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血管撮影終了後の止血不十分で大腿神経麻痺を来したケース

循環器最終判決判例時報 1737号110-118頁概要心筋梗塞の疑いで心臓カテーテル検査を受けた61歳女性。カテーテル抜去後合計して約1時間の圧迫止血を行ったが、右大腿鼠径部に広範囲の内出血を来たし、翌日には右足の麻痺が明らかとなった。リハビリテーションによっても麻痺の回復は思わしくなく、2ヵ月後に大腿部神経剥離術を行ったところ、鼠径靱帯遠位部に約1cmにわたる神経の変性壊死が認められた。詳細な経過患者情報近所のかかりつけ医から心筋梗塞の疑いがあると指摘された61歳女性経過1989年8月28日A総合病院循環器内科を受診、心電図で異常所見がみられたため、精査目的で入院となった。なお検査前には、出血傾向、腎機能不全、感染症、発熱などはみられなかった。8月30日14:05心臓カテーテル検査開始(ヘパリン使用)。右大腿静脈:7フレンチ穿刺針に引き続き、シースを挿入。右大腿動脈:5フレンチ穿刺針に引き続き、シースを挿入。右心、左心の順に検査を進め、左右冠動脈造影、薬物負荷試験を行った。この間、右大腿動脈には2本目のシース(8フレンチ穿刺針使用)が挿入された。なお検査の結果肥大型心筋症と診断された。14:48体動が激しいためジアゼパム静注。15:00一連の検査終了が終了し、シースを抜去して用手圧迫による止血開始。10~15分間圧迫し、止血完了を確認後消毒、枕子をのせて圧迫帯を巻いた。ところがその直後に穿刺部周辺の大量出血を来たし、ソフトボール大の血腫を形成した。15:20一時的に血圧低下(77/58mmHg)がみられたため、昇圧剤を投与しながら30~40分用手圧迫を続けた。16:00ようやく止血完了。穿刺部に枕子を当て、圧迫帯を巻いて穿刺部を固定。16:20病室へ戻る。約8~9時間ベッド上の安静を指示された。8月31日右足が麻痺していることに気付く。9月11日別病院の整形外科を受診、右大腿神経の部分壊死と診断された。リハビリテーションが行われたものの満足のいく改善は得られなかった。10月30日別病院の整形外科で右大腿部神経剥離術施行。術中所見では、鼠径靱帯遠位5cmの部位で、大腿神経が約1cmにわたり、暗赤色軟性瘢痕組織に締扼されていて、壊死しているのが確認された。術後の回復は順調であり、筋力は正常近くまで回復し、知覚鈍麻も消失した。しかし、大腿神経損傷後に生じた右膝周囲のカウザルギー(頑固な疼痛)、右下肢のしびれが残存し、歩行時には杖が必要となった。1995年3月7日身体障害者第4級の認定。当事者の主張患者側(原告)の主張1.穿刺部の止血不十分のため大量出血を来し、さらに大腿神経を1時間にわたり強く圧迫したことが原因で神経が損傷、麻痺が生じた2.大出血による右大腿部の麻痺を確認しておきながら、専門医と相談したり転医措置をとらなかった病院側(被告)の主張1.穿刺部からの出血により広範囲の内出血が起きたことは認めるが、これは原告の体動によりいったん止血に成功したあとの再出血である。歩行障害はもともと患っていた腰椎疾患が原因である2.大腿神経麻痺が疑われた場合、とくに手術的措置をとらなくても自然に麻痺が回復することもあるので、経過観察したことに過失はない裁判所の判断1.心臓カテーテル検査終了後の止血措置を誤って大量出血させ大きな血腫ができ、右大腿神経麻痺が発症した2.担当医師は、「いったん止血に成功した後に激しく体動したため再出血した」と主張するが、入院カルテには「圧迫するも止血不完全、再圧迫」と記載されているのみ心臓カテーテル検査記録、報告書、看護記録にも体動に関する記載なし同僚医師・看護師の証言も曖昧で採用できない紹介もとの医師へは(検査終了後の圧迫の際に血腫を形成して大腿神経麻痺を来したことに対して)「どうもすみませんでした」と記載して謝罪しているなどの理由により、患者が動いたために再出血を来したとは到底考えることができない原告側1,778万円の請求に対し、1,144万円の判決考察セルジンガー法の血管撮影においては、大腿動脈に比較的太いシースを挿入するのが普通ですので、検査終了後の圧迫止血を慎重に行わないと本件のように大変な紛争へと発展することがあります。多くの先生方にも経験があると思いますが、ヘパリン使用下に検査を施行することもあって、細心の注意にもかかわらず穿刺部皮下に血液が漏れだし、あとで広範囲にわたる皮下出血となってしまうことがあります。その多くは数日で消退すると思いますが、場合によっては大腿神経に多大な圧迫が及んで下肢の麻痺にまで発展することがある、という重要な教訓を示唆しているケースです。ただし本件の裁判経過をみると、さまざまな問題点を指摘することができます。まず第一に、自分の関与した医療行為の結果、予期せぬ事態が発生し、患者さんに何らかの症状が残遺した場合には、その経過を詳細にカルテに記載しなければならない、という当たり前ではありますがけっして忘れてはならない重要な点です。今回の検査担当医は、「検査中からあまりにも体動が激しいので、心臓カテーテル検査では通常使用しないジアゼパムを静注したが、それでも体動は止まらずに本来施行するべき生検も断念した」、「検査終了後きちんと圧迫止血したけれども、止血完了直後に患者さんが動いたためにひどい出血を来した」と裁判で証言しました。それ以外に検査にかかわったスタッフは曖昧な証言に終始しているため、真相がどうであったのかはよくわかりません。しかし肝心のカルテには、「圧迫するも止血不完全、再圧迫」というたった一行の記載があるだけですので、「そんな重大な事実がありながら記録をまったく残していないのはきわめて不自然である。ということはそのような事実はなかったのだろう」と裁判官は判断しました。このように、医事紛争に巻き込まれた時に自らの正当性を証明する唯一ともいってよい手段は「きちんとカルテに記載を残す」ことにつきると思います。もし本件で、「カテーテル抜去後、約15分間慎重に圧迫止血を行ったが、止血確認直後患者が制止にもかかわらず起きてしまい、穿刺部にソフトボール大の血腫が生じた。その後圧迫止血を1時間追加してようやく止血を完了した」と記載していれば、おそらくここまで一方的な判断にはならなかったかもしれません。なお、本件の医学鑑定を行った専門医は、「カテーテル検査後の止血中には多少の体動はあり得ることであり、それを念頭において止血すべきであって、そのために出血を来すようであれば止血措置としては十分とはいえない」と判断しています。つまり、止血不十分で紛争に至ると、「止血中に動いた患者が悪い」という主張は難しいということになります。さらに本件では、循環器チームの医師、看護師数名が関与していたのに、誰一人として検査担当医をかばうような記録、証言を残しませんでした。おそらく、チーム内のコミュニケーションが相当悪かったことに起因しているのではないかと思いますが、それ以前の問題として、「この患者の主治医は誰であったのか」と首をかしげたくなるような状況でした。具体的に関与した医師は、A医師心臓カテーテル担当医師、検査当日にはじめて患者と会う。B医師主治医。ただし証言では「名目上の主治医」と主張し、検査前のカルテには直接診察していないものの一応主治医ということで記載したので、事前の説明はしていないし、検査中はモニター室に待機、検査終了後に患者を診察した。C、D医師おそらくオーベン医師E、F医師血腫形成後に交代で止血を担当した医師という6名です。このうち、裁判で「けしからん」とやり玉に挙げられたのがA医師ですが、この医師は検査前には一切患者と接することはなく、検査当日にはじめて患者と会い、心臓カテーテル検査を行いましたので、少々気の毒な気さえします。そして、名目とはいっても主治医はB医師であり、この患者を紹介してきたかかりつけ医へは、「大腿神経麻痺を来してどうもすみませんでした」という返事をD医師との連名で記載しています。つまり、はたからみるとB医師が主治医として責任を持つべきかと思うのですが、「主治医でありながら検査中に生じた大きな血腫の形成という異常な事態について原因の究明など十分な事実関係の確認をしなかった」と裁判官は判断し、さらに「被告病院の医療管理上の責任体制や診療録、看護記録の記載のあり方は疑問」という問題点も指摘しています。すなわち、いったいこの病院では誰がこの患者の主治医であったのか、と、きわめて不自然な印象を受けるばかりか、A医師が孤立してしまうような言動をくり返しています。そのためもあってか、大腿血腫に対しては対応が遅れがちとなり、整形外科を受診したのが検査後12日目であったのも、訴訟にまで発展した一因になっていると思います。また、唯一のカルテ記載である「圧迫するも止血不完全、再圧迫」というのは、もしかしたら名目上の主治医B医師が記載したのかもしれず、A医師は検査を担当しただけであったのでカルテ記載をする機会すら逸してしまったのかもしれません。このように本件では6名もの医師が関与していながら、主治医不在のまま紛争に発展したということがいえるのではないでしょうか。いくら複数の専門医チームで患者を担当するといっても、一歩間違えると無責任体制に陥る危険がありますので、侵襲を伴う医療行為をする際にはきちんと主治医を明確にして責任もった対応をする必要があると思います。循環器

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よいメタ解析、悪いメタ解析?(コメンテーター:後藤 信哉 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(171)より-

心房細動の脳卒中予防の適応取得を目指した、いわゆる新規経口抗凝固薬の開発試験の結果が出揃った。最後に残っていたのはTIMI groupの主導するENGAGE-TIMI 48試験であった。試験対象となったエドキサバンは、日本の第一三共の薬剤であったが、試験は実績のあるTIMI groupに持って行かれてしまった。ENGAGE TIMI 48試験は2013年11月のAHAにおいて発表された。それまでTIMI group以外のものは試験結果にアクセスすることはできない。最後に残った心房細動の脳卒中予防試験の結果を抱えているTIMI groupは、新規経口抗凝固薬の臨床試験の情報について昨年の11月まで圧倒的に有利な状況にあった。 その有利な地位を利用して「心房細動の脳卒中予防の第三相開発」の結果をメタ解析したのが本論文である。2013年11月には世界の全ての人がENGAGE TIMI 48試験の結果にアクセスできるようになったとはいえ、その前から結果をみて準備をしていたTIMI groupの優位性は明らかである。この論文は「メタ解析」ではあるが、筆者の目にはよいメタ解析には見えない。 イベント発症リスクの低減した現在、数万例の症例を薬剤Aと薬剤Bに割り振って「薬剤Aと薬剤Bには差異がない」という臨床的仮説を検証するランダム化比較試験の困難性は増している。この困難なランダム化比較試験を10年後に行なっても、第三相試験の治験として行なっても、医師主導研究で行なっても、高齢の症例に行なっても、腎障害の症例に行なっても、日本で行なっても、金持ちに行なっても、一貫性があるか否かを検証する「メタ解析」は筆者の目にはよいメタ解析である。 1996年にAntiplatelet Trialistsにより、2002年、2007年にAntithrombotic Trialistsにより施行されたアスピリンの試験のメタ解析は「よいメタ解析」の代表である。Ruffらのメタ解析は、新薬の認可承認を得るために開発企業が必死の修飾を行なった薬剤開発の「第三相」試験のメタ解析である。過去の標準治療(ワルファリン)と新薬の有効性、安全性を比較した各試験は、当局の審査に耐えることを主目的に、各国毎に治験慣れした特殊な施設から登録された症例により構成されている。 「メタ解析」しても対象症例の一般性は広まらない。むしろ、各試験と真実の世界の差異を増幅してしまう。Ruffらは本メタ解析の限界を十分に理解しているので、論文の結論を「Our findings offer clinicians a more comprehensive picture of the new oral anticoagulants as a therapeutic option to reduce the risk of stroke in this patient population」としている。決して、本メタ解析により個別の第三相試験以上のインパクトが生まれたとは主張していない。読者も限界を理解して本メタ解析を読むべきである。Ruffらは、同時期に心房細動を合併したアテローム血栓症のサブ解析を発表しており、臨床家にはこちらの方が参考になる(Ruff CT, et al. Int J Cardiol. 2014; 170 : 413-418)。 Evidence Based Medicineの世界は人工的な世界である。筆者のように20年以上医者をやっている専門家の見解よりも、ランダム化比較試験の結果に科学性があるとする。1つのランダム化比較試験の結果よりも、複数のランダム化比較試験の結果のエビデンスレベルが高いと規定してある。この人工的な世界のルールに基づいて「診療ガイドライン」が作成され、初学者は「診療ガイドライン」に基づいた医療を質の高い医療と判断する。専門家の見解よりも「ランダム化比較試験の結果に基づいた医療」が「質が高い」のは、最初に定義したEvidence Based Medicineの世界に限局される。 実診療の世界では、ランダム化比較試験の集積に基づいて行なう医療と、経験を積んだ臨床医の判断に基づいた医療のアウトカムに差があるか否かは誰も知らない。Evidence Based Medicineの世界は、民主主義の議会で多数派が作る法律により支配される世界に類似している。人間の営む社会であれば、人工的な法律を仮に正しいとしても大きな矛盾はないかも知れないが、医学、医療は詳細、微細な自然現象の観察から真実を見いだす自然科学の領域である。Evidence Based Medicineの世界はそれなりに完結した論理体系ではあるが、その世界の常識は、必ずしも真実の世界の常識ではないことに注意しよう。 本メタ解析はメタ解析ではあるが、Evidence Based Medicineの骨子を決めたときに想定した、独立した多くの研究のメタ解析ではない。同一クラスの薬剤が同時期に開発、認可承認されるケースが増えている。開発品の、開発試験の「メタ解析」をエビデンスレベルの高い「メタ解析」と混同しないようにしよう。

