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うつ病の維持期治療:患者さんの視点から/日本うつ病学会

維持療法にも目を向けて 2025年、うつ病診療ガイドラインが改訂され、うつ病の維持期治療について新しく取り上げられることになった。寛解の後、どのように治療を継続するか、あるいは治療を終了するのかは非常に重要である。 2025年7月11日、第22回日本うつ病学会総会共催シンポジウムにて「うつ病の維持期治療~患者さんの声とともにリカバリーの課題について考える~」と題したセッションが開催され、うつ病の経験を持つ林 晋吾氏が患者さん本人の視点から講演を行った。うつ病患者の回復と家族の視点~残遺症状とEmotional Bluntingの理解~ 林氏は2010年にまずパニック障害を発症し、その後うつ病を発症した。現在は寛解状態にあり、うつ病などの精神疾患を持つ患者さんの家族向けのコミュニティサイトの運営を行っている。当事者としての経験と家族支援を通して見えた維持期における課題として、残遺症状とEmotional Blunting、そして患者家族を含めた環境整備を挙げた。 林氏は寛解後も残遺症状である倦怠感や気分の落ち込み、集中力の低下を感じており、自己否定が強まり、人に相談できない状態に陥ることがあると述べた。また、Emotional Bluntingの影響についても自身の経験をもとにどのような状況になるかを説明した。 Emotional Bluntingとは感情の麻痺や平坦化、無関心、感情的な反応が低下している状態を指し、ポジティブな感情もネガティブな感情も感じにくくなる。Emotional Bluntingによって他人だけでなく自分自身へも関心が持てなくなり、結果として社会との繋がりを避けるようになり、自分自身を矮小な存在と感じてしまうことがあった、と林氏自身の経験を語った。 さらに患者家族の支援を通した活動から、Emotional Bluntingは本人だけでなく、患者家族にも影響を与ることがわかった。感情の麻痺や平坦化、無関心、反応の低下により、患者家族が戸惑いや無力感、悲しみ、患者との距離感などを感じることがあるという。必要とされるサポートとは これらのことから、林氏は2つの観点からサポートの必要性を指摘する。 1つ目は医療者からの情報提供である。患者さん自身、そして患者家族も「この状態は病気の一部である」と理解することで戸惑いは軽減される。そのため、パンフレットなどを活用した情報提供によって理解を支えることが望ましい。 2つ目は患者さんが安心して話せる環境づくりである。「以前興味があったことに関心が持てないことはありませんか?」など、感情の変化に気づけるような問いかけがあると、患者さんも話しやすくなる。つまり、何かおかしいと感じたときに伝えられる環境を作ることが重要である。 うつ病の維持期に見られる残遺症状やEmotional Bluntingは患者さん本人だけでなく、家族にも大きな影響を与える。そのため、これらの症状に対する理解と支援のためには、正確な情報提供と安心して話せる場の整備が欠かせない、と自らの経験を通して維持期の治療で注目すべき点について林氏は語った。

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第36回 重症熱中症には“Active Cooling”を!【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)意識レベルと体温に注目し、重症度を瞬時に見極めよう!2)重症熱中症では、まず「冷やす」ことが最優先! 3)冷却しながら、見逃してはいけない背景病態にも目を向けよう!【症例】74歳女性。自宅の庭で倒れているのを発見され救急要請。救急隊到着時、以下のようなバイタルサインであった。●受診時のバイタルサイン意識200/JCS血圧108/54mmHg脈拍128回/分呼吸25回/分SpO296%(RA)体温40.5℃既往歴不明内服薬不明熱中症2025今年は昨年を上回る勢いで熱中症が発生しています。梅雨がいつ明けたのかわかりませんが、とにかく暑く、気温の乱高下が激しく大変ですよね。電車内や屋内は、冷房の影響で寒く、外はうだるような暑さ、この差にも身体が堪え、これまで以上に身体に負担がかかっていることと思います。救急外来にも6月後半から熱中症患者が来院し、日に日に増加しています。多くの方は帰宅可能ですが、中には入院を要する重篤な転帰を辿る方もいます。暑熱順化が大切であり、熱中症を発症しないことが何よりも大切ですが、起こってしまった場合には然るべき対応を淡々と行うしかありません。そのためには、熱中症を早期に見抜き、重症度を見誤ることなく対応することが必要不可欠です。熱中症の重症度について「第33回 熱中症、初動が大事!」でも取り上げましたが、熱中症の重症度分類は従来の3段階から4段階へと変更されました(表1、2)1)。重要なポイントは、発生場所などの病歴から熱中症を早期に疑い、重症度の高いIV度やqIV度の症例に対して、迅速に介入することです。表1 熱中症の重症度分類画像を拡大する表2 熱中症の重症度分類(最重症群)画像を拡大する“Cool First,Transport Second!”重症度の高い熱中症に対しては、何よりも冷却が重要です。もちろん、バイタルサインを安定させることが最優先ですが、それと並行して積極的に冷却を行う必要があります。冷やした輸液を投与しただけで安心してはいけません。重症例では“Active cooling”が推奨されており、冷却輸液のような“Passive cooling”では効果が不十分とされています。最も効果的な冷却手段を選択し、迅速に実施することが求められます。冷却方法『熱中症診療ガイドライン2024』(日本救急医学会の熱中症および低体温症に関する委員会編)には、「CQ3-02:熱中症の治療において、いずれの冷却法が有用か?」というClinical Question(CQ)が提示されています。選択肢として、以下の10の方法が挙げられています。1)冷水浸水 (Cold water immersion)2)蒸散冷却法(Evaporative plus convective cooling)3)胃洗浄(Cold water gastric lavage)4)膀胱洗浄(Cold water bladder irrigation)5)血管内体温管理療法 (Intravascular temperature management)6)体外式膜型人工肺 (Extracorporeal membranous oxygenation:ECMO)7)腎代替療法 (Renal replacement therapy)8)ゲルパッド法による水冷式体表冷却(The Arctic Sun temperature management system)9)クーリングブランケット(Cooling blankets)10)局所冷却(Ice packs)このCQに対して、ガイドラインでは「熱中症診療における特定の冷却法について、明確な推奨は提示しない」と記載されています。その理由としては、特定の冷却法を支持する明確な根拠が乏しく、エビデンスの強さも十分ではないこと、また、それぞれの方法における有益性と有害性のバランスが明確でないと判断されたためです。では、どの冷却法を選べばよいのでしょうか。大切なのは、「安全に実施できること」および「自施設で対応可能であること」です。そうした手段を用いて最善を尽くすことが望ましいと考えられます。 私のお勧めは冷水浸潤(Cold water immersion:CWI)です。冷却効果が最も高く、スタッフが協力すれば安全に実施可能です(治療の詳細は後述します)。 たとえ体外式膜型人工肺(ECMO)や腎代替療法が理論的に有効であっても、すぐに準備できるわけではありませんし、これらは保険適用外である点も考慮が必要です。また、血管内体温管理療法は徐々に普及しつつあるものの、中心静脈穿刺が必要であり、治療コストも高いため、すべての医療機関で実施できるわけではありません。CWIの実際みなさんの施設では、CWIを実施しているでしょうか。手技自体はシンプルに見えますが、導入には意外と多くの準備や配慮が必要です。CWIとは、患者さんを水風呂のような冷水に浸し、体温を下げる方法です。 意識のはっきりしている若年者であれば、比較的容易に施行できますが、重症度の高い熱中症、とくに本症例のような高齢者の場合には、いくつか注意すべき点があります。(1)場の確保通常の診察室内での実施は困難です。CWIには専用のプールのような設備が必要であり、当院では空気で膨らませるタイプの介護用浴槽を使用しています。また、大量の水と氷を使用するため、水回りの環境も重要です。当院では、スペースと水の確保がしやすい除染室を使用しています。(2)人手の確保CWIが必要となるのは、重症度III~IV度の重篤な熱中症であり、気道管理を含む全身管理が必要となることが多く、人手を要します。医師や看護師を数名ずつ確保することが望ましいですが、手技の流れを理解しているスタッフであれば、医療職以外の協力も可能です。(3)深部体温のモニタリングqIV度では深部体温による重症度評価は必須ではありませんが、CWI中に過冷却を起こすリスクがあるため、深部体温(たとえば膀胱温など)をモニターしながらの介入が望まれます。(4)氷の確保水道水の温度は季節によっては高く、単独では十分な冷却効果が得られないことがあります。そのため、氷を用いて水温を下げる必要があります。あらかじめ準備手順を整備し、速やかに対応できるようにしておきましょう。クーラーボックスなどを常備しておくと便利です。(5)シミュレーションの実施CWIを年間に何十例も施行する施設はまれであり、個人単位でみると経験はごく少数に止まることが想定されます。そのため、実施機会に備えて事前にチーム全体でシミュレーションを行っておくことが重要です。毎年実施していても、その年の最初の1例目では混乱しやすいものです。新規スタッフの教育も兼ねて、定期的なトレーニングをお勧めします。※なお、当院ではCWIの実施に備えて定期的にシミュレーションを行っており、その様子を収めた簡易的な動画もあります。詳細な手技の解説までは含まれていませんが、実際の雰囲気をつかむには十分かと思いますので、ぜひご参考になさってください。早期に意識すべき3つの原因熱中症を疑うこと自体は比較的容易ですが、意識障害や体温の上昇が必ずしも熱中症だけを原因とするとは限りません。熱中症単独であれば、体温管理と輸液によって症状の改善が期待できますが、そもそも熱中症に至った背景に他の原因がある場合には、当然ながらその病態への介入が不可欠となります。 原因は多岐にわたりますが、まずは以下の3つを早期に意識しておくことが重要です。1)敗血症2)脳卒中3)外傷たとえば、敗血症により体動が困難となり熱中症を併発したケース、脳卒中を発症して動けなくなり熱中症を来したケース、あるいは熱中症による症状で転倒し、外傷を負った(あるいはその逆)ケースなど、救急外来ではしばしば遭遇します。これらのケースでは、抗菌薬の投与をはじめとした、それぞれの病態に応じた適切な対応が必要となります。 とはいえ、「原因検索を行ってから冷却を開始する」のでは遅すぎます。重症度の高い熱中症では、こうした原因を意識しつつも、冷却を迅速に開始することが求められます。CWIを実施することができれば、数十分のうちに目標体温に到達することも可能です。ぜひ実践してみてください。 1) 日本救急医学会. 熱中症診療ガイドライン2024

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第274回  文科省「今後の医学教育の在り方」検討会と厚労省「特定機能病院あり方検討会」の取りまとめから見えてくる大学病院“統廃合”の現実味(後編)

病院の建物は新しいが臨床研究棟はボロボロの大学医学部こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。3ヵ月ほど前になりますが、ある取材で私立の医科大学を3大学ほど訪れました。中部地方2大学、九州地方1大学です。驚いたのは医学部の教室が入っている建物(いわゆる臨床研究棟と呼ばれているもの)がどこもボロボロだったことです。ある大学など築50年近く経っていたのではないでしょうか。いずれの医科大学も患者が訪れる病院の建物は比較的新しく、医療機器も最新機器に更新されているようですが、教授陣以下、医学部で研究する人々の環境は“昭和”の時代のまま止まっているようでした。それだけ、医科大学の経営が厳しいということなのでしょう。加えて、どこの大学の教授室にも何のチェックもなくスルスルと辿り着けたのも気になりました。経費削減のためと思われますが、企業の取材ではほぼあり得ないことです。大学医学部は研究面だけでなく、防犯面でも課題がありそうだと感じた次第です。さて、前回、国立大学病院長会議が7月9日に発表した2024年度の決算(速報値)について書きました。全国42国立大学病院のうち、減価償却などの費用を含む2024年度経常損益では29病院が赤字であり、42大学の経常損益の合計額は過去最大の285億円マイナスという驚くべき数字でした。そして、東京科学大学病院や筑波大学附属病院など赤字の国立大学病院が、病床稼働率の向上や手術件数の増加といった、涙ぐましい経営努力をしている現状も紹介しました。そんな中、文部科学省は7月14日、「今後の医学教育の在り方に関する検討会」による「第三次取りまとめ」1)を公表しました。同検討会は2023年5月から15回にわたって議論を行い、これまでに「第一次中間取りまとめ」(2023年9月)、「第二次中間取りまとめ」(2024年6月)を公表しています。「第一次中間取りまとめ」をきっかけに、文科省は2024年3月に「大学病院改革ガイドライン」を策定、国立・私立ともに今後6年間に取り組む「改革プラン」の策定を各大学に求めました。今回の「第三次取りまとめ」は、医師の働き方改革をきっかけに激変した大学病院の経営環境を踏まえ、どう医学部・大学病院の教育研究環境を確保し、同時に大学病院の経営改善を図っていくかについて、今後の方向性を取りまとめたものです。大学病院を全国一律に捉えず、それぞれ必要とされる分野で機能・役割分化を促していく、というなかなか興味深い内容になっています。「全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」「第三次取りまとめ」でまず気になったのは、「II.医学部・大学病院を巡る状況と今後の方向性について」の章にある「大学病院の役割・機能として、診療だけでなく、教育や研究も欠かすことができないが、所在する地域の状況や医師の働き方改革等大学病院を取り巻く様々な環境の変化によって、全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」の一文です。その上で、「文部科学省が各大学病院の病院長と行った意見交換では、全ての大学病院が教育・研究・診療を担うことは重要と考えている一方で、全ての役割を一様に最大限に取り組むことには限界があり、地域の医療提供体制や各病院の財政状況、組織体制等に応じて、担うべき役割のエフォート配分を検討する必要があるとの意見も多くあった」と書かれています。つまり、「大学病院=教育・研究・診療が揃っているもの」という一律的な捉え方はもはや古く、教育に重点を置く大学病院、研究に重点を置く大学病院、診療に重点を置く大学病院というように、機能分化せざるを得ない状況だと断言しているのです。実際、今年2月に開かれた「第11回 今後の医学教育の在り方に関する検討会」で配布された「医師の働き方改革施行後の大学病院の現状と課題について」と題された資料を見ると、臨床医学分野の論文数・Top10%補正論文数や、競争的研究費の新規獲得状況などで全国の大学医学部には大きな開き、格差があることがわかります。現状、「研究」が行われているのは旧帝大や一部の私大に集中しており、それ以外の大学は教育(人材養成)と診療(地域医療)に注力しろ、というのが文科省の本音と言えそうです。「第三次取りまとめ」、地域医療構想と特定機能病院見直しにも言及そうした意味から、「第三次取りまとめ」では地域医療構想と特定機能病院見直しにも言及しています。まず、地域医療構想については、「厚生労働省の『新たな地域医療構想に関するとりまとめ』において、大学病院本院が担う『医育及び広域診療機能』を含む医療機関機能を、新たに位置付けることとしているなど、人口減少や高齢化が急速に進む中で地域の医療提供体制を維持していくために、大学病院は、都道府県に対し、地域医療構想の推進に関して様々な形で協力・貢献することが一層求められており、大学病院における組織的かつ主体的な取組が求められる」と、積極的に関わっていくことを求めています。「大学病院は、全ての診療科をそろえた総合的な医療提供体制の確保や、地域医療構想とも整合した地域貢献といった機能を担っている」「特定機能病院見直し」とは、厚生労働省の「特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会」で議論が進む、特定機能病院の要件見直しのことです。同検討会では、特定機能病院について、全大学病院本院が満たすべき「基礎的基準」を設定すると共に、個々の大学病院が地域の実情も踏まえて自主的に実施している取り組みを「発展的(上乗せ)基準」によって評価する案が検討中です。文科省の「第三次取りまとめ」はこの案について、「大学病院は、地域によっては、高難度の外科手術や難治性疾患の治療のような高度な医療のほか、全ての診療科をそろえた総合的な医療提供体制の確保や、地域医療構想とも整合した地域貢献といった機能を担っているものがある。このことも踏まえ、国は、大学病院の在り方の検討等を含めた取組について、特定機能病院の見直しや本取りまとめの趣旨に留意しながら、引き続き進めることが重要である」としています。つまり、大学病院は高度医療も重要だが、地域医療構想に即してほかの医療機関とも連携して地域の医療提供体制の構築に貢献することも重要な役割、と言っているのです。2040年を目標年とする「新たな地域医療構想」は大学病院のリストラも迫るものとなると、これからとくに500床以上あるような地域の基幹病院と大学病院との差別化が問題となってきそうです。新たな地域医療構想では、さらなる病床の機能分化が進められ、なおかつ人口規模が小さ過ぎる構想区域は統合されることになります。人口減が急速に進む中、病院の統廃合は今まで以上に加速することになるでしょう。そうした統廃合の流れから大学病院だけが守られるとは考えられません。「構想区域の統合」はやがて「大学病院の統廃合」にもつながっていくでしょう。医師の養成機能はどうするんだ、と言われそうですが、そもそも人口減で医師の需要も減っていくわけですから(専門医の需要はとくに)、医学部の統廃合のほうが先になるかもしれません。文科省の「第三次取りまとめ」の中の「III.大学病院の機能等別の課題と対応方策等」の章の「1.運営、財務・経営改革」の項目では、持続可能な大学病院運営のため、大学全体だけではなく病院単独の貸借対照表を作成するなど、詳細な資産状況を把握する取り組みを促すことが重要だと提言しています。これは、うがった見方をすれば、「将来起こるであろう統廃合や買収の準備をしておけ」ということかもしれません。田中 角栄が50年以上も前に唱え実現した「一県一医大」は、今となっては国にとって大きな財政負担、お荷物になってきています。2040年を目標年とする「新たな地域医療構想」は大学病院、医学部のリストラも迫る政策だということを、大学医学部関係者はしっかりと肝に銘ずるべきでしょう。参考1)今後の医学教育の在り方に関する検討会 第三次取りまとめ/文部科学省

