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TAVI周術期の脳卒中は減少していない(解説:上妻謙氏)-1109

 経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)は高齢者心不全の原因の1つとなっている大動脈弁狭窄症(AS)に対する根本的介入を行うもので、手術ハイリスク、超高齢者に対する治療として早くから第1選択となっていたが、すでに無作為化試験のエビデンスがそろって、米国FDAは手術低リスクの症例にまで適応を拡大した。本論文は米国の胸部外科学会(STS)と米国心臓病学会(ACC)の合同で行われている経カテーテル弁膜症治療に関するTranscatheter Valve Therapy(STS/ACC TVT)Registryデータを用いた、大規模データベース研究の結果である。 今回発表されたHudedらによるJAMAの論文は、全米521病院の2011年11月~2017年5月までの10万例を超えるTAVIの30日データを検討している。結果、脳卒中の発症頻度はデバイスの進歩にもかかわらず2012年から2017年の経年でほとんど変化しておらず、TIA平均は0.4%、脳卒中全体平均で2.3%であった。脳卒中発生の中央値は2.0日で、約半数が1日以内に発生しており、68.4%が3日以内の発生であった。年間症例数100件未満と100件以上で比較しても発生率は差がなく、症例規模にかかわらず一定の割合で発生していることがわかる。脳卒中発生患者は非発生患者に比べて高齢で、女性に多く、脳卒中既往患者、末梢動脈疾患・高血圧・全周性石灰化大動脈・頸動脈狭窄の合併などで多かったが、心房細動の既往の有無では差がなかった。ただし、術後に発生する新規の心房細動は脳卒中患者に多かった。大腿動脈アプローチのほうが脳卒中は少なく、STSスコアが高い、全身麻酔、自己拡張型人工弁が、脳卒中発生のグループに多かった。また抗血小板薬と抗凝固薬の服用に関しては脳卒中の発症頻度に影響がなかった。 本論文の結果をみると、TAVIに伴う脳卒中はデバイスの大動脈あるいは大動脈弁通過に伴う機械的な血管壁のダメージが原因と考えられる。これは日本でも大幅に症例数が増えても、脳梗塞発症率が1%前後から低下していないことから同様に考える必要がある。今後TAVIの適応拡大を進めていくに当たっては、脳保護デバイスや血管壁に優しい細いデバイスなどの開発が必要と考えられる。

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【第145回】医学論文史上、最凶最悪の誤嚥論文!

【第145回】医学論文史上、最凶最悪の誤嚥論文!いらすとやより使用さて、この論文を紹介するにあたり、虫が嫌いな人はご注意を! 満を持して登場する、私が数多く見てきた中で、最凶最悪の誤嚥論文です。心して読めッ!Vazirani J, et al.A complicated cockroach-ectomy.Respirol Case Rep. 2018;6:e00332.発作性心房細動の既往歴がある42歳男性がゴキブリを吸い込んだ! ということで救急部を受診しました。キャーーーー!!! もうこの時点でアウトーッ!!ゴキブリを吸い込んでしまった後、胸部の圧迫感、息切れ、そして肺の中を虫が動き回る感覚を訴えたそうです。いや、吸い込むってどういうことだよ、と突っ込みたくなるのですが、……おええええ! 想像もしたくない。バイタルサインはおおむね問題なかったのですが、左側の呼吸音が減弱し、喘鳴を聴取しました。ゴキブリ喘鳴。しかし、胸部レントゲン写真では特段異常はみられませんでした。この時点では、「うーん、ゴキブリを吸い込んだ? まさか患者さんの狂言じゃないだろうな…」と主治医も思っていたかもしれません。念のため…と気管支鏡検査を行ったところ、まずちぎれたゴキブリの下半分(腹部以下)が舌区に深く入りこんでおり、その他のゴキブリの破片も気管内に散在していました。疑ってスイマセン、本当でしたね…。見たくない…。見たくないよぉ……!論文には、絶対に見てはいけない「endobronchial cockroach(気管支内ゴキブリ)」の写真が掲載されています。見たい人はどうぞ、PubMedでフリーで読めます。処置の途中、急激に酸素飽和度が低下しました。ゴキブリによるアレルゲン曝露なのか、喉頭痙攣か、とにかく処置が継続できませんでした。いったん中断し、酸素化改善を待つしかありませんでした。その後、残りのゴキブリは咳嗽とともに喀出されたものもあったそうです。状態が落ち着いてきたので、念のため全身麻酔下でもう一度気管支鏡で摘出し、晴れて気管支からゴキブリは消え去りました。ふぅ、やれやれ。その後、患者さんは発熱し、血培からMicrococcus luteusが検出されました。踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。ゴキブリの持っていた腐敗菌だったのかどうかはわかりませんが、しかるべき抗菌薬によって治療されました。さて、ゴキブリ誤嚥は、小児で過去に1例報告されています1)。小児や精神科疾患の患者さんでは仕方ないのかなという気持ちはありますが、基本的に元気な成人がこんなもん誤嚥することはないはずです。なぜ誤嚥したのか結局よくわからなかったためか、論文のDiscussionではミクロコッカス菌血症やアレルギーの話が主体になっています(笑)。1)Marlow TJ, et al. J Emerg Med. 1997;15:487-489.

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「乳腺外科医事件」裁判の争点 【後編】

手術直後の女性患者への準強制わいせつ罪を問われた執刀医が、逮捕・勾留・起訴された事件。一審では無罪判決が言い渡されたが、検察は控訴し、争いは現在も続いている。この事件に関しては、ネットを中心として被害者とされる女性に対するバッシングと、医療者に対するバッシングがそれぞれ見られる。しかし、本件では「麻酔(注:本件ではプロポフォールやセボフルラン、笑気等が使用されていた)の影響で幻覚を体験した可能性がある」 として無罪判決が下されており、事件の本質からすると、女性も医師もある意味で被害者といえる。担当弁護人の1人である水沼 直樹氏に、実際に法廷で論じられた2つの争点について、前・後編で解説いただく本企画。前編に引き続き、今回は術後せん妄の有無についての裁判の経過と、このような事案を防ぐために考えられる医療安全対策を取り上げる。後編:術後せん妄か否かをめぐり、何が争点となったのか1.麻酔薬による術後せん妄の可能性本件の良性腫瘍摘出術では、麻酔薬としてプロポフォール200mgのほか、笑気ガスとセボフルランを継続的に投与し、鎮痛薬としてペンタゾシン5mg、坐薬等を投与していました(患者:30代前半、体重約50kg)。患者には、せん妄の準備因子の1つである脳の器質的障害は認められませんでしたが、誘発因子の1つとされる疼痛については、患者が術後に痛みを訴えています。また、直接因子とされる手術侵襲や上記の麻酔薬、オピオイド(ペンタゾシン)の使用も本件ではあります。弁護側証人は、乳房手術は全身麻酔後の覚醒時せん妄リスクが高い(オッズ比:5.19)と報告1)されていることを証言し、また、検察側証人がせん妄の可能性が低い理由の1つとして若年者であることを挙げたことに対し、せん妄の発症には必ずしも年齢による有意差があるわけではないと証言しました。実際に、小児麻酔においても術後せん妄が問題となり2)、学会などでも取り上げられていることも言及しています。麻酔薬と性的幻覚の症例報告は世界中にあり3)、プロポフォールについていえば、同薬により生々しい性的幻覚を見たという症例が世界中で報告されています4-7)。2.医師のDNAが患者の乳房に付着する可能性執刀医は、手術前に病室で患者の両胸を触診し、術前マーキングを実施していました。また、手術室内でも再度触診し、上級医と術式確認をしながら切開部を狭めるための再マーキングを行っています。これらの際、医師は通常どおり素手で触診しました。3.裁判所の判断患者が痛みを訴えていたことや術後にバイタルチェックを受けたこと等の記憶が無いこと、専門家の証言等を総合した結果、患者が「せん妄状態に陥っていた可能性は十分にあり、また、せん妄に伴って性的幻覚を体験していた可能性が相応にある」と判断しました。また、現場に臨場した警察官が、左胸以外の他の部分からも付着物を採取していれば、何らかの事実が判明でき真相解明につながった可能性がある、という旨が述べられました。なお、顔と両胸が写されていたこと等から、性的興味があったのではないかと検察官が指摘した医師が撮影した写真も、すべてマーキングされたものです。裁判所は、医師が医学的な目的以外で撮影したとはいえないと判断しました。詳細については、拙稿となりますが『医療判例解説 Vol.079』8)にも経緯をまとめています。4.医療安全対策この事件から得られた対策は、3つ考えられるでのはないでしょうか。1つは、患者の回診(とくに女性患者の回診)には、医療者1人で訪室しないことです。あらぬ疑いをかけられたり、また実際に犯行の機会を作ったりせずに済むからです。家族の立ち会いを求めるのも一案です。2つ目は、せん妄の診断基準としてはDSMやICD等がありますが、簡易版のスクリーニングツールも複数あります。CAMは、(1)急激な発症・症状の変動、(2)注意の障害、(3)解体した思考、(4)意識の障害の4項目から構成されるツールで、(1)(2)があり、かつ(3)または(4)があればせん妄と診断するという簡便なツールとなっています。これらを活用し、患者のせん妄を早期に医療機関が把握し、放置しないことが重要です。最後に、せん妄の可能性を患者や家族に対して、あらかじめ説明しておくことも重要です。英国立医療技術評価機構(NICE)のガイドラインや、厚生労働省制作の、せん妄に関する啓発動画9)を活用することも一案かと思います。参考1)Lepousé C et al. Br J Anaesth. 2006;96:747-53.2)Morgan E et al. Plast Reconstr Surg. 1990;86:475-8; discussion 479-480.3)Schneemilch C et al. Anaesthesist. 2012 ;61:234-41.4)Balasubramaniam B et al. Anaesthesia. 2003;58:549-53.5)Yang Z et al. J Anesth. 2016;30:486-8.6)Martínez Villar ML et al. Rev Esp Anestesiol Reanim. 2000;47:90-2.7)Marchaisseau V et al. Therapie. 2008;63:141-4.8)医療判例解説Vol.079 . 医事法令社;2019.9)厚生労働省委託緩和ケア普及啓発事業企画制作/日本サイコオンコロジー学会企画制作協力.『あれ?いつもと様子が違う=せん妄とは?』講師紹介

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特別編 ジェラシー全開で中山 祐次郎氏と話してみた!【Dr.倉原の“俺の本棚”】第18回