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突然の呼吸困難で死亡した肺梗塞のケース

呼吸器最終判決判例時報 1670号58-65頁概要突然呼吸困難、意識障害、チアノーゼを発症した33歳女性。胸腹部X線写真、心電図、頭部CTスキャンなどが施行されたが、明らかな異常はなく、経過観察のため入院となった。ところが入院後も状態は改善せず、血圧低下(70~80mmHg台)、努力様呼吸、低酸素血症などが継続した。初診から約20時間後の深夜になってはじめて肺塞栓症の疑いがもたれ、肺血流シンチグラフィーにより確診に至った。ただちに抗凝固剤や血栓溶解薬の投与が開始されたが、やがて危篤状態となり、初診から約27時間後に死亡に至った。詳細な経過患者情報33歳女性経過1992年9月6日06:40寝床で呼吸困難、意識障害が出現した33歳女性。07:20総合病院内科を受診し、当直医に全身冷汗、顔色不良、胸の苦しさを訴えた。初診時チアノーゼ、喘鳴はなく、血圧、脈拍、呼吸数、体温は正常。胸腹部X線写真、心電図に特別な異常なし。血管確保、制吐薬の静脈注射を行った。09:00日直医の診察。血圧82/54mmHg、脈拍88、中枢神経系の異常を疑ったが頭部CTスキャン異常なし。諸検査の結果から現時点で病名の特定は困難と感じ、当面経過観察とした。12:30意識は清明だが、吐き気、呼吸困難感が持続。動脈血ガスではpH 7.387、pO2 67.1、pCO2 33.1と低酸素血症があり、酸素吸入開始、呼吸心拍監視装置を装着。15:30一時的に症状は軽減。血圧82/54mmHg、意識は清明で頭重感があり、吐き気なし。心電図の異常もみられなかったが、意識障害と吐き気から脳炎などの症状を疑い、濃グリセリン(商品名:グリセオール〔脳圧降下薬〕)投与開始。その後もしばらく血圧は少し低いものの(80-90)、小康状態にあると判断された。21:15ナースコールがあり、呼吸微弱状態で発見され、頬をたたくなどして呼吸再開。血圧74/68mmHg、発語なし、尿失禁状態。しばらくして呼吸は落ち着く。以後は15分おきに経過観察が行われた。9月7日00:00苦しいとの訴えあり。心拍数が一時的に60台にまで低下。血圧74/68mmHg、昇圧剤の投与開始。00:40全身硬直性けいれん、一時的な呼吸停止。01:00動脈血ガスpH 7.351、pO2 59、pCO2 27、この時点で肺塞栓症を疑い、循環器専門医の応援を要請。02:30循環器医師来院。動脈血ガスpH 7.373、pO2 85.7、pCO2 30、最高血圧60-70、酸素供給を増量し、抗凝固剤-ヘパリンナトリウム(同:ヘパリン)、血栓溶解薬-アルテプラーゼ(同:グルトパ)投与開始。03:15緊急でX線技師を召集し、肺シンチ検査を実施、右上肺1/3、左上下肺各1/3に血流欠損がみられ、肺塞栓症と確定診断された。03:25検査中に全身硬直があり、危篤状態。救急蘇生が行われた。09:10死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張初診時から約5時間の診療情報を総合して、肺塞栓症を含む肺循環障害を疑い、FDP検査や肺シンチ検査を行うなどして肺塞栓症であることを診断する注意義務があったにもかかわらずこれを怠った。そして、速やかに血栓溶解薬や抗凝固剤の投与などの治療を実施すべき注意義務も果たさなかった(裁判ではこの時点で肺塞栓症を疑わなければならないと判断)。もし適切な診断・治療が行われていれば、救命することが可能であった。病院側(被告)の主張肺塞栓症は特異的所見に乏しく、実践的医療の場において診断が困難とされている病気であり、この疾患の専門医でない担当医師にとって確定診断をすることは当時の医療水準からいって困難である。ショックを伴う急性肺塞栓症の予後は一般的に悪いとされており、もし遅滞なく治療が行われていたとしても救命できた可能性は低い。裁判所の判断1.病院受診前からショック状態を呈し入院後も低血圧が持続していたこと、動脈血ガスで低酸素血症および低炭酸ガス血症を呈したこと、胸部X線写真で異常所見がなかったことから、9月6日13:00の時点で肺塞栓症を含む肺循環障害を疑うことは十分可能であった(患者側の主張を採用)2.早期に診断され、ある程度の救命可能性はあったとしても、救命し得た蓋然性があるとまでは認められない3.死亡率が高く救命が比較的困難である場合であっても、救命についてある程度の期待がもたれ臨床医学上有用とされる治療方法がある以上、その時点の医療水準に照らしてもっとも期待される治療を受ける救命期待権があるが、本件では診断・治療の遅れにより救命期待権が侵害された原告側合計8,500万円の請求に対し、550万円の判決考察まずこの症例の背景について述べますと、死亡された女性はこの病院に勤務していた看護師であり、入院したのは日曜日の早朝、そして、直接治療を担当して「肺塞栓症の診断・治療が遅れた」と訴えられたのは、同病院の内科部長でした。いわば身内同士の争いであり、死亡という最悪の結果を招いたことに納得できなかったため裁判にまで発展したのではないかと思います。全経過を通じて、医療者側が不誠実な対応をとったとか、手抜きをしたというような印象はなく、それどころか、同僚を助けるべく看護師は頻回に訪室し、容態が悪くなった時には、深夜を厭わずに循環器科の医師や肺シンチを行うためのX線技師が駆けつけたりしています。確かに後方視的にみれば、裁判所の判断である発症5時間後の時点で肺塞栓症を疑うことはできますが、実際の臨床場面では相当難しかったのではないかと思います。手短にいえば、このときの血液ガス所見pH 7.387、pO2 67.1、pCO2 33.1と呼吸困難感をもって肺塞栓症を疑い(胸部X線、心電図は異常なし)、休日でもただちに肺シンチ検査を進めよ、ということになると思いますが、呼吸器専門医師ならばまだしも、一般内科医にとっては難しい判断ではないでしょうか。しかも、問題の発症5時間後に呼吸状態が悪化して酸素投与が開始された後、一時的ではありますが容態が回復して意識も清明になり、担当医は「小康状態」と判断して帰宅しました。その約2時間後から進行性に病状は悪化し、対応がすべて後手後手に回ったという経過です。裁判ではこの点について、「内科部長という役職は、(専門外ではあっても)必然的に肺塞栓症について一般の医療水準以上の臨床的知見を相当程度高く有することが期待される地位である」とし、「内科部長」である以上、専門外であることは免責の理由にはならないと判断されました。このような判決に対して、先生方にもいろいろと思うところがおありになろうかと思いますが、われわれ医師の常識と裁判の結果とは乖離してしまうケースがしばしばあると思います。本件のように医師の側が誠心誠意尽くしたと思っても、結果が悪いと思わぬ責任問題に発展してしまうということです。この判例から得られる教訓は、「呼吸困難と低酸素血症があり、なかなか診断がつかない時には肺塞栓症を念頭に置き、できうる限り肺シンチを行う。もし肺シンチが施行できなければ、施行可能な施設へ転送する」ということになろうかと思います。呼吸器

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モース顕微鏡手術の安全性を確認 重大有害イベント発生はごくわずか、死亡例なし

 モース顕微鏡手術(MMS)の安全性について、米国内23施設・2万821例を検討した結果、有害イベント発生率は0.72%であり、重大有害イベント発生率は0.02%で非常に低く、死亡例はなく、「同手術は安全である」ことを米国・ノースウェスタン大学のMurad Alam氏らが報告した。これまでMMSにおいて注意すべきとされている合併症の大半は、散発的なものであり、単施設から報告されたもの、もしくは報告が1例のみであった。研究グループは多施設共同前向きコホート試験を行い、MMS関連の有害イベント発生率の定量化と安全性に関する検出に格差がないかを評価した。JAMA Dermatology誌2013年12月号の掲載報告。 本試験は、米国内でMMSを実施する外来センター(民間21、公的2)で行われ、被験者は、各センターで35週の間にMMSの施術を順次受けた連続患者2万821例であった。 主要評価項目は、手術時および術後の重大でない(minor)または重大な(serious)有害イベントとした。 主な結果は以下のとおり。・2万821例のうち、有害イベントは149例(0.72%)であった。重大例は4例(0.02%)、死亡例の報告はなかった。・有害イベントのうち頻度が高かったのは、感染症(61.1%)、裂開および部分的/完全壊死(20.1%)、出血/血腫(15.4%)であった。・出血、創傷癒合といった合併症発生の大半は、抗凝固治療を受けていた患者で起きていたが、MMS中の安全性は問題なく管理されていた。・MMS中の消毒薬、抗菌薬、無菌手袋の使用は、有害イベントリスクの減少とわずかだが関連していることが認められた。・以上のように、MMSは安全な手術であり、有害イベントの発生率は非常に低く、重大有害イベント発生率はきわめて低く、死亡例は検出されていなかった。頻度が高い合併症は感染症で、次いで創傷癒合と出血であった。出血と創傷癒合の問題は、先行する抗凝固療法と関連している頻度が高いが、MMS中は問題なく管理されていた。・一方で著者は「無菌手袋、消毒薬、抗菌薬を用いたことによりみられたリスク減少の効果は小さく、それが臨床的に重要かどうか、また大規模な実践がリスク減少をもたらす費用対効果があるかについても確信が持てない」と述べている。

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新規経口抗凝固薬4種vs.ワルファリン-心房細動患者のメタ解析-/Lancet

 心房細動患者の脳卒中・全身性塞栓イベントや総死亡リスクについて、4種の新規経口抗凝固薬(ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)はワルファリンに比べて2割弱抑制することが、被験者総数7万例超のメタ解析で明らかになった。一方、消化管出血リスクは、ワルファリンに比べ約25%増大した。米国・ブリガム&ウィメンズ病院/ハーバードメディカルスクールのChristian T Ruff氏らが、4種に関する第3相臨床試験を組み込んで解析した結果、報告した。Lancet誌オンライン版2013年12月4日号掲載の報告より。脳卒中・全身性塞栓イベント、虚血性脳卒中、全死因死亡などのリスクを比較 研究グループは2009年1月~2013年11月にかけてMEDLINEによる文献検索を行い、心房細動患者を対象に新規経口抗凝固薬とワルファリンの効果を調べた第3相の無作為化比較試験について、メタ解析を行い、有効性を比較した。「RE-LY」(ダビガトランが関係した試験)、「ROCKET AF」(リバーロキサバン)、「ARISTOTLE」(アピキサバン)、「ENGAGE AF–TIMI 48」(エドキサバン)の4試験、被験者総数7万1,683例が、解析に組み込まれた。 主要アウトカムは、脳卒中または全身性塞栓イベント、虚血性脳卒中、出血性脳卒中、全死因死亡、心筋梗塞、大出血、頭蓋内出血、消化管出血だった。 被験者のうち新規経口抗凝固薬を服用したのは4万2,411例、ワルファリンを服用したのは2万9,272例だった。脳卒中・全身性塞栓イベントリスクは19%減少、死亡リスクは1割減少 分析の結果、脳卒中または全身性塞栓イベント発生率は、新規経口抗凝固薬群がワルファリン群に比べ、19%減少した(リスク比[RR]:0.81、95%信頼区間[CI]:0.73~0.91、p<0.0001)。その主な理由は、出血性脳卒中の発生率が51%減少したことによるものだった(RR:0.49、95%CI:0.38~0.64、p<0.0001)。 また、新規経口抗凝固薬群はワルファリンに比べ、全死因死亡(同:0.90、0.85~0.95、p=0.0003)、頭蓋内出血(同:0.48、0.39~0.59、p<0.0001)のリスクも有意に低下した。一方で、消化管出血リスクは約25%増大した(同:1.25、1.01~1.55、p=0.04)。 低用量新規経口抗凝固薬レジメンでは、脳卒中または全身性塞栓イベント発生率はワルファリンと同等だった(同:1.03、0.84~1.27、p=0.74)。しかし、虚血性脳卒中発生リスクについては、ワルファリンより3割弱増大した(同:1.28、1.02~1.60、p=0.045)。

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Vol. 2 No. 1 MEDICAL BRIEF OCTによる遅発性薬剤溶出性ステント血栓症の発生機序に関する検討

