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アサガオが体内で発芽した子ども【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第201回

【第201回】アサガオが体内で発芽した子どもphoto-ACより使用最近、日本語の論文ばかり紹介していますが、結構面白くて、いろいろな他科雑誌を読んでいます。アサガオといえば、夏休みの観察日記が定番中の定番です。ウチの子どもも小学1年のとき、ゴツイ植木鉢を持って帰ってきて、毎日アサガオの観察をしていました。アサガオを、なんと体内で育ててしまったという驚愕の医学論文があるので紹介しましょう。小山新一郎ら.アサガオ種子気管支異物の1例喉頭. 2006;18:146-148.この論文の主人公は、生後5ヵ月の男の子でした。口にものを入れたい盛りですよね。ウチの子どもも、よくトミカのミニカーを口に入れていました。アサガオの種が入った容器を誤って倒してしまい、その際、いくつか種が口に入ってしまったそうです。その後、呼吸器症状が出現したため、近くの小児科を受診しました。大きな異常はないだろうと診断され、感冒薬を処方されて帰宅しました。しかし、2日後に40℃の発熱がみられ、別の小児科を受診しました。その際、胸部レントゲン写真で明確な所見が確認され、総合病院へ紹介されたそうです。その後、胸部CT検査を行うと、「左の気管支に何か詰まっていること」がわかりました。タイトルに書いてあるように、気管支にはアサガオの種が入り込んだわけですが、全身麻酔下で左気管支をのぞくと、黒褐色のアサガオの種とは異なるモノがありました。それを取り除いてみると、あれ、アサガオの種じゃなかったのだろうか。主治医は、その取り出した異物をつぶさに観察しました。すると、それは発芽して大きくなったアサガオの種でした。体内ですでにアサガオは発芽していたのです。さすが、成長が早い!おそらく、最初に小児科を受診した時点ではアサガオが発芽していなかったので、気管支の通気性がよく、画像で無気肺を指摘できなかったのでしょう。その後、気管支を閉塞することで含気不良の肺葉が出てきたということだと思います。もし風邪や喘息と診断されたままで、どんどんアサガオが成長していったらどうなっていたのかと考えると恐ろしいですね。

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第82回 わいせつ裁判で逆転有罪の医師、来年上告審弁論へ。性犯罪厳罰化の中、対応模索の医師・医療機関

乳腺外科医事件、二審判決見直しかこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。衆院選はなんとか自民党が単独過半数を維持、自民、公明両党では、国会を安定的に運営できる絶対安定多数も大きく上回りました。そんな中、「第80回『首相≒財務省』vs.『厚労省≒日本医師会』の対立構造下で進む岸田政権の医療政策」で書いた、ロサンゼルス・ドジャースのデーブ・ロバーツ監督に激似の自民党の甘利 明幹事長が小選挙区で敗北しました。私の予感が少しだけ当たったようです。ということで、先週から今週にかけても、MLBのワールドシリーズ、アトランタ・ブレーブス対ヒューストン・アストロズのゲーム(日本時間11月3日が第6戦です)をテレビ観戦していたのですが、先週は日本のNPBでもビッグニュースがありました。東京ヤクルトスワローズとオリックスバッファローズの各リーグ昨年最下位からの優勝も大ニュースですが、それよりも驚いたのが、新庄 剛志氏の北海道日本ハムファイターズ監督就任と、立浪 和義氏の中日ドラゴンズ監督就任です。新庄氏の監督就任はさすがに誰も予想しなかったのではないでしょうか。一方の立浪氏は、過去のスキャンダルもあり、「監督は未来永劫ない」というのがディープな中日ファンの見立てでした。CS(クライマックスシリーズ)もまだ始まっていないのに、ストーブリーグが盛り上がるのはまだ試合が残っているチームに失礼ではありますが、首脳陣人事やトレード含め、来季の日ハムと中日からは目が離せません。さて、今週は2週ほど前にあったある医療裁判の新しい展開について書いてみたいと思います。手術直後の女性患者にわいせつな行為をしたとして、準強制わいせつ罪に問われた乳腺外科の男性医師(45)について、最高裁第2小法廷(三浦 守裁判長)は10月16日までに、検察側、弁護側の意見を聞く上告審弁論を来年の2022年1月21日に開くことを決めました。最高裁の弁論は二審判決を変えるのに必須の手続きです。この決定で、逆転有罪を言い渡した二審の東京高裁判決が見直される可能性が出てきました。乳腺腫瘍摘出手術直後の患者の胸を舐めるなどしたとして起訴この事件と裁判の経過には、医師の誰もが複雑な気持ちを抱いたと思います。改めて事件をおさらいしておきましょう。男性医師は2016年5月、働いていた東京都足立区の医療法人財団健和会・柳原病院で、女性の右胸から乳腺腫瘍を摘出する手術を実施。術後に、病室で女性にわいせつな行為をしたとして起訴されました。男性医師は同年8月に逮捕され、105日間勾留されました。起訴事実は、手術後で抗拒不能状態にあり、ベッドに横たわる女性患者に対して、診察の一環として誤信させ、着衣をめくり左乳房を露出させた上で、その左乳首を舐めるなどのわいせつ行為をした、というものです。公判では全身麻酔手術を終えた女性の被害証言の信用性、女性の術後せん妄の有無および程度、女性の体の付着物から被告のDNA型が検出されたとする鑑定結果の信用性が争われました。2019年2月20日の一審・東京地裁判決は、被害を受けたと証言する女性が「(麻酔の影響で)性的幻想を体験していた可能性がある」と指摘。付着物の鑑定結果については「会話時の唾液の飛沫や触診で付着した可能性が排斥できない」として無罪(求刑懲役3年)と結論づけました。これに対し、2020年7月13日の二審・東京高裁判決は真逆の判決となりました。二審では「術後せん妄」が主な争点となり、弁護側、検察側双方が推薦する精神科医2人が証言。結果、高裁判決は女性の証言について、「具体的かつ詳細であり、特に、わいせつ被害を受けて不快感、屈辱感を感じる一方で、医師が患者に対してそのようなことをするはずがないとも思って、気持ちが揺れ動く様子を極めて生々しく述べている。上司に送ったLINEのメッセージの内容とも符合する。Aの証言は、本件犯行の直接証拠として強い証明力を有する」と判断。付着物を巡る一審の判断についても、手術室での位置関係などの実験結果などから不合理だったとして、一審判決を破棄し、「被害者の精神的、肉体的苦痛は大きい」として逆転有罪、懲役2年を言い渡しました。なお、男性医師は一貫して無罪を主張してきました。日本医師会、日本医学会が2審判決を非難この二審の逆転判決は、医療関係者に大きな衝撃を与えました。判決直後の2020年7月22日、日本医師会の中川 俊男会長と日本医学会の門田 守人会長は共同記者会見を行い、「控訴審判決は学術的にも問題が多い」と強く非難しました。中川会長は担当看護師の法廷での証言について「カルテ記載がないとの理由で信用できない」とした裁判所の判断を問題視、「医療現場のスタッフは術後の対応に忙殺され、全てをカルテに記載できないことはよくあることだ」と話し、「このように出来事全部をカルテに記載しなければ、裁判所で信用してもらえないとなれば、医療現場に大混乱を来す」と指摘しました。一方、門田会長は「行為に蓋然性がないこと」「せん妄の有無に関する科学的根拠」「検査結果の正確性」の3つの問題点を挙げ、特に「せん妄」については、今回採用されたと思われるせん妄状態に関する検察側の証人の意見に対し、その根拠が果たして科学的なものであるのかと指摘、「推測だとしたら許されるものではない」と話しました。この「せん妄」の高裁判断については、弁護団やいくつかのメディアも問題視しました。検察側証人の医師が証言の冒頭に自ら「せん妄の専門家ではない」と語ったにもかかわらず、判決では、せん妄の専門家である弁護側証人の意見ではなく、検察側証人の医師の意見を採用した上で、女性にせん妄が生じていたことを認めつつも幻覚を見た可能性は否定しているからです。このほか、一審で争われた女性の身体の付着物から被告のDNA型が検出された点の取り扱いについても、多くの疑問が発せられました。証拠鑑定を行った科学捜査研究所が、DNAの増幅曲線や検量図のデータを残していないこと、DNA抽出液を証拠鑑定後に破棄したことなど、その手法に問題が多かったことから、1審判決では「信用性に疑いがある」、「仮に信用性があると認めるとしても、その証明力は十分ではない」とされました。にも関わらず、2審の高裁判決では女性の証言を逆に補強する証拠と位置づけられたのです。なお、この高裁判決から約2ヵ月後の9月、男性医師の息子が列車に飛び込み亡くなるという事故が起こっています。父親の事件や裁判との関連性はわかりませんが、とても痛ましいことです。刑法改正で被害者は性別を問わず、告訴がなくても起訴可能にそもそも性犯罪は、加害者と被害者の2人の間で起こることが多く、目撃者や証拠が通常の事件と比べ少ないと言われています。結果、裁判は加害者、被害者双方の証言や提出証拠に頼らざるを得ず、その信用性が争点となります。近年、米国ハリウッドの#MeToo運動などの影響もあって、裁判所は被害を訴える側の証言を重く見る傾向が強くなっている、という声も聞きます。日本では、欧米各国とも比較して性犯罪に甘いという批判もあり、2017年6月に性犯罪に関する刑法の大幅改正が行われています。この改正では、強姦罪は強制性交等罪に名称が変わり、これまで被害者を女性に限っていたものを、性別を問わないことになりました。さらに、被害者の告訴がなくても起訴することができるようになり(非親告罪化)、監督・保護する立場の人(親など)がわいせつな行為をした場合、暴行や脅迫がなくても処罰されることになりました。また、強制性交等罪(旧強姦罪)の法定刑の下限は懲役3年から5年に引き上げられています。疑念を抱かれないために医師、医療機関はどうすればこうした中、医師や医療機関は、あらぬ誤解を患者や家族などから受けないような対策を、今まで以上にしっかりと取る必要が出てきています。交通事故では、ドライブレコーダーの活用が一般的になってきましたが、診察室や病室に画像レコーダーを設置することはもちろんできません。ゆえに、現状では、医師の診察には必ず看護師を同席させる、わいせつ行為の誤解を受けそうな診察に際しては説明を尽くし同意を取る、といった古典的かつ基本的な対策しかとる術はありません。多くの医療機関が対応を模索している段階ではないでしょうか。ともかくは、来年の上告審弁論後の、最高裁の判断を待ちたいと思います。

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がん治療の中心静脈アクセスデバイス、完全埋め込み型ポートが有用/Lancet

 固形腫瘍または血液腫瘍患者の全身性抗がん薬治療(SACT)に使用する中心静脈アクセスデバイス(CVAD)では、完全埋め込み型ポート(PORT)はHickmanトンネル型中心静脈カテーテル(Hickman)や末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)と比較して、合併症の頻度がほぼ半減し、QOLや費用対効果も比較的良好である可能性があることが、英国・グラスゴー大学のJonathan G. Moss氏らが実施した「CAVA試験」で示された。研究の詳細は、Lancet誌オンライン版2021年7月20日号に掲載された。3つの2群間比較で非劣性または優越性を評価 研究グループは、悪性腫瘍患者に対するSACTに用いる3つのCVADについて、合併症の発生率や費用、QOLを比較し、受容性、臨床的有効性、費用対効果を評価する目的で、非盲検無作為化対照比較試験を行った(英国国立衛生研究所[NIHR]医療技術評価[HTA]プログラムの助成による)。本試験では、2013年11月~2018年2月の期間に、英国の18の腫瘍科病棟で参加者が募集された。 対象は、年齢18歳以上、固形腫瘍または血液腫瘍の治療で12週以上のSACTが予測され、最適なCVADに関して臨床的に不確実性が認められる患者であった。 被験者は、4つの無作為化の選択肢(Hickman対PICC対PORT[2対2対1]、PICC対Hickman[1対1]、PORT対Hickman[1対1]、PORT対PICC[1対1])に基づいて、3つのCVADに割り付けられた。PICCとHickmanの比較では非劣性(マージン:10%)、PORTとHickmanおよびPORTとPICCの比較では優越性(マージン:15%)の評価が行われた。 主要アウトカムは、デバイスの除去、試験中止、追跡期間1年のうちいずれか先に到達した時点における合併症(デバイス関連の感染症・静脈血栓症・肺塞栓症、静脈血吸引不能、器具の故障など)の発生率とした。医療サービス提供モデルの改変が課題 1,061例が登録され、PICC対Hickmanに424例(PICC群212例、Hickman群212例)、PORT対Hickmanに556例(253例、303例)、PORT対PICCに346例(147例、199例)が割り付けられた(Hickman対PICC対PORTの患者は2つの2群間比較に含まれたため、比較対象の患者の総数は無作為化で割り付けられた患者数よりも多く、1,326例[各群の平均年齢の幅59~62歳、女性の割合の幅44~55%]となった)。 がん種は、固形腫瘍が87~97%で、このうち大腸がんが46~65%、乳がんが11~16%、膵がんが6~15%であり、血液腫瘍は3~13%で、固形腫瘍の患者のうち59~68%に転移病変が認められた。 Hickmanの留置を最も多く行ったのは放射線科医(46~48%)で、次いで看護師(23~35%)、麻酔科医(13~20%)の順であった。PICC留置の多くは看護師(67~73%)によって行われた。PORT留置は、放射線科医(59~78%)、看護師(2~24%)、麻酔科医(10~11%)の順だった。PORT群の5例が全身麻酔下にデバイスを留置されたが、これ以外はすべて局所麻酔下であった。 PICC対Hickmanの合併症発生率は、PICC群が52%(110/212例)、Hickman群は49%(103/212例)と同程度であった。両群間の差は10%未満であったが、PICCのHickmanに対する非劣性は確認されず(オッズ比[OR]:1.15、95%信頼区間[CI]:0.78~1.71)、検出力が不十分である可能性が示唆された。 PORT対Hickmanの合併症発生率は、PORT群が29%(73/253例)と、Hickman群の43%(131/303例)に対して優越性が認められた(OR:0.54、95%CI:0.37~0.77)。また、PORT対PICCでは、PORT群は32%(47/147例)の発生率であり、PICC群の47%(93/199例)に比し優れていた(0.52、0.33~0.83)。 デバイス特異的なQOLは、PICC群とHickman群に差はなく、PORT群はこの2群に比べ良好であった。一方、PICC群はHickman群よりも総費用が低かった(-1,553ポンド)が、留置期間を考慮すると、週当たりの費用の差は小さくなった(-129ポンド)。PORT群はHickman群に比べ総費用(-45ポンド)が低く、週当たりの費用も安価であった(-47ポンド)が、有意差はなかった。また、PORT群はPICC群に比し総費用が実質的に高額であった(+1,665ポンド)が、週当たりの費用は逆に低かった(-41ポンド、有意差はない)。 著者は、「これらの知見により、固形腫瘍でSACTが行われる患者の多くは、英国国民保健サービス(NHS)の範囲内でPORT留置を受けるべきであることが示唆される」とまとめ、「現在の課題は、PORTをより適切な時期に、費用対効果が高い方法で施行できるように、医療サービス提供モデルを改変することである」としている。

