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第172回 働き方改革で救急医療は医師不足に、厚生労働省に提言/救急医学会

<先週の動き>1.働き方改革で救急医療は医師不足に、厚生労働省に提言/救急医学会2.賃上げか負担軽減か、診療報酬改定を巡って議論が白熱/中医協3.医療機能情報提供制度の見直し、スマホ対応と多言語サポート/厚労省4.健康リスクに配慮した「飲酒ガイドライン案」を発表/厚労省5.薬のネット販売全面解禁へ、2025年から規制緩和/厚労省6.医師確保プログラム「842万円の違約金は違法」とNPOが提訴/山梨県1.働き方改革で救急医療は医師不足に、厚生労働省に提言/救急医学会日本救急医学会は、医師の働き方改革に伴う救急医療の人材不足とその対策に関する要望書を厚生労働大臣に提出した。来年度から始まる「働き方改革」では、勤務医に対して労働基準法に基づく休日や時間外労働の上限規定が適用されることになっており、救急医療に従事する医師が不足し、医療体制の維持が困難になる恐れがあると指摘している。同学会は、日本の救急医療が医療者の自己犠牲により支えられてきたと述べ、働き方改革による医師不足を解消するためには、診療報酬の改定などの支援が必要だと訴えている。また、地元の医師会との連携を強化し、救急の専門医を地域の拠点病院に集約することで、効率的な救急医療体制の構築を求めている。一方、NPO法人「EMアライアンス」による調査では、救急医の約1割が深刻な燃え尽き症候群に陥っていることが明らかになった。この調査結果では、救急医療の心理的ストレスの高さと、医師の健康問題に注目が集まった。とくに若手医師や睡眠不足を抱える医師にとって、救命救急センターでの勤務が、燃え尽き症候群と高い関連性を持つことが指摘されている。救急医療の質と持続可能性を確保するためには、医師の働き方改革を通して医師の健康にも配慮する必要がある。提言では、救急医療の現場で働く医師の声を反映した、包括的な対策が必要であると指摘している。参考1)地域救急医療への影響を鑑みた医師の働き方改革に関する提言(日本救急医学会)2)医師の働き方改革 日本救急医学会が支援求める要望書提出(NHK)3)救急医の1割、深刻な燃え尽き症候群か 睡眠不足も関連?NPO調査(朝日新聞)4)1割が深刻な燃え尽き症候群とのデータも 救急医の激務、解決策は?(同)2.賃上げか負担軽減か、診療報酬改定を巡って議論が白熱/中医協厚生労働省は、11月24日に開いた中央社会保険医療協議会(中医協)の総会において、昨年度の医療経済実態調査の結果を明らかにした。その結果、病床数が20床以上の一般病院は、物価高騰の影響で経営が悪化していたが、新型コロナ患者の受け入れに対する国の補助金を含めると、収支は黒字に転じていた。具体的には、一般病院の収支は平均で2億2,424万円の赤字であったが、補助金を含めると4,760万円の黒字となっていた。国公立病院は、平均で7億8,135万円の赤字で、補助金を含めても赤字だが、医療法人が経営する民間病院は補助金を含めると6,399万円の黒字に転じていた。一方、病床が19床以下の一般診療所は、補助金を除いても医療法人が経営する診療所で1,578万円、個人経営の診療所では3,070万円と、いずれも黒字。厚労省は、とくに一般病院の収益が厳しい結果となったことを指摘し、今年度はさらに利益率が悪化している可能性を述べている。日本医師会などは、医療職や介護職員の賃上げが必要だとして「本体」部分の引き上げを求めているが、財務省は保険料負担の軽減を目指し、逆に引き下げを主張している。武見 敬三厚生労働大臣は、新型コロナが「5類」に分類され、補助金や診療報酬の加算措置が大きく見直されていることに言及し、年末に向けて医療機関の経営状況を踏まえ、賃上げや物価高騰、感染症対策などの新たな課題に対応できる診療報酬改定に努力する意向を示している。参考1)第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告(厚労省)2)来年度の診療報酬改定 年内決定に向け 議論活発化へ(NHK)3)「一般病院」昨年度収支 黒字 コロナ患者受け入れ補助金含めて(同)4)一般病院・診療所、コロナ補助で黒字 22年度厚労省調査(日経新聞)3.医療機能情報提供制度の見直し、スマホ対応と多言語サポート/厚労省厚生労働省は、患者が適切な医療機関を選択できるよう支援する「医療機能情報提供制度」を見直すため、11月20日に「医療機能情報提供制度・医療広告等に関する分科会」を開催した。現在、各都道府県ごとに情報提供されている医療情報ネットが刷新され、2024年4月からは全国統一システムの運用を開始されることが明らかとなった。また、かかりつけ医機能を含め、国民・患者の医療機関の適切な選択を支援するよう、スマートフォン対応も予定されている。新しいシステムでは、医療機関の基本情報や医療サービス内容、治療結果のほか、高齢者や障害者向けの情報も提供される。さらに、英語・中国語・韓国語での情報提供も行われ、用語解説も整備される予定。医療機関は、毎年1~3月に定期報告を行い、基本情報に変更があった場合は都道府県に報告することが求められる。また、「かかりつけ医機能」の情報も提供され、患者は自宅近くの医療機関を選択しやすくなる。全国統一システムへの移行により、情報提供の内容も新しくなり、利用者がより使いやすい仕組みが提供されることが期待されているほか、2025(令和7)年度から発足するかかりつけ医機能が発揮される制度の施行に向けて、今後も情報提供項目改修が行われていく見込み。参考1)医療機能情報提供制度(医療情報ネット)について(厚労省)2)国民・患者に対するかかりつけ医機能をはじめとする医療情報の提供等に関する検討について(同)3)医療情報ネット、来年1月から新たな報告に 全国統一の情報提供4月開始、スマホ対応(CB News)4)医療情報ネットを「より使いやすい仕組み」に2024年度リニューアル、今後「かかりつけ医機能」情報も充実-医療機能情報提供制度等分科会(Gem Med)4.健康リスクに配慮した「飲酒ガイドライン案」を発表/厚労省11月22日に厚生労働省は、アルコール健康障害対策基本法に基づいて、検討を重ねてきた「飲酒ガイドライン案」を発表し、飲酒に伴うリスクに関する知識の普及と健康障害の防止を目指すことを明らかにした。指針は、年齢や体質に応じた飲酒量の留意点を提案し、純アルコール量での飲酒管理を重視している。とくに高齢者や若年層、アルコール分解能力が低い人々には、飲酒による健康リスクが高いと警告している。ガイドライン案では、純アルコール量の計算方法が示され、疾患ごとのリスクに応じて、少量の飲酒でも注意が必要としている。政府の「健康日本21(第3次)」計画では、1日の純アルコール摂取量を男性40g、女性20g以上と定め、60g以上の過度な飲酒や、不安・不眠解消のための飲酒、他人への強要を避けるよう勧めている。また、健康への配慮として、飲酒量の事前設定、飲酒時の食事摂取、水分補給、週に無酒日を設けることなどが推奨されている。そのほか、最近では、アルコール摂取量の自己管理を促進するため、スマートフォンアプリを利用した記録方法も普及している。ガイドラインに対する反応はさまざまで、個々の許容量に基づく飲酒量の調整を提案する声や、健康意識の高い人々にとって有益だとする意見があり、専門家は、多量飲酒時の水分摂取の重要性を強調し、飲み方の工夫を勧めている。参考1)健康に配慮した飲酒に関するガイドライン(案)(厚労省)2)国内初の飲酒ガイドライン案「男性40g、女性20g以上はリスク」(毎日新聞)3)国として初の飲酒ガイドライン案 ビール1杯で高まる大腸がんリスク(朝日新聞)4)飲酒リスク、初指針で周知 年齢や体質に応じ留意点(日経新聞)5)お酒の望ましい量は?「飲酒ガイドライン」厚労省が案まとめる(NHK)5.薬のネット販売全面解禁へ、2025年から規制緩和/厚労省厚生労働省は、薬のネット販売に関する規制を大幅に緩和する方針を固めた。これにより、ほぼすべての薬がインターネットで購入可能になる見込み。とくに「要指導医薬品」について、これまでは対面販売が義務付けられていたが、ビデオ通話による服薬指導を条件に非対面での購入が認められるようになる。この変更は2025年以降に実施される予定。市販薬のネット販売は、2014年から一部が販売可能になり、新型コロナウイルス感染症の流行を受け、さらに拡大されていた。今回の規制緩和により、市販薬のほぼすべてがネットでの購入が可能となり、患者の利便性が大幅に向上すると期待されている。ただし、緊急避妊薬など対面での情報提供が必要な薬や乱用のリスクがある薬については、20歳未満の大量購入を禁止するなどの規制が維持される。厚労省は、この方針について専門家の会議で議論し、医薬品医療機器法の改正を目指している。現在、オンライン服薬指導による安全性の確保と利便性の向上を両立させるための仕組み作りが進められている。参考1)対面販売必要な薬 薬剤師のビデオ通話でネット販売検討 厚労省(NHK)2)市販薬ネット販売、全面解禁へ ビデオ通話での指導条件(日経新聞)3)薬のネット販売全面解禁へ、利点や注意点は?(同)6.医師確保プログラム「842万円の違約金は違法」とNPOが提訴/山梨県東京のNPO法人「消費者機構日本」は、山梨県が医師不足対策として2019年に開始した医師確保プログラムについて消費者契約法に違反するとして山梨県を11月21日に提訴した。このプログラムは、医学部学生が県内の医療機関で9年間勤務することを条件に、学費の返済を免除する内容。しかし、2021年に導入された新条項では、勤務期間を満たさない場合に最大842万円の違約金を課すことになり、この違約金条項が消費者契約法に違反するとして山梨県を提訴した。NPO法人側は、学費返済だけで十分であり、違約金は不当に高額だと主張している。一方、山梨県は、違約金が必要な措置であると反論し、プログラムの早期離脱が県に追加コストをもたらすとして長崎 幸太郎山梨県知事は争う姿勢を示した。この訴訟は、地域医療の充実を目指す県側の政策と、その実施方法の法的・倫理的妥当性を巡って議論を提起しており、違約金条項導入後、山梨大学や北里大学などから約115人の学生がプログラムに参加しており、今後の訴訟の動向が注目されている。参考1)山梨県の医学部学費貸与、「違約金840万円は違法」 NPOが提訴(朝日新聞)2)医師不足解消を図る山梨県の制度 “違約金は違法”と提訴(NHK)3)山梨県の医師確保プログラム、9年間勤務できなければ最大842万円の違約金…適格消費者団体が差し止め求め提訴(読売新聞)4)医師確保事業巡り 都内の消費者団体が県を提訴 長崎知事は争う姿勢示す 山梨県(山梨放送)

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月1回のノンアル飲料提供で飲酒量は減らせるか?/筑波大

 本邦では、男性40g/日以上、女性20g/日以上の純アルコール摂取量を生活習慣病のリスクを上昇させる飲酒量と定義している1)。しかし、この飲酒量で飲酒する人の割合を2019年と2010年で比較すると、男性では変化がなく、女性では有意に増加したと報告されている2)。そのため、さらなる対策が求められている。そこで、吉本 尚氏(筑波大学医学医療系 准教授)らの研究グループは、アルコール依存症の患者を除いた週4回以上の飲酒をする20歳以上の成人を対象として、ノンアルコール飲料の提供によりアルコール摂取量を減らすことが可能か検討した。その結果、ノンアルコール飲料の提供によりアルコール摂取量が減少し、提供期間終了後8週間においてもその効果が持続した。本研究結果は、BMC Medicine誌2023年10月2日号に掲載された。 本研究は、アルコール依存症の患者、妊娠中や授乳中の人、肝臓病の既往歴のある人を除いた週4回以上(飲酒日のアルコール摂取量の平均が男性40g以上、女性20g以上)の飲酒をする20歳以上の成人123人(男性54人、女性69人)を対象とした。対象を12週間にわたって4週間に1回(計3回、1回3ケースまで)ノンアルコール飲料が提供される群(介入群)、ノンアルコール飲料が提供されない群(対照群)に割り付け、前観察期間(4週間)、介入期間(12週間)、後観察期間(8週間)のアルコール摂取量などを検討した。 主な結果は以下のとおり。・介入群に54人、対照群に69人が割り付けられた。・介入期間の12週時点において、前観察期間と比較したアルコール摂取量の変化は、介入群-320.8g/4週、対照群-76.9g/4週であり、介入群が対照群と比較して有意に減少した(p<0.001)。・後観察期間の8週時点(介入終了から8週後)においても、前観察期間と比較したアルコール摂取量は、介入群が対照群と比較して有意に減少していた(介入群-276.9g/4週、対照群-126.1g/4週、p<0.001)。・介入群において、介入期間の12週時点におけるノンアルコール飲料の摂取量とアルコール摂取量に有意な負の相関が認められた(r=-0.500、p<0.001)。 本研究結果について、著者らは「介入群のみでノンアルコール飲料の摂取量とアルコール摂取量に負の相関が認められたことから、介入群ではアルコール飲料がノンアルコール飲料に置き換えられた可能性が考えられる」と考察し、「過剰なアルコール摂取を減らすための対策として、ノンアルコール飲料の提供が有用であり、ノンアルコール飲料が減酒のきっかけになる可能性が明らかになった」とまとめた。

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スマホによる介入、不健康な飲酒を抑制/BMJ

 不健康なアルコール使用を自己申告した大学生において、アルコール使用に対する介入としてスマートフォンのアプリケーションへのアクセスを提供することは、12ヵ月の追跡期間を通して平均飲酒量の抑制に有効であることが、スイス・ローザンヌ大学のNicolas Bertholet氏らが実施した無作為化比較試験の結果で示された。若年成人、とくに学生において、不健康なアルコール使用は発病や死亡の主な原因となっている。不健康なアルコール使用者に対する早期の公衆衛生的アプローチとして、世界保健機関(WHO)はスクリーニングと短期的介入を推奨しているが、スマートフォンによる介入の有効性については明らかではなかった。BMJ誌2023年8月16日号掲載の報告。スイスの大学生1,770例を介入群と対照群に無作為化 研究グループは、スイスの4つの高等教育機関(ローザンヌ大学、スイス連邦工科大学ローザンヌ校、エコール・オテリエール・ド・ローザンヌ、University of Applied Sciences and Arts Western Switzerland’s School of Health)において参加者を募集した。アルコール使用障害特定テスト-簡易版(AUDIT-C)によるスクリーニングで不健康なアルコール使用が陽性(スコアが男性4点以上、女性3点以上)と判定され、試験への参加に同意した18歳以上の学生1,770例を、ブロック法で介入群(884例)と対照群(886例)に1対1の割合で無作為に割り付けた(盲検化)。介入群では、スマートフォンを用いたアルコール使用に対する簡単な介入(アプリケーションの提供)を行った。 主要アウトカムは、6ヵ月後における標準アルコール飲料(基準飲酒量[ドリンク]、スイスの1ドリンクは純粋エタノール10~12g相当)の1週間の飲酒数量。副次アウトカムは過去30日間の大量飲酒日数(男性5ドリンク以上、女性4ドリンク以上)、その他のアウトカムは、1回の最大飲酒量、アルコール関連事象、学業成績。それぞれ3ヵ月後、6ヵ月後および12ヵ月後に評価した。スマホによる介入で、1週間の基準飲酒量、大量飲酒日数、1回の最大飲酒量が低下 2021年4月26日~2022年5月30日の間に、1,770例が無作為化された(介入群884例、対照群886例)。平均年齢は22.4歳(SD 3.07)、女性が958例(54.1%)、学部生1,169例(66.0%)、修士課程533例(30.1%)、博士課程43例(2.4%)、その他の高等教育課程25例(1.4%)で、ベースラインの1週間の平均基準飲酒量は8.59ドリンク(SD 8.18)、大量飲酒日数は3.53日(同4.02)であった。 1,770例の追跡率は、3ヵ月後96.4%(1,706例)、6ヵ月後95.9%(1,697例)、12ヵ月後93.8%(1,660例)であった。 介入群の学生884例のうち、738例(83.5%)がアプリケーションをダウンロードした。介入は、1週間の基準飲酒量(発生率比:0.90、95%信頼区間[CI]:0.85~0.96)、大量飲酒日数(0.89、0.83~0.96)、1回の最大飲酒量(0.96、0.93~1.00)に関して有意な全体的効果を示し、追跡期間中の飲酒アウトカムは介入群で対照群より有意に低かった。一方、介入はアルコール関連事象や学業成績には影響しなかった。