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帯状疱疹、発生率が高まる時期は?/MDV

 帯状疱疹ワクチンの65歳以上への定期接種が2025年4月よりスタートした。同年3月に「帯状疱疹診療ガイドライン2025」の初版が発刊されたほか、海外での新たな研究では、帯状疱疹ワクチン接種による認知症リスクの低下1,2)や心血管疾患リスク抑制3)も示唆されており、今注目されている疾患領域である。 その帯状疱疹の国内患者推移について、メディカル・データ・ビジョンは自社の保有する国内最大規模の診療データベースから抽出した317施設の2019年1月~2025年3月のデータを対象に調査を行い、7月15日にプレスリリースを公表した。7~10月、患者増の可能性 調査結果によると、毎年2月は患者数が減少し、3月から春先にかけて増加する傾向がみられた。また、7月から10月にかけても患者数が増加する傾向にあり、夏から秋にかけて発症が増える季節性が認められた。一方、11月から翌年1月にかけては患者数がやや横ばい、あるいは減少傾向であった。同社はこれらの理由として、気温や湿度の変化、夏季の疲労蓄積、免疫力の低下などとの関連を挙げた。さらに男女・年齢別の傾向としては、年齢とともに増加傾向となり、70代の患者数が最も多く、女性のほうがやや多い結果を示した。PHNの発症率、治療薬の処方動向 帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)の発症率については、年齢とともに増加する傾向がみられ、とくに80代が最も高く、全体を通じて男性でわずかに高い傾向であった。治療薬は、アシクロビル、バラシクロビルの順に処方量が多かったが、全体的には各薬剤とも大きな変動はなく安定した使用状況を維持。アシクロビルに関しては2021年以降やや増加傾向であったという。

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患者説明をわかりやすく!病態や治療の説明文作成術【誰でも使えるChatGPT】第4回

皆さん、こんにちは。近畿大学皮膚科の大塚です。第3回では、国際的な診療ガイドラインとの比較方法をご紹介しました。今回は、日常診療で最も時間を要する業務の1つである「患者さんへの説明」にChatGPTを活用する方法をご紹介します。「この病気について、もっと詳しく知りたい」「なぜこの薬を使うのか教えてほしい」―、患者さんからこうした要望を受けることは日常茶飯事です。限られた診療時間の中で、医学的に正確でありながら、患者さんにとってわかりやすい説明をすることは容易ではありません。今回は、ChatGPTを「患者教育アシスタント」として活用し、さまざまな知識レベルの患者さんに合わせた説明文を効率的に作成する方法をお伝えします。関連サイトChatGPTケース1:新しく診断された疾患の説明30代女性が尋常性乾癬と診断されました。「乾癬って何ですか?」と不安そうに質問されました。あなたは患者さんに寄り添う皮膚科専門医です。30代女性の患者さんに「尋常性乾癬」について初めて説明します。以下の要素を含めて、わかりやすく説明してください。含めるべき内容:1.どんな病気か(専門用語を避けて)2.原因(遺伝や生活習慣との関係)3.症状の特徴4.日常生活への影響5.治療の見通し6.よくある誤解の解消(感染しないことなど)条件:中学生でも理解できる言葉で不安を和らげる温かい口調で全体で400字程度最後に「一緒に治療していきましょう」というメッセージをChatGPTからの回答例 乾癬は、皮膚の細胞が通常より早く生まれ変わってしまう病気です。健康な皮膚は約1ヵ月で新しくなりますが、乾癬では数日で変わるため、古い皮膚が積み重なって赤く盛り上がり、白い粉のようなものが付きます。この病気は体質的なもので、ストレスや風邪などがきっかけで出ることがあります。大切なのは、ほかの人にうつる病気ではないということです。症状は良くなったり悪くなったりを繰り返しますが、今は優れた治療法がたくさんあります。塗り薬から始めて、必要に応じてほかの治療も選べます。乾癬は慢性の病気ですが、適切な治療で普通の生活を送っている方がたくさんいらっしゃいます。あなたの生活スタイルに合った治療法を見つけて、一緒に治療していきましょう。何か心配なことがあれば、いつでもご相談ください。ケース2:治療法の選択肢を比較説明アトピー性皮膚炎の患者さんに、新しい治療選択肢(JAK阻害薬の内服)を提案する際の説明が必要です。あなたは、わかりやすい説明が得意な皮膚科医です。中等症のアトピー性皮膚炎患者さん(40代男性、会社員)に、新しい治療選択肢を説明する文章を作成してください。現在の治療ステロイド外用薬(ストロングクラス)提案する治療JAK阻害薬(リンヴォック)の内服以下の形式で説明してください:1.なぜ新しい治療を提案するのか2.JAK阻害薬とは(仕組みを簡単に)3.期待できる効果4.起こりうる副作用と対策5.費用の目安6.今の治療との違い(メリット・デメリット)条件:専門用語には必ず説明を付ける箇条書きを効果的に使う判断材料となる具体的な情報を含めるChatGPTからの回答例 【新しい治療法のご提案について】なぜ新しい治療をお勧めするのか。現在の塗り薬だけでは、かゆみのコントロールが十分でなく、お仕事にも影響が出ているとのことでしたので、より強力な治療法をご提案したいと思います。JAK阻害薬(リンヴォック)とは体の中で過剰な炎症反応を起こす信号をブロックする飲み薬です1日1回の内服で、全身のアトピー症状を改善します2021年に承認された比較的新しいお薬です期待できる効果多くの方が2週間~1ヵ月で効果を実感かゆみが早期に改善(数日~1週間)全身の皮疹が改善し、塗り薬の量を減らせる可能性注意すべき副作用感染症にかかりやすくなる(定期的な血液検査でチェック)にきびができやすくなることがあるまれに:帯状疱疹、血栓症費用について3割負担で月額約1万5,000円(薬代のみ)高額療養費制度の対象【大塚からの追加コメント】実はこの薬価情報は正確ではありません。リンヴォック(15mg)の実際の薬価は1錠約4,300円で、3割負担だと月額約3万6,590円(2025年7月現在)になります。これはChatGPTが薬価を正確に把握していないことを示す良い例です。現在の治療との比較【メリット】◎全身に効果がある◎塗る手間が省ける◎効果が早い【デメリット】×定期的な検査が必要×費用が高い×妊娠希望時は中止が必要ご不明な点があれば、お気軽にご質問ください。ケース3:検査結果の説明パッチテストの結果を患者さんに説明する必要があります。複数のアレルゲンが陽性でした。あなたは検査結果をわかりやすく説明する皮膚科医です。パッチテストの結果を患者さん(50代女性、主婦)に説明する文章を作成してください。検査結果:ニッケル:強陽性(++)コバルト:陽性(+)香料ミックス:陽性(+)ゴム系物質:陰性(-)説明に含める内容:1.パッチテストとは何か(簡潔に)2.陽性の意味3.日常生活で注意すべき具体的な物品4.今後の対策5.前向きなメッセージ条件:不安をあおらない表現具体的な生活指導を含めるイラストで示すようなわかりやすさChatGPTの回答例 【パッチテスト結果のご説明】検査の結果について今回の検査で、皮膚のかぶれの原因となる物質がわかりました。これは「どの物質に触れると皮膚が反応するか」を調べる検査です。見つかったアレルギー物質【ニッケル】★★(強い反応)アクセサリー(とくに安価なもの)時計、ベルトのバックル、メガネのフレーム硬貨、鍵【コバルト】★(反応あり)青色の染料を含む製品ビタミンB12を含むサプリメント【香料ミックス】★(反応あり)香水、化粧品芳香剤、柔軟剤日常生活での工夫◎アクセサリーは「チタン」「プラチナ」「18金以上」を選ぶ◎化粧品は「無香料」表示のものを◎金属部分が肌に触れる場合は、透明マニキュアでコーティング◎手袋(綿やビニール)で直接触れないように前向きに過ごすために原因がわかったことは大きな前進です。これらを避けることで、皮膚トラブルは確実に減っていきます。完全に避けることが難しい場合もありますが、工夫次第で快適に過ごせます。一緒に対策を考えていきましょう。患者説明のプロンプト作成のコツ1)患者さんの背景を具体的に設定年齢、性別、職業、生活環境などを明確にすることで、より適切な説明文が生成されます。2)説明のレベルを明確に指定「中学生でもわかる」「専門用語を避けて」など、具体的な指示を入れましょう。3)感情面への配慮を忘れずに「不安を和らげる」「前向きなメッセージ」など、心理的サポートの要素も重要です。4)構造化された出力を求める箇条書きや見出しを使うよう指示することで、読みやすい説明文になります。注意点1)医学的正確性の確認ChatGPTが生成した内容は必ず医学的に正しいか確認し、必要に応じて修正してください。2)個別性への配慮生成された説明文はあくまでテンプレート。患者さんの理解度や心理状態に応じて調整が必要です。3)定期的な更新治療ガイドラインや薬剤情報は変更されることがあるため、定期的に内容を見直しましょう。AIの薬価情報に関する重要な教訓ケース2で示したリンヴォックの薬価は、実際とは大きく異なっていました。これは医療現場でChatGPTを使用する際の重要な教訓を示しています。薬価・費用に関する情報はとくに注意が必要ChatGPTは薬価改定や最新の保険適用情報を把握していません。具体的な金額を患者さんに伝える前に、必ず最新の薬価を確認しましょう。「おおよその目安」として伝える場合も、実際の金額との乖離に注意します。確認すべき情報のチェックリスト◎薬価(最新の薬価基準で確認)◎用法・用量(添付文書で確認)◎保険適用の条件(適応症、施設基準など)◎併用禁忌・注意(最新の情報で確認)このような具体的な数値や規制に関わる情報は、ChatGPTの回答をうのみにせず、必ず1次情報源で確認することが患者さんの信頼を得るために不可欠です。まとめ患者説明は医療の質を左右する重要な要素です。ChatGPTを活用することで、わかりやすく、思いやりのある説明文を効率的に作成できます。ポイントは:患者さんの立場に立った言葉選び医学的正確性とわかりやすさのバランス不安を和らげる配慮これらの説明文を印刷して渡したり、診察室でタブレットを使って見せたりすることで、患者さんの理解度と満足度の向上が期待できます。

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腋窩リンパ節郭清省略はどこまで進むのか~現状と課題/日本乳癌学会