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第65回 三重大事件で製薬会社、医療機器メーカーの社員に有罪判決、大学は“どこ吹く風”と後任教授公募へ

小野薬品、日本光電の社員に執行猶予付き有罪判決こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。私が住む町でも、64歳以下の住民にワクチン接種券がやっと届きはじめました。早速予約を試みましたが、7月は既に満員でした。そんな中、各紙報道によると、自治体によっては新規の接種予約を停止するところが出てきているようです。自治体の接種で使用しているファイザー製ワクチンの国からの供給量が、自治体の希望量に追いついていないためです。また、6月30日に菅 義偉首相は、企業・大学などからの申請受付を一時停止していた職域接種について、新規の受付を事実上中止する方針を表明しました。受付を再開すれば、職域接種に用いるモデルナ社製ワクチンが不足すると判断したため、とのことです。「1日100万回!」「7月末までに高齢者接種終了!」と菅首相が大号令をかけ、自治体や企業などにも相当無理をさせた上でのこの状況。政府がワクチン供給の見通しを誤ったことに加え、全国の在庫状況をきちんと把握できていないことが混乱に拍車をかけています。一方、海外では、変異株の増加などを背景に、ブースター効果を期待した3回目の接種を進めている国もあります。感染の再拡大とワクチン接種の遅れで、オリンピックはいよいよ無観客開催が現実になりそうな気配です。さて、今回は再び三重大病院臨床麻酔部の事件を取り上げたいと思います。事件発覚から約10ヵ月が経って、とうとう小野薬品工業(大阪市)の社員、日本光電工業(東京都新宿区)の元社員に有罪判決が下りました。三重大の事件については、この連載でも「第25回 三重大病院の不正請求、お騒がせ医局は再び崩壊か?」「第36回 元准教授逮捕の三重大・臨床麻酔部不正請求事件 法律上の罪より重い麻酔科崩壊の罪」「第40回 三重大元教授逮捕で感じた医師の『プロフェッショナル・オートノミー』の脆弱さ」「第45回 製薬企業からの奨学寄付金が賄賂に、三重大元教授再逮捕の衝撃」と何度も取り上げ、元臨床麻酔部教授はじめ、麻酔科医たちのあきれた所業を伝えてきました。社員たちの有罪判決は、元臨床麻酔部教授のお金への執着に翻弄された結果と言えます。彼らは皆、働き盛りの30~40代です。医師にかしずく製薬会社や医療機器メーカーの営業職の就職人気は、今後ガタ落ちするかもしれません。「奨学寄附金」200万円を「賄賂」と認定津地裁は6月29日、三重大病院の臨床麻酔部の54歳の元教授に薬剤を多数発注してもらう見返りに現金200万円を提供したとして、贈賄罪に問われた小野薬品の社員2人に懲役8ヵ月、執行猶予3年の判決を言い渡しました。社員は三重大を担当する中部営業部長(48歳)と三重営業所の担当MR(44歳)です。検察は営業部長に懲役1年、担当MRに懲役10ヵ月を求刑していましたが、2人とも同罪となりました。判決では、2018年3月に三重大名義の口座に振り込んだ「奨学寄附金」200万円を、「ランジオロール塩酸塩(商品名:オノアクト)」を多数受注できるようにするための「賄賂」だと認定しました。裁判官は「医師から働きかけがあったとはいえ、利益を優先して奨学寄付の趣旨を歪める形で見返りを期待して現金を供与する犯行に及んだことは、あまりにも軽率」とした上で、「賄賂は比較的多額で公務の適正や社会の信頼を害した結果は重い」と述べました。公判で弁護側は、奨学寄付金200万円の提供は、元教授の主導で行われたとし、「大学と製薬会社の力関係や、大学の奨学寄付金の根本的なひずみが生んだ事件で、すべてを2人の責任にはできない」と反論し、罰金刑か執行猶予付きの判決を求めていました。社員2人が執行猶予付きの有罪判決を受けたことについて、小野薬品は「このような事態を招いてしまったことを厳粛かつ重大に受け止めるとともに深くお詫び申し上げます。今後、できる限り速やかに再発防止策の詳細、および奨学寄付の在り方を決定し、早期の信頼回復に努めます」という主旨のコメントを発表しました。会社を懲戒解雇された日本光電元社員この判決の前日、6月28日の津地裁では、同じく三重大病院の医療機器納入をめぐる汚職事件で、贈賄罪に問われた医療機器メーカー・日本光電の元社員3人の判決もありました。この判決では、元中部支店医療圏営業部長(48歳)に懲役1年、執行猶予3年、元三重営業所長(41歳)と元三重営業所員(37歳)の2人に懲役10ヵ月、執行猶予3年を言い渡しています。3人は2019年8月、自社の生体情報モニター納入で便宜を図ってもらう見返りに、臨床麻酔部の元教授が代表理事を務める団体の口座に現金200万円を振り込んだとのことです。この事件では、元教授が「寄付金を入れないと臨床麻酔部には出入りさせない」などと話し、高額な寄付を求めていたことも明らかになっています。裁判長(小野薬品の事件と同じ裁判長です)は、仲介業者への値引き販売を利用して賄賂の資金を捻出した手口を「手が込んでいて悪質」、「自社の利益を優先した犯行は非難を免れない」と非難しました。3人が罪を認めていることや、会社を懲戒解雇され、社会的制裁を受けていることから、執行猶予付き判決が相当と判断したとのことです。第三者供賄、詐欺罪を問われる元教授の判決は?ランジオロール塩酸塩の不正請求の発覚に端を発したこの事件、張本人である三重大病院臨床麻酔部元教授は、1月6日、愛知、三重の両県警に第三者供賄の疑い(日本光電の生体情報モニター導入の件)で逮捕され、1月27日には、小野薬品のオノアクトに関する詐欺罪の疑いで再逮捕されています。なお、発端となった不正請求事件(実際には使わなかったランジオロール塩酸塩を患者に投与したように電子カルテを改ざんし、診療報酬をだまし取った)で、詐欺などの罪に問われた臨床麻酔部元准教(48歳)については、懲役2年6ヵ月、執行猶予4年とした津地裁判決が5月7日に確定しています。本丸である元教授が第三者供賄、詐欺罪について問われる公判はこれからです。これまでに6人の有罪が確定し、彼らの人生も大きく狂わせたことを考えると、6人よりも重い罪になることも考えられます。三重大は麻酔科の主任教授を公募中ところで、以上の公判が進む中、三重大は6月10日付で臨床医学系講座(麻酔科学分野)教授の公募を開始していました。この公募のお知らせには、臨床医学系講座(麻酔集中治療学分野)の教授の定年退職で、教授を公募するとしています。ただ、今回の事件含め、過去いろいろと問題の多かった臨床麻酔科学のポストは見直す方向のようです。お知らせでは、「三重大学では、麻酔科学分野として、麻酔集中治療学分野と臨床麻酔科学分野があり、後者は、医学部附属病院において全身麻酔を中心に従事する『臨床麻酔部』を組織しています。この臨床麻酔科学分野を麻酔集中治療学分野に統合し、臨床医学系講座(麻酔科学分野)として後任の教授を選考することになりました」と書かれています。さらに、「当該教授には教育研究分野としての『麻酔科学分野』、関連する診療科等としての 『臨床麻酔部』と『麻酔科』を一元的に統括していただき、医学部附属病院における麻酔科長を兼務し、麻酔科専門研修プログラム統括責任者を務めていただきます」となっています。つまり、臨床麻酔部は廃止、麻酔集中治療学の教授に主任教授として全権を与え、研究・教育から病院の麻酔、研修プログラムまで全体を管理してもらう、ということのようです。「第25回 三重大病院の不正請求、お騒がせ医局は再び崩壊か?」でも書いたように、15年近くに渡って問題を起こし続けてきたいわくつきの三重大麻酔科に、外部からわざわざ手を挙げてやって来る麻酔科医が果たしているでしょうか。元教授は、医局の運営や若手麻酔科医のリクルート等のためにお金が必要だった、という報道もありました。国立大学医学部の教授は、もはや決して”美味しい”地位、役職ではありません。とは言え、地域の基幹病院でもある三重大病院でとしては、麻酔科をなんとかしなければなりません。事件や事故で再び世間を騒がせ、地域の医療に迷惑をかけないためにも、選考にあたっては、提出論文含め、これまでの論文に不正がなく、麻酔も上手で、人柄よく、お金にきれいな人物が選ばれることを願っています。もっとも、そんな奇特な人物がいればの話ですが…。

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関節リウマチ診療ガイドライン改訂、新導入の治療アルゴリズムとは

 2014年に初版が発刊された関節リウマチ診療ガイドライン。その後、新たな生物学的製剤やJAK阻害薬などが発売され、治療方法も大きく変遷を遂げている。今回、6年ぶりに改訂された本ガイドライン(GL)のポイントや活用法について、編集を担った針谷 正祥氏(東京女子医科大学医学部内科学講座膠原病リウマチ内科学分野)にインタビューした。日本独自の薬物治療、非薬物治療・外科的治療アルゴリズムを掲載 本GLは4つの章で構成されている。主軸となる第3章には治療方針と題し治療目標や治療アルゴリズム、55のクリニカルクエスチョン(CQ)と推奨が掲載。第4章では高額医療費による長期治療を余儀なくされる疾患ならではの医療経済的な側面について触れられている。 関節リウマチ(RA)の薬物治療はこの20年で大きく様変わりし、80年代のピラミッド方式、90年代の逆ピラミッド方式を経て、本編にて新たな治療アルゴリズム「T2T(Treat to Target)の治療概念である“6ヵ月以内に治療目標にある『臨床的寛解もしくは低疾患活動性』が達成できない場合には、次のフェーズに進む”を原則にし、フェーズIからフェーズIIIまで順に治療を進める」が確立された。 薬物治療アルゴリズムの概略は以下のとおり。<薬物治療アルゴリズム>(対象者:RAと診断された患者)◯フェーズI(CQ:1~4、26~28、34を参照)メトトレキサート(MTX)の使用を検討、年齢や合併症などを考慮し使用量を決定。MTXの使用が不可の場合はMTX以外の従来型抗リウマチ薬(csDMARD)を使用。また、MTX単剤で効果不十分の場合は他のcsDMARDを追加・併用を検討する。◯フェーズII(CQ:8~13、18、19、35を参照)フェーズIで治療目標非達成の場合。MTX併用・非併用いずれでの場合も生物学的製剤(bDMARD)またはヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬の使用を検討する。ただし、長期安全性や医療経済の観点からbDMARDを優先する。また、MTX非併用の場合はbDMARD(非TNF阻害薬>TNF阻害薬)またはJAK阻害薬の単剤療法も考慮できる。◯フェーズIII(CQ:14を参照)フェーズIIでbDMARDまたはJAK阻害薬の使用で効果不十分だった場合、ほかのbDMARDまたはJAK阻害薬への変更を検討する。TNF阻害薬が効果不十分の場合は非TNF阻害薬への切り替えを優先するが、その他の薬剤については、変更薬のエビデンスが不足しているため、future questionとしている。 このほか、各フェーズにて治療目標達成、関節破壊進行抑制、身体機能維持が得られれば薬物の減量を考慮する仕組みになっている。過去にピラミッドの下部層だったNSAIDや副腎皮質ステロイド、そして新しい治療薬である抗RANKL抗体は補助的治療の位置付けになっているが、「このアルゴリズムは単にエビデンスだけではなく、リウマチ専門医の意見、患者代表の価値観・意向、医療経済面などを考慮して作成した推奨を基に出来上がったものである」と同氏は特徴を示した。新参者のJAK阻害薬、高齢者でとくに注意したいのは感染症 今回の改訂で治療のスタンダードとして新たに仲間入りしたJAK阻害薬。ただし、高齢者では一般的に有害事象の頻度が高いことも問題視されており、導入の際には個々の背景の考慮が必要である。同氏は、「RA患者の60%は65歳以上が占める。もはやこの疾患では高齢者がマジョリティ」と話し、「その上で注意すべきは、肝・腎機能の低下による薬物血中濃度の上昇だ。処方可能な5つのJAK阻害薬はそれぞれ肝代謝、腎排泄が異なるので、しっかり理解した上で処方しなければならない」と強調した。また、高齢者の場合は感染症リスクにも注意が必要で、なかでも帯状疱疹は頻度が高く、日本人RA患者の発症率は4~6倍とも報告されている。「JAK阻害薬へ切り替える際にはリコンビナントワクチンである帯状疱疹ワクチンの接種も同時に検討する必要がある。これ以外にも肺炎、尿路感染症、足裏の皮下膿瘍、蜂窩織炎などが報告されている」と具体的な感染症を列挙し、注意を促した。非薬物療法や外科的治療―患者は積極的?手術前後の休薬は? RAはQOLにも支障を与える疾患であることから、薬物治療だけで解決しない場合には外科的治療などの検討が必要になる。そこで、同氏らは“世界初”の試みとして、非薬物治療・外科的治療のアルゴリズムも作成した。これについては「RAは治療の4本柱(薬物療法、手術療法、リハビリテーション、患者教育・ケア)を集学的に使うことが推奨されてきた。今もその状況は変わっていない」と述べた。 非薬物治療・外科的治療アルゴリズムの概略は以下のとおり。< 非薬物治療・外科的治療アルゴリズム>◯フェーズI慎重な身体機能評価(画像診断による関節破壊の評価など)を行ったうえで、包括的な保存的治療(装具療法、生活指導を含むリハビリテーション治療、短期的ステロイド関節内注射)を決定・実行する。◯フェーズII保存的治療を十分に行っても無効ないし不十分な場合に実施。とくに機能障害や変形が重度の場合、または薬物治療抵抗性の少数の関節炎が残存する場合は、関節機能再建手術(人工関節置換術、関節[温存]形成術、関節固定術など)を検討する。場合によっては手術不適応とし、可能な限りの保存的治療を検討。 患者の手術に対する意識については「罹病期間が短い患者さんのほうが手術をためらう傾向はあるが、患者同士の情報交換や『日本リウマチ友の会』などの患者コミュニティを活用して情報入手することで、われわれ医療者の意見にも納得されている。また、手術によって関節機能やQOLが改善するメリットを想像できるので、手術を躊躇する人は少ない」とも話した。 このほか、CQ37では「整形外科手術の周術期にMTXの休薬は必要か?」と記載があるが、他科の大手術に関する記述はない。これについては、「エビデンス不足により盛り込むことができなかった。個人的見解としては、大腸がんや肺がんなどの大手術の場合は1週間の休薬を行っている。一方、腹腔鏡のような侵襲が少ない手術では休薬しない場合もある。全身麻酔か否か、手術時間、合併症の有無などを踏まえ、ケース・バイ・ケースで対応してもらうのが望ましい」とコメントした。患者も手に取りやすいガイドライン 近年、ガイドラインは患者意見も取り入れた作成を求められるが、本GLは非常に患者に寄り添ったものになっている。たとえば、巻頭のクイックリファレンスには“患者さんとそのご家族の方も利用できます”と説明書きがあったり、第4章『多様な患者背景に対応するために』では、患者会が主導で行った患者アンケート調査結果(本診療ガイドライン作成のための患者の価値観の評価~患者アンケート調査~)が掲載されていたりする。患者アンケートの結果は医師による一方的な治療方針決定を食い止め、患者やその家族と医師が共に治療方針を決定していく上でも参考になるばかりか、患者会に参加できない全国の患者へのアドバイスとしての効力も大きいのではないだろうか。このようなガイドラインがこれからも増えることを願うばかりである。今後の課題、RA患者のコロナワクチン副反応データは? 最後に食事療法や医学的に問題になっているフレイル・サルコペニアの影響について、同氏は「RA患者には身体負荷や生命予後への影響を考慮し、肥満、骨粗鬆症、心血管疾患の3つの予防を掲げて日常生活指導を行っているが、この点に関する具体的な食事療法についてはデータが乏しい。また、フレイル・サルコペニアに関しては高齢RA患者の研究データが3年後に揃う予定なので、今後のガイドラインへ反映させたい」と次回へバトンをつないだ。 なお、日本リウマチ学会ではリウマチ患者に対する新型コロナワクチン接種の影響を調査しており、副反応で一般的に報告されている症状(発熱、全身倦怠感、局所反応[腫れ・痛み・痒み]など)に加えて、関節リウマチ症状の悪化有無などのデータを収集している。現段階で公表時期は未定だが、データ収集・解析が完了次第、速やかに公表される予定だ。