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身体活動が物質使用障害の治療に役立つ可能性

 飲酒による問題が生じているのに飲むのをやめられない状態や、違法薬物を用いている状態を指す「物質使用障害」から立ち直ろうとしている人に対して、身体活動がそれを後押しするように働くことを示唆するデータが報告された。ケベック大学およびモントリオール大学(カナダ)のFlorence Piche氏らの研究によるもので、詳細は「PLOS ONE」に4月26日掲載された。週に3日、1時間の中強度運動で有効の可能性があるという。 Piche氏らの研究は、物質使用障害に対する身体活動の効果を検討した43件の研究の報告を総合的に解析したもの。その結果、治療中の身体活動量の多さが、対象物質の使用量減少と関連していることを見いだした。同氏は、「私はかつて物質使用障害の人たちのためのセラピーハウスに運動生理学の専門家として勤務していたが、その時、この領域では運動療法の有効性があまり考慮されていないことに気付いた」と、研究の動機を語っている。 実際、過去の多くの研究は「禁煙」に対する身体活動の有効性に焦点を当てていたり、それ以外の研究も1種類の物質(例えばアルコールのみ)の使用障害に対する身体活動の有効性を検討していて、患者の多くが複数の物質への依存状態にあるという実態に即していない研究が多いとのことだ。そこでPiche氏らは今回、タバコ以外の多くの精神作用物質の使用障害に対する身体活動の影響をシステマティックレビューにより検討し、有効と考えられるとの結論を示した。同氏によると、物質使用障害の治療における身体活動による効果発現のメカニズムは、「複数の経路を介したものだと考えられる」という。 効果を得るための身体活動量は、それほど多いものでないことも分かった。多くの研究で、週に3回、約1時間の中強度運動を、約3カ月間継続することの影響を検討した結果として、有効性を示していた。では、身体活動量をより増やしたとしたら、より大きな効果を得られるのだろうか? Piche氏は、「その疑問に対しては、どの研究も答えを示していない」と話す。 解析対象となった43件の研究には、合計3,135人が参加していた。全体の約4割は米国からの報告で、約4分の1が中国からの報告だった。研究参加者には、アルコール依存状態の患者のほか、覚醒剤、コカイン、ヘロインなどの使用障害の患者が含まれていた。多くの研究で身体活動による物質使用の中止または使用量の減少が検討され、介入後の使用量の減少が報告されていた。また、身体活動による有酸素能力の向上や抑うつ症状の改善も報告されていた。 本研究には関与していない、米国の栄養と食事のアカデミーの元会長であるConnie Diekman氏は、「身体活動を行うと、多くの人は『健康になる』という目的意識が高まるとともに、多幸感のような感覚が生まれることもある。本研究のみでは因果関係を述べることはできず、このトピックに関するさらなる研究が求められるものの、物質使用障害から立ち直ろうとしている人々に対して身体活動は、確かに無視できない効果があるようだ」と話している。

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γ-GTPが高い、アルコール性肝障害の可能性は?

 大塚製薬主催のプレスセミナー(5月22日開催)において、吉治 仁志氏(奈良県立医科大学消化器内科学 教授)が「肝機能異常を指摘されたときの対処法」について講演し、アルコール性肝障害を疑うポイントやかかりつけ患者に対する対応法ついて解説を行った。病院の受診を検討すべきタイミングなどの基準、また減酒治療を検討する基準は? 肝機能障害は“人間ドック受診者の3人に1人が指摘を受ける項目”と言われており、臓器治療としては断酒治療が最も有効だが、ハードルが高い患者さんには「断酒をいきなり強く求めると治療が続かないことが多く、その場合まずは減酒から始める」と吉治氏は話した。医学界では各学会が「熊本宣言 HbA1c7%未満」「stop-CKD eGFR60未満」などのスローガンを掲げて市民に対して疾患啓発を行っている一方で、肝機能については提言が存在しなかった。そこで、日本肝臓学会は6月15、16日に開催される『第59回日本肝臓学会総会』にて“Stop CLD(Chronic liver disease) ALT over 30U/L”(ALTが30を超えたらかかりつけ医を受診しましょう)を『奈良宣言』として掲げることにしたという。この数値の根拠ついて「この値は特定健診基準や日本人間ドック協会のALTの保健指導判定値であり、日本のみならず脂肪肝がとくに問題になっている米国でも医師への相談基準」とコメントした。 このほかに、「飲酒習慣スクリーニングテスト」(AUDIT:The Alcohol Use Disorders Identification Test)において15点超ではアルコール依存症が疑われるが「それを満たさない段階(8~14点)でも減酒支援を行う必要がある」とも話した。健診で「γ-GTPが高い」と言われた。アルコール性肝障害の可能性は? γ-GTPはアルコールだけではなく、脂肪が蓄積した脂肪肝の状態、胆汁の流れが悪くなった場合(胆石・膵臓がんなど)でも上昇するが、アルコールに起因する場合は、AST(GOT)やALT(GPT)も異常値が出るのでそれらの数値を併せて確認することが基本となる。なお、“アルコール性”の定義は『長期(通常は5年以上)にわたる過剰の飲酒が肝障害の原因と考えられる病態』で、以下のような条件を満たすものを指す。<アルコール性の定義を満たす条件>1)過剰の飲酒とは、1日平均純エタノール60g以上の飲酒(常習飲酒家)をいう。ただし女性やALDH2欠損者では、1日40g程度の飲酒でもアルコール性肝障害を起こしうる。2)禁酒により、血清AST、ALTおよびγ-GTPが明らかに改善する。3)肝炎ウイルスマーカー、抗ミトコンドリア抗体、抗核抗体がいずれも陰性である。 また、アルコール性肝障害は性差も関わる。近年、女性の飲酒率は増加傾向だが、男性との体格差があるため、同じ飲酒量ではより過剰になってしまうことにも注意が必要だ。同氏は「実際に女性は男性に比べて2/3程度の飲酒量で肝障害が出現することも明らかになっている」と話した。 このような疾患を予防するためには“正確な飲酒量の把握”が最も重要で、本人の過少申告を防ぐためにも家族・知人から聴取することが必要不可欠となる。そのほかにも「肝機能の低下が他臓器の治療介入にも影響を及ぼすことから早期治療を促すことも大切」と説明した。アルコール性肝障害は将来的にどんなリスクがある? 日本人のアルコール関連死因の中で肝・消化器関連は87%と最も多い。しかもコロナの影響を受け、在宅時間の長さに伴い飲酒量も増えて肝・膵疾患が著明に増加している1)。ほんの10年前までは肝硬変や肝がんの原因と言えばウイルス性肝炎が8~9割を占めていたが、治療方法が確立した昨今ではB型/C型肝炎以外の疾患によるものが半数以上を占め、アルコールが起因している例が増えている2)。また、肝炎治療によりウイルスを排除できた後でもアルコール摂取によって、肝がん発症リスクが増加することも報告3)されている。 また、アルコールによってサルコペニアが進行すると言われているが、一方で「サルコペニアが肝疾患患者の生命予後を悪化させてしまう。このような状況において、診療ガイドがない点が長年の課題だったが、2022年に『アルコール性肝障害(アルコール関連肝疾患)診療ガイド』がついに発刊された」と話した。 なお、海外ではアルコール性肝障害=アルコール依存症を想起することが問題視されていることから、国内でも将来的には「アルコール・リレイテッド」と表現されるようになるかもしれない。減酒治療をするにはどこに受診したらよい? 受診先について同氏は「断酒・禁酒をすることが一番の治療法であるため、精神科の先生に相談することがベストであるが、かかりつけ医はいるけれど健診結果の専門的な相談まではできていないという場合も多いと思われる。2021年から一般内科医も日本アルコール・アディクション医学会および日本肝臓学会が主催するeラーニング研修を受けることで、飲酒量低減薬を処方することが可能になった。そのため、医師の皆さまには、かかりつけ患者に健診結果でALTが30超であった場合には相談するように呼び掛けてほしい。そして、飲酒量が男性で60g/日以上、女性で40g/日以上かつAST・γ-GTP異常がある場合にはアルコール性肝障害を疑って専門医へコンサルテーションするようにお願いしたい」と述べ、「近隣の肝臓専門医は日本肝臓学会のホームページより検索することが可能なので、専門医紹介時にぜひ活用いただきたい」と締めくくった。

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最低価格制限で、飲酒による死亡・入院が減少/Lancet

 スコットランドで販売されるアルコール飲料は、2018年5月1日以降、法律で1単位(純アルコール10mLまたは8g)当たりの最低単位価格(MUP)が0.5ポンドに設定されている。これにより販売量が3%減少したことが先行研究で確認されているが、今回、英国・スコットランド公衆衛生局(Public Health Scotland)のGrant M. A. Wyper氏らは、MUP法の施行により、アルコール摂取に起因する死亡と入院が大幅に減少し、その効果はとくに社会経済的に最も恵まれない層で顕著に高いことを示した。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2023年3月21日号に掲載された。MUP法施行前後で比較した分割時系列試験 本研究は、アルコール摂取に起因する死亡と入院へのMUP法施行の影響の評価を目的に、スコットランド(人口約550万人)で行われた分割時系列対照比較試験であり、対照として同法が施行されていないイングランドのデータが使用された(スコットランド政府の助成を受けた)。 スコットランドにおける同法施行前(2012年1月1日~2018年4月30日)と施行後32ヵ月間(2018年5月1日~2020年12月31日)のアルコール摂取に起因する死亡と入院のデータを比較し、同時期のイングランドとの比較が行われた。アルコール性肝疾患や依存症による死亡を有意に抑制 スコットランドでは、MUP法施行前と比較して、同法施行後32ヵ月間でアルコール摂取に起因する死亡が13.4%(95%信頼区間[CI]:-18.4~-8.3、p=0.0004)低下し、これは年間平均156件(95%CI:-243~-69)のアルコール摂取による死亡の回避に相当した。 また、MUP法の施行は慢性的な原因に起因する死亡の低下にも寄与しており(-14.9%、95%CI:-20.8~-8.5、p<0.0001)、アルコール性肝疾患による死亡(-11.7%、-16.7~-6.4、p<0.0001)やアルコール依存症による死亡(-23.0%、-36.9~-6.0、p=0.0093)を有意に抑制した。 一方、アルコール摂取に起因する入院は4.1%低下(95%CI:-8.3~0.3、p=0.064)し、アルコール性肝疾患による入院は9.8%低下(-17.5~-1.3、p=0.023)したが、アルコール依存症による入院は7.2%(95%CI:0.3~14.7、p=0.039)増加した。 さらに、MUP法の施行により、アルコール摂取に起因する死亡は、男性(-14.8%)、女性(-12.0%)、35~64歳(-10.0%)、65歳以上(-26.7%)、社会経済的な貧困度を10段階に分けた場合の最も恵まれない上位4群(-17.5~-33.6%)で低下がみられた。また、アルコール摂取に起因する入院は、男性(-6.2%)、35~64歳(-4.8%)、最も貧困度の高い上位4群(-4.5~-6.9%)で低下がみられた。 著者は、「MUP法実施の効果は社会経済的に貧困度が高い層で最も大きく、これは、この施策がアルコール摂取に起因する健康被害において、貧困に基づく不平等に積極的に取り組んでいることを示すものである」としている。

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映画「ラン」(後編)【子どもを病気にさせたがるのが人ごとではないわけは?(育児中毒)】Part 2

育児中毒が気付かれにくいわけは?育児中毒の特徴とは、乳幼児期に発達に問題がある子にさせたがる、児童思春期に能力に問題がある子にさせたがる、成人期以降に生き方に問題がある子にさせたがることであることがわかりました。育児中毒は、必要とされることを必要とする、依存されることに依存する点で、親子関係における共依存とも言い換えられます。共依存の異常性は、夫婦関係においては比較的気付かれやすいです。一方で、親子関係においてはよくあることとされて見逃されています。なお、男女関係の共依存の詳細については、関連記事8をご覧ください。また、育児中毒の親を、子供の視点から言い換えたものがいわゆる毒親です。毒親の詳細については、関連記事9をご覧ください。ちなみに、育児中毒が「ちゃんとやってあげたい(そばにいたい)」という「母性」の暴走だとすれば、「ちゃんとやりなさい」という「父性」の暴走が正義中毒と言えるでしょう。実際に、正義中毒は逆に男性に多いようです。見守り(育児)を発揮するか、見張り(正義)を発揮するかという点で対照的です。しかし、お世話や正しさにとらわれ、見守りや見張りという手段が目的化してしまい、相手(社会)に悪影響を与えている点では共通しています。なお、正義中毒の詳細については、関連記事10をご覧ください。育児中毒にどうすればいいの?それでは、育児中毒にどうすればいいでしょうか? 再びダイアンを通して、その社会的な対策を大きく3つ挙げてみましょう。(1)ケアする人を1人にしないダイアンはひとり親であったため、育児のやり方をすべて自分1人で決めることができました。もしもダイアンに夫がいて一緒に育児をしていたら、彼女はここまでおかしくならなかったかもしれません。1つ目の社会的な対策は、ケアする人を1人にしないよう啓発することです。1人になってしまうと、やり方がどんどん独りよがりになっていきます。これは、虐待のリスクでもあります。この点で、たとえ夫(または妻)がいたとしても、その人が育児を一緒にやろうとしなかったり、その人に「私の子育てに口出ししないで」と言って育児を一緒にさせないようにすることも危ういと言えるでしょう。(2)ケアすることを1つにしないダイアンは、働きに出ることもなく、家でほとんどクロエにつきっきりでした。もしもダイアンが働きに出ていたりボランティア活動をしたりペットを飼っていたら、彼女はここまでおかしくならなかったかもしれません。2つ目の社会的な対策は、ケアすることを1つにしないよう啓発することです。1つにしてしまうと、その1つにエネルギーを注げますが、その1つがなくなった時(またはなくなりそうな時)、そのエネルギーの行き場がなくなります。この点で、親の介護が親の死によって終わりを迎えた時や仕事人間が定年退職した場合も危ういと言えるでしょう。(3)自分のためにケアしないダイアンは、クロエのためではなく、自分のために育児をしていました。もしもダイアンがクロエのためにどうしたらいいかという視点に最初から立てていたら、彼女はここまでおかしくならなかったかもしれません。3つ目の社会的な対策は、自分のためにケアしないよう啓発することです。自分が満足するためにケアしてあげていると、それが必ずしも相手のためにならなくなります。この点で、先ほどにも触れたひきこもりや子連れ出戻りの場合も危ういと言えるでしょう。育児中毒の「解毒」とは?ダイアンは、瀕死のクロエを病院から無理やり連れ出そうとするなか、クロエはもともと歩けなかったのに、車椅子から踏ん張って立ち上がろうとします。親がいなくても生きていこうとすることを示す象徴的なシーンであり、まさにタイトルの「RUN/ラン」する(逃げ出す)瞬間です。ラストシーンでは、ダイアンは「あること」(ネタバレ防止のため伏せます)によって放心状態になっています。これは、その「あること」以外に、クロエが自分から離れていってしまい、空の巣症候群になってしまっているのを象徴しているようにも見えます。つまり、アルコール依存症の人が身近にアルコールがないようにすることで回復するのと同じように、この育児中毒は子供が親から自立して身近にいなくなることで「解毒」されていくと言えるのではないでしょうか?1)特集「うそと脳」P1576:臨床精神医学、アークメディア、2009年11月号2)うその心理学P77:こころの科学、日本評論社、20113)親の手で病気にされる子供たちP156:南部さおり、学芸みらい社、20214)シックンド 病気にされ続けたジュリー:ジュリー・グレゴリー、竹書房文庫、2004<< 前のページへ■関連記事映画「二つの真実、三つの嘘」(前編)【なんで病気になりたがるの? 実はよくある訳は?(同情中毒)】Part 1美女と野獣【実はモラハラしていた!? なぜされるの?どうすれば?(従う心理)】サイレント・プア【ひきこもり】ペコロスの母に会いに行く【認知症】カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 1だめんず・うぉ~か~【共依存】八日目の蝉【なぜ人を好きになれないの?毒親だったから!?どうすれば良いの?(好きの心理)】苦情殺到!桃太郎(前編)【なんでバッシングするの?どうすれば?(正義中毒)】Part 1

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映画「心のカルテ」(後編)【なんでやせ過ぎてるって分からないの?(エピジェネティックス)】Part 3