久保 隆史 氏和歌山県立医科大学循環器内科Examination of the in vivo mechanisms of late drug-eluting stent thrombosis.Findings from optical coherence tomography and intravascular ultrasound imaging.Guagliumi G et al. J Am Coll Cardiol Intv. 2012; 5: 12-20.Summary薬物溶出性ステント(drug-eluting stent:DES)は冠動脈インターベンション後の再狭窄を劇的に減少させたが、ステント血栓症は今もなお解決できない重要な課題として残されている。これまでの病理学的研究によると、DES留置後の治癒遅延や炎症反応の誘導、内皮化の欠落が、遅発性ステント血栓症の原因となる可能性があるといわれてきた。本研究では、光干渉断層法(opticalcoherence tomography:OCT)と血管内超音波(intravascular ultrasound:IVUS)を用いて、DESの遅発性ステント血栓症に関わる因子について調査した。著者らは、DES留置後に遅発性ステント血栓症(DES植え込み後172~1,836日)をきたした18例と、DES植え込みから無症状に3年以上経過した症例でステントの種類やサイズを一致させた36例のコントロール群を対象に、OCTとIVUSの所見を比較した。OCTによると、新生内膜の厚さは両群間で差はなかったが、遅発性ステント血栓症をきたした症例では、コントロール群に比べて新生内膜により被覆されていないステントストラット(12% vs. 4%, p=0.001)やステントマルアポジション(5% vs. 2%, p=0.001)が高頻度に検出された。一方、IVUSによると、最小ステント断面積はそれぞれ5.7mm2と5.9mm2であり、ステントの拡張は両群間で差がなかった。しかし、ステント留置部の血管断面積は遅発性ステント血栓症をきたした症例で大きく、リモデリングインデックスは有意に高値であった(1.2 vs. 1.0, p<0.001)。多変量解析の結果、新生内膜により被覆されていないステントストラットの長軸方向への広がり(オッズ比2.45, 95%信頼区間 1.27-4.73, p=0.007)と、リモデリングインデックス(オッズ比1.05, 95%信頼区間 1.01-1.11, p=0.019)が遅発性ステント血栓症の独立した関連因子であった。DiscussionDES留置後の遅発性ステント血栓症は、単一の原因によるものではなく、いくつかの因子が複雑に絡み合って発症する。Virmaniらは、剖検例による病理学的検討により、ステントの新生内膜による被覆不全がDESの遅発性ステント血栓症に関連し、30%以上のステントストラットが新生内膜により被覆されていない場合、遅発性ステント血栓症の危険性が高まることを報告した。また、Katoらは、DESは留置後12か月まで新生内膜による被覆化が進むが、ステントが完全に被覆されるのはむしろ稀であるとしている。標的病変のプラーク性状も遅発性ステント血栓症の発症に関与する。Lüscherらは、壊死性コアに富んだアテローマ病変にDESを植え込んだ場合に、治癒遅延や内皮化不全が起こりやすいことを明らかにした。Cookらは、IVUSを用いた検討において、遅発性ステント血栓症ではステントマルアポジションや陽性リモデリングの頻度が高いことを報告した。DESでは、留置直後からのステントマルアポジションが修復されず持続するばかりでなく、継時的に血管が陽性リモデリングをきたし、2次的にステントマルアポジションが生じることも知られている。これには、DESによる炎症や血管毒性、過敏反応が関与しており、病変部では血管拡張を伴う中膜壊死や過剰なフィブリンの沈着が観察されることが多い。またHigoらは、血管内視鏡により、DESの新生内膜はアテローマと同様の黄色調を呈すことが多く、新生内膜に新たな動脈硬化性変化が生じていることを報告した。DESは、炎症や過敏反応を介して、このneoatherosclerosisを加速させる可能性がある。本研究においても、2症例でDES内の新生内膜もしくはDESに近接したプラークの破綻による遅発性ステント血栓症が観察されている。さらに、本研究では少なくとも1例で高度な再狭窄病変における遅発性ステント血栓症が観察されている。再狭窄もまたステント内血栓形成と関連するが、DESの新生内膜では抗血栓作用が減弱している可能性がある。このように、ステント血栓症の原因は多元的であるが、近年のOCTをはじめとした血管内画像診断技術の発展は目覚ましく、冠動脈の微細な病理組織学的所見を日常臨床の場で得ることを可能にした。今後さらなるエビデンスの積み重ねが必要ではあるが、OCTは冠動脈インターベンションの適正化やステント血栓症のリスク評価、抗血小板薬中止時期の決定において重要な情報を提供し得ると期待される。

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遺伝子型に基づく初期投与量決定の試み(ワルファリン以外)/NEJM

 抗凝固療法の遺伝子ガイド投薬アルゴリズムの有効性と安全性に関して、アセノクマロール(国内未承認)、フェンプロクモン(同)について検討した無作為化試験の結果、治療開始後12週間の国際標準比(INR)治療域の時間割合は改善されなかったことが明らかにされた。オランダ・ユトレヒト大学のTalitha I. Verhoef氏らが報告した。抗凝固療法ではワルファリンの使用頻度が最も高いが、国によってはアセノクマロールまたはフェンプロクモンが、心房細動患者の脳卒中予防や静脈血栓塞栓症の治療または予防に用いられている。また観察研究において、遺伝子ガイド投薬が両剤投与の有効性および安全性を高める可能性が示唆されていた。NEJM誌オンライン版2013年11月19日号掲載の報告より。アセノクマロールとフェンプロクモンについて検討 研究グループは、2つの単盲検無作為化試験を行い、遺伝子ガイド投薬アルゴリズムと臨床的変数のみの投薬アルゴリズムを比較した。心房細動もしくは静脈血栓塞栓症を有する患者でアセノクマロールあるいはフェンプロクモンによる治療開始について、遺伝子ガイド群は、CYP2C9とVKORC1の遺伝子型を参照した投薬アルゴリズムが適用された。 主要アウトカムは、治療開始後12週間の、INR目標治療域2.0~3.0の時間割合とした。 登録例が少数であったため、2試験は統合して分析が行われた。主要アウトカムの評価は、10週以上フォローアップを受けた患者を対象に行われた。12週間のINR治療域時間割合、臨床的変数ガイド群と有意差みられず 登録患者数は548例(遺伝子ガイド群273例、対照群275例)であり、10週以上フォローアップを受けた被験者は、遺伝子ガイド群239例、対照群245例であった。 結果、INR治療域であった時間割合は、遺伝子ガイド群61.6%、対照群60.2%で有意差はみられなかった(p=0.52)。 副次アウトカムも大部分は両群間に有意差はなかったが、治療開始後4週間の治療域時間割合について、遺伝子ガイド群が有意に高いことがみられた。この有意差は、アセノクマロール、フェンプロクモンの複合解析で有意であった(遺伝子ガイド群52.8% vs. 対照群47.5%、p=0.02)。 出血または血栓塞栓症イベントの発生は、両群で有意差はみられなかった。重大出血事例は1例で対照群での発生であった。血栓塞栓症イベントは、遺伝子ガイド群5例、対照群4例の発生であった。

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Vol. 2 No. 1 これからの血管内治療(EVT)、そして薬物療法