 乳がん治療においては、近年、術前化学療法(NAC)の高い完全奏効率から手術のde-escalationが期待されるようになり、なかでも腋窩リンパ節郭清(ALND)省略はQOLを改善する。第33回日本乳癌学会学術総会で企画されたパネルディスカッション「腋窩リンパ節郭清省略はどこまで進む?」において、昭和医科大学の林 直輝氏が腋窩リンパ節郭清省略の現状と課題について講演した。最近のトピック、SNB省略とASCOガイドライン ALNDのde-escalationは、リンパ浮腫などの合併症を減らすメリットと、不十分な局所コントロールが予後を悪化させるリスクがあるため、そのバランスが非常に大事である。その対応は、手術先行かNAC実施か、臨床的腋窩リンパ節転移陰性(cN0)か陽性(cN+)か、さらにそれが消失したかどうかによって変わるため、非常に複雑である。 手術先行の場合は、最近、ホルモン受容体(HR)陽性例において、cN0の場合はセンチネルリンパ節生検(SNB)そのものを省略可能であることが示された(SOUND試験、INSEMA試験)。また、SNBを実施する場合、病理学的リンパ節転移陽性(pN+)でも、センチネルリンパ節転移が2個以下の場合はALNDを省略可能であることが示唆されている(ACOSOG Z0011試験)。 SOUND試験およびINSEMA試験に基づいて、ASCOの早期乳がんにおけるSNBに関するガイドラインが2025年4月に改訂され、腫瘍径2cm以下、術前超音波検査でN0、50歳以上、閉経後、グレード1~2、HR陽性、HER2陰性で、乳房温存術後に放射線治療を受ける予定の患者はSNBを省略できるという選択肢ができた。自施設(昭和医科大学)においても、ASCOガイドラインに準じて、腫瘍径2cm以下、50歳以上の閉経女性、グレードの低いHR陽性、放射線治療を伴う部分切除予定の患者に対してSNB省略を開始している。ただし、適応を絞ったうえで、患者とよく相談し実施しているという。ALNDのde-escalationの2つのコンセプト、TASとTAD 次に林氏は、N+症例にNACを実施してALNDを省略するde-escalationの方法としてTailored axillary surgery(TAS)とTargeted axillary dissection(TAD)を解説し、これらによる試験を紹介した。TASはNAC後に最小限の転移リンパ節を摘出して腫瘍量を減らす方法で、TADはNAC後に事前にクリップを留置しておいた転移リンパ節の摘出とSNBを行う方法である。 手術先行の場合、cN+症例に対してALNDとTASの選択肢があり、TASについてはTAXIS試験のほか、JCOGでも現在HR陽性乳がんにおける試験が進行中で、結果が待たれる。 一方、NACによる腫瘍消失はHER2陽性やトリプルネガティブ乳がんで意味があるという。NACでycN0になった場合はTADとSNB単独の選択肢があるが、SNB単独では偽陰性率が高い。TADによる効果を検証したSenTa試験では、3年無浸潤がん生存率がTAD群91.2%、腋窩郭清群82.4%、腋窩再発率がTAD群1.8%、腋窩郭清群1.4%と同様であった。わが国でも、林氏らのN+患者におけるNAC後ALND省略を検討する多施設共同LEISTER試験が進行中である。SNB単独においても、前向き試験のSENATURK OTHER-NAC試験、後ろ向き試験のKROG21-06試験とI-SPY2試験の結果、SNB単独でも予後が良好である結果も出ている。また、前向き試験のSenTa試験でTADをSNBと実施した場合に治療効果が大きいことが報告されている。ALNDのde-escalationにおけるポイントと臨床での課題 林氏は、ALNDのde-escalationで重要なポイントとしてエビデンスとなる試験のデザインを挙げ、前向き試験なのか、無作為化されているか、サンプルサイズ、適応のサブタイプが非常に大事であると述べた。また、ベースラインでのリスクが重要であることから、NAC前のリンパ節のステータスが正確に評価されているか、また、もともとたくさんのリンパ節に転移していた患者を同じように扱っていくのか、という点を挙げた。 最後に林氏は、de-escalationにおける臨床での課題として、長期予後への影響、適切なフォローアップ頻度と方法(どのモダリティで、何ヵ月おきに、いつまでフォローするか)が確立されていないことを挙げ、さらに、保険が適用されないことやTAS/TADの方法の標準化ができていないことを指摘し、「患者さんが何を求めるのか、何をしてあげるべきかをバランスよく考えたうえで、エビデンスをしっかり積み重ねて評価していく必要がある」と述べた。

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リンパ腫Expertsが語る、診断・治療のTips/日本リンパ腫学会

 2025年7月3~5日に第65回日本リンパ腫学会学術集会・総会/第28回日本血液病理研究会が愛知県にて開催された。 7月5日、三好 寛明氏(久留米大学医学部 病理学講座)、丸山 大氏(がん研究会有明病院 血液腫瘍科)を座長に行われた教育委員会企画セミナーでは、「Expertsに聞く!リンパ腫診断と治療のTips」と題して、低悪性度B細胞リンパ腫(LGBL)の鑑別診断を高田 尚良氏(富山大学学術研究部 医学系病態・病理学講座)、T濾胞ヘルパー細胞(TFH)リンパ腫の診断と変遷について佐藤 啓氏(名古屋大学医学部附属病院 病理部)、悩ましいシチュエーションにおけるFL治療の考え方を宮崎 香奈氏(三重大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学)、二重特異性抗体療法の合理的な副作用マネジメントについては蒔田 真一氏(国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科)から講演が行われた。CD5陽性/CD23陽性だからといってCLL/SLLとは限らない LGBLは、臨床的には緩やかに進行するB細胞由来のリンパ腫であり、病理組織学的には小〜中型のリンパ腫細胞で構成され低増殖能を呈する腫瘍で定義される。このLGBLは、主に慢性リンパ性白血病/小リンパ球性リンパ腫(CLL/SLL)、脾臓原発悪性リンパ腫/白血病、リンパ形質細胞性リンパ腫(LPL)、辺縁帯リンパ腫(MZL)、濾胞性リンパ腫(FL)、マントル細胞リンパ腫(MCL)が含まれる。高田氏は、いくつかの症例について病理所見を提示しながらLGBL鑑別のコツを紹介した。まず、免疫組織化学のパネルとしてCD10、BCL6、cyclinD1、LEF1までは初回時の染色で行い、必要に応じてIRTA1、MNDA、SOX11などを追加することを推奨した。CD5陽性の場合には、CLL/SLLやMZL(稀にFL)も念頭に置き鑑別診断を行うと良い。また、CLL/SLLの診断では、CD5陽性およびCD23陽性であれば必ずしも診断できるわけではなく、鑑別診断ではLEF1、IRTA1、MNDAなどが必要になることがあり、場合によってはIGH::BCL2の転座の確認が必要となる。さらに、LGBL, NOSは、LGBL全体の5%程度であるが、治療選択肢を考慮し、できるだけ亜型分類を行うことが重要であると述べた。nTFHL診断時に病理医が着目する所見は Nodal TFHリンパ腫(nTFHL)はWHO分類第5版において、nTFHL, angioimmunoblastic type(nTFHL-AI)、nTFHL, follicular type、nTFHL-NOSへ名称変更が行われた成熟T細胞リンパ腫の1つである。これら3型に共通する特徴として、臨床像が類似しており、60代以降に多く、全身リンパ節腫脹、肝脾腫、B症状、胸腹水がみられ、自己免疫疾患様の症状および検査所見を呈し、一般的に予後不良であるなどが挙げられる。免疫染色においては、PD-1、ICOS、CXCL13、BCL6、CD10などのTFHマーカーのうち2〜3個以上が陽性で、濾胞樹状細胞の増生が特徴となる。TFHマーカーの免疫染色で覚えておきたいポイントとして、PD-1、ICOSは「感度は高いが、特異度が低い」、CXCL13、CD10、BCL6は「特異度は高いが、感度が低い」点を挙げている。また、70〜95%の症例で非腫瘍性B細胞にEBER陽性を示すことも重要なポイントである。近年、次世代シークエンサーを用いた解析でも、3型において類似した遺伝子プロファイルが報告されており、ひとくくりにすることが支持される裏付けともなっている。最後に、とくに鑑別の難しいHodgkin/Reed-Sternberg(HRS)-like cellsの出現を伴うnTFHLと古典的ホジキンリンパ腫(CHL)との鑑別では、PD-L1、STAT6、pSTAT6の免疫染色が有用であることも紹介した。免疫細胞療法でFL治療は新たなステージに向かうのか 宮崎氏は、FL治療における悩ましいシチュエーションとして、初発低腫瘍量、初発高腫瘍量、POD24の具体的な3症例を取り上げ、解説を行った。低腫瘍量の初発FLに対する治療は、造血器腫瘍診療ガイドライン2023年版において、未治療経過観察またはリツキシマブ単剤が推奨されているが、どちらを選択すべきなのか。経過観察は1つの選択肢であるとしながらも、リツキシマブ導入のメリットが大きいと述べている。その理由として、リツキシマブ単剤療法後、15年間の間に次の治療を行っていない患者が48%であり、次の治療の効果を減弱させない点、低腫瘍量であっても無イベント生存期間(EFS)が良好である点などを挙げられた。また、高腫瘍量の初発FLに対する維持療法の必要性に関しては、抗CD20抗体併用化学療法により奏効が得られた場合には、抗CD20抗体維持療法は、無増悪生存期間(PFS)の延長が期待できるとして推奨した。最後に、形質転換が高頻度でみられる予後不良なPOD24患者に対する治療について、さまざまなエビデンスを用いて解説した。CAR-T細胞療法、二重特異性抗体などの免疫細胞療法や新たな化学療法が治療選択肢として導入されつつあり、今後、至適治療が明らかになっていくことが望まれると述べた。二重特異性抗体登場で臨床医に求められるCRSマネジメント B細胞リンパ腫の治療では、CAR-T細胞療法の登場により、これまで治療困難であった殺細胞性抗がん剤に抵抗性を示す患者に対して持続的な奏効が得られるようになった。その一方で、CAR-T細胞療法は認定施設の少なさから多くの患者が容易にアクセスできる治療法ではないことが課題の1つとなっていた。より多くの患者がアクセス可能な免疫療法として、いくつかの抗CD3×CD20二重特異性抗体の開発が進められており、現在、4つの薬剤が承認あるいはまもなく承認される状況にある。また、二重特異性抗体の一次治療導入を検討したランダム化比較試験も進行中であり、B細胞リンパ腫における二重特異性抗体の位置付けは、今後ますます重要になると予想される。二重特異性抗体の使用に際しては、サイトカイン放出症候群(CRS)や免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)のマネジメントが求められる。蒔田氏は「CRSマネジメントは、原則CAR-T細胞療法と同様である。発症のタイミングには個人差があるため、慎重なモニタリングを実施できる体制を構築し、速やかに支持療法を実施できるように整えておく必要がある。また、予防には比較的多量のステロイドが使用されるため、感染症や発熱を伴わないCRSにも注意する必要がある」とまとめた。

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肥大型心筋症治療のパラダイムシフト【心不全診療Up to Date 2】第3回

肥大型心筋症治療のパラダイムシフトKey Point肥大型心筋症(HCM)の病態理解は、サルコメア蛋白遺伝子異常による「心筋の過収縮とエネルギー非効率性」を根源とする疾患へと深化している診断には心エコーやMRI、遺伝子検査が有用で、AI解析も注目されているサルコメアを直接制御する初の病態修飾薬、心筋ミオシン阻害薬を深掘りはじめに肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy:HCM)は、高血圧症や弁膜症などほかの心疾患では説明できない“左室ないし右室心筋の肥厚を呈する最も頻度の高い遺伝性心疾患”である(図1)。(図1)肥大型心筋症の定義画像を拡大する左室流出路閉塞(LVOTO)の有無、心不全症状、致死性不整脈リスクなど、その臨床像は極めて多様性に富む。これまでの治療は対症療法が中心であったが、近年、疾患の根源的病態であるサルコメアの機能異常に直接作用する心筋ミオシン阻害薬(Cardiac Myosin Inhibitor:CMI)が登場し、治療は大きな転換期を迎えている。「2025年改訂版 心不全診療ガイドライン」においてもHCMは独立した項目として扱われ、とくに治療アルゴリズムが大きく更新された。本稿では、この最新ガイドラインの知見を基に、HCMの病態、診断、そしてCMIを中心とした最新治療について概説する。最新治療を理解するための病態生理HCMの病態理解は、単なる「心筋の肥厚」から「サルコメアの機能異常」へと深化している。HCMの多くは、心筋収縮の基本単位であるサルコメアを構成する蛋白(βミオシン重鎖、ミオシン結合蛋白Cなど)の遺伝子変異に起因する1)。これらの変異は、心筋ミオシンのATPase活性を亢進させ、アクチンとミオシンが過剰に架橋(クロスブリッジ)を形成する「心筋の過収縮」状態を引き起こす。この過収縮はATPの過剰消費を招き、心筋のエネルギー効率を著しく低下させる。結果として、心筋は相対的なエネルギー欠乏と弛緩障害に陥り、心筋虚血、線維化、そして代償的な心筋肥厚が進行する。この一連の病態カスケードが、LVOTO、拡張障害、不整脈といった多彩な臨床像の根源となっている。CMIをはじめとする最新治療は、この上流にある「サルコメアの過収縮」を是正することに主眼を置いている。最新の診断方法HCMの診断は、画像検査、バイオマーカー、遺伝学的検査を組み合わせた包括的アプローチで行われる。画像診断:心エコー図検査が基本であり、15mm以上の最大左室壁厚(家族歴があれば13mm以上)が診断の契機となる。LVOTO(安静時・バルサルバ法や運動など生理的誘発時圧較差)、僧帽弁収縮期前方運動(systolic anterior movement:SAM)、拡張機能、左房容積などの評価が必須である。心臓MRI(CMR)は、心エコーで評価困難な心尖部等の形態評価に加え、ガドリニウム遅延造影(LGE)による心筋線維化の検出・定量評価に優れる。LGEの存在とその広がりは突然死リスクの重要な修飾因子であり、リスク層別化に不可欠である2)。バイオマーカー:最新のガイドラインでは、BNP/NT-proBNPが全死亡予測や治療モニタリングに有用(推奨クラスIIa)、高感度トロポニンも予後の推測に有用(推奨クラスIIa)とされている。また、肥大型心筋症の鑑別として、血清・尿中のM蛋白(ALアミロイドーシス診断のため)やα-ガラクトシダーゼ活性(α-GAL、ファブリー病診断のため)の測定も推奨されている(推奨クラスI)。遺伝学的検査:2022年に保険収載され、その重要性は増している。原因遺伝子の同定による確定診断、血縁者に対するカスケードスクリーニング(発症前診断)、そして予後予測への応用が期待される。サルコメア遺伝子変異陽性例は陰性例に比して予後不良であることが報告されており、精密医療の実現に向けた重要な情報となる。AI技術の応用:人工知能(AI)は、HCM診断の各側面でその応用が進んでいる。たとえば心電図解析では、AIが人間の目では捉えきれない微細な波形パターンからHCMを極めて高い精度で検出し、専門医が「正常」と判断した心電図からでもHCMを見つけ出す可能性が指摘されている3,4)。また、AIが心エコー図画像から心筋線維化(LGE)の存在を予測したり、CMR画像からLGEを専門家と同等の精度で自動的に定量化したりすることで、リスク評価を支援することが報告されている5-7)。遺伝子検査の分野では、病的意義が不明な遺伝子バリアント(VUS)の病原性を予測するAIモデルにより、HCMの診断率が向上し、家族スクリーニングや治療判断の補助としての有用性が示されつつある8)。治療治療戦略は、LVOTOの有無と左室駆出率(LVEF)に基づき選択される。(図2)(図2)肥大型心筋症の治療フローチャート画像を拡大する1. 閉塞性肥大型心筋症(HOCM)に対する治療LVOTO(安静時または負荷で30mmHg以上)を認める症候性HOCMが薬物治療の主対象となる。薬物療法:LVOTO(安静時または負荷で30mmHg以上)を認める症候性HOCMが薬物治療の主対象となる。第一選択薬として非血管拡張性のβ遮断薬、忍容性がなければ非ジヒドロピリジン系のカルシウム拮抗薬が推奨される(いずれもClass I)。効果不十分な場合、従来Naチャネル遮断薬であるシベンゾリン(保険適用外使用)などが使用されてきた。これに対し、ガイドラインでは新たにマバカムテンがClass Iで推奨された。心筋ミオシン阻害薬心筋ミオシン阻害薬(Cardiac Myosin Inhibitor:CMI)は、心筋収縮の中心的役割を担うサルコメアを標的とした新規治療薬として注目されている。代表的な薬剤には、初の経口選択的CMIであるマバカムテン(商品名:カムザイオス)および次世代CMIとして米国で承認審査中のaficamtenがある9)。CMIは心筋ミオシン重鎖のATPase活性を抑制し、アクチン-ミオシン間の架橋形成を減少させることで濃度依存的に心筋収縮力を低下させる。これにより、心筋過収縮状態のエネルギー効率を改善し、拡張機能の正常化が期待される10,11)。この薬理作用を基盤として、CMIはHCMや、左室駆出率(LVEF)が正常~亢進した心不全(HF with supranormal EF:HFsnEF)など、心筋の過収縮や拡張障害が病態の中核をなす疾患に対する治療薬として注目され、複数のRCTで検証されてきた(表1)。(表1)心筋ミオシン阻害薬を用いた代表的なRCTs画像を拡大するHCMを対象としたRCTでは、CMIが左室流出路圧較差の有意な改善、NT-proBNPの低下、運動耐容能(peak VO2)や症状(NYHAクラス)の改善など、多面的な臨床効果を示している。また近年では、CMI治療中の病態変化を非侵襲的かつ連続的に評価する手法として、AI技術を応用した心電図解析(AI-ECG)の有用性が報告されている。とくに、標準的な12誘導心電図に対して機械学習を用いてHCMの検出や重症度を定量化するAI-ECGスコアは、新たなバイオマーカーとして注目されており、CMI治療のモニタリングツールとしての活用が期待されている12)。さらに、HCMと同様に心筋の過収縮等が関与するHFsnEFにおいても、CMIの応用可能性が検討されている。HFsnEF患者に対して行われたEMBARK-HFpEF試験においては、マバカムテンがNT-proBNP値や心筋トロポニン値の減少と関連し、治療中にLVEFが持続的に低下することは確認されず、安全性に関する一定の知見が得られたと報告されている(表1)。また、NYHAクラスや拡張機能の改善も報告され、次世代CMIであるMYK-224を用いた現在進行中の第II相AURORA-HFpEF試験(NCT06122779)などの結果が待たれている。なお、マバカムテンの使用にあたっては本連載(第2回)でも触れた通り、 日本循環器学会(JCS)からはマバカムテンの適正使用に関するステートメントも発表されており、その導入には厳格な管理体制が求められる。<マバカムテンの適正使用>本剤は心収縮力を低下させるため、適正使用が極めて重要である。対象はNYHA II/III度の症候性HOCM患者で、投与前にLVEFが55%以上であることの確認が必要である。過度のLVEF低下が重大な副作用であり、心エコーでの頻回なモニタリング下で慎重な用量調節が必須とされる。CYP2C19およびCYP3A4で代謝されるため、併用薬にも注意を要する。本剤の管理には、心不全診療ガイドラインのほか、専門医や施設要件を定めた適正使用ステートメントの遵守が求められる。2. 非閉塞性肥大型心筋症(nHCM)に対する治療LVOTOを認めないnHCMの治療はLVEFによって層別化される。LVEF≧50%の場合: β遮断薬やベラパミルなどによる対症療法が中心となる。LVEF<50%(拡張相HCM)の場合: HFrEFの標準治療(ACE阻害薬/ARB/ARNI、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)が推奨される。3. 非薬物治療薬物治療抵抗性の症候性HOCMに対しては、外科的中隔心筋切除術(Myectomy)や経カテーテル的中隔アブレーション(ASA)といった中隔縮小術がClass Iで推奨されている。このようにCMIの登場は、HCM治療を対症療法から病態そのものを標的とする新たな時代へと導いた。最新の知見とガイドラインに基づいた適正使用により、個々の患者の予後を最大限に改善していくことが、今後のHCM診療における重要なテーマである。 1) Arbelo E, et al. Eur Heart J. 2023;44:3503-3626. 2) Green JJ, et al. JACC Cardiovasc Imaging. 2021;5:370-377. 3) Ko WY, et al. J Am Coll Cardiol. 2020;75:722-733. 4) Desai MY, et al. JACC Clin Electrophysiol. 2025;11:1324-1333. 5) Akita K, et al. Echo Res Pract. 2024;11:23. 6) Fahmy AS, et al. Radiology. 2020;294:52-60. 7) Navidi Z, et al. PLOS Digit Health. 2023;2:e0000159. 8) Ramaker ME, et al. Circ Genom Precis Med. 2024;17:e004464. 9) Chuang C, et al. J Med Chem. 2021;64:14142-14152. 10) Braunwald E, et al. Eur Heart j. 2023;44:4622-4633 11) Hartman JJ, et al. Nat Cardiovasc Res. 2024;3:1003-1016. 12) Siontis KC, et al. JACC Adv. 2023;2:100582.