やせの謎の答えは?先ほどの社会性メモリー(エピジェネティックな変化)による「やせアイデンティティ」の確立が、神経性やせ症に病識がない原因であると考えることができます。つまり、エレンの根っこの心理を代弁すれば「このまま(少食のまま)でいい」です。「やせたい」ではないです。「やせたい」という気持ちは現代のダイエット文化の影響による後付けであると考えることができます。そうすれば、すでにやせ過ぎているのにあまり食べないというやせ願望(肥満恐怖)や、やせ過ぎていてもそう思わないボディイメージの障害などの症状があるのも納得がいきます。また、男性は妊娠能力がなく、適応的生殖抑制を働かせる必要がないため、そもそも神経性やせ症にはなりにくいです。これが、神経性やせ症の顕著な男女差の原因であると考えられます。一方で、女性は児童期までに妊娠能力がなく、適応的生殖抑制を働かせる必要がありません。これが、神経性やせ症の好発年齢が児童期以前ではなく思春期に多い原因であると考えられます。また、成人期以降ではアイデンティティの確立はすでに終わっています。これが、神経性やせ症の好発年齢が成人期以降ではなく思春期に多い原因であると考えられます。さらに、エレンは子どもをつくれなくても、妹の子どものサポート役になることができます。そして、その子が思春期になった時に、過激なダイエットをしてしまえば、神経性やせ症になる可能性があるでしょう。これが、神経性やせ症を発症させる遺伝子が残っている(遺伝率が高い)原因です。つまり、直接的には子孫(遺伝子)を残せませんが、血縁者をサポートすることで間接的に「やせ遺伝子」を残すことになるというわけです。真の治療とは?神経性やせ症の正体は、過激なダイエットや食べ吐きなどによる栄養不足への反応のしやすさ(代謝メモリー)、栄養不足のストレスへの過敏さ(愛着メモリー)、栄養不足(やせ)へのアイデンティティ(社会性メモリー)という3つのエピジェネティックな変化であることがわかりました。つまり、神経性やせ症は、最終的にはアイデンティティという生き方の問題であり、説教や説得をしてもあまり効果がないことがわかります。もっと言えば、食事制限は、宗教的な理由から輸血を拒否することと同じとも捉えられます。早死にするリスクがあっても本人がその生き方を望むなら、私たちは神経性やせ症を病気として特別視せず、生き方の違いとして捉え直し、静かに見守ることが必要です。逆に言えば、本人に同意のない経鼻栄養(強制栄養)は、輸血を拒否する人に輸血をするのと同じ人権侵害に発展する恐れがあります。また、過激なダイエットも、生き方の問題として止められない点で、食べ吐きと同じ行動依存(嗜癖)であると捉えることができます。それでは、この神経性やせ症の正体を踏まえたうえで、ここからその真の治療を捉え直します。エレンが生活するグループホームでの取り組みを通して、主に3つ挙げてみましょう。(1)病識を促す-集団療法グループホームでは、メンバーたちが集まって話し合うミーティングが1日に朝と夕に1回ずつあります。心理カウンセラーが「夕方は反省会。今日の悪かったことと良かったことをテーマにします」と始めています。日常生活を通して、お互いの気持ちを聞き合い、励まし合ったり、慰め合ったりしています。1つ目は、病識を促すための集団療法です。これは、本人に自分と似た人を実際に見てもらうことで、「やせアイデンティティ」を見つめ直してもらう効果があります。また、仲間と一緒にいるという集団心理によって、同調の効果もあります。アルコール依存症と同じく、自助グループとしての取り組みです。ただし、同調によって、やせとして生きるアイデンティティが逆に強化される場合もあるため、カウンセラーのような方向付けをする役割が必要です。(2)治療意欲を高める-行動療法グループホームでは、目標の体重に戻るための生活上のさまざまなルールがあり、それを守るとポイントが加算され、破ると減点されます。ポイントが貯まると、外出などの自由が増えていきます。2つ目は、治療意欲を高めるための行動療法です。これは、行動を変えていくことで、生き方(アイデンティティ)を変えていく効果があります。アルコール依存症と同じく、飲酒を誘発する行動をしないようにする取り組みです。ただし、この取り組みも、本人が同意していないと、人権侵害になるリスクがあるため、日々のコミュニケーションが必要です。(3)家族が距離感を知る-家族療法実は、エレンの家族関係は複雑でした。そんな彼女のために、主治医のベッカム先生は「誰も責めない」と言い、家族を集めて、語らせます。しかし、言い争いになって、収集がつかなくなるのでした。3つ目は、家族が本人との距離感を知るための家族療法です。これは、家族が本人や誰かを責めるのではなく、本人をほど良くサポートする効果があります。アルコール依存症と同じく、家族が関わり方を学ぶ取り組みです。なお、ラストのほうで、実母がエレンを赤ちゃんに見立てて擬似授乳するシーンがあります。うまく育まれなかった愛着形成のやり直しをすることで、遠い記憶の上書きの象徴として描かれています。しかし、愛着メモリー(エピジェネティックな変化)は基本的に不可逆であることから、模擬授乳の実際の治療的な効果は不明です。予防は?映画のストーリーのその後に、もしもエレンが回復して、ルークと結ばれて娘を生んだとしたら、どうでしょうか?もちろん、幸せな家庭になってもらいたいです。ただし、その娘はもちろん「やせ遺伝子」を色濃く引き継ぎます。なお、エレンとルークのやせのエピジェネティックな変化も、娘に引き継がれるかどうかについては、現時点でまだはっきりしたことがわかっていません。植物や動物などにおいて、いくつかの特定のエピジェネティックな変化が次の世代に引き継がれていることがすでに確認されています。人間においても、いくつか可能性の報告はあるものの、遺伝子レベルで確認されているわけではありません。この現象はあったとしても、その影響度は植物や動物と比べて小さいものであることが推定されます。その理由は、人間は、植物やほかの動物と違い、文化も引き継いでいるからです。人間においてのエピジェネティックな変化の報告はどれも、現時点で、文化について触れられていませんでした。人間は、遺伝と並んで、文化(家庭外環境)の影響が大きいことから、エピジェネティックな変化が次の世代に引き継がれる必要がないとも言えます。この点で、「(エピジェネティックな変化によって)遺伝子は後から変わる」と言い切ることには慎重になったほうが良いと思われます。以上より、神経性やせ症への予防のヒントが見いだせます。それは、過激なダイエットをすることは、エピジェネティックな変化を招き、食べ吐きと同じように止められなくなり(依存的になり)、危険であるという事実を、もっと世の中に啓発して文化的に広めていくことです。そうすることで、神経性やせ症をはじめとする摂食障害の予防を徹底することができます。そんな文化の社会になった時、エレンとルークから生まれた娘は、神経性やせ症にならないことが期待できるのではないでしょうか?3)標準精神医学(第8版)P402:医学書院、20214)進化医学P184:羊土社、20135)もっとよくわかる!エピジェネティックスP162:羊土社、20206)摂食障害の進化心理学的理解の可能性P47:日本生物学的精神医学会誌Vol. 23 No. 1、20127)摂食障害の最近の動向」P148:心身医学、日本心身医学会、20148)人間と動物の病気を一緒にみるP295:バーバラ・N・ホロウィッツ、インターシフト、20149)進化と人間行動P167:長谷川寿一ほか、東京大学出版会、2022<< 前のページへ■関連記事ちびまる子ちゃん(続編)【その教室は社会の縮図? エリート教育の危うさとは?(社会適応能力)】

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ドラマ「ドラゴン桜」(後編)【そんなんで結婚相手も決めちゃうの? 教育政策としてどうする?(学歴への選り好み)】Part 2

学歴社会を推し進めるのは?厳密に言えば、先ほどの動物の選り好みは、その遺伝子が集団に広がっていくために長い年月がかかります。一方で、人間の学歴への選り好みは、比較的短期間で広がっています。一体何が推し進めているのでしょうか?それは、文化です。人間がほかの動物と決定的に違うのは、環境を変えられることです。そして、変えられたその環境からまた影響を受けるという相互作用を起こすことです。その環境の代表が文化なのです。このようにある行動をする遺伝子がその集団に広がっていく遺伝子進化と同じように、ある行動をする文化がその集団に広がっていくことを、文化進化と呼んでいます6)。この文化の起源は、私たち人類が部族をつくった約300万年前です。当時から、人類は狩りや育児の仕方を次世代に伝えるようになりました。これは、部族(集団)としては文化であり教育です。部族メンバー(個人)としては経験であり学習です。そして、これが、行動遺伝学における「環境」の起源と言えるでしょう。つまり、約300万年前以降の人類のほとんどの行動は、本能(遺伝)+文化(環境)から成り立っていると言えます。逆に言えば、約300万年以前の人類やほかのすべての動物の行動は、ほぼ本能(遺伝)だけとも言えます。なお、定住して家を作るようになった約1万数千年前から、人類は、部族だけでなく、家族単位でも生活圏(縄張り)を区切るようになりました。こうして、コミュニケーションの癖、生活習慣、好みなどの嗜癖の多様化がさらに進んだのでした。これは、家族文化とも言えます。これが、行動遺伝学における「家庭環境」の起源と言えるでしょう。この点でも、飲酒習慣や素行などは、本能(遺伝)+家族文化(家庭環境)+文化(家庭外環境)と言えるでしょう。なお、中編でも触れましたが、家族文化(家庭環境)は知能と収入に当初は影響を与えます。しかし、その影響力は、成人して最終的になくなるか、あったとしてもとても限られたものになります。学歴社会の行き着く先は?人間は、環境を変え、そして変えられた環境(文化)から影響を受けると、今度は長い時間の中で、人間(遺伝子)が淘汰されていくという相互作用も起こります。つまり、遺伝子進化と文化進化は共進化しています。ここから、共進化の例を3つ挙げます。そして、学歴社会が私たち人間に与える影響、つまり学歴社会の行き着く先を予測してみましょう。(1)調理する文化数十万年前に、人類が火を使うようになってから、食べ物を調理することで、消化しやすくなりました。このような環境では、消化能力が強くない人も生き残れます。すると、消化能力が弱い人類が増えていき、ますます調理をする文化が広がっていきます。こうして、現在のほとんどの人間は、生肉や腐ったものを食べるとお腹を壊すようになったのです。言い換えれば、調理の文化(環境)から影響を受けて、消化能力が強い遺伝子が淘汰され、なくなっていったのでした。(2)牛乳を飲む文化実は、世界中の成人の70%近くは、牛乳を飲んでも吸収できないです。もちろん、母親のおっぱいを飲む乳児は、牛乳も吸収できます(ただし推奨年齢は1歳を過ぎてから)。しかし、5歳を過ぎると、母親のおっぱいに含まれる乳糖(牛乳の成分と同じ)を分解する酵素がつくられなくなるため、牛乳を飲んでも吸収できなくなるのです。場合によっては、腹痛や下痢を起こします(乳糖不耐症)。一方で、残りの30%強の人は、大人になっても牛乳を吸収できて栄養にすることができます。そのわけは、約1万数千年前に農耕牧畜が広がってから、その人たちの祖先が、その家畜の搾乳を栄養として利用する地域にいたからです。先ほどの調理をする文化と同じように、牛乳を飲んで栄養にして生きていく文化の淘汰圧がかかったために、大人になっても牛乳を飲んで吸収できる遺伝子を持つ人が増えていったのでした。なお、チーズやヨーグルトなどの乳製品は、加工の過程で乳糖の割合が減っていくため、食べて吸収できる人が増えます。これは、牛乳が飲めない人たちが生きて行くための新たな文化的な適応であったと言えます。(3)お酒を飲む文化哺乳類の多くは、腐った果実(=果実酒)を食べると、分解する能力が低いためすぐに酔っ払います。ところが、ゴリラとチンパンジーはなかなか酔っ払わないことが分かっています。このことから、もともとの約1千万年前のゴリラとチンパンジーと人類との共通の祖先は、当時から「アルコール」を分解して栄養にすることができたと考えられています。そのわけは、彼らは、木から下りて地上で長い間を過ごすようになっていたため、地上に落ちて腐った果実(アルコール)も貴重な食料源として分解して消化するような遺伝的な適応をしたからでしょう。その後、約数万年前に、人類はアルコールを作るようになりました。同時に、当時からアルコール依存症が問題になっていたことが考えられます。すると、アルコールを飲まない(あまり飲めない)人が仕事仲間として、そして結婚相手としてより選ばれていくことが推測されます。このような当時の文化の淘汰圧によって、飲んだアルコールを分解できない遺伝子を持つ人が再び増えていったのでしょう。実際に、お酒があまり飲めない人は、とくに東アジアで多いのです。お酒を飲んで出てくる赤ら顔は「オリエンタルフラッシュ(東洋人の赤ら顔)」とも呼ばれます。そのわけは、もともと東アジアで稲作が盛んで、早くから米酒が醸造されていたことで、アルコール依存症が当時から社会問題になっていたからであると考えることができます。この詳細については、関連記事をご参照ください。以上を踏まえて、学歴社会の行き着く先が見えてきます。それは、学歴を重んじる文化の淘汰圧がかかると、知能が高くなる遺伝子を持つ人が増えていくことです。そして、牛乳(またはお酒)が飲める人と飲めない人がそれぞれいるのと同じように、知能の高い人と高くない人の集団が二極化していくことです。これは、知能における「遺伝格差」が広がることを意味します。一見、知能が高い人が増えるのはそれ自体むしろ良いことのように思われます。しかし、その知能とは、試験問題を解くことに特化した「知能」(情報処理能力)です。何か新しいものを生み出す創造性ではありません。AI化が進む私たちの日常生活にも共感的なコミュニケーションが求められる社会生活にも役に立つとは限らない、時代遅れの「知能」です。さらに問題なのは、その知能の高い人が高くない人を搾取する社会の仕組み(学歴社会)は変わらないどころか、強化される危うさもあるということです。この状態を前編では学歴階級社会とご説明しました。これは、牛乳が飲める人が飲めない人を搾取するのと大差ないくらい、実は不公平なものに思えてきます。この点で、中編でも触れた教育格差の名の下に、これまでの大学への助成金に加えて今後の学生への大学無償化を進めてしまえば、国は教育をする側だけでなく受ける側も含めた両方に資金援助をして、ますます教育ビジネス(前編を参照)に加担することになります。そればかりか、このように収入格差を縮めようと良かれと思って教育格差を是正しようとする取り組みは、皮肉にも、逆に学歴インフレ(前編を参照)を引き起こし、学歴を重んじる文化の淘汰圧を高めることになります。こうして、知能における「遺伝格差」をますます広げ、結果的に収入格差が広がった学歴階級社会をさらに「発展」させてしまうことになります。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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ドラマ「ドラゴン桜」(後編)【そんなんで結婚相手も決めちゃうの? 教育政策としてどうする?(学歴への選り好み)】Part 3