中村 正人 氏東邦大学医療センター大橋病院循環器内科はじめに冠動脈インターベンションの歴史はデバイスの開発と経験の蓄積の反映であるが、末梢血管の血管内治療(endovascular treatment: EVT)も同じ道を歩んでいる。対象となる血管が異なるため、冠動脈とは解剖学的、生理学的な血管特性は異なるが、問題点を解決するための戦略の模索は極めて類似している。本稿では、末梢血管に対するインターベンションの現況を総括しながら、今後登場してくるnew deviceや末梢閉塞性動脈硬化症に対する薬物療法について展望する。EVTの現況EVTの成績は治療部位によって大きく異なり、大動脈―腸骨動脈領域、大腿動脈領域、膝下血管病変の3区域に分割される。個々の領域における治療方針の指標としてはTASCIIが汎用されている。1.大動脈―大腿動脈 この領域の長期成績は良好である。TASCⅡにおけるC、Dは外科治療が優先される病変形態であるが、外科治療との比較検討試験で2次開存率は外科手術と同様の成績が得られることが示されている1)。解剖学的外科的バイパス術は侵襲性が高いこともあり、経験のある施設では腹部大動脈瘤の合併例、総大腿動脈まで連続する閉塞病変などを除き、複雑病変であってもEVTが優先されている(図1、2)。従って、完全閉塞性病変をいかに合併症なく初期成功を得るかが治療の鍵であり、いったん初期成績が得られると長期成績はある程度担保される。図1 腸骨動脈閉塞による重症虚血肢画像を拡大するDistal bypass術により救肢を得た透析例が数年後、膝部の難治性潰瘍で来院。腸骨動脈から大腿動脈に及ぶ完全閉塞を認めた(a)。ガイドワイヤーは静脈bypass graftにクロスし(b)、腸骨動脈はステント留置、総大腿動脈はバルーンによる拡張術を行った。Distal bypass graftの開存(黒矢印)と大腿深動脈の血流(白矢印)が確認された(c)図2 腸骨動脈閉塞による重症虚血肢(つづき)画像を拡大する2.大腿動脈領域 下肢の閉塞性動脈硬化症の中で最も治療対象となる頻度が高い領域である。このため、関心も高く、各種デバイスが考案されている。大腿動脈は運動によって複雑な影響を受けるため、EVTの成績は不良であると考えられてきた。しかし、ナイチノールステントが登場し、EVTの成績は大きく改善し適応は拡大した。EVTの成績を左右する最も強い因子は病変長であり、バルーンによる拡張術とステントの治療の比較検討試験の成績を鑑み、病変長によって治療戦略は大別することができる。(1)5cm未満の病変に対する治療ではバルーンによる拡張術とステント治療では開存性に差はなく、バルーンによる拡張を基本とし、不成功例にベイルアウトでステントを留置する。(2)病変長が5cm以上になると病変長が長いほどバルーンの成績は不良となるが、ステントを用いた拡張術では病変長によらず一定の成績が得られる。このためステントの治療を優先させる。(3)ステントによる治療も15cm以上になると成績が不良となりEVTの成績は外科的バイパス術に比し満足できるものではない2)。開存性に影響する他の因子には糖尿病、女性、透析例、distal run off、重症虚血肢、血管径などが挙げられる。また、ステント留置後の再狭窄パターンが2次開存率に影響することが報告されている3)。3.膝下動脈 この領域は、長期開存性が得難いため跛行肢は適応とはならない。現状、重症虚血肢のみが適応となる。本邦では、糖尿病、透析例が経年的に増加してきており、高齢化と相まって重症虚血肢の頻度は増加している。重症虚血肢の血管病変は複数の領域にわたり、完全閉塞病変、長区域の病変が複数併存する。本邦におけるOLIVE Registryでも浅大腿動脈(SFA)単独病変による重症虚血肢症は17%にとどまり、膝下レベルの血管病変が関与していた(本誌p.24図3を参照)4)。この領域はバルーンによる拡張術が基本であり、本邦では他のデバイスは承認されていない。治療戦略で考慮すべきポイントを示す。(1)in flowの血流改善を優先させる。(2)潰瘍部位支配血管すなわちangiosomeの概念に合わせて血流改善を図る。(3)末梢の血流改善を創傷部への血流像(blush score)、または皮膚灌流圧などで評価する。従来、straight lineの確保がEVTのエンドポイントであったが、さらに末梢below the ankleの治療が必要な症例が散見されるようになっている(図4)。創傷治癒とEVT後の血管開存性には解離があることが報告されているが5)、治癒を得るためには複数回の治療を要するのが現状である。この観点からもnew deviceが有用と期待されている。治癒後はフットケアなど再発予防管理が主体となる。図4 足背動脈の血行再建を行った後に切断を行った、重症虚血肢の高齢男性画像を拡大する画像を拡大する新たな展開薬剤溶出性ステントやdrug coated balloon(DCB)の展開に注目が集まっており、すでに承認されたものや承認に向け進行中のデバイスが目白押しである。いずれのデバイスも現在の問題点を解決または改善するためのものであり、治療戦略、適応を大きく変える可能性を秘めている。1.stent 従来のステントの問題点をクリアするため、柔軟性に富みステント断裂リスクが低いステントが開発されている。代表はLIFE STENTである。ステントはヘリカル構造であり、RESILIENT試験の3年後の成績を見ると、再血行再建回避率は75.5%と従来のステントに比し良好であった6)。リムス系の薬剤を用いた薬剤溶出性ステントの成績は通常のベアステントと差異を認めなかったが、パクリタキセル溶出ステントはベアメタルステントよりも有意に良好であることが示されている7)。Zilver PTXの比較検討試験における病変長は平均7cm程度に限られていたが、実臨床のレジストリーでも再血行再建回避率は84.3%と比較検討試験と遜色ない成績が示されている8)。Zilver PTXは昨年に承認を得、市販後調査が進行中である。内腔がヘパリンコートされているePTFEによるカバードステントVIABAHNは柔軟性が向上し、蛇行領域をステントで横断が可能である。このため、関節区域や長区域の病変に有効と期待されている9)。これらのステントの成績により、大腿動脈領域治療の適応は大きく変化すると予想される。膝下の血管に対しては、薬剤溶出性ステントの有効性が報告されている10)。開存性の改善により、創傷治癒期間の短縮、再治療の必要性の減少が期待される。2.debulking device 各種デバイスが考案されている。本邦で使用できるものはないが、石灰化、ステント再狭窄、血栓性病変に対する治療成績を改善し、non stenting zoneにおける治療手段になり得るものと考えられている。3.drug coated balloon(DCB) パクリタキセルをコーティングしたバルーンであり、数種類が海外では販売されている。ステント再狭窄のみでなく、新規病変に対しバルーン拡張後に、またステント留置の前拡張に用いられる可能性がある。膝下の血管病変は血管径が小さく長区域の病変でステント治療に不向きである上に開存性が低いためDCBに大きな期待が寄せられている。このデバイスも開存性を向上させるデバイスである。成績次第ではEVTの主流になり得ると推測されている。4.re-entry device このデバイスは治療戦略を変える可能性を秘めている。現在、完全閉塞病変に対してはbi-directional approachが多用されているが、順行性アプローチのみで手技が完結できる可能性が高くなる。薬物療法の今後の展開薬物療法は心血管イベント防止のための全身管理と跛行に対する薬物療法に分類されるが、全身管理における治療が不十分であると指摘されている。また、至適な服薬治療が重要ポイントとなっている。1.治療が不十分である 本疾患の生命予後は不良であり、5年の死亡率は15~30%に及ぶと報告され、その75%は心血管死である。このことは全身管理の重要性を示唆している。しかし、2008年と2011年に、有効性が期待できるスタチン、抗血小板薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)の投薬が、虚血性心疾患の症例に比し末梢動脈閉塞性症の症例では有意に低率であると米国から相次いで報告された11, 12)。この報告によると、虚血性心疾患を合併しているとわかっている末梢閉塞性動脈硬化症ではスタチンの無投薬率が42.5%であったのに対し、虚血の合併が不明の末梢閉塞性動脈硬化症では81.7%が無投薬であった12)。本邦においても同様の傾向と推察される。本疾患の無症候例も症候を有する症例と同様に生命予後が不良であるため、喫煙を含めた全身管理の重要性についての啓発が必要である。2.いかに管理すべきか? PADを対照に薬物療法による予後改善を検討した研究は少なくサブ解析が主体であるが、スタチンは26%、アスピリンは13%、クロピドグレルは28%、ACE阻害薬は33%リスクを軽減すると報告されている13)。さらに、これら有効性の高い薬剤を併用するとリスクがさらに低減されることも示されている12)。冠動脈プラークの退縮試験の成績は末梢閉塞性動脈硬化症を合併すると退縮率が不良であるが、厳格にLDLを70mg/dL以下に管理すると退縮が得られると報告されており14)、PADでは厳格な脂質管理が望ましい。 抗血小板薬に関しては、最近のメタ解析の結果によると、アスピリンは偽薬に比しPAD症例で有効性が認められなかった15)。一方、CAPRIE試験のサブ解析では、PAD症例に対しクロピドグレルはアスピリンに比しリスク軽減効果が高いことが示されている16)。今後、新たなチエノピリジン系薬剤も登場してくるが、これら新たな抗血小板薬のPADにおける有効性は明らかでなく、今後の検討課題である。また、本邦で実施されたJELIS試験のサブ解析では、PADにおけるn-3系脂肪酸の有効性が示されている17)。 このように、サブ解析では多くの薬剤が心血管事故防止における有効性が示唆されているが、単独試験で有効性が実証されたものはない。さらには、本邦における有効性の検証が必要になってこよう。3.再狭窄防止の薬物療法 シロスタゾールが大腿動脈領域における従来のステント留置例の治療成績を改善する。New deviceにおける有用性などが今後検証されていくことであろう。おわりにNew deviceでEVTの適応は大きく変わり、EVTの役割は今後ますます大きくなっていくものと推測される。一方、リスク因子に関しては、目標値のみでなくリスクの質的な管理が求められることになっていくであろう。文献1)Kashyap VS et al. The management of severe aortoiliac occlusive disease Endovascular therapy rivals open reconstruction. J Vasc Surg 2008; 48: 1451-1457.2)Soga Y et al. Utility of new classification based on clinical and lesional factors after self-expandable nitinol stenting in the superficial femoral artery. J Vasc Surg 2011; 54: 1058-1066.3)Tosaka A et al. Classification and clinical impact of restenosis after femoropopliteal stenting. J Am Coll Cardiol 2012; 59: 16-23.4)Iida O et al. Endovascular Treatment for Infrainguinal Vessels in Patients with Critical Limb Ischemia: OLIVE Registry, a Prospective, Multicenter Study in Japan with 12-month Followup. Circulation Cardiovasc Interv 2013, in press.5)Romiti M et al. Mata-analysis of infrapopliteal angioplasty for chronic critical limb ischemia. J Vasc Surg 2008; 47: 975-981.6)Laird JR et al. Nitinol stent implantation vs balloon angioplasty for lesions in the superficial femoral and proximal popliteal arteries of patients with claudication: Three-year follow-up from RESILIENT randomized trial. J Endvasc Ther 2012; 19: 1-9.7)Dake MD et al. Paclitaxel-eluting stents show superiority to balloon angioplasty and bare metal stents in femoropopliteal disease. Twelve-month Zilver PTX Randomized study results. Circ Cardiovasc Interv 2011; 4: 495-504.8)Dake MD et al. Nitinol stents with polymer-free paclitaxel coating for lesions in the superficial femoral and popliteal arteries above the knee; Twelve month safety and effectiveness results from the Zilver PTX single-arm clinical study. J Endvasc Therapy 2011; 18: 613-623.9)Bosiers M et al. Randomized comparison of evelolimus-eluting versus bare-metal stents in patients with critical limb ischemia and infrapopliteal arterial occlusive disease. J Vasc Surg 2012; 55: 390-398.10)Saxon RR et al. Randomized, multicenter study comparing expanded polytetrafluoroethylene covered endoprosthesis placement with percutaneous transluminal angioplasty in the treatment of superficial femoral artery occlusive disease. J Vasc Interv Radiol 2008; 19: 823-832.11)Welten GMJM et al. Long-term prognosis of patients with peripheral artery disease. A comparison in patients with coronary artert disease. JACC 2008; 51: 1588-1596.12)Pande RL et al. Secondary prevention and mortality in peripheral artery disease: national health and nutrition exsamination study, 1999 to 2004. Circulation 2011; 124: 17-23.13)Sigvant B et al. Asymptomatic peripheral arterial disease; is pharmacological prevention of cardiovascular risk cost-effective? European J of cardiovasc prevent & rehabilitation 2011; 18: 254-261.14)Hussein AA et al. Peripheral arterial disease and progression atherosclerosis. J Am Coll Cardiol 2011; 57: 1220-1225.15)Berger JS et al. Aspirin for the prevention of cardiovascular events in patients with peripheral artery disease. A mata-analysis of randomized trials. JAMA 2009; 301: 1909-1919.16)CAPRIE Steering Committee. A randomized, blinded, trial of clopidogrel versus aspirin in patients at risk of ischemic events(CAPRIE). Lancet 1996; 348: 1329-1339.17)Ishikawa Y et al. Preventive effects of eicosapentaenoic acid on coronary artery disease in patients with peripheral artery disease-subanalysis of the JELIS trial-. Circ J 2010; 74: 1451-1457.

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脳梗塞急性期の積極的な降圧治療は2週間後の転帰を改善するか?/JAMA

 虚血性脳卒中患者の急性期における降圧治療は、死亡や身体機能障害の抑制に寄与しないことが、米国・チューレーン大学のJiang He氏らが行ったCATIS試験で示された。高血圧患者や脳卒中、一過性脳虚血発作(TIA)の既往歴を有する正常血圧者では、降圧治療により脳卒中のリスクが低減することが報告されている。脳卒中の1次および2次予防における降圧のベネフィットは確立されているが、血圧の上昇がみられる急性虚血性脳卒中患者に対する降圧治療の効果は知られていないという。JAMA誌オンライン版2013年11月17日号掲載の報告。急性期の降圧治療の予後改善効果を無作為化試験で評価 CATIS(China Antihypertensive Trial in Acute Ischemic Stroke)試験は、急性虚血性脳卒中患者に対する降圧治療の有用性を評価する多施設共同単盲検無作為化試験。発症後48時間以内、血圧の上昇が認められる虚血性脳卒中患者を対象とした。 被験者は、入院期間中に降圧治療を施行する群または施行しない群に無作為に割り付けられた。降圧治療群は、割り付け後24時間以内に収縮期血圧を10~25%低下させ、7日以内に140/90mmHgを達成し、これを入院期間中維持することを目標とした。 割り付け情報は、治療医や看護師にはマスクされなかったが、患者やデータの収集を行った研究者にはマスクされた。主要評価項目は、割り付け後14日以内の死亡、14日時の重篤な身体機能障害(修正Rankinスケール:3~5)、14日以前に退院した場合は退院時の重篤な身体機能障害とした。収縮期血圧は有意に低下したが 2009年8月~2013年5月までに、中国の26施設から4,071例が登録され、降圧治療群に2,038例が、対照群には2,033例が割り付けられた。全体の平均年齢は62.0歳、男性が64.0%で、入院時に49.1%が降圧薬を投与されており、77.9%が血栓性脳卒中であった。 割り付けから24時間以内に、平均収縮期血圧は降圧治療群が166.7mmHgから144.7mmHgまで12.7%低下したのに対し、対照群は165.6mmHgから152.9mmHgまで7.2%の低下であり、有意な差が認められた(群間差:-5.5%、95%信頼区間[CI]:-4.9~-6.1、絶対差:-9.1mmHg、95%CI:-10.2~-8.1、p<0.001)。また、割り付けから7日の時点で、平均収縮期血圧は降圧治療群が137.3mmHg、対照群は146.5mmHgと、有意差がみられた(群間差:-9.3mmHg、95%CI:-10.1~-8.4、p<0.001)。 このように急性期の降圧効果に差を認めたにもかかわらず、14日または退院時の主要評価項目の発生には両群間に差はなかった(イベント発生数:降圧治療群683件、対照群681件、オッズ比:1.00、95%CI:0.88~1.14、p=0.98)。さらに、副次評価項目である3ヵ月後の死亡または重篤な身体機能障害の発生も、両群で同等であった(イベント発生数:降圧治療群500件、対照群502件、オッズ比:0.99、95%CI:0.86~1.15、p=0.93)。 著者は、「急性虚血性脳卒中患者では、降圧治療により血圧の低下を達成しても、入院中は降圧治療を中止した患者と比較して、急性期の死亡や重篤な身体機能障害の抑制にはつながらないことが示された」と結論し、「本試験は中国人患者のみを対象としており、全体の約3分の1にヘパリンが投与されるなど欧米の急性脳卒中の管理とは異なる部分もあるが、以前の検討では中国人と欧米人で急性脳卒中と血圧低下の関連に差はないことが報告されている」と考察している。

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遺伝子型を用いた個別化医療は可能か不可能か?―ワルファリンの場合―(コメンテーター:後藤 信哉 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(159)より-

ワルファリンの薬効には個人差がある。個人差を規定する因子は遺伝子型と生活習慣の差異であろう。遺伝子型が血液型と同じように医療基盤として確立された場合に、ワルファリン治療の質は向上できるだろうか? 同じ臨床的疑問にチャレンジした2本の論文がNEJM誌に掲載された。2つの論文は全く別の結論を導きだしている。米国で主に施行された研究は、遺伝子型がわかっていても、1週間から1ヵ月の間のINRのコントロールには差異はないと結論した。「ワルファリン治療の質」はワルファリン服用期間のうちPT-INRが2-3の標的に入っている期間の割合TTR(Time in Therapeutic Range)にて評価された。 欧州にて施行された試験でもTTRを指標とした。欧州の試験の方が組み入れられた症例数は少ない。しかし、欧州にして施行された試験は12週間と米国で施行された試験の3倍の期間を対象とし、TTRも欧州にて施行された試験の方がはるかに高い。米国で施行された試験では遺伝子型既知、未知いずれの群もTTRは50%以下であり、TTRによる評価に向かない観察期間であったと評価すべきかも知れない。 臨床家は、ワルファリンの投与によりPT-INRを良好にコントロールできる症例と、コントロールの難しい症例の存在を感覚的に把握している。医師として生活実態まで入りこんで調査することは難しいが、一般に、真面目に服薬する日本の患者さんの中にもコントロールの困難な一群の症例が存在することは事実である。 新規経口抗凝固薬とワルファリンのランダム化比較試験の対照群のワルファリン群には、コントロールの良好な症例もコントロールの難しい症例も含まれる。すなわち、新規経口抗凝固薬という「標準化」された症例群と、PT-INR 2-3を標的とするとしながらもコントロールの難しい症例という「不均一」な症例群との比較であった。ワルファリンを長期処方して安定している症例の予後は一般に良い。これは、「ワルファリンのコントロール」という介入が標準化されているため予後が良い可能性と「ワルファリンのコントロール」が良好な遺伝子型という個人の特性が予後と関連している可能性がある。 今回報告された論文は、いずれもワルファリンの代謝に関連する数少ない遺伝子の遺伝子型とワルファリンコントロールの関連を検討した研究である。ヒトの全ての遺伝子情報(パーソナルゲノム)は膨大な情報量であるが、パーソナルゲノムの情報すべてを取得可能な時代になれば、臨床医が漠然と感じている「このヒトは予後がよい」、「このヒトは予後が悪い」という感覚的予後判断に理論的根拠を与えることができるようになるかも知れない。 パーソナルゲノム情報に基づいた「個別化医療」は、患者集団のイベント数に基づいた「エビデンスに基づいた医療」とは論理が異なる。「エビデンスに基づいた医療」が帰納的論理とすれば、「個別化医療」は演繹的論理である。物理学の歴史を振り返れば、帰納的論理から演繹的論理への転化により爆発的発展が可能となった。医療、医学においても帰納的論理から演繹的論理への転換が可能な時代が近づいているかも知れない。ワルファリンは遺伝子型による影響をPT-INRというバイオマーカーにて評価可能な薬剤であるため、個別化医療への論理転換において重要な役割を演じる薬剤になるかも知れない。

