝料については入通院期間をふまえた所定の計算式に基づいた金額死亡慰謝料や後遺障害慰謝料は、死亡の結果が生じた被害者が家庭の中で占めている役割に応じた所定の金額(2,000万円~3,000万円など)、後遺障害の場合には障害の程度に応じた金額(最も重い後遺障害等級1級の場合で2,800万円)消極的損害のうち、休業損害や逸失利益については、基礎収入に、障害の程度に応じた所定の労働能力喪失率と、就労可能期間を乗じる等して算出した金額が、それぞれ損害として認められる扱いとなっている。すなわち、医療過誤訴訟の損害は、交通事故の場合と同様に、所定の計算式に基づいての機械的計算ということとなるため、医療訴訟特有の事情により高額化するといったことはほとんどない。そしてまた、上記のような計算式により損害額が算定されるため、被害者に重度の障害が残り、介護費用が生じる場合被害者が若年者である場合(逸失利益算出にあたっての就労可能期間が長期となる場合)被害者が高額の収入を得ている場合(休業損害・逸失利益算出にあたっての基礎収入額が高額となる場合)などにより損害賠償額が高額化することとなる。本判決についても、(1)治療関係費、(2)入院付添費、(3)入院雑費、(5)入通院慰謝料、(8)退院後の治療費、施設入所費、(9)症状固定日後の入院入所付添費、(10)装具費、自宅改造費等、(11)自宅介護費用、(12)将来介護費用、(13)弁護士費用の算出は、損害賠償実務に沿った算出・認定となっている。また、本件では、(4)休業損害と(7)後遺障害逸失利益は認められていないが、事故前の就労の事実が認定されていないことからすれば、これもまた損害賠償実務の通例の判断である。このような中、本判決は、(ⅰ)患者が自力歩行不能となり、重度の膀胱直腸障害に加えて耐え難い神経障害性疼痛が残存したこと、(ⅱ)執刀医の手技上の過失が重大であったことに加え、(ⅲ)病院による事故後の説明や情報開示、院内調査などの対応が不十分な点があったことなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮し、通常より高額の慰謝料を認定した点に特徴がある。とくに、病院は比較的早い段階で医療過誤を認めて謝罪し、適正な賠償を行う意思も表明していたにもかかわらず、裁判所は、院内調査や情報開示の進め方、医療安全体制の検証状況などを含めた事故後の一連の対応についても判断資料とし、マイナスの評価をしていることから、医療事故発生後の病院の対応全体が慰謝料額に影響し得ることを示唆した点は注目される。もちろん、本判決は、「事故後対応に問題があれば直ちに慰謝料が増額される」と判示したものではなく、事故後対応のみを独立した慰謝料増額事由としたものでもない。しかし本件のように、重大な後遺障害が残存した事案では、事故後の説明、情報提供、調査及び再発防止に向けた取組を含めた病院の対応が、患者や家族の精神的苦痛を評価する事情の1つとなり得ることが示されており、今後、事故後の対応において留意する必要がある。医療者の視点本件の判決では、手技上の重大な過失や重篤な後遺障害の残存に加え、事故後の病院側の対応(説明不足や情報開示・院内調査の遅れ)が、慰謝料増額の要因として考慮されました。実臨床の現場において、医療事故が発生した際、事実関係の正確な把握や院内事故調査委員会の開催、外部機関を交えた専門的な検証には、どうしても多大な時間がかかります。本件のように関連する複数事例の検証を併せて行う場合、年単位の時間を要することも決して珍しくありません。医療者側は「正確な原因究明を行ってから、責任をもって説明したい」と考えがちですが、患者やその家族からすれば、その空白の時間が「事実を隠蔽しようとしている」「対応が不誠実だ」と映ってしまいます。実際に裁判所も、この調査や開示に要した時間を「迅速に説明を尽くしたと評価するには不足」と判断しました。また、難易度やリスクの高い手術を多く手掛ける医師ほど合併症を経験する確率が高くなりますが、訴訟においては過去の事例が「技量不足」の根拠として扱われるリスクがある点にも注意が必要です。