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脳梗塞後の上肢運動機能障害、リハ+迷走神経刺激で改善/Lancet

 虚血性脳卒中後の長期にわたる中等度~重度の上肢運動機能障害の治療において、リハビリテーション療法との組み合わせによる迷走神経刺激療法(VNS)は偽(sham)刺激と比較して、Fugl-Meyer Assessment上肢運動項目(FMA-UE)で評価した上肢運動機能障害の改善効果が優れ、新たな治療選択肢となる可能性があることが、英国・グラスゴー大学のJesse Dawson氏らが実施した「VNS-REHAB試験」で示された。Lancet誌2021年4月24日号掲載の報告。9ヵ月以上経過した患者の三重盲検sham対照比較試験 本研究は、英国と米国の19の脳卒中リハビリテーション施設が参加した三重盲検擬似的処置(sham)対照比較試験であり、2017年10月~2019年9月の期間に参加者の無作為化が行われた(米国MicroTransponderの助成による)。 対象は、年齢22~80歳、登録前の9ヵ月~10年の間に片側のテント上虚血性脳卒中を発症し、中等度~重度(FMA-UEの総スコアが20~50点)の上肢運動機能障害を有する患者であった。 参加者は、リハビリテーション療法とVNSを受ける群またはリハビリテーション療法と偽刺激を受ける群(対照群)に、1対1の割合で無作為に割り付けられた。全例に、全身麻酔下に迷走神経刺激装置が植え込まれた。VNS群は0.8mA(不快感がある場合は低くする)、100μs、30Hzの刺激パルスを0.5秒間、対照群は0mAのパルスを受けた。 また、参加者は、院内で6週間(3回/週、合計18回)のリハビリテーション療法を受けた後、自宅で運動療法を行った。VNS/偽刺激は、院内と自宅を通じて行われた。参加者、アウトカムの評価者、療法士には、治療割り付け情報がマスクされた。90日目の臨床的に意義のあるスコア変化の達成割合が約2倍に 108例(intention-to-treat集団)が登録され、VNS群に53例(平均年齢59.1[SD 10.2]歳、女性36%)、対照群に55例(61.1[9.2]歳、35%)が割り付けられた。106例が試験を完了した(両群1例ずつが完了できなかった)。 ベースラインから院内治療終了後1日目までのFMA-UEスコアの変化(主要評価項目)は、VNS群で5.0(SD 4.4)点上昇し、対照群の2.4(3.8)点の上昇に比べ有意に良好であった(群間差:2.6点、95%信頼区間[CI]:1.0~4.2、p=0.0014)。 院内治療終了後90日目の臨床的に意義のあるFMA-UEスコアの変化(6点以上の改善)の達成割合は、VNS群が47%(23/53例)と、対照群の24%(13/55例)に比し有意に優れた(群間差:24%、95%CI:6~41、p=0.0098)。 少なくとも1件の有害事象を発現した患者は、VNS群が81%(43/53例)、対照群は76%(42/55例)であった。死亡例はなかった。重度の有害事象は、VNS群の2例に3件(尿路感染症、低ナトリウム血症、不眠症)、対照群は2例(頭痛、失神)にみられた。対照群の1例で、手術関連の重篤な有害事象として声帯まひ(5週後に解消)が発生した。 著者は、「今後は、このアプローチの実臨床への導入方法や、より重度の上肢運動機能障害を含め、他の機能障害にVNSが使用可能かを検討する必要がある」としている。

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低・中所得国は、がん手術後の転帰が不良/Lancet

 がん患者の80%が手術を必要とするが、術後の早期の転帰に関する低~中所得国(LMIC)の比較データはほとんどないという。英国・エディンバラ大学のEwen M. Harrison氏らGlobalSurg Collaborative and NIHR Global Health Research Unit on Global Surgeryの研究グループは、とくに疾患の病期や合併症が術後の死亡に及ぼす影響に着目して、世界の病院のデータを用いて乳がん、大腸がん、胃がんの術後転帰を比較した。その結果、(1)LMICでは術後の死亡率が高いが、これは病期が進行した患者が多いことだけでは十分に説明できない、(2)術後合併症からの患者救済能力(capacity to rescue)は、有意義な介入のための明確な機会をもたらす、(3)術後の早期死亡は、一般的な合併症の検出と介入を目指した、周術期の治療体制の強化に重点を置いた施策によって抑制される可能性があることなどが示された。Lancet誌2021年1月21日号掲載の報告。82ヵ国428病院の前向きコホート研究 研究グループは、全身麻酔または脊髄幹麻酔(neuraxial anaesthesia)下に施行される皮膚の切開を要する手術を受けた原発性の乳がん、大腸がん、胃がんの成人患者を対象に、国際的な多施設共同前向きコホート研究を実施した(英国国立健康研究所[NIHR]グローバル健康研究ユニットの助成による)。 主要転帰は、術後30日以内の死亡または重度合併症とした。マルチレベルロジスティック回帰により、病院および国別の患者における3段階のネストモデル内の関連性を解析した。病院レベルのインフラストラクチャー効果は、3要因媒介分析で評価した。 2018年4月~2019年1月の期間に、82ヵ国の428病院から1万5,958例(乳がん8,406例[52.7%]、大腸がん6,215例[38.9%]、胃がん1,337例[8.4%])が登録された。高所得国(31ヵ国)が9,106例、高中所得国(23ヵ国)が2,721例、低・低中所得国(28ヵ国)が4,131例であった。低・低中所得国で、胃がん、大腸がん、合併症による死亡率が高い LMICは高所得国に比べ、より進行した病変を持つ患者が多かった。30日死亡率は、胃がんが低・低中所得国(補正後オッズ比[aOR]:3.72、95%信頼区間[CI]:1.70~8.16)で高く、大腸がんは高中所得国(2.06、1.11~3.83)および低・低中所得国(4.59、2.39~8.80)で高かった。乳がんでは死亡率の差は認められなかった。 重度合併症の発現後に死亡した患者の割合は、低・低中所得国(aOR:6.15、95%CI:3.26~11.59)および高中所得国(3.89、2.08~7.29)で高かった。 合併症発現後の術後死亡は、60%が患者要因で、40%は病院または国の要因で説明が可能であった。LMICでは、一貫して利用可能な術後ケア施設がないことが、重度合併症100件当たり7~10件以上という高い死亡率と関連していた。また、がんの病期だけでは、国別の死亡率や術後合併症発現の早期のばらつきは、ほとんど説明がつかなかった。 著者は、「LMICでは、周術期死亡率が過度に高く、これががん生存の劣悪さに寄与している。術後の一般的な合併症の発現後に、回避可能な死亡を防ぐには、LMICの医師の主導により、実践的な周術期介入を緊急に評価する必要がある」としている。

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経頭蓋MRガイド下集束超音波視床下核破壊術のパーキンソン病運動症状改善に対する新たなエビデンス(解説:森本悟氏)-1350

 本邦において、2000年に視床下核脳深部刺激療法(STN-DBS)がパーキンソン病症状に対して保険適用となり、薬物療法による症状のコントロールが難しいパーキンソン病患者に対しても、重要な治療選択肢の一つとなっている。ただし、パーキンソン病に対する脳神経外科手術療法の適応に関しては、現在厚生労働省から以下のような基準が定められている。L-dopa製剤による治療効果がある、薬物調整が困難な症状(日内変動やジスキネジア含む)がある、重度の精神症状や認知機能障害がない、全身麻酔等手術に耐えられる全身状態、など。また、脳内に刺激電極装置を埋め込む治療であり、手術による合併症も懸念される。したがって、運動症状が薬物療法でコントロール不良、あるいはDBSが適応とならない患者群において、新たな治療法が望まれている。 そんな中、2016年、2017年に振戦症状に対する集束超音波視床破壊術の有効性が報告され(Elias WJ, et al. N Engl J Med. 2016;375:730-739.、Bond AE, et al. JAMA Neurol. 2017;74:1412-1418.)、2018年にはパーキンソン病の運動症状に対する集束超音波視床下核/淡蒼球破壊術の有効性が示唆された(Martinez-Fernandez R, et al. Lancet Neurol. 2018;17:54-63.、Jung NY, et al. J Neurosurg. 2018;1-9.)。したがって、超音波を用いた比較的侵襲性の少ない本法は、パーキンソン病患者のアンメット・メディカル・ニーズを満たすことができる治療法として期待される。 今回Martinez-Fernandez氏らは、パーキンソン病の運動症状に対して集束超音波視床下核破壊術が有効か否かを検証するために、多施設共同二重盲検無作為化並行群間比較試験を実施した。結果として、優位側の運動症状を評価するMDS-UPDRS III scoreの平均は、4ヵ月の時点において実治療群ではベースラインの19.9から9.9ポイントに低下、対照群では18.7から17.1ポイントに低下、群間差は8.1ポイントであった。 DBSによる治療では、抗パーキンソン病薬非服用下の術前と術後6~12ヵ月の刺激により、運動症状(UPDRS III score)が38~66%程度の改善が認められていることを鑑み(大島秀規ほか. 日大医誌. 2014;73:100-102.)、今回の報告において実治療群で約50%のスコア改善が得られた(4ヵ月間観察)という事実は、期待のもてる結果といえる。 有害事象については、顔面四肢の脱力や構音障害、歩行障害、およびジスキネジア等が認められ、中等度以上の有害事象も少なくはないため、治療法選択時のリスクに対する十分な説明が必要である。また、リクルートされた患者背景として、運動症状を表すMDS-UPDRS III scoreはほぼ同等となっているが、実治療群で罹病期間が短いこと(5.6±2.5年/実治療群、7.3±3.8年/対照群)、レボドパ換算投与量が少ないこと(729.7±328.3mg/実治療群、881.7±407.9mg/対照群)、が治療反応性に影響を与えている可能性には留意する必要がある。

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神経線維腫症1型〔NF1:Neurofibromatosis1〕