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第272回 希少疾患の専門医が抱える本当の課題~患者レジストリ維持の難しさ

昨今、「希少疾患」という単語を耳にする機会は増えた。そもそも希少疾患の定義は、国によってもまちまちと言われるが、概して言えば患者数が人口1万人当たり1~5人未満の疾患を指すと言われる。また、日本国内の制度で言うと、こうした希少疾患の治療薬は、通称オーファン・ドラッグと言われ、患者数が少ないために製薬企業が開発に二の足を踏むことを考慮し、オーファン・ドラッグとして指定を受けると公的研究開発援助を受けられる制度が存在する。同制度での指定基準は国内患者数が5万人未満である。この希少疾患に関する情報に触れる機会が増えたのは、製薬企業の新薬研究開発の方向性が徐々にこの領域に向いているからである。背景には、これまで多くの製薬企業の研究開発に注力してきたメガマーケットの生活習慣病領域でそのターゲット枯渇がある。そして希少疾患への注目が集まり始まるとともに新たに指摘されるようになったのが、「診断ラグ」。希少疾患は、患者数・専門医がともに少なく、多くは病態解明が途上にあるため、患者が自覚症状を認めてもなかなか確定診断に至らない現象である。そして取材する私たちも希少疾患の情報に触れる機会が増えながらも、ごく一般論的なことしか知らないのが現状だ。正直、わかるようなわからないようなモヤモヤ感をこの数年ずっと抱え続けてきた。そこで思い切って希少疾患の診療の最前線にいる専門医にその実態を聞いてみることにした。話を聞いたのは聖マリアンナ医科大学脳神経内科学 主任教授の山野 嘉久氏。山野氏が専門とするのは国の指定難病にもなっている「HTLV-1関連脊髄症(HAM)」。HTLV-1はヒトT細胞白血病ウイルス1型のことで、九州地方にキャリアが集中している。HAMはHTLV-1キャリアの約0.3%が発症すると言われ、全国に約3,000人の患者がいると報告されている。HAMはHTLV-1感染をベースに脊髄で炎症が起こる疾患で、初期症状は▽足がもつれる▽走ると転びやすい▽両足につっぱり感がある▽両足にしびれ感がある▽尿意があってもなかなか尿が出にくい▽残尿感がある▽夜間頻尿、など。急速に進行すると、最終的には自力歩行が困難になる。現在、HAMに特異的な治療薬はなく、主たる治療は脊髄の炎症をステロイドにより抑えるぐらいだ。以下、山野氏とのやり取りを一問一答でお伝えしたい。INDEX―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてください―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですね―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われています―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?―ガイドラインができたのはいつですか?―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょう―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてくださいHAMでは疾患と症状が1対1で対応しておらず、複数の症状が重なり、かつ症状や進行に個人差があります。このような状況だと、医療に不案内な患者さんはそもそもどの診療科を受診するべきかがわからないという問題が生じます。高齢の患者さんでありがちな事例を挙げると、まず歩行障害や下肢のしびれを発症すると、老化のせいにし、医療機関は受診せず、鍼灸院に通い始めます。それでも症状が改善しなければ整形外科を受診します。また、排尿障害が主たる患者さんは最終的に泌尿器科に辿り着きます。しかし、半ば当然のごとく受診段階で患者さんも医師もHAMという疾患は想定していません。結果としてなかなか症状が改善せず、医療機関を何軒か渡り歩き、最終的に運よく診断がつくのが実際です。私たちはHAMの患者さんの症状や検査結果などの臨床情報や、血液や髄液などの生体試料を収集し、今後の医学研究や創薬へ活用する患者レジストリ「HAMねっと」を運営していますが、そのデータで見ると1990年代は初発から確定診断まで平均7~8年を要していました。それが2010年代には2~3年に短縮されています。―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています2008年にHAMが国の指定難病となったこと、前述の「HAMねっと」の充実、専門医による全国の診療ネットワーク構築など、さまざまな周辺環境が整備され、それとともに啓発活動が進展してきたことなど複合的な要素があると考えています。―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですねまさに今日受診された患者さんでもそれを経験したばかりです。他県の大学病院で診断がつき、治療方針決定のため紹介を受けた患者さんですが、2018年に排尿障害、2020年から歩行障害が認められ、車いすで来院されました。この患者さんは2年程前に脊髄小脳変性症との診断を受けていました。HAMは脊髄が主に障害されますが、実は亜型として小脳でも炎症を起こす方がいます。こうした症例は数多く診療している専門医でなければ気付けないものです。こういうピットホールがあるのだと改めて実感したばかりです。―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われていますおっしゃる通りで、加えて神経内科医が多い地域でもあるため、大学病院ではHAMの患者さんを診療した経験のある医師が少なくありません。そうした医師が県内各地の病院に赴任しているので、HAMの初期症状と同じ症状の患者さんが来院すると、HAMを半ば無意識に疑う癖がほかの地域よりも付いています。そのため確定診断までの期間が短いと思います。―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?2006年に赴任しましたが、当初はかなり感じました。具体例を挙げると、診断ラグよりも治療ラグです。HAMの患者さんの約2割は急速に進行しますが、一般的な教科書的記述では徐々に進行する病気とされています。その結果、HAMと診断された患者さんが、どんどん歩けなくなってきていると訴えても、主治医がゆっくり進行する病気だから気にしないよう指示し、リハビリ療法が行われていた患者さんを診察したことがあります。この患者さんは髄液検査で脊髄炎症レベルが非常に高く、進行が早いケースで早急にステロイド治療を施行すべきでした。また、逆に炎症がほとんどなく、極めて進行が緩やかなタイプにもかかわらず大量のステロイドが投与され、ステロイドせん妄などの副作用に苦しんでいる事例もありました。当時は診療ガイドラインもない状態だったのですが、このように診断ラグを乗り越えながら、鹿児島などで行われていた標準治療の恩恵を受けていない患者さんを目の当たりにすることが多かったのをよく覚えています。HAMの患者数は神経内科専門医よりはるかに少ない、つまりHAMを一度も診療したことがない神経内科専門医もいます。そのような中で確定診断に至る難易度が高いうえに、適切な情報が不足している結果として主治医によって治療に差があるのは、患者さん、医師の双方にとって不幸なことです。だからこそ絶対にガイドラインを作らなければならないと思いました。―ガイドラインができたのはいつですか?2019年1)とかなり最近です。2016年から3年間かけて作成しました。実はガイドライン作成自体は、エビデンスが少ないことに加え、ガイドラインという響きが法的拘束力を想起させるなどの誤解から反対意見もありました。実際のガイドラインではエビデンスに基づき、わかっていることわかっていないことを正確に記述し、現時点で専門家が最低限推奨した治療を記述し、医師の裁量権を拘束するものでもないということまで明記しました。―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます一般内科医の場合、日常診療では新型コロナウイルス感染症を含む各種呼吸器感染症全般、腹痛など多様な疾患を診療している中に神経疾患と思しき患者さんも来院している状況です。その中でHAMの患者さんが来院したとしても、限られた診療時間でHAMを思い浮かべることはかなり困難です。最終的には自分の範囲で手に負えるか、負えないかという線引きで判断し、手に負えないと判断した患者さんを大学病院などに紹介するのが限界だと思います。―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?希少疾患の場合、数少ない患者さんが全国に点在し、疾患によっては専門医が全国に数人しかいないこともあります。極論すれば、現状では専門医がいる地域の患者さんだけが専門的医療の恩恵を受けやすい状況とも言えます。その意味でまず優先すべきは、各都道府県に希少疾患を診療する拠点を整備することです。そのことを体現しているのが、2018年から整備が始まった難病診療連携拠点病院の仕組みです。一方で希少疾患に関しては、従来から専門医が軸になったネットワークが存在します。手前味噌ですが、先ほどお話しした「HAMねっと」もその1つです。HAMの場合、確定診断に必要な検査のうちいくつかは保険適用外のため、全国各地にある「HAMねっと」参加医療機関では研究費を利用し、これらの検査を無料で実施できる体制があります。現状の参加医療機関は県によっては1件あるかないかの状況ですが、それでも40都道府県をカバーできるところまで広げることができました。ただ、前述した難病診療連携拠点病院と「HAMねっと」参加医療機関は必ずしも一致していません。その意味では希少疾患専門医、国の研究班、難病診療連携拠点病院がより緊密に連携する体制構築を目指していくことがさらに重要なステップです。このように受け皿を整備すれば、ゲートキーパーである開業医の先生方も診断がつきにくい患者をどこに紹介すればよいかが可視化されます。それなしに「ぜひ患者さんを見つけてください」と疾患啓蒙だけをしても、疑わしい患者の発見後、どうしたらいいかわからず、現場に変な混乱を招くリスクもあると思います。―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょうやはり昨今の技術革新である人工知能(AI)を利用した診断支援ツールの実用化が進めば、非常に有益なことは間違いないと思います。そもそもAIには人間のような思い込みがありませんから、たとえば脊髄障害があることがわかれば、自動検索で病名候補がまんべんなく上がってくるというシンプルな仕組みだけで見逃しが減ると思います。そのようになれば、迅速に専門医に紹介される希少疾患患者さんも増えていくでしょう。―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません国がどこまで医療DXを推進しようとしているかは、率直に言って私にはわかりません。ただ、医療DXが進展しやすい土俵・環境を作る責任は国にあると思います。その意味では先進国の中で日本がやや奥手となっている医療機関同士での患者情報共有の国際標準規格「FHIR」の導入推進が非常に重要です。それなしでAIによる診断支援ツールの普及は難しいとすら言えます。また、こうした診断支援ツールの開発では、開発者がきちんとメリットを得られるルール作りも必要でしょう。― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか 率直に言って、希少疾患領域に関わっていると今でも太陽の当たる場所ではないと思うことはあります(笑)。その意味で新薬開発が進んでこなかった背景には技術的な問題とともに企業側の収益性に対する考えはあったと思います。もっとも昨今では技術革新により新規化合物デザインも進化し、希少疾患でも遺伝子へのアプローチも含め新たな創薬ターゲットが解明されつつあります。その意味ではむしろ新薬開発も今後は希少疾患の時代となり、30年後くらいは多くの製薬企業が希少疾患治療薬で収益を上げる時代が到来しているのではないかと予想しています。HAMについて言えば、いまだ特異的治療薬はありませんが、もし新薬が登場すれば診断ラグもさらに短縮されると思います。やはり治療薬があると医師側の意識が変わります。端的に言えば「より良い治療があるのだから、より早く診断をつけよう」というインセンティブが働くからです。そして、先程来同じことを言ってしまうようですが、やはりこの点でも、新薬開発が進む方向への誘導や希少疾患の新薬開発の重要性に対する国民の理解促進のために、国のサポートは重要だと思うのです。―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?そもそも希少疾患は数多くあるため、公的研究費の獲得は競争的になりがちです。一般論では投じられる資金が多いほど、病態解明や新規治療開発は進展しやすいとは思いますが、ただ湯水のように資金を投じればよいかと言えばそうではありません。あくまで私見ですが、日本での希少疾患研究支援は、有力な治療法候補が登場した際の実用化に向けた支援枠組みは整いつつあると思っています。反面、基盤的な部分、HAMの例で言えば、患者レジストリ構築のような部分への支援は弱いと考えています。私たちは臨床データを電子的に管理すると同時に患者検体もバンキングしています。これらがあって初めてゲノム解析などによって病態解明や治療法開発の研究が可能になるからです。つまり患者レジストリは研究者にとって一丁目一番地なのです。しかし、その構築と維持は非常にお金がかかります。一例を挙げれば、「HAMねっと」で検体保管に要している液体窒素代は年間約500万円です。しかも、患者レジストリの構築と維持の作業からは直接成果が得られるわけではないのです。このために製薬企業などの民間企業が資金を拠出することは考えにくいです。結局、私も当初は外来終了後にポチポチとExcelの表を作成し、検体を遠心分離機にかけるという作業をやっていました。こうした患者レジストリを国によるコストや労力の支援で構築できるようになれば、多くの希少疾患でレジストリが生み出され、日本が世界に誇る財産にもなり得ます。もっとも先程来、「国」に頼り過ぎているきらいもあるので、国だけでなく企業、患者さんとも共同でこうした基盤を育てていく活動が必要なのではないかと考えています。恥ずかしながら、診断ラグのみならず治療ラグが存在すること、患者レジストリ構築の苦労やその重要性などについては私にとっては目からウロコだった。山野氏への取材を通じ、私個人はこの希少疾患問題をかなり狭くきれいごとの一般論で捉えていたと反省しきりである。 1) 日本神経学会:HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019