【第18回 特別編】ジェラシー全開で中山 祐次郎氏と話してみた!Dr.倉原の“俺の本棚”も連載開始から1年が経過し17冊を紹介しました。その中で、2回登場している『医者の本音』、『泣くな研修医』の著者である中山 祐次郎氏。『医者の本音』出版のためのクラウドファンディングへの支援※1といった接点はあるものの、直接お話はしたことがないという2人。今回CareNet.comで対談をセッティングしました。医師と物書きという2つの顔を持つ2人に共通するものとは?―幻冬舎・見城 徹氏との交流から出版に倉原:今日はまず、中山先生の最初、つまり「なぜ書き始めたのか」を教えてもらえますか?僕が最初に中山先生の名前をお見かけしたのは、Yahoo!ニュース個人※2でした。一介の外科医というプロフィールを覚えていて、この人のブログをよく見るなと思っていて。東日本大震災後に福島の病院に駐在されたという話を聞き、その後いろんなところでお名前を聞くようになって。ずっと何がきっかけで書くようになったのか、気になっていたんですよね。中山:ありがとうございます。僕はまず、いきなり本を書いたんです。卒後5年か6年くらいの2014年ごろのことです。僕は消化器がんが専門なので、やはり患者さんが亡くなっていくんですよ。だから死について考えることが多くなって、ある日突然、「これは書かねば自分が立ち行かなくなってしまう」と、考えていることをWordに書いていったんです。とくにきっかけもなく、ただ知って欲しい、と。今思えば押し付けがましい内容だったと思うんですが、ブログでもSNSでもなくWordに書きためていったんですよね。1冊の本を目指して。倉原:日々の診療がきっかけというか。中山:そうですね。そうとも言えるかもしれない。その原稿を友人経由で出版社に持ち込んだんですけど、8ヵ月待ってボツになりましてね。激しいショックで、落ち込んで1人毎日やさぐれて酒を飲んでいたときに、当時流行していた755というSNSを始めたんです。そのアプリはホリエモンと、サイバーエージェントの社長の藤田 晋さんが作ったSNSで、その当時はテレビCMも始まって話題になっていたんですよね。ツイッターと似た感じのアプリなんですけど。それで、面白そうだなと思って、僕は「藪医師」と名乗って、医者として恋愛相談と病気の相談を受ける「藪医者外来へようこそ」というタイトルで、755をやり始めたんです。フォロワーが200人くらいになって少し注目していただくようになったころ、幻冬舎という出版社の社長の見城 徹さんも、755をやり始めたんですよ。60歳を過ぎて、初SNSを始めます、と。755上で見城さんとやり取りをさせてもらい、「すべての新しいことは、たった1人の孤独な熱狂から始まる」という言葉を目にしたとき、やっぱり出版したいという気持ちが再燃したんです。それを755上で「このボツ原稿を、諦めない」と宣言したら、見城さんが原稿を見せてみろと言ってくれて、その後3ヵ月くらいの間に出版が決まったんです。幸いにもこの本※3が3万部以上売れてくれたことでYahoo!ニュースの立場を紹介いただいたという感じです。中山 祐次郎氏:1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、同院大腸外科医師(非常勤)として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、現在福島県郡山市の総合南東北病院外科医長として、手術の日々を送る。消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。倉原:SNSがきっかけというのは今っぽいですね。1作目は存じ上げませんでした。内容は「死」について。それにしても3万部か…。医学書はヒットして1万部くらいですから。3万部…すごい…。中山:いやいや、マーケットが10倍くらい違いますから、そこは比べないでおきましょう。それよりも、倉原先生はなぜ書き始めたんですか? 倉原:僕はブログがきっかけです。2008年に後期研修医になったときに「呼吸器内科医」というブログを始めたんです。高岸※4っていう、恐ろしい量の論文を読む後輩がいて、毎日、3本とか読んでるんですよ。中山:毎日ですか!倉原:そう、毎日。彼に触発されて、自分も1日1本は読もうと決めたんです。ブログは読んだものを記録するための自己満足で始めたんですけど、続けているうちにだんだんアクセスが増えていって。それを見たシーニュっていう会社の社長から、何か書いてみませんかと声をかけてもらったんです。2013年ごろでしたね。中山:もともとお知り合いだったんですか?倉原:ううん、ブログを見て連絡をくれたんです。ひたすら論文を訳しただけのブログだったんですけど、患者さんに届けたい! みたいな熱意が伝わったって言ってもらって。最初の本※5は、結局そういう本になりました。5年目の若造が何言ってるんだと当時は叩かれてへこみましたけど。中山:それはまた、なぜ批判があったんですか?倉原:扱ったテーマが、答えのない問題ばかりだったから、ですかね。正しい選択がAかBかわからないしエビデンスもないけど、その選択の向こうにある患者さんの未来を見越して、こういうふうに選びましょうとか、そういうことを書いたんです。中山:治療上根拠はないけど、臨床医が結論を出さないといけないような選択を扱ったと。倉原:そうです。具体的に言うと、間質性肺疾患で外科的肺生検とか安易にやっちゃうじゃないですか。当時は当たり前にやられていたけど、すごく疑問に感じていて。やってもIPFの患者さんはどんどん悪くなっていく。全身麻酔をかけてまでやる意味はどこにあるんだろうと思っていて。そういうのをぶつけたんです。まあ、学会とかで本の批判をする先生方の声を聞くたびに心が折れましたよ。だけどシーニュの社長が励ましてくれて、書き続けるにいたっています。医者で本を書くのってこういう始まり方が多いんじゃないかな。1冊出して出版社とつながりができて続いていく、みたいな。―『泣くな研修医』の生みの親は“無力感”倉原:新書ではなく、なぜ小説を書こうと思ったんですか?中山:僕、生きているだけで虚無感がそれほど弱くないレベルで常にあるんです。だってみんな死ぬじゃないですか。とくにこの地球にも、日本にも、大阪にも、何の意味も残さないわけじゃないですか。死んだら全部ゼロになるのに生きるって何なの、という虚無感がひどいんですよ。その中で死を思ったりするところがあると思います。それに気付いたのは最近なんですけどね。倉原:その出口が創作に向かうってすごいですね。中山:結局小説を書いてみて思ったのは、僕が書いていたのは無力感だったなと。やるせなさ、存在しているだけで悲しい、そんなこと。倉原:オーベンを前にしたときの無力感ってありますよね。小説でとてもリアルでした。中山:オーベンは書くのに苦労したからうれしいです。倉原:男性のオーベン、岩井先生、とても冷たいじゃないですか。でも実は…というシチュエーション、現実にも結構ありますよね。中山:ありますね。倉原:いつも冷たいんだけど、飲んだときとかにポロッと出てきたりするのね。中山:そうそう、早く教えてくださいよーってなるやつ。倉原:熱いもの持ってるじゃないですか! みたいにね(笑)。ベテランになってくると動揺しないんですよ。動揺しないべきでもある。それが指導医でもある。それを研修医から見ると冷たい指導医に見えてしまうんだよね。ツンデレと言ってしまえばそれまでだけど。―気持ち悪くなるほど生々しい描写はどうやってできた?倉原:ほかにも細かい描写が、本当にリアルですよね。ストレッチャーを押していてベッドが壁にぶつかるとか。中山:そこのところは自分でも気に入っていたのですが、指摘してくれたのは先生が初めてだったのでうれしいです。倉原:サイレン待つのも嫌ですね。中山:あはは、あれは本当に嫌ですよねー。倉原:あと、「人工呼吸器に乗っている」って。乗っているって何だよ、みたいなあの表現。こういうちょっとした言い回しが本当に生々しい。研修医のころを思い出す、と言われませんか。中山:当時を思い出してつらくなるとか、嫌になるとか。気分が悪くなるっていう人も多いですね。倉原:どう勉強したらこういう生々しい文章が書けるのか、めちゃくちゃ気になります。中山:うまいかどうかは別として、村上 龍氏の受け売りですが、「正確さ」にこだわりました。登場人物の行動と人物像に矛盾が生じないようにしています。このキャラクターだったら、この服は選ばない、きっと患者さんと話すときにこういう感情が生まれるだろうという必然性を見つけていく感じ。あと、妻に読んでもらっています。彼女は医療関係ではないので、わからないところや面白くないところに率直な意見をくれるので、それを参考にすることが多いですね。―中二病だと言われても、太宰の影響は大きい!倉原:読んできた本からの影響はないんですか?中山:ベタで恥ずかしいんですけど、太宰 治。僕、太宰の人には言えないような恥ずかしい感情の動きを書いてしまうところが好きなんです。中二病っぽいですけど。ほかにも夏目 漱石とか昭和の純文学をたくさん読んでいたから、その影響もあるかもしれません。倉原先生はどんな本を読むんですか?倉原:小説はそんなに読んできていなくて、読むのはもっぱら医学書ばかりです。中山:献本も全部ですか? 倉原:ええ、頂いたものはほぼすべて読みます。中山:それだけでも膨大そうですね。それこそ医学書もたくさん出版される中で、いい本に出合うコツはあります?倉原:はっきり言えば著者でしょうか。なかでもやっぱり岩田 健太郎先生はすごい。いい意味で怪物だと思います。中山:それはどういう意味ですか? 倉原:僕、医学書ってもともと読み物ではないと思っていたんです。アメリカの医学書も読みますが、あちらの本は今でも「ですます調」の硬い文体で、内容はもちろんムズカシイから、読んで笑う要素はないんですよ。それと比べて岩田先生は、『抗菌薬の考え方、使い方』※6という本で、医学書と小説を足した、寝転んで読めるような“読み物としての医学書”というジャンルを作り出した。これが、岩田先生は怪物級にスゴイと思う理由です。読み物としての医学書というジャンルができたことで、日本の医学書出版業界のトレンド―文化ができたんだと思います。だから、平均の売上部数が数千部の医学書業界で、岩田先生の本はフツウに1万部売れますからね。医学書業界で1万部は異例中の異例ですよ。そこにきて中山先生の本は10万部超えって本当にジェラシー以外の何物でもないです※7、ほんと。ジェラシー(笑)。中山:いやいや、比べないでおきましょう…。倉原:うん、そうですね。―医学書にストーリー性は必要か?中山:医学書って基本的には情報を得るためのものであって、勉強ができればストーリー性は必要ないと思っていました。でも、今のお話だと医学書にもストーリーが必要ということでしょうか?倉原:あくまで僕個人の体験談ですが、リファレンス、辞書みたいな使い方をする本って、本棚の奥にしまって出さなくなってしまうんです。眠くなっちゃうから。でも1度通読したものは記憶に残っていて、また読む。通読した本って、物語風だったり、話し口調だったりするものですよね。坂本 壮先生※8もそうですけど、本屋で手に取ったときに読みやすそうだなと思うとすぐ買っちゃうし、読んだ後も記憶に残る。中山:ああ、なるほど。倉原:だから、今のトレンドでは、1回すべて読み通させるだけの文章力がないと売れないのかなとも思います。中山:なるほど。今後もそのトレンドは続くのでしょうか。個人的にすごく気になります。倉原:硬い医学書を好む先生も一定数いるので、すみ分けがされるという感じじゃないでしょうか。中山:すみ分けは年齢層によるものですか? 倉原:そうですね…。基本的に僕らより上の世代のベテランドクターは硬い医学書を好むように見えますし、4~5年目までくらいの若手のドクターは、圧倒的に砕けた文体の読み物を読んでいる印象を受けます。でも、年齢で区切れるかというとそうでもないんじゃないかとも思うんです。僕は14年目だけど永遠の若手の自負があるし。岩田先生以降の“読み物としての医学書”に触れてきた人たちは年齢に関係なく、読みやすいものを手に取るから。全体としては読み物のシェアが増えていくんじゃないかな、というのが僕の見方です。―やっぱり医学書が書きたい!中山:それを聞いてやる気が出ました! 僕も医学書を書きたいと思っているんです!倉原:医学書! 中山先生は一般向けに発信しているイメージが強いから、少し意外です。中山:基本は一般の方に向けたものが多いんですが、やっぱり医者なので。ちょうど、小説と医学書の中間のようなものを書いている途中です。倉原:もうすでに書き始めていると。ちなみに内容はどういったもの?中山:ずばりコンサルトの極意です! コンサルト情報の書き方や電話のかけ方とか、自分が若手のときに困ったことをまとめている感じです。倉原:それはニーズあると思うな。それこそストーリー性があったらウケそう。さすがにこれは幻冬舎ではないですよね。中山:これは専門出版社からです。あと、まだ構想でしかないですけど、今、誰からも応援されていない医療者に光を当てるようなものが書きたいですね。倉原:誰からも応援されてない医療者?中山:例えばお局さんです。新人ナース向けの本はたくさんあっても、ある程度経験年数がある看護師さんって置き去りにされている気がして。お局っていう単語自体もあんまりよくないじゃないですか。もっとポジティブな意味付けをした単語を作り出したいと思っています。倉原:それは確かに。ぽっかり抜け落ちているところですね。目のつけどころが面白い。中山:倉原先生は今後、どんなものを書く予定なんですか?倉原:今は喘息関連の本を書いています。あと…、実は僕も読み物的な医学書を書きたいとずっと思っています。でも自分には文才がないなと思って踏みとどまってます。中山:ちょっと待ってください。僕、“文才”という言葉はないと思うんです。倉原:文才という言葉はない。それかっこいいな…。中山:文才っていうと特別なものに感じてしまうけど、率直に自分の感情の動きを書ける人のことを文才がある人というんじゃないかなという気がしています。倉原:かっこつけないで書けるのが文才? それは深いな…。中山:飾らないというか、感情と言葉の間に1個もフィルターのない人。CareNet.comの倉原先生の連載も、ご自身の体験談や時々奥さんとのやりとりが入っていたりしてリアルな感じがしますよね。倉原:下ネタが?中山:そこじゃないです(笑)。なぜ急に下ネタと。倉原:ブログから書き始めたのもあって、PVを上げる方法をつい考えるんです。そうすると自然と下ネタが多くなる。はっちゃけてごまかしている感じが自分ではしていて、だいぶ恥ずかしいです。中山:下ネタは人類共通の話題ですから。でも下ネタなら何でもいいわけではないでしょう。やっぱり文章力のなせる業だと思います。倉原:憧れの小説家に言われるとすごく照れますね。でも読み物的な医学書を書きたい、目指すところが似ている気がします。中山:それはとってもありますね。倉原:そう考えると、出会うべくして出会っているのかもしれませんね。※1第9回「何もかも前代未聞な本」※2Yahoo!ニュース個人中山祐次郎※3中山祐次郎.幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと 若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日. 2015.幻冬舎新書※4第1回「エビデンスが本の中で踊っている」※5「寄り道」呼吸器診療―呼吸器科医が悩む疑問とそのエビデンス※6岩田健太郎. 抗菌薬の考え方、使い方. 2004.中外医学社※7中山祐次郎. 医者の本音.2018.SBクリエイティブ※8第5回「指導医が語る心得のような本」(取材・構成・撮影 ケアネット 安原 祥)

