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1 疾患概要■ 概念・定義カムラティ・エンゲルマン病は、進行性骨幹異形成症(progressive diaphyseal dysplasia)とも記載される常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる骨系統疾患である。本症は、1920年Cockayneによって初めて記載され、1922年Camuratiにより遺伝性であることが示唆された。1929年Engelmannにより、筋力低下と著明な骨幹異形成症を示す一例が報告され、本症の名前の由来となっている。現在では、過剰な膜内骨化による骨皮質の肥厚と長管骨骨幹部の紡錘形肥大、近位筋の筋力低下、四肢痛を特徴とする疾患としてカムラティ・エンゲルマン病(Camurati-Engelmann病:CED)の表記が広く用いられている。現在までに150例を超える症例報告がある。家系内解析では、表現型に大きな幅があることが知られている。■ 疫学筆者らが、2014年に行ったアンケート調査(国内医療機関[計2,531施設]に送付し、1,470施設から回答を得ることができた)では、16症例が報告された。このうち、13症例が新規だと考えられた。アンケートから推定された新規患者は30症例程度であり、既知の患者と合わせて60名程度のCED患者がいると考えられる。このアンケートでの患者の定義は、発症年齢は大半が幼児期であるが、その症状は幼児期と青年成人期で異なり、幼児期は、筋力低下、易疲労性を主徴とし、青年成人期は、骨幹の疼痛、めまい、難聴を主徴とするものを対象にし、2診断の項目で示すX線画像所見もしくは検査所見を持つものとしている。■ 病因筆者らは、このCEDの3世代にわたる大家系(21名)を見出し、その臨床表現型についての検討を行った。罹患者、非罹患者をX線学的に同定し、家系内連鎖解析を行った。これにより、疾患遺伝子が19番染色体長腕に位置するTGFB1遺伝子であることを突き止めた。しかしながら、この遺伝子にみられる変化は、TGFB1の構造遺伝子部分ではなく、関連蛋白(Latency associated protein:LAP)に存在する。当初の解析では、LAPドメインを不安定化する変異がTGFB1の遊離を促進することで成熟型TGFB1を増加させるものであると考えられていた。その後のシグナルペプチドでの変異やヒンジ以外の部分の変異での解析から、必ずしも成熟型TGFB1の増加必須なのではなく、情報伝達系として亢進する変異であれば、カムラティ・エンゲルマン病の表現型をとることが明らかになっている。■ 症状3主徴は、四肢の骨痛、筋力低下、易疲労感である。これらの3主徴の出現時期には、年齢依存性があることに注意が必要である。1)幼児期この時期の症状は、筋肉痛、筋力低下、歩行異常であり、骨痛を訴えることは少ない。2)思春期思春期前後から、運動後の骨痛や骨の自発痛が始まる。痛みの出現部位は、病変部である長幹骨の骨幹であることが多い。3主徴が整うのは思春期以後であることが多い。3主徴が整うころの体型としては、手足が長く筋肉の付きの悪い痩せ型であることが多く「マルファン様」と記載されることが多い。性別を問わず、思春期が遅れることも比較的よくみられる症状である。妊孕性に異常はみられない。3)成人期成人期以後は、上記の症状に加えて、頭蓋底の骨肥厚、骨硬化による症状が加わっていく。これには、神経孔の狭窄による神経麻痺などがあり、骨肥厚、骨硬化の進行により生じると考えられている。同様の病態生理から顔面神経マヒ、頭痛、うっ血乳頭、めまい、耳鳴、感音性難聴などの症状が生じうる。理由は不明であるが、女性患者の場合、妊娠によって四肢の疼痛が劇的に改善することが知られている。■ 予後妊孕性に問題はなく、生命予後が悪いという報告もない。しかしながら、頑固な耳鳴や日常生活に支障を来すほどの骨の自発痛は、患者を不安に陥れ精神的な不安定さを生じ、予期しない不幸な転帰をむかえることがあるので精神状態のフォローが重要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)疾患の診断には、上記の症状に加えて、X線画像所見が依然として最も価値があると考えられる。2014年の全国調査では、頭蓋骨側面、四肢長管骨X線画像所見もしくは骨シンチグラム画像所見で診断基準を設定して集計した。1)X線画像所見長幹骨骨幹の骨皮質の左右対称性の骨硬化像(*X線画像所見における頭蓋底の骨硬化像の有無は問わない)2)検査所見骨シンチグラムでの長幹骨骨幹の骨皮質の左右対称性とりこみ3)判定上記2項目のうち1項目を満たすもの図1 典型例頭蓋底の硬化像、頭蓋骨のびまん性の肥厚、長幹骨骨幹を中心とした硬化像。画像を拡大する図2 軽症例頭蓋底の硬化性変化はほとんどみられない。右尺骨近位部大腿骨遠位部の骨硬化、下腿の骨変化。画像を拡大する図3 典型例での99mTc-HMDP骨シンチグラフィー頭蓋底と長幹骨骨幹に左右対称的な取り込みを認める。画像を拡大する図1に典型例、図2に軽症例、図3には骨シンチグラフィーの所見を示す。X線画像所見では、軽症例で内骨膜中心の膜性骨化を示し、骨全体の変形は少ない。重症になるにつれ頭蓋底の骨硬化が進行し、外骨膜性の骨化が加わり骨の変形を来すのが観察できる。古典的には、赤沈の亢進、ALPの上昇の記載があるが、鑑別に用いることが可能なほどの診断的な意味はないと思われる。筆者らが経験した大家系においても、ALP、骨ALP、オステオカルシン、尿中デオキシピリジノリンなど汎用性の高い骨関連マーカーは、病気の存在、病勢と一致しない。また、この疾患の原因遺伝子であるTGFB1の血中濃度も病勢を反映するものではない。現在では、保険診療外ではあるがTGFB1遺伝子解析が可能となっており、機能亢進型の変異を検出することができれば診断を確定できるものと考えられる。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)現在までの報告からは、ステロイドの有効性を指摘するものが多い。プレドニンとして平均0.6mg/kg/日から開始し漸減する方法が一般的である。筆者らは、初期の投与期間を限定して、低容量で長期間服用する方法をとっている。しかしながら、投与方法については、一定の見解が得られていない。疼痛に対する効果はみられるものの、一過性であり周期的に繰り返し投与が必要である。最近、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)のステロイド治療で使用されるDeflazacortでの治療経験が報告されるようになっており、経過が注目される1999年ビスフォスファネート製剤の有効性が報告されたが、筆者らの症例では効果はなく、2005年には第1世代、第2世代ビスフォスファネート製剤の否定的な追試が発表された。最近、第3世代のビスフォスファネートであるゾレドロンでの治療経験の報告がみられるようになっており経過を注視する必要がある。また、原因遺伝子がTGFB1の機能亢進にあることから、マルファン症候群と同じくロサルタンの応用が報告されるようになった。低血圧を惹起しない小児領域での実用的な量は、0.6~1.4mg/kg/日とされている。これまでの報告では、病態が完成していない思春期前の小児での成績がよく、成人後では改善が認められないとするものが多い。4 今後の展望現在、本疾患は、小児慢性特定疾病ではあるものの、指定難病には指定されていない。また、治療については、新規開発薬剤の適応拡大などが必要である。そのためにも難病政策として小児慢性特定疾病指定と指定難病指定の一元化が望まれるところである。5 主たる診療科整形外科、小児科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター カムラティ・エンゲルマン病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)公開履歴初回2022年4月12日