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“早期乳癌”の定義を変更、「乳癌取扱い規約 第19版」臨床編の改訂点/日本乳癌学会

 2025年6月、7年ぶりの改訂版となる「乳癌取扱い規約 第19版」が発行された。第33回日本乳癌学会学術総会では委員会企画として「第19版取扱い規約の改訂点~臨床編・病理編~」と題したセッションが行われ、各領域の改訂点が解説された。本稿では、臨床編について解説した静岡がんセンターの高橋 かおる氏による講演の内容を紹介する。腫瘍占居部位の略号表記、T4所見について再整理 日本の取扱い規約で用いられている腫瘍の局在を示すA~Eの略号について、日本独自の略号のため海外では通じず、不要ではないかという議論が以前から行われてきた。今回の改訂でも議論されたが、日本では長く使われており、簡潔で記載にも便利なことから引き続き規約に掲載することとし、対応する英語表記(UICCのAnatomical Subsites)を明記、ICDコードと齟齬のあったC‘~E‘が修正され、E、E’の区別がわかる記載も追加された(下線部分が変更点):C‘:腋窩尾部(C50.6/Axillary tail)E:中央部(C50.1/Central portion)  乳頭乳輪の下に位置する乳房中央部E‘:乳頭部および乳輪(C50.0/Nipple)  乳頭乳輪部の皮膚 臨床所見については、第18版まではT4の定義について解釈が分かれる記載となっていた。そこで今版では、「T4所見は浮腫、潰瘍、衛星皮膚結節の3つであり、皮膚固定や発赤はT4に入らない」ということがわかるような記載に変更された。またT4所見としての潰瘍について、クレーター形成の有無は問わないという意図で「潰瘍(皮膚が欠損して病変が露出した状態)」と追記された。病理編でPaget病の定義が変更、臨床医も注意が必要 臨床T因子の表について変更はなく、注釈の表現が下記のとおりいくつか整理された。・原発巣の評価方法(注1):T因子の判断材料として、従来の視触診、画像診断に、針生検を追加・Tis(注4):病理編のPaget病の定義が「乳頭・乳輪部および周囲表皮に限局したものをPaget病と主診断、乳房内に連続性に非浸潤癌を伴う場合は非浸潤癌と主診断し、Paget病の存在は所見に記入する」と変更されたことを受け、臨床編の注釈も「Paget病のほとんどはTisに分類される。まれに乳頭・乳輪部の真皮に微小浸潤もしくはそれを越える浸潤を伴うものがあり、その場合は浸潤径に応じたT分類を採用する」と変更された。・T0(注5):「視触診、画像診断で原発巣を確認できない場合。腋窩リンパ節転移で発見され乳房内に原発巣を認めない潜在性乳癌などがこれに相当する」と記載を整理・T4(注7):臨床所見と同様、T4の定義をわかりやすくするために、「真皮への浸潤のみではT4としない、T4b~T4d以外の皮膚のくぼみ、乳頭陥没、その他の皮膚変化は、T1、T2またはT3で発生してもT分類には影響しない」というUICCの注にある内容が追加された。・T4d(注8):第18版までの注釈では冒頭に「炎症性乳癌は通常腫瘤を認めず」とあったことから、腫瘤を認めないことが炎症性乳癌の必須要件のように読めてしまうという指摘があったため、「炎症性乳癌は、皮膚のびまん性発赤、浮腫、硬結を特徴とし、その下に明らかな腫瘤を認めないことが多い」と表現を変更 高橋氏はPaget病の定義の変更について、これまでPaget病と診断していた病変のうち、多くが今後は非浸潤性乳管癌(Paget病変を伴う)と診断されることとなり、Paget病の診断は減るであろうと指摘し、病理編の変更について臨床医も一度は目を通してほしいと話した。 臨床N因子についても表の変更はなく、T因子と同様に、判定材料として、従来の視触診、画像診断に、細胞診や針生検が追加されたほか、内胸リンパ節について第何肋間かを表記する場合の簡略な方法として、「Imの次に()で数字を記載する」こととした。「早期乳癌は切除可能乳癌(Stage 0~IIIA)を指す」と定義 第18版までは「Stage 0・Iを早期乳癌とする」と定義していた。これは、検診等における早期発見の概念には適していたと思われるが、国際的な臨床試験や乳癌診療ガイドラインとの整合性を考慮し、第19版では「早期乳癌は切除可能乳癌(Stage 0~IIIA)を指す」と定義が変更された。高橋氏は私見として「検診が目的とする“早期発見”は、“早期乳癌の発見”ではなく、乳癌を0期やI期などの早い段階で見つけることだと考えればよいのではないか」と話した。ただし、検診成績の評価などの際には、“早期乳癌の比率”といった表現は誤解を招く恐れがあり、今後は“0期・I期の比率”などの表現に変えていく必要があるとした。治療の進歩に合わせて第2章を変更 第2章の治療の記載法については、乳房の術式の1つとして新たに保険適用されたラジオ波焼灼術(RFA)が追加された。 リンパ節の切除範囲の表については、英語表記を追加するなど整備し、新たな項目として腋窩リンパ節サンプリング(AxS)を加えた。また、「Rotterリンパ節は郭清しない場合でもレベルIIまで郭清、Ax(II)としてよい」という注釈が加わり、新たな手法であるTargeted Axillary Dissection(TAD)およびTailored Axillary Surgery(TAS)についても、“付記”という形で追加されている。 再建の術式については、日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会の用語委員からの助言を受けて、再建方法として腹直筋皮弁(有茎)、腹直筋皮弁(遊離)、深下腹壁動脈穿通枝皮弁、大腿深動脈穿通枝皮弁を加え、英語表記も追加された。 手術以外の治療法では、免疫療法が、薬物療法の一項目として追加された。

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次世代技術が切り拓くリンパ腫の未来/日本リンパ腫学会

 2025年7月3日~5日に第65回日本リンパ腫学会総会/第28回日本血液病理研究会が愛知県にて開催された。 7月4日、遠西 大輔氏(岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センター)、島田 和之氏(名古屋大学医学部附属病院 血液内科)を座長に行われたシンポジウム1では、国内外の最新の解析手法を用いたリンパ腫研究に携わる第一線の研究者であるClementine Sarkozy氏(Institut Curie, Saint Cloud, France)、杉尾 健志氏(Stanford University, Division of Oncology)、冨田 秀太氏(岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センター)、中川 雅夫氏(北海道大学大学院医学研究院 血液内科)より、次世代技術が切り拓くリンパ腫の未来と題し、最新の研究結果について講演が行われた。形質転換FLにおける悪性B細胞とTMEのco-evolution 濾胞性リンパ腫(FL)の形質転換は、予後不良と関連している。しかし、遺伝的進化や表現型との関係はほとんどわかっておらず、形質転換が変換遺伝子型を有する既存の遺伝子から発生するのか、診断時には存在しない遺伝的および表現型の形質転換によるものなのかは不明である。これらの課題を明らかにするために、単細胞トランスクリプトーム(scWTS)と全ゲノムシーケンシング(scWGS)を用いて、変換中の悪性B細胞のクローナルおよび表現型転換を特徴付け、腫瘍微小環境(TME)内における相互作用の解明が試みられた。 scWGSを用いた系統解析は、形質転換FLペア全体で不均一な進化パターンが認められ、scWTSデータを用いた形質転換FLペアからの悪性B細胞のクラスタリングは、FLとびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)サンプルの転写類似性が、以前の治療歴とは無関係に、サンプリング間の時間と逆相関していることが示唆され、Sarkozy氏は、とくに重要なのは、FLクラスターとDLBCLクラスターが十分に分離されたペアでは、一部のFL細胞が常にDLBCLクラスター(DLBCL様細胞)内にあり、その逆も同様である可能性が示された点であるとしている。 scWGSとscWTSの統合は、クローン腫瘍転換中にアップレギュレートされた悪性細胞経路を識別可能であるが、形質転換プロセスのすべての形質転換FLペアに当てはまるわけではない。実際、悪性B細胞表現型の変化と共進化(co-evolution)する、新たなTMEランドスケープも発見されている。これらの結果は、悪性B細胞とTMEの間の転換とシフトクロストーク中の悪性細胞のゲノムと表現型を組み合わせた新たな包括的な手法の可能性を示唆している。TCLの正確な病勢モニタリングのためのリキッドバイオプシー リキッドバイオプシーは、血液や体液を採取して得た検体を解析して、遺伝子異常の有無や種類などを調べる検査技術である。近年、cfDNA(cell-free DNA)を用いた病勢モニタリングの有用性が進展し、DLBCLに対するNCCNガイドラインにも記載されるようになった。DLBCLに限らず、ctDNA(circulating tumor DNA)を用いた病勢モニタリングの有用性は、多くのがんでも報告されている。杉尾氏らは、遺伝子変異だけでなく、コピー数異常、エピジェネティック変化、免疫レセプター解析を組み合わせたマルチモーダル解析を開発し、単なる病勢モニタリングにとどまらず、治療抵抗性や免疫逃避のメカニズムを包括的に評価する試みを進めている。本発表では、主にT細胞リンパ腫(TCL)におけるcfDNA/cfRNA解析の結果について報告した。 TCLに対するcfDAN解析用パネルを開発し、さまざまな解析手法を用いて530検体の解析を行った。その結果、TCL患者において、腫瘍組織のみの解析では腫瘍性TCRクロノタイプを同定できなかった症例の約30%において、cfDNA解析による同定が可能であった。また、治療終了時に血漿cfDNAから遺伝子変異や腫瘍性クロノタイプが検出されなかった症例では1年以上無再発生存率が100%であった。PET CR達成患者においても、ctDNAで予後の層別化が可能であった。さらに、ベースライン時のctDNA量も予後と関連しており、とくに未分化大細胞リンパ腫(ALCL)以外のTCLサブタイプでは化学療法後の予後との有意な関連が認められた。杉尾氏は「新たな病勢評価の手法は、とくにgermlineサンプルやtumorサンプルが利用できないまたはパネル検査においてマーカー遺伝子を特定できない場合、病勢をより正確に評価するための補助的役割を果たすと考えられる」と結論付けている。革新的な進展を遂げるデジタル空間プロファイリング解析技術 がんやリンパ腫などの疾患研究において、GeoMxやVisiumなどのデジタル空間プロファイリング(DSP)解析技術が革新的な進展を遂げている。この技術は、従来の網羅的な遺伝子発現プロファイリング(RNA-seq)解析、免疫組織化学染色解析、単一細胞RNAシーケンスでは困難であった。組織内の位置情報を保持したまま網羅的な遺伝子プロファイルを取得できる点において、従来の解析手法とは一線を画している。 岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センターでは、いち早く空間解析プラットフォームGeoMxを導入し、さまざまな疾患やがん種の解析を通して、データ取得からデータ解析までの環境の整備、構築を進めてきた。冨田氏らはGeoMxのメリットとして「任意の場所からトランスクリプトームの情報が取得できる点」「形態学的マーカーで染色できる点」などを挙げている。Yixing Dong氏らの報告によると、いずれのDSPでも高品質な再現性の高いデータが得られているとしながらも、腫瘍の不均一性と潜在的な薬物ターゲットの発見においてGeoMxよりもVisiumおよびChromiumがより優れていることが示唆されており、GeoMxではより専門的な作業が必要となる可能性があるとしている。これら各手法の長所、短所などがより明らかとなることで、精度の高い治療の推進に役立つことが期待される。解明が進むTCLにおける治療標的分子 複数の新規治療薬が導入されているにもかかわらず、TCLは依然として予後不良であり、その分子病態のさらなる理解と新規治療標的の探索は課題である。一方、近年のゲノム編集技術の進展により、疾患特異的な分子メカニズムや治療応答性の基盤解明が飛躍的に進んでいる。 これまで北海道大学では、genome-wide CRISPR library screeningを活用し、TCLにおける治療標的分子の解明に取り組んできた。その結果、最も予後不良なTCLである成人T細胞白血病/リンパ腫(ALTT)におけるPD-L1発現メカニズムを解明し、CRISPRスクリーニングによりPD-L1の発現が特定の分子ネットワークにより制御されていることを報告した。 さらに、CD30陽性TCLにおける抗CD30モノクローナル抗体の感受性メカニズムを解明し、CRISPRスクリーニングによる感受性に寄与する遺伝子として有糸分裂チェックポイント複合体(MCC)の阻害因子であるMAD2L1BPおよびANAPC15を同定した。加えて、これらの遺伝子による感受性調節メカニズムを解明し、MCC-APC/Cを標的とする新規治療戦略の可能性を明らかにした。 中川氏らは「これらの研究成果は、難治性疾患であるTCLにおける未解明の分子メカニズムを明らかにし、臨床応用に向けた新たな方向性を示すものである」とまとめている。