1 疾患概要■ 概念・定義神経線維腫1型(NF1)は、1882年にレックリングハウゼン氏により初めて報告されたため、「レックリングハウゼン病」とも呼ばれる。カフェ・オ・レ斑、神経線維腫という特徴的な皮膚病変を生じ、そのほか中枢神経系、骨などさまざまな臓器に多彩な病変を合併する母斑症である。■ 疫学人種に関係なく出生約3,000人に1人の割合で発症する。浸透率は100%で、わが国の患者数は約40,000人と推定されている。常染色体優性の遺伝性疾患であるが、半数以上は家族歴のない孤発例である。出現する症状は時期により異なる。■ 病因原因遺伝子は17番染色体上に位置し(NF1遺伝子)、その蛋白産物はニューロフィブロミンと呼ばれる。ニューロフィブロミンはRAS蛋白の機能を負に制御しており、細胞増殖を抑制する作用を持つ(がん抑制遺伝子)。そのため本遺伝子に異常を来すとRAS/MAPK経路やPI3K/AKT経路の活性化が生じ、病変を生じると推測されている。NF1ではもともと一方のallele(アレル)に変異があるが、さまざまな病変部でもう片方にも異常を来していることが確認されている。■ 症状症状は多彩であり、同一家系内においても合併する症状は異なる。以下に代表的な症状を列挙する。1)カフェ・オ・レ斑出生時からみられるミルクコーヒー色の長円形色素斑で(図1)、6個以上あれば最終的にほとんどの例でNF1と診断される。2)神経線維腫皮膚の神経線維腫は淡紅色の柔らかい腫瘍で(図2)思春期頃から生じ、年齢とともに増加する。時に数百から数千に及ぶことがある。一方、びまん性(蔓状)神経線維腫は生下時から存在する腫瘍で、小児期から急速に増大し、日常生活に支障を与える場合が多い。痛みを生じたり、悪性化(悪性末梢神経鞘腫瘍)する可能性がある。3)雀卵斑様色素斑主に腋窩や鼠径に多発するそばかす様の小褐色斑である。4)中枢神経系の病変視神経膠腫(7%)や脳腫瘍を生じることがある。また、小児では知的障害、限局性学習症、注意欠如多動症、自閉スペクトラム症を合併する頻度が健常人と比較して高い。5)骨病変出生時から頭蓋骨の部分欠損(5%)や四肢骨の変形(3%)がみられる場合がある。また、10歳頃から脊椎の変形を来すことがある(10%程度)。6)NF1モザイク(部分的なNF1)上記の症状が体表の一部に限局してみられる例があり、モザイクと呼ばれる(頻度は全体の10%程度)。体細胞突然変異によるものと考えられている。図1 カフェ・オ・レ斑の皮膚所見画像を拡大する図2 神経線維腫の皮膚所見画像を拡大する■ 分類わが国では皮膚病変(D)、神経症状(N)、骨病変(B)の程度に応じて、重症度が5段階に分類されており、重症度が3以上であれば公的補助の対象となる。海外ではRiccardiによる重症度分類(4段階)が用いられている。■ 予後NF1では悪性腫瘍を合併する割合が健常人と比較して約3倍高く、平均寿命は10~15年短いとの報告がある。特に合併頻度の高い腫瘍は悪性末梢神経鞘腫瘍(100倍以上)であるが、女性では乳がんのリスクも4~5倍高くなると報告されており、注意が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断を含む)次世代シーケンサーを用いた変異の検出率は90%以上である。しかしながら、わが国では遺伝子診断は保険適用外であり、検査が可能な施設もほとんどない(2020年11月から外注検査が可能になったが、各施設の専門医による遺伝カウンセリングを受けたのちに必要に応じて遺伝学的検査を行うことが望ましい)。そのため、通常は臨床的診断基準(表1)を用いて診断を行う。7項目中2項目以上当てはまれば、NF1と診断される。しかしながら、NF1の診断基準を満たした患者の1~2%程度はレジウス症候群の可能性がある。レジウス症候群では色素斑の合併はみられるが、腫瘍性病変を生じることはない。皮膚の神経線維腫は、多くの場合、思春期頃から出現するため、家族歴がなければ臨床症状のみで小児期に診断するのは難しい。その他、RAS/MAPK経路に関わる遺伝子の変異により発症するRasopathyと呼ばれる疾患群では、カフェ・オ・レ斑を合併する場合があり、時に鑑別を要する。小児では脳のMRI検査で70%近くにT2強調画像で高信号を呈するunidentified bright objectが認められるが、自然消退するため、治療の必要はない。まれに脳腫瘍の合併がみられるが、スクリーニングのためだけに闇雲に画像検査を繰り返すべきではない。小児では検査に鎮静(全身麻酔)が必要であるため、身体所見で何らかの異常が疑われる場合に検査を行う。3歳頃から眼科的検査で80%以上の例で虹彩小結節がみられるようになるため、診断の一助となる。各々の検査で異常がみられれば各領域の専門医と相談し、治療方針を決定する。表1 神経線維腫症1型の臨床的診断基準(日本皮膚科学会)1)6個以上のカフェ・オ・レ斑2)2個以上の神経線維腫(皮膚の神経線維腫や神経の神経線維腫など)またはびまん性神経線維腫3)腋窩あるいは鼠径部の雀卵斑様色素斑(freckling)4)視神経膠腫(optic glioma)5)2個以上の虹彩小結節(Lisch nodule)6)特徴的な骨病変の存在(脊柱・胸郭の変形, 四肢骨の変形, 頭蓋骨・顔面骨の骨欠損)7)家系内(第1度近親者)に同症上記の7項目中2項目以上で神経線維腫症1型と診断する。(吉田雄一、ほか. 日皮会誌. 2018;128:17-34.より引用・改変)3 治療現時点ではわが国において発症を予防する根治的な治療薬はないため、対症療法が行われている(表2に治療の概略を示す)。カフェ・オ・レ斑や雀卵斑様色素斑は整容的な面で問題となるが、レーザー治療の有用性は明らかではない。皮膚の神経線維腫は数が増えると整容的あるいは社会生活を行う上で支障となるため、希望に応じて外科的切除が行われる。しかしながら、びまん性(蔓状)神経線維腫は根治的な切除が難しい場合が多い。骨病変(骨欠損・骨変形)は必要に応じて外科的治療が行われる。その他、脳腫瘍、小児期の限局性学習症、注意欠如多動症などNF1に合併するさまざまな症状に対して、各領域の専門医により必要に応じて対症療法が行われる。表2 神経線維腫症1型の治療の概略1)皮膚病変色素斑(カフェ・オ・レ斑、雀卵斑様色素斑:希望に応じてレーザー治療、カバーファンデーションの使用など)神経線維腫(1)皮膚の神経線維腫:希望に応じて外科的切除(2)神経の神経線維腫:必要に応じて外科的切除(3)びまん性神経線維腫:可能であれば、増大する前に外科的切除(4)悪性末梢神経鞘腫瘍:広範囲外科的切除、放射線療法、化学療法2)中枢神経系の病変脳腫瘍:脳神経外科専門医へ紹介し、必要に応じて治療を考慮Unidentified bright object(UBO):通常治療は必要としない3)骨病変脊椎変形:変形が著しくなる前に整形外科専門医へ紹介し、必要に応じて治療を考慮四肢骨変形(先天性脛骨偽関節症):整形外科専門医へ紹介し、外科的治療頭蓋骨・顔面骨の骨欠損:脳神経外科専門医へ紹介し、外科的治療を考慮4)眼病変虹彩小結節:通常治療は必要としない視神経膠腫:小児科、眼科、脳神経外科専門医へ紹介し、必要に応じて治療を考慮(吉田雄一、ほか. 日皮会誌. 2018;128:17-34.より引用・改変)4 今後の展望2020年4月に米国で小児のびまん性(蔓状)神経線維腫に対してMEK阻害薬(セルメチニブ)が認可され、現在わが国においても臨床試験が行われている。また、皮膚の神経線維腫に対してAMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の支援を受け、シロリムスゲル(外用薬)による医師主導治験が進行中である。これらの薬剤の安全性および有効性が確認されれば、将来的にわが国で使用される可能性がある。5 主たる診療科皮膚科、小児科、形成外科、整形外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本レックリングハウゼン病学会(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 神経線維腫症I型(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)小児慢性特定疾病情報センター レックリングハウゼン病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報社会福祉法人復生あせび会(患者とその家族および支援者の会)1)吉田雄一、ほか. 日皮会誌. 2018;128:17-34.公開履歴初回2021年2月1日

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第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か

「厳重処分」意見付きで書類送検こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、米国MLB(メジャーリーグ)のワールドシリーズをテレビ観戦して過ごしました。今年のMLBのポストシーズンは、新型コロナ感染症対策のため、対戦するチームがそれぞれの本拠地球場を行き来する従来の方式ではなく、各チームとは関係ない都市に集まり、試合以外は選手全員がホテルに缶詰めとなって全試合を戦うバブル方式(まとまった泡の中で開催する、という意味)で行われています。ロサンゼルス・ドジャースとタンパベイ・レイズが対戦しているワールドシリーズの舞台は、テキサス・レンジャースの本拠地、テキサス州アーリントンに今年オープンしたばかりのグローブライフ・フィールドです。レイズには今シーズン、横浜DeNAベイスターズから移籍した筒香 嘉智選手がいるのですが、シーズン成績は打率1割9分7厘、本塁打8、打点24と低調に終わりました。ワールドシリーズも第5戦までの出場機会は代打でわずか3回。二ゴロ、三振、左飛に倒れ、来季についてはマイナー落ちの噂も出ています。日本であれだけ活躍した筒香選手の現実を見て、今後MLBを目指す日本の野手は減るかもしれません。さて、先週、またまた東京女子医大(東京都新宿区)が世間を騒がせました。東京女子医大病院で2014年2月、鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡した事故について、警視庁が10月21日、当時の集中治療室(ICU)の実質的な責任者だった同大元准教授(60)ら男性麻酔科医6人を業務上過失致死容疑で東京地検に書類送検したのです。起訴を求める「厳重処分」の意見も全員に付けられています。なお、手術を担当した耳鼻咽喉科の医師らは「術後の処置への関与が薄い」として立件は見送られました。事件当初、「禁忌」の解釈が問題に新聞報道等によると、書類送検容疑は、6人が2014年2月18~21日、頸部嚢胞性リンパ管腫の手術後にICUで人工呼吸器を付けて経過観察中だった男児に、漫然と約70時間にわたってプロポフォールを投与。心電図や尿量に異常があったにもかかわらず、投与を中止してほかの薬剤に変更するなどの安全管理を怠り、副作用に伴う急性循環不全で21日夜に死亡させたというものです。病院が設けた事故調査委員会の報告書(2015年5月公表)によると、男児が死亡する前日の20日午前中、医師1人が心電図の異常に気付き、昼ごろにほかのICU担当医らに報告しています。しかし、詳しい検査は行われず、投与は21日午前まで計約70時間にわたって続けられました。投与量は成人の許容量の2.7倍に達していました。事故当時、プロポフォールはICUで人工呼吸器をつけた子供への投与は添付文書上「禁忌」でした。「禁忌」にも関わらず投与したことがクローズアップされましたが、実際の臨床現場では、「禁忌」であっても医師の裁量で薬剤が使用されるケースは少なくありません。厚生労働省も添付文書の「禁忌」については、薬剤投与の使用を法令上禁ずるものではない、としています。安全管理を怠ったことによる業務上過失致死容疑事故直後の2014年7月、厚労省は小児の集中治療における人工呼吸中の鎮静目的でのプロポフォール使用に関して見解を示しています。それによれば「禁忌であるため、投与すべきではない」としつつも、医師が治療に必要な医療行為として使用する場合には「特段の合理的な理由が必要」としています。つまり、「禁忌はあくまでも原則」というのが公式見解でした。そうした経緯から、今回の書類送検にあたり、警視庁はプロポフォールの投与自体は過失としておらず、安全管理を怠ったことに焦点をあてています。投与開始から48時間を超えると副作用のリスクが高まることが文献などで指摘される中、男児への投与量が成人許容量の約2.7倍にも達していたことから、医師らが重い副作用が出る可能性を認識できたにもかかわらず、投与を中止してほかの薬剤に変更するといった安全管理を怠ったことが業務上過失致死容疑にあたる、としているのです。2014年の事故調査委員会の報告書も、ICUの医師らが人工呼吸器を装着した小児に対してプロポフォールを投与する知識が十分でなかった、と指摘しています。ICUの小児にも緊急事態などでは使用なお、プロポフォールについては、手術時の全身麻酔や術後管理時の鎮静効果が高いことなどメリットも多く、現在も成人だけでなく、小児においても短時間の手術では使われています。「禁忌」とされているICUの小児に対しても、緊急事態などでは使用されているようです。10月22日付の日本経済新聞によれば「事故から約4年後の18年の日本臨床麻酔学会で開かれた総合討論では、参加して回答した医師ら60人のうち6割は使用を認めた」とのことです。この記事では、プロポフォールの小児に対する有効性に言及、単純に添付文書上で「禁忌」とし続けるのではなく、これまでの投与実績を調査して適用や用法を改善し、小児により使えるようにすべきだと訴えています。患者減や特定機能病院の再承認など経営にも影響か東京女子医大病院は10月21日、田邉 一成・病院長名で「ここに改めて亡くなられた患者様のご冥福をお祈りし、患者様のご遺族の方々に心よりお詫び申し上げます。当院は、本件を重く受け止め、薬剤処方の厳格な審査システムの採用等の再発 防止策を講じてきているところであり、今後も病院全体として患者様の安心安全の確保に努めてまいります」とのコメントを出しています。本連載、7月15日付の「第15回 凋落の東京女子医大、吸収合併も現実味?」でも書いたように、東京女子医大病院は、この事件をきっかけとして2015年に特定機能病院の承認を取り消されています(現在も取り消し中)。取り消しにあたっては、2009~2013年に同病院で死亡した男児以外の人工呼吸中の小児患者63人にもプロポフォールを投与、12人が死亡していたことも判断材料となっています。同病院の特定機能病院の承認取り消しはこの時が2回目でした。1回目は2002年で、この時は2001年に起こった日本心臓血圧研究所(心研、現在の心臓病センター)の医療事故がきっかけでした(2007年に再承認)。2014年の事故から6年以上経ってからの書類送検、しかも起訴を求める最も厳しい意見である「厳重処分」付きです。処分意見には法的拘束力はありませんが、起訴の可能性は十分に高いと考えられます。報道等の影響による患者減に加え、書類送検や起訴等が特定機能病院の再承認にも影響を及ぼす可能性もあります。東京女子医大の経営的な苦境はまだしばらく続きそうです。一方で、民事訴訟も現在進行中です。男児の遺族は2016年12月、耳鼻咽喉科医2人に損害賠償を求めて提訴。その後、麻酔科医らも提訴しています。これらの民事訴訟は2021年にいずれも結審予定とのことです。1つのうっかり、1つの事故が、人の命を奪ってしまうだけでなく、大学病院という巨大組織の命運も決めるかもしれません。東京女子医大の凋落に歯止めがかかる日は果たして来るのでしょうか。