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遺伝子型に基づきワルファリンの初期投与量を決める試み/NEJM

 遺伝子型に基づきワルファリンの初期投与量を決めることで、投与開始12週間に治療域の国際標準比(INR)2.0~3.0であった時間の割合が改善したことが示された。過剰抗凝固(INR 4.0以上)の発生率も、有意に低下したという。英国・リバプール大学のMunir Pirmohamed氏らが、心房細動または静脈血栓塞栓症の患者を対象とした前向き無作為化比較試験の結果、報告した。NEJM誌オンライン版2013年11月19日号掲載の報告より。遺伝子型に基づき、当初5日間の投与量を決定 研究グループは、心房細動または静脈血栓塞栓症の患者455例を無作為に2群に分け、一方の群(227例)は遺伝子型(CYP2C9*2、CYP2C9*3、VKORC1)に基づいて当初5日間のワルファリン投与量を決めた。もう一方の対照群(228例)は、当初3日間は標準の負荷投与量を与えた。 投与開始期間以降は、両群ともに、臨床現場でのルーチンの治療を行った。 主要アウトカムは、ワルファリン投与開始12週間の、治療域INR 2.0~3.0となった時間の割合だった。治療域INR時間、遺伝子型群で7ポイント増加 結果、INR 2.0~3.0達成時間の割合の平均値は、対照群が60.3%に対し、遺伝子型群では67.4%と有意に高率だった(補正後格差:7.0ポイント、95%信頼区間:3.3~10.6、p<0.001)。 INR 4.0以上の過剰抗凝固の発生率も、対照群が36.6%に対し、遺伝子型群は27.0%と有意に低率だった(p=0.03)。 治療域INRに達するまでに要した日数の中央値は、対照群が29日に対し、遺伝子型群は21日だった(p<0.001)。また、安定投与量に達するまでに要した日数の中央値も、対照群が59日に対し、遺伝子型群は44日と有意に短かった(p=0.003)。

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ワルファリン投与量を遺伝子ガイドにより調整してみた/NEJM

 抗凝固療法コントロールについて、薬理遺伝学的ベースの遺伝子ガイドによりワルファリン投与量を調整して行っても、治療開始4週間の改善はみられなかったことが大規模無作為化試験の結果、示された。米国・ペンシルベニア大学のStephen E. Kimmel氏らが報告した。遺伝子ガイド(薬理遺伝学的をベースとした)によるワルファリン投与法は、これまで小規模臨床試験および観察試験で検討されたのみで、臨床における有用性は曖昧であった。NEJM誌オンライン版2013年11月19日号掲載の報告より。1,015例を遺伝子ガイド群と臨床ガイド群に無作為化 試験は多施設共同無作為化二重盲検法にて行われた。研究グループはワルファリン投与を受ける1,015例の患者のワルファリン量について、治療開始5日間に、臨床的変数と遺伝子データによる投薬アルゴリズムで決定する群(遺伝子ガイド群514例)と、臨床的変数のみで決定する群(臨床ガイド群501例)に割り付けて検討した。 全患者と担当医は4週間の治療期間中、ワルファリン投与量を知らされなかった。 主要アウトカムは、治療4~5日から28日の間に、国際標準比(INR)が治療域を維持していた時間の割合とした。両群のINR治療域達成時間割合に有意差みられず 結果、4週時点でINRが治療域を維持した時間の割合は、遺伝子ガイド群45.2%、臨床ガイド群45.4%で、有意差はみられなかった(補正後平均差:-0.2%、95%信頼区間[CI]:-3.4~3.1、p=0.91)。 また、1mg/日以上の予測用量の有意差も両群間でみられなかった。 一方で、投与量調整と人種間には有意な相互作用がみられた(p=0.003)。黒人患者では、同達成割合が、臨床ガイド群よりも遺伝子ガイド群のほうが有意に低値であった(平均差:-8.3%、95%CI:-15.0~-2.0、p=0.01)。 INR 4超、重大出血、血栓塞栓症の複合アウトカムの発生率は、投与量調整による有意差はみられなかった。

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消化管手術の創合併症発症率は真皮縫合とステープラーで同等である(コメンテーター:中澤 達 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(156)より-

ステープラーによる皮膚縫合は消化器外科での開腹手術後に広く行われている反面、もう一つの手段である真皮縫合の潜在的な利点については評価されていない。 本研究はオープンラベル多施設ランダム化比較試験として、24施設が参加して行われた。適応基準は、20歳以上、臓器機能異常なし、上部消化管または下部消化管の開腹外科手術を施行された患者。手術前に真皮縫合とステープラー群に1:1で割り付けられた。主要アウトカムは手術後30日以内の創合併症発症率、副次アウトカムは術後6ヵ月以内の肥厚性瘢痕発症率とした。 1,072例が主要アウトカムの、1,058例が副次アウトカムの評価対象となった。真皮縫合群とステープラー群はそれぞれ558例(上部消化管382例、下部消化管176例)、514例(上部消化管413例、下部消化管101例)であった。 主要評価項目である創合併症発症率は、真皮縫合群で8.4%、ステープラー群では11.5%と、全体としては有意な差は確認できなかった(オッズ比:0.709、95%CI:0.474~1.062、p=0.12)。しかしながら、探索的データ解析によると創合併症発症率は、下部消化管においては真皮縫合群で有意に少なかった(真皮縫合群10.2%、ステープラー群19.8%、オッズ比:0.463、95%CI:0.217~0.978、p=0.0301)。 内訳をみると、表層手術部位感染については、下部消化管において真皮縫合群で有意に少なかった(真皮縫合群7.4%、ステープラー群15.8%、オッズ比:0.425、95%CI:0.179~0.992、p=0.0399)。表層手術部位感染以外の創合併症発症率については、全体では真皮縫合群で有意に少なく(真皮縫合群2.0%、ステープラー群4.5%、オッズ比:0.435、95%CI:0.189~0.940、p=0.0238)、上部消化管においても真皮縫合群で有意に少ないという結果であった(真皮縫合群1.6%、ステープラー群4.6%、オッズ比:0.331、95%CI:0.107~0.875、p=0.0149)。 副次アウトカムである肥厚性瘢痕の発症率については、全体では真皮縫合群で有意に少なく(真皮縫合群16.7%、ステープラー群21.6%、オッズ比:0.726、95%CI:0.528~0.998、p=0.0429)、上部消化管においても真皮縫合群で有意に少なかった(真皮縫合群17.3%、ステープラー群23.7%、オッズ比:0.672、95%CI:0.465~0.965、p=0.0282)。 サブセット解析では、男性、下部消化管手術、手術時間220分以上、手術後の抗凝固療法施行において、真皮縫合群で創合併症リスクが減少していた。また、ほとんどのサブセットにおいて、真皮縫合群で創合併症の頻度が減少していることが証明された。 消化器外科手術で、下部消化管手術が上部消化管手術より創部感染率が高いことはよく知られている。平成19年4月に施行された改正医療法により、すべての医療機関において、管理者の責任の下で院内感染対策のための体制の確保が義務化された。院内感染の発生状況や薬剤耐性菌の分離状況、および薬剤耐性菌による感染症の発生状況を調査し、わが国の院内感染の概況を把握して医療現場へ院内感染対策に有用な情報の還元等を行うため、厚生労働省により院内感染対策サーベイランス(JANIS)が始まった。そのSSI(surgical site infection)部門の最新結果(2013年1~6月)でも、創感染発症率は直腸手術14.7%、結腸手術12.7%、胃手術8.4%であった。 本研究は先行研究であるClass 1(clean)と同様に、Class 2(clean-contaminated)においても、真皮縫合がステープラーより創合併症発症率が低い結果を期待したが、全体では有意差が出なかった。腹腔鏡手術を除く上部、下部消化管手術のすべてを対象に設定されており、腹腔鏡手術が下部消化管手術でより普及しているため、上部消化管手術の比率が高くなったためと考えられる。下部消化管においては真皮縫合群で有意に低かったとしているが、サブグループ解析の本来の目的は有意差のある対象者を探し出すことではなく、1次エンドポイント結果の普遍性・汎用性を検証することである。上部、下部消化管手術の感染率が明らかに異なるのであるから、臓器別に研究計画を立て、検証するべきである。

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ENGAGE-TIMI48:負けない賭けは成功か?(コメンテーター:後藤 信哉 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(154)より-

新規経口抗凝固薬が相次いで開発された。非弁膜症性心房細動に対して、脳卒中予防に使うべきだという。過去のエビデンスがPT-INR 2-3を標的としたワルファリンの優れた効果を示しているので、新薬は「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」と比較して論じられる。 ENGAGE-TIMI48では、日本の第一三共が開発したエドキサバンと「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」の有効性、安全性が検証された。しかし、莫大な開発費を投じて、万一認可承認を得られなければ会社は存続できない。ランダム化比較試験は企業にとって死活をかけた「賭け」である。 一般に日本企業では雇用も安定しており、ドラマティックなレイオフもできない。認可承認を目指す第三相試験は「賭け」であるが、勝ちにいく賭けよりも負けない賭けが重視されるのは日本の文化として理解できる。ENGAGE-TIMI48は「負けない賭け」を目指した。すなわち、「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」とエドキサバンの比較ではなく、「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」と「複雑に容量を調節した、複数容量のエドキサバン」の比較を行なった。臨床的仮説は複雑で、試験結果の解釈も難しい。兵力を小出しにしているので、沢山試した容量の中に勝つ部隊もいるだろうという発想である。 一般に兵力を小出しにする「負けない賭け」は、死活を決める決戦の戦略としてまちがっているのが歴史の教訓である。厳しいグローバル競争の中では持てるリソースを全力投球して真の勝負しなければならない時がある。規制当局は60mgと30mgのいずれを承認するのであろうか?職人的で安全重視の日本人医師は15mgを選択するかも知れないが、第三相試験は意味のある情報を与えてくれない。 これまで抗Xa薬は抗トロンビン薬と異なり、心筋梗塞は「PT-INR 2-3を標的としたワルファリン治療」よりも少ない傾向であった。今回初めて低容量のエドキサバンでは心筋梗塞増加のシグナルを認めた。全体像は複雑で、試験の結果の意味の解釈は困難、臨床医へのメッセージを作ることも容易ではない。5mgの1容量で勝負したアピキサバンの試験より全てがあいまいである。 日本人としては世界競争における日本企業の勝利を支えたい。しかし、複数の容量にて、さらに各容量で試験中途の容量調節を認めた試験は複雑すぎる。さらに、本試験ではCHADS2 2点以上の症例が対象となっている。しかし、論文中のカプランマイヤー曲線を見れば、安全性の一次エンドポイントの発現率が有効性の一次エンドポイントの発現率よりも高い。すなわち、CHADS2 2点以上という患者集団全体では、抗凝固療法による損(出血イベント)の方が血栓イベントよりも発現率が高い。 心房細動という不整脈はあっても、とくに血栓イベントを起こした既往のない症例に、本当に抗凝固介入を行なう方がよいのか?安全性、有効性、経済性まで考えて、年間100人に2~3人の重篤な出血イベントを起こす介入が、本当に医療として望ましいのか? 「負けない賭け」ENGAGE-TIMI48では、有効性の非劣性も、低容量では非劣性マージンのぎりぎりであった。試験を重ねれば重ねるほど、多少のリスク因子のある非弁膜症心房細動には抗凝固介入は不要と見えてしまうのは私だけだろうか?