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第273回  国立大学病院、42病院中29病院が赤字と発表、文科省「今後の医学教育の在り方」検討会と厚労省「特定機能病院あり方検討会」の取りまとめから見えてくる大学病院“統廃合”の現実味(前編)

参院選、与党惨敗で社会保障政策が大混迷の時代へこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。参議院選挙で自民、公明の与党は非改選を合わせても参院全体の過半数(125議席)を割り込む大敗を喫し、衆院に続き参院でも少数与党となりました。野党各党が公約に掲げた消費税減税や歳出拡大が実現する可能性が強まり、財政健全化はこれまで以上に遠のきそうです。仮に消費税減税が行われれば、医療をはじめとする社会保障への影響は甚大です。石破 茂首相は20日夜のNHK番組で消費税について「社会保障がこれから先、ますます重要になってくる。それを支える貴重な財源である」と強調したとのことですが、消費税減税の圧力に耐えることができるかどうか……。社会保障でもう1点気になるのは「子ども・子育て支援金」です。少子化対策の財源で、2026年度から医療保険料に上乗せして徴収が始まります。岸田 文雄前首相時代、2023年末に閣議決定された「こども未来戦略」に基づく政策で、2028年度時点で年3.6兆円が少子化対策に割かれる予定です。そのうち支援金で1.0兆円を賄われる計画ですが、政府は、一部高齢者の窓口負担の見直しなどで保険料の上昇を抑えることで実質的な負担増にはならないと説いてきました。その「子ども・子育て支援金」について、立憲民主党、国民民主党などが廃止を訴えています。仮に廃止となればこの部分でも財源が足りなくなり、社会保障費の圧縮は夢のまた夢となってしまいます。この他、本連載の「第270回 「骨太の方針2025」の注目ポイント(後編) 『OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し』に強い反対の声上がるも、『セルフメディケーション=危険』と医療者が決めつけること自体パターナリズムでは?」などで度々書いてきた、自民党・公明党・日本維新の会の「3党合意」に盛り込まれたOTC類似薬の見直しや病床削減についても、与党惨敗で今後の展開(厳格に進めるのか、当面はゆるゆるでお茶を濁すのか)が読めません。2026年度診療報酬改定を含めた来年度予算編成や、今後の医療政策の行方を注視したいと思います。全国42国立大学病院、経常損益の合計額は過去最大の285億円のマイナスさて、昨今、ありとあらゆる種類の病院の経営が苦しいという報道ばかりですが、日本の高度医療を牽引してきた国立大学病院もその例に漏れません。国立大学病院長会議は7月9日、全国にある国立大病院の2024年度の決算(速報値)を発表しました。それによると、全国42国立大学病院のうち、減価償却などの費用を含む2024年度経常損益では29病院が赤字となったことがわかりました。42大学の経常損益の合計額は過去最大の285億円のマイナスとなりました。収益面では対前年度比547億円の増収を確保したものの、費用は対前年度比772億円増加となり、経常損益は前年度実績のマイナス60億円から大幅に悪化しました。日経メディカルなどの報道によれば、記者会見で大鳥 精司会長(千葉大学医学部附属病院長)はいわゆる「増収減益」傾向となっている理由について、「23年度途中のコロナ補助金の廃止、働き方改革対応による人件費増加、急激な物価高騰の影響」を挙げたとのことです。2018年度と比べると、2024年度は医薬品費が45%増、診療材料費が28%増だったほか、水道光熱費が39%増、委託費が34%増、人件費が16%増など、コストが増えていました。大鳥会長はまた、国立大学病院は人件費負担が増えているものの、ほかの病院と比べて医師の給与水準が低いことを紹介。国立大学病院で働く教授クラスの2023年度の年間給与(給与+賞与)は国立独立行政法人病院群の医師と比べて596万円低く、医員クラスでは736万円低かったとしました。その一方で国立大学病院は、医療費率(医薬品費+給食用材料費+診療材料費・医療消耗器具備品費を医業収益で割って算出)が42%とほかの医療機関に比べて高い(医療機関全体の医療費率は22.1%)点も指摘、高度治療に必要な医薬品と治療材料の高額化が経営に深刻な影響を及ぼしている、としました。以上を踏まえ、大鳥会長は「赤字病院が大半を占め、とくに大きいところではマイナス60億円以上と非常に危機的な状況だ。国立病院であってもこのまま支援がなければ間違いなく潰れる」と述べ、補正予算での措置や診療報酬上の手当てを強く求めたとのことです。病床稼働率増、手術件数増、人間ドック事業開始など涙ぐましい経営努力の赤字国立大学病院こうした厳しい状況下の国立大学病院の経営戦略を、日経メディカルは「大学病院クライシス 再生の一手」と題するPDF版記事(週刊日経メディカル2025年7月11日号)で特集しています。同記事によれば、国立大学病院の中で最も赤字額が大きかった東京科学大学病院は、「病床稼働率を90%まで高め、在院日数を短縮することで入院患者の単価を上げ、年間9億9,000万円の増益につなげ」るとともに、カテーテルアブレーションの治療枠を増やす、手術室を増設して手術件数を増やすなどの対策を取っているとしています。また、同じく赤字に直面する筑波大学附属病院は、算定漏れの加算を見直したり、やはり病床稼働率を90%まで上げたり、医療機器の更新頻度の見直し、清掃委託費の見直しなどを行っているとしています。このほか、千葉大学医学部附属病院が新しい収益源として2026年度を目標に人間ドック事業を計画していることや、2024年度に赤字転落した東北大学病院は手術枠を増やすことで収入増を目指していることなどが紹介されています。文科省「大学病院改革ガイドライン」で大学病院に「改革プラン」の策定を求める国立大学病院の経営が苦しいのはわかりますが、個々の病院が位置する地域の実情や医療需要などをさておいて、全体として苦しいので「診療報酬で手当てしてくれ」と国立大学病院長会議が要望するのは少々乱暴に思えます。そして、個々の国立大学病院が、病床稼働率の向上や、手術件数の増加など、大学病院に限らずどこの病院でも取り組んでいる当たり前の手段(人間ドックなどはどちらかと言えば古典的な手段)、いわば“正攻法”でしか攻めようがないのももどかしいところです。文部科学省は2024年3月に「大学病院改革ガイドライン」を策定、国立・私立ともに今後9年間に取り組む「改革プラン」の策定を各大学に求めました。2024年4月スタートの医師の働き方改革を受けたもので、 運営改革、教育・研究改革、診療改革、財務・経営改革の4つの視点で大学病院改革プランを策定するよう求め、各大学病院は2024年6月までにプランを策定済みです。ちなみに、公立病院の経営危機が叫ばれ始めた2007年12月、総務省は「公立病院改革ガイドライン」を策定、全国の公立病院に経営改善を求めましたが、その後も経営悪化を止められず、ガイドラインも度々の改訂を迫られ現在に至っています。「大学病院改革ガイドライン」もその例に倣ったものと思われますが、「大学病院の自主性・自律性」を重んじている点や、進捗状況の確認が4年目の2027年度となっている点など、まだまだ甘さが残る内容です。「全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」と文科省検討会というわけで、しっかりと改革プランを策定しているはずなのに、改革どころか「増収減益」傾向から脱することができない国立大学病院の状況は、働き方改革と昨今の物価高のダメージが想定外の大きさだったことが影響しているのでしょう(あと、コロナ補助金で一時的に経営がよくなり、少々浮かれた面もあったかもしれません)。こうした状況で病床稼働率、手術件数の増加を目指すのはいいですが、ますます医師が研究離れをせざるを得なくなるのではないでしょうか?また、今後は人口減と共に患者減も続くのですから、病床稼働率、手術件数の増加でいつまでも対応できるとは思えません。そんな中、文科省は7月14日、「今後の医学教育の在り方に関する検討会」による「第三次取りまとめ」を公表しました。取りまとめでは、現在、大学病院が抱える課題として、危機的な経営状況にある点や、すべての大学病院が教育・研究・診療に最大限取り組むことには限界がある点、地域医療構想の推進に向けて組織的かつ主体的な取り組みが求められる点などを挙げています。そして、「様々な環境の変化によって、全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」と、なかなか微妙な表現で、大学病院の未来についても言及しています。時期を同じくして厚労省では「特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会」が開かれており、こちらもまもなく取りまとめが公表される予定です。これらからうっすらと見えてくるのは、公立病院改革でも強力に推進されてきた病院の“統廃合”です。(この項続く)

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推奨通りの脂質低下療法で何万もの脳卒中や心筋梗塞を回避可能か

 スタチンなどの脂質低下薬の使用が推奨される米国の患者数と実際にそれを使用している患者数との間には大きなギャップがあり、毎年何万人もの人が、脂質低下薬を服用していれば発症せずに済んだ可能性のある心筋梗塞や脳卒中を発症していることが、新たな研究で明らかにされた。米ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院疫学教授のCaleb Alexander氏らによるこの研究結果は、「Journal of General Internal Medicine」に6月30日掲載された。 Alexander氏らは、まず、米国国民健康栄養調査(NHANES)に2013年から2020年にかけて参加した40〜75歳までの米国成人4,980人のデータを解析した。このサンプルは、同じ年齢層の米国成人約1億3100万人を代表するように統計学的に重み付けされた。解析では、米国およびヨーロッパの脂質低下療法(LLT)に関する薬物治療ガイドラインが完全に実施された場合に、治療状況やアウトカムがどの程度改善されるかが予測された。解析は、米国心臓協会(AHA)/米国心臓病学会(ACC)ガイドライン(2018年米国ガイドライン)、欧州心臓病学会(ESC)/欧州動脈硬化学会(EAS)ガイドライン(2019年EUガイドライン)、LDLコレステロール(LDL-C)低下のための非スタチン療法の役割に関するACC専門家決定方針(2022年米国決定方針)の3種類に基づいて行われた。 研究参加者の心血管リスクは、2018年米国ガイドラインを用いて、以下の順序で評価された;1)アテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の有無、2)重度の原発性高コレステロール血症(LDL-Cが190mg/dL以上)、3)糖尿病で、LDL-Cが70~189mg/dL、4)現在LLTを実施中、5)糖尿病およびASCVDを伴わず、LDL-Cが70~189mg/dL。最後の項目については、Pooled Cohort Equations(PCE)を用いて10年間のASCVD発症リスクを推定し、低リスク、ボーダーラインリスク、中リスク、高リスクに分類した。また、臨床的心血管疾患(冠動脈疾患、狭心症、心筋梗塞、脳卒中などの自己申告)の既往が確認された者は「二次予防コホート」、それ以外は「一次予防コホート」と定義された。2019年EUガイドラインおよび2022年米国決定方針についても、2018年米国ガイドラインと同様の手法で層別化とリスク分類を行った。 NHANESの一次予防コホートに該当する1億1630万人のうち、現在LLTを受けている患者は23%であった。これに対し、LLTの適応基準を満たす患者(以下、適応患者)の割合は、2018年米国ガイドラインで47%、2019年EUガイドラインでは87%、2022年米国決定方針では47%と推定され、実施率は推奨に基づく想定を大きく下回っていることが示された。薬剤別に見ると、スタチンでは適応患者(適応率100%)のうち66%が治療を受けていたのに対し、エゼチミブでは適応患者(適応率31~74%)の4%のみが使用など、全ての治療法において、実施率は適応患者数を大きく下回っていた。 また、2018年米国ガイドライン通りにLLTが実施されていれば回避できたと推定される1年当たりの心血管系の有害イベント数は、冠動脈疾患による死亡で3万9,196件、非致死的な心筋梗塞で9万6,330件、冠動脈血行再建術で8万7,559件、脳卒中で6万5,063件に上った。さらに、ガイドラインごとに推定値に差はあるが、スタチン適応の患者全てが同薬を使用すれば平均LDL-C値は急激に低下し、心筋梗塞や脳卒中のリスクは最大で27%低下する可能性や、LLTでこれらのアウトカムを予防すれば、米国の医療費を年間253億~317億ドル(1ドル146円換算で3兆6900億~4兆6300億円)節約できる可能性のあることも示唆された。 研究グループは、患者教育およびスクリーニング方法の改善により、必要な人が確実にスタチンを使用できる体制の構築が重要であると強調している。

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MASLDの目標体重は?【脂肪肝のミカタ】第7回

MASLDの目標体重は?Q. MASLD治療の現状と体重の目標設定は?代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)に対して、本邦で推奨されている治療は食事・運動両面からの体重減量が基本である。そのほか、提案されている治療として併存疾患(2型糖尿病、肥満症、脂質異常症)に対する治療が挙げられる。高度の肥満症では、減量手術も選択肢となる1-3)。減量目標として、本邦を含むアジアでの非肥満MASLD症例も多いことを踏まえ、2024年に欧州肝臓学会ガイドラインでは、BMIに応じた体重減量の基準が設定された。具体的には、BMI 25.0kg/m2以上の症例では従来通り、体重5%以上の減量で脂肪化が改善し、7%以上の減量で炎症や線維化が改善するとされた。BMI 25.0kg/m2未満では体重3~5%の減量が妥当とされた(図1)2)。(図1)MASLDの体重減量の目標画像を拡大する 1) Rinella ME, et al. Hepatology. 2023;77:1797-1835. 2) European Association for the Study of the Liver (EASL) ・ European Association for the Study of Diabetes (EASD) ・ European Association for the Study of Obesity (EASO). J Hepatol. 2024;81:492-542. 3) 日本消化器病学会・日本肝臓学会編. NAFLD/NASH診療ガイドライン2020. 南江堂

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13年ぶり改定「尋常性白斑診療ガイドライン第2版」、ポイントは

