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オセルタミビルの新たな才能、難聴予防効果を発掘タミフルの製品名でよく知られるインフルエンザ治療薬オセルタミビルの新たな才能が米国のクレイトン大学(Creighton University)のチームの新たな研究で判明しました。その才能とは難聴予防効果です。抗がん剤や騒音による難聴を防ぐオセルタミビルの効果が、細胞やマウスの実験で裏付けられました1,2)。騒音による難聴(騒音性難聴)は老化関連難聴に次いで多く、世界のおよそ5%を苛んでいます。予防法といえば騒音を避けることぐらいで、治療法は補聴器の装用や人工内耳の移植に限られます。抗がん剤シスプラチンによる難聴と騒音性難聴に共通する分子経路が先立つ研究で示されています。ということはその共通経路を狙うことでシスプラチンによる難聴と騒音性難聴のどちらも防げるかもしれません。クレイトン大学のTal Teitz氏が率いるチームはまずシスプラチンによる細胞死を防ぐ効果がある薬を見つけることを目指しました。同大学は米国のネブラスカ州オマハ市にあるイエズス会系の私立大学です。Teitz氏らは内耳細胞培養で1,300を数える米国FDA承認薬を検討し、シスプラチンによる細胞死を防ぐ効果が図抜けて高いものを発見しました。それこそオセルタミビルです。マウスから摘出した内耳蝸牛でもオセルタミビルの細胞死予防効果が認められました。内耳蝸牛にシスプラチンを与えると外有毛細胞が減りましたが、オセルタミビルも与えたところ外有毛細胞は減らずに済みました。また、オセルタミビルのみの投与で外有毛細胞が減ることはなく、試した用量のどれも毒性は幸いにもありませんでした。同様の効果はマウスでも認められ、シスプラチン投与マウスの難聴や外有毛細胞の減少をオセルタミビルは防ぎました。またオセルタミビルはマウスの騒音による難聴を防ぐ効果も示しました。オセルタミビルはインフルエンザウイルスのノイラミニダーゼ活性を阻害するようにできており、哺乳動物の体内での同剤の標的は知られていません。薬の標的を予想してくれるウェブサイトSuperPREDにオセルタミビルの構造を入力したところ、リン酸化によって活性化するERK2やNF-κBが最も有力と判定されました。ERK1/2とNF-κBはどちらもシスプラチンや騒音による難聴と関連します。先立ついくつかの研究によると、ERKのリン酸化の亢進、それに免疫細胞動員をもたらすNF-κB活性化がシスプラチンや騒音に伴って生じます。そこでオセルタミビルがリン酸化ERK(pERK)を減らす働きがあるかどうかがマウスの内耳蝸牛を使って調べられました。マウス内耳蝸牛のpERKはシスプラチンのみの投与では有意に増え、オセルタミビルも投与するとシスプラチン投与のみに比べてより少なくて済みました。オセルタミビルはSuperPREDが予想したようにERK活性化を抑制する働きがあるようです。ERK1/2は炎症と関連することが知られ、騒音やシスプラチンは免疫細胞の集合を伴う炎症促進を招きます。それに、難聴とは異なる分野での先立つ細胞実験でオセルタミビルの抗炎症作用が示されています。どうやらオセルタミビルは騒音に伴う炎症も鎮めるようです。マウスの蝸牛の炎症促進(CD45)免疫細胞は騒音を聞かすと増え、オセルタミビルを投与すると有意に減少しました。その結果はオセルタミビルの抗炎症作用を示唆しています。オセルタミビルは1999年に米国で承認されてからインフルエンザ治療に長く使われており、世界中で広く利用されています。今回の結果を受けて著者は、シスプラチンや騒音による難聴を防ぐ聴覚保護薬としてのオセルタミビルの使い道は有望だと結論しています。参考1)Sailor-Longsworth E, et al. bioRxiv. 2024 May 8. [Epub ahead of print]2)New Study Highlights Tamiflu as a Promising Otoprotective Drug / Hearing Health & Technology Matters.