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われわれの直感はあまり正しくない(解説:今中和人氏)-1301

 手術も終わりに近づくころ、何だか麻酔科の先生がせわしない。聞けば酸素化が悪いとかで、レントゲンを撮ったら見事に真っ白。「抜管どうする?」と、その場に微妙な空気が流れて…なんていうシナリオは、誰しも経験がおありだろう。とはいえ、しっかり換気し過ぎて気胸になったら、それこそ一大事。そんなわけで、周術期呼吸管理については数多くの先行研究があるが、術式や体格をはじめ多くの患者要因があるうえ、呼吸管理と言っても気道内圧、呼気終末圧(PEEP)、1回換気量、リクルートメントなどさまざまな要因が入り乱れて、一筋縄ではいかない。 本研究は、オーストラリアの単一施設における成人の全身麻酔手術患者1,206例の、術中1回換気量に関する無作為化試験である。年齢63歳、男性が6割で、開胸術、開心術、開頭術は除外され、主に腹部手術と整形外科手術の患者が対象で、手術時間中央値は180分台であった。対象を2群に分け、PEEP 5cmH2O維持とリクルートメントの回避は統一し、吸気酸素濃度・呼吸回数は任意として、predicted body weight(PBW:いわゆる標準体重とは異なる)を基に、1回換気量を少量群は6mL/kg PBW、標準群は10mL/kg PBWと設定した、と書いてもイメージできないので具体的に記すと、実体重は82kg台、PBWは63kg台で、1回換気量の中央値は少量群395mL、標準群は620mLだった。 動脈血ガスサンプリングは麻酔導入後15分、覚醒・抜管前15分、手術室退室後15分の3回チェックし、7日以内の諸種肺合併症を1次エンドポイントに、入院中の死亡、肺合併症をはじめとする臨床事象を2次エンドポイントと定義して比較した。結果は、麻酔中の気道内圧などの生理学的パラメーターと血ガス(PaCO2など)に、換気量の差に基づく当然の有意差があったが、抜管後はデータも臨床経過も何ら差がなく、両群とも無気肺が24%台、胸水11%台、肺炎3%台の発生で、気道攣縮と気胸は1%未満なので、どちらの換気量も同等でほぼ安全と結論された。なお、腹腔鏡手術の患者(少量群158例、標準群170例)に限定すると、ボーダーライン程度の有意差で肺合併症はむしろ標準換気群に多い、という結果になったが、納得に足る根拠は示されていない。 上述の術式では、仮に気胸や無気肺が起きていても目に見えないので、今回のような研究が成立する。一方、胸骨正中切開下の開心術では換気状態の不良は左も右もマルわかりで、明白な気胸でも無気肺でも介入しないというプロトコルには無理がある。肺の動きが悪いと見るや、大半の外科医は麻酔科医に、手術の進捗を妨げない範囲でばっちり換気するよう、また結構な圧をかけたリクルートメントもお願いするのではなかろうか。有益に違いないと信じ、時には内胸動脈グラフトを神経質なほどガードしながらでもやってもらっている。開心術では脱気目的でガンガン加圧したりもするので、結果的に多くの開心術では本研究の標準群よりはるかに盛大な呼吸のはずだが、術後無気肺の頻度などは似たようなものであろう。 「人工心肺下の手術だと呼吸を止めるから、きっとその間に気道が閉塞してしまうのだ。じゃあ心停止中もPEEP 8cmH2Oかけて弱く換気も続け、人工心肺前後もPEEPを高く維持して、リクルートメントも定期的にやれば、きっと肺合併症が減るだろう」というコンセプトに基づく、フランスの5つの大学病院における無作為化試験(PROVECS試験)1)では、ほぼ何も便益がなかった。もちろん、この呼吸設定は手術の進捗をかなり妨げるから、よほどのメリットがない限り、心臓外科医には耐え難い。 「いやいや、手術室では大丈夫でも、翌日になると無気肺になっている症例が多いから、術後早期の呼吸管理こそが重要だ。予防的に陽圧をかけて気道を開存させておくと、きっとよいだろう」というわけで、諸々の非侵襲的陽圧呼吸補助も考慮されるが、開心術後の陽圧呼吸補助に関する無作為化試験10本のメタ解析2)では肺合併症、それも無気肺の予防効果さえ意外にイマイチで、有用性が証明されなかった。術後早期の陽圧換気も、少なくとも大いに期待できるほど「霊験あらたか」ではなさそうである。 また、PEEPやリクルートメントの実施自体は、心臓外科手術に限らず広く支持されているが、それをどの程度行うかについてはかなり温度差があり、高めのPEEPや気合の入ったリクルートメントなんて昇圧剤のニーズを増やすだけだ、という手厳しい意見もある。そもそもリクルートメントの手法にも、流儀とでも言うべきことがいろいろあるそうで、どうもずいぶん深遠なうえ、圧による損傷のリスクも考えると、「何せしっかりやればよい」という話では済まないようである。 総じて、周術期の呼吸管理について、われわれの直感はあまり正しくない、のかもしれない。

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五十肩の手術治療、理学療法に対する優越性示せず/Lancet

 凍結肩(frozen shoulder[五十肩]=adhesive capsulitis[癒着性関節包炎])の治療において、麻酔下肩関節授動術(manipulation under anaesthesia:MUA)、鏡視下関節包切離術(arthroscopic capsular release:ACR)および早期構造化理学療法(early structured physiotherapy:ESP)はいずれも、1年後の患者報告による肩の痛みや機能を大きく改善するが、これら3つの治療法に、臨床的に明確な優越性を示す差はないことが、英国・ヨーク大学のAmar Rangan氏らが実施した「UK FROST試験」で明らかとなった。研究の詳細は、Lancet誌2020年10月3日号に掲載された。MUAおよびACRによる外科的介入は、高価で侵襲的な治療であるが、その実臨床における効果は明確でないという。また、ESPは、英国のガイドラインの推奨や肩専門理学療法士によるエビデンスに基づいて、本研究のために開発された関節内ステロイド注射を含む非外科的介入で、外科的介入よりも迅速に施行可能であることからこの名で呼ばれる。3群を比較する実践的無作為化試験 研究グループは、英国のセカンダリケアでの原発性凍結肩の治療において、2つの外科的介入と、非外科的介入としてのステロイド注射を含むESPの有効性を比較する目的で、実践的な無作為化優越性試験を行った(英国国立健康研究所医療技術評価計画の助成による)。 対象は、年齢18歳以上、患側の肩の他動的外旋が健側肩の50%未満に制限されることで特徴付けられる片側性凍結肩の臨床診断を受けた患者であった。被験者は、MUA、ACR、ESPのいずれかを受ける群に、2対2対1の割合で無作為に割り付けられた。 MUAでは、全身麻酔下に外科医が拘縮した関節包を伸張・切離し、術中に関節内ステロイド注射が行われた。ACRでは、全身麻酔下に外科医が腱板疎部(rotator interval)で、拘縮した前方関節包を分離したのち、麻酔下にマニピュレーションを行って最適な関節包切離を実施し、外科医の裁量で随意的にステロイド注射が施行された。これら2つの外科的介入後には、術後理学療法が行われた。また、ESPでは、理学療法開始前の最も早い時期に、参加施設の通常治療に基づき関節内ステロイド注射(画像ガイドの有無は問わない)が行われ、疼痛管理法、モビライゼーション手技、段階的な自宅での運動プログラムが実施された。ESPの理学療法と術後理学療法は、最長12週間で12回行われた。 主要アウトカムは、割り付けから12ヵ月後のオックスフォード肩スコア(OSS、12項目の患者報告アウトカム、0~48点、点数が高いほど肩の疼痛と機能が良好)とした。2つの外科的治療とESPでOSSの5点の差(臨床的に意義のある最小差)、または2つの外科的治療間の4点の差を目標に検討を行った。有意差はあるが、臨床的に意義のある最小差は達成できず 2015年4月~2017年12月の期間に、英国の35病院で参加者の募集が行われ、503例が登録された。MUA群に201例(年齢中央値54歳[IQR:54~60]、女性64%)、ACR群に203例(54歳[54~59]、62%)、ESP群には99例(53歳[53~60]、65%)が割り付けられた。 12ヵ月の時点で、多くの患者でほぼ完全に肩の機能が改善し、全体のOSS中央値はベースラインの20点から43点に上昇した。 12ヵ月の時点で、OSSのデータはMUA群が189例(94%)、ACR群が191例(94%)、ESP群は93例(94%)で得られた。平均OSS推定値は、MUA群が38.3点(95%信頼区間[CI]:36.9~39.7)、ACR群が40.3点(38.9~41.7)、ESP群は37.2点(35.3~39.2)であった。 ACR群は、MUA群(平均群間差:2.01点、95%CI:0.10~3.91、p=0.039)およびESP群(3.06点、0.71~5.41、p=0.011)と比較して、OSSが有意に高かった。また、MUA群はESP群よりもOSSが高かった(1.05点、-1.28~3.39、p=0.38)。臨床的に意義のある最小差(4~5点)は達成されなかった。 一方、3ヵ月の時点での平均OSS値は、ACR群がMUA群(26.9点vs.30.2点、平均群間差:-3.36点、95%CI:-5.27~-1.45、p=0.0006)およびESP群(26.9点vs.31.6点、-4.72点、-7.06~-2.39、p<0.0001)よりも不良であった。同様のパターンが、上肢障害評価票(Quick DASH)や疼痛評価尺度(Numeric Rating Scale)でも認められ、ACR群は3ヵ月の時点ではMUA群やESP群よりも劣っていたが、12ヵ月後には有意に良好であった。 重篤な有害事象が9例で10件(2%、ACR群8件、MUA群2件)、重篤でない有害事象は31例で33件(ACR群13件、MUA群15件、ESP群5件)報告された。また、1質調整生存年(QALY)当たりの支払い意思額(willingness-to-pay)の閾値を2万ポンドとした場合に、費用対効果が最も優れる確率はMUA群が0.8632と、ESP群の0.1366およびACR群の0.0002に比べて高かった。 著者は、「これらの知見は、臨床医にとって、共同意思決定(shared decision making)において患者と治療選択肢について話し合う際に有用と考えられる。また、外科医には、より安価で侵襲性の低い介入が失敗した場合に、関節包切離術を行うことが推奨される」としている。