 2012年の初版発表以降13年ぶりに、「尋常性白斑診療ガイドライン第2版2025」が公表された。治療アルゴリズムや光線療法の適応年齢の変更、2024年発売の自家培養表皮「ジャスミン」を用いた手術療法の適応の考え方などについて、ガイドライン策定委員会委員長を務めた大磯 直毅氏(近畿大学奈良病院皮膚科)に話を聞いた。治療アルゴリズムは疾患活動性の評価方法、全身療法の位置付けに変化 治療アルゴリズムの大きな変更点としては、疾患活動性を評価するための方法が明確になった点が挙げられる。尋常性白斑の疾患活動性に関連する臨床症状の評価および定量化のための方法として、2020年にVSAS(Vitiligo Signs of Activity Score)が発表された1)。VSASでは、1)紙吹雪様脱色素斑、2)ケブネル現象、3)低色素性境界部の3つの臨床症状を定義し、これらを基に評価が可能となっている。大磯氏は、「以前は主に病歴の聴取から進行期/非進行期を判断していたが、臨床症状から区別ができるようになったことは大きい。治療方針を決めるうえで進行期/非進行期の判断は重要なので、活用してほしい」と話す。 また今版のアルゴリズムでは、進行期・非分節型・15歳以上の症例については、はじめにステロイドミニパルスなどの全身療法を検討することが推奨されている。初版での光線療法や外用療法に続く位置付けから変更されたもので、同氏は「ある程度症状の強い進行期の患者さんに対しては、早めに全身療法を行い、進行を抑制することが重要」とした。光線療法の適応を10歳以上に引き下げ 今回、光線療法の適応が16歳以上から10歳以上に引き下げられた。欧州では光線療法の機器を用いて安全に受けることができる年齢という意味で7歳以上とされていた。紫外線療法を10歳未満で行うと将来的に老人性色素斑(日光黒子)が生じやすいという経験的な知見などを考慮し、今版では10歳以上とされた。 照射回数については、日光角化症リスクなどを評価した2020年に韓国から発表されたデータ2)を基に、委員会での検討を経て累積照射回数は200回までと推奨が記載されている。自家培養表皮「ジャスミン」発売、手術療法適応の考え方は? 自家培養表皮を使用した手術療法は、「健常部のダメージが少なく、理論的には拒絶反応も起こらないため安全性が担保される点がメリット」と大磯氏は話し、今後実臨床でのデータが蓄積することに期待を寄せた。適応となるのは、非進行期(12ヵ月以上非進行性)で外用療法や光線療法に抵抗性の12歳以上で、局所免疫のない患者だが、局所免疫があるかないかを評価する方法が現状ではない。そのため同氏は、「一部を植皮して生着を確認したうえで行うことが望ましいが培養表皮の製造には費用がかかるので、スクリーニングとして水疱蓋移植やミニグラフトで色素が定着するかどうかを確認したうえで行うこととなるのではないか」と述べた。外用療法の現状とJAK阻害薬への期待 尋常性白斑に対し保険適用のある外用薬は非常に限られており、「臨床医の先生方は困っておられることと思う」と大磯氏。ステロイドに関して本ガイドラインで示された推奨度は・非分節型(顔面・頸部を除く)1A・非分節型(顔面・頸部)2A・分節型および分類不能型 2Bで、「成人・小児ともに、非分節型の尋常性白斑に対してストロング(III群)のステロイド外用薬を1日1回塗布することを基本とし、年齢や部位に応じて強さをベリーストロング(II群)またはミディアム(IV群)に変更する」とされた。 欧米では、JAK阻害薬ルキソリチニブの外用薬が尋常性白斑に対して保険適用されている。同氏は今後日本でも使えるようになれば選択肢が広がり、外用療法がしやすくなると話し、承認への期待を寄せた。

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第252回 「直美」現象はいつまで続くか? 美容医療の現状と医師キャリアの未来

CareNet.comでの連載250回超えを記念し、今回はいつもの最新ニュースではなく、「直美」という現象を通して医師のキャリア、そして、わが国の医療が直面する未来について深く考察します。「直美」とは何か、その背景にある医師のキャリア選択昨今、医療界で頻繁に話題に上る「直美」(ちょくび)とは、初期臨床研修を終えたばかりの若手医師が、専門医資格を取得せずに、直接「美容医療」へ進むことを指します。この動きに対しては、批判的な論調が多いのも事実です。「直美」現象は、若手医師のキャリア選択やわが国の医療制度の構造的な課題を映し出す鏡のようなものであり、一概に否定することはできません。この現象の背景には、わが国の勤務医の劣悪な労働環境がまず挙げられます。医師の働き方改革が進んだとはいえ、まだまだ大学病院をはじめ高度な急性期病院では学会や論文作成を含めた残業時間が多いことがあります。さらに医療費抑制策のもと、人件費増加や物価高騰が医療機関の経営を圧迫し、赤字に陥る医療機関が増加しており、暗雲が立ち込めています。このような状況下で、自由診療である美容医療に新たな可能性を見出し、挑戦する医師が増えるのは自然な流れとも言えます。朝日新聞の連載「きれいになりたくて 美容医療はいま」で取り上げられた、「20代の『直美』医師の『長時間労働は嫌』」という本音は、働き方改革が遅れる保険診療の現場、とくに大学病院などを含む若手医師の劣悪な労働環境の裏返しであると理解できます。燃え尽きて現場を離れていく若手医師がいる現状は、決して見過ごすことはできません。「楽に稼げる」の誤解と美容医療の現実「楽に稼げる」という情報を鵜呑みにして美容医療への進路を選択することは、大きなリスクを伴います。日経メディカルの記事「今は楽して稼げる「直美」、将来的には“埋没マシーン”止まりか」が指摘するように、美容医療分野の将来性は決して安泰ではありません。美容医療の専門医からも警鐘が鳴らされており、集患には高いスキルと今日のマーケティングにおいて必須とも言えるSNS戦略が不可欠です。実際のところ、「直美」と呼ばれる未経験の医師に対して年収2,000万円以上を提示する求人があるなど、通常の専門診療と比較し、参入障壁が一見すると低いように見えます。しかし、手術の手技習得には当然トレーニング期間が必要であるにもかかわらず、就職して短期間で「院長」を名乗るケースや、専門医制度があるとはいえ個々の医療機関での教育研修体制が十分に整っているとは言えない現状があります。筆者の知人の医師が、大手美容クリニックチェーンの院長になったものの、数年で保険診療に戻ってきた事例があり、その背景には、美容クリニックでは医師ごとの指名件数や売り上げ金額の競争にさらされており、シニア世代になると指名が得られにくく年俸が低下するという現実を如実に物語っています。美容医療へ進もうという医師に、そうした現実的なリスクが十分に情報提供されているとは言えません。将来性の厳しさは、先述の日経メディカルの記事で当の美容医療の専門医も警鐘を鳴らしており、こういったリスクを把握した上での進路決定が望ましいと考えます。先述の朝日新聞の連載「きれいになりたくて 美容医療はいま」の第3回目で「直美」の道に進み年収数千万円 20代医師の本音「長時間労働は嫌」という記事が掲載されていましたが、劣悪な労働環境や選択肢の乏しさに起因しており、単なる自己責任では片付けられず、彼らの主張も理解できます。美容医療を取り巻く外部環境の変化と規制強化の動き近年、美容医療を取り巻く外部環境は大きく変化しています。消費者庁への美容医療に関するトラブル報告件数が増加していることを受け、厚生労働省も強い懸念を示しています。昨年開催された「美容医療の適切な実施に関する検討会」では、その報告書が11月に公表され、美容医療を提供する医療機関における安全管理、合併症への対応、アフターケアの重要性が強調されました。打ち出された対応策には、従来から進められてきた「医療広告規制」の取り締まり強化に加え、美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みの導入、カルテ記載の徹底などが盛り込まれています。とくに、「医師養成には国費が投資されており、国民の医療を守ることが前提となっていることを踏まえれば、一定期間、保険診療に従事させることなど、何らかの規制、対策は必要」といった議論が議事録に残されていることは、厚労省がこの現状を放置しないという強い意思の表れと見て取れます。これまで文字通り「自由診療」として厚労省の指導や監視を受けにくい状況にあった美容医療ですが、合併症への対応不足、保健所の指導根拠となる診療録の記載不備、悪質な医療広告などが問題視されてきました。これに対応するため、広告ガイドラインの整備が進むほか、美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みが導入されることになります。さらに、保健所などによる立ち入り検査や指導のプロセス・法的根拠の明確化、標準的な治療内容、記録の記載方法、有害事象発生時の対応方針、適切な研修のあり方、契約締結時のルールなどを盛り込んだガイドラインの策定など、これまで規制の対象でなかった領域についても監督を強化する方針が打ち出されており、関連学会などもこれに従っていくものと予想されます。当局による規制強化は、患者の死亡事故などをきっかけにしていますが、消費者保護の観点からも必然的に求められるものであり、美容医療に限ったことではありません。激化する業界内競争と大学病院の参入美容医療業界内での競争も激化の一途を辿っています(「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に[東京商工リサーチ])。新規参入する民間医療機関が増え、昨年名古屋で開催された日本美容皮膚科学会には3,800人もの参加者が集まり、従来の美容医療従事者だけでなく、保険診療機関からの参加も多く見られました。現状、赤字対策として美容医療に新規参入する民間病院が増えている一方で、慶應義塾大学、藤田医科大学、神戸大学など、実際に美容医療を提供し始める大学病院も増えています。大学病院のように専門医が揃い、医療安全体制が整った医療機関で提供される医療と、それ以外の医療機関で提供される医療技術の間には、自ずと格差が生じるでしょう。高度な医療技術や医療安全を求める患者は大学病院を選ぶようになると考えられます。一方で、新規参入組はレーザー治療など新しい装置の導入を進めるなど、競争はさらに激化することが見込まれます。美容クリニックをめぐる環境変化によって利益率も低下しているほか、最近では美容クリニックが倒産するケースも出てきており、厳しい環境に晒されています。また、新規に就職する医師に対して、実際にボトックスや点滴程度の医療しか教えない大手美容医療グループがあるのも事実です。これらの現状を踏まえると、医師にとって美容医療が将来有望な「ブルーオーシャン」というのは幻想に過ぎず、実際にはすでに過当競争の「レッドオーシャン」化していると認識すべきです。研修医を指導する先輩医師は、若手医師が美容医療へ進路を決めたとしても、臨床研修での体験はとても大切であり、手を抜かないように指導すべきです。美容医療であっても医師は「ヒポクラテスの誓い」にある「患者の利益を最優先に考える」「倫理を守り、医術を行う」といった基本姿勢が求められます。もしも美容医療に進んで挫折されても、再び保険診療に戻ってくる医師も少なからず見受けられるのを踏まえると、臨床研修の経験は捨て去るようなものではないと考えます。実際に筆者の周囲では、大手美容医療グループに転職されたものの、今は整形外科医や産婦人科医として専門医を持っていた診療科で保険診療されている方が複数います。そういった意味では、若手医師が相談に来た場合は、キャリアパスの選択肢として美容医療を含めた支援を行う必要があり、決して急がず皮膚科や麻酔科など専門医資格の取得をしてからの転職を勧めるのが良いと考えます。今後の課題と対応策美容医療を巡る主な課題と、それに対する対応策は以下の通りです。【主な課題】美容医療を提供する医療機関における院内の安全管理の実施状況・体制などを保健所などが把握できていない。患者側も医療機関の状況・体制を知る手段がなく、医療機関における相談窓口を知らない。関係法令&ルール(オンライン診療に係るものを含む)が浸透していない。合併症などへの対応が困難な医師が施術を担当している。安全な医療提供体制や適切な診療プロセスが全般的・統一的に示されていない。アフターケア・緊急対応が行われない医療機関がある。保健所などの指導根拠となる診療録などの記載が不十分な場合がある。悪質な医療広告が放置されている。【打ち出された対応策】美容医療を行う医療機関などの報告・公表の仕組みの導入:安全管理措置の実施状況、専門医資格の有無、相談窓口の設置状況などについて都道府県などに対する報告を求め、国民に必要な情報を公表。関係法令&ルールに関する通知の発出:保健所などによる立ち入り検査や指導のプロセス・法的根拠の明確化。医療機関による診療録などへの記載の徹底。オンライン診療指針が遵守されるための法的整理。関係学会によるガイドライン策定:遵守すべきルール、標準的な治療内容、記録の記載方法、有害事象発生時の対応方針、適切な研修のあり方、契約締結時のルールなどを盛り込んだガイドラインを策定。医療広告規制の取り締まりの強化。行政などによる周知・広報を通した国民の理解の促進。これらの課題と対応策は、美容医療の健全な発展と患者の安全確保のために不可欠です。医師は、自らの専門性と倫理観に基づき、これらの変化に対応していくことが求められています。 参考 1) 今は楽して稼げる「直美」、将来的には“埋没マシーン”止まりか 集患には高いスキルとSNS戦略が必須、まずは形成外科専門医の取得を(日経メディカル) 2) 「直美」の道進み年収数千万円 20代医師の本音「長時間労働は嫌」(朝日新聞) 3) 美容医療の適切な実施に関する検討会 第3回(厚労省) 4) 第187回社会保障審議会医療保険部会 議事録(同) 5) 「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に(東京商工リサーチ)

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早期手術を受けなかったDCIS、同側浸潤性乳がんの8年累積発生率/BMJ

 診断後早期(6ヵ月以内)に手術を受けなかった非浸潤性乳管がん(DCIS)患者のコホートにおいて、同側乳房浸潤がんの8年累積発生率は8~14%の範囲であることが、米国・デューク大学医療センターのMarc D. Ryser氏らによる観察コホート研究の結果で示された。同国のDCISに対する現行ガイドラインのコンコーダントケア(concordant care、患者の意に即したケア)では、診断時に手術を行うことが義務付けられている。一方で、手術を受けなかった場合の長期予後については、ほとんど明らかになっていなかった。今回の検討では、将来の浸潤がんのリスクは、疾患(腫瘍)関連および患者関連の両方の因子と関連していたことも示され、著者は、「手術を受けなかったDCIS患者集団に対する、効果的なリスク層別化ツールと共同意思決定が不可欠である」とまとめている。BMJ誌2025年7月8日号掲載の報告。診断時年齢中央値63歳1,780例を追跡 研究グループは、初期手術を受けなかったDCISの女性患者における同側浸潤性乳がんリスクを明らかにするため、2008~15年に、原発性DCISと診断された患者の医療記録および全米がんレジストリーから直接抽出したデータを用いて、観察コホート研究を行った。 米国外科学会と共同で行われた2018 Commission on Cancer Special Study on DCISの認定施設1,330ヵ所を対象とし、針生検で原発性DCISと診断され、診断後6ヵ月時点で生存しており、浸潤性乳管がんは認められず手術を受けていなかった女性患者1,780例についてデータが収集された。 主要評価項目は同側浸潤性乳がん、副次評価項目は乳がん死であった。 進行中のアクティブモニタリング試験の適格基準に基づくリスク群(低リスク群[画像診断検出時40歳以上、核グレード分類Grade1/2、HR陽性のDCIS]、高リスク群[その他の場合])別によるサブグループ解析も行った。 1,780例の診断時年齢中央値は63歳、追跡期間中央値は53.3ヵ月であった。腫瘍グレードは898/1,533例(59%)が低~中グレードであり、HR陽性は1,342/1,530例(88%)であった。675/1,780例(38%)は6ヵ月以降に少なくとも1回の同側乳がん手術を受けていた。8年累積発生率10.7%、低リスク群は8.5%、高リスク群は13.9% 全1,780例において、同側浸潤性乳がんは115件(6.5%)、乳がん死は29例(1.6%)で発生した。同側浸潤性乳がんの8年累積発生率は10.7%(95%信頼区間[CI]:8.4~12.8)であった。 浸潤性乳がんの発生率は、疾患関連および患者関連の因子によって異なっており、同側浸潤性乳がんの8年累積発生率は、低リスク群の女性(650例)では8.5%(95%CI:4.7~12.1)、高リスク群の女性(833例)では13.9%(10.5~17.2)であった。 8年疾患特異的生存(DSS)率は、全集団では96.4%(95%CI:95.0~97.9)、低リスク群では98.1%(96.7~99.6)であった。