学歴社会にどうすればいいの?桜木先生は、全校生徒の前で「そういう世の中が気に入らねえんだったら、自分でルールを作る側に回れ」と言い放ちます。彼が言う「ルール」とは、まさに学歴社会という文化そのものでもあります。「ルールを作る側に回れ」とは、高い学歴を手に入れることであり、さらには学歴(知能)が高い人が高くない人から搾取しない新しい仕組みを作り直すことをほのめかしていると読み取ることもできます。それでは、そのためには、どうすればいいでしょうか? 文化的に促進したものは文化的に抑制できるという文化進化の特性を踏まえて、学歴社会への国家的な真の対策を大きく3つ挙げてみましょう。(1)収入格差そのものを縮める1つ目の取り組みは、収入格差そのものを縮めることです。なぜなら、問題なのは、中編でもご説明しましたが、教育格差ではなく、収入格差そのものだからです。そのための税制などの社会政策を進め、収入格差をコントロールすることです。実際に、高卒に対しての大卒の収入は、アメリカは1.7倍で、日本は1.4倍強でしたが、実はフィンランドは1.25倍です。フィンランドをはじめとする北欧諸国は、もともと福祉国家であり、収入格差が小さいことで有名です。このように、社会政策として、シープスキン効果を働きにくくすれば、学生が高い学歴に選り好みをすることは減るでしょう。(2)一般職の公務員は高卒者とする2つ目の取り組みは、一般職(専門職を除く)の公務員は高卒者とすることです。すでに、大学における教育効果はとても限定的であるとご説明してきました。一般職の公務員が大卒者である必要がないのです。能力(知能)や適正(性格)を知りたいのであれば、能力テストや適正テストを適宜すれば良いです。もちろん、大学教育がない分、職場教育を充実させることができます。大学教授による目的が曖昧な授業よりも、職場教育に特化した講師による目的がはっきりした研修講義のほうが、より実践的で教育効果が期待できるでしょう。このように、まず公的機関において、高卒者の採用の促進とその後の職場教育のモデルを示せば、一般企業においても高い学歴に選り好みをすることは減るでしょう。(3)大学教育への資金援助を減らす3つ目の取り組みは、大学教育(研究を除く)への資金援助を減らすことです。これは、教育政策として教育政策をしないという仰天の逆説です。たとえば、大学への助成金を段階的に減らしていくことです。また、学生への大学無償化などの政策はしないことです。結果的に、少子化のなか、大学はダウンサイジングを迫られるでしょう。しかし、これは、一般企業としてはごく当たり前のことです。効果が期待できないことに、投資することはできないからです。ただし、奨学金制度はむしろ充実させる必要があります。なぜなら、奨学金の対象は、もともと学力が高くて真面目な学生であるため、専門職や研究職においての教育の効果が期待できるからです。一方で、大学無償化の対象は、学力が高くて真面目な学生であるとは限らなくなるため、経営難の大学の延命に利用されるだけになってしまうからです。このように、大学は、「淘汰」されることで、専門職と研究職のための教育に特化した本来のあるべき姿に戻ることができます。大学は、国立研究所として位置付けられ、浮いた大学助成金は研究予算に回すことができます。そして、大卒者が減り、世の中の大半の人が高卒者になれば、社会において高い学歴に選り好みをすることは減るでしょう。すでに中編で、一般教養を学ぶ場が大学である必要がないことをご説明しました。そもそも大学の教育関係者は、実は研究職が専門で、教職を専門とはしておらず、教えることには実は長けているわけではないという現実もあります7)。もちろん、高校教育までは、職業訓練をしたり、社会性(社会適応能力)を高める場所として必要です。人生の正解とは?第1シリーズのラストシーン。桜木先生は、最後に東大特進クラスの生徒たちに言い残します。「入学試験の問題にはな、正解は常に1つしかない。その1つに辿り着けなかったら、不合格。こりゃ厳しいもんだ。だがな、人生は違う。人生には、正解はいくつもある。大学に進学するのも正解。行かないのも正解だ。スポーツに夢中になるのも、音楽に夢中になるのも、友達ととことん遊び尽くすのも、そして誰かのためにあえて遠回りするのも、これすべて正解だ。だからよ、おまえら生きることに臆病になるな」「おまえら、自分の可能性を否定するなよ。受かったやつも、落ちたやつもだ。おまえら、胸を張って堂々と生きろ」と。あれだけ最初に「東大に行け」と言っておきながら、最後は「(東大に)行かないのも正解だ」と言い切っています。また、彼自身が弁護士であり受験コンサルタントとして知能が高い側にいるはずなのに、「自分でルール(学歴社会にならない仕組み)を作る側に回れ」と言っていました。この点で、彼はトリックスターとも言えます。それを物語るのは、元暴走族上がりで東大に合格しながら進学しなかったという異色の経歴であり、弁護士として王道を歩まない彼自身の不器用な生き様であり、彼らしい世の中への反逆精神でしょう。しかし、現実的には、官僚や教育関係者など学歴(知能)が高い人たちは、その恩恵を受ける側なので、学歴社会の不公平さをうすうす分かっていたとしても、桜木先生のようにあえてその立場が危うくなることは言わないですし、あまり知りたいとも思わないでしょう。政治家も、今まで通り教育政策を充実させると言っておいたほうが聞こえが良くて支持が集まるので、その反対のことは言えないでしょう。では、このままの学歴社会でいいんでしょうか? 知能における「遺伝格差」によって、本人の努力ではどうしようもなく搾取される側になってしまっていいんでしょうか? その「遺伝格差」によって、親の「努力」(教育費をかけること)でもどうしようもなく自分の子どもが搾取される側になってしまっていいんでしょうか?もちろん、どんな社会にするかは政治が決めることです。しかし、政治をする政治家を決めるのは、やはり私たちです。となると、私たち一人一人がまず暴走(ランナウェイ)しつつある学歴社会という文化進化の危うさを理解することです。そして、逆にその文化(環境)を変えていくことで、知能における「遺伝格差」を広げないようにする必要があることを理解することです。すると、遺伝自体は変えられなくても、その遺伝と相互作用して顕在化させるかを左右する環境を変えることができます。これは、逆転の発想です。実際に福祉国家であるスウェーデンは、収入への遺伝の影響が小さいことが分かっています。つまり、収入格差の抑制が知能における「遺伝格差」の抑制につながっているというわけです。このような社会を実現するために、私たちは、遺伝と真摯に向き合う時期に来ています。貧富の差(収入格差)があるのは、「努力が足りなかったからだ」という自己責任論ばかりを唱えるのをそろそろやめる時期に来ています。遺伝の影響力はないとする考えほうが逆に遺伝の影響力を強める結果を招いているという逆説にそろそろ気付く時期に来ています。そして、遺伝の価値は、私たちの文化(環境)が決めているという側面に気付くことです。なぜなら、進化心理学の視点で考えれば、私たちの心は、学歴などによる不平等で不公平な社会ではなく、助け合いによるある程度平等で公平な社会をもともと望むからです。それは、私たちの心の原型が形づくられた原始の時代の部族社会をイメージすれば、分かるでしょう。もちろん、まったくの平等社会にはしないことです。なぜなら、旧ソ連がそうだったように、そんな社会は、こんどは努力をしなくなるという負の側面が出てくるからです。以上を踏まえて、桜木先生が最後に言い残したように、正解を求める生き方ではなく、どんな生き方でも正解と思えることが望ましいでしょう。そのために、私たち一人一人が、学歴という体裁ではなく、相性という中身によって、仕事もパートナー(結婚相手)も選んでいける時代にしていくことではないでしょうか? そんな心のあり方を育むことこそがこれからの教育であり、そんな生き方を促すことこそがこれからの社会と言えるのではないでしょうか?5)「進化と人間行動」P235:長谷川寿一ほか、東京大学出版会、20226)「文化がヒトを進化させた」P22:ジョセフ・ヘンリック、20197)「大学の常識は、世間の非常識」P119、P181:塚崎公義、祥伝社新書、2022<< 前のページへ■関連記事酔いがさめたら、うちに帰ろう。(前編)【アルコール依存症

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第123回  高血圧治療用アプリ保険適用、中医協委員は健康アプリとの線引きの曖昧さやフォローアップの必要性を指摘

日本で2番目に承認されたDTxこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。週末から月曜にかけては、甲子園の高校野球観戦三昧でした。夏の全国高校野球選手権大会の決勝は仙台育英高校が下関国際高校に勝ち、優勝旗が初めて「白河の関超え」(東北勢の初優勝)をすることになりました。仙台育英は夏の大会決勝進出3度目にしての悲願達成です。個人的に記憶に鮮明なのは、大越 基投手が仙台育英のエースだった1989年の決勝です。大越投手は一人で全6試合を投げ抜き、帝京(東東京)との決勝は延長10回、0-2で敗れました。その大越投手、ダイエー・ホークス(当時)引退後は大学に入学し直して教員の資格を取り、現在は下関国際高校の地元でもある山口県下関市の早鞆(はやとも)高校野球部監督を務めています(2012年に春の選抜大会出場)。大越氏は決勝当日、8月22日の朝日新聞朝刊の「エール 東北人+山口の監督として」に登場、「OB、東北人としては育英を応援したいけど、山口県の監督としては下関に深紅の大優勝旗が来てほしい」と語っていました。同じ山口県内のライバル校を倒し、東北勢の長年の呪縛も解いた母校・仙台育英高校の優勝に、大越氏もほっと胸をなでおろしているのではないでしょうか。さて、今回は8月3日、中央社会保険医療協議会総会で医療機器として保険適用が決まったCureApp社の「CureApp HT高血圧治療補助アプリ」について書いてみたいと思います。日本で2番目に承認されたこのデジタル治療薬(Digital Therapeutics:DTx)に対し、中医協委員から使用実態についてのフォローアップの必要性を指摘されるなど、厳しい意見も多数出されました。月1回830点、6ヵ月を限度に算定中医協総会は8月3日、CureApp社の「CureApp HT高血圧治療補助アプリ」について保険適用を了承しました。診療報酬上は特定保険医療材料としては設定せず、新規技術料で評価されます。同社のニコチン依存症治療アプリも同様の区分で承認されており、これに準じた扱いです。具体的には、同アプリを使用して高血圧症に関する総合的な指導および治療管理を行った場合、アプリによる治療開始時に「禁煙治療補助システム指導管理加算」を準用する形で、140点を1回に限り算定します。また、同アプリを使用して高血圧症に関する総合的な指導および治療管理を行った場合に「血糖自己測定器加算の4(月60回以上測定する場合)」を準用し、月1回に限り830点を算定します。830点の算定については、初回の使用日の月から6ヵ月を限度としており、加えて前回算定日から、平均して7日間のうち5日以上、アプリに血圧値が入力されている場合にのみ算定できるとしています。なお、アプリの使用に当たっては、関連学会の策定するガイドラインおよび適正使用指針の順守を求めています。830点6ヵ月は患者側にとってはなかなか高い点数ですが、皆さんどう思われるでしょう? 6ヵ月間のアプリ使用料は3割負担で約1万5,000円となります。一般的なゲーム課金と比べると、少々高い印象です。同アプリは9月には保険収載される見通しです。中医協の資料によれば、推定適用患者数(ピーク時)は約824万人、このうち市場規模予測(ピーク時)として同アプリの使用患者数は約7万人と見積もられています。国はDTxなどプログラム医療機器の普及・定着に前のめり「CureApp HT高血圧治療補助アプリ」は、同社が自治医科大学の研究グループと共同開発した治療用アプリで、患者がスマートフォンなどを用いて使用するものです。患者がIoT血圧計で測定した家庭血圧や、生活習慣のログを日々記録すると、アプリはこれらのデータを基に、患者ごとに個別化された治療ガイダンスとして、食事、運動、睡眠などに関する情報を表示します。これにより患者の行動変容を促すことで降圧効果が得られるとしています。同アプリについては、本連載でも、2022年4月26日に薬事承認された直後に「第109回 高血圧治療用アプリの薬事承認取得で考えた、『デジタル薬』が効く人・効かない人の微妙な線引き(前編)」、「第110回 同(後編)」と2回に渡り取り上げ、国がDTxをはじめとするプログラム医療機器(SaMD)の普及・定着に相当前のめりになっている状況や、DTxの臨床試験の不可解さについて書きました。「アプリのアドバイスになかなか従わない人に果たして効果があるか」前編では、同アプリが薬事承認の了承に当たって、「承認後1年経過するごとに、市販後の有効性に関する情報を収集し、有効性が維持されていることを医薬品医療機器総合機構(PMDA)宛てに報告すること」という条件が付けられたことを紹介、「こうしたスマホアプリに順応して素直に行動を変えられる人ならよいが、頑固でアプリのアドバイスになかなか従わない人に果たして効果があるのだろうか」という素朴な疑問を投げかけました。続く後編では、「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」の臨床試験の結果を読み解き、「主要評価項目であるABPM (24時間自由行動下血圧測定)による24時間のSBP(収縮期血圧)が、高血圧治療ガイドラインに準拠した生活習慣の修正に同アプリを併用した『介入群』と、同ガイドラインに準拠した生活習慣の修正を指導するのみの『対照群』を比較評価した結果、『介入群』の方が有意な改善を示した、とのことですが、『有意な改善』とは言っても、血圧の変化量の群間差は-2.4[-4.5〜-0.3]で、素人目には劇的というほどではありませんでした」と書きました。さらに、PMDAが公開した「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」の審議結果報告書には臨床試験の対象患者について、「20歳以上65歳未満の降圧薬による内服治療を受けていないI度又はII度の本態性高血圧患者のうち、 食事・運動療法等の生活習慣の修正を行うことで降圧効果を十分に期待できると判断された患者を対象」と記載されているものの、「『降圧効果を十分に期待できる』をどう判断したかについては書かれていない」と指摘しました。また、DTxの成功例として知られる米Welldoc社の糖尿病治療用アプリ「BlueStar」も、相当厳格な対象患者絞り込みによって、有意差のある結果を出していたらしいことにも言及。DTxの開発は国内外で、糖尿病、うつ病、不眠症、アルコール依存症とさまざまな領域で活発化しているものの、大日本住友製薬など、開発に頓挫したケースもあることを紹介しました。中医協、支払側・診療側双方の委員から厳しい指摘この連載で書いたような、DTxの治療効果への疑問や、臨床試験での対象患者選びがブラックボックス化していることなどは、中医協委員も感じていたのかもしれません。総会では中医協委員から厳しい意見が出されました。日経メディカルやミクスオンラインなどの報道によれば、同アプリの保険適用に当たっては、支払側委員から「ニコチン依存症の治療用アプリとは異なり、(高血圧症治療補助アプリ)は健康アプリに近い印象があり、同様のアプリが今後登場してきた際には判断が難しくなるのではないか」、「通常の生活習慣指導と比較したアプリの効果についてはエビデンスがあるものの、他の健康アプリとの比較は行われていない」など、一般向けの健康アプリとの線引きの曖昧さが指摘されました。一方、診療側委員からは、「次回改定時には前例にとらわれず、専門組織からの意見などを受けて、本製品の評価について見直しを行うことも検討する必要がある。一定期間の使用を踏まえたアウトカム評価を導入することも必要ではないか」と使用実態についてのフォローアップが求められました。サワイ、CureAppが開発する肝炎治療用アプリの販売権を獲得健康アプリとの線引きの曖昧さの指摘や、フォローアップをしっかり行うようにとの要請など、なかなかに厳しい船出と言えます。しかし、DTxはこれからも次々と上市される見込みです。後発医薬品大手のサワイグループホールディングスは(サワイGHD)8月2日、CureAppが開発する肝炎の治療用アプリの販売権を獲得したと発表しました。契約一時金に加え、臨床試験の進展に応じCureAppに最大105億円を支払うとのことです。この治療用アプリは肝臓に炎症を引き起こす非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を治療対象にしたものです。医師の代わりに患者に食生活の見直しや運動などを促し、生活習慣の改善をめざすとしています。「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」と同様、医師が患者に処方して使うDTxです。CureAppと東京大学医学部附属病院が共同で2016年10月より単施設における臨床研究を開始、2018年4月からは多施設共同臨床研究を実施し、認知行動療法に基づいた本アプリによる明確な体重減少ならびに肝線維化の改善効果が認められたとしています。今後、これまでの試験データを基に、第III相臨床試験に進む予定とのことです。第III相臨床試験はCureAppとサワイGHDが共同して行い、上市後の販売や営業活動はサワイGHDが担うとしています。NASHの患者は国内に200万人程度、その予備軍は推定1,000万人程度いるとされ、病気が進行すると肝硬変や肝がんを引きおこすおそれがあります。確立された薬物療法がなく、運動療法や食事療法などの生活改善が中心になっており、その一翼を同アプリが担うとしています。ただ、認知行動療法で体重減少を目指す点は理解できますが、その療法と肝線維化との関連性がどうなっているのか、プレスリリースや報道などでは今ひとつわかりません。それこそ、普通の一般向け減量アプリとの差別化はどうなるのでしょう。第III相臨床試験では、そのあたりもきちんと実証し、公表して欲しいと思います。

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アルコール依存症リスクに対する喫煙の影響

 喫煙と飲酒には強い相関があるといわれている。英国・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのClaire Garnett氏らは、イングランドにおける飲酒者の喫煙率および喫煙の特性について、アルコール依存症リスクの有無による比較を行った。その結果、アルコール消費量増加と喫煙率上昇との関連が認められたことから、著者らは、アルコール依存症リスクを有する喫煙者では、英国国民保健サービス長期計画(NHS Long Term Plan)の一環として喫煙率を低下させることが重要であると報告した。The Lancet Regional Health. Europe誌2022年6月9日号の報告。 イングランドの成人(weighted n:14万4,583人)を対象に毎月実施された断面調査のデータ(2014~21年)を用いて、分析を行った。喫煙および禁煙チャレンジの特徴は、調査年で調整した後、アルコール依存症(飲酒者のアルコール依存症リスクの有無別)で回帰した。 主な結果は以下のとおり。・過去1年間の喫煙率は、アルコール依存症リスクを有する飲酒者で63.3%(95%CI:59.7~66.8)、アルコール依存症リスクのない飲酒者で18.7%(95%CI:18.4~18.9)、非飲酒者で19.2%(95%CI:18.8~19.7)であった。・過去1年間の喫煙者のうち、アルコール依存症リスクを有する飲酒者は、1日当たりの喫煙本数が多く(vs.リスクのない飲酒者、B=3.0、95%CI:2.3~3.8)、起床後最初の喫煙が5分以内である可能性が高かった(vs. 60分未満内、OR=2.81、95%CI:2.25~3.51)。