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「働き方改革」一歩前進へ-ロボット麻酔システム-

 2019年4月16日、福井大学医学部の重見 研司氏(麻酔・蘇生学教授)、ならびに松木 悠佳氏(同、助教)とその共同研究者らは、全身麻酔の3要素である鎮静・鎮痛・筋弛緩薬をすべて自動的に制御する日本初のシステムについて厚生労働省で記者発表した。本会見には共同研究者の長田 理氏(国立国際医療研究センター麻酔科診療科長)、荻野 芳弘氏(日本光電工業株式会社 呼吸器・麻酔器事業本部専門部長)も同席し、実用化に向けた取り組みについて報告した。なぜ麻酔システムを開発したのか 近年、全身麻酔が必要な手術件数は全国的に年々増加傾向にある。他方で、医師の「働き方改革」が叫ばれているが、医師偏在など問題解決の糸口は未だ見えていない。これに対し、労働時間の削減とともに質の担保が不可欠と考える重見氏は、「血圧測定や人工呼吸は看護師による手助けを要する。しかし、容態安定時や、繰り返しになるような単純作業は、機械の助けを借りることで“ついうっかり”がなくなり、安全面にも貢献する」と述べ、「機械補助によって麻酔科医の業務負担が劇的に軽減される。働き方改革と医療の質のバランスをとるための技術が必要」と、開発の経緯を語った。機械化のメリットとは ロボット麻酔システムは、“ロボット”と銘打っているが、実は、制御用のソフトウェアのことを指す。このシステムは、脳波を用いて薬剤を自動調節するため、医療ビッグデータやAIに頼らずとも、麻酔薬を至適濃度に保つことができる。 このシステムは、1)バイタルサインを測定し、催眠レベルの数値、筋弛緩状態を出力するモニター、2)制御用コンピューター、3)麻酔薬3種を静脈に注入するシリンジポンプの3つで構成されている。また、重見氏によると「麻酔科医の生産性・患者QOL・医療経済性の向上、患者安全への寄与、さらには、“診断”を加味して“加療”するシステム」という点が特徴だという。 期待できる業務として、鎮痛・鎮静・筋弛緩薬の初回投与および投与調節、脳波による鎮静度評価、筋弛緩薬の投与調節があり、本システムは婦人科の腹腔鏡手術、甲状腺、腹部などの脳波モニターに影響を及ぼさない術野での使用が可能である。松木氏は「これらを活用することで、麻酔科医の時間的余裕が生まれ、容態急変時など患者の全身状態の看視に注力ができる」と、麻酔科医と患者の両者における有用性について語った。実用化までの道のり これまで、2017年より2つの予備研究を実施し100例近くのデータ収集を行うことで、自動制御に関するアルゴリズム改善に役立ててきた。今年3月より臨床研究法に則り、特定臨床研究として、ロボット麻酔システムを使用し、全身麻酔時に使用する静脈麻酔薬の自動投与調節の有効性と安全性の検討に関する対象無作為化並行群間比較試験を開始。目標症例数は福井大学と国立国際医療研究センターを併せて60例とし、2019年9月までを予定。現時点ですでに21例が登録を終えている。今後、治験などを経てシステム運用のための講習会の企画や2022年の発売を目指す。■関連記事ソーシャルロボットによる高齢者の認知機能検査の信頼性と受容性

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脳波に基づく麻酔薬の調節、術後せん妄を抑制せず/JAMA

 大手術を受けた高齢患者の術後せん妄の予防において、脳電図(EEG)ガイド下麻酔薬投与は、通常治療と比較して有効ではないことが、米国・セントルイス・ワシントン大学のTroy S. Wildes氏らが行ったENGAGES試験で示された。研究の詳細は、JAMA誌2019年2月5日号に掲載された。術中EEGにおける脳波の平坦化(suppression)は過剰に深い全身麻酔を示唆することが多く、術後せん妄と関連するとされる。術後せん妄の抑制効果を検討する単施設無作為化試験 本研究は、EEGの脳波図に基づき麻酔薬の投与を調節するアプローチによる、術後せん妄の抑制効果の評価を目的に、単施設(米国、セントルイス市のBarnes-Jewish病院)で行われたプラグマティックな無作為化臨床試験である(米国国立衛生研究所[NIH]の助成による)。 患者登録は、2015年1月~2018年5月の期間に実施され、フォローアップは2018年7月まで行われた。対象は、年齢60歳以上、大手術を施行され、全身麻酔を受ける患者であった。被験者は、EEGガイド下麻酔薬投与または通常の麻酔治療を行う群に無作為に割り付けられた。 主要アウトカムは、術後1~5日におけるせん妄の発症とした。せん妄の評価には、confusion assessment method(CAM)またはCAM for the intensive care unit(CAM-ICU)が用いられた。術中に、麻酔薬濃度、EEG suppression、低血圧の評価が行われた。せん妄発症率:26.0 vs.23.0%、最近のメタ解析と対照的な結果 1,232例(年齢中央値:69歳[範囲:60~95歳]、女性:563例[45.7%])が無作為割り付けの対象となり、このうち1,213例(98.5%、EEGガイド麻酔群:604例、通常麻酔治療群:609例)で主要アウトカムの評価が行われた。 術後1~5日におけるせん妄は、EEGガイド麻酔群では604例中157例(26.0%)、通常麻酔治療群では609例中140例(23.0%)に認められ、両群間に有意な差はなかった(差:3.0%、95%信頼区間[CI]:-2.0~8.0、p=0.22)。 呼気終末揮発性麻酔薬濃度(最小肺胞濃度[MAC])中央値は、EEGガイド麻酔群が通常麻酔治療群に比べ有意に低く(0.69 vs.0.80、差:-0.11、95%CI:-0.13~-0.10)、EEG suppressionの累積時間中央値(7 vs.13分、-6.0、-9.9~-2.1)およびバイスペクトラルインデックス(BIS、0~100、スコアが低いほど催眠[鎮静状態]が深い)<40の累積時間中央値(32 vs.60分、-28.0、-38.0~-18.0)もEEGガイド麻酔群で有意に短かった。平均動脈圧<60mmHgの累積時間中央値は、両群間に差はなかった(7 vs.7分、0.0、-1.7~1.7)。 術中の望ましくない体動は、EEGガイド麻酔群が137例(22.3%)と、通常麻酔治療群の95例(15.4%)よりも多く認められた(差:6.9%、95%CI:2.5~11.4、p=0.002)。術中の記憶をともなう覚醒は両群ともにみられなかった。術後の悪心・嘔吐は、それぞれ48例(7.8%)、55例(8.9%)で発現した(-1.1%、-4.3~2.1、p=0.49)。 重篤な有害事象の発症は、EEGガイド麻酔群が124例(20.2%)、通常麻酔治療群は130例(21.0%)と報告された(差:-0.8%、95%CI:-5.5~3.8、p=0.72)。術後30日以内に、EEGガイド麻酔群の4例(0.65%)、通常治麻酔療群の19例(3.07%)が死亡した(-2.42%、-4.3~-0.8、p=0.004)。 著者は、「これらの知見は、EEGガイドにより術後せん妄の発症が3分の1以上減少したとする最近のメタ解析と対照的な結果であるが、メタ解析に含まれた試験との方法論的な違い(麻酔技術、プロトコール順守、患者集団のリスクプロファイル、EEGガイドが麻酔管理に及ぼす影響、せん妄の確定の厳密さなど)が、この乖離をある程度説明できると考えられる」としている。