正確な調査には時間がかかるという実臨床ならではのジレンマはありますが、調査中であっても進捗状況をこまめに共有し、患者側との誠実なコミュニケーションを途絶えさせないことが、結果的に紛争の激化を防ぐ上で極めて重要であるといえます。Take home message医療事故の損害賠償額は、一般に交通事故実務に準じて算定されるため、医療事故であるという理由のみで慰謝料が増額されるものではない。本判決は、重大な結果が生じた事案(死亡事案、重大な後遺障害の残存事案)においては、過失の内容に加え、事故後の説明、情報開示、院内調査等を含めた病院の対応が、慰謝料額の判断事情として考慮され得る。キーワード馬尾神経損傷、後遺障害慰謝料、神経障害性疼痛、医療安全、医療事故後対応

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気管支喘息で入院中に、自宅から持ち込んだ玩具で窒息した乳児例

小児科最終判決判例時報 1790号119-131頁概要気管支喘息、上気道炎と診断されて入院治療を受けていた1歳男児。家族の常時付添を許可しない完全看護体制の病院であり、母親は普段から一番気に入っていたおもちゃのコップを病室に持ち込んだ。入院翌日13:30頃看護師が訪室してみると、おもちゃのコップによって鼻と口が塞がれ心肺停止状態であり、ただちにコップを外して救急蘇生を行ったが、重度脳障害が発生した。詳細な経過患者情報平成4年5月21日生まれの1歳男児。既往症なし経過平成5年5月31日発熱、咳を主訴として総合病院小児科を受診し、喘息性気管支炎と診断された。6月1日容態が改善しないため同病院小児科を再診、別の医師から気管支喘息、上気道炎と診断され、念のため入院措置がとられた。この時患児は診察を待っている間も走り回るほど元気であり、気管支喘息以外には特段異常なし。同病院では完全看護体制がとられていたため、平日の面会時間は15:00~19:00までであり、母親が帰宅する時には泣いて離れようとしないため、普段から一番気に入っていた玩具を病室に持ち込んだ(「コンビコップがさね」:大小11個のプラスチック製コップ様の容器で、重ねたり、水や砂を入れたり、大きなものに小さなものを入れたりして遊ぶことができる玩具)。6月2日10:00喘鳴があり、息を吸った時のエア入りがやや悪く、湿性咳嗽(痰がらみの咳)、水様性鼻汁がでていたが、吸引するほどではなかった。12:40~12:50担当看護師が病室に入って観察、床頭台においてあった「コンビコップがさね」を3~4個とって患児に手渡した。13:00担当看護師が検温のため訪室したが、「コンビコップがさね」を重ねたりして遊んでいたので、検温は後回しにしていったん退室。13:30再び看護師が検温のために訪室すると、患児は仰向けになってベッドに横たわり、「コンビコップがさね」によって鼻と口が塞がれた状態であった。ただちにコップを強く引いて取り外したが、顔面蒼白、チアノーゼ、心肺停止状態であり、駆けつけた医師によって心肺蘇生が行われた。何とか心拍は再開したものの低酸素脳症に陥り、精神発達遅滞、痙性四肢麻痺、てんかんなどの重度後遺障害が残存した。当事者の主張患者側(原告)の主張患児は気管支喘息の大発作を起こしていたので、担当医師は玩具によって患児の身体に危険が及ばないように、少なくとも10分おきに病状観察をするよう看護師に指示する義務があった。完全看護体制をとっている以上、ナースコールを押すことができず危機回避能力もない幼児を担当する看護師は、頻繁に(せめて10分おきに)訪室して監視する義務があった。ナースコールもできず、付添人もいない幼児を病室に収容するのであれば、ナースステーションに患者動静を監視する監視装置をつけなければならない安全配慮義務があった。病院側(被告)の主張担当医師、担当看護師ともに、「コンビコップがさね」のような玩具で窒息が生じることなどまったく予見できなかったため、10分毎に訪室する義務はない。そして、完全看護といっても、すべての乳幼児に常時付き添う体制はとられていない。病室においても、カメラなどの監視装置を設置するような義務があるとは到底いえない。裁判所の判断事故の原因は、喘息の発作に関連した強い咳き込みによって陰圧が生じ、たまたま口元にあった玩具を払いのけることができなかったか、迷走神経反射で意識低下が起きたため玩具が口元を閉塞したことが考えられる。