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昼~午後早い時間の昼寝、死亡リスクが上昇する可能性

 中高年層にとって午後の昼寝は魅惑的かもしれないが、大きな代償を伴う可能性があるようだ。特定の昼寝パターンを持つ人では、全死因死亡リスクが高まる可能性のあることが、米マサチューセッツ総合病院のChenlu Gao氏らによる研究で明らかになった、この研究結果は、米国睡眠医学会(AASM)と米睡眠学会(SRC)の合弁事業であるAssociated Professional Sleep Societies, LLC(APSS)の年次総会(SLEEP 2025、6月8〜11日、米シアトル)で報告された。 Gao氏は、「健康や生活習慣の要因を考慮しても、日中に長く眠る人や日中の睡眠パターンが不規則な人、正午から午後の早い時間に多く眠る人は全死因死亡のリスクが高かった」とAPSSのニュースリリースで述べている。 この研究でGao氏らは、UKバイオバンク参加者8万6,565人(試験参加時の平均年齢63歳、範囲43〜79歳、女性57%)のデータを分析した。これらの参加者は、シフト勤務の経験がなく、腕時計型のデバイスを1週間装着して睡眠習慣をモニタリングされた。研究グループは、測定データを基に以下の3つの指標で昼寝の習慣を評価した。1)午前9時〜午後7時の間の昼寝の平均時間、2)昼寝時間の日ごとの個人内変動(以下、個人内変動)、3)午前9〜11時、午前11時〜午後1時、午後1〜3時、午後3〜5時、午後5〜7時における昼寝時間の割合。その上で、これらの指標と全死因死亡との関連を検討した。 参加者の昼寝時間の中央値は1日当たり0.40時間(24分)、個人内変動は0.39時間(23分)であった。昼寝の時間帯別の割合を見ると、午前9〜11時が34%、午前11時〜午後1時が10%、午後1〜3時が14%、午後3〜5時が19%、午後5〜7時が22%であった。最長8年間の追跡期間中に2,950人(3.4%)の参加者が、試験参加から平均4.19年で死亡していた。 解析の結果、昼寝時間が長いほど、また個人内変動が大きいほど、死亡リスクは有意に上昇することが明らかになった。具体的には、それぞれの指標が1標準偏差増加するごとに全死因死亡リスクは、昼寝時間で20%、個人内変動で14%上昇していた。さらに、午前11時〜午後1時と午後1〜3時の時間帯に占める昼寝時間が1標準偏差増加するごとに、全死因死亡リスクはそれぞれ7%有意に上昇していた。 午前11時から午後3時の間に昼寝をする人で全死因死亡リスクの上昇が見られたことを受け研究グループは、「午後の早い時間帯に20〜30分以内の『パワーナップ』を推奨するAASMのガイドラインと矛盾している」と指摘する。AASMは、30分以内の「パワーナップ」は日中の覚醒度とパフォーマンスを向上させ得るが、30分を超える昼寝は起床後も眠気で頭がぼんやりとする「睡眠惰性」を引き起こし、その結果、昼寝による短期的なパフォーマンス向上の効果を低減させる可能性があるとしている。 Gao氏は、「興味深いことに、正午から午後の早い時間帯の昼寝が全死因死亡リスクの上昇と関連するというデータは、昼寝についてわれわれが現在知っていることと矛盾している。そのため、この関連性についてはさらなる研究が必要だろう」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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最新の新型コロナワクチンは新たな変異株にも有効

 最新の新型コロナワクチンは、新たな新型コロナウイルス変異株に対しても有効であることが、新たな研究で示された。2023〜2024年版の新型コロナワクチンについて検討したこの研究では、ワクチンは特に重症化予防に対して明確な追加的効果のあることが確認されたという。米レーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのShaun Grannis氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に6月25日掲載された。 この研究では、米国の6つのヘルスケアシステムの2023年9月21日から2024年8月22日までのデータを用いて、新型コロナワクチン(オミクロン株XBB.1.5対応1価ワクチン)の有効性が検討された。主要評価項目は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による救急外来(ED)や緊急ケア(UC)受診、入院、および重症化(集中治療室〔ICU〕入室または入院死亡)の予防に対する有効性を検討した。なお、本研究の対象期間には、オミクロンXBB株およびJN.1株の流行期も含まれている。 対象期間中にCOVID-19様症状を呈し、PCR検査または抗原検査を受けた18歳以上の成人34万5,639例(年齢中央値53歳、女性60%)のうち、3万7,096例(11%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるED/UC受診予防に対するワクチンの有効性は24%(95%信頼区間21〜26%)であることが示された。また、COVID-19様症状を呈して入院した18歳以上の入院患者11万1,931例(年齢中央値71歳)のうち、1万380例(9%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるCOVID-19関連の入院予防に対するワクチンの有効性は29%(95%信頼区間25〜33%)、重症化予防に対する有効性は48%(同40〜55%)であった。ワクチンのこのような予防効果は、特に65歳以上の成人において顕著であることも示された。 さらに、ワクチンの有効性は接種後7〜59日が最も高いことも判明した(ED/UC受診予防:49%、入院予防:51%、重症化予防:68%)。しかし、接種後180〜299日になると効果が大幅に低下し、ED/UC(−7%)と入院(−4%)予防に関しては有効性が認められなくなり、重症化予防についても16%まで低下していた。 Grannis氏は、「この研究は、改良型COVID-19ワクチンが、特にワクチン接種直後の数カ月間に、入院や重症化などの深刻なアウトカムに対して依然として大きな保護効果を発揮することを示している」と述べている。同氏はさらに、「これらの結果は、ウイルスが進化し続ける中で、特に高齢者やより脆弱な患者に対して、推奨通りに最新のワクチンを接種し続けることの重要性を再確認させるものだ」と付け加えている。 この研究結果は、米政府により新型コロナワクチンの改良が妨げられている中で発表された。米食品医薬品局(FDA)は5月に、プラセボ対照試験を実施しない限り、一般向けに改良型新型コロナワクチンを承認しないと発表した。また、同月後半にロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr.)保健福祉長官は、米疾病対策センター(CDC)は今後、健康な小児および妊婦への新型コロナワクチン接種を推奨しないと発表した。なお、CDC公式サイトには現時点でこの方針は反映されていない。 Grannis氏は、「本研究結果は、高リスクグループに対してタイムリーなワクチン接種と追加接種を推奨するガイドラインを裏付けている」と話す。また、共著者の1人であるレーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのBrian Dixon氏は、「効果的なワクチンの接種は、入院や救急外来の受診を防ぐことで地域社会の健康を維持し、COVID-19に伴うコストを削減する上で依然として重要な手段である」と述べている。

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抗IL-5抗体は“好酸球性COPD”の増悪を抑制する(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 好酸球を集積する喘息などの疾患が併存しないにもかかわらずCOPDの20~40%において好酸球増多を伴うことが報告されている。今回、論評の対象とした論文では、以上のような特殊病態を好酸球性COPD(COPD with Eosinophilic Phenotype)と定義し、その増悪に対する生物製剤抗IL-5抗体(メポリズマブ)の効果を検証している。好酸球性COPDの本質は確定されていないが、本論文では、喘息とCOPDの合併であるACO(Asthma and COPD Overlap)に加え多くの好酸球性全身疾患(多発血管炎性肉芽腫症など)の関与を除外したCOPDの一亜型(表現型)と定義されている。COPDの歴史的変遷 COPDの現在に通ずる病態の議論が始まったのは1950年代であり、肺結核を中心とする感染性肺疾患を除いた慢性呼吸器疾患を総称してChronic Non-Specific Lung Disease(CNSLD)と定義された。1964年には閉塞性換気障害を呈する肺疾患に対してイギリス仮説(British Hypothesis)とアメリカ仮説(American Hypothesis)が提出された。イギリス仮説では閉塞性換気障害の本質を慢性気管支炎、アメリカ仮説ではその本質を肺気腫と考えるものであった。しかしながら、1975年、ACCPとATSの合同会議を経て慢性気管支炎と肺気腫を合わせて慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)として統一された。 一方、1960年に提出されたオランダ仮説(Dutch Hypothesis)では、喘息、慢性気管支炎、肺気腫の3病態を表現型が異なる同一疾患であると仮定された。オランダ仮説はその後数十年にわたり評価されなかったが、21世紀に入り、COPDにおける喘息の合併率が、逆に、喘息におけるCOPDの合併率が、一般人口における各病態の有病率より有意に高いことが示され、慢性の気道・肺胞病変にはオランダ仮説で示唆された第3の病態、すなわち、肺気腫、慢性気管支炎によって代表されるCOPDと喘息の重複病態が存在することが示唆された。COPDと喘息の重複病態は、2009年にGibsonらによって(Gibson PG, et al. Thorax. 2009;64:728-735.)、さらに2014年、GINA(喘息の国際ガイドライン)とGOLD(COPDの国際ガイドライン)の共同作業によってACOS(Asthma and COPD Overlap Syndrome)と命名されたが、その後、ACO(Asthma and COPD Overlap)と改名された。ACOは1960年に提出されたオランダ仮説と基本概念が類似する疾患概念だと考えることができる。 しかしながら、近年、喘息が併存しないにもかかわらず好酸球性炎症が病態形成に関与する“好酸球性COPD”なる新たな概念が提出され、その本質に関し積極的に解析が進められている(Yun JH, et al. J Allergy Clin Immunol. 2018;141:2037-2047.)。すなわち、現時点におけるCOPDの病型には、古典的な好中球性COPD(肺気腫、慢性気管支炎)に加え、喘息が合併した好酸球性COPD(ACO)ならびに喘息の合併を認めない非喘息性の好酸球性COPDが存在することになる。好酸球性COPDの分子生物学的機序 20世紀後半にはTh2(T Helper Cell Type 2)リンパ球とそれらが産生するIL-4、IL-5、IL-13が喘息病態に重要な役割を果たすことが示された(Th2炎症)。21世紀に入り2型自然リンパ球(ILC2:Group 2 Innate Lymphoid Cells)が上皮由来のIL-33、IL-25およびTSLP(Thymic Stromal Lymphopoietin)により活性化され、IL-5、IL-13を大量に産生することが明らかにされた。その結果、喘息の主病態は、“Th2炎症”から“Type2炎症”へと概念が拡大された。喘息患者のすべてがType2炎症を有するわけではないが、半数以上の喘息患者にあってType2炎症が主たる分子機序として作用する。Type2炎症にあって重要な役割を担うIL-4、IL-13は、STAT-6を介し気道上皮細胞における誘導型NO合成酵素(iNOS)の発現を増強し、気道上皮において一酸化窒素(NO)を過剰に産生、呼気中の一酸化窒素濃度(FeNO)は高値を呈する。すなわち、FeNOはIL-4、IL-13に関連するType2炎症を、血中好酸球数は主としてIL-5に関連するType2炎症を、反映する臨床的指標と考えることができる。 好中球性炎症が主体であるCOPDにあって好酸球性炎症の重要性が初めて報告されたのは、慢性気管支炎の増悪時であった(Saetta M, et al. Am J Respir Crit Care Med. 1994;150:1646-1652.)。Saettaらは、ウイルス感染に起因する慢性気管支炎の増悪時に喀痰中の好酸球が約30倍増加することを示した。それ以降、COPD患者にあって増悪時ではなく安定期にもType2炎症経路が活性化され好酸球増多を伴う病態が存在することが報告された(Singh D, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2022;206:17-24.)。これが非喘息性の好酸球性COPDに該当するが、COPDにおいてType2炎症経路がいかなる機序を介して活性化されるのかは確実には解明されておらず、今後の詳細な検討が待たれる。好酸球性COPDに対する生物製剤の意義-増悪抑制効果 2025年のGOLDによると、血中好酸球数が300cells/μL以上で慢性気管支炎症状が強い好酸球性COPDにおいては、ICS、LABA、LAMAの3剤吸入を原則とするが、吸入治療のみで増悪を管理できない場合には抗IL-4/IL-13受容体α抗体(抗IL-4Rα抗体)であるデュピルマブ(商品名:デュピクセント)を追加することが推奨された。2025年現在、米国においては、抗IL-5抗体であるメポリズマブ(同:ヌーカラ)も好酸球性COPD治療薬として承認されている。一方、本邦にあっては、2025年3月にGOLDの推奨にのっとりデュピルマブが好酸球性COPD治療薬として承認された。 本論評で取り上げたSciurbaらの無作為化プラセボ対照第III相試験(MATINEE試験)では、世界25ヵ国344施設から、(1)40歳以上のCOPD患者(喫煙歴:10pack-years以上)で喘息など好酸球が関与する諸疾患の除外、(2)スクリーニングの1年前までにステロイドの全身投与が必要な中等症増悪を2回以上、あるいは1回以上の入院が必要な重篤な増悪の既往を有し、(3)ICS、LABA、LAMAの3剤吸入療法を少なくとも3ヵ月以上受け、(4)血中好酸球数が300cells/μL以上、の非喘息性の好酸球性COPD患者804例が集積された。これらの患者にあって、170例がメポリズマブを、175例が対照薬の投与を受け52週間(13ヵ月)の経過が観察された。さらに、メポリズマブ群に割り当てられた233例、対照薬群の226例は104週間(26ヵ月)の経過観察が施行された。Primary endpointは救急外来受診あるいは入院を要する中等症以上の増悪の年間発生頻度で、メポリズマブ群で0.80回/年であったのに対し対照群のそれは1.01回/年であり、メポリズマブ群で21%低いことが示された。 Secondary endpointとして中等症以上の増悪発生までの日数が検討されたが、メポリズマブ群で419日、対照群で321日と、メポリズマブ群で約100日長いことが示された。MATINEE試験の結果は、増悪が生命予後の重要な規定因子となる非喘息性の好酸球性COPDにあってICS、LABA、LAMAの3剤吸入に加え、生物製剤メポリズマブの追加投与が増悪に起因する死亡率を有意に低下させる可能性を示唆した点で興味深い。 現在、喘息に対する生物製剤には、本誌で論評したメポリズマブ(商品名:ヌーカラ、抗IL-5抗体)以外にオマリズマブ(同:ゾレア、抗IgE抗体)、ベンラリズマブ(同:ファセンラ、抗IL-5Rα抗体)、GOLDで好酸球性COPDに対する使用が推奨されたデュピルマブ(同:デュピクセント、抗IL-4Rα抗体)、テゼペルマブ(同:テゼスパイア、抗TSLP抗体)の5剤が存在する。これらの生物製剤にあって、少なくともベンラリズマブ、デュピルマブ、テゼペルマブはACOを含む好酸球性COPDの増悪抑制という観点からはメポリズマブと同等の効果(あるいは、それ以上の効果)を発揮するものと予想される。いかなる生物製剤が好酸球性COPD(ACOと非喘息性の好酸球性COPDを含む)の生命予後を改善するのに最も適しているのか、今後のさらなる検討を期待したい。

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