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エドキサバン:心房細動患者の脳卒中予防、ワルファリンに劣らない結果示す/NEJM

 直接第Xa因子阻害薬エドキサバン(商品名:リクシアナ)は、心房細動(AF)患者における脳卒中の予防効果がワルファリンに劣らず、出血リスクが有意に低いことが、米国・ブリガム&ウィメンズ病院のRobert P. Giugliano氏らが実施したENGAGE AF-TIMI 48試験で示された。エドキサバンは、活性化血液凝固第Xa因子を可逆的かつ直接的に阻害する経口薬であり、1~2時間で最高血中濃度に達し50%が腎で排泄される。すでに、8,000例以上の急性静脈血栓塞栓症患者を対象とした第III相試験(Hokusai-VTE試験)において、再発予防効果がワルファリンに劣らず、出血の発症率が有意に低いことが確認されている。本研究は、米国心臓協会学術集会(AHA)で発表され、NEJM誌オンライン版2013年11月19日号に掲載された。2種類の用量の非劣性を無作為化試験で評価 ENGAGE AF-TIMI 48試験は、AF患者の脳卒中予防におけるエドキサバンの長期的な有効性と安全性をワルファリンとの比較において評価する二重盲検ダブルダミー無作為化試験。対象は、年齢21歳以上、割り付け前の1年以内にAFを発症し、中等度~重度の脳卒中リスク(CHADS2スコア≧2)を有し、抗凝固療法が予定されている患者であった。 これらの患者が、ワルファリン(INR:2.0~3.0)、エドキサバン60mg/日、同30mg/日を投与する群に無作為に割り付けられた。 有効性の主要エンドポイントは脳卒中または全身性塞栓症の発症とし、エドキサバンのワルファリンに対する非劣性(ハザード比[HR]の97.5%信頼区間[CI]の上限値が1.38を超えない)を評価した。安全性の主要エンドポイントは大出血の発現であった。脳卒中/全身性塞栓症:1.50 vs 1.18 vs 1.61%、大出血:3.43 vs 2.75 vs 1.61% 2008年11月19日~2010年11月22日までに、46ヵ国1,393施設から2万1,105例が登録された。ワルファリン群に7,036例(年齢中央値72歳、女性37.5%、CHADS2スコア4~6:22.6%)、エドキサバン高用量群に7,035例(72歳、37.9%、22.9%)、エドキサバン低用量群には7,034例(72歳、38.8%、22.2%)が割り付けられた。ワルファリン群の治療期間中のINR治療域内時間(TTR)の割合(中央値)は68.4%と良好だった。フォローアップ期間中央値は2.8年。 脳卒中または全身性塞栓症の年間発生率は、ワルファリン群の1.50%に対し、エドキサバン高用量群が1.18%(HR:0.79、97.5%CI:0.63~0.99、非劣性検定:p<0.001)、低用量群は1.61%(1.07、0.87~1.31、p=0.005)であり、2つの用量ともにワルファリン群に対し非劣性であった。有効性のITT解析では、エドキサバン高用量群はワルファリン群よりも良好な傾向が認められ(HR:0.87、97.5%CI:0.73~1.04、p=0.08)、低用量群は不良な傾向がみられた(1.13、0.96~1.34、p=0.10)。 大出血の年間発生率は、ワルファリン群の3.43%に比べ、エドキサバン高用量群が2.75%(HR:0.80、95%CI:0.71~0.91、p<0.001)、低用量群は1.61%(0.47、0.41~0.55、p<0.001)であり、2つの用量ともにワルファリン群に対する優越性が示された。 心血管死の年間発生率は、ワルファリン群の3.17%に対し、エドキサバン高用量群が2.74%(HR:0.86、95%CI:0.77~0.97、p=0.01)、低用量群は2.71%(0.85、0.76~0.96、p=0.008)であり、いずれもワルファリンに比べ有意に良好であった。また、主要な副次エンドポイント(脳卒中、全身性塞栓症、心血管死)の発生率は、ワルファリン群の4.43%に比べ、高用量群は3.85%(HR:0.87、95%CI:0.78~0.96、p=0.005)と有意に優れたが、低用量群は4.23%(0.95、0.86~1.05、p=0.32)であり、有意差は認めなかった。 著者は、「エドキサバンの2つのレジメンはいずれも、脳卒中および全身性塞栓症の予防効果がワルファリンに劣らず、出血および心血管死が有意に少なかった」とまとめ、「エドキサバンの投与中止後のイベント発生数は少なく、凝固活性のリバウンドの可能性は低いことが示唆される」としている。■「リクシアナ」関連記事リクシアナ効能追加、静脈血栓症、心房細動に広がる治療選択肢

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急性心筋梗塞にも早期に抗凝固薬を?(コメンテーター:後藤 信哉 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(145)より-

日本では、心筋梗塞症例の圧倒的多数はPCIを受ける。血栓は動的なので、搬送中であっても強力な抗血栓薬が作用すれば、内因性の線溶反応が勝って冠動脈の閉塞血栓が溶解し、再灌流する可能性はある。現在、心房細動症例の脳卒中予防に使用されている新規経口抗凝固薬は、経静脈的なアルガトロバン同様、単一凝固因子の可逆的酵素機能阻害薬であるため、急性冠症候群のように局所の血栓性が亢進している症例では効果を期待できない。 本試験では「抗凝固薬」としてビバリルジンが使用された。ビバリルジンは、「吸血ヒル」の保有する抗凝固成分から作られたトロンビンの酵素阻害薬であるが、分子サイズが大きく、トロンビンの酵素作用部位以外にも接着するので、抗トロンビン作用の非可逆性が強い。ビバリルジンの薬効薬理的特性を考えても、過去のビバリルジンのランダム化比較試験の結果をみても、ビバリルジン群では冠動脈の閉塞血栓が自然溶解して予後が改善するかも知れないとの期待は持たせる。 本試験ではST上昇型の急性心筋梗塞が対象である。救急車の搬送中にて、ランダム化比較試験参加への同意を得るという方法がすごい。冷や汗をかいて、人生最初最大の胸部苦悶感出現中にもかかわらず、2,000例以上の症例が参加した背景には「現在の医学には予測性も個別最適化能もない」というEvidence Based Medicineの発想が市民にいきわっているからかも知れない。 日本のインターベンション関連の学会に行くと、圧倒的多数が「洗脳」と言ってもいいほど一定の考えにとりつかれていることを感じてそら恐ろしい。「アスピリン抵抗性」、「クロピドグレルの薬効のばらつき」、「DES留置後の抗血小板薬をいつまで続けるか」などの議論が典型である。外部から参加するものは、「抗血小板薬メーカー」、「ステントメーカー」の極めて短期的、恣意的な宣伝意図と、その宣伝意図がほぼ徹底されていることに恐怖を感じる。ビバリルジンの本試験は世界にはインパクトが高い。しかし、ビバリルジンの販売が予定されていない日本、とくに冠動脈インターベンションの学会では取り上げられることもないであろう。 内在性のアンチトロンビンIIIの作用に依存するヘパリンなどよりも、可逆性の低い抗トロンビン薬はST上昇型心筋梗塞治療には有用性が高いと筆者は考える。