患児の病状のみに着目する限り、喘息の観察のために10分おきの観察を要するほど緊急を要していたとはいえないので、医師としての注意義務を怠ったとはいえない。幼児の行動や、与えた玩具がどのような身体的影響を及ぼすかについては予測困難であるから、看護師は頻繁に訪室して病状観察する義務があった。そのため、30分間訪室しなかったことは観察義務を怠ったといえるが、当時は別の患者の対応を行っていたことなどを考えると、看護師一人に訪室義務を負わせることはできない。しかし、家族の付添は面会時間を除いて認めないという完全看護体制の病院としては、予測困難な幼児の行動を見越して不測の事態が起こらないよう監視するのが医療機関として当然の義務である。そして、喘息に罹患していた幼児に呼吸困難が発生することは予測でき、玩具によって危険な状態が発生することもまったく予見できなかったわけではないから、そのような場合に備えて常時看護師が監視しうる体制を整えていなかったのは病院側の安全配慮義務違反である。原告側合計1億5,728万円の請求に対し、1億3,428万円の判決考察今回の事故は、喘息で入院中の幼児が、おもちゃのコップによって口と鼻を塞がれ、窒息して心肺停止状態になるという、たいへん不幸な出来事でした。もしこのおもちゃを用意したのが病院側であれば、このような紛争へ発展しても仕方がないと思いますが、問題となったおもちゃは幼児にとって普段から一番のお気に入りであり、完全看護の病院では一人で心細いだろうとのことで母親が自宅から持ち込んだものです。したがって、当然のことながら自宅でも同様の事故が起きた可能性は十分に考えられ、たまたま発生場所が病院であったという見方もできます。判決文をみると、わずか30分間看護師が病室を離れたことを問題視し、常時幼児を監視できる体制にしていなかった病院側に責任があると結論していますが、十分な説得力はありません。完全看護を採用している小児科病棟で、幼児は何をするかわからないからずっと付きっきりで監視する、などということはきわめて非現実的でしょう。そして、「玩具によって危険な状態が発生することもまったく予見できなかったわけではない」というのも、はじめて幼児に与えた玩具ではなく普段から慣れ親しんでいたお気に入りを与えたことを考えれば、かなり乱暴な考え方といえます。ちなみに、第1審では「病院側の責任はまったく無し」と判断されたあとの今回第2審判決であり、医療事故といってもきわめて単純な内容ですから、裁判官がかわっただけで正反対の判決がでるという、理解しがたい判決でした。今回の事例は、医師や看護師が当然とるべき医療行為を怠ったとか、重大なことを見落として患者の容態が悪化したというような内容ではけっしてありません。まさに不可抗力ともいえる不幸な事件であり、今後このような事故を予防するにはどうすればよいか、というような具体的な施策、監視体制というのもすぐには挙げられないと思います。にもかかわらず、「常時看護師が監視しうる体制を整えていなかったのは病院側の安全配慮義務違反である」とまで言い切るのであれば、どのようにすれば安全配慮義務を果たしたことになるのか、具体的に判示するべきだと思います。ただし医療現場をまったく知らない裁判官にとってそのような能力はなく、曖昧な理由に基づいてきわめて高額な賠償命令を出したことになります。このケースは現在最高裁判所で係争中ですので、ぜひとも良識ある最終判断が望まれますが、同様の事故が起きると同じような司法判断が下される可能性も十分に考えられます。とすれば医療機関側の具体的な対策としては、「入院中の幼児におもちゃを与えるのは、家族がいる時だけに限定する」というような対応を考えること以外に、不毛な医事紛争を避ける手段はないように思います。小児科

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糖尿病ケトアシドーシスの輸液管理ミスで死亡したケース