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機械学習でアルコール使用障害の再発リスクを予測

 機械学習により治療終了後に再発するリスクの高いアルコール使用障害(AUD)患者を特定できる可能性のあることが、新たな研究で明らかにされた。米イェール大学医学部精神医学分野のWalter Roberts氏らが実施したこの研究の詳細は、「Alcoholism: Clinical and Experimental Research」に4月14日掲載された。 AUDに対する治療は再発率が高く、多くの患者が治療中や治療後に大量のアルコール飲料を摂取してしまう。そのため、特に重度のAUD患者では、長期にわたる禁酒を成功させるまでに、繰り返し治療を受けることも珍しくない。AUDの再発は、医療費にかける負担が大きいだけでなく、患者の治療に対する意欲を損なう。過去の研究では、治療アウトカムと関連するAUD患者の特徴が特定されているが、これらを体系的に活用して臨床的アウトカムの予測を試みた研究は少ない。 そこでRoberts氏らは、AUDと薬物療法に関する最大の臨床試験であるCOMBINE試験(対象者1,383人)のデータを基に機械学習による予測モデルを構築し、AUD患者の臨床的アウトカムに対する予測能を検証した。同試験の対象患者は、薬物療法、または薬物療法+行動療法など9種類の介入法のうちのいずれかを4カ月間受ける群にランダムに割り当てられていた。予測ターゲットは、治療開始後1カ月以内、治療終了前1カ月間、または隔週で行われる治療セッション間での大量飲酒とされた。なお、大量飲酒は、女性では1日4杯以上、男性では1日5杯以上の飲酒と定義された。 その結果、このモデルは再発リスクの予測に優れ、大量飲酒に舞い戻るリスクが高く、介入を追加することでベネフィットを得られる可能性のある患者を、臨床医よりも正確に特定できる可能性が高いことが明らかになった。 また、AUD再発を予測する上で最も重要な因子は、肝酵素レベル、アルコール依存症が始まった年齢などの他、飲酒行動や精神症状に関連する自記式の調査スコアなどであることが分かった。Roberts氏らは、「これらの因子に関する情報は、AUDの治療中に比較的容易かつ安価に得ることができる」と指摘している。さらに、過去の研究では有害な飲酒と関連を示す因子に性差のあることが示されていたが、今回の研究でもそれらの知見と一致する結果が得られた。 以上のような結果を踏まえた上でRoberts氏らは、「この研究により、定期的に収集された臨床データを用いれば、機械学習によりAUDに対する治療のアウトカムを予測できる可能性のあることが明らかになった。この手法を用いることで、高額で侵襲的な評価方法を使わずとも、臨床上の予測精度を大幅に向上させることができるかもしれない。こうしたモデルをどのように活用するのが最善なのか、さらなる研究で追求する必要がある」と結論付けている。

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第110回 高血圧治療用アプリの薬事承認取得で考えた、「デジタル薬」が効く人効かない人の微妙な線引き(後編)

日医・中川会長不出馬、政権と日医との対立構造も変化かこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。先週末、大きなニュースが飛び込んで来ました。日本医師会の中川 俊男会長が6月に予定される会長選に立候補しない意向を周囲に伝えたことがわかったのです。中川会長と日医については、本連載で幾度も取り上げて来ました。今年に入ってからも、「第107回 会長選前に日医で内紛勃発、リフィル処方箋導入で松原副会長が中川会長を批判」「第108回 『かかりつけ医』の制度化めぐり、日本医師会と財務省の攻防本格化」などで、2022年診療報酬改定を機に勃発した日医執行部内部での内紛や、財務省の力が増す中での日医の立ち位置の難しさなどについて書きました。中川会長は、中央社会保険医療協議会委員の頃から強面で、政策通を自認していました。もっとも医師の利益だけを重視する発言は昔から有名で、そのスタンスはコロナ禍となっても変わりませんでした。しかし、「第92回 改定率で面目保つも『リフィル処方』導入で財務省に“負け”た日医・中川会長」でも書いたように、リフィル処方を執行部の了解も得ずに飲んでしまったことが致命傷となりました。医師の利益よりも、権力にしがみつきたいという私欲が、日医執行部の面々をも呆れさせたのかもしれません。いったん飲んでしまってから、リフィル処方に反対する姿勢を見せてはいましたが、悪あがきのようにも映りました。結局、国民と政権からそっぽを向かれ、日医内部からもそっぽを向かれた格好です。“お山の大将”のまま日医会長になったものの、その“大将”ぶりを変えずリーダーシップを取り続けた結果、失脚してしまったというわけです。5月23日に開いた記者会見で不出馬を正式表明した中川会長は、「出馬しないことで日本医師会の分断を回避し、一致団結して夏の参院選に向かうことができるのであれば本望」と語ったとのことです。また、「強権的だったとの一部批判があった。反省している」とも述べたそうです。5月25日時点で会長選に出馬を表明しているのは日本医師会副会長の松原 謙二氏と日本医師会常任理事の松本 吉郎氏です。このうち優勢と言われる松本氏は前回会長選で敗れた横倉 義武氏(前日本医師会会長)の陣営の一員でした。仮に松本氏が新会長となり、政界ともパイプが太かった横倉氏の“路線”、“政策”を引き継ぐとしたら、政権と日医との対立構造にも少しは変化が出てくるかもしれません。DTxに対する素朴な疑問をさらに深掘りさて、先週の続きです。前回は、高血圧治療用の「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」の製造販売承認(薬事承認)取得を機に盛り上がりを見せる「デジタル薬=DTx(Digital Therapeutics)」に対する素朴な疑問について書きました。今週はその疑問をもう少し深掘りしてみます。前回詳しく書いたように、「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」の臨床試験では、主要評価項目であるABPM (24時間自由行動下血圧測定)による24時間のSBP(収縮期血圧)が、高血圧治療ガイドラインに準拠した生活習慣の修正に同アプリを併用した「介入群」と、同ガイドラインに準拠した生活習慣の修正を指導するのみの「対照群」を比較評価した結果、「介入群」の方が有意な改善を示した、とのことでした。もっとも、「有意な改善」とは言うものの、血圧の変化量の群間差は-2.4[-4.5〜-0.3]で、素人目には劇的というほどではありませんでした。「スマホアプリにうまく順応して素直に行動を変えられる人ならいいが、頑固でアプリのアドバイスにもなかなか従わない人に果たして効果があるのだろうか」という私の素朴な疑問に対し、DTxの開発に詳しい知人の記者は「行動変容を促すDTxは、アプリを使用するだけでなく、アプリの提案を基に患者自身が行動を起こす必要がある。通常の薬剤の“服用”よりもアドヒアランスのハードルがとても高く、臨床試験で目に見える効果を出すのが難しいと言われている」と教えてくれました。「なるほど」と思い、少し調べてみたのですが、DTxの臨床試験は、国内外でなかなか難しい状況にあることがわかってきました。大日本住友製薬は2型糖尿病管理指導用のアプリの開発を中止DTxの開発は国内外で活発化しています。対象となっている疾患領域も糖尿病、うつ病、不眠症、アルコール依存症とさまざまです。そんな中、開発に頓挫したケースもみられます。たとえば、大日本住友製薬は、日本で2型糖尿病患者を対象に第III相臨床試験を実施していたDTxの開発を2022年1月に中止しています。同DTxは、スタートアップのSave Medicalと共同開発していた2型糖尿病管理指導用のアプリです。食事や運動、体重といった生活習慣や服薬や血圧、血糖値の指標などをアプリで管理することで、患者の行動変容を促し、2型糖尿病患者の臨床的指標を改善することを目指していました。しかし、第III相臨床試験の結果、主要評価項目であるHbA1cのベースラインからの変化量が未達となり、開発は中止されました。デジタル流行りの昨今、デジタル治療の現状については、一般メディアも専門メディアも甘口の記事が多いですが、日経バイオテクは今年3月22日付の「あの『BlueStar』に学ぶ、デジタル治療の臨床開発の難しさ」というタイトルで、辛口の分析記事を掲載しています。その記事は大日本住友製薬のDTx開発断念について、「第3相のデータの詳細は明らかではないが、大日本住友製薬の幹部は、『被験者の組み入れ基準などが厳密にコントロールされていなかったことなどが課題かもしれない』と明かしており、被験者によって効果が認められた患者とそうでない患者がいた可能性がありそうだ」と書いています。臨床試験とは、良いデータを出すことが目的ではなく、その“薬”が効くかどうかを証明することが目的のはずです。しかし、ともすれば開発者は、良いデータを出すために恣意的に臨床試験をデザインすることがあります。DTxの場合であれば、対照群も含めて「アプリ治療に反応しやすい人」だけを選んでおけば、良好な結果を出しやすくなるはずです。ただ、そうした臨床試験の結果をもって「効く」と言ってしまっていいのか、難しい問題です。治験の被検者を厳格に選んでいたBlueStar先程の日経バイオテクの記事は、DTxの成功例として知られる米Welldoc社の糖尿病治療用アプリ「BlueStar」にも切り込んでいます。BlueStarとは、DTxの成功例として知られるWelldoc社の糖尿病治療用アプリのことです。米食品医薬品局(FDA)の認可を2010年8月に受けており、同社と提携したアステラス製薬が日本と一部アジア地域での共同開発と製品化を進めています。同記事によれば、2008年から行われたBlueStarの2型糖尿病患者に対する臨床試験では、標準治療群と、標準治療にアプリを上乗せした群で有意差が出た(HbA1c値は対照群では0.7%の低下に留まったが、標準治療にアプリと医師による意思決定支援を上乗せした群では1.9%低下)ものの、被検者登録の段階で2度にわたって患者の同意を取るよう医師に求めるという、極めて厳格なセレクションが行われていたとのことです。最初2,602例をスクリーニングの対象としたものの、最終的に2度の同意手続きに反応のあった163例が被験者として登録されたとのことです。同記事は「被験者登録の過程で、結果的にアプリの効果が得られやすい患者が登録されていた、という可能性も否定できない」と書いています。また、同記事は、カナダにおける多施設でのランダム化対照試験では有意差が示されなかった、とも書いています。なお、アステラス製薬はBlueStarの臨床試験を日本でまだ開始していません。CureAppは「降圧効果を十分に期待できると判断された患者を対象」にDTxのパイオニアであるBlueStarですら、相当厳格な対象患者絞り込みによって、有意差のある結果を出していたらしいという事実は、万人に効くようなDTxの開発は相当困難であることを示唆しています。逆に言えば、「こういう性格や行動パターンの人には効く」という明確な線引きが行われて、臨床試験にもそれが反映されていれば、「効能又は効果」にその旨が記載されることで、本当に効く人だけに処方されることになります。私の素朴な疑問もこれで解消です。ただ、現状、DTxの臨床試験の対象患者選びはある意味、ブラックボックス化しているようです。たとえば、PMDAが先日公開した「CureApp HT 高血圧症治療補助アプリ」の審議結果報告書1)によれば、このアプリの臨床試験の対象患者は「20歳以上65歳未満の降圧薬による内服治療を受けていないI度又はII度の本態性高血圧患者のうち、 食事・運動療法等の生活習慣の修正を行うことで降圧効果を十分に期待できると判断された患者を対象」と書かれていますが、「降圧効果を十分に期待できる」をどう判断したかについては書かれていません。なお、臨床試験の同意取得症例は946例で、うち登録例399例(治験治療実施例390例)、未登録例547例となっています。市場に出る前に効く人と効かない人の線引きを国はDTxをはじめとするプログラム医療機器(SaMD)の普及・定着に相当前のめりになっている印象です。2022年度診療報酬改定では、プログラム医療機器を使用した医学管理を行った場合に算定する「プログラム医療機器等医学管理加算」の項目が新設されました。また、3月30日のデジタル臨時行政調査会で、岸田 文雄総理大臣は医療や介護のデジタル化の推進策を取りまとめるよう規制改革推進会議に指示、同会議ではプログラム医療機器の承認審査の在り方も検討される予定です。先週、5月18日には、自民党の「医療・ヘルスケア産業の新時代を創る議員の会」(ヘルステック推進議員連盟、 田村憲久会長)がデジタルヘルス推進に向けた提言を取りまとめており、この中でもプログラム医療機器の重要性が強調され、 利活用に向けた環境整備を求めています。しかし、デジタルは万能ではありません。効果が微妙なDTxがどんどん市場に出ていっても、迷惑を被るのは患者です。「市販後調査できちんと評価」という声もあるようですが、むしろ市場に出る前に効く人と効かない人の線引きをきちんとすることの方が重要ではないでしょうか。鳴り物入りのDTxですが、医療費の無駄遣いにならないことを願うばかりです。参考1)CureApp HT 高血圧治療補助アプリ 審議結果報告書/PMDA

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統合失調症患者の併存疾患~リアルワールドデータ分析

 米国において統合失調症の影響は320万人超に及ぶとされる。しかし、統合失調症の併存疾患パターンは、リアルワールドでシステマティックに検証されていない。米国・ハーバード大学のChenyue Lu氏らはこの課題を解決するため、米国の健康保険データセットの8,600万例の患者コホートを用いた観察研究を実施した。その結果、統合失調症患者の既知の併存疾患だけでなく、これまであまり知られていなかった併存疾患パターンも特定された。Translational Psychiatry誌2022年4月11日号の報告。統合失調症患者の併存疾患の初期兆候に臨床医が注意を払う 統合失調症患者と非統合失調症患者を年齢、性別、居住地(郵便番号の最初の3桁)でマッチさせた。統合失調症患者とマッチした非統合失調症患者の疾患ごとの有病率を比較し、年齢、性別で層別化したサブグループ分析を行った。 統合失調症の併存疾患パターンを観察研究した主な結果は以下のとおり。・青年および若年成人では、統合失調症診断前に、不安症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、薬物乱用が認められることが多かった。・60歳以上の統合失調症患者の併存疾患として、せん妄、アルコール依存症、認知症、骨盤骨折、骨髄炎の発症リスクが高かった。・統合失調症診断前の女性では、2型糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、摂食障害が認められることが多く、男性では、急性腎不全、横紋筋融解症、発達遅延が多かった。・統合失調感情障害患者では、他の統合失調症患者と比較し、不安症状や肥満の頻度が高かった。 著者らは「これらの併存疾患プロファイルは、同時に発生する疾患の初期兆候に臨床医が注意を払うよう導いてくれるだろう」としている。

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ナルメフェンによるアルコール依存症治療に影響を及ぼす臨床モデレーター

 ナルメフェンは、アルコール依存症患者のアルコール消費量を減少させるために使用可能な唯一の薬剤であるが、最もベネフィットが示される患者像は明らかになっていない。岡山大学の橋本 望氏らは、アルコール依存症患者のナルメフェンに対する治療反応に影響を及ぼす臨床モデレーターを明らかにするため、検討を行った。Drug and Alcohol Dependence誌2022年4月1日号の報告。ナルメフェンは65歳未満または問題飲酒の家族歴がない患者で有意な多量飲酒日数減少 日本人アルコール依存症患者を対象に、多施設ランダム化対照二重盲検第III相試験を実施した。12週間および24週間のナルメフェン治療における多量飲酒日数(HDD)や総アルコール消費量(TAC)の減少と患者のベースライン特性との関係を明らかにするため、線形回帰および複数の調整された分析を行った。 ナルメフェンに対する治療反応に影響を及ぼす臨床モデレーターを検討した主な結果は以下のとおり。・ナルメフェンの治療反応に対するポジティブモデレーターの可能性がある因子は以下のとおりであり、複数の調整された分析において有意であることが示唆された。 ●65歳未満(p=0.028) ●問題飲酒の家族歴なし(p=0.047) ●問題飲酒開始年齢が25歳以上(p=0.030) ●現在非喫煙者(p=0.071)・ナルメフェンは、65歳未満または問題飲酒の家族歴がない患者において、有意なHDD減少が認められた。また、問題飲酒開始年齢が25歳以上または現在非喫煙者において、有意なTAC減少が認められた。・上記モデレーターの組み合わせによる相乗効果が観察された。 著者らは「ナルメフェンは、禁煙状態、問題飲酒の家族歴がない、問題飲酒開始が遅めである、などのポジティブな因子を有するアルコール依存症患者においては、とくにベネフィットが示されることが示唆された。これらの結果を検証するためには、さらなる研究が求められる」としている。

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肺炎球菌ワクチン【今、知っておきたいワクチンの話】各論 第11回