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第13回 アナタはどうしてる? 術前心電図(後編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第13回:アナタはどうしてる? 術前心電図(後編)前回は非心臓手術として、整形外科の膝手術予定の患者さんを例示し、術前スクリーニング心電図のよし悪しを述べました。今回も同じ症例を用いて、Dr.ヒロなりの術前心電図に対する見解を示します。症例提示67歳、男性。変形性膝関節症に対して待機的手術が予定されている。整形外科から心電図異常に対するコンサルテーションがあった。既往歴:糖尿病、高血圧(ともに内服治療中)、喫煙:30本×約30年(10年前に禁煙)。コンサル時所見:血圧120/73mmHg、脈拍81/分・整。HbA1c:6.7%、ADLは自立。膝痛による多少の行動制限はあるが、階段昇降は可能で自転車にて通勤。仕事(事務職)も普通にこなせている。息切れや胸痛の自覚もなし。以下に術前の心電図を示す(図1)。(図1)術前心電図画像を拡大する【問題】依頼医に対し、心電図所見、耐術性・リスクをどのように返答するか。解答はこちら心電図所見:経過観察(術前心精査不要)。耐術性あり(年齢相応)、心合併症リスクも低い。解説はこちらまず、心電図所見。果たしてどのように所見に“重みづけ”をしたら良いのでしょう。どの所見ならヤバくて、どれなら安心なのか。外科医が(循環器)内科医に尋ねたいのは、主に耐術性とリスク(心臓や血管における合併症)の2点ではないでしょうか。耐術性は、合併疾患の状況はもちろん、“動ける度”(運動耐容能)で判定するのがポイント。決して心エコーの“EF”ではありませんよ(フレイル・寝たきりで手術がためらわれる方でも、左心機能が正常な方が多い)。今回のケースのように、高齢ではなく、心疾患の既往や思わせぶりな症状・徴候もなく 、そして何より心臓も血管もいじらない手術で「心血管系合併症が起きるのでは…」とリスクを考えるのは“杞憂”でしょう。誰も彼も術前“ルーチン”心電図を行うのは、ほとんど無意味で臨床判断に影響を与えないことは前回述べました。「どんな患者に術前心電図は必要なのでしょう?」「どんな所見なら問題視すべきでしょう?」このような問いかけに、アナタならどうしますか? Dr.ヒロならこうします。“心電図検査の妥当性はこれでチェック”ボクが術前コンサルトで心電図の相談を受けた時、参考にしているフローチャート(図2)を示します。(図2)術前心電図の要否をみるフローチャート画像を拡大するこれはもともと、術前心電図の要否を判断するものです。海外ではそもそも「検査すべきか・そうでないか」が重視されているんですね。ただ、日本では、“スクリーニング”的に術前心電図がなされるので、ボクはこれを利用して、コンサルトされた心電図に“意義がある”ものか“そうでない”ものかをまず考えます。ここでも、心電図を“解釈する”ための周辺情報として、心電図“以外”の情報とつけ合わせることが大切です。術前外来で言えば、患者さんの問診と診察ですね。一人の患者さんにかけられる時間は限られているので、術前外来で、ボクは以下の4つをチェックしています。“妥当性”からの判断◆心疾患の既往◆症状(symptom)・徴候(sign)◆手術自体のリスク(規模・侵襲性)◆Revised Cardiac Risk Index(RCRI)まず既往歴。これは心疾患を中心に聞きとります。続く2つ目は症状と症候です。症状は、ボクが考える心疾患の“5大症状”、1)動悸、2)息切れ、3)胸痛、4)めまい・ふらつき、5)失神を確認します。もちろん異論もあるでしょうし、100%の特異性はありません。1)や2)は年齢や運動不足、そのほかの理由で「ある」という人が多いですが、それが心臓病っぽいかそうでないかの判断には経験や総合力も必要です。あとは、聴診と下腿浮腫の症候を確認するだけにしています。聴診は心雑音と肺ラ音ね。この段階で心臓病の既往、症状や徴候のいずれかが「あり」なら、術前心電図をするのは妥当で、所見にも一定の“意義”が見込めます。でも、もし全て「なし」なら非特異的な所見である確率がグッと高くなるでしょう。次に手術リスクを考慮します。これは手術予定の部位(臓器)や所要時間、麻酔法、出血量などで決まるでしょう。リスト化してくれている文献*1もあります。これによると、心合併症の発生が1%未満と見込まれる低リスク手術(いわゆる“日帰り手術”や白内障、皮膚表層や内視鏡による手術など)の場合、心電図は「不要」なんです。一方、心合併症が5%以上の高リスク手術(大動脈、主要・末梢血管などの血管手術)なら、心電図は「必要」とされます。もともと、ベースに心臓病を合併しているケースも多いですし、その病態把握に加えて、術後に何か起きた時、術前検査が比較対象としても使えますからね。残るは、心合併症が1~5%の中リスク手術。全身麻酔で行われる非心臓手術の多くがここに該当します。今回の膝手術もまぁここかな。ここで、「RCRI:Revised Cardiac Risk Index」という指標*2を登場させましょう。非心臓手術における心合併症リスク評価の“草分け”として海外で汎用されているもの(図3)で、中リスク手術における術前心電図の妥当性が「あり」か「なし」を判定する重要なスコアなんです!(図3)Revised Cardiac Risk Index(RCRI)画像を拡大するRevised Cardiac Risk Index(RCRI)1)高リスク手術(腹腔内、胸腔内、血管手術[鼠径部上])*2)虚血性心疾患(陳旧性心筋梗塞、狭心痛、硝酸薬治療、異常Q波など)3)うっ血性心不全(肺水腫、両側ラ音・III音、発作性夜間呼吸困難など)4)脳血管疾患(TIAまたは脳卒中の既往)5)糖尿病(インスリン使用)6)腎機能障害(血清クレアチニン値>2mg/dL)*:RCRIでは血管手術以外に、胸腔・腹腔内の手術も含まれる点に注意1)のみ手術側、残り5つが患者側因子の計6項目からなり、ボクもこのページをブックマークしています(笑)。たとえば、全て「No」を選択すると、主要心血管イベントの発生率が「3.9%」と算出されます(注:2019年1月から数値改訂:旧版では「0.4%」と表示)。中リスク手術ならRCRIが1項目でも該当するかどうかがが大事ですが、今回の男性は全て「No」。つまり、チャートで「No ECG(術前心電図をする“意義はない”)」に該当しますから、たとえいくつか心電図所見があっても基本は重要視せず、これ以上の検査を追加する必要もないと判断してOKではないでしょうか。“active cardiac conditionの心電図か?”術前心電図としての妥当性の観点から、今回の症例は精査が不要そうです。では、仮にチャートで「ECG」(“意義あり”)となった時、2つ目のクエスチョン「問題視すべき所見は?」はどうでしょうか。患者さんは“非心臓”手術を受けるのが真の目的ですから、その前にボクらが“手出し”(精査や加療)するのは、よほどの緊急事態ととらえるのがクレバーです。そこでボクが重要視しているのは、“active cardiac condition”です。実はこれ、アメリカ(ACC/AHA)の旧版ガイドライン(2007)*3で明記されたものの、最新版(2014)*4では削除された概念なんです(わが国のガイドライン*5には残ってます)。active cardiac condition=緊急処置を要するような心病態、のような意味でしょうか。これを利用します。“緊急性”からの判断~active cardiac condition~(A)急性冠症候群(ACS)(B)非代償性心不全(いわゆる“デコった”状況)(C)“重大な”不整脈(房室ブロック、心室不整脈、コントロールされてない上室不整脈ほか)(D)弁膜症(重症AS[大動脈弁狭窄症]ほか)もちろん、ここでも心電図以外の検査所見も見て下さい。心電図の観点では、(A)や(C)の病態が疑われたら“激ヤバ”で、早急な対処、場合によっては手術を延期・中止する必要があります。既述のチャートで“全て「No」だった心電図”でも無視できず、むしろ、至急「循環器コール」です(まれですが術前にそう判明する患者さんがいます)。ただ、「左室肥大(疑い)」や「不完全右脚ブロック」などの波形異常の多くはactive cardiac conditionに該当せず、術前にあれこれ検索すべき所見ではありません。つまり、患者さんに対し、「手術を受けるのに、この心電図なら大丈夫」と“太鼓判”を押し、追加検査を「やらない」ほうがデキる医師だと示せるチャンスです!もちろん、コンサルティ(外科医)の意向もくんだ上で最終判断してくださいね。れっきとしたエビデンスがない分野ですが、このように自分なりの一定の見解を持っておくことは悪くないでしょう(気に入ってくれたら、今回の“Dr.ヒロ流ジャッジ”をどうぞ!)。今回のように必要ないとわかっていても、万が一で責任追及されては困ると“慣習”に従う形で、技師さんへ詫びながら心エコーを依頼する、そんな世の中が早く変わればいいなぁ。いつにも増して“熱く”なり過ぎましたかね(笑)。Take-home Message1)心電図所見に対して精査を追加すべきかどうかは、術前検査としての「妥当性」を考慮する2)Active Cardiac Conditionでなければ、非心臓手術より優先すべき検査・処置は不要なことが多い*1:Kristensen SD, et al.Eur Heart J.2014;35:2383-431.*2:Lee TH, Circulation.1999;100:1043-9.*3:Fleisher LA, et al.Circulation.2007;116:e418-99.*4:Fleisher LA, et al.Circulation.2014;130:e278-333.*5:日本循環器学会ほか:非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン2014年改訂版【古都のこと~天橋立~】「日本三景ってどこ?」松島、宮島、そして京都にある「天橋立」です。前回の京丹後の旅の帰りに寄りました。「オイオイ、っていうか写真、逆では?」とお思いでしょ? 実は、2016年のイグノーベル賞で有名になった“股のぞき効果”(股のぞきで眺めると、風景の距離感が不明瞭になり、ものが実際より小さく見える効果)を体験しながら撮影したんです。絶景に背を向け、股下から天橋立をのぞき込むと、そこは“天上世界”。海と空とが逆転し、天に舞い上がる龍のように見えるそうです(飛龍観)。ボクの想像力が豊かで、しかも、もっと雲が少なかったら…見えなくもないかな? ボクは天橋立ビューランドからでしたが、傘松公園バージョンもあるそうで。また今度行ってみようかなぁ。