糖尿病・代謝・内分泌最終判決平成15年4月11日 前橋地方裁判所 判決概要25歳、体重130kgの肥満男性。約2週間前から出現した体調不良で入院し、糖尿病ケトアシドーシス(初診時血糖値580mg/dL)と診断されてIVHによる輸液管理が始まった。ところが、IVH挿入から12時間後の深夜に不穏状態となってIVHを自己抜去。自宅で報告を受けた担当医師は「仕方ないでしょう」と看護師に話し、翌日午後に再度挿入を予定した。ところが、挿入直前に心肺停止状態となり、翌日他院へ転送されたが、3日後に多臓器不全で死亡した。詳細な経過患者情報昭和49年9月3日生まれの25歳、体重130kgの肥満男性経過平成12年3月16日胃部不快感と痛みが出現、その後徐々に固形物がのどを通らなくなる。3月28日動悸、呼吸困難、嘔気、嘔吐が出現。3月30日10:30被告病院受診。歩行困難のため車いす使用。ぐったりとして意識も明瞭でなく、顔面蒼白、ろれつが回らず、医師の診察に対してうまく言葉を発することができなかった。血糖値580mg/dL、「脱水、糖尿病ケトアシドーシス、消化管通過障害疑い」と診断、「持続点滴、インスリン投与」を行う必要があり、2週間程度の入院と説明。家族が看護師に対し付添いを申し入れたが、完全看護であるからその必要はないといわれた。11:15左鎖骨下静脈にIVHを挿入して輸液を開始。約12時間で2,000mLの輸液を行う方針で看護師に指示。18:00当直医への申し送りなく担当医師は帰宅。このとき患者には意識障害がみられ、看護師に対し「今日で入院して3日目になるんですけど、管は取ってもらえませんか」などと要領を得ない発言あり。20:30ひっきりなしに水を欲しがり、呼吸促迫が出現。ナースコール頻回。17:20水分摂取時に嘔吐あり。22:45膀胱カテーテル自己抜去。看護師の制止にもかかわらず、IVHも外しかけてベッドのわきに座っていた。22:55IVH自己抜去。不穏状態のため当直医はIVHを再挿入できず。看護師から電話報告を受けた担当医師は、「仕方ないでしょう」と回答。翌日3月31日14:00頃に出勤してからIVHの再挿入を予定し、輸液再開を指示しないまま鎮静目的でハロペリドール(商品名:セレネース)を筋注。3月31日03:00肩で大きく息をし、口を開けたまま舌が奥に入ってしまうような状態で、大きないびきをかいていた。11:00呼吸困難、のどの渇きを訴えたが、意識障害のため自力で水分摂取不能。家族の要望で看護師が末梢血管を確保し、点滴が再開された(約12時間輸液なし)。14:20担当医師が出勤。再びIVHを挿入しようとしたところで呼吸停止、心停止。ただちに気管内挿管して心肺蘇生を行ったところ、5分ほどで心拍は再開した。しかし糖尿病性昏睡による意識障害が持続。15:30膀胱カテーテル留置。17:20家族から無尿を指摘され、フロセミド(同:ラシックス)を投与。その後6時間で尿量は175cc。さらに明け方までの6時間で尿量はわずか20ccであった。4月1日10:25救急車で別の総合病院へ搬送。糖尿病ケトアシドーシスによる糖尿病性昏睡と診断され、急激なアシドーシスや脱水の進行により急性腎不全を発症していた。4月4日19:44多臓器不全により死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張糖尿病ケトアシドーシスで脱水状態改善の生理食塩水投与は、14~20mL/kg/hr程度が妥当なので、130kgの体重では1,820~2,600mL/hrの点滴が必要だった。ところが、入院してから47時間の輸液量は、入院注射指示簿によれば合計わずか2,000mLで必要量を大幅に下回った。しかも途中でIVHを外してしまったので、輸液量はさらに少なかったことになる。IVHを自己抜去するような状況であったのに、輸液もせずセレネース®投与を指示した(セレネース®は昏睡状態の患者に禁忌)だけであった。また、家族から無尿を指摘されて利尿薬を用いたが、脱水症状が原因で尿が出なくなっているのに利尿薬を用いた。糖尿病を早期に発見して適切な治療を続ければ、糖尿病患者が健康で長生きできることは公知の事実である。被告病院が適切な治療を施していれば、死亡することはなかった。病院側(被告)の主張入院時の血液検査により糖尿病ケトアシドーシスと診断し、高血糖状態に対する処置としてインスリンを適宜投与した。