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Dr.水谷の妊娠・授乳中の処方コンサルト

第1回 【妊娠中】解熱鎮痛薬・抗菌薬・抗インフルエンザ薬第2回 【妊娠中】抗てんかん薬・抗うつ薬・麻酔薬第3回 【妊娠中】β刺激薬・チアマゾール・レボチロキシン第4回 【妊娠中】経口血糖降下薬・ワルファリン・制酸薬第5回 【妊娠中】抗リウマチ薬・抗アレルギー薬・タクロリムス外用薬第6回 【妊娠中】漢方薬・CT,MRI検査・悪性疾患の治療方針第7回 【授乳中】解熱鎮痛薬・抗菌薬・抗ウイルス薬第8回 【授乳中】抗てんかん薬・向精神薬・全身麻酔第9回 【授乳中】胃腸薬・降圧薬・抗アレルギー薬第10回 【授乳中】ステロイド・乳腺炎への対処・造影検査後の授乳再開 臨床では妊娠中・授乳中であっても薬が必要な場面は多いもの。ですが、薬剤の添付文書を見ると妊婦や授乳婦への処方は禁忌や注意ばかり。必要な治療を行うために、何なら使ってもいいのでしょうか?臨床医アンケートで集めた実際の症例をベースとした30のQ&Aで、妊娠中・授乳中の処方の疑問を解決します。産科医・総合診療医の水谷先生が、実臨床で使える、薬剤選択の基準の考え方、そして実際の処方案を提示します。第1回 【妊娠中】解熱鎮痛薬・抗菌薬・抗インフルエンザ薬臨床医アンケートで集めた妊婦・授乳婦への処方の疑問を症例ベースで解説・解決していきます。初回は、妊娠中の解熱鎮痛薬、抗菌薬、抗インフルエンザ薬の選択についてです。明日から使える内容をぜひチェックしてください。第2回 【妊娠中】抗てんかん薬・抗うつ薬・麻酔薬妊娠を機に服薬を自己中断してしまう患者は少なくありません。そして症状の悪化とともに受診することはよくあります。今回は抗てんかん薬、抗うつ薬の自己中断症例から妊娠中の薬剤選択について解説します。緊急手術時に必須の麻酔薬の処方についても必見です。第3回 【妊娠中】β刺激薬・チアマゾール・レボチロキシン喘息は妊娠によって症状の軽快・不変・増悪いずれの経過もとりえます。悪化した場合にβ刺激薬やステロイド吸入など一般的な処方が可能のか?甲状腺関連の疾患では妊娠の希望に応じて、バセドウ病患者はチアマゾールを継続していいのか?橋本病ではレボチロキシンを変更すべきなのか?といった実臨床で遭遇する疑問を解決します。第4回 【妊娠中】経口血糖降下薬・ワルファリン・制酸薬今回のクエスチョンは弁置換術既往の妊婦の抗凝固薬選択。ワルファリンからヘパリンへの変更は適切なのでしょうか?降圧薬の選択では妊娠週数に応じて使用可能な薬剤が変わる点を必ず押さえましょう!そのほか、妊娠中の内視鏡検査の可否とその判断、2型糖尿病の薬剤選択についても取り上げます。2型糖尿病管理は、薬剤選択とともに血糖管理目標についてもチェックしてください。第5回 【妊娠中】抗リウマチ薬・抗アレルギー薬・タクロリムス外用薬膠原病があっても妊娠を継続するにはどのような薬剤選択が必要なのでしょうか?メトトレキサートや抗リウマチ薬の処方変更について解説します。花粉症症状に対する抗アレルギー薬処方、アトピー性皮膚炎へのタクロリムス外用薬の継続可否など、臨床で頻用される薬剤についての解説もお見逃しなく。第6回 【妊娠中】漢方薬・CT,MRI検査・悪性疾患の治療方針妊娠中に漢方薬を希望する患者は多いですが、どういうときに漢方薬を使用すべきなのでしょうか?上気道炎事例を入り口に、妊婦のよくある症状に対する漢方薬の処方について解説します。CTやMRIの適応判断に必要な放射線量や妊娠週数に応じたリスクを押さえ、がん治療については永久不妊リスクのある治療をチェックしておきましょう。第7回 【授乳中】解熱鎮痛薬・抗菌薬・抗ウイルス薬今回から授乳中の処方に関する質問を取り上げます。授乳中処方のポイントはRID(相対的乳児投与量)とM/P比(母乳/母体濃度比)。この2つの概念を理解して乳児への影響を適切に検討できるようになりましょう。今回取り上げるのは、解熱鎮痛薬、抗菌薬、抗インフルエンザ薬といった日常診療に必要不可欠な薬剤。インフルエンザについては、推奨される薬剤はもちろん、家庭内での感染予防に対する考え方なども必見です。第8回 【授乳中】抗てんかん薬・向精神薬・全身麻酔ほとんどの母親は服薬中も授乳継続を希望します。多くの薬剤は添付文書上で授乳中止が推奨されていますが、実は授乳を中断しなくてはならないケースはあまり多くありません。育児疲労が増悪因子になりやすい、てんかんや精神疾患について取り上げ、こうした場合の対応を解説します。治療と母乳育児を継続するための、薬剤以外のサポートについても押さえておきましょう。第9回 【授乳中】胃腸薬・降圧薬・抗アレルギー薬授乳中の処方で気を付けるべきは、薬剤の児への移行だけではありません。見落としがちなのが、乳汁分泌の促進・抑制をする薬剤があるということ。症例ベースのQ&Aで、胃腸薬、降圧薬、抗アレルギー薬など日ごろよく処方する薬の注意点を解説していきます。OTC薬で気を付けるべき薬剤やピロリ菌除菌の可否なども押さえておきましょう。第10回 【授乳中】ステロイド・乳腺炎への対処・造影検査後の授乳再開ステロイド全身投与で議論になるのは児の副腎抑制と授乳間隔。どちらも闇雲に恐れる必要はありません。乳腺炎については、投与可能な薬剤だけでなく再発を予防するための知識を押さえておきましょう。造影剤使用後の授乳再開については日米での見解の違いを臨床に活かすための知識を伝授します。

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大手術時の術中換気、低容量vs.従来換気量/JAMA

 大手術を受ける成人患者において、術中の低容量換気(low-tidal-volume ventilation)は従来の1回換気量と比較し、同一の呼気終末陽圧(PEEP)下では、術後7日以内の肺合併症の有意な減少は認められなかった。オーストラリア・オースティン病院のDharshi Karalapillai氏らが、単施設での評価者盲検無作為化臨床試験の結果を報告した。手術中の人工換気は旧来、超生理学的1回換気量が適用されてきたが、低容量換気に比べ有害で術後合併症を引き起こす懸念が高まっている。しかし、手術中に人工呼吸器を使用する患者における理想的な1回換気量は不明であった。JAMA誌2020年9月1日号掲載の報告。手術予定患者1,236例で手術中の低容量換気と従来の1回換気量の有効性を比較 研究グループは、2015年2月~2019年2月にオーストラリア・メルボルンの三次医療機関において、2時間以上の全身麻酔下で大手術(心臓胸部手術、頭蓋内手術を除く)を受ける予定の40歳以上の患者1,236例を登録し、低容量換気群(1回換気量が予測体重1kg当たり6mL)または従来換気群(1回換気量が予測体重1kg当たり10mL)に無作為に割り付け、2019年2月17日まで追跡調査した。両群とも、すべての患者でPEEPは5cmH2Oとした。 主要評価項目は、肺炎、気管支痙攣、無気肺、肺うっ血、呼吸不全、胸水、気胸、予定外の術後の侵襲的/非侵襲的人工換気などを含む術後7日以内の術後肺合併症である。副次評価項目は、入院中の肺塞栓症、急性呼吸促迫症候群を含む術後肺合併症、全身性炎症反応症候群、敗血症、急性腎障害、創傷感染(表層部/深部)、術中昇圧剤の必要率、予定外の集中治療室(ICU)入室、院内迅速対応チーム呼び出し、ICU在室期間、入院日数、院内死亡率とした。術後7日以内の術後肺合併症の発生は両群とも38~39%で有意差なし 無作為化された患者1,236例のうち、1,206例(低容量換気群614例、従来換気群592例)が試験を完遂した。平均年齢は63.5歳、女性が494例(40.9%)、腹部外科手術が681例(56.4%)であった。 主要評価項目である術後7日以内の術後肺合併症は、低容量換気群で608例中231例(38%)、従来換気群で590例中232例(39%)に発生した(群間差:-1.3%[95%信頼区間[CI]:-6.8~4.2%]、リスク比:0.97[95%CI:0.84~1.11]、p=0.64)。また、いずれの副次評価項目も、両群間に有意差は確認されなかった。 なお、著者は研究の限界として、単施設の試験で、治療の特性上盲検化できなかったこと、両群の患者数がわずかに不均衡であったこと、胸部X線画像が体系的に評価されていないことなどを挙げている。

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第16回 乳腺外科医の有罪判決、日本医師会・東京保健医協会などが強く抗議

<先週の動き>1.乳腺外科医の有罪判決、日本医師会・東京保健医協会などが強く抗議2.健康保険証のオンライン資格確認が来年から可能に3.循環器病対策推進基本計画の骨子案、2040年までに健康寿命の3年延伸など4.生活保護受給者の医療扶助、頻回受診対策などの検討が開始5.コロナ感染拡大が続き、今後の社会経済活動はどうなる?1.乳腺外科医の有罪判決、日本医師会・東京保健医協会などが強く抗議足立区・柳原病院の乳腺外科医が準強制わいせつ罪に問われ、13日の控訴審で言い渡された懲役2年の実刑判決をめぐって、日本医師会の今村 聡副会長は見解を示した。裁判では、独自の基準でせん妄や幻覚の可能性を否定した原告側の医師の見解を採用したこと、全身麻酔からの回復過程で生じるせん妄や幻覚は通常の医療現場でも生じていること、検察側が根拠としたDNA鑑定などの証拠がずさんな検査に基づくことなどを指摘し、控訴審の有罪判決に強く抗議した。同様に、東京保健医協会からも、「医師団体としても一般市民としても絶対に許容できない」として、抗議の見解を声明として発表している。(参考)乳腺外科医控訴審判決に関する日医の見解について(日本医師会)東京高裁 第10刑事部の乳腺外科医裁判逆転有罪判決に対する声明(東京都保険医協会)2.健康保険証のオンライン資格確認が来年から可能に厚生労働省は、オンラインで健康保険証の確認ができるように、健康保険法施行規則の改正に乗り出すことを決定し、省令案を公表した。本年10月に施行予定であり、医療機関などで療養の給付を受ける際、被保険者はマイナンバーカードをカードリーダーにかざすことで、資格確認することが可能となる見込み。なお、オンライン資格確認や特定健診情報の閲覧は2021年3月から、薬剤情報の閲覧は2021年10月から開始される予定。医療機関向けのカードリーダーは、「医療機関等向けポータルサイト」で申し込むことができる。医療情報化支援基金により補助されるため、原則医療機関の負担は生じない。(参考)医療情報化支援基金に関するポータルサイト開設のお知らせについて(厚労省)オンライン資格確認の導入について(医療機関・薬局、システムベンダ向け)(同)オンライン資格確認で健康保険法施行規則改正へ 厚労省が省令案公表、10月に施行予定(CBnews)3.循環器病対策推進基本計画の骨子案、2040年までに健康寿命の3年延伸など厚労省は、16日に第5回循環器病対策推進協議会を開催し、第1期循環器病対策推進基本計画案をとりまとめた。2019年12月に施行された「脳卒中・循環器病対策基本法」に基づいて策定され、国の循環器病対策の基本的な方向について明らかにするものである。主に「循環器病の予防や正しい知識の普及啓発」、「保健、医療及び福祉に係るサービスの提供体制の充実」、「循環器病の研究推進」の3つの施策を実施することにより、「2040年までに3年以上の健康寿命の延伸及び循環器病の年齢調整死亡率の減少」を目指す。(参考)循環器病対策推進基本計画(案)(厚労省)循環器病対策の現状等について(同)4.生活保護受給者の医療扶助、頻回受診対策などの検討が開始厚労省は「医療扶助に関する検討会」の第1回会合を15日に開催した。これは、2019年12月に閣議決定された「新デジタル・ガバメント実行計画」において、個人番号カードを利用したオンライン資格確認について、2023年度の導入を目指し検討を進めることとなっている。このため、生活保護受給者の医療扶助資格について、オンライン資格確認導入に向けた議論が開始される。今年中に取りまとめ、年度内を目処に頻回受診対策などの議論が行なわれる見込み。(参考)第1回 医療扶助に関する検討会(厚労省)5.コロナ感染拡大が続き、今後の社会経済活動はどうなる?東京都では連日多くの新型コロナウイルス感染者が確認されており、経路不明者も多い。一方、政府は22日から開始されるGo Toキャンペーンの内容や条件について、直前に変更を発表したが、再度の緊急事態宣言については否定するコメントを出すなど、難しい状況が続いている。感染拡大の防止対策として、PCR検査の積極的な実施、保健所の体制強化、感染防止のガイドライン徹底などを事業者に求め、利用者にはガイドラインを守った店の利用を求めている。海外のように再度の規制強化には動いてはいないが、屋内のイベント開催における人数制限の撤廃などを見直す可能性もある。さらに、夜の繁華街などに立ち入り検査を行うことや、新型コロナ対策特別措置法の再改正などにより、今後新しい動きが出てくる可能性は高い。(参考)接待伴う飲食店対応 経済再生相 1都3県知事に協力要請 コロナ(NHK)コロナ感染防止図り 社会経済活動の段階的な引き上げ目指す(同)

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日医・中川会長「身体が震えるほどの怒り」、乳腺外科医の控訴審判決

 15日、日本医師会の記者会見で、今村 聡副会長が乳腺外科医の控訴審判決に関する日医の見解について言及した。一審無罪から一転、控訴審では懲役2年の有罪判決 手術直後の女性患者への準強制わいせつ罪に問われた執刀医が、逮捕勾留・起訴された事件では、一審で無罪判決が言い渡されたが、検察は控訴。7月13日に控訴審判決が行われた。東京高等裁判所は、一審の無罪判決を破棄し、懲役2年の実刑判決を言い渡した。 報道によれば、控訴審判決ではせん妄の診断基準について、学術的にコンセンサスが得られているDSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)に当てはめずに、独自の基準でせん妄や幻覚の可能性を否定した医師の見解が採用されたというという。 今村氏は、自身の麻酔科医としての経験も踏まえ、「全身麻酔からの回復過程で生じるせん妄や幻覚は、患者にとって非常にリアルな実体験になる。現実と幻覚の区別が付かなくなる場面は、全国の医療機関で起こる可能性がある」とし、実際にそのような場面では、医療従事者が患者の精神的ケアに当たっていると説明した。日本医師会として、判決に抗議する姿勢を明確に示した 今回の裁判で大きな争点となっているのは、(1)患者の被害証言に対する術後せん妄の影響、(2)検体の鑑定に関する科学的許容性の2点だ。今村氏は、「鑑定結果は再現性に乏しく、ずさんと思わずにいられないデータ。今回の判決は、世間での常識から大きく乖離している」と語気を強めた。 最も危惧されているのは、医師への有罪判決の確定によって、医療機関や医療従事者が、全身麻酔下での手術に安心して携われなくなる恐れがあることだ。「医療機関の運営や勤務医の就労環境に影響が出ることは、結果的に患者の健康にも悪影響を及ぼしかねない。医師代表の機関として、有罪判決には非常に強く抗議をしていきたい」と同氏はあらためて強調した。 「医療機関としては、全身麻酔をかける前に、患者本人とご家族に、せん妄・幻覚の可能性などについて十分な説明をしていく必要が当然ある。こういったことを徹底していかなければならない」とまとめた。 今回の判決について、中川 俊男会長は、「聞いたとき、身体が震えるほどの怒りを覚えた。今回の判決はきわめて遺憾であることを明確に申し上げる」と語り、日本医師会として、今後、医師側を全力で支援する姿勢を示した。

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第36回 本物?ニセモノ?下壁誘導Q波を見切るエクセレントな方法(後編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