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第2回 急性痛と慢性痛【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第2回 急性痛と慢性痛痛みは不快な感覚ではありますが、人が生きていくうえでは、なくてはならない感覚です。とくに生命に危険を及ぼすような障害が生じているときには、素早く対処する必要があります。実際、先天性無痛覚症の患者さんは「短命だ」といわれています。そのために、痛覚は「防御反応における精神心理面での補助的役割」と、すでに1900年に有名な生理学者Charles Sherrington氏は述べておられます(図1)。前回は痛みの発生する原因機序別に従って分類した、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛(非器質性疼痛)について述べさせていただきました。今回は、痛みの発生する時期による分類として、急性疼痛、慢性疼痛について説明したいと思います。急性疼痛は必要とされる痛みでありますが、慢性疼痛はできれば避けたい痛みです。図1 痛覚の役割画像を拡大する急性疼痛代表的な痛みは術後疼痛です。手術は侵害刺激でありますし、その後の回復期においては炎症反応が生じます。侵害受容性疼痛と炎症性発痛物質による痛みが混在するのが術後痛です。たいていは術後24時間後から痛みの程度が徐々に減少していきますが、なかには何らかの原因でその痛みが遷延することも珍しくありません。術後遷延性の疼痛として、慢性疼痛に移行して何十年も持続する患者さんも存在します。以前は「手術の後は痛いのが当たり前である」「痛いのは生きている証拠である」といわれていた時代もありました。医療従事者もそうであったし、患者さん自身もそのように感じていただけでなく、むしろ我慢のしどころであるとも思っていました。しかしながら、術後の患者さんの痛みを緩和することは、手術後の患者さんの早期回復を促し、在院期間を短縮するだけでなく、その結果として医療費の削減にも通じます。したがって、術後痛対策としての硬膜外麻酔併用全身麻酔は、術後疼痛を緩和するための有用な手段であります。慢性疼痛近年、わが国においては、かつて世界中でどこの国も経験したことのない高齢社会となってきております。それを反映して高齢者が遭遇しやすい疾患である帯状疱疹後神経痛、脊柱管狭窄症や腰痛症、それに付随する手術後に発生する脊椎術後疼痛症候群などのいわゆる「難治性慢性疼痛患者さん」が著しく増加しています。これらの疾患では病状は類似しているものの、痛みの性質やその程度は患者さんによって実にさまざまであり、疼痛治療にも大いに難渋しております。1)帯状疱疹後神経痛帯状疱疹後神経痛は、帯状疱疹が治癒した後に生じる疼痛疾患であるため、周囲の人々から帯状疱疹後の疼痛に対する理解が得られにくいのが現状です。帯状疱疹後神経痛の発症率は、年齢とともに高くなっていきます。筆で患部をなでられただけで耐えられない痛みを訴える「アロディ二ア」と呼ばれる状態がみられると、患部が衣服でこすれても、風に吹かれても、健康人では触覚として認識する感覚を激痛として感じてしまい、患者さんにとっては耐えられない状態となります。そのうえ、持続性の痛みだけでなく、時々、突然発生する耐え難い激痛である突出痛も不定期にみられるために恐怖感も生じ、当然のことながら患者さんは、精神的にも落ち込むことになります。したがいまして、初期の有効な疼痛緩和治療により、痛みをできる限り感じないようにすることが重要です。2)脊椎術後疼痛症候群脊椎術後疼痛症候群の患者さんでは、腰痛などで脊椎手術が施行され、その後に手術前よりも痛みが強くなるような症候群を指しています。これも、帯状疱疹後神経痛と同様の難治性であり、患者さんを激痛で苦しめています。痛みは患者さん本人にしかわからないので、できるだけ早期に疼痛を軽減するために治療を開始することが大切です。早い痛みへの対策が、その後の痛みを和らげることは言うまでもありません。痛みの悪循環原疾患の治癒にもかかわらず3ヵ月以上経過しても痛みが持続するようになれば、急性疼痛から慢性疼痛への移行として考えられ、その説明にはよく「痛みの悪循環」が応用されております(図2)。これは、最初に外因性の手術などの疼痛刺激が痛み受容器(神経自由終末)を刺激し、その結果、痛みインパルスが発生します。それは脊髄後角から脊髄視床路を経由して上位中枢に入力し、大脳皮質においてそのインパルスを痛みの信号として認識すると同時に、交感神経系も刺激されますのでアドレナリンが分泌されます。また、脊髄反射によって運動神経が刺激されて、筋肉の攣縮などが生じます。と同時に、血管収縮が発生して、痛みを感じる領域の酸素欠乏を招き、炎症性変化によって生体内に存在するブラジキニンなど(表)のさまざまな発痛物質が生成されます。そうなりますと、元来の痛み刺激が消失しても、今度は生体内発痛物質が痛み受容器(神経自由終末)を刺激することになりますので、この悪循環は半永久的に持続する慢性疼痛に移行することになります。この悪循環を経路の中のどこかで断ち切ることが、痛みの治療の大きな柱の1つとなります。痛みの悪循環を遮断するために(図2)、末梢神経、硬膜外腔、脊髄、脊髄視床路、脳組織がターゲットとなり、神経ブロック、薬物療法、光線療法、電気刺激療法、運動療法、リハビリ療法など、さまざまな治療法を駆使します。表 体内にある主な発痛物質および発痛調節物質図2 痛みの循環と痛みの遮断*画面をクリックして動画を視聴ください痛みは身体の危険信号でありますが、通常、健康な場合には存在を感じない知覚です。しかしながら、いったん暴れだすと収拾がつかなくなり、患者の気を狂わすこともある恐ろしい感覚です。「痛み」の克服は、社会の平和と人間の暮らし(QOL)の向上に多大なる貢献をするものと確信しております。次回は、「痛みの伝導系と抑制系」を予定しております。1)花岡一雄ほか. BRAIN and NERVE. 2008;60:519-525.2)河谷正仁 編集. 痛み研究のアプローチ. 新興交易医書出版部;2006.p.15-18.

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【第126回】膣内にビー玉と人形の靴が1年半も入っていた少女

【第126回】膣内にビー玉と人形の靴が1年半も入っていた少女 いらすとやより使用 異物論文といえば、男性の泌尿器系・消化器系の論文が多いのですが、検索すると時折産婦人科領域の論文もあります。今回紹介するのは、5歳の少女の異物論文です。場所は産婦人科領域ですが、結構たらい回しになってからの診断です。 岩川眞由美ら.診断までに1年半を要した膣内異物の5歳女児例日小外会誌 1997;33:765-769.今から26年前の症例です。当時4歳だった少女の下着に悪臭を伴う分泌物が付着していることに母親が気付き、近所の泌尿器科を受診しました。膀胱炎ということで抗菌薬を処方されましたが、症状が改善しないために別の小児科を受診しました。ここでも抗菌薬のみの処置でした。うーん、膣の中を診ようとは思わなかったんですかね。3院目で婦人科を受診したところ、カンジダ膣炎と診断されて膣錠を処方されました。これでいったん症状は治まりました。落ち着いてきたので経口抗菌薬に切り替えたところ、再び悪臭帯下が出現。さらに別の皮膚科へ受診することになります。ここでも膣感染症ということで抗菌薬が処方されました。一度は良くなっても悪化を繰り返す帯下。5院目で最初とは別の泌尿器科を受診して、最終的に膀胱膣瘻という診断が下されました。しかし、原因については判然とせず、結局抗菌薬で経過をみていました。ここまでの期間が全部で1年半。長いです。6院目が筆者らの所属する筑波大学病院小児外科でした。膣造影検査により、膣内に多数の異物が観察されました。そう、膀胱膣瘻の原因は異物だったのです。膣内異物に対して、全身麻酔下で異物摘出術が行われました。なんと、摘出された異物は、ビー玉3個、人形の靴1足、プラスチックのビーズ7個、菓子包装紙1枚!これが1年半も膣の中に入っていたというから驚きです。主治医は冷静に、女児に異物を入れるとこういうことになるということを説明し、親にも過度に驚くものではないと説明したそうです。あまり大騒ぎして、女児のトラウマになってはいけないとの配慮です。本症例では虐待の根拠もなく、また女児の性的な意識が原因というわけではなく、とくに意識されずに挿入されたようです。というわけで、どの年齢であっても軽快しない悪臭帯下を診た場合、異物を疑う必要がありますね。

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高リスク心臓手術の輸血戦略、6ヵ月後の転帰は?/NEJM

 死亡リスクが中等度~高度の心臓手術を受ける成人患者において、制限的赤血球輸血は非制限的輸血と比較し、術後6ヵ月時点でも複合アウトカム(全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、透析を要する新規腎不全)に関して非劣性であることが認められた。カナダ・セント・マイケルズ病院のC. David Mazer氏らが、多施設共同無作為化非盲検非劣性試験「TRICS III」の最終解析結果を報告した。同試験の術後28日時の解析でも、退院または術後28日までの複合アウトカムについて、非制限的輸血戦略に対する制限的赤血球輸血の非劣性が報告されていた。NEJM誌オンライン版2018年8月26日号掲載の報告。制限的vs.非制限的赤血球輸血、術後6ヵ月の臨床転帰を比較 研究グループは、心臓外科手術後リスク予測モデルEuroSCORE Iスコアが6以上の、死亡リスクが中等度~高度な心臓手術を受ける成人患者5,243例を、制限的赤血球輸血群(全身麻酔導入以降の術中/術後、ヘモグロビン濃度<7.5g/dLの場合に輸血)、または非制限的赤血球輸血群(術中または術後ICU入室中:ヘモグロビン濃度<9.5g/dLで輸血、ICU以外の病棟:ヘモグロビン濃度<8.5g/dLで輸血)のいずれかに、無作為に割り付けた。 主要評価項目は、手術後6ヵ月以内の全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、透析を要する新規腎不全の複合アウトカム。副次評価項目は、主要評価項目に加え術後6ヵ月以内に発生した救急部受診、再入院および冠動脈血行再建術を含む複合アウトカム、および各構成要素とした。主要評価項目および副次評価項目は、修正intention-to-treat集団で解析した。術後6ヵ月時でも、複合アウトカムは非劣性、全死因死亡率も両群で有意差なし 術後6ヵ月時の主要複合アウトカムの発生率は、制限的輸血群17.4%(402/2,317例)、非制限的輸血群17.1%(402/2,347例)であり、制限的輸血群の非制限的輸血群に対する非劣性が示された。絶対リスク差は0.22ポイント(95%信頼区間[CI]:-1.95~2.39)、オッズ比(OR)は1.02(95%CI:0.87~1.18)で、事前規定の非劣性マージン(絶対リスク差の95%CI上限値が3ポイント未満)を満たした(p=0.006)。アウトカムを個別にみると、全死因死亡率は、制限的輸血群6.2%、非制限的輸血群6.4%であった(OR:0.95、95%CI:0.75~1.21)。 副次評価項目に関しては、両群で有意差は確認されなかった。 なお、著者は、術後28日時または退院後に輸血のプロトコールに従うよう医師に求めていなかったこと、転帰に関する情報がさまざまな情報源から得られていたこと、非盲検試験のバイアスの可能性を除外できていないことなどを研究の限界として挙げている。