ワクチンで予防できる疾患:肺炎球菌感染症肺炎球菌感染症とは肺炎球菌の感染による疾病の総称であり、肺炎、中耳炎、副鼻腔炎、髄膜炎などが含まれる。肺炎球菌は主に鼻腔粘膜に保菌され、乳幼児では40〜60%と高頻度に、成人ではおよそ3〜5%に保菌されている1)。感染経路は飛沫感染であり、小児の細菌感染症の主な原因菌の1つである。また、成人の市中肺炎の起因菌では38%と最も多い2)。肺炎球菌が髄液や血液などの無菌部位に侵入すると、菌血症を伴う肺炎、髄膜炎、敗血症などの侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal disease:以下「IPD」)を引き起こす。治療は抗菌薬投与および全身管理であるが、近年は薬剤耐性菌の出現も問題となっている3)。わが国の成人IPDの好発年齢は60~80代で4,5)、基礎疾患があることは発症や重症化のリスクとなる3,6)。65歳以上の成人(以下「高齢者」)の罹患率はおよそ5/10万人・年であり、致命率は6%台と高い1)。成人の肺炎球菌感染症とりわけIPDの発症や重症化の予防には、日常診療における基礎疾患の管理とともに肺炎球菌ワクチンの接種が重要である3,6)。ワクチンの概要肺炎球菌の病原因子の中で最も重要なものは、菌の表層全体を覆う莢膜である。この莢膜は多糖体からなり、97種類の型が報告されている3)。ある莢膜型の肺炎球菌に感染するとその型に対する抗体が獲得され、同じ型には感染しなくなるが、別の型には抗体がないため感染が成立し、発症する7)。そのため肺炎球菌による発症や重症化を予防するには、さまざまな莢膜型の抗体をあらかじめ獲得しておく必要があり7)、肺炎球菌ワクチンは莢膜多糖体を抗原としている。国内では以下の2つのワクチンが承認されているが、それぞれカバーする莢膜型の数や種類、免疫応答の方法などが異なる(表)。以下に2つのワクチンの特徴を述べる。1)23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)〔商品名:ニューモバックスNP〕23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(以下「PPSV23」)は、莢膜多糖体からなる不活化ワクチンで、23種類の莢膜型を有する。PPSV23接種による免疫応答では、T細胞を介さないため免疫記憶は獲得されず、B細胞の活性化によりIgG抗体のみが獲得される。IgG抗体は経年的に減弱し、減弱するとワクチン血清型の菌に対して予防効果は期待できなくなる3)。PPSV23の予防効果としては、接種により高齢者のワクチン血清型のIPDを39%減少させ8)、すべての肺炎球菌による市中肺炎を27.4%、ワクチン血清型の肺炎球菌による市中肺炎を33.5%減少させたと国内より報告されている9)。PPSV23は2006年に販売開始となり、2014年から5年間限定で65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳および100歳になる人を対象に定期接種となった。2019年度以降はさらに5年間の期限で、同年齢を対象に定期接種が継続されている10)。初回接種後の予防効果は3〜5年で低下する11)。再接種による予防効果について明確なエビデンスは報告されていないが、再接種後の免疫原性は初回接種時と同等であり、初回接種時と同等の予防効果が期待されている12)。また、再接種時の局所および全身性の副反応の頻度は初回接種時より高いことに注意が必要だが、いずれも軽度で許容範囲と考えられている12)。以上より症例によっては追加接種を繰り返してもよいと考えられ、接種後5年以上の間隔をおいて再接種することができる12)。2)沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)〔同:プレベナー13水性懸濁注〕沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(以下「PCV13」)は、莢膜多糖体に無毒化したジフテリア蛋白を結合させた蛋白結合型の不活化ワクチンで、13種類の莢膜型を有する。PCV13接種による免疫応答は、T細胞とB細胞を介している。まず、樹状細胞に抗原が提示されてT細胞の活性化を誘導する(T細胞依存型)。ついで活性したT細胞とB細胞の相互作用によりB細胞が活性化する。その後、形質細胞によるIgG抗体の産生とメモリーB細胞による免疫記憶が獲得される。そのため記憶された莢膜型の菌が侵入すると速やかにIgG抗体産生能が誘導(ブースター効果)され免疫能が高まる3)。小児に対する7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)は2010年より販売開始となり、同年に接種費用の公費助成が開始された。2013年4月より定期接種となり、同年11月よりPCV13に切り替えられた。予防効果として、PCV7・PCV13の導入により小児のIPD、とくに髄膜炎は87%も激減したと報告されている4)。一方、2014年より高齢者に対しても適応が拡大され、任意接種することが可能となった。PCV13接種により高齢者のワクチン血清型のIPDを47〜57%減少させ、ワクチン血清型の肺炎(非侵襲型)を38〜70%、すべての原因の肺炎を6〜11%減少させたとの予防効果が諸外国より報告されている13)。さらに2020年5月からは、高齢者のみならず全年齢に適応が拡大され、全年齢の「肺炎球菌感染症に罹患するリスクが高い人」に接種が可能となった。また、PCV13接種には集団免疫効果が認められており、小児へのPCV7およびPCV13接種の間接効果(集団免疫)により、成人IPD症例のPCV13血清型(莢膜型)は劇的に減少した3)。その一方で、PCV13に含まれない血清型が増加するなど血清型置換が報告されている3)がこの問題は後述する。表 肺炎球菌ワクチン(PPSV23とPCV13)の比較画像を拡大する接種のスケジュール1)23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23)〔商品名:ニューモバックスNP〕【定期接種】これまでにPPSV23を1回も接種したことがなく、以下(1)(2)にあてはまる人は定期接種として1回接種できる。(1)2019年度から2023年度末までの5年間限定で65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳および100歳になる人。なお、2023年度以降は65歳になる年度に定期接種として1回接種できる見込みである。(2)60〜64歳で、心臓、腎臓、呼吸器の機能に障害があり、身の回りの生活が極度に制限されている人。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)で免疫機能に障害があり、日常生活がほとんど不可能な人。【任意接種】2歳以上で上記以外の人。接種後5年以上の間隔をおいて再接種することができる12)。2)沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)〔同:プレベナー13水性懸濁注〕【定期接種】小児(2ヵ月以上5歳未満)以下のように接種開始時の月齢・年齢によって接種間隔・回数が異なることに注意する。(〔1〕1回目、〔2〕2回目、〔3〕3回目、〔4〕4回目)[接種開始が生後2ヵ月~7ヵ月に至るまでの場合(4回接種)]〔1〕〔2〕〔3〕の間は 27 日以上(27~56日)、〔3〕〔4〕の間は 60日以上の間隔をあけて(12~15ヵ月齢で)接種する 。[接種開始が生後7ヵ月~12ヵ月に至るまでの場合(3回接種)]〔1〕〔2〕の間は 27日以上(27~56日)、〔2〕〔3〕の間は 60日以上の間隔をあけて(12ヵ月齢以降で)接種する。[接種開始が12ヵ月~24ヵ月に至るまでの場合(2回接種)]〔1〕〔2〕の間は 60日以上の間隔をあけて接種する。[接種開始が24か月-5歳の誕生日に至るまでの場合(1回接種)]1回のみ接種する。【任意接種】5歳以上の罹患するリスクが高い者:1回1回のみ接種する。日常診療で役立つ接種ポイント1)PPSV23の推奨(1)2歳以上の脾臓を摘出した患者肺炎球菌感染症の発症予防として保険適用されるが、より確実な予防のためには摘出の14日以上前までに接種を済ませておくことが望ましい。(2)2歳以上の脾機能不全(鎌状赤血球など)の患者(3)高齢者(4)心臓や呼吸器の慢性疾患、腎不全、肝機能障害、糖尿病、慢性髄液漏などの基礎疾患がある患者(5)免疫抑制作用がある治療が予定されている患者。治療開始の14日以上前までに接種を済ませておくことが望ましい。2)PCV13の推奨(1)乳幼児(生後2ヵ月~5歳未満:定期接種)IPDは、とくに乳幼児でリスクが高く、5歳未満の致命率はおよそ1%と報告され14)、後遺症を残す危険性もある。そのため乳児であっても、接種が可能となる生後2ヵ月以上ではワクチン接種をされることを強く勧める。(2)基礎疾患がある5〜64歳の人2017年時点のIPDの致命率は、6〜44歳で6.2%、45〜64歳で19.5%と高く、基礎疾患を有することがリスクとなることが報告されている6)。基礎疾患(先天性心疾患、慢性心疾患、慢性肺疾患、慢性腎疾患、慢性肝疾患、糖尿病、自己免疫性疾患、神経疾患、血液・ 腫瘍性疾患、染色体異常、早産低出生体重児、無脾症・脾低形成、脾摘後、臓器移植後、髄液漏、人工内耳、原発性免疫不全症、造血幹細胞移植後など6,15)がある人には、本人・保護者と医師との話し合い(共有意思決定)に基づいてワクチン接種をされることを勧める。詳しくは「6歳から64歳までのハイリスク者に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方」(2021年3月17日)を参照。(3)基礎疾患がある高齢者、高齢者施設の入所者 基礎疾患(慢性的な心疾患、肺疾患、肝疾患、糖尿病、アルコール依存症、喫煙者など)がある高齢者では、本人・家族と医師との話し合い(共有意思決定)に基づいてワクチン接種することを勧める11)。とくに、髄液漏、人工内耳、免疫不全(HIV、無脾症、骨髄腫、固形臓器移植など)の患者には接種を勧める11)。高齢者施設の入所者も医師と相談して接種することを勧める11)。3)高齢者に対するPPSV23とPCV13の接種に関する考え方これまで高齢者に対するPPSV23とPCV13の接種について国内外で議論されてきたが、現時点での日本呼吸器学会・日本感染症学会の合同委員会による「考え方」16)を紹介する。【PPSV23未接種者に対して】(1)まず定期接種としてPPSV23の接種を受けられるようにスケジュールを行う。(2)PPSV23とPCV13の両方の接種をする場合には(1)を考慮しつつPCV13→PPSV23の順番で接種し、PCV13接種後6ヵ月〜4年以内にPPSV23を接種することが適切と考えられている。この順番の利点は、成人ではPCV13接種後に、被接種者に13の血清型の莢膜抗原特異的なメモリーB細胞が誘導され、その後のPPSV23接種により両ワクチンに共通した12の血清型に対する特異抗体のブースター効果が期待されることである。ただし、この連続接種については海外のデータに基づいており、日本人を対象とした有効性、安全性の検討はなされていない。【PPSV23既接種者に対して】PPSV23接種から1年以上あけてからPCV13接種を行う。詳細は以下の図1と「65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第3版)」を参照。図1 65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方(2019年10月)(日本感染症学会/日本呼吸器学会 合同委員会)画像を拡大する今後の課題・展望小児へのPCV7およびPCV13接種の間接効果(集団免疫)により、成人IPD症例のPCV13血清型(莢膜型)は劇的に減少したが、一方でPCV13に含まれない血清型が増加し、血清型置換が報告されている3)(図2)。図2 小児へのPCVs導入後のIPD由来株の莢膜型変化画像を拡大する2018年の厚生労働省の予防接種基本方針部会では、国内のIPDや肺炎原因菌の血清型分布などを検討しPCV13を高齢者に対する定期接種に指定しないと結論された17)。また、米国予防接種諮問委員会(ACIP)において、PPSV23はこれまで同様に推奨されたが、小児へのPCV13定期接種の集団免疫効果により高齢者の同ワクチン血清型の感染が劇的に減少したことから費用対効果も考慮し、高齢者へのPCV13の定期接種や一律のPCV13-PPSV23の連続接種は推奨しない方針に変更され、患者背景を考慮してPCV13接種を推奨することとされた13)。PCV13は高齢者の定期接種には指定されていないものの、接種しないことが勧められているわけではなく、その効果や安全性は確認されており13)、患者背景を考慮して接種する必要があることに注意する。とくに基礎疾患がある高齢者、高齢者施設の入所者には積極的に接種を勧めたい。また、2016年時点の高齢者のPPSV23接種率は40%ほど1)に留まっており、接種率のさらなる向上が必要である。基礎疾患を有することはIPDの重症化のリスクであり、日常診療における基礎疾患の管理とともに、適切にPPSV23やPCV13の接種を勧め、被接種者と共有意思決定を行い(shared decision making)、接種を実施し患者や地域住民をIPDから守りたい。わが国では成人IPDの調査・研究に限界があるが、前述の通りIPD症例の莢膜型の変化が報告4)されており、将来的にはさらに多くの血清型をカバーするワクチンやすべての肺炎球菌に共通する抗原をターゲットとした次世代型ワクチンの開発が望まれ、今後の動向にも注目したい3,6,18)。参考となるサイト(公的助成情報、主要研究グループ、参考となるサイト)1)23 価肺炎球菌莢膜ポリサッカライド ワクチン(肺炎球菌ワクチン) ファクトシート. 平成30(2018)年5月14日.国立感染症研究所.2)13価肺炎球菌コンジュゲートワクチン(成人用)に関するファクトシート. 平成27年7月28日.国立感染症研究所. 3)65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第3版 2019-10-30)日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討WG委員会/日本感染症学会ワクチン委員会・合同委員会4)「6歳から64歳までのハイリスク者に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方」(2021年3月17日).日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討委員会/日本感染症学会ワクチン委員会/日本ワクチン学会・合同委員会.5)こどもとおとなのワクチンサイト1)国立感染症研究所. 23 価肺炎球菌莢膜ポリサッカライド ワクチン(肺炎球菌ワクチン) ファクトシート. 平成30(2018)年5月14日. 2018.(2021年8月9日アクセス)2)Yoshii Y, et al. Infectious diseases. 2016;48:782-788.3)生方公子,ほか. 肺炎球菌感染症とワクチン. 2019.(2021年8月10日アクセス)4)Ubukata K, et al. Emerg Infect Dis. 2018;24:2010-2020.5)Ubukata K, et al. J Infect Chemother. 2021;27:211-217.6)Hanada S, et al. J Infect Chemother. 2021;27:1311-1318.7)生方公子, ほか. 肺炎球菌. 重症型のレンサ球菌・肺炎球菌感染症に対するサーベイランスの構築と病因解析、その診断・治療に関する研究.(2021年8月10日アクセス)8)新橋玲子, ほか.成人侵襲性肺炎球菌感染症に対する 23 価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチンの有効性. 2018; IASR 39:115-6.(2021年8月10日アクセス) 9)Suzuki M, et al. Lancet Infect Dis. 2017;17:313-321.10)厚生労働省. 第27回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 資料. 2019.(2021年8月10日アクセス)11)World Health Organization. Releve epidemiologique hebdomadaire. 2008;83(42):373-384.12)肺炎球菌ワクチン再接種問題検討委員会. 肺炎球菌ワクチン再接種のガイダンス(改訂版). 感染症誌. 2017;9;:543-552.(2021年8月10日アクセス)13)Matanock A, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2019;68:1069-1075.14)国立感染症研究所. 資料3 13価肺炎球菌コンジュゲートワクチン(成人用)に関するファクトシート. 平成27年7月28日. 第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン文科会予防接種基本方針部会ワクチンに関する小委員会資料. 2015.(2021年8月9日アクセス)15)日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討委員会/日本感染症学会ワクチン委員会/日本ワクチン学会・合同委員会. 「6歳から64歳までのハイリスク者に対する肺炎球菌ワクチン接種の考え方」(2021年3月17日). (2021年8月9日アクセス)16)日本呼吸器学会呼吸器ワクチン検討WG委員会/日本感染症学会ワクチン委員会・合同委員会. 65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第3版 2019-10-30). 2019.(2021年8月9日アクセス)17)厚生労働省. 第24回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 資料 2018.(2021年8月9日アクセス)18)菅 秀, 富樫武弘, 細矢光亮, ほか. 13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)導入後の小児侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)の現状. IASR Vol. 39 p112-113. 2018.(2021年8月10日アクセス)講師紹介

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そして父になる(続編・その2)【子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?(科学的根拠に基づく教育(EBE))】Part 3