本物?ニセモノ?下壁誘導Q波を見切るエクセレントな方法(後編)だいぶ遅くなりましたが、皆さま、新年明けましておめでとうございます。2018年8月末から隔週で続けていた本連載を2020年1月からは1回/月ペースでお届けすることになりました。引き続き“価値ある”レクチャーを展開していく所存ですので、今年も“ドキ心”をよろしくお願いします。さて、今回も 昨年に引き続き、下壁誘導(II、III、aVF)のQ波をどう考えるか、Dr.ヒロと一緒に心電図の“技巧的”な記録法を学びましょう。第35回と同じ症例を用いて解説し「異常Q波」のレクチャーを終えたいと思います。では張り切ってスタートです!症例提示48歳、男性。糖尿病にてDPP-4阻害剤を内服中。泌尿器科より以下のコンサルテーションがあった。『腎がんに対して全身麻酔下で左腎摘除術を予定しています。自覚症状はとくにありませんが、術前心電図にて異常が疑われましたので、ご高診下さい』174cm、78kg(BMI:25.6)。血圧123/72mmHg、脈拍58/分・整。喫煙:15~20本×約30年(現在も喫煙中)。術前検査として記録された心電図を示す(図1)。(図1)術前外来の心電図画像を拡大する【問題1】心エコーでは左室下壁領域の壁運動低下があった(第35回参照)。本症例の「陳旧性下壁梗塞」の有無について、Q波の局在、ST-T変化の合併以外に、心電図上の注目ポイントを述べよ。解答はこちら平常時と深吸気時記録の比較解説はこちら症例は前回と同じ、腎がんに対して摘除術が予定された中年男性です。“ニ・サン・エフ”のいわゆる下壁誘導に「異常Q波」ありと読むのでした。“周囲確認法”的にはST-T異常も伴わず、本人に問診しても強い胸痛イベントの記憶もないため、フェイクQ波だと思いたいところではあります。しかし、心エコーで局所壁運動異常、背景に糖尿病もあるため、「無症候性心筋虚血(梗塞)」の線も捨てきれないという悩ましい状況なわけです。あくまでも術前ですから、冠動脈CT、心臓MRI(CMR)や核医学(RI)などの“大砲検査”に無制限に時間をかければいいというものでもありません。あくまでも腎がんの手術をつつがなく終えてもらうことが当座の目標です。大がかりでコストもかさむ検査をする前に、実は“一手間”かけて心電図をとるだけで、下壁Q波が本物かニセモノかを見抜ける場合があるのです。“深呼吸でQ波が消える?”いつか、皆さんにこの“ドキ心”レクチャーで紹介しようと思っていた論文*1があります。イタリアからの報告で、既知の冠動脈疾患(CAD)がない50人(平均年齢68歳、男性54%)を対象としています。これらの男女は見た目“健康”ですが、複数の冠危険因子、脳梗塞や末梢動脈疾患(PAD)の既往があり、下壁誘導にQ波が見られるという条件で選出されています(II:18%、III:98%、aVF:100%)。ちなみに、海外ではこうした“下壁Q波”は、一般住民でも1%弱(0.8%)に認められるそうです*2。全例に心エコーとCMRを行い、下壁にガドリニウム(Gd)遅延造影が見られた時に“本物”の下壁梗塞と認定されました。と、ここまでは至極普通なのですが、この論文がすごいのは、以前からささやかれていた「ニセモノの下壁Q波は深呼吸で“消える”」という、いわば“都市伝説”レベルの話が検証されているのです! 皆さん、こんな話って聞いたことありますか?方法はとても簡単です。安静時と思いっきり息を吸った状態(deep inspiration)の2枚、心電図を記録します。深吸気時でも変わらずQ波なら、それこそ真の「異常Q波」と見なし、下壁梗塞のサインと考えるのです。ちなみにQ波が“消える”とは、完全に消失することではなく、診断基準(第33回)を満たさなくなるという意味とご理解ください。このシンプルなやり方に“アダ名”をつけるのが、Dr.ヒロの得意技(笑)。言いやすい“深呼吸法”と名付けました。“本物なQ波の確率を高める所見はあるか?”この研究、実際の結果はどうだったのでしょうか? CMRで本当に下壁梗塞が検出されたのは50人中10人(20%)でした。単純にQ波が3つの誘導中2つ以上、それもほとんどサンエフ(III、aVF)だけなら、 “打率”は2割と低いわけです。単純に下壁梗塞の有無で各種因子が比較されましたが、有意なものはありませんでした。「有意」(p<0.05)に届かなかったものの“おしい”感じだったのは、1)男性、2)II誘導にQ波あり、3)ST-T所見の合併ありの3つです。性別(男性)は確かに冠危険因子の一つですし、背景疾患も含めて意識したいところです。ただ、これは“決定打”にはなりません。残りの2つも大事です。その昔「II誘導にQ波があったら高率に下壁梗塞あり」と習った記憶がありますが、この論文では半数弱(40%)にとどまりました(「なし」の場合の13%より確かに高率でしたが)。もう一つのST-T所見の合併、これは「ST上昇」や「陰性T波」であることが多いです。以前取り上げた心筋梗塞の「定義」を述べた合意文書でも、「幅0.02~0.03秒」の“グレーゾーン”でも、「深さ≧1mm」かつ「同誘導で陰性T波」なら本物の可能性が高まると述べられています。常日頃から漏れのない判読を心がけている立場としては、Q波「だけ」で考えないのは当然で、“周囲確認法”として多面的に考えることで“打率”が向上すると思っています(有意にならなかったのは、サンプル数が少ないためでしょうか)。“深呼吸法の実力やいかに”さて、いよいよ“深呼吸法”のジャッジです。次の図2をご覧ください。(図2)“深呼吸法”の識別能力画像を拡大する図中の「IQWs」とは、「下壁Q波」(Inferior Q-waves)の意味で、「MI」は「心筋梗塞」(myocardial infarction)です。“深呼吸法”で異常Q波が「残った」10人中、本物が8人。 なんと“打率”が8割にアップしました。よく見かける2×2分割表を作成し、感度、特異度を求めるとそれぞれ80%、95%になるわけです。しかも、特筆すべきは心エコーでの局所壁運動異常(asynergy)は各50%、88%であったこと。あれっ? 深吸気した心電図のほうが心エコーより“優秀”ってこと?…そうなんです。もちろん、単純に感度・特異度の値だけで比較できるものではありませんが、論文中ではいくつかの検討が加えられ、最終的に「“深呼吸法”は心エコーよりも下壁梗塞の診断精度が良かった」というのが、本論文の結論です。どうです、皆さん! “柔よく剛を制す”ではないですが、心電図を活用することで心エコー以上の芸当ができるなんて気持ちいいですよね。“判官贔屓”(はんがんびいき)と言われそうですが(笑)。ここで下壁誘導のQ波についてまとめておきましょう。■下壁誘導Q波の“仕分け方”■心筋梗塞の既往(問診)、冠危険因子の確認は必須III誘導「のみ」なら問題なし(お隣ルール)II誘導のQ波、ST-T所見の有無も参考に(周囲確認法)深吸気で“消える”Q波はニセモノの可能性大(深呼吸法)“実際に深呼吸法やってみた”心電図に限りませんが、新しい事柄を知った時、すぐに“実践”してみることで、その知識は真に定着するというのがボクの信条の一つです。早速、症例Aと症例Bを用いて“深呼吸法”を試してみました。【症例A】68歳、男性。他院から転医。糖尿病、脂質異常症、高血圧症あり。既往に心筋梗塞あり。【症例B】63歳、男性。術前心電図異常で紹介。高血圧症あり。以前から階段・坂道で息切れあり。臨床背景からは、【症例A】は本物な感じがしますが、【症例B】は、にわかに判断は難しいような気がします。皆さんはどう思いますか? 実際に“深呼吸法”も含めて行った心電図の様子を示します(図3)。(図3)自験例で“深呼吸法”やってみた画像を拡大するまず、安静時の心電図を見てみましょう。【症例A】では、II誘導を含めて下壁誘導すべてにQ波がありますが、陰性T波の随伴はありません(a)。一方の【症例B】は、Q波はIII、aVF誘導のみですが(QS型)、III誘導に陰性T波ありという状況です(c)。さて、“深呼吸法”の結果はどうでしょうか。息を深く吸うことで、幅・深さともに若干おとなしくなることにご注目ください。しかも、「息こらえ」のためか筋電図ノイズが混入して見づらくなるという特徴がありますよ。【症例A】ではII、III、aVF誘導ともQ波が残るので、がぜん”本物”度が増します。一方の【症例B】はどうでしょう?…III誘導は「QS型」のままですが、aVF誘導ではQ波がほぼ消えて「qr型」となったではありませんか! こうなると、もはや“お隣ルール”に該当せず、III誘導のみの“問題がない”パターンであることが露呈しました。実際の“正解”をまとめます。【症例A】は50歳時に右冠動脈中間部を責任血管とする急性下壁梗塞の既往があり、一方の【症例B】では、心エコーはほぼ正常で冠動脈CTでも有意狭窄はありませんでした。何度か述べているように、心電図だけですべてを判断するのは危険ですし、【症例B】のように一定のリスク、胸部症状や本人希望などに沿った総合的な判断から冠動脈精査を行うことは決して悪くないです。ただ、“深呼吸法”は実ははじめから“大丈夫”の太鼓判を押してくれていたことになります。ウーン、改めてすごいな。“おわりに”話を冒頭の症例に戻します。この方は心エコーとRI検査で左室下壁に異常があり、 “深呼吸法”でもII、III、aVFそれぞれでQ波は顕在でした。この患者さんの冠動脈造影(CAG)の結果 (図4)を見ると、左冠動脈には狭窄はありませんでしたが、右冠動脈の中間部で完全閉塞(図中赤矢印)、いわゆる“CTO”(Chronic Total Occlusion)と呼ばれる「慢性閉塞性病変」でした(左冠動脈造影で側副血行路を介して右冠動脈末梢が造影されています[図中黄矢印])。つまり、今回の中年男性は“本物”の下壁梗塞だったのです。(図4)48歳・男性のCAG画像を拡大するところで話は変わりますが、皆さんは「ブルガダ心電図」*3をご存じでしょうか。多くの臨床検査技師さんは、V1~V3誘導で「ST上昇」を見たら、「第1肋間上」での記録も残してくれ、これはだいぶ浸透しています。そこで提案。「下壁、とくにIII・aVF誘導にQ波があったら“深吸気”時の記録を追加する」をルーチンにしませんか?…とまぁ、とかく“欲張り”なDr.ヒロなのでした。Take-home Message下壁誘導の「異常Q波」を見たら、本物かニセモノか考えよう!冠危険因子、既往歴、II誘導のQ波やST-T変化の随伴とともに深呼吸法が参考になるはず。*1Nanni S, et al. J Electrocardiol. 2016;49:46-54.*2Godsk P, et al. Europace. 2012;14:1012-1017.*3『遺伝性不整脈の診療に関するガイドライン(2017年改訂版)』【古都のこと~智積院~】令和2年最初の『古都のこと』は、智積院(ちしゃくいん)から始めます。ここは「東山七条」と呼ばれるゾーンで、有名な三十三間堂や京都国立博物館のすぐ近くです。「あれっ、~寺じゃないの?」…そうなんです。ボクもそう思いました。正式名称は五百仏山根来寺(いおぶさん ねごろじ)智積院。一時退廃していた真言宗の「中興の祖」とされる興教大師が修行の場を根来山に移してから「学山」として栄え*1、室町時代後期(南北朝時代)に創建された学頭寺院の名称が「智積院」です。いわゆる「お坊さんの“学校”」なんですね。でも、これは和歌山県の話です。現在の東山の地に移ったのは、「根来衆」の“黒歴史”*2が関係しています。徳川家康から秀吉を祀る豊国神社と祥雲禅寺*3の地を拝領してからは、江戸時代以降「学問寺」としての位置を取り戻しました。さらに、明治時代の廃仏毀釈や根本道場(勧学院)・金堂*4の火難など不幸の歴史を辿りながら明治33年(1900年)に智山派総本山となった歴史を知ると、“学問”がつなぐ絆の強さに感動します。広大な敷地にボクは大学のキャンパスに漂う“自由”の気風をイメージし、既に離れた母校を懐かしみました。また、素敵な庭園とともに、敷地内にある宝物館には、国宝である長谷川等伯らによる障壁画『桜図』『楓図』(国宝)*5が拝める特典もありますよ。勧行体験のできる宿坊がリニューアル(2020年夏頃)したらまた来たいなぁと思うDr.ヒロなのでした。*1:弘法大師入定(高僧の死)後300年、荒廃した高野山に大伝法院(学問所で学徒の寮も兼ねた)を創建、宗派内の対立で同じ和歌山県内の根来山に修行の場を移し、教学「新義(真言宗)」を確立した。*2:いつしか“書物”を“火縄銃”に持ち替えた僧兵は種子島伝来の鉄砲を操ったという。天正13年(1585年)、豊臣秀吉による“根来攻め”により山内の堂塔が灰燼に帰し、当時の智積院住職であった玄宥(げんゆう)僧正が難を逃れたのが京都東山であった。*3:秀吉が夭逝した愛児鶴松(棄丸)の菩提を弔うため建立した。*4:宗祖弘法大師(空海)の生誕1200年の記念事業として昭和50年(1975年)に再建された。*5:中学・高校時代に誰しも一度や二度は図説で見たであろう“金ピカ”の障壁画に出会える。安土桃山時代らしい絢爛豪華さで、自分が想定したよりもスケールが大きくビックリ!