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第2回 洞調律を知る【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第2回:「洞調律を知る」洞調律、またはサイナス・リズム…言葉だけは知っていても、心電図で何がどうならそういえるのか? 今ひとつ曖昧な人にDr.ヒロがズバッとレクチャーします。今回は、洞調律“ではない”場合の表現もあわせて学びましょう。症例提示57歳。女性。降圧薬を内服中。犬の散歩中に転倒。左腕を強打して救急受診。骨折と診断され、待機的に手術が予定されることとなった。入院時心電図(図1)に関して整形外科よりコンサルトされた。(図1)来院時心電図画像を拡大する【問題1】心電図所見として正しくないものを2つ選べ。1)洞調律2)異所性心房調律3)ST低下4)左室高電位(差)5)反時計回転解答はこちら 1)、5)解説はこちら 左腕骨折で整形外科に入院となった女性です。手術が前提であったためか、入院時に心電図がとられています。自動診断では、(1)房室接合部調律、(2)左室肥大、(3)ST-T異常となっています。1)×:R-R間隔は整で、きれいにP-QRSが並んでいるようですが、P波の様式が洞調律とは異なります。I、V4~V6でフラット、II,aVFで下向き(陰性)となっており、洞調律の条件を満たしません。2)◯:洞調律ではなく、固定のP波を伴う心房調律がこう呼ばれます。3)○:II、aVF(ともに軽度)、そしてV4~V6誘導でST低下があります。4)◯:“スパイク・チェック”(第1回参照)を思い出して、V5,V6誘導のR波の高さに反応して下さい。「V5またはV6誘導でR波高が26mm超なら左室高電位」という基準は余裕があれば覚えましょう。5)×:胸部誘導の移行帯に注目します。V2~V3誘導の間でR波の高さがS波の深さと逆転しており、これは正常です。“洞調律の定義、知ってる?”というわけで、今回ポイントにしたいのは、ズバリ「洞調律を正しく診断できる」。ただただコレだけ。普段、「洞調律って何ですか?」と医学生や研修医の先生に聞くと、『えー、P波があってQRS波がレギュラーで…』『P波とQRS波が1:1の関係でずっと続いて…』というのが代表的な答え。だとすると、今回の心電図も“洞調律”になってしまいますよね。でも否。洞調律(サイナス・リズム、略してサイナス)は洞結節が心臓の収縮ペースを統率している状態を表し、概念的にはみんな知ってます。残念ながら、体表面の心電図では洞結節の活動(興奮)を直接とらえることはできません。そこで、その“命令”に従い、はじめに興奮する心房の興奮様式から判断するんです。具体的にはP波の向きで決めています。詳しく解説するため、別症例の心電図を示します(図2)。(図2)正常洞調律[34歳・女性]画像を拡大する(図2)は34歳、女性のものです。R-R間隔は整で、QRS波の直前にはコンスタントにP波があります。肢誘導も胸部誘導も左から4拍目のP波の向き(極性)に着目すると、I、II、aVF、V4、V5、V6誘導で上向き、aVR誘導で下向きであり、洞調律と判断できるんです。(図中赤矢印:↗)ここで皆さん、いいですか?「イチニエフ・ブイシゴロ。そしてアールに注目!」なんだか呪文みたいでしょ。これは、I、II、aVF、V4~V6とaVRを見なさいってこと。僕はこれを“イチニエフの法則”と呼んでいます。「イチニエフ・ブイシゴロで上向き(陽性)、アールで下向き(陰性)」が洞調律の定義なんです。そして、一括りに「洞調律」といってもイチニエフ・ブイシゴロ以外の誘導の場合、P波の向きには個人差があり、洞調律の判定には使わないので、P波は原則見ないでOK。イチニエフの法則さえおさえれば、洞結節はほぼ規則的に興奮しますし、途中で電気の伝達に妨げがなければ、R-R間隔も整、かつ、P:QRSも1:1になります。これで多くの人が洞調律の定義と考える内容がほぼ自動的に満たされますが、これはあくまでも結果なので、本質は「P波の向き」にあることをきちんと理解して下さい。もちろん、同じ形のP波がコンスタントにあるかどうかも見ますが、それはR-R間隔が整であれば基本見なくてもOKです。ちなみに、全部で7個の誘導でチェックするなんて面倒と思う方はいますか?実は、簡易的に「II誘導とaVR誘導だけ」に着目した“ニアル(II・aVR)法”(ボクが勝手にそう呼んでるだけ)もあります。実際に「II:陽性、aVR:陰性だけでOKだよ」とする本もあります。肢誘導の円座標を思い浮かべて、心房内の興奮はaVR誘導から離れ、II誘導の方向に向かうからですね。しかし、ボク的には他のチェックとの兼ね合いもあり、やはり“イチニエフ法”がイチ押しです。“異所性心房調律って言えたらステキ”ということで、今回の心電図(図1)は洞調律ではなく、異所性心房調律が正解でした。循環器専門医だと、「異所性」に関して、さらに“心房のどこが起源か”なんてのが多少気になりますが(自動診断の「房室接合部」、もっと言うと「冠静脈洞」を疑います)、深入りは禁物。非専門医であれば異所性心房調律と言えるだけで“おつり”が来ます(笑)【問題2】整形外科の先生に「STが下がっているけど、この人は狭心症なんですか?オペいけます?」と尋ねられた。どう答えるか。解答はこちら ST低下は左室肥大に伴う二次性変化、耐術性は問題なし解説はこちら “ST変化は心筋虚血の「専売特許」にあらず”これはオマケの問題です。ちまたには、「ST低下=虚血性心疾患」と思っている人がたくさんいます。安静時心電図のST低下は狭心症のST低下ではないことが大半です。不安定狭心症などのひどい病態は別ですが。この人は普段まったく無症状だそう。その上、高血圧で治療中。ブイゴロク(V5、V6)の左側胸部誘導で高電位(差)プラスST-T変化(この人はT波異常はなし)と言ったら…そう、左室肥大(LVH)で説明可能です。以上を基に心電図から疑われる診断名異所性心房調律(冠静脈洞調律)左室肥大という訳で…、「いやー、先生。この人は心電図で左室肥大が疑われますし、ST変化はそのせいですかね。患者さんから話を聞くには、平時から駅の階段や坂道などはスイスイのスイーッみたいで、胸部症状の自覚なんかも全然ないようです。あと、ちょっとマニアックな異所性心房調律という基本リズム(調律)だったりもしますが、これも普通は特に問題になりません。一応、できたら心エコーしますけど、整形の手術なら全身麻酔でも問題ないと思いますよ」。そう答えられたら、アナタはスゴい!Take-home Message洞調律かどうかはP波の「向き」で決めよ:イチニエフ法(またはニアル法)安静時ST低下は虚血性ではないことが大半【古都のこと~Y字の鴨川~】「鴨川はY字なんだよ」こちらに来たばかりの時、そう教えられました。高野川と賀茂川の水が出会う場所、奥には糺(ただす)の森の深遠な霊気が漂います。市内のごくありふれた風景が、無常観を綴った鴨長明にはどう映っていたのでしょうか。悠久の時の流れ、“うたかた”の自分を感じながら、仕事場に向かう日もあります。

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肩インピンジメント症候群への鏡視下肩峰下除圧術は有効か/BMJ

 鏡視下肩峰下除圧術(arthroscopic subacromial decompression:ASD)は、最も一般的に行われている肩関節手術であり、肩インピンジメント症候群の治療にも用いられる。フィンランド・ヘルシンキ大学病院のMika Paavola氏らは、肩インピンジメント症候群へのASDは、プラセボとしての外科的介入を上回るベネフィットはもたらさないことを無作為化試験(FIMPACT試験)で示し、BMJ誌2018年7月19日号で報告した。最近の3つの系統的レビューでは、肩峰下除圧術の効果は運動療法を凌駕しないと報告されているが、ASDの有効性の評価には、適切な盲検化のために、手術をプラセボとした比較が求められるという。2年後の肩痛の改善度を3群で比較 本研究は、ASDの有用性を、プラセボとしての外科的介入および非手術的選択肢としての運動療法と比較する多施設共同二重盲検無作為化試験である(Sigrid Juselius Foundationなどの助成による)。 2005年2月1日~2015年6月25日の期間に、フィンランドの3つの公立病院に肩インピンジメント症候群の症状がみられる患者(35~65歳)が登録された。被験者(210例)は、手術を行う群(139例)または運動療法を行う群(71例)に無作為に割り付けられた。次いで、手術群は、診断的関節鏡検査(DA)を受けた後、さらにASDを施行する群(59例)またはそれ以上の外科的介入は行わない群(プラセボ群:63例)に無作為に割り付けられた。2年間のフォローアップが行われた。 運動療法群では、標準化されたプロトコールを用いた運動療法が、無作為化から2週間以内に開始された。DA群では、全身麻酔下で、肩甲上腕関節と肩峰下腔の関節鏡検査が行われた。ASD群では、DAを施行後に、肩峰下滑液包切除と、肩峰の骨棘および肩峰下面前外側の突出の切除が行われた。 主要アウトカムは、24ヵ月時の安静時および上肢挙上動作時の肩痛(視覚アナログスケール[VAS]:0[痛みなし]~100[極度の痛み]点)。肩痛VASの、臨床的に意義のある最小変化量の閾値は15点とした。2つの手術群で著明な効果、バイアスの可能性も ベースラインの平均年齢は、ASD群(59例)が50.5歳、DA群(63例)が50.8歳、運動療法群(71例)は50.4歳で、女性がそれぞれ71%、73%、66%を占めた。安静時VASの平均スコアは、41.3点、41.6点、41.7点、上肢動作時VASの平均スコアは、71.2点、72.3点、72.4点だった。 intention to treat解析では、ベースラインから24ヵ月時までに、ASD群、DA群ともに2つの主要アウトカムが著明に改善した(ASD群は安静時の肩痛VASが36.0点、上肢動作時の肩痛VASが55.4点に低下、DA群はそれぞれ31.4点、47.5点に低下)。肩痛VASの群間差(ASD群-DA群)は、安静時が-4.6点(95%信頼区間[CI]:-11.3~2.1、p=0.18)、上肢動作時は-9.0点(-18.1~0.2、p=0.054)と、いずれも有意差を認めなかった。 副次評価項目(Constant-Murleyスコア、Simple shoulder testスコア、15Dスコアなど)は、いずれもASD群とDA群に有意な差はみられなかった。 ASD群と運動療法群の比較では、ベースラインから24ヵ月時までに、両群とも2つの主要アウトカムが著明に改善し、肩痛VASの群間差(ASD群-運動療法群)は、安静時が-7.5点(95%CI:-14.0~-1.0、p=0.023)、上肢動作時は-12.0(-20.9~-3.2、p=0.008)であり、いずれもASD群の効果が有意に優れたが、両群間の平均差は事前に規定された臨床的に意義のある最小変化量を上回らなかった。 注意すべき点として、ASD群と運動療法群の比較では、非盲検による交絡だけでなく、2回目の無作為化の前にDAの結果などに基づき、手術群から予後不良の可能性が高い患者17例(12%)が除外されたが、運動療法群ではこれに相当する除外は行われておらず、結果としてASD群に有利となるバイアスが生じた可能性がある。 著者は、「ASDとDAは、いずれも痛みおよび機能的アウトカムを著明に改善し、有害事象の発生にも差はなかったが、ASDにはDAを超える効果を認めなかった」とまとめ、「これらの知見は、実臨床における肩インピンジメント症候群への肩峰下除圧術の施行を支持しない」と結論している。

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卵円孔開存患者では周術期の脳梗塞が多かった(解説:佐田政隆氏)-895

 卵円孔は、胎児期に右心房から左心房に血液が直接流れ込むための正常な構造であり、出産後肺循環が始まると閉鎖される。この閉鎖が不全である状態が卵円孔開存(patent foramen ovale; PFO)である。バブルテストや経食道心エコーなどの診断技術の向上によって、診断される頻度が増えており、成人で25%にPFOが認められるという報告もある。心房中隔欠損症などと異なり、PFOは血行動態に悪影響はなく、従来は放置して良いとされてきた。しかし、下肢などに血栓が生じると、PFOを通って右房から左房へ血栓が流れていって、奇異性脳塞栓症を生じさせることがまれに起こることが知られている。脳梗塞の既往がない周術期患者でPFOが本当に脳梗塞のリスクになるのかどうかは不明であった。 本研究では、全身麻酔下で非心臓手術を受けた成人18万2,393例について後ろ向き観察を行った。解析対象となった15万198人のうち約1%である1,540人にPFOが検出された。術後30日以内の、脳卒中推定リスクは、PFO群で5.9人/1,000人であるのに対して、PFOがない群で2.2人/1,000人であった。オッズ比2.66と、PFO群でPFOがない群より、有意に脳卒中のリスクが高かった。しかも、PFO群では大きい血管領域の脳梗塞が多く、脳卒中重症度の程度が大きかった。 本研究により、脳卒中の既往がない患者で、PFOが周術期の脳卒中リスクを高めることが明らかになった。PFOの検出率が1%であり、非PFO群にもPFOが含まれている可能性が高く、PFOによる脳卒中リスクはもっと高いと思われる。問題になるのは、術前にPFOが検出された場合、閉鎖術を施行すべきか、放置して構わないのかである。奇異性脳梗塞の予防のためには、抗血小板薬や抗凝固薬が有効といわれるが周術期には出血の危険性があり使用が制限される。もし、PFO閉鎖術で、周術期の脳卒中を予防できればメリットが大きい。 近年は、卵円孔開存に対する経カテーテル閉鎖デバイスが発達している。脳梗塞の既往のあるPFO患者で、PFO閉鎖は脳梗塞再発リスクを減少させることが最近の臨床研究から報告されている。しかし、脳梗塞の既往のないPFO患者に、術前に閉鎖術を行ったほうが良いのかどうかエビデンスがないのが現状である。PFO閉鎖術によって、新規発症の心房細動のリスクが上昇するという報告もある。PFOへの介入によって術後脳卒中のリスクが低減するのかどうか、ランダム化比較試験で検討する必要がある。