そもそもなんで家庭環境の影響が少ないの?子育ての正解は、厳し過ぎず、自由過ぎず、ほどほどに子育てをする自律的な子育てであることが分かりました。そして、その行動遺伝学的な根拠として、家庭環境の影響が、非認知能力にはほぼなく、認知能力には限定的であることをご説明しました。それでは、そもそもなぜ家庭環境の影響が少ないのでしょうか? ここで、能力(心理的・行動的形質)は古ければ古いほど癖になりやすい(嗜癖性が強い)という仮説を立てます。そして、この仮説のもと、家庭環境の影響が少ない原因を、進化心理学的に3段階に分けて掘り下げてみましょう。(1)非認知能力はとても古くからあるから約5億年前に魚類が誕生し、有性生殖をするように進化しました。この生殖本能は、セックスをする「能力」と言い換えることができます。そして、その能力は、性欲として、食欲と並び、最も嗜癖性が強いと言えます。約3億年前に哺乳類が誕生し、親が哺乳行動(育児行動)を、そして子どもが愛着行動をするように進化しました。この育児と愛着の習性も、育児をする「能力」と親に愛着を持つ「能力」と言い換えることができます。そして、これらの能力も、かなり嗜癖性が強いと言えます。この詳細については、関連記事4をご覧ください。約700万年前に人類が誕生し、約300万年前に家族をつくり、さらにその血縁から部族を作るようになりました。この時、狩りや子育てのために部族の中でお互いに協力し合うように進化しました(社会脳)。たとえば、それは、周りの人と心を通わせる力こと(共感性)、周りの人に対して自分を落ち着かせること(セルフコントロール)、そして周りの人とうまくやっていくために自分で考えて行動すること(自発性)です。これが、非認知能力の起源です。逆に言えば、それ以前の人類やそのほかの動物は、車に例えると、この向社会性というナビゲーションがなく、単純なアクセルである快感と単純なブレーキである恐怖だけで行動しており、非認知能力があるとは言えないでしょう。なお、社会脳のメカニズムの詳細については、関連記事5をご覧ください。1つ目の段階として、家庭環境の影響が非認知能力にほぼない原因は、セックス、育児、愛着ほどではないにしても、この能力がとても古くからあるからであることが考えられます。人類の最も古い能力の1つであり、その分、とても癖になりやすい(嗜癖性が強い)と言えるでしょう。そして、敏感に反応してしまうからこそ(遺伝形質が発現しやすいからこそ)、家庭環境の刺激の程度に違いがあっても、つまりどの親の関わりによっても、変わらない能力であると言えます。結果的に、家庭環境の影響に違いが出ず、影響度はほぼ0になってしまうのです。つまり、嗜癖性が強いものは、家庭環境の影響が入り込む余地がないと言えるでしょう。(2)言語的コミュニケーション能力は比較的最近に出てきたから約20万年前に現生人類が誕生して、喉の構造が変化して、複雑な発声ができるようになりました。この時、言葉を使う脳が進化しました。これが、言語的コミュニケーション能力の起源です。言語的コミュニケーション能力とは、発音、語彙の数、文法的な正確さなどの基本的な会話力であり、認知能力の基礎と言えます。この能力に限定した検査は、ウェクスラー式知能検査の下位項目の単語・類似・理解、京大NX知能検査の下位項目の単語完成・類似反対語・文章完成、日本語能力試験の下位項目の聴解などが挙げられます。しかし、現時点で、これらの検査の下位項目に限定した行動遺伝学的な研究は見当たらず、家庭環境の影響度は不明です。そこで、語学力(外国語の才能)で代用します。そうするのは、語学力は、日本語における方言と標準語、タメ語と敬語の使い分けの延長とも捉えられ、言語的コミュニケーション能力の1つと考えられるからです。語学力においての遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、50%:23%:27%であることが分かっています。つまり、家庭環境の影響が20%強と出てきます。2つ目の段階として、家庭環境の影響が言語的コミュニケーション能力(正確には語学力)にややあると考えられる原因は、この能力が比較的最近に出てきたからです。その分、やや癖になりにくい(嗜癖性が弱い)と言えるでしょう。非認知能力ほど敏感に反応する訳ではないので(遺伝形質がやや発現しにくいので)、言語環境(家庭環境)の刺激の程度に違いがあると、つまり親によって曝される言葉の数や質の違いによって、変わってしまう能力であると言えます。逆に言えば、言語環境が同じ家庭内では、言語的コミュニケーション能力が似ていく、つまり同じレベルになっていくと言えます。結果的に、家庭環境の影響に違いが出て、影響度が20%程度となってしまうのです。実際に、この嗜癖性の弱さは、語学力に7歳という臨界期がある点でも説明することができます。つまり、年齢とともに嗜癖性が弱くなっていくものは、家庭環境の影響が入り込む余地が出てくると言えるでしょう。たとえば、それが、親から伝えられる方言、敬語、外国語などの語彙の数や表現の仕方なのです。ちなみに、コミュニケーション能力には、この言語的コミュニケーション能力のほかに、準言語的コミュニケーション能力と非言語的コミュニケーション能力があります。これら3つは、それぞれ順に、言葉そのものの言語情報、声のトーンなどの聴覚情報、表情などの視覚情報に言い換えられます。これらの能力についての行動遺伝学的な研究は現時点で見当たらず、家庭環境の影響度は不明です。その代わりに、これらの心理的な影響度は、7%、38%、55%であるという実験結果があります(メラビアンの法則)。この影響度を、情報媒体としてより選ばれる、より好まれる、つまり嗜癖性が強いと解釈すると、この3つの能力の出現の順番は、非言語的→準言語的→言語的であることが推定できます。なお、メラビアンの法則の詳細については、関連記事6をご覧ください。(3)言語理解能力は最も最近に出てきたから約10万年前に現生人類は貝の首飾りを信頼の証にするなどシンボルを使うようになりました。この時、言葉によって抽象的に考えるようになりました。これが、概念化、つまり言語理解能力の起源です。さらに、約5千年前に、文字が発明されました。これが、読み書き、つまり学習能力の起源です。言語理解能力(京大NX知能検査の言語性知能)においての遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、14%:58%:28%であることが分かっています。つまり、家庭環境の影響が60%弱とかなり高まっています。3つ目の段階として、家庭環境の影響が言語理解能力にかなりある原因は、この能力が最も最近に出てきたからです。その分、とても癖になりにくい(嗜癖性がほとんどない)と言えるでしょう。あまり敏感に反応しないので(遺伝形質がとても発現しにくいので)、学習環境(家庭環境)の刺激の程度に違いがあると、つまり親の関わり(家庭学習)の程度の違いによって、かなり変わってしまう能力であると言えます。結果的に、家庭環境の影響に大きな違いが出て、影響度が60%程度となってしまうのです。ただし、先ほどの知能指数(IQ)においての家庭環境の影響度の変化でもご説明しましたが、この数値が高いのは一時的なもので、年齢とともに下がっていきます。つまり、嗜癖性がもともとほとんどないものは、家庭環境の影響が入り込む余地がかなりあると言えるでしょう。たとえば、それが、先ほどにもご説明した、本がたくさんある家庭環境なのです。なお、言語理解は、認知能力の1つです。認知能力を代表する知能指数(IQ)には、言語理解のほかに、ワーキングメモリー、知覚推理、処理速度があります。ほかの3つについての家庭環境の影響度は、どれも0%であることが分かっています。結果的に、知能指数(IQ)においての家庭環境の影響度は、トータルで評価されて、先ほど示した数値である約30%になってしまうのです。また、このことから、ワーキングメモリー、知覚推理、処理速度の3つの能力は、言葉が生まれる前に出現していたことが推定できます。そもそも、これらの能力は、視覚情報を介しており、言葉(聴覚情報)を介する必要がないです。たとえば、言葉が生まれる前の原始の時代を想像すると、人類は襲ってくる猛獣から身を交わしつつ、仲間と息を合わせて威嚇しつつ、自分の子どもを守りつつ、逃げ道を探したでしょう。これは、同時並行で作業を記憶するワーキングメモリーです。人類は、獲物を追いかけるために、野山を延々と駆け抜けたあと、道に迷わずに部族の集落に帰ってきたでしょう。これは、二次元の図形や三次元の立体を頭の中で思い描いて自在に回転するメンタルローテーション(知覚推理)です。ところで、知能指数(IQ)においての成人初期の家庭環境の影響度は、日本では約20%にとどまってしまうのに対して、欧米ではほぼ0%でなくなってしまうことが分かっています。これは、欧米人と比べて、日本人は成人しても実家暮らしが多いことが原因になっている可能性が指摘されています。しかし、嗜癖性の観点で考えると、欧米の言語よりも日本語のほうが難解であることが原因になっている可能性も指摘できます。なぜなら、それだけ学習に労力がかかり、嗜癖性がさらに弱くなるので、家庭環境の影響が残ってしまうからです。ちなみに、絶対音感(音楽の才能)や絵心(美術の才能)についても、家庭環境の影響度は0%であることが分かっています。このことから、これらの能力(才能)も、言葉が生まれる前に出現していたことが推定できます。とくに、音楽については、リズムやトーンが共通する点で、準言語的コミュニケーション能力と同時期に出現していた可能性が考えられるでしょう。そう考えると、準言語的、そして非言語的コミュニケーション能力は、音楽と同じく、言葉が生まれる前に出現しているため、家庭環境の影響は0%であることが推定できます。じゃあなんであの2つは家庭環境の影響があるのに癖になりやすいの?能力(心理的・行動的形質)は古ければ古いほど癖になりやすい(嗜癖性が強い)という仮説は、非認知能力(正確には性格と自尊心)、言語的コミュニケーション能力(正確には語学力)、言語理解能力の順番に、家庭環境の影響度が出てきて増えている点が傍証になりそうです。今後、厳密な意味での非認知能力や言語的コミュニケーション能力についての家庭環境の影響度の研究が望まれます。この仮説のもと、嗜癖性が弱い能力は、それだけ新しく出てきたものであり、家庭環境の影響が出てくることが分かりました。しかし、嗜癖性が強いのに家庭環境の影響が出ている心理的・行動的形質が、実は2つあります。それが、先ほど放任的な家庭環境のリスクでご説明した、素行の悪さ(反社会的行動)と嗜好品へのハマりやすさ(物質依存)です。ここから、この2つの形質に家庭環境の影響がある原因を、「能力」という視点で、再び進化心理学的に掘り下げてみましょう。(1)素行の悪さという「能力」を文化的に発現させないようになったから約300万年前に人類は部族社会をつくり、助け合うようになりましたが、やはり飢餓の時は生き残るために奪い合いになります。そう切り替えられる種が、生存の適応度を上げるでしょう。つまり、助け合う能力と同時に出し抜く「能力」が進化したのでした。これが、反社会的行動の起源です。これは、同じ時期に出現した非認知能力と同じくらい嗜癖性が強いと言えるでしょう。数万年前に、部族同士の交流が盛んになり、反社会的行動が増えていきました。その抑止のために、獲物を仕留める飛び道具を武器として人に向けて威嚇する治安隊が生まれました。これが、警察の起源です。こうして、反社会的行動が、文化的に禁じられ、罰せられるようになりました。素行の悪さ(反社会的行動)が癖になりやすい(嗜癖性がある)のに家庭環境の影響がある原因は、もともとあったその「能力」を文化的に発現させないようになったからです。言語的コミュニケーション能力や言語理解能力のようにその能力を家庭環境によって促進するのではなく、逆に、反社会的行動という「能力」を家庭環境によって抑制するようになったのです。たとえば、それが、野々宮家のようなしつけ(禁止行為の学習)です。逆に、そうしない斎木家のような家庭環境が、結果的に素行の悪さという「能力」を発現させてしまい、家庭環境の影響度が20%程度出てしまうのです。なお、反社会的行動の起源の詳細については、関連記事7をご覧ください。(2)嗜好品へのハマりやすさという「能力」を文化的に発現させないようになったからアルコールの製造は約1万年前、大麻は約5千年前、タバコは7世紀頃であると考えられており、比較的に最近です。当たり前の話ですが、これらの嗜好品は、ハマるように人工的に造られたため、ハマる(嗜癖性が強い)のです。嗜好品へのハマりやすさ(物質依存)が癖になりやすい(嗜癖性がある)のに家庭環境の影響がある原因は、そのハマる「能力」を文化的に発現させないようになったからです。反社会的行動と同じように、嗜好品にハマる「能力」を家庭環境によって抑制するようになったのです。たとえば、それが、野々宮家のようにコーラ(カフェイン)禁止、ゲームの時間制限などの家庭のルールです。逆に、そうしない斎木家のような家庭環境が、結果的に嗜好品へのハマりやすさという「能力」を発現させてしまい、家庭環境の影響度が15~30%程度出てしまうのです。たくさん本が目の前にある家庭環境が言語理解能力を促進するのと同じように、たくさんの嗜好品が目の前にある家庭環境はそれらにハマる「能力」を促進してしまうという訳です。なお、アルコール依存症の起源の詳細については、関連記事8をご覧ください。ちなみに、嗜好品ではないですが、嗜癖行動として、ギャンブルが挙げられます。この家庭環境の影響度は、嗜好品と同じように考えれば、ある程度の%があっても良さそうですが、0%であることが分かっています。この訳は、確かに、ギャンブルは、狩りをする能力(ギャンブル脳)として、太古の昔からすべての動物がやってきたことであり、嗜癖性が強いです。しかし、アルコールやタバコと違って家庭内に入り込むことが難しいため、結果的に家庭環境の影響が出なくなっています。もちろん、成人してから実際にパチンコ店に行くという家庭外環境によって刺激が繰り返されると、ハマる「能力」が発現するでしょう。なお、ギャンブルの起源の詳細については、関連記事9をご覧ください。ただし、昨今広がっているギャンブル性の高いゲームは別です。現時点で、これについての行動遺伝学的な研究は見たありません。家庭内に入り込むことができるギャンブルとして、ゲームは家庭環境の影響が出ることが推測できます。なお、ゲーム依存症の詳細については、関連記事10をご覧ください。癖になりにくいのに家庭環境の影響がある困った「能力」とは? その原因は?家庭環境とは、現代社会に望ましいながらも癖になりにくい(嗜癖性が弱い)能力を促進する文化的な「アゴニスト」(刺激薬)であると同時に、現代社会に望ましくないながらも癖になりやすい(嗜癖性が強い)「能力」を抑制する文化的な「アンタゴニスト」(遮断薬)であることが分かりました。ところが、現代社会に望ましくなく、癖にもなりにくいのに、家庭環境の影響が出てしまう、ある「能力」が例外的にあります。それは、統合失調症という心の病です。この遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、81%:11%:8%であることが分かっています。つまり、家庭環境の影響度が10%強と少ないながらあります。これは、なぜしょうか? その原因を、再び進化心理学的に掘り下げてみましょう。統合失調症の主症状は、幻聴と被害妄想です。このことから、その起源、つまり統合失調症という「能力」が完成したのは、言葉でコミュニケーションをして抽象的に考えるようになった約10万年前であることが推定されます。つまり、統合失調症は、言語理解能力と同じく、新しく出てきた「能力」であるため、嗜癖性は弱いことが分かります。当時から、幻聴は「神のお告げ」として、被害妄想は「神通力」として受け止められ、彼らは社会に溶け込んでいたでしょう。ところが、18世紀の産業革命によって合理主義や個人主義が世の中に広がっていきました。この価値観によって、その後、この「能力」は病としてネガティブに受け止められるようになりました。つまり、統合失調症は、現代社会で望ましくない「能力」になってしまいました。ここで、統合失調症の発症に影響を与える家庭環境が浮き彫りになってきます。それは、合理主義的ではない、個人主義的ではない親の関わりです。これが、10%強の家庭環境の影響度の正体であることが考えられます。たとえば、それは、信心深さ、スピリチュアリズム、勘ぐりの激しさなどの合理主義的ではない関わりでしょう。また、過保護、過干渉、巻き込み、バウンダリー(心理的距離)のなさなどの個人主義的ではない関わりでしょう。実際に、再発の研究においては、家族による高い感情表出が危険因子として挙げられています。つまり、統合失調症において家庭環境の影響が出てしまう原因は、このような親の関わりほうが文化的に制限されるまでに至っていないからでしょう。なお、統合失調症の起源の詳細については、関連記事11をご覧ください。ちなみに、統合失調症以外の精神障害については、家庭環境の影響が基本的に0%になっています。このことから、統合失調症以外のほとんどの精神障害は、統合失調症が出現する10万年前よりも以前にすでに出現していたことが推定できます。たとえば、自閉症は、男性に多く見られるシステム化という能力の遺伝形質を多く遺伝したため、その効果が強く出た結果と言えるでしょう。自閉症の起源の詳細については、関連記事12をご覧ください。ADHDは、瞬発力(衝動性)という「能力」の遺伝形質が強く出た結果と言えるでしょう。ADHDの起源の詳細については、関連記事13をご覧ください。うつ病は、周りからの援助行動を引き出す「能力」の遺伝形質が強く出た結果と言えるでしょう。うつ病の起源の詳細については、関連記事14をご覧ください。結局、家庭環境って何なの?結局のところ、家庭環境の影響とは、必ずしも親の関わりの単純な程度でなく、親の関わりへの子どものそれぞれの能力の反応の鈍さであったり、逆に鋭さであったりする訳です。そして、反社会的行動と物質依存を除くと、家庭環境の影響度の大きさの違いから、その能力がいつ出現したかがだいたい分かってしまうという訳です。そう考えると、家庭環境は、もはや純粋に家庭環境とは呼べないかもしれません。行動遺伝学においての家庭環境(共有環境)か家庭外環境(非共有環境)かの線引きは、家庭の内か外かという単純な家庭の問題を超えて、どちらにしてもその環境の影響に反応しやすいかどうかという子どもの能力の嗜癖性の問題でもあることが分かります。進化の歴史の中で、そんな能力の嗜癖性を高めてきた私たちの心は、まさに「癖になる脳」、“addictive brain”と言えるのではないでしょうか?1)日本人の9割が知らない遺伝の真実:安藤寿康、SB新書、20162)遺伝マインド:安藤寿康、有斐閣、20113)認知能力と学習 ふたご研究シリーズ1:安藤寿康、創元社、20214)家庭環境と行動発達 ふたご研究シリーズ3:安藤寿康ほか、創元社、20215)そして父になる 映画ノベライズ:是枝裕和、宝島社文庫、2013<< 前のページへ■関連記事酔いがさめたら、うちに帰ろう。(前編)【アルコール依存症】万引き家族(前編)【親が万引きするなら子どももするの?(犯罪心理)】Part 1クレヨンしんちゃん【ユーモアのセンス】Part 1そして父になる(その1)【もしも自分の子じゃなかったら!?(親子観)】Part 2インサイド・ヘッド(続編・その3)【意識はなんで「ある」の? だから自分がやったと思うんだ!】Part 1クレヨンしんちゃん【ユーモアのセンス】Part 3万引き家族(前編)【親が万引きするなら子どももするの?(犯罪心理)】Part 3酔いがさめたら、うちに帰ろう。(後編)【アルコール依存症】「カイジ」と「アカギ」(後編)【ギャンブル依存症とギャンブル脳】レディ・プレーヤー1【なぜゲームをやめられないの?どうなるの?(ゲーム依存症)】絵画編【ムンクはなぜ叫んでいるの?】ガリレオ【システム化、共感性】ドラえもん【注意欠如・多動性障害(ADHD)】ツレがうつになりまして。【うつ病】