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第35回 本物?ニセモノ?下壁誘導Q波を見切るエクセレントな方法(前編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第35回:本物?ニセモノ?下壁誘導Q波を見切るエクセレントな方法(前編)一般的に「異常Q波」=必ず「心筋梗塞」…と思われがちですが、100%ではなく、実際には“フェイク”Q波も存在します。今回は、なかでも頻度の高いニサンエフ(II、III、aVF)の下壁誘導で検証してみましょう。心電図を“技巧的”にとることで、霧がはれ、明瞭な視界が広がる体験をDr.ヒロがナビゲートします。2回シリーズの今回は前編で、今までのおさらいを兼ねた“伏線”的な内容です。では始めましょう。症例提示48歳、男性。糖尿病にてDPP-4阻害剤を内服中。泌尿器科より以下のコンサルテーションがあった。『腎がんに対して全身麻酔下で左腎摘除術を予定しています。自覚症状はとくにありませんが、術前心電図にて異常が疑われましたので、ご高診下さい』174cm、78kg(BMI:25.6)。血圧123/72mmHg、脈拍58/分・整。喫煙:15~20本×約30年(現在も喫煙中)。術前検査として記録された心電図を示す(図1)。(図1)術前外来の心電図画像を拡大する【問題2】心電図(図1)の自動診断は「下壁梗塞の可能性:III、aVF」となっている。これはどの所見によるものか?解答はこちら異常Q波解説はこちら今回は泌尿器科手術が予定された男性が題材です。術前検査としての心電図の考え方は過去に扱いましたね。年齢も若く、運動耐容能にも問題なさそうですが、糖尿病で中等度以上の手術リスク(腎摘除術)とくれば、一定の注意を払って眺めるべき心電図でしょう(第12回)。1問目は「自動診断」をいじるDr.ヒロ独特の問題です。あ、“性格悪い”って思わないでくださいね(笑)。さて、心電図(図1)をどう読みますか? 油断すると「心拍数54/分・洞調律…以上」と読んでしまいそうですが、キチンと眺めると「系統的判読」(第1回)での“クルッと”の“ク”のプロセスで引っかかりませんか?。アップデートした「異常Q波」の定義を思い出しましょう。“1ミリとお隣を思い出せ”古い心筋梗塞の“爪痕”を示唆する「異常Q波」は「V1~V3」と「それ以外」の誘導で考える、と第33回で扱いました。「V1~V3」は“存在”重視で、「それ以外」は幅と深さに着目した“1ミリの法則”でしたね。すると、心電図(図1)には、たしかにIII、aVF誘導に明らかな「異常Q波」があります。ただ、もう一つ紹介したDr.ヒロ独自の“お隣ルール”も忘れないで。“サンエフ”と来たら、そう、“ニ”ね。「下壁誘導」は“ニサンエフ”で1セットですから、II誘導も眺めてください。これが隣接誘導群の考え方です。II誘導のQ波は「深さ」が2mmくらいありますが、「幅」はどうでしょうか? もし見にくければ、拡大して眺めてみてください。たとえば2拍目。はじまりがオレンジ太線上にあり、1mmはありそうでしょ?診断基準は「幅≧0.03秒」つまり“1mm弱”で該当するので、これはアウトです。ですから、自動診断はサンエフだけでも、実際にはII、III、aVF誘導すべてに「異常Q波」があるというのが正確な読みになります。これは“偶然”や“こじつけ”じゃないんです。「III・aVF」にQ波があるから「II」もしっかり見るのは“必然”です。それと、慣れてきたらザーッとQ波を見渡す段階で「なんかII誘導、目立つなぁ~」という感性が芽生えてくるとボクは信じています。■心電図診断■洞調律(54/分)異常Q波(II、III、aVF)【問題2】この患者に「下壁梗塞」はあるか? また、それを調べるならどんな画像検査を追加するか?解答はこちら心エコー、心臓MRI、核医学(RI)検査など解説はこちら今回は泌尿器科の症例なので、非専門医の先生がこの心電図を見ると、きっと自動診断に目をやって、こう思うかもしれません。『えっ、心筋梗塞? どこが? IIIにもaVFにもST変化はないのになぁ…。循環器医に聞いてみよう』実はここが次回への“伏線”です。心電図を工夫して詳しく見ることで、ほかの画像検査にも決して劣らない深い洞察ができることについては次回お話ししましょう。多くの病院で比較的手軽に施行可能だという点では「心エコー」、普通はこの“一択”になるでしょうか。より病院規模が大きくなるにつれ、心臓MRIやRI検査、冠動脈CTなどでも精査できそうです。“「とりあえず心エコー」の危うさ”2問目では、この患者さんに「下壁梗塞」が本当にあるかを問うています。状況的には「急性」のものは考えにくいので、普通は「陳旧性」心筋梗塞があるかがポイントになるでしょう。年齢はやや若目ですが、糖尿病や喫煙歴(しかもcurrent smoker)もあるため、始めにすべきは、心筋梗塞の既往確認(問診)です。『◯◯さんは、昔、心筋梗塞になったことがありますか?』でも、ご本人の返事は“No”―このような状況を思い浮かべてください。心臓MRI(CMR)やRI検査は、検査可能な病院のほうが圧倒的に少なく、中小規模の病院であれば「心エコーを入れて終了」となりがちです。でも、心エコー室だっていつでもウェルカムではありませんし、それ以上に“とる人”(検査者)や“見る人”(診断医)の能力に大きく依存するという意味で「不確実性」の高い検査だと言えるかもしれません。コスト(保険点数:880点[平成30年度診療報酬])だってバカになりません。あ、ボクは別に心エコーの“アンチ”ではございませんので悪しからず。ちなみに、この方は下壁の限局性壁運動低下、いわゆるasynergyがあり、にわかに“本物”疑惑が浮上したのです。通常は深く考えず、冠動脈CTやRI、ないしMRIに進むかもしれませんが、ボクの得意ジャンルは「心電図レクチャー」です。こういう時に心電図を使ってどう考えていくのか、次回語ろうと思います。そうそう、前回紹介した“周囲確認法”を覚えていますか? ただ、今回は「ST-T変化」がないので、「いやいや、心筋梗塞はないよ」と思いたいですが…どうなるでしょうか。今年一年、皆さまのお世話になりました。よい新年をお迎えください!Take-home Message異常Q波=100%本物ではなく、フェイクQ波の可能性がある。「おかしな心電図→何でも心エコー」はやめよう!【古都のこと~城南宮~】城南宮(じょうなんぐう)は、伏見区にある「方除(ほうよけ)の大社」です。“鳴くよウグイス”の794年(延暦13年)、長岡京から平安遷都した際に創建されました*。当時から熊野詣の精進所となるなど、高貴な人々が方位の災厄からの無事を祈願した場所だったのだそう。さらに、平安時代後期には、白河上皇や鳥羽上皇が城南宮を取り囲むように離宮を造設して院政の拠点にしたほか、この離宮を中心に雅やかな宴や歌会などの王朝文化が花開いたと言われています。また、1868年(慶応4年)、倒幕をもくろむ薩摩藩の砲撃により鳥羽伏見の戦いの火ぶたが切られたのも、この場所です。また、城南宮は方除け・厄除けもさることながら、「車のお祓い」の神社としても有名で、京都市内でもブルーの“キラキラ”交通安全ステッカーを貼った車はひときわ目を引きます。古くは羅城門への「鳥羽の作り道」にはじまり、高速・幹線道路に姿を変えた今でも、城南宮には常に道行く人々の安全を見守ってきた“実績”があるのです。ほかに昭和の名造園家 中根金作(1917~1995)による「神苑-源氏物語花の庭-」も魅力的で、とくに春と秋はMustスポットだと個人的には思います。2020年の交通安全を祈願しに、愛車とともにお正月にもう一度行こうかなぁ。*:「平安城の南のお宮」の意。

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乳がん術後再発、局所vs.全身麻酔で差なし/Lancet

 乳がんの根治的切除術時の麻酔法として、局所的な麻酔/鎮痛(傍脊椎ブロックとプロポフォール)は、全身麻酔(揮発性麻酔[セボフルラン]とオピオイド)と比較して、乳がんの再発を抑制しないことが、米国・クリーブランドクリニックのDaniel I. Sessler氏らBreast Cancer Recurrence Collaborationの検討で示された。研究の詳細は、Lancet誌オンライン版2019年10月20日号に掲載された。手術時のストレス応答、揮発性吸入麻酔の使用、鎮痛のためのオピオイドは、がん手術の周術期因子であり、いずれも再発に対する宿主防御を減弱させるという。一方、これらの因子はすべて、局所的な麻酔/鎮痛によって改善するとされている。8ヵ国13施設が参加、2つの仮説を検証する無作為化試験 研究グループは次の2つの仮説を立て、これを検証する目的で無作為化対照比較試験を行った(アイルランド・Sisk Healthcare Foundationなどの助成による)。 (1)傍脊椎ブロックとプロポフォールを用いた局所麻酔/鎮痛は、揮発性麻酔薬セボフルランとオピオイド鎮痛による全身麻酔に比べ、治癒が期待される根治的切除術後の乳がんの再発を抑制する(主要仮説)、(2)局所麻酔/鎮痛は、乳房の持続性の術後痛を低減する(副次仮説)。 8ヵ国(アルゼンチン、オーストリア、中国、ドイツ、アイルランド、ニュージーランド、シンガポール、米国)の13病院で、治癒が期待される根治的切除術(初回)を受ける乳がん女性(85歳未満)が登録され、局所麻酔/鎮痛を受ける群または全身麻酔を受ける群に無作為に割り付けられた。 主要アウトカムは、局所または転移を有する乳がん再発とし、intention-to-treat解析を行った。副次アウトカムは、6ヵ月後と12ヵ月後の術後痛であった。再発率:10% vs.10%、1年後の術後痛:28% vs.27% 2007年1月30日~2018年1月18日の期間に、2,108例の女性が登録され、1,043例(平均年齢53[SD 12]歳)が局所麻酔/鎮痛群に、1,065例(53[11]歳)は全身麻酔群に割り付けられた。1,253例(59%)が北京市、404例(19%)がダブリン市、170例(8%)はウィーン市からの患者であった。 ベースラインの患者背景は両群間でバランスがよくとれていた。追跡期間中央値は、両群とも36ヵ月(IQR:24~49)だった。 乳がんの再発は、局所麻酔/鎮痛群が102例(10%)、全身麻酔群は111例(10%)で報告され、両群間に有意な差は認められなかった(補正後ハザード比[HR]:0.97、95%信頼区間[CI]:0.74~1.28、p=0.84)。 術後痛は、6ヵ月の時点では局所麻酔/鎮痛群が856例中442例(52%)、全身麻酔群では872例中456例(52%)で報告され、12ヵ月時にはそれぞれ854例中239例(28%)、852例中232例(27%)で報告された(全体の中間補正後オッズ比:1.00、95%CI:0.85~1.17、p=0.99)。 神経障害性の乳房痛の発生には麻酔術による差はなく、6ヵ月時には局所麻酔/鎮痛群が859例中87例(10%)、全身麻酔群は870例中89例(10%)で認められ、12ヵ月時はそれぞれ857例中57例(7%)、854例中57例(7%)にみられた。 著者は、「乳がん再発と術後痛に関しては、局所麻酔と全身麻酔のどちらを使用してもよい」としている。

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大手術時の麻酔深度、1年死亡率と関連する?/Lancet

 大手術後の合併症リスクが高い患者において、浅い全身麻酔は深い全身麻酔と比較して1年死亡率を低下しないことが示された。ニュージーランド・Auckland City HospitalのTimothy G. Short氏らによる、高齢患者を対象に検討した国際多施設共同無作為化試験「Balanced Anaesthesia Study」の結果で、著者は「今回の検討で、処理脳波モニターを用いて揮発性麻酔濃度を調節した場合、広範囲にわたる麻酔深度で麻酔は安全に施行できることが示された」とまとめている。麻酔深度の深さは、術後生存率低下と関連することがこれまでの観察研究で示されていたが、無作為化試験でのエビデンスは不足していた。Lancet誌オンライン版2019年10月20日号掲載の報告。術後合併症リスクが高い高齢者で、浅麻酔と深麻酔での1年全死因死亡率を比較 研究グループは7ヵ国73施設において、明らかな併存疾患を有し手術時間が2時間以上かつ入院期間が2日以上と予想される60歳以上の患者を登録し、大手術後の合併症リスクが高い患者を、bispectral index(BIS)を指標として浅い全身麻酔(浅麻酔群:BIS値50)または深い全身麻酔(深麻酔群:BIS値35)の2群に手術直前に無作為に割り付けた(地域別の置換ブロック法)。なお、患者および評価者は、割り付けに関して盲検化された。また、麻酔科医は、各患者の術中の平均動脈圧を適切な範囲に管理した。 主要評価項目は、1年全死因死亡率で、解析にはlog-rank検定およびCox回帰モデルを使用した。1年全死亡率は両群で有意差なし 2012年12月19日~2017年12月12日の期間に、スクリーニングされ適格基準を満たした1万8,026例中、6,644例が登録および無作為化された(intention-to-treat集団:浅麻酔[BIS50]群3,316例、深麻酔[BIS35]群3,328例)。 BIS中央値は、浅麻酔群で47.2(四分位範囲[IQR]:43.7~50.5)、深麻酔群で38.8(36.3~42.4)であった。平均動脈圧中央値はそれぞれ84.5mmHg(IQR:78.0~91.3)および81.0mmHg(75.4~87.6)であり、浅麻酔群が3.5mmHg(4%)高かった。一方、揮発性麻酔薬の最小肺胞濃度は、それぞれ0.62(0.52~0.73)および0.88(0.74~1.04)であり、浅麻酔群が0.26(30%)低かった。 1年全死因死亡率は、浅麻酔群6.5%(212例)、深麻酔群7.2%(238例)であった(ハザード比:0.88[95%信頼区間[CI]:0.73~1.07]、絶対リスク低下:0.8%[95%CI:-0.5~2.0])。 Grade3の有害事象は、浅麻酔群で954例(29%)、深麻酔群で909例(27%)に、Grade4の有害事象はそれぞれ265例(8%)および259例(8%)に認められた。最も報告が多かった有害事象は、感染症、血管障害、心臓障害および悪性新生物であった。 なお、著者は、両群で目標BIS値に到達していなかったこと、1年全死因死亡率が予想より2%低かったこと、揮発性麻酔薬で維持した全身麻酔に限定され、プロポフォール静脈投与による麻酔の維持に関する情報がないことなどを研究の限界として挙げている。

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