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日本発の治療薬を世界中の患者さんへ

 2018年6月20日、ノーベルファーマ株式会社は、「ラパリムスゲル0.2%」(一般名:シロリムス外用ゲル剤)が、「結節性硬化症に伴う皮膚病変」の治療薬として6月6日に発売されたことを期し、本剤に関する記者発表会を都内で開催した。発表会では、結節性硬化症の概要のほか、本剤の開発経緯や特徴などの講演が行われた。患者さんの声に応えて研究・開発された治療薬 発表会では、金田 眞理氏(大阪大学大学院医学系研究科情報統合医学講座 皮膚科学教室 講師)を講師に迎え、「結節性硬化症に伴う皮膚病変の治療革命」をテーマに講演が行われた。 「結節性硬化症」(以下「TSC」と略す)とは、タンパク質キナーゼのmTORが恒常的に活性化することで、皮膚、神経系、腎、肺、骨など諸部位に過誤腫や過誤組織を形成する疾患。最近では胎児期の心横紋筋腫をきっかけに発見される例も増えてきているという。精神遅滞、てんかん、血管線維腫が3主徴とされ、とくに皮膚症状は99%の患者で起こり、顔面にできる血管線維腫は、患者のQOLやADLを低下させ、長年苦しめてきた。治療では、根治療法はなく、個々の症状への対症療法が行われている。 皮膚病変の治療では、mTOR阻害薬の内服薬のほか外科的治療が行われてきたが、内服薬では効果が緩徐で長期服用が必要とされることから副作用の懸念があり、外科治療では全身麻酔による処置が必要なことも多く、患者や患者家族からは痛みのない、外用薬の開発が望まれていた。そうした患者らの声を受けて、同氏が研究・開発した外用薬が「ラパリムスゲル」である。 同氏による医師主導治験では、1日2回塗布で12週後の効果を検討すると、小さな腫瘤や白斑などは消失し、縮小効果は成人よりも小児の方に大きく効果がみられたほか、線維性局面も同様に小児の方に効果が大きくみられたという。 問題点について同氏は「塗布を中止すると再燃すること、塗布の継続期間や頻度、効果判定や長期使用の安全性など課題も多い」と指摘する。最後に「今回の治療薬開発プロセスが、今後のわが国の創薬モデルとなりうると考える」と展望を述べ、講演を終えた。先駆け審査指定制度の第1号として誕生 本剤は、日本から世界に発信をするという意味合いで、厚生労働省の定める先駆け審査指定制度*の第1号として認定され、承認された治療薬である。適用症は「TSCに伴う皮膚病変」であり、世界初となる。作用機序としては、TSCで恒常的に活性化しているmTORをシロリムスが阻害することで皮膚病変の症状を緩和する。 本剤は、2015年から検証試験および長期試験(国内第III相試験)が行われ、TSCに伴う血管線維腫に対し、ラパリムスゲル群(n=30)とプラセボ群(n=32)に分け、12週後の改善度を比較した結果、ラパリムスゲル群は改善率60.0%に対し、プラセボ群は0%(p<0.001 Fisherの直接確率検定)だった。また、線維性頭部局面の改善度に対し、ラパリムスゲル群(n=13)とプラセボ群(n=16)で同様に12週後の改善度を比較した結果、ラパリムスゲル群は改善率46.2%に対し、プラセボ群は6.3%(p=0.026 Fisherの直接確率検定)とラパリムスゲル群の有効性が確認された。安全面についてみると、12ヵ月の長期試験で有害事象を伴う中止にいたらなかった患者割合は97.9%だった。また、主な副作用としては、皮膚乾燥、適用部位刺激感、ざ瘡、そう痒症、ざ瘡様皮膚炎、眼刺激などが報告されたがいずれも重篤なものはないという。用法・用量は、通常1日2回患部に適量を塗布。薬価は3,855 円(0.2% 1g)となる。*先駆け審査指定制度とは、対象疾患の重篤性など、一定の要件を満たす画期的な新薬などについて、開発の早期段階から対象品目に指定し、薬事承認に関する相談・審査で優先的な取扱いをすることで、承認審査の期間を短縮することを目的としたもの。

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【第116回】目にクギが刺さった男児

【第116回】目にクギが刺さった男児 いらすとやより使用 目に刺さった異物って基本的に後遺症を残すことが多いのですが、奇跡的に後遺症を残さなかった症例報告を紹介しましょう。 Weill Y, et al.An unusual case of globe-sparing penetrating orbital injury by a nail.Oman J Ophthalmol. 2018;11:92-93.ある日、保護者が28ヵ月男児の目にクギが刺さっているのに気付きました。興味がある人は、論文をクリックして画像を閲覧してもらえればよいですが(フリーで閲覧可能)、内眼角近傍に深々とクギが刺さっています。イタイイタイイタイ! 閲覧注意! し、しかし…、見ちゃダメだと思いながら見てしまうのが異物論文!(図)Wikipediaより使用「えー、子供にクギが刺さってる原因なんて知らないよー、私はネイルガン(図)なんて持ってないよー」と保護者は怪しそうに否定しましたが、いや、どう考えてもネイルガンで入ったでしょ、このクギ! と言わんばかりに深々と刺さっている異物。この論文を読むかぎり、真相はわからなかったそうです。そこから先は警察の管轄ですしね。眼科的検査を行いましたが、驚くべきことに何も異常はありませんでした。どうやらクギがわずかにそれていたようです。また、眼筋にも障害は残りませんでした。さらには、骨折所見すらもなかったそうです。刺入部以外にほとんど異常がみられず、全身麻酔の下、クギが摘出されました。入院して1週間後、まったく合併症や後遺症を起こさずに患児は無事に退院したそうです。めでたしめでたし。異物論文をたくさん読んでいると、ネイルガンは怖いなと思い知らされます。間違ってもDIY目的でネイルガンを買わないようにしよう、と心に誓いました。子供が誤ってスパン!とやってしまったら、大変なことになりますしね。

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若年者の無症候性WPW症候群における致死的なイベントリスクは?【Dr.河田pick up】

 WPW(ウォルフ・パーキンソン・ホワイト)症候群を持つ若年者は突然死のリスクがあり、無症候の若年WPW症候群患者のマネージメントについては長い間議論されてきた。 この研究では、WPW症候群を持つ若年者のリスクの特性を調べるために、致死的なイベントを経験した患者とそうでない患者を比較している。米国・ユタ大学のSusan P. Etheridge氏らによる国際多施設共同研究で、JACC.Clinical Electrophysiology誌2018年4月号に掲載。 この後ろ向きの多施設共同研究では、21歳以下のWPW症候群患者でEPS(電気生理学的検査)が行われた912人を同定した。症例群は致死的なイベント(LTE)を有した患者で、LTEは突然死、回避された突然死、そして心房細動中の最も短いRR間隔 (shortest pre-excited RR interval in atrial fibrillation:SPERRI)が250ms以下、もしくは心房細動中に血行動態が保てなくなったもの、と定義されている。対照群はそれらのイベントのない患者であり、両群の臨床的な特徴とEPSのデータを比較した。致死的なイベントが起きた患者では、65%でLTEが初発症状 症例群(96例)は年齢が高く、症状や頻拍の既往が少ない傾向にあった。LTEが起きた際の平均年齢は14.1±3.9歳であった。LTEが初発症状であったのが65%であり、そのうち早期興奮を伴った心房細動が49%、回避された突然死が45%、そして突然死が6%であった。EPSで同定された3つのリスクは最も短いRR間隔、副伝導路の有効不応期 (accessory pathway effective refractory period:APERP) 、そして心房ペーシング中の早期興奮が見られる最短のペーシング間隔 (shortest paced cycle length with pre-excitation during atrial pacing:SPPCL) であり、これら3つはいずれも症例群で、対照群より短かった。致死的なイベントが起きた患者でも、37%でEPSのハイリスクな特徴を示さず 多変量解析の結果、致死的なイベントのリスク因子は、男性、Ebstein奇形、早い順行伝導が可能な副伝導路(APERP、SPERRI、あるいはSPPCL≤250ms)、複数の副伝導路、心房細動が誘発されることであった。症例群の86例中60例(69%)がEPSの際に少なくとも2つ以上のリスク項目の評価を受けた。そして、そのうち22例(37%)がEPSでのハイリスクな特徴を示さず、15例(25%)ではリスクが高い副伝導路およびAVRT(房室回帰性頻拍)のいずれも有していなかった。無症候の若年WPW患者でも突然死を起こす可能性有 本研究では、若年WPW患者は症状やハイリスクな特徴を有さずとも、突然死を起こす可能性があると結論付けている。WPW症候群のマネージメントは有症候、無症候に分けて行われてきたが、このマネージメントが必ずしも適切とは言えないかもしれない。EPSは症状よりもリスク評価において正確であるが、完璧なツールではない。また、EPSと同時にアブレーションを行うのが一般的であり、EPS後に無作為化した前向き研究を行うことは現実的ではない(副伝導路をEPSのみ行い放置するのは、一般的に極めてまれである)。アブレーションのリスクは一般的に高くはないが、若年者の場合は全身麻酔等も必要で、心臓が成長することも考慮しなければならず、症例ごとに評価、家族との話し合いのうえで管理していくことが必要と考えられる。(カリフォルニア大学アーバイン校 循環器内科 河田 宏)関連コンテンツ循環器内科 米国臨床留学記

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全身麻酔と認知症リスクに関するコホート研究

 全身麻酔が認知症リスクを増加させる可能性があることについて、関心が高まっている。しかし、麻酔とその後の認知症との関連については、まだよくわかっていない。韓国・翰林大学校のClara Tammy Kim氏らは、全身麻酔実施後に認知症リスクが増加するかについて検討を行った。Journal of Alzheimer's disease誌オンライン版2018年3月29日号の報告。 2003年1月~2013年12月までの50歳以上の21万9,423例を対象に、Korean National Health Insurance Service-National Sample Cohortのデータベース分析を用いて、人口ベースのプロスペクティブコホート研究を実施した。 主な結果は以下のとおり。・全身麻酔群4万4,956例、対照群17万4,469例を、12年間フォローアップした。・全身麻酔の経験に関連する認知症リスクは、性別、年齢、ヘルスケア訪問頻度、併存疾患などのすべての共変量で調整した後、増加していた(ハザード比:1.285、95%CI:1.262~1.384、時間依存型Coxハザードモデル)。・さらに、投与した麻酔薬の数、全身麻酔の回数、累積時間、手術における臓器カテゴリは、認知症リスクと関連が認められた。 著者らは「認知症による社会的な負担の増大を考えると、全身麻酔後の患者に対する認知症の注意深い観察や予防ガイドラインが必要とされる」としている。■関連記事高齢者に不向きな抗うつ薬の使用とその後の認知症リスクとの関連電気けいれん療法での麻酔薬使用、残された課題は?乳がんの手術方法とうつ病発症に関するメタ解析

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まず冷静にエビデンスを求める(解説:野間重孝 氏)-842