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点滴ヘパリンロックの際に間違えて消毒薬を注入したケース

整形外科最終判決平成16年1月30日 東京地方裁判所 判決概要関節リウマチによる左中指の疼痛・腫脹に対し、左中指滑膜切除手術を行った58歳女性。手術翌朝、術後の抗菌薬を点滴静注後、ライン内にヘパリンナトリウム生理食塩水を注入してヘパリンロックをしようとしたところ、間違えてヒビテン®・グルコネート液を注入し、まもなく急性肺血栓塞栓症で死亡した。遺族の了解を得て病理解剖を行ったが、所轄警察署への届出が死亡から11日後となってしまい、病院長は医師法第21条違反で実刑判決を受け、主治医は3ヵ月の医業停止処分となった。詳細な経過患者情報約20年前から、関節リウマチ、高血圧で通院治療を受けていた58歳女性経過平成11(1999)年1月8日左中指の疼痛および腫脹が増強したため、都立病院整形外科を受診。関節リウマチによる滑膜病変と考え、左中指滑膜切除手術が予定された。2月8日入院、全身状態は問題なし。2月10日左中指滑膜切除手術施行(手術時間1時間24分)。術後経過は良好で、10日程度で退院できる予定であった。2月11日08:15看護師Aがヘパリンナトリウム生理食塩水(以下ヘパ生)10mL入り注射器(注射筒部分に「ヘパ生」と黒色マジックで記載)を保冷庫から取り出して処置台に置く。その直後、看護師Aが洗浄用のヒビテン®・グルコネート液(以下ヒビグル)を新しい10mLの注射器に入れ、ヘパ生入り注射器と並べて処置台に置いた。このときメモ用紙に黒色マジックで「○○様洗浄用ヒビグル」と手書きし、処置台に置かれた2本の注射器のうちの1本に貼り付けた(実際にはヘパ生入り注射器にヒビグルと書いた手書きメモを貼り付けてしまった)。08:30看護師Aが術後の抗菌薬アンピシリン(商品名:ビクシリン)を点滴するため訪室。抗菌薬と点滴セット、アルコール綿に加えて、メモ用紙の貼られていない10mL注射器1本(実際には洗浄用ヒビグル入り注射器)を持参した。08:35抗菌薬の点滴を開始。09:00ナースコールあり、点滴終了。09:03看護師Bが点滴ラインにヘパ生を注入してヘパリンロックした。実はこのとき注入したのはヘパ生ではなくヒビグルであり、約1mLが体内に注入され、残り約9mLは点滴ライン内に残留した。09:05訪室した看護師Aに対し、「何だか気持ち悪くなってきた。胸が熱い気がする」といって苦痛を訴え、胸をさする動作をした。09:15顔面蒼白となり、「胸が苦しい。息苦しい。両手がしびれる」などと訴えたので、ただちに当直医師をコール。指示により既存の点滴ルート(ライン内にはヒビグルが充満)からソルデム3Aの点滴静注が開始された。血圧198/78mmHg、心電図V1で軽度ST上昇、V4で軽度ST低下がみられたが、不整脈なし。このとき看護師Aは処置室で「ヘパ生」と黒色マジックで書かれた注射器を発見し、ヘパリンロックの際に薬剤を取り違えたことに気づき、病室内の当直医師を手招きして呼び出し、「ヘパ生とヒビグルを間違えたかもしれない」と告げた。すでにソルデム3Aが点滴ラインにつながれ急速点滴された結果、点滴ライン内に残留していたヒビグル約9mL全量が体内に静注された。09:30突然意識レベル悪化、眼球上転、心肺停止状態。ただちに救急蘇生を開始。10:20主治医到着。心臓マッサージを行いながら、容態急変した前後の状況および看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを聞かされた。蘇生の気配はまったくなし。10:44死亡確認。11:00遺族へ説明:抗菌薬点滴直後に容態が急変したことから、心筋梗塞または大動脈解離を起こした可能性があるが、死因は今のところ不明。その解明のために病理解剖の必要性を説く。遺族に誤投薬の可能性を聞かれたが、「わかりません」と答え、看護師による誤投薬の可能性を伝えないまま病理解剖の承諾書をとる。なお、蘇生措置から死後処置をしている間に、右腕血管部分に沿って血管が紫色に浮き出ているという異常な状態にスタッフは気づいていた。事後経過平成11年2月11日(死亡翌日)08:30病院の幹部職員9名(病院長、副院長、主治医、医事課長、庶務課長、看護部長、看護科長)による対策会議。看護師:「ヒビグルとヘパ生を間違えたかもしれない。それしか考えられない」と涙声になりながら、現場で回収した点滴チューブなどを使用しながら状況説明。主治医:「所見としては心筋梗塞の疑いがあります。病理解剖の承諾をすでに遺族からもらっています」事務長:「ミスは明確ですし、警察に届けるべきでしょう」病院長:「でも、主治医は心筋梗塞の疑いがあるといっているし」と非常に迷いながら優柔不断ともいえる態度を示す。副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」医療事故について警察に届け出ることにいったんは決定。その後都衛生局の幹部職員に電話で相談。衛生局:「本部に判断しろといわれても困るよな。病院が判断してくれなくちゃ。これまで都立病院から警察に事故の届出を出したことがない。すでに病理解剖の承諾はいただいているとのことだが、誤薬の可能性も含めてすべて事情を話して、その結果再度承諾が得られれば、その線でいったら良いのではないか。詳しい事情もわからないから、おれが今から病院へ行くから警察に届け出るのは待ってくれ」衛生局の幹部職員到着。病院長:「どうしてこれまで病院から届け出た例がないんだろう」衛生局:「病院自ら警察に届け出るということは、職員を売ることになるから、これまで例がないんじゃないですか」事務長:「どんな場合に警察に届け出るんですか。これまではどうだったのですか」衛生局:「過失が明白な場合に届けなければいけない。今まで都立病院自ら警察に届け出た例はありません。遺族から病理解剖の承諾をもらっているということですけれども、薬の取り違えの可能性もあるんなら、包み隠さずお話しないといけませんね。遺族が病院を信用できないというなら、警察に連絡して監察医務院で解剖する方法もあるということも説明してください。それでも遺族が病院での病理解剖を望まれるなら、それでいいじゃないですか。もし遺族が警察に届け出るというならそれはそれで仕方ないですね」副院長:「医師法の規定からしても、事故の疑いがあるのなら、届け出るべきでしょう」病院長:「警察に届け出るということは、大変なことだ」事務長:「やはり、仕方がないですね。警察に届け出ましょう」病院長、主治医は、「病院事業部としては誤投薬の可能性を遺族に話さずに済ませることは避けねばならない」としながらも、遺族の理解が得られるなどの事情により、医療事故を警察に届け出ることについては「可能であればできるだけ避けたい」という意向を読みとる。すなわち、衛生局は医療事故については警察への届出を必ずしもしなくとも良いという見解であると解釈した。病院長:「じゃ、それでいきましょうか。しょうがないでしょう」出席者全員に対し、それまでの方針を変更してとりあえず警察への届出をしないまま、遺族の承諾を得たうえで病理解剖を行う方針で臨むことを了承させ、対策会議は散会。11:50院長室において遺族と面談。病院長:「実はこれまで病死としてお話してきたのですが、看護師が薬を間違えて投与した事故の可能性があります」遺族:「間違いの可能性は高いのですか」病院長:「今は調査中としかいえない。病院が信用できないというのであれば、監察医務院やほかの病院で解剖してもらうという方法もありますが、どうしますか」決定的な確証はまだないのに、遺族に薬剤取り違えの可能性を伝えてくれたものと解釈して、ある意味では病院側が公平で誠実な対応をしてくれているものと受け止め、病院の医師らを信用できないというまでの気持ちはなかったため、遺族は当該病院で病理解剖することを承諾した。病院長:「改めて遺族に薬の取り違えの可能性を伝えたうえで、病院で病理解剖をすることの承諾を頂きました」衛生局:「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになりますよね」病院長:「そうですよね」病理解剖:外表所見で右手根部に静脈ラインの痕があり、右手前腕の数本の皮静脈がその走行に沿って幅5~6mm前後の赤褐色の皮膚斑としてくっきりみえ、前腕、手背、上腕下部に及んでいるのが視認された。この赤色色素沈着は静脈注射による変化で、劇物を入れた時にできたものと判断し、解剖を担当した病理学の大学助教授(法医学の経験あり)は、警察または監察医務院に連絡することを提案した。ところが、病院長から「警察に届けなくても大丈夫です」という回答を得たので、病院幹部が監察医務院に問い合わせた結果、監察医務院のほうから後は面倒をみるから法医学に準じた解剖をやってくれとの趣旨の回答があったものと理解した。解剖の結果、右手前腕静脈血栓症および急性肺血栓塞栓のほか、遺体の血液がサラサラしていること(溶血状態:薬物が体内に入った可能性を示唆)が判明し、心筋梗塞や動脈解離症などを疑う所見はなく、病院長へポラロイド写真を持参して、右腕の血管から薬物が入った模様であること、90%以上の確率で事故死、それも薬物の誤注射によって死亡したことはほとんど間違いないと報告病院長は遺族へ、「肉眼的には心臓、脳などの主要臓器に異常が認められなかったこと、薬の取り違えの可能性が高くなったこと、今後は保存している血液、臓器などの残留薬物検査などの方法で必ず死因を究明すること」を伝えた。2月20日遺族の自宅を訪問し、それまでの経過、異常所見としては右上肢の血管走行に沿った異常着色を認めたこと、ヘパ生とヒビグルとを取り違えたため薬物ショックを起こした可能性が一層強まったといえることなどを報告。これに対し遺族は、事故であることを認めるように要求し、病院のほうから警察に届け出ないのであれば「自分で届け出る」と主張。それを受けて病院関係者と話し合った結果、医療事故を警察に届け出ることを決定した。2月22日衛生局長と面談して医療事故を警察に届け出る旨を報告。病院から誤投薬という過失があったことをはじめから認めるかたちでの届出ではなく、むしろ死因を特定して欲しいという相談を警察に対して行うかたちでの届出をするように指示を受け、所轄警察署に届け出た。3月5日組織学的検査の結果が判明:前腕静脈内および両肺動脈内に多数の新鮮凝固血栓の存在が確認され、前腕の皮静脈内の新鮮血栓が両肺の急性血栓塞栓症を起こしたと考えられた。心臓の冠動脈硬化はごく軽度(内腔の狭窄率は25%以下)であり、組織学的に冠動脈血栓や心筋梗塞は認められず、そのほかの臓器にも死因を説明できるような病変なし3月11日主治医は診断書の交付を求められたが、死因の記載を病死にするのか中毒死にするのか悩み、病院長に記載方法について相談。病院長は「困りましたね」といって、副院長らと死亡診断書の死因をどのように記載するかを話し合った。この時点では血液鑑定結果が出ていなかったので、死因の記載を「病死」としてもまったくの間違いとはいえず、むしろ入院患者の死因を不詳の死とするのはおかしいなどとの発言もあった。副院長の「病名がついているので病死でもいいんじゃないですか」とのコメントを受けて、病院長は「そういうことにしましょう」と決定。主治医は死亡診断書に、死因の種類「病死および自然死」、直接の死因「急性肺血栓塞栓症」、合併症欄に「関節リウマチ」などと記載した。これをみた病理医は、「死亡の種類」が病死とされていたため、病院長に「この病死はまずいんじゃないですか」と意見を述べたが、病院長は「昨日みんなで相談して決めたことだからこれでいいです」と答え、遺族からクレームがついたら「現時点での証明であることを説明するように」と指示した。5月31日血液からヒビグルに由来すると考えられる物質(クロルヘキシジン)がかなりの高濃度で検出されたという鑑定結果がでた。当事者の主張患者側(原告)の主張1.死亡自体に関する義務違反抗菌薬点滴終了後、点滴ライン内にヘパ生を注入するべきであったのに、誤って消毒液ヒビグルを注入されることにより死亡したものであるが、担当看護師は薬剤の準備に当たってその内容を取り違えたうえに、点滴後の処置に当たり投与する薬剤の確認を怠ったことは、看護師としての基本的注意義務に違反した結果であるさらに病院組織としても、薬剤の専門家でない看護師に調剤行為を行わせていたため、当該薬剤に応じた扱いを怠る可能性があった複数の人間が薬剤の準備から投与までの作業を分担して行っていたため、自分が担当する前後の作業内容をよく把握しないまま自分の作業を行う危険があった薬剤容器への記入方法が統一されていなかったため、注射器にメモ紙を貼り付けることにより充てんされている薬剤を表示しようとしたが、メモ紙を間違えて貼り付けることにより間違った薬剤を表示してしまう危険があったヒビグルとヘパ生の計量に、同形状の注射器を計量器として使用していたため、注射器の外形上からは内容物の区別がつかず取り違えを防ぐことができない態勢がとられていた消毒薬と点滴液用の注射器を同じ処置台の上で同時に準備したうえ、患者ごとに個別のトレーを用意し、薬札を付けるなどしなかったため、薬剤の取り違えを防げなかったという諸事情が存在し、このような事故を誘発する危険な態勢を除去するシステムが構築されなかったために、看護師らの注意義務違反を誘発し、医療事故を引き起こすことになった2.死亡後の行為に関する義務違反医師法21条の異状死体届出義務により、刑事司法の手続上で医療事故の原因や責任が明らかにされるので、医療事故による患者死亡の原因究明の端緒として機能する場面がある。そのため診療上の事故によって患者が死亡した可能性のある場合には、当該病院で病理解剖をするのではなく、所轄警察に届け出ることが、診療契約の当事者である患者またはその遺族に対する原因究明義務として課される。本件はそもそも医療事故である可能性が明白であったから、病理解剖は許されず、警察に届け出たうえで司法解剖が行われるべきであった。医療事故について病院としての対応方針を決定づける立場にあった病院長は、対策会議終了後ただちに警察へ届け出る義務があったそれにもかかわらず病院長は、医療事故を警察に届け出る方針にいったん決定したにもかかわらず、「院長が警察に届けるとは何事だ」、「職員を売ることはできませんね」との衛生局の意向を受けて、遺族に誤投薬の可能性を説明したうえで病理解剖の承諾をとる方針に転換した。そして、病理解剖を担当した医師らからポラロイド写真や具体的事情を示されたうえで、誤投薬の事実はほとんど間違いがないとの報告を受けても、医療事故を警察に届け出なかった。対策会議の時点で、事故死の無視し得ない可能性の認識はおろか、事故死の原因が誤投薬である可能性が高い旨の認識を有しており、病理解剖の結果の報告を受けた以降は、事故死の原因が誤投薬であることはほぼ確実であるとの認識に達していた。したがって病院長には原因究明義務違反行為につき確定的故意が認められる主治医については、死亡後に死体検案し、医師法21条の届出義務があるうえに、主体的に原因を究明すべきであった。それにもかかわらず医療事故の可能性を示唆する形跡を残さないために、平成11年2月22日に至るまで死亡を警察に届け出なかった。カルテにも事故の可能性を示唆する形跡を残さないため、看護師が誤投薬の可能性を申告しているという重要な事実を記載しなかった。そして、診療中の患者が死亡した場合には医師法21条の届出義務がないとの考え方があったこと、遺族が病理解剖に承諾したら警察に届け出る必要はないとの考えのもと、原告ら遺族に事故の可能性を告げず、夫から薬物性ショックの可能性について問われても、一般論としてその可能性もある旨の返答をするにとどめたうえで、原告ら遺族から病理解剖の承諾書をとった。看護師の誤投薬の可能性について報告を受けた一方で、病死したとの説を支持するさしたる根拠はなかったにもかかわらず、対策会議においてことさら病死説を唱えたことから、可能な限り医療事故の可能性を打ち消そうとしていた3.死亡診断書について死亡直後の平成11年2月11日付け死亡診断書には死因を「不詳の死」と記載したが、誤投薬の事実が明らかになりつつあった以上、新たに作成する死亡診断書の死因は「外因死」と記載するか、前回同様不詳の死と記載すべきであった。ところが、平成11年3月11日に依頼された死亡診断書には、主治医、病院長、副院長と相談のうえで、死亡の種類欄に「病死および自然死」と虚偽の記載をすることで合意し、誤投薬の事実を原告ら遺族に伝えず、死亡診断書に医療機関の都合の良いように変更した虚偽の事実を記載した病院側(被告)の主張主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反患者が死亡した場合には遺族に対し死亡の経過を説明すれば十分であり、死因解明を希望するか、希望するならどのような手段をとるかは遺族が任意に決めることであって、医療機関に死因解明に必要な措置を提案する法的義務は存しない。また、医療機関が医療事故を警察に届け出たとしても、捜査は犯罪の嫌疑を明らかにするためになされるものであり、遺族に対して死亡原因を究明するためのものではないから、医療機関の警察に対する医療事故届出義務を根拠に、遺族への説明義務を導き出すことはできないさらに、医療機関に警察への届出義務を課すのは、不利益なことを自らなすように法的に強制することであり、憲法が黙秘権を保障した趣旨に抵触するおそれがあることに加えて、人間の自然の情に反するものであって、同義務を課すとかえって事故防止のための情報の収集を阻害しかねない。仮に医療機関が、遺族に対する関係で医療事故を警察に届け出るとの法的義務と負うとしても、病院長は平成11年2月12日の昼前頃に遺族に対し、死亡原因としては心疾患などの疑いがある一方で、薬の取り違えの可能性もあること、死亡原因究明のために病院で病理解剖させて欲しいこと、もし遺族の側で病院が信用できないというのであれば警察に連絡したうえで監察医務院などで解剖を行う方法もあることを説明したうえで、遺族の承諾を得て病理解剖を実施し、臓器や血液を保存し、できる限り真相を究明することを目指して臓器および血液の組織学的検査や残留薬物検査を行うように病院職員らに指示した2.死亡診断書厚生労働省の講習会では、不詳の死は白骨死体の場合に限るという意見を聞いていたし、さらに不詳の死では保険金がおりないのではないかという心配や、血液の残留薬物検査などの警察の捜査の結果が出ておらず、事故死とも書けないと考えた。そして、最終的には、病理解剖で急性肺血栓塞栓症と診断されていたため、現段階では「病死および自然死」と記載するという方向で良いのではないかという意見に落ち着いたことに基づき、病院長の立場で主治医へその旨助言したにすぎない。診断書の作成は主治医の全権に属するから、院長の助言は単なる参考意見である主治医の主張1.死亡後の行為に関する義務違反医療事故が発生した場合には、医療現場は混乱し、医師または看護師のひとりが組織体と無関係に対応ないし行動すべきではなく、医療現場全体が組織として対応することが重要であって、警察への届出も病院長がすべきものである。本件医療事故は、病院という組織体が一体としてすべての対応をすることとなったので、具体的には警察への届出も病院長がすべきであった2.死亡診断書死亡診断書記載は、病院長らとの協議の結果指示を受けて記載したものであり、主治医は事実の隠ぺいなどを考えたわけではない。せめて遺族らによる保険金請求手続がスムーズに進むほうが良いと思って、死因の種類を「病死および自然死」と記載した裁判所の判断死亡自体に関する義務違反ヘパ生入りの注射器には「ヘパ生」と黒色マジックで記載されていたにもかかわらず、2本の注射器のうち、ヘパ生入り注射器における「ヘパ生」との記載を確認することなく、ヒビグル入り注射器であると誤信し、他方、もう1本のヒビグル入り注射器には「ヘパ生」との記載がないにもかかわらず、これをヘパ生入り注射器と誤信して病室に持参し、床頭台に置いたという注意義務違反が認められる。看護師は医師から投与を指示された薬剤を取り違えてはいけないという、いついかなる場合においても患者に対して怠ることを許されない義務があるにもかかわらず、きわめて初歩的な態様によってこの義務を怠ったものであるから、これは病院の看護および投薬システムに何らかの問題があったからこそ生じたものではなく、もっぱら看護師両名の個人的注意義務の懈怠によって生じたものである。死亡後の行為に関する義務違反診療契約の当事者である病院開設者としては、患者が死亡した場合には、具体的状況に応じて必要かつ可能な限度で死因を解明すべき義務があり、遺族から説明の求めがある以上、遺族に対し事案の具体的内容、保有する情報の内容などに応じて、死亡に至る事実経過や死因を説明すべき義務を、信義則上診療契約に付随する義務として負うと考えられる。病院長は対策会議の主催者であり、本件医療事故についての病院としての対応方針を決定するに当たり、大きな影響力を有していた。平成11年2月12日の対策会議において、看護師をはじめとする関係者から薬剤の取り違えの具体的可能性がある旨の話を聞き、いったんは医療事故を警察に届け出るとの方針に決めたにもかかわらず、衛生局の見解としては警察への届出を消極的に考えているものと解釈したうえで、方針を転換して本件医療事故を警察に届け出ないことに決定した。さらに同日病理解剖に協力した大学助教授から警察へ連絡することを提案されたにもかかわらず、これを受け入れずに病理解剖するよう指示し、右腕の静脈に沿った赤色色素沈着を撮影したポラロイド写真を示されたうえで薬物の誤注射によって死亡したことはほぼ間違いがないとの解剖の結果報告を受けたにもかかわらず、警察に届出をしないという判断を変えなかった。後日遺族から、病院のほうから警察に届け出ないのであれば自分で届け出るといわれ、ようやく2月22日警察に届け出た。このような経過から、病院長は解剖結果の報告を受けた段階で医療事故を警察に届け出なければならなくなったにもかかわらず、あえて同月22日まで届出をせず、死因解明義務を果たしたとはいえない。医師法21条が異状死体について届出義務を課していることからすれば、法は犯罪の疑いがある場合には、当該医療従事者が自ら死因を解明するのではなく、警察に死因の解明をゆだねるのが適切である。ここにいう警察への届出とは、「異状死体があったことの届出」に過ぎず、それ以上の報告が求められるものではないから、憲法38条1項において黙秘権が保障されている趣旨に抵触するとはいえない。主治医は死体を検案し、医師法21条の届出義務を負っていたのであるから、主体的に死因解明および説明義務を履行すべき立場にあった。看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないといっていることを知らされたうえ、症状が急変するような疾患などの心当たりがまったくなく、さらに死亡翌日に行われた病理解剖で死体の右腕の静脈に沿って赤い色素沈着がある異状を認めたのであるから、警察へ届け出る必要があった。ところが、漫然と病院の方針に従い、自ら警察へ届け出なかったのは死因解明義務違反にあたる。東京都原告(遺族)側、1億4,410万円の請求に対し、5,988万円の判決病院長原告(遺族)側、600万円の請求に対し、80万円の判決主治医原告(遺族)側、360万円の請求に対し、40万円の判決病院長平成15年5月19日東京高等裁判所において、医師法違反、虚偽有印公文書作成および同行使罪につき、懲役1年および罰金2万円(執行猶予3年)。主治医医師法違反の罪で罰金2万円の略式命令。厚生労働省医道審議会から3ヵ月の医業停止処分。担当看護師業務上過失致死罪で禁固1年(執行猶予3年)考察この事件は、医療ミスとしてはきわめてエポックメイキングな「横浜市大患者取り違え事故」からわずか1ヵ月後に発生し、その後はご存知のように、マスコミの医療ミス報道がますます過熱するようになりました。事故の内容は、消毒薬を間違えて静脈注射したというとてもショッキングな出来事であり、この事件を契機として、医療現場には透明の注射器以外に「色つきシリンジ」が急速に普及し始め、内服薬をはじめとする誤注射の頻度はかなり減少しました。もう1つの大事な教訓は、患者へ輸血や注射薬を投与した直後に容態急変した場合、できる限り同じルートから補液や救急薬品を注入してはならないということです。このケースでは静脈内に留置した持続点滴針から、抗菌薬の静脈投与を行っていて、注射が終わると点滴ルート内をヘパ生で満たしていました。その状況でヘパ生とヒビグルを間違えて注入したのですが、当初体内に入ったのは約1mLで、残りの9mLは点滴ルート内に止まっていました。そして、患者の容態が急変し輸液が必要ということで、同じルートを用いてソルデム3Aを接続したため、点滴ルート内に残っていた約9mLのヒビグルがすべて体内へ移行してしまいました。合計10mLものヒビグルが注入された結果、前腕皮静脈内に血栓が生じ、さらに急性肺血栓塞栓症へ発展して短時間で死亡に至りました。もし、異物が静注されたかもしれないということが早期に報告されていれば、既存の点滴ルートはすぐさま抜針され、別の静脈ルートを確保していたと思います。そうしていれば、もしかすると救命の余地がわずかながらも残されていたかもしれません。その次に問題となるのが、普段の診療ではあまり意識することのない「異状死体」の取り扱いです。医師法第21条では、「医師は異状死体を検案した場合、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定され、これに違反すると2万円の罰金が科せられます。そもそもこの法律がつくられた背景には、多くの遺体が死因を解明されないままにされるという実情があり、異状死体の届け出を契機として、殺人事件をはじめとする犯罪捜査の端緒にしようという目的がありました。これに対し日本法医学会は、「病死と考えられても、DOA(到着時死亡)や死因を確定するのが困難な場合には異状死体として取り扱う」という見解を示し、「異状死体」の概念をかなり広げてしまいました。その結果、前述した医師の「異状死体届出義務」が広い概念の「異状死体」とセットで議論されるようになり、医師が「合併症」による死亡と思っても、家族が不幸な結果を受け入れられず医療ミスを疑えば、ただちに警察が医療現場に介入する可能性があるという事態になっています。ところが、警察には医療内容を詳細に評価する知識や能力はありませんので、いたずらに医療関係者が捜査対象となってしまいます。しかも、医療機関が「医師法第21条」に沿って異状死体の届出をしたと思っても、警察の側では刑法第211条「業務上過失致死」の疑いで捜査を開始する可能性があり、医師や看護師が不当に「犯人扱い」されることも考えられます。本件では、死亡直後から消毒薬の誤注射が疑われていたので、あとから振り返れば死亡から24時間以内に異状死体として届け出なければならないケースでした。ところが、病院内の調整や都の衛生局との関係から届出をめぐって明確な方針が決まらず、死亡から11日後の通報となりました。それも、「病院が警察へ届けないのならば遺族が届ける」ということで、ようやく重い腰を上げたので、遺族の不信感は相当大きなものだったと思います。ところが、医師の側からみれば、消毒薬の誤注入が早い段階から疑われて当初は警察へ届けるつもりだったのに、死因を確定することはできなかったし、「病院自ら警察に届けると、ひいては職員を売ることになる」という心配から、病院幹部職員のコンセンサスとして届出を躊躇してしまったのも十分に理解できることです。また、これまでみたこともない異例の事故であっただけに、病院長、衛生局、主治医などの意見が錯綜し、警察署への届出のみならず死亡診断書の記載内容も不適切となってしまいました。さらに裁判過程でも、病院長は「届出義務は主治医に責任があり病院長はアドバイスしただけ」と主張する一方で、主治医は「病院長の方針に従っただけ」と発言するなど、身内同士の言い合いにまでなっています。そもそもこのケースは看護師による単純ミスであり、判決でも病院組織としての問題ではなく、看護師個人の問題を重視しました。つまり、行政処分を受けた病院長や主治医には明らかな医療ミスといえるほどの医療行為はまったくなかったと思います。問題とされた警察への届出についても、別に悪意があったために遅くなった訳ではなく、その間にも衛生局の職員と綿密な打ち合わせを行っていたし、大勢での意思決定であったといってもよいでしょう。それなのに、医師法第21条違反ということで病院長には実刑判決、主治医には3ヵ月もの医業停止処分が下ったのですから、こんな理不尽な結末はないといっても過言ではありません。もしこの事件の当事者となった場合には、おそらくほとんどの医師が同様の処罰を受けた可能性が高いと思います。なお、現状でも異状死体届出については混沌としているのに、日本外科学会から出された異状死体のガイドラインがさらに波紋を広げてしまいました。このガイドラインは、「重大な過失で障害が発生すれば届け出ること」を前提とし、「患者に同意を得た合併症であれば医師法第21条の対象外である」という内容です。これはよく考えると、外科学会のいうとおりに死亡直後は患者の同意を得て異状死体を届け出ず、24時間経過したあとの検証で実は合併症ではなかったというような症例は、事後的に医師法第21条違反として処罰される余地が残ることになってしまいます。さらに、異状死体届出の対象者は本来「死体検案医」であったのに、医師の高い倫理性を理由に「診療を行った医師自身」と別の基準も作ってしまいました。このため、ますます警察介入の範囲を拡大してしまうことになり、当初外科学会が想定した意図とは異なる方向へ進むことになりました。やはりここで重要なのは、少々極論となってしまうかもしれませんが、異状死体、あるいは患者の急死に際しては、一歩間違えると警察署への届出をめぐって「刑事事件」に発展しかねないので、自らの医師免許をかけるつもりで、対応を心がけなければならないということだと思います。だからといって、病院内の急死をすべて警察に届けるということではありません。なかには事前に予想された合併症で亡くなるようなケースも数多くありますし、医師の医療行為とはまったく関係なく死亡するような重篤例もあります。法律の知識に明るくないわれわれ医師にとって、警察へ届けるということは「自首する」と同じことだと思いがちですが、実際の運用場面ではけっしてそうではありません。ましてや、本件で問題となったように「警察へ届け出るのは職員を売ること」と短絡すべきものでもないと思います。この場合の明確な届出基準を提示するのは難しいと思いますが、本件のような消毒薬の誤注入など、争いようのない医療過誤の場合には必ず届出するべきでしょう。問題なのは、家族が急死という事実を受け入れがたい場合や、医師の立場で死因をはっきりと特定できない症例だと思います。そのような時には、「警察の見解を聞く」という考え方で所轄警察署に一報だけ入れておく、ということでも対応可能な場合があります。そうすると警察から「事件性はありますか」と質問されるようですから、医療行為に問題がないと考えられる時には「事件性はないと思います」と回答すると、警察のほうもむやみな介入はしないのが一般的なようです。そして、警察へ連絡を入れておいたこと(連絡した時間、医師の氏名、相手の警察官の氏名、連絡内容など)をカルテに記載しておくことによって、少なくとも医師法第21条の問題はクリアできるようにも思います。ただし、都道府県によっては対応が異なる場合がありますので、できれば病院内でどのようにするのかあらかじめ話し合っておく必要があるでしょう(たとえば東京都23区内の場合には、病院から警察へ異状死体の届出があると、必ず警部補以上の担当者が検視を行うと同時に、監察医務院の医師が死体検案に立ち会うという内規があるようです)。また、数々のストーカー事件などで初動捜査が遅れ、世論の非難を浴びたという苦い反省から、患者の遺族から告訴、告発があった場合には、警察は必ず捜査に着手するようです。この場合は刑法211条(業務上過失致死)を念頭においた捜査ですので、告訴・告発という最悪のかたちにならないように、医師からの事後説明をおろそかにせず、患者家族とのコミュニケーションを十分にはかる必要があると思います。整形外科

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新規の抗てんかん薬16種の相互作用を検証

 英国・UCL Institute of NeurologyのPhilip N. Patsalos氏らは、1989年以降に臨床導入された16種の新規の抗てんかん薬について、製剤間の薬物動態学的および薬力学的な相互作用に関するレビューを行った。てんかん患者の治療は生涯にわたることが多く、また複数の抗てんかん薬が処方されているのが一般的である。そのため相互作用がとくに重要になるが、今回のレビューでは、より新しい抗てんかん薬では相互作用が少ないことなどが明らかにされた。Clinical Pharmacokinetics誌2013年11月号の掲載報告。 本レビューの対象となった16種の抗てんかん薬は、レベチラセタム(イーケプラ)、ガバペンチン(ガバペン)、ラモトリギン(ラミクタール)、ルフィナミド(イノベロン)、スチリペントール(ディアコミット)、トピラマート(トピナ)、ゾニサミド(エクセグラン、エクセミド)、プレガバリン(本疾患には国内未承認)、エスリカルバゼピン酢酸塩、フェルバメート、ラコサミド、オクスカルバゼピン、ペランパネル、レチガビン、チアガビン、ビガバトリン(以上、国内未承認)であった。研究グループは、特定の相互作用の臨床的重要性の可能性について、わかりやすく相互作用試験の詳細を述べた。 主な知見は以下のとおり。・薬力学的相互作用は、主として相乗作用の副作用に関するものであったが、主な薬物動態学的相互作用は、肝酵素誘導または阻害に関するものであった。ただし、相乗作用の抗けいれんの例も存在した。・全体として、新しい抗てんかん薬は相互作用が少ないようであった。理由は大半が、腎に排出され肝代謝はされず(例:ガバペンチン、ラコサミド、レベチラセタム、トピラマート、ビガバトリン)、ほとんどが肝代謝誘導や阻害をしない(または最小限である)ためであった。・抗てんかん薬間の薬物動態学的相互作用については、総計139の詳述があった。・ガバペンチン、ラコサミド、チアガビン、ビガバトリン、ゾニサミドは、薬物動態学的相互作用が最も少なかった(5例未満)。・一方、多かったのは、ラモトリギン(17例)、フェルバメート(15例)、オクスカルバゼピン(14例)、ルフィナミド(13例)であった。・現時点では、フェルバメート、ガバペンチン、オクスカルバゼピン、ペランパネル、プレガバリン、レチガビン、ルフィナミド、スチリペントール、ゾニサミドは、あらゆる薬力学的相互作用が認められていなかった。関連医療ニュース 難治性の部分発作を有する日本人てんかん患者へのLEV追加の有用性は? 検証!向精神薬とワルファリンの相互作用 抗精神病薬アリピプラゾール併用による相互作用は?

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