ただし急激な血糖値の改善を行うと脳浮腫を起こす危険があるので、当面は血糖値300mg/dLを目標とし、消化管通過障害も考えて内視鏡の検査も視野に入れた慎重な診療を行っていた。原告らは脱水治療の初期段階で1,820~2,600mL/hrもの輸液をする必要があると主張するが、そのような大量輸液は不適切で、500~1,000mLを最初の1時間で、その後3~4時間は200~500mL/hrで輸液を行うのが通常である。患者の心機能を考慮すると、体重が平均人の2倍あるから2倍の速度で輸液を行うことができるというものではない。しかもIVHを患者が自己抜去したため適切な治療ができなくなり、当時は不穏状態でIVHの再挿入は不可能であった。このような状況下でIVH挿入をくり返せば、気胸などの合併症が生じる可能性がありかえって危険。セレネース®の筋注を指示したのは不穏状態の鎮静化を目的としたものであり適正である。そもそも入院時に、糖尿病の急性合併症である重度の糖尿病ケトアシドーシスによる昏睡状態であったから、短期の治療では改善できないほどの重篤、手遅れの状態であった。心停止の原因は、高度のアシドーシスに感染が加わり、敗血症性ショックないしエンドトキシンショック、さらには横紋筋融解症を来し、これにより多臓器不全を併発したためと推測される。裁判所の判断平成12年当時の医療水準として各種文献によれば、糖尿病ケトアシドーシスの患者に症状の大幅な改善が認められない限り、通常成人で1日当たり少なくとも5,000mL程度の輸液量が必要であった。ところが本件では、3月30日11:15のIVH挿入から転院した4月1日10:25までの47時間余りで、多くても総輸液量は4,420mLにすぎず、130kgもの肥満を呈していた患者にとって必要輸液量に満たなかった。したがって、輸液量が大幅に不足していたという点で担当医師の判断および処置に誤りがあった。被告らは治療当初に500~1,000mL/hrもの輸液を行うと急性心不全や肺水腫を起こす可能性もあり危険であると主張するが、その程度の輸液を行っても急性心不全や肺水腫を起こす可能性はほとんどないし、実際に治療初日の30日においても輸液を160mL/hr程度しか試みていないのであるから、急性心不全や肺水腫を起こす危険性を考慮に入れても、担当医師の試みた輸液量は明らかに少なかった。さらに看護師からIVHを自己抜去したという電話連絡を受けた時点で、意識障害がみられていて、その原因は糖尿病ケトアシドーシスによるものと判断していたにもかかわらず、「仕方ないでしょう」などといって当直医ないし看護師に対し輸液を再開するよう指示せず、そのまま放置したのは明らかな過失である。これに対し担当医師は、不穏状態の患者にIVH再挿入をくり返せば気胸が生じる可能性があり、かえって危険であったと主張するが、IVHの抜去後セレネース®によって鎮静されていることから、入眠しておとなしくなった時点でIVHを挿入することは可能であった。しかもそのまま放置すれば糖尿病性昏睡や急性腎不全、急性心不全により死亡する危険性があったことから、気胸が生じる可能性を考慮に入れても、IVHによる輸液再開を優先して行うべきであった。本件では入院時から腹痛、嘔気、嘔吐などがみられ、意識が明瞭でないなど、すでに糖尿病性昏睡への予兆が現れていた。一方で入院時の血液生化学検査は血糖値以外ほぼ正常であり、当初は腎機能にも問題はなく、いまだ糖尿病性昏睡の初期症状の段階にとどまっていた。ところが輸液が中断された後で意識レベルが悪化し、やがて呼吸停止、心停止状態となった。そして、転院時には、もはや糖尿病性昏睡の症状は治癒不可能な状態まで悪化し、死亡が避けられない状況にあった。担当医師の輸液に関する過失、とりわけIVHの抜去後看護師らに対しIVHの再挿入を指示せずに放置した過失と死亡との間には明らかな因果関係が認められる。原告側合計8,267万円の請求に対し、合計7,672万円の判決考察夜中に不穏状態となってIVHを自己抜去した患者に対し、どのような指示を出しますでしょうか。今回のケースでは、内科医にとってかなり厳しい判断が下されました。体重が130kgにも及ぶ超肥満男性が、糖尿病・脱水で入院してきて、苦労して鎖骨下静脈穿刺を行い、やっとの思いでIVHを挿入しました。