 わが国の救命救急士制度は米国の制度に倣う形で1991年に創設された。このモデルとされた米国のパラメディックには気管挿管が認められていたが、わが国では主として麻酔科学会の強い反対から許可されず、救命救急士は点滴、除細動、器具を使った気道確保だけが許可される形でスタートした。 ところが2001年に報道されたニュースにより、救命救急士の業務に対して大きな議論が巻き起こることになった。秋田県の消防では救命救急士が日常的に気管挿管を行っており、しかもそれが秋田県の消防の組織ぐるみの行為であることが明らかになったからだ。この問題の根は深く、その後の調査で、1996年から6年間にわたり、14の消防本部で心肺停止患者2,007人の8割、1,592人に気管挿管が行われていたことが明らかになるに至った。結局この問題はさまざまな議論の末、世論に押される形で2004年に「全身麻酔の臨床30例以上の成功」という条件付きで救命救急士の気管挿管が許可されることとなり、現在に至っている。 心肺停止患者蘇生時の気管挿管は、しばしば問題になる嘔吐への対応を容易にするだけでなく、心臓マッサージとの同期に必要以上気を使う必要もない。つまり、きちんと挿管されさえすれば、その後の作業がやりやすいのである。しかし同時に、これは救命救急士だけではなく医師も含めて、設備の整わない慌ただしい環境下での気管挿管には常に危険がつきまとうことも事実である。食道挿管や片肺挿管となっていて長時間気づかれなかったなどという、通常の臨床現場ではあり得ないような事故も決して珍しくはない。 この論文評を上記のような社会問題から書き起こしたが、このような救急処置の問題を論ずる場合には救命救急士がどうといった、「誰が」が問題なのではなく、エビデンスが問題なのであって、エビデンスがないならば医師でも行うべきではないという議論の方向こそ“まともな”議論の方向なのではないかと思うのである。評者には今世紀はじまりの一連の議論は、エビデンスがはっきりしないままの感情論であった気がしてならない(実は救急医学会では「気管挿管には救命率向上のエビデンスがない」という議論がむしろ主流だったともいわれる…)。 本論文の主旨はきわめて単純である。院外心肺停止患者約2,000例を対象として、バックマスクにより人工呼吸を行った場合と気管挿管を行った場合とで、28日後に神経学的な生存率を比較したもので、少なくとも気管挿管に優位性は見られなかったと結論したものである。研究の対象から統計学的に複雑な問題は発生しようがなく、著者らは謙虚に研究の限界を提示してはいるが、結果は明らかであろう。気管挿管にその後の操作上のメリットがあることは確かであるにせよ、たまたまきわめて気管挿管に熟練した術者が居合わせたといったまれなケースを例外として、心肺蘇生時の人工呼吸はバッグマスクで行うことが適当で、それが“医師であろうと救命救急士であろうと”原則無理な挿管は試みるべきではない、というのが結論であり、現場へのメッセージである。同時に、議論を蒸し返すようだが、エビデンスのない感情論には意味がないことを言外に教授したものといえる。 何か問題が起こったら頭を冷やして、冷静にエビデンスを求める。この当たり前のことを当たり前にやってみせた論文として、高く評価したい。

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卵円孔開存の存在で周術期の脳梗塞リスク上昇/JAMA

 非心臓手術を受ける成人患者において、術前に卵円孔開存(PFO)の診断を受けた患者は受けなかった患者と比べて、術後30日間の周術期虚血性脳卒中リスクが有意に高いことが示された。米国・マサチューセッツ総合病院(MGH)のPauline Y.Ng氏らが、18万例超を対象に行った後ろ向きコホート試験で明らかにしたもので、JAMA誌2018年2月6日号で発表した。結果を踏まえて著者は、「今回の所見について、さらなる確証試験を行うとともに、PFOへの介入によって術後脳卒中のリスクが低減するのかどうかを確認する必要がある」とまとめている。全身麻酔で非心臓手術を受けた18万人超を対象に検討 研究グループは、2007年1月1日~2015年12月31日に、MGHと関連のコミュニティ病院2ヵ所で、全身麻酔下で非心臓手術を受けた成人18万2,393例について、後ろ向きコホート試験を行った。 術前のPFO診断と、術後30日間に発生した周術期虚血性脳卒中との関連を調べた。脳卒中のサブタイプはOxfordshire Community Stroke Project(OCSP)分類に基づき定義し、重症度はNIH脳卒中重症度スケール(National Institute of Health Stroke Scale:NIHSS)で定義した。周術期脳梗塞推定リスク、PFO群5.9例/1,000人、対照群2.2例/1,000人 解析の対象としたのは15万198例(年齢中央値55歳[SD 16])で、そのうち術前PFO診断例は1,540例(1.0%)だった。 術後30日間に虚血性脳卒中を発症したのは全体で850例(0.6%)だった。内訳は、PFO群が49例(3.2%)、非PFO(対照)群が801例(0.5%)だった。 補正後解析の結果、PFO群は対照群に比べ、周術期虚血性脳卒中リスクが有意に高かった(オッズ比:2.66、95%信頼区間[CI]:1.96~3.63、p<0.001)。1,000人当たりの虚血性脳卒中の推定リスクは、PFO群5.9例、対照群2.2例で、補正後絶対リスク差は0.4%(95%CI:0.2~0.6)だった。 また、PFO群は大血管領域脳卒中のリスク上昇も認められた(相対リスク比:3.14、95%CI:2.21~4.48、p<0.001)。さらに、脳卒中を呈した患者においてPFO群のほうが、NIHSSで定義した脳卒中関連の神経学的障害がより重度であることも認められた(PFO群のNIHSSスコア中央値:4[IQR:2~10] vs.対照群の同値:3[1~6]、p=0.02)。

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魔法のパッチで子供の注射の怖さを軽減

 2017年12月5日、佐藤製薬株式会社は、外用局所麻酔剤のリドカイン・プロピトカイン配合貼付剤(商品名:エムラパッチ)の発売を前に、「注射の痛みに我慢は必要ですか?」をテーマとしたメディアセミナーを開催した。 セミナーでは、「痛み」の概要と小児の痛みのケアについてディスカッションが行われた。なお、同貼付剤は12月13日に発売された(薬価251.60円/1枚)。子供のころの痛みは記憶として大きくなる はじめに同社代表取締役社長の佐藤 誠一氏があいさつし、医薬マーケティング部による製品説明の後、基調講演が行われた。 基調講演では、加藤 実氏(日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野 診療教授)が、「その『医療の痛み』は本当に必要ですか?~痛みが無くなっても痛みの影響は終わらない~」をテーマに、主に小児における「痛み」の診療について現状や課題を語った。 痛みとは、組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結びつくか、このような傷害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚、情動体験と定義される。それは主観的な体験であり、患者本人にしかわからない。しかし痛みは、たとえば手術前の麻酔のように、予防することもできる。それにもかかわらず、1980年代までは新生児や小児への痛みの対応はなおざりだったという。 それは、新生児は痛みを感じにくいと思われていたからであり、1980年代後半に報告された論文以降、大きく変化した。すなわち新生児は、痛みの抑制系が未発達ゆえに痛みを感じやすく、新生児の外科的処置時には、成人同様、局所麻酔薬や全身麻酔薬を使用し、減量および中止も成人と同じ基準で行うべきという考えに変化した1)。 さらに小児期での痛みの体験は、一時的なものではなく成長後にも影響を与え、中枢性感作、不安・恐怖など記憶を介した認知を獲得する。たとえば、小児期の機能的な腹痛は、成人後の慢性痛リスクを増加させるという報告もあるという2)。局所麻酔を行い、痛みを中枢神経に伝えないようにすることは、痛みや恐怖から脳を守ることにつながると同氏は説明する。小児の痛みをマネジメントする時代へ 小児の痛みの予防について、まず小児が怖がる痛みの代表に、予防接種、採血、点滴などの注射が挙げられる。現在わが国では、こうした痛みを医療者も患者も「仕方がない」「一時的」「我慢できる」などの理由で、まだ看過しているのが現状だと、加藤氏は問題を指摘する。一方、欧米では、先述の理由から積極的に痛みのマネジメントについて取り組みが行われ、たとえばカナダでは「小児のためのワクチン摂取の痛みのマネジメント(Pain Management During Immunizations for Children)」が作成され、ガイドラインによって痛みの軽減が図られている3)。また、世界保健機関(WHO)も「ワクチン接種時の痛みの軽減についての提言」を2015年に発表するなど、世界的な動きが示されている。 加藤氏は講演のまとめとして、「小児の医療における痛みへの対応が向上するには時間がかかるかもしれないが、防げる痛みを防ぎ、子供を痛みから守る医療を一緒に目指そう」と、小児医療に関わる人々へ向け抱負を述べた。痛みの軽減だけではない患児へのメリット 引き続き、「子どもたちが怖がらずに済む医療へ」をテーマに、先の演者の加藤氏に加え、富澤 大輔氏(国立成育医療研究センター 小児がんセンター 血液腫瘍科 医長)、平田 美佳氏(聖路加国際病院 小児総合医療センター 小児看護専門看護師)によるディスカッションが行われた。 「小児期の疼痛対策の必要性」について、医療者だけでなく患児の親も持つ「痛みは仕方がない」という思い込みから、ケアがされていない現状であるという。わが国は我慢の文化であり、薬も使わない、痛みの弊害に目が向けられない状態が続いている。海外(英国)を例に平田氏は、「10年以上前から子供の痛みのケアが行われ、エムラクリームのような局所麻酔クリームを日常的に使用し、子供たちの間では『マジック・クリーム』の愛称で親しまれ、注射などの処置の前に塗布する習慣ができていた」と説明した。また、「病院での工夫」としては、「患児の疑問に答え、希望に沿うようにしているほか、事前におもちゃの注射器を見せて、準備をさせることも不安軽減に大事だと考えている。注射などの際は、患児の集中力を分散させる環境作りや処置後のフォローを行い、ケースによっては、エムラクリームなどの情報提供をしている」と同氏は付け加えた。 次に、「小児がんの治療の現場」を富澤氏が語った。「診療の中で、患児に痛みを伴う検査や治療が多いのが現状。痛みへのケアがないと、患児は診療に消極的になってしまうので、親を良いサポーターにする努力が医療者側には必要であり、同時に痛みに対する親の意識を変える必要性もある。注射への配慮としては、不必要な検査は避け、患児に痛みを除く方法もあることを説明しておく必要がある。急性リンパ性白血病(ALL)でのエムラクリームを使用したコントロール研究では、局所麻酔下だと患児の動きがなく、心拍数も変わらないという報告もある4)。これは大事な点で、ALL治療の予後にも影響することなので、治療時の患児の動きを抑えることは重要だと考える」と、同氏は実臨床をもとに説明した。患児の痛みのケアには医療者と社会の認知が必要 最後に、各演者が医療者へのメッセージを述べた。平田氏は「血友病の患児がエムラクリームのおかげで、治療を在宅で行えるようになり、表情が明るくなった。患児の感じる痛みを今後もマネジメントしていきたい」と事例を挙げて語り、富澤氏は「小児科は比較的患児の痛みケアが進んでいる分野だが、一般的に多くの医療者は患児の痛みのケアやこうした製剤を知らない。患児の親が医療者に適用を依頼するケースもあり、わが国も欧米並みに知識の普及と診療使用を考え、実践する必要がある」と見解を述べた。 最後に加藤氏は、「痛みをなくすには、体と心の両方の治療が必要で、エムラクリームのように痛みを軽減するツールがあるのに使われていないのが問題。医師への啓発だけではなく、いかに一般社会に広く浸透させるかが今後の課題」と問題を提起し、ディスカッションを終えた。■参考佐藤製薬株式会社 ニュースリリース「エムラパッチ」新発売のご案内(PDF)

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