52.
今回は精神科医という立場からあえて批判的に検討してみよう。 BMJは素晴らしいジャーナルであるが、ご存知の通りしばしば英国式ジョークが掲載される。(今でも載っているのだろうか? 私はそれほど熱心な読者ではないので、間違っていたらごめんなさい)たとえば、タイタニック号の生存者が有意に長生きだったかどうか?(ご丁寧に「タイタニックスタディ」と名付けてある。Hanley JA et al. How long did their hearts go on? A Titanic study. BMJ. 2003; 327: 1457-1458.)とか、祈りの治療効果(過去の診療記録上の患者さんたちに対して、改めて祈ってみるという、衝撃のデザインである。Leibovici L. Effects of remote, retroactive intercessory prayer on outcomes in patients with bloodstream infection: randomized controlled trial. BMJ. 2001; 323: 1450-1451.)とかのことである。もちろん本論文はジョークではないようだ。 感情障害(うつ病等)が高い死亡率と関連することはすでに周知であろう。さらにそれが後年の脳梗塞や認知症の発症の危険因子であることも示されている(Framingham Studyなど)。なぜか悪性腫瘍を発症するという報告も多々ある。ここまでは精神科医としても納得できる。しかし本論文では、疾病と認知されない程度の苦悩が、死亡率を上げていると述べている。何点か疑問点を提示したい。 第1点は、GHQ-12はカットオフが3/4で妥当性が確認されているとあるのは、構造化面接による精神疾患診断の有無を外的基準としたと思われるが、カットオフ以下をさらに症候なし(0点)、潜在的(1~3点)に分けることに論理的に意味があるのかという素朴な疑問。第2点は、関連要因として重要と思われる失職、負債、離婚歴、ソーシャルサポート等が検討されていない点。これはデータがないから仕方ないのかもしれないが。第3点、この主張を敷衍すると苦悩は悪であると解釈しうるが(著者らがそこまで意図したかどうかはわからない)、ごく小さな苦悩を治療対象にすることには釈然としない点がある。というのは、今よりも少しよい生活を求めて努力する、あるいはリスクテイキングを行う場合、苦悩は一定の割合で避けられないのではないか? そしてそれはケインズがアニマルスピリットと呼んだような、われわれの生存維持に必要な本能なのではないだろうか(たとえ公衆衛生学的には死亡率の上昇として可視化されるにしても…)。精神科医としては「苦悩のない人生はない」と言いたい。 と、厳しいことを述べたが、批判のための批判をすることは本意ではない。このような議論を喚起した時点で、この論文は有意義である。そして私も苦悩を推奨しているわけではない。最後に、医師とは苦悩の多い職業であるが、読者諸兄にあられては死亡率の上昇と関連することを念頭に、死亡することなく息の長い社会貢献をしていただきたい、とうまくまとめておくことにしようか。