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特発性基底核石灰化症〔IBGC:idiopathic basal ganglia calcification〕

1 疾患概要■ 概念・定義特発性基底核石灰化症(idiopathic basal ganglia calcification:IBGC)は従来、ファール病と呼ばれた疾患で、歴史的にも40近い疾患名が使われてきた経緯がある。欧米では主にprimary familial brain calcification(PFBC)の名称が用いられることが多い。基本は、脳内(両側の大脳基底核、小脳歯状核など)に生理的な範囲を超える石灰化を認める(図1)、その原因となる生化学的異常や脳内石灰化を来す基礎疾患がないことである。最近10年間で、原因遺伝子として、4つの常染色体優性(AD)遺伝子(SLC20A21)、PDGFRB2)、PDGFB3)、XPR14))、2つの常染色体劣性(AR)遺伝子(MYORG5)、JAM26))が報告された。日本神経学会で承認された診断基準が学会のホームページに公開されている(表)。図1  IBGCの典型的な頭部CT画像画像を拡大する69歳・男性。歯状核を中心とした小脳、両側の大脳基底核に加え、視床、大脳白質深部、大脳皮質脳回谷部などに広範な石灰化を認める。表 特発性基底核石灰化症診断基準<診断基準>1.頭部CT上、両側基底核を含む病的な石灰化を認める。脳以外には病的な石灰化を認めないのが特徴である。病的とする定義は、大きさとして斑状(長径で10mm以上のものを班状、10mmm未満は点状)以上のものか、あるいは点状の両側基底核石灰化に加えて小脳歯状核、視床、大脳皮質脳回谷部、大脳白質深部などに石灰化を認めるものと定義する。注1高齢者において生理的石灰化と思われるものは除く。注2石灰化の大きさによらず、原因遺伝子が判明したものや、家族性で類似の石灰化を来すものは病的石灰化と考える。2.下記に示すような脳内石灰化を二次的に来す疾患が除外できる。主なものとして、副甲状腺疾患(血清カルシウム(Ca)、無機リン(Pi)、iPTHが異常値)、偽性副甲状腺機能低下症(血清Ca低値)、偽性偽性副甲状腺機能低下症(Albright骨異栄養症)、コケイン(Cockayne)症候群、ミトコンドリア病、エカルディ・グティエール(Aicardi Goutieres)症候群、ダウン(Down)症候群、膠原病、血管炎、感染(HIV脳症など、EBウイルス感染症など)、中毒・外傷・放射線治療などを除外する。注1iPTH:intact parathyroid hormone インタクト副甲状腺ホルモン注2小児例では、上記のような先天代謝異常症に伴う脳内石灰化である可能性も推測され、全ゲノム解析などの遺伝子検索が望まれる。3.下記に示すような 緩徐進行性の精神・神経症状を呈する。頭痛、精神症状(脱抑制症状、アルコール依存症など)、てんかん、精神発達遅延、認知症、パーキンソニズム、不随意運動(PKDなど)、小脳症状などの精神・神経症状 がある。注1PKD:paroxysmal kinesigenic dyskinesia 発作性運動誘発性ジスキネジア注2無症状と思われる若年者でも、問診などにより、しばしば上記の症状を認めることがある。神経学的所見で軽度の運動機能障害(スキップができないなど)を認めることもある。4.遺伝子診断これまでに報告されているIBGCの原因遺伝子は常染色体優性遺伝形式ではSLC20A2、PDGFRB、PDGFB、XPR1、常染色体劣性遺伝形式ではMYORG、JAM2があり、これらに変異を認めるもの。5.病理学的所見病理学的に脳内に病的な石灰化を認め、DNTCを含む他の変性疾患、外傷、感染症、ミトコンドリア病などの代謝性疾患などが除外できるもの。注1 DNTC:Diffuse neurofibrillary tangles with calcification(別名、小阪-柴山病)この疾患の確定診断は病理学的診断であり、生前には臨床的にIBGCとの鑑別に苦慮する。●診断Definite1、2、3、4を満たすもの。1、2、3、5を満たすもの。Probable1、2、3を満たすもの。Possible1、2を満たすもの。日本神経学会ホームページ掲載のものに、下線を修正、追加(改訂申請中)してある。■ 疫学2011年に厚生労働省の支援により本症の研究班が立ち上がった。研究班に登録されている症例は、2021年現在で、家族例が40家系、孤発例が約200例である。症例の中には、頭部外傷などの際に撮影した頭部CT検査で偶発的にみつかったものもあり、実際にはこの数倍の症例は存在すると推定される。■ 病因2012年に中国から、IBGCの原因遺伝子としてリン酸トランスポーターであるPiT2をコードするSLC20A2の変異がみつかったことを契機に、上記のように4つの常染色体優性遺伝子と2つの常染色体劣性遺伝子が連続して報告されている。また、症例の中には、過去に全身性エリテマトーデス(SLE)の既往のある症例、腎透析を受けている症例もあり、2次性とも考えられるが、腎透析を受けている症例すべてが著明な脳内石灰化を呈するわけではなく、疾患感受性遺伝子の存在も示唆される。感染症も含めた基礎疾患の関与によるもの、外傷、薬剤、放射線など外的環境因子の作用も推測される。原因遺伝子がコードする分子の機能から、リン酸ホメオスタシスの異常、また、周皮細胞、血管内皮細胞とアストロサイトの関係を基軸とした脳血管関門の破綻がこの石灰化の病態、疾患の発症機構の基盤にあると考えられる。■ 症状症状は中枢神経系に限局するものである。無症状からパーキンソン症状など錐体外路症状、小脳症状、精神症状(前頭葉症状など)、認知症を来す症例まで極めて多様性がある。発症年齢も30~60歳と幅がある。自験例の全202例の検討では、パーキンソニズムが26%、認知機能低下26%、精神症状21%、てんかん14%、不随意運動4%であった7)。不随意運動の内訳はジストニアが4例、ジスキネジアが2例、発作性運動誘発性ジスキネジア(Paroxysmal kinesigenic dyskinesia:PKD)が2例であった。わが国では諸外国と比して、不随意運動の頻度が低かった8)。必ずしも遺伝子変異によって特徴的臨床所見があるわけではない。国内外でもSLC20A2遺伝子変異患者ではパーキンソニズムが最も多く、PDGFB遺伝子変異では頭痛が多く報告されている。筆者らの検索でも、PDGFB変異患者では頭痛の訴えが多く、患者の語りによる質的研究でも、QOLを低下させている一番の原因であった。PKDはSLC20A2遺伝子変異患者で多く報告されている。筆者らはIBGC患者、とくにSLC20A2変異患者の髄液中の無機リン(Pi、リン酸)が高いことを報告している9)。頭部CT画像にも各遺伝子変異に特徴的な画像所見はないが、JAM2遺伝子変異では、他ではあまりみられない橋などの脳幹に石灰化がみられることがある。■ 分類原因遺伝子によって分類される。遺伝子の検索がなされた家族例(FIBGC)では、40%がSLC20A2変異10)、10%がPBGFB変異11)で、他XPR-1変異が1家系、PDGFRB変異疑いが1家系で、この頻度は国内外でほぼ一致している。■ 予後緩徐進行性の経過を示すが、症状も多彩であり、詳しい予後、自然歴を調べた論文はない。石灰化の進行を評価するスケール(total calcification score:TCS)を用いて、遺伝子変異では、PDGFRB、PDGFB、SLC20A2の順で石灰化の進行が速く、さらに男性、高齢、男性でその進行速度が速くなるという報告がある12)。原因遺伝子、二次的な要因によっても、脳内石灰化の進行や予後は変わってくると推定される。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)基本的には原因不明の脳内に限った石灰化症である。National Center for Biotechnology Information(NCBI)には、以下のPFBCの診断基準が挙げられている。(1)進行性の神経症状(2)両側性の基底核石灰化(3)生化学異常がない(4)感染、中毒、外傷の2次的原因がない(5)常染色体優性遺伝の家族歴がある常染色体優性遺伝形式の原因遺伝子として、すでにSLC20A2、PDGFB、PDGFRB、XPR1の4遺伝子が報告され、現在、常染色体劣性遺伝形式の原因遺伝子MYORG、JAM2がみつかってきており、上記の(5)は改訂が必要である。わが国では孤発例の症例も多く、疾患の名称に関する課題はあるが、診断は前述の「日本神経学会承認の診断基準」に準拠するのが良いと考える(上表)。鑑別診断では、主なものとして、副甲状腺疾患(血清カルシウム、Pi、iPTHが異常値)、偽性副甲状腺機能低下症(血清カルシウム低値)、偽性偽性副甲状腺機能低下症(オルブライト骨異栄養症)、コケイン症候群、ミトコンドリア脳筋症(MELASなど)、エカルディ・グティエール症候群(AGS)、ダウン症候群、膠原病、血管炎、感染(HIV脳症など、EBウイルス感染症など)、中毒・外傷・放射線治療などを除外する。IBGCの頭部CT画像は、タツノオトシゴ状、勾玉状などきれいな石灰化像を呈することが多いが、感染症後などの二次性の場合は、散発した乱れた石灰化像を呈することが多い。後述のDNTCの病理報告例の頭部CT所見は、斑状あるいは点状の石灰化である。IBGCは小児期、青年期は大方、症状は健常である。小児例では、AGSを始め、多くは何らかの先天代謝異常に伴う脳内石灰化症、脳炎後など主に二次性の脳内石灰化症が示唆されることが多い。今後の病態解明のためには、とくに家族例、いとこ婚などの血族結婚の症例を含め、エクソーム解析や全ゲノム解析などの遺伝子検索が望まれる。高齢者の場合は、淡蒼球の生理的石灰化、また、初老期以降で認知症を呈する“石灰沈着を伴うびまん性神経原線維変化病”(diffuse neurofibrillary tangles with calcification:DNTC、別名「小阪・柴山病」)が鑑別に上がる。DNTCの確定診断は、病理学的所見に基づく。しかし、最近10年間の班研究で調べた中ではDNTCと病理所見も含めて診断しえた症例はなかった。脳内石灰化をみた場合の診断の流れを図2に提示する。図2 脳内石灰化の診断のフローチャート画像を拡大する脳内に石灰化をみた場合のフローチャートを示す。今後、病態機構によって、漸次、更新されるものである。全体をPFBCとして包括するには無理がある。名称として現在は、二次性のものを除外して、全体をPBCとしてまとめておくのが良いと考える。【略号】(DNTC:Diffuse neurofibrillary tangles with calcification、FIBGC:Familial Idiopathic Basal Ganglia Calcification、IBGC:Idiopathic Basal Ganglia Calcification、PBC:Primary Brain Calcification)3 治療 (治験中・研究中のものも含む)根本的な治療法はまだみつかっていない。遺伝子変異を認めた患者の疾患特異的iPS細胞を用いて、PiT2、PDGFを基軸に創薬の研究を進めている。対症療法ではあるが、不随意運動や精神症状にクエチアピンなど抗精神病薬が用いられている。また、病理学的にもパーキンソン病を合併する症例があり、抗パーキンソン病薬が効果を認め、また、PKCではカルバマゼピンが効果を認めている。4 今後の展望中国からAR遺伝形式の原因遺伝子MYORG、JAM2が見出され、今後さらなるARの遺伝子がみつかる可能性がある。また、疾患感受異性遺伝子、環境因子の関与も想定される。IBGC、とくにSLC20A2変異症例では根底にリン酸ホメオスタシスの異常があることがわかってきた。ここ数年で、Pi代謝に関する研究が大いに進み、生体におけるPi代謝にはFGF23が中心的役割を果たす一方、石灰化にはリン酸とピロリン酸(二リン酸, pyrophosphate:PP)の比が重要である指摘やイノシトールピロリン酸 (inositol pyrophosphate:IP-PP)が生体内のリン酸代謝に重要であることが注目されている。最近では細胞内のPiレベルの調節にはイノシトールポリリン酸 (inositol polyphosphate: InsPs)、その代謝にはイノシトール-ヘキサキスリン酸キナーゼ、(inositol-hexakisphospate kinase:IP6K)がとくに重要で、InsP8が細胞内の重要なシグナル分子として働き、細胞内Pi濃度を制御するという報告がある。また、SLC20A2-XPR1が基軸となって、クロストークを起こすことによって、細胞内のPiやAPTのレベルを維持する作用があることも明らかとなってきた。生体内、細胞内でのPi代謝の解明が大きく進展している。5 主たる診療科脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。IBGCでは通常は小児期には症状を呈さない。小児期における脳内石灰化の鑑別では小児神経内科医へのコンサルトが必要である。精神発達遅滞を呈する症例あり、脳内石灰化の視点から、多くの鑑別すべき先天代謝異常症がある。とくに、MELAS、AGS、副甲状腺関連疾患、コケイン症候群、Beta-propeller protein-associated Neurodegeneration (BPAN、 SENDA)などは重要である。また、家族例では、IRUD-P(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases in Pediatrics:小児希少・未診断疾患イニシアチブ)などを活用したエクソーム解析や全ゲノム解析などの遺伝子解析が望まれる。   そのほか、症例の中には、統合失調症様や躁病などの精神症状が前景となる症例もある。これらはある一群を呈するかは今後の課題であるが、精神科医との連携が必要なケースもまれならずある。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本神経学会診断基準(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)NCBI GeneReviews Primary Familial Brain Calcification Ramos EM, Oliveira J, Sobrido MJ, et al. 2004 Apr 18 [Updated 2017 Aug 24].(海外におけるPFBCの解説、医療従事者向けのまとまった情報)●謝辞本疾患の研究は、神経変性疾患領域の基盤的調査研究(20FC1049)、新学術領域(JP19H05767A02)の研究助成によってなされた。本稿の執筆にあたり、貴重なご意見をいただいた岐阜大学脳神経内科 下畑 享良先生、林 祐一先生、国際医療福祉大学 ゲノム医学研究所 田中 真生先生に深謝申し上げます。1)Wang C, et al. Nat Genet. 2012;44:254–256.2)Nicolas G, et al. Neurology. 2013;80:181-187.3)Keller A, et al. Nat Genet. 2013;45:1077-1082.4)Legati A, et al. Nat Genet. 2015;47:579-581.5)Yao XP et al. Neuron. 2018;98:1116-1123. 6)Cen Z, et al. Brain. 2020;143:491-502.7)山田 恵ほか. 臨床神経. 2014;54:S66.8)山田 恵ほか. 脳神経内科. 2020;92:56-62.9)Hozumi I, et al. J Neurol Sci. 2018;388:150-154.10)Yamada M, et al. Neurology. 2014;82:705-712.11)Sekine SI, et al. Sci Rep. 2019;9:5698.12)Nicolas G, et al. Am J Med Genet B Neuropsychiatr Genet. 2015;168:586-594.公開履歴初回2021年12月2日

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日本人アルコール依存症の重症度が治療経過に及ぼす影響

 エビデンスの蓄積によりアルコール依存症の重症度と再発リスクとの関連が示唆されているが、依存症の重症度が疾患経過に及ぼす影響は十分に評価されていない。久里浜医療センターの吉村 淳氏らは、入院治療後の経過に対するいくつかのアルコール依存症重症度指数の影響を調査した。Alcoholism, Clinical and Experimental Research誌オンライン版2021年9月29日号の報告。アルコール依存症の重症度の高さは断酒率低下と関連 本プロスペクティブ研究は、専門病院でのアルコール依存症治療後12ヵ月間にわたり実施した。連続して入院したアルコール依存症患者712例が入院時に登録の対象となり、フォローアップ調査には637例が登録された。患者の特徴および重症度は、入院時に複数の手法を用いて評価し、退院後には飲酒行動に関する質問票を用いて郵送にて継続的にフォローアップを行った。 アルコール依存症の重症度が疾患経過に及ぼす影響を調査した主な結果は以下のとおり。・ICD-10診断基準によって評価したアルコール依存症の重症度の高さは、研究期間中の断酒率低下と関連が認められた(p=0.035)。・ベースライン時の血中γグルタミルトランスフェラーゼ値(p=0.031)およびアルコール依存症尺度(ADS)スコア(p=0.0002)の増加は、断酒率の有意な低下と関連していた。・多変量Cox比例ハザード分析では、ADSスコアが最も悪い群は、最も良い群と比較し、飲酒再発リスクが有意に高かった(HR:2.67、p=0.001)。・アルコール依存症の重症度は、飲酒パターンとも関連しており、制限された飲酒および断酒した群では、飲酒状況が悪い群と比較し、入院時のADSスコアがより低く(p=0.001)、初回飲酒時の年齢がより遅かった(p<0.001)。 著者らは「本研究は、複数の手法による調査結果に反映されているように、より重度のアルコール依存症は、治療後の経過不良を予測していることが示唆された。このことから、治療開始時に依存症の重症度を評価することは、治療アウトカムの予測および追加の支援が必要な患者を顕在化させるために役立つ可能性がある」としている。

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