とりあえず輸液の指示を出したところで、ひととおりの診断と治療方針決定は終了し、あとは治療への反応を期待してその日は帰宅しました。ところが当日深夜に看護師から電話があり、「本日入院の患者さんですが、IVHを自己抜去し、当直の先生にお願いしましたが、患者さんが暴れていて挿入できません。どうしましょうか」と連絡がありました。そのような時、深夜にもかかわらずすぐに病院に駆けつけ、鎮静薬を投与したうえで再度IVHを挿入するというような判断はできますでしょうか。このように自分から治療拒否するような患者を前にした場合、「仕方ないでしょう」と考える気持ちは十分に理解できます。こちらが誠意を尽くして血管確保を行い、そのままいけば無事回復するものが、「どうして命綱でもある大事なIVHを抜いてしまうのか!」と考えたくなるのも十分に理解できます。ところが本件では、糖尿病ケトアシドーシスの病態が担当医師の予想以上に悪化していて、結果的には不適切な治療となってしまいました。まず第一に、IVHを自己抜去したという異常行動自体が糖尿病性昏睡の始まりだったにもかかわらず、「せっかく入れたIVHなのに、本当にしょうがない患者だ」と考えて、輸液開始・IVH再挿入を翌日午後まで延期してしまったことが最大の問題点であったと思います。担当医師は翌日午前中にほかの用事があり、午後になるまで出勤できませんでした。そのような特別な事情があれば、とりあえずはIVHではなく末梢の血管を確保するよう当直スタッフに指示してIVH再挿入まで何とか輸液を維持するとか、場合によってはほかの医師に依頼して、早めにIVHを挿入しておくべきだったと考えられます。また、担当医師が不在時のバックアップ体制についても再考が必要でしょう。そして、第二に、そもそもの輸液オーダーが少なすぎ、糖尿病ケトアシドーシスの治療としては不十分であった点は、標準治療から外れているといわれても抗弁するのは難しくなります。「日本糖尿病学会編:糖尿病治療ガイド2000」によれば、糖尿病ケトアシドーシス(インスリン依存状態)の輸液として、「ただちに生理食塩水を1,000mL/hr(14~20mL/kg/hr)の速度で点滴静注を開始」と明記されているので、体重が130kgにも及ぶ肥満男性であった患者に対しては、1時間に500mLのボトルで少なくとも2本は投与すべきであったことになります。ところが本件では、当初の輸液オーダーが少なすぎ、3時間で500mLのボトル1本のペースでした。1時間に500mLの点滴を2本も投与するという輸液量は、かなりのハイペースとなりますので、一般的な感触では「ここまで多くしなくても良いのでは」という印象です。しかし、数々のエビデンスをもとに推奨されている治療ガイドラインで「ただちに生理食塩水を1,000mL/hr(14~20mL/kg/hr)の速度で点滴静注を開始」とされている以上、今回の少なすぎる輸液量では標準から大きく外れていることになります。本件では入院当初から糖尿病性ケトアシドーシス、脱水という診断がついていたのですから、「インスリンによる血糖値管理」と「多めの輸液」という治療方針を立てるのが医学的常識でしょう。しかし、経験的な感覚で治療を行っていると、今回の輸液のように、結果的には最近の知見から外れた治療となってしまう危険性が潜んでいるので注意が必要です。本件でも、ひととおりの処置が終了した後で、治療方針や点滴内容が正しかったのかどうか、成書を参照したり同僚に聞いてみるといった時間的余裕はあったと思われます。最近の傾向として、各種医療行為の結果が思わしくなく、患者本人または家族がその事実を受け入れられないと、ほとんどのケースで紛争へ発展するような印象があります。その場合には、医学書、論文、各種ガイドラインなどの記述をもとに、その時の医療行為が正しかったかどうか細かな検証が行われ、「医師の裁量範囲内」という考え方はなかなか採用されません。そのため、日頃から学会での話題や治療ガイドラインを確認して知識をアップデートしておくことが望まれます。糖尿病・代謝・内分泌

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