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医学の世界では、ランダム化比較試験による仮説検証はエビデンスレベルが高いとされた。世界からランダムに対象症例が抽出され、バイアスなく無作為に各治療に割り付けることができれば、仮説検証ランダム化比較試験の結果には科学的価値が高いといえる。しかし、現実的には世界の症例の一部がランダム化比較試験の対象例として選択され、世界から完全に無作為に抽出されているとは言い難い。 電子カルテの使用が一般的になり、医療データのデジタル化は進んでいる。クラウド上にて電子カルテの情報を共有できれば、現在のランダム化比較試験のように特定の症例を抽出するプロセスを排除できる。世界のすべての症例のデータが利用可能な世界では、真の意味でのdata driven scienceの世界ができると思う。英国は医療データベース化の進んだ国の一つである。本研究を見ると、database化が進んだ世界では、大規模データを用いて臨床的仮説を精度高く提案できることがわかる。 COVID-19の最初のワクチン接種を受けた2,912万1,633例(1,960万8,008例がいわゆるアストラゼネカのウイルスベクターワクチンで951万3,625例がいわゆるファイザーのmRNAワクチン)と、175万8,095のCOVID-19陽性症例が対象である。これらの症例の、ワクチン接種・COVID-19陽性以外の時期のイベントを対照としている。すなわち、本研究は大規模の自らを対象としたcase control studyである。さて、case control studyのエビデンスレベルはランダム化比較試験より一般に低いとされる。しかし、ランダム化比較試験では2万例、3万例などの症例の抽出にはバイアスがある。英国のデータベースのサイズは1,000倍あり、サンプリングにバイアスがない。大規模臨床データが利用できる時代になっても、ランダム化比較試験の価値は下がらないだろうか? ワクチンの副反応の議論はあり、実際英国のデータでも、ウイルスベクターワクチンでは血小板減少症のリスクは1.33(95%CI:1.19~1.47)倍に増えていた。しかし、COVID-19陽性の症例の血小板減少症のリスクは5.27(95%CI:4.34~6.40)であった。ワクチンの副反応は心配かもしれないが、疾病を発症した場合のほうがよほど怖い。ウイルスベクターワクチンでは静脈血栓症も1.10(95%CI:1.02~1.18)で、心配かもしれないがCOVID-19陽性者では13.86(95%CI:12.76~15.05)倍である。 ランダム化比較試験ではバイアスを排除して仮説の検証ができる。しかし、症例の登録には費用がかかり、バイアスも大きい。電子カルテの情報をクラウドに蓄積して、全症例における観察結果を数字として共有する世界の魅力が筆者には大きく思える。クラウド共有可能かつセキュリティの担保された電子カルテのプラットフォームを開発すれば、本当の意味でのdatabase drivenの医療ができる。Google、Appleなどと競合して日本企業に